アメリカで暮らしながら、3歳の息子さんを育てている、あずき(@azuki_kosodate)さん。アメリカで暮らしていると、適当で優しい人に出会うことがよくあるそうです。あずきさんは、そんな人々とのエピソードを描きTwitterに投稿しました。早速、その漫画をご覧ください。アメリカに住んでいると ”テキトーで優しい人” に出会うことが結構ある気がします✨ #エッセイ漫画 #3歳8か月 pic.twitter.com/9M3EndTMqK — あずき3y (@azuki_kosodate) October 18, 2022 あずきさんが息子さんと訪れた美術館では、3歳から有料であるものの、店員に「『2歳です!』って顔をして入って」といわれました。しかし、息子さんのTシャツには「3歳です!」の文字が…!ありがたく思いながらも、ほかのスタッフに指摘されないか、ドキドキしたことでしょう。また、おもちゃ販売店で、量り売りのおもちゃを1つだけ購入できるかを店員に確認したところ「持って行っていいよ!」といわれます!ビックリして確認すると「もちろん!」と返事をしてくれたのでした。あずきさんによると、アメリカではこういった適当で優しい人に出会う機会がよくあるそうです。【ネットの声】・私も有料の博物館を無料で見学させてもらえました。入館前に、「チケットは!?」って聞いたけれど「大丈夫だよ~」って。・現地の人の、ゆるさと優しさに救われることってあるよね。・分かる!店員さんと仲よくなると「いいよいいよー」って、いろいろサービスしてくれた。・海外のこういうところが好き。逆に、予約をドタキャンされたり、やる気のない店員がいたりもするけどね。客も店員も寛大。あずきさんがアメリカで出会った、店員たちの適当さに驚きつつも、優しい対応に笑みがこぼれますね。[文・構成/grape編集部]
2022年10月21日アメリカ・ミシガン州にお住まいのママさん。日本人ママ友との出会いは意外と多いものの、別れも多いようです。それでも人付き合いに積極的になれたというアメリカ在住ママの体験談です。※コロナ禍前の体験談です。 いろいろな境遇の日本人ママとの出会い私たち家族は永住者としてアメリカに住んでいます。しかし、こちらの土地で出会う日本人ママ友のほとんどは短期間での滞在者。主に旦那さんが企業からの駐在員か、大学で学ばれている方です。数は少ないですが、国際結婚されてアメリカに来られたママさんや、旦那さんが大学で就業されている永住者のママさんにも出会うことがあります。 子どもを遊ばせながら日本人ママさんを見掛けると、話しかけたいな!と思ってしまいます。みなさん子どもを通じて、気さくに交流されているようです。 十人十色な境遇、そして感じるその格差!いろいろな境遇で生活されている方が多いので、生活レベルもさまざまです。日本の有名企業から来られている方は手厚い生活サポートがあり、お子さんが託児所や保育園に行っている間に英会話や趣味の教室を楽しむことができるようです。また、おむつなどの必需品の購入補助費などもあるようで、うらやましいな、と格差を感じ嫉妬することも。 しかし、慣れない海外勤務をされる旦那さんやそこで新たに生活するお子さんをサポートするという、ママとしての大変な側面もあるようです。 いつか来る別れ、うれしい新たな出会い通常は駐在任期を終えると、多くの日本人家族は帰国します。「実は、来年帰国するんです」と仲良くなったときには帰国間近で、数カ月後には切ない別れになってしまうことも。別れを考えると寂しいですが、同じ年頃のお子さんを持つ見知らぬ日本人ママさんを見掛けると、「ママ友になれるかもしれない」と期待が湧いてくるのです。 アメリカで子育てをしながら、本当にたくさんのママ友との別れを経験しましたが、同時に積極的に人と関わっていこうという気持ちも持てるようになりました。 日本人ママさんが多い土地なので出会いはありますが、短い期間の滞在の方が多く、出会いと別れの繰り返しでした。うれしくもあり、寂しくもありですが、新たな出会いによって積極的な人との関わりができるようになりました。著者:岡みちこアメリカ中西部の小さな町で日本人の夫と1歳の娘の3人暮らし。アメリカの子育て事情や、自身の妊娠・出産・子育てに関する体験談について執筆中。 イラストレーター/ライコミ
2022年09月25日28歳で渡米し、ニューヨークに在住しているヤマモト(yamamotoinnyc)さんは、Instagramで日常の出来事などを漫画に描き人気を博しています。ヤマモトさんには、ニューヨークで暮らしていて「いいな」と感じる文化があるそうです。それは、ニューヨークの人たちが、よく相手を褒めるところ。ある日、ヤマモトさんがカフェで仕事をしていると、とても素敵な靴を履いた女性客が入ってきて…。、「急に伝えたらびっくりされるかもしれない」という気持ちから、素敵なファッションの人を見かけても、あえて口に出していなかった、ヤマモトさん。しかしある時、自分の服装を褒めてくれた男性客の「大体の人は褒められたら嬉しいよ。おしゃれだと思ったら伝えなきゃ!」というひと言に、感銘を受けたといいます。日本人は恥ずかしがりな性格で、謙虚さを美徳とする風習もあるためか、ニューヨークの人たちのように、他人を褒めることをあまりしません。また、自身が褒められるのも「なんて返したらいいのか、分からない」など苦手に感じている人もいるでしょう。投稿には、共感の声などさまざまなコメントが寄せられていました。・プラスなことってどんどん相手に伝えていきたいのに、確かになぜかちゅうちょしてしまいますね。・会社で服や髪型を褒めるとびっくりされがち。でも喜んでくれる人もいるから、やっぱり伝えたい。・これ最近すごく思います。シンプルに自分がされて嬉しいことは他人にもするって大切。・このマインド、好きです!私も積極的にいってみよう。心の中で思っているポジティブな気持ちを素直に伝え合うことで、会話が広がり、お互いが前向きな気持ちになるのは素敵ですね。まずは身近な人から、言葉に出して伝えてみるといいかもしれません![文・構成/grape編集部]
2022年09月15日ピザのトッピングは種類が豊富。それだけ、人の好みが表れやすいものです。アメリカ在住の、ちよ(__chiyodayo__)さん夫婦は、生地を2枚買ってそれぞれ好きなトッピングをのせることにしました。すると、日本人とアメリカ人の好みの違いが顕著に…!日本人の、ちよさんがピザにトッピングしたのは、ジャガイモとコーン。日本では定番の具材ですが、それを見たアメリカ人の夫は爆笑します!電話で報告を受けた、夫の同僚も同じ反応のため、アメリカではまず選ばれない具なのでしょう。炭水化物の生地に、さらに炭水化物のジャガイモとコーンをのせるのは、不思議な感覚なのかもしれません。夫の反応を新鮮に感じた日本人は多く、さまざまなコメントが寄せられました。・食文化の差を感じる。・我が家の夫も、「コーンはありえん」って常々いっています!・ジャガイモとコーンって、そんなに爆笑される具材なのか。・名古屋には小倉アンや生クリームがのった『小倉ピザ』があるから、ぜひ作ってあげてほしい!・日本人はラーメンと一緒に白米や餃子も食べるから、炭水化物の組み合わせに抵抗がない。ちなみに、ちよさんが別の機会に、色とりどりの野菜を使ったピザを作った際には、姪に『サラダピザ』といわれたとのこと。国によって、好まれるピザの具材には特色がありますが、中でもアメリカはシンプルな具が好まれるといわれています。食文化は多種多様で、面白いですね![文・構成/grape編集部]
2022年09月14日1986年に公開され、当時24歳だったトム・クルーズが主演を務めた、アクション映画『トップガン』。およそ36年の時を経て、続編映画である『トップガン マーヴェリック』が2022年に公開されました。天才パイロットである主人公・マーヴェリックの帰還に、アメリカだけでなく、日本からも歓喜する人が続出!日本での興行収入が110億円を突破するなど、大ヒットを記録しています。『トップガン』大ヒットを受け、在日米海軍司令部がツッコミ映画の公開が同年5月だったにもかかわらず、同年8月現在も全国の映画館で多くの人が鑑賞している、『トップガン マーヴェリック』。同作の大ヒットは、在日米海軍司令部の耳にも届いてる様子です。在日米海軍はTwitterアカウントで「パイロットに興味を持つ人が増えて嬉しい」と想いを明かしました。しかし在日米海軍には、どうしても放ってはおけない『気になること』が1点だけあるのだとか。トップガン効果で自衛隊のパイロット職に興味を持たれる方が倍増したと、今日のニュースで拝見しました。対象が米海軍以外でも、国防に興味を持たれたり、国防に携わりたいと思う方が増えるのはとても良いことだと思います #でもね #トップガンは米海軍 #大事なことなので何度も — 在日米海軍司令部 (@CNFJ) August 18, 2022 「『トップガン』って空軍じゃなくて、海軍の話なんだよ…?」先述したように、主人公のマーヴェリックは天才パイロット。艦上戦闘機に搭乗し、空で戦うため、アメリカ海軍の話であるにもかかわらず、空軍の話と勘違いしている人が多いのです!ほかにも、日本人の「『トップガン』は空軍じゃなくて海軍の話だろ!」という投稿に「本当に、いつもこんな気持ちになります」という同意のツイートをするなど、在日米海軍は複雑な気持ちを抱いている模様。在日米海軍のちょっぴり切ない主張は拡散され、合計でおよそ10万件の『いいね』が寄せられています。・マジ?知らなかった…ごめんなさい…。・本音がハッシュタグに書かれているところで吹いた。・大事なことだから、何度もいっていかないとね…。もし『トップガン』が空軍の話だと勘違いをしている人がいたら、そっと真相を教えてあげてみてはいかがでしょうか…。[文・構成/grape編集部]
2022年08月20日早急に解決すべき世界的な社会問題のひとつといえば、子どもの貧困。そんななかご紹介するのは、本国アメリカで“いまこそ観るべき1本”として取り上げられた話題作です。『きっと地上には満天の星』【映画、ときどき私】 vol. 508ニューヨークの地下鉄のさらに下に広がっていたのは、暗い迷宮のような空間。廃トンネルのなかでは、ギリギリの生活を送っているコミュニティがあり、5歳になる少女のリトルは、母親のニッキーと暮らしていた。ところがある日、不法居住者を排除しようと市の職員たちがやってくる。隠れてやり過ごすことができないと判断したニッキーは、リトルを連れてと逃げ出すことを決意するのだった。夢にまで見た地上で、外の世界を初めて体験するリトル。喧騒の街ニューヨークで追い詰められていく母娘に、希望の光は降り注ぐのか……。ヴェネツィア国際映画祭をはじめ、さまざまな映画祭でも絶賛された本作。この作品で長編デビューを果たし、一躍注目を集めたこちらの方々にお話をうかがってきました。セリーヌ・ヘルド & ローガン・ジョージ監督監督と脚本のみならず、女優として母親のニッキー役も務めているセリーヌさんと、共同で監督と脚本を手掛けたローガンさん。同じ大学で演劇を学んだ友人同士だった2人ですが、現在は公私ともにパートナーとなり、いくつもの作品を一緒に発表して高く評価されています。そこで、本作に込めた思いや撮影現場の裏側、そして日本での忘れられない出来事などについて語っていただきました。―もともとは、セリーヌさんが住居を持たない母子と出会ったことと、地下コミュニティへの潜入記『モグラびとニューヨーク地下生活者たち』を読んだことが始まりとのことですが、映画にすべきと思われたきっかけは何ですか?セリーヌさんその母子と本に出会うまで、子どものホームレスというのがここまで大きな問題であることを認知していませんでした。いまでも、私のようにホームレスには何となく大人のイメージを持っている人は多いのではないでしょうか。ただ、調べていくとニューヨークでも、何万人もの子どものホームレスがいることがわかりましたし、世界中にもたくさんいることを知りました。さらに、日本の『万引き家族』やレバノンの『存在のない子供たち』といった海外の作品では描かれているにもかかわらず、アメリカの映画ではしっかりと掘り下げていないことにも気づかされたのです。そういったこともあって、この題材に取り組みたいなと。ただ、公共広告的な映画にするのではなく、映画的なストーリー展開でありながらホームレスの子どもたちが抱えている問題を知るきっかけになるようなものにしたいと考えました。まさにいま起きている問題として考えてほしい―制作に取り掛かるうえでは、ホームレスたちが住んでいた本物のトンネルにも行かれて、不法侵入で逮捕されたこともあったとか。実際の場所に足を踏み入れてみて、いかがでしたか?ローガンさんマンハッタンの地下トンネルに初めて行ったのは2012年ですが、そこに人が住んでいたのは1980から90年代頃だったので、すでに誰も住んでおらず、人々が残したものがあるくらいでした。ほかにも、セントラル・パークの下にあるトンネルなどに行きましたが、印象的だったのは壁画が描かれていたこと。それによって、そこにはコミュニティが存在していたことや温かみのようなものを感じたのです。トンネルのなかで起きていたことは昔の話かもしれませんが、この映画では現代の物語として描きました。その理由としては、過去の出来事として片づけるのではなく、まさにいま起きている問題として考えてほしかったからです。―そういった経験をした方々と話をするなかで、印象に残っていることもありましたか?セリーヌさん私は子ども時代にホームレスをしていた女性と話をする機会があったのですが、彼女は自分の母親に置いていかれてしまった方でした。18歳になったとき自分の母親を探し出し、どうして自分を他人に預けたのか聞いたところ、「母親になる心の準備ができていなかったし、そもそも子どもを産みたいと自分で選択したわけではなかったから」と言われたそうです。それを聞いたときに、女性だからといって誰もが母親になりたいという願望を持っているわけではないのだと感じ、とても強烈な言葉だと思いました。人によっては、ある程度年齢を重ねたり、タイミングが訪れたりしたことによってそういう思いが出てくるものなのだと改めて感じた瞬間です。彼女が話してくれた母親の話は、劇中のニッキーのキャラクターに多く反映させてもらいました。誠実な演技と素晴らしい存在感が撮れた―ニッキーを演じる際、セリーヌさんがイヤホンを付けながら演出と演技を同時に行っていたと聞いて非常に驚きました。精神的にもかなりきつい役どころだったと思いますが、どのようにして監督業と女優業を両立させていたのでしょうか。セリーヌさんうまくやるのは難しかったですね。ただ、リトル役のザイラと一緒のシーンだけイヤホンをしていたくらいで、ずっと付けていたわけではありません。特に必要だったシーンとしては、ローガンが彼女に指示を出さなければいけなかったときとか、映像の画角を考慮しなければいけなかったときです。というのも、ザイラにあまりスタッフの姿を見せたくなかったのと、撮影場所が狭かったこともあって、カメラマンと音声と役者だけになることが多かったので。そういったときは、私とローガンが耳でつながることによって、お互いがお互いの目の役割を果たして進めていきました。ローガンさんザイラにとっては初めての演技だったので、作品の世界観のなかに身を置いてもらい、自然と撮り続けるなかで演じてもらうほうがいいと思ってそのようにしました。特に、子どもというのはマジカルなものなので、ときには僕たちが脚本で書くセリフより10倍もいいことを口にしたりすることがありますからね。自由に演技してもらい、自分自身との境界線があいまいになるような感覚になってほしかったので、15分から20分ほどカメラを回し続けたことも。結果的には誠実な演技と素晴らしい存在感が撮れたと思っています。―ザイラちゃんは初めての演技とは思えませんでしたが、出演のきっかけは家族と教会の炊き出しに来ていたときにキャスティングディレクターと出会ったときだとか。彼女が置かれている状況も、リトルに近いものがあったのですか?セリーヌさんザイラが2歳のとき、つまり彼女と出会う3年前のことですが、家族で住んでいた家が火事で全焼してしまったそうです。しかも、当時は仕事をしていたのはお父さんだけでお母さんはまだ大学に通っていたそうなので、仮の住まいしかなく、生活もまだ不安定なときだったと思います。ザイラは5人兄弟の真ん中で、他の兄弟たちは赤い髪色で人目を引く家族だったので、お父さんもいつか家族が撮影されるような機会があればいいなと考えていたのだとか。なかでも、ザイラは演技が好きだったようなので、いい出会いができたと思っています。いまでは、きちんと家もあって安定していますし、私たちとは家族ぐるみの付き合いをしているところです。日本での結婚式は、完璧で美しい一日だった―日本についてもおうかがいしたいのですが、もし日本にまつわるエピソードがあれば教えてください。セリーヌさん実は、私たちは日本にあるインターナショナルスクールで2年間ほど演技や演劇を教えていたことがあるんですよ。なので、日本をとても愛していますし、住んでいた東京を気に入っています。ローガンさんただ、毎日仕事が忙しくて東京以外の場所に行く時間がなかったのは残念だったかなと。ぜひ地方の町も見てみたいので、ちょうどいい季節のときにまた戻りたいなと考えているところです。個人的には、日本の冬の景色に惚れ込んでいて、特別なものを感じています。セリーヌさんそれと、日本での思い出と言えばですが、なんと私たちは日本で結婚をしたんです。というのも、当時はコマーシャルのプロジェクトや短編の制作も日本でしていて、いろいろな手続きの関係上、夫婦になったほうが楽だなと思ったので、勢いで結婚したんですが(笑)。ローガンさんでも、僕たちはもともと小さな結婚式をしたいと思っていたので、僕たちのことを誰も知らない土地で結婚するという意味では完璧な場所でしたね。セリーヌさん式を挙げたホテルからは結婚の証明書もいただいたので、それを壁に飾っているんです。2人きりの結婚式を日本という美しい国ですることができて、とても光栄に思っています。ローガンさんしかも、日本人のみなさんはとても思いやりがあって優しい方々ばかり。おかげで、本当に美しい一日を過ごすことができました。社会で起きている問題を知るところから始める必要がある―素敵な思い出を教えていただき、ありがとうございました。セリーヌさんがこの問題に取り組み始めて、すでに10年が経過していますが、ホームレスの方々が置かれている現状は変わりましたか?もし私たちにでもできることがあれば、教えてください。セリーヌさんアメリカも経済的に不況になってきたので、あまり改善は見られていないように感じています。ローガンさんしかも、コロナ禍になってしまったので、ニューヨークをはじめ、西側のロサンゼルスやカリフォルニアなどではホームレス問題はより深刻になっている印象です。セリーヌさんただ、ワシントン州では住宅を基本的人権のひとつとみなすようになり、すべての人に住宅を与える対策を取ったところ、それがうまく行っているようなので、改善されている州もあります。ローガンさんでも、アメリカでは不平等がどんどん広がっているのではないかなとも思っています。セリーヌさん確かに、アメリカの政策は迷走しているところもあるので、これからどうなるのかはわからないところかなと。だからこそ、この作品を通して「ニッキーのような人が電車で自分の隣に座っているかもしれない」と観客に感じてほしいと思っています。ローガンさんニューヨークでは、ギリギリホームレスではないけれど、明日にでもホームレスになりそうな可能性のある方は増えていますからね。セリーヌさんそのほかに、個人的に人生を変えてくれた出来事といえば、ボランティアに参加したこと。そこで自分の行動が他人の人生を少しでも変えられるかもしれないと感じられた経験は大きかったです。なので、みなさんに言えるとすれば、ボランティアをしてみること、あとはこれらの問題を解決してくれる実行力のある人に投票するといったことでしょうか。ただ、いまは世界的に見ても本当にいろんなことが起きているので、社会で起きている問題について、まずは知るところから始めていく必要がありそうです。暗闇のなかでも、手を伸ばせばきっと希望はある当事者の目線から物事を見ることによって、これまで知ることのなかった世界を知るきっかけを与えてくれる本作。胸が張り裂けるような愛でつながった母と娘の姿に、心が揺さぶられる必見作です。取材、文・志村昌美目が離せない予告編はこちら!作品情報『きっと地上には満天の星』8月5日(金)より シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開配給:フルモテルモ、オープンセサミ️©2020Topside Productions, LLC.All Rights Reserved.
2022年08月02日卒業式は、生徒たちにとって、学生時代を通して大切なイベントの1つ。これまでを振り返り懐かしむ気持ちや、新生活への高揚感など、さまざまな思いを胸に、生徒たちは卒業式に出席していることでしょう。そんな中、卒業式の最中、爆笑の渦に包まれてしまう出来事が、アメリカの高校で起きました。卒業式に乱入してきた珍客に、生徒たちも大爆笑アメリカでは、6月は卒業シーズン。アメリカのアラバマ州にあるホースシューベンド高校でも、卒業式が行われていました。卒業式の最中、スピーチに耳を傾け、緊張した面持ちの生徒たち。そんな中、とある『珍客』の登場により、卒業式は厳かな雰囲気から一転、笑いに包まれたのです。Dog steals the show during Valedictorian's speech.Dog steals the show during Valedictorian speech... A local dog named, “Charlie” walked through the gate and onto the field of Horseshoe Bend High School in New Site, AL only to take a few sniffs and mark his territory on one of the ferns. Some Valdectorian speeches are often forgotten, but not Colby Cheaney's.Video by: Summer Films - Summer McKelvey..“To use this video in a commercial player or in broadcasts, please email licensing@storyful.com”Summer Filmsさんの投稿 2019年5月23日木曜日Dog steals the show during Valedictorian's speech.Dog steals the show during Valedictorian speech... A local dog named, “Charlie” walked through the gate and onto the field of Horseshoe Bend High School in New Site, AL only to take a few sniffs and mark his territory on one of the ferns. Some Valdectorian speeches are often forgotten, but not Colby Cheaney's.Video by: Summer Films - Summer McKelvey..“To use this video in a commercial player or in broadcasts, please email licensing@storyful.com”Summer Filmsさんの投稿 2019年5月23日木曜日スピーチの最中、突如、乱入してきたのは1匹の犬!ウェブメディア『The Dodo』によると、犬は卒業式に出席していた生徒の1人、ローガンさんの愛犬であるチャーリーで、これまでにもよく学校に遊びにきていました。生徒たちの間では、よく知られていたチャーリーですが、まさか卒業式にまで遊びにくるとは、誰も思っていなかったことでしょう。卒業式の主役かのように、突然登場したチャーリーに、生徒たちはたまらず爆笑!きっと、この日の卒業式は、ホースシューベンド高校の歴史に残る1日となったはずです。笑顔あふれる卒業式にしたチャーリーは、まさに『主役』といっても過言ではないですね。[文・構成/grape編集部]
2022年06月23日今年のアカデミー賞を席巻したのは、作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』ですが、それによって注目を集めた存在と言えば、タイトルにもなった「コーダ」と呼ばれる子どもたち。そこで、今回ご紹介するのは、知られざるコーダの文化や内に秘める苦悩に迫った話題のドキュメンタリーです。『私だけ聴こえる』【映画、ときどき私】 vol. 488「コーダ(CODA=Children Of Deaf Adults)」とは、耳の聞こえない親を持つ、耳の聞こえる子どもたちのこと。家では手話を使い、外では口語で話す彼らは、学校に行けば“障害者の子”として扱われ、ろう者たちからは耳が聞こえることで距離を置かれていた。そんななか、15歳という多感な時期を迎えたのは、「ろうになりたい」と願うあまり聴覚に異変をきたすナイラ、進学を決め、ろうの母から離れることに悩むジェシカ、そしてろう文化のなかでしか自由でいられず学校で孤独を味わっていたMJ。それぞれの葛藤を抱えるコーダの子どもたちが、3年間の撮影を通して語る心情とは……。2021年に北米最大のドキュメンタリー映画祭HotDocsに選出されるなど、各国で高く評価されている本作。コーダという言葉が生まれたアメリカにおいても、コーダ・コミュニティを取材した初の長編ドキュメンタリーとして話題となっています。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。松井至監督これまでも「聴きとりづらい声を聴くこと」をモットーにドキュメンタリー制作を続けてきたという松井監督。本作でも、丁寧な取材力と見事な手腕を発揮し、大きな反響を呼んでいます。今回は、コーダたちから学んだことや撮影秘話、そしていまの私たちにできることなどについて、語っていただきました。―まずは、コーダという存在について知ったのはいつ頃、どういったきっかけだったのでしょうか。監督2015年に、海外向けに東日本大震災の復興について発信する番組のディレクターになったのですが、そのときにふと耳が聞こえない人たちはどうしていたのだろうかと考えました。東北のろう者への取材を行うにあたって参加していただいたのが、本作にも出演しているアメリカ人手話通訳者のアシュリーでした。生き延びたろう者の方々と耳の聞こえる彼らの子どもたちから話を聞いていくうちに、なぜか段々とアシュリーが気を落としてきました。理由を尋ねると、「彼らはコーダという人たちで、私もその1人なんです」と。そのときに初めてコーダというのが1980年頃にアメリカで生まれた概念であることや、いまだに社会から認知されていないことなどを教えてもらいました。―その話を聞いて、すぐにドキュメンタリーの題材にしたいと思われたのですか?監督アシュリーから「コーダのドキュメンタリーを撮ってほしい」と頼まれました。コーダがどれだけストレスフルな生活を送っているのかを知ってほしいと。コーダは、体は聴者だけれど中身はろう文化で育ち、聴者の世界にも馴染めず、かといってろう者のなかに入ることもできない。両方の世界に入り切れず、居場所を失ったまま成長する子が多いことは大きな問題だとアシュリーが話してくれました。それらの話を聞きながら「もし自分がコーダだったら……」とイメージしました。まだ自分が子どもで、大きなショッピングモールで親とはぐれてひとりぼっちになってしまったとき、どれだけ泣いても親は気づいてくれないわけです。永遠に迷子になる感覚に近いイメージを持ちました。そのとき、この映画を作りたいと思うようになりました。実際に話を聞いて、苦悩を間近に感じた―ananwebでは『コーダ あいのうた』のシアン・ヘダー監督にも取材をさせていただいており、コーダの子どもたちが抱える重荷とコーダとしての誇りとの間に生じる矛盾に興味を持ったとお話されていました。監督が実際にコーダの方々と接してみて、印象に残っていることはありましたか?監督東日本大震災で命を落としたろう者の息子さんとお話する機会があったのですが、目の前に避難できる施設があったにも関わらず、ご両親は家の2階で手をつないだ状態で亡くなられていたそうです。そのときに、彼は「自分はろうである両親のことを最後の最後までわからなかった」と。そして、親に何か起きたとき駆けつけられる距離に自分がいなかったことに罪悪感を抱いておられるようでした。電話の涙声から、親と子同士がまったく異なる遠い存在としてすれ違っていったのではないかと思えて、コーダの苦悩を間近に感じました。―今回は、アメリカのコーダ・コミュニティを取材されていますが、日本と比べるとかなり進んでいるのでしょうか。監督アメリカはコーダという言葉の発祥の地なので、場が整っているのを感じました。子どもたちにはコーダのキャンプがありますし、10代後半になると世界各国でコーダ会議を開催して、3日間にわたって話し合うこともあるそうです。日本に比べると、アメリカはアイデンティティを重要視する文化なので、コーダの世界の確立が進展したのだと思います。日本にも「J-CODA」があり、同じ経験をしてきた仲間同士が話せる場を作っています。日本の場合は、まだ自分がコーダであることに気がついていない人が多い印象です。実際に話をすると、「世界で自分だけかと思っていた」という人もいます。コーダについて知り、仲間がいることがわかれば自分自身との付き合い方に良い変化もあるかと思います。日本で、どうやってコーダのアイデンティティを作っていくのかについては、コーダという言葉が広まってきたこれからが大事になってくると自分は感じています。コーダの言葉によって、人生が変わった―本作に出演しているコーダの子どもたちとは3年にわたって交流がありましたが、取材のなかで彼女たちから学んだことも多かったのでは?監督そうですね。特にナイラから最初に「コーダを理解できると思わないでほしい。私の物語は私のものです」と言われたのは決定的だったと思います。あの言葉がなかったら、僕は取材という名目で他人の苦労や人生を代弁してしまうような制作を続けてしまっていたと思うので。そう言われて以来、僕はこれまで積み上げてきた技術を一回すべて捨てなければいけなくなったので、人生が変わりましたが、すごく感謝しています。特にナイラの最初のインタビューで「わたしはろうになりたかった」という一連の感情の流れが撮れていなかったら、僕はこの映画を途中で辞めていたかもしれないと思います。あのときに一度しか撮れない圧倒的な語りでした。―制作するうえで、気をつけていたこともありましたか?監督コーダのみなさんからは「シンパシー(同情)はいらない。エンパシー(共感)がほしい」と言われたので、そのあたりも考えました。特に、近年アメリカでも“感動ポルノ”と言われるような作品は、障がいを持った人の物語を健常者が消費しているとして問題になっていますが、取材者が当事者のように語ってしまうことはすごく危険なことでもあります。マジョリティ側にいる自分は、何が差別なのか気づかない、その認識すらないので、自分自身の言動に気をつけました。実は、この作品も当初は聴者の視線で編集していました。手話のシーンがほとんどなく、言語優先の構成になってしまい、完成しませんでした。その構成自体が聴者による差別的な態度になっていることに気がついたので、全部イチから作り直すことにしました。そのあとに出来上がったものでは、言語は詩のように凝縮された断片として使い、手話を入れ、観た人が目で読むことで完成する映像を目指しました。観客のみなさんにも、少しだけ「目で読む」ろう者やコーダの感覚を知っていただける作りになっていると思います。他者と生きることは何かを感じてほしい―では、コーダのみなさんがより暮らしやすくするために、私たちができることがあれば教えてください。監督まずは、コーダの存在を知ることではないでしょうか。特に、教育者の方に伝えたいことですが、ろう者の家庭で育った場合、子どもは手話が母語になるので、口語を覚えられないまま学校に行くことがあります。アメリカのコーダの子たちは「移民の子と一緒に補習の授業で英語を覚えた」という子がたくさんいました。そうしたサポートが充実するためにも、まずは聴者の側がコーダのことを知ってほしいと考えています。これは人種差別やジェンダーの問題でも言えることですが、他者と生きることを学ぶ時代なのかと思います。つまり、自分から見えるものだけでなく、向こう側からはどう見えているのかという行き来を、つねに自分のなかに持っていることがこれからは大事になってくるのではないかなと。この作品では、聴者のみなさんが映画を鏡にして、自分自身の姿が見えるような経験になったらいいなと思っています。―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。監督日本社会のなかで、女性であるだけで生きづらさを強いられるところもあるように、さまざまな社会規範のなかで居場所がないと感じている人は多いと思います。僕自身も、社会にフィットできずに生きてきました。一見、健常者でも、細かく見ていくと、抑圧から無力感を味わい、居場所がないと感じている人もいます。それに気がついたとき属性で人を見ることをやめれば、バリアを解きほぐして人と人が近づいていけるのではないかなと。居場所がない者同士がどうやって生きていくかを真剣に考える時代だと思うので、この映画を通して他者と生きるという当たり前のことをもう一度想像してもらえたらうれしいです。“心の声”に耳を傾ける!コーダが味わう苦悩や葛藤だけでなく、コーダとして生きる喜びもリアルに映し出し、さまざまな発見を与えてくれる本作。新しい視野を得ることは、いままでの自分を振り返る機会となり、そしてこれからの自分の生き方についても改めて考えるきっかけを与えてくれるはずです。取材、文・志村昌美必見の予告編はこちら!作品情報『私だけ聴こえる』5月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開配給:太秦©TEMJIN / RITORNELLO FILMS
2022年05月27日2019年に世界中で社会現象を巻き起こした映画『ジョーカー』で、驚異的な怪演ぶりを見せた名優ホアキン・フェニックス。次回作への期待が高まるなか、最新主演作『カモン カモン』では狂気とはかけ離れた人物に扮し、話題を呼んでいます。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。ウディ・ノーマンくん【映画、ときどき私】 vol. 474本作では、ホアキン演じるラジオジャーナリストのジョニーが、ある日突然9歳の甥・ジェシーの面倒を見ることになるところから物語が始まりますが、ジェシーを演じているのがウディくん。英国アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたのをはじめ、さまざまな賞を受賞し、ホアキンにも衝撃を与えた新星の天才子役として注目を集めています。今回は、現場での様子やホアキンとの共演エピソード、そして13歳となったいま抱いている将来の夢などについて、語ってもらいました。―事前に行われたオーディションでは、マイク・ミルズ監督とホアキン・フェニックスさんは、ウディくんのアドリブに衝撃的な感動を覚えたそうですが、どんな演技を見せたのでしょうか。ウディくん僕はあまりはっきりとは覚えていないんですけど、即興というよりは、セリフのやりとりをするなかでちょっとセリフを足したぐらいだったかなと。ホアキンとは演技をするというよりも、セリフを言い合いながらなんとなく演じていくような感じて進めていきました。―撮影中もアドリブは多く取り入れていましたか?ウディくんいくつかの場面ではアドリブでセリフを足していますが、基本的には脚本に忠実です。でも、そのときどきで変化や追加が必要だと感じたときには、判断してアドリブを入れています。ホアキンは優しい人で、すぐに打ち解けられた―ウディくんはイギリス出身ですが、劇中では完璧なアメリカ英語で話されていたので、ホアキンさんもイギリス人であることに気がつかないほどだったとか。どうやって身につけたのですか?ウディくん実は、数年前に別の役のオーディションを受けるためにアメリカ英語のアクセントを練習したことがあったんです。そのときは役をもらえませんでしたが、当時の経験があったおかげで今回すんなりと入っていくことができたのだと思います。もちろんいくつかの“壁”はありましたが、繰り返し練習したので、いまでは第二外国語みたいに話せるようになりました。―すごいですね。では、思い出のシーンと言えば?ウディくんそれは、ニューヨークで撮影したレスリングのシーンです。というのも、僕が数年前にレスリングにハマっていた話をしていたら、じゃあ取り入れてみようとなったシーンなので。もともと脚本には書かれていませんでしたが、そういう経緯で追加されたので、僕にとっては特別で思い出深いシーンとなりました。―そのあたりは、ぜひ観客の方々にも注目してもらいたいですね。伯父役のホアキンさんはハリウッドでもトップクラスの俳優ですが、初共演で緊張しませんでしたか?ウディくん初めて彼と会ったのはオーディションのときでしたが、なんとパジャマ姿で現れたんです(笑)。そういったこともあって、すぐに打ち解けられたのではないかなと。すごく優しい人でもあるので、一緒に演じていてもまったく緊張することなく接することができました。共通点を見つけながら、役に入り込んでいった―ちなみに、彼の過去作は観たことがありましたか?ウディくん5歳くらいのときに、『ブラザー・ベア』というアニメーションを観ましたが、そのときはホアキンが声優をしていることは知らずに観ていました。そのほかの作品については、お母さんから「撮影が終わるまでは観てはいけない」と。なぜなら、ホアキンがスターであることを僕が意識してしまったら、圧倒されてしまうと考えたからです。―確かに、それはあるかもしれないですね。現場では彼からたくさんのことを教わったそうですが、具体的にはどんなことですか?ウディくんまず彼から学んだのは、共演者と打ち解けることの大切さです。どれだけ仲良くできるかによって、演じる際にいかにいろんなことがスムーズに運んでいくかを知りました。演技に関して具体的に何かを教わったりはしていませんが、彼を観察するなかで、カメラ前での振る舞いなどは参考にしています。―劇中のジェシーは、ちょっと変わった子どもとして描かれていますよね。普段のウディくんと似ているところもありますか?ウディくん答えは、イエスでありノーですね。共通点は音楽がすごく好きなところですが、内向的なジェシーと違って、僕はすぐに相手と仲良くなって自分を出すことができるので、そこは似ていないかなと。とはいえ、演じるうえでは、共通点を見つけていきながらジェシーという役に入り込んでいきました。今後20年で、いろいろなことが改善されていくはず―劇中ではラジオジャーナリストのジョニーが、取材として子どもたちにいろいろな質問をしていたので、いまから映画のなかで出てきたものと同じ質問をいくつかさせてください。まずは、ウディくんが怖いものは何ですか?ウディくんたくさんありますけど、一番怖いのは海。あとは、蝶々も怖いですね(笑)。―では、何に怒りを感じますか?ウディくん話を聞いている振りをして、内容を聞いていない人に対してです。特に、あとになってから、「そんなこと聞いてないよ」と言われると、イラっとしてしまうこともあるので。―わかります(笑)。ウディくんを幸せにしてくれるものといえば?ウディくん具体的には挙げられませんが、いま僕の周りにあるものはみんな僕のことを幸せにしてくれています。―素敵ですね。もし、スーパーパワーが1つ持てるなら何がいい?ウディくんテレポーテーションですね。いろんなところに、素早く移動できるようになりたいので。―自分の何かを1つ変えられるなら、変えたいものは何ですか?ウディくん僕は年齢のわりに背が低いほうなので、できればあと数センチは高くなりたいです!―これからの未来はどうなると思っているか、考えたことはある?ウディくん僕は地球が滅びることはないと思っていますし、未来はいい方向に進んでいるんじゃないかなと。たとえば、いま海にゴミを捨てている人たちも、それが間違いだと気がついているはずなので。今後20年でそういったことも改善されていくと感じています。俳優だけでなく、監督や脚本にも挑戦したい―ありがとうございます。今後も役者は続けていきたいということですが、もしほかにもやってみたい職業があれば、教えてください。ウディくん映画業界に関わるすべてのお仕事が楽しそうに見えるので、監督もやってみたいし、脚本も書いてみたいと思っています。実際、すでに脚本は書いているのですが、まだ自分が楽しむ程度のものなので、いつか本格的に取り組んでみたいです。―もう脚本を書かれているのですか!?ちなみに、どんなタイプの作品か教えてもらえますか?ウディくんすでに4~5本は書いているんだけど、最後に書いたのは1か月くらい前で、自分でも内容を忘れてしまいました(笑)。―いつか作品になるのを楽しみにしています。ほかには、どんなことに興味があるのでしょうか。ウディくん僕が一番ハマっているのは、音楽です。いまエレクトリックベースを弾いているのですが、いろいろなジャンルの根源をたどっていくと同じところにつながっていたりして、そういうところもすごくおもしろいですよね。ミュージシャンというのは、音楽によってその場の空間を満たすクリエイティビティを作り出しているので、すごく尊敬しています。日本にはいつか絶対に行きたいと思っている―ちなみに、いままで日本に来たことはありますか?ウディくんまだ行ったことはありませんが、 旅行するのが大好きですし、日本はいつか絶対に訪れてみたいと考えています。ロンドンと東京は似ているところがあるんじゃないかなと想像していますが、世界の反対側にあるくらい離れている都市なので、その違いを知るためにも行ってみたいです。映画のなかで見る日本や日本に行ったことのある友達から聞く話から、とても楽しそうな場所だなという印象です。―それでは最後に、日本の観客へ向けてメッセージをお願いします。ウディくんこの作品はロックダウンになる前に作ったものですが、それがこうして世界中の人に観てもらえるのは、とても光栄ですし、多くの方に届けられるのをうれしく思っているところです。ぜひ、日本のみなさんの感想も楽しみにしています。ありがとうございました!インタビューを終えてみて……。お茶目な笑顔を見せつつ、終始大人顔負けのしっかりとした受け答えをしてくれたウディくん。俳優としての実力はすでに名優からのお墨付きですが、計り知れない才能で将来は監督や脚本家、さらにはミュージシャンとしても私たちを楽しませてくれそうです。驚きと優しさに満ちたかけがえのない時間となるデトロイト、ロサンゼルス、ニューヨーク、ニューオリンズといった異なる景色を見せる都市を舞台に繰り広げられる心温まるロードムービー。年の離れた天才俳優による“奇跡のケミストリー”に魅了されるだけでなく、悩みも怒りもすべてを優しさで包み込んでくれる珠玉の感動作です。取材、文・志村昌美ストーリーNYに1人で暮らすラジオジャーナリストのジョニーは、妹から頼まれ、9歳の甥・ジェシーの面倒を数日間みることになる。LAにある妹の家で突然始まった共同生活は、戸惑いの連続。好奇心旺盛なジェシーは、ジョニーのぎこちない兄妹関係やいまだ独身でいる理由、自分の父親の病気に関する疑問をストレートに投げかけ、ジョニーを困らせる。そのいっぽうで、ジョニーの仕事や録音機材にも興味を示し、2人は次第に距離を縮めていく。そして、仕事のためにNYへと戻ることになったジョニーは、ジェシーを連れて行くことを決めるのだが……。愛おしさが詰まった予告編はこちら!作品情報『カモン カモン』4月22日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー配給:ハピネットファントム・スタジオ© 2021 Be Funny When You Can LLC. All Rights Reserved.Maggie Shannon
2022年04月20日日本の学校では母国語に加えて、英語の読み書きや、発音を学びます。それでも、英語を話せなかったり、聞き取ることができなかったりする日本人は多いといわれています。2021年4月からアメリカに活動拠点を移したお笑いタレントの渡辺直美さんは、Instagramで英語を話せないことへの持論を述べました。英語を話せない渡辺直美の持論2022年3月2日にInstagramを更新した渡辺さん。アメリカに住むファンから、歴史や文化などについて、英語で教えてもらう番組に出演することになったと明かしました。英語を話せないと自覚している渡辺さんは、「できていなくても、恥ずかしがることはない」として、持論を展開しました。言語だけじゃなく、何か物事を始めた人に、今完璧に出来てないことは恥ずかしいことじゃない!その成長過程を一つの娯楽、自分の歴史の1ページとして楽しむのもいいじゃないってな思いと、私は変な英語喋ってでも、世界中のファンと交流したい、自分の声でみんなに思いを伝えたいと思って始めました。出来ないから完璧になるまで…と待つのではなく、出来るところから挑戦するのが好きなんだにょ。watanabenaomi703ーより引用※写真は複数枚あります。スライドしてご覧ください。 この投稿をInstagramで見る 渡辺直美 Naomi watanabe(@watanabenaomi703)がシェアした投稿 渡辺さんは、英語を話せない状態で番組に出演することを、ネガティブにとらえていません。むしろ、「英語をしゃべれないことを、個性にした」と前向きに考えています。渡辺さんの言葉に、感銘を受けた人からのコメントが寄せられました。・やりたいことがあっても、できないつらさに泣いてしまう。でも、この言葉を読んで、できない過程も楽しもうと思えた。・英語を勉強したい人の励みになる…。英語以外でも、何かを始めた時に覚えておきたい。・英語が完璧になってから使いたかったけど、少しずつクリアしていくほうがいいなと思った。多くの人に勇気を与えた、渡辺さんの言葉。英語に限らず、子供の頃にできなかったことが、大人になっても克服できていない人はいるでしょう。また挑戦しても、できなかった…と落ち込むのではなく、渡辺さんのいうように「できることから挑戦していく」心構えを大切にしたいですね。[文・構成/grape編集部]
2022年03月30日2022年のアカデミー賞作品賞のほか、助演男優賞、脚色賞の計3部門を受賞した『コーダ あいのうた』。今年初めに行った、シアン・ヘダー監督の単独インタビューをお届けします(2022年1月20日配信記事)。『コーダ あいのうた』【映画、ときどき私】 vol. 448豊かな自然に恵まれた海の町で、耳の不自由な両親と兄と暮らす高校生のルビー。4人家族のなかで唯一耳が聞こえるルビーは、家族のために幼い頃から“通訳”となり、家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期に入り、ルビーは秘かに憧れるクラスメイトのマイルズと同じ合唱クラブを選択。ルビーに歌の才能があることに気がついた顧問の先生から、都会の名門音楽大学への受験を強く勧められる。ところが、ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じることができず、家業のほうが大事だと大反対。家族を選ぶ決断をした娘に対し、父は意外なある行動を取ることに……。2014年に製作され、大ヒットとなったフランス映画『エール!』をリメイクした本作。昨年開催されたサンダンス映画祭では史上最多受賞に加え、映画祭史上最高額となる約26億円で配給権が落札されたことでも大きな話題となりました。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。シアン・ヘダー監督本作の脚本と監督を務め、その実力が高く評価されているヘダー監督。今回は、取材を重ねるうえで得た気づきや手話から学んだこと、ろう者と作り上げた現場で感銘を受けた出来事などについて、語っていただきました。―最初は、脚本家として本作の依頼を受けたそうですが、監督も手掛けることになったいきさつから教えてください。監督私はもともと監督も脚本も手掛けるフィルムメイカーなので、脚本家として雇われた当初から監督もしたいという思いはありました。製作陣としては、私がどんな脚本を出すかで監督も任せるか検討しようと考えていたようですが。その後、脚本の出来に満足していただけたので、監督も任せてもらえることになりました。―この作品に惹かれた理由はどんなところですか?監督オリジナルの作品を観たとき、物語をより深く掘り下げるポテンシャルがすごくある作品だなと感じました。たとえば、家族の描かれ方やそれぞれのキャラクターをより立体的に描けると思ったんです。特にこの家族というのは、聴者とろう者の両方に属しているようで、両方ともに属していないような存在なので、そんな彼らの道のりをしっかりと見せたいと考えました。取材を通して、いろいろな発見があった―タイトルのコーダ(CODA)とは「Children of Deaf Adults」のことで、⽿の聴こえない両親に育てられた⼦どものことを指していますが、今回は実際にコーダと呼ばれる子どもたちにも取材を行ったそうですね。彼らと出会ったことで脚本に影響を与えた部分もあったのではないでしょうか。監督すごくいい質問なので、この話ができるのはうれしいです。脚本を書き始めたころ、まずはSNSや友人を通じてコーダの経験がある人たちを探したんですが、話を聞いていくと、人によってまったく違う経験もあれば、共通点もあり、いろいろな発見がありました。そのなかでも、興味深かったのは、大人同士の会話の通訳をしなければいけなかったので、まだ心の準備ができてない年齢からかなり大人な話題に触れなければいけないということ。彼らは早く大人になることを求められてしまうんですよね。ときには「どうして自分だけこんなに頼られなければいけないんだ」とコーダであることを重荷に思うこともあるそうですが、同時に「自分は家族にとってすごく重要な人間なんだ」という誇りも持っていると感じました。そういった彼らの心にある矛盾はおもしろいと思ったので、キャラクターにも反映させています。劇中でも描いているように、性的な話を何でもはっきり言ってしまう親がいる人や家のなかの音がうるさくて大変だったという人など、リサーチのなかでは笑える話もたくさん聞かせてもらいました。手話は人と人をつなげてくれる言語だと感じた―劇中では手話の持つ表現力の美しさも感じましたが、監督ご自身も手話を習得されたとか。実際に体験してみていかがでしたか?監督手話で話すときは、中身のない話をする余地がないように感じました。というのも、いまそこで起きている真実だけを話し、それを心から信じて伝えるので、社交辞令や沈黙が怖いから意味のないことを口にする、みたいなことがない言語というのが私の受けた印象です。あと、手話ではスマホを見ながら話したりできないので、人の目を見ながらでないと話せないという意味でも人と人とをつなげてくれる言語なのではないかなと。100%相手と向き合うこと、しっかりと考えてから自分の思いを伝えること、言葉の選択など、いろいろなことを手話から学びました。―なるほど。本作は超高額で配給権の争奪戦が行われたり、各賞レースでも有力候補として注目を集めたりしていますが、いまの状況をどう受け止めていますか?監督とにかくワクワクして興奮しています!今回の作品を通して、現場の作り方やコミュニケーションの取り方も変わりましたし、聴者とろう者が一緒になって作品づくりをする過程もとても誇らしく思っていたので。実は映画が完成した時点で、「私は人生で最高の経験をしてしまった」と感じていたので、そこがピークだと思っていたんです。なので、そのあとに起きたことは予想もしていなかったことばかりで、本当に奇跡のような出来事。こんなふうに評価をされ、作品がさらに成長していくとは思っていなかったので、いまはただ喜びでいっぱいです。うれしかったは、ろう者の俳優たちが評価されたこと―出演者のみなさんも、同じお気持ちだと思います。監督あとは、自分の作品に出てくれた俳優たちが称賛を受けているというのが、何よりもうれしいです。母親を演じたマーリー・マトリンは、オスカーの受賞経験がありながらいままであまり多くの機会が与えられていませんでしたし、父親役のトロイ・コッツァーと兄役のダニエル・デュラントもあまり知られていない俳優でしたから。いろいろな賞にノミネートされていて、感動しました。いままで苦労してがんばってきた彼らがこの作品で報われてよかったです。―本当に、素晴らしい演技でした。耳の聞こえない人の役は聴覚に障がいのある人に演じてほしいというのが、監督の当初からのこだわりだったとうかがっています。実際に彼らと現場をともにして、気づかされることもあったのでは?監督最初は、現場に手話の通訳を入れて彼らと話をする計画でしたが、初日の撮影をした際、彼らが私ではなくて通訳さんのほうしか見ていないことに気がつき、うまくつながれていないように感じてしまったんです。そこで、できれば通訳を介さずに進めたいと彼らに相談をしました。当時は私の手話もまだ流暢ではなかったので、表情や目を使ったり、お互いの体を触れ合わせたり、照明で合図をしたり、いろいろな形でコミュニケーションを取ることに。撮影を進めながらやり方を探していくような感じでしたが、それはとても親密なプロセスとなりました。彼らとは手話や言葉を使わなくても理解できるほどになったので、さまざまな発見とともに楽しい現場でしたね。自分が思うほど、他人との違いは大きくない―まもなく公開を迎える日本には、どのような印象をお持ちですか?監督実は日本にはまだ行ったことがないんですが、すごく行きたい場所のひとつではあります。日本の文化や食事が大好きなので、ぜひ日本を訪れてさまざまな経験をしたいです。―それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。監督この映画では、ある家族を中心に描いているものの、普遍的な物語になっているので、ろう者でも聴者でも、誰でも共感していただける作品になっていると思います。あとは、この作品がきっかけで、ろう者の方々とコミュニケーションを取ってみたいと手話の勉強を始めていただく方が増えたらうれしいですね。いまの時代は自分と違うものに対する恐怖心が大きくなっており、他者とつながれないと感じている人も多いと思うので、この映画を通してそういった“バリア”を少しでも壊せたらいいなと。誰もが同じ人間で、同じような葛藤や家族の問題を抱えているものなので、自分が考えているほど他人との違いは大きなものではないというのも知ってほしいと思っています。家族の愛に、胸も目頭も熱くなる!理想と現実という名の“荒波”にもまれながらも、夢が広がる大海原へと飛び込む少女から勇気をもらえる本作。そして、家族がお互いを想う涙あり笑いありの愛には、誰もが魅了されてしまうはず。耳も心も虜にする美しい歌声とともに、爽やかな感動に包まれてみては?取材、文・志村昌美心が震える予告編はこちら!作品情報『コーダ あいのうた』1月21日(⾦)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー※バリアフリー字幕版も上映決定(詳細はHPの劇場情報欄にて)配給:ギャガ© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS
2022年03月28日意外と知らない社会的な問題について、ジャーナリストの堀潤さんが解説する「堀潤の社会のじかん」。今回のテーマは「バイデン政権の1年」です。アメリカのパワーが失われたことが露呈した1年に。アメリカのバイデン大統領の就任から1月で1年が経ちました。就任直後は57%だった支持率が、1年後は40%ほどに落ち込んでしまいました。コロナ禍でも、経済政策としては、失業率も経済指標も上向きにさせました。ワクチンも2億1600万人が接種済みとなったことをひとつの成果と強調しています。しかし、経済活動は回復していますが需要に対して供給が間に合っておらず、物価が上がって市民はインフレに大変苦しんでいます。支持率が落ち込んだ大きな理由はインフレでしょう。これに対して、バイデン大統領は200兆円規模の大型財政歳出を考えていますが、与党内の反対もあり、議会がねじれた状態になると、こういった法案も通らなくなってしまいます。外交面では、昨年の夏、アフガニスタンから米軍が撤退する際に大きな混乱が起きました。かつては「世界の警察」といわれ、世界の平和と安全のために貢献してきたアメリカのパワーが失われているということを国内外に露わにする結果となってしまいました。トランプ政権から一転し、各国との協調関係は取り戻せたので、ヨーロッパ諸国の首脳からは、「コロナ禍でもうまく立ち回れた」と評価の声が上がっています。ただ、トランプ氏はプーチン大統領と疑惑が取り沙汰されるほど仲が良く、中国に対しては真っ向から臨んでぶつかり、ある意味アメリカの影響力を示していました。日本とアメリカの関係も、安倍元首相とトランプ前大統領はとても相性が良かっただけに、岸田政権とバイデン政権の関係が強固ではないところに、アフガニスタンでタリバン政権が復活したり、中国と台湾の緊張関係も高まったり、ロシアがウクライナに侵攻するなど、これでいいのかと思わざるを得ません。リベラルな大統領が誕生ということで、多くの移民がアメリカに押し寄せました。しかし、不法移民に関してはバイデン氏も頭を悩ませ、結局国境を強化するしかありませんでした。2021年度の不法移民の拘束者数は過去最高に達し、一部のリベラル層からは落胆の声が上がりました。11月には中間選挙があります。ここがバイデン大統領の正念場となるでしょう。堀 潤ジャーナリスト。市民ニュースサイト「8bitNews」代表。「GARDEN」CEO。Z世代と語る、報道・情報番組『堀潤モーニングFLAG』(TOKYO MX平日7:00~)が放送中。※『anan』2022年3月30日号より。写真・小笠原真紀イラスト・五月女ケイ子文・黒瀬朋子(by anan編集部)
2022年03月25日1つのボールをもとに、選手たちの激しい攻防戦が繰り広げられるバスケットボール。選手たちはバスケットゴールへのシュートを目指し、1分1秒も惜しみません。そんなバスケットボールの試合中に起きた、ボールの救出劇を紹介します。ボールがネット裏に挟まってしまい…救出劇があったのは、アメリカで行われた試合中でのこと。選手がバスケットゴールをめがけて投げたボールは、ネットに入らず、ボードの背後に挟まってしまいました。イスの上に立ち、スタッフが掃除道具でボールを突こうとしても、届きません。すると、やって来たのが…。"THE CHEERLEADER SAVES THE DAY!" When hope was lost, a hero emerged. pic.twitter.com/8fjEydjr2j — CBS Sports (@CBSSports) March 18, 2022 チーム内のチアリーダーが、選手たちに支えられてボールを取ることができたのです!日頃からチアリーダーは、持ち上げられることに慣れているのでしょう。一度もバランスを崩すことなく、バスケットボールを取り出せていますね。チアリーダーの手により、バスケットボールを取り出すことができ、会場は拍手喝采が沸き起こりました。窮地から抜け出すこととなった、チアリーダーの行動に、「これはMVPに決まり!」「素晴らしい」「ヒーローインタビューに出てほしい」と、称賛の声が上がりました。バスケットボールの試合中に起きたピンチを救ったチアリーダーに、「ありがとう!」といいたくなりますね![文・構成/grape編集部]
2022年03月18日全米最大の犯罪組織を率いアメリカの暗黒街を支配した男の人生を描くクライム・サスペンス・アクション大作『ギャング・オブ・アメリカ』より、本編映像が解禁された。この度解禁された本編映像では、年老いた伝説的マフィアのランスキーと、彼の伝記執筆を希望する作家のストーンが初めて顔を合わせる場面が切り取られている。ランスキーが「君の望みは?なぜ私の本を書きたい?」と尋ねると、ストーンは模範解答のような言葉を並べ立てる。しかし、それが本心ではないと見透かして呆れたランスキーに、「金が要る」と本当の理由を白状するストーン。ランスキーはそれだ!と言わんばかりに嬉しそうにストーンを指さし、「それが君の真実だ」と納得の表情を浮かべる。そして「私が死ぬまでは原稿は誰にも見せるな。私が許可するまで話は全部オフレコだぞ。それまではただの作り話だ。罪に問われたくない」と、条件付きでストーンに伝記執筆を許可。付け加えられた「裏切ったらタダではおかない」との忠告に身構えるストーンだったが、それを受け入れ無事に伝記執筆が始まる。ランスキーがストーンに語るアメリカ史上最悪のマフィアが経験してきた、半世紀を超える血塗られた犯罪の物語とは一体何なのか。そして、ランスキーが隠し持っているとされる3億ドルのありかをストーンは聞き出すことができるのか。続きが気になる本編映像になっている。『ギャング・オブ・アメリカ』は2月4日(金)より新宿バルト9ほか全国にて公開。(text:cinemacafe.net)■関連作品:ギャング・オブ・アメリカ 2022年2月4日より新宿バルト9ほか全国にて公開© 2021 MLI HOLDINGS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
2022年02月05日日本には日本の、外国には外国の文化があります。私たちが当たり前に行っていることが、実は日本独自の文化で、「海外で驚かれた」なんてこともよく聞く話ですよね。中には、文化の違いから、トラブルになってしまうこともあるかもしれません…。アメリカの企業で勤務している、あひる(@5ducks5)さんが体験し、Twitterに投稿したエピソードをご紹介します。突然、日本の悪口をいい始めた同僚ある日、アメリカ人の同僚が雑談をしているのを耳にしたあひるさん。すると同僚たちが突然、「日本人は精巧に偽物を作るのがうまい」「しかも本物より値段が高い」など、日本の悪口らしきことをいい始めたのです。一瞬、身構えたあひるさんでしたが、「まずは相手の言い分を聞こう」と、同僚たちの話を最後まで聞くことにします。すると…。人同僚達が会議前の雑談で「日本人は偽物作るのが上手いんだよ、もちろん本物みたいに精巧にできてる。値段だって本物よりかなり高いんだぜ?」と、突然日本をディスり始めて一瞬身構えたけど、まずは彼らの言い分を聞こうと気持ちを落ち着かせよく話を聞いたところ、ただの食品サンプルの話でした。— あひるさん研究開発職 (@5ducks5) January 4, 2022 そう、彼らは食品サンプルの話をしていたのです!※写真はイメージ主に蝋や合成樹脂などを用いて作られる食品サンプルは、大正から昭和初期にかけて日本で考案された技術。海外では『Fake Food(フェイクフード)』などと呼ばれ、実物と見間違えるほどの精巧さから、人気があります。一方で、製作コストは実物の10倍ともいわれており、写真技術が発展した現代では、販促としての利用は減少傾向にあるようです。日本の悪口かと思いきや、ほのぼのエピソードだったこちらの投稿には多くの反響が寄せられました。・たしかに偽物!普通に褒め言葉だったのか…!・「まずは相手の言い分を全部聞いてから」がとても大切だと分かりますね。・私も身構えて読んだら、笑いました。令和となった現代では、アクセサリーや、キーホルダーなど、さまざまなグッズ展開もされている食品サンプル。中には、製作を体験できる施設やイベントなどもありますので、興味のある人は足を運んでみてはいかがでしょうか![文・構成/grape編集部]
2022年01月07日まもなく今年も終わりを迎えますが、華やかな気持ちで締めくくりたい人にオススメの映画は、制作費30億円をかけた音楽エンターテインメント『ヴォイス・オブ・ラブ』。そこで、こちらの方にお話をうかがってきました。ヴァレリー・ルメルシエさん【映画、ときどき私】 vol. 439ヴァレリーさん“フランスを代表するマルチ・タレントの⼀⼈”とされているヴァレリーさん。世界の歌姫セリーヌ・ディオンの半生を初めて映画化した本作で、主演・監督・脚本のすべてを担当していることでも話題に。劇中では、役名をアリーヌと変え、大スターが誕生する瞬間から葛藤までを見事に表現しています。今回は、制作秘話や愛について、そして日本への熱い思いを語っていただきました。―現在、ヴァレリーさんは57歳ですが、本作では驚くべきことに12歳からすべてご自分で演じていらっしゃいます。どういったいきさつで、子ども時代から演じることになったのでしょうか?ヴァレリーさん私は一人芝居の舞台でも子ども役をしょっちゅう演じているので、実は私にとっては慣れている役どころなんです。それに、私はアリーヌというキャラクターすべてを自分ひとりで引き受けたかったというのも大きな理由だったかなと。なぜなら、子役が演じるには難しいところがありましたし、彼女の持つ不器用さが私の幼少期と重なるところがあったので、そういう意味でも誰かに任せることなく自分で演じたかったのです。―とはいえ、実際演じてみて難しさを感じることもあったのでは?ヴァレリーさん幼少期やティーンエージャーの頃というのは、けっこう決まった“コード”みたいなものがあるものなので、意外と楽なものなんですよ。それよりも、20代の彼女を演じるほうが難しさを感じました。子どもと大人の中間地点が、一番大変だったと思います。とはいえ、彼女が自信を身に着け、グラマラスなスターになって行く過程を演じられるのは、楽しいものではありましたけどね。ちなみに、観客のみなさんは特殊効果を使って私の頭を子どもの体に乗せているんじゃないかと思うかもしれませんが、小さく加工してもらっただけで、体もすべて私自身のものなんですよ。そういうところも、ぜひ見ていただきたいですね。セリーヌの魅力は、地に足がついているところ―そこは注目ですね。演じるうえで、セリーヌさんのあらゆる文献を読まれたそうですが、彼女の生き方に触れてみて、どのように感じましたか?ヴァレリーさん驚いたことは、いくつもありました。なかでも、セリーヌの父親は結婚当初、「子どもはいらない」と宣言していたにもかかわらず、14人もの子どもを設けたこともそのひとつ。しかも、当時のカナダ・ケベック州では、それでも大家族のレベルではなかったというのにも、びっくりしました。あとは、彼女がラスベガスに移って以降、自分の家と移動中のリムジンと劇場以外、一歩も外に出たことがなかったという事実にも衝撃を受けましたね。―では、彼女がここまで世界中の人を惹きつけている理由については、どのようにお考えですか?ヴァレリーさん彼女が育った家庭環境が影響しているとは思いますが、すごく地に足がついている人であるというのは大きいと感じました。それに加えて、連帯感が強い家族に囲まれていたからというのもありますが、自分の出自を忘れず、家族を無視することがないのも素晴らしいところかなと。だからこそ、彼女はスターになっても、お高くとまることもなく、人柄の良さとユーモアを持ち続けることができたんだと思います。愛とは、一番価値がある大切なもの―なるほど。また、彼女が感じる孤独やアーティストしての義務感といったものには、ご自身も共感されたそうですね。苦しい時期を乗り越えるためにしていることはありますか?ヴァレリーさん孤独だと言っても、私の場合は長年同じメンバーに囲まれて仕事をしているので、そこまで孤独を感じてはいないかもしれないですね。実際、彼らの存在が私の心を和ませてくれていますから。孤独や困難から私を救ってくれているのは、人間関係における忠実さだと改めて思っています。―この作品は、いろいろなカタチの愛に溢れた作品だと思いますが、ヴァレリーさんにとっての愛とは?ヴァレリーさん私にとって愛というのは、一番価値のある大切なものです。たとえば、20年前に出演していた映画の写真を見たとき、仕事がどうだったかよりも、「このときの私は恋をして幸せだったかな?」みたいなことを考えるので、私にとっては愛が何よりも大事なんだなと感じます。そういったこともあって、今回の作品では曲が生まれる過程はあえて見せず、アリーヌと夫でプロデューサーのギィ=クロードが築いた唯一無二の愛情関係を中心に描くことにしました。私も彼のようなマネージャーがほしかったですね、そうはなりませんでしたが(笑)。多くのスターがドラッグやアルコール、不幸な恋愛でキャリアを台無しにしてしまうなか、そういうことのないセリーヌにとって、愛は一番欠かせないものだったと考えています。現場では、2つのことを意識している―また、劇中では素晴らしい歌も見どころのひとつです。ご自身が好きな曲はありますか?ヴァレリーさんそれは、「愛をふたたび」ですね。この曲は、ジャン=ジャック・ゴールドマンが彼女のために書いた曲ですが、彼はセリーヌのことをよく理解していましたし、彼女もその思いに応えるように歌っており、彼らが一緒に仕事をしている姿はとても美しいと思いました。歌詞も素晴らしいですし、私にとっても大切な一曲です。―ヴァレリーさんは、長年にわたって幅広いジャンルで活躍されていますが、ご自身が大切している信念や言葉があれば、教えてください。ヴァレリーさんまずひとつめは、「避けられないものは、抱擁しなければならない」というシェイクスピアの言葉です。どちらかというと私は、運命論者みたいなところがあるので、うまくいかないことがあっても、あまり根に持たずに「そういうものなんだな」と考えるようにしています。そしてもうひとつは、リラックスすること。やはり仕事というのは、楽しくなければいけないと思うので、相手にストレスを与えてはいけません。というのも、私がデビューしたばかりのころ、いつもカメラの後ろでしかめっ面して私をにらんでいる監督がいて、つらい経験をしましたから。俳優というのは、「愛されたい」「信頼してもらいたい」という欲求が高い存在。だからこそ、私が演出するときは、「私が彼らの一番のファンなんだ」と感じてもらえるように意識しています。そうすることで彼らは自信を持って演じてくれるので、そういう現場作りは大切にしているところですね。大事なのは、一緒に笑える人といること―まもなく日本で公開を迎えますが、どのようなお気持ちですか?ヴァレリーさん実は、私はいままでに26回も日本を訪れたことがあるんですよ!なので、今回来日が果たせなくて、本当に悲しいです。もし日本に行けていたら、本当にビッグなクリスマスプレゼントになっていたでしょうに……。日本には、行くたびに自分の家にいるみたいにくつろげるので、とにかく大好きな国なんですよ。―ありがとうございます。そのなかでも、日本での思い出といえば?ヴァレリーさん飛騨高山もすごく印象に残っていますが、おもしろかったのは地方で大相撲を見たときのこと。初めて観戦しましたが、あの雰囲気も気に入りましたし、マス席でいろいろなものを食べられるのも楽しかったです。しかも、ラッキーなことに相撲部屋まで見学させていただくことができ、力士たちが一生懸命鍛えている姿を見ることができたのは興味深かったですね。そのほかに好きな街は、大阪。最近は、フランスから大阪に直行便で飛ぶようにしています。そして、何より一番はマッサージの技術。私は世界各地でマッサージの施術を受けていますが、日本のマッサージは最高です!―それでは最後に、ananweb読者に向けてメッセージがあればお願いします。ヴァレリーさんアリーヌとギィ=クロードを描いていて、いいなと思ったのは、2人がよく笑い合っている姿。特に、彼女が彼を笑わせているシーンが多いですが、笑わなくなったカップルというのはとても悲しいことです。だから、みなさんにも「一緒に笑える人といることが一番大事ですよ」というのは伝えたいと思っています。インタビューを終えてみて……。仕事の話から愛のことまで、興味深いお話をしてくださったヴァレリーさん。取材中、「日本」というワードが出た瞬間、一気にテンションが上がり、質問を聞き終えることなく日本愛を炸裂されて、うれしくなりました。今回は、幼少期からすべてを演じていらっしゃるヴァレリーさんの熱演ぶりにも注目です。愛を乗せた歌声が心を震わせる!世界的スターが歩んできた波乱の道のりを一緒に旅するかのような感覚を味わえる本作。その裏にある家族の愛、音楽への愛、そして夫婦の愛は、観る者の心を温かくし、大きな感動を与えてくれるはず。圧巻の歌声と迫力のステージは、ぜひスクリーンで堪能してみて。取材、文・志村昌美ストーリー1960年代、カナダのある小さな田舎町に暮らす音楽好きの一家に、14人兄弟の末っ子として生まれたアリーヌ。彼女は5歳から人前で歌い始め、その歌唱力はすぐに町で話題となる。そんな彼女の特別な歌の才能に気づいたのは、地元の名プロデューサーであるギィ=クロード。“奇跡の原石”を大切に育て、12歳でデビューさせると、アリーヌは世界的歌姫へと成長していくのだった。そして、それは自分を見いだしてくれたギィ=クロードとの真実の愛と出会う旅にもなることに……。魅了される予告編はこちら!作品情報『ヴォイス・オブ・ラブ』12月24日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー配給:セテラ ・インターナショナル©Rectangle Productions/Gaumont/TF1 Films Production/De l’huile/Pcf Aline Le Film Inc./Belga© Laurent Humbert / H&K©photos jean-marie-leroy
2021年12月23日意外と知らない社会的な問題について、ジャーナリストの堀潤さんが解説する「堀潤の社会のじかん」。今回のテーマは「中国TPP加盟申請」です。中国も台湾も加盟を申し出た。行く末に注目。TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の始まりは、ASEAN(東南アジア諸国連合)や南米地域の経済連携でした。ところが、オバマ政権時にアメリカが加わることになり一気に色合いが変わりました。中国の台頭が目覚ましくなり、中国を牽制する連携が必要と、自由主義諸国の中国経済圏への対抗措置として交渉が進められるようになったのです。日本は最初は関心を示していませんでしたが、この巨大な貿易圏に入っておかなければ、将来孤立しかねませんし、最初からルール作りに参加しておいたほうがよいだろうと判断。反対意見もあるなか、民主党政権下で参加を決め、交渉を開始しました。ところが2017年、ようやく貿易交渉も合意したところに、トランプ政権が誕生し、アメリカはTPPを離脱。一気に、規模が縮小してしまいました。そこからは日本主導となり、2018年に11か国がTPPに署名しました。今年、バイデン政権になり、日本はアメリカのTPP復帰を求めていますが、バイデン大統領は静観しています。そんな折、中国がTPP加盟を申し出ました。習近平国家主席は当初からTPPに関心を持っていたらしく、米国が抜けたいまがチャンスだったんですね。中国は戦争という武力で圧力をかけることよりも、交渉のなかで自国に有利なルールを作り、中国の貿易圏に取り込むことで他国を経済的支配下におくことに注力してきました。TPPはその大きな入り口になるところでした。そこへTPP加盟を申し出て牽制に入ったのが台湾です。これには「中国は一つではなく、台湾は台湾」というメッセージが込められています。TPPの加盟には参加国全員の合意が必要です。中国を先に入れれば台湾やアメリカの加盟は不可能になるでしょう。また、台湾を先に入れれば中国を敵に回すことになり、アジア太平洋地域の緊張につながります。日本にとって頭の痛い問題なのです。TPPの先には、さらに国や地域を拡大した連携などの構想があります。政治と経済を切り離し、東アジア全体の安定につながるような交渉ができるといいのですが、そう簡単にはいかないでしょう。堀潤ジャーナリスト。市民ニュースサイト「8bitNews」代表。「GARDEN」CEO。Z世代と語る、報道・情報番組『堀潤モーニングFLAG』(TOKYO MX平日7:00~)が放送中。※『anan』2021年12月1日号より。写真・中島慶子イラスト・五月女ケイ子文・黒瀬朋子(by anan編集部)
2021年11月26日芸術の秋真っ只中ということもあり、アートへの関心がいつも以上に高まっている人も多いのでは?そんななかでオススメの映画は、アート界の裏で行われている闇の金銭取引を暴き、アートとお金の“怪しい関係”に迫った話題のドキュメンタリーです。『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』【映画、ときどき私】 vol. 4322017年、レオナルド・ダ・ヴィンチ最後の傑作とされていた「サルバトール・ムンディ」が、史上最高額の 510 億円で落札。アート界に激震が走る。「購入者は一体何者なのか」「真のダ・ヴィンチ作品だと証明されたのか」など、謎は深まるばかりだった。一般家庭で発見され、13万円という激安で売られていた名画が、なぜ政府やハリウッド・スターのレオナルド・ディカプリオまでも巻き込んだ大騒動へと発展していったのか……。オークションが行われた当時、世界的なニュースとなり、大きな注目を集めた通称「男性版モナ・リザ」。そこで、一連の出来事の背景について、こちらの方にお話をうかがってきました。アントワーヌ・ヴィトキーヌ監督ドキュメンタリー映画監督としてだけでなく、ジャーナリストとしても活躍しているヴィトキーヌ監督。今回は、政治的なテーマを数多く取り上げてきた監督があぶり出すアート界の闇や取引の裏側について、語っていただきました。―まずは、この題材に取り組もうと思った理由から教えてください。監督実は、2018年にサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子のドキュメンタリーを作っていたので、そのときに彼が「サルバトール・ムンディ」を買ったと聞いたのが最初でした。私自身はそれまであの絵に関してはあまり知らなかったので、彼が買ったということに対しての驚きのほうが大きかったですね。調べてみると、当時はルーヴル美術館が鑑定するのかしないのか、展示するのかしないのか、といった噂で持ち切りだったので、僕としてはその“謎”を探るために調査を始めたのがきっかけです。ドキュメンタリーを作るうえでは、オークションの前から始める必要があると思い、2005年までさかのぼって構成しました。―いろいろな方のインタビューやオークションにも密着されていますが、監督にとって予想外の出来事はありましたか?監督一番驚いたのは、この絵が外交問題にまで発展していたこと。ロシアの富豪が登場するあたりまでは、想像の範囲内でしたが、まさか政府が関わるほどになるとは……という感じですね。あともうひとつは、オークションハウスのサザビーズが果たしていた役割が非常に特殊であったこと。サザビーズがロシアの富豪からお金を預かったとき、彼の右腕がしていた怪しげな工作に関与していたとされています。現在、アメリカでは訴訟中ですが、あれほど大きなオークションハウスが合法と非合法のすれすれのところに介入していることに、びっくりしました。利益を求める人たちによって、芸術が貶められている―アートとは崇高なものだと思っていたので、本作で映し出しているようなお金との関係性には驚かされましたが、監督自身はいまのアート業界のあり方をどう感じていますか?監督もちろん、アート業界のなかには崇高な部分もまだ存在しているとは思います。つまりそれはここまで大きなお金が動くことなく、純粋にアートと向き合っているアーティストたちがクリエイトした作品を発表するうえで、オークションハウスやギャラリーの力を必要とする通常の流れのことですけどね。ただ、そのいっぽうで、世界の大富豪たちが芸術的な価値よりも投資目的で落札するという流れが現代のアート界にあるのも事実。本作で映しているように、芸術作品がお金を生んでいる状態となっているのです。不誠実な人ばかりとは言いませんが、そんなふうにアートに利益を求める人たちの存在と行動によって、芸術が貶められているところもあるのではないかなと思っています。―確かに、この作品を観る方の多くがそういう危機感は覚えるのではないかなと。監督名前は伏せますが、実は最近もイギリスの非常に有名なアーティストの展覧会に行ったときに、驚いた出来事がありました。非常に素晴らしい絵だったので、ギャラリーの人にどのくらい枚数があるのかを尋ねてみたんです。そしたら、なんと107枚作っています、と。それほどの枚数だと、もはや工場で作品を製造しているのに近いと思うので、そういう意味では、崇高なアートとは少し違う次元に行ってしまっているように感じました。国を広げるためにいま必要なのは、武器よりも美術館―監督は芸術の国と言われるフランスで生まれ育っています。実際に「サルバトール・ムンディ」をご覧になったときは、どのような印象を受けましたか?監督実は、僕が初めてこの絵を見たときは、すでに皇太子が買ったという事実を知っていたので、「いわくつきの作品だな」という色眼鏡を通して見ていました。悲しいことに、美術館で絵画を見るような純粋な気持ちでは見れなかったので、強い印象を抱くことなく、特に大きな感動もなかったというのが正直なところです。美しいという人もいれば、そうではないという人もいるので、どう感じるかはみなさん次第だと思います。―ちなみに、監督の意見としては、この絵は本物だと思いますか?監督ダ・ヴィンチと彼の工房による共同の作品、というのが僕の想像する正解に一番近いと思う答えじゃないかなと。ただ、この作品に関しては、ダ・ヴィンチの弟子が1人で描いたという説もありますからね。とはいえ、いずれにしてもクリエイションの過程のなかにダ・ヴィンチの存在があったことは間違いないとは思います。―13万円が510億円になるとは、夢のある話だと思いますが、投資目的にアートを使うことに関して、監督はどうお考えでしょうか。監督皇太子ほどお金を持っていないので、自分ならどうするかというのはちょっと想像できないですね(笑)。ただ、ひとつ言えるとすれば、お金があっても「サルバトール・ムンディ」は買わないかなとは思います。今回、僕が一番惹かれたのは、この作品をサウジアラビアの皇太子が買ったことです。彼は自分の国を世界に向けてもっと広げていきたいという希望がありますが、そのためには武器を買うよりも、美術館を建てることのほうが必要だと考えたのは非常に興味深いことだなと。しかも、そこにはヨーロッパの美術史史上一番高額な絵を買うことに価値があるんだ、という彼の意思表示のようなものも感じることもできました。国の統治者として彼がした選択は、まったく無意味だとは思いません。日本に対しては直感的な親しみを抱いている―まもなく日本での公開を迎えますが、日本に対してどのような印象をお持ちかお聞かせください。監督残念ながらまだ一度も行ったことはありませんが、昔からずっと興味のある国で、いつか行きたいと思っています。うまく説明はできませんが、日本には直感的な親しみすら抱いているほど。実は若い頃に10年ほど柔道をしていたことがあり、トレーニングのビデオなどを通して日本の風景を見続けていたので、そういったことも影響しているのかもしれませんね。日本のみなさんはフランスが好きだと聞いていますが、僕たちフランス人も日本が大好き。僕の11歳になる息子はしょっちゅう日本の漫画を読んでいて、日本語も少し離せるくらい本当に日本が好きだと言っています。それくらい、僕たちにとって日本は近い存在となっているのです。―ありがとうございます。それでは最後に、日本の観客に向けてメッセージをお願いします。監督もちろん、理解することも大切ではありますが、理解しようとし過ぎて頭を使うよりも、まずは世の中には“異なる世界”というのがいくつも共存しているんだというのを体感していただきたいです。アメリカ・ルイジアナ州の一般家庭から始まり、サウジアラビアの砂漠にたどり着くまでの経緯というのは、まさに現代のグローバリゼーションならではの現象だと思うので、そういった部分も含めて、目を大きく見開きながら観ていただきたいです。欲望にまみれた世界で最後に微笑むのは誰か?すべて事実でありながら、まるで先の読めないミステリー映画を観ているかのような錯覚に陥る本作。芸術的感性だけでなく、金銭感覚までも刺激されること間違いなしのこの秋見逃せない注目作です。取材、文・志村昌美謎に満ちた予告編はこちら!作品情報『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』11月26日(金)TOHO シネマズ シャンテほか全国順次ロードショー©2021 Zadig Productions ©Zadig Productions - FTV
2021年11月25日アメリカのオハイオ州で飼い主のケイリーさんと暮らす、犬のタマレ。生まれた時から目が見えず、耳が聞こえないタマレは、生後4か月の時にケイリーさんの家族になりました。※画像は複数あります。左右にスライドしてご確認ください。 View this post on Instagram A post shared by Tamale (@t.thedoublemerle) ウェブメディア『The Dodo』によると、タマレは障がいをものともしないほど、フレンドリーで活発な性格なのだとか。目が見えないため、しばしば物にぶつかることはあるものの、それ以外は普通の犬そのものだといいます。そんなタマレには、大親友がいます。名前はジミー。ドッグパークで出会ったタマレとジミーはすぐに仲よくなり、今ではお互いの飼い主が2匹を毎週、一緒に遊ばせています。ある日、ケイリーさんはその2匹の日常の動画を撮り、TikTokに投稿しました。すると、56万件を超える『いいね』が集まったのです。@t.thedoublemerle1i love these two ##bestfriend ##bestfriends ##deaf ##blind ##doublemerle ##aussie ##goldenretriever ##fyp♬ hell never love you like i can - Evie
2021年11月19日悪い夢でも見ているかのような生活が長く続くなか、思わず目が覚めるような衝撃体験を求めている人も多いはず。そこで今回ご紹介するオススメ映画は、迷宮に入り込んだような感覚を味わえる話題作です。『アンテベラム』【映画、ときどき私】 vol. 425心優しい夫と幼い娘と幸せに暮らしていたリベラル派のベストセラー作家ヴェロニカ。ある日、謎めいた女性とのオンライン取材をこなしたあと、講演会のために単身ニューオーリンズを訪れる。現地では親友らと合流し、ディナーに繰り出すが、そこには公私共に順風満帆なヴェロニカを奈落の底へと突き落とす恐ろしい罠が待ち受けていた。一方、奴隷制度を信奉する南軍の旗が掲げられたアメリカ南部にあるプランテーションで、囚われの身となっている女性エデン。脱走を試みた者は監視役に殺され、焼却炉で処分されてしまう。過酷な労働を強いられ、屈辱と恐怖の日々を耐え忍ぶなか、エデンは脱出のチャンスをうかがっていた。同じ境遇の女性ジュリアを巡る出来事をきっかけに、エデンは奴隷仲間のイーライと脱走計画を実行するが……。これまでに『ゲット・アウト』『アス』といった衝撃作を世に送り出したプロデューサーが、新たに手掛けた“パラドックス・スリラー”として話題の本作。今回は、こちらの方々に見どころなどをうかがってきました。ジェラルド・ブッシュ & クリストファー・レンツ現代社会を揺るがす問題に焦点をあてた作品を数多く発表し、映像作家として注目を集めているブッシュ監督(写真・左)とレンツ監督(同・右)。ユニットとして長年一緒に活動をしているおふたりに、長編映画デビュー作となった本作が誕生した裏側や社会に対する思い、そして2人だからこその強みについて語っていただきました。―本作は、ブッシュ監督が見た悪夢がきっかけだそうですが、どういった内容だったのでしょうか?ブッシュ監督僕が見た夢は、ほぼこの映画の通りと言えると思います。インスピレーションというのは、夢や白昼夢から来ることもあるので、普段からこういったものに注意をしているほうですが、今回は本当に悪夢でしたね。犯罪の様子を目撃してしまったかのようなショックがあったので、目が覚めた瞬間にいろいろとメモをしたほど。次元を超えて誰かが僕に助けを求めているような気さえしました。超自然的というか、自分の祖先から語りかけられているような感覚もあったので、それをそのまま映画にしようと考えたのです。―その話を聞いてレンツ監督は、どう思われましたか?レンツ監督そのストーリーは書くべきだと言いました。実際、すぐに2人で短編を作ったのですが、それがこの映画のもとになっています。―『アンテベラム』は直訳すると、「南北戦争前、戦前」という意味になります。このタイトルに決めたいきさつやここに込めた思いを教えてください。ブッシュ監督実は、「アンテベラム」という言葉もサインとして僕の夢に出てきたものです。この映画では、夢の話になるべく忠実に描きたいと思っていたので、そのまま使いました。僕たちとしては、観た方に「はたしてこれは実際にアメリカの南北戦争前のことを指しているのか」それとも「これから起こるであろう南北戦争のような出来事のことを指しているのか」という疑問を投げかける意味も込めています。人々の心から憎悪が消えないと同じことが繰り返される―本作にも関わりのある南軍司令官のロバート・E・リー将軍の銅像が先日バージニア州で撤去されたこともあり、非常にタイムリーな作品になったと思います。このことでアメリカは変わっていくと思いますか?それともこれからもまだ過去に縛られたままの状態が続くとお考えですか?ブッシュ監督非常に面白い質問だと思います。あの銅像は南北戦争の象徴的なアイコンで、戦後50年近く経ってから建てられたわけですが、それを人々が受け入れたことも驚きではないかなと。僕が思うに、リー将軍はヒトラーのような人物でしたからね。今回、銅像は撤去されましたが、社会がした醜い行為にきちんと直面しない限りは、いくら物理的な行動を取ったとしても、同じようなことが起きてしまうと考えています。実際、今年の1月にはトランプの支持者たちによってワシントンの連邦議会議事堂が襲撃される事件が起きました。公共の場所から銅像を撤去するかどうかではなく、人々の心のなかから憎悪が消えない限りは、これからもこういったことはずっと繰り返されることだと危惧しています。―確かにその通りだと思います。撮影時のことについてもおうかがいしますが、レンツ監督は毎日大変で、ときには涙を流したこともあったとか。なかでも印象に残っていることは?レンツ監督冒頭のシーンを撮っているとき、ジャネール・モネイを始めとする俳優たちの演技が素晴らしくて涙を流したことはありました。仕事としては大変なことが多かったですが、とてもやりがいのある現場でもあったので、そういう意味でのストレスはなかったです。みんなで一緒に、目的や大義に向かっていくことができました。最後にはものすごいカタルシスが味わえる―映画のなかで、隠されたメッセージなど、注目すべきポイントを挙げるとすれば?ブッシュ監督映画のなかには隠しメッセージはもちろん、過去から現代までのアメリカ文化におけるさまざまシンボルもたくさん散りばめています。なかでも注目してほしい場面のひとつとして挙げるなら、奴隷仲間となるジュリアが最初にプランテーションに着いたときの言動も、ある種のヒントになっていると言えるのではないかなと。観客のみなさんにはなるべく劇場に行って、最初から最後まで何も見逃すことなく、じっくりと観ていただきたいです。そうすれば、ラストにはものすごいカタルシスを味わえると思っています。―みなさんには、ぜひ隅から隅までしっかりと観ていただきたいですね。主演のジャネール・モネイさんは圧倒的な存在感を放っていましたが、実際にご一緒されてみていかがでしたか?レンツ監督今回はあらゆる瞬間に、彼女のすごさを感じました。なかでも、彼女がジュリアを小屋で見つけたときに浮かべる表情は、本当に素晴らしかったですね。それからクライマックスで、夫にあることを告げるシーンでは、彼女の希望でもう一度撮り直しましたが、おかげでインパクトのあるいいシーンにすることができました。―これまでユニットとして活動されていますが、うまくやっていく秘訣はありますか?ブッシュ監督僕は子どもの頃に、画家のディエゴ・リベラとフリーダ・カーロのパートナーシップを見ていて、「何てすごいんだろう」と思っていましたが、僕たちも一緒に暮らしながらアートを作る生活を14年送ってきました。仕事だけでなく、私生活でもパートナーとして本当に幸せな日々を過ごしています。これは非常にユニークであり、ラッキーなことだと思いますが、それができているのはおそらくお互いの意見を尊重し合えているからです。つまり、自分がしていることと同様に2人でしていることも、僕は信じていますし、それぞれの独特な視点があるからこそ、それが僕たちの形を作っているのだと感じています。これは本当に、恵まれたことですよね。異なる視点を持っているのが2人の強み―2人だからこその強みといえば、どんなところでしょうか。レンツ監督僕たちは全然違うタイプの人間なので、異なる視点を持っているのは大きいことかなと。そのおかげで、観る人にとっておもしろくて、よりリアルな作品ができるのだと感じています。ブッシュ監督確かにそうだね。あと、彼はコネチカット州出身の白人で、私はテキサス州出身の黒人とまったく違うけれど、同じ価値観を分かち合っています。もしかしたら、それが絆となっているのではないでしょうか。作品を生み出す大きな要因となっているのも、そういった価値観から来ているものですから。完成するまでは、激しい議論を交わすこともありますが、それがあるからより良いものが生み出せると思っています。それに僕たちはやりたいことに対して、2人の考えはいつも完全に一致しているので、違う意見が出てきたとしても、同じ情熱や価値観を持ち、それについて話し合えるというのが僕たちの強みと言えるのかもしれませんね。―それでは、日本で公開されることになったお気持ちや観客に伝えたい思いについて、お聞かせください。ブッシュ監督実は、僕たちのやりたいことリストのひとつは、日本に行くこと。というのも、東京が世界で一番お気に入りの場所だというジャネールから、どれほど素晴らしい街なのかという話を僕たちは延々と聞かされていたからね(笑)。おかげで、いま行きたくてしょうがないんです。そういったこともあって、この映画が日本で公開されることには、本当にワクワクしています。日本の観客というのは非常にレベルが高いので、この映画を純粋にアートとして楽しんでいただけることを願っているところです。レンツ監督日本には非常に興味があるので、次の映画では絶対に来日したいですね!次回作では、グローバルな気候変動について描いているので、日本をはじめ、いろいろな国から得たインスピレーションを入れ込みたいと考えています。驚愕のクライマックスに息を飲む!一瞬たりとも目が離せないストーリー展開と、極限状態の緊張感にどんどんと引き込まれてしまう本作。得体の知れない恐怖の正体が明らかになったとき、衝撃の大きさに誰もが打ちのめされてしまうはず。信じがたい“悪夢”が見せる真実とは?取材、文・志村昌美心拍数の上がる予告編はこちら!作品情報『アンテベラム』11月5日(金)より全国ロードショー※TOHOシネマズ シャンテは11月7日(日)より配給:キノフィルムズ©2020 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.©Ryan DeForeest
2021年11月03日誰にでもある子ども時代の忘れられない思い出。その当時の経験がいまの自分を形作っていると感じることも多いのでは?今回は、そんな気持ちが蘇ってくる注目作をご紹介します。『スウィート・シング』【映画、ときどき私】 vol. 424普段は優しいがお酒を飲むと人が変わってしまう父と、家を出てしまった母を持つ15歳のビリーと11歳のニコ。頼る大人がいない姉弟は、お互いに支え合いながら暮らしていた。クリスマスの日、父がくれた思いがけないプレゼントに幸せを感じていたビリーだったが、両親が大ゲンカとなり、散々な1日となってしまう。その後、父の入院をきっかけに母と恋人が暮らす海辺の家へと向かったビリーとニコは、少年マリクと出会い、友達になる。そして、ある出来事をきっかけに、3人は逃避行を始めることに……。本作を手掛けたのは、米インディーズ映画の象徴的存在とされているアレクサンダー・ロックウェル監督。日本では、25年振りの新作公開となっており、話題となっています。そこで、こちらの方々にお話をうかがってきました。アレクサンダー・ロックウェル監督 & ラナ・ロックウェル本作で、主人公のビリーを演じたラナ(写真・右)さんは、ロックウェル監督(同・左)の娘であり、監督の作品に出演するのは2度目。高校を卒業した現在は、音楽の勉強に取り組むなど、今後の活躍が期待される存在でもあります。今回は、監督自身のポケットマネーをつぎ込んで完成させた意欲作にかける思いや親子で挑んだ映画制作の裏側、さらに日本から受けた影響などについて語っていただきました。―この映画は物語から生まれたのか、多感な時期のお子さんの姿をとらえたいという気持ちから生まれたのか、どちらが先でしたか?監督おそらく、両方同時だったと言えると思います。そのなかでも、ラナが子どもから大人への階段を上り始めている時期に差しかかっていたこと、さらにコロナ禍で学校や友達との関係に苦労していた頃でもあったので、そういう姿を撮りたいという思いは強くありました。そういった意味でも、この物語を語るにはパーフェクトなタイミングだったと言えるかもしれませんね。あとは、2度とやってこない魔法のような子ども時代と型にはめられて構築されている大人の世界、子どもの純真無垢さと大人の荒々しい暴力というのをそれぞれ対比させたかったというのもあったかなと。さまざまな苦労を経験するなかで、子どもたちの力がぐんと伸びて花が開いていくような様子をとらえたいという思いで作りました。ビリーの視点は、自身の幼少期と共通している―監督自身の子ども時代も影響しているとのことですが、ご自身の経験も反映されている部分もあるのでしょうか。監督それはけっこうありますね。実際、僕の両親は早くに離婚していて、父親はアルコール依存症でしたから。僕の場合は、3人の姉が半分母親のように僕のことをしっかりと育ててくれました。当時はつらいこともありましたが、いま振り返ると、その状況をどこか客観視しているようなところがあったので、何とか自分のなかにある希望や喜びを失わずにいられたのかなと。子どもというのは、大人たちの大変な世界を俯瞰することができ、すべてが平和であってほしいと願っている存在のようにも感じています。ラナはビリーを演じるうえで、そういった雰囲気をうまく出してくれていましたよね。そのあたりの視点が僕の幼少期との共通点と言えると思います。―ラナさんは本当に素晴らしい演技でしたが、演じてみていかがでしたか?ラナさん家庭環境など、ビリーと状況は違うものの、キャラクターに共感する感覚を得られたのは、私にとってひとつの発見でした。ビリーを通して、自分自身の心について学ぶことができましたし、演技についてもいろいろと習得できたのではないかなと。自分が好きなものや情熱を注いでいるものが何なのか、ということを改めて知るような瞬間も何度かありました。あとは、家族との関係性も深めることができた気もしています。―映画監督としてのお父さんを現場でご覧になって、どういった印象を受けたのかについて教えてください。ラナさん撮影のために友達との付き合いなどを一旦中断しなければいけなかったので、正直に言うと、実はいろいろと文句もありました(笑)。それは10代の娘と父親の典型的な関係でもあるので、ケンカをすることもしょっちゅうでしたが、そこには自分の父親を父親以外の者として認めたくないという気持ちもあったのかもしれません。ただ、父親がどういったプロジェクトを手掛けていて、そのなかでもどういった役割を務めているのか、さらに映画監督としてどういう存在なのか、といったことを客観的に見ることで、父に対するリスペクトの気持ちは芽生えました。映画の現場よりも、子どもと向き合う毎日のほうが挑戦―今回、ニコを演じたのも実際にラナさんの弟で、母親役も監督の奥さまでラナさんのお母さまでもあるので、ご家族で挑まれた現場でもあったかと思います。とはいえ、親子だからこそできることもあれば、親子だからこその難しさもあったのでは?監督僕としては、不便な点はまったくなかったですよ。もちろん、役者を演出するのは、さまざまな困難がつきものではありますけどね。ただ、自分の子どもの場合、そもそも毎日子どもと付き合っていること自体がチャレンジですから(笑)。あくまでも映画はその延長線上にあったので、特に不自由を感じることはありませんでした。それよりも、「この子にはこんな才能があるのか」と知ることができて、アーティストとしても新たにリスペクトする気持ちにもなったほどですよ。ただ、子どもにとってはつらかったかもしれないですね。なぜなら、監督という“仮面”をかぶって、父親だったら指図しないようなこともしていたわけですから。すごく寒い状況のなかで厳しく演出することもあったので、そういう部分で子どもは大変だと感じていたかもしれません。―ラナさんはそれを聞いていかがですか?ラナさんそうですね、ある意味では非常にほろ苦い経験になりましたね(笑)。でも、心を裸にして演技をするうえで、監督と一から信頼関係を築かなくてよかったのは、心強かったです。父とは普段から非常によくコミュニケーションが取れているので、それは力になりましたし、一番の利点だったと思います。あとは、父が私を何よりも大切にしてくれていることがわかっていたので、失敗しそうなプロジェクトに私を起用するわけがないという安心感もありましたね。ただ、ときおり何か文句を言いたいときに父親が監督だと相談しにくいときもありましたが……(笑)。でも、難しいシーンのときはどんな監督を前にしても、難しいものは難しいので、監督が父親だから余計難しくなるというのはありませんでした。結果的には、父に監督をしてもらえてよかったと思っています。「スウィート・シング」とは、子どもたちみんなのこと―タイトルには、「愛しい存在」という意味のある『スウィート・シング』が使われています。おふたりが「スウィート・シング」という言葉から思い浮かぶものは何ですか?監督僕はやっぱりタイトルの基になっているヴァン・モリソンの楽曲「SWEET THING」です。歌詞のなかに「僕たちは年を取ることはないさ」みたいな下りがあって、現実的にはあり得ないことですが、とても感情に響くフレーズなんですよね。それこそが、子ども時代の純真さや甘さを象徴しており、この映画のエッセンスでもあると言えるのではないかなと。ビリーというキャラクターがそれを体現してくれていますが、このフレーズにはすべてが内包されていると思います。実は、最初にこのタイトルにしようとしたとき、「ビリーが性的対象として読み取られる可能性がある」といった懸念の声が周囲から上がり、一時は僕もやめようと考えていました。でも、どうしてもこのフレーズが僕のなかに響いたので最終的には、このタイトルに決定しましたが、いまではその思いを貫き通してよかったなと感じています。ラナさん私もこの映画に出演した影響を大きく受けているので、子ども時代の天真爛漫さや純真無垢さ、そしてヒューマニズムといったものを連想しますね。監督あと、付け加えるなら、ビリーがマリクと一緒にいるシーンこそがこの映画の精神を体現しているとも思いました。ビリーが彼に語りかけるように「SWEET THING」を歌っているシーンなんか、特にそれが伝わってきますよね。なので、「スウィート・シング」とは、ビリーであり、マリクであり、ニコであり、子どもたちみんなのことを指しているのかもしれません。日本の映画は、潜在意識に刷り込まれている―まもなく公開を迎える日本についてもお伺いしますが、お好きなものや影響を受けているものはありますか?監督やはり小津安二郎監督、溝口健二監督、黒澤明監督からは、非常に強い影響を受けています。僕はあまり学校の成績がよくなかったので、学校から逃げるようにして映画館に駆け込んでは、『雨月物語』や『七人の侍』をはじめとする彼らの作品を観ていました。その後、パリに住んでいた時期もありましたが、そのときもずっと彼らの作品は観続けていたほどですから。ちなみに、ラナはお父さんの学業がふるわなかったことと、学校をさぼっていたことは、聞かなかったことにしてね(笑)。ラナさんあはは!監督あと、現代の監督で挙げるなら是枝裕和監督。『万引き家族』だけでなく、ほかの過去作も観ていますが、彼のことは“映画の兄弟”のように感じているので、彼の作品を観ると、まるで心の友が僕にいろいろと教えてくれているような感覚に陥ってしまうほど。日本の映画は、映像の構図にしても、キャラクターの人間性にしても、ドラマの描き方にしても、僕が映像作家として形成されるうえで、要素のひとつになっていると思います。ラナさん私は父のように具体的な名前は挙げられないですが、幼少期から父といろいろな日本の名作を見て育ったので、そういったものが潜在意識として刷り込まれているように感じています。監督確かに、おとぎ話を語り聞かせるように、日本の映画をずっと見せていましたからね。子ども心や喜びを再燃させてくれる作品になっている―日本での劇場公開作品は25年振りとなりますので、待ち望んでいた日本のファンに向けてメッセージをお願いします。監督「日本のファンに向けて」ということですが、ファンではない方にはまずこの映画を気に入ってもらって、ぜひ僕のファンになってもらいたいですね(笑)。この映画をご覧になってくださる方に伝えたいのは、「みなさんが映画を観ているとき、僕はあなたたちのそばに一緒にいますよ」ということです。日本で公開されるのは本当に光栄なことでもあるので、ぜひみなさんの感想をお待ちしています。僕は宇宙飛行士のような特別な存在のためではなく、みなさんのために映画を作り、そして対話をするために作っているので、ぜひ日本のみなさんがどう感じたのかフィードバックをもらえたらうれしいです。ラナさん私はキャストとスタッフ全員を代表して言いますが、日本でこの映画が公開されることにとても興奮しています。そして、この映画を支えてくれるみなさんにも改めて、感謝の気持ちを伝えたいです。ぜひ、みなさんのなかにある子ども心や喜びを再燃させてくれるような作品になってくれたらいいなと願っています。悲しみと幸福が入り混じったファンタジー!子どもの頃にしか味わえないきらめきと、かけがえのない一瞬をとらえた本作。そのなかで描かれる幸せと悲しみ、そして愛情の深さに心が動かされるのを感じるはずです。ラナさんの繊細で瑞々しい演技も、ぜひお見逃しなく。取材、文・志村昌美愛の詰まった予告編はこちら!作品情報『スウィート・シング』10月29日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開監督メッセージ動画+スペシャル Q&A 動画の限定上映が決定(映画館によって上映⽇・上映回は異なります)<『スウィート・シング』公開記念>ロックウェル監督作『イン・ザ・スープ』(1992)が新宿シネマカリテにて10月29日(金)~11月4日(木)1⽇1回上映、他全国にて上映予定配給:ムヴィオラ©2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. 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2021年10月28日遊び心が刺激される大きな平屋神奈川県相模原市。周囲を山や畑に囲まれ豊かな自然が残る土地に、鮮やかなスペイン瓦が印象的な平家の洋館が建っている。この家に暮らすのは、川原さん夫妻と幼い仲良し姉妹。以前は世田谷区に住んでいたが、2020年の7月に引っ越してきた。「アメリカ人の男性が50年近く前に建て、大切に暮らしてきた家だそうです。住まい手を失っていたところを知り合いに紹介されたのですが、歳月を得た味わいに一目惚れして、すぐに購入を決めました」。奥さまの飛鳥さんは、運命的な出会いを振り返る。都心ではめったにお目にかかれない広々とした敷地と、ゆったりした間取りの大きな家。中庭、温室、屋上、地下室、ガレージ、サンルームといったオプションも豊富で、豊かな暮らしが思い描けたそうだ。「遊び心が常に刺激されて、楽しい生活になりそうだなと思いました」。深い赤色のスペイン瓦と白い壁が印象的な川原邸外観。左手のパラソルがあるところがガレージ。広大な庭の一角には、ご主人の念願だったバスケットゴールを設置。新たな息を吹きこむリノベーション重厚なつくりではあったものの、購入時の家は内装が傷み、古さが目立つ状態だった。そこでリノベーションを依頼したのが、15年来の知り合いだった木堂勝弘さん・久美子さん夫妻。アメリカの建築古材やアンティーク家具を取り入れ、味わい深いアメリカンスタイルの家づくりを担うつくり手だ。「木堂さん夫妻にお願いすれば、この家は絶対に輝くと確信していました。床も壁も全て新しくして、ドアや窓もつくり変えていただきました。お家が広いのでその分時間もかかりましたが、生まれ変わっていく姿を見るのはとても楽しい時間でした」。フローリングやタイル、壁紙やドアといった内装材、そして大きな家に合う重厚な家具は、この家に合わせて木堂さん夫妻がセレクト。本場アメリカの古い家や施設に眠っていた建築古材やアンティークがふんだんに使われている。「1960〜1970年代のものが多いそうです。年代物にしか出せない味わい深さがあって、家全体があたたかみのある空間になって、とても落ち着きます」。圧巻の広さのエントラスホール。元は応接室だったが、床を30㎝ほど掘り下げてモルタルを塗り土間にした。丸枠のドラマチックな窓と天井の黒檀色の化粧梁は既存。ブルーの大きな扉は新たに付けた。暖炉は既存。煙突が取れて使えない状態だったのを直した。暖炉上には川原さん夫妻の結婚式のバックドロップ(背景デコレーション)に使った板を貼り、アクセントに。元はティンシーリングというブリキの板だったが、飛鳥さんが壁に合わせて白く塗った。暖炉の中の年代物の薪ストーブも既存。サビをきれいに落とし、ペイントし直して使っている。玄関ホールに置かれた「SCHWESTER」の年代物グランドピアノ。ご主人と娘さんたちが一緒になって弾いているそう。広々とした空間にゆったりと家具を配したダイニングキッチン。ダイニングとキッチンを仕切っていた部分の壁は壊し、結婚式のバックドロップに使った板をアクセントとして貼った。収納たっぷりで使いやすいキッチンは、シアトルの家庭で使われていたもの。イタリアのメーカー「ベルタゾーニ」のガスオーブンと上手く組み合わせた。奥のスペースがリビングになっている。アメリカの大学のスタジアムにあったベンチの板を組み立ててつくったというテーブルは、長さ2メートル超のビッグサイズ。カーテンは、アメリカで見つけてもらった布を友人が縫ってつくってくれた。楽しげな「EAT」の文字で食欲が増しそうなダイニング。大きな開口部でエントランスホールとつながっている。手をかけて大切に住み続ける飛鳥さんの仕事はプロップスタイリスト。店舗やイベント会場、結婚式などの空間を華やかに彩ることを生業としている。このため、自宅のインテリアやデコレーションは、飛鳥さんが楽しみながらアレンジした。好きで集めているというアメリカやメキシコの小物、生命のパワーを感じるグリーンなどが、センスよくレイアウトされている。「空間が広くてドラマチックなので、ああでもないこうでもないと悩みつつも、とても楽しく自分たちが好きな世界観をつくりあげました。今後はハウススタジオとして色々な方に使っていただきたいと考えています」。(ハウススタジオに関する問い合わせは、飛鳥さんInstagramアカウント「#asuca27」まで)地下室や庭はまだ手付かずの部分が多く、これから手を入れていく予定だという。「地下はお酒を楽しめる大人の隠れ家バーのようにする計画です。お庭は広すぎてまだまだスペースがあるので、もっと植栽を充実させたいです。この家の楽しみ方は無限大なので、手をかけてずっと大切に住んでいきたいですね」。大きな花柄の壁紙が可愛い子ども部屋。長女のわこちゃん(7歳)と次女のゆうちゃん(3歳)が案内してくれた。子ども部屋のドアの前は、たっぷりの光が入るサンルームになっている。サンルームは床を掘り下げ、アメリカで見つけたデッドストックのテラコッタタイルを貼った。サンルームの環境が良いため、植物はとても元気に育ち、株分けをしてどんどん増えているそう。素朴な素焼きの鉢でグリーンを引き立てるのが飛鳥さん流。わこちゃんとゆうちゃんがお庭側からピョッコリ。絵本や外国の映画のようなシーン。新しいライフスタイルを手に入れてこの家に出会い、都会から自然の中へと、全く異なる環境での生活を始めた川原さん一家。広い庭でバーベキューやプールを楽しんだり、夏は草刈りに追われたり、ふとした空き時間に屋上に上がって空を眺めたりと、太陽や風、四季の移ろいを感じる暮らしを満喫している。飛鳥さんは「庭はもちろん、家の中にもワクワクする場所がいっぱいなので、子どもたちは次から次へと遊び方を発明しています」と話す。ご主人はピアノやギターに堪能で、絵を描いたりバスケをするのも得意だそう。娘さんたちと音楽を奏でたり外で思いっきり遊んだりと、ゆったりした時間を楽しんでいる。「世間がコロナで大変な時に引っ越してきたのですが、この家にいるとお家時間が充実していて、閉塞感を覚えずにのびのびと過ごせます。夫の仕事もちょうどリモートになって、家族の時間が増えました。この家に住み始めたことで、自然を感じながらゆったり暮らす新しいライフスタイルを手に入れました」。広い廊下も姉妹の楽しい遊び場所。大人用のチュニックをワンピース風に着こなしているのが可愛い。窓の外は中庭になっている。リビングのキャビネットの中には、ご夫婦の趣味のアメリカンなアイテムがぎっしり。スペイン瓦と和風の枯れ池という和洋折衷が面白い中庭。瓦の下のメキシカンタイルは飛鳥さんが貼った。「これからサボテンやアロエを植えようと思っています」と飛鳥さん。秘密基地のようで楽しげなガレージ内部。「両側の棚の上に造花を並べたらハッピーな空間になりました」(飛鳥さん)。にぎやかな柄のファブリックや年代物の木の家具が、温かみを感じさせてくれる寝室。仲良し姉妹のわこちゃんとゆうちゃん。「この家に引っ越して、娘たちを取り巻く環境も一変しました。とにかく元気に遊びまわっています」と飛鳥さん。
2021年10月25日世界的な人気を誇るシリーズが送る最新作『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』が、いよいよ日本に上陸。しかも今回は、主人公を務める漆黒の忍者ヒーロー“スネークアイズ”が、日本を舞台に“未曽有の忍者テロ”を防ぐために戦います。それだけに、これまで以上の期待に胸を膨らませている人も多いのでは?そこで、本作で重要な役どころを担っているこちらの方にお話しをうかがってきました。安部春香さん【映画、ときどき私】 vol. 421イギリスで女優デビューを果たしたのち、現在はハリウッドでも注目を集めている安部さん。劇中では、秘密忍者組織“嵐影一門”に仕える暁子という名のくのいちを演じています。今回は、キャスティングの裏側や日本での忘れられない撮影の思い出、さらに海外で働くおもしろさなどについて、語っていただきました。―まずは、本作の出演が決まった経緯から教えてください。安部さん最初のオーディションは、2019年の7月。自分で撮った動画による審査が行われた後、監督やプロデューサーとオンラインでお話をさせていただきました。ただ、それ以降まったく音沙汰がなくなってしまったので、「ダメだったんだな」と諦めかけていたところ、9月中旬にエージェントから「オファーされるかも!」という電話が入ったんです。と言っているうちに正式なオファーをいたただき、数日後には契約書にサインをすることに。そのときは、まだ具体的なスケジュールを知らされてはいませんでしたが、翌日に再度電話があり、「アクションのトレーニングとリハーサルがあるので、明日の飛行機でカナダに行ってください」と。なので、何の実感もないまま気がついたらカナダ行きの飛行機に乗っていたという感じです(笑)。―そんな急展開だったとは……。ただ、激しいアクションが求められる作品で、事前に体の準備をしないままで取り組むのは大変だったのではないでしょうか。安部さん今回は、撮影前の準備期間として、カナダで2か月ほどトレーニングする時間をいただけたので、それはあまり問題ではありませんでした。あとは、もともとボクシングやダンスをしていたから大丈夫だった、というのもあるかもしれませんね。あのときは、普段から体を動かしていて本当によかったなと思いました。―いつでも行ける準備ができていたというは、さすがですね。もともとオーディションを受けようと思ったきっかけは何ですか?安部さん私は『NARUTO -ナルト-』を読んで育っていたこともあり、忍者やくのいちには小さい頃から憧れていたので、いつかこういう役をやってみたいとずっと考えていました。今回はたまたまエージェントからすすめられて受けたのがきっかけでしたが、出演できることになってすごくうれしかったです。プロフェッショナルの集まりで刺激を受けた―出演が決まったとき、最初に喜びを伝えたのは誰ですか?安部さん一番初めではないですが、空港に向かう途中でメールしたのは、本作でストームシャドーを演じたアンドリュー(・小路)。彼とはロンドンで何度も一緒に仕事をしたことがあったので、実は10年来の友達なんです。私より先にキャスティングが決まっていて、すでにカナダでトレーニング中だったので、「いまからカナダに行くよ!」と伝えたらすごく驚いていましたね。―ただ、これだけ世界的に知られている作品へ参加することへのプレッシャーもかなりあったと思います。安部さんそうですね。しかも私は人見知りが激しいので、すごく緊張していました。ただ、アンドリューや以前共演したことのある平(岳大)さんがいてくださったので、安心感は大きかったです。あと、スネークアイズ役のヘンリー(・ゴールディング)もすごくフレンドリー。優しく受け入れてくれたので、現場に入った瞬間からリラックスして挑めました。―今回の現場で、刺激を受けたことはありましたか?安部さん日本のキャストのみなさんも含め、どなたも集中力の高さと切り替えの早さがすごいので、本当にプロフェッショナルの集まりだと思いました。なかでもヘンリーとアンドリューは、直前まで冗談を言い合って笑っていても、カメラが回った瞬間、パッと役に入り込みますから。ヘンリーはもともと旅番組のMCなどをしていた方で俳優としてのキャリアはそこまで長くないんですが、これは生まれ持った才能なんだろうなと感じました。―では、演じるうえで一番苦労したところといえば?安部さん今回はアクションに加えて、特殊な武器も扱っていたのでそれが難しかったですね。みなさんに助けていただきながら、必死にトレーニングに取り組みました。日本での撮影は、歴史を肌で感じることができた―実際にできあがった作品を観たときの感想についても、お聞かせください。安部さん私は自分の演技を見るのが苦手なので、実は自分のシーンはあまり覚えていないんです(笑)。なので、印象に残っているのは、最後のほうにアンドリューが脚本にはないことをしたシーン。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、指輪に関係する場面です。その場で見ていたときも涙が出そうになりましたが、彼の取ったある行動によって役が抱えている葛藤や感情がより伝わってくるので、パワフルなシーンになっていると感じました。―ぜひ、「指輪」をキーワードに注目ですね。日本の撮影で、忘れられない経験もありましたか?安部さん圓教寺で撮影したときはすごく感動しましたし、本当に光栄なことだと感じました。そのほかに印象にも残っているのは、姫路城や岸和田城。どの場所も、そこ立っているだけで歴史を肌で感じられたので、その雰囲気が役に影響を与える部分もありました。―撮影以外にも、思い出に残っているエピソードがあれば、教えてください。安部さん日本に詳しいグルメなヘンリーは、おいしいお店をたくさん知っていたので、キャストのみんなをいろんなところに連れて行ってくれました。なかでも、彼がお気に入りの麻布十番にあるピザ屋さんは、みんなもすっかりファンになってしまったほど。本当に、楽しかったです。―そうやってチームとしての一体感ができていったんですね。安部さんは現在海外に在住されているということですが、外から見て日本の良さを感じることはありますか?安部さん日本を離れていることもあり、私はどんどん日本が好きになっていくのを感じています。日本のキャストやクルーのみなさんは、プロ意識が高く、本当に勤勉でフレンドリー。そういったひたむきさには、感銘を受けました。日本で撮影したいとずっと思っていたので、今回それが叶ってうれしい気持ちでいっぱいです。お芝居が好きという芯がブレることはない―日本が恋しくなる瞬間といえば、どんなときでしょうか。安部さん日本食はつねに恋しいですね(笑)。コロナ禍で自炊をする機会が増えたこともあって、いまは毎日白米を食べています。―安部さんはニューヨークとロンドンで幼少期を過ごし、中学と高校は日本、そのあと18歳で女優になるためにロンドンへと向かわれたそうですね。日本ではなく、最初から海外で女優になろうと思った理由は?安部さん私は7、8歳くらいで女優になることを心に決め、10代の頃は劇団ひまわりに通っていたこともありました。その後、本格的にお芝居を勉強したいと思ったときに、「極めるのなら演劇の本場であるロンドンで」と思ったのが、留学を決めたきっかけです。―実際に学校に入ってから、苦労したことはありますか?安部さん幼い頃に海外経験があっても、しばらく話していないと英語も忘れてしまうので、1年目は言葉の壁がかなりきつかったですね。そんななかで、私がラッキーだったなと思うのは、最初のオーディションで受かった役が、アジア人向けの役ではなく、人種や国籍に関係のない役であったこと。なぜなら、海外にいる日本人俳優が一番苦労するのは、アジア人枠の役が少ないことだからです。実は、これは私が女優を目指したきっかけにもつながっていることなのですが、ロンドンの小学校に通っていたとき、学校の発表会で先生が私を主役に抜擢してくれたことがありました。本来ならその役はイギリス人男性の白人でなければならなかったのですが、先生は英語もうまく話せない日本人の女の子である私を選んでくれたのです。そのときに、こんなにオープンな人がいるのかと感激し、それが女優を目指す大きな一歩となりました。なので、学校を卒業して最初の役も人種に囚われない役であったことは、自分のなかでも糧になったと思います。―女優を続けるなかで、大変なことといえば?安部さんオーディションを受けるために役作りをしていると、役や作品に恋してしまうので、役をいただけると天にも昇るくらいうれしいですが、逆にほかの人に行ってしまうと、まるで失恋したような気分に……。それが毎週のように繰り返されるのは、けっこうつらいですね。ただ、自分のなかでお芝居が好きであるという芯はブレることなくずっとあるので、とにかくがむしゃらに進んでいくしかないと思っています。言語や国境に囚われずに活動していきたい―安部さんのように海外で働くことに興味がある人も増えています。海外に出てよかったと思う瞬間は?安部さんいろんな人と出会えること、そしてさまざまなインスピレーションを受けながら切磋琢磨して仕事や生活できることは本当に楽しいです。違う言葉や文化が融合することで化学反応が起き、新しいものが生まれるというのは、素晴らしいことだと思います。まさに、この映画もそうですよね。さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが、日本という国と文化にインスパイアされて生まれた作品ですから。そういう部分には、すごくワクワクします。―女優を続けるなかで、ご自身なりの信念があれば教えてください。安部さん私は頑固なので、どんなに見苦しくても自分の夢を追いかけることを諦めたくないと思っています。そういう思いの強さに関しては、自負しているところです。―今後、チャレンジしたいことはありますか?安部さん作品や役の大小に関係なく、役者魂を打ち込めるようなものに携わっていきたいと考えています。是枝裕和監督など大好きな日本の作品は多いので、ぜひ日本でもお仕事できたらと。言語や国境に囚われることなく、幅広く取り組んで行きたいので、まだまだやりたいことはたくさんあります。―それでは最後に、公開を楽しみにしている方へ向けてメッセージをお願いします。安部さん本作は、日本に影響を受けたさまざまな国のキャストとスタッフが集結して一生懸命作り上げました。純粋な日本としてではなく、パラレルワールドにある『G.I.ジョー』の世界のジャパンとして楽しんでいただけると思っています。私自身は凛とした日本人女性の誇り高さや芯の強さというものを意識しているので、そのあたりもぜひ注目していただけたらうれしいです。インタビューを終えてみて……。劇中の凛々しい雰囲気も素敵でしたが、素顔はとても穏やかで柔らかいオーラが魅力的な安部さん。とはいえ、海外で人一倍の努力をされてきた芯の強さも伝わってきて、たくさんの刺激をいただきました。今後も、国境を飛び越えた幅広い活躍を楽しみにしたいと思います。体全体で味わう究極の疾走感!『G.I.ジョー』シリーズの代名詞でもある驚異のアクションと、見たことのない日本が堪能できる本作。圧倒的なスケールと迫力の映像は、大きなスクリーンの没入感とともに味わいたい1本です。取材、文・志村昌美ストーリー日本の闇組織から、ある男の命を救ったスネークアイズ。その出来事をきっかけに、秘密忍者組織“嵐影”への入門を許可される。嵐影は600年の間、日本の平和を守り続けてきたが、悪の抜け忍集団と国際テロ組織“コブラ”連合軍による攻撃にさらされ、危機に瀕していた。そんななか、スネークアイズの前に立ちはだかるのは、嵐影の“3つの試練”。はたしてスネークアイズは、それらを乗り越え、真の忍者として迫りくる“忍者大戦”から、世界を守ることができるのか。これまで謎に包まれてきたスネークアイズ誕生の秘密が、いま明かされる!テンションが上がる予告編はこちら!作品情報『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』10月22日(金)より、全国公開配給:東和ピクチャーズ©2021 Paramount Pictures. Hasbro, G.I. Joe and all related characters are trademarks of Hasbro. © 2021 Hasbro. All Rights Reserved.
2021年10月20日この秋も続々と話題作が公開を迎えるなか、注目したいのは、全米雑誌賞に輝いた珠玉のエッセイを映画化した1本。今回ご紹介するのは、温かくも胸を締めつける実話をもとにした感動作です。『Our Friend/アワー・フレンド』【映画、ときどき私】 vol. 418仕事に打ち込み、各地を飛び回っていたジャーナリストのマット。ときにぶつかり合いながらも、妻で舞台女優のニコルとともに、2人の幼い娘を育てながら毎日を懸命に生きていた。ところがある日、ニコルが末期がんの宣告を受け、一家の生活は一変してしまう。妻の介護と子育てによる負担に押しつぶされそうになっていたマットのもとにやって来たのは、かつて人生に絶望したときに2人から心を救われた親友デイン。数週間の滞在予定だったが、デインは2年にも及ぶ闘病生活をマットとニコルとともに送ることになる。3人の想いと苦悩が交錯するなか、彼らが見つけた希望とは……。アメリカの映画レビューサイトRotten Tomatoesでは、観客から95%もの高い支持率を誇りっている本作。今回は、誰よりも思い入れの強いこちらの方にお話をうかがってきました。原作者のマシュー・ティーグさん妻ニコルさん(写真・右)との壮絶な闘病生活とともに、親友であるデインさん(左)との友情を描いたエッセイで全米に大きな反響を巻き起こしたジャーナリストのマシューさん(中央)。現場で見た撮影の裏側や自身の体験を通して伝えたいことについて、語っていただきました。―自分の人生を映画として観るというのはあまりない経験だと思いますが、作品をご覧になったときはいかがでしたか?マシューさん今回は現場に行ったり、編集の様子をのぞいたりと制作過程を見続けてはいましたが、やはり完成版を最初に観たときは、非常にエモーショナルな気持ちになりました。こういう形で自分の人生の記憶を振り返り、改めて経験することはなかなかないことですからね。特別なことだと思います。―そのなかでも、印象に残ったシーンはありましたか?マシューさん僕のお気に入りは、デインとマット(※)がハイキングに行くシーン。川に飛び込む様子は、実際の瞬間にとても近い形で再現されていたので、そのときのことを思い出して、すごく幸せな気持ちになりました。※劇中で、マシューさんの呼び名はマット。―今回はハリウッドでもトップクラスの俳優であるケイシー・アフレックさんがご自身を演じていますが、これは特別なことだったのではないでしょうか。マシューさんそうですね。ただ、友達とディナーを囲んでいるときに、「もし自分の人生を映画化したら、誰に自分を演じてほしい?」みたいな話をすることがあっても、僕はもうこの話題には参加できないんだなとは思いましたけど(笑)。というのは冗談で、ケイシーのようにオスカーを獲っているほどの素晴らしい俳優に演じてもらえて本当に光栄なことだと思っています。俳優たちは深みを持って見事に演じてくれた―現場でケイシーさんから意見を求められたり、質問されたりしたことはありましたか?マシューさんすでにいい脚本ができていたので、感情面について改めて僕から説明する必要はありませんでした。ただ、ジャーナリストという仕事はどういうものなのか、治安の悪い国に行ったときどういう気持ちだったのか、といったことについては聞かれることが多かったですね。―実際にケイシーさんが演じている姿を見て、感情が動かされる瞬間もあったのではないかなと。マシューさん確かにいくつかのシーンでは、見ているだけで苦しく感じることもありました。特に、妻が娘たちに末期がんであることを伝えるところは、自分の人生のなかでもっともつらい記憶のひとつですから。ただ、それを俳優たちみんなが深みを持って演じてくれたと思います。―ニコル役のダコタ・ジョンソンさん、デイン役のジェイソン・シーゲルさんのパフォーマンスについても、どのように感じたのかを教えてください。マシューさん僕にとってニコルとデインは誰よりも近い人物なので、何かあればすぐにでも違和感を抱いてしまうだろうと身構えていたのですが、そういったことを感じることはありませんでした。それぐらいダコタとジェイソンは2人の精神や魂をしっかりと表現してくれていたと思っています。僕とニコル、デイン、そして娘たちにとって、あの時期は本当に強烈な出来事だったので、それをこれだけ素晴らしい俳優たちに演じてもらうというのは貴重な体験になりました。―デインさんは、この作品をどのようにご覧になったのでしょうか?マシューさん実は映画を観た後も、デインとはあまり詳しい話をしていません。なぜなら、僕たちはまるで一緒に戦争を生き延びたかのような感覚があるので、あえて言葉にする必要がないものがたくさんあることを知っているからです。でも、この作品が何か人の助けになるようなものになってほしいという気持ちでいるとは思います。これからも親友のことを愛し続けていきたい―家族でも向き合うのが難しい闘病生活に、友人が2年間も寄り添うのは稀なことだと思います。デインさんをそのような行動に駆り立てたものは何だったのでしょうか?マシューさん人の動機というのは複雑なものですからね。親友といえども、心のうちを推し量るのは難しいものだと思います。ただ、当時の彼は人生に迷っているところがあったのも大きかったのかなと。そんなときに僕たち家族が誰かの助けを必要としていることに気がつき、彼は大きな犠牲を払ってでも僕たちといることを選んでくれたのです。とはいえ、当初はホリデー期間中の数週間だけいるつもりだったとは思いますが……。―この経験がその後のデインさんに、影響を与えている部分もあるとお感じになりますか?マシューさん本人から直接聞いたわけではないですが、「自分にとって大切な人間関係とは何か」ということを前よりも考えるきっかけにはなったんじゃないかなと思います。そのあと彼は結婚もしましたからね。―面と向かっては言えないけれど、いまデインさんに伝えたいことは?マシューさんアメリカでは肩を小突いたり、ジョークを言ってからかったりすることでお互いの愛情を表現するのが親友の関係。だから、あまり口に出して言ったことはないですが、ひとつ言えるとすれば、いままでも彼のことをずっと愛してきたけれど、これからも愛し続けていきたい、ということだけですね。死については、もっと正直に話し合うべきと感じた―素敵な関係ですね。今回は、事前に脚本を細かくチェックしていたそうですが、改めて当時を振り返る作業を繰り返すなかで、新たな“気づき”のようなものもあったのではないでしょうか。マシューさんこれはいままで誰にも聞かれたことのない特別な質問ですね。だからこそ、答えるのが難しくもありますが、僕にとってそういったものはゆっくりと時間をかけて見えてくるものだと思いました。それは、何年も葛藤して、苦労するなかで生まれる“人生の知恵”みたいなものと言えるかもしれません。ただ、今回はこの映画を作ったことによって、当時のことをより深く思い返すことができたのはないかなと。人の心というのは、つらい記憶やトラウマをなるべく忘れようとしてしまうものですが、この経験を通して自分のなかに思い出として留められるようになったのは、うれしいことだと感じています。―本作を手掛けたガブリエラ・カウパースウェイト監督は、マシューさんたちの物語から「人生はフェアじゃないけど美しい」と感じたのだとか。ご自身は、人生観や死生観に変化はありましたか?マシューさん僕自身は敬虔なクリスチャンなので、死生観が揺らぐことはありませんでしたが、アメリカでは死について語る文化がないことには気づかされました。非常に婉曲的に扱われていることが多いと感じたので、いまの僕が改めて伝えたいのは、死についてはもっと正直に話し合うべきであり、学ぶべきであるということです。誰だっていつかは向き合わなければならないことですからね。それと同時に僕が学んだのは、自分が愛する人たちとの友情がいかに美しく、いかに人の心を慰めてくれるものであるかということ。今回の経験から、たとえ犠牲を払ってでも得る価値があるものだというのを改めて教えてもらったように感じています。周りの人たちを大切にして、これからも生きていきたい―職業柄、言葉の持つ力を感じていらっしゃると思いますが、ご自身が人生において大切にしている言葉があれば、教えてください。マシューさん先ほどお話したように、僕はクリスチャンなので、そこにつながってくるものになりますが、心に留めている言葉は、イエス・キリストの「汝の隣人を愛せよ」。隣人というのは、自分たちの周りにいる人みんなという意味がありますが、まさにこの映画でもそこを描いているんじゃないかなと。みなさんにも、「周りの人たちを大切にして、愛していこうよ」というふうに感じていただきたいですね。僕自身もこれからの人生をそうやって生きていきたいと思っているので、みなさんにもこの言葉を届けたいです。―まもなく日本での公開を迎えますが、日本に対する印象などがあればお聞かせください。マシューさん日本といえばディテールを大事にする国として、アメリカでは認識されていますが、それはものづくりや礼儀正しいみなさんの振る舞いにも表れているように感じています。そういうところは、本当に素敵なことですよね。僕自身も他人を大切に思いながら、みなさんのような振る舞いができるようになりたいと考えています。―ありがとうございます。それでは最後に、この作品を通して観客に伝えたいことをメッセージとしてお願いします。マシューさん原作となるエッセイでは、死に直面することの意味を恐れることなく真正面から描くことを意識していました。僕も最初は勇気がなくて、自分でも受け止めきれていませんでしたが、そこに助けに来てくれたのが友人です。なので、もしみなさんの周りにいる大事な人や家族が葛藤しているのを見たら、できるだけ彼らに助けの手を伸ばしてほしいと思っています。そして、それとは逆に誰かが自分に助けの手を伸ばしてくれたら、それを受け入れる素直さも持ってもらえたらいいかなと。そういったことを少しでも考えるきっかけになる作品になっていたら、うれしいです。愛情と友情が生んだ“希望の光”が、観る者の心を照らす!生きることや死ぬこと、そして人と人との絆など、誰の人生にも欠かせない大切なものの意味を考えずにはいられない真実の物語。家族の愛情や友情が持つ美しさと強さに心を揺さぶられ、涙以上の思いが込み上げてくるのを感じるはずです。取材、文・志村昌美胸に迫る予告編はこちら!作品情報『Our Friend/アワー・フレンド』10月15日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー配給:STAR CHANNEL MOVIES© BBP Friend, LLC – 2020©Courtesy of Matthew Teague
2021年10月14日ロック界のスーパースターにして、稀代のアーティストでもあったデヴィッド・ボウイ。この世を去ってから5年が経ついまなお、多くの人の心で生き続け、各方面でさまざまな影響を与えています。そんななか、新たに誕生した映画『スターダスト』で描かれているのは、若き日のボウイ。そこで、こちらの方々に本作の見どころについて、お話をうかがってきました。主演ジョニー・フリンさん & ガブリエル・レンジ監督『スターダスト』メイキングより【映画、ときどき私】 vol. 417劇中でデヴィッド・ボウイを演じた俳優でミュージシャンのジョニーさん(写真・中央)と、ドキュメンタリー作品やTV映画を数多く手がけて高く評価されているレンジ監督(左)。今回は、ボウイの熱狂的なファンでもあるというおふたりに、ボウイの魅力や日本に対する印象について語っていただきました。―まずは、デヴィッド・ボウイのファンになったきっかけから教えてください。監督10代の頃、多くの人たちと同じように彼の大ファンになり、そこからすべてのアルバムを聴くようになりました。最初は音楽から入りましたが、大人になってから興味を持ち始めたのは、ボウイの人間的な部分。特に、自分をつねに生まれ変わらせようとする姿には、心をつかまれましたね。なかでも驚いたのは、あれだけ有名な人物であるにもかかわらず、彼の人生の初期段階についてはあまり知られていないところ。兄との関係や精神的な病を持ちやすい家系であること、病気に対する恐れを持ち続けていたことなど、ファンでも知らない方は多いのではないでしょうか。本作では、ボウイがたどっていたかもしれない悲劇的な影として兄の存在を描いていますが、そういった部分には、引き込まれるものがありました。演じるうえで興味深かったのは、ボウイと家族との関係デヴィッド・ボウイを演じたジョニー・フリン―では、ジョニーさんがボウイに惹かれたのは、どのようなところですか?ジョニーさん監督が話したことと重なってしまうんですが、僕にとっても興味深かったのは、家族との関係。ボウイも70年代にはあまりそういったことは語っておらず、自らその話題に触れ始めたのは、90年代くらいからだったと思います。この映画のなかでも描かれているように、彼はメンタルヘルスに対する恐怖があまりにも強かったため、語ることすらできなかったのです。そういった彼の姿は、僕にとっては準備の段階で重要なカギのひとつでもありました。当時は心の病には汚名を着せられている部分がありましたが、段々と理解をしようとする気持ちが世の中で高まってきているので、そういう意味ではいまの時代だからこそ響く物語になっていると感じています。ボウイのことを神のように慕っている人は多いと思いますが、そういった人でもこれほどのもろさを持っていたというのを知れることは大事なことかなと。それが彼のモチベーションとなっていたからこそ、あれだけの美しい音楽やアートを作れたんでしょうし、だからこそ私たちの心を動かすんだと思います。―なるほど。デヴィッド・ボウイといえば、親日家としても知られています。劇中でも装飾や衣装に日本の要素が垣間見れましたが、ボウイと日本との関係をどうご覧になりましたか?ジョニーさんこの作品のために監督とニューヨークで会ったとき、ちょうどボウイの展示会が開催されていたので、観に行ったことがありました。そこで目にした衣装から感じたのは、ボウイのなかに日本の影響がいかに色濃くあるかということ。彼は日本に対して本当に鋭い視点を持っていたんだと思います。僕はまだ訪れたことがありませんが、日本は行きたい場所のナンバーワンです。映画にもボウイが受けた日本の影響は取り入れている『スターダスト』のガブリエル・レンジ監督―ありがとうございます!ちなみに、劇中では浴衣のようなものを羽織っていらっしゃいましたが、着てみていかがでしたか?ジョニーさんほかの衣装もすべて気に入っていましたが、なかでもあの衣装はすごく着心地がよくて解放感があったので大好きな1着でしたね。俳優という仕事がおもしろいと思うのは、服を着ることで他人の人生を経験することができるところ。今回も素晴らしいドレスから女性用のブラウス、ヒール、そして日本の衣装までいろいろな服を着ることができました。それらを身につけているだけで、その人物が何をどう感じていたのかが肉体を通して感覚的に理解することができますからね。そういう意味でも、今回の衣装はどれも着るのが楽しいものばかりでした。―監督は演出するうえで、意識していたことがあれば、教えてください。監督確かに、当時の彼は熱狂的に歌舞伎にハマっていたこともあるくらいですからね。日本からは大きな影響を受けていたと思います。それは今回の映画のなかにも、取り入れているので注目していただきたいです。決められた物差しで自分を測らないのが魅力―劇中で、記者が本人に「デヴィッド・ボウイとは何者か?」と聞くシーンが非常に印象的でした。では、おふたりにとってデヴィッド・ボウイとは何者ですか?ジョニーさんおそらくボウイ自身も、この質問の答えはわからなかったんじゃないかなと思います。それくらいつねに自分を再生し続けていましたからね。あれほどまでに自分を見つめ、好奇心と探求心を持ち続けたアーティストは、ほかにはいないんじゃないかなと感じるほど。でも、そのおかげで私たちは彼からたくさんのレガシーをもらうことができたのです。さらに、彼がすごいのは新しいものや自分をワクワクさせてくれるものにもつねに敏感であること。亡くなる直前まで、いろいろなタイプの音楽に挑戦していましたよね。そんなふうに、彼は決められた物差しで自分を測ることをしなかったので、「デヴィッド・ボウイとは何者か?」という質問に自分でも混乱してしまったんでしょうね。でも、そのあとに「変化し続けることこそが自分である」と気がついたんじゃないかなと考えているところです。僕にとってもこの質問に答えるのは不可能ではありますが、だからこそ素晴らしい質問であるとも言えると思います。監督ジョニーがしっかりと答えてくれたので言うことはないけれど、唯一付け加えるとしたら、いまの問いに対する“謎”が少し明かされている部分こそがこの映画の見どころではないかなと。正直、この問いの答えを難しくさせているのは、何度も自分を変えている彼の生きざまそのもの。実際、彼はアルバムごとに新しいバージョンのデヴィッド・ボウイを発表していました。この作品では彼の“分身たち”が登場する前のデヴィッド・ボウイを描いていますが、それこそが何よりもおもしろいところだったと思います。大スターの内面を多くの人に見てほしい―最後に、日本で映画の公開を楽しみにしているファンに向けてメッセージをお願いします。監督劇中で描いているのは、みなさんが知っている曲が世に出る前、つまりボウイが有名になって名声を手に入れる前ですが、それは彼のキャリアにおいては重要なターニングポイントのひとつでもありました。僕にとっても、彼の人生における大きな一章を描けたことは本当におもしろいことだったと思います。さまざまなマスクや人格を作り上げる前のボウイを見ることができる貴重なチャンスでもありますし、誰もが知る大スターの内面をとても親密に描いた映画に仕上がっているので、ぜひアイデンティティが確立する以前のボウイをみなさんにも見ていただきたいです。インタビューを終えてみて……。ひと言ひと言に、デヴィッド・ボウイに対する熱い思いが伝わってくるレンジ監督とジョニーさん。本作には、そんなおふたりの情熱も込められているのだと感じました。劇中では、ジョニーさんが自ら作った楽曲も披露されているので、こちらにも注目です。華やかな舞台裏の孤独と苦悩に心が動かされる!才能あふれる世界のトップスターとして、いまなお名をはせるデヴィッド・ボウイ。成功を手にするまでの苦悩や知られざる一面に触れることで、彼のアーティストとして、そして人間としての魅力をより深く感じることができるはずです。取材、文・志村昌美ストーリー1971年、「世界を売った男」をリリースした24歳のデヴィッド・ボウイ。イギリスからアメリカヘ渡り、初の全米プロモーションツアーに挑もうとしていた。しかしこの旅で、自分が全く世間に知られていないこと、そして時代がまだ自分に追いついていないことを知るのだった。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやアンディ・ウォーホルとの刺激的な出会いがあるいっぽうで、つねに悩まされていたのは兄が抱える病。そして、いくつもの殻を破り、ついに彼は世界屈指のカルチャー・ アイコンとしての地位を確立する最初の一歩として、デヴィッド・ボウイの最も有名な別人格“ジギー・スターダスト”を生み出すきっかけとなった瞬間を迎えることに……。惹きつけられる予告編はこちら!作品情報『スターダスト』10月8日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開配給:リージェンツ©COPYRIGHT 2019 SALON BOWIE LIMITED. WILD WONDERLAND FILMS LLCAutumn de Wilde
2021年10月06日土地いっぱいの建物に広がる開放的な作り透明水彩画家のかとうくみさんが家族4人で茅ヶ崎に越してきたのは19年前。「繁華街の近くに住んでいたのですが、2人目の子どもがお腹にできた時に、子育てにいい環境への引っ越しを考えました。それで縁あって茅ヶ崎に越してきたんです」とかとうさん。およそ250㎡の土地に延床面積175㎡の2階建ての新築を建てたが、当初は土地の大半は庭に使う予定だった。「上物はしっかりしたものを建てたほうがいいと図面を見た父が言いまして。そのあと父が他界して遺言のようになったので、土地いっぱいに建物を建てました」。“アメリカかぶれ”を自称するかとうさんが目指したのは、アメリカ風の住宅だったが、施工を依頼したのは和風建築を得意とする企業。「夫が野球好きで、好きな選手がCMに起用されているという理由で決めました。アメリカ風にしたいと言ったら、わざわざ外部から設計士を連れてきてくれたんですよ」。何冊もの洋書を設計士に見せ、すり合わせをし、理想に近づけていった。玄関から視界を遮る仕切りがなく開放感ある1階スペース。元々カウンターキッチンがあった西側の空間。キッチンがなくなり本来ある広さが活きる。西側から見たリビング。ご夫婦は大がつくほどのアメリカ好きで、アメリカ国旗が飾られている。風と光を遮らない空間設計玄関を入ってすぐ、1階のリビングとキッチンには仕切りがなく開放的な空間が広がる。天井は吹き抜けで南側にははめ殺しの窓を設置した。「私も夫も天井が高い家が大好きだったのでリクエストしました。窓のお陰で雨の日でも明るいですし、夕方まで電気はつけません。暖房の効きが悪くなるのが心配でしたが、床暖房をいれたら問題ないですね」。リビングの南側に設置された庭に繋がる観音開きの窓はアメリカを意識したもの。「最初は引き戸を考えていたんですが、設計士さんがアメリカ風にするならということで勧めてくれました。とても気に入っています」。東西南3面に窓があり、壁がないため心地よい風が室内を抜ける。冬は、ほぼ全面に敷かれた床暖房で足りなければ、吹き抜けに設置されたファンを使って暖気を回す。風も光も充分に入るリビング。家族4人ほとんどの時間をここで過ごす。庭は元々芝生だったが、当時飼っていた愛犬が土を掘って虫を捕まえてきてしまうのが嫌で、オールデッキに。玄関とリビングの間に両開きの引き戸を設置し断熱効果を高めた。リノベーションで理想により近づける19年前、ほぼ理想の家が出来上がったが想定外のことがあった。夫の母親が泊まる部屋として、東側に設けた和室に地窓しかなかったことだ。「図面上は窓があると思っていたので、地窓で驚きました。お話はしてもらっていたんですが、理解不足だったんです。座った時に、当時あった庭を窓から見られるのは良かったのですが、陽が昇る東から光を取り込めないのが難点でしたね」。転機は8年前。西側に設置していたキッチンの電気系統の故障で床と壁を全面張り替えすることになった。「これを機に、よりアメリカンにしたいと思い、一番陽の当たる東側にある和室を無くして、キッチンにすることにしました。お母さんも床布団よりベッドの方が楽ということだったので」。空間を仕切っていた襖、押入れを無くしたことで、広い空間と東側からの光を室内に取り込めるようになった。さらに真っ白だった壁は、濃い色が好みというご夫婦の希望でブルーとイエローの2色をベースカラーに。床は複合材から無垢材に張り替え、より理想的なアメリカンな空間にしていった。「いちからキッチンを作るならアメリカンなものにしたかった」とかとうさん。和室だった場所を、2面たっぷり使った贅沢なキッチン空間に。窓を設置したことによって、東側からも採光できるようになった。1階は端から端まで視界が届き、のびやかさがある。右に見える壁はコルクボードにしてメモなどを貼れるようにした。外壁をサイディングにすることは夫婦で一致。建てた際はブルーだったが、リノベーションの際にえんじ色に塗り替えた。自宅にある自分だけの創作空間2階南側にはかとうさんのアトリエがある。2階の廊下から1段下がって入るという入室経路と、雲のイラスト入りの壁紙を採用し差別化することで、日常空間との切り替えを演出。「家を建てる時に、私が一番家にいるから一番いい場所にアトリエを作って欲しいとお願いをしました。子どもが小さい時は、ご飯作らなきゃなど考えましたが、今は手がかからないので一日中いることもありますね。ここにいると時間を忘れます」。頻繁にニューヨークに行き、絵の素材探しをするほどアメリカ好きだが、絵を始めたきっかけもアメリカが関係している。「アメリカ西海岸を舞台にした漫画を読んだのがキッカケでアメリカと絵に興味を持ちました」。19年目を迎えた自宅は、壁紙や床など変化してきたが、アトリエは変わることがなかった。それは13歳から変わらず絵が好きで、アメリカが好きだというかとうさんのブレない想いの現れかも知れない。1階の床はキッチンを除き無垢材に統一。ほぼ全面に床暖房が敷かれている。2階廊下。はめ殺しの窓から室内に光が入る。左奥がかとうさんのアトリエ。2階廊下の天井には、屋根裏部屋に続く階段が収納されている。物置として使っていた屋根裏だが、愛犬の死をきっかけに次女が3週間かけ模様替えをした。今はお子さんの友人が泊まりに来るなど交流スペースになっている。アトリエ。左側にある天井いっぱいの造作棚には資料が並ぶ。壁紙はアメリカの有名なアニメ作品をイメージして選んだ。透明水彩の絵具には白がない。そのため白で表現する所は、何も塗らず画材の色を活かす。9月には兵庫県で、来年8月には東京での個展開催が決まっている。詳細はかとうさんのホームページで確認できる。
2021年08月30日まだまだ先が見えないなか、不安にさいなまれている人も多いかもしれませんが、そんなときこそ逆境をはねのけてタフに生きている人の姿は、何よりも背中を押してくれるものです。そこで、こんなときだから観たいオススメの最新作をご紹介します。『リル・バックストリートから世界へ』【映画、ときどき私】 vol. 406アメリカでも有数の犯罪多発地域として知られ、ギャングがはびこるメンフィス。そんな貧困と犯罪があふれる街で育った愛称リル・バックと呼ばれる少年は、メンフィス発祥のストリートダンス“メンフィス・ジューキン”にのめり込んでいた。「ギャングになるより、ダンスがうまくなりたい」と願っていたリル・バックは、奨学金を得て、クラシックバレエにも挑戦するまでに。そして、ジューキンとバレエを融合させたダンスが世界的チェロ奏者ヨーヨー・マや映画監督スパイク・ジョーンズの目に留まり、リル・バックは世界的なダンサーへと歩み始めることになるのだった……。WEBに上がった1本の動画によって運命が大きく変わった“驚異のダンサー” リル・バックの半生を追った感動のドキュメンタリー。今回は、本作の見どころについてこちらの方にお話をうかがってきました。ルイ・ウォレカン監督フランスで哲学と音楽学を学んだあと、クラシック音楽に関するドキュメンタリーを多数手がけてきたウォレカン監督(写真・右/後はリル・バック)。世界各国の映画祭で大きな反響を呼んだ本作が誕生したきっかけや撮影時のエピソード、そして日本への思いについて語っていただきました。―リル・バックと初めて会ったとき、どのような印象を受けましたか?監督僕はLAで振付師のバンジャマン・ミルピエと仕事をしていたんですが、そのときに彼から「今度、新進気鋭のダンサーとミーティングをすることになっているんだけど、すごい奴なんだよ!」と話があったんです。当時、リル・バックはまだあまり知られていないダンサーでしたが、彼のことを話すバンジャマンの興奮からもすごさが伝わってくるほどでした。その後、スタジオに行って、最初に目に飛び込んできたのは、バッハの曲に合わせて情感豊かに踊っているリル・バックの姿。僕は1秒で魅了されてしまいました。そして、これを映像に収めなければいけないという直感が働いたのを覚えています。―画面を通してでも、彼の圧倒的な存在感は伝わってきました。実際に、撮影を始めてからはいかがでしたか?監督これは若い世代だからかもしれませんが、彼はカメラに撮られることに慣れているので、まるでカメラと対話するかのように自然体で踊ってくれました。彼は感覚だけでわかってくれていたので、僕から演出方法についていちいち説明する必要もなく、それは助かりましたね。そういう撮影方法は、撮影する側としてもすごく気持ちのいいものでした。映像では流れるような彼の動きを一緒に体験できるので、観客のみなさんも同じような気持ちよさを味わっていただけると思います。実際のメンフィスでは驚かされることが多かった―本作では、リル・バックを通して、彼の地元であるメンフィスについても映し出しています。貧困やギャングの問題を抱える街ではありますが、現地に滞在されてみて、考えさせられることもあったのでは?監督メンフィスはアメリカのなかでも、かなり危険な街として知られていたので、僕も最初はそういう印象を持っていましたが、イメージと違うことが多く非常に驚かされました。まず、僕らが到着したとき、地元のダンサーや住民たちは、はるばるヨーロッパから自分たちのダンスを撮影するために来た僕らのことをとにかく歓迎して、もてなそうとしてくれたのです。彼らはつねに危険と隣り合わせの生活を送っているにもかかわらず、そういう優しさを僕たちに見せてくれて、その様子には心を揺さぶられました。―すばらしい光景ですね。とはいえ、撮影中に危険を感じることはありませんでしたか?監督撮影をしているときに、貧困地域にも足を踏み入れようとしたのですが、リル・バックや仲間たちに「絶対に行ってはいけない。警察でも行かないくらいだから」と言われて止められました。そういった地域では、けん銃で撃ち合うようなことも日常的に起きているようですから。なので、直接撮影するのではなく、メンフィスの現状については、地元のダンサーたちからの証言という形で映画に入れることにしました。―そのほかにも撮影するうえで意識していたことなどがあれば、教えてください。監督どういうふうに撮影しようかと考えたとき、ヴィム・ヴェンダース監督やジム・ジャームッシュ監督といった名匠たちがメンフィスを舞台に撮った映画が浮かびました。そこで、リアリティを真正面から撮るよりも、そういった映画から受けたインスピレーションをもとに、少し映画的に撮ろうと考えるようになったのです。ドキュメンタリーだとしても、そういった雰囲気を出すことはできますからね。今回の撮影を通して感じたのは、メンフィスがいかにすばらしい街であるかということ。心の琴線に触れるような温かいところがあり、アメリカのほかの街とは少し違うように感じました。もし機会があれば、みなさんにもぜひ訪れてほしい街です。大切なのは、自分のルーツを忘れないこと―確かに、非常に興味深い街だと感じました。ダンスで貧困から抜け出して成功したリル・バックの存在も、メンフィスを変えた要因のひとつになっているのではないでしょうか。監督そうですね。彼はメンフィスの若者にとっては誇りであり、インスピレーションの源になっていると思います。ただ、一方的ではなく、リル・バック自身も自分が成功したのはメンフィスのコミュニティのおかげであると自覚しているのも大きいのではないかなと。いまでは街の代表者ともいえる存在ですが、彼は街のコミュニティに還元することをつねに意識しているのです。―そういうところも、リル・バックの成功を後押ししたものかもしれませんね。監督それはあると思います。実際、彼は「メンフィスの人々やダンサーたちに借りがあるんだ」とよく言っていますから。リル・バックはマネージャーと一緒に学校の教育プログラムの開発に取り組むなど、街の未来のために尽力しているところです。そうやって街の人たちとお互いにインスパイアされながら活動をしているのがリル・バックのやり方ですが、自分のルーツを忘れないというのが大切なんだと感じました。―監督自身も彼と過ごした4年間で、影響を受けた部分もあったのではないでしょうか。監督リル・バックというすばらしい存在と出会えたことはもちろんですが、彼のようなエネルギーを持って僕も生きていきたいと触発されたのは大きかったですね。あとは、彼のおかげでメンフィスという大好きな街を発見し、美しい経験ができたのも忘れられない出来事になりました。そんなふうに、作品を通していろいろな人と出会い、さまざまな人生経験を味わえることも僕がドキュメンタリー作家を続けている理由と言えますね。日本やアジアの映画からも影響を受けている―そんなリル・バックの姿は、日本の観客にも刺激を与えてくれるものになると思います。ちなみに、監督は日本に対してどのような印象をお持ちですか?監督僕は日本が本当に大好きで、これまで2回訪れたことがあります。最初は4年ほど前ですが、1か月半ほどかけて東京、京都、屋久島などを回りました。特に印象に残っているのは、宮崎駿監督が『もののけ姫』のためにスケッチしたと言われている屋久島の森ですね。2度目は、母に日本を見せたくて旅をしたのですが、彼女は東京がカオスに感じたらしく、危うく地下鉄で迷子になりそうになったことも(笑)。でも、上野公園の近くに泊まったり、京都では哲学の道の近くで一軒家を借りたりして、楽しい思い出がたくさんできました。そんな大好きな国でこの映画を公開できることは、僕にとっても誇りです。―日本の文化や映画などでも、興味を持たれたものはありますか?監督僕は、日本映画をはじめ台湾や香港などのアジア映画がすごく好きなんです。とくにカメラワークが刺激的で、観客にいかにインパクトを与えられるかをきちんと考えた撮り方をしているところがすばらしいなと。そういった撮影技法は今回の作品のなかでもにじみ出ているところがあると思うので、映画監督としても影響は受けていると思います。―それでは最後に、日本の観客へメッセージをお願いします。監督いまはパンデミックなので、来日できないのは非常に残念で悔しい気持ちもありますが、リル・バックは日本のみなさんにとっても興味を惹きつけるような存在だと感じています。ぜひ彼のダンススタイルを学び、そしてとにかくエンジョイしていただきたいです。いつかまた、みなさんと直接お話できる機会があることを願っています。“メンフィスの光”が世界を照らす!努力と才能で困難な状況から抜け出し、自らの力で希望と成功をつかみとったリル・バックの姿に、気持ちの高ぶりを感じずにはいられない本作。言葉も国境も超えてしまうリル・バックの圧倒的なパフォーマンスだけでも、一見の価値ありの1本です。取材、文・志村昌美心を揺さぶる予告編はこちら!作品情報『リル・バックストリートから世界へ』8月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開配給:ムヴィオラ©2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY© Stéphane de Sakutin - AFP
2021年08月19日アメリカ売上No.1のコラーゲンブランドが日本に上陸ネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニーは、2021年7月15日(木)から、アメリカのコラーゲンブランド『バイタルプロテインズ』の『バイタルプロテインズ コラーゲンペプチド』の販売を開始した。『バイタルプロテインズ コラーゲンペプチド』は、「10gx20 袋(個包装スティック)」「265gボトル」「567gボトル」の3種類を展開。1日5gから10gを目安に、コーヒーや紅茶、スムージーなどの食品に入れて、よく混ぜてから摂取するのがオススメだ。希望小売価格は「10gx20 袋(個包装スティック)」が5,810円(税込み)、「265gボトル」が4,300円(税込み)、「567gボトル」が7,500円(税込み)。いずれも『バイタルプロテインズ』ブランドサイトなどで購入することができる。厳選した成分を使用『バイタルプロテインズ』は、2013年にアメリカで誕生。厳選した成分を使用している点や、砂糖や香料などを使わない製品づくりの姿勢などが評価され、コラーゲンカテゴリーにおいてアメリカで売上No.1を誇っている。コラーゲンペプチドだけでなく、ヒアルロン酸やビタミンCも同時に摂取可能。食品のおいしさを損なわず、ホットでもアイスでもすばやく溶ける。(画像はプレスリリースより)【参考】※ネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニー プレスリリース
2021年07月23日不平や不満を抱えていても、「自分ひとりでは世の中を変えることはできない」と諦めてしまうことはありませんか?そこで今回は、インターネットもSNSもない時代に、国家権力にひとりで立ち向かった沖縄のおばぁが繰り広げた衝撃の実話を基にしたドキュメンタリーをご紹介します。『サンマデモクラシー』【映画、ときどき私】 vol. 4001963 年、米軍の占領下にあった沖縄では、祖国復帰を願う人々が日本の味としてサンマを食べていた。サンマには琉球列島米国民政府の高等弁務官布令によって輸入関税がかけられていたが、関税がかかると指定されていた魚の項目にサンマの文字がないことが発覚。そこで声を上げたのは、魚卸業の女将である玉城ウシ。なんと、琉球政府を相手に徴収された税金の還付訴訟を起こし、現代の貨幣換算で7000万円もの額を要求することに。そして、ウシおばぁが起こした“サンマ裁判”は、いつしか統治者アメリカを追い詰める、民主主義を巡る闘いへと発展するのだった……。沖縄史のなかでも、埋もれていた“伝説”に迫っているノンストップドキュメンタリー。そこで、本作誕生のきっかけについて、こちらの方にお話をうかがってきました。山里孫存監督沖縄テレビで、長年にわたってさまざまな番組の企画や制作を手がけてきた山里監督。これまでも沖縄の歴史と向き合い続けてきた監督ですが、今回は沖縄の人たちでも知らなかった驚きの実話を切り口に、新たなドキュメンタリーを完成させました。そこで、取材を通じて得た気づきや次の世代に伝えていきたいことについて語っていただきました。―高校時代の同級生がFacebookに上げた投稿を見たことが本作のきっかけだったということですが、そのときのことを教えていただけますか?監督沖縄テレビに入社して以来、ずっと報道や制作の現場にいたので、沖縄のことなら大抵のことは知っているつもりでいました。そんななか、友達が「うちの亡くなった父は、“復帰運動の起爆剤”と言われているサンマ裁判を裁いた裁判官でした」と書き込んでいたんです。そこで、「サンマ裁判ってなんじゃそれ?」となって調べ始め、一気に企画書を書きました。ただ、最初は裁判官を主人公にした法廷モノのような方向性で考えていたんです。―では、そこからどのようにして、ウシさんへと繋がっていったのでしょうか?監督改めて調べ直したときに、サンマ裁判には第一と第二があることがわかり、そこで玉城ウシという魚屋の女性が起こした裁判があることを知りました。そこでもまた、「なんじゃそれ?」と(笑)。しかも、サンマ裁判を“ウシ”が起こしたなんて、それだけでおもしろいですよね。それをきっかけに、もっと庶民の側からの抵抗を描くものにしたいと思うようになりました。当時のエネルギーを若い世代にも知ってほしい―企画書を出したとき、すでに手ごたえもありましたか?監督そうですね。ウシさんが起こしたサンマ裁判については、沖縄に詳しい人や大学の教授でさえも知らない人がほとんどだったので、コンペでも「これはいいネタを見つけたね」という反応がありました。“掘り出し物”を見つけたなと思いましたが、それよりも僕自身がものすごく知りたいという気持ちのほうが強かったです。5月に沖縄で試写会をしたときには、復帰前のことを知らない人が増えているので、初めて知ることがたくさんあったという意見が多かったですね。沖縄が1972年に日本に復帰したとき、僕は小学2年生なので覚えていますが、そんなふうに実感を持って当時のことを話せるのは、僕らが最後の世代なんじゃないかなと。そういう意味でも、あの当時の戦っていたエネルギーみたいなもの若い人たちに伝えたいというのは、この作品を作りながら感じていたことでもあります。―当時をリアルに体感した世代として、次の世代に引き継いでいきたいという気持ちがより強くなったんですね。監督それはすごくありました。来年の5月15日で復帰から50周年となるので、個人的には勝手にこの作品も「復帰50周年記念作品」としています。そこに対するこだわりがあるので、先ほどの試写会も49年目となる5月15日に開催したほどです。いまから来年の5月に向けて、この作品をしっかりと日本各地に届けられたらと。復帰前の沖縄の姿と、復帰へと向かっていった沖縄の人たちの思いや現実をみなさんにも知っていただきたいです。―『サンマデモクラシー』というタイトルは非常にインパクトがありますが、どのようにして決められたのでしょうか?監督僕は普段からタイトルを先に考えるタイプなので、今回もタイトルから決めましたが、『サンマデモクラシー』というのはいい響きだなと思ったので、かなり早い段階でひらめきました。このタイトルに引っ張られる形で内容もポップな感じになっていったところがあるので、作品自体にもかなり影響を与えています。沖縄で決定権と発言権を一番持っているのは、おばぁ―時間が経っているだけに、ウシさんについてリサーチには苦労されたのではないですか?監督ウシさんのことを直接知っている人をなかなか見つけ出すことができず、断片的な証言やまた聞きした話などが多かったですね。だからこそ、「じゃあ、ウシさんが過ごしていた時代はどういう時代だったのだろうか?」というところからいろいろなデータを集めて調べ始め、落語をベースにして表現することを考えつきました。ウシさんを調べているつもりが、そこで見えてきたのは、当時の歴史的な事実やいろいろな人たちの生きていた時代。結果的にこの作品ではウシさんというひとりの沖縄の女性を通して、時代背景を全体的に見ることができるようになっていると思います。―不満があっても、政府を相手に裁判を起こすにはかなりの原動力がないとできないことですが、ウシさんを支えていたものは何だったのでしょうか?監督映画化するにあたって、僕もそこは強化しないといけないと感じていました。調べて行くと、ウシさんは娘を5歳で亡くし、夫と妹も亡くなっていたので、ひとりで生きていた女性。おそらく、多くのものをなくしてしまったからこそ、強くならざるを得なかったのだろうなと。僕はウシさんのことをそう理解したので、彼女の「相手がアメリカだろうが何だろうが、納得のいかないものはいかない」「もう私は何もなくしたくないんだ」という部分を描こうと思いました。―沖縄といえば、おばぁのイメージが強いですが、監督にとっておばぁはどんな存在ですか?監督僕が山里家の長男というのもありますが、うちのおばぁはとにかく厳しかったですね。ちなみに、沖縄ではどの家庭でも、だいたいおばぁが決定権と発言権を一番持っています。なので、おばぁが納得しないと何も前に進まないことも……。それは、伝統的におばぁや女性を敬う文化が沖縄にはあるからだと思いますが、沖縄の男がだらしないからというのもあるかもしれないですね(笑)。この作品を観ていただいてもわかると思いますが、沖縄で一番強いのはおばぁです。ただ、おばぁがいてくれるからこそ、受け継がれてきた沖縄のしきたりが次に伝えられているのだと思います。作品には、唯一無二の“川平節”が必要だった―そういった部分は、これからも引き継いでいってもらいたいですね。監督そうですね。おばぁは、沖縄ではある意味“アイドル”でもありますから。僕が立ち上げたバラエティ番組に沖縄あるあるを視聴者の方に投稿してもらう名物コーナーがありますが、お題として一番盛り上がるのは、おばぁにまつわる笑い話。ものすごくたくさんの投稿がありますし、どれもみんなで大笑いできるようなものばっかりなんですよね。―おばぁの力はすごいですね。また、劇中では、川平慈英さんのナレーションも素晴らしかったです。オファーされたきっかけは?監督慈英さんとは10年ほど前にも別の番組でがっつりと向き合ったことがあったので、お願いしました。それと、今回の作品は歴史的背景や沖縄が置かれていた状況を情報として詰め込んでいることもあり、普通にナレーションしていたら絶対に退屈してしまうので、唯一無二の“川平節”が必要だったというのもあります。「ムムッ」はこっちにとっておきましょうとか、現場でいろいろと話し合いながら慈英さんの感覚を取り入れてナレーションしていただけたのは大きかったと思います。―監督は大学時代に、慈英さんの叔父さんで沖縄の放送業のパイオニアとして活躍された川平朝申さんに卒論のインタビューをされていたご縁もあったそうですね。監督朝申さんは沖縄のマスコミ界のレジェンド的な方で、僕の質問に3日がかりで答えてくださいました。将来テレビに関わる人間になると想像はしていなかったと思いますが、沖縄のことを聞きに来ている目の前の学生にしっかりと答えようとしてくださったのではないかなと。僕にとっては、一生忘れられないインパクトのある出来事になりました。そんなふうに、川平家とは関わりがあったので、こうして一緒にお仕事できたのはものすごく感慨深かったです。恩返しというほどではありませんが、あのとき朝申さんが僕に伝えたかったことの一部でもこの映画で表現できていたらいいなと思っています。―ナビゲーターであるうちな~噺家の志ぃさーも印象的でしたが、落語の要素を取り入れた意図についても教えてください。監督落語は日本が磨いてきた話芸の最たるものだと思いますが、落語のスタイルを借りれば、宇宙の果てだろうが、江戸時代にでも未来にでも、どんな垣根でも自由自在に飛び越えていけるのではないかと感じたほど。改めて、落語のすごさを実感しました。沖縄にあることを知って、一緒に考えてほしい―劇中で高等弁務官のキャラウェイによる「自治は神話」「日本政府は二枚舌だ」という発言がありました。取材をするなかで、現代が抱えている問題に改めて気づかされることもあったのでは?監督それはすごくありましたね。知っていたことでも、当時のことを知っている方のお話をうかがうことで、自分の解釈や物の見方が変わることもありましたから。なかでも、今回の取材を通して、沖縄を統治する“めんどくさい部分”は日本政府に返して、基地だけを自由に使えるための復帰だったのかなと改めて感じました。もちろん、アメリカの高等弁務官を務めた方にも彼らなりの正義があったとは思いますが……。だからこそ、みなさんもこの作品を通していまの沖縄のニュースへの見方が変わってくれたらいいなと思っています。―今後の沖縄に期待していることはありますか?監督この作品で描かれているようなことはいまでもありますが、沖縄は民主主義から取り残されているように感じている部分が強いからこそ、日本のどこよりもそういった戦いがいまでも続いているんだと思います。沖縄のことを大好きだと言ってくださる方は多いですが、そういうところにはあまり意識が向かない方が多いのかなと。沖縄がどう変わりたいかということよりも、沖縄に起きていることを知ってもらい、少しでもみなさんに自分のこととして考えていただけたらと思います。―最後に、観客へのメッセージをお願いします。監督いまは復帰についてあまり知らない方も多いと思いますが、来年は50周年という節目の年でもあるので、こんな時代があったんだということをみなさんにもおもしろおかしく体感していただきたいです。この作品は何かを突き付けたりする意図はないので、気軽に観ていただけたらと。ただ、観終わったあとに沖縄に対しての気持ちが変わるのであれば、その思いを大事にまた沖縄と向き合っていただけたらうれしいです。未来のために、戦わなければいけないときがある!学校の教科書やニュースでは、知ることのできない沖縄のさまざまな実情を垣間見ることができる本作。信念を貫き通したウシおばぁのように声を上げることの大切さ、そしていまでも続いている戦いに私たちひとりひとりがもっと目を向けるべきだと感じるはずです。取材、文・志村昌美目が丸くなる予告編はこちら!作品情報『サンマデモクラシー』7月17日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開配給:太秦©沖縄テレビ放送
2021年07月16日ベルリン国際映画祭の銀熊賞をはじめ、世界中の映画祭を席巻している話題作『17歳の瞳に映る世界』。劇中では、予期せぬ妊娠をしてしまった17歳の少女オータムが両親にその事実を伝えることができず、自らの力だけで中絶手術を受けようと決意する姿が描かれています。そこで今回は、本作のテーマについてこちらの方にお話をうかがってきました。シオリーヌさん【映画、ときどき私】 vol. 399現在、「性の話をもっと気軽にオープンに」をテーマに正しい知識を明るく楽しく学ぶための動画を配信している“性教育YouTuber”のシオリーヌさん。看護師や助産師として働いてきたシオリーヌさんが、日本における中絶の現状や性教育が必要な理由、そして女性たちに伝えたい思いについて語ってくれました。―まずは、今回の作品から受けた印象について教えてください。シオリーヌさん大きな印象としては、社会の現状が子どもたちに影響を与えていることを改めて可視化している作品であるということ。なぜ彼女たちが親に隠れてこういったことをしなければならなかったのか、というのを考えると、背景にはいまの子どもたちが抱えている問題があることを感じずにはいられませんでした。これはアメリカを舞台にした映画ではありますが、日本でも同じような境遇にある子どもたちは決して少なくないので、この映画を通じてそういった問題に思いをはせてくれる人が増えればいいなと思っています。―作品を観て、アメリカと日本の違いを感じることもありましたか?シオリーヌさんアメリカでは中絶に関しては、中絶反対派の「プロライフ」か、それとも中絶権利擁護派の「プロチョイス」かという価値観が医療機関の対応にも大きく反映されているのが実情だと思います。アメリカでは州や病院によって異なるというのが特徴かなと感じました。それに比べて、日本ではどちらかというとそれぞれの医療者の持っている価値観によって、かけられる言葉も違ってくるのかなと思っています。実際、私と同じ助産師のなかにも、中絶は悪いことという考えの人もいれば、女性の人生を守るための大切な選択肢のひとつという考えの人もいましたから。ただ、それによって子どもたちが理不尽な思いを強いられることが無いように、社会の環境を整えていかなければいけないと改めて感じているところです。普段から話せる関係性を築くことが大切―助けを求めにいったはずの病院で、つらい思いをしてほしくはないですね。自分に合う病院はどのように見つければいいのでしょうか?シオリーヌさんいまは、多くの病院が公式HPを持っているので、そこに書かれている病院の理念を読むことは大事なことかなと思います。ほかにも術後のカウンセリングが用意されているかどうか、女性の権利に寄り添った診察を大切にしているかどうか、といった病院が出しているメッセージを事前に読むことはオススメしたいです。―なるほど。では、望まない妊娠をしてしまった場合、相談できる場所はありますか?シオリーヌさん若い方々にぜひ知っていただきたいと思うのは、「妊娠SOS」という相談窓口です。各都道府県に窓口が設置されているので、そこに電話やメールで連絡をすると、妊娠検査薬の使い方から今後の選択まで、さまざまなことに対応してくれる専門のスタッフがいます。両親や身近な大人に相談できないときは、ぜひそういった専門機関を頼っていただけたらと。また、妊娠が性被害によるものであれば、「ワンストップ支援センター」で相談することも可能です。―妊娠してしまったことを親に言えない子は多いと思いますが、そういう状況に陥らないためにすべきこととは?シオリーヌさん子どもたちにというよりも、親御さんたちに「普段から大切なことを話しやすい関係性を築いていってほしい」と伝えたいです。性の話題をタブー視している方や自分の子どもにそんなことは話せないと思っている方は多いですが、それは避妊に失敗してしまったときや妊娠してしまったときに親に言えないというトラブルにつながる可能性があります。過去には、「アフターピルをもらいに行かないといけない状況なのに、親に言えなくてどうしていかわからない」と私に連絡がきたこともありました。なので、できれば「そういうことがあったら味方になって助けてあげるからちゃんと言ってね」と日頃から伝えていただけたらいいなと思います。大切な子どもに伝えるのは当たり前のこと―ただ、親御さんもどういうふうに話をしていいのかわからない方が大半だと思います。円滑にできる方法はありますか?シオリーヌさんそもそも大人たち自身が性教育を受けたことがあまりないので、上の世代の方々からすると、性教育は恥ずかしいものやタブーだから人前で話すものではない、という印象を持っている人が多いと思います。とはいえ、受けてきた教育を思うと、そういう考え方になってしまうのは不思議なことではありませんよね。でも、だからこそまずはそういった大人のみなさんに性教育を受けていただきたいと思っています。たとえば、私の動画を見てくださった方のなかに、「普通に大事なことを話しているんだと気がついた」と言ってくださる方がいました。ぜひ、みなさんにもその“気づき”を得ていただきたいですね。もし、性教育が大事なことだとわかっていただければ、それを大切な子どもたちに知ってほしいと考えるのは、当たり前のことだと思うはずです。つまり、決して変なことを教えようとしているわけではないのだと。そこを理解していただきたいので、まずは親御さんたちから性教育を受けていただきたいと伝えたいです。―「教えなきゃいけない」というプレッシャーを感じるのではなく、「一緒に学んでいこう」くらいの気楽さでいいということですか?シオリーヌさんはい、それでいいと思います。私の動画を子どもと一緒に見ましたと言ってくださる方がいますが、いきなり自分の口から完璧に説明することはできないと思うので、私の動画もそういう使い方をしていただけるといいのかなと。どうしていいかわからなければ、一緒に話を聞きに行くとか、一緒に本を読んでみるとか、一緒に動画を見てみるとか、そういうところから始めるのでまったく問題ないと思います。―コロナ禍で10代からの妊娠相談が増えているそうですが、この現状に対してどうお考えですか?シオリーヌさん学校の友達と直接会う機会が減り、ひとりで家で過ごすことが増えたので、いまは人と意見交換をして価値観や視野を広げたり、自分の間違った知識を正したりすることができなくなっているのではないでしょうか。こういうときこそ、私のようにオンラインで発信している人たちがもっとがんばって適切な情報を届けるための努力をしなければいけないんですよね。来月には10代の学生を集めて、「性教育CAMP」というイベントをオンラインで行う予定ですが、そこではお互いにディスカッションをしてもらおうと考えています。そんなふうに、お家にいてもいろいろな人と関われるような機会は積極的に作っていけたらいいなと思っているところです。偏見や誤解が性教育の遅れに繋がっている―日本の性教育の遅れは昔から言われていますが、どうしてここまで遅れていると思いますか?シオリーヌさん政治的な理由が大きい部分もありますが、教育のシステムを決めている大人のなかには、「子どもたちには性に関する情報を具体的に与えるべきではない」とか「それまで興味のなかった子を刺激してしまうのではないか」といった偏見や誤解を持っている方も多くいるのが現実です。そういった部分が日本の性教育の遅れにつながっているのではないかと思っています。―“性教育YouTuber”として活動するなかで、どのような反響を感じていますか?シオリーヌさんYouTubeを始めて、1年で登録者数が10万人を突破したので、それだけ多くの方が性に関する情報を求めていらっしゃったんだなというのはそのときにも実感しました。実際、「こういうことを学校で教えてほしかった」というコメントが多く見られたほど。みなさんの人生や生活の役に立っていると聞くとうれしいですね。ただ、私が問題だと思っているのは、いまの子どもたちはすでにさまざまな情報に触れられる状況に置かれているにもかかわらず、何が適切で何か不適切なのか、というのを自分で判断しなければいけない必要に迫られていること。だからこそ、何か適切な情報なのかを見極めるリテラシーを育てるための教育を大人が届ける努力をしなければいけないと考えています。―現在の日本では全体の人工中絶件数は減少傾向にあるそうですが、20歳未満で中絶をする件数についてはどのような状況ですか?シオリーヌさん令和元年度のデータで、人工妊娠中絶実施率(女子人口千対)は19歳以下では4.5。前年度の4.7から低下が見られていました。数字だけを見ると、件数としては減少していますが、10代で妊娠した方の過半数が中絶を選択しているという現状があるので、問題が軽くなっているわけではないと捉えています。―未成年で妊娠する子たちが抱えているのは、どのような問題でしょうか?シオリーヌさんいまの状況では、10代で子どもを育てるのは難しいと思います。たとえば、妊娠を継続するとなれば、女子生徒だけ学校を退学しなければいけないとか、そうするとそのあとに正規雇用の仕事に就きにくくなって結果的に貧困に陥ってしまうとか。そういった連鎖を引き起こさないための社会制度や福祉の部分が十分ではないと思うので、学業と育児を両立できる制度や子育てをしながらキャリアを積めるサポートがきちんと充実していれば、もしかしたらもっと産みたいと思う方は増えるのかなと。ただ、10代で計画的に妊娠した子は多くないので、まずは予期しない妊娠を経験しないための性教育をしっかりすることが大事だと思います。人生を楽しむ権利は誰にでもあるもの―中絶をした女性は心身ともにダメージを受けると思いますが、アドバイスはありますか?シオリーヌさん中絶する方のなかには、自分の人生を守るためにどうしても必要な選択だったという場合もあります。ただ、中絶をしたことで自分を責めたり、世間から批判的な言葉を投げかけられたりすることもあるので、そのあとの人生を楽しんではいけないのではないか、という気持ちになる方が多いようです。でも、中絶を経験された方にも自分の人生を楽しむ権利も、前に進めていく権利もあるので、「幸せになってはいけないんだ」と思わないでほしいというのは伝えたいなと思います。―今後の夢はありますか?シオリーヌさんはるか先のことになるかもしれませんが、文部科学省の教育指導要領が変わり、世界的にスタンダードな性教育が日本でも当たり前にカリキュラム化されることが大きな目標です。そうなるために、世の中に訴えていくのが私の役割なので、これからも「性教育は必要なものだよね」と言ってくれる仲間を増やしていけたらいいなと。本や歌を作ったりと、クリエイティブの力を使って性の話をすることにやりがいを感じているので、さまざまなツールを使って、関心がなかった方にも目に留めてもらえるような幅広い活動を心がけたいです。ゆくゆくは、私の仕事の必要性がなくなる社会になってくれるのが、一番の夢かもしれないですね(笑)。―ananweb読者のなかには、仕事と育児の両立に対する不安や母親になる準備ができていないことに悩んでいる女性もいると思います。ぜひ、シオリーヌさんからメッセージをお願いします。シオリーヌさん私もいままさにそういう年代なので、実感を持ってみなさんに共感しています。妊活したほうがいいかなと考えるいっぽうで、仕事も好きなので難しいかなと思うこともありますが、自分が親になれると自信を持てる日なんて、もしかしたら来ないんじゃないかなと感じることもあるくらいです。そのうえで思うことは、そんなにがんばらなくてもいいのではないかということ。なぜなら、子育てというのは、社会でするものだと思っているからです。私が児童思春期病棟で働いていたとき、子どもたちのことについて親御さんと一緒にたくさん悩みましたが、そんなふうに社会にいる大人がみんなで子どもを育てていけばいいんだといまは考えています。自分だけですべてを抱え込もうとせずに、頼れるところは全部頼っていいんですよ、というのはぜひみなさんにも伝えたいです。インタビューを終えてみて……。どんな質問にもわかりやすく、丁寧に答えてくださるシオリーヌさん。「この映画を通じてそういった問題に思いをはせてくれる人が増えればいい」など、明るく穏やかな口調のなかにも、性教育に対する熱い思いがひしひしと伝わってきて、改めてその大切さを実感しました。何から始めたらいいのかわからない人も多いと思いますが、まずはシオリーヌさんの動画で基礎から学び始めてみては?社会が抱える問題を一緒に考える17歳の少女たちの目を通して見える世界がつらいものから、美しいものへと変わっていくために、いまの社会と大人たちがすべきことは一体何かを突きつけられる必見の1本。多くを語ることなく立ち向かう彼女たちの姿は、多くの問いと気づきを私たちに与えてくれるはずです。取材、文・志村昌美ストーリーペンシルベニア州に住む17歳の女子高生オータムは、愛想がなく、友達も少なかった。ある日、オータムは予期しない妊娠をしてしまったことに気がつく。しかし、ペンシルベニア州では、未成年者は両親の同意がなければ中絶手術を受けることができない。そんなオータムの異変に気がついたのは、いとこであり唯一の親友スカイラー。そこで、ふたりは自分たちだけで事態を解決するため、親に内緒で家を飛び出し、ニューヨークへと向かうことに……。心に刺さる予告編はこちら!作品情報『17歳の瞳に映る世界』7月16日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー配給:ビターズ・エンド、パルコ©2020 FOCUS FEATURES, LLC. 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2021年07月15日