傘のトップブランド「Wpc.™」(ダブリュピーシー)とフラワーアートユニット「PLANTICA」が共同企画したアンブレラとパラソルが登場。今まで見たことのない鮮やかなフラワーテキスタイルの傘を多数展開している。■PLANTICA花に関係するアート、ファッション、ライフスタイル、カルチャー…それぞれの領域を繋げながら、スペースデザイン、インスタレーションアート、テキスタイルデザイン、プロダクトデザイン、アートディレクションまで手がけるフラワーアート・ユニット。大型商業施設やリゾート施設の空間演出、LVMHGroup、NIKE、STARBUCKS、TOYOTAなどのイベント装花や、CMや広告など多方面で装花ディクションを行っている。日本が誇る花文化の現在形を世界へ発信するため、国内外問わず精力的に活動している。近年はミラノ万博・日本館の装花を担当(日本館は展示デザイン部門「金賞」受賞)、タイ王国・故プミポン国王の一周忌追悼式典の装花を担当、モナコ公国・カロリーヌ王女主催のフラワーアートイベントに招待されインスタレーションを披露(作品で使用したikebanakitを献上)。フランス放送局「CanalPlus」や海外放送「NHKWorld」「DesignTalks」のドキュメンタリー番組に取材されるなど、国内外のメディアからも活動が注目されている。■コラボレーション日本の傘ブランドトップのWpc.™とPLANTICAのコラボレーションが実現した。傘の持つなんとも言えない情緒感とPLANTICAが創造する日本人の美的感覚に響くフラワーテキスタイルが融合し、雨の日に映える傘を作り上げた。雨の日に使用すると雨粒が花びらの上を転がりなんとも美しい表情を見せてくれます。リアルな花を転写プリントした晴雨兼用傘や透け感を活かし花の表情を引き立たせるビニール傘、傘の内面にプリントし、使用中も花柄が見え気分を上げてくれるインサイドプリント傘など様々なラインナップをそろえている。【会社概要】会社名:株式会社ワールドパーティー所在地:[本社]〒558-0014大阪市住吉区我孫子1-2-9設立:1985年9月代表:代表取締役CEO中村俊也事業内容:レイングッズの企画・製造・卸販売[ブランド]Wpc./KiU/unnurellabyWPCURL:「Wpc.™」(ダブリュピーシー)URL:企業プレスリリース詳細へ TIMESトップへ
2020年06月04日お笑いコンビ・NON STYLEの井上裕介と石田明が21日、沖縄で開催中の「島ぜんぶでおーきな祭 第9回沖縄国際映画祭」内で上映されたタイ映画『ギフト』の舞台挨拶に登場した。同映画は、プミポン前国王が作曲した3つの楽曲をたたえ、異なる製作チーム&4監督によって作られた3話によるオムニバス。困難を乗り越えていく6人の心を舞台に、愛と、人生と、人の温かさを、優しい調べとともに描く。来日俳優のサニー・シー・スワンメーターノン、ニティワットタラトーン監督らと共に、NON STYLEの2人は応援ゲストとして登場。石田はタイ語風に「ポプコーン」とあいさつし、井上が「無理や!」と突っ込み、冒頭から笑いを誘った。映画を鑑賞した井上が「男性が女性にグイグイいっていたけど、タイの男性はそういう方が多いんですか?」と尋ねると、サニーは「人によるかもしれませんが、僕はそんなことはないです」と返答。すると石田が「ちなみに、井上は交差点ではグイグイ行きます。グイグイ行き過ぎてジャパニーズ"当て逃げ"」と井上の交通事故をイジり、会場からドッと笑いが。井上は「やめろ! 伝えるな世界に!」と慌てていた。2009年にスタートした同映画祭は、総合エンターテインメントの祭典として春の沖縄を代表するイベントに。今年は4月20日~23日の4日間、北部や離島も含む20以上の会場で、映画の上映&舞台挨拶をはじめ、お笑いライブや音楽ライブ、ファッションショーなど、バラエティに富んだイベントを開催する。
2017年04月21日去る10月13日に崩御したタイのプミポン国王(ラマ9世)。現役君主としては世界最長の70年間にわたって国の発展に尽くし、社会安定の要として君臨しつづけてきた王の死に、タイ国内は深い悲しみに包まれています。その死を受けて、タイ国内のアーティストたちが次々と追悼曲を発表しています。今日はその中から特に聴かれているだろう曲を紹介します。 わずか4日後に緊急リリース。その歌声が心に沁みる名曲ポー・プミポン(父・プミポン) by エート・カラバオ数ある追悼曲の中でも特に良く耳にするのがこの曲。今年で活動35週年を迎えた国民的バンド・カラバオのリーダー・エートが崩御からわずか4日後にリリースした曲です。アコースティック・ギターとブルースハープによるシンプルな曲にエートの歌声が優しく響いて、心に沁みます。歌詞の意味は、父は国土の隅々まで、マングローブ林やジャングルの中まで歩いて回って国民の声を聞いて回ったタイの社会に希望をもたらすため、様々なアイデアを考え出しては実行していったそのおかげで国民は幸せで快適な生活を手に入れることができたが、10月13日、その体は天に召されてしまったタイにとって、国民にとっての父なる王、父なるプミポン国王私たちは父の足跡を辿って生きていきますというもの。英語版もリリースされています。 カラバオはプレーン・プアチーウィット(生きるための歌、タイのフォーク・ロック)というジャンルにおける大御所的存在で、政治問題や貧困、環境問題といった社会性の高い歌をリリースし続けてきました。2004年末のスマトラ沖地震による津波でタイ南部が大きな被害を受けた際も、発生当日に被災者を慰めるための歌「サップ・ナムター・アンダマン」(アンダマンの涙を拭う)という曲をリリース、チャリティーソングとして被災者の救済にも寄与しました。 新人から大御所まで、さまざまなルークトゥン歌手がカバーするラオ・スー・ラーン・ファン(孫子に言い伝える) by サラー・クンナウットルークトゥン(タイの歌謡曲)の作曲家として30年以上活動を続け、新人から大御所までさまざまな歌手に楽曲を提供してきた師匠、サラー・クンナウットが作詞・作曲した追悼曲です。歌詞の内容はというと、王様の写真の前でロウソクを灯し、泣き続けるお爺さんに対し、孫が「どうしてそんなに涙が止まらないの?」と尋ね、それに答える形でお爺さんが「タイ国民がいかに王様を愛してきたか」を説明する、というもの。最後は「父=王様を愛しているなら、私たちはこれから団結し、愛し合っていかなくては」と締めています。この曲はスラー氏の所属するルークトゥン専門レーベルGrammy Goldのさまざまな歌手によってカバーされ、全部で一体いくつのバージョンが存在するのかわからないほどになっています。 Grammy Goldの男性歌手複数によるカバー 同じく女性歌手複数によるカバー トップクラスの人気を誇る女性歌手、ターイ・オラタイによるアコースティック・バージョン 歴史の転換点を自覚させる流行語を歌にチャン・グート・ナイ・ラチャガーン・ティー・ガーウ(私はラマ9世の治世に生まれた) by セーク・ローソーロック部門の追悼曲なら、やはり国民的ロックスター、セーク・ローソーによるこの曲を真っ先に紹介したいところ。崩御の直後、タイ国内のSNSにはその死を悼み、嘆き悲しむメッセージがあふれましたが、それとほぼ同じく大量に流れたのが、曲名にもなっている「私はラマ9世時代に生まれた」という言葉。プミポン国王は現王朝・ラッタナーコーシン王朝の9代目、つまり「ラマ9世」となります。その治世は70年にも及ぶため、今生きているタイ人のほとんどがラマ9世時代に生まれているのですが、この言葉は「この時代に生まれてよかった」「国父・プミポン国王の子供で良かった」ということを誇らしげに掲げたもの。歌詞は、「私はラマ9世の治世に、タイの国土の上で生まれた。父の愛の下に生まれた。しかし10月13日、私の心は壊れてしまった。太陽は輝きを失い、暗闇に包まれてしまった。この曲はお父さんの曲です。ただお父さんに聴いてほしいたとえ流れる涙が国土を覆い尽くしたとしてもお父さんに届くまで歌い続けたいお父さんを愛しています、と」といった内容です。セーク・ローソーは90年代にロックバンド「ローソー(LOSO)」のリーダー&ボーカルとしてデビューし、バンド解散後もソロで活動を続けているロック歌手。かつて麻薬吸引写真が出回ったり、元奥さんに対するDV疑惑が流れるなど、悪い意味でもロックスター的なイメージの強い人なのですが、ここぞという時に聴く人のハートをがっちり掴む歌を作るところはさすがといえるでしょう。 今回は代表的な追悼曲を3曲紹介しましたが、タイ国内では今も有名・無名を問わずさまざまなアーティストが次々と追悼曲を発表しています。(Youtubeで上記3曲の関連動画を辿ると聴くことができます) 今タイは国内全体が追悼ムードに包まれています。外国人にとって、タイ人の心情は頭では理解できても、感覚で理解できない部分があるかと思います。そんな時、これらの追悼曲を聴けば、そこに込められたアーティストの思いや歌声からうかがい知ることができるかもしれません。 (text : fuku)タイエンタ!~音楽・映画でタイをもっと満喫~他の記事を読む>
2016年11月12日駅に到着するパープルラインの電車 著者撮影8月6日、バンコクの新しい都市鉄道「パープルライン」が開業した。全長約21キロの路線が開通し、バンコクの都市交通ネットワークがさらに拡がったのである。同路線には日本製の電車が走っていることも話題となっている。開業間もないこの新路線を、早速、皆さまに紹介したい。 なお、「パープルライン」の正式名称は、開業1ヶ月前にプミポン国王陛下によって下賜された「チャローン・ラチャタム線」(タイ語で「祝福された仏法による王家の統治」という意味)が正式名称であるが、本稿では通称である「パープルライン」を用いるようにしたい。正式開業前の試乗のためにタオプーン駅に並ぶ地元の人たち 著者撮影パープルラインの始発駅は、バンコク都心の北西に位置するタオプーン駅である。詳細は次稿にて触れるが、現在は他のどの路線とも接続していない孤立した駅である。将来的にはMRTブルーラインが延長され接続することとなっており、すでに駅部分はほぼ完成している。3階のパープルラインと2階のブルーラインはエスカレーターで結ばれており、スムーズな乗り換えが可能になるようだ。切符は、ブルーラインと同様に自動販売機でトークンを買うか、Suicaのような繰り返し使用可能なICカードを窓口で買うこととなる。少々ややこしいのが、パープルラインで購入したICカードは、運営主体が同じMRTブルーラインでも使用可能だが、ブルーラインで購入したICカードは現在のところパープルラインでは使用できないことである。また、ブルーラインで販売している1日乗車券も、パープルラインでは使用できない。バンコクの都市鉄道は、BTS、エアポートレールリンクともそれぞれ別のICカードを発行している。ICカード共通化の計画はたびたび報道されるものの、まだ実現には至っていない。吊り広告がない車内の様子 著者撮影3階のホームに上がり、バンパイ運河行きの電車に乗る。電車は概ね10分間隔で運行されており、すべての駅にホームドアが設置されている。3両編成の日本製の電車で、銀色の車体にはラインカラーの紫色の帯がついている。車内の雰囲気は日本の電車に近いが、車内吊の広告がないため、天井がすっきりとした印象を受ける。シートはバンコクの他の路線と同様にプラスチック製のものが採用されている。タオプーン駅を出発した電車は、すぐに次のバンソン駅に停車する。タイ国鉄との乗換駅で、将来的には都市鉄道レッドラインとも乗り換えが可能となる。レッドラインの駅はすでにほぼ完成しているが、同線の終点となるバンスー駅の工事が完成しておらず、開業までにはもう少し時間がかかりそうである。バンソン駅の近くには「サイアムジプシージャンクション」というナイトマーケットがある。ここのマーケットは、主にガラクタ、いや骨董品の店が多く、飲食店はあまり多くないのが特徴である。客層もタイ人が中心で、観光客の姿はあまり見ない穴場ナイトマーケットである。ナイトマーケット「サイアムジプシージャンクション」 著者撮影ナイトマーケットでおもちゃの販売?それとも遊んでいる? 著者撮影パープルラインは全線が高架線で車窓の眺めはとてもよい。電車は保健省駅の手前で大きく右へカーブ、同駅を出て左へカーブし大通りと合流、ノンタブリー公共センター駅に到着する。ここからはノンタブリー地区の中心となり、ノンタブリー1交差点駅の近くにはショッピングセンターやデパートなど商業施設が密集、プラナンクラオ橋駅の北には商業省も立地している。プラナンクラオ橋駅を出た電車はいよいよチャオプラヤ川を渡る。パープルラインのハイライトともいえる区間である。チャオプラヤ川を渡る 著者撮影チャオプラヤ川を渡ると景色ものどかになってくる。パープルラインの開業に合わせ、各所でマンション、住宅の建設が進められているが、このあたりになると農地が目立っている。バンヤイ三叉路駅を過ぎると列車は右にカーブし、バンヤイ市場駅に到着。そのバンヤイ市場駅と直結しているのが巨大ショッピングセンター「セントラルウエストゲート」である。センター内にはデパート、映画館をはじめ多くの専門店、飲食店があり、そのラインナップはバンコク都心のショッピングセンターと比べても全く遜色ないものである。実際、休日にパープルラインを利用すると、このショッピングセンターに行くために、都心方向とは逆方向の列車を利用する乗客が目立っている。一定額以上の買い物をすると乗れる豆汽車がショッピングセンター内を走っているのがユニークである。館内を豆汽車が走る「セントラルウエストゲート」 著者撮影バンヤイ市場駅を出て右手に見える電車の車庫を通過すると、間もなく終点、バンパイ運河駅に到着。タオプーン駅からの全線所要時間は30分強である。このように快適なパープルラインであるが、開業から2か月近くたった今、いくつかの問題も指摘されている。次稿ではその点について説明したい。後編はこちら> (text & photo : 井上毅) バンコクから見る、東南アジア鉄道の楽しみ方
2016年10月03日著者撮影 迫力あるSLの雄姿。日本の各地でSLが復活運転されている。しかし、SLが運転されるのは多くの場合は地方都市で、東京や大阪などに住んでいると気軽にSL撮影に行くことはできない。その点、タイ国鉄のSL列車は、年4回だけだが、首都バンコクから運転される。仕事の関係でバンコクに赴任している「鉄ちゃん駐在員」にとって、手軽にSL撮影ができるこのチャンスは何よりの「鉄分補給」となっている。 タイ国鉄のSL運転日は?著者撮影 バンコク・ドゥシット宮殿駅を通過するSL列車。SLの運転日は、3月26日の鉄道の日、8月12日のシリキット王妃様の誕生日(母の日)、10月23日のチュラロンコン大王記念日、そして12月5日のプミポン国王陛下の誕生日(父の日)の年4回。このうち3月の鉄道の日は祝日ではないので、平日の運行となる場合がある。残り3日は祝日のため、「鉄ちゃん駐在員」も堂々と会社を休んで撮影に出かけることができる。著者撮影 王室専用の駅舎があるバンパイン駅に到着。余談だが、タイの都市鉄道などの開業日は、8月12日のシリキット王妃様の誕生日か、12月5日のプミポン国王陛下の誕生日に設定される場合が多い。「新線の開業が12月に間に合いそうもないので、開業日は8月に延期」というような話も聞くことがある。 気になる運行区間をチェック著者撮影 途中駅でSLも人も小休止。SL列車の運行区間はバンコク・ファランポーン駅からアユタヤまでの往復が多いが、最近はバンコクの東、チェチェンサーオへ運行されたり、逆に西のナコンパトムへ運転されることもある。いずれも朝8時にバンコクを出て、夕方にバンコクに戻ってくる1往復の運転。乗車するための切符はタイ国鉄窓口での予約販売となるが、SL列車の人気は高く、すぐに売り切れになるようである。通常、1両か2両はバンコクにある日系旅行社が買い上げ、観光とセットで販売している。少々値段は高くなるが、どうしても乗りたいのであれば、こちらの方が切符は確保しやすい。著者撮影 アユタヤ手前のカーブは前方のSLがよく見える。現在タイ国鉄は、運行に使用できるSLを3両保有しており、そのうち状態のよい2両を用いて運転される。いずれも戦後に輸出された日本製のSLである。日本製のSLというと戦時中にタイ、ミャンマー間に建設された泰緬鉄道用に輸出されたものと混同されることがあるが、これは別のものである。泰緬鉄道に使用されたSL、C56型は、列車の運行には使用されないが、毎年11月末に開催されるカンチャナブリでの「クウェー川鉄橋週間」のイベントには、煙を出して登場する。著者撮影 アユタヤ駅ではSLをじっくり見ることができる。 さて、「鉄分補給」活動のSL撮影であるが、日本での撮影とは異なる難しさもある。特に難しいのが、バンコクとアユタヤの間は、複線にさらに単線が追加された3線区間となっていて、列車がどの線路を走って来るか予想できないことである。タイ国鉄は日本の鉄道と同じように通常は左側通行であるが、この区間ではどの線路を走行するか決まっていない。SLの「のろし」(煙突の煙)の場所を見て、素早く撮影する角度を決めなくてはならない。著者撮影 バンコク、アユタヤ間では右側通行で運行されることもある。切符が確保しにくいSL列車は、日本からバンコクを訪れる観光客には、なかなか縁が遠い存在かもしれない。でも、もしバンコク滞在日がSLの運転日に重なっていたら、朝少し早起きをして、ファランポーン駅に日本製SLの雄姿をぜひ見に行って欲しい。客車9両を連結したSL列車は日本でも運行されていない。その迫力ある出発の様子を見るだけでも十分な価値がある。著者撮影 SL列車は後ろ姿も美しい。 (text & photo : 井上毅) バンコクから見る、東南アジア鉄道の楽しみ方 バンコク中央駅(ファランポーン駅)に残る日本の足跡
2016年03月23日12月5日はタイのプミポン国王生誕の日で父の日とされています。今年は、12月11日にプミポン国王の長寿を祈願し、自転車でバンコク中を駆け巡るという一大イベント「BIKE FOR DAD」が行われました。実はこの日は平日。なのにこのイベントのため、あらゆる主要道路が閉鎖され、多くの会社と学校がお休みになりました。しかも結構直前に……イベント前はいつも車で渋滞している道路も、ガラ~ン……それがイベントが始まると……なんと参加者は、総勢約16万人!!!みんな王様の為に、BIKE FOR DADのポロシャツを来て参加しました。ポロシャツの色は、王様が産まれた曜日の色である黄色。タイ人は12月はほとんど黄色のお洋服を着るのです。とにかく大迫力!さすが16万人!この大群衆が3時間程、走り続けました。夜になってもまだまだ。歩道からの応援は、「ทรงพระเจริญ(ソーンプラジャルーン)」とみんなが叫びます。Long Live The Kingという意味。これを叫ぶと、自転車のみんなも「(ソーンプラジャルーン)」と叫び返す。本当に国王様への愛が溢れたタイを体感できます。このイベントは世界70カ国でも行われているようで、日本でも葛西臨海公園で行われた模様。日本でも小規模だけど面白いので、来年体感してみてはいかがでしょうか?バンコクでも誰でも参加できるので、レンタルして参加するのもお薦めです!
2015年12月22日はじめまして。これから月イチペースでタイのエンタメ情報をお届けしていくことになりましたfukuです。記念すべき第1回目はタイの野外音楽フェスティバルについて紹介します。「夏フェス」より「冬フェス」が人気日本だと「夏フェス」なんて言葉があるとおり、野外音楽フェスは夏に集中していますが、常夏の国・タイでは年間を通して大小様々な規模の野外音楽フェスが開催されています。この多さはまさに「フェス天国」と言ってもいいくらいです。その中でも、朝晩涼しくなる11月~2月の乾季(観光的にもハイシーズンです)にフェスが集中して開催されます。特に盛り上がるのは12月で、大規模な野外音楽イベントが毎週末行われます。また、高地では夜間の気温が20℃を切るため、普段はあまり着ないような防寒着でおしゃれをして、音楽と共に冬の涼しさも楽しむ高地での「冬フェス」がタイでは人気です。初めてでも安心!おすすめ野外音楽フェスでは実際にどんなフェスがあるのか?比較的参加しやすい、おすすめフェスをピックアップしてみました。Noise Marketインディーズのレコード会社「Panda Records」とサイアム博物館が年3回のペースで開催している音楽&マーケットイベント。サイアム博物館の庭に物販ブースが並び、インディーズのアーティストによるライブが行われます。ブースではインディーズ・アーティストのCDのほか、ここでしか手に入らないような手作り雑貨も売られていて買い物も楽しめます。サイアム博物館の庭は芸能人の結婚披露宴にも使われるような美しい庭。チャオプラヤー川から吹く夜風に当たりながら、芝生に座って聴く音楽はまた格別です。会場は王宮やワット・アルン、ワット・ポー、パーククローン花市場の近くにあるので定番の観光と組み合わせて行くのにも便利。---------------------------開催時期:2月・5月・11月会場:バンコクサイアム博物館入場料:無料パタヤ音楽祭(Pattaya Music Festival)2002年から開催されている、国内でも指折りの歴史を誇る音楽フェスティバル。パタヤの街のあちこちにステージが設置され、さまざまなジャンルのアーティスト80組以上が3日間にかけてライブを行います。パタヤは国内外から観光客が集まるビーチリゾートで、年中お祭をやってるような街なのですが、この期間はさらに街を挙げてお祭り気分を盛り上げます。なお、会場が街なかにあるため、ホテルと会場の行き来が簡単なのも特徴です。---------------------------開催時期:3月の第3週の金土日(2015年は3月20日~22日)会場:パタヤビーチロードやバリハイ埠頭入場料:無料 T-Shirts Festival©CAT T-Shirts Festivalインディーズ専門のラジオ局「CAT RADIO」が主催するTシャツと音楽の祭典。インディーズのアーティストや若手デザイナー、美大生などがこの日のために自らデザイン&制作したオリジナル・Tシャツ2000種類以上を会場で販売します。さらに、インディーズのアーティスト約20組によるライブも行われます。---------------------------開催時期:8月(2014年は8月2、3日に開催)会場:バンコクARLマッカサン駅前広場入場料:2日通し券300B、1日券200B(※2014年の場合)※2014年に第1回が開催。2回目以降の開催時期や会場は変わる可能性があります。フアヒン・ジャズフェスティバルプミポン現国王陛下がジャズを嗜まれることにちなんで、王室の避暑地があるビーチリゾート・フアヒンで開催されているジャズ・フェスティバル。タイ国内外から集まった有名ジャズ・ミュージシャンたちによるジャズ・セッションを楽しめます。---------------------------開催時期:5~8月会場:フアヒン入場料:無料※年によって開催時期や会場が異なるので注意。CAT EXPOこれも「CAT T-Shirts Festival」と同じくインディーズ専門のFMラジオ局「CAT RADIO」が主催する音楽フェス。タイで活動するインディーズのアーティストが勢揃いします。10年近く活動を休止していたバンドがいきなりここで復活したり、レーベルの枠組みを超えたコラボが実現したりと、ほかのフェスでは考えられないような人選や演出、企画が用意される、ユニークなフェスになっています。個人的に一番好きなフェスです。---------------------------開催時期:11月会場:バンコクワンダーワールドラムイントラ通り10km入場料:2日通し券1000B(2014年の場合)※2014年に第1回が開催。2回目以降の開催時期や会場は変わる可能性があります。Big Mountain Music Festival(BMMF)バンコクから車で3時間ほどの距離にあるカオヤイ国立公園。鬱蒼と木々が生い茂り、ダイナミックな自然の風景が広がるこの地区で開催されているタイ国内最大規模の音楽フェスティバルです。観客動員数は2日間で延べ14万人。夕方から翌日の明け方まで、9つのステージにわたって200組以上のアーティストによるライブが行われます。ステージデザインや演出も非常にユニーク。昨年開催された第6回は「医療」をテーマに掲げ、ステージに赤十字マークをあしらったり、アーティストが看護婦姿や手術服姿で演奏したり。ニューハーフのTVタレントがLGBTをテーマにプロデュースするステージなんてのもあります。日本の音楽関係者からも熱い注目を浴びており、日本の音楽フェスとのコラボ企画も進行中だとか。---------------------------開催時期:12月(2015年は12月19、20日)会場:ナコンラチャシーマー県ボナンザ・カオヤイ入場料:2日通し券2000B(2014年の場合)Web:©Wonderfruit Festivalアジアで昨年初めて開催されたライフスタイル・フェスティバル。音楽だけではなくアート作品の展示やエコに関するワークショップ、ヨガ、キッズ向けゾーンなど幅広いアクティビティがあり、ファミリーでも楽しめます。2015年の開催は未定です。©Wonderfruit Festival---------------------------開催時期:12月会場:パタヤサイアム・カントリー・クラブ入場料:3日通し券5000B(2014年の場合)今回はタイのアーティストが出演するフェスを中心に紹介しましたが、近年は海外の有名DJを招いて盛り上がる世界的イベントUltra、Arcadia、Sensation(これは屋内ですが)といったフェスも次々とバンコクに上陸してまさにフェス天国といった状況です。チケットの値段も日本に比べるとかなり安いので、開催のタイミングに合わせて訪タイスケジュールを練ってみては?
2015年03月16日12月5日はタイ国王様のお誕生日です。そして、父の日でもあります。プミポン国王陛下は今年の12月5日、87歳の御誕生日を迎えられました。タイの国民は、タイのこと、タイの国王様のことが大好きです。なので、この日は国王様への愛で満ち溢れます。これまでの国王陛下のご活動などの展示会や国王陛下とタイ国民をテーマにしたライト&サウンドショー、ステージパフォーマンスなど各種祝賀イベントが開催され、国民は黄色のお洋服を着たり、黄色のロウソクを飾ったり、それぞれの形でお祝いします。国王様のお生まれになったのが月曜日で、月曜の色というのが黄色なのです。お年寄りも若者もお金のある人もそうでない人も、みんな黄色でお祝いです。とっても一体感のある日なので、来年もしこの日にタイに来るときは黄色のお洋服を着て一緒に祝いましょう。もちろん私も黄色を着て、マンゴーも含め黄色に染まってみました。タイ国民のためにもどうか、長生きなさってください。おめでとうございます。
2014年12月07日東京都渋谷区の代々木公園ケヤキ並木で、タイの文化に触れる「タイ・ナショナルデー・フェスティバル」が開催される。開催日時は12月6日~7日、10時~19時まで。入場無料。○タイやバリの伝統舞踊の数々も披露同イベントは、現・タイ国王であるプミポン国王(ラーマ9世)の誕生日「ナショナルデー」をきっかけに、タイと日本の国際交流を深めるため開催される。期間中、「タイやきそば」や「バジルごはん」、「パッカパオ(ひき肉のオイスターソース炒め)」などを出品するタイフードの店舗が出店されるほか、タイを始めインドネシア、バリなどの伝統舞踊を披露するステージイベントを実施。さらにタイ映画、音楽のワークショップも行われるとのこと。
2014年12月05日遺跡の街・スコータイとタイ最北部の街・ノーンカーイとタイ国内を旅してきたのだが、残念ながらどちらの街の中にも映画館が見当たらなかった。しかし、最後に訪れたナコーンパノムという小さな街には2つのスクリーンを持つ映画館が一つだけあった。一つのスクリーンではハリウッド映画を上映しており、もう一つのスクリーンでは、タイ映画を上映している。ちょうど僕がこの街に到着したときにはタイのホラー映画を上映していた。映画館を舞台にした作品で、身体の芯が凍りつくほど怖かった。ここ数年、タイ映画が世界で注目され、特にホラー映画は日本と同じくらいの注目を浴びているそうだ。ハリウッドでのリメイク版も多く、1年ほど前にはトム・クルーズの会社がタイのホラー映画のリメイク権を購入したことも話題になっていた。週末からは同じスクリーンで、トニー・ジャー主演の新作アクション映画が公開されることをテレビのCMで知った。日本では映画『マッハ!』(’03)で一躍有名になったアクション俳優の彼がプロデューサーも務め、歴史大作に挑んだのだ。開演前からチケット窓口にはかなりの行列が出来ていた。高校の文化祭でもらえる焼きそば引換券のような薄い黄色の紙のチケットに窓口の女性が座席番号を手書きで書きこみ、同時に手元の座席表に×の印を書き入れる。バンコクのシネコンのようにコンピューター制御ではないのが、逆に映画興行という感じがする。客席内は先日、ホラー映画を観たときとは明らかに違い、客席の案内係のおじさんがあたふたするほど混みあっていた。一応、指定席なのだが、そういった認識がない客もいて、他人の席に堂々と座っていることもある。もちろん、案内係のおじさんに苦情を言いに行き、自分の席に移るよう伝えに行く。しかし、「別の席が空いているんだから、座らせればいいだろ!」と逆ギレされてしまうこともある。全てタイ語で行われているのであくまで僕の想像ではあるのだけれど…。そうすると、案内係のおじさんは引き下がって別の席に案内してしまう。しかし、よく考えれば、いや、よく考えなくても、空いている席にはほかの客が、またやってくる可能性が高いのだ。こうして席順の秩序がなくなっていく。ついには、案内係のおじさんは逃げるようにして消えてしまった。そうなったらそうなったで不思議なもので、今度は客全体で解決しましょうという雰囲気が流れ、お互い空いている場所を探し、新しく入ってきた客はそこに座るというシステムが自然にできあがっていった。こうして無事、満席の状態で暗くなり、いつもの通り、プミポン国王を称える映像が流れてから映画は始まった。象が走る群れの中で、象の上を移動するという相変わらずトニー・ジャーの人間業ではないアクションが繰り広げられていた。もちろんCGなしで。(text/photo:ishiko)
2009年10月21日