実現すべき自己なんて無い!? 私たちにとっての“働く意味”とは

2015年10月21日 12:00
 

仕事をしていると、誰にでも「今の状況を変えたい」と思う瞬間がやってくる。向いてないのかも、と思ったとき。大失敗をしたとき。いやなことがあったとき。キャリアの行き詰まりを感じたとき…。そのとき初めて、「働くって、何だろう?」と深く考えることになる。

実現すべき自己なんて無い!? 私たちにとっての“働く意味”とは

(c)Business seminar - Fotolia.com



働くことは国民の義務。そして生活のため、食べていくため。でも、そう考えている読者の皆さんはきっと少ないだろう。では何のため、と問いかけると、かなり多く出てくるのが「自己実現のため」という答えではないだろうか。しかし私はこの「自己実現」という言葉があまり好きではない。実現すべき「自己」など最初からないと考えているからだ。

先日、やきものの取材で、とある地方の窯の八代目に出会った。セント・ジェームスのボーダーカットソーにチノパン、足元はスリッポン。黒縁メガネを粋にかけた30代の彼は、そのまま『POPEYE』の誌面から出てきたようにおしゃれだった。その八代目から聞いた話がとても印象的だった。

私は、やきものといえば、やきもの作家の存在がすぐに思い浮かぶ。都内で触れるやきものといえば、作家の個展、というシーンが多いからだ。実際に世間のイメージもそうらしいけれど、実は「やきものと作家性が結びついたのはごく最近のことなんですよ」、と彼は言う。では、もともとは何だったのかというと、「産業」なのだという。

長年、その地域で一番、生産量の多い窯。その器の裏にはいわゆる「銘」が刻まれていない。見せてくれた過去の器の展示には、私の実家にあるものもいくつかあった。そうか、あの器はここでつくったものだったんだ! 

「やきものは、使うための器なんです。作品ではない。だから、我が家では代々、銘を刻まないことにしています。飾っておくのではなく、日常的に使ってほしいものですから」

「作品ではない」という彼の言葉からも、やはり「自己実現」とは遠い意識を感じた。

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