「庶民も旅を楽しめるようになった江戸時代、その土地に根づいた名物は、その場で食べるものでした。たとえば、門前町名物のお饅頭やお餅をお茶屋さんで食べるなどして、人々は名物を楽しんでいたのです。当時は保存技術も乏しく、当然旅程も数週間から数カ月と長かったことから、名物は家まで持ち帰り、おみやげにできるものではなかったのです」
そう話すのは歴史学者の鈴木勇一郎さん。鈴木さんは『おみやげと鉄道名物で語る日本近代史』(講談社)などの著作もあり、古今東西のおみやげ文化に詳しい研究者だ。
食べ物がおみやげとなったきっかけは、鉄道が開通したことの恩恵が大きい。1889年(明治22年)に新橋駅から神戸駅までの東海道線が全通して以降、各地の名物が持ち帰れるようになったのだ。
「鉄道の影響は、単に旅行の時間を縮めただけではありません。京都の八ツ橋、岡山のきびだんご、伊勢の赤福餅、郡山の薄皮饅頭など、その土地の名物が駅のホームで売られるようになりました。
名物が駅で立ち売りされていると、乗客はおのずとどの駅でどんな名物が売られているかを知ることができました。鉄道が名物の知名度を飛躍的にアップさせたのです」