くらし情報『秋の嵐電沿線ご案内  鹿王院 「舎利殿」 修復落慶』

2023年11月8日 16:00

秋の嵐電沿線ご案内  鹿王院 「舎利殿」 修復落慶

の甥・後継者で、帰依していた禅僧・普明国師(ふみょうこくし)(春屋妙葩(しゅんおくみょうは))に命じ1380年に建立させた、「覚雄山 大福田 宝幢禅寺(ほうどうぜんじ)」の開山塔(開山である普明国師(春屋妙葩)の墓所)が鹿王院です。
南禅寺・天龍寺・相国寺などの五山に次ぐ「京都十刹(じっさつ)」第五位となり、1405年には一休宗純も門前での講義を聞きに訪れた宝幢禅寺は、応仁・文明の乱(1467年~1477年)で焼失。宝幢禅寺は断絶しましたが、鹿王院だけは春屋妙葩一門により再建されました。豊臣政権時代、1596年の慶長・伏見大地震で伽藍が倒壊しましたが、江戸時代前期の1676年に昭堂(開山堂と本堂)を再建、江戸時代中期の1763年には舎利殿を現在の場所に移築、今日に至っています。

2.「鹿王院」の名前の由来は~足利義満の命名
寺号「鹿王院」の由来には、造営の折に野鹿の群れが現れたことによるという説と、釈迦が初めての説法(初転法輪(しょてんほうりん))を行ったインド・サールナートの、鹿が多く棲む林(鹿野苑(ろくやおん))にちなんだという説があります。
なお、足利義満は、自らが開基となって建立した相国寺に、禅の道場として塔頭「鹿苑院(ろくおんいん)」

新着くらしまとめ
もっと見る
記事配信社一覧
facebook
Facebook
Instagram
Instagram
X
X
YouTube
YouTube
上へ戻る
エキサイトのおすすめサービス

Copyright © 1997-2024 Excite Japan Co., LTD. All Rights Reserved.