合掌造りの里、白川郷へ。
[ 2007年12月9日 ]

さて、先ほど上がった城山展望台から、郷のはずれに小さな棚田が見えました。これは行かにゃあなるめえ。白川八幡神社の前の路を十数分ほど歩くと、棚田のある上町地区に到着です。小規模ながらも風に波打つ緑の棚田、処々に残る手積みの石垣、そして肩を寄せ合うように佇む数軒の合掌造り。なかなかピクチャレスクな光景をおがむことができます。写真を撮りながらしばし堪能、そしてふたたび中心部へと戻ります。

白川郷で公開されている合掌造りは前述の和田家のほかに、明善寺郷土館・長瀬家・神田家があります。基本的な構造はいずれも同じですが、郷土館・神田家の上層階からの郷の眺めは素晴らしいですね。また神田家では係の方が、合掌造りについての詳しい説明をしてくれます。そしてよく見かけるのが、雪をかぶる白山連峰をバックに、数十人の人々が屋根に上って茅を葺き替えている写真です。「遊歩ガイド」によると、25~35年に一度のペースで、郷民総出による共同作業[=結(ゆい)]により一日で葺き返られるそうです。囲炉裏の煤によって闇のように深い黒色となった木組みには荘厳ささえ覚えます。雨漏りや虫を防ぐための知恵なのですね。

そして郷内をしばし散策。小川のほとりでは、猪を音で追い払うシシオドシを見かけました。茅葺屋根は火に弱いということもあり、火の見櫓は現役で頑張っているようです。(筆者注:郷内は禁煙ですが、あちこちに指定喫煙所があります) 火災の時に使用する放水銃もちゃんと合掌造りになっていました。なお「主唱法務省 社会を明るくする運動」という幟が目障り、こういう景観をぶちこわす意味不明の増上慢な幟は即刻撤去していただきたい。

そろそろ午後二時、予約しておいたバスの出発時刻となりました。観光案内所まで戻ると、中沢新一氏が「森のバロック」の中で引用している
南方熊楠の言葉が看板に掲げられていました。
すぐに儲けにならないものの中には、貴重なものがいっぱいあるのだ。生命の世界もそう、それに景色だってそうだ。なんの儲けになるかと思っているかもしれないが、それがいまにいちばんの貴重品になる時代がやってくる。景色を護らなくっちゃいけない。その景色の中に生きている、生命の世界を金儲けの魔力から護らなくてはいけない。
その炯眼には恐れ入ります。南方熊楠曰く「金儲けの魔力」、ウィリアム・ブレイク曰く「悪魔の碾き臼」、生命や景色を含めた全てのものを利潤のために弊履の如く利用することのおぞましさに、多くの先達たちは気づきそして警告を発していたのですね。どうやってこの市場原理主義に抗うか、おそらく特効薬はないのでしょう。今、自分にできることをしていくつもりです。美しい景色と、その背後にある(人間を含めた)生命の世界を、できるだけたくさん見、そして感じ続けていくこと。
本日の三枚。上から二つ目は明善寺郷土館からの、三つ目は神田家からの眺めです。
- Text & Photo by
- 散歩の変人

資生堂 エリクシール ホワイト トライアルセット
- 関連キーワード
-
白川郷
田舎
合掌造り
郷土
山
小川
岐阜県
飛騨
文化
- この記事をひろめる