卒業シーズンでもある3月は、別れと旅立ちの季節。過去を振り返り、いろんな思い出に浸っている人も多いのでは?そこで、そんな心境のときにぴったりの注目作がまもなく公開を迎えます。今回オススメしたい珠玉の1本とは……。『旅立つ息子へ』【映画、ときどき私】 vol. 367ひとり息子のウリと 2 人で、田舎町にのんびりと暮らしていたアハロン。自閉症スペクトラムを抱えているウリのために、グラフィックデザイナーとしてのキャリアを捨てて、子育てに全人生を捧げてきた。体は大人でも中身は子どものウリ。こだわりが強く世話は焼けるが、息子と過ごす時間は、アハロンにとってかけがえのない幸せな時間だった。しかし、別居中の妻は、過保護なアハロンの方針に大反対。ウリの自立をサポートするために、全寮制の特別支援施設への入居手続きを進めていた。裁判所の決定に逆らえないアハロンは、喪失感を飲み込んで、息子を施設へと連れていくことになる。しかし、予想外の出来事が起き、2人はあてもない逃避行の旅へと出ることに……。本国イスラエルのアカデミー賞では主要賞を総ナメにし、世界各国のさまざまな映画祭でも喝采を浴びている本作。ある父親と息子の実話を基に描かれた感動のストーリーとなっています。そこで、今回はこちらの方にお話をうかがってきました。ニル・ベルグマン監督イスラエルを代表する映像作家のひとりとして知られているベルグマン監督。東京国際映画祭では、史上初にして唯一となる 2 度のグランプリ受賞の快挙を成し遂げており、注目を集めています。そこで本作を通じて監督自身がたどりついた思いや日本での思い出などについて語っていただきました。―映画にはモデルがいるそうですが、どのようなきっかけでこの作品が生まれたのでしょうか?監督自閉症の弟を持つ脚本家のダナ・イディシスが、あるとき「弟と父親が別れることになったらどうなるだろう」と思いを巡らせたことが最初。その疑問を核にして、彼女と 2 人で脚本を書き始めました。感情豊かな登場人物の関係は、実際にダナの弟と父親をモデルにしています。本作で描かれているのは、自閉症スペクトラムの息子とウリを育てる父親のアハロンとの関係。でも、僕はシンプルに“父親”を描いた作品と考えています。僕自身、初めて父親になった日に息子を見て、心が震えた経験があるからです。この子は世界で一番おだやかで優しく、壊れやすい存在なんだと。アハロンも僕と同じように、危険な世界からこの子を守れるだろうかと考えたはずです。ただ、アハロンの場合は、息子を守ることだけに目が向いていてしまい、息子の成長に気づいていないところがありますよね。―ウリとアハロンを演じたおふたりの演技も、非常に素晴らしかったです。どのようにしてキャスティングしたのでしょうか?監督ウリ役には無名の俳優を、と決めていましたが、ノアム・インベルは一次オーディションから光っていましたね。彼本来の魅力はもちろん、素晴らしい演技力に感動しました。あとで知ったのは、ノアムの父が自閉症スペクトラムを抱える若者の施設のマネージャーで、彼自身も施設の友達に囲まれた環境で育ったこと。彼のバックグラウンドがウリを演じることにも、大いに役立っていたと思います。父親のアハロン役に関してはいろいろな候補がいましたが、親子役のマッチングを試していたら、シャイ・アヴィヴィとノアムの間に美しい絆が生まれた瞬間が見えたのです。すぐに父役はシャイに演じてもらうことに決めました。自閉症の施設を訪れるなかで、特別な時間を過ごせた―今回、構想から完成までは6 年ほどかかり、特に資金調達に時間がかかったそうですが、テーマとして難しいと思われていたのか、何か理由があったのでしょうか?監督おそらくそういう部分もあったかもしれないですが、おもな理由としては2つありました。まずは、たまたまこの作品以外にも、映画基金の助成金を受けている特別支援の作品が2本あったこと。それによって、僕たちの作品が待たなければいけないという状況にあったからです。2つ目は、イスラエルの場合、国の助成金に頼った映画作りをしていることも大きく影響しています。なぜなら援助が受けられるのは、1年に8本だけにもかかわらず、その枠を狙って応募する脚本や企画は100本以上。非常にハードルが高いんです。しかも、審査を担当してる3名が満場一致でないと支援を受けることができないというのも大きいですね。そういったこともあり、いい脚本にするために、かなり時間をかけました。―なるほど。背景には、イスラエル映画業界の厳しい事情もあるのですね。監督そうなんですよ。審査に通るのは本当に難しいことなので、申請をする人たちはみんな「これが決まればバラ色の人生が始まるよ」なんて冗談を言い合っているくらいです(笑)。―制作の前には自閉症の若者たちの施設を訪問したということですが、そのときの様子を教えてください。監督今回は、事前にウリ役のノアムと一緒にいくつかの施設を訪れ、自閉症の方々と一緒に遊んだり、仕事をしたりして時間を過ごしました。そのなかでも特に印象的だったのは、村のようになっている施設。そこは本当に特別でしたね。―ほかとは何が違ったのでしょうか?監督施設のなかにはいろいろな工場があるので、ワインを作ったり、農業をしたり、といった具合にみんなが仕事をできる場所にもなっていたのです。社会のなかにこういう場所を作ることはすごくいいことだなと思いました。そのほかに感じたことは、そういった施設に従事している先生方が本当に素晴らしいということでした。すごく忍耐がいる仕事なので、誰もができることではないですし、決して簡単なことではありませんよね。ちなみに、いまノアムは自閉症の施設でボランティアをしているようですが、彼もまたそういった寛大な心を持っている青年なんですよ。自閉症のいろいろな側面をこの映画で描いている―実際に彼らと向き合ってみて、新たな発見などもありましたか?監督今回のことで僕が理解したのは、ひと言で「自閉症」といっても、みなさん本当にそれぞれ違うということ。つまり、それぞれ違う人間であり、それぞれの形でユニークなんですよね。だから、人に合った接し方や治療法があるんだと知りました。そして、彼らは親やガイドの人たちから、いかに愛されているかということも感じたので、そういった部分もこの映画では表現しています。もしこの映画を観たあとに、街のなかや電車で自閉症のお子さんと親御さんを見かけることがあったら、そういうことをみなさんにも考えていただけたらいいなと。彼らと交流する際に、怖がることなくコンタクトを取ってもらえたらと思います。―監督はご自身で、「この映画には日本的なものを感じてもらえるはず」とコメントされているようですが、日本の映画などから影響を受けていることもありますか?監督僕は日本映画が大好きで、小津安二郎や黒澤明といった名匠はもちろん、近年も尊敬する素晴らしい監督の作品をいつも追いかけています。たとえば、滝田洋二郎、北野武、そして是枝裕和などですね。イスラエルで作品が配給されている日本人監督はほんの一部に過ぎませんが、みなさんを尊敬しています。実は、イスラエルで最も有名な映画評論家の ひとりから、本作と是枝監督の作品とを比較され、とても誇りに思ったこともありました。私は現在、エルサレムのサム・スピーゲル学校で教壇に立っていますが、伊丹十三監督の『タンポポ』の1シーンを学生たちに見せるのが大好きなんですよ。―監督は何度か日本にいらっしゃったこともあるということですが、そのなかで忘れられないエピソードがあれば、教えてください。監督東京国際映画祭では 2 度もグランプリをいただいたことがありますし、日本には本当に素晴らしい記憶がいっぱいありますよ。たとえば、2010年に来日したときは3人目の子どもがまだ1歳半くらいで、ベビーカーで美しい日本の街並みを歩いたことが印象的でした。さらに前にさかのぼると、2002年にも行ったこともありますが、当時は妻が双子を妊娠していたことも思い出されます。あと、そのときのおもしろかったエピソードがひとつありますよ。日本には忘れられない思い出がたくさんある―何があったんでしょうか?監督ちょうど同じ時期に、トム・クルーズとスティーヴン・スピルバーグ監督が来日していたんです。それで、僕が街を歩いていたら、日本の方から「トム・クルーズですか?」と。なんと、トム・クルーズに間違えられてしまったんですよ(笑)!(当時の写真を見せながら)そのときは、こんなふうに髪の毛が長かったこともありますが、忘れられない思い出ですね。―大スターに間違えられるとはすごいです(笑)監督あと、実は20代の前半には、日本で油絵を売る仕事もしていたので、セールスのための日本語を少し話せますし、数を数えたりもできるんですよ!―監督にとって、日本は本当に縁のある国なんですね。それでは最後に、本作で描かれている親子関係についておうかがいします。監督自身も、息子と父親という両方の立場を経験されていますが、いい親子関係を築くために意識していることはありますか?監督それは大きな質問ですね。まず大切なのは、自分の親よりもいい親になろうとする努力じゃないかなと思います。それから、これは脚本を書いているときに僕自身も気がついたことですが、親というのは子どもに感情移入しすぎてしまって、自分が欲しているものと子どもが欲しているものを一緒にして混乱してしまうことがあるんです。でも、子どもにも自分の意思があるので、それを知ること、そして距離を持って子どもを見ることも大事だと思います。2人の選んだ結末に、静かに心が震える!誰にも切ることのできない親子の強い絆と、海のように深い愛情が共感を呼ぶ本作。そのいっぽうで、必ずやってくる“卒業”の瞬間に切なさを感じると同時に、どこか晴れやかさも感じられるはず。逃避行の先に見つけた新たな人生の旅路を歩み始める親子の姿に、込み上げる感動と豊かな気持ちを味わってみては?取材、文・志村昌美愛が詰まった予告編はこちら!作品情報『旅立つ息子へ』3月26日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開配給:ロングライド© 2020 Spiro Films LTD.
2021年03月24日2020年、第73回カンヌ国際映画祭やバンクーバーをはじめとする各国の映画祭に正式出品された巨匠ニル・ベルグマン監督の最新作『Here We Are』(英題)が『旅立つ息子へ』の邦題として3月26日(金)より公開されることが決まった。世界でいちばん愛する息子のためにキャリアを捨て、妻とは別居し、子育てに人生を捧げてきた元グラフィックデザイナーの父。金はなくても愛がある!と田舎に引っ込み、2人だけの世界を楽しんできた。ところがある日、彼らに突然の試練が訪れて…。自閉症スペクトラムを抱える息子を全力で守る父と、父の愛を受けとめて心優しい青年に成長した二十歳の息子。このふたりの結末に、「国境を超えてどの国の親でも共感できる作品」「本当に“染みる”という体験」と深い余韻を残し、早くも絶賛の声があがっている。メガホンを撮ったのは、イスラエルを代表する巨匠ニル・ベルグマン。母国イスラエルを舞台に、繊細に揺れ動く家族の姿を描き続けてきた。『ブロークン・ウィング』で長編デビューし、第15回東京国際映画祭でグランプリを受賞。『僕の心の奥の文法』でも同映画祭でグランプリを受賞し、東京国際映画祭史上初にして唯一の二度のグランプリ受賞の快挙を果たした。本作では、国内で最も有名な映画評論家から是枝裕和監督の作品と並べられ、イスラエル・アカデミー賞では監督賞はじめ4部門受賞するほど高い評価を得た。息子ウリ役を演じた気鋭の新人ノアム・インベルは、オーディションでこの役を勝ち取り、そのリアリティ溢れる天才的な演技は『ギルバート・グレイプ』のレオナルド・ディカプリオの演技を彷彿させると世界中で評判に。実際に彼の父親は自閉症スペクトラム施設の職員で、小さいころから施設の友達と一緒に育った経験が、キャラクターへの深い理解に繋がっている。父親役のシャイ・アヴィヴィは『喪が明ける日に』などに出演のイスラエルで活躍するベテラン俳優で、息子への想いを全身で表現し、その溢れる愛は涙なしではみられない。さらに、この物語は脚本家ダナ・イディシスの父親と、自閉症スペクトラムの弟との特別な関係をモデルにつくりあげられた。弟のお気に入りでもある、親子の絆を描いたチャールズ・チャップリンの『キッド』(1921)へのオマージュも劇中では描かれている。今回解禁された場面写真は、息子を愛おしそうに見つめる父親・アハロン(シャイ・アヴィヴィ)の姿や、自転車から降り、仲良く足並みを揃えて歩いているシーン、旅先の光景にきらきらと目を輝かせているウリ(ノアム・インベル)を捉えたカットや、シャトルバスで移動している場面、そして切なくも愛おしげな表情のアハロンの姿が切り取られている。20年間24時間、ずっと一緒に過ごしてきた父と息子。旅を通して息子の成長に気づいたとき、切なくも優しい別れが、ふたりを温かく包み込んでいく。『旅立つ息子へ』は3月26日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて順次公開。(text:cinemacafe.net)
2021年01月23日第23回東京国際映画祭のクロ―ジングセレモニーが10月31日(日)、東京・六本木ヒルズ内で行われ、最高賞の東京サクラグランプリにイスラエルのニル・ベルグマン監督作『僕の心の奥の文法』、審査員特別賞に新藤兼人監督の『一枚のハガキ』を選出し、閉幕した。ベルグマン監督は、2002年の第15回に続く2度目のグランプリ獲得で「8年前にサクラグランプリをもらい、その映画(『ブロークン・ウィング』)は成功した。いつも映画作りで大切なのはプロセスだと言ってきて、いまもそう思っていますが、賞も大事」と話し、一緒に登壇した出演女優のオルリ・ジルベルシャッツをかたく抱擁。映画祭大使の木村佳乃からトロフィーを手渡され、またオルリと手を握り合って喜んだ。審査員特別賞は、日本の現役最高齢映画監督、新藤兼人の『一枚のハガキ』。車イスで登壇すると「スタッフ、キャスト、観てくださった方々に感謝したい、選んでくださった審査員の方々に厚く御礼申し上げます。長く映画をやってきましたけれど、これが私の最後の作品でございます。98歳になりました。これ以上は無理だと思います。この辺でお別れをすることになります。みなさんもどうか元気でいい映画を作ってください」とゆっくりだが、しっかりした口調で映画ファン、そして“後輩たち”へメッセージを送った。コンペティション部門の審査委員長ニール・ジョーダン監督は「日本の巨匠、新藤監督の作品を含む審査をできたことは光栄」、審査員特別賞のプレゼンターを務めた同部門審査員のひとり、根岸吉太郎監督も「この方の反戦に対する強い執念に、我々は心を打たれました」とそれぞれ敬意、称賛の意を表した。最優秀男優賞は『鋼のピアノ』のワン・チエンユエンが受賞。「初めて参加した映画祭で初めての賞。十数年来、俳優の仕事をしてきた中で大きな励み。幸せな午後です」と大柄な体を揺らして喜んだ。最優秀監督賞は『サラの鍵』のジル・パケ=ブレネール監督で、観客賞受賞に続いて登壇し「コンニチワ、アゲイン。自分はベストディレクターだとは思っていない。ここに来て素晴らしい監督たちとご一緒できました」と謙虚な姿勢で語った。第23回東京国際映画祭受賞一覧<コンペティション部門>東京 サクラ グランプリ:『僕の心の奥の文法』審査員特別賞:『一枚のハガキ』最優秀監督賞:ジル・パケ=ブレネール(『サラの鍵』)最優秀女優賞:ファン・ビンビン(『ブッダ・マウンテン』)最優秀男優賞:ワン・チエンユエン(『鋼のピアノ』)最優秀芸術貢献賞:『ブッダ・マウンテン』観客賞:『サラの鍵』<アジアの風(出品23本)>最優秀アジア映画賞:『虹』シン・スウォン監督コメント「低予算で作り、小さな映画館でしか上映されていない作品が、このような大きな場で上映されて光栄という思いで、この間の木曜日に一度韓国に帰りました。そうしたら一昨日の夜、もう一度日本に来てほしいと連絡をいただき、とても驚きました。もっともっと頑張れという意味でいただいた賞だと思っています」アジア映画賞 スペシャル・メンション:『タイガー・ファクトリー』<日本映画・ある視点部門(出品8本)>作品賞:『歓待』深田晃司監督コメント「規模の小さい作品で今年撮りました。暑い中、倒れるスタッフが出るようなこともありましたが、それがこのような賞をいただけてとても嬉しいです」。<TOYOTA Earth Grand Prix>グランプリ:『水の惑星ウォーターライフ』審査員特別賞:『断崖のふたり』(photo/text:Yoko Saito)特集「東京国際映画祭のススメ2010」■関連作品:第23回東京国際映画祭 [映画祭] 2010年10月23日から10月31日まで六本木ヒルズをメイン会場に都内各所にて開催© 2010 TIFF■関連記事:【TIFFレポート】新藤兼人映画製作打ち止めを撤回?「また作ってもいいかな」【TIFFレポート】新妻・木村佳乃笑顔と華やかドレスでTIFF閉幕に華TIFFインタビュー『海炭市叙景』南果歩×谷村美月×竹原ピストル×熊切和嘉【TIFFレポート】加瀬亮映画初主演作と同じ脚本家作品に「光栄でプレッシャー」TIFFクロージングにハズレなし?『ザ・タウン』“監督”ベン・アフレックに称賛の声
2010年10月31日