夫婦が精神的に健康であることこそ、子どもの健やかな成長と笑顔を守ることにつながる。フィンランドの自治体によるサービスはそのために多大な威力を発揮するすべての悩みを話せるカウンセラー「ネウボラ」って聞いたことがありますか?フィンランドが発祥で、近年では世田谷区が「妊娠期から就学前までの子育て家庭を切れ目なく支えるための、区・医療・地域が連携して相談支援する、顔の見えるネットワーク体制」(世田谷区ウェブサイトより抜粋)として“世田谷版”を推進しているシステムのこと。これまでもスゴイスゴイと騒がれていましたが、日本の自治体が取り入れるほどのそのシステムのどこがそんなにスゴイのか、“本家”フィンランドの友人に聞きました。フィンランドのネウボラの特徴は妊婦1人につき1人の「ネウボヤ(「ネウボラおばさん」とでも訳しましょうか)」が担当すること。担当者は看護師などの資格を持っており、出産経験のあるなしにかかわらず言葉通り妊娠中から就学するまでの「すべての悩み」に対応するのだそう。引っ越しなど、なにもなければ同じ人と6年間は付き合うことになる、特殊な人間関係を築くことになります。フィンランドでの利用率は99%!友人のニーナは今回が初めての妊娠。一人っ子でまわりに相談できる人もいないため、ネウボラにはずいぶんお世話になったといいます。「初産なので、精神面からしっかりサポートしてもらいました。赤ちゃんの世話といった技術的なことはもちろんですが、陣痛に備えること、子どもが生まれるとこれまでの生活や夫婦関係が変わることなど、夫も含めて一緒に話し合いました」と言うように、ネウボヤとの付き合いは家族ぐるみ。ニーナによれば、「ネウボラは親になるための訓練の場」で、夫がネウボヤとの面会に同席することで「妊婦とは」ということを理解し、夫にできることを話し合い、子育てが共同作業であることを意識していくのだといいます。ネウボヤは夫からの質問や不安を積極的に引き出して話を聴くほか、別の妊娠カップルとの共同セッションもあり、夫婦間の家事分担などについて話し合うこともできるといいます。父親もまた、赤ちゃんが生まれてくるまでに心の準備をすることができるのです。ネウボヤは家に来てくれることもあれば、こちらから行くことを選択することもできます。仕事の都合などで利用時間が限られる人への配慮があるだけでなく、産院の手配などさまざまな手続きもこなしてくれるため、産院を探して奔走する必要もありません。フィンランドでのネウボラ利用率は99%にのぼるというのも納得です。新米ママのニーナさんと夫のユハナさん。いつも冗談ばかり言って笑わせてくれる夫だけれど、やっぱり初めての子育てでは不安もいっぱい?ひとりで悩まなくてもいい筆者が娘を妊娠していたとき、トラベルジャーナリストという仕事柄、お腹が大きくなってくると海外取材ができず仕事が激減。だんだん目減りする貯金通帳を見るたびに、産後に社会復帰ができるのだろうか、などと不安になりため息が出てしまったものです。しかしこんなことはどこの誰に相談すればいいのかわかりません。親に言えば心配をかけてしまうし、友人たちにも金銭的な話はなんとなくしづらい。筆者の場合は漠然とした不安があるだけで、実際に路頭に迷うような状況ではありませんでしたが、それでもただ話を聞いてくれる人がいるだけでかなり気持ちがラクになっただろうと思うのです。フィンランドではネウボヤにこういうことを相談すると、公共で受けられるサービスや税金の減額の手続きなどを具体的に紹介してくれるのだそう。ネウボヤとの最初の面談ではまず就労状況のほかに家族の病歴、そして夫やボーイフレンドとの関係までも話します。そのあとも体調のことから金銭的なこと、夫に対する不満ですら、こちらの状況をきちんと把握している人が聴いてくれるため、話が早いということは言うまでもありません。幸いニーナにはそうした悩みはなかったものの、「いつでも誰かが気にかけてくれている、という安心感がありました」と言います。フィンランドの人々にとってネウボヤは家族でも友だちでもない、でも個人的にとてもつながりの深い、大変頼りになる存在なのです。出産後も続く手厚いケア昨年、ニーナは無事に男の赤ちゃんを出産。陣痛への不安があったものの、一足先に先輩になったモデルカップルから話を聴くことで問題なく出産に臨むことができたそう。これもヘルシンキ市のネウボラシステムの一環で、ネットや“教科書”ではなく直接経験者から話を聴くことができるのがうれしかった、とニーナは言います。ちなみに、ヘルシンキ市ではネウボヤとの面会予約がないときでも看護師にチャットで質問ができる「ネウボラ・チャット」があるほか、ネウボラオフィスに行けばいつでも赤ちゃんの体重や身長を計って成長具合をチェックすることができます。病院や保健所に予約をとるのと違い、かなり自由度が高く、気になることがあれば即座に専門家と話ができるシステムで、これにはニーナも大変助けられたそう。ネウボラで簡単なチェックを受けてから、必要があれば医師へとまわされます。元気に生まれた赤ちゃん。フィンランドの行政サービスのひとつ、妊娠するともらえる「赤ちゃんボックス」には新生児に必要なものはすべて入っているので、これさえあればなにも準備する必要がないプロだからこそ安心して利用することができる赤ちゃんが8か月のとき、夫妻はヘルシンキから郊外へと引っ越しました。それに伴いネウボヤも変わりましたが、以前お世話になったネウボヤと連絡を取り合うことはないそう。「彼女にはとてもお世話になったし、非常に個人的な付き合いでしたが、友人というわけではありません」とニーナ。ネウボラは妊婦の健康管理と必要な手続きを代行し、夫婦の不安やストレスを和らげます。そして出産後も、子どもが小学校に上がるまでをサポートしてくれる存在。「とてもよく訓練されている」とニーナが言うように、押しつけがましく命令するわけでもなくプロとしての助言を行うからこそ、個人的な相談もすることができる。もちろん、友だちのように仲良くなる人もいるのでしょうけれど、逆にこうしたドライな人間関係でないと成り立たないという側面もあるのかもしれません。日本はフィンランドと比べて税金が安いので、”本家”とまったく同じサービスを望むのは難しそう。とはいえ、世田谷区をはじめ、日本全国にもネウボラシステムを導入する自治体が増え、夫婦の悩みを聞いてくれるカウンセリングサービスが受けられるようになってきたのはありがたいことです。もっと広がって根付いていくといいなと思います。写真:ニーナさん提供
2018年11月10日