12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。文・脇田尚揮【12星座 女たちの人生】第116話 ~山羊座-11~北野先生と一緒に坂を下る。……このシチュエーション、なんだか懐かしい。高校時代、部活終わりに同じクラスの男子とたまたま一緒になって帰った以来、かな……。「山崎先生、すみません、付き合ってもらっちゃって……」『北野先生、意外と強引なんですね?』少し意地悪っぽく聞いてみた。嫌味を1割くらい含んで。「す、すみません! どうしても朝の返事が聞きたくて。あの、朝礼で遮られたままだったから。食事の約束。」『えっ!プッ、アハハッ!』そんなことで、私のこと追いかけ回してたの? 私てっきり、“告白”でもされるのかと思ってた。何だか拍子抜けして、身体の力が抜けた―――坂を下り、突き当たりを曲がると喫茶店「もみの木」がある。何十年続いているんだろう……と思わせるレトロな外観だ。目で『ここにしましょう』とサインを送る。満面の笑みでうなづく北野先生。子どもみたい。年下の男性って、こんな感じなんだ。前に、女性誌で読んだことがある。男性は女性と比較して精神年齢が3歳くらい幼いって。年下男子だと、なおさら幼く感じるのかな……。あれこれ考えながら、喫茶店に入る。あと1時間で閉店ということもあり、店にはマスターしかいない。『コーヒー2つでいい?』「はい!」北野先生に尋ねる。ふぅ、やっと落ち着けた……。『北野先生!』「はい、なんでしょう?」『なんでしょう? じゃありません!』北野先生がビクッとなる。『学校であんなことしちゃダメじゃないですか!? もし生徒に見られたらどうするんです! 大体ですね……』―――その後、私の説教は15分以上続いた。「すみません……」筋骨隆々とした青年が、怯える子犬のように小さくなっている。――意外と素直なのね。そろそろ良いかしら。『まぁ、それはそれとして……。週末のお食事の件、行きましょう』「……え?」『いや、ですから! デパ地下のフードコートがあるんでしょ!? そこ、行きますよ』ポカーンとしている北野先生。そして数秒後。「あ……あぁ、はい! 行きましょう!」これが、“母性”というものだろうか。“子どもっぽい”青年と、つい食事の約束をしてしまった。「では、今週末の何時にしましょう!?」『その前に、ちょっと待って』釘を刺すように、私は彼に言った。学校では絶対に二人きりにならないこと。仮にそういうシチュエーションになったとしても、挨拶程度で済ましましょう。外で会うのは、生徒や先生たちがいないような場所。そして、このことは誰にも絶対に言わないこと。これが守れないのであれば、お断りします。――そう言った。彼はコクンとうなづいて、「守ります」とだけ答えた。それからはデートの日時を決め、ちょうど閉店時間になったので、それぞれ家路についた。―――帰宅。今日は何だかすごく疲れた。でも、なんだろう。心地良い疲れ。嫌な感じはしない。自分でも驚いている。男の人とあんな話をしたのは初めてだった。大学時代の“あの一件”以来、私は男の人と話すのが苦手になっていた。でも不思議だな、北野先生は平気だった……。―――年下の男の子っていうのも、悪くないのかもしれない私の話をちゃんと聞いてくれる。ルールを守る努力をしてくれる。もしかして、私……、ブンブンと頭を振り、余計なことを考えるのはやめる。その後、シャワーを浴び、夕軽く夕食をとりそのまま横になった。学校で彼は、これまで通りでいるよう努めてくれた。(とは言うものの、緊張は十分伝わってきたけど……)もちろん、あの日した4つの約束はきちんと守ってくれた。私も、彼と顔を合わせるのが楽しみになっていて、彼が傍にいるときは口元がほころんでいたかもしれない。学校が楽しい。いや、彼に会えるのが嬉しいのかな。ついに土曜日。今日は学校で彼に会うことがないかわりに、プライベートで一緒に過ごす。普段通り、小テストの添削やサークルの資料作りを午前中に済ませ、彼と約束しているデパ地下のフードコートへと向かう。新鮮な気持ち。洋服を選んだり、メイクをしたり。プライベートでこんなこと久しぶり過ぎて、すっかり忘れていた……。『どう頑張っても、地味めな格好になっちゃうなぁ』つい、独り言が漏れる。今度“さあや”にオシャレについて教えてもらおうと思った。待ち合わせ場所は電車で9駅。ちょっと離れたところだ。ここなら、生徒たちと鉢合わせることはないだろう。待ち合わせ場所に近づくと……、北野先生が大きく手を振って待っているのが見えた。『もう、バカみたいじゃない……』そう呟く私の口元はほころんでいる。もしかして、私って……“年下が好きなのかもしれない”私は彼の元へ走った―――【今回の主役】山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。(C) Y Photo Studio / Shutterstock(C) Minerva Studio / Shutterstock
2017年07月11日12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。文・脇田尚揮【12星座 女たちの人生】第115話 ~山羊座-10~体育館の裏で、男女が二人―――本来なら“ときめく”シチュエーションなんだろうけど、私たちは教師同士だから誰かに見られちゃ困る……。話の内容もデートについてだから、なおさらまずいというか……。「山崎先生、どうして逃げるんです? 私、何か気に障ることしましたか?」真っ直ぐに疑問を投げかけてくる。私もこれぐらいハッキリものが言えたら、気苦労も少ないんだろうけど……。『いえ、別に気に障ったとかではなくてですね……』しどろもどろに言い訳する私。なんとか、ごまかしてこの場を終わらせたい。「では、どうして?」この人は、疑問が生まれると徹底的にその原因を突き止めるタイプね。さすが数学教師……。『いや……学校内で、教師同士がする話じゃないのかなと思いまして』これで彼を黙らせることができるだろう。北野先生はハッとした表情を浮かべた。そして、彼の顔はみるみるうちに真っ赤になった。「すみません……つい……失礼いたします!」そう言って、彼は走り去った。……ふぅ、なんとかこの場は乗り切れた。正論よね。なんだかんだ言って私のほうが年上だし、教員歴も長いから。ただ、きっと傷つけちゃったわよね、北野先生のこと。後でどんな顔して会おう。―――お弁当箱の包みを再び開く。でも、あんなに“熱くなれる”なんて、羨ましいな。職員室からここまで、私の後を追って走ってきたんだ。すごいなぁ。基本的に、“去る者追わず”なスタンスの私には、考えられない。あそこまで必死になるってことは、それってもしかして―――いやいや、そんな自分に都合の良い解釈はしないでおこう。違っていたら、すっごく恥ずかしいしバカみたいだし。こうやって体育館裏でひとりお弁当を食べていると、新任の頃を思い出す。最初は右も左も分からなかったのよね。教頭先生から怒られた時なんかも、ここへ来て泣いたっけ。熱意はあるんだけど、それが間違った方向に向いてしまうのは新任によくあることだって、先輩から教えられたわ。……ん?“熱意が間違った方向”か。何だか少し、北野先生にも当てはまるような気がして、可哀想になった。お昼休みの終了を告げるチャイムが構内に響いていた。校内清掃の時間。職員室の向かいデスクには北野先生はいない。多分、体育館の掃除をしているんだろう。年下かぁ。午後の授業が終わったら、声を掛けてみよう。午後の授業は不思議と冷静だった。いつものように生徒たちの前でテキストを読み上げる。黒板にチョークを滑らせ、例文を書き、小テストをする。6限目が終わり、今度はサークルの支度。階段を下り職員室に戻ると……、また北野先生はいない。タイミングが悪かったわね。別に私を避けてるわけじゃないだろうけど。サークルの子達と、前回の課題について話をしている間に夕方に。結局、今日は北野先生と話せそうにない。まぁ、こうして同じ学校にいるから、必ずまた会うことになるだろうけど。サークル活動が終わり、鍵を閉めようとしたとき、「せんせ~、今日は何かあったの?」飯山さんから声を掛けられた。『え、どうして?』「だって、午前と午後とで全然雰囲気が違うから」私って、そんなに顔に出るタイプなのかしら。弱ったな……。『別に何もないわよ、ほら、遅くなるから早く帰りなさい!気をつけてね』「はぁ~い」飯山さんは、つまらなそうに返事をして帰っていった。校舎の3階から外を眺めると、まだ体育館のライトが点いている。剣道部はまだやっているのね。北野先生、今どんな気持ちなんだろう。落ち込んでなきゃ良いけど。人気のない職員室に戻り、視聴覚室の鍵を元の場所に返す。今日も一日が終わった。ドキドキしたり、ビックリしたり、冷静になったり、なんだかとても忙しい一日だったなぁ。帰り支度を済ませて、職員出口から専用駐輪場まで歩く。そして、校門を出ていつも通り帰ろうとしたその時。「山崎先生~!!」聞き覚えのある声が、後ろから聞こえて振り返る。よく見えないけど、あのシルエットは……北野先生。スーツ姿でカバンをブンブン振り回しながら走って近づいてくる。『本当に、この人は……』“呆れ”とともに、“愛おしさ”を感じている自分がいる。「ハァハァ……ハァ」あっという間に、私の目の前にやってきた。『どうされたんです? そんなに息を切らせて……』「先生、学校の中で話す内容ではないと仰っていたので、学校外でお話したいと思いまして!」なっ……この人! これってストーカーに近い何か……。でも、悪意がないし真っ直ぐだし。もう良いわ、私の負けね。『そうですね、そしたら降りた角の喫茶店にでも入りましょうか』その言葉に、顔がパアァァ……と明るくなる彼。本当にこれでいいのかなぁ。何とも言えない気持ちで、自転車を押しながら坂道を下る。横には北野先生。星がやたらと綺麗に見える夜だった―――【今回の主役】山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。(C) michaeljung / Shutterstock(C) Maria Savenko / Shutterstock
2017年07月10日前々からお話していることですが、最近は女性の生き方が多様化していて昔のように「結婚しなくてはならない」という風潮がなくなってきています。私のところに来て「一生結婚したくないんです」と言う人もどんどん増えているのよ。私はそれを否定するつもりはありません。個人的には、年を取ったときにパートナーがいないと寂しいものですから、伴侶はいないよりいたほうがいいと思っています。だけど、どうしても結婚したくなければしなくてもいいんですよ。社会的にもそういう生き方は認められてきているし、何がなんでも結婚しなきゃいけないなんてことはないんです。結婚したくないと思うなら、どこへ行っても通用する資格を取ったりして、ずっと続けられるような仕事を見つければいいの。いま40代、50代の女性のなかでも独身でバリバリ仕事をしている人はたくさんいるんですからね。それで「いまとても幸せなんです」って人がいっぱいいますよ。幸福なんて自分の考え方次第。結婚して家庭をもつことが幸せって人もいるけれど、独り身の気楽さで仕事やプライベートを充実させることが幸せって人もいるわけです。どっちがいいとか悪いとかってないのよ。それは本人のとらえ方なのね。なによりイキイキと自分らしくいられる生き方が一番じゃないかしら? ちなみに人相で言えばあごの張っている角ばった輪郭の人や、目の細い人、手相で言うなら運命線が下から上までまっすぐに伸びているような人は、特に独身でもしっかりやっていけるタイプよ。ただし会社勤めなら定年がありますね。また年を取ればだんだん体もいうことをきかなくなりますから、若い頃のように働けなくなるときが必ず来ます。一生ひとりでやっていくとなったら、最終的にはお金なんですよ。ダンナさんも子どももいなくてお金がなかったら、充実した余生なんて送れないでしょう?だから結婚しない人生を選ぶなら、しっかり仕事をしてお金をためなくちゃいけないわけです。そうやってお金をためたらいつか外国に永住しようなんて夢があってもステキよね。いまは結婚したくないって思っていても、10年後、20年後に「やっぱり結婚したい」と思うかもしれません。でも結婚なんてそのときになってからでも遅くないの。周囲に流されたり、人から押しつけられるように結婚したりするよりも、いまの自分にとって一番幸せと思う道を選ぶほうが後悔は少ないはず。自分の人生は自分で選び取ってくださいね。 妥協しなくて良かった! 近々あなたに訪れる運命の“結婚縁”
2017年04月14日南青山にあるお洒落なジュエリーショップ、アンジェリーナ表参道のオーナーデザイナーである篠田恵美さんは、25歳でアンジェリーナを立ち上げた後、28歳で結婚し、年子で男児を出産。それだけでも多忙なのに、2002年、脳外科医のご主人のアメリカ勤務に伴い、乳飲み子二人を抱えて渡米したというパワフルなワーキングマザーです。しかもアメリカ滞在中、さらにジュエリーを探求するため、当時まだ日本に定着していなかったクリスタルヒーリングやセルフイメージ心理学を学び、帰国後、“願いを叶えるジュエリー”をコンセプトに、パワーストーンとは一線を画した、豊かなライフスタイルのためのパートナージュエリーのデザイン・制作をスタート。美しく女性らしい外見からは想像できないエネルギッシュな彼女から、血反吐を吐くような想像を絶する大変さだったという在米での子育ての苦労話、そして、仕事も育児も人間関係も、すべてを回していくために大切な生き方のエッセンスを伺います。■子育てには “この時しかできないこと” がある学生時代からおつきあいしていた男性と結婚し、31歳、32歳と続けて男児を出産した篠田さん。子供たちが1歳と半年ほどのまだ赤ちゃんの頃、渡米することを決心します。―― よく乳飲み子を二人連れて、アメリカへ行こうと思われましたね。「いくつかの理由があります。アンジェリーナを始めた1990年代は、カラーストーンでファンタジックなデザインが時代に合っていて、ファッション誌にもたくさん取りあげられていたのですが、世紀末になると、プラチナにダイヤだけのシンプルなデザインが流行りだして、どうしたらお客様に本当に喜んでいただけるジュエリーを制作出来るのかヒントが欲しくて 勉強し直したいと思っていました。それと、当時、ハリウッドの名女優たちにライフスタイルについてインタビューをするという『デブラ・ウィンガーを探して』(監督:ロザンナ・アークエット/2002年)というドキュメンタリー映画がありました。そのなかでジェーン・フォンダが、『人生で後悔してることはありますか?』との問い対して、『1番後悔しているのは、子育てを人任せにしたこと。子育てについては後回しにすると取返しがつかないことがある』と答えていたのが印象的だったんです。経営者の集まりなどに出ると、一部上場企業のキャリアを積んだ女性経営者の方とかカッコいいんですけど、高校生のお子さんとコミュニケーションが上手くいかず悩んでいたりして…。それを見て、やっぱり幼少期こそが大切だから、腹をくくるべきであろうと。優先順位を考えた時、デザイナーとしての仕事の情熱がトーンダウンして、子供二人との時間を犠牲にしてまでこの仕事を続ける意味が見えなくなっていて。お店は信頼できるスタッフに任せられる状況だったので、思い切って行く選択をしました」―― ご主人の単身赴任という選択はなかったのですか?「当時の悩みは、仕事を続けながら2人の子供をたて続けに授かったことが思った以上に大変だったこと。想像を絶するめまぐるしさで、子育ての楽しい話を聞くと羨ましいけれど、私はもうそれどころじゃない。そのなかで、本当に自分がどうしたいか見極めなきゃいけないけれど何も見えなくなってしまいました。今までの環境から離れて考えるのもいい機会かと、アメリカでなくてもよかったんですが、飛び込んでみようって感じでしたね」 ■雪の飛行場で「ここではぐれたら、一生ママとは会えないよ」と脅しながら…脳外科医のご主人が勤務するミネソタ州のメイヨクリニックは、実績はあるけれど、州都のミネアポリスからプロペラ機で1時間ほどの田舎に位置し、患者さんはヘリコプターで来院するような、病院のための街という感じだったとか。そこに、ご主人は5年間、彼女と子供たちは、日本と行き来しながら3年間滞在したそうです。―― 非常に特殊な環境ですよね。どんな苦労がありましたか?「主人は過酷だったと思います。彼はチャレンジャーなんですよね。フォローしてあげなきゃいけないのに、彼の世話はほぼなし。お互いヘトヘトで会話はなくなっていく。長男は1歳、次男は半年ぐらいでまだ赤ちゃんですから、子供とも話せない。田舎だから車でしか動けない。夏は灼熱、冬は厳寒。庭に来るのはシカ、キツネ、リスだけ。誰ともコミュニケーションできなくて、孤独感と焦燥感がつのり、追い詰められました」―― ミネソタで一番辛かった体験は?「日本に帰ってまた戻った時、飛行場で乗り換えなきゃいけないのに、激しい雪で飛行機が飛ばない。夜11時に次の便は朝の5時半だと言われ、2歳半の長男とヨチヨチ歩きの次男を連れて、空港にはホームレスもいて不安なので、近くのホテルを探したんです。深夜、雪が降り積もる中、ズルズル滑りながらホテルを探して歩いて、下の子は体にくくりつけ、両手には荷物を持って、長男には『今、ここではぐれたら、一生ママとは会えない。死ぬかもしれない。そう思ってしっかりついてこい』と脅したら、必死でついてきましたね。でも、子供たちは時差の関係で全然寝なくて、4時半に空港に戻ってきたら、リコンファームしていたにもかかわらず席がないと。ここで絶対乗らなきゃと思って、ウェーンウェーンて思い切り泣いたら、壊れてる座席が一つあるというので、壊れてても乗る! 何ならトイレに2時間入っててもいい! と騒いで、何とか帰ってきました(笑)」―― それはすごい! 息子さんもタフになるでしょうね。「上の息子は自立心が強く、今、高校生ですが、やはりすごい反抗期でコミュニケーションは大変ですけれど(笑)」そんな命懸けの体験をしながらも、ミネソタでは子供をシッターに預けて、クリスタルヒーリングで有名な女性に会いに行き、彼女に相談すれば悩みの答えの糸口が見つかると期待したものの「あなた、どうなりたいの?」と聞かれてなにも答えられず、「どうなりたいかわからない人に話すことはないから、帰って」と言われ、泣きながら運転したりも。その後は様々に学びを深めながら、篠田さんは、自分だけが提供できるお客様に本当に役に立つジュエリー、なりたい自分になるのをサポートをするジュエリーを模索し始めます。 ■帰国後、母との葛藤が課題に…―― 帰国してからの子育てはいかがでしたか?「帰ってからの課題は、母との葛藤でした。子供の面倒は愛情を持ってよく見てくれるんですが、当然、口は出されますよね。夫はまだアメリカだから、実家に二世帯住宅で暮らしてたんです。完璧な専業主婦だった母には、私が作る料理にしろ家の散らかり具合にしろ、不満に思うのはわかるんですけれども、ちょっとした一言でも過敏に反応してしまい ものすごいストレスに感じたり。私だってやってるのに…という思いがあるから、否定されてるというか、誰にも認めてもらえないという被害妄想がフツフツ湧いてきて苦しかったですね。でも、それって他の人のせいではなくて、自分の心が生み出している苦しみなわけです。私が学んだジュエリーのエネルギーを活用する基本である、心を落ち着かせ客観視することが役立ちました。自分のものの見方を変えることが、本当のなりたい自分になる第一歩であること…。エゴを捨てるということですよね」―― それが一番難しいのではないでしょうか。「母が言ってることをうまく受け流す、必要なものだけ受け取り、過剰に反応せず、バランスを取ること、それがどれだけできるか! エゴを捨てれば捨てるほど苦しみが感謝に変わり本当の自分の在り方が見え始めます。職場でみんなが応援してくれているけれど、子供が熱が出たら帰らなくちゃいけない。それが続くと、みんな内心は…と思うから申し訳ないし、次男が保育園に預けるたびに泣き続ける子だったので、いつも後ろ髪引かれる思いで職場に行く、という繰り返し。すべてに中途半端な自分を責めていました」―― 悩ましいですね。そんなワーキングマザーにアドバイスをいただけますか?「子育てまっ最中はどうしても周囲が見えなくなります。でも、育児って“期間限定”なんです。確実に終わる日が来る。どんなに辛い時でも大切なのは、全体像を客観的にグッと引いて見ること。仕事、子育て、様々な人間関係も、どういう自分になればここを回せるか? 今までの自分の在り方に執着せず、この状況を上手く回せる自分とはどんな人であり、どれだけそうなりきるのか。女優になったつもりでもいいから、文句より感謝やリクエストが言える自分になればいいのです。自分の内面にあるものの見方を変えることが出来れば、状況は必ず変わりますから。人生ってスパイラル状に成長していくもの。私が最初からそんなことができるキャラで、この大変な子育ての経験がなかったら、この “気づき” は得られませんでしたね」そう結んだ篠田さんは、小学生ぐらいのお子さんを見ると懐かしいし愛おしい、と遠い目になるのでした。三代続く医師の家に嫁ぎ、普通だったら医者になるようご長男に勧めるところ、自立心の強い彼に言ったら絶対嫌がるから、一言も口にしなかったそう。それが最近、彼が将来は医者になりたいと進路票に書いているのを知ったとか。知ったことは内緒にしているそうですが、命懸けで幼少期の育児をがんばり抜いてきた彼女には、神様のギフトがあるような気がしてなりません。篠田恵美(しのだ えみ) アンジェリーナオーナーデザイナー一般財団法人 ジュエリープラクティショナー協会代表理事学生時代N.Yやイギリス ブライトンでアートを学び外資系宝飾メゾン勤務を経て25歳の時にデザイナーとして独立、ジュエリーアンジェリーナをオープン。2002年に夫のメイヨクリニックの勤務に伴い渡米、人をより豊かなライフスタイルにするためのジュエリーとは何かを探求するためにクリスタルヒーリングや色彩学、セルフイメージ心理学等を学ぶ。帰国後は "願いを叶えるジュエリー" をコンセプトにパワーストーンとは一線を画した豊かなライフスタイルのためのパートナージュエリーのデザイン、制作をスタート。2012年には一般財団法人ジェリープラクティショナー協会を設立し、宝石が持つ本質的なエネルギーの知識やその活用法を学ぶセミナーやイベントを多数主催。Blog: Facebook: ★篠田恵美さんからのInformation★●2016年12月7日(水)~12月11日(日)アンジェリーナ表参道クリスマスイベント(予約制)お買上の方にはクリスマスプレゼントをご用意してお待ちしおります。●2016年12月21日(水)~25日(日)日本橋三越本店1Fイベントスペース『アンジェリーナ リミテッドショップオープン』お客様それぞれの2017年のテーマに合わせて上質な天然石やデザインにこだわって制作したアンジェリーナのジュエリーを紹介します。(取材・文:稲木紫織)
2016年11月17日ミニマリストという言葉を知っていますか?英語で最小限という意味の「ミニマル」から来ている最小限主義者という意味で使われています。このミニマリストという言葉は、昨今注目されつつあり、2015年度の新語・流行語大賞にノミネートされたほどで、巷ではミニマリストたちの書いた書籍やブログがアラサー・アラフォー世代の女性たちから大人気となっています。そこで今回は、ミニマリストについてご紹介してみたいと思います。ミニマリストって何?上述のとおりミニマリストは、物をできるだけ減らし、必要最小限の物だけで暮らす人のことを言います。本当に必要だと思う物だけを厳選して持つことで、かえって心豊かに生きられるというのが、ミニマリストのライフスタイルなのです。つまり、スペースや時間、エネルギーを、溢れ返った物の管理に費やすことをやめて、もっと大切な何かに使おうという考え方です。あなたも断捨離をして、すっきりとした部屋で、何だか気持ちや頭まですっきりして前向きになり、好奇心旺盛に、フットワークも軽くなったりした経験はありませんか?ミニマリストも、それと同じように物を持たない暮らしをすることで、さまざまな人生の無駄を削ぎ落とし、大切な時間や空間を、やりたいこと・やるべきことに費やすことができるような人生を目指しているのです。ミニマリストになるメリットミニマリストは、自分に不要だと思うものをどんどん削ぎ落とし、必要なものや気に入ったものだけを厳選して、大切にケアしながら所有します。例えば、洋服。ミニマリストと言われる人々は、次から次へと新しい洋服を買うことはしません。こだわりぬいて選んだ数着を、丁寧にケアしながら長く着用するのです。少数精鋭のお気に入りの服だけが収納されたクローゼットがあれば、毎朝「どの服を着ようかしら」と迷うことがなくなり、時間が節約できます。物に溢れている現代社会ですが、ミニマリストはあるものを大事に使いますから、新しい服をセールで衝動買いすることもなく「安いから」という理由で不要な服を買い足すこともないため、金銭的な節約にもつながります。そして、単純に洋服が少なくなることで、クローゼットを広々使えるようになり、省スペースにもなりますよね。このように、ミニマリストになると、時間やお金、スペースなどの節約ができ、生活に無駄がなくなり、合理的に暮らせるようになるのです。物がなくなると、身軽になり、旅や引越しなど、身動きがしやすくなり、フットワークが軽くなることや、人間関係に執着しすぎなくなることもメリットの一つかもしれません。しかし、もっとも大きなミニマリストという生き方のメリットは「自分にとって本当に大切なもの」「本当にやりたいこと」「しなくてはならないこと」などが明確に見えてくるということではないでしょうか。ミニマリストが注意したいことミニマリストとして生きていくことは、良い面だけでなく、悪い面もあることを覚えておかなくてはなりません。たとえば、災害時。ミニマリストは最小限のものしか持たないので、食材や日用品や衣服などにストックがない、防災グッズがないという人も多いかもしれません。ライフスタイルとしてミニマルに生活する場合も、万が一のときの備えはしっかりとしておくようにしましょう。また、ミニマルでいることに執着しすぎてしまい、自分と違う価値観の人や、他人の意見などを一切受け入れなくなってしまう人もいるようです。自分の価値観はあくまで「自分」の価値観です。人それぞれ、いろいろな価値観や考え方があることを冷静に理解し、受け入れられる心の余裕をもつことも大切です。また、ミニマリストとして「いかに物を少なくするか」にばかり捉われてしまうことにも気をつけなくてはなりません。大切なのはどれだけ物を減らすことではなく「いかに心が豊かになり、自分が前向きに、自分らしく生きられるようになるか」なのだということを忘れないようにしたいですね。ミニマリストとして自分の必要なものや情報にしぼって人生に取り込んでいく生き方は、持っている物は少なくても、実は一番贅沢で豊かな人生なのかもしれませんね。ミニマリストというライフスタイルに執着しすぎて、自分の本当に大切なものを捨ててしまわないためにも「物を持たない」ことを目指すのではなく「本当に大切なものは?」「これは必要な情報?」と、自分と向き合って、自問自答する時間を持つことが必要なのではないでしょうか。
2016年06月27日今までの人生の中で「後悔したこと」がない人はいないと思います。生きているのであれば、誰もが経験すること。やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいとよく言うように、やる後悔はだんだん小さくなりますが、やらない後悔はどんどん大きくなっていくことが多いですよね。人間関係後悔する原因の中でも上位に挙がるのが、人間関係。自分以外の人間と接することは、日々の生活の中で当たり前ですよね。人間関係が上手な人と苦手な人とで分かれますが、苦手な人の中で最も後悔する原因となるのが「人見知り」です。人見知りであるがゆえに、本来の自分を出し切れなかった、分かってもらえなかった、誤解されてしまった、など様々な失敗談が生まれます。そこで後から段々と後悔の念に駆られてしまうんですよね。「あの時にもっと〜だったら」「〜していれば」と、「たられば」の気持ちと考えで、心と頭がいっぱいになってしまうんです。人見知り中に吸収すべきことでも人見知りの性格って、後悔しても気を付けても、簡単に治るものではありません。むしろ努力して人見知りを克服しようとした結果、もし失敗してしまったら…。その後は更に人見知り度が悪化してしまうでしょう。ですから、無理に治そうとするよりは、人見知りのままのあなたで今後の人生をいかに上手に生き抜いていくか、を考えるべきです。人見知りだからと言って、決して本来の性格が物静かなタイプの人ばかりではありませんが、人見知り中は大人しく周りをじっくり観察出来る能力に長けています。最初からおしゃべりで人懐っこい人にはない部分ですよね。「じっくり観察してしまう=周りの人をより理解しやすい」訳ですから、人見知り後の人間関係に役立つ事を、人見知り中に吸収しておきましょう。ちょっとした行動や動作で、実はこんな人なんだと、良くも悪くも人を見る目が養われるはずです。恋愛の掟「あなたが後悔したのはどんな時ですか?」とアンケートをとれば、きっと恋愛に関係するエピソードが何より多く出てくるのではないでしょうか。恋愛で失敗したことがない人を探す方が難しいかもしれません。それ程みんな、恋愛でたくさんの失敗をして大人になってきているんですよね。十人十色、ひとつとしてこの世に同じ恋愛はありませんから、前回の恋愛での経験を活かしたとしても、今回は失敗に終わってしまう、なんて事も普通に起こりうるのが恋愛というもの。しかし、どんな恋愛にも唯一共通するものがあるんです。それは「素直になる」ということ。とても簡単な事で、とても当たり前の事。でも、恋愛中って自分が自分でなくなってしまうような事だらけですから、そもそもが正常ではないんです。だからこそ「素直になること」が何より大切なんですね。恋愛は1人では出来ません。相手がいてこそ成り立ちます。そしてその相手もまた1人の人間。人間対人間なのですから、気持ちがすれ違ったり、意見がぶつかることがあって普通です。そこで意地を張らない、駆け引きしない、素直な気持ちを相手に伝える、それこそが恋愛の掟。掟がもたらす効果とはこの恋愛の掟は「失敗しない」ために、心掛ける訳ではありませんよ。「後悔しない」ために心掛ける掟です。もし、素直になれずに失敗したら…「どうしてあの時素直になれなかったんだろう」とずっと心の中にもやもやが残ります。でも、素直になった結果が失敗だったら…「結果は失敗に終わったけれど、あの時素直な気持ちを伝えられたんだ」と、あなたの気持ちはスッキリしているでしょう。ですから、素直になれた方が別れた後も立ち直りが早い、ずるずる引きずることはありません。それだけでなく「素直な気持ちを伝えられた、自分はやりきった」と自信も付きます。自信に溢れている人というのは男女問わず魅力的なもの。ひとつの恋愛が終わりを迎えたとしても、すぐに次の恋愛がスタートするはず!参考元:健康美人「後悔したことアンケート」株式会社エムスタイル
2016年06月01日ファッション雑誌を見始めた頃、日本の雑誌は「1ヶ月間着回しコーディネート術」とか「痩せて見えるパンツスタイル」といった実用的な記事が多いのに、外国雑誌は「不思議の国のアリスのお茶会に招かれて」「鳥の背中に乗って世界を巡る旅」といったファンタジックな特集が載っていてびっくり! 5キロ痩せて見える、5歳若く見えるハウツー記事も役立つけれど、もっと違う美意識のレッスンがあるんだなあ、と思ったものです。そんな記事を載せる最たる雑誌がVOGUEでした。1892年、アメリカで創刊以来、世界各国で発売されているハイファッションの最先端、ファッショニスタ垂涎の雑誌。歴代の名物編集長は映画にもなっていて、セレブ並みの人気者に。そんなカリスマ編集長の登場する映画を3本ご紹介しましょう。この秋のお洒落心に火が点くこと、間違いありません。元フレンチ・ヴォーグ編集長カリーヌ・ロワトフェルドの生き方が潔く美しい▼マドモアゼルC ファッションに愛されたミューズ監督:ファビアン・コンスタン出演:カリーヌ・ロワトフェルド, スティーブン・ガン, カール・ラガーフェルドその美貌から18歳でモデルとしてのキャリアをスタート、20代で「ELLE」の編集者、スタイリストに転身し、40代でフランス版「VOGUE」の編集長に就任以来、2011年まで10年間務めたカリーヌの顔は、どこかで見たことがある人が多いのではないでしょうか?50代になってもスッと伸びた美脚にピンヒール。パリコレのフロントロー(最前列)の常連で、パパラッチされるスナップ写真では、爪先をやや内側に向けた立ち姿が有名でした。そんな彼女が、新雑誌「CR」を創刊するまでのドキュメンタリーがこの映画。「大勢が足を引っ張ろうとする」業界で、「ファッションは夢の世界。ファンタジーは私の本質よ」という姿勢からブレずに、苦心しながら夢を実現していく彼女の生き方が素敵です。夫がいて2児の母。「仕事も夫も愛してる」と言いながら、世界中のデザイナーたちからミューズとあがめられるエレガントでセクシーなカリーヌの魅力は、実は素直でピュアな人間性。そこが伝わる映画です。「誰にでも敬意を払うのが素晴らしい。自分が特別で重要な存在だと感じさせてくれるの。だから、みんなが彼女に尽くしたくなる」とは、彼女のアシスタントの弁。「いつか飽きられるわ」とサラッと笑いながら、ハイヒールで歩き続けるカリーヌの姿は、私たちに生きる勇気と美意識を問い直させてくれるでしょう。現アメリカン・ヴォーグ編集長アナ・ウィンターはファッション界のリーダー▼THE SEPTEMBER ISSUE ファッションが教えてくれること監督:R.J.カトラー出演:アナ・ウィンター, グレイス・コディントン, シエナ・ミラーショーを見る間も外さない黒いサングラス、金髪のボブヘア、女性らしい色合いのヒザ下丈のワンピースかプリーツスカート…アメリカ版ヴォーグ編集長、アナ・ウィンターも、常にスタイルが決まっている女性です。イギリス出身ですが、アメリカのハーパース・バザーやイギリス版ヴォーグでもキャリアを積み、1988年から現職。映画「プラダを着た悪魔」に登場する鬼編集長のモデルにもなった彼女は、同時に、3000億ドルのファッション産業で最も重要な人物、映画スターよりも注目の的、といわれています。この映画は、アナを中心にニューヨークのヴォーグ編集部が、2007年、ファッション誌の新年号といわれる重要な9月号を出版する様子を描いたドキュメンタリー。アナの片腕のクリエイティブディレクター、グレイス・コディントンと写真をめぐって対立したり、シエナ・ミラーの表紙撮影では豪華なヨーロッパロケが組まれたり、締め切り5日前にグレイス担当の特集が撮り直しになったり、ハラハラドキドキで目が離せないおもしろさ!“氷の女”と呼ばれるほどクールで仕事第一のアナですが、映画内のインタビューで「強みは決断力、弱みは子供たち」と答える一面も。セレブ文化が世界的流行になることを予見し、ファッションも生き方の一部だと示し、30年近く編集長を務め続けるアナ。垣間見せる情熱的な笑顔が美しく、生き方にもインスパイアされます。それにしても現在、アナは60代、グレイスは70代で現役バリバリ。そこからして元気になれると思いませんか?元アメリカン・ヴォーグ名物編集長ダイアナ・ヴリーランドがぶっ飛んでる!▼ダイアナ・ヴリーランド 伝説のファッショニスタ監督:リサ・インモルディーノ・ヴリーランド出演:ダイアナ・ヴリーランド真紅のドレスで赤いソファに横たわる真っ赤な部屋は、彼女のリビングルーム。そのDVDのカバーからして、ただならぬ異才を放っているダイアナ・ヴリーランドは、1989年に亡くなるまでアメリカのファッション界に君臨した、まさにアイコン的存在です。キャリアのスタートは戦前。シャネルを着てセントレジス・ホテルで踊っていたら、ハーパース・バザーの編集長、カーメル・スノウから「お洒落ね。仕事しない?」とスカウト。ハーパース・バザーの黄金時代を築き、良妻賢母風で退屈だったファッションを一変させます。ハーパース・バザーで25年間、ファッションエディターを務め、オードリー・ヘプバーン主演の映画「パリの恋人」に登場する編集長のモデルにも。1962年、ライバル誌ヴォーグへ。彼女自身が芸術品といわれるほどクリエイティブな企画で、エジプトロケやヒマラヤロケ、モデルを象と撮影したり、モデルに豹を演じさせたり、ミック・ジャガーを初めてファッション誌に起用したり、垢抜けない娘を女王に仕立てたり、ヌード撮影も…。信じられないほど斬新でダイナミックな企画は、未だに語り継がれるほど。そんなダイアナが1983年、80歳の時、作家のジョージ・プリンプトンに回顧録を依頼した時のインタビュー映像を中心に、周囲の人々へのインタビューで構成されたのが、この貴重な映画です。「自分で磨かなきゃダメよ。肌もポーズも歩き方も、興味の対象も教養も」「新しい服を着ているだけではダメ! その服でいかに生きるかなの」「人生は一度きりよ。やりたいことをやらなきゃ」と、彼女の力強い言葉が背中を押しまくります。人生で迷った時や落ち込んだ時に、間違いなく“活”を入れてくれる1本です。
2015年09月14日いよいよ佳境を迎えつつあるドラマ『マッサン』。ドラマでは、マッサンを支える妻 エリーのけなげな姿が人気ですが、実際の彼女はどんな女性だったのでしょう。数々のマッサン本からは、私たちも共感できる彼女の本当の生き方が見えてきます。「マッサンの夢は私の夢」・・・そう信じて生涯を異国の地 日本で、夫のウィスキー作りの夢の実現を支えた女性、リタことジェシー・ロベルタ。ドラマでは“エリー”と呼ばれていますが、彼女の本当の通称は“リタ”。リタの生き方を紹介した本は、これまでも数多く出版されていましたが、今回の朝ドラの影響で再注目されています。そうした彼女の生き方に触れると、リタがどれほど強く、愛にあふれた人だったかがわかります。愛する人を失った悲しみと出会い祖国スコットランドを捨てて、日本人の竹鶴と結婚することを選んだリタ。なぜそこまでして?と私たちはリタの行動力に驚かされましたが、本を読むとその理由も見えてきます。リタにはマッサンと出会う前に同郷の婚約者がいました。しかし愛を誓ったにもかかわらず戦争で帰らぬ人となってしまったのです。それはリタにとって、愛する人を戦争で奪われたというトラウマとなって生涯つきまといます。そんな時に現れた異国の恋人 マッサンは、リタの心の傷を癒してくれたことでしょう。そして今度こそ“失いたくない”という強い想いがあったに違いありません。森瑶子さんが書いた『望郷』は、森さんらしい情緒あふれる表現力で、リタとマッサンのロマンスを描いています。リタの伝記をもとにしたフィクションですが、恋愛小説として一気に読めてしまう面白さがあります。日本の壁を超えようとしたリタまた、リタはもともと病弱で、繊細な心の持ち主でした。そんな彼女が、どのように日本での困難を乗り越えてきたのか?ドラマでは「渡る世間は鬼ばかり」のあの人が大いに鬼姑ぶりを発揮していましたが、あれは何も竹鶴家に限らず当時の日本は長男の嫁に対して非常に封建的なところがありました。そんな日本の時代背景と、当時リタを支えていた人々、リタの心の葛藤を客観的に描いているのが『リタの鐘が鳴る』(早瀬利之著)です。本の中では取材に基づいて、当時リタを知る人たちの証言やリタの写真が出てきます。そのため本当の素顔が見えてくるという点でも、この本はオススメです。まだ日本では恋愛結婚は一般的ではなかった時代に、異国の花嫁 リタがどうやって周囲の人々の偏見をはね返す努力をしてきたか。着物を着て、漬け物や和食を作り、一生懸命日本人になろうとしていたリタ。それは並大抵の苦労ではなかったことがわかります。夫の夢をあきらめさせない、支えるチカラウィスキー作りの夢に向かいながらも、何度も挫折しそうになるマッサンを、リタはどうやって支えてきたのでしょうか。『リタの鐘が鳴る』では、その叱咤激励ぶりが、当時を知る人々の証言からも浮かび上がってきます。夫が仕事を失った時も、家庭教師などをしながら地道に家庭を支えていたこと。そして夫が窮地に立たされている時も、陰ながら支援を取り付ける努力をしてきたこと。事実、マッサンの独立時に支援者となったのは、リタが家庭教師をしていたのが縁でつながった人々でした。夫婦共同経営的な強い信念そんなリタには、夫を支えるあるやり方がありました。それは夫の状態を常に顔色や態度から把握し、もうそろそろ限界だ、となる少し前に話し合いをしようとすることです。今では夫婦が話し合いをするのは当たり前のことかもしれませんが、当時の日本では、まだまだ「女は男の仕事に口出ししない」というのが通例でした。けれどもリタは、「マッサンの夢は私の夢」という強い想いから、夫の気苦労をそれとなく聞き出し、常に夫を叱咤激励してきたのです。そのためにも夫の仕事の人間関係をよく把握し、そうした人々とのコミュニケーションのつなぎ役を買って出ることもいといませんでした。現代でいう夫婦共同経営的な発想が、リタにはありました。夫に頼りきるのではなく、夫と一緒に夢を実現するという発想は、リタの強さの原点でもあったのでしょう。けっしてあきらめない、生き方そしてどれほどリタは、夫マッサンへ愛情を注いでいたのでしょうか。ウィスキー作りを軸に描いたドキュメンタリー『マッサンとリタ』(オリーヴ・チェックランド著和気洋子訳)では二人の関係性がよくわかりますが、中でも心に残ったのは、リタが愛読していたというロバート・バーンズの詩の一節です。「恋人よ、たとえ海が枯れても、たとえ岩が太陽の炎に解けても、それでも私はあなたを愛します。命の時計が秒を刻む限り」・・・そこからは、夫を愛するリタの強い覚悟さえ伺えます。文化の違いや、経済的困難、戦争による軋轢など、さまざまな苦境の中にあっても、故郷に帰ることなく、夫のそばに添い遂げたリタという女性の生き方は、私たちに勇気を与えてくれます。決して夢をあきらめないということ、それは現代の私たちにも、何か生きるヒントを与えくれるに違いありません。ぜひ、ドラマと一緒に、リタの生き方を読み解いてみてはいかがでしょう。・ 望郷 ・ リタの鐘が鳴る ・ マッサンとリタ ・ リタとマッサン
2015年03月06日NHKで放映中の「マッサン」の妻、リタは「あなたの夢を共に生き、お手伝いしたいのです」と故郷スコットランドを離れ、内助の功で夫を支えるピュアで健気な生き方で私たちを魅了します。このマッサンとリタのように夫婦2人支え合い生きた、純印度式カリーなどで有名な老舗、中村屋の創業者である相馬愛蔵とその妻、黒光(こっこう)のことをご存知ですか?黒光は、リタが生まれる21年前の1875(明治8)年、星良(ほし・りょう)という本名で仙台に生まれました。“アンビシャス・ガール”と呼ばれた少女時代を経て、結婚、出産、起業。明治の終わりから大正、昭和初期にかけて多くの芸術家たちをサポートし、中村屋に彼らが集ったその様子は、のちに“中村屋サロン”と呼ばれました。夫を支え、自らの生き方も貫いた彼女の足跡をご紹介します。相馬黒光(そうまこっこう)という鮮烈な生き方黒光の自伝「黙移」には、自伝的要素だけでなく、大正デモクラシーと呼ばれた当時の自由な空気、時代の変化が描かれており、歴史を知るうえでも貴重な史実が満載。女子教育のプロセスとしても実に興味深い書籍です。このころは女性が学問を続けることが、まだ一般的ではなかった時代。しかし、向学心の強い黒光は、生まれ故郷の宮城女学校で学んだのち、当時の女学生たちの憧れの的、ミッションスクールの最高峰で英語教育の名門、フェリス女学院に転校しました。さらには、進歩的かつ芸術的な校風を求めて、作家の島崎藤村や北村透谷が講師を務めていた明治女学校に転校します。その女学校時代だけでも、多彩な友人に囲まれ、ストライキを起こしたりプラトニックラブに翻弄されたりとチャレンジングな日々。彼女のペンネームでもある“黒光”は、明治女学校校長が「あなたの才気溢れる光を黒い色で隠しなさい」と命名したもの。いかに才気煥発であったかがうかがえます。中世ヨーロッパのような芸術支援の殿堂 “中村屋サロン”卒業後、黒光は故郷の知人の紹介で長野の相馬愛蔵に嫁ぎますが、1901(明治34)年に上京します。そこで本郷の「中村屋パン」を居抜きで買い取り、中村屋の店名をそのままに創業します。初めて食べたシュークリームの美味しさに驚き、パンにできないか考え、クリームパンを創案します。そのクリームパンは今でも日本の三大菓子パンのひとつといわれています。その後、新宿に本店を構えてからは、彫刻家の荻原守衛(碌山)、画家の中村彝(なかむら・つね)、ロシアから訪れた盲目の詩人ワシリー・エロシェンコら、多くの芸術家に中村屋の敷地内にあった洋館を解放。彼らを物心両面でサポートします。相馬夫妻や彼らを「安曇野」という小説に書いた作家の臼井吉見は、「まるで中世ヨーロッパのサロンのようだった」と描写しています。この中村屋サロンは日本の近代芸術・文化を牽引し、大きな刻印を残す偉業を果たしたのでした。2014年10月、中村屋は本店を建て替え、商業ビル「新宿中村屋ビル」としてグランドオープンし、3階には「中村屋サロン美術館」という美術館を併設しました。現在は、「開館記念特別展」が開催中(2015年2月15日まで)。黒光の情熱的な意志が、現在も脈々と受け継がれているのを感じます。昭和2年発売の純印度式カリー、ボルシチ、中華まんは現在も人気商品黒光のすごいところは、実業家としての商品開発センスも然り。インドの革命家ラス・ビハリ・ボースとの出会いから、日本で初めて純印度式カリーを発売しました。また、ロシアの詩人ワシリー・エロシェンコとの出会いをきっかけにボルシチやピロシキなどのロシア料理を、中国視察旅行では、月餅や包子(パオズ、現在の中華まんじゅう)と出合い、日本人の口に合うようにアレンジして発売しました。彼女の企画・発想力はとても素晴らしく、それらが現在も中村屋の人気商品として愛され続けているのは、ご存じの通りです。黒光は自らの志を持ち、夫とともに仕事に励みながら、己から溢れ出る光を黒色で消すことなく、周囲を愛の力で照らし続けました。リタより6年早い1955年、79歳でこの世を去った黒光。こんな圧巻な女性が日本に存在していたということに、勇気が湧いてくる気がします。人生の折々に迷ったら、ぜひ彼女の自伝「黙移」を開いてみてはいかがでしょうか。
2015年02月05日アンジーナ的生き方とは?凛としたまなざしで明日を見据えながら、しなやかに美しくそして力強く生きるアンジー世代を密着取材。「憧れ」と「リアル」の境界線で生きる、アンジー世代の歩きかたを模索します。今回のゲストは、2014年にデビュー15周年を迎え、デビュー曲を手掛けた小室哲哉氏と再びタッグを組み、珠玉のウェディングソング「graduation」をリリースする鈴木亜美さん。支えてくれたすべての人への感謝の気持ちを歌に込め、「graduation」では作詞にも挑戦しています。「まだ幼いココロ迷えばいい焦ればいい見えなくていい」、「負けないように前だけ見てる私がここにいるから」といった、同世代なら共感せずにはいられないメッセージが盛り込まれた「graduation」は、本日配信開始です!鈴木亜美1998年「love the island」でデビュー。2004年12月30日、エイベックスへ移籍後、第一弾シングル「Delightful」をリリース。2007年には様々なアーティスト、ミュージシャンとのコラボレーション企画アルバム「join」シリーズを発表し、新たなクラブミュージックにも挑戦。2009年からは本格的にDJ活動を始め、現在では国内のみならず、韓国、台湾、上海、オーストラリア、LAなどで、Girls DJとして活躍。フードアナリスト3級の資格を取得し。料理タレントとしても活動する。その他アーティスト・女優など多方面で活躍。デビュー15周年。忘れられないデビューイベント。「15年間でいちばん印象的だったことは……いろいろあるけど、やっぱりいちばん最初の、ASAYANのデビューイベントは忘れられないですね。横浜のランドマークタワーでやったイベントなんですけど、フリーのイベントなので当日は、人が来るか来ないかもわからなくて、もう、ずっと緊張していたんです!ランドマークタワーの上から人が集まってくるのを見ていたんですけど、最初は全然人が集まって来なかったので心配でしたね。でも結局、3,500人もの方々が集まってくれて、本当に感動しました」DJ Ami Suzukiをはじめたキッカケ。「DJをはじめたキッカケは、違うジャンルや変わったものにチャレンジしたい!と思ったことでした。ちょうどその時に出会ったのが中田ヤスタカさんで、『FREE FREE』という曲をリリースしたんです。これはもう、すごくチャレンジであり冒険でしたね。今までのファン層と違うところに突っ込んでいくというか……。これはどう出るかわからなかったので、もしクラブ層に受け入れられなければクラブミュージックというジャンルはやめよう!というくらいの覚悟で突っ込んでいきましたね。中田さんのイベントにシークレットで参加して、毎回『Free Free』を1曲だけパフォーマンスする、というのをやり続けているうちに、DJをやっている中田さんの姿を見て、「これ、自分でできたら楽しいだろうな」って思っちゃったんですよ。自分の曲のプロモーションを自分でやるのって面白いかも!って。それでDJの勉強をはじめたのがキッカケですね」歌手として、DJとして……15年の活動の中で、様々な表情でファンを魅了し続けている鈴木亜美さん。明後日6/6はagehaにてDJとして登場するイベントagePa!! × MONSTER NIGHTが開催されます。女性はナント入場無料!DJ AmiSuzukiの新たな魅力に触れに是非足を運んでみてください。さて、次回(明日11:30更新!)は、亜美さんのさらに素顔の部分に迫っていきます!お楽しみに……♪鈴木亜美のリズムゲーム「SHAKE」がついにリリース!配信限定シングル「graduation」をはじめ18曲が遊べます!*一部有料のコンテンツもありますが、ダウンロードは無料です。■android■iOScoming soon!!Photo by Gota
2014年06月04日前回 はパリの道端であった元モデルのマダムにお話しをききました。今回もきれいなおばあちゃんになるために、今からしておくべき美とファッション、生き方を学びましょう。パリジェンヌは、運動やスポーツをたくさんします。マダムも毎日パリの街を散歩がてらにスタスタと早歩きしているようです。YukaCocoもパリに住み、歩くのが早くなりました! 早歩きは一番運動になり、身体に良いとマダム。それに好きな音楽を聴きながら歩き、大好きなワインや食べ物、甘い物も何でも頂くみたいです。YukaCocoの周りのパリジェンヌ、パリジャンも同じです。しかし、太った事が無いと言っていました。それは、日々たくさん運動し、好きなものをストレスなく著度よく取るということですね。見習わないといけないと思いませんか? 最後に、マダムの肌がとても綺麗なので、「何か特別な事しているの? 」と聞いたら「していないわよ。石鹸だけ。」だそうです。さらにビックリ。以前80歳の美しいマダムにも聞いたところ石鹸だけだと言っていました。色々塗りたくらずみなさんシンプルを心がけているようです。日本では湿気がある分、凄く肌が綺麗だと世界中で言われています。YukaCocoもそう思いますが…最近は日本に帰国すると、顔が固まっていたり、パンパンに張っている方々を良く見かけます。若い時や今は良いと思っていても、将来的に醜い顔になってしまったり、ずっとボトックスやヒアルロン酸を打たないと行けなくなるので皆さん気をつけてくださいね。なんでも付ければいいというものではありません! オートクチュールの巨匠に「フランスでは、自分にあったオシャレを見付け、自然にオシャレにカッコ良く生きてこそ外見ではなく中身から輝く」教えて頂いたことがあります。日本は、物まねが多く、街を歩くとみんな同じ格好ということがありませんか? 自分のオシャレをして、自分をより良く見せて欲しいと願います。他人は他人と言うヨーロッパ人の考えは大好きです。面倒くさくないですしね。日本やアジアは他人を気にしたり真似たりするけれど、他人は合っていても自分は合わない事など良く知っています。だからこそ、パリジェンヌのように独自のオシャレが出き、自分らしさを磨けるよう皆さんに伝授します。最後に日本の素敵な女子へむけてマダムから一言! 中身から綺麗になることは、外見に現れるとの事です。運動しスポーツし好きな物食べて飲んでストレスが無い人生こそ自分磨きになるそうです。その日の疲れは、その日に取るという事が一番だそうですよ。自分に合うオシャレを見つけて楽しんでくださいと言っていました。皆さんもずっと、カッコ良い素敵な女性で居られるように頑張りましょうね!
2013年10月14日+αの要素が美を引き立てる「美魔女」という言葉があるように、いくつになってもびっくりするくらい美しい女性はいますよね。その生き方も美しさの秘訣かもしれません。そこで、マイナビニュース会員402名の男性に、生き方も美しい、リスペクトする美熟女について、訊いてみました。年齢不詳な美女、上手に年をとった美女、みなさんはどんな美熟女が好きですか?>>女性編も見るQ.生き方も美しい、リスペクトする美熟女を教えてください(複数回答)1位黒木瞳11.7%2位天海祐希9.2%3位小泉今日子9.0%4位杉本彩6.7%5位夏木マリ6.0%■黒木瞳・「清楚な美しさを兼ね備えているから」(28歳/情報・IT/技術職)・「美しいだけでなく、演技やトークに深みがある」(26歳/不動産)・「女優という仕事をしながら、主婦としてもしっかりしているイメージ」(30歳/医療・福祉/専門職)■天海祐希・「やや男っぽいけど、ハッキリと物を言う点がシッカリしていてかっこいいから」(41歳/機械・精密機器/技術職)・「芯が強そうだし、弱音を吐かなそうなイメージがあるから」(30歳/小売店/販売職・サービス系)・「スマートな生き方がかっこいい」(38歳/農林・水産/営業職)■小泉今日子・「タバコを吸う姿がかっこいいので」(45歳/情報・IT/事務系専門職)・「自分の軸があってぶれなさそう」(31歳/自動車関連/事務系専門職)・「年をとってもかわいらしい」(33歳/小売店/販売職・サービス系)■杉本彩・「エロスという自分の生きざまをかっこ良く表現しているので」(30歳/機械・精密機器/技術職)・「いまだにセクシーでアダルトな印象しかないので」(29歳/学校・教育関連/事務系専門職)・「苛烈な人生に負けることなく、芯が強く人や動物に優しくできる人」(31歳/小売店/販売職・サービス系)■夏木マリ・「人生を謳歌(おうか)しているところがリスペクトできる」(25歳/金属・鉄鋼・化学/技術職)・「とても自由に生きている気がする」(26歳/金融・証券/営業職)・「ドラマでかっこよく感じる」(28歳/機械・精密機器/技術職)■番外編:話しぶりからにじみ出る美しさ・岡本夏生「本音で話していると伝わるし、人生経験も豊富なのでとても親しみやすいからです」(33歳/医療・福祉/専門職)・岩井志麻子「貫禄と色気があるのがいい」(37歳/商社・卸/販売職・サービス系)・叶恭子「お金持ちでいられること、好きなことをできているのがすごい」(26歳/小売店/販売職・サービス系)総評栄えある1位に選ばれたのは、「黒木瞳」です。美しさと品格、女優業と主婦業など、美しさとほかのもののバランス感覚の良さが支持を集めているようでした。気張らず自然体なのに、当たり前のように美しい。憧れますね。2位は「天海祐希」です。「かっこいい」「芯が通っている」など、自立して生きている雰囲気が支持の理由のようでした。宝塚歌劇団で鍛えたキビキビした身のこなしが、天海さんの美しさをさらに引き立てているのでしょう。3位には「小泉今日子」がランクイン。「美しい」「あこがれる」というコメントと同時に、「かわいい」という声も寄せられました。「なんてったってアイドル」を歌ったキョンキョンは、いくつになってアイドルなのかも。「熟女」とひとことで言っても、実際には「たおやかな品格(黒木瞳)」「かっこよさ(天海祐希)」「かわいさ(小泉今日子)」「セクシーさ(杉本彩)」「自由さ(夏木マリ)」など、いろいろな熟女がいるようでした。まさに若さとは違うそれぞれの味なのかもしれないですね。(文・OFFICE-SANGA臼村さおり)調査時期:2013年2月15日~2013年2月21日調査対象:マイナビニュース会員調査数:男性402名調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【男性編】来年のスターは誰!? そろそろブレイクしそうな若手女優ランキング【男性編】AKB48のメンバー何人まで名前言える?ランキング【男性編】黒髪が似合う女優ランキング完全版(画像などあり)を見る
2013年04月11日自分の身を犠牲にする、強くていい女!!ジブリ作品には容姿だけでなく、生き方も美しい女子キャラが多数登場します。優しかったり、強かったり、いろんなタイプがいるけれど、どのキャラも魅力的。「付き合いたい!」と思うほどのいい女がたくさんいますよね。そこで男性300名に、「ジブリに出てくるいい女」を聞いてみました。>>女性編も見るQ.ジブリに出てくるいい女は?(複数回答)1位ナウシカ『風の谷のナウシカ』18.7%2位シータ『天空の城ラピュタ』17.3%3位キキ『魔女の宅急便』13.0%4位月島雫『耳をすませば』11.7%5位マダム・ジーナ『紅の豚』9.0%■ナウシカはいい女!!・「性格が優しく、まただれにも負けない強さと勇気を持っていて、それでいてかわいい」(29歳/情報・IT/事務系専門職)・「谷を守るために自分にできる精いっぱいの行動を取っているから」(26歳/金属・鉄鋼・化学/技術職)・「しんの強い、かっこいい女性だから」(29歳/機械・精密機器/技術職)・「みんなに愛されていて、美人だから」(24歳/金融・証券/営業職)・「自分の命も省みないところ」(25歳/自動車関連/事務系専門職)■シータはいい女!!・「一本筋が通っていて、かわいいだけじゃなく、かっこいいと思えるから」(25歳/自動車関連/営業職)・「永遠の乙女という感じ。あのまま大人の女性になってほしい」(29歳/小売店/販売職・サービス系)・「思いやりがあって、しんがあると思うから」(24歳/アパレル・繊維/事務系専門職)・「しんの強さを持っていそうだから」(29歳/ソフトウェア/技術職)■キキはいい女!!・「頑張り屋さんのキキはいい女だと思う」(28歳/自動車関連/技術職)・「純粋な感じがいい女になりそうな気がする」(28歳/通信/技術職)・「活発でめげないところがいい」(29歳/ソフトウェア/技術職)■月島雫はいい女!!・「自分の信じた道に一直線だから」(27歳/商社・卸/事務系専門職)・「純粋な性格に心引かれます」(24歳/食品・飲料/事務系専門職)・「将来、いい女性になると思う」(22歳/電力・ガス・石油/営業職)■マダム・ジーナはいい女!!・「見つめられるだけで胸が射抜かれそう。これくらいの女性に、一度でいいから会ってみたい」(29歳/情報・IT/事務系専門職)・「きれいで気品があり、かっこいい女性なので」(29歳/運輸・倉庫/販売職・サービス系)・「こういう人をいわゆるいい女というのだと思う」(25歳/運輸・倉庫/事務系専門職)■番外編:このキャラはいい女!!・クシャナ『風の谷のナウシカ』:「特に原作版。強くて女性らしい、男としてもあこがれる指揮官さまです」(29歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)・エボシ御前『もののけ姫』:「だれでも公平に助けてくれるから」(27歳/医療・福祉/専門職)・おソノ『魔女の宅急便』:「よく知らない娘を自分の家に泊めるなんてきっぷがいい」(27歳/ソフトウェア/技術職)・サン『もののけ姫』:「ツンデレぶりが半端ないから」(23歳/電機/事務系専門職)・マ=ドーラ『天空の城ラピュタ』:「断トツで女心が分かっていると思う。パズーに言い聞かせるセリフにドーラの生きてきた人生を感じる」(27歳/情報・IT/技術職)総評1位は、風の谷を守るため身をていして王蟲(オーム)に立ち向かったナウシカ。強さと優しさ、美しい容姿を兼ね備えたパーフェクト女子です。ジブリ作品の中では向かうところ敵なしのいい女という感じです。『天空の城ラピュタ』のシータは2位。幼いながら両親と死別し、家事全般を得意としている部分が評価されたようです。困難や逆境を耐え抜いてきた生きざまは、男としても見習いたくなるほど力強い!?3位は13歳で独り立ちをした頑張り屋のキキ。魔力が低下してほうきで空を飛べなくなっても、なんとか元に戻ろうと努力する姿が支持されました。同じように、夢に向かっていちずに頑張る月島雫は4位。上位のキャラのように特別な力や才能はないけれど、努力する姿勢が将来性を感じさせるという意見が出ていました。これから「いい女」に成長するであろう少女たちが次々と選ばれる中、5位には『紅の豚』のマダム・ジーナが堂々ランクイン!美ぼう、気品、知性のすべてを兼ね備えたジーナは飛行艇乗りのマドンナです。三度も夫と死別した陰のあるところも、大人の女性の色気を醸し出しているのかもしれません。自分の身を犠牲にすることもいとわない強さを持ったナウシカとシータ、夢に向かっていちずに頑張るキキと雫、いい女の完成系ジーナなど、ジブリ映画のヒロインは強くたくましいタイプが多いようです。普段強がっているからこそ、時に見せる弱さに男心をくすぐられた人も多いのでは?女子キャラがふと見せる弱さに注目しながら再度映画を見てみると、いつもと違う作品の楽しみを発見できるかも。(文・飯塚雪/C-side)調査時期:2011年10月17日~10月27日調査対象:マイナビニュース会員調査数:男性300名調査方法:インターネットログイン式アンケート■関連リンク【ランキング男性編】好きなジブリのキャラランキング【ランキング男性編】憎めないジブリの悪役キャラランキング【ランキング男性編】アニメの肉食系女子キャラランキング完全版(画像などあり)を見る
2011年12月30日