昨年5月3日の誕生日をもって63年の歌手生活を引退していた橋幸夫(80)が15日、都内で“謝罪会見”を実施。歌手活動の再会を発表した。橋は、歌手活動の引退後は大学に通いつつ、書画の道へ進んでいた。全国の画廊をめぐる中、ファンからの声や自身の思いも募り、橋は「歌えないかな」と夢グループの石田重廣社長へ相談。石田社長から「歌を歌いたいならば、皆さんに謝ればどうなのだろう」と提案され、謝罪会見を開くことになった。橋は、「自分で引退するという清々しいことは自分だけの言葉だったのかな、と。もちろん引退会見にはそういう気持ちもありましたが、こんなに大勢のファンの方が私を支援してくれたのか、と。万人のファンの皆様に対して、反省しきりにだんだんなってまいりました」と復帰する理由を説明した。石田社長と一緒に頭を下げると橋は「声が出ないわけじゃない。声が出るまではやりたい」と決意を新たに。そして「亡くなる時が最後だと思います。もう辞めません!」と生涯現役宣言。「もう引退会見は辞めましょうね」と石田社長が語り掛けると、「(引退会見したら)私、殴られますよ」と苦笑いだった。復帰ステージは26日に大宮ソニックシティ小ホールで開催される『橋幸夫フィルムコンサート&トークショー』となる予定。橋は2021年10月、80歳誕生日である昨年5月3日をもって歌手活動から引退することを発表していた。昨年5月1日のラストコンサートを開催し「本当に最後です。感無量という言葉がありますけど、心の中はやることがいっぱい」と話していた。橋は1943(昭和18)年5月3日生まれ。中学2年から作曲家・遠藤実さんに師事し、高校2年の1960年、「潮来笠」でデビュー。舟木一夫、西郷輝彦さんとともに“御三家”と呼ばれて絶大な人気を誇った。1962年には吉永小百合とデュエットした「いつでも夢を」で第4回日本レコード大賞を受賞。NHK紅白歌合戦にはデビューした年から17年連続19回出場した。モンゴル親善大使や各地の観光大使、介助犬サポート大使など多岐にわたる活動のほか、認知症の実母の介護生活を綴った『お母さんは宇宙人』など多数の著書を出版。2020年7月にデビュー60周年を迎えた。
2024年04月15日昨年5月3日の誕生日をもって63年の歌手生活を引退していた橋幸夫(80)が15日、都内で“謝罪会見”を実施。歌手活動の再会を発表した。橋は、歌手活動の引退後は大学に通いつつ、書画の道へ進んでいた。全国の画廊をめぐる中、ファンからの声や自身の思いも募り、橋は「歌えないかな」と夢グループの石田重廣社長へ相談。石田社長から「歌を歌いたいならば、皆さんに謝ればどうなのだろう」と提案され、謝罪会見を開くことになった。けじめ、として引退会見、引退コンサートを開いた橋。「自分で引退するという清々しいことは自分だけの言葉だったのかな、と。もちろん引退会見にはそういう気持ちもありましたが、こんなに大勢のファンの方が私を支援してくれたのか、と。万人のファンの皆様に対して、反省しきりにだんだんなってまいりました」と復帰する理由を説明していた。石田社長と一緒に頭を下げると橋は「声が出ないわけじゃない。声が出るまではやりたい」と再出発の決意を示していた。復帰ステージは26日に大宮ソニックシティ小ホールで開催される『橋幸夫フィルムコンサート&トークショー』となる予定。橋は2021年10月、80歳誕生日である昨年5月3日をもって歌手活動から引退することを発表していた。昨年5月1日のラストコンサートを開催し「本当に最後です。感無量という言葉がありますけど、心の中はやることがいっぱい」と話していた。橋は1943(昭和18)年5月3日生まれ。中学2年から作曲家・遠藤実さんに師事し、高校2年の1960年、「潮来笠」でデビュー。舟木一夫、西郷輝彦さんとともに“御三家”と呼ばれて絶大な人気を誇った。1962年には吉永小百合とデュエットした「いつでも夢を」で第4回日本レコード大賞を受賞。NHK紅白歌合戦にはデビューした年から17年連続19回出場した。モンゴル親善大使や各地の観光大使、介助犬サポート大使など多岐にわたる活動のほか、認知症の実母の介護生活を綴った『お母さんは宇宙人』など多数の著書を出版。2020年7月にデビュー60周年を迎えた。
2024年04月15日毎日新聞出版株式会社から発売した、津村記久子・著『水車小屋のネネ』が4月10日(水)発表の2024年本屋大賞にて、第2位になりましたことをお知らせいたします。【作品紹介】『水車小屋のネネ』(津村記久子:著)『水車小屋のネネ』(「本屋大賞第2位」帯つき書影)「家出ようと思うんだけど、一緒に来る?」身勝手な親から逃れ、姉妹で生きることに決めた理沙と律。ネネのいる水車小屋で番人として働き始める青年・聡。水車小屋に現れた中学生・研司……人々が織りなす希望と再生の物語。2023年「本の雑誌」が選ぶ上半期ベスト1位、第59回「谷崎潤一郎」賞受賞、「キノベス!2024」第3位。【書誌情報】発売日 :2023年3月2日定価 :1,980円(税込)判型 :四六判並製 496ページイラスト:北澤平祐 【著者プロフィール】津村記久子(つむら きくこ)著者近影1978年大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。08年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、09年「ポトスライムの舟」で芥川賞、11年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、13年「給水塔と亀」で川端康成文学賞、16年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、17年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、19年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞、20年「給水塔と亀(The Water Tower and the Turtle)」(ポリー・バートン訳)でPEN /ロバート・J・ダウ新人作家短編小説賞を受賞。近著に『サキの忘れ物』『つまらない住宅地のすべての家』『現代生活独習ノート』『やりなおし世界文学』『うどん陣営の受難』などがある。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2024年04月10日毎日新聞出版株式会社(代表取締役社長:小島明日奈)は、芥川賞作家・津村記久子さんの長編小説『水車小屋のネネ』を、2023年3月2日に発売いたします。本書は毎日新聞夕刊で話題となった連載小説の書籍化です。『水車小屋のネネ』書影誰かに親切にしなきゃ、人生は長く退屈なものですよ身勝手な親から逃れ、姉妹で生きることに決めた18歳の理佐と8歳の律。二人がたどり着いた町で出会った、しゃべる鳥・ネネ。ネネのいる水車小屋で番人として働き始める青年・聡。水車小屋に現れた中学生・研司……ネネに見守られ、助け合い支え合う人々の40年を描く長編小説です。【発売前から全国の書店員さんから共感の声が続々と寄せられています!】■いつまでもこの町で、この人たちの暮らしを見ていたい。思いやりの体温が伝播していく様はとても癒やされました。久しぶりに「あぁ、読み終わりたくないな」と思えた作品でした。(紀伊國屋書店仙台店 齊藤一弥さん)■どうしようもないほどに激しく心が震えました。「とにかく読んで!」と叫びたい。心を鷲掴みにされる名作です!(MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店 関咲蘭さん)■2人を支えてくれた人たちが本当にあたたかくて、10年後の未来では支えられてきた自分たちが、また別の誰かを支えることが恩送りのように伝わっていくのが感動的でした!(紀伊國屋書店京橋店 坂上麻季さん)■姉妹2人が40年にわたり過ごしてきた心の軌跡をたどる日だまりにように温かい家族小説。優しい人と人とのつながりに心がほっこりとした気持ちで包まれました。(紀伊國屋書店福岡本店 宗岡敦子さん)■どうでもいいとあきらめていた人生が、人とのつながりで一緒に生きたいと思える。あぁ、なんて素敵なんだ。この物語に包まれて人っていいな、人って温かいなと心の底からぽかぽかした。愛しい物語に出会わせてもらってありがとう。この物語が大好きだ。(ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理さん)■優しくされた人は、優しさを忘れないし、他者へも優しくなれる。優しさのお裾分け本!(未来屋書店入間店 佐々木知香子さん)■人が生きていくということ。まさに人生を描いた物語でした。(ダイハン書房本店 山ノ上純さん)【目次】第一話 一九八一年第二話 一九九一年第三話 ニ〇〇一年第四話 ニ〇一一年エピローグ ニ〇ニ一年【書誌情報】書名 :『水車小屋のネネ』著者 :津村記久子定価 :1,980円(税込)発行 :毎日新聞出版判型 :四六判並製、488頁ISBN :978-4-620-10862-9発売日:2023年3月2日装画 :北澤平祐 【著者プロフィール】津村記久子(つむら・きくこ)1978年大阪市生まれ。2005年『マンイーター』(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞してデビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年『ポトスライムの舟』で芥川賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年『給水塔と亀』で川端康成文学賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、2019年『ディス・イズ・ザ・デイ』 でサッカー本大賞、2020年『給水塔と亀(The Water Tower and the Turtle)』(ポリー・バートン訳)でPEN/ロバート・J・ダウ新人作家短編小説賞を受賞。近著に『サキの忘れ物』『つまらない住宅地のすべての家』『現代生活独習ノート』『やりなおし世界文学』などがある。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2023年03月02日元広島東洋カープの衣笠祥雄氏(70)と山本浩二氏(70)が2月27日、都内で行われたイベント「朝日新聞ReライフFESTIVAL」でトークショーを行い、カープの伝統について語った。ユニフォームではなく、スーツを着用しての対談は初めてという2人。「『鉄人』と『ミスター赤ヘル』が語る『優勝』とは?」をテーマに、昨年25年ぶりにカープが優勝を果たしたことをはじめ、健康維持のために食生活や運動を心掛けていることなどプライベートの話題でも盛り上がり、会場は多くの人で埋め尽くされた。「もう優勝することはないだろうと思っていた(笑)」「うれしいの一言です」(衣笠)、「ありがたいことに広島に帰る機会が非常に増えた」「ファンの方と同じ気持ちで一喜一憂した」(山本)とカープの大躍進を思い返して相好を崩す。ここで司会者から「カープの伝統は?」の質問が飛んだ。これに衣笠氏は、「『球場に行けばエネルギーをもらえる』という気持ち。自分に嫌なことがあったり、仕事がうまく進まないことがあったりしても、とにかく今日は球場に行くぞと。球場で『わー!』と叫んで『よーし! これで明日もがんばるぞ』」とファンの気持ちを代弁。「広島には『野球は文化』が根付いている」と断言し、「カープが強い時は広島が元気」と影響力の大きさを説明する。この意見に同意する山本氏は、「今の球団オーナーは三代目。代々、チームをファミリー、選手を子どもと思っている。家族のような思いは、裏方さんのスタッフにも伝わるんですね。そういう気持ちが1つになって、今回の優勝につながったんだと思います」と付け加える。「お金がない球団の筆頭と言われて、我々はなかなか給料を上げてもらえなかった(笑)」と自身の現役時代を自虐的に振り返り、「今は億の世界ですから。時代が悪かったな(笑)」とボヤいて会場の笑いを誘った。衣笠氏は笑顔を見せながら、「これは絶対に言っちゃいけない。禁句なんです」とピシャリ。元MLB選手で伝説的ナックルボーラーだったフィル・ニークロ氏の名前を挙げ、「たまたま向こうで会ってね。『あなたが今の時代に現役でやっていたら1年で20億円近くもらえますね』と言ったんです。すると彼は『それを言ったら、歴史は作れない』『その時代で満足していたんだからいいんだ』」と当時のやりとりを伝える。詰めかけたアクティブ世代の多くも深くうなずき、静まり返る場内。山本氏が「心の中で抑えとけばええんやな?」と思い直すと、衣笠氏は「そう!」と声を上げつつ、「悪いけど、何億円ももらってる選手をいま見ても、俺よりうまいとは思わんもん」とニヤリ。観客からは笑いと拍手喝采が起こり、「『その強さを持て』とニークロは言っていました」とこの話題を結んだ。
2017年03月01日デザイナーの津村耕祐は10月29日、神田で行われる「TRANS ARTS TOKYO 2016」でオリジナル山車と巫女衣装を発表する。津村は昨年、「ビルを着る」というコンセプトで参加した。同イベントは2012年より行われているアートイベントで今年が5回目。今年は10月15日から30日まで東京都心北東部の谷根千、湯島、本郷、上野、神保町、秋葉原、神田など半径2キロで様々な会場で、多数のアーティストが参加して行われている。今回、津村耕祐が参加するのは五十一八クリエイティブ・プロジェクト【アーティスト山車】で、神田錦町の五十通り周辺で行われる。自らがデザインしたオリジナル山車「夢夢(ゆめゆめ)神社」とオリジナル巫女衣装に、神主役として津村本人も参加する。お賽銭は同プロジェクトを通じて被災地に寄付される。同イベントには他に若林拓哉&つばめ舎建築設計が参加する。夢夢神社の四方に下がっている新旧取り混ぜた鈴を鳴らして未来に夢を送る。山車に乗って移動する現代のノマド通信装置が、土曜日の夕方、神田錦町の五十通り周辺を巡る。津村耕佑は三宅一生の下、主にパリコレクションに関わり、1994年「究極の家は服である」という考えを具体化した都市型サバイバルウエアーFINAL HOMEを考案。1982年装苑賞受賞、1992年現代日本美術展準大賞受賞、1994年毎日ファッション大賞新人賞を受賞している。【イベント情報】「TRANS ART TOKYO 2016」五十一八クリエイティブ・プロジェクト【アーティスト山車】会場:東京都千代田区神田錦町五十通り周辺会期:10月29日時間:16:00~18:00(予定)※荒天中止、雨天決行入場無料
2016年10月27日何ともインチキくさい男。それが、映画『永い言い訳』の主人公、衣笠幸夫の印象でした。外見はなかなかカッコイイ人気作家。メディアにも登場しているので、髪形も服装も自分に似合ったスタイルを選んでいるのだけれど、冒頭から妻・夏子に話をする様子はどこか湿気を含んでくどく、内容は自分のことばかりでかなり自意識過剰。自己愛が強すぎて、妻を突然のバス事故で失っても、涙ひとつ流せない男です。一緒に亡くなった妻の親友・大宮ゆきの家族や、ほかの遺族たちのように、心からの怒りや悲しみを感じることができずにいる自分にやや戸惑いも覚えているのです。しかも、文章を仕事にしているにもかかわらず、発する言葉がことごとく軽い。演じる本木雅弘は、そこそこ素敵なのに薄っぺらさがにじみ出るダメ男を実に見事に表現していて、「自己愛が強くて、主張ばかりえらそうな、こういう人っているよね」というところを上手くついています。そんな彼が、ゆきの遺族と交流を始めることから徐々に変化していきます。熊のようないかつい風貌なのに中身はピュア、感情を隠さないおそろしく優しいゆきの夫、かしこすぎて本音を親に言えない長男、そして何にも物おじしない幼い妹。ひょんなことから、幸夫はこの大宮家の2人の子どもの面倒を見ることになり、これまでの薄っぺらい自分では子どもには通用しないことを悟っていくのです。さらに、子ともたちと打ち解けるにしたがい、慕われ頼りにされる喜びを手に入れ、大宮家と過ごすことに生き甲斐を感じ始めます。大宮一家と幸夫は、まるで失ったものを補い合うかのように、疑似家族さながらに日々を共に過ごしていくわけです。その過程で彼に生じた変化と言えば、自己中心だった男が、いつしか献身的に3人の世話をし、料理を作ったり、進学の相談に乗ったりするように。そんな彼には外見の変化も現れます。髪は長く伸び、服装は以前よりカジュアルでリラックスした雰囲気に。肩の力は抜け、表情は活き活きとしてくるのです。これは、庇護する対象を見つけ、自己だけに向けられていた愛情が外にも向けられるようになったことから来る変化なのかもしれません。感情のバランスが取れて来たとでも言いましょうか。話は変わりますが、以前、ファッション業界で活躍する素敵な女性たちと話をしていたときのこと。どんな男性がタイプかという話題になると、彼女たちは口を揃えて、「決めすぎていない人」と言ったのです。実は、出版業界でファッション誌を担当する美しき女性たちからも、同じことを聞きました。キメキメの人は、必要以上に自己愛が強そうで、パートナーには向かないかも、ということで。かく言う筆者も激しく賛同。もちろん、とびきりおしゃれでも人間的に素敵だってたくさんいることでしょう。でも、おしゃれな男性が多い業界で働く彼女たちがあえてそう言うのは、偽物のいい男も多いということ。薄い土台の上にいくら装飾を施したとしても本体の薄さは隠せないし、それどころかむしろ目立ってしまうということを経験から知っているのかも。それが、あえて「おしゃれすぎる男はいや」という言葉となって出てきたというわけです。さらに彼女たちは、「Tシャツとデニムで、素敵にみえる人がいい」ときっぱり。実は、いい男っぷりを滲みだせるこちらの方がハードルは高かったりするのです。外見を気にしすぎる男性と出会ったとき、もしそこに中身が伴っていない場合、「外見よりも気にすべきことがあるだろう!」と、強く突っ込みたくなる女性は少なくないわけです。これは、女性にも言えること。外見を気にしないのは社会人として問題ですが、要するに大事なのはバランスなのでしょう。以前の幸夫はバランスが著しく崩れた男で、“人から自分はどう見えるか”が最も大切という印象でした。そんな彼が、自分以外に大切にしたい存在と出会い、誰かと生きることを意識していく過程がとても丁寧に描かれているのが本作。彼がそれに気づいたとき、さらに超えるべき壁も出現し、そこでまだまだ処理しきれなかった肥大化した自己愛が顔を出すのですが、大切な誰かを見つけると言うことは、その誰かの選択やそこから生まれる変化をも受け入れることだと気づく様子は、切なくも美しい。そして、誰かを大切にしたいという気持ちは決して誰にも奪うことができない宝物だと気づいたとき、妻への思いを噛みしめることができ、彼は本当の意味でのいい男になれるのです。これは、亡き妻が生きた人生が、遺された夫を救う物語。ラブストーリーでもあり、男の成長物語でもある。最後に見せる幸夫の表情がとても素敵な作品です。(text:June Makiguchi)
2016年10月25日本木雅弘を主演に迎え、西川美和監督が自らの小説を映画化する『永い言い訳』。先日、トロント国際映画祭への正式出品も決まった本作から、本木さん演じる主人公と、黒木華が演じる不倫相手との場面写真が解禁となった。人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、妻・夏子が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。まさにそのとき、不倫相手・福永と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族、トラック運転手の夫・陽一とその子どもたちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出ることに…。主人公の津村こと衣笠幸夫役を、『日本のいちばん長い日』『天空の蜂』で昨年度、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した本木さん、その妻を深津絵里、その不倫相手を黒木さんが演じ、そのほか、ミュージシャンの竹原ピストル、池松壮亮、山田真歩、堀内敬子ら、日本映画屈指の実力派俳優が脇を固める本作。今回解禁となった新場面写真は、本木さん演じる幸夫が、長年連れ添った妻・夏子(深津さん)の旅行中、なんと不倫中の担当編集者・福永智尋(黒木さん)を自宅へと招き入れた、その“翌朝”のシーン。福永の後ろから甘えるようにして抱きつき、甘い余韻を再びかみしめる幸夫だが、そんな2人のもとへ飛び込んできたのは、夏子が旅先で亡くなったという衝撃の知らせ…。まさに、この後、人生最大のしっぺ返しがくることを知らない幸夫と福永の密着度の高い濃厚ラブシーンをとらえたカット。順風満帆に見えても、常に何が起こるか分からないのが人生。一寸先の“闇”に堕ちた幸夫は、果たして“光”を見いだせるのか、ますます気になるばかりだ。『永い言い訳』は10月14日(金)より全国にて公開。(text:cinemacafe.net)
2016年08月24日映画『ブリッジ・オブ・スパイ』の試写会が1月5日(火)に開催され、主人公の職業である弁護士にちなんで、メディアでも活躍する弁護士の八代英輝、菊間千乃、菊地幸夫がトークセッションに出席し、弁護士ならではの視点で作品を解説した。主演トム・ハンクス、スティーヴン・スピルバーグ監督の4度目のタッグで、脚本にはコーエン兄弟も参加している本作。実話をベースに米ソ冷戦の時代に、「誰もが公平に裁判を受ける権利を有する」という己の信念に従い、ソ連のスパイの弁護を引き受け、さらに、ソ連に拘留された米のスパイとの交換という難題に挑む弁護士の姿を描く。八代さんはTBSの「ひるおび!」、菊地さんは日テレの「行列のできる法律相談所」などにレギュラー出演中で、菊間さんは元フジテレビのアナウンサーということで、メディアに露出の多い3人だが、実はこの日が初対面とのこと。壇上で、各局の代理戦争が勃発の予感…?八代さんは映画を見て、己の信念を曲げない主人公のドノヴァンの姿に「自分はこういう気持ちを持ち続けてたか?と我が身を振り返った」と語り「見て惚れる、男気のある弁護士です!」とドノヴァンを絶賛!菊間さんは「誰もが公平に裁判を受ける権利を有する」という言葉について「同じことをいま、私が所属する弁護士事務所のボスも言っていた」と明かす。実際、その上司はかつて、その信念の下、元日本赤軍の容疑者の弁護をした経験があり「その記事を読んで『かっこいいな』と思って、いまの事務所に入りました。ドノヴァンがボスと重なったし、同じ時代に生きていたら、こういう弁護士の下で働きたい」と語る。菊地さんは、弁護士を扱った数々の映画に触れ「専門家が見て『こういうことは言わない』というシーンがある」と断った上で、本作に関しては「これはあり得るなと思った」とそのリアリティを称賛した。もしも、同じような案件が自分の元に舞い込んだら?という問いには3者とも「弁護を引き受ける」と力強くうなずく。八代さんは「裁判官だったとき、暴力団の抗争で官舎に弾丸が撃ち込まれたり、カルト教団の裁判ではカメラに追い回されたこともあった」と明かしつつ「法律家はそういう状況で逆に燃えるもの」と闘志がかき立てられたと語り、ドノヴァンと自身を重ねつつ「映画から不条理への憤りが伝わってきました。どの弁護士でも拒む方はいないと思います」と熱弁をふるう。菊地さんは、自身が国選弁護士を務めた際の経験として「暴力団の事件を担当したとき、組の人間が『(被告が)何をしゃべったか教えろ』と言ってきて『それは言えない』と言ったら『ホームの端を歩かないようにしろよ』と脅された」と告白。こうした経験とドノヴァンの立場を重ね合わせつつ「誰かがこの役目をやらないといけない。日本に法があることを示さないといけない」と語り、3人の意見が一致した。一方、映画を見て弁護士ならではの「あるある!」と思ったポイントは?という問いに菊地さんは「法律家は、言葉の概念を正確に扱わないといけない」と前置きし「私はカミさんに『ティッシュ一枚とって』と言われたら、ティッシュを抜き取って2枚一組になっているのを分けて、1枚を渡す」と細かすぎる性格を明かしたが、これには菊間さん、八代さんから「そんなひと(菊地さん以外)いない!」とブーイングが…。言葉の正確さが求められるという点については、八代さんも「ひとつの文書で数字が全角と半角の混在が許せない」、菊間さんも「裁判官からできない弁護士だと思われてしまう」とその必要性は認めつつ、「ティッシュは2枚で一組だから」という、菊地さんの細かすぎる主張は弁護士全般の話ではないと強調し、会場は笑いに包まれた。『ブリッジ・オブ・スパイ』は1月8日(金)より公開。(text:cinemacafe.net)
2016年01月05日3月15日に死去した藤巻幸夫(幸大)・参議院議員の告別式が20日、東京・芝の増上寺で行われ、雨の中約900名が参列。19日に行われた通夜には1,700名を超える人々が参列し、故人を偲んだ。葬儀は結いの党と藤巻家の合同葬で行われ、告別式では江田憲司・結いの党代表が弔辞で「カリスマバイヤーとして日本、世界を駆け巡り、常に新しい流れを巻き起こした藤巻氏のパワーは、政界入りしても想像以上、期待以上の働きだった。クールジャパンにおけるデザインやブランディングで日本を元気にしようという活動はまさに命を掛けた仕事ぶりだった」と、早すぎる死に無念さがにじんだ。また生前、故人と毎日何度も電話で話したと言う大西洋・三越伊勢丹HD代表取締役社長は弔辞で、「彼が伊勢丹在籍中に手掛けた売り場は今も我々の大きな財産。突然電話を掛けてきて、いきなり見ず知らずの漁師さんや、地方の地場産業を支える若い作り手と話をするという機会は、彼しか与えてくれなかった貴重な時間だった」と述べ、次々と人をつなげるその希有な存在を改めて印象付けた。通夜には政界、財界、ファッション関係、百貨店関係だけではなく、ビートたけし、アントニオ猪木など多くの著名人が姿を見せ、その交友の広さが浮き彫りにされた。
2014年03月20日デザイナー津村耕佑によるセミナー「モードとテキスタイルファッションとは逸脱の美学である」が11月20日、東京国際フォーラムで開催された。「JFWジャパンクリエーション2014(JFW JAPAN CREATION 2014)」の「JFW-JC FORUM」で行われたもの。「テキスタイルは服の素材であると共に、空間を構成するマテリアルである」という考えの下、ファッションとテキスタイルについて、検証した。セミナーで津村は、ファッションの過去と現在について、モッズコート、アランセーター、ダッフルコート、トレンチコート、ミリタリールックなどを例に「ファッションはもともと貴族のものだった。しかし、若い人がファッションをリードするようになり、塹壕(ざんごう)に入るためのトレンチがファッションになるなど、本来の機能や意味とは別の文脈を持つものになった。最近ではコスプレとコレクションの境界線がなくなっている。スマートフォンなどのITツールを使ったコミュニケーションやゲームがファッションが持っていたつまらない日常を楽しくするという役割を果たし、着飾ることよりも楽しい時代になっている。また、パンクファッションは特別なスキルはいらない、誰でも表現できることを示したが、ここ数年、アートでもアーティストが構図を決め、自分の内面を表現するというやり方ではない自動変換のようなものもあるし、3Dプリンターによって誰でも服を作ることができるような時代も、そう遠くないだろう」と分析する。「ファッションデザイナーも環境とファッションの関係性を考えるべきだ。ファイナルホームを作った翌年の阪神淡路大震災や東日本大震災などをきっかけに、服の機能だけでなく、ファッションは人を元気にするものであり、たとえ非常時でも華やかな服、心の支えになるようなものが必要であると感じた。服を着たいというのは気分や暖かさ、情報を着たいということでもある。着ていないような軽い服だけではなく、着ることで身体を鍛える重い服があってもいい」など独自の考えを紹介した。また、「おむつのデザインを依頼され、高齢者用に内部構造が「おむつ」のようになっているボクサートランクスを作ったが、その時には若い人達用に紙のタンクトップとTシャツを作成した。若い頃から紙を着てもらうという長期的な取り組みによって、紙のパンツを穿くことに抵抗がなくなれば良いと思っている」という話や、プチプチ(R)でできたパズルパーツを使ったワークショップ、10月にウズベキスタンのタシケントで開催されたショーの様子などを交えて、同ブランドの活動を紹介。その上で、「プロダクトデザインは問題を解決するものであり、流通も含めて、完成されていなければいけない。だが、ファッションは芸術でもあり、完成していないことも魅力になる。テキスタイルを服の素材だけと捉える必要はない。場面を変えることで生き返ることもできるし、時代やプレゼンテーションによって10倍、100倍価値のあるものに変化する。固定観念にとらわれないようにする訓練も必要だ」などと話した。
2013年11月25日