ひとりっ子が増え、子どもに甘い家庭も多いといわれるなか、「うちは、必要なときにはしっかり子どもを叱っているぞ!」と思っている人もいることでしょう。でも、「子どもによっては、親の言葉が心に届いていないということもある」と語るのは、人間関係研究家の稲場真由美さん。稲場さんは、16年間、延べ12万人の統計データをもとに「性格統計学」という独自の理論を構築しました。それによると、人間は「ロジカル」「ビジョン」「ピース・プランニング」「ピース・フレキシブル」という4つのタイプにわけることができるのだそう(インタビュー第1回参照)。そして、そのタイプによって子どもの心に届く叱り方も変わってくるといいます。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)人間には4つのタイプがある人間は、「自分軸か、相手軸か」「計画的か、臨機応変か」というふたつの軸により4つのタイプにわけられる。自分軸とは、「自分のために頑張ることが行動の原動力になる」タイプであり、相手軸は「相手のために頑張ることによろこびを感じる」タイプ。また、計画的とは、「事前に決めた目標やルールを重視して計画的にものごとを進めたい」タイプであり、臨機応変は「その場での直感を重視して行動する」タイプ。「性格統計学」による4つのタイプは次のふたつの質問で判別可能。【1】話は、Aもとから順を追って聞きたいB結論から聞きたい【2】急な変更は、AストレスになるBストレスにならない【1】B、【2】Aを選んだ人は、ロジカル(自分軸かつ計画的)【1】B、【2】Bを選んだ人は、ビジョン(自分軸かつ臨機応変)【1】A、【2】Aを選んだ人は、ピース・プランニング(相手軸かつ計画的)【1】A、【2】Bを選んだ人は、ピース・フレキシブル(相手軸かつ臨機応変)「ロジカル」は、自分で納得して自分のペースやタイミングでものごとを進めたいタイプのため、急な予定変更などは大きなストレスになる。「ビジョン」は、自分の感性に響いたり可能性を感じたりするものを好み、自分の願望を重視するため、「やりたい!」と感じるかどうかで、ものごとに取り組む集中力に大きなちがいが出る。「ピース」は、行動パターンが計画的か臨機応変かによってさらにふたつのタイプにわかれるが、共通しているのは、和を大事にして人間関係が円滑であることを好むこと。また、ものごとをもとから知りたい傾向があり、「なぜ?」という口癖があることも共通点。「ロジカル」の子どもにはルールを決めて具体的に叱る前回の記事では、親が子どもを褒めているつもりでも子どもがそう受け取っていないコミュニケーション・ギャップが持つ危うさについてお伝えしました(インタビュー第3回参照)。今回は、子どもの叱り方について解説します。叱るときには、褒めるとき以上に注意が必要です。というのも、叱るという行為の場合、子どもの心に届かないやり方をしてしまうと親子間の衝突を引き起こし、親子関係がこじれてしまうことになりかねないからです。まず、「ロジカル」の子どもに対してはどんな叱り方が合っているのでしょうか。ロジカルというタイプには、自分の努力や成果に対して具体的にピンポイントで褒められたいという特徴がありますが、叱るときもそれは同様。なにについて叱っているのかを具体的にしっかり伝えることが大切です。また、ロジカルにはルールを重視する特徴もありますが、そのルールは事前に決めておくことが大前提。親が自分のなかで勝手にルールとしているようなことも、子どもが同意していないのならルールとはいえません。つまり、ロジカルの子どもに対しては、事前に親子できちんとルールを決めておくことも重要です。ルールを決めるというと、「子どもをルールで縛りつけるなんて……」とあまりいい印象を持たない人もいるかもしれません。けれども、ロジカルの子ども自身がルールを好みますし、自分が決めたルールを守れれば心地良く感じ、逆にルールを破った場合に叱られたとしてもきちんと納得して受け止めてくれるのです。感性豊かな「ビジョン」の子どもにはネチネチ叱らないでは、「ビジョン」の子どもの場合はどうでしょうか。ビジョンというタイプは、感性が豊かで「察する」力に長けています。そのため、親が怒っていることもしっかり感じ取れますから、ネチネチと叱らないことがなにより大切。短い言葉で端的に叱り、「これからはちゃんとしようね」「今度からこうしたほうがいいよ」と前向きな言葉を併せて伝えてあげてください。ただ、この「こうしたほうがいいよ」という言葉は、ロジカルの子どもに対してはNGです。というのも、自分でものごとを決めたいロジカルの子どもの場合、「こうしたほうがいいよ」といわれると、選択権が自分に委ねられたと感じるからです。そうして、「こうしたほうがいい=こうしなくてもいい」ととらえ、同じ過ちを繰り返すということにもなりかねません。それから、「ピース」の子どもに対しては、叱っている理由をはっきりと伝えてあげてください。ピースというタイプは、ものごとをもとのもとから知りたいという傾向があるからです。ところが、親がロジカルの場合には、親は「駄目でしょ!」とだけ叱って理由を伝えないということがよくあります。ロジカルの親は、「ルールを破ったんだから、『駄目』といえば子どももわかる」と思っているからです。でも、ピースの子どもには、「駄目」だけでは伝わりません。ルールを破ったことを叱るのであれば、「一緒に決めたルールを破ったんだから」と、理由もきちんと伝える必要があるのです。親子のタイプが同じでも注意が必要ここまでで、みなさんのなかには「親子のタイプが同じなら、コミュニケーション・ギャップは生まれないのか」という疑問を持った人もいるかもしれませんね。残念ながら、たとえ親子のタイプが同じでも気をつけることはあります。たとえば、ロジカル同士の親子の場合を考えてみましょう。親子はそれぞれが自分の計画やペースを重視します。でも、その計画やペースにギャップがあったとしたら?小さい子どもはあらゆることにまだ不慣れです。なかにははじめて経験することも多いでしょう。つまり、親と比べれば、なにをするにも子どものペースは遅いのです。すると、そのペースのちがいに親がイライラするということがよく起こるのです。ロジカルの親は、「7時には夕食を食べさせて、8時にはお風呂に入れて、9時には寝かせたい」なんて考えその計画を遂行しようとしますが、子どもも子どもなりのペースでゆっくり進めようとする。そして、親はつい「早くしなさい!」と叱ってしまうのです。みなさんのなかにも、「早くしなさい!」とよく口にしていると感じてハッとした人もいるのではないでしょうか。子どもは子どもなりに頑張っているのですから、大人である親の側が子どもを寛容に見守ることを心がけてあげてください。ここではロジカル同士の親子についての注意点を挙げましたが、もちろんその他のタイプ同士の親子にも注意すべきことはあります。いずれにせよ、親自身と子どものタイプの特徴を知ることで、叱り方も含めた、子どもとのより良い接し方を見つけていけるはずです。『人間はたったの4タイプ 仕事の悩みは「性格統計学」ですべて解決する!』稲場真由美 著/セブン&アイ出版(2019)■ 性格統計学による4タイプ診断サイト■ 人間関係研究家・稲場真由美さん インタビュー一覧第1回:性格統計学の提唱者が語る。「親子は考え方も似る? それはただの思い込みです」第2回:子どもが言う「なんとなく……」に、親が「どうして?」と聞いてはいけないわけ。第3回:子どものタイプ別・自己肯定感が本当に伸びる褒め言葉。「すごいね」だけじゃ響かない!?第4回:「いくら言っても分かってくれない」のは、叱り方がその子に合っていないから。【プロフィール】稲場真由美(いなば・まゆみ)1965年生まれ、富山県出身。一般社団法人日本ライフコミュニケーション協会代表理事。株式会社ジェイ・バン代表取締役。自身が人間関係の悩みに直面したことから、新しいコミュニケーションメソッドを探求し、16年間、延べ12万人の統計データをもとに「性格統計学」を考案・開発する。以来、このメソッドを「ひとりでも多くの人に伝え、すべての人を笑顔にしたい」との思いから、セミナーや講演、カウンセリングを通じて普及活動を行う。2018年には「性格統計学」にもとづくマルチデバイス型ウェブアプリ『伝え方ラボ』を開発し、ビジネスモデル特許の取得に成功(特許6132378号)。現在は、企業や自治体、学校をはじめ、法人・個人を問わず『伝え方ラボ』を活用した研修やコンサルティングを幅広く行い、多くの人のコミュニケーションスキル向上に貢献する活動を続けている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2020年01月23日いま、家庭教育における重要なキーワードのひとつといわれるのが「自己肯定感」。子どもの自己肯定感を伸ばすためにも「褒めて伸ばすことが大切」だという話はよく耳にするでしょう。でも、みなさんが子どもを褒めているつもりでも、肝心の子どもがそう受け取っていないとしたら?その危険性を指摘するのは、人間関係研究家の稲場真由美さん。稲場さんは、16年間、延べ12万人の統計データをもとに「性格統計学」という独自の理論を構築しました。それによると、人間は「ロジカル」「ビジョン」「ピース・プランニング」「ピース・フレキシブル」という4つのタイプにわけることができるのだそう(インタビュー第1回参照)。そして、そのタイプによって心に響く褒め言葉もちがうのだそうです。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)人間には4つのタイプがある人間は、「自分軸か、相手軸か」「計画的か、臨機応変か」というふたつの軸により4つのタイプにわけられる。自分軸とは、「自分のために頑張ることが行動の原動力になる」タイプであり、相手軸は「相手のために頑張ることによろこびを感じる」タイプ。また、計画的とは、「事前に決めた目標やルールを重視して計画的にものごとを進めたい」タイプであり、臨機応変は「その場での直感を重視して行動する」タイプ。「性格統計学」による4つのタイプは次のふたつの質問で判別可能。【1】話は、Aもとから順を追って聞きたいB結論から聞きたい【2】急な変更は、AストレスになるBストレスにならない【1】B、【2】Aを選んだ人は、ロジカル(自分軸かつ計画的)【1】B、【2】Bを選んだ人は、ビジョン(自分軸かつ臨機応変)【1】A、【2】Aを選んだ人は、ピース・プランニング(相手軸かつ計画的)【1】A、【2】Bを選んだ人は、ピース・フレキシブル(相手軸かつ臨機応変)「ロジカル」は、自分で納得して自分のペースやタイミングでものごとを進めたいタイプのため、急な予定変更などは大きなストレスになる。「ビジョン」は、自分の感性に響いたり可能性を感じたりするものを好み、自分の願望を重視するため、「やりたい!」と感じるかどうかで、ものごとに取り組む集中力に大きなちがいが出る。「ピース」は、行動パターンが計画的か臨機応変かによってさらにふたつのタイプにわかれるが、共通しているのは、和を大事にして人間関係が円滑であることを好むこと。また、ものごとをもとから知りたい傾向があり、「なぜ?」という口癖があることも共通点。「すごいね!」と褒めても、心に響かない子どももいる「自己肯定感」というと、簡単にいえば「自分は自分のままで大丈夫だ!」という気持ちですから、自分のなかで完結しそうにも思えるものです。でも、じつは自己肯定感を自分だけで上げることはとても難しいもの。というのも、自己肯定感を上げるには、誰かから認められたり自分のことを必要だと思ってもらえたりするという、他者とのかかわりが不可欠だからです。そして、子どもにとってもっとも大きな存在となる他者は、もちろん子どものいちばん身近にいる親です。親から認められたい、褒められたいという気持ちは、すべての子どもが持っています。でも、ただ褒めればいいというものではありません。なぜなら、わたしが提唱する「性格統計学」によるタイプによって、脳が「褒められた」「うれしい」と感じる言葉がちがうからです。つまり、子どもの自己肯定感を上げようと考えるのなら、子どものタイプによって褒め方も変えていく必要があるということです。たとえば、「ロジカル」の子どもの場合はどうでしょうか。ロジカルというタイプは、自分の努力や成果に対して具体的にピンポイントで褒められたいという特徴があります。「すごいね!」と褒めても、ロジカルの子どもにとってはあいまいに感じられて褒められたと感じないのです。過去にある高校で講演をしたとき、「わたしはお母さんに褒められたことがない」という生徒に出会ったのですが、その子のタイプがロジカルでした。わたしが「あなたのお母さんは『すごいね』といっていませんでしたか?」と尋ねると、「いっているかも」と答える。そこで、「お母さんは、『すごいね』といって褒めているつもりですよ」と返したところ、「わたしには褒められたとは感じられないので、わたしを褒めていません」と答えたのです。すごくショッキングなことですよね。その子のお母さんは「すごいね!」ということでずっと褒めてきたつもりだったのでしょう。でも、褒め方が子どものタイプに合っていなかったために、まったく褒めていないことと同じ結果になってしまったのです。「ロジカル」の親が他のタイプの子どもをうまく褒めるには?いま、家庭教育において「褒めて育てることが大切」だと盛んにいわれます。その一方で、多くの親から「褒めるタイミングがない」という声も聞かれます。じつは、そういう親はロジカルだということが多いのです。ロジカルと同じ自分軸のタイプでも、自分の感性に従って直感的に行動する「ビジョン」の親の場合、言葉はよくありませんが、ある意味ちょっと適当な感じで子どもをどんどん褒められる。「なにがどれくらいできたか」といったことを気にせず、できたことそのものを「できたね!」「すごいね!」と褒めることができます。でも、ロジカルの親の場合、自分自身がそういう言葉では褒められたと感じないため、「子どもがテストで何点取れたら褒めてあげよう」というふうに、なんらかの具体的な基準を設定します。しかも、たいていの場合、その基準が高すぎるのです。そのため、子どもはなかなかその基準にまで到達することができません。そうして、「褒めるタイミングがない」ということになるわけです。だとしたら、ロジカルの親の場合は子どもを褒める基準を下げてあげればいいだけのこと。そうすれば、子どもをどんどん褒めることができて、子どもの自己肯定感はしっかり向上していきます。じつは、性格統計学では、4つのタイプのうちでロジカルの人が多いということがわかっています。ここまでに紹介した話に納得できるという人も多いのではないでしょうか。では、もう少し、ロジカルの人に対してアドバイスをしておきましょう。ロジカルの人は、「すごいね!」というふうに、大きなリアクションとともに感情を込めて子どもを褒めることが苦手です。でも、ビジョンの子どもは「すごいね!」と褒められることを求めています。そうであるならば、具体的な形容詞をセットにしてみましょう。子どもが部屋の掃除を早くできたなら、「すごく早いね」と褒めるという具合です。そうすれば、具体性を好むロジカルの人でも、子どもを多少オーバーに褒めやすくなるでしょう。また、「あ」という感嘆詞を使うこともおすすめです。先の例なら、「あ、すごく早いね」というわけです。それだけでも、「すごいね!」と褒められることを求めるビジョンの子どもだけではなく、心を込めて褒められることを好む「ピース」の子どもからも、ずいぶん印象がちがって聞こえるはずです。子どものタイプによって異なる褒め方のポイントさて、親のタイプにかかわらず、子どものタイプのちがいによる褒め方のポイントについても解説しておきましょう。子どもが掃除をしてくれたというケースなら、ロジカルの子どもに対してはなるべく具体的に褒めてあげる。「洋服も綺麗にたたんでくれたんだね」「本棚も整理してくれたの?」という具合です。ビジョンの子どもには、それこそ先の「すごいね!」に加えて、「すごい!ぴっかぴかだね」というふうに擬態語を入れてあげる。なるべくオーバーなリアクションが伴うと、ビジョンの子どもにはさらに響きます。また、誰かのために頑張ることが最大のモチベーションとなるピースの子どもには、なにより「ありがとう」「助かったよ」と感謝を伝えてあげてください。繰り返しになりますが、子どもを褒めているつもりでも、子どもの心に響いていなければ、まったく褒めていないのと同じこと。子どものタイプに合った適切な褒め言葉をかけて、自己肯定感をしっかり向上させてあげてほしいと思います。『人間はたったの4タイプ 仕事の悩みは「性格統計学」ですべて解決する!』稲場真由美 著/セブン&アイ出版(2019)■ 性格統計学による4タイプ診断サイト■ 人間関係研究家・稲場真由美さん インタビュー一覧第1回:性格統計学の提唱者が語る。「親子は考え方も似る? それはただの思い込みです」第2回:子どもが言う「なんとなく……」に、親が「どうして?」と聞いてはいけないわけ。第3回:子どものタイプ別・自己肯定感が本当に伸びる褒め言葉。「すごいね」だけじゃ響かない!?第4回:「いくら言っても分かってくれない」のは、叱り方がその子に合っていないから。(※近日公開)【プロフィール】稲場真由美(いなば・まゆみ)1965年生まれ、富山県出身。一般社団法人日本ライフコミュニケーション協会代表理事。株式会社ジェイ・バン代表取締役。自身が人間関係の悩みに直面したことから、新しいコミュニケーションメソッドを探求し、16年間、延べ12万人の統計データをもとに「性格統計学」を考案・開発する。以来、このメソッドを「ひとりでも多くの人に伝え、すべての人を笑顔にしたい」との思いから、セミナーや講演、カウンセリングを通じて普及活動を行う。2018年には「性格統計学」にもとづくマルチデバイス型ウェブアプリ『伝え方ラボ』を開発し、ビジネスモデル特許の取得に成功(特許6132378号)。現在は、企業や自治体、学校をはじめ、法人・個人を問わず『伝え方ラボ』を活用した研修やコンサルティングを幅広く行い、多くの人のコミュニケーションスキル向上に貢献する活動を続けている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2020年01月22日人間関係研究家の稲場真由美さんが、16年間、延べ12万人の統計データをもとに構築したのが、「性格統計学」という独自の理論です。それによると、人間は「ロジカル」「ビジョン」「ピース・プランニング」「ピース・フレキシブル」という4つのタイプにわけることができるのだそう(インタビュー第1回参照)。今回は、それらのタイプのちがいが引き起こす、親子間におけるコミュニケーション・ギャップの具体例を教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)人間には4つのタイプがある人間は、「自分軸か、相手軸か」「計画的か、臨機応変か」というふたつの軸により4つのタイプにわけられる。自分軸とは、「自分のために頑張ることが行動の原動力になる」タイプであり、相手軸は「相手のために頑張ることによろこびを感じる」タイプ。また、計画的とは、「事前に決めた目標やルールを重視して計画的にものごとを進めたい」タイプであり、臨機応変は「その場での直感を重視して行動する」タイプ。「性格統計学」による4つのタイプは、次のふたつの質問で判別可能。【1】話は、Aもとから順を追って聞きたいB結論から聞きたい【2】急な変更は、AストレスになるBストレスにならない【1】B、【2】Aを選んだ人は、ロジカル(自分軸かつ計画的)【1】B、【2】Bを選んだ人は、ビジョン(自分軸かつ臨機応変)【1】A、【2】Aを選んだ人は、ピース・プランニング(相手軸かつ計画的)【1】A、【2】Bを選んだ人は、ピース・フレキシブル(相手軸かつ臨機応変)「ロジカル」は、自分で納得して自分のペースやタイミングでものごとを進めたいタイプのため、急な予定変更などは大きなストレスになる。「ビジョン」は、自分の感性に響いたり可能性を感じたりするものを好み、自分の願望を重視するため、「やりたい!」と感じるかどうかで、ものごとに取り組む集中力に大きなちがいが出る。「ピース」は、行動パターンが計画的か臨機応変かによってさらにふたつのタイプにわかれるが、共通しているのは、和を大事にして人間関係が円滑であることを好むこと。また、ものごとをもとから知りたい傾向があり、「なぜ?」という口癖があることも共通点。幼稚園に持っていくハンカチを選ぶだけで押し問答親子間でうまくコミュニケーションが取れないケースを、わたしが提唱する「性格統計学」を通じて見てみると、なぜコミュニケーション・ギャップが起きるのかという理由がはっきりと見えてきます。今回は、わたしが実際に見聞きした具体例をいくつか紹介してみましょう。まずは、親が「自分のために頑張る」ことが行動の原動力になる自分軸のタイプで、子どもが「相手のために頑張る」相手軸という場合。親が「ロジカル」か「ビジョン」で、子どもが「ピース」というケースです。これは、女の子が幼稚園に持っていくハンカチを選ぶという場面でした。子どもは、相手が求めることに応えることでよろこびを感じるタイプですから、ハンカチを選ぶにも親の意見を優先したい。それで、「お母さん、どっちのハンカチがいいと思う?」と聞きます。でも、親は自分軸のタイプ。ロジカルなら計画やものごとを自分で決めること、ビジョンなら自分の願望を重視しますから、子どもの言葉を聞いて、「この子は自分で決められないのかしら……」と心配してしまう。そして、「きちんと決められる人間に育ててあげなければ」と考え、「あなたの好きな方を選びなさい」といいます。そうして、たかがハンカチを選ぶだけなのに、子どもは「ねえ、どっちがいい?」、親は「だから自分で決めなさいよ」と押し問答になってしまうのです。そこで、子どもが相手の要望によろこびを感じるタイプだと親が知っていたとしたら、対応は変わるはずです。「自分で選んでほしい」という親の考えを押しつけることなどなく、「じゃ、こっちがいいかな」と選んであげられる。そうすれば、子どもは気持ち良く幼稚園に行けるのです。親の「理由を知りたい」という欲求によって生まれる衝突その親からすれば、子どもがその後の人生でなにかを選ばなければならない場面でも「自分で決められなくなるのではないか」と心配しています。子どもの将来を考え、よかれと思って子どもにハンカチを選ばせようとしただけのこと。一方で、子どもからすれば、大好きなお母さんに選んでもらったハンカチを持って楽しく幼稚園に行きたいと思っているにすぎないのです。そもそも、相手軸のタイプである子どもが成長して、実際に自分でなにかを決めなければならない場面になったときのことも、心配しすぎる必要はありません。進学先や就職先を選ぶにも、相手軸の子なりに、「この進学先だったら、お父さんやお母さんがよろこんでくれるかな」「この就職先だったら、恋人は納得してくれるかな」というふうに、大切な人を優先する発想で、結局は自分でものごとを決めていけるのですからね。逆に、親が相手軸で子どもが自分軸の場合はどうでしょうか?親がピースで、子どもがビジョンというケースの事例を見てみましょう。ピースというタイプには、ものごとをもとから知りたいという傾向があり、「なぜ?」が口癖だという特徴があります。一方、ビジョンというタイプには、自分の感性を優先して直感的にものごとを判断する特徴があります。すると、ビジョンの子どもがただ直感的になにかの習い事を「やりたい!」と思ったときにも、ピースの親は「どうして?」と聞きます。子どもからすれば、あえて理由を挙げるなら、「ただなんとなくやりたいと思ったから」ということになるでしょう。でも、その答えに親は納得しない。「『なんとなく』ってことはないでしょう?」と返す。すると、子どもは、「自分がおかしいのかな……」と責められた気持ちになってしまうのです。この場合も、子どものタイプが直感的で自分の願望を優先するビジョンだと親が知っていれば、無駄な衝突は起きません。理由を知りたいというのは親の欲求にすぎないのですから、子どもの直感と願望を大切にしてあげればいいのです。「ロジカル」の子どものペースを乱してはいけないまた、自分軸のなかでもロジカルというタイプの子どもと、とくに子育ての中心である母親とのあいだで起こりがちな衝突についても具体例を挙げておきましょう。この場合は、親のタイプは問いません。ロジカルなタイプは、自分で決めたことを自分のペースで進めていきたいという特徴があります。ですから、子どもになにかをさせたいときも、子どもに選ばせてあげることが大切。たとえば、子どもに宿題をさせたいのであれば、「6時になったら宿題をしようか?6時半からにする?」という具合です。そして、子どもが6時半と決めたのであれば、6時半になるまでは絶対に余計なことをいわないでください。お母さんたちは、6時半が近づいてくると、つい口を出したくなるものです。6時まであと数分となったら、「ほら、あと何分で6時半になるよ」なんて声をかけてしまう。ドキッとした人も多いのではないでしょうか?でも、6時まであと数分あるなら、6時半ではありません。その余計な口出しによって、ロジカルの子どもは自分のペースを乱され、やる気を失うということになってしまうのです。いずれにせよ、親子間のコミュニケーション・ギャップをなくすことは、親自身と子どものタイプを知ることからはじまります。記事冒頭のふたつの質問によって親子それぞれのタイプを知り、みなさんが円満な親子関係を築いていくことを願っています。『人間はたったの4タイプ 仕事の悩みは「性格統計学」ですべて解決する!』稲場真由美 著/セブン&アイ出版(2019)■ 性格統計学による4タイプ診断サイト■ 人間関係研究家・稲場真由美さん インタビュー一覧第1回:性格統計学の提唱者が語る。「親子は考え方も似る? それはただの思い込みです」第2回:子どもが言う「なんとなく……」に、親が「どうして?」と聞いてはいけないわけ。第3回:子どものタイプ別・自己肯定感が本当に伸びる褒め言葉。「すごいね」だけじゃ響かない!?(※近日公開)第4回:「いくら言っても分かってくれない」のは、叱り方がその子に合っていないから。(※近日公開)【プロフィール】稲場真由美(いなば・まゆみ)1965年生まれ、富山県出身。一般社団法人日本ライフコミュニケーション協会代表理事。株式会社ジェイ・バン代表取締役。自身が人間関係の悩みに直面したことから、新しいコミュニケーションメソッドを探求し、16年間、延べ12万人の統計データをもとに「性格統計学」を考案・開発する。以来、このメソッドを「ひとりでも多くの人に伝え、すべての人を笑顔にしたい」との思いから、セミナーや講演、カウンセリングを通じて普及活動を行う。2018年には「性格統計学」にもとづくマルチデバイス型ウェブアプリ『伝え方ラボ』を開発し、ビジネスモデル特許の取得に成功(特許6132378号)。現在は、企業や自治体、学校をはじめ、法人・個人を問わず『伝え方ラボ』を活用した研修やコンサルティングを幅広く行い、多くの人のコミュニケーションスキル向上に貢献する活動を続けている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2020年01月21日「物心ついた子どもとのコミュニケーションを取るのが難しい……」と悩んでいる親はかなりの数で存在するはずです。「そういう人はかなり多い」と語るのは、人間関係研究家の稲場真由美さん。稲場さんは、16年間、延べ12万人の統計データをもとに「性格統計学」という独自の理論を構築しました。それによると、人間は4つのタイプにわけることができ、それぞれのタイプによって行動や発想のパターンが異なるため、たとえ親子であってもコミュニケーション・ギャップが生まれるのだそう。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)16年間、延べ12万人の統計データから生まれた「性格統計学」顔や体形が遺伝するように、性格も遺伝するものだと多くの人が思っていることでしょう。でも、じつはそうではありません。人間には生まれ持った性格のタイプがあるのです。それなのに、多くの親は「自分がうれしいと感じることだから、子どももうれしいと感じるはず」「自分が得意なことだから、子どもも得意なはず」というふうに思い、自分の考えを押しつけてしまいがちです。そうして、意思疎通ができずに親子関係がうまくいかなくなるということが起こるのです。自分の子どもであっても、「もしかしたら、わたしとはタイプがちがうかも」と考えることがなによりも大切です。「自分がうれしいと感じることだから、子どももうれしいと感じるはず」といった思い込みをまずは払拭して、フラットな気持ちで子どもと接するだけでも、親子関係はずいぶんよくなるはずです。ですが、こういうわたし自身、かつてはまさに「自分がうれしいと感じることだから、相手もうれしいと感じるはず」と思い込んでいる人間でした。でも、家庭でも仕事関係でも、人間関係がどうもうまくいかないということが多かったのです。そのとき、ある一定の人とのあいだでそういう問題が起きることが多いと気づいたのです。もしかしたら、人間にはいくつかのタイプがあり、それぞれにコミュニケーションや行動に癖があるのではないか――そう考えたことがわたしの「人間関係研究家」としてのスタートでした。そして、16年間で延べ12万人の統計データを蓄積して構築したのが、わたしが提唱する「性格統計学」です。ふたつの軸によってわけられる人間の4タイプこの性格統計学では、ふたつの軸によって人間を4つのタイプにわけます。ひとつの軸は、「自分軸か、相手軸か」というもの。自分軸というのは、「自分のために頑張ることが行動の原動力になる」タイプであり、相手軸は「相手のために頑張ることによろこびを感じる」タイプです。もうひとつの軸は、「計画的か、臨機応変か」というもの。計画的というのは、「事前に決めた目標やルールを重視して計画的にものごとを進めたい」タイプです。一方、臨機応変というのは、「その場での直感を重視して行動する」タイプを指します。これらふたつの軸により、人間は以下の4タイプにわけられます。ロジカル(自分軸かつ計画的)ビジョン(自分軸かつ臨機応変)ピース・プランニング(相手軸かつ計画的)ピース・フレキシブル(相手軸かつ臨機応変) これらのタイプは、次のふたつの質問で判別することができます。【1】話は、Aもとから順を追って聞きたいB結論から聞きたい【2】急な変更は、AストレスになるBストレスにならない【1】B、【2】Aを選んだ人は、ロジカル【1】B、【2】Bを選んだ人は、ビジョン【1】A、【2】Aを選んだ人は、ピース・プランニング【1】A、【2】Bを選んだ人は、ピース・フレキシブル「ロジカル」は、自分で納得して自分のペースやタイミングでものごとを進めたいタイプ。そのため、急な予定変更などは大きなストレスになります。「ビジョン」は自分の感性に響いたり可能性を感じたりするものを好みます。また、自分の願望を重視しますから、「やりたい!」と感じるものかどうかで、ものごとに取り組む集中力に大きなちがいが出るという特徴もあります。「ピース」は、行動パターンが計画的か臨機応変かによって「ピース・プランニング」「ピース・フレキシブル」というふたつのタイプにわかれますが、共通しているのは相手軸だということ。ともに和を大事にし、人間関係が円滑であることを好む共通点があります。また、ものごとをもとのもとから知りたいという傾向があり、「なぜ?」という口癖があることも共通点です。まずなによりも親が自分自身を知ることが大切子どものタイプを知るには、親の立場から、先のふたつの質問のどちらに子どもがあてはまるのかを考えてみてください。ただ、注意してほしいのは、先に挙げた例のように「自分がうれしいと感じることだから、子どももうれしいと感じるはず」といった思い込みがあっては、子どものタイプを正確に知るのは難しいということ。それこそ、フラットな視線で子どもを見て、「どっちかな?」と冷静に考えてみましょう。そして、子どもとの関係性を考える前に、まずはみなさんが自分自身のことをよく知ることを心がけてください。人間関係には悩みは尽きないものですが、そもそも他人との関係だけではなく自分との関係も人間関係です。まずなにより自分自身と上手につき合えるようになること。そのうえで、子どもとうまくかかわることができるようになれば、子育てはぐっと楽になるはずです。『人間はたったの4タイプ 仕事の悩みは「性格統計学」ですべて解決する!』稲場真由美 著/セブン&アイ出版(2019)■ 性格統計学による4タイプ診断サイト■ 人間関係研究家・稲場真由美さん インタビュー一覧第1回:性格統計学の提唱者が語る。「親子は考え方も似る? それはただの思い込みです」第2回:子どもが言う「なんとなく……」に、親が「どうして?」と聞いてはいけないわけ。(※近日公開)第3回:子どものタイプ別・自己肯定感が本当に伸びる褒め言葉。「すごいね」だけじゃ響かない!?(※近日公開)第4回:「いくら言っても分かってくれない」のは、叱り方がその子に合っていないから。(※近日公開)【プロフィール】稲場真由美(いなば・まゆみ)1965年生まれ、富山県出身。一般社団法人日本ライフコミュニケーション協会代表理事。株式会社ジェイ・バン代表取締役。自身が人間関係の悩みに直面したことから、新しいコミュニケーションメソッドを探求し、16年間、延べ12万人の統計データをもとに「性格統計学」を考案・開発する。以来、このメソッドを「ひとりでも多くの人に伝え、すべての人を笑顔にしたい」との思いから、セミナーや講演、カウンセリングを通じて普及活動を行う。2018年には「性格統計学」にもとづくマルチデバイス型ウェブアプリ『伝え方ラボ』を開発し、ビジネスモデル特許の取得に成功(特許6132378号)。現在は、企業や自治体、学校をはじめ、法人・個人を問わず『伝え方ラボ』を活用した研修やコンサルティングを幅広く行い、多くの人のコミュニケーションスキル向上に貢献する活動を続けている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2020年01月20日子どもにはしっかり勉強をしてほしい――。ほとんどの親が持つ願望だと思います。ただ、その願望は実際には空回りしてしまうことも多いもの。常日頃、多くの子どもたちと接している一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事の野上美希先生は、「勉強にしっかり取り組む子どもにするためにも、まずは子どもが好きなことを目一杯やらせることが大切」とアドバイスをしてくれました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)好きなことを通じて学ぶ楽しさを知ることが最重要親として、子どもに勉強の大切さを理解してほしいと願うのは当然でしょう。でも、子どもにただ「勉強は大事だよ、勉強しなさい」といったところで勉強をしてくれる子どもは、そうはいないはず。子どものときに「きちんと勉強していい大学に入ったほうがいい」なんていわれても全然ピンとこないことは、自分が子どもだった頃を想像すればすぐに理解できるのではないでしょうか。そこで大切となるのは、やはり子どもが好きなことと勉強をつなげてあげることでしょう。ゲームが好きな子どもだったら、ゲームと勉強をつなげてあげる。いまなら、ゲーム感覚でできるさまざまな勉強アプリがあります。そういったものをやらせてみるのもひとつの手ですよね。2019年にはラグビーのワールドカップが大きな話題を集めました。もし、子どもがラグビーに興味を持ったのなら、そこから勉強に展開してみるのです。たとえば、日本代表の対戦相手が南アフリカに決まったときに子どもと一緒に地図で南アフリカを探してみたり、どんな国なのかを調べたりするのです。そうするなかで、子どもが楽しみを見出してラグビーを通じて自発的にいろいろなことを調べて学びはじめることが理想的なかたちでしょう。それは、学校での勉強とは少しちがうものかもしれません。でも、いろいろなことを調べて知識が広がることを楽しいと思えることこそが、学校での勉強にも通じる学びの姿勢をかたちづくっていくはずです。勉強することの大切さなんて、大人でもわかっていない人は少なくないでしょう。そんなことを無理やり頭でわからせようとしても無理というものです。子ども自身が体験を通じて知識を得ることの楽しさを知る――そういうことが大切なのではないでしょうか。むかしとちがい、個性を問われる時代になりつつあるもちろん、子どもにきちんと勉強してほしいと思う、つい学力主義に走ってしまう保護者の気持ちもわかります。そういう親御さんの多くは、人生を学力によって勝ち抜いてきた人でしょう。だからこそ、「学力は裏切らない」という思考が強く刷り込まれ、その人たちのアイデンティティーをつくっているのです。でも、いまとむかしとは時代がちがいます。大学入試にしても、2020年には大きな改革が行われます。これまでの認知能力を問うテストではなく、その子が生きてきた人生をプレゼンテーションして推薦で入学を勝ち取るといったことも出てきます。そう考えると、それこそ子どもの好きなことをきちんと見つけて、熱中させてあげることが大切なのではないでしょうか。それは個性を伸ばすといういい方もできるはずです。そういう意味では、アスペルガー症候群やADHD(注意欠陥多動性障害)もひとつの個性といえます。じつは、たくさんの子どもたちと接するなかで、そういった特徴を持つ子どもこそ将来は大物になるのではないかと感じることも少なくないのです。アスペルガー症候群の子の、ひとつの遊びだけをひたすらずっと続けられるという特徴からは、学者のようななにかを突き詰めていくような仕事への適性があると考えられます。ADHDの子のいろいろなことを並行して休みなくやれる力は、経営者に必要な力といえるでしょう。もちろん、そういった特徴を持つ子どもたちの親には、大変なことがたくさんあるはずです。でも、なるべくその個性が育つ芽を摘まずに見守って伸ばしてほしいと思うのです。これからのグローバル化社会に重要となる自己肯定感さて、これからはただの学力ではなく、子どもが好きなことや個性を伸ばすべきだと述べましたが、わたしのなかで「これだけはきちんと伸ばしてあげてほしい」と思うものがあります。それは、「自己肯定感」です。いまの日本は、グローバル化や少子高齢化がどんどん進んでいます。労働力不足が叫ばれるなか、外国人とも一緒に仕事をすることがあたりまえになっていくでしょう。外国人とチームを組んで、自分が持っているものとはちがう多様な価値観を受け入れ、しっかりと仕事を成功に導いていけるのか――そういう力が求められるはずです。そうなったとき、もし自己肯定感を持てていなかったとしたら……?自分とは異なる価値観に出会って、「これはちがうんじゃないか」と思うようなこともやらなければならないとき、自分に核となる部分がないとすごくつらいのではないでしょうか。そして、その核になるものこそ、「自分は自分であっていい」という揺るぎない気持ち、すなわち自己肯定感だと思うのです。そして、その自己肯定感を育むためにも、子どもが好きなことを見つけて、それを親が認めてあげることが大切です。親としては、その好きなことが勉強になったら安心なのでしょうけれど、そうではない場合が多いでしょう。そのときも、その好きなことを目一杯やっていくことを親が認めることが、子どもの自己肯定感という人生の土台をつくることになるはずです。■一般社団法人キッズコンサルタント協会■ 一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事・野上美希先生インタビュー一覧第1回:子どもの順応性は親が思う以上に高い。「申し訳ない」という気持ちは不要です第2回:「小1の壁」を乗り越えるために――子どもの言葉の裏にある本心とは?第3回:放課後や長期休みに「非認知能力」を高めよう。学童でさまざまな経験を第4回:自己肯定感も勉強への姿勢も“熱中体験”の先で生まれる【プロフィール】野上美希(のがみ・みき)1977年3月21日、千葉県出身。一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事。東北大学工学部卒業後、日本総合研究所にてコンサルティング、事業企画、採用、営業と多岐にわたる経験をした後、株式会社マイナビで人材紹介事業部の立ち上げに従事。営業部長として複数の部下をマネジメント。その後、自身の妊娠を機に久我山幼稚園の運営に携わり、産後母の孤独を解消すべく、子育てひろば開設を皮切りに、働く母の支援のため、幼児教育をベースとした民間学童や6つの認可保育園を開設。また、民間学童指導員資格であるキッズコンサルタント資格を認定する一般社団法人キッズコンサルタント協会を立ち上げ、代表理事を務めている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年12月22日共働き世帯なら、子どもをいわゆる「学童」に通わせている家庭も多いでしょう。そんな学童について、ただ子どもを預かってもらうサービスのように考えている人もいるかもしれません。でも、民間学童であるアフタースクール久我山キッズの運営に携わる一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事の野上美希先生は、「子どもの成長にとって、学童で過ごす時間は非常に重要」だといいます。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)小学校で過ごす時間以上に長い放課後と長期休みをどう過ごすか一般的に、子どもが小学校で過ごす時間は年間1,200時間くらいです。一方で、子どもが主に「学童」で過ごす放課後と長期休みを合わせた時間は約1,600時間。そう考えると、この1,600時間をどのように過ごすかは、子どもの成長にとって非常に重要だといえます。しかも、小学生の時期は、自分の強みを発揮する力や自発性、主体性など、いわゆる「非認知能力」に磨きをかける時期でもあります。でも、小学校でやっている勉強はどういうものかといえば、知識を得て、教えられたことをテストで再現する認知能力を高めるというものですよね。つまり、それこそ放課後や長期休みをどのように過ごして非認知能力を高めるかがとても大切だといえるのです。とはいえ、学童とひとことでいってもさまざまなタイプがあるのが現実です。わたしたちが運営する学童では、アフタースクールという呼称を使っていますが、学童保育や放課後児童クラブと呼んでいる自治体も。また、その内容もまちまち。その中には、非認知能力を高めるためのさまざまなイベントを行なっている民間の学童もあります。視野が狭い子どもだからこそ、さまざまな経験が必要ここでは、わたしたちが運営するアフタースクールで、子どもたちがどのような活動をしているのかをご紹介しましょう。たとえば、外国人の講師を招いてその時間は英語だけを使う活動や、料理体験、科学実験、造形教室、プログラミング教室、茶道など。3、4年生くらいになると、子ども新聞をスクラップして、その記事に対して自分がどう感じたのかをみんなの前でプレゼンテーションしたり、友だち同士でディベートをしたりすることもあります。そのテーマは本当に身近なもの。たとえば、「『ドラえもん』の主人公は、のび太君かドラえもんか」というものとか(笑)。そのテーマに対して、2チームに分かれて議論をするのです。子どもは、大人に比べると視野が狭いものです。だからこそ、たくさんのさまざまな経験をする必要がある。ですから、ここで紹介したようなイベントは、なにか特別なときに行なうものではなく、「今日は科学実験、明日は造形教室」というふうに、じつは毎日行なっているものなのです。とはいっても、そういったカリキュラムで子どもたちを縛りつけているわけではありません。子どもたちがアフタースクールで過ごす時間は、それらのイベント活動をする時間、学校の宿題をやる時間、自由に過ごす時間の大きく3パターンに分けられます。その自由時間には、元気にひたすら遊び回っている子どももいれば、テラスに椅子を持ち出して風を感じながら読書をしている子どももいます。そのように、自分が快適に過ごせるようにそれぞれが工夫をしているのです。学童の縦割り社会が子どもに与えるメリットまた、学童のメリットという点でいうと、縦割りというところも大きなものだと考えています。時期によって組み合わせを変えていくのですが、いま、わたしたちのアフタースクールでは、1、2年生と5、6年生が一緒に活動するようにしています。上の子たちは、下の子に遊びを教えてお膳立てをしてくれたり、ひとりでいる下の子に話しかけてくれたりします。季節の大きなパーティーのときには、上の子たちがダンスを披露しようと考えたのですが、すると、下の子たちも「わたしたちもやりたい」といって一緒に取り組むことになりました。そういったシナジーが起きて新しいイベントが生まれることもあるのです。いまはひとりっ子がとても多いですから、年齢がちがう子ども同士のかかわりが希薄です。でも、学童でなら、年齢がちがう相手とのコミュニケーションをしっかり学ぶことができるのです。また、大事に育てられている子はわがままがいえる環境にあることも多いのですが、自分の思いが必ず通るわけではないのが実際の社会です。そういった現実を小学生のときから学べるメリットもあるでしょう。学童に限らず、もっとさまざまな経験ができる放課後の居場所が増えて、そのなかで子どもたちが生き生き、伸び伸びと過ごせるようになることが理想です。いずれにせよ、小学生のときに小学校以外で過ごす時間の大切さ、その時間をどのように過ごさせるべきかということを、保護者のみなさんにはいま一度考えてほしいと思います。■一般社団法人キッズコンサルタント協会■ 一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事・野上美希先生インタビュー一覧第1回:子どもの順応性は親が思う以上に高い。「申し訳ない」という気持ちは不要です第2回:「小1の壁」を乗り越えるために――子どもの言葉の裏にある本心とは?第3回:放課後や長期休みに「非認知能力」を高めよう。学童でさまざまな経験を第4回:自己肯定感も勉強への姿勢も“熱中体験”の先で生まれる【プロフィール】野上美希(のがみ・みき)1977年3月21日、千葉県出身。一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事。東北大学工学部卒業後、日本総合研究所にてコンサルティング、事業企画、採用、営業と多岐にわたる経験をした後、株式会社マイナビで人材紹介事業部の立ち上げに従事。営業部長として複数の部下をマネジメント。その後、自身の妊娠を機に久我山幼稚園の運営に携わり、産後母の孤独を解消すべく、子育てひろば開設を皮切りに、働く母の支援のため、幼児教育をベースとした民間学童や6つの認可保育園を開設。また、民間学童指導員資格であるキッズコンサルタント資格を認定する一般社団法人キッズコンサルタント協会を立ち上げ、代表理事を務めている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年12月21日3歳の壁、小4の壁、13歳の壁――。子育てにはいくつもの「壁」があるといわれます。なかでも、親にとっても子どもにとっても大きな壁とされるのが、「小1の壁」。その壁をどうすればきちんと乗り越えられるのでしょうか。民間学童であるアフタースクール久我山キッズの運営に携わる、一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事の野上美希先生にアドバイスをしてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)子どもの就学と同時に親の前に立ちはだかる「小1の壁」「小1の壁」という言葉は、ケースによってさまざまな意味が含まれますが、本来の意味でいえば、子どもが小学生になると同時に親の側がさまざまなことに適応できなくなることを指します。子どもが通う場所が、厚労省管轄の福祉施設である保育所から、文科省管轄の教育施設である小学校に変わる。すると、これは幼稚園にもいえることですが、それまでは「子育てって大変ですよね。一緒に頑張りましょう」と、福祉の観点から寄り添ってくれていた保育所の対応とは大きく変わって、たとえば平日の昼間からPTAの会合に出席しなければならないために親が無理をするということも出てきます。あるいは、いわゆる「学童」に子どもを入れることができなくて、共働き世帯の親が仕事と子育てを両立させることが難しくなるということも大きな壁のひとつ。これは、学童の需要に対して供給が足りていないことが要因です。いま、保育所は増えているのですが、学童は足りていません。というのも、子どもが就学前には専業主婦をしていた親のなかで、子どもの小学校入学と同時に働こうと考える人が多いために、学童の需要は保育所以上に大きくなるからです。この問題に関しては、親自身で解決できることではありませんから、国や自治体による整備を待たなければならないところであるのが難しい点です。環境の変化により子どもがぶつかる「小1プロブレム」一方、小学生になった子ども自身にも「小1の壁」はあります。これには、一般的には「小1プロブレム」という別の名称がつけられています。たとえば、子どもが学校に慣れることができなくて授業を抜け出したり、授業に集中できなくて騒いだりして学級崩壊が起こるというようなことがその内容です。親もそうですが、子ども自身も小学校に行くことになれば、当然、自分が身を置く環境は大きく変わります。幼稚園や保育所では元気に走り回って楽しく遊んでいられたのに、いきなり授業を1日に4コマも5コマも受けることになる。もちろん、それは子どもにとって大きなストレスとなり得ます。そのストレスは、個人的にはかつてより大きくなっているのではないかと感じています。なぜなら、集団でなにかをすることに抵抗を感じる子が以前より増えているように思うからです。最近、幼稚園や保育所でも、先生が課題を出して集団で活動に取り組む保育ではなく、自由保育という子どもが主体的に遊びに取り組む保育が増えてきています。個々が好きなことに没頭できる時間がたっぷり取れる良い面がある一方で、幼児の時期に座って先生の話を聞くことに慣れていないことが、集団でなにかをすることに抵抗を感じる子どもが増加している要因のひとつであると感じています。最初は戸惑いながらも徐々に小学校の生活に慣れていく子もいれば、なかなかなじめない子がいるのも事実です。ただ、そういう子たちがうまく学校生活を営めるように支援するための方法を、学校の先生たちも勉強しているので、いずれはそのストレスも軽減されていくのかもしれません。子どもの言葉を字面通りに受け取ってはならない場合もあるとはいえ、小学生になったばかりの子どもが大きなストレスを感じていることにちがいはありません。では、子どものストレスを少しでも減らすために、親としてできることはどんなことでしょうか。わたしは、まずは子どもの不安を受け止めることを考えてほしいと思います。1年生の子どもは小学校という新しい環境のなかに身を置くのですから、当然、たくさんの不安を抱えています。また、新しい環境に身を置けば、それだけ新しい出来事を経験する。それらの不安や経験を親がしっかり聞いてあげることが大切なのだと思います。そのときに注意してほしいのは、子どもの話を字面通りに受け取ってはならない場合もあるということ。幼いときには感じたことをそのまま口に出していた子どもも、小学生くらいになれば本当のことをいわないということも出てきます。悪くいえば嘘をつくということになりますが、子どもが成長して「心配させたくない」というふうに親に気を使ってうそをつくケースもあるのです。ただ、「心配させたくない」と感じるのは、たとえば友だちと喧嘩をしたとか、子どもにとってあまりいいことではない経験をした場合が多いものです。だとしたら、親として、やはり子どもの本心をきちんと受け止めてあげるとよいでしょう。子どもの言葉をそのまま受け取るのではなく、表情やしぐさなどもしっかり観察して、その子が本当はどんなことを感じているのか、なにを求めているのか――わたしも含めて、心の奥にあるニーズにしっかり気づいてあげる親になりたいものですね。■一般社団法人キッズコンサルタント協会■ 一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事・野上美希先生インタビュー一覧第1回:子どもの順応性は親が思う以上に高い。「申し訳ない」という気持ちは不要です第2回:「小1の壁」を乗り越えるために――子どもの言葉の裏にある本心とは?第3回:放課後や長期休みに「非認知能力」を高めよう。学童でさまざまな経験を第4回:自己肯定感も勉強への姿勢も“熱中体験”の先で生まれる【プロフィール】野上美希(のがみ・みき)1977年3月21日、千葉県出身。一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事。東北大学工学部卒業後、日本総合研究所にてコンサルティング、事業企画、採用、営業と多岐にわたる経験をした後、株式会社マイナビで人材紹介事業部の立ち上げに従事。営業部長として複数の部下をマネジメント。その後、自身の妊娠を機に久我山幼稚園の運営に携わり、産後母の孤独を解消すべく、子育てひろば開設を皮切りに、働く母の支援のため、幼児教育をベースとした民間学童や6つの認可保育園を開設。また、民間学童指導員資格であるキッズコンサルタント資格を認定する一般社団法人キッズコンサルタント協会を立ち上げ、代表理事を務めている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年12月20日共働き世帯の増加に伴って利用者が増えている「延長保育」。延長保育に子どもを預けることに対して、子どもを心配すると同時に、「申し訳ない」という気持ちを持っている親も少なくないようです。ただ、東京・久我山幼稚園の運営に携わる一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事の野上美希先生は、「心配する必要も『申し訳ない』という気持ちを持つ必要もない」といいます。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)延長保育にもいろいろなケースがあるひとことで延長保育といっても、じつはいろいろなケースが考えられます。幼稚園で通常保育が終わるのは13時半頃ですが、保育所の場合は18時半頃。終了時刻が5時間ほどちがいますから、延長保育の時間も大きく異なります。また、延長保育を常時利用する共働き世帯もあれば、外せない用事があるときにときどき利用するというケースもあるでしょう。それぞれに対応はちがいますが、子どもに与える影響が大きいということで、ここでは幼稚園で延長保育を常時利用するケースを想定してお話しましょう。幼稚園の延長保育は通常保育が終わる13時半頃からはじまります。延長保育の時間はそこから4、5時間にもなりますから、同じ年齢の子どもでも、延長保育に預けられる子どもとそうではない子どもでは、まったくちがう毎日を送ることになります。もちろん、とくに年少など幼い子どもの場合は、延長保育を嫌がるケースもあります。13時半になると友だちはお迎えに来たママと一緒に帰るのに、自分はそこから5時間もママを待たなくてはいけない。幼い子どもなら、自分も家に帰ってママと一緒におやつを食べてほっとしたいと思って当然でしょう。そういうふうにナイーブになる子がいるのも事実です。子どもは親が考えている以上に延長保育を楽しんでいるとはいえ、子どもの順応性は親が思う以上に高いですから、それも最初だけというケースがほとんどで、たいていは慣れていきます。もちろん、園としても、子どもが楽しめるように、そしてより有意義な時間を送れるように工夫をしています。通常保育の時間には自由時間もあるとはいえ、基本的には園が決めたカリキュラムをこなしていくことが多くなるものです。子どもとしてはある程度緊張している時間といえるかもしれません。一方の延長保育はというと、時間はたっぷりあるのですから、子どもたちが自分で選んだ遊びを徹底的にやり込んだり、積み木を使ってみんなで大きな城をつくるようなダイナミックな遊びをしたりすることができるのです。ほかには、わたしが運営に携わっている久我山幼稚園の場合なら、季節のイベントも積極的に行なっています。たとえば、年長さんなら冬に向けてマフラーを編むということもします。これは、時間がたっぷりある延長保育だからできることでしょう。このような、通常保育の時間とはまったくちがう活動を経験するなかで、子どもたちは延長保育をどんどん楽しめるようになっていきます。延長保育が持ついくつものメリットまた、延長保育には延長保育だけが持つメリットがあるとわたしは考えています。たとえば、延長保育の特徴である縦割りのコミュニティーに身を置くということもそう。同い年の子どもと過ごすことの良さと、年齢のちがう子どもがいる縦割り社会で過ごすことの良さの両方を味わうことが、子どもの幅を大きく広げることになるはずですからね。また、先のマフラーをつくる例なら、自宅でマフラーを編もうとした場合には、幼い子どもならすぐに飽きてしまうかもしれません。でも、友だちが頑張っているから頑張れるということもあるのではないでしょうか。そして、友だちがつくっているマフラーがすてきに見えたら、真似したり自分で工夫をしたりすることもあるでしょう。そうして、ひとりだったら手を出さないような遊びや活動も、友だちがやっているからとやってみる。やってみて楽しかったら「もっとやってみたい」と新しいことに対する意欲を持つということにもつながるはずです。毎日早くに家に帰っていると、テレビを観たりおやつを食べたりと、ついだらだらとなにもしない時間を過ごしがちです。それはそれで子どもにとって大事な時間だとは思いますが、延長保育のなかで友だちと遊びながらさまざまな経験を得られることは、子どもにとって非常に大きな意味があるのではないでしょうか。また、通常保育と延長保育では担当する先生が変わることもメリットのひとつでしょう。子どもというのは、環境によってまったくちがった一面を見せるものです。通常保育の時間に決められたことをするのはすごく苦手なのに、延長保育の時間に自由に遊びを見つけて発展させることはすごく得意だという子どももいます。通常保育と延長保育、両方の先生に子どもの様子をヒアリングして子どものさまざまな面を知れることは、親からすれば子どもの見方が変わり、安心できるということにもつながると思います。親子一緒に過ごせる時間が短いから強い絆を築けるここまで、延長保育のメリットばかりを挙げてきましたが、もちろんデメリットもあります。ひとついえるのは、子どもが幼いほど身体的なストレスになるということ。年少など幼い子どもの場合、どうしても体力がありませんから、長い時間、家ではない場所で過ごすことは大きなストレスになります。疲れが残って、午前中に眠くなってしまったり集中力がなくなったりということがあるのです。ですが、そういうことも体が成長するにつれてなくなっていきますから、あまり心配しすぎる必要はありません。延長保育を利用している保護者の多くが、子どもを心配すると同時に、子どもに対して「申し訳ない」という気持ちを持っています。でも、子どもは親が思う以上に延長保育の時間を楽しんでいます。そしてなにより、親が「申し訳ない」なんて気持ちを持っていれば、せっかく子どもと過ごせる大切な時間もいいものにはなりづらいのではないかと思うのです。変に心配したり「申し訳ない」気持ちを持ったりするのではなく、延長保育のなかでしか味わえない経験や気持ちを、子どもからどんどん聞き出してみてください。そうすれば、一緒に過ごせる時間がたとえ短くても、あるいは短いからこそ大切な時間としてとらえられ、親子の絆をより濃密なものにできるのではないでしょうか。■一般社団法人キッズコンサルタント協会■ 一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事・野上美希先生インタビュー一覧第1回:子どもの順応性は親が思う以上に高い。「申し訳ない」という気持ちは不要です第2回:「小1の壁」を乗り越えるために――子どもの言葉の裏にある本心とは?第3回:放課後や長期休みに「非認知能力」を高めよう。学童でさまざまな経験を第4回:自己肯定感も勉強への姿勢も“熱中体験”の先で生まれる【プロフィール】野上美希(のがみ・みき)1977年3月21日、千葉県出身。一般社団法人キッズコンサルタント協会代表理事。東北大学工学部卒業後、日本総合研究所にてコンサルティング、事業企画、採用、営業と多岐にわたる経験をした後、株式会社マイナビで人材紹介事業部の立ち上げに従事。営業部長として複数の部下をマネジメント。その後、自身の妊娠を機に久我山幼稚園の運営に携わり、産後母の孤独を解消すべく、子育てひろば開設を皮切りに、働く母の支援のため、幼児教育をベースとした民間学童や6つの認可保育園を開設。また、民間学童指導員資格であるキッズコンサルタント資格を認定する一般社団法人キッズコンサルタント協会を立ち上げ、代表理事を務めている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年12月19日親であれば、誰もが子どもには幸せになってほしいと願っています。では、その幸せとはどんなことであり、どうすれば子どもは幸せになれるのでしょうか。イタリア生まれの教育手法「レッジョ・エミリア・アプローチ」をベースとするインターナショナルプレスクール「東京チルドレンズガーデン」の伊原尚郎理事長は、「幸せは他者とのかかわりのなかでこそ生まれる」といいます。その真意を聞く前に、東京チルドレンズガーデンの1日のスケジュールについての話からはじめてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)決まった1日のスケジュールは存在しない「レッジョ・エミリア・アプローチ」では、誰かが指示をしたり目標を与えたりするのではなく、基本的に子どものなかから湧き出る興味に従って活動します。ということは、決まった1日のスケジュールもないということ。当校のホームページには、登園から降園までのスケジュールを掲載していますが、それも便宜上のものであり、だいたいの目安でしかありません。決まっているのは、8:30の登園時間くらいのものでしょうか。もちろん、なにをやるかは子どもたち次第。たとえば、明日(取材日の翌日)は、わたしにはあるひとりの子どもとの約束があります。それは、電車に乗ってふたりで上野の博物館に行くこと。いま、その子がいちばん興味を持っているのが博物館だからです。帰りの予定も、「だいたいお昼頃には帰ってこようかな」くらいのものです。理想は、子どもたちみんなが自分なりの課題を持った独立系研究者のようになることです。朝、登園してきて「おはようございます」といったら、「それでは、研究をはじめます」という感じで、なにかをやらされるのではなく、自分の興味を持っていることに没頭してほしい。そして、わたしたちの役割は子どもの研究のサポートです。自分の子どもがアインシュタインだったとしたら、研究中の彼に向かって「はい、時間がきたから研究はやめて散歩に行きましょう」なんてことをいう人はいないでしょう?やることは、「なにか必要なものはある?」と聞いて、研究のサポートをすることしかありません。子どもを信じることが、子どもの本来の力を引き出すこの自由度の高さは、GoogleやYahoo! などに見られるフリーアドレスのオフィスに通じるものがあると思います。フリーアドレスは、チームのメンバーの誰もが自発的に仕事をすることが前提となっているシステムです。「ちょっとカフェで仕事をしてきます」というメンバーに対して、マネジャーが「あいつはちゃんと仕事をしているのか」と考えていたら成立しません。同じように、「子どもにはすごい能力がある」という観点に立って子どもたちを信じることこそ、子どもが本来持っている能力を引き出し、伸ばすことになるのです。でも、残念ながら多くの親は子どもに対して「この子はなにも知らないから、わたしが教えてあげなければならない」と思い込んでいます。少し話はそれますが、このことの要因のひとつは、「教育」という言葉そのものだとわたしは考えています。教育を意味する英語の「education」の語源は「educe」。本来、その意味は「引き出す」です。ところが、福沢諭吉は、「education」を「教え育てる」として「教育」と訳してしまった。このことに対して、福沢諭吉自身ものちに「誤訳だった」と振り返っています。でも、日本では「教育」という言葉が浸透してしまいました。漢字は表意文字ですから、わたしたち日本人は漢字を見るだけで意味を受け取ります。そうして、「education」は、本来の「力を引き出す」ではなく「教え育てる」という意味として日本人には感じられるようになりました。このことの影響は非常に大きいとわたしは見ています。親であるみなさんには、「子どもは教えてあげなければならない存在だ」という思い込みをもう一度見直してほしいのです。もともと有能な子どもが集まれば、素晴らしいものができる!話を戻しましょう。わたしの理想は子どもたちが独立系研究者のようになることだと述べました。でもそれは、自分勝手な人間になるということではありません。優れた研究者――つまり子どもたちが集まれば、それぞれが持っている力を結集して思いもよらない大きな成果を生むということもあります。たとえば、絵を描く場面もそうです。子どもたちが絵を描くとき、一般的な幼稚園では、子どもたちそれぞれに1枚の紙を用意します。一方、わたしたちの学校では、大きな紙にみんなで絵を描くのです。すると、友だちの描き方を見て「あれ、いいな」と思った子が、その描き方を真似するということもあります。一方、真似された子も別の子の絵を見て、「あの色ってどうやってつくっているんだろう」なんて思って真似しようとする。こうして、互いに影響を与えたり与えられたりしながら、それぞれが学び、壮大なコラボレーションともいえる絵ができ上がります。そして、それこそが人間の社会にとって大切なことです。他人を出し抜いた誰かひとりがお金持ちになればいいということではないでしょう?わたしは、子どもたちみんながそれぞれに自分なりの幸せを手にしてほしいと願っています。その幸せとは、愛する人と出会っていい家庭を築くことかもしれないし、気の合う同僚とやりがいのある仕事をすることかもしれません。いずれにせよ、幸せというものの多くは、他者とのかかわりのなかで生まれるものであるはずです。そして、少なくともわたしたちの学校を巣立った子どもたちなら、そういう幸せな人間になってくれるのではないかという期待を抱いているのです。■東京チルドレンズガーデン■ 東京チルドレンズガーデン・伊原尚郎理事長インタビュー一覧第1回:いまの時代にマッチする「レッジョ・エミリア・アプローチ」の教育第2回:もしも子どもがアインシュタインだったら?子どもに対して親が取るべき姿勢第3回:グローバルな人間に――生まれ育った地域や国を知る「レッジョ・エミリア・アプローチ」第4回:信じることで本来の力を引き出す。すごい能力を持つ子どもたち【プロフィール】伊原尚郎(いはら・ひさお)東京チルドレンズガーデン理事長、共同創設者。米国ニューヨーク州立大学メディアアート科修士課程修了。ビデオアーティストとしてニューヨークで多方面に活躍。約20年の在米ののち帰国し、幼稚園の園長に就任。国際幼児教育の理解を深め、クリエイティブ思考を育てるための研究に従事。2017年に共同創設者の西ヶ谷アンとともにレッジョ・エミリア・アプローチをベースとするインターナショナルプレスクール「東京チルドレンズガーデン」をオープンし、理事長に就任。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年12月18日イタリアで生まれ、欧米はもちろん日本でも注目度が上がっている教育手法「レッジョ・エミリア・アプローチ」。その教育手法をベースとしたインターナショナルプレスクール「東京チルドレンズガーデン」の伊原尚郎理事長は、「子どもをグローバルな人間に育てるためにも、地域を大事にすることが大切」と語ります。一般的な幼稚園や学校にはいない、レッジョ・エミリア・アプローチの学校に特徴的な専門的な先生の存在意義と併せて、その言葉の真意を教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)子どもたちの活動や考え方を広げる「アトリエリスタ」当校のような「レッジョ・エミリア・アプローチ」の学校には、一般の先生とは別に、ちょっと特殊な専門の先生がかかわるという特徴があります。そのひとつは、「アトリエリスタ」と呼ばれる先生。言葉の響きからなんとなく想像できるかもしれませんが、アトリエリスタは芸術の先生です。とはいっても、一般的な学校における美術の教科を担当する先生とはちがって、絵を専門にしている人もいれば、音楽家もいますしダンサーのアトリエリスタもいます。アトリエリスタがかかわる目的は、学校教育の幅を広げるということ。いくらレッジョ・エミリアが通常の教育とはちがうといっても、教育というものをバックグラウンドにしている先生だけだった場合、どうしてもその考え方は狭まってしまいます。そこにアトリエリスタという芸術をバックグラウンドにした異質の人間を入れることで化学反応を起こし、学校における活動や考え方を広げようというわけです。つまり、芸術の先生だといっても、アトリエリスタは子どもたちに絵の描き方を手取り足取り教えたり、楽器の演奏やダンスを教えたりするわけではありません。あくまでも、子どもたちを一般の先生とはちがった芸術家らしい視点で見て、子どもたちの活動や考え方の幅を広げていくための存在なのです。子どもの活動や考え方に意味づけをする「ペダゴジスタ」子どもたちにとって、一般の先生に加えてアトリエリスタがいることは、ビジネスパーソンにたとえれば、まわりにいろいろな同僚がいるような状況といえます。ひとつの考えに凝り固まった同僚ばかりがいるような状態だと、本人もその考えに染まってしまいますよね。でも、タイプが異なるいろいろな同僚がいたらどうでしょうか。ある仕事に対して、「それ、いいね!」といってくれる同僚もいれば、「こういう考え方もあるんじゃない?」と指摘してくれる別の同僚もいる。そういう状況なら、本人の自分の仕事に対する視点や考え方は大きく広がっていくはずです。ただ、アトリエリスタはあくまでも芸術家。そのため、教育の理論にはそれほど詳しくないという場合もあります。そこで活躍するのが、また別の専門的な先生である「ペダゴジスタ」です。ペダゴジスタは教育理論の専門家です。アトリエリスタによって広がった活動も、そのままではぼんやりしたものになるということもある。そこで、それらの活動に、ペダゴジスタが教育的な意味づけをするのです。アトリエリスタやペダゴジスタは、一般企業におけるアドバイザーやコンサルタントのようなものといえます。なにかのプロジェクトを進めるというとき、メンバーがその企業で育った社員ばかりでは、同質すぎて目新しい内容にすることはそう簡単ではありません。そこで、ちがった観点でものごとを見られるアドバイザーやコンサルタントをメンバーに入れるということがありますよね。こうして、子どもたちの活動やその見方を広げ、一方できちんと意味づけをしていく。子どもたちにとっても、一般の先生にとっても、アトリエリスタとペダゴジスタの存在は大きな意味があるものなのです。本場では先生と保護者がワインを飲みながら語り合うこのように、さまざまな人とかかわるということもレッジョ・エミリアの特徴です。そのかかわりは、学校の外にも向かいます。たとえば、保護者とのかかわりもそう。一般的な幼稚園やそれこそ保育所には「子どもは守られるべき存在」という認識があり、子どもの安全を確保していくというような、「サービスを提供する」という考え方があります。でも、レッジョ・エミリアには「子どもたちはものすごく有能な存在だ」という認識があるのです。そして、どうすれば「この有能な人のサポートをできるのか」と、保護者と一緒に考えます。もちろん、サービスを提供する場合と比べれば、保護者とのかかわりは濃いものになります。本場のイタリアでは、夜の9時くらいから深夜2時くらいまで、先生と保護者たちがワインを飲みながら語り合うということもあるようです。しかも、その場には地域の代表も同席している。というのも、レッジョ・エミリアは基本的にローカルの教育だからです。そういう意味では、わたしたちの学校にも「どんどん地域に出て行く」という特徴があります。たとえば、人がたくさんいる状況に子どもが興味を持ったなら、学校を飛び出して雑踏を観察しに行くわけです。いま、教育現場では「グローバルな人間を育てることが重要だ」と盛んに叫ばれていますが、ただ英語を学んでもグローバルな人間になれるわけではありません。そうではなくて、まずは自らが生まれ育った地域や国のことをよく知る必要があります。そうでなければ、外の世界とのさまざまなちがいを感じることもできないのですから、グローバルな人間になれるわけもないのです。■東京チルドレンズガーデン■ 東京チルドレンズガーデン・伊原尚郎理事長インタビュー一覧第1回:いまの時代にマッチする「レッジョ・エミリア・アプローチ」の教育第2回:もしも子どもがアインシュタインだったら?子どもに対して親が取るべき姿勢第3回:グローバルな人間に――生まれ育った地域や国を知る「レッジョ・エミリア・アプローチ」第4回:信じることで本来の力を引き出す。すごい能力を持つ子どもたち【プロフィール】伊原尚郎(いはら・ひさお)東京チルドレンズガーデン理事長、共同創設者。米国ニューヨーク州立大学メディアアート科修士課程修了。ビデオアーティストとしてニューヨークで多方面に活躍。約20年の在米ののち帰国し、幼稚園の園長に就任。国際幼児教育の理解を深め、クリエイティブ思考を育てるための研究に従事。2017年に共同創設者の西ヶ谷アンとともにレッジョ・エミリア・アプローチをベースとするインターナショナルプレスクール「東京チルドレンズガーデン」をオープンし、理事長に就任。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年12月17日東京の高級住宅街・池田山に、イタリア発祥の「レッジョ・エミリア・アプローチ」という教育手法をベースとしたインターナショナルプレスクールがあります。その「東京チルドレンズガーデン」の伊原尚郎理事長によると、レッジョ・エミリア・アプローチの大きな特徴として「プロジェクト活動」が挙げられるそう。いったい、どんな活動なのでしょうか。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)「プロジェクト活動」の具体的手法とその目的わたしたちの学校で行っている「レッジョ・エミリア・アプローチ」の特徴的なものに、「プロジェクト活動」があります。たとえば、散歩中に道端の石に興味を持った子どもがいたなら、石を集めたり観察したりすることがプロジェクトになります。一方、先生は子どもが石のなにに興味を持っているのかということをつぶさに見ていく。それは、石が地面に落ちたときの音なのかもしれないし、石の手触りや色、重さかもしれません。そして、子どもが石を拾ってなにをしていたのか、その様子をドキュメント――記録していくのです。これは、保護者と情報を共有するということもありますが、それよりもコラボレーターとして子どもに対して働きかけることが最大の目的です。日々、どんどん成長している子どもというのは、前の日のことをすぐに忘れてしまうものですよね。そこで、翌日に先生がドキュメントをもとに子どもに語りかけるのです。「昨日のこと、覚えてる?」「あなたはこの石を拾ってずっと見てたよね」「『この模様が面白いんだよ』って言ってたよ」「わたしにはこう見えたよ」といった具合です。このことにはさまざまな目的があります。たとえば、その語りかけによって、言語を手渡していくということもそのひとつ。まだ語彙が少ない子どもに対して、「あのことはこう説明すればいいんだ」「あの感情はこういう言葉で表現するんだ」というふうに、子ども自身の体験や感情の言語化を助けてあげるのです。あるいは、「こういう見方をしても面白いかもしれないよ」というふうに、子どもは気づかなかったものごとの別の見方を提供することもドキュメントの目的のひとつです。そのようにして、子ども自身の学びを深めていくことがプロジェクト活動なのです。プロジェクト活動を通じて身につける自ら学ぶ姿勢プロジェクトと聞くと、なにか大きなテーマがあり、ある程度の長い期間にわたって行うようなものをイメージした人もいるかもしれません。もちろん、そういうプロジェクト活動をする教育手法もあります。でも、いろいろなものに次々に興味を持っていく子どもにとっては、そういうプロジェクト活動をすることはなかなか難しいですよね。しかも、大人が設定したなんらかの「正解」を求めるというようなものは、子どもには面白く感じられません。そこで、レッジョ・エミリアにおけるプロジェクト活動では、決められたゴールがあるようなテーマを与えることなく、子どもの興味から発するものをプロジェクトにします。ですから、大人からすれば、無謀と思えるようなものも出てきます。たとえば、過去には「影をつかまえる方法を考える」というプロジェクトもありました(笑)。その子どもは、最初は影に布をかけてみた。当然、影はつかまえられません。すると、友だちが「布をかけるのが遅いから逃げちゃうんだよ」といって今度は素早く布をかけてみる。今度はまた別の子が「布は軽過ぎるんだ」といって石を使ってみる。もちろん、失敗の連続です。でも、このプロジェクト活動においては、影をつかまえることやその過程で得る知識が重要なのではありません。友だち同士で相談してアイデアを出し合いながら、子どもたちが自ら学ぶ姿勢を身につけていくこと――それこそが重要なのです。その学ぶ姿勢は間違いなく次の学びに生きてきますし、友だちとの話し合いを通じて身につけた他者とのかかわり方は、社会に出たときにも強力なスキルになるはずです。親こそ思い込みを捨てて子どもの本当の声を聴いてほしい先に、レッジョ・エミリアの先生は子どものプロジェクトをしっかりと見て記録すると述べました。その際、もっとも大切となるのは、子どもがなにを考えているのか、なにに興味を持っているのか、たとえそれを子どもが言葉にできなかったとしても感じてあげる力です。では、どうすればそうできるようになるのでしょうか?このことは、学校の先生だけではなく、子どもたちの親にこそ身につけてほしい姿勢です。それは、「子どもに対して尊敬の念を持つ」ということ。子どもは子どもなりに自分で学んでいく力を持っています。それなのに、親は子どもに対して「教えてあげなければいけない」「指示してあげないといけない」という思い込みを持ちがちです。でも、もし子どもではなくアインシュタインが相手だったらどうですか?「あれをやりなさい」なんていったり、まして「教えてあげよう」なんて思ったりしないでしょう。代わりに「なにを考えているんだろう」「絶対にすごいことを考えているぞ」と思って、じっくりその様子を観察するのではないでしょうか。それと同じ姿勢で子どもに接してほしいのです。そうすれば、子どもがいままさに学んでいることをしっかりと感じることができるはずです。■東京チルドレンズガーデン■ 東京チルドレンズガーデン・伊原尚郎理事長インタビュー一覧第1回:いまの時代にマッチする「レッジョ・エミリア・アプローチ」の教育第2回:もしも子どもがアインシュタインだったら?子どもに対して親が取るべき姿勢第3回:グローバルな人間に――生まれ育った地域や国を知る「レッジョ・エミリア・アプローチ」第4回:信じることで本来の力を引き出す。すごい能力を持つ子どもたち【プロフィール】伊原尚郎(いはら・ひさお)東京チルドレンズガーデン理事長、共同創設者。米国ニューヨーク州立大学メディアアート科修士課程修了。ビデオアーティストとしてニューヨークで多方面に活躍。約20年の在米ののち帰国し、幼稚園の園長に就任。国際幼児教育の理解を深め、クリエイティブ思考を育てるための研究に従事。2017年に共同創設者の西ヶ谷アンとともにレッジョ・エミリア・アプローチをベースとするインターナショナルプレスクール「東京チルドレンズガーデン」をオープンし、理事長に就任。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年12月16日「レッジョ・エミリア」という言葉を耳にしたことがある人はいるでしょうか。本来、レッジョ・エミリアはイタリアの都市の名前です。レッジョ・エミリアは、町を挙げての幼児教育と芸術教育により、欧米はもちろん近年は日本でも注目度が上がっており、その教育手法は「レッジョ・エミリア・アプローチ」として広まりつつあります。レッジョ・エミリア・アプローチをベースにしたインターナショナルプレスクール「東京チルドレンズガーデン」の伊原尚郎理事長に、その教育の特徴を聞いてみました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)子どもには子ども自身で学べる力が備わっている当校の教育について具体的にお話する前に、先にお伝えしておきたいことがあります。読者のみなさんのなかには、わたしたちの教育が「子どもにどんな効果を生むのか」という「答え」のようなものを求めている人がいるのではないでしょうか。取材を受けるときにも、「どのように創造性を高めているのか」「どうすれば勉強ができるようになるのか」といった質問をされることがとても多いものです。でも、わたしたちは基本的に、そんな大人の意志で子どもを誘導するようなスタンスを取っていません。なぜかというと、子どもには子ども自身で学べる力が備わっているからです。その力がしっかり発揮できるような環境を整えることが、わたしたちの役割なのです。ですから、先のような質問に対して、求められているようなわかりやすい答えを提示することはできないということを、まずはお断りしておきます。さて、当校の教育のベースにあるのは、イタリア発祥の「レッジョ・エミリア・アプローチ」です。その特徴というと、「子どもは有能で知的な学習者」ということを前提としていることがまず挙げられます。これは、「構成主義」と呼ばれる考え方です。みなさんのなかにも、「モンテッソーリ教育」について聞いたことがある人は多いでしょう。モンテッソーリなど、いま注目されているほかの新教育なども、同様に構成主義の教育手法です。ただ、レッジョ・エミリアは、構成主義のなかでも「社会構成主義」だという点で、ほかの新教育とは異なります。同じ構成主義でも、レッジョ・エミリア以外の多くの教育手法は、「人間が個人としてどのように学んでいくのか」という観点で研究がされてきました。でも、人間はひとりで生きていくわけではないですよね?なにかを学ぶ場面というのは、ひとりで机に向かって勉強するときだけではありません。人間は周囲のさまざまな他者とかかわり、影響を受けたり与えたりしながら学んでいくもの――。そういう考え方から出発しているのが、レッジョ・エミリアの中核的な考え方である社会構成主義なのです。大人が決めた分野に縛られず、子どもは広く学ぼうとするその他にも、レッジョ・エミリアには他の新教育と異なる点があります。多数の他の新教育は、さまざまな教具を用意しておき、「この教具を使えばこういう学びが深まる」というようなメソッド方式をとっています。でき上がっている教具などの学びの条件を用意し、環境から引き離し、学びは直線的に獲得されるとの観念のうえに実践があります。学びは、教科・発達分野というかたちの分類をされ、理解されています。しかし、人間の学びというものは、そんな教科・発達分野に縛られないもっと広い興味からはじまり、もっといろいろな可能性を秘めたもののはずです。それがレッジョ・エミリアの考え方なのです。レッジョ・エミリアの実践は子どもの興味・関心からはじまり、ゆっくりとジグザグに、ときには後退などしながらも学んでいくという考え方を大事にするアプローチ方式で行われます。それだけに、少しわかりにくいということころもあるのですが……(苦笑)。子どもには、大人が考える教科のような分野に縛られることなく、あらゆることを学びたいという欲求があります。それは、本能的に持っている欲求です。たとえば、いまなら『パプリカ』という子どもに人気の曲を聴けば、子どもたちは自然に歌ってダンスをはじめます。子どもたちはなにも意識的にアートを学ぼうとしているわけではありませんが、大人の目には、先の教科のように、それがアートという分野を学んでいるように映るということに過ぎないのです。子どもたちは、ごく自然な欲求として歌って踊っているだけのこと。だったら、そうできる環境を用意していくというのが、わたしたちの考え方です。指示や目標を与えないからこそ、社会で活躍できるようになるわたしたちは、一般の学校のように「あれをしなさい」「これは駄目」というふうな指示は極力しません。もしかしたら、わたしたちの学校で育った子どもたちが一般の学校に行くことがあれば、ちょっと変わった子どものように見られてしまうかもしれません。でも、実社会に出たときのことを考えてみてください。誰かから指示をされたり目標を与えられたりしなければ行動できない人間が社会で活躍できるでしょうか?いま、世界を牽引しているGoogleのような企業の場合、基本的にはなにをつくるといった目標はありません。社員の自由な発想により、これまでになかった画期的なサービスをいくつも生み出しているのが、新しい時代の企業です。そして、それらの発想は、他者との関係性のなかから「こういうサービスがあったら、すばらしい社会になるにちがいない」と生まれてきます。当校の子どもたちがやっていることも、それと似ているかもしれません。誰かから指示をされたり目標を与えられたりすることなく、友だちや先生など他者とのかかわりのなかで自由な発想で学んでいきます。そういう点で、いまの時代とレッジョ・エミリアの親和性は非常に高いと思うのです。■東京チルドレンズガーデン■ 東京チルドレンズガーデン・伊原尚郎理事長インタビュー一覧第1回:いまの時代にマッチする「レッジョ・エミリア・アプローチ」の教育第2回:もしも子どもがアインシュタインだったら?子どもに対して親が取るべき姿勢第3回:グローバルな人間に――生まれ育った地域や国を知る「レッジョ・エミリア・アプローチ」第4回:信じることで本来の力を引き出す。すごい能力を持つ子どもたち【プロフィール】伊原尚郎(いはら・ひさお)東京チルドレンズガーデン理事長、共同創設者。米国ニューヨーク州立大学メディアアート科修士課程修了。ビデオアーティストとしてニューヨークで多方面に活躍。約20年の在米ののち帰国し、幼稚園の園長に就任。国際幼児教育の理解を深め、クリエイティブ思考を育てるための研究に従事。2017年に共同創設者の西ヶ谷アンとともにレッジョ・エミリア・アプローチをベースとするインターナショナルプレスクール「東京チルドレンズガーデン」をオープンし、理事長に就任。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年12月15日親であれば、まずは子どもが健康であることを願うものです。全身運動である水泳は、それこそ体全体をバランス良く鍛えてくれるものですから、子どもをスイミングスクールに通わせている人も多いでしょう。せっかく通わせるのなら、体を鍛えるだけではなく、「もしものとき」に溺れないようにしっかり泳げるようになってほしいものです。でも、なかには子どもがなかなか上達しないことを不安に思っている人もいるかもしれません。そこで、アドバイスをお願いしたのは、運動が苦手な子どもを対象にした体育指導のプロフェッショナルである西薗一也さん。西薗さんは「スイミングスクールの指導には問題点もある」と語りますが……。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)スイミングスクールの規定が子どもの邪魔をしている?いま、スイミングは習い事のなかでいちばんの人気を誇ります。全身運動ということや、学校の体育の授業での狙いのように「もしものときに溺れないために」と親が考えていることもありますが、水のなかでフワフワと浮かぶことが脳の発達を促すといわれていることも大きく起因しているように思います。じつは、東大生が小学生のときにしていた習い事のナンバーワンがスイミングだというデータもあるのです。そういう背景もあって、いまはどこのスイミングスクールもキッズクラスは満員という状態です。ただ……すべてのスイミングスクールを非難するわけではありませんが、その指導には首を傾げるような部分も。なかなか上達しないという子どもの場合、1年経っても2年経っても25メートルを泳げないというケースも珍しくないからです。これには、スイミングスクールのシステムが大きくかかわっています。ひとつはインストラクターと子どもたちの人数の問題です。20人のクラスで60分のレッスンを受けるとしたら、ひとりの子どもがインストラクターから直接指導を受けられるのは単純計算でわずか3分です。それでは一人ひとりにいき届いた指導ができるはずもありません。ほかには、たとえば「バタ足のテストに合格しないと次の級に進めない」といったことも問題点として挙げられます。もしかしたら、その子どもは手で水をかくことはすごく得意かもしれません。でも、バタ足のテストで引っかかってしまうがために先に進めないということがあるのです。将来的にスイマーを目指すというならともかく、「25メートルを泳ぐ」ということが目標なら、どんなかたちであれプールの底に足をつかずに25メートルを泳ぎ切ることができればいいわけです。しかも、その目標をより早く達成できれば、それだけ子どもの自信にもなる。むしろ、スイミングスクールのシステム、規定が子どもたちの成長の邪魔をしているように感じることも多いのです。酸素を浪費させる「バタ足信仰」とNGの声かけ泳ぐ距離にもよりますが、きちんと息継ぎさえできれば水泳というものはそれほど苦しいものではありません。でも、たとえ息継ぎができる子どもでも、スイミングスクールでは多くの子どもたちが苦しんでいます。なぜかというと、先にも少し触れたバタ足に対するこだわりが強過ぎるからです。激しくバタ足をすれば、どんどん酸素を消費することになります。しかも、まだ体の使い方がうまくない子どもたちがバタ足をすると、どうしても膝が曲がり過ぎてしまう。すると、脚が沈んで頭が上がり、どんどん体が立ってきて前に進めなくなるのです。また、息継ぎと同時に膝が曲がってしまうので、体が一気に沈んでしまいます。加えて「もっと頑張れ!」というような声をかけて指導をしていたら、それも問題といえます。子どもたちは素直で必死ですから、「頑張れ!」といわれると「頑張らなきゃ!」と思う。つまり、その声かけが緊張を生むわけです。緊張すると、今度は脳でも酸素をどんどん消費することになる。バタ足でも脳でも酸素を浪費して、本来の能力でいえばもっと泳げるはずの子どもでも、その距離に達する前にギブアップしてしまうということになるのです。プールがない自宅でもできる水泳の練習法これらのことを踏まえると、まずは「バタ足信仰」ともいえる考え方を捨てる、それから子どもに「緊張させない」ことが大切になります。そもそも、クロールの推進力でいえば、手で水をかくことが7、バタ足が3くらいの割合です。つまり、推進力の弱いバタ足をがむしゃらに練習させるより、手による推進力をもっと増すために「上半身をできる限り伸ばす」練習をさせてあげるべきなのです。まずは、しっかり体を伸ばせば水の抵抗が減るということを感じさせてほしい。僕の場合、プールの壁から少し距離を置いたところに立ち、僕の胸に指先を突き刺すようなイメージで子どもに蹴伸びをさせます。その際、「槍のように」「ロケットのように」と子どもたちがイメージしやすい言葉をかけてあげれば、そのイメージに自分を重ねてしっかり体を伸ばすことができるようになります。最初からクロールをさせると「かく」イメージが強すぎて肘が曲がってしまいますので、まずは「指先を奥に伸ばそう」という意識が必要。そのために、槍やロケットをイメージして全身を伸ばそうという意識を持たせるのです。これに近い練習は家庭でもできます。むしろ、プールがないという環境を生かしましょう。うつ伏せで寝た状態でまっすぐに手と脚を伸ばし、蹴伸び姿勢をつくらせてみてください。そして、本人に客観視させるために、スマホやカメラで撮影して見せてあげるのです。水のなかではないからこそ撮影するのも簡単です。本人はしっかり体を伸ばしているつもりでも、そうできていないことが視覚的にわかれば、修正することができます。また、子どもに「緊張させない」ということでいえば、その逆に「安心させる」ことが大切。そのためには、子どもが少しでも頑張れたら褒めることを心がけましょう。ありがたいことに、水泳には距離というわかりやすい指標があります。泳げる距離が1メートルでも伸びれば「すごいじゃん!」と褒めることができるわけです。もちろん、細かいテクニックについてはここでは伝えきれませんが、もっとも重要となるのは、この「褒める」こと。先に触れたように、「もっと頑張れ!」「あとちょっとだよ!」といった言葉かけでは、子どもはプレッシャーを感じて緊張するだけです。そうではなく、いまできたことを「すごいぞ!」と褒めてあげてください。そうすれば、子どもは「これでいいんだ!」「自分はできる!」と安心して成長をしていくでしょう。『『うんどうの絵本 全4巻セット(ボールなげ・かけっこ・すいえい・なわとび)』』西薗一也 著/あかね書房(2015)■スポーツひろば代表・西薗一也さん インタビュー一覧第1回:運動神経は成功体験で伸びる!運動が「得意な子」と「苦手な子」の違い第2回:どんな運動も“細かく分解”できる。子どもの運動能力を高めるために親ができること第3回:「跳べた!」という強烈な体験が自己肯定感を押し上げる。“プロ直伝”縄跳び練習方法第4回:子どもが泳げるようになる魔法の言葉。酸素を浪費する「バタ足信仰」は捨てるべし【プロフィール】西薗一也(にしぞの・かずや)東京都出身。株式会社ボディアシスト取締役。スポーツひろば代表。一般社団法人子ども運動指導技能協会理事。日本体育大学卒業後、一般企業を経て家庭教師型体育指導のスポーツひろばを設立。運動が苦手な子どもを対象にした体育の家庭教師の事業をはじめとして、子ども専用の運動教室の開設や発達障害児向けの運動プログラムの開発など、新たな体育指導法の普及に幅広く取り組む。著書に『発達障害の子どものための体育の苦手を解決する本』(草思社)がある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月29日小学校の体育での定番の運動というと、「縄跳び」が挙げられます。縄を回して跳ぶだけ――。大人からすればごく単純な運動に思えますが、縄跳びが苦手だという子どもは意外なほど多いといいます。その苦手意識をきっかけに運動自体を敬遠するようにさせないためにも、人並みに縄跳びができる子どもにしてあげたいものです。そのための方法を、運動が苦手な子どもを対象にした体育指導のプロフェッショナルである西薗一也さんに教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)基本の前跳びが1回もできないという子どもも珍しくないそもそも、なぜ小学校の体育で縄跳びをよくやらせるのかというと、まずは縄跳びが全身運動だということが挙げられます。体全体の筋肉を使う縄跳びはバランス良く全身を発達させることができるわけです。また、片脚跳びや二重跳び、腕を交差させるあや跳びなどとなると、かなり細かい体の動作が要求されますから、小さい子どもが体の使い方を学ぶにも最適な運動でもあるのです。加えて、単純に手っ取り早く体を温められるということもあるでしょう。体育の授業で縄跳びをやるのは基本的に冬ですよね?暑さの厳しい夏にはまずやりません。代わりに鉄棒を冬にやらせるとしたらどうですか?そもそも鉄棒自体が冷たいうえに、順番を待つ子どもは凍えながら待機しなければなりません。一方、縄跳びなら全員が一斉にはじめられて、すぐに体も温まる。縄跳びをすることには冬場のウォーミングアップという意味もあるのです。それだけ定番の運動であるにもかかわらず、なかには基本の前跳びすらもまともにできないという子どもも少なくありません。それは、やはり授業できちんと跳び方を指導しないからでしょう。インターネットなどで調べてみても、たとえば二重跳びの上達方法といった記事や動画はいくらでも見つかります。でも、「前跳びで1回跳ぶ」ための方法を解説するような情報はどこにもないのです。誰も教えてくれないうえに、自分で学ぶこともできないのですから、前跳びができない子どもはずっとできないままということになります。そんなものに対して向上心が湧くわけもありません。でも、1回でも跳ぶことができれば、その子どもの縄跳びに対する認識は大きく変わります。その1回が成功体験となって自己肯定感を高め、どんどん新たな挑戦していくようになるでしょう。そうさせるためにも、子どもが「前跳びで1回跳ぶ」ための方法を僕は研究してきました。縄跳びが苦手な子どもが少なくない理由とは?まずは、その前提にある話をしましょう。発達段階の途中にある子どもは、まだ自分の力の出力をうまくコントロールできません。「ゼロか100か」というような力の使い方しかできないことが子どもにはよくあるのです。よく見られるパターンが、必要以上に大きく膝を曲げて高くジャンプをするという跳び方。この跳び方を体重の重い大人が続ければ、すぐにバテてしまうでしょう。でも、縄の太さが5ミリだとすれば、縄跳びに必要なジャンプの高さは6ミリで十分です。そういう跳び方を教えてあげる必要があるのです。また、子どもによっては「発達性協調運動障害」という障害を持っているケースもあります。「協調運動」とは、ごく簡単にいうと手脚で別の動きをするという運動のこと。つまり、発達性協調運動障害の子どもは、手脚をバラバラに動かすことがとても苦手なのです。なぜこんなことが起きるのかというと、赤ちゃんのときの反射が残っているからです。赤ちゃんは手を開けば足も連動して開きます。これは「原始反射」と呼ばれるもので、反射ですから自らの意志でそうしようとしているわけではありません。でも、本来は成長するにつれてその反射が減っていき、協調運動ができるようになります。ところが、病気などで幼児期に運動ができなかったというような場合、原始反射が残ってしまうことがあるのです。では、縄跳びの動きとはどういうものでしょうか。ふつう、ジャンプをするときには手を後ろに引いて膝をぐっと曲げ、手を上に振り上げながら跳び上がりますよね?それが自然な動作です。でも、縄跳びのときはどうかというと、通常のジャンプとは真逆で、手を下に振り下ろしながら飛び上がらないといけません。じつは、縄跳びにはかなり高度な協調運動が必要とされるのです。一つひとつ段階を追って縄跳びの動作を体に染み込ませる自分の力の出力をうまくコントロールできないうえに、なかには協調運動が苦手な子どももいる――。そう考えれば、一つひとつの段階を追ってじっくりと縄跳びの動作を体に染み込ませてあげるしかありません。そもそも、最初から縄を飛ぼうとするからできないのです。であるならば、まずはジャンプをせずに縄を回すことから練習すればいい。まだ力の出力をうまくコントロールできない子どもに多く見られるのは、縄を床にたたきつけるような回し方です。それでは、縄が高く跳ね上がりますから、縄が足に引っかかる可能性が高まります。そうではなく、自分のつま先にゆっくりと縄をあてることからやらせてみてください。そして、今度は先にお伝えしたように「6ミリのジャンプ」を教えてあげる。もちろん、最初は縄を飛び越える必要はありません。つま先に縄があたったらゆっくり6ミリのジャンプ。今度はつま先に縄があたった瞬間、その次は床に縄があたった瞬間というふうに、徐々に正しいタイミングでジャンプができるように誘導してください。そして、それらの過程で何度も褒めてあげてほしい。縄を優しくゆっくり回すことができれば褒める、つま先に縄があたったときに6ミリのジャンプができれば褒めるという具合です。そのうち偶然でも、はじめてきちんと跳べる瞬間が訪れるはずです。そのときは、それこそ褒めちぎってください。その強烈な印象が子どもにとっては成功体験になるわけですからね。逆に焦らせるような言動は絶対に避けましょう。「前跳びなんてできてあたりまえ」などと考え、鼓舞するつもりで「なんでできないの!」なんて言葉を子どもにかけることはご法度です。その言葉が、子どもの向上心を奪ってしまうことになるでしょう。また、焦らせることも禁物です。僕のような立場の人間なら、限られた指導時間でなるべく早く成果を出す方法も知っていますし、そうすることを求められます。ですが、つねに子どもといる親がそうしようとする必要はないのです。ゆっくりじっくりと時間をかけて、子どもが一つひとつステップを上がっていくたびに褒めてあげてください。そうやって成功体験を積み重ねていくことが大切です。『『うんどうの絵本 全4巻セット(ボールなげ・かけっこ・すいえい・なわとび)』』西薗一也 著/あかね書房(2015)■スポーツひろば代表・西薗一也さん インタビュー一覧第1回:運動神経は成功体験で伸びる!運動が「得意な子」と「苦手な子」の違い第2回:どんな運動も“細かく分解”できる。子どもの運動能力を高めるために親ができること第3回:「跳べた!」という強烈な体験が自己肯定感を押し上げる。“プロ直伝”縄跳び練習方法第4回:子どもが泳げるようになる魔法の言葉。酸素を浪費する「バタ足信仰」は捨てるべし(※近日公開)【プロフィール】西薗一也(にしぞの・かずや)東京都出身。株式会社ボディアシスト取締役。スポーツひろば代表。一般社団法人子ども運動指導技能協会理事。日本体育大学卒業後、一般企業を経て家庭教師型体育指導のスポーツひろばを設立。運動が苦手な子どもを対象にした体育の家庭教師の事業をはじめとして、子ども専用の運動教室の開設や発達障害児向けの運動プログラムの開発など、新たな体育指導法の普及に幅広く取り組む。著書に『発達障害の子どものための体育の苦手を解決する本』(草思社)がある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月28日運動が苦手だという人が抱える悩みやコンプレックスは、運動が得意な人には想像もできないほど深いものです。自分の子どもが運動を苦手としているなら、「なんとかしてあげたい」と思うのが親心でしょう。ただ、親自身も運動が苦手だという場合、子どもに運動のコツを教えるのは簡単ではありません。そこで、アドバイスをもらったのは「スポーツひろば」代表の西薗一也さん。運動が苦手な子どもを対象にした体育指導のプロフェッショナルは、「まずは子どもと『できない』ことを共有してほしい」と語ります。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)「運動が苦手な子どもを救いたい」という思い僕がいまの仕事をするようになった理由のひとつとして、弟がいたことが挙げられます。僕自身がもともと「お兄ちゃん気質」なのです。また、高校を卒業したタイミングで、出身中学のバスケットボール部の監督になった経験も大きかった。後輩を指導していくなかで、体育教師になるという目標が定まっていったのです。でも、日本体育大学在学中の教育実習直前に父親が倒れてしまった……。当時はすでに母親が亡くなっていましたから、教育実習はキャンセルせざるを得ませんでした。幸い父親は一命をとりとめたのですが、教員免許を取れないまま卒業して、一時は一般企業に就職しました。その父親も亡くなって、日常的に世話をする必要がなくなったとき、あらためて「自分の夢はなんだったのか」と考えた。もちろん、それは体育の先生です。そこで、「教員免許がないのなら民間でやろう」といまの事業を立ち上げたわけです。ただ、当初から運動が苦手な子どもを対象に考えていたわけではありません。もともとは、運動が得意な子どもにもっと幅広い運動を経験させることで運動能力の底上げをするような事業を考えていました。ところが、いざ体育の家庭教師事業をはじめてみると、依頼のほとんどが運動を苦手としている子どもの親からのものだったのです。そういう子どもというのは自己肯定感がすごく低いし、なかには運動が苦手なことでいじめに遭ったり不登校になったりしている子どももいました。僕自身は、運動で人生を変えることができたと思っている人間です。ぽっちゃり体形で運動が苦手だったのに、バスケットボールに全力で打ち込むことで体形も性格も変わり、スポーツ推薦で高校に進学することができた。そして、最終的には体育の先生になることもできました(第1回インタビュー参照)。その経験があるからこそ、運動が苦手で悩んでいる子どもたちをどうにか救ってあげたいと思い、現在の方向に事業をシフトさせたのです。子どもだけにやらせるのではなく親も一緒に運動をする依頼者である親の願いはなかなか切実です。「うちの子は運動が本当に苦手で……」という認識を持ちながら、「せめて平均的に運動ができるようになってほしい」と思っている。もちろん、なかには親自身も運動を苦手としているというケースも珍しくありません。子どもに運動を得意になってほしいと願いながら、自分自身も運動が苦手だという親の場合であれば、まずは「子どもと一緒に運動をしてみる」ことをおすすめします。わたしの指導理念は、「褒めて伸ばす」ことが基本です。ところが、運動が苦手な親の場合だと、子どものどこを褒めていいのかがわからないのです。サッカーでゴールを決めたというようなわかりやすい「褒めポイント」があれば問題はありませんが、速く走るために子どもがいくら頑張って練習をしていても、どこがいいのか悪いのかということはそうはわかりませんよね。そうであるならば、まずは「子どもと一緒に学ぶ」ということを大切にしてください。そこで意識してほしいのは、どんな運動にもクリアしていくべき「段階」があるということ。この意識が学校の体育の授業にも欠けているように思うのです。算数の場合であれば、1年生で足し算と引き算を勉強して2年生になると掛け算、3年生は割り算というふうに、前に学んだことを生かして段階を踏んで勉強していきます。でも、体育となるとどうでしょうか?ドッジボールをやるときに、事前にボールの投げ方や受け方をしっかり教えてもらったという経験がある人はほとんどいないはずです。なにも学んでいないのに、突然「ドッジボールをやろう」と現場に放り込まれる。そういう状況では、運動が苦手な子どもはうまくプレーできるわけがないのですから、ますます運動を毛嫌いするようになっていきます。大人だからこそつかめるポイントを子どもに教えるボールをきちんと投げるという運動を細かく分解してみると、体重移動や腰の回転、手首の返しなど、本当にさまざまな動作によって構成されています。もちろん、これらの動作や段階を親が事前に勉強しなければならないというわけではありません。親が子どもと一緒に運動をしてみて、自らが学ぶことが大切なのです。親子そろって運動が苦手なら、まずは「できない」ということを共有し、共感してあげる。親だって苦手なことがあっていいし、それがふつうなのです。すると子どもは、「お父さんもできないんだ」と思う。それこそが、安心感を生んでいくことになる。運動が苦手な子どものなかにあるのは、「失敗したくない」という気持ちです。でも、「お父さんだってできない」「失敗してもいいんだ」と思って安心感を得られれば、練習を何度繰り返してもいいと思えるようになる。また、大人であれば、子どもが気づかないような運動のポイントに気づくこともあります。先に挙げたように細かい動作に分解して考えるような必要はないにしても、親自身が子どもと一緒に運動をするなかで「たまたまうまくいった」というとき、大人なら「いまのはなにがよかったのか」というポイントが見えるわけです。そのように、自らの体験を通じて学んだことを子どもに教えてあげればいい。「お父さんはむかしはできたからやらなくていいんだ」なんていって自分は子どもの動きだけを見ているだけでは、うまくいったポイントをつかむことはなかなかできません。繰り返しになりますが、子どもの運動能力を高めてあげたければ、まずは親が子どもと一緒に運動をしてみること。わたしのような第三者の力を借りることがあってもいいと思いますが、親ができる最良の方法を実践してみてください。『『うんどうの絵本 全4巻セット(ボールなげ・かけっこ・すいえい・なわとび)』』西薗一也 著/あかね書房(2015)■スポーツひろば代表・西薗一也さん インタビュー一覧第1回:運動神経は成功体験で伸びる!運動が「得意な子」と「苦手な子」の違い第2回:どんな運動も“細かく分解”できる。子どもの運動能力を高めるために親ができること第3回:「跳べた!」という強烈な体験が自己肯定感を押し上げる。“プロ直伝”縄跳び練習方法(※近日公開)第4回:子どもが泳げるようになる魔法の言葉。酸素を浪費する「バタ足信仰」は捨てるべし(※近日公開)【プロフィール】西薗一也(にしぞの・かずや)東京都出身。株式会社ボディアシスト取締役。スポーツひろば代表。一般社団法人子ども運動指導技能協会理事。日本体育大学卒業後、一般企業を経て家庭教師型体育指導のスポーツひろばを設立。運動が苦手な子どもを対象にした体育の家庭教師の事業をはじめとして、子ども専用の運動教室の開設や発達障害児向けの運動プログラムの開発など、新たな体育指導法の普及に幅広く取り組む。著書に『発達障害の子どものための体育の苦手を解決する本』(草思社)がある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月27日全国的なスポーツの大会で好成績を残すほどではなくとも、子どもには「せめて平均的な運動能力を身につけてほしい」と願うものです。お話を聞いたのは「スポーツひろば」代表の西薗一也さん。運動が苦手な子どもたちを対象にした体育の運動教室を営んでいます。そもそも、運動が得意な子どもと苦手な子どもにはどんなちがいがあるのでしょうか。そんなことから聞いてみました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)運動神経がいい子どもはいつでも「全力」を出すよく知られている話でもありますが、「運動神経」という神経は存在しません。でも、「運動神経がいい、鈍い」といった言葉は頻繁に使われます。では、「運動神経がいい、鈍い」といわれる子どもたちには、どこにちがいがあるのでしょうか。結局のところ、「運動が好きかどうか」だと僕は考えています。ですが、自分自身が子どもの頃を思い出してみれば、クラスにひとりやふたりはスポーツ万能の友だちがいたはずです。「好きかどうかでは埋まらないような差だった」と思う人もいるでしょう。でも、そんな子どもでさえも、運動が好きだったということに過ぎないと僕は思っています。そんな子どもが他の子どもとなにがちがうかというと、運動自体が好きな子どもの場合、「いつでも全力を出す」のです。たとえば足が速い子どもというのは、「いちばんになって気持ちが良かった」という成功体験をまた味わいたいがために全力で走るもの。一方、成功体験がない子どもは、「自分なんてこんなものだろう」というふうに、どこかで力を抜いているのです。その意識の差が、何度も走るうちにトレーニングの負荷のちがいとなって足の速さの差をさらに広げることになるわけです。しかも、走るという行為は運動の基本です。走ることで鍛えられる筋肉は、幅跳びなどに使われる筋肉でもあります。すると、全力で走る子どもは跳躍力も上がっていく。また、速く走れるようになるということは、体全体を大きく使えるようになるということにもつながります。そうして、いわゆるスポーツ万能といわれるような子どもになっていくのです。運動が苦手でぽっちゃり体形だった子どもがスポーツ推薦!?もちろん、子どもの運動能力の差には遺伝的な要素も影響しています。でも、プロのアスリートを目指すというのなら話は変わってきますが、平均的な運動能力を身につけるという観点で見れば、その影響はみなさんが思っているほど大きいものではありません。事実、僕の両親も運動はまったく得意ではありませんでしたし、僕自身もそうでした。小学生までの僕はぽっちゃり体形の泣き虫の子ども……。いまでも運動センスがあるかというと、ないほうだと思います。それを、運動が好きだということと努力でカバーしてきたのです。僕が変わるきっかけになったのは、小学6年の頃に読んだバスケットボール漫画『スラムダンク』でした。それ以前は『キャプテン翼』がはやっていて、みんなサッカーに夢中だった。ただ、なかなか点が入らないサッカーでは、僕のような運動が得意でない子どもは簡単にはヒーローになれません。でも、得点が多いバスケットボールなら僕にだって目立てるチャンスがある。そうして、中学生になるとバスケットボール部に所属したのです。1年生のときはまず体力づくりからで、とにかく走らされました……。すると、小学生のときまでのぽっちゃり体形がウソのように痩せた。しかも、もともと運動が苦手だったこともあるのか、まわりの誰よりも運動能力の伸びが大きく、成長速度が速かったのです。そのうち、顧問の先生から「そのまま練習すれば、ダンクシュートもできるようになるよ」といわれました。その言葉が僕の頭に強烈に刻まれ、ジャンプをするときにはそれまで以上に全力で跳ぶようになりました。すると、中学3年のときに本当にダンクシュートができるようになったのです。僕の身長は180センチですから、バスケットボール選手としては大きいほうではありません。それでもつねに全力を出してダンクシュートができるような跳躍力を身につけたことで、高校にはバスケットボール推薦で入学することになりました。小学校のときの同級生に会うと、いまでも「西薗ってそんなキャラだったっけ?」といわれます。僕は、運動によって体形だけでなく、泣き虫でどこか控えめだった性格まで変わった。いわば、人格すらも変える力が運動の成功体験にはあるのです。いまは遊びを通じて運動能力を獲得しづらい時代残念ながら、いまの子どもたちには僕のように自分を変えるような体験をするケースが減っているように思います。その理由を説明するために、ちょっと衝撃的な数字を紹介しましょう。これを読んでいる親御さんも小学生のときに体力テストを経験したはずです。そのなかの「ソフトボール投げ」の平均記録を見てみると、ほんの20年くらいのあいだになんと7メートルほども数字が落ちているのです。その要因を僕なりに考えてみると、いまの子どもたちが体を動かす遊びをあまりしていないということにいき着きます。むかしはいまのように娯楽があふれていたわけではありません。だから子どもたちは、学校のグラウンドや公園を走り回り、木に登り、野球やサッカーなどのスポーツをする、あるいはベーゴマ、メンコといったもので遊んでいました。そういう遊びを通じて、子どもは基礎的な体力をつけ、体のメカニズムをうまく利用した体の動かし方も身につけたわけです。メンコ遊びをするには、指先に体重をしっかり乗せて下に向けてたたきつけなければなりません。ベーゴマを回すには、手首のスナップといったかなり高度な運動が求められます。それらができなければ子どもは遊びの輪に入れないのですから、それこそ必死に練習をする。そうして、自然と運動能力を高めていったのです。でも、いまはというと、公園では野球などの球技は禁止されていますし、ベーゴマも「現代版ベーゴマ」といえるような、誰でも簡単に回せるものになりました。また、遊びの輪に入ろうと思えば、ゲーム機を親に買ってもらうだけ済んでしまう。そのなかで頑張ることというと、いかにお金をかけるかというだけです。僕自身もゲームは大好きですが、子どもたちのためになっているかというと、そこは否定せざるを得ません。一方で、子育てに関しては「習い事至上主義」ともいえる状況ですから、野球やサッカーのチームに所属している子どももいます。すると、チームに所属していて運動ができる子どもはどんどんできるようになり、そうではない子どもとの格差が開いていく。これが、子どもの運動能力をめぐる現状といえます。でも、僕自身がそうであったように、とくに運動が苦手だと思い込んでいるような子どもたちには運動を通じて自分自身が変わるという体験をしてほしい。子どもたちが遊びを通じて日常的に運動ができるという時代ではないのですから、それこそ親のリードやサポートの重要性が増しているように思います。『『うんどうの絵本 全4巻セット(ボールなげ・かけっこ・すいえい・なわとび)』』西薗一也 著/あかね書房(2015)■スポーツひろば代表・西薗一也さん インタビュー一覧第1回:運動神経は成功体験で伸びる!運動が「得意な子」と「苦手な子」の違い第2回:どんな運動も“細かく分解”できる。子どもの運動能力を高めるために親ができること(※近日公開)第3回:「跳べた!」という強烈な体験が自己肯定感を押し上げる。“プロ直伝”縄跳び練習方法(※近日公開)第4回:子どもが泳げるようになる魔法の言葉。酸素を浪費する「バタ足信仰」は捨てるべし(※近日公開)【プロフィール】西薗一也(にしぞの・かずや)東京都出身。株式会社ボディアシスト取締役。スポーツひろば代表。一般社団法人子ども運動指導技能協会理事。日本体育大学卒業後、一般企業を経て家庭教師型体育指導のスポーツひろばを設立。運動が苦手な子どもを対象にした体育の家庭教師の事業をはじめとして、子ども専用の運動教室の開設や発達障害児向けの運動プログラムの開発など、新たな体育指導法の普及に幅広く取り組む。著書に『発達障害の子どものための体育の苦手を解決する本』(草思社)がある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月26日「思う存分、子どもを遊ばせられない」と、いまの禁止事項だらけの公園に不満を抱いている親もいるかもしれません。でも、親自身も子どもに禁止事項を押し付けているということはないでしょうか。そのことが子どもに与える悪影響を心配するのは、子どもたちの自由な遊び場である「プレーパーク」のエキスパート・嶋村仁志さん。果たして、その悪影響とはどんなものでしょうか。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人子どもはもっと「聞き分けが悪く」てもいいさまざまなところで指摘されていることでもありますが、いまの公園はとにかく禁止事項のオンパレードです。ただ、それは管理責任が過度に追及されがちな社会の風潮やクレームの多さが背景にあるので、単純に行政を責めるわけにはいかないものです。その一方で、かつては、他人に迷惑をかけるようなことや危険なことを「やらかしてしまった」子どもがいて、「さすがにそれは駄目だろう」ということで禁止看板ができたのだと思いますが、いまは誰かがなにかをするまえから禁止看板が立っているので、経緯を知らない子どもは禁止事項に無条件に従っていることの方が多いように思います。そんな時代にあっても、子どもこそ、自分の内から湧き出る欲求というか、勝手に体が動いてしまうようなことをもっと大事にしていいと思うのです。もちろん、大きな事故につながるような危険は避けなければなりませんが、子どもなら子どもらしく、もっと「聞き分けが悪く」なってもいいんじゃないかとも思いますね。聞き分けが悪くなるというのは、ある意味では自立の証です。子どもが大人に向かって正しく成長する過程では必ず反抗期を迎えます。それは、親に守られながらも、その大きな存在から離れ、自分の人生を歩みだそうとしていることの表れなのです。トラブルから子どもが学べることもあるそういう禁止事項を素直に子どもたちが守っていることには、もちろん、大人の姿勢も大きくかかわっているのでしょう。いまは、子どもにとって危険だからとか、倫理的に許されないことだからということ以上に、「トラブルを招いてしまいそうだから」という理由で子どもたちの先回りをしてしまうことが多いように感じます。最近では、幼い子どもたちが水鉄砲で遊ぶとき、「お友だちに水をかけちゃ駄目よ。誰もいない方向に向けてやりなさい」という声が聞こえてくることもあります。本来であれば、友だちと水を掛け合うことが最大の楽しみでもある水鉄砲ですが、大人同士の関係が緊張しているほど、それが子ども同士の遊びにも大きく影響してしまうのです。もちろん、なにかの理由があって濡れたくないという子どももいるかもしれません。でも、少し乱暴ないい方かもしれませんが、それはやってみて相手が嫌がってはじめて本当の意味でわかることでもある。そういう実感があって、「悪いことをしちゃった」「気をつけなきゃ」「謝ろう」と心から思うものであるはずです。一方、濡れたくないのに水をかけられてしまった子どもにとっても、「嫌だ!」と主張できる機会はとても大事なものではないでしょうか。最初からその可能性を取り除いてしまうと、自分の心の底から「嫌だ」と思うチャンスがなくなってしまいます。そう思えたのなら、自分が「嫌だ」と思ったことをちゃんと表現して的確に相手に伝える、あるいは「嫌だ」と思った心をコントロールするということも学べるでしょう。そういうことも成長過程においては重要だと思うのです。遊びというのは、子どもたちそれぞれの「やりたい!」という気持ちが本心から出るところです。もちろん、それらがぶつかってトラブルを招くこともあるでしょう。でも、そのトラブルがあるからこそ、子どもたちはたくさんのことを自然に学び、育っていくのです。写真提供:嶋村仁志言葉で言い聞かせるだけではレジリエンスは身につかないもし、子どもにとってトラブルになりそうな芽をすべて親が摘み取ってしまうとどうなるでしょうか。そもそも、一切のトラブルなく人生を歩むことは、どんな人間にも絶対に不可能です。そうすると、その子どもは大人になって親元を離れてはじめてトラブルに接することになる。それでは、トラブルにまともに対処できるはずもありません。人生において何度となく降りかかるトラブルに対処するには、そうできる「心」が必要です。それは、最近は「レジリエンス」という言葉で表現され、一般的に「回復力」「復元力」というふうに訳されますが、もっとわかりやすくいえば「折れにくい心」です。わたしがかかわっているIPA(International Play Association)という国際NGOの大会でも必ず出てくる言葉で、それだけ世界的な注目度が増しているのでしょう。ただ、なぜレジリエンスがそれほど注目されるようになったかといえば、単純にいまの子どもたちがレジリエンスを身につける機会が大きく失われてきているからなのではないでしょうか。そして、その原因は、子どもが遊ぶ機会、時間が激減したことにあるのではないかとわたしは考えています。いくら子どもたちにとってレジリエンスが重要だといっても、「うまくいかなくても、また頑張らないといけないよ」と言葉でいい聞かせるだけでレジリエンスが育つわけもありません。だからといって、限られた子どもだけが、用意されたコミュニケーションのワークショップやプログラムで学ぶものでもないと思うのです。やはり、日々の生活のなかで豊かに遊べる機会をつくり出すしかないと思うのです。自分がやりたいことを目いっぱいやって失敗した。でも、やりたいことなのですから、子どもはあきらめずに再び立ち上がって挑戦するはずです。遊びのなかで子どもは勝手にレジリエンスを身につけていくのですから、親からすればこんなに楽なことはないのではないでしょうか。『子どもの放課後にかかわる人のQ&A50 子どもの力になるプレイワーク実践』嶋村仁志 他 著/学文社(2017)■ TOKYO PLAY代表理事・嶋村仁志さん インタビュー一覧第1回:「本当に自由に」試行錯誤する機会を子どもたちに――“本気の遊び場”プレーパーク第2回:危険にも種類がある。挑戦が達成感に変わる「リスク」と「ハザード」はどう違うのか?第3回:火を使う、泥だらけになる、びしょ濡れになる。子どもたちの自由な発想と独創的な遊び方第4回:やりたいことを目いっぱいやって失敗した。その経験が「折れない心」を育てる【プロフィール】嶋村仁志(しまむら・ひとし)1968年8月6日生まれ、東京都出身。子ども時代は野球と自転車と缶けりざんまいの日々を送る。英国・リーズ・メトロポリタン大学社会健康学部プレイワーク学科高等教育課程修了。1996年に羽根木プレーパークの常駐プレーリーダー職に就いて以降、プレイワーカーとして川崎市子ども夢パーク、プレーパークむさしのなど各地の冒険遊び場のスタッフを歴任。その後フリーランスとなり、国内外の冒険遊び場づくりをサポートしながら、研修や講演会をおこなう。2010年、「すべての子どもが豊かに遊べる東京」をコンセプトにTOKYO PLAYを設立。2005年から2011年までIPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)東アジア・太平洋地域副代表を務め、現在はTOKYO PLAY代表理事、日本冒険遊び場づくり協会理事、大妻女子大学非常勤講師。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月22日一般的な公園とはちがって、「禁止事項は基本的になし!」というプレーパーク。それだけに、未経験者からすれば、「子どもたちが実際にどんな遊びをしているのか」ということが気になるのではないでしょうか。お話を聞いたのはプレーパークのエキスパート・嶋村仁志さん。20年以上にわたってプレーパークにかかわってきた嶋村さんは、子どもたちの自由な発想が弾ける独創的な遊びをいくつも目撃してきました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人他の子どもの遊び方を見ているだけでもいいプレーパークというと、基本的には一般的な遊具は少ないものですが、それでも、ブランコやすべり台などの遊具を設置しているところもあります。というのも、はじめて遊びに来た子どもからすれば、なじみがある遊具があれば、それだけすんなりと遊びはじめることができるからです。いわば、自由な遊びへの「入り口」として設置しているわけです。そうしてブランコやすべり台で遊んでいるなかで、他の子どもたちの遊びを観察することになるでしょう。見たこともない遊びなら、当然、好奇心がくすぐられることになる。そうして未経験の遊びの世界へ進んでいくのです。また、すべり台で遊ぶにも、プレーパークに何度も通っているような子どもなら、普通の使い方ではないオリジナルの遊び方をしているという子どももいます。それを見てすぐに真似をする子どももいれば、後日、友だちを連れて来て、さも自分が考えたかのように「面白い遊び方があるんだぜ」なんていって遊ぶ子どももいますね(笑)。そういうふうに、年齢や経験がちがう子どもたちが集うところがプレーパークの面白いところです。ちっちゃい子どもたちからすれば、年上のお兄さんやお姉さんの遊び方はそれこそアイデアの宝庫のような存在ですから、そういう年上の子どもの遊び方をずっと観察しているような子どももいますよ。それはそれで、その子どもにとってはなにかを学んでいる、考えている瞬間ですから、なにも元気良く走り回っていることばかりがいい遊びというわけでもないのです。プレーパークならではの火を使った遊びそれから、プレーパークの特徴として大きいのは「火を使える」ということ。もちろん、そのことが遊びにも大きな影響を与えます。火の扱いに慣れている子どもの場合、最初の着火するところからやりたいという気持ちが強いものです。やっぱり、火というのは人間の本能を刺激するのでしょうね。ただ、プレーパークにはいわゆる「チャッカマン」などのライターは置いていません。使うのはマッチと新聞紙です。ですから、それなりの熟練が求められます。最初はうまく火をつけられなかったのに、子どもたちは徐々にコツをつかんでいく。そういう自分の成長を感じること、そして火というものを自分でコントロールできているということ、それらが子どもを夢中にさせるのです。でも、火を使えるといってもバーベキュー場ではありませんから、たき火ができるのはせいぜい2カ所くらい。ですから、親も含めて見ず知らずの人たちが同じ火のまわりに集うことになります。そうすると、マシュマロを焼いていた子どもが他の子どもにもマシュマロをわけてあげたり、親同士で互いにお裾分けをしたりということがはじまります。そういうふうに持ち寄りの文化を大切にしているというのもプレーパークの特徴といえますね。それから、小学生も高学年くらいの子どもになると、なかなか高度な遊びもしています。たとえば、「鍛冶屋遊び」がそう。火に入れて真っ赤になった釘を金づちで打ってなにかをつくろうというわけです。他には「キラビー」というものをつくる子どももいます。ビー玉を熱してから水に入れて急激に冷やすと無数の細かいヒビが入ってキラキラと輝くようになります。キラキラのビー玉だからキラビーというわけですね。子どもたちの独創的な遊びの数々大人には考えつかないような遊びに興じる子どももたくさんいます。ついこのあいだ、衝撃を受けたのは小学2年生の子ども。なにをしていたかというと、自転車に乗ってわざとうまく倒れるという遊びです。しかも、「けがをせずになるべく格好良くこけたい」という。いわば「スタントマンごっこ」ですね。「どうすればいい?」と聞かれましたが、さすがにまともなアドバイスをするのは難しいですよね。それから、地面を掘っていた子どもになにをしているのかと聞くと、彼の答えは「温泉を掘りあてるんだ」。ずいぶん大きく出ましたよね。しかも、それだけでは終わりません。掘る手を止めて「設計図、書くわ」というと、「ここが大浴場で……」「料金は大人1500円、いや2000円で……」と、つぶやいていました(笑)。秘密基地づくりはいまもむかしと変わらず人気です。基地だけに、もちろんボスがいます。そのボスになった子どもは、普段は口が悪いといったことはまったくないのに、ボスになった途端に口調が変わるのです。プレーリーダーに向かって「しょうがねえな、おまえもあとからうちに来いよ」なんていっていましたよ(笑)。子どもってほんとうに面白いですよね。他にも「化石を探している」という子どもにその辺で拾った石を見せて、「隊長、これはなんでしょう?」と聞くと、「これはトリケラトプスの化石ですね」と秀才キャラっぽい口調で答えるなど、「ごっこ遊び」に天才的な才能を発揮する子どもたちも多くいます。とにかく肩肘張らずに楽しむここまで紹介してきたように、プレーパークでの遊び方は子どもの意志が赴くままにどんどん広がります。子どもが水を使って遊びたいとなったらびしょ濡れになりますし、泥を使って遊びたいとなったら泥だらけになるでしょう。ですから、プレーパークのビギナーのみなさんには、子どもの着替えを少なくとも2着は用意しておくことをおすすめしたいですね(笑)。親自身も1着分の着替えは用意したほうがいいかもしれません。子どもが「一緒に遊ぼう!」と誘ってくれることもあるでしょう。そのときに、「服を汚せないから」とちゅうちょしてはもったいないですから。そして、成長が早い子どもは、あっという間に「一緒に遊ぼう!」なんて言ってくれなくなってしまいます……。とにかく肩肘張ることなく気軽に行ってみてください。たしかに、プレーパークでの遊びは子どもに多くのものをもたらしてくれるでしょうけれども、それらは遊びのなかで自然に身につけていくものです。ですので、「子どもに○○力を身につけさせよう」などと考えずに、ただただ子どもがプレーパークという場所でどんな発見をしてどんな遊びをするのか、それを楽しんでもらいたいと思います。『子どもの放課後にかかわる人のQ&A50 子どもの力になるプレイワーク実践』嶋村仁志 他 著/学文社(2017)■ TOKYO PLAY代表理事・嶋村仁志さん インタビュー一覧第1回:「本当に自由に」試行錯誤する機会を子どもたちに――“本気の遊び場”プレーパーク第2回:危険にも種類がある。挑戦が達成感に変わる「リスク」と「ハザード」はどう違うのか?第3回:火を使う、泥だらけになる、びしょ濡れになる。子どもたちの自由な発想と独創的な遊び方第4回:やりたいことを目いっぱいやって失敗した。その経験が「折れない心」を育てる※近日公開【プロフィール】嶋村仁志(しまむら・ひとし)1968年8月6日生まれ、東京都出身。子ども時代は野球と自転車と缶けりざんまいの日々を送る。英国・リーズ・メトロポリタン大学社会健康学部プレイワーク学科高等教育課程修了。1996年に羽根木プレーパークの常駐プレーリーダー職に就いて以降、プレイワーカーとして川崎市子ども夢パーク、プレーパークむさしのなど各地の冒険遊び場のスタッフを歴任。その後フリーランスとなり、国内外の冒険遊び場づくりをサポートしながら、研修や講演会をおこなう。2010年、「すべての子どもが豊かに遊べる東京」をコンセプトにTOKYO PLAYを設立。2005年から2011年までIPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)東アジア・太平洋地域副代表を務め、現在はTOKYO PLAY代表理事、日本冒険遊び場づくり協会理事、大妻女子大学非常勤講師。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月21日ヨーロッパで生まれ、日本でも広まりつつある「プレーパーク」。禁止事項だらけの一般的な公園とちがって「子どもたちの自由な遊び場」であるだけに、事故やトラブルから子どもを守る人間が欠かせません。その存在が、「プレーリーダー」です。「すべての子どもが豊かに遊べる東京」をコンセプトに東京でさまざまな「遊び」を仕掛けている一般社団法人TOKYO PLAYの代表理事であり、プレーパークのエキスパートでもある嶋村仁志さんに、プレーリーダーの役割を教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人さまざまなバックボーンを持つプレーリーダープレーリーダーには、学校の教員のように決まった採用試験があるわけではありません。そのため、子どもの自由な遊びや居場所づくり、住民参加のまちづくりといったものに関心を持っているという共通項はあっても、その背景は人それぞれ。たとえば教育や福祉、保育、まちづくり、社会的企業など、さまざまなバックボーンを持つ人たちが集まってきます。また、真夏でも真冬でも屋外で過ごすことや、子どもたちと走り回ったり建築作業をしたりすることもあって、比較的若い世代の人が多いのも特徴です。ただ、保護者支援や児童福祉、地域におけるさまざまな関係調整にも深くかかわることから、最近ではもっと上の世代のプレーリーダーも増えていますね。そんなプレーリーダーにとってまず重要となるのは、「子どもとのかかわり方」といえます。というのも、プレーパークというものが、「子ども」がそれぞれの興味関心に従って「子ども」が自由に遊ぶための場所であり、つねに「子どもが中心」にあるからです。それぞれの子どもに合わせてかかわり方を変えるそのかかわり方というと、それこそさまざまとしかいえません。「こんなことをやってみたい」という子どもに必要な道具を貸すこともあれば、ふつうの公園とちがって自由度が高いがゆえに遊び方自体がわからないような子どもには遊びの見本を示すということもあります。もちろん、「こんなふうに遊びなさい」というような見せ方ではありません。自分で遊びをコントロールできることが子どもにとってはいちばん面白いに決まっているのですから、「あ、そんなふうに遊んでもいいんだ!」と子どもに気づかせるような見せ方をするのです。そうして子どもが遊ぶきっかけをつくれたら、気づいたときにはいなくなっている――。そういう在り方がプレーリーダーには大切です。イメージとしては、ときには前に出ることもあるけれど、子どもからは直接見えない少し後ろに控えている感じでしょうか。そもそも、子どもが自由に遊ぶというときに、プレーリーダーも含めて大人はかかわり過ぎるべきではありません。「この子は自分で遊べる」と思う子どもには、まず任せるというかかわり方をします。そういう意味では、それぞれの子どもをよく観察する必要があります。いってみれば、風邪をひいている子どもに対するお医者さんの見立てのようなものかもしれませんね。「温かくして寝ていればいいよ」という子どもには、とくになにもする必要はないのです。でも、「薬を出したほうがいいな」という子どもにはなんらかの助け舟を出す、という具合です。一方で、保護者とのかかわりもプレーリーダーにとって欠かせない役割です。子どもだけでなく、保護者の人たちにも安心してもらうことが大切だとわたしは考えています。わたしもそうですが、親というのはいつでも子どものことが心配なものです。ついつい「あれは駄目、これは駄目」といいたくなるものなので、子どもが遊んでいる姿を一緒に見ながら、保護者に「大丈夫ですよ」と声をかけることもありますね。ちがったパターンとしては、親自身にも遊んでもらうようすすめることもあります。というのも、親も一緒にその遊びを楽しんでいれば、子どもは親の目を気にすることなく思い切り遊べるものだからです。徹底的に排除すべき「選びようがない危険」また、「危険のコントロール」もプレーリーダーの重要な役割となります。プレ―リーダーは、どんな危険も排除するわけではありません。危険にも種類があって、ひとつは「リスク」と呼ばれます。これは、子どもが自分にとってちょっとハードルが高い遊びに挑戦するときに伴う危険です。でも、もしその挑戦が成功したら、達成感を得られるなど大きなリターンを得ることができる。ですから、よほど無理な挑戦をしようとしていない限り、子どもが自分の意志でリスクを冒すことを止めることはありません。一方で、子どもが自分の意志で「選びようがない危険」もあります。たとえば、子どもの顔の高さに突き出ている針金や、結び目が緩んだロープなどがそれに該当します。それらは「ハザード」と呼び、できる限り排除するようにしています。また、のこぎりなどの道具を子どもが使うときにも危険が伴います。親の立場からすれば心配になるのも当然です。もちろん、その使い方が明らかに危険だというときにはプレーリーダーが子どもに声をかけて正しい使い方を教えますが、大人のほうがやきもきしてしまっているような場合には「心配しちゃいますよね」と声をかけつつ、「こういうところだけ気をつけていれば大丈夫ですから」と話をすることもあります。危険とはちがう話になりますが、そういうふうに子どもが道具を使うケースに時々見られるのが、心配することとは別に、子どもに頑張らせようとし過ぎてしまうこと。はじめてのこぎりを使うという子どもなら、集中力を切らさずに最後まで太い木材を切れる子はあまりいません。そもそも、子どもは「ちょっとやってみたかっただけ」ということも多く、木が簡単に切れないとわかればすぐに別の遊びをしようとします。すると、子どもに「ほら、よそ見しちゃ駄目!」「集中!」なんて声をかけてしまう親もいるのです。それでは、遊びというよりも、作業になってしまいますよね。そうではなく、途中でやめたくなった気持ちも含めて、子どもがやりたいこと、やりたい気持ちの応援をしてあげてほしいのです。少なくとも、「工具に触ってみた」ということが、大きな一歩になるのですから。個性が表れる初体験時の子どもの姿に要注目プレーパークに興味を持ち、はじめて行くというときには、ぜひ、子どもの様子をじっくり見てほしいですね。というのも、とくに初体験のときには、子どもの個性が行動にはっきり表れるからです。最初から「天国だ!」というふうに遊びまわる子どももいれば、どうしたらいいのかわからなくてじっくりと周囲を観察する子どももいる。また、同じように戸惑っているのに、プレーリーダーに「なにをすればいいんですか?」と素直に聞いてくる子どももいますし、いろいろな遊びを全部試したうえで、最終的にいちばん気に入ったもので遊びはじめるようなマメな子どももいます。もしかしたら、このようなプロセスを通して、子どもは親も見たことのないような姿を見せてくれるかもしれません。プレーパークは子どもが自由に遊ぶための場所ではありますが、親自身も楽しんでもらえたらと思います。プレーリーダーはたしかに、子どもにとっての危険を管理するなど、重要な役割を担っています。でも、子どもをお預かりして、一から十までお世話するといった存在ではありません。ママ友同士のおしゃべりの時間も大切ですので、そこでも満足してほしいと思いますが、それと同時に、子どもが生き生きと輝く姿もぜひ逃さずに見てあげてください。『子どもの放課後にかかわる人のQ&A50 子どもの力になるプレイワーク実践』嶋村仁志 他 著/学文社(2017)■ TOKYO PLAY代表理事・嶋村仁志さん インタビュー一覧第1回:「本当に自由に」試行錯誤する機会を子どもたちに――“本気の遊び場”プレーパーク第2回:危険にも種類がある。挑戦が達成感に変わる「リスク」と「ハザード」はどう違うのか?第3回:火を使う、泥だらけになる、びしょ濡れになる。子どもたちの自由な発想と独創的な遊び方※近日公開第4回:やりたいことを目いっぱいやって失敗した。その経験が「折れない心」を育てる※近日公開【プロフィール】嶋村仁志(しまむら・ひとし)1968年8月6日生まれ、東京都出身。子ども時代は野球と自転車と缶けりざんまいの日々を送る。英国・リーズ・メトロポリタン大学社会健康学部プレイワーク学科高等教育課程修了。1996年に羽根木プレーパークの常駐プレーリーダー職に就いて以降、プレイワーカーとして川崎市子ども夢パーク、プレーパークむさしのなど各地の冒険遊び場のスタッフを歴任。その後フリーランスとなり、国内外の冒険遊び場づくりをサポートしながら、研修や講演会をおこなう。2010年、「すべての子どもが豊かに遊べる東京」をコンセプトにTOKYO PLAYを設立。2005年から2011年までIPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)東アジア・太平洋地域副代表を務め、現在はTOKYO PLAY代表理事、日本冒険遊び場づくり協会理事、大妻女子大学非常勤講師。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月20日「プレーパーク」という施設を知っているでしょうか。「パーク」というだけに公園のようなものなのですが、わたしたちの街に点在する一般的な公園とはまったくちがうものです。お話を聞いたのは、「すべての子どもが豊かに遊べる東京」をコンセプトに東京でさまざまな「遊び」のプロジェクトを仕掛けている一般社団法人TOKYO PLAYの代表理事・嶋村仁志さん。「StudyHackerこどもまなび☆ラボ」には以前にも登場してくれましたが、あらためてプレーパークとはどんなものなのかを教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)禁止事項がほとんどない自由な遊び場日本で「プレーパーク」という名で呼ばれる施設は、ヨーロッパ発祥の「冒険遊び場」というものがベースになっています。このプレーパークが日本に広まりはじめたのは1970年代。いまもそうですが、当時でもすでに一般的な公園には禁止看板が増えはじめていたようです。その頃、東京のある公園の噴水池のなかに割れたガラスが入っていたということがあったといいます。そんなことがあれば、住民のなかから「けがをしたら誰が責任を取るんだ?」という意見も出てきます。そうした経緯から、行政としては公園に禁止看板を立てざるを得ないような状況が生まれはじめたのです。そういう時代のなか、「自分たちが子どもだった頃はもっと自由に遊べたのに」という想いを持っていた都市計画家・大村虔一さんたちが、当時のヨーロッパ各地の冒険遊び場を参考にして、プレーパークづくりに取り組むようになったのです。その過程で、子を持つ親のなかからも「禁止事項ばかりでは子どもは育たない」という考えに賛同する人たちが増えていきました。そういう経緯がありますから、公園とのいちばんのちがいは、プレーパークが持つ「できる限り、禁止事項を少なくして、自由な遊び場をつくろう」という想いの部分ではないかと思います。ちなみに、いまにつながっている日本初のプレーパークは、1975年の夏休みのあいだだけ開設された「経堂こども天国」。写真提供:大村璋子でも、子どもが遊ぶのは夏休みだけではありませんよね?そういう声が子どもからも上がるようになり、今度は15カ月にわたって「桜丘冒険遊び場」が開設されました。その後、日本初の常設施設として1979年にオープンしたのが、わたしのかつての職場でもある「羽根木プレーパーク」です。子どもの興味関心によって「かたち」を変えていく公園とプレーパークのちがいは、「用意されているもの」を見るとすぐにわかるでしょう。公園では、遊び方が決まっている遊具があって、それを使って遊びますよね。もちろん、公園の「かたち」を変えることなんてありません。ところが、プレーパークでは遊具の代わりに「道具」や「材料」があって、プレーパークそのものも「かたち」を変えていくのです。たとえば、マッチと新聞紙、薪を使ってたき火をしてもいいし、シャベルを使って地面に穴を掘ったり川をつくったりしてもいい。廃材を使って、むかしから人気の秘密基地をつくる子どもたちもいます。つまり、子どもは自分の興味関心に従って新しくなにかを生み出し、それに合わせてプレーパーク自体も「かたち」を変えるというわけです。イメージとしては、公園にもある「砂場」が近いかもしれませんね。砂場では、子どもたちは山をつくったりトンネルを掘ったり川をつくったりと、比較的自由に遊べますよね。その高い自由度が施設全体に広がっているのがプレーパークといっていいでしょう。先にいくつか挙げましたが、道具と材料はほかにもいろいろなものが用意されています。道具ならシャベルにのこぎり、金づち、バケツ、ほうき、ネコ車など。材料なら材木にロープ、ご近所から頂いてきたさまざまないらないもの……(笑)。近隣の人や、利用する子どもの保護者に内装業者、解体業者、工務店の人などがいると、「どうせ捨ててしまうものだから」と、いろいろな廃材を譲っていただけることもあります。つまり、プレーパークでは、利用者が訪れるたびに利用できるものが変わっていくわけです。プレーパークのつくり手側であるわたしたちは「未完成をデザインする」といいますが、プレーパークとはいつまでも完成することがない場所といえます。そこが子どもたちにとってはたまらなく面白い。子どもは遊びが好きだといっても、完全にお膳立てされた場所で「はい、どうぞ」といわれて遊んだところで、面白さは限られてしまいます。子どもたちが最大限に面白がれるように、いろいろな可能性や隙間をあえて残しておく――。それが、プレーパークの目指している遊び場づくりです。いまの子どもは自由に試行錯誤する機会を失いつつあるそんな遊び場にいる「プレーリーダー」の存在も、公園と比較した場合のプレーパークの特徴といえるでしょう。ただ、親はもちろん、プレーリーダーも含めて大人がいるということは、ある意味で危険をはらんでいるとも思っています。というのも、子どもの遊び方次第では、大人はどうしても止めたくなったり教えたくなったり誘導したくなったりするからです。そんな大人が増えてしまっていることが原因なのか、いまは、子どもが本当に自由に試行錯誤するという機会が徐々に失われてきているように感じます。そういう背景もあって、プレーパークも含めて、わたしが子どもの遊び場づくりにかかわることで目指しているのは、すべての子どもが子ども時代に自分の人生を手づくりできる機会をきちんと持てるようにすることだと思っています。そして、できれば親御さんたちにもそのマインドを理解してほしいですね。子どもというのは、親がいちいち教えて導いてあげなければなにもできないという存在ではありません。子どもは子どもなりに「こうしたい!」という気持ちを持っています。その気持ちに素直に従って自分らしく夢中になって遊ぶ子どもを、親は見守る存在であってほしいのです。『子どもの放課後にかかわる人のQ&A50 子どもの力になるプレイワーク実践』嶋村仁志 他 著/学文社(2017)■ TOKYO PLAY代表理事・嶋村仁志さん インタビュー一覧第1回:「本当に自由に」試行錯誤する機会を子どもたちに――“本気の遊び場”プレーパーク第2回:危険にも種類がある。挑戦が達成感に変わる「リスク」と「ハザード」はどう違うのか?※近日公開第3回:火を使う、泥だらけになる、びしょ濡れになる。子どもたちの自由な発想と独創的な遊び方※近日公開第4回:やりたいことを目いっぱいやって失敗した。その経験が「折れない心」を育てる※近日公開【プロフィール】嶋村仁志(しまむら・ひとし)1968年8月6日生まれ、東京都出身。子ども時代は野球と自転車と缶けりざんまいの日々を送る。英国・リーズ・メトロポリタン大学社会健康学部プレイワーク学科高等教育課程修了。1996年に羽根木プレーパークの常駐プレーリーダー職に就いて以降、プレイワーカーとして川崎市子ども夢パーク、プレーパークむさしのなど各地の冒険遊び場のスタッフを歴任。その後フリーランスとなり、国内外の冒険遊び場づくりをサポートしながら、研修や講演会をおこなう。2010年、「すべての子どもが豊かに遊べる東京」をコンセプトにTOKYO PLAYを設立。2005年から2011年までIPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)東アジア・太平洋地域副代表を務め、現在はTOKYO PLAY代表理事、日本冒険遊び場づくり協会理事、大妻女子大学非常勤講師。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月19日長く続くアウトドアブームのなか、「今年こそは!」と親子キャンプを考えている人も多いはずです。近年はブームの影響もあり、さまざまな便利グッズが登場しキャンプのハードルもかなり下がってきました。ですが、そういうハード面は整ったとしても、初心者にはやはり注意すべき点もあります。お話を聞いたのは、さまざまな自然体験プログラムを提供しているNPO法人国際自然大学校の佐藤初雄理事長。国内における野外活動指導の第一人者に、キャンプが持つ教育面でのメリット、キャンプ初心者へのアドバイスを聞いてみました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)キャンプ生活が子どもに与える「やればできる」という自信夏休みの定番イベントのひとつがキャンプです。それこそ都市部に暮らす子どもたちからすれば、めったに経験できないことのオンパレードである一大イベントだといえるでしょう。家や学校とはまったくちがう環境にその身を置くのですから、キャンプは家庭教育や学校教育とはまるでちがった角度から子どもたちを育ててくれます。その最たるものといえば、「子どもが自分に自信を持つ」ということです。晩ごはんのおかずのために魚を釣る、料理をするときに包丁を使う、自分で火をおこす……。そういう普段の生活ではやることがないことを自分の力でどんどんこなすうちに、子どものなかでは「やればできる」という気持ちが膨らんでいきます。それは、「新しいことに挑戦していく」という力にもつながるものでしょう。キャンプで自信を持った子どもたちが挑戦していくことは、習い事や勉強、スポーツなど個人的なチャレンジだけではありません。わたしたちが提供しているキャンププログラムでは、はじめて会う他の子どもたちと一緒に協力してキャンプ生活を営むことになります。ここがポイントです。みなさんも子どもの頃を思い返せばわかるかと思いますが、子どもの世界というのはとても狭いものです。それなのに、ついさっきまで赤の他人だった他の子どもと協力をしなければならない。これは子どもにとってなかなかハードルが高いことなのです。でも、そんな新しい友だちとうまくつき合い、協力してなにかを成し遂げることができたらどうでしょうか。狭い世界に生きる子どもにとって、人とのかかわり方にも大きな自信を持つことになります。すると、学校行事にしろ私生活にしろ、友だちと協力してなにかをやろうというときにも前向きにチャレンジできるようになるのです。子どもに「家の延長」と思わせないように注意このようにお伝えすると、未経験のみなさんも子どもを連れてキャンプに行ってみようと思ってくれたかもしれません。そこで、初心者の方に向けていくつか注意点もお伝えしておきます。まずは、当然のことではありますが、「安全」を確保することが大切。かといって、「あれはやっちゃ駄目、これもやっちゃ駄目」と制限し過ぎることは避けてほしいところです。子どもにとってはあらゆる体験が大切な学びになるのですから、大きなケガにつながるような可能性がないことなら、なるべく自由にやりたいことをやらせてあげるべきです。安全を確保しつつ、介入すべきでないところでは自由にさせる。そのバランスを取ることが大切です。もし、子どもがやりたいことをそのままやらせるのは危ないと思ったら、まずは親が見本を見せる、きちんとやり方を教えるということを心がけてください。そうすれば、子どもがいきなり危険にさらされる可能性は大きく減ります。ただ、その際に注意してほしいのは、「大人が楽しみ過ぎる」こと。とくにお父さんは、少年に戻って子どもをそっちのけにして夢中になってしまうということもよくある話です。あくまでも主役は子どもですから、注意してください。一方、お母さんには普段のしつけでいいがちな「早くしなさい」という言葉を慎むことを心がけてほしいですね。日常とは時間の流れ方がまったくちがう自然のなかにせっかく出向いたのですから、子どもに「これじゃ、家の延長だ」なんて思わせてしまっては本当にもったいないことです。学校や習い事に遅刻するような心配をする必要などないのですから、お母さん自身も、精神的、時間的に余裕を持って過ごしてほしいと思います。そうすれば、子どもも自分の興味関心に従ってさまざまな経験ができるはずです。柔軟な視点を持てばキャンプをもっと楽しめるまた、せっかく自然のなかに出向くということを考えれば、自然ならではのハプニングも楽しんでほしい。たとえば、キャンプの日に雨が降ったとします。農業を営む人などは別としても、普段から雨を望んでいる人は少数派でしょう。ましてや、せっかく家族でキャンプに行くというときに、雨を望む人はほとんどいないはずです。でも、逆に考えれば、雨が降ったことは想定外のレアなことが起きたともいえます。それを「ラッキー」だととらえれば、晴れの日とは別の楽しみ方を見つけることもできるのです。たとえば、いつもなら傘を差すところですが、カッパを着て思い切り雨に濡れてしまいましょう。これは、雨が降らなければ絶対にできないことです。キャンプに行くとなると、たとえば暗がりで火をたこうとか、星を見せてあげようとか、子どもの思い出になるような特別なことをやってあげようと親は考えるものです。もちろん、着替えの準備などはしっかりしておく必要がありますが、わざと雨に濡れるということだって普段なら怒られるようなことですから、子どもたちにとってはそれこそスペシャルな体験になるはずなのです。そういう柔軟な視点を持って、キャンプを楽しんでほしいと思います。『社会問題を解決する自然学校の使命』佐藤初雄 著/みくに出版(2009)『13歳までにやっておくべき50の冒険』ピエルドメニコ・バッカラリオ、トンマーゾ・ペルチヴァーレ 著/佐藤初雄 監修/太郎次郎社エディタス(2016)■ NPO法人国際自然大学校理事長・佐藤初雄さん インタビュー一覧第1回:キャンプに「せっかくだから」は不要!子どもが自ら学ぶ、自然のなかでの“シンプルな”過ごし方第2回:「ギリギリまで待ち、見守る」がコツ。我が子の自然体験に親はいかに“介入する”べきか第3回:“日常的に”自然で遊ぶメリット。「感性で動く」幼少期に多くの自然体験をすべき理由第4回:【初心者向け】親子キャンプの楽しみ方。自然体験のプロが教える、親の2つの“NG行動”【プロフィール】佐藤初雄(さとう・はつお)1956年12月21日生まれ、東京都出身。NPO法人国際自然大学校理事長。他にNPO法人自然体験活動推進協議会代表理事、NPO法人神奈川シニア自然大学校理事長、公益社団法人日本キャンプ協会監事なども務める。1979年、日本体育大学社会体育学科を卒業し、財団法人農村文化協会栂池センター入所。1891年に同センターを退所し、1983年4月に国際自然大学校を設立。「次代を担う自立した青少年を育成するには自然体験活動が不可欠」として「教育・環境・健康・国際・地域振興」をキーワードに自然体験活動の提供を続ける、国内における野外活動指導の第一人者。著書に『図解 サバイバル百科』(成美堂出版)がある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月15日わたしたち大人が自然に求めるものというと、「雄大な景色を見ることができる」「日頃のせわしない日常から離れる」といったことによる「癒やし」の側面が強いかもしれません。でも、「自然体験によって子どもたちにもたらされるものは、それよりもずっと幅広いものです」というのは、さまざまな自然体験プログラムを提供しているNPO法人国際自然大学校の佐藤初雄理事長。国内における野外活動指導の第一人者が語る、「自然体験が子どもにもたらすもの」とは、どんなものでしょうか。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)体ばかりが大きくなって身体能力は低下傾向にある子ども最近の子どもたちを見ていると、かつてと比べて体格は良くなっているのに、敏捷性やバランス感覚といった能力は徐々に下がってきているように感じます。その要因としては、やはり外で遊ぶ機会に恵まれていないことが考えられるでしょう。禁止事項だらけのいまの公園はキャッチボールすら禁止されていることが多く、「危険だから」と遊具も減る一方。それでは、子どもが満足に遊べるわけもありません。もちろん、サッカーや野球などスポーツチームに所属して熱心に練習している子どもたちもいます。でも、そういう子どもであっても、普段からやっているのは、そのスポーツに必要な体の動かし方だけです。なにかにぶら下がったり飛び跳ねたりと、自由な遊びのなかで幅広い運動をすることに比べれば、トータルの身体能力強化という点では開きがあるように感じます。むかしの子どもたちは娯楽に恵まれていない一方、自然のなかで比較的自由に遊べました。大人になってから木登りに挑戦してみればわかると思いますが、ただ木を登るにも思った以上に腕力を使うものですし、もちろん木から落ちないためのバランス感覚も必要になる。そういった遊びのなかで、むかしの子どもは自然と身体能力を伸ばしていたのです。いまの子どももむかしの子どもも本質は変わらないそういう遊びを子どもたちが日常的にできることがベストですが、とくに都市部では難しくなっているというのが実情です。だとしたら、長期休暇などを利用するかたちででも、わたしたちが提供している自然体験プログラムなどに参加することにも大いに意味があると思うのです。体力をつけるためとトレーニングをさせても、ほとんどの子どもはよろこばないでしょう。一方、自然のなかでの遊びというかたちなら、楽しみながら体を鍛えることができる。バランス感覚を鍛えるためにと平均台を渡るより、川にかけた丸太を渡ることのほうが、緊張感もあってよりゲーム感覚でできますよね。いまの子どもたちは、ただ単に遊ぶ機会に恵まれていないだけです。自然のなかで遊べる環境のなかに入ってしまえば、むかしの子どもとなんら変わりありません。それこそ、自然のなかで遊びはじめた途端に、かつてのガキ大将のようにいい意味でやんちゃな一面を見せてくれる子どももいます。子どもを自然のなかで自由に遊ばせることが難しくなっている時代ではありますが、少しでもそういう機会を子どもに与えてあげることを親御さんは考えるべきではないでしょうか。なるべく小さいうちから自然体験をさせる意味子どもが自然体験をすることは、身体能力を伸ばすということだけではなく、「心」にも大きく影響を与えます。わたしたちが提供している自然体験プログラムのなかには10km、30kmという長距離を仲間たちと歩く「チャレンジハイク」というものもあります。30kmのほうは小学3年から小学6年の子どもが対象です。高学年ならともかく、中学年の子どもにとっては30kmという距離はかなり長く感じるものでしょう。でも、それを「やり切った」という経験があれば、その後の人生で出会う困難にもへこたれずに立ち向かうことができるにちがいありません。あるいは、「チャレンジハイク」も含めて仲間たちと助け合いながら行うプログラムがほとんどですから、コミュニケーション能力も伸びることになります。誰かが困っていたら声をかけたり助けてあげたりする。あるいは、自分が困っているときにひとりで抱え込まずに素直に助けを求める。そういったことは、それこそ大人になって社会に出たときに必要な力であるはずです。そして、子どもにはなるべく小さいうちからそういう体験をさせてあげてほしいのです。自然体験への注目度が増していることもあるのか、いまでは社員研修にも自然体験を取り入れている企業も多くなりました。でも、極端な例かもしれませんが、もしその社員研修がはじめての自然体験だという人がいたとしたら……、残念ながら「時すでに遅し」といわざるを得ません。大人になれば、人間は自然と「頭で考える」ことを優先してしまうものです。「やる、やらない」「やれる、やれない」といったこと、「その行動をすることの意味」といったことも考えてしまうでしょう。それでは、純粋な意味での体験をすることはできません。そうではなく、頭で考える前に「感性で動く」子どものうちに、なるべく多くの体験をさせてあげてほしいのです。そして、できれば親も一緒になって体験をしてください。いくら子ども時代に自然のなかで遊んだ経験がある親であっても、成長するうちに少なからず「頭で考える」大人になっています。学びの真っ最中にある子どもに共感するためにも、親自身もあらためて自然体験をしてほしいと思うのです。『社会問題を解決する自然学校の使命』佐藤初雄 著/みくに出版(2009)『13歳までにやっておくべき50の冒険』ピエルドメニコ・バッカラリオ、トンマーゾ・ペルチヴァーレ 著/佐藤初雄 監修/太郎次郎社エディタス(2016)■ NPO法人国際自然大学校理事長・佐藤初雄さん インタビュー一覧第1回:キャンプに「せっかくだから」は不要!子どもが自ら学ぶ、自然のなかでの“シンプルな”過ごし方第2回:「ギリギリまで待ち、見守る」がコツ。我が子の自然体験に親はいかに“介入する”べきか第3回:“日常的に”自然で遊ぶメリット。「感性で動く」幼少期に多くの自然体験をすべき理由第4回:【初心者向け】親子キャンプの楽しみ方。自然体験のプロが教える、親の2つの“NG行動”(※近日公開)【プロフィール】佐藤初雄(さとう・はつお)1956年12月21日生まれ、東京都出身。NPO法人国際自然大学校理事長。他にNPO法人自然体験活動推進協議会代表理事、NPO法人神奈川シニア自然大学校理事長、公益社団法人日本キャンプ協会監事なども務める。1979年、日本体育大学社会体育学科を卒業し、財団法人農村文化協会栂池センター入所。1891年に同センターを退所し、1983年4月に国際自然大学校を設立。「次代を担う自立した青少年を育成するには自然体験活動が不可欠」として「教育・環境・健康・国際・地域振興」をキーワードに自然体験活動の提供を続ける、国内における野外活動指導の第一人者。著書に『図解 サバイバル百科』(成美堂出版)がある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月14日近年のアウトドアブームもあってか、教育の場でも「自然体験」の注目度が増しています。子どもが自然体験をすることにはそもそもどういう効果があるのでしょうか?お話を聞いたのは、さまざまな自然体験プログラムを提供しているNPO法人国際自然大学校の佐藤初雄理事長。国内における野外活動指導の第一人者は、「子どもの学びの内容を気にするまえに、親が『介入する・しない』のバランス感覚を持つことが大切」と語ります。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)自然体験の減少とともに減った「子ども社会」での学び家庭教育において「自然体験」が重視されるようになったことの背景には、あたりまえのことかもしれませんが、子どもたちが自然を体験する機会が減ってきたことが挙げられるでしょう。わたしが子どもの頃には、東京であっても川で魚釣りをしたり木に登ったりと、自然のなかで遊ぶ機会がたくさんありました。でも、いまは都市化が進み、自然そのものが減っています。加えて、いまの子どもたちは学校での勉強だけでなく、学習塾やさまざまな習い事に追われ、遊ぶ時間自体が減っています。また、公園でも禁止事項が増えたうえに、ゲーム機が登場したこともあって、遊ぶにももっぱら室内でということになってしまいました。するとどういうことが起きるかというと、子どもが「子ども社会」のなかで学ぶという機会が減ってしまうのです。かつての子どもたちは、子どもだけの社会で過ごす時間がたくさんあり、そのなかでいいことも悪いことも含めて多くのことを学んでいました。もちろん、当時の子どもたちには「学んでいる」という意識などなかったでしょう。でも、年齢も性格も異なる子どもたちのなかで過ごせば、そこで得たさまざまな経験が、じつは社会に出たときに大いに役立つということがあるはずなのです。わたしたちが提供しているキャンプやスキーなどのプログラムは、最長でも10泊という限られた期間のものです。それでも、かつての子ども社会で得られたような経験を凝縮して味わえるものにしたいと考えていますし、わたしたちの事業に対して一定の支持層があるということは、その考えがある程度は実現できていると自負しています。自然のなかで得る学びは子どもによってちがっていい先にお伝えした「子ども社会」で過ごすことも含め、自然体験は子どもに多くのものをもたらしてくれます。学校での勉強となると、どんな教科にも「理解すべきこと」というものがあります。でも、自然体験においては「理解すべきこと」といった決まった目標はありません。川遊びをするにも、自然そのものをただ感じる子どももいれば、遊びを通じて他人とのかかわり方を学ぶ子どももいます。岩の上から川に飛び込むような場面では、自分自身の勇気や逆に臆病さを知るということもあるでしょう。自然体験には子どもそれぞれに多様な学び、気づきがあるのです。ただ、わたしたちとしては、こちらが期待する学びを少しでも多くの子どもが感じられるようなプログラムづくりを心がけています。たとえば、カレーをつくるというプログラムなら、「普段、ご飯をつくってくれている親の苦労の理解や親への感謝」といったものを子どもに感じてほしいという具合です。ほかにも、プログラムの内容によって、「生きる力」「チームワーク」といったさまざまなテーマを設けています。ですが、もちろんその狙いどおりにはなりません。10人の子どもがいたら、こちらの狙いどおりのことを感じてくれる、学んでくれる子どもは6人くらいでしょうか。でも、残りの4人の子どもも、なにも学ばないというわけではありません。先にお伝えしたとおり、子どもの学びはそれぞれなのですから、たとえば新しい友だちができたことによろこびを感じるだけでもいいのです。親が持つべきは「介入する・しない」のバランス感覚ほかにわたしたちが強く意識している点としては、「安全」が挙げられます。小さい子どもなら、川遊びも包丁を使うのもすべてが初体験ということがほとんどです。まずはなにが危険なのかということを教えてあげなければなりません。そのうえで体験をさせる。多少の危険が伴うことではありますが、その体験の機会を奪いすぎてしまうことはよくありません。親というのは、子どものことを心配するものです。それこそ包丁を使わせるような場面なら、つい「危ないから」といって親がやってしまうということがよくあります。でも、本当に子どものことを思えば、止めたくなる気持ちをぐっと抑えて子どもに体験させてあげなければならないのです。もちろん、本当に危ないというときにはわたしたち指導員や親が介入するべきですが、ギリギリのところまで待つ、見守るという姿勢が大切です。それから、子どもが自然のなかで遊ぶ経験自体が減っていることを考えれば、なにが危険なのかということのほかに、遊び方そのものも教えてあげてもいいかもしれません。本来なら子どもが遊びたいように遊ばせてあげることが重要ではありますが、川に子どもを連れて行って、「さあ、遊びなさい」といきなりいったところで、どう遊んでいいのかわからない子どももいるからです。ただ、遊び方を教えてあげたあとは、やはり見守ることが大切でしょうね。すべてを大人が指示するのではなく、見本を見せたら子どもの好きにさせる。そういうバランス感覚を親御さんにも身につけてほしいですね。『社会問題を解決する自然学校の使命』佐藤初雄 著/みくに出版(2009)『13歳までにやっておくべき50の冒険』ピエルドメニコ・バッカラリオ、トンマーゾ・ペルチヴァーレ 著/佐藤初雄 監修/太郎次郎社エディタス(2016)■ NPO法人国際自然大学校理事長・佐藤初雄さん インタビュー一覧第1回:キャンプに「せっかくだから」は不要!子どもが自ら学ぶ、自然のなかでの“シンプルな”過ごし方第2回:「ギリギリまで待ち、見守る」がコツ。我が子の自然体験に親はいかに“介入する”べきか第3回:“日常的に”自然で遊ぶメリット。「感性で動く」幼少期に多くの自然体験をすべき理由(※近日公開)第4回:【初心者向け】親子キャンプの楽しみ方。自然体験のプロが教える、親の2つの“NG行動”(※近日公開)【プロフィール】佐藤初雄(さとう・はつお)1956年12月21日生まれ、東京都出身。NPO法人国際自然大学校理事長。他にNPO法人自然体験活動推進協議会代表理事、NPO法人神奈川シニア自然大学校理事長、公益社団法人日本キャンプ協会監事なども務める。1979年、日本体育大学社会体育学科を卒業し、財団法人農村文化協会栂池センター入所。1891年に同センターを退所し、1983年4月に国際自然大学校を設立。「次代を担う自立した青少年を育成するには自然体験活動が不可欠」として「教育・環境・健康・国際・地域振興」をキーワードに自然体験活動の提供を続ける、国内における野外活動指導の第一人者。著書に『図解 サバイバル百科』(成美堂出版)がある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月13日夏休みのような長期休暇に入ると、キャンプなどで子どもに自然体験をさせてあげたいと考える親は多いものです。ただ、都市部で生まれ育って自然体験が少ない親の場合、不安もあることでしょう。そんな親でも気軽に子どもを参加させられる、さまざまな自然体験プログラムを提供しているのが、NPO法人国際自然大学校。国内における野外活動指導の第一人者である佐藤初雄理事長に、同法人の設立経緯、活動内容などについてお話を聞きました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)ボランティアではなくスペシャリストとして野外活動体験を提供わたしが国際自然大学校を設立したのは1983年。以来、子どもたちを中心に、自然のなかでの体験の楽しさや大切さを伝え続けてきています。設立のきっかけのひとつとなったのは、大学時代に出会った「野外教育概論」という授業でした。これは、野外活動を通じて自立心や協調性やコミュニケーション能力といったさまざまな力を育てる教育手法を学ぶ内容です。同じクラスになったのが、のちに一緒に国際自然大学校を設立することになる友人でした。彼とともに「将来は野外活動を通じた教育のプロを目指したいね」と夢を語り、学生時代にまずは野外教育活動研究会というサークルをつくりました。もちろん、当時の日本にもボーイスカウトやYMCAなど子どもたちに野外活動を提供する団体はありましたが、それらはあくまでもボランティア。わたしたちは、スペシャリストとして安定して野外活動体験を提供するために事業化したいと考えたわけです。学生時代はそれこそ年がら年中アウトドアにいるような生活でした。そうして、ふつうに学校の教員になることよりも、野外での教育の可能性に魅せられていったのです。卒業旅行代わりに行ったのは、1941年にイギリスで発足した「アウトワード・バウンド・スクール(OBS)」という冒険学校。参加者が自然を舞台にしたチャレンジングな冒険活動に取り組み、そこから自己に秘められた可能性や他人を思いやる気持ちなどの豊かな人間性を育むことを目的に活動している学校です。いまでは世界中に系列校が広がっており、1989年には日本校もできています。そして、大学卒業後に入所したのは、財団法人農村文化協会栂池センターというところでした。そこで常設の冒険学校をつくるという話だったのですが、残念ながら年に1回くらいのコースしか開かれなかった。そこで、「だったら、自ら開こう」と決意したのです。そうして、1982年に今度はアメリカのコロラドにあるOBSに入学しました。約3カ月半のインストラクター養成コースを終えたあと、同じOBSでインストラクターのアシスタントを2カ月間務めて帰国し、ようやく国際自然大学校の設立にこぎつけたのです。活動の柱は「キャンプ」「スキー」「通年型自然体験プログラム」国際自然大学校の設立からすでに30年以上となりますが、その活動の柱は変わっていません。まずは「夏のキャンプ」と「冬のスキー」。これは、主に夏休みや冬休みなど長期休暇の時期に提供している、わかりやすくいえば体験つきのパッケージ旅行です。対象も年中さんから中学生まで幅広く、期間も日帰りのものもあれば最長で10泊といったものもありますし、場所もさまざまなところで開催しています。それから、もうひとつの柱といえるのが「子ども体験教室」というもの。こちらは、先のキャンプやスキーとは対照的に、通年型の自然体験プログラムです。年中さんから中学生まで年齢ごとに4つのコースを設け、毎回異なるプログラムをだいたい月に1回のペースで週末に行なっています。たとえば、小学1年、2年を対象にしたビギナーコースにおけるテーマは「できる力UP!」。それをベースに、川遊びやアウトドアクッキング、地図を持っての探検、10kmのチャレンジハイクといったプログラムを用意しています。「活動」より「体験」に重きが置かれるように変化そういったわたしたちの活動を通じても感じるのは、教育という観点から「野外活動」「自然体験」への注目度が増しているということです。ですが、教育において野外活動という言葉は決して新しいものではありません。心身の健全な育成のためには野外活動が重要だとして、1961年に施行されたスポーツ振興法のなかですでに「野外活動」という言葉が使われているのです。ただ、近年になると「野外活動」という表現は「自然体験」というふうに変わってきました。2000年代に入って学校教育法が改正された際に、子どもたちに生活体験や自然体験などの体験活動の機会を豊かにすることは極めて重要な課題だとして、「自然体験」という言葉が登場するようになったのです。このように、「野外活動」から「自然体験」というふうに表現が変わってきたことを思えば、近年は「体験」ということにより重きを置く方向にシフトしていきているのかもしれませんね。「活動」というと、積極的になにかをしなければならないと感じてしまいます。ただ、わたしたちが用意しているプログラムに参加することとは対照的にもなりますが、自然のなかに入れば、あれもこれもやろうとする必要はないという側面があるのも事実なのです。それこそ、家族で行くキャンプだったら、ただテントを張ってご飯を食べるといったことでもいいし、その近くを散策する程度でも十分です。「子どものために」と考える親は「せっかくだから」といろいろやろうと欲張ってしまいがちですが、子どもたちが過ごしたいように過ごさせてあげれば、自然のなかで子どもたちはそれぞれに多くの学びを得るものなのです。『社会問題を解決する自然学校の使命』佐藤初雄 著/みくに出版(2009)『13歳までにやっておくべき50の冒険』ピエルドメニコ・バッカラリオ、トンマーゾ・ペルチヴァーレ 著/佐藤初雄 監修/太郎次郎社エディタス(2016)■ NPO法人国際自然大学校理事長・佐藤初雄さん インタビュー一覧第1回:キャンプに「せっかくだから」は不要!子どもが自ら学ぶ、自然のなかでの“シンプルな”過ごし方第2回:「ギリギリまで待ち、見守る」がコツ。我が子の自然体験に親はいかに“介入する”べきか(※近日公開)第3回:“日常的に”自然で遊ぶメリット。「感性で動く」幼少期に多くの自然体験をすべき理由(※近日公開)第4回:【初心者向け】親子キャンプの楽しみ方。自然体験のプロが教える、親の2つの“NG行動”(※近日公開)【プロフィール】佐藤初雄(さとう・はつお)1956年12月21日生まれ、東京都出身。NPO法人国際自然大学校理事長。他にNPO法人自然体験活動推進協議会代表理事、NPO法人神奈川シニア自然大学校理事長、公益社団法人日本キャンプ協会監事なども務める。1979年、日本体育大学社会体育学科を卒業し、財団法人農村文化協会栂池センター入所。1891年に同センターを退所し、1983年4月に国際自然大学校を設立。「次代を担う自立した青少年を育成するには自然体験活動が不可欠」として「教育・環境・健康・国際・地域振興」をキーワードに自然体験活動の提供を続ける、国内における野外活動指導の第一人者。著書に『図解 サバイバル百科』(成美堂出版)がある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年08月12日ひとことで自然体験といっても、その種類はさまざま。1年を通じてできるものもあれば、季節によって特徴的な自然体験もあります。後者について、「プロの自然解説者」であるプロ・ナチュラリストの佐々木洋さんは、「ものごとを大きくとらえる視点を育ててくれる」と語ります。そこで、佐々木さんがおすすめする季節ごとの自然体験を教えてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)カブトムシが採り放題の「スーパーバナナトラップ」四季の移ろいがはっきりしている日本でなら、ぜひ、季節ごとに特徴的な自然体験をしてもらいたいですね。自然観察というと、ひとつの花や虫を観察するということをイメージしがちです。でも、自然には季節による変化というものもある。双方を感じるということは、ミクロの視点に加えて、ものごとを大きくとらえるマクロの視点を育てることにもつながるはずです。そこで、季節ごとにわたしがおすすめする自然体験をお伝えします。春におすすめするのは、わたしが「春のパレット」と呼んでいる遊びです。紙をパレットに見立てて、花や草などをこすりつけて色をつけていくのです。タンポポなら黄色、ヨモギなら緑という具合です。ヨモギは渋くていい緑色を出してくれますよ。茶色なら土でOK。スペシャルなのがカラスノエンドウの花です。花自体は赤みが強いのですが、これを紙にこすりつけるとなんと濃い紫になる。わたしは、「魔法の絵の具」と呼んでいます。もちろん、これは季節を問わずにできるものです。でも、花を咲かせる草木が多くて、植物が元気でみずみずしい春にやるのがやっぱりおすすめですね。ただ、花壇や畑など、草木を自由に摘んではいけないところではNGですから、そこは注意してください。それから、夏はやっぱり「カブトムシ採り」でしょう。ここで、わたしが長年かけて開発した「スーパーバナナトラップ」をお教えしましょう。これは、とにかくカブトムシやクワガタをめちゃくちゃ集められるという黄金比率の餌です。バナナを使ったただの「バナナトラップ」なら知っている人もいるかもしれませんが、わたしのスーパーバナナトラップはその改良版です。まず、女性が使うストッキングに皮をむいたバナナを入れます。シュガースポットと呼ばれる斑点がたくさん出た完熟のものがベストです。それを木に引っ掛けて石などでバナナをつぶします。ここまでが普通のバナナトラップですが、ここでわたしはふたつの隠し味を使います。ひとつは泡盛など度数の高いお酒。ちょっともったいないですが、つぶしたバナナにドボドボとたくさんかけましょう。それから、黒酢を大さじ1杯ほど加えます。そうすると、カブトムシやクワガタが餌とする樹液とほとんど同じ匂いが出るようになる。これでもうカブトムシやクワガタが採り放題です。自然の圧倒的な美しさを味わう「落ち葉並べ」秋におすすめするのは「落ち葉並べ」です。まずは幼稚園や小学校のグラウンド、近所の公園などで落ち葉を集めます。落ち葉といっても、色はさまざま。緑色のままで落ちてしまった葉に、種類のちがいによって黄色や赤に変わった葉。それから、完全に枯れて茶色になった葉。それらを10枚ずつくらい集めて色ごとに並べるのです。できれば、黒い模造紙の上に並べるのがいいですね。そうすると、大人でも思わず「うわーっ!」と声を漏らすほど見事なグラデーションを落ち葉が見せてくれます。もちろん、黄色いイチョウや赤いカエデなど植物の種類や、虫に食われた跡などについての会話で子どもとのコミュニケーションを膨らませることもできます。また、本当に美しい「インスタ映え」する写真が撮れますから、SNSをやっている親御さんにもおすすめですね(笑)。冬には「その木になろう」というゲームをやってみてください。これは「その気になろう」という意味も含んだゲームです。芝生広場の周囲にたくさんの木が生えているような広い公園に行ってみましょう。すると、冬ですから葉が落ちて、木の幹や枝のかたちがよくわかるようになっているはずです。その木になったつもりで真似をして、「どの木でしょう?」と親子であて合うのです。けっこう体を動かしますから、体が温かくなるという点でも冬におすすめです。「定点撮影」で自然記録と子どもの成長記録をする先に、季節の移ろいを感じさせることで子どものマクロの視点を育てられるとお伝えしました。その狙いという点でおすすめできることも最後にお伝えしておきましょう。それは、「定点撮影」です。たとえば、ある公園に行ったときには必ず同じ木の前で親子の写真を撮るようにするのです。季節の移ろいがわからなければなりませんから、常緑樹では駄目ですよ。おすすめはやっぱり桜。1年を通じて見た目が劇的に変化しますからね。それを2年でも3年でも続けてみてください。春には桜が花を咲かせるといった変化の他、親子それぞれの服装も変化していく。また、子どもがちょっとずつ大きくなっていくということもわかるでしょう。自然記録と同時に子どもの成長記録をするというわけです。小さいうちは、子どもはその記録の貴重さには気づかないかもしれません。でも、そうしてたくさんの愛情を注がれ、自分が成長していくことを親が心からよろこんでくれたという経験は、その子どもが大人になって子どもを持つようになったときに、きっと親への感謝の気持ちにつながるのではないでしょうか。『ナンコレ生物図鑑 あなたの隣にきっといる』佐々木洋 著/旬報社(2015)■ プロ・ナチュラリスト 佐々木洋さん インタビュー一覧第1回:「自然だし、仕方ない」現代の恵まれた子どもたちが“自然体験”から学ぶ重要なこと第2回:「虫が怖い」はこうして克服。ダンゴムシすら触れない子に、親は何をすればいい?第3回:自然観察=現場検証!?生き物の“痕跡”探しから始まる、都会でもできる自然体験第4回:カブトムシやクワガタが採り放題!夏休みに親子で作る“スーパーバナナトラップ”【プロフィール】佐々木洋(ささき・ひろし)1961年9月30日生まれ、東京都出身。プロ・ナチュラリスト。公益財団法人日本自然保護協会自然観察指導員、東京都鳥獣保護員などさまざまな立ち場で自然解説活動をしたあと、「プロ・ナチュラリスト 佐々木洋事務所」を設立。「自然の面白さや大切さを多くの人とわかち合い、そのことを通じて自然を守っていきたい」という思いのもとに、25年以上にわたって、自然観察指導、自然に関する執筆・写真撮影、講演、テレビ・ラジオ番組の出演・企画・監修、エコロジーツアーの企画・ガイド等の活動をおこなう。著書に『ぼくはプロ・ナチュラリスト 「自然へのとびら」をひらく仕事』(旬報社)、『モリゾー・キッコロ 森へいこうよ! 会える! 虫図鑑』(宝島社)、『「調べ学習」に役立つ水辺の生きもの』(実業之日本社)、『よるの えんてい』(講談社)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年07月16日子どもに自然体験をさせてあげたいと考えても、実際に現地でなにをすればいいかわからないという人も多いはずです。そんな悩みに対するアドバイスをお願いしたのは、「プロの自然解説者」であるプロ・ナチュラリストの佐々木洋さん。生きものの「生活痕」である「フィールドサイン」を探す遊びを教えてくれました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)想像することは科学に対する好奇心の芽生え「フィールドサイン」とは、生きものが残した足跡や食べ跡のことです。そこに生きものがいた、あるいはいる、という自然界の「証拠物件」ですね。子どもたちを連れてフィールドサインを探す場合、わたしはよく「ネイチャーポリス」という名前をつけて遊びます。自然界の刑事や探偵になったつもりで、証拠物件を検証し、「どんな生きものが残した証拠だろう?」と推理をするのです。この推理をする――つまり、想像をするということがとても大切。それは、子どもたちの科学に対する好奇心のいちばん最初の小さな芽といっていいでしょう。ただ、フィールドサインを探したから子どもたちがなにかを得られるというわけでもありません。自然に対しては親しむこと自体に意味があり、さまざまな「効能」があります(インタビュー第1回参照)。フィールドサインを探すことは、自然と親しむ方法のひとつだと考えてください。とはいえ、フィールドサイン探しには、ある長所があります。それはなにかといえば、見つけやすいということ。生きもの自体を見つけることはそんなに簡単なことではありません。でも、都心部であっても生きものはたくさんいますから、生きものがいる以上、フィールドサインはどんどんできる。だから見つけやすいのです。そして、親子でフィールドサインを見つけたら、「どんな生きものがいたのかな?」と想像しながら会話も膨らみます。親子間の会話のキャッチボールを増やす意味でも、フィールドサインは有効なものだと思います。探偵になって自然観察を現場検証にたとえるそのキャッチボールをさらに面白くするには、先ほどお伝えしたように、親が刑事や探偵になり切ってみることです。絵本の読み聞かせが得意な親なら、きっとうまくできるのではないでしょうか。たとえば、ハトがタカに襲われた場所を見つけたとします。まわりにはハトの羽が散らばっている。それを見ながら、こんなふうにいってみるのです。「刑事、君はこれをなんだと思う?」「被害者はハトのようだね」「犯人は誰だろう?」「おそらく犯行動機は空腹じゃないかな」「これを撮影して鑑識に回しておいてくれ」といった具合です(笑)。自然観察を現場検証にするというわけです。ハトが襲われた場所というと、子どもからするとちょっぴり怖く感じるかもしれません。でも、こうやって親が面白おかしく演じれば、きっと子どもも楽しくフィールドサインを観察することができるのではないでしょうか。めったに見られないモグラも「痕跡」は見つかるでは、地域にかかわらず見つけやすいフィールドサインをいくつかお教えします。【見つけやすいおすすめフィールドサイン】・モグラ塚・ミミズの糞・ナメクジ、カタツムリの食べ跡・セミの脱出口ひとつ目はモグラ塚。モグラがトンネルを拡張したり補修したりした際、地表に捨てた余分な土のことです。これをわたしは「モグラのチャーハン」と呼んでいます。というのも、形が皿に盛られたチャーハンにそっくりだからです。モグラというと、都会にはあまりいないと思っている人もいるかもしれません。でも、じつはどこにだっているのです。公園にも学校の校庭にもいます。それこそ、モグラそのものはめったに見ることができないでしょう。でも、「そこにいる」という痕跡は見つけられます。もし見つけたら、地表に出ている部分の土を除いてみてください。モグラのトンネルを見つけることができるはずです。ミミズの糞も公園や校庭などでも見つけやすいものです。小さな団子状になった土が盛り上がっていたら、それはミミズの糞。今度はチャーハンではなくて、担々麺のひき肉のようなイメージです。子どもに糞だと教えると、「臭い!」なんていうものです。でも、ミミズの糞は土でできていて、他の動物の糞のように未消化の有機物もほとんど含みませんから、嫌な臭いはありませんのでご安心ください(笑)。それから、ガードレールや道路標識の裏などでよく見つかるのがナメクジやカタツムリの食べ跡。もしかしたら、見たことがあってもそれがなにかを知らなかったという人もいるかもしれませんね。ナメクジやカタツムリはガードレールの裏などにあるカビなどを削って食べます。それがグネグネとした線状になって残されているのです。最後がセミの脱出口。地上に出る際、セミの幼虫が掘った穴ですね。羽化のために出る穴ですから、木がある場所に見られます。穴の大きさによって種類のちがいもなんとなくわかります。大人の小指くらいの太さの穴ならツクツクボウシやニイニイゼミなど小型のセミ、人差し指くらいならアブラゼミなど大型のセミの穴です。もしセミの脱出口を見つけたら、ぜひ子どもに指を入れさせて、ひんやりした感触を味わわせてあげてください。夏でも土のなかは涼しいということを体感できるはずです。これらは誰でも見つけやすいフィールドサインです。子どもが興味を示すようなら、親子で勉強をして、他のフィールドサインも探してみてほしいですね。『ナンコレ生物図鑑 あなたの隣にきっといる』佐々木洋 著/旬報社(2015)■ プロ・ナチュラリスト 佐々木洋さん インタビュー一覧第1回:「自然だし、仕方ない」現代の恵まれた子どもたちが“自然体験”から学ぶ重要なこと第2回:「虫が怖い」はこうして克服。ダンゴムシすら触れない子に、親は何をすればいい?第3回:自然観察=現場検証!?生き物の“痕跡”探しから始まる、都会でもできる自然体験第4回:カブトムシやクワガタが採り放題!夏休みに親子で作る“スーパーバナナトラップ”(※近日公開)【プロフィール】佐々木洋(ささき・ひろし)1961年9月30日生まれ、東京都出身。プロ・ナチュラリスト。公益財団法人日本自然保護協会自然観察指導員、東京都鳥獣保護員などさまざまな立ち場で自然解説活動をしたあと、「プロ・ナチュラリスト 佐々木洋事務所」を設立。「自然の面白さや大切さを多くの人とわかち合い、そのことを通じて自然を守っていきたい」という思いのもとに、25年以上にわたって、自然観察指導、自然に関する執筆・写真撮影、講演、テレビ・ラジオ番組の出演・企画・監修、エコロジーツアーの企画・ガイド等の活動をおこなう。著書に『ぼくはプロ・ナチュラリスト 「自然へのとびら」をひらく仕事』(旬報社)、『モリゾー・キッコロ 森へいこうよ! 会える! 虫図鑑』(宝島社)、『「調べ学習」に役立つ水辺の生きもの』(実業之日本社)、『よるの えんてい』(講談社)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年07月15日たまの休みくらいは、思いっ切り子どもを自然のなかで遊ばせてあげたい――。都市化が進み、誰もが多忙な時代だからこそ、そう考える親も少なくないでしょう。でも、親子ともに自然に触れる機会が減っているいま、親は子どもにどのように自然体験をさせてあげればいいのでしょうか。「プロの自然解説者」である、プロ・ナチュラリストの佐々木洋さんにお話を聞きました。アドバイスに先立って語ってくれたのは、子どもたちとの自然体験活動を通じて佐々木さんが感動したというエピソードです。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)いまもむかしも子どもたちの本質は変わらないわたしがおこなう子ども向けの活動は本当に多岐にわたっていて、それこそ虫ばかりを追いかけるようなこともあれば、ただのんびりと山を歩くということもあります。過去25年以上にわたっておこなってきた活動のなかでとくに印象に残っているエピソードをお伝えしましょう。その日、出掛けたのは干潟で、「泥んこ体験」をさせることが目的でした。幼い頃に干潟や田んぼで遊んだことがあれば、足の指と指の間を柔らかい泥が抜ける独特の感触を思い出すという人もいるでしょう。なんともいえない気持ち良さがありますよね。地方であれば、いまも干潟や田んぼで泥まみれになって遊んでいるという子どももいますが、都心部だとそうはいきません。連れて行った子どもたちは幼稚園の年長さんたちで、ひとりも干潟で遊んだ経験はありませんでした。当然、子どもたちはおっかなびっくりです。しかも、「汚れるとお母さんに怒られる」なんて思っている子どももいて、なかなか泥んこになりません(笑)。ところが、ある男の子が転んで泥だらけになっちゃった。すると、その瞬間、子どもたちが一斉に「わーッ!」と叫んで泥まみれになって遊びはじめたのです。わたしは、その光景を見ていて子どもたちにかけられた「現代の呪文」が解けた瞬間だと思いました。いまもむかしも子どもたちの本質は変わりません。ただ、いまの子どもたちは自然に触れる機会が激減しているというだけなのです。「ついに子どもたちの『本能』に火がついた」と、感動したことを強く覚えていますね。擬人化して虫への恐怖心を取り除く子どもたちが自然に触れる機会が減っていることを思えば、子どもを自然に親しませるには親などまわりの大人が工夫してあげることも必要かもしれません。虫が苦手だという子どもも多いものです。虫の怖さは人によってさまざまでしょうけど、ひとつは「自分でコントロールできない」ということが考えられます。自分で飼っている犬などのペットなら、その行動もある程度コントロールできますし、行動の予測もできるでしょう。でも、触った経験のない虫の場合はどんな動きをするのかがわかりません。だから怖いのです。だとしたら、それこそペットのように思わせてあげればいいのです。自然体験が少ない子どもなら、おとなしくて危険でもないダンゴムシでも触れないという子どももいます。そういう子どもにはダンゴムシに親近感を持たせてあげましょう。何匹かのダンゴムシがいたら、「どのダンゴムシが好き?」と聞いてみる。ダンゴムシを怖がる子どもなら、「いちばんちっちゃいダンゴムシ」なんて答えるかもしれません。そうしたら、「お父さんはこの大きくて格好いいヤツがいいな」「大きさがちがうから、もしかしたら親子かな?」なんて話してみる。いわば、擬人化するというわけです。そうすると、子どもは自分が選んだダンゴムシに親近感を持ちはじめます。他の虫には触れなくても、「『僕の、わたしのダンゴムシ』なら大丈夫」というふうに虫への意識が変わっていくのです。そうすれば、徐々に他の虫に対しての恐怖心も和らいでいくはずです。「子どもと一緒に体験する」という意識また、以前と比べて自然体験が減っているのは、大人も変わらないかもしれません。そういう親が子どもに自然体験をさせようとすると、つい「もっと勉強してから」と思ってしまいがちです。とくに教育熱心な親の場合、全部勉強してから教えようと考える真面目な人が多いのです。でも、そんなことをしているうちに子どもはどんどん成長してすぐに親と一緒に外で遊ぶような年齢ではなくなってしまいます。大切なことは「子どもと一緒に体験する」という意識です。公園で子どもに「この花、なに?」と聞かれて、その場で答えられなくてもなんの問題もありません。「なんだろうね?」「うちの近くにもあるかな?」なんて答えて、帰宅してから子どもと一緒に調べればいいのです。子どもとは、親が上から下に向かって教え諭すだけの対象ではありません。親もわからなくて知らないことであれば、子どもと同じ目線に立って一緒にワクワクドキドキしながら学んでみてはどうでしょうか。また、「同じ目線」という意味でいえば、実際の目線の高さを親子で交換することもおすすめします。親子で散歩をしているとき、子どもは目ざとく虫や花を発見しますよね。もちろん、目がいいということもあるのですが、それは子どもの目線が物理的に低いからです。地面に近いのですから小さな花にも気がつきますし、草木の葉の裏に隠れている虫も見つけられるというわけです。そこで、親が実際に子どもと同じ高さで周囲の自然を見てみる。逆に、子どもを抱っこしてあげて大人の目線から見える風景を味わわせてあげる。きっと、親子ともに新たな発見や感動があるはずですよ。『ナンコレ生物図鑑 あなたの隣にきっといる』佐々木洋 著/旬報社(2015)■ プロ・ナチュラリスト 佐々木洋さん インタビュー一覧第1回:「自然だし、仕方ない」現代の恵まれた子どもたちが“自然体験”から学ぶ重要なこと第2回:「虫が怖い」はこうして克服。ダンゴムシすら触れない子に、親は何をすればいい?第3回:自然観察=現場検証!?生き物の“痕跡”探しから始まる、都会でもできる自然体験(※近日公開)第4回:カブトムシやクワガタが採り放題!夏休みに親子で作る“スーパーバナナトラップ”(※近日公開)【プロフィール】佐々木洋(ささき・ひろし)1961年9月30日生まれ、東京都出身。プロ・ナチュラリスト。公益財団法人日本自然保護協会自然観察指導員、東京都鳥獣保護員などさまざまな立ち場で自然解説活動をしたあと、「プロ・ナチュラリスト 佐々木洋事務所」を設立。「自然の面白さや大切さを多くの人とわかち合い、そのことを通じて自然を守っていきたい」という思いのもとに、25年以上にわたって、自然観察指導、自然に関する執筆・写真撮影、講演、テレビ・ラジオ番組の出演・企画・監修、エコロジーツアーの企画・ガイド等の活動をおこなう。著書に『ぼくはプロ・ナチュラリスト 「自然へのとびら」をひらく仕事』(旬報社)、『モリゾー・キッコロ 森へいこうよ! 会える! 虫図鑑』(宝島社)、『「調べ学習」に役立つ水辺の生きもの』(実業之日本社)、『よるの えんてい』(講談社)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年07月14日共働き家庭が増え、親も子どもも忙しいいま、子どもが自然に触れる機会は以前と比べて減りつつあります。そもそも、幼いうちから自然に触れることは、子どもになにをもたらしてくれるのでしょうか。お話を聞いたのは、佐々木洋さん。職業は「プロ・ナチュラリスト」で、ご本人いわく「プロの自然解説者」です。まずは、プロ・ナチュラリストの仕事内容から語っていただきました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)老若男女を相手に自然の面白さを説く「自然解説者」わたしの仕事は「プロ・ナチュラリスト」です。耳にしたことがあるという人はあまり多くないかもしれません。というのも、これはわたしが商標登録をしているもので、一般的に広く知られた職業ではないですからね(笑)。仕事の内容をひとことでいえば、「プロの自然解説者」です。活動にはいくつかの柱があります。まずは幼稚園や保育所、小学校などで授業の一環として自然の大切さや面白さを話すというもの。それから、各地のホールなどでおこなう講演会や講習会。これらにはただ話をするだけではなく、実際に自然のなかで自然観察の指導をおこなうというものもあります。それから、書籍などの執筆活動に、テレビやラジオ番組の企画、出演です。講演会や講習会の対象は子どもたちということもあれば、子持ちかどうかにかかわらず大人の場合もあるし、外国人ということもある。場所、対象によって内容もさまざまですね。そもそもなぜわたしがこの仕事をはじめたかというと、単純に自然が好きだったということに尽きます。でも、学生時代の専門は英語音声学でした。学生の頃は英語を使った仕事をしようと考えていたのですが、自然の世界が懐かしくて戻ってきたという感じですね。わたしの出身は東京ですが、都内とはいえ河川敷がすぐそばにあって自然豊かな場所でした。その原風景がわたしをこの仕事に導いてくれたのです。「ありのままの自分でいい」と思わせてくれる自然の多様性いまの子どもたちは、かつてと比べて自然に触れる機会が圧倒的に減っていると感じています。とはいえ、自然の豊かさそのものは以前とほとんど変わっていません。都内であっても動物も虫もたくさんいて季節の草花も豊かに咲き誇るのに、それに触れる機会が減っているだけなのです。それが本当に残念でならない……。とくに幼児期から自然に触れることは子どもにたくさんのものを与えてくれます。それこそ、その「効能」には枚挙にいとまがありませんが、なかでもわたしが大切だと思っている3つの効能をお伝えします。第一に「多様性を知る」ということ。子どもは自分が好きなことであれば大人以上に熱心に知識を蓄えていきます。新幹線が好きな子どもであれば、どんな新幹線でもひと目見れば名前を答えることができるでしょう。でも、自然だとそうはいきません。どんなに虫が好きな子どもでも、幼稚園の園庭にやって来るすべての虫の名前をいうことはできないでしょう。わたしにも無理です。なぜかというと、それだけ多くの種類の生きものがいて、多様性に富んでいるのが自然というものだからです。しかも、もっといえば、それらのいろいろな生きものにはなにひとついらないというものもありません。人間からは嫌われることが多いカラスだって、自然界では食物連鎖の一部を担ってしっかり役に立っています。この意識は人間教育にもつながるものです。人はそれぞれすべてちがっていて、しかもちがっていていい。ありのままの自分を受け入れて力強く人生を歩むためには、幼い頃に自然を通じて多様性を知るべきなのです。思いどおりにならないなかで最大限の創意工夫と努力をするふたつ目の効能は、「究極の癒やしを与えてくれる」ということ。大人のみなさんだって、仕事や人間関係でストレスがたまれば、海を見たくなったり森のなかを散歩したくなったりすることもあるでしょう。これは子どもにもあてはまることです。子ども自身が大人のように意識しているかどうかは別として、自然のなかで受け取る癒やしが子どもの心をほぐして健やかに育ててくれるのです。3つ目は、「思いどおりにならないことがあると知る」こと。いまの子どもたちはかつてと比べて物質的には恵まれていますし、大人も以前ほど厳しく怒らなくなりました。ともすれば、そういう環境にある子どもは「なんでも思いどおりになる」と感じてしまいそうですが、自然だけはいまもむかしも変わらず思ったとおりにはなりません。どんなに丹精を込めて植物を育てても花を咲かせてくれないということもあります。「昨日、アゲハチョウを見た!」という友だちの話を聞いてその場所に行ってみても、今日は見つからないということもあるでしょう。そこで、子どもは子どもなりに「自然だし、仕方ない」と「あきらめる」ことを知ります。この「『あきらめる』ことを知る」ということが重要なのです。「あきらめる」というと、努力をやめるというイメージを持つかもしれませんが、そうではありません。努力や、それからお金などではどうにもならないということもあるのが世のなかです。自分がなんでも支配できるわけではないということです。仕事をしている大人でもそうですよね?人間関係などさまざまな要素が絡む仕事では、ひとりの人間が思いどおりにできることは限られています。でも、その制約のなかで最大限の創意工夫と努力をする。「どうすれば花を咲かせられるか」と考える。自然と触れるなかで得るその姿勢こそが、子どもを大きく成長させてくれるはずです。『ナンコレ生物図鑑 あなたの隣にきっといる』佐々木洋 著/旬報社(2015)■ プロ・ナチュラリスト 佐々木洋さん インタビュー一覧第1回:「自然だし、仕方ない」現代の恵まれた子どもたちが“自然体験”から学ぶ重要なこと第2回:「虫が怖い」はこうして克服。ダンゴムシすら触れない子に、親は何をすればいい?(※近日公開)第3回:自然観察=現場検証!?生き物の“痕跡”探しから始まる、都会でもできる自然体験(※近日公開)第4回:カブトムシやクワガタが採り放題!夏休みに親子で作る“スーパーバナナトラップ”(※近日公開)【プロフィール】佐々木洋(ささき・ひろし)1961年9月30日生まれ、東京都出身。プロ・ナチュラリスト。公益財団法人日本自然保護協会自然観察指導員、東京都鳥獣保護員などさまざまな立ち場で自然解説活動をしたあと、「プロ・ナチュラリスト 佐々木洋事務所」を設立。「自然の面白さや大切さを多くの人とわかち合い、そのことを通じて自然を守っていきたい」という思いのもとに、25年以上にわたって、自然観察指導、自然に関する執筆・写真撮影、講演、テレビ・ラジオ番組の出演・企画・監修、エコロジーツアーの企画・ガイド等の活動をおこなう。著書に『ぼくはプロ・ナチュラリスト 「自然へのとびら」をひらく仕事』(旬報社)、『モリゾー・キッコロ 森へいこうよ! 会える! 虫図鑑』(宝島社)、『「調べ学習」に役立つ水辺の生きもの』(実業之日本社)、『よるの えんてい』(講談社)などがある。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年07月13日大人ならあたりまえのように使っている「数」。日常的に使うものだけに、子どもの頃にどのように理解したのかをほとんどの大人が覚えていません。算数が苦手な子どもにしないため、小学校に入る前に「せめて数だけでも教えておきたい」と考えても、その方法はなかなか思いつかないのではないでしょうか。そこで、『しまじろうのわお!』(テレビ東京)などの幼児教育番組や幼児向け教材の監修を行っている、静岡大学情報学部客員教授の沢井佳子先生に、数や時間の概念を子どもに教えるためのアドバイスをしてもらいました。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)数を数えられても数を理解できない子ども子どもに数を教えようとして、お風呂の湯船につかるときに「最後に10まで数えたら上がっていいよ」といったことをしている親は多いのではないでしょうか。それで、きちんと順に1から10まで数えられるからといって、子どもが数を理解しているとはいえません。たとえば、10まで数えられる子どもに7つのドーナツを見せて、「ドーナツがいくつあるか、数えてごらん」といってみると、一つひとつのドーナツに対応しない指さしをしながら「1、2、3……10!」と10まで数えてしまうことはよく見られます。これは、10までは数を唱えることができるけど、「何個」という個数を表す数の意味はわかっていないからです。ひとことで数といっても、さまざまな概念が含まれます。7つのドーナツの個数が7だと示す数は「集合数」と呼ばれます。また、1番目、2番目というふうに順番を示す数は「順序数」といいます。他にも、住所の番地など、いわば「名前」のように使われる数もあります。このように、数の概念は、単純ではありませんから、数の意味を正確に学ぶのにはかなりの時間がかかるのです。また、順序数を理解できても、集合数は理解できないということもあります。7つのドーナツの順番はわかって「1、2、3……7」というふうに、7番目のドーナツでちゃんとストップして数えたのに、「じゃ、ドーナツは全部でいくつ?」と聞いてみると、「10!」とか「8!」などと答えるケースも珍しくありません。「全部」を「10」だと信じていたり、あるいは次の数だと思ったりしている子ども多いのです。お風呂の例のように、1から10まで数の名前を順番にいうというのは「数唱(すうしょう)」というものです。子どもが集合数や順序数を理解しないまま、ただ数を10までいえるよう鍛える教え方は、それは意味もわからずにお経を唱えさせることとなんら変わりません。ただ「長い言葉」を覚えただけなのです。10までの自然数を理解できれば足し算も引き算もできるこれまでわたしが監修をしてきた幼児向けの教材では、3歳は5までの集合数、4歳は10までの集合数を教えるようにしています。「少ないのではないか?」と思う人もいるかもしれませんね。でも、10までの順序数と集合数の「意味」さえ確実に理解できれば、足し算も引き算も、数のイメージを思い浮かべながらできるようになります。それは、自然数というものの構造を理解できたということだからです。10までの順序数と集合数を家庭で教えるにはブロックを使ってみてください。まずは紙に「1、2、3……10」と10番までの数字、つまり順序数を書きます。そして、それぞれの場所に順序数と同じ数のブロックを積み上げる。こちらは個数ですから集合数になります。すると、1個から10個までのブロックが階段状に並ぶことになります。1番目には1個、3番目には3個、というふうに、横方向の順序数と縦方向の集合数の関係は一目瞭然です。これは、数の階段のイメージであり、「nの数の次はn+1の数」という自然数の系列の姿を表します。このような「数の階段」を自分でつくれば、5番に並べられているブロックの数は3番に並べられているブロックより2個少ないということも見ればわかりますから、足し算や引き算についての理解を助けることにもなるのです。生活のルーチンの繰り返しと体感が導く時間と時計の理解また、「数の保存」という概念も子どもにとってはなかなか理解できないものです。5つのブロックは、間隔を空けて点々と並べても、ぎゅっと縮めて並べても同じ5個です。でも、子どもの場合、「どっちが多い?」と聞くと、あたりまえのように「こっち!」と前者を指すことがあります。個数とは関係なく、ものが置かれている面積が広いほど、個数も多いと感じてしまうのです。この「数の保存」を子どもが学ぶには、ブロックなどを使って何度も置き方を変えながら個数を数えて、どんな置き方をしても個数は変わらないという経験を、親が増やしてあげる必要があります。重要となるのは、ブロックなどの具体物を使って手で触れさせながら教えること。この手を動かす「実感」こそが、子どもの理解を助け、小学校に入った後には算数の文章題を読んだときのイメージを助けることにもなります。また、「実感」が必要ということでいえば、「時間概念」の理解にも実感が欠かせません。幼い子どもは「朝、昼、晩」「朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯」といった日々の生活習慣の繰り返しのなかで徐々に時間というものを感じていきます。そして、3、4歳になれば、季節の移り変わりを1年前、2年前と比べることもできるようになる。その記憶を伴った実感が時間概念を子どもに理解させるのです。そうして、時間の大きな流れを理解すると、今度は生活習慣が「時計」の理解を助けてくれます。同じ朝といっても、6時と7時ではちがいます。とはいえ、時計の存在を知らない子どもにとってはそのちがいはなかなかわからないでしょう。でも、毎日6時に起きる子どもが、その日はたまたま7時に起きてしまったなら、テレビでやっている番組もいつもとちがうことがわかります。こういった経験によって子どもは時計の存在、時計を読むことの重要性に気づいていくのです。数にしても時間にしても、幼いうちから無理やり詰め込むような教え方にはほとんど意味はありません。とくに、人間の数量概念や時間の知覚などの発達にまったく関心がない大人が数字や計算ばかりにこだわって教えることは、子どもを数嫌いにさせかねません。焦ることなく、「実感を伴った経験」を増やしてあげてください。それが、結果的には子どもの数や時間の理解を深めてくれるでしょう。■ 静岡大学情報学部客員教授・沢井佳子先生 インタビュー一覧第1回:“○歳だからこれができないとダメ!”その思い込みから親を解放する「発達心理学」入門第2回:幼い子どもの言葉が格段に豊かになる、親から子への「実況中継」という方法第3回:「10まで言えるのに、5個が数えられない」?未就学児への“数”と“時間”の教え方第4回:「非認知能力」という名称の流行が生んでしまった“誤解”と“困った副作用”(※近日公開)【プロフィール】沢井佳子(さわい・よしこSAWAI, Yoshiko)1959年生まれ、東京都出身。チャイルド・ラボ所長、静岡大学情報学部客員教授。認知発達支援と視聴覚教育メディア設計を専門とする。学習院大学文学部心理学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。同大学院人間文化研究科博士課程単位取得退学。専攻は発達心理学。幼児教育番組『ひらけ! ポンキッキ』(フジテレビ)の心理学スタッフ、文教大学人間科学部講師などを経て現職。他に、日本こども成育協会理事、人工知能学会「コモンセンス知識と情動研究会」幹事、日本子ども学会常任理事などを務める。幼児教育シリーズ『こどもちゃれんじ』(ベネッセコーポレーション)の「考える力」プログラム監修、幼児教育番組『しまじろうのわお!』(テレビ東京系列/2016年国際エミー賞子ども番組部門ノミネート、2019年アジアテレビ賞受賞)の監修など、多様なメディアを用いた幼児向け教材やテレビ番組の制作におけるコンテンツ開発に携わっている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年07月11日我が子が、果たして順調に言葉や文字を覚えてくれるだろうか――。幼い子どもを持つ心配性の親なら、そんな不安を抱えているかもしれません。そこで、発達心理学を専門とし、『しまじろうのわお!』(テレビ東京)などの幼児教育番組や幼児向け教材の監修を行っている静岡大学情報学部客員教授の沢井佳子先生に、言葉や文字を子どもに効果的に教える方法を聞きました。まずは、その前の段階、まだしゃべらない子どものコミュニケーションについて教えてもらいます。構成/岩川悟取材・文/清家茂樹写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)赤ちゃんのときの動作に言葉を覚える前兆を見るまだしゃべらない子どもでも、あとあときちんと話せるようになるかどうかを確認する方法があります。その方法は、生まれて間もない赤ちゃんの段階でもできることです。対話の基本はキャッチボールのように交互に話すことですよね?Aさんが話しているときはBさんが聞く。そして、Aさんが話し終わったあとでBさんが話す。それと同じことが赤ちゃんの行動にも見られるのです。親が「○○ちゃん、かわいいね」というと、赤ちゃんは親を見てじっとしている。そして、いい終わったあとに自分の手足を動かす。こういう答えるような動作が見られるようでしたら、心配ありません。こうした行動から、その子どもには対話へと発達するベースが備わっていることがわかるのです。また、2、3歳になってもなかなかしゃべらないとなると、やはりおうちのかたは心配でしょう。その段階になるまでに、発達上の問題がないかをチェックする方法があります。赤ちゃんは1歳になる前頃から「指さし」をするようになります。あるいは、はっきりとした指さしをしなくても、親が見る方向を一緒に見ます。たとえば、お母さんが犬を見て、「あ、ワンワンがいるよ」といったとします。その言葉を聞いて、子どもはお母さんが見ている方向を見る。これは「共同注視」と呼ばれます。別のパターンとしては、親の前でテレビを見ていた子どもが、ある場面で親のほうを振り返るということもあります。これは、まだしゃべれなくても、「面白いよね?」「お父さんも見ているよね?」と伝えようとしているということで、「社会的参照」と呼ばれ、他の霊長類にはあまり見られない、人間の子ども特有の行動です。これらは「前言語的コミュニケーション」と呼ばれる行動で、いわば「言語のもと」といえます。こういう行動が見られるようであれば、言葉が出てくるのは時間の問題。心配の必要はありません。ひらがなを覚えるための第1ステップは「音節分解」こうして子どもがしゃべるようになると、熱心な親なら五十音を順に書かせるなどして幼い子どもにひらがなを覚えさせようとするかもしれません。でも、残念ながら、しゃべりはじめたばかりの子どもにいきなり文字を覚えさせることにはあまり意味がないのです。なぜなら、まずは「聞き取る」ことが大事だからです。その視点から、ひらがなを読む、覚えるために必要となる準備として「音節分解」があります。たとえば、「たぬき」という文字を覚えるにも、まずは「た・ぬ・き」と音節ごとに分解できる必要があります。幸い、日本語のひらがなは一部の例外を除いて1音節に1文字が対応しています。英語の場合、「ノック」という1音節の発音の言葉でも文字にすると「knock」と5文字にもなる。つづりを覚えるのがやっかいですよね。英語と比較しても、日本語の「ひらがなの読み」は幼児にとって学習しやすいのです。言葉や文字の勉強というと、つい紙と鉛筆でするものをイメージしてしまいます。でも、紙と鉛筆では音節という概念を学ぶことは簡単ではありません。目と耳と口と動作を通して、音節の区切りを学ぶことが大切です。この音節分解を学ぶためには、わたしが監修したものも含めて音声や映像で教えるビデオ教材がありますから、そういうものをご覧になるとわかりやすいでしょう。注意してほしい点は、「音節分解ができなくても文字が読めるように見える」子どもがいるということ。電車が好きな子どもなら、「とうきょう」という駅名標のひらがな表記を見て「トーキョー」と声に出すことがあります。ただ、それはきちんとひらがなを読んでいるわけではなく、「とうきょう」という文字の連なりを絵のようなまとまり(パタン)として記憶し、それに「トーキョー」という音をペアにして覚えているに過ぎないのです。そこで勘違いして、「うちの子はもうひらがなが読めている」なんて思ってはいけません。まずは音節分解ができるようになること。それができてから、本当に、ひらがなという表音文字を読む……という言葉の学習がはじまるのです。とくにオノマトペの学習に有効な「実況中継」そして、子どもの語彙を豊かにしてあげたいのなら、親が「実況中継」するということをぜひ心がけてください。いまこの瞬間に起きていることを、いちいち言葉で表現して、目の前の出来事を実況中継するのです。そうすることで、紙と鉛筆で書くという学びでは得られない、生活の感覚の「実感」を伴って子どもが言葉を覚えることにつながります。これは、とくに擬態語や擬音語などのオノマトペ(※)を子どもが学ぶ際にはとても有効な手段です。たとえば、子どもがご飯を食べているときに口のまわりを汚してしまったなら、「口のまわりが『べたべた』になっちゃったね」「水で洗ったら口のまわりが『さっぱり』して『さらさら』になったね」というふうに言葉で実況するのです。そうすると、子どもの脳には「べたべた」「さっぱり」「さらさら」という言葉の音が、べたべたの触覚などの、ライブの身体感覚を伴って入っていきます。これらの感覚は紙と鉛筆で学べるものではありません。紙と鉛筆を用意してわざわざ勉強をするという場面をつくらなくてもいいのです。親が実況中継をすれば、日常のなかで子どもは、微妙なニュアンス、感覚の違いとともに言葉をどんどんと覚えていくのですから。※オノマトペ:自然界の音や声、ものごとの状態や動きなどを象徴的に表した語。擬態語、擬音語、擬声語など■ 静岡大学情報学部客員教授・沢井佳子先生 インタビュー一覧第1回:“○歳だからこれができないとダメ!”その思い込みから親を解放する「発達心理学」入門第2回:幼い子どもの言葉が格段に豊かになる、親から子への「実況中継」という方法第3回:「10まで言えるのに、5個が数えられない」?未就学児への“数”と“時間”の教え方(※近日公開)第4回:「非認知能力」という名称の流行が生んでしまった“誤解”と“困った副作用”(※近日公開)【プロフィール】沢井佳子(さわい・よしこSAWAI, Yoshiko)1959年生まれ、東京都出身。チャイルド・ラボ所長、静岡大学情報学部客員教授。認知発達支援と視聴覚教育メディア設計を専門とする。学習院大学文学部心理学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。同大学院人間文化研究科博士課程単位取得退学。専攻は発達心理学。幼児教育番組『ひらけ! ポンキッキ』(フジテレビ)の心理学スタッフ、文教大学人間科学部講師などを経て現職。他に、日本こども成育協会理事、人工知能学会「コモンセンス知識と情動研究会」幹事、日本子ども学会常任理事などを務める。幼児教育シリーズ『こどもちゃれんじ』(ベネッセコーポレーション)の「考える力」プログラム監修、幼児教育番組『しまじろうのわお!』(テレビ東京系列/2016年国際エミー賞子ども番組部門ノミネート、2019年アジアテレビ賞受賞)の監修など、多様なメディアを用いた幼児向け教材やテレビ番組の制作におけるコンテンツ開発に携わっている。【ライタープロフィール】清家茂樹(せいけ・しげき)1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
2019年07月10日