舞台「錆色のアーマ」シリーズの最新作「外伝 -碧空の梟-(あおのふくろう)-」が現在上演されている。開幕直前に、出演者の黒氷役・平田裕一郎と藤白役・石渡真修に話を聞いた。「去年、上演が延期になってしまい、この度ようやく届けられる。その喜びが一番大きいです!」と平田が話すように、’20年6月の上演が延期され、今回は満を持しての開幕となった本作。出来上がった作品について石渡は「いい意味で一回じゃ見きれません。劇場が円形なので場所によって見える物語が違いますし、今まで以上にキャラクターたちの関係性に特化した作品になっているので」と自信をのぞかせた。戦乱の世を舞台に、天下統一を夢見た男たちの生き様を描き出す、史実に基づいたオリジナルストーリーを描いてきたシリーズだが、今作は初の外伝。秀吉との戦を脱し、紀州の山奥に里を移そうとしていた紀の国、雑賀衆が、謎多き梟の橘三兄弟と交錯していく、新たな“巡り合わせ”の物語が紡がれる。劇中で描かれるものはなにかと尋ねてみると、石渡は「愛憎」、平田は「愛」と少し違った答え。石渡は「憎しみと愛は紙一重だなと感じる作品です。その表現は舞台セットを使ってうまくあらわれていると思うので、そこにも注目していただければ」、平田は「兄弟、仲間を思う愛が、形は違えどそれぞれのテーマになっていると思いますね」と語る。新キャラクターの「橘三兄弟」についても「三人のバランスが絶妙で、見ていて、切なく愛おしいです」(石渡)、「三人の絆が素晴らしくて毎回涙腺がやられます」(平田)と話すなど、さまざまな面から心揺さぶられるストーリーになっているようだ。いわゆる“2.5 次元舞台”の流れとは逆で、まず舞台版が生まれ、そこからメディアミックス展開を図っていく“逆 2.5 次元”の「錆色のアーマ」プロジェクト。原作となる舞台シリーズの魅力を、第一弾から出演する平田は「まずはタイトルでもある”武器“。アーマがそれぞれカッコいいです。あとは人間臭さや、キャラクターの背景にある苦悩や葛藤、友情が描かれていること。どっぷり引き込まれますよ」と語る。さらに出演者にとっての魅力は、第二弾から出演する石渡は「キャラクターを自分が作ること。役者の力量が試されますし、だからこそ魅力的になるよう作れることは、役者にとっての魅力でもあります」。平田が「“梟”の三兄弟と鶴首の悲しくも温かい絆の物語ですが、個人的には、黒氷(平田)と藤白(石渡)の友情物語でもあります。前作より濃くなった白黒コンビにも注目してもらえたら!」と一押しする本作は、4月29日(木・祝)まで東京・品川プリンスホテル クラブ eXにて上演中!文:中川實穗
2021年04月21日読みたい本、読まなくてはならない本はたくさんあるのに、一向に「積ん読(つんどく)」が減らない。そんな状況下で、「本が早く読めたらいいな」と思っている人は少なくないのではないでしょうか。けれど速読に興味があっても、なんだか難しそう、としり込みしてしまう人も多いはず。でも、楽しくレッスンを受講しながら読む速度を速める手段があります。インストラクターの平井ナナエさんが開発した、「楽読」という速読トレーニングがそれ。右脳を活性化させる、まったく新しい速読法です。平均して3か月のレッスンを受けた後には、ほとんどの人の読む速度が上がるといいます。人によっては、7倍も速くなるというのですから驚きです。レッスンでは、現在の読書速度を数値化し、レッスン後にふたたび数値化することで、速度が上がることを視覚的に実感できるそうです。なにが楽なのか、なぜ早く読めるようになるのか、楽読の創始者である平井さんにお話をうかがってきました。■本を読めなかった平井さんが楽読を始めた理由文字を読んで理解するというのは、左脳の働きです。ところが、平井さんは根っからの右脳人間。子どものころから、本を読むのが苦痛で仕方なかったといいます。これについて「本を読むと、左脳が優位になってしまうのが嫌だったのでは?」とご自分で分析されていました。そんな平井さんが速読を知ったのは、3人の子どもを抱えてシングルマザーとしてバリバリ働いていた30代前半のころ。本にまったく興味のなかった平井さんを説き伏せて、友人が速読の第一人者の方を紹介したそうなのです。そこで、いきなり読書速度が3倍以上になったことに驚いた平井さんは、「私は単純だから、これはすごいと思いました。なにせ、それまで本を完読した記憶がほとんどなかったですからね」と語ります。当時の営業の仕事は完全歩合制でしたが、シングルマザーで働く時間も限られていたのにもかかわらず、平井さんは好成績を出していました。ところが、平井さんのまわりには高学歴でも自信をなくして辞めていく人が後を絶たなかったそうです。平井さんの営業時代は、そんな彼や彼女たちを前に、無力感を味わった時期でした。「いくら『あなたにもできるよ』っていっても、『自分には無理』とあきらめてしまうんです。できると思った人はできる、できないと思った人はできない、ただそれだけの違いだと感じていたので、自信のない人がやればできるんだ、と思える方法を自然と探していたような気がします」そんなとき、速度の読書速度が可視化される仕組みに感動し、自信がない人が自信をつけるために「このツールは使える!」と思ったそうです。「なぜなら自信がない人は、目に見えないことには自信を持てないからです」そして、当時の速読のトレーニングをより改良し、楽読の開発に至りました。ちなみに楽読というネーミングには、続けるためには楽しくなくては、という想いが込められているそうです。■楽読は右脳のフル稼働によって本が速く読める人の脳は文字を見ると、理解しようと左脳が働きだすと先に書きました。しかし楽読はそのような読み方ではなく、右脳を使った読み方を、レッスンを通じて身につけていくのだそうです。「文字を理解せずに、見ることだけをしてもらいます。見る力が増すと、結果的に、理解する力が増します。そもそも私たちって、意図的に文字をただ見ることって、生まれてきてからしたことがないんですよ」楽読では、ひとつのことしかできないという左脳の性質を利用し、左脳が処理しきれないくらいの負荷をかけてフリーズさせた上で、右脳をフル稼働させるというユニークなトレーニングを導入しているそうです。具体的には、「本を見ながら(読みながらではなく)、速度の速い音声をバックに流し、周辺にも気を配りながら、受講生同士で会話をする」というトレーニングなのだとか。実は、右脳は複数の作業を同時にすることが得意だそうです。できない、と思ってしまうのは、それまでそんな脳の使い方をしたことがなかったからなのですね。ちなみに、速読以外の効果ですが、税理士系の専門学校でセミナーを行った際、その後受講生になった人たちのなかから、何人も税理士試験の合格者が出たそうです。■楽読でコミュニケーション能力も劇的アップ!楽読にはさらに、その他の効果もあるそうです。平井さん自身が気づいたことは、毎日時間に追われてイライラしていたのに、いつのまにか時間のゆとりが生まれていたということ。また、コミュニケーション能力も上がるそうです。「左脳が優位な人は、コミュニケーションをとるのが苦手なんですね。人と話していても、常に自分の話したいことが勝ちます。アウトプットが優位だからです。多くの大人は左脳優位で、ただ人の話を聞く、ということができないんです。赤ちゃんは右脳優位です。右脳が優位というのはインプット優位ということですね」すぐに批判したり、ジャッジしたりするのも左脳の仕業なのですね。物事をありのままに受け入れることは、自分をありのままに受け入れることと関係がありそうです。事実、楽読を経験して、先天性の脳の疾患でコミュニケーション不全だった人がふつうに会話できるようになった人や、うつ病が治った人までいるそうです。*もともと自己肯定感が高い人は存在します。平井さんがそうだったようで、ほめるのが上手な幼稚園の先生との出会いにより、2歳のときにはすでに「自分はなんでもできる」と思っていたそうです。ですが平井さんは、「たとえほめてくれる人がいないまま育ったとしても、人は生きている限り、いつでもチャレンジできる、と思っています」といいます。インタビューは、子どものような無邪気さとパワフルさの同居する彼女の魅力に包まれたひとときでした。(文/石渡紀美) 【取材協力】※平井ナナエ・・・1969年10月18日生まれ。18歳のときに結婚するが、23歳のときに3歳、2歳、1歳の娘を連れて離婚。それに伴い、通信機器の販売営業で独立する。その後、2004年に楽読(速読)と出逢い、2005年、塾へ楽読(速読)のDVD販売営業からスタート。同年12月から大阪本町でおじの会社の会議室を借りて、スクールをスタート。その後、全国にスクールを増やし、現在スクールの数は54。2014年には韓国にて初の海外スクールをオープン。現在4人の孫がいる。 【参考】※楽読ホームページ※楽読研究所&ピース小堀(2013)『世界一楽しい速読』学研マーケティング
2016年07月31日現在、世界には約7,000もの言語が存在しているそうです。なかには、説明すればなんとかニュアンスは伝わるけれど、それ以外の言葉では表せないような言葉もあるのでしょう。創元社から今年4月に発行された『翻訳できない世界のことば』は、著者のエラ・フランシス・サンダースさんが世界から集めた52の「翻訳できない」言葉のコレクション。ユニークなイラストもエラさんによるもの。この素敵な本について、著者のエラさんにお話をうかがうことができたので魅力をご紹介します。■ほかの言葉に翻訳できない言葉の魅力とはまず、どのようにして52の言葉たちを集めたのかをお聞きしたところ、「普遍的なおもしろさ」を基準にしたと教えていただきました。「本で知ったり、人から聞いたり、インターネットなどでふと目にした言葉を集めてリストにしたんです。200種のなかから、普遍的なおもしろさがあるかどうかを考えて厳選しました。それから、言葉にあったイラストが描けるかどうかもポイントでしたね」確かに、イラストがあるだけで言葉の意味の伝わりやすさが変わりますよね。それでは、これらの言葉のなかで特に「翻訳できない」言葉にはどんなものがあるのでしょうか。「この本にはイラストがついているので、その言葉がどんなふうに、どんなシチュエーションで使われるのかはわかりやすいと思います。ただ、スウェーデン語のfika(フィーカ)は、ニュアンスを伝えるのが難しい言葉です。スウェーデン人にとってはこれがなくてははじまらないくらいの、しきたりみたいなもの。本には書かなかったのですが、fikaは別にコーヒーがなくてもいいし、ひとりでもいいし、日常のなかの束の間の休息も、カフェで本を読んでいても、fikaです。もちろん、fikaにコーヒーはぴったりですけどね」また、ドイツ語でぬるいシャワーを意味する言葉warmduscher(ヴァルムドゥーシャー)については、どちらかといえばよくない言葉なんだそうです。「これは、“少々弱虫で、自分の領域から決して出ようとしない人”のことをいいます。平坦ですが、意味深長な罵りの言葉です」こんなにおもしろい言葉を翻訳できないなんて、なんだかちょっともったいないような気もしますよね。■実は日本人がなにげなく使う言葉が魅力的とはいえ、私たち日本人にもっとも親しみがあるのはやっぱり日本語です。そこで、エラさんに日本語のイメージについてうかがってみました。「とても美しく、詩的で、歴史的なルーツを内包している言語だと思います。まだ数えるくらいしか日本語の言葉や概念(たとえば、間など)を知らないのですが、いつかもう少し学んでみたいと思っています」ちなみに、本書に載っている数ある言葉のなかからお気に入りの言葉をお聞きしたところ、なんと日本語の「Boketto(ぼけっと)」がダントツでお気に入りだとのことでした。なにをするでもなく、ぼんやりとしているさまを表すものですが、日本人がなにげなく使っている言葉に、イギリス人のエラさんが惹かれるのはうれしい驚きでした。本書には、他にもいくつかの日本語が紹介されています。ですが、どんな言葉が載っているのかは、お楽しみということにしておきます。■ほかの言葉に翻訳できない言葉が消滅中!じつは、世界では2,500もの言語が消滅の危機に瀕しているといわれています。本書のなかでも、イディッシュ語やヤガン語、ゲール語といったあたりは危険なカテゴリーに入ります。その言葉でしか表しきれないニュアンスを持つ言葉が消えゆく運命にあるとしたら、それはとても大きな損失なのではないでしょうか。たとえば、チリのティエラ・デル・フエゴの近辺にくらす原住民の話すヤガン語には、こんな素敵な言葉があるそうです。「Mamihlapinatapai(マミラピンアタパイ)」・・・同じことを望んだり考えたりしている2人の間で、なにもいわずにお互い了解していること(2人とも言葉にしたいと思っていない)なにごとも言葉や論理に頼る現代社会においては、この言葉の意味する行為はむしろ洗練されているとさえ感じます。お互いへの揺るぎない信頼がなくては成立しない言葉ともいえるかもしれません。*一部の言語が消滅の危機にあると知って、「もし日本語がなくなってしまうのであれば、自分はどんな言葉を残したいだろうか」なんてことを考えてしまいました。エラさんの素敵なイラストと共に言葉の説明がついている本書は、すでにアメリカでベストセラーになっており、世界七か国語に翻訳もされています。自分のなかにたしかにある、だけど言葉にならない想いにぴったりはまる言葉が、もしかしたら外国語のなかからみつかるかもしれません。(文/石渡紀美) 【取材協力】※エラ・フランシス・サンダース・・・20代の著者、イラストレーター。さまざまな国に住んだことがあり、一番最近ではモロッコ、イギリス、スイスなど。フリーでスタイリッシュなイラストレーションの仕事をしながら、本を作りたいと思っている。質問も受け付け中。 【参考】※エラ・フランシス・サンダース(2016)『翻訳できない世界のことば』創元社※世界の言語の百科事典Ethnologue※UNESCO Atlas of the World’s Languages in Danger
2016年07月20日キレイなオフィスやトイレは、従業員のモチベーションを上げてくれます。では、キレイになりさえすれば、掃除は誰がやっても同じなのでしょうか。今回ご紹介する一冊は、『掃除と経営 歴史と理論から「効用」を読み解く』(大森信著、光文社)です。大阪商工会議所が行った「企業経営における『清掃、整理・整頓、清潔』に関するアンケート」では、掃除を自前で行っている企業と外注している企業を比較した場合、すべての項目において自前企業の方がモチベーションは高い、という結果になったそうです。「売上が向上した(新規顧客・取引先の獲得など)」にいたっては、外注1.3%であるのに対し、自前12.7%と、なんと1ケタも違う結果だというのですから驚きです。古くて新しい、21世紀の「掃除と経営」論を、著者の大森さんに詳しくお聞きしてきました。■掃除は「必要なムダ」である!現代のビジネスシーンでは、ムダは嫌われ者です。特に、経営学の主流とされるアメリカ型の企業においては、本来の業務に直結しない掃除など、ムダの最たるものだといえるでしょう。大森さんの持論はこうです。「掃除は“必要なムダ”だと考えています。たとえば企業が新しいビジネスにチャレンジしようとします。が、『余裕がないとできない』という理由から、チャレンジしないことにします。その結果、さらに余裕がなくなっていき、じり貧の状態に陥ってしまいます。そんなとき、掃除は企業に余裕を与えるひとつのきっかけになりうるのです」もう少し具体的にお聞きしてみました。「自前掃除を導入してすぐは、反発も出るでしょうし、かなりバタバタすることが考えられます。それでもやらなくてはならないとなると、掃除の時間の捻出方法を従業員は考えはじめます。そのためには、いままでの仕事のやり方の見なおしをせざるを得なくなり、その結果、仕事のやり方が改善されるのです」「掃除ができない理由は、ビジネスのできない理由と似ている」という大森さんの指摘も興味深いものでした。■掃除の導入で社員の離職率低下本来の仕事でないことをやらされると、人は思索をはじめる、と大森さんはいいます。効率ばかりに目が向いていると、掃除なんて時間とお金のムダだと早急に判断してしまいがちですが、大森さんは次のように指摘します。「あまりにも早くムダとムダでないものを切り分けてしまって、本当はムダでないものを捨ててしまう危険があります」いってみれば掃除は、ビジネスに即効性はないものの、長い目で見て必要なことを育てるのに適したツールということかもしれません。実際に、大森さんが見てきた地方の企業は、掃除を導入することで、若手社員の離職率が下がったそうです。掃除は決して楽しいものではありませんが、仕事と違って、成果が出やすいという利点があり、そこにおもしろさを感じる若手社員は少なくないようです。入社してすぐに仕事で成果を出すことは至難の業ですが、その点、掃除は気軽なもの。いったん掃除に楽しみを見出すと、仕事で使っている道具にも愛着がわいてきますし、会社そのものにも愛着がわき、その結果、会社に貢献したい気持ちが出てくるのですね。■掃除を重視する企業は海外にも掃除と経営を結びつけた考えは、日本以外では受け入れられないのでしょうか。掃除に重きを置いている海外企業はないわけではありません。たとえばアメリカ発祥のディズニーランドには、掃除に特化したスタッフがいます。ただし、この掃除の目的は、「ディズニーランドという夢の国にはゴミひとつ落ちていない」というコンセプトに基づくものであり、掃除による自分磨きという側面はまったくありません。ベルギー発祥のゴディバも、掃除に関しては並みならぬ教育と指導をするそうですが、食品販売の場である店舗の清潔さを保つこと以外に、掃除の目的はないといいます。また、日本の歴代の名経営者のように、トップが自ら掃除をするということは、欧米の企業ではまずありません。大森さんによると、欧米企業の掃除が「目的重視」であるのに対して、日本企業のそれは「手段重視」といえる、ということでした。では欧米以外の企業ではどうでしょうか。近年、海外産業人材育成協会(HIDA)が、日本企業が大切にしてきた掃除と経営の関係性についての講義を、新興国の企業経営者向けに行ったそうです。初めは行動主導の掃除に対して冷ややかな受講生もいるそうですが、講義が終わる頃には多くの受講生が自社でも取り組んでみる、と宣言したそうです。なかには、宿泊施設内のトイレの掃除をさっそくはじめた人までいたとか。■掃除活動は人をつなげてくれる思想や宗教によって人々が結びついていた時代は終わりをつげ、多様性(ダイバーシティー)が重んじられる時代が到来しています。企業という枠組みのなかで、出自も宗教も性的指向も異なる人たちがのびのびと実力を存分に発揮するには、彼らをつなぐなにかが必要で、ダイバーシティー教育を始めている企業も少なくありません。大森さんはいいます。「ある程度のダイバーシティーの進んだ企業には、思想による連帯は可能かもしれませんが、今後、さらに大きなレベルのダイバーシティーになると、ひとつの思想で人々を縛ることは難しいのではないでしょうか。掃除は活動で人々をつなぎます。掃除に代わるプラクティスも探しているのですが、掃除を超えるものはなかなか見つからないのです」*実は「ビジネスの現場に自前掃除なんて古臭いのでは?」と思っていた筆者ですが、本書を読んで、すっかり考えが改まってしまいました。これからの時代、持続可能な企業になるためには、「これをすれば大丈夫」ということはないかもしれません。けれど、掃除ならばたいしたコストもかかりませんし、職場はキレイになるのですから、損はないですよね。(文/石渡紀美) 【取材協力】※大森信・・・1969年大阪府生まれ。日本大学経済学部教授。上智大学経済学部非常勤講師。2001年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)。東京国際大学商学部助教授などを経て現職。著書に『トイレ掃除の経営学』(白桃書房)、『そうじ資本主義』(日経BP社)などがある。大阪紹介会議所「掃除でおもてなし研究会」座長。 【参考】※大森信(2016)『掃除と経営 歴史と理論から「効用」を読み解く』光文社
2016年07月16日ここ数年でメディアに登場するようになった、「不食」という言葉を聞いたことがありますか?ダイエットでもない、断食でもない、ただ「食べない」という生き方を選んでいる人が、世界にはすでに10万人いるといわれているそうです。「でも、なにかしらは食べているだろう」と思うのが一般的な見解でしょうが、5月に発売された『不食という生き方』(秋山佳胤著、幻冬舎)の著者である秋山佳胤さんは、2008年の3月から一切の飲食をしないで現在に至っているそうです。水さえも飲まないと聞くと、にわかには信じられない気がしますよね。この本には、それまで普通に食事をしていた秋山さんが、どのようにして不食の道を選ぶに至ったか、そして不食が秋山さんにもたらした劇的な変化について書かれています。■不食者は「気」を摂取して生きている生きて活動するにはエネルギーが欠かせません。では、不食者はどうやって生きるために必要なエネルギーを得ているのでしょうか。本書によると、不食者は、「プラーナ」と呼ばれる、大気中に無限に存在するエネルギー、つまり「気」を摂取して生きているそうです。秋山さんが不食に出会ったのは、弁護士浪人中に気功に出会って、「気」の存在を知った後のことでした。もし気功を学んでいなかったら、不食のメカニズムを理解することはなかっただろう、と秋山さんは振り返っています。不食を知った直後に、体調を崩し、1週間食事がまともにできないという災難に見舞われた秋山さん。ところが、これが「災い転じて福と為す」となり、食べないことは可能かもしれないと思ったのだそう。とはいえ、秋山さんといえども、すぐにまったく食べないようになったのではなく、2年かけて、減食、少食、微食、そして不食になっていったといいます。■食べても食べなくてもOKなスタンス不食がダイエットや断食とまったく違うところは、我慢して食べないわけではないという点です。秋山さんは、「我慢をしない、食べたいときには食べる、期限を決めない」といった独自のルールのもと、だんだんと空腹に慣れていったそうです。プラーナは、リラックスして緊張しなくなると、摂取量が上がります。反対に、食べることに罪悪感を抱いたり、自分を裁いたりしてしまうと、緊張感が生まれ、プラーナを摂取する力は弱まります。そう考えると、競争社会のなかでストレスまみれの現代人が、暴飲暴食に走るのも無理はない気がしますね。秋山さんは「過食はストレスをまぎわらすための代償行為」と言っています。■不食は寿命が伸びるなどのメリットが不食を実践することで、次のようなメリットがあるそうです。(1)免疫力がアップする(2)若返る(3)寿命が伸びる食事は異物を人体に同化する作業。その作業には膨大なエネルギーが必要なため、食べれば食べるほど、体内の他のエネルギーはそちらに持って行かれます。逆に食べないと、エネルギーがセーブされ、それが免疫力を上げたり、寿命が伸びたりすることに使われるというのです。すぐに食べないことのメリットを実感することは難しいかもしれません。けれど、食べすぎると、頭が働かなかったり、体が重くなったりすることは、誰にも経験のあることですよね。まずは食事の量を減らすことで、自分の体にどんな変化があるか、みていくのはいかがでしょうか。■不食は健康なだけでなく地球も救う!食べる量を減らす、あるいは食べなくなると、自然界のあらゆる存在と自分の結びつきがみえるようになった、と秋山さん。蚊を殺しても、自分に痛みが走るようになったとか。また、秋山さんの職業のひとつは弁護士ですが、弁護士には裁判がつきもので、裁判には勝負が欠かせません。秋山さんは、訴訟相手にも「あなたのおかげで私がいます、ありがとう」と愛を送っているそう。そうすることで、面倒だと噂のあった訴訟相手が真摯な態度になったり、味方になったりしてくれるようになったというのですから驚きです。一見、弁護士のあり方の逆をいくような秋山さんですが、最近は、弁護士会から講演を依頼されることもあるそうです。不食者が増えれば、裁判のあり方さえ変わっていくかもしれません。不食の可能性は、ほかにもまだまだあります。世界の中でも日本は、年間の食品廃棄物が多いといわれています。事業系で1916万トン、家庭系で885万トンとも(2012年度・農林水産省による推計)。本書を読むうちに、不食は、人口問題や食糧難を含む環境の問題を一気に解決へと導く鍵になる気がしてきました。*筆者もそうですが、普段、特になにも考えず、食事の時間になったから食べている人も多いのではないでしょうか。最後は、秋山さんの言葉で締めくくりたいと思います。「本当にお腹が空いた時にだけ適量を食べ、少しずつ食べる量を減らしてください。食べる量を減らすだけで、私たちは地球に貢献できます。自然界をご覧ください。過食の動物はいません」(文/石渡紀美) 【参考】※秋山佳胤(2016)『不食という生き方』幻冬舎※食品ロスの削減・食品廃棄物の発生抑制-農林水産省
2016年06月30日高い国民幸福量GNHで知られるブータンですが、実はブータンの土着言語には「幸せ」にあたる言葉がないそうです。幸せがなければ、不幸せもないということでしょうか。国連による幸福度の標準偏差(ばらつき)ランキングでは、ブータンは1位に位置しています。幸せの格差がより少ないということの表れですね。ちなみに、日本は50位でした。上野の森美術館で7月18日まで開催されている展覧会『ブータン~しあわせに生きるためのヒント~』には、「見るだけでしあわせになれるかも」というキャッチコピーがついています。辻信一さん、田中優子さん、鶴田真由さんなど、多くの文化人が魅せられてきたブータン。そこには、いったいなにがあるのでしょうか?ひとつ、幸福度を上げるためにブータン展に行ってきました。■ブータン展の伝統織物が素晴らしい!祭事に使用されるお面、色鮮やかな民族衣装や装身具、仏画、仏像などの宗教美術、また、今回特別に出展となった現国王・王妃の衣装を含むロイヤルコレクションなど、見どころはいくつもあります。なかでも、緻密でありながら温かみのある伝統織物の数々に目を奪われました。1日1センチしか織れないものもあるそうで、その豊かな手仕事の様子は、館内のモニター画面で確認することができます。ブータンは、国として伝統織物の保護と発展につとめているそうです。職人になるための技術を学ぶ費用は国が負担してくれるとか。そういった国からの後ろ盾が、織物職人(多くは女性)の誇りを育てるのだと想像できました。それはそのまま、着る人にも受け継がれていくのでしょう。何着も新品の洋服を買える幸せとは、まったく異なる幸せなのかもしれません。■形のないものがブータンの人々の幸せブータンの人々の日常に、空気のように自然に存在するもの、それは祈りの習慣です。ブータンのどの家庭にも祭壇があります。日本人も、特に宗教心がなくとも、神社があればお参りしますが、お賽銭を投げて祈る内容は、個人的なことがほとんどですよね。ブータンの人々が祈るのは、個人よりも家族のため、もっといえば、家族よりもすべての人のためなのだといいます。館内で流れている映像のなかで、人々へのインタビューが見られます。「あなたにとって、セムガェな(心地よい)ときとは?」という質問に対し、返ってくる答えは、「親友と会うとき」、「祈っているとき」、「娘と一緒にいるとき」などなど、どれも形のない事柄ばかりです。「織物を織っているとき、女性としての喜びを感じる」と答えた女性もいました。ところでブータンにはお墓や位牌がないそうです。これは、ブータンの人々が輪廻転生を信じているからだそう。こうした話を聞くと、「高いお金を出してお墓を買う私たち日本人って、いったい……」と思いたくなってしまいます。■読むと心が温まるブータン言葉の数々最後に、展示会場に散りばめられたブータンからの珠玉の言葉の数々をご紹介しましょう。「あなたがいい心を持っているなら将来の心配はいりません。みんなが助けてくれるでしょう」「しあわせとは、自分の持っているものを喜ぶことです」「今、あなたに見えている世界はあなた自身を表しています」「山に向かって役立たずと言えば、役立たずとこだまが返る」*キャッチコピーの「見るだけでしあわせになれるかも」は本当でした。と同時に思ったのは、私たち日本人は幸せに条件をつけることに慣れてしまい、ブータンの人々のように無条件の幸せを感じることを忘れているのかもしれないということでした。「この会社に入らなければ」、「子どもを産まないと」幸せになれないと思い込むことで、ますます幸せを遠ざけることになるのではないでしょうか。ブータン展の会期は7月18日までです。幸せになるヒントを手に入れたい方は、ぜひ足を運んでみてください。(文/石渡紀美) 【参考】※ブータン~しあわせに生きるためのヒント~※World Happiness Report 2016
2016年06月10日「思考が現実化する」というフレーズ、最近、よく耳にしませんか?それって、いったいどういうことなのでしょうか。「そんなことはうまくいっている人の話であって、自分には縁がない」と思っている人も少なくないはず。「ひとり言セラピー」の第一人者、あな田さゆりさんはいいます。「現実をつくっているのはあなたの内側に存在する『ひとり言』なのだ」と。そして、ひとり言の質を変えることによって、現実が変わっていくというのです。このたび、あな田さんの本、『読むだけで人生が変わる ひとり言セラピー』が、かんき出版から発売になりました。ユニークなネーミングも気になる、ひとり言セラピーについて、あな田さんに直々にお聞きしてきました。■まずはひとり言に気づくことが大切人は1日に5万語もひとり言を発しているといいます。まずその数に驚きますが、そもそもひとり言とはなんなのでしょうか。なんとなく、「ひとりでブツブツ言っている」イメージが浮かびますが、ここでの定義は少し違います。「ひとり言とは自分との対話」なのだそうです。「私たちは普段、他人と話すとき、発する言葉についてすごく意識しています。誰でも、相手に気を使ったり、失礼がないように気をつけたりしますよね。ところが、ひとり言をいっているときって、本当に無意識なんです。ですから、まず自分の心のなかにあるひとり言に気づくことが大切です」なにせ1日に5万語ですから、ほとんどの人はひとり言にいちいち耳を傾けていません。「では、どうやったら気づけるのでしょうか?」とお聞きしたところ、あな田さんは笑って、「ひとり言セラピーという言葉を知って、自分の心のなかに意識が向きませんでした? 」と逆に質問されました。そして、たしかにその通りなのです。意識を内面に向けることで、だんだんひとり言が聞けるようになるということなのですね。「ひとり言に気づくというのは、自分が本当はどう思っているのか、本当はどうしたいのかに意識を向けるということなんです。けれど、ほとんどの人が自分のひとり言を無視しているんですよね、周りとうまくやっていくために」■外側にしか軸をおかないのは危険!私たちは、生まれてから成人するまで、社会性を身につけていくための教育やしつけを受けてきています。それは生きて行くうえで大切なことでもありますが、行き過ぎると、組織や社会といった外側にしか軸をおかなくなり、内側に自分だけの軸を持つことができなくなるそうです。こんな例をお聞きしました。あな田さんが女性ばかりのセミナーで話をした際、「このなかにやせたい人はいますか?」と聞いてみたところ、見るからにやせている人も含めてほぼ全員が手を挙げたそうです。ところが、「では、いまの日本社会でモテる基準がぽっちゃりしていることになったら、それでもやせたいですか?」と聞いたところ、みなさん、黙ってしまったとか。自分の基準を育てずに、知らないうちに、社会の基準やキャリアに合わせた生き方をしている人は多い、とあな田さんは指摘します。「資格を取ったり、結婚できるかどうかにこだわったりすることも、同じです。だから、苦しくなるんですよ」■私達は自分をもっと大切にするべき「ひとり言に耳を傾けることは、自分を大切にすること」だとあな田さん。ひとり言のなかには暴言やネガティブな言葉もあります。「人は、いっていることと思っていることとが必ずしも一致するとは限りません。たとえば、“やっておきます”といっていても、心のなかで“おまえがやれよ”と思っていたりしますよね。そのとき、心のなかに出てきた言葉こそがひとり言なのです」どんなにネガティブな言葉でも、ドロドロしていても、すべて自分なのだと認めてあげることが大事だということでしょう。また、たいていの人は自分にとても厳しいのだそうです。「自分に対する態度や声がけは、そのまま他人への態度に投影されます。自分を自分の最愛の人として扱っていますか」たしかに、人が失敗して落ち込んでいたら励ましの言葉をかけられるのに、自分の失敗には“私ってダメだな~”と自分を責める言葉が出てきてしまいます。「自分を大切にしたらまわりに迷惑がかかると思っている人が多いですが、それは思い込みに過ぎません」*あな田さんの話は具体的で、自分とどう向き合えば心が楽になるか、とてもわかりやすく伝わってきました。それはひとえに、彼女自身が“3人の子どもがいながら、無収入で離婚”という人生最大のピンチを逆転させてきた経験の持ち主だからかもしれません。「人は他人を直接的に幸せにすることはできないんです。でも、自分が幸せになることで、その幸せが自分という器からあふれて、他人を幸せにすることはできるんです。ひとり言を聴く方法を学ぶことで、うまくいかなかったことがうまくいきはじめたり、身近な人との関係もよくなったりしますよ」『読むだけで人生が変わる ひとり言セラピー』、この本を開くことで、そのきっかけを手にする人が、きっとたくさんいるはずです。(文/石渡紀美) 【取材協力】※あな田さゆり・・・一般社団法人 ひとり言セラピー協会代表理事。元キャビンアテンダント。結婚退職後、子どものアトピーをきっかけに自然療法、各種セラピー、心理学、スピリチュアルなどに興味を持ち勉強し始める。2013年3月に一般社団法人 ひとり言セラピー協会を設立。現在は講座や個人セラピー、ブログなどを通じて「自分の生きたい人生を自由に生きるためのひとり言の使い方」を伝えている。Facebookページの「いいね!」数は1万5,000を超え、絶大な信頼を得ている。 【参考】※一般社団法人 ひとり言セラピー協会※あな田さゆり(2016)『読むだけで人生が変わる ひとり言セラピー』かんき出版
2016年06月05日世の中にはいろんなコレクターがいるものですが、使用済みの手帳を収集し、ギャラリーで展示しているという方も。それはゲームクリエイターの志良堂正史さんで、集めた手帳は、2年間で約500冊強。スケジュール帳、絵しか描いていないもの、交換日記から、小学生の連絡帳までバラエティに富みます。志良堂さんはそれらをまとめて「手帳類」と呼んでいます。その定義をお尋ねしたところ、「手で書かれたもののまとまりで、人々の日常的実践のコレクション」というお答えが。にわかにアート作品のような香りが漂ってきましたが、その実態はいったいなんなのでしょうか。■誰かの手帳を集めはじめたきっかけそもそものきっかけは、仕事以外のなにかで創作欲を満たしたいという気持ちだったそうです。そこで手帳類のコレクションを思いついたわけです。コレクションが増えていくにつれ、誰かに見せることを前提に書かれていない言葉の持つ魅力にのめり込んでいったといいます。「全部が全部すごいというわけではないのですが、たまにものすごい手帳に出会うと、コレクションをしていてよかったなと思います。魂の言葉といいますか、命を燃やしながら生きているような言葉が書かれているものが、ときどきあるんですよ」手帳から職業や年齢を推測するのも、想像力がかきたてられそうですね。なかには舞踏家や詩人、探偵の手帳などもあるとか。プライバシーの問題で、扱いに注意が必要な場合もありますが、手帳類の提供者の多くは、展示することを快諾してくれいるそうです。■手帳類鑑賞は新しいアートのかたちけれど、ほとんどの人は、他人の手帳を読む経験なんて皆無であるはず。その行為には、罪悪感が伴わないものなのでしょうか。「気持ち悪いといわれることもないわけではないのですが、思った以上に手帳類鑑賞は健全だと思います。手帳には、編集されていない生身の人間の生き方が現れています。手帳はメディアでもメッセージでもありませんから、読む側には積極的に読む姿勢が求められるので、決してわかりやすいものではありません。ですが、一度、その楽しみ方がわかると、一冊の手帳から、本当にいろいろなことを見つけ出すことができると思うんですよね」と志良堂さん。実際に、展示をみた後に、興奮して感想を伝えてくる人も少なくないのだそうです。いままでにない新しいかたちのアート鑑賞といえるのではないでしょうか。■まだまだ誰かの手帳を増やしたい!普段、志良堂さんはSNSやギャラリーを通じて、手帳類の買い取りを進めています。初めは収集に苦労したそうですが、いまではクチコミでかなり楽になったそうです。とはいえ、志良堂さんはコレクションの数をあと倍の1,000冊までは増やしたいと考えています。最後に「飽きることはないのでしょうか」とお聞きしたところ、「人に飽きることはないのと同じで、ないですね。自分にとっては、小説を読んだり、映画を観ることよりも手帳を読む方がおもしろいこともありますから」とのことでした。*実際に手帳類の展示をご覧になりたい方は、中目黒のギャラリー『Picaresque(ピカレスク)』にて年末まで開催中の『「あなたが使った手帳、売ってください」手帳コレクター初の常設コレクション展in中目黒』まで足を運んでみてはいかがでしょうか。(文/石渡紀美) 【取材協力】※志良堂正史・・・1980年生まれ。発見的収集家。北海道でサラブレッドの調教に従事したのち、ゲーム会社にてプログラマのとして経験を積む。その後フリーになり『シルアードクエスト』などの個人制作ゲームを発表。RPGにおける街の人との会話や探偵物のコマンド選択型ADVなど、文字のやりとりが中心のゲームを愛する。手帳類の収集は2014年より開始し現在500冊所蔵。その一部を中目黒のピカレスクで常設展示している。エウレカコンピュータ所属。 【参考】※手帳類※「あなたが使った手帳、売ってください」手帳コレクター初の常設コレクション展in中目黒
2016年06月01日公益財団法人山梨総合研究所の調査によると、産後直後から4ヶ月のあいだにもっとも不安や負担を感じるママは61%にものぼることがわかっています。ただでさえ産後は、身体は出産でクタクタ、ホルモンバランスも大きく変化するため、精神的にも不安定になりがちです。そんなたいへんな時期のママを全面的にサポートする、「産後ドゥーラ」という新しい職業をご存知でしょうか。産後ケアは、ひと昔前までは、家族やご近所によるものが主でしたが、核家族化や地域社会とのつながりが薄い昨今、十分なケアを受けられず、産後の悩みをひとりで抱え込んでしまうママは決して少なくありません。東京助産師会副会長であり、現役の助産院院長である宗祥子さんが代表を務める一般社団法人ドゥーラ協会では、産後ケアのニーズが高まるなか、2011年度の発足から、2016年4月現在199名の産後ドゥーラを養成、認定してきました。「ドゥーラ」の語源は、ギリシャ語で「他の女性を支援する、経験豊かな女性」という意味だそうです。産後ドゥーラの活動は、母親のサポート、育児のサポート、家事のサポートの3本の柱から成り立っています。では、実際に産後ドゥーラはどのようなサポートを行っているのでしょうか。現役の産後ドゥーラである第5期生の西公子さんに、お話を伺ってきました。■産後ドゥーラになったきっかけとは西さんは産後ドゥーラとしては昨年独立したばかりですが、保育士としての長い経験にくわえ、チャイルドマインダー、NPLプラクティショナーなどの資格もお持ちです。いまの仕事には、それらすべてが役立っているとおっしゃっていました。産後ドゥーラになったそもそものきっかけは、妹の産後ケアを手伝ったことだったといいます。当時すでにお母様を亡くされていたため、妹さんの世話ができるのは自分だけ。そのときに初めて、「親がいない人はどうしているんだろう?」と思ったのだそうです。また、自身の子育てを振り返ってみると、「実家は遠かったので親には頼れず、仕事が忙しい夫には心配をかけたくなかった。私自身、“母親なんだから 甘えたらいけない”と思っていた」といいます。■産後ドゥーラは母親主役の産後ケア産後ドゥーラは、あくまでも、赤ちゃんではなく、赤ちゃんを産んだ女性のエモーショナルサポート(精神的なサポート)に重きをおいていることが特徴です。母親が安心感を得られない子育ては、育児放棄や虐待にもつながりかねないからです。西さんは、月に5~6名の利用者を抱えています。週2日、10時から18時まで依頼する方から、週1回2時間の方までさまざま。西さんの利用者はリピート率も高く、継続して利用することで、信頼感が増し、いろんなことを話してくれるようになるのだそう。たとえば、初めは実母に頼れない理由を「家が遠いから」といっていたママが、しばらくして実母との確執を話してくれたりすることもあったといいます。肉親だと、近いからこそ頼みづらかったり、逆に甘えすぎて関係が悪くなってしまったりするものですが、そんな場合は、プロにお金を払ってでもサービスを受けた方が、気持ちが楽な場合がありますよね。ママからの要望は、赤ちゃんの沐浴、食事の作り置きから、とにかく自分は寝たいので赤ちゃんをみていてほしい、など多岐にわたります。リクエストを聞いて、依頼時間内にすべてこなしていくのですから、かなりのマルチタスク能力が求められる仕事だといえます。どんな人が向いているかを西さんにうかがったところ、「世話好きな人」という答えが返ってきました。■サービスの核となるのは信頼関係!特に初めての子育てでは、ちょっとしたことでも悩んでしまうママは多いもの。西さんはどんな質問も決して軽んじることなく、ママの心によりそって答えるそうです。たとえば沐浴の仕方で、どれくらいきれいにしないといけないか、という質問を受けたときは、「大人でもシャワーを浴びればさっぱりして気持ちがいいですよね。赤ちゃんも同じです。毎回せっけんできれいに洗い上げなくても、大丈夫ですよ」といってあげたところ、質問をしたママは本当にホッとした表情になったそうです。産後ドゥーラのサービスの終了時期ははっきり決まってはいませんが、だいたい赤ちゃんが1歳になると、自然と終了していく場合が多いそうです。西さんのもとには、サービスが終了しても、「西さん、お元気ですか?会いたいです」というメールが届きます。そんなとき西さんは、産後ドゥーラをやっていてよかったと思うのだそうです。「いま思うと、本当は私自身がドゥーラの存在を産後に求めていたのですね。産後のママたちにお世話をさせていただくことで、私も自身も気づきを得られることが多くあります。心の悩みを話してくだった時は、信頼してくださる実感も得られますし、赤ちゃんの成長だけでなく、ママの成長にも身近に寄り添える機会をいただき、とても感謝しています」*産後ケアをサービスとして利用することには、まだまだ抵抗や罪悪感を抱いてしまうママもいるかもしれません。しかし、ママになったからといって、自分を大切にすることをないがしろにしては、決して短くない子育ての時間を楽しむことはできません。社会全体に産後ケアの必要性への理解が深まることが不可欠なのではないでしょうか。(文/石渡紀美) 【取材協力】※西公子・・・一般社団法人ドゥーラ協会認定産後ドゥーラ、保育士、日本チャイルドマインディング&エデュケア協会チャイルドマインダー、幼稚園教諭二種、NLPプラクティショナー、ホームヘルパー2級、ベビーマッサージタッチケアセラピスト、小児救急救護法MFA国際ライセンスあり。現在、都内近郊を中心に産後ドゥーラとして活躍。相手の悩みや問題を含めて、相手の存在を無条件で肯定する姿勢には定評がある。ママと赤ちゃんを対象とした、Doula Cafeを隔月で開催。 【参考】※一般社団法人ドゥーラ協会※産後の母親支援に関するアンケート結果-公益財団法人山梨総合研究所
2016年05月25日2013年にハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが、がん対策のひとつとして、自らの乳房と卵巣の摘出手術をしたことが話題になりました。彼女の選択については賛否両論ありましたが、がんへの恐怖はセレブであっても同じなのですね。2011年の国立がん研究センターによる統計によると、生涯でがんにかかる確率(累積罹患リスク)は、男性は62%、女性は46%です。つまり俗にいわれる「日本人の2人に1人はがんになる」というのは、決しておおげさな数字ではないということがわかります。実際にがんで死亡するのは圧倒的に60代以降ですが、それでも「万が一」を考えて、若いうちからがん保険などに加入する人は少なくありません。事実、20代だと5人に1人、30代になると5人に2人ががん保険・がん特約(全生保)に加入しているというデータがあります。しかし、そこまで備えても、本当にがんになったときに平静でいられる人はごくわずかなのではないでしょうか。おそらくほとんどの人が、「なぜ自分ががんに?」と事実をすぐには受け入れられないことでしょう。がん患者にクスリではなく、言葉を処方する「がん哲学外来」という社団法人団体があります。そこからうまれた「がん哲学外来メディカル・カフェ」は、2008年以来、またたく間に全国に広まり、いまや90ヶ所にものぼるといいます。がん哲学外来の理事長を務める樋野興夫先生に、処方される言葉について、また、メディカル・カフェというローカルな場の持つ力についてお聞きしてきました。■うつ的症状がでたときはどうすればいいのかがんと宣告されて、初めから笑っていられる人など、まずいないでしょう。それどころか、笑いが消えてなくなる人がほとんどではないでしょうか。実際、がん患者の3割にうつ的症状があるといわれるそうです。樋野先生はいいます。「そんなときは、1時間、部屋に閉じこもって深刻に考え込むといいんです」「その心は?」とお聞きすると、「人間は、1時間以上は深刻に考えられない生物なんです。1時間もすると、部屋を出て、ちょっとお茶でも飲もうかという気分になるんです。中途半端に悩むから、一日中悩むことになる」とのこと。これは、普通の悩みにも効き目がありそうですね。■クオリティ・オブ・デスという新しい価値観2008年以来、3,000人以上の患者さん・ご家族に言葉を処方してきた樋野先生。十人十色の患者さんに、それぞれに合った言葉をどのように選んでいるのでしょうか。「頭の引き出しのなかにある、若いときに読んで感銘を受けた言葉や自分が心得としている言葉をポンポンいっているだけ」だそうです。「患者さんの風貌や顔をみていると、『この人にはこういう言葉がいい』という発想が出てくるんです」そんな樋野先生が患者さんに贈る言葉は、ときにドキッとするものもあります。「あなたには死ぬという仕事が残されている」こんなことをいわれると、初めはショックを受ける人がほとんどですよね。「いまの日本で死は日常から切り離されています。クオリティ・オブ・ライフはあっても、日本にはまだ死の質を高めるという意味のクオリティ・オブ・デスはまだないのです」その観点からすると、「死は悪いものではない」という考えなのでしょうか、とお聞きしたところ、「悪いものというよりは、仕方のないもの、不条理なもの」というお答えが返ってきました。ただ、患者さんが若かったり、子どもがまだ小さかったりした場合、なかなかそう割り切れるものではないと思います。その点をもう少しお聞きすると、「それはもう不条理だから、なんのために生まれてきたのか、考えるしかないのです。自分の人生を残された人へのプレゼントとして生き切るという意味で、死ぬという仕事と言っているのです」と教えていただきました。がんはそれに向き合うきっかけに過ぎない、ということなのですね。■心の痛みに対応するには傾聴だけでは不十分メディカル・カフェでは、言葉についで、「対話」を大切にしています。病院や、ときには家庭でさえも得られない「対話」を求めて、患者さんはカフェに集います。樋野先生によると、対話とは、たんなるおしゃべりではなく「心と心のコミュニケーション」。対話は、最近注目されるようになった「傾聴」ともまた異なるそうです。「傾聴は話を聴くことが中心で、聴き手が話す割合は全体の二割程度」であり、「心の痛みに対応するには傾聴だけでは不十分」と樋野先生は考えます。カフェでは、他人の意見の否定や非難はしない、カフェで知った情報は他言しないなどの決まりがあるので、患者さんの尊厳やプライバシーは守られます。病院でも、家庭でも埋められない、医療や心の隙間をうめる仕組みとしてのメディカル・カフェは、その必要性のためか、いま全国でどんどんその数が増えているそうです。カフェの運営には医療事業者をはじめ、多数のボランティアが関わり、がん患者以外にも、がんを克服した人や、がん患者の家族も訪れることも少なくありません。*がん哲学外来で実際に処方されてきた言葉をあつめた『あなたはそこにいるだけで価値ある存在』が、先月KADOKAWAから出版されました。一読して、がん患者でなくとも、心に響く言葉ばかりだと思いました。どう生きるか、またどう死ぬかを見つめるのに、早すぎることはありません。どうぞ手にとってみてください。(文/石渡紀美) 【取材協力】※樋野興夫・・・1954年、島根県出身。順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授、医学博士。米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォックスチェイスがんセンター、癌研究所実験病理部長などを経て、現職。一般社団法人「がん哲学外来」理事長。癌研究会学術賞、高松宮妃癌研究基金学術賞、第一回「新渡戸・南原賞」などを受章。『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』(幻冬舎)、『がん哲学外来へようこそ』(新潮新書)、『いい覚悟で生きる』(小学館)、『見上げれば、必ずどこかに青空が』(ビジネス社)など、著書多数。 【参考】※樋野興夫(2016)『あなたはそこにいるだけで価値ある存在』KADOKAWA※一般社団法人 がん哲学外来※最新がん統計-国立研究開発法人 国立がん研究センターがん対策情報センター※平成25年度「生活保障に関する調査」-公益財団法人 生命保険文化センター
2016年05月14日日本とフランスの架け橋的存在として、多方面で活躍中のドラ・トーザンさん。彼女が2011年に書いた『ママより女』を加筆修正した『フランス人は「ママより女」』が、2015年12月に小学館から出版されました。ドラさんは2011年の東日本大震災後、日本人は「自分にとっていちばん大切なものはなにか」を見つめなおし、家庭やプライベートの充実を目指す方向に向かうだろうと予測していたそうです。ところが日本では5年経っても相変わらず、出産後、働きたくても働けない女性がいます。子どもが生まれても、上司がいると定時に退社できない男性がいます。そんななか、日本を愛するドラさんが「本当に日本はこのままでいいのですか?」と再び世に問うた一冊です。フランスでは90年代に1.66だった出生率が、2000年代に入って2.02まで復活しました。フランス以外のヨーロッパで、ここまでの回復を達成できた国は他にありません。同時に経済面でも高いGDPを維持しています。フランスの事情を知るだけでなく、私たち日本人が変わるヒントをいただけないか、直接ご本人にお話をうかがってきました。■フランスには「2人目の壁」は存在しない本書を読むと、制度の違いもさることながら、フランスと日本とでは国民性がいかに異なるかがわかります。たとえば日本にあって、フランスにない言葉や概念がいくつもあるのです。ドラさんによると、フランスでは「主婦」はほぼ死語ですし、人生は楽しむためにあると考えるフランス人には「ワークライフバランス」という概念は不要。未婚のまま妊娠、出産しても、国の保障が厚いので慌てて結婚する必要はありません。つまり「できちゃった婚」はないということです。女性が安心して子どもを産み、育てられる基盤に支えられ、かつ自由を愛し、美しく生きることをモットーとする国民性があって、決して出生率の高くないヨーロッパでの出生率2.00超えは達成できたのだといえるでしょう。一方、日本では、1人目の出産後、「2人目の壁」に直面する人がかなりいます。「2人目の壁」とは、必要となる生活費や教育費に関連した家計の見通しや、仕事等の環境、年齢等を考慮し、第二子以後の出産をためらうこと。一般財団法人1morebaby応援団の意識調査によると、2015年の時点で、「2人目の壁」を感じている人は75.0%もいるというのです。ただし、同時に2人目がほしいと思っている人は79.6%。つまり、最初の子どもが生まれた後の多くの日本人が、「産みたいけど産めない」というジレンマを抱えていることになります。「フランスには2人目の壁はないですね。あったとしても3人目で、産みたい人は産むし、産みたくない人は産まないだけなので、壁というほどのものではありません」とドラさん。調査によると、フルタイムで働く日本のママが2人目を持つことを躊躇する理由の2大トップは「経済的理由」と「仕事上の理由」。しかしフランス政府は、子どもが1人しかいない家庭には「家族手当」を支給しません。この時点でフランスでは、2人目を持つハードルが低いですよね。また、フランスでは産後3年間は職場の地位を保障する制度がありますから、職場復帰を案じる女性も日本とくらべてぐっと少ないであろうことが容易に想像できます。■大人と子どもの世界を区別するフランス人さらに、日本で「2人目の壁」を感じる人のなかには、「第一子の子育てで手一杯」という人も少なくありません。いわゆる産後ノイローゼや、育児ストレスという言葉は、日本の子育て環境ではよく聞かれます。また少子化が進み、社会のなかでのびのびと子育てできないと感じる人も多いと思います。「フランスは子どもや子どもを持つ人に優しい社会なのでしょうか?」とお聞きしたところ、「子どもに優しい面ももちろんありますが、その反面、フランスには子連れでは入れないレストランがあったりします。それは、子どもなしで夫婦が食事をしたり、二人の時間を持ったりすることが大事だという考えがあるからです。大人がそのような時間を持つために、赤ちゃんのうちからベビーシッターに預けたりすることは、フランスでは一般的なことです」とのこと。それは子どもをないがしろにするという意味ではなく、大人の世界と子どもの世界をきっぱりと区別するということなのですね。子どもにとっても、大人の都合につきあわされるより、信頼できる人のもとで時間を過ごす方が結果的にいいように感じます。日本でときどき目にする、通勤電車でのベビーカーのことを思い出しました。「もっと赤ちゃんのうちから預けてもいいのでは?」とドラさんはいいます。日本社会には、仕事のためならともかく、親が純粋に楽しむために子どもを預けることに関しては、まだまだ寛容とはいい難い現実があります。しかし、数時間、大人の時間を持つことでストレスが解消でき、さらに夫婦間のコミュニケーションを保てるのであれば、子育てにも大いにプラスになるはずです。■制度よりも自分らしく生きることが大事!本書を読んで、フランスの制度がいかに社会の変化を反映しているかに驚かされました。同性婚や事実婚など、さまざまな婚姻形態の人への保障制度や、もう15年も続いている「週35時間労働法」、3歳からの義務教育「マテルネル」などなど、数え切れないほどです。「日本は社会が変わってきているのに、法律が変わらないですね。フランスでは、人々は黙っていません。毎日なにかしらのデモや署名をやっています」政府がそういうことに耳を傾けてくれるとは、うらやましいかぎり。日本では、政府は女性が輝ける社会を提唱しながらも、女性からの要望に耳を傾けていないようなニュースが後を断ちません。それは、社会的地位の高い女性の少なさと大いに関係があるでしょう。しかしフランスも70年代までは、女性の地位は低く、女性の人格を認めないような法律もあったといいます。現在の状況になるまでには、フランス人の気質、歴史、労働環境、教育、さまざまな要因がからみあってきたのだろうと思いますが、では、私たち日本人が学べることはなんなのでしょうか?「いちばん大事なのは、自分らしく生きることです。いろいろな考え方や生き方の選択肢がある社会は、豊かな社会です。たとえばフランスでは子どもができても結婚したくない人も多くいますし、実際に事実婚もかなり多いのです。日本では世間体や親からの圧力で結婚する人もまだ多いのではないでしょうか」*自分らしく生きるためには、あまり人の意見を聞かないことも大事よ、とドラさんはニッコリしながらいわれました。自分の人生は自分で切り拓く。そんな女性が輝かないわけがないですよね。ドラさんも本書に書かれているとおり、「女性が働くのは、国の経済力のためではなく、自分の幸せのため、自由のため」なのですから。(文/石渡紀美) 【取材協力】※ドラ・トーザン(Dora Tauzin)・・・エッセイスト。国際ジャーナリスト。フランス・パリ生まれの生粋のパリジェンヌ。ソルボンヌ大学、パリ政治学院卒業。現在、日本とフランスの架け橋として、新聞、雑誌への執筆や講演、テレビ・ラジオのコメンテーターなど多方面で活躍中。『フランス人は年をとるほど美しい』(大和書房)など著書多数。2015年レジオン・ドヌール勲章を受章。 【参考】※ドラ・トーザン(2015)『フランス人は「ママより女」』小学館※夫婦の出産意識調査 2015-一般財団法人1morebaby応援団※日本とフランスの架け橋 ドラ・トーザン.net 【写真】※竹見脩吾
2016年04月10日東京キャットガーディアンという、ソーシャルビジネスの手法で猫の保護活動を行うNPO法人団体があります。2016年の4月1日で活動8周年を迎えました。殺処分ゼロを目標とする動物保護団体は多くありますが、そのなかでもこの東京キャットガーディアンの存在は異彩を放っています。カジュアルに猫とふれあえるイベントやセミナーを開催するかと思えば、「猫つきマンション」「猫つきシェアハウス」などのユニークな不動産業にも進出。そして、猫に関する相談を受け付ける「ねこねこ110番」、地域猫に対する不妊去勢手術を行っている「そとねこ病院」、ペット用品を購入することで保護活動に参加できる「Shippo TV」、ペット保険代理店の引き受けなど、他にも着手している企画は数え切れないほどです。特に、猫を飼いたい人が猫を譲り受ける場を提供する「猫カフェ型開放型シェルター」は、“ペットはペットショップやブリーダーから購入するものだ”という従来の固定概念を打ち壊すのに役立っている、画期的な取り組みです。2015年11月、東京キャットガーディアン代表の山本葉子さんと、不動産研究の第一人者である松村徹さんの共著『猫を助ける仕事』(光文社)が出版されました。本気で猫を助けるとはどういうことなのか、東京キャットガーディアン代表の山本さんにお話をうかがってきました。■いまの日本に足りないのは愛情ではなくシステム日本では、年間約10万頭強もの犬や猫が、行政の保護施設で殺処分されています。環境省発表の統計資料によると、2014年度に殺処分された犬は21,593頭、猫はそのほぼ4倍以上の79,745頭だというのですから背筋が凍ります。猫の処分数が犬よりも格段に多い背景には、猫は犬にくらべて元の飼い主に返還されたり、新しい飼い主に譲渡されたりする率がぐんと低い事実があるそうです。「日本では行政の保護施設や民間の保護団体からペットを譲り受ける習慣があまりないことが、殺処分ゼロの大きな障害になっている可能性が高いのです。足りないのは愛情ではなく、システムです」と山本さん。ここでいうシステムとは、「法規制だけでなく、ペット流通や保護活動のあり方も含めた社会的な仕組み」を意味しています。「たとえは悪いですが、赤ちゃんを育てられなくなったときに、赤ちゃんポストとコインロッカーとではどちらを選ぶか、ということです」山本さんの言葉は強いですが、わかりやすいです。「動物をかわいがりましょうなんていう啓蒙活動は、わざわざするものではないんです。特別に動物が好きでなくても殺せないのは普通の感覚としてほとんどの人にあると思うんです。愛情よりシステムが必要というのはそういうことです」猫カフェ型開放型シェルターを通じての譲渡率は右肩上がりに上がっており、これまでに4,917頭(2016年3月現在)もの猫が、新しい飼い主と出会うことができました。■猫をどこで入手すれば殺処分につながらないのかでは保護団体からの猫の譲渡数が上がれば、殺処分の数が減るかといったら、必ずしもそうではないと山本さんはいいます。一般に知られる殺処分数というのは、あくまで行政によって処分された数であり、民間の生体販売業者やブリーダーによる処分の数は含まれていないからです。「末端の要求に応じて商売は存在するんです。変わるべきなのは、市民の意識なんです。そのために、生体販売業者、ブリーダー業界の可視化は必要だと思っています」2015年度の日本ペットフード協会の「愛護団体からのペット入手について」の調査結果(猫)によると、「愛護団体の存在を知っているが入手検討はしなかった」人は42.9%、「愛護団体を知らなかった」人も同じ42.9%。つまり、85.8%もの人が、それ以外のルートから猫を入手しているのです。そこへキャットガーディアンがペット産業へ進出してきたわけです。新しいペットの流通ルートをつくるだけでなく、先に挙げた「猫付き」不動産にも着手し、他にも進行中の企画がいくつもあるといいます。伸びしろはかなりありそうですね。■「ソーシャルビジネス」としての猫を助ける仕事活動の永続性確保や事業拡大に適したやり方として「ソーシャルビジネス」という手法を選んだ東京キャットガーディアンの運営哲学は、一般企業のそれとなんら変わりません。スタッフに求められるのは高いプロ意識と効率性、それに加えて、命に対する鋭い感覚でしょう。事実、山本さんにお電話でお話をうかがっている間にも、ある行政の保護施設から、生後まもない仔猫が搬送されてきている途中だということでした。仔猫は夜通し3時間おきの授乳が必要です。また、「ねこねこ110番」以外にも、団体の代表電話にまで、連日、猫に関する相談の電話があとを絶たないといいます。*いままでにないやり方で保護活動の道を切り拓く東京キャットガーディアンは、現在進行形の保護活動のロールモデルとなっているように感じました。東京キャットガーディアンの今後の活動に注目し、小さな命を守るために自分たちになにができるか、考えていきたいですね。(文/石渡紀美) 【取材協力】※山本葉子・・・東京都生まれ。NPO法人 東京キャットガーディアン代表。2008年に猫カフェスペースを設けた開放型シェルター(猫カフェ型開放型シェルター)を立ち上げる。4,000頭以上の猫を里親に譲渡。住人が猫の預かりボランティアをする「猫付きシェアハウス」「猫付きマンション」も考案。 【参考】※山本葉子・松村徹(2015)『猫を助ける仕事 猫カフェ型開放型シェルター、猫付きシェアハウス』光文社※愛護団体からのペット入手について-一般社団法人ペットフード協会※犬猫の引き取り及び負傷動物の収容状況-環境省
2016年04月08日高齢者、女性、無職でありながら、彼女にはツイッターで58,000人ものフォロワーがいます。(2016年2月現在)現在、81歳のミゾイキクコさん。11台のタブレットやパソコンを自在に操る人物で、そのツイートは、歴史と深い思索と、なによりも生活に裏打ちされた、含蓄に富んだものになっています。このたび、そんな彼女の名ツイートを一冊にまとめた本が発売されました。『何がいいかなんて終わってみないとわかりません。』(KADOKAWA)。本著からいくつかのツイートをピックアップし、生のミゾイさんに、つぶやきの奥にあるもの、さらには女性の生き方についてお聞きしてきました。■1:失敗からなにかを学ぶべし!ミゾイさんの名言が詰まった本著ですが、まず、「人にだまされるということも、自分の責任なのだという自覚を持つべきだ」という一文が目に飛び込んできました。これは、 具体的にどういうことなのでしょうか?「たとえばDVで離婚した人が、再婚してまたDVに遭うことがあります。それは本人のなかに、DVをひきつけてしまうなにかがあるからなんでしょうね」気づかない、つまり学ばないから、「次に行っても同じような男性と出会ってしまう」とバッサリ。ミゾイさんの佇まいや言動には、人生でなにが起きても自分の責任だと腹をくくっているようなところが見受けられます。いつからそのような考えになったのか、お聞きしたところ、「子どものころからですよ。大人の世界を横目で見ながら、苦労している人はなにかしらの力がないからであって、だったらその力をつければいいのに、と思っていました」それをしないで、被害者ぶっているのは怠慢ということなのですね。■2:考えることを習慣にすべし「若いときに考えない人、年を取ればなお考えない」という痛快なミゾイさんのツイートがあります。「考える人と考えない人の違いはどこから生まれるのだろう?」と思ったら、答えはやはりミゾイさんのツイートのなかにありました。「感ずるから考えるんですよね。考えるから学ぶんですよね。その積み重ねをする人としない人とでは差がつきますよね」つまり、考えない人は感じないということになりますね。では、感じないまま行くと、その先にはなにがあるのかお聞きしたところ、「しっかりした自分が持てないでしょうね」ミゾイさんを見ていると、とても認知症にはなりそうもないですね、とお伝えしたら、ミゾイさんのお母様がまさにそんな風だったのだとか。明治生まれのお母様は、とてもしっかりした方だったそうです。明治時代の女性の権利は、ほとんどないに等しいものでした。その時代の流れに逆らうことはしませんでしたが、世の中の矛盾を鋭く感じ取っていた女性だったといいます。ミゾイさんのルーツが垣間見えた気がしました。■3:全ての女性は賢くあるべし「考えなしの女は自分で自分の首を絞めていることに気づかない。考えなしの女は女の敵である」というミゾイさんのツイートは、女性に向けた「賢くあれ」というメッセージのようです。それはミゾイさんの恋愛観、結婚観にも表れます。ミゾイさんに、盲目的な恋愛体験の有無について、お聞きしたところ、「ないです」のひとこと。時代的な背景もありますが、恋愛するよりも結婚をしたかったそうです。当時の結婚は、基本的にほとんどの人がお見合いや紹介によるものだったといいます。「見合いっていうと嫌う人もいますけど、お互いの資産状況や親子関係だとか、初めからふるいにかけてから結婚するので、間違いがないんですよ。いまは恋愛してから結婚するから、恋愛気分が冷めたあとに問題が露呈しちゃうんですね」では見合いを勧めるということでしょうか、とお聞きすると、「勧めはしないが、見合いは安全です」とのことでした。■4:女性側も男性を理解すべしミゾイさんの鋭いツイートは、男女観にまで及びます。「女は夫に自分の気持ちをわかってくれなどと思わないほうがいい。男はそれが苦手なのだ」昨年、ご主人を亡くされるまで、ミゾイさん夫婦はずっと仲がよかったそうです。そのベースに、上記のツイートにみえるミゾイさんの男女観があったからでしょう。ミゾイさんにいわせると、「配偶者が自分の気持ちをわかってくれない」と愚痴る女性は、「器が小さすぎるんです。女ができていないんですよね。すべては女次第なんですから、もっとどんと構えていればいいんです」とのこと。また、子どもが生まれた後に、女性が配偶者をないがしろにしがちなことにも、以下のツイートで言及しています。「夫と仲良く暮らすことを後回しにして、子どものことに熱中する母親は愚かです。子どもはいずれ巣立ちます」そのことに気づかないから産後クライシスなどの悲劇を招いている、というのが日本の現状だといえます。*実際のミゾイさんはとても気さくで、よく笑う方でしたが、伸びた背筋に確固たる自分のある人、という印象を受けました。ミゾイさんの深みのある言葉に触れて、芯のある女性を目指してみてはいかがでしょうか。(文/石渡紀美) 【取材協力】※ミゾイキクコ・・・1934年生まれ 81歳。お茶大理学部卒業後、教職に就き、26歳から専業主婦に。ツイッター開始2010年1月28日。 70年前から見てきた人々の生活、戦争中、敗戦後の生活、高齢者問題について呟く。含蓄に富むツイートが共感を呼び、2016年2月現在でフォロワーは58,000人超。2010年に電通と東京大学大学院が立ち上げた「DENTSU デジタルシニア・ラボ」のアドバイザーも務める。趣味は、茶道、園芸、料理、写真。 【参考】※ミゾイキクコ(2016)『何がいいかなんて終わってみないとわかりません。』KADOKAWA
2016年02月26日日本法規情報株式会社の調査で、夫婦間のモラハラを経験した夫婦は5割もいることがわかっています。離婚を意識していない夫婦に「結婚生活において相手の言動を自分の責任と思い込み、自分を責めたことがあるか」と質問したところ、「なぜ、私は夫(もしくは妻)を怒らせてしまうのだろうと思ったことがある」との回答が52%だったというのです。つまり、モラハラによる離婚は決して他人事ではないということ。そこで『モラ夫のトリセツ: モラハラ夫と幸せに暮らす、秘密のテクニック』(合同フォレスト)の著者・夫婦関係修復専門はあとふるアドバイザーの麻野祐香さんに、モラハラの傾向から対策までを詳しくお聞きしてきました。(ちなみに「モラ夫」とは、モラルハラスメントを行う夫の通称として、麻野さんが著書の中で使われている言葉です)■モラハラ被害に遭いやすい人の特徴まず気になるのは、「モラハラは治るのか?」ということではないでしょうか。「私は治らないと思っています。ただ、改善していくとは思っています」そして大切なのは、モラハラをする人側としてではなく、モラハラを受ける人側の問題として、状況の改善を目指していくことだとか。モラハラ被害に遭いやすい人の共通点をお聞きしたところ、「責任感が強い人、母性愛が強い人、やさしい人、我慢強い人」という答えが返ってきました。相手に責められたときに、「自分が悪いのではないか」「がまんしないといけないのではないか」と思ってしまう人が多いそうなのです。■モラハラを受けている自覚をすべしでは、数多く存在する「モラハラの習性」に、ひとつでも当てはまったら要注意だというのは本当なのでしょうか?これについては「自分の状況を、『もしかしてモラハラなのではないか?』と気がついた時点で、『モラハラを克服しよう』という心構えを持った方がいいと思います」と麻野さん。実際に、麻野さんのところにモラハラを疑ってカウンセリングを受けにくる人で、モラハラ被害者に当てはまらない人は、ほぼいないそうです。彼女らの多くは、ひとしきり自分の体験を話した後に、麻野さんから「それはモラハラですね」という言葉が出ると、ホッとするといいます。自分の状態をはっきりと明言してもらうことで、安心するわけですね。「それまではひとりで『モラハラなんじゃないか』と悩んでいた方が、私のサロンに来て、自分の現在の状況をモラハラだとはっきりさせることで、『自分は悪くないんだ』とわかってホッとするのだと思います」また、「ご夫婦で相談に来られる方もいらっしゃいますが、モラハラの見本のような方も少なくありません」と麻野さん。夫婦でカウンセリングを受けること自体はとても前向きですが、いったんカウンセリングがはじまると、カウンセラーである麻野さんに、「聞いてくださいよ、こんなバカなことをいう女なんて他にいないでしょ」なんて主張するご主人もいるのだそうです。■モラハラされても自信をなくさないでは、実際にモラハラを受けた場合、どのように状況を克服していけばいいのでしょうか。まず大切なのは、精神的にダメージを受けるような言葉を投げつけられても「スルー」すること。感情的に対処しないこと、笑顔を忘れないこと、モラ夫への反論は9割ほめて1割本音で……などなど、いろいろな対処法があるそうです。とくに大事なことは、どのような状況においても、自分が傷つかず、自信を失わず、「自分が幸せになる舵取りをする」と決断することにあるのではないかと感じました。「お客様のなかで、本当に自分に自信がなくて、なにをしても『私なんか……』と引きこもり状態になってしまった方がいらっしゃいました。とにかく、『あなたは悪くないんですよ、よくやっていますよ』ということを繰り返しお伝えし、笑うことと、ポジティブに考えることを、毎日メールでお伝えしていったところ、物事をポジティブに考えることを取り戻され、お仕事にも出られるようになりました」参考までに、その方の結婚年数と、カウンセリングを受けてモラハラを克服するまでにかかった年数をお聞きしたところ、結婚年数は6年、カウンセリングにかった年数は2年だったそうです。ただしモラハラを克服するプロセスは、回復と再発の繰り返し。だからこそ、少しずつ自分を取り戻していくことが必要なのでしょう。■未来のモラハラ被害者をなくすにはところで恋愛期には、なかなか相手の本性が見えないものだと思います。結婚して後悔しないために、未婚の女性にあてたメッセージを麻野さんにお願いしたところ、「私が愛して尽くせば、この人は変わってくれると思うのは間違いです」という言葉をいただきました。だとすれば、おつきあいの段階で、モラハラの匂いを感じ取ることも必要なのかもしれません。また、「結婚して子どもが生まれると自由がきかなくなるので、経済的・精神的に相手に依存した結婚はしない方がいいかもしれませんね」とのことでした。まずは自立した女性になるべし、ということでしょうか。*とはいえ結婚生活において、よくも悪くも相手から影響を受けることは避けられません。ですから、気をつけるべきは、悪い影響。大事なのは、モラ夫からの「洗脳」で自分を愛せなくなる前に、まず自分で自分を認め、愛してあげることだと麻野さんは説いてくださいました。(文/石渡紀美)【取材協力】※麻野祐香・・・夫婦関係修復専門 はあとふるアドバイザー。NPO法人日本家族問題相談連盟認定カウンセラー。フラワーエッセンスカウンセラー。アロマセラピスト。リフレクソロジスト。レイキヒーラー。1996年にリラクゼーションサロン「ベルガモット」を立ち上げる。オーナーセラピストとして活動。オーナーセラピスト時代に、お客様の悩み相談を数多くうけ、心理カウンセリングの勉強をし、資格取得をする。現在までのカウンセリング人数は800人を超える。サロン経営で培ったカウンセリング技術を生かして、2007年に「夫婦関係修復カウンセリング」「モラルハラスメントカウンセリング」を専門とするSmile Plusを立ち上げる。「別れたくないけど、どうしたらいいのか」そんなジレンマに苦しむ、女性の心に寄り添うカウンセラーとして活躍中。【参考】※カウンセリングルームSmile Plus※麻野祐香(2015)『モラ夫のトリセツ: モラハラ夫と幸せに暮らす、秘密のテクニック』合同フォレスト
2016年02月14日平成25年度の厚生労働白書で、「子育ての悩み相談でもっとも頼りになった人・もの」、「子育ての情報収集でもっとも頼りになった人・もの」として、20代、30代、40代、すべての年代において男性は1位に「配偶者」をあげています。それにたいして、20代、30代の女性の1位は「自分の親」、40代は「ママ友」。悩み相談においては「配偶者」が2位ですが、情報収集においては「自分の親」「インターネット」「ママ友」すべてに抜かれ、「配偶者」はランキング外になっています。イクメンという言葉が社会に浸透し、積極的に育児に参加する男性は増えましたが、この調査結果は何を意味するのでしょうか。NPO法人ファザーリング・ジャパン理事の西村創一朗さんにお話をうかがいました。■夫が子育ての相談をする相手は妻しかいないまず西村さんは、男性のランキングの1位がダントツで配偶者であることに触れ、次のように解説してくださいました。「男性が職場で子育てについて話したり、相談したりすることって、なかなかないと思うんですね。興味を持っている人がいなかったり、いたとしても持っているかどうかわからなかったりするわけです。その前提があるので、結果的に、男性が子育てについて相談するときに、その対象は妻しかいない、ということになりがちだということが、まずあると思います」次に、この調査結果をみて、小さい子どもを持つ男性のタイプとして、3つあげられると西村さん。1つ目は、子育てに意欲的で、積極的に情報収集したりするタイプ。2つ目は、もともとそれほど興味はなかったが、奥さんにいわれたりして子育てに参加するようになったタイプ。3つ目は「男は仕事、女は家庭」といった価値観を根強く持っていて、そもそも子育てに興味・関心がないので、情報収集もしなければ、相談もしないというタイプです。1つ目のタイプは特に問題はないのですが、調査で配偶者を1位に上げたのはおそらく2つ目のタイプが多いのではないか、ということでした。また、男性のランキングの中には、「子育ての悩み相談はしない」、「子育ての情報収集はしない」人も多くいることが見受けられます。■子育てに意欲的でも信頼されるわけじゃないそれでは、「子育てに意欲的なパパは、女性側からも信頼される割合が高いと考えていいのでしょうか?」と西村さんにお聞きしたところ、それがかならずしもそうではないそう。他の2タイプにくらべれば高いかもしれませんが、カラ回りするパパもいるそうです。「よーし、子どもが生まれたぞ。父親としてがんばるぞーっていう気持ちがあっても、面倒なこと・たいへんなことはせず、子どもと遊ぶことなど、楽しいこと取りのパパがこれにあたります。また、やろうとしても、家事スキル・育児スキルが追いつかないんですね。お皿を洗っても油が残っていたり、洗濯してもしわくちゃだったり、奥さんに、だったらやらない方がまし、とまでいわれてしまったりすることもあります」その結果、家庭内で上司と部下のようになってしまい、ダメ出しされた男性は子育てに意欲をなくしかねません。「誤解してほしくないのは、やらないよりはやった方がいいんです」女性側も、すぐには上手にできない男性をあたたかく見守り、さりげなく指導することが大切なのかもしれませんね。性別も立場もちがう男性と女性。「いざ公平に」といっても、単に作業を半分にわければそれで済む問題ではないように思います。西村さんは、この調査結果にみる男女間のギャップを次のように分析します。「この結果は、ようするにどちらが子育てについてよりよく知っているか、ということを表していると思うんですね。ということは、子育てについて男女のカップルがいて、男性の方が子育てについて詳しいというケースは極めて少ないのでこのような結果になったのではないでしょうか」まだまだ日本社会は、子育てに全面的に参加する父親にやさしいとはいい難い状況です。上司や同僚の理解を得るのも、女性よりは難しいことが多いでしょう。その結果、子どもと一緒に過ごす時間が少なくなり、上記のようなギャップが生まれたのだと思います。そのギャップを取り除くために、たとえば女性側から子どもに関する情報を流したり、コミュニケーションを取ったりする努力は必要ですね。■夫婦がお互い信頼して笑顔で子育てするには西村さんはまだ20代ですが、もうすぐ三児の父。若いからこそ、子育てやパートナーシップについて、柔軟に取り組めてきたのかもしれません。そんな西村さんに、夫婦がお互いを信頼し、笑顔で子育てするためのアドバイスをうかがいました。「“自分の価値観を押し付けず、相手の価値観を尊重する”ことだと思っています。パパが、ママの健康第一で、家事や育児を積極的に引き受けること。それから、雑談でもいいので、なるべく毎日一定時間会話をする時間を設けることですね。ママも、パパの家事育児スキルが低くても、否定しないこと。相手を傷つけないコミュニケーションを心がけることが大切です。お互い歩み寄ることですね」*子育ては、つながりがあってのものだと思います。そしてそのつながりのはじまりは、パパとママから。それぞれの違いを認めながら、土台となる価値観を育んでいければよいですね。(文/石渡紀美)【取材協力】※西村創一朗・・・1988年生まれの27歳。小学校1年生の長男と4歳の次男、0歳の長女の三児の父。大手人材総合会社で採用担当・新規事業企画を兼務する傍ら「父親であることを楽しもう」をモットーに活動するNPO法人ファザーリング・ジャパンにて最年少理事を務める。2015年6月に自身の会社、株式会社HARESを立ち上げ、代表取締役社長を務める。大学一年時に高校生の頃から付き合っていた彼女と結婚し、19歳で父親になる。プライベートブログ『Now or Never』は月間30万PVを超える。ニュースキュレーションアプリNewsPicksでも精力的に発信を続け、フォロワーは40,000人を超える。【参考】※平成25年度厚生労働白書-内閣府※NPO法人ファザーリング・ジャパン
2016年02月07日池川明先生は、「赤ちゃんには胎内にいた頃の記憶がある」ということを前提にお産の現場で活躍されている産科医・医学博士です。著書『人は生まれ変われる。前世と胎内記憶から学ぶ生きる意味』は、全国のお母さんたちに広く支持され、ドキュメンタリー映画『かみさまとのやくそく』にもなり、現在も上映中。実際の成果としては、胎児との関係を大切にするお産をこころがけるようになってから、その後1年ほどで、救急搬送がグンと減ったといいます。池川さんの行った調査によると、胎内記憶を語ったことのある子どもは、全体の33%。つまり、3人にひとりということ。知れば知るほど不思議な世界です。そこで池川先生にお会いして、いろいろとお話を伺ってきました。■口止めされている「胎内記憶」池川先生は、胎内記憶をお産に活用させた、いわば第一人者です。まず「科学が主流とされる医学界において、相当勇気のいることだったのでは、と思うのですが……」とお聞きすると、「勇気はいりません。興味だけ。だって楽しいもの。子どもが“おなかのなかで泳いでいた”とか“おかあさんに会いたかった”とかいうんですよ。ワクワクしますよ」とのお返事が。胎内の赤ちゃんに話しかけることが大切、なんてことは、決して昨日、今日にいわれはじめたことではありません。しかし、胎児のときに外の音をちゃんと聞いていて、実際に見てきたようにあとから話す子もいる、という「胎内記憶」のエピソードには、拒絶反応を示す人もまだいるでしょう。たしかに、10年前まではかなり向かい風だったそうです。それがここにきて、あまり批判する人はいなくなってきたといいます。その理由をおたずねしたところ、「彼らの子どもが胎内記憶をしゃべりだしたんじゃないですかね」というユニークな回答が返ってきました。「子どもが3人いたら、ひとりは絶対しゃべりますからね」それにしても、胎内記憶の話は聞いていて、本当におもしろかったです。たとえば、しゃべってくれない子どもについてお聞きしたところ、「どうやら口止めされているみたいなんですよね。たまにしゃべったあとで、“あっ!”と口を押さえる子とかいるんですよ」とのこと。いったい誰に口止めされているんでしょう?さらに、興味本位で聞かれることを、子どもはとても嫌がるそうです。■胎内記憶で子育ては楽しくなるそして池川先生は、クリニックに奥さんと一緒にくる旦那さんにときどき聞くそうです。「抱っこした時に、泣かれたい?笑ってもらいたい?」もちろん、生まれてくる我が子に笑ってもらいたくない親なんて、そうそうはいませんよね。池川先生のクリニックでは、胎内記憶についての会話はもちろん、産前の胎児とのコミュニケーションが産後の子育てに与えた影響の実例が、いくらもあるといいます。たとえば、10ヶ月お腹のなかにいるときに、まったく無視されて外に出てきた赤ちゃんと、繰り返し語りかけられていた赤ちゃんとでは反応がまったく違うそうです。胎児のときに話しかけられていた赤ちゃんのことを、こんなふうに話すお父さんもいると教えていただきました。「こいつ、わかりやすいんですよ。(抱き方を)ちょっとずらすだけで怒るんだよね、2センチずれただけなのに。それで、直すと、“よし”みたいな顔をするんです」■胎児への語りかけは効果があるたとえば、お母さんがくたくたになってしまって、赤ちゃんも泣き止まないようなとき、お父さんが代わりに抱っこしてくれるだけで、お母さんはどんなに助かるでしょうか。しかし、胎児のときに特に語りかけず、赤ちゃんが生まれていきなりお父さんになったような人を、赤ちゃんがお父さんだと認識してくれるでしょうか?残念ながら答えはノー。赤ちゃんは泣き続け、困ったお父さんは赤ちゃんをお母さんに返してくるでしょう。そんなことが続けば、その後の夫婦の関係にも影響を及ぼしかねないことは、想像に難くないと思います。「産後クライシス」という、この国で子育てをする以上、見過ごせない現象があります。池川先生によると、「子どもとうまくいっていないお母さん、あるいはお父さんは、必ずといっていいほど、パートナーシップもうまくいっていないことが多い」そうです。けれど、子育て期間は夫婦の関係を見なおすチャンスなのだそうです。「好き」がもとで一緒になったのですから、特に考える必要のなかったパートナーシップですが、産前および産後はふたりの関係を見なおし、よりよいものに変えていくチャンスの時期ということですね。「男性は誰でも、奥さんに幸せになってもらいたいと思っているんですよ。女性は気づいていないかもしれませんがね」あれ?それって、子どものいう「お母さんを幸せにするために生まれてきた」っていうのと似ていますね。ということは、男性は子どもと同じっていうことかもしれませんね。*ただし、この記事を読んで、「胎内記憶を知らないと子育てはうまくいかない」とはとらえないでください。筆者の上の子どもは胎内記憶のことを聞くと、どちらかというと迷惑そうに「知らない」といいます。下の子はまだ言葉が出はじめたばかりで、胎内記憶についてはしゃべりだす気配もありません。それを「まぁ、いいか」と思っています。「おもしろいな~、そんなことあるのかな~」くらいに思っていれば、そのうちしゃべりだすかもしれませんしね。胎内記憶でも、分娩スタイルでも、大事なことは「こだわらない」ことだと池川生生はおっしゃっていました。「こだわると、こじれるんです」とのこと。淡々と名言を連発する池川先生でした。(文/石渡紀美)【取材協力】※池川明・・・1954年、東京生まれ。帝京大学医学部大学院修了。医学博士。上尾中央総合病院産婦人科部長を経て、1989年横浜市に産婦人科の池川クリニックを開設。2001年9月、全国の保険医で構成する保団連医療研究集会で「胎内記憶」について発表し、話題になるなど、胎内記憶研究の第一人者として知られる。また、出産を通して、豊かな人生を送ることができるよう講演などで全国を廻っている。【参考】※池川明・大門正幸(2015)『人は生まれ変われる。前世と胎内記憶から学ぶ生きる意味』ポプラ社※映画『かみさまとのやくそく』公式サイト
2016年02月01日赤ちゃんはかわいいけれど、どうにも気持ちが晴れなかったり、イライラしてしまったり、理由もなく不安になったり。これらは、いわゆる産後うつに見られる現象です。産後うつというと赤ちゃんを産んだお母さん特有の現象のように思われてきましたが、このたび、お父さんの16.7%、つまり約2割にも、産後3か月までの間に産後うつのリスクが高かった時期があったという研究結果が、国立成育医療研究センターにより発表されました。夫の、また自分の、産後うつを回避するためには、いったいどうしたらいいのでしょうか。研究員の竹原健二さんに、詳しいお話を伺ってきました。■いいにくいけどお父さんもしんどい竹原さんは、もともと妊娠・出産や、妊産婦のケアの研究を専門にしていたそうですが、実際に自分が子どもを育てる側になったとき、「意外にお父さんも大変だぞ」と思ったといいます。しかし、世の風潮は、「お母さんは大変なんだから、お父さんはがんばって手伝ってあげてね」の一色。もちろん、子育てにおいてお母さんの方が大変なことはわかっているのですが、だからといって、お父さんが大変ではないというわけではないのだけどなあ……と竹原さんは内心思ったそうです。竹原さんは、やはり子どものいる男友だち同士で、「子育てって、がんばるほどしんどいよね、楽しいけどしんどいよね」、「だけど、しんどいって言う場所がないよね」という点で意見の一致をみたそうです。女性は身体からお母さんモードになっていきますが、男性はそうはいきません。通常の仕事の負担・責任に加え、家事・育児の負担、夜泣きや夜の授乳・ミルクにつきあうことによる睡眠不足などが加わり、完全にキャパシティオーバーなのです。さらに、定時に退社したくても、上司や周りの理解が得られなかったり、子どもの世話がうまくできなくて、それを妻に指摘されて落ち込んでしまったりすることもあります。そんなときに、共感してくれる友人もなく、行き場のない悩みがたまってしまったら、心の体調を崩すことは大いにありえることではないでしょうか?■父親の産後うつは時代が産んだ現象海外ではすでに1990年代にPaternal Depression(父親の産後うつ)についての論文が発表されていたといいます。その後、2005年頃には、医学系の専門雑誌に父親の産後うつについての記事が数多く掲載されていたそうです。ところが、当時、日本ではほとんど話題にならなかったとか。その理由を竹原さんにお尋ねしてみたところ、「イクメンという言葉が出てきたのが2009、2010年頃ということを考えると、2005年は、お父さんが家事や子育てをするという考えが、まだ日本に定着していない時期でしたよね。そういう意味では、当時の日本では父親の産後うつというのは、あまりなじまない考え方だったのだと思います」とのことでした。長いあいだ、日本では女性は家、男性は外で仕事、という考え方は根強く、それが日本の経済成長を支えてもきました。それが、ここに来て、労働力の不足や、経済、および雇用の不安定化に伴い、働いていなかった女性のなかにも働かざるを得なくなる女性が出てきました。また、男性は男性で家事や子育てを手伝わなくてはならなくなりました。イクメンという言葉はその現実をポップに表現することで、社会に、お父さんがいままでに選んでこなかった生き方の提言をすることに成功したといえるでしょう。その反面、もしかしたらわが国における父親の産後うつは「イクメンという言葉が生まれた時代が作り出した現象」なのかもしれません。■夫婦で産後うつにならないためには女性の多くは、まさか自分の夫が産後うつになるなどとは思いもしないでしょう。妻の方からできること、また夫婦で危機を乗り切るためにはどうしたらいいかをうかがいました。まず、「男性も産後うつになる可能性があることを、女性にも知っておいてほしい」と竹原さん。また、お母さん向けの産後うつに対応するカウンセリングは存在しますが、お父さんの場合、そもそも産後うつを疑って診察を受けるケースはほとんどないと考えられています。ですから産後うつと診断される人もほとんどおらず、ケア体制もないのです。さらにこわいのは、夫婦そろって産後うつになってしまうことです。センターの調査によると、100家族のうち、1~2家族は、同時期にうつのリスクありと判定された夫婦がいた、という結果が出ています。夫が産後うつになると、妻もそうなるリスクが高くなり、そうなると、意図しないまでも、ネグレクトに近い養育状況に陥ってしまいかねないそうです。「元気じゃないと、子育てってできないですからね」という竹原さんの言葉に大きくうなずきました。竹原さんは、研究者として医師や看護師、助産師、保健師と接する際、子どもを持つお父さんのメンタルヘルスにも気を配るよう勧めているそうです。お父さんを、単にお母さんや子どものケア提供者としてみるのではなく、メンタルヘルスを悪化させる可能性のある未来の患者としてみること、具体的にいうと、赤ちゃんの検診に一緒についてきたお父さんにも、一声かける、といった類のことですね。*夫婦にとって、産後はもっとも大変な時期のひとつであることは間違いありません。竹原さんは強調します。「一般的にお母さんの方が大変ということは確かなのです。ですから、お互いにどちらが大変かを競い合うという不毛なことはやめて、子育てという大変だけれどやりがいのあるプロジェクトをいかにしてふたりで協力して乗り切るか、ということに力を注いでください」子どもが大きくなるまでには、決して短くない時間がかかります。それまで、お父さんとお母さんができるだけ笑っていられる時間を増やせるといいですよね。(文/石渡紀美)【取材協力】※竹原健二・・・国立成育医療研究センター研究所研究員。専門は母子保健の疫学。妊娠・出産や妊産婦ケアに関する研究を国内外で手がける。近年は産前産後の父親に関する調査研究を複数実施している。三児の父親でもある。
2016年01月30日