かし家の3人の子どもたちを紹介しますはじめまして!かしりりあと申します。 ASD(自閉スペクトラム症)の長男りー、発達ゆっくり次男かー、同じく発達ゆっくり三男おーと夫、5人家族で仲良く過ごしています。 ブログ、SNSで子どもたちとの暮らしの中で気づいたことを発信しています。そんな私たちの家族を紹介していきます。中度知的障害(知的発達症)を伴うASDの長男りーUpload By かし りりあ中度知的障害(知的発達症)を伴うASD(自閉スペクトラム症)の長男りー(6歳)です。 2024年4月から特別支援学校に入学し、放課後等デイサービスに通っています。長男りーは、1歳を過ぎても指差しや模倣、言葉が出ず、1歳半健診で様子見になりました。 その時は、インターネットで検索して出てきた自分が安心できる言葉だけを信じて、「この子には何もないんだ。もう少しで身振りをしたり、言葉を話したりするんだ」、そう思っていました。その後絵本を読み聞かせしたり、よく話しかけたりと自分なりにいろいろとはたらきかけてきましたが、これといった良い変化を感じることができませんでした。知り合いの児童発達支援管理責任者の方へ相談したところ「ぜひ来てください」と言っていただき、幼稚園入園と同時に、児童発達支援事業所へ通い始めました。あわせて、言語療法や作業療法などにも2年間通ってきましたが、事業所の先生から療育園へ通うことを勧められ、幼稚園を退園し、療育園へ通うようになりました。Upload By かし りりありーは小さい頃から、気持ちが高まるとその場で飛び跳ねます。特に、電車や車などの走るものや、流れるように動くもの(マニアックなものだと、テレビ番組のスタッフロール)が大好きで、テレビや動画でこのような場面を見ると必ず飛び跳ねています。飛び跳ねる癖は、6歳になった今も続いているので、トランポリンでジャンプするように教えています。また、感覚過敏なところがあり、マスクや帽子などが苦手です。マスクをつけていてもすぐに外してしまうので、コロナ禍の真っ只中では、周囲の目が怖かった記憶があります。最近は、家でズボンやパンツを履くのを嫌がるようになりました。履かせてもすぐに脱いでしまうため、できるだけ脱ぎにくい丈が長い服を着せるようにしています。6歳ではありますが、まだまだ幼いところもあり、気まぐれにだっこやおんぶなどのスキンシップを求めてきます。父(夫)が大好きで、以前は出勤すると泣いて怒ることもありました。発達ゆっくりさんの次男かーUpload By かし りりあ次男かーです。幼稚園年少(3歳)です。児童発達支援事業所に週2回通っています。長男同様言葉が話せないということが気になったため、保健師さんや長男の通う児童発達支援の先生へ相談し、幼稚園に入るタイミングで、長男と同じ児童発達支援に通うことになりました。そんなかーですが、身振り手振りで自分のやりたいことを伝えてくれるので、兄よりも気持ちが分かりやすいです。そして母(私)が大好きです。スキンシップも多めで誰かと触れ合っていると安心するようです。お友達や先生との関わりでいろいろなことを吸収してきて、 幼稚園で習った手遊びやダンスを披露してくれます。見通しが立たなくなると不安を感じるのか、幼稚園や児童発達支援では泣くことがあります。Upload By かし りりあかーは今、声のボリュームについて勉強中です。家では楽しくなると「わー」「きゃー」などの奇声のような大きな声をあげます。「小さい声でお話しようね」と伝えるとその時は気をつけていますが、少し時間を置くとまた「きゃー」と騒ぎ出してしまいます。今のところ、幼稚園や児童発達支援では大声は出していないようで、家の中だけなのですが、これは繰り返し伝えていきたいと思っています。発達に遅れはないと思っていた三男おーUpload By かし りりあ三男おー(1歳)です。兄たちの姿を見て活発に育っていますが、言葉や身振りがまだ出ておらず、1歳半健診で引っ掛かり、様子見ということになりました……。欲しいものへの主張はすさまじく、自分で高いところへのぼって取りに行ったり、泣いて「欲しい」アピールをしてきます。兄たちが大好きで、常に追いかけています。たくさんの人に支えてもらいながら毎日ドタバタな生活をする中で、いろいろなトラブルやハプニングもありました……。そんなわが家の日々を描いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。執筆/かしりりあ(監修:鈴木先生より)言葉の遅れがある知的発達症のお子さんは焦らずゆっくりと階段を上っていけばいいのです。そこにASD(自閉スペクトラム症)の併存があればなおさら大変になります。言語療法以外に感覚統合を行う作業療法も必要になるからです。さらに、感覚過敏やこだわりなどもあるため、育てにくさを感じる場面に多く遭遇することとなります。今回は3人とも言葉の遅れがありますが、小児科医がまず初めに疑うのは難聴の有無です。ABR(聴性脳幹反応)という検査で難聴の有無を客観的に判定できます。難聴が見つかった場合は補聴器などで補正して言葉を増やすことができるので、健診で様子見ではなく、できるだけ早く小児科医と相談する必要があります。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月24日掲示物を毎日チェック見通し不安の解消?Upload By ゆきみ3歳の時にASD(自閉スペクトラム症)と診断を受けた長男けんとは、現在小学3年生。特別支援学級に在籍しています。昔から文字を読むのが好きで、どこへ行ってもポスターや貼り紙、カレンダーなどをチェック。在籍している特別支援学級の教室内は時間割表、年間行事表、給食の献立表、各学年で習う漢字一覧表……など、とにかく壁に掲示物が多いのです。視覚優位で、視覚的な刺激を受けやすいけんとは、毎日のように貼り紙が替わっていないか確認しています。親や先生よりも学校スケジュールが詳しいときもあるほど。掲示物を読んで、自分がどこで何をするのか頭の中に入れているようで、見通し不安を自分で解消しているのかもしれません。そんなわが子は、小学校に入ったばかりの1年生の時、学校のスケジュール変更の多さにパニックになることが多々ありました。予定変更でパニック!参加できない全校集会けんとは小学1年生の1学期頃、予定されていた内容が変更になってしまい、それが楽しみにしていたものだったりすると「なぜ変更になったんですか?」と先生に詰め寄り、パニック状態になってしまうことがよくあったそうです。学校には、見通しが崩れると不安になってしまうことを伝えていたつもりでしたが、いつも先生は口頭で軽く説明する程度。先生もパニック状態になってしまったけんとに、どのように対応していいのか分からず、困っている様子でした。私も見通し不安を解消してあげたいと思いつつ、視覚支援などの対応を学校にどこまでお願いしていいものなのか分からず悩んでいました。けんとが小学校に入ってから知ったのですが、学校では時間割の変更が毎日のようにあるようです。「朝会の内容が変更になった」「雨のため、集会の場所が校庭から体育館になった」「3時間目の授業が国語から学活になった」「算数の授業でテストが予定されていたが、前回の授業で終わらなかった内容の勉強になった」など、さまざまです。Upload By ゆきみけんとは、朝の全校集会が特に苦手でした。まず何が行われるのか、内容が不明なことが多いのです。感覚過敏も影響しているのか、人が多い場所も苦手な様子。しかも集会は、天気に左右されることも多く、開催場所が校庭なのか体育館なのかが直前に決まったりします。見通し不安が強いけんとにとっては苦手なことがいっぱいだったと思います。1年生の時は、ほぼ全校集会に出られず教室に残っていたそうですが、ほんの少しだけ参加することを目標にして参加。それを長い期間をかけて、少しずつ参加時間をのばしながら自信をつけ、2年生くらいから全校集会に長い時間参加できるようになりました。保育所等訪問支援を受け変化したこと専門知識のある方が学校で子どもの様子をみてくださり、先生とお話をしてくださる保育所等訪問支援施設と契約していたので、担当の方が学校を訪問してくださることに。先生から学校での様子を聞いてくださったり、実際にけんとの様子を見てくださったりしました。そして、夏休み明け頃に訪問してくださった際、「けんとくんの場合、スケジュールが変更になったときは、変更になった時点で視覚を使い、説明することがとにかく大事」ということを、しっかり先生に伝えてくださいました。私が説明するより、専門の方が先生に伝えてくださるほうが説得力があり、とても心強かったです。学校の先生方も、しっかり保育所等訪問支援の方の話を聞いてくださり、それを参考に考え、支援方法を変えてくださいました。Upload By ゆきみ大きなホワイトボードを使い、時間割や、その日にやる授業内容を細かく説明。予定が変更になる場合は、視覚的に見通しを立てる支援をしてくださり、変更された予定がもし今後ある場合は「明日やる予定だよ」などと、分かる範囲で伝えてくださったよう。すると、落ち着きがなく何かがあるとよく情緒不安定になっていたけんとが、先生がすぐに実感するほど「落ち着く時間が増えた」と効果絶大だったとのこと。そしてさらにそれを繰り返していくことで、けんともスケジュール変更を受け入れられることが多くなり、1年生の冬頃からは、「スケジュールは、変更もあってのスケジュール」ということや、自身の心の折り合いを少しずつ学んでいった様子でした。曖昧な予定が苦手…?現在の息子はUpload By ゆきみ小学2年生になると、時間割や授業内容の変更は視覚支援で丁寧には説明せず、口頭指示のみでも受け入れられるようになりました。しかし、夏休み明けなどに「全校生徒が借りている本を返し終えたら、通常の図書貸出を始める」などの曖昧な日程は大の苦手で、納得がいかないこともあるようです。現在、小学3年生になりました。いつかは曖昧なスケジュールも受け入れられるようになったらいいなーと願いながら、今のけんとのペースを見守っていきたいと思います。執筆/ゆきみ(監修:藤井先生より)けんとさんが学校で穏やかに過ごすことができるよう、訪問支援も併用し、学校とゆみきさん、訪問支援担当者が連携されたのはとても良かったですね。視覚指示を使うことで、予定の変更を受け入れられ、さらには口頭指示のみでも受け入れられるようにと、けんとさんのペースで、パニックが軽減されてきましたね。少しずつ変更があっても大丈夫という経験を積むことで、できたという実感が積み重なっていき、けんとさんのペースで曖昧なスケジュールも受け入れるようになっていくと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月22日お気に入りのもの長男は、同じ場所を行ったり来たりする常同行動を2歳の頃からしています。そして、その時いつも手にお気に入りのものを持っています。3、4歳の頃は「曲がるストロー」がお気に入りで、このストローの曲がる部分の”角度“が長男にとって重要でした。思うような角度にならないと「これは違う」とよく泣いて、自分で直せない時は私に「直してほしい」と訴えてきました。私からすると、「え?どこが違うの?」と思うようなほんのわずかなズレも長男は気になる様子でした。 ストローはすぐに傷ついたり、凹んだり、角度が変わる素材なので、長男は何度もイライラしていました。ストローの曲がっている角度と色とメーカーさえ同じであれば替えがきいたので、「思う存分折り曲げて、気にいる角度を作っていいよ」と同じストローの100本入りを渡してみました。すると長男は曲げたストローを手に持つだけではなく、ストローで工作もするようになりました。当時はたくさんのストローの芸術たちが床に転がっていました(曲げる角度を失敗したストローは飲む時に使いました)。 こだわりに拍車をかけてしまっていたのではないかと少し心配もあったのですが、最近長男が通う児童精神科の心理士の先生に幼い頃のストローの話をしたら、「ストロー100本入り良いですね!」とおっしゃってくださり、何年も経ってから安堵しました。ストローブームのあとは、「食べかけのお菓子の袋などを止める袋止めクリップ」が長男のお気に入りとなり、やはり角度にこだわりをみせていました。 今現在のお気に入りは長方形のブロックで、もう角度のブームは去ったようです。今は角度ではなく感触を気にしています。感触が気になりすぎて、ブロックを洗うことに夢中になっています。やりすぎてしまうことがあるため、通院しながら様子を見ています。Upload By ねこじまいもみ食に関するこだわり長男は好きになると、とことんはまるという性格で、1番初めにそれを感じたのは2歳の頃でした。とにかくリンゴジュースが好きすぎる。リンゴジュースをすごく飲みたがる。食事の時はお茶という約束をしていて、それは本人も受け入れていたので特に深く考えてはいなかったのですが、このようなこだわりは長女にはなく、現在3歳の次男にも見られないため今振り返ると長男のリンゴジュースへのこだわりはすごかったなぁと感じます。好きなものを何度も食べたいというのは誰にでもあることかもしれませんが、その度合いを少し超えるこだわりの強さでした。スイカも同様に、ある時期とことんはまっていました。といっても幼い頃は、そういったこだわりくらいで、激しい偏食は感じませんでした。しかし、成長につれて長男の偏食は強くなっていき、食べられないものがみるみる増えていきました。同じ頃から感覚の過敏さも強くなっていったことも関係しているかもしれません。現在は、毎日長男の食事に頭を悩ませています。Upload By ねこじまいもみ衣類のこだわり幼い頃の長男は、衣服のタグを嫌がりましたが、私が選んで着るのを手伝うと特に拒まず着ていました。タグを嫌がるのはよくあることかな、とあまり気にしていませんでした。この素材、大きさ、形が嫌、長袖は着たくない、肌着、上着は着たくない……といったこだわりが出てきたのは、幼稚園の年中の頃でした。成長するにつれてどんどんこだわりが強くなり、着られる服が限られていきました。一度も袖を通さずサイズアウトした服がたくさんあります。長男と一緒に服を選んだり、気持ちを聞いたりしながら、これなら着られるという服を私もだんだん理解していきました。それでも幼稚園の頃は、家の外でも寒くても半袖だったり上着を着なかったりしました。小学生になってからは長男自身、人の目が気になるようで家の外では長袖を着たりするようになりました。しかし、本当は窮屈だと話してくれます。家に帰るとすぐに半袖半ズボンに着替えて開放感を感じているようです。Upload By ねこじまいもみ成長するにつれて特性は強くなる幼い頃の長男は、こだわりが強いほうかな?と感じつつも臨機応変もでき、本人の困りごともうまく解消できる範囲のもので、大きな癇癪につながったりということもほとんどなかったため、「なんとなく気になるけど、どうなんだろう……」という気持ちがずっと続きました。ほかにも麺がすすれない、手先が不器用、エスカレーターが怖いなど細かいことで気になっていたことはありました。いろいろな特性が成長するにつれて強く表れるようになり、私も強く感じるようになりました。 実際に9歳の発達検査で診断を受けた時、心理士の先生から「年齢とともに、特に家での特性はどんどん強くなっていくと思う」と言われ、今それをすごく感じています。執筆/ねこじまいもみ(監修:初川先生より)長男くんのこだわりの遍歴エピソードをありがとうございます。幼い頃から、日常生活に大きな支障が生じにくいタイプのこだわりがあったのだなと感じます。お子さんによってこだわるポイントが違うので、ものによっては体調や日常生活のリズムに影響を及ぼしうるものだとなかなかに本人も周りも疲弊します。長男くんのストローは、ねこじまさんがされたように、好きなだけ(100本入り!)あげることができ、好きなだけ没頭できたのは、長男君本人にとってストレスにならなかっただろうというところでよかったなぁと思います。成長につれ、色濃くなってゆくもの、逆に成長に伴って頭で理解することで多少(本人が)寛容に受けとめられることとどちらもあると思います。昔から変わらないこと、気づけば少しずつ変化していくこと。それぞれあると思いますが、どんな経過をたどるかは人それぞれ(本人のこだわりポイント、不安の高さや、環境側の受け入れなどによっても変わります)であるため、保護者の方はどうなっていくんだろうと不安になられることもあると思います。よき相談者や支援者とつながり、ともにその不安や成長の喜びなどを共有しながら対応されると良いと思います。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。前の記事はこちら
2024年04月22日息子と娘は、こんな子ですはじめまして。メイと申します。わが家は、子どもたち2人と私と夫の4人家族です。夫は仕事が忙しく、平日はどうしてもワンオペになってしまうのですが、子どもたちと助け合いながら楽しく過ごしています。まずは、息子と娘のことを紹介します。○息子トールUpload By メイトールは1歳半健診の時に言葉の遅れを指摘されました。気持ちの切り替えが苦手で、癇癪を起こすことも多く、児童館などでは他害も見られていました。定期的に発達の相談をしていたのですが、遅めではあるけど息子なりの成長がみられていましたので、発達検査はずっと受けていませんでした。息子が発達検査を受けたのは小学校1年生の時で、その際に医師の診察も受けた結果、ASD(自閉スペクトラム症)・ADHD(注意欠如多動症)と診断されました。○娘リンUpload By メイリンは3歳児健診の時に、発達検査を受けるよう勧められました。人見知りせず活発な性格の娘については、それまで発達に関して心配をしたことがなかったので、指摘されたことはわたしにとっては驚きでした。その後発達検査を受けて、3歳の終わり頃にASD(自閉スペクトラム症)と診断されました。夫は仕事が忙しく、平日はなかなか子どもたちと関わることができません。とにかくポジティブで陽気な性格で、明るさに助けられることも多々あります。地声が大きいのが長所でもあり短所でもあります。わたしは息子を産んでから、ずっと専業主婦をしています。息子を産んだ頃は、友達も全くいない、実家からも遠い土地でのワンオペ育児に、不安でよく泣いていました。新しくできたママ友とも、息子の他害や癇癪がひどくなるにつれて疎遠になってしまい、つらいと感じたこともあったのですが、その分息子と向き合って過ごしてきたなぁと思っています。Upload By メイ息子の発達にずっと悩みながらも、夫の転勤や私の出産・育児などが重なり、なかなか支援につながることができず、小学1年生で診断されるまでは一人で悩んだりしていました。しかし、自分なりに発達障害のことも勉強しながら、今ではブログやSNSで子どもたちとの日々を発信しています。発達ナビでも、わたしたち家族のこれまでの歩みを書いていけたらと思っています。どうぞよろしくお願いします。Upload By メイ執筆/メイ(監修:新美先生より)メイさん、はじめまして。異なる個性の2人のお子さんを平日はワンオペで子育てされている大変な中で、今ではブログやSNSでの発信もされているとのこと。とてもパワフルですね!!発達ナビのコラムでもいろいろな記事を読ませてもらえるのが楽しみです。これからよろしくお願いいたします。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2024年04月18日引っ越し後、すぐに行動開始!待ったなしの療育と病院探し娘のしぇーちゃんが2歳半頃に、他県へ引っ越しをしたわが家。新しい土地でまず最初にしたのは、ASD(自閉スペクトラム症)の娘が通う療育施設と、発達の相談ができる病院を探すことでした。わが家は車がないので、通えるところは限られていました。そんな中で初めて契約した療育施設は母子分離型で、1回3時間で週に1~2回あり、送迎もしてくれるところでした(ちなみに、受給者証の支給量(児童発達支援を利用できる日数)は13日/月でした)。母子分離が苦手な2歳半の娘を預けることに初めは不安もありました。しかし、すぐに通える施設はそこしかなく……一日でも早く療育を再開したかった私は、良い効果があることを期待して通うことにしました。行き慣れた祖父母の家でさえも、私の姿が見えないと泣くくらい不安が強かった娘ですが、こちらの施設に通い始めて数ヶ月ほど経った頃にはすっかり慣れて、私と離れても平気になりました。診断済みでも「すぐにみてもらえる病院」を急いで探した理由。それは……娘は2歳4ヶ月でASD(自閉スペクトラム症)と診断されていましたが、引っ越し先ですぐにみてもらえる病院を急いで探す必要がありました。なぜなら、引っ越し先の自治体では受給者証の更新時に「医師の意見書(診断書)」が必要で、早くもその更新時期が迫っていたからです。目星をつけていた第1希望の病院は1年待ちと言われてしまったので、すぐにみてもらえる病院を探して受診しました。この病院には約半年ほど通いましたが、JSI-R(日本感覚インベントリー)を受けたところ数値が高く、この病院でも、ASD(自閉スペクトラム症)と診断されました。その後、待機中だった第1希望の病院から連絡があったタイミングで、そちらに転院しました。そこでは月に2回OT(作業療法)を受けられることになりました。自立支援に力を入れる療育施設にも通うことに。よき出会いに恵まれてUpload By マミヤその頃、 初めに通っていた療育施設に加えてさらにもう一つ、小集団療育を行う施設にも通うことにしました。そこはこども園が運営している施設で、1回3時間のプログラムの中にお散歩や給食の時間があり、自立支援に力を入れていました。週に1回とはいえ、自宅から自転車で片道40分程かかるので悩んだのですが、1つ目の療育施設で娘の成長を感じられていたので、思い切ってこちらの施設にも通うことに決めました。こちらの施設では、娘は最初から母子分離不安もなく、スムーズに活動へ参加することができていました。自転車で片道40分の通園は大変でしたが、娘を送り届けた後は療育が終わるまで空いている部屋で待機させてもらい(お昼ごはんを持参していました)、天気が悪い日は別の日に変更するなど快い対応をしてくれたので、なんとか通い続けることができました。ここでは、娘も私自身も友達に恵まれ充実した日々を送ることができ、とても幸運だったなあ……と今でも思います。幼稚園に入園する?それともこのまま療育だけにする?迷った末の決断Upload By マミヤこうして、2ヶ所の療育施設と病院での作業療法に通う日々を送っているうちに、娘は3歳になりました。来年度から幼稚園に行くかどうか迷いましたが、その頃の娘はお話が上手ではなかったこともあり、集団でのザワザワは「言葉のシャワー」ではなく「ただの雑音」になるのではないかと考え、年少の時期にあたる1年間は療育1本でいくことに決めました。幼稚園には行きませんでしたが、療育と並行して月に1度は幼稚園のプレにも通い、忙しかった思い出があります。娘はこの1年間で、母子分離不安、偏食、多動が格段に落ち着き、言葉の理解が進んで意思の疎通もしやすくなっていきました。年中から幼稚園入園するため、園探しを開始。ASDと伝えると入園を断られることも……Upload By マミヤ4歳を過ぎた頃には娘がかなり落ち着いてきたこともあり、年中から幼稚園へ通うことにしました。自宅から通えそうな幼稚園を調べて、何ヶ所かの園に連絡し、事前に面談をお願いしました。ASD(自閉スペクトラム症)であることを説明した上で、娘のことを理解し、受け入れてくれる園に入園したかったからです。電話でやんわり断られた園もありましたが、面談で娘の様子を見て「ぜひ願書を提出して下さいね」と言って下さった園もありました。そして、いざ幼稚園に入園してみると、療育で小集団の経験を積んできたおかげか、娘は入園1日目から1度も泣くことはありませんでした。幼稚園での生活にもすぐ馴染んでいました。年少の1年を療育のみで大丈夫かという不安もありましたが、療育メインでやってよかったな……と思える結果となりました。執筆/マミヤ(監修:室伏先生より)引っ越し後の療育・病院探しに始まり、療育施設で過ごされた年少時期、幼稚園への入園にいたるまで盛りだくさんの情報を共有くださり、ありがとうございます。幼稚園に入園されると、多くのお子さんから刺激をもらってよい影響を受けられるお子さんもいらっしゃいますが、しぇーちゃんが年少さんの時期を療育施設のみで過ごされたことは、先生方の手厚い対応ももちろんですが、安心して過ごせる環境が確保できたという意味でもよいことだったかもしれませんね。幼稚園か療育施設かというご相談は多くの親御さんからいただきます。これについては、発達段階だけでなく、そのお子さんの困りごとによってもどちらが合うかは変わってきます。たとえば、他害がある、多動がとても目立つ、多くのお子さんがいる環境に強い不安を感じる、感覚過敏が強く環境や食事など細やかな対応が必要となる、などの場合には、幼稚園では対応が難しいこともありますし、お子さんにとっても負担が大きくなります。悩まれた場合には、お子さんのことをよく知ってくれている支援者(病院の先生や療育スタッフなど)に相談してみてくださいね。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月16日握力が弱く、クレヨンがうまく持てない。創造性が弱く、特にお絵描きが苦手だった時期今思えば、赤ちゃんの頃から物をつかむことがあまりなかった息子。手のひらに感覚過敏があり、何かをつかむときもよく指先だけでつかもうとしていました。握る力も弱く、1歳半でスプーンを握るのがやっとな状態でした。そんな息子でしたが、私自身が絵を描くのが好きだったこともあり、積極的に遊びに取り入れていました。握りやすい大きめのクレヨンを買ったり、当時息子が好きだったキャラクターの塗り絵を買ってみたり、電車の絵を私がお手本に描いてみたりしましたが、効果は今ひとつ……。握力の弱い息子はどんなに濃い色のクレヨンでも、消えてしまいそうなか弱い線を2~3本描くだけでした。そもそも息子は創造性を育むような遊びもあまり好きではなく、お絵描きはもちろん、粘土遊びや砂遊び、ブロック遊びもすぐに飽きて5分と続かなかったように思います。お絵描きも、すぐにクレヨンを転がして遊んでいることがほとんどでした。Upload By 海乃けだまお絵描きは苦手だけど色に興味が出てきた時期お絵描きを好きになってもらえたら……と思いながらも、息子が苦手なら仕方ないとあまりお絵描き遊びをやらなくなっていった2歳頃、喃語ではあるものの単語を少しずつ話し始めていた息子は色に興味が出てきたようでした。同じ色のおもちゃを集めて同じ色のカップに入れたりして遊ぶ姿が多くなったので、ものは試しに、色と数字と動物が一緒になっているおもちゃを導入しました。しばらくは数字を無視して色のみを合わせて遊んでいましたが、そこから徐々に数字にも興味を持つようになりました。2歳半から通い始めた療育でも、毎日数字を目にしていたので(視覚支援で朝のお集まりの際に1~6くらいまでの数字を振ったおおまかなスケジュールを一緒に聞いたり、手遊びでも数字を取り入れたりしていました)、療育での影響も大きかったと思います。数字大好き炸裂期療育の活動の際に、絵本の時間の前に数字を数える手遊びがありました。もともと歌や音楽が好きだった息子はその手遊びも大好きになり、3歳になる頃には一緒に歌って手遊びをしていました。その手遊びから、数字の1が指1本、数字の2が指2本と、数字の概念も少しずつ分かるようになっていき、3歳半になる頃には物の数を数えることもできるようになっていました。数字が読めるようになると、数字大好き炸裂期が到来したようで、毎日毎日数字のパズルで遊んでいました。この時の息子は「分かる=楽しい」に結びついたような瞬間だったのかな、と今では思います。数字が大好きになったことで、視覚支援もしやすくなりました。スケジュールを数字で順番に説明すると、その順序を覚えてその通りに動いてくれたり……こんなにスムーズに事が進むのかと感動したほどです(笑)。お絵描き遊びが苦手なのは変わらずでしたが、この頃には色好きが高じて7色で虹を描くようになっていました(それ以外の絵は全く描きませんでしたが……(笑)。そんな虹ばかり書いていた息子ですが、4歳を過ぎたある時、数字らしき文字を書き始めたのです!!ここぞとばかりに褒めちぎり、書くこと、それが誰かに伝わることの楽しさを感じてもらいました。そこでいい気分になったのか、お絵描きの時には必ず数字を書いてくれるようになり……この機会を逃すものかと私もパパもおじいちゃんもおばあちゃんもやたらめったら褒めちぎりました(笑)。Upload By 海乃けだま数字からひらがなへ。これなんて書いてあるの?期襲来数字が読めるようになると、街中の看板や公園の注意書きをよく見て質問してくるようになりました。「ママ、これなんて書いてある?」1日に何十回と繰り返される質問に、私は読み聞かせロボットと化して答え続けました。5歳で療育園から幼稚園に転園する頃には、ひらがなの半数くらいは読めるようになっていました。幼稚園転入後は先生やお友達の影響もあり、半年ほどでひらがなもカタカナも(濁点がついているものも)読めるようになりました。数字を書いていたことで、絵を描くことへの苦手意識も低くなり、この頃には車の絵やパパやママの顔をよく描いてくれるようになっていました。ひらがなは初めは大きくなぞり書き、次に小さくなぞり書き、そして見本を見ながら書く、見本を見ながら枠内に書く……と療育でも練習していました。現在は見本の字を見ながらではありますが、自分の考えた文章を自ら紙と鉛筆を出してきて書いています。絵を描くことで指先を動かす練習になり、物の形をじっくり見るようになり、その結果がひらがなを描く土台となったように思います。字を書くことに自信がついた今では、お友達や先生に「お手紙書くね!」とうれしそうに話しています。Upload By 海乃けだま執筆/海乃けだま(監修:新美先生より)お絵描きにも興味がなかった息子さんが、成長に伴い興味が移り変わると共に、書くことに取り組めるようになった経緯を詳しく教えてくださりありがとうございます。どのような活動でも、興味を持ち始める時期や、興味の対象は人によってまちまちなので、お子さんによっては、適齢と言われる時期になっても興味を示さず乗ってこないことはありますね。海乃さんは、興味を示さない時にはそれほど無理強いすることなく、息子さんが興味を持ったものにしっかりつきあい、ここぞとばかりに褒めて、反応していかれたことがとても素敵だと思いました。そうした関わりの中で、息子さんの興味が少しずつ広がり、文字を書くことにつながっていったのですね。筆圧が弱い、不器用といったことが気になる時、普段の遊びのなかで、本人が興味を持ったことを足掛かりに手先を使う活動を増やしていくのはとても良いと思います。家庭の中だけでは興味が広がりにくい時、療育やリハビリは興味の幅を広げるきっかけを意図的に提供してくれる場になるかもしれません。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月15日幼少期はお友達に興味や関心がほとんどなかった息子知的障害(知的発達症)を伴うASD(自閉スペクトラム症)の次男Pは、幼い頃は人に興味や関心がほとんどなく、すぐ隣で誰かが話しかけてくれても目も合わさず、無視をしてしまうような子でした。療育園へ通い始めてからは先生や大人に対してなら自分からコミュニケーションを取りにいく様子もみられるようになりましたが、同じ年頃のお友達には全く興味を示さず、ほとんど関わろうとしませんでした。でも小学生になってから、少しずつお友達へも興味を示すようになってきました。Upload By みんお友達と関わろうとし始めてうれしく思っていたけれど…学校からの連絡帳でも「〇〇くんのことが好きみたいで、いつも隣に行こうとします!」などと書いてもらうことが増え、最初は私もうれしく思っていたのですが、Pのお友達への関わり方の様子を先生から詳しく聞くうちに、喜んでばかりもいられないようになりました。たとえばPは心を許した大人に対して甘えるときなどに、腕を触ろうとしたり、匂いを嗅ごうとしたりします。大人の場合は「こうすることで安心して落ち着くなら……」とそのまま腕を差し出すこともありますが、Pは授業中にお友達にも同じことをするようになってしまいました。Pは「好きな人」「心を許した人」にだけそのように距離感なく接するのですが、相手の状況や気持ちも考えずに近づきすぎてしまうのは大問題です。お友達も突然触られるとびっくりするでしょうし、不快になることもあるでしょう。このままでは学校生活の妨げになってしまうかも……と私は心配になりました。お友達に興味を持つようになってうれしい反面、好きになったお友達との距離感や関わり方が分からないばかりに、不適切な行動につながってしまっているので、どうすればいいのだろう……と悩んでいました。Upload By みんお友達を好きという気持ちは大切にしてあげたい!その後先生と話し合い、近づくのがダメだと叱ったり注意したりするのではなく、Pがお友達を好きという気持ちは大切にしてあげながら、正しい関わり方がうまくできないうちは、大人が物理的に距離を取らせることが必要ということになりました。それからは、まず席を離すことから始めてもらい、授業で何かをする順番も最初と最後にしてもらうなど、できるだけ距離を開けてもらいました。それでもPがお友達に触りに行こうとしたら、先生が前もって触らないよう止めてくれました。このように物理的に距離を置くことで、お互い落ち着いて過ごすことができるし、Pがお友達を触りにいくことも徐々に減っていきました。Upload By みん成長から見えてきたわが子の新たな課題今まで苦手なお友達や相性の悪いお友達と距離を置くという話は聞いたことがありましたが、Pはまだお友達との距離感や関わり方がうまくできないので、たとえ好きなお友達だとしてもPのような課題がある場合は距離を置く必要があるということが分かりました。お友達に興味関心があるのはうれしいことですが、それを成長だと喜んでばかりもいられず、また新たな課題が出てくることを実感しました。お友達に抱きつくなど、小さい頃なら微笑ましく見えるような言動も、年齢を重ねると微笑ましいとは言えなくなるし、トラブルにもつながってしまうので、Pがお友達と正しい関わり方ができるよう先生と相談し、支援していただきながら見守っていけたらと思います。Upload By みん執筆/みん(監修:鈴木先生より)ASD(自閉スペクトラム症)のお子さんは人との距離感をつかむことが難しく、近寄りすぎてしまう傾向があります。私の外来では30cmの定規を使ったり、前へならえで手を伸ばした距離を保ったりしてお話しするように伝えています。今回のコラムでご紹介いただいたように、人との適切な距離感や公共の場でのふるまい方は、できるだけ早い時期から指導していくことが大切です。人に抱きつかない、トイレに行くときは個室の中でズボンとパンツを下ろすなど、大人になる前に身につけられるようにしましょう。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月14日特別支援学校高等部卒業後の進路特別支援学校高等部卒業後の進路としては、大きく4つあると思います。1、障害者雇用枠での「企業就労」2、企業への就職を目標に訓練を行う「就労移行支援事業所」3、一般雇用が困難な人への訓練や就労の機会を提供する「就労継続支援A型・B型」4、障害者支援施設で過ごす「生活介護」息子が通っていた特別支援学校高等部は、生徒に合わせてクラスが分かれていました。「教育課程の類型」といい、生徒の特性や目指す進路に応じて適切な教科や科目の履修ができるというものです。まず、企業就労を目指すクラスがあります。また、就労移行支援事業所や就労継続支援A型・B型を目指すクラスがあり、こちらは食品加工班、接客班、事務班、清掃班などに分かれて授業に取り組んでいました。そして、生活介護を目指すクラスは、紙漉きや園芸、陶芸の作業を主にしていました。さて、当時このクラス分けは特別支援学校高等部入学後3年間、類型の移動などの変更はありませんでした。また就労移行支援事業所や就労継続支援A型・B型を目指すクラスのメンバーは高等部1年のときに接客班、食品加工班、清掃班、事務班の体験をし、高等部2年でこの中で適性を見極めて1つに絞り、卒業後の進路を決める形がとられていました。就労移行支援事業所や就労継続支援A型・B型を目指すクラスに所属していた息子、進路はどうする?息子は就労移行支援事業所や就労継続支援A型・B型を目指すクラスに所属していましたが、同じクラス内での何人かは最終的に企業への就労が決まったり、また企業就労を目指すクラスでも最終的には企業就労ではなく、福祉的就労に進んだ生徒もいましたので、必ずしも属しているクラスで進路が決定されるわけではありませんでした。息子にはどのような進路がいいのか、私は思いを巡らせていました。3年生の2学期頃から生徒たちの進路が決まり始め、企業への正式内定をもらう子も出てきました。定型発達でも受験期の保護者あるある話だと思いますが、保護者同士が親しくても進路先や結果はお互いに秘密にするという暗黙の了解を感じました。親しい友達でも「どこの企業に決まったの?」と聞いても「まだ決まっていない」と決まっていてもごまかされたり、「学校から口止めされているから企業名は言えないのよ」といった返事が戻ってくることもありました。そんな中、高等部に通っていた頃の息子の状態ではすぐに企業就労することは難しいと考え、就労移行支援事業所で高等部卒業後もスキルを学ぶことを希望し、活動を始めました。息子にあった就労移行支援事業所はどこ?私たちは居住区内にある事業所を何件か見学しました。ですが、私も息子もここならと思うところが見つかりませんでした。例えばとある事業所、そこはB型と就労移行支援事業所を併設していたのですが、袋詰めの作業をB型は座って行い、就労移行メンバーは立って行っていました。不思議に思った私が「違いは何ですか?」と質問すると「企業就労を目指すメンバーは身体を鍛えるため立って作業をしてもらいますが、B型のメンバーは着席で行ってもらっています」との返答でした。このようなこともあったので、私たちは居住区以外へも範囲を広め、探すことにしました。そして別の区のとある事業所へ見学にいきました。そこはパソコンに特化した訓練をしてくれ、支援員さんの雰囲気がとても良く、息子も私もここだ!とすぐに気に入りました。就労移行支援事業所の利用期間は原則2年間なのですが、コロナ禍で就職活動ができない期間があったため、息子はここに丸まる3年通うことになりました。そして、希望通り障害者雇用で内定をもらい、現在は一般企業で契約社員として働くことができています。就労定着支援制度できめの細かいフォローをしてもらっています現在の息子は就労定着支援制度を利用していて、月1度、就労移行支援事業所の職員さんが会社訪問をしてくれます。特別支援学校高等部卒業後に就労する場合、学校の先生が定期訪問にしてくれるのは最初のほうだけのようですが、就労移行支援事業所に通い就労定着支援制度を利用すれば約数千円の利用料で(所得により変動します)きめの細かいフォローをしてくれるので、とても助かっています。遠回りしましたが、いきなり企業就労せず就労移行支援事業所へ通って良かったなと今は思っています。進路を選択するということはとても大変なことですが、私たちの経験が参考になったら幸いです。執筆/立石美津子(監修:鈴木先生より)知的発達の程度にもよりますが、何ができるかに注目して、できるところを伸ばしてくれる職場が一番望ましいと考えています。神経発達症に理解のある職場だといじめやパワハラなどがなく、ストレスは少ないと思われます。知的発達に遅れのない神経発達症の患者さんの中には、会社に告知しないで頑張って働いている人も多くいます。そのため仕事量が多くなったり、指導を任されたり、ストレスが多くなることもしばしば聞かれます。教育も職場も自分に合ったところがいいのです。前の記事はこちらUpload By 立石美津子Upload By 立石美津子Upload By 立石美津子Upload By 立石美津子(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月13日「発達障害かはっきりさせたい!」と思って臨んだ3歳児健診現在11歳、小学5年生の息子は、6歳でASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けています。息子は言葉も遅く、小さい頃からこだわりがあり、室内の灯りは蛍光灯または昼白色でないとダメ、顔が濡れるのもダメで、ダメなものに対しては癇癪を起こしてしまうといった特性らしきものがありました。基本的に穏やかな性格なのですが、3歳頃にはそれらがさらに目立ってきたように感じています。私はそんな息子に「何か特性のようなものがあるのでは」と思っていたのですが、身内や周りに息子の困っていることを相談しても「何も気になる事はないけれど」と言われるばかりで、私が気にしすぎなのだと受け取られているようで、もやもやしていました。そのため、私は(特性があるのならハッキリさせたい!)という気持ちが強くありました。ですので、3歳児健診へは(何か指摘されるだろうな。これで発達障害か分かる!)と気合たっぷりでした。健診当日は不機嫌MAX!嘔吐にギャン泣きで大パニックに健診前日の夜、よりによって息子は全然寝ついてくれませんでした。やっと寝たと思ったらすぐに朝を迎えてしまい、起きたら出発予定時間ギリギリ!慌ててタクシーで向かったものの、息子はぐずり、さらにはガッツリ車酔いしてリバース……。万全の体制で向かいたかったのが、健診会場に着く前からボロボロでした。Upload By ユーザー体験談なんとか会場に着いたあとも、息子はリバースした事やら眠たいやらで不機嫌MAX!同じ保育園のお友達も何人かいたのですが、そのお友達家族の前でも少し嘔吐してしまい、それが息子の中でショックだったようで、ギャン泣き……。ですが、少しずつ落ち着いてきて、機嫌よく……とはいかないまでも、それなりに検査は済ますことができました。私はげっそり、疲れ切っておりました。「個別にお話があります」と言われ、別室へそして一通りの検査が終わったあと、「個別にお話があります」と声をかけられました。私の感想は「やっぱりな」でした。Upload By ユーザー体験談これで息子が何に困っているか分かる、どうすればいいか分かる、そして同時に身内などが言っていた「大丈夫、問題ない」の言葉にモヤっとしていた日々も終わるかもしれないとホッとしました。保健師さんから指摘されたことは、2語文がほとんど出ない、コミュニケーションがとれないといった言葉に関するものでした。また、英語に興味があって英語の動画をよく見ていた息子は、その中のセリフを完璧に覚えていて独り言のように発していました(恐らくエコラリアだと思います)。「英語はよく覚えているみたいだけど、日本語がね……」と言われ、親としてもそれには完全同意。私は藁をもすがる思いで「どうしたらいいのでしょう……?」と尋ねました。保健センターで新版K式発達検査を受けることに保健師さんから、その日は子どもの機嫌が良くなかったことから、再度検査をしましょうと提案され、その後は保健センターへ行き新版K式発達検査を受けました。保健センターでの検査は機嫌よく受けることができました。検査をされた方が言うには「カレンダーを見ながら数字を英語で言っていた」そうです。結果、実年齢より1年半程度発達が遅れていると言われました。私はショックなどはなく、療育の話もいただいたので「息子のためにできることをしよう!」と前向きに考えることができました。Upload By ユーザー体験談療育へつながることができて療育は月2回、保育園に行きつつ通うことになりました。新しい環境にもさほど戸惑うことなく、むしろ楽しくそうでテンションが上がってた息子ですが、通っていくうちにプログラムも落ち着いてこなすようになり、徐々に先生とのコミュニケーションも取れるようになってきました。年長になる頃には、民間の発達支援施設にも通うようになりました。最初息子は、取り組み始めたプログラムは最後まで終わらせないといけないというこだわりがあり、途中でお手洗いに行きたくなっても行けなくて泣き出す……といったこともありましたが、通園が終わる頃には本当に落ち着いてきました。私も息子が発達支援に通うようになってからはほんの些細なことでも、息子がやり遂げるとものすごく嬉しくなってたくさん褒めていました。息子が失敗しても「なんでできないの?」とはならず、当たり前のように「次頑張ろうね」と言えるようになっていました。やっとつながった療育は親子共にいい影響を与えてくれました。Upload By ユーザー体験談たくさんの人に愛されるように!現在小5になる息子は、特別支援学級で楽しく過ごしています。授業の内容もしっかり理解しており、交流学級での授業(理科、体育)も頑張っています。英語、野球、工作と、好きなこともバラバラですが、将来どのような道に進むのか、親としてどう導いていけばいいか、悩ましくも楽しみにしています。息子は私が少し体調を崩すと、頭やお腹(痛いといった箇所)を撫でてくれるような優しい子です。その優しさとユーモアを忘れることなく、たくさんの人に愛されるよう願っています!イラスト/星河ばよエピソード参考/あきっち(監修:森先生より)お子さんの興味がある事・得意な事を褒めて伸ばして応援することができていて素晴らしいですね。「大丈夫、問題ない」という言葉は、周囲の人としては励ましの意味で言っているのかもしれません。残念ながら、「発達障害」という言葉にネガティブなイメージを持つ人もまだまだいるのでしょうね。しかし、大切なのは「大丈夫かどうか」「問題があるかどうか」ではなく「どうしたらお子さんがもっとのびのびと自分らしく過ごせるか?興味や得意を伸ばせるか?」という視点ですよね。また、お子さんのように、思いやりの心を持つためには、共感力を育てることが重要です。相手の気持ちを想像する力や、思いやりを表現するスキルを身につけるのにも、療育のプログラムを上手に使っていけるといいですね。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月12日もっと早くに気づけていたら現在中学3年生の息子は、自閉スペクトラム症と強度行動障害があります。診断を受けたのは中学1年生の時でしたが、初めて児童精神科を受診してから診断を受けるまで3年近くかかりました。私が息子に発達障害があることを疑いだしたのは、小学3年生で行き渋りを始めた頃からでした。初めての育児で私の知識が乏しかったこともあるかもしれませんが、息子が突然学校に行けなくなるまで、「発達の特性があるかもしれない」と考えたこともありませんでした。息子は1歳半健診で言葉の遅さを指摘されたくらいで、そのあとの健診も幼稚園でも就学時健診でも、何ひとつ問題はありませんでした。小学校1〜3年生頃の家庭訪問や懇談では、担任の先生に相談することがなさすぎて5分もかからず終了。テストの点数もよく勉強もよくできてクラスの人気者。今では考えられないですが、それが学校に行けなくなる前までの息子の姿でした。Upload By 花森はなもしかして?と児童精神科を受診学校に行けなくなった = 児童精神科を受診しよう!とすぐに決断できたのは、私自身に精神科への受診経験があったからです。今は児童精神科を受診しようとすると私が住んでいる地域では半年は待たなくてはいけませんが、当時は1ヶ月程度で受診できました。初めての児童精神科で診察が始まりました。息子は、教室にいるのがとてもしんどいこと、担任の先生が強く叱るところを見るのがつらいことなどを話してくれました。話をしていくうちに、次第に息子の真の姿が見えてくるようでした。いつも私が見ている「優等生」の姿は、すごく無理をして彼自身が懸命につくり上げていたもので、もうその無理ができなくなってしまったのではないかと思いました。そのことも含めて病院の先生にお伝えしましたが、発達検査などには至らず、不安を和らげる薬の処方を提案されました。Upload By 花森はな転院をすすめられ……児童精神科に通い始めて3ヶ月、薬を飲み続けても気持ちが安定しないので、病院の先生から大きな病院への転院をすすめられました。そして、「この病院ではこれ以上のことはできないので、もっと詳しく知りたいなら転院しましょう」と言われました。その際に「発達障害ではありませんか?」とお聞きすると、「いろいろお子さんを診てきましたが、息子くんの場合は違うと思います」と言ってくださいました。ホッとする反面、私の中で「それでも、もしかして……」という気持ちがくすぶり始めたのがこの頃です。Upload By 花森はな小学4年生で大きな病院Aに転院し、通院し始めた頃に最初に出た診断は「幼児返り」。そして、その次に出たのは「解離性障害」でした。新しい診断が出るたびに「発達障害の可能性はありませんか?」とお聞きしましたが否定され、発達検査を希望しましたが「必要ありません」とのことでした。今思えば、まだかろうじて元気が残っていたこの時期に検査ができていたらよかったと思います。本人が元気じゃないと検査自体が受けられないですし、通院もできませんので……。その後、こちらのA病院の治療方針とも合わず、もっと大きなB病院でセカンドオピニオンを受けることになりました。息子は、実はずっと困っていたのかもしれない病院は「違う」という診断を出してくれているのに、「発達障害ではないか?」と疑問を持ち続けた私に対して、ほかの家族の目はとても冷ややかでした。「通院よりももっと子どものことを考えて」「息子を病気にしたいのか」とまで言われましたが、そこで折れてしまっては、息子の学校の困りごとも生きづらさも何も解消しないと私は思いました。学校に行きづらくなってくると、息子はこれまでは口にしなかった教室の雑音がつらい、何もしないで「待つ」という時間が怖い、ノートの字が荒れてきたり書けなくなる、突然癇癪を起こすなど、さまざまな問題が一気に出てきました。学校が合わないこと、教室をイヤだなぁと思ってしまうのは、そういった特性上の理由が隠れているのかもしれません。息子の話は、これまでもずっと聞いてきたつもりです。それでも足りなかったし、学校に行けなくなる前にもうちょっとできることがあったのではないかなぁと、何年も経った今も後悔の念が消えないです。たぶん、この先もずっと消えることはないだろうと思います。Upload By 花森はな執筆/花森はな(監修:室伏先生より)息子さんの診断が分かるまでの経緯について、共有くださりありがとうございました。はなさんも息子さんも不安や葛藤を抱えながら、いくつもの医療機関で受診を重ねられ、本当に大変な日々でしたね。他のご家族さんからの理解を得るのが難しい状況でも、「そこで折れてしまっては、息子の学校の困りごとも生きづらさも何も解消しない」と考えて行動され続けたはなさんを尊敬いたします。幼児期のお子さんとは違って、学童期以降のお子さんでは、ご本人と信頼関係を構築するのに時間がかかってしまったり、ご本人の頑張りや取り繕いなどにより特性が分かりにくかったりして、診断に時間がかかってしまうこともあります。発達障害は生来お持ちの特性によるものなのですが、息子さんのように、それまではご本人の努力で、適応して生活されてきていたけれど、学童期になって人間関係が複雑化したり、思春期になって身体も心も不安定になったりして、困りごとが表面化する、ということもあります。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。前の記事はこちら
2024年04月11日学校から帰ると泣き出した自閉症長男。同級生の女の子とトラブルがあったようで……Upload By taekoある木曜日のことです。学校から帰宅したミミがポロポロと泣き出し、学校で嫌だった出来事を話してくれました。保育園から一緒だった同級生の女の子にフラフープをぶつけられたのだそうで「泣くほど痛かった」と。心配したほかの友達が駆け寄ってきてくれたそうです。また、ほかの場面でもその女の子に「どけ」と言われたそうで、「生きるのつらい。消えちゃいたい……」と涙のミミ。私は自分の小学生時代を思い出し(4年生の女子は強かったな……。そんなこともありそうだな……)と考えたりしつつ、「それは悲しかったね」とミミを抱きしめました。それから、学校から配布される電話相談カードを見せて、「いつでも電話で相談できるよ。電話してみる?」と伝えると、ミミは「どうせ意味ない」と拒否。さらに「そのカード捨てて!」と不機嫌になってしまいました。「先生に電話して何があったか言えるなら、明日学校休んでいいよ」と言っても、ミミは電話しようとはしませんでした。担任の先生への信頼が薄い長男私は、もちろんミミから言われた話をいつも信じるようにしています。ですが、事実かは分からない、とも思っています。担任の先生に私から事実を確認したり相談するか考えましたが、ミミは担任の先生があまり好きではなく、「聞き取れなかったから先生に聞きに行ったのに『一度で覚えろ』って言われた」、「授業中も分からないから手をあげていないのに、指してくるんだよ!」と怒って先生への文句をよく言っています。ですので、「先生に話しても無駄」だと思っているのでしょう(私は「学校はいろんな人がいることを学ぶところだから、合う人・合わない人がいるんだよ」といつも伝えています)。少し迷いましたが、ミミも4年生なので、嫌なことがあってもそれに自分で対応することも必要でしょう。また嫌なことがあったらきっと話してくれるはず、次なにかあったらまた考えようと思い、私は、私から先生には伝えず、見守ることにしました。渋りながらも学校へ行ったけれど、学校は大丈夫かな……翌日の金曜日、ミミは渋りながらも学校へ行くことはできました。なんとか登校してくれたけれど大丈夫かな、またあの女の子ともめていないかな……と心配していたのですが、1日学校で過ごし帰宅したミミは、インターネットである曲を検索してノリノリで聞いています。「学校のお友達に聞いたんだ!」と嬉しそうなので、私がその歌の歌詞をプリントして渡すと覚えて楽しんでいました。そのあとの土日は休みだったので、ミミは自分で好きなことをやっていました。歌を歌う、ペットの猫と遊ぶ、叔父さんからもらった図書カードで好きなマンガを買って読破!この充実した休日でよく気分転換もできたし、元気も蓄えられたのでしょう。週明けの月曜はスムーズに登校できました。Upload By taekoいつのまにか自分で切り替えられるようになったんだねUpload By taeko月曜日、学校から帰宅すると「今日は少しだけ楽しかった」と学校のことを話してくれました。例の女の子とはどうなったんだろうと思いつつも、あえて私からは触れませんでした。それから1週間後、ミミとの会話の中でその女の子の名前がでたので、「そういえばあれからどうなった?」と聞きました。すると物を投げられたりはなく、言葉で言い合っているようです。それを話す時のミミの様子は明るくて、怒っている様子は皆無。よかった!先週の木曜日のことからミミは自分で切り替えることができたんだ!と安心しました。1年生の時だったら考えられないことです。すごく成長したんだなと思いました。私は、笑顔で「言い返したんだ~」と明るく相槌をうちました。これから、嫌なことを自分だけで消化することが増えるかもしれないけれど、嫌なことがあったら一人で抱え込まないで私に言ってね、なにかあったら助けるからね。話してくれてありがとう。執筆/taeko(監修:鈴木先生より)今の日本の教育では、学校や担任の教師の神経発達症に対する理解の乏しさが問題となっています。各市町村の教育委員会や医師会の学校医委員会などで現場の先生方と定期的に神経発達症に関する勉強会ができればいいのですが、教育現場の多忙さなどもあり、なかなか実現が難しいのが現状です。本人から親御さんへ学校の出来事を話すのが困難な場合は、連絡帳を通して伝えてあげればいいのですが、神経発達症に対する理解が乏しい担任の教師だとなかなかそれができていないことが多いのです。校長先生や支援の先生など誰か一人でも子どもに耳を傾けて聴いてくれる先生がいればいいのです。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月06日たくさんの困り事スバルは3歳で自閉スペクトラム症と診断されました。スバルは小さなことから大きなことまでたくさんの困り事を抱えていました。なかには成長や経験によって解決することもありました。しかし困り事は次から次へと現れ、なくなることはありませんでした。何度も「『コレ』ができるようになれば世の中で言うところの『普通』に追いつけるのに……」と思っていました。その考えは経験と共にゆっくりと溶けていき「スバルはスバル」と思えるようになるのですが、小さな頃は「追いつかなければ」という焦りが常にあった気がします。悩んだ末、特別支援学級(自閉症・情緒障害学級)へ幼稚園年長時のスバルの進路をどうするかという時期に、さんざん悩み、納得がいくまで何度も見学し、わが家はスバルの就学先として特別支援学級の自閉症・情緒障害学級を選びました。そして就学相談を経て無事に特別支援学級の自閉症・情緒障害学級への就学が決まりました。この頃のスバルは幼稚園の中で集団への指示が通らなかったり、指先や運動面で先生の補助が必要なほど不器用だったり、ちょっとずれたコミュニケーションを取ってしまったりという困り事を抱えていました。家や公園など少人数で過ごす時と比べて、集団の中に入ると爆発的に困り事が増えるスバルをずっと見てきたので、少人数で過ごせる特別支援学級はスバルに合っていると思いました。ただ自分自身が経験したことがない「特別支援学級」に少なからず不安はありました。その不安を解消するために何度も見学を重ねたのですが、実際に入学して、学校での様子を見ないことには完全に安心することはできませんでした。入学式前日、特別支援学級(自閉症・情緒障害学級)に入る新1年生のみ体育館へ集合入学式の前日の夕方、特別支援学級に入る新1年生は体育館に集合しました。翌日の入学式のために会場の準備が終わった体育館で、担任の先生から「明日ここで入学式をするんだよ」と説明がありました。「あそこの入り口から入ってきてこの椅子に……」と説明は続きましたが、スバルと新しいクラスメイト達はソワソワして集中していませんでした。我慢できなくなった1人がその場を離れたのを皮切りに、蜘蛛の子を散らすように数人がその場からいなくなりました。彼らが体育館の中で散り散りに何をしていたかというと、会場のチェックです。スバルも今がチャンスとばかりにその場でゆっくりと回転しながら、会場の全体の風景を360度目に焼きつけていました。新しいクラスメイトたちは、体育館の椅子を重点的にチェックする派、ステージのカーテンの裏をチェックする派、体育館をぐるりと一周する派、そしてそんな新しいクラスメイトの動きを観察する派がいるようでした。先生は焦ることなく「こっちにピアノもあるよ」なんて案内をしてくれました。しばらくして先生が声をかけると1人、また1人と戻ってきて説明が再開されました。先ほどの様子とは打って変わって、集中して説明を聞いていました。もしこれが幼稚園の頃で、スバルが私の目の前で会場のチェックを始めたら慌てて止めていたと思います。「みんな座って先生の話を聞いているのに、何で1人回転してんの!」と……。スバルの回転のその先に、安心と集中があるのだとしても、私は1人だけ違う行動をするスバルを止めない訳にはいかない小心者なのです。ずっとそうしてきたのです。新しいクラスメイトの保護者たちはわが子が会場チェックを始めた時、一瞬焦り止めようとしましたが、先生も一緒に会場チェックをし始めたので「おたくも?」「あらおたくも?」と顔を見合わせ、そのまま見守る流れになりました。ほかの保護者が止めていないので、私もスバルを止めることはしませんでした。小心者なので。Upload By 星あかりその後は教室に移動し、自分の教室と自分の席をチェックしました。今度は先生が「先に教室を見て良いよ」と言ったので、それはそれは、くまなくチェックしていました。そして自分の席に着き、先生の話を真剣に聞きました。翌日の入学式で「途中で退出したくなったとき」「式の流れが分からなくなったとき」「じっとしていられなくなったとき」どうしたら良いかの説明がありました。「じっとしていましょう」「座っていましょう」「静かにしてましょう」ではない説明に驚くと共に、心が軽くなりました。先の見通しが立たないと不安になるスバルは、会場のチェックやもしものときの対応法を聞くことで安心を得たと思います。はたから見れば少し変わっている「スバルが安心できる行動」が許される環境に、私は安心しました。小学校の入学式当日そして迎えた入学式当日。スバルも新しいクラスメイトたちも拍子抜けするほど落ち着いて過ごし、無事に入学式は終わりました。入学式の後、保護者は体育館に残り、新1年生は体育館から教室に移動しました。通常学級と特別支援学級は校舎が違うので、それぞれの校舎へとつながる別の扉から退場していきました。Upload By 星あかり大多数の子とは別の扉から、ホッとした表情で退場するスバルの後ろ姿を見ながら「追いつくとか追いつかないとかではなく、そもそも別の道を歩いていたんだな」と妙に納得しました。それは悲観やあきらめではなく、これから始まる新生活への期待と安心でした。面白そうなクラスメイトと理解ある先生と一緒に、私たちが選択した安心できる環境でスバルはスバルの道を歩いていくんだな……と、感じた入学式でした。執筆/星あかり(監修:初川先生より)特別支援学級(自閉症・情緒障害学級)へ入学するスバルくんの、入学式準備・本番のエピソードをありがとうございます。新しい環境だと落ち着かない、不安で(体育館などに)入ることすらできないといったお子さんには、事前に会場や使用するトイレ、靴箱を見せていただいたり、段取りを説明していただいたりすることがよくあります(通常学級に入学する場合も学校によっては対応してくださいますので、お問合せしてみてください)。スバルくんのクラスでは、皆さんまとまって下見・事前説明が行われたのですね。クラスメイトとも顔を合わせる良き機会になったことと思います。新しい場所について、ひとしきり気になるものをチェックすることで、場自体や気になるものが何であるかを探索的に理解することができるので、安心でき、一度その探索を終えていれば本番の式では探索する必要もないので落ち着いて過ごすことができたのでしょう。保護者の方からすると、そうした前日の指導をする先生方の様子を見ることもでき、安心してお任せできそうだと感じられたことと思います。「途中で退出したくなったとき」「式の流れが分からなくなったとき」「じっとしていられなくなったとき」の説明もされたとのこと、何よりです。“礼儀正しくおとなしくしていなければならない”では、不安と緊張でいっぱいの新入生にはとてもつらいですね。そうした困ったときにどう先生にサインを出すか、どうすればいいかの説明があるのはさすがだなと感じました。小学校の入学式は一生に一度のものですし、それまでの園生活よりも児童や保護者、先生方がたくさん集う機会かもしれません。お子さんらもそうした晴れやかな場にわくわくすることもあるでしょうし、保護者の方にとってはいよいよ小学校入学ということで感慨もひとしおかもしれませんね。多少のトラブルがあっても、あとから振り返ればほほえましい思い出になるかもしれませんが、きっとその瞬間はひやひやハラハラされることでしょう。式自体はこのように予習・下見したり説明を受けたりすることで、少し心に余裕をもって臨めるといいですね。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月05日グラビアタレントの倉持由香(32)が、4日放送のEテレ『バリバラ』(後8:00)に出演。「バリバラ流eスポーツで生きていく」とのタイトルの企画内で、2021年6月に出産した息子が自閉症であることを初めて公表した。オリンピックの競技候補にあがるほど、盛り上がりを見せているeスポーツ。そんななか障害者を取り巻くゲームの環境も急速な進化を遂げている。番組では、障害のあるすご腕ゲーマーと、芸能界きってのゲーマー野田クリスタルが格闘ゲームで対決した。倉持はゲスト出演を果たし、息子の自閉症について語った。倉持は、自身がこれまでコミュニケーションを取るのが苦手だったが、ゲームを通じて「みんなと話せるようになりました」と回顧。その上で「息子が昨年末、自閉スペクトラム症と診断されまして」と切り出すと「悩んでいた私に、夫が『生まれ持ったものなんだから、ここからどう攻略していこうか考えていこうよ』と言ってくれて」と明かした。続けて「(息子は)自分で黙々と遊ぶのが得意。ゲームを通じて、お友だちと一緒にコミュニケーションを取れたらいいかな」とコメント。出演者から温かいエールが送られると、涙を流し「昨年末言われた時、けっこう衝撃を受けてしまって、今後どうしたらいいんだろうとか不安に思ってしまうことも会ったんですけど、お言葉をいただけて、本当に来てよかったです。息子の可能性を狭めずに、やりたいことをやらせてあげられるように」と胸の内を打ち明けていた。放送後には、自身のX(旧ツイッター)を更新。「おしらせNHK Eテレ『バリバラ』内でもご報告させていただいたのですが、私たちの息子の湊は昨年末に自閉スペクトラム症と診断されました。東京都の愛の手帳も取得し、4月から保育園の他に療育にも通う予定です。他のお友達とコミュニケーションが取れなかったり、目が合わなかったり、名前を呼んでも振り返らなかったり、偏食が激しかったり、物を並べたり、くるくる回ったり、寝かしつけに時間が掛かったり……いろいろな特性はあるのですが、最近は単語がぽっぽつ出てきたりと息子なりにゆっくり、ゆっくり成長しています!」と伝えた。その上で「行政や家族、友人などたくさんの方々のお力を借りつつ、2人とも仕事は続けていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。2024.4.4ふ〜ど・倉持由香」と決意をしたためていた。倉持は、2019年11月にふ~ど氏と結婚、21年6月に第1子となる男児を出産した。
2024年04月04日発達に悩みつつも、プレ幼稚園に通うことにたーちゃんが2歳になってすぐ、プレ幼稚園に申し込みました。その頃の私は、たーちゃんの発達について悩んでいたこともあり、年少でいきなり幼稚園に入園して、たーちゃんが一人で集団生活になじめるのか不安でした。すでに通っていた市の親子教室での様子を見ても、たーちゃんにとって集団生活が難しいことは、一目瞭然でした。そのため、年少で入園する前の一年間、親子通園のできるプレ幼稚園に週に一度通うことにしたのです。プレ幼稚園に通えば、場所見知りと人見知りのあるたーちゃんも環境に慣れて、スムーズに年少をスタートできるのではないかと期待していました。プレ幼稚園に提出する書類には発達について気になっていると書き、初回のクラスでも担任の先生に相談していました。それでも「大丈夫ですよ」と温かく受け入れてくれて、安心したのを覚えています。Upload By みかみかんしかし、通い始めてすぐに問題が……まず幼稚園に入ることができませんでした。初めての場所や大勢の人がいるところへの不安感が強いたーちゃんは、幼稚園の門をくぐることも難しかったのです。担任の先生がなだめてくれてなんとか教室まで行けましたが、その後もずっと帰りたがって、そんなにつらいなら本当に帰ってしまおうかと思うほど、ぐずり続けていました。結局、私にしがみついた状態で初回の2時間を過ごしました。次に大変だったのは、椅子に座っていられないことでした。たーちゃんは集中が切れたり興奮したりすると、教室の中をぐるぐると走り回ってしまい、その度に先生から注意されました。ふらふらと離席したり、ふざけて床に転がったりすることも多く、私は背後から腕を回すようにして、たーちゃんを椅子に座らせていました。ほかのお子さんは椅子に座っていられるし、走り回ったりもしないのに……と、どうしても比べてしまいました。ほかの保護者の方からの、大変そうだな……という視線が、その通りなのですが、つらく感じました。Upload By みかみかんそのほかにも、遊びを中断できずに癇癪を起こす、教室から出て行く、ドアの開け閉めに固執する、お友達の玩具を取るなど困った行動が続きました。そのため、私はたーちゃんにつきっきりでお世話をしていました。座っての活動が多いこともあり、私は「動くことが好きなたーちゃんには、プレ幼稚園の活動はつらいのではないか?」と感じ始めていました。Upload By みかみかん親子でつらいプレ幼稚園……辞めることを決意プレ幼稚園では、一年間プレに通った後はそのまま年少に持ち上がるのが基本的な決まりでした。プレに通うのは年少で正式に入園する気がある方でお願いします、とも事前に言われていました。しかし、このまま通い続けるのは難しいと思った私は、悩んだ末に、夏休み前の面談で、プレを辞めることを担任の先生に話しました。幼稚園が悪いわけではなく、たーちゃんと私に合っていなかったということ、たーちゃんも私も無理をしない環境で年少になる準備をしたいことを伝えました。さらに、ASD(自閉スペクトラム症)と診断されたこともその時に話しました。Upload By みかみかん引き止められるか、何か注意されるかと身構えていましたが、担任の先生は快諾してくれました。「たーちゃんの様子をよく観察して、発達について調べて行動して、すごいと思います。たくさん考えてくれてありがとうございます。」と、先生は優しい言葉を私にかけてくれました。途中でやめる本当の理由の半分は、「私がつらいから」なので、少し申し訳なかったです。しかし、たーちゃんも私ももう無理しなくていいのだと思うと、ほっとしました。夏休み前の最後の日に、同じクラスの保護者の方にも、辞めることを話しました。伝える前はドキドキしましたが、穏やかにお別れすることができました。通っていてつらいな、と思ったこともたくさんありましたが、今思えば優しくて温かい人たちばかりでした。プレ幼稚園を辞めてからの生活夏休みは、預かり型の児童発達支援に週に2回ほど通いました。特性に理解のある支援員さんが見てくれるので、安心してたーちゃんを預けることができました。その後、近所の別の幼稚園に満3歳児クラスがあったので、誕生日を迎えてからその園に通うことにしました。児童発達支援のおかげで集団活動をする自信がついてきたことと、よく公園で遊ぶお友達がその園にいたことが理由です。発達については入園前から相談しており、手がかかるだろうし、やはり迷惑かもしれないとも思いました。しかし、もし問題があれば辞めればいいのだと少し肩の力を抜いて考えていました。幸いその幼稚園はたーちゃんに合っていたようで、大きな問題もなく満3歳児クラスと年少を過ごし、今も通っています。頑張りすぎない選択をできて良かったと考えるプレ幼稚園を途中で辞めなかったら……と思うこともありますが、後悔はしていません。子どものためだから、プレに入ったら入園する決まりだから……と頑張りすぎてしまいそうになりましたが、思い切って辞めたおかげで、たーちゃんも私も気持ちに余裕ができたと思います。そして結果的に、たーちゃんに合った幼稚園に通うことができました。幼稚園や保育園は一ヶ所だけではないので、合わないなと思ったら途中で辞めても良いと私は思います。お子さんと保護者のみなさん、どちらも無理のない生活を送ることが大事ではないかなと思います。執筆/みかみかん(監修:新美先生より)プレ幼稚園を途中で辞めて、別の幼稚園に入園したエピソードを聞かせていただきありがとうございます。幼稚園や保育園は、園によって活動内容や、方針、規模などさまざまです。発達特性の偏りのあるお子さんにとっては生活環境によって楽しめること・困ることががらりと変わることもしばしばあるので、合わなかったら思い切って別の環境に変えてみるのはありかもしれません。とはいえ、環境を変えるのは、保護者としてもたくさん迷いが湧いてきますし、気力も手間もかかることですよね。変わってうまくいくという保証もない中でなかなか簡単に決められることではなかったと思います。ただ、発達特性の偏りのある人にとって、自分に合った環境を選んでいくことはこの先年長しても大人になってもずっと、大事なことです。お試しで飛び込んだ環境で、合わない時に、その環境を調整して過ごしやすいように工夫することと、いろんな人に相談しながら状況によっては場所を変えてみるということは両方ありだと思っていくとよいと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月04日3歳でASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けたハジュ現在小学3年生、特別支援学級に通う長男のハジュは、3歳の時にASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けました。1歳を過ぎた頃から、乳児健診での様子や長女の時と比べて、ハジュの成長に「なにか変だぞ……?」と思い始めました。そして、1歳半健診で心理士さんからすすめられたグループ療育に通いつつ、幼稚園に入園し、3歳を過ぎた頃にやっと自分の言葉を話し始めました。そのような中で、ASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けた時には、ショックというよりも「ああ、なるほど!」と、むしろ私のなかで合点がいったという感じでした。そんなハジュの成長の中で欠かせない『相棒』のお話をしたいと思います。ぬいぐるみの、『いつもちゃん』ハジュが1歳の頃に、おばあちゃんが手づくりしてくれた軍手でできたぬいぐるみ。顔はフエルトと刺しゅうで描かれており、とても味のある表情で、子どもの小さな手にちょうどフィットする大きさと形でした。もらった瞬間からハジュはそのぬいぐるみが大のお気に入りになり、片時も離そうとはしませんでした。寝ても覚めても、どこへ行くにもいつも一緒。お風呂に入る時ですら離れたくない!と、ハジュがいつも持っているので、そのぬいぐるみを『いつもちゃん』と呼ぶようになりました。『いつもちゃん』がいれば、ハジュの癇癪やパニックが落ち着く時もあり、『いつもちゃん』は私にとっても、育児中の心強い相棒でもありました。Upload By スパ山幼稚園には持っていけないのよ……『いつもちゃん』と片時も離れることなく、3歳になったハジュ。いよいよ幼稚園に入園することになりました。しかし、さすがに幼稚園にぬいぐるみは持っていけない……。ほかのお友達とのトラブルの原因になってしまうし、もしなくしたりでもしたら大事件!さあ困った。私はまずハジュの説得から始めました。ハジュは、耳で聞いたことより目で見たことのほうがよく伝わったので、絵に描いて紙芝居のように伝えてみることに。そして、いつもちゃんの家や布団をつくっておままごとをして、少しずつ離れられるような練習をしました。しかし、結果は撃沈。絶対に手を放しませんでした(泣)。むしろ、「お母さんは、いつもちゃんに何か良からぬことをしようとしている……?」とハジュに不信感を抱かせてしまいました。Upload By スパ山ぬいぐるみについて、思い切って園長先生に相談入園予定の幼稚園で行われた入園前面談の際に園長先生に思い切って相談してみることにしました。2歳から幼稚園のプレ教室に参加していたので、ハジュの様子や『いつもちゃん』のことも園長先生は知ってくれていました。園長先生に、どうしたらぬいぐるみを家に置いて離れられるのかと相談したところ、「置いてこなくてもいいですよ。一緒に登園して、帰りまで職員室で預かっておきます」と言ってくれたのです!優しい配慮をしていただいて、もうこれで安心!と思ったのですが、そんな一筋縄ではいかないのがハジュです。登園後、いくら説得されようとも、絶対に『いつもちゃん』を離そうとはしません。1歳から肌身離さず持っていた相棒ですし、そう簡単にはいくわけもなく……。「初めての幼稚園生活、ハジュにとっての安心材料である『いつもちゃん』と離れたくないのは、当たり前なのでは……?」という思いが私の頭をかすめましたが、ほかの園児たちも、『いつもちゃん』の存在に気づき始めていました。トラブルになってはいけないと思うあまり焦ってしまい、周りの大人たちがあの手この手で、『いつもちゃん』を職員室に置いてもらおうと説得したので、ハジュは『いつもちゃん』にますます執着するようになってしまいました。私も、インターネットやSNSなどを活用したり、発達センターや主治医の先生に相談したり、幼稚園の先生方も何度も話し合ってくれて、対策を考えてくれました。楽しいはずの幼稚園生活が、『いつもちゃん』についての説得により職員室の中で1日が終わってしまうのはもったいないし、どうしよう……と毎日頭を抱えていました。あきらめた?いや、シフトチェンジ!あらゆる方法を試してみても、ハジュの警戒心は強くなるばかりで、この攻防戦にだんだん大人たちも疲れが見え始めました。万策尽きるとはこのことで……何度目かの園長先生と担任の先生との作戦会議の中で、「いつもちゃんを引き離そうとするのを、もういっそやめてみよう!」と「押してダメなら引いてみよう」作戦を試してみることになりました。Upload By スパ山同じクラスの子どもたちには、先生と私から、『いつもちゃん』はハジュの大切なものだと伝えました。ハジュと同じように大切なものと離れるのを我慢して登園している子はほかにもいるんじゃないか、「うちの子だけこんなことしていいのかな……」と、さまざまな考えが頭をグルグルしましたが思い切って保護者の方にも、ハジュと『いつもちゃん』のことを知ってもらうことにしました。ぬいぐるみの『いつもちゃん』と一緒に幼稚園周りの皆さんの協力のおかげで、『いつもちゃん』と一緒に過ごせるようになったハジュは、やっと幼稚園生活を楽しめるようになりました。そんなある日、担任の先生のエプロンのポケットの中に、ハジュが『いつもちゃん』を自分で入れたと聞きました。ほんの数秒でしたが、ハジュが自分から『いつもちゃん』を手放したのです。先生のエプロンがとても気に入ったようで、その年の運動会にはいつもちゃんをその先生に預けて参加することができました。Upload By スパ山小学3年生になったハジュと『いつもちゃん』の今は……結局、小学校に入学してもハジュは『いつもちゃん』と離れることはなく、一緒に登校していました。それが、3年生に進級したその日に、突然「いつもちゃんは今日からねんねして待っていてね」と、自分の布団に寝かせて登校したのです!ハジュいわく、「ハジュは3年生のお兄ちゃんになったから」とのこと!私も先生もクラスメイトたちも、急なハジュの決断にびっくり!逆に私のほうが「いつもちゃん、いなくて大丈夫なの?」とオロオロしてしまいました。もうすぐ4年生に進級するハジュですが、毎朝「いつもちゃん、待っててね」と優しく布団に寝かせて、帰ってきたら「いつもちゃん、ただいま」とギュッと抱っこしています。周りを巻き込んで申し訳ないと思ったこともありますが、みんなが協力して見守ってくれたからハジュが自分でこのような選択を見つけられたんだと思います。今これを書いている横で『いつもちゃん』を抱っこしているハジュを見て、「あの時、勇気を出してたくさんの人に知ってもらってよかったな」と、思っています。Upload By スパ山執筆/スパ山(監修:初川先生より)ハジュくんの大切な相棒、ぬいぐるみの『いつもちゃん』と幼稚園生活、その後についてのエピソードをありがとうございます。どこに行くにも持っていく、寝る時も一緒に過ごすようなとても大切なぬいぐるみやタオルがあるお子さんは多いですね。スパ山さんが最初にされたように、園生活では持っていけない(持っていかないほうが大切にできる)と説明したり、紙芝居のように目で見て理解できるように伝えたり。そうした工夫でお子さんの同意を得る方法がまずありますね。それでうまくいくならそれで良いと思いますが、そこで納得しない、あるいはむしろ意固地になってしまうような場合は、スパ山さんがされたように園や学校の先生に相談するのが良いですね。どうにかして持っていかないで済むような方策を考える方向もありますが、今回のように周りのお子さんらにも説明して、持っていく方向もあります。園や学校の先生とよくご相談いただければと思います。ハジュくんは持っていってよい事となり、ハジュくんのペースで『いつもちゃん』と離れるプロセスができました。「3年生のお兄ちゃんになったから」と自ら機をとらえて離れ始めたのはとても成長を感じますね。さて、大切なぬいぐるみなどを家に置いておくことはできるけれど、寝る時はそれがないと不安だというお子さんもいると思います。そうしたお子さんが小学校高学年になって移動教室(宿泊を伴う行事)の際に、ただでさえ保護者と離れて寝なければならないのに大切なぬいぐるみもないなんて……!と、とても不安に感じる場合もあります。その場合も同様に担任の先生とご相談していただければと思いますが、「ぬいぐるみを家においておけるよう本人が納得する(家の中でも離れる練習をしてみるなど)」「ぬいぐるみを写真に撮って、写真を持っていく(お守りなどの形にする、アクリルキーホルダーにするなどさまざまアレンジできます)」「ぬいぐるみを持っていく」などいろいろな方法があると思います。どうしたら安心して過ごせるかと現実的に可能な方法はどこかというところで接点を見つけられると良いでしょう。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月04日空気を読む、察する、ということが苦手な広汎性発達障害(自閉スペクトラム症)のある娘広汎性発達障害(自閉スペクトラム症)のある娘は、中学1年生。空気を読む、察する、ということが苦手です。また、相手の気持ちを想像することも難しいため、「言われてないけど、やったほうがいい」というような部分が理解できません。例えば……Upload By SAKURAカップ麺を作るように頼むと、自分の分だけを作り、食べ始めてしまいました。Upload By SAKURA娘には、それが周りが求めていた行動と違うことが理解できません。なぜなら……Upload By SAKURA「みんなどれがいいかは、ちゃんと聞いた。みんなの分を作ってとは言われていない。だから、私は自分の分だけ作った」娘の言い分は、分かります。言われていないことは、やらなくていいはず。そっちがちゃんと言わないから、分からない。確かにそうかもしれませんが、親としては……ちょっと周りを見渡し、みんな大変だから私が作ろう!と思ってほしいところ。こういう時の、察する力が弱いのが娘の特性ではありますが、暗黙の了解的なことはこれから社会に出たら、山ほどあります。絶対できるようになって!とは言いませんが、今やれることをやる!が私たちの考え方。今、苦手レベルが10だとしたら、7か……8ぐらいになってほしい。察する事が苦手な娘には、こういう経験を通して、パターンを教えています。Upload By SAKURAパターンを教えても、ちょっとでも状況が変わると……次回からはどうするかを伝え、次に同じ事があった時、対応できるようにします。しかし、ちょっとでも状況が変わると……Upload By SAKURA言葉通りに行動します。Upload By SAKURAパターンの応用が利かない娘。カップ麺の時の状況は、パターンとして覚えているだけなので、本質を理解できていない娘は、物が変わると当てはめることが難しくなります。今度は新しいパターンとして、どうしたらよかったかを教えます。「人の気持ちを想像して、その人が助かったり、ありがとうと思う行動をとる」と考え方を教えてはいますが娘には難しいようでした。Upload By SAKURA娘の場合、人の気持ちを考えることの必要性を感じていないので、この気持ちの部分は、何度説明しても、娘の中で納得できていないからか、なかなか浸透していきません。それでも、やらない、教えない選択はない。教え続けて……早11年。しっくりきていない娘に私は、毎日のように相手の気持ちと、最適な行動パターンを繰り返し教えています。いつか……どこかで娘の中で、理解できればいいと思い、続けています。執筆/SAKURA(監修:森先生より)「自分がされてイヤなことは他人にしてはいけません」というフレーズは、幼稚園や学校などでよく耳にしますよね。まず、「相手の立場に立って考える」こと自体は、「この人の立場ならこう感じるだろう」という「心の理論」が育ってはじめてできるようになります。定型発達の方ですと4歳くらいからできるようになると言われています。ただ、実はこの考え方には限界があります。人によって、喜ぶこと、イヤがることが違うからです。お子さんが「別に私は気にならないよ」と思ってしまうのであれば、この伝え方は意味をなさないのです。「こうしてくれると私は嬉しい。ほかの人もそうかもしれないよ」という伝え方をして、場面場面のパターンを覚えてもらうほうが、お子さんにとっては混乱も少なく、結果的に近道となるケースが多いのです。「私はこう思う」という伝え方を、アイメッセージといいます。「I=私は(が)」を主語にして、自分の意思や要望を伝える方法です。そのように伝えると、言われたほうもすんなりと聞き入れやすくなるのです。反対に、「あなたは自分勝手だ」というように「あなた」を主語にすると、言われた側も受け入れにくくなります。「こんな場合はこうしてほしい」と、シンプルに自分の気持ちとして伝えるといいのではないでしょうか。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月03日小学校1年生の終わりに発達障害の診断を受けましたUpload By もっつん息子のタクは小学校1年生の終わりに発達障害の診断を受けました。精神障害者保健福祉手帳は2級です。タクは在胎30週で産まれてきた極低体重児で、赤ちゃんの頃はとても心配しましたが、元気すぎるほど元気いっぱいに育ってくれました。現在は中学3年生!義務教育も終わりに近づいてきて、これからの生き方を模索中です。人の話を最後まで聞くのが苦手で、後先考えずに衝動的に動いてしまう……などの特性はまだまだ色濃くありますが、とっても優しい息子です!今ハマっていることは、卓球と小説を読むこと。個性豊かな家族を紹介しますUpload By もっつん妹こっちゃん・定型発達です。いわゆるきょうだい児です。私はもっつん・大人になってから発達障害と診断されました。精神障害者保健福祉手帳は3級です。学生時代はずっと天然ちゃんと呼ばれていて、自分ではポンコツ人間だと思っていました。時間管理が特に苦手!!!旦那パパもつ・ハチャメチャな私と子どもたちを受け止めてくれる頼りになる夫。ポジティブなんだけど、考え方が固くて発達障害への理解はまだまだ……。常に走り回って騒がしい…激しすぎる幼少期で、母のメンタルは限界でしたUpload By もっつん初めての子育てで毎日疲労困憊でしたが、「あれ?この子って育てづらい?」と思ったのは2歳頃。2歳頃はイヤイヤ期と言われているので、ある程度覚悟はしていましたが、・5cm程の段差を怖がる・三輪車を後ろから押そうとするだけで泣きさけぶ・ごはんを食べる手伝いをしようとすると猛烈に怒る・後追いがなく、すぐ迷子になるなど、私は悩みに悩む日々でした。そんな時にインターネットで見た「発達障害・多動児」という言葉が気になり、もしかして……と思うようになりました。しかし周りに相談できる人がおらず、1人で悩む日々。3歳児健診で保健師さんに相談したところ「考えすぎですよ、本当の多動の子はもっと大変ですよ」とアドバイスが。そのタイミングでたまたまタクはイスに座って遊んでいたのです。それからは、どこかに相談しようと考えなくなりました。私生活では離婚や引越しなども重なり、息子の発達障害のことをじっくりと考える余裕がなくなっていきました。あの時、保健師さんがおっしゃった「もっと大変な人がいる」その言葉が心に引っかかったまま数年過ごしました。精密機械や鉱石が大好き!ガラクタは彼の宝物Upload By もっつん小学1年生で発達障害の診断を受けたあとも、特性ゆえの行動なのか、悪いことと知っていてわざとやってる行動なのか判断が難しいことが多々ありました。精密機械が好きだから、壊れた家電を分解用に与えると大喜び! しかし、だんだん壊れていない家電にも手を出すようになってしまい大変な目にあいました。しつけが足りないんだと周りから叱咤されたことも。私は、どうにかして息子をきちんと育ててあげたい! という思いが強くて感情が暴走したこともあります。思うように行動してくれない息子に対して、強烈な怒りが抑えられなくなったのです。それがキッカケになり、児童相談所のお世話になった時期もあります。あの頃は本当につらくて……思い出すだけでも涙が出てきます。それらのお話は今後、紹介させていただきますね。つらい日々もあったけど、過去があるから今があるUpload By もっつん子育ては大変なことも多く、発達障害があるとさらに何十倍も悩むことがあると思います。1人で抱え込まずに、たくさんの人に相談することや助けを求めることがとても大切だと私は思います。私自身の失敗談ですが、以前は実親には心配をかけたくないと思って相談をしていませんでした。「うまくやってるよ」「楽しくやってるよ心配しないで」と良い面ばかりを見せて自分にも言い聞かせていました。しかし強がっていても問題を解決することはなく、どんどん悩みは大きくなる一方でした。人に弱音を吐くのは、決して悪いことではありません。むしろ助けを求めることは、状況を改善する第一歩! 現在の私は、実親を始め、学校の支援の先生や県の家庭支援センターに定期的に面談に行っています。人の助けを借りながら、子育てを楽しいものにしていきたいですね。執筆/もっつん(監修:藤井先生より)初回のコラムありがとうございます。現在は中学3年生になるタクさんの育児を通して、さまざまな経験をされたと思います。一人で抱え込まず、相談すること、大切と分かっていてもなかなか行動しにくかったり、以前嫌な思いをすると行動に移すのを躊躇されることもあるかと思います。「もっと大変な人もいる」の言葉にひっかりながらも、再度相談され、発達障害と診断された経緯なども今後お伺いしたいなと思いながら読みました。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2024年04月03日大学入学で早速つまずいた「履修登録」入学してすぐにバタバタと始まるのが履修登録。これが最初のつまずきでした。まず、「自分の生活について自分で決める」ことに慣れていませんでした。高校までは、ルールでガチガチに縛られた生活は息苦しくはあったものの、慣れてしまえば受動的にルーティーンをこなせばいいだけなので、私のようなASDの私にとっては楽な面もあったのです。百科事典並みに分厚いシラバスは、めくっても圧倒されるだけで、自分が何年次に何をどのぐらい履修したらいいものか、まったくイメージがわきませんでした。今のようなSNSのなかった当時、やりくりのうまい学生ならだいたい何単位ぐらいとって卒業するのか、やる気のある学生ならどれぐらいか、という情報もありません。就職や資格取得のためにこれをとっておいたらいい、逆にこれはとるとコスパが悪い、みたいなことも分かりません。いま思えば、周囲の学生は、早くも仲良くなったほかの学生や、先生や学生課の人たちとうまくコミュニケーションをとって情報収集をしていたようですが、ASD(自閉スペクトラム症)の自覚のなかった当時の私には見えていませんでした。コミュニケーション障害や社交不安のあった私には、「人に聞く」がうまくできませんでした。そもそも、「分からないことは人に聞くものだ」という選択肢があまり頭にのぼりませんでした。それまで友人も頼れる大人もほとんどいなかったし、「すべてのことは自分で努力して解決しなければならない」と思い込んでいる部分がありました。結局、分からないことは分からないまま、唸りながら長時間考え込んだり、疲れてやけになって半ばあてずっぽうに決めたりして、最初の履修登録は終わりました。学年を重ねても毎度つまずいた履修登録には、2年になっても、3年になっても慣れませんでした。4月、一生懸命履修登録をし、そのまま新しい学年の授業が始まる環境変化で、緊張や疲れがたまってしまい、5月の大型連休が始まると糸が切れてしまったようになって、休み明けにはもううまく通学できない状態になっていました。私は徐々に昼夜逆転を起こして引きこもりがちになり、ほとんど大学に行けなくなりました。履修登録では頭が真っ白になりながら、なんとか時間割のパズルを埋める計算をしていたような気がしますが、この頃は心身ともにつらすぎて、記憶がおぼろげです。親には役立つ単位や資格を取れと言われたが…両親は私に、学生なのだからもっといろいろな勉強をしなさいと言い、教員、図書館司書、学芸員、速記などの資格取得を勧めました。しかし、学校にほとんど行けないような調子では、プラスアルファの資格取得など無理でした。心身の調子が悪すぎて、毎日を過ごすだけで必死だったため、そんなモチベーションもわきませんでした。結局私は、履修登録を象徴とする「自由な大学生活」に慣れることなく大学4年間を無為に過ごしてしまいました。今の時代は別の方法や選択肢がありそう今の時代なら、別の方法や選択肢があったかもしれないと思います。合理的配慮が義務化される中、学生課や就職課では、コミュニケーション障害や社交不安がある人でも相談しやすい配慮があるかもしれません。履修登録時の情報収集にSNSの力を借りることもできるでしょうし、AIに計算を手助けしてもらったり、プランを提案してもらったりすることもできる可能性があります。そもそも私のようなタイプには、自由度の高いマンモス大学ではなく、アットホームでこぢんまりした専門学校という手もあったのかも、とも思います。今の大学生や、高等教育過程の学生には、私よりももう少し楽に学生生活を過ごしてほしいと願っています。文/宇樹義子(監修・鈴木先生より)ASD(自閉スペクトラム症)の特性として「自由が苦手」があります。小学校の休み時間は自由で外で遊んでもいいし、教室で友人としゃべってもいいのです。しかし、ASD(自閉スペクトラム症)の子は「休み時間難民」と言われるように、何をしていいかが分からず、一人でできることをしていることが多いのです。読書、お絵かき、折り紙工作などです。でも、ASD(自閉スペクトラム症)の場合、授業中みんなと同じ教科書を開いていれば皆と同じように過ごせるから不安がないのです。まさに今回の「私」は高校までは受動的にルーティーンをこなしながら同化できていたのでむしろ楽だったのです。大学でも文系は履修登録で大変かもしれません。理系、特に医学部の場合、一般教養は選択しますがそれ以外は6年間びっしりと授業が決められています。理系はASD(自閉スペクトラム症)の人には過ごしやすいのかもしれません。文系でも理系でも自分に合わなかったらほかの大学または学部へ移ることも一つの方法です。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年04月02日「世界自閉症啓発デー」とはUpload By 発達ナビニュース2007年の国連総会で、毎年4月2日を「世界自閉症啓発デー」とすることが定められました。国連加盟国では、自閉症(自閉症(※以下、ASD/自閉スペクトラム症)についての理解が進むように意識啓発の取り組みを行うよう求められています。日本では、4月2日から4月8日は発達障害啓発週間となっています。ASD(自閉スペクトラム症)や発達障害についての認知は、日本でも近年急激に高まってきています。しかし、今もなお偏ったイメージを持っていたり、正確ではない情報が存在しています。ASD(自閉スペクトラム症)を含む発達障害の研究は現在も続いていますが、はっきりとした原因はまだ特定されていません。何らかの脳機能の障害であると考えられており、しつけや愛情不足など育て方が直接の原因ではないことは分かっています。ASD(自閉スペクトラム症)のある子どもは、さまざまなこだわりを持っていることが多いです。また、感覚過敏や感覚鈍麻などの特性がある場合も多くあります。そのため、育てにくさを感じたり、適切な接し方が難しいと感じる保護者も少なくありません。しかし周囲のASD(自閉スペクトラム症)についての理解や支援が十分であれば、ASD(自閉スペクトラム症)があっても住みやすい環境で、その人らしく充実した生活を送ることができます。「世界自閉症啓発デー」は、この社会で、多くの人が自閉スペクトラム症(ASD)への理解を深めることで、ASD(自閉スペクトラム症)のある人を含めたすべての人が過ごしやすい世界を実現していくための日です。「Warm Blue2024キャンペーン」に参加しよう!Upload By 発達ナビニュース「世界自閉症啓発デー」には、シンボルカラーがあります。「癒し」や「希望」などを表すブルーが、その色です。毎年4月2日は、ナイアガラの滝やピラミッドなど、世界中のさまざまなランドマークが青に染められ、また青い服を身に着けるなどの青をテーマにした啓発イベントが各国で行われます。日本でも、東京タワーやスカイツリーをはじめ、各地のシンボルとなっている建物などが、例年、青く染め上げられています。Upload By 発達ナビニュース4月2日には、シンボルカラーである「青い」ものを身に着けたり、ブルーにデコレーションした施設などの写真をSNSに投稿してみませんか?以下のハッシュタグをつけてぜひ投稿してください。世界自閉症啓発デー #WB_2024 #2024TT #2024blueart#発達ナビ投稿したブルーの写真やメッセージは、下記のSNSアカウントなどでシェアされる予定です。東京都自閉症協会X(旧twitter)東京都自閉症協会facebook Blueギャラリー | 東京都自閉症協会Upload By 発達ナビニュース発達ナビでは、コラム連載陣に「青」をテーマにイラストを書き下ろしてもらい、SNSで発信中です。イラストは、発達ナビのSNSアカウントや各連載ライターのアカウントから、リポストやシェアもOK!みなさんのメッセージを添えて、ぜひSNSでシェアしてください。多くの人たちに届くことを願っています。Upload By 発達ナビニュースWarm Blueをコンセプトにした絵画やイラスト、写真などのアートコンテストも開催されます。参加方法は、X(旧Twitter)に「#2024blueart」のハッシュタグをつけてブルーをテーマにした作品を投稿するという方法が採用されています。画家やデザイナーなど各界で活躍する審査員が選考し、入選作品は、ギャラリーサイトに展示されるほか、オンラインイベントなどでも紹介される予定です。Upload By 発達ナビニュース世界自閉症啓発デー当日の4月2日には、さまざまなブルーアクションを紹介するオンライン生配信が企画されています。今年で4回目を迎える同イベントの司会は、発達障害当事者の不破ふわおさんと、2024ミス日本「海の日」の有馬佳奈さんが務めます。日時:2024年4月2日17:30配信スタート(予定)司会:不破ふわお(発達障害当事者)、有馬佳奈(2024ミス日本「海の日」)協力:明治安田こころの健康財団イベントの詳細は東京都自閉症協会X(旧twitter)をチェックしてみてくださいね!東京都自閉症協会X(旧twitter)(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月30日太郎が自宅で過ごす場所ASD(自閉スペクトラム症)の太郎は、主に2つの部屋で過ごしている。1つは学習用品を置く場所で、ばあばと共同の部屋。もう1つは完全に太郎専用の部屋で、太郎の好きな物がたくさん置かれている部屋だ。そこに、勉強机とパソコンも設置されている。ちなみに太郎の寝室はまた別の部屋であり、完全に1人の寝室である。Upload By まゆん太郎専用の部屋を用意した理由太郎専用の部屋は、プライベートを大切にさせたいと思い、太郎が9歳の頃に用意をした。最初の頃、太郎はあまり利用していなかったが、徐々にブロックや駒で遊ぶ場所として、思考が停止した時などの切り替え部屋として利用する時間が長くなっていった。ばあばと共同の部屋は6畳の小さな部屋であり、テレビも置かれている。なので広いリビングよりも家族全員がそこに集まってテレビを観ることもある。太郎はそこで宿題をする日もあれば、もっと集中力を高めたい時などはもう1つの太郎専用の部屋に移動して宿題をしている。太郎専用の部屋は5畳と狭いが、逆にその閉塞感が太郎には落ち着くのではないかと推測している。長い時では1日の半分をその部屋で過ごし駒を回したり宿題をしたりねんどで何かを作成したりして過ごしている。環境調整には第三者が必要太郎は集中しすぎてお腹がすいていることに気づかないことがあるので、私から声かけを行うことも多い。また、寒い日でも遊びに集中しすぎてエアコンもつけずに半袖で数時間遊んでいることが何回もあった。身体は冷たくなっていたが本人は鈍感なのか「寒くない」と言っていた。逆に夏の暑い日も集中しすぎてエアコンをつけずに汗だくで遊んでいたので、私がこまめに気をつかい、エアコンの状況を見に行くようにしている。環境や服装の調整も難しいのだなあと感じる日々だ。Upload By まゆん小学校の頃、太郎は特別支援学級に通っていて、教室の中には切り替えの場所が設けられていた。教室の隅にパーテーションで狭く区切られた2~3畳ほどの広さの空間には、ブロックや跳躍器具、本などが置かれていた。そして机は、一人ひとり隣が見えないように仕切りが立て付けられていた。Upload By まゆんわが家はそれを意図していたわけではなく、たまたま部屋があっただけだが、太郎には良い環境になっているのではないかと思えている。以前は分からない宿題があればすぐに私や祖母にヘルプを出しに来ていたが、最近はそういうことが減った。部屋に引きこもってなにやら集中力を高めている(のか、何をしているのか……)。空調の調整は、温度計と湿度計を部屋に置き、それを確認しつつ太郎の感覚と意見を確認しながら行っています。太郎はだいたいが「NO」とは言わないため、結果的に私の判断で調整することが多いです。いまだに、自分で時と場合に応じた服選びも行いません。したくないから行わないのではなく、環境に応じた服選びというものが難しいようです。寒いから厚手の服を着る、暑いから冷房をつけるなど物事と物事を結びつけることも苦手としているようです。以前、専門家の方から受けた社会的年齢の低さの指摘はこういう日常生活を1人で行えるのか?というところからの指摘でもありました。4月からは中学3年生。先のことをいろいろ考えています。(執筆:まゆん)(監修:鈴木先生より)温度環境に応じた服選びが難しい場合、温度帯ごとに服を並べてその中から選ばせるという支援方法があります。例えば室温が17℃なら15℃から20℃の間にある服を着て、外が8℃なら外出するときは5℃から10℃の間にある服を選ぶということです。気温の数字を見える化し、視覚的に訴える方法です。また、知的障害のあるお子さんには感覚鈍麻の傾向がみられることもあります。もし気になる保護者の方がいらっしゃいましたら、IQ検査を受けてみるのもよいと思います。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月28日毎日の通学、クラスメイト、教壇に立つ先生、ぜーんぶなし!17歳のわが家の娘いっちゃんが通っているのは、生徒数が多いことで有名なある通信制の高校です。登校して授業を受けることもできますが、いっちゃんは、ASD(自閉スペクトラム症)に加え、非24時間性睡眠覚醒症候群と呼ばれる睡眠障害もあるため、日中登校することが難しく「通信コース」と呼ばれる完全在宅のコースに在籍しています。在宅なので、通学・クラスみんなで一斉に座る机・目の前にいる先生……など、学校と言われて思い浮かべる光景は当然ありません。「さーて、やるかあ」と言って、パソコンの前に座るだけです。Upload By 寺島ヒロオンラインでのリアルタイム授業やメタバースHRも!普段の授業は、録画ビデオを見てレポートを提出する形式で行われますが、週に1~2回程度、オンラインやメタバースを使ったリアルタイムの授業やHRもあります。その日に授業を受けられない場合は、あとでアーカイブを見ることもできます。アーカイブは大体動画サイトにアップロードされるのですが、視聴可能な人を生徒用アカウントに制限し、アクセスを管理しています。この柔軟な授業形式は、いっちゃんにとっては良い環境のようで、今のところ大したつまずきもなく、着々と単位を取得しています。予定変更に弱い特性のある子には意外と良い!?録画授業録画ビデオでの授業は、すでに用意された授業を公開するシステムなので、予定は早めに(1学期の分が2月中には!)全て提示されます。余程のことがなければ時間通りに実施されるため、急な予定変更に不安を感じやすい娘には大変都合がいいみたいです。Upload By 寺島ヒロゲームのクエストのように次の課題を教えてくれるまた娘の学校では、生徒用アカウントと共に「マイページ」と呼ばれるシステムがWeb上にあり、まるでシミュレーションゲームのホーム画面のような分かりやすいUI(ユーザーインターフェース)で、取得した単位や授業内容をいつでも確認できるようになっています。それはまるでロールプレイングゲームで次のクエストを確認するような感覚。「次に何をやればいいのかな?」と迷いがちな娘には大変うれしいシステムなのです。イベントは数多く、課外授業も充実しているけれど……娘の通っている高校は生徒数がとにかく多いので、さまざまなイベントや課外授業が毎日のように開催されています。学校が主催するものはもちろん、生徒会、部活、生徒の有志が主催になるものもあります。いっちゃんは、イラストやデザインの課外授業やイベントに積極的に参加しています。ただ実際は、こういうイベントが好きでいろいろ参加しているという人は、生徒さんの中では少数派なのではないかと思います。課外学習とか、学校全体で2万人も生徒がいるのに30人とかの募集ですしね……。そのあたりは、やはりどこかに集まって何かをするということが難しい通信制の一面が表れているのかもしれません。同調圧力をかけられるのも、かけるのもキライ!な娘しかし、いっちゃんは「集まらないからこそ、クラスメイトの『やりたくない』という雰囲気に巻き込まれることなく、自分の好きなことに好きなだけチャレンジできるから良い」と言います。「逆になんか私がやる気になって、それほどでもない人が協力してくれるみたいになるのも嫌だ」「やっても良い、やらなくても良いって雰囲気だから楽」なのだそうです。人目があると伸びる人、縮む人人目があったほうが頑張れる、人目があるから勉強しなければいけないと思えるという人もいますが、人目があると遠慮してしまう、思うように行動できないという子もいます。うちでは娘がそうでした。Upload By 寺島ヒロ通信制高校というと、就職率が……とか、大学進学率は……とか、気になる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、通信制の学校というものを、そういう「縮むタイプの子」が伸びる(かもしれない)場所として捉え直してみても良いのかもしれないと私は思います。執筆/寺島ヒロ(監修:室伏先生より)通信制高校の日常のリアルを共有してくださり、ありがとうございます。通信制高校を希望される方も増えていますので、通われている方の生の声はとても貴重な情報です!通信制高校は、基本的には遠隔で行われる授業を元に自身で学習を進め、レポートやスクーリング、テストなどにより単位を取得していくというスタイルをとっています。自分のペースで学習を進めることが苦手な方にとってはデメリットとなってしまう懸念もありますが、いっちゃんにとっては、人目を気にせずに自身の能力を伸ばす場所になっているだけでなく、自己管理能力をさらに鍛える機会になっているようにも思います。実際に登校すべき頻度や、イベントや課外活動の活発さなどは学校により異なりますので、ご自身の希望に合う学校を見つけられるとよいですね。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月27日母子共に強迫性障害(強迫症)私は23歳の時、強迫性障害(強迫症)を発症して入院していました。現在23歳の息子も23歳、ASD(自閉スペクトラム症)、知的障害(知的発達症)のほかに強迫性障害(強迫症)があり通院中です。私が実際に行った強迫性障害(強迫症)の治療には、薬物療法だったり、認知行動療法だったり、認知行動療法の中の暴露法だったり、森田療法などがあります。私は患者の会である自助グループに参加しているのですが、良い意味でとても凄く理屈っぽい議論が交わされ、多くの学びを得ています。ます。ただ、知的障害(知的発達症)のある息子には理解しにくい内容なので一緒には連れて行っていません。不安という感情を抱えながらなすべきことをなす私はある自助グループに通うようになり、このようなことを学びました。不安があったとき、みなさんはどのように考えますか?例えば飛び込み台から飛び込まなくてはならない状況の時、A.飛び込むのを止めるB.「怖くない、怖くない」と不安をかき消す言葉をかけながら飛び込むC.「怖い」と思いながらも、行動する。飛び込こんでみる飛び込み台の例は極端ですけれども、A.飛び込むのを止めると、これ以降も飛び込むことができできなくなります。B.怖くないという感情に意識が行きすぎてしまうと、反対に「怖い」という感情が強化されてしまいます。不安をかき消そうと不安にスポットを当てれば当てるほど、不安が増大してしまうからです。C.のように自分の自然の感情に蓋をしないで、その思いを持ちつつもともかく行動してみます。すると飛び込めた事実によって自信がつきます。このことを他のケースに当てはめてみたいと思います。私は著者で講演依頼を受けることもあるのですが、依頼を受けた時、とても苦しく不安な気持ちになります。というのも、緊張しすぎてお腹が痛くなるからです。過敏性腸症候群です(身体的には病気ではないのに、腸がギュルギュルしてしまう)。これを先ほどの例に当てはめると3つの方法があります。人前でスピーチをしなくてはならない時、A.話をすることをやめて、依頼を断るB.「あがってはならない」「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせてスピーチに臨むC.不安、恐怖を抱えながらなすべきスピーチを行う人は自分の感情を自分の気合や努力で何とかできると思ってしまいますが、心臓や胃の動きを自分でコントロールできないように、自然に沸き起こる恐怖を自分の力でなくすことはできません。不安という感情はそのままにして、なすべきこと(飛び込む、スピーチをする)に意識を向け、それを行う。飛び込めた、スピーチできたという体験を通して自信になり、そのことによって不安という感情を抱えながらなすべきことをなせるようになるのです。このように考えながら、強迫性障害(強迫症)とつきあっています。定型発達の子とわが子を比べてしまう“比べる病”もコントロールできない感情。自分を責めてはいけないこの考え方は、発達障害のある子どもの育児でも参考になります。パートナーがいない時結婚式に招かれて、幸せな友人を見て素直に喜んであげられない自分を責める。妊活仲間が妊娠しても、自分の不妊治療がうまくいかないと「おめでとう」と素直に喜べない。これらも自然な感情です。「こんな風に思ってしまう私はなんて器が狭いんだろう。ダメな人間だ」と自分を責めてはならないと思うのです。同様に定型発達の子を見ては比べてしまい、「羨ましい」と思う。これも自然な感情、自分ではコントロールはできません。抑えつけてしまい「他の子をうらやむ自分はなんてダメな母親なんだ」と自分を責めないでほしいと思います。責めれば責めるほど、ますます、自分を追い込んでしまうからです。強迫性障害(強迫症)での体験を通して、自分の心から湧き上がる感情はコントロールできないことを私は学んでます。自分を責めない……まずそこを前提として、発達障害があるわが子と向き合うことが大切だと思っています。執筆/立石美津子(監修:森先生より)「自分の感情を否定しない」ということは大切ですね。人間誰しも、時にネガティブな考えが頭に浮かぶことはあります。そんな時に自分の感情に蓋をしてしまうと、後々になって感情が爆発したり、うつ病や心身症などの問題となってしまうことがあります。また、つらい状況であることが周囲からもわかりにくく、周囲から手を差し伸べることが難しくなってしまいます。不安、恐怖、嫉妬などなど……ネガティブな感情も、自分自身の心を構成する要素のひとつです。立石さんのように、ネガティブな感情も含めて受け入れて、感情とうまく付き合っていく方法を探していけるといいですね。前の記事はこちらUpload By 立石美津子Upload By 立石美津子Upload By 立石美津子Upload By 立石美津子(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月25日新生児の頃、長男がおとなしかった理由は……長男は生後1ヶ月の頃、先天性甲状腺機能低下症と診断されました。成長に大切なホルモンが正常に出ていないと医師に話をされました。あまり泣かずよく寝ており、「おとなしい子だなぁ」と感じていましたが、それは先天性甲状腺機能低下症の影響であると説明を受けたのでした。治療を開始し症状は安定しましたが、発育について私はとても心配していました。しかし歩行や発語の遅れは特に感じず、身長や体重などの成長も順調でした。1番初めに覚えた違和感……同じ場所を行ったり来たり常同行動が始まった1歳半の頃心配をしながらも長男は順調に成長していきました。そのような日々のなかで、私が1番最初に長男の行動に違和感を覚えたのは、だいぶ走れるようになった1歳半過ぎの頃でした。「特定のお気に入りの物を持ち、同じ直線を行ったり来たり走る」という常同行動が目につくようになったのです。 男の子がよくヒーローの世界などに入り込み、走ったり戦ったりすることは聞いたことはありましたが、そんな要素もありつつ、でも何か違うような……。しかしまだ幼いこともあり、よくある子どもの行動かもしれないと様子を見ていました。 しかし、2歳になるとその常同行動を1日に何度もやり、多いときは1日の半分以上走っているということもよくありました。夫も若干何か感じていたようで、当時何度か夫婦で話をしましたが、本人がとても楽しそうなので、なんとなく「これは長男にとって大切な時間なのかもしれない」と、2人で納得していました。行ったり来たり走っている時も声をかければ切り替えもできていたし、特に誰かを傷つけたり迷惑をかけるということもなかったので深く考えすぎないように見守っていました。Upload By ねこじまいもみ2歳頃、保育園での息子の様子は長男は2歳で保育園に通い始めました。登園時に泣くこともありましたが、徐々にすんなりと通えるようになりました。保育園ではおままごとのフライ返しがお気に入りだったようで、お迎えに行くとそれを持って1人で部屋の隅をちょこちょこと走っている姿を毎日毎日見かけました。保育士さんに「1人でいつもよく走っていますか?この行動について何か感じたりしますか?」と尋ねたことがありました。保育士さんは「みんなで取り組む時はちゃんと参加していますよ。受け答えも切り替えもきちんとできてますし、問題行動もありませんよ。本人も楽しそうに過ごしているので、私からは特に何も感じないですよ」とおっしゃってくださいました。Upload By ねこじまいもみ集団行動が苦手なのかもしれない……。でも、発達障害と結びつけるのも……しかし後から思えば、集団行動の苦手さもあり、集団を避けていたのもあるのかなぁと感じています。なぜなら、 長男は3歳の時、2つ上の長女と一緒にダンスの習い事をしていたのですが、長男はあまり取り組むことはなく体育館の隅っこでずっと同じところを行ったり来たり走っていることが多く見られました。そして、私が声をかけても逃げてしまい、なかなか取り組むことができませんでした。その時もダンスの先生に「小さい子だと最初はやらないことも多いですよ。でも、だんだんとやるようになってくると思うから大丈夫!」と言われました。たしかに気分で取り組んだり、発表会などはきちんとできていたのですが、長男の様子を見ていた私は、ダンスの習い事を一旦辞める選択をしました。この習い事先での様子も、私の中ではずっと抱いて長男の違和感で、集団行動が苦手なのではないかと気づいてゆく出来事の一つでした。 しかし、園や習い事でも集団行動ができている時もあり、発達障害に結びつけて良いものか当時は本当に分かりませんでした。そしてこの常同行動が、就学後、長男にとって学校がつらい場所となっていく原因の一つとなるのですが、それは、また別の機会に詳しく書いていこうと思います。小学3年生なった長男、常同行動はどうなったかというと……小学3年生になった今も長男はこの常同行動をしますが、主に自宅だけです。 年齢が上がるとともにやってはいけない場面を自分なりに理解したり、人の目を気にしてやらなかったりと、変化しているようです。でも、この行ったり来たりする行動は、長男にとって楽しい時間であり、大切なんだと今は自分で言っています。また、トランポリンも好きで家で頻繁に跳んでいます。長男にはストレス発散になっているようで、 常同行動と同じくらいスッキリすることなのだと聞いて、私も長男にとっての常同行動がどのようなものなのか、理解できたような気持ちになりました。Upload By ねこじまいもみ執筆/ねこじまいもみ(監修:初川先生より)長男くん2歳の時に覚えた違和感、常同行動についてのエピソードをありがとうございます。違和感がありつつも常同行動をやめさせたり、集団活動が苦手そうだなと感じつつも集団活動にちゃんと参加しなさいと強く促したり、そうした働きかけをせずにいてくださったこと、長男くんにとってどれほど救われたかと思います。子育ての中で、「……あれ?」という違和感を感じることは多かれ少なかれあると思います。その際に、自分の思いや思い込み(○歳なら普通こうするもんでしょ!)でお子さんの言動を“変えよう”とするのではなく、お子さんの様子を観察し、どうしてこういう言動が出ているのか考えたり、園の先生方はじめ相談できる人に相談したり。そうした動きが初発であることがとても良いと感じます。集団行動自体は取れていても、あまり得意そうではないから、習い事として(つまり園生活プラスアルファとして)続けることを止められたという判断にもつながったのですね。苦手そうなことを日常生活にプラスしてまでやるかどうかはよく考えたいところです。特に、嫌だ、苦手だという表出が少なく、やろうとしたらできるけれどすごく疲れる、あるいはかなり時間が経ってからそのつらさが出てくるタイプのお子さんもいるので、そのあたりの細やかな見取りは長男くんにとってとても助かったと思います。常同行動のその後についてもありがとうございます。成長とともに出し方が変わってくる様子があるのですね。人によってはコンディションによって出方が変わったり、あるいは変わらなかったりということもあると思います。お子さんにとって常同行動によって得ているもの(安心、スッキリなど)は何か、あるいはどんなときにそれが出やすいか(不安、緊張など)をよく観察しておけると良いだろうと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月22日癇癪、パニック……大変だった3~4歳現在小学2年生の長男けんとは、自閉スペクトラム症(ASD)と3歳の時に診断を受けました。赤ちゃんの時からとてもおとなしい子で、今も基本的にはおっとりした性格です。小さな頃から、家にいる時間、慣れた場所や環境の中では、穏やかに過ごせますが、慣れていない場所、初めての体験、感覚的に怖いと感じる時などは一変して大癇癪や、大号泣!私もどうしていいのか分からず、困り果ててしまうことがありました。Upload By ゆきみこれまで、けんとのイヤイヤ期はいつだったのだろう?……というのは、あまり考えたことがなかったのですが、小学生になった今になってみると「3~4歳頃が一番大変だったな。あれがうちの子にとってのイヤイヤ期だったのかな」と思います。けんとは、1歳半健診で指摘を受けたことをきっかけに支援へと繋がっていき、年少の歳に市立の発達支援施設に通い始めました。この3~4歳頃のけんとは、やりたいことやこだわりが強まっていましたが、言葉が遅く、自分の気持ちをうまく伝えられなかった時期でもありました。今回は、この時期にけんとが大癇癪を起こしたり、私が困っていたりしたエピソードを振り返ってみます。見通し不安? 忘れ物を取りに引き返すと大号泣Upload By ゆきみけんとが3歳のある日、私が家に忘れ物をしてしまいました。車で出発してからすぐに忘れ物に気がついたので、取りに帰ることに。いつもと違う場所で曲がり、引き返した瞬間、けんとが大号泣し始めたのです。とにかく怒っている様子で、チカラの限り泣き叫んでいました。気持ちを切り替えることも難しかったようで、落ち着くまでとても時間がかかりました。ほかにも、帰り道に私が急に買い物をしようと思いたち、突然お店の駐車場に入った時や、お気に入りのショッピングモールの駐車場が混んでいたので、いつもとは違う駐車場にしようと道を変えた時に大号泣したことも。今、考えると、けんとが予想していた行動と、私がとった行動が違ったため、見通しが崩れたのが原因だったのではないかと思います。当時は、何故そんなに泣くのか、分かってあげられないことも多くありました。こだわり?大好きな場所から離れない息子Upload By ゆきみそして今でもよく思い出す、大変だった記憶のひとつとしては……そして今でもよく思い出す、大変だった記憶のひとつは……大好きなショッピングモールへ行った時に、お気に入りの駐車場やエレベーターから離れなくなることです。違う場所へ誘おうとしても、全く聞き入れず、手をひっぱって連れて行こうとしても大号泣。その場所から頑なに離れないので、とうとう夜になってしまいました。「さすがに、もう帰らないと」と思い、弟を抱っこ紐に入れた状態で、けんとも抱っこして移動。しかし途中で私の腕からけんとが抜け出し、ダッシュでお気に入りの場所へと戻ってしまうこともありました。私は体も心も疲弊してしまい、私も子どもたちも、みんなで泣きながら帰宅したこともありました。その後、視覚優位なけんとの特性を私が理解していき、視覚支援で行動の予定を示すようになると、嘘のように切り替えができるようになりました。感覚過敏?フォトスタジオで大号泣Upload By ゆきみ弟の1歳の誕生日記念にフォトスタジオへ(けんとは当時3歳)。けんとも一緒にと思い、襟のついた、いつもと違う洋服を準備しました。しかし、シャツを着た瞬間からずっとけんとは大号泣。いつもと違う場所。いつもと違う洋服。しかも首元まであるシャツ。今考えると、きっと感覚過敏も影響していたのだと思います。けんとは、シャツを脱ぎたそうに首元をグイグイやっていました。そして、あまりにもすごい大号泣で、記念フォトが、ほぼ泣き顔となりました。息子のイヤイヤ期、今考えると特性だった?「初めて体験すること」が多かった3~4歳頃のけんとは、今よりもさらに見通し不安や、こだわりが強く、感覚面が敏感だったように感じます。今となってみたら、「だからあんなに泣いてたのね」と分かることですが、当時の私は気づいてあげられませんでした。言葉が遅く、想いを上手く伝えられず、私の言葉を理解していなかったため、けんとにとって「嫌だ」「怖い」などの表現の仕方が、癇癪やパニックとなってしまっていたのだと思います。私は本当に少しずつ特性を理解していきました。けんとも、経験や歳を重ね、少しずつ理解力を深めていくにしたがって、気がつけば、本当に大変だった時期から抜け出していた……のだと、思います。今も昔も、その時期ならではの悩みごとは常に感じていますが、「3~4歳頃が大変だったな」と振り返って思うこの気持ち。この想いと同じように、さらなる未来のその先で、「今」のことを「あの頃は大変だったね」と、家族や友人、支えてくださる方たちと思い出しながら、話しができたらいいなと祈っています。執筆/ゆきみ(監修:初川先生より)けんとくん3~4歳の頃の大変だったエピソードをありがとうございます。「今、考えると」とあるように、当時は大変さの中で翻弄されていたように感じることも、まるで謎解きのようにこういうことだったんだろうなと理解できることがありますね。お子さんが言葉をまだ使いこなせる前だと、癇癪が起きやすかったり、こちらがいくら良かれと思って説明したところで伝わらずお互い苦しくなったり。そういう時期だと思います。またその頃はお子さんの特性(例えばけんとくんだと視覚的な情報処理が得意で言葉で説明されるよりも絵などで説明されたほうが入りやすい)などもまだつかめていない時期であることも多いです。子育て自体が手探りであることも多い幼児期、保護者の方お一人でお子さんの特性に気づき、その手立てまで分かってやってみるというところまでいくのはなかなかに難儀だと思います。園の先生や支援機関の方などと一緒にそのあたりつかんでいくことになることが多いですが、すぐにはつかみきれない面もあるので、本当に幼児期は大変だと感じることは多いと思います(お疲れ様でした!)。あの時は大変だったね、と一緒に子育てを進める方と笑って振り返ることができる日が来ることを祈っています。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月21日1歳からトイトレ開始Upload By ネコ山息子がトイトレ(トイレトレーニング)を始めたのは1歳頃でした。なぜなら、私自身がオムツが取れたのは、1歳過ぎだったと母から聞いていたので、「息子もできるだろう」と思ったからでした。息子の1歳の誕生日過ぎにおまるを購入、これからオムツではなくここで(おまるで)おしっこしようね!とおまるを渡してみました。すると息子はおまるを分解してしまいました……。「使い方が分からないのかな?」と思い、私が座って見本を見せましたが、息子はおまるの構造に興味津々。おまるに座る様子が見られなかったので、私は1歳でのトイトレを早々にあきらめました。2歳半の夏が来た。しかし、尿意を感じない息子時はすぎ、息子が2歳半の夏が来ました。いよいよ幼稚園入園を意識してトイトレに本腰を入れなければいけない、私は自分を奮い立たせました。「いきなりおまるを使うのは難しいのかな」と考え、息子に布でできたトレーニングパンツをはかせてみることに。何度かトレーニングパンツに漏らすことで尿意や漏らしたときの気持ち悪さを感じてもらうことが狙いだったのですが……。初め息子はおしっこが床に流れ落ちたことに驚いていた様子でしたが、次第になんとも思わなくなり、ついにはおしっこの水溜りで遊んでしまうように。尿意も感じていないようで、食事中でも気づいたら出てしまう有様。Upload By ネコ山「息子にはトレーニングパンツはまだ早かったのかな」と思い、濡れた感じが分かりやすいトイトレ用のオムツを着用し「出た」ことを教えてくれるようになるまで待つことにしました。しかし……。3歳、トイトレ絶望!しかも、幼稚園はオムツで登園できないと知りトイトレ用のオムツを着用して1ヶ月が経っても、息子は出たことを教えてくれる様子はなく、それどころかオシッコとうんちでタプタプになっても、気にも留めない様子でした。排泄予告も事後報告もできず、オムツが汚れても気にならない、もちろん便座やおまるに座っても出せたことはない……「トイトレ無理じゃない?」と私は絶望しました。「幼稚園はオムツで登園してもいいんだろうか?」気になった私は春から入園予定の幼稚園に問い合わせてみました。すると「失敗は大歓迎なので、布パンツで来てください。トイレトレーニングはできる限り終わらせておいてください」とのことで、ある程度トイレで排泄できるようにしておかなくてはいけないことが分かりました。入園まであと3ヶ月……私は心を鬼にすることを決意しました。尿意は分かるようになったものの、頑なにオムツでしかしない息子この頃息子は少し成長したのか、なんとなく尿意が分かるようになって来ていました。しかし、おまるやトイレで排泄することに不安があるようで、オムツ以外で出すことを頑なに拒みました。そんな息子の姿に私も根負けしてしまい、結局オムツを履かせてしまうことに。息子の気持ちになってみると「ずっとオムツで排泄して不自由なかったのに、おまるやトイレでするメリットないよな……」と、私はふと気がつきました。そこで、おまるやトイレで出すメリットを感じるように、仕方なくご褒美で釣ることに。トイレかおまるでオシッコができたら好きな車のおもちゃを買うことを、息子に提案しました。車が大好きな息子は、好きな車種の車のおもちゃを買ってもらえるならと、不安もありながらも割とあっさりおまるに座り、初めてオムツ以外にオシッコを出すことができました。入園2ヶ月前の出来事です。それ以降ほぼオムツを卒業し布パンツで過ごせるようになりました。そして尿意すら分からなかった息子が「オシッコでそう!」と教えてくれるように。新たな問題勃発!おまるでしかしなくなり……。ついに、トイトレ成功Upload By ネコ山しかし新たな問題が……。息子はおまるでしか排泄せず、トイレの便器を使うことを頑なに拒みました。「トイレでしたらかっこいいよ!」と声掛けしてみましたが、かっこいいとかに興味がない息子にその言葉は響かず、座ることすらしてくれません。入園まであと20日となり、ご褒美シールやトイレの仕掛け絵本を使ってみましたが、全く効果なし。もともと癇癪やこだわりが強い息子に一度定着したことを覆すことは至難の技でした。入園まであと5日、私はかなり焦っていました。「おまるがあるからおまるを使いたがるんだ……!」私はおまるに逆恨みし、おまるを撤去することに。オシッコがしたい息子がおまるがないことに気づき、私におまるはどこにあるのかと聞いてきました。私は「どこに行ったのかなー?」と、とぼけ「仕方ないからトイレでしてみる?」と誘うとやはりトイレでの排泄を拒否。しかしオシッコがしたいし漏らすのは嫌と思ったのか、息子は自分から「トイレ、座る」と言い便器に座りました。しかしいつもと違う状態での排泄は簡単にはいかず、便器に座っても出ません。息子は慣れないトイレでの不安と闘うように何度か座って降りてを繰り返し、やっとのことでオシッコを出すことができました。Upload By ネコ山3歳3ヶ月、幼稚園入園5日前の出来事でした。息子のトイレ成功を家族全員で喜び、ご褒美に特別に大きめのおもちゃを買ってあげ、息子の頑張りを褒めました。その後息子はおまるを1度も使うことなく、トイレでオシッコをするようになりました。(ちなみにこの時うんちはオムツでしかできず、トイレでうんちができるようになるのは年中になってからでした)。執筆/ネコ山(監修:新美先生より)トイレトレーニングが入園5日前にトイレ成功したエピソードを聞かせて下さりありがとうございます。劇的な展開にハラハラしました。さてさて、トイレトレーニングの時期や手順は個人差が非常に大きくて、どんなに頑張っても入園までに間に合うとは限りません。トイレトレーニングを始める準備段階として、膀胱にある程度尿が貯められるようになり、まとめて排泄できるようになっている、尿意を感じられる、ある程度コミュニケーションが取れ、まねをする、ほめられるとうれしいと思えるなどが育ちつつある時点で始めるとスムーズに行きやすいです。ASD(自閉スペクトラム症)などの発達の偏りがあるお子さんの中には、排泄の生理機能の発達がゆっくりだったり、尿意・便意などの内部感覚が鈍かったり、まねをする、コミュニケーションをとるなどのコミュニケーション・社会性の発達がゆっくりだったりする子も少なくないので、トイレトレーニングはややゆっくり進む子が多いかもしれません。またトイレを怖がったり、こだわり行動につながることも多いです。ネコ山さんも書かれていたような、排便はオムツを履いてするというのも、よく見られるこだわりですね。ネコ山さんに聞かせていただいたエピソードからは、息子さんが尿意を感じられるようになった時点で、本人にトイレで排泄するメリットがあるようにごほうびを設定してモチベーションを高めるのはポイントだったと思いました。ネコ山さんも息子さんもよく頑張りましたね。お疲れ様でした。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2024年03月18日認知症は高齢者がなるもの、というイメージを持っている人が多いですが、若い人でも認知症になるケースはあります。それが「若年性認知症」です。また、認知症自体も、原因によってもいくつかの種類があり、症状や対処法が異なります。今回、きくち総合診療クリニック理事長・院長の菊池大和先生に、認知症の種類と、認知症になりやすい人などについて聞きました。教えてくれたのは…監修/菊池大和先生(医療法人ONEきくち総合診療クリニック理事長・院長)地域密着の総合診療かかりつけ医として、内科から整形外科、アレルギー科や心療内科など、ほぼすべての診療科目を扱っている。日本の医療体制や課題についての書籍出版もしており、地上波メディアにも出演中。「4大認知症」の特徴と症状認知症は発症した原因によりいくつかの種類に分類されますが、その中でも多く見られる4つの認知症を「4大認知症」と呼びます。1、アルツハイマー型認知症日本人に最も多い認知症で、全体の70%弱を占め、女性に多く見られます。原因は、アミロイドβ(ベータ)などのたんぱく質が何らかの要因により、長い年月をかけて脳にたまってしまうこと。それにより、脳が萎縮し、認知症が引き起こされます。症状は、記憶障害(もの忘れ)から始まることが多く、少しずつ時間をかけて進行していきます。文字を読む・書く・話す・理解することが難しくなったり、物や人の顔などが認知できなくなったりして、日常生活に支障を来たします。認知症は病気の名前ではなく、病気によって引き起こされる症状の総称です。一方、アルツハイマー病は記憶や行動に問題を起こす脳の病気で、認知症を引き起こす代表的な病気の1つ。アルツハイマー病が原因で引き起こされた認知症を、「アルツハイマー型認知症」と呼びます。2、血管性認知症認知症の20%を占めるのが、血管性認知症です。脳梗塞や脳出血といった脳血管障害が原因で、脳の血液循環が悪くなり、脳細胞が破壊されることで引き起こされます。男性に多く見られます。症状は脳血管障害を起こした場所によって異なり、もの忘れや記憶障害、判断力障害、歩行障害など多岐に渡ります。手足のしびれや麻痺、感情のコントロールができないなどの症状を伴う場合もあります。症状には波があり、認知機能はまだらに低下していきます。3、レビー小体型認知症脳にレビー小体というタンパク質がたまることで、神経障害が引き起こされる認知症です。症状として、実際には存在しないものが見える「幻視」や、手足が震えて転びやすい、歩きにくいなどのパーキンソン症状、睡眠中に夢を見て大声を出すなどがあるのが特徴です。調子の良いときと悪いときを繰り返していたかと思うと、急速に進行することもあります。4、前頭側頭型認知症脳の約4割を占める前頭葉と側頭葉の神経細胞が変性し、徐々に進行する認知症です。認知症の中で唯一、指定難病(患者の医療負担を軽減するため、医療費助成制度の対象としている難病)を受けています。初期には、ぼんやりする時間が増えたり他人への興味がなくなったりします。進行すると、今までの人格とは著しく異なる行動を取ったり、同じ行動を繰り返したり、言語がしゃべれなくなるなど、さまざまな症状が見られます。65歳以下で発症する「若年性認知症」65歳未満で認知症を発症した場合、高齢者の認知症と区別して「若年性認知症」と呼びます。全国の若年性認知症の人の数は推計で3万5700人。人口10万人当たり50.9人となります。若年性認知症で一番多いのは血管性認知症で、次がアルツハイマー型認知症。前頭側頭型認知症も高齢者の場合に比べて割合が高くなっています。女性より男性に多く、その理由は、男性のほうが生活習慣病(高血圧、脂質異常、糖尿病)が多く、脳血管障害(脳出血、脳梗塞)が多いためと考えられます。若年性認知症の人の多くは現役で仕事や家事をしているため、認知症になるとそれらに支障が生じます。しかし、本人や配偶者はそれが認知症によるものだとは思わず、診断や治療が遅れて認知症が進行してしまうケースが少なくありません。年齢に関係なく誰でも認知症になる可能性はあると認識し、気になる症状があるときは、早めに適切な治療を受けること大切です。認知症になりやすい人ってどんな人?「認知症は遺伝するのでは?」と不安に思う人が多いですが、遺伝子が関係する認知症はたった10%以下。ほとんどの認知症は、遺伝とは関係なく誰でも発症します。近年の研究では、認知症は生活習慣や環境が関わっていることがわかっています。認知症を引き起こしやすい生活習慣・環境を知っておきましょう。NG習慣1:偏った食事が習慣になっている栄養バランスの悪い食事は、体調に大きく影響します。特に過剰な塩分や高脂質な食事は高血圧の原因になり、高血圧は脳梗塞や脳出血を引き起こしやすくなります。結果として、脳血管性認知症になりやすくなると言えます。また、過剰な糖分は糖尿病を引き起こすことがあります。糖尿病はアルツハイマー型認知症の原因となるアミロイドβの蓄積を進行させるので、脳血管性認知症になりやすくなります。適度にお酒を楽しむ程度なら問題はありませんが、過度の飲酒はアルコール依存症とともに「アルコール性認知症」を引き起こす原因になります。アルコールを過剰に摂取することで、栄養を吸収しにくくなり、脳の萎縮や機能低下を招いて認知症へとつながるのです。また、脳梗塞などの脳血管障害を引き起こして認知症へとつながる場合もあります。NG習慣2:運動不足が続いている運動不足になると、筋力が低下します。すると活動量が低下して脳への刺激が減り、認知症のリスクを高めます。ウォーキングやストレッチ、手足を動かすなど軽い運動でも十分脳への刺激になりますので、何歳になっても適度に体を動かすことを心がけることが大切です。NG習慣3:睡眠不足の日が多いアルツハイマー型認知症は、脳におけるアミロイドβなどのタンパク質の蓄積が原因で発症しますが、アミロイドβは夜間の睡眠中に脳から血液中に排泄され、肝臓に運ばれて無毒化されます。睡眠不足になると、この排泄が低下して蓄積しやすくなるため、アルツハイマー病になりやすいと考えられています。NG習慣4:たばこを吸うたばこを吸うと、ニコチンの血管収縮作用により血液の流れが悪くなります。すると脳への酸素が供給されなくなり、脳の神経細胞がダメージを受け、認知症を引き起こす恐れがあります。NG習慣5:人と会ったり話したりすることがほとんどない例えば、定年になって仕事を辞めたり、子どもが自立して夫婦2人だけになった後、家に引きこもって運動もせず、誰とも会わない生活をするようになった人が、認知症を発症するケースは珍しくありません。これは、こうした生活により脳への刺激が極端になくなり、脳が萎縮して認知症が引き起こされると考えられます。認知症は初期段階で適切な治療を受ければ元に戻れる!認知症の約70%を占めるアルツハイマー型認知症には、必ず2~3年ほどの前段階があります。それを「軽度認知障害」と言います。軽度認知障害の代表が「記憶力の低下」です。最初は本人がもの忘れを自覚することもありますが、徐々に自覚が薄れていきます。また、今まで興味のあったことに無関心になったり、情緒不安定になったりもしますが、日常生活は送れるのが特徴ですこの軽度認知障害の段階で生活習慣の改善や運動をすれば、50%の方が元に戻れます。その後の段階であっても、できるだけ早く治療を始めることで、進行のスピードを遅らせることができるのです。認知症は早期発見、早期治療することがとても大切。それによってその後の生活が大きく変わることを知っておきましょう。まとめアルツハイマー病型認知症は長い年月をかけて脳にタンパク質がたまって発症します。つまり「高齢者になってから気を付ける」のでは遅く、30〜40代のときから生活習慣を見直すことが予防に大きくつながるのです。上の「認知症になりやすい人」の生活習慣に1つでも心当たりがある人は、今から改めて、認知症になりにくい体を作っていきましょう。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。取材・文/かきの木のりみ4つの編集プロダクションで紙媒体の編集をしつつWebの学校に通い、Webと紙両方の編集に携わるようになって約20年。スポーツは観るのもやるのも好きなのだけど、最近はすっかり観るほうに……。ウーマンカレンダー/シニアカレンダー編集室著者/監修/菊池 大和 先生医療法人ONE きくち総合診療クリニック 理事長・院長。地域密着の総合診療かかりつけ医として、内科から整形外科、アレルギー科や心療内科など、ほぼすべての診療科目を扱っている。日本の医療体制や課題についての書籍出版もしており、地上波メディアにも出演中。
2024年03月17日診断書が県外では使えない!?想定外の事実が判明それまで私たちが住んでいた自治体では、受給者証がなくても発達支援センターで療育を受けることができていました。しかし、引っ越し先で療育に通うためには受給者証が必要、かつ受給者証発行には医師の診断書が必要とのことだったので、発達支援センターで医師の診断を受けた際に、診断書の発行をお願いしていました。診断書発行の依頼を済ませた私は、申請手続きを再度確認するため、引っ越し先の県の市役所に電話をかけました。受給者証の発行手続きは簡単だと思っていたら、想定外の事実が判明しました。なんと、「引っ越し先の市の病院で発行される診断書でないと受給者証は発行できない」というのです。つまり、私が用意している診断書は、引っ越し先での受給者証の申請には使えないということでした。これには驚きました……このやりとりの前に、市役所で受給者証の件を問い合わせた時には、そんなこと、ひとことも教えてもらえなかったからです。また、新しい病院で診断書を書いてもらうためには、初診を何ヶ月も待たなくてはならず……。せっかく療育に行き始めて娘への効果を感じていたのに、すぐ通えないなんて……と、私はとてもガッカリしてしまいました。落ち込む私に救世主が現れるUpload By マミヤそんな時、たまたま発達支援センターの担当の方から電話がきました。私は、せっかく書いてもらった診断書が引っ越し先で使えないことを伝えました。すると、担当の方は「では、こちらで受給者証を発行してから引っ越ししましょう!それならすぐに使えますから。引っ越し前に発行して受け取れるように私から市役所に連絡を入れておきます」と言ってくれたのです。受給者証を取得した後なら、変更手続きさえすれば、引っ越し先でもすぐに使えるとのことでした。私は翌日、発達支援センターに行って診断書を受け取り、その足で市役所へ行って、受給者証を申請することができました(受給者証は翌日手元に届きました)!担当の方には何度もお礼を伝えたいくらい感謝しています。準備を終えてホッとしていた引っ越し前日……動物園で事件発生!Upload By マミヤ受給者証問題が解決し、引っ越し前日。荷造りなどほぼやることが終わりホッとしていた私は、これが最後になるかもしれないと思い、娘と何度も訪れた動物園に行くことにしました。初めて訪れた時は、入り口すぐの場所にあるキャラクターが描いてある自動販売機の前から30分は動かず、動物に目もくれず走り回り、階段の登り降りを繰り返していた娘。そんな娘も動物をしっかり見て、小走りしつつもたまにこちらを振り返る姿に、成長を感じていました。その動物園の園内には、遊具がありました。娘はそこがお気に入りだったので、最後にそこで遊ぶことにしました。少し遊んで帰る、そんな気楽な気持ちで行ったことが、最大の誤算でした。引っ越し作業が続き、外へなかなか遊びに行けていなかったこともあり、久しぶりの遊具に娘は大興奮。私の声も届かないほどに夢中で遊んだ結果、娘は何かの拍子に遊具のロープから手を離し、顔から地面に滑り落ちてしまったのです。幸いすぐに泣き止みましたが、娘の顔は大きく擦りむけ、出血もしていました。急いで病院に連れて行くと、見た目は派手だけど深刻な怪我ではないと言われましたが……新天地へは顔に大きな傷をつけての出発となってしまいました。引っ越し作業中、多動の娘はどうする?実母のサポートに感謝Upload By マミヤ引っ越しには、私の実母が手伝いに来てくれることになっていました。夫と話し、「多動の娘が引っ越し作業中に部屋の中にいるのは危険だよね……」ということになったので、荷物の搬出の立ち合いなどは夫に任せ、私と娘はひと足先に引っ越し先の県に行き、近くのホテルに泊まることにしました。しかし、私1人では動きの予測できない娘との移動と宿泊に不安があったので、母も一緒にホテルに泊まってもらいました。翌日、3人で引っ越し先の家に向かいましたが、荷物が到着する前の掃除など、娘の面倒を見ながらではとても手が回らなかったので、母のサポートがあってとても助かりました。今思い出してもこの時期は本当に大変で、いろんな方に助けていただいてなんとか引っ越し作業が終わった気がします。わが家の引っ越し事情はこんな感じでした。執筆/マミヤ(監修:鈴木先生より)他県への引っ越しの場合、医療機関の選択も考慮する必要があります。私のクリニックでは全国に神経発達症を診られる仲間がいるので、名刺を見せて携帯で写真を撮ってもらい、後日電話してもらうことにしています。もちろんその名刺宛の紹介状も添えます。それがたとえ海外であっても同じです。逆に、海外や他県から私のクリニックがあるつくば市へ引っ越される方は、クリニックのWebサイトを通じて院長へのメール宛にまずは診られるかどうか相談が来ることも多いです。予約は基本的には受付に直接の来院が必要ですが、海外や他県の方は無理なので電話での予約方式をとっています。電話はなかなか繋がらないことがありますが、メールなら確実に繋がります。私のクリニックの例を紹介しましたが、皆さんの参考になればと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月16日これが癇癪?分からなかった未就学の頃Upload By カタバミまちゃが2歳4ヶ月で自閉スペクトラム症と診断された時、まちゃには睡眠障害と偏食と感覚鈍麻に加えて言葉の理解と表出の遅れがありましたが、周りのママたちからよく聞いていた「酷い癇癪」はありませんでした。日中は比較的静かに遊んでくれる子どもだったので、私はまちゃに障害があるとそれほど実感してはいませんでした。まちゃには夕方からの黄昏泣きはありましたが、泣いている理由が分からないことはほとんどありませんでした。まちゃは2歳6ヶ月から発達センターでの療育に通い始めました。療育では、自分の気に入った活動を続けたくて引っくり返って怒り泣く事はありましたが、最後までずっと長く泣いているようなことはありませんでした。年中年長と手厚い児童発達支援事業所と療育園に通ったお陰なのか、そこでも酷い癇癪を報告されたことはなく、就学して2ヶ所の放課後等デイサービスに通っていても「そんなに不機嫌は続きませんね。気持ちの切り替えはできています」と言われていました。小1、もしや今さら癇癪・イヤイヤ期?Upload By カタバミ小1の終わり頃、絵の好きなまちゃは教室の黒板に絵を描きたがったことがありました。でもその時は、黒板は授業で使うので制止されたそうです。するとまちゃは30分ほど引っくり返って泣き喚いたと担任の先生から聞いて、私は驚きました。なぜなら、それほど長く怒り続けた事は今までなかったからです。つい先日も放課後等デイサービスの送迎車から降りた時、両目から涙を流し「あーあー!」と大きな声で泣き続けていました。私が職員さんに理由を聞くと「多分別の施設に異動になった職員さんが今日久しぶりに来ていて、まちゃくんと楽しく遊んでいたんです。帰る時間になって、その方との遊びが中断されたのが悲しいのかもしれません」言われました。家族と遊んでいて離れてもこんなに泣くことはないので「そんなに人に執着するとは!」と私は驚きました。そして、家に入ってからも好きな遊び(タブレットで動画を見る)を促しても、好物の焼き芋をすすめてみても突き返してきて長い時間怒り泣いているので、再び驚きました。私から見たまちゃの癇癪Upload By カタバミまちゃ自身も自分の意志が分からず、なんとなく不機嫌になっては忘れていた時期は終わり、意志がはっきりしてきたのかなと感じています。まちゃは月1で言語聴覚士さんの訓練にも通っているのですが、記憶を続ける訓練も少しずつ進んでいるので、何かをやりたかったのに叶わなかったというような、悔しい悲しい記憶も長く続くようになっているのかなと感じています。今までは携帯やタブレットで動画を見せたりお菓子を与えれば不機嫌もだいたい収まっていたのに、最近では怒って受け取らず突き返してくる事も多くなっています。また、声も体も順調に大きくなっているので、少しのイヤイヤも小2のパワーだと周りの目が気になるほど激しいものになっています。今のところ癇癪の内容は、大きな声で「ウワーン!」と喚きながら寝転がり、自分の両耳を両手でバタバタと叩いたり、自分の指を強めに噛んでできた歯の跡を見せてきたりしています。どこかに走り出す事もあります。これらが以前よりも長く続きます。たまに怒ってタブレットや携帯を乱暴に扱ったりするので注意が必要です。これからどんどんひどくなるかもしれない癇癪対策Upload By カタバミ今年の年始に神社へ家族でお参りに行った時も、夫が厄払いをすると急に言い出して人の多い所で長時間まちゃも待つことになってしまい、まちゃは機嫌が悪くなり何をしても収まらず、ヘトヘトになったこともありました。年始の混んだ神社で機嫌が悪くなった時にはすぐ脇に広い河原があったので、まちゃの癇癪に疲れて嫌になった私はまちゃをのびのびさせようと河原に行きました。しかし、まちゃは私の想定を超えてのびのびと遠くに走って行こうとしたので、慌てて追い掛けました。まちゃの不機嫌や癇癪で私もイライラしてくると、おおらかに構えることができなくなって間違った対応をしたり、普段より厳しく接してしまいかえって癇癪を加速させてしまいます。最近は外出のたびに癇癪が起きているので何が原因なのか考えるようにしています。車で出掛けた時には車に戻れば収まったりするので、やはり見通しがつかない外出が苦痛なのかなと思っています。去年私は、絵カードを使って言葉がなくても意思疎通を図れるようになる講座を受講して、発語がゆっくりなまちゃの気持ちを理解できるような工夫もはじめました。また、放課後等デイサービスでも、まちゃに癇癪があったと報告を受けた時には、原因を詳しく聞くことにしています。これからは一層、学校や放課後等デイサービスとも連携して、まちゃの癇癪の原因を探り、なんとか減らしたり軽くして行けたらと思っています。執筆/カタバミ(監修:新美先生)お子さんの癇癪について詳しく教えてくださりありがとうございます。幼児期はそこまで大きい癇癪を起したことのなかったまちゃくんが、小学生になってから激しい癇癪を出してくるようになったのですね。カタバミさんが観察、分析されていたように、まちゃくんの成長とともに、自分の意志が明確になり、記憶がつながるようになったということがありそうですね。また噛んだ歯形をお母さんに見せてくるというところからは、自分がいやだと思っていることを伝えたいというような、アピール的な意味もありそうです。カタバミさんは絵カードを使った意思疎通の仕方を学ばれているとのことなので、絵カードを使った表出の手段が増えると、癇癪でないかたちで、自分の意志を伝えてくれるようになることが期待できますね。また見通しや理由などを視覚支援なども使って伝えたり、癇癪が起きる前後の癇癪が起きやすいシチュエーションをみつけて、そういう場面が極力起きないようにする、代替行動を考えるということに取り組むことで、癇癪は減らしていけそうです。具体的な取り組みを始めておられるので、またいつかそれについても聞かせてもらえたらうれしいです。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月15日2歳半から早期療育!親子通園クラスで学んだことわが家の息子は1歳半健診の時点で指差しがなく、発語はほぼ喃語の単語のみ、 何事にも興味が薄い子どもでした。保健センターの発達教室に通い、1歳10ヶ月で受けた発達検査で「10ヶ月程度の発達年齢」と分かりました。その後、2歳半でASD(自閉スペクトラム症)と診断され、親子通園クラスがある療育園に通うことにしました。まだ0歳児だった娘と、喃語しか話せず意思疎通が難しい息子を連れての通園は、肉体的にも精神的にも本当ーーーーに大変でした。しかし、療育の専門家である先生が、息子へどのように関わっているのかを間近で見られたことは、大きな学びとなりました。療育園では、あの手この手で反応の少ない息子の気をひいて、"人と関わることはこんなに楽しいんだよ"ということを、遊びやプログラムの中でも教えてくれました。また、親子で一緒に活動する中で、家庭では気づかなかった息子のさまざまな面を知ることができました。例えば、息子が特にリトミックとミュージックケアという音楽療法が好きなことを知りました。逆に、スライム遊びはあまり得意ではないことも分かりました。苦手な活動でも息子なりに取り組み、克服していく姿を間近で見守れたことは、発達の遅れに闇雲に焦っていた私の心を落ち着かせてくれたように思います。Upload By 海乃けだま就学先を見据えての園選び息子は2歳9ヶ月になった頃、喃語から少しずつ2語文を話し始めましたが、まだまだ発音が不明瞭で、ママしか理解できないレベルでした。衣服の着脱はズボンを履けるのみ、食事はスプーンをなんとか握るように持つことはできましたがほぼ手づかみ、排泄に至っては尿意の訴えもなく完全にオムツ……。このように、言葉の発達も身辺自立も進んでいませんでした。私たちの住んでいる地域では、多くの子どもが3歳児から幼稚園の年少クラスに入りますが、その時点では、地域の幼稚園は息子には難しいと考えていました。そのため、年少の間は少人数で手厚くサポートしてくれる療育園の単独通園クラスに通うことを決めました。療育園の単独通園クラスで過ごした1年間で、息子はできることがかなり増えました。言葉については、まだ一方通行な会話でしたが、発音もしっかりしてきて、ママ以外の人にも聞き取れるようになりました。身辺の自立も、衣服は前後ろを間違えることはあれど、自分で着脱できるようになり……なんとオムツも外れました(療育園の先生方には感謝してもしきれません…(涙))!!自分でできることが増えてきたので、年中の年は地域の幼稚園に転園することも視野に入れ始めた時、療育園の先生との面談がありました。先生は「ひとでくんは、地域の小学校に行けると思います。なので、地域の小学校に通うなら、もう1年療育園の単独通園に通って、集団に対応する力をつけてから幼稚園に転園するほうが、ひとでくんにとっても良いと思います」と話してくれました。その頃の息子は、療育園で自信をたくさんつけてもらい、みんなの前で発表する時や当番などに俄然やる気を出していました。先生からのアドバイスを受け、今はまだ、より大きな集団で過ごすことを目指すよりも、少人数で手厚くサポートしてくれる環境のほうが息子にとってプラスが多いと感じました。その結果、年中の間は引き続き療育園に通い、年長から地域の幼稚園に転園することに決めました。Upload By 海乃けだま年長で療育園から幼稚園へ転園した息子は?そして小学校入学へ……さらに1年間療育園へ通った後、息子は地域の幼稚園の年長クラスに転園しました。息子が転園した幼稚園は、1クラス十数人ほどの比較的少人数の園です。1学期の間は、まるで息子専属のように、加配の先生がぴったりついていてくれました。転園してきて最初の2ヶ月ほどは、息子も新しい環境にすぐにはなじめず、幼稚園での活動に参加しないことや、家で不機嫌になったりすることもありました。今では、多少の登園しぶりをすることはあるものの(家でマイペースに遊びたいため)、幼稚園に着いてしまえば笑顔で「ママいってきます!」と言ってクラスに入っていきます。運動会・保育参観・展示作品の製作・音楽会・劇の発表……この1年間でさまざまな行事がありました。しかし、息子は自分の出番まできちんと椅子に座って待っていたり、セリフを言って役を演じたり、楽器をリズムに合わせて鳴らしたり……思わず目頭が熱くなる思いでした(涙)。加配の先生も、3学期の今では息子に付きっきりではなく、少し遠くからの見守りで対応してくれています。このように息子の成長を感じる一方で……当然ながら同級生のお友達も、年長の1年間でぐんぐん成長していきました。療育園の時にはあまり気にならなかった周囲との差に驚かされ、内心ショックを受けることも多々あります。しかし、小学校へ入学する際に顔見知りのお友達がいることは、息子にとって安心材料となっているようです。そして、1年間幼稚園で一緒に過ごしたお友達は、息子のことをよく分かってくれているので、息子が困っている時に声をかけるなど気を配ってくれて、とてもありがたく思っています。先日小学校の体験入学があり、息子がどんな感想を伝えてくるのかドキドキしていましたが、小学生のお兄ちゃんお姉ちゃんにも優しくしてもらい、とても楽しかったようでホッとしています。Upload By 海乃けだま今回は、発達ゆっくりマイペースなわが家の息子の、就学に向けた園選びの経験をお伝えしましたが、同じように悩んでいらっしゃる方の参考になれば幸いです。執筆/海乃けだま(監修:鈴木先生より)言葉の遅れがあるお子さんを診た時、小児科医がまず考えるのは「難聴」の有無です。2歳までに単語が、3歳までに2語文が出てくれば正常範囲内と考えます。聴性脳幹反応(ABR)という寝かせて行う検査で難聴の有無は判定可能です。もし難聴が判明すれば耳鼻科で補聴器などの相談に入ります。先天的な難聴は新生児期に産婦人科で行うスクリーニング検査でほぼ分かりますが、後天的には中耳炎後などが多いため、ABR検査が必要になります。言葉が出ていたとしても、一度はABR検査をすることをお勧めします。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月15日寝ない!とにかく寝ない2歳児!タケルは、乳児期はとても大人しい赤ちゃんでした。今思えば、ちょっと大人しすぎたかもしれないと感じるほど、手のかからない赤ちゃんで「なんて親孝行な良い子だろう!」と思っていました。しかし、生まれて5ヶ月が過ぎた頃、悪夢のような……いえ、夢を見ることができないほどの過酷な日々がやって来ました。……寝ない!とにかく寝ないのです!タケルはおっぱいを飲むとウトウトはするのですが、ベッドに下ろすと火のついたように泣き始めます。抱っこするか、おんぶしていれば、少しは長く寝るのですが、いったん布団に寝かせると振り返った瞬間もう起きているのです。Upload By 寺島ヒロそれでも、1歳ぐらいまでの間は、おっぱいを飲ませれば1~2時間は寝ていましたし、寝不足が続くとその辺で寝落ちしていました。しかし、2歳になる頃には体力がついたのか、タケルは寝ること自体に苦労するようになりました。眠くて眠くて寝ようとするのに眠れないのです。眠れなくて本人も真っ赤な顔になっているのですが、抱っこしようが、一緒に布団に入って本を読もうが、全く眠れない状態が続き、次第に体調が悪くなり、何かのきっかけで「ギャー」と泣きだし、最後はへとへとに疲れて寝落ちしてしまいます。この頃、唯一効いたのがドライブでした。チャイルドシートに乗せて、ぐるぐるドライブすると次第に落ち着いて眠りにつきます。チャイルドシートからおろす時に起きてしまう事もあるのですが、体も大きくなった2~3歳頃は、私が抱っこしてあやすのも体力の限界があり、車(とドライバー役の夫)の助けを借りて何とかする日々が続きました。何でもかんでも気にくわない!?3歳の頃3歳になっても眠れないのは相変わらずでしたが、体格はますます良くなりました。つまり、暴れると手が付けられなくなったということです。タケルは、普段は大変大人しく、ニコニコとひとり遊びをしているような幼児でしたが、赤ちゃんの頃と同じく、ひとたび何か嫌なことがあると大泣きして暴れ出し、止まりません。一旦おさまりかけても、「ブロックが赤い」「救急車が通った」と言っては、怒りを再燃させ、顔を真っ赤にして騒ぐのです。3歳頃になると流暢に喋るようになっていましたが、理由を聞いても原因らしきものは教えてくれませんでした。あとあと聞いてみると、「うるさかった」とか「何かやろうとしていたことを中断された」ということがきっかけだったようなのですが、その時は何をそんなに怒っているのか分かりませんでした。また、一度泣きだすと1~2時間もワンワンと泣いているのですが、どうしてこんなに長いことつらい気持ちが続くのか、本人も不思議に思っていたようです。「もう大丈夫だって分かっているのに、悲しい気持ちが止まらないんだよ~」と言いながら泣いていることもしばしばでした。怒っている原因も分からず、泣き続けてる理由も分からず、抱きしめながら私もただ見ていることしかできなかったのでした。これってイヤイヤ期?それとも……ASD(自閉スペクトラム症)の子どもは、予測可能性や一貫性を求める傾向があるそうです。タケルも「何か」があって、自分の予定が変わると、それがとてもストレスになり泣いたり暴れたりしてしまいます。そして、自分が泣いていることで、その後の予定までどんどん変わってしまうことがまた耐えられないようなのです。Upload By 寺島ヒロ人に言えば「3歳でしょ?それってイヤイヤ期よ。来年ぐらいまでにはなくなるわよ」と、言われるのですが、なんだかちょっとほかの子とは違う感じがしました。結局、タケルの「イヤイヤ期?」は、小学校高学年まで続いたのでした。執筆/寺島ヒロ(監修:新美先生より)生後5ヶ月頃から始まり、小学校高学年まで続いた大泣き、癇癪のエピソードについて聞かせて下さりありがとうございます。寺島さんも「イヤイヤ期?」とはてなマークを付けていらっしゃるように、イヤイヤ期とはちょっとレベルが違いますよね。感覚の偏り、特に過敏さが強いと、乳児期早期から泣いたりぐずったり眠れなかったりが目立つことがあります。また自閉特性で行動・気持ちの切り替えがスムーズにいかず、一度嫌なことがあると、「ま、いっか」と切り替えることが行かなくて、頭では「しょうがない」などと分かっていたり、怒ることや泣くのを止めたいと思っていても、嫌な気持ちを引きずってしまいどうしても切り替えられないということが起きやすいです。気持ちの切り替えのコントロールは、段階的に練習したりして身に着けたり、なにかのきっかけで自分なりの切り替えスイッチを見つけておさめられたりするようになったりしていきます。成長してくると本人も切り替えたいと思っているのに切り替えられなくて本人自身が困っていることも多いので、その場合は、心理士などの先生に切り替え方の練習法などについて相談してみてもいいかもしれません。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
2024年03月14日