ギタリスト・布袋寅泰(62)が16日、自身のインスタグラムを更新。“夫目線”で撮影した、妻で歌手・今井美樹(61)の笑顔ショットを公開し、反響を呼んでいる。布袋は「家族と2度目のサンセバスチャン旅行」を報告し、旅先での写真と動画をアップ。おしゃれな街並みを散策する姿や、海で波打ち際を歩く様子など、楽しそうな思い出を紹介した。また、現地で「美樹さんの61歳のバースデー」を迎えたそう。7枚目では、満面の笑みを浮かべる今井の写真を披露し「いつも変わらぬ笑顔をありがとう。いつまでも元気で素晴らしい歌を聴かせてください。今年のツアーも楽しみです」と、愛あふれるメッセージを送った。ほかにも長文で旅先でのエピソードをつづった布袋。ファンからは「美樹さんの笑顔の写真とっても素敵 私が知る限りサングラスかけているとはいえアップ写真初めてではないですかね?!(違ってたらすみません)」「美樹さんの笑顔にうっとりです」「こんな夫婦素敵です」「様々な情景が目に浮かぶコメントで幸せのおすそ分けを頂いた気分です。奥様の笑顔も最高に美しい!」など、さまざまな声が寄せられている。
2024年04月17日「入口から地下に続く長い階段を下りた先に楽屋とスタジオがあったのですが、その通路を主演のヒデちゃん(中山秀征)や湯江(タケユキ)君、(今井)美樹ちゃんと行き来していたのが懐かしい思い出です。スケジュールがすごくタイトで、撮影が終わるのが27時(午前3時)で、翌朝7時にはまた撮影開始という、“いつ、寝るの?”という日々でした」こう振り返るのは、香坂みゆきさん(60)だ。同ドラマが放送された時期は、ちょうど女優の仕事が増え始めたころだったという。「1977年に歌手デビューしたのですが鳴かず飛ばず。当時の所属事務所と『ドラマを増やそう』と方針転換をしていったんです」1984年に『金曜日の妻たちへ』(TBS系)のパート2に出演するなど、女優としての活躍が制作サイドの目に留まったのだった。「ナベプロ(現ワタナベエンターテインメント)イチオシの新人だったヒデちゃんや湯江君が高校生、私が大学生役で、アルバイト先のハンバーガーショップを舞台にした青春ドラマ。スタジオには本物の調理機材を入れて厨房を再現。有名ハンバーガーショップの社員さんに作り方の指導も受けました。それが面白くて、空き時間にフライドポテトを揚げたりハンバーガーを作って、食べたりしていました。スタジオの中に油のにおいが充満したときは、ちょっと胸焼けしてしまいましたけど(笑)。若い出演者はみんな、歌やドラマ、雑誌の取材で忙しく、アルバイト経験はなかったので、ドラマを通じて、普通の学生が送る青春を疑似体験していました」現場でムードメーカーとなったのは柳沢慎吾だったという。「とにかくいつもしゃべっているんです。楽屋でもメーク中でも、リハーサルでも、本番以外はずっと。だいたい私が相手をしていたのですが、『うるさい』と注意しても、『お前、ウチの姉ちゃんにそっくりだな』って、全然、話をやめようとしないんです」まだ歌手デビューをする前の今井美樹も、アルバイト役として出演していた。「楽屋で『こういう歌が好きなんです』と言って、ユーミンの曲を口ずさんでいました。当時から歌手を目指していて、自分で曲を作ったりしていたようです」同ドラマでは、主演の中山秀征とのキスシーンにも挑戦。「緊張したのは覚えていますが、あまり意識するとその後の演技にも影響するので、平常心で演技したと思います。たまに“ヒデちゃんの初キスシーン”ということで、テレビとかで取り上げられているんですが、ちょっと恥ずかしいですね(笑)」
2024年01月21日この記事では、2023年12月に妊娠を発表した芸能人や有名人をご紹介! 妊娠・出産時期が自分と近い芸能人や有名人には、なんとなく親近感がわくものですよね。五戸美樹さん、朝比奈彩さんなど、多方面でご活躍中の方々からおめでたいニュースが届きました。アナウンサー、モデルなど、3名の妊娠のニュースをお届けします。 妊娠発表五戸美樹(37歳)フリーアナウンサー 妊娠発表:2023年12月10日(2人目) 出産予定:2024年6月ごろ ブログ・SNS:Instagram(@mikigonohe)朝比奈彩(30歳)モデル・俳優 ※夫は山下健二郎(38歳)三代目 J SOUL BROTHERS 妊娠発表:2023年12月14日(1人目) ブログ・SNS:Instagram(@asahina_aya)上矢えり奈(32歳)元アイドルグループ・仮面女子 妊娠発表:2023年12月20日(1人目)ブログ・SNS:X(@erinyannn1015)気になる芸能人や有名人はリストの中にいましたか? 同じくらいの妊娠週数だったり、わが子と近い月齢の赤ちゃんが登場したりする芸能人のブログには、マタニティライフや子育てのヒントがあるかもしれません。家事や子育ての息抜きにチェックしてみてはいかがでしょうか。
2024年01月06日ウーマンエキサイトをご覧の皆さん、こんにちは。今更ですが、私は自分の職業をコミックエッセイストと読んでいます。自分のこれまでの経験や思い出、家族との何気ない日常に焦点を当てて、そのまま楽しかったモーメントを切り取って絵に描くこともあれば、ある出来事をきっかけに考えたことを文章に綴ることもあります。自分の人生を切り売りしてる…? と言ってしまうとアレなんですが、昔からいろんな作家さんのエッセイを好きでよく読んでいたのでこのエッセイジャンルというのが好きなのです。個人に起きたプライベートな事実をその人なりの切り口や視点で他人が読んでも面白いと思われる作品にする…って面白いですよね。もちろん夫や子どもたちに「これは書いていい?困らない?」と確認を取って許可の出た事実だけを使っているのですが…。今回は自分の人生経験を赤裸々に作品に投影して名を馳せたこの方を! 紹介したいと思います。これまで題材にしてきた文豪もですが、現代の感覚だと明治〜昭和前期の文豪たちって倫理観狂ってんな…って思うことばかりで、島崎藤村の半生も現代なら週刊誌のスクープ記事になりそうな事件ばかりなのです…!さて、島崎藤村の幼少期はやはり同時期の文豪たち同様、学業優秀で順風満帆そうに見えるのですが…。これはツラい…お父さんが発狂して獄中死国学者の父から6歳にして中国古典を教えられ、小学校入学後は国文学や西洋文学にも幅を広げ知識を深めていきました。しかしその立派なお父さんですが、明治維新後の混乱した日本の状況に正気を失い、寺院に放火未遂の罪で投獄されてしまいます…!藤村15歳の時にお父さんは獄中で狂死。これは間違いなく藤村の人生観に大きく影響を及ぼしたでしょう。自分の15歳のメンタルを思い出しても、とても耐えられるとは思えないです…。でも後年、この出来事を題材にして傑作『夜明け前』を執筆します。発表したのは57歳ということからも、父の獄中死を自分の中で消化するのにそれだけの長い時間が必要だったのかもしれませんね。ここまではゴシップというより壮絶な体験をしている藤村…これで歪まない方がおかしい、とも思いますが…20代からはいよいよ色々なことが起きてまいります!仕事が手につかないレベルの「恋煩い」を小説にしました20歳で女学校の英語教師なんてやっちゃうからー!恋しちゃうからー!!なんと生徒の佐藤輔子さんは当時21歳で先生よりも年上で婚約者もいたのだとか。どうやら恋仲…というか藤村の片思いだった可能性が高くプラトニックで終わったようですが、仕事が手につかないほどの恋の病に悩み、藤村は退職してしまいます。その上、輔子は婚約者との結婚後すぐにつわりで衰弱死してしまう、という藤村にとっては更に傷を深める不幸があったのでした。この時の想いと状況をリアルに描いたのが初の長編自伝的小説『春』。これが藤村の赤裸々執筆スタイルの始まりとなったのでしょうか。最高傑作と呼ばれる…問題作が誕生姪を妊娠させた体験を小説に!藤村にはもう一つ、週刊誌の見出しになってしまいそうなクズエピソードがあります。それが『姪っ子孕ませ事件』!!藤村は身内の不幸に苦しめられた人生で、30代ではなんと3人の娘を次々と亡くし、その後妻も亡くなります。その悲しみは計り知れませんが、妻に代わって身の回りの世話をしにきてくれた姪のこま子を妊娠させてしまうという…うわぁ…この時代だから許されてしまったのでしょうが…。現代の感覚だとそれはダメ絶対!! ですよね…。しかもこの後、関係を終わらせるためにフランスに高飛びですよ?(言い方)優雅に(かどうかはわかりませんが)『仏蘭西だより』なんて新聞連載をしながら、騒ぎが落ち着くのを待っていた…とも見えちゃいまして…身勝手感がすごい。さらにすごいのは、その後この体験をまた赤裸々に小説化しちゃうんですよ…。こま子さんも納得の上で作品化されたそうですが、これって純粋に『自然主義派』って言っていいのかな…と個人的にはモヤモヤが止まりません。のちに書かれたこま子さんの手記には「ほとんど真実を記述している。けれども叔父に都合の悪い場所は可及的に抹殺されている。」とあります。そうですか…きっとそうですよね。晩年は文壇の重鎮として落ち着いた?身近な人の不幸を多く見送り苦しんだ前半に比べ、晩年は文壇の重鎮となり『日本ペンクラブ』の初代会長になったり帝国芸術会員になったりと優雅に過ごした島崎藤村。過去に取り上げた他の文豪はやらかした上に若くして亡くなったり自ら命を絶ったりした人が多い中、若い時に現代なら大炎上間違いなしの事件を起こしても晩年は悠々自適となると、まぁなんというかいかにも明治生まれのクズ男って感じが…。「若い時の苦労が報われましたね、先生!」とは手放しで言えない自分がいます。社会問題の闇に切り込んだ作品『破戒』そんな私が学生時代に初めて読んだ島崎藤村の小説は有名な『破戒』でした。わかってはいても目を背け見えないふりをしがちな部落差別問題に正面から向き合った社会的にも意義のある作品ですが、当時の自分にはあまりに難しくてうまく読み取れませんでした。赤裸々自然主義派の藤村、ということはこれも実体験なのかな?と調べたところ彼自身のことではなかったのですが、実在の教員大江磯吉という人物が差別と戦う様子を知って生き方に共感したことがきっかけになっていたんですって。女関係のヒドい赤裸々作品を知ってしまった後だとなんとも言えない複雑な気持ちになりますが、この作品を、3人の娘を相次いで栄養失調で失いながらも断固たる決意で書き上げ社会に投げかけたのですよね。やはり才能のある人は…とにかく色々すごいのでしょう。父の狂死を30年以上経って見つめ直した『夜明け前』と合わせて、私も読後30年近く経た今『破戒』ももう一度読み返したくなりました。ぜひご一緒に秋の夜長に読んでみてくださいね。
2023年11月09日【前編】障害児キッズモデル「僕たちから目をそむけないで!」華ひらく社長・内木美樹さんよりつづく12月3日午前10時、週末の千葉県のイオンモール木更津。多くの家族連れでにぎわうなか、2階にある展示スペースで、ひっそりと小さな写真展が始まった。30点ほどのパネルには、子供たちがカラフルなバルーンやシャボン玉に夢中になっていたり、あどけない表情でソファでくつろぐ姿などが写されている。一見、何げない日常の光景だが、作為のない子供たちの表情や、会場全体の飾りつけもパステルのトーンで統一されていて、不思議な幸福感に満ちているのだ。《ここにいる全員、障害のあるキッズモデル》入口脇に掲げられた写真展のタイトルのとおり、実は、ここに写っているすべての子供が、何らかの障害と共に生活している。よく見れば、パネルの脇にモデルの名前と一緒に「7歳・自閉症・肢体不自由」「3歳・自閉症・重度知的障害」などとプロフィールが添えられていた。「写真も会場も明るい雰囲気で、驚かれたでしょう。私が何より大切にしているのが、この世界観なんです。障害につきまとう、暗かったり、マイナスのイメージを変えたいんです」そう話すのは、この写真展を主催した、障害のある子供たちのモデル事業などを手がける「華ひらく」(東京都新宿区)社長の内木美樹さん(40)。■結婚、起業……穏やかな生活は、授かった長男が2歳になる直前、保育士のひと言で一変「普通にわがまま(笑)、よくいえば活発な女の子でした」’82年12月4日、横浜市に生まれた内木さん。「航空会社勤務の父、専業主婦の母、3つ上の兄の4人家族。地元で小中高と公立校に進み、ずっと陸上部に所属していました」そんな、「ごく普通の生活」が中学1年のときに突然、断たれる。「母が膵臓がんで急死。当たり前だった、学校から帰宅しての『おかえり』という笑顔を失い、深い絶望に陥ります。その孤独や悲しみを12歳の私は抱えきれずにパニック障害を引き起こし、幸福な時期があるからつらいんだと自己防衛で忘れようとするうちに本当に記憶を失い、解離性障害と診断されました」そんなとき、図書館で1冊の学習漫画と出合う。「何げなく手にしたマザー・テレサの伝記を読んで、世界には、こんな不幸な私すら持っている家のない人や、ご飯さえ食べられない人たちがいることを知り、私も泣くばかりでなく、将来、マザーのように自分の体験を生かして何かできないかと、前を向けたんです」その夢を実現すべく、高校卒業後には留学準備の専門学校へ進み、19歳で渡米。ネバダ州のリノ市にある、看護学でも有名な短大TMCCへ入学。23歳で帰国後、コピー機の営業職などを体験。しかし、「上司からのノルマや罵声があったり。留学したせいで、日本の会社とはこういうもんだと思い込んでいましたが、やがて、いわゆるブラック企業だと気づくんです。これは自分の思い描いている道とは違う。だったら、会社に縛られない働き方をしたいと、起業に踏み切りました」’10年11月、たった一人で設立した「華ひらく」は、当初は留学体験を生かして、飲食店のインバウンド向けの接客の英会話教育などを請け負う会社だった。2年後の春に、日米間の長距離恋愛を続けていた克親さんも帰国して、結婚。穏やかな夫との生活のなかで、パニック障害もいつしかおさまっていた。そして、’13年10月8日、長男の尊くんが誕生する。「主人は会社員で経理を担当していて共働きですから、尊は6カ月から保育園。歩き始めるのが遅いくらいで、なんの心配もなく忙しく毎日を送っていました」その日常が、2歳になる直前、保育士のひと言で一変する。「タケちゃん、耳が聞こえてないかもしれません。お名前を呼んでも振り向かないんです」母親の直感で耳は正常だと思っていたが、不安を捨てきれずに、大きな施設を訪ねた。■ガラスの壁の向こうにいる人にも障害のある子供たちのことをどう伝えるか、ひらめいたのは……「自閉症と知的障害があります」市川市のこども発達センターの医師が告げたのに対して、事前に発達障害等について調べていた内木さんは、間髪入れず尋ねていた。「知的障害は中度ですか?」「重度に近い中度です」その言葉が重くのしかかる。「自閉症などの障害があっても、各分野で活躍している人もいます。その存在が私の最後の希望でしたが、重度の知的障害と聞いて、一気にくだかれました」しかし、女性園長は行政と相談して尊くんの担当となる加配保育士を付け、ほかの保護者たちも温かく受け入れてくれたのだった。「それでも、2歳、3歳と成長するにつれて、ますます尊がじっとしていられなくなったり、大声を上げたりするのを見て、私は、うちの子が園全体の和を乱しているのではと、心配するばかりで。’16年2月には、弟の謙くんも誕生。しかし、遊びたい盛りの男の子2人を公園に連れていくのは、いつも夕方5時を過ぎてから。「薄暗い公園を見渡し、ほかの子やお母さん方がいないのを確かめてホッとしている自分に気づいて、また泣きたくなったり」本来の自分らしさをどんどん失っていく内木さんだったが、わが子の障害を受け入れるきっかけは小学校入学と同時に訪れた。千葉県立の特別支援学校への入学式でのことだった。「最初の行事の集合写真の撮影で、尊がシャッターが1回下りただけのところで駆け出してしまったんです。私自身は、もう焦ってしまうばかりでした」すると、周囲の先生たちが、こんな言葉を口にした。「あらら、行っちゃったねえ~。元気でいいね」そのやわらかな笑顔を見て、内木さんは、ようやく自分たち母子の居場所を見つけたのだった。その初めての心の余裕が、彼女にあることを気づかせた。「ふり返れば、保育園でも、公園でも、みなさんは私たちを受け入れてくれていた。なのに、自分で見えないガラスの壁を作っていた。そうか、私こそが、障害のある人たちに対して、偏見や差別の気持ちを持っていたんだと」そして’20年に入ると、家族はまた大きな一歩を踏み出す。ユーチューブで、尊くんの日常を配信し始めたのだった。名付けて、「はばたけタケル」。1年後には登録者数も3千人まで増えるなど、一定の反響は得ていた。しかし、内木さんは、「ユーチューブを通じて、同じ障害のある人たちの輪はできました。でも、ふさわしい表現ではないかもしれませんが、傷のなめ合いをしているうちは、社会は変わらないだろうと思ったんです。だったら、かつての私のように、ガラスの壁の向こうにいるあちら側の人にも、障害のある子供たちと家族のことをどう伝えるか。お涙ちょうだいはイヤだし、できれば子供たちの自立につながってほしいと、思いました」仕事や家事をしながら、また夜も寝ずに考えに考えた。そして、「興味のない人も否が応でも目にしてしまうもの、感情に訴えるもの。そうだ、広告だ、キッズモデルだ!」■無我夢中でらくがきに没頭する子供たちの笑顔が広告に使われ大評判に「飛込み営業で、まずは世間的にSDGsに力を入れている会社などに連絡しましたが、ほとんどが『前例がありません』『障害者を利用してお金もうけをしているとのクレームにつながりかねない』というお返事でした。そこで、よし、外堀から埋めようと思うんです。社会のほうから“日本にだって障害のあるキッズモデルがいてもいいよね”というウエーブを作ろうと。その具体策が、写真コンテストでした」このコンテストは、新聞各紙などにも取り上げられ、冒頭のとおり、その後の写真展にもつながっていき、大きな成果を上げた。同時に進んでいたのが、ある広告プロジェクト。その相手企業がチョークや描いても消せる筆記具「キットパス」で知られる日本理化学工業(川崎市)だった。「60年以上前から障害者雇用に取り組み、社員の7割が知的障害者という日本理化学工業さんは、ずっと大ファンで、モデル事業を立ち上げたときに、ぜひお声がけしようと決めていたんです」同社広報部の雫緑さん(42)は、「今年4月、わが社のホームページのお問い合わせ欄に、内木さんの最初のメールが届きました。障害のある方への思い、ご自身のママとしての思いがあふれるほどの長文で、私自身4歳児の母親として大いに共感して、すぐに広告作りが動き出しました」早くも翌5月には、千葉県の鴨川でキットパスの新商品の広告の撮影が行われた。「華ひらく」から出演するのは、ダウン症のすみれちゃん(8)と自閉症と軽度知的障害のあるなぎさちゃん(7)。ほかの広告制作との大きな違いは演技指導などが一切ないこと。現場に立ち会った、なぎさちゃんの母親の武藤綾夏さん(34)は、「内木さんから『お絵描きの好きな子向きの仕事があります』と一斉メールが来て、なぎさにぴったりと思いました。家でも何時間でも描き続ける子なんです。撮影の現場でも、『この大きな窓ガラスに好きに絵を描いていいんだよ』と伝えられたあとは、大人は手出しせずに、のびのび自由にやらせていただけました」完成した広告写真は、商品チラシや展示会パネルに使用され、大評判となった。雫さんは、「現場で、無我夢中でらくがきに没頭する子供たちの笑顔こそ、私たちが伝えたかった商品のコンセプトそのものです。これは、新しい化学反応ができたなと、現場で広告の成功を確信しました」現在、「華ひらく」に登録しているキッズモデルは、0~13歳の38人、契約企業はフォトスタジオやこども食堂など7社。もちろん、この事業のきっかけとなった内木さんの長男の尊くんも、トランポリン施設の広告などに出演している。■障害のある子供たちが自立でき、そのとき彼らにやさしい社会が実現してほしい「タケちゃ~ん、戻っておいで」写真展の昼休みの時間に、会場近くの海の見える公園を訪れた内木さんファミリー。車を降りた途端に駆け出した尊くんは、もう50mも先にいて、まだ走り続けている。そのあとを克親さんが名前を呼びながら追いかけ、さらに謙くんが続く。「いつもの、わが家の光景(笑)。尊のおかげで、笑い声も絶えないし、教わることも多いです。障害のある子供がいると、両親がその子にかかりきりになって、健常の子が寂しい思いをすると知り、毎月、『タケルがママを独占できる日』と『ユズルがママを独占できる日』も作りました。「ほら、タケル。あっちは海だよ、オーシャン」 「オーシャン!オーシャン!」ようやく戻ってきた尊くん、今度は海を目がけて走り出す。語学に堪能な内木さん夫妻は、幼いころから兄弟に英語で話しかけていて、家族の会話にはよく英単語が混じるのだそうだ。海を見に行った母子を見送りながら、今度は克親さんが、「夫婦でよく話すのは、僕たち親は子供より先に死ぬこと。だからこそ、障害のある子供たちが自立でき、そのときに彼らにやさしい社会になっていてほしい。彼女の仕事はそのきっかけになると信じ、家族全員で応援しています」今後、キッズモデルたちの写真展は、12月21~27日に新宿髙島屋での開催が決まっている。内木さんは、木更津での取材翌日に40歳になったが、これまでと変わらず、次のクライアントや写真展の会場を探して、今日も飛込み営業の電話をかけ続ける。「いずれ60歳ごろまでに、里親や保護司を務めたいという思いもあります。もちろん、マザー・テレサがお手本。でも、まず今はキッズモデルを、もっと日本中の人に知ってもらうことが最優先。まだまだガラスの壁は厚いですけど」ポンと背中を押してくれるのは、たくさんの無垢な笑顔たちだ。
2022年12月18日島崎藤村の小説を原作とする映画『破戒』が、2022年7⽉8⽇(⾦)より公開される。主演は間宮祥太朗。島崎藤村の名作『破戒』60年ぶりに映画化『破戒』は、1948年に⽊下恵介監督、1962年に市川崑監督と、名だたる巨匠が映画化してきた島崎藤村による不朽の名作小説。60年ぶりに映画化を果たす『破戒』は、東映京都撮影所が制作を担当しており、明治後期の時代を違和感なく⾼い次元で映像化している。主演は間宮祥太朗■主人公・瀬川丑松...間宮祥太朗⽣徒に慕われる⼩学校教師。亡くなった⽗からの強い戒めを受け、⾃分が被差別部落出⾝ということを隠して生きる。⾃らの出⾃に苦悩しつつも、最後にはある決断をする。主演を務めるのは、映画『東京リベンジャーズ』やTVドラマ「ファイトソング」などで活躍する間宮祥太朗。過去の映画化では、池部良、市川雷蔵といった名優が演じた難役に挑む。<間宮祥太朗 コメント>映画『破戒』で瀬川丑松役を演じます。島崎藤村⽒の⼩説はこの話を頂いてから読みました。戒めを破ると書いて破戒、シンプルで確固とした主張を抱いた題名。情景や⾵景、その場のあらゆることが繊細な描写で表現されていて、肌で知ることのできない時代の物語が⽬の前に表れるようでした。そして作品の中枢の部分にぶっとく流れる強い激情。今このコメントを書いている最中も何と⾔葉にしていいかわからずにいます。しかし⼀⽅で⾔葉を探す作業こそ重要なのだとも思っています。他⼈に⾒えず⾃分の中だけにある感情を探す事に繋がっている気がします。この映画も、⾔葉で語りづらいものになっていれば、そして観客の皆さん⼀⼈⼀⼈が⾃分の⾔葉や感情を探してくれればと願っています。真夏の京都での撮影は静かに着々と進みました。映画『破戒』宜しくお願い致します。■志保...⽯井杏奈丑松の下宿先で暮らす⼠族出⾝の⼥性。控えめな性格ながら、芯が強く負けん気を見せる部分も。丑松に恋⼼を寄せつつも、なかなか思いを告げられない。■銀之助...⽮本悠⾺悩める丑松を⽀える友⼈の同僚教師。■猪⼦蓮太郎...眞島秀和被差別部落出⾝の思想家。演説会の後、政敵の放った凶刃により命を落とす。■丑松の父役...田中要次■寺の住職役...竹中直人■寺の尼役...小林綾子■小学校校⻑役...本田博太郎■猪子の政治的宿敵・高柳役...大東駿介監督は前⽥和男監督は、椎名桔平主演の映画『発熱天使』や、キネマ旬報「⽂化映画部⾨」ベストテン7位の『みみをすます』を手掛けてきた前⽥和男。脚本は、『クライマーズ・ハイ』『孤⾼のメス』『ふしぎな岬の物語』で⽇本アカデミー賞優秀脚本賞受賞歴を持つ巨匠・加藤正⼈と、『バトル・ロワイアル II 鎮魂歌』で第58回毎⽇映画コンクール脚本賞を受賞した⽊⽥紀⽣が担当する。映画『破戒』あらすじこの戒めを破り、明日を生きる ――瀬川丑松は、自分が被差別部落出身ということを隠して、地元を離れ、ある小学校の教員として奉職する。彼は、その出自を隠し通すよう、亡くなった父からの強い戒めを受けていた。彼は生徒に慕われる良い教師だったが、出自を隠していることに悩み、また、差別の現状を体験することで心を乱しつつも、下宿先の士族出身の女性・志保との恋に心を焦がしていた。友人の同僚教師・銀之助の支えはあったが、学校では丑松の出自についての疑念も抱かれ始め、丑松の立場は危ういものになっていく。苦しみのなか丑松は、被差別部落出身の思想家・猪子蓮太郎に傾倒していく。猪子宛に手紙を書いたところ、思いがけず猪子と対面する機会を得るが、丑松は猪子にすら、自分の出自を告白することができなかった。そんな中、猪子の演説会が開かれる。丑松は、「人間はみな等しく尊厳をもつものだ」という猪子の言葉に強い感動を覚えるが、猪子は演説後、政敵の放った暴漢に襲われる。この事件がきっかけとなり、丑松はある決意を胸に、教え子たちが待つ最後の教壇へ立とうとする。【詳細】映画『破戒』公開日:2022年7⽉8⽇(⾦)より丸の内TOEIほか全国公開原作:島崎藤村『破戒』脚本:加藤正⼈、⽊⽥紀⽣監督:前⽥和男⾳楽:かみむら周平出演:間宮祥太朗、⽯井杏奈、矢本悠馬、高橋和也、⼩林綾⼦、七瀬公、ウーイェイよしたか(スマイル)、⼤東駿介、⽵中直⼈、本田博太郎、田中要次、石橋蓮司、眞島秀和配給:東映ビデオ
2022年02月19日世界中で参加者を熱狂させる“リアル脱出ゲーム”を企画運営する「株式会社SCRAP(所在地:東京都渋谷区、代表者:加藤隆生)」は、藤村女子中学校にて2022年2月1日(火)に新たな形式の中学入試『ナゾ解き入試」を実施したことを発表いたします。藤村女子中学・高等学校公式ページ: 「ナゾ解き入試」とは、履修科目の範囲内から出題されるこれまでの入試形式とは異なり、学力だけでは測りきれない力が必要となる「謎解き」を中心に設計された、新しい入試形式です。「多様な人材の育成」「様々な角度からの問題解決能力」の育成を目指す藤村女子中学校と、「ひらめき力」や「注意力」など5つの力を総合的に判定する「謎解き能力検定(通称「謎検」)を運営しているSCRAPがタッグを組み実施された「ナゾ解き入試」は、「既存の科目だけでは測ることが難しい力を評価できる新しい入試形式」として注目を集め、日程が追加されるなど大きな反響を呼びました。入試の内容は大きく2つ。国語・算数・社会・理科の内容に即した全10問の謎を解く「謎検型」と、グループ形式で50分程度の謎解きをしながら課題を解決し窮地からの脱出を目指す「脱出ゲーム型」です。「謎検型」では考察力・発想力などを測り、「脱出ゲーム型」は、行動力・会話力・洞察力などを測ります。「謎検型」試験では、謎解きを駆使した新しい形式の問題に戸惑いながらも、自身のあらゆる知識の引き出しから考え解答し、終わった後には晴れやかな表情を浮かべる生徒の姿もありました。一方「脱出ゲーム型」では、謎を解くために受験生たちが協力して臨みました。1つの問題に対して複数人でコミュニケーションを交わしながら役割分担して解決を目指す力は、社会人になってからも必要になってくる能力。それが試される「脱出ゲーム型」において、受験生たちは楽しそうに、しかし真剣に試験に挑戦。目の前にある謎に対してワクワクしながら、初対面の人と協力して解決に向かう姿が見られました。SCRAPと藤村女子中学校が提示する新しい入試形式にどうぞご注目ください。+++++【以下補足情報】+++++◆藤村女子中学校とは?1932年、日本の女子教育の第一人者である藤村トヨにより設立。「知・徳・体を兼ね備えた個性豊かな女子の育成」を建学の精神に、2022年には90周年を迎える歴史ある女子校である。藤村女子高等学校を併設。多くの全国レベルの部活動があり、オリンピック選手も輩出している。進路の自己実現と部活動との文武両道を目標に、生徒たちは活発に活動している。吉祥寺の街中に位置しており、近年は吉祥寺の街の紹介や企業とのコラボレーションといったフィールドワークに力を入れている。また、吉祥寺でのイベントにも多数参加している。★公式サイト: ■SCRAPとは?2008年、株式会社SCRAPを設立。遊園地やスタジアムを貸し切ってリアル脱出ゲームを作ったり、本やアプリ、TV番組にも謎をしかけ、企業の謎解きプロモーション企画をお手伝いしているうちに、すっかり謎イベントの制作会社として世間に認知されてしまった京都出身のフリーペーパー制作会社(しかもフリーペーパーは絶賛休刊中)。勢いに乗ってファンクラブ「少年探偵SCRAP団」も結成。テレビ局・レコード会社などともコラボレーションを行い、常に新しいエンターテインメントを生み出し続けています。★公式サイト: ■リアル脱出ゲームとは?2004年に発表された「クリムゾンルーム」というネットの無料ゲームを発端に、爆発的に盛り上がった「脱出ゲーム」。そのフォーマットをそのままに現実 世界に移し替えた大胆な遊びが「リアル脱出ゲーム」。マンションの1室や廃校、廃病院、そして東京ドームや六本木ヒルズなど、様々な場所で開催されています。07年に初開催して以降、現在までで820万人以上を動員。日本のみならず上海、台湾、シンガポールやサンフランシスコなど全世界で参加者を興奮の渦に巻き込み、男女問わずあらゆる世代を取り込む、今大注目の体験型エンターテインメントです。※「リアル脱出ゲーム」は株式会社SCRAPの登録商標です。★公式サイト: ☆ツイッターアカウント→@realdgame 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2022年02月14日スラリとした美人。控えめな言葉の端々に、意志の強い武骨な真面目さも見える。表現者には大事な気質だ。ヴァイオリンの小林美樹がユニークな構成のコンサートを開く[10月29日(金)紀尾井ホール]。題して「八季~エイト・シーズンズ」。ヴィヴァルディの《四季》と、生誕100年のピアソラの《プエノスアイレスの四季》。2つの《四季》を彼女の独奏で一気に弾く。「四季+四季で八季。いつか絶対にやりたいと思っていました。コロナ禍もすでに8シーズン。次のシーズンが幸せに始まりますようにという気持ちも込めて。私は昨年、音楽をやる意味を考え込んで、1か月間ヴァイオリンを弾かない時期もありました。舞台に立ち、弾き終えて拍手をいただくこと。仲間と演奏すること。当たり前だったことがじつはとても幸せなことで、そのために頑張ることが自分の原動力になっていたのだと、あらためて確認できたのはよかったです」ピアソラ の《四季》を、ヴィヴァルディと同じヴァイオリン独奏と弦楽合奏版に編曲したのはロシアの作曲家デシャトニコフ。大胆にも曲中にヴィヴァルディを引用しているため、〝八季〟が有機的につながる。編曲の域を超えた独創的な作品だ。「ピアソラもすごいですが、このアレンジもすごいんです。同じモティーフを使っても、まったく違うイメージになるのは驚きです。たとえば〈冬〉の最後にヴィヴァルディの〈冬〉の第2楽章がちょっと出てくるだけで、こんなにも沁みるものかと。私のお気に入りポイントです。〈秋〉に、チェロの長いソロがあるのも聴きどころで、絶対に素敵に弾いてくれるであろう上村文乃さんにお願いしました」その上村は大学の同級生。もう一人、やはり同級生の会田莉凡(ヴァイオリン)ら、弦楽合奏の豪華メンバーはほぼ同世代の仲間たちだ。小林自身が一人ひとりに直接声をかけて集めた。「学生の頃から私を知ってくれている方ばかり。気兼ねなく、思ったことをストレートに言いあえる皆さんにお願いしました。だからリハーサルも楽しみですし、本番で私が瞬間的に感じたことを即興的に仕掛けても、それを受け止めてくれるはず。とても心強いです」ヴィヴァルディの《四季》は自然の美しさや恐ろしさを、ピアソラは人間の日々の小さな幸せや悲哀を訴えてくるという。「客席の皆さまに、私たちは生きているということを感じてもらえる一夜になると思います。ぜひ聴いてください」(文・宮本明)
2021年10月08日歌手で女優の伊藤蘭(64)が9月24日、『うたコン』(NHK)に生出演。キャンディーズ解散以来41年ぶりとなる生放送での歌唱を披露した。ネット上ではその歌声と変わらない美貌に、絶賛の声があがっている。番組冒頭、懐かしのキャンディーズの映像とともに伊藤が登場。「皆さんこんばんは、伊藤蘭です」と自己紹介し、「春一番」や「ハートのエース出てこない」といった代表曲を熱唱。スタジオセットの背景はパネルになったシングルレコードのジャケットになっており、客席からは「ランちゃーん!」と大きな声援が飛んでいた。歌い終えた伊藤は「やっぱりドキドキです。やはり3人で歌っていたものを1人で歌うっていう心細さと。あがってます緊張してますけど、でもキャンディーズ、いい歌がたくさんあるのでこれからもチャンスがあったらば、歌っていきたいなと思っております」とコメント。今後もキャンディーズの楽曲を歌い継いでいくことに意欲を見せていた。ネット上ではファンを中心に、伊藤の久々の歌唱姿やその変わらない美貌を絶賛する声が。《NHKうたコン 伊藤蘭が出演してる!キャンディーズの曲を歌ってる…これは感動!》《キャンディーズの伊藤蘭さんが41年ぶりに生放送で唄ったけど、すごい美貌…。私もこんな素敵な人になりたい》《今夜のうたコン、最初から伊藤蘭さんのキャンディーズメドレーなんて…ほとんどの振り覚えてたww》また伊藤は今年5月、キャンディーズ解散以来41年ぶりにソロ歌手としてデビュー。6月には東京と大阪でソロコンサートも開催している。今年の伊藤の活躍を受けネット上では元メンバーである藤村美樹(63)とのコラボや、紅白歌合戦への出場を待ち望む声も多数上がっていた。《伊藤蘭さんに感激感動! 田中好子さんがいらっしゃいませんが、願わくば藤村美樹さんと紅白歌合戦に出場してもらいたいです》《ここにきてうたコン出演って、もしかして年末の大舞台出場あり得るかな? サプライズでミキちゃんも出て、バックスクリーンに映し出された在りし日のスーちゃんと一緒に歌ったら最高やけどなー》
2019年09月25日《私のような年齢になってからこんなに素敵な機会を授かった事にただ感謝するばかりです。これから心も身体も健やかにいる事を心がけてこの11曲の愛しき歌達を大切に歌っていきたいと思っています》3月14日、自身のインスタグラムにそう綴ったのは伊藤蘭(64)。キャンディーズ解散以来、41年ぶりの歌手活動再開を発表したのだ。「様々な作家に『今の伊藤蘭に歌わせたい曲』をオファーしたところ、実に110曲が集まったそうです。そこから11曲がデビューアルバムに選ばれ、伊藤さんも3曲で作詞に挑戦しています。6月には東京と大阪でコンサートの開催も決まっています」(音楽関係者)伊藤が「普通の女の子に戻りたい」と解散を宣言し、マイクを置いたのは’78年のこと。2年後に女優として芸能界に復帰するが、歌手活動を再開することはなかった。「去年の春ごろオファーを受けた伊藤さんは『最終列車に飛び乗る感じで挑戦してみよう』と即決したそうです。もちろん、夫の水谷豊さん(66)も『やってみれば』と背中を押したといいます。8年前にはキャンディーズの“スー”こと田中好子さんが55歳の若さで、乳がんで他界しています。伊藤さんも還暦を過ぎ、やり残しておけないという気持ちがあったのではないでしょうか」(スポーツ紙記者)キャンディース解散後も、ラン・スー・ミキの交流は続いていたと芸能プロ関係者は言う。「田中さんのがん闘病が始まってからも、藤村美樹さん(63)と伊藤さんは夫婦ぐるみで何度も集まっていたそうです。お菓子を食べ、お茶を飲みながら、深夜まで語り合うこともあったといいます」キャンディーズ解散後、美樹さんも歌手としてソロ活動をしていた時期もあるが、’83年の結婚を機に芸能界を引退している。伊藤の歌手活動再開のきっかけに美樹さんの存在もあったのだろうか。東京都内に住む美樹さんのもとを訪ねた。――伊藤さんから報告は受けられましたか?「本人から聞きました。『新しい曲を出すのよ』って(笑)。私は『頑張ってね』と伝えました」――コンサートにも行かれますか?「それは、ご想像におまかせします(笑)。でも、連絡はしょっちゅう取り合っているし、会って話すこともありますよ」――美樹さんご自身の復帰は?「アハハ。私はしないですよ」そう言い残すと、笑顔で去っていった。41年の時を経て、再びマイクを握ったラン。エールを送ったミキ。その“絆の微笑がえし”は天国のスーにも届くはず――。
2019年04月05日6月9日公開の映画『終わった人』の公開直前イベントが6日、都内で行われ、主演の舘ひろし、主題歌を担当した今井美樹が登壇した。映画『終わった人』の公開直前イベントに出席した今井美樹、舘ひろし(左から)内館牧子の同名小説を、『リング』など傑作ホラーを手掛けている中田秀夫監督が映画化した本作は、定年を迎えたエリートの悲哀を心温まるコメディとして描いたヒューマンドラマ。主演の舘ひろしが、出世コースから外れてそのまま定年を迎える情けないサラリーマンを演じ、今井美樹が夫・布袋寅泰作詞・作曲した主題歌『あなたはあなたのままでいい』を歌っている。キャリアの長い舘と今井だが、同イベント前に行われた今井のアルバム発売記念で初めて対面。今井が「サプライズで舘さんが来てくださって、びっくりしました。本当にオーラがあって、今も不思議な感じで、なかなか現実感ではありません」と信じられない様子。一方の舘は「お花を渡してそのまま抱きつこうかと思いましたよ。それをやったらセクハラ問題になりますし、布袋くんのこともございますので、そこはグッと抑えるのが大変でした」と笑いを誘った。今井が歌った本作の主題歌『あなたはあなたのままでいい』について言及した舘。「布袋くんの曲はいつも聴いているので、本当に素晴らしいです。『あなたはあなたのままでいい』と今井さんに耳元で歌われたらどうしようもないですね。本当に素敵な曲をいただいて感謝しています」と感謝すれば、今井は「こういうさりげないジョークを言う大人の男の人って素敵。本当に舘さんは格好良いですよ」とべた褒めだった。また、本作のテーマである"定年"について、今井は「自分がどうありたいか、正直イメージがありません。家族のためにも自分の人生のためにも計画的で生きることは大事だと思いますが、今は新しい環境に暮らしを移して、どうなるか分からないところが正直なところです。ただ、新しい環境の中で、新しいチャレンジに挑み続けられる自分でいたいとは思っています」と言葉を選びながら回答していた。映画『終わった人』は、6月9日より全国公開。
2018年06月07日11日に著書『人前で輝く! 話し方』を発売したフリーアナウンサー(元ニッポン放送)の五戸美樹。著書に関する話題の他、ニッポン放送アナウンサー時代のエピソードなどについても聞いた。○「私は結構毒舌なんですよ(笑)」五戸美樹アナウンサー1986年埼玉県生まれ。09年、ニッポン放送にアナウンサーとして入社後、『三宅裕司のサンデーハッピーパラダイス』『古坂大魔王 ツギコレ』などを担当。現在はフリーアナウンサー・トークレッスン講師として活躍中。――まず、書籍を出すに至ったきっかけについてお聞かせください。ずっと本を書きたいという思いがあったんです。やっぱり本を出すというのは、アナウンサーとしては名刺代わりと言いますか。とはいえ、きっかけがなかなかなかったのですが、ある方に出版社さんを紹介していただき、自分でプレゼンしました(笑)。――本出すのは初めてですよね。執筆するうえでどんなご苦労がありましたか?今までスポーツ新聞のWEBでコラムを書く経験はあったのですが、今回は書き下ろしということで、大変でしたね。それと、私は結構毒舌なんですよ(笑)。喋りでは冗談だと通じますが、文字にすると誤って伝わってしまうこともあるので、その加減は悩みましたね。――毒舌というと、著書の中でトークが上手い人という話題で、「笑福亭鶴瓶さんやオードリー若林正恭さんは本当にうまいなと思います」と、春日(俊彰)さんを抜いていたのが気になりました(笑)。春日さんも『オードリーのオールナイトニッポン』でフリートークを話しているのになと(笑)。いや、春日さんのフリートークも好きですよ!(笑) 。春日さんをdisっているんではなくて、若林さんをリスペクトしてるんです(笑)。やはり若林さん1人のラジオになったら寂しいじゃないですか。また、読者の方にはオードリーさんのラジオを聴いてほしいと思っているので、著書でも「ラジオスター」として入れさせていただきました。――五戸さんは『オードリーのオールナイトニッポン』で、「五戸ナビ」というコーナーもやってましたよね。『ニッポン放送女性アナウンサーカーナビ』の五戸さんに言わせたいことを送るというネタコーナーでした。懐かしいですね! 「私が元彼と食事したレストラン周辺です」というネタとかは覚えてますね。実際に私が読み上げていたのですが、面白くてふいちゃって、「すみません、もう1回いいですか」ということも多かったです。――今回の著書からも、五戸さんのラジオ愛がとても感じられます。やっぱり「みんなラジオを聴いて」という思いはありますね。自分が講師を務めるトークレッスンでも、「ラジオは無料の教材」とよく話しています。――ラジオはニッポン放送のアナウンサーになられる前からよく聴かれていたんですか?深夜ラジオですと、『爆笑問題 カーボーイ』(TBSラジオ)で10年前くらいにやっていた、「人妻枠」という女性が赤裸々に浮気や不倫体験を明かす内容のコーナーが面白くて、Podcastで聴いてましたね。後は『荒川強啓デイ・キャッチ!』(TBSラジオ)とか「FM NACK5」の番組をよく聴いてました。ニッポン放送は、当時はワイドFMがなかったので埼玉では入りづらく、『KinKi Kids キンキラKinKiワールド』を窓際でなんとか聴く、という感じでした(笑)。○「元々は女優になりたいと思っていたんです(笑)」――そうなんですね(笑)。五戸さんがアナウンサーを目指したきっかけはなんだったのでしょうか?私、すごく恥ずかしながら、元々は女優になりたいと思っていたんです(笑)。なので、大学でもミュージカルサークルに入ったのですが、才能がないことに気がついて就職しようと思ったんです。それで、マスコミに興味を持ちアナウンススクールに通ったところ、アナウンサーの仕事はなんて面白い、素晴らしい仕事なんだろうと。歌や演技が下手でも、人前で役に立てるかもしれないという思いになりました。――そして五戸さんは09年、ニッポン放送に入社されます。著書では「新人の頃、うまく話せなくてビービー泣いていました」と書かれていましたね(笑)。私はあがり症で、頭が真っ白になっちゃって、なにを話していいか分からなくなってしまったんです。それで涙も出てきて、さらに真っ白になってしまうという悪循環でしたね(笑)。○「話し方」を鍛える方法とは『人前で輝く! 話し方』話す内容から声の出し方まで、具体的にコツを伝授。人前で話すのが苦手な人、企画や商品は素晴らしいが、その良さを伝えられない人に必見の内容。――どうやってそれらを克服されたのですか?あがり症に関しては、徹底的に準備することで克服しました。その場で思いついたことを話すということが、緊張でできなかったので、とにかく準備してこれを読めば成立するという状態を作ることをしていました。――初めから上手くいかなかった経験が、トークレッスンでの指導や今回の著書にも活かされているんでしょうね。そうですね。アナウンサーの話し方本は星の数ほど発売されていますが、私が唯一誇れるのが、才能がなかったことだと思うんですよ。本当に下手だったので、努力するしかなかったんです。今となっては、ある意味で良かったと思っています。――具体的にはどんな努力をされてきたんですか?飲み会など、普段の会話でも本番を意識していましたね。「ら抜き言葉」を使わないとか、「やばい」と言いそうになったら違う言葉を考えるとか、起きている間は常に考えて生活していましたね。――すごい! そこまでされたんですね。上達するにはずっと意識するしかなかったんですよね。相槌に関しても、ずっと下手だと言われていたので、普段の会話から相槌を意識して克服しました。――それでは最後に、同じように話し方に悩んでいる人にメッセージをお願いします。皆さんも起きている間ずっととは言いませんが、5分でも意識すると良いですよと伝えたいですね。ご飯を食べて「マジヤバイ、うまい死ぬ」じゃなくて、「辛味がマイルドで」などといった表現をしたり、SNSでもただ「映画面白かった」と発信するだけではなくて、なにが面白かったのかを考えると、話す力も鍛えられると思いますね。
2018年05月21日ギリシャのサントリーニ島の高台で、海を眺めて佇む美少女。インスタグラムに画像が上がった、すらりとした長い脚が印象的な彼女は、布袋寅泰(55)と今井美樹(54)の、15歳の娘・愛紗(あいしゃ)さんだ。 「愛紗さんはモデルデビューも噂されています。布袋は、インスタのコメント欄に、英語で“世界一美しい女の子”と書き込むほど娘さんを溺愛しています」(音楽関係者) 12年、今井は愛紗さんとともにロンドンに移住した。「僕は大切な10年を夢にかけたい」。そう言って、ロンドン拠点の音楽活動を希望した布袋を支えるための決断だった。それから5年、幸せそうに見える一家だが……。 「移住当時、今井さんと娘さんは現地での生活になじめず苦労しました。しかし、時が経つにつれて家族は英国暮らしにも慣れた。13年に日本の家も売ってしまい、生活の基盤は完全にロンドンに移したんですが……。ところが最近、今井さんが『ロンドン暮らしに疲れた。日本に帰りたい』と漏らしていたそうです」(芸能事務所関係者) その理由のひとつは、頻発しているテロの恐怖だという。今井のブログには、こんなことが書かれていた。 《テロには相当警戒をしているロンドンでもこういう事が起こってしまう。(中略)こんなところで暮らしていくっていうこと……と改めて認識した》(3月31日ブログより) もうひとつ、今井が心を痛めていることがある。 「布袋さんは15年に、酔った安倍昭恵さんに首筋にキスされたことが報じられました。さらに昨年、多くの芸能人が騙された113億円の投資詐欺の被害者にもなった。いずれも日本滞在中のことです。やはり知り合いが多いぶん、海外より日本の方がトラブルに巻き込まれやすい。10月から日本でツアーを行うように、布袋さんの仕事はまだまだ日本でのものが中心。目の届かない日本で、また夫に何かあるのではと、気が気でないそうです。それならば、家族全員で日本に帰ろうと思っても不思議はありません」(前出・芸能事務所関係者) テロの恐怖と、離れて仕事をする夫への不安。外国暮らしを続ける妻の、心が休まることも、望郷の念が収まることもないようだ。
2017年08月18日タレントの薬丸裕英が1日、自身のブログを更新し、先月25日に心不全のため死去した俳優の藤村俊二さんへの思いをつづった。2004年に放送された『快適!住まいるナビ』(テレビ東京系)などで藤村さんと共演していた薬丸は、「訃報」というタイトルで更新。「藤村俊二さんの訃報を知り辛く悲しい気持ちでいっぱいです」と胸の内を明かした。そして、「藤村さんにはレギュラー番組でお世話になり、藤村さん経営のワインバー『オヒョイズ』でよく一緒にワインを飲ませていただきました」と思い出を記し、「オシャレでジェントルマン、そしてユーモアたっぷりの藤村俊二さん」と人柄を表現。「もうお会い出来ないと思うと残念の一言に尽きます。謹んでお悔やみ申し上げます」と悼んだ。
2017年02月01日"おヒョイさん"の愛称で親しまれた俳優の藤村俊二さんが、1月25日に心不全のため死去していたことが1日、わかった。所属事務所代表で長男の亜実さんが公式サイトで発表した。82歳だった。亜実さんは「去る1月25日(水)20時45分頃、父・藤村俊二が心不全のため入院先の病院で永眠いたしました(82歳)。生前のご厚誼を深謝し、謹んでご報告申し上げます」とつづり、「2015年12月に日本テレビ『ぶらり途中下車の旅』の番組を降板させていただいてから、復帰を目指して療養しておりましたが、最期は苦しむ様子もなく、穏やかに息を引き取りました」と報告した。また、14日12時より東京・渋谷の慈雲山 長泉寺にてお別れ会「献花の会」を行うことも発表。「お時間が許す限りご参加いただき、みなさまの献花と共に父を送り出すことができれば幸甚に存じます」と呼びかけている。
2017年02月01日小売店向け卸・仕入れサイト「スーパーデリバリー」を運営するラクーンは1月27日、東京・渋谷の映画館「渋谷HUMAXシネマ」で、アパレル業界の人向けに「藤村正宏× 短パン社長 × スーパーデリバリー『モノを売るな!体験を売れ!映画館セミナー』」を開催した。このセミナーでは、 アパレル業界向けに「遊びのような仕事、 仕事のような遊び。 」をテーマに、自身の好きな事を商売に活かし、それを通じて顧客と関係性を築き売上に繋げるヒントについて伝えた。マーケティングコンサルタントである藤村正弘氏は、著書「モノを売るな!体験を売れ!」で提唱したエクスペリエンス・マーケティング(通称エクスマ)の創始者。 集客施設や企業のコンサルティングを行っている。一方、レディース、メンズの洋服全般の企画、製造、販売、卸し、小売を行うピーアイ 代表取締役社長である奥ノ谷圭祐氏は、「短パン社長」として有名で、テレビ出演もある。○革命的に考え方を変えろセミナーで最初に登壇したのは藤村氏。同氏は「新しいことを始めるにはエネルギーがいる。ただ、新しいことをやるためには古いものは捨てないといけない。ビジネス世界は常に新しくしていかないと行き詰ってしまう。これが今の時代に求められていることだ」と、新しいことを始めることが重要さを強調した。また、同氏はアパレル業界に向け「革命的なことをやらないといけない。もう昔には戻れない。服をデザインして売るというのはどこでもできる。モノだけ売っているのであればユニクロで十分だ。でも、みなさんはもっと価値の高いものを売っている。そのためには、製品以外の何かが違わなければ買ってはもらえない。革命的に考え方を変えないとこれからの時代はやっていけない」と警鐘を鳴らした。そして、「ビジネス環境が変わっているのに、それに気がつかないで、4Pなどという昔のマーケティングの考え方のまま、何の疑問を持たずにずっと商売を続けていれば、売れなくなくなるのはあたり前。50年に考えられた4Pが、今通用するはずがない。それは、良いものを作って、コマーシャルを頻繁に流していた時代のものだ。これからは新規の顧客は獲得できない時代になる。今は、製品のすべてが良い製品だ。だから製品に差はない。ただ、売れる製品と売れない製品がある。それは、製品以外に決定的な違いがあるからだ。これを認識しないと苦労するだけだ」と語った。では、今後、モノを売るために何をすべきなのか? これについて藤村氏は「これからはつながりの経済だと思っている。それは新規の顧客がいなくなる時代だ。つながりの経済は24時間365日ネットにつながっているというつながりと、人と人のつながりだ。今は、SNSで消費者と直接つながることができ、つながりの中で消費が起きる。同じ商品なら、知り合いから買いたいというのは自然の流れだ。友達の紹介やお勧めで買うのもよくある。結局、誰を信用して買うかだ。物を売りたがっている企業よりも、知り合いの意見を信用するのは当然だ。つながりの中で消費が起こる。そうなれば、新規の顧客はいなくなる。そのうち、見ず知らずの人からものを買うなんて、そんなリスクの高い時代ではなくなる」と説いた。その上で「モノ」ではなく「体験」を売ろうという「エクスペリエンス・マーケティング(エクスマ)」の重要性を訴えた。○個性を出して関係性を築く藤村氏の講演を受け、続いて登壇した「短パン社長」こと奥ノ谷圭祐氏は、つながりの経済を実践する上で必要となる「個性を出して、お客様と絶え間ない関係を築く」という点を説明した。奥ノ谷氏は冒頭、「お客様は会社や店の名前なんて覚えていない。お客様はお店で働いている個人をめがけてくる。であれば、個人で発信しなければいけない」と個人のつながりの重要性を訴えた。同氏は関係性を築くためのポイントとして「忘れられないようにコンタクトを取ろう!」「良いお客様を選ぼう!=好きな人とだけ仕事をしよう。」「売り込みではなく、情報を発信しよう。」「個を出そう。=好きなことを発信しよう。」「お客様を巻き込んで一緒に楽しもう。」の5つを挙げた。では、具体的に何をするのかについては、自身の経験をもとに次のように紹介した。「忘れられないようにコンタクトを取ろう!」では、ニュースレター、チラシのほか、SNS、Facebook、SNSを使い、とにかく発信することだという。同氏は「Facebookでいいね!を押すことはコンタクトを取っていることになる。コメントすることは手紙と同じだ。そうなれば、年に数回しか会わなくても距離感が近くなる。そういう関係を作っていかなければならない」とアドバイス。「良いお客様を良いお客様を選ぼう!」では、「あなたことが好きなお客様とだけ付き合えばいい」と語った。これは、嫌いな人とは付き合わなくてもいいと意味だが、「あなたのことを好きになってくれるように努力しましょう」という意味もあるという。また、「個を出そう。=好きなことを発信しよう。」については、「個人を出して、自分だから来てくれるという色を出さないとけない。カッコ良くなくたっていい、お客様に伝わることが大事だ」とアドバイスした。そして、重要なポイントとして、「あなたの店の売上げが上がらないのは、覚悟と行動力と継続がないからだ。この3つをやらないと洋服は売れない。世の中はどこで買いたいかではなく誰から買いたいかにシフトしている。これを絶対認識しないといけない。だから、個を出す必要がある。私はブログを5年間書いているが、そんなことをやっても売れないと思ったら、そこで終わり。やってみないとわからない。あなたのSNSが読まれないのはつまらないからだ」と述べた。○なぜ関係性が重要なのか?ではなぜ関係性が重要なのか。藤村氏の第2部のセミナーでこの点について触れ、「情報の大洪水、SNSの台頭、スマホの普及、コモディティ化、テクノロジの進化により、いま、消費者は何を信用していいのかわからなくなっている。だから人々は関係性を意識的にも無意識的に求めている」と説明した。そして「顧客満足度を高めるとお客様が増えるというのはウソだ。どんなに顧客満足度を高めてもリピートは増えない。なぜ、リピートしないかといえば、あなたのことを忘れてしまうからだ。そのためにもコンタクトを取ることが大事だ」と指摘した。その上で、「既存客を大切にするサービスをしましょう。それは、平等なサービスではなく、公平なサービスをしましょうということ。だから、新規客だけを優遇するような業界は滅びていく。おなじみさんを大切にしていれば新規客は自然に増える。それが商売の基本だ。いまはSNSがあるから、それも簡単にできる」と述べた。その上で、SNSで関係性を築くためのアドバイスとして「個人を出すこと(できたら顔写真」「主観と感情を入れること」「親近感のある発信を」の3つのアドバイスした。
2016年02月10日