赤ちゃんポストとは?育てるのが難しい赤ちゃんを受け入れるシステム子どもを育てられない、深刻な事情を抱えた人の赤ちゃんを匿名で受け入れるために設置されているのが赤ちゃんポストです。本来はすべての命が望まれて誕生し、親の保護のもとたくさんの愛を受けながら育つのが理想といえるでしょう。しかし社会から隔絶された状態で予期せぬ妊娠に悩む女性や、親による虐待で命の危険にさらされている子どもがいることも事実です。赤ちゃんポストは、生きることが難しい環境にある赤ちゃんとその母親を救済するための手段として、世界的にも取り組みが進められています。日本では1ヶ所のみで設置日本で自治体から許可を受けて運営されている赤ちゃんポストは、熊本県にある慈恵病院の1ヶ所のみです。慈恵病院では赤ちゃんポストの設置に先駆けて「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」を開設し、電話とメールによる相談を受け付けていました。こうした取り組みと医療機関としての実績をもとに「子どもの安全確保」「相談機能の強化」「公的相談機関等との連携」の遵守を条件として設置されたのが、慈恵病院の赤ちゃんポストです。その活動については、こうのとりのゆりかご専門部会によって検証が行われています。慈恵病院の赤ちゃんポストは「こうのとりのゆりかご(ゆりかご)」と呼ばれています。「小さな命を守りたい」という思いから2007年に設置されました。2007年5月から2020年3月までに預けられた赤ちゃんの数は、累計で155人にのぼっています。(※1)。赤ちゃんポストができた背景慈恵病院で赤ちゃんポストを設置するにいたった背景には、当時10代や20代前半の若い女性による乳児の殺害・遺棄事件が相次いだことにあります。こうした痛ましい事件を受け、赤ちゃんの尊い命を救うための解決策として導き出されたのが赤ちゃんポストなのです。赤ちゃんポストの設置から15年を経た今も、母親が生まれたばかりの赤ちゃんを殺害し遺棄するといった悲しい事件は、日本全国で後を絶ちません。2020年(令和2年)4月から3月までの1年のあいだに、虐待により命を絶たれた子どもの数は、把握されているだけで77人(66例)にのぼります(※2)。子どもの年齢は0歳が最も多く、3歳未満が7割を超える状況でした。どうすれば赤ちゃんの命を救えるのでしょうか。社会的に孤立し、相談するあてもなく悩む母親を助けられるのでしょうか。その問いに答えることは容易ではないでしょう。慈恵病院のこうのとりのゆりかごが150人以上の命を救ってきたことを踏まえ、赤ちゃんポストの意義と問題点について、真剣に考える必要がありそうです。赤ちゃんポストに預けるとどうなる?慈恵病院では、こうのとりのゆりかごを「いざというときの赤ちゃんの避難場所」と位置づけています。マリア館の、聖母マリア像が見守る位置にあるのが受付の窓口です。窓口の扉を開けたところには、赤ちゃんを預ける前に読んでほしいと記された手紙が置いてあります。手紙には「赤ちゃんの将来のために、預ける前に相談してほしい」と書かれていて、窓口の脇にはインターホンが設置されています。ここで意思が変わらなければ、奥にある保育器に赤ちゃんを寝かせ、扉を閉めたら預け入れが完了です。赤ちゃんの連れ去りなどを防止するため、一度閉めた扉は外からは開けられません。スタッフにはブザーで知らせが届き、赤ちゃんを保護する流れとなります。保護された赤ちゃんは医師による健康チェックを受け、問題がなければ乳児院に託されます。乳児院に入所した子どもは養子縁組をして新しい親に引き取られたり、里親のもとで育てられたりするのが一般的です。新しい家族のもとで暮らすことが難しい場合は、児童養護施設に入所することとなります。赤ちゃんポストの問題点孤立出産や育児放棄赤ちゃんの命が救われている一方で、赤ちゃんポストの設置をめぐってはいくつかの問題点が指摘されています。そのひとつが、母親の孤立出産や育児放棄の助長につながるのではないかという点です。赤ちゃんポストの存在により「自分で育てられなければ預ければ良い」という選択肢が生まれることが危惧されています。赤ちゃんポストに預ける前に、自治体による妊娠や出産支援へつなげることが大切だといえます。子どもの出自を知る権利子どもの「出自を知る権利」が害されることにも批判の声があがっています。自分の遺伝子上の親が誰なのかを知ることは、アイデンティティーにかかわる重要な権利です。しかし赤ちゃんポストは匿名で預かるため、子どもは親の名前を知ることができません。ただ慈恵病院での実態は、このような声とかけ離れているともいえます。なぜなら、慈恵病院で受け入れた赤ちゃんのうち、後から親が名乗り出たり社会的な調査で親が判明したりするケースは76.8%にものぼるのです(※1)。病院としては「匿名性でなければ親子で命を絶っていた」という声に耳を傾ける必要性を感じており、匿名性への理解を促しています。一方で熊本市の専門部会は、子どもの権利を確保するためにできる限り預け入れ者と接触することが望ましいという立場をとっています。法的な規制法的な規制がないことも課題といえるでしょう。赤ちゃんポストは、預け入れの際の安全性が確保されているという点で、「保護責任者遺棄には当たらない」と判断されています。しかしこれまでには、安全が確保されていない扉の外に赤ちゃんが置かれるケースや、低出生体重児などの医療的ケアが必要な赤ちゃんが預けられるケースが出てきています。安全性が確保されている前提が危うい場面もあるのが現状です。特別養子縁組が成立した後に実親が引き取りを希望するケースなどもあり、法的な整備が求められています。海外の赤ちゃんポストの取り組みフランスやドイツでは、匿名で出産や出生登録できる法制度があります。アメリカには出産後に子どもを匿名で引き渡すことが可能な法律があり、乳児避難所に赤ちゃんを預けることを認める法律が全州で定められています(※3)(※4)。赤ちゃんボックスの設置数が多く、慈恵病院がこうのとりのゆりかごを開設する際に見本としたドイツでは、「ベビークラッペ」と呼ばれる赤ちゃんポストが2008年時点で90ヶ所以上設置されていました(※5)。アメリカでも100ヶ所以上で赤ちゃんポストが運用されています。こうした取り組みについては、日本と同様に海外でも肯定的な意見と反対意見があがっています。たとえば赤ちゃんポストの先進事例として世界から注目を集めていたドイツでは、子どもの出自を知る権利を守るために赤ちゃんポストの廃止が勧告されるといった動きもあるようです。厚生労働省の見解は?厚生労働省はこれまでのところ、公的には賛否を明確にしていません。慈恵病院の赤ちゃんポスト設置の際には「医療法上の構造設備基準に係る変更許可を認めないという合理的理由はない」という立場を示しました。同時に「子どもを置き去りにする行為は、本来あってはならない」ことから、赤ちゃんポストを一般化すべきではないという緊急の文書を全国の都道府県向けに通知しています。厚生労働省としては、出産や育児に悩む人のための相談体制の整備などが先決だと考えているようです。赤ちゃんポストの在り方を考えよう日本国内における乳幼児の遺棄・殺害事件や虐待の件数を考えると、赤ちゃんの命を救うための赤ちゃんポストは、非常に意義のある取り組みといえます。その反面、赤ちゃんポストの存在が命を軽く扱うきっかけにならないよう、正しい在り方について議論し、周知を図る必要があるでしょう。預け入れにいたるには生活の困窮や周囲の反対といった理由があります。こうした背景を取り除くためにも出産を起点とした支援ではなく、妊娠を起点とした支援が欠かせません。早急な行政による支援策が待たれます。また、子どもに正しい性の知識や命に対する考え方を伝えていくことも重要です。もしもママ自身が妊娠・出産の悩みを抱えているなら、まずは自治体の窓口に相談して解決策を見つけていきましょう。※この記事は2022年12月時点の情報をもとに作成しています。掲載した時点以降に情報が変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。
2022年12月22日ジネコスペシャルオンラインセミナー妊活専門フリーマガジン「Jineko」を発行する株式会社ジネコ(本社:東京都港区)は、2022年10月15日(土)にジネコスペシャルオンラインセミナー「わたしたちの選択2022」をネット配信いたします。~不妊治療を辞めた3組の夫婦が選んだ家族のカタチ~不妊治療を始めて「もっと早く知っていればよかった・・」と思ったことはありませんか?今や不妊治療は、5組に1組が経験しているといわれています。しかし残念ながら、誰もが授かるわけではありません。ジネコはこれまでに多くの不妊治療経験者を取材し、いろいろな幸せのカタチがあることを知りました。本セミナーでは、不妊治療を辞めた3組の治療経験者を招き、それぞれが歩んだ家族の道についてお話を伺います。治療の辞め時をどのように考え、どんな選択をされたのか?同じように現在悩まれているカップルに伝えたいこととは?多様性が尊重されるこの時代、いろいろな家族のカタチや価値感に触れてみませんか?きっと、治療のその先が広がるはずです。異なる道を選んだ経験者のお話が同時に聞ける貴重な機会!ぜひご参加ください。ゲスト■トークセッション・不妊治療を終結し、夫婦二人の道を選択したOさん・里親として子どもを迎えたOさん・卵子提供で子どもを授かったTさん■卵子提供について愛群中西クリニック(IH MEDICAL GROUP)国際医療部中島奈巳子さん■里親養子縁組制度について一般社団法人東京公認心理師協会里親リクルーター芝山希美さん◆当日のプログラム(予定)第一部トークセッション「わたしたちの選択」13:30~14:30第二部卵子提供、里親養子縁組制度について14:30~15:00◆昨年の参加者コメント「不妊治療をしても子供を授からなかった方の選択を聞けて、本当に参考になりました。なかなかそういった方とお会いできる機会もないですし、正直なお話を聞ける機会もないのでとても貴重なセミナーでした。」「今月から体外受精にステップアップし、もしこれでもできなかったらどうすればいいんだろうと不安に思っていたので、選択肢はまだまだあるんだと希望が持てました!後悔しない選択をしようと思います」「いろいろな選択肢があるんだなと改めて知ることができました。なかなか周りには相談しにくいことですし、実際にそういった選択をしているかたも少なかったので参考になりました。」「3 人の方のご経験をお聞きすることができ、貴重な経験となりました。 パートナーと話をして、自分の人生を見つめ直し、考えていきたいと思います。 このような機会を作っていただき、ありがとうございました。」<セミナー詳細>■日時:2022年10月15日(土)13:30~15:00■対象:不妊治療中の方■視聴方法:ZOOMウェビナー(参加申込必須)■募集人数:最大500名(ZOOM視聴上限)■共催:株式会社ジネコ、東京都里親支援機関事業事前に下記より申込ください。参加用のURLをご案内いたします。事前申込みする : ZOOMモバイルアプリのダウンロードはこちら(無料)スマートフォン、タブレットからの視聴は事前にZOOMアプリのダウンロードが必要です。下記よりダウンロードしてください。Appストア : Google play : ジネコのサービス▶Q&Aサービス婦人科、生殖医療、産科それぞれの専門医に個別で無料相談できます。生理の悩み、妊活、不妊治療、妊娠・出産、子育て、更年期障害、女性の健康の悩みを解決します。▶無料オンライン質問会皆さんの妊活・不妊治療におけるお悩みや疑問などを専門医がオンラインでお応えします。▶お願い!ジネコ毎月15日に皆さんの願いが叶うように、ジネコスタッフが全国の神社仏閣にお参りに行っています。皆さんの願い事をお寄せください。▶ドクター厳選健康商品販売300人以上の婦人科専門ドクターと考え、開発した健康で楽しい生活を送るための商品販売。不妊治療サプリを始めとして、ドクターと共同開発や企画したサプリ、製品を販売しています。公式サイト情報Corporate : Web :無料ではじめる妊活生活 あなたに、正しい不妊治療情報を 動画で学ぶ不妊治療 Instagram : Twitter : Facebook : 【会社概要】会社名 :株式会社ジネコ代表 :代表取締役 杉山隆太本社 :107-0052 東京都港区赤坂6-6-17 PARK HABIO赤坂氷川町702資本金:10,000,000円事業内容:ポータルサイト企画・運営、関連広告サービス、マーケティング・リサーチ、セミナー企画・運営■プレスリリースに関するお問合せ:長友/芦田 happyjineko@jineko.co.jp 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2022年10月05日カトリック帯山教会(熊本市)では、午前9時30分から年配女性や学生らが集まり、毎月第2土曜日に開催される「ふるさと元気子ども食堂」の準備が始まった。スタッフの中心にいる青年は、この日の段取りをテキパキと説明し終えると、今度は早足で持ち場ごとにアドバイスを与え、会場を動き回る。そして11時スタートと同時に来場する子どもと、その親の対応に回った。カレーライスやキッシュが振る舞われた食堂では、ビンゴ大会が行われており、子どもたちと一緒に大声を出しながら盛り上がる。青年は、ヨーヨーすくい、綿菓子やかき氷を楽しむ子どもを見渡し、所在なげにしている一人ぼっちの子を見かけると「おなか、いっぱいになった?一緒に遊ぼうか」と、小さな手をつないで、遊びの輪に入っていった。昨年6月、高3のときに子ども食堂を立ち上げたその青年は、熊本県立大学1年の宮津航一さん(18)。「最初は人が集まるか心配でしたが、回を重ねるごとに参加者が増えていって、今では100人から120人くらい。ボランティアの人たちの食事が足りなくなることもあるほどです」弾ける笑顔で語る航一さんから少し離れたところでは、サポート役に徹している父・美光さん(65)と母・みどりさん(64)が見守っている。ただ、航一さんと両親には血のつながりはない。「扉っぽいものがあるところに入っていたのは、おぼろげながら覚えています」航一さんは3歳のとき、なんらかの事情で匿名で子どもを託すことができる熊本県・慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の開設初日に、1人目として保護されたのだ。「間もなく、被虐待児や非行に走る子どもなどを対象とした専門里親などに登録していた父、養育里親に登録していた母に引き取られました。両親は、’11年、里親制度よりも多くの子どもを受け入れられるファミリーホームを設立しました。これまで、厳しい家庭環境で育った30人以上の子どもたちが卒業しています」現在は、おばあちゃん、宮津夫妻、航一さん、そして5人の里子の9人暮らしだ。今、航一さんがこうして子ども食堂を立ち上げ、運営しているのも、子どもたちのために半生をささげてきた両親の姿を間近で見てきたからだ。■実母の消息が判明。お墓の脇にあった小石を自室に。笑顔の写真は航一さんを見守って「未就学児ですが、いいですか?」本来なら、非行に走る子どもを対象にする専門里親制度に登録していた航一さんの父・美光さんだったが、児相から最初に里親になることを相談されたのは、予想外の幼い子ども。「どうする?」という美光さんに、みどりさんは迷うことなく「小さい子なら、かわいいに決まっとるたい」と受け入れを決断した。その子どもが航一さんだった。「私が行くと、親元に帰れると思って下駄箱から靴を持ってくるんです」児相の職員から一次保護施設にいる航一さんの様子を聞くと、宮津さん夫妻は切なくなった。くるくるの天然パーマが印象的な航一さんの耳元で、美光さんは「もう心配いらんけんね」と優しく包み込んだ。美光さん夫妻の愛情に包まれ、航一さんは伸び伸びと育っていった。美光さんはお好み焼き店を’10年に閉じて、’11年に開設したファミリーホームの運営に専念することに。そんななか、航一さんが小学校低学年のときに、偶然にも遠い親戚が見つかり、生まれの一端が判明したのだ。航一さんを「赤ちゃんポスト」に託した親族のプライバシーもあるため詳述できないが、生みの母親は東日本出身で、航一さんを産んですぐに、交通事故で亡くなったという。残念ながら実母と対面することはかなわないが、決して実母が航一さんを手放したわけではなかったこともわかったのだ。「間もなく実母の墓も判明して、父に伴われ、お参りをすることになったんです」九州から東日本へ、乗り物を乗り継いだ。航一さんが美光さんの膝の上でぐっすり寝てしまったころ、車窓の風景はのどかな地方都市のものに変わっていた。駅前でレンタカーを借りて、菩提寺を訪ねた。「もしかしたら、お母さんもここを走ったかもしれないな」「ここで買い物していたんだろうな」と、航一さんはかすかに残る実母の足跡をたどった。「お墓は遠いところでしょっちゅう行けないから、その分、お父さんは何本も線香を買ってくれたんです」(航一さん)せめてもの供養にと「宮津のお父さん、お母さんの子として元気で暮らしています。心配しないでね」と実母に宛てた手紙を墓前で燃やした。灰になった手紙は、やがて風に吹かれ、天国の母の元に舞い上がっていった。「それまでのボクは、実の母を感じられるものは何もありませんでした。でも、お墓の脇にあった小石を持ち帰り、半分は地元の教会の納骨堂に、半分は自分の部屋に置いています。母の形見みたいなものです」(航一さん)児相が実母の職場の友人を探してくれ、3枚だけ残っていた実母の写真も入手できた。現在は航一さんの部屋に飾ってあり、笑顔の実母に見守られている。「“やさしそうだな”というのが最初の印象。天然パーマなのも、ボクにそっくり。人に聞くと、目元が似ているようです。それまで、とくに生い立ちを意識することはありませんでしたが、お墓参りをして、心に欠けていたピースが埋まっていくような感じがしました」■自分は養親と出会い、幸せに生きている。その現実を当事者として発信するため顔と実名を公表航一さんは両親の愛情を注がれ、明るく、まっすぐに育った。中・高6年間は陸上部に所属し、100メートル走では県内2位に入るほどの有望選手として活躍した。家庭裁判所に養子縁組を申し立て、認められたのは’20年12月25日のことだった。家族にとって最高のクリスマスプレゼントとなり、翌年の1月に手続きを終了。たった一人の名前しか記載されない単独戸籍だった航一さんの戸籍に、養父母の名が加えられた。「養子縁組前から、胸を張って“親子だ”と言えましたが、やっぱりうれしいものでした。でも、家族って戸籍でのつながり、血のつながりばかりじゃない。自分がうれしいときも、大変なときも、思いを共有して支えてくれる存在だから」(航一さん)その年の春、航一さんは、美光さんが学校まで送迎する車中のラジオで、福岡県で起きた、ママ友に心理的に支配された母親による子ども虐待死のニュースを聞いた。ファミリーホームで地域の子どもたちのために生きてきた両親の元で育った航一さんは、居ても立ってもいられない思いだった。「地域のつながりがあったら、誰か子どもや親の変化に気づき、事件を未然に防げたかもしれない。何かできることがあるんじゃないかと、半ば怒りを感じて、お父さんと話し合ったところ、どちらからともなく『だったら子ども食堂をやろう』って話になって、移動の車中で即決しました。おばあちゃんが10万円の軍資金を出してくれて、2カ月後には開始できたんです」頼もしく育った航一さんの姿は、脳梗塞の後遺症に苦しみ、さまざまな活動から「まあ、オレはいいや……」と身を引き、元気をなくしていた美光さんにも力を与えた。「最初は子ども食堂をやるという航一を応援するつもりでしたが、結果的にオレが応援され、また生きがいである子どもたちのための活動に、前向きに取り組めるようになれたんです」(美光さん)さらに航一さんは今年3月、高校卒業を機に、もう一つの大きな決断をした。「『赤ちゃんポスト』には賛否両論あるのはわかっています。でも、ボク自身、宮津の両親と出会って幸せに生きています。いずれはその現実を当事者として発信する必要があると、ずっと感じていたんです。もちろん、顔も実名も出すことには悩みましたが、やっぱり伝わり方が違うと思って公表したんです」その決断を、写真の中の実母が見守っているーー。【後編】子ども食堂を作った宮津航一さん 養親や周囲の人たちに育てられた“恩返し”に続く
2022年10月02日【前編】「赤ちゃんポスト」一人目の宮津航一さん「僕が子ども食堂を作った!」より続くカトリック帯山教会(熊本市)で、毎月第2土曜日に開催される「ふるさと元気子ども食堂を始めた宮津航一さん(18)。彼は「赤ちゃんポスト」での経験と子ども食堂の活動は、直接結びつくものではないと言う。だが、自分を育ててくれた無償の愛情を、地域の子どもたちに体験してもらいたいと思うのは、自然な流れではなかっただろうかーー。航一さんは3歳のとき、なんらかの事情で匿名で子どもを託すことができる熊本県・慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の開設初日に、1人目として保護されたのだ。「間もなく、被虐待児や非行に走る子どもなどを対象とした専門里親などに登録していた父、養育里親に登録していた母に引き取られました。両親は、’11年、里親制度よりも多くの子どもを受け入れられるファミリーホームを設立しました。これまで、厳しい家庭環境で育った30人以上の子どもたちが卒業しています」現在は、おばあちゃん、両親、航一さん、そして5人の里子の9人暮らしだ。今、航一さんがこうして子ども食堂を立ち上げ、運営しているのも、子どもたちのために半生をささげてきた両親の姿を間近で見てきたからだ。■16歳の少年はホームレス状態。「うちに泊まっていけ」と美光さん夫妻は4年半共に生活を社会福祉サークルの活動にのめり込んでいた宮津美光さん(65)・みどりさん(64)夫妻が、5人の子育てを通して、PTA活動や「ふるさとクラブ」という地域の子どもたちと触れ合う活動に積極的に参加したのは自然な流れだった。一方、自動販売機の運営をする実家の商売を受け継いでいたが、街にはコンビニが増えてきて、売り上げは下降気味に。「今後の商売を考えて始めたのが、4人席のテーブル2卓、カウンター5席のお好み焼き屋。酒を出すような店ではなくて、放課後、ふるさとクラブで知り合ったような子どもたちが、ちょっと顔を出せるお店にしよったです」(美光さん)こだわりのメニューは、具材が漬け物と天かすのみという「学焼き」(学生焼き)。子どもたちにリサーチし、150円に価格設定した。ある年の9月1日のことだった。学校は始業したはずなのに、朝から3人の男の子たちが来店。さっそくみどりさんは店の裏に行って、美光さんに「サボって来よる」と伝えた。だが、頭ごなしに詰め寄ったりはしない。美光さんはニコニコ顔。「夏休みは楽しかったか?そうか、あんまり面白くなかったのか。だったら今度の日曜日に、すごいとこ知っとるけん、来るか?」大きな滝つぼがある自然豊かな国有林に連れ出し、鉄板で作った焼きそばを振る舞った。おなかがふくれると心がほぐれ、少年は美光さんに悩みを打ち明け始めた。3人の中の一人は、母親が精神疾患を抱えており、共に生活するのは困難で、ホームレス状態。公園のベンチで眠り、コンビニで廃棄される消費期限切れの弁当でしのいでいた。「16歳ですよ。年齢よりも小柄で小学生くらいに見えたけん、店に来たときは、150円の学焼きも、キャベツやら肉やらたくさんサービスしてやってね」ある夜、店を後にしようとする16歳の少年を見かね、泊まるよう声をかけた。みどりさんが語る。「でも、遠慮するんですね。それでその子が扉に手をかけた瞬間、ドーンと体が吹き飛ぶくらいの雷が鳴って、ザーッと大雨が降りだしたんです。主人も『ほら、神様が泊まっていけ、言うたやろ』と説得して。その日から4年半、ウチで生活したんです(笑)」■児相から最初に里親になることを相談されたのは、予想外の幼い、3歳の航一さんだったその少年が、近くの児童相談所(児相)にお好み焼きの出前をしていたことから、職員と美光さんとの交流が生まれ、美光さんは里親になることを勧められる。「児相から、里親になれば、16歳の少年にかかる生活費のような持ち出しはなく、養育費や医療費も公的に助成してくれると聞いたけん『やります!』と二つ返事で承諾しました」専門里親の登録をし、それからしばらくして、思いもよらぬ連絡が来た。「未就学児ですが、いいですか?」本来なら、非行に走る子どもを対象にする専門里親制度に登録していた美光さんだったが、児相から最初に里親になることを相談されたのは、予想外の幼い子ども。「どうする?」という美光さんに、みどりさんは迷うことなく「小さい子なら、かわいいに決まっとるたい」と受け入れを決断した。その子どもが航一さんだった。■高3のとき養子縁組。でも「家族って戸籍でのつながり、血のつながりばかりじゃない」美光さんはお好み焼き店を’10年に閉じて、’11年に開設したファミリーホームの運営に専念することに。航一さんは両親の愛情を注がれ、明るく、まっすぐに育った。中・高6年間は陸上部に所属し、100メートル走では県内2位に入るほどの有望選手として活躍した。平穏な生活を送っていたが、2年前の5月に、美光さんが大病を患った。みどりさんが振り返る。「夫はよくしゃべる人なのに“今日はしゃべらないな”という日がありました。手のかかる子を預かったりしよったけん、精神的な疲れがあったと思い込んでいました」翌日、美光さんも自分の身に起こった変化を自覚した。「電話で、仕事の日程を調整したかったのに、『えーと、えーと』と言葉が出なかったんです」言語をつかさどる脳の中心部の脳梗塞だと診断された。幸い早期発見でき、すぐにリハビリに取り組んだが、今でも後遺症として会話が途切れたり、会話の途中で言葉が出なくなったりしてしまう。「人間、何があるかわからないと痛感。それで航一が高校を卒業してから養子縁組する予定を、高2に前倒ししたんです。5人の実子たちにとっても、航一は家族同然だから自然な成り行き。争うような財産なんてないけん、誰も反対しませんよ(笑)」(みどりさん)家庭裁判所に養子縁組を申し立て、認められたのは’20年12月25日のことだった。家族にとって最高のクリスマスプレゼントとなり、翌年の1月に手続きを終了。たった一人の名前しか記載されない単独戸籍だった航一さんの戸籍に、養父母の名が加えられた。「養子縁組前から、胸を張って“親子だ”と言えましたが、やっぱりうれしいものでした。でも、家族って戸籍でのつながり、血のつながりばかりじゃない。自分がうれしいときも、大変なときも、思いを共有して支えてくれる存在だから」(航一さん)■5人の里子を含めた家族9人の日常は大忙し。ごく普通の日常の積み重ねが絆を強くする子どもたちが登校する朝から、宮津家は大忙しだ。朝食を終えて学校に送り出すと、洗濯機2台を回して洗濯をしつつ、事務仕事や、食材の買い出しに追われ、あっと言う間に夕方に。この日の夕食は、鶏ひき肉のハンバーグに、ピーマンとちくわ、ベーコンの炒めもの、彩りにレタスやトマトを添える。美光さんが手際よく料理をして、息がぴったりのみどりさんがサポートするように食材を切ったり、洗い物をしたり、盛り付けていく。台所には冷蔵庫が2台あり、テーブルを縦に3つも並べている。食事のときはそこに9人が集合し、食べ終えた子どもから順次入浴しなければ捌ききれない。「最後にお風呂に入るのが私やお父さん。お湯が濁っていることもあるので『ちゃんと洗って入ってね』と言っているんですが(笑)」(みどりさん)特別なことではない。ごく普通の日常生活の積み重ねこそが、家族の絆を強くする。「日本は血縁を大事にする文化がありますが、寝食を共にして、毎日、愛情を持って顔を合わせて生活していると、親子の感情になるもんです」(美光さん)宮津家がようやく落ち着くのは夜の11時ごろ。最近は台所に夫婦と、航一さんの3人が集まる。「子ども食堂の運営や、『子どもだけじゃなくて、保護者の表情もしっかり見ていなさい』などのアドバイスもあって、勉強になります」(航一さん)そんな様子に、みどりさんはちょっと心配な部分もあるようだ。「まだ若いから、私たちの活動のことばかりではなく、いろんなことに挑戦してほしい」ただ、航一さんは自室で、実母がほほ笑む写真を見ながら語る。「やっぱり両親の影響があるから、子どもに関わる仕事をやりたいって思います。これはまだ内緒にしていますが、兄たちが独立しているので、ボクが両親のファミリーホームを継ぐというのも、選択肢の一つだと思っています」
2022年10月02日ペットを家族に迎える場合、「どの動物にするか」などいろいろと考えてから探す人が多いでしょう。しかし時には、そんな心の準備をする間もなく、新しい家族と運命の出会いを果たしてしまうことがあります。誰もいないはずの家でくつろいでいたのは?タス・カマルゴさんと夫が帰宅した時、家には誰もいないはずでした。ところが玄関のドアを開けると、なぜかソファの上で1匹の猫がくつろいでいたのです!タスさんはその猫を見たことがなく、近所の人が飼っている猫でもない様子。猫が一体どうやって家の中に入って来たのかも分かりませんでした。ウェブメディア『The Dodo』によると、猫はタスさんたちを見ると、すぐに走って逃げて行ってしまったのだとか。その数時間後、彼女はキッチンから物音がすることに気が付きます。見に行ってみると、キッチンの天井に穴があいていて、そこから猫が前脚を出していたのです!さらに次の瞬間、猫が穴から顔を出して『こんにちは』状態に!そこから猫はキッチンに飛び降りて、タスさんにすり寄ってきたそう。この瞬間、猫はタスさんの家族の一員になりました!タスさんはFacebookの動物好きが集まるグループのページに「これは養子縁組の強制だと思います!」とハートマーク付きのコメントをつづり、猫の写真を投稿。まんまと猫の『作戦』にはまったタスさんに、笑いと祝福の声が上がっています。・おめでとう!あなたはこの猫に選ばれた!・なんてかわいくて、賢い猫だ。・穴から覗いている姿に、大笑いした!・うちの猫は玄関の穴からやってきて、今や一家の主だよ。タスさんは猫にキヤナと命名。なぜか初日から、キヤナはタスさんたちにとても懐いていて、どこかへ逃げることもなくずっと家の中にいるそうです。「キヤナはとってもかわいくて愛情深いんです」と話すタスさんは、すでに愛猫にメロメロ。「猫は自ら飼い主を選ぶ」といわれますが、キヤナが選んだ家族は大正解だったようですね…![文・構成/grape編集部]
2022年08月27日フランス在住のカメラマン、松永学さんによる、フランスの猫さま紹介!第55回目はラグドールのグスターヴ(Gustav)さま。目が見えないブルーポイントのブチ、ラグドールの猫さまの物語【フレンチ猫さま】vol.55猫さまの話をもっと聞かせて!アパルトマンのテラスが大好きな目の見えない猫さま。僕は2011年1月23日、南仏のブーシュデュローヌ県のエクスアンプロヴァンス近くのピュイリカールで生まれました。飼い主は、インターネットで私を見つけ、恋に落ちたと言っています。数年後、私は緑内障を患い、片目の視力を失ってしまいました。その後、ごく最近のことですが、残念ながらもう一方の目も視力を失い、今は治療を受けています。飼い主は不運だと言い落胆していましたが、獣医から「痛みは感じていないはず」と説明を受けたので楽になったと言っていました。痛みはなく、猫としての生活を続け、食事も簡単に見つけられる適応能力とスピードをまだまだ持ち合わせています。カリカリ、パテ、チキンなんでも嗅ぎ分けることができます。特に魚類が好きなのでイワシ、エビ、マグロが出てきた時には飛んで喜びます。ーーブリーダーのWebサイトでグスターヴさまを見つけた飼い主は、同じころに放送されたテレビ番組で、ラグドールの品種とその特定の筋肉の弛緩についてを知り、興味をそそられました。自らも筋肉の病気を患って家にいることが多くなってきた時、ベイビー・グスターヴさまに出会い、グスターヴさまに完全に落ちたそうです。誰も養子縁組を求めていないことを願って状況について尋ねると、彼はもう飼い主が現れたという報告を受けがっかりしていました。その後、ブリーダーから電話があって手違いがあったと聞き、養子縁組ができるとわかり、とても喜んだそうです。その数週間後に家にやってきました。元々猫さま好きで複数飼ったことがあったのですが、グスターヴさまが初めての家猫さまだと言います。グスターヴさまは幸福をもたらし、飼い主をなだめるような力を持っていると。面白くて、愛らしい、かわいく感じさせる方法を猫さまは知っているとのこと。障がいを乗り越えて幸せな生活を続けてほしいと思います。取材、文・Manabu Matsunaga取材、文・Manabu Matsunaga
2022年08月20日フランス在住のカメラマン、松永学さんによる、フレンチ猫さま紹介!第45回目はカラ(Kara)さまとヘリオス(Helios)さまの兄妹猫さま。仲の良い?兄妹猫さまの物語【フレンチ猫さま】vol.45猫さまの話をもっと聞かせて!黒猫の兄ヘリオス(Helios)さまと、キジ猫の妹カラ(Kara)さま、ともに2歳です。私たちは南仏フレジュスにある動物保護(救助、養子縁組)協会Kéopse83を通じて、今の飼い主に出会いました。投稿写真を見た時、黒猫好きの飼い主は最初にヘリオスと家族になることを決め、妹のカラも迎え入れることになりました。兄妹といっても、いつも仲がいいとは限りません。性格も違いますからね。でも、一緒に遊ぶ時は、時間を忘れてしまいます。水曜日と日曜日は特別な日で、大好物のパテをいただきます。特定のブランドではなく、ランダムな食事が私たちの健康にはいいみたいです。いろんな種類のものを食べて、とても幸せな日々を送っています。カラさまはどんな猫さま?かなり控えめで、恥ずかしがり屋で自立心があります。時たま、ヘリオスにうなり声をあげる傾向があります。なぜなら、落ちついているのが好きで、必ずしも兄と一緒に遊びたくないからです。首の周りを撫ぜられるのが大好きです。ヘリオスさまはどんな猫さま?ヘリオスは少し臆病なので、飼い主が注意を払う必要があります。そしてよく“しゃべる”猫です。たくさんのニャー声で、自分の存在を知らせます。飼い主からのメッセージカラとヘリオスを養子にしたのは、2頭飼いが本当に好きだったからです。兄妹猫はお互いが幸せだし、費用は1名の猫とほぼ同じです。彼らはアパートに暮らす猫なので、自然の中に外出することはありません。通常、彼らは朝遊んでから昼寝をし、昼寝の後に抱きしめ、午後は落ち着いていろいろな活動をします。私たちは彼らと遊ぶのにたっぷり時間をかけます。それは重要な事です。以前、母の家で2匹の猫たちと一緒に暮らしていましたが、どちらもKeopse83で養子縁組しました。彼らは、私と一緒に昼寝をするのが本当に好きだったことを覚えています。私が妊娠中に病気になった時、私のことを心配している彼らの姿を見た時は、なんて素晴らしい存在なのだろうと思いました。私にとって猫は喜び、幸福、活力をもたらします!猫さまを飼っているかたは共通して“癒される”存在と感じている場合が多いようです。そして兄妹で性格が違ってもそれぞれを愛する飼い主に共感しました。取材、文・Manabu Matsunaga取材、文・Manabu Matsunaga
2022年07月09日●「捨てるなら産むなよ」と言えなくなる話にしたい先月開催された「第75回カンヌ国際映画祭」で2冠に輝いた映画『ベイビー・ブローカー』(公開中)を手掛けた是枝裕和監督にインタビュー。“赤ちゃんポスト”を題材にした本作に込めた思いや、主演のソン・ガンホとの作品作りなどについて話を聞いた。本作は、“赤ちゃんポスト”に赤ちゃんを預けた母親、預けられた赤ちゃんを子供を欲しがる人に斡旋するベイビー・ブローカーの男たち、彼らを現行犯逮捕しようと追う刑事らが繰り広げる一風変わった旅路を描いた物語。是枝監督初の韓国映画で、アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホが主演を務めた。「第75回カンヌ国際映画祭」でソン・ガンホに韓国人初となる最優秀男優賞をもたらし、また、キリスト教関連の団体から「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えられる「エキュメニカル審査員賞」も受賞した。是枝監督が“赤ちゃんポスト”や“養子縁組”といった問題に関心を持つようになったのは、『そして父になる』(2013)の制作に際して、日本で唯一の赤ちゃんポスト“こうのとりのゆりかご”について書かれた本を読んだことがきっかけ。その後、独自にリサーチを続ける中で、捨てる母親に対する非難が根強くあると感じたという。「『捨てるなら産むなよ』と。今回の映画の冒頭でペ・ドゥナのセリフにもしましたが、ベイビー・ボックス出身の子供、もしくは保護施設に預けられた子供が聞いたときに『自分は生まれてこないほうがよかった』と思う。そう思ってほしくないなと個人的には思うので、おそらく少なくない人が最初に口にしてしまうであろうぺ・ドゥナの言葉からスタートし、2時間かけて『捨てるなら産むなよ』という言葉を口にできなくなるような話にしたい。それがスタートでした」「大人として」この題材は取り上げるべきだと感じたという是枝監督。「監督としては、神父の格好をしたソン・ガンホが、赤ん坊を預かりながら、裏でお金に換えているという姿が最初に浮かび、神父姿のソン・ガンホが撮りたいという、監督としての不謹慎さをもう一方で持ちながらのベイビー・ボックスへの関心でした」とも明かした。また、リサーチする中で、赤ちゃんポストに預けられる赤ん坊の数が、日本と比べて韓国は圧倒的に多いことを知ったという。「毎日1人は預けに来るような状況で、相談に来る人を含めるともっと多い。取材に行ったときも1人の母親が赤ちゃんを連れてきて、15分くらいですっといなくなったんです。こんなに風に預けていなくなるんだって驚きました。そこに預けられる子供の数もそうだし、養子縁組の数も日本とは比べものにならないくらい多い」そういった現状を知り、「ベイビー・ボックスを題材として扱うなら、日本より韓国のほうが普遍化できる」と韓国で制作することに。『空気人形』(2009)で主演に起用したぺ・ドゥナとは、また映画を作ろうと継続的に話し、ソン・ガンホやカン・ドンウォンとも国際映画祭で話した際に、チャンスがあれば仕事をしようと約束したそうで、本作で実現した。これまでも多くの社会的な問題を取り上げてきた是枝監督。映画作りにそれを意識しているのか尋ねると、「あまり使命を感じているわけではない」と言い、「ただ、ちゃんと社会性を持って生きようと思っています。自分が社会性を持って生きていれば、自分が作るものは必然的に社会性を帯びると思っていて」と話した。●編集したものを見て提案「あんな役者さんは初めて」赤ちゃんポストに預けられた赤ん坊を横流しするブローカーのサンヒョンを演じたソン・ガンホは、「第75回カンヌ国際映画祭」で最優秀男優賞を受賞し、スピーチで「偉大なる芸術家、是枝裕和監督に深く感謝申し上げます」と感謝。是枝監督も「役者が褒められるのが一番うれしい」と喜んだ。ソン・ガンホとの初タッグでは、作品をより良くするために一切妥協しない彼の熱意に驚かされたという。すべてのテイクで異なる演技をし、そのすべてを覚えていて「7テイク目より4テイク目の芝居のほうがいいかもしれない」などと編集を見て提案してきたそうで、「あんな役者さんは初めてでした」と笑う。「本当に真面目なんです。作品愛が強いし、自分に対する基準が高いから、自分が納得していない自分が映っているのが嫌だという感覚。だから翌日、僕が来る前に編集マンをつかまえて『昨日編集したものを見せて』って。僕がいるところで見るのは失礼だと思っているみたいで。そして、僕のところに来て、『昨日のは素晴らしかった! だけど僕の芝居のあそこのセリフはもしかすると別のテイクのほうがいいかもしれないから試しにやってみてくれ。もちろん最終的な判断は監督に任せるけど』ということが毎日のようにありました」監督によっては任せてほしいと思う人もいると思うが、是枝監督は「全然嫌じゃなかった」と言い、「助かりました。セリフのディテールを僕がつかめていない場合もあるので、ソン・ガンホさんに選択肢を提示されるのはありがたい」とむしろ感謝する。さらに驚きのエピソードも。滑舌が悪い場面を発見し、先回りしてアフレコし、編集作業まで完了させていたという。「一番驚いたのは、僕が使っていたテイクについて『とても素晴らしいんだけど1カ所だけ滑舌が悪くてセリフが曖昧なところがあるんだ』と言われて、『アフレコしましょうか?』と提案したら、『実は今日、録音部と一緒に録ってあるんだ』と言われ、『はめてみましょうか』と言ったら、『実はもうはめたんだ』って。それはちょっとびっくりしましたが、それぐらいこだわっていてすごいなと思いました。自分で先にアフレコするって人はなかなかいないと思います(笑)」また、『空気人形』(2009)でタッグを組んだペ・ドゥナが、本作ではサンヒョンらを検挙しようと尾行を続ける刑事スジンを演じたが、是枝監督は「役者としてのポテンシャルは本当にすごい」と改めて実感。さらに、ソン・ガンホ同様、妥協しない作品作りへの姿勢にも感銘を受けたという。「ペ・ドゥナは、韓国語に翻訳された脚本と日本語の脚本を比較し、ひらがなくらいしかわからないけれど、『日本語で表現されている“…”が韓国語では消えている。監督がこの“…”に表現したニュアンスは何ですか?』とひとつひとつ確認され、『だとするとこの韓国語じゃないほうがいい』と、通訳を交えて直しました」翻訳されていたものが、いわゆる韓国の刑事ドラマで刑事が使うような荒っぽい言葉遣いだったようで、ペ・ドゥナは日頃の話し合いなどから「監督はたぶんそういう言葉を使ってないのではないか」と疑問に思ったそう。是枝監督は「それで話し合いをして全部直していく作業をしました。こういうセンスを持った役者であれば、翻訳における齟齬はだいぶ修正できると感じました」と振り返る。長年温めてきた題材で、最高のキャストとともに作り上げた本作。「とても面白い作品になったと思いますし、命というものを題材にストレートに伝えられたと思っているので、ぜひお楽しみください」とメッセージを送った。■是枝裕和(これえだ・ひろかず)1962年6月6日、東京都生まれの映画監督。1995年、『幻の光』で映画監督デビューを果たし、ヴェネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。『誰も知らない』(2004)、『そして父になる』(2013)、『海街diary』(2015)、『三度目の殺人』(2017)などで、国内外で数々の映画賞を受賞。『万引き家族』(2018)は、第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。初の国際共同製作映画となった『真実』(2019)は、第76回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門でオープニング作品として上映。『ベイビー・ブローカー』(2022)で初めて韓国映画の監督を務め、第75回カンヌ国際映画祭でソン・ガンホが最優秀男優賞を受賞、さらに「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えられる「エキュメニカル審査員賞」も受賞した。(C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED
2022年06月25日フランス在住のカメラマン、松永学さんによる、フランスの猫さま紹介!第34回目はサイベリアンのシンバ(Simba)さま。お話好きの猫さまが登場!【フレンチ猫さま】vol. 34猫さまの話をもっと聞かせて!1歳になった男性シンバさまの話を聞きました。飼い主はSNS上の広告で偶然僕を見つけました。養子縁組して引き取りに行くのに往復8時間かかったらしいです。飼い主にとって僕が最初の猫と聞きました。朝は飼い主と同時に起きて一緒に朝食をとり、それから正午頃に昼寝をして夕方に起きて晩ごはん。サーモンのカリカリやいろんなフレーバーのパテをいただきます。特に午後8時の食事は何が出てくるのか待ち遠しいです。これ以上のパテが許可されないのはなぜ? どうして食器棚はいつも閉じているの?寝る場所はいろいろあって決まっていません。床、ソファ、キャットツリーなど気分に合わせています。寝るときにぬいぐるみのサイは手放せません、もうボロボロになってしまいましたがこれだけは誰にも渡せません。貪欲で遊び心があるので、時々注意を受けます。なぜ僕はプリンターのケーブルを噛んじゃいけないんですか?飼い主とたくさんお話しをします。飼い主はこんなにお腹の毛の多い猫を見たのは初めて!と言ったり、世界で最も美しい猫と言ったり、絶賛してくれます。そのたびに返事は欠かせません。時期になると花粉アレルギーがあってくしゃみが出ます。最近毎日が眠くて、飼い主の前だから安心してお腹丸出しで寝てしまいます。眠り猫コンクールがあったら優勝するはずです!得意技は高貴な獣のあくび!月曜日が嫌いなのは、僕の飼い主が仕事に戻ることを意味するから。寂しく落ち込む週の始まりです。ーー飼い主は広告でシンバを気に入り、片道4時間かけて養子縁組しに行きました。家に帰ってからあまりに寝る猫で驚いたそうです。初めて猫を飼うので心配になったそうですが、シンバは健康そのもの。いちばんの思い出は初めてリードをつけて散歩に行った時。正直、怖かったそうです。 最初、シンバは数歩歩いて横になってしまいました。通りすがりの車や、子どもたちがボールで遊ぶのを怖がったからです。静かな場所を探しましたが、あまり変わりませんでした。 そして、あきらめようとしたとき、シンバは大人のように歩き始め、ついに家に戻りたくなくなってしまいました!でもすぐにリードが絡まってしまって、シンバはその先に行くことができないことを理解したのでした。これからも散歩して冒険するシンバの行く末が楽しみです。取材、文・Manabu Matsunaga取材、文・Manabu Matsunaga
2022年05月28日子どもがほしくて不妊治療をしていたけれど、授かることができなかったわが家。夫婦での話し合いの末、特別養子縁組の道に進むことを決めました。しかし、特別養子縁組は世間では少数派。子どもを迎える前にさまざまな不安や葛藤がありました。実際に迎え入れると……。 ベビーカレンダーは、多様化している家族のあり方=“新しい家族のカタチ”について発信する取り組みを開始しました。当事者のリアルな声を紹介していきます。多様な幸せを実現できる社会、そして、もっと「家族を持ちたい」「赤ちゃんを産みたい」と思う人が増える世の中づくりの一助となりますように。 会った瞬間にわが子を愛おしく思えた子どもを迎える前「血縁のない子を愛せるのか」と不安に思ったこともありました。しかし、あんなに心配していたことなのに子どもに会った瞬間、あまりのかわいさに血縁のことなんて全く気にしなくなったのです。日増しに愛おしくなるわが子。しかもその現象は、私だけではありませんでした。私の両親は反対こそしませんでしたが、特別養子縁組の道に進むと報告したとき、血縁についてはかなり心配していたようです。しかし、わが子を見た瞬間から、デレデレになった両親。血縁は関係なく子どもの存在自体が、みんなを笑顔にしてくれていると実感しました。 周りがすんなり受け入れてくれた「人と一緒」を好むこの日本において、子どもが好奇な目で見られるのではないかと心配で、特にママ友に特別養子縁組のことを言うのは憚られていました。しかし話のつじつまが合わなくなるので、思い切ってママ友に伝えてみたのです。すると「いーね! 自分の子にはかわりないもんね!」とこちらが拍子抜けするほど自然な反応で受け入れてくれました。現在は、特別養子縁組がメディアで特集されたり、多様性を尊重する時代に変化したりしていることで、特別養子縁組が世間に認められやすくなっているのだと感じています。世間が受け入れてくれていると分かるととてもうれしく思います。 同じ境遇の心強い仲間ができた特別養子縁組をしたことで、同じ境遇の方と出会う機会が増えました。定期的に会ったり連絡をとったりして交流しています。「真実告知すすんでる?」「ママ友や園に特別養子縁組のこと言った?」など悩みを共有したり励まし合ったりしています。この関係が子ども同士のつながりになれば、将来親に言えない養子特有の悩みを共有できる仲間になることもできると考えています。同じ境遇の仲間はとても心強くかけがえのない存在で、わが子も私も会うのが毎回楽しみで仕方ありません。 子どもを迎える前は、さまざまな不安や葛藤がありましたが、あのとき特別養子縁組の道に進むと決めたからこそ、現在は笑顔で毎日を過ごすことができています。特別養子縁組は子どものための福祉制度で、決して養親の利益のためのものではありません。それでもわが家に笑顔を運んでくれたコウノトリのような特別養子縁組制度に、感謝の気持ちでいっぱいです。著者:小野華特別養子縁組で子どもを迎えた一児の母。介護や福祉のジャンルを中心にライターとして活動中。
2022年05月20日フランス在住のカメラマン、松永学さんによる、フランスの猫さま紹介!第29回目は4歳になる黒地に白の男性オビ(Obi)さまと2歳になる白地にブチの女性のレイア(Rheia)さま。酷い怪我、病気を克服したふたりの猫さまが登場!【フレンチ猫さま】vol. 29猫さまの話をもっと聞かせて!壮絶な危機を乗り越えた猫さま。私たちは北フランスのリールの家に住んでいます。猫用のベビーサークルとパティオを建てた小さな庭もあります。私たちは「救助」された後の養子縁組です。オビは通りでさまよっていて、飼い主が連れて帰り世話をしました。レイアの場合はもっと複雑です。飼い主の庭でとても具合の悪い病気の状態で見つけられました。そして近所の人々に聞いて、ある家族から完全に見捨てられたということを知りました。飼い主は人々と連絡を取り、レイアを治療し、消毒し、家族に返そうと努めましたが、その家の人々は何も聞かず、レイアの状態は日々悪化していきました。そこで、養子縁組ファイルを作成し、獣医の費用、食費などを集め、協会の助けを借りて養子縁組をしました。最終的にレイアが飼い主を選んだと言ってもいいのかも知れません。また、レイアの家系図のどこかに小さなシャムが入っているようです。私たちの一日は、まず暖かいところで昼寝、次にたくさん遊び、そして重要な食事のひと時があります。飼い主は自宅で仕事をしていているので、一日中私たちの世話をしてくれます。時には同居人のボーダーコリー犬のフィセルと一緒に、改造されたバンで旅行もします。飼い主は、健康に注意を払ってくれて、組成が良く、炭水化物が少なく、タンパク質レベルが良いカリカリを選んでくれています。特別な食事はローストチキンです。ボーダーコリーのフィセルも一緒になって食べています。三人はとても仲良しです。そして私たちは丸い寝具で寝るのが好きですが、フィセルのベッドもたまには占領します。お気に入りのおもちゃはなんと言っても紙のボールです。飼い主は、買い物リストや何か月も机の上に貼ってあった不要のポストイットで小さなボール作り、投げてくれます。これに私たちは大喜びで追いかけ回ります。<飼い主から見たオビのこと>好奇心が強いが、もともと恥ずかしがり屋で怖がり。最近ではだんだんとみんなと一緒に出かけることに慣れてきましたが、毎日同じリズムの生活がお気に入りで、庭に設置した公園で過ごすことを好みます。いくつかのトリックや「美しく見える」方法を知っています。食べ物は好き嫌いがありません。<飼い主から見たレイアのこと>独立していて、好奇心が強く、勇気があり、本当の小さな冒険家です。出かけたり、新しい場所を発見したりするのが好きで、甘える時はニャーと鳴き要求が強いです。好きな食事はチューブ状のキャットフードです。共通しているのは頭と首を撫でられるのが大好きなこと!<飼い主からのメッセージ>オビは、生後2~3か月のとき、通りをさまよい、誰も彼の世話をしていませんでした。彼は長い間その状態だったようです。食べ物をあげると寄り付いてきたので、まったく野生ではありませんでした。私たちは彼に簡単に近づくことができて、彼との絆をつくることができました。彼は私たちの最初の猫でした。最初に私たちは彼を自由にして、庭に出して、好きなところに行かせたほうがいいと思いました。通りしか知らなかった猫なので、去勢後、好きなときに出かける「チャンス」を与えたのですが、残念ながら猫が嫌いな隣人のうちの1人が、オビを何度も攻撃しました。この隣人は、フランスで認可されたペレット銃でオビの後ろ足を撃ったのです。その後、何が起こったのか正確にはわかりませんが彼は重体になり緊急治療室に行きました。残念ながら私たちは隣人に対して法的措置を取る証拠がありませでした。ペレット銃を使ったこの隣人の簡単な音声録音、この恐ろしい人に対して訴訟を起こすことは不可能でした。この事件が起きてから、私たちは完全に安全な屋外公園であるパティオを作ることにしました。オビは外出する必要がありますから。オビの回復期には、彼を屋内に閉じ込めておくことはとても大変でした。彼は家から出て散歩するためのあらゆる方法を探していました。パティオは彼にとって狭いかもしれませんが、安全でお気に入りの屋外コーナーになりました。そこでは誰も彼を二度と傷つけることはできません。レイアの話はもっと複雑で、彼女自身の運命はこれからどうなるのかわかりませんでした。庭で彼女を見つけたとき、さまざまな病気をもっていました。ノミと耳ダニが寄生していて、頭にツツガムシ、鼻炎の始まり、異常な呼吸、虫のせいで巨大に膨らんだお腹になっていました。そしてたくさんの検査を受けてから、ますます厄介になっていた臍ヘルニアの手術が必要でした。獣医からたくさんのアドバイスを受け、薬やクリームなどで多くの治療をしました。この小さな戦士は戦い、乗り越えました。その後、私たちは彼女をのことを家族にすることを考えました。家ではオビはレイアに本当に夢中になりました。オビは他の猫とあまりうまくやっていなかったので、レイアと仲良くなり、両方が最高のゲームパートナーになった時は嬉しかったです!レイアは家族を探しているとわかったのに違いありません。彼女はみんなを魅了する方法を知っています。そしていまでは、私たちは、レイアも家族の大切な一員であり、他の選択肢はなかったと考えています。猫たちとの幸せな思い出はたくさんあります。オビにとっては、彼が安全なパティオを初めて発見した時。ライアにとっては数日前に彼女が初めて海に行ってビーチを発見した時です。私たちの猫は私たちにたくさんの愛と幸福をもたらしましたが、猫の幸福ついて常に学んでいるので、猫の環境に関する知識も得ることができました。Instagram(@nospetitscoussinets)を作ったおかげで、私たちのように動物に情熱を注いでいるとても素晴らしい人々にも会えました。ーー飼い主からとても深い猫さま愛を感じる興味深い話が聞けました。フランスでは最近、小動物用の棺桶システムができたそうです。動物たちに別れを告げるときは、棺桶の中に入れ、埋めると、この棺桶から種が出て、木と花が育ちます。このようにして彼らのエネルギーを地球に還元し、彼らの魂を飛ばし、彼らの体を美しい木や小さな花のような他のものに変えたいと考えているようです。人々にとっても、それは素晴らしいことになるでしょう。動物の名前が小さく描かれたカスタマイズ可能なキャンドルホルダーもあるようです。飼い主はその時が来たら必ず愛猫のためそれを購入し、キャンドルに火をつけ、彼らのことを考え、愛猫さまもそれを感じ、お互いがいつでもつながっているのを感じたいのだと語ってくれました。取材、文・Manabu Matsunaga取材、文・Manabu Matsunaga
2022年05月10日不妊治療で悩んだ末、特別養子縁組で子どもを迎えることにしたはるさん(@haru25_s)。生後5日目の娘さんを家族に迎え、現在は、はるさん、旦那さん、娘さんの3人家族。今、子どもを迎えて子育てに奮闘しつつ幸せいっぱいな日々を過ごしています。しかし、特別養子縁組ならではの日常生活の困りごとや悩みもあると言います。そのリアルな日常をお話ししてくれました。 ベビーカレンダーは、多様化している家族のあり方=“新しい家族のカタチ”について発信する取り組みを開始しました。当事者のリアルな声を紹介していきます。多様な幸せを実現できる社会、そして、もっと「家族を持ちたい」「赤ちゃんを産みたい」と思う人が増える世の中づくりの一助となりますように。 特別養子縁組とは特別養子縁組制度とは、さまざまな理由で実親と暮らすことができない子どもを自分の子どもとして迎え入れる制度のこと。新たな養親子関係を築き、温かい家庭環境の中でその健全な養育を図ることを目的としています。家庭裁判所の審判によって法的にも親子関係を結ぶため、子どもが生涯にわたり安定した家庭を得ることができます。 はるさんのきっかけはるさん夫婦はもともと妊娠の可能性が低かったことから、結婚後すぐに不妊治療をスタートしました。しかし、3回顕微授精にトライしたものの、3回とも着床せず……。3回目の結果を聞いたとき、夫婦で話し合いをして、養子縁組にシフトすることにしました。そして、生後5日目の女の子を家族に迎え入れることになったのです。 特別養子縁組のリアル特別養子縁組で子どもを迎えた家族には、日常生活でちょっと戸惑うこともあるそうです。はるさんはこんなことを話してくれました。 「どこの産院で産みました?」というなにげない質問に困惑 はるさんは、初めて会った人、関係の浅い人に、どこまで話したらいいのか悩んだことがあるそうです。「娘の定期健診で病院に行ったとき、戸惑うことがありました。待ち時間に、隣に座っていた初めて出会ったママさんとお互いの赤ちゃんの月齢などについて、会話をしました。そしてそのママから『どこの産院で産みました?』と聞かれたのです。特別養子縁組で娘を授かったことを人に隠すつもりはありませんでした。しかし、このママさんは今日会ったばかりの人。こういう場合にも本当のことを言った方が良いのかと悩みました。ひとまず『県外なんです』と回答したところ、今度は『里帰り出産ですか?』という質問がきてしまいました。私の実家は県内。しかもすぐ近くだったんです」 このとき、「実家はどちらですかと聞かれたらどうしよう……」「このままでは話のつじつまが合わなくなってしまう」「この親子がご近所さんで、ゆくゆく娘とこのママのお子さんが仲良くなったら……」 そんなことがはるさんの頭の中をめぐったそうです。 「そして意を決して、『特別養子縁組なのでこの辺の産院ではないんですよー』と軽く答えました。すると相手のママさんはいっきに表情が固くなってしまって。でも無理もないですよね。ビックリされたんだと思います。いつか何かのご縁でつながることがあるかもと思って事実を伝えてしまいましたが、結果的に相手のママさんを困らせてしまいました。 そのあとは、こういうときはどういう対応が正しいんだろうかと悩みました。けれど、娘のためにも堂々としていたいし、それに、近所の病院だったこともあり、いつどうこの方とつながるか分からない。やっぱり嘘はつかなくてよかったと思っています」 最近は芸能人などの特別養子縁組の公表などもありますが、まだまだ日本では特別養子縁組の利用は少なく、相手のママさんも想像していなかったのかもしれませんね。 「特別養子縁組や里親であることがさらっと言えるぐらい、世の中で一般的なことになればいいな」とはるさんは改めてそう願ったと言います。 真実告知のタイミングは突然やってくる!?子どもには自分の出自を知る権利があります。「真実告知」とは、子どもに、生んでくれた人がいること、生んでくれた人にはいろいろな事情があって育てられないこと、自分たち養親が家族となることを心から望んで迎え入れたという真実を伝えること。子どもの生い立ちを親子で受け止めていくための行いでもあります。 「告知というと1回かな? と思いがちですが、年齢に合わせて伝えていくんです。私たちも何度も何度も折にふれて娘の成長に合わせた表現で伝えています。」とはるさん。 「物心つく前から、真実告知に関する絵本を読み聞かせたり、地図を見せて『〇〇ちゃんはここで生まれたんだよ。』『△△ママ(実母さんのお名前)から生まれたんだよ』と伝えてきました」 しかし、娘さんからある日突然「〇〇は△△ママから生まれたー?」と聞かれたときは焦ったと言います。 「朝、園へ自転車で送迎中だったのもあって、内心、『え? 今その話? どうしよう、この忙しい朝に……。なんて言おう!』と……。そして迷った末、「うん、そうだよー♡」とだけ答えて、その日の夜にゆっくり話しをしました。自分たちから伝えるときは準備しているので落ち着いて伝えられますが、娘から突然聞かれて答えるというのは戸惑ってしまって。それからは、『こう言われたらこう言おう』と夫婦でシュミレーションをしたり、ひとりで練習したりしています」 はるさんは、娘さんが話したいとき、聞いてきたときにしっかり伝えられるように準備をしておくことも、特別養子縁組で子どもを迎えた親の役割だと実感したそうです。 「なんで言ってしまったの?」と実母から責められて…はるさんは、もともと知り合いには事実を伝えたいと考えていました。しかし、両親に反対されてしまって正解がわからず悩んだ時期もあったそうです。周りにどう伝えるか。これは特別養子縁組で子どもを迎えた多くのママパパたちが悩むことなのかもしれません。 「私は特別養子縁組は悪いことではないのだから、もともと隠すことではないと考えていました。隠すことは娘を否定することになってしまうのではないかと思っていたのもあります。実家の近所の方に『どこで産んだの?』と聞かれたのをきっかけに、特別養子縁組で迎えたことを話しました。すると、それを知った私の両親が、『どうして話したの? 娘ちゃんのことを考えたの?』と言うのです。私はなんで隠さないといけないの? と思い、とてもショックでした」 そうしてはるさんは、義両親にも意見を求めてみましたが両親と同じ意見でした。 はるさんは「隠したり嘘をつくことで娘があとから困ることになるのではないか。悪いことでも恥ずかしいことでもないのになぜ隠さなくてはいけないのか。自分の考えは間違っているのか?」と、とてもモヤモヤしたそうです。 しかし、仲の良い園のお友だち家族に、娘さんのことを話したとき、このモヤモヤは晴れたと言います。 「仲が良くなるにつれて、話のつじつまが合わなくなってくるので、思い切って話してみました。すると、『特別養子縁組の家族初めて知った! 身近にいるんだね!』『話してくれてありがとう。娘ちゃんがそっくりだからビックリした!』など、どの家族もとても自然に受け入れてくれました。そしてその後も何も変わらず接してくれています」 この経験から、やっぱり勇気をもって伝えてよかったと思っているそうです。 「娘には自分に自信と誇りを持って生きてほしい。でももしも将来、娘が傷つくことがあったら、いっしょに悩んで進んでいきたい」そうはるさんは言います。 「親に捨てられてかわいそうに…」悪気はないのだろうけれど娘さんを特別養子縁組で迎えたばかりのころ、生まれて間もない赤ちゃんの娘さんを見て、「親に捨てられてかわいそうに……」と言った方がいたそうです。 「特別養子縁組の考え方やイメージは人それぞれだから、このように思う人がいることは理解できます。けれど、私は『娘は幸せな子ども』だと考えているんです。実母さん、つまり娘を生んだママは、娘のことを想って、娘が幸せになる方法を選択しました。娘は、実母さんからも、育ての親である私と夫やその家族からも、愛されている。たくさんの方の愛に包まれた幸せな子だと思っています。実母さんは娘を捨てたわけじゃない。愛しているからこその選択だったはずです」 娘さんのごっこ遊びには、2人のお母さんが登場するそうです。「あなたには2人のお母さんがいるのよ。産んでくれたお母さんと育ててくれるお母さんよ」娘さんはごく自然なこととして受け止めているのですね。 「娘自身が『たくさんの人に愛されて私は幸せだ』と考えられるようになってくれたら、こんなにうれしいことはありません。他人がどう思おうと、娘がそう思えるような子育てをしていきたいと思います」 覚悟を決めて特別養子縁組を選んだはるさん。生後5日目で迎えた娘さんは現在未就学児で、すくすくと元気に育っているそうです。日々、悩むことはあるけれど、「正解は自分の心が決めるもの」。そう考えながら、はるさんは幸せな気持ちで子育てを楽しんでいます。 出典:厚生労働省「子供を育てたいと願う人へ特別養子縁組制度」政府広報オンライン「すべての子どもが健やかに育つ環境を。特別養子縁組制度をご存じですか?」今、家族のカタチは多様化しています。特別養子縁組や里親もその1つ。一人ひとりにあった「家族のカタチ」「多様な幸せ」が実現しやすい社会になりますように。 はるさんはInstagramから特別養子縁組について世の中の人に知ってもらいたいと、発信されています。ぜひチェックしてみてくださいね。
2022年04月30日妊活したけれど、なかなか子どもを授からないあきママさん夫婦。早く子どもを授かりたくて、特別養子縁組の手続きも同時に進めておくことに。妊活して1年経った頃、無精子症であることがわかった夫は、妻のあきママさんに精子提供を受けることを勧めます。あきママさんはトラブルを防止するため、夫の考えを書面に残したいと言って書き始めました。そして、次に、あきママさんは夫にお金のことを話します。すると夫は……。 夫のお願いに、妻は…※個人間での精子提供・人工授精は経歴詐称や感染症、生まれた子の将来に、近親婚などのリスクがあります。 夫以外の人に精子を提供してもらうことについて、夫が承諾したことを書面に残しておきたいと言い出したあきママさん。つらつらと、メモし始めました。 そして次に、お金の話をし始めます。 説明をいていた夫は聞くのもつらくなり、「わかったよ。かかった分をその都度報告してほしい。」と言いました。 あきママさんは「私、超ステキな彼氏ができたよ!!ってなすくんに言って、ホテル代をもらうってこと? 正気?」と詰め寄ります。 それを聞いた夫は断固拒否。 二ヤリとしながら、だからお小遣いを値上げしてくれたらいいとあきママさんが言うと、今度は夫はあることをお願いしてきました。 それは、 「もしも俺よりその彼氏を好きになってしまったとしても、ちゃんと俺のところに帰ってきてね!」 というなんとも切実なお願いでした。 するとあきママさんは、 「絶対帰ってくるって言ってあげたいけど!! 恋は人をくるわせるからー!!」 と、正直に言ってしまいます。 「えーーーーじゃあダメだよ! 今までの話全部なし!! なしなし!!」 と夫。 お小遣いの値上げも、彼氏を作る話も、一気に流れたのでした。 ◇◇◇ あきママさんが彼氏を作る話はここでなくなりましたが、あきママさん夫婦は、AID(無精子症のカップルだけが受けられる第三者の精子を利用する人工授精)については、実際には選択肢のひとつとして考えていたそうです。夫婦の話題に上ることも多かったとか。不妊に悩む夫婦は年々増加しているといわれています。そして、子どもを授かる方法は多様になってきました。それだけに起こりうるトラブルもさまざま。しっかりと情報収集をして知識を深めておきたいですね。 ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年04月23日妊活したけれど、なかなか子どもを授からないあきママさん夫婦。早く子どもを授かりたくて、特別養子縁組の手続きも同時に進めておくことに。かつて、妊活中に無精子症がわかった夫は、精子提供サイトを見つけるとあきママさんにこういう方法もありじゃないかと勧めました。「他人の子を妊娠してもいいの?」と乗り気ではなさそうだったあきママさんですが、しばらく考えた結果、「じゃあ私、彼氏作ってもいーい?」と突拍子もないことを言い出します。あきママさんの真意とは……!? 突拍子もないことを言い出した妻…「私にとって理想の精子提供ってなんだろう。」 と考えてみたあきママさん。 「私の幸せのために協力したい、と思ってくれる方から精子を提供してもらえたらいいな。ということは、相手は私のことを好きっていうことになるのかな。私もできることなら好きな人の子どもを授かりたいし……。」 そんな風に思ったことから、「私、彼氏作ってもいーい?」と、夫に質問したのでした。 さらに、あきママさんは理想の精子提供者について、妄想をふくらませます。 夫は、「あきちゃんが子どもを授かるために彼氏を作りたいなら、応援するよ。」と目に涙をためて言いました。そして条件も突き付けます。 ※個人間での精子提供・人工授精は経歴詐称や感染症、生まれた子の将来に、近親婚などのリスクがあります。 他の人からの精子提供を受けるなら、その提供者とは両想いになる必要がある、だから、彼氏を作らないと実現しない、と言い出したあきママさん。 「ちょっと何言ってるのか分かんない」と夫は混乱します。 しかし、考えた結果、夫は愛する妻が、子どもを授かるためなのだから仕方がないと、涙目になりながら承諾してくれました。 けれど、「もし子どもができても、俺の子だとだまして欲しい」と言います。 「そんなことはできない」とあきママさん。 そんな不安定な夫を見てか、あきママさんは夫に「私が精子提供を受けるのがOKなら、そのことを書面に残して欲しい」と言いました。 もし離婚することになったとき、「俺の子じゃねーし!」などと言われて養育費トラブルなどに発展しないようにしたい、というのがあきママさんの目的のよう。 「言わないよ!!」 ますます追いつめられてショックを受ける夫をよそに、「公正証書ってやつ?」と、とっても冷静なあきママさんなのでした。 ◇◇◇ 特別養子縁組制度を進めるに至るまで、こんなふうにして、あきママさんとなすびさん夫婦は、「精子提供」についても議論していたのですね。なすびさんから勧めたものの、なすびさんはあきママさんの意見に引き気味の様子です。ご夫婦の両方が、心から納得のいく道が見つかるといいですね。 ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年04月21日「特別養子縁組への道」第11話。妊活してもなかなか子どもを授からないあきママさん夫婦。早く子どもを授かりたくて、特別養子縁組の手続きも同時に進めておくことに。そして時は夫が無精子症と診断を受けたころにさかのぼります。ある日、夫は精子提供のサイトを見つけてきました。しかし、妻、あきママさんの反応はとても冷ややか。そして、話を聞いたあきママさんはある質問を夫に投げかけました。夫は思わず固まってしまいます。あきママさんの質問とは……? 「特別養子縁組への道」第11話 ※「スワイプ」とあるけれど、次のページを見てね。 ※あくまでも作者のイメージです。※個人間での精子提供・人工授精は経歴詐称や感染症、生まれた子の将来に近親婚などのリスクがあります。※現在、日本産科婦人科学会は「非配偶者間人工授精(AID)」は登録した施設のみで実施することを認めています。 ※誤)見た方がいいんじゃない??→正)みた方がいいんじゃない?? ある日、夫のなすびが、精子提供を斡旋する民間サイトを見つけてきました。 浮かれるなすびと対照的に、冷ややかなあきママさん。サイトに対して、信用できるのかと懐疑的になっています。いろいろと不安な点を挙げました。 それでも、「絶対に子どもが欲しいならチャレンジしてみたほうがいいんじゃないか」と夫は言います。 するとあきママさんは言いました。 「じゃあさ、私、彼氏作ってもいーい??」 妻からの思いもよらない質問に、夫は固まってしまいます。あきママさんはなぜそんなことを言い出したのでしょうか。次回、夫にその真意を語ります……。 ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年04月19日「特別養子縁組への道」第10話。妊活してもなかなか子どもを授からないあきママさん夫婦。1日も早く子どもを授かりたくて、特別養子縁組の手続きも同時に進めておくことにしました。時は不妊治療の病院を訪れたときにさかぼのります。夫の検査の結果、無精子症であることを医師に告げられたあきママさん、家に戻って夫にそのことを伝えました。すると夫は無表情で……!? 「特別養子縁組への道」第10話 不妊治療の病院で、夫が無精子症であることを知ったあきママさん。 自宅に戻って、夫のなすびにそのことを伝えました。 そして、無精子症には、大きく分けて、精子はいるけど出てこないか、精子を作る力が弱いかないかの、2つのパターンがあること。泌尿器科に行って検査してくださいと言われたことも説明しました。 夫を気遣い、あえて淡々と伝えたあきママさん。 夫の冷静な反応に、少し困惑しつつも、 「私は今回結果が分かってよかったよ。やっと次に進める今の気分は超ハッピー」 と伝えました。 「あきちゃんがそれでいいならいいけど」 と夫。 このことが、あきママさんたち夫婦が特別養子縁組を視野に入れるきっかけになるのでした。 次回、夫が精子バンク提供サイトを見つけてきます。すると、思いもよらぬ反応があきママさんから返ってきて……!? ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年04月15日「特別養子縁組への道」第9話。妊活するもなかなか子どもを授からないあきママさん夫婦。1日も早く子どもを授かりたく、特別養子縁組の手続きも同時に進めておくことにしました。そして時は、妊活を始めて1年たったころにさかのぼります。1年間タイミング法でトライしても妊娠しないため、不妊治療の病院へ。まずは、夫の精子を提出します。そして、待つこと3時間……。名前を呼ばれ、ドキドキしながら診察室へ向かうあきママさん。まさか、医師から衝撃の事実を伝えられるとは、このときは知る由もありませんでした……。 「特別養子縁組への道」第9話 ※WHOは、正常な精子数の範囲を1ml当たり1500万個から2億5千万個としています。 1年間タイミング法を試すも妊娠しなかったあきママさんは、不妊治療の病院へ行きました。受付で夫の精子を提出し、待合室で3時間待ちました。 平日の昼間でも混んでいる状況を見て、不妊治療に通う人の多さを実感します。 そしてようやく名前が呼ばれると、「卵管造影検査」をすると思っていたあきママさんは、痛いのかなとドキドキ……。 しかし、診察室で医師から告げられたのは、夫、なすびの精子の検査結果でした。 「精子がですね、0匹という結果が出たんですね。」 一瞬、頭が真っ白になるあきママさん。冷静になり、 「1匹もいないんですか?」 と聞くと 「そうです。いわゆる無精子症です。」と医師は説明しました。 こうして、卵管造影検査などのあきママさんの検査は、夫の詳しい検査を終えてからおこなうことになりました。 次回、あきママさんは、夫、なすびにこの事実を伝えますが……!? ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年04月13日「特別養子縁組への道」第8話。時は妊活初期にさかのぼり、あきママさんが子作りデーだと夫を誘ったときのこと。「風邪ぎみだから」「薬を飲んだから」などと言って拒否する夫。次の月もまた、「今日もダメ」だと断ってきました。「まさかまた先月に引き続き風邪ひいたとか、薬を飲んだとか言うわけ?」そう、あきママさんが迫ると夫はワケを話し始めました。果たして、夫が拒否した理由とは!? 「特別養子縁組への道」第8話※似顔絵プレゼントクイズは実施していません。 ※イラストは作者のイメージです。 ※誤)タイミング方→正)タイミング法 このときの夫は、まだ、自分の精子についてなにも把握していなかったのです……。 ◇◇◇ 前回、子作りデーを拒否た夫。その理由はなんと、「素手でワックスがけをしたから」というものでした。 あまりにも慎重すぎる夫の姿勢に、「ボケー!」 怒るあきママさん。 そして、あきママさんは、夫に「私の卵が老けていくんだよ」と諭します。夫は納得し、それからは夫婦で真面目にタイミング法での子作りに励むも、1年間妊娠することはありませんでした。 次回、不妊治療の方針を決め直すために、検査を受けることにしました。あきママさんは、痛そうな卵管造影検査に覚悟をするのですが、なんとそこであることがわかります。そのあることとは……!? ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年03月31日「特別養子縁組への道」第7話。前回、実際に養子縁組で子どもを授かったというリスナーさんからDMが届き、候補の斡旋団体が見つかったと喜んだあきママさん。そして時は妊活初期に遡ります。「今日は子作りデー。」夫に伝えると、夫はあらゆる理由をつけて拒んできました。ショックを受けるあきママさん。しかし、夫は翌月も……。 「特別養子縁組への道」第7話 夫がその日、子作りができないと言った理由はなんでしょう。 ◇◇◇ 今日は子作りの日。あきママさんは夫を誘いますが、夫は「風邪薬を飲んだから、子どもに悪い影響があるかもしれない」と言って、拒否しました。慎重な夫。 そしてその次の月も。今度は薬を飲んだわけではないが、あることをしてしまったからだと言って夫は断ってきました。 今度はなに!? 夫のしてしまったこととは……!?次回、明らかに! ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年03月30日「特別養子縁組への道」第6話。特別養子縁組の斡旋団体について、ライブ配信にて情報を求めるも、なかなか信ぴょう性のある情報が得られないと悩んでいたあきママさん。ある日、リスナーさんから1通のDMが届きました。それは、実際に民間団体で養子縁組をしてお子さんを授かったという体験者からのメッセージでした。さっそく、その方が書いているブログを見てみることに。すると……!? 「特別養子縁組への道」第6話 ※誤)半年くらい出来ました→正)半年くらいで来ました あきママさんのライブ配信のリスナーさんからDMが届きました。 そこには、養子縁組で子どもを授かったことが書かれていました。さらに、里親の研修や面談をして登録をしてから、半年ほどで子どもを迎えることができたと言います。2~3年ぐらい待つと思っていたあきママさんはビックリ。 さっそく夫に報告し、不妊治療中はお申込みができないため、不妊治療をやめたときの、最後の砦として候補の団体にすることに。 ひとつ団体の候補が決まって、前進を感じたあきママさん。改めて、情報をくれたリスナーさんやSNSで情報提供を呼びかけることができる今の時代に感謝します。 そして未来のわが子へ、 「私がきっと幸せにしてあげるからね」 そう、誓うのでした。 次回は、妊活を始めたばかりの頃のあきママさんとなすびさん夫婦のやりとりをご紹介! なぜか、夫は子作りデーをあれやこれや理由をつけて拒んで……!? ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年03月29日「特別養子縁組への道」第5話。前回、多額の借金を抱えてしまった夫に、「自己破産を選ぶなら他の人の子どもを産みます」と爆弾発言をしたあきママさん。しかしその後「私も一緒に頑張るからできるだけふんばろう」と夫を励まします。そしてライブ配信でお金を稼ぎ、情報収集!すると、ある日ライブのリスナーさんからDMが届きます。固まるあきママさん。そのメッセージとは……!? 「特別養子縁組への道」第5話 ※AIDとは夫以外の第三者から提供された精子で人工授精をおこなう方法のことです。精子の提供を受けなければ妊娠できないと医師が判断した場合に、受けることができます。 あきママさんは、自己破産になるかもと弱音を吐いていた夫を、「お金のことは一緒に頑張ろう。できるだけふんばろう。」と励まします。 こうして、借金を返しながら特別養子縁組を目指すミッションが始まりました。 そして里親研修の開催を待ちながら、ライブ配信を再開し、お金を稼ぐあきママさん。ライブ配信では特別養子縁組に関して多くの情報が寄せられました。 でもなかなか、信ぴょう性のあるものが見つかりません。 ……とそんなことを思っていたところ、ある日、1人のリスナーさんからDMが届きました。なんと、実際に民間の団体で養子縁組をしてお子さんを授かったと言いますす。しかもブログも書いている! DMを読んで固まるあきママさん……! 次回、あきママさんはリスナーさんのブログを読んで……!? ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年03月28日「特別養子縁組への道」第4話。あきママさんは不妊治療と特別養子縁組の準備に集中しようとしていた矢先、夫が多額の借金を抱えてしまったことがわかりました。夫はあきママさんに「自己破産になるかもしれない。むしろその方がラクかも……」と言い出します。すると、特別養子縁組をするのに不利になるのではと考えたあきママさんは、思わず夫のなすびさんに……!? 「特別養子縁組への道」第4話 ※実際には里親登録の条件に自己破産経験の有無はありません。ただし、「経済的に困窮していないこと」という条件があります。 ※戸籍に自己破産したことが記載されることはありません。 フランチャイズ契約で出店を出そうとしていた夫のなすびさん。結果的に多額の借金を抱えてしまいました。 「自己破産になるかも……。むしろ、その方が借金生活よりもラクかもしれない」と夫。 するとあきママさんは「それはダメーーー!」 と断固反対! 養子縁組をするのに、きっと不利になるだろうと考えたのです。 さらにあきママさんは言いました。 「自己破産するなら、別の人の子どもを産みます」 衝撃を受ける夫……。 次回、「別の人の子どもを産む」とまで言われた夫は……!? ※本記事の内容は、個人の主観が含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年03月27日「特別養子縁組への道」第3話。前回、赤ちゃんポストを設置する施設で説明を受け、見学をさせてもらったあきママさんとなすびさん夫婦。やさしい看護師さんたちに出会い、こういうところで養子を斡旋してもらいたいなと思いつつ、他の団体もリサーチすることに。そんなある日、洗面所で脱力しきって倒れ込む夫を発見。ただごとではない雰囲気。「何!?どうしたの!?」駆け寄るあきママさんに、夫から衝撃の告白が……! 「特別養子縁組への道」第3話 そんな風に思っていた矢先、ある日突然、夫のなすびが……!! なすびを問いただした。すると…… 夢だった女優を諦めてから始めたライブ配信。楽しくて1日中配信して、妊活はおざなりになっていました。そんなことを振り返り、あきママさんは、もう、子どもを迎えることに集中しよう、ライブ配信は今回で終わりにしようと決意します。 そんな矢先、夫のなすびが自宅で脱力して倒れていました! なんだかただごとではない雰囲気。 「何!?どーしたの!?」 と駆け寄るあきママさん。 「ごめん、俺どうしよう……。」 と涙目の夫。 問いただすと、なんと、夫は、多額の出店費用を払ってフランチャイズ契約をしてお店を作ったが、その事業本部が倒産して借金だけが残ってしまった、と言います。 ショックをうけるあきママさん……。夫婦はまさかの、大借金生活へ!!! 次回、夫は自己破産するのがいいんじゃないかと言い出して……!? ※本記事の内容は、個人の主観も含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じ専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年03月26日「特別養子縁組への道」第2話。夫の無精子症がわかり、不妊治療とともに特別養子縁組で親になるための準備を進めるあきママさんとなすびさん夫婦。児童相談所に連絡をして面談を受けました。そして今度は、民間の斡旋団体や施設を検討することに。さっそく、「赤ちゃんポスト」のある大きな病院へ行ってお話を聞いてみることにしました。果たして、今回は……!? 「特別養子縁組への道」第2話 ※「こうのとりのゆりかご」とは、慈恵病院が運営する「赤ちゃんポスト」のこと。子どもを自分では育てられない場合に、赤ちゃんの緊急避難場所として、一時的に預けられるところです。 慈恵病院で説明を受け、見学させてもらったあきママさんとなすびさん。実際に「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を見て、赤ちゃんを預けにきたママの心情を思い、なんだか胸が痛くなりました。そして、やさしい看護師さんや職員さんたちに出会い、こういうところで斡旋してもらえたらいいね、と、夫婦で話し合いました。 順調に知識を増やしているあきママさん。次は他の団体もリサーチすることにします。 しかし、次回、夫なすびの身に、身の毛がよだつような事件が!! その事件とは……!? ※本記事の内容は、個人の主観も含まれており、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年03月25日「特別養子縁組への道」第1話。夫のなすびさんに無精子症が発覚し、不妊治療と並行して養子縁組に向けて手続きを進めていくことにしたあきママさんとなすびさん。とにかく早く子どもを育てたい! そう思い、不妊治療だけ頑張るのではなく里親になる準備も進めておいた方が良いだろうと考えたのです。しかし、なかなか思うようには進まなくて―!?あきママさんご夫婦の特別養子縁組計画のリアルな体験をマンガで紹介します! 「特別養子縁組への道」第1話 ※特別養子縁組=実父母との親族関係が消滅し、育ての親が親権を持つ制度のこと が、しかし……。 そして、なんと! 里親登録を受けるのに必要な、最初の面談(兼ガイダンス)の予約ができたのです。 ※ここで言う「里親登録」とは「養子縁組里親登録」のこと 夫、なすびさんに無精子症が発覚し、不妊治療と並行して特別養子縁組の手続きも進めることにしたあきママさんご夫婦。 ネットで方法を調べ、まずは児童相談所に連絡をしました。そして、面談の日程が決まりました。 あきママさんとなすびさんは、気合を入れて面談に向かいました。無事、面談を終え、次の研修は2カ月後! と意気込むあきママさん。「最短で里親登録を取って、来年か再来年には親になりたいな!」と最初の1歩を踏み出せたことを喜びます。 が、しかし!! その後コロナウイルスの感染拡大によって、研修は予定どおりおこなわれず……。前途多難を予感させるスタートなのでした。 次回、児童相談所ではなく、民間の団体の斡旋を検討してみることにしたあきママさん。「赤ちゃんポスト」を設置している民間施設へ向かいました。すると……!? ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 著者:マンガ家・イラストレーター あきママ
2022年03月24日カンヌ国際映画祭に出品され、8分間におよぶスタンディングオベーションを浴びた『ブルー・バイユー』。この度、映画のテーマとなっている韓国の国際養子縁組の問題に触れた30秒予告編が解禁された。ジャスティン・チョン監督が国際的な養子縁組で起こってきた問題を、韓国人コミュニティを通して知ったことがきっかけとなり作られた本作。本作の主人公アントニオは、韓国に生まれ、1988年に3歳で養子としてアメリカに渡ってきた。このような国境を越えて行われる養子縁組を国際養子縁組と呼ぶ。早川眞一郎(専修大学法科大学院 教授)によれば、統計上、韓国は1953年から2010年までで総計16万人余りの国際養子を送り出しており、特に1970年頃からその数が急増し、1985年頃には年間8,000人を超える勢いに。2005年頃まではコンスタントに年間2,000人を超えていたが、2005年以降は世界的にもその数がぐっと減少してきているという。国際養子縁組が行われてきた背景には、先進諸国では養子をとりたいと願う養親希望者の数に比べて養子になる子どもが少なすぎ、発展途上国では養親を必要とする子どもが多いのにもかかわらず、自国内では十分な数の養親希望者を見つけることができないという事情があった。国際養子として新しい国にやって来た子どものなかには、先進国の豊かな社会の中で養親の愛情に恵まれて幸福に育った子も多かっただろうが、アントニオのように悲惨な人生を送ることになった子も少なからずいた。もともと国際養子縁組は、ひとつ間違えば、子どもの人身売買になりかねない危険な制度であった。1980年代には国際社会において、このような国際養子縁組の危険性が強く自覚され、これに対処する取り組みがなされ、その結果、1993年にハーグ国際私法会議という組織によって「国際養子縁組に関する条約」が作成された。この条約は、国際養子として他国に養子として送られる子どもたちが危険に巻き込まれることなく、安心して安全に暮らすことができるように、様々なルールを定めたもの。この条約の加盟国は、厳格な手続きを経て国際養子縁組を実施しなければならないことになっている。もし仮に、アントニオが韓国からアメリカに国際養子として渡ったときにこの条約が存在していて、韓国とアメリカの両国ともにその加盟国であったならば、アントニオの悲劇はおそらく回避されていたのかもしれない。『ブルー・バイユー』は2月11日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開。(text:cinemacafe.net)■関連作品:ブルー・バイユー 2022年2月11日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開©2021 Focus Features, LLC.
2022年02月03日「ここはゴンちゃんが運営に携わっているお店です。僕の実家のとんかつ店があるのもすぐ近くの歌舞伎町、彼女と初めて一緒に暮らしたのも、この近所でしたね」杉山文野さん(40)がそう語りだしたところで、彼が注文したホットジンジャーが運ばれてきた。6色のレインボーカラーのマスクを外すと、精悍な髭面が現れる。6色レインボーは、LGBTQ+(性的少数者の総称)の象徴だ。杉山さんも、女性として生まれたトランスジェンダーだ。LGBTQ+のリーダー的存在で、日本初の「同性パートナーシップ制度」(東京都渋谷区)制定に関わり、現在も渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員を務めている。戸籍上は女性のまま、女性のパートナーと事実婚をし、ゲイの友人であるゴンちゃんから精子提供を受けて、パートナーが出産。2人の子どものパパになった。現在は杉山さんとパートナーの彼女、そしてゴンちゃんの3人で、子育てをしている。その経緯や生活ぶりをつづった著書『元女子高生、パパになる』(文藝春秋・20年)、『3人で親になってみた』(毎日新聞出版・21年)も出版され、話題になった。杉山さんがインタビュー場所に指定した「新宿ダイアログ」は、東京・新宿3丁目にあった。日本有数のゲイタウン、新宿2丁目もすぐそこだ。ふと遠い目になった杉山さん。「中学生のころ、まだ自分が何者かわからないときに、深夜番組『トゥナイト2』で“おなべバー”特集を見て。『ああ、自分はこれかもしれない』と、翌日には自転車で、このあたりを走っていました。何か手掛かりがあるんじゃないか、と。でも、昼間の新宿2丁目なんて、ただの通り。何もわからなくて(苦笑)」トランスジェンダーとは、出生時に割り当てられた性別(戸籍上の性別)とは異なる性自認を持つ人のこと。81年8月10日、次女として生まれた杉山さんは、生まれたときから性別に違和感を持っていた。「幼稚園の入園式のとき、スカートをはかされて。イヤだ、イヤだと大泣きして逃げ回っていましたから。女装というより、女体スーツを着せられている感覚ですね」幼いころから活発で、スポーツは得意。しかし、2歳から始めた水泳も、水着になった時点で耐えられなくなり、姉と一緒に通うことになったバレエもレオタードがイヤで、早々に断念している。唯一、続けられたのが10歳で始めたフェンシング。ユニホームに男女差がなかったからだ。「トランスジェンダーでも、僕みたいな女から男のタイプは、『ボーイッシュ』『おてんば』と言われて、ネガティブに捉えられない。僕も『スポーツをやっているから』と、短髪でいられたし、一人称も体育会系を装って『わたし』ではなく『自分』と言っていました。でも、いつかおちんちんが生えてくると、リアルに信じていたんです。大人になると男になるんだと本当に思っていたんですよ」わずかな希望が打ち砕かれたのが初潮だ。小6のときだった。「やっぱり違ったんだ、と。自分の体が女なんだという現実を突きつけられて、大きなショックでしたね」■乳房切除の決意を。父は「文野以上に文野のことを考えている人はいないんで」「いちばん苦しかったのは、やっぱり中学から高校にかけて。二次性徴が始まって、体は女性として成長していく一方で、男性的な自我が強くなっていく。引き裂かれるような感じで、頭がおかしいんじゃないか、こんな人間はほかにいないなどと根拠のない罪悪感で自分を責め続けていました」幼稚園から高校まで、日本女子大学の附属校に通った杉山さんは、宝塚的な憧れの先輩。女子生徒にかなりモテた。中3のときには、彼女もできた。それでも、常に葛藤があった。「誰にも相談できず、バレてはいけないという思いで、外では明るい先輩を気取りながら、家では一人で泣いているみたいな……。大人になった自分なんて全く想像がつかないから、僕はずっと30歳で死のうと思っていました」新宿2丁目のおなべバーを探しに行ったのは、そんなころだ。実家は、とんかつ茶づけで有名な老舗「すずや」。店には、歌舞伎町という場所柄もあってさまざまな職業の人が集まってくる。LGBTQ+の人もいたはずだ。それでも、わが子がとなると、話はそう簡単ではない。「母には中3のときにバレちゃいまして。最初は目も合わせてもらえなくて。でも、母は自分を責めていたんです。育て方が悪かったとか、女子校に入れたのが間違いだったんじゃないか、とか」高3のころには父にもカミングアウト。穏やかな性格の父は、「いいんじゃないか。病気ではないんだから」という反応だった。母も、自分なりに調べて、大学3年のころには理解してくれた。「文野は文野。私の子どもに変わりないってわかったわ」フェンシングの推薦で早稲田大学教育学部に進学し、セクシュアリティや人権について学び、大学院まで進んだ。フェンシングでは、日本代表選手にも選ばれた。それでも、杉山さんのなかの死にたい気持ちは変わらなかった。「日本代表はうれしいけど、同時に、女子の部かみたいな落胆もある。たとえば彼女とのセックスでも、気持ちがいいという体の感覚と同時に、自分の体は男性じゃないという現実を突きつけられる。快感の瞬間が、苦痛でもある。そんなふうに常に肯定と否定、両方がつきまとうんです」代表入り後はケガが続き、05年、選手を引退。性同一性障害特例法が施行されたのは、その前年だ。性別適合手術を受けるなどの条件をクリアすれば、戸籍上の性別を変えることが可能となった。杉山さんは悩んだ。手術を受けようか。しかし、親からもらった体を傷つけることは躊躇われた。そんなころ、車いすで移動中の乙武洋匡さんと明治通りでバッタリ出会い、乙武さんの後押しもあって、06年、性同一性障害の当事者として、自叙伝『ダブルハッピネス』(講談社)を出版する。公にカミングアウトした形になった杉山さんのもとには、全国からさまざまな反響が届いた。「勇気をもらいました」という肯定的なものもあったが、「助けて」「死にたい」など、25歳では抱えきれないものも多かった。「で、疲れ果てて逃げるように、海外に行ったという感じです」2年間、バックパッカーで世界約50カ国と南極をめぐる旅をした。「自分探しの旅でした。LGBTQ+を当たり前に受け入れてくれる場所もあり、気持ちが軽くなっていくなかで、気づいたんです。たとえ世界中の人が認めてくれても、たった一人だけ受け入れられない人がいる。それは自分だ、と」入浴のたびに、鏡に映る自分の乳房に呆然とする自分がいる。「おまえは誰だ?という感覚が拭えない。結局、僕がひっかかっているのは、性別であり、体だったんです」乳房切除をする決意が固まった。手術のために、バンコクへ渡る。このころ、テレビの取材を受けた父親の言葉は忘れられない。「手術するくらいなら、漢方では治らないんですかね」と、とんちんかんな“迷言”を吐きながら、最後にはこう言ってくれたのだ。「親として手術は心配ですが、文野以上に文野のことを考えている人はいないんで」27歳になっていた。翌年からホルモン注射も打ち始め、大手外食系企業に就職。3年間勤めた。「これが、どブラックな企業で(苦笑)。周囲はどんどん辞めていくなかで、気がついたら、僕は、これまでずっと僕を支配してきた性別のことより、誰にでもある仕事のことで悩んでいた。そのとき、あ、僕のステージが変わってきたなというのがありましたね」■養子縁組の申請が通って。パパから「養母」となって、3人とも法律上の親になる冒頭の通り、杉山さんは現在、子育ての真っ最中。3人親の育児が、また新たなステージを迎えようとしている。「実は、僕と子どもたちの養子縁組の申請が先日、通ったんですよ。これまでは産んだ彼女が『実母』、ゴンちゃんは認知をして『実父』ですが、僕は、赤の他人のままでした。そこで、養子縁組をすることで、僕が『養母』になり、3人とも、法律上の親になることができたわけです」さらに4月から、杉山さんは一家で長野に移住するという。「彼女の両親の家が長野にあって、彼女は小さいときからご両親と東京と長野を行き来する生活でした。コロナ禍で、東京で保育園に行けないときは、一時期長野で生活しており、自然もあるし、『子どもは長野で育てたいね』ということになって」今度は、杉山さんが東京と長野を行き来する生活になるという。「ゴンちゃんはどう関わるのか。それもまた、生活しながら考えていくけど、長野とゴンちゃんの実家金沢は北陸新幹線で近くなるので、新しい可能性も膨らんでいます」子育ては常に試行錯誤。そのときそのときの家族の状況で、臨機応変に形を変える。それはどんな家庭でも変わらない。子どもたちの成長とともに気づくことも増えてきた。「不思議ですよね。同じ環境で育っても、子どもたちの性格は正反対。(長女の)あるはすごい激しくて、(長男の)きのは穏やかでいつもニコニコ。同じときの受精卵ですが『きのは1年の凍結保存で熟成されて、マイルドになったのかな?』なんて冗談を言ったり(笑)」生まれ持った個性を大切にしたい。それが自己肯定感を持てずに苦しんだ杉山さんの願いだ。「この間、水着を買いに行ったら、あるがピンクのフリフリのを『これ、欲しい』と持ってきた。僕は『えっ、これ?』と思いつつ、女のコはこういうのが好きなんだなぁと思ったら、次の瞬間、ショベルカーのおもちゃも欲しい、と言われて、また戸惑って。だから、僕のなかにも、刷り込まれたジェンダーバイアスがあるんです。女のコはこう、男のコはこうと決めつけず、選択肢を多くして、自分で選ぶようにさせてあげようと思っています」取材を終え、自転車にまたがって颯爽と走り去るパパの背中が頼もしかったーー。
2022年01月30日2021年カンヌ国際映画祭ある視点部門にて上映され、8分間におよぶスタンディングオベーションで喝采を浴びた『ブルー・バイユー』。この度、主演を務めたジャスティン・チョン監督のオフィシャルインタビューとメイキング写真が解禁となった。ジャスティン・チョン監督は、「韓国人コミュニティを通して国際的な養子縁組の話を知りました。最初は韓国内で始まったものが、朝鮮戦争の後に国際的になり、韓国人の子供がアメリカや南米やインドにもらわれるようになったんです」と語る。「それで興味を引かれて調べるうちに、この映画のように、海外に養子にもらわれて育った子供が、後に国外追放になったり、あるいはまた戻ったりというケースが沢山あることを知って驚きました。そしてこういう話をほとんどの人は聞いたことがないことに心を痛めました。これは絶対語られるべきストーリーだと思ったのです」と本作の製作を決意したきっかけを明かす。本作でチョン監督が目指したのは「今の時代に即していながらも、時代を超えた作品」という。「移民の国外退去や南部に住む男性など、この映画はいま現在の社会に見られる事象を描いています。それと同時に、私は本作を風化してアンティーク調になっているような感じにしたかったのです。そうすれば、10年後に観ても古くさいと思わない作品になりますから」と説明した。「この映画はあの場所で暮らす人々と、彼らを演じる俳優たちの演技を何よりも重視しています。16ミリフィルムならその点を強調することができ、なおかつ丹念に撮られた映像だと感じさせることができると考えました。自然発生的でいきいきとした映像と、アントニオの心の中を映し出しているような映像をバランスよく配し、リアルで信ぴょう性のあるテクスチャーと雰囲気にすることが重要だと私たちは考えていたのです」と、映像へのこだわりについても語る。併せて解禁されたメイキング写真では、チョン監督がスタッフたちと楽し気に過ごす様子や、撮影での風景、アリシア・ヴィキャンデルのオフショットなどが切り取られている。『ブルー・バイユー』は2月11日(金・祝)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開。(text:cinemacafe.net)■関連作品:ブルー・バイユー 2022年2月11日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開©2021 Focus Features, LLC.
2022年01月28日様々な理由で親と暮らせない子どもたちのあたたかい未来を支援する、特定非営利活動法人日本こども支援協会(本社:大阪市中央区、代表理事:岩朝 しのぶ)が、オンライン里親会“ONE LOVE”より、里親とその子どもたちを描くラジオドラマ『Hello,ONE LOVE~ひかりとみらい~』全4話を制作。2月のバレンタインキャンペーンとして、2月1日から2月28日まで、ラジオ配信アプリ AuDee(オーディー)にて配信いたします。音声コンテンツメディアを使った啓発は、NPOとしては初の試み。タレントのユージさんを始めとした豪華な声優陣と、里親の元で育った子どもの視点で描かれたチャリティー楽曲、主題歌「愛のかけら」にも注目です。■ONE LOVEバレンタインキャンペーン声優の皆さん、中央:代表理事 岩朝 しのぶナレーション ユージさん日本こども支援協会は里親制度の普及啓発活動を11年行ってきました。しかしまだまだ「養子縁組里親」と「養育里親」の違いも周知が進んでいないのが現状です。そこでタレントのユージさんをナレーションに迎え、里親の暮らしを身近に感じてもらう為のラジオドラマを制作しました。▼キャンペーンサイトURL: ▼開催期間:2月1日-2月28日<ラジオドラマ『Hello,ONE LOVE~ひかりとみらい~』(全4話)>不妊治療をしていた1組の夫婦がある日聴こえてきたラジオで里親制度を知る。様々な葛藤を通じて、夫婦とは、人生とは何だろうと考えながら“養育里親”としての一歩を踏み出す。---出演---ナレーション | タレント ユージ声優 | 神尾晋一郎、赤崎千夏、熊谷ニーナ、青山桐子、幸田夏穂、奥友沙絢---公開日程---2月 1日公開:第1話「知ること」2月 8日公開:第2話「出会うこと」2月15日公開:第3話「別れること」2月22日公開:第4話「伝えること」---聴取方法---ラジオ配信アプリ AuDee(オーディー)にて配信。アプリ、もしくはAuDeeサイトにて聴くことができます。▼番組URL: ▼AuDee QRコードAuDee QRコード<テーマソング「愛のかけら」>里親の元で育った子どもの視点で描かれたチャリティー楽曲。売り上げの50%が日本こども支援協会へ寄付されます。---制作スタッフ---作詞作曲 | 中原実優歌 | rin1st Violin | 宮田晴奈2nd Violin | 松本響子Viola | 若松芳Cello | 竹中裕深レコーディング,ミックスダウン | Rei (studio JEN)アートワーク,デザイン | kai160421 Design■全国の里親同士がつながる「ONE LOVEオンライン里親会」とは「ONE LOVEオンライン里親会」とは▼「ONE LOVE」URL: 2019年10月に里親のコミュニティサイトとしてプレスタート、2020年4月から本格的にサイトを立ち上げ、「知って・つながる・大きなアクション。」のテーマをもとに、全国初の里親同士が交流できるサイトを設立しました。そして2020年、新型コロナウイルスの影響で各地域の里親会が集まることができず、多くの里親が孤立したのをきっかけに「オンライン里親会 ONE LOVE」を立ち上げました。孤立する里親同士をオンラインでつなぎサポートしています。登録すると、会員でしかみられない里親制度の情報や、掲示板等で里親同士でしかわからない悩みの相談、そしてZoomで開催しているオンライン里親サロンの案内などを受け取ることが可能です。“里親会員”は、里親同士しか見られない「掲示板」や「サロン」へ守秘義務を守りながら参加することが出来、“里親応援メンバー”には、里親制度の情報など、どちらの会員にも様々な情報が届きます。■「養子縁組里親」と「養育里親」の違い虐待や経済的理由、身体的理由などにより親と離れて暮らす子ども達の数は、なんと全国に45,000人。その約8割は児童養護施設等で養護され、約2割は“養子縁組里親”や“養育里親”の元で暮らしています。では、“養子縁組里親”と“養育里親”、この違いを、みなさんはご存知でしょうか?▼養子縁組里親特別養子縁組は、原則15歳未満の養子となるお子さんの実親(生みの親)との法的な親子関係を解消し、実の子と同じ親子関係を結ぶ制度。▼養育里親養育里親は原則として0歳~18歳まで(進学しなかった場合は中学卒業まで)の要保護児童を一定期間養育する里親。必要な場合には、20歳未満まで措置延長できる。“養子縁組里親”が、養親と子どもに法的な親子関係を成立させるのに対し、“養育里親”は法的な親子関係を結ぶことはせず、色々な事情で子育てが出来ない親の代わりに、一時的に家庭内で子どもを預かって養育します。この場合、あくまで親権は実親にあるため、里親特有の困難があるのです。里親制度は家庭での生活を通じて、子どもが成長する上で極めて重要な「特定の大人との愛着関係」の中で養育を行うことにより、子どもの健全な育成を図る有意義な制度。里親からの愛情を受けることで、自分の存在が受け入れられているという安心感がうまれ、こどもたちの自己肯定感が増す。子どもたちの健全な成長のために、里親制度はとても重要な役割を果たしています。素敵な声優陣、そして主題歌と共に、このラジオドラマを通じて、少しでも里親制度を身近に感じてもらえたらと思います。■その他の活動【里親ガイドブック】里親ガイドブック全国の里親、またこれから里親になる方に、里親専門家による情報を適切に伝えるためのサイトです。里親が抱える悩みや困りごとを解決するため、分野ごとに記事を見ることができます。いつでも・どこでも「里親ガイドブック」を通して、里親に関する情報を知ることができるようにし、里親の離脱を防ぎます。▼ 【無料のオンライン里親サロンの開催】土曜日21時~22時30分に「オンライン里親サロン」を開催しています。「ONE LOVEオンライン里親会」に里親登録している会員はいつでも自由に参加できます。カメラ・音声オフでも参加できるので、里親に興味がある方もお気軽に参加ください。「ONE LOVEオンライン里親会」HPのお知らせで随時開催時期をお知らせしています。▼ ■団体情報名称 : 特定非営利活動法人日本こども支援協会本社所在地: 大阪市中央区上汐2丁目6-13 喜多ビル205号代表理事 : 岩朝 しのぶ設立 : 2010年5月5日(NPO法人格取得:2015年3月23日)URL : 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2022年01月28日妊活専門フリーマガジン「Jineko.net」を発行する株式会社ジネコ(本社:東京都港区)は、2021年10月10日(日)にジネコスペシャル妊活オンラインセミナー「わたしたちの選択」をネット配信いたしました。本プレスリリースではセミナー当日の開催レポートをお送りいたします。今や5組に1組が経験しているといわれている不妊治療。しかし残念ながら、誰もが授かるわけではありません。ジネコはこれまでに多くの不妊治療経験者を取材し、いろいろな幸せのカタチがあることを知りました。そこで、今回のセミナーでは不妊治療を辞めた3組の治療経験者を招き、それぞれが歩んだ家族の道についてお話を伺いました。また、卵子提供の流れは台湾の愛群中西クリニックの中島さんに解説していただき、里親養子縁組の制度については里親支援機関事業より一般社団法人東京公認心理師協会里親リクルーター末武さんにわかりやすく説明していただきました。申込者数:166名共催:東京都里親支援機関事業協力:愛群中西クリニック(IH MEDICAL GROUP)事後アンケート(一部抜粋/回答者73名)1)本日のセミナーに参加してよかったですか?・とてもよかった54%・よかった40%・ふつう6%・あまりよくなかった0%・まったくよくなかった0%2)どなたと参加・視聴されましたか?・ひとりで視聴76%・パートナーや家族と視聴24%・友人と視聴0%・その他0%3)本日のセミナーの感想を聞かせてください・いろいろな選択肢があるんだなと改めて知ることができました。周りには相談しにくいことですし、実際にそういった選択をしている方も少なかったので参考になりました。・里親制度について詳しく聞けてよかったです。・特別養子縁組、卵子提供、子供なしと三者三様の人生観を伺うことができ、とても興味深かったです。・卵子提供というものがあることも知らなかったし、里親制度の説明を聞きに行くのも最初は気軽な気持ちで行ってようということを知ることができました。・講演者のなかさんの最後のコメント(どんな選択でも正解で、応援しています)と涙をこらえてらっしゃったのが印象的で、涙が出るとともに嬉しく思った。・次の治療で最後になるため、今日のセミナーを参考に夫婦で話し合いたいと思います。・43歳独身でパートナーがいないのですが、卵子凍結を考えていました。いろいろと情報を集め始めたばかりで、不妊治療経験者ではないのですが、この段階でも今回のようなお話を聞けたことは非常に貴重でした。・不妊治療を続けてきて、いつやめようかの潮時を悩んでいる方は多いと思うので、このようなテーマの会を設けてくださって、ありがたいと思いました。・台湾の卵子提供のお話がありましたが、コロナ禍の今、実際にできているのかを知りたかったです。・不妊治療で仕事を辞めて、40歳を過ぎてからまた仕事を始めたというお話も、まるで自分のことのように伺うことができ、本当に貴重な機会だったと思います。ゲスト:なかさとみさん43歳から不妊治療をスタートして体外受精4回行うも全て陰性。45歳で第一子、48歳で第二子を卵子提供により授かる。2019年1月より日本では初となる当事者による卵子提供の自助グループを立ち上げボランティアとして活動を開始。2020年より歌手、芸人、文化人、当事者活動家として4足の草鞋を履いて日々、活動している。なかさとみさんゲスト:堀田敬子さん30歳から不妊治療を開始。35歳で流産をきっかけに退職し、高度生殖医療にステップアップ。治療歴は全部で10年。子どもを授からないまま、夫婦二人の人生を歩む。2011年より不妊体験を活かし、子どもが欲しいと望むカップルをサポートするカウンセリングルーム「with」を立ち上げ、カウンセラーとして活動している。堀田敬子さんゲスト:C.H さん不妊治療歴は約5年。顕微授精による移植を6回、体外受精による移植を3回経験するも子どもを授かることができず、39歳の時、治療の終結を決意するとともに、東京都の養育里親に登録する。今年1月より10カ月の乳幼児を迎え、現在養育中。C.H さん(画像はイメージです)『わたしたちの選択』ジネコ妊活スペシャルオンラインセミナー : セミナーの動画は近日公開予定です。少しお待ちください。ジネコTV 正しい医療情報をあなたに | jineko TV : ジネコのサービス▶Q&Aサービス婦人科、生殖医療、産科それぞれの専門医に個別で無料相談できます。生理の悩み、妊活、不妊治療、妊娠・出産、子育て、更年期障害、女性の健康の悩みを解決します。▶無料オンライン質問会皆さんの妊活・不妊治療におけるお悩みや疑問などを専門医がオンラインでお応えします。▶お願い!ジネコ毎月15日に皆さんの願いが叶うように、ジネコスタッフが全国の神社仏閣にお参りに行っています。皆さんの願い事をお寄せください。▶ドクター厳選健康商品販売300人以上の婦人科専門ドクターと考え、開発した健康で楽しい生活を送るための商品販売。不妊治療サプリを始めとして、ドクターと共同開発や企画したサプリ、製品を販売しています。公式サイト情報Corporate : Web :無料ではじめる妊活生活 あなたに、正しい不妊治療情報を 動画で学ぶ不妊治療 Instagram : Twitter : Facebook : 【会社概要】会社名 :株式会社ジネコ代表 :代表取締役 杉山隆太本社 :107-0052 東京都港区赤坂6-6-17 PARK HABIO赤坂氷川町702資本金:10,000,000円事業内容:ポータルサイト企画・運営、関連広告サービス、マーケティング・リサーチ、セミナー企画・運営■プレスリリースに関するお問合せ:長友/芦田 happyjineko@jineko.co.jp 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2021年10月14日