10月19日放送のドキュメンタリー番組「RIDE ON TIME」(フジテレビ系)にKing&Princeが出演。そこでメンバーの岩橋玄樹(21)がパニック障害であると明かし、話題を呼んでいる。岩橋は「はっきり言うと、パニック障害というものとずっと闘ってきて」と自身の病について告白。さらに「小学生のころにいじめに遭っていた」と明かし、「逃げられないような立場だったり、もうどうしていいかわからなくなると自分の感情のコントロールがわからなくなって」と病状を説明した。さらにパニック障害について「いつ治るかわからないですけど、それは自分が一生抱えていくもの」と語りながらも、いっぽうでステージに上がることへの不安を吐露。「プライベートの岩橋玄樹のままステージに出られるようなことはないですね。アイドルとしての僕でしか見せられない。じゃないとパニックになっちゃうから」と明かし、「でも、逆に隠すよりこうやって言ったほうが気楽ですね」と語った。人気アイドルによる切実な告白ーー。Twitterではエールが上がっている。《パニック障害を抱えながらアイドルをやるだけでも並々ならぬ覚悟が必要なのに、それを一切ファンに察されることなく今日この日まで隠し通してきた岩橋玄樹のプロ根性が凄い》《人気アイドルがパニック障害だったんだね。応援するよーっていうたくさんのファンの方がいて素晴らしいな、きっと支えになると思う》《パニック障害抱えてる中でアイドル続けてくれててありがとう》パニック障害とはその名の通り、突然“パニック”に陥ってしまう病。芸能界でも戦ってきた人は少なくない。「星野源さん(37)もその1人です。星野さんも岩橋さん同様に子供のころにイジメられ、発症したそうです。高校生になると、外に出ることすら難しく感じていたほど。そんなときクレイジーキャッツ『だまって俺についてこい』に出会い、気持ちがラクに。“そのうちなんとかなるだろう”というフレーズを支えに活動し、いまの大活躍ぶりがあるのです」(芸能関係者)岩橋にとっての“支え”は同じくKing&Princeメンバー・神宮寺勇太(20)だった。「岩橋さんはパニック障害について周囲になかなか打ち明けることができず、神宮寺さんにだけ伝えていたそうです。神宮寺さんもそんな岩橋さんの心情を理解し、これまで何度も手を差し伸べてきました。まさに二人三脚で歩んできたのです」(前出・芸能関係者)これからもそれぞれの活躍に期待したい!
2018年10月21日「ミスタードーナツ」のTVCMに大抜擢され、注目を集めている双子姉妹、鈴木みなと鈴木まりあが、9月2日(土)より放送スタートするNHKの土曜ドラマ「植木等とのぼせもん」に出演することが決定。2人は「ザ・ピーナッツ」役としてレギュラー出演し、歌唱もするという。昭和37年。植木等(山本耕史)は半信半疑だった。自身が歌う「スーダラ節」が、空前の大ヒットとなったのだ。植木とクレイジーキャッツはテレビや映画に引っ張りダコとなり、一躍スターに。それと同時に超過密スケジュールとなった植木に、付き人兼運転手がつくことになった。やって来たのは、博多から上京してきた松崎雅臣(志尊淳)というめっぽう元気な青年だった。撮影現場に同行した松崎は、植木やリーダーのハナ肇(山内圭哉)、アイデアマンの谷啓(浜野謙太)ら、クレイジーキャッツのエネルギッシュな仕事ぶりに圧倒される。彼らは、コントではとことんバカバカしく、音楽ではとことんカッコ良く、“おもしろいって、なんだ?”を追求していた。一方、根が真面目な植木は「こんなふざけた仕事ばかりやっていて、人様の役に立つのか?」と自問自答する。そんな植木を、少年時代に父を亡くした松崎はいつしか「親父さん」と呼ぶようになり、植木や妻・登美子(優香)、父・徹誠(伊東四朗)も、松崎を家族のように受け入れる。一人前のタレントを目指して、仕事に、恋に熱中する松崎。その姿はまさに“のぼせもん”。植木と松崎、最強の師弟コンビが、時代を駆け抜けてゆく――。本ドラマは、「明るい昭和」を象徴する男・植木等と、青年・小松政夫。2人の「師弟=“父子”ドラマ」を、当時のテレビバラエティーや映画の熱気ある撮影風景をふんだんに交えながら描く、笑いと涙のドラマ。山本耕史が“無責任男”植木等を演じるほか、志尊淳、山内圭哉、浜野謙太、武田玲奈、中島歩、でんでん、坂井真紀、富田靖子、勝村政信、優香、伊東四朗ら豪華キャストが出演する。そんな本作で今回新たに発表されたのは、ドラマの見せ場のひとつ、昭和30年代人気絶頂のバラエティー番組「シャボン玉ホリデー」の再現シーンに登場する、昭和を代表する歌手役のキャスト。初回放送からは、茨城県出身の双子姉妹みなさんとまりあさんが「ザ・ピーナッツ」に扮し登場、「ふりむかないで」を歌唱する。今年1月より「ミスタードーナツ」のTVCMに出演し、ユニット「Who’s That Girl」を結成し歌手デビューも果たした彼女たち。出演にあたり、歌とダンスを3か月猛練習をしたと言う彼女たちは、「ピーナッツさんの足元にも及びませんが、観てくださる人に届くよう頑張りました。みなまり演じるピーナッツをぜひみて欲しいです!」とコメントしている。また第2回からは奥村チヨ役に鈴木愛理、伊東ゆかり役で中川翔子が出演。第5回からは園まりに扮した「NMB48」山本彩が登場する。歌唱力に定評のある3人は、それぞれ「ごめんネ…ジロー」「小指の想い出」「逢いたくて逢いたくて」を歌唱する。鈴木さんは「私がまだ生まれていない頃のお話だからこそ、大切に忠実に再現したいという気持ちで臨みましたので、どこか懐かしい気持ちも思い出していただけたらいいなと思います」と語り、中川さんは「ドラマの中では歌唱シーンがメインで、大先輩である伊東ゆかりさんの楽曲を、尊敬と憧れの念を込めて、自分なりに歌わせていただきました。今回こうして、伊東さんを演じることができ、とても貴重な経験になりました。もっと演じていたかったです」と名残惜しいと話している。また、今回の役柄を演じるにあたり「とても光栄に思います」と語った山本さんは、「私がドラマの中で歌わせて頂いた『逢いたくて逢いたくて』は、私よりもずっと前に生まれた曲ですが、この役を演じさせていただいたことによって、当時の歌謡の世界を感じることが出来ました。現代とはまた違った歌詞が持つ言葉の強さや重みを皆さんにも感じて頂けたら幸いです」と呼びかけている。さらに、「クレイジーキャッツ」メンバーには、植木等役の山本さんほか、山内さん(ハナ肇役)、浜野さん(谷啓役)、深水元基(犬塚弘役) 、西村ヒロチョ(安田伸役)、パーマ大佐(石橋エータロー役)、小畑貴裕(桜井センリ役)が決定した。「植木等とのぼせもん」は9月2日より毎週土曜日20時15分~NHK総合にて放送(全8話)。(cinemacafe.net)
2017年08月14日●偉大なる先人たちの系譜今年、テレビから一つ文化の灯が消える。SMAPの解散発表に伴い、制作を手がけるフジテレビと関西テレビは先日、グループの冠番組『SMAP×SMAP』(毎週月曜22:00~)の年内終了を正式に発表した。”文化の灯”という表現は、決して大げさではない。特にテレビのフィールドにおいて、『SMAP×SMAP』が20年続けてきた努力はまさに偉大だったように思う。そこにあるものは日本のテレビ史が始まって63年、ハナ肇とクレイジー・キャッツからザ・ドリフターズに受け継がれ、そして”ドリフの子供たち”である団塊ジュニアのSMAPが結果的に引き継いだ「音楽×笑い」という貴重なテレビの財産だった。○テレビの偉大な先人たちとSMAPコントと料理ショーと音楽を1時間のテレビに詰め込んだ国民的グループの「音楽×笑い」、そのルーツを意識すると、やはり2組の偉大な先人たちに行き着くのではないだろうか。日本のテレビの歴史、とりわけバラエティにおける重要なエポックメイキングとして、ハナ肇とクレイジー・キャッツの登場を思い浮かべる人は多いだろう。元々実力派のジャズミュージシャンだった彼らが歴史に名を刻むきっかけとなったのはフジテレビのバラエティ番組『おとなの漫画』(1959年~1964年)への出演だが、その彼らの武器こそ、まさに「音楽×笑い」だった。終戦後に空前絶後のブームを起こした日本のジャズが大衆の手から離れようとしていた1955年頃、ハナ肇はコミックバンドを構想する。「深刻な顔をしてやっているよりは、人を笑わせて楽しませるバンドがいい」。それはまだバンドマンの多くが米軍キャンプを回っていた時代、奏者の彼らが音楽の仕事を続けるためには、広く伝わるステージングを常に模索しなければならなかった事も、深く関係していた。そして結成から4年後の1959年に始まった『おとなの漫画』、さらに2年後に始まった『シャボン玉ホリデー』(日本テレビ 1961年~1972年)で、彼らは持ち前のセンスとリズム感をいかんなく発揮し、テレビバラエティの礎を築く。主婦や子供の格好でコントをやる時も、本業の楽器を手に持った時も、プロミュージシャンである彼らにとって、それは同じ”万国共通のエンターテインメント”だった。だからこそ、視聴者は夢中になり、彼らを一躍スターダムへと押し上げていったのだ。○SMAPという”ドリフの子供たち”さらにクレイジーが次にそのバトンを渡したのも、やはり専業コメディアンではない、ミュージシャン出身のザ・ドリフターズだった。ドリフはクレイジーの弟分という印象が強く、実際にそうなのだが、実はリーダーのいかりや長介はクレイジーのメンバーと同世代になる。上京時期のタイムラグによりデビューは後になったが、いかりやもやはり米軍キャンプのステージを体験しているバンドマンの一人だ。いかりやは前座の演奏を終えてソデから覗き見た、アメリカのプロのエンターテイナーが行う”笑いの絶えない本場のショー”にかなり影響を受けていたという。そしてそれと前後するように、音楽畑のハナ肇とクレイジー・キャッツが、テレビから国民的人気グループへと駆け上がっていった。いかりやがリーダーを引き継いだ時、ザ・ドリフターズはすでに「ショーアップ」を大きく意識していたバンドだった。ポスト・クレイジーに据えられた彼らは1969年、満を持してコントと歌を柱にした自身のメイン番組『8時だョ!全員集合』(TBS 1969年~1985年)をスタート。以降番組は最高視聴率50.5%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)の記録と共に、日本のテレビに大きく影響を与えることになる。ここでSMAPに話を戻そう。ハナ肇とクレイジー・キャッツが築いた歴史をザ・ドリフターズが大きく花開かせていた1970年代、第二次ベビーブームの中で生まれたのがいわゆる”団塊ジュニア”だ。この世代は幼少期にドリフ人気が直撃しているのだが、その中にいたのが、後にSMAPと呼ばれることになる6人のメンバーだった。全員が1970年代生まれの彼らは、いわば”ドリフの子供たち”とも言える。●SMAPを平成のクレイジー・キャッツに○『SMAP×SMAP』が受け継いだ歴史のバトンSMAPも結成から歴史を辿れば、もちろん専業コメディアンではない。ジャンルが細かく枝分かれしていく音楽業界の中で、彼らはあくまでも歌と踊りを軸にした、一つのアイドルグループだった。しかし昭和末期に産み落とされたSMAPにとって奇跡的な偶然だったのは、かつてのクレイジーと同じように、彼らもまたアイドル冬の時代という「大衆の娯楽の変わり目」にいた。そしてかつてのドリフと同じように、彼らもまた早くから「ショーアップ」を意識していた。自分たちの存在とステージを知ってもらうために、売れない若手アイドルは”万国共通のエンターテインメント”を追求する方に、やはり舵を切ったのだ。SMAPにとって初のプライムタイム進出となったフジテレビでの冠番組『SMAP×SMAP』(1996年~)、通称スマスマは、先にも書いた通り、コントと料理ショーと音楽が1時間のテレビにギュッと詰め込まれている。この構成を最も強く意識していたのは他ならぬSMAP自身だった。■木村拓哉「表現者の手段としてバラエティこそ特別」(麻布台出版社『ポポロ』2012年2月号)■稲垣吾郎「人の前に立って表現する人、人を惹きつける魅力がある人たちはユーモアをみんな持っている」(東京ニュース通信社『SMAP×SMAP COMPLETE BOOK 月刊スマスマ新聞 VOL.4 ~YELLOW~』2012年8月)■草なぎ剛「僕ら5人は性格も個性もバラバラだけど、歌ったり踊ったりして人を喜ばせたいと思う気持ちの強さだけは一緒」(マガジンハウス『anan』No.1834)■中居正広「ライブだけはほかのバラエティーにはない要素だし、『歌があってこそスマスマ』ともいえるので、この番組にライブは絶対に必要なコーナーなんです」(東京ニュース通信社『SMAP×SMAP COMPLETE BOOK 月刊スマスマ新聞 VOL.3 ~BLUE~』2012年7月)個人活動でそれぞれが知った”人を笑わせる価値”、そしてアイドルだからこそ持ち続けていられた”音楽というアイデンティティ”。SMAPの強さは、ここにあった。バブル崩壊で世の価値観が根底から覆された1990年代に、彼らはアイドルというフィルターを通して、専業コメディアンではない弱さを無二の個性とユーモアにひっくり返したのだ。○「音楽×笑い」という武器平均年齢21.6歳の若きアイドルによるレギュラーバラエティは、スタート直前、業界内できっとこけると囁かれていた。しかし彼らがその予想を覆すことも、ある意味必然だったのかもしれない。子供時代をドリフと共に過ごした彼らが『夢がMORI MORI』(フジテレビ 1992年~1995年)のプロデューサーに拾われたきっかけの言葉は、ジャニーズ事務所からの「平成のクレイジー・キャッツにしたいからお笑いを勉強させてほしい」。クレイジーとドリフの血が流れるアイドルの彼らがテレビで勝つために選んだ武器こそ、「音楽×笑い」だった。そして全ての始まりとなったフジテレビ開局翌日の『おとなの漫画』第1回から55年後の未来で、SMAPは叫ぶのだ。■香取慎吾「僕らの武器、テレビでこんなに遊ばせてくれて、フジテレビ最高ー!」香取慎吾(フジテレビ『武器はテレビ。SMAP×FNS 27時間テレビ』2014年7月27日)こうしてクレイジーとドリフから「音楽×笑い」という貴重なテレビの財産を結果的に引き継いだ国民的グループ・SMAPは、その文化の灯りをグループが唯一全員揃う『SMAP×SMAP』で、必死に守り続けてきた。それはインターネットの登場でさらに価値観が大きく変動した2000年代も、テレビ離れが広く叫ばれるようになった、2010年代の今日までも。もっとも、当の本人たちはまだまだ番組を続けるつもりだったようにも思う。放送終了が決まる1年前のテレビ誌(KADOKAWA『月刊ザテレビジョン』2015年10月号)で、全員が2016年9月9日のデビュー25周年デーを前向きに予想し、リーダーの中居に至っては結成25周年とスマスマ20年を含めて「(内容を)ちょっと考えようかな」とはっきり話していた。局側も分裂騒動の後でさえ、「グループが続く限り番組も続く」と言い切った。その視線の先には間違いなく、変わらぬSMAPの明日が続いていた。予定されているファイナルまで、あと3カ月。彼らの功績を思うと、視聴者に託されたそのカウントダウンはあまりにも短い。■参考文献・犬塚弘+佐藤利明『最後のクレイジー犬塚弘』(講談社)・いかりや長介『だめだこりゃ』(新潮社)・佐藤義和『バラエティ番組がなくなる日』(主婦の友社)著者紹介小娘1983年生まれ、アイドルと音楽を中心に活動する北海道在住のフリーライター。ウェブメディアを中心に、近年は「EX大衆」や「CDジャーナル」などの雑誌にも寄稿し、活動の幅を広げている。自身の首都圏→地方の移住経験を元に、新規・ライトファンを意識したエンタメ記事を研究するのが趣味。
2016年09月19日井上芳雄、浦井健治、山崎育三郎という、名だたる大舞台で次々と主演を務めているミュージカル界のプリンス3人によるユニットStarS。2013年春にメジャーデビュー&コンサートツアーを開催、そのわずか半年後には日本武道館公演を成功させ話題となった。その後は、イベントなどに出演することはありつつも、それぞれが俳優業をまい進し、StarSとしての目立った活動はなかった彼らが、久々に本格始動する。4月より、WOWOWのレギュラー番組の放送が決定。『勇者ヨシヒコ』シリーズを筆頭に、人気コメディドラマを多数手がける福田雄一を脚本・演出に迎え、オリジナルミュージカルコメディ『トライベッカ』をスタートさせる。StarSの3人と福田が、その意気込みを語った。3人が語るのは、彼らのホームであるミュージカルへの愛と、福田への信頼だ。「僕たち、ミュージカルをさらにたくさんの人に知って欲しい、広がって欲しいという気持ちでStarSをやってきました。今回WOWOWで番組をやらせていただけることになった時、福田さんにお願いすれば、“面白くて、しかもミュージカルの魅力を活かしたもの”が出来るんじゃないかと思ったんです」と井上。山崎も「ミュージカルファンの方だけでなく、僕らのことを知らない方にも“この人たち面白いね、ミュージカルの人たちなんだ”って思ってもらうきっかけになればいいなと思います。そんな面白いものを引き出してくれるのは、福田さんしかいないと思います」と話す。その思いを受け取った福田も「僕はミュージカルをエンターテインメントの帝王だと思ってます。ミュージカルはこんなに面白いよというのを伝えることを、StarSと一緒に布教活動のように頑張っていきたいです」と意気込む。具体的な番組内容としては「StarSなので、当然ながら“歌”が最大の武器で、それを使わなければならない。なおかつコメディであるということで、クレイジーキャッツのようなものをやりたい。オフィスコントだったり、ミュージカルパロディだったり。3人の素顔は、普段は舞台上でのカッコいい感じと、だいぶ差がある。そのオモシロなところを伝えるのは、僕の役目なんじゃないかと!」と話した。今回、フィールドを舞台から映像へと広げ、さらにオリジナルレギュラー番組制作という驚きの展開を発表したStarS。今後の彼らの目指す道はどうなっているのだろう。「StarSはそれぞれが役者の道を歩んでいて、刺激を受けながら切磋琢磨し、アドバイスもし合えるいい仲間関係が出来ています。各々がしっかりと自分のことをやればいいし、それがまた3人で集まったときに、こんな面白いことが出来ますよという、“大人なユニット”になっていけたら素敵ですね」と浦井。その言葉どおり、現クールでは3人それぞれが連続ドラマに出演するなど、個々人が活躍の幅を広げている。これからもプリンス3人は、我々の予想を超える羽ばたきを見せてくれそうだ。『トライベッカ』はWOWOWプライムにて4月より、月1回・全6回放送予定。
2016年02月09日