月を愛でる舞台装置八王子市の野猿峠突端の崖地に建つ建築家の落合俊也さんの家は、主に週末を過ごす実験住宅だ。「夕焼けの山並みと三日月が浮かぶ眺望が素晴らしいので、ここを『月舞台』と名付けました」。季節や時間に応じて大きなデッキを囲う建具を全解放し、様々な催しを楽しんでいる。崖に沿って地面をくり抜くように建てられた家は、床や壁が地面に接している安心感がある。洞窟に暮らしていた人類の太鼓の記憶が蘇るかのようだ。「地球の体温は15度あります。夏は涼しく冬は暖かい、15度という体温を活かすために崖地に住まいを作りました」落合邸でふんだんに使われている木材は、新月伐採し、葉枯らし天然乾燥させたものを使っている。「“柱を闇斬せよ”という言葉が伝えるように、冬の新月、木が眠っている時に伐採した木は狂いにくく、燃えづらく、素性のよい木となります。名器と言われるストラディバリウスのバイオリンも新月伐採の木で造られます。木のバイオリズムに叶っているのです」崖地に沿って建つ家は玄関のあるフロアが最も高い。玄関ドアを開けたらこの大空間が広がる。大きなデッキは夏の日差しを調節する機能を持つ。正面上部右側が玄関口。奥の階段は地階のベッドルームへ続く。ペンダントライトは春雨紙で作られている。キッチンも木材で作ることにより、家に関わる職人の数を減らしている。釘を使わず、一人の職人が伝統工法で作り上げた家。「大工のスターを育てたいと思いました」。木材は丁寧に面取りされていて、優しく心休まる空間となっている。玄関を入り、伝統構法の木組みの階段を降りていくと、それぞれのフロアに居場所がある。崖地の地盤に寄り添うようにスキップフロアで居室が連なる。伝統工法の木組みの階段。大地の安定した熱を利用するアースハウジング丁寧に伐採された木を使い、土間床式の地熱を利用した落合邸は、カビや新建材によるシックハウス症候群にも無縁だ。日本で2軒しか使われていないという真空断熱材を使って超高断熱高気密化し、屋根などから降りてくる暖気や冷気をしっかり断熱。窓にも結露が起きない。湿気がたまりやすい洗面やバスルームもいつもカラリとしている。「体感温度に影響するのは、床や壁が発する輻射熱です。壁や床が20度なら中の気温を20度に調整することはすぐにできますが、躯体が10度であれば、体感温度を20度にするために気温を30度にしなければなりません。温度の低い壁面の近くでは体から熱がどんどん取られます。多くの現代住宅はこうしたアンバランスな熱環境にあり、その温度差は人の健康を害し、壁内結露を生み出し、無駄な化石エネルギーの消費を生みだすという諸悪の根源ともなっています」「家の中に火を見る場所を作りたかったので、ペレットストーブを導入しました。炭や燃えカスがほとんど残らない優れものです」右側は扉の代わりに布を下げた物入れ。左側に水回り。正面は周囲の樹々を切り取ったピクチャーウィンドウ。端材を丁寧に継いだ天井は色を合わせるために柿渋を塗っている。空気の層を遮断するブラインドは断熱効果に優れる。窓は外側がアルミで劣化が少なく、内側は木製。結露を防ぐ工夫が施されている。ガラス面は紫外線で汚れを分解。地面に直に敷設したRCの床は地盤の温度が反映される。冬暖かく、夏は涼しい。炭を混ぜてグレーにしている。湿気のたまりやすい水回りも、常にカラリとしていて心地よい。「水回りは家の中の暖かい場所に作ったほうが結露しにくいです」“究極の木の家”を目指す森林の環境には人を健康にする力がある。「森林医学のエビデンスに基づき、“究極の木の家”を研究しています。均質で機械工業的な都市のストレスから開放され、生命が持つ本来のリズムを取り戻すことができます。良く眠ることができて、気持ちよく起きることができる。呼吸が深くなり、疲れを溜めにくくなり、免疫力が高まり、病気をしにくくなるのです」取材の最後に落合氏がクイズを出題。「この家は何階建てかわかりますか?」玄関〜テラス〜リビング〜ベッドルームの4層のスキップフロアだから2階建て、くらいかな??「答えは平屋です。RC+木造の平屋なのですが、確認申請がなかなか下りず、役所と戦いました(笑)」ダイニングとテラスを結ぶ横一列の大階段、設えを替えるためにはしごを登らなければ行けない和室、指を入れる穴の開いたイス……。落合邸には笑顔になってしまうしかけがそこここにある。究極の木の家、地熱利用、崖地────人生を大いに楽しむ家がここにある。木組みで造られたテーブル。木のスツールは一見重そうだが、中がくり抜かれていてとても軽い。持ち運びがしやすいよう指を入れる穴を空けている。はしごを登らなければたどり着けない和室。畳の縁が美しい。ブラインドの素材は杉。外壁はガルバリウム鋼板。内部の豊かな木の空間との対比がおもしろい。落合邸 /SILK-HUT「月舞台」設計 落合俊也(森林・環境建築研究所)規模 地階付き平屋建延床面積 133.76㎡
2022年03月14日工房と稽古場がほしい「つくりものがあるのでレーザーカッターなどの機械や道具類をちゃんと置けるような工房と稽古場のスペースがほしいというのをまずお願いしました」と話すのは翔さん。劇場などの施設計画のコンサルタントをしている翔さんは、休日にはパフォーマンス活動をしているという。工房と稽古場はそのためのものだ。奥さんの千尋さんは「前に住んでいたマンションではそういった道具類が生活スペースを侵食していたので家を建てるならきれいに片づけられる家にしたかった」という。3階。階段が天井に突き当たっている。右がキッチンで左がリビングダイニング。各階、階段の左右でフロアのレベルが異なる。階段を真ん中に土地が狭く建築面積もそう大きくは取れない敷地での設計を担当したのは千尋さんがメンバーの一員として勤務するアーキペラゴアーキテクツスタジオの畠山さんと吉野さん。この家の最大の特徴は家の中央部分につくられた階段だが、階段を端に寄せず中央に配するアイデアは敷地条件から生まれたものだった。「建てられるボリュームもだいたい決まっているなかで、パフォーマンスのための稽古場や工房がほしいというご要望を最初にいただいていたので、床を積層させてつくる必要がありました」と畠山さん。しかしそのときに縦動線である階段を上下の移動のためだけのものにしてしまうと、限られたスペースのなかにそれ以外の用途には使えない場所ができてしまってもったいない。そこで家の真ん中にゆるやかな階段を配置して、階段ではあるけれども、居場所にもなるし物を置ける家具にもなるというものにしたという。そしてまた、この階段が実はこの家ではなくてはならない重要な構造要素になっていて、中に入っている鉄骨ブレースが建物の横幅いっぱいに架け渡されている——どの階段も壁や天井に突き当たって行き止まりになっているのはそのためだ。東西両面とも長手方向いっぱいに窓が連続している。これだけの空間に壁がないのは階段の鉄骨がブレースとして効いているため。ダイニング、キッチンとも床と階段の1段の踏み面のレベルが揃えられている。北側から見る。スペースが限られているため、建て方が終わったところで段ボールを使って家具の大きさを確認した。南側からキッチンを見る。下の階段は壁に突き当たっている。模型で確認最上階のスペースは広く感じられるが、翔さんは「図面ではかなり狭く見えた」という。しかし家具も入った20分の1という大きめの模型とパースで確認した上で階段を中央にすえる案をスタートさせることに。「自分では階段を真ん中にするというのは思いつかなかった」という千尋さん。空間のなかで中心的な存在ともなるため実寸で確認したという。スケールだけでなく踏み面の幅や奥行き、蹴上げの高さを段ボールでつくった階段に実際に座ったり上り下りしてみて確認を行った。階段越しにダイニング部分を見る。この家のために製作されたオリジナル家具はすべて窓台の高さにそろえられている。特製レシピの仕上げ出来上がった階段は空間のなかで存在感を発揮しているが、それはたぶんそのスケールだけではなく、グリーン系の表面の仕上げも大きく作用しているのだろう。「この階段は構造でもあるし家具でも居場所でもあるのですが、たとえばこの階段を木でつくってしまうとキッチンや収納も木でつくる予定だったので家具としての印象が強くなってしまう。あるいはブレースとして鉄骨が中に2本入っていますが鉄骨現しの階段にすると構造として使っている印象が強くなる。このどちらにも偏らないように、仕上げには木でも鉄でもない素材を使うことにしました」(畠山さん)。緑青仕上げと呼ぶその仕上げは、事務所で開発したオリジナルのもので、木と石と金属、樹脂を混ぜ合わせたものという。北側から見る。階段の途中に置いてあるプロジェクターで奥の壁に映画などを投影して見ることができる。緑青仕上げは材料の配合がオリジナルなだけでなく、工程も特殊なため塗装は事務所で行ったという。床を極力薄く最上階は東西の両面とも長手方向いっぱいに窓が連続して光がふんだんに入るがその下階のスペースは小さな窓が3つあるのみ。しかし、暗く感じることはないという。これには建築的な工夫があって、マッシブホルツという工法を採用し45㎜の角材を1本1本つないでつくることで床を限りなく薄くしているのだという。「通常であれば床が倍以上厚くなって光がなかなか下まで届かないのですが、この工法でつくることで階段の吹抜けを通して光が下にも広がっていくのです」(吉野さん)。空間が明るくなるだけでなく上下階の遮断感も感じにくくなっているという。左右の柱は40mmの無垢の鉄骨。これだけ細くできたのは階段が柱の座屈止めの役目を果たしているため。床は45㎜の角材を1歩1本つないでつくっている。通常よりも2分の1以下の厚さのため、光が階段を通じて下階に広がる。リビングダイニングの下に水回りスペースが続く。水回りスペースの前から見る。上がキッチンで下が寝室。寝室側から見る。洗面スペースの下に本棚が置かれている。1階を見下ろす。階段が壁に突き当たっている。1階から階段を上ると壁に突き当たる。右が寝室。4カ月暮らしてみての感想をうかがった。まずは翔さん。「以前よりも生活の質がとても上がって早く家に帰りたいと思うようになりました」。千尋さんは「毎日楽しく暮らしている」と話す。「今までだと一日家に引きこもっていると気がめいるようなこともあったのですが、この家は上は開放感があるし下はちょっと落ち着いた感じで切り替えられるのでそういうことがほとんどなくなりました」最後に隣家のお話がでた。この敷地はもとはお隣りの家の庭だった土地だが、緑青仕上げを施した家が建ち上がってから隣家の方が「老後は今の家を売ってどこかのマンションに引っ越すことも考えていたけれども、この家が建ったことによってわたしは死ぬまでここに住まう」という話をされて、グリーン系の外壁に合わせてリビングのカーテンも変えたのだという。隣人にとっても素敵な風景になり庭の一部になっているということなのだろう。こうしたお話をうかがうのははじめての経験。こういうこともあるのだなと感じ入った。玄関から見る。本棚の上に洗面スペースがある。右が玄関、中央に見える扉から翔さんの稽古場兼工房に入ることができる。周囲は住宅が建て込んでいるため、頭だけ少し飛び出るようなボリュームにして開口を大きく開けた。取材時には稽古場のスペースがパフォーマンスのための大道具の製作スペースになっていた。「パーティをやったときにこの階段に料理を載せたお皿が並んでひな壇みたいになって面白かったですね」(翔さん)。河童の家設計アーキペラゴアーキテクツスタジオ所在地神奈川県川崎市構造木造規模地上2階、一部ロフト延床面積49.30㎡施工床面積73.95㎡
2021年12月06日シンプルなデザインと温かみのある住まい川崎市の閑静な住宅街に建つT邸。かわいらしい三角屋根の外観が目を引くこの家に暮らすのはTさん夫妻と小学5年生の長女、小学2年生の長男の4人家族。「もともと同じ地域の3LDKのマンションに家族4人で住んでいたのですが、子どもの成長とともに手狭になりはじめたことをきっかけに、家づくりを決意しました」(ご主人)。夫妻が設計を依頼したのは、IYs inc.(イノウエヨシムラスタジオ株式会社)の井上亮さん。きっかけとなったのは、100%LIFEだったという。「家づくりを検討する前から、100%LIFEをよく見ていました。記事で紹介される家のなかでも、特にこの家好き!と感じる家の多くがIYSさんの家でした。シンプルで洗練されたデザインと温かみのある家づくりに惹かれて、依頼することにしました」(奥さん)。玄関を入るとすぐに広がる開放的な吹き抜けのホール。ブラックチェリー材を使用した1階の床は、年月とともに深みのある赤色に変化していく。2階との距離を近く感じられるように、1階の天井は低めに設定。「天井の高低差による雰囲気の変化も意識しています」と井上さん。2階の天窓からの光が、吹き抜けを介して玄関ホールにも差し込む。玄関ホールにはラワン材などの木材をふんだんに使用し、木の温かみが感じられる。階段下には、ご主人、長女、長男のそれぞれの個室を配置。屋根裏のような楽しい空間「適度な距離感を保ちつつ、家族の気配が感じられる家」をコンセプトに設計されたT邸。LDK・和室を配置したメインの居住空間である2階と、家族それぞれの個室と水まわりを設置した1階が、まるで木をくり抜いたような吹き抜けのホールによってつながっている。IYSの井上さんは「当初Tさん夫妻は家族のコミュニケーションの観点から1階をリビングとするプランを要望されていました。しかし、立地の点から採光や眺望を考慮し、2階にLDKを配置するプランとなりました」と語る。2階LDKはワンルームでありながら、中心の吹き抜けのホールによって個々の居場所がゆるやかに分かれる。家族のつながりを損なうことなく、快適な居場所感も両立した空間が特徴だ。さらに2階LDKで井上さんがこだわったのは、勾配屋根を生かした室内空間だ。「制限があるため、軒の高さを低く抑えなければなりませんでした。それをクリアするとともに居住空間である2階の広さを確保するために、勾配を高さ制限目一杯にとり、あたかも屋根裏のような楽しい空間になるように目指しました」(井上さん)。さらにダイニングからリビング、和室へと床レベルが変化することによって、立体的かつ多様性のある空間となっているのも設計のポイントの一つだ。「室内にさまざまなレベル差が生まれることで、目線の高さにもバリエーションが生まれます。ダイニングやリビング、和室などそれぞれ高さの違う場所があることで、同じひとつの空間でも雰囲気が変わります。また、高低差のある空間は、子どもにとってもワクワクする遊び場のような楽しさを感じさせます」(井上さん)。無柱の開放的な2階LDK。ダイニング横の南東に広がる窓は、奥さまの要望。「100%LIFEで見た家を参考にして取り入れてもらいました。眺めがよくて気に入っています」(奥さま)。吹き抜けのホールを中心にキッチンやダイニング、リビング、造作の本棚、スタディコーナーなどの各機能を配置し、ぐるりと動き回れる回遊性のある空間を実現。床材には黄色いオーク材を使用。スキップフロアのリビングの横には小上がりの和室を配置。また、床のレベル差を利用し、和室の下には大容量の収納スペースを設けた。リビングからダイニングを見る。右手のスタディコーナーとリビングの床の高さを揃えるなど、さまざまな高さの床レベルによって、バリエーション豊かな遊び心のある空間が広がる2階トイレ前に設置した造作の洗面スペース。天井にはLEDのライン照明を採用。柔らかな光が心地よい空間を演出する。家族4人の心地よい暮らしIYSの細部まで追求した設計により、家族の理想を実現したT邸。Tさん一家がこの家に暮らし始めてから約1年。ご家族は、コロナ禍の生活においても心地よく過ごすことができていると声を揃える。取材中も子どもたちは元気いっぱいに家中を歩きまわり、普段の楽しげな暮らしぶりが伝わってくる。最後にこれからの楽しみについて伺うと「まだ家族にしかこの家を披露できていないので、コロナ禍があけたら、私や子どもたちの友人を招きたいと思っています」と微笑む奥さま。この家は、これからも家族の成長を見守り、Tさん一家の楽しい日々を支えていくだろう。長女の部屋は薄いピンク色の壁紙を採用。長男の部屋には青色の壁紙を採用。採光を考慮して窓は高い位置に設置。三角の切妻屋根が印象的なT邸外観。T邸 施工株式会社 坂牧工務店 意匠設計Inoue Yoshimura studio Inc.(イノウエヨシムラスタジオ株式会社) 構造設計:川田知典構造設計 所在地神奈川県川崎市 構造木造 規模地上2階建て 延床面積約100㎡
2021年09月27日土地に出会う前から仮の図面を作成バイクや釣り、キャンプ、サーフィン…と多彩な趣味を持つ、デザインユニット『トネリコ』の君塚賢さん。都内有数の広さを持つ公園を有した住宅街でありながら、幹線道路や高速道路のインターチェンジも近い利便性に富んだ世田谷の地に、昨年自邸を建てた。「十数年前からこの近くの中古マンションに住んでいました。そのときどきの生活スタイルに合わせて3回リノベーションして暮らしていましたが、子どもが大きくなったこともあり移ることに。僕は外遊びが好きなので、山や川、海へと車で出かけるのに便利なこの辺りから離れたくなかったのです。最初はマンションを探していましたが、高騰していてなかなか良い物件がなくて。むしろ土地のほうがそれほど上がっていなかったため、戸建てを考え始めたんです。希望の条件を盛り込んで戸建てを建てたらどのくらいの敷地面積が必要か、“仮の図面”を描いてみることで、30坪はないと住みたい家は厳しいということがわかりました」。偶然出会ったというこの土地は、準防火地域の角地。通常この辺りは、建蔽率50%、容積率100%だが、耐火建築物を建てることで準防火地域と角地の緩和措置を併用して建蔽率は20%プラスされた。「ここの敷地面積は25坪ほどですが、建蔽率が70%建てられることがわかり、仮の図面で考えていたことが実現できるのではないかと思ったのです。勝手に現調したもので再度図面を引いてみて、“これははまる”と確信し、購入を決めました」。東南の角地に建つ。出入口を2方向使用できることも購入の決め手に。「玄関とガレージの場所を分けられなければ、マンションのほうが良いと思っていました」(賢さん)。板塀の内側には、四季を意識できるジューンベリーの木を中心に考えられた前庭が広がる。賢さんの愛車『ゲレンデヴァーゲン』の車高に合わせてガレージを設計。ダイニング・キッチンの下に位置する。ガレージの奥は賢さんの“秘密基地”。趣味のバイクやサーフボードのお手入れ、キャンプの準備など休日はここで過ごすことが多いそう。室内から続く浮造り仕上げの天井が贅沢。空間を立体的に。巧みなフロア構成限られた敷地を有効活用するため、スキップフロアを採用。エントランスを入るとまず200mm下がり、寝室はさらに400mm下がっている。この合計600mmの段差は、寝室の上に位置する2階のリビングの天井高2800mmをキープするため。また、ガレージの上に位置するダイニングがリビングより800mm高いのは、賢さんの愛車が収まるガレージの高さから導かれたものだ。さらに、子ども部屋は、ダイニングから続く廊下から400mm下がる。下に位置する1階の洗面室やバスルームに高い天井は不要のため、その分コンパクトな子ども部屋の天井高を確保している。「空間を立体的にとらえ、面積ではなく体積で考えていきました。それぞれの空間が心地よく感じられるよう天井高や広さを設定。さらに、リビングやダイニング、子ども部屋など各部屋での行動や目線の動きを想像し、光の入り方や風の抜け、借景を取り込んでいます」。動線の先には窓を設け、目線が抜けるように設計した。また、床のフローリングに使用した浮造り仕上げの栗の木を壁や天井(1階)にも採用し、連続性をもたせた。ボリュームの異なる高低差で変化をつけ、段差を利用した開口で奥行を出すなど、細部まで計算され尽くした空間は、体感的な広さを実現している。天井高を確保するため、リビングはダイニングより低めに設定。ダイニングの下がガレージ。元気に育っている“バキラ”は、賢さんが独身時代に小さなポットで購入したもの。「人が集まるところが好きみたいなので(笑)、リビングに置いています」。板塀に囲まれた前庭に面した寝室は、玄関から600mm掘り下げた。緑に癒される落ち着いた空間に。「街と一拍置きたかった」と、板塀内に前庭やベンチを設けた。ベンチは、玄関の外部から内部へとつながり、視線も通す。寝室を掘り下げたことで生まれた上部の段差を開口にし、光と視線の抜けを取り入れた。奥のガレージに続く部分はガラスにし、奥行を演出。足触りのよい浮造り仕上げの栗の木を床だけでなく、壁や天井にも採用。経年変化が楽しめるのも魅力。前庭へと抜けを造ったバスルーム。趣のある檜の風呂蓋はふるさと納税の返礼品で、オーダーメイドしたもの。バスルームを使用していても洗面台が使えるように、トイレ側(奥)と、バスルーム側(手前)に2か所設けた。「外出時に着ていたものを一時的にかけられるオープンなクロークが欲しかった」と、玄関近くに設置。コロナ禍になり、手洗い場が重宝。人を招くことを前提に「人を招くことが好き」という君塚さん夫妻。コロナ禍による自粛生活前は、毎週末のように友人たちが集まっていたこともあり、新しい家もそれを前提に設計した。「キッチンは誰でも入りやすいよう開かれたものにしたくて、対面式を希望しました。レンジフードもあえて真ん中につけました」とは、妻の奈々子さん。キッチン側は200mm堀り下げ、カウンターに座る人と目線を合わせ、コミュニケーションを取りやすくした。また、「ビアガーデンをしたいという構想もありました」とは、賢さん。3階に広いテラスを造ることは戸建てを建てるうえで必須だったという。「この辺りは、歩いてくると家に囲まれていますが、3階のレベルになると奥の森の木へと視線が抜け、富士山も眺めることができます。この抜けの良さもこの土地を決めたポイントですね」(賢さん)。グリーンに囲まれた広々としたテラスには、飲食をする際の使い勝手を考えてシンクをつけた。板張りの塀で視線を遮っているため、周囲を気にせず楽しむことができる。「住み始めたのが昨年の4月で、最初の緊急事態宣言が出たときでした。そのため、なかなか人を呼べず、まだ本領発揮していません。楽しみは取っておこうと思います(笑)」(奈々子さん)。造作のキッチンカウンターは円形のダイニングテーブルと同様の人工大理石。「キッチンに立っていると全体が見渡せて気持ちいいです」と奈々子さん。目線の高さも合い、会話も弾む。『アルヴァ・アアルト』のスツールは奈々子さんのお気に入り。「これを置くことを前提にカウンターを造作しました」。シンクは下げて手元を隠した。『無印良品』のバスケットを入れることを想定してデザインした収納。普段は見せたくない電子レンジなどは引き戸で隠すことができる。3階へと続く、キャンチレバーのミニマルな階段。階段を昇っているとトップライトから空に視線が抜け、まるで空に向かっているよう。トップライトからたっぷりの光が降り注ぐ3階。グラフィックデザイナーの奈々子さんの仕事場所でもある。全開できる扉の奥が広々としたテラス。板塀に囲まれた、緑豊富な心地よいテラス。「ビアガーデンをする日が待ち遠しいです」と賢さん。「家族でコミュニケーションを取る場」というリビングにはテレビはなく、エタノールの暖炉がさりげなく置かれている。バックの白い壁にプロジェクターで映画を映し出し、家族で鑑賞することもある。大らかに暮らせる自在空間造作のソファが置かれたリビングから数段上がった子ども部屋の前の廊下は、通常の廊下よりも広めにとった多目的なスペース。「子ども部屋をミニマムにしているため、子どもたちにとってはここが第2の部屋です。机代わりにして本を広げたり、腰掛けて読書したり。壁にプロジェクターで映し出した映画を観る時には、ソファのクッションを取り外してゴロンと寝転がったりも。自由に過ごしていますね」(賢さん)ダイニングに置かれたアームチェアは、『トネリコ』がアーティゾン美術館(東京都中央区)のためにデザインしたもの。賢さんの師であるデザイナーの内田繁氏の椅子をオマージュしたものであり、座り心地も抜群である。ここに座って見上げると、吹き抜けを介して3階フロアのトップライトから空へと視線が抜け、開放感に包まれる。「一度、スタッフの方たちがいらしたとき、ソファや椅子だけでなく、階段や段差などいろいろなところに座っていたのが面白かったですね」と奈々子さん。思い思いに過ごせる場所がそこここにあり、それぞれ見える景色も変わる君塚邸は、自由度が高く、暮らしの楽しみを運んでくれる。「また数年経つと状況が変わるかもしれませんが、僕ら家族の今の生活では、戸建てのこの状態がベストです。今ではマンションは考えられませんね。素材の経年変化とともに生活の変化を楽しみ、そのときどきのベストを考えながら暮らしていきたいですね」(賢さん)。3階から2階を見下ろす。スキップフロアの楽しい構成がよくわかる。階段の手すりとアームチェアの脚とは同じ太さにし、統一感をもたらしている。リビングの窓からは、前庭から伸びたジューンベリーの樹が楽しめる。ユニークな掛け時計は、イタリアの巨匠・ガエタノ・ペッシェの作品。丸太のテーブルは『トネリコ』の米谷ひろし氏から譲り受けたもの。廊下より400mm下げた子ども部屋。左側が中2の娘さん、右側が小5の息子さんの部屋。それぞれ好きな色でベッドをペインティングした。真ん中の壁は簡単に外せるため、いずれは一部屋にすることも可能。『トネリコ』の代表作、フロアランプ『MEMENTO』。光を灯すと、空間全体に光のアートが拡散される。コンセントは表に出ないよう工夫して設計。ここでは造作ソファの中に設置し、右側のスピーカーともつないでいる。スマホ立ても『トネリコ』のオリジナル。調光スイッチも隠して設置。子どもたちがよく見るという給食メニューや学校行事等の書類は扉の中に貼り、表は常にすっきり。
2021年08月23日街全体を暮らしの一部に建築家の西川日満里さん、坂爪佑丞さん、琴ちゃんが暮らす家は、西川日満里さんが共同主催するツバメアーキテクツと、設計事務所に勤務する坂爪佑丞さんの共同設計だ。琴ちゃんの誕生をきっかけに、2019年に竣工。「自邸を設計し、実際に住んでみて気づくことがたくさんありました。たとえば大きく開いたトップライトは、1年を通して暮らしてみることでその良さと難しさの両方を知ることができます」家は阿佐ヶ谷の賑やかな通りに面して建つ。「都市に住むと、徒歩圏内に暮らしに必要な場所を持つことができます。週末は銭湯に行って広々としたお風呂を楽しんだり、図書館を利用したり、遊びに来た友人とすぐ近くの料理店へ足を運びます。家の外で生業が広がっているので、それらを利用し、共存しながら暮らしたいと思いました」リビングから見上げる窓の外に、テラスに植栽した緑が広がる。吹き抜けの最上階の天窓から差し込む時間とともに変化する光が、様々な表情を加える。リビングの床は明るい色のタイルカーペット。床暖房で冬は暖かく、床に座って過ごすことが多いそう。「小さな子どもがいる家で白のカーペットはメンテナンスが心配でしたが、部分的に剥がして洗濯ができるため問題なく使えています」ダイニングテーブルの上のアートの作家さんは……、なんと、家の壁を塗った左官屋さん。「目地をパテで塗りつぶしてから仕上げの塗装をするのですが、下地の段階で止めてもらいました」「床に置いたエチオピアのコーヒーテーブルは把手がついていて移動させるのも簡単なので重宝しています」。天井と壁は同じ素材だが、天井だけツヤのある塗料を使い、光の反射を楽しんでいる。「なにか楽器を弾けるようになりたいと思い立ち、最近ピアノを始めました」と佑丞さん。両サイドにお気に入りのアートを飾る。「ラワン材の壁は、ビスが効くため好きな場所に絵を飾ることができます」モロッコのテーブル、李朝時代の脚付きテーブル、アフリカの民芸家具と、様々な国、違った時代の家具をチョイス。家のあちこちに居場所を作る「都市部の狭小地ですが家に“庭をつくりたい”と考えて、まずその庭の場所をどこに作るか考えました。生まれ育った家や、1つ前に住んでいた賃貸のアパートにも植栽を楽しめるテラスがあり、そこで過ごす時間がとても気持ちがよかったので、新しい家にも季節を感じられる庭があるといいなと思いました」決まったのがリビングからも寝室からも庭の緑を楽しめる場所。リビングからは樹々を見上げて木漏れ日を楽しみ、すぐ横の小部屋は樹々の成長を間近で見守ることができる。寝室の横の本に囲まれた小さな空間は、階下の家族の存在を感じながら、ひとりだけの時間を作れるとっておきのスペース。ピアノを弾いたり、テラスの緑の手入れをしたりと、様々なことをしながら過ごせる場所があることで、小さいながらも豊かな時間を過ごすことができる。「簡単に動かせて多目的に使える家具を多く使い、住みながら生活スタイルを整えることを楽しんでいます。動物の巣作りの感覚です。まず大きなストラクチャーを作り、その後に小さな居場所を作っていきました」テラスの横の部屋は、将来的に琴ちゃんのお部屋になるかも。窓の外の緑をすぐ近くで楽しめる特等席。本を読みながら、ゆったりとした時間を過ごす。リビングと耐力壁に隙間を開けることで、広がりを感じられる。本は一箇所に集めるのではなく、家のそこここで手に取れるようにしている。階段の吹き抜けを通して、一階まで光が落ちる。夏はトップライトに簾をかけ、木漏れ日のような光を楽しんでいる。階段はグレーにグリーンを混ぜ、自然界にある色に近づけた。寝室の横の小さなスペースは、周囲を本に囲まれたお籠もり感抜群の場所。椅子に座って視線を上げると、寝室の窓から空が見えて気持ちいい。それぞれの窓に機能と役割を分担開口は、いろいろな風景を楽しみ、様々な役割を持たせて作られている。「レマン湖のほとりに立つコルビュジエが母親に贈った小さな家は、フレーミングした窓を作り風景を切り取ることで湖の美しさを際立たせていました。この家は雑居ビルと住宅が入り混じる雑多な地域に建っていることもあり、慎重に開口部の位置を調整し、それぞれから見える風景を考えました」リビングの棚下に開いた窓からは、吹き抜ける風と共に、通りの緑や行き交う人を眺めることができる。テラスに面した窓は庭を楽しみ、道路に面した窓は高い位置に作ることで視線を遮り、流れる雲を眺めることができる。「模型で検討しても、実際の空間とはずれが必ずあります。現場に入ってからも窓の位置を微調整していました」リビングから50cm下げた位置にあるキッチンは、にじり口から中に入っていくような感覚。天井が低く、籠もる感じが心地よい。タイルは光を反射するものを選び、横の窓は住宅地の奥まで見通せる場所を狙って開けている。リビングの棚の下に開けた小窓から、賑やかな通りを眺める。階段の踊り場には、写真家の中村絵さんの台南で撮った作品を。「ガラスのように艶感のある仕上げにしていただき、台南の街に開いた窓のように楽しんでいます」「寝室の窓から外を見ると、偶然なのか赤い瓦屋根やピンクの壁の家が多く立ち並んでいました。その色に合わせて、透け感のある淡いピンクのカーテンを選びました」右の絵は住宅全体を使って個展を開いた奥誠之さんの作品。「1階をアトリエとして設え1ヶ月ほど滞在しながら実際に絵を描いていただき、展示期間中は作品を部屋に飾って、ご近所の方含めたくさんの方に見ていただきました。この作品はこどもたちが囲むテーブルのようにも、池のようにも、様々な風景に見えるところが好きです」1階にはコミュニティを育むスペースを1階の通りに面した部屋は街の一部となり、ギャラリーとして使ったり、喫茶店を開いたり、いろいろな住み方を楽しめるよう考えられている。同時に夫婦それぞれの仕事場の延長として使ったり、将来的にはこどものための部屋として活用することも想定している。「阿佐ヶ谷は外から訪れる街というよりも、そこに住む人が日常的に街で過ごす比率が高い街だと思います。地域の人が協力して街の雰囲気をつくっていこうとする意識があり、1Fをオープンにすることでこの家もその輪の中に参加できるとよいですね」通りに面した1階の部屋で今年3月に開催された奥誠之さんの個展「小さな部屋に絵具を渡す」。琴ちゃんも一緒に絵を描いた。©Yurika Kono住宅の中に奥誠之さんの絵を飾り鑑賞する試み。©Naohiro Tsutsuguchi1階の通りに面した部屋では、イベントを開いたり、打ち合わせをしたりと多目的に使っている。1階は玄関とバスルームが、同じ素材で連続する。大理石のモザイクタイルを使ったバスルーム。「エストニアで宿泊した古民家の石に囲まれた水回りがとても気に入って、そこをイメージして造りました」。琴ちゃんがお風呂で遊んでいる間、洗面台の横のスペースで仕事をすることもあるそう。通りに面した1階の窓はショーウィンドウのような役割を持たせている。季節の花を飾り、道行く人の目を楽しませている。外壁材は経年変化する素材を採用。1階から3階までのスキップフロア。2.5階に設けたテラスの緑がリビングと寝室の3層に心地よい視覚効果をもたらす。窓に当たった風が家の中を周るシカケになっている。テラスの下が回廊式のキッチン。その下の1階が洗面バスルーム。画像提供/ツバメアーキテクツ・坂爪佑丞坂爪邸設計ツバメアーキテクツ+坂爪佑丞 所在地東京都杉並区構造木造規模地上3階 延床面積73㎡
2021年08月09日家の真ん中につくられたゆるやかな階段同郷のお2人、佐藤さんと須田さんがともに暮らすのは5匹の犬たち。この家のコンセプトにはこの犬たちの存在が大きくかかわる――コンセプトのひとつは「犬たちとともに伸びやか、おおらかに暮らす」というものだった。この家の大きな特徴である平面の対角線上につくられた階段はこのコンセプトから導き出されたもの。設計を担当した建築家の比護さんは「最初は抱っこして上り下りするというお話だったんですが、階段にスロープを付けて犬と一緒に並んで歩けるようにしようと考えました」と話す。2階のLDKを見る。できるだけゆるい角度にするために階段は対角線上に配置してめいっぱい距離を長くとった。犬たちも楽々上り下りできる階段。階段の上にスロープを付ける予定だったが、コストの関係で延期された。手前側は表にある緑を高い位置から見えるようにレベルを上げている。奥は階段の角度をゆるくするため下がっている。開放感もほしい階段を対角線上につくったのはできるだけ距離を長くとって角度をゆるやかにするためだった。家の真ん中にあるためこの階段を中心にして犬たちがぐるぐると走り回ることもできる。この階段には設計案を見て「比護さんらしい斬新な感じだな」と思ったという佐藤さんのリクエストが合体している。階段部分の上にクッションが置いてあってそのうえで寝そべることができるのだ。そのほか、2階ではお酒の好きな佐藤さんがアルコール類だけを入れる冷蔵庫を入れたい、料理のお仕事をされている須田さんがキッチンにこだわりパントリーをつくりたいと伝えたが、これらに加えて大きめのバルコニーもリクエストだった。「開放感がほしかったので、リビングに隣接して大きなバルコニーを希望しました」(佐藤さん)開放感という意味ではバルコニーとともに階段と同じ対角線の延長線上に開けられた開口も作用している。視線を遠くまで通すとともにその先に緑がとらえられるように開けられているのだ。左上の垂木は少しねじれながら奥に続いているため、静的な印象にはならず動きながら連続しているように感じられる。左が佐藤さんが希望した日本酒にも対応したセラー。真ん中にロフト用の梯子。右奥がパントリーになっている。バルコニー側から見る。佐藤さん(左)は今座っている小上がりがお気に入りの場所。ロフトから見下ろす。正面奥の右側にバルコニーがある。開放感を得るために希望したバルコニー。当初はもっと大きくしたいと考えていたという。収納スペースもおおらかに「ちらかっているのがいやなので、なるべくきれいに整うような感じでパントリー、水回りと寝室以外はほぼワンルームで広くて開放的な感じにしてくださいとお願いしました」(佐藤さん)。この要望は1階でもしっかりと反映されている。2階は階段を中心にしてぐるりと回れるつくりになっているが、1階でもお風呂の戸を開ければぐるりと回ることができるのだ。このつくりは「伸びやか、おおらかに住む」ということにつながっているが、同じ趣旨から収納の方法も工夫された。「おおらかに住みたいということでしたので、極力1階の収納は可動棚にしました。やはり住んでみないとわからない部分もあったので、ここには服の収納あちらにはキャンプ用品を置いてというふうに決めずに、ここからここまでぜんぶ棚を入れられるようにしておくので、置くものが決まったらそれにあわせて収納スペースをレイアウトしてくださいという感じでつくりました。竣工間際にその一角に机をつくりたいという話になったのですが、収納スペースの一部がワークスペースになったり靴を入れたりキャンプ用品を入れたりというように生活に合わせて自由に変えられるようになっています」(比護さん)左のアール状に切りとられた壁が空間に柔らかな表情を与える。左がお風呂で右奥が寝室。お風呂の戸を開けると階段の周りをぐるりと回ることができる。犬たちの体を洗えるように大きめの洗面にした。洗面側から玄関方向を見る。竣工から1年と2カ月ほど、佐藤さんは階段の上につくられたクッションのスペースがお気に入りという。「お酒を飲んでからここですぐひっくりかえってテレビを見ていてそのまま犬たちといっしょに寝てしまうことも多いので、ここが自分ではいちばん気持ちがいいんだろうなと思います」須田さんはこだわってつくったパントリーがお気に入りという。「ちょっと広すぎるかなと思ったんですが、これくらいあるとまだまだいろいろと整理がつけられるのでいいですね。それとキッチンとダイニングがコンパクトにまとまっているのでご飯をつくって食べて洗ってというのがほぼひとつの場所ですむのもよかったです」。さらに「収納に関しては満足がいく状態に落ち着くまで2年かかりますって比護さんに言われたのですがそれはその通りだなといま思っていて、まだいろいろこうやってみたいとかああやってみたいとかと考えています。それがまたとても楽しいですね」と続ける。「あまりかっちりしすぎていないのがいい」という佐藤さん。犬たちも走り回ったりそれぞれが好きなところで寝て好きなところで遊んでいて喜んでいるようだという。犬たちと「伸びやかに暮らす」という当初のコンセプトは見事に実現されているようだった。正面にマンションがあるため、視線が抜けるようにこの左手にもうひとつ開口を設けている。玄関を入ると右手に収納内容によって変更できる可動棚による収納スペースが続く。バルコニー+駐車場でよく見かける外観になるのを避けて「ちょっと楽しい感じにできないか」と考えられたデザイン。内部にもあるアール状のデザインがここでも採用された。右の開口はお隣とコミュニケーションできるよう開けられたもの。佐藤・須田邸設計ikmo所在地東京都清瀬市構造木造規模地上2階延床面積97.42㎡
2020年09月07日敷地の高低差は3.5m敷地について、「日当たりのよい土地を探していて、以前からいい場所だと思っていた」という三石さん。すでに更地になっていた敷地は途中から斜面になっていて最高部では前面の道路と3.5mくらいの高低差があったという。「まず、高さがあるので道路からの目線がそんなに気にならないんじゃないかと。それからそこに塔のような感じで建てたら眺めもすごくいいだろうし、地面のレベルから4階建てくらいの高さまでをふつうの住宅一軒で体験できるのは面白いのではないかと思いました」(三石さん)旗竿敷地の傾斜した旗の部分に立つ三石邸。家の前側は地面を掘削している。玄関は前面道路と同じレベルだが以前は地下だった。雨にぬれずに階段を上がりたい設計は友人の武田さんに依頼した。武田さんは敷地を見て「これはちょっと大変そうだな」と思ったという。「まずこの傾斜地にどう建てるかというところから考え始めないといけない。ただ建築家としてはこの場所でしか建たないものにできそうだなとは思いました」難しいのは傾斜している土地に建てるだけではなかった。これに三石さんからのリクエストが加わり設計の難易度はさらに増したようだ。「敷地に高低差があるところでは外階段を上がって玄関があるパターンが多い。この家の並びも全部そうなんですが、そこを僕は家の中に入ってから上がりたいと。それに対して武田さんは“何を言ってるんだ?”みたいな反応でしたが、“雨にぬれずに階段を上がって行きたい”って言ったんです」玄関から階段で上がるとリビング。リビングのある部分も掘削してつくられた。ダイニングから旗竿敷地の竿の部分を見る。室内の壁=擁壁以前は地下レベルであったところに玄関がつくられ、そこから階段を上がったところにリビングが配置されているが、このリビングも掘削して元の地盤面よりも低いところに位置している。しかし傾斜した部分の土をすべて取り除いたわけではないため、残った土を押さえるための擁壁が必要となる。三石邸ではこの擁壁を建築の壁として活用しかつ仕上げで隠さずに室内で露出して見せている。このコンクリート壁が独特の質感を空間に与えている。「ふつうは木造2階建てというとフローリングの下にコンクリートの基礎があって土を押さえているわけですが、生活の中ではそれがわからない。それを室内で見せてRC造の質感みたいなものを出しています」(武田さん)そしてこの擁壁はふつうのコンクリートではなく、洗い出し仕上げでコンクリートの中にある骨材が浮きだしたような見えになっている。この住宅内部では見ることのない仕上げを三石夫妻は気に入っているという。「洗い出し仕上げは外構で使われているイメージがあったので最初聞いたときは“え?”と思って、家の中にある状態をイメージするのが難しかったんですが、でもなんか面白そうだよねと」。奥さんは公園のような場所で使われているイメージがあったという。しかし現場で見たときには「“ああこうなるのか”という感じで思っていたより荒々しくもなく、住んでみて今すごく気に入ってます」と三石さん。リビングにはキャンプ用のテーブルやランタンが置かれている。左がダイニングキッチン。階段を上がったところからリビングを見る。左の壁と奥の壁は擁壁がそのまま室内の壁として使われている。リビングの壁と同様に左と奥の壁は、型枠に遅延効果シートを貼ってコンクリートを打設し、型枠をはずした後にウォータージェットで表面を洗い出している。乾燥後、表面を固めるためにコーティング剤を塗っている。ダイニングキッチンの奥にはお風呂などの水回りが配置されている。キッチン側からダイニングを見る。最後の最後までキッチンとダイニングテーブルの高さをそろえるか迷ったという。最終的には美しさを優先しこの形になった。キッチン側からワークスペースを見る。吹き抜け途中につくられた三石さんのワークスペース。光と風と開放感三石邸はこの洗い出し仕上げのほかに吹き抜け空間の開放感と明るさも大きな特徴となっている。吹き抜け部分の高さは5.5m。そこに大きな開口がいくつも開けられ旗竿地ながら光がふんだんに注ぎ込む。日当たりの良さを気に入って入手したこの土地、当然ながら光をたくさん採り入れたいというリクエストがあった。「明るくしてほしいというリクエストはしました。あと旗地は周りが家に囲まれているのでその閉塞感、圧迫感をどうやってクリアしていこうかと。さらにリビングで上を見上げたときに空が抜けて見えると住み心地の良さにつながるのではと思って、窓だらけにしてほしいとリクエストしました」(三石さん)さらに通風に関してのリクエストもあった。「周りを囲まれているので風が抜けるのかどうかとても心配しました」。窓を全開にして寝たいというリクエスも出して、いまでは、真夜中でも2階の窓を全開して風が抜けるような状況にしていることもあるという。吹き抜け部分を見上げる。高さは5.5mあり、大きく取られた開口部から光がふんだんに注ぎ込む。手前が吹き抜けの途中につくられたワークスペース。三石さんはここでギターを弾くこともあるという。2階には寝室が並ぶ。いちばん手前側が主寝室。主寝室の壁は中まで光を採り込むために施工途中でリクエストしてガラス張りに変更してもらった。ダイニングから玄関とリビングを見下ろす。左が主寝室。下のお子さんが成長したらこの部屋を2つに分けて主寝室と子ども部屋にすることも想定されている。夫妻ともにお気に入りという塔屋スペース。晴れた日には横浜のランドマークタワーが見えるという。奥のギターはギブソンとフェンダー。リビングの奥にもう1本テイラーのセミアコがあり、主にブルースを弾くという。つねにアウトドア感覚住み始めてから4か月ほど。「ほんとに毎日が楽しい」という三石さん。家に居ながらにしてアウトドアみたいな感覚が体験できるのが特に楽しいという。「それとリビングだと半分ぐらい土に囲まれていて土につながっているという感覚があって、ちょっと暖かみがありますね。あと半分洞窟の中にいるような感じもあります」「もともとキャンプとかアウトドアが大好き」だという三石さん。「夜には照明をぜんぶ落としてランタンやろうそくを点けてお酒をのんだりするのが楽しみで、いつもキャンプしている気分です」4人のお子さんたちもこれで楽しくないはずがない。「相当喜んでいて走り回っています。高低差があるのでアスレチックの延長線みたいな感じもあって」。そういわれてみると、吹き抜け部分の柱梁のスケルトンが多く露出したつくりがアスレチック施設のように見えないこともない。このあたりもアウトドア好きの三石さんにはたまらないポイントなのではないだろうか。ウッドデッキでは子どもたちが遊んだりべランピング的なことをしたりすることを当初より想定していた。2階のリビングから庭を見る。三石邸設計武田清明建築設計事務所所在地東京都世田谷区構造木造規模地上2階延床面積 115.01㎡
2020年08月05日高台がいい土地は「高台でいいところがないか探していた」という髙橋さん。見晴らしの良いところに住みたいと思っていたという。購入したのは小田急線沿線の高台で、駅から徒歩で7、8分の敷地。「見晴らしのほかにも土地の形や値段的にも見た中ではいちばん条件が良かった」と話す。南側に向けて大きな開口をつくった髙橋邸。高台にあるため遠くまで視線が気持ちよく抜ける。設計は建築家の小長谷亘さんに依頼。作品を見てデザインのテイストが気に入っていたので基本的にはあまり要望は出さずにお任せして最初の案を出してもらうことに。小長谷さんに伝えた数少ない要望のなかには「ドカンとシンプルに大きな空間があったほうがいい」そして「家の中にカーブしているところがほしい」というのがあったという。「建築のプロが考えたベストプランをまず見てみたいというがありました」と話す髙橋さん。「大空間やカーブのことだけ伝えればあとの細かいところは設計を進めていく間に話し合って決めていけばいい」と思ったという。奥さんは「小長谷さんの施工例を見させてもらって、実際にお話もしてみて、こちらの希望通りに叶えてくれるだろう、希望をくみ取ってくれそうだよねって話を2人でしていました」と話す。大きな開口側(南側)から1階の室内を見る。大きな一室空間のなかに3つのレベルのフロアがつくられている。建具や家具はすべてラワン材で製作されている。大きな空間に大きな白い壁がつくられている1階は美術館のような空気感も。壁に掛けられた作品が映える。グラフィックデザイナーの髙橋さんの師匠にあたる方の作品という。カーブと大空間とスキップ建築家のほうではカーブに関しては「壁に少しカーブがあるとかいいなあというような感じで絶対条件ではない」と受け取ったという。「デザインのヒントのようなものとしてとらえました」。髙橋邸は見晴らしのいい南側に向けて大空間をカーブさせて、その中の3つのレベルをスキップでつなぐという構成になっているが、小長谷さんには次のような建築的な判断があったという。「これからお子さんが大きくなると家族も変化していくのであまりつくりこむよりも空間にお金を使うほうがいいだろうと。景色の良いほうに大きな窓をつくりそれを最大限に生かすためにトンネル状の空間をカーブさせる案を提案しました」。さらに「部屋を大人と子どもで大きく分けるというぐらいのおおらかさのある設計にしました。あとお子さんが小さいので家族が上下にわかれていても気配を感じられるほうがいいいかなと」階段から見下ろす。右側の壁面と左の開口部近くを見るとわかるように壁が一部カーブを描いている。ダイニングから見上げる。右のキッチン上の天井の高さが2.7m、左が3.3m、吹き抜けた部分が6.0mある。左側が子ども3人のための空間で右が大人の空間。3段の階段でつながっている。子どものための空間から見る。大人2人のための空間は壁のカーブに合わせて角度が振られている。時間をかけて何案も検討したのが1階のキッチン。「道路側にも景色が抜けるので対面型にするともったいない。側面に寄せると、流れはあるけれどもダイニング側にキッチンが入り過ぎてしまうとかいろいろとあって、現在の半分囲うような形にしました。収納は冷蔵庫などの大きなボリュームを背の高い収納にまとめてキッチン側は食器棚、反対側を生活のためのものなどを仕舞う収納にしました」(小長谷さん)キッチンの開口からも視線が抜ける。ダイニング側に向けた対面側だとそちらに背を向けるかたちになりもったいないため、検討した末にこの形に。右の食器棚の裏側は生活のための細々としたものや子どもたちの服などが収められている。玄関とトイレの扉を開けたところ。浴室は天井が高いうえに南側の開口から視線が遠くまで抜ける。シンプル空間をカスタマイズこの家に髙橋一家が越してきたのが昨年の6月。もう少しで1年経つがこれまでに自ら表札をつくったり外構を手掛けたりといろいろと手を加えてきた髙橋さんは、今は階段の下のスペースに棚をつくろうと計画しているという。「階段の踏み板に面合わせで同じ集成材で厚さも同じくらいでできればいいんですけど」。壁側から出っ張るようにカーブを付けようかと考えているという。「空間にまだいろいろと設置する余地があるのでそこはとても楽しいですね、自分でつくり上げていく楽しみというか」大きくてシンプルな空間は自分の手で「カスタマイズ」のしがいがあるだろう。大空間のシンプルなつくりは髙橋さんが自分で手を加えるための素材のような気もしてくる。奥さんは「そういう作業を見ているのが楽しい」という。「この前とはなんか違う音がしている、またなんかやってると思って何をしているか見に行くんです」2階の子ども部屋はクローゼット兼納戸につながっている。クローゼット近くから見る。奥にはパソコンが置かれ髙橋さんの仕事スペースになっている。洗濯物を干すことがあるという2階テラスも見晴らし抜群。2階からダイニング部分を見下ろす。吊り下がっている真鍮製の照明はflameの商品。左の浴室の扉は高さ2.7mで合板の最大サイズでつくられている。その上の扉の中には空調機が仕込まれている。外の緑は芝も含め髙橋さんが植えたもの。照明の計画・デザインは小長谷さんの奥さんで、照明デザイナーの内藤真理子さんが手がけた。道路側外観大きな開口の近くは奥さんのお気に入りの場所。髙橋邸(月見坂の家)設計小長谷亘建築設計事務所所在地東京都町田市構造木造規模地上2階延床面積98.53㎡プロデュースザ・ハウス
2020年05月13日広いピアノ室がほしい大谷さんが家をつくろうと思ったきっかけのひとつは「別に住んでいた高齢の母と一緒に住もうと思った」ことだった。そしてもうひとつは「ピアノのレッスン室がほしかったから」だったという。ほぼ一日中ピアノを弾いているという大谷さんは、以前と同じように自宅で練習ができかつピアノ教室を開くことができることにくわえ、クラシックのコンサートを行えるスペースをつくりたいと思ったという。「コンサートもできる広いピアノ室がほしいとお伝えしました。それと家にあるモノをぜんぶ見ていただいてこれがすべて収まる家にしてくださいと。あと1階のピアノ室と2階のプライべートスペースとで玄関をふたつにわけること、コンサートの出演者の控室が1階にほしいというのもお願いしました」コンサートを開けるピアノ室のためにつくられた玄関。前庭の植栽デザインも建築家の岸本さんが手がけた。ピアノ室のための玄関からアプローチを見る。家型のポストもacaaの設計。防音にこだわる大谷さんが一番気にしていたピアノ室の防音は住宅の設計を依頼した建築家の岸本さんが自ら手がけた。「大谷さんは人生をかけてピアノをやっていて、この住宅はそのためにつくったような家」だと話す岸本さん。「木造2階建てのコスト規模の中でいかに広い空間を確保しつつ、防音性能を上げていくかということが一番の要望でありまた一番の問題でもありました」と続ける。最初は防音部分については専門の業者に依頼することも検討したが、コストがまったく折り合わず岸本さんが考えたオリジナル仕様で対応することに。反響を起こさないようなプランを練るとともに「あらゆるところから情報を集めて、音を伝えない方法と材料を徹底的に調べあげて」つくりあげたピアノ室は「防音のプロがやったよりも性能が上がっている」と胸を張る。間接光が壁の下部にぐるりとめぐり、また開口のある壁側にはカーテンがかけられているため落ち着いた空気感のあるピアノ室。空気感をつくる照明出来上がったピアノ室には静かに音楽へと集中できる落ち着いた空気感が漂うが、これには間接照明を採用したことが大きく作用しているように見える。「岸本さんが間接照明にしましょうと。それで壁際にライトがぐるりと回っているんですが、それがすごくきいてます」と大谷さん。グランドピアノの置かれている壁側にはカーテンがかけられているが、これが法規上必要とされる上部の開口部から入る自然光を和らげるとともに下部からの間接照明によってふわっと和らいだ光を周囲に広げている。さらにまたこのカーテンは楽器の響きを調整するための装置でもあるという。「正面にある壁と正対しているため反響があります。そこで一方の壁にカーテンをかけることで音の響きを調整することができるようにしたんです」(岸本さん)。左奥の先にエントランスがありそのレベルからピアノ室は3段下がっている。奥の壁とピアノの上の天井は反響を避けるためにフラットにせず傾斜させている。24脚置かれたセブンチェア。大谷さんはこの椅子が気に入りプライベートスペースのほうでも使うことに。天井にはロックウール吸音板を張っている。コンパクトな中でつくる距離感と一体感2階の居住スペースは約55㎡(ロフト含まず)。大谷さんのお母様と2人の息子さんとの4人家族のためのものとしてはかなりコンパクトだが、大谷さんは「ほどよく居場所が離れている」という。「寝室に向かう途中に3段の階段があって、ワークスペースとは仕切りもないんですが、ダイニングキッチンとうまく距離が保てているのでいいですね」と話す。これは「とてもコンパクトな面積の中で狭さを感じさせないために」行った岸本さんの建築的工夫によるもの。「仕切りをできるだけ設けずに床の仕上げを変えてそこに丸柱を立てたり、スキップフロアをつくったり」しているのだ。しかしそれだけではなく、逆に、小さな場所が集合してできたこの2階スペースに一体感をつくり出すためにその上に大屋根を架けている。1階のプライベートスペース側につくられた演奏者の控室。2階のプライベートスペース。正面奥が階段。左がお母様の部屋で右に洗面所と浴室がある。動線も自然狭いスペースでは移動がしづらくなることがあるが、プライベートのほうの玄関から2階に上がってダイニングキッチンとワークスペースを通り奥の寝室までの「動きがとても自然で、動線がすごくよくできている」と大谷さんは話す。かつまた「どのスペースもまんべんなく使われていて無駄がない」という。左の女性が大谷さん。ダイニングキッチンの奥に息子さん2人の寝室と大谷さん用のロフト、3人が使うクローゼットがある。階段を上がって右手にワークスペースがあり、テレビとパソコンが置かれている。階段は3段で54㎝。床の仕上げを変え柱を立てることでダイニングと奥のスペースを分節。またキッチンとワークスペースとは階段によってゆるやかに分節されている。ダイニングテーブルは岸本さんにオイルと磨き方を教えてもらい大谷さん自身が塗装した。家型が反復する特徴的な造形が見られる天井部分。もうひとつの玄関からピアノ室への動線も気に入っているという。「わたしはピアノの部屋がいちばん気に入っているんですが、階段を3段下りてその下がホールになっているんですね。コンサートホールって階段を下りていくことが多いですが、それをイメージしてそうしてくださった」防音のほうも完璧だという。周りに気兼ねする必要のない環境かつ音楽に浸るのにうってつけの空気感のなかで、今まで以上に練習にも生徒さんのレッスンにも熱が入るのではないか。そしてたぶん、大好きだというベートーベンやショパンを弾く喜びも増しているにちがいない。プライベート用の玄関はガレージ側につくられている。大谷邸設計acaa撮影上田宏所在地神奈川県藤沢市構造木造規模地上2階延床面積109.09㎡
2020年05月06日公園の緑を見たい目の前に公園のある敷地をみつけて即、購入を決めたという林夫妻。「以前に住んでいたところが早大通りの並木道の緑が借景で見える場所だったので、同じように緑が見えたらいいなと思っていました」と話すのは夫の公太郎さん。設計は妻の宏美さんの友人だった山田紗子さんに依頼したが、山田さんへのリクエストのひとつは当然ながら公園の緑が見えることだった。50.6㎡とコンパクトな上に奥に細長い形状の敷地のため「家が広く見えるようにしてほしいというのもすごく言っていた気がします」と宏美さん。加えて道路側以外は隣家が迫る状況ながら「大きな開口がほしい」とも伝えたという。構造の関係で前面に大開口を設けられなかったため、インナーバルコニーをつくりその内側に大きな開口を設けた。リビングからインナーバルコニーを通して公園の緑を見る。木の素材感がほしいというのも夫妻からのリクエストだった。インナーバルコニーから公園を見る。螺旋階段の途中からリビング方向を見る。リビングの壁にはピクチャーレールが付けられている。家の真ん中の螺旋階段それらのリクエストを中心に家づくりが始められた林邸。出来上がった家には道路側の2階にインナーバルコニーが設けられて目の前の公園の緑を眺めることができる。中心部分には2階分ほどの高さのある大きな開口が設けられていて部屋の隅々にまで光を供給しているが、この開口の横につくられた螺旋階段がとても特徴的だ。ちょうどその頃同時並行的に進められていた山田さんの自邸の模型を見て「うちもこういう感じがいいかも」と伝えていたスキップフロアをこの螺旋階段がつなぎ、また壁を設けていないために階段を通して斜め方向へと視線が抜けていく。「山田さんからいちばん最初に提案をいただいたとき“ ウナギの寝床のように細長い敷地だから端に階段を置くとそのスペースが無駄になってしまう”と。さらに“この階段は廊下であり部屋であり庭でもある”という説明を聞いて、ああなるほどなと」(宏美さん)大開口から光がふんだんに注がれて明るく中庭的な存在ともなっているこの階段。宏美さんは「庭がほしかった」がこの敷地で庭をつくることは物理的に無理だと思っていたので、この“階段=庭” という考え方に思わず納得しての「なるほど」でもあったのだろう。リビングから下にDK、上に子ども部屋を見る。右の踏み板はリビングとレベルが揃い連続している。左が室内を明るく照らす大開口。子どもたちにはこの階段がテーブルにもなる。階段にはトップライトからもふんだんに光が注がれる。その下の小スペースはひとりでほっと一息つくためにつくられた場所。子ども部屋から見る。奥の上が寝室で下がリビング。階段での工夫この螺旋階段にはまた建築家の工夫がこめられている。「段をあまり細かく刻まず、踏み板の1枚1枚をなるべく広く取って各フロアの床となじませていきたかったんです。そうすると踏み板の数が減るので1段が少し高くなりますが、22cmという、ふつうにもあり得るような段差で納めています」(山田さん)ふつうの階段より1段が少し高めでまた踏み板が広いため、余裕で座ることができるし2人のお嬢さんはテーブルにするなどして子どもながらの活用もしているという。寝室には宏美さんの希望で扉を付けたが、このようにオープンにすることもできる。寝室側から子ども部屋側を見る。奥には小窓しかないがトップライトと大開口の光で十分に明るい。当初屋上をリクエストしていたが、インナーバルコニーの方が生活空間と連続していて使い勝手が良いという判断となった。家の最高レベルから子ども部屋を見下ろす。リビングが4、5畳程度と狭いがまったく狭さを感じさせないのは、階段を挟んで向こう側にある空間も一体として感じられるからだろう。この家に引っ越してきてから8カ月ほど。暮らしてみての感想を聞くと、夫妻ともに「広い」との答えが返ってきた。「リビングに座っていると上にも下にも視線が抜けるので、実際の畳数よりも広さを感じる。私の希望だった塗り壁の白い壁面が続いているので、DKまで含めてひとつの部屋のように感じられる。DKの奥の壁がリビングの壁のようにも感じられるんです」(公太郎さん)公太郎さんの希望で白の塗り壁にした。奥の広い壁面にアーティストに絵を描いてもらうことも考えているという。天井が高くて気持ちのいいDKにぶら下がっているのはトム・ディクソンがデザインした照明。リビング自体は狭いが視線が奥の壁まで抜ける上に、階段の1枚目の広い踏み板が同じレベルにあるため広く感じる。家のサイドに設けられた玄関を入ると左に水回り、右にDKがある。洗濯などの家事動線も設計では重要な課題だった。宏美さんは最後に「暮らしていて楽しい」と話してくれた。「山田さんがこの家の設計の途中で“生活をしている人たちのライフスタイルはいつまでも一定ではないので、建築家の仕事はつねにこういう生活はどうだろう、あるいは・・・と問い続ける仕事なんだ”と話したことがあって、それは私の議員という仕事とも似ている部分があって、社会が変われば当然必要なものも変わってくるので同じだなと思ったことがありました。家に関しても、子どもたちも成長していくし私たちもいろいろと変わっていく。この家はそれに合わせて変えられる余地があるようにも感じられるのがいいなあとも思っています」。「暮らしていて楽しい」という宏美さんの言葉には、そのように家族と家がともに成長変化するという将来への期待感も込められているのではないか、そのようにも感じられた。踏み板の面積があるので床が切り分けられ高さを変えて続いているようにも見える。リビングからは1階のDKの奥の壁までが同じ空間のように感じられるという。林邸設計山田紗子建築設計事務所所在地東京都新宿区構造木造規模地上3階延床面積54.8㎡
2020年02月12日つながり感のある空間井岡邸が建築面積約40㎡とコンパクトながら空間に開放感が感じられるのは、まずひとつは1階から中2階を経て2階に至るまで水回り以外の場所を壁を立ててきっちりと仕切ることはせずひとつながりのつくりにしたことにある。「“全体的につながりがある感じの空間がいいです”というのは最初にお伝えしました」と奥さん。さらに「ある程度プライバシーも守りつつも、子どもが大きくなったときにまったく話もしないで自分の部屋にこもってしまうようなのも避けたいということもありました」と話す。そして井岡さんが「“どこにいても気配が感じられる”というのも要望にありましたね」と加える。いつも開放性を重視して設計をしているというIN STUDIOの奥村さんは「中2階をつくる案を提案したときに奥さんが“ちらっと見えるという感じではなくて、中2階をつくるならしっかり見えるようにしたい”とおっしゃったのがとても印象的で、そういう発言もこの家全体のつながりをつくるというコンセプトにつながっていったのかなという気はします」と話す。正面側にフルハイトの開口があり、またほかの三方とも開口があるためどこにいても明るい室内。ダイニングからリビングまでベンチが続く。手前の天井高1950㎜に対してリビング部分は3100mmと高めに設定。光を浴びたいそれともうひとつポイントになったのが奥さんの「光を浴びたい、日光がすごく入るようにしたい」というリクエストだった。「以前住んでいたアパートが東向きで、朝は明るいものの午前中のうちに暗くなってしまっていたので、“電気を付けなくても明るい空間”にあこがれていました」このリクエストに応えるために1階のリビング部分の天井高を3.1mと高く取り、さらに正面(東南)側の開口を大きく取った上で、隣家に接したほかの三方には縦長の開口をつくっている。「正面以外は囲われていて前面にだけしか開けられないのはもったいない。お隣の中庭のあたりからも光が入れられるので、うまく開口を取ってほかの三方からも光をもらうようにしました」(奥村さん)プライバシーの問題もあり玄関部分を仕切る話もあったが、開放性とのせめぎ合いで玄関ドアを開けた程度では部屋の奥までは見えないこのようなかたちに。収納家具を目隠しに使っている。少し間を開けてマツ材が張られた天井。バーチ材のフローリングともに夫妻の希望でナチュラル感のある材が選択された。外のコンクリート平板が中にも続き、天井が外へとそのまま続いている。内と外をつなげる開口は壁に縦長のものを開けたように見えるが、建築的には壁柱のあいだにできた隙間を開口としているのだという。「壁柱をつかったピロティのような感じで、壁柱と壁柱の間が開口になったり玄関になったりというふうなつくりになっています」と奥村さん。その壁柱にスラブを載せて2階に寝室を設けるという構成だが、そのスラブが外部へと抜けて庇になっている。また1階の床はフローリングが途中からコンクリート平板に変わりこれも外のコンクリート平板へとつながっている。「開放的というのをコンセプトにしていたので、外のものが中に入ったりあるいは中のものがそのまま外に出たりというかたちで連続感をつくっています。庭をつくるので庭との距離を心理的に近いものにしたかったというのもあります」(奥村さん)正面に棚をつくったためテーブルの上はすっきり。細々とした生活用品はテーブルの下の部分に収納されている。ダイニング上のライトは奥さんが気に入って購入したもの。空間のアクセントとして効いている。キッチンからダイニング、リビング方向を見る。キッチンは奥さんの希望で作業をしながらお子さんの様子が見られるようにこのかたちに。IN STUDIOからの提案だった中2階の机の置かれたスペース。現在、パソコンの作業や読書に使っているが将来は娘さんの勉強室にもなるという想定で、夫妻ともに気に入っているという。「家で子どもと2人でいてあそこで作業しているときに娘が下にいても何をしているのかがわかる感じがいいですね」(井岡さん)。奥さんも「この子が下にいても何か言えば顔を合わせられるし会話もできるので一人にさせている感じがしないですし、子どものほうもママがいないという感じにはならないのがいいですね」と話す。半年ほど住んでみて「“もっとこうすればよかった”ということがないね」ってよく話すという井岡夫妻。コンセントの位置など細かいところまでよく考えこまれた設計のおかげもあるが、希望であった開放性とともにつながりや気配を感じるということがうまく実現されているところからの発言でもあるのだろう。中2階から1階を見下ろす。右が将来娘さんが勉強する際に使うことも想定している机の置かれた中2階のスペース。現在はパソコンの作業をするときや読書の際に使用しているという。2階の寝室から見下す。青の扉の奥には浴室などの水回り収められている。中2階から寝室を見る。上部が開いていてつながり感が切れていない。2階は今のところ左の寝室と収納棚のある右のスペースに分かれている。将来は寝室を2つに分けて2階を3部屋にすることも想定している。左の空間にV形レールが埋め込んである。左に1室+真ん中に廊下+右に2室という形にすることができる。寝室側から見る。壁や天井の青は奥さんの好きな色。どこかに青色を入れたいという要望からこの住宅の構成の中で壁柱よりも一段階軽い扱いの壁に塗られた。正面の壁の角度が振れているのは眺めの確保のほかに、道路から玄関近くまで延びている階段を避けるためでもあった。井岡邸設計IN STUDIO所在地神奈川県横浜市構造木造規模地上2階延床面積72.28㎡
2020年01月15日建築家に土地選定の段階から相談20年住まわれた東京・江東区を離れ、昨年世田谷区内に家を建てたUさん夫妻。「以前の自宅の目の前が再開発地域にあたり、タワーマンションの建築計画が入っていたんです。それを機に移ることにし、土地を探しました」(夫)家を建てるにあたり、夫が以前勤務していた会社のオフィスデザインを手掛けた建築家の庄司寛さんに依頼。土地選定の段階から相談した。通勤や地盤などを考慮し、出会ったのがこのY字道路に面する三角形の敷地だった。「庄司さんに“この土地、どう思いますか?”と見ていただいたら、庄司さんがサラサラと家のイメージを描いてくださってね。それが、20代の頃、2人で留学していたときに住んでいたシアトルのコンドミニアムと重なって、懐かしい気持ちになったんです」(妻)スキップフロアや高い天井の開放的な雰囲気が当時と重なり、ともて気に入ったという。仕上がった家は、その最初のイメージどおりだと話す。Y字道路に面する。角地に建つため、道を曲がってくると、大きな開口を設けた片流れの外観が目に飛び込んでくる。玄関前の三角スペース。妻が育てているバラがお出迎え。ガレージの奥には、近くを走る電車が時折見えるという遊び心も。2階のリビングダイニング。奥行のある、明るく広々とした空間。三角形の敷地の個性を活かす「土地のポテンシャルを最大限に活かすことを考えました」とは建築家の庄司さん。三角形の土地でできるだけ長く取れる軸線を意識したという。北東側にとれた軸線に沿って奥行のある建物を配置。南西側に目線が広がるように大きな開口やベランダを設けた。また、奥に向かって徐々に下がっている高低差のある土地であるため、傾斜を活かすスキップフロアを採用した。三角形の土地ゆえに、所々に残った三角形の部分は、玄関の前庭、寝室前の中庭、バスルームから見える坪庭、裏の勝手口などとして無駄なく活用。敷地の個性によって生まれたスペースが、生活に豊かさをもたらした。また、「今回家を建てるにあたり、老後を意識しました」と話すご夫妻。災害等のときに避難しやすいよう寝室は1階に配置し、階段の段差は20cm以内を希望した。さらに、1階は割れにくい強化ガラスを採用し、ライトは自動やタイマーで灯るようにするなど、防犯面にも配慮した。寝室脇の中庭は、妻のリクエスト。四季折々の花が植えられている。1階の寝室。南側の窓から、1階とは思えないたっぷりの日差しが入る。寝室の隣の部屋。近々、妻が営む事務所が移転してくる予定。玄関から見る。階段の段差は低めに設定。数段降りた奥がサニタリールーム、その奥が勝手口へと続く。バスルームは開放的なガラス張りにこだわった。ホテルライクなバスルームがお好みの夫のリクエスト。坪庭(奥)を眺めながらゆったりとくつろげる。階段下は収納になっている。換気扇付きの猫用トイレ(左奥)も設置。勝手口には、裏のシンボルツリーとしてトネリコを植えた。大勢が集うワンルームUさん夫妻は広島県の出身で、高校の同級生。当時、夫が所属していた吹奏楽部の先輩や現役生までつながる後輩たちとともに、毎年夏にコンサートを開いているという。「年に数回、その仲間たち20数名や留学時代の友人たちがうちに集まるため、大きなワンルームを希望しました」(夫)広々とした2階のリビングダイニングは、その人数をもてなすにも十分な広さ。「人を招くのが大好き!」という夫が中心になって料理をふるまうとのこと。普段は中華料理に凝っているというが、パーティのときはイタリアンが多いそう。「けっこうイケますよ」と妻も太鼓判を押す。ダイニング脇のキッチン(右)は動線を考えた造り。中華料理に凝っている夫の希望もあって、火力の強いガスレンジに。自然と窓に向かって並んで座ることが多いというお2人。華奢でシンプルなテーブルは庄司さんのデザイン。イスは『柏木工』のもの。2階もスキップフロアになっている。勝手口の上にあたる(奥)部分にはサービススペースを設置。広めに設計した2階のトイレ。うっすらと透けたガラス張りがお洒落。階段状に設えた収納は無駄のない造り。裏のキッチン側に収めるものによって、階段側の収納部分の厚みが異なる。音楽が趣味のお2人。クラシックを中心としたCDコレクションが。パーティ用のグラス類もたっぷり収納。愛猫たちも満足この家に暮らし始めて1年半。「私たちももちろん気に入っていますが、猫たちが1番喜んでいるかも」と笑うご夫妻。スキップフロアは猫にとって楽しく、ベランダへと続く猫用扉により、外へも自由に行き来できる。また、1年中たっぷり日差しが降り注ぐ2階のリビングは猫にとっても快適空間。季節によって異なる変化を敏感に感じ取り、心地よい場所を見つけてはお昼寝や日向ぼっこをしているという。愛猫たちとともに過ごす何気ない時間を楽しんでいるお2人。今後は植栽にも力を入れていきたいと話す。「四季を意識した花木を少しずつ植えてきて、やっと根付いてきました。イングリッシュガーデン風の庭に憧れているので、少しずつアレンジしていきたいですね」(妻)『柏木工』で購入したソファで過ごすひとときは、お2人のお気に入りの時間。奥の開口が道路側。夜は、天井の梁が幻想的に光り、外から見ても美しい。2階のウッドデッキ。低めの手すりがポイント。左下が猫の出入り口。下には、寝室前の中庭がある。キッチンの下に設けた猫の出入り口。ご夫妻が留守のときでも自由にベランダと行き来できる。下から上に調節できるブラインド。道路からの視線と日差しを避ける。先代猫のリリくんとトームくん。日本画を学んだ妻の妹さんの作品。U邸の猫たちは皆、捨て猫や保護猫だった。現在飼っているモモちゃん(5歳、メス)。もう一匹の黒猫のハナちゃん(6歳、メス)はシャイな性格で一瞬しかお目にかかれなかった。モモちゃんを描いた妹さんの作品。御覧のとおり、そっくり!U邸設計庄司寛建築設計事務所所在地東京都世田谷区構造木造規模地上2階延床面積105㎡
2019年12月16日普通の家では面白くない東京・世田谷の閑静な住宅街に建つ加納邸。2年半ほど前に建て替えたというその家は、ガルバリウム鋼板の黒い外壁と、2階が浮いたように見えるキャンティレバー状の構造が異彩を放っている。「長年住んでいた以前の家は、中庭を囲むように建つユニークな構造でした。とても気に入っていたのですが、雨漏りや設備が老朽化したため、思い切って建て替えることにしたのです」と幸典さん。「普通の家では面白くない」と、感性の合う建築家を探したという。もともとインテリアが大好きで、ライフオーガナイザーの資格も持つ奥さま。愛読している住宅雑誌で目に留まったのが、設計事務所『ステューディオ2アーキテクツ』の住宅だった。「段差をうまく利用した住宅で、限られたスペースの中での空間使いが巧みで面白いと思ったのです。依頼すると、以前住んでいた家をじっくり見ながら、私たちの思いを聴いてくださいました。以前の家で気に入っているところは活かしつつ、住みにくい点はクリアするといった感じで家づくりが進んでいきました」(奥さま)。切妻の屋根なりの天井が開放感をアップ。ルーフテラスに続く“リビング階段”は奥さまのリクエスト。住宅が密集しているため、窓を最小限にした。道路からはルーフテラスが全く見えない。上がり框のないフラットな玄関ホール。墨を混ぜたモルタルがシックな印象。車が眺められるギャラリー風ガレージ。多様なニーズの高床“パレット”加納さん夫妻の要望は、まずは、広い2階リビングと大容量の収納。「収納を多くすると空間が狭くなると思ったのですが、“パレット”を提案してもらい、どちらも実現することができました」(奥さま)“パレット”とは、多様なニーズに応えるための高床になった仕掛けのこと。2階の中央部分には、70cm高く上げたステージのような“パレット”を配置。約18畳のその床座は、家族が寛ぐリビングでありながら、ルーフテラスやロフトに連動した子どもたちの遊び場であり、時には食事をする大きなテーブル、家事をする作業台などさまざまな目的に対応している。さらに、床座の下部は巨大な床下収納になっていて、季節行事やイベントのグッズ、客用の布団などから日常的に使用するものまで何でも収納。また、来客時にはさっと仕舞える一時保管のスペースとしても重宝しているという。3段ほど高くなった“パレット”。「アイロンをしたり、洗濯物を畳んだりするのも便利です」と奥さま。床暖房も入っている。リビングの下はすべて収納になっている。使用頻度が少ないものは奥に入れるなど工夫が見られる。床座はデスクスペースにもなる。キッチン側に大きめの引き出しが2つ。頻繁に使用するものを中心に収納している。一時保管場所としても便利。引き出しを外すと奥のワークスペースまでつながる。トンネル状になり、子どもたちの格好の遊び場に。空の眺めを日常に取り込む「以前の家では、中庭を眺めながら暮らしていたので、今回も周囲からの視線を気にせず、空を感じて暮らしたいというのがありましたね」と話す幸典さん。その要望は、屋根の一部をくり抜くようにして設けた広いルーフテラスにより叶えられた。高さ制限ぎりぎりまで上げた天井高は5m。テラスに面した大きなガラス窓にはカーテンやブラインドは一切つけず、大開口からたっぷり入る自然光を楽しんでいる。周囲の家が目に入ることなく空へと視界が広がり、光や雲の動き、季節の移ろいを感じられる空間となった。「キッチンに立ってリビングを見ると、家族の様子とともに空が視界に入り、気持ちいいですね」と奥さま。最もお気に入りの場所というキッチンは、奥さまの憧れのブランド『クッチーナ』を設置。幸典さんの知人を通して、モデルルームで使用していたものを格安で購入したという。「現品のみのため、もとはペニンシュラタイプだったものを大工さんの力でアイランドタイプに変えてもらいました」ダイニングキッチンのスペースは、このキッチンに合わせて設計された。アウトドアリビングとしても活躍するルーフテラスは、“空庭”と呼んでいる。周囲の視線を気にせず寛げる“空庭”。「月を見ながらビールを飲むのが至福の時です」と幸典さん。『クッチーナ』のキッチンと横並びに配したダイニング。テーブルはコンクリート製をセレクト。「けっこう無機質なものが好きなんです」(奥さま)キッチンに立つと、目の前に大開口が広がる。「料理の合間に椅子に座り、ボーッと空を眺めていることもありますね」(奥さま)キッチンの奥がサニタリールーム。家事動線を考え、水回りをつなげた。洗面台もモデルルームで使用していたものを購入し、持ち込み、設置してもらった。それぞれの居場所でコンサルティング会社(株式会社CAN)を経営する幸典さんは、自宅を仕事場にしている。1階に書斎はあるものの、ほとんど2階のワークスペースで仕事をするという。基本的には、早朝から子どもたちが留守の間に仕事をするそうだが、帰宅した子どもたちの近くで仕事をすることも楽しいという。「子どもたちが大きくなっても、部屋に籠るのではなく、勉強などもなるべく2階でしてくれたらいいなと思っています」(幸典さん)2階にはロフトもあり、現在は主にお嬢さん(5歳)の遊び場に。息子さん(9歳)はオモチャを広げて遊ぶことから卒業し、“パレット”をデスクにしてゲームをしていることが多いという。家族が同じ空間で過ごしながらも、それぞれが自由に好きなことをしていられる2階の“パレットリビング”。家族のほどよい距離感が心地良い時間を運んでいる。“空庭”と同じ高さのロフト。リビングから死角のため、オモチャを広げっぱなしでもOK。仕事、宿題、ゲーム、お絵描きなど、ワークスペースでは各自が好きなことをしている。1階の玄関奥は、家族の寝室とプレイルームがある。子どもの成長に合わせて部屋を分ける予定。玄関からウォークインクローゼットあるいは書斎を通って奥の部屋へ。1階は回遊できる設計に。コピー機等を置いた、1階の書斎。玄関から寝室への通路にもなっている。ほとんど2階で仕事をするが、家族がいる時間にスカイプでの打ち合わせが入ったときなど使用。2階から1階の玄関ホールを見下ろす。「手で触るところは黒にしてもらった」と、アクセントカラーは黒をリクエストした奥さま。上部の黒い収納は、安全面を考えた柵との兼用。加納邸設計ステューディオ2アーキテクツ所在地東京都世田谷区構造木造規模地上2階延床面積117.25㎡
2019年11月18日和にモダンを融合させて祖父、叔母が暮らした土地に新居を建てることになったSさんご一家。建築家を探す中で、デザインライフ設計室の青木律典さんに出会う。「作品集を見て、感性が合うなとピンときたんです。素材の使い方、線の収め方、そういうものがぴたりとはまりました」。夫はIT関係のデザイナー。もともと建築やインテリアが好きで、こんな家にしたいというイメージはある程度固まっていた。「日本住宅の良さも残しつつモダンな感じのある家、それまでに買い集めていた北欧の家具がなじむような家にしたい、とリクエストしました」。「家づくりノート」を作成し、青木さんとイメージを共有しながらプランニング。やや赤みがかったグレーの外壁に包まれた、控えめな開口の一軒家は2年程前に完成した。屋根に高低差をつけることで斜線規制をクリア。2階のフィックス窓、半室内のベランダ横の開口が、外に向かって開いている。ジョリパット仕上げの外壁は、たくさんのサンプルの中から色味を選び、ざらつき具合も確認しながら塗装してもらったそう。天気によって色味の変化も感じられる。清々しい雰囲気の玄関アプローチ。ドアはピーラーで。玄関から、スキップフロアで1階へとつながる。閉じながら外とつながる室内「外に対しては閉じたいけれど、中は明るく開放的にしたい、という矛盾したリクエストを頂きました(笑)」というのは、青木さん。駐車場を挟むものの、敷地の前には集合住宅がありベランダと向かい合わせに。この問題をどう解決するかが設計のテーマだった。「外からの視線を避けるために、リビングとつながる屋根のかかったテラスを設けました。正面は塞ぎながらもサイドに開口を設けることで、光と風が家の中を通り抜けます」。リビングからフラットにつながったこのテラスは、ガラス、簾、障子の3段階の引き戸で仕切ることができ、開け放つとリビングの一部に。集合住宅に面した正面は塞がれているので、プライバシーは守りながらサイドの開口の先から隣地の借景が楽しめる。「家の中は、1階から階段を通って2階まで吹き抜けになっていて、2階北側の窓から、対角線を通って南のスリット窓に光が抜けます。つながった空間にすることで開放感が生まれます」。仕切りには全て引き戸が使われていて、開ければ家全体がひとつの空間に。角を丸く仕上げた漆喰の白い壁と天井が流れるように連続して、光とともに包み込まれるよう。リビングからつながった半室内的なテラスは、日本家屋の広縁のようでもあり、色々な使い方ができる。テラスにはサイドと屋根に開口があり、光と風が通り抜ける。仕切りには造作した木枠のガラス窓、簾、障子の引き戸を。持っていたテーブルに合わせて設計してもらった書斎コーナー。階段上の開口から、光が降りてくる。ナラの床材が気持ちいいリビングダイニング。漆喰の壁が光の反射を受けて陰影を出す。ジャスパー・モリソンのソファーの置き場所も考えて設計。トップライトから光が入るダイニング。アルネ・ヤコブセンのセブンチェア&楕円テーブルに、ルイス・ポールセンのペンダントライトを。北欧家具が活きる空間に「もともと北欧が好きで、家具や照明、雑貨などたくさん買い集めていたんです。それに合うように設計してもらいました」。1階の玄関からスキップフロアで上がった空間は、持っていたテーブルがちょうど収まるように設計。家族全員でそれぞれの時間を過ごせる書斎のようなスペースを確保した。「主人が仕事をしたり、子どもたちが勉強したり。ダイニング以外にみんなが集える場所があるのは重宝していますね」。という妻は、一方でキッチンだけは独立した空間を希望。「永田昌民さんが設計した大橋歩さんの家のキッチンに憧れていて、一直線の独立したキッチンにしてほしいと、青木さんにお伝えしました。来客時には引き戸を閉めれば作業しているところが見えないし、匂いも遮断できます」。収納棚は、集めていた北欧の食器などがすっきり収まるように造作。愛読書や雑貨も並んだ、趣味の空間のようなキッチン&パントリーには、やはり外からの視線を遮るため、窓の外側に木製のルーバーを設置した。仕切りを設けてあえて独立させたキッチン。キッチン台やオープンシェルフはアッシュで造作。手前にはパントリーがあり、収納もたっぷり。もともと北欧好きで、「かもめ食堂」を観てさらにはまったという妻。北欧の食器などがずらりと並ぶ。隣家の視線を避けるため、窓の外にルーバーを設置。吊り棚の底面は、洗いものをそのまま置くことができるよう工夫されている。パントリーには、これまでに買い集めた北欧雑貨、本、テレビもあり、趣味の部屋として籠って過ごすこともできるスペースとなっている。玄関を開けると現れる扉は、夫の仕事場への入り口。目立たない取っ手を選んであえてプレーンに。天井高と開口からの光で狭さを解消した仕事部屋。無印良品のファイルケースに合わせて棚を造作。1階の主寝室は天井を2フロア分の高さにして、ハシゴであがるロフトを設けた。2階リビングと接する壁には、障子の窓も設けている。2部屋並んで設計されている子ども部屋は、造作の机の間をあえてオープンに。いずれ仕切って使うことも可能。主張のない意匠が心地いい「住み心地がいいのは、やはり建築家さんと感覚が合うからでしょうね。気づかないけれど縦の線、横の線が何気なく同じラインに揃えられていて、すっきりと収まっているところなどに居心地の良さを感じます」。例えばリビングと吹き抜けのホールの間の仕切りは、階段の90cmの高さの手すりから連続。さらに、それに連なるように障子の桟やスリット窓の高さも設定されている。細かなところのこだわりが、無駄のない空間を生んでいる。「夫婦ともすっきりとした空間が好きなんです。北欧デザインが好きなのも、主張のない普遍的なデザインに惹かれるから。この家にも普遍的な魅力を感じます」。隣家との距離が近い南側は、あえてスリット状の開口に。右側の開口部は、1階の主寝室とつながっている。閉めると障子に。壁はすべて床から少し浮かせることで劣化を防ぎつつ、デザイン性を高めている。フィンランドの蚤の市で購入したアラビアのプレートなどを飾る。リビングで寛ぐことも多いご一家。スピーカーは埋め込みに、テレビは壁付けにしてすっきりと。テレビ下の収納は、壁の向こう側のパントリーの空間を活用して奥行きを取り、リビング側はすっきりと薄いデザインに。S邸設計デザインライフ設計室所在地横浜市構造木造規模地上2階延床面積111.05㎡
2019年10月07日可変性を仕込むK邸の敷地は恵比寿の住宅地にある。Kさんの仕事場との距離を考慮してこの土地を購入したが、その際にはご両親が利用することも想定されていたという。「当時は一人暮らしでしたが、これから家族が増える可能性もあるし、何年後かに事務所にするパターンもあるかもしれない。将来いかようにもできるようなつくりにしてほしいと建築家にお伝えしました」鉄骨3階建てのK邸。この写真では見えないが奥にはペントハウスが載っている。玄関入って数段階段を上がると1階スペース。加えて、Kさんが共同でこの家の設計にあたった山路さんと釜萢さんのお2人に伝えたのは「スキップフロアにしたい」、そして「ツルツルピカピカの空間にはしたくない」ということだった。さらに、ネットで見つけた好みのインテリア写真を見てもらったという。山路さんは「スキップフロアにしたいというお話があった時に、部屋をつくっていくというよりずるずるとスペースがつながっているような構成をイメージされているように感じた」という。「それで、斜線制限をかわした最大ボリュームをシンプルに立ち上げてできた空間を伸びやかに使い切るようにしようと。そしてその縦の空間にどのように床を取っていくか、断面的な構成をどうするかが最初から設計のテーマになりました」玄関入ってすぐのソファの置かれたスペース。階高は2.2mで鉄骨造の部分はペントハウスを含めて4層ある。寝室と同じ2階レベルにある踊り場スペース。チャーミングな場所をつくるKさんが揃えたインテリアの写真には、「シンプルだが設えがかわいらしい感じのもの」が多かったという。そこで空間としてはシンプルな構成につつ、ところどころにチャーミングな場所をつくる方向で設計を進めることに。空間を広く感じまた使えるように、木造よりも小ぶりで薄い部材ですむ鉄骨造が選択されたが、鉄骨造でありがちな、人を少し突き放すような冷たさを感じさせないように、建築家のお2人は、このチャーミングな場所をつくることを意識しつつも、温もりのようなものも感じさせることも考慮して素材や色の選択を行っていったという。2階レベルにある踊り場を見下ろす。「チャーミングな場所」は家具や緑とのセットでつくられる。踊り場から同じ2階レベルにある寝室を見る。庭のような空間設計が進む中で、お風呂を眺めのいいペントハウスにつくり、寝室を2階に、ダイニングキッチンを地下にすることなどが決まっていったが、K邸の玄関を入ってすぐ目の前に現れるスペースは用途が決まらないままだった。今はソファが置かれリビング然としたこの空間、Kさんは「何にでも使える庭のようなものにしたらどうだろう」と思っていた。これに対して設計側は「ふつうに考えた場合、いちばんいいと思える場所に生活の中での機能的な役割をあまりもたせずに、Kさんの言われるように中庭的なものとすることで家の広がりをつくるというふうにとらえてみると面白いのでは」と考えたという。山路さんがまたさらにKさんとの打ち合わせの中で面白いと感じたことがある。「行為の順番で空間に対する要望を話されるんですね。お風呂を出た後にこうしたいからこのへんにそうできるスペースがあったらいい、というようなシーンで伝えてくる。こういう要望の出され方ってほんとに珍しいんですね」踊り場から1階を見下ろす。寝室に行くにはここから1階上がってから階段を下る。トイレ以外は閉じた空間がなく1階のスペースを中心に広がりの感じられるつくりになっている。寝室の1層上は服や小物が置かれ洗面所もある多目的のスペース。寝室を見下ろす。壁の明るいシナ合板は、鉄骨部分のグレーを考慮し、かつ空間に温もり感を与えるための選択。「そういう話からあの部屋が生まれたんです」と山路さんが話すのは寝室の1層上につくられた多目的のスペースだ。「ふつうは水回りは水回りで固めるとつくりやすいんですが、シーンで考えていくと、お風呂をあがった後に顔を洗わないし、服を着替える近くに洗面所があったほうが自然じゃないかという話からあの場所にできたんです」Kさんは「帰ってきて、あそこで服を脱いでお風呂に入って着替えて寝るという流れを考えたのと、あの部屋はぐちゃぐちゃしていていいという考えだったので、あそこにものをたくさん置いて、ほかのスペースをすっきりさせようという考えもありました」階段の踊り場に置かれた古い机とテーブルがチャーミングな雰囲気をつくり出している。1階の柱にかけられたマーク・ロスコのレプリカ。1階の壁際に置かれた家具や緑などもチャーミングな場所をつくり出している。背景のシナ合板の色合いとの相性もいい。「お風呂だろ、この家は」というKさんのお父様の“鶴の一声”でお風呂を最上階のペントハウスにつくることが決まったという。お風呂だけのシンプルなつくりが気持ちの良さをさらに増幅する。大開口からの眺望がすばらしい。近くの住宅とはレベル差があるためプライバシー的にも大きな問題はないという。今も攻略中引っ越しから1年近く経ったK邸。最初は慣れない感じもあったが、Kさんの中では気持ちのいい“流れ”ができてきたという。「帰ってきて、窓を開けて、上に上がって、お風呂にお湯を貯めてとか、だいぶ自分のなかで流れ、リズムのようなものができてきて、今はそれが気持ちがいいし楽しいですね」窓を開けるといった単純な所作も意外と楽しいというKさん。「そういう普通なら“余白みたいなところ”に面白さを見出すとは自分でも思ってもみなかった」という。「帰ってきてからあの洗面のあるスペースから子どもが寝ているのが見えるのもいいし、また同じ場所で、一拍おくようにして何かを考えるリズムのようなものができて、それも面白い」と話すKさん。さらなる面白さを見出すために、この家を「今も攻略している感じ」だという。「もうちょっとこの家の可能性を住みながら探していく感じはあります」とも話すKさんは、この家を身体にとても近い感覚でとらえ、楽しんでいるのではと感じられた。Kさんが一人の時はよくキッチンの換気扇の下あたりで、タバコを吸いながら晩酌をしているという話から、地下のキッチンを居心地の良いものにしようと心がけたという。キッチンの上は吹き抜けになっている。Kさんは現在、パートナーと娘さんの3人で暮らす。3人でいる時間はダイニングスペースがいちばん長いという。テーブル上のライトは、「真っすぐに並べたらたぶんつまらないんじゃないか」と思い、試験的にばらばらに設置したもの。キッチン上の吹き抜け。ペントハウスの天井まで見える。玄関の下にあるボックスがトイレ。この家で唯一の閉じられたスペースだ。エントランス付近に置かれた緑もどこかチャーミングな雰囲気を醸し出している。K邸設計山路哲生建築設計事務所+釜萢誠司建築設計事務所所在地東京都渋谷区構造鉄骨造規模地上3階+地下1階延床面積103.84㎡
2019年07月22日超狭小地での建て替え高級感と庶民性を併せ持った雰囲気と利便性の良さが魅力の東京・四谷。大きな通りから1本奥へ入ると、細かく区切られた昔ながらの住宅街がある。古河さん一家が暮らすのは、車は入ることができない狭い路地に面した敷地。「両親が新婚時代に購入したところで、築40年くらいの古家に住んでいました。子育てをはじめその住みやすさから、この先もずっと四谷に住み続けたいと思い、建て替えを決意しました」と話すのは、四谷育ちの奥さま。建築面積は、わずか6坪の超狭小地。「土地は狭いのに、リビングやキッチン、テラス、屋上など、いろいろなところの空間を“広く”とってほしいとリクエストしました(笑)」とご主人。「その難題をすべて叶えていただき、感動しています」とご満悦である。設計を依頼されたのは、建築家の岡本浩さん。明るく広がりのある家を目指し、プロならではの工夫を詰め込んだ。そして、地上3階、地下1階のコンパクトながらも開放感のある家が完成した。ダイニングとリビングはスキップフロアになっていて、バルコニーまで一続きに。長女(6歳)、長男(4歳)も自由に行き来し、のびやかに過ごしている。住宅密集地に建つ。マーブル模様の外壁は左官コテ塗仕上げで落ち着いた雰囲気。2階のバルコニーに設置した木製ルーバーの羽根の角度にこだわり、道路からの視線をカット。ダイニングの上は吹き抜けで、4.5mの天井高を確保。天井にはご主人が希望したアンティーク調のシーリングファンを設置。「ビールを飲みながら、ファンが回っているのを見ているのが好きです」。防火壁を最大限に活用する玄関奥の階段を昇ると、たっぷりの光が降り注ぐダイニングキッチンが現れる。「朝起きて、半地下の寝室からここに上がってきた瞬間がとても気持ちいいんです。まぶしいほどの光に包まれ、一気に目が覚めますね」とご主人。スキップフロアによって半階上のリビングを見通すことができ、さらにリビングからフルオープン窓でつながるバルコニーへと続く。バルコニーには周囲からの視線を遮りつつ、光と風を通す木製ルーバーが設置されているため、リビングの延長として安心して使用できる。内外一体の開放感が気持ちよく、子どもたちや愛犬も自由に行き来している。隣地の境界ギリギリの位置には、防火壁を設けた。これにより、法規制で必要とされていた階段室の設置を回避したうえに、隣からの視線も完全にカット。そのためカーテンいらずの大きな開口を実現し、日中は豊かな自然光が室内の隅々まで行きわたる。また夜間は、外部照明の光を反射させて室内に送り込み、防火壁が間接照明の役割も。自宅で仕事をしている奥さまは、「夕方くらいまで照明をつける必要がないですね」と話す。防火壁と建物との間には30cmほどの隙間があり、さらに奥行きを感じさせてくれる利点も。その隙間はドッグランとしても活用し、長年共に暮らす愛犬ピースちゃん(8歳・メス)が嬉しそうに駆け回っていた。ご夫妻で立てるよう作業台を広めにとったキッチン。衣服等が引っ掛からないようにフラットなデザインをチョイス。造作のテーブルにはカトラリーの収納を設けた。扉の奥には地下の寝室へと続く階段があり、まるで隠し部屋のよう。扉は階段のほうまで開くため、大きな荷物も搬入可能に。左の階段を昇るとダイニングキッチンへ。半地下にある寝室は、1年中安定した気温で快適。造作棚には間接照明を組み込み、演出効果を。大きな開口(右側〉の奥が防火壁。シャビーシックな床はご主人の希望。「あまり真新しい感じが好きではないので、少しレトロな感じにしたかったんです」。犬のハウスやオモチャを置くスペースをリクエスト。ピースちゃんのサイズに合わせて棚の高さを決定。ベンチとしても使用できるようにした。防火壁と建物の隙間によって生まれたドッグラン。大人はやっとすり抜けられる幅ではあるが、ピースちゃんにはちょうどよい。3階はキッズスペース。奥が長女の部屋、手前が長男の部屋。扉によって分けられるようになっている。螺旋階段を昇ってきた正面には、大きめの収納を確保。梁が必要だったところに板を置いてデスクにした。自宅で仕事をする奥さまのちょうどよい仕事スペースとなった。屋上は家族の憩いの場空間を広く見せるために、仕切りとなる壁は極力抑えたという岡本さんは、「必要な壁は、逆手にとってポジティブに利用しました」と話す。例えば、リビングとバルコニーを結ぶ開口部。家の四隅には壁が必要なため、ここにも壁を設置しなければならなかった。「ならば壁で窓のフレームを隠し、風景だけが見えるような空間にしたら面白いかなと思って」と岡本さん。さらに、壁をアーチ型にし、裏側には間接照明を設けるなど徹底的にこだわった。まるで額縁の中の1枚の絵のような美しい光景は、奥さまの最もお気に入りの場所という。「ダイニングから見上げたときに目に飛び込んでくる、窓際のその光景が好きです」。また、ほかの壁も収納や家具として利用している。スキップフロアの階段部分はベンチ兼収納になっていて、テレビ脇の壁も収納を兼ねている。さらにそこに間接照明を組み込むなど、一石二鳥、三鳥の発想が随所にあり、使い勝手のよい空間となっている。これからの季節は屋上テラスも活躍。都会の風景や空が360度見渡せ、風も心地よい。バーベキューや子どもたちのプールなど、屋外にいながら人目を気にせず寛ぐことができ、家族だけの時間が満喫できる。「先日、玄関前に子どもたちとひまわりを植えました。もっと緑を増やしていきたいので、屋上でのガーデニングも構想中です」とご主人。家族で植物にふれる豊かなひととき。まさに古河家のオアシスになりそうだ。フルオープンの窓は、壁でフレームを隠し、窓の存在を消した。スキップフロアの段差を利用し、ベンチを2つ設けた。ベンチの中は収納に。毎日使うものを即収納できて便利だそう。長男が顔を出しているのはトイレの窓。ダイニングとつながり、コミュニケーションの場にもなっている。360度眺望が楽しめる、気持ちのよい屋上テラス。ベンチは折りたたみ可能。古河邸設計OASis一級建築士事務所所在地東京都新宿区構造木造規模地上3階地下1階延床面積65.14㎡
2019年06月03日まだ小さい子どもにとって、住まいというのは絶対的な場所であり、安心できるところでもあります。子どもがよりすくすくと育つ環境にしてあげたいと願うのは、親として当然のことと思います。今回は子どもがより安心して、すくすくと育つ住まいの工夫をご紹介していきたいと思います。1.落書きができるスペースsasaki106 / PIXTA(ピクスタ)子どもはとにかく落書きが大好きです。壁紙にラクガキをされて、ついつい叱ってしまう人も多いのではないでしょうか?ですが、子どもにとって落書きは脳の発達などにおいて、いいものとされています。子どもの成長のためにも、黒板塗装などで落書きできるスペースをつくれば、叱ることもなくなりますし、一石二鳥です。2.天井の高い家IYO / PIXTA(ピクスタ)天井の高い家は大人にとってだけでなく、子どもにとっても非常に気持ちのいい空間です。天井の高い家でのびのびとした環境で過ごすことは、子どもの成長にも良い影響を与えることができます。3.帰ったらすぐ手が洗える洗面スペースasu0307 / PIXTA(ピクスタ)「帰ったらすぐにうがいをして手を洗いましょう」とは言うものの、洗面所が遠かったり使いにくいと億劫になってしまいますよね。ですが、玄関横に小さな手洗い場があれば、手を洗う習慣ができやすいです。子どもだけでなく、大人にとっても、出かける前に少し身だしなみのチェックができたり、と便利な設備なのでオススメです。4.LDKの一角に作業スペースを設けるFast&Slow / PIXTA(ピクスタ)LDKの中で、少し空いたスペースを作業場にするのもオススメ。そこで子どもが勉強や宿題をしたり、在宅でお仕事や趣味をしている方であれば、子どもの様子を見ることもできますし、自分のお仕事や趣味を子どもに伝えることができるので、お互いに様子を見られて安心感が生まれますね。5.常に顔を合わせられるLDK(DK)イグのマスタ / PIXTA(ピクスタ)家族が一度も顔を合わせない空間をなるべくつくらない工夫も大切です。キッチンに立ったときに死角ができてしまわないか、L(リビング)D(ダイニング)を分けているとしたら、家族それぞれがリビングやダイニングにいるときに会話しづらくならないように長方形のLDKにする、もしくはいっそのことDKのみ、LDのみにするなど検討してみるのもオススメです。また、二階に上がる際は必ずリビングを通る間取りにしているお宅も多いです。6.みんなで決める収納場所gdbee / PIXTA(ピクスタ)収納場所をしっかり確保しておいて、「これはここにしまう」など家族で収納のルールを決めるのもオススメです。それによって、子どもも片付ける習慣ができますし、収納があることでモノがすっきりし、地震のときなどの安全対策にもつながります。少し余裕があればスキップフロアなどもイグのマスタ / PIXTA(ピクスタ)子どもは迷路が大好きなので、住宅展示場にあるスキップフロアなどを楽しそうに駆け上がります。もし費用に少し余裕があれば、畳コーナーを小上がりにする、スキップフロアをつくって子どもの遊び場所として当面使用する、などをすると、子どもがのびのびと遊ぶことができます。まとめ子どもは楽しいことや、ちょっとこもれる場所などが大好きなので、それを住まいにも少し取り入れると良いですね。今回ご紹介したアイディアをぜひ参考にしてみてください。
2019年02月12日