前回の記事でもお伝えしたように、我々は、保護者として子どものためにベストな選択をしようと考えています。その裏返しに、子どもの将来に対し、保護者としてよりよい選択をしているのか、と不安になったり、焦ったりします。競技面では、幼児期からスポーツクラブに入ったり、習い事としてスポーツを始めるスタイルも親の悩みの種になります。かつてはデイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当し、現在は米国在住で米国のプロから子どものスポーツまでカバーしている谷口輝世子さんがお伝えする、スポーツをする子の保護者としてのあり方。後編では親のストレスを軽減するアドバイスを送ります。子どものスポーツで目に見えないストレスを抱えている保護者の皆さんはぜひこれを読んで気持ちを軽くしてください。(構成・文:谷口輝世子)子どものスポーツでの成功は親の育児の成果、という考えが保護者に重圧を与える<<前編:なんとなく感じる不安、焦り......。子どものスポーツで保護者にかかる重圧とストレスの原因とは■もし、幼い子どもがスポーツを始めたいと言ったら、どうしたらよいのか北米では年齢に応じたスポーツの育成の目安としてLTAD(Long Term Athlete development)というガイドラインがあります。6歳ごろまでは第一段階のActive Startという言葉で説明されており、毎日の生活のなかで体を動かすことを推奨しています。子どもたちが体を動かして遊ぶことを楽しめる環境で、チャレンジしたいと思えるもの、しかし、競技的ではないゲームのようなものがよいとされています。子どもが怖さや不安を感じるような環境は避けたほうがよいようです。9歳ごろまでは、楽しみながらいろいろな動きを身につけられるようにするのがよいとされています。保護者はこういったガイドラインを参考にして、子どもが楽しめるスポーツ環境を探すことはできます。ただし、そういった環境づくりはクラブの運営者、経営者にも担ってもらわなければならず、保護者の自己責任だけではどうにもなりません。たとえ、保育園や幼稚園の友達がスポーツクラブに入ったからと焦って入会する必要はないでしょう。子どもが、それぞれに身体を動かすことを楽しく感じられることが生活のなかにあればよいのではないでしょうか。また、子どもがスポーツを始めると、どうしても他の子どもと比べてしまい、遅れているのではと焦ったり、ものすごく才能があると期待することもあります。しかし、12歳ごろまでは子どもが将来、どんな選手かを予測するのは困難だと言われています。それに体の成長スピードもひとりひとり違います。保護者は、子どもがスポーツ活動に何を望んでいるか、親として何を望んでいるかを言語化したりして、できるだけ広く、長期的にとらえる工夫を。試合や競技結果に過度に一喜一憂しないように、親である自分の視線を変えることは自分でやってみることができます。一方で、チームやスクールの運営者、指導者は、参加しているどの子どもにも成長するチャンスを与えてほしいと強く願います。これらは保護者だけでなく、指導者講習やスポーツ界全体のテーマとして取り組んでもらいたいものです。■子どものスポーツでの成功は、親の子育ての成果なのか前編の記事で紹介した英国の研究者カミラ・ナイトは、スポーツする親をどのようにサポートするかというテーマで講演をしたときに、次のようなスライドを見せました。「子どもの成功、成功できないことは、あなたがどのような親かを示すものではない」この文言のポスターをスポーツ会場に掲示することで、親のストレス軽減に役立ててもらおうというものです。私も実際にスポーツ会場で目にしたことがあります。これは子どもが競技や試合で成功すること、もしくは、うまくいかないことは、親がどのような子育てをしているかを示すものではない、というメッセージです。子どものスポーツの成功は、親の子育てと無関係でしょうか?いやいや、多かれ少なかれ親の子育てとは関係があるのでは、と皆さんが感じるのは当然です。保護者が食事を用意し、スポーツの費用を負担し......。親がそういったことを全くしなければ、子どもはスポーツでの成功どころか、スポーツ活動にさえ参加できないからです。しかし、「子どもの競技成績がふるわないのは、親の子育てが悪いからだ」ということは科学的に証明できていません。親が適切に子育てをしても、ただ、子どもの体の成長が遅いタイプなのかもしれませんし、「他の子どもに比べると」運動が苦手なだけかもしれません。子どものスポーツでの成功は、親の子育ての成果を示すものだ、という考え方は、保護者に親としてもっと頑張らなければいけない、という重圧になり得ます。そして、悪魔のささやきをしてくるかもしれません。「子どもがスポーツで成功することは、よい親であることを周囲に示すことができる」と。でも、それは親である自分に恥をかかせないように、子どもを頑張らせることにつながり、親のエゴのために子に成功してほしいと願うことにつながります。子どもが試合でミスをした後にベンチに下げられて悔しい気持ちになる方もいるかと思います。私もそういう経験があります。また、わが子が良いパフォーマンスをすればチームメイトの保護者に対して鼻が高い気分になったり。親の中に人より優位に立ちたいという気持ちがあり、子どものスポーツを通じて達成しようとしているのです。あるいは親である自分の満たされない何かを子どものスポーツを通じて得ようとする、仕事や家族関係のストレスを抱えていて子どものスポーツに依存していることも。子どもにイライラしているのではなく、自分自身にイライラしているのです。親として得意な気分になりたい、承認されたい感情は消えることはないかもしれませんが、わが子にスポーツを楽しんでもらいたいなら、時には親である自分自身の心の中を覗いてみることも必要かもしれません。子どもが安心して毎日を生きるには、親やそれに代わる大人の関わりが不可欠です。しかし、「親が頑張らないと良い選手に育たない」と頑なになると、その弊害もあります。だからこそのポスターの文言なのです。■レギュラー・補欠。出場時間の問題これは日本だけでなく、子どものスポーツの盛んな国では、同じような問題を抱えていると思います。米国でも同じです。日本の保護者は内に抱え込んで悩む人が多いかもしれませんが、米国人は自己主張する人も多いです。米国の学校運動部では、保護者と指導者の話し合いのルールを定めています。これは、日本でも、応用できるのではないか、と私は考えています。米国の中学や高校の運動部でよく使われている話し合いのルールは、・話し合いに適切な時間を決めておく。・保護者は、出場時間、ポジション、戦術、他の子どもについての質問はできない。・出場時間をもっと得たいと思うときは子ども本人がコーチに質問をする。・保護者はどのようにしたら子どものパフォーマンスが向上するのか、コーチに聞くことはできる。などです。コーチはシーズンや年度はじめに活動理念と方針を示し、保護者、子どもである選手と話し合いのルールを決めておきます。事前に決めてあることによって、保護者の側は「こんなことを聞いてもよいのか、でも、言っておきたい」という悩みやストレスを少しは軽減できます。コーチ側もそれは同じでしょう。これも保護者だけでどうにかできることではなく、指導者、子ども、保護者がいっしょになって対話ルールを作る必要があると思います。さらに具体的な内容、そのほかのストレスを抱え込まないヒントなどは、拙著の『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのか』(谷口輝世子著、生活書院)をご参考にしていただけると幸いです。<<前編:なんとなく感じる不安、焦り......。子どものスポーツで保護者にかかる重圧とストレスの原因とは
2020年09月18日子どもとの暮らしは大きな喜びをもたらしてくれます。同時に子育ては何らかのストレスがついてまわります。保護者として子どものスポーツに関わるときも例外ではありませんね。大きな喜びや楽しみはあるけれど、しんどさやストレスもある......。今回はスポーツをする子どもの親が感じる「ストレス」「目に見えないプレッシャー」はどこからくるのか。親のストレスが子どものスポーツにどう影響するのかを、スポーツライターでかつてはデイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当し、現在は米国在住で米国のプロから子どものスポーツまでカバーしている谷口輝世子さんがお伝えします。(構成・文:谷口輝世子)子どものスポーツで保護者がストレスを感じるのは、不安や焦りからくるプレッシャーが原因!?■現代の保護者に求められていることとは私は7月に『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのか』(生活書院)という本を上梓しました。なぜ、子どものスポーツ観戦が、これほど楽しく、しかし、時にはストレスを感じるのかについて書いており、英米の専門家や、米国の実践などから重圧やストレスへの対処について教えてもらったり、取材したりしたことをまとめたものです。我々のようなスポーツをする子を持つ保護者にはどのような負担がかかっているのでしょうか。英国の研究者カミラ・ナイトとレイチェル・ニューポートは、現代の保護者に求められている事がらを次のように分析しています。・一般的に子育てに必要なこと。・自分自身の仕事や職場で求められること。・社会から「良い親」として期待されていること。・メディアで描かれる保護者の姿。・子どもが所属するスポーツ組織から保護者に求められること。・コーチから保護者に求められること。・アスリートとしての子どもから保護者に求められること。保護者は子どもがスポーツをしている、いないに関わらず、食欲はあるか、よく眠れているか、学校生活で問題を抱えていないか。いろいろなことに気を配りながら暮らしています。それに、仕事、職場、家事などでも求められる役割をこなしていかなくてはなりません。また、メディアで伝えられるような毒親ではないかと悩むことがあるかもしれませんし、世間で求められている「良い親」であるか、育児本で推奨されているような「良い子育て」ができているかと不安になることもあります。子どもがスポーツをすれば、チームや組織の何らかの当番や役割を担わなければいけませんし、金銭的な負担もあります。コーチからは家庭で注意すべきことなどの指示があるかもしれません。子どもがスポーツで伸び悩んでいると気になりますし、ケガの心配も大きいですね。保護者は「子どもの将来に最善の選択をしているか」という、重圧や不安、焦りにさらされていると言えます。■子どもがコーチの指示を理解できないのは親の育て方の問題なのか、線引きは困難例えば、私が子どもだったとき。幼稚園や小学生を対象にしたスポーツ教室や競技チームはほとんどありませんでした。中学校や高校、大学での運動部活動では、親の意見ではなく、私自身のどのようにしたいかを考えて決めました。しかし、今は幼児や小学校低学年を対象にしたスポーツ教室も多く、子どもの希望を聞きながら決めていても子どもの年齢の幼さゆえに、親が主導権を握らざるを得ない、ということも少なくありません。親である自分のせいで、子どもがスポーツをする機会を逃してはいけないという焦りもありますよね。親は子どものためにベストの選択をしたいと思って焦ったり、悩んだり、調べたりします。しかし、子どものスポーツを取り巻く環境が、親と子の決断をより難しくすることもあります。親も子も学業との両立をと願っても、チームの活動形態がスポーツ優先になってしまっていたり......。保護者は勝つことよりも、子どもの長期的な成長をと願っていても、チームは勝利主義に傾いていることもあります。保護者が「個人」で何とかできることもありますが、子どものスポーツを取り巻く「社会や環境」から変えていかなければいけないこともあります。自己責任といえば、こんなこともあるのではないでしょうか。子どもが良い選手、競技力の高い選手ならば、保護者の育て方がよいのだろうと見なされることが多いように感じます。(世界で活躍するスーパースター選手の親御さんがどのように子育していたのかを知りたいと思うのも、良い子育てをされたからだろうなという気持ちがあるからだと思います)。逆に子どもが伸び悩んでいたり、コーチの指示を理解できない、指示通りにできないなどは、保護者の育て方に問題があるのではないか、とみなされやすいですね。これもどこまでが保護者の育て方の問題なのか、誰も線を引くことはできません。■保護者のストレスは子どものスポーツにも影響我々、保護者がどのようなところにストレスを感じているのか。保護者個人が対処できることは何かか、子どもを中心に保護者と指導者が手を結ぶことで軽減できることは何か、スポーツ界、教育界全体で取り組まなければいけないことか。ストレス、負担、イライラを引き起こす原因を、少し分解して対処方法を考えてみるのもよいのではないでしょうか。観戦席にいる保護者がストレスを感じてそれを表に出すことは、子どものスポーツにあまりよくない影響を与えているという研究結果もあります。ですから、保護者がどのようなところに負担やストレスを感じ、それをつい子どもにぶつけてしまいそうになるのか、を調べたり、考えたりすることはムダではないはずです。それに、保護者自身がストレスに対処しようとする様子、子どものスポーツをよりよくしようと対応することは、大人のやり方を見ている子どもたちがストレスや物事に対処する方法を学ぶことにもつながると、英国の研究者カミラ・ナイトは説明しています。後編では親のストレスを軽減するアドバイスを送ります。
2020年09月07日