そもそも、なぜ森が欲しかったのか……。それはひとことで言ってしまうと、もう一つの場所が欲しかったからだと思う。いま風に言えば、住居の2拠点化ということになるかもしれないけれど、僕としてはそこまで大げさなことではないと思っている。■ フリーのカメラマンになったものの…きっかけは20年前。その時、僕は30歳でフリーのカメラマンになったばかりだった。チータン / PIXTA(ピクスタ)8年間勤めた新聞社時代は休日が極端に少ない職場で、そもそもお盆や正月休みという発想するない職場だったので、僕は長期の旅行に飢えていた。フリーになったのはいいけど、基本超ヒマだった(笑)。そんな時、取材で知り合った友人から、誘いを受けた。友人は数年前からロシア語を習っていて、同国東端カムチャッカ半島のペトロパブロフスキーという都市に留学中だった。現地の大学で日本語も教えながら、自身もさらなるロシア語上達を目指していた。大学側からアパートの一室をあてがわれていたが、本人は日常会話の上達のために一般の家庭にホームステイしていた。「使ってないアパートが一部屋あります。ただいま無料で貸出中です」という半ば冗談の話に、僕が乗ったのだ。■ ひょんなことからロシアでひと夏を暮らすことに!ガジュマル / PIXTA(ピクスタ)ということで、フリーになった最初のひと夏はロシアで過ごすことになった。何かおもしろい写真でも撮れたら、どこかに発表できるかも……という思いもあった。ペトロパブロフスキーという町は想像以上に大きな町だったが、軍港だったため数年前まで外国人には公開されていなかったこともあり、観光地的な雰囲気は一切なく、どこか殺伐としていた。それでも郊外に足を伸ばすと雄大な自然が広がり、美しい草原が広がっていた。そして、時々、小屋のようなものが点在していた。それは決して別荘のような豪華さはなく、どれも質素で、中には限りなく物置小屋に近いものもあった。■ 「ダーチャ」ってなんだ?katsuhiko / PIXTA(ピクスタ)「あれはなんですか?」と友人に聞くと、「ダーチャです」と教えてくれた。こちらの人は平日は都市のアパート暮らしだが、週末は家族で郊外のダーチャで過ごすのだという。ダーチャを日本語に訳すことはなかなか難しいが「菜園付きDIY小屋」という感じだろうか?「ほとんどの人がダーチャは持っているはずです。なぜならソ連時代に国から与えられたものだから」と友人。特に夏になると、ひと夏をずっとダーチャで過ごす家族も多いという。目の前には自分たちで開拓した家庭菜園があり、食材はたっぷりあるらしい。■ 2拠点=「別荘」という発想は日本人だけ!?今でこそ、日本でも「2拠点」というライフスタイルが注目されているが、ロシアではごくごく当たり前のこと。その後、東欧や北欧もあちこち旅したが、呼び方は違うものの(例えばデンマークではコロニへーヴェ)、同じような質素な小屋を持ち、週末をそこで過ごすライフスタイルを何度も目撃した。という僕の個人的な旅体験もあって、週末の「2拠点」って、普通でしょ!(ただし、日本は除く)というのが僕の中にではどんどん大きくなっっていった。日本で週末の2拠点というと、ほとんどの人は「別荘」以外の選択肢ないという発想に陥ってしまう。そして、別荘→軽井沢→あり得ない贅沢、という思考ループからは決して抜け出せない。(ああ、日本人ってなんて可哀そうなんだ!)ポーランドを旅した時に撮影。手前の小屋は10平米あるかどうかのシンプルさ。クラクフという都市の中心部からバスで20分の場所にあった。スウェーデンのサマーハウスも実際にいくつも見たが、電気はもちろん、水道だってないものもあった。ムーミンのトーベ・ヤンソン(フィンランド)のサマーハウス日記『島暮らしの記録』(筑摩書房)を読んだことがあるが、それはそれは質素だった。「なしで済ますものが多いほど、実は豊か」という言葉のように、逆に非日常で、不便を楽しみ、わくわくしているようだった。こちらは僕が森を購入した清里。一面、びっしり熊笹に覆われていたが、定期的に何度か草刈りを繰り返すうちにだいぶ地面が見えてきたということで、僕の森は別荘地にあるが、電気、水道は引いてない。もちろんお金さえ出せば、すぐに引けるが、当分そのつもりはない。目指すは、別荘ではなく、ダーチャなのだから。目指せトーベ・ヤンソン!
2018年08月30日