大人が口出しせず、グラウンド設営、大会運営、レフェリーまでを子どもたちが行う子どもが主役の大会「フォレストカップ」。大会を主催する伊勢原FCフォレストは「子どもが自分で考えて、行動できるようになる」をモットーとするクラブで、代表を務める一場哲宏監督の理念に賛同した保護者、子どもたちが集まり、人として、サッカー選手として成長するために、日々奮闘しています。チームに子どもを預ける保護者の皆さんにも、チームのどんなところに賛同しているか、親としての意識がどう変わったかなどを伺いました。(取材・文:鈴木智之)自分たちのプレーの振り返りだけでなく、相手チームへのアドバイス、気づきも話し合います<<前編:会場設営、出場メンバーも作戦も子どもたちで。ベンチに大人が入らない「子どもが主体の大会」で子どもたちに起こる変化■日替わりキャプテン、お互いのいいところを言い合うミーティング伊勢原FCフォレストは、コーチがガイド役となって子どもたちを導きながら、「自分で考えて行動できる」ようになるため、練習では日替わりキャプテンを中心に練習内容を決めたり、練習後にはお互いのいいところを言い合うミーティングをしたり、試合会場には大人の送迎に頼らず、自分たちで行ったりと、様々な経験を積んでいきます。「自主性」「自立」をテーマに活動して行く中で、子どもたちが徐々に成長し、大会の設営や運営、レフェリーまでも自分たちでできるようになっていきます。その集大成がフォレストカップなのです。当然、最初からうまくいくわけはありません。大人がこうしなさいと命令し、そのとおりにやらせるほうが簡単です。しかし一場監督は「子どもたちが自分で考えて、行動できるようになってほしい」という想いから、指示命令を出すのは我慢して、子どもたちが何を感じ、どう行動するかを見守っています。■ジュニア年代は通過点、将来を見て指導することが大事「1、2年生の頃は大変ですよ。対外試合をすると、10点差以上で負けることもしょっちゅうですから。でも、私も含めたコーチはそうなることがわかっているので、とくに慌てたり動揺はしません。1、2年生の場合、相手チームに身体能力の高い子がいたり、こっちのGKが慣れていない子だと、たくさん点が入っちゃうじゃないですか。だから、1、2年生の頃にそうやって負けることに関しては、全然問題ないんです」ただ、と一場監督は付け加えます。「保護者の方は心配になるみたいです。こんなにボロ負けして、このチームは弱いんじゃないかって(笑)。そこで僕が理由を説明して納得してもらうのですが、5、6年生になると、ボロ負けした相手に勝つようになります。それはフォレストの取り組みを通じて、サッカー選手として、人間として成長していくからです。子どもたちは目先の勝ち負けに一喜一憂してもいいのですが、僕たち指導者は、子どもの将来を見て指導することが大切だと思っています」サッカー選手として考えると、ジュニア年代はゴールではなく通過点。結果が出るのはもっと先です。さらに言うと、プロになれる選手はほんの一握り。99.9%の子どもたちはサッカー経験を胸に、社会人としてプロサッカー選手以外の仕事につきます。「僕たちは、子どもたちが社会に出た時に、立派な社会人になって、ゆくゆくはサッカーに貢献してほしいという想いで、小学生年代の指導に関わらせてもらっています」■「失敗してよかったね、そこから何が学べる?」というスタンスに保護者も共感フォレストの保護者の多くが、その考えに賛同しているようです。子どもたちや保護者は、一場監督を始め、コーチのことをニックネームで読んでいます。それはクラブ側から働きかけたもので、コーチが教え、子どもが教わるという上下関係ではなく、ともに学び、成長していく仲間なのだという考えがもとになっています。保護者の方々は、こう言います。「最初は『てっちゃん』(一場監督のニックネーム)って呼んでいいの?って感じでしたけど、いまはフレンドリーに呼んでいます(笑)。周りには『ザ・サッカー』という、昔ながらの根性をベースにした指導のチームが多い中、サッカー選手としてだけでなく、将来のことも考えて指導しているところに共感しました」(Aさん)「誰かに言われてやるのはできるけど、言われる前に自分で考えて行動するのは、大人でも難しいことですよね。それは小さい頃からの積み重ねなのかなと思います。私は小さい頃から体育会系で育ってきて、コーチに言われたことをやるという考え方でした。子育てをしていても、子どもに次はこれをやって、あれをやってと言っていたのですが、フォレストに子どもを入れて、てっちゃんの考え方を聞く中で、そうではないんだなと考え方を変えてもらいました」(Bさん)「フォレストの子どもたちは、いきいきとサッカーをやれているのでいいなと思います。コーチがああしなさい、こうしなさいとやって、強いチームもありますけど、てっちゃんに習った子ども達を見ると、低学年までは弱小チームですが、6年生になるとある程度の結果が毎年出ています。なんでも頭ごなしにダメと言わず、やったことに対して『ナイスチャレンジ』と言ってくれて、失敗しても怒らない。むしろ『失敗してよかったね。そこから何が学べる?』というスタンスなので、私たち親もそういう考えにシフトしていきました」(Cさん)■子どもたち自身も自分で考えて動けるようになったことを実感会場設営やサッカーの審判だけでなく、大山こまの大会運営も子どもたちが行います子どもたち自身も変化は感じているようで、6年生の黒須蒼平くんは「フォレストに入って良かった。楽しいし、コーチもただ怒鳴ったりするだけじゃなくて、成長しやすい教え方をしてくれる」と元気に答えてくれました。「フォレストは自力で試合会場まで行きます。親の送迎はないので、電車にひとりで乗れるようになりました。試合のポジションも自分たちで決めるし、プレーで失敗したとしても、他のチームだったらコーチが怒鳴って、こうしろって答えを言っちゃうけど、フォレストの場合はまずは自分で考えるので、コーチになにか言われなくても動けるようになる。そこは成長したと思う」■自分で考えて行動する力は中学生活でも活きているほかにもフォレストの中学生が、はにかみながら、こう話してくれました。「小学生の頃から、自分で考えて行動することをさせてくれたので、すごくありがたかったです。何か起きたときに、どうすればいいかを自分で考えるくせがつきましたし、学校で先生の手伝いをするときも、周りがやらなくてもすぐに気づいて、行動できるようになりました」(原海都くん/中2)「自分の考えを意見として相手に伝えることは、小学生の頃からずっとやっています。学校の体育祭や文化祭などでは、自分の係じゃないところでも手伝ったりと、周りに言われなくても動けるようになりました。社会に出た時も、その考えは大事になると思うので、継続していきたいです」(山口雄雅くん/中2)フォレストカップでは学年の垣根を越えて、協力しながら運営する姿が見られました。これも日々、フォレストで積み上げてきたことがあってのことでしょう。主体性を育むことは、一朝一夕にできることではありません。コーチ、保護者、選手が同じ方向を見て、我慢強く取り組んでいくこと。その大切さを、フォレストのみなさんが教えてくれました。一場哲宏(いちば・てつひろ)伊勢原FCフォレスト代表。日本体育大学に進学後、ドイツ・ケルン体育大学にて交換留学生として4年間サッカーの指導法を学ぶ。ケルンの街クラブで5・6才カテゴリーの監督の他、イギリスや湘南ベルマーレなど国内外で指導に携わる。 2019年4月から一般社団法人伊勢原FCフォレスト代表理事と保育専門学校講師として活動中。独・英・Jクラブで確立したサッカーを通して『人間力』も養う【4ステップ理論】を提供。保有資格は、日本サッカー協会公認指導者ライセンスB級、日本サッカー協会公認キッズリーダーインストラクター、日本キッズコーチング協会公認エキスパート、幼稚園教諭一種保育士
2021年04月19日子どもたちが会場設営、当日の運営、出場メンバーと作戦も決める。ベンチに大人は入らない。そんな子どもたちが主体の大会があることを知っていますか?神奈川県伊勢原市で活動する伊勢原FCフォレスト主催の「フォレストカップ」は、大人が口出しせず、グラウンド設営、大会運営、レフェリーまでを子どもたちが行う「子どもが主役」の大会です。この度のコロナ禍で開催が危ぶまれましたが、感染対策と参加チームを近隣のみ、少数にすることで実施。子どもたちが主体となって運営し、躍動する姿が見られるこの大会を通してどんなことが行われているのかをお伝えします。(取材・文:鈴木智之)ベンチには選手だけ。メンバーも戦術も自分たちで決めます■出場メンバーも作戦も子どもたちが決めるフォレストカップは「子どもたちによる、子どもたちのための大会」です。試合中、コーチはベンチに入らず、出場メンバーや作戦も子どもたちが決めます。試合は3ピリオド制で、第2ピリオド終了後、両チームが、お互いの良かったところとアドバイスを送り合う『合同ミーティング』を行います。今大会はコロナ禍のため、チームであらかじめ意見をまとめ、代表者のみが発言するなど工夫をこらしました。大会は主役である子どもを、大人がうまくサポートする形で進んでいきます。任せっぱなしではなく、見守り、アドバイスをする絶妙なさじ加減が、伊勢原FCフォレストの代表で、運営責任者を務める一場哲宏さんのマネジメント力です。「大会のルールとして、第1ピリオドに出た選手は第2ピリオドには出られません。第3ピリオドは交代自由で、誰が出てもOKです。そうすることで、選手は必ず試合に出ることができます。フォレストカップは小3から小6までのカテゴリーがあり、経験の少ない3年生の場合、コーチが見ていないのをいいことに(笑)、第3ピリオドはいつも同じ、上手な子しか出ないといったことも起きます。そのときは『この子、あまり試合に出てないんじゃない?』などと声をかけながら、導いていきます」■普段なら指示してしまう場面も、離れてみることで指導者にも気づきが生まれる※この日は撮影が入っていたため輪の中に大人がいますが、通常は子どもたちだけでミーティングを行いますグラウンドには、子どもたちの姿しかありません。コーチは離れたところから見ています。観戦に来た保護者と同じ距離感です。大会に参加した西鶴間サッカークラブの安東洋一監督は、次のように感想を話してくれました。「これまで何度か参加させてもらっていますが、コーチがベンチに入らないのはこの大会だけです。いつもはコーチが指示をしてしまう場面でも、子どもたちに任せるので、普段からそういう場面を増やしてもいいのではないかという、指導者側の気づきにもなりますよね」合同ミーティングについては「ミーティングは、大人から子どもへの一方通行になってしまいがちですが、子どもたち同士で話す場を設けることで、一生懸命、自分の考えや想いを話そうとします。とても良い時間だと思います」と感心していました。■ベンチに大人が入らないからこそ起こる、子どもたちの変化試合を見ながら相手チームのいいところを探して書く一場監督は合同ミーティングの様子を遠目で見ながら、子どもたちの変化について、こう話します。「3、4年生と5、6年生では、意見の質も変わってきます。3、4年生のときは、相手に対して遠慮なく、思ったことを口にするのですが、高学年になると戦術的なことも含めて、相手に気を使いながら言うようになります。年齢による社会性の芽生えとともに、発言の内容も変わるので、おもしろいですよね」伊勢原FCフォレストでは「選手の自立」をテーマに、自分で考えてサッカーをすることを大切にしています。合同ミーティングもその一環です。「相手チームにアドバイスができるのは、相手がどういうサッカーをしているのか、どういう戦術なのかを理解しているから。それに対して、自分たちはやりにくかった、やりやすかった、もっとこうすればいいと、お互いの立場に立って考え、言葉で伝えることができるのは、相当レベルが高いことだと思います」フォレストカップでは、参加賞として作戦ボードに「相手チームの良いところ」「相手チームへのアドバイス」と書かれたマグネットを渡しています。このように大人がサポートすることで、子どもたちの考えを引き出す仕組みをうまく作っているのです。一場監督は言います。「突然、発言しろと言われても難しいと思います。フォレストでは普段から、練習後に必ず相手と自分の良いところを見つける『いいとこメガネ』というミーティングをしています。人間は違いや欠点に目が行きやすいので、そのようにしてお互いのいいところを見つけ合うようにしています」■任せてみれば子どもたちは意外とできるもの普段の大会とは違った光景が繰り広げられる、フォレストカップ。グラウンドの一角には、伊勢原市の郷土玩具である「大山こま」で遊ぶことのできるスペースが設けられ、子どもたちが楽しそうに触れ合っていました。もちろん、こまスペースの運営も、フォレストの選手たちです。一場さんはその様子を、目を細めて見ています。「フォレストカップは開会式、閉会式、こま大会など、すべて子どもたちが主体となって運営します。子どもに任せれば、意外とできるものなんです。でも、大会運営や審判は大人がやるものだという固定観念があるので、多くの場合はそうはなりませんよね。フォレストカップのような取り組みがあるんだと知ってもらえれば、うちでもやってみようかなと思う人が出てくるかもしれません。そのきっかけになればいいと思います」いま一度「ジュニアサッカーは子どもが主役」という当たり前のことを見つめ直す機会でもあるフォレストカップ。このような取り組みをすることも、サッカーを通じて、子どもたちの成長につなげるための、ひとつの方法といえるのではないでしょうか。次回の記事では、フォレストカップに参加した子どもたち、保護者の声をお届けします。一場哲宏(いちば・てつひろ)伊勢原FCフォレスト代表。日本体育大学に進学後、ドイツ・ケルン体育大学にて交換留学生として4年間サッカーの指導法を学ぶ。ケルンの街クラブで5・6才カテゴリーの監督の他、イギリスや湘南ベルマーレなど国内外で指導に携わる。 2019年4月から一般社団法人伊勢原FCフォレスト代表理事と保育専門学校講師として活動中。独・英・Jクラブで確立したサッカーを通して『人間力』も養う【4ステップ理論】を提供。保有資格は、日本サッカー協会公認指導者ライセンスB級、日本サッカー協会公認キッズリーダーインストラクター、日本キッズコーチング協会公認エキスパート、幼稚園教諭一種保育士
2021年04月13日