米国のブルー・オリジンは2015年11月24日、開発中の再使用ロケット「ニュー・シェパード」の打ち上げと着陸に成功したと発表した。同ロケットの打ち上げ成功は初のことで、宇宙空間に到達したロケットがそのまま垂直に着陸することに成功したのも史上初のこととなった。なお、ニュー・シェパードは有人飛行を目標として開発が進められているが、今回の飛行は無人で行われた。ブルー・オリジンは2000年9月に設立された会社で、ネット通販大手のAmazon.comを設立したことで知られるジェフ・ベゾス氏によって立ち上げられた。ニュー・シェパードは単段式のロケットで、垂直に打ち上げられ、高度100kmの宇宙空間まで上昇した後、そのまま垂直に着陸し、整備と推進剤の補給を行い再び打ち上げることができる能力をもっている。ロケット・エンジンには液体酸素と液体水素を使う「BE-3」を使う。ロケットの先端には人や実験装置などを積んだカプセルを搭載することができ、地球をまわる軌道には乗れないが、宇宙観光や簡単な宇宙実験などを行うことはできるようになっている。今年4月に初の試験飛行を行っており、その際は高度93kmまで到達したものの、ロケットの着陸には失敗した。今回の飛行は11月23日に実施され、4月のときと同じ、西テキサス地方にある同社の試験場を使って行われた。ロケットは垂直に上昇し、最高速度マッハ3.72で高度100.5kmに到達した後、カプセルを分離。そしてロケットは安定翼を展開し、上空の強い風の中を安定して降下し、発射台から上空約1.5kmのところでエンジンに再点火し減速。そして機体を制御しながらさらに降下を続け、最終的に着陸脚を展開し、着陸施設に降り立った。一方のカプセルもパラシュートで着陸している。ニュー・シェパードは今回が2回目の飛行で、初めての完全な成功となった。さらに宇宙空間に到達したロケットが、そのまま垂直に着陸することに成功したのも史上初めてのこととなる。次の試験飛行の予定は明らかにされていないが、今回成功した機体を再使用するものと見られている。ブルー・オリジンでは今後もニュー・シェパードの試験飛行を繰り返し行い、2年以内にも同ロケットを使った宇宙観光や宇宙実験をビジネスとして展開したいとしている。○開発競争激化のきっかけとなるか再使用ロケットの構想は古くからあり、今回のニュー・シェパードのように垂直に打ち上げられ、垂直に着陸できるロケットもいくつかの実験機が開発されている。近年では特に、ブルー・オリジンと同じ米国の宇宙企業であるスペースXも、人工衛星を打ち上げた後の「ファルコン9」ロケットの第1段機体を、海上の船で回収し、再使用する試験に挑戦し続けている。同社はこれにより、ロケットの打ち上げコストの大幅な低減を目指している。今回の成功で、ブルー・オリジンはスペースXに先んじたようにも見られるが、ニュー・シェパードは高度100kmに到達することのみを目的としているため、地上からまっすぐ空に向けて打ち上げ、高度100kmに達した後、そのまままっすぐ帰ってくるだけで良い。しかし、ファルコン9は人工衛星を打ち上げるロケットであるため、衛星を打ち上げられないニュー・シェパードよりも要求される技術が高く、開発も難しい。また、第1段機体は高度80kmの高さから、さらに水平方向への速度もついている状態で、機体を制御して着陸させなければならない。技術的な難易度はファルコン9のほうが高く、今回のニュー・シェパードの成功により、ブルー・オリジンがスペースXに勝ったというわけではない。ただ、ブルー・オリジンも、人工衛星打ち上げ用の再使用ロケットを開発することを明らかにしており、今後、両社の間で再使用ロケットの開発競争が激化することが予想される。参考・Blue Origin | Historic Rocket Landing・Blue Origin launches, lands New Shepard booster・Blue Origin Flies — and Lands — New Shepard Suborbital Spacecraft - SpaceNews.com
2015年11月25日H-IIAロケット29号機の現地レポート・H-IIAロケット29号機現地取材 - "高度化初号機"の打ち上げを現地からレポート! 今回の注目点は?・H-IIAロケット29号機現地取材 - 打ち上げ前のY-1ブリーフィングが開催、気になる天候は?・H-IIAロケット29号機現地取材 - 機体移動が完了、高度化H-IIAロケットがついに姿を現す!・H-IIAロケット29号機現地取材 - リフトオフ! 快晴の打ち上げを写真と動画で振り返る宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業(MHI)は11月24日、種子島宇宙センターで記者会見を開催し、同日打ち上げたH-IIAロケット29号機の結果について報告した。詳細なデータの解析は今後となるものの、ロケットは計画通りに飛行し、打ち上げの4時間27分後に衛星を正常に分離したことが確認されている。H-IIAロケットはこれで29機中28機の成功となり、成功率は96.6%に上昇。連続成功の記録は23機連続まで伸びた。今回、警戒区域内への船舶の進入があったため、打ち上げが27分遅れてしまったものの、それ以外には全く問題なく、JAXA/MHIがアピールする「信頼性の高さ」「オンタイム打ち上げ率の高さ」を改めて示した形になった。初の商業衛星の打ち上げとなったMHIにとって、順調な出だしを切れた意義は大きい。MHIの阿部直彦・宇宙事業部長は「これは非常に大きな一歩」とコメント。「今回の顧客であるカナダTelesatは世界ビッグ4の大手オペレータ。衛星を製造したAirbus Defence and Spaceもメジャーなメーカーだ。日本のロケットがグローバルなスタンダードに対応できることを世界に示すことが出来た」と述べる。とはいえ、これはようやく第一歩を踏み出したに過ぎない。商業打ち上げ市場で大きなシェアを占める欧州のアリアン5や、価格破壊を進める米国のファルコン9など、強力なライバルは多い。世界のマーケットに食い込むことができるかどうか、まだ決して楽観できるような状態ではない。今回の打ち上げは、高度化H-IIAの技術実証ということでJAXAが一部費用を負担しており、"正規価格"で戦っていけるのかは未知数だ。だが、それでも理想的な形でその一歩を踏み出せたこともまた事実。阿部氏は「高度化なくして静止衛星の打ち上げ市場には参入できなかった。今回実証できたので、自信を持って市場に入っていける。いま進めている商談にとっても、大きな味方になるだろう」と評価した。価格の高さという大きな問題は依然としてあるものの、1つ1つ実績を重ねて、衛星オペレータや衛星メーカーからの評価を上げていくしかない。今回、記者会見にはTelesatやAirbusの関係者は見当たらなかったのだが、Telesatは同日のプレスリリースで、MHIに対する感謝を表明。阿部氏は「種子島は地元の人のもてなしが非常に厚い。来日した海外スタッフの歓迎会も開催してもらい、非常に喜んで帰っていただいた。そうした面もこれから伝わっていけば」と期待した。また今回の打ち上げの注目ポイントである高度化について、詳細については今後の解析待ちとなるが、長時間飛行(ロングコースト)における推進剤の蒸発への対策や、推力を60%に抑えたスロットリングによる再々着火などは、ほぼ想定通り機能したとみられている。JAXAの川上道生・基幹ロケット高度化プロジェクトマネージャは「正直ほっとしている」と安堵の表情を見せ、プロジェクトを支えたメンバーをねぎらった。今後、高度化仕様はH-IIAロケットのオプションの1つとして提供される見通しで、顧客によっては、従来通りのノーマル仕様を選ぶことも可能とのこと。それは高度化によるコストアップがあるためだが、ただMHIの二村幸基・打上執行責任者によれば、その金額は「さほど大きなものではない」ということだ。なお高度化プロジェクトで開発したロングコースト技術については、今回のような静止衛星の打ち上げ以外にも応用が期待される。まだ決まった計画は特に無いものの、たとえば主衛星と副衛星(相乗り衛星)を異なる軌道へ投入するようなことが可能だという。これにより、相乗り相手をより柔軟に選ぶことができるようになるわけだ。
2015年11月25日●原因はソ連製ロケット・エンジンだったのか?今から1年前の2014年10月28日、米国ヴァージニア州にあるウォロップス島から打ち上げられた「アンタリーズ」ロケットは、その直後に爆発を起こし、大きな火の玉となって地上に落下した。その劇的な映像や写真は、SNSなどを通じて広く拡散され、多くの人に衝撃を与えた。もちろん衝撃を受けたのは外野だけではなかった。アンタリーズ・ロケットを開発、製造したオービタルATK社。爆発したと考えられているロケット・エンジンを供給したエアロジェット・ロケットダイン社。そしてこの打ち上げを発注した米航空宇宙局(NASA)。失敗への対応と、原因の調査、そして対策に、この3者は揺れに揺れた。本稿ではまず、アンタリーズ・ロケットの打ち上げ失敗とその原因調査の経緯から見ていきたい。○アンタリーズの失敗アンタリーズ・ロケットは米国のオービタルATK社が開発したロケットで、主に国際宇宙ステーション(ISS)に補給物資を運ぶ「シグナス」補給船を打ち上げることを目的に開発された。NASAは長らく、ISSへの物資補給にはスペース・シャトルを使っていたが、2000年代に入り、これを民間企業に任せてはどうか、という動きが出始めた。民間に任せることでコスト削減が図れ、また米国の宇宙産業の振興も期待された。そしてNASAは2006年に、民間企業に資金を提供してロケットと補給船を開発させ、さらにその企業に補給任務を委託することを狙った「COTS」という計画を立ち上げた。この計画には何社かが名乗りを挙げ、その中から近年民間宇宙開発の雄として知られるスペースX社と、そしてオービタルATK社の2社が選ばれた。両社はNASAからの資金提供を受け、スペースX社は「ファルコン9」ロケットと「ドラゴン」補給船を、オービタルATK社はアンタリーズとシグナスを開発した。同じ計画の下で開発されたロケットでも、ファルコン9とアンタリーズは大きく異なる。ファルコン9はタンクやロケット・エンジンといった部品の自社製造にこだわった造りをしているが、アンタリーズは自社製にこだわらず、第1段ロケット・エンジンはロシア製、第1段タンクはウクライナ製を採用している。両方のやり方にはそれぞれ長所と短所があり、どちらが優れているというわけではない。実際に両者は、NASAが発注した補給ミッションを順調にこなしていた。しかし2014年10月28日、アンタリーズとシグナスにとって4機目となった打ち上げで、アンタリーズが打ち上げから15秒後に爆発、失敗に終わることになった。(余談だが、2015年6月28日にはファルコン9も打ち上げに失敗し、ドラゴンが失われている)。○旧ソ連製ロケット・エンジンが爆発アンタリーズの失敗理由については、早い段階から第1段ロケット・エンジンの「AJ26」にあると見られていた。AJ26は今から40年ほど前に、ソヴィエトで設計、開発、そして生産された「NK-33」というエンジンを、アンタリーズ用に改修したものである。アンタリーズはこのNK-33あらためAJ26を2基、第1段に装備している。にわかには信じにくいこともあって誤解されることも多いが、このAJ26は昔に設計されたエンジンを再生産したものではなく、設計も生産も昔に行われ、その後使われないまま倉庫に保管されていたものを掘り出して使っている。かつてソヴィエトは米国に対抗し、有人月着陸を目指し、巨大な「N-1」というロケットを造っていた。NK-33はその第1段として使われる予定だったが、N-1の開発が頓挫したことで使われず、生産済みだったNK-33はそのまま倉庫にしまい込まれることになった。それを1990年代に米国のロケットダイン社(現在のエアロジェット・ロケットダイン社)が発見し輸入、試験などを行い、優れた性能をもつエンジンであることが判明。そしてオービタル・サイエンシズ社(現在のオービタルATK社)が採用を決定し、アンタリーズ向けに改修が施された。この改修は、単にアンタリーズに装着するために電気系統などに手を入れ、またエンジンを振って推力の方向を変えるためのジンバル機構が装着されるなどしただけで、たとえば米国の技術でエンジンの性能を向上させるようなことは行われていない。エンジン名こそAJ26に変わったが、実際のところはNK-33をそのまま使っていると言ってもよい。○原因はエンジンか、ロケット機体か打ち上げ失敗がエンジンの爆発によるものであることはほぼ間違いなかったが、なぜエンジンは爆発したのか、という原因をめぐり、調査は揉めることになった。たとえばエンジンそのものに原因があり、その結果爆発したのであれば、それはエアロジェット・ロケットダイン社の責任になる。しかし、もしロケットの機体側に原因があり、その結果としてエンジンが爆発し、続いてロケット全体も爆発したということであれば、それはオービタルATK社の責任になる。事故調査の過程は公開されなかったが、当初はおおむね、エンジンそのものに原因があったという見方が濃厚だった。実際、当時の映像を見てもエンジンから爆発が起こったことは火を見るよりも明らかで、エンジンを供給したエアロジェット・ロケットダイン社の責任である可能性が高いとされた。しかし、エアロジェット・ロケットダイン社側からは「タンク内にあったゴミがエンジンに入り込み、その結果エンジンとロケットが爆発したのではないか」という説が出された。どの段階からこの説が出始めたかは不明だが、今年2月に調査チームの1人がロイター通信に対し、「タンク内のゴミが原因の候補のひとつに挙がっている」と明らかにしている。製造後のタンクには、湿度から品質を守るための乾燥剤が入れられている。通常、この乾燥剤は組み立て時に取り除かれることになっているが、それが忘れられたまま打ち上げられ、そして乾燥剤がエンジンに入り込み、爆発を引き起こしたのではないか、というのだ。実際に、事故後にエンジン部品を調べたところ、結晶化した乾燥剤の粒子が発見されたという。こうしたゴミのことをForeign Object Debris(外部由来の異物)の頭文字から「FOD」と呼ぶ。実はこうしたFODが原因での事故は珍しくはない。過去にはウクライナ製のジニート・ロケットが、やはりFODが原因でロシア製エンジンが爆発し、失敗したとされる事故が起きている。フランスも1990年に、アリアン4ロケットの配管に布が入り込んでいたことで打ち上げに失敗している。もしこれが原因だとすると、責めを負うべきはロケットを組み立てたオービタルATK社ということになる。もっとも、状況証拠しかない状態ではFODが原因とするには根拠が弱く、調査結果がまとまるにはさらに時間を要した。今年5月には、オービタルATK社側から「やはりエンジン側に原因があったのではないか」という説が再び出されるなど、オービタルATK社とエアロジェット・ロケットダイン社との論争は続いた。結局、今年9月24日に、エアロジェット・ロケットダイン社がオービタルATK社に5000万ドルを支払うことで、この論争は決着した。ただ、両社の間でどのような合意があり、この結論が下されたか、その詳細は不明となっている。エアロジェット・ロケットダイン社がお金を払うということは、エンジン側に原因があったと見ることができる。しかし、これ以上調査を続けても原因が見つかる見込みはなく、また論争を続けてもお互いのためにならないので和解した、と見ることもできる。エアロジェット・ロケットダイン社は事故の分析結果を明らかにする予定はなく、今回の詳細も発表しないと表明しており、オービタルATK社からもやはり結果などは発表されていない。○NASAの見解一方、両者とは別に、NASAも独自の調査チームを組織し、調査を行っていた。アンタリーズの開発にはNASAも資金提供をしており、この失敗した打ち上げを委託したのもNASAだったため、独自に調査するだけの責任があった。NASAの調査結果は今年10月9日にまとめられ、10月30日に公表された。この事故でアンタリーズは、E15とE16というシリアルのAJ26を装着しており、離昇から15秒後に出火、爆発したのはE15だったとしている。しかし、単一の根本的な原因を特定することまではできなかったとしている。NASAの調査では、事故の原因として3つの可能性が提示されている。1つ目は液体酸素ターボ・ポンプのベアリングの設計不良である。先に述べたように、AJ26はもともと40年以上前に設計、製造されたエンジンであることから、現在の基準で見ると、十分に堅実なつくりにはなっていなかったという。2つ目は、かねてよりエアロジェット・ロケットダイン社が主張していたFODによるものである。墜落後の残骸から痕跡が発見されたとしているが、ただし完全に原因として断定することは難しいとしている。3つ目は液体酸素ターボ・ポンプのベアリングの製造や組み立て時の欠陥である。オービタルATK社とNASAが法科学による調査を実施したところ、ベアリングに欠陥があったことが判明した。また、2014年5月にAJ26(E17)が地上での燃焼試験中に失敗しているが、このときの調査でも、今回に似た欠陥が見つかったという。しかし、これが製造時の欠陥なのか、それともエンジンが燃焼した結果生じたものであるかの結論を出すことは不可能であるとしている。NASAでは、この3つのうちのどれかが正解かもしれないし、あるいは2つ以上の組み合わせで起こったかもしれないとしている。また、AJ26の地上試験プログラムは、設計上の問題なのか、あるいは製造時の技術的な問題なのかを見極めるのに十分ではなかった、要するに「試験が不十分だった」とも指摘している。また、これらの調査結果を踏まえ、さらなる事故を未然に防ぐため、エンジンなどに対する技術的な観点と、また計画の進め方や体制といった観点の両面から、NASAやオービタルATK社に対して多くの改善策の提言が行われた。参考・・・・・●失敗を乗り越え、アンタリーズはさらにタフになる○改良型アンタリーズアンタリーズの失敗原因をめぐって、ロケットを製造、運用するオービタルATK社と、エンジンを供給したエアロジェット・ロケットダイン社は、1年間ゆれ続けた。その最中の2014年12月にオービタルATK社は、まだ失敗の原因が確定していないにもかかわらず、AJ26の使用を止め、新しいエンジンに替えた「改良型アンタリーズ」の開発を進めると発表した。ただ、オービタルATK社はもともと、AJ26の使用はいずれ止めるつもりだった。前頁で触れたように、AJ26は今から40年前に製造されたNK-33の在庫を使っている。つまり在庫限りということになるため、いつまでもAJ26を使い続けるわけにはいかない。そこでかねてより、別の新しいエンジンが模索されていた。その新しいエンジンの候補はいくつかあり、たとえば米国の基幹ロケットである「アトラスV」に使われているRD-180や、ロシアの新型ロケット「アンガラー」に使われているRD-191などが挙がっていた。また、NK-33が再生産されるという話もあったため、もし昨年10月の失敗がなければ、引き続きAJ26/NK-33を使い続けるという選択肢もあったのかもしれない。最終的に改良型アンタリーズで使用されることになったのは「RD-181」というエンジンである。このことが報じられたのは2014年12月ごろだったが、RD-181という型番と、それがアンタリーズで使われる可能性があるという話は、2013年ごろから出ていた。○RD-181このRD-181エンジンの起源は、かつてソ連で開発された大型ロケット「エネールギヤ」の第1段(西側ではブースターと見なされている)に使われている「RD-170」というエンジンにまでさかのぼる。RD-170は燃焼室を4つもつエンジンで、世界で最も強力な推力を出せるエンジンのひとつである。エネールギヤ・ロケットそのものは2回の打ち上げで運用を終えたが、RD-170の技術は受け継がれ、現在もウクライナ製の「ジニート」ロケットに使われている。また、燃焼室の数を半分の2つにした「RD-180」という派生型も開発され、米国へと輸出され、基幹ロケット「アトラスV」の第1段エンジンとして活躍している。さらに燃焼室が1つのRD-191は、ロシアの新型ロケット「アンガラー」に採用されている。ロシアでは現在、そのRD-191から派生したRD-193というエンジンを開発しており、アンタリーズに採用されることになったRD-181は、このRD-191とRD-193からさらに派生したエンジンである。ただ、その正体については諸説あり、たとえばRD-191とRD-193では、エンジンの寸法や質量が変わっていることがわかっているが、RD-181の詳細についてはまだ不明な点が多い。なお、アンタリーズが失敗した直後には、AJ26/NK-33がロシア製であることが批判材料にもなった。RD-181もロシア製ではあるものの、ただしAJ26/NK-33とは違い、ごく最近になって開発、生産された新しいエンジンであり、製造会社も違う。また、ほぼ同型のエンジンはこれまでにアンガラーの打ち上げで使われており、地上での燃焼試験も何度も行われていることから、信頼性もAJ26より高い。さらにRD-181はAJ26よりも推力(パワー)が大きいため、換装することでより多くの物資などを打ち上げられるようになるという利点もある。ただ、形も推力も違うエンジンをそのまま載せ替えることはできないため、ロケット機体にも、エンジンの取り付け部分の設計を変えたり、より大きな推力に耐えられるよう補強するなどの改修が必要となる。2015年11月現在、RD-181はすでに米国に輸入され、またエンジン取り付け部分の改修も行われ、装着する作業が完了している。なお、AJ26はエアロジェット・ロケットダイン社による改修を経由して供給されていたが、RD-181はオービタルATK社が、製造しているNPOエネルガマーシュから直接輸入する形となる。今後、2016年の初頭ごろにRD-181を装着したアンタリーズの地上燃焼試験が行われる予定で、同年3月ごろにも実際に打ち上げられることになっている。また失敗によって損傷した発射施設の修復も進められ、すでに完了している。また、第1段を拡張し、RD-181のもつ性能をフルに発揮できるようにした「アンタリーズ300」シリーズの開発も進められているが、登場は当面先のこととになる予定である。○改良型アンタリーズ登場まではアトラスVがつなぎにところで、アンタリーズが飛行停止している間も、国際宇宙ステーション(ISS)への物資の補給は行わなければならない。そこでオービタルATK社は、米国の基幹ロケットとして活躍中の「アトラスV」に、シグナス補給船の打ち上げを委託することにした。現在のところ、この打ち上げは今年12月3日に予定されている。さらに搭載されるシグナスもこれまでと違い、「改良型シグナス」(enhanced Cygnus)となる。補給物資を搭載する部分の全長が延び、物資の搭載量が従来の2トンから、最大3.5トンにまで増え、それに伴い大型の太陽電池が搭載されるなどの改良も施され、より多くの物資をISSに届けることができるようになっている。アトラスVは従来型アンタリーズよりも打ち上げ能力が大きいため、この改良型シグナスの最大能力である、3.5トンいっぱいの補給物資を運ぶことができる。またアンタリーズも改良型によって同等の打ち上げ能力になるため、今後はこの改良型シグナスが主流となる。オービタルATK社はまた、今年8月にアトラスVによるシグナスの補給船をもう1回分発注し、2016年中に打ち上げることを計画している。これにより、仮に改良型アンタリーズの開発が遅れたり、あるいは打ち上げに失敗したとしても、シグナス自体は飛び続けることができるようになる。○宇宙開発の商業化の先駆、立て直せるか米国の宇宙産業を振興させるために始まった、民間企業にISSへの物資補給を任せるCOTS計画は、2014年10月のアンタリーズの失敗、そして今年6月のファルコン9の失敗により、大きなつまずきを経験することになった。もちろん、こうした失敗が起こることを前提に計画は立てられており、実際にISSから食料や酸素がなくなるといった事態にはならなかったものの、一方で「本当に民間に任せて大丈夫なのか」という声が少なからず上がり、事実アンタリーズは1年以上の飛行停止となり、ファルコン9も失敗からすでに半年が経過しようとしているなど、COTS計画は大きな打撃を受けている。しかし、アンタリーズはエンジンを改良して再起を図りつつあり、またファルコン9も大幅な改良が加えられた新型機が登場しようとしている(詳細はいずれまた解説したい)など、両社の歩みは止まることを知らない。この機敏さは民間企業ならではであり、また1度や2度の失敗では倒れない強靭さは、米国において民間主導の宇宙開発が着実に根付きつつあることを示している。無事にこの失敗から立ち直ることができれば、その経験はさらに両社を強くするだろう。もちろんこの先、彼ら以外の宇宙を目指す会社が、あるいは両社が再び、今回のような悲劇を経験することは起こりうる。けれども、そうした苦難を乗り越えた先にこそ、人類の本格的な宇宙進出が待っているのである。参考・・・・・
2015年11月25日H-IIAロケット29号機の現地取材記事・【レポート】H-IIAロケット29号機現地取材 - "高度化初号機"の打ち上げを現地からレポート! 今回の注目点は?・【レポート】H-IIAロケット29号機現地取材 - 打ち上げ前のY-1ブリーフィングが開催、気になる天候は?・【レポート】H-IIAロケット29号機現地取材 - 機体移動が完了、高度化H-IIAロケットがついに姿を現す!既報のように、H-IIAロケット29号機が11月24日15時50分、種子島宇宙センターより打ち上げられた。前日まですっきりしない天気の種子島であったが、この日は予報通り回復。ロケットは青空の中へ飛び立ち、固体ロケットブースタ(SRB-A)の分離まで見ることができた。ロケットは18時現在、第2段エンジンの2回目の燃焼まで無事に終了しており、衛星とともに、慣性飛行で静止トランスファー軌道(GTO)の遠地点へと向かっているところだ。まさに高度化の成果を発揮しているフェーズであり、無事に再々着火を行い、所定の軌道に衛星を投入できるかどうか注目される。打ち上げが当初の予定より27分遅くなったため、第2段エンジンの再々着火は20:12ころ、そして衛星分離は20:16ころになる見込みだ。その後、21:45より記者会見が開催される見通しなので、詳報についてはしばらくお待ち頂きたい。
2015年11月24日H-IIAロケット29号機がついにその姿を現した。種子島宇宙センターにおいて、大型ロケット組立棟(VAB)から射点への機体移動は11月23日22:33に開始。ロケットは500mほどの距離を約20分かけて移動し、22:56に完了した。あとはいよいよ、打ち上げを待つのみだ。関連記事・【レポート】H-IIAロケット29号機現地取材 - "高度化初号機"の打ち上げを現地からレポート! 今回の注目点は?・【レポート】H-IIAロケット29号機現地取材 - 打ち上げ前のY-1ブリーフィングが開催、気になる天候は?機体移動は当初、23日21:00開始を予定。当日昼頃の天候判断により1時間前倒しされ、20:00開始に変更されたのだが、屋久島方面に雷が観測されているということで、20:00を過ぎても機体が出てこない。最初は、遠方で雷光が見えていただけであったが、そのうち音まで聞こえるようになってきて、センター内に雷警報が発令。我々プレスも、撮影場所から一旦退避することになった。多少の遅れであれば、その後の進行でカバーできる。だが、カバーしきれないほどになると、「打ち上げ当日の天候は良いのに機体を出せなくて延期になる」ということもあり得る。雨も本降りになってきて、打ち上げが予定通りいくのか懸念されたが、その後警報が解除。22:00ころになって「機体移動を22:30より開始」というアナウンスがあり、慌ただしく撮影場所へと移動した。当初の計画より、機体移動は1時間半ほど遅くなったものの、今のところ打ち上げ時刻の変更は特に発表されておらず、予定通りに進行している模様だ。打ち上げ予定時刻は15時23分。宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、打ち上げ時と衛星分離時にそれぞれネット中継を実施する予定なので、ご覧になると良いだろう。
2015年11月24日TBSにて放送中の阿部寛が主演ドラマ「下町ロケット」の後半パートとなる「ガウディ計画篇」にこの度、俳優・小泉孝太郎と世良公則が出演することが決定した。佃航平は宇宙科学開発機構の研究員だったが、自分が開発したエンジンを載せたロケットの打ち上げ失敗の責任を取らされ退職。父親が遺した「佃製作所」を継いで社長として第二の人生をスタートさせる。第145回直木三十五賞を受賞した池井戸潤の同名小説を実写ドラマ化した本作。本ドラマは、朝日新聞にて連載中の「下町ロケット2」と同時進行でドラマが進行。後半パートの「ガウディ計画篇」には、すでに今田耕司が出演することが決定し大きな注目を集めている。このほど小泉さんと世良さんの出演が決定したのは、同じく今田さんが出演する「ロケットから人体へ」と移り変わる後半パート。小泉さんが演じるのは、NASA出身の技術者で、現在は父親が興した精密機器メーカー、サヤマ製作所社長を務める椎名直之。ロケット工学が専門で、父親の会社を継ぐ際にMBA(経営学修士)まで取得したという異色の経歴を持つ人物で、佃製作所のライバルとして登場する。一方で世良さんが演じるのは、アジア医科大学心臓血管外科部長の貴船恒広教授。日本の心臓外科でトップクラスと言われるアジア医科大学で、長年にわたって心臓血管外科を率いてきた看板教授という役どころであり、貴船もまた椎名と同じく佃製作所と敵対する関係として描かれる。今回の出演決定に際して小泉さんは、「この作品に携われることが嬉しく、プライベートの予定すべてキャンセルしてお引き受けしました(笑)。ただ、佃製作所と親密に関わる役かと思いきや、あ、そっち側(敵役)かと。僕が演じる椎名という役は、得体の知れない、掴みどころのない人間として阿部さん演じる佃と対立します。『下町ロケット』の魅力は佃の“人間臭さ”だと思うので、その佃としっかり対峙し、椎名という役を通して、ちょっとしたエッセンスを加えていけたらと思います」と、出演への期待と見どころについてコメントしている。さらに世良さんは「私自身、珍しい『ヒール』での登場ということで楽しみにしています。『人の命との関わり』という大きなテーマの中で闘い、もがいて来た男の一辺を大切にしつつ、主人公の熱き男たちの対立軸として存分に、軽やかに、この『貴船』なる人物を演じてみたいと思っています」と語り、悪役への意気込みを語っている。11月15日(日)の放送で、前半パートは終了し、11月22日(日)より今田さん、小泉さん、世良さんが出演する後半パート「ガウディ計画編」がスタート。まだ明らかにされていないストーリーと合わせて、俳優陣の好演に期待したい。「下町ロケット」は毎週日曜21時~TBS系にて放送。(text:cinemacafe.net)
2015年11月11日2015年11月24日の打ち上げに向け、鹿児島県種子島にある種子島宇宙センターで現在、H-IIAロケット29号機の打ち上げ準備が着実に進んでいる。H-IIAの打ち上げは今回で29機目となる。一昔前と比べると、ずいぶん早いペースで打ち上げが続いており、少しずつではあるが、H-IIAの姿が日常の光景となりつつある。しかし今度のH-IIAは、今までのH-IIAとは一味も、あるいは二味も違う。外見からはあまり目立たないが、しかし実はとても大きな、「高度化」と呼ばれる改良が加えられている。○H-IIAが抱えていた問題H-IIAロケットは宇宙航空研究開発機構(JAXA、当時は前身の宇宙開発事業団)と三菱重工業が開発したロケットで、2001年に初めて打ち上げられた。それ以来、探査機「はやぶさ2」、「あかつき」や、東日本大震災のときに被災地を観測した「だいち」、そして今日や明日の天気予報にとって欠かせないデータを提供する「ひまわり8号」といった、数多くの人工衛星を打ち上げてきた。H-IIAの打ち上げ数は、2015年10月の時点で28機にもなる。これは日本で開発されたロケットの中では最も多い数だが、ほぼ同時期に登場した他国のロケットと比べると少ない。米国やロシア、中国などは、同じロケットを1か月のうちに2機、3機も打ち上げたりしている。H-IIAが打ち上げた衛星の多くは、政府や省庁、JAXAが運用する、いわゆる「官需」の衛星で、一方で国内外の民間企業が運用する衛星の打ち上げは、今回の29号機の積み荷であるテルスター12ヴァンテージの打ち上げを受注するまで、ほとんどゼロだった。H-IIAを運用する三菱重工は世界に向けて売り込んではいたが、いつも世界の他のロケットに奪われ続けていたのだ。人工衛星を使った商売をしている民間企業はいろいろあるが、市場として最も大きいのは、人工衛星を使った通信を事業として行っている会社である。人工衛星は宇宙にあるから、地球の裏側で起きていることでも、衛星を中継することで、世界中どこへでも映像や音声を伝えることができる。皆さんの中にも、衛星放送でドラマやスポーツ中継などを楽しんでおられる方は多いかもしれない。こうした通信衛星が多く打ち上げられる軌道を「静止軌道」、またその軌道に乗る人工衛星のことを「静止衛星」と呼ぶ。そしてこの静止衛星の打ち上げ能力において、H-IIAは他のロケットと比べて大きな格差を抱えていた。○H-IIAは静止衛星の打ち上げが苦手だった静止軌道は、地球の赤道の上空約3万5800kmのところにある。人工衛星というと、地球のまわりをものすごい速さで回っているというイメージがあるが、上空約3万5800kmだと、この速さがちょうど、地球が自転する速度と同じになる。すると、地球から衛星を、あるいは衛星から地球を見ると、相手が止まっているように見えることから、"静止"軌道と呼ばれている。相手が静止している(ように見える)ということは、衛星から通信や放送の電波を発信するときや、逆に地球で受信するときに、アンテナを動かさなくても良いため、通信がしやすくなることから、通信衛星の大半はこの静止軌道を利用している。この静止軌道に向け、ロケットで衛星を打ち上げるのはとても難しい。たとえば赤道上からロケットを真東に打ち上げたとすると、静止軌道と同じ傾きの軌道に衛星を入れることができる。あとは高度だけ合わせれば良いので、ロケットの負担も小さく、またロケットから分離されたあとの衛星の負担も小さくできる。ただ、それができるのは、赤道に近い南米のギアナにロケット発射場をもつ欧州ぐらいである。ギアナはかつてフランスの植民地で、現在もフランス領であるため、この地にロケットの打ち上げ場をもつことができている。しかし、日本や米国、ロシアの場合は、ロケット発射場が赤道よりも北にしかないため、そのまま打ち上げても、赤道から大きく傾いた軌道にしか衛星を入れることができない。そのため、高度だけでなく、その傾きを静止軌道に合わせるため、欧州のロケットに比べて余計にエンジンを噴射しなければならない。そこでロシアや米国のロケットは、ロケットの能力を上げることで、従来は衛星側が負担していたエンジン噴射の一部、場合によってはほとんどすべてを肩代わりすることで、衛星側の負担を軽くするということが行われている。最近では中国も同じ能力を手に入れている。しかしH-IIAは、ロケット発射場が北緯約30度の種子島にしかない上に、ロシアや米国のロケットのように、衛星の負担を肩代わりできるほどの能力はなかった。そのため、欧州のロケットはもちろん、米国やロシアのロケットで打ち上げたときと比べても、より多くの負担を衛星に強いることになっていた。その結果、たとえば他のロケットで打ち上げることを前提に造られた衛星は、H-IIAでは打ち上げられないということもあった。また、H-IIAで打ち上げるために造られた衛星は、他のロケットに合わせた場合よりも若干割高になってしまう。このことが、国内外の衛星通信会社から衛星の打ち上げを受注しようとした場合に、H-IIAにとって大きな足枷となっていたのである。○高度化でロケットはより長く飛ばせるようにこの格差を埋め、H-IIAでも他のロケットと同じ条件の軌道まで衛星を運ぶことができるようにするために、JAXAと三菱重工は2011年度から「高度化」と呼ばれる改良開発を始めた。この高度化では、主に第2段機体に大きく手が加えられている。第2段は宇宙空間を航行し、最終的に衛星を分離する役目を担っており、この改良により、ロシアや米国、中国のロケットが行っているのと同じように、H-IIAでも衛星が負担していた分の一部を肩代わりできるようになる。しかし、それは簡単なことではない。衛星の肩代わりをするということは、ロケットの第2段が衛星のように長時間宇宙を飛び、またこれまでより地球から遠く離れたところでエンジンの噴射などをできるようにしなければならない。たとえばロケットが長時間飛行すると、太陽の光が当たり、温度が徐々に上がってしまう。そこで、第2段のタンクを白く塗り、太陽光を反射させることで、機体の温度が上がり過ぎないようにしている。従来のH-IIAでは、この部分はタンクに塗られた断熱材の地の色である黄土色だったので、一番目立つ改良箇所かもしれない。他にも、バッテリーを増やしたり、搭載している機器の改良などで、長時間の飛行を可能にしている。そして、ロケット・エンジンの噴射と停止を繰り返しできるようにし、さらに精度良く軌道に投入できるよう、小さなパワーで動かせる能力も追加されている。これらの改良策の一部は、これまでの打ち上げの中で試験されたこともあるが、すべてが適用されるのは今回の29号機が初めてとなる。さらに、単に静止衛星をより条件の良い軌道に運べるようになるだけではなく、人工衛星を切り離す際の衝撃を小さくし、衛星にとって乗り心地の良いロケットにするための改良や、ロケットが自律的に飛行できるようにし、地上の設備の一部をなくすといった改良も行われている。こうした改良点も、今回の打ち上げや、また今後の打ち上げの中で試験が進められ、いずれは本格的に採用されることになっている。○高度化のその先へこの高度化によって、従来は衛星側が負担していたエンジン噴射の一部を、ロケット側で肩代わりすることができるようになる。その代償として、打ち上げ能力は少し落ちてしまうことにはなるが、しかしH-IIAの設計を大きく変えることなく、世界水準のロケットとほぼ同等の性能をもらせ、これまで打ち上げることすらできなかった衛星を扱えるようになった意義はとても大きい。そして2013年には、衛星通信大手のテレサット社から、同社の通信衛星テルスター12ヴァンテージを打ち上げる契約を取ることができた。こうした大手の企業はロケットの信頼性を何よりも重視するが、当時も今も、高度化はまだ完成しておらず、信頼性は未知数だったはずである。それでも契約が取ることができた背景には、これまでのH-IIAが培ってきた実績や信頼、そして期待があったのだろう。このテルスター12ヴァンテージを載せた、そして高度化H-IIAの1号機でもある、今度のH-IIAの29号機の打ち上げが成功すれば、H-IIAはいよいよ本格的に、衛星打ち上げの市場に乗り込むことができるようになる。そして今後も安定して国内外から商業打ち上げを受注できるようになれば、ロケットの打ち上げ回数が増え、信頼性が上がるとともに、コストを下げることにもつながるだろう。また、この高度化の技術は、現在開発が進む新型ロケット「H3」にも活かされることになっている。単にH-IIAの改良というだけではなく、次世代に向けた投資でもあるのだ。H-IIAロケット29号機の打ち上げは、2015年11月24日15時23分(10月2日現在)に予定されている。いつもと同じようで、実は大きく進歩した、新しい「高度化H-IIA」と、そして日本のロケットの新たな夜明けの瞬間を、種子島の現地で、あるいはインターネット生中継で、ぜひ見届けていただければと思う。なお、今回取り上げた、これまでのH-IIAの問題点や、他のロケットとの比較、また高度化における改良点などについては、拙稿「世界に追いつけるか 「高度化」H-IIAロケット、ここに誕生す」でより詳細に紹介しているので、興味がある方はそちらもご一読いただきたい。
2015年11月04日2015年9月20日、中国は新型ロケット「長征六号」の初打ち上げに成功した。長征六号に使われている技術は、世界的にも実用例が少ないきわめて高いものであり、またその技術を共有する、中型、大型のロケットの実用化に向けた先駆けとして、今回の打ち上げ成功は大きな意味をもっている。第1回は長征六号を含む、次世代の長征ロケットが開発されるまでの経緯について、また第2回では、長征六号に使われている新開発のロケット・エンジンについて紹介した。そして第3回では、決まった部品の組み合わせだけで様々なロケットを造る「モジュール化」という技術の概要と、その技術が次世代長征ロケットにどのような形で取り入れられたかについて紹介した。連載の第4回では、長征六号の性能や実力、今後の展望をはじめ、ロケット・エンジン以外の新しい技術、そして長征六号の先にある超大型ロケットについて紹介したい。○長征六号の実力かくして開発された長征六号の打ち上げ能力は、高度700kmの地球を南北にまわる太陽同期軌道に最大1080kgとされる。これは日本の「イプシロン」ロケットや、インドの「PSLV-CA」ロケット、ロシアの「ローカト」ロケットに近い性能である。ただ、中国の内陸部から打ち上げる場合は、500kg前後にまで落ちるという。おそらく、地上局などの関係から、エネルギーのロスが多い飛行経路を取らざるを得ないためと思われる。第2回、3回で紹介したように、第1段にはYF-100、第2段にはYF-115という、液体酸素とケロシンを推進剤とするエンジンを使用している。一方で第3段のみ、過酸化水素とケロシンを推進剤に使う、小型のエンジン「YF-85」を4基装備しているといわれている。ただし、このことはロケットを開発した上海航天技術研究院などが発表している資料からは確認できないため、実際は違う可能性がある。事実、第3段には液体酸素・ケロシンの小型エンジンが使われているという説もあり、また今年9月に出回った、長征六号の第3段とされる機体の写真には、大きなノズルが1つ付いていることがわかっており、そもそも「小型のエンジンが4基」というのも間違いである可能性もある。現段階では、どの情報が正しく、あるいは間違っているのかは不明である。あるいは何種類かあり、ミッションに応じて使い分けができるようになっているといった可能性もある。本件に関しては、新しい情報があり次第、またお伝えしたい。過酸化水素とケロシンを使っていると仮定した場合、この組み合わせは触媒を介することで、混ぜ合わせるだけで自然に着火する性質(自己着火性)をもっている。そのため点火装置が不要になり、エンジンの軽量化、低コスト化が図れるほか、確実に点火することができるという利点がある。またエンジンの点火と停止を繰り返すことも比較的簡単にできるため、微調整によって軌道への投入精度を上げたり、複数の小型衛星をそれぞれ異なる軌道に投入したりといった、高い柔軟性、汎用性を実現することができる。この自己着火性は、従来の長征ロケットで使われていた、四酸化二窒素と非対称ジメチルヒドラジンの組み合わせにもあるが、この組み合わせは推進剤自身にも、また燃焼ガスにも高い毒性がある。だが、過酸化水素とケロシンであれば、自己着火性はそのままに、環境や人体にやさしいロケットにすることができる。この過酸化水素とケロシンという組み合わせは、過去に英国の「ブラック・アロウ」ロケットぐらいでしか実用化されたことはない。また過酸化水素は反応性が強いため、取り扱いも難しい。中国にとっては、従来の長征ロケットと同じヒドラジン系の推進剤を使い続けるほうが、多くの面で都合が良かったはずだが、あえて過酸化水素を選択したとしたら、そこには環境や人体への配慮と、新しい技術を積極的に取り入れる貪欲さがあると見て良いだろう。新技術を積極的に取り入れるという点は、他にもさまざまなところで目にする。たとえば第1段の下部には、ガスを噴射することで機体の姿勢を制御する装置が付いているが、この噴射ガスは、YF-100のターボ・ポンプのタービンを駆動させたあとの、酸素リッチのガスの一部を抜き出すことで得られているとされる。また、酸素タンクの加圧も、多くのロケットではヘリウムが使われているが、長征六号ではエンジンで加熱された酸素ガスをタンクに戻し、その圧力を使って加圧させているという。こうした技術は、長征六号を造り上げるために必要不可欠だったわけではない。たとえば、わざわざエンジンからガスを抜き出してこなくても、専用のガス・ジェット装置を積めば良かっただろうし、タンクの加圧もヘリウムを使えば十分である(*1)。しかし、これらの新技術がもし本当に導入されているのであれば、中国はあえて、難しいながらも、部品点数の削減により軽量化と信頼性の向上が見込める、合理的なやり方を採用していることになる。また、打ち上げ準備や発射管制といった点にも新しい技術が投じられている。たとえば打ち上げは「TEL」と呼ばれるトレーラー型の車両から行うことができるため、専用の大規模な発射台を必要としない。TELとはTransporter Erector Launcherの略で、その名の通り、ロケットを積んで目的地まで輸送(Transporter)でき、かつ発射角度に向けて立て(Erector)、発射(Launcher)まで行える車両のことである。TELはロシアや中国の弾道ミサイルの発射システムとしてはごく普通のもので、軍事パレードなどでもよく目にすることができる。また発射や追跡の管制も、移動式の小規模な設備で可能だとされる。これら打ち上げシステムの省力化は、弾道ミサイルの技術から採られたものと考えられるが、こうした地上設備の簡素化により、打ち上げ準備にかかる期間は最短7日間という、即応性の高いロケットに仕上がっている。小型衛星を即座に打ち上げられ、そして最適な軌道に正確に投入できることは、長征六号の最大の特長である。近年、電子機器の小型化、高性能化などのおかげで、小型の衛星でも大型衛星とそん色のない性能を出すことができるようになった。また、小型衛星は比較的安く、短期間で造れることから、新しい技術の実証機として、大学や研究機関で小型衛星が積極的に活用されつつある。新技術をふんだんに使った小型衛星を、長征六号を使って頻繁に打ち上げることができるようになれば、新しい技術の宇宙実証が進み、その成果は大型衛星にも活かされることになり、さらに若手の技術者の育成にも役立つなど、中国の宇宙産業全体が大きく発展することになるだろう。○そして人類は2つの火星行きロケットを手に入れる第2回で触れたように、長征六号に使われているロケット・エンジンは高い性能をもっており、また長征五号のブースターや、長征七号のメインとブースターのエンジンとしても使われることになっている。今回の長征六号の打ち上げが成功したことで、2016年に予定されている長征五号と七号の初打ち上げに向けた関門も、またひとつ開かれたことになった。そしてまた、中国は現在「YF-460」と呼ばれる、推力500トン級の、さらに強力なロケット・エンジンを開発しているとも伝えられる。公開されている系統図からは、二段燃焼サイクルで、1つのターボ・ポンプで2基のエンジンを動かす仕組みを採用していることがわかる。おそらくロシアのRD-180を参考にしたと思われ、また実際にロシアからRD-180が輸入されたという話もあるが、RD-180の推力は4MNほどなので、やはりこれも単なるコピーではなく、推力を増す改良が加えられていると考えられる。ただし、現時点では情報があまりないため、その性能や、ロシアからの輸入が本当にあったのかなど、詳しいことはわかっていない。この500トン級エンジンは、中国が計画中の超大型ロケット「長征九号」に使われるという。長征九号は、長征五号よりもさらに巨大なロケットで、かつてアポロ計画で使われた「サターンV」や、現在NASAが開発中の「スペース・ローンチ・システム(SLS)」に匹敵する能力をもつという。これが実用化されれば、有人の月探査や火星探査も視野に入ってくる。長征九号は、現時点ではまだ検討段階で、正式なプロジェクトとして動いてはいない。また月や火星への有人飛行も同様に、構想の域を出てはいない。しかし、もし長征九号が実現すれば、人類はSLSと同時に、火星まで人類を飛ばせる超大型ロケットを2つも手にすることになる。そう遠くないうちに、人類が火星の地面を踏みしめる日が来るかもしれない。あるいは両者が協力すれば、もっと遠くの世界に行くこともできるだろう。中国のもつ技術にはそれだけの実力があり、その技術を正しい方向に発展させることさえすれば、それは可能なのである。【脚注】*1 ただ、ヘリウムの生産量の90%近くは米国が担っているため、入手が困難になることを見越して、ヘリウムをなるべく使わない仕組みを選択する必要があった可能性もある。
2015年11月02日「半沢直樹」シリーズなどヒット作を連発する池井戸潤原作のTBS日曜劇場「下町ロケット」。主演に阿部寛、ヒロインに土屋太鳳を迎え話題となっている本作だが、この度、帝国重工の審査担当者として、戸次重幸が出演することが明らかとなった。原作は「第145回直木三十五賞」を受賞した池井戸潤の同名小説。受賞時には「人々の希望を繋ぐ爽快な作品」と評され、文庫版を含め累計130万部を超えるベストセラーを記録した。主人公の佃航平(阿部寛)は、宇宙科学開発機構の研究員だったが、自分が開発したエンジンを載せたロケットの打ち上げ失敗の責任を取らされ退職。父親が遺した「佃製作所」を継いで社長として第二の人生をスタートさせ、夢に向かって突き進む。先週放送の第2話では、訴訟を起こされたナカシマ工業との和解が成立。佃製作所は大きな試練を乗り越えたが、第3話からは帝国重工という新たな敵との対決が待っている。そして11月1日の第3話では、ナカシマ工業との訴訟において事実上の勝利を手に入れた佃製作所。多額の和解金も入り、そのうえ帝国重工に特許を譲ればさらに大金が入ってくるとあって、社内は大いに盛り上がるが、ひとり佃だけは別の可能性を探っていた。特許売却か、使用契約かを帝国重工に返答する当日。いずれにしてもバルブシステムの使用権利を手に入れ、「スターダスト計画」の遅れを取り戻そうとしていた財前(吉川晃司)と富山(新井浩文)だったが、佃の口から「部品供給」という予想だにしなかった提案をされる。バルブシステムは自分たちにとって死活問題ということもあり、一度持ち帰って検討すると答えた財前だったが――。今回、帝国重工の企業審査担当者・田村役として「ヤメゴク」や『桜蘭高校ホスト部』に出演していた「TEAM NACS」の戸次重幸が第4話に出演することが決定。そんな戸次さんは「私個人も、視聴者として大変楽しませていただいている作品に出演させていただけること になり、喜びを隠せません。同じ劇団メンバーである安田の肩を借りて、精一杯演じさせていただきました(笑)」とコメント。戸次さんも言っていたように、佃製作所サイドには技術開発部長の山崎を演じる安田顕が出演しており、“TEAM NACS対決”という側面からも楽しめるようだ。また安田さんは「同じTEAM NACSの戸次重幸くんが、下町ロケットに新しい風を持ってきてくれます。佃製作所と対峙し、審査する帝国重工マンとしての役柄と演技に注目です。そして、佃製作所が4話以降どうなっていくのかますます目が離せない展開になっていきますので、是非御覧ください。」とこれからの展開に期待が膨らむコメントを寄せた。物語も序盤のクライマックスに向けて、益々目が離せない展開となってきた本作。「TEAM NACS対決」が物語に拍車をかけること間違いなし。本作の今後も見逃せない。「下町ロケット」は毎週日曜日21時~TBSにて放送。(cinemacafe.net)
2015年10月31日2015年9月20日、中国は新型ロケット「長征六号」の初打ち上げに成功した。長征と名の付くロケットは、1970年代から改良を重ねることで進化し、数多くの人工衛星、有人宇宙船を打ち上げ続け、中国を最盛期の米ソに勝るとも劣らないほどの宇宙大国へと押し上げた。打ち上げ数は200機を超え、成功率も信頼性も、高い水準を維持している。その長征が今、その誕生以来初めて、まったく新しいロケットへと生まれ変わろうとしている。長征六号に使われている技術は、世界的にも実用例が少ないきわめて高いものであり、またその技術を共有する、新しい中型、大型のロケットの実用化に向けた先駆けとして、今回の打ち上げ成功は大きな意味をもっている。この長征六号にはどんな意義があるのか、そこに使われている技術はどんなものなのか、そして、その未来には何が待っているのだろうか。前回は長征六号を含む、次世代の長征ロケットが開発されるまでの経緯について紹介した。連載の第2回では、長征六号に使われている高性能ロケット・エンジン「YF-100」について紹介する。○「酸化剤リッチ二段燃焼サイクル」のケロシン・エンジン長征六号の、第1段には液体酸素とケロシンを推進剤とする強力なロケット・エンジン「YF-100」を1基、第2段も同様に液体酸素とケロシンを使う「YF-115」を1基装備している。このYF-100とYF-115こそ、長征六号の、そして長征七号と長征五号を含む、次世代長征ロケットすべてにおける肝となる部分で、「酸化剤リッチ二段燃焼サイクル」と呼ばれる、きわめて高度な技術を採用している。「酸化剤リッチ二段燃焼サイクル」という言葉のうち、まず「二段燃焼サイクル」というのは、液体ロケット・エンジンを動かすための、いくつかある仕組みのうちのひとつである。液体ロケットの多くは、ターボ・ポンプという強力なポンプで燃料と酸化剤(この2つを合わせて推進剤という)を燃焼室に送り込んで燃焼させ、発生したガスを噴射してロケットを飛ばしている。このターボ・ポンプを動かすために、タービンを猛烈な勢いで回転させる必要がある。そのために二段燃焼サイクルは、まずプリ・バーナーという小さな燃焼室で推進剤を燃やし、生成された高温高圧のガス(*1)でタービンを回してターボ・ポンプを動かし、それによって推進剤を燃焼室に送り込み、さらにタービンを回したガスも燃焼室に送り込んで燃焼させる。推進剤を2段階で完全に燃焼させることから、二段燃焼という名が付けられた。この仕組みは、推進剤をいっさい無駄にすることなく噴射に使えるため、性能の良いエンジンにできるという長所がある。しかしその反面、エンジンの構造が複雑になり、また各所にかかる圧力や温度の条件が厳しく、どこかで不調が起きると途端に爆発する可能性もあり、さらにエンジン始動のタイミングの制御も難しいなど、製造や運用が難しいという短所もある。もうひとつの「酸化剤リッチ」というのは、このプリ・バーナーの燃焼によって生成されたタービン駆動用ガスに、酸化剤(酸素)が多く含まれているということを指している。酸化剤リッチがあるからには、もちろん燃料リッチもあり、こちらは燃焼ガスにケロシンや水素などの燃料が多めに含まれているということである。酸化剤なり燃料なりが豊富に含まれているから、リッチ(rich)というわけである。リッチにしなければならない理由は、タービン駆動用ガスの温度が上がりすぎないように抑える必要があるためである。もし、燃料と酸化剤を最適な比率で燃やしたとすると、配管などの金属部品が耐えられないほど燃焼ガスが高温になってしまう。一部の部品だけであれば、その周囲に推進剤を流すなどして冷却することができるが、エンジン全体を取り巻く配管や、また特に回転するタービンなどの部品は冷却ができない。そこで、酸化剤か燃料かを多めに足して燃やし、わざと未燃ガスが残るようにすることで、タービン駆動用ガスの温度を下げているのだ。燃料リッチにすべきか、酸化剤リッチにすべきかは、使う燃料によって変わる。たとえば液体水素を使うエンジンの場合は、理論的に水素リッチのほうが性能が上がることから、日本のH-IIAロケットや、米国のスペース・シャトルで使われているエンジンは水素リッチで動いている。一方、ケロシンを燃料に使うエンジンの場合は、酸化剤リッチのほうが高い性能が出せる。またケロシン・リッチにすると、高温の中でケロシンが分解されてススが発生し、配管やタービンに付着してしまうため、実用には向かないことから、必然的に酸化剤リッチにするしかない。しかし、酸素はただでさえ反応性が強い上に、プリ・バーナーで加熱されることで、さらに反応性はより高くなり、金属を簡単に腐食させてしまう。それからエンジンの部品を守るためには、特殊なコーティングを施すなどの、高い冶金技術が必要となる。これまで、酸化剤リッチ二段燃焼サイクルのケロシン・エンジンの実用化に成功したのは、ソヴィエト連邦/ロシアだけだった。米国は1990年代に、ソ連/ロシアで開発された酸化剤リッチ二段燃焼サイクルのケロシン・エンジンの技術を入手し、米国内で生産しようとしたが、現実的な予算や人員の範疇では難しいことがわかり断念。結局、ロシアから完成品を輸入し、ロケットに装着して打ち上げている。では、中国はどのようにしてこの難しい技術を手にしたのだろうか。○中国はロシアからRD-120を手に入れた中国で液体酸素とケロシンを使う高性能エンジンの開発は、1985年にはすでに提案されていたという。ただし、このときは開発までには至っていない。その後、1990年にソヴィエト連邦から2基の「RD-120」というエンジンを輸入して分析し、1995年には燃焼試験も行ったとされる。RD-120は現在も運用中の「ジニート」ロケットの第2段に使われているエンジンで、酸素リッチ二段燃焼サイクルのケロシン・エンジンである。なぜ中国がこのエンジンを入手することができたのかは不明だ。ただ、RD-120は高い性能をもつエンジンではあるものの、当時のソ連にはより高性能なエンジンがあったことや、また当時中国とソ連の関係は好転しており、さらにソ連は崩壊寸前で資金難に陥っていたことから、輸出されたとしてもおかしな話ではない。また1995年には、米国のプラット&ウィットニー社もRD-120を手に入れ、燃焼試験を行っており、中国に渡っていたとしてもおかしくはない。中国はその後、このRD-120を下敷きに、1998年ごろから独自のエンジンの研究を始めた。そして1999年には正式にプロジェクトとなり、後にYF-100となるエンジンの開発が始まった。RD-120を基にしているとはいえ、前述のように酸素リッチ二段燃焼サイクルのケロシン・エンジンは技術的に難しく、たとえ手元に実物や設計図があるからといって、すぐに真似して造れるようなものではない。また、RD-120の真空中推力は約834kNであるのに対して、YF-100は約1340kNと大幅に向上していることから、単なるコピーではなく、中国独自の改良も加えられたことがわかる。前述のようにRD-120はジニートの第2段エンジンであり、ロケットの第1段エンジンとしては少し非力であるため、推力を向上させる改良は必須だったのであろう。YF-100は2001年には形になるも、初期は失敗の連続で、大きな爆発事故も経験したという。だが、中国は粘り強く開発を続け、2005年に燃焼試験の成功にこぎつけた。その後も燃焼時間を延ばしたりしつつ試験が繰り返され、2012年には開発完了が宣言された。この時点までで、製造されたエンジンは61基にも上ったという。その後も燃焼試験は行われており、2013年時点での燃焼時間は累計で4万秒を超えるという。これは新型エンジンの燃焼試験の時間としては十分な数字である。最終的に完成したYF-100は、海面上推力1200kN、真空中推力1340kNで、比推力は海面上で300秒、真空中で335秒という性能をもつとされる。これはソ連が開発した世界最高性能のエンジン「RD-170」や「NK-33」よりは若干劣るものの、かなり高い性能である。また推力を65%から100%で可変できる、スロットリング能力ももっているという。ただ、65%から100%の間を連続的に変えられるのか、あるいはあらかじめ設定した作動点のみなのかは不明である。長征六号の第2段のYF-115もまた同様に、液体酸素とケロシンを使う、酸素リッチの二段燃焼サイクルを採用している。YF-100とは姉妹のような関係で、ほぼ同時期に並行して開発されたようだ。YF-115のほうが造りやすいため、おそらくYF-100の開発に向けた習作という意味合いもあったのかもしれない。構想から数えると20年以上、実質的な開発開始から数えても10年以上の歳月をかけ、中国はついに、酸化剤リッチ二段燃焼サイクルのケロシン・エンジンの実用化に成功した。そして今回の長征六号の打ち上げ成功で、YF-100は実際の飛行にも耐えられることも証明された。これにより、同じエンジンを使用する長征七号と長征五号の打ち上げへの関門も、またひとつ開かれたことになる。何より、米国ですら一度は音を上げたエンジンの開発に成功したことは、この分野に限ったことではあるが、しかし確実に、中国が米国に一歩先んじたことを意味する。また、ロシアにしか存在しなかったロケット・エンジンの技術が、中国に受け継がれ、独自の進化を遂げたことは、世界のロケット開発史にとっても大きな意味をもつ。なお余談だが、米国では現在、ケロシンではないものの、同じ炭化水素系のメタンを燃料とする酸化剤リッチ二段燃焼サイクルのエンジンの開発が進んでいる。また、フル・フロウ二段燃焼サイクルという、通常の二段燃焼サイクルよりももっと効率の良い、しかし難しい仕組みのエンジンの開発も進んでいる。さらに、RD-120系の技術は、ウクライナを経て、インドにも渡ろうとしている。現時点ではまだ、中国が成し遂げた成果は際立って見えるものの、そう遠くないうちに、酸化剤リッチ二段燃焼サイクルのケロシン・エンジンの技術は、ロケットの世界ではごくありふれたものになるかもしれない。***かくして開発されたYF-100だが、長征六号の開発は、次世代長征のもうひとつの肝である、モジュール化でさらに難航することになる。【脚注】*1 正確には、超臨界という液体でも気体でもない状態にある。(続く)
2015年10月27日ミキオサカベ(MIKIO SAKABE)とジェニーファックス(Jenny Fax)が10月31日、11月1日に東京・原宿のロケット(ROCKET)で16SSコレクションの受注会を開催する。10月17日にラフォーレミュージアム原宿にて初の合同ショーを行ったミキオサカベとジェニーファックス。今回行われる初の個人受注会では、ファッションショーで打ち出されたイメージやショーピースなどを展示する他、ウェアラブルなアイテムも用意した。新作コレクションの全ピースを一堂に見ることの出来る貴重な機会となっている。【イベント情報】「MIKIO SAKABE & Jenny Fax 2016ss collection showroom『Mr.&Mrs. WHITE』」会場:ロケット住所:東京都渋谷区神宮前6-9-6会期:10月31日、11月1日時間:12:00~20:00
2015年10月22日2015年11月24日に打ち上げが予定されているH-IIAロケット29号機には、「高度化」と呼ばれる改良が初めて施されている。この高度化により、これまでH-IIAが抱えていた問題が解決され、世界のロケットとほぼ同じ地位に立つことができるようになった。連載の第1回では、従来のH-IIAが抱えていた問題について紹介した。第2回では、その問題を解決する代表的な3つの方法と、そして高度化が選ばれた理由について紹介した。第3回となる今回は、高度化で開発された技術と、今後の展望について紹介したい。○高度化で使われている技術第2回で触れたように、H-IIAで世界標準の静止トランスファー軌道に衛星を打ち上げられるようにするためには、ロケットの第2段機体をより長時間宇宙を飛行できるようにし、またロケット・エンジンの着火と停止が繰り返しできるようにしなければならない。具体的には、従来の第2段は7200秒(2時間)しか飛行できなかったが、これを最大2万秒(5時間半)まで延ばし、そしてエンジンの着火と停止の回数は1回増え、計3回の着火と停止に耐えられるようにしなければならない。それらを実現するために、高度化H-IIAでは、次のような改良が加えられている。白くなったタンク高度化が施されたH-IIAを見て、まず目に留まるのは、第2段の液体水素が入った燃料タンクが、白く塗られていることだろう。通常、この部分は断熱材の地の色である黄土色だった。液体水素は放っておくとどんどん気体になってしまうため、長時間宇宙で運用するには、これを少しでも防がなくてはならない。そこで高度化では、タンクを白く塗り、太陽光を反射させることによって、温度が上がり過ぎないようにするという対策が採られている。なお、この白い塗料は、従来見えていた黄土色の断熱材の上に塗っているため、その分第2段自体の質量は増えているが、その増えた分が具体的にどれぐらいなのかは答えられないとのことだった。この白く塗られた第2段は、2013年に打ち上げられたH-IIA 21号機で実際に飛行し、試験がおこなわれ、その結果液体水素の蒸発量が予想通りだったことが確認されている。また、2014年の「はやぶさ2」の打ち上げでも使われており、後述の他の改良点と合わせ、5000秒の飛行に成功している。熱制御とバーベキュー・ロール太陽光による温度上昇は、燃料だけではなく搭載機器にも影響する。もし、ある一面にのみ太陽光が当たり続けた状態で長時間飛行すると、温度変化に耐えられなくなった機器が故障してしまう。そこで高度化では、第2段をロール軸(機軸)周りにゆっくりと回転させ、機体の側面にまんべんなく太陽光が当たるようにして飛行する機能が追加されている。こうした、機体を回転させて熱を制御する技術は多くのロケットや衛星でも採用されており、ちょうどバーベキューで串に刺さったお肉を、焦げないように回しながら焼く様子に似ていることから、一般的に「バーベキュー・ロール」や「バーベキュー・マニューヴァー」と呼ばれている。また、逆に太陽光の当たらない部分はとても冷えてしまうため、ヒーターも新たに搭載されている。蒸発する水素を使った小型スラスターところで、いくらタンクを白く塗っても、液体水素が蒸発することを完全に防ぐことはできない。そこで高度化では、この蒸発した水素をロケットの下部から噴射し、ロケットに若干の加速度を与える機能が追加された。無重量状態では、液体は常に「ちゃぷちゃぷ」、あるいは「ふわふわ」といった感じの、なんともいえない動きをする。そのままの状態でエンジンを動かそうとすると、推進剤を正常に送り込めず、エンジンが動かないか、壊れることもある。そのため、ロケットを少しだけ加速させ、液体をタンクの下側、つまりエンジンへ向けた出口があるところに向けて、押し付けてあげる必要がある。これまではヒドラジンという燃料を使う、小型の噴射装置(ガス・ジェット装置と呼ぶ)させておこなわれていたが、長時間航行し続けるためには、追加で燃焼を積まなくてはならず、質量が増えてしまう。そこで、軌道を航行している間は、蒸発した水素を噴射に使うガス・ジェット装置を搭載することで、ヒドラジンの搭載量を増やさずに、推進剤を押し付けられる時間を延ばすことができるようになった。トリクル予冷また酸化剤の液体酸素にも改良が加えられている。液体酸素はエンジンを燃やす際の酸化剤としてだけでなく、エンジンを再始動する際に、エンジンのターボ・ポンプを冷却する役目ももっている。冷却をしないと、温度が上がったターボ・ポンプによって推進剤が気体になってしまい、正常にエンジンへ送り込めなくなってしまう。これまでの第2段では、エンジン着火前に液体酸素を大量に流し込んで冷却していたが、それでは無駄が多い。そこで高度化では、少しずつ流すことで冷却する「トリクル予冷」という技術が使われる。これにより液体酸素の消費量を抑えつつ、十分な冷却を実現している。電子機器の改良ロケットの航行時間が延びると、当然コンピューターや通信機器などを動かすための電力も増える。そこで新たに、大容量のリチウムイオン電池が搭載されている。また、ロケットの第2段も高度3万5800kmまで飛行し、さらにそこでエンジンの噴射もおこなうことから、その様子を確認したり、指令を出したりといったことができるよう、長距離通信ができる装置が搭載された。第2段エンジンの再"々"着火とスロットリング技術これまでの打ち上げでは、第2段エンジンの「LE-5B」、もしくは「LE-5B-2」は、点火と停止を2回だけおこなえば良かったが、高度化によって遠地点でもう1回噴射するため、合計3回の点火と停止をおこなう必要がある。ただ、LE-5Bは設計時点から再々着火ができるように造られており、これまでの打ち上げの中で実証試験もおこなわれている。したがって、高度化ならではの改良というわけではなく、隠されていた本領がついに発揮される形になる。また、第3回の噴射時には、エンジンの推力を60%ぐらいにまで絞った状態の、弱い推力で噴射される。これは、第3回の噴射で必要な増速量が秒速300mと小さいため、最大パワーで動かすと軌道投入精度が落ちてしまうことから、パワーを抑え、その分燃焼時間を長くすることで、必要な増速量と十分な精度の両方を確保するようにしたためである。実は、この推力を変えられる能力も元からLE-5Bに備わっていたもので、2002年のH-IIA試験機2号機の打ち上げ時に実験もおこなわれている。ただ、今回高度化で実際に使うにあたり、あらためて開発がおこなわれ、また地上での試験もおこなわれている。さらに、再々着火ができることで、たとえば2機の衛星を同時に打ち上げて、それぞれを高度の異なる軌道に投入するといったことも可能だ。こうした技術はすでにロシアなどで実用化されており、日本も同じ芸当をおこなうことができるようになる。○使いやすく、やさしいロケットにするための改良高度化ではまた、打ち上げ能力を上げるだけでなく、使いやすく、また搭載する人工衛星にとってやさしいロケットにするための改良もおこなわれている。ひとつは、ロケットが自律して、安全に飛行できるようにすることだ。これまでは地上にあるレーダーを使って追尾し、ロケットの飛行を見守っていたが、高度化では新たに、ロケットに飛行安全用の航法センサーが搭載される。これにより、地上のレーダーが不要になり、地上設備の簡素化、そして作業員の少人数化やコストダウンにもつながる。この改良は、今回の29号機で初めての技術実証がおこなわれることになっており、また今後も何度か試験を繰り返した後に、正式採用される予定となっている。もうひとつは、ロケットから衛星を分離する際の衝撃を小さくするための改良である。これまでは火工品と呼ばれる、火薬を使った部品を使って、ロケットと衛星との結合部分を分離させていた。しかしこれでは衛星にかかる衝撃が大きくなってしまうため、火工品を使わない、機械式の分離機構が開発された。ただ、この改良点については、今回の29号機の打ち上げでは使われず、次の「ASTRO-H」の打ち上げで初めて実証がおこなわれる計画だという。これ以外の改良点は基本的に、静止衛星や、衛星の複数打ち上げ、また科学衛星などの特殊な軌道に打ち上げる場合にのみ役に立つ技術だが、この2点は、すべての衛星の打ち上げにとって役に立つ改良となる。(後編に続く)
2015年10月02日「半沢直樹」「ルーズベルト・ゲーム」など、大ヒットを記録したドラマ化作品が相次ぐ池井戸潤原作となる10月スタートの日曜劇場「下町ロケット」に、今田耕司の出演が決定した。「池井戸潤氏絶対の代表作」とも評される直木賞受賞作が原作の本ドラマ。すでにキャストには、父親が遺した「佃製作所」の二代目所長となった主人公・佃航平役に『エヴェレスト 神々の山嶺』の公開を控える阿部寛、その娘である利菜役を『orange』の土屋太鳳と、豪華出演陣が発表されているが、このほど追加キャストとして今田さんの出演が決定。今田さんは、フジテレビ系「シバトラ~童顔刑事・柴田竹虎~」以来7年ぶりの連続ドラマ出演となる。本ドラマは、10月3日(土)から朝日新聞にて連載スタートする「下町ロケット2」と同時進行でドラマが進行していくという仕組みになっており、今田さんは後半パートの「ガウディ計画篇」にて重要な役どころを演じることが決定している。今田さんは今回の出演決定に際して、「このチームの作るドラマのファンだったので、参加できてとても光栄です。嫁探しは来年に回します」と、ドラマへの意気込みを語ると同時に、先日、結婚報道があった芸人の千原ジュニアを意識したコメント。プロフーサーの伊與田英徳氏は「役に関しては、後半の内容をお伝えできないのでまだ公表できませんが、キーになる重要な役どころです。どんな演技をしていただけるのか今から楽しみです」と期待のコメントを寄せた。「下町ロケット2」では、ロケットで培った佃製作所の技術が、最先端の医療技術に転用されるというストーリーであり、今田さんは医者として登場するのか、もしくは技術者として登場するのかも注目だ。今田さんの熱演と続報に期待したい。日曜劇場「下町ロケット」は、TBSにて10月18日(日)21:00より放送。(text:cinemacafe.net)
2015年10月01日2015年11月24日に打ち上げが予定されているH-IIAロケット29号機には、「高度化」と呼ばれる改良が初めて施されている。この高度化により、これまでH-IIAが抱えていた問題のひとつが解決され、世界の他のロケットと、ほぼ同じ地位に立つことができるようになった。連載の第1回では、従来のH-IIAが抱えていた問題について紹介した。第2回となる今回は、その問題を解決する代表的な3つの方法と、その中から高度化で採用された方法が選ばれた理由について紹介したい。○格差を埋める3つのやりかた前回触れたように、H-IIAは静止衛星を打ち上げる際、世界の他のロケットと比べると条件の悪い静止トランスファー軌道にしか投入できないという問題を抱えている。そのため、静止軌道へ乗り移るのに必要な衛星側の負担がより大きくなってしまっており、H-IIAが商業打ち上げ市場で苦戦している理由のひとつとなっていた。H-IIAが世界水準のロケットになるためには、どうにかしてこの世界との格差を埋めなくてはならない。そのためには大きく3つの方法がある。そもそも赤道直下から打ち上げる1つ目は「ロケット発射場を赤道近くに造る」ことである。種子島宇宙センターから打ち上げられた衛星が、静止軌道から大きく傾いた静止トランスファー軌道に入ってしまうのは、種子島が北緯30度にあるためである。そこで、そもそも最初から赤道近くからロケットを打ち上げれば、その傾きは最初から静止軌道とほぼ同じになるため、傾きを修正するために必要や増速量が減らせるということになる。この方法は、欧州の「アリアン」ロケットと、国際合弁企業のシー・ローンチ社の「ジニート」ロケットなどで採用されている。アリアンは赤道に近い、南米のギアナに発射場がある。ジニートはウクライナとロシアのロケットだが、大きな船の上に発射台を造り、赤道直下の太平洋上までロケットを運んで、そこから打ち上げている。しかし、アリアンの場合は、ギアナがフランス領だからできることであり、日本が同じことをするのは難しい。ちなみに、かつて日本は1990年代に、南太平洋にあるキリバス共和国の東端にあるクリスマス島の土地を借り、ロケット発射場を造る検討をおこなったことがある。クリスマス島には当時からロケットの追跡局が設けられていたが(現在も使われている)、これを拡大し、ロケットの打ち上げや、当時計画されていた日本版スペース・シャトル「HOME-X」の着陸場所として使おうとしたのである。2000年には島の南半分を借りる契約が交わされ、波止場の新設、道路や空港の補修工事がおこなわれた。しかし、その後HOPE-Xが計画中止になったことで、現在では土地貸借契約も解消されている。もし、クリスマス島にロケットの打ち上げ場所を新たに建設するとなると、たとえば日本で製造したロケットを運ぶのにお金がかかり、かといって現地に工場を造るのも大変である。作業員の移動や滞在にもコストがかかる。それに見合うだけの需要があれば良いが、当時も今も見込めないため、実現には至っていない。またジニートのように船から打ち上げるとなると、たとえば推進剤の貯蔵、運搬をどうするかといった問題や、ロケットや衛星に問題が起きたときに対処できる範囲が小さくなり、事と次第によっては港に逆戻りしなければならなくなる。また塩害への対策なども必要になり、運用が難しくなるという問題がある。両案とも、日本がやるのは不可能というわけではないが、今のところは実現性に乏しい。スーパーシンクロナス・トランスファー軌道2つ目は「もっと地球から遠く離れる軌道に衛星を乗せる」ということである。通常の静止トランスファー軌道は、遠地点高度が静止軌道と同じ約3万5800kmだが、ロケットのエンジン噴射をさらに続け、これをもっと上げ、6万kmや10万kmといった、ぐんと高い軌道に衛星を乗せる。すると、遠地点で衛星がもつ運動エネルギーの多くが位置エネルギーに変換されるため、軌道傾斜角の変更が、通常の静止トランスファー軌道からおこなうよりも少ない燃料でできるようになる。最終的に遠地点高度を静止軌道と同じ高さまで下げる必要はあるものの、トータルで見ると燃料の消費量は少なく済む。こうした軌道のことを「スーパーシンクロナス・トランスファー軌道」と呼ぶ。世界的に見れば、赤道の近くに発射場をもっている国のほうが少ないため、種子島と同様、あるいはさらに北に発射場をもつ米国やロシアのロケットは、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道への打ち上げをたびたび行っている。しかし、この方法はロケット側の負担が大きくなるため、その分打ち上げ能力が落ちてしまうという代償を伴う。現行のH-IIAでも、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道への打ち上げは可能で、その際に必要な残りの増速量を世界標準の秒速1500mに合わせることもできるが、その場合SRB-Aを4基装着する最強の204型でも、打ち上げ能力が2トン強にまで下がってしまう。現在、多くの静止衛星は4トン以上あるため、これではあまり役に立たない。また、衛星の最大到達高度が非常に高くなることで、ロケットや衛星の追跡や通信が難しくなり、運用が大変になるという問題も新たに生まれることになる。○大きな荷物を玄関先から部屋の中までそして3つ目、またH-IIA高度化で採用された方法が、ロケットの第2段機体を使い、これまで衛星が負担していた分のエンジン噴射を肩代わりするというものである。第1回で触れたように、静止衛星が静止トランスファー軌道から静止軌道に乗り移るためには、遠地点でエンジンを噴射して近地点高度を上げ、そして軌道傾斜角を赤道上と同じ0度に変更する必要がある。そこでもし、ロケット側がその噴射のいくらか肩代わりすることができたならば、その分衛星の負担を軽くすることができる。これが高度化の考え方である。例えるなら、今まで大型家具のような大きな荷物を注文しても、玄関先までしか届けてくれなかったけれども、それが部屋の中まで運んでくれるようになる、といった感じだろうか。組み立てや設置はこれまで通り自分でやらなければならないものの、全体的な負担はかなり軽減される。同様の打ち上げ方法は、ロシアや米国、中国のロケットでも採用されている。特にロシアのロケットは、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道と組み合わせることでより衛星の負担を小さくすることができ、また3.3トン以下の衛星に限られるものの、静止軌道に衛星を直接投入することもできる。H-IIAの場合、これまでは遠地点高度が静止軌道と同じ約3万5800kmに達したところで衛星を分離していたが、高度化ではこの時点では分離せず、そのまま衛星といっしょに慣性飛行し、軌道を約半周する(この慣性飛行の間を「ロング・コースト」と呼ぶ)。そして軌道の遠地点に達したところでまたエンジンを噴射し、軌道傾斜角を変え、同時に近地点高度を上げてから、衛星を分離する。これにより、分離後の衛星はアリアン5などで打ち上げられた場合と同じ、秒速1500m分の増速量だけで静止軌道にたどり着けるようになる。もちろん、この場合でも代償として打ち上げ能力は落ちるものの、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道に打ち上げた場合ほどではなく、4.6トンから5トンほどまでに止まる。最近では6トンや7トンもある大型の静止衛星が出てきているため、少し心もとないが、中型の静止衛星の需要はまだ多い。だが、この打ち上げはロケットにとって大きな負担になる。軌道を半周するということは、ロケットの第2段機体はそれだけ長時間の宇宙航行に耐えなければならない。また、ロケット・エンジンの点火と停止を繰り返すのは難しく、たとえば無重量状態でタンクの中の推進剤がどういう動きをするのか、その動きをどうやれば制御でき、そしてどうやればエンジンに確実に送り込めるのか、といった知識や技術は、一朝一夕で得られるものではない。高度化が実現できた背景には、JAXAと三菱重工が長年、液体酸素と液体水素を使うロケットを運用し続けてきたことによるノウハウの蓄積がある。まさに日本の液体ロケット技術の集大成と言えよう。では、高度化を実現するために、H-IIAにはどんな改良が加えられたのだろうか。(続く)
2015年10月01日モバイル管制、人工知能、そして日本の固体ロケットの良き伝統――。さまざまな話題と共に、「イプシロン」ロケットの1号機が打ち上げられたのは、今からちょうど2年前の、2013年9月14日のことだった。大勢の人々に見守られながら、内之浦宇宙空間観測所を離昇したイプシロンは、搭載していた衛星「SPRINT-A」(のちに「ひさき」と命名)を無事に予定通りの軌道に乗せ、華々しいデビューを飾った。そして現在、この1号機より能力を高めた「強化型イプシロン」の開発が進んでいる。この「強化型」で、イプシロンはどのように変わるのだろうか。連載の第1回では、イプシロンが先代のM-Vロケットからどう変わることを目指して開発されたのかについて紹介した。第2回では「強化型」でイプシロンはどう変わるのかについて紹介した。最終回となる今回は、強化型の次に予定されている「イプシロン最終形態」の検討と、そしてイプシロンが真にロケットとして成功するために必要な条件について見ていきたい。○イプシロン最終形態イプシロンの高性能化、低コスト化に向けて、段階的に改良が行われていくということは第2回で触れたが、それでは「強化型」の次、最終的な真の姿はどうなるのだろうか。現在はまだ決まっていないが、いくつかの検討が進められている。なお、JAXAはこの機体を「イプシロン最終形態」、もしくは「進化型イプシロン」と呼んでいる。その検討例の一部が、『ISASニュース 2014年7月号』で紹介されている。たとえば「例1」(中央)は、当初計画されていた「E-1」に近い。「例2」(右から2番目)は機体のすべてが大きくなり、M-Vロケットに近い規模になる。「例3」(一番右)は少し冗談のような形をしているが、まず両脇のブースターだけで離昇し、燃焼を終え、分離されると同時に、中央のモーターに点火するという飛行シーケンスを取るという。この検討例は、右に行くほど打ち上げ能力が大きくなる。たとえば「例3」であれば、小惑星探査機「はやぶさ」が打ち上げられた軌道に向けて、800kg以上の探査機を打ち上げることも可能になる。「はやぶさ」の打ち上げ時の質量は510kgだったから、それと比べるとはるかに大きな探査機を打ち上げることができるわけだ。さらに、2014年8月に開催された『28th Annual AIAA/USU Conference on Small Satellites』の発表では、ブースターを3基、4基もつ案も示されている。ただ、2015年1月に発表された、新しい宇宙基本計画の工程表によると、中型(「はやぶさ」などと同クラス、あるいはそれよりも大きな規模)の科学衛星については「H3」ロケットを使用することとし、イプシロンは「公募型小型」と、さらにそれよりも小さい規模の「革新的衛星技術実証」といった、小型の衛星の打ち上げに使用されることとなった。したがって、「例3」ほどの規模にまで進化する可能性はあまりないかもしれない。現在のところ、この最終形態は、2016年度内に開発に着手し、2020年代初頭に打ち上げることを目標にしているという。○H3ロケットとイプシロンイプシロンの今後について忘れてはならないのが、H3ロケットの関係である。現在のイプシロンは、第1段にH-IIAロケットの固体ロケット・ブースター(SRB-A)を流用している。このことはSRB-Aの量産数を増やすことになるため、低コスト化を裏打ちする要素のひとつにもなっていた。だが、すでに周知の通り、H-IIAロケットは2020年代の前半に運用を終え、後継のH3ロケットに切り替わることが計画されている。H3では固体ロケット・ブースターも変わり、現在のSRB-Aではなくなるため、イプシロンのためにSRB-Aを製造し続けるか、あるいはH3のブースターと共通できるように設計を変えるかを選ばなくてはならなくなった。これについて、どちらが得策かの検討が行われ、最終的に後者が選ばれた。文部科学省によると、「新型基幹ロケットの固体ロケットブースタを、イプシロンの1段モータと共用せず、現行のH-IIA/Bロケットの固体ロケットブースタを継続使用とする場合、イプシロンの専用部品として製造することになる部品単価の高騰による機体コストの大幅な上昇に加え、製造治工具についても専用品となることで、共用する場合に比べて維持コストの増加が甚だしく、固体ロケット技術の維持の観点からも非効率になると見込まれる」としている。なお、2013年ごろにも「新型基幹ロケットの固体ロケット・ブースターと、イプシロンの第2段とを共通化する」という話が出たことがある。イプシロンの第2段、というのが少し奇妙に思えるが、これは当時、新型基幹ロケットのブースターがSRB-Aよりも小さくなることが検討されていたためである。その後、検討が進められる中で、H-IIAのSRB-Aと同じ規模、すなわち現在のイプシロンの第1段と同じ規模になったことで、この話は幻となった。ただ、いくらSRB-Aと同規模とはいえ設計は変わるため、イプシロンの第1段として使うには改修が必要となる。特に、SRB-Aにはあったノズルを動かして方向を制御する機構が、H3用のブースターではなくなることになったため、イプシロンのために新しい制御機能を開発しなくてはならない。また、H3のブースターはまだ設計が固まったわけではないので、今後検討や開発が進められる中で計画の変更などがあれば、その影響を大きく受けることになる。たとえば、もしブースターのサイズが再び小さくなることがあれば、第1段ではなく第2段と共有するという案が復活する可能性もある。また燃焼パターン(どのようにしてモーターを燃焼させるか)に変化が出れば、SRB-Aを第1段に使う場合と比べ、打ち上げ能力が多少変化することもあるだろう。(編注:2015年6月発表の資料ではH3と固体ロケットブースターを共有化することで600kg級の打ち上げ能力とする方針を打ち出している。)実質的に主導権をH3が握っている状態で開発を進め、さらにH-IIA/BからH3に切り替わるのと同じタイミングで、イプシロンもH3のブースターに対応したヴァージョンに切り替わらなければならないことは、開発する側にとっては大きな負担になり、その性能や、また最終形態の検討などにも影響が出る可能性がある。○打ち上げ数をどう確保するかH3のブースターを使ったイプシロンや、最終形態が完成したとして、次に目指すべきなのは、安定した数を継続して打ち上げることだろう。特に、当初目標とされた、1機あたり30億円前後という打ち上げコストを実現するには、とにかく数多く量産し、打ち上げなくてはならない。しかし、小型の科学衛星については2年に1回、またさらに小さな規模の革新的衛星技術実証プログラムも2年に1回ほどの頻度しか計画されておらず、これでは少ない。特に革新的衛星技術実証プログラムは、1回の打ち上げで超小型衛星を複数搭載することも考えられているため、純粋に1回につきイプシロン1機を使うということにはならない。小型科学衛星と革新的衛星技術実証プログラムとは別に、2016年度には経済産業省の小型地球観測衛星「ASNARO-2」、さらにその後には、ヴェトナムの小型地球観測衛星「LOTUSAT1」と「LOTUSAT2」の打ち上げも計画されている。LOTUSATはASNARO-2の同型機で、日本がヴェトナムに対して行う円借款によって造られる。ただ、それでも合計3機で、また毎年発生する需要でもないため、打ち上げ数が不足することには変わりない。小型の科学衛星の数が増えたり、ヴェトナムがさらに10機や20機とASNAROを発注してくれれば話は別だが、そんなことは望むべくもない。したがって、ASNAROシリーズを商業衛星として広く展開し、他国や国内外の企業に売り込んでいき、またヴェトナムのような例をさらに別の国でも作り出していく必要がある。さらに、ASNAROとは別の、他の小型衛星の打ち上げも受注できるようにしなければならないだろう。だが、小型衛星がブームと言われたのも今は昔、すでにそのブームは過ぎつつある。米国の小型ロケットも、最近ではNASAや軍関係の小型衛星の打ち上げばかりで、商業衛星の打ち上げはほとんどない。商業ロケットの雄と称されているスペースX社も、かつては「ファルコン1e」という小型ロケットの開発計画をもっていたが、需要なしと判断され、中止されている。もちろん小型衛星の需要がゼロになったわけではなく、また今後盛り返す可能性もないわけではない。しかし、現在ある需要は、インドの「PSLV」ロケットや、ロシアの「ドニェープル」ロケットがそのシェアの大半を握っており、最近では欧州の「ヴェガ」ロケットも登場した。これらはいずれもイプシロンの2倍以上の打ち上げ能力をもつ中型ロケットだが、主となる衛星を2機同時、あるいは複数の超小型衛星と同時に打ち上げるといった方法で、イプシロンがターゲットにしているクラスの衛星打ち上げを行っている。また、今後数年のうちには、中国や韓国も小型、中型ロケットを送り出してくる予定となっている。米国やロシアなどでは、小型ロケットを開発している企業もいくつか出てきている。イプシロンの打ち上げ数を増やすためには、すでに他のロケットがもっているシェアを奪い、そして今後出てくる新しいロケットをも跳ね除け、さらに衛星とのセット販売などで、新しい顧客を開拓していかなければならない。イプシロンの将来は、商業ロケットとして成功できるかどうかにかかっている。
2015年09月18日モバイル管制、人工知能、そして日本の固体ロケットの良き伝統——。さまざまな話題と共に、「イプシロン」ロケットの1号機が打ち上げられたのは、今からちょうど2年前の、2013年9月14日のことだった。大勢の人々に見守られながら、内之浦宇宙空間観測所を離昇したイプシロンは、搭載していた衛星「SPRINT-A」(のちに「ひさき」と命名)を無事に予定どおりの軌道に乗せ、華々しいデビューを飾った。そして現在、この1号機より能力を高めた「強化型イプシロン」の開発が進んでいる。この「強化型」で、イプシロンはどのように変わるのだろうか。連載の第1回では、イプシロンが先代のM-Vロケットからどう変わることを目指して開発されたのかについて紹介した。第2回となる今回は、いよいよ本題となる「強化型」でイプシロンはどう変わるのかということについて見ていきたい。○あくまで試験機だった1号機2010年から開発が始まり、その後わずか3年で開発された「イプシロン」は、こうして無事に初打ち上げを迎えた。しかし、これでロケットとして完成したわけではなかった。もともとJAXAでは、段階を踏んで開発し、徐々に当初の目標に近付けていくという方法を採っていた。まず自己診断機能やモバイル管制といった新しい技術を実証を行う試験機の「E-X」を開発し、続いて高性能化と低コスト化を狙った試験機「E-I´」(イー・ワン・ダッシュ)を開発、そして最終的にその高性能化と低コスト化を実現させた完成形「E-I」(イー・ワン)を開発するという流れである。当初の計画では、2014年9月に打ち上げられた1号機がE-X、続く2号機と3号機がE-I´、そして4号機以降がE-Iになるとされていた。E-Iがどういう形態のロケットになるかは、さまざまな検討がされていたが、おおむねE-Xよりも打ち上げ能力は大きくなり、一方でコストは低くなると見積もられていた。たとえばE-Xでは、地球低軌道へは1200kg、地球観測衛星などが多く打ち上げられる太陽同期軌道へは450kgの打ち上げ能力をもっている。打ち上げコストは約38億円だった。しかしE-Iでは、地球低軌道へは最大1800kgほど、太陽同期軌道へは最大で750kgの打ち上げ能力をもち、コストは30億円前後にまで下がるとされた。○2号機対応と高度化ただ、最近発表される資料などでは、E-X、E-I´、E-Iといった呼び名は使われなくなっている。その代わりに「イプシロン2号機対応開発」と「イプシロン高度化開発」といった言葉が使われるようになった。「2号機対応開発」は2012年度から始まったもので、イプシロンの2号機で打ち上げられる「ジオスペース探査衛星」(ERG)に対応するための改良のことである。ERGがイプシロンの2号機で打ち上げられるということは、ずいぶん前から決まっていたが、同時に試験機(E-X)と同じ能力ではERGが打ち上げられないこともわかっていた。そこで、ERGのために打ち上げ能力を上げるための開発が行われることになったのである。もうひとつの「高度化開発」は2014年度から始まったもので、E-Xから打ち上げ能力を向上させると共に、衛星フェアリングの内部を広くし、より大きなサイズの衛星も搭載できようにするなど、さまざまな改良を加える開発のことである。これは主に、経済産業省が開発している小型のレーダー衛星「ASNARO-2」に合わせたもので、ASNARO-2も試験機の能力では打ち上げられず、またフェアリング内部に収めることすらできないため、その対応のために開発が必要となった。イプシロンにとっては、科学衛星だけでなく、ASNARO衛星も主要な「お客さま」になることが予定されているため、この対応は必要不可欠なものだった。また、ASNARO-2の打ち上げに対応できれば、他の小型衛星の打ち上げも可能であることが確認できているという。2号機対応開発と高度化開発は、「打ち上げ能力の向上」という点で被っているようにも思えるが、事実そのとおりで、「2号機対応開発の打ち上げ能力向上は、3号機以降にも適用する」とされていた。一方で、高度化に含まれる、衛星フェアリングの内部を広くするといったのいくつかの改良点については、ERGの打ち上げでは必要なかったことや、またERGの打ち上げが2015年度中に予定されていたため、高度化開発の完成が間に合わないという事情もあり、両者はこのように別のプロジェクトとして進められていた。ところが2014年8月27日に、JAXAは「ERGの開発中に、事前に予見していなかった技術的課題が発生し、その解決のために、打ち上げ時期を2016年に延期する」と発表する。さらに打ち上げ時期の見直しと共に、ERGの軌道の要求も変わったことで、打ち上げ能力をさらに上げる必要が生じた。そこで高度化開発の内容もイプシロンの2号機から適用されることになった。そして2号機対応開発と高度化開発を合わせ、ひとつのプロジェクトにすることが決定され、2014年10月、新たに「強化型イプシロン・ロケット・プロジェクト」が立ち上げられた。○強化型イプシロン強化型イプシロンが完成すれば、打ち上げ能力が増え、たとえば高度500kmの太陽同期軌道への打ち上げ能力は、試験機の450kgから590kgへとなる。また衛星フェアリング内の広さも増える、これによりERGやASNARO-2を打ち上げることが可能になる。もう少し細かく見ていくと、まず目立つ変化としては、全長が24.2mから26.0mへと少し伸びることが挙げられるだろう。特に、第2段機体のある部分の印象はずいぶん違うはずだ。第1回で触れたように、試験機の第2段機体にはM‐Vロケットの第3段機体を改良したものが用いられたが、第1段(H-IIAロケットのSRB-A)よりも直径が小さいため、衛星フェアリングの内部に収められていた。試験機の写真を見ると、SRB-Aの第1段のすぐ上に、衛星フェアリングが載っていることがわかる。この中に第2段、第3段、そしてPBSと衛星がすべて入っていたのだ。しかし強化型では、2段機体の直径を太くし、フェアリングの外部に出すことでフェアリング内部の広さを拡大させると共に、第2段の推進薬量も増加させる、「2段エクスポーズ化」という改良が行われる。もちろん改良点はそこだけではない。たとえば第3段の機器が搭載されている部分の構造が軽量化され、さらに使用する部品も簡素化されるなど、細かい部分も含めると、とてもここでは取り上げきれないほど数多くの改良が各所に施される。これにより打ち上げ能力の向上と、フェアリング内部の拡大の両方が実現する。また衛星を分離する際の衝撃も小さくなり、衛星にとって乗り心地が良くなる他、内之浦でのロケット組み立て作業や、打ち上げに向けた準備作業などにも手が加えられ、作業時間の短縮や、低コスト化につながるとされる。強化型の開発は順調に進んでおり、JAXAは2015年8月6日、2015年3月末に上段のサブサイズ・モーター(実機よりも小さな試験用のモーター)の地上燃焼試験が実施され、計画どおり終了したこと、そして6月18日にはJAXA相模原キャンパスで衛星分離試験が行なわれ、分離時に発生する衝撃や衛星分離挙動が確かめられたことなどを明らかにしている。このまま開発が順調に進めば、強化型イプシロンの1号機は2016年度に、ERGを積んで打ち上げられる予定となっている。また同年度中にはASNARO-2の打ち上げも計画されている。ただ、この強化型イプシロンは、あくまでASNARO-2など、当面の小型衛星の打ち上げ需要に対応するための、喫緊の技術課題を解決するための開発であり、E-I´として呼ばれていたものに近く、まだ完成形——いわゆる「E-I」——ではない。現在のところ、完成形のイプシロン(ISASは「最終形態」と呼ぶ)の姿はまだ決まっていない。そして、さらにこの先、イプシロンには大きな壁が待ち構えている。(続く)
2015年09月16日●いざ復活へ - 打ち上げ再開と待ち受ける難関2015年5月16日、カザフスタン共和国のバイカヌール宇宙基地から打ち上げられたロシアの「プロトーンM」ロケットが打ち上げに失敗し、搭載していたメキシコ合衆国の通信衛星「メクスサット1」と共に失われた。プラトーン・ロケットは、ロシアにとって大型衛星を打ち上げられるほぼ唯一のロケットで、また世界的な人工衛星の商業打ち上げ市場においても高い存在感を放ち、さらに国際宇宙ステーションの建設でも活躍するなど、ロシアの宇宙産業がもつ技術の高さの象徴でもあった。しかしここ数年は打ち上げ失敗が相次いでおり、今や斜陽化の象徴と化してしまっている。本シリーズの初回では打ち上げ失敗の概要について紹介、また前々回は、プラトーンがどのようなロケットなのかについて紹介した。そして前回は、5月29日にロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)から発表された、今回の事故調査結果について見た。第4回となる今回は、いよいよ発表されたプラトーンMの打ち上げ再開の計画と、プラトーンMの今後について見ていきたい。○8月28日に打ち上げ再開へロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)は7月29日、プラトーンMロケットの打ち上げ再開日を8月28日に設定したと発表した。5月29日に事故原因が発表された後も、ロスコースマスや、ロケットを開発したGKNPTsフルーニチェフ社ではさらに調査が続けられ、また事故の再発防止に向けた、問題箇所の設計や素材の変更、そしてその評価などが続けられていた。そしてロスコースマスはそれらを踏まえた上で、打ち上げ再開の向けた計画を承認した。またプラトーンMの商業打ち上げサーヴィスを担っているインターナショナル・ローンチ・サーヴィシズ社も、この発表と同じ日に、独自の調査委員会による調査を終えて打ち上げ再開に向けた準備を開始すると発表した。この打ち上げ再開1号機では、英国インマルサット社の通信衛星「インマルサット5 F3」が搭載される。この打ち上げは、離昇から衛星分離まで15時間31分間もかかる長時間のミッションで、近地点高度(軌道の中で最も地球に近い点)が4341km、遠地点高度(最も遠い点)が6万5000km、軌道傾斜角(赤道からの傾き)が26.75度の、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道と呼ばれる軌道に衛星を投入する。8月25日の時点で、打ち上げ準備は順調に続いており、すでにロケットは発射台に設置された。打ち上げ日時は、カザフスタン時間8月28日17時44分(日本時間8月28日20時44分)に予定されている。この打ち上げに成功すれば、その後は9月から11月にかけて、プラトーンMの打ち上げが続々と行われる予定となっている。打ち上げ予定はまだ公式には発表されていないが、ロシアのインテルファークス紙は8月3日に、ロケット産業筋からの情報として、8月から11月までの間に、6機のプラトーンMが打ち上げられると報じている。記事によると、まず8月28日のインマルサット5 F3の打ち上げを皮切りに、9月14日に通信衛星「エクスプリェースAM8」を、10月6日に通信衛星「トルコサット4B」を、さらに10月中にロシア国防省の軍事衛星、そして11月中に通信衛星「ユーテルサット9B」と「エクスプリェースAMU-1」を打ち上げるという。また、この6機以外にも、12月にはインテルサット社の通信衛星の打ち上げが計画されている。当初、これらの衛星の打ち上げは、今年5月から8月にかけて行われるはずだったが、失敗のあおりを受けて延期されていた。1年間に数機しか打ち上げられない日本のロケットを見慣れていると、約3か月の間に6機が打ち上げられるというのは、かなり忙しいスケジュールのように思えるが、実のところプラトーンMの歴史の中でも相当な過密スケジュールだ。一番最近でも2000年にあったぐらいで、プラトーン・ロケットの運用が始まった1960年代から見ても、数えるほどしか例がない。少しでも遅れを回復しようという焦りが見える。さらに、これらの打ち上げのほとんどには、「ブリースM」という上段が使われるが、エクスプリェースAM8だけに限っては「ブロークDM-03」という上段が使われることになっている。この両者はまったく異なる機体で、ただでさえ忙しい中に、勝手が異なる2種類のロケットが入ってくることになる。2010年には、いつもと違う上段の打ち上げ準備において、作業員がいつもと同じように推進剤を入れたところ、規定値を超えて入れ過ぎてしまい、それが原因で打ち上げが失敗するという事故が起きており、やや不安なところではある。そしてさらに、2016年1月7日から27日の間には、欧州とロシアが共同で開発した火星探査機「エクソマーズ2016」の打ち上げも予定されている。もちろん失敗も許されないが、何よりも他の衛星と違い、火星探査機は地球と火星の軌道の都合上、打ち上げられるタイミングは約2年2カ月ごとにしか巡って来ず、何らかの理由で打ち上げが延び、2016年1月を逃すことも許されない。またエクソマーズ2016は、その2年後に打ち上げられる「エクソマーズ2018」で計画されている火星探査ローヴァーの技術実証も兼ねている。もし失敗や打ち上げ延期となれば、エクソマーズ2018の打ち上げ時期が遅れるだけはなく、計画そのものにも大きな影響が出るだろう。●失われつつあるロシアの宇宙開発技術○失われた信頼は取り戻せるかかつてのプラトーンMは、シリーズ通算で約400機も打ち上げられている実績と、それに裏打ちされた信頼性、またその強大な打ち上げ能力と、ブリースMという稀有な性能をもつ上段のおかげで、衛星打ち上げ市場の中で大きな存在感を示していた。何より、米国や日本の企業の衛星を打ち上げた実績があることがそれを証明している。だが、近年では目に見えて打ち上げ失敗が増えており、その信頼は失われつつある。たとえば2014年は8機中2機が、また2013年は10機中1機が、2012年は11機中2機が、墜落したり、目的の軌道へ衛星を投入できなかったりといった失敗を起こしている。プラトーンは年間10機前後という、他のロケットより比較的多く打ち上げられていることは考慮すべきではあるものの、それにしてもこうして連続しているというのは、明らかに異常だ。プラトーンMのライヴァルにあたる、あるロケットの関係者からは「誰が1年に1機落ちるようなロケットを使いたがるのか。もはやプラトーンに信頼性はない」という声を聞いている。なぜ、このようなことになってしまったのだろうか。その原因として挙げられるのは、ソヴィエト連邦崩壊後の混乱やロシア連邦の財政難による、技術者の頭脳流出や、経験者の不足、後継者の育成失敗などだろう。ロシアの宇宙開発におけるロケットや宇宙機の多くは、ソヴィエト連邦時代に開発された技術を受け継ぎ、少しずつ改良しながら維持されてきた。ロシア連邦が成立してから新しく造られたものは数少なく、そしてその数少ないもののうちいくつか、例えばブリースMや、最新鋭の偵察衛星「ピルソーナ」は、打ち上げ後に故障するといった問題を多く起こしている。そればかりか、プラトーンなど、過去に開発されたロケットや衛星の製造でも、指定された部品が使われていなかったり、部品を取り付ける向きを間違えたりといった理由で失敗や故障が起きてもいる。つまり、現在のロシアの宇宙開発には、新しいものを造り出す技術のみならず、すでに開発済みのものを正しく製造し続ける技術も失われつつあることがわかる。このような状況から立て直すのは至難の業となるだろう。現在ロシアでは、組織の再編などを手始めに、宇宙産業の改革が進められてはいるが、それが完了しても、すぐにロケットの成功率が上がるようなことは起きえず、ようやくスタートラインに立てるということにすぎない。ひとつ、明るい希望があるとすれば、それはプラトーンMが数年以内に引退し、「アンガラーA5」という新しいロケットと入れ替わるということだろう。アンガラーA5はプラトーンMと同等の打ち上げ性能を持っており、またロシアが建設中のヴァストーチュヌィ宇宙基地には、プラトーン・ロケット用の発射台は建設されず、正確な日付はまだ不明だが、今後5年から10年以内の間には完全に代替されることになるはずだ。一般的に、新しく造られたロケットは、最初の数機で失敗が起こりやすいが、これまでにアンガラーはシリーズを通して2機が試験飛行で打ち上げられ、2機とも成功している。多少荒療治にはなるだろうが、プラトーンからアンガラーへの世代交代を通じて、現場の技術者の世代交代も進み、ロケットの運用ノウハウの再構築ができれば、まずは大型ロケットから再興を果たせるかもしれない。
2015年08月26日2014年度から開発が始まった、新型基幹ロケット「H3」。2020年度に試験機1号機が打ち上げられる予定で、現在活躍中のH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機となることが計画されている。H3ロケットは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業とが共同で開発を行っており、2015年度からはロケットの基本設計が始まっている。また7月2日には、それまでの「新型基幹ロケット」という呼び名に代わり、ついに「H3」という正式名称が与えられるなど、徐々にその姿が明らかになりつつある。本連載では、H3の開発状況について、新しい情報などが発表され次第、その紹介や解説などを随時、お届けしていきたい。今回は、第2段と、固体ロケット・ブースターについて見ていきたい。一見すると、H-IIAやH-IIBからあまり変わっていないようにも見えるが、その実は大きな進化を遂げる。○第2段にはH-IIAのエンジンを改良、新型エンジンはおあずけH3の第2段には、H-IIAやH-IIBで使われているLE-5B-2を改良したエンジンが使われる。以前の検討では、第1段に新しく開発したロケット・エンジン「LE-9」を使うのと同様に、第2段には「LE-11」という新しいロケット・エンジンを使うことが計画されていた。LE-11はLE-9、またLE-5B-2と同様に、エキスパンダー・ブリード・サイクルを使うエンジンで、LE-5B-2よりさらに高性能なエンジンになる予定だった。しかし最終的には、LE-5B-2を改良したエンジンが使われることになった。岡田プロマネは「LE-11はパワフルなエンジンとして計画していました。しかし、我々にとって大事なのは『2020年にH3を実現させる』ということ。これまで日本では、新型の第1段エンジン(LE-9)と第2段エンジンを同時に開発するということはやったことがありません。そのチャレンジをしても良いのかと考え、今回は確実に開発できる『LE-5Bを改良する』という方法を選びました」と語った。LE-5B-2をH3で使うにあたっての改良点は、エンジンの寿命を延ばす「長寿命化」にある。H3ではH-IIAよりも第2段機体が大きくなっており、その分タンクには多くの推進剤が入っていることから、H-IIAよりも長い時間、ロケット・エンジンを動かす必要があるためである。H-IIAの高度化の技術も継承また、現在開発中のH-IIAの第2段の「高度化」で培われる技術も受け継がれる。高度化とは、打ち上げ能力を向上させたり、振動や衝撃を小さくし、衛星への負担を低減したり、地上のレーダー局に頼らずに飛行できるようにし、地上インフラ設備を少なくしたりといった改良のことだ。詳しくは今後別の記事で触れるとして、このうち打ち上げ能力を向上させる改良について、軽く触れたい。たとえば、通信衛星のような静止衛星を打ち上げるときのことを考えると、現在のH-IIAの打ち上げ能力は世界標準からやや劣っている状態にある。多くの場合、静止軌道を積んだロケットは、最終的に静止衛星が運用される静止軌道の一歩手前の「静止トランスファー軌道」に衛星を投入する。一方、静止軌道は近地点高度(軌道の中で地表に最も近い点)と遠地点高度(軌道の中で地表から最も遠い点)が共に3万5800km、軌道傾斜角(赤道からの傾き)が0度のところにある。つまり静止トランスファー軌道から静止軌道へは、衛星側が持つエンジンを使って乗り移る必要がある。H-IIAは最大で6トンの静止衛星を静止トランスファー軌道に投入することができる。この数値自体は決して悪いわけではない。しかし、H-IIAの「静止トランスファー軌道に6トン」という打ち上げ能力は、厳密には“近地点高度が250km、軌道傾斜角が28.5度の”静止トランスファー軌道に6トン、という前提条件が付く。ここから衛星がエンジンを噴射し、静止軌道に乗り移るためには、秒速1830mほどの増速量が必要となる。ところが、商業衛星の打ち上げ市場の中で一番のシェアを握る欧州の「アリアン5 ECA」ロケットは、この増速量が秒速1500mほどで済んでしまうのだ。アリアン5の発射場はほぼ赤道直下にあることから、軌道傾斜角が静止軌道と同じ、ほぼ0度の静止トランスファー軌道へ打ち上げることができ、その結果、衛星側はほとんど高度を合わせるだけで済んでしまうためである。この格差を改善するために開発が始まったのが、H-IIAの高度化である。主にH-IIAの第2段を改良し、より長時間飛行できるようにし、そしてLE-5B-2を再々着火、つまり合計で3回、点火と停止を繰り返すことができるようにする。これにより、これまでは衛星側が負担せざるを得なかった増速量の一部を肩代わりできるようになる。その代償として、静止トランスファー軌道への打ち上げ能力は最大4.6トンまで落ちることにはなるが、アリアン5などとほぼ同等の条件の静止トランスファー軌道に、衛星を打ち上げることが可能となる。これにより、たとえばアリアン5で打ち上げることを想定して造られた衛星を、H-IIAで打ち上げることができるようになり、衛星の運用者にとって選択肢に入りやすくなるなど、H-IIAの国際競争力が強化される。実は、もともとLE-5BやLE-5B-2は、それが可能なだけの性能を持っていた。しかし、タンクや配管、バッテリーなど、機体側の制約によって、その能力のすべてを発揮することができず、これまでは宝の持ち腐れ状態となっていた。高度化の開発は2011年度から行われており、これまでに地上での試験だけではなく、実際の打ち上げの中でも試験や実証が行われている。たとえば2014年の小惑星探査機「はやぶさ2」の打ち上げでは、その技術の一部が先行的に使われている。高度化された第2段が本格的に投入されるのは、今年の秋ごろに打ち上げが予定されている、H-IIAロケット29号機からとなる。これらの開発で培われた技術はH3にも投じられることになっており、つまりH3もまた、世界標準とほぼ同じ条件で衛星を打ち上げられるということになる。振動環境も低減また「三菱重工技報 Vol.51 No.4 (2014)」によると、エンジンとタンクとの結合部も改良されるという。これにより、ロケットの振動が積み荷である人工衛星に与える影響の度合いが少なくなるとされる。振動環境については、現行のH-IIAやH-IIBで問題となり、対策が必要となったという経緯がある。そこでH3では、設計初期からエンジン取付部の剛性に配慮した設計を採ることにしたという。これにより、ロケット飛行中の衛星への負荷を低減し、また衛星の開発試験の負担も低減される。JAXAによると、振動も含めた衛星への搭載環境条件は、世界標準以上を目指すとしている。これが実現できれば「乗り心地の良いロケット」としてアピールできるようになるだろう。もっとも、世界各国の次世代ロケットでもこの辺りは対応することが予想されるため、「H3ならでは」の強みにはならないかもしれない。○固体ロケット・ブースターも大きく改良H3の両脇に装着されている固体ロケット・ブースターは、H-IIAと同様に、打ち上げに合わせて装着数を2基と4基で選択することができる。またH3は、第1段のLE-9だけでも離昇が可能なので、0本、つまり装着しないということもできる。H3の固体ロケット・ブースターは、H-IIAやH-IIBで使われているもの(SRB-A)とほぼ同じ大きさだが、大きく改良が加えられることになる。一番大きな改良点は、ロケットのコア機体との結合方法を簡素にすることである。H-IIAを見ると、コア機体とSRB-Aとは何本かの白い棒のような部品で結合されている。横向きに付いているものをヨー・ブレス、斜めに付いているものをスラスト・ストラットと呼び、ヨー・ブレスはヨー方向、つまり横方向への動きを伝達し、スラスト・ストラットはロケットを持ち上げる力を伝達する役割を持っている。ただ、世界の他のロケットを見てみても、こうした棒状の部品を用いて結合されているロケットはない。また、H-IIAの先代にあたるH-IIロケットにもない。なぜ、H-IIAやH-IIBでこうした結合方法が使われているのかといえば、SRB-Aのモーター・ケースに、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が使われていることにある。炭素繊維強化プラスチックは高い強度と軽さを併せ持つ材料だが、どこか一点に力が集中することに弱い。たとえばボルトを使って第1段機体と直接結合すると、その部分に力が集中し、壊れてしまう可能性があるのだ。そこで、ブースターの前後にアルミ合金製のアダプターを取り付け、そこにヨー・ブレスやスラスト・ストラットを接続するという方式が採られた。アルミ合金製は結合部にかかる力を十分に受け止めることができるだけの強度を持ち、また一部分にだけ使うことで、他の大部分はCFRP製のままにできるため、軽量化も図れる。だが、H3ではさらなる軽量化のために、CFRP製のモーター・ケースはそのままに、ヨー・ブレスやスラスト・ストラットもなくし、コア機体と直接結合する方法となった。また、ノズルの可動機構もなくなることになった。SRB-Aには推力偏向機構(TVC)が装備されており、ノズルの方向を動かすことで、ロケットのピッチ(縦)方向とヨー方向の制御を行っていた。H3のブースターではこれをなくし、コア機体の第1段にあるLE-9エンジンのみで飛行方向を制御するという。また、SRB-Aのモーター・ケースは、米国のオービタルATK社にライセンス料を支払って製造しているが、H3では国産化される。さらに、推力のパターンを見直したり、振動を少なくしたりといった改良も加えられ、軽量化と低コスト化、信頼性や性能の向上などが一挙に図られることになる。次回は、ロケットの製造や組み立ての工程や、打ち上げが行われる種子島宇宙センターの改良点について見ていきたい。(続く)
2015年08月24日2014年度から開発が始まった、新型基幹ロケット「H3」。2020年度に試験機1号機が打ち上げられる予定で、現在活躍中のH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機となることが計画されている。H3ロケットは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業とが共同で開発を行っており、2015年度からはロケットの基本設計が始まっている。また7月2日には、それまでの「新型基幹ロケット」という呼び名に代わり、ついに「H3」という正式名称が与えられるなど、徐々にその姿が明らかになりつつある。本連載では、H3の開発状況について、新しい情報などが発表され次第、その紹介や解説などを随時、お届けしていきたい。今回は、H3の第1段に採用される新型ロケット・エンジン「LE-9」について見ていきたい。○新型ロケット・エンジン「LE-9」ロケットの第1段には、「LE-9」という新しく開発されるロケット・エンジンが装備される。1基あたりの推力は150トンで、前回触れたように、ミッションに応じてこのエンジンを2基装着するか、あるいは3基装着するかを選択することができる。LE-9は、現在H-IIAロケットやH-IIBロケットの第1段エンジンとして使用されている「LE-7A」と同じく、燃料に液体水素、酸化剤に液体酸素を使う。だが、エンジンを動かすための仕組みが、LE-7Aから大きく変更されることになった。これはH3にとって最大の目玉であり、日本の宇宙開発にとっても大きな決断となる。液体ロケット・エンジンの多くは、ターボ・ポンプという強力なポンプで燃料と酸化剤(この2つを合わせて推進剤という)を燃焼室に送り込んで燃焼させ、発生したガスを噴射してロケットを飛ばしている。このターボ・ポンプを動かすために、タービンという羽根車を回す必要がある。このタービンを動かす仕組みとして、LE-7Aでは「二段燃焼サイクル」という方式が使われている。これは、まずプリ・バーナーという小さな燃焼室で推進剤を燃やし、そのガスでタービンを回してターボ・ポンプを動かし、燃焼室に大量の推進剤を送り込み、さらにタービンを回したガスも燃焼室に送り込んで燃焼させるというものである。推進剤を2段階で完全に燃焼させることから、この名がある。この仕組みは、推進剤をいっさい無駄にすることなく噴射の力として使えるため、性能の良いエンジンにできるという長所がある。しかし、エンジンの構造が複雑で、また各所にかかる圧力や温度の条件が厳しく、どこかで不調が起きると途端に爆発する可能性があり、さらにエンジン始動のタイミングの制御も難しいなど、製造や運用が難しいという短所もある。一方、LE-9では「エキスパンダー・ブリード・サイクル」という方式が使われる。この仕組みはプリ・バーナーを持たず、燃料を使ってエンジンの燃焼室やノズルを冷却し、その際に発生したガスを使ってタービンを回す。そしてそのガスは噴射には使われず、そのままロケットの外に捨てられる。これにより、効率や性能は二段燃焼サイクルよりも劣るものの、構造が簡素で造りやすいという特長がある。また壊れにくいため安全性も高く、運用もしやすい、頑丈なエンジンである。エキスパンダー・ブリード・サイクルはすでに、H-IIロケットの第2段エンジンの「LE-5A」や、H-IIA、H-IIBの第2段エンジン「LE-5B」、「LE-5B-2」で採用されており、日本にとっては得意とする技術でもある。○打ち上げ失敗から生まれた希望エキスパンダー・ブリード・サイクルの頑丈さは、過去にH-IIロケット8号機の打ち上げで、期せずして実証されている。H-IIの8号機は1999年11月15日に打ち上げられたものの、失敗に終わったミッションだ。H-IIの第2段には通常LE-5Aを使うが、この8号機のみ、当時開発されたばかりのLE-5Bが装備されていた。ロケットの第1段エンジン「LE-7」は、約6分間燃焼するはずだったが、約4分後に問題が起きて停止してしまい、予定していた飛行経路を逸れはじめた。そんな中、第2段機体が予定よりも早く、しかも不安定に回転した状態で第1段機体から切り離され、その状態でLE-5Bが始動されることになったのである。通常、極低温の推進剤を使用するロケット・エンジンを始動させる際には、ポンプの吸い込み不良を防ぎ、安定して始動させるために、あらかじめ推進剤でポンプを十分に冷却し、推進剤を所定の圧力まで加圧して供給する必要がある。しかし、こうした背景から、8号機のLE-5Bは冷却やタンク圧力が十分でない状態で始動することとなった。しかし、このような悪条件の中でもLE-5Bは正常に立ち上がり、計画通りの性能を発揮し続けることができた。H-IIの8号機は最終的に、飛行を継続すると地上に落下する危険などがあったことから、地上からの指令で破壊された。だが、この一件によって、LE-5Bエンジンと、そしてエキスパンダー・ブリード・サイクルという仕組みそのものが、故障や想定外の状況に強い頑丈さと、高い信頼性を持っているということが実証されたのである。頑丈ということは、たとえば少々不調であっても、H-IIの8号機のときのように飛行を継続できる可能性ができ、あるいはエンジンが壊れるようなことになったとしても、爆発はせず、ゆるやかに停止するようにできる。もしそのとき、ロケットの先端に宇宙飛行士が乗った宇宙船が搭載されていたとしたら、脱出するまでを時間を少しでも多く稼ぐことができるだろう。また構造が簡素ということは、造りやすく、さらに部品の数が少ないこともあって低コスト化や信頼性の向上にもつながることが期待できる。○鍵は大型化ひとつ懸念があるとすれば、それはLE-9が大型のエンジンであるという点だろう。前述のように、エキスパンダー・ブリード・サイクルのエンジンはH-IIのLE-5AやH-IIA、H-IIBのLE-5B、LE-5B-2で採用されており、20年以上の運用実績があることになる。しかし、ロケットの第1段向けエンジンと第2段向けエンジンとでは求められる性能が大きく違う。たとえばエンジンのパワー(推力)は、LE-5B-2の14トンに対して、LE-9では150トンと10倍以上にも増え、エンジンの各部分にかかる熱や圧力なども大きくなるため、LE-5BがあるからLE-9は簡単に造れる、ということではない。JAXAや三菱重工はすでに、LE-9とほぼ同じ性能の技術実証エンジン「LE-X」の開発を終えており、その成果はLE-9の開発に活かされることになっている。だが、実際にロケットに組み込んで飛ばせるエンジンにするためには、まだ多くの関門が待ち受けており、LE-9の開発がどうなるかが、H3が成功するかどうかの鍵となることは間違いない。○二段燃焼サイクルの技術はどうなるのかところで、そもそもH-IIで二段燃焼サイクルのLE-7が開発された背景には、そうしなければH-IIが実現できなかったという事情があった。もちろん性能が若干劣るエンジンを造り、それを束ねて使用するという考えもなかったわけではないが、そもそも当時の日本には国産の第1段エンジン自体が存在しなかったため、どちらにせよエンジンを新しく開発する必要があった。つまり「高性能なエンジンを造り、1基だけ使う」ことと「少し性能が劣るエンジンを造り、それを複数束ねて使う」ということが天秤にかけられた。しかし、当時の日本には、エンジンを束ねて運用する技術もまた存在しなかったため、まだ前者のほうが技術開発がシンプルで、ハードルが低いと判断されたのである。また、二段燃焼サイクルはスペース・シャトルのエンジンにも採用されている技術であったため、近い将来、日本がスペース・シャトルのようなロケットを造る際にも役立つだろうと期待されていた。しかし、二段燃焼サイクルは高コストであったことや、またH-IIBの開発でエンジンを束ねる技術が得られたことなどから、H3ではその技術を使わないことになった。これは日本の宇宙開発にとって、非常に大きな決断だ。LE-7A、特に二段燃焼サイクルの使用を止めることで、その技術はどうなってしまうのだろうか。岡田プロマネは会見で「二段燃焼サイクルについては、いったん使用を止めることになります。きちんとした技術の体系としては残した上で、エキスパンダー・ブリード・サイクルに切り替える、という考えです」と述べた。しかし、技術というものは、造り続けなければ継承はされない。たとえ設計図や実機を完全に保存したとしても、何十年か経ったあとですぐに復活させられるかといえば、非常に難しいだろう。H3が二段燃焼サイクルのエンジンを採用しない理由は、H3に求められるコンセプトに合わないから、という理由が一番大きい。だが、二段燃焼サイクルは本質的に高性能で、致命的な欠陥があるわけでもなく、さらにまだ発展の余地もある。その技術の系譜をむざむざと絶やすことは、日本のロケット技術の将来にとって、大きな損失にはならないだろうか。たとえば二段燃焼サイクルは、水素以外の、ケロシンやメタンなどの燃料を使っても実現でき、高い性能が得られる。実際に、ロシアや米国、中国などは、こうした燃料を使った二段燃焼サイクルのエンジンを開発している。また、二段燃焼サイクルには、「フル・フロウ二段燃焼サイクル」という、LE-7Aなどが採用している二段燃焼サイクルよりも、もっと効率が良くなる技術がある。これまでにこのサイクルの開発に成功したのはソヴィエト連邦だけで、現在は米国でスペースX社が「ラプター」というエンジンを開発している段階にある。日本の経済状況を考えると難しいだろうが、実際にロケットを造るところまではいかなくとも、LE-7Aの技術を活かし、こうしたエンジンの技術開発だけでも行うべきではないだろうか。(続く)
2015年08月18日2014年度から開発が始まった、新型基幹ロケット「H3」。2020年度に試験機1号機が打ち上げられる予定で、現在活躍中のH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機となることが計画されている。H3ロケットは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業とが共同で開発を行っており、2015年度からはロケットの基本設計が始まっている。また7月2日には、それまでの「新型基幹ロケット」という呼び名に代わり、ついに「H3」という正式名称が与えられるなど、徐々にその姿が明らかになりつつある。本連載では、H3の開発状況について、新しい情報などが発表され次第、その紹介や解説などを随時、お届けしていきたい。第1回では、7月8日にJAXAが開催したH3ロケットに関する記者会見から、H-IIAロケットと現在の日本のロケット産業が抱えている問題について紹介、また第2回では、そうした背景を踏まえ、H3はどのようなロケットを目指すのか、その狙いについて紹介した。第3回となる今回からは、いよいよH3がどんな姿かたちや性能をもち、どんな技術を使って造られるのかについて見ていきたい。○日本最大のロケット現時点でのH3ロケットの想像図は、H-IIAロケットを拡大したような形をしている。実際、全長は63mと、H-IIAから10mも伸びている。中心のコア機体の直径は5.2mで、これはH-IIBロケットの第1段と同じだ。初期の検討では「直径は4.5mから5mの間で検討中」とされていたが、最終的にそれよりも太くなった。これには、同じタンク容量でも、直径を太くすることで全長を抑えることができるといったメリットや、H-IIBで使っていたジグ(固定用の道具)などの設備を流用できるといったメリットがあると考えられる。また機体が大きくなったことで、打ち上げ時に空気の抵抗や音などから人工衛星を守るための衛星フェアリングも、H-IIAより大きくなっている。なお、H-IIAではロケット本体よりも太いフェアリングや、衛星を2機搭載するためのフェアリングなど、さまざまな種類が用意されているが、あまり多いとコストが上がってしまうため、H3では種類を抑えたいとしている。打ち上げ能力は、高度500kmの太陽同期軌道へは4トン以上、静止トランスファー軌道へは6.5トン以上の打ち上げを目指すとされる。太陽同期軌道というのは地球を南北に回り、なおかつ太陽光の差し込む角度が一定となる軌道のことで、地表の観測に適しているため、地球観測衛星や偵察衛星がよく投入されている。H-IIAは、高度500kmの太陽同期軌道に対して約5トンの打ち上げ能力を持っているが、日本の地球観測衛星「だいち2号」や政府の情報収集衛星などは約2トンほどしかなく、また世界的にも4トン以上もあるような地球観測衛星はあまりないため、やや過剰性能であった。ただ、これはH-IIAの性能設定が間違っていたというわけではない。H-IIAはもともと、後述する静止トランスファー軌道への打ち上げ要求に合わせて設計されたので、太陽同期軌道などへの打ち上げ能力が過剰性能になったのは仕方がないことだった。そこでH3では、打ち上げ能力をH-IIA以上に柔軟に変えられるようにすることで、静止トランスファー軌道以外への打ち上げにも最適化できるようになっている。ただ、「4トン以上」と説明されているように、今後、日本や世界の需要の変化などがあれば、目標値が若干増えることはあるかもしれない。もうひとつの静止トランスファー軌道というのは、通信衛星などの静止衛星が打ち上げられる静止軌道の、ひとつ手前の軌道のことだ。多くのロケットは静止軌道に衛星を直接投入することができないため、まず静止トランスファー軌道に衛星を投入し、その後衛星自身がもつ小型のロケット・エンジンを噴射することで、目的地の静止軌道に乗り移る。現在、H-IIAの標準形態である202型では4トン、最強形態である204型では6トンまでの静止衛星を打ち上げることができるが、第1回で触れたように、近年では7トン近くもあるような、H-IIAでは打ち上げられない衛星も出てきていることから、H3では6.5トン以上の打ち上げ能力を目指すことになっている。また6トン以上であれば、3トン級の中型衛星を2機同時打ち上げることも可能になる。具体的に最大何トンまで対応できるかは、今後の設計を進める中で決定されることになるだろう。○第1段ロケット・エンジンの装着数を変えられる独創的な設計こうした、さまざまな軌道へ多種多様な人工衛星の打ち上げを行うため、H3は打ち上げ能力を柔軟に変えられるような設計になっている。H-IIAでも、機体下部の両脇に装着されている固体ロケット・ブースター(SRB-A)の装着数を変えることで打ち上げ能力を変えられたが、これはH3でも継承された。ただ、以前H-IIAであった固体補助ブースター(SSB)などは設定されず、現在のH-IIAと同じ、2本か4本で選ぶことになる。また、打ち上げ能力が一番小さくなる構成では、固体ロケット・ブースターは装着すらされない。そしてH3ではさらに、ロケット本体の第1段ロケット・エンジンの装着数を2基と3基で選ぶことができるようになる。第1段エンジンの装着数を変えるというのは、古今東西見渡しても例がない、独創的な設計だ。これにより、より打ち上げたい衛星に合わせて、性能を柔軟に変えられるようになっている。ただ、その反面、生産にかかるコストが上がるという問題も生じる。エンジンを2基と3基で変えられるということは、ロケット下部の配管や電線などの配置や、エンジンが装着される部分の構造を、機体によって変えなければならないということになる。ある程度は共通化できるだろうが、製造や組み立てが複雑になることは避けられない。JAXAの岡田プロマネによると「そこは天秤にかけた」という。つまり種類を増やすことによる生産コストの上昇よりも、打ち上げ能力を変えられることによるメリットのほうが大きいと判断されたということになる。こうした種類を用意できるようにすることで、太陽同期軌道に3トンから4トンの衛星の打ち上げから、静止トランスファー軌道に6.5トン以上の衛星の打ち上げまで、H-IIAよりも幅広く対応できるようになる。また、具体的な質量の値は不明だが、たとえば宇宙ステーション補給機「こうのとり」や、あるいはそれをも超える十数トンあるような大型衛星を、地球低軌道に打ち上げるような特殊ミッションも可能だろう。また月・惑星探査機も、H-IIAより効率的に打ち上げられるようになり、またより大型の探査機の打ち上げも可能になるはずだ。○打ち上げ価格は最小構成で約50億円最大の焦点は、はたしてH3はいくらになるのか、ということだ。第1回や第2回で触れたように、現在のH-IIAは世界的に高価であり、2020年代にはさらに安価なロケットが出てくると予想されていることから、H3はそれらライヴァルと対等に戦える価格を目指すとされている。今回の記者会見では、最小構成で「約50億円」を目指すと明言された。最小構成というのは、第1段ロケット・エンジンが3基で、なおかつ固体ロケット・ブースターを装着しない形態のことで、予定されているH3の種類の中では、打ち上げ能力が一番小さい構成である。この構成では高度500kmの太陽同期軌道に4トン以上の衛星を打ち上げることができる。現在のH-IIAの最小構成である標準型、もしくは202型と呼ばれている機体の価格は、約100億円といわれている。よくメディアの報道で「H3はH-IIAの半額」というキャッチーな言葉が使われているが、それはこの最小構成のことを指している。ただ、世界の競合ロケットと比べるのであれば、第1段ロケット・エンジンが2基で、固体ロケット・ブースターを2基、ないしは4基装着する、静止衛星の打ち上げにとって標準となるであろう構成の価格を使わなければならない。しかし、記者会見では「国際競争力の観点から具体的な価格についてはお話しできない」と述べるにとどまった。また「価格の話は三菱さんがこれから決めること」ともされたが、三菱重工は現在のH-IIAの価格も、やはり「国際競争力の観点から」という理由で明らかにはしていないため、最小構成以外のH3の価格が明らかになることはないかもしれない。次回では、H3に使われる技術についてより細かく見ていきたい。(続く)
2015年08月07日2015年6月28日に発生した「ファルコン9」ロケットの打ち上げ失敗は、大きく2つの点で大きな衝撃を与えた。一つは、かねてより滞っていた国際宇宙ステーション(ISS)への物資の補給がさらに輪をかけて滞る事態になったこと、もう一つは「新たなる宇宙開発の形」という期待を受け、民間企業の主導によって開発されたロケットが、昨年10月の別のロケットに続いて、ファルコン9も打ち上げに失敗したことだ。はたしてISSの運用と、民間の宇宙開発の今後は大丈夫なのか。そもそも今回の失敗はなぜ起きたのか。本連載では打ち上げ再開までの動きを追っていきたい。第1回では、ファルコン9ロケットの概要について紹介した。第2回では、ドラゴン補給船の概要と、今回の失敗で失われたISSへの補給物資が、ISSの運用にどのような影響を与えたのかについて紹介した。第3回となる今回は、スペースX社のような民間企業が主体となる「新たなる宇宙開発」の今後は大丈夫なのかにということついて、次回の第4回と分けて見ていきたい。○NewSpaceというムーヴメント人工衛星を打ち上げたり、有人宇宙船を飛ばしたりと、宇宙開発が本格的に動き出して以来、宇宙開発は常に国家のものだった。たとえば米国であれば、アポロ計画やスペース・シャトル計画を主導したのは米航空宇宙局(NASA)であり、軍事衛星の計画を主導したのは米国防総省やその下にある軍だった。もちろん実際にロケットや衛星を造ったのは民間企業だったが、それでも人間を月に送り込んだのはどこか、と聞かれると、多くの人は「NASA」と答えるだろうし、スペース・シャトルは「NASAの宇宙船」と呼ばれ続けた。これには、宇宙開発を行うにはとても多くの資金が必要で、なおかつ儲からないという事情がある。つまり宇宙開発は公共事業だったのだ。しかし1980年代になり、NASAで小型ロケットによる小型衛星の打ち上げを、民間企業に主導させてみよう、という計画が始まった。そこに名乗りを挙げたのは、当時まだできたばかりのオービタル・サイエンシズ社(現オービタルATK社)という会社だった。彼らは航空機から発射する「ペガサス」という小型ロケットを開発し、NASAや民間企業などの小型衛星の打ち上げを請け負い、多くの成果を挙げている。そして2000年代に入ると、当時すでに建設が始まっていた国際宇宙ステーション(ISS)への物資と宇宙飛行士の輸送を、民間に任せてみようという動きが始まった。そして2006年に「商業軌道輸送サーヴィシズ」(COTS, Commercial Orbital Transportation Services)と名付けられた計画が立ち上げられ、構想を実現に移す動きが始まった。まずはロケットと無人の補給船を開発する計画が始まり、そこにオービタル・サイエンシズ社を含む多くの企業が名乗りを挙げた。そして審査を経て最終的に残ったのは、オービタル・サイエンシズ社と、2002年に設立されたばかりのスペースX社だった。両社はNASAからの資金提供を受け、ロケットと補給船の開発に挑んだ。その結果誕生したのが、スペースX社の「ファルコン9」ロケットと「ドラゴン」補給船、そしてオービタル・サイエンシズ社の「アンタリーズ」ロケットと「シグナス」補給船だった。これらロケットや補給船の開発には、NASAは資金提供や審査などで関わってはいるものの、主導権はあくまでそれぞれの企業にあった。NASAが主導しないことや、またスペースX社もオービタル・サイエンシズ社もまだ若い会社であることから、本当に任せても大丈夫なのか、という声は少なからずあった。だが、ファルコン9もアンタリーズも、1号機の打ち上げに成功し、その後も順調に成功を重ねつつあったことで、徐々にその声は小さくなっていった。折りしも、当時すでにサブオービタル(軌道に乗らない)宇宙船の開発が熱を帯びており、数年以内に乗客を乗せた運航が始まるかもしれないという機運が高まりつつあった。こうした新たな動きに対し、国が主導する「古い宇宙開発」と対比させる形で、新しい宇宙開発の形を意味する「NewSpace」と呼ぶことが流行り始めた。さらに2009年から始まったオバマ政権は、こうした民間主体の宇宙開発を積極的に支援する方針を示し、NASAも当然それに賛同した。こうしてISSなど地球低軌道の輸送は民間の手に委ね、NASAは月や火星など、より遠くの宇宙の探査に注力するという、現在の路線が確立された。○アンタリーズの失敗の余波しかし2014年10月28日、シグナス補給船を積んだアンタリーズが、打ち上げ直後に爆発し、墜落した。いくつかのメディアは「民間主導の宇宙開発は本当に大丈夫なのか」という部分を論点として採り上げた。とくに、爆発した箇所が、オービタル社がロシアから購入したロケット・エンジンだったことも、そうした風潮に火に油を注ぐ形となった(*1)。民間が開発を担ったために、コストを重視しすぎて安価なロシア製エンジンに頼ることになった、したがって多少高価でも米国製にこだわるべきだ、という主張だ。また、オバマ政権が民間主導という方針を積極的に進めていることも、そうした声が大きくなる要素となった。つまりはロケット云々を飛び越え、単なるオバマ政権への批判材料となったのだ。しかし、その風潮の歯止めとなったのはファルコン9の存在だった。アンタリーズが失敗した時点で、ファルコン9は13機が打ち上げられており、ほぼすべてが成功し、順調に実績を重ねていた(*2)。その実績は、ロケットの信頼性を何よりも重要視する衛星通信会社も認めるもので、多くの会社から打ち上げ契約を取り付け、現在も多くの受注を抱えている。ファルコン9の存在は、アンタリーズが失敗してもなお、民間主導の宇宙開発という道が間違いではないことを示していた。また、今年5月には、米空軍がファルコン9による軍事衛星の打ち上げを認める決定を下している。軍事衛星を打ち上げるには厳しい審査が要求され、ファルコン9は約2年をかけてクリアした。この背景には、米空軍がファルコン9に期待している節が見て取れる。現在、米国の軍事衛星の打ち上げを主に担っているのは、航空宇宙大手のロッキード・マーティン社が開発した「アトラスV」と、ボーイング社の「デルタIV」だが、そもそもこの2機は、米空軍が軍事衛星を打ち上げるためのロケットとして両社に開発させたものだった。にもかかわらず、ファルコン9を同じ土俵に上げる決定を下したということは、過去の経緯にこだわらず、コストや信頼性の面で最良の道を選ぼうとする意図があるのだろう。そして、民間主導という道を鼓舞した当のNASAももちろん、ファルコン9には大きな期待を寄せ、すでにドラゴン補給船によるISSへの物資輸送が6回も成功していたことからも、その期待はほぼ確信へと変わっていた。さらに、現在NASAは、ISSへの宇宙飛行士の輸送をロシアのサユース宇宙船に依存しているが、ファルコン9と、同じスペースX社が開発するドラゴンV2宇宙船によってその依存から抜け出し、米国の地から、米国の宇宙船で、米国人の宇宙飛行士を打ち上げられる時代が復活すると喧伝していた。民間が担うということは米国の宇宙産業にそれほどの力があるという勝利宣言であり、何よりISSの輸送を民間に委ねることで、NASAは他国がまだ足を踏み入れたことがない宇宙への挑戦に集中することができるのだ、とされた。米国内外からの、これほどまでに大きな期待を背負っていたファルコン9が、アンタリーズに続いて失敗したことで、批判の声が堰を切ったように大きくなったのかといえば、しかしそうではなかった。(続く)【脚注】*1 アンタリーズの失敗原因について、現時点ではまだ結論は出ていないが、ロシア製ロケット・エンジンのターボ・ポンプに問題があったのではないかという説が有力視されている。*2 2012年10月8日に打ち上げられたファルコン9の4号機では、9基ある第1段エンジンの燃焼中に、1基のエンジンが止まる問題が起きた。残りの8基を予定より長い時間燃焼させることによって、ドラゴン補給船を予定通りの軌道に投入することには成功したが、副ペイロードとして搭載されていた小型通信衛星は計画から外れた軌道に入ってしまった。ただ、スペースX社では、あくまで主のミッションはドラゴン補給船を送り届けることだったため、打ち上げは成功だったとしている。
2015年07月27日2015年6月28日に発生した「ファルコン9」ロケットの打ち上げ失敗は、大きく2つの点で衝撃を与えた。1つは、かねてより滞っていた国際宇宙ステーション(ISS)への物資の補給がさらに輪をかけて滞る事態になったこと、もう1つは「新たなる宇宙開発の形」という期待を受け、民間企業の主導によって開発されたロケットが、昨年10月の別のロケットに続いて、ファルコン9も打ち上げに失敗したことだ。はたしてISSの運用と、民間の宇宙開発の今後は大丈夫なのか。そもそも今回の失敗はなぜ起きたのか。本連載では打ち上げ再開までの動きを追っていく。第1回では、ファルコン9ロケットの概要について紹介した。第2回の今回は、ドラゴン補給船の概要と、今回の失敗で失われたISSへの補給物資が、ISSの運用にどのような影響を与えたのかについて見ていきたい。○ドラゴン補給船運用7号機今回打ち上げに失敗した「ファルコン9」ロケットには、国際宇宙ステーション(ISS)に物資を送り届ける「ドラゴン補給船運用7号機(CRS-7)」が搭載されていた。第1回で採り上げたファルコン9と同じく、ドラゴンもまた、スペースX社が開発を手掛けた。開発の背景には、やはりファルコン9と同じく、米航空宇宙局(NASA)が進める、ISSへの物資や宇宙飛行士の輸送を民間の会社に担わせるという計画があった。スペースX社は物資を運ぶためのドラゴン補給船と、宇宙飛行士を運ぶためのドラゴン宇宙船、そしてそれらを打ち上げるロケットのファルコン9を、並行して開発した。ちなみに同じ計画の下で、オービタル・サイエンシズ社(現オービタルATK社)も「アンタリーズ」ロケットと「シグナス」補給船を開発している。ドラゴンとシグナスの一番の差は、補給船に再突入能力があるかないかという点で、シグナスはミッション終了時に大気圏に再突入して燃え尽きるが、ドラゴンは再突入に耐え、地球に帰還できるように造られているため、たとえばISSでの実験の成果物などを搭載して、地球に持ち帰ることが可能となっている。また有人版のドラゴン宇宙船を開発する際の基礎にもなっている。今回の失敗までに、ドラゴンは8機が打ち上げられている。試験機1号機(ミッション名「SpX-C1」)は2010年12月8日に打ち上げられ、スラスターや通信機器の試験を行い、地球を2周した後、地球に帰還した。試験は滞りなく進み、船体も無事に太平洋に着水し、ミッションは大成功に終わった。続く試験機2号機(SpX-C2+)は2012年5月22日に打ち上げられ、早くもISSとのランデヴー(接近)と、ISSのロボット・アームによる把持、結合までやってのけた。当初の計画では安全性を重視し、ISSとのランデヴーまで行い、そのまま結合はせずに地球に帰ってくることになっており、把持と結合はこの次の試験機3号機(SpX-C3)で行われる予定だった。しかし、試験機1号機の試験結果が良好だったことなどを踏まえ、SpX-C2+でまとめて行われることになった。SpX-C2+の「+」の記号は、SpX-C3のミッション内容が足された、ということを表している。そして同年10月8日、NASAとの契約に基づいて商業補給を行う、実運用1号機(CRS-1)が打ち上げられた。この打ち上げではファルコン9の第1段が問題を起こしたものの、打ち上げは成功し、ドラゴンは問題なくISSに到着、補給を行った。続くCSR-2は2013年3月1日に打ち上げられたが、ロケットからの分離後にドラゴンのスラスターが故障する問題に見舞われた。その後、問題は解決し、予定は遅れたもののミッションは成功している。その後も2014年にはCRS-3とCRS-4の2機が、また2015年にはCRS-5とCRS-6の2機がすでに打ち上げられおり、いずれも成功している。ドラゴンが「宇宙の宅配便」として大きな成果を挙げていた矢先の、今回の失敗だった。○ドラゴンCRS-7の積み荷ドラゴンCRS-7には合計1867kgの補給物資が搭載されていた。内訳としては、食料品や衣服などの日用品が676kg、ISSで使われるハードウェアが461kg、科学機器が529kg、コンピューターやカメラなどの部品が35kg、船外活動(EVA)用の装置が166kgとなっている。また地球への帰還時には、620kgの物資が代わりに搭載されることになっていた。今回の積み荷の中で最も注目されていたのは、インターナショナル・ドッキング・アダプター(IDA)と呼ばれる部品だった。IDAは新しく開発された宇宙船のドッキング機構で、スペースX社が開発中の宇宙船「ドラゴンV2」や、ボーイング社の「CST-100」などをドッキングさせるために使われる。IDAの取り付けに備えて、5月27日にはISSのモジュールを移設するという大掛かりな作業も行われていた。ただ、IDAは2か所に設置されることになっていたため、今も地上に1つが残ってはおり、またNASAによると再生産も可能とされるため、計画が遅れる以外に大きな影響はないだろう。最も残念だったのは、学生が開発したり、計画に参加したりしている実験機器などが失われたことだ。いくつかの機器については予備機があったり、また再生産したりすることで再挑戦できる機会があるが、すべてがそうというわけではない、また、論文の執筆などに影響も出るだろうし、卒業し、実験にかかわれなくなる人もいることだろう。それを考えると、非常に残念な結果となってしまった。○8か月間で3回の補給失敗今回のドラゴンCRS-7の失敗で最も大きな影響を受けたのは、ISSに滞在している宇宙飛行士たちだった。ISSは、水などの再利用はいくらか行われているものの、基本的には地球からの補給物資に頼って運用されている。それらが届かないということは、ISSが兵糧攻めに遭うようなものである。さらに悪いことに、2014年10月28日にはシグナス補給船運用3号機(Orb-3)が、そして2015年6月28日にはプラグリェースM-27M補給船が打ち上げに失敗しており、8か月の間に7機中3機の補給線が失敗するという前代未聞の事態となった。もちろん、補給がなくともある程度は運用が続けられるように物資は蓄えてあるが、それにも限度がある。ただでさえ蓄えが少なくなっているところに、追い討ちをかけるように今回の失敗が起きたのだ。ドラゴンCRS-7が失敗した直後、NASAは「現時点で、今年10月いっぱいまでは通常通り運用できるだけの蓄えがある」と発表した。補足すると、これは11月1日以降に食べる量を減らすなどの運用に多少の制限が生じる恐れがある、という意味であり、10月いっぱいで食料や水が底を尽く、ということではない。ただ、それでもISSの運用計画を大幅に見直すことになるため、その影響は計り知れない。また、あくまでドラゴンCRS-7が失敗した時点での話であるため、今後打ち上げられる補給船によって、蓄えの量は徐々に回復されていくことにはなる。ただ、言うまでもなく成功すればの話であり、今後も補給船が打ち上げに失敗し、物資がISSに届かないようなことがあれば、ISSの運用に支障が出る可能性が残り続けることになる。7月3日には「プラグリェースM-28M」補給船が打ち上げに成功し、約3か月ぶりにISSに物資が送り届けられた。また8月16日には日本の補給機「こうのとり」5号機の打ち上げも予定されている。その後も、9月21日には「プラグリェースM-29M」補給船、11月21日には「プラグリェースMS」補給船、12月3日には「シグナス補給船運用4号機」(昨年アンタリーズ・ロケットが失敗したため、アトラスVロケットが使われる)の打ち上げが続く予定だ。だが何よりも、ドラゴン補給船とファルコン9が、いつ打ち上げ再開できるのかが重要であろう。ドラゴンがなければ、補給回数は当初の計画よりも少ないままで、またドラゴン以外の補給船の失敗が再び起こらないとも限らず、心許ない状態が続くことになる。何より、プラグリェース、シグナス、こうのとりは、大気圏の再突入に耐える能力はないため、ドラゴンの打ち上げが再開されない限り、ISSから実験装置や成果物などを持ち帰ることができない状態も続き、ISSでの実験計画に影響が出続けることになる。ただ、この記事を書いている7月15日現在も、打ち上げ失敗の調査が続けられており、打ち上げ再開の目処は立っていない。(続く)
2015年07月17日それはあまりにも間が悪いときに起きた失敗だった。米国時間2015年6月28日に打ち上げられた「ファルコン9」ロケットは、離昇から2分19秒後、突如として機体が分解した。ファルコン9の打ち上げは今回で19機目で、失敗は初めてのことだった。ファルコン9の先端には、国際宇宙ステーション(ISS)に物資を輸送する「ドラゴン」補給船の運用7号機が搭載されていたが、この失敗で物資は届けられなかった。間が悪いことに、今年4月にはロシアの補給船が、さらに昨年10月には米国の補給船も打ち上げ失敗で失われており、ISSへの物資補給に滞りが生じていた。少しでも多くの物資が必要とされていた最中に、今回の事故が起きてしまったのだ。さらに間が悪いことがもう一つあった。米航空宇宙局(NASA)は現在、国際宇宙ステーション(ISS)への補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間企業に担わせる計画を進めており、ファルコン9はその計画の中で、米国のスペースX社によって開発されたロケットだ。しかし、昨年10月には同様の計画で開発された別会社のロケットが打ち上げに失敗し、「民間に任せて大丈夫なのか」という声が上がりつつあった。そして今回、ファルコン9が失敗したことで、よりその声は大きくなりつつある。はたしてISSの運用と、民間の宇宙開発の今後は大丈夫なのか。そもそも今回の失敗はなぜ起きたのか。本連載では打ち上げ再開までの動きを追っていきたい。○ファルコン9ロケットとはどんなロケットなのかファルコン9ロケットを開発したのは、米国カリフォーニア州に本拠地を置くスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ社、略してスペースX社という会社だ。設立は2002年とまだ若いが、すでに大手のロケット会社から脅威と認識されるほどの実力を持つ会社にまで成長している。創業者はイーロン・マスク氏という人物で、インターネット決済サービスでおなじみのPayPal(正確にはその前身のX.com)の創業者でもあり、そのPayPalを売却して得た資金を基に立ち上げられたのがスペースX社だ。マスク氏はもともと宇宙が好きで、ファルコンというロケットの名前も、映画『スター・ウォーズ』に登場するミレニアム・ファルコン号にちなんだものだという。同社はまず、「ファルコン1」という小型のロケットを開発し、打ち上げ試験を繰り返した。2006年から2008年にかけて行われた最初の3回は失敗に終わったが、2008年9月28日の4号機の打ち上げで成功を収め、続く2009年7月14日の5号機も成功している。そして2005年には、同社は、米航空宇宙局(NASA)が立ち上げた国際宇宙ステーション(ISS)への補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間企業に担わせる計画に名乗りを上げ、新たに大型ロケットの「ファルコン9」の開発も始めていた。ファルコン9はファルコン1をそのまま大きくしたような姿をしており、ロケット・エンジンも、ファルコン1の第1段エンジンとして開発された「マーリン1C」を9基まとめて装着するという、手堅いものだった。2010年7月4日に行われたファルコン9の1号機、また同社にとってわずか6機目に過ぎないロケットの打ち上げは、しかし見事に成功した。その後5号機まで連続で成功し、6号機からは改良型のファルコン9に切り替えられた。名前は同じだが、姿かたちが変わり、打ち上げ能力も大きく増えており、ほとんど別物のロケットと言ってよい機体になっている。先代のファルコン9はv1.0、この改良型をv1.1とも呼ぶ。ファルコン9 v1.1は、全長が68.4m、直径は3.66mと、たとえばH-IIAロケットと比べると細長く、華奢な印象を受ける。打ち上げ能力は、ISSなどが回っている地球低軌道に13トン、通信衛星などを打ち上げるための静止トランスファー軌道へは4.8トンと、H-IIAロケットよりも若干大きく、世界のロケットと比べても中の上ぐらいに分類される、比較的大きな能力を持っている。打ち上げ価格は公称で6120万ドル(現在の為替レートで約74億円)と、他のロケットと比べると安く、これが衛星打ち上げ市場からは大きく歓迎されている。なお、以前はもっと安かったが、さまざまな試験や、新しい設備への投資をまかなうためか、近年徐々に上がりつつある。ファルコン9はこれまでに19機が打ち上げられ、そのうち1号機から5号機まではファルコン9 v1.0が、6号機以降はすべてファルコン9 v1.1が使われている。打ち上げに失敗したのは、v1.0、v1.1を通して、今回が初めてのことだった。○ソフトウェア開発のやり方を取り入れたロケット開発ところで、v1.0やv1.1という名前が、まるでソフトウェアのようだと感じた方もおられるかもしれないが、スペースX社やファルコン9の特徴は、まさにソフトウェアのような開発手法を採っている点にある。たとえば旧来のロケットであれば、十二分に時間をかけ徹底的に設計や試験を行い、設計変更があればさらに十二分に時間をかけて変更と試験をし、あるいは打ち上げて問題が出れば、やはりまた十二分に時間をかけて改良と試験をする。開発が始まってから1号機が打ち上げられるまでに、10年以上の歳月がかかることも珍しくはない。一方、スペースX社では、もちろん設計や試験を十分にやることに違いはないが、たとえばロケット全体に影響のない範囲で毎回何らかの改良を加えてみたり、ちょっとした実験機を造って飛ばしてみたり、そのロケットにも毎回改良を加えたりと、さらにその成果を本番のロケットに組み込んでみたりと、これまでのロケットとはおよそ異なる造り方がされている。これはちょうど、作ったソフトウェアをまず走らせてみて、バグがあれば書き直してまた走らせ、また製品として世に出した後でバグや改良したい点が出てくれば、その都度直してヴァージョン・アップする、というのと似ている。スペースX社はそれを、実際にロケットを飛ばしながらやっているのだ。実際、開発から打ち上げまでの期間は、ファルコン1は約3年、ファルコン9も約5年ほどと短い。その一方で、ロケットには大して革新的な技術は使われていない。たとえば大きな推力が必要なファルコン9の第1段には、新開発の大推力エンジンを用いるということはせずに、前述のようにファルコン1で使われたマーリン1Cロケット・エンジンを9基まとめて装着するというやり方が採用された。これはクラスタ化といって、確実に大推力が得られる古典的な技術だ。マーリン1C自体の性能もそこそこといったところで、また機体の構造などに最先端の新素材をふんだんに使っているわけでもない。それでも大型の人工衛星や有人宇宙船を十分に飛ばせるロケットにはなっている。○新たなる希望、初めてのつまずき古いやり方を革新的な手法で回すということが、スペースX社の特徴であり、強みだ。その評価は十人十色で、こうしたやり方を「単に見せかけだけだ」という人もいれば、「こういうやり方を採っていることこそがすごい」という評価もある。また、そうやって造られたロケットがある程度完成し、余裕が出てくれば、新しい技術の取得にも貪欲に乗り出している。たとえば3Dプリンターを使ってロケット・エンジンを造ったり、マーリン1Cも改良されて、世界最高水準の性能を持つマーリン1Dが生み出されたり、またメタンを使う大推力エンジンを開発したり、エンジンの動きを解析するための新しいソフトウェアを自社内で作ったりと、さまざまな新技術の開発を並行して進めている。そして極めつけには、ロケットの第1段機体を打ち上げ後に地上に着陸させ、再使用するという実験だ。これまでに垂直離着陸実験ロケットによる、地上から1kmほどまで上昇した後、そのまま着陸する飛行実験や、実際のファルコン9を使い、打ち上げ後に第1段機体を大西洋上に着水させるといった試みが行われている。また今年からは、大西洋上に浮かべた船の上にピンポイントで着地させる試験が始まっており、これまでに2回実施されたが、2回とも満足には成功せず、今回の打ち上げが成功していれば、3回目の試験が実施されることになっていた。他にも、妙にSFチックな外見をした宇宙船を造ったり、火星への有人飛行や移住を目標として掲げていたりと、とにかく楽しい、面白い技術や構想にあふれた今までにないロケット会社、それがスペースX社だ。アポロが月に降り立ったころ、近い将来誰でも月世界旅行に行ける日が来るといわれていたが、それは叶わなかった。スペース・シャトルが飛び始めたころ、そのうち誰でも宇宙に行ける時代が来るといわれていたのに、ついに来なかった。宇宙開発の歴史に裏切られ続けてきた人々からすると、スペースX社が次々に新しい技術や構想を発表する様は、閉塞間が漂う宇宙開発の現状を打ち砕く、新たなる希望のようにも見えた。次は一体どんな新しい宇宙開発の姿を見せてくれるのか。そんな期待があった中での今回の失敗は、多くの宇宙ファンが衝撃を受けた。さらに今回は、大きく2つの点において、あまりにも間が悪いときに起きた失敗でもあった。(続く)
2015年07月10日宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月2日、現在開発中の指次世代基幹ロケットの機体名称を「H3ロケット(エイチ・スリー・ロケット:H3)」に決定したと発表した。今回の命名についてJAXAでは、日本がこれまで積み上げてきた大型液酸/液体ロケットの技術を受け継ぐロケットであり、これまでのH-IからH-IIA/H-IIBロケットへと続く「H」を継承したとするほか、H-IIA/H-IIBロケットから機体構成を根本から見直した機体であることから、「H3ロケット」としたとする。また、これまでのローマ数字ではなくアラビア数字である「3」としたことについては、「IIと混同しない明確さ」や「報道などでの実質的な認知度・知名度」があるため、としている。なお、呼称(愛称)については、プライムコントラクタである三菱重工業と別途検討していく予定だとするほか、開発スケジュールとしては2020年度に試験機1号機の打ち上げを予定しており、最終的な開発の完了は2021年度の打ち上げを予定している試験機2号機の打ち上げ結果の評価を経てからとなる予定だという。
2015年07月02日フラワーアートユニットのプランティカ(plantica)と、原宿のギャラリー「ロケット(ROCKET)」が手がけるケータリングサービス、ケータリングロケット(CATERING ROCKET)によるハーブティーブランド「ハブ ア ハーバル ハーベスト(Have a Herbal Harvest)」が7月3日から7日まで、夏の新作のお披露目を兼ねた展示会を東京・渋谷のロケットで開催する。葉の形状を残さずに製品化されることの多いハーブティー。「Have a Herbal Harvest」では、生け花や押し花のようにハーブ1本1本の形を生かしたまま乾燥させて茶葉にすることで、インテリアとして飾っても美しく、観賞後にはお茶として美味しく飲むことが出来るハーブティーを展開している。厳選された四季折々のハーブを使用する同ブランドが今年の夏の新作に選んだのは、“夜明けのハーブ”と呼ばれる、紫色の花が美しい「ブルーマロウ」。色鮮やかな“青”が美しいブルーマロウはフルーツシロップとの相性が良く、ハーブとフルーツの化学反応による色の変化が楽しめることも特徴。日差しの強い夏の夜に爽やかな色と安らぎをもたらしてくれる、夏のギフトにぴったりのアイテムとなっている。同展ではこの夏の新作のお披露目や、ハーブティーの試飲、制作者であるケータリングロケットの伊藤維氏によるお茶の入れ方のデモンストレーションなどが行われる。【イベント情報】CATERING ROCKET×plantica 「Have a Herbal Harvest」 Summer Exhibition 2015「LateNight Blue Flower」会場:ロケット住所:東京都渋谷区神宮前6-9-6会期:7月3日~7日時間:17:00~20:00(土日は12:00~20:00)入場無料
2015年07月01日米スペースXは6月28日(現地時間)、国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を届ける無人補給船「ドラゴン」を載せた自社のロケット「ファルコン9」の打ち上げに失敗した。「ドラゴン」にはISSへの補給物資のほか、千葉工業大学が開発した流星観測カメラなどの機器が搭載されていた。同ロケットはフロリダ州ケープカナベラル空軍基地から飛び立ったが、打ち上げ139秒後に問題が発生し爆発した。今後、失敗の原因についてスペースX、アメリカ航空宇宙局(NASA)、アメリカ連邦航空局(FAA)による調査が行われる予定だが、現段階ではロケットの2段目に何らかの異常があったと考えられている。なお、ISSには10月までは物資がストックされていることから、NASAは「今回の打ち上げ失敗はISSの運用にすぐに影響を与えるものではない」とコメント。7月3日に予定されているロシアの無人補給船「プログレス」の打ち上げや、7月23日に予定されている油井亀美也宇宙飛行士が搭乗する「ソユーズ」宇宙船の打ち上げにも影響は無いとしている。
2015年06月29日●世界最高性能の再使用ロケット・エンジンの開発に成功ロケットが航空機のように宇宙を飛び交う。そんなSFのような、そしてかつて一度砕かれた未来が、ついに現実のものになるかもしれない。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所(ISAS)では、何度でも使用できる観測ロケットを開発する構想を持っており、現在はその前段階として、機体形状の検討をはじめ、再使用ロケット・エンジンや軽量タンクなど、再使用観測ロケットの実現に向けて必要となる技術の実証が行われている。そのうち、最も難しい技術のひとつである、再使用ロケット・エンジンの技術実証試験が完了したことを受け、2015年6月15日に報道関係者向けに説明会が開かれた。今回は、再使用観測ロケット計画や、現在進められている技術実証プロジェクトの概要、そしてこの研究の先に待つ未来について見ていきたい。○再使用観測ロケットISASは現在、超高層の大気の観測や天体観測、微小重力実験などを行う目的で、小型の観測ロケットを年に1機から2機ほど打ち上げている。観測ロケットというのは、H-IIAロケットなどの大型ロケットのように地球の周回軌道に人工衛星を投入するのではなく、高度150kmから300kmほどまで上昇し、観測や実験を行った後、そのまま海上に落下する。この到達高度150kmから300kmというのが絶妙で、気球では高すぎて到達できず、逆に人工衛星にとっては低すぎるため、観測ロケットでしか到達できないという大きなメリットがある。また、システムとして小回りが利くため、実験提案から打ち上げまで短期間で実現可能で、理学・工学それぞれの実験でさまざまな研究成果が挙げられている。しかし、ロケットや観測機器は使い捨てることになるため、打ち上げのたびにロケットと観測機器を新たに製作する必要があり、実験や観測が失敗した場合に修理して再挑戦といったこともできない。また、観測ロケットの需要は高く、現時点でも1年間に10回程度の実験が求められおり、さらにもっと多くの利用需要が眠っているとも考えられている。さらに、観測機器や実験試料の回収をしたい、観測する方向を自在にコントロールしたい、もっとゆっくり飛んでほしい、もっと低く、あるいは高く飛べ……といった多くの要求があるという。そうした需要に応えるために計画されているのが「再使用観測ロケット」である。その名の通り、今までのように1回ごとに機体を使い捨てるのではなく、まるで航空機のように何度も再使用できる観測ロケットだ。観測ロケットが再使用できるようになれば、実験装置を繰り返し使用できるため、今までより高価で精密な装置が積みやすくなり、試料を回収できることで地上の高性能な装置で分析ができるようにもなる。また、今まではロケット内の実験データを電波で地上に送ったりしていたが、機体内の記録装置に保存できるので、大容量のデータが得られるという。そして何より、機体を毎回造り直す必要がないため、高頻度の打ち上げができるようにもなる。現在の検討では、再使用観測ロケットは全長13.5m、直径3.0m、打ち上げ時の質量は11.5tになるという。現在の使い捨て型の観測ロケットと比べると大きくなるが、これは地上に帰還するための推進剤を積む必要があることなどが関係している。ロケット・エンジンは底部に4基あり、そのうち1基が故障しても安全に帰還できるようにするとされる。最大到達高度は100kmから150kmで、打ち上げ頻度は1日に2回以上を目指すとされ、同一の機体で、メンテナンスしつつ、100回以上の再使用を可能にしたいという。開発費は70、80億円ぐらいが見込まれており、また打ち上げ1回あたりの運用費は数千万円ほどで、これは1機あたり数億円かかる現在の使い捨て型観測ロケットからすると約10分の1ほどになる。現時点では再使用観測ロケットそのものには予算は付いておらず、いつ運用が始まるかなどの目処は立っていない。ただ、その前段階にあたる技術実証プロジェクトには予算が付き、2010年度から研究が行われている状況にある。○再使用観測ロケット技術実証プロジェクトところで、宇宙開発が好きな方なら、かつてISASが「RVT」という小さなロケットの飛行実験を行っていたことを憶えておられるかもしれない。RVT(Reusable Vehicle Testing)は1990年代後半から開発が始まり、2000年代の前後に複数回、垂直に離陸して上昇した後、垂直に地面に着陸するという飛行実験を行っている。再使用観測ロケット技術実証プロジェクトは2010年度から始まったが、そこにはRVTで得られた知見が多く活かされており、再使用観測ロケットはまさにこのRVTの直系の子孫にあたる。再使用観測ロケット技術実証プロジェクトでは、再使用観測ロケットの実用化に向けて必要となる、さまざまな技術要素の研究開発が行われている。プロジェクトにはJAXAを中心に、三菱重工業などが参画している。その中で開発されているもののひとつが、再使用ロケット・エンジンだ。再使用観測ロケットでは、まずフルパワーで上昇し、続いてエンジンを止めて慣性飛行を行い、そして着陸のためにふたたびエンジンに点火し、最終的には停止さたりと、何度も始動と停止を繰り返さなくてはならない。さらに、推進力を降下速度や姿勢に合わせて調整する必要もあるなど、通常のロケット・エンジンとはまったく違う動きを要求される。また1回限りではなく、簡単なメンテナンスだけで、何度も使えなくてはならない。成尾助教は「スペース・シャトルのロケット・エンジンの設計寿命は55回とされている。しかし、実際には宇宙から帰ってくるたびに、エンジンを機体から降ろして、全部分解して点検するようなことをしていた。そこで私たちは、簡単な点検だけで100回再使用できるようなエンジンの開発を目指すことにした。スペース・シャトルから得た教訓というのは、単に再使用ができるというだけではだめで、頻繁に運用できなければ、結局はコストを下げることができない。私たちの開発したエンジンでは、航空機のようにロケットを繰り返し運用ができると考えている」と説明した。同プロジェクトで開発されたエンジンは、推進剤に液体酸素と液体水素を使用する。推力は40kNで、また22%から109%の間で自由に可変させる(スロットリング)ことが可能だという。エンジンの開発はプロジェクト開始と同じ2010年度から始まっており、設計や製造、部品単位での試験が繰り返された後、2014年度にエンジンのシステム全体の性能を確認する試験が実施された。この試験は、短時間の燃焼の1回の打ち上げに相当する量の負荷をかけられる「寿命加速試験方法」という手法を使用して行われ、今年2月までに、エンジンの起動と停止の累積回数は142回を記録、累積燃焼時間は3785秒にも達している。これにより、100回の打ち上げに相当する負荷に耐えられることが実証されたという。またその中で、垂直離着陸時や、飛行を中断しなければならない時などに推力を制御する性能と、応答性も実証され、さらに最短で24時間後に再打ち上げが可能な能力を持つことも実証されたという。エンジン以外にも、たとえばタンクの中の推進剤の動きを制御する技術も必要となる。飛行中のタンク内の推進剤はちゃぷちゃぷと揺れ動いており、そのままロケット・エンジンに送り込もうとすると空気が混じってしまい、エンジンが破壊されることもある。そこで推進剤の液面を制御し、推進剤がしっかりエンジンに送り込まれるようにしなくてはならない。またロケット・エンジンのノズルには、高度によって(周囲の大気圧によって)最大の性能が出せる最適な形というのがあるため、飛行中にノズルの大きさを変えられる仕組みも必要となる。さらにエンジンなどが故障した際に、ロケットの判断でミッションを中断し、地上まで安全に帰還させるシステムも必要となる。その他にも、機体の形状をどうするか、軽くて頑丈な推進剤タンクをどうやって造るかなど、いくつもの技術開発が進められている。これらが実際の再使用観測ロケットで採用されるかはまだわからず、別の技術を使うかもしれないし、あるいは運用を続ける中で改良が加えられるため、後々になってから実装するといったことが考えられている。今年度には、新たに着陸脚の試験や、センサー類の試験なども予定されている。また、まだ具体的な日程や場所は未定なものの、実機よりやや小型の模型を使った滑空飛行試験も計画されているという。今はまだ再使用観測ロケットそのものを開発する予算は認められていないが、もし開発が決定され、予算が付けば、最短で4年間で開発できるとしている。稲谷教授は冗談交じりで「2020年の東京オリンピックの会場の上空で飛ばせるようにしたい」と語った。●「ロケットの次のゴール」を迎えるか、または「詐欺師ペテン師の世界」か○再使用観測ロケットにまつわる疑問点この再使用観測ロケットについては、いろいろと疑問点がある。まず、なぜ燃料に液体水素を使うのか、という点だ。水素は密度が低いため、たくさん積もうとするとタンクの大きさがかさばり、機体のサイズや質量がどうしても増えてしまう。また水素エンジンはスピードは出せるが、大きなパワーは出しにくい。最終的に第一宇宙速度(秒速7.9km)ものスピードを出さなくてはならない人工衛星打ち上げ用ロケットにとっては、スピードが出せるという点が大きなメリットとなるが、単に高度100km前後まで飛んでそのまま戻ってくる観測ロケットにとっては不向きだ。しかも帰還のための推進剤も積まなければならないため、タンクの大きさも、衛星打ち上げロケットより割合としては大きくなる。にもかかわらず再使用観測ロケットで採用された理由は、開発した技術を、より将来のロケットに活かしたいためだという。また、最近の世の中が水素社会になりつつあり、液体水素を使うロケットと接点があることから、それらの大学や企業などと共同研究ができるメリットもあるという。再使用することで本当に安くなるのかという疑問もある。スペース・シャトルは安価に運用するために部分的な再使用方式を採用したが、再使用のためのメンテナンスにかかる費用が非常に高くなってしまったという歴史がある。再使用観測ロケットはスペース・シャトルとは異なり完全再使用で、また機体の規模も目的も異なるが、同じ轍を踏まないとは限らない。これについて、小川准教授は「部品レベルで検討した結果、運用費用について、10分の1ぐらいは確実に安くなるという試算が出ている」と、低コスト化への自信を語った。もうひとつ、なぜ垂直離着陸方式を採用したのか、という点だ。米国では「スペースシップトゥ」のように、航空機に吊られて上空まで上がり、そこからロケット・エンジンで高度100kmまで上がり、飛行機のように滑空して帰ってくるという機体がある。またスペース・シャトルも打ち上げは垂直に上がっていくが、帰還時には翼で舞い戻ってくる。これに対しては、1日に複数回飛ばすことを考えると、垂直離着陸式の方が手間がかからないのではないかと考えられていること、また日本には広い場所がないので、滑走路などを確保するのが難しいという問題があり、垂直離着陸方式であればその点を解決でき、また既存の発射施設を使える利点もあることが挙げられていた。○さらにその先の未来へ現在、世界のロケットは、機体を再使用することで打ち上げコストを引き下げようという動きが主流になりつつある。たとえば米国のスペースX社は、ロケットの第1段を再使用することを目指し、「ファルコン9-R」ロケットの試験を繰り返している。また米国のユナイテッド・ローンチ・アライアンス社は、打ち上げ後に第1段のロケット・エンジンのみを分離し、パラシュートで降下させて空中で回収し再使用する「ヴァルカン」ロケットの開発をすると明らかにしている。フランスでも、第1段エンジン部分だけを分離し、プロペラを展開させて飛行機のように帰還し再使用する「アデリン」というシステムの開発が行われている。さらに米国のブルー・オリジン社では、まさにISASの再使用観測ロケットのように、液体酸素と液体水素を推進剤とする垂直離着陸型の再使用ロケットの開発が進められており、今年4月には高度約100kmへの飛行に成功している。一方日本では、現在三菱重工業とJAXAが共同で、H-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機となる「新型基幹ロケット」の開発を進めているが、今のところ再使用化の計画はない。はたして、この再使用観測ロケットと新型基幹ロケットが融合し、新型基幹ロケットの第1段が地上に舞い戻ってくるような日はくるのかということは、誰でも期待を抱くところだろう。質疑応答でも当然、そうした質問が飛び出した。それに対して稲谷教授は「スペースX社のように、新型基幹ロケットの1段目を再使用にする可能性はありうるだろう。そのときに、このエンジンでやってきたことは役に立つだろうとは思う。ただ、今のところ新型基幹ロケットはそのような設計開発はされていないと思うし、思考実験としてやったらどうなるか、ということは、(三菱やJAXAで)考えてられているとは思うが、まだ形になるような話にはなっていないと思う。将来とりうるチョイスのひとつとは思うが、これはなかなか難しいところで、スペースX社がやっているから日本も同じことをするのか、あるいはもっと先を行くべきのか、国の税金を使っていることなので、どういう道を行くのかはしっかり議論した上で決めるべきことだと思う」とのことであった。また小川准教授は会見後、「これからのロケットは再使用化が主流になると思われるか」という質問に対して、「たしかに、世界はふたたびロケットの再使用化に向けて動き出しているようだ。ただ、私たちはさらにその先の未来を見据えて、私たちのやり方が世界の主流になるようにやらなければならないと思う」と語った。さらにその先、というのは、完全な再使用ロケットのことだ。ファルコン9-Rやヴァルカン、アデリンは部分的再使用、つまり機体の一部を再使用しているにすぎない(スペース・シャトルも同様)。しかし、本当に航空機のようにロケットを飛ばしたいのであれば、当然ながら航空機と同じように、ロケットの機体すべてを再使用することが望ましい。そうした機体の構想は古くからあり、ロケットの全段をそのまま再使用する単段式ロケットや、2段式ながら上段が別々に帰還して再使用できるロケットなどが考案され、たとえばNASAでは、1980年代から90年代にかけて、X-30やDC-X、X-33、ヴェンチャースターといった機体の開発が行われた。しかし、どれも技術的な障壁にぶち当たり、結局実現することなく消えている。だが、それから技術も発達し、またスペースX社などがロケットを実際に再使用することを試みつつあり、完全再使用の衛星打ち上げロケットの開発に、ふたたび挑むべき時代がやってきているのかもしれない。稲谷教授は「誰でも行ける宇宙旅行や、太陽発電衛星の建設といった事業が経済的に成り立つためには、1日に何十回も飛べたり、機体を1000回ほど再使用できたりできる航空機のようなロケットを実現し、今より打ち上げコストを2桁ほど下げないといけない」と語る。また稲谷教授は「最終的にはスペース・シャトルよりも、もっと良いものを造りたい。たとえば羽田空港では、1日1000回ほど飛行機の離発着がある。再使用観測ロケットが目指しているのは1日10回程度であり、まだ2桁も少ない。それでも飛行機のように運用できるロケットが実現できないはずはない。それをゴールとして、若い人も含めて、そうしたロケットの実現に向けた活動が活発になればと思う」と期待を語った。○『「ロケットの次のゴール」または「詐欺師ペテン師の世界」』ところで、稲谷教授は今から10年前、2005年のお正月に、ISASニュースに『「ロケットの次のゴール」または「詐欺師ペテン師の世界」』と題した記事を寄稿している。その主張は今回の説明会と変わわらず、宇宙旅行や太陽発電衛星の建設などを実現するには打ち上げ費用を安くすることが重要であり、そのためには高い頻度で繰り返し打ち上げができる、使い捨て型のロケットとはまったく異なる思想のロケットが求められることが解説されている。そのユニークな題名は、稲谷教授と、糸川先生の弟子でもあった長友信人名誉教授との間で交わされた、「もし再使用ロケットを造ろうとお金を集めるも、失敗に終わった場合、詐欺師やペテン師の仲間入りをしてしまうことになる」という内容の会話から採られている。ちなみに長友教授もまた、考えが時代の先を行きすぎていたため、山師と呼ばれることがあったという。この記事が書かれた2005年というと、スペース・シャトルの後継機となるはずだった新型シャトルの計画はすべて消え、また2年前にはスペース・シャトル「コロンビア」の事故も起き、スペース・シャトルは失敗作だったという見方が広がり、再使用ロケットというものの実現性に疑いの目が向けられていたころだ。一方でロシアは、半世紀近く形の変わらない古めかしい使い捨てロケットを使い、安価に、そして安定した打ち上げを続けていた。それを背景に、当時は「ロケットを安くするには、使い捨てロケットを大量生産してコストダウンすることが正解」という風潮が強かった。あれから10年が経った今、世界のロケットはふたたび、やり方はさまざまなれど、機体を再使用する方向へ舵を切りつつある。そしてその流れはおそらく止まることはないだろう。もし将来、稲谷教授を詐欺師やペテン師などと呼ばねばならない日が来るとしたならば、それは日本のロケット産業の敗北を意味することになろう。
2015年06月25日そのニューズが流れたとき、多くの人々の反応は「またか」であった。2015年5月16日、ロシアのプラトーンM/ブリースMロケットが打ち上げに失敗し、墜落した。ロケットにはメキシコ合衆国の通信衛星「メクスサット1」が搭載されていたが、ロケットもろとも完全に失われることになった。また、つい最近の4月末には、国際宇宙ステーションへの補給物資を積んだプラグリェースM-27M補給船が問題を起こし、ミッションが失敗に終わっており、ロシアの宇宙開発にとって悪夢のような日々が続いている。それでなくとも、プラトーンMはここ数年、頻繁に失敗を起こしていた。最近では2014年10月に、衛星を予定していた軌道に投入することに失敗(衛星側で軌道修正は可能とされる)、さらに奇しくも今回から1年前の2014年5月16日には、今回とよく似た状況の失敗を起こしている。またそれにとどまらず、プラトーンMは2000年代後半からはほぼ年に1機から2機のペースで失敗しており、例えば2014年は8機中2機が、また2013年は10機中1機が、2012年は11機中2機が、墜落したり、目的の軌道へ衛星を投入できなかったりといった失敗を起こしている。かつてプラトーンMは、非常に大きな打ち上げ能力と、高い打ち上げ成功率を武器に、人工衛星の商業打ち上げ市場において、欧州企業とほぼ二分するほどのシェアを誇っていた。米国や日本の企業の衛星を打ち上げたことも一度や二度ではない。ほぼ毎月のように巨大なロケットが飛んでいく様は、かの地においては日常の光景であり、それはロシアの宇宙技術の高さの象徴でもあったが、今や斜陽化の象徴と化してしまった。○ロケットの第3段に異常メクスサット1を搭載したプラトーンM/ブリースMは、バイカヌール現地時間2015年5月16日11時47分(日本時間2015年5月16日14時47分)に、カザフスタン共和国にあるバイカヌール宇宙基地の200/39発射台から離昇した。予定では9時間13分にわたって飛行し、静止トランスファー軌道という、静止軌道に乗り移るための暫定的な軌道で衛星を分離することになっていた。しかし、ロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)の発表によると、打上げから497秒(8分17秒)後、高度161kmの地点で何らかの異常が発生したという。この時点ではまだ軌道速度は出ていないため、加速を失ったロケットと衛星は地球に向かって落下をはじめた。ロスコースマスではすぐに調査委員会が立ち上げられ、原因の究明が始まった。今回の打ち上げを手配した、民間のインターナショナル・ローンチ・サーヴィシズ(ILS)社でも独自の調査委員会が立ち上げられ、調査が行われている。またロシアのインテルファークス通信やイズヴェースチヤ紙などは、専門家の見解として、第3段に装備されている、姿勢制御用の小型ロケット・エンジンに問題が発生した可能性があると報じている。プラトーンMの第3段ロケット・エンジンは「RD-0212」と呼ばれており、メイン・エンジンの「RD-0213」と、4基のノズルからなるヴァーニア・エンジンの「RD-0214」の2種類のエンジンから構成されている。RD-0214は、ロケットの飛行の制御を行う、ステアリング(舵)として使われるエンジンだ。ただ、5月28日現在では、まだ決定的な原因、今後の対策などは、公式には発表されていない。また問題が発生した後に、ロケットや衛星がどのような結末を迎えたかは定かではない。機体の大半は燃え尽きたと考えられているが、燃え残った部品などが地表に落下した可能性もある。実際に、部品が落下すると想定されたロシア連邦南東の、モンゴルと国境を接するザバイカーリスキィ地方の南西にあるクラスナチコーイスキィ地区に向けて、ロシア非常事態省のヘリコプターが飛んだとされる。ただ、今のところ地表に落下したことを示す痕跡は見つかっていないという。ロケットの行方がわからなくなったことと、今回の打ち上げがプラトーン全シリーズ通算404機目であったことに引っ掛けて、Twitterでは「#404RocketNotFound」というハッシュタグが作られ、にわかに盛り上がりを見せていた。無粋なことは承知でネタの解説をすると、「404」というのは「Webページ(のファイル)が見つかりません」ということを意味するエラー・メッセージだ。たとえば昔にお気に入りに入れたページを久しぶりに見に行こうとしたら、「404 Not Found」と表示されて見られなくなっていた、ということを経験した人は多いだろうが、あれがまさにそれである。○メクスサット1今回の積み荷であったメクスサット1は、メキシコの通信・運輸省が運用する通信衛星で、米国の航空・宇宙大手のボーイング社によって製造された。またメクスサット1は別名「センテナリオ」とも呼ばれている。センテナリオ(Centenario)とはスペイン語で「100周年」を意味する単語で、1910年から1920年にかけて起こったメキシコ革命から100周年を記念して打ち上げられた衛星でもあった。無事に軌道に投入されていれば、音声やデータ、映像やインターネットなどの通信サーヴィスを提供することになっていた。打ち上げ時の質量は5325kgという大型衛星で、おまけに直径22mの展開式アンテナを持っているため、より大きく感じられる。設計寿命は15年が予定されていた。計画ではメクスサット1を含めて合計3機の衛星が打ち上げられ、国防や政府機関の通信、災害時の緊急通信などの用途で使われる予定だったが、1号機が失敗したことで計画の見直しは必至だ。米国の宇宙開発ニュース・サイトのSpacePolicyOnlineによると、衛星本体の設計と製造には3億ドル、打ち上げには9000万ドルが支払われたとされる。ただ、これらには保険が掛けられており、ほぼ全額が戻ってくるという。また、どうして最近失敗が続いているプラトーンMで打ち上げることを選んだのかという問いに対しては、ILS社との今回の打ち上げ契約は、まだそれほど失敗が目立って増えてはいなかった2012年に結ばれたものであり、またその解約には6000万ドルの違約金がかかるのだという。したがって、契約締結後の2012年以降にプラトーンMの打ち上げ失敗が増えたからといって、別のロケットに乗り換えるという選択は容易ではなかったようだ。
2015年05月29日新型基幹ロケットは、現在運用されているH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機として、さまざまな人工衛星や探査機などの打ち上げを担う。初打ち上げは2020年に予定されている。連載の第1回では、新型基幹ロケットがなぜ開発されるのかについて紹介した。第2回では、新型基幹ロケットがH-IIAからどう変わり、どのようなロケットになるのかについて紹介したい。○新型基幹ロケットはH-IIAからどう変わるのか新型基幹ロケットとH-IIAロケットを見比べたとき、最も目立つ違いは背の高さだ。H-IIAの全長は53mだが、新型基幹ロケットでは63mと、実に10mも伸びている。一方、直径もH-IIAの4mから、H-IIBの第1段機体に近い5mへと太くなっている。以前は機体直径は4.5mから5mの間で検討しているとされていたが、最終的に5mで固まったようだ。打ち上げ能力は、固体ロケット・ブースターを装着しない状態で太陽同期軌道に3t、静止トランスファー軌道には2tで、固体ロケット・ブースターを最大の4本まで装着すると、静止トランスファー軌道に6.5tまでの衛星を打ち上げることができるとされる。第1回で触れたように、H-IIAは太陽同期軌道に対しては能力が過剰で、逆に静止トランスファー軌道に対しては不足していたが、新型基幹ロケットではこれが改善されている。また、衛星フェアリングが大きくなっている点も重要な点だ。最近の静止衛星は大型化が進んでおり、他国の新型ロケットも軒並み大型フェアリングを採用しつつある。つまり新型基幹ロケットは、H-IIAよりも多種多様な衛星の打ち上げに対応できるようになっている。次に、ロケットの各部分について見ていきたい。○第1段―新開発のロケット・エンジン新型基幹ロケットの第1段には、新しく開発される「LE-9」というロケット・エンジンが、ミッションに応じて2基、もしくは3基が装着される。第1段エンジンの装着数を変えられるロケットというのはあまり例がない。この仕組みの利点としては、打ち上げたい衛星の質量に合わせて、最も効率の良い構成を選択することができる。しかし、エンジンを取り付ける部分や配管をその都度変えることになるので、設計は複雑になり、また製造や組み立ても手間がかかるようになる。LE-9エンジンは、H-IIAやH-IIBに使われているLE-7Aエンジンとはまったく違う技術が使われる。最も異なるのはロケット・エンジンを動かす方式で、LE-7Aでは二段燃焼サイクルという方式が用いられていたが、LE-9はエキスパンダー・ブリード・サイクルという方式が使われる。液体ロケット・エンジンは、ターボ・ポンプという強力なポンプを使ってタンクから燃焼室に推進剤を送り込み、そこで燃焼させ、発生したガスを噴射して推力を発生させている。多くの液体ロケットは、このターボ・ポンプを駆動させるためのタービンをガスで回しているが、どのような仕組みでこのガスを発生させるのか、またタービンを回した後のガスをどう処理するかで、液体燃料ロケットエンジンは大別される。二段燃燃焼サイクルは、まずプリ・バーナーと呼ばれる小さな燃焼室でガスを作る。そのガスはターボ・ポンプのタービンを回転させ、さらにその後、主燃焼室に送られて燃焼され、推力の発生に使われる。つまりガスを無駄にすることがないため、効率の良いエンジンになる。しかし、その分設計が複雑になり、またエンジンの各部分に高い圧力がかかる、開発や製造、取り扱いが難しい。一方、エキスパンダー・ブリード・サイクルはプリ・バーナーを持たない。主燃焼室やノズルの壁面に推進剤を流して冷却し、その際に発生するガスを使ってタービンを回すのだ。また、タービンの回転に使ったガスはそのまま外部へと捨てられる。これにより、効率では二段燃焼サイクルよりは劣るものの、プリ・バーナーがないためエンジンの構造が簡単になり、構造が簡単ということは造りやすく、信頼性も高いエンジンとなる。エキスパンダー・ブリード・サイクルはすでに、H-IIの第2段エンジン「LE-5A」や、H-IIAやH-IIBの第2段ロケット・エンジン「LE-5B」で使われており、日本にとっては技術も実績もある技術だ。ただ、ロケットの第1段エンジンとして使うためには、エンジンを大型化し、大推力化、つまりパワーをたくさん出せるようにしなければならない。エキスパンダー・ブリード・サイクルの大型・大推力エンジンというのは過去に例がないため、開発が順調に進むかどうかが今後の注目すべき点だ。LE-9の推力は公表されていないが、LE-9の基となった技術実証エンジン「LE-X」の推力は、海面上で1217kN(124tf)、真空中で1448kN(148tf)に設定されているため、これに近い値になると思われる。○固体ロケット・ブースター―SRB-Aを改良第1段の下部の周囲には、固体燃料を使う固体ロケット・ブースターが装着される。ミッションに応じて0から4本を変えられるようになっている。0から4本とはなっているが、ロケットのバランスを考えると、1本や3本はなく、実際は0、2、4本から選択することになる。このブースターについては「改良型」と記載されており、おそらくまったくの新開発ではなく、H-IIAやH-IIBで使われている「SRB-A」を改良したものが使われることになるのだろう。想像図を見る限りでは、H-IIA、H-IIBの外見上の特徴でもあったブレスやスラスト・ストラット(SRB-Aと第1段機体を結合している数本の棒状の部品)がなくなっており、結合方法が見直されている。ブレスやスラスト・ストラットを使う結合方法が用いられた理由は、SRB-Aのモーター・ケースに炭素繊維強化プラスチックが使われていることにあった。炭素繊維強化プラスチックは高い強度と軽さを併せ持つ材料だが、応力集中に弱い。ボルトなどで直接第1段機体と結合してしまうと、その部分に力が集中するため、壊れてしまうのだ。そこでモーターの上部にアルミ合金製のキャップをかぶせ、そこに斜めの支持棒(スラスト・ストラット)取り付けて力を受け止め、ロケット全体を引っ張り上げるようにする方式が採られている。だが、新型基幹ロケットでは「簡素な結合分離機構」を用いることで、ブレスやスラスト・ストラットが不要になったようだ。どのような技術が使われているのか、今後の情報に期待したい。○第2段―LE-5B-2を改良今回公開された概要で、以前までの完成予想図と最も大きく変わっているのがこの第2段だ。従来は第2段に「LE-11」という新開発のロケット・エンジンが使われていることになっていた。LE-11はLE-9と同じエキスパンダー・ブリード・サイクルを採用し、すでに原型エンジン試験の試験も行われていた。だが、今回公開された概要では「改良型2段エンジン1基または2基(検討中)」と記載されていることから、H-IIAやH-IIBで使われている「LE-5B-2」エンジンの改良型であり、新型のLE-11ではないことが示唆されている。実際に、今年3月4日にはJAXAが「新型基幹ロケット上段エンジンの開発」として、LE-5B-2エンジンの改良開発を行う契約を出していることがわかっている。また「1基または2基」というのは、第1段のように打ち上げる衛星に合わせて装着数を変えるということではなく、現時点ではエンジン基数の設定を保留にしている、ということだ。ただ、どちらになるにせよ、影響は限定的であるため、設計の手戻り(やり直し)は回避できるという。これが「LE-5B-2の改良で十分」ということなのか、「LE-11の開発に関して何らかの事情や問題が生じたため」なのか、あるいは「最初はLE-5B-2改良型を使い、開発が完了次第LE-11に切り替える」ということなのかは、今のところ明らかにされていない。(次回は4月25日掲載です)
2015年04月23日宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2015年4月10日、「新型基幹ロケット」の開発状況について発表し、ロケットや射場施設に関する概要の最新情報を公開した。新型基幹ロケットは、現在運用されているH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機として、さまざまな人工衛星や探査機などの打ち上げを担う。初打ち上げは2020年に予定されている。今回は新型基幹ロケットの概要や、これまでの経緯、今後の課題などについて、全3回に分けて紹介したい。○新型基幹ロケットとは新型基幹ロケットは、JAXAと三菱重工が中心となって開発が行われている大型のロケットだ。一部のメディアでは「H-III」と呼ばれたりもしているが、公式にはまだ決まっていない。初打ち上げは2020年度に予定されており、いずれは、現在運用されているH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機として、地球観測衛星や情報収集衛星、科学衛星や惑星探査機などの打ち上げを担うことになっている。H-IIAはこれまでに28機が打ち上げられ、そのうち27機が成功し、さらに直近の22機は連続成功を続けている。また、H-IIAを基に開発されたH-IIBは4機中4機すべてが打ち上げに成功しているなど、高い実績を築いており、ロケットとしての信頼性も確立されつつある。であれば、このままH-IIA、H-IIBを使い続ければ良いのではと思われるかもしれないが、そうはいかない事情がある。JAXAや三菱重工では、この新型基幹ロケットの開発目的について、「自律性の確保」と「国際競争力のあるロケットと打ち上げサーヴィスを持つこと」の2点が挙げられている。「自律性の確保」とは、他国に頼ることなく、日本だけの力でロケットを打ち上げる能力を持ち続けるということだ。そのためにはH-IIAやH-IIBを使い続けるだけではなく、ロケットを造る技術を、新しい世代の技術者に継承していかなければならない。H-IIAはゼロから新規に開発されたわけではなく、先代のH-IIを改良したロケットだ。H-IIBもH-IIAの改良型であり、新開発された要素はさらに少ない。H-IIの開発は1980年代から始まっており、当時現役だった技術者たちは、そろそろ現場を離れる時期にきている。技術とは、設計図や部品だけあれば良いというものではなく、人の知識や経験といった要素も欠かせない。それらが継承されないと、いずれ日本から大型の液体燃料ロケットを造る技術が失われてしまうことになる。そこで、H-II開発の経験を持つ人たちが現役である間に新しいロケットを開発し、それを通じて彼らが持つ知識や経験を次の世代に伝えていこうというわけだ。もうひとつの「国際競争力のあるロケットと打ち上げサーヴィスを持つこと」とは、言い換えると「安くて信頼性のあるロケットを造る」ということだ。H-IIAやH-IIBには、打ち上げ価格が高いという欠点がある。三菱重工は打ち上げ価格を公表していないが、H-IIAの標準型で100億円、商業用の静止衛星を打ち上げる際に使われる、固体ロケット・ブースターを4本持つH-IIA 204という構成であれば110億円ほどとされる。しかし他国では、H-IIAとほぼ同じ能力で価格は半額という安価なロケットが登場してきており、国内外の企業から人工衛星の打ち上げを受注する際に不利な状態が続いている。そこで新型基幹ロケットの打ち上げ価格はH-IIAの約半額を目指すとされている。また、H-IIAの打ち上げ能力には、目標の軌道によってやや過剰であったり、また逆に不足していたりという問題がある。H-IIA標準型では太陽同期軌道に4t、最大構成では静止トランスファー軌道に6tの打ち上げ能力を持つ。太陽同期軌道は、地球を南北に回り、なおかつ太陽光の差し込む角度が一定となる軌道で、地球の観測に適しているため、地球観測衛星や偵察衛星がよく打ち上げられている。ただ、日本の地球観測衛星である「だいち2号」や情報収集衛星は約2tほどしかなく、H-IIAの4tという打ち上げ能力はやや過剰である。もうひとつの静止トランスファー軌道というのは、通信衛星などの静止衛星が打ち上げられる静止軌道の、ひとつ手前の軌道のことだ。多くのロケットは静止軌道に衛星を直接投入することができないため、この静止トランスファー軌道に衛星を投入している。静止衛星の質量は、小さいものでは2tほどだが、大きいものであれば7tもある、H-IIAの最強型でも打ち上げられない衛星が出てきている。つまり、H-IIAよりも価格を下げつつ、打ち上げ能力を各軌道に合わせて最適にしたロケットが必要となっているのだ。○これまでの経緯H-IIAの後継機を造るという話は、JAXAが設立された2003年の時点ですでに持ち上がっていた。しかし、その直後の同年11月29日にH-IIA 6号機の打ち上げが失敗し、新型ロケットよりもまずはH-IIAの信頼性を高めることが優先されたこと、またそれと関連し、ロケット・エンジンやブースターの改良に力を注ぐことになったことにより、開発決定は先延ばしにされた。その後もJAXA内で研究が続けられ、2012年度からは概念検討が行われた。2013年6月4日に新型基幹ロケットの開発を行うことが決定された。翌2014年3月25日には、開発を担う企業に三菱重工が選ばれ、2014年4月からロケットの概念設計が開始された。そして2015年2月25日から3月11日にかけて、ロケットや地上設備などの各システムの技術仕様や基本設計以降の開発計画の妥当性について審査する「システム定義審査」が行われ、その結果「基本設計フェイズ」への移行は可能との判断が下された。続いて3月17日から19日にかけて開催された「プロジェクト移行審査」において、「システムの全体仕様が定義ができる段階にあること」が報告され、審議の結果、正式に「プロジェクト」に移行することが決定された。2015年度に入った今現在、新型基幹ロケットのシステム全体としては「基本設計」を行う段階に入っている。また並行して、ロケット・エンジンやブースター、機体構造、電気系統などの、部品や要素単位の試験や、実際にロケットに搭載されるものの設計も2014年度から続けて行われている。さらに、新たに開発されるロケット・エンジンの試験を行うため、試験設備の改修も行われている。(次回は4月23日掲載です)
2015年04月21日