日本サッカー協会(JFA)の松田薫二グラスルーツ推進グループ長が、賛同パートナーを訪問し、現在の取り組みや今後の展望について話を聞くこの連載。今回は千葉県木更津市に拠点を置く、房総ローヴァーズ木更津FCです。クラブの代表を務めるのは、ジュビロ磐田などで活躍した、カレン・ロバートさん。木更津に素晴らしいグラウンドを建設したカレンさんと松田部長の対談後編では「ローヴァーズドリームフィールド」(人工芝グラウンド)設立の経緯に迫っていきます。(取材・文鈴木智之)カレンさんが廃校を再利用してフルピッチのサッカーグラウンドを持つことになったきっかけとは<<前編:元Jリーガー、カレン・ロバートさんが野球人気の地、木更津にサッカークラブを作ったワケ<グラスルーツ推進6つのテーマ>■廃校を再利用してグラウンドを確保松田:「ローヴァーズドリームフィールド」を見せてもらいましたが、素晴らしい施設ですね。クラブカラーの赤が鮮やかで、目に飛び込んできます。カレン・ロバート(以下カレン):ドリームフィールドはミズノさんが作ってくれたのですが、チームカラーの赤を入れるところはこだわりました。ほかにもヨーロッパでよくある、立ち見席も設置しています。松田:この施設を作るきっかけは、イオンモール木更津にフットサルコートを作るところから始まったのですか?カレン:サッカークラブを運営する以上、フルピッチのサッカーグラウンドを所有することは、誰もが抱く夢だと思います。「フルピッチのコートがほしいけど、場所もないし、どうしようか」とクラブスタッフと話をしていたら、たまたま木更津市の行政の方と話をする機会があり、廃校になった中学校の再利用の話が出ていました。松田:廃校は放置しておくと、老朽化して危険ですし、治安の悪化につながります。まさにグラスルーツ推進賛同パートナーの「社会課題への取り組み」ですね。カレン:当時僕は海外でプレーしていたので、行政への提案は松川(耕平/ローヴァーズ株式会社取締役)がやってくれました。それで公募が通って、木更津市立中郷中学校のグラウンドと体育館を改修し、人工芝の「ローヴァーズドリームフィールド」と「中郷アリーナ」が完成しました。後者だった建物は宿舎として改築中で、2021年度の完成を目指しています。2020年10月にオープンしたローヴァーズドリームフィールド赤い人口芝が鮮やか■サッカーだけでなくバスケ、バレーなど他競技への貸し出しも松田:廃校を利用してグラウンドを作る動きは増えてきていますが、ローヴァーズさんもその形だったのですね。施設の建設費用はどうやって捻出したのですか?カレン:銀行に借りました。フットサルコート運営の実績があったので、グラウンドに関しては比較的スムーズに話がまとまりました。松田:グラウンドは貸し出しもしているそうですが、どのエリアをターゲットにしているのですか?カレン: 東京、神奈川、千葉のスポーツ団体です。サッカーは当然のこと、アリーナではフットサル、バスケット、バレーボールなどもできます。都心からアクアラインを使えば、車で40分ほどで来ることができます。袖ヶ浦ICからも車で5分の距離なので、アクセスはかなり良いと思います。松田:東京や神奈川はチームの数に比べて、グラウンドの数が圧倒的に足りていません。東京都リーグの試合をするために、千葉のグラウンドまで行くこともあります。カレン:東京もそうですし、横浜や川崎からも、アクアラインを通ればかなり近いので、たくさんの方に利用してもらえるのではないかと思っています。中郷アリーナはバスケやバレーなど様々な競技団体に貸し出しも行っている■障がい、経済格差に関わらず一緒にサッカーができるように松田:障がい者サッカーの活動はどうしていますか?カレン:ローヴァーズのビジョンに「障がいや経済格差などに関わらず、みんなで一緒にサッカーができるように、地域をスポーツでつなぐ」というものがあります。最初は船橋市の生涯スポーツ課さんから委託されて、健常者の子ども向けと知的障がいの子ども向けにサッカー教室をさせてもらうところから始まりました。それがきっかけでローヴァーズのコーチが、知的障がい者の指導者ライセンスを取得したり、講習会をローヴァーズの施設で行うなどして、関わりが深まっていきました。松田:どのような年代の子たちを教えているのですか?カレン:小学生の特別支援学校の子たちです。そういう子の親御さんはサッカーに対するハードルが高いみたいで「本当に大丈夫かな?」と思いながら参加されるのですが、来てみたらすごく楽しんでくれて、「来て良かったです」と泣いて喜んでもらうこともあるので、そういう姿を見ると、もっと活動を増やしたいと思います。松田:障がいがある子達が運動する場が少なく、親御さんも「迷惑をかけてはいけない」という思いが強く、外に出さないこともあるようです。日本障がい者サッカー連盟では、年に1回「JIFFインクルーシブフットボールフェスタ」というものをやっていて、障がいの種別を問わず、健常者と障がい者をミックスして試合をしています。子どもの頃から交流を持つことで、大人になるまでに偏見や差別が植え付けられなくなるのではないかと思っているんです。カレン:障がい者に対する専門的な指導の知識も必要なので、学ぶことができる環境も作っていきたいです。松田: JFA では指導者ライセンス保有者のためのリフレッシュ研修で、障がい者サッカーコースを設けています。障がいがあっても、こうすれば一緒にサッカーが楽しめるということを学んでもらっています。千葉県でも開催を予定していますので多くの方に参加してもらえたらと思います。■近隣クラブとの協力で女子の育成、房総エリアを盛り上げたい松田:ローヴァーズは女子チームもありますが、なぜ女子も作ろうと思ったのですか?カレン:サッカーをやりたい女の子が多かったので、ジュニアのチームを立ち上げました。近隣に「オルカ鴨川」という女子のクラブがあるので、そこと協力して、選手を橋渡ししていければと思っています。木更津は内房、鴨川は外房と呼ばれる地域です。ローヴァーズにはチーム名に「房総」と入っているので、お互い協力して、房総を盛り上げていきましょうという話をしています。松田:サッカーをやりたい女の子が多いのは良いですね。カレン:この辺りは、習い事の数がそれほど多くないことも関係しているのかもしれません。夫婦共働きも多く、子どもたちの送迎をおじいちゃん、おばあちゃんがしてくれている家庭もあります。松田:子どもたちは、どの辺りから通っているのですか?カレン:木更津、袖ヶ浦、君津、富津の上総(かずさ)四市と呼ばれる地域の子達が多いです。遠いところは鴨川や市原、千葉市から来ている子もいます。松田:ぜひ、房総地域のサッカーを盛り上げていただけたらと思います。グラウンドづくりにしても、いろいろな人の参考になると思います。■子どもたちには失敗したからとすぐ諦めず、成功するまで頑張ってほしい松田:最後に教えて下さい。なぜクラブのカラーを赤にしたんですか?カレン:マンチェスター・ユナイテッド(イングランドプレミアリーグ)が好きなのと、強いチームは赤か青だろうというところから始まりました。チームカラーを青にすると「市船でしょう?」と茶化されそうだったので、赤にしました(笑)。ちなみに「ローヴァーズ」はヨーロッパのクラブでよく使われる名前で「成功を求めてさすらう人」という意味があります。子どもたちには「失敗したからといって諦めずに、成功するまで頑張ってほしい」という意味も込めて、名付けました。松田:素敵な名前ですね。グラウンドだけでなく、来年には宿舎もできるということで、楽しみにしています。カレン:はい。ありがとうございました。
2020年12月08日日本サッカー協会(JFA)の松田薫二グラスルーツ推進グループ長が、賛同パートナーを訪問し、どんな取り組みを行っているのかを聞くこの連載。今回登場するのは、千葉県木更津市に拠点を置く、房総ローヴァーズ木更津FCです。クラブの代表を務めるのは、ジュビロ磐田などで活躍した、カレン・ロバートさん。木更津に素晴らしいグラウンドを建設したカレンさんに「施設の確保」を始めとするクラブ設立の背景、グラスルーツの活動について伺いました。(取材・文鈴木智之)リコプエンテFCが自前のグラウンドを作った理由とは......<グラスルーツ推進6つのテーマ>■カレン・ロバートさんが育成年代のクラブを設立した理由松田:房総ローヴァーズ木更津FCは、JFAのグラスルーツ推進・賛同パートナー制度の中の「施設の確保」「引退なし」「女子サッカー」「障がい者サッカー」「社会課題への取り組み」の5つに賛同してくれています。カレン・ロバート(以下カレン):はい。松田:今回の対談では、なぜクラブを作ろうと思ったのか。そしてグラウンドや施設をどのようにして作ったのかなど、賛同パートナーの方々の参考になるような話を聞かせていただければと思います。カレン:はい。よろしくお願いします。松田:元Jリーガーが育成年代のクラブを作り、グラウンドまで作ってしまったというケースは、あまり聞いたことがありません。カレンさんはオランダやイングランドなど、海外でのプレー経験も豊富なので、ヨーロッパの影響を受けたのかなと推測しますが、クラブ設立のきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?カレン:僕は茨城県の土浦市で生まれて、小学3年生まで、つくば市でサッカーをしていました。その後、小学4年生から中学生(ジュニアユース)までは柏レイソル、高校では市立船橋でプレーさせてもらい、千葉県にお世話になりました。松田:レイソルジュニアで全国優勝、レイソルのジュニアユースでは全国3位、市立船橋でも全国優勝をしていますね。カレン:すごく良い環境でサッカーをさせてもらっていたんだなと、プロになって改めて感じました。ヨーロッパでプレーする中で、将来のことを考えていたときに、漠然とですけど「千葉県に恩返しがしたいな」と思い立ち、すべてはそこから始まりました。そのときは、縁もゆかりもない木更津にクラブを作るとは思いませんでしたけど(笑)■野球人口の多い木更津にクラブを作ることになったキッカケカレン:船橋市にJクラブがないこともあって、最初は船橋市でスクールを立ち上げて、少しずつ積み上げていこうと考えていました。それで2013年に千葉県の佐倉市や白井市で、市立船橋時代の仲間とスクールを始めて「5年以内に自前のグラウンドを持ちたいね」という話をしていました。松田:サッカー関係者にとって、グラウンドの所有は、誰もが描く夢ですよね。カレン:そうしたらあるとき、木更津に良い物件があることを知りました。それがイオンモール木更津です。将来的にはクラブチームを作りたかったので、フットサルコートを3面作ることができるのは魅力的だなと。グラウンドは大きい方がいいですから。僕はそれまで、木更津には行ったこともなかったのですが、「イオンモールができるのだから、木更津は今後伸びるんじゃないか?」と思い、グラウンドを作ることにしました。松田:イオンモール木更津のフットサルコートは、カレンさんというか、ローヴァーズが作ったのですか?カレン:僕が現役時代に貯めたお金と、銀行からお金を借りて作りました。土地はイオンモールに借りています。広さはフットサルコート3面でソサイチができるぐらいです。松田:木更津は野球のイメージが強いですが、サッカー熱はどうなんでしょう?カレン:木更津には高校野球の名門、拓大紅陵高校や社会人野球チームなどがあり、野球が盛んな土地柄です。ただ、サッカースクールやクラブを作り、運営していく中で、地域の人達の熱意を感じています。じつはサッカーの需要も高かったのだと思います。子ども達はすごくピュアで、身体能力が高いんです。他の地域の人達に「木更津の子って、足が速いよね」「身体が大きいよね」と言われることも多いです。しっかり育てれば、面白い選手が出てくる土壌はあると思っています。2020年10月にオープンしたローヴァーズドリームフィールド■実力がある選手にはチャンスを与えられるクラブにしたい松田:ローヴァーズにはどのカテゴリーがあるのですか?カレン:まずはジュニアユースを作り、ジュニアは去年、U‐9、U‐10のチームを作りました。それとユース、社会人があり、女子は小1~小6まで募集しています。松田:女子も含めて、カテゴリーは多岐に渡りますね。こんなクラブにしたいというイメージはありますか?カレン:オランダで見てきたものを再現したい気持ちがあります。具体的には、若手育成型のクラブです。オランダはとくにそうですが、日本のように年功序列ではなく、アヤックスでは、ハタチそこそこの選手がキャプテンをしています。それでチャンピオンズリーグで活躍していて。日本ではまずありえないですよね。松田: 実力主義ですね。オフト(元日本代表監督)がヤマハにいた時はそうでしたね。ちょうどその頃、私はヤマハにいたのですが、大卒の22、3歳の選手がゲームキャプテンをしていました。オフトはオランダ人なので、考え的に通じるものがあるのかもしれません。カレン:サッカー選手は、若ければ若いほど価値があります。ヨーロッパに行って、それを気づかされました。将来的には、若い選手を海外に送り出すクラブにしたいです。そのためには、環境も含めて投資をしていくつもりです。■地域に根ざしたクラブを目指す松田:トップチームは Jリーグを目指しているのですか?カレン: J1、J2を最初から目指すのではなく、近い目標としてはJ 3入りを考えています。僕はイギリスでもプレーしましたが、地域に根づいた街のクラブが各駅にあって、5000人、1万人程度のスタジアムに人が集まって、すごく良い雰囲気なんですよね。ローヴァーズがそうなれれば良いですし、そこから先は木更津の方々や地元の企業さんが「上を目指そう」と言ってくれるのであれば、全力で応えたいと思っています。松田:話を聞いていると、すごく現実的で進め方がよくわかっているなと感じました。ヨーロッパでご自身の目で見て、経験しているのが大きいんでしょうね。カレン:僕はJ 2でもプレーしましたが、練習場などの環境が整っていないところもまだまだ多いです。クラブを作るにあたり、まずはそこをクリアにしたいと思いました。今年の10月にオープンした「ローヴァーズドリームフィールド」(人工芝グラウンド)を作ることができたのは、かなり大きかったと思います。
2020年12月01日