図らずともやさぐれモードで始まった二度目のヴィパッサナー瞑想合宿。セルと呼ばれる独房に篭って瞑想し続けた結果、心の深い深い部分まで向き合うことになりました。結果、”40歳を目前とした不安”について延々と語る女性に自らを晒せるほどエネルギーが軽くなったのですが。いったいどんなステップを踏んだというのでしょう。時系列でご報告します。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 67くしゃみが止まらず、ティッシュが手放せない。2回目のヴィパッサナー瞑想合宿、前編はこちらをどうぞ。やさぐれモードで始まった2回目のヴィパッサナー瞑想合宿ですが、始めの3日間はとにかく眠くて、眠くて。あろうことか瞑想中に寝落ちすることが多々あったほど。そこで休憩時間は散歩もせずにひたすら気絶したように爆睡していました。朝の4時半から瞑想がスタートするのですが午前中はくしゃみ、鼻水と涙が止まらず、ティッシュ箱が手放せない状態に。まったく集中できません。健康だけが取り柄だったのに、どうやらアレルギーになってしまったようです(これって、瞑想アレルギー?)。結果、ティッシュ箱と頭からすっぽり被れるぶ厚めのストールが瞑想時の私の必需品に。ちなみに合宿中にみんながどんな格好をしているのかというと、写真上のようなポンチョ人口が高かったです。ポンチョの下はパジャマのようなゆるいスウェットの上下。分厚い靴下を履いてビルケンシュトックのサンダルというのが北カリフォルニア ヴィパッサナー瞑想合宿の定番ファッションのようです。「大草原の小さな家」のローラ気分の寮。寮の部屋の様子はこんな感じ。前回のヴィパッサナー瞑想合宿で訪ねたNorthern California Vipassana Centerとさほど変わらなかったので、そちらを再掲載しました(携帯電話を没収されるので、写真撮影ができないんです)。シングルサイズのほどよい硬さの低反発マットが敷かれたベッドに、ナイトテーブルとデスクランプ。あとはゴミ箱とティッシュ2箱にハンガーが5本です。今回違った点は、全室個室で洋服ダンスがありました。※ヴィパッサナー瞑想合宿・初体験記事は、こちらをどうぞ。寮はこのように木々に囲まれた原っぱに何棟か建っています。ちょっとした『大草原の小さな家』気分です。10日間の寮のトイレ掃除は、有志で行います。3日目に、当番表が埋まっていなかったため、睡魔と戦い意識朦朧としながらトイレ掃除をしてみました。現在8人で暮らしている家でもそんな感じなので、「私の人生、トイレ掃除しているうちに終わりそうだな……」と思って、少し気が滅入ります。独房に篭って、瞑想し続ける。今回の合宿所ではメディテーションホールで集団瞑想を行うだけではなく、パゴダと呼ばれる仏塔(写真上)の個室でも瞑想できるとか。日本の侘び寂び、簡素な仏塔とは趣が違って、超エキゾチック&ド派手な外観ですね……。余談ですがこのパゴダの小さな個室のことを英語でcell(セル)というのですが、コレ、刑務所の独房っていう意味もあるんですよね(苦笑)。中の様子はというと、だいたい一畳ぐらいのスペースに坐布がひとつ。窓はありません。ここに篭ってしまえば、誰も気にせずにいくらでもくしゃみができるし鼻もかめる。寛ぎすぎて「こりゃ、楽だわ〜」と壁の角にもたれて、あろうことか爆睡してしまったり。非常に落ち着くので7日目ぐらいまではひとりここに籠もりきりで瞑想していましたが、肉体的にはラクなのですがなぜかここにいると私は怖いことばかりが頭に浮かんでしまいます。4日目の朝は「この後に及んで大学院に行かなかったら、渡米したけどなんの意味も無かったな!」といろんな人に批判されるという被害妄想たっぷりな悪夢にうなされて目覚めると、眉間と左頬に大きな吹き出物が。ウォーキングコースに設置された“course boundary(ここまでよ)“と書かれた標識を見ては、袋小路な自分の人生に照らし合わせてしまうというネガティブっぷり。心の中と同様、外は雨です。「二回目だといっても、前回8日目に体験したスカッとしたあの状態からはスタートできないのだな……」と、憂鬱な気持ちになります。ニルヴァーナ(涅槃)への道は、はるか彼方……。「瞑想によっていい気分でいたい。幸せになりたいという気持ちが先行すると、それは良い気分に対する執着であり、嫌な気分に対する嫌悪感ですから、真の幸せ、つまり涅槃への歩みとはまったく逆の方向に向かっていることになります」というヴィパッサナー瞑想を指導するS.N.ゴエンカ師の教え。厳しい!といった感じで解脱の道とは真反対に進もうとする気持ちをなだめながら、コースで指導される瞑想法は鼻腔を流れる呼吸に集中するアナパーナ瞑想から、頭のてっぺんから爪先までの感覚を観察しながら平穏な心を保つというヴィパッサナー瞑想へと移り変わります。行動に移せず、現実化しない妄想に囚われる。5日目に再び寮のトイレ掃除当番表が埋まらず、二度目のバスルーム清掃を。ふたつあるトイレのひとつが掃除中に使われていて、使用時間が長かったので「あ、そっちは掃除してくれているのかも♡」と淡く期待をするも、あてが外れて腹が立ちます。「アニッチャー(諸行無常の意)、アニッチャー……。あぁ、全てが “気づき” と “平穏な心” の練習。ヴィパッサナーなのだなぁ〜」とわかったような気分で掃除中に鏡を見ると、普段吹き出物などほとんどできないのに鼻の横にまでできものが!トイレ掃除後、悶々とした気持ちを抱えながらパゴダに篭って瞑想をしますが、「1年半したらビザが切れるけれど、その後私はどうなるのだろう……」とものすごく不安な気持ちにトラップされます。そこで休憩中に森の中の湖のほとりを歩くことにしました。自然に癒やされるうちに「先のことはわからないけど、少なくとも今はこうして自分のために時間とお金をかけられる。ありがたい。私は幸せだ」と感謝の心が芽生え、少し心が前向きに。湖面に映る木々を眺めているうちに、心の淀みが外の世界に反映されているのだというゴエンカ師の教えが心に染み入ります。こういう経緯を経て毎度この合宿で思う定番ごとなのですが「精神衛生上、緑に囲まれた場所に引っ越したほうが良いのではないか(家賃が格安ならなおのこと良し)」と未だ行動に移せず、現実化しない妄想を抱きながら1日を終了。ユーモアは全てを制す?今回の合宿から坐禅中に体が痛まなくなったことはこれ幸いなのですが、代わりに思考の大暴れが顕著に。6日目のQ&Aの時間に先生に相談すると「呼吸に戻り、感覚に戻りなさい。ヴィパッサナー瞑想で感覚に集中できない場合は、アナパーナ瞑想を行って」と助言されます。「感覚に戻るとは、再び頭のてっぺんに意識を持っていってボディスキャンを再開するということでしょうか?」とたずねると、「いいえ。注意がそれてしまった箇所からです。そうじゃないと、頭のてっぺんばかり観察することになってしまいますよ」と指導されました。「あ、それまさに私がずっとやっていたことです! あやうく頭のてっぺん観察のエキスパートになるところでした」と答えると先生にウケ、ろくすぽ瞑想も満足にできないくせになんだか満足感が。ゴエンカ師の講話もユーモアに溢れているし(残念ながら日本語訳はジョークの部分がうまく反映されていません)、人間関係とか人生とか、お互いに気持ちよく笑えたらそれでいいんじゃないかと、その夜は妙に納得しながら床につきました。死のイメージにトラップされ、涙と鼻水まみれに。7日目にセルで瞑想をしていたら、突然親の死のイメージがやってきて涙と鼻水まみれ、ひどく苦しい思いを。自分のなかに親や生に対する執着心と死と老いに対する強い恐怖心があることを再認識しました。そこで瞑想最終日にゴエンカ師の『The Art of Dying(アート・オヴ・ダイイング)』という仏教的な ”死“ の捉え方、ゴエンカ師のお母様や転移し続けるガンの恐怖と向き合うクイーンズ大学教授のインタビューなどがまとめられた本と、思わず日本行きの航空チケットを購入したということは言うに及ばず。「安らかな死を迎えたいと人は言いますが、そもそも平穏な生き方をしていない人に、平穏で幸せな死は迎えられませんよ」と、至極まっとうな道理がゴエンカ師の講話で語られ、はっとさせられたからです。前回の瞑想合宿では「今なんでコレ?」と現在抱えている問題とは関係の無いような出来事が頭をハイジャックしましたが、今回はビザの件やら、将来や親のことなど。抑圧しているつもりでも、心の深い部分で感じ続けていた不安や恐れがババババーっと顕在意識に浮き上がってきたようです。トイレ掃除当番表が埋まらず、怒りと向き合う。頭のなかではなく、リアルに今ここで起こっている出来事に関しては、1日の終わりに近づいても10日目のトイレ掃除当番表が未だに埋まっていないのが気になります。ハイ、またトイレ問題です(笑)。そんな思いを抱えつつ瞑想中に体の感覚をなぞっているうちに、今までずっと封印していた感情が現れてきたようで、教授やプログラム・ディレクター、その他さまざまな出来事に対する強い怒りを感じて、我ながら驚きました。なぜなら、その出来事はすべて自分の実力不足の結果で、「私はこの満足がいかない現実に見合う人間だ」と諦め、受け容れているものだとばかり思っていたからです。すごく怒っていたんですね、実は。FUCK YOU! と思っている自分を心の狭い勘違い人間だと否定せずに、初めていったん静かに「わかった、わかった」と認めてみました。またつねづね瞑想中に集中が切れるとやってしまう私の定番妄想は「あのときああだったら、今こうなっていて……」という意味の無い夢物語を頭のなかで繰り返すことなのですが、7日間それをやり続けた結果、「いい加減、もういいわ!」と。死の恐怖と向き合ったときと同じく「変えられない過去を書き換えようと妄想にふけるんじゃなくて、今できることを精一杯やろう」と思考が切り替わったのです。瞑想後の休憩中にホールを出ると、自分の視覚が普段より鋭くなっていることに気が付きます。陽光を強く感じて、草木に降りた霜に光が反射してキラキラしてとても美しい。「生かさせてもらっている」。そんなふうに感謝の気持ちが胸の奥から湧き上がってきました。瞑想で無感情になるわけではない。8日目の午後、先生に常日頃疑問に思っていたことを質問します。「この瞑想では執着や嫌悪感を手放すことが目的ですが、プラクティスを続けていくにつれて無感情になってしまいませんか? ブラック企業や軍隊でも瞑想が使われていると聞きましたので」と。すると「いいえ。この瞑想ではあなたの感覚と感情に気づき、外側の状況をより正確に把握したうえでその感情を外に表現するのかしないのかという選択をあなたに与えてくれるもの。感情を抑圧するのではなく、自動操縦的に反応するのでもない形で、です。それが自由です」と言われました。夜の講話では、改めてゴエンカ師はすごい人だなぁと痛感しました。前回は彼の知識や理解の深さ、つまり瞑想で体内感覚を鋭くすることで信念体系がなぜ切り替わるのかを明快かつ論理的に説明する点で尊敬したのですが。今回はこのテクニックを太っ腹にも受講料も宿泊料も請求せず、あくまでも寄付ベースで提供し、全ての人にわかりやすく教えることに人生を捧げたという事実にただただ圧倒されました。「この瞑想はただ感覚を鋭くするためのゲームじゃない」とゴエンカ師は強調しますが、講話の時間で終始語られる道徳・倫理面の学び(慈悲の心と滅私奉公の実践)がこのヴィパッサナー瞑想のコアとなる実践なのでしょう。つまりそれを抜きにしてヴィパッサナー瞑想は無い、ということです。その夜の最後の瞑想では “気づき” と “平穏な心” を念頭に行った結果、とても深まって坐禅をとくのに少し時間がかかりました。8日目の就寝前は、前回と同様、頭が空っぽになって気持ちがいい。行動や結果の背後にある、意図が重要。9日目は春のような陽気になり、フリースやポンチョを脱いでTシャツ姿になっている参加者も。午後になっても10日目のトイレ掃除当番表が埋まらず、表に名前を書き込みます。ゴエンカ師は、何かをするときには行動と結果よりも、その意図が大切だと説きます。「仕方が無いな」と諦めに近い気持ちで、掃除をするのは良い意図では無いのでは?と思ったけど仕方が無い。9日目に聖なる沈黙が解かれたので、10日目に参加者といろいろ話をしました。その際にキエフ出身LA在住の旅好きの女性との会話中に「私は毎日旅をしているような気分なんです」と言うと「もうアメリカに来て3年も経つのに?」とたずねられました。「……はい。そして不思議なことに日本に帰っても、旅人のようなエトランジェ気分なんです」と打ち明けると、「わかるわ、その感覚……」と言われ、ふたりでしばし沈黙します。そして「でもそれは、すべての国が自分の国だと感じているから、って私は思っているの。あなたは今、アメリカと日本の両方があなたの国になりつつあるんじゃないかしら」と言われます。「その発想の転換は、とても素敵ですね」と言うと「どこの文化にもすんなり溶け込めることもあるし、チグハグな気分にさせられることもある。どこにいても同じ。その思いに囚われすぎないことよ」。自分の心の方位磁針を持つということか。「それこそヴィパッサナーですね」と言って、二人で笑顔になりました。有り金全て寄付するも、稼いでいない自分が恥ずかしい。11日目最後のメッタ(愛と慈悲)瞑想を終えて、寄付をしにいきます。さすがカード社会アメリカという感じで、現金だけではなくカードやチェックでも受け付けてくれます。前回もできる以上の精一杯をしたけれど、少額で恥ずかしい思いをしたので、今回は今のところ入る見込みの原稿料を全て寄付しました。それでも年収1000万円以下は低所得者になるという北カリフォルニア地区の人たちに比べたら、ずいぶんと少額。iPad上にサインしながら、センターで奉仕をする人も「少ないな」と思っているだろうと被害妄想と劣等感にトラップされそうになります。気を取り直して、行動の意図が大切だというゴエンカ師の教えを踏まえ、この寄付をしているのは「ケチだと思われるのが恥ずかしい」から「次の人にこの素晴らしい体験を贈りたい」という願いに切り替えるように意識を転換します。そのあとは、有志でキッチンの掃除を行いました。おいしいご飯を無償でずっと作ってくれてありがとう、という気持ちを込めて。わたし、40歳ですけど?帰りもピィーがライドをしてくれ、行きと同様に40歳を目前とした不安を延々と語られます。フィアンセと結婚をして子どもを授かりたいが、旅好きの彼は落ち着くだろうか。うんうんと聞いていると「あなたはまだずいぶんと若いからこの気持ちはわからないだろうけど。出産にはタイムリミットがあるのよ。私には時間が無い!」と言われて、ここでどう答えるのが正解なんだろう? と悩みます。「自分の年齢を言ったほうが彼女の心が軽くなるのか」、それとも「このまま相槌を打ちながら話を聞いてあげるほうが、彼女がラクになれるのか」。エムのときと同じテストがやってきました。結論が出せないまま話を聞いていると「で、あなたはいくつなの?」とストレートに聞かれたので、「私はあなたよりも年上で、40歳です」と答えると「オゥ……」と言われて、その後年齢に関する彼女のボヤキはピタッと止まります。すると話題は変わって、大学を中退し歯科衛生士の職についたが給料がそんなによくないために高収入の彼に経済的に依存している。学校に戻ろうかと考えているけれど、なかなか現実的には難しいという内容になりました。そこで「大丈夫よ、ピィー。私今のところ全収入は500ドル程度なんだけど、それもさっき全部寄付してきたの」と答えると、再び「オゥ……」と言われ(笑)、経済面に関するボヤキもストップ。私自身もそうですが、悩みというものの圧倒的多数は、相対的なものなんだなと痛感しました。次は奉仕側として参加。もちろんそうわかったからといって悩みが無くなるわけではありませんし、変えられない現実というものはあります。でも、怒りや不快感を感じたときにそれを抑圧して封印する形ではなく、本音に気づいて、先生が言うように “それに反応するのかしないのか” という手綱を、頭のなかで思うだけではなく、実生活に落とし込む形で少し持てるようになってきたかな……?と感じます。気のせいかもしれないけれど。とはいえまだ収入面における劣等感は拭いきれませんでしたし、あとはトイレ問題ですね(笑)。つまり、未だに私にとっての ”与えること” と ”受け取ること” の最適なバランスがよくわかりません。そこで今度は12日間奉仕し続けるというヴィパッサナー瞑想ボランティアの申し込みをしてみました。与え続けてみた先には、いったい何があるというのでしょう? トイレ掃除もいっぱいすることになるでしょうね(笑)。またそれは終えた後、4月ごろにでもレポートします。さて瞑想を終えて帰宅すると、バークレーにはもう春がやってきました。そして日本の心友からこんなギフトも! “TODAYISSPECIAL”、そんな気持ちで毎日を過ごせたらいいですね。長い文章を最後まで読んでくださって、どうもありがとう。SEE YOU!
2018年02月16日大学院への道は途絶え、研究インターンはお役御免に。”40歳で新しいチャレンジは、やはり無謀?”と袋小路な状況のなか、かねてから予定していた二度目のヴィパッサナー瞑想合宿へと向かいます。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 66大学院への道、途絶える…。先日アカデミックディレクターの人に「大学院への進学はどうするのか」とたずねられ、朝の8時キャンパス近くのコーヒーショップ『Café Strada』で話をしたんです。この店はサードウェイヴコーヒーショップ的なオシャレさは微塵もありませんが、朝6時からオープンで無料Wifi・電源完備。テラス席もあり、リーズナブルな値段でドリンクを提供してくれるうえ、どんなに長居をしても迷惑がられないとあって、学生や教師の憩いの場となっています。ちなみにカフェで見かける使い古されたツイードのジャケットに丸メガネの着こなしが素敵なダンディな教授陣は私のバークレーにおけるファッションアイコンでした。通い詰めて顔なじみになると、こんな不思議なラテアート(※そういう店では無いのです)をにこりとも笑わないメキシカンのおじさんがそっとやってくれたりして……。ここ最近は学校にいく用事が無いので全く足が遠のいていましたが。さて爽やかな朝、『Café Strada』のテラス席で「私には確かめたい仮説があって、会社を辞めてアメリカに来てからずっと自分を治験者に見立てて実験・観察しています。でもそれが大学院の研究室でなければできないことなのかが、よくわからなくなっちゃって。例えば “慈悲の心” について研究している研究者たちよりも、私にとって思いやり深く接してくれた大学中退のインターン先の社長や、私財を投じてギフトの世界で生きている人たちから学ぶことのほうが今は大きく感じるんです。なので、今のところ大学院を目指す気はありません」と爆弾発言を投じました。すると彼女から「わかるわ…」と言われた後に、彼女自身大学の教授や講師陣たちと友人になろうとアカデミックディレクター、そして講師として奮闘していたことを打ち明けられます。「キャンパス内で真の友だちを作りたいとある教授に相談したの。そうしたらなんて言われたと思う? 『だったら子どもを早く作って、子どもがいる教授と交流を深めることだね』って……」。それに対して思わず、「Disgusting!(気持ち悪っ)」と叫んでしまいました。彼女は私とちょうど同年代の独身女性だからです。はい、ここでバークレーへの道は完全終了!その後、日系人を治験者とした体内感覚と感情についての研究インターンへ。年明けランチミーティングがあると教授に招かれて向かったのです。某名門大学心理学部博士課程在籍の台湾系日米バイリンガル学生が自身の卒業論文のテーマにするため、教授の研究を無償で手伝いたいという話で。「では私は今後どう関わりましょうか?」とたずねると、特にやることが無い様子。お役御免です。入館証を眺めながら、これを使うことももう無いのか……。結局私がこの研究で行ったこととは、治験者募集のための広告を作ってこちらにあるタブロイド誌と料金・スペース交渉をして掲載すること。電話でスクリーニングをして研究に最適な治験者を選ぶこと。座談会への参加とテキスト起こしされたものを編集して、日本独自の考えや文化について補足説明を加えることのみでした。でもこれは今までやってきた編集や広告の仕事の延長上で、私はその先の研究結果をどう分析していくのかを学びたいとこのポジションに昨年6月から無償でお手伝いしていたのですが。それが、タダでもできないのか。”タダ!(いくぶんか使えます)” と書かれて道端に放出されていたライトのことをふと思い出しました。ところであれは無事に拾われたのだろうか……。40歳で新しいことに挑戦するなんて、やっぱり無謀?というような袋小路な現状を友だちに打ち明けると、「最近採用する側になったんだけど、みなシビアよ。コスト削減を強いられているから育つまでなんて待てない。そういえばこのあいだ面接していてキツかった35歳の女性がいたなぁ……」と言われて落ち込みます。35歳って私よりも5歳も歳下じゃないの……。やはりこの歳になって全く新しいことをやろうとするなんて無謀だったのかな。自分がハマらないところにしがみつこうとしているのカモ!? 人生の方位磁石が狂ったようなズッコケ続ける日々を過ごしながら、かねてから予定していた2度目のヴィッパサナー瞑想合宿に向かうことになったのです。※ヴィパッサナー瞑想合宿・初体験記事は、こちらをどうぞ。度目の瞑想合宿。ライドが5時間経ってもやって来ず。今回向かったのはバークレーから車で片道4時間半のノースフォークという街にある、California Vipassana Center。ライドを提供してくれたのは、39歳の歯科衛生士の女性、ピィーでした。ところが待ち合わせ時間30分前に「急用ができてどうしてもまだ出発できない」とのテキストメッセージを受信し、ガーン! 偶然目にしたドアに日本語の “天使” と書かれていたので(笑)「これこそ “気づき” と “平穏な心” を培うヴィパッサナー瞑想の実践だ」と気を取り直して、コーヒーショップで待機。待ち合わせ時間から5時間が経って到着した彼女にまずはカフェモカを振る舞いました。ちなみにオシャレ サードウェーブコーヒーショップ『Algorithm Coffee』だとラテアートはこんなふうになりますね。その後の車内ではピィーの “40歳を目前とした不安” (ねぇ、ケンカ売ってる? 苦笑)について延々と耳を傾け、ついにセンターに到着したのは受付時間を大幅に過ぎた午後7時30分。もう外は真っ暗です。ボランティアのサーバースタッフのみなさんに「申し訳ありません」と平謝りしながら、なぜ私が謝らないといけない? と割り切れない気持ちにも。乗せてくれたピィーに感謝こそしないといけないのに、こんなに釈然としないのはナゼ? 心が狭いですね。あぁ、車を持っていない私が悪い。社会的に安定していないのがいけないんだと思って、今度はモヤモヤ。これまでの経験から外側で起きることは心の内側の反映なんだとわかりつつも、ザワザワした気持ちを収められず就寝しました。翌日からいよいよ朝4時から夜9時までのヴィパッサナー瞑想合宿が再び始まります。今回は図らずとも相当やさぐれた気持ちで臨むことになりましたが、いったいどんな体験が待っているというのでしょうか(第67話へ続く……)。SEE YOU!
2018年02月14日2018年1月より大麻が全面合法化された米・カリフォルニア州。ヘルスコンシャスな人々が暮らすサンフランシスコ、オークランド地区ではマリファナにヨガを組み合わせた「ガンジャ・ヨガ」が人気です。日本では違法の大麻ですが、いったい西海岸の人たちはどう使用しているのでしょう?探ってみました。写真/文・土居彩2018年1月よりカリフォルニア州で大麻が全面合法化。©Monica Lo 20172010年代より大麻合法化の追い風がかかるこちらアメリカですが、ついに2018年1月1日よりカリフォルニア州でも21歳以上であれば嗜好・娯楽目的の大麻が解禁に。今年中にカリフォルニアを含む全9州とワシントンD.C.が全面合法化、医療目的では全30州が大麻の売買・所持を認めることになります。とはいえ、連邦政府としてはヘロインやLSDと同じく大麻は非合法なので、アメリカ=大麻OKの国だと早合点してはなりません。ジョギング、瞑想、最新の健康食品などでのセルフメンテナンスに余念がない西海岸で暮らす人々ですが、全面解禁にともなって大麻とヨガを組み合わせた「ガンジャ・ヨガ」なるものがサンフランシスコとオークランド地区で人気なのだとか。とはいえ私を含む日本人は大麻取締法で禁止されているので、21歳以上で合法の州に滞在したとしても大麻所持はNGです。でも、どんなものなのかは見てみたい……。© Elena Kulikovaそこでホームページから「私は日本からやってきたので、違法薬物に指定されている大麻を吸えません。でもどんなクラスなのかを拝見してみたいので、ヨガだけ参加しながらみなさんとお話をしてもいいですか?」と問い合わせると、「もちろん! ヨガ自体がとても素晴らしいものだから、別に大麻を使わなくったって大丈夫。大麻があるほうがヨガを深められる場合もあれば、無いほうが内側に入っていけるときもある。ここでは、『必ず大麻を吸わなきゃダメ』とは決して言いませんので、あなたの過ごしやすい方法で心と体を癒してあげて下さい」と、とても丁寧な返信が。お土産つき、ヨガレッスン90分と大麻で25ドル。フレンドリーな担当者から追って送られてきた申し込み用ウェブサイトの情報を確認すると、授業料は25ドル (インターネット申し込み手数料を含み、26.87ドル)。所要時間は2時間で、大麻代は無料だそうです。21歳以上であるか。また、ヨガならびに大麻の危険性がゼロではないことを理解したうえで、万が一何か事故等があったときは、申込みをした当人が全責任を持つといった2つの質問項目に同意をしたうえで支払いを済ませると、開催場所の住所が送られてきます。向かった先は、オークランドのダウンタウンにある古い雑居ビル。がっちりオートロックがかかっていて「まるでスパイの落ち合い場所だな……」と少々緊張しながらインターフォンを押すと、ヒョウ柄のオシャレなヨガウェアに身を包んだ受付の女性が迎えてくれました。初めての参加者にはギフトがあるということで受付の女性が配っていたのは、マリファナ用電子パイプブランド『Dipstic Vapes』の10%割引券とステッカー、合法大麻ショップ『HARBORSIDE』のライター、そしてオーガニックオリーブオイルとアロエジュースに大麻有効成分のCBD(カンナビジオール)と向精神作用があるTHC(テトラヒドロカンナビノール)がブレンドされた『TOPICANNA』のカンナビス クリーム。こちらは肌に直接塗布し、関節炎や偏頭痛などの痛みの緩和に役立つとされるそうです。開催場所は、クリエイティヴ広告会社のオシャレオフィス。©Monica Lo 2017会場はキッチン付きの広いフロアで、専用のウッドテラスに出てダウンタウンのビル群を見下ろせる贅沢空間! そもそもはポップで独創的なクリエイティブ広告を生み出すことで有名な某広告会社のオフィスということで、納得です。集合した後、始めの約30分間はお茶を飲んだり自己紹介をしながら、テーブルに置かれたさまざまな大麻製品を自由に試すといったサロン的な時間を過ごします。「ガンジャ・ヨガ」オークランドを運営するジェシカ・ドゥガンさん(通称:ジェスさん)が作ったスペシャルカカオドリンクも振る舞われ、大麻が吸えない私はこちらをゴクゴク一気飲み。ローズ水とカカオ、そしてアーモンドミルクに蜂蜜を加えたというなんとも乙女なレシピでウットリです♡ ちなみにジェスさんによれば、カカオは古代マヤ文明より “ハートを貫く水” と言われて儀式に使われていたのだとか。彼女がこのドリンクをセレクトしたのは「ガンジャ・ヨガ」では何よりも安全で信頼できるコミュニティ作りを重視しているため。このサロンのひとときは参加者が日常生活のストレスや不安を解放させるレッスンへと向かうためのとても大切な憩いの時間なのだそうです。©Michael Ellsbergちなみにお手製ドリンクを用意し、ヨガも指導してくれたジェスさん(写真上)は、もともとフェス専門のジャーナリストだったのだとか。カリフォルニアに渡ってから大麻専門の投資会社で働いた後、「ガンジャ・ヨガ」創設者のディー・デュソーさんと出会って共同運営パートナーとなったそうです。ところで参加者のなかにマーメイドのような金髪巻き毛ロングヘアの美女がいたのですが、「日本からやって来た」と言うととても親切にしてくれました。ジェスさんも金髪碧眼の美女だし、「美人と会えるからヨガを習いたい」と下心丸出しで言っていた男友だちの道理はあながち外れていないなと、ふと思ったりして。話がソレましたが、この日の参加者は10名で年齢層は20〜50代といったところ。男女比は1:9でした。さて、大麻をシェアしあったり談笑するうちに参加者の気持ちがほぐれてきたところで約90分間のヨガクラスがスタート。お気に入りの大麻電子パイプやイディブルと言われる食用大麻があれば、ヨガマットまで自由に持っていってOKで、参加者はみなそれぞれのペースでポーズをとりながら大麻を吹かしていました。クラスで提供されていたイディブルには、クッキー、グラノーラ、パワーフード入りなどさまざまな種類がありました(すべて写真のものは、ティーパック程度のサイズ)。向精神成分のTHC(テトラヒドロカンナビノール)を25mg含み、吸うタイプと違って効き目を実感できるのは胃腸に消化される3-4時間後なんだそうです。「強い大麻酔いをする可能性もあるので、未経験者は家に持ち帰って1/4程度からじょじょに試すほうがいいわ」というのがジェスさんからのアドバイス。©Cabrielle Lurieストレッチに近いようなポーズをゆっくりと心地良いペースで行い、特に子どものポーズ(写真上)がふんだんに一連の流れの中に取り入れられていました。ジェスさん曰く、ガンジャ・ヨガは単なるヨガにマリファナを加えたものというわけではないそうです。つまり、騒がしい日常の喧騒からしばし離れて、それぞれの精神の内側に入っていくワークなのだとか。確かに通常のヨガクラスに比べて、参加者たちは自分と周りの人の動きを比べたりせずに、求めるままに体を動かしているように感じました。違法ドラッグから彷彿される薄暗さや、アングラな様子はまったく感じられず、拍子抜けするほど終始爽やかでスタイリッシュなクラスでした。終了後に「頭のなかのおしゃべりが止んで、穏やかな気持ちになったわ」という参加者の感想を聞きながら、「朝の4時から夜の9時まで瞑想し続けて8日目の夜に一瞬感じられたそれが、そんな一瞬で得られるのか……」と愕然としたのも事実。でもま、自分にドSな私には地味に日々黙々と瞑想するほうが向いていそうです。SEE YOU!
2018年02月10日ノンアルコールで、リラックス・鎮静効果があるという不思議な飲み物、カヴァ。ベイエリアで最も古いというカヴァ・バーで、白髪頭にポニーテールのおじさん、モヒカン女子、フレンドリーな大型犬に混じって、そのメロウな世界を堪能してきました。どんな味がする?体や心の感覚はどうなるの?レポートします!写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 64【第64話】メロウな気分になれる不思議な飲み物、カヴァって?突然ですが、KAVA(カヴァ)のことをご存知でしょうか?アルコール成分は一切ゼロなのに、リラックス効果をもたらすという摩訶不思議な飲み物、カヴァ。ポリネシアの島々やハワイなどで3000年ほど前から親しまれ、宗教儀式や村への訪問者を歓迎するなどといった政治的・文化的セレモニーなどで用いられてきました。日本では違法でこそありませんが、厚生労働省のサイトによると肝臓に悪影響を及ぼす可能性があると、カヴァの成分が入った食品やサプリメントの売買は禁止。規制管理されているようです。ところでラム酒に目がない私ですが、瞑想をやっているためにお酒はなるべく控えているという今日このごろ。しかも日本ほどには治安がよくない、こちら米・カリフォルニアで女ひとりふらりとバーなんぞにいってほろ酔い気分になるというのはちょっと危険。でも荒波をダイブする毎日、ときには息抜きしたいものです。そんな折、瞑想スペースに向かう途中に再三見かけていた場所、『Melo Melo Kava Bar(メロ メロ カヴァ バー)』。ベイエリア(カリフォルニア州のサンフランシスコ、バークレー、オークランドなどを含む場所)で最初にできたカヴァバーなんだそうです。なんだかよくわからないけれど、バーっていうより日中の雰囲気は雑誌『Casa BRUTUS』とかに載っていそうなオシャレ度満点なカフェ。お昼の12時から開いていて、大きな窓からはたくさんの観葉植物と座り心地の良さそうなソファが見えて…、なんだか健康的。気になる! 壁に貼られたメニューをチェックすると、超シンプルなラインナップです。「なんかカヴァ絡みのやつばっかりじゃん」。鎮静、麻酔、陶酔作用があるコショウ科の植物の根。で、カヴァって何? ということでさっそく帰宅してネットで調べてみると……。まずコショウ科の植物であるとのこと。そして、その根には鎮静、麻酔、陶酔作用があり、有効成分・カヴァラクトンには軽度の精神活性力があり(カフェインのようなものだけれど、カヴァの場合は全く逆に作用する) 短期不安の治療に置いて一定の効果があるという研究結果も。メカニズムは、鎮静・抗不安作用を有するGABAのリガンド結合を促し、逆にストレス・ホルモンのひとつ、ノルエピネフリンが神経細胞へと再取り込みされることを抑制するためのようです。……って、なんだかややこしい! もとい平たく言えば、戦闘態勢に入るホルモンの取り込みを減らし、心と体をリラックスさせてくれる成分が入った植物の根を粉状にして水に混ぜた飲み物みたい。とりあえず、まずはどんなものなのか飲んでみよう。というわけで18時に入店してみると、なんだか日中とはちょっと違う怪しげな雰囲気。店内はなんともいえないパープルがかったネオンカラーに包まれています。「ド・怪しい…」。でも、賑わってる! モヒカン頭の女子からバークレーに住んでから見かけない日は無いと言っても過言ではない、白髪頭のポニーテール姿のおじさんもいます。フレンドリーな大型犬まで! ギャーギャーと騒いで、メロウな気分になっているほかのお客さんの邪魔をしない限り、犬や子供と一緒に来店してもOKなんだそうです。3がマジックナンバー。さて、まずはカウンターで注文します。「初めてなんですが、カヴァが何なのかがわかる、一番トラディショナルなものはどれですか?」ととてもフレンドリーなカヴァテンダーさん(勝手に造語。たぶんそう呼んでも、通じないよ!)にたずねて出してもらったのが、ピュリスト(Purist)。価格は4オンス(約113g)で5ドルです。ココナッツの殻でできたカップになみなみと注がれ、小さなみかんと一緒にサーブされます。「どれぐらい飲めば、リラックス効果を感じられるのですか?」と聞くと、「3がマジックナンバーだよ」とニッコリ。「この泥水みたいなものを3杯も飲むのか……」と躊躇っていると、「よし。ハッピーアワーということで、2杯注文してくれたら1杯サービスするよ!」と言われ、イエーイ3杯いってみよー!見た目は良く言えば、ミルクたっぷりめのコーヒーミルク。もしくは、泥水。で、ひと口ゴクッと飲んでみると、全然おいしくない! どんなものかと言えば、山椒のようなビリビリ感が舌に残り、テイストは高麗人参のような漢方薬っぽい苦味のあるハーブ風味。香り高いラム酒を飲んだときの、ちょっとデカダンな感じは全く味わえず、「うん! マズイ! 体に良さそう!」という感じです。で、けっこうキツイんですよね、これを3杯も飲むのって。泥のように下に沈殿物が貯まるので、それをスプーンのようなものでかき混ぜながらグイッと一杯。「一気に飲むんだよ」と店員さんに言われて、なんだか健康診断のバリウム気分です。ちっちゃいことがどうでもよくなる。とはいえ店内に流れる音楽は、私好みのちょっとメロウなエレクトロニカ。ジェームス・ブリッケルが監督したドキュメンタリー映像『グレート・バリアリーフ』が壁一面に映し出され、そこにはカラフルな弱肉強食の世界が。謎の軟体動物に飲み込まれる魚、ワニに食いちぎられる大ウナギ……。「なんだか怖いぐらいにキレイだなー」。弱肉強食のアメリカ社会のなかで、圧倒的な弱者である私の状況も「アリかな」と錯覚させてしまうような美しい映像をソファにもたれこみながら見ていると、おっしゃる通り2杯目の半分ぐらいからでしょうか。カヴァの成分が効いているせいか、変なモンを何杯も勢いにまかせて飲んでしまったせいかわかりませんが、ちっちゃいことがどうでもいい気分になってきました。「私の意見をないがしろにするあの教授のことも、買ってもいないトイレットペーパー料金を毎度請求してくるハウスメイトのことも(冷静に考えてみるとなんてミクロな世界に生きているのだろう、私ってば……)、どうでもいいわい」と。しだいに携帯のテキストメッセージを打つ指が微かにかじかんだような妙な感覚になってきました。でもお酒に酔っ払っているときとは全然違って意識も完全にクリアだし、バスルームに向かう足取りなんかもしっかりしているんですよ。当然、幻覚を見たり、極彩色の世界に包まれたりってこともありませんよ。不思議でしょう? 試しにつけあわせ(?)のみかんを口に含むと、すっごくおいしく感じます(空きっ腹にマズイものを続けざまに飲んだ後だから? それともカヴァの成分で感覚が鋭敏になったので?)。高揚感はあるんだけど、お酒を飲んでハイになっている感覚とは違って、カヴァの場合誰かと関わりたいという気分は薄れます。ふわりと上がっているんだけど、自分ひとりの世界を味わいたくなるイメージというか。瞑想のように少し内省的な気分にしてくれる感じですね。実際にひとりで来ている人も多く、イヤフォンしながらずっとPCでリアルコンピューターゲームをしている人なんかもいました。いかんせん、おいしくないので頻繁に足が向かう感じはありませんが、カヴァの成分を用いてチャイにしたもの(7ドル)、チョコレートバーにしたもの(5ドル)などもあるのだとか。いつか試してみたら、またお知らせしますね。SEE YOU!カヴァの写真:見よ、この泥水的な代物を。軽く震えます。沈殿物をかき混ぜて、罰ゲームよろしく、一気に飲み干します。メニューの写真:カヴァ儀式もの、カヴァの混ぜもの、パーティーの後のカヴァ。選択肢があるようでいて、全部カヴァ絡み。フードは出していないので、好きな食べ物の持ち込みOKです。とはいえガッツリしたものというより、チップス的なスナックを持ってきている人が多かったです。Purist セットの写真:カヴァ、みかん、チェイサーの水がセット。テーブルはチェス台になっていて、オシャレ。大スクリーンの写真:真ん前がスクリーンの大ソファに王さまみたいに席を陣取りしました。SEE YOU!の写真:ヴェジタリアンなら一度は注文することになる(!?)、バークレーにあるカフェの定番メニュー、アヴォカド・トースト。こちらは、Mariposa, Artisan Crafted Gluten Free Bakeryのもの。
2018年01月30日サンフランシスコ発のカフェ「ワイズ サンズ(WISE SONS)」が、東京丸ビルに日本第1号店「ワイズ サンズ トウキョウ(WISE SONS TOKYO)」をオープン。オープン日は、2018年2月26日(月)だ。サンフランシスコのローカルフードが丸ビルに「ワイズ サンズ」は、サンフランシスコで愛されるローカルフードを提供するデリカッセン。「ワイズ サンズ トウキョウ」でも、米国本店の意志を引き継ぎ、可能な限り手作りした拘りの食材で、本土料理の魅力を発信する。看板メニューのパストラミ店内には、フレッシュな野菜を使用したサラダや総菜など、様々なメニューが並ぶが、中でもお勧めは、「ワイズ サンズ」の看板名物パストラミだ。ユダヤの伝統料理でもあるパストラミは、オーナーのエヴァン ブルームが、子供のころから慣れ親しんできた料理。本格的な味わいを探し求めた結果、自分の手で満足のいくパストラミを完成させた。店内で提供されるライ麦のサンドイッチでは、ブレンドしたスパイスに付け込んだジューシーなパストラミを味わうことが出来る。セサミやスパイスがたっぷりとトッピングされたベーグル全5種類のフレーバーが揃うベーグルも、人気メニューのうちのひとつ。麦芽を加えたお湯で茹でた後、こんがりと焼き上げられたベーグルは、セサミやスパイスなどがたっぷりとトッピングされ、芳ばしい香りを放つ。そのままで食べるのはもちろんのこと、クリームチーズなどのトッピングを選んで、カスタマイズして食べるのもお勧めだ。また、店内には、手軽に食べれるモーニングから、ランチボックス、ティータイムのスイーツまで時間帯に合わせたメニューも用意されている。【詳細】「ワイズ サンズ トウキョウ」オープンオープン日:2018年2月26日(月)場所:東京丸ビル B1F住所:東京都千代田区丸の内 2-4-1TEL:03-6551-2477営業時間:平日 7:30~21:00/土日祝 8:30~20:00 ※オープン日の2月26日(月)は、11:00~営業席数:42席
2018年01月28日週末の爽やかな朝に、子どもからお年寄りまで人の目を気にせず、自由に踊りまくるというエクスタティック・ダンス。「シングル同士の男女が良い友情関係って築けるもの?」「まともな中年独身女性の行動って?」。そんなふうにカテゴリーやレッテルに囚われすぎてしまう自分のものの見方から少し自由になりたいと、筆者・土居がまたまた体験してみたようですが……。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 63【第63話】NOドラッグ&アルコールフリーの楽園?! エクスタティック・ダンスで自我を解放せよ!年齢とか性別とか肩書きとか国籍とか。そこを超えた視点を持って人と向き合いたいと思っているのに、なぜ、私はいつもどこかでカテゴリーやバイアス(先入観)に縛られてしまうのか? 自分がとっさにとってしまった態度や言動を客観視しては、毎晩反省会の日々です。突破口を見つけたいと、彼女ができたという友だちに「今こそこの質問ができる!」とたずねてみたんです。「あなたみたいに彼女がいたり、パートナーがいる男性とは自然な流れで友だちになれるんだけど、お互いがシングルだとなんか微妙な感じになっちゃって。どうしたら、シングル同士の男女が良い友情関係を築けるのか。アドバイス、くれない?」と。すると彼が「僕もシングルだったときは、それがうまくできなかったから、偉そうなことは言えないんだけど」と返事に窮します。ここで「そうでしたか……」と諦めていたのでは、旧バージョンの私。短期インターン先の社長(現メンター)の助言に習い、コンフォート・ゾーンを超えるべく、2018年は食い下がります。「ちなみに女性誌の編集者をしていたことがあって。そのときに『男と女 浮気の事件簿』っていうモノクロの特集を担当して、パートナーがいる男性に取材したことがあるんだけど」と言うと、「へぇ、おもしろいね。それによると彼らはどうして浮気するってハナシだったの?」。「単なる生理現象だって。だから生物学的な違いで、男女の友情っていうのは、そもそも難しいのかしらね」と試しにけしかけてみると、友だちが言葉を選びながら話し出しました。男性性と女性性のバランスを整えることが先決?「僕が思うに、男性も女性もみんな、男性性と女性性の両方を備えているんだと思うんだ。決断する強さや論理的に行動する力という男性性、そして受け容れるしなやかさや思いやり、ときにインスピレーションに従えるという女性性。100%男性性でできている人も、100%女性性でできている人もこの世界にはいない。それぞれの人に固有のバランスがある。そしてこの2つのバランスが崩れていると、ジェンダー絡みのパワーゲームに巻き込まれやすくなると僕は個人の体験から思ってる。だからまず、キミがするべきことは土居彩という人の男性性と女性性のバランスを整えて、ジェンダーを超えたエネルギーというか。キミの本質のようなものと繋がることじゃないかな。その先にきっと、女性だからだとかっていう部分を超えた土居彩という存在と向き合いたいという人との最適な関係が築けるようになるよ。それが友情なのか恋愛関係なのかはわからないけど、キミのバランスが整った状態で一番必要なリレーションシップだということは確か」。彼のセオリーには大いに納得したけど、で、2つの性のバランスを整えるって実際問題どうしたらいいワケ? ヴィパッサナー瞑想を一緒にしている別の友人に聞いてみると、「まずアヤは考えることから自由になるってことから始めてみたらいいんじゃないかな」と言われ、だから、それが難しいんだってば。すると「あ、じゃあさ。週末、エクスタティック・ダンスに行こうよ」と誘われたんです。エクスタティック・ダンスって?「エクスタティック・ダンスっていったいナニ?」。なんだか口にするのもちょっと照れるような、色っぽいネーミングです……。「ヒッピーのためのダンスみたいなもの。お酒もドラッグもナシで、週末の朝にみんな好きにダンスをするんだ。誰の目も気にせずにね。クレイジーに踊り狂っている人もいるし、パートナーとずっとハグしあっている人も。子どもと来てストレッチしている親子や、木みたいにずっと突っ立ってるおじいさんもいる。ただ自由に自我を健康的で安全な形で解放するんだよ!」と説明されます。よくわからないけど、なんか楽しそう! とりあえずピンときたら、考えるよりも体験してみる。ということで、向かった先はオークランドのダウンタウン。普段は劇場だという雑居ビルの2フロアです。費用は19ドル。日曜の朝9時30分からスタートし、13時15分終了とのこと。9時30分からの1時間はヨガだということで楽しみにしていましたが、駐車場探しに難航した結果、それは断念。10時30分スタートのダンスから参加しました。お酒も入らず、明るい場所で踊るのは……。超・恥ずかしい!高校時代(化石時代とも言えるほどの過去)はダンス部でスポ根をしていたので、「エクスタティック・ダンス、今回は楽勝だな」と思っていたのですが。フロアに入った途端、明るッ! 想像以上に爽やかな光が差し込む日曜の朝に、大音量のダンス・エレクトロニカに合わせて踊り狂う老若男女を目にして、まさかのドン引き。「一体感を味わえるよ!」という友だちをよそに “(友だちも含めた)みんな” と ”わたし” の間には、『出エジプトの奇跡』では割れたはずの紅海の大海原(※)がどーんと広がっています。※イメージは、チャールトン・ヘストン主演の映画『十戒』のあのシーン。ひとまず心を落ち着けようと持参したポットから温かいお茶を注ぎ、友だちに勧めるも「来たばかりで、もうお茶?」と笑われます。一緒に踊ろうよと手を差し伸べられますが、「ちょっとストレッチをしてからにします……」とやんわりと断ると(男友だちと手をつなぐのもなんだしね)、彼は素足になってダンスフロアへと軽やかに消えていきました。「お酒も飲まず、暗くもなく。こんな状況でなぜみんなは恥ずかしくないんだろう……」「ちょっとあの人、さっきから芋虫みたいに背中をフロアにこすりつけて床掃除状態? 服汚れるよ」「アレアレ、私って超ノリが悪いんでは……」「ここで踊らないなんて場の空気を乱している!」「やらねば、やらねば」「やっぱ、無理っす、無理っす」。エクスタティック・ダンスで自我を解放するどころか、自意識と先入観まみれになっています。周囲の目が気になる自分から自由になりたい。どうか私のエゴを解放して下さい!とりあえずせっかく誘ってくれた友だちを気遣わせてはならない。彼の目から逃れなければと周囲の状況を探っていると、マッサージ ブースを発見! 1分1ドルからのドネーション(寄付)制だそうです。「よし、これで時間を潰せる」。ボディワーカーのひとり・エム(※以前登場したエムとは別人です)に「お願いします」と言うと、「どこをほぐしたいですか?」とたずねられました。「マインドです。周りの目を気にしてしまう、私の自我をどうか解放して下さい!」と答えると、「……Wow」と一瞬驚かれたのち、「よろこんで!」。手渡されたアイピローをして簡易ベッドに横たわると、耳もとでエムが「僕のワークは、少し変わっているよ。ビジュアライゼーションとエネルギーワークを組み合わせているんだ」と囁きます。「まず、キミのお気に入りの木をイメージして……。視覚化できたかい?」と聞かれて頷くと、「その木になって大地とつながって、どんどん伸びていって……。あぁ、頭でどういう感じかなと考えるのではなく、そんな感覚を持つんだよ」。エムの声と温かなハンドタッチに身を委ねるうちに意識がどんどん遠くなっていき、気づいたらマッサージも終盤に。「キミは守られている」「そのままで大丈夫」「キミは安全と祝福と幸せとともにある……」という祈りのようなエムのアファメーションが聞こえてきて、左目から涙がツーっと頬を伝いました。たった15分のマッサージで涙がボロボロと出てしまった私を見て、「……Wow。キミに必要なセッションだったんだね」とエムに言われ、彼は自宅で4時間に及ぶフルタイムセッションも行っているということで連絡先を交換したのち、再びダンスフロアへ出陣!踊って、踊って踊りまくる!最後はみんなで寝そべり、シャバ・アーサナを。初対面のボディワーカーの前で涙を見せたせいか、首と肩の凝りをほぐしてもらって頭がスッキリしたせいかよくわかりませんが、「ま、いっか」という気分になり、まずはヨガの太陽礼拝を目を閉じて10回。体がほぐれたところで、ビートに合わせてステップを踏んでみます。すると向かいで踊っていたヒッピーと目があって、お互いにニコリ。少しづつ動きを大きくしていって、気づけば汗だくになるまで踊り狂っていました(笑)。その後、「ちょっと休憩しよう」と友だちと屋上を探検して見つけた色鉛筆やパンチを使って、自由に一緒に落書きしたり。男とか、女とか。日本人とか、アメリカ人とか。そんなことはひとまず置いといて、「なんだよ、ソレ」「カウボーイだよ」などと言って、子どものように笑い合います。最後の15分はサウンドヒーリングといって、みんなで床に寝そべり、ヒーリングミュージックと誘導瞑想に身と心を委ね、会がクローズしました。この一連の行動って、まともな40歳女性(未だにこの数字を言うたびに、凍えそうです)の沙汰じゃないですよね。でも、“まとも” の定義っていったいなんなんでしょう? 余談ですが、先日母とLINEでやり取りしていて、「最近、なんかすごく楽しいんだよね。状況はまるでかわらないんですが。とにかく、もっと友だち作らないとな!」と伝えると、しばらく間があいた後に「早く帰ってこ〜い!」とひと言。母よ、娘の何を察知した?ま、いろいろ置いといて。また家族で、温泉行こうね。そんでもって、ダンスとかもしちゃおうね。☆エクスタティック・ダンスの情報は、こちら。SEE YOU!2018年スケジュール帳の写真:手帳はシンプル派でしたが、今年はメッセージ “Amazing things can happen!” (すごいこと、起こっちゃうかもネ!(*土居的意訳です))が気に入り、ちょっぴりファンキーな手帳をセレクト。エクスタティック・ダンスの様子1:2階の倉庫スペースからパシャリ。年齢層は幅広い。エクスタティック・ダンスの様子2:みんな靴も靴下も脱いで自由に踊ります。木の写真:私が思い浮かべたのは、短期インターン先へと1時間かけて歩く途中に目にしていた紅葉が美しい木。落書きの写真:下手くそ! でも、それでいいのです。SEE YOU!の写真:メンターA氏に連れて行ってもらった、廃物アートの聖地・Abany Bulb。ホームレス、警察不祥事による被害者の人権を守る弁護士兼週末廃物彫刻家のOsha Neumannさんの作品の前で。
2018年01月24日日常生活におけるマインドフルネス、思いやりの実践ってどういうこと?論文を読んだり、研究アシスタントをしたり、瞑想しても、常に腑に落ちず、モヤモヤしていた筆者・土居。大学とも心理学やスピリチュアルな世界とも全く関係のない、短期インターン先で出会ったという社長がその疑問をパッと晴らしてくれたといいます。『能力を示そうと必死にならなくていい』『ただキミでいて、自信を持ちなさい』。そう、言われ続けた2か月間。アメリカ生活・第二章が始まります。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 62【第62話】アメリカ生活第二章スタート! アカデミック・コンプレックスをぶち壊してくれた社長との出会い。ヴィパッサナー瞑想から帰った後に何をしていたかというと、事情(私がインターンしている研究機関の研究は、予算がほとんどつかないもので、私を含めた過半数がボランティアで従事。ひとりふたりと協力者が抜けていくなか、メインのリサーチャーまでもが「これ以上続けられない」と言い出し研究業務が数か月間頓挫)があって、2か月間限定で全く違う世界でインターンをしていました。それはこちらでとてもお世話になっている友だちの関係でお話が来た、こだわりのあるユニークな会社でのこと。心理学とも大学ともスピリチュアルな世界とも全く関係ない場所でしたが、面接中、社長に「You don’t have to prove yourself (能力を示そうとしなくてもいいんだよ)。ただキミでいればいい」と言われたことがとても印象的で。アカデミックな世界で、“慈悲の心” やら ”畏怖の念” について研究している有名な人だけど、「なんだかこの人、思いやりに欠けてない?」とスター研究者のことを思ってしまったり、「一緒に本をだしませんか」と声をかけてもらってもスピリチュアルな世界での活動は常に持ち出しで、定職を持たない私にとっては持続可能な関わりかたを見出さなければいけない……。”良き人間でいる” ということと ”社会的に成功する” ということは比例せず、縁の下の力持ち的な人は現実世界では評価されず、最終的には飢え死にしちゃう? と、常日頃疑問に思っていたんです。実生活に落とし込めていない研究ってなんか意味あるのかなぁ、とも。そこでサバイバルな世界であるビジネスの場で、この経営者はなぜ「評価されようとしなくていい。ありのままでいろ」と、まるでスピリチュアルリーダーのように堂々と言い切れるんだろう? そう興味を持ってしまったら最後、私の性格上、まずその世界に飛び込んでみないわけにはいきません。インターン3日目に、自動車事故!ということでヴィパッサナー瞑想から帰った翌日からインターン生活が始まりました。初日にメモを取ろうと握りしめていたノートは社長に没収され、「ただみんながやっていることを観察するんだよ。2週間、キミはそれ以外何もやらなくていい。スポンジみたいに吸収するんだよ」と最初のカウンターパンチが。「2か月間しかないインターン期間の2週間(1/4!)、ただ見学するだけでいいの?!」。ラッキー? いいえ、観察するだけで働けないとなると、恐ろしいほど時間がスローに流れるのです。そこでバレないように、トイレにあったホウキを取り出して床掃除をしてみたりして。そんなふうに過ごしながら、勤務3日目。バーーーーン!! というクラッシュ音がオフィスに鳴り響きました。会社の前で追突事故が起こり、社員の人たちの車が巻き込まれてメチャクチャになったのです。会社の前は黒山の人だかりで、パトカーや救急車が。事故を起こしたドライバーは頭から血を流しています……。とっさにオフィスの前に飛び出して、入り口を塞いでいた壊れた車のドアの残骸を片付けようとしたら、車をめちゃくちゃにされた社員の人のひとりが「アヤ、警察が事情聴取をするから、このままにしておこうね」ととても冷静に優しく諭してくれ、その態度に感心。ほかの人も社内へと走って水の入ったコップを手にし、ドライバーに手渡しています。オフィスの中でも「あそこの十字路は信号が無くて、ずっと危なかったから」と、誰も自分の車を壊したドライバーの批判をしません。やっとのことで、「大変でしたね……」と車が壊滅状態になってしまった人に声をかけると、にっこり微笑んで「Just a car (ただの車だから)」と返事され、まだ瞑想合宿が続いているようなマインドフルで温かな気分になりました。インターン4日目は「営業にいくけど、一緒に来る?」と社長に誘われ、「まず腹ごしらえをしよう」とカフェに連れて行ってもらいました。けっこうゆっくり食べているので「アポ、何時なんですか?」と聞くと、「とくに決めてないよ」と言われて仰天。そんな営業スタイル、聞いたことないよ! と思いながら、新入社員のときに面倒をみてもらったマガジンハウスの上司のことをふと思い出しました(笑)。社長に「なんでキミをインターンに採用したかわかる?」と言われたので、「わかりませんね。なぜですか?」と聞くと、「面接で1時間以上かかったでしょう?」「はい、ずいぶん贅沢に時間をとってくれるなぁと思いました」「あのあいだに、なんか違うなってことをキミが言ったり反応したりするかなと、ちょっと意地悪な気持ちでずっとみてたんだけど、それが全くなかった。いつもこちらの話を中断せずに最後までちゃんと聞いて、言葉を選びながら正直にじっくり考えながら答える。その様子がいいなと思ったんだよ。面接中に『自分はこれができる』『あれができる』とアピールしてきて、こちらの話のこしを途中で折るタイプの人が多いけど、私はあれがすごく嫌いなんでね」と言われて、「そんな地味な部分を評価してくれる人がアメリカにもいるんだ!」と救われたような気分になりました。そして、「あ、社長。それはですね。私は英語がよくわからないので、聞いた英語を日本語に翻訳して、話す日本語を英語に翻訳して会話しているんです。だから、クイックに反応できず、自然にタイムラグができるというわけです。結果思慮深く見えていたなら、ラッキーですけど、からくりはそんなところです」と答えると、「そうだったのかぁ! だまされたなぁ!」と爆笑されました。研究者より、普通の人のほうが断然エライ、かも?交通費節約のため、インターン先まで1時間かけて歩いて通っていたのですが、それに気づいた同僚のエスがライド(車に乗せてくれること)を申し出てくれました。帰りが同じ時間になるといつも送ってもらうことになってしまうので、業務が終わり次第私が忍者のように去っていく様子を指摘されたので、「だって、あなたは私のUberじゃないもの。悪いわ」と答えると、「暗くなったあとに、1時間も歩いて帰っていく人を見過ごすことなんてできないわ。危なすぎる! そんなの当然のことだし、あなたのためというより私の正義感のためなのよ」と言われて、「なんてすごい場所に来たんだろう……」とちょっと震えそうになりました。オフィスにいる誰も慈悲の心も畏怖の念の研究なんても当然していないし、社長に至っては大学を中退したっていってるし。でも、みんなのほうがよっぽどそれらが何か、そして信頼関係を築くためにどれだけ大切なことかをわかっていて、実生活の中で自然な形で実践していたのです。ギフトリボンマスター降臨!インターン期間はクリスマスのホリディシーズンだったこともあって、商品を美しくリボン結びする業務などもありました。ネイティヴのみんなのように英語ができない私はせめてこれぐらいは一番を目指そうと週末にYoutubeを見ながら練習。結果、インターンが終わる頃にはみんなにラッピングを頼まれるほどになりました。ある日社長にちょっと散歩をしようと誘われ、「キミの働きぶりを見ていた。責任感、忍耐力、そして明るくユーモアのセンスもある。新しいことを毎日着実にしっかりと吸収している。それからキミの装いにはスタイルがあるね。まずは1年間、この会社できちんとした形で働いてみない? キミに必要なトレーニングがあれば、会社が負担するし、給料もちゃんと支払うよ」と打診されました。本当に嬉しかったです。やっと今の私に可能性を感じてくれて、現実的に私が自分の足で立って生きていくために力を貸そうという人が現れたのです。そこで友だちに紹介してもらった弁護士さんに相談。すると、現実問題としてアメリカで働くための短期ビザを発行するのはとても費用がかかるだけではなく、私のようなバックグラウンド(文系の学士で日本のマスコミで勤務)の場合、今回のようにアメリカでまったく新しい業務に従事するとなると(例えば、プロダクトデザインの仕事)発行される可能性はゼロだと言われたのです。「なんで私はこんなに歳をとるまで、アメリカに来られなかったんだろう」「なんで私には目の前のチャンスを手に入れることができないんだろう」。不満をぶつけたところでどうしようもない状況に対してひと晩だけ泣くことを自分に許して、とても有り難いお話だけれどお断りしますと翌日返事しました。その一週間後、大事なお得意先に贈るギフトのラッピングをして欲しいと社長に頼まれ、みんなが帰った後に残業をしていました。「アヤ、キミは本当に良い人だよね。そこがとても好きなところだし、会社のみんなともすごくうまくいっている。思いやりや控えめな心、大事だよね。でもそれはときにはビジネスの世界では足かせになる場合もある。バランスだよ。今のように短期のインターンをし続けて、商品のラッピングをしたり、ゴミ捨てしたりって。キミはそれをし続ける人じゃないよね? キミの今までの実績を考えると、それを活かしてキャリアを積み重ねていくことを考えていかないと。アヤ、そろそろコンフォートゾーン(ラクな居心地が良い場所)から抜け出しなさい。“良い人でいよう”とこれからは譲るばかりじゃなくって、もっと堂々と生きていくんだよ」。そして鏡の前に立たされ(苦笑)、「これがキミだよ。もっと自信を持って。自分を好きになって」。それが社長がくれた、インターン最後のメッセージでした。思いやりと自己主張の最適バランス。ところで短期インターンをしていた同時期に、バークレーのプログラムを修了してすでに半年経つのに、未だに修了書が送られてこないという事態が起こっていたんです。「どうなっているんですか?」とメッセージを3名の担当者に送ると責任者から「すぐに確認してメールしますね」と返事が来たけれど、待てど暮らせど連絡が来ない。3週間待った後に「その後どうなりましたか?」と連絡をすると、「責任者の彼女が大学生の期末テストの点数をつけたりで忙しく、しかもホリデーに入ってしまったかもしれない。連絡がつかないかもしれないけれど、もう一度あなたのほうからコンタクトをとりなさい」という返事がサブのひとりから。今までの私だったら、明らかなヒエラルキーのもとにひれ伏し、すごすごと彼女に「了解しました」といって責任者に「お忙しいなか恐縮ですが、修了書の件を再度確認していただけますか……?」と連絡していたのでしょうが。インターン先の社長やみんなのおかげで、「これは明らかに彼らの主張のほうがおかしい」と自分の感覚のほうを認められたんです。そこで「この件は、1週間や2週間の話ではなく、プログラムを修了してもはや7か月以上経っていますよね。私はこのプログラムのために、50,000ドル以上の費用と4学期という日時を費やしてきた。そしてこちらから確認しないと7か月以上も修了書を受け取れないまま月日が流れ、未だに何の連絡も無いという事態に対して、なぜ私のほうがなんどもなんども事実確認をしなければならないのですか? 私の常識では、この事態を理解できません」と主張したら、即修了書がFedEXで送られてきました。なんだ、やればできるんじゃん…。私が今まで信じていたものや、目指そうとしていた世界っていったいなんだったのかな? 最近強くそう思います。そして不思議なことに私の疑問と正比例するように、プログラムの責任者から「このところ、いったいどうしているの? あなたは、今どこにいるの?? 大学院を志望するのはもう辞めてしまったの???」と連絡が入るようになりました。これは私がかつて目標としていたものを今の私はどう見るんだろうと再確認するための良い機会だと思って、「じゃ、よかったらお茶でもします?」と返事し、会って話すことになりました。社長やインターン先のみんなと出会えたことで、アカデミック・コンプレックスやらアカデミック信仰やらをガラガラと崩してもらえた今。半年以上のときを経てその世界と接してみたらどんな気分になるのでしょうね。ちょっと不安でもあり、楽しみでもあります。See You!空の写真:インターン先に向かう、午前7時10分の空。私の一番好きなオパールカラーに染まる。カフェの写真:最近一番のお気に入りは、『Alchemy Collective Cafe and Roaster』というカフェ。バークレーでは、コレクティブといって共同経営者スタイルで運営するピザ屋やコーヒーショップがそこかしこに。カードの写真:今年も日本の家族や友だちにホリディカードを。カードを贈る相手がいるというのは、幸せなことですね。
2018年01月20日瞑想合宿で出会った、ひと回り歳下の男子・エム。歩く辞書、オタクエリートとはまさに彼のことで、寝癖がついた頭の中にはありとあらゆる情報が詰まっていて、話もおもしろい!そんな彼に好意を持たれた筆者・土居は、今度こそ年下男子に対してスマートに接することができたのでしょうか?写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 61【第61話】40歳のバツイチ女と30歳の既婚女、どっちがいい?ヴィパッサナー瞑想合宿が終わった後、ライドをしてくれたエムから来るメッセージが、週に2日、3日、4日となり……、気づけば毎日チャット状態に。バークレーにヴィパッサナー瞑想を実践する生徒が自由に利用できるメディテーションスペースがあるのですが、自然な流れで毎週末エムが車で家まで迎えに来てくれて、そこで午前中の3時間瞑想をして、一緒に公園にあるカフェでランチをするというのが週末の日課となったのです。エムは、プログラミングが天職だという自他ともに認める筋金入りのオタクで(夢は90年代のアナログ感があるゲームを作ること)、瞑想、本、音楽など情報の守備範囲も広く(彼の秘密にしておきたいやましい喜び(guilty pleasure)的BGMは、『恋愛サーキュレーション』、笑)、頭のなかで全てのインフォメーションが整理されているので、とにかく何についてたずねても説明がうまくてわかりやすい。服装に関しては全く無頓着で(エムの履いている謎のスニーカーは、どこのメーカーのものなのか全然わからない)周りに全然いなかったタイプの男子なのですが、情報キャッチセンスが良いんです。ずいぶんと歳下なのに私の知らない世界も知っている世界も把握していて、しかもその理解が深く、話していておもしろい!ひと回りも歳下のお坊ちゃん。手の甲のキスはルール違反だよ!エムが好意を感じてくれているのはわかるのですが、彼は28歳。ひと回りも歳下です。しかも学費が超高い東部にある名門大学を卒業した後、サンフランシスコに勤めるからといって親が買ってくれたバークレーにあるコンドミニアムに住むって、ちょっとしたお坊っちゃん。そんなちょっと世間知らずなエムは、私が40歳のバツイチであるなんて想像だにしていません。前回の女子(※)は、既婚者だったと知ってショックを受けたと言ってたし、女運が悪いのか、見る目が無いのか……。この人、また引っかかっちゃってるよ、いわくつきの女に。※気になる前回のお話はコチラ。ひとりっ子で家族ととても仲が良いエムが実家から連絡してきました。「サンクスギビング(アメリカ人にとってお正月みたいに家族で派手にお祝いする休日)って、どうしているの? スケートとか一緒にどう? 両親がくれたチケットがあるんだ」。ヤバイ。「インターンかなぁ…。あ、そうインターンだった!」「サンクスギビングなのに?」と訝しげに聞かれます。「みんなが休むときにこそ働く、そういう職種なのよ」「……ふぅん。残念だね……」。ある日車から降りるときに、手を貸してと言われたので「どうもどうも」と握手をしたら、「そうじゃないよ」と言われて、手の甲にキスをされました。グラッ。ど、どこで覚えた? それ。車中で手の甲にキスとは、離婚した後にできたボーイフレンドに生まれて初めてされて、陥落してしまったやつと同じじゃないの!(後日、エムからは丁寧な謝罪を受けました)。「緊急、緊急です! ねぇ、この事態、どうしたら良いと思う?」と男友だちに相談したら、「次会うときにさり気なく『40歳のバツイチと30歳の既婚者、どっちがいい?』って聞いてみなよ」と言われ、「その二択って28歳の男子にしちゃ、どっちも嫌でしょうよ」と頭を抱えながらも、緊縮財政のために訪問を封印していた素敵なバーへと彼が連れて行ってくれたのですっかりアガって、久しぶりの夜遊び。翌日二日酔いのまま瞑想にいくと、「え! お酒解禁にしたの?! じゃあ、一緒に飲みにいけるね!」とビール好きのエムがすごい笑顔に。「いいえ、お酒はやはりもうやめます。瞑想中ずっと寝てしまったから……(そう、私は尼僧の身)」と言うと、「でもさ、その人とは友だちっていうことでお酒飲みに行ってるのに、なんで僕とは瞑想場所でしか会えないの?」とたずねられました。正論です。私の事情がわからないと、理解できないよね。チャンス! 今こそ言うのだ、「私は、40歳のバツイチだから。それでも一緒にお出かけしたい?」と。すると「あ、車のキーが無い」とエムが言います。「え? メディテーションホールかな」と一緒に見に行くも、すでにカギがかかっていて中に入れません。「僕のことは気にしないで。キミの家には、僕がUberで送っていくよ。大丈夫」とエムは言いますが、そういうわけには行きませんよね。「でも明日から会社でしょ? 何日もここに停められないと思うよ。一緒に探すよ」。ひとしきり一緒に探し回ったけれど、鍵は見つかりません。すると、エムが「父さんに電話して、スペアキーを持ってきてもらおう!」と言うのです。えー、そんなことで日曜日にくつろいでいるお父さんを呼び出すの? で、お父さん。1時間もかけて、そんなことのために即来てくれちゃうの?? 「いいんだよ、これって父さんのメンツを立ててるんだよ。『お父さん、ありがとうございます。助かりますー』って女の子の前で息子が頭を下げたら、それって彼の顔がすごく立つことだからね」。私の常識では考えられない、ドラ息子っぷりにあっけに取られて気づきませんでしたが、結果1時間後、お父さんに「はじめまして、アヤです」とご挨拶する流れに。緊急事態。お父さんにご挨拶。お父さんはものすごくびっくりした顔をしています。そうだ、きっと。息子がこんな年増の女とハングアウトしていることに驚いているんだ! 起こるべく惨事を察知し、エムに「『彼女は単に一緒の瞑想をプラクティスしている人で、1年半したらアメリカに滞在するためのビザが切れて日本に帰るんだ』って重々説明しておいてね」と伝え、その事態について「再び緊急事態です」と今度は小学生時代の同級生にうろたえながらLINEしたら、「シンプルに重いよ」とアドバイス放棄(という名のもとのアドバイス)の寸殺(ガーン!)。うなだれながら車に乗った後に、「あ、ジャケットのポケットにキーが入ってたよ」と笑うエムからは、「先週父さん東京に行ってたばかりで、僕が今会ってるのが日本の子っていうのでその偶然にびっくりしてただけだよ。父さん、キミのこと気に入ってたよ」と、本当かウソかわからないスマートな返しが。なんなんだ? なんでこんなに心を振り乱されているのだ? ベジタリアンを貫き、毎朝晩ヴィパッサナー瞑想やって、心の平穏を保とうと努力しているのに。全然実生活に落とし込めていないじゃないか! ただ、良き隣人でいたいだけなのに……。エムを傷つけたくなくて、そして私が傷つきたくないだけなのに……。……私って、単なる偽善者?どんどん言いづらくなってきます。別に歳のこととか結婚歴とか聞かれていないから、嘘をついているわけではない。聞かれていないことをわざわざ言うのも不自然よね? …というか、ちょっとこれって、自分の全てを知られて嫌われたくないってことは、一周回って実は好きってコトなのかな……? いやー、それはありえないでしょう!! と、ぐるぐるぐる。なんかひと回りも歳下の男子とのやりとりにうろたえたりして、アタシ、カッコ悪。相談相手の男友だちには、「ね、マジに結婚してたんだよね?苦笑。そのヘタレっぷり、中学生、いや小学生に見えてきたわ」とまでに評され、イマイチどころか、イマヨンな女!イマヨンな女ですみません。そんななか次第に私が倹約生活をしていることにエムが気づいて「ねぇ、たまに僕が夕食をごちそうするのってどうかな?」と気遣いだし、「奢ってもらったところで、何のお返しもできないからダメだわ」と答えると、「ごちそうするのは僕の利己的な理由で(1.バークレーに友だちがあまりいない。2.行ってみたいレストランがある)、キミには何のお返しの義務が無いとしても?」(*心の声* そんなうまい話、ありえないでしょう。だてに人生経験積んでませんよ)。「ダメだよ。これはあなたには全く関係ない、私個人の心理的な問題で……。自己肯定感の低さといますか(←重ッ!)」「あ、そうそう、100ドル分のフリーチケットがあるんだった。両親が昨年の誕生日にプレゼントしてくれて、そろそろ期限が切れるんだよ……。だから、助けるという意味でさ」(*心の叫び* ご両親からの大事なひとり息子へのプレゼント?! そんなもん、絶対使えないわ!!! 親になったことは無いけど、ご両親がどんな人とキミが親しくなって欲しいかぐらい、想像つくよ!)。「エム……、一緒にお出かけはできないよ……」「That’s too bad……」「……ごめんね」そんなやり取りをしているうちに、毎日エムからやってきていたメールが週に4日、3日、2日と減っていき……。この状況で、瞑想場所への送り迎えだけをし続けてもらうのはさすがに都合が良すぎると思いだし、「歩いていきたいから」と断るようになると、メディテーション・ホールでエムを見かけることもなくなり。ありのままの自分のことを説明する機会を失くしたまま、結局、友情さえ築くことができずに自然に会わなくなりました。最後あたりのエムとの会話で、勤めていた会社のM&Aに伴って彼が就職活動を再度することとなり、必要なクオリティは備えていても自分はなかなか面接がうまくいかない。デートしても、女性に慣れていないせいでなんかしくじってしまう。そんなふうにエムがぼやいていたときに、「あなたは今でも十分素敵だけど、そうやっていろいろともがいているうちに、きっと10年後にもっともっと素敵な男性になるよ」と伝えたんです。「そんなもんなのかな……。10年も先のことなんて、今は想像もつかないよ。そうじゃない?」とエムは言っていましたが。ま、そりゃそうだ。歳を重ねてはじめて、わかることもある。でも自分の人生を振り返ると、案外、10年ってあっという間だったなと思います。ふとエムに言葉をかけた後に、離婚後にお付き合いしていたボーイフレンド(17歳年上でした)が「アヤはきっと、40歳を過ぎたらもっと素敵になるよ」と言ってくれたことを思い出しました。そのときの私は、彼にふさわしい女性になりたいと背伸びしまくっていたので、“キミは未完成だ” と判断されてしまったのかと少し複雑な気分になって、「今のままでは、まだダメなの? 40歳なんて。なりたくないわ!」と一蹴してしまいましたが、苦笑。今は彼がどんな気持ちでこの言葉を言ってくれたのか、少しわかるような気がします。以前にはわからなかったことが理解できるようになる。歳をとるのも悪いばかりではないですね。そして、なにかにGOサインを出すにはタイミングってあるんですよ、やっぱり。でもそのタイミングって、絶対なのでしょうか。いつの日か、年齢とか性別とか職業とか収入とか肩書きとか国籍とか。そんなカテゴリーたちにどこかで囚われてしまう自分のものの見方をちょっと緩めることができたら、もっと自由で素敵なひとになれるのかな。SEE YOU!©Chiha Hair※カラーバルーンの写真:どうにもモヤモヤしたときは、頭で考えなくてもよいアートを見にいきます。Oakland Museum of Californiaは、第一日曜日・ドネーション制です。※羊をめぐる冒険の写真:サンクスギビングは結局、ひとり侘びしくコーヒーを飲みながらしっぽりと読書して過ごしました。後日事態を知ったインターン先の社長が『家族パーティに誘ってあげればよかった』というので、『家族にどう私を説明するんです?』と聞いたら、『そこらの道で出会った日本人のホームレスの女性をほっとけなくて、と』。狭いけど雨をしのげるだけの家、あるわよ。失礼ね(笑)!※ピザの写真:今年のイヴはくだんの男友だちが “歳末たすけあい運動” の一環として、遊んでくれました。二人でガーリックたっぷりのピザをがっつりホールで完食!※SEE YOU!:髪を切りました! こちらでようやく素敵なヘアスタイリスト Chiha Hairさんに出会えました。
2018年01月11日携帯やPCはもちろん、本やメモまでもが没収され、会話やアイコンタクトすら禁止というヴィパッサナー瞑想合宿に行ってきたという筆者・土居。もはや忘れかけていた記憶に思考をハイジャックされたり、耐えきれないほどの身体の痛みと格闘しては、森のなかでひとり号泣したり…。締めくくりには、恋愛アドバイスまでされたようですが?!結果、再び不思議な世界への扉が開き始めたようです。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 60【第60話】携帯没収! &アイコンタクトもダメ。10日間のヴィパッサナー瞑想で心の汚濁を滅す。ずいぶんと更新するまでに時間がかかってしまいました。というのも、ある瞑想合宿に行ってから、視点が変わったとかいうレベルではなくて、リアルな現実として自分の周りの人たちや生活様式がガラッと変わったんです。ビッグウェーブをダイブしているうちに、気づけば3か月も経ってしまいました。申し訳ありません……。そして、この不定期更新連載を読んでくださってありがとう。会社を辞めてアメリカに来るまでは、いろいろあっても私の人生は平凡だなぁと思っていたんです。でも最近思うんです。普段と違う選択をひとつしたら、それに続く次のチョイスもまた一風変わったものになって……。と、気づけば、誰でも簡単に奇妙な世界に足を踏み入れていくものなんだなと。人生って、本当におもしろいですよね。このところ肩の力が抜けたのか、英語だってルー大柴さん風になって(例えば、“英単語+ね?” で事実確認。通じますよ!)、今までストレスだったり困っていた物事も楽しめるようになってきました。今の私の「アリかナシか」という “心のものさし” に影響を与えたのは、ギフト経済という考えです。こちらカリフォルニア・ベイエリアで知った生き方のひとつで、出合った当時は(今現在も)度肝を抜かれました(正確には、現在進行形)。見返りを期待せずに与え続けるという世界に生きる、ニップンさん(第21話)やパンチョとサム(第19話)の生き方は素晴らしいと思う半面、どうしても「それってだいぶ損してるんじゃ?」と損得勘定に囚われてしまう私にはハテナがいっぱい。未だに実践するには至りませんし、お金との付き合い方を模索中の私にとって、心地よいバランスを毎日タッチ&トライしながら手探りしています。そんな彼らが日々のプラクティスとして実践していたもののひとつに、ヴィパッサナー瞑想がありました。「何か手がかりがあるかな?」。それが学べる合宿があるとはずいぶん前から知りつつも、朝4時から夜9時まで瞑想三昧の10日間だと言われてひるんでいたのですが、「とにかくまずは体験してみるのがいいだろう」と参加してみることにしたのです。車&免許ナシの私。合宿場まで連れてって!向かった先はカリフォルニア州北部、バークレーから2時間ほど車を走らせた街にあるNorthern California Vipassana Center(北カリフォルニア・ヴィパッサナー・センター)。センター近郊は、ワインの産地として有名なソノマ郡やナパ郡、大麻農場があるという(!)メンドシーノ郡なのですが、合宿前日に大きな山火事があったため、最短ルートの道路は閉鎖。回り道をしながら向かいました。ちなみに、私には車も免許もありません。そこで、参加者のみが見られるメッセージボードに書き込みをして(例えば私はどストレートな書き込み。”I need a ride because I don’t have a car. Thank you! [車が無いので、乗せてもらう必要があるんです。ありがとう!]” )、「乗せてくれる人」と「乗せてもらう人」の間で直接メールのやり取りをした結果、私は無事、エムに乗せていってもらえることになりました。エムは大学卒業後に投資会社のインターンを1年勤めた後、プログラミングの勉強をし直してプログラマーとして現在サンフランシスコにあるオフィスに勤務して5年目。ヴィパッサナー瞑想は7回目だという28歳の好青年でした。親の意向もあってアメリカ東部にある名門大学でビジネス(会計学)を学んだけれど、哲学に興味があって学生時代からいろいろと読み漁ってきたのだとか。「あくまでも僕にとってだけど、哲学は頭の中の遊びみたいなもので、何の体感もできなかったんだ」。その後ヴィパッサナー瞑想に出合い、そのパワフルさからどんどんハマっていったんだそうです。(ちなみに乗せていってもらったお返しは、ガソリン代を払ったり、ランチをごちそうしたりというカジュアルなものでOK。エム曰く、過去にヒッピーの子を乗せてあげたとき、「私お金が無いんだけど、スペシャルなチョコレートを持っているからそれをお礼にあげる!」とくれたことがあるとか。それはマジックマッシュルーム入りのチョコレートだったようで(笑)「サトシ・コン(今敏監督。こちらでは宮﨑駿監督とともにアニメーション界の巨匠として大人気)の映画を観ながら食べたんだけど、あれは良かったなぁ…。キミも持ってる?」と笑っていました)。参加費は任意の寄付制(ダナ)です。センター到着後は、名前や住所、生年月日や瞑想歴などについて簡単な情報登録をしたのち、貴重品、携帯電話やPC(外部とのコミュニケーションは一切遮断)、メモや本のたぐい(合宿中に文章を読んだり書いたりもNG)を預けます。そして軽い完全菜食の夕食をいただいた後にオリエンテーションが。説明によれば、センターは完全ボランティアで運営されていて、瞑想の疑問に対して答える先生、関わるスタッフ全員がこの瞑想の実践者で無償の奉仕活動を行っていること。参加費は任意の寄付制で、払う金額はもちろん、払うかどうかも自由意志に委ねられている。そして、今回の私の参加費用は私の前に参加した人たちからのギフト(ペイ・イット・フォワード(先贈り制度))で賄われていて、私が寄付をした場合は、それは次の参加者への贈り物になるのだと説明を受けました。オリエンテーションの後は、男女が完全にわけられ、ダイニングルームの真ん中にビシっとカーテンが引かれます。「じゃあね、また10日後に」とエムと別れ、ノーブル・サイレンス(聖なる沈黙)がスタート。ここから瞑想中に疑問が湧いたときに質問できる先生やマネージャー以外の誰とも話せず、アイコンタクトやジェスチャーのたぐいも禁止です。それぞれが自分の心の奥深くまで向き合っていくために外部とのコミュニケーションを一切遮断するというのです。鼻から上唇までの三角地帯に集中せよ!ちなみにこれからお伝えする内容は、合宿中にメモをとれなかったので全てうろ覚えの記憶を辿ったもの。また、エムによれば各自の体験が個別に異なるだけではなく、個人間でもリトリートごとに変わるんだそうです。だからみなさんの体験は、私が書いたものとは全然違うものになる可能性が大ですので、「土居彩はこんなふうに感じたんだ」ぐらいに捉えてもらえれば。10日間(正確には到着日と最終日を含めて12日間)瞑想をし続けるのですが、その内容は大きく3部にわかれています。本格的なヴィパッサナー瞑想に入るまでの第1部は、まず鼻腔と上唇を結ぶ三角地帯に意識を集中し、その場所に吸う息や吐く息が流れていく様子を観察しなさいと指導されます。これが簡単そうに見えて、全然集中できないわけです。思考は予想外なほどに暴れん坊で、三角地帯の息のことなんてそっちのけになってしまうんです。まず、私の頭の中をハイジャックしたのはマガジンハウス勤務5、6年目ぐらいのときのエピソード。出産祝いのために、同じデスクのみんなで上司のご自宅にお邪魔したのですが、そのときに上司から言われた「おむつ代もバカにならないんスよ〜」というひと言が頭のなかでずっとずっとリフレイン。吸う息に集中しては、「おむつ代もバカにならないんスよ〜」。吐く息に集中しては、「おむつ代もバカにならないんスよ〜」。自分でも首をかしげてしまいました。だって今の私、シリアスな話、「これからどうして生きていくの??」と人生や将来設計について、考えなきゃいけないことは山積みなのに。「…え、今、ソレ?!」ですよ。しかしその後も、ほぼ忘れきっていたような一見今の自分の人生とは全く関係ないようなエピソードが雪崩のように押し寄せてきました。それが3日ほど続き、「いかんいかん、三角地帯に」と意識を戻すという日々でした。そしていよいよ、合宿第2部のヴィパッサナー瞑想がスタートします。辛い! 痛い! 瞑想ができなくて、森の中ひとりで大泣き。私が体験したヴィパッサナー瞑想とは何か? 誤解を恐れず私の理解の範囲で超シンプルな形で説明すれば、全身の感覚をくまなくスキャンして、体の部位がどう感じているかを第三者的な視点で観察するという瞑想法です。つまり、頭のてっぺんから足先まで5cmずつぐらいの範囲を各2分ほどの間隔でスライドさせながら、「くすぐったいな」とか「しびれて痛いな」とか「痛みの中心は、熱を帯びているな」といったように注意深くみていくんです。そのうえで抱いた感覚に反応せず、ただ傍観者のように客観的なスタンスを保つというのがポイント。なんでこんなことをするの?! 指導するS.N.ゴエンカ氏によれば、感情というのは必ず感覚とセットになっている。快・不快に繋がる心地よい感覚も嫌な感覚も究極的には同じ性質を持っている。それは現れては必ず消え去っていくというもの。必ず移り変わっていく存在(感覚)を永遠に変わらないものだと錯覚を起こし、良い感情(感覚)に強く執着し、不快な感情(感覚)に嫌悪を抱いて避けようと逃げまどうというのが私たちの性。その結果、常に外側の現象に左右されすぎて、心の平穏や幸せを保てないのだといいます。その真理を頭のなかだけで知識的に理解するのではなく、それぞれの身体感覚を使ってリアルに腹に落とし、経験に基づく理解を持とうというのです。ヴィパッサナー瞑想中は、なるべく姿勢を変えないようにと指導されます。これが、信じられないぐらい辛い! 私の場合、右のふくらはぎと臀部がありえないほどに痛み、脂汗まで出てきました。「おむつ代も」のフレーズはもはや頭に浮かばなくなりましたが、「痛い痛い痛い痛いイターーーイ」の無音の叫び声で体中がいっぱいに。「全然、痛みが去っていきませんけど??」と痛み(不快な感覚)に抵抗し続け、瞑想が終わる前のサイン、まさに戦い終了のゴングのようなゴエンカ氏のチャンティングが始まるころには気絶寸前。「やっとこの苦しみから解放される……」と瞑想が終わるのを心待ちにしながら、チャンティング終了後は戦いを終えた戦士のようにぐったり。就寝前に暗がりのなかで着替え中、脚が青アザだらけになっているのを発見して、”痛い” という感覚がまぎれもないリアルな現実であることを目の当たりにして、ギョッですよ。我慢大会のような毎日を過ごすうちに、いったいなんのために瞑想しているのかよくわからなくなってきました。でも、決めたからにはやりきるしかない。ところで瞑想中に、順番に先生に呼ばれて「感覚を感じられますか?」「どんな感じがしますか?」とたずねられる、Q&Aの時間があるんです。すると、みんなすらすらと「頭の先に空気が触れて、くすぐったいです」とか「鼻腔へ出ていく息は温かく、入っていく息は冷たく感じます」などと答えていくなか、「あなたはどうですか?」とたずねられて。「どんな感覚にも反応せずに平穏さを保てと言われますが、”右のふくらはぎがしびれて痛い!” という思いが私の体と心の全てをジャックして、ほかの微細な感覚なんて感じられません。そこで瞑想で平穏さを得るどころか、他の感覚を感じられない自分を責めてしまい、不安な気持ちやがっかりした気分になってしまいます」と正直に答えました。ちなみにこのQ&Aの時間、いつも私だけが「できない」「よくわからない」「そうは言いましても」という意見を投げかけていました。そんなヴィパッサナー瞑想劣等生の私に対して、先生は常に優しく微笑み答えてくれたんです。「痛みの芯にある性質をよく観察してみなさい。それは熱なのか、圧なのか。フラットな気持ちで調べてみるんです。するとしだいに去っていきますよ。そして、感覚が感じられない部位があったときは、『そうね、感じられないね』と優しくただ認めてみて」と。休憩時間のあいだ、私はサムにアドバイスしてもらったようにひたすら体を休めて寝るか(私の場合、座って瞑想しかしていないのに寝ても寝ても寝られるぐらいよく眠れました)、森を散策していました。森のなかにお気に入りのスポットがあって、そもそもはテントを張るためのウッドデッキなのですが、その上に寝そべりながら木々から覗く太陽を下から眺めるのが好きだったんです。デッキの上で大の字になって試しに目を閉じてみて、頭の先からどう感じているのか再びスキャンしてみます。「やっぱり、感覚がわからないな……」とガッカリして、先生に言われた言葉を思い出します。「そうね、感じられないね」「でも、いいんだよ」「完璧にできなくても、いいんだよ……」と自分に話しかけるように言ってみると、森のなかで木々に包まれていることもあって、涙が溢れてきました。思えば、会社を辞めてからずっとこのレッスンを繰り返しているような気がします。期待どおりに物事を進められない自分に落胆して、焦って、憤って。最終的には、満足にできない私を認めたうえで自分のペースで一歩一歩前に進むことを赦すという作業です。結局何をしていても、どこにいても、取り組むべき同じテーマがやってくるんです。坐布を選び抜いて、痛み対策。私のクッションキャッスルへようこそ。森のなかで泣いてスッキリした後、瞑想に集中するために、まずは自分のできる対策をしようと決意。坐布ひとつで坐禅を組むほうがカッコイイけど、今の私には無理! そこで瞑想のたびに合宿場にある豊富な坐布やクッションの吟味を重ね、ついに理想のコンビネーションを発見。私の席には、右脚、左脚、臀部それぞれの高さにカスタマイズした3つの塔がそびえ立ちました。これだけやってもひどく右の脛が痛む場合もあって、そのときはじっと観察します。感覚をスキャンし続けているうちに、この痛みは臀部の筋肉の硬さを補う姿勢のとり方からきていると感じました。そして私の場合、「できない」とか「怖い」とか、外部の現象に対して心が緊張すると、肩と臀部の筋肉が硬くなることも。そのうえでわかったのは、食べる量を減らすと痛みが楽になるということ。そこで、完全菜食の食事はとてもおいしかったのですが、腹7分目ぐらいに留め、昼以降は一切何も食べないようにしました。洋服もなるべく軽くて締め付けないものを選ぶようにし、「できない」ことを優しく受け入れる。そう繰り返しているうち、到着8日目の就寝前にふと気がついたんです。寝る前に浮かぶあれやこれやが、全く頭のなかに無く、空っぽだということを。「何にも考えることが無い!」。「私の抱える悩みって、そもそも存在しないものだったのかも……」。ものすごい爽快感と同時に、ちょっとした恐怖感さえ感じました。第3部は、メッタという愛と慈悲の瞑想を教わります。ただあるものをあるがままに見て、感じることで、古い思考パターンや心の汚濁を掘り起こすヴィパッサナー瞑想。過去のパターンを掘り起こして穴ぼこになった心の傷口に塗る薬となる瞑想なのだというのです。「意識してか意識せずか、私を傷つけた人すべてを許します。意識してか意識せずか、私が傷つけた人すべてから私が許されますように。生きとし生ける者すべてが幸せで、平和で、本当の自由を得られますように」。「Be Happy (幸せでありなさい)……」「Be Happy……」。メッタ瞑想をリードするゴエンカ氏のチャンティングを聞いているうちに、左目からツーっと静かに涙が出て頬を伝いました。瞑想後に聖なる静寂(ノーブル・サイエンス)は解かれ、初めてルームメイトや参加者たちとおしゃべりをします。ヨガの先生で同僚に誘われてやって来たという人、医療に従事していたが今月仕事を辞めたばかりで自分を見つめにやって来たという人、さまざまでしたがユニークな夫婦にも出会いました。モンゴル人の2人は一年の半分をモンゴルで働いて暮らし、半分はアメリカのこのセンターでボランティアしているというのです。奥さんから「あなたは何をしているの?」とたずねられて「いったい、何をしているんでしょうね? 自分でもよくわかりません、ハハハ」と答えると、「アヤ、あなたにはパートナーがいるの?」と突然聞かれました。そこで「いいえ。今は自分の成長にフォーカスしていて。今の私じゃ、きっと誰ともうまくいかないから」と答えると、「完璧にならないとパートナーシップが築けないというわけじゃないのよ。一緒に成長していけばいいの。私と夫もお互いの成長を助け合っている。ときにはどちらかが成長するのを待ったり、サポートしたり。大抵は私が助けてもらう側だけど、笑」。そういうものなのかなぁ……。自覚している以上に一度離婚してしまったこと、離婚後のボーイフレンドともあまりうまくいかなかったこと、好意を持たれても長続きしないこと。それらに私のものの見方(=今の私のままでは、愛されない)が重なって、自分の心を守るために独りで居ることを課していたのかもしれないなと思いました。合宿終了後は有志で片付けなどを行うのですが、私はメディテーションホールの掃除を行いました。クッションや坐布を整頓することとなり、「ずいぶん助けてもらったなぁ」と汗だくになりながら自然と感謝の気持ちが溢れてきました。掃除が終わるまで待ってもらって、帰りもエムにライドしてもらいました。「ヴィパッサナー瞑想の後って五感が鋭くなっているから、音楽を聴いたらすごいんだよ」と言われ、私のお気に入りのサンフランシスコを拠点に活動するミュージシャン、TYCHOのElsewhereを車の中で大音量で一緒に聴いてみました。何も話さず、ただ景色を見ながら音に耳を傾けます。しばらくすると「ねぇ、変な質問するけど、キミってシングル?」。たしかに今はシングルだなと思い、「イエス」と答えると、「あぁよかった。なんでこんなこと聞くかわかる?」とたずねられ、「ノー」と答えました。すると、「この合宿の前にデートしていた子がいたんだけど、先週『私、結婚しているの』って言われたんだ。ビックリしたのと、ちょっとショックで。だから、ちゃんと聞いとかなきゃって思って」と言われ、「I see…(なるほど)」。「たまに、一緒に出かけるのってどうかな? あ、きっとキミは結婚するなら日本人の男性のほうがいいだろうから、シリアスに考えなくてもいいんだ。僕はバークレーにきてまだ1年ちょっとで友だちもあまり居ないし。そうだね、うん。だからキミに時間があるとき、キミが出かけたい場所に一緒にいけたらなって」。瞑想の後だからか、エムが言っていること(外部の刺激)と自分の間に空間があるような感じがして、すぐに反応できません。またひと回り年下の男子に誘われると、どうしてもバークレーのトラウマがやってくるのもあって(ひと回り以上年下の同級生に告白され、付き合えない理由として年齢を言った途端、化け物を見るような感じになって挨拶さえされなくなった)ぎこちない空気が車内を流れます。前と違うのは、ヴィパッサナー瞑想直後で感覚が鋭くなったせいか、肩とお尻の筋肉が硬くなっているのがわかる点です。さて、どうなるのでしょう?See You!※車の写真:日の出から15分ぐらい経った時間の、バークレーの空が一番好きです。※部屋の写真:部屋はカーテンで区切られ、ベッド、ライト、ハンガーなど必要最低限のものが揃います。シーツや寝袋は持参します。※森の写真:森のなかで山火事から逃れてきた親子の鹿と遭遇しました。息を潜めて見つめていましたが、「もっと見たい」という執着的な意識になった途端、母鹿に気づかれ、去られてしまいました。※坐布の写真:瞑想3日目には坐布やクッション、ベンチが棚からすっかり無くなり、その後再び増え始めました。直接コミュニケーションできないけれど、みんなも試行錯誤しながらベストな組み合わせを研究中なのだなと間接的にわかって、同志的な気持ちが芽生えました。
2018年01月06日カウンセラー・ピィーのもとでエネルギー心理学を学ぶことになった筆者・土居。二回目のクラスでは幸せを阻む有害な思い込みとネガティブな感情をセットにして解放するという心のツボ押し、タッピング療法・EFTを学んできました!写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 59【第59話】指でトントン、心のツボ押し。EFT(イー・エフ・ティー)で嫌な気持ちを吹きとばせ!「どうしてダメな部分も含めたありのままの自分を受け入れられない?」。心理学の世界でもセルフ・コンパッションといいますが、「私は良いところも悪いところもあるひとりの人間です」と、ありのままの自分を受け入れられる人は、自虐的になったり、無理に自分を正当化するのではない形で、過ちや自分の至らなさと向き合え、自己改善するためのモチベーションも高まるのだそうです(Briens & Chen, 2012)。前回の授業では筋反射テストを用いながら、幸せを阻む思い込みの出処を突き止め、解放した結果、アララ情緒不安定になってしまったというワタシ。エネルギー心理学以外にもクンダリニー瞑想、さらにはスティーブ・ジョブズに多大な影響を与えたというヨガナンダ師のアシュラムでクリヤ・ヨガまで始めてみたりと、まさに人体実験状態。あれもこれもと欲張りになった結果、ごった混ぜでプラクティスしていたのもよくなかったのかもしれません…。※第58回の記事授業第二回はまず、報告からスタートしました。つまり、授業の翌日に青竹入り羊羹のようにズルンッと体から何かが抜けていったこと。その後2週間ほどひどい落ち込みを経験したが、今はニュートラルな状態だと伝えました。そこから何を学んだか、とピィーにたずねられ、「究極的には、自分の完璧じゃなさを認めて、それをギフトだと思えるようになりたいんだなということです。誰かに愛されることを期待する前に、まずダメな部分も含めたありのままの自分を認められるようになりたい。そのうえで人間として成長していきたいです」と言うと、ピィーが感激した様子で両手を胸の前で組み合わせ、「潜在意識からの願いを受け取りましたね!」とひと言。そして「完璧な人なんてこの世には誰もいないのよ」と優しく諭されました。「……でも、どうしても私以外の人はみんな、私よりもずっと幸せで、ずっとマシに見えてしまいます」と言うと、ピィーが温かく見つめてくれます。EFT(イー・エフ・ティー)ってナニ?「では今日はあなたにEFT(イー・エフ・ティー:Emotional Freedom Technique)を教えるわ。不要な思い込みだけではなく、それにひっついたネガティブな感情も両方いっぺんに解放させていきましょう」と、ピィー。EFTとは、タッピングを用いた感情解放テクニックなんだそう。人差し指と中指の2本の指先を使って体にある、感情をリリースするというツボをトントンと軽く叩いていきます。開発者のゲイリー・クレイグはスタンフォード大で工学を学び、牧師出身という、心理学者でもなく、カウンセラーでもなく、全く心理学畑とは異なるバッググラウンドの持ち主。さて今回習ったのは、彼が開発した公式EFTをそのまま用いるのではなく、ピィー流に少しアレンジを加えたという方法です。叩いていくツボはイラストの通り(稚拙な手描きイラストでスミマセン……)で、以下のテキストにあるステップで行って。感情解放のためのピィー流・EFTタッピング場所1.眉毛の生え際(眉下)。→2.目の横(目尻側)。→3.目の下。→4.鼻の下。→5.あご。→6.鎖骨(の下)。→7.胸の中心(※ピィーは少し上めをタップしていた)。→8.脇の下。→9.胸の下。→10.頭頂。→11.親指の先。→12.人差し指の先。→13.中指の先。→14.小指の先。→15.空手チョップポイント。※1,2,6,8,9は、両手で左右同時にタッピングする。※手(11〜15)に関しては、左手からでも右手からでもどちらから開始しても良い。※タッピングの回数は各7回が目安。※但し、場所や回数は絶対これを守るべきというよりも、自分の感覚に従いアレンジして。口に出して言うフレーズ。タッピングしながら、嫌な気持ちやつらい気分になる現状、そしてそこで抱く感情について言及し、でもそんな自分でも受け入れると宣言する。例えば、「私は〜(自分のネガティブな状況)で悲しいけれど(否定したい感情)、私は私を完全に受け入れます」というようなイメージ。「さぁ、あなたは今どんなことでネガティブな気分になりますか?」とピィー。「うーんと…。あ、じゃあ、パートナーがいないというのはどうでしょうか?」と答えます。「では一緒にタッピングしながら言いましょう。『私にはパートナーがいなくて自分が至らない気持ちになるけれど、私は私を完全に受け入れる』」。え、マジですか?! それ、言うの? ヘラヘラと苦笑いをしていると、「グサッときているということは、解放するべき思い込みと感情の的が絞られているということですよ。さぁ!」と促されます。スパルタ! もう私はまな板のうえの鯉……。そこで、ピィーと一緒に「私にはパートナーがいなくて至らない気持ちになるけれど、私は私を完全に受け入れる」と声に出して眉の始点を軽くタップし、「私にはパートナーがいないけれど〜」と言っては目の脇をトントンと叩き、「私にはパートナーがいない〜、受け入れる〜」と脇の下をタッピング。「どんな感じですか?」とピィーに尋ねられ、「めちゃくちゃ恥ずかしいです!!! でもなんか、この状況の面白さのせいなのか、感情が解放されているせいなのかは正直よくわかりませんが、不思議と楽しくなってきました、笑」と解答。あらゆる不良債権を明言し、「でも私を受け入れる〜」と叫ぶ日々。この日はありとあらゆる私の抱える不良債権を口に出しては、「でも私は私を受け入れる〜」とタッピングし続けて90分の授業が終了。「私は毎日これを50年続けていますが、強い思い込みと感情解放の効果を感じていますよ。だまされたと思って、次の授業まで毎日やってみてください」とピィーから宿題を出されました。そこで真面目に毎日やっています。「私は無職のプー太郎で無力感を感じるけど、私は私を完全に受け入れます〜」「私は引きこもっているばかりで誰からも必要とされていないと悲しくなるけど、私は私を完全に受け入れます〜」といった具合に。英語でやるとハウスメイトに聞かれた場合、超絶恥ずかしいので、日本語で心置きなくたっぷりと行えるのはラッキーでしたね、ハハハ。より現実と向き合うために私は鏡を見ながら行っていますが、なんかこのタッピングのツボ、血行がよくなるのか、肌艶がよくなってきたような…(気のせい?)。せっせとEFTを真面目にし続けた1週間後ぐらいでしょうか、交際を申し込まれたんですよ。偶然かなぁ? あんまりよく知らないし、お互いに話も噛み合っていないように感じていた方から突然のことだったので丁寧にお断りしましたが。でも金ナシ、職ナシ、なんにもナシな私だけど「交際してみたい」と思ってくれるなんて、単なる珍獣狙いだったのかもしれませんが、非常に有難かったです(合掌)。「パートナーがいなくて虚しいけど、そんな私を私は完全に受け入れる〜」とピィーと叫び続けたEFT効果で芽生えた雑草感がにじみ出て、恋心というよりもむしろタフさを買われたのでしょうか…(うん、あんまり考えるのは止めよう……。良い出来事なのに、私の信念体系のせいで、また落ち込んでしまうから)。私の尊敬する禅僧・ティク・ナット・ハン師が彼の著書『Understanding Our Mind』のなかで意識についてこんなふうに説明しています。「子どもの頃、雨水貯水槽の底に美しい葉っぱを目にしたんです。手を伸ばして拾い上げようとしても、子ども時分の私では腕の長さが短くて届かない。そこで葉が表面に浮き上がってくるように、棒を使ってぐるぐると水をかき混ぜてみたのですが、葉っぱはなかなか浮き上がってこない。待つのもくたびれてしまったので、棒を投げ出し、遊びに行ったんです。そして10分後、貯水槽のところに戻ってみたら、葉が水面に姿を現していたんです。私が去ったあとも、水はずっとかき回り続けて、その動きが葉っぱを浮き上がらせたんですね。私たちの意識もそのようなもの。マインドから『こうしなさい』と命を受けたら、その後ずっと日夜それに取り組むのですよ」。この言葉からは、大変勇気をもらいました。つまり、「なかなか手放せないなぁ…」とがっかりするような根深いネガティブな思い込みや否定的な感情も、「解放するんだ!」という強い意志を持って意識に訴えかけたその日からずっと。私たちがタッチできないような深い深い潜在意識にまで働き続けて、いつの日かきっと置き換えられるのかもしれませんね。See You!街路樹:バークレーの通りを歩きながら街路樹を見上げると、宝石みたいな世界が広がっている。EFTのタッピング場所:胸の中心(6の場所)をトントンと叩くと少し刺激が強すぎると感じる人は、タッピングの代わりにさすってもいい。ちなみに私にはここが一番感情リリースと繋がる場所みたいです。人によってピンとくる場所もタップに必要な回数も異なるので、タップしながら自分の感覚とつながってみて。PUBLIC BIKE REPAIR SHOP:バークレーにある、自転車の中古部品を販売したり、無料で修理の方法を教えてくれたり、道具を貸してくれる場所。青少年が中古部品を組み立て修理した自転車も販売する。SEE YOU!「なんで私のアメリカ生活、我慢比べみたいになっているんだろう?」。EFTで感情を解放し続けた結果、避けられない苦労はあるけれども苦しむために生きているワケではないと痛感し、封印していたかわいいもの好き心が爆発! お店でひと目惚れしたヴィンテージ・メキシカン・ジュエリー。「これは絶対重ねづけしたらカワイイけど、2個は買えません…涙」と返却すると、「その通りね!」と店主が1個プレゼントしてくれた。
2017年10月05日ダライ・ラマ14世も言っています。私たちの人生の目的は幸せになることだと。でもお金があるとか無いとか、恋人がいるとかいないとか、そういう外側の状況を条件にしてしまうと、幸せとはとっても不安定なものに。さらには周りのことを気にしすぎた結果、自分だけの幸せセンサーも鈍っているかも?!そこで、エネルギー心理学で深層レベルに潜む、破壊的な信念体系にアプローチし、幸せを阻む思い込みを解放する方法をお伝えします。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 58【第58話】ピィーのエネルギー心理学①。幸せを阻む、不要な思い込みとさよならする!ただ今唯一の社会との接点であるUCSF Osher Center for Integrative Medicineでのインターン業務は現在、データ結果を個別に自宅作業で分析するということで、ますます家に引きこもりがちな今日このごろ。人との触れ合いはといえば、シャワールームで鉢合わせをしたハウスメイトと「ハイ」とひと言交わすぐらいで、ほぼ声帯を使うこと無く1日が終わる。オークランドにある洒落たセレクトショップに勤める隣室のハウスメイトは「明日から3週間旅行に行ってきま〜す♡」なんて日々エンジョイしているというのに、なぜ私はこんなに内向的で暗いのか。…暗い、暗すぎる! どうして、いつもひとりでいることを選んでしまうんだろう…? 誘ってくれる人が居ないわけじゃないのに。特に差し迫った予定も無いのに「今日はちょっと…」なんて言って、引きこもってしまうのだ。あぁ、暗い…。そんな筋金入りの出不精な私を友だちがお散歩がてら訪ねてくれたので、部屋でお茶をしながら久しぶりの談話♡ お互いにメタフィジカルな世界に興味があったということで盛り上がる。「編集者時代いろいろ頁を作ってみたんだけど、どうしてもフワッとした感じになっちゃって。はっきりとした論拠を言い切れない世界だから、なんか占いとかおまじないっぽい感じになったり。逆にお坊さんとかに瞑想について語ってもらうと説教臭い、宗教臭いって引かれちゃったりね。だから科学的根拠がとれるもので一番理数系から遠くてOKなものって考えたら心理学かなって思って勉強してみたんだけど、瞑想しながら自分の心の動きを観察していると、感情とか肉体(脳)とかってレベルだけでは捉えきれない部分が多くて。じゃあ何を学んだらいいのかっていうのは未だわからなくって瞑想だけに迷走中(おやじギャク……)」と心の内を吐露した。すると友だちがゆっくりと深く頷きながら、「ねぇ、アヤちゃん。まず、ドンズバ気になるところを突き詰めていってみてもいいんじゃないかな」とひとこと。彼女は超高学歴、エリート研究者だったが、今はそのあたりから完全に突き抜け、全くの別世界で羽ばたいている。まぶしい……。「なんか怖いなぁ…。それ、やりきったところで使い物にならなさそうで」と言いながら現状を振り返ってみると、どのみち世間で役立つ人間ではないというアテクシ。「行き着いた先で、得た素材たちをどう変換するかを考えたらいいんじゃないかな? 編集者だったんだし、そういうの得意でしょ(笑)」。彼女のアドバイスはとてもクレバーで、核心をついている。「あ、そうだ」と、ちょうど翌月から彼女のカウンセラーが月に二回のペースで、エネルギー心理学のクラスを始めるという。「一緒に勉強してみない?」と誘われ、一か八か飛び込んでみることにした。エネルギー心理学って?エネルギー心理学のクラスが催されるという指定の場所、オークランドにあるクリニックをたずねると迎えてくれたのは、ほっそりとした真顔も笑顔なピィーだった。彼女はJohn F.Kennedy大学で心理学のマスターを取得したカリフォルニア州認可セラピストであり、ヒーラー。シータヒーリング(脳波をθ波に合わせ、無意識下の思考を癒し解放するとされるヒーリングメソッド)、TAT(体の部位を軽く指圧しながらネガティブな感情やトラウマを消し去るとされる代替セラピー)、DEH(シャーマンの智慧、エネルギー心理学、心理学を組み合わせた代替療法)など、エネルギー心理学をベースとしたワークのインストラクターでもある。「まず始めに、エネルギー心理学って、何だと思いますか?」とピィー。「うーん……。例えば原因不明の腰痛で悩んでいて病院を訪ねたら「ストレスです」と診断されたとしますよね。鍼灸だと肉体を媒介にして症状にアプローチし、心理学だと思考や感情を糸口に働きかける。エネルギー心理学は、私たちを形作っているさらに本質的な領域、無意識下のもっと深いレベルまで踏み込める治療法なのかな…と漠然と思ってやってきました」と答える。「良いですね。そしてエネルギー心理学は、鍼治療の経絡理論、神経科学、物理学、量子力学、生物学、医学、シャーマニズムなどの古来の智慧、心理学など、関連する分野の概念、技術を統合して行います。さて今日は何をテーマに学びましょう?」。ピィーの授業スタイルは、決まりきったカリキュラムは無く自由で、あくまでも生徒とのやりとりをベースにした有機的なものでありたいという。「今私が知りたいのは、どうしたら無条件に幸せになれるのかということ。他人や世間の評価や、お金があるとか無いとか大きな家に住んでいるとかいないとかといった外的な条件に左右されず、自分で自分の愛やエネルギーに繋がれるようになりたいんです。スワミ(ヒンドゥー哲学の先生)からは、それは私たちに内在する無限のエネルギーにアクセスすることで、自分のゴミ箱(シャドー)を認めて受け入れた先にあると言われ続けています。「なるほど」とわかっているのに、どうしても「私は至らない」「まだまだこれをしなければダメだ」という思考が邪魔をして、不足感の中で生きてしまいます。この要らない思い込みを手放さないと幸せを感じられないとわかっているのに、過ちを繰り返してしまい、実践するのが難しいんです」。ピィーは大きく頷きながら「では不足感と逆のもの、豊かさとあなたが繋がった場合、どんな怖いことが起こりうると思いますか?」とたずねてきます。さすがカウンセラー、良い質問!「他者からの妬みです」と、意外にも即答する私。そんなふうに思っていたんだ、私ってば…。「人から妬まれたら、どんな恐ろしいことが起きますか?」。「つまはじきにされて、ひとりぼっちになってしまいます」と返事をしたら、胸がキリリッと痛んだ。「でも……今豊かさの感覚とつながっていませんが、どのみちひとりぼっちですね」と自分の計算式の矛盾に気づくと、ピィーがにっこり。有害な思い込みが潜む、4種類のレベル。ピィーの笑顔に安心し、私は続けます。「苦しみを体験すると、”なぜこの人とわかりあえないのだろう“ ”どうしてこんな気持ちになるのかな“ ”どうしたらこの心の痛みを変容できるのか“ と考える機会が持てます。今この授業を受けているのもそうですが、それは私が学び続けることへの原動力にもなっていて。また、辛い経験をすることで気づきの幅も広がり、少し優しくなれるようにも感じます。元来ナマケモノなので、豊かさに繋がったり幸せな状態になると勉強も、努力もしなくなる。そうなってしまうのが怖いというのもあります」。なるほど、「至らない」「不十分だ」という自覚の奥には、苦行を乗り越えてやっと願いを叶えることこそが素晴らしい、という私の信念もあるのだ。それに対してピィーが「でも、学びの動機が単なる好奇心というのでもいいでしょう? それから苦しみを知らないと人を幸せにできないって、では笑顔で癒してくれる赤ちゃんはどうなんですか? 思いやりを育むために、痛みや苦労は不可欠ではありません」と、私の不要な思い込みの矛盾をついていく。まさに、その通りだ。無意識レベルから顕在意識下まで、私の抱いている不要な思い込みを浮かび上がらせられたのはいいけれど、いったいその信念体系はどこからやってくるものなのか。そして、自覚しているのにパターンが変えられないのはなぜなのか。「リリース作業を進めるうえで、まずあなたのその思い込みがどのエネルギーレベルにあるかを知る必要があります」と、ピィー。彼女のシータ・ヒーリングを元にした考えによれば、その出処は4つの段階に潜んでいるという。信念体系を形成する4つのレベル1.コア信念レベル:「私は十分に賢くない」「人に迷惑をかける自分は存在価値がない」などといった自分が抱える核となる信念。子供のころから大人になるにつれて他者(親、教師、親しい友人など)や社会によって教えこまれた結果、受け入れてきた考え方で、私たちを形作るエネルギーの一部となっている。2.ジェネティック信念レベル:祖先から受け継いだ遺伝による信念パターン。ネガティブ、ポジティブに関わらず、血族から伝承された思考や行動様式が遺伝子レベルで組み込まれる。このインプリントは物理的なレベルで考えるDNAではなく、DNA形成時のエネルギーとして保持されたものと捉える。3.ヒストリー信念レベル:現世や前世で実際に起こった出来事、思い出が引き金となって抱いた信念。母親の子宮の中での深い記憶も含む。4.ソウル信念レベル:魂レベルの信念。信念レベルのなかで最も深い層に位置し、ハートのチャクラ(胸の中央あたり)にエネルギーが存在する。このレベルにある不要な信念をクリアにすると気持ちが軽やかになったり、平穏な気分になる。「さぁ、あなたの信念体系がどこからやってくるのか、キネシオロジー(筋反射テスト)で診ていきましょう」とピィーに促され、起立。キネシオロジーとは、筋肉を通して本音を読み取るテクニックだ。「背筋を伸ばして真っすぐ立って。両手は肩をリラックスさせて体のサイドに。目を閉じてたずねてください。『Yesのサインを教えてください』と」。結果、私の場合Yesだと体が前方に、Noは後方に傾く様子。ペンジュラム(ダウジング用の振り子)を用いる場合も多いが、初心者にはこれが一番わかりやすいという。Yes Noの筋反射を手がかりにしながら、潜在意識に問いかけていく。「私のこの『ありのままの自分では至らない』という信念体系はコアレベルからくるものですか?」というように、コアレベルからソウルレベルまでひとつずつゆっくりと。胸の中央をさすりながら信念体系を解放すると、涙が。キネシオロジーの結果、私の信念体系は2のジェネティック信念レベルからくるようだ。再び筋反射テスト(今度はピィーがペンジュラムを用いて)を行った結果、父方は5世代前、母方は7世代前と父母両方の祖先から代々受け継いできた、根強い信念体系だという。「あなたのご両親はよくやったと思うわ。なぜってご自身もこのパターンを受け継いでいるけれど、あなたはヒストリーレベルでは体験としてそれを抱えていないから。さぁ、もう手放しましょう」。解放の方法は、ハートのチャクラのある胸の中央あたりを優しくさすりながら目をつぶってアファメーションするというもの。「あなたがたから受け継いできた『私は至らない』『何かであらねば存在する価値が無い』という信念を私はもう受け継ぎません。それらを手放します」。そう声に出して宣言するのだ。私がジェネティックレベルの信念をクリアできれば、最大7世代前の(もしくはそれ以上、つまり兄妹や子孫まで)DNAを共有するすべての関係もクリアされるという。そこで父と母、兄、祖父と祖母と目を閉じて思い浮かべていると、その先の会ったこともない着物姿の人たちの姿もふと浮かんできた。すると、左目からのみ涙がツゥーっと。「どうですか?」とピィーに尋ねられて、目を開けるとクンダリニー瞑想中にいつも体験するのと同じように視界が、紗がかかったようにふわっとして強い光に包まれている。「彼らの悲しみがハートに直接伝わってきました。ひどく不憫に感じ、『あなたたちは十分にやってきた。もう苦しまなくていい。みなさんが居なければ、私は存在できなかった。だから、本当に有難うございます』と伝えました。どうしてこんなに精一杯やってきた人たちが自分を責め続けなければならないのか。その苦しみを取り去ってあげたいと思いました。彼らに対するあふれるような感謝の気持ちが湧いてきて、そしてもうこの信念体系による痛みや苦しみを次の世代に受け継ぎたくないとも」と答えた自分が、普段よりもどこか凛としていて、うまく表現できないのだけど…。私が目の前のピィーを見ているのだけれど、私以外の誰かが私の目を使って彼女を見つめているような、そんな不思議な気分になった。まるで青竹入り羊羹。何かがズルンッと抜けてった!その翌日、とても奇妙な体験をする。気絶しそうなぐらいに眠かったので、目の前の全てを中断し、とことん寝ることに。すると眠りながら激しい悪寒が。私は神社やお寺にいった翌日に高熱を出すことがあるので『また、あれか……』と思いつつ、『明日プログラミングのワークショップ、朝からあるから困るなぁ。まぁ、仕方がないか。身を委ねます……』と考えていると、何かがズルンッと体から抜けていった。青竹入りの水羊羹ってありますよね、アレみたいな感じ、笑。かなり深い睡眠だったのだけれど、体験したことのない異変に「な、なんじゃコリャ」と思わず目を覚ましたぐらい。その体験の後1週間ぐらいは、ものすごーーーーーーーーーく、気分が落ちた。「おいおい、エネルギー心理学って大丈夫なのか。タッチしちゃいけない領域まで入ってしまったのでは」と正直不安になったけれど、ピィーは信頼できるカウンセラーだと感じたので、落ち込みに抵抗せず、ちょっと離れて観察してみることに。そこでなるべく緑をみたり、寝たいだけ寝たり、部屋を掃除したり、ピィーにもらったアロマオイルでマッサージしたり、フレッシュなフルーツを食べたりとなるべく穏やかに過ごした。すると少しずつ気分も回復していき、ニュートラルな状態になった、2週間後。二回目のピィーのエネルギー心理学の授業へと向かったのです。See You!写真:doTERRAのオイル授業のあとにピィーにプレゼントされたdoTERRAのエッセンシャルオイル、White Fir。世代間の思考パターンを顕在化させ、クリアしていくという。1日に二度、胸の中心に数滴塗布する。写真:Blue Bottle CoffeeのカプチーノGreater Good Science Centerのインターンを辞めた後、カナダ在住の編集者がバークレーに来るということで誘われてお茶を。「実は履歴書見た時点から、なんでこんなにいろんな資質がある人がこのポジションに応募してきたのかなって疑問に思っていたのよ」と言われ、「えっ、そうだったのー?!」。他人が自分のことをこう評価しているはずというのも、自分の信念体系という色眼鏡から判断したもの。だから実はそれって真実じゃないのかも。写真:蜘蛛の巣ハウスハロウィーンが近くなると、お化け屋敷デコレーションをするお家がちらほらと。遊びゴコロがあって、良いですよね。見習いたい。See You!今年3月、バークレーClaremontにできたヴィンテージショップにて。「欲しい」「いや、買い物なんてしている場合じゃない」とせめぎ合う心の内がちょっと不安な表情に出ているなぁ。
2017年09月30日大学院へのチャレンジをいったん保留し、Greater Good Science Centerのインターンも辞め、目指す方向を見失った筆者・土居。父や元カレに指摘されたように、どうしようもない状態になって帰国することになるのだろうか…。貯金残高やビザのタイムリミットもちらつき、言いようもない不安感が押し寄せる。もはや神頼み、「内なる神さま、向かうべき方向を教えてください!」と心のなかで唱えていると、コーヒーショップで隣席に座っていた女性に思いがけず話しかけられたのですが―。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 57【第57話】ゴールはおろか、今何がしたいのかすらわからない。「だったら、4歳のあなたに聞いてみたら?」。最近よくみる悪夢は、貯金が尽きてビザの期限も切れた。さてアメリカから日本に帰国しなきゃいけないのにこのままでは食べていけない。なんのスキルも無く、生活していけないといった内容です。威勢よく父や元カレに啖呵をきったものの、「彼らの言ったとおりの状態になっているなぁ。やはり彼らのほうが人生経験豊富だし、私は世間知らずのバカだったのだなぁ……」と、うなだれたりして。「大変ですね」「頑張っていますね」と言われますが、目指す方向が定まっているときは、やらなきゃいけないことが山積みでもお金が無くても意外に大丈夫なんです。キツイのは、向かうべき場所がどこなのかがわからないとき。本当に自分がやりたいことが何なのかが定まらず、目を向けられないときです。そして、それはまさに今の私。渡米理由だったGreater Good Science Centerのインターンを辞め、あのまま続けていても違っていたとはわかっているものの、ぽっかりと空いた穴は未だ塞がらぬまま。目覚ましをかけずに思いっきり寝られる、バンザーイ!と思っていたのも、つかの間の極楽・約1週間。その後は、言いようもない不安感と無価値観が襲ってきます。貯金には限りがあり、ビザのタイムリミットとともに「早く答えを出せ!」とジリジリ迫ってきて―。でも、ど、ど、ど、どうしたらいいのかわからない……。本音に目を向けること=社会からはみ出してアウト?第34話では、直感カウンセラーのリン・ロビンソンさんにすべてのプロセスを信頼して、とアドバイスされましたが、心理的にそう悠長に構えてもいられないチキンな私。「内なる神さま、ヒントだけでもいいからどこに向かっているのかを教えてください!」。そうぶつぶつと祈りながら、UCSFオシャー・センターでのインターン業務前、データ計算を行うためにコーヒーショップへ。私にはデスクがないので、自宅やコーヒーショップを作業スペースにしているのです。『The Left Brain Speaks The Right Brain Laughs(左脳は語り、右脳は笑う)』というランサム・ステファン博士の本を机に置いて席を確保し、注文へ。いつものお決まり、本日のコーヒーとバナナブレッドを抱えて席に戻ると、隣の席に座っている女性が「それ、おもしろいのかしら?」と話しかけてきました。「あ……これ前にインターンしていたところ (Greater Good Science Center)で借りた本で、まだ12頁ぐらいしか読めていなくて。だからおもしろいかどうかまだよくわからないです。でもややこしい脳神経学の専門用語をうまく説明しているなと思いますよ。なぜですか?」と答えると、「クリエイティブ・ライティングのコースを教えているから、どんなものなのかなってちょっと興味があったの。私はジェイ、はじめまして」。そこで世間話が終わるかと思ったのですが、ジェイは依然としてがっつりと私側に体を向けています。そこで「あ、私はアヤです。この近くの研究機関で体内感覚と感情のつながりについての研究のアシスタントをしています。日本人と日系人を治験者としたものです」。「へぇ、なにかきっかけがあったの? あなたは研究者かなにか?」とジェイが。「いいえ。私は瞑想の実践者なのですが、その体験から自分が思考に巧みに騙されていると感じまして。では、体内感覚はどうだろうと興味を持って、お手伝いすることになりました。でも、この研究に関わりながら、私も含めて日本人にとって体内感覚に繋がるということもまた、難しいんじゃないかと感じています」と話しました。「おもしろいわね。それはどうしてなのかしら?」とジェイ。「”出る杭は打たれる“ ということわざが日本にあるのですが、ご存知ですか?」とたずねると、ジェイが肩をすくめます。「アメリカ人に比べて日本人は集団の和の中で生きています。目立ちすぎないように注意を払い、規制し合って、助け合って、均整をとる。例えばスターバックスのトイレだって、こちらアメリカと違って日本のものは驚くほど清潔に保たれています。でも体というのは個々のもので、誰ともシェアできませんよね。だから悲しみを感じると胸がギュッとするとか、何か釈然としないとお腹のあたりがざわつくといった体内感覚に繋がるということは集合的な価値観から独立した “自分” とアクセスするということ。それは私たちの感情にもつながっていくことだと感じています。でも、そういった体内感覚に敏感になってしまうと、和を保つために “我慢” が重んじられる日本社会にうまく適合できなくなるんじゃないかという無意識の不安やタブーが私たち日本人にはアメリカ人よりもあるんじゃないかなと感じるんです」。「あなたもそうなの?」とジェイが身を乗り出して聞いてきます。「正直を言えば、そうですね。瞑想なんかをやっていますけど、体内感覚につながった結果、抑圧していた感情とも向き合わないといけないので、しんどいですね」。「でも大切なことよ。どうか、あなたの感覚を信頼して、愛情込めて自分を大事にしてあげて」とジェイ。「でも自分を大事にするという感覚がよくわからないです。集団の価値観の中で生きてきましたから、いきなり好きなことをやればいい、何がしたいの? って言われてもよくわからないです」。ジェイがびっくりした様子で聞きます。「それって子供の頃から?」。あるがままの喜びを知るのは、4歳の頃の私。「たぶん、子供の頃は違いました」。「じゃあどんなときに喜びを感じて自分を大事にできているなと感じた? 子供の頃を思い出してみて」。なんと突然ジェイによる公開カウンセリングが始まりました。コーヒーショップで、笑!「祖母の家で、ただひとりで落書きをしていたときですね。それは、完全な安全と安心感のなかで。描いた絵がうまかろうが下手だろうが誰にもジャッジされない。ただ絵を描くのが楽しいから描くというような、その先のことや評価を考えなくてもいい。ただ今やりたいことをやってOKという守られた感覚のときですね」。「それっていくつぐらいのとき?」。「4歳ぐらいかな」。「じゃあ、これから何かをするとき、4歳の頃のあなたに聞いてみたら? これ、本当に楽しい? やりたいの?って」。「でも人生の大切な決断を4歳児にさせるって、だいぶリスキーじゃないです?笑」と私。するとジェイに「だけど、4歳のあなたしか、あなたの喜びがわからないんでしょう?」と言われ、まさにその通り。「でも私たちは学ばないと、知識を得ないと、経験しないと何かに到達できないと考えていますよね? 4歳児の私に比べて、今の私のほうが長く生きてきた分、それが多少あると思うんですが」。するとジェイが優しく辛抱強く私を諭します。「そうじゃないの。外側の何かは確かに論理的に物事を判断したり、整理する助けになると思うわ。でもね、大事なのはあなたの内側の感覚。嬉しいとか、悲しいとか、辛いとか、あなたの心と体が今何を感じているの? それを聞くのよ。そして、信頼して答えを待つの。その結果として、あなたのクリエイティヴィティとも繋がれるの。内側に聞いて待つ。必要なのはそれだけよ」。するとどんどんどんどん私の自我が、ジェイの言葉を受け入れたいのにそれを無視しようと躍起になります。「ただ今を感じるなんて、贅沢すぎませんか? 私はマインドフルネスの実践者でもありますが、いっぽうで “今を生きる” ということに罪悪感を持ってしまうんです。未来や過去に対して無責任な気分がして。ただ自分の感覚とつながって、今を感じるって、それっていいの?って。社会に対して何も還元できないばかりか、自分の人生をも放棄しているようで…」。するとジェイがキッパリと言います。「それは違うわ。今という瞬間にしっかりコミットすることで、過去や未来も獲得できるの。むしろ全てとさらに強く関わり合えるのよ。”ただあなたである“ というのは、人生を放棄して漫然と好き勝手に遊ぶというのとは違う。今に寛ぎ、それを味わうことで、何をあなたが感じているのかを知る。そこから気づきや本来やるべきことに導かれていくのよ」。私たちをもろくするものは、私たちを美しくするもの。初対面にも関わらず90分ほど話し込み、「いつでも連絡ちょうだい」と最後に名刺をくれたジェイ。彼女は作家だった。17歳で子どもを産み、38歳で夫を亡くして未亡人となり、45歳でスタンフォード大学で学士を取得し、孫が産まれた年にフィレンツェへ海外留学。自分より半分以上年下の同級生とともに学んだ、とインターネット上にありました。全く違う部分もたくさんあるけれど、どこか私の人生と重なる部分もある。しかし人の人生にはそれぞれにそれぞれのタイミングとドラマがあるものですね。体内感覚のように誰ひとりとして全く同じ体験は無く、それが美しい。ジェイに会った翌日はインターン業務も無く、完全なオフでした。そこで「よし自分を大事に喜びで満たしてあげるぞ」と、あのカフェに行って名物チャイを飲み、あの映画を観て……といろいろと妄想するも一応、4歳児の私を心の中に思い浮かべ確認してみます。「何がしたい?」と。すると、「家に居て、GREの勉強がしたい」と言うのです。意外!! 実は前日に「いったいこれからどうするんだ?」と、心配したおじからもらったメールにも「今は大学院を目指す意味がわかりませんので、もうGREは勉強しません」ときっぱり返信したばかりだというのに。ビザだってあと2年しか残っていませんよ? 貴重なアメリカ生活、目標も定まっていないのに、部屋にこもって参考書を読んで潰すのーーー?!で、ふと気がついたのです。頁を開くたびに意味不明でため息すら出てしまう、GREの参考書。文章題を解こうとするたびに「私って、救いようのないほどのバカ……」と自己肯定感もひたすら下げてくれる、G・R・E! 今の私にとってGREというのは「やってもムダ」「時間がもったいない」「ムリだ」「結果は出ない」「(人と比べて)今の私って(歩みが遅くて)恥ずかしい」という私のネガティブな自己知識や信念体系を最も顕著に投影してくれる存在だったのです。でも4歳児の私にはただそれを「やりたいからやってみて悪いの?」「結果が伴わなければ、チャレンジしてみたいって気持ちをムシしなきゃいけないの?」「絶対にどこかに向かってないとやっちゃいけないのかなぁ……?」と、なぜ熱意において成功の保証が必要なのかと、疑問でならないのです。そこで、今に集中して完全に不安や思考からフリーな状態になれていたあの頃を思い出してみます。「あぁ、そういうことなのか……」と、とりあえず参考書に向かってみました。今やっていることが何なのか、その先にゴールがあるのかすらも正直わかりません。さらには未だに大学院を目指したいのかもわかりません。でも、結果を手放し今に集中するというレッスンをしているんだなとわかりました。GREというのは単にそれをわかりやすく表現してくれているひとつのフォームに過ぎないのです。この先、これに変わる別の対象物が見つかるのかもしれないし、これこそがその対象物に向かうための必要な過程なのかもしれません。それはまだ今の私にはわかりません。ただ、私の体験からみなさんにもお伝えしたいことがひとつあります。思考にトラップされて、言いようのない不安を感じることがあっても、自分が存在するのに値しないという恐れがあったとしても、助言が必要なときに心を開いて待てば、必ず答えはいつかやってきます。それがいつになるのかはわからないし、その形もさまざま。例えば今回の私のケースのように通りすがりの人の言葉だったり、または友人からのメールだったり、ふと目にした看板のメッセージだったり、耳にした音楽のフレーズや本の一節だったり、です。そして「答えが欲しい」とすがるような気持ちにさせてしまう、心をもろくするものこそ、私たちを美しくするものなのかもしれないとも感じます。See You!猫の写真:愛想笑いなど一切しない近所の猫。でもどうしても友だちになりたくて、おそるおそる近寄ってみたら、くしゃみをされて鼻水をぶっかけられました。自立について学びます。Activistの写真:学生活動家などのアクティビストたちが盛んにそれぞれの意見を述べたり、抗議のデモや集会をするバークレー。トランプ大統領就任以降、『Black Lives Matter(黒人(も白人もみんな)の生活は大切だ)と書かれた紙が貼られた窓を数多く見かけます。正直私はどこかいつも取り残されたような気分になります。なぜだろう?Bouquet marketの写真:CAVIER & CIGARETTEのオーナー・ブロンディに誘われて足を伸ばした、ブーケ・マーケット。バークレー 4th streetで定期的に行われる感度の高いマーケットで、デッドストックショップや新参デザイナーのジュエリーや家具などが揃います。SEE YOU!週一で友達に教えているヨガでの一コマ。これが公園だというのだから、すごく贅沢。バークレーの豊かな自然にはいつも深い安らぎとインスピレーションを与えられます。
2017年09月22日*画像はイメージです:「私は、ある株式会社の常務取締役を務めておりますが、社長から『他の取締役と意見が合わないから辞めてくれないか』と言われました。辞めざるを得ないのでしょうか。会社に対して何も主張できないのでしょうか」取締役のかたからこのようなご相談をいただきました。通常の労働者であれば、労働法によってその地位が保護されていますが、取締役などの会社の役員は会社との関係でどのような立場になるのでしょうか。 ■労働者との違い株式会社と取締役との法律関係は、雇用関係ではなく、委任関係とされています(会社法330条)。従業員が取締役に選任されるにあたって、退職手続をとり、退職金をもらう人もいらっしゃるかと思いますが、それはいったん労働契約が終了するためです。したがって、労働者の場合と異なり、取締役には労働契約法上の解雇規制(労契法16条)の適用はありません。なお、取締役の中には、従業員兼務取締役という立場の人もいて、この場合は労働者の地位が残っていると考えられています。次に、任期中に取締役を解任したい場合には、株主総会決議によって解任することができます(会社法339条1項)。取締役の解任には、労働契約上の解雇規制とは異なり、特段の理由を必要とせず、株主総会決議があれば自由に取締役を解任することができます。 本件では、常務取締役ですので、通常従業員兼務取締役ではなく、純然たる取締役です。そうだとすると、労働者ではありませんので、労働契約法上の解雇規制の適用もなく、当該会社の株主総会決議によって、解任することができます。 ■取締役解任の損害賠償請求それでは、取締役の解任の場合には、会社に対して何も主張できないのでしょうか。会社法339条2項は、解任された取締役は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができると規定しています。これは、取締役の解任の自由を保障しつつ、正当な理由がある場合を除いて、解任そのものによる損害賠償を認めることで、取締役の任期に対する期待保護と株主の会社支配権の確保との調和を図ったものと説明されています(法定責任説)。この会社法339条2項により請求できる損害賠償の範囲は、取締役が解任されなければ在任中および任期満了時に得られた利益の額とされており、典型的には残任期分の役員報酬相当額となります。一方で、慰謝料や弁護士費用は原則として認められません。 ■損害賠償請求が認められないケースも先ほど、損害賠償額の範囲について触れましたが、どんなケースで損害賠償請求が認められるのでしょうか?これについては、会社法339条2項には記載があり「正当な理由」のある解任を除き損害賠償請求が認められる、とされています。つまり、「正当な理由」がある場合には、取締役解任に対する損害賠償請求は認められないことになります。取締役解任の「正当な理由」の有無で争われる主要なケースは以下のような4つに大別されます。 (1)法令・定款違反行為、心身の故障(2)職務への著しい不適任など(3)経営上の判断の失敗(4)主観的な信頼関係喪失(大株主の好みや、より適任な者がいるというような単なる主観的な信頼関係喪失) それぞれのケースが正当な理由に該当するかどうかですが、(1)(2)に関しては、正当な理由に該当するとされています。(3)については正当な理由の有無について争いがあるとされており、(4)は正当な理由とは原則として認められません。 本件では、他の取締役と意見が合わないという理由だけでは、④の主観的な信頼関係喪失といえ、正当な理由は認められないでしょう。したがって、本件では、残任期分の役員報酬相当額の損害賠償請求が認められる可能性が高いといえます。 *著者 弁護士 小林 洋介(センチュリー法律事務所。一つ一つのご相談には個性があり、解決策もさまざまです。それぞれのご相談の事情や時代の変化に応じて、既存の解決策にとらわれず、新しい解決策を常に模索し、提案し続けていきたいと考えております)【画像】イメージです*プラナ / PIXTA(ピクスタ)
2017年08月31日洋服を寄付した帰り道に、必要な家具を拾う。Uber代を散財した代わりに、読みたかった本が手に入る……。何かを手放すと必ず何かを受け取る体験を繰り返し、「世界は自分が思うよりもシンプルにできているのでは?」と感じ始めた筆者・土居彩。では、ひとつずつ、少しずつ、思い込みを取り去っていったら、どんな自分と出会えるんだろう。そこで、彼女は大決断をします。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 56【第56話】ホント!手放せば、新しいものが入ってくる。渡米理由だった研究所インターンを辞めてみる。最近とっても不思議なのですが、何かを手放すと必ず何かを受け取るようになっているなと思うことが続くのです。例えば引っ越しに伴って洋服をさらに減らそうと、ドネーションボックスに寄付をしたり、友だちに受け取ってもらったりしたんです。80cm幅のクローゼットに入るぐらいだから、最終的に上下8セットぐらいになったのかな? 「これは、あのデートのときのだな」とか「取材のときに着ていったら褒められたよな」などとそれなりに想い出深い品々でしたから、人手に渡すとなると身を切られるような思いもしました。でも、ま、部屋に入らないなら仕方がない。「今までどうもありがとう。良い人と新しいときを過ごしてください」とバタンとボックスの蓋を締めて2ブロックほど通りを歩いたら、なんと引越し先の部屋にちょうどいい感じ。観葉植物とケトルを置くのにぴったりなスツールが放出されていたりして、ラッキー!先日も楽しみにしていた友達のお話し会があったのですが、うっかり寝坊してしまいました。まったくの言いわけですが、最近本当に寝ても寝ても寝足りないのですよ、眠くって! 現地まで1時間かけて歩こうと考えていたのですが、すでに取り返しのつかないほどの大遅刻中。そこで奮発してUberで向かうことにしました。ところが運転手さんが道に迷ってしまい、倍以上の料金がかかってしまったのです。「楽しい会話でした。ありがとう」と降りる際に言われて、それに対して笑顔で「良い1日を」と返事しつつも、ケチな私は内心「チッ」と舌打ち。帰りは友だちがライドを申し出てくれましたが道草したい気分だったので固辞し、ぶらぶらとお気に入りの公園に寄りつつ歩いて帰ることにしました。すると道中で、バークレー名物の道端本ボックス発見。中をのぞくと読みたかったラマナ・マハリシの本が。「おー、またオーバーしたUber代がチャラになったなぁ」というわけです。野花を摘む心と時間の余裕とマリファナハウス。今の生活では友だちが部屋に遊びに来てくれるとなると、まず午前中に野花を摘みに通りを散歩します。バークレーという街は気候が寒すぎず暑すぎず穏やかで緑がいっぱいなので、表参道なんかの素敵なフロリストで売っているような花が普通に道端に咲いていたりするんです。まぁ、それが所有地なのか原っぱなのかそこはちょっと見極めが必要だったりもしますが。そこもスリリングで楽しいところ!(なんて)。今までの人生のなかで、お客さんを迎えるために街を散策して野花を摘むという時間と心の余裕が自分にあっただろうかと思います。無かったですね。お気に入りのキャンドルを焚きながら、その香りを封じ込めるようにシーツをホテルみたいにピーンっとなるように毎日アイロンをかけたりもして。「この時間、すごい贅沢だなぁ」と思います。そんなふうにウットリと悦に入っていますが、現実問題全人生でもっとも狭いうえに、ハウスメイトがシャワーに入ると部屋全体が揺れるぐらいのボイラー音がするシャワー室に隣接した部屋で暮らしています。廊下からは彼らが吸うマリファナ臭が漂いますし。そういえばこのあいだ訪ねてくれた日本の方からは、「なんか、(この家)アジアっぽいですね」と言われましたしね(ソレどういう意味?、笑)。ほかに7人もハウスメイトがいれば、衛生レベルも騒音レベルもそれぞれなので、アジア勢である日本人の私と韓国人の友だちがだいたいいつもふたり頭を抱えながらせっせと掃除することになります(それでも追いつきません)。豊かさと貧しさの価値観がゆらぐ。でも最近、なにが豊かでなにが貧しいのかという自分のなかの判断基準がよくわからなくなってきているんですよ。「いつもヨガを教えてくれるお礼」とハウスメイトがなけなしのお金を叩いてお気に入りのケーキショップで買ってきてくれたティラミス一個を二本のフォークで突きながら一緒に食べたんです。ananでオヤツ頁を担当していたからありとあらゆるスイーツを食べ尽くしてきた私ではありますが、「これ、ティラミスっていって、私の一番好きなケーキなの」なんて言われると、「へぇ、ティラミスっていうんだね。お酒がきいていておいしいんだね」と、まるで初めて食べたときの気持ちを再体験させてもらえたようで、もう本当に一生忘れられない味になるんです。とはいえ未だに、現状を惨めに感じることもあります。2週間ほど前のことでしょうか。バークレーの街を歩いていると、キレイに刈り揃えられた生け垣にぐるっと囲まれた大きな家があったんです。それは、京都にあった祖母の古い洋館を彷彿させる家でした。「もうあんなお屋敷みたいな場所には、一生ご縁が無いのだろうなぁ。速攻で締め出しを食らってしまうような存在になったものだな……」と自分がどうしようもなくちっぽけで、落ちぶれたように感じてしまう、いつものクセが。小さい頃は、ただ “セミが一杯捕れる、大好きなおばあちゃんが住む家” でしかなかったのに、こんなふうにこの家に圧倒されてしまったのは、どうしてなんだろう……?祖母が亡くなったとき、それは私が大学生の頃でしたが、おじに「なんでも好きなものを持っていっていいから、ひとりで一度訪ねてきなさい」と言われたんです。私は大変なおばあちゃんっ子でしたから。祖母がいないガランとした洋館にしばらくひとりにしてもらって、ようやく彼女と一緒に遊んだリボンや祖母の編みかけの毛糸、食事に出かけたときに彼女が履いていた草履などを持って帰りました。それらには、彼女のぬくもりが感じられたからです。すると家族に「なんでそんなガラクタみたいなもんを。翡翠のついた化粧棚とかいろいろあったでしょうに」と苦笑いされて、自分の見る目の無さを恨みましたねぇ、あのときは。あぁ、こういうときにはそういうものを選ぶべきだったんだ、損したッ!と、笑。自分の思い込みにダマされているのかも?バークレーのお屋敷と自分の部屋、ガラクタを持ち帰ってしまった私……。「私って、どうしようもないほど生きていくために必要な見る目がないのかな」。そんなふうにモヤモヤしていたとき、いつも夕食に招いてくれる友人夫婦がたまたまメッセージをくれました。それは私の価値観をぶっ壊してくれるものでした。その内容とは、アヤが我が家にしょっちゅう来てくれるの、すごく嬉しいし、楽しい。お世話している気は全然ないし、励まそうとか、応援しようとか、そんなんでもない。ただ一緒に過ごせて楽しいし、それだけと違って、辛いこともしんどい事も話せるし、学びの事や未来の事も一緒に語れる。アヤはお金じゃ買えないものの価値をちゃんと知っていて、その価値を私たちにも惜しみなくわけてくれていると思っている。わかっていると思ったけど、ちゃんとはっきり伝えておきたいと思ったからあえて書いてみた、というものでした。どこかいつも世話になっていることで申し訳ないと思っていたことを見透かされたような気がして胸がいっぱいになってすぐに返事ができず、「あとでゆっくり返事するね!」と送ると、これまた私の気持ちをちゃんとわかっていて「せんでええ」と即返事が。これには、泣きましたね。あまりの大きな愛に対して。だから、今までガラクタと思っていたものはガラクタじゃないのかもしれない。その宝石は私には必要ないものなのかもしれない。今までよくもいろんな思い込みを重ね、騙されてきたものだなと思います。今も思い込みだらけです。で、いろいろ考えたのですが。Greater Good Science Centerのインターンを辞めることにしました。これはそもそもバークレー大の学生へのポジションですが、私はプログラム終了後も特例で続けさせてもらっていました。そこから自分が得たかったものはすでに学び終えていたのに、なぜまだ続けているのか自分でもワケがわからなかったんですが。アメリカに来た理由のような存在だったし、こことの接点が無くなると本当に自分の存在理由も将来もなくなってしまうような気がして、もはや必要ないのに怖くて手が離せなかったんですね。これを手放したら、何かが入ってくるのかな。それとも何も入ってこないのかな。この期待からまず、手放さなきゃですよね、笑。まぁ少なくとも、私が辞めたら、かつての私のようにこのポジションが欲しくてたまらない人にパスすることはできますよね。ひとつずつ、少しずつ、思い込みを取り去っていったら、私は誰なのだろうと思います。1年前にプラム・ヴィレッジでのマインドフルネス合宿でシスターに言われたように、現在もまたスワミに言われ続けているように、もうちょっと勇気を出して、深く自分を見つめてみたいと思います。See You!写真:本とブックエンド本は道端本ボックスで得たシャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』。タイトルは、果実(真理)を得るためには、危険を冒して枝の先まで行かねばならないという意味だそうです。バークレーの野花を押し花にし、祖母の淡水パールを組み合わせて作ったブックエンドを友人に。写真:道端本ボックスバークレーを歩くとそこかしこにある道端本ボックスとはこちら! 自由に本や雑誌を借りたり、提供し合ったりできる。個人宅の敷地内に設置されている。写真:野花とキャンドルすべて道で摘んだ野花。バークレーのクリエイターショップで見つけて以来、ハマっているAYDRY & Co.は2016年にできたLAベースのハンドメイドのキャンドルと美容グッズブランド。クリエイティブ・ディレクターのアユ・カールトンは、日本生まれのようでなるほど!写真:ガラスのドアバークレー南西にあるUrban Oreは、いわばスリフトストアの博物館。ガラスドア、トイレ、家具、洋服、各30セントのカセットまで目移りしてしまう品揃え。日本から家具好きの友だちが来たら、ここへ一番に案内したいです!
2017年08月22日このままじゃ、きっと生きていけない。至らないから、スキルをつけないと。お金を稼がないと……。ずっとそう思って生きてきました。会社を辞めてアメリカに来てからは、さらに強く。でもスワミ(ヒンドゥー哲学の先生)のもとで学んだり、たくさんの人に助けてもらううちに「このままの自分でも、まいっか」と思えるように。「無理になにかを目指さない。周りと違っていても、ただの自分でいてもいい」。そう自分を赦せた途端、目の前のことを最大限に楽しもうと思考がシフト。しみじみとした幸せを感じるようになってきたのです。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 55【第55話】もう何も目指さなくていい。ただ自分でいてもいい。未来思考を中断したら、しみじみと幸せが。またずいぶんと間をあけてしまいました。この不定期更新に、気長にお付き合いくださるみなさん、大変感謝しています。会社を辞めてから決めています。それは、自分で学び、なるべく実体験し、そこから何を感じたのか、どう理解したのかを本音で書くということ。となるとこういったランダムでスローなペースになっちゃって……。すみません、そしていつもありがとうございます。この一か月をおさらいしますと、まず引越しをしました。いろいろと支えてくれたおばあさんとの生活に終止符が打たれたので、異常なほどに家賃が高いうえに(たぶん東京の倍以上)、物件がでれば激戦となるこちらベイエリアで部屋探し。それは定職を持たない外国人としては、大変難航するものでした。けれども幸いにして退去日の3日前に奇跡が起き、現在は無事に大好きな街・バークレーで引き続き暮らせています。男子学生寮に破格で隠れ住む!?どうしても部屋が見つからなかった場合は、知り合いの部屋を又貸し(subleaseと言います)させてもらって、バークレーの男子学生寮のシングルルーム(ただしシャワールームは男子学生3名とシェア)に破格で隠れ住む、というオプションもあるにはあったのですが……。その場合 ”隠れ住んでいる“ ので、住所不定になっちゃうために、銀行の手続きとか郵便とか諸々不便そう。この歳で男子学生寮に住む(しかもスパイのように身を潜めて)っていうのもなかなかできないことなので、やったら書き手としての経験値は上がったと思いますが、それなりに失うものも大きいかなとも思いましたし(ハハ)。まぁ、それ以上に又貸し禁止物件なのでバレて、突然また出ていってくれとなったら困るなぁと。だから、がむしゃらに部屋探しをしましたね。インターン先が見つかったと思ったら、次は部屋探しとなったわけです。なかなか落ち着きませんね。でも、決まりませんでした。退去日1週間前なのに、まだ次の部屋が決まっていない。そんな崖っぷちのなか「だからこそ、今行くのよ!」と、70年代のインドを旅し続けた元祖ヒッピーの大先輩が一泊旅行に連れ出してくれました。向かったのはバークレーから車を北へ2時間ほど走らせた、ユカイヤというこじんまりとしたかわいらしい街。ユカイヤにある彼女のお友達ご夫婦の家を訪ねたのです。そこは朝日と夕日の両方を望める、まさにヒーリングハウス。かつて山のなかでそのリズムとともに暮らしていたという彼らと過ごすうちにすっかり癒やされ、心を覆っていた氷も溶けて寛いだ気分になっていると、バークレーで一緒に学んだ友達から突然メッセージが。彼女が住むシェアハウスに一部屋空きが出て(相場で考えると非常にリーズナブルなため、ほとんど空きが出ない物件)、私の知らないところで彼女が即・オーナーに掛け合ってくれていたのです。そこで旅行から帰ってすぐに内見と面接、そして無事に契約。それは退去日の3日前でした。ふぅ、ギリギリセーフ! そこで現在は7人のハウスメイトと暮らしています。しかし私は本当に運がいいというか、しぶといというか、笑。いつも人とのつながりに助けられていますね。社会的に不安定な場所に身を置くと、わかるんです。人の優しさのキャパシティは私が想像している以上に、ずっとずっと大きいということを。「人に迷惑をかけちゃいけない」と言われて育ってきましたから、なるべく人の負担にならないようにと気をつけて生きてきました。でも、今は頼らざるを得ない。それなりにプライドもありますから、なんとかひとりでやろうとしていても見るからに危ういんでしょうね(笑)。頼まなくても、見かねていろいろな人が手を差し伸べてくれます。プライスレスな経験をしている!日本にいた頃は、「マガジンハウス アンアン編集部の土居彩です」と自己紹介していました。それが私のアイデンティティーだったワケです。そう言えば周りの人に「なるほど、そういう人なんだな」と簡単に納得してもらえたし、社会的な信用にもなりました。生活するのに十分なお給料ももらっていたし、部屋もすぐ借りられたし、離婚をしたときだって洗濯機とか冷蔵庫といった必要なものはためらわずに即買い揃えて、引越し当日には今まで通りの生活を始められ、働いていましたから。だから、たとえ仕事でスタッフに頼ることがあったとしても、蛇口の水は自分が汲んだものではないとはわかっていても、「私はひとりで生きているし、経済的にも社会的にも自立している」と確信していました。傲慢でしたね。でも、いまはそうじゃないですよね? ライターと言ったとしても、ご存知このスタンスだからほとんど原稿を書いていないし(日記はすごい量を書いているけど、苦笑)。行きたかった研究機関2箇所でインターンをしているけどタダ働きだから、職業っていうのとは違うし。バークレーのプログラムを5月に無事修了したので、現在学生でもない。スワミのもとで学び、自分の心の奥にある本音と向き合ううち、本当に大学院に行きたいかどうかもよくわからなくなってGREの勉強を中断。参考書ではなく気になる哲学書ばっかり読みふけっているので「大学院を目指しています」とも言えない。なんだか胸を張って「わたしはこうだ」と自分のことを人に説明できないわけです。いったい今の私って、誰……?と宙ぶらりんで危うい状況になるとですね、予想外なことが起こります。何が起こるというのでしょう? みんながいろいろ助けてくれるんです。車を出して引っ越しを手伝ってくれたり、夕食に招いてくれたり、家具や食器をくれたり……。引っ越し先の洗濯機のノブが取れていて使えず、「毎回コインランドリーは、高いよ」とボー然としていたら、友達が人差し指を軽く湿らせてスライドしたらいい、なんて実践して見せてくれたりしてね。湿り気がノリのように働いて指でダイヤルを回せるようになるのです! これには「なんだか今の私の人生、すごいことが起きているなぁ」と普通に感動しましたね。だって、そうじゃないです? これって、文字通りプライスレスな体験ですよ!マイナス思考が始まったら、いったん脇に置いてみる。こういった境地に至ったのは、この1か月間いろんな人の意見を聞く機会が持てたから。まず、週に二回瞑想を教えてもらっているスワミに「どうしてもやっぱり人と自分を比べてしまうんです。なんであの人みたいに賢くないんだろう、きれいじゃないんだろう、お金持ちじゃないんだろう。面接も部屋探しもあの人と違って、私はなんで選ばれないんだろうって。自分よりも恵まれている人には嫉妬をするし、辛く当たってくる人は憎いと思うし。そんな自分が醜くて受け容れられません」とぶつけてみたんです。すると「私たちはみんなゴミ箱を抱えて生きています。でもゴミ箱って、必要だよね?」とニッコリ。「自分のことをこの体と同一視すれば、あなたは体になるでしょう。あなたの職業と同一視すれば、あなたは職業になるでしょう。嫉妬と同一視すれば、嫉妬になるでしょう。でも私たちの本質は、ただの肉体ではなく、ただの思考ではなく、ただの感情でもない。純粋な私たちとは、個々の形で表現している神性なんです。すべての違いの背後には、本源的なアイデンティティーにおいてあなたと彼女と彼と私の間には何の違いや隔たりもないのですよ。だから、「私はあの人とは違う」としてしまう、誤解した物の見方をいったん停止する勇気を持つ必要があります。あなたを解放することのできる真の喜びとは周りや状況には左右されません。あなたの内にすでにあるのですよ。それはこうだったら……という条件つきではない、無条件の喜びです」。言われたときは、正直ピンとこなかったです。「いや、周囲の状況に左右されるでしょう。そもそもまず、家賃高すぎるし」と、笑。でも一銭の得にもならないのに、私に助け舟を出してくれるさまざまな人たち。行動の理由が損とか得ではなく、自分の信念に沿うか沿わないかということである人たちを見ていると「やっぱり私、自分の見解からいったん自由になってみようかな」。そう思って、何か思考が起こるたびになるべくすぐには反応せず、ひとつひとついったん脇へ置いてみるようにしました。これはユカイヤで出会った素敵なご夫婦にも教えていただいたことです。彼らとお話をしているときに「期待値が高いんだね」と言われたんです。「人に対する、ですか?」と聞くと「”こうじゃないと、ダメ“ っていう自分への期待かな。これはあくまでも僕にとっては、なんだけど。僕にとって僕を一番苦しめたのは、”自分の正しさ” だった」と。この言葉は、ズシーンと胸に刺さりましたね。バスの運賃をケチってバスで10分のところを片道50分かけて歩いていたりすると、「ひょっとして私は取り返しがつかないほど、人生の時間を無駄遣いしているのでは……」という思考がやってきては、置いといて。研究所でインターンをしていると「このサボリ気味なアメリカ人学生は時給20ドルもらえるのに、私はビザの関係で無給なのか、トホホ」という感情がやってきては、また置いといて。そんなふうに「置いといて」を繰り返しているうちに、そもそも50分もかけて歩ける時間の余裕と健康があること自体、とても豊かだなぁ。歩いている最中、道端本ボックスでシャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』と出合えたし。部屋に飾るお花は道中で見つけた野花を摘めばいいからお金はかからない。家から歩いて5分足らずの場所には、ヨガをするのにぴったりの公園だってある。なんて豊かなんだろう……。しみじみとした幸せを感じられるようになってきたのです。あるとき風にゆれる街路樹を見て「なんてキレイなんだろう……」と立ち止まっていると、ぶわーーっと胸が熱くなって突然涙が(笑!)。ひとしきり泣いたら、すごく優しい鞘のようなものに自分がすっぽりと包まれたような、穏やかさと安らぎに満ちた気分になりました。パートナーもいないし、子どもを産んだこともないし、定職もない。このところナイナイ尽くしの自分を楽しめるようになってきたんです、不思議と。そうするとしだいに、今のバークレー生活は私の人生において自由の象徴なんだとようやく気づけたんです。別に何かを目指さなくてもいい。ただ自分らしくあれば、いい。私は自分と世界との気持ち良い関係性を探究する旅をしているんだ。今の私は人生のなかで最も幸せで豊かな時間を過ごせているのかもしれません。ある意味、人生ゲームでいうところの “一回休み” のコマにいるような私。「何も目指さないって、いったいどうなっちゃうんだろう……?」との不安もありますが、自分の価値観が大きなトランジションを迎えようとしているタイミングなのでしょう。しみじみとした幸せを味わいながら、まぁゆっくりいこうと思います。See You!写真/公園をオフィスにする女の子:元祖ヒッピーの先輩に連れ出してもらった、とっておきの公園。ラグをひいて机を置いて、公園だって立派なオフィス代わりに!写真/お花:道端で摘んだ野花の美しさに、はっとさせられました。写真/カップ:引っ越しをしたら隣の部屋のハウスメイトが「良かったらいる?」とくれたカップは、なんとオールドノリタケ! 「あなたのカップとしてキープしておくから、いつでもお茶飲みに来てね」と喫茶室・Aya、オープンです。写真/モビール:部屋の壁にもちょっとした喜びを。
2017年08月16日「仕事を辞めたい…」誰もが1度は思ったことがありますよね。どのような職種でも、辛い思いや大変な仕事内容など、日々の悩みは尽きないもの。あなたの彼氏がそれを言い出した時、どのような対応をするのがベストなのでしょうか。まずは「お疲れさま」と、労う仕事に対して、家事に対して、子育てに対して…「いつも大変だね、お疲れさま」と、声をかけられると嬉しいですよね。『自分のことを見てくれているんだ』と嬉しくなり、同時に『明日からまた頑張ろう』という気持ちになれます。「仕事を辞めたい」と言い出した彼氏は、今、仕事でとても辛い状況の中にいるのかもしれません。それが人間関係なのか、仕事内容なのか、また別な理由なのかはわかりませんが、何に対しても『頑張っているね』という言葉に救われることもあると覚えておきましょう。「転職考えてみる?」と、後押しするすぐに「じゃあ仕事辞めたら?」というのは、今の世の中、現実的ではありません。しかし、「仕事を辞めたい」と言っている人に対して理由も聞かず、「そんな簡単に辞めてどうするの!?」と正論を振りかざしてしまうと、相手はますますイヤになってしまう可能性があります。もし彼氏が本当に仕事を辞めたいと考えているのなら、「次の仕事が見つかれば、安心して退職出来るんじゃないかな?」とアドバイスしてあげると良いかもしれませんね。あなたのアドバイス通り、新しい仕事を探しているようなら、彼氏は本気で転職を考えている可能性が高いです。活動するのをめんどくさがり、ネットですら求人を探していないようなら、それはただの甘えということになりますね。転職のメリット・デメリットを考えるどうしても、男性よりも女性の方が現実的な思考を持っているため、転職に関しても“メリット・デメリット”を事細かに考えていり場合も多いもの。彼氏の勤続年数にもよりますが、転職をするということは給与が減ってしまう可能性があると認識しておくべきですよね。今まで築いてきた人間関係や仕事の成果など、“全てがゼロからのスタート”だということを肝に銘じてもらわなければいけません。「仕事を辞める」ということは、今までのライフスタイルがガラッと変わってしまうということ。ステップアップが見込める転職なら応援したくもなりますが、場合によっては応援し難い状況になり得るということをわかってもらえるよう、まずは落ち着いて、根気よく伝えていきたいですね。
2017年07月28日「羨ましい」「あれを持たないと」「私は至らない」と、人と自分を比べてしまう。世界を自分と自分以外に切り離して見てしまうことがすべての苦しみの原因だとはわかっていても、毎回同じことの繰り返し……。そんな迷える筆者・土居は、たまたま遭遇したスピリチュアルセンターでスワミ(ヒンドゥー哲学の先生)のもと、クンダリニー瞑想の手ほどきをうけることになるのですが……。写真/文・土居彩【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 54【第54話】人生初! クンダリニー瞑想で変性意識の世界を垣間見る。トリカシャラ・クンダリニー・メディテーションセンターは、バークレー西部にあるクンダリニー瞑想センターです。トリカシャラとは、インド・カシミール地方で興ったヒンドゥー教シヴァ派の宗派のひとつ。ちなみにサンスクリット語でトリカ(Trika)とは、意識、エネルギー、(犬だったり、石だったり、あなたや私だったりという…)固有の形式で存在する生きとし生きるものの顕れ、という三位のこと。そしてシャラ(shala)は学派を意味します。具体的にここで何をやっているかというと、スワミ(ヒンドゥー哲学の先生の意味)ケチャラナタ(通称・ナタジ)がクンダリニー瞑想を無料で教えているのです。ちなみにクンダリニーとは、「とぐろを巻いたもの」「螺旋状のもの」「ヘビ」という意味。人間のもっている潜在的な力であり、それは宇宙に存在する根源的なエネルギー。普段はとぐろを巻いたヘビのように眠っていますが、チャクラと呼ばれる7つのエネルギー中枢を覚醒させ、尾てい骨から頭頂を走るクンダリニーエネルギーを目覚めさせることで、心と体を解放できるというのです。怪しいですか? 笑。もしよかったらついてきて下さい……。ハートを解放させるダブルブレス呼吸瞑想。どうしてわたしがこのセンターに行き着いたかというと、ヨガを再開しようとインターネットでスタジオ検索しているときにたまたま見つけたんです。訪ねてみると「…ヨガクラスのお問い合わせで」というのがはばかられるほど、本気度がビシバシ伝わってくる、エキゾチックな場所。瞑想教育を中心に提供しているスピリチュアルセンターといいますが、ヨガに関してはワンクラス、カーヴィーヨガというものがあるといいます。ハタヨガの一種にそういうものがあるのかな?と「カーヴィー(曲線的)な動きをするものでしょうか?」とたずねると、「カーヴィーな(身体にお肉がついている豊満な)人向けのクラスということです」と言われ、「あ、文字通りのカーヴィーなわけですね」。「ははは、そう文字通り(Yes, literally!)」と、センターの老紳士とともに和やかに会話を交わしました。痩せっぽちの私がそのクラスに参加している構図を2人で想像し、同時に違和感を覚えて苦笑い。「ヨガは週に一度ですが、火曜日と木曜日の夜はスワミによるクンダリニー瞑想のクラスが、そして月・水・金の朝は瞑想室をみなさんに開放していますよ」と言われました。「参加費用はいくらですか?」と聞くとキョトンとされ、「無料ですよ」と当然のように言われます。「は? このべらぼうにお金がかかるベイエリアで(家賃は東京の倍以上)無料とはどういうこと?!」。その太っ腹さも気になり(カーヴィーヨガはしないけど)、帰宅しても気になってしまい、どうにも落ち着きません。どんなに克服しようとしても、”私は不十分だ“、”自分以外の人が羨ましい“ と、人と自分を切り離して比べてしまう思い癖が治らないことも重なり、参加の場合は事前連絡をと教えてもらった問い合わせ先にいてもたってもいられずに電話。すると「瞑想は19時からですが、初めて参加なさる方にはその前に1時間イントロの時間を設けて、心構えなどを指導しています。そこで18時にいらしてください」と言われました。当日ドキドキしながら向かうと、イントロ講習の生徒は私ひとり。スワミのお弟子さんが先生です。「か、貸し切りレクチャー??」。バークレーで4学期間、一学期につき約200万円というべらぼうに高い学費を払い続けてきた私としては、目が点です。インド哲学の流れとクンダリニー瞑想の歴史、瞑想の流れ、心構えなどを説明してもらった後、「では少し練習してみましょう」と10分間の呼吸法を教えてもらいます。それは、このセンターで教えるスワミ・ケチャラナタの師のひとりであるスワミ・ルドラナンダ(ルディ)が開発した、ダブルブレスというもの。具体的には……。【ハートを開く、ダブルブレスの方法】1.深呼吸をします。手放し、リラックス。2.1の呼吸にはスピリチュアルな力と滋養が満ちていることに気づきます。3.息を吸い、それがハート・チャクラ(胸、心臓のあたりに位置するエネルギー中枢)へと向かっていくように意識をします。呼気が喉に位置するチャクラに流れてきたら、飲み込みます。息を力づくでコントロールしようとするのではなく、自然とあなたの胸を満たしハートを開いていくようその流れに身を委ねます。ハート・チャクラをリラックスさせて。意識が拡大していく様子、心身を成長させたいというあなたの深い願いを感じます。深くハートを開き、心に浮かぶ心配事や問題、区別性を手放します。呼吸を10秒間ほど、もしくは自然とリリースされていくまで胸に留めます。4.3の呼吸の1/5程度をリリースします。胸のなかにあるエネルギーに意識を留めます。5.再び呼吸をし、呼吸と意識をハートを通過させた後、おへそのあたりにあるチャクラに向けていきます。息を優しくおへそにあるエネルギー中枢に留め、深くリラックスします。拡大されていくエネルギーとともにお腹が柔らかく、開いていくのを感じます。10秒間ほど息と意識をおへそのあたりのチャクラに留めます。息を吐くに従って、性器のあたりに位置するチャクラと背骨の下に向かって自然とエネルギーが拡大していくのを感じます。6.背骨の土台をリラックスさせ、背骨の下から頭上に向かってエネルギーが上昇していく様子に身を委ねます。エネルギーを感じます。ダブルブレスの後に頭がボーッとしていると、「質問はありませんか?」とスワミのお弟子さんに笑顔で聞かれます。そこで「ハートのチャクラに呼吸と意識を向けたときに、詰まりのようなものを感じました。スムーズに呼吸やエネルギーが流れません」と相談。「ハートを開くのは誰にとっても大変難しいことです。そこで、少しずつやっていきましょう。スワミも30年以上アシュラムに住み、1971年から現在まで46年間実践・指導なさっていますが、まだまだご自身には成長できるスペースがあるとおっしゃっています」。「私は両親に愛されて育ち、恵まれた環境で生きてきたのに、なぜでしょうか? どうしてしばしば人と自分を比べてしまい、心を閉ざしてしまうのでしょう」とたずねると、「ひょっとすると現人生での経験した結果とは関係なく、魂そのものが持つ個性も影響しているのかもしれませんね。私たちには誰にでもクンダリニーの力が潜在しています。そこで私たちができることはクラスに参加し、自分自身を清めてエネルギーを強くすること。”いつ自分を解放させることができるのか“ と心配するよりも、ダブルブレスを自習し、クラスに参加してただ練習をするのです。実践し、経験しながらすべてを自然な成り行きにまかせることで、必要なタイミングで必要な能力が身についていきますよ」。ついにスワミが登場!イントロ後、美しい絨毯が敷かれた講堂に通されました。「またひとりだったらどうしよう…」という心配は杞憂に終わり、瞑想ホールには約40名が集い、人種比率は、8割以上が白人。インド人を含めたアジア人が2割、黒人はいませんでした。けれども参加者の年齢は20代から80代と大変幅広い。これはバークレーで参加したマインドフルネス瞑想のサンガと異なる点でした。インドのギター・シタールなどの生演奏のもと、まず全員でチャンティングといってマントラをメロディーに合わせて詠唱します。実はなんとなく宗教的なイメージを受けて最初は引いてしまったのですが、普通にメロディーとして美しい。そこで先入観を手放し、目を閉じてその音とエネルギーに心を傾けてみることにしました。チャンティングも終盤になり、スワミが登場し祭壇に。想像していたのとは違い、白人の男性でした。「なんて強いオーラがある人だろう!」その後、目を開けた瞑想、オープンアイクラスが行われます。瞑想中はスワミとアイコンタクトをします。スワミは瞑想参加者それぞれと1,2分程度目を合わせ、それが5,6回繰り返されます。エネルギーのことを一般的にシャクティ(shakti)といいますが、トリカシャラではスワミの目を通じて、直接シャクティが伝送されます。その際に私は摩訶不思議な体験をすることに。4回目のアイコンタクト中でしょうか。目の前の世界がものすごく強い光に包まれたのです。麻酔をかけられたときのビジュアルってありますよね。そのような蛍光色の強い、強い光の中の世界です。そのなかにスワミの目があった場所に、2つの黒い点が見えます。オープンアイクラスも大詰めを迎えると、痙攣しだす女性がいたり、腕を上げたり下げたりし始める人、そして後ろに座る男性はずっとゲップをしています。「なんじゃあ、こりゃあ?!」と仰天たまげて、開いた口が塞がらない。自分でもわかるんです。バカみたいにあんぐりと口を開けているのが。でも閉じることもできないんです、唖然としすぎて。「うわぁ……キレイだなぁ……。もっとこの景色のなかに居たいなぁ」と思っているうちにスワミは他の人へ目線を向けます。その途端、また普段通りのビジュアルの世界に戻ります。スワミが目を閉じた途端、オープンアイクラスから、目を閉じる瞑想に切り替わります。しばらくすると、スワミが私の額に手を触れ、第三の眼(サードアイ)がある眉間のあたりに指をぐっと食い込ませて開き、クンダリニーが通過しやすくなるように姿勢を正します。すると、目の奥に青い光のようなものがボォッと浮かんでくるんです。最後にQ&Aです。ぶったまげすぎて何も質問ができなかったのですが、ある人の質問に対するスワミの答えが私の体験へのアンサーでした。「クンダリニー瞑想とは、心を開き、体験したことを手放す。そして制限のある自分の物の見方や理解から自由になるためのものです。感覚が鋭敏になるとか、超能力を身につけるとかそういうたぐいのものではありません」と、キッパリ。「今まさにわたしが取り組みたい課題だ……」。満たされた気持ちでいっぱいになりつつ、何か理解を超えたものを体験したことで、頭をボーッとさせながら家に帰ったとたん、おばあさんの遺産相続人の方からメールが入っていました。そこには「学生であるあなたと、今後さらにお世話を必要とする彼女がこれ以上一緒に暮らすことは、あなたのためにも彼女のためにもやはり難しい。そこで今月末で出ていって下さい。今まで本当にあなたの思いやりあふれる彼女への対応を感謝します。引っ越しの際はお手伝いしますので、おっしゃってくださいね」というメッセージが……。「え……」。ショックを抱えながらも、「この出来事は、いったいどういう意味なんだろう?」。「この状況で、私はどうハートを開けと言うんだろう?」。偶然にも年に2回のリトリートがたまたま2週間後にあるということで、参加を決めるのです。See You!センター外観の写真:大きな窓に差し込む光線が、まるで虹のよう。講堂の写真:毎週木・金の19時〜1時間半程度瞑想とQ&Aが行われる。初めて参加する場合は、INTRO(18時〜)を受ける必要が。Peaceの石の写真:ハートを開き、体験を手放すことで平穏が手に入るとスワミ。またそれは無関心、無感覚になるということではないという。いったいどういうことだろう…?SEE YOU! 写真:センターのトイレが超ゴージャスで思わずパチリ。
2017年07月11日仕事をするも辞めるも、今までは自分の思いひとつで自由に選択できていたはず。けれど、子どもを持つと環境を替えたいと感じていても、いろいろな絡み合う事情により、一歩を踏み出せる人は多くはないようです。今、ママにとって大きなハードルとなっている「転職」。さまざまなケースのママたちの転職ストーリーを連載で紹介していきます。■酒井桃子さんの「転職するとき」酒井桃子さん プロフィールアヤキッチン合同会社「もぐもぐ子ども調理室」企画運営担当。10年間勤めた会社を2016年退社し、代表の潮田彩さんが出張型の子ども向け料理教室として活動していたもぐもぐ子ども調理室に参画し、新たにキッチンスタジオという拠点を設けてレギュラーレッスン形式での料理教室にシフトさせた。約1年間かけ新しく事業化した「もぐもぐ子ども調理室」は2017年4月にオープンしたばかり。 【酒井桃子さんの出産後の転職歴】▼1社目 クリーク・アンド・リバー社 正社員2010年9月第1子出産 → 2011年4月復帰2013年3月第2子出産 → 2014年4月復帰▼退職後、フリーランスに約1年をかけてアヤキッチンの合同会社化と、キッチンスタジオオープンに向けて奔走▼アヤキッチン合同会社を立ち上げ「もぐもぐ子ども調理室」事業化2017年4月にアヤキッチン合同会社を立ち上げ、小金井市にキッチンスタジオを構え、定期的に通える子ども向け料理教室をスタートさせた部内初の産休育休、時短勤務取得は、子どもと後に続く人のため30歳を過ぎた頃、正社員登用で長く勤められて納得できる仕事をしたいと思うようになり、友人の紹介で、クリエイティブに特化した人材派遣や制作請負を行っているクリーク・アンド・リバー社へ転職しました。当初は大手広告代理店のアウトソーシング事業を行っている部門に所属し、部門役員のもと、部門係数や工数管理など、社内メンバーの環境づくりを主に行っていました。役員が優秀な方だったので仕事範囲がどんどん広がり、サポートする私も必然的に多忙になっていきました。2009年に結婚しましたが、それまでと変わらず夜遅くまで残って仕事をするような毎日でした。そんな中で妊娠を知り、2010年9月に長女を出産しました。勤めていた会社には産休育休制度はありましたが、私が働く部署は若いスタッフが多く、実際に出産して制度を取得した人が今までにほぼいませんでした。そこで妊娠や出産について自身でもいろいろな情報を集めながら、同時に会社の制度についても問い合わせたりして、バタバタと出産準備を進めていきました。9月に出産するために7月から産休に入り、翌年3月まで育休を取得しました。部署で初めての産休育休取得者となったので、これから子どもを持つことになるだろう後輩のためにも、子どもを持っても頼りになると言われるような仕事をしたかったのですが、ただでさえ時短勤務の形態でちゃんと仕事ができるだろうかと、復帰前はすごくプレッシャーを感じたことを覚えています。 実際に復帰してみると、想像以上に子どもは熱を出したり具合が悪くなったりするので、仕事中に鳴る携帯電話にビクビクすることもありました。保育園からの電話になかなか出られなかったり、出ても仕事を誰かに任せて帰らなくてはいけない心苦しさから、上司に報告するまでに時間がかかったりすることもしばしばありました。 ■保育園の父母会長を引き受けたことが、「転職」のきっかけに仕事復帰をして2年後の2013年には2回目の産休を取得し、3月に長男を出産しました。翌年4月、二人の子どもは同じ保育園に通えることができたので、時短勤務で仕事を再開し、子育てと仕事の毎日は繰り返されていきました。そんなとき、子どもたちが通う保育園のママ友に、2015年度の父母会長を勧められ、安請け合いで引き受けたことが、今回の転職へと繋がっていったのです。私たちの暮らす市では、市、NPO団体、保育園など公立施設の三者で実行する、アートに親しむことを目的としたイベントを行う取り組みがあるのですが、それが2015年度は子どもたちの通う保育園で実施することが決まっていたんです。ただ単に父母会長を受けるのは躊躇があったのですが、そのイベントがあることでおもしろそうだなと思い、なんとなく引き受けてみました。父母会というものは、保護者同士の間に分かりやすい上下、利害関係がなく、そこに集まる人たちはみんな純然たるボランティアの精神でやってくれています。そんな人たちに、いかに気持ち良く参加し、協力してもらうには……と、普段の仕事とは少し違うところの気遣いや進め方を学んだ思いがしています。結果、イベントは成功をおさめ、年度の役員会自体も滞りなく終了し、役員をやってくれた保護者の方たちは「楽しかった」「やってよかった」と言ってくれました。私自身もボランティアで私の大事な時間を使うのだから、子どものためではなく、まずは自分が楽しまなきゃと思ってやっていました。そんな役員の仲間の一人に、今回一緒に事業をすることになった潮田(※編集部注:代表兼講師を務める潮田彩さん)がいたんです。もともと潮田は出張型の子どもの料理教室をやっていて、事業を拡大したいという思いを持っていました。そんなときにちょうど父母会の集まりの後に二人で話をしていて、「酒井さんのような人に私の仕事の営業的なサポートをしてもらえたらいいのにな~」と伝えられて。そのときは「いつか一緒に仕事をしたいですね」と終わったのですが、家に帰り一人で考えてみると、それはとてもありがたい話でぜひ行きたいと思うようになってきて。それで翌日夫に「やってもいい?」と相談すると「いいよ!」と言われ、すぐに潮田に「一緒にやろう」と連絡したんです。潮田はたった1日でこんな展開になってびっくりしていました(笑)。 ■辞める理由のなかった会社を辞めたのは「やりたいことを見つけた」から転職への動機は、実は潮田から誘いを受ける少し前からありました。それは長女の小学校入学が現実的になってきたころからです。昨年夫の仕事のポジションが変わり、週に1~2日は出張をするようになりました。今でさえふたりの子どもを迎えに行って帰宅するのはなんだかんだ19時になります。でも小学校へ入ると、今の仕事内容や勤務形態では19時に保育園から学童へと迎えに行くようになることがどうしても難しいと思うようになりました。私自身、勤続10年になりますが、その半分が母であり時短勤務で働く期間となりました。仕事を続けるうえで上を目指したい思いもありましたが、今の仕事からキャリアアップすると、次はマネージャー職になります。そうなれば下にメンバーを抱え、より密に時間を過ごすことが想像されますし、私自身もメンバーと一緒にいたい!と思うだろうと予測できたので、時短勤務でマネージャーになっても自分の理想とするマネジメントができないのではないかと思っていました。そんな時の潮田の誘いだったので「これだ!」と思い、乗りました。そうと決まればすぐに会社に報告をしました。上司には「辞めてほしくないけど、すっごく楽しそうだね」と言ってもらいました。10年も勤めた会社をそんな理由で辞めるの? と思う人もいたかもしれませんが、時間に制限があるからとかではなく、「ほかにやりたいこと見つけちゃった。じゃあね、お先!」って楽しそうに辞めていったらカッコいいかなと思って(笑)1年経った今、合同会社化してスタジオキッチンも作り、定期開催のクラスも走り出しました。今は始まったばかりですが、一人でも多くの子どもたちに定期的に通ってもらい、自分自身の成長を感じてほしいです。そしてその成長をお父さん、お母さんにもシェアして、たくさんの自信をつけていってほしいと思っています。「もぐもぐ子ども調理室」はどの企画に参加しても「とにかく楽しい!」がモットーです。「なんかあそこ、いつも楽しそうなことしている!」って大人にも子どもにも思われるような、そんな場にしたいと思っています。<ママの転職 Q&A>Q:転職をして家庭環境は変わりましたか?A:朝の登園でゆっくり歩いてあげたり、医者にこまめに通ったり自由に使える時間は少しできたと思います。でもスタジオができるまでは自宅が仕事場だったので、子どもとの時間にもPCに向かったりすることも多く、子どものとの時間が単純に増えたかといえば、そうではないかもしれません。でも、子どもたちが撮影のモデルになったり、ワークショップに参加したり、親が働く姿を間近で見られることが、この先いい経験に繋がるといいな、と思っています。Q:仕事をする上で気にかけていることはありますか?A:以前の上司に言われた「今の会社の業務だけでなく、どこへ行っても重宝される人間になれるよう、自分のマーケットバリューを常に考えながら仕事をしなさい」ということを意識しています。自分が市場に出たらどのくらいの価値があるのかを考えるというもので、この転職でも「アヤキッチンには営業、広報が必要で、且つ運営、実行部隊も足りていない。もし私が参加したらそのすべてに応えられるかも」と思えたから、すぐに飛び込めたんだと思います。Q:これから転職する人へのアドバイスをお願いします!A:「ここが嫌だからこっちへ行きたい」ではなく、「こっちがいいから行く!」というように、無理矢理でもいいからポジティブな理由に変換したほうがいいと思います。あとは「子どものため」が理由の転職もオススメしません。本当のことをいうと小1の壁とかいろいろ事情があるんだけど、そうではなく自分のための転職、としたほうが、後々子どものためにも自分のためにも気持ちがいいと思います。Q:具体的に転職をしたい人にオススメすることはありますか?A:自分には今何ができて、この先1年後、何年か後に何をしたいとか、頭の中でだけでも自分自身のレジュメを作ってみることをおすすめします。年に1度くらいやっておくと頭の中を整頓するのに良さそうです。そうすることで転職したいと思ったときにすぐに行動に移せると思います。皆が躊躇する父母会長を引き受けてみたことが、すべてにつながったんだと言った酒井さん。何よりも自分が楽しみたいという雰囲気と自信は、周りの人に連鎖し影響していくのだと思いました。この転職に対しても「先見の明があると思うんです」と言い切ったその自信が、結果的に理想とする仲間や場所を引き寄せているようでした。
2017年05月31日チョコレートが毎日作られるファクトリー♪洗練されたデザインの店内に足を踏み入れると、一面に広がるファクトリーが。本格的な機械が置かれた工房では、カフェ、チョコレート、ペストリーの3つのチームに分かれ、チョコレートプロダクションのスタッフが、朝から夕方までチョコレートを生み出しています。2階はカフェスペースとなっており、飲食はもちろん、ビーントゥバーチョコレートの製造体験やチョコレートの食べ比べができるワークショップも開催。開放感があり、つい長居したくなりそうな雰囲気なんです。カカオの風味を生かした滑らかな口どけダンデライオン・チョコレートのチョコレートはカカオ豆の風味を生かすため、材料や製法にこだわりが詰まっています。豆によって温度や時間を細かく調整してローストするほか、カカオニブ(殻を取り除いたカカオ豆の内側を指す)と砂糖を合わせて挽くメランジングの工程は、なんと約3日間かけて行うそう!一番の売れ筋はシンプルな板チョコレート!一番の人気商品は、カカオの個性を最大限に引き出したシンプルな板チョコレート。フレッシュなヨーグルトやイチゴの風味を楽しめるものから、こっくりとしたアーモンドのようなフレーバーまでバラエティー豊かにラインナップされています。ラッピングにもこだわった本格派チョコレートは、大人の男性に贈りたくなる一品です。取材・文/恋する旅ライターかおりスポット情報スポット名:ダンデライオン・チョコレートファクトリー&カフェ蔵前住所:東京都台東区蔵前4-14-6電話番号:03-5833-7270
2017年02月07日もし彼氏に突然「会社辞めたいんだけど・・・」と相談を受けたら、どうしますか?将来を考えている彼氏であればあるほど「辞めちゃいなよ!」とは言いにくいもの。かといって彼の気持ちを考えれば「辞めないで頑張って働いて!」とも言えませんよね。ここでは、彼氏に「会社辞めたい・・・」と言われた時の4つの回答法をご紹介します。■■「何かあったの?」と彼氏の愚痴を聞く「しんどかったときに、仕事辞めたいな~って冗談めかしでつぶやいたら、彼女が真剣に話を聞いてくれた。彼女がいてくれるなら、もう少し頑張れるかなと思った」(20代/商社)女性は友達や家族にいろんなことを話しますが、男性は女性と比べて自分の気持ちを伝える数が少ないもの。嫌なことや苦しいことを話す機会も少ないため、自分のなかにストレスをためてしまいがちです。そんなときに「どうした?」「何かあった?」と優しく聞くだけでも、彼の気持ちは救われます。「会社辞めるの?」「辞めたら?」と具体的に話すのではなく、まずはその発言に至るまでの彼の気持ちに耳を傾けてあげましょう。■■「○○君、充分頑張ってたもんね」と彼氏を認める「彼女にプロポーズしたいと思い、昇給するためにも仕事をめちゃくちゃ頑張ったことがあった。結果、仕事量が増えただけで給料は変わらず・・・。彼女にぽろっと“仕事辞めたいな・・・”と話したときに“充分頑張ったと思うよ”と言われて、まだ頑張れると思った。おかげでやっと昇給できました!」(20代/IT)誰だって、認められると嬉しいもの。とはいえ、仕事を頑張ったからと言って必ず報われるわけではありません。時には評価されないこともあるでしょう。そんなときに彼女が「頑張ってたもんね」と認めてくれれば、彼氏もきっと嬉しいはずです。認めてくれる人がいるだけで、仕事へのモチベーションも変わるでしょう。■■「私は○○君の味方だよ」と応援する「すげー頑張って昇進したけど、部下ともめたり上司とトラブルが起こったりして、精神的にまいっていた。“仕事やめたいな・・・”と言うと、彼女は“私はどんな道を選んだとしても味方でいるよ”と言ってくれて元気が出た」(30代/広告)仕事を「辞めないで!」というのは簡単ですが、彼の精神状態を考えると、彼に寄り添ってあげることのほうが重要です。「私は味方だよ」「どんな道を選んでも応援するよ」という姿勢こそが、彼氏が彼女に求めているもの。支えられていると感じるだけで、安心して仕事に打ち込むことができるはずです。■■「しばらく休むのも大事だよね」と背中を押す「残業も休日出勤も多い会社だったけど、給料だけはよかった。合コンでも会社名を言うとウケがよかったから、仕事辞めたら彼女も嫌だろうなと思っていたけど、いざ辞めると話すと“休むのも大事だしいいんじゃない”って言ってくれた。惚れ直した」(20代/外資)仕事にプライドを持っている人ほど、会社を辞めるのが難しくなります。そんなときに「もう充分やっているんだから少しは休んだほうがいいんじゃない?」と身体を気遣う言葉があるだけで、彼の意識も前向きになるでしょう。「せっかくいい会社に入ったのに・・・」などと言ったりせず、優しく応援してあげましょう。■おわりに会社を辞めたからといって死ぬわけではありません。大事なのは、彼の気持ちを支えること。すぐに目くじらを立てるのではなく、かといって「辞めなよ」と後押しするのでもなく、彼のこれまでの仕事への向き合い方を認めることで、彼の意識も変わるでしょう。そのときはじめて、今後どうすればいいか、最善の選択ができると思いますよ。(小林リズム/ライター)(ハウコレ編集部)
2017年01月14日開放的な港町が登場ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに数あるエリアの中でも、特に開放感のある空間は「サンフランシスコ・エリア」ではないでしょうか。アメリカでも随一の港町であるサンフランシスコの街並みが再現されており、フィッシャーマンズワーフやチャイナタウンが並びます。道路には路面電車の軌道まで再現されている細かさです。ラグーン(海が陸側に入り込んでできた湖)からの眺めは絶景で、夜は街あかりも相まってロマンチックな雰囲気。カップルで訪れるお客さんが多いようです。バックドラフトサンフランシスコ・エリアにあるアトラクションはバックドラフトです。映画「バックドラフト」の世界を体感出来るアトラクションは、映画を知らなくても大丈夫。最初に監督や出演者が映画の見所や、キーワードである「バックドラフト現象」についてしっかり解説してくれます。“ストーリー亡くなった父の後を継ぎ、消防士の道を選んだ兄弟。だが、未熟な弟は失敗続きで自信を失う。そんなある日、連続放火犯を追う男の手助けをすることに。弟は放火犯の手口が、「バックドラフト」と呼ばれる炎の性質を利用した専門的な手口であることを告げられる。犯人はこの現象を知りつつ利用できる人物。果たして誰が…!?”出典:以上の特殊効果を駆使して、目の前に大迫力の火災現場が出現します。ドラム缶が爆発したことをキッカケに、燃料パイプから炎が噴き出し、熱風が襲い掛かってきます。炎の壁はもはや絶望してしまうレベル。果たして、この窮地からどのように生還することが出来るのでしょうか…!?■所要時間:約20分■定員:240名(車イス・電動車イス用のスペースは5台)■開催回数:19:00まで随時■制限事項:特になし■その他:ユニバーサル・エクスプレス・パス対応、チャイルドスイッチ対応※チャイルドスイッチ→身長制限などでアトラクションを体験出来ない人が一緒にいる場合、1回分の待ち時間で、付き添いの人が順番で交互にアトラクションを楽しめるシステム。■ポイント:メインアトラクションは3列になって楽しみます。ショップ・レストラン案内サンフランシスコのスナック・スタンドをイメージした「ワーフカフェ」では、子どもが喜ぶミニオンズやセサミストリートのホットドリンク、食べ歩きに最適なホットドッグなどが販売されています。小腹が空いた時にオススメです。しっかり食事をしたい場合は、チャイナタウンの中国料理店「ザ・ドラゴンズ・パール」がオススメ。主食とサイドメニューが選べるワンボックス・コンボは、主食としてチャーハンや焼きビーフンを味わうことが出来ます。倉庫を改装した「ハピネス・カフェ」には、コカ・コーラ初のロボット「CoRoBo」がいます。来場記念として、世界にひとつだけのネームボトルを作ることも出来ますよ。食事も充実しているので、食事からおやつまで楽しむことが出来ます。水辺を散策したら、お土産を探しましょう。サンフランシスコ・エリアには、ミニオンズのグッズが勢揃いしている「サンフランシスコ・キャンディーズ」があります。ユニークなお土産を手に入れて、旅の思い出を持ち帰りたいですね。大迫力のアトラクションと美しい景色を堪能出来るサンフランシスコ・エリア。活気と開放感に溢れたこのエリアを、じっくり満喫してくださいね。TM & © 2016 Sesame WorkshopDespicable Me, Minion Made and all related marks and characters are trademarks and copyrights of Universal Studios. Licensed by Universal Studios Licensing LLC. All Rights Reserved.画像提供:ユニバーサル・スタジオ・ジャパン※12/22時点の情報です。価格・内容は予告なく変更する場合があります。店舗情報店名:ユニバーサル・スタジオ・ジャパンTEL・予約:0570-20-0606(インフォメーションセンター)住所:〒554-0031 大阪市此花区桜島2丁目1番33号営業時間:月によって営業時間が異なります、HPにて必ずご確認ください。※営業時間は予告なく変更する場合があります。来場前に再度ご確認ください。また、当日、パークオープン時間より早く入場を開始する可能性があります。予めご了承ください
2016年12月23日今や転職や独立は当たり前、働き方が多様化する時代です。実際に社会人になってみないと想像しにくいことではありますが、まずは新卒採用で会社で正社員として働き、ゆくゆくはフリーランスとして独立を視野に入れている人もいるかもしれません。そこで今回は、「フリーランス」という働き方についてじっくり考えてみたいと思います。■フリーランスのメリットとデメリットまずは、フリーランスで働くメリットから考えていきましょう。なんとなくイメージしている人もいるかもしれませんが、やはりフリーランスの魅力は「時間に縛られないこと」。仕事のペースをある程度自分の裁量で決めることができる、これに尽きるのではないでしょうか。「好きな時に寝起きできる」、これは一般企業に入った場合、退職するまでほぼ不可能といえます。毎朝早起き、満員電車で揉みくちゃにされながら通勤なんていうサラリーマンを横目に、ある程度の自由な生活を手に入れることができるのは確かです。また、残業は当たり前でいつも日付が変わるギリギリに帰宅、家に帰っても寝るだけの生活で毎日疲労困憊。こんな働き盛りの社会人にありがちなルーティンとは縁遠い、余裕をもった生活を送れるかもしれません。実際仕事内容が辛いというよりは、こういった環境悪化を理由に3年を待たずして辞めてしまう新入社員も多いよう。いくらお給料がたくさん貰えたとしても、あまりに時間的余裕がない生活では、「自分は一体何のために働いているんだろう……」と、退職を考えてしまうのも無理ないのかもしれません。ならば、フリーランスなら楽して自由な生活を手に入れることができるのでしょうか。いえ、現実はそう甘くありません。まず一般企業に勤める正社員と違って、毎月のお給料が保証されていませんし、全ては自分次第。相当タフな精神力が必要とされます。■独立を決めたらまずやるべき事自由な生活と引き替えに、厳しく険しいフリーランスへの道。後悔しないためには、独立前きちんと事前準備をすることが大切です。まずは、「どの職種で食べていきたいのか」を考えてみましょう。フリーランスとしてやっていくためには、武器になるスキルが必要。これまでの人生で身に付けた技術や経験を活かして仕事をするのが鉄則です。昔から継続している趣味や習い事などを洗い出してみると、ヒントになるかもしれません。例えば、文章を書くのが好きならウェブライター。カメラの腕に自信があるのなら、フリーのカメラマンを目指してもいいでしょう。■「週末フリーランス」のススメかくいう筆者も、将来フリーランスとして独立を目指しています。平日はOLとして働きながら、週末はウェブライターとしてお仕事をもらい、個人ブログを運営しています。この生活を始めて約1年、ようやく副業だけで収入が10万円を超えるようになってきました。いきなりフリーランス一本でやっていくのはかなりリスキー。まずは、「週末フリーランス」として始めることをオススメします。また、フリーランスには向き不向きがあるのも事実。ある程度、制度や組織に縛られていたほうが力が発揮できる人もたくさんいます。フリーランスが本当に自分の性に合っているのか、今一度考えてみて下さい。しかし、会社によっては副業を禁止しているところもあります。また、副業の年間所得金額が20万円を超える場合は、確定申告も必要となってくるので、きちんと下調べをしてから行いましょう。何をするかを決めたら、あとは「行動」あるのみです。目先のことしか考えない安易な理由で始めてしまうと失敗する確率も当然高いものに。よくよく考えてから決断することが大切といえるでしょう。
2016年08月24日様々な働き方が注目されている昨今。フリーランスやノマドワーカーなど、自由な働き方に憧れている若者も多いと思います。しかし、本当に食べていけるのか?会社員とフリーランスはどっちがいいの?など、気になるポイントはたくさんあるのではないでしょうか。そこで、実際にフリーランスとして働いている若者に「なぜフリーになったのか?」や「フリーランスとしての生活」を赤裸々にお答えいただきました。「自分も自由な働き方がしたい!」と考えている人は。ぜひ参考にしてみてくださいね。今回お話を聞いたゆとり世代は、東京都武蔵野市在住の25歳女性(既婚)。新卒で大手広告代理店に入社するが、1年で退職。現在は、フリーランスのライターとして活動中。【今週のゆとりちゃん】小田佳奈(仮名)年齢:25歳(1989年生まれ)学歴:某私立大学社会学部業種:フリーランス職種:ライター住まい:東京都武蔵野市出身地:東京都婚姻:既婚家族構成:父、母、兄(実家)■ストレスに耐え切れなかった会社員時代―――就職活動のお話を聞かせてください。「かなりガッツリやりました。大3の5月頃からインターンに参加したり、大3の12月にはいくつか最終面接まで進んだりして。私は、大学受験に失敗しているので、早く内定をもらって、家族や友人から『すごーい』と言われたかったんですよね」―――どんな業界を見ていましたか。「中小のベンチャーを中心に、広告・IT・印刷が多かったと思います。エントリーは200社、エントリーシートを提出したのは40社、面接は20社。大4の4月に大手広告会社から内定をもらい、就活を終えました」―――入社後は、どんな仕事をしていたのですか。「入社してすぐに新規事業で不動産サイトを運営する部署に配属されました。東京育ちで一度も引っ越しをしたことのない私が不動産の営業って……絶対ムリ!と思い、すぐに人事に泣きついたのですが、『新規事業に配属されるなんて、期待されてる証拠だよ』とうまく言いくるめられてしまい……。4月中はサイトがオープンしていなかったので、営業の練習など、チームビルディングがメイン。ゴールデンウィーク明けから本格的に飛び込み営業が始まりました。街の不動産屋さんに出向いて、『うちのサイトに広告を載せて出しませんか』と枠を販売するのが仕事。営業のコンサル的な要素はまったくなく、ひたすらノルマをこなすのに必死でした」―――会社を辞めたいなぁと思い始めたのはいつ頃ですか。「転職を考え始めたのは、新卒入社して4ヶ月目ぐらい。営業の仕事が想像以上にキツかったというのもありますけど、1番ストレスだったのは、職場の人間関係と会社の風土ですね。定時は17時45分だったのですが、先輩からは『営業なんだから18時まで会社に戻ってくるな』と言われ、20時から社内会議なんてことも日常でした。社長が土日出社している子を褒めたりして、会社全体に『早く帰っちゃいけない文化』が根付いている感じ。残業するのが美徳みたいな風土でした。あとは、上司(30代前半)がかなり体育会系で、みんなの前で『死ね』『会社辞めろ』とか怒鳴ったり、机を蹴ったり。『おはようございます』と挨拶するだけで舌打ちされたこともあります。1年以内に新卒を辞めさせるモラハラ課長として、社内でも有名だったらしいのですが……。(笑)たまに機嫌がいいときは、『俺も若手の頃は、よく怒られたよ。昔は厳しかったのに、最近の会社はゆるくなってんだよな』とか言っていましたが、私からすれば『なぜ人にされて嫌なことをするの?』って疑問です。同期の『うぇーい』っていうノリも苦手でした。けっこうリア充が多くて、夏はみんなで海とか行って、水着写真をFBにアップしちゃう感じの人たち。表面的には仲良しなんだけど、仕事になるとギスギスし始めて。全然助け合う感じじゃない!」必死に就職活動をして新卒入社した会社だとしても、自分に合わないことだってあります。ストレスを抱えて苦しい想いを続けるよりは、サクッとやめてしまうのも悪くないかもしれませんね。■退社してガラッと変わった生活―――入社前後で、社会人生活にかなりギャップを感じたんですね。「そうですね。もしかしたら私は、会社にいろんなことを期待しすぎていたのかもしれません。社会人1年目の夏に『会社を辞めたい』と思い始めたけれど、この先何をしたらいいのかも分からず……。転職サイトを眺めたり、留学を考えたり、年上の人と結婚しよう!と街コンに参加してみたり。かなりもがく時期がありました。色々と悩んだあげく、会社を辞めるきっかけとなったのが、ライターの学校に通い始めたことと、今の旦那に出会ったことです。当時流行っていた『ノマドワーカー』に影響され、『会社員じゃない生き方を見つけよう!』と思い、11月からライター講座に通い始めたんです。その翌月に今の旦那と付き合い始めました。その当時、彼はフリーターのバンドマン。毎日嫌々仕事をしている会社員の私からみると、『お金がなくても好きなコトをやってる人って素敵』と思ったんですよね。そんな自由人なカレに、『そんなに嫌なら仕事やめちゃえば?』と言われて、あっさり転職を決めました」―――会社を辞めることに対して、上司やご両親の反応は?「上司とは2回話し合いをして、了承してもらえました。ただ、会社を辞めることは決まっても、親には内緒にしていましたね。私は実家暮らしだったので、仕事をせずに家にはいられない……と思い、実家を出て彼と同棲を始めました。その後、すぐに彼にプロポーズをされて、入籍。結婚してからも2ヶ月間ぐらいは親に、仕事辞めたことを内緒にしてました(笑)会社を1年で辞めるなんて、親には言えなくて……。でも報告したら、『なんで黙ってるんだよ!』と父親に言われつつも、『結婚したんだしいいんじゃない?あんなブラック企業辞めて正解だよ』という感じでした」結婚に転職……。一気に生活が変わったという小田さん。心境の変化が、生活の変化に結びついたのかもしれません。小さなことでも行動をおこせば、芋づる式に生活が変わっていくこともあるようですね。■実際に仕事って入ってくるもの?―――会社を辞めて、ライターを志したとのことですが、すぐにお仕事は入ってきましたか。「ライターデビューは社会人2年目の6月です。初仕事は、地域のニュースサイトに1本1500円で記事を寄稿するというもの。でもそれ以外に雑用もやらされて、1か月1万円程度の収入。それだけでは足りないので、アルバイトを2つ掛け持ちしていました。いくら好きな仕事とはいえ、割に合わないと思い、最初の寄稿の仕事は2ケ月で辞めました。アルバイトも辞めて、本格的に執筆を始めたのは、去年の7月頃。現在は、会社員時代の月収は稼げるようになりました。でもフリーランスは、ボーナスも出ないし、経費も自分持ちなので、年収は少なめです」―――まだ25歳とお若いですが、今後はどんなキャリアプランを描いていますか。「一時期は絶対に会社員には戻らないと思っていましたが、最近は週休2日もいいなぁと思っています。フリーで働いていると、仕事を取りすぎたりして、最近は土日も休みがありません。有給が出たり、経費精算ができたりするのも、会社員のメリットですよね。今はしばらくライターを続けるつもりですが、また何年かしたら福利厚生の整っている企業で働くのもいいかなと思っています」しかし、現実はなかなか厳しい様子。自由なスタイルで働けるフリーワーカーですが、それなりの稼ぎを手に入れるには、普通の会社員よりも大変なことはたくさんありそうです。自分は働く上で、何を優先していきたいのか?をよく考えて、働き方を決めた方がいいということかもしれませんね。<今回のまとめ>・ゆとり世代に「体育会系」の指導方法は向かない・残業するのが美徳みたいな日本社会の風土は考え直すべき・会社員orフリーランス、どちらがオトクかで悩んでいる
2016年08月06日社会人生活を送っていると、ときどき「会社を辞めようかな……」というぼんやりした思いが、脳裏をかすめることがあるのではないでしょうか。希望する仕事や企業に入社しても、忙しかったり、現実と現実のギャップを感じて「こんなはずでは……」と思ってしまう人もいるはず。しかし、「会社を辞めたい」と思うことは、今の自分を変化させたいと願うからこそわきあがる気持ちとも言えます。ここではそういった思いをポジティブにとらえて、会社を辞めようと思ったときに自分に問いかけるべき3つのポイントをまとめてみました。今まさに悩んでいる人も、これから社会人になる大学生も、これを心にとめておけば自分の支えになるかもしれません。■今以上のスキルアップはできる?まずは会社やセクション内において、自分がどのようなポジションにいるかを再確認しましょう。「会社を辞めたい!」と思ったときは、そういったヒートアップする思いを一度自分の中に落としこみ、冷静かつ客観的に整理することが大切です。自分の姿だけではなく、先輩や上司の姿を見ながら、今以上のスキルアップが現職で見込めるか考えてみましょう。自分なりの考えで構いません。全体的な視点から俯瞰することで、自分が会社や仕事をどこまで理解しているかを知ることもできます。特に、日々淡々と業務をこなす人はふと「自分は何をやってるんだろう」という思いに直面することがあるはず。そんな人は、こうした機会を定期的に自分の中に設けることも必要なのかもしれません。■転職活動を乗り切る体力はある?次に、より現実的な方向へ視点を向けていきましょう。実際に転職活動を行う上で必要になってくる、持久力や基盤があるかを考えてみます。在職中でも退職後でも、転職活動は予想以上のパワーを消費してしまします。とくに学生時代の就職活動で経験した、エントリーシートや面接といった関門を再びクリアしなければなりません。そのため、就職活動で大苦戦した人の中には、転職中に息切れを起こしてしまう人もいるかもしれません。これらを乗り越える持久力は転職活動において必要不可欠です。また、同じく重要なのが経済的な基盤です。こちらも就職活動と同様、交通費など金銭的な出費も出てくることになります。こうした経済的な基盤、そして、精神的な基盤に余裕があるかを見つめ直してみましょう。■辞めて何をしたいのか?「会社を辞めたい」「転職をしたい」と愚痴としてネタにすると、ほとんどの人が「辞めてどうするの?」と聞き返されることになります。単純に愚痴の範囲で留まるならばまだ問題はないのですが、「やめて何をするのか」ということは、実際に転職や退職に踏み切った段階で、大きく重要性を実感することとなります。特に転職活動においては、実際に社会人を経験した上で面接も行うため、転職を決めた理由と、その後のキャリアプランを問われることになります。社会人経験を積めば積むほど、転職時には「2年後3年後にはこうなっていたい」という中長期的なビジョンが必要となってくるでしょう。転職活動の原動力は、今の状況を良くしたいというポジティブな気持ち。だからこそ「会社を辞めたい!」と思ったときに、「今の自分をどう変えていくか」という点をしっかり見つめることが求められます。時には自分のキャリアプランをメンテナンスする気持ちで、この3つのポイントを自分に問いかけながら軌道修正してみてはいかがでしょうか。
2016年07月24日サンフランシスコに拠点を置く本とデザインの店・PRESSのショップインショップが7月9日、東京・新宿のルミネエスト地下2階のdestination Tokyoにオープンする。PRESSは、11年の創業以来、アート、ファッション、デザイン、工芸、カウンターカルチャーに関する絶版本や初版本、スモールプレスの新刊、世界中から集められたユニークな文房具、60年代から80年代のデザイン・オブジェなどのセレクトアイテムを展開している本とデザインの店。店内の本はどれも、丁重にクリーニングを施し、古書を保存するために開発されたデュポン社製ポリエステルフィルムでカバーし、それらの本の美しさやオリジナリティーが一番映える方法で陳列されている。今回、そんなPRESSの日本第1号店がオープン。また、7月29日から8月8日まで、東京・表参道のエイチ・ピー・デコ(H.P.DECO)にも期間限定でオープンする予定だ。なお、エイチ・ピー・デコ内のポップアップショップは8月8日のみ休業。
2016年07月06日ある日突然、「疲れたから会社を辞めたい」 と旦那さんに言われたら、あなたならどうしますか?夫婦二人であれば辞めてもなんとかなるとして、子どもがいたらなかなか「いいよ」とは言えませんよね(子どもがいなくても「いいよ」と即答はできないかもしれませんが……)。しかし、今やブラック企業があふれる時代。旦那さんも心身ともに病んでいる可能性があります。だからこそ、頑なに拒否するのは得策ではない気がします。そこで、実際に夫から「疲れたから会社を辞めたい」と言われたら妻はどうするのか、主婦のみなさんにお話を伺ってみました。●(1)「少し休んだら?」と提案してみる『すぐに辞めさせるのはちょっとあれなんで、とりあえず少し休ませてみて様子を見ます 。ちょっと休んだら気持ちも変わるかもしれないし……』(30代女性/パート)『ウツかもしれないし、しばらく休職させて、思いっきり自由に過ごしてもらいます』(20代女性/事務)●(2)転職を提案し、転職活動中は自分が働く『転職先があるようなら、別にすぐ辞めてもらって構わない。転職活動に時間がかかっても、そのあいだは私が身を粉にして働きます』(30代女性/パート)『自殺されたらたまらないから、すぐ辞めさせて転職してもらいます 。次が見つかるまでは私の稼ぎだけで生活するしかないですが、贅沢しなければやっていけると思います』(30代女性/編集)●(3)すぐ辞めさせて自分が働く『旦那の状況にもよるけど、子どもがいるのに「辞めたい」って言うからには、それだけ追いつめられてるってことだから、辞めさせてゆっくりしてもらいます。転職とかも提案しません 。私の収入も貯金もあるし、大丈夫でしょう』(40代女性/保険)『自殺は避けたいので、すぐに辞めさせて、気が済むまでゆっくり休んでもらいます 。そしたらもちろん私が働きますよ。支え合ってこその夫婦ですからね。生きててくれるだけでいいです』(30代女性/専業主婦)●(4)「私が働くまで待って」とお願いする『申し訳ないけど、今、突然仕事を辞められたら収入がゼロになってしまうので、「私が働くまで待って」と言います。とりあえず急いで仕事を探して就職して、それから辞めてもらいます 』(40代女性/専業主婦)----------みなさん、「まずは話をよく聞いてあげて、必要があれば病院へ連れて行く」というのは共通のようでした。また、「自殺されるくらいなら私が代わりに働く」という方ばかりだったのも印象的でした。「生きててくれるだけでいい」という言葉には、妻の愛を感じます。会社を辞めたい理由によっては対応も変わると思いますが、「疲れたから」という場合には、責めたり怒ったりせず、じっくり向き合ってあげたいものですね。●文章/パピマミ編集部
2016年06月22日新卒フリーランスが話題になるなど、フリーランスという働き方がすこしずつ浸透してきているこのごろ。もしかしたら、思い切って会社をやめてフリーランスに……と思っている方もいるかもしれません。でも実は、フリーランスはかなり向き不向きがある働き方なんです。そこで、実際にフリーランスとして働く筆者が、フリーランスに向いていない人の特徴を解説します。 ■残業したくない人会社員として働いているあいだ、定時で帰るのが当たり前、残業はしたくないという人はフリーランスには向きません。フリーランスになると、仕事とプライベートに明確な区切りがなくなるぶん、むしろ労働時間は増える傾向にあります。しかも、極論を言えば一日そこにいるだけでお金がもらえる会社員と違って、フリーランスは自分がしっかり働かなければ食べていくことができません。しかも、税金や保険料が増えるぶん、生活水準をキープするには、会社員時代の給料に最低でもプラス10万円くらいは稼がなければなりません。正直、会社員時代と同じ労働時間ではとてもじゃないですが追いつきません。決められた時間しか働きたくない、なるべく労働時間を減らしたい、という人はフリーランスには不向きです。■競争心がない人フリーランスになると、基本的に仕事は与えられるものではなく、自分で取りに行くものになります。すると、どんどん積極的に動いてライバルを蹴落とさないと、仕事を獲得することができません。上司がバランスよく仕事を割り振ってくれる会社員と違って、フリーランスはまさに弱肉強食の世界。競争心をもって仕事を取りに行く気概がなければ、なかなか仕事にありつくことができません。同じようにフリーランスとして働いている同業者のなかで、どれだけスキルを磨けるか、どれだけ目立つ存在になれるかが大切なので、競争心を持たずほのぼの働きたいという人は、フリーランスに向いているとは言えないでしょう。■悲観的な人フリーランスは不安定な働き方です。月ごとに入ってくる収入は違うし、毎月必ず仕事があるという保証はありません。そんな先行きの見えない状況で、あまりにも悲観的になってしまうとどんどん精神を病んでしまうでしょう。後先考えず、向こう見ずすぎるのも問題ですが、あれこれ考えて落ち込んだり、ムダに焦ったりしてしまうと、せっかくの仕事が手につかないなんてことも。フリーランスには「なんとかなる」という楽観的な気持ちが必要なので、悲観的になりやすい人にはなかなか難しい働き方かもしれません。■フリーランスは意外と大変フリーランスというと、自由な働き方という印象が強いかもしれませんが、蓋を開けてみるとそれがすべてはありません。競争心が強く積極的な人にとっては「自由に」勝負ができる、最適な働き方ですが、のほほんとマイペースに働くという意味の「自由」に憧れているなら、むやみにフリーランスを目指すのは危険です。ゆったり自由に働きたいという人は、実は会社員として働くのが一番向いているのかもしれません。
2016年06月20日産後に仕事を「続ける」か、それとも「辞める」かの選択。多くのママたちの多くが悩む問題ですよね。働く選択をした場合と辞める選択をした場合、それぞれの一日の流れとメリット、デメリットをまとめます。■働くママの一日のスケジュール私は、仕事を続けることを選択したママです。今はフリーランスで働いているのですが、先日まで会社に属して記者をしていました。保育園にすぐ入れなかったこともあり、子どもが1歳半のときに職場へ復帰。子どもがまだヨチヨチとつたい歩きをするぐらいのころです。今回は、私が産休明けに仕事復帰した頃の一日の生活を紹介します。▼6時:子どもと一緒に起床バタバタと着替え、朝食、片付け、化粧、保育園の準備を済ませます。朝食は、準備と片付けのしやすさを考えてパンにしています。1歳半の息子もパンであれば、一人で食べることができました。▼8時過ぎ:出発車のチャイルドシートに子どもを乗せて出発します。「イヤイヤ期」に入ってからは、ここが一番苦労するポイント。なかなか乗ってくれないので、「よ~い、どん!」と掛け声をかけ競争をしながら乗り込む作戦をとっています。いつまで効果があるかわかりませんが…。保育園を経由して、職場へ向かいます。最初のころは、泣いてすがる子どもを先生に託して、私も泣きそうになりながらの出社でした。3カ月間くらい寂しがって泣いていましたが、今ではよろこんで保育園に行っています。毎朝泣いていた時期も昼間は元気に過ごせているようだったので、安心して任せることができました。▼9時半:会社着毎朝、就業時間ギリギリで滑り込みです。▼16時半:退社時短勤務だったため、ほかのスタッフより一足先に会社を出ていました。▼17時半:お迎え保育園に到着するのは、だいたい17時半以降。帰りの支度をして、家に着くのは18時過ぎでした。家に着くとすぐに夕飯です。我が家は夫の帰りが早いため、夕飯の準備をしてくれていました。▼20時:寝かしつけ夕飯後に入浴し、20時には寝かしつけ。私も疲れて一緒に寝落ちしてしまいます。▼深夜1時:私だけ起床夜中に起きて、洗濯と部屋の片付け。3時ごろまで仕事をして、再度寝ています。 ■「働く」メリット・デメリット働くメリットは、「収入があること」と「生活にメリハリができる」ことだと感じます。仕事復帰後の一番の楽しみは、昼食を外でゆっくり食べることでした。同僚を誘って時々カフェでランチをする時間は、私にとってとても貴重な時間になっていました。一方、デメリットは、「子どもと過ごす時間が減る」ということ。私はその分、子どもとの時間を濃密に過ごすように心がけています。家事は夫と分担、または子どもが寝た後にやるようにして、家にいる時間は常に子どもとベッタリ。休みの日は、朝8時から公園に行き、クタクタになるまで思いきり遊んでいます。 ■「辞める」選択をしたママの一日妊娠を機に仕事を辞めた友達も多いです。友人の話を元に、「辞めた」選択をしたママの生活をまとめます。友人にも私と同い年の子どもがいます。▼6時:起床起きるとすぐに洗濯機を回し、朝食の準備。夫が7時前に出社するので、6時半には朝食。家事を優先するため、子どもは起こさず。トイレと洗面所の掃除をパパッと済ませ、7時半ごろ、洗濯物を干していると子どもが起き出します。▼8時:食器洗いと掃除機子どもに朝食を食べさせた後、Eテレに夢中になっている隙に食器洗い。掃除機をかけ始めると追いかけてくるので、掃除機はかけないときも。▼9時~10時:買い物・お出かけ・友達訪問買い物のついでに児童館へ寄ったり、友達が遊びに来たりします。遊ぶときは自宅になることが多いそう。▼12時:昼食・子どものお昼寝子どもの昼食は、まとめて作って冷凍しているそう。昼食時は、子どものぐずり方が激しいため工夫しているようです。子どもは昼食を食べると、そのままウトウト。ベッドへ運び、自分の昼食とテレビタイムです。夕食の下ごしらえもテレビを見ながら、子どもが寝ているうちに済ませます。▼15時:洗濯物の取り込み・子ども供起床洗濯を取り込んでたたみ、片付けた頃に子どもが起床します。午後は、基本的に室内遊び。▼18時・夫の帰宅、子どもとお風呂夫が帰ってくると、子どもとお風呂に入ってもらいます。2人が入浴中に夕飯を仕上げ、入浴が終わるとみんなで夕飯を食べます。▼21時:就寝食後はゆっくり過ごし、子どもの歯磨きなどを済ませると、ママと子どもは寝室へ。そのまま寝落ちしなければ、子どもの食事のストックを作ったり、テレビを見たりするようです。 ■「辞める」メリット・デメリット仕事を辞めるメリットは、子どもと長く一緒にいられる点。あとは、家事がしっかりできること。友人の自宅は、いつ遊びに行ってもとてもキレイに片付いていて、本当に感心します。在宅勤務をしていた時期もありましたが、「うちの子は手がかかるから、仕事なんてもう当分はムリ!」と言っています。デメリットは、夫の収入しかないこと。あとは、自分の時間がないということでしょうか。仕事を続けても、辞めても、母親業が忙しいのは同じです。自分にあった生活はどちらか、見極めることが必要かもしれません。また、専業主婦のママには、一人になる時間がとても少ないように感じます。家族の協力も得て、たまには外でゆっくりお茶をする時間を確保してほしいです。
2016年05月07日仕事と育児の両立は、いつの時代もママたちのテーマとなっています。現在進行形で悩んでいるという人がほとんどではないでしょうか。そこで今回は、子どもを成人させた先輩ママたちに、育児を機に「仕事を辞めてよかったこと」「仕事を辞めなくてよかったこと」を、それぞれ聞いてみました。ママたちが仕事を辞めた理由先輩ママたちが「仕事を辞めよう」と思うタイミングは何度かあるようですが、やはり多いのは「育休が明ける少し前」とのこと。仕事を持っていたママにとって、復帰するか否か選択が迫られる時期です。この時期に「仕事を辞める」と決めたママからは、「子どもと離れがたくなり、自分で子育てをしていこうと決めた」や「子どもを預けて働くことに後ろめたさを感じて仕事を辞めた」という意見がありました。しかし、自分自身のキャリアをいったんあきらめて、子育てへの専念を選択するまでには、当然かなりの迷いがあったようです。また、「一度は仕事に復帰したものの、預け先でママと離れるときに泣かれたり、子どもの病気で会社を休むことが多くなったりすると、仕事を続けていくことに自信がなくなり、退職を決めた」というママもいました。その一方で、「子どもと一緒にいることが楽しく、仕事よりも子育てに喜びを強く感じたから」というママも。これらの理由から見るに、先輩ママも今のママも、悩みの内容はほとんど変わっていないと言えるでしょう。仕事を辞めて良かったこと仕事を辞めると、育児や家事中心の生活になります。けれども、やり方次第では自分のための時間を確保できるので、趣味や学びの時間に使えること。そして、子どもの予定に合わせることができるので、習い事に付き添うなど、子どもと一緒に過ごす時間を多く持てること。やはり、こうしたことが「仕事を辞めて良かったこと」の上位として挙がっていました。仕事を辞めなかったママたちはどう考えている?仕事を辞めなかった先輩ママたちは、産休に入る前から復職する決意を持っている場合が多いようです。仕事を続けたい理由がはっきりしていて、「育休が明ける前から、計画的に預け先などを決め、準備をしていた」という人も。今ではそれが当たり前になっていますが、先輩ママたちの時代ではめずらしいことだったのかもしれませんね。育児をしながら子どもを成人させた先輩ママいわく、「子どもが小さいときは苦労もあるけれど、子どもが大きくなったときに、母親が外で働く姿を見せられるのは良かった。また、子どもが大きくなるにつれて、教育費なども増えていくので家計的にも心配が少なかった」とのこと。お金のことについては、以前よりも今のほうが一層悩ましい状況になっているかもしれませんね。決め手は何?仕事を辞めた場合も、辞めなかった場合も、どちらにもメリットとデメリットがあります。先輩ママたちは何をもって、そう決断したのでしょうか? 決め手となったのは「自分が後悔をしない生き方はどちらか考えた」ことのようです。子どものために、家族のために、という考え方で決めるのは不満がたまりやすいもの。自分がどうしたいかを大切にして決めると、子どもが育ってから、どちらの場合でも満足感を感じている人が多かったのが印象的でした。そのほか、「子どもが中高生になったとき自分はどうしていたいかを考えて、退職するか、しないかを決めるのもいいのでは?」という先輩ママからのアドバイスもありました。子育ての期間は、思っているよりも短いもの。「振り返ると大変だったときが懐かしく思う」というのは、共通した皆さんの声でした。自分自身はどうしたいのか? それをじっくり考えて、後悔のない選択をしたいものですね。(のりこ<フォークラス>)
2016年03月31日サンフランシスコ発祥のクラフトチョコレート会社「DANDELION CHOCOLATE(ダンデライオンチョコレート)」はこのほど日本法人Dandelion Chocolate Japanを設立、海外進出初となる日本への出店を決定した。その1号店として2016年2月、東京都台東区蔵前にファクトリーを併設したカフェ「DANDELION CHOCOLATE ファクトリー&ストア蔵前」をオープンする。○カカオ豆の風味を純粋に味わえる"Bean to Bar"を提供2011年にサンフランシスコで創業した「DANDELION CHOCOLATE」は、カカオ豆とケインシュガーのみを使用し、乳製品を使わないことでカカオ豆の風味を純粋に味わえる"Bean to Bar"と呼ばれるチョコレートを、手づくりにこだわって製造してきた。日本1号店となる店舗は、ファクトリースタイルのカフェとなっており、1階はチョコレートファクトリーとスタンド、2階はカフェとワークショップスペースを併設する。チョコレートの製造工程を間近で見ながら、サンフランシスコ本店の味を再現したチョコレートドリンクやスイーツを楽しめる場所を提供。季節によってかわるチョコレート商品を購入できるとともに、カフェスペースで"Bean to Bar"ならではのメニューを楽しめる。またサンフランシスコの本店同様、"Bean to Bar"ならではのカカオ豆の選別や焙煎からこだわったチョコレートづくりを体験できるワークショップや、工程をじっくり見ることができるファクトリーツアーの開催も予定している。
2015年11月17日