20歳から2年間、本誌で連載された神木隆之介さんによる「Master’s Cafe」。その第1回のゲスト、グラフィックデザイナー・佐藤卓さんと7年ぶりの対談が実現しました。神木さんが各界の達人と対談をした連載企画「Master’s Cafe」。ここでの出会いがきっかけとなり、神木さんたっての希望で25周年アニバーサリーブック『おもて神木/うら神木』のロゴ&ブックデザインを佐藤さんに依頼。7年間で変わったこと、変わらないこと、ぐんと深度の増した対談になりました。佐藤:今はもう27歳でしょう?神木:アラサーですよ!アニバーサリーブックのロゴデザイン、卓さんにしていただけて嬉しかったです。佐藤:連載時のロゴに続き、声をかけてもらって僕も嬉しかったですよ。前回はたしか、対談の場でロゴを作る話になったんだよね。神木:僕が突然お願いしてしまって。佐藤:僕としてはそっちが本業だから、喜んで作りました。神木:卓さんは僕のことを一番知ってくれているデザイナーさんだと思っていたので、素敵な作品になるはずっていう期待でいっぱいでした。佐藤:喜んでお引き受けしたものの、神木さんのことをどのくらい知っているのか、自分ではわからないところもあるわけです。メディアを通して見る神木さんと直接お会いした姿、もしくは外側から受ける印象とは違う部分もあるかもしれないので、どの辺に目盛りを合わせようか考えました。それで全然違う考え方のデザインを3案作ったんだけど、最初にできてこれを選んでくれたらいいなと思っていたものを選んでくれて。神木:そうだったんですね!見た瞬間に「僕はこれがいいです!」って即決したら、「ほかもあるので見てください」って(笑)。佐藤:早かったよね。通常、企業の仕事だといろんな部署に確認したり、調査をしたりするので、決定にかなり時間がかかるんです。だけどデザイナーとしては、直感的にこれがいいと言ってもらうのが本当は快感。打ち合わせの後、スタッフとハイタッチしましたから(笑)。あらゆる人に受け入れられるニュートラルなイメージ。神木:このロゴデザインは、どんなふうに考えていったんですか?佐藤:何しろ名字が素敵なので「神の木」をシンボルにしようと思いました。“神”という字のへんとつくりは、棒状のものが下に向かっているので幹になるなと。根元が2本に分かれた木のイメージですね。それで、これはできるなとなりました。神木:神木でよかった(笑)。僕のどのイメージに目盛りを合わせるか考えたそうですが、どうやってチューニングしたのでしょう?佐藤:神木さんはユニセックスな感じというか、ジェンダーを超えたかわいらしさがありますよね。だから子どもっぽくしすぎず、大人っぽくもしすぎず、あらゆる人に受け入れられるような、ニュートラルなかわいさを意識しました。あと優しさも大切だと思ったので、尖っているところがない丸みを帯びた形にしています。ちなみにお仕事のときも、直感を生かせる場はよくありますか?神木:芝居ではありますね。なぜかわからないけどテストでは感じなかった感情が湧いてきて、本番の芝居が少し変わったりとか。直感はかなり大事にしていますし、それが間違っていたとしても勉強になるから、ああすればよかったとは思わない。佐藤:やっぱりクリエイターですね。今の世の中は理屈のほうが優先されて、直感や本能など人が本来持っている素晴らしいところがどんどん削除されているけれども、これからはより直感が求められる気がします。神木:一方でデザイナーさんは、直感を言葉で説明しなければいけない場面もありそうですよね。「よくわからないけどこっちがいい」とはクライアントに言えない気が(笑)。佐藤:ひと昔前まではそういうタイプのデザイナーが多かったんです。だけどそれだと、大きな組織の人たちをなかなか納得させられない。神木:この7年の間、世の中に求められるデザインは変わってきているのでしょうか。佐藤:刻々と変化はしていると思います。デザインは間をおつなぎする仕事なので、人や社会の価値観、志向が変われば、つなぎ方も当然変化するわけです。たとえば環境問題への意識が世界的に一気に高まっていることもそうですし、SNSなどでコミュニケーションのあり方が変わり、参加できるデザインが求められています。抽象的な言い方だけど、未完成のものをクオリティの高い状態で仕上げるようなイメージです。神木:たしかに、完成されたものは単に好き嫌いで終わったり、近寄りがたい感じがしそうですよね。佐藤:まったくその通り。完成の手前で止めておくと、カスタマイズして自分なりの付き合い方ができるから。神木さんの役の作り方も、そんな感じがちょっとするんだよね。神木:演技の場合は、現場に入って監督の言うことを聞いてやってみないとわからないところが多いので、最初は特に完成させず、第一印象をまとめるくらいですね。あとは直感をいかに表現できるか。その瞬発力が大事だと、最近感じています。佐藤:デザインはややもすると脳ばかり使って、身体性を失いがちだから、役者のように体とともにクリエイションがあるのは、ものすごく健全だし羨ましいですね。『おもて神木/うら神木』発売中。俳優としての“おもて”と、27歳の男性としての“うら”の2つの面から、25年間の歩みをひもとくアニバーサリーブック。染谷将太、中村隼人、志田未来、本郷奏多との対談のほか、母へのインタビュー&親子ショット、錚々たる著名人からのメッセージなどを収録。[限定版]特装BOX&メイキングDVD付き¥4,500[通常版]¥3,000さとう・たく株式会社TSDO代表。「明治おいしい牛乳」「ロッテ キシリトールガム」のパッケージデザイン、国立科学博物館のシンボルマークなどを手がける。著書に『塑する思考』。かみき・りゅうのすけ1993年5月19日生まれ、埼玉県出身。近年は舞台への出演やMVの監督・プロデュースでも才能を発揮。デビュー25周年記念プロジェクトを始動中。YouTube公式チャンネル「リュウチューブ」は毎週木曜20時配信。ジャケット¥49,000パンツ¥42,000(共にスタジオ ニコルソン/キーロ TEL:03・3710・9696)シャツ¥26,000(ファクトタム/ファクトタム ラボ ストア TEL:03・5428・3434)シューズ¥21,000(クレマン/プーオフィス TEL:03・6427・7081)※『anan』2020年10月14日号より。写真・松田 拓スタイリスト・鹿野巧真ヘア&メイク・MIZUHO(vitamins)取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年10月13日25年前、芸能界デビューし、成長とともにさまざまな役を演じてきた神木隆之介さん。6月にはYouTube公式チャンネル「リュウチューブ」を開設し、週1回配信している。27歳になった今も作品の受け手はもちろん、共演者やクリエイターから愛され続けるその秘密を真っすぐな言葉から探っていく。年上の人、憧れの人とも言葉のプロレスを!動画配信ならではの自由さで役者のときとは違う一面を見られる「リュウチューブ」は、神木さんの愛され具合も伝わってくる。「声優の梶裕貴くんとコラボさせてもらっているんですけど、梶くんとはある番組で共演して、その日のうちに焼き肉を食べに行って仲良くなりました。役者でも違う職業でも梶くんみたいに仲のいい人はたくさんいますが、『面白いことを一緒にやりたいよね』とお互いに話しても、仕事となるといろんな人が関わるし、タイミングを合わせる必要があるから、実現が意外と難しかったりする。だけどそれを垣根と思ってしまうのはもったいないですよね」たしかに「今度一緒にしよう」は、社交辞令のような意味合いもあったりするので実現できるほうが少ないかもしれない。それでも「神木さんとなら」と思わせるのは、愛されているからこそ。「エンターテインメントが人を喜ばせたり、楽しんでもらうためにあるものだとしたら、どんな職業もその要素を持っていると思うんです。役者はもちろん、写真家や音楽家、ビルを造る人もそう。農家の方だって、おいしいと思ってもらいたくて一生懸命作るわけですよね。エンターテインメントで世の中が回っているなら、職業の壁や垣根なんて関係ない。楽しんでもらいたい、幸せになってもらいたいっていう思いのある人が、もっと自由につながっていけばいいですよね」25周年を記念したアニバーサリーブック『おもて神木/うら神木』には、親交の深い同世代の人たちとの対談のほか、錚々たる役者やクリエイターからコメントが寄せられている。作品ごとに共演者やスタッフなどメンバーが入れ替わる撮影現場で、神木さんはどのようにしてそういった人たちの懐に入っていくのだろう。「憧れている人だったら、『本当にお会いしたかったんです』と素直に言います。緊張しすぎて何も言えないようなときは、正直にそう伝えます。緊張するのは別に恥ずかしいことじゃないし、こっちが何も言わなかったら相手はわからないから。あと年上の人でも、ボケたらちゃんとツッコみますよ。そこは全然怖くないし、スルーして“ボケ殺し”になるほうが逆に失礼なので(笑)。ボケるのは、僕に近づいてきてくれている証拠だから、言葉のプロレスをするような感覚で、ここぞとばかりにツッコまないと!やっぱりその場が楽しくなるのが一番ですよね」何気ない会話でも、みんなでひとつの目標に向かうときも大切なのは、周りも自分も楽しむこと。「今は自分ができるエンターテインメントを手の届くところからやっていきたい。そのなかで得意なのが演技という感じ。自分が楽しくなかったら、受け取る人に楽しさなんて伝えられないですよね」25年という経験の重みを「得意なこと」と言ってしまえる軽やかさ。そんなところも、神木さんの愛される理由なのだろう。『おもて神木/うら神木』発売中。俳優としての“おもて”と、27歳の男性としての“うら”の2つの面から、25年間の歩みをひもとくアニバーサリーブック。染谷将太、中村隼人、志田未来、本郷奏多との対談のほか、母へのインタビュー&親子ショット、錚々たる著名人からのメッセージなどを収録。[限定版]特装BOX&メイキングDVD付き¥4,500[通常版]¥3,000かみき・りゅうのすけ1993年5月19日生まれ、埼玉県出身。近年は舞台への出演やMVの監督・プロデュースでも才能を発揮。デビュー25周年記念プロジェクトを始動中。YouTube公式チャンネル「リュウチューブ」は毎週木曜20時配信。ドリズラージャケット¥55,000スラックス¥24,000(共にピーイーオーティーダブリュウ エージー/スタジオ ファブワーク TEL:03・6438・9575)シャツ¥24,000(キクス ドキュメント.)スニーカー¥24,000(トス) 共にHEMT PR TEL:03・6721・0882ソックスはスタイリスト私物※『anan』2020年10月14日号より。写真・松田 拓スタイリスト・鹿野巧真ヘア&メイク・MIZUHO(vitamins)取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年10月12日神木隆之介さんは今年、27歳の若さにして役者生活25周年。人気稼業といえるこの仕事を25年間も第一線で続けてきたこと自体がかなりすごいが、当のご本人に気負った感じは見受けられない。「今までも節目をそれほど気にしてこなかったから、正直実感はあまりないです。だけど、この仕事を四半世紀やらせてもらってきたのだと考えると、早かったといえば早いかな。イメージ的には大卒からストレートで会社に入って、今は47歳の気分。パワーのある若い子たちを見ると、元気だなあって思っちゃいます(笑)」神木さんから見て“若い子”というのは、「同世代か、3つくらい下」とのこと。やはりこの業界に長くいるだけあって、10代や20代で役者の仕事を始めた人たちとは違う落ち着きや、思慮深さがあるのも神木さんの魅力のひとつ。もっと言えば、ここ数年でより成熟したのかもしれない。「もちろん僕もお芝居に関しては頑張るぞ!と思いますけど、昔みたいに“何も怖くない”感じはたぶんもうない。それこそ20歳くらいのときは、勢いだけはあって何でもできると思ってましたから」現状維持をやめた今、挑戦したくてたまらない。「この仕事って、本当はものすごい競争社会だと思うんですけど、僕は昔から周りのことがあまり気にならなくて。マイペースなんでしょうね。友達が活躍している姿を見るとすごく嬉しいし、行け行け!って思います」類まれな競争社会のなかでマイペースでいられるのは、2人の人物のおかげと考えている。ひとりは11歳のときから神木さんを見てきた、マネージャーさん。もうひとりは母親だ。「そのマネージャーさんには会った頃から、こう言われていました。『君にしてあげたいのは、長く生きていける居場所をこの世界に作ること。だから君にしかできないことをゆっくりやらせてあげたい』って。何をもって“売れる”というのかわからないけど、マネージメント的にはやろうと思ったらいろんな道筋があったはず。だけどそう言ってもらえたおかげで、奇跡的に焦りもしなかったし、誰かに対して競争心を持つこともなかった。仲間みんなで、最高のエンターテインメントを作ればいいよねって思えたんです」芸能界に入るきっかけを作った母親もまた、神木さんを競争させようとはしなかった。「母は、あの子に負けちゃダメよみたいなことを絶対に言いませんでした。学校の成績にも口を出さなかったし、通信簿で気にするのは先生の短評だけ。だから、勉強するもしないも、完全に僕の意思次第だったんです」一方で母親が神木さんにことあるごとに言っていたのは、感謝をすることの大切さ。「今この環境にいられるのは、人にしても作品にしても本当にいい出会いがあったおかげ。子どもの頃からずっとそれは思ってます」素晴らしい出会いを生かして、最近は俳優業以外にも新しい挑戦を楽しんでいる。6月に開設して、週1回配信しているYouTube公式チャンネル「リュウチューブ」は、自らの提案で実現した。「ファンの方と近い距離でやり取りできる場所があったらいいなとは、以前から思っていました。だけど生配信なんてしたことがなかったし、SNSの怖さもわかるから、いろんなリスクを背負うくらいなら別にやらなくてもいいかなと二の足を踏んでいたんです」心境が変化し始めたのは、2年前の25歳のとき。「役者をずっといい感じでやってこられたので、来年の目標を聞かれると毎年のように『現状維持』と答えていました。でもあるときふと、このまま何年、何十年も現状維持を続けるということは、失敗が許されないのと同じだと気づいたんです。もちろん最初から目に見えるような失敗は避けたいけど、失敗から学んで次に生かせることもあるし、そもそもやってみなければわからないことはたくさんある。それなのに25歳の頃までは、ここで失敗したら一巻の終わりという思いが自分のなかに無意識にあって、息苦しさを感じていました。一回でも失敗したら人生終了くらいに思ってましたから」失敗を極端に恐れたのは、小さい頃から当たり前のように芝居の世界に身を置き、それ以外の場所にいる自分を想像したことすらなかったから。演じることに盲目的になるほど、広い視野を持てなくなっていったと冷静に振り返る。「失敗できないから、挑戦もできない。ある意味淡々と芝居をやっていくだけなのかなと想像したら、僕自身がつらくなってくるんじゃないかなと思ってしまって……」突破口となったのは、やはり母親の言葉。直接的に悩みを伝えたわけではなかったけれども、神木さんのことを思う気持ちに後押しされ、進むべき道が見えてきた。「あるとき母が、『この世界にあなたを入れたのは私だし、あなたが続けたいと言ったからそうさせたけど、正直今も心配している』と言いました。『重い作品で役にのめり込みすぎて、心が壊れたりしてほしくない。親としては、息子がどんな職業でも元気で楽しく生きていてくれれば、それでいいのよ』って。それを聞いて、役者を辞めたいわけじゃないけど、辞める選択肢もあるし、この世界だけじゃないんだと心が軽くなりました。だったら失敗を恐れず何でも挑戦してみようと思えるようになったんです。それまでは失敗しないことに重きを置いていたけれど、今はせっかく恵まれた環境にいるのだから、面白いことを自分たちで作り出して何でもやってみることに価値を感じています」『おもて神木/うら神木』発売中。俳優としての“おもて”と、27歳の男性としての“うら”の2つの面から、25年間の歩みをひもとくアニバーサリーブック。染谷将太、中村隼人、志田未来、本郷奏多との対談のほか、母へのインタビュー&親子ショット、錚々たる著名人からのメッセージなどを収録。[限定版]特装BOX&メイキングDVD付き¥4,500[通常版]¥3,000かみき・りゅうのすけ1993年5月19日生まれ、埼玉県出身。近年は舞台への出演やMVの監督・プロデュースでも才能を発揮。デビュー25周年記念プロジェクトを始動中。YouTube公式チャンネル「リュウチューブ」は毎週木曜20時配信。チルデンニット¥36,000(ジョン メイソン スミス)チェーンブレスレット¥25,000バングル¥14,000(共にトゥエンティー エイティー) 以上HEMT PR TEL:03・6721・0882※『anan』2020年10月14日号より。写真・松田 拓スタイリスト・鹿野巧真ヘア&メイク・MIZUHO(vitamins)取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年10月11日前作『あげくの果てのカノン』では、不倫×SFという大胆な設定で、先輩をストーカー的に慕う女性を描いた米代恭さん。最新作『往生際の意味を知れ!』は主人公の性別が変わったものの粘着体質は変わらず、7年前に別れた元カノを女神のごとく崇拝している。「市松と日和は1か月しか付き合っていなかったのですが、一番盛り上がっているときに一方的に振られると、好きの蛇口が壊れたままになってしまうじゃないですか。『どうして?』とばかり考えて、逃れられなくなってしまうのでしょうね」そんな市松のもとに、音信不通になっていた日和が突然現れ、仰天のお願いをする。かつてふたりは、監督と女優として自主映画を制作していたのだが、日和の出産記録を市松に撮ってほしいというのだ。しかも精子も提供してほしいと……!「通常モードの市松だったら『いやいや、そんなの非常識でしょ』と思うのでしょうが、せっかく再会できた日和にはもうどこにも行ってほしくない。頭では断るのが常識的だとわかっていても、本心や欲求が勝ってしまうようなアンビバレントなキャラクターにしたかったんです」そうなってくると気になるのが、日和の魂胆。なぜ彼女はひとりで子どもを産みたがっているのか。そしてあっさり振った市松に、なぜ今さら協力を仰ぐのか。最新刊の2巻では、それまでミステリアスだった日和の胸の内が徐々に見えてくる。「市松が日和に執着するのと同じくらい、日和にも執着している存在があるんです。何かに執着するキャラクターは、プラスでもマイナスでも感情のピークを更新する瞬間が描いていて面白いですね。フィクションなので、現実ではなかなかできないことをさせたいという思いもあります。現実は一度きりの人生なので、その時どきでベターな選択をしたほうが幸せ指数が高いでしょうけど、一方で無駄と思えることに没入している不器用な人の、破滅的なきらめきに惹かれてしまうんです」男性を主人公にするにあたって、元カノに対する思いや性欲に関することなど、さまざまな人にインタビューをしたそうで、そのリアリティもキャラクターに生かされている。「自分としてはある程度極端に描いているつもりなのですが、市松のことを『これは自分だ!』みたいに感じる男の人も結構いるようで、それはそれで勉強になります(笑)」一見突飛に思える設定から溢れてくる、生々しい感情の渦。市松と日和、それぞれの立場から何度も読み返したくなる中毒性がたまらない。『往生際の意味を知れ!』2「元カノと結婚したい」と合コンでのたまう、ハイスペックだけど残念な市松海路のもとに、元カノ・日下部日和が現れて。ガチで出産記録を撮り始める第2巻!小学館591円©米代恭/小学館よねしろ・きょうマンガ家。『おとこのことおんなのこ』『僕は犬』『あげくの果てのカノン』など。本作は『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載。※『anan』2020年10月7日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年10月05日タイトルの光の箱とは、現代人の駆け込み寺ともいえるコンビニエンスストアのこと。本作は深夜のコンビニを舞台にしたオムニバスだ。作者のマンガ家・衿沢世衣子さんに話を聞きました。暗闇の道標となるコンビニにふらりと訪れる訳ありな人々。「ひと昔前、コンビニを利用するのは若い人などに限定されていましたが、今では地域の老若男女が一番集まるところだったりもします。日々頼っている部分が想像以上にある気がして、そこにフォーカスした物語を作ってみたいと思いました」ただしこのコンビニは、普通のそれとはちょっと違う。暗闇に浮かび上がる光に引き寄せられるようにやって来るのはまさに今、生と死の間をさまよっている人たちなのだ。「コンビニも生と死も当たり前すぎるくらい身近で、軽んじられているところがあるのが、まず似ていますよね。コンビニは誰も起きていないような時間帯でも頼ることのできる場所といえますが、真夜中の心細さと絶対に誰かいるという安心感が、生と死、現実と夢をぼんやり照らす光のイメージと重なりました」働いているのは無愛想だけど淡々と仕事をこなすコクラと、同じくドライな外国人のタヒニ。彼らもまた、とある秘密を持っている。「コンビニの店員さんって仕事が本当に多岐にわたっていて、颯爽と働く姿が万能感に満ち溢れているので、そういうかっこよさを描きたいという気持ちがありました。毎日のように通っていると顔見知りになって、向こうは相変わらずクールなのに、こちらが勝手に親しみを感じてしまうような関係性も独特ですよね」来店する訳ありな人たちは、仕事に疲れ果てていたり、自殺を図ったり、強盗に襲われたりと、シチュエーションだけを切り取るとなかなか重い。しかし本人が死にかけていることに無自覚で、飄々とした店員の対応やコンビニというありふれた場所の効果もあって、悲壮感よりおかしみのほうが勝ってくる。「死は日常の延長にあるものだと思うので、死を扱うからといってムードを暗くしないようにしました。メンタルがやられて選択肢を自分で狭めてしまうことは、誰にでもあると思います。そんなときコンビニで買い物をするというルーティンがきっかけで、何かが切り替わることもあるだろうし、切り替えができたときに、なんでそんなに思いつめていたのか忘れちゃうような軽さを大事にしたかったんです。運よく転換が訪れた人の強さを描きたいなって」日常に潜む闇だけでなく、闇に消え入りそうな希望をも照らし出す、光の箱。夢とうつつが溶け合う物語に、ずっと浸っていたくなる。『光の箱』生と死の間にあるコンビニに訪れる人々と店員が織りなす、ミステリアス・オムニバス。光に引き寄せられるように思わず手に取ってしまうカバーも美しい。小学館591円えりさわ・せいこマンガ家。2000年デビュー。著書に『うちのクラスの女子がヤバい』『制服ぬすまれた』『ベランダは難攻不落のラ・フランス』など。©衿沢世衣子/小学館※『anan』2020年9月30日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年09月25日もしも子どもを産むとしたらどんなふうに育て、どんな親でありたいか。自分が持つかもしれない未来の子どもについて、想像を巡らせたことがある人は多いだろう。著者の山本美希さんもそのひとり。本作『かしこくて勇気ある子ども』を描くきっかけのひとつが、当時立て続けに起こっていて、そして今も起こり続けている“不測の事態”だった。「世界中でテロや事件、事故が連日のように起きているのを見て、こういうことが人生を大きく変えてしまう可能性は誰にでもあるのだと感じ、作品に取り込んでみたいと考えるようになりました」主人公は、初めての子どもを迎えようとしている夫婦。お互いに仕事を持ち、精神的にも自立しているようなカップルで、生まれてくる子どもにどんな習い事をさせたいか嬉々として話し合い、かしこくて勇気ある子どもに育てば、明るい未来が訪れると信じて疑わない。「私の美希という名前も漢字を説明するときに恥ずかしくなるんですけど(笑)、親は名前ひとつにも希望を込めますよね。こんなことも、あんなこともできるかもしれないと、期待を膨らませるのは心理として避けがたいのかなと思います」そんななか妻はテレビであるニュースを見たことで、完璧と思えた幸せの絶頂から引きずり降ろされてしまう。パキスタンのマララ・ユスフザイの銃撃事件だ。ご存じの通り彼女は、タリバン運動によって学校に通えなくなり、11歳から女性の教育の必要性を訴えてきた人物だ。「女性が社会でどう生きていくかは、自分の作品のなかで大事なテーマのひとつといえるのですが、この事件は特に印象に残りました。“どの子がマララ”なのかわからない人間に襲撃されるということが衝撃的でしたし、アジアで起きた事件なのでより身近に感じたのもあります」かしこくて勇気ある子どもであるがゆえに狙われてしまう世の中を憂えて、日ごとにうつ状態になっていく妻と、不安定な妻を見守りながらも理解に苦しむ夫。妊娠や出産は当事者にしかわかり得ない部分も多いのだろうが、想像して考えるのをやめないことの大切さを教えてくれる。子どもを持つとはどういうことなのか、という視点もしかり。「妻の沙良のように悲観的な考えばかりではないと思うのですが、だからといって子どもが生まれたらそれで幸せと簡単に言えるものでもないというのは、作品を描き終えた今も変わらずに思っています。それぞれの立場で考えてもらえるような作品になっていたら嬉しいですね」『かしこくて勇気ある子ども』出産を目前に知った恐ろしい事件。妊娠・出産をめぐる男女の思考の違いも垣間見ることが。子どもを持つ準備として、パートナーとともに読みたい一冊。リイド社1800円©山本美希/リイド社 トーチコミックスやまもと・みきマンガ家、筑波大学助教。主な作品に『ハウアーユー?』『Sunny Sunny Ann!』など。さまざまな手法で物語を絵で表すことを模索。※『anan』2020年9月9日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年09月02日インスタグラムなどで、そのライフスタイルが幅広い層の支持を受けている女優の石田ゆり子さん。エッセイストとしても人気の彼女が、本書『LILY’S CLOSET』では愛してやまないファッションへの思いを丁寧に綴っている。本人のワードローブからチョイスされたのは、透けるブラウス、ジャンプスーツ、大判ストール、デニム、スリップドレス、バレエシューズなどなど。大切な場所に着ていく服やコーディネートをじっくり考えるように、44のアイテムを選んでいることが愛情のこもった文章から伝わってくる。さらにそこからは、独特のファッション哲学だけでなく、生きるうえで大切にしていることも見えてくる。やっぱり服は外側を飾るだけでなく、内面を映し出すものなのだと思わせてくれるのだ。石田さんは気になるアイテムに出合うと、デザイナーがどんな人で、どんなことを大事にしているのかという点に興味を持つ。そして自分がなぜ惹かれるのか、その理由を読み解いていく。こうしてワードローブに収まったモノたちと石田さんの間には、相思相愛の幸せな関係が存在する。たとえば25歳のときに、パリで圧倒されながらオーダーした、エルメスのケリーバッグ。当時の自分には不釣り合いだと感じ、クローゼットで愛でるだけで時が過ぎていたが、ようやく本格デビューをさせようと思っていること。キャミソールのような肌に一番近い服こそ、納得したものを着ることで、健全な自信と自己肯定感が育つように思えること。あるいは、お気に入りの服が急に似合わなくなってきたことに気づき、自分の体に活を入れ、女性であることを楽しむために、ときには体のラインが出るドレスを着ること。あとがきの言葉が印象的だ。「今日、身につけている服たちによって今日の自分は作られ、今日の気分は作られる。それが積もり積もって、私自身が作り上げられていく」。背伸びして着る服がときに自分を高めてくれたり、身につけるだけで癒されたり。着る人と服の理想的なあり方を教えてくれる。『LILY’S CLOSET』ワードローブとともに、それぞれのアイテムに対する思いを綴ったフォトエッセイ。お手本にしたいエッセンスが詰まってます!マガジンハウス1800円※『anan』2020年8月26日号より。写真・中島慶子文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年08月25日女子高生アスリート×料理ブロガーの物語を描いた漫画『アスメシ』。原作者の見原由真さんに、作品へ込めた思いを聞きました。女子高生アスリート×料理ブロガー、血の繋がらない最強の父娘。スポーツマンガは多々あるが、本作のテーマはスポーツそのものではなく、アスリートのごはんのほう。「女子カーリング日本代表で話題になった“もぐもぐタイム”や、サッカーの長友佑都選手には専属シェフがいることなどから、アスリートの食に注目してみたら面白いかも、とアイデアが浮かびました」原作者の見原由真さんは、アスリートフードマイスターという資格を取得して本作に臨んでいる。「血の繋がっていない父と娘という設定にしたのは、違う人生を送ってきたふたりが親子というスタートラインに立ったとき、どんな二人三脚をするのか私自身も見てみたいと思ったからです。食卓で毎日向かい合い、同じ食べ物を体に取り入れることで、だんだん本当の家族になるんじゃないかという期待もあります」女子高生の保志まひろは、日本柔道界期待の新星。“かわいいのに強い”というギャップをフィーチャーされるのはやや不本意で、感情を素直に出すのが苦手だったりもする。そんな彼女の体作りをサポートするのが、亡き母の再婚相手で料理ブロガーの太一。アスリートの食事は制限が多そうでストイックなイメージがあるが、たとえば「アスパラガスとそら豆のポタージュ味噌汁」や「豆腐ベーグル」など普段の食事に取り入れたくなるようなメニューがたくさん登場するのも見どころだ。「食事の内容は一般の人とそこまで違わないのですが、体作りがパフォーマンスに直結するのが特徴といえます。なのでストレスを緩和させたいときとか、スタミナが欲しいときなど、まひろの状態に合わせた食事を当てはめるようにしています」作中の「今日の食事が明日からの自分を変える」という言葉は、「アスメシ」が単にアスリートのメシという意だけでなく、明日の自分を作るメシであることも示唆している。「体作りは心作りでもあると常々思っているので、読んだ人が自分の体の声に耳を傾けるきっかけにもなったら嬉しいです」そもそも見原さんはご自身でもマンガを描くのだが、前作の連載終了時に体調を崩してしまい、今回は原作に徹することに。日々の食事が体と心を作るというのは、自らの経験から得た切実な思いでもあるのだ。「作画の小川さんが私の意図を丁寧に汲み取ってくれるので、今はよりキャラクターと向き合うことができています。物語の親として彼らの成長を見守りつつ、食事を通していろんなアスリートたちと繋がりを深めていく過程を描けたらいいですね」原作・見原由真、作画・小川 錦『アスメシ』1まひろの高校入学とともに始まった、義父・太一との暮らし。太一の作る日々の食事がまひろの強い体を作り、周囲との関係も広げていく。レシピも多数掲載!講談社640円©見原由真・小川錦/講談社みはら・ゆうまマンガ家、原作者。本作は「コミックブル」「コミックDAYS」「マガポケ」の3つのマンガサイト・アプリで同時連載中。※『anan』2020年7月29日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年07月27日結婚はいつかするものという価値観は、もはや“古風”なのかもしれない。2040年には日本の人口の約4割が独身になるというのだから。なつみ理奈さんの『ソロ活!』はソロ活シェアハウス“ソロ門”が舞台だ。幸せのカタチは人それぞれ。“結婚しない”という生き方を問う。「人と話すのが好きでいろんな方と接するなかで、結婚せずに人生を豊かに過ごしている人と出会う機会がありました。その方たちが結婚より優先している人生の豊かさとはなんだろう?と考えたときに、これは面白いテーマだなと感じました」と話すのは作者のなつみ理奈さん。主人公の田中紫陽花(あじさい)は、32歳のキャリアウーマン。親からは結婚を期待され、自分もやはりそのうち結婚するものだと思い込んでいる。「結婚しない選択は理解していても、自分が将来も未婚である可能性は想定していません。選択の幅を無意識に制限しているところから脱却してほしいという気持ちを込めました」紫陽花は会社の新規プロジェクトとして、単身でも充実した人生を送る「ソロ活」を調査することに。行動力のある彼女は、男性だけが暮らすソロ活シェアハウスに取材の一環で住まわせてもらうことになり、さまざまなタイプのソロ活者と出会う。「できるだけ実際のソロ活者に話を聞いてモデルにしつつ、選択してソロになった前向きな人々の生き方を見せていきたいと思いました。ただしソロ活を勧めたいわけではなく、こういう生き方もあるという紹介なので、先々に起こる課題も取り上げています。それらを作中のキャラたちがどう対処しているのかまできちんと描きたくて、勉強もしました」シェアハウスのオーナー兼住民である城尾秋人(あきと)も、葬儀屋の跡取りとしてソロ活をリサーチしていて、ふたりはお互いに信頼を抱くように。「仕事のために結婚しない道を選んでいる城尾もまた、選択肢を制限しています。自分の気持ちを優先させていないふたりが、お互いに干渉し、何が大切かを考え、生き方に大きな影響を与え合う、そんな不思議な縁を描こうと思いました」ふたりは自分の気持ちと向き合ったうえで、結婚するか否か、納得のいく選択をすることができるのか。「タイトルからは結婚するか迷っている人向けのように思えますが、結婚をしたい人、今はそのつもりがない人、迷っている人、すべての人に読んでほしいです。生き方の選択肢を広げる作品でありたいと同時にソロで生きる人たちの強さとかっこよさを楽しんでいただきたいです!」『ソロ活!』ソロ活シェアハウス“ソロ門”で紫陽花が出会うのは、夢を追う人、4回離婚歴のある人、自室にこもる謎の人…。彼女の価値観はどう変わるのか。全3巻。双葉社620~650円©なつみ理奈/双葉社なつみ・りなマンガ家。2015年『ハーフ&ハーフな女たち』で連載デビュー。双葉社より新連載準備中。Twitterで最新情報を発信。@natsumidaff※『anan』2020年7月15日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年07月10日ねむようこさんの『神客万来!』は洋館のホテルを舞台に、訪れる人たちと新人客室係のやり取りを描いた物語…と書くと不思議なところは特にないが、このホテルの特徴はお客さんが人間ではないこと。1日1組限定で、神様やおとぎ話のキャラクターなどが願いごとを叶えにやってくる、“人外専門”ホテルなのだ。超有名人ばかりが訪れるそのホテルの人気の理由は?「アイデア自体は担当さんからいただいたのですが、私がちょうど妊娠中で過渡期だったこともあり、今まで描いてきた恋愛モノや仕事モノはちょっと違うかもと迷っていたんです。ファンタジーはもともと好きだし、面白い絵がたくさん描けそうだったので、魅力的に感じました」訪れるのは、お供え物よりジャンクフードが好きな五穀豊穣の神様や、見た目はいかついけれども可愛いものが好きなドラゴン、ずきんを脱ぐと地味になる赤ずきんちゃんなど。「大事にしているのは誰もが知っているキャラクターで、共通のイメージがあること。知っているつもりでも意外な悩みを持っていたりして、人間じゃないけど人間くさい一面を描けたらいいなと思っています。たとえば桃太郎なんかも勇ましくて頼りになるイメージがありますが、ちょっと残念なイケメンにしてみたりなど、楽しみながら描いてます」超VIP(?)たちのお相手を務めるのが、どんなホテルなのか何も知らずに働き始めた、みちる。訪れる客に驚き、振り回されながらも、さまざまな要望に応えていく。「ファンタジーは自分で世界を作ることができるのが魅力ですが、その世界のルールにほつれが見えた瞬間に、読む人は興ざめしてしまうのが難しいところ。それと自分でも面白いと思うのが、作画のしかたがいつもと違うんです。リアルな女性像を描くようなマンガだと、ポーズとかを写真で撮って参考にして、絵もリアリティを重視していたのですが、今回はその作業があまり必要ないというか、イメージを大事にしたほうが描きやすいんですよね」もうひとつ、マンガを描くうえでの心境にも大きな変化が。「今までは、求められていることを必死にすくい取っていたのですが、普段思っていることをもうちょっと作品に落とし込んでもいいんじゃないかなって思うようになっています。その点でも、ファンタジーは気持ちを乗せやすいのかもしれません」珍客たちの意外な素顔に加え、ねむさんの新たな一面も楽しめそう!『神客万来!』1客層もおもてなしも少々特殊な、ツバメ屋ホテル。家族経営のこのホテルでそもそもなぜ、みちるは働くことができたのか…。『週刊漫画TIMES』で連載中。芳文社620円マンガ家。2004年『FEEL YOUNG』でデビュー。女性誌・青年誌などジャンルを問わず活躍。近著『君に会えたら何て言おう』は妊娠・出産がテーマ。©ねむようこ/芳文社※『anan』2020年7月8日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年07月03日村上Tって何のこと?と思うかもしれないが「村上」といえば村上春樹、「T」といえばTシャツ。『村上T僕の愛したTシャツたち』は作家、村上春樹さんのTシャツコレクションを綴ったエッセイだ。村上さんはジャズを中心としたレコードコレクターとして知られるが、レコードはある程度熱心に集めているのに対して、Tシャツは自然にたまったコレクション。旅先で目について買い込んだり、いろんなところからもらったり、マラソン大会でおなじみの完走Tシャツだったり……。段ボール箱に詰めていたものでも、引っ張り出してみるとこだわりや好みが徐々に見えてくるのが面白い。たとえばコレクターにはありがちなのかもしれないが、自分で買ったものでも必ず着るとは限らないこと。ロックバンドのツアーTシャツは記念の意味もあるのでなんとなくわかるが、動物柄はそのかわいさに“遠慮”して、なかなか着る機会を持てなかったり。もらいものはさらに勇気が必要で、その筆頭がいわゆる販促Tシャツ。海外では本の出版に合わせてノベルティを作ることがよくあるそうで、佐々木マキさんの表紙の絵が使われた『ダンス・ダンス・ダンス』のTシャツなんかはファン垂涎だが、たしかに本人はなかなか着にくいだろう。いわゆるメッセージTシャツも好みではなく、その代わり(というわけでもないだろうが)意味不明のアルファベットが並ぶレタリングTシャツは結構着るそう。ほかにもウィスキーTシャツ、大学のTシャツ、熊関係、ビール関係などさまざまなTシャツと、それらにまつわったり、まつわらなかったりするよもやま話が楽しめるのだが、印象深いのはやはり村上さんが一番大事にしているという「TONYTAKITANI」Tシャツ。映画化もされた短編小説「トニー滝谷」との関係はいかに?自然に集まったものだけれども愛情が感じられ、ゆるやかな語り口は着慣れたTシャツのような心地よさが。女子も欲しくなるデザインが意外と多く、村上さんのかわいいもの好きな一面を垣間見ることもできます!村上春樹『村上T僕の愛したTシャツたち』『POPEYE』の人気連載が一冊に。18編のエピソードと、108枚のお気に入りTシャツを収録。野村訓市さんによるインタビューも。マガジンハウス1800円※『anan』2020年7月1日号より。文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年06月24日ある人を助けるために、ほかの人を犠牲にすることは許されるのか。これは「トロッコ問題」という有名な思考実験の命題だが、新型コロナウイルスの感染拡大下、まさにこの問いを突きつけられるような場面が見受けられた。本作『エチカの時間』のタイトルにある「エチカ」とは、倫理のこと。玉井雪雄さんはある種の息苦しさを覚えて、このテーマに行き着いたそう。「具体的には、SNSなどで自分の意見を自由に言えるようになって久しいですが、声が大きく、短い文章で“いかにも”なことを言える人の意見が力を持ち、なんとなくの雰囲気で良いこと悪いこと、正しいこと間違っていることが決まってしまうような息苦しさです。じゃあ何が正しいのかと考えたとき、『倫理』という言葉が浮かびました。なぜ人はしていいこと、したら気が咎めることを知っているのか?頭では悪いことをやっちゃえと思っていても、違和感があったり、夢見が悪かったり、ひどいときは心を病んだりして、普遍的にどこかで判断している。それはなんだろうと思ったのです」トロッコ問題が発生するのは、なんと渋谷のど真ん中。巨大な鉄球の落下事故を予知し、スクランブル交差点を歩く一般市民250人の死傷者を出すか、鉄球の転がる方向を人的に操作することで工事関係者3人を死亡させるか……。七太郎というやや奔放な次世代AIに倫理を教えるべく、ふたりの男女が究極の選択を迫られる。思考実験の過程は、心の内に潜む“悪”と向き合ったり、忘れたい過去を思い出したりなど、なかなかハードなのだが「で、自分ならどうする?」と常に問われる緊張感がある。ふたりが導き出す答えはもちろん伏せておくが、「トロッコ問題の解決策を頭のいい人や倫理の先生に聞いて取材をしたところ、出た答えに納得がいかず、あらゆるシミュレーションをした」上でのラストであることを付け加えておこう。「法律にあるから、上の立場の者が言ってるから、という“思考停止”こそ一番の悪だと思います。この本を読んでも“こういう結論だからこうする”ではなく、“自分ならあのときの経験と感情でこうなったからこうする”と考えることが大事。ですから読み終えたら一度は誰かと話してほしい。人と話すことによって、さらに考えることにつながるので」『エチカの時間』1、2Fラン大卒のフリーター日野と、AIのエチカを“育倫”する「エチカ・アカデミー」の劣等生・百上が渋谷で起こるトロッコ問題に挑む、究極の倫理ゲーム。小学館各591円©玉井雪雄/小学館たまい・ゆきお主な作品に『OMEGA TRIBE』など。本作は『ビッグコミックスペリオール』で連載中。8月末発売予定の3巻では、新たな案件が始動。※『anan』2020年6月24日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年06月23日このたびDVDがリリースされた、平野啓一郎さん原作の映画『マチネの終わりに』。福山雅治さんが主人公のクラシックギタリストを演じたことでも話題になったが、ギター監修を務めたのが福田進一さんだ。「日本で最初にクラシックギターがブームになったのは、1952年の映画『禁じられた遊び』がきっかけです。その後’60年代にビートルズが現れて、世界中の人の目がギターに向くわけですが、エレキギターはスチール弦を使うのに対して、クラシックギターはナイロン弦を使い、電気媒体を介さないのが特徴です」クラシックといっても、演奏するのはいわゆるクラシック音楽だけでなく、たとえばキューバやブラジルのような中南米の曲や近現代の曲などかなり幅広いのも魅力のひとつ。だからこそ何から聴けばいいのか悩ましかったりするのだけど、福田さんのおすすめは王道から入ること。「ギターを習う人なら必ず憧れるトレモロ奏法の名曲『アルハンブラの思い出』、プロフェッショナルな技術を要する『アランフェス協奏曲』、それとパラグアイの作曲家アグスティン・バリオスによる『大聖堂』などがよいのではないでしょうか」そして気になる日本の注目ギタリストは?福田さんによるアルバム解説もあわせてどうぞ。Artist:福田進一日本のクラシックギター界を牽引する、世界的奏者。100枚リリースしている自身のアルバムのおすすめは、「小説『マチネの終わりに』に登場する楽曲を集めたアルバムの第2集。ヒロインが『本当に、うっとりしました。どこか、遠い場所に連れていってくれるような…』と語り、主人公と恋に落ちるきっかけともなったブラームスの間奏曲は、ここでのみ聴けます」。©Takanori Ishii『マチネの終わりに and more』¥3,000(日本コロムビア)Artist:大萩康司「パリに学び、若くしてハバナ国際ギターコンクールに入賞した大萩康司は、同い年の村治佳織と並んで人気と実力を兼ね備えた中堅ギタリスト。最新作『プラテーロとわたし』は、ノーベル賞作家フアン・ラモン・ヒメネスの詩集を題材とした小品集。ギターの卓越した情景描写、表現力が波多野睦美の語りと歌にそっと寄り添い、目の前にアンダルシアの風景が浮かぶ一枚」©Shimon Sekiya『プラテーロとわたし』メゾソプラノ・朗読:波多野睦美絵:山本容子¥4,545(MARCO CREATORS)Artist:徳永真一郎「9歳からギターを学び、10代で渡仏。その後10年におよぶ留学から帰国した徳永真一郎。バロックから現代まで、フランスとスペインのさまざまなスタイルのギター音楽を新鮮に聴かせてくれるこのデビューアルバムは、平成30年度文化庁芸術祭レコード部門の優秀賞に輝きました。その颯爽とした技巧と豊かな音楽性で、次世代ギタリストの筆頭に挙げられる存在です」©Tohru Yuasa『テリュール』¥3,000(マイスター・ミュージック)『マチネの終わりに』は、世界的なクラシックギタリストとパリの通信社に勤務するジャーナリストのラブストーリー。多くのギター曲が流れ、運命的に出会い、すれ違う男女の人生を美しく彩る。発売元:フジテレビジョン販売元:アミューズソフトDVD通常版¥3,800©2019「マチネの終わりに」製作委員会ふくだ・しんいち1955年生まれ。’77年渡仏。’81年パリ国際ギターコンクールで優勝。国際的な演奏活動の傍ら、主要国際ギターコンクールの審査員を務める。100作目となるアルバム『バロック・クロニクルズ』発売中。※『anan』2020年6月24日号より。取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年06月17日夫65歳、妻70歳。本作に登場する江月朝一と夕子が子宝に恵まれる年齢だ。超高齢出産&子育てを描き、ドラマ化もされた、タイム涼介さんによる『セブンティウイザン』。その続編にあたる『セブンティドリームズ』は、娘のみらいが3歳になり、幼稚園に通うところからスタートする。作者にお話を聞きました。「親になり、子育てを続けていると、日々の忙しさに自分のことを考える余裕を失いがちです。子どもに夢を託すだけでなく、大人が人生を楽しんでいる姿を見せることも子どもが大きくなったときの道しるべになるのではないかと思い、タイトルも新たに、始めさせていただきました」そもそもなぜ70歳で妊娠という、大胆な設定にしたのだろう。「いくつか理由があって、ひとつはあえて“めったにいない夫婦”にするためでした。妊娠、出産、育児は繊細な事柄なので、読んだ方に不安を与えたくなかったのです。もうひとつは妊娠・出産のタイミングが訪れるのは、必ずしも健康面や経済状態が万全なときだけではないということを表現するためでした」朝一はすでに定年退職をして年金生活を送っているため、みらいを育てていくうえで経済的不安が当然ある。その代わり、一緒に過ごす時間はたくさんあるが、子どもの成長とともに体力が追いつかなくなってくる。さらに追い打ちをかけるように、がんを告知されてしまうのだ。「朝一さんは戸惑い、落ち込みますが、残りの人生でできることや、やるべきことを探して奮闘します。年齢にかかわらず病は突然身に降りかかるものなので、私も自分自身に置き換えて、今後の生き方を考えながら描いていきたいです」くよくよしているのも束の間、というよりも日々成長する娘の姿を見て、前を向かずにはいられないふたり。人生経験は周りの親よりあっても、子育てに関してはみな平等に手探りで、初々しいのがいい。3巻では子どもとの関係性に加えて、幼稚園の新米先生や親同士のやり取りなどにも焦点が当てられていく。「教育の場ではどうしても子どもが中心になりますが、親であっても先生であっても誰かの子どもであり、大切な人生を歩んでいることを、親の親世代である朝一さんや夕子さんなら伝えられるはず。初めてづくしの冒険が続く江月夫婦にとって、今が一番の青春なのだと思います。そしてそれを見て成長するみらいちゃんの姿を描いていきたいです」『セブンティドリームズ』33巻では、幼稚園の年中組になったみらいの新たな友達との関係や、保護者会の役員になり、さまざまな考えの親とともに奮闘する朝一と夕子の姿が描かれる。新潮社620円©タイム涼介/新潮社たいむ・りょうすけ主な作品に『日直番長』『アベックパンチ』など。『セブンティウイザン』は全5巻。本作は『月刊コミックバンチ』で連載中。※『anan』2020年6月3日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年05月30日マジメで責任感が人一倍強い、かたづけられない女子必読!加納梨衣さんによるコミック『カノジョは今日もかたづかない』。部屋の乱れは心の乱れ、とはよくいうけれども、整理整頓の苦手な人にはなんとも耳が痛いだろう。「忙しくなると部屋がすぐに散らかってしまうので、うまくできないかなと思ったのが本作を描くきっかけのひとつです。自分自身の状況を投影したってことですね(笑)」デザイン事務所に勤める俵あいなは、社内での評価も良く、身ぎれいで、おまけに付き合って半年の恋人もいて、後輩に一目置かれている。しかしそれは必死に取り繕っている姿にすぎず、ひとり暮らしをしている部屋は足の踏み場もないほど散らかっている。そんな彼女の本質をさりげなく見抜いてしまうのが、毎日きっちり定時で帰る男・深川。他人の評価を気にせず、できない仕事はできないときっぱり言う無愛想な人なのだが、彼からするとどうやらあいなは要領が悪いようで……。「あいなは自分のキャパシティがわかっていなくて、仕事を引き受けすぎてしまう人。仕事って本当はどこかで区切っていいはずのものですけど、私自身、マンガを描いていると、やめどきがわからなくなることが結構あって。終わっていない状況にこだわりすぎて、自分が疲れていることに気づけなかったりするんです」恋愛においても、あいなは自分を良く見せようとするタイプで、部屋に来たがる恋人をなんだかんだ言い訳して、はぐらかしてしまう。「完璧に部屋をかたづけ、なんだったらディナーも用意しそうなくらい。あいなにとってゼロを100にしないと呼べない相手なんですよね」対して、あることがきっかけで部屋を見られてしまった深川には、これ以上隠すことがないせいか、素の自分を出せるのも気になるところ。マジメで完璧主義者ゆえに、どつぼにハマっていく彼女を見ていると、仕事も恋愛も家事もすべてを完璧にこなすのは無理なのだから、もっと楽にいこうよ、と思ってしまう。「私も忙しいのはありがたいことなのですが、お仕事が重なると冷静に考える時間が取れなくなってパニクったり、イライラしてしまいます。なので、仕事もプライベートも適度に折り合いをつけて、余裕のある暮らしをできたらいいな、という思いで描いています。今のところ、あいなはうまくいかない状態が続いていますが、自分の状況を見つめ直して、心の安定に合わせて部屋がかたづいていくのが理想ですね」『カノジョは今日もかたづかない』1会社ではステキ女子として憧れられる、俵あいなの目下の悩みは部屋をかたづけられないこと。同じ悩みを抱えるすべての女子に捧げる、デトックスマンガ。祥伝社680円©加納梨衣/祥伝社フィールコミックスかのう・りえ代表作は『スローモーションをもう一度』など。「機動戦士ガンダム バンディエラ」を『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載中。※『anan』2020年5月20日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年05月19日ちょっと休みたい……。仕事にプライベートに慌ただしい日々を送っていれば、誰だってそう思う。だけど慌ただしさと充実を履き違えて、疲れている自分を直視しようとしない人も多いのではないだろうか。『エミ34歳、休職させていただきます。』のエミはそうやって無理をした結果、会社に行けなくなってしまうのだが、著者であるおおがきなこさんの実体験がベースになっている。頑張っている人も、頑張れない人も自分を大事にしてますか?「職場でいつも笑っているキヨコ先輩のことが気になりだすのですが、他者の言動を見て『あの人のああいうところがつらいよね』という言葉が出てくるときって、自分自身が疲れているサインなんですよね」そして休めばラクになれるはずだったのに、現実は違っていた。「休むかどうか悩んでいるときよりも、休んでからのほうが100倍しんどいんです。なぜかというと、休む前は悩んでいる理由が他者だったけど、休んでからはそれが全部自分になってしまうから」エミと同じ状態に陥ったとき、おおがさんは書店に行って自分の気持ちを代弁しているような本を探したそう。しかしうつから抜け出すためのノウハウ本はたくさんあっても、当事者として共感できる本がなかった。古傷をえぐるように本作を描いたのは、そういう切実な思いがあったからだ。ただしおおがさんの経験とエミの大きな違いは、エミはまだ心の病の入り口、つまり引き返せる場所にとどまっているということ。「私は壊れかけていることに気づきながら、もっと苦しくなって周りの人に『見るからに無理だ』と思われる状態になるまで、自分を痛めつけながら耐えてしまいました。そこまでいってやっと休めたのですが、そうなる前が引き返せるタイミングだったと今は思うんです。同じような気持ちの人がいることがわかったら、少しは心が軽くなるはずと思うから、この本を手に取る気力がまだある人には、壊れる前に気づいてほしい」エミの予備軍やもっと手前にいる人にとっても、なぐさめず、元気づけたりもせず、ただ寄り添うような本作は、読む薬になるだろう。「自分を大事にするってよく言いますけど、頑張ったごほうびやアフターケアが多いですよね。でも頑張らないでいいし、ごほうびの一歩手前で休んでもいい。それだって自分を大事にすることだと思うんです」おおがきなこマンガ家、イラストレーター。著書に『今日のてんちょと。』『いとしのオカメ』『いとしのギー』。noteにてエッセイ「やさしさのおきばしょ」を執筆中。『エミ34歳、休職させていただきます。』笑うことに疲れて会社に行けなくなった倉橋エミ。仕事を休み、自己嫌悪にかられながらも、ゆっくりと自分の心を取り戻していく大きな迷子の物語。主婦と生活社1200円©2020 おおがきなこ/主婦と生活社※『anan』2020年5月13日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年05月11日美しく澄んだ声と演技力の高さに定評があり、アニメファンのみならず幅広い層に人気の花澤香菜さん。声優は天職に思えるものの、決して平坦な道のりではなかったようで…。声優でなかったら夢は絶対にパン屋さん。――子どもの頃から芸能界で活躍されていますが、どういう経緯で声優になったのでしょう。花澤:そもそも芸能界に入ったのは、子役のオーディションのチラシを持ってきた母に「やる?」と言われて、即答したのがきっかけです。お遊戯会や学芸会が大好きで、目立ちたがり屋だったんです。お仕事をしながら、習い事などもやらせてもらいましたが、やっぱり自分の中で芸能活動は特別感がありました。でも高校卒業と同時に、一度はやめようと思ったんです。そんなに活躍できていたわけでもないし、大学に入ってやりたいことを見つけようかなって。当時、レギュラーのアニメの仕事があったのですが、そのキャスティングをしていた今の事務所のマネージャーにやめることをお伝えしたら、「声がいいからやめないでほしい」と言ってもらって。お芝居や声を褒められたことがなかったので嬉しくて、必要としてくれるなら続けようと思ったんです。――それまでご自身の声の魅力に気づいてなかったのが意外です。花澤:声優の仕事に自信が持てるようになるのも時間がかかりました。子役事務所から声優事務所に移ってからも、自分は棒読みだという自覚があったので。今振り返ると、たしかに技術はないけれども、キャラクターには合っていたのかもしれないなと思ったりもするのですが、当時はほかの人と全然違うことに悩んでいました。そんななか『ぽてまよ』という作品で、冷蔵庫から生まれた謎の生物「ぽてまよ」の役をやらせてもらったんです。2頭身で「ほにほに」とか「にゃー」とか「ぱん」とかしか言えない子だったんですけど、台本に「アドリブ」と書いてあるところがたくさんあったんですね。決まったセリフを言うだけではなく、自分で想像して表現してもいいんだってわかったらすごく楽しくなって、能動的にやってみようと思えるようになったんです。――先ほどのお話から察するに、棒読みで悩んでいた頃も練習をたくさんしていたのでしょうね。花澤:してましたね。『ゼーガペイン』というロボットアニメで、機体に乗って攻撃を受けて「ギャー!」などと悲鳴を上げるシーンがあったんですけど、ロボットに乗ったことなんてないし、攻撃されたらどうなるのかもわからなくて。こんな感じかな?って、家の壁に激突してみたりして(笑)。――すごい(笑)。そのくらい共感や体験は大事なんですね。花澤:アニメは特に普段言わないようなセリフも多いので、見る人が少しでも作り物だと感じると、入り込めなくなってしまうじゃないですか。リアリティを出すためにも、自分の体験から似たような感覚を探すことが大切なんです。――経験を重ねてきたからこそ感じる、声優の楽しさや難しさは?花澤:やったことのない役をいただくと意欲が湧きますし、反対にやったことのあるような役でも、そのキャラクターに合ったものを今の自分が出せているか気になります。それと最近はナレーションのお仕事が増えてきているのですが、キャラクターを演じるわけではないので、制限があるようでないところが難しいんですよね。聞きやすさや伝えたいポイントはもちろん考えますが、悩んでなかなか進まないときは第三者の目がとても頼りになります。本当に終わりがないところが、この仕事の難しさであり、楽しさでもありますね。ちょっとは成長したかなって思える瞬間があったらやっぱり嬉しいし、作品や番組を見た方から「よかったよ」って言われると、すごくやりがいにつながります。――違う職業に進むことも考えたそうですが、もし声優でなかったら何をしていたと思いますか?花澤:絶対にパン屋さんです!母がパン屋さんで働いていたこともあって、小さい頃からパンで育ってきましたし、高校時代に私もパン屋さんでアルバイトをしていました。基本的にへっぽこで、レジ打ちとかはすごく苦手なんですけど、パンの名前と値段だけはすぐに覚えられる(笑)。立ち仕事だったり力仕事だったりで大変だとは思うのですが、焼きたての香りの中で一日中お仕事ができたら、幸せだろうなあと思います。――声優として、またお仕事以外でチャレンジしたいことは?花澤:ナレーションのお仕事や今までとは違う役をいただくことが増えてきて、今は進化のチャンスだと感じています。本当に遅ればせながらですが、最近ボイトレを始めたんです。次の段階にステップアップしたいので、自分の殻に閉じこもらず、いろんな人にアドバイスをいただきながら成長していければいいですね。プライベートでは、こんなご時世でもパン屋さんは開いてくれているので、引き続き買い支えていきたいです!はなざわ・かな東京都出身。2003年、声優としての活動をスタート。『化物語』『3月のライオン』『鬼滅の刃』『マギアレコード 魔法少女まどかマギカ外伝』など出演作多数。2012年に歌手デビューを果たし、これまでにアルバムを5枚リリース。ラジオ『花澤香菜のひとりでできるかな?』(文化放送 超!A&G+)でパーソナリティを務めている。『青い花』に出演して以来、志村貴子さんのファンだという花澤さん。『どうにかなる日々』は元恋人の結婚式、男子校の先生と生徒、思春期の幼馴染みの男女を描いたオムニバスショートストーリー集で、花澤さんは最初のエピソード「えっちゃんとあやさん」に出演。監督を佐藤卓哉さん、主題歌・音楽をクリープハイプが担当。近日公開予定。ビオラ刺繍チュールコート¥77,000(MUVEIL/ギャラリー・ミュベール TEL:03・6427・2162)その他はスタイリスト私物※『anan』2020年5月13日号より。写真・小笠原真紀スタイリスト・山本香織ヘア&メイク・宇賀理絵インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年05月08日精神科の新人看護師がさまざまな症状を抱える患者と向き合う過程を描き、話題を呼んだ水谷緑さんの『精神科ナースになったわけ』。同様に精神科の新人看護師が主人公である『こころのナース夜野さん』は、その発展型といえる。心というブラックボックスと向き合うことで見えてくること。「何かしら前作の続きのようなものを描きたいと思っていました。といっても準備はまたほぼ一からだったので、果てしなかったです」ここでいう準備とは参考文献などを読み込むのはもちろんのこと、実際に心の病を抱える人や医療従事者を探して、取材をすること。センシティブな問題だけに、取材に協力してもらえる人を見つけ出すだけでも、気の遠くなるような作業なのだ。「医療従事者にしても当事者にしても、その人ならではの実感を聞き出したいんです。私自身が“早くこれを伝えねば!”という気持ちになることが、この物語を描くうえでは大事だと思っているので」1巻で登場するのは、たとえばこんな症状を抱える人たち。虫が家に入ってくる幻覚に悩まされる人、毎日のようにリストカットをする人、「死ね」という声が聞こえる人…。「症状自体は突飛に思えても、話を聞いてみると悩んでいる感情などは自分と同じだったりして、共感できるところが必ずあるんです。心の病気は当事者の人生そのものともいえるので、まずは等身大のその人を感じて、どういう理由で症状が出てしまっているのか、背景もなるべくきちんと描いていきたいです」新人ナースの夜野さんは先輩看護師とともに、虫が見える人に対しては虫駆除業者を装って訪問介護をし、リストカットの常習者とは安全な切り方を一緒になって考える。体の病気やケガに比べて、心の病気はケアの方法も患者の状態や医療従事者の考え方などで柔軟に変わる。患者と努めて一定の距離を置こうとする看護師もいれば、一緒にとことん悩む人もいて、治療の正解を導き出すことの難しさを感じさせる。「話の終わり方はいつも悩みます。お医者さんに何をもって病気が治ったと思うのか聞いたところ、その人自身が楽になったと思えるかどうかだと言われました。ハッピーエンドばかりではないですが、少しでも変化が表れるところが物語としては一区切りなのかなと思っています」生きづらさを感じていても、いなくても。心について知ろうとすることで見える景色はきっとある。みずたに・みどり2014年『あたふた研修医やってます。』でデビュー。最新作は『大切な人が死ぬとき~私の後悔を緩和ケアナースに相談してみた~』。水谷 緑『こころのナース夜野さん』1心の病気について知りたいと思う新人看護師が、統合失調症やうつ病などの患者と向き合い、成長していく日々を描く。丹念な取材をもとにしたフィクション。小学館591円©水谷緑/『こころのナース夜野さん』/小学館※『anan』2020年4月15日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年04月13日俳優のみならず、近年は舞台の出演やMVの監督・プロデュースでも才能を発揮している、神木隆之介さん。アニメーション監督の新海誠監督が“俳優・神木隆之介”の色気について語ってくれました。『天気の子』では青年としての色気に腰が抜けそうに。役者は感情を表現するのに全身を使いますが、神木くんは優しさ、雄々しさ、色っぽさなんかを、声という彼固有の「音」だけで演じることができてしまう。声の持つ情報量が、普通の人よりとても多いのが魅力ですね。芝居の勘が抜群によくて、アニメーション作品に必要な「間合い」や「息芝居」というものを、理屈でも体感でも完璧に把握していると思います。考えることが大好きで、演じることも大好きで、作品も愛している神木くんと仕事をすることは、最高に楽しいですよ。素顔のときは「あなたのことが好きだから、僕は今あなたと話しているんですよ」と思わせてくれる。手のひらの上で踊らされているだけかもしれないけれど(笑)、とても素敵な資質だと思います。宮崎駿監督の『ハウルの動く城』では、マルクルの芝居のあまりの可愛らしさに一観客として悶絶しました。僕が『君の名は。』を監督したときには声の青春感、爽やかさに聞き惚れましたし、『天気の子』では青年としての色気に腰が抜けそうになりました(笑)。これからも声の演技もたくさん聞かせてほしいけれど、あまり他のアニメには出演しないでいてほしいです。嫉妬しそうだから(笑)。しんかい・まことアニメーション監督。2002年、短編作品『ほしのこえ』でデビュー。’16年、神木さんが声優を務めた『君の名は。』が国内外で高い評価を受け、続く『天気の子』も大ヒット。かみき・りゅうのすけ1993年5月19日生まれ、埼玉県出身。近年は舞台の出演やMVの監督・プロデュースでも才能を発揮。最新作『連続ドラマW 鉄の骨』は、4月18日(土)22時よりWOWOWプライムにて放送スタート。全5話・第1話無料放送。ジャケット¥24,000シャツ¥11,800トラウザーズ¥13,800(以上メゾン スペシャル/メゾン スペシャル青山店 TEL:03・6451・1660)※『anan』2020年4月1日号より。写真・ティム・ギャロスタイリスト・百瀬 豪ヘア&メイク・MIZUHO(vitamins)取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年03月31日柔和な表情から一転、鋭い眼差しに。これまでに数々の作品で異なる表情を見せてきた俳優・神木隆之介さんがいま目指す色気のカタチに迫ります。奮闘する人が素の表情をふっと見せるとき。「色気がテーマって、(佐藤)健先生じゃなくて僕で本当に大丈夫なんですか!?」開口一番、おどけて場の雰囲気を和やかにしてくれた神木隆之介さん。役者としてすでに成熟した安定感がありながら、作品ごとに新たな魅力を見せてくれる。主役を務める最新作は、池井戸潤さん原作の『連続ドラマW 鉄の骨』。建設業界を舞台にした社会派エンターテインメントで、神木さんは中堅建設会社で働く入社4年目の富島平太を演じている。「会社員の役は以前もやったことがありますが、建設業界は未知の世界なので面白いです。ビルは都会にいたら身近な存在といえますが、自然と目に留まるものもあれば、風景に溶け込んでいてスルーしてしまうものもある。僕らが生活のなかで意識するしないにかかわらず、それぞれのビルにはいろんな思いが詰まっていて、どんな人がどうやって造っているのか、垣間見ることができるんです」建設現場を愛する平太は、仕事にプライドを持つ実直な青年。「人に夢を与えるビルを建てたいっていう情熱があるものの、未熟者なんですよね。序盤のシーンで、下請けの若者が建設現場でタバコをポイ捨てするのを見て、胸ぐらをつかむんですけど、体が先に動いてしまうところがある。彼の主張は正しいのですが、その正しさが畑違いの部署に異動して通用せず、打ち砕かれてしまうんです」異動先は「談合部」と揶揄される業務部で、大規模な公共工事の受注を巡り、社内外の人間が本音と建前を使い分けながら巧妙に駆け引きをしていく。平太の上司で常務取締役を内野聖陽さん、業務部の次長を中村獅童さん、そして談合を仕切るフィクサーを柴田恭兵さんが務め、まさに色気のある大人の演技も見ごたえがある。「内野さんは背中が大きいイメージで、頼りがいがあります。過去に親子役で共演させてもらったのですが、父親的な温かさを持ちつつ、今回は上司としての威厳も兼ね備えています。獅童さんの役は、いろんな問題を乗り越えてきた先輩のかっこよさがあって、平太が困るようなことでも余裕を見せるところに色気を感じます。柴田さんの役はもう…神ですね(笑)。言葉は優しいけど、どういう生き方をしてきたのかが端々に感じられて、とても重みがあるんです」正義は勝つと信じる平太が、こうしたツワモノたちに揉まれながら成長していく物語でもあるのだが、不器用な彼にも奮闘する人ならではの色気がある。「自らの理想と、会社の一員としてやるべきことの間で葛藤して、苦しむんですけど、離れて暮らす母と話すときにふっと見せる寂しさや優しさも彼の魅力のひとつ。仕事では精いっぱい頑張っているんだけど、母親の前では普通の息子なんだなっていうのを感じてもらえたらいいですね」このドラマの顔ぶれだけでも、色気とはひとことで説明しがたい複雑な“何か”であることがわかるが、神木さんが最近ただならぬ色気を感じたという人物が、舞台『キレイ-神様と待ち合わせした女-』で共演した阿部サダヲさん。「普段は優しくて面白くて、ちょっと棘のあるロックな人なんですけど、同じ舞台に立っているとつい目で追ってしまうんですよね。阿部さんが次に何をするのか、共演者みんなが楽しみにしているような感じで、もっと阿部さんの芝居を見たいと思わせてくれる。そういう役者に憧れますね」神木さんにとっては、意外にもこのときが初舞台。役者としてその経験は大きかったようだ。「なんとなくですけど、カメラの前で堂々とできるようになりました。今までは迷いがありましたが、全48公演を完走できたことが自信につながったのかもしれません」色気にも、におい立つくらい濃密なものや、気配のようにそこはかとなく漂うものなどがあるが、神木さんが魅力的に思う色気のイメージを色で例えるなら…。「直感で思い浮かんだのがワインレッド。品のある、マットなワインレッドですね。黒のなかに雷みたいにワインレッドの切れ目が見える、そんなイメージです」役の幅が広がることは武器が増えることであり、それはつまり魅力が増すということなのだろう。コミカルな役からシリアスな役まで振れ幅がどんどん広がっているいまの神木さんは、まさに魅力が増している時期といえる。「実年齢より上の役を演じられるのも、色気があるということなんでしょうね。20歳で大人っぽい色気があったら30歳の役もできるわけだから、やっぱり役者にとって大事なもの。といっても健先生みたいな色気とはジャンルが違いますからね。それぞれの担当部署で僕も頑張ろうと思います(笑)」かみき・りゅうのすけ1993年5月19日生まれ、埼玉県出身。近年は舞台の出演やMVの監督・プロデュースでも才能を発揮。最新作『連続ドラマW 鉄の骨』は、4月18日(土)22時よりWOWOWプライムにて放送スタート。全5話・第1話無料放送。ジャケット¥24,000シャツ¥11,800トラウザーズ¥13,800(以上メゾン スペシャル/メゾン スペシャル青山店 TEL:03・6451・1660)※『anan』2020年4月1日号より。写真・ティム・ギャロスタイリスト・百瀬 豪ヘア&メイク・MIZUHO(vitamins)取材、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年03月28日理屈くさい男子大学生に、恋人ができて振られ、事実を受け入れがたいまま妄想が暴走する、森見登美彦さんのデビュー作『太陽の塔』(新潮文庫刊)。森見文学の出発点として今なお根強い人気を誇る一冊だが、そのコミカライズを手がけたのが、本作が連載デビューとなるかしのこおりさん。担当編集者も原作の大ファンで「かしのさんはかわいい女の子を描くのが得意なのですが、男性の多い『モーニング』編集部員を紹介するマンガを描いてもらったところ、デフォルメが上手でこれならいけると思いました」とのこと。たしかに「才能と知性の無駄遣いっぷりは余人の追随を許さない」という主人公の盟友・飾磨(しかま)や、生きている女性に告白されて動揺しまくる山男のような高藪など、中身も見た目もアクの強い男が勢ぞろい。「森見さんの作品に登場するキャラクターはみんな個性的で、とても愛嬌がありますよね。だけど主人公と飾磨の外見は、小説のなかであまり触れられていなかったので、悩みながらも読んで受けた印象を、そのまま素直に絵にしてみました」意外に難しかったというのが、かしのさんが得意なはずの希少な女性キャラ、元恋人の水尾さん。「小説で水尾さんは、主人公の思い出や妄想として出てくるのですが、何を考えているのか見えてこなくて。あるシーンで悩みすぎて森見さんにお聞きしたら、主人公目線でわからないことはわからないままでいい、と言われて納得しました」独特の文体が大きな魅力といえるので、原作に愛着がある人ほどマンガ化を無謀だと思うかもしれない。しかし失恋中の貧乏学生の目に映る京都の景色や、夢と現(うつつ)を行き来する脳内など、文字で記されていることだけでなく、行間からも空気やにおいをすくい取るように、マンガならではの表現にこだわっている。「最初に読んで好きだと思った気持ちのまま、最後まで突っ走った感じです。いい言葉がたくさんありすぎて、泣く泣くカットしたのですが、そのぶん絵でうまく置き換えられたらいいなと思いながら描きました」原作ファンの期待を裏切らず、マンガから入った人も置いてけぼりを食らわない。森見&かしのワールドにどっぷりハマれる、幸せな出会いが生んだコミカライズといえる。『太陽の塔』3終わらない失恋の行方はいかに。クライマックスの「クリスマスええじゃないか騒動」は必見。森見さんのあとがきも収録。原作は新潮文庫(490円)より発売。講談社650円©森見登美彦/新潮社 2003©かしのこおり/講談社かしのこおりマンガ家。「夏の種」(Webコミック「モアイ」で公開中)にて月例賞「モーニングゼロ」2016年8月期佳作受賞。『太陽の塔』が連載デビュー作となる。※『anan』2020年3月18日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年03月13日マンガ『レッド・ベルベット』の著者・多田由美さんに、作品に込めた思いを聞きました。絵を読み、物語の世界に浸る映画のようなマンガ体験。‘86年にデビューし、現在活躍しているマンガ家にも一目置かれている多田由美さん。現在は大学でマンガを教える側にも回っているのだが、待望の連載である『レッド・ベルベット』は、以前からのファンはもちろん、多田さんのマンガを初めて手に取る人にも、独特の体験を与えてくれるような作品となっている。「古いファンが読んで、作風が全然違うとびっくりするかなと思い、昔と差が出ないようにしたら、暗い話になってしまいました(笑)」登場するのは、アールとランディというふたりの少年。物語は映画の回想シーンのように、ケーキ店を営む幼いアールの母親が急死する場面から始まる。時が過ぎ、高校生になったアールは、母が残したケーキのレシピを集めることに執着し、幼なじみのランディは母の入院費を稼ぐべく、窃盗団と関わりを持つようになり、どんどん深みにハマっていく。「問題を抱えている人を描くのが好きなんです。一生懸命生きようとしているけど困難に立ち向かえず、言い訳をして逃げちゃうような弱い人が、なぜか放っておけないんですよね。アールとランディは、ふたりでようやくひとりの真人間になれるような関係性。どちらも自分のほうが強くて、しっかりしていると思っているのかもしれないですね」お互いのことを思いやるあまり、自分の弱さを見せられないふたりの成長が描かれていくのだが、ぜひとも注目してほしいのが、独特のマンガ体験を可能にしている、その表現力。ナレーションや擬音のような状況説明を極力排し、絵で見せることに重きを置いているのだが、ロサンゼルスという舞台設定も相まって、ノスタルジックなアメリカ映画を観ているような気分に浸ることが。「まず頭に映像が浮かぶので、カメラをコントロールする感覚でカットを考えながら、見たままを描いていくんです。構図はかなり気にしていますね。言葉に関しても語りすぎるとぼやけてしまう気がして、大事なところを目立たせるために、前後をあえて省いたりしています。伝わるかどうかギリギリだなと思いつつ、画力頼みというか、絵で頑張ったらいけるかなと必死に描いてます」物事が思うようにいかないふたりの姿は、見ていて苦しくなってしまうが、やはりそれも物語の醍醐味。「暗い始まりで、暗い途中で、暗い終わりだったら描く意味がないですよ!ただ暗いだけなのは、作品ではないような気がするんですよね」その言葉を信じて、彼らの選択を見守っていこう。多田由美『レッド・ベルベット』2犯行計画に巻き込まれるランディと、母のケーキ店を再開すべく動きだすアールの行く末は……。約15年ぶり、かつ多田さん史上最長の連載作としても話題。講談社1150円©多田由美/講談社ただ・ゆみ1986年『月刊ASUKA』でデビュー。以後短編集を多く手がけ、イラストレーターとしても活躍。現在は神戸芸術工科大学で教鞭をとる。※『anan』2020年3月4日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年02月27日冬目 景さんの『空電の姫君』は、いわゆるガール・ミーツ・ガールの物語なのだが、最初に断っておくと本作は『空電ノイズの姫君』(全3巻)の続編。連載媒体の移籍で、タイトルを変えてリスタートした。音楽を拠りどころにするギター少女と訳ありの親友。「描きたいイメージとして最初にあったのは、ふたりの女の子の友情というか関係性。なのでバンドマンガのつもりはあまりなく、音楽はあくまでも舞台装置なんです」本作から読む人のために、これまでの流れを簡単に説明しておこう。ミュージシャンの父を持ち、幼い頃からギターを弾いてきた女子高生の磨音(まお)は、転校生で天性の歌声を持つ夜祈子(よきこ)と出会う。一方で、磨音はプロデビューを目指してギタリストを探していた、2人の男子大学生が組むバンドに加入。作者の冬目景さん自身も音楽好きで、主人公にはぜひギターを弾かせたかったそう。「ロックをやっている女の子って、どちらかというとキツめなイメージがありますけど、磨音はふんわりした雰囲気で、ギターを弾くと豹変するような子にしたくて。対照的に夜祈子のほうは、ストレートの黒髪でクールにしようと思いました」普段は内向的で、人前で演奏することなど考えたこともなかった磨音が、バンドという仲間を得たことで音楽の新たな扉を開く。その一方で、夜祈子も音楽が心の支えになっているようなのだが、なぜか人前では積極的に歌いたがらず、磨音のバンド活動に関しても、今のところ応援するだけの立場にとどまっている。「夜祈子はやや面倒くさいタイプ。ミステリアスな彼女の過去がこれから明らかになっていくのですが、夜祈子のことを描きたくて、このマンガを描いているのかもしれません」冬目さんの作品は、作画も大きな魅力のひとつ。今作は「楽器をたくさん描かなければいけないことが、とにかく大変!」と苦笑するが、躍動感のあるライブシーンなどは必見。先述の通り、連載先を変えてまでこだわりたかったのは、減りつつある紙媒体で発表することだった。「もともと私は美大で油絵を専攻していて、マンガを始めて間もない頃はカラーの絵をキャンバスに描いて、編集さんにそのまま渡したりしていたんです(笑)。いまだデジタルをほぼ使わないアナログな描き方なのですが、紙媒体を選べるうちはそこで描き続けたいと思っています」美しい絵柄とともに、バンドのゆくえと彼女たちの選択を見届けたい。『空電の姫君』アマチュアバンドで、少々頼りない男子大学生とともに練習やライブに励む磨音。夜祈子はそこにどう絡んでくるのか。『イブニング』で連載中、1巻は重版が決定。講談社630円©冬目景/講談社とうめ・けい1992年デビュー。代表作は『羊のうた』『イエスタデイをうたって』など。『グランドジャンプ』で「黒鉄・改KUROGANE-KAI」連載中。※『anan』2020年1月1日-8日合併号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年12月30日あの頃の景色やにおいが蘇る、未熟で無防備な高校生の群像劇を描いた綿貫芳子さんのコミック『真夏のデルタ』が話題だ。「たとえばホクロやソバカス、小さい頃につけちゃった傷痕とか、一般的に良しとされる美しさとは違うものに愛おしさを感じます。コンプレックスに感じていることも含めてその人を構成している一部で、魅力で、取り去ったり治したりする行為も含めて面白いなぁと思うのです」歯並びがコンプレックスの椎葉は、空気を読んで言いたいことを呑み込んでいるような女の子。あるとき、勉強も運動もできる人気者の彼氏・三辻から歯並びを茶化されてしまう。「歯は柔らかい人体のなかで一番硬く、攻撃的で原始的なエネルギーの象徴みたいだと思うのだけど、普段は隠されている。歯を出発点に、主人公たちの表からは見えない隠れた攻撃性を描いてみたかったんです」そんななか三辻と同じクラスで変わり者扱いされている美術部の伸が、デッサンのために歯を触らせてほしいと依頼。半ば強制的に応じさせられるものの、なぜか椎葉は伸の前だと言いたいことを言えるのだった。「10代とか20代前半の頃の特徴といえる困難のひとつって、他者との関係やそれを受け取る心の一番柔らかい部分の感受性が剥き身で、擦れていないところにある気がします。良くも悪くも真っ向勝負というか。大人になるとそういった場面の難しさや面倒くささにある程度慣れていきますが、感受性が鎧を着て外からの刺激に強くなることは、同時に鈍くなったとも言えるよなあ……と」椎葉、三辻、伸、それぞれの視点で物語が展開するにつれ、意外な面が浮かび上がってくるのだが、周囲が抱くイメージと自己認識の乖離は、大人でもままあること。多感な時期というのも手伝って、本作はそれをより生々しく見せてくれる。「高校生という、子どもとして扱われるのに大人としての振る舞いも求められる板挟み状態や、未来への不安、好きな人がいたり、仲のいい子や苦手な友だちがいたり……、私自身がかつて経験した苦しさと喜びを抱えた時期の愛おしい部分を排除したくなかったんです。“正しくなさ”と“好ましくなさ”を持った人たちが、あがいてそれでもまっとうに大人になっていく話でもあるので」アルバムをめくるようにいろんな感情が押し寄せてくるだろう。いびつさを美しいと思えるほど大人になったことに一抹の切なさを覚えつつ。『真夏のデルタ』歯並びがコンプレックスの椎葉、人気者を必死に演じている三辻、嫌われることに恐怖や不安のない伸。相手の言動をきっかけにそれぞれが変わっていく群像劇。祥伝社920円©綿貫芳子/祥伝社フィールコミックスわたぬき・よしこ第64回ちばてつや賞一般部門にて「ヘミスフィア」で佳作受賞。著書に『オリオリスープ』全4巻。Twitterアカウントは@atomicsource※『anan』2019年12月11日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年12月04日小料理割烹で働く元ヤンの板前×寡黙な庭師の、ほのかな恋愛模様を描いた『てだれもんら』について、作者の中野シズカさんに話を聞きました。元ヤン板前と寡黙な庭師、てだれ者たちの妖しく愛しい世界。「てだれ」とは、技芸などのその道に熟達していること。「本作の前に『にわにはににん』という短編集を出していて、その1話目が庭師の話なんです。私はどちらかというと不思議なマンガを描くほうなのですが、編集さんから次は庭師の日常的な話を読みたいと言われまして。もうひとりを板前にしたのは、庭がきれいなところといえば旅館か料亭かなと思ったからです」小料理割烹で働く元ヤンの板前・星野トオルと、寡黙な庭師の鷹木明は、いつからかお互いの仕事が引けた土曜の夜に、明の家で酒の肴を作って晩酌を楽しむ仲に。トオルは明に対して恋心を抱いているのだが、飄々としている明はその気持ちに、どうやら気づいていないっぽい。「私は今ほど決まり事があまりないBLを読んできた世代で、想いが募るようなプラトニックなものが結構好きなんです。そういうBLだったら私も描ける気がして」男子ふたりのほっこりごはん、それぞれの仕事場での姿、そしてほのかな恋愛模様はたしかに日常的なのだが、「不思議なマンガを描く」と言うだけあってこれだけでは終わらない。明は“怪(ケ)”の棲み着いた庭の手入れを専門とする庭師なのだ。「庭とか妖怪とか、自分の好きなものは、もはや資料なしに描けてしまうのですが、おいしそうなごはんや手先の描写などは、これまで私が避けてきたところ。ごはんは自分が好きな鶏料理が多めですが(笑)、季節感を重視しています。木の剪定や包丁さばきなど職人の手の動きは、動画サイトで研究しています。本当はふわふわしたBLシーンをずっと描いていたいのに、調べ物がやけに多くなってしまいました(笑)」さらに本作の作画で最もこだわっているのが、色っぽさ。「私自身は男前が苦手で、ちょっと欠点があるけどかっこよく見える男性のほうが好きなんです。だけど今回は実在するイケメンの写真を一生懸命見て、『ハンサムすぎる、苦手だ!』って思いながら描いてます。読者の方に萌え死んでいただくには、まずはこっちが萌え死なないといけないから、すごくつらいんです。描いてる自分が恥ずかしすぎて(笑)」料理やイケメンを愛でながら、1巻を読み終える頃には予想外の感情にとらわれているはず。庭師と板前のふたりだけでなく、著者のてだれっぷりも感じさせてくれる作品だ。中野シズカ『てだれもんら』 1土曜限定の宅飲み友達であるトオルと明。トオルの恋心はダダ漏れだが、明の特殊な仕事については知らない様子。出会った頃の記憶も曖昧なようで……。KADOKAWA720円©中野シズカ/KADOKAWAなかの・しずかマンガ家。2000年デビュー。著作に『刺星 shisei』など。『にわにはににん』は第22回文化庁メディア芸術祭 審査委員会推薦作品に選出。※『anan』2019年12月4日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年12月02日男子を好きでも息子は息子。母親目線で温かな家族の姿を描くのは、おくらさんによるコミック『うちの息子はたぶんゲイ』。ズバリなタイトルなのだが、当事者ではなく周辺からゲイの物語を描きたかった、とおくらさんは言う。「ゲイに限らず中高生くらいのときは、家族は重要な存在ですよね。当事者目線だと自分語りで重くなりがちなので、母親の視点から客観的に描いてみたかったのです」夫が単身赴任で、普段は息子2人と主人公の母親の3人で暮らしている青山家。高1の浩希は素直でよい子なのだが、同級生の男子を好きっぽいことが、素直すぎるあまり隠しきれていない。そんな息子の姿を、母親は愛情たっぷりに見守っている。「母親はある意味、理想的なキャラクターですが、自分が浩希を目の前にしたらどうしてあげたいかな、という思いで描いています。作者として絶対にやらせないと決めているのは、息子に対して『なんで?』と聞くこと。セクシュアリティはそもそも説明できることではないし、理由なんて別になくていいと思うので」一方で、たまに帰ってくる父親は家族思いなのだが、悪意なしにゲイをディスるような発言をしたり、恋愛観を押し付け気味だったりして、息子の心に揺さぶりをかけてくる。「父親は、普通によしとされていることを疑わない人。ごく一般的な視点のつもりなんですけど、事情を知っている側からすると、こんなにもきつい言葉になるというのを一身に体現しているキャラクターですね」父親の言動はセクシュアリティの問題に限らず、自分の思い込みや常識が他者を傷つける可能性があることを教えてくれる。そんな父と長男の傍らで、感情の読めない中2の次男がいろいろ察しているっぽい描写もまたよくて……。全体的には軽やかなノリで、好きな人への思いがダダ漏れしている息子や母親の大きな愛に、笑ったり優しい気持ちに。そして時折、ハッとさせられるエピソードがスパイスのように入り込む。「大きな問題提起をするつもりはまったくありません。ゲイを題材にすると苦悩やつらい部分がフィーチャーされがちだけど、単純に明るい話があってもいいと思うんです。みなさんと一緒でゲイの人も普通に生きているし、そういう状況を想像するきっかけになれば、この物語を描いた意味があるのかなと思います」『うちの息子はたぶんゲイ』140歳の母・知子の視点で、ゲイかもしれないうっかり者の長男、何となく気づいているっぽい次男、優しいけど鈍感な夫を描く、家族コメディ。スクウェア・エニックス818円©2019 Okura/SQUARE ENIXおくらマンガ家。ノンケとゲイの高校生による青春恋物語『そらいろフラッター』(全3巻)の原作を担当。『うちの息子はたぶんゲイ』は本人のTwitter(@okura_yp)やpixivでも公開。※『anan』2019年11月13日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年11月11日’80年代にも“沼落ち”はあった!?親衛隊に居場所を求めた少年たちを描く、高崎卓馬さんによる小説『オートリバース』。今は“沼落ち”などと表現されるが、’80年代はアイドルを熱烈に応援する“親衛隊”という集団がいた。「小泉今日子さんから親衛隊の話を聞いたのは、10年ほど前。世間からは不良と呼ばれていたけれど、本当にすごくいい子たちで、面白い話がいっぱいあるのにどこにも残っていないのが寂しい、と。だったら僕が書きたいと手を挙げたんです」口約束だったため時間は流れてしまうのだが、高崎卓馬さんは子どもの成長とともに自身の思春期を振り返り、今なら書けると思い立った。小説『オートリバース』は、千葉の中学校に同じ日に転校してきた橋本直と高階が主人公。ふたりは、校内暴力真っ盛りの学校にも家にも居場所がなかったのだが、あるとき高階が売り出し中の小泉今日子の親衛隊に入隊し、直も追いかけることに。「小泉さんや実際に親衛隊だった人に細かく取材をしたのですが、ドキュメントを書き記すことは僕にはできない。でも当時の熱や、あの時代を一生懸命生きていた人たちを肯定したいという気持ちがありました」親衛隊の特徴は、完全な縦社会であること。今では信じられないが、アイドルとお茶会をしたり、コンサート会場で警備をしたり、芸能事務所に就職する人までいたらしい。「10代の子たちが彼らなりにルールを作り、こんなに大人っぽいことをしていたのかと驚きました。周りからは不良とみなされていたとしても、別の基準だと正しい部分もあるわけで、そこをきちんと描きたかった」しかし、アイドルの人気上昇とともに親衛隊は巨大化して派閥が生まれ、暴力で支配する者も現れた。高崎さんが小説を書く際にこだわったのは、できるだけ舞台となる場所に行き、自分の足で歩いてみること。「’80年代カルチャーがたくさん出てくるのですが、当時を知っている人も知らない人も、映像が浮かぶような文章にしたかったんです。現場へ行くのはロケハンに近い感覚で、カメラの位置はどこにあるのか常に想像しながら描写していました」そして2年ほどかけて、純度を上げるようにこつこつ書き上げた。「すぐに読めたと言われると嬉しい半面、寂しい気持ちに(笑)。でも晩年の話ならともかく10代の話だから、このくらいのスピード感のほうが合っているのかもしれませんね」たかさき・たくまクリエイティブ・ディレクター、CMプランナー。国内外の受賞多数。映画『ホノカアボーイ』の脚本・プロデュースやドラマ脚本も手がける。著書に『はるかかけら』『表現の技術』など。『オートリバース』「小泉今日子を1位にする」という目標を掲げ、親衛隊の活動にのめり込んだ少年たちが、手に入れたものと失ったものとは…。中央公論新社1400円※『anan』2019年11月13日号より。写真・土佐麻理子(高崎さん)中島慶子(本)インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年11月09日長崎・波佐見を舞台に“器作りの情熱”と“恋のゆくえ”を描くのは、小玉ユキさんによる『青の花 器の森』3。長崎県波佐見町を中心に作られている波佐見焼。現代の食卓に合うような洗練されたデザインが多く、雑貨屋さんなどでもよく見かけるが、同じ長崎出身の小玉ユキさんも以前から波佐見の磁器が好きだったそう。「窯元が多く集まる中尾山を歩いていたとき、くねくね曲がった坂道や狭い路地が、今まで描いてきた『坂道のアポロン』や『月影ベイベ』に似ていて一気に愛着が湧いて、これは描くしかないな、と思いました」物語は、波佐見焼の絵付をしている青子(あおこ)の窯元に、北欧で作陶活動をしていた龍生(たつき)が1年限定で働きに来るところから始まる。龍生は美しい形を作るものの、そもそも器に絵付をすることに否定的なため、ふたりは対立していたが、お互いの才能に惹かれて徐々に認め合うように。「焼き物って、陶芸家がひとりで作るイメージを持っている人も多いと思うのですが、波佐見焼は伝統的に分業制で量産型。しかも窯元以外に型や生地を専門に作る人たちもいます。それぞれが技術を追求して、やっていることは高度なのに、ひけらかさない感じがかっこいいんです」本作は器自体も主役といえる。龍生の作った形に青子が絵付を施す共作の器も登場するのだが、その生みの苦しみまでは想定外だったようだ。「新しい器を作るストーリーのたびに、マンガ家というよりプロダクトデザイナーみたいな気持ちになっています(笑)。ふたりの意見が重なり合うような柄や形を考えるのが、すごく大変で。だから青子がアイデアを思いつくシーンは、リアルに表現できている気がしますね」さらに小玉さんが予想外だったのが、龍生の変化。当初は過去作では見たことのないような“イケメンだけど嫌なヤツ”だったのに、お茶目な部分がどんどん出てきて、青子と同様、読者もキュンとしてしまうはず。そんななか、3巻では何やらワケありな男が青子を訪ねてくる。「新たに登場する男性は、性格も熊っぽい風貌も、龍生以上に今まで描いたことのないタイプです。誰の目線で読むかで結構賛否があるみたいなのですが、私としては愛情を持って、楽しんで描いています」今後も登場人物の新たな一面が、まだまだ見えてきそうな予感。ものを作るときめきと、恋のときめきがシンクロする爽やかな作品だ。『青の花 器の森』3波佐見焼の窯元で作陶に励む男女を通して、大人の恋ともの作りの喜びを描く。実際に波佐見で取材を行い、器作りに携わる人の情熱をリアルに表現している。小学館454円©小玉ユキ/小学館こだま・ゆきマンガ家。2000年デビュー。代表作『坂道のアポロン』は第57回小学館漫画賞を受賞。そのほか『月影ベイベ』『ちいさこの庭』など。※『anan』2019年10月30日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年10月25日マンガ家・野田彩子さんが役者の物語を描くにあたり、着目したのは「代役」という存在だった。『ダブル』では、天才役者と代役のただならぬ関係について描いている。執着、羨望、依存……。天才役者と代役のただならぬ関係。「もともと舞台裏に興味があって、映画のオーディオコメンタリーで監督の話を聞いたり、制作現場のドキュメンタリーを観たりして、どういう状況で作品ができあがったのか、想像するのが好きなんです。それであるとき、演出家が書いた本を読んで、稽古に来られない役者の代わりにそのときだけ演じる人がいることを知り、面白いなと思ったんです」主人公は同じ劇団に所属し、安アパートで共同生活をしている、鴨島友仁(かもしまゆうじん)と宝田多家良(たからだたから)という無名の俳優。友仁は多家良の才能を早くに見抜き、自身も世界一の俳優になりたいと切に思いながらも、多家良のことを何から何まで世話している。「天才キャラが好きなんですよね。天才だけど欠けている部分があって、生活があまりうまく回らないみたいな。多家良がそっちだとしたら、友仁は自分の能力に対してもっと自覚的なタイプ。器用貧乏っていったらあれですけど、多家良に憧れとも親心ともつかないような気持ちを持っているキャラクターですね」友仁は多家良の代役を務めているのだが、その場しのぎの代役ではないのがややこしいところ。彼らはふたりでなければ芝居を作ることができない、共依存的な関係なのだ。「私は友だちが多いほうではないのですが、同じものを好きな人とすごく仲良くなって。その人が家に泊まりに来てしゃべっているとき、部屋の中が自分たちふたりの脳みそみたいだねって話をしたことがあるんです。そういうふうに思える人と一緒にいられるのって、めちゃくちゃ幸せなことなんじゃないかなと思いながら、ふたりの関係を描いてます」しかしながら、互いに高みを目指す限り、その幸せがいつまでも続かないことを、多家良はともかく、友仁は薄々気づいている。俳優の道を突き詰めることの苦悩と喜びが、舞台やドラマなどさまざまな現場を通して描かれていくのだが、迫力のある絵も見どころのひとつ。「『ガラスの仮面』でもマヤや亜弓さんは、役ごとに顔つきが変わるじゃないですか。ああいう描写は本当にわくわくしたし、実際にお芝居を観ていてもそう。演技のシーンって描くのがすごく難しいんですけど、絵だけでも伝わるくらい説得力のあるものにしたいと思ってます」上質な舞台を観ているような臨場感を味わえる本作。熱い男たちに、必ずや心を持っていかれます……。『ダブル』1無名の天才役者・宝田多家良と、その才能に焦がれ彼を支える鴨島友仁。ふたりでひとつの俳優が「世界一の役者」を目指す。「ふらっとヒーローズ」で連載。ヒーローズ650円のだ・あやこマンガ家。第49回IKKI新人賞・イキマンを受賞しデビュー。主な著書に『わたしの宇宙』『いかづち遠く海が鳴る』『潜熱』など。「新井煮干し子」名義でBL作品も発表。©Ayako Noda/ヒーローズ※『anan』2019年9月25日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年09月19日家族の日常を綴ったコミックエッセイのなかでも、異彩を放つ本作。著者はミュージシャンとして活躍するケイタイモさん。音楽を広める手段のひとつとしてインスタグラムでマンガを発表し始めたところ、瞬く間に注目を集め、書籍化が実現した。かっこいいミュージシャンだって家に帰れば子煩悩なお父ちゃん。「いわゆるフリーでやってるミュージシャンなので、安定収入じゃない。そのぶん家族も安心できないところがあるだろうし、家庭での役立ち方っていうのが、自分のなかで大事だったりするんですよね」人を見かけで判断してはいけないのは重々承知だが、辮髪(べんぱつ)・ヒゲ・丸メガネという個性的なルックスで、甲斐甲斐しくオムツを替えたり、子どもたちにキョヒられてしょんぼりする姿が何ともいえず、お父ちゃんを応援せずにはいられないのだ。「外で笑い話にしているぶんには気づかないような嫁さんの視点が、マンガを描くことで見えるようになったのは、本当によかったこと。『あれやっておいて』って言われると面倒に思いがちだけど、マンガに生かせるって考えると、子育ても家事も能動的になれるんですよね」家族構成は、きれい好きなお母ちゃん、社交的な8歳の長女、独りが大好きな4歳の長男、よく笑う1歳の次男。それぞれキャラが立っていながら、子育ての“あるある”がちりばめられているのがいい。そんなケイタイモさんの子煩悩ぶりからは信じられないのだが、父親になる以前は子ども自体が苦手だったそう。「突然父性が目覚めるあの感覚は、理屈じゃないんですよね。最近、自分のことは二の次で、鏡すらあまり見ないようになって。音楽をやってる人間なんだから、自分のこともある程度かわいいと思っておかないとダメだなって反省しました(笑)」そしてもうひとつ、信じられないことが。ケイタイモさんはイラストレーターでもあるのだが、マンガを描くのは本作が初めてだそう。「作曲もするのですが、コマの構成やバランスはリズムを大事にしてます。そういう意味でマンガと音楽は、似てるところがあるのかも」マンガを描き始めて、期待以上に世界が広がっている実感もあり、子どもの成長とともに描けるところまで描き続けたい、と目標も大きい。「ネガティブなことはほとんど描いてこなかったのですが、子育てをしていればいろんな問題があるわけで。そういうリアリティも、いずれポップに提示できたらいいですね」ケイタイモ ミュージシャン。過去にBEATCRUSADERS、現在はWUJA BIN BIN、ikanimoなどのメンバー。イラストレーターとしても活躍。本作はInstagram(@k_e_i_t_a_i_m_o)で毎日更新中。『家も頑張れお父ちゃん!』しっかり者の長女に諭されたり、マイペースな長男&次男に振り回されたり。ときに子ども以上に無邪気なお父ちゃんによる、エッセイ。家族って楽しい!文藝春秋1200円©ケイタイモ/文藝春秋※『anan』2019年9月18日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2019年09月17日