今年8月、3歳下の実業家である夫・Aさんとの別居が報じられた篠田麻里子(36)。現在、さらなる窮地に立たされているようだ。「NEWSポストセブン」が12月1日に配信した記事によると、篠田とAさんはともに弁護士を立てて家庭裁判所で監護者指定の調停中で、主張がすれ違うほど泥沼化。また篠田の仕事中にAさんが長女(2)を連れ出したため、彼女は半年もの間、愛娘に会っていないという。篠田とAさんが結婚したのは’19年2月のこと。「交際0日婚」と話題になり、’20年4月には第一子となる長女を出産。その後、篠田は’21年5月に「第13回ベストマザー賞2021」を受賞した。さらに篠田は日本マザーズ協会公認の「子育て応援、ママ応援大使」に就任し、同年12月に子育てグッズを表彰する「マザーズコレクション大賞2021・受賞発表会」に登場。同月から「マイナビ子育て」で育児エッセイ『篠田麻里子の毎日ドタバタです!』の連載もスタートした。「篠田さんは娘さんの名前と顔を公開し、SNSではツーショットを頻繁にアップ。そして出産から4ヵ月で、YouTubeチャンネル『篠田麻里子ん家』を開設しました。YouTubeでは育児に関する日々の記録や子供のためのレシピ、ママのファッションやオススメのベビーグッズを紹介。ママ向けの情報発信をメインに行ってきました」(広告関係者)ママタレ界期待のホープと目されていた篠田だが、今年8月に別居報道が――。そして、愛娘との距離も生まれてしまったようだ。「『篠田麻里子ん家』の最新動画は、8月30日にアップされたもの。篠田さんの娘さんがタンポポの綿毛を吹いて遊ぶシーンが収められていますが、しかし長袖を着ているんです。そのため当時、『春頃に撮影したものでは』とSNSで話題に。同時に、『家族があまりいい状態ではないのかも』という声も上がっていました。そして、この動画を最後に篠田さんのYouTubeチャンネルはストップ。同月、『篠田麻里子の毎日ドタバタです!』の連載も、何の説明もないまま止まってしまいました」(広告関係者)またInstagramでは5月の投稿を最後に、長女の写真がアップされていない。そんな篠田だが、11月19日には『Flea market for children』という子供服などのチャリティフリマを開催している。「もし離婚の泥沼化が進み、親権を失ってしまった場合、ママタレとしてのオファーが激減することは必至。なんとかうまく持ち直してくれるといいのですが……」(広告関係者)黄色信号が点滅した篠田のママタレ業。果たして“篠田麻里子ん家”の行方はいかに。
2022年12月02日妻が離婚を決意し実家へ娘を連れて帰ってしまった。仕事第一だった夫は、別居中に被災してしまった妻子が暮らす所へ通い、仕事を長期間休んで娘と向き合うように。思いがすれ違い続けていた夫婦が、ようやくこれまでのことを本音で話し合った。夫が変わることを望む妻と、妻が変わらないことを望む夫。お互いに求めるものが違っているのに、それを言葉にしなかったから、歪みが生じてしまっていたことがわかった。 でも、夫が歩み寄ってくれた。父親としての自覚を持って、意識を変える努力をして、変わってくれた。 今は、自分と同じ目線で子育てしてくれている。そう確信した妻は、娘と一緒に自宅に帰るという決断をした。 思いもよらない展開に、夫は……?! 妻と娘が一緒に、家に帰って来る……?! 雪穂と結が、帰ってくる……? やったぁぁああー!!! このまま別居が続くかもしれない。最悪の場合、離婚になって、もう妻と娘と会えなくなってしまうかもしれない、そう思っていたのに……! 思いもよらない妻の言葉に、大喜びする夫。 しかし、肝心な「離婚」のことは、話し合っていなかった……離婚がナシになったわけではない? 結局、不安は完全には払拭できないままになってしまった。 著者:マンガ家・イラストレーター ちなきち
2022年12月01日夫とはなるべく良好な関係を築きたいところですが、その中でトラブルが起こることも…。今回はサイテー夫が登場する漫画「義母の言いなり夫」を紹介します!『義母の言いなり夫』しばらく入院していた主人公のソラは、退院後、久しぶりに家に帰ってきました。ところが…なんと家の中がすっからかん!夫も息子も、家具も家電も、何もかもがなくなっていたのです…!電話で…出典:Youtube不動産会社を通じて、ようやく夫と連絡が取れたソラでしたが、夫の言い分は「息子と実家に住みはじめたから、ソラが住みたいなら名義変えて勝手に住め」とのこと。なんと夫は、“孫ができたらもう嫁はいらない”という義母の言いなりになり、ソラが入院中に息子を連れて実家に引っ越したのでした。ソラは弁護士を連れて、義両親や夫と話し合うことに。結果、最愛の息子はソラの元に戻り、夫は息子もお金も手放すことになり、後悔するのでした。入院中に連れ去り別居なんてありえない!妻が入院しているというのに、子どもを連れて無断で家を出ていくなんてありえないですよね。身勝手な行動が引き起こした自業自得の結果にスカッとしました。(lamile編集部)(イラスト/モナ・リザの戯言)本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。"
2022年12月01日看護師の仕事で懸命に家計を支え、義母と同居生活をしていた洋子。夫・アキラと義母からのモラハラを受け続け、体調不良に悩まされれるようになり、ついに離婚を決意。2人の子どもたちを連れて家を出ました。別居後に、アキラが別居前から不倫していたという事実も発覚! その後、洋子が働く病院で義母が逝去。 洋子が夜勤で働いていることを、子どもたちに「ママは浮気をしている」という嘘を吹き込んでいた義母……悲しみの感情はまったく生まれません。 そして、四十九日が過ぎたころ、やっと調停開始の通知書が届きました。 いよいよ調停スタート! アキラの言い分は… 義母の四十九日が過ぎ、やっと調停を申し立てることができた洋子。しかし調停でもアキラは意見を曲げず、不倫についてもシラを切り通していました。 それどころか、「私は家族のために朝から晩まで一生懸命働いてきた。子どもたちを返してほしい!」という意見でした。 モラハラを立証するのはとても難しいことでしたが、アキラは自らボロを出します。 「母は嫁が働きに出ている間、孫の世話を押し付けられていました。だから嫁からお金をもらう必要があるんです! 今は亡き母のためにも!」 涙を浮かべながら力説するアキラ。しかしそのような決まりは法律上になく、ただただマザコンぶりを調停の場で披露しただけになりました。 嘘の陳述をし続けるアキラに対し、洋子のイライラが止まらないのは当然です。そして「名演技」と自惚れるアキラに対し、弁護士も調停委員もドン引き。このままアキラがもっとボロを出してくれれば、調停もうまくいくかもしれませんが……。著者:マンガ家・イラストレーター 川本もち
2022年11月29日看護師の仕事で懸命に家計を支え、義母と同居生活をしていた洋子。夫・アキラと義母からのモラハラを受け続け、体調不良に悩まされれるようになり、ついに離婚を決意。2人の子どもたちを連れて家を出ました。義母の余命宣告、アキラの離婚拒否により、離婚が難航している洋子。そんなある日、アキラが不倫が発覚! そこで洋子は、いちばんの理解者である友人の里江に電話をかけます。友人の里江に、夫の不倫の事実を話した洋子。「争うよりも解放されたい」と言う洋子に対し、里江は心強い言葉をかけてくれます。 一方、洋子が働く病院には義母が入院していましたが、余命宣告通りの事態に……。 不倫の事実を弁護士に相談するも… 友人の里江は、「制裁を与えてやらなきゃ」と洋子を奮い立たせます。しかし洋子は、「精神的につらすぎて……」と尻込み。 そんな洋子に対し、「話くらいいつでも聞くし、子どもたちを預けにきてゆっくりしても全然いいからね!」と、心強い言葉をかけてくれました。 その後洋子は、弁護士に夫の不倫のことを相談。しかし弁護士からは、「別居後にわかった不倫については、慰謝料請求ができる可能性は極めて低い」という返答でした。 「もっと早く動いていれば…」と後悔するものの、諦めるしかなかった洋子。 そんななか、洋子が働く病院に入院する義母の容体は日に日に悪化し、余命宣告が外れることなく、義母は亡くなってしまったのです。 別居前から続いていた不倫にも関わらず、別居後に判明すると慰謝料は取りにくいという、なんとも歯がゆい現実。そして、奇しくも洋子が働く病院で最高の治療と看護を受けて亡くなった義母。洋子はこのあと無事調停が進むのか、心配ですね。 著者:マンガ家・イラストレーター 川本もち
2022年11月28日10万円の使い道をめぐる夫婦ゲンカで、ついに我慢の限界を感じるさくらさん。反省するどころか開き直った夫に思わず……。さくらさんは、今までの不満が大爆発してしまいます。 「自分の立場わかってる!?」 反省するそぶりを見せるどころか、開き直る夫に、強い口調で責めても、目も合わさず響く様子がありません。さらには、散歩と言って家を出たきり……。「もう無理…」夫の自分勝手さに我慢の限界を感じた妻の決断 行き先を告げずに家を出ていったまま、夫からの連絡はありませんでした。 深夜にトイレで嗚咽をもらし、二日酔いで次の日も寝たきりで、寝室にこもる夫の情けない姿……。 「もう無理……私たち別居しよう」 何度も何度も考えては飲み込んでいた、さくらさんの本音がこぼれました。 旦那さんとの間に子どもが生まれて、幸せいっぱいだったはずのさくらさん。しかし、子育てが始まってから、現実は幸せとはほど遠い状況になってしまいました。ひとりで育児に奮闘するさくらさんをよそに、旦那さんはキャバクラやパチンコに通い、挙句には借金を作っていたのです。旦那さんには旦那さんなりに理由があるようですが、とうとう2人は別居することに……。 みなさんはお子さんが生まれてからの夫婦の関係に、変化はありましたか? 協力して家事子育てができている、これまでと関係は変わっていない、というご夫婦もいれば、さくらさんたち夫婦ほどでなくても相手に何かしら我慢している、あるいは家事育児の分担で衝突が増えた、などというご夫婦もいると思います。夫婦といえど他人なので、言わないとわからないことも多いのかもしれません。小さなことでも積もり積もると大きなストレスになってしまい兼ねないので、そうなる前に自分の気持ちを伝え合える関係でいることが、きっと大切なのでしょうね。さくらさんご夫婦も、別居が2人の関係を見つめ直す良いきっかけになるといいですね。 このお話は、ベビーカレンダーではこれで最終回となります。続編は、以下のリンクからお読みいただけますので、ぜひご覧ください! >>Comic Walker「今日から別居します」(外部サイト)著者:マンガ家・イラストレーター おかめ長男おまめ(2015.7月生まれ)と長女こまめ(2021.2月生まれ)の5歳差兄妹の育児漫画を描いています!
2022年11月25日彩花さん(仮名・34歳)は、ダイエットのためにランニングをすることに。ランニングチームに加入して早朝ランニングを始めますが、そこで出会った7歳下の健一郎さん(仮名)と不倫関係に陥ります。”走る”という名目で、早朝に彼の家に通い始めるようになりますが、ある日突然、終止符が打たれます。どういう事態に発展したのか、話を聞きました。ランニングチームは除名処分となって…「ランニングチームでは月に一度、定例会が設けられていて、みんなで一緒に走った後は、居酒屋での懇親会をするという流れがありました。あるときの定例会で、チームのリーダーから私と健一郎くんの関係が噂になっていると指摘されました。もしかしたら、私たちが一緒にいる姿を見たチームメイトがいたのかもしれません。そんな噂が立つのはいいことではなく、チームにとってもマイナスだと言われてしまいました。遠回しな言い方でしたが、チームから除名処分となってしまったのです」除名後も続く不倫関係「チームからは除名されましたが、私たちの関係は変わりません。週に1~2回は早朝の密会を続けていました。そして夏になり、早朝でもかなり蒸し暑い時期になりました。彼の家から10分走って自宅に帰るだけで、汗だくです。そんな私を見て、夫が感心するように“よく続くよなぁ!”と言ったことがありました。そして、“俺も走ろうかな。ランニングチームに入会しようかな”と。正直面倒くさいなと思いながら、その時は軽く受け流したんです」チームのホームページを見られて…「あるとき、夫が“これってお前の所属しているチームだろ?”とパソコンの画面を見ながら話しかけてきたんです。夫が見ていたのは、ランニングチームのホームページでした。“おかしいな、名前が見当たらないんだけど”と不思議そうに言います。ホームページにはメンバーの名前が載っているのですが、私は除名されてしまったので、当然名前はありません。まずいと思って、私は咄嗟に“偽名を使っているの”と嘘をつきました。“会社の人とかにバレると恥ずかしいから”と、我ながらうまい嘘をついてごまかせたとその時は思っていたのですが……」夫の尾行で不倫が発覚「その日も、いつものように早朝に健一郎くんの家に行きました。到着して5分ほど経ったころ、玄関のチャイムが鳴ったんです。こんな朝早くに誰が…と嫌な予感がしました。健一郎くんがドアを開けると、夫が立っていました。なんと、夫は自転車に乗って、私のあとをつけてきていたんです。きっと、前から怪しいと疑っていたのでしょう。とりあえず部屋に入ってもらいましたが、そこからは修羅場でした。“どういうつもりなんだ!”と健一郎くんに問い詰める夫と、泣いて謝る彼。私はその隣で放心状態です。その場がどうやって収まり、どうやって帰ったのかあんまり憶えていなくて、気が付いたら自宅のソファーの上に座っていました。その後、夫とは別居。関係修復を図ったのですが、ダメでしたね。結局、別居から1年後に離婚となりました」“早朝不倫に溺れた妻の告白”をご紹介しました。爽やかな朝に繰り広げられる修羅場。旦那さんとしては、妻がランニングに励んでいると思っていただけに、不倫を知った時のショックや怒りは相当なものだったはず。彩花さんも、夫に気づかれにくい早朝不倫を続けるうちに、だんだん気が緩んでいったのでしょう。しかし、夫と離婚するつもりがないのに、不倫をするのはあまりにも自分勝手な行為です。相手を深く傷つけるだけでなく、自分も大きな代償を払わなければなりません。後になって後悔した時には、もう手遅れなのです。©Oleg Breslavtsev/K-Angle/gettyimages文・塚田牧夫
2022年11月22日ザ・ドリフターズの仲本工事さん(享年81)が交通事故による急性硬膜下血腫で逝去して3週間。しかし、内縁の妻・三代純歌(54)のスキャンダルが後を絶たない。「仲本さんの告別式では、純歌さんと彼女の友人男性数人が遺体をスマホで執拗に撮影していたと複数の週刊誌が報じています。さらに、11月2日発売の『週刊文春』では仲本夫妻が経営するカラオケスナックの客だったという男性が、純歌さんと不貞関係にあったことを告発していました」(芸能関係者)いまだ止まない純歌への批判。そんななか、声を上げる人がいた。「純歌さんの一連の報道には正直、『ほら、やっぱり』って思ってしまいましたね……。純歌さんと結婚する前から仲本さんがパチンコをするなんて聞いたことはないですし、舞台の合間にパチンコに行くところも見たことがないので、夫婦の“パチンコYouTube”には驚きました」こう語るのは、仲本さんと25年来の知人である女性・Aさん。連日のようにスキャンダルが報じられる純歌に、憤りを隠せないという(以下、カッコ内はAさん)。■「デュエットCDを出したんだよ」仕事がきっかけで仲本さんと知り合ったというAさん。当時、勤めていた会社の社長が仲本さんと付き合いがあったことから、Aさんも親交を深めることに。「東京出張の際に、渋谷・センター街にあった仲本さんの居酒屋『名なし』に連れて行ってもらったのが最初でした。そうしたら、あるとき仲本さんから仕事のお誘いで私に電話があったんです。それ以降、出張のたびに会社の社長と一緒に仲本さんの楽屋を訪問したり、知り合いを連れて個人的に訪問したりするようになりました。ですから、楽屋などにはたびたびうかがわせていただいていたんです。また仲本さんが1カ月ほど大阪で舞台出演されたこともあったのですが、そのときには上演期間中にお食事に行ったり、オフの日に水族館に行ってみたり。そんなふうに、気楽な感じで交流を続けていました」Aさんによると、当時の仲本さんは結婚2度目の時期だったという。仲本さんは’91年に一般女性と再婚。1男2女の父となったが、’04年に離婚している。「その頃はお子さんたちもまだ小さかったので、仲本さんはお子さんから電話があると、いつも『あれ攻略できたのか?』などとゲームの話を長々と楽しそうに話していましたよ。離婚してしまったので夫婦のことはわかりませんけど、お子さんのことはいつも気にはかけていましたね」そんなAさんが純歌の存在を知ったのは、仲本さんから「デュエットCDを出したんだよ」と連絡をもらったことだった。それからしばらくたった2012年、2人の結婚報道が浮上。Aさんはお祝いの言葉を伝えるべく、仲本さんに会いに行ったという。「たまたま大阪で仲本さんの舞台公演があったんですよ。私は仲本さんのことを“社長”と呼んでしまうんですけど、『社長、来てるのね』と思って。ささやかな結婚祝いと差し入れのお菓子を買って、楽屋を訪れたんです」■「扉を開けるやいなや純歌さんのものすごい圧を感じて……」ところが、純歌の態度に圧倒されてしまったようで……。Aさんは純歌との初対面をこう振り返る。「いままでも連絡せず楽屋に行くことがありました。なのでその時も直接、楽屋に行ったんです。当時の仲本さんは舞台出演が多かったんですね。いつもと同じように気楽な感じで楽屋に行ったんですが、扉を開けるやいなや純歌さんのものすごい圧を感じて……。空気感が全然違いましたね。それまでは本当に気楽だったのに、純歌さんがもの凄い形相で構えた感じで座られていて、私を見て『誰?』みたいなするどい視線を感じました。あの居づらさといったら、『いままでと違う』という雰囲気でしたね……」衣装のような服装にメイクもバッチリだったという純歌。Aさんはこう続ける。「仲本さんも純歌さんに気を使っているのか、少しよそよそしかったですね。でも仕事関係の共通の話題で、『あの人こうなんだってね』『どうしてるのかな』などと話しをしました。その後に『この度はご結婚おめでとうございます』と追ってお祝いを渡したら、純歌さんも少し警戒心が解けたのかあいさつ程度の会話をしました。普段だったら舞台も見て帰るんですけど、そのときは純歌さんに圧倒されてそのまま帰ってしまいました」■「あとはね、なるようにしかならないよ」そうした騒動もあり、しばらくは疎遠になっていたというAさん。しかし今年5月に本誌が報じた夫妻の別居を知って、「さすがに、どういうこと?」と心配になって連絡をとることに。仲本さんと電話で10分ほど話したという。「10年ぶりだったんで、たわいもない話しかしませんでした。『奥さんが』『報道を見て』とか言うのは悪いと思ったので、『社長、大丈夫?』って聞いたんです。すると、『うん、仕事は順調なんだけどね……。あとはね、なるようにしかならないよ……』って言ったんです。それが最後の言葉でしたね。声は『なんか諦めてるのかな?』という感じで、決して幸せそうな声ではなかったですね。まさかこんなことになるとは……」純歌が横浜にカレー店を開き、別居生活を送ることとなった仲本さん。本誌の取材に「俺、毎日そっちに行ってるんだから」と、都内から横浜に通っていることを明かしていた。不運なことに、仲本さんが交通事故に遭った場所は純歌の店からわずか100mと目と鼻の先だったという。最後にAさんは、純歌に向けてこうメッセージを送る。「優しかった仲本さんが今回、このようなかたちで亡くなられたことは残念でたまりません。純歌さんに言いたいのは、仲本さんはあなたの旦那さんである前に日本の宝だった。そんな人をぞんざいに扱っていたのであれば、私はあなたを絶対に許さない。最後に、仲本工事さんのご冥福をお祈りします」波紋が広がり続ける妻を、天国の仲本さんはどのように見ているだろうか。
2022年11月12日幸せな生活を夢見て、不倫相手と結婚した玲奈さん(仮名)。しかし結婚して早々、夫にマザコン疑惑が浮上します。不倫の末に地獄のような結婚生活を経験した玲奈さんのエピソードを、メンタル心理カウンセラーの並木まきがご紹介します。「俺は母さんが好き」と開き直る夫「新婚なのに、夜の生活以外は夫からまったく相手にしてもらえないことに、私はどんどん不満を募らせていきました。それで、夫に『お義母さんが大事なのもわかるけれど、私との時間も大事にしてほしい』と話をしたんです。ところが夫から返ってきた返事は、私の想像を絶するものでした…」不満を口にする妻に対し、夫は「でも俺は君よりも母さんが好き」「せっかく離婚して再婚したのに、前の奥さんみたいなことを言わないでくれ」と、ただ反論をするだけで玲奈さんの話をまったく聞こうとしません。話していくうちに、前妻もそんな夫に愛想を尽かしたから、夫から離婚の申し出があったときもすぐに了承したということがわかったようです。現在は別居中。夫は義母と仲良く暮らしているが…「それで結局、結婚半年で夫と別居をし、再び一人暮らしを始めました。夫は今、義母と一緒に暮らしています。しかも義母も義母で、息子である夫にべったりなんですよ。前の奥様が、夫が離婚を申し出てからすぐに離婚したのも納得です。何度となく夫婦間で話し合いを進めましたが、夫は『君より母さんのほうが大事』と言うだけで、話にならなくて。新婚なのに、ふたりで出かけたこともほとんどないし、新婚らしいことも何ひとつありませんでしたね。“略奪婚は幸せになれない”って聞きますけど、本当だなって痛感しました。あの頃に戻れるなら、絶対に略奪なんて計画しません。相手のことをよく知らないうちに、“好き”という感情だけで突っ走ってしまったことを深く後悔しています」玲奈さんは、今後は離婚に向けての話し合いを進めるつもりだと話します。わずか半年で別居へと進んだ結婚生活に、後悔しかないのも無理はないでしょう。「いつ離婚が成立するのかわからないけれど、とにかく早く離婚したいです。生活費ももらっていないし、ただ籍が入っているだけの状態が続いています。夫とは顔を合わせない日々が続き、なんでこんな結婚を選んでしまったのかと、自分のことを馬鹿だとしか思えません。戻れるなら、1年前に戻って結婚なんて選ばなければよかったです」略奪婚ではなくても、マザコン男性を見抜くのは難しいケースもあるでしょう。しかし不倫は“限られた逢瀬”で見る相手の姿しか知り得ないことも多く、普通なら気づくような欠点を見逃しやすいのかもしれませんね。©seb_ra/recep-bg/gettyimages文・並木まき
2022年11月08日不倫の末に略奪婚をしても、幸せになれる可能性は限りなく低いでしょう。さらに、不倫という限られた時間しか相手を見ることができない環境下では、とんでもない欠点を見逃したうえで結婚に至ってしまうリスクも上がるよう。2年間の不倫の末に結婚へと至った玲奈さん(仮名)が経験したすさまじいエピソードを、メンタル心理カウンセラーの並木まきがご紹介します。職場の先輩と2年間の不倫…「結婚したい」と言うと彼はすぐに前妻と離婚玲奈さんが不倫を始めたのは32歳のとき。相手は6歳年上の職場の先輩だったそう。最初の頃は結婚願望がなかった玲奈さんでしたが、次第に「この人と結婚したい」と略奪婚を夢見るようになったのだとか。「34歳になって周囲の友人がほとんど結婚した頃には、もう独身は嫌だ!という心境になっていました。それで、彼に『今の奥様とは離婚して、私と結婚してほしい』という話をしたんです。ダメ元での提案でしたが、なんと彼はすぐにOKしてくれて…。しかも、言葉だけではなくそれから数日後には奥様に離婚を切り出し、翌月には彼が自宅を出てアパートに一人暮らしをする形で、別居までしてくれたんです」まさか、そんなにすんなりと略奪婚計画が進むとは思っていなかったと話す玲奈さん。「これはもう運命だ。奥様には申し訳ないけれど、私が彼を必ず幸せにする」と心の中で決意をしたと振り返ります。そして彼の離婚は、別居から4か月後に成立。玲奈さんはその2か月後に、不倫相手と結婚しました。幸せだと思えたのは一瞬だけ。夫は毎日のように義実家で食事を済ませる日々「大好きな彼が奥様ではなく、私を選んでくれたということが当時はとにかく誇らしくて。とんとん拍子に結婚まで進んだのも、運命だと信じて疑いませんでした。結婚前に、彼のお母さんに会いに行ったときにも『前の奥さんより可愛くていい子でよかったわ』と言われたので、そのときの私は前妻に勝ったような気持ちにすらなっていました」結婚後は、一人暮らしの義母が暮らす家の近くにマンションを借りて生活をスタート。しかし玲奈さんが幸せを感じたのは一瞬で、夫と一緒に暮らし始めて1週間後には異変を感じはじめたそうです。「夫が仕事帰りにまっすぐうちに帰らず、義母の家に寄ってから戻ってくるんです。私は新婚なので夫と食事をしたいのに、夫は義母の家で食事もお風呂も済ませて“寝るだけ”の状態で帰宅するだけ。当時は新婚だったせいで夫から夜の求めも多かったので、まるで“セックスをする”ために夫を待つような生活になっていました」夫と義母の関係に違和感を覚えても、「母親思いなのかな」「前妻と義母との関係が悪かったから、今は自由に会えるのがうれしいのかな」と夫を気遣い、じっと我慢を重ねた玲奈さん。しかし、このような違和感を抱えたままの結婚生活は上手くいかないことが多く、略奪婚後に別れてしまう夫婦が一定数いるのも現実のようです。©Yuichiro Chino/Tom Merton/gettyimages文・並木まき
2022年11月08日交通事故による急性硬膜下血腫でザ・ドリフターズの仲本工事さん(享年81)が逝去して2週間。いまも偲ぶ声が多く寄せられているが、仲本さんの内縁の妻である三代純歌(54)のスキャンダルが相次いでいる。仲本さんが亡くなった翌日の10月20日、本誌は都内の斎場を抜け出しスタッフたちと焼き肉店に向かう純歌の姿を目撃。「それにしても疲れたね」と焼き肉を食べながら労をねぎらう純歌だったが、「いつもそうだよ、(事務所トップの)意地悪で邪魔されて」と仲本さんの所属事務所への不満を口にする一幕も。亡くなった仲本さんについては「ばかだよね、ドジだよね。本当に困るし、寂しいよ」と惜しんでいたが、戒名料の一部を山分けしようとする会話もしていた。本誌が“焼き肉密談”について純歌に取材を申し込むと、「取材は受けていない」と話していたが、焼き肉店での会話についてだと伝えると答え始めたのだった。事務所への不満を漏らしていたことについて聞くと、「そりゃいろいろありますよ。でも和解しながら言っているので。(事務所も)一生懸命やってくれましたから」と回答。また、戒名料の件に関しては、「事務所のほうから渡した金額の範囲でやってもらっていいですか、と頼まれました。(お金をごまかすことは)ないですよ」と答えていた。■数々のスキャンダルに自ら反論するも悪びれる様子はナシ本誌は今年5月、純歌が横浜にカレー店を開いたため夫婦が別居したことを報じた。さらに仲本さんが交通事故に遭う5日前には、『週刊新潮』が“妻に置き去りにされた仲本さんがペットたちとゴミ屋敷で暮らしている”と報じた。しかし、純歌は10月27日に発売された『週刊文春』の取材に90分にわたって答え、別居した先の横浜には仲本さんも連日来ていたなどと、それまでの報道に反論。「純歌さんは友人限定のFacebookでも《嘘の記事が多すぎるマスコミ》などと主張していますが、文春に答えた内容は言い訳ばかりで、ゴミ屋敷の件についても仲本さんの責任のように語っています」(スポーツ紙記者)そうしたなか、“故人への冒涜”ともとれる行動が明るみになる。10月23日に行われた告別式では、最後の別れの場である出棺の直前に、純歌と彼女の友人男性数人が仲本さんの遺体をスマホで執拗に撮り始めたのだ。本誌は11月8日号で、参列していた故・いかりや長介さん(享年72)の長女や、高木ブー(89)の長女、そして加藤茶(79)の妻・綾菜(34)らが激怒したことを報じている。高木の娘が「やめて!仲本さんをそんな風に撮らないで!ご遺体は目に焼き付けるものでしょう!」と制止するも、純歌の友人の一人は「なんでダメなんだよ!」と言い返したという。参列者の一人は本誌の取材に、「制止にも応じず故人を撮影し続ける純歌さんたちに対し、いかりやさんの娘さんも声を荒らげていました。綾菜さんも泣き崩れて、高木さんの娘さんと3人で、肩に手を回して抱き合い、支え合っているような感じでした」と証言していた。静かに仲本さんを送るはずの場を、険悪なムードに変えた純歌。本誌の取材に「親族なら撮っていいけど、それ以外の人が撮るのはいけないんじゃないかとは言われましたが、私が注意されたわけではありません」と、“あくまでも注意されたのは友人たち”と主張した。■“愛人報道”に「私を陥れようとする人がいる」と主張そうした非常識な言動にネット上でも《ご遺体を撮るなんてあり得ない》《ただただ仲本さんがお気の毒》と批判の声が上がるなか、さらなる醜聞が。純歌と不貞関係にあったという男性が『週刊文春』に告発したのだった。「記事では、純歌さんが営むカラオケスナックの客だったA氏が、純歌さんから誘われたことを機に肉体関係を持ったと証言しています。初めのうちはホテルで会っていたようですが、純歌さんが店から近い場所に借りたマンションで逢瀬を重ねるようになったといいます。ところがA氏だけでなく、純歌さんは客やスタッフのなかから次々と違う男性を誘っていたというのです。純歌さんは文春の取材に、仲本さん以外の男性と肉体関係を持ったことを否定しています」(週刊誌記者)2日に公開された『スポニチアネックス』の記事では、純歌が“愛人報道”を改めて否定。「店には私目当てで来るお客さんや、誘ってくる人もいた。断った人もいる。ふられた腹いせで私を陥れようとしているのではないかと思う」と語っている。また、「ほとんどの人は私が原因で仲本が死んだと言う」とも話しており、「私が呼び出したから(事故現場の横浜に)来ていたわけではない。麻雀が趣味だったので仲本が来る形にはなってしまっていて、反省はしている」と述べたという。「東スポWEBでは、純歌さんは『思ったことが素直に行動に出るタイプ』と報じています。そのような性格は本人も自覚しているといい、周囲には“敵”も多いようです。とはいえ、仲本さんは都内から横浜まで、毎日のように献身的に通っていたと聞いています。仲本さんの仲間や知人たちは、高齢の夫をもっとサポートしてあげて欲しいと思っていたのではないでしょうか」(芸能関係者)数々のスキャンダルが報じられても動じることなく反論する“強心臓”の純歌。仲本さんのためにも、これ以上出てこないことを祈るばかりだが……。
2022年11月04日ザ・ドリフターズの仲本工事さん(享年81)が交通事故で逝去してからまもなく2週間。今も悲しみの声が多く寄せられるなか、“身内”による故人への行為が判明し物議を醸している。10月23日に都内の斎場で行われた告別式でのこと。本誌11月15日号では、仲本さんの妻・三代純歌(54)と彼女の友人男性数人が、出棺の直前に遺体をスマホで執拗に撮り始めたことを報じた。「お別れのとき、棺には仲本さんが大好きだったカフェオレやメロンミルクなどが入れられました。そして、いよいよ棺を閉めるというときです。純歌さんと彼女の友人らが、カシャカシャといろんなアングルから仲本さんの顔をスマホで撮りだしたのです。動画も撮っていました」(告別式の参列者)そのような行動に、高木ブー(89)の娘が「やめて!仲本さんをそんな風に撮らないで!ご遺体は目に焼き付けるものでしょう!」と制止。しかし純歌たちは動じることもなく、「なんでダメなんだよ!」と友人の一人は反発したのだった。前出の参列者は、こう続ける。「制止にも応じず故人を撮影し続ける純歌さんたちに対し、いかりや長さん(享年72)の娘さんも声を荒らげていました。加藤綾菜さん(34)も泣き崩れて、高木さんの娘さんと3人で、肩に手を回して抱き合い、支え合っているような感じでした」仲本さんにとって純歌は3人目の妻。12年に結婚を発表し、同年7月に都内ホテルでドリフターズの仲間ら約300人を招いて盛大な披露宴を行った。しかし純歌に対して、高木や加藤茶(79)は不信感を抱いていたようだ。「仲本さんの死後、純歌さんとは籍を入れておらず事実婚だったことが報じられました。しかし加藤さんや高木さんも含めたドリフの関係者たちは、その事実を知らなかったそうです。“10年前に、盛大に行ったあの結婚式はなんだったんだ”と、加藤さんらは純歌さんに不信感を抱いたそうです。加藤さんは、仲本さんが純歌さんに振り回され続けていることも心配していました。仲本さんが事故に遭った後、病院の待合室の廊下で加藤さんは純歌さんに『仲本がこんなことになったのは、あんたのせいだからな!』とまで言っていました」(テレビ局関係者)告別式で仲本さんの顔を撮影していたことについて、本誌の取材に応じた純歌は「親族なら撮っていいけど、それ以外の人が撮るのはいけないんじゃないかとは言われましたが、私が注意されたわけではありません」と否定しなかった。■生前報じられた“ゴミ屋敷に置き去り”の真相本誌11月8日号では、純歌が仲本さんの逝去翌日にはスタッフたちと斎場を抜け出し、焼き肉店で「いつもそうだよ、(事務所トップの)意地悪で邪魔されて」と仲本さんの所属事務所に不満を漏らしていたことも報じている。さらに戒名料の一部を山分けしようとする“密談”をしていた。夫婦間の不穏な空気は仲本さんが亡くなる前から漂っていた。10月13日発売の「週刊新潮」では、純歌が仲本さんを“ゴミ屋敷に置き去りにした”と報じたが、仲本さんの知人・X氏は本誌にこう証言していた。「これまでの報道では、純歌さんが出て行ってから“ゴミ屋敷化した”となっていますが、真相は違います。前に住んでいたマンションも純歌さんが掃除を一切しないため、やはりゴミが散乱していました。そのため引っ越しせざるを得なくなり、スナックの2階に移ってからも散らかり放題だったのです」その後、純歌が横浜でカレー店を始めたことで別居婚となったが、それでも毎日のように都内から妻のもとに通っていたという仲本さん。事故現場も純歌の店から約100mという目と鼻の先だった。最後まで寄り添い続けた亡き夫に対する仕打ちに、ネット上では「理解できない」と愕然とする声が相次いでいる。《ご遺体を撮ることは私はしませんが友人が撮るならなおさら理解できません。非常識だと思います》《高齢の仲本さんとの別居婚もいくら夫婦間の問題とは言え負担だったのではと不憫に感じていたけれども葬儀の場でご遺体の写真や動画の撮影は理解に苦しむ。撮影した写真や動画はいったいどうするつもりなんだ? 周囲の参列者が撮影をやめさせようとした気持ちが痛いほど分かる》《「それ以外の人が撮るのはいけないんじゃないかとは言われましたが」っていうぐらいだから噂では無く事実なのか… 自分は理解できないが、最大限譲って家族ならとは思うが妻の友人なんてどんな神経してたらこういうことができるのだろうか…》
2022年10月31日「もういいかげんにして。仲本さんがかわいそうじゃない……」それまですすり泣きが聞こえていた斎場の空気は一変した。急逝した仲本工事さん(享年81)との最後の別れの場で、出棺の直前、仲本さんの妻・三代純歌(54)と彼女の友人男性数人が、遺体をスマホで執拗に撮り始めたのだ。故人を冒涜するような行為に、参列していた故・いかりや長介さん(享年72)の長女や、高木ブー(89)の長女、そして加藤茶(79)の妻・綾菜(34)らが激怒。静かに仲本さんを送るはずの場に、険悪な空気が立ち込めた――。交通事故で亡くなったザ・ドリフターズの仲本工事さんの告別式が、10月23日に都内の斎場で行われた。「荼毘に付された後、仲本さんの遺骨は、自宅でもあるスナックに祭壇が作られ安置されたそうです」(スポーツ紙記者)事故の前後から、夫婦の別居生活や“自宅がゴミ屋敷”といった報道が続き、仲本さんの内縁の妻・純歌が注目を集めている。本誌も、逝去翌日に彼女が焼き肉店で仲本さんの所属事務所への不満や、戒名料の一部を着服しようとする会話を交わしていたことを伝えた。一方で純歌は10月27日に発売された『週刊文春』の取材に90分にわたって答え、別居した先の横浜には仲本さんも連日来ていたなどと、それまでの報道に反論した。「純歌さんは友人限定のFacebookでも《嘘の記事が多すぎるマスコミ》などと主張していますが、文春に答えた内容は言い訳ばかりで、ゴミ屋敷の件についても仲本さんの責任のように語っています。故人に対する思いやりは感じられません」(前出・スポーツ紙記者)告別式の参列者が振り返る。■「なんでダメなんだよ!」内縁妻の友人がまさかの反論「お別れのとき、棺には仲本さんが大好きだったカフェオレやメロンミルクなどが入れられました。そして、いよいよ棺を閉めるというときです。純歌さんと彼女の友人らが、カシャカシャといろんなアングルから仲本さんの顔をスマホで撮りだしたのです。動画も撮っていました」まず高木の娘が声を上げた。「やめて!仲本さんをそんな風に撮らないで!ご遺体は目に焼き付けるものでしょう!」それでも純歌たちは動じず、友人の一人は言い返した。「なんでダメなんだよ!」前出の参列者が続ける。「制止にも応じず故人を撮影し続ける純歌さんたちに対し、いかりやさんの娘さんも声を荒らげていました。加藤綾菜さんも泣き崩れて、高木さんの娘さんと3人で、肩に手を回して抱き合い、支え合っているような感じでした」そんな純歌に対して、加藤と高木も怒りを露わにしているという。ドリフと長年、仕事をしてきたテレビ局関係者が語る。「仲本さんが亡くなる前の週に『週刊新潮』が、夫婦が未入籍だったと伝えました。しかし加藤さんや高木さんも含めたドリフの関係者たちは、その事実を知らなかったそうです。“10年前に、盛大に行ったあの結婚式はなんだったんだ”と、加藤さんらは純歌さんに不信感を抱いたそうです。加藤さんは、仲本さんが純歌さんに振り回され続けていることも心配していました。仲本さんが事故に遭った後、病院の待合室の廊下で加藤さんは純歌さんに『仲本がこんなことになったのは、あんたのせいだからな!』とまで言っていました」“盛大な結婚式”は、12年に都内のホテルで行われた。ドリフのメンバーも出席したが、志村けんさん(享年70)は仕事の都合で欠席。ビデオレターを送ったのだが、純歌は不満を漏らしていたという。■内縁妻は「私が注意されたわけではない」「彼女は“マネージャーは来ているのに、なぜ志村さんは来ないの!”と怒り、関係者を困らせていました」(前出・テレビ局関係者)周囲が眉を顰めるさまざまな言動を受け止め、籍も入れないまま純歌と寄り添い続けた仲本さん。古くからの仲本さんの知人は、「これまでのすべての奥さんに対して本当に優しかった。そういう方なんです」と語る。「最初の奥さんが’82年に亡くなったときの話を、しばしば切なそうに語っていました。渋滞の車内で容体が急変した奥さんを見て、仲本さんは車を降りて周囲に“どいてくれ!妻が危ないんだ!”と叫び、道を空けてもらったそうです。最後は仲本さんが奥さんを抱きかかえながら自ら病院に運んだのですが、間に合わなかったと」2番目の妻に関しては離婚の際に慰謝料としてほぼ全財産を差し出したが、別れた後も“子供がとにかくかわいくてね。だから結婚してよかったと思っている”と話していたという。こうしたエピソードからは仲本さんの人間性が伝わってくるが、“3番目の妻”はどのように受け止めているのか。本誌は純歌に連絡を取った。――告別式のときに、仲本さんの顔を撮影して注意されたと聞きましたが?「親族なら撮っていいけど、それ以外の人が撮るのはいけないんじゃないかとは言われましたが、私が注意されたわけではありません」注意されたのは友人たちであると主張し、電話は切れた。「四十九日を済ませた後は、仲本さんが生前“いちばん会いたい、一人っ子として僕にすべてをささげて育ててくれた人”とよく言っていたお母さんのお墓に入ると聞いています」(前出・知人)仲本が晩年すべてをささげた純歌は、母とともに眠りたいという“遺言”をかなえてくれるのか。
2022年10月31日家を購入するとなったとき、夫の両親との同居を検討する人も多いのではないでしょうか。ただでさえ、気をつかう義両親との生活。一家の大黒柱となる夫にはしっかりとして欲しいものです。しかし、私の夫はいざ同居が始まると、実家気分で義両親に甘えてしまっていました。今回は、そんな困った私の夫についてお話しします。★関連記事:「女がやって当然!」自分が一番の夫と意見が合わないときの私の対応は…【体験談】これだとまるで私が居候みたい!同居をする上で決めたルール夫の両親との同居が決まったのは、2人目の子どもが生まれるタイミングでした。同居の話を持ち掛けられたとき、私は反対でした。その気持ちを正直に夫にも話しましたが、「俺は長男だし、ゆくゆくは親の面倒を見ていくつもりだから」 と最もらしい理由をつけて譲りません。何回話し合いをしても、意見は平行状態のまま。どうしても話がまとまらないので、最終的にはある程度ルールを決めてそれが守れるならと私が折れる形で義両親との同居が決まりました。同居に反対だった理由はいくつかありましたが、1番の理由はそもそも夫に「1人暮らしの経験がなかったこと」 です。夫は1人で生活した経験がないためか、結婚後も積極的には家事をしていませんでした。それなりには手伝ってくれてはいたのですが、同居することで両親がいるという環境に甘え、今までしてくれていたことを何もしなくなってしまうんじゃないかというのが心配だったんです。そんな夫に、「同居とはいえ、家主はあなたになるのだから、独身のときのように両親に頼りきりになってほしくない。2人の子どもの親にもなるんだから、もう少ししっかりとしてほしい」と伝えました。さらに、なんでも両親に頼まずに自分のことはなるべく自分ですること、家事や育児など分担できることはできるだけ協力することを約束し、私たちの同居生活はスタートしました。順調に見えたがフタを開けてみると…同居開始当初は夫もルールを守り、ごみ捨てなども率先してやってくれて、トラブルなく生活ができていました。私も「あれほど心配していたけれど、夫もルールを守ってくれているし、やればできるんだな」と夫に感心していたのもつかの間。だんだんと夫の本性が出始めてきたのです。あれほど口酸っぱく約束したルールも喉元過ぎればなんとやら……。次第にルールを守らなくなり、義両親のやさしさに甘えきる姿が目立つようになりました!「あれ取って」 「これやって」 「なんか食べたい」 など自分で動けばできるようなちょっとしたことも義両親にお願いし、自分はスマホをいじってゴロゴロ。甘えきって自立できていない夫を見るとイライラが止まらず……。「それぐらい自分でやれば?」 と、つい義両親の前で強く言ってしまうこともあります。これでは夫は実家にいたときと何も変わらず、だんだんと「私が夫の実家に居候しているみたいで嫌だ……居心地が悪すぎる。そもそも、最初に交わした約束は何だったんだろう?」 と不信感と不満が募るようになりました。この先のことを考えると夫が義両親に甘えるのは3人目の子どもが生まれても相変わらずで、「子どもとアパートを借りて別居をしたほうがマシ……夫が義両親から離れられないなら、そもそも離婚したほうがいいかも」 などと、別居や離婚までを考えてしまうほど、嫌気がさしていました。実際に我慢の限界が来たときには、「同居する前に約束したよね? 何で、自分でできないの?」「家主として、父親としての自覚はあるの? いつまでも親に甘えないで!」 と訴えたりもしました。相当我慢していたことが伝わったのか、そのときばかりは夫も反省。きちんと謝罪もしてくれて、翌日から約束を守ってくれるよう努力していました。ただし、それが続くのはほんの数日だけ。時間がたてばまた同じような状況に戻り、また私に我慢の限界がきての繰り返し……。今はまだ義両親も元気ですが、いざ介護が必要となったとき、夫を頼れる気がしません。そして、いつかは義両親とも別れのときが来ることも避けられない事実です。まだ義両親から自立しきっていない夫を見ると、実際に義両親が亡くなったときに果たして夫は一家の主として、そもそも父親としてしっかりとしてくれるのか……。そんな姿もまったく想像が付かず今から不安です。これからも夫に「しっかりして!」 と言い続けるしかないのかなと思うと、正直うんざりしてしまいます。まとめもっと強く同居に反対していれば、もっときちんとしたルールを決めておけばよかった、と後悔する部分が多々あるのも事実です。しかし、義両親には助けられている面もたくさんあるので、100%同居が失敗だったとは思っていません。これからは、まず夫のかじ取りのじょうずな方法を見つけていくところから歩み寄っていこうかなと思っています。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。著者/すずき恵子(35)読書とアニメ好きな1児の母。娘の好きなアニメのキャラクターになりきって、ごっこ遊びをするのが毎日の日課。リアルな体験談はもちろん、多数のジャンルで執筆しています。
2022年10月30日「明菜さんの、長年の休業からの再始動宣言に世間の期待は高まるばかり。ただ今後の具体的な活動は発表されていません。彼女は新たな個人事務所を設立しましたが、元恋人といわれる前事務所の代表が、ファンクラブなどの権利の譲渡に応じておらず、活動を“妨害”しているような状態だというのです」(音楽関係者)先行き不安な中森明菜(57)の今後。明菜を始めとして、小泉今日子(56)、早見優(56)、松本伊代(57)、堀ちえみ(55)ら、“花の82年組”の面々は、今年デビュー40周年の記念すべき年だ。彼女たちの最新の動向は――。9月に同期の小泉今日子の出演舞台を観劇していたのは、“82年組”の三田寛子(56)。舞台の感想を《とても尊敬するし刺激になりパワーを頂いてきました!》とSNSに投稿していたのだが、“パワー”が必要な理由があって……。「昨年末に夫で歌舞伎役者の中村芝翫さん(57)の3度目の不倫が発覚。8月に別居報道も出ました。三田さんは、別居について隣家の工事の騒音がすごいから夫が出て行ったと話しつつ、《主人が今の生活がいいというのであれば》とも話しています」(スポーツ紙記者)ある歌舞伎関係者によると、「三田さんの気持ちは、完全に“夫離れ”していますね。いまの彼女の生きがいは歌舞伎役者である3人の息子。歌舞伎座の主役を務めるまでに成長した彼らのため、今年8月も毎日、歌舞伎座の玄関前に立って挨拶をしていましたよ。不倫報道でミソがついたことで芝翫さんの収入が減っていることもあって、三田さんは個人の仕事も率先してやり始めています。『ひるおび』(TBS系)のコメンテーターのほか、ラジオ番組のレギュラーも始めました。今後は長くやっていなかった女優業を再開することも考えているようです」夫離れする三田の一方で、逆に現在夫の体調ケアに心を砕いているのが、石川秀美(56)だ。「’90年に同期でシブがき隊の薬丸裕英さん(56)と結婚した彼女は、同時にスパッと引退。家庭に入って5人の子育ては大変だったんじゃないでしょうか」(城下さん)去年は、初孫も生まれている。「一時期は7年間ほど、秀美さんはハワイで生活し、薬丸さんが日本から定期的に通うという夫婦生活を送っていたそうですが、この数年は秀美さんも、日本を拠点にして生活しているようですよ」(前出・スポーツ紙記者)そんななか、コロナ禍で夫の体調に異変が……。「昨年9月に薬丸さんは帯状疱疹を発症。医療機関を受診し、ほどなくして完治したようですが、帯状疱疹といえば同期の中森明菜さんが長年苦しんでいた病いです。秀美さんもそのことが頭をよぎったのではないでしょうか。薬丸さんは、今年の7月にも、腹部の激痛を訴え、胃アニサキス症だと診断されて、出演している朝の情報番組を休んでもいます。帯状疱疹は過労やストレスがたまると発症しやすいといわれますし、今後、同じように体調を崩すことがないか秀美さんが心配していて、食事面でサポートしているようですよ」(テレビ局関係者)10代後半だった彼女たちも50代後半に。40周年のその先も、まだまだ“花”を咲かせてほしいーー。
2022年10月28日明美さん(仮名・33歳)は、夫の敏則さん(仮名)のスマホを覗き、LINEのやり取りから不倫を発見。相手は、カズミン(仮名)という女性だったそう。しばらくLINEを覗き続けたところ、不倫相手からの「遺伝子が欲しい」というメッセージなどを見て、危ない女性なのではないかと思うようになりました。その後、明美さんはどんな結末を迎えたのか、紹介します。カズミンとのLINE「夫のLINEを覗き続け、2週間ほど経ったころです。私はある行動に出ました。夫のスマホから、カズミンにメッセージを送ってみたんです。“起きてる?”とまず送ると、すぐに“起きてるよ”と返信がありました。“何してるの?”など他愛ない会話をしたあと、私は正体を明かすことにしました。“信じられないかもしれないけど、私は敏則の妻です”と送ってみたんですね。すると、少し間が空きましたが、カズミンから返信が…。“信じますよ”とあっさりと受け入れられました」「愛している人はほかにもいる」と言われ…「“初めまして”と挨拶をされました。冷静な対応に、逆に神経を疑いましたね。そこから私は、自分のスマホで直接LINEのやり取りをしました。夫とはやはり、カズミンの勤めていたお店で知り合ったそう。今は体調を崩して仕事を辞め、何もしていない状態だと言っていました。夫のことを尋ねると、“愛している”と言うんですね。でも、やり取りを続けているうちに、カズミンが不思議なことを言い始めました。“愛している人はほかにもいる”と言ってきたのです」逆ギレする夫「カズミンは、何人かと同時に交際していて、夫の敏則はそのなかのひとりだと。それは、夫も承知してくれていると言うのです。実際、いまカズミンはほかの男性と一緒に暮らしているとのことでした。でも、その人がもうすぐ出ていくらしく、“よかったら3人で暮らしませんか?”と言ってきたのです。あまりにぶっ飛んだ発言に、カズミンがどんな女性なのか、実態がまったくつかめなくなりました。翌朝、夫にすべてを伝えました。もちろん、夫は激怒です。“なに勝手なことしてるんだ”と逆ギレですよね。私は、カズミンとはどういう関係なのかと、面と向かって夫に尋ねました。すると、“愛している”と言われました」別居をすることになり…「この件で、理解できないことがあまりに多く、ひとりでは抱え込めなくなり、友人に相談してみました。友人曰く、“カズミンはポリアモリーなのではないか”とのことでした。実際のところ、どうなのかはわかりませんが、私には理解できない領域です。夫も完全にカズミンに夢中な様子で、まともな話し合いができないため、いったん距離を置くために別居をすることにしました。その後も夫とは連絡を取っていましたが、カズミンを愛しているという姿勢は変わりませんでした。ただ、カズミンにとって夫は、多くの男性のなかのひとりという状況は変わっていませんでした。このままでは私もおかしくなってしまうと思い、別居から半年後、離婚を申し出て、夫とは別れることにしました。離婚後、半年ぐらいは夫とも連絡を取り合っていて、カズミンとの関係は続いているようでしたが、その後どうなったかはわかりません」“夫のLINEを覗いて不倫を発見した女性”の告白をご紹介しました。旦那さんがハマってしまったのは、複数の男性と恋愛をする女性だったようです。そうなると、結婚の概念などが通じにくかったのかもしれません。しかし、結婚をしている限り、妻以外の女性と関係を持つことは許されません。明美さんの場合、もっと状況が複雑化する前に、夫と別れて正解だったのかもしれませんね。©Oleg Breslavtsev/somethingway/gettyimages文・塚田牧夫
2022年10月25日仲本工事さん(享年81)急逝の翌日の10月20日、遺体が運び込まれた都内の斎場に、仲本さんの妻で演歌歌手の三代純歌(54)の姿はあった。弔問客の応接が落ち着いた彼女が斎場を抜け出しスタッフたちと向かったのは、近くの焼き肉店だった。「それにしても疲れたね」焼き肉を食べながら労をねぎらう純歌だったが、仲本さんの所属事務所への不満を口にした。「いつもそうだよ、(事務所トップの)意地悪で邪魔されて」亡くなった仲本さんについては、「ばかだよね、ドジだよね。本当に困るし、寂しいよ」と語ったが、会話は故人を悼むものだけではなかった。純歌はやや声量を落としながら、戒名料に関して話し始めた。「向こうが言ってきたの。60万渡すから自分が取ろうが相手に渡そうが自由にしてください。領収書さえくれれば。で、●●さんに正直なのを言おうと思うのね。いくら?と聞いたら、“じゃあ半々にする?”って言うと思うんだよね」詳細は判然としないが、預かっている戒名料の一部を自分たちのものにしようという相談だったようだ。一世を風靡した『8時だョ!全員集合』(TBS系)など、ザ・ドリフターズのメンバーとして日本全国に笑いを届けた仲本工事さん。10月19日22時22分、急性硬膜下血腫のため亡くなった。「前日の午前9時過ぎに横浜市内の信号のない道路を歩いて渡ろうとしていたところ、車にはねられました。同市内の大学病院に緊急搬送されましたが、翌日に仲本さんの前妻の娘さんや現在の妻の純歌さんに見守られながら息を引き取ったそうです」(スポーツ紙記者)本誌は病院関係者から事故直後の様子について聞くことができた。「仲本さんの顔はちょっと見ただけでは本人と判別できないほど、青紫色に腫れ上がっていました。肋骨も折れていました。加藤茶さん(79)と高木ブーさん(89)もすぐに横浜まで来られましたが、仲本さんの意識が戻ることはありませんでした」仲本さんの急逝により、弔問客の対応などに追われることになった妻の純歌。彼女は仲本さんにとって“3番目の妻”だ。スポーツ紙記者が語る。「仲本さんは最初の妻と’82年に死別。再婚した妻との間に2児をもうけますが’04年に離婚。そして、三代純歌さんとラジオ番組で知り合い、’12年7月に再々婚しました。この前年には加藤茶さんが綾菜夫人(34)と“45歳差婚”していたので、27歳年下である純歌さんも話題になったのです」生前の仲本さんは、純歌とスナックや居酒屋を開き、ときおり一緒にメディアに登場するなど仲むつまじいところを見せていた。しかし、結婚10年目の今年5月、本誌は純歌が「カレー店を開く」と言ってスナックを閉め、仲本さんとの自宅から家出していたことを報じている。仲本さんは本誌の直撃に「いや、そうじゃなくて……」などと語っていたが、寂しげな様子だった。さらに、仲本さんが亡くなった前週には「『仲本工事』を虐げる27歳下『モンスター妻』」というタイトルで『週刊新潮』が“ゴミ屋敷に夫放置”“家賃一年滞納で火の車”といった内容を報じたのだ。■「3万円持ってきてくれない?」頻発した純歌の“お願い”夫婦の間にいったい何が起こっていたのか。仲本夫妻の知人・Xさんは本誌にこう証言した。「純歌さんは掃除、洗濯をまったくしませんからね。家があれほどゴミだらけになっても気にしないところはちょっと信じられないレベルです。もともと『(仲本さんの)介護はしたくない』と言っていた純歌さんが、家出をして横浜に部屋を借りるようになったのにはカレー店の開店とは別の理由もあります。2年ほど前から、純歌さんは海釣りにハマっています。仲本さんは同行することはなく、一人で海に行っていたのですが、とある男性・A氏と知り合い、デートを重ねる仲になったのです」彼女の周囲には、いつも複数の男性の影があったという。仲本さんは妻の男性関係をどう思っていたのだろうか。Xさんが続ける。「自宅で純歌さんと知り合いの男性が一緒にベッドで寝ているところを、仲本さんが目撃したこともありました。ただ、仲本さんは『しょうがないよ。俺も年だし』などと言って不問に付したのです」2人の関係が変わってしまった理由はほかにもあった。「新型コロナが流行してからの純歌さんの口癖は『おカネがない』でした。お店の売り上げや仲本さんの収入が減ってしまったことに対して、不満を口にするようになったのです」(前出・Xさん)仲本さんの経済状況について、夫妻の別の知人・Yさんに話を聞いた。「仲本さんは2回目の離婚の際、所有していた都内のマンションや地方の別荘といった不動産などを慰謝料として取られ、ほぼ全財産を失ってしまいました。加えて投資詐欺にあってしまい、多額の負債を背負ってしまったとも聞いたことがあります。それでも純歌さんと知り合ったころの仲本さんは、テレビや舞台の収入が月に200万円ほどあったそうです。しかし、コロナの影響で舞台やイベントなど仲本さんの仕事は減っていき、ほぼ無収入になってしまったのです。2人は夫婦といっても籍を入れていませんでしたが、別居は金銭問題が原因なのだと純歌さん本人は話していました」こうして別居にいたった仲本さんと純歌だが、意外にも頻繁に会っていた。前出のXさんが言う。「東京の家を出て横浜で暮らし始めた純歌さんですが、朝7時とかに突然電話で仲本さんを呼び出していましたね。『おいしい魚が入ったから朝ごはん食べに来ない?』なんて日もあれば、『麻雀やりたいから来て!』とか。仲本さんが『純歌が麻雀をやめないから毎日呼び出される』『俺を呼んどいて、夕方になると俺のこと置いて先に帰っちゃうんだよ。参ったよ』とぼやいていたのを聞いたこともあります。純歌さんの趣味は麻雀にパチンコ。それに買い物好きでいつもお金が足りないので、仲本さんに『3万円持ってきてくれない?』などと毎日のように連絡していました」■本誌の取材に“ゴミ屋敷放置”妻は…知人たちの証言によれば、“鬼妻”ともいえる存在だったが、なぜ仲本さんは別れようとしなかったのか。前出のYさんは言う。「私たちが別れるように言っても、いつも純歌さんをかばっていました。仲本さんはこれが3回目の結婚で、もう高齢でした。いま純歌さんを怒らせたら一人になってしまう……という思いがあったのではないでしょうか。仲本さんを励まそうと、2月に食事会が開かれたのですが、仲本さんが店の外で煙草を吸いながらふいに、『この年になってゴミ屋敷に住まわされるなんてなぁ』と嘆いていましたがね」夫婦にしかわからない思いもあるのか。冒頭の“焼き肉密談”について確認するために、本誌は純歌に連絡を取った。「取材は受けていない」と語っていた彼女だが、取材が焼き肉店の会話についてであることを伝えると、答え始めた。――仲本さんの所属事務所への不満を話していましたが?「そりゃいろいろありますよ。でも和解しながら言っているので。(事務所も)一生懸命やってくれましたから」――戒名料の件は?「事務所のほうから渡した金額の範囲でやってもらっていいですか、と頼まれました。(お金をごまかすことは)ないですよ」――A氏のことを「彼氏ができた」と話していたそうですが?「事実じゃないです」男性関係や戒名料に関する疑惑については否定した純歌。彼女は焼き肉店でこうも語っていた。「敵が100人いたって、何億人いたっていいのよ。生きていかなきゃいけないからさ」夫を亡くしながらも、たくましく生きていこうとする妻の姿に、天国の仲本さんは何を思うのか。
2022年10月25日10月19日に亡くなったことが発表された仲本工事さん(享年81)。18日午前に横浜市内の交差点を歩いて渡ろうとしていたところ、車に跳ねられ重傷を負い緊急搬送されていた。所属事務所は公式サイトで死因について、「急性硬膜下血腫」と明かしている。1960年代後半からザ・ドリフターズのメンバーとして活躍し、最近ではYouTubeやTwitterでの呟きも人気を集めていた仲本さん。それだけに事故による突然の死には、多くの人が言葉を失っている。プライベートでは、1982年に当時の妻を病気で喪い、91年に再婚し、一男二女を授かるも04年に離婚。そして、12年7月に27歳年下の演歌歌手・純歌(54)と3度目の結婚をしていた。同年7月14日に新高輪プリンスホテルで結婚披露宴を盛大に行い、その際の会見で「大満足。それ以外言いようがない」と喜びを爆発。純歌も仲本さんについて「出会った時からモテモテで、女性が周りにいてジェラシーが沸いたことがあった」と仲睦まじい様子を見せていた。15年には2人の名前を冠した居酒屋『仲本家JUNKAの台所』をオープンするなど、二人三脚で歩んできた2人だったが、今年に入って“すきま風”が噂されるように。今年5月、本誌は「仲本家」が休業状態であることに加え、純歌が昨年末、横浜市内にオープンしたカレー店を理由に仲本さんのいる自宅へ帰らなくなったこと。また、「仲本家」の常連の間で、純歌がカレー店の関係者といっしょに暮らしていると囁かれていることを報じている。さらに仲本さんが亡くなる1週間前の10月12日には、「デイリー新潮」が、仲本さんがひとりで暮らしている自宅が“ゴミ屋敷状態”であることも報じていた。10年の結婚生活を経て、別居が報じられたが、仲本さんは一貫して妻・純歌への愛を貫いてきた。今年5月、本誌が純歌とカレー店関係者との関係について尋ねると、「そんなことないよ!だって俺、毎日そっちに行ってるんだから」と仲本さんは真っ向から否定。そして、今年5月発売の『文藝春秋』に掲載された高木ブー(89)、加藤茶(79)との鼎談では、こう語っていた。《うちら3人は健康の心配はないと思うよ。カトちゃんは綾菜さんがいてずっと監視してるし、ブーさんには娘さんがいて、僕にも奥さんが毎日、口うるさく言ってくれるからさ。そうやって誰か言ってくれる人がそばにいる限りは、長生きするよ》(『文藝春秋』22年6月号)仲本さんが事故に遭った18日夜、東スポの取材に対して、「今のところ心臓も血圧も結構、正常に近い状態なので。あとは本人ががんばってくれることだけを願ってます」と語っていた純歌。その胸中は察するにあまりある。
2022年10月20日お見舞いに来たM美さんに「警察の人にも話したけど、M美の家を出てからの記憶がまったくないんだ」と衝撃の事実を述べるパパ。動揺して再び責任を感じるM美さんをフォローしようとするパパが……「ある意味インスタ映えじゃん!」と冗談を言い、「心配してるのに!」と怒るM美さん。すると、あれほど夢中だったSNSを忘れ、辞められたことに驚くパパ。M美さんがSNSを辞めた理由は……? ママがSNSを辞めた理由は…? 「SNSより大事なものは家族って気づいたからだよ」「M美……!」「今になって気づきがつくなんて……遅すぎてバカだよね」「遅すぎるなんてことないと思うよ。俺だって事故にあったけど、生きてたんだし……」M美さんを慰めるパパ。 「そうだね……ここ数日娘ちゃんと2人きりで過ごさせてもらってさ……こんなことができるようになったんだなぁとか、いくつも発見したよ」「子どもの成長ってすごい早いよね。1分1秒も見逃したくないって思うようになったよ」「そのためにも早く手退院しなきゃだね! そうだ渡したいものがあるって聞いたけど、何だったの?」 M美さんの言葉で思い出したパパが袋から取り出したのは、事故に遭う前に買ったウサギのぬいぐるみでした。ぬいぐるみを買った記憶は無いものの、「3人家族で俺たち見たいだろ」と言うパパ。さらに「それと……もうひとつ、これ」と言って取り出したのは……「前に書いてもらった書類。自分のなかで整理がついたら出そうって思って……」別居前にサインした離婚届でした。「ずっと持っていたんだ」というパパは……? パパが渡したかったものとは、M美さんが娘ちゃんと再会できる日が来たときのお祝いとして、事故前に買ったうさぎのぬいぐるみでした。しかし、喜んでいたのも束の間。次に取り出したのは離婚届……。別居する際に書かされて、「出すタイミングは俺が決めるから」と言っていたパパ。この離婚届、一体どうするのでしょうか……? 著者:マンガ家・イラストレーター あこ
2022年10月13日女子事務員のイヤミがきっかけで、M美さんが勤務する会社の社員全員の前で公開告白をしたパパ。突然のことに驚くM美さんでしたが、周りのフォローもあって、交際がスタートしてめでたく結婚。そんな過去の話をパパが持ち出したのは……出会ったころに言った “学歴などで人の価値は決まらない”という考えは、今も変わっていないことを伝えるためでした。それを聞き、フォロワー数で人の価値を決めるなんてバカらしい考えだったと反省するM美さん。娘のためにも頑張ると決意表明したM美さんは、「落ち着いたら娘ちゃんに会いたい」とパパへお願いするのですが……? 夫の言葉に妻は思わず涙が溢れ… 「俺ね、これを見たとき思ったんだよ。M美は娘ちゃんへの愛情を忘れてないんだなって」壁に貼った娘ちゃんの絵を見つめながら話すパパ。「自分を見つめ直すのに遅すぎるなんてことはないよ、きっと。M美の気持ちが整ったら、いつでも会いに来るね」涙を流しながらパパの言葉を静かに聞くM美さん。 「俺もサポートするからさ。不安に思うことないよ、ね」パパの力強い言葉を聞いて、M美さんは涙を流しながらお礼を言いました。 パパが帰り、またひとりになったM美さん。「なんだか長い1日だったな……。お母ちゃんのことを思い出したのも久しぶりだった。ストレスを感じたら呼吸がしにくくなるのも、今思えば虐待からのトラウマだったのかもしれない……」「でももう暗い過去には負けない。私は私の人生を歩めばいいんだ……!」新たな決意を胸にしたM美さん。するとスマホの音が鳴り……? まだ別居中で離婚届はパパの手元にあるものの、M美さんがSNS依存などから抜け出すためにパパがサポートすると言ってくれました。何度も裏切ったのに、やさしい言葉をかけてくれるパパに、M美さん思わず涙が溢れていました。そんなM美さんのスマホに何かを知らせる通知音が……。ネット詐欺にあったばかりのM美さん……。何だか嫌な予感がします……。 著者:マンガ家・イラストレーター あこ
2022年09月22日息を吸う以外はマンガを描いていたいアラフォー女子、ぷよ子さんのマンガを紹介します。お互いの生活リズムが別なことを理由に寝室を分けているぷよ子さん夫婦。思わず家庭内別居のワードが出てしまうほど行動が別々なことに気付いたぷよ子さんがとった行動とは……?★関連記事:「家庭内別居だね!」 寝室を分けているアラフォー夫婦の本音と建前 #デブス女の修羅場 36こんにちは! アラフォーデブス女のぷよ子です。深夜から早朝の間に出勤するZ夫さんに対し、朝9時に出勤する私。生活リズムが違うので寝室を別にしていたのですが、Z夫さんは私が寂しさを感じていないか心配していました。しかし、Z夫さんが寝てくれればマンガが描き放題な私にとって寝室が別というのは逆にうれしいことでした(笑)。お互いに仕事があるので多少生活リズムに差があるのは仕方のないことだと思っていました。ただ、下手すれば食事も別で食べる日があり、夫婦として一緒に過ごすことのできる日は少ないほうでした。やっぱり家庭内別居中なのでは? と新婚らしからぬことを考えてしまう私。Z夫さんは一緒にお風呂に入ろうと提案してきましたが、キスすら恥ずかしいのにハードルが高すぎる!! 全力で逃げると「いつか絶対一緒に入ってやるからなー!」と言いながらZ夫さんは1人でお風呂に入ってくれました。なかなか一緒に過ごすことができないし、お風呂も断ってしまったのでせめて布団でも温めておこうと思いました。そう、徳川家康の草履を温めた豊臣秀吉のように……!豊臣秀吉が徳川家康の草履を温めたと思っていたのですが、本当は織田信長の草履を温めていたらしい。主君の名前を間違えるという切腹レベルのミスを犯してしまいました! 私がばかなのがバレてしまった……。ともかく、私が温めた布団でZ夫さんがぐっすり寝てくれたらうれしいな〜と思って布団を温めました。恥ずかしいので一緒に寝たりはしないんですけどね!ー--------------Z夫さんと一緒に寝るのが恥ずかしいので布団を温めたというぷよ子さん。女性がけなげに尽くす姿には胸キュンしてしまう男性も多いのでは?著者/ぷよ子低収入ブラックバイトで労働しているアラフォーのデブス女。最近妊娠し、不慣れな状況に戸惑いを隠せない。仕事の悩み、高齢妊娠の悩み、夫婦の気持ちを赤裸々に描いたブログを更新中。Instagram:@puyozip
2022年09月21日パパがM美さんの会社に来る最終日。社員全員が集まり、パパが最後の挨拶を終えると「M美と会えなくなるのが寂しいんじゃないんですか? M美のことを好きなんでしょ?」と女子事務員がイヤミを言いました。女子事務員は、パパが慌てて「(M美さんを)好きじゃない」と、否定すると思っていたのですが……「好きですよ。実は今日、結婚を前提に交際を申し込むつもりでした」と、会社の人たちの前で堂々と言うパパ。突然のことに驚くM美さんでしたが、周りのフォローもあって、社員全員の前で交際がスタートする形になりました。公認の仲になった2人は結婚し、現在に至るのですが……? 娘のために頑張る、と誓うママは… 「あのとき言った言葉は今でもそう思ってる。“学歴や出自で人の価値が決まらない”って……SNSのフォロワー数だって同じだよ。そんなので人間の値打ちは測れない」「そ、そうね、そうだわ。フォロワー数で人の価値を決めるなんて……馬鹿らしい考えだった……」 パパに同席のもとおこなわれた、M美さんと毒親マンガの作者の電話が終わりました。「M美さん、焦らないで大丈夫ですよ。こうやって何らかの形で“気づき”を得られただけでも大進歩です! のんびりゆっくり休憩しながらいきましょうね」 「……はい。娘のためにも頑張ります!」 毒親マンガの作者に決意表明をしたM美さん。 「じゃぁおれも一旦職場に寄ってから帰るね。あんまり思いつめないでゆっくりしなよ」 「うん……あの……もし私の精神状態が良くなったら……また娘ちゃんと会える機会を作ってもらってもいいかな?」別居してから初めて“娘ちゃんに会いたい意思”を見せるM美さんでしたが……? パパが出会ったころの話を持ち出したのは、“学歴などで人の価値は決まらない”という考えは昔と変わらないと伝えたかったからでした。M美さんはフォロワーが増えたことがきっかけで友だちと疎遠になったり、見ず知らずの人に「フォロワー少ないでしょ」とマウントをとった過去を振り返り、反省しています。さらに初めて“娘ちゃんのために頑張る”や会いたいという意思も芽生えた様子。この気持ちを忘れずに頑張ってほしいですね。 著者:マンガ家・イラストレーター あこ
2022年09月21日「本当に主人は主人、私は私で。皆さんにご迷惑をかけないように、ちゃんと仕事させていただこうという認識です」(「週刊ポスト」9月9日号より)タレントの三田寛子(56)が、夫であり歌舞伎俳優の中村芝翫(57)との別居を認めた。これまで芝翫の度重なる浮気報道を乗り越えてきた夫婦が結婚31年目にして離婚の危機にあるという。8月24日、厚生労働省が発表した統計によると、2020年に離婚した夫婦の5人に1人にあたる21.5%が結婚生活を20年以上続けた「熟年離婚」だったという。「新しい結婚や出産のあり方などは、芸能人の動向に少し遅れて一般人の間に広まっていきます。離婚もまた例外ではありません」家族問題評論家の池内ひろ美さんは解説する。安室奈美恵さんや酒井法子など、芸能界で“おめでた婚”があたり前になってから、一般人の間でも増えていったように、熟年離婚も以前から、芸能界では珍しいものではなくなっていたという。「熟年離婚にはいくつかのパターンがあります。芸能人も一般人もそこは同じです」(池内さん)それでは芸能人はどんな理由で熟年離婚しているのか見ていこう。■夫から切り出す離婚には女性の影が「ビートたけしさん、石坂浩二さん、橋幸夫さんはいずれも再婚ありきでした。妻とはすでに別居していて、長年自分を支えてくれた“恋人”と入籍したいという事情があった。女性からも『長年尽くしたのだから正式に』というプレッシャーもあったでしょう」そう語るのは芸能ジャーナリストの城下尊之さんだ。芸能界でも一般の世界でも、男性から熟年離婚を切り出す場合、別の女性の影が見え隠れすることが多いという。「『女優である浅丘ルリ子に老母の介護を任せるわけにはいかない』といって離婚してから、5日後に再婚した石坂さんには、世間もだまされましたね。妻側は夫の言い分を額面どおりに受け取るのは要注意です。ただ、妻が相応の財産分与なり慰謝料を受け取れるなら、世話から解放され、自分の老後を充実させられるので、そんな夫とは別れてしまってもいいでしょう」(池内さん)水前寺清子と八代亜紀は、いずれも夫がマネージャーや事務所の社長として公私にわたり妻を長年支えてきた。「2組とも超熟年になり離婚の道を選択。八代さんの夫には新たな女性の存在も取りざたされました。公私ともにパートナーというのは、気持ちを切り替える時間がありませんから、つらいのかもしれませんね」(城下さん)■自ら離婚を選んだ妻は前向きに夫婦で一緒に働いていて、妻が稼ぎ頭で夫をリードしている場合も、夫から離婚を切り出すケースは多いと池内さん。「妻は夫のことを男性としてではなく、弟子や後輩のように見てしまう。夫のほうも仕事に忙殺されている間はよしとしていますが、晩年になり仕事が減り落ち着いてくると『これでよいのか』と人生をやり直したくなってしまう」一方、子供の独立や夫の退職を機に、妻が夫を見限る熟年離婚も増えている。「河野景子さんは典型ですね。親方だった貴乃花さんが相撲協会と対立して、突如として退職。親方の妻としての役目を終えたタイミングで早々に離婚を決断しました。鈴木保奈美さんも石橋貴明さんが地上波のレギュラーをすべて失ったタイミングで離婚をしました」(城下さん)家庭を顧みず第一線で働いてきた夫の退職が、熟年離婚の引き金になることは多いという。「プライドを捨てられない夫は仕事をえり好みし、再就職先が見つかりにくい。ずっと家にいるくせに、『家のことをおろそかにしないなら、仕事をしてもいいぞ』などと不可解な束縛をしてくる。ぬれ落ち葉のような夫に妻はうんざりしてしまうんです」(池内さん)夫を見限って離婚した妻は、未練なく前向きに生きていける。河野景子は映画プロデューサーと新しい恋を始めていると伝えられているし、鈴木保奈美は本格的に女優復帰し、ドラマに引っ張りだこだ。自ら離婚を選んだ妻たちが、恋に仕事に前向きに生きているのを見れば、あなたも思うことはあるのではないだろうか?
2022年09月16日10歳と2歳のお子さんがいる2児のママ・ひなこさん。36歳のシングルマザーです。結婚当初から夫のうつに悩み、結婚10年目に離婚。Instagramではご自身の離婚体験談や、シングルマザー向けの役立ち情報をシェアしています。今回は、ひなこさんが結婚10年目に、夫へ離婚を告げ、別居に向けて話し合いを重ねていたときの修羅場エピソードをご紹介します。 「離婚話に親は入れない」そう約束したのに……夫は長年うつ病を患い、休職や転職を繰り返していました。子どもは2人。私は働いていましたが、夫は育児も家事もしません。家計はいつもカツカツ。マイホームと車を購入し、貯金もありません。 お互いの実家からお金を助けてもらっていましたが、義母から「もうこれ以上お金は出せない。夫婦のことなんだから、あんたがやりくりして、あんたの実家に頭さげなさい」と言われたことで、家事も育児も仕事もしない夫と離婚することを決意しました。 荷物をまとめ、子どもたちを連れて実家へ帰っていたある夜、別居中の夫から電話がかかってきました。 夫「おかあが話したいらしいけん、話してや」私「話すことないから、いいわ」夫「逃げんなって!」 逃げるもなにも、別居を始めるにあたって、この離婚の話し合いにお互いの親を入れてしまうと冷静に話し合いできないからやめておこうと約束していました。それなのに、夫は義母からの電話をよこしたのです。 母親同士が怒鳴りあう修羅場に!私は義母と話したくなかったので、慌てて母に電話を代わってもらうと、電話口からは義母の「さっさと荷物まとめて、出ていって!」という叫び声が……! 私の母も、義実家が子どもの出産や誕生日、マイホームを建てたときなどのお祝い事にお金を出さないことなど、日ごろから不満が溜まっていました。でも、親は介入しない約束だから、言いたいことをグッと堪えていました。 それなのに、いきなり怒鳴りながら電話をしてきた夫と義母にブチギレ! そこから、母親同士の罵りあいが始まってしまい、これまでの不満をぶつけあう修羅場になってしまいました。 気が済むまで喋ったあと、母は義母から夫へ電話を代わってもらうように伝えました。 母「なんでお義母さんに電話させたん? 親は話に入れないって約束やったやろ? だから私も言いたい事あったけど、何も言わんかったのに」 夫「……すみませんでした」 夫は平謝りでしたが、約束を破ったことで、ますます離婚の意思が固まりました。 私が義母を嫌うワケ義母と合わないという方は、世の中にたくさんいると思います。私が義母を嫌いだった理由は、昔の子育てが正解だと押し付けてくることや、アポなしで急に家に来たりすることなどいくつかありますが、一番の理由は孫を可愛がってくれなかったこと。 義母は「嫁のせいで息子が不幸になった!」と思っているようで、いつだって「自分の息子が一番」。孫をもっと大事にしてくれていたら……と思わずにはいられません。 10年の結婚生活に区切りをつけ離婚した今は、子どもたちと毎日笑顔で過ごせていて、とっても幸せです! 「離婚したい」という思いを抱えながら我慢しつづけなくて本当によかったと思っています。著者:ひなこ2児のシングルマザー。自身の離婚体験談やシングルマザーのための情報を発信している。 Instagram:@sweet_10_rikon
2022年09月15日シングルマザーとして2人のお子さんを育てているアラフォーママ・ひなこさん。結婚当初から夫のうつに悩み、結婚10年目に離婚。Instagramではご自身の離婚体験談や、シングルマザー向けの役立ち情報をシェアしています。今回は、ひなこさんが結婚10年目に、夫へ離婚を告げたときのエピソードを教えていただきました。 私が離婚を決意したきっかけ夫は長年うつ病を患っていて、今まで何度も休職や転職を繰り返していました。生活するお金が足りず、夫の実家と私の実家からお金を助けてもらっていました。しかし、あまりに何度も休職するので、夫の実家は「これ以上お金は出せない」と言ってきたのです。 義母は「夫婦のことなんだから、あんたがやりくりしなさい。お金がないなら、あんたの実家に頭下げて頼みなさい。貯金がないなんてどういうことなの? あなたが使いすぎなんじゃないの?」と言ってきました。 「あなたの息子さん、マイホームを購入したあとに給料は下がって、私も働いているのに育児も家事も一切しないんですよ……」 そう言い返したいのをぐっとこらえましたが、このとき何かがプツンと切れました。ずっと離婚したいと思ってはいたけれど、家事も育児も仕事もしない夫、お金もない……「夫はもういらないな」と気づき、離婚を決意しました。 夫に「離婚したい」と告げたある日、お昼すぎから子どもたちを実家に預けて、自宅で2人きりだけになる時間を作り、私はこう切り出しました。 私「話したいことがあるんやけど。離婚したい」夫「ほう。今から就職するのに、このタイミングなの?」私「もう遅いかな。貯金もないし……。今日から子どもたち連れて実家に帰るね」夫「子どもの親権はもらうからな。おかあが裁判してでも渡さんと思うわ」私「いや、私も親権渡さんよ」 家事も育児もしない、お金も稼がない人が何を言っているの……!?「おかあ」って、義母は関係なくない!? 夫の言葉に苛立ちながら、これ以上冷静に話せそうになかったので、詳しい話し合いは後日、ということで荷物をまとめて実家へ帰りました。今思えば、自宅で2人きりだと感情的になって話し合えなくなるので、人目のある外で伝えればよかったな、と思います。 離婚直前、夫が信じられないことを言い出した……!別居したあと、夫とカフェで何回か話し合いをしました。そこで夫が意味のわからないことを言い出します。 「親権取るのは難しそうだから諦めるわ。もし子どもたちに"父親の何かしら"を残してあげたいなら、育てるのはそっちで、親権だけこっちにしてもいいし」 はぁ~!? 身勝手な主張に正直呆れました。そして、夫は「貯金ないのは、どういうこと?」と、まるで私のせいと言わんばかりに責めてきました。これまでマイホームや車を買って、家計がカツカツになり相談したときも「そっちがやりくりしてや!」と相談に乗るどころか、何も聞かず、何も変えてくれなかったのに……。休職するたび、貯金を使わざるを得なかったのに……! 結局、離婚の意思を伝えたあとも私が悪いと言われ、円満離婚とはいきませんでした。離婚は相手のせいだけではなく、もちろん自分のせいでもある部分もあるけれど、お互い好きになって結婚したのに、嫌いになって離婚するのはなんだか悲しいですね。 10年の結婚生活で2人のかわいい子どもに恵まれましたが、結婚生活の半分くらいは「つらい」気持ちで生きてきました。私には夫を支えてあげる力はなかった……。しかし、離婚した今は、子どもたちと毎日笑顔で過ごせていて、とっても幸せです! 著者:ひなこ2児のシングルマザー。Instagram(@sweet_10_rikon)では、自身の離婚体験談やシングルマザーのための情報を発信しています。
2022年09月14日9月初旬の夜8時過ぎ、かつては花街として栄え、今は高級料亭が軒を連ねる一角に、1人の男性の姿があった。ブルーのシャツに白いチノパン。頭にはストローハットを小粋にかぶった“イケオジ”だ。入り組んだ街路を迷うことなく歩いていく。男性が向かったのは、明かりのともった2階建ての一軒家。この家にはメガネを掛けた女性が住んでおり、彼の帰宅を心待ちにしていた。ありふれた夫婦の日常といった様子だが、この家の玄関ドアの上に掲げられた表札には、男性と異なる姓が書かれてある。翌朝9時過ぎ、この家で一夜を過ごした男性は出勤のため家を出た。当たり前のように着替え、この日はTシャツにブルーのデニム姿だ。やはりストローハットをかぶっている。男性の名前は渋谷健司氏(56)。東京大学医学部を卒業し、米ハーバード大学大学院で博士号を取得したというエリート中のエリートだ。大手紙記者が語る。「渋谷さんはWHO(世界保健機関)の元事務局長上級顧問で、’21年からは福島県相馬市の新型コロナワクチン接種メディカルセンター長などを務める“公衆衛生の第一人者”。これまでに『報道ステーション』など数々のテレビ番組に出演し、政府のコロナ対策への批判を繰り広げてきました。緊急事態宣言の有効性に疑問を呈し、東京五輪について『開催できる状況ではない』とコメントするなど、歯に衣着せぬ発言は時に物議を醸しました」舌鋒鋭い文化人というわけだが、なんといっても渋谷氏を有名にしたのは、皇后・雅子さまの妹である節子さん(56)との結婚だろう。2人が結婚した’99年当時を、皇室担当記者が振り返る。「渋谷さんと節子さんは、雅子さまも学ばれたハーバード大学で親しくなりました。日本での披露宴には雅子さまも出席され、渋谷さんとの会話も弾んでいたそうです。渋谷さんと節子さんはスイス・ジュネーブから帰国後、’08年ごろから小和田邸と同じ敷地内にある家で暮らしていました」■節子さんと離婚から、わずか数カ月で電撃再婚しかし、結婚生活は19年目で終わりを迎える。’17年秋ごろに2人は極秘離婚。だがわずか数カ月後、渋谷氏が当時フリーアナウンサーだったAさんと電撃再婚したことを本誌はスクープしている。「節子さんの離婚には、小和田家のご両親のみならず、雅子さまも強くお心を痛めていらっしゃったそうです。雅子さまと、妹である池田礼子さん、節子さんの3人の絆は、とてもお強いですから」(前出・皇室担当記者)それから4年。渋谷氏とAさんは新婚生活の当初をイギリスで送っており、幸せに暮らしているかと思われた。しかし、本誌が見たのは冒頭の光景だったのだ。渋谷氏を自宅で待っていた女性は、アンジェラ・アキ似のコンサルタント・Bさん。渋谷氏と同じく、医療系のスペシャリストだ。「Bさんは渋谷氏に勝るとも劣らないエリートです。海外の大学を卒業しMBAを取得、帰国後はコンサル関連の会社を渡り歩いています。当然、英語もネイティブ並みです」(渋谷氏の知人)本誌は2人のデート現場も目撃している。7月下旬、都内の高級住宅街にある隠れ家的な日本料理店でのことだった。席数が限られ、ハイクラスなおもてなしでひそかに知られている店だ。渋谷氏とBさんは4人掛けのテーブルに案内されたのだが、向かい合うのではなく隣同士で並んで食事を楽しんでいた。さらに、テーブルの下で手を握り合うこともしばしばあった。独身のはずのBさんの手をよく見れば薬指には指輪がはめられ、もはや夫婦然とした様子もあったが……。2人は店を出ると、地下鉄に乗り帰路についた。■再婚結婚式の2次会では浮気も暴露されていた「渋谷さんとBさんの関係ですが、彼とAさんの結婚より前にさかのぼるのです」と明かすのは、前出の渋谷氏の知人だ。「渋谷さんとAさんが再婚した’18年の春のことでした。都内で2人の結婚式が開かれたのですが、2次会の席で友人からのビデオレターが流れました。その中で《渋谷さんの浮気が発覚して大変だったけれど、最終的にAさんが許し、結婚に至りました》といった内容が暴露されたのです。そのときは“解決済み”と笑いに包まれましたが、実はその浮気相手とされた女性がBさんだったのです」渋谷氏はAさんとの結婚前から現在に至るまで、Bさんと関係を持ち続けているということなのか。仕事が終わるといつもBさんの待つ家に帰る渋谷氏。2人は「不倫同棲」生活を送っていた。一方、妻のAさんとは別居状態にあり、すでに家庭は崩壊しているという。渋谷氏とAさんが結婚当初に暮らしていた、イギリス在住の夫妻の知人が話す。「渋谷氏はキングス・カレッジ・ロンドンの教授に就任しましたが、約2年で辞任しています。夫婦関係も次第に悪化し、彼の浮気でAさんが悩んでいたとも聞きました。それでもAさんは気丈に振る舞っており、帰国後も夫婦で何とかやっていくのかなと……」じつは渋谷氏の“浮き名”は、これだけではない。’99年には本誌で『小和田節子さんと私を、両天秤にかけていた彼』というタイトルで記事になり、大きな話題を呼んだこともある。ボストンで渋谷氏と恋仲にあった女性が、出会いから一方的に別れを告げられるまでの体験を赤裸々に告白したものだ。■“不倫同棲”について渋谷氏を直撃するとそんな渋谷氏に関する耳を疑うような話も本誌は聞いた。前出の渋谷氏の知人が語る。「Aさんとの再婚から4年たった今も、元妻の節子さんにたびたび連絡を取っているそうです」渋谷氏との離婚後、節子さんはかなりやせ、傷心を隠せない様子だった。そのことを忘れたように、渋谷氏は節子さんへの接触を続けているというのだ。節子さんとは結婚前から周囲で懸念の声があったと皇室担当記者が打ち明けた。「双子の姉の礼子さんから『渋谷さんはやめたほうがいいと思う』と言われていたそうなのです。礼子さんの夫も、同じ意見だったと伺いました。そのため、小和田家の方たちも心配していたのです。結婚後の数年間は順調でした。けれども、結局は離婚。今から思うと、当時の礼子さんの心配は当たっていました。小和田家は、渋谷さんに対して今もいい感情はないと思います。また、雅子さまにとって渋谷さんは“妹を裏切った義弟”という印象でしょう」節子さんは現在、再婚することもなく、京都で大学教授として熱心に仕事に取り組んでいるという。本誌は、冒頭の目撃から数日後、渋谷氏を直撃取材した。彼が「研究主幹」として勤める政策研究所のオフィスから出てきたところで、声をかけた。――『女性自身』です。渋谷さんですね?「えっ!?」――節子さんと離婚後に再婚したAさんとも、離婚されるのでしょうか?「いや、ちょっと忙しい」――いまはBさんと一緒に生活をされていますね?「うん……ちょっと忙しい」――ちょっとでもお話を……。「いや、ちょっと忙しいから」本誌に気づいた瞬間から狼狽し、記者の質問を遮ると、再びオフィスのあるタワーの中に戻っていってしまった。その後、彼の携帯電話の番号にかけたものの、締切りまでに彼からの連絡はなかった。“公衆衛生の権威”として論陣を張ってきた渋谷氏。だがいま送っている乱倫生活について、元妻・節子さんや妻・Aさんに堂々と語ることはできるのか。
2022年09月13日みなさんは義実家の方々とは上手く付き合えているでしょうか? 大なり小なり義実家トラブルは皆さん経験があるみたいです…。 今回は実際に募集した義実家トラブルエピソードをご紹介します!ありえない義母義母の買い物に付き合ったときの話です。「服と靴が欲しいから一緒に見に行ってほしい」と言われたので、ついていったのですが…。買った荷物をすべて私に持たせて、ランチもおごらされた挙句、「嫁なんだから当然よねぇ」と言ってきたのです。「ありがとう」の一言もなく、驚きのあまり絶句してしまいました。出典:lamire(女性/パート)別居を決意した一言まだ子どもが産まれたばかりの頃の話です。当時は義実家で義両親と同居をしていました。孫が産まれて、義両親は子どもをとても可愛がってくれたのですが、ひとつ問題が…。それは、子どもが泣くとすぐに私のせいにすることです。母乳も与えオムツも変えた状態で、少しでもグズろうものなら「ママさん、オムツの履き心地が悪いんじゃないのー?」と言ってきたり…。義両親の嫌味にグッと耐えながら生活していましたが、ある日 「おい、母乳担当〜!」の一言で、別居を決心しました。その後は義実家と関わることもほとんどなくなり、ストレスなく生活できています。(女性/パート)あなたの周りでもこんなこと、ありませんか?こんな義両親と付き合うとなると骨が折れそうですね。適度な距離を保ちながら、いい関係でいたいものです…。以上、義実家トラブルエピソードでした。次回の「義実家トラブルエピソード」もお楽しみに♪※こちらは実際に募集したエピソードを記事化しています。※作者名含む記事内の情報は、記事作成時点のものになります。"
2022年09月11日別居中のパパがすすめてくれた毒親マンガを読んでも、「ねぇこれって何がダメなの?」と、何がよくないのかわからないM美さん。さらに「自分の母親の話はしたくない」と言うM美さんにパパは……「昔から避けてるよね。結婚するときも結局ご両親に挨拶もできなくて……」と気になっていたことを話しました。そんなパパにM美さんは「うちはちょっと特殊だし話してもわからないと思うから……」と言いつつも、毒親マンガをもう少し読んでみるという前向きな発言が出ました。そんなM美さんを見て、パパは部屋を出て行くのですが……? 本人が気づかなければ… パパに「死ぬなよ」と言われ、「うん、ありがとう……死なないよ……」M美さんはそう返事をして別れました。 パパは帰宅途中、M美さんのことを考えていました……。 本人がかたくなに受診を拒否する以上、引きずってでも病院に連れて行くなんてことはできない……まず本人が気づかなければダメなんだ! パパが帰った後も毒親のマンガを読み続けるM美さん。「読んだけど頭がクリアにならない。でも今なら話せる気がする。母親のことを……そうだ、この人に聞いてもらおう」 数日後、M美さんからパパのもとにメッセージが届きました。「マンガを描いた人に連絡して、私の母親の話を聞いてもらうことになりました。よかったら同席してください……」ついに母親の話をする決心をしたM美さん。当日、別居中のM美さんの元にパパが訪れたのですが……? 毒親マンガを読んで、「今なら母親のことを話せる気がする……」と一歩前進したM美さん。マンガの作者に自分の母親の話を聞いてもらうことになり、パパにも同席してほしいとお願いしました。かたくなに拒否していた母親の話……うまく話せるといいですね。 著者:マンガ家・イラストレーター あこ
2022年09月02日元AKB48でタレントの篠田麻里子(36)が別居中だと、8月24日にNEWSポストセブンが報じた。記事によると、原因は夫が篠田の浮気を疑ったこと。大喧嘩の末に夫は長女を連れ、家を出たという。篠田の所属事務所は浮気疑惑について「事実無根」と完全否定したものの、別居や離婚の話し合いに関しては「事実確認中です」と回答したという。ママタレとしての仕事も多いため、イメージダウンは必至かと思われた篠田。だがその矢先、火に油を注ぐような展開になっている。それはスクープ発覚から4日後、自身のInstagramを更新して《本日20時 皆さんにお知らせがあります》と発表。多くの人が別居に関するコメントを予想していたところ、なんと発表内容は自身がプロデュースするボディーソープブランドの告知だったのだ。この“匂わせ”には、多くの人から失望の声が続出。しかし、篠田はどこ吹く風。その後も「ちょっと前の」だという娘との動画をアップし、スクープにはノータッチの姿勢を貫いている。そんな自分の口から説明もないままで過去動画を掲載し、匂わせ発言で注目を集める篠田に多くの人から厳しい声が上がっている。篠田といえば、過去にも自身が関わったブランドが閉店となった際に「去年までお手伝いしていた」と無関係であるとコメントし、我関せずの姿勢を貫いていた。当時も一部からはひんしゅくを買っていたが、自分の言葉で語らないというスタンスは今も変わらないようだ。こうした対応と炎上の関係について、コラムニストのおおしまりえ氏は「今の時代は、自分の言葉で語らないとこれまで以上に損をする」と話す。それは篠田に限らず、少し前に話題となった“あのタレント政治家”も一緒だという。以下、その理由を語ってもらったーー。■生稲晃子も篠田麻里子も、自分で語らず好感度をさらに落とす篠田さんのスクープからの対応は、まさに“炎上のお手本”とも言うべき対応です。実はこの対応に似ているのが、少し前に当選した元おニャン子メンバーで現在参議院議員の生稲晃子さん(54)です。彼女は選挙期間中、アンケートがほぼ無回答だったことで批判が殺到。投開票日にもすべてのテレビ局への出演を拒否するなど、自分の言葉で語ることに消極的な姿勢を見せてきました。そして当選後も旧統一教会(世界平和統一家庭連合)との関係が取り沙汰されましたが、現在までその件について本人からのコメントはなし。引き続きダンマリを決めており、政治家としての資質を疑問視する声はさらに大きくなっています。篠田さんと生稲さんは報道の種類こそ異なりますが、自分の言葉で真実を語らないという点においては一緒。また、語らないことで批判の声が大きくなっているという部分も似ているのです。■自分の言葉で語ることの重要性がなぜ今、増しているのかここ数年、不倫などのスクープが報じられた際には“自分の言葉で早急に真実を語って謝罪すること”が求められるようになってきました。引き続き時代の空気としては求められているのですが、最近はその求められ方がさらに強まっているように思います。理由は、人々の接するコンテンツがSNSによって“ぶっちゃけ”要素を含むようになってきているからではないでしょうか。Twitterでは芸能人も自分の言葉で本音を当たり前に語り、YouTubeではぶっちゃけトークをしています。自分の言葉で語ることがコンテンツとして当たり前になっている今、問題が起きたときだけ自分の言葉を引っ込めることは批判のリスクにつながるのです。昔は「人の噂も七十五日」と言われました。しかし今の時代に七十五日も待っていたら、噂と一緒にその人の人気も消えてしまうかもしれません。だからこそ、すぐに本人謝罪や本人釈明をすることが何より有効なのです。■さらけ出すことこそ正義の時代の処世術今の時代は“さらけ出すことこそが正義”であり、さらけ出せば出すほど熱狂的なファンや信頼を獲得する時代といえます。篠田さんはブランド閉店の際も今回の別居報道の際も、自分の言葉で語らずやり過ごしています。裏側で夫との協議がなされているからこそ、語れないのかもしれません。しかしもしこのままスルーして真実もうやむやのままタレント活動を継続するのであれば、ママタレとしての需要だけでなくタレントとしての好感度も危ないかもしれません。篠田さんの同期でありAKBの不動のセンターこと前田敦子さん(31)は離婚後に“なんでもやります”というさらけ出しスタンスで、気づけばママタレとしての人気を着実に集めています。AKB48卒業からすでに10年近くたっていますが、こうした1つ1つの対応の違いが神7の明暗を分けていくのかなと思ってしまうのでした。(文:おおしまりえ)
2022年09月02日私は21歳のとき4歳年上の彼と職場結婚し、2人の子どもを授かりましたが、およそ5年間の結婚生活を経て離婚することになりました。離婚理由は、いわゆる価値観の違いによるもの。慎重に話し合いを重ねたうえで円満離婚となるはずだったのですが、予想外のところで話がこじれることになってしまったのでした。「どうして?」電話口で問い詰める義母義母との関係はどちらかと言えば良好でしたが、遠方に住んでいたこともあり、離婚話について相談はしていませんでした。しかし、離婚の前準備として別居をし始めたころ、とうとう夫が義母に現状を話したようで、すぐさま義母から私に電話がきたのです。 ちなみに夫はマザコン。義母も子離れできていないのでは? と思うような出来事が、これまでにも度々ありました。電話口で突然「なんで? どうして何も話してくれなかったの?」ときつく問い詰めてくる義母はこれまでとはもはや別人で、動揺した私はただひたすらに謝ることしかできませんでした。 最後の話し合い。遠方からやってきた義母別居から約3カ月が経ち、話し合いも終盤に差しかかったところで、離婚届を書くため子どもたちを連れて夫の元へ。あれ以来、義母とは連絡を取っていなかった私。最後にもう一度電話をしないとダメかな⋯⋯そんな風に思っていた矢先でした。夫の家に着くと、なんと呼んでもいないはずの義両親の姿が! 夫からも親がくるという話は一切聞いておらず、「なんで!?」と思いました。義母は最初に「あなたから直接話が聞きたい」と言ってきましたが、実際は私に不満をぶちまけにきただけだったようです。 義母主導!? 私だけが悪者扱い「お前の我慢が足りないからこうなった」「息子は一生懸命働いて頑張っているのに」と、とにかく私を責め続ける義母。しまいには「養育費なんて払えない」「学資保険は解約して。解約金は息子のお金よね?」など、夫の金銭の心配をするばかり。そもそも離婚になったのは、元はと言えば夫の金銭感覚の緩さが原因なのに、それを知ってか知らずか、義母は終始「息子は悪くない」の一点張りでした。 おとなしい義父は義母の発言にうなずくのみで、夫は何も言えずにただうつむくだけ。言い返したい気持ちでいっぱいでしたが、子どもたちが見ている前であまり争いたくはなかったのでグッとこらえ、ただただ時間が過ぎるのを待つばかりでした。今となってはあのときどう対応するのが正解だったのかわかりません。 「義母との関係は良好」と思っていたのは私だけで、日ごろから敵意でも抱かれていたのかなと、少しゾッとした体験でした。その後、離婚した元夫には養育費を払ってもらい、子どもたちとも月に一度の面会をしていましたが長くは続かず、音信不通となってしまいました。どちらにせよ、豹変する義母を止められない夫とは別れて正解だったな、とも思っています。 ベビーカレンダーでは、赤ちゃん時代を卒業して自己主張を始めた2~6歳までの子どもの力を伸ばし、親子の生活がもっと楽しくなる【キッズライフ記事】を強化配信中。今よりもっと笑顔が増えてハッピーな毎日になりますように! 著者:夏川さほ10歳、8歳、3歳、0歳の男女4人の母。ステップファミリー。元コンビニ店員だが、第4子出産を機に退職し、現在はフリーライターとして活動中。自身の子育て体験談や商品レビューなどを執筆中。
2022年09月01日