■前回のあらすじ娘の友紀が小学生になり、また働きに出る話をしてくる明彦。美紅は「小1の壁」「学童」問題を働かない理由としてあげるが、明彦に「働けない言い訳ばかり探してる」と言われてしまう。 >>1話目を見る 以前は平日も仕事から帰って家事をしてくれていた明彦ですが、私の「家事より稼ぐ担当になって」の言葉以降帰る時間が遅くなり…、現在は土日のみの家事担当となっていました。ところがそれも働きに出ることを阻止するための「家事を完璧にやる」宣言により放棄されてしまうことに…。これでは1週間何も休みがない状態になってしまうと、イライラしていたところ、ママ友に聞いた「家事をお金に換算する話」。休みなく頑張っているのにいたわってもらえず、しかも無給で家事をしていたことにショックを受けてしまったのです。次回に続く(全13話)毎日更新!※この漫画は実話を元に編集していますイラスト・ まりお
2023年03月17日3月30日にスタートしたNHK連続テレビ小説『エール』は、生涯におよそ5千曲を作った天才作曲家・古関裕而(ゆうじ)と、妻の金子(きんこ)をモデルにした物語である。〈♪六甲颪に颯爽と~〉『阪神タイガースの歌』(通称『六甲おろし』)を裕而が作ったのが’36年。前年には、歌謡曲でも『船頭可愛や』がヒットして、名実ともに売れっ子作曲家に。2人の娘も生まれ、公私ともに充実した日々を送っていた裕而・金子夫妻だったが、やがて戦争の暗い影に音楽界も徐々に侵されていく。日中戦争が始まった’37年に発表された『露営の歌』など、いわゆる戦時歌謡を、裕而も次々に発表。やがて終戦を迎え、ホッと安堵したのもつかの間、別の不安が彼を襲う。戦争中に戦意高揚の作品を作ったことで、連合国側(GHQ)から“戦犯”として裁かれるのではないかと恐れたのだった。裕而の長男・小関正裕さん(73)はこう語る。「父は多くを話しませんでしたが、戦時歌謡の多くは、軍ではなく新聞社や映画会社に依頼されて作ったそうです。お国のためというより、兵隊さんを応援したいという、やはりエールの気持ちで作曲したのだと思います」結果的に、芸術家への連合国側の態度はおおむね寛容で、裕而は再び好きな作曲に邁進できる日々を取り戻し、こう誓う。「これからは、音楽で、戦争で傷ついたみんなを元気づけたい」終戦後の裕而は、劇作家の菊田一夫との名コンビで、NHKラジオドラマ『鐘の鳴る丘』の主題歌『とんがり帽子』で一世を風靡し、その後も『イヨマンテの夜』などヒット曲を連発していく。売れっ子だったころに見せた裕而の天才ぶりを、正裕さんは振り返る。「いちばん忙しかったころは、五線紙を縦に書いていくんですよ。メロディに和音をつけるのではなく、最初からオーケストラの全部の楽器の音が、頭の中にあるんですよね」また、父に関してこんなエピソードも。「僕が小学生のころは、世間ではスパルタ親父がはやっていたんですが、うちの父は常にやさしかった。でも、ある日、コップに水を張って楽器のようにしてたたいて遊んでいたんです。すると父が2階の仕事部屋からドスドスとものすごい勢いで下りてきて『うるさい!』とひっぱたかれた。あとにも先にも、手を上げられたのはあの一度きり。きっと、ズレた音階が、父には耐えられなかったのでしょう」無二の感性で、着々と作曲を続けた裕而。そして迎えた’64年。わが国初のオリンピックが開催されることになり、古関家に一大事が巻き起こる。「金子さん、金子さん。やったよ、オリンピックだ、東京五輪の行進曲の作曲を頼まれた」帰宅するなり玄関で、珍しく大声を上げた夫に、金子は、「おめでとうございます!」と、自分のことのように喜ぶのだった。こうして完成したのが、まさに日本中を音楽で鼓舞した『オリンピック・マーチ』だ。開会式当日、古関家では、父の作った曲が流れるのをテレビで見ていた。「お父さまの作った曲よ!」ブラウン管から流れてくる、裕而自ら「集大成」だというマーチを前に、金子の感極まった声が茶の間に響いた。こうした功績が認められ、裕而は’69年に紫綬褒章を授与され、名実ともに国民的作曲家となる。3カ月間の文通を経て結婚した妻・金子を生涯愛し、日本中に向けてあたたかい応援ソングを作った天才作曲家。そんな裕而らとの家族団らんの様子を思い出し、内孫の松本幸子さん(49)はこう振り返った。「夕食の後など、自然にリビングに集まって、祖父の裕而がハモンドオルガン、父の正裕がピアノを弾いて、そして金子おばあさま、母の直子、孫の私という女3代が歌うんです。祖父の曲だったり、童謡だったり、ときには『およげたいやきくん』だったり(笑)。音楽は家族を元気にしてくれるものだと、祖父母に教わりました」残した数多の『エール』は、朝ドラを通して、現代の日本にも届いていく――。「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月13日新聞記事を読んだだけで熱烈なファンレターを送ってきて、文通だけの3カ月で結婚。NHK連続テレビ小説『エール』主人公モデルの作曲家・古関裕而(ゆうじ)の妻・金子(きんこ)という女性はとにかく強烈な個性の持ち主と、子や孫は口をそろえる。そんな夫婦の物語を、子や孫は「内助の功もないのに、なぜドラマ化?」と思っているが、温厚な裕而を支え続けたのは、やはり妻・金子だったのだ――。裕而は自伝で、金子についてこう綴っている。《妻は次第に家庭的に忙しくなり、残念ながら歌を歌う機会を逸してしまうが、家庭を守りながらも、私の仕事のよき理解者であり、よきアドバイザーであった》金子は声楽を学んでおり、帝国音楽大学へ入学した経歴の持ち主。息子の古関正裕さん(73)は、家事の合間に歌っていた金子の姿をよく覚えている。後年、その母は、正裕さんに向かってこんなことを言った。「あなたの子育てのおかげで、私は声楽をあきらめたのよ。私がベルトラメリ能子先生の一番弟子で、私だけが結婚もして、子育てもしながら頑張っていたのに」正裕さんは苦笑しながら、「いや、それは心外でしたよ。そんなことを言うのなら、いっそ続けていてほしかった」一方、正裕さんは両親と同じ音楽の道は選ばなかった。直子さん(72)と結婚し、長女の松本幸子さん(49)が誕生。裕而は、この内孫に、早速『幸子の子守唄』を作るほどの溺愛ぶりだった。ところが金子と直子さんの間で、孫の教育をめぐり、嫁姑問題が起きてしまう。「芸術家肌で、何事にもまっすぐな母でしたから、孫の世話も全力投球。少しでも泣かせると、『ミルク、ミルク。おなかがすいてるのがわからないの』と、私たち夫婦を、すごい剣幕で怒るんです」当の直子さん本人が語る。「しかし、義母は、裏表のない人でしたから、怒ったあとはケロリでした。親戚の集まりなどでは、『うちの嫁は体が弱いんだから、誰か椅子を持ってきてあげて』と言ってくれたり」孫の幸子さんも、祖父母との思い出を語ってくれた。「金子おばあさまは、真剣に『私とママとどっちが好き?』って聞くんです。それで『ママ』と答えようものなら、私の大事な物を隠したり(笑)。忖度も一切なし。祖父・裕而のことも、『うちの人は天才ですから』と、誰の前でも、しゃあしゃあと言ってのけましたから」その金子さんが、乳がんを患った末に68歳で亡くなったのが’80年。正裕さんが語る。「母亡きあとの父は、とにかく、がっくりきていました。夫婦としても、音楽を通じても、認め合っていた2人ですから。母の金子は、ずっと古関裕而のファン第1号だったんです」結婚以来続いた、夫婦の固い絆。こんな秘話も明かされた。「手紙ですが、実は父から母に宛てたものは、ほとんど残っていません。母が夫婦げんかの末に焼いたから、と聞きました。父が若い女性歌手の名付け親になったそうなんです。それを知った母が激怒して、手紙を燃やし、父は家を追い出されたとか(笑)。それほどのジェラシーというのも、実は母の父への愛情の裏返しなんですよね」2人が送り合った、こんな熱烈な手紙がある。《私もただ、あなたを愛するのみです。キス、キス。私はこのレター一面にキスします》(金子)《金子さん!貴女は、私の発想の源です》(裕而)裕而が、音楽と共に歩んだ80年の生涯を閉じたのは、元号が平成に変わった’89年8月18日。正裕さんには、忘れられない父との最後のやり取りがある。「父が生前、よく口にしたのが、『目をつぶれば、自然に音楽が湧いてくる』という言葉。入院中に尋ねたことがあったんです。『80歳になった今でも音楽は湧いてくるの?』と。そしたら、『うん』とひと言。入院中、いつもベッドで穏やかに目をつむっていたのは、一人で湧き上がる音楽を聴いていたのでしょう」裕而が生み出す名曲は、いつも「発想の源」たる金子へのラブレター。やがて天国で再会する妻に、とびきりのシンフォニーを捧げるため、夫は最期のときまで、病床でも曲を作り続けたのだ。「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月13日理化学研究所(理研)は3月11日、iPS細胞とES細胞の違いを決める分子を特定したと発表した。同成果は理研ライフサイエンス技術基盤研究センタートランスクリプトーム研究チームのピエロ・カルニンチ チームリーダー、同 アレクサンダー・フォート 客員研究員と、理研統合生命医科学研究センター免疫器官形成研究グループの古関明彦 グループディレクターらの研究グループによるもの。2月12日付け(現地時間)の米科学誌「Cell Cycle」に掲載された。体細胞に由来するiPS細胞と受精卵に由来するES細胞は、幹細胞としての多くの共通した性質をもつ。これまで、両者では遺伝子発現が異なると報告がある一方、特定のiPS細胞はES細胞とほぼ区別がつかないという報告もある。同研究グループは、2014年に、iPS細胞とES細胞の核内にはこれまで知られていなかった数千種類のRNAが発現していることを独自技術によって明らかにしていた。また、その多くがレトロトランスポゾンという遺伝子因子に由来するノンコーディングRNA(ncRNA)であることを突き止めた。ncRNAは、メッセンジャーRNAと異なり、タンパク質の設計図として用いられないRNAのため、これまでの解析では詳しく調べられていなかった。今回の研究では、マウス由来のES細胞とiPS細胞を用い、ncRNAを含めた全転写産物の網羅的な発現比較を行った。その結果、ES細胞の核内で発現するncRNAの多くが、iPS細胞では十分に発現していないことが判明。これらのncRNAの中には、多能性に関わる遺伝子の発現を促進する遺伝子制御部位や、レトロトランスポゾン由来のRNA配列が含まれており、既存のiPS細胞作製方では、ES細胞で機能している多くの遺伝子制御部位の活性が十分に起きていないことが示唆された。今回の結果は、今後、臨床に用いるiPS細胞を適切に評価する方法の開発や作製技術の改良に役立つと期待される。
2015年03月11日