2023年・第80回ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞し、ポーランドとベラルーシの国境で「人間の兵器」として扱われる難民家族の過酷な運命を描いたポーランドの巨匠アグニエシュカ・ホランド最新作『Green Border』(英題)が、邦題『人間の境界』として5月3日(金・祝)に日本公開が決定した。ポーランド政府は2021年9月、EU諸国への亡命を求める人々で溢れるベラルーシとの国境付近に非常事態宣言を発令。ジャーナリスト、医師、人道支援団体らの立ち入りを禁止した。入国を拒絶された難民たちは国境で立ち往生し、極寒の森をさまよい、死の恐怖にさらされた…。本作は、ベラルーシ政府がEUに混乱を引き起こす狙いで大勢の難民をポーランド国境へと移送する<人間兵器>とよばれる策略に翻弄された人々の過酷な運命を、シリア人難民家族、支援活動家、国境警備隊の青年など複数の視点から描き出す群像劇。安全な生活を送れると信じてポーランドへ渡ってきたシリア人家族。しかし、ようやく辿り着いた直後、武装した警備隊から非人道的な扱いを受けた上にベラルーシへ送り返され、そのベラルーシからも再びポーランドへ強制移送されるという、どちらの国からも暴力と迫害に満ちた過酷な状況を強いられ、終わりのない無限地獄のような日々を過ごすことになる…。監督は、3度のオスカーノミネート歴を持ち『ソハの地下水道』『太陽と月に背いて』など数々の名作を世に送り出してきたポーランドの巨匠アグニエシュカ・ホランド。友人のカメラマングループと国境の写真を撮影するなど難民をめぐる問題を追っていた彼女は、この事態を受け情報が遮断された2021年に「国境に行くことができなくても、私は映画を作ることができる。政府が隠そうとしたものを、映画で明かそう」と本作の製作を決意したと語る。政府や右派勢力からの攻撃を避けるためスケジュールや撮影場所は極秘裏のうちに、24日間という驚異の猛スピードで撮影を敢行。隠蔽されかけた国境の真実を、大量のインタビューや資料に基づき、心を揺さぶる人間ドラマとして映像化を果たした執念の1作だ。実際に難民だった過去や支援活動家の経験を持つ俳優をキャスティングしたことで、ドキュメンタリーと見紛うほどの圧倒的なリアリズムが産み出されている。2023年ヴェネチア映画祭コンペティション部門でお披露目されると、その複雑かつスリリングで息をもつかせない展開が、モノクロームの圧巻の映像美とともに絶賛を集め、審査員特別賞を受賞。ロッテルダム国際映画祭の観客賞をはじめ、これまでに17の賞を受賞、20のノミネートを果たし(2月27日現在)世界各国の映画祭で高い評価を獲得している。こうした国際的な圧倒的高評価の一方で、当時のポーランド政権は本作を激しく非難、公開劇場に対して上映前に「この映画は事実と異なる」という政府作成のPR動画を流すよう命じるなど異例の攻撃を仕掛けた。しかし、ほとんどの独立系映画館がその命令を拒否。ヨーロッパ映画監督連盟(FERA)をはじめ多数の映画人がホランド監督の支持を表明し、政府vs映画という表現を巡る闘いが世界的な注目を集めた。政府からの猛批判は監督が訴訟を示唆するまでに発展し、宣伝会社のSNSに誹謗中傷が寄せられるなど監督自身が身の危険を覚えるほど論争が激化する中、ポーランド国内では公開されるや2週連続トップの観客動員を記録。ポーランド映画として当時年間最高となるオープニング成績をたたき出し、異例の大ヒットとなった。この度解禁となった日本版ポスターは、ポーランドとベラルーシ国境の鉄条網を隔て、シリアからの難民である幼い少女と銃を携えた国境警備隊の兵士が相対するシーンを切り取った力強いデザイン。2人の間には国境線を思わせる亀裂が入り、少女の真っすぐな視線とともに『人間の境界』という邦題により、我々に「人を隔てるものは一体何なのか?」という現在の難民をめぐる問題を象徴しながらも根源的な問いを投げかける。キャッチコピーは「その場所で、人間は兵器になる」。政治のコマとして移民を利用するベラルーシの策略に、幼い子どもすらも巻き込まれているという不条理な惨状が迫るものとなっている。『人間の境界』は5月3日(金・祝)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて順次公開。(シネマカフェ編集部)■関連作品:人間の境界 2024年5月3日TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開©2023 Metro Lato Sp. z o.o., Blick Productions SAS, Marlene Film Production s.r.o., Beluga Tree SA, Canal+ Polska S.A., dFlights Sp. z o.o., Česká televize, Mazovia Institute of Culture
2024年03月01日21日、ガザに赴任した国境なき医師団の医師3人も犠牲になったと報道が。人口の半数が18歳以下のガザ地区に、子供たちの笑顔が戻る日は来るのだろうかーー。「ガザ地区北部にあるシファ病院にいるスタッフによると、10月の段階で、子供を含めた多くの人々が無差別の空爆や襲撃、そして医療機器や薬が不足しているため、亡くなっています」イスラエル軍が攻撃しているシファ病院の状況を語るのは、ガザ地区で医療支援活動を行う国境なき医師団(以下、MSF)の白根麻衣子さん(36)だ。今年5月からガザ地区に赴任し、現地では診療所や病院の人事を担当しており、MSFが外科診療を支援していたシファ病院にも、1週間に1度は通っていたという。「ガザ地区では最大規模の病院。国際人道法でも病院は攻撃対象にしてはならないため一般人も避難していましたが、その病院が攻撃され、多くの命が失われました。ニュース映像で病院の変わり果てた姿を見ると憤りを感じます」状況が一変したのは、ガザを実効支配するハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃と、その報復の空爆があった10月7日だ。「宿舎で寝ていたんですが、朝6時30分くらいに空爆やミサイルの音で目を覚ましました。ベランダに出ると500メートルくらい離れたビルの向こうから、ミサイルを発射する光が何本も目視できました」MSFのマニュアルにのっとり、宿舎地下にある避難所に10人ほどのスタッフと共に避難。インターネットが使えたためニュース番組を見て、状況の推移を見守っていた。「最初は“2〜3時間で収まるだろう”と楽観視していましたが、夜になっても、2〜3日たっても一向に収まらず、大きな紛争だと理解しました。避難生活4日目くらいに、20メートルほど先の建物にミサイルが撃ち込まれ、爆風で窓ガラスが一斉に割れたときは、地下の避難所もすごい振動があって、命の危険も感じました」久しぶりに屋外に出たのは、イスラエル政府が、ガザ地区北部から南部へ避難するようにアナウンスした同13日のことだった。「ふだんは人通りが多く、車のクラクションが鳴り響くような活発な街なんです。ガザは人口の約半分が18歳以下なので、子供たちの遊ぶ声も絶えず、外国人が珍しいために覚えたての英語で声をかけてくることもあったんです。でも、南部へ避難するときは街がシーンと静まりかえって、ときおり大きな荷物を持って、幼い子供をつれて歩いて避難している家族の姿を見かけるくらいでした」南部へ到着した白根さんたちは、国連施設に設けられた避難所やその駐車場で野宿生活を始めた。数万人の避難民が押し寄せ、トイレや布団も足りない。「私たちを含め、多くの人が野宿生活でした。小さな子供のおむつもないし、水がないために洗濯も満足にできません。なにより、南部への避難指示はあったものの、絶え間なく空爆とミサイルの発射音が聞こえ、子供たちは怯えて泣いているし、母親も疲れ果てていました。私たちの車にはMSFのロゴがあったため『糖尿病の薬が欲しい』『子供が熱を出したから解熱薬が欲しい』と患者家族が来ました。でも、平時なら簡単に提供できる薬もまったくなく、落胆して帰っていく人の姿を悔しい思いで見ることしかできなかったんです」一方、パレスチナ人の現地スタッフは、白根さんたち外国人スタッフのために尽力してくれた。「セキュリティ上、私たち外国人スタッフは避難所の駐車場から出て、食料など物資の調達はできませんでしたが、代わりに現地スタッフが命を顧みずに探してきてくれるんです。そして『あなたたちに、こんな思いをさせてごめんね』と、彼らが悪いわけではないのに、私たちに謝ってくるんです……。私たちの居場所を知った女性スタッフの一人は、頼んでもいないのにツナやミートローフ、豆の缶詰、トイレットペーパーやウエットティッシュ、歯ブラシ、シャンプーや下着も持ってきてくれたんですね。私たちを家族のように思いやってくれるんです。みんな、私たちと同じように明日には水や食料が尽きるかもしれない避難生活をしているのに……」同27日には通信網が遮断され、ますます状況は悪化した。水や食料を調達するにも、情報が入ってこないために、現地スタッフは危険な屋外を探し回ることになる。物資や情報が入手できない恐怖と、空爆が一日も鳴りやまず爆発の音で眠れない日々が続き、諦めの気持ちも出てきた。そんなとき、仲間や援助してくれるパレスチナ人とともに心の支えとなったのは、日本にいる母の言葉だった。「電話は使えたので、母に『ダメかもしれない』と伝えたんです。でも、母は強い人で、力強く『あなたは絶対に大丈夫!元気に帰ってくるのを信じている』と勇気づけてくれたんです」避難生活を26日過ごした11月1日に、エジプトの国境が開放され、外国人は退避できるという情報を手に入れた。国境でも現地スタッフが通訳をして、群衆をかき分けて通れる道を作ってくれた。「彼らは国境を越えることができず、危険なガザに残らなければならないんです。ガザの状況は日に日に厳しくなり、子供の遺体も病院の遺体安置所に入りきらず、当初はアイスクリームを入れる冷凍庫に安置していましたが、その電力すらなくなり、いまは屋外に放置せざるをえないそうです。しかも空爆やスナイパーによる攻撃があるので、埋葬もできません。だから国境を越えたとき、安堵の気持ちはありましたが、うれしい気持ちはありませんでした」11月5日に帰国した白根さんだが、現地スタッフに恩返しをするためまたガザに戻りたいという。「残念ながらMSFのスタッフや家族が、空爆によって亡くなっています。私たちが医療支援するにも、今は即時停戦が必要なんです。その一助になるため、たとえ私の小さな声であっても、発し続けなければならないと思っています」
2023年11月30日ヴェネチア、ベルリンの国際映画祭をドキュメンタリーで初めて制した名匠ジャンフランコ・ロージの最新作『国境の夜想曲』から、中東の紛争地の治安を守り続ける、女性のみの「ペシュメルガ女性部隊」の本編映像とオフショットが到着した。本作の舞台となる中東。その紛争地域に国家とは認められていないが実質的にクルド人が暮らすイラク北部クルド自治政府が存在する。そのクルド自治政府が統括する武装部隊が「ペシュメルガ」。クルド語で「死と対峙(たいじ)する者」を意味し、強力な装備と練度の高さから戦闘力は1国の軍隊に匹敵するとされる。兵力は約22万人ともいわれ、クルド自治区の治安維持を担う。2003年のイラク戦争では米国を支援し、クルド人を弾圧していたイラクのフセイン政権を崩壊に導いた。そのペシュメルガには女性部隊が存在する。家族や友人をISISによって失い、二度と同じことを繰り返さないために戦う者や、家族がすでに武装部隊として活動しており自然な成り行きとして参加する者など様々。本作では女性たちが大きな武器を持ち警備にあたる様子や、武器の手入れをし、束の間の休息にひとつの暖房とやかんを囲んで暖を取り、体を寄せ合って眠るなどの日常が記録されている。やかんにかざす手の中には、左手の薬指に指輪をしている者もいる。また、撮影時のオフショットとして、ロージ監督を囲む女性兵士たちの写真も公開。移動のバス内で撮られたもので、ぎこちない笑顔ながらも監督と兵士たちの間に和やかな関係が生まれたことを感じさせる貴重な1枚となっている。クルド自治区ではISISと対峙する形がいまも続いている。2019年、アメリカにより当時のIS指導者アルバクダディが殺害され、弱体化したかに見えたが、すぐに次なる指導者を擁立。しかし、その指導者アブイブラヒム・ハシミ・クライシも今月3日に米軍の急襲により自爆死。アメリカ政府はこの作戦により、「おぞましいテロリストはこの世を去った。我々は世界中のどこであろうとテロリストたちを追い詰める」と話すが、クルドの人々にとって、安住の日はまだ限りなく遠いといえるだろう。『国境の夜想曲』はBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開中。(text:cinemacafe.net)■関連作品:国境の夜想曲 2022年2月11日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開©︎ 21 UNO FILM / STEMAL ENTERTAINMENT / LES FILMS D’ICI / ARTE FRANCE CINÉMA / Notturno NATION FILMS GмвH / MIZZI STOCK ENTERTAINMENT GвR
2022年02月14日沖縄本土復帰50周年という節目で、日本最西端の与那国島を舞台とした映画『ばちらぬん』が、『ヨナグニ~旅立ちの島~』と共に特集上映『国境の島にいきる』にて上映されることが決定した。かつて「与那国島」はアジアの交易の中継地として栄えてきた。その交流から生まれた文化と、日本や沖縄本島とも異なる独自の言語は島の誇りであった。1972年、沖縄の日本本土復帰とともに、与那国は日本の最西端つまり国境の島になった。その後50年の間、島はどのように移り変わり、⼈々の暮らしはどのように変化したのか。そして、時代を経てもなお変わらないものとは。2021年、世界がコロナ禍に見舞われる中、与那国島はふたつの映画を生み出した。島に生まれ育った若き才能が描く望郷の島『ばちらぬん』、欧州からやって来た気鋭の視点で描かれる⽇常の島『ヨナグニ~旅立ちの島~』。与那国島を新たな角度から描いたこの作品を通して、国境の島そして復帰50周年の意味を問い直す。『ばちらぬん』は監督・東盛あいかの故郷である与那国島の日常や祭事を取材したドキュメンタリーと花、果実、骨、儀式などをモチーフに幻想的に描かれる世界が交差しあう実験作。現実とフィクションが溶け合い、ジャンルの枠を超えた映像によって島に紡がれてきた歴史、文化、人々の記憶がスクリーンに映し出される。本作で東盛は監督のみならず主演も務め、2021年のぴあフィルムフェスティバルにて見事グランプリを受賞した。その後、東京国際映画祭での上映など各方面から注目を集めている。もう一作『ヨナグニ~旅立ちの島~』はイタリア出身の映像作家アヌシュ・ハムゼヒアンと写真家ヴィットーリオ・モルタロッティのコンビが監督を務めた。彼らが「スコットランドを思わせるような曇り空の美しい島」と言い表す与那国像は、新しい視点から島の表情を見せてくれる。なお、公開に際し『ばちらぬん』の東盛監督は「人に島に愛された映画『ばちらぬん』が与那国島から海を渡り全国へ。初監督作がここまでこれた事を感謝致します。本作は沢山の追い風を受けて進み始めます。島の生命 力溢れる映画を多くの方に観てもらいたいです」と語る。2022年、復帰50周年を迎える沖縄に新しい風が吹く。 4月30日(土)より沖縄・桜坂劇場での先行上映を皮切りに、5月7日(土)からは東京・K’s cinema、アップリンク吉祥寺、翌週13日からはアップリンク京都、大阪・第七藝術劇場をはじめ全国でロードショー。《コメント》「故郷への深い想いと映画づくりの熱情が、魂に力強く優しく温かく響いてきた。なんて美しく純粋な映画なんだろう。」 『ばちらぬん』へ向けて――井浦新(俳優)《予告編》特集『国境の島にいきる』4月30日(土)公開
2022年02月11日ジャンフランコ・ロージ監督最新作・ドキュメンタリー映画『国境の夜想曲』が、2022年2月11日(金・祝)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー。ジャンフランコ・ロージ最新作映画『国境の夜想曲』は、第77回ヴェネチア国際映画祭で3冠に輝いた作品。『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』と『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』で、ベルリン・ヴェネチアを“ドキュメンタリー映画で初めて”制覇し、アカデミー賞ノミネートも果たした名匠ジャンフランコ・ロージの最新作だ。3年以上の歳月を費やし、イラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯で撮影を行った。紛争が多発する国境エリアの人々を映すこの地域は、2001年の9.11米同時多発テロ、2010年のアラブの春、2021年のアメリカのアフガニスタンからの撤退など、侵略・圧政・テロリズムにより、多くの人々が犠牲になっているエリア。いくつもの痛みに満ちたこの場所を、ジャンフランコ・ロージ監督は通訳を伴わずにひとりで旅し、そこに残された母親や子供、若者の声に耳を傾け続けた。母親たちの死を悼む哀悼歌、癒えることのない痛みを抱えた子供たち、精神病院の患者たちによる政治の無意味さについての演劇...。夜の暗闇から、一条の希望を見出し生きようとする者達の姿を映し出す。予告編は、オレンジ色の囚人服を着た男たちが、刑務所を徘徊するシーンからスタート。アメリカ国旗を掲げた装甲車が並ぶ場面を差し込みつつ、亡き息子を想う母親、心に深い傷を負った子供たちなど、戦争や侵略に翻弄され辛い状況に置かれた人々の苦境と共に、「空が綺麗だ」と笑い合う普遍的な恋人たちの姿も映し出す。どんな状況にあっても生きることを諦めない人々の力強さと希望を感じさせる内容だ。【詳細】映画『国境の夜想曲』公開日:2022年2月11日(金・祝)より、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー監督・撮影・音響:ジャンフランコ・ロージ配給:ビターズ・エンドイタリア・フランス・ドイツ/2020年/104分/アメリカンビスタ(1:185)/アラビア語・クルド語/原題:NOTTURNO
2021年12月08日セイコー アストロン(Seiko Astron)のグローバルライン スポーツ 5Xチタンから、国境なき医師団とのコラボレーションによる限定モデルが登場。2021年8月6日(金)より、国内限定500本で発売される。セイコー アストロン×国境なき医師団の限定コラボ腕時計緊急性の高い医療ニーズに1秒でも早く応えるため、国境を越えて医療および人道援助活動を行う民間・非営利の国際団体「国境なき医師団」。今回は、セイコーの創業140周年、国境なき医師団の設立50周年を記念し、国境なき医師団のストイックな精神を表現した特別なコラボレーションモデルが制作された。ホワイトを基調にアクセントのレッドを効かせて象徴的なベゼルは、艶やかなホワイトのセラミックス素材と、国境なき医師団のブランドカラーであるレッドのアルミパーツを組み合わせた2トーンカラーに。ベゼル同様にホワイトカラーで統一した文字盤にもレッドを部分的に採用することで、その純白のケースをより一層美しく引き立てている。鮮やかなレッドの強化シリコンストラップが付属バンドはケースと一体感のあるチタン製に加えて、レッドの強化シリコン製ストラップがオプションとして付属。バンドを付け替えれば、鮮やかなレッドカラーが際立つ、スポーティーな印象の一本へと早変わりする。このほか、日常使いの擦り傷や小傷を防ぐセイコー独自の表面加工技術「ダイヤシールド」を施したチタン製のケース、タフな環境に耐える20気圧防水、操作性に優れた大きなボタン形状と、優れた実用性で幅広いシーンに対応するGPSソーラーウオッチとなっている。なお、本モデルの売上金額の一部は、国境なき医師団の緊急対応の最前線に立つ精鋭「緊急チーム」に活動資金として支援される。商品情報セイコー アストロン×国境なき医師団 コラボレーションモデル発売日:2021年8月6日(金)希望小売価格:330,000円販売数量:国内限定500本品番:SBXC091ケース:セラミックス+チタン(ダイヤシールド)バンド:チタン※付け替え用の強化シリコン製ストラップつき。防水性能:日常生活用強化防水(20気圧防水)ケースサイズ:[外径]42.8mm(りゅうず・突起部含まず)、[厚さ]14.9mm<ムーブメント仕様>GPSソーラームーブメント キャリバー 5X53時間精度:平均月差±15秒(受信できない状態で、気温5℃~35℃において腕に着けた場合)受信機能:GPS衛星電波受信によるタイムゾーン修正機能、スーパースマートセンサー(自動時刻修正機能)、強制時刻修正機能※「5Xシリーズ」では、キャリバー 5X53は、タイムゾーン修正(手動を除く)に成功すると、その地域のDST(サマータイム)の実施情報を反映した時刻を表示する。【問い合わせ先】セイコーウオッチ(株)お客様相談室TEL:0120-061-012
2021年07月09日「国境なき子どもたち」は、国際的な医療・人道援助を目的とした非政府組織「国境なき医師団」の日本支部から派生し、独立した認定NPO法人。’97年の発足以来、この20年で15の国と地域で、延べ8万人以上の子どもたちに生活の場や教育の機会を与え、職業訓練を行うなどして、その自立を助けている。 特徴的なのは、支援の手が最も届きにくい15歳以上の青少年を主な対象としていること。人身売買の被害に遭ったり、自然災害、紛争などで親を亡くし、路上生活を余儀なくされた子どもたちに手を差し伸べている。 寺田朗子さん(71)は、’92年の「国境なき医師団日本」の開局当初からのボランティアスタッフで、’98年から7年間、「国境なき医師団日本」の会長を務め、’09年、認定NPO法人「国境なき子どもたち」の会長に就任。現在も会長として活動を続けている。 まさに両組織の生みの親ともいえるのだが、その口癖は、「私は何もしてないの」。うふふとほほ笑みながら、寺田さんはこう言った。 「だって、本当にそういう感じですよ。それこそ普通の主婦だったんですから、私」(寺田さん) 謙虚で率直な人柄は多くの大人たちを、そして、子どもたちをも魅了する。 ’46年5月16日、東京・渋谷で生まれた寺田さん。幼稚園から高校まで、女子校の名門・雙葉学園で学んだ。その後、フランス語の教師になろうと、東京外国語大学フランス語学科へ。超難関だった留学のための奨学金制度「サンケイスカラシップ」に合格し、大学3年の秋から1年間、フランスのグルノーブル大学へ留学を果たす。留学の年に開催されたグルノーブル冬季五輪の開会式で、コーラスグループの一員としてフランス国歌を歌い、日本選手団の通訳を務めた。 充実した留学生活を送り、’68年夏、帰国。帰国の翌年、大手メーカーに勤めていた5歳上の保信さん(現・寺田倉庫会長)と結婚する。学生結婚だった。大学に籍を置いたまま、24歳で長男、26歳で次男を出産。28歳で大学を卒業し、同じ年の秋に長女を出産。 子育てが一段落すると、寺田さんは同窓会の手伝いを始めた。最初は雙葉の、やがては外語大の同窓会も手伝うことになり、しだいに人脈が広がり、それが新たな出会いを運んでくることになった。 「フランス語のできる人、いないかな。今度、フランスに本部があるNGOの人間が日本に支部を開設しに来るんだけど、手伝わないか?」 外語大の先輩から、そう声をかけられたのは’92年12月。寺田さんは46歳になっていた。「会うだけ、会ってみてよ」と言われ、先輩が経営する会社に出向くと、大柄なフランス人男性が待っていた。「国境なき医師団」の日本支部開設のため、パリから派遣された、40歳を超えたばかりのドミニク・レギュイエさん(65)だった。彼女はボランティアスタッフ第1号になった。 それから5年、ドミニクさんを事務局長に、数人のスタッフで活動を続けていた「国境なき医師団日本」は、’97年、法人格取得の準備を開始。翌年、初代会長の辞任に伴い、会長に推された寺田さんは軽い気持ちで引き受けた。 「実務はドミニクやスタッフがやってくれますし。1~2年で交代してもらおうなんて、思っていたんです」(寺田さん) ところが、会長就任直後の’99年、「国境なき医師団」は28年間の人道援助活動が評価され、ノーベル平和賞を受賞し、事態は一変する。寺田さんは、日本支部の代表として、12月10日、ノルウェー・オスロで催された授賞式に、多くの国の代表とともに出席することに。 「あの授賞式で、すべてが変わっちゃいましたね。取材や講演依頼が山ときて」(寺田さん) 寺田さんの講演は、年間50回を超え、イギリスやフランスにも招かれた。 「忙しかったし、しんどかった。でも、こんな思いができるのも、神様からのプレゼントかなと。普通の主婦だった私が、こんなご褒美をもらっていいのかしらって。だって、私は何もしていないんだもの」(寺田さん) そんな彼女を25年、見つめてきた盟友・ドミニクさんはこう話す。 「寺田さんは、切手貼りや電話番といったベーシックな作業でも、皇族の方々への連絡といったレベルの作業であっても、同じように快く引き受け、なし遂げてくれる。その柔軟性は素晴らしい才能です。彼女は、エネルギッシュで、どんなことにも熱意を注ぎ込む。専業主婦とノーベル賞授賞式は、とても遠いものに思われるかもしれませんが、彼女のような姿勢があれば、どんなことでも可能なのです」(ドミニクさん) 「国境なき医師団」の「子どもレポーター」(現在は、「国境なき子どもたち」の「友情のレポーター」)は’95年から始まっている。 当初は日本の子どもを「国境なき医師団」の活動拠点に派遣し、現地の医療支援をレポートしてもらう活動だった。しかし、その後も現地の子どもたちとの交流が続くなかで、さまざまな状況や現実が見えてきて、教育支援など活動は多岐に渡っていく。 こうして「国境なき医師団」の日本の青少年向けプロジェクトは「国境なき子どもたち」というNPO法人に成長。寺田さんは会長に就任する。 「両方の活動を通して、私は数えきれないくらい宝物のような出会いをもらったんです」(寺田さん) 現在、「国境なき子どもたち」は日本、カンボジア、フィリピン、バングラデシュ、ヨルダン、パレスチナ、パキスタンの7カ国でその活動を続けている。寺田さんは、専業主婦時代から何も変わっていないのかもしれない。目の前の子どもたちの成長を、見逃すことなく、見つめていきたいと願うだけだ。
2018年01月20日ナチスドイツ支配下のフランスからスイスの国境を目指し、勇気の旅を続けた少女の実話から生まれたフランス・ベルギー合作映画『FANNY’S JOURNEY』が、邦題を『少女ファニーと運命の旅』として8月11日(金)より公開されることが決定した。1943年、ナチスドイツの脅威はヨーロッパ中に広がり、フランスもその支配下にあった。勝ち気さを内に秘めた13歳のユダヤ人の少女ファニーは幼い2人の妹と共に、協力者たちが秘かに運営する児童施設に匿われていた。ファニーの楽しみは、検閲の目をくぐって届く母からの手紙と、夜中にベッドの中で父からもらったカメラのファインダーを覗いて楽しかった日々を思い出すこと。だが、ある日、心ない密告者の通報により、子どもたちは別の協力者の施設に移らなくてはならなくなる。やっと落ち着いたと思ったのも束の間、その施設にもナチスの手が…。ファニーたちは列車を使って移動するが、ドイツ兵による厳しい取り締まりのせいで引率者とはぐれてしまう。見知らぬ駅で取り残された9人の子どもたち。いつの間にか彼らのリーダー役となったファニーは、バラバラになりかける子どもたちの心を1つにし、いくつもの窮地を勇気と知恵で乗り越え、ひたすらスイスの国境を目指す。しかし、追っ手は彼らのすぐそばまで迫っていた――。ナチスの追跡を逃れ、フランスからスイスの国境を目指す13歳の少女の決してあきらめない旅を描く本作は、ファニー・ベン=アミの自伝に基づく実話。純粋で前向きな子どもたちの姿が、観る者の心を打つ勇気と感動の物語だ。「フランス映画祭2017」で来日する予定の映画監督ジャック・ドワイヨンを父に持ち、女優で歌手のルー・ドワイヨンが異母姉妹、夫は『スパニッシュ・アパートメント』など青春3部作で知られるセドリック・クラピッシュという女性監督ローラ・ドワイヨンがメガホンをとった。キャストには、レオニー・スーショー、セシル・ドゥ・フランス、ステファン・ドゥ・グルート、ライアン・ブロディらが名を連ねている。『少女ファニーと運命の旅』は8月11日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国にて公開。(text:cinemacafe.net)
2017年05月18日『バイオハザード:ザ・ファイナル』にも出演する韓国の人気俳優イ・ジュンギを主演に迎え、中国とイタリアを舞台に国境を越えた純愛を描いた『Never Said Goodbye』が、『シチリアの恋』として2017年4月より日本公開されることが決まった。突然、シチリアへ留学すると宣言したジュノ。フィアンセであるシャオユウとの関係にもピリオドが打たれた。絶望したシャオユウは、ジュノのあまりにも突然なシチリア行きを不審に思い、本当の理由を探ろうとする――。本作は、中国・上海とイタリア・シチリアを行き来しながら、国境と地域を越えて愛を育む一組の男女の正統派ラブストーリー。2016年8月に公開された中国では、上半期の恋愛映画としては初日観客動員数ナンバーワンを記録し、話題をさらった。愛する女性シャオユウを最後まで守ろうとするパク・ジュノ役を演じるのは、韓国トップスターのイ・ジュンギ。2001年からモデルとして活躍後、2000分の1の競争率からオーディションで合格。2005年公開の『王の男』で女性と見まがうほどの端正な容姿を持つコンギル役で一躍脚光を浴び、『初雪の恋~ヴァージン・スノー~』では宮崎あおいと共演。現在も、ドラマ「麗<レイ>―花萌ゆる8人の皇子たち―」や「夜を歩く士(ゾンビ)」などで話題を集めている。本作では、中国に渡ってきた韓国人留学生に扮し、愛する女性を最後まで守る好青年を熱演。さらに、ラストシーンと共に響き渡るエンディング曲「For a while」はイ・ジュンギの楽曲で、本作のメガホンをとった林育賢(リン・ユゥシェン)監督が気に入り採用された特別な1曲。相手役は、『サンザシの樹の下で』で巨匠チャン・イーモウ監督に見いだされてデビュー、人気女優として活躍するチョウ・ドンユイが務め、イ・ジュンギと息の合った演技を見せる。このたび解禁された場面写真でも、イ・ジュンギとチョウ・ドンユイ演じる恋人同士の2人が、顔を寄せ合い見つめ合う胸キュンなシーンが切り取られている。プロデューサーとして、作品に出演する俳優たちをスターへと押し上げることで有名な香港の3大監督の中の1人、スタンリー・クワンが製作を総括。ドキュメンタリー『ジャンプ・ボーイズ』で注目を集めたリン・ユゥシェン監督が、胸キュンラブストーリーをどう描き出すのか期待していて。『シチリアの恋』は2017年4月よりシネマート新宿ほか全国にて公開。(text:cinemacafe.net)
2016年12月21日サイニャブリー県パークライの街の中心部 著者撮影サイニャブリーを早朝に出発しパークライという街に着いたのは11時過ぎだった。そこから更に国境の町、ゲーンタオに向かう。ゲーンタオ行きの乗り合いトラックは、13時の出発だという。 街を観光するにもパークライには観光スポットらしき場所は無いに等しい。メインストリートを外れると何も無い。街道沿いの典型的な田舎町。メインストリートをブラブラと歩いていると、タイのナンバーを付けた大型トレーラーが何度も行き交うのを見かけた。隣国のナンバーの車を見かけるのは国境近くの町ならではだ。13時過ぎ、自分を含め6人を乗せた小型トラックは出発した。トラックの荷台から見える景色は今まで旅してきたラオス北部の山間部のようなダイナミックな眺望では無い。交通量もタイのように多く無い。約1時間でゲーンタオの市場に到着した。そこから国境までは更にトゥクトゥクに乗る。あっという間に国境ゲート手前に到着した。ここでもトゥクトゥクの運転手が手招きしていたがゲートまでも歩ける距離だったので無視してラオス側のイミグレーションに行き出国手続きをした。外国人旅行者など誰一人としていない。タイ、ラオス人でさえまばらだ。出国手続きを済ませそのまま歩いていくと小さな橋があった。下には小川が流れていた。ここが国境線なのだろう。橋のたもとに小さな小屋があり国境警備兵がいた。パスポートを見せると「歩いてきたのか?この橋は歩いて渡れないよ」とラオス語で言われた。だから、トゥクトゥクの運転手が手招きしていたのか。ラオス側でトゥクトゥクに乗り、出国手続きをしそのまま、タイ側のイミグレーションまでトゥクトゥクで行く事になっているらしい。チェックポイントでトゥクトゥクが来るのを待つ。警備兵が止めてくれたトゥクトゥクに乗り無事にタイ側のイミグレーションもクリアー。国境近くから乗り合いトラックに乗りターリに向かう。ターリーの町の外れにあるバスターミナルからルーイ行きの乗り合いトラックがあるのだがここでも待ち時間1時間ほど。結局、ルーイのバスターミナルに着いたのは夕方5時を過ぎていた。パークライのバスターミナル 著者撮影タイからやって来る大型車が目に付く 著者撮影パークライから国境のゲーンタオへ向かう 著者撮影国境にて(ラオス側) 著者撮影 (text & photo : 中島貴義) 熱帯写真家フォトエッセイ「アジアの街角から」その他の記事を読む>
2016年05月24日著者撮影 タイラオス友好橋のラオス側イミグレーション朝一番のバンコク発ウドンタニー行きのフライトでウドンタニーやって来た。空港から国境行きのロットゥー(ミニバン)があるのだが、ウドンタニーの街で朝食を食べてから国境に向こうことにした。 バスターミナルの近くの食堂に入り、カイガタと呼ばれるフライドエッグを注文した。カイガタとはカツ丼を煮るような小さな小鍋で作る目玉焼きでイサーン地方で多く食べられている朝食のひとつ。小さめのバケットのようなパンとコーヒーで朝食を済ませバスターミナルに戻った。9時発のビエンチャン行きのバスでウドンタニーを出発。日曜日の朝早い時間のせいか車内は空席が目立つ。1時間ほどでタイ・ラオス友好橋に到着。バスを降りイミグレーションでタイの出国スタンプをもらう。イミグレーションのオフィスビルを出たところでウドンタニーから乗ってきたバスに再び乗車。バスの運転手が人数を確認するので置いて行かれることはないと思う。鉄道と共用の橋は左側通行だ。ゆっくりと橋を越えラオス側のイミグレーションに到着。昔は対岸のタードゥアまで渡し船でメコンを越えたのだが、メコンの流れを眺め国境を越える旅の醍醐味を味わうこともなくあっという間に到着。ラオス側に着くと橋の通行料?としてICカードのようなチケットを買わないと行けない。入国カードもイミグレーションの窓口に「入国カードをくれ!」と言わないともらえない。イミグレーションの職員は無愛想で手際が悪いことが多い。ラオス語で「サバイディー」などといっても笑うことすらない。無事に入国スタンプを押してもらい。自動改札のようなゲートを通る。ここでさっき購入したカードを挿入する。イミグレーションを出たところで再びバスに乗り込み、ビエンチャンのタラートサオのバスターミナルに向かう。タラートサオまでは30分ほどだ。風景はそんなに変わらないのだがタイとの違いを感じてしまう。時間の流れも違うように感じてしまうのはなぜだろうか。著者撮影 イサーンの朝はカイガタから始まる著者撮影 ウドンタニー発ビエンチャン行きの国際バス著者撮影 メコン川を越える。左側がタイで右側がラオス著者撮影 ラオスといえばフランスパンだ (text & photo : 中島貴義) 熱帯写真家フォトエッセイ「アジアの街角から」その他の記事を読む>
2016年04月02日富士通とみずほ銀行、富士通研究所は3月9日、取引履歴の改ざんが事実上不可能なブロックチェーン技術を応用し、国境を越えた証券クロスボーダー取引の決済業務に要する期間を、従来の3日間から即日に効率化するための実証実験を共同で実施したと発表した。これまでも、証券クロスボーダー取引の決済プロセスにおいて、集中管理によるデータ共有することで決済に要する日数を短期化することが検討されてきたが、システムの運用管理コストが大きくなるなどの課題があり、実現できていなかった。実証期間は、2015年12月~2016年2月(実施済み)で、今回の共同実証実験にあたり、みずほ銀行は証券決済業務のノウハウの提供、富士通は実証システムの開発・評価・検証、富士通研究所はブロックチェーン技術の適用検証をそれぞれ担当した。今回の実証実験の目的は、ブロックチェーン技術を活用し、大規模な決済システムを新規に構築することなく、約定情報を改ざん不可能なデータとして瞬時に共有・決済できる仕組みを構築することで、約定から決済までの期間を従来の3日間から即日に短縮。低コスト・低リスクな証券クロスボーダー取引を実現するとしている。実証実験は、ブロックチェーンのOpen Assets Protocolを応用し、富士通のクラウド環境上で、1件の約定情報(対象銘柄、株数、通貨コード、金額、決済国、決済方法、決済日)を1つの関連したブロックとして記録し、ブロックチェーンを形成するシステムを構築。同システムで生成される約定情報を含むブロックは時系列にブロックチェーンとしてつなげられ、改ざん不可能な情報となる。さらに、その情報が複数社間で共有できることから、結果として決済業務の時間短縮が可能なことを確認した。今後、3社は今回の共同実証で得られた結果を活かし、2016年3月以降、証券クロスボーダー取引におけるブロックチェーン技術の適用実現に向けた方針を検討していくという。
2016年03月09日○世界中で医療・人道援助活動を展開する国際NGO1971年にフランスで設立された、非営利で国際的な民間の医療・人道援助団体、国境なき医師団。同団体はこれまで、ボスニア、ソマリアなどの紛争地や、エボラなどの感染症がまん延する地域、ハイチ大地震、東日本大震災などの自然災害の被災地において、緊急医療援助活動を行ってきた。また、医療・人道援助団体であるとともに、援助活動の現場で目にした、人権侵害や紛争・災害の状況などを国際社会に伝える「証言活動」も主な使命としている。そうした活動資金のほとんどは、民間からの寄付でまかなうなど、独立・中立・公平の原則に基づく人道援助活動が高く評価され、1999年にはノーベル平和賞を受賞。現在、世界約70の国と地域で、日本人医師や看護師をはじめとする3万6000人のスタッフが援助活動を行っている。この国境なき医師団の日本での事務局となるのが、特定非営利活動法人 国境なき医師団日本である。昨年、日本からは87人のスタッフが23カ国へ派遣されて援助活動を実施。最近では、今年4月に発生したネパール大地震の被災地に6人の日本人スタッフを派遣している。派遣スタッフの職種は、医師、看護師のみならず、物資輸送の専門職や建築士、マネジメント専門家など多様だ。一方、事務局のスタッフは約50人となっており、主に現地活動のコーディネイトや寄付金等の資金調達、広報活動などを行っている。昨年、日本での寄付金の総額は約70億円に達しており、その9割以上は民間からのものである。しかも、個人からの寄付が最も多い。このように、人々の善意の寄付行為によって活動が成り立っている同団体にとって、活動の意義などを広く知ってもらう広報活動や寄付金の募集活動は極めて重要である。最近ではオンラインによる寄付の伸びが目立つという。そんな団体における広報と資金調達の中核を担う公式Webサイトとオンライン寄付受付システムのインフラには、テコラスのフルマネージドホスティングサービスが使われている。テコラスでは2014年よりプロボノ(各分野の専門家が、職業上持っている知識・スキルや経験を生かして社会貢献するボランティア活動)としてインフラ環境を国境なき医師団日本へと寄付するとともに、IT運用管理のスペシャリストとしてのスキルも提供しているのである(回線料は除く)。財務/IT IT担当マネジャーの近藤昇久氏は、テコラスのサービス導入についてこう話す。「皆さまからの寄付金ですべての活動費をまかなっていますので、内部のコストをなるべく抑えながら、現地の活動資金にどれだけ回すことができるかがとても重要です。システム投資も最小のコストで最大の成果を上げなければなりませんので、高い技術力に基づいたサービスを無償で利用できるのは非常に助かっています」○知識・経験豊富なプロの支援でトラブルゼロを実現国境なき医師団日本はこれまでも、Webサイトでの広報活動やオンラインでの寄付金受付は行っていたが、システム障害やメンテナンス時のサービス停止に悩まされていた。「知名度の上昇とともに寄付金の額も大きくなり、しかもオンラインによる寄付が増加していることから、Webサイトの安定性をいかに確保するかというのは喫緊の課題でした」と振り返るのは、財務/IT ビジネス・アプリケーション・エンジニアの建部真奈氏だ。2013年の春、問題の解決策を模索しつつ、Webサイトのリニューアルプロジェクトも計画していたこの時期、テコラスからプロボノによるインフラ提供の話が持ちかけられた。「最初から具体的な所まで踏み込んだ話をいただきました。テコラスには大規模Webサイトの豊富な運用実績もあるので、技術的に問題ないことは想像していましたが、実際に話を進めるなかでその豊富な経験やノウハウを実感できました」(建部氏)こうして両者でサービス内容などを細部まで詰め、移行プロジェクトがスタートしたのが2014年4月。その後、5月にシステム設計を行い、6月から8月にかけてサーバの構築テストを実施。そして同年9月、移行が完了し、新たにWebサイトのオープンを果たしたのである。建部氏は言う。「以前はマネージドサービスではなく、インフラだけを提供するサービスを利用していたので、『ワン・オブ・カスタマー』という扱いであり、当方の固有の問題はどこに原因があるかわからずじまいでした。それがテコラスさんに相談すると、"このような構成の場合はこのような問題が考えられるので、こうした構成にしたほうが良いのでは"といったように、問題の原因のみならず改善策まで提案してもらえました」近藤氏もこう続ける。「システム設計時も積極的にアイデアを提供してくれるなど、高い技術力のあるスタッフがそろっていることを感じました。プロジェクトの進行に多少の遅れが生じた際も、こちらの依頼を受けて社内体制を整えるなど、きちんとキャッチアップしてもらえました。サーバ・ホスティングのサービスとはいえ、サーバの設計やシステム連携の検証などが大事なので、知識と経験のあるプロの力を借りることができるのはとても大きいです」テコラスが提供するインフラ環境への移行後、Webサイト、オンライン寄付金受付システムのいずれも、これまで特にトラブルは発生していないという。「稼働しているシステムは以前と同じですが、明らかに安定度が向上しました」(建部氏)「昨年のエボラ出血熱など、世界的に関心を集める出来事があると、Webサイトへのアクセスが一気に増えますので、そうしたなかで安定して運用できるというのは安心につながっています。これからはWebサイトでの迅速な情報発信がより問われるようになりますので、将来を見据えた環境が構築できたと思っています」(近藤氏)今後、国境なき医師団日本では、テコラス提供によるインフラの拡大や新たなシステム基盤への適用も視野に入れている。社会への貢献度の高い非営利団体が少ないITコストをどう補えばいいのか──今回のプロボノの事例は効果的な問題解決策を示すとともに、IT企業の新たなCSRのあり方を示すものと言えるだろう。
2015年06月17日国境なき医師団(MSF)日本はこのほど、エボラ出血熱対策に携わる援助従事者のためのオンライン講座「Ebola ebriefing」を公開した。同団体によると過去10年のMSFによるエボラ対応は、いずれも感染防御に関する専門スキルをもつ人々によって支えられてきた。しかし、エボラ治療における感染リスクを最小限に抑えるには、医師から衛生担当者まで、あらゆるスタッフがもつ専門知識が重要となる。そこで、ウイルスと闘う外部の人々や他団体に、それらの知識を広く提供することが大切であるとして、同講座を開設した。講座ではエボラウイルスとその制御策、症例管理の難しさについて具体的な情報を公開している。受講は誰でもでき、英語、フランス語、スペイン語の3言語を用意している。また、MSFでは8月以降、西アフリカへ出発する前の派遣スタッフにブリュッセルで数日間の理論と実践の研修を実施している。これまでに10回実施し、合計400人余りが受講した。この研修コースの成功を機に、MSFは回数を増やした上で外部の援助関係者にも開放することを決定した。今後数カ月の間に、オランダのアムステルダムで約20回の同様の研修コースを開く予定だという。MSFインターナショナル会長のジョアンヌ・リュー医師は「エボラ拡大をこれ以上広げないための最善策は、西アフリカで対応に取り組むこと」と述べている。現場での主な課題は、感染リスクのある環境での業務に習熟した人員の確保だ。「より多くの患者を治療するために、多くの海外派遣スタッフと現地スタッフに研修を行わなければならない」と研修の重要性を語った。
2014年11月20日11月2日にメジャーデビューを果たしたばかりのHemenway(ヘメンウェイ)が、初のワンマンライブを東京・大阪2都市で開催することが決定した。「Hemenway」の公演情報マサチューセッツ州ボストンのバークリー音楽大学で出逢った韓国系アメリカ人のIsaacとCharm、日本人のToshiとOgachingにより結成された「Hemenway」。日本のカルチャーをこよなく愛し、日・英・韓の3か国語を自在に操る彼らは、時代・国境をクロスオーバーする新たな感性で注目を集める新進気鋭のバンドだ。11月2日にシングル『Listen』でメジャーデビュー。そして早くも来年1月25日(水)にリリースされる2ndシングル『バイマイサイド』は、テレビ東京系人気アニメ『NARUTO-ナルト-疾風伝』新エンディングテーマに決定している。そして来年3月には待望のワンマンライブも決定。Hemenway 1st ワンマンライブ「Everybody, Listen!」は、3月16日(金)に大阪府/LIVE SQUARE 2nd LINE、3月30日(金)に東京都/Shibuya O-crestにて開催される。チケットの一般発売は、大阪公演が2月4日(土)10:00より、東京公演が2月25日(土)10:00より開始。また一般発売に先駆け、12月19日(月)18:00までオフィシャルWEB先行を受付中。■Hemenway 1st ワンマンライブ「Everybody, Listen!」・3月16日(金) 大阪府 / LIVE SQUARE 2nd LINE・3月30日(金) 東京都 / Shibuya O-crest
2011年12月07日アンジェリーナ・ジョリーが5日、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使として、リビアとの国境にあるチュニジアの難民キャンプを訪問した。UNHCRによると、リビアのカダフィ大佐の圧政を逃れて2月中旬から約44万人が出国、エジプト、ニジェール、アルジェリア、チャド、スーダンなどで難民生活を送っている。アンジーは約21万7,000人を受け入れたチュニジア政府の寛大な対応を賛え、パートナーのブラッド・ピットと設立したジョリー・ピット基金から負傷者を運ぶための救急車購入費、帰国する難民177人分の渡航費などを負担した。チュニジアは昨年から今年にかけて民主化運動が高まりを見せ、1月に23年間続いたベン=アリー大統領の独裁政権が崩壊、その勢いはエジプトやリビアにも波及した。リビアでは政府と反政府勢力の内紛、3月末から始まった空爆などにより、いまも近隣諸国に逃れる人々が後を絶たない。(text:Yuki Tominaga)写真はアンジーが5日、チュニジアの難民キャンプを訪れたときの様子。© AFLO■関連作品:ツーリスト 2011年3月5日より日劇3ほか全国にて公開■関連記事:今度はヘイリー・スタインフェルドが、眠れる森の美女に!童話の実写化、続々と決定ジョニー&アンジーが顔を見合わせ爆笑!『ツーリスト』貴重なNG映像が到着アンジーのインタビュー動画到着!ブラピの感想にデップ家との交流も告白C・シーンが日本の津波被災者救済に寄付。T・クルーズらも寄付を呼びかける姿が『ツーリスト』監督インタビュージョニーの素を引き出し、アンジーで着せ替え遊び?
2011年04月06日