4月、新年度を迎えて大学3年生になられた愛子さま。だが、いまだにキャンパスで授業を受けられたことはないーー。《愛子さま当面、オンライン授業へ両陛下への感染を心配大学に登校せず》(FNNプライムオンライン)そう報じられたのは4月7日のことだった。天皇家の側近幹部によれば「ご自身の登校が結果的に両陛下の感染につながってはいけないという強いお気持ちがある」という。天皇陛下は今年2月の誕生日会見で「愛子には、感染症が落ち着いて、いつの日かキャンパスに足を運べるようになると良いなとは思います」と語られていた。だが、3月下旬に“まん防”が解除され、多くの学生がキャンパスに足を運ぶようになった現在も、愛子さまは“登校自粛”を続けられるというのだ。皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんは、この決断に愛子さまの“内親王の矜持”を感じたと語る。「両陛下のもとでお育ちになった愛子さまは、“天皇の娘”という立場を深く自覚されています。万が一にも天皇皇后であるご両親に感染させてしまったときの“事の重大さ”を、十分すぎるほどに理解されているのです。ご自身のキャンパスでの学生生活よりも、親孝行をとったということだと思います」愛子さまは3月の会見で「両親と話をしておりますと、豊富な知識や経験に驚かされることが多々ございまして、また、両親の物事に対する考え方や、人との接し方などからは学ぶことが多くございます」とお話しになっていた。「愛子さまはご自宅で、大学での専攻に加えて、日本の伝統や歴史の勉強もなさっているのでしょう。ご家族は仲がよいと聞きますし、天皇陛下から皇室に関する歴史なども教わっているのではないでしょうか」(前出・渡邉さん)愛子さまが自粛されているのは大学への通学のみではない。学習院女子高等科時代の愛子さまの同級生も、残念そうに話す。「1月には『二十歳の会』という同窓会が開かれたのですが、会場に愛子さまはいらっしゃいませんでした。それでも、会場に用意されたスクリーンに、愛子さまは振り袖姿で登場してくださったのです。映像でのリモート参加ではありましたが、愛子さまがお出ましになったことで会場も非常に盛り上がりました」■大学時代に「新しい発見と経験を」と陛下内親王として、キャンパスライフを諦めて両陛下に尽くされる愛子さま。ただ、天皇陛下は複雑な思いを抱かれているという。「皇族にとって、大学在学中こそがもっとも自由を謳歌できる時期。“国民に寄り添う”という姿勢を大事にするためには、ほかの学生と同じように授業やサークル活動に取り組み、ときには“羽目を外す”ことも大切だと、陛下はお考えなのです」(宮内庁関係者)陛下は2月の会見でも「私自身の大学生活を振り返ってみますと、気が付けばもう40年くらいも前になりますが、大学では様々な人たちと顔を合わせて授業を受けたり、放課後の部活動で一緒に参加したり、見ず知らずの人と学生食堂で隣り合ったり、新しい発見と経験の連続であったように思います」と回想されていた。音楽部の先輩や同級生に池に投げ込まれたという話も、陛下がよく話されるエピソードだ。「学習院は、中等科と高等科は男女別学です。そのため、大学での女子学生との交流は新鮮だったと、陛下は当時の会見でお話しになっていました。愛子さまも、初等科以来ほとんど男子学生との交流はありません。将来の結婚ということを見据えても、大学時代に“出会い”があれば……と、陛下も期待されているのではないでしょうか。皇族の恋愛には非常にたくさんのハードルがあることを、陛下は身をもって経験されてきましたから……」(前出・宮内庁関係者)実は、“恋愛よりも両親の健康”と、愛子さまが感染対策を徹底される陰には、ある“苦い記憶”があるという。「’11年の11月、愛子さまはマイコプラズマ肺炎で入院されたことがあります。その直後、上皇陛下も軽度の気管支炎で入院。同じくマイコプラズマによる肺炎の可能性が高いとの診断でした。感染経路は明確にはわかりませんでしたが、このとき、愛子さまから上皇陛下に感染したのではないかという見方もあったのです。上皇陛下は幸い大事には至りませんでしたが、そういった出来事を忘れることなく、愛子さまはご自身が感染症を持ち込まないようにと決意を固められたのではないでしょうか」愛子さまは会見で「新型コロナウイルス感染症の感染拡大が一日も早く収束し、このような厳しい状況が落ち着いた先に、少しでも不安の少ない環境で、皆が有意義な学校生活を送ることのできる未来が待っていることを願っております」と、全国の学生たちに向けてメッセージを送られた。大学生活は残り2年。学習院のキャンパスに、愛子さまの笑顔が花開く日が一日も早く来ることを願いたいーー。
2022年04月14日4月10日に、上皇陛下と美智子さまは63回目のご成婚記念日を迎えられる。その節目とほぼ同時期の4月中旬に、上皇ご夫妻は東京・高輪の仙洞仮御所から赤坂御用地にお引っ越しされるという。「昨年9月まで天皇ご一家がお暮らしになっていた旧赤坂御所を、エレベーターの設置などバリアフリー化を施して改修し、仙洞御所として、上皇さまと美智子さまがお住まいになります。しかし、現状では生活にかかわるスペースの改修が完了しただけで、外装などの工事は6月まで続きます。新御所が未完成の状態でお引っ越しをなさるのは、美智子さまのご決断があったからなのです」(皇室ジャーナリスト)上皇陛下は6年前、82歳の誕生日会見で「行事の時に間違えることもありました」と、記憶力の低下を明かされた。また、87歳の誕生日を迎えられた2020年に上皇職が公表した文書には、「何度か繰り返されるご質問」「勘違いや戸惑い」といった認知症が疑われる症状が見られるとして、波紋が広がった。いまも美智子さまは常に上皇陛下のお側で、生活の一切をフォローされているという。「上皇ご夫妻は、朝食後に本の音読をされる日課のほか、健康のために毎日散歩されています。お二人はコロナ感染を避けるために外出されず、お庭の同じところを何周も回られているのです。かつて住まわれていた皇居に比べて高輪の敷地ははるかに狭いうえに地形や景色に変化がなく、骨密度低下を予防するための運動や認知機能の維持という点から見ても適しているとはいえません。“高輪での生活がこれ以上続けば、上皇さまのご健康状態が危うくなるのでは……”と考えられた美智子さまは、早く赤坂へ移りたいと願われてきたのです。赤坂御用地は、高輪より敷地が広く、起伏に富んでいますからね」(宮内庁関係者)美智子さまは、友人へ引っ越しまでのご覚悟を明かされていた。「3月末にお電話をいただきました。上皇后さまは、『陛下を無事に赤坂にお届けするのが、私のいちばんの務めなので、それだけは頑張ってやり遂げたい』とおっしゃっていました。午後になると少しお熱が出ることもあるそうですが、お庭を歩かれるとき、周囲のマンションから手を振ってくださる方がいて、そうした交流に感謝されていました」(美智子さまの友人)改修前の赤坂御所には、上皇ご夫妻がご成婚翌年の1960年から1993年までお住まいだった。「ご夫妻にとって30年以上の思い出が詰まったお住まいでもあり、御用地には秋篠宮ご一家も暮らされていて、ご家族ともお会いになりやすくなります。運動量や会話も増え、上皇さまのご健康にとっても好ましいことだといえるでしょう」(皇室担当記者)美智子さまが願い続けられた“上皇さまとの赤坂での生活”が、もうすぐ始まる――。
2022年04月05日世界でもっとも有名な女性である、英国君主エリザベス2世初の長編ドキュメンタリー映画『エリザベス女王陛下の微笑み』の公開日が6月17日(金)に決定し、ポスタービジュアルと予告編が解禁された。本作は、昨年9月に急逝したロジャー・ミッシェル監督が新型コロナウィルスによって次回作の撮影機会が奪われてしまったとき、「ドキュメンタリー作品を作ろう」とアイディアの一番手に女王陛下を挙げたことをきっかけに製作された。先日、エリザベス2世のコロナ罹患のニュースが全世界に配信されたが、現在は無事回復し、今月29日には昨年4月に崩御した夫フィリップ王配を偲ぶ礼拝に出席予定。夫を愛し、精力的に公務をこなす姿は昔から変わらず、その貴重な姿を改めて見られるのが本ドキュメンタリー映画の魅力のひとつともいえる。今回解禁された予告編は、25歳の若さで即位した姿とともに、「重い」「下を向くと首が折れそう」と王冠を前に語るエリザベス2世のチャーミングな言葉から始まる。そして英国出身のトム・グレナンの「Royal Highness」に乗せて、その知られざる素顔をテンポよく映し出していく。「皆様にお分かり頂きたいのです。女王も結構大変だと」というスピーチや、競馬で「ダメ、負けちゃう!」と言いながら興奮する姿は実にキュートで、ポール・マッカートニーが「若者にとってアイドルだった」と語る場面も。また愛するフィリップ王配との結婚25周年のスピーチで、「今日は『私は』ではなく『夫と私は』とお話します」と語ったエピソードなど、女王として、またひとりの女性としての生き方を垣間見ることができる。併せて解禁されたポスタービジュアルは、微笑むエリザベス2世の姿と「わたくしのすべてをご覧に入れましょう」というコピーが配され、本編へのワクワク感と期待感が高まる仕上がりになっている。『エリザベス女王陛下の微笑み』は6月17日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国にて公開。(text:cinemacafe.net)■関連作品:エリザベス 女王陛下の微笑み 2022年6月17日よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国にて公開© Elizabeth Productions Limited 2021
2022年03月23日’19年10月に開催された即位の礼の晩餐会。天皇皇后両陛下と笑顔で握手していたのは、ウクライナのゼレンスキー大統領とオレナ夫人。オレナ夫人の装いは、晩餐会は青、即位礼正殿の儀では黄とウクライナ国旗色だったーー。ロシア軍がウクライナに侵攻を開始したのは、陛下が「人と人との交流が、国や地域の境界を越えて、お互いを認め合う、平和な世界につながってほしい」とのお言葉を公表された、天皇誕生日の翌2月24日。昨年の天皇誕生日には、親日家であるゼレンスキー大統領から手紙が届き、お祝いの言葉と両陛下をウクライナに招待したい旨が記されていた。両陛下はウクライナの人々を苦しめている戦闘の早急な終結を、強く願われているだろう。
2022年03月12日『珍スポット』という言葉があるように、世の中には珍妙な光景が広がるスポットが存在しています。静岡県伊豆半島の最南端に位置する石廊崎(いろうざき)を訪れた、あおすけ(@aosuke32)さんは『珍スポット』を目撃。Twitterに実際の写真を投稿したところ、面妖な光景に多くの人が驚く声を上げました。すごーい!石廊崎の断崖に和式便所があった!恐らく使われてないと思うが… pic.twitter.com/t4ccqIW9CL — あおすけ (@aosuke32) March 9, 2022 石廊崎の断崖にあったのは、和式のトイレ!ここでトイレを利用すれば、背後には海が広がっています。こんなにも開放感のあるトイレは、ほかにないかもしれません…!便器をよく見てみると、陶磁器製の染付古便器であることが分かります。こういった装飾の和式トイレは明治時代を中心に製造されていたのだとか。『開放的すぎるトイレ』の真相は…このトイレの近くにある石室神社に筆者が話をうかがったところ、このトイレは昭和天皇が訪れた際に用意されたものなのだとか。トイレが実際に使用されることはなかったそうですが、昭和天皇のお車が通れるように神社周辺の砂利道を整えるなどの用意もしていたそうです。また、当時はトイレの囲いもあり、開放的な造りではなかった様子。台風などで柵が壊れ、今の状態になったといいます。【ネットの声】・なんという秘境のトイレ…!使うのに度胸が要りすぎるだろ!・開放感がありすぎて爆笑した。ここじゃ出るものも出なさそう。・どうせなら海を見ながらしたいから、便器は逆向きがいいな。残念ながら実際に使うことはできませんが、多くの人が「自分がこのトイレを使うことになったら…」と想像した様子。「開放感があって気持ちがよさそう」と思うか、「落ち着いてトイレなんてできない!」と思うかは、性格によりそうですね。[文・構成/grape編集部]
2022年03月11日2月23日、62歳の誕生日を迎えられた天皇陛下は宮殿で催された祝賀の儀に臨まれた。ネイビーのロングドレス姿の雅子さまと並んで、お祝いの挨拶を受けられる陛下。多くの人が集う一般参賀や、飲食を伴う会は3年連続で中止となったが、昨年とは違い、誕生日の儀式に雅子さまとお二人で出席されたことで華やかな印象が残った。誕生日の会見で、陛下は雅子さまについて「私の日々の活動を支えてくれる大切な存在であるとともに、公私にわたり良き相談相手になってくれています」と語られたほか、「雅子は」「雅子と共に」「私たち」と繰り返し述べられ、お二人で歩むことを大切にしているお気持ちを表された。雅子さまの昨年末からのお疲れについては「感染症の感染拡大による活動への制約などから、体調を整えにくくなっている面はあります」とご説明。ご夫婦の絆を感じさせる会見となった。誕生日会見で語られたご夫婦の絆ーー陛下のお言葉と写真で振り返ります。■「雅子と共に、『平和の礎』を訪れ、二人そろって、沖縄戦で亡くなった全ての方々への思いを新たにいたしました」’97年、本土復帰50年にあたり沖縄への思いも述べられた。■「私は、雅子と共に、引き続き被災地に心を寄せていくつもりです」’17年、津波の被害が甚大だった宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区で供花された。■「新型コロナウイルス感染症の影響により、国民の皆さんと広く直接触れ合うことが難しくなっていることを、私も雅子も残念に思っています」オンラインで日本各地を訪問され、多くの人とご交流。そのメリットもお感じになっている。■「愛子と3人でいると、私たちの団欒は、笑いの絶えない楽しいものになっています」20歳になられた愛子さまと楽しそうに語らいを。お誕生日写真で、優しい笑顔で見つめ合われる両陛下。そんな写真からもお二人の心の絆が感じられる。
2022年03月05日2月23日は天皇誕生日。2022年、62歳の誕生日を迎えられた天皇陛下は、記者会見で2021年に成年を迎えられた愛子さまとの思い出などを語られました。「同じ親としてグッとくる」天皇陛下、愛子さまの印象深い思い出は…娘が「天皇陛下はどこに住んでいるの?」と聞いてきて…3人の子供を育てる、母親(@seikunnoouchi)がTwitterに投稿した、8歳の娘さんとのエピソードをご紹介します。天皇誕生日当日、娘さんが投稿者さんに「天皇陛下って、どこに住んでいるの?」と質問してきたそうです。投稿者さんは「東京都にある皇居に住んでいるよ」と教えてあげました。すると、自宅から皇居まで距離があることを悟った娘さんは、衝撃的な言葉を発したそうです。「じゃあ、遠いから誕生日ケーキ届けられへんわ…」なぜか、娘さんは天皇陛下に対し、友人のような親しみを感じていたのです!どうしてもお祝いがしたかったのか、ケーキを購入するよう投稿者さんにお願いした娘さん。その日の夜、主役を招待することはできなかったものの、投稿者さん一家は、自宅で天皇陛下の誕生日を祝ったのでした。投稿者さんによると「わりと盛り上がった」とのことです。娘に、天皇ってどこに住んでるのか聞かれ、東京の皇居ってとこだと教えたら「じゃあ遠いから誕生日ケーキ届けられへんわ…」と天皇陛下に対して友だち感覚すぎる。そして今日、天皇誕生日を理由にケーキを買わされ、今なぜかみんなでケーキを食べてる。主役はいないけども。わりと盛り上がってる。— *イケメン自閉症せいくん*ブログ更新中* (@seikunnoouchi) February 23, 2022 この投稿には「ほほ笑ましい」「娘さん、かわいすぎる!」などの声が寄せられています。・とてもほほ笑ましいですね!温かい気持ちになりました。・娘さんの気持ちがなんだかかわいくて笑っちゃいました。天皇陛下にこのエピソードが届くといいな~!・みんなで祝っている姿を想像すると癒されます!うちでもケーキを買ってお祝いしようかな。・会ったことがなくても、その人の誕生を祝えるって素敵です!娘さん、その気持ちを大切に育ってね。娘さんの温かい気持ちは、多くの人の心に癒しを届けたようです。[文・構成/grape編集部]
2022年02月26日好きな人ができれば、相手にも自分のことを好きになってもらいたいと思うはず。そして、最終的に両想いになれれば幸せですよね。でも、両想いにたどり着くのは、そう上手くはいかないもの。では、好きな人と両想いになるにはどうすればいいのでしょうか?そこで今回は男女に聞いた“好きな人と両想いになる秘訣”をご紹介します。「誰にも言っていないんだけど」を使う「今まで好きな人ができたときに使っていたのが、『誰にも言っていないんだけど』という言葉です。そのあとにちょっとしたことを打ち明けます。言われた相手は自分だけ特別なのかもと感じて、かなり嬉しいみたいですね。相手からも秘密を打ち明けられて、一気に距離が縮まることがあります」ナツキ(仮名)/27歳誰にも言っていないことを打ち明けるのは、特別なことであり嬉しいはず。秘密を共有している気分になりますよね。好きな人と2人だけの秘密で、心の距離を縮めていきましょう。持っているモノを褒める「気になる女性に対しては、その人の持っているモノを褒めますね。バッグや財布、スマホケースなどいろいろ。『それ、可愛いね』と伝えると、毎回すごく喜んでくれます。自然と会話も弾むようになり、付き合う確率はアップすると思いますよ」カズキ(仮名)/28歳褒められるのは誰でも嬉しいもの!特に持ち物はその人のセンスを反映しています。なのでそこを褒めるのは、内面を褒めることにつながるんですね。相手からすると、深い部分を理解してもらえている気分になるのでしょう。また、自分のことをよく見てくれていると感じて、相手を意識し始めるきっかけになるのかもしれません。会うたびに触れる回数を増やす「やっぱりボディタッチは有効だと思います。でも、相手に触れるのって緊張しますよね。なので最初のデートでは、まず1回触れることを目標に!そこからだんだんと数を増やしていきます。すると、相手も触れてきてくれるし、そのうち自然と手をつなぐ流れになることがほとんどです」ユズキ(仮名)/26歳カラダに触れることで、心の距離も縮まっていくのでしょう。勇気のいるアクションですが、最初の1回を乗り越えれば、少し気分も楽になっていくようです。あえて無茶なお願いをする「好きな人ができたら、いきなり誘うことがあります。『今日会えないかな?』とか、『今、〇〇にいるんだけど来ない?』と言って誘います。断られるんですけど、それでいいんです。『いきなり誘ってごめんね』と丁寧に謝ると、相手も『行けなくてごめんね』となりますよね。すると、次の約束がスムーズに進みやすくなるんです」ヒロシ(仮名)/30歳最初の段階での突然のお誘いは、ハードルが高くて断られることがほとんど。でも逆に、『次に誘われたら行ってあげようかな』という気持ちにさせることができるようです。高度なテクニックですが、好きな人とのデートの約束をするために一度試してみる価値はありそうですね。今回は、“好きな人と両想いになる秘訣”をご紹介しました。それぞれ自分なりの方法を持っているようですね。参考にするもよし、自分なりに工夫をして新たな方法を見つけるもよし!とにかくまずは、好きな人と接点を持っていくことが大切でしょう。©Anna Bizon/gettyimages©Commercial Eye/gettyimages文・塚田牧夫
2022年02月23日2022年2月23日は、天皇陛下の誕生日です。62歳の誕生日を迎えられた天皇陛下は、同月21日に記者会見に応じられました。天皇陛下、二十歳の愛子さまについて「感慨深い」2021年12月、純白の『ローブ・モンタント』を身にまとい、成年行事に臨まれた、天皇、皇后両陛下の長女である愛子さま。女性皇族の正装で、お姿を見せた愛子さま凛としたたたずまいに「お美しい」「素敵!」天皇陛下は記者会見で、成年を迎えられた愛子さまについて「感慨深く思いました」と振り返られました。いつの間にか20歳という年齢を迎え、大人の仲間入りをすることになったことを感慨深く思いました。日頃から、多くの人々に助けられ、支えられているということに、愛子が感謝の気持ちを持っていることを親としても嬉しく思っています。印象深い思い出については、学校の水泳の授業で、小さい頃にはビート板を使ってプールで短い距離を泳いでいた愛子が、女子中等科時代、静岡県の沼津の海で3kmの遠泳ができるようになった時や、中学の修学旅行で広島を訪れた際に強い衝撃を受け、平和への思いを文章にまとめた時などに成長を感じ、嬉しく思ったことを覚えています。また、コロナ禍で大学生活を送る愛子さまについて「たとえどのような環境にあっても、実り多い学生生活を送ることができればと願っています」とも語られました。2021年に結婚した、小室眞子さんについて一方で、同年10月に結婚した姪の小室眞子さんについては「今後幸せな人生を歩んでいってほしいと思いますが、同時に、この間、多くの方に心配をお掛けすることになったことを心苦しく思っています」と感想を語られています。また、記者会見では、小室さんの結婚を巡る週刊誌報道やインターネット上の書き込みについても質問が上がりました。天皇陛下は、憲法が保障する自由な表現は「尊重すべきもの」とした上で、一般論と前置きし、「他者に対して意見を表明する際には、時に、その人の心や立場を傷つけることもあるということを常に心にとどめておく必要がある」と述べられています。天皇陛下のお言葉に、ネットからはさまざまな声が上がりました。・天皇陛下、お誕生日おめでとうございます。・愛子さまについて、1人の親として言及されていて、同じ親としてグッとくるものがありました。・正直、小室眞子さんの結婚について発言されたことに驚いた。親族だもの。心苦しかっただろうな。天皇陛下が記者会見で語られた、親族への想いは、多くの人の心を温かくしたようです。[文・構成/grape編集部]
2022年02月23日2月23日、62歳の誕生日を迎えられる天皇陛下。誕生日に公表される会見の回答では、成年皇族となられたばかりの愛子さまへのお言葉にも注目が集まる。現在学習院大学に通われる愛子さまと同じく、幼稚園から大学まで学習院で過ごされてきた陛下は、どのような学生だったのだろうか。大学の卒業アルバムをめくると、「徳仁親王」というお名前の下に「歴史の研究を続け、先人の足跡を学びながら未来への展望につなげたい」と陛下のコメントが添えられていた。学習院時代の印象をご学友に聞くと、「お人柄については、非常にいいやつの一言です」という。「今では『いいやつ』などとは決して申せませんが(笑)、当時の感覚ではこの表現がいいと思います」陛下と話し始めたきっかけは名前を聞かれたことだった。当初はどうお呼びしていいかわからず、「浩宮さま」と呼ぶと、陛下から「やめてよ、同級生でしょう。僕の名前は徳仁だからナルと呼んでほしい」と言われ、それ以来気軽に会話をするようになった。■散髪もお弁当作りもされていた美智子さま「高等科時代のことですが、『ナルは散髪行くのも大変だろ?』と尋ねると、『おふくろが切ってくれている。レザーカッターで』とおっしゃっていて驚きました。そしてお弁当は当時珍しかったフランス製の密閉容器に、おかずがきれいに入れられていました。そのお弁当も、おふくろ、つまり美智子さまが作られていたとのことでした」お弁当を召し上がらない日は、校内の食堂を利用されていたという。「陛下はカツ丼をよく注文されていましたね。食堂のトンカツはまるでハムカツのように薄かったので深く印象に残っています」大学時代のご学友からは、こんなエピソードも。「大学時代は、陛下が食堂で150円のきつねうどんを召し上がっていたのをお見かけしました。ほかの学生に交じり、順番に並ばれていましたね。学食にもお付きの護衛の方が一緒に来るのですが、護衛の方はガッツリしたものを食べているのに、陛下は割と少なめだなと思いました」■『平凡パンチ』『プレイガールQ』にご興味を示されて陛下と会話を重ねていくなかで、好奇心旺盛な一面が垣間見えることもあった。「友人グループで雑談をしているときに、『ナル、今いちばん何したい?』と聞くと、『みんなと茶店(さてん=喫茶店)でお茶したいし、本屋に行って“平パン”とか立ち読みしてみたい』とお答えになりました」“平パン”とは平凡出版(現・マガジンハウス)が発行していた、若者向けの週刊誌『平凡パンチ』のことだ。また、あるときには、陛下が「一度でいいから、『プレイガールQ』を見てみたいんだ」とおっしゃったこともあったという。少しお色気シーンもあり、高校生に人気だったアクション・ドラマだ。「陛下が最初に『深夜テレビ、見たことある?』とお尋ねになってから、21時枠で放送されていた『プレイガールQ』の名前を出されたので、陛下にとっては21時は深夜という感覚なのかもしれないと思いました」当時の東宮家(現・上皇ご一家)の方たちは、夕食の時間はご家族で過ごされ、20時になると私室に戻られていたのだ。テレビは、弟の秋篠宮さまが好まれていたウルトラマン・シリーズなどを一緒にご覧になっていた。その後は、陛下も私室に入られご自身のことや勉強などをされていたという。「学習院の教室や講堂には、警備のために外から中の様子がうかがえる覗き窓がありました。同じようにお住まいの東宮御所にも覗き窓があったそうです。そのうえ30分に一度、私室でのご様子を確認する見回りがきていたというのです。公人としては果たせない、普通の若者の日常への淡い憧れがあったのではと思います」大学卒業までを振り返り、ご学友は「ニックネームで呼び合い、友人たちと集まったときには、同じような感覚で会話に参加してくださる陛下に身近さを感じていました」と話す。学生時代からご友人たちと、フランクなご交流を続けられていた天皇陛下。ユーモラスで気さくなお人柄は、令和の「国民の中に入っていく」皇室の姿につながっている。
2022年02月22日「連日、日本人選手の活躍が続く北京五輪ですが、愛子さまも、天皇皇后両陛下とご一緒にテレビ観戦されていると聞いています」そう語るのは宮内庁関係者。天皇ご一家は、長年ウインタースポーツに親しまれてきた。本誌は、愛子さまにスケートを指導してきた長久保初枝さんに話を聞いた。長久保さんは、2大会連続で五輪入賞を果たした日本女子スピードスケートの黎明期の第一人者だ。「愛子さまがスケートの練習を始められたのは幼稚園の年長のころだったと思います。フィギュアスケートをされていた佳子さまに憧れて『ジャンプを飛びたい』とおっしゃったこともあったそうです。私が足をケガしたため、途中から直接ご指導ができなかったのは残念でした。高3の3月に最後の練習をする予定でしたが、それもコロナ禍でできなくなってしまいました。コロナ禍が落ち着いたら、立派に成人された愛子さまとリンクでお会いしたいですね」そんな愛子さまがとくに応援されているのが、フィギュアスケートの羽生結弦選手だという。ソチ、平昌に続く五輪3連覇に挑んだ羽生は4位に終わったものの、誰も成功したことのない「4回転アクセル」に挑戦。惜しくも転倒してしまい、2分の1の回転不足と判定されたが、史上初めて4回転半として認定される歴史的なジャンプとなった。「実は8年前に、愛子さまと羽生選手にはある接点がありました。’14年7月、ソチ五輪の入賞者を招いて皇居宮殿で開催された茶会に、羽生選手も出席しました。中学生だった愛子さまは出席されなかったのですが、天皇陛下(当時は皇太子)に質問を託されていたのです」(皇室担当記者)陛下が愛子さまから預かっていた質問は「得意なジャンプはなんですか?」だったという。羽生は茶会後の取材で、このときのやり取りを明かしている。「僕はアクセルジャンプが好きなので『アクセルジャンプが好きです、得意ですということを(愛子さまに)お伝えください』と言わせていただきました」その言葉通りに、羽生はアクセルジャンプをさらに極め、4回転半にまで挑んだのだ。「コロナ禍が落ち着いてからになりますが、北京五輪終了後にも、入賞者を招いた茶会が開かれるでしょう。成年皇族となられたので、今回は愛子さまも出席されます。羽生選手との“8年越しの対面”を楽しみにされているのではないでしょうか」(前出・皇室担当記者)夢の対面へ、愛子さまの胸も高鳴るーー。
2022年02月19日「3年連続で、2月23日の天皇陛下の誕生日に予定されていた一般参賀は、感染拡大防止のため中止になってしまいました。残念ながら令和になって一度も天皇誕生日の参賀は開かれていません。祝賀行事も大幅に縮小されます。ただ、昨年とは異なる点があります。祝賀の儀に、雅子さまが出席されることになったのです」そう語るのは皇室担当記者。昨年は新型コロナ対策で、陛下が単独で出席されていた祝賀の儀。今年はお二人そろっての出席となり、総理大臣が代表でお祝いの挨拶をするという。「雅子さまは、昨年の11月ごろから体調不良が続いています。2日に分けて行われた愛子さまの成年行事も、1日目は欠席。年明けの講書始の儀も欠席されています。そういったなかで、陛下の62歳の誕生日に催される祝賀の儀に出席を決められた陰には、雅子さまの強い思いがあったのではないでしょうか」(前出・皇室担当記者)昨年12月のご自身の誕生日、雅子さまは陛下への感謝の思いをこう綴られていた。《天皇陛下には、コロナ禍の中でも引き続きお忙しい日々をお過ごしですが、変わらずお元気でいらっしゃることを何よりありがたく存じます。また、常に私の体調にお気遣いいただき、深く感謝申し上げます》いまだ体調の波を抱えながらも、雅子さまはできる限り陛下を傍で支え続けることを誓っておられるのだ。「陛下が雅子さまにプロポーズされてから今年で30年ですが、お二人の愛はまったく色褪せることがありません。雅子さまは、陛下へのバレンタインデーのプレゼントを欠かすことはないそうです。ご実家の小和田家も、海外生活が長く、また離れ離れになる時期もあったことから、クリスマスやバレンタインデー、お誕生日などの記念日の贈り物を大切にしていました。雅子さまはそうした習慣を引き継がれているといいます」(宮内庁関係者)■バレンタインデーにスイスチョコを天皇陛下の誕生日はバレンタインデーの直後ということもあり、誕生日会見で記者から、プレゼントについて質問を受けることもあった。婚約直後だった’93年の会見で陛下は「バレンタインデーについては非常に心のこもった物をもらいました。けれども内容については、二人の秘密にさせていただきたいです」と、おっしゃっていた。雅子さまが陛下にプレゼントされていたものの一つが、スイスの「ステットラー」というブランドのチョコレートだった。かつて東京・代官山にあった、ステットラーの日本代理店の元オーナーに話を聞くことができた。「雅子さまが天皇陛下のためにお求めになったのは、『ジュネーブの石畳(パヴェ・ド・ジュネーブ)』というチョコレートです。ヨーロッパの街並みの石畳を思わせる、キューブ形にカットされた生チョコです。現在ではこういった石畳形のチョコはさまざまなお店で見られますが、その発祥となったのはステットラーといわれています。ステットラーのチョコレートはもともと雅子さまのお父さまが、仕事の関係でジュネーブに住んでいたころからたいへんお好きだったそうです。ご結婚前に、雅子さまは陛下へのプレゼントとしてお求めくださいました。ご結婚後にも、侍従の方を通じて何度かご注文いただきました」■雅子さまへのねぎらいの言葉を忘れない陛下スイスのジュネーブは、雅子さまが2歳のころに短い間ではあるが滞在したことのある街。双子の妹・礼子さんと節子さんが生まれた、雅子さまやご家族にとって大切な場所だ。雅子さまは高校時代の夏休みにも、スイスを再訪されている。そんな少女時代の思い出がこもったチョコレートを、陛下にお渡しになっていたのだ。一方の天皇陛下も、雅子さまへのねぎらいの言葉を忘れることはない。昨年の誕生日会見ではこうおっしゃっていた。「雅子はいまだ快復の途上にあり、体調には波があり、大きな行事の後には、疲れがしばらく残る傾向があります。これからも、無理をせずにできることを一つ一つ着実に積み重ねていってほしいと思います」コロナ禍のため、引き続き外出を伴うご公務は控えていくことになりそうだが、両陛下は2月10日、島根県の障害者支援施設をオンラインで視察された。画面越しではあるが、子どもたちが音楽に合わせて体を動かす「ミュージックケア」をご覧になるなど、施設利用者と交流されたのだ。両陛下は感染拡大を予防しつつ、新しい形での国民とのふれあいを模索されている。困難な状況は続くとみられるが、これからも雅子さまは“一生お傍に”という愛情で陛下を支え続けられるーー。
2022年02月16日好きな人ができると、ドキドキわくわくの毎日でしょう。片思いの楽しさを満喫できたら、両思いに憧れを抱く人もいるはず。今回は、好きな人と両思いになるためのポイントをご紹介します。ぜひチェックしてみてくださいね。■ 友達に頼る好きな人と共通の知り合いがいる場合は、力を借りるのもいいかもしれません。信頼できる人に相談したり、2人きりにするチャンスを作ってもらったり、自分のことを薦めてもらったり……。あなたを信頼し、応援してくれる友達がいるなら、きっと力になってくれるはず。うまくいってもいかなくても、きちんと感謝を伝えるのを忘れずにいましょう。■ 相手のことを知るなんとなく相手に好意を抱いていても、実際はよく知らない……ということもあるのではないでしょうか。相手のことを知るのは、関係を進展させるうえでも大切なことです。好きなものや趣味が同じ場合、すぐに仲良くなれることも。会話で質問したり、彼のSNSをチェックしたりして好みをリサーチしましょう。ただ、ことあるごとにチェックしたりとストーカーのような行為に走るのはNG。ほどほどの距離感を保てるよう意識できるといいですね。■ たくさん会う機会を作るたくさん会うと仲良くなりやすいという一方で会いすぎると飽きるとも言われています。しかし片思いの段階なら、会わずして進展することは難しいでしょう。同じ学校や職場ならできるだけ接触回数を増やしたり、なかなか会えないなら自分からお誘いしたりするといいかもしれません。会ってお互いを知っていくうちに惹かれることもあるはず。仲良くなるためにも、たくさん会うことを心がけましょう。■ 勇気を出してみよう片思いから一歩踏み出すのは、勇気がいることでしょう。うまくいかずに関係が壊れたら……と思うと、なかなか行動できない人もいるかもしれません。しかし結果はどうであれ、一歩踏み出した経験はあなたの力になるはず。できることから少しずつチャレンジしてみてくださいね。(恋愛メディア・愛カツ編集部)presented by愛カツ ()
2022年02月12日「愛子さまは3月17日に初めての記者会見に臨まれます。非常にプレッシャーがかかる状況のなか、お一人で質問にお答えになります」そう語るのは皇室担当記者。「成年皇族の仲間入りをされた愛子さまには、皇室のイメージを刷新する存在として大きな期待がかかっています。注目が集まるゆえ、一言一句に神経を巡らさなければなりません」(前出・皇室担当記者)そんな“試練”を前に、愛子さまは現在、ひそかに準備を進めているという。宮内庁関係者が語る。「お父上の天皇陛下も、同じく20歳を迎えられたタイミングで初めて公式記者会見に臨まれています。それから40年以上、毎年会見を開かれていますから、ご自身の経験を愛子さまにお伝えになっているといいます。とくに記者への対応では“ユーモアを大切に”とお教えになっているそうです」陛下はお若いころから、答えるのが難しい質問に対しても柔軟に返答されていた。28歳の誕生日会見では、結婚の見通しを富士登山にたとえて「七、八合目ぐらいといったところでしょうか」「山頂は見えていても、なかなかそこにたどりつけないという感じ」と、お答えに。雅子さまとの婚約会見では、将来のお子さまの人数について質問を受けたが「コウノトリのご機嫌に任せて……というふうに申し上げておきましょう」とかわされた。お妃選びやお子さまに関しては、国民も大きな関心を持っている。陛下はそうした質問にも理解を示しつつ、ユーモアを交えて精いっぱいの回答をされてきたのだ。象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院准教授の河西秀哉さんはこう語る。「現在の天皇皇后両陛下は、ときにユーモアを交えながら、しかし真摯にメディアに対応することで、会見からその人柄が見えて、好意的な評価につながりました。記者会見では“敵対的”には見えないように、等身大で話すようにと、愛子内親王にアドバイスされているのではないでしょうか」3月の愛子さまの会見では、陛下ゆずりのユーモア返答術が見られるだろうか――。
2022年02月11日気になる彼といい雰囲気だなと思っても、両思いかどうかの確信が持てないと不安なままかもしれません。とはいえ、直接聞くのは勇気がいることでしょう。今回は、付き合う前の「両思いサイン」をご紹介します。当てはまるところはあるか、チェックしてみてくださいね。■ なんでも一番に話すうれしいことも悲しいことも、好きな人には一番に伝えたいと思うはず。彼から仕事の報告や悩み相談などをされたり、ほかの人にはしていない話をされたりするときは、彼にとっての特別な人である可能性があります。どんなことでも真っ先に伝えあう仲になれれば、絆がどんどん深まっていくことも。お互いにいろいろな話ができるといいですね。■ 気が付けば近くにいる職場や学校、仲良しグループが同じだと、なにかと関わる機会があるはず。気付けばいつもそばにいる……なんてことはありませんか?思い合っている2人なら、自然と「一緒にいたい」と思うものでしょう。なぜかいつも近くにいるなと思ったら、それは彼と同じ気持ちだからかもしれませんよ。■ ずっと話していられるただ話しているだけなのに、彼とならあっという間に時間が過ぎていた経験はありませんか?一緒にいて心地よさを感じる相手となら、ずっと話していても飽きないもの。会話の内容というよりは、一緒にいること自体に意味を見出しているのでしょう。ずっと一緒に話していても飽きない相手なら、両思いだといえるかもしれませんね。■ 細かいことも知っているお互いの好き嫌い、趣味、仕事、価値観など深いところまで知っている2人は、両思いの可能性が高いでしょう。興味のない人のことを、こと細かく覚えることは少ないはず。なにげなく言ったことでも覚えてくれていたら、彼もあなたを特別に思っている証拠かもしれませんね。お互いについての理解が深まっていくと、さらにいい関係が築けるはずですよ。■ 幸せな時間が続くように告白はしないしされていないけど、両思いかもしれない……という時期は、毎日がドキドキで楽しいでしょう。このままの関係を脱し、ずっと一緒にいたいのならあなたから告白をしてみるのもいいかもしれません。勇気を出して一歩踏み出してみてくださいね。(山田周平/ライター)(恋愛メディア・愛カツ編集部)presented by愛カツ ()
2022年02月01日1月18日に開催された歌会始の儀。天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは《英国の学び舎に立つ時迎へ開かれそむる世界への窓》と、高校2年生の夏にイギリスのサマースクールに参加された思い出を詠まれた。愛子さまの初めてのお歌が披露された歌会始の儀で、ある方のお歌も注目を集めていた。《成人を姫宮むかへ通学にかよふ車窓の姿まぶしむ》なんと三笠宮家の寛仁親王妃信子さまが、愛子さまの成年を祝うお歌を詠まれたのだ。宮内庁が公表した解説文には、信子さまの愛子さまへの思いが熱烈に記されていた。《寛仁親王妃信子殿下には、愛子内親王殿下を、ご幼少時より深い敬意と愛情を持って見守ってこられました。昨年、愛子内親王殿下におかれましてはご成年を迎えられ、寛仁親王妃信子殿下のお喜びは誠に大きいものであります。ご立派に成長された愛子内親王殿下には、これまでにも増して、より一層学問に邁進されておられます。ご通学のため、お車にてお住まいの御所を颯爽と御発になる際の、お髪も綺麗に整われて健やかな愛子内親王殿下のご様子を車窓越しにご覧になった寛仁親王妃信子殿下のご心境をお詠みになったお歌です》宮内庁関係者は驚きを隠さない。「そもそも歌会始の儀で皇族方が、天皇家の長子とはいえ他家のお子さまを題材にお歌を詠まれるのは、かなり異例のことです。また、これまで信子さまは、天皇家と深い交流はなかったはずです。その信子さまが、愛子さまへのあふれ出る思いをお歌にこめられたということは、愛子さまにそれだけ大きな期待を寄せられているということでしょう」実は20年前、愛子さまご誕生時にも皇族方からお祝いの歌が贈られたことがあった。故・高松宮妃喜久子さまが『婦人公論』(’02年1月22日号)への寄稿で、《御生誕の日、胸に湧く思いを三首の歌に託しました》と綴られている。そのうちの一首は次のようなお歌だった。《あれましし内親王すこやかに育ちませ待ちに待ちたる今日のよろこび》お歌で愛子さまのご誕生を祝福された喜久子さまは、さらにこう綴られていた。《女性の皇族が第百二十七代の天皇さまとして御即位遊ばす場合のあり得ること、それを考えておくのは、長い日本の歴史に鑑みて決して不自然なことではないと存じます》喜久子さまは、“愛子天皇待望論”を語っていらしたのだ。「信子さまの熱烈な敬愛の念をこめたお歌は、20年前の喜久子さまの思いにも通じます」(皇室担当記者)■皇位継承問題は“政争の具”になってしまうのか一方で、愛子さまの人生に関わる皇位継承問題には、暗雲が立ち込めている。自民党内にもこの問題に関する懇談会が設置され麻生太郎副総裁が座長に就いたのだが……。「麻生氏は一貫して“男系男子”に固執しています。自民党としては、女性・女系天皇には触れないという方向で意見の集約を図るのでしょう。もう一つ、麻生氏が座長になった背景には、岸田首相の“大宏池会構想”があるといわれています。岸田首相は自民党最古参の派閥である宏池会の会長を務めていますが、麻生派も宏池会から分離独立した派閥。首相には、この機にもう一度“大宏池会”として団結し、安倍元首相が率いる清和会に対抗しようという狙いがあるのです。権力強化のために皇室の問題が利用されているという印象があります」(政治部記者)皇位継承問題は皇室のあり方、そして愛子さまの将来に関わる問題にもかかわらず“政争の具”になっているのだ。「皇室はただでさえ、眞子さんと小室さんの結婚問題で大きく揺れました。しかも政権与党は皇室の危機に真剣に向き合おうとしておらず、この状況を憂慮する声も少なくありません。そんななかで成年を迎えられた愛子さまを、全力でお支えしなければーー。皇室の中で、そういった機運が高まっているのです」(前出・宮内庁関係者)以前から、天皇陛下や雅子さまと関係が近かったのが、高円宮妃久子さまだ。「高円宮ご夫妻は、陛下と雅子さまのキューピッド役でもありました。’02年11月に高円宮憲仁親王が亡くなられてからも、久子さまは雅子さまが関心を持たれていた児童福祉問題に関する本を贈られるなど、親交を持たれていらっしゃいます。最近でも、’20年2月に「世界らん展」を両陛下と久子さまは一緒にご覧になっていますが、笑顔で歓談されていたのが印象的でした。国際派でさまざまなスポーツの振興にも取り組まれる久子さまのご活動は、愛子さまのご関心と重なります。久子さまは、いずれは愛子さまともご公務の席でご一緒することを楽しみにされているといいます」(前出・皇室担当記者)愛子さまへの声援は、皇室と関係の深い旧皇族や旧華族の人々からも聞こえてくるという。旧華族の女性はこう語る。「天皇陛下への尊敬の念は私の周りの人たちからも強く感じられます。そのご長女である愛子さまに天皇になっていただきたいという声もあるのです。けれども、いま心配なのは秋篠宮家の評判です。眞子さんの結婚の件だけでなく、秋篠宮家の職員は辞めていく人が多いという話も聞きます。秋篠宮家にまつわる問題で皇室にマイナスイメージがついてしまったいま、愛子さまに新たな“皇室の顔”になっていただきたいという声は、日に日に大きくなっているのです」力強い後押しを受けて、愛子さまは令和皇室の中で、ますます存在感を増していかれるだろうーー。
2022年01月26日1月18日、新春恒例の宮中行事「歌会始の儀」が皇居宮殿・松の間で行われた。今年のお題は「窓」。成年皇族となられたばかりの愛子さまは、大学の期末試験中で出席は控えられたが、次の和歌を寄せられた。「英国の学び舎に立つ時迎へ開かれそむる世界への窓」愛子さまは学習院女子高等科2年生だった’18年の夏休みに、約3週間の英国短期留学をされた。愛子さまは留学当時に感じられた思いを、“初和歌”で表現されたようだ。「愛子さまはロンドンにあるイートン校のサマースクールに参加し、寮生活を送りながら英会話やイギリス文化を学ばれました。これは愛子さまにとって初めての留学経験となりました。約600年の歴史を持つイートン校の立派な建物を前に、愛子さまは『今、ここから世界が開かれようとしている』と期待に胸を膨らませていらっしゃいました」(宮内庁関係者)英国から帰国後、宮内庁を通じて「すべてが新鮮で、とても楽しく充実した滞在になりました」と感想を述べられていた愛子さま。留学に意欲的なのは、父である天皇陛下の影響もおありなのだろう。陛下は42年前の’80年2月、成年式を前に開いた宮内庁記者会で次のようにお考えを述べられていた。「海外へ出るってことは、これは非常に重要なことだと考えていますから、できるだけ機会があれば出たいと思ってます」その後、’83年から2年間にわたって英国留学をされた陛下は、出発前の会見で「広く世界に学ぶことに大きな意義を見出しています」と述べられていた。続けて「ヨーロッパという離れたところから日本を見つめてみたいと思っています」と、視野を広げる意欲も示されていた。新型コロナウィルスの影響で、大学のキャンパスにさえ足を運ぶこともできない日々を過ごされている愛子さま。海外で学べる機会が再び訪れることを、両陛下も願われていることだろう。
2022年01月20日日本全国で120万人の新成人が、大人としての門出を祝った1月10日。昨年12月、一足先に皇族として成年の祝賀行事を執り行われた天皇皇后両陛下の長女・愛子さまも、旧友たちと顔を合わせたのだが――。学習院関係者が残念そうに話す。「この日、都内のホテルで学習院女子高等科の卒業生による『二十歳の会』が催されました。2年前の卒業時の謝恩会もコロナ禍で中止になっており、彼女たちは再会を楽しみにしていました。愛子さまも、当初は出席される方向で調整されていたようです。しかし年明けから、オミクロン株の大流行で新型コロナの感染者数は再び急増。愛子さまが会場にお出ましになることはかないませんでした」それでも卒業生の8割ほどは会場に来ていたが、愛子さまはビデオ通話アプリのZoomで参加。会場のスクリーンにはZoomでの参加者の顔が映し出されたという。「画面に登場された愛子さまは純白に金の模様が入った振り袖をお召しになっていました。髪も着物に合わせてセットされていたのです。愛子さまのお姿が映し出されると、会場中が一瞬、息をのみ、そして歓声が上がりました。会場の出席者は色鮮やかな振り袖姿が目立ちましたが、それとは対照的な愛子さまの雰囲気に『まるで巫女さんみたいだね』といった声も聞こえました」(前出・学習院関係者)残念ながら愛子さまがお話しになる場面はなかったというが、在学時から人気者だった愛子さまは、いまも同級生から慕われていることがよくわかる。この同窓会でのエピソードに、宮内庁関係者は驚いた様子で語る。「愛子さまはこれまで、公の場で着物をお召しになったことはないはずです。会場にお越しになれないにもかかわらず和装で登場されたということで、愛子さまが旧友たちを大切にされるお気持ちが伝わってきます」これまで、「着袴の儀」でお召しになった童形服や、新年の挨拶に着用される「御地赤」をお召しになったことはあったが、そういった儀式の際の特別な着物を除けば、愛子さまにとって今回が“初”の着物姿といえそうだ。「会の催し物としては、有志による歌や演奏がありました。また中止となった謝恩会で流れるはずだったビデオも放映されたのです。このビデオは生徒が作ったもので、生徒全員が登場しているといいます。会場はたいへん盛り上がり、涙を流す出席者もいました」(前出・学習院関係者)高校卒業に際して、愛子さまは《多くの素晴らしい友人たちに恵まれて、とても楽しく充実した学校生活を送ることができました》とコメントを発表されていた。画面越しではあったが、旧友との再会を喜ばれたことだろう。
2022年01月18日天皇皇后両陛下の、コロナ禍の国民生活を心配するお言葉で始まった2022年。今年の皇室には、お引っ越しや単独ご公務の開始など、さまざまな変化が待っている。そこで、話題になりそうな「皇室ニュース」を大予測!【天皇皇后両陛下】英国ご訪問が実現?英国のエリザベス女王の在位70年となる今年、’20年から延期されている英国ご訪問への期待が高まる。実現すれば、令和初の海外ご公務。在位60年のときには上皇ご夫妻が招かれているので、両陛下も訪問を望まれているだろう。さらに、さまざまなご公務に愛子さまと出席される機会も増えるかもしれない。また、しばらくお出かけになれなかった被災地へのご視察も、実際に現地へ足を運ばれたいとお考えになっているのでは。【愛子さま】3月にご成年会見昨年12月に20歳となられた愛子さまは、春休みである3月に成年に際しての記者会見を行うほか、外出されてのご公務も期待されている。また、コロナ禍が収束していれば伊勢神宮、神武天皇陵へ成年となったことを奉告されるためのご参拝もある。4月には大学3年生になられるが在学中は学業が優先。それでもご公務に出席される機会もあるという。若々しく優しい笑顔と両陛下の一人娘としての存在感で、今年は注目の的になりそうだ。【上皇ご夫妻】春に赤坂へお引っ越しコロナ禍で改修工事が遅れている赤坂御用地の仙洞御所へのお引っ越しが、春に予定されている。上皇ご夫妻は平成の初めまでお住まいになっていた仙洞御所(旧赤坂御所)に戻ることを楽しみにされているという。【美智子さま】今年米寿に10月20日に美智子さまが88歳、米寿の誕生日をお迎えになる。【佳子さま】ご結婚への動きは?延期されている、皇嗣となられた秋篠宮さまの伊勢神宮ご参拝もコロナ禍の状況をみて行われる。そして、今年は女性皇族の結婚後の役割について国会で話し合われるが、眞子さんの結婚を応援されていた佳子さまの恋愛と結婚も注目される。【悠仁さま】4月に高校ご進学現在、お茶の水女子大附属中学3年生の悠仁さまは高校へのご進学を控えられている。筑波大附属高等学校を受験されるとの噂が出ているが、もし入学されれば、戦後の皇族として初の東大ご進学への期待が膨らむことになりそう。【小室眞子さん】NYで就職か?2月に小室さんがニューヨーク州の弁護士試験に2度目の挑戦。眞子さんもメトロポリタン美術館に勤めていたキャロライン・ケネディ氏を訪ねるなど就職も考えているのかも。2022年の皇室は昨年に続き、変化の年にーー。
2022年01月15日例年であれば新年一般参賀が開催されていたはずの1月2日。天皇皇后両陛下は「元明天皇千三百年式年祭の儀」に臨まれた。元明天皇は奈良時代、707年に47歳で即位した女性天皇だ。皇室の歴史に詳しい静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんに解説してもらった。「元明天皇は、古代の日本社会の安定と繁栄を支えました。奈良の都の造営、現存する最古の歴史書である『古事記』の完成、古代の地方情勢を記録した『風土記』の編纂、日本最古の流通貨幣とされる和同開珎の鋳造など、元明天皇は数々の功績を残しているのです」女性天皇への反対意見のなかには「女性に天皇の重責は務まらない」といった声もあるが、元明天皇はそういった主張を覆す存在とも言えそうだ。「しかも元明天皇は、娘の元正天皇に皇位を継承しています。母娘で動乱の時代を安定に導いたのです。当時、天皇の血を引く男系男子がいなかったわけではありません。それでも2代続けて女性天皇が誕生したのは、ほかの男系男子よりも天皇にふさわしいと認められたからでしょう」(小田部さん)式年祭にあたり両陛下は元明天皇について資料を読み込まれたという。12月21日には、皇居・御所に丸山裕美子・愛知県立大教授を招き、元明天皇の事跡について説明を受けられた。「昨年12月、雅子さまは体調を崩されていましたが、それは愛子さまの成年行事に向けてさまざまな準備をされ、緊張状態が続いた影響があったとみられています。“将来の天皇に”と期待の高まる愛子さまが無事に成年を迎えられるようにと、雅子さまは母として大きな重圧を感じられていたのかもしれません。愛子さまが成年を迎えた翌月に行われた式年祭ですから、両陛下は元明天皇の“偉業”について、愛子さまにしっかりとお伝えになったことでしょう。そこには、女性天皇の功績を学ぶ中で愛子さまに“天皇になる覚悟”を持ってほしいという思いもあったのではないでしょうか」(宮内庁関係者)愛子さまは小学校の卒業レポートで藤原道長について取り上げ、天皇家と藤原家の姻戚関係や、当時の天皇の政治的役割についても言及されていた。当時から、皇室の歴史を自ら学んでいらしたのだ。愛子さまは1300年前の女帝の輝かしい功績に、何を感じられたのだろうかーー。皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんはこう語る。「成年行事に臨まれた愛子さまは、とても堂々とした雰囲気で、目元は香淳皇后のお若いころに似ていらっしゃると思いました。歴史と伝統を重んじる天皇家のなかで育ってこられた愛子さまは、ご自身のお立場を自覚し、しっかり勉強なさっていると思います」憲法で“国民の総意に基づく”と定められた天皇の地位。国民の声を後押しに、愛子さまがその立場に就かれる日は来るのかーー。
2022年01月10日「新年にあたり、わが国、そして世界の人々の幸せと平和を祈ります」コロナ禍のため2年連続で新年一般参賀は中止となった。天皇陛下は昨年に続き、雅子さまとご一緒に国民に向けたビデオメッセージを公開された。雅子さまも陛下のお言葉に続いて「ことしが、皆様にとって少しでも穏やかで、実り豊かな年となりますよう、心からお祈りしております」と述べられた。「天皇陛下がお一人ではなく、雅子さまと並んでビデオを撮られたのは、ご公務にもお二人で取り組んでいきたいという思いをこめてのことでしょう」(宮内庁関係者)コロナ禍でも支え合って進んでこられた両陛下。今年からは、長女の愛子さまも加わられることに。1月1日の新年祝賀の儀に愛子さまは初めて出席され、これが成年皇族として初めての公務となった。そんな中で高まっているのが「愛子さまを天皇に」という期待の声だ。昨年春に共同通信が行った世論調査では女性天皇への賛成が85%に達していたが、愛子さまの成年を期に、ツイッター上では《次の天皇になってほしい》《敬宮愛子さまを皇太子に》といった声が上がっている。さらには、自民党からも“女性天皇容認発言”が飛び出し、話題を呼んでいる。高市早苗政調会長が『文藝春秋』の1月号で「私は女性天皇に反対しているわけではありません」と明言したのだ。「高市氏は『女系天皇に反対』と語っているとおり、父方に天皇の祖先を持たない女系天皇は前例がないとして強く反対しています。しかし、天皇の娘である愛子さまは“男系女子”。同様に男系の女性天皇は歴史上に8人もいます。女性が即位できなくなったのは、明治時代以降のことなのです。女性天皇を否定することは我が国の歴史を否定することになりかねません。歴史を重んじる保守派こそ“愛子天皇”に反対する明確な理由がないことが、高市氏のインタビューから明らかになったといえます」(皇室担当記者)高市氏と総裁選を争った野田聖子氏は女性・女系天皇に賛成の立場であり、河野太郎氏も過去に「愛子さまから順番に、女性の皇室のお子さまを天皇にしていくというのが一つ」と、女性天皇容認論を語ったことがある。また岸田文雄首相も皇位継承問題に「女系天皇以外の方法を検討すべき」とし、女性天皇には反対していない。また、共同通信が’19年7月の参院選を前に立候補予定者に行ったアンケートによれば、自民党候補34.3%が女性天皇に賛成。反対は22.9%だった。他党よりは低い割合だが、自民党内でさえ、女性天皇への反対よりも賛成のほうが優勢となっていることがわかる。「皇位継承に関する有識者会議の報告書が政府に提出されたことで、今後は議論の場が国会に移ります。これまで以上に国民の注目を集めることは必至で、議員たちは“8割以上が女性天皇に賛成”という世論を無視できなくなるでしょう。“愛子さまが天皇に”という可能性は決して小さくはないといえます」(前出・皇室担当記者)
2022年01月09日何度かデートしたり、LINEや電話をしたりして「もしかして両思い?」と思うこともあるのになぜか発展しない……とお悩みの方はいませんか?告白をしないのにはなにか理由があるのでしょうか。今回は、両思いっぽいのに告白しない男性の考えをご紹介します。■ 冷静になりたいなんとなく両思いかな?と思う時期は楽しくて舞い上がるという方も多いのではないでしょうか。男性のなかには、そんな時期だからこそ冷静になろうと思う人もいるのだとか。過去に彼女のことで失敗したことがある男性ほど、こうした状態になりやすいようです。そんなときに告白してくれない不安や怒りをぶつけると、彼は「この子とは合わないかも」と思う可能性も。信頼度を高めることを意識しながら、焦らず待つことも必要かもしれませんね。■ 生活を変えたくない彼女ができると生活スタイルが大きく変わるため、あまり前向きになれないという男性も。長い間彼女がいなかった人や、仕事を頑張りたいと思っている人はとくにこの傾向があるといえます。お金や時間の使い方が大きく変わることもあるので、不安に思う気持ちがあるのかもしれません。仕事に対する話を聞いているときに、「私は仕事を応援したい」というアピールができると、彼の気持ちを変えられる可能性がありますよ。■ 現状で満足している今の「両思いかもしれない」という状態に満足している場合は、付き合うという選択肢がない場合もあるようです。好きだと思っていなかったり、浮気をしたいという気持ちがあったりするわけではないのだとか。ただ純粋に今を楽しんでいるのでしょう。そんな彼には思い切って「○○くんの彼女になりたい」というアピールをしてみましょう。彼の気持ちが変わるきっかけになるかもしれませんよ。■ 勇気を出してみよう告白しない男性は、けっして遊び目的だからというわけではないようです。男性の背中を押してあげられるようなアプローチを意識しましょう。少し勇気を出すだけで、彼女になれるかもしれませんよ。(オルカ/ライター)(恋愛メディア・愛カツ編集部)presented by愛カツ ()
2021年12月27日天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは12月1日、20歳の誕生日を迎えられ、5日には初めての正装で成年行事に臨まれた。愛子さまは誕生日に《成年という一つの節目を無事に迎えることができましたことを嬉しく思います》と感想を記された。さらに《日頃から思いやりと感謝の気持ちを忘れず、小さな喜びを大切にしながら自分を磨き、人の役に立つことのできる大人に成長できますよう、一歩一歩進んでまいりたいと思います》と、成年皇族としての決意を述べられた。愛子さまの記者会見は来年3月に行われることとなっているが、天皇陛下も41年前の’80年2月、成年式の3日前に初めて公式記者会見を開き、お考えを述べられている。皇室の行事に参加する機会が増えることに「責任の重大さっていうものを感じています。でも一歩一歩努力していきたいと考えています」と、決意を語られた一方で、大学生活のエピソードもお話しになった。「学生食堂で食事する時にも、今まで全然知らない人と隣に座ったりして知り合いになれること。そういったこと、とても楽しいです」また、中学高校と男子校だったことから「また共学になって一種の新鮮さっていうものをちょっと感じている段階」だったといい、「入った当初は、何となく自分でも女子学生とつき合う時に何かぎこちなさってものを感じたんですけれど、最近は、ま、少しずつ慣れてきたかなという感じも受けるんです」と、共学への戸惑いも語られていた。史学科での研究や、音楽部でのクラブ活動など、充実した大学生活を送られていた陛下。記者から「青春というのは宮様にとってどんな時代か」との質問され、次のようにお答えになっている。「青春ってものはやはり、あらゆるものに挑戦し、それから自分の力を試す、自分の中のもの、外のものに限らずそういった力を試す時期であり、また、模索する時期じゃないかなって考えるんです」「青春ていうのは何年もたって、そしてあぁあの時が自分の青春だったのかなと思う、そういった感じも受けるんです。ですから、自分自身あとから考えてみて、ああ、あの時代、今の時代ですね――を精一杯生きたんだなと思えるような、そういった時期にしたいと思ってるんです」愛子さまは昨年4月に入学されて以降、コロナ禍のため学習院大学のキャンパスにほとんど足を運ぶことができていない。残りの大学生活で“青春”が謳歌できることを、両陛下も願っていることだろう。
2021年12月27日12月23日に88歳、米寿の誕生日を迎えられる上皇陛下。天皇陛下と雅子さまが12月9日、仙洞仮御所へ上皇陛下と美智子さまに雅子さまのお誕生日のご挨拶に伺った際には、1年9ヶ月ぶりのご対面に時間を延長されてお会いになった。天皇皇后両陛下がお帰りになるときも、美智子さまとお見送りに出られ、玄関でもお話が続き名残惜しそうになさっていたという。上皇陛下は1933年(昭和8年)に、昭和天皇と香淳皇后の長男として誕生された。上皇陛下には4人のお姉さまがおり、皇位継承者となる上皇陛下のご誕生に当時の日本中が沸き返った。その熱狂は、『皇太子さまお生まれなった』という曲が流行したほど。88年前の12月23日の早朝には、ご誕生を知らせるサイレンが東京の街に2度鳴り渡った。歌の歌詞にある「鳴った 鳴った ポー ポー」というフレーズは、男のお子さまがお生まれになったことを国民に知らせる合図だった。そして23歳の夏に、上皇陛下は軽井沢のテニスコートで美智子さまと出会い、1959年にご成婚。皇太子(当時)としては初めて、親子別々に暮らすのではなくお手元でお子さまを育てられた。上皇陛下が自ら、幼い天皇陛下を抱っこされる写真も残されているが、当時の人々の目には新鮮に映るお姿だった。上皇陛下は、ご家庭でのご様子も時折国民に公開してこられた。その上皇ご夫妻の子育てのスタイルは天皇陛下、秋篠宮さまにも引き継がれている。1970年のお正月写真では、小学4年生の天皇陛下と真剣なご表情で百人一首を楽しまれていた。一方で、お若いころからご退位まで地方ご公務や海外ご訪問が続き、忙しい日々を過ごされてきた。天皇陛下ご誕生から約半年後の1960年9月には、美智子さまとともにアメリカを16日間にわたり公式訪問。皇室で初めてディズニーランドを訪れたときには、ウォルト・ディズニー夫妻のアテンドでアトラクションを体験されている。また、昭和の時代から、国民の理想の夫婦として敬愛を集めてこられた。1968年の長崎ご訪問で船に乗られたときのように、美智子さまの手を取られエスコートされるご様子は、上皇ご夫妻の定番となっていた。そしてその仲睦まじいままのご様子で、国民の元にお出かけになってきた。高齢者施設や児童養護施設などでは、ゲームに飛び入り参加するなどユニークな一面もお見せになっている。そうしたご交流を、退位されるまで積み重ねられた。国民が楽しいときも苦しいときにも、国民とともにあるという平成の皇室のスタイルを確立されたのも、上皇陛下のお考えがあってのものだ。令和になって以降は、一切、ご公務をなさらず美智子さまと静かに暮らされている。皇太子時代から取り組まれていたハゼのご研究をお続けになるとともに、毎日の日課として仙洞仮御所のお散歩も欠かされない。広い皇居では長い距離を歩き、健康を維持されてきたが、仙洞仮御所では同じコースを何度も回られているという。来春には赤坂御用地にお引越しされるご予定の上皇さま。今よりも広いお住まいで、ゆったりと穏やかに過ごされる日が早く来ることを願うばかりだ。
2021年12月23日付き合う前の両思いの時期には、そこでしか味わえないドキドキを楽しめるでしょう。さらに2人の関係を盛り上げるためのテクニックがあるようです。今回は、交際前の男性をドキドキさせる一言を紹介します。■ 「○○行くなら誘ってね」デートを誘うにしても誘われるにしても、「あなたと行きたい」という思いが伝わってきたらうれしく感じる人が多いでしょう。いい感じの彼には、「○○行くなら誘ってね?」と、少し強引さをアピールしてみてもいいかもしれません。彼が「あのカフェ行きたいな~」などと言ったときには、「私も!ほかの人と行っちゃだめだからね?」と伝えるのもあり。お互いに、付き合う前の両思いの時期だからこその楽しさを味わえるはずですよ。■ 「頼りになるね」男性は、自分が女性からどれだけ信頼されているかで今後うまくいくかどうかを判断する人もいるよう。「○○くんは頼りになるね」や「いつも助けてくれるから安心しちゃう」などと言われると、自信につながるのだとか。自信が積み重なっていくと、告白をする勇気を出せることもあるそうです。彼を信頼していることをアピールできるといいですね。■ 「一緒にいると落ち着く」恋はドキドキするもので、その感情も楽しいと感じる人が多いでしょう。さらに愛が深まると、ドキドキだけではなく安心感も生まれてくることも。一緒にいてリラックスできる相手には、そう簡単に出会えないはず。「○○くんと一緒にいると落ち着く」と伝えると、彼は自分自身の価値に気付くかもしれません。何度かデートをし、距離が縮まったころに使ってみましょう。■ 「つらいときは言ってね」男性は基本的に、女性に対して弱っている姿を見せるのに抵抗がある人が多いです。つらいことや悩みがあっても、自分からは言いづらいことも。そんなときに「つらいときには言ってね」や「なにかあった?」などと言われると、その優しさに甘えたくなるよう。付き合う前のいい関係だからこそ、さらに距離が縮まるきっかけになるかもしれませんね。■ もっともっと楽しもう付き合う前の両思いの関係は、付き合うことがゴールだと思いがちですか、そうとはかぎらないようです。その段階だからこそできる、愛の深め方があるのだとか。お互いを思いやる気持ちを大切にし、さらに距離を縮めていけるといいですね。(橘 遥祐/ライター)(恋愛メディア・愛カツ編集部)presented by愛カツ ()
2021年12月14日《成年という一つの節目を無事に迎えることができましたことを嬉しく思います》天皇皇后両陛下の長女・愛子さまは12月1日、20歳の誕生日を迎えられ、ご感想を公表された。その中で愛子さまは《成長を見守り、温かい声をお寄せいただいている国民の皆様に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます》と、国民への感謝の言葉を綴られた。皇室担当記者は感慨深げに語る。「愛子さまのお言葉は皇族としての自覚を強く感じさせるものでした。育ててくださった両陛下、見守ってくださった上皇ご夫妻、さらには学校の先生や友人に丁寧に感謝を伝え、コロナ禍の国民生活を案じるお気持ちをしっかりと記されています」さらに注目を集めたのは、誕生日に公開されたお写真だった。ツイッター上では愛子さまの“変貌ぶり”に《綺麗になられてうっとりしてしまった》《ますます気品高いお顔立ちに》と、驚嘆の声が続出したのだ。ブラウンのワンピースに、グレンチェックのジャケットを羽織られた愛子さま。フォーマルな装いに合わせて、メークもバッチリされていた。「外部からヘアメークの専門家を呼んでいるはずですが、愛子さまご自身、あるいは雅子さまのご要望にそってスタイリングがされていると思われます」(宮内庁関係者)すっかり大人びた印象になられた愛子さま。その変化をもたらした秘密は“口元”にあった。《愛子さま歯列矯正されてる!》《歯が綺麗になって笑顔が素敵になられてる》昨年のお写真では八重歯がちょっぴり目立っていた愛子さまだが、1年の間にすっかり歯並びが整っており、ツイッター上でも驚きの声が上がったのだ。歯科矯正を専門にする麻布十番矯正歯科室院長の菊池香織さんによれば「昨今のマスク生活中に歯並びを直そうという人は増えている」という。「歯を抜く場合は2~3年かかりますが、抜かない場合は数カ月で治療が終わることもあります。矯正器具もいまは選択肢が増えていて、一般的なワイヤを使ったブラケットだけでなく、歯の裏側につける目立たない装置や、取り外しができる透明なマウスピースもあります。歯科矯正は、虫歯や歯周病予防、滑舌の改善にもつながります。また、歯並びに心理的なコンプレックスを抱えていた方からは、自然に歯を見せて笑えるようになり、矯正で気持ちが前向きになったという話も聞きます。海外ではよい歯並びが身だしなみのひとつと考えられていますが、日本でも歯並びに対する意識が変わってきているように感じます」■乗り越えた“激ヤセ”のトラウマ愛子さまも今後、海外からの賓客をもてなしたり、海外訪問をされる機会が増えてくるだろう。「実は、八重歯がチャームポイントの雅子さまも、ご婚約当初、アメリカの雑誌から歯並びについてあれこれと論評を受けたことがおありです。そういった経験もあって、雅子さまが歯列矯正を勧められたのかもしれません」(前出・皇室担当記者)この1年で急激に愛子さまが女子力を向上されたのはなぜなのか。前出の宮内庁関係者は、5年ほど前の“激ヤセ事件”が思い出されると語る。「愛子さまが中学3年生のころ、一気に15kgほどお痩せになったことがありました。思春期の愛子さまはこのころダイエットに取り組まれていたようですが、摂食障害に近い状態にまでエスカレートしてしまったといわれています。雅子さまもたいへん心配され、それ以来愛子さまがダイエットを試みることはなかったそうです。しかし、コロナ禍でご家族や職員以外と顔を合わせる機会がなくなり、他人の視線がプレッシャーにならない状況になりました。そこで雅子さまのサポートを受けつつ、愛子さまは“自分磨き”にチャレンジされたのでしょう。いま、若い女性の間では“自己肯定感”がキーワードになっています。かつてのトラウマを乗り越えてダイエットを成功され、歯列矯正もされたことで、愛子さまはこれまで以上に自信を持ってさまざまな活動に取り組むことができるようになられるはずです」立教大学教授で精神科医の香山リカさんは「ご自分の役割を自然に自覚されているのでは」と語る。「若い女性がオシャレになりたい、綺麗になりたいと思うのは自然なことですが、愛子さまの場合はそれだけではないと思います。成年皇族として人とお会いしたときに、より受け入れられる、いい印象を持ってもらえるにはどうすればいいかとお考えになっているのではないでしょうか。ファッションやメークにも愛子さまの“利他的”なご姿勢が垣間見えました。いまはコロナ禍ということもあり、さまざまなことを遠慮されていると思いますが、いずれはもっと自分らしさを発揮されてもいいのではないかと思います」雅子さまと二人三脚の“美活”で、さらに自信を深められた愛子さま。その笑顔はきっと、日本中を明るくするはず――。
2021年12月07日2021年12月5日、天皇、皇后両陛下の長女である愛子さまが、成年行事に臨まれました。東京都千代田区にある皇居の宮殿『鳳凰(ほうおう)の間』で両陛下にあいさつを行い、報道陣に姿を見せた愛子さま。美しい純白の『ローブ・モンタント』を身にまとい、ティアラと勲章を着けた、女性皇族の正装姿で「おはようございます」と述べました。愛子さまが身に着けているのは、この日に天皇陛下から親授された、『宝冠大綬章(ほうかんだいじゅしょう)』。授与が女性のみに限定された日本唯一の勲章であり、古代の女帝の冠を模した宝冠を中心に、周囲には真珠と竹枝、桜の花葉がデザインされています。愛子さまの気品あふれるお姿に、ネットからは「お美しい」「凛としたたたずまいが素敵」といった声が上がりました。産経ニュースによると、両陛下は、愛子さまが成年皇族として健やかに歩まれることを願われているといいます。同月1日に20歳の誕生日を迎えられた、愛子さま。両陛下は1人の親として、我が子の幸せな人生を心から祈っていることでしょう。[文・構成/grape編集部]
2021年12月05日12月5日に成年皇族としての行事に臨まれる愛子さま。12月1日、20歳の誕生日を迎えられた際には、「天皇皇后両陛下には、これまで愛情深く大切に育ててくださり、どのようなときも一番近くで支えてくださいました」とご両親への感謝を述べられ、「これからは成年皇族の一員として、一つ一つのお務めに真摯に向き合い、できる限り両陛下をお助けしていきたいと考えております」と今後の決意を示された。誕生日当日に公開された近影写真でのご成長ぶりも相まってか、ネット上では《何か凄い泣きそう。小さいイメージがあり過ぎて、成長に感動している》《ステキに成長されていらしてうれしくてじーんとした 12月5日のご挨拶が楽しみ》と感動の声が上がっている。愛子さまが生まれたばかりや小さなころのお姿が印象に残っている人も多いだろう。そこで、幼少期の愛子さまを写真とともに振り返りたい。【03年、1歳8カ月のお手振り】恒例の那須御用邸でのご静養に向かわれるご一家。1歳8カ月の愛子さまは、那須塩原駅の駅頭に集まった人々に物怖じせず笑顔でお手振りをされていた。【05年、4歳の誕生日写真】誕生日に公開される写真では、赤坂御用地のお庭でリラックスして過ごされるご様子が拝見できる。4歳の誕生日写真では、みかんを収穫されたり、雅子さまと一緒にテントウムシをご覧になっていた。【06年、東京ディズニーシーへ】初めて東京ディズニーリゾートを訪れた愛子さま。東京ディズニーシーでは、ミッキーマウスやミニーマウス、アラジンらに出迎えられるも、ちょっぴり人見知りを。少し驚いた様子で雅子さまにしがみつかれていた。健やかに成長された愛子さま。成年皇族としてのご活躍にも、今後注目が集まる。
2021年12月05日12月1日、20歳の誕生日を迎えられた愛子さま。宮内庁を通じて公表された文書では、《天皇皇后両陛下には、これまで愛情深く大切に育ててくださり、どのようなときも一番近くで支えてくださいました。また、上皇上皇后両陛下には、幼い頃より私を優しく包み込み、お導きくださいました。心より有り難く思っております》と、感謝の気持ちを綴られた。愛子さまは現在、学習院大学の2年生。今後は学業を優先しつつ、成年皇族としてご公務を担われることとなる。これからのご活躍が楽しみな愛子さまだが、これまで学業と両立して続けてこられたものがある。それは蚕の飼育だ。養蚕は明治以降の歴代の皇后に受け継がれる皇室の伝統だが、愛子さまも美智子さまと雅子さまに倣って10年以上も続けてこられたのだ。「愛子さまが養蚕を始められたのは、学習院初等科3年生のころ。学校の授業で育てた蚕を持ち帰られて以来、学業の合間を縫って続けてこられたのです。幼いころから生き物好きだった雅子さま譲りなのでしょう、卵から孵化させるなどとても大切に育てられています。蚕が病気にならないよう、2つのグループに分けるといった工夫もされていると聞きました。愛子さまの蚕は今年も無事に成虫となり、卵が採取されました」(皇室ジャーナリスト)愛子さまが熱心に取り組まれている養蚕だが、日本国内では蚕糸業は衰退傾向にある。今年6月に農林水産省が発表したデータによると、平成元年には57,230戸あった養蚕農家が昨年は228戸にまで激減している。「おもな理由は生産者の高齢化や後継者が不足していることです。蚕糸業者の間では、『皇室を最後の養蚕農家にしてはいけない』との声も上がっていると聞きました。愛子さまはそんな危機を目の当たりにして、皇室だけではなく日本の伝統をも守り抜こうという責任感をお持ちなのかもしれません」(前出・皇室ジャーナリスト)成年皇族を迎えるにあたって、《人の役に立つことのできる大人に成長できますよう、一歩一歩進んでまいりたいと思います》とも綴られていた愛子さま。10年以上も続けられている養蚕の“キャリア”は、将来、日本の伝統を紡ぐ希望となるはずだ。
2021年12月05日第1子の産後にやってきた両手首の激痛。「必要ないだろう」と思い、授乳クッションは準備していませんでした。授乳クッションを使わずに授乳していたため、両手首に大きな負担がかかり、産後3カ月で腱鞘炎に! この経験から、第2子の妊娠が判明したときは迷わず授乳クッションを購入。第2子にして授乳クッションの重要性に気づいた私の体験談と、腱鞘炎になったときにおこなった対処法をお話しします。 ドケルバン病という腱鞘炎に第1子の産後3カ月ごろ、抱っこやおむつ替え、掃除や料理もままならないほど手首の痛みが悪化していたので、病院で診てもらうことに。診断結果は、ドケルバン病という腱鞘炎でした。 手首というより、親指の付け根部分の腱鞘炎とのこと! 医師からは、ステロイド注射や手術の説明を受けました。ステロイド注射が授乳に影響しないことはわかっていましたが、「安静にしていれば良くなる」ということだったので、この日は安静をとることに。 ドケルバン病の対処法とはいえ、家では家事に育児に、やらなければいけないことがたくさん。夫がおむつ替えやお皿洗いなどをしてくれている間は、安静にできました。しかし、痛みが軽減することはなく、サポーターを購入することに。まずは腱鞘炎用のサポーターを購入しましたが、私の腱鞘炎には効かず……。 次に購入した物は、ドケルバン用のサポーターです。アルミの板が内蔵されているので、親指の関節をしっかりと固定してくれます。このサポーターを使用したところ、1カ月ほどで痛みが軽減! さらに1カ月ほどで痛みはすっかり気にならなくなり、サポーターを使用しなくても問題なく日常生活が送れるように。私にはこのサポーターが合っていたようです。 授乳クッションの準備は正解だった!ドケルバン用のサポーターはあったものの、もう二度と経験はしたくない痛み。第2子の妊娠が判明したときに、真っ先に購入した物は、授乳クッションでした。 第2子産後の授乳では、必ず授乳クッションを使用するように心がけたところ、卒乳するまでの間に手首が痛むことは一切なかったのです。「なんで早く購入しなかったんだろう」と後悔したと同時に、「こんなにも違いがあるのか」と授乳クッションの重要性に気づきました。 第1子の産後に経験した腱鞘炎は、あまりの激痛で家事も育児も本当につらかったです。あの痛みを経験したからこそ、授乳クッションの良さを発見できました。第2子のときに、授乳クッションを準備しておいてよかったと心の底から思えます。もし、第3子を妊娠することがあったら、また授乳クッションを使用したいです! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:小林 あやの4歳男児と2歳女児の母。婿入り婚で、両親と同居中。趣味は美容やコスメ集め。最近は2歳の娘もオシャレに興味を持ちはじめ、「早く一緒にショッピングを楽しみたい」と期待を膨らませる日々。美容や育児をはじめ、ブライダルや暮らしなど幅広いジャンルを執筆中。
2021年12月04日