第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりましたが、ぺ子さんは帝王切開でのお産にネガティブなイメージがなく、まったく抵抗がありませんでした。実際は予期せぬ痛みなどもあったものの、帝王切開も終了し、息子くんも無事生まれたペ子さん。しかし、麻酔から覚めると激痛との闘いが始まります。帝王切開後、ようやく目が覚めたと思ったら、後陣痛や空手チョップに匹敵する触診の痛みで声が出ないほどの激痛を味わったぺ子さん。無事の出産にほっとする間もなく、麻酔の効き目が薄れた切開後のおなかはズキズキ痛みます。そうして迎えた一夜は、クシャミをするのも怖いくらいで……!? 無事出産も切開後のおなかがズキズキ! クシャミも怖い一夜 「痛かったら痛み止めのボタン押してくださいね~」と朗らかな看護師さん。ですが、ペ子さんは痛みMAX時に薬が終わってしまったらどうしようと怖くて押せませんでした。おまけに元に戻ろうとする子宮と切開した傷の痛みで寝返りを打ちたくても打てず、身動きがとれません。そんなとき、鼻にムズムズとした感覚が……。普段ならなんてことはないですが、今の状況を考えるとクシャミでおなかに力がかかる……それは死を意味すると感じたぺ子さん。しかし、そう簡単にクシャミをコントロールすることはできず……。 「おなか……裂けてない……?」 この苦痛は朝まで続き、一睡もできないまま朝を迎えるのでした。朝になってどんどん痛み止めを入れてもよかったことが判明し、「それを早く言ってほしかった……」と涙するペ子さんでしたが、さらなる「悲報」が待っていたのでした。 ただでさえお産で疲れているのに、一睡もできずに本当につらいですね……。しかも、クシャミによって死を意識する日が来るとは、帝王切開後の苦しみもなかなかに壮絶です。早く体力が回復するといいですね。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月21日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりましたが、ぺ子さんは帝王切開でのお産にネガティブなイメージがなく、まったく抵抗がありませんでした。実際は予期せぬ痛みなどもあったものの、帝王切開も終了し、息子くんも無事生まれたペ子さん。ようやく覚醒し、ほっとしたのもつかの間、子宮の戻り確認やケアによって思わぬ激痛に見舞われます。想定外の処置はあったものの、帝王切開によって無事に息子くんが生まれました。縫合後には覚醒と寝落ちを繰り返し、ようやく目が覚めたぺ子さん。麻酔が切れてきたためか、ぼんやりしていた意識も段々とはっきりしてきて、おなかがズキズキと痛むのがわかります。そんな中、笑顔でやって来たのは看護師さん。「子宮の戻りと悪露の確認をしますね~」とニコニコ処置を始めます。それがなんと……!? 子宮の戻りチェックで思わぬ激痛が! ※実際はおなかにそっと手を置き、下に向かってゆっくり押すイメージです。 麻酔が切れてきてズキズキするおなかの傷。「ちょっと痛いな」と思っていたペ子さんのところに、「おなかの痛みとかどうですか~?」と、看護師さんが様子を見に来てくれました。 正直に伝えると、後陣痛の痛みも出ているとのこと。そして、ペ子さんのおなかを触診したと思ったら……仁義なき空手チョップが繰り出されました。実際は腹壁にそっと手を置き、下に向かってゆっくり押す処置になりますが、それでも声が出ないほどの激痛だったと言います。予期していなかったこともあり、文字通り全身石化してしまうぺ子さん。 さらに子宮の戻りを促すため、保冷剤でおなかを冷やす処置に身震い……。その地獄は1回では終わらなかったのです。その日中何度も繰り返され、ペ子さんは痛みと恐怖で度々声を失ってしまったのでした。 帝王切開のメリットも理解していたぺ子さんですが、やはり麻酔が切れたあとの痛みは避けられないようです。どのような方法を選んでも、出産って本当に命懸けですよね。帝王切開後の初めての夜は痛みとの闘い……。何とか乗り越えてほしいですね。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月20日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりましたが、ぺ子さんは帝王切開でのお産にネガティブなイメージがなく、まったく抵抗がありませんでした。そんなぺ子さんの帝王切開が開始。おなかを押されて急激に気持ち悪くなったぺ子さんでしたが、無事に赤ちゃんが取り出されて小さな産声が聞こえました。初めて見る長男くんは、おじいちゃんのような顔をしていました。そんな長男くんに驚いていると、「今だけ写真撮れますよ!」と看護師さんから声をかけられました。吐き気がおさまらないぺ子さんでしたが、選択の余地はありません。圧をかけられて赤ちゃんとツーショットで写真を撮った結果、その仕上がりはとんでもないものでした……。その後はウトウトする麻酔を吸入して縫合してもらい、手術は無事に終了したのですが……!? 頭がぼーっとして、二度寝をするとまさかの展開に…!? 第1子の長男くんのときはぐいぐいおなかを押されて気分が悪くなったぺ子さんでしたが、第2子・第3子のときは、少しおなかを押したら出てきて、気分が悪くなることもなくリラックスして出産できたそうです。 そんなぺ子さんが第1子出産後、手術を終えたあと目覚めると……いろいろな物が体についていました。ぺ子さんは頭がぼーっとして下半身も動かず、眠気に襲われてもう一度寝てみることに。 しかし……ズキズキとする痛みで目が覚めてしまうのでした。 予定帝王切開で第1子を出産後、麻酔のおかげで縫合中から眠っていたぺ子さん。パパに起こされて一度は起きたものの、二度寝をした末、ズキズキする痛みで起きてしまった様子……。手術中は麻酔が効いて痛みを感じていませんでしたが、ここで初めて痛みを感じているようです。入院初日に看護師さんから言われた、「手術後は痛すぎて出歩こうなんて気も起きないでしょうけどね」という言葉が思い出されますね……。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月19日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりましたが、ぺ子さんは帝王切開でのお産にネガティブなイメージがなく、まったく抵抗がありませんでした。そんなぺ子さんの帝王切開の手術が開始。麻酔はしっかり効いたものの、赤ちゃんを取り出す段になると、おなかを押されて急激に気持ち悪くなり、耐えられないぺ子さんは吐いてしまいます。励まされながら、おなかを押されながらの手術に耐えた末、小さな産声が聞こえ、「生まれましたよ! 元気な男の子です」と、看護師さんがぺ子さんに赤ちゃんを見せてくれました。しかし、赤ちゃんの顔を見たペコさんは……!? 新生児あるある!? 待望の赤ちゃんと対面した感想は… 初めて見る長男くんは……おじいちゃんのような顔をしていました。そんな長男くんに驚いていると……。 「ぺ子さん、今だけ写真撮れますよ! 撮れますか!?」 突然写真撮影を提案されました。撮りたい気持ちはあるものの、ぺ子さんはどうしても吐き気がおさまりません。 「今しかッッ取れませんよォォーッ!」。選択の余地がなく、圧をかけられた結果、写真を撮ることに……。 「笑って! もっと笑って! いい感じですよ!」と言われて撮ってもらった赤ちゃんとのツーショットは、予想通りとんでもない仕上がりでした。その後、ウトウトする麻酔を吸入して縫合してもらい、手術は無事に終了。 しかし、帝王切開の本当の試練はここから始まるのでした。 産後すぐの赤ちゃんと写真を撮れるタイミングは、そう何度もありません。一生に一度しか撮れない写真だからこそ、産院のスタッフさんも写真を撮るタイミングを設けてくれているのかもしれませんね。そして新生児期の赤ちゃんと言えば、シワシワで想像を超えるという表情の子も多く、ビックリしたという声もよく聞きます。みなさんの赤ちゃんは、どんな顔をしていましたか? ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月18日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりましたが、ぺ子さんは帝王切開でのお産にネガティブなイメージがなく、まったく抵抗がありませんでした。そんなぺ子さんの帝王切開がスタート。背中を丸め、1本目に麻酔の痛み止めの注射。麻酔の痛み止めがすでに痛くて心の中で叫ぶぺ子さん。さらに2本目の麻酔の注射を打ったあと、氷を肌にあてて麻酔の効き目を確認。医師から「大丈夫だと思うけど、もし手術中痛かったら教えてねー」と衝撃の発言に驚いたものの、手術が始まっていることがわからないほど麻酔がしっかり効いているようでした。手術開始後、赤ちゃんを取り出す段になると、おなかを押されて急激に気持ち悪くなり、ぺ子さんは吐いてしまいました。「もう出るよ! 頑張って!」と励まされながらぐいぐいとおなかを押され、気持ち悪さに耐えるぺ子さんですが……!? ついに赤ちゃんが出た! なのに産声が聞こえなくて…? ※実際の手術では、おなかだけが露出している状態となります。 赤ちゃんは、押し出され無事に外へ出て生まれてきた様子。赤ちゃんによって押し上げられていた臓器も元の位置へ戻りました。 しかし……生まれたはずの赤ちゃんの産声が聞こえません。ぺ子さんが心配していると……ようやく小さな産声が聞こえ、「生まれましたよ! 元気な男の子です」と、看護師さんが赤ちゃんを見せてくれました。 しかし、赤ちゃんの顔を見たペコさんは驚いてしまうのでした。 帝王切開でも、自然分娩でも、おなかから出てきたはずの赤ちゃんの産声が聞こえないと、「何かあったのかな……」と、不安な気持ちになってしまうもの。ペコさんも一時は心配したものの、無事に産声が聞けて本当によかったですね。ご出産おめでとうございます! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月17日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりましたが、ぺ子さんは帝王切開でのお産にネガティブなイメージがなく、まったく抵抗がありませんでした。そんな中、迎えた予定帝王切開当日。手術の前に浣腸をする際、看護師さんから「10分は我慢して」と言われたぺ子さんでしたが、結果は1分しか持たず、トイレへ直行。そしてついに手術が始まったときのお話。背中を丸め、1本目に麻酔の痛み止めの注射。麻酔の痛み止めがすでに痛くて心の中で叫ぶぺ子さん。さらに2本目の麻酔の注射を打ったあと、氷を肌にあてて麻酔の効き目を確認。すると……。「大丈夫だと思うけど、もし手術中痛かったら教えてねー」と医師から告げられます。痛みに耐性がないぺ子さんは、内心「待って、痛いことがあるの!?」と慌てていたのですが……!? 麻酔のおかげで痛くない! しかし、まさかの事態に耐えられず…!? カーテンによって仕切られているため、どんなことがおこなわれているのかわからず、恐怖を覚えるぺ子さん。しかし、しっかり麻酔が効いてくれていたおかげで手術が始まっていることがわからないほど痛みをまったく感じていませんでした。 ところが……。赤ちゃんを取り出す段になると、おなかを押され、急激に気持ち悪くなり……ぺ子さんは吐いてしまいました。 逆子で出にくいため、ぐいぐいと押されるおなか……。「もう出るよ! 頑張って!」と励まされながら耐えるぺ子さんでした。 大きなおなかをぐいぐい押され、気持ち悪くなってしまったぺ子さん。帝王切開では、おなかの下のほうを切って赤ちゃんを取り出すため、ママのおなかを上のほうから下へ向けて押すことがあるようです。麻酔で痛みを防げても、吐き気はどうにもなりません。つらいですが、赤ちゃんさえ取り出してもらえたら落ち着くはず。あと少しの辛抱ですね……! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月16日待望の赤ちゃんを授かり、いよいよ出産。出産は楽しみな反面、不安になることも多いですよね。そこでMOREDOORでは、先輩ママさんへ「どんな出産だったか」「こうしたら良かったと思うことは何か」とヒアリングを実施!今回は、陣痛促進剤を投与しお産を進めたものの、骨盤が狭く緊急帝王切開になったMさんの例をご紹介します。ーーー帝王切開とは、「帝王切開とは、お母さんか赤ちゃんに、何らかの問題が生じて経膣分娩が難しいと判断された場合に、手術で赤ちゃんを出産する方法」です(ニチバンHPより引用)。Mさんの出産時の状況■出産したときの家族構成:夫と私■出産方法:帝王切開■出産にかかった時間:丸2日と半日Mさんの出産レポ予定日よりも2週間早い日の早朝、眠っていたらお股に異変を感じて起きました。触ると濡れていたため、すぐに破水だと思いました。慌てて起きて隣で眠っている夫を起こし、病院に電話。「入院の準備をして来てください」と言われたため、すぐに病院に向かいました。病院に着くと破水で間違いないとのことで入院に。陣痛がなかったので様子を見ながら陣痛促進剤を投与してもらったところ、徐々に痛みが出てきたのですが、時間とともに陣痛が遠のいてしまいました。翌日再度、陣痛促進剤を投与してもらいましたが、子宮口が開いておらずバルーン処置をすることに。しかし、翌日もお産にはならず……。3日目、促進剤で本格的に陣痛が来て、子宮口も開いていたのですが、私の骨盤が狭くて赤ちゃんが通って来れないとの事で急遽、帝王切開になりました。陣痛がある中での、先生の診察は辛かったです。出産時におこったハプニングいろいろな処置をしてもらったのに最終的には緊急帝王切開に。自分は普通分娩だとばかり思っていたので、突然の手術で正直怖かったです。パートナーのサポートはどうでしたか?朝早いのに私を病院へ連れて行ってくれたり、赤ちゃんが生まれるまで毎日病院へ来てくれました。自宅から病院までは車で1時間かかる距離なのに、いつ連絡が来ても良いようにとあまり眠れなかったようです。緊急帝王切開になったときも、いろいろと書類を書いてくれました。でも陣痛で苦しんでいるときに夫がしょうもない話をしてきたときは、すごくイライラしました。Mさんがもっとこうすれば良かった!と今だから思うことは乳首マッサージをもっとしておけば良かったと思いました。産後の授乳のとき助産師さんがやってくれるのですが激痛だったため、もっと自分でやっておけばこんなに痛くなかったのではないかと思いました。Mさんからこれから出産する方へメッセージ人それぞれいろいろなお産がありますが、「リラックスして」と伝えたいです。出産の形は人それぞれ人によって出産の形はそれぞれ違うもの。どんな出産方法になったとしても、皆さん頑張ったことに違いはありません。ぜひ周りの人の助けをもらいながら、「リラックスして」と言う先輩ママたちの声も参考にしてみてくださいね。※こちらは実際に募集したインターネット調査をもとに記事化しています。(MOREDOOR編集部)
2023年04月16日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりましたが、ぺ子さんは帝王切開でのお産にネガティブなイメージがなく、まったく抵抗がありませんでした。そんなぺ子さんは、ついに予定帝王切開当日の早朝を迎えました。手術前に浣腸をしてもらった途端、おなかがぐぎゅるるる……と鳴り始め、「10分我慢して」と言われていたにもかかわらず、ぺ子さんは1分しか耐えられずにトイレへ行ってしまいました。その後、点滴を入れていざ手術室へ。案内された手術台は想像よりとても細く、落ちないか不安になるほどでした。そんな手術台へ横になると……!? 麻酔注射を打ち、効き目を確認されるとまさかの発言が…!?※実際は脊髄まで針は入れません。 ※穿刺の位置は実際はもう少し下となります。 下半身麻酔でおこなう帝王切開では、麻酔注射を2本打ちます。背中を丸め、1本目は麻酔の痛み止めの注射を打つのですが、痛み止めの注射が既に痛くて心のなかで叫ぶぺ子さん。さらに2本目の麻酔の注射が終わり、氷を肌にあてて効き目を確認。すると……。 「まぁ大丈夫だと思うけど……もし手術中痛かったら教えてねー」と医師から告げられます。 痛みに耐性がないぺ子さんは、「待て待て待て、痛いことあんの!?」と内心大慌て。しかし、無情にも手術は始まってしまうのでした……。 「痛み止めの注射がすでに痛い」というのは、痛みに弱い人にとっては「あるある」かもしれません。さらに、「帝王切開での手術は麻酔が効いて痛くない」と思っていたペコさんにとって、「手術中痛かったら教えてねー」という医師の言葉はかなり衝撃的だったかもしれませんね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月15日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりましたが、ぺ子さんは帝王切開でのお産にネガティブなイメージがなく、まったく抵抗がありませんでした。そんなぺ子さんが予定帝王切開で手術をする前日から入院すると、次々に驚愕の事実を目の当たりにします。手術や入院に関する説明を受けたぺ子さんがまず気になったのは、9日間という長い入院日数と入院中の食事内容でした。そんな中、迎えた手術当日のお話。入院中の9日間でぺ子さんが行き来できるのは、病室と新生児室のみとなっていたため、コンビニへ行くことはあっさり却下されてしまいました。そして迎えた予定帝王切開当日の早朝。手術の前に浣腸をする際、「できれば10分は我慢してくださいね。すぐトイレ行っていいですけど、なるべく10分は……」と看護師さんに言われたぺ子さんでしたが……!? 浣腸に耐え、準備万全でいざ手術室へ向かうと…!? 浣腸をしてもらった途端、ぺ子さんのおなかがぐぎゅるるる……と鳴り始めました。まだ30秒ほどしか経っていないのに、10分も我慢することに驚くぺ子さん。 「無理無理無理! 痛すぎて死……」 結局1分しか耐えられず、トイレへ行ってしまいました。そして点滴の管を入れ、いざ手術室へ向かうと……案内された手術台は想像よりとても細く、落ちないか不安になるぺ子さんなのでした。 浣腸されると、強い便意を感じます。浣腸液を腸管内にある程度の時間とどめて腸に刺激を与えることが目的とはいえ、10分も我慢できる人は少ないかもしれません。手術室に入ってからも、不安は尽きることはないかもしれませんが、医師や助産師さんを信じて手術に臨めるといいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子このほか、ぺ子さんはさまざまなマンガをInstagramで更新しています。ぜひチェックしてみてくださいね。 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月14日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりました。何かとネガティブなイメージのある帝王切開ですが、ぺ子さん自身は帝王切開でのお産にまったく抵抗がありませんでした。その理由は、出産日を決められること、お産の時間が自然分娩に比べて比較的短いこと。さらに、ぺ子さんは手術でできる傷痕に抵抗がなく、予定帝王切開での出産にデメリットを感じていませんでした。そんなぺ子さんが予定帝王切開で入院すると、次々に驚愕の事実を目の当たりにします。帝王切開の前日から入院し、手術や入院に関する説明を受けたぺ子さん。その説明の最中、ぺ子さんが気になったのは、9日間という長い入院日数。さらに何よりガッカリしたのは……入院中の食事内容。入院した日の夜と帝王切開の2日間は絶食で、食べられるようになった日に口にできるのは“おかゆ”。しかし、院内にコンビニがあることを思い出したぺ子さんは……? え…収監された? 入院中の制限に絶望し… ※浣腸に使用する器具が若干異なります。 院内にコンビニがあることを思い出したぺ子さんでしたが……。「ダメです」と、あっさり却下されてしまいました。その理由は、入院中の9日間でぺ子さんが行き来できるのは、病室と新生児室のみとなっていたため。 「ま、手術後は痛すぎて出歩こうなんて気も起きないでしょうけどね」 そんなまさかの言葉まで聞こえてきました。諸々の説明が終わったあとは、NST(赤ちゃんの心拍とお母さんのおなかの張りを確認するテスト)と、下の毛の剃毛をして、手術前日の予定は終了。 そして迎えた予定帝王切開当日の午前6時。ぺ子さんの産院では、予定帝王切開の前に浣腸をすることになっていました。「できれば10分は我慢してくださいね。すぐトイレ行っていいですけど、なるべく10分は……」と看護師さんに言われたのでした。 入院期間中は病室と新生児室しか往き来できないため、そもそもコンビニへ食べ物を買いに行くこと自体、許可がおりませんでした。さらに、その後看護師さんから「手術後は痛すぎて出歩く気が起きない」という恐ろしい言葉を耳にすることに。この言葉を体感する日が来るのかと思うと、ちょっと怖くなってしまいますね……。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子このほか、ぺ子さんはさまざまなマンガをInstagramで更新しています。ぜひチェックしてみてくださいね。 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月13日何が起こるかわからない出産。計画通りにいかないことも多く、不安になってしまいますよね。そこでMOREDOORでは、先輩ママさんへ「どんな出産だったか」「こうしたら良かったと思うことは何か」とヒアリングを実施!今回は、普通分娩の予定から帝王切開に変更になったTさんの例をご紹介します。ーーー帝王切開とは、「帝王切開とは、お母さんか赤ちゃんに、何らかの問題が生じて経膣分娩が難しいと判断された場合に、手術で赤ちゃんを出産する方法」です(ニチバンHPより引用)。Tさんの出産時の状況■出産したときの家族構成:夫婦2人のみ■出産にかかった時間:1時間くらいTさんの出産レポ出産前の検診で妊娠高血圧症候群で緊急入院となりました。血圧が高く、むくみもひどかったので、普通分娩の予定から帝王切開に変更になりました。コロナ禍だったので、荷物の受け取りでさえ看護師さんを通さなくてはならず、退院まで夫に会えませんでした。高血圧のため予定日よりも早くに出産することになり、手術も2時間前に突然言われたので心の準備もないままあっという間に終わった出産でした。出産時におこったハプニング普通帝王切開なら当日は食事を抜かないといけないのですが、突然手術が決まったのでお昼ご飯までしっかり食べていて焦ったのを覚えています。心の準備もないまま手術台に乗ったため震えが止まらず、ずっと助産師さんの手を握っていました。パートナーのサポートはどうでしたか?立ち会い出産ができたらと思っていたのですが、コロナ禍のため叶わず……。さらに、緊急入院からの帝王切開だったので、サポートもしてもらえませんでした。初めての出産で不安だったので一緒にいて欲しかったなと思います。普通分娩が希望でバースプランなどをいろいろ考えていたものの、それが叶わないとわかり、複雑な気持ちになりました。帝王切開での出産ですが、陣痛や出産時の呼吸法を少し楽しみにしていたので、経験できず残念です。
2023年04月13日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりました。何かとネガティブなイメージのある帝王切開ですが、ぺ子さん自身は帝王切開でのお産にまったく抵抗がありませんでした。帝王切開に抵抗がない理由は、出産日を決められること、お産の時間が自然分娩に比べて比較的短いこと。さらに、ぺ子さんは手術でできる傷痕に抵抗がなく、予定帝王切開での出産にデメリットを感じていませんでした。そんなぺ子さんでしたが、いざ予定帝王切開で入院すると……!? ついに入院! 看護師さんから次々に驚きの事実を聞き… ぺ子さんの産院では、手術までの準備をするために予定帝王切開の場合は前日から入院することになっていました。入院すると同時に大きな入院セットのプレゼントをもらい、持ってきていた荷物を見直して棚へ収納。 その後、看護師さんから麻酔・手術・入院中のスケジュール説明を受けました。説明の最中、ぺ子さんが気になったのは、9日間という長い入院日数。さらに、何よりガッカリしたのは……入院中の食事内容。入院した日の夜と帝王切開で手術する日の2日間は絶食で、食べられるようになった日に口にできるのは“おかゆ”。 しかし、院内にコンビニがあることを思い出し、何やらたくらむぺ子さんでした。 予定帝王切開の場合は、自然分娩に比べ、入院日数が若干長くなります。また、入院中の食事についても手術で麻酔をすることにより、ママの体への負担を考えて重湯やおかゆから始まる産院が多いことも。常食を早く食べたいという方もいるかもしれませんが、こればかりは産院の指示にきちんと従って、万全の体制で臨むようにしたいですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 このほか、ぺ子さんはさまざまなマンガをInstagramで更新しています。ぜひチェックしてみてくださいね。 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子息子、娘、夫、猫2匹とわちゃわちゃ生活中。2022年にもう1人出産予定。インスタで育児マンガ・不妊治療レポを描いています。
2023年04月12日4回の出産を経験した私ですが、妊娠のたびにおしりのトラブルに悩まされました。恥ずかしさと、忙しさとで病院にも行けず、市販薬でごまかしていましたが、とうとう痛みに耐えられなくなり……。もっと早く対処しておけばよかったおしりトラブルの体験談です。★関連記事:「おしりに違和感?」もうすぐ臨月なのにおしりにイボが爆誕!? #年末年始痔になった話 1トラブルの初めは妊娠から私のおしりトラブルは長男を妊娠したときから始まりました。妊婦検診でおしりに違和感があることを先生に伝えると、「妊婦さんは痔になりやすいから、お薬出しておきますね」と塗り薬をもらいました。そのときは症状も軽く、いつの間にか痛みも治まったのですが、やはり2人目の妊娠中も痛くなりまた薬をもらうことに……。育児の忙しさに自分の時間もなく、痛みもいつの間にか忘れていました。2人目から9年たって久しぶりに3人目を妊娠すると、またもやおしりに違和感を感じました。まさかの4人目に3人目は逆子で緊急帝王切開だったため、力むこともなく、おしりもあまり痛くなることもなくよかったと思っていました。それから4年後、40歳間近で4人目を妊娠。妊娠中は少し違和感があったものの、薬を塗っておけば普通に生活できるくらいでした。しかし、あらかじめ帝王切開の日時が決まっていたのに急に陣痛が来てしまい、緊急手術に。私の地獄は術後から始まりました。おしりの違和感は帝王切開後、痛みへと変化してしまったのです。麻酔が切れて、帝王切開後のおなかの痛みとおしりの痛みがダブルパンチ。痛み止めを飲みましたが、横になっても座っても痛くて眠れませんでした。思い切って病院へ退院してからもおしりの痛みは続き、まともに座れず、出世届を出しに車に乗ったら振動で冷や汗をかいたことを覚えています。それからはまた育児の忙しさに自分の時間も取れず、市販薬でなんとか乗り切ろうと日々を過ごしていました。ところがある日、とうとう便器が真っ赤に……。びっくりして、もう限界を感じ外科胃腸科の病院へ行きました。そこで手術ができる肛門外科を紹介され、その病院へかかることに。手術しないといけないレベルということで、夫に相談。すると、まさかの夫も痔持ちだったらしく、「痛みはわかるから手術すれば?」と言ってくれたのです。まとめ4人の子育てで忙しい毎日ですが、おしりの痛みには耐えられませんでした。入院中、夫や母の助けもあり、無事手術も終わりました。今ではあの痛みがうそのようです。手術をしたことでおなかの調子もよくなり、体重も落ちました。恥ずかしさもありましたが、それよりも痛みから解放されて本当によかったと思います。※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/里村仁志先生(里村クリニック院長)消化器疾患が専門。2003年 獨協医科大学医学部卒業、2005年獨協医科大学第1外科、2016年さいたま赤十字病院外科を経て、現在に至る。イラスト/村澤綾香著者/松田 みさと(42歳)長男と次男が15歳差の2男2女の母。仕事をしながら子育てに奮闘中。現在はライターとして、自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2023年04月12日順調に進んでいた妊婦生活。しかし、出産予定日の1カ月前に夫が新型コロナウイルスに感染し大騒ぎ。でも、私は陰性でひと安心。夫婦で出産に向けて過ごしていたけど……。私の波瀾万丈な出産の思い出をご紹介します。 「こんなときになぜ?」出産間近に新型コロナに感染もともと帝王切開での出産を予定していたため、手術日が決まっていました。 そんな中、夫が出産予定日の1カ月前に新型コロナウイルスに感染。幸い、私は感染していなかったのでひと安心していましたが、なんと出産予定日の3日前に夫が2度目の新型コロナウイルスに感染。「いつも健康で滅多に体調を崩さないのに、なんでこんなときに……!?」と怒りがおさまりませんでした。 しかも、2回目は私も感染してしまい、高熱が出て、鼻水と咳が止まりません。もちろん予定していた帝王切開の手術日は延期になり、隔離期間後に再度予定を組み直すことに。おなかをさすりながら赤ちゃんに、「隔離期間中は陣痛が起こりませんように。もう少し出てくるの待っててね」と話しかけ、なんとか隔離期間最終日を迎えました。 おなかのわが子よ、ありがとう!そして、隔離期間を終えたその夜、ついに陣痛が来たのです! 隔離期間が終わっていたため、通院していた病院で緊急対応してもらえました。鼻水と咳がひどく、つらい状況でしたが帝王切開で無事赤ちゃんが誕生。元気で無事に生まれてきてくれたわが子に「ギリギリまでおなかの中で待っててくれてありがとう!」と思いました。 元気な夫が2回もダウンしたのはなぜ?滅多に体調を崩さない夫が「2回も新型コロナウイルスに感染するなんて……」と思いましたが、睡眠不足が原因だったのかもしれません。というのも、サッカーワールドカップを観戦するために、連日夜更かしが続いていたからです。 臨月での高熱は、赤ちゃんもつらかったと思います。隔離期間中、じっとおなかで待っていてくれて、その後元気に誕生してくれたことにありがとうと言いたいです。また、病院関係者にはご迷惑をおかけしましたが、メンタルがボロボロだった私を励ましてくれたことに心から感謝しています。 監修/助産師 松田玲子0歳の母。初めての育児に毎日奮闘中。
2023年04月12日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。第1子の長男くんは妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりました。何かとネガティブなイメージのある帝王切開ですが、ぺ子さん自身は帝王切開でのお産にまったく抵抗がありませんでした。帝王切開に抵抗がない1つ目の理由は、出産日を決めることができるから。ぺ子さんの場合は予定帝王切開のおかげでお産の日が決まり、夫も仕事の都合がつけやすくなり、遠方の親族も出産日に合わせてくることがでたのです。そして、2つ目の帝王切開でよいと思った理由は……!? 痛みが怖いママは友だちの出産エピソードに震え… ※楽なる→楽になる ※自転車の2人乗りは各都道府県の公安委員会が定めた道路交通規則で原則禁止とされています。 ぺ子さんが帝王切開で良いと思う2つ目の理由は、お産の時間が1時間半ほどで終わり、術中は痛みがないということ。 自然分娩で出産した友だちは10〜30時間ほどお産に時間がかかったと聞いて、痛み耐性がないぺ子さんは長時間の陣痛には耐えられないと思っていました。そのため、ぺ子さんにとっては短時間かつ麻酔により術中の痛みがまったくないお産が魅力的だったのです。 さらに、ぺ子さんは傷ができることに抵抗がないため、帝王切開でおなかを切って手術の痕が残ることも特に問題視していませんでした。 自然分娩ならすんなり産めることもあれば、長く陣痛に苦しむ可能性もあります。さらに、胎児や妊婦さんの状態によっては自然分娩から緊急帝王切開に切り替わる場合もあります。その点、帝王切開ならスケジュールが決まっていて、術中は麻酔が効いているので痛みに苦しむことがありません。帝王切開に抵抗のある方も多いと思いますが、ぺ子さんのようにデメリットに感じないというケースもあるようですね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月11日第1子から第3子まで予定帝王切開で出産したぺ子さん。このお話は、第1子の長男くんを出産したときの体験談です。妊娠20週から逆子が直らなかったため、予定帝王切開での出産が決まりました。帝王切開でのお産に対し、ネガティブなイメージを持つ方は現状として少なくはありません。それでも、母子ともに健康で、子どもが元気に生まれてくれれば帝王切開も立派なお産。帝王切開で産めてよかったと本気で思うぺ子さんの実体験とは……!? 帝王切開は残念? いえ! 良いお産です! その理由は… ※看護士→看護師 ※逆子体操にはリスクもあるため、逆子体操をすすめていない施設もあります。 第一子で長男の息子くんを妊娠していた際、妊娠20週からずっと逆子が直らず、予定帝王切開での出産が決まりました。すると、看護師さんや親族から、「逆子が治らなくて残念だね」という趣旨の言葉をよくかけられたというぺ子さん。 しかし、ぺ子さん本人はというと、帝王切開でのお産にまったく抵抗がありませんでした。その1つ目の理由は…… 出産日を決めることができるから。 医師のスケジュールや妊娠週数を加味しなければなりませんが、運が良ければ希望する日に出産できます。ぺ子さんの場合は予定帝王切開でお産の日が決まり、夫も仕事の都合がつけやすくなり、遠方の親族も出産日に合わせてくることができました。 “帝王切開”と聞くと、たしかにネガティブなイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし、実際にはぺ子さんが言うようにスケジュール調整がしやすくなり、いつ来るかわからない陣痛に怯えなくてよいのでメリットもたくさんあります。どんなお産でも、“母子ともに健康”であることが第一ですよね。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ぺ子
2023年04月10日一人前の助産師になるためには……?今回は、モクコ(@fufufufutago)さんの『【#8】助産師の裏側』を紹介します。【前回までのあらすじ】いよいよ助産師になるための“病院実習”が開始。数日後、予定外の産婦が来院。初めての分娩介助で“命の尊さ”を実感するモクコさん。その後、指導者との“振り返り”で反省点が浮き彫りに……。分娩介助の後は記録作成……叱咤されていると……担当産婦が心配な同級生……話を聞いた先生は……担当産婦を心配して“なんとかしたい”と願う同級生。そんな同級生にかけた先生の言葉の真意とは……?(MOREDOOR編集部)(イラスト/@fufufufutago)※本文中の画像は投稿主様より掲載許諾をいただいています。※作者名含む記事内の情報は、記事作成時点のものになります。
2023年03月08日もしも、自分の子どもなのに我が子のように思えなかったら……?大人気マンガシリーズ、今回はわこさん(@wakonowa)の投稿をご紹介!「自分の子だと思えない」第5話です。【前回までのあらすじ】自分が産んだ子どもを、我が子ではないと感じるわこさん。自分と我が子が似ていないという理由で、自分の子ではないと疑念を深め……。わこさんがそう思う原因は、緊急帝王切開で全身麻酔を使い出産し、出産時の記憶がないためで……。愛情をもって育児をし……産んでいないと思い……他の母親と同じようで……?一見すると、他の母親と同様に、愛情をもって育児をするわこさん。しかし、実はわこさんがこうなった原因は、帝王切開以外の理由があり……。
2023年03月05日もしも、自分の子どもなのに我が子のように思えなかったら……?大人気マンガシリーズ、今回はわこさん(@wakonowa)の投稿をご紹介!「自分の子だと思えない」第4話です。【前回までのあらすじ】自分が産んだ子どもを、自分の子ではないと感じてしまうわこさん。自分が赤ちゃんの頃と、子どもを見比べたわこさん。すると子どもが似ていないという理由で、自分の子ではないと疑い……。疑ってしまう原因は……出産の記憶がなくて……我が子だと実感が湧かず……緊急帝王切開で出産し、自分で産んだ記憶がないわこさん。それが原因で我が子だと思えず……。しかしそれでもわこさんは、他のお母さんと同様に育児をこなし……。
2023年03月04日今回の内容は、辛い描写があります。不安を感じる方は閲覧をお控えください。■前回のあらすじ教師をしていた私は順調な妊婦生活を送っていたが、出産予定日を過ぎても陣痛が来ず、なかなか生まれる気配がない。妊娠41週が過ぎた頃、担当医と相談し、翌日から入院して陣痛促進剤を入れることになるのだが…。■陣痛は来てるのに降りてこない!?■赤ちゃんと握手…!今回は出産と最初に感じた違和感のお話。生まれたての赤ちゃんと握手する感動の場面ですが、私は娘の手が冷たくて不安になったのを覚えています。そして、今思い出しても出産は痛かったですね…。これが「命懸けか!」と思いました。次回は病気発覚までの不安と葛藤を描いていきます。次回に続く「娘と心疾患のお話」(全18話)は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2023年03月01日出産予定日の1週間前に陣痛が来た、星田つまみさんは、家族で病院に行くことに。その後、実母が星田つまみさんのいる分娩室に到着し、安心した星田つまみさんでしたが、陣痛と共に骨盤にかなりの痛みが。様子を見にきた、助産師さんは顔面蒼白になり、医師を呼びに行き……。手術の準備中に違和感を覚え…医師から「常位胎盤早期剥離(妊娠中、または分娩時に胎児が出てくる前に胎盤がはがれてしまうこと)」と告げられた、星田つまみさん。緊急で帝王切開をすることになり……。 ※常位胎盤早期剝離の場合、胎児が低酸素状態になるため、母体への酸素投与が必要になる場合があります。 手術の同意書に署名を記入し、ストレッチャーに乗り換えて、手術室に移動。 手術室に移動してからは、怒涛のように事が進んだが、陣痛が何度も襲ってきた。 助産師さんからは「いきんだらダメ!」と言われ、必死にいきみ逃しをしていたが、突然おまたに違和感を覚え……。 ◇◇◇ 何度も襲ってくる陣痛に、必死にいきみ逃しをする星田つまみさん。 助産師さん曰く、「常位胎盤早期剝離」の際の緊急帝王切開は1秒を争う事態なのだとか。そのため、作中の助産師さんも早く手術に取り掛かれるよう準備をしていましたよね。 一刻一秒を争う手術。全員の頑張りが報われ、母子共に健康な状態で手術を終えられることを願うばかりですね。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター 星田つまみ6歳差元気兄弟の育児に日々奮闘中です!いっぱい怒っていっぱい泣いていっぱい笑った子どもたちとの日々を忘れないように、育児漫画を描いています。
2023年02月26日私は、胎児発育不全で入院し、自然分娩を希望していましたが、分娩途中で胎児の心拍が下がり緊急帝王切開となりました。2,150gとかなり小さめでしたが元気に生まれてきてくれました。自然分娩を経験してみたかったという気持ちが大きく残るなか、経腟分娩を経験しているママ友とランチに行ったのですが、そこで思いもよらないことを言われたのです……。 久しぶりの再会私と、数週間違いで赤ちゃんを産んだママ友とランチの約束をしました。そのママ友は2人目の出産だったので先輩ママです。子ども同士の月齢も近いし、きょうだいに関することや仕事と子育ての両立についてなど、育児の相談もできるかな~とかなり楽しみにしていました。 お互いに子どもを連れて会うので気兼ねなく過ごせるように、私の家で会うことになり久しぶりに再会。最初のうちは子どもの写真を撮ったり、お互いの近況報告をしたりと楽しい会話が続いていましたが……。 お互いの分娩についてお互いに産後4カ月だったこともあり、分娩の話になりました。私は誘発分娩をしたことと、途中で胎児の心拍が落ちてしまい緊急帝王切開での出産になったことを話しました。手術後、傷の痛みがあり、退院後も体が痛くしんどかったことや、初めての手術で不安感が強かったことなども伝えました。 ママ友は2人目を無痛分娩で出産。そんな経腟分娩で2人の子どもの出産を経験しているママ友から言われたのは、衝撃的なひと言だったのです。 お得な出産?なんとママ友から、「帝王切開はお金もらえるからいいじゃん。うらやましい。出産してお得な気分にならない?」と言われたのです。確かに帝王切開は保険適用になるけれど、望んだわけではなし、経腟分娩へのあこがれがあるのに……と悲しい気持ちになりました。 ママ友は都内での出産、無痛分娩を選択し100万円ほど分娩費用が掛かったそうで、「退院時にいくら請求された。でも帝王切開はないよね。本当に高かったのに!」など、分娩方法を比較して、いかに帝王切開が金銭的に得をするのかという話を聞かされました。 今では帝王切開の傷も愛おしく思えますが、産後数カ月の間は経腟分娩がしたかった、と落ち込むこともありました。そんななか、「お得な出産」と言われ深く傷つきました。それ以降は、分娩についてママ友とは話すことはせず、たまに子どもの成長を報告する程度の関係に落ち着いています。 作画/ぐら子著者:白田 よう保育士として働いていたが、出産を機に退職。やんちゃな男の子を育てながら、自身の体験談を中心に執筆中。
2023年02月09日〈ようやく息子が成人式を迎えました。あれから20年。出産でお世話になった主治医との「子供を成人させるまで元気でいる」という約束を果たし終えて、正直、今、ホッとしています〉影山百合子さん(81)から、本誌記者がこんなメールを受け取ったのは、昨年1月の終わりだった。影山さんは、’01年7月に60歳で出産し、「日本最高齢出産」の記録を作った、元公務員の女性。当時、新聞や雑誌、テレビなどでいっせいに報じられ、アメリカでのドナーによる体外受精だったことや、なによりその出産年齢が注目されるなかで賛否両論も巻き起こり、影山さんは国内外で注目される存在となった。激しいマスコミの取材攻勢から逃れるなか、影山さんが本誌にだけインタビューに応じてくれたのには、こんな理由があった。取材会場のホテルのロビーに現れた彼女は開口一番、こう言った。「私、’58年の創刊時からの『女性自身』の読者です。’58年は私が社会人になったころでもあり、役所への行き帰りや、海外旅行へ行くときもいつも愛読していました」こうして21年前の本誌「シリーズ人間」で最初の記事が掲載され、3年後にも同じく近況報告がなされた。取材終了後、記者と交わした約束が、子供が成人式を迎えたときの再インタビューだった。以降、毎年、その息子・レノ君(21)の写真入り年賀状やメールが記者宛に送られてくるようになった。赤ん坊から少年に、やがてハンサムな青年へと成長する姿を見ながら、影山さんも元気にお母さんとして暮らしている様子が伝わってきた。だからこそ、昨年12月頭に都内でのおよそ20年ぶりの再会を果たしたとき、影山さんが杖をついて現れたので、少し驚いてしまった。「先週、お風呂場で転んで骨折してしまいました。でも、今日もリハビリと思って電車で来ました」その言葉に、以前の取材時に聞いていたエピソードを思い出す。三半規管に持病があり、転びやすい体質という彼女だったが、「妊娠に備えて、ふだんからあえてハイヒールを履いて、常にまっすぐ歩けるよう鍛えてるんです」本人は「すっかりおばあちゃんになってしまって」と苦笑していたが、60歳での超高齢出産を可能にした、逆境をもバネに変える、持ち前の強靱な精神力はいまだ健在のようだ。■骨密度も20歳並み。アスリート並みの健康体に生んでくれた両親に改めて感謝最初の「シリーズ人間」の記事では、夫は「20歳以上年下」の「義男さん(仮名)」と紹介されていたが、実はこれは正確ではない。「彼は中東出身で、年も24歳下です。仮名を使ったのは、当時、それはすさまじい報道ぶりでしたから、少しでも外国人の彼をマスコミから守るための苦肉の策でした」中東の夫の親族たちは、この結婚に猛反対した。「なんで、わざわざそんな年上の女性と結婚するんだ」「もっと若い人と結婚すれば、子供も自然に授かるのに」それら苦言に深く悩み始めた夫の姿を見て、影山さんは決心する。「私は子供のころからカトリックだったので、『子供は神からの授かりもの』という考えを持っていました。でも、もう待っているだけじゃダメだと思ったんです」55歳にして、影山さんは妊活をスタートさせた。事前の検診でわかったのは、自身の肉体がすこぶる健康なこと。50代半ばにして、虫歯は1本もなく、髪も黒々としている。「骨密度も20歳並み、ホルモン値は同年代の2倍以上、生理も順調。このデータを知らされて、あの戦争の食うや食わずの時代に、アスリート並みの健康体に生んでくれた両親に改めて感謝しました」■20代、30代と介護に追われ、50代で彼と出会い、60歳で出産。逆走の人生に終止符を「孫がいてもおかしくない患者の不妊治療をしたら、私が日本中からバカにされる」診察を希望する影山さんに、不妊治療で有名だったある医師は言い放った。その後も、信頼して任せられる医師とは出会えなかった。途方に暮れる影山さんが最後に駆け込んだのが、東京都千代田区の「卵子提供・代理母出産情報センター」。’91年の設立以来、アメリカのネバダ不妊治療センターと提携して、すでに200件もの出産を手がけていた。「20年たった今だから言えますが、影山さんの出産に際しては、『リスクが大きすぎる』と、スタッフ全員が猛反対でした。万が一のことがあれば、日本の医療界から干されるのは明らかでしたから」そう語るのは、同センター代表の鷲見侑紀さん。影山さんとの交流は現在も続いており、今回の取材にも同席した。「私どものセンターでも、受け入れの年齢に55歳というガイドラインをもうけていましたが、影山さんはすでに57歳でした。それなのに、なぜ私が影山さんのケースを進めたか。理由は2つ。一つには、健康・肉体的に申し分ない条件がそろっていたこと。そしてもう一つは、彼女が自分のためではなく、愛する夫に子供を抱かせたいと心から望んでいた気持ちに感銘を受けたからです。相談に来るときも必ずお2人で、手をつないで。『たとえ母になれても、いつまでも“女”でいたいんです』と彼女は言いました」’99年5月には卵子のドナーが見つかっていながら、子宮筋腫が発見されてしまう。「しかし、彼女は自分で医師を探して手術を敢行したほど。その1年後、4度目の渡米、2度目の体外受精で妊娠に成功します。日本での出産は、高齢出産で実績のある東京慈恵医大病院産婦人科が受け入れてくれました。これも今だから話せますが、当時、先生方と、『もし出産までに母子が危険な状態に陥ったときには、母親の生命を優先する』と合意していました」(鷲見さん)当の影山さんは、もしかしたら誰よりも妊娠することに確信を抱いていたかもしれない。「卵子ドナーの28歳のアジア人女性のリストを受け取ったとき、彼女の誕生日が彼と同じだったんです。その運命的な偶然を知ったとき、この出産はきっとうまくいくと信じることができました」そして’01年7月21日、影山さんは、帝王切開で2558gの元気な男の子を出産。「レノ」と名付けた。「大好きだったジャン・レノと、体外受精でお世話になった米国リノ市にちなんでの命名です。別に父親の国での名前もあります。また、レノの誕生日は父親と一緒です。予定日が夫の誕生日に近いとわかったときから同じ日に産もうと決めていて、私から主治医の先生にその日の帝王切開を『どうしても』とお願いしました」前述のとおり、出産の翌日から怒濤の報道の嵐となった。「覚悟はしていましたが、『おばあちゃんが赤ちゃんを産んだ』という見出しには深く傷つきました」鷲見さんには、忘れられない当時の会話があったという。「生まれた赤ちゃんの健康のためにも『初乳は、母乳を与えてください』と主治医の先生に言われ、私は影山さんに伝えましたが、これは意外にも拒否されたのでした。聞けば、『彼のために体のラインを崩したくないんです』と。これには驚きましたが、改めて深い夫婦愛にふれ、今後の子育ても大丈夫と安心したものでした」当の影山さんも、レノ君を初めてわが胸に抱いて、思う。「多くの方とは逆に、私は10代を孤独に過ごし、20代、30代と介護に追われ、50代で彼と出会って本当の愛を知り、60代で子供を産んだ。そんな逆走の人生に、ようやく終止符を打てました」■息子にはいつも周囲に感謝を持ち、社会に出たら、人のためになる仕事をしてほしいレノ君は父親の実家で暮らすこととなったが、その後も、年賀状やメールでレノ君の健やかな成長ぶりを綴っていた影山さんが、初めて自分の体調にふれたのは’18年のこと。彼女は70代後半を迎えていた。〈私のほうは1年ごとに病気も一つずつ増えて、ひどい神経痛にも悩まされ、要支援2、視覚障害2級となりました。かつて打ち続けていたホルモン剤の影響もあるでしょう。普通の人以上に、60歳出産で体に負担をかけ、急に油切れした状態でしょうか〉60歳での出産直後から、骨粗しょう症予防のカルシウム補給や、更年期障害と同様の症状を予防するための低用量ピルを飲み続けてきた影山さんだったが、それらの投薬をやめたのを境に体調が一気に悪化したのだった。「めまいや貧血、自律神経の乱れなど、止めていた分、いまさら更年期障害に苦しんだのでした」そんな影山さんを、「まだ元気でいなければ」と踏ん張らせたのは、主治医と交わした「子供を成人させるまで元気でいる」という約束だった。幼稚園と小学校を中東の父の国で終え、日本で暮らすようになったレノ君だが、昨年の年明け、とうとうその日がやってきた。「レノは、地元の成人式の式典に参加しました。このときばかりは、中東から父親も駆けつけました」影山さんは、成人した息子に、母親として、どうしても伝えたいことがあった。「おまえが生まれるまでに、どれだけ多くの人の世話になり、見守られてきたか。日米のお医者さん、看護師さん、ドナーの方、鷲見さんなどなど。だから、いつも周囲に感謝して生きなさい。いずれ社会に出たら、今度は、おまえも人のためになる仕事をしてほしいと、母さんは願っています」母親の言葉を聞いたレノ君の返事は、「感動的な言葉を期待されてるでしょうが、特にありません。ごく普通の、イマドキの20歳の男のコなんです(笑)。ただ最近、初めて自分から言い出して、近所のコンビニでアルバイトを始めたんです。日本語を上手になるためと、日常の生活マナーを身につけたいと言ってましたから、本人なりに将来について考えているのだと思います」【後編】「60歳の患者に不妊治療したらバカにされる」と医師に言われ…日本最高齢出産女性が明かす秘話へ続く
2023年01月15日妊娠41週目、出産予定日超過のため入院し、誘発分娩で出産することに。院内に響き渡る大声で叫んでしまうほどの陣痛に25時間耐え、緊急帝王切開で長女のさくちゃんが誕生しました。しかし、出産直後からさくちゃんの手足が氷のように冷たいことが気になる。でも始まったばかりの育児。これが心疾患の症状の1つだなんて、このときは思いもよらず……。 毎日一生懸命さくちゃんをお世話していたママさん。2週間健診の日がやってきました。 産後メンタルは削られて…… 不安いっぱいで退院したあと、昼夜問わず3時間おきに育児用ミルクを1時間かけてあげて、おむつを替えて、また泣き出して……この繰り返しで完全に寝不足。 どうにか飲ませても、あとから全部吐き戻してしまう。 そして2週間健診の日、医師に言われた言葉。 「お母さん、ちゃんと頑張らなきゃ!」 毎日、毎日必死だった。必死にさくちゃんをお世話していた。これでも、まだ私の頑張りは足りないの? ショックを受けたママさんは、さくちゃんの体重を増やすためにある行動に出ます。それが、病気判明のきかっけになるとはつゆ知らず……。監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター こやま家2018年4月生まれの女の子さくちゃんと、2020年5月生まれの男の子あおくんを育てるワーキングママ。奇想天外な家族の様子を絵日記で描いている。
2023年01月03日妊娠41週目、出産予定日超過のため入院し、誘発分娩で出産することになりました。陣痛促進剤をスタートし1時間で、壮絶な痛みが! 院内に響き渡る大声で叫んでしまうほどの陣痛が25時間を超えて……!? ついに医師が決断…!※陣痛促進剤は輸液ポンプを使用して投与します。「緊急帝王切開しましょう!」 2分おきの陣痛に耐えていましたが一向にお産が進まず、急きょ帝王切開で出産! 人生最大級のトラウマとなった出産の末、誕生したさくちゃん。 初めて触れたとき思ったのは 「あれ、手が氷みたいに冷たい」 これが初めて覚えた違和感でした。この違和感や不安が、産後どんどん膨らんでいくことに……。監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター こやま家2018年4月生まれの女の子さくちゃんと、2020年5月生まれの男の子あおくんを育てるワーキングママ。奇想天外な家族の様子を絵日記で描いている。
2023年01月02日正期産の時期に入っていたにも関わらず、赤ちゃんがまったく生まれる兆しがなかったぬぴさん。妊娠39週の健診のとき先生に相談をすると、「開くときって一気に開くから、あんまり気にしなくていいよ」と言われたあと、「赤ちゃんは3kgは超えているね」とひと言。それを聞き、驚いたぬぴさんは「早く産みたい」と思うように……!翌日から運動などを取り入れ、早く生まれるようにと働きかけるのですが、実際は何も起こらず……。ただ日にちだけが過ぎていったのでした。妊娠40週の健診のとき、先生に「生まれません」と訴えたぬぴさん。すると、先生から分娩誘発の提案をされます。分娩誘発について説明を受けると、実行する日を決めたのでした。度重なるトラブルから、緊急帝王切開で出産することが決まったぬぴさん。 「緊急帝王切開にします。ぬぴさん、旦那さんいいですか?」 先生の言葉に泣きながら「はい」と答えるぬぴさん。 しかし、出産が終わることへの安堵感、わが子に対する罪悪感など、いろいろな感情が押し寄せたぬぴさんは号泣。 旦那さんが代わりに手術の同意書を書いてくれました。 そして、18時になると緊急帝王切開が開始! ぬぴさんの腰には麻酔が打たれ、入念な麻酔確認が済むと、いよいよ執刀となるのでした。 一方そのころで、旦那さんはというと……!? 泣きながら電話で報告。2人とも陰ながら見守ってくれていて… 「ぬぴさん、もうすぐ産まれますよ~」 「ほら! 産まれました! おめでとうございます!」 「赤ちゃん、声が……。泣き声聞こえない……」 ぬぴさんそう言うと、「大丈夫。背中トントンしてるからもうすぐ出るよ」と助産師さん、 すると次の瞬間、元気な産声が……! 「頑張ったね。ありがとう。お疲れ様」 ぬぴさんにやさしく話しかける旦那さん。 「そんなことないよ。キヨシがいてくれてよかった」 わが子の誕生に、2人は心から喜び合うのでした。 つらい思いをしながら、必死で痛みに耐えたぬぴさん。さらに、時には涙を流しながらぬぴさんと赤ちゃんの無事をずっと祈っていた旦那さん。最後はみんながハッピーになることができて、本当によかったなと思いました! これからも家族みんなで仲良く楽しい毎日を過ごしてくださいね。 ◆「初産で帝王切開」はこれで連載終了です。短い間でしたが、ご愛読くださりありがとうございました!監修/助産師松田玲子著者:マンガ家・イラストレーター ぬぴぽこ(2021年10月生まれ)ときよし(自衛官夫)との3人暮らし。クスッと笑える日常マンガや、あるある育児などを描いている。
2022年12月26日正期産の時期に入っていたにも関わらず、赤ちゃんがまったく生まれる兆しがなかったぬぴさん。妊娠39週の健診のとき先生に相談をすると、「開くときって一気に開くから、あんまり気にしなくていいよ」と言われたあと、「赤ちゃんは3kgは超えているね」とひと言。それを聞き、驚いたぬぴさんは「早く産みたい」と思うように……!翌日から運動などを取り入れ、早く生まれるようにと働きかけるのですが、実際は何も起こらず……。ただ日にちだけが過ぎていったのでした。妊娠40週の健診のとき、先生に「生まれません」と訴えたぬぴさん。すると、先生から分娩誘発の提案をされます。分娩誘発について説明を受けると、実行する日を決めたのでした。そして、妊娠41週0日に突入したある日、2回ほど破水したような感覚を覚えたぬぴさん。 両方病院で破水の検査をしてもらったのですが、結局破水ではないという結果に終わってしまいました。 2回目に病院に行ったのが夜だったことから、明日から入院予定だったぬぴさんは、そのまま入院することに。 翌朝、バルーンを入れることになったのですが、バルーンを入れるとき、あまりの痛さに絶句してしまうのでした。 日付けが変わり、午前0時あたりから、痛みはさらに強くなってきました。 助産師さんに内診をしてもらうと、バルーンが抜けていたことが判明! 「そろそろ旦那さん呼ぼうか」 助産師さんの言葉を聞き、旦那さんに連絡します。 午前2時50分に旦那さんが到着したのですが、陣痛促進剤を輸液ポンプを通して投与してから30分後には、さっきとは比べ物にならない激痛が襲ってきたのでした。 旦那さんにしがみつき、必死に痛みに耐えていると、先生が登場。 「子宮口が4cmのままだから、11時に人工破水しようね」 11時になると、「破水は痛くないからね~。いくよ~」という先生の言葉で、バシャ―ッと破水。 破水後はさらに強い痛みを覚え、泣いたり叫んだりするしかできなくなってしまったのでした。 それから時刻は回って14時。なかなか開かない子宮口に対して、「もう帝王切開にしたい」と本音を漏らしたぬぴさん。 旦那さんに弱音を吐きながらも、気持ちを持ち直した次の瞬間、透明な液体が下半身からバシャ―ッと出てきたのです。 その後、ぬぴさんの体調が悪化! 38度6分の熱とやナプキンが深緑色に染まるなどの異常事態に……。 そこで、急きょ血液検査をおこなうと、炎症が起きていることが判明! さらに帝王切開になる可能性が出てきたのでした……。 緊急帝王切開に変更することになって… 「緊急帝王切開にします。ぬぴさん、旦那さんいいですか?」 先生の言葉に泣きながら「はい」と答えるぬぴさん。 そしていろいろな感情が混ざり合ったぬぴさんは号泣。 旦那さんが代わりに手術の同意書を書いてくれました。 そして、18時になると緊急帝王切開が開始。 腰に麻酔が打たれ、入念な麻酔確認が済むと、いよいよ執刀となるのでした。 ようやく出産まであと一歩のところまで来ましたね。今回のことはすべて予想外の連続だったと思うのですが、ぬぴさんが言うように、本当に出産は何が起こるかわからないということを今回改めて感じました。心身ともにつらかったと思いますが、無事にお産を乗り切ることができますように……!監修/助産師松田玲子著者:マンガ家・イラストレーター ぬぴぽこ(2021年10月生まれ)ときよし(自衛官夫)との3人暮らし。クスッと笑える日常マンガや、あるある育児などを描いている。
2022年12月25日腹痛に襲われたミロチさんは、総合病院へ転院になる前に、通院していた帝王切開ができない個人病院で診てもらうことに。「本当に下から出てくる? もし回旋異常が起きたら、大きすぎて裂けたら……赤ちゃんも私も、無事に帰って来られるの?」。急に怖くなったミロチさんですが、病院へ向かって……。 部屋に案内され早々に… 病院へ到着したミロチさんは、階段をのぼるのもひと苦労……。 通されたのは、前回の出産のときと同じ部屋。 助産師さんがお産セットを渡しながら「今は3〜4分間隔で痛みは弱いけど、2人目だから急に早まるかもしれない……」と続け、「便意が来たらそれは赤ちゃんだからグッと我慢して、呼び出しボタンを押してね!」と言われました。 すると、ミロチさんは息を切らしながら……「あの……出そうです」 「もう便意が、お尻の内側から蹴破ろうとしています!」 その言葉を受けた助産師さんは「ぶ……分娩台に行きましょう!」と、病院到着早々に分娩台へ上がることに! これにはパパも「展開早すぎませんか!?」と驚きを隠せませんでした。 監修/助産師 松田玲子 著者:マンガ家・イラストレーター ミロチ
2022年12月24日正期産の時期に入っていたにも関わらず、赤ちゃんがまったく生まれる兆しがなかったぬぴさん。妊娠39週の健診のとき先生に相談をすると、「開くときって一気に開くから、あんまり気にしなくていいよ」と言われたあと、「赤ちゃんは3kgは超えているね」とひと言。それを聞き、驚いたぬぴさんは「早く産みたい」と思うように……!翌日から運動などを取り入れ、早く生まれるようにと働きかけるのですが、実際は何も起こらず……。ただ日にちだけが過ぎていったのでした。妊娠40週の健診のとき、先生に「生まれません」と訴えたぬぴさん。すると、先生から分娩誘発の提案をされます。分娩誘発について説明を受けると、実行する日を決めたのでした。そして、妊娠41週0日に突入したある日、2回ほど破水したような感覚を覚えたぬぴさん。 両方病院で破水の検査をしてもらったのですが、結局破水ではないという結果に終わってしまいました。 2回目に病院に行ったのが夜だったことから、明日から入院予定だったぬぴさんは、そのまま入院することに。 その日の夜は痛みで眠れなかったぬぴさん。 翌朝、バルーンを入れることになったのですが、バルーンを入れるとき、あまりの痛さに絶句してしまうのでした。 日付けが変わり、午前0時あたりから、痛みはさらに強くなってきました。 「いい陣痛来てるね。内診してみよっかー?」 助産師さんに内診をしてもらうと、バルーンが抜けていたことが判明! 「そろそろ旦那さん呼ぼうか」 助産師さんの言葉を聞き、旦那さんに連絡します。 午前2時50分に旦那さんが到着したのですが、陣痛促進剤を輸液ポンプを通して投与してから30分後には、さっきとは比べ物にならない激痛が襲ってきたのでした。 旦那さんにしがみつき、必死に痛みに耐えていると、先生が登場します。 「子宮口が4cmのままだから、11時に人工破水しようね」 11時になると、「破水は痛くないからね~。いくよ~」という先生の言葉で、バシャ―ッと破水。 破水後はさらに強い痛みを覚え、泣いたり叫んだりするしかできなくなってしまったのでした。 それから時刻は回って14時―。 なかなか開かない子宮口に対して、「もう帝王切開にしたい」と本音を漏らしたぬぴさん。 旦那さんに弱音を吐きながらも、気持ちを持ち直した次の瞬間、透明な液体が下半身からバシャ―ッと出てきて……!? 「やばいなんか出た」謎の液体の正体は…!? ※この当時はコロナ禍でしたが、ぬぴさんは入院する前に抗原検査をおこっており、陰性結果が出ていました。そのため、破水に伴う子宮内感染が疑われ、血液検査を実施。すると炎症反応が高かったため、緊急帝王切開になるかもしれないということで、絶飲食になりました。(なお、その後も数日発熱の状態が続いたため、ぬぴさんはその後、さらに2回ほど抗原検査を実施。全て陰性という結果に終わっています) 「出てるのは羊水だね」 ナースコールで駆け付けた助産師さんが、謎の液体の正体を説明。 助産師さんはぬぴさんがリラックスできるようにと、足湯を持って来てくれたのですが、足湯をセットして足をお湯につけた次の瞬間、羊水がバシャ―ッと足湯に流れ落ちてしまいました。 「申し訳ないけど足湯もやめておこうか……」 「なんか体がすごく暑くて……」 ぬぴさんは体が熱いと感じたので、ひとまず体温計で熱を測ることに……。 すると、38度6分! (これ、大丈夫じゃないよね?) 旦那さんにナースコールを押すように頼み、ぬぴさんはトイレへ行きナプキンの状態を確認すると、なんとナプキンが深緑色になっていたのです。 トイレに来てくれた先生に現状を話すと、急きょ血液検査をすることに。 その結果、炎症が起きていることが判明したほか、帝王切開になる可能性が出てきたのです。 「今後一切飲食禁止で」 先生からそう言われると、ぬぴさんは絶望的な気持ちになってしまうのでした。 ぬぴさんはこの経験を通して、少しでも「あれ?」と思うことがあれば、何回でもナースコールして助産師さんに伝えることが大切だと思ったそうです。初めて出産する方は、わからないことも多いと思いますが、自分の体の異変や生命の危機を感じたときは、例え小さなことであっても、しっかりとその事実を医療関係者に伝えることで、大切な赤ちゃんとママ自身の体を守ることができるのではないでしょうか。監修/助産師 松田玲子著者:マンガ家・イラストレーター ぬぴぽこ(2021年10月生まれ)ときよし(自衛官夫)との3人暮らし。クスッと笑える日常マンガや、あるある育児などを描いている。
2022年12月23日世間では感染症が猛威を振るう中、待望の第一子を授かることができた美鈴さん。無事に出産を迎えるため、外食や外出を控えたり、家族以外の人とはなるべく会わないようにとできる限りの対策をしていました。しかし、そんな美鈴さんを困らせる唯一の存在が「義母」だったのです。数日前に家に来た叔母が感染症患者となったことで、濃厚接触者として認定されてしまった美鈴さん。破水し、いよいよ出産というタイミングで大きな総合病院への転院を余儀なくされてしまいます。総合病院でのPCR検査では陰性だったものの、リスク回避のため元の病院に戻ることはできないよう。さらに、出産が長引くようであれば帝王切開もありうるという衝撃の事実を聞かされ…。数日前に会った叔母が感染症にかかっていことが発覚し、大きな総合病院への転院を余儀なくされた美鈴さん。PCR検査は陰性でしたが、もう元の病院には戻れないようで…?早く産まないと帝王切開!?促進剤投与を受け入れるしかなく… 数日前に会った叔母が感染症患者となったことで、濃厚接触者と認定されてしまった美鈴さん。転院を余儀なくされただけでなく、お産が長引けば帝王切開の可能性もあるとのこと。想定外の出来事が次々起こり、受け入れる余裕もないまま、医師からは陣痛促進剤の投与を提案されます。初めての出産で不安な中、いろいろなことを決断しなければならなかった美鈴さん。この日のために感染症対策も徹底し、立ち合い出産ができる病院も見つけていたのに、すべてが台無しになってしまいましたね…。 いざ、お産が始まり陣痛促進剤を投与されてからはあまりの痛みに失神しそうになるほど。その上マスクをしているため、呼吸すら満足にできません。案の定、酸素が赤ちゃんに届かなくなってしまった様子。酸素投与をすることになりましたが、なんとマスクの上からさらに酸素マスクをつけられた美鈴さん。ラクになるどころか余計苦しくなってしまいます…。医師から「テレビ電話で夫と繋ぐこともできる」とすすめられますが、到底そんな余裕もなく、そのままひとりで出産を終えた美鈴さんでした。 生まれるまではいろいろなトラブルもありましたが、わが子はそんなことをすっかり忘れさせてくれるほどかわいい存在。美鈴さんも子どもを腕に抱きながら、やっと会えた喜びを噛みしめます。しかし、本当に大変なのはこれからだということを、美鈴さんはこの時知る由もありませんでした…。美鈴さんのこれからの入院生活、一体どんな試練が待ち受けているのでしょうか。著者:マンガ家・イラストレーター Ai2児の母でライブドアブログ公式ブロガー。インスタやブログで過去の体験談やフォロワーさんのエピソードを漫画にして紹介しています。
2022年12月22日