ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズン 青学(せいがく)vs聖ルドルフ・山吹の公開ゲネプロが5日に東京・日本青年館ホールにて行われ、今牧輝琉、持田悠生、三井淳平、益永拓弥が取材に応じた。同作は1999年から2008年3月まで「週刊少年ジャンプ」(集英社刊)で連載されていた大ヒット漫画『テニスの王子様』(通称「テニプリ」)を舞台化したミュージカル。2003年に初演を迎え、2.5次元ミュージカルの先駆け的存在となっている。初日を迎える気持ちを聞かれると、越前リョーマ役の今牧は「昨年不動峰公演があって、今度は都大会で新しい物語が進んでいくんですけど、また熱い夏がやってきました!」と気合い十分。「とにかく楽しみな気持ちしかないです。今回(対戦相手が)2校あるので、また違う人間関係やドラマが見えたりするんじゃないかな」と期待を煽った。続けて持田が「不二周助として舞台に立つのが2度目なのですが、今から足が震えてます。緊張しています」と心境を吐露。三井は「今日、この初日を迎えられたのは仲間たちと、スタッフさん、僕たち以上に動いていてくれる方々のおかげだと感謝しています。千秋楽まで、全員で走りたいと思っています」と意気込む。益永は「亜久津 仁という役で、山吹の選手としてはあまり協調性がないタイプの人物でして、そんな亜久津の背負っている過去だったり、なぜリョーマに執着するのかに注目していただきたいです」とアピールした。各キャラクターの見どころを聞かれると、不二役の持田は「弟への思いだったり、シングルス2で観月はじめへの思いだったりが交錯するので、そこが見どころとなっています」、三井は「お芝居とか役作りに関しては、(自分が演じる)観月はじめのように徹底的な調査を重ねて探究して参りました」と自信を見せる。益永は「個人的には特にリョーマとの試合に注目して観ていただきたい、この一試合の中に色んなドラマがある」と挙げた。今牧は全体の見どころについて「今回は聖ルドルフ・山吹と重要な2校と対戦します。30人以上のキャストが集まって稽古する環境もなかなかなくて、人数が多い分賑やかな稽古場で、チームの色があって、不動峰のも全員じゃないけど出演しているので、試合だけじゃなくて日常シーンとかも楽しく観ていただけたら」と語った。最後にメッセージを求められると、益永は「ファンの方々だけじゃなくて、実際にテニスをされている方にも勇気を与えられるような作品にしたいと思っています。そして、今回の公演を観ていただいた方に、過去作品やアニメ、原作の『テニスの王子様』をさらに愛していただけるような作品にしていきたいと思います」とコメント。三井は「演出サイドも役者サイドも原作再現にこだわって追求してきました。テニミュファンだけではなく、テニプリファンの方々にもより楽しんでいただける公演になっていると思います」と分析する。持田は「今年も熱い夏がやってきました。それを皆さんと迎えられることがとても幸せです。皆さんに素敵な1日、ハッピーだったなと思ってもらえるように全力で駆け抜けていくんで、ぜひご来場お待ちしています」と観客にメッセージ。今牧は「7月に突入してさらに気温が高くなったと思うんですが、劇場の中はもっと熱いと思います。いい意味で、心が熱いと思います」と熱を見せる。「ぜひ皆さんにそんな熱い気持ちになっていただけるような、素敵な、男たちの熱いテニスの試合をお届けできたらなと思っています。原作を読まれていない方にも楽しんでいただけるような作品にしたいと思っていますので、よろしくお願いします」と締めくくった。東京公演は日本青年館ホールにて7月5日~16日、大阪公演はメルパルクホール大阪にて7月22日~31日、福岡公演はキャナルシティ劇場にて8月11日~13日、東京凱旋公演は天王洲 銀河劇場にて8月18日~28日上演。
2022年07月05日筑波大学附属高等学校に悠仁さまが入学されて2カ月が過ぎた。同校は、2021年度の入試では42人が東京大学に合格した都内屈指の進学校。悠仁さまを東大に合格させるという目標があるといわれる秋篠宮ご夫妻にとっては、“期待できる”教育環境が整ったのだ。そんななか、ひっそりと秋篠宮家を去った女性職員がいたーー。「皇嗣職宮務官のAさんが、4月30日付で依願退職したのです」こう話すのは、秋篠宮家に近い宮内庁関係者だ。「Aさんは、2019年5月に皇嗣職宮務官として着任していますが、前職はお茶の水女子大学の職員で、広報などの責任者でした。ちょうどこの前月に、悠仁さまがお茶の水女子大附属中学校に進学されていました。Aさんは、秋篠宮家と学校側との連絡調整を担当するとともに、東大を目指す悠仁さまの“教育係”の役割も、秋篠宮ご夫妻に求められてやってきたそうです」(前出・宮内庁関係者)皇嗣家である秋篠宮家を支える宮内庁の内部部局は皇嗣職と呼ばれる。その職員である皇嗣職宮務官は、どんな役割を担うのか。元宮内庁職員で、皇室ジャーナリストの山下晋司さんはこう話す。「宮務官は、宮家の公務に関する調整や報道対応、身の回りの品のことから私的な交際に至るまで幅広く対応することが求められます。皇嗣職は、東宮職と同等の組織ですが、東宮侍従や東宮女官といった男女別の職種をやめ、皇嗣職宮務官という形で統一されています。東宮女官には他省庁からの出向組はおらず、公務員試験も経ない選考のみで採用していました。長期間務める方が多かったですね」悠仁さまの筑附高ご進学、Aさんの退職の少し前に、海外でも報じられた騒動が起こっている。昨年、悠仁さまが中学2年生のときに書かれた作文が、北九州市が主催する「第12回子どもノンフィクション文学賞」の中学生の部で佳作に選ばれたのだがーー。「今年2月になって、作文の参考文献として記載されていない書籍からの引用が指摘されたのです。当初宮内庁は、『悠仁さまはご指摘に感謝している』と説明しただけでした。しかし、“盗用ではないか”といった批判が高まり、結局2カ月後に参考文献を追記して提出し直すことになりました。この騒動については、海外のメディアのほうが厳しい論調で、紀子さまも相当ショックを受けられたそうです」(皇室担当記者)■“ご難場”と呼ばれる職場環境未来の天皇の経歴が汚されてしまったーー。騒動の余波に慄いたのは、秋篠宮家に仕える職員たちだった。「紀子さまは高い観察力をお持ちで、ふだんから細かいことにお気づきになり、責任感もお強いです。“次の皇后”“将来の天皇の母”という自負ゆえに、時に職員に対して、高いレベルで仕事を仕上げることをお求めになります。厳しい口調で職員に注意していたと報じられることもありました。盗用騒動のときも、作文を提出する前の確認に怠りがあったとして、Aさんをはじめとする秋篠宮家の職員ばかりでなく、文学賞への応募の窓口になった中学校の関係者にも激しく憤られていたと聞きます」(前出・皇室担当記者)以前から秋篠宮家の職場環境は、宮内庁内で“ご難場”として知られているという。「これまでも、紀子さまがお示しになる高い要求水準や、そのプレッシャーに耐え切れずに辞める職員は後を絶ちませんでした。宮内庁内でも、秋篠宮家への異動に後ろ向きな職員が多い気がします。大手航空会社から秋篠宮家の職員に転じた方もいましたが、すぐに辞めてしまいました」(前出・宮内庁関係者)秋篠宮家が皇嗣家となってから、職員の定数は20人前後から51人まで増えた。秋篠宮家が担われるご公務も多くなっている。「一方で、紀子さまは細かい事務作業へのチェックは変わらず厳格に行われています。結局、短期間で職員が入れ替わる環境もそのままで、なかなか人材が定着しない状態なのです」(別の皇室ジャーナリスト)Aさんの退職直後、国際協力機構(JICA)の職員だった女性が、後任の皇嗣職宮務官に就いた。「宮内庁内では、悠仁さまが筑附高に進まれ、お茶の水女子大側との“パイプ役”だったAさんが当面の役割を終えただけでなく、“盗用騒動で信頼を失って更迭されたのでは”などと囁かれています。秋篠宮ご夫妻は令和になり、JICAの海外協力隊員との接見というお務めを天皇皇后両陛下から引き継がれています。皇室と同団体との関わりは深く、過去にもJICAの元職員が、皇嗣職宮務官に就いたことがあります。秋篠宮ご夫妻からすれば、より役に立つ人材を登用したということなのでしょう。ですが、過酷な環境のせいで職員が定着しないままでは、将来の天皇家となる秋篠宮家を必死に支える人材がいなくなってしまいます」(前出・皇室担当記者)こうした現状を憂えているのは、学生時代からの紀子さまの知人だ。「紀子さまが学習院大学で学ばれていたころ、弟の川嶋舟さんも通われた中等科の後輩たちが授業時間にキャンパスにいるのを見かけ、優しく『サボっちゃだめだよ』と声をかけられたと伺いました。お若いころからまじめで、こまやかな気配りができるお優しい方なのです。皇嗣家の妃殿下として、“両陛下や上皇ご夫妻にご迷惑をかけたくない”というお気持ちが強すぎて、ご心労が大きくなられているのかもしれません……」紀子さまの職員を慈しむお気持ちこそが、ひたむきに秋篠宮家を支える人材を集めることにつながるはずなのだがーー。
2022年06月09日●『モトカレ←リトライ』dTV版の“見せ場”MBSドラマ特区『モトカレ←リトライ』で、地上波ドラマ初主演を務めた鈴木仁。同作は、『cheese!』(小学館)で連載された同名漫画の実写化作品で、大学進学を機に一人暮らしを始めた蜜(川津明日香)と、偶然隣の部屋に引っ越してきたモトカレ・楓(鈴木)の恋模様を描いている。27日からは、楓目線の物語が描かれたdTVオリジナルドラマ『モトカレ←リトライ ~カノジョが知らない僕たちの本音~』が配信開始。地上波版に続き、主演を務めた鈴木に、作品への取り組み方や俳優としての転機について聞いた。○■1人の演者という意識――MBSドラマ特区『モトカレ←リトライ』のオリジナルドラマ『モトカレ←リトライ ~カノジョが知らない僕たちの本音~』がdTVにて配信されます。本編で地上波連続ドラマ初主演となりました。地上波で主演というのは、もちろんありがたいですし、作品を引っ張っていく責任を感じながら演じさせてもらいました。ただ、作品を作るうえでは1人の演者でもあるので、あまり主演ということを意識しすぎず、自分が加わることでどれだけ作品をよくできるのかということを気にしながら、挑みました。――主演という言葉を意識せずに、1人の演者として作品に参加する意識が強かったんですね。そうは言ってもメインということでポスタービジュアルだったり、こういった取材をしていただく機会もあるので、ありがたいです。SNSでもおめでとうと言ってくださるファンの方もたくさんいらっしゃって、とても嬉しかったですし、あくまでも自分が作品に臨む意識ですね。――そういう意識が作品にいい影響を与えたのかもしれません。また、今作は今までにない新しい形のラブストーリーだと思いますが、脚本を読んだときの感想はいかがでしたか?漫画が原作ということもあって、現実にありそうで、なかなかここまでのことって実際はない。楓と蜜のもどかしい関係性とか、お互いの見えない感情があるんですが、それをぶつけ合うわけでもない。やっぱり高校生の恋愛とは少し違った印象を受けました。大人とは言えないけど、子供とも言えない微妙な年代だからこそというか。僕も今年23歳で大学を卒業した年代で、楓たちよりは少し上になりますけど、大学生っていうところで同年代だったので、リアリティを出せたらなと思っていました。○■人気キャラクターを演じるプレッシャー「楓としてどう存在できるか」――漫画が原作ということで原作ファンにも人気の高い楓を演じることにプレッシャーはありましたか?演じることに対するプレッシャーはなかったです。というよりも現代版の『モトカレ←リトライ』の世界を作り上げていく中で、楓としてどう存在できるかということを考えながら演じました。やっぱり楓は蜜がいないと成り立たない人間だと思うので、監督や川津さんともコミュニケーションをとりながら、つくり上げていけたのかなと感じます。――鈴木さんから見て、演じた楓はどういう人間ですか?正直、思っていたよりも複雑でした……。その瞬間の感情の切り替えがすごく激しい。ストーリーが、ほんの数ミリのすれ違いの連続なので、その度に楓も感情が揺さぶられるんです。言葉にするとシンプルなのですが、ワンカットの中で、怒り→悲しみ→喜び→怒りみたいにすごい細かく揺れ動いています。台本を頂いたときも感じてはいたんですが、実際に演じてみるとすごく難しくて……。あと、楓の根に持ち方は怖いですよね……。純粋ゆえのなんですけど(笑)。悲しいことが続いて引きずってしまうことって誰しもあることだとは思いますが、自分にため込むのではなくて、周りに出してしまうのはすごいですね。よく和葉もずっと付き合ってくれるなと思います(笑)。――確かに1人の人間として、その切り替えをするのはとても難しいですよね。頭で考えていたら全然追いつかない(笑)。しかも楓は本編では、そういう感情をあまり見せる役ではなかったので、より難しく感じました。内心すごく蜜の言葉に揺さぶられているんですけどね(笑)。○■前野朋哉演じる一二三の金言は「よくよくちゃんと聞いてみると…」――逆に今回のdTV版では、本編では描かれなかった楓の感情や心情を、親友の和葉や熱波師・一二三に心情を吐露する姿が映し出されています。ある意味、少し違うキャラクターなのかとも感じたのですが、いかがでしたか?内面が垣間見えたとしても、もちろん楓ではあるんですけど、蜜がいない世界の中でどう新しい顔を見せていけるか、楓をどう紐解いていけるかというところが、dTV版の見せ場というか、やりがいでもあったので楽しめましたね。前野(朋哉)さん演じる熱波師の話についつい耳を傾けてしまう楓とかも、本編とは違った一面だと思います(笑)。――サウナのシーンでの、一二三の話は妙に説得力もありますしね(笑)。そうなんですよ! でもよくよくちゃんと聞いてみると、いまいちわからない(笑)。でも本当に悩んでいる楓から見たら、すごく訴えかけてくるものがあったんだなと素直に感じました。そうやって本編の楓のイメージが徐々に崩れていって、本当の楓が浮き彫りになっていく姿を楽しんでもらいたいです。●モデルとして芸能界入り、そして俳優へ○■転機は『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』――一二三との会話の中で体の細胞に例えて、「傷ついて戻って強くなる」というやり取りがありましたが、俳優として同様の経験をしたことはありますか?少し違うかもしれませんが、もともとこの業界に入ってきたときには、演技の仕事をするという考えをもっていなかったので、初めて俳優としてお仕事を頂いたときに衝撃は受けましたね。全然ついていけなくて「やばい……」と焦りました。その経験から演技に興味を持ち始めたので、その感覚に近いのかなと思います。――もともとはモデルとして活躍されていました。そうですね。モデルを目指してオーディションを受けたのが、芸能界入りのきっかけでした。そこからありがたいことに演技のお話を頂いたのですが、右も左もわからない状態。現場でどこにいたらいいかとか、カットがかかったらどうすればいいのかとか、現場の居方もままならなくて(笑)。そんななかで、個人的に転機になったと感じたのは、『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』(18年)ですね。出演陣が同世代なのに第一線で活躍されている方ばかりだったのもあって、刺激を受けました。この作品を撮影していく中で、俳優としてもっとこうしたいとか、こうなりたいと思うようになった意識の変化があって、そうするにはどうすればいいのか考えながら芝居をするようになりました。○■『のぼる小寺さん』で感じた演じる楽しさ――『花のち晴れ』の現場で同世代に、いい刺激を受けて成長できたと。あとは、もう一つの大きな転機でいうと、映画『のぼる小寺さん』(20年)で演じた四条という役だと思います。この四条は、髪の長いすごく暗い人間で、今までいただいた役や自分とも違う、少し違和感のある役。四条を演じて、つかみどころのない不思議な役を演じる楽しさに気づかされました。演じるという仕事をやっていなかったら、知ることのできなかった人の人生だったと思うし、そういう自分以外の人の人生を生きることができるって面白いなと感じました。そこからもっとこうしたら……とか発想が浮かぶようになって、個人的にも新しい発見と演じることへの楽しさを実感できた作品でした。○■先輩・坂口健太郎への憧れ――先ほどのお話しにもあったモデルとしても活躍中の鈴木さんですが、同じ『メンズノンノ』の歴代先輩方も俳優として多く活躍されています。目標としている先輩はいますか?歴代すごい先輩が今なお活躍されているんですけど、代が近い方で言うと、坂口健太郎くん。坂口くんは印象が強いというか、人を引き付ける魅力があって、ドラマや映画を観ていても、目に留まる。そういう魅力って狙って出せるものじゃないと思うので憧れます。あとは、人間としてとても温かくてとにかく優しいんですよ。僕がメンズノンノモデルになって半年後に卒業されてしまったので、ご一緒する機会が数回しかなかったのですが、これから僕も俳優としても頑張って、坂口くんがいるところまで食い込んでいけるようになりたいです。――いつか共演できたらいいですね。最後に、俳優として今後どういう活動をしていきたいですか?この仕事を続けていく上で、様々な作品に参加したいですし、今作のように同世代の役者さんと切磋琢磨していきたい。また、多くの先輩方とご一緒して、もっと技術を盗んでいろいろなものを得て、吸収したいです。こういう仕事をしている上で、興味を持つことはすごく大事だと思うので、それを忘れずに考えながらこれからも取り組んでいきたいです。■鈴木仁1999年7月22日生まれ、東京都出身。2016年に「第31回メンズノンノモデルオーディション」で準グランプリを獲得し、同誌専属モデルに就任。2017年には、TBS金曜ドラマ『リバース』で俳優デビュー。2020年に映画『ジオラマボーイ・パノラマガール』で映画初主演を飾ったほか、『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』や『お耳に合いましたら。』、『消えた初恋』など話題作に出演し、注目を集めている。7月8日公開の映画『モエカレはオレンジ色』にも出演。
2022年05月27日岩本照(Snow Man)主演の胸キュンラブストーリー映画『モエカレはオレンジ色』より、鈴木仁、上杉柊平、古川雄大演じる救助隊のキャラクター写真が公開された。本作は、ぼっちのJKの萌衣(生見愛瑠)が、岩本さん演じる超シャイで真面目な消防士・蛯原に恋をするところから始まる、観たらきっと恋がしたくなる物語。今回公開された写真に写る、オレンジの制服に身を包んだ鈴木さん、上杉さん、古川さんが演じるのは、蛯原と共に明星市消防局で働くメンバー。蛯原とは学生の頃から犬猿の仲である、同期でありライバルでもある姫野恒星役には、『ジオラマボーイ・パノラマガール』「ギヴン」「消えた初恋」などに出演、現在放送中の「モトカレ←リトライ」では主演を務める鈴木さん。姫野恒星役(鈴木仁)同じく同期・風間慎一郎役は、『リバーズ・エッジ』『サヨナラまでの30分』の上杉さん。風間慎一郎役(上杉柊平)面倒見の良い先輩・新堂一馬役に、「恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~」の店長役や、現在放送中の「恋なんて、本気でやってどうするの?」では主人公の“推し”坂入拓人役を好演する古川さん。新堂一馬役(古川雄大)ほかにも、後輩の児嶋元気は、『胸が鳴るのは君のせい』で主演を務めた浮所飛貴(美 少年/ジャニーズJr.)が演じている。撮影中は「キャスト全員がまとまっていました」(鈴木さん)、「ずっと笑っていた、ぜんぶ楽しかったですね」(上杉さん)、「岩本くんが場を引き締めてくれて、浮所くんがムードメイカーとして盛り上げてくれました」(古川さん)と話しており、抜群のチームワークで行われた。劇中では、明星署メンバーの活躍にも注目だ。『モエカレはオレンジ色』は7月8日(金)より全国にて公開。(cinemacafe.net)■関連作品:モエカレはオレンジ色 2022年7月8日より全国にて公開©2022「モエカレはオレンジ⾊」製作委員会
2022年05月12日2022年4月9日、秋篠宮家の長男である悠仁さまが、筑波大学付属高校の入学式に出席されました。報道陣の取材に応じられた、悠仁さま。高校生になり、初めての1人での取材対応でした。「ご入学おめでとうございます」という記者に対し、悠仁さまは高校生活への抱負を次のように語られています。ありがとうございます。きょう入学式を迎えることが出来て、とても嬉しく思っています。学業に励みながら、興味を持っていることや関心を持っていることをさらに深めていきたいと思います。また、諸行事などの学校生活も楽しみにしたいと思います。FNNプライムオンラインーより引用また、同校は私服通学であるため、悠仁さまはスーツ姿で入学式にご出席。報道陣から「新しい制服はいかがですか?」という質問に対し、悠仁さまは「これ、スーツなんです」と朗らかにお答えになりました。悠仁さまの高校ご入学のニュースに、ネットからは祝福の声が上がっています。・ご入学、おめでとうございます。高校生活、楽しんでください。・制服がない自由な校風の学校なのですね。有意義な時間になるよう、応援しています!・悠仁さま、こんなに大きくなられたのか。つい先日、中学校へご入学されたような気がしています。立派な姿に感動しました。悠仁さまはこれから、新たな環境で、多くのことを学ばれるのでしょう。[文・構成/grape編集部]
2022年04月09日筑附の説明会に参加された悠仁さまと紀子さま「3月18日、悠仁さまは中学校を無事に卒業した報告のため、制服姿で各所を訪問されました。まず、午前中には皇室の先祖などを祀る宮中三殿を参拝。その後、天皇・皇后両陛下や愛子さまとご面会。約20分後に皇居を後にされた際は、沿道に集まった人の影が見えなくなるまで手を振られていました」(皇室担当記者、以下同)午後には、東京都八王子市にある武蔵陵墓地を参拝。夕方には上皇ご夫妻のお住まいである仙洞仮御所をご訪問。当日の気温は4度と低く、雨が降りしきる中、仙洞仮御所の前には近隣住民や報道陣が15人ほど集まっていた。英語の発表で「緊張した」「悠仁さまは過密なスケジュールをこなされたからか、少々お疲れのご様子。約50分間の滞在を終えてお帰りになる際は、終始うつむかれたまま。“上皇ご夫妻とのご面会中で何かあったのではないか”と、思わず心配してしまいました」その理由は、ご本人にしかわからない。ただ、この前日も悠仁さまは、沈痛なご表情をお見せになっていた――。◆◆◆都心では最高気温が20度を上回り、初夏を先取りしたような陽気となった3月17日。悠仁さまは『お茶の水女子大附属中学校』を卒業された。「卒業式には、秋篠宮ご夫妻もそろって出席されました。式に臨むにあたり、悠仁さまが“充実した3年間になった”と、報道陣に向けてコメントされる一幕も。変声期を経てワントーン低くなったお声、紀子さまをゆうに越すほど伸びた身長……。大きく成長された姿に感無量でした」(宮内庁OB)附属幼稚園に入園以来、12年間にわたって“お茶大生活”を送られた悠仁さま。卒業式の後、お茶の水女子大の佐々木泰子学長や附属中の池田全之校長らによる記者会見が開かれた。附属幼稚園から中学校まで、12年間にわたった“お茶大生活”を振り返りつつ、次のようなエピソードが披露された。「数学の学習において満点を取れずに悔しがり、英語の授業で初めて級友の前で英語による発表をされたときは、飾ることなく“緊張した”と漏らされたお姿が印象的でございました」(佐々木学長)「3年間、卓球部に所属されていました。一般の中学生にまざって、区の大会に出場されておりました」(池田校長、以下同)「歓送迎会の委員などをされて、“ひとりはみんなのために”というところもあり、下の子の面倒もみていました」皇室ジャーナリストは、こう話す。「同級生にとって悠仁さまは、“ごくふつうのクラスメイトの1人だった”との説明がありました。これは“ほかのお子さまと変わらないように”という秋篠宮ご夫妻の教育方針が大きく影響しています。一方で紀子さまは、校長からじきじきに学校行事の説明を受けられる機会も多かったとか。未来の天皇にとってふさわしい教育環境かどうか、紀子さまは水面下で気を巡らせておられたのだと思います」まるで何かから逃げるようにご両親の配慮もあり、つつがなく卒業された悠仁さま。お茶大と筑波大の間で結ばれた『提携校進学制度』を利用し、4月からは“筑附”こと筑波大学附属高校へ進学される。「中学の卒業式を終えた悠仁さまと紀子さまは、午後1時40分ごろにお茶大を後にされました。中学のご学友とその母親とおぼしき女性とともに、徒歩で向かった先は、1本の道路を挟んだ向かい側に位置する“筑附”でした」(前出・記者)同校ではこの日、午後2時から新入生と保護者を対象とした『入学準備会』が行われた。「お茶大から筑附の距離は約100メートル。悠仁さまは、紀子さまの数歩前を歩く格好でしたが、終始うつむいていました。沿道に集まった人たちから“おめでとうございます”と声をかけられても、見向きもされず。晴れの日とは思えない、沈んだご表情でした」(同・前)悠仁さまの姿をひと目見ようと駆けつけた、近所の男性は残念そうに語る。「ご学友が“盾”になるように歩かれていて、悠仁さまのお姿は見えませんでした……」筑附の正門に着き、悠仁さまが紀子さまに何かを話しかけると、紀子さまはハンドバッグから入校証を取り出して受付の列へ並ばれた。「入学準備会では、学校生活にまつわる説明や、教科書や柔道着などの販売がありました。会場の体育館には椅子が等間隔に並べられ、紀子さまと悠仁さまも、大勢の人々に混ざって着席されていました。保護者の中には、紀子さまのご様子が気になってチラチラ見ている人もいましたよ」(保護者のひとり)スポーツ用品店の袋を手にした悠仁さまが、紀子さまと再び正門に姿を見せられたのは、午後4時ごろ。「正門前には、悠仁さまの出待ちをする筑附中の男子生徒たちが集まっていました。その視線に気づかれた紀子さまは、マスク越しにも伝わるほどの笑顔で会釈。一方の悠仁さまは“見て見ぬふり”という感じで、終始うつむきながら歩いておられました。行きと同じご学友母子に続く形で、徒歩で高校を後にされましたが、悠仁さまは、何度も後ろを振り返られて……。まるで何かから逃げようとされているようにも感じられました」(前出・記者)“未来の天皇”という重責を背負う15歳の青年が逃れたいものとは、いったい――。
2022年03月23日2022年3月15日、俳優の片桐仁さんが、自身のTwitterを更新。この日、誕生日であるという次男との写真を投稿しました。今日3/15は、次男春太の11歳の誕生日でした〜。ふなっしーケーキ!! #ふなっしー #誕生日 #桃味 pic.twitter.com/YGkIKtdxfL — 片桐仁なう (@JinKatagiri_now) March 15, 2022 1枚目のに写っているのが、この日の主役である次男。2枚目には、長男と片桐さん、3人で楽しそうに肩を寄せ合っています。家族の仲のよさがうかがえて、ほのぼのとしますね。【ネットの声】・片桐さん含め、3兄弟のように見えます!すごく似てる!・美男子ですね!もうこんなに大きくなったのか。・美形な息子さんたちですね!片桐さんの役柄的にあまり意識してなかったけど、パパもかっこいい!・あと1年で、小学校卒業ですか。すくすくと育ってください!次男のために用意されたケーキをよく見ると、マスコットキャラクターの『ふなっしー』が描かれています。投稿には、『ふなっしー』本人から「おめでとうなっしー」とお祝いの言葉が寄せられていました。次男にとって、忘れられない誕生日となったことでしょう![文・構成/grape編集部]
2022年03月16日’19年8月、ブータンへ私的旅行に出発される際の悠仁さまと紀子さま2月16日、秋篠宮家の長男・悠仁さまが4月から東京都文京区にある『筑波大学附属高等学校』に進学されることが『週刊女性PRIME』の取材でわかった。「現在通われている『お茶の水女子大学附属中学校』と通称“筑附”との間に設けられている『提携校制度』を利用して合格し、春から筑附に進学されることになったと宮内庁から発表されました。悠仁さまは13日、試験会場である筑附の本校で一般入試するほかの受験生に混じって同校を訪れ、提携校制度を利用するにあたって必要とされる学力検査を受けられたとのこと。進学先を決めるにあたって受験案内の冊子を読まれたり、説明会のオンライン動画を視聴され、ご家族とも話し合われた結果“筑附”を第一志望にされたそうです。筑附からは毎年、東京大学に多くの生徒が進学されているだけに、歴史上初となる“東大出身の天皇陛下”への期待が高まっています。筑附は、現在通われている『お茶の水女子』と目と鼻の先にある距離で、警備体制もほとんど変わらないという安心感もあることから、秋篠宮ご夫妻も進学にGOサインを出されたのでしょう」(宮内庁関係者)紀子さまとご一緒に広島への私的旅行偏差値が70を超える都内屈指の名門校に合格されたのは、悠仁さまの努力の賜物だろう。その背景には当然、ご両親のこだわった教育方針が影響している。「秋篠宮さまは悠仁さまへの教育方針として、日本全国を訪れて直接地元の文化や自然の素晴らしさや、上皇さまから受け継がれてきた戦争の記憶の継承をご本人にも伝えていきたいとのお考えです。その方針を折りに触れて、しっかりと具現化されてきたのは何を隠そう、母親である紀子さまでいらっしゃるのです」(秋篠宮家関係者)悠仁さまは’13年に沖縄県、’16年に長崎県をご両親とそれぞれ訪問し、戦没者が眠る地に供花されているが、‘18年には当時小学6年生だった悠仁さまが夏休みを利用して、紀子さまとおふたりで私的に広島県へ。「広島市内にある『平和記念公園』の『原爆死没者慰霊碑』をご拝礼。『広島平和記念資料館』で遺品などを見て回り、近くのホテルで7歳の時に被爆した女性の体験談をお聞きになりました。この年には都内の戦傷病者資料館の『しょうけい館』も訪れるなど、悠仁さまは戦争の悲惨さを肌で感じられたそうです」(皇室担当記者)学生の悠仁さまは普段は学業優先のため、遠出をすることができるのは夏休みのみ。その期間を最大限に利用するため、奔走されているのが紀子さまだという。「悠仁さまの夏休みの計画は、紀子さまがすべて主導されているそうです。公務などの合間で殿下もお供されることもありますが、基本的に妃殿下が付き添われているのはそういった理由もあるのです。戦争関連の訪問が目立つのも、上皇ご夫妻のご意思を汲みとった紀子さまが、戦争への見識を深めるべきだというご意向が働いています。’17年の夏休みにも、紀子さまは悠仁さまを連れて小笠原諸島の父島や母島を訪れ、塹壕(ざんごう)や軍道など戦争の痕跡を巡られました。’18年の夏には宮邸に昭和史研究家を招き、戦争の歴史をお聞きになり、悠仁さまは“原子爆弾はなぜ広島に落とされたんですか”などと、強い関心を持ちながら質問されたそうです」(前出・秋篠宮家関係者)過酷過ぎる山に「登りたい」昨年、福岡県北九州市が主催した『第12回子どもノンフィクション文学賞』の中学生の部で、小笠原諸島を訪れた際の思い出を悠仁さまがまとめられた作文が、佳作に選ばれている。「ウミガメの赤ちゃんを見たことや小笠原に伝えられる『南洋踊り』を体験したこと、戦没者慰霊碑に花を供えたことなどが丁寧に描かれていました。5日間の滞在最終日には現地住民たちが海に飛び込んで見送ってくれたことにとても感動されたそうです」(前出・皇室担当記者)紀子さまは、戦争に関する教えや小笠原での体験などを通じて、工夫を重ねながら妃殿下なりの“帝王教育”を体現されてきた。その中でも、皇室関係者を驚かせたのは、’18年夏の槍ヶ岳登頂だった。「北アルプスにある標高3千メートルを超える『槍ヶ岳』の山頂は“槍の穂先”と呼ばれ、岩場をはしごや鎖を使ってよじ登らなければならないほど過酷な山。当時小学生だった悠仁さまにとっては難易度が非常に高く、危険も伴うので“未来の天皇でいらっしゃる悠仁さまに何かあったら……”と、心配の声が上がっていました。ただ、さすがに槍ヶ岳登頂前には『八ヶ岳』や『妙義山』などで練習を重ねており、悠仁さまご自身も“槍ヶ岳を登りたい”との希望がおありだったのです。結果的に登頂された悠仁さまは、達成感に溢れて喜ばれていたと聞きました。登山といえば天皇陛下のご趣味でもありますから、紀子さまとしても悠仁さまに登山を通じて得られるものがあるとお考えになったのだと思います」(前出・秋篠宮家関係者)春から高校生となられる悠仁さまは、着々と“天皇への道”を歩まれている。
2022年02月16日秋篠宮邸で談笑される悠仁さまと秋篠宮さま(’21年8月)「秋篠宮家が抱える直近の課題と言われているのが、悠仁さまの進学先問題です。これまで、いくつかの学校名が取り沙汰されてきましたが、最有力だったのは『学習院高等科』でした。しかし、今夏くらいまでは本命だったはずの学習院でしたが、最近になって“学習院という選択肢はなくなった”そうなのです。秋篠宮さまは最終的に、悠仁さまが希望する高校に進学させるご意向とのようです」(宮内庁関係者)■進学先候補には『早稲田』も秋篠宮家の長男で、皇位継承順位が第2位の悠仁さま。現在は『お茶の水女子大学附属中学校』の3年生だが、同校は高校から女子校となるため、必ず他校を受験されることになる。「中学か高校の進学時期に少人数の生徒を『お茶の水』と入れ替える制度のある『筑波大学附属高校』や、悠仁さまの関心が強い生物や自然環境を深く学べる『東京農業大学第一高校』などが候補として挙がっています。『早稲田大学』の系列高校も候補の1つとして検討されていると聞きました。というのも、実は姉の佳子さまが大学に進学される際、『国際基督教大学(ICU)』以外に『早稲田』も視野に入れていらっしゃったそうなのです。当時は『早稲田』の資料なども取り寄せていたでしょうし、ご両親とも相談されていたはず。その過程で秋篠宮ご夫妻もご興味を持ち、悠仁さまの進学先候補の1つになったのかもしれません」今年11月に行われたお誕生日会見で秋篠宮さまは、《1年前と比べると机に向かっている時間が格段に長くなっているんですね》と、悠仁さまが受験勉強に精を出されている様子を明かされた。■「結婚相手は学生時代に見つけるべき」「悠仁さまは理系分野に関心がお強いそうです。コロナ禍になる前まで、毎年夏になるとご両親と一緒に、皇居の吹上御苑で昆虫採集をよく楽しまれていました。なんでも、皇居の庭に生えている木の名前や飛んでいるトンボは、ほぼすべてご存じなんだとか。山歩きや天気予報もお好きで、単に昆虫好きというよりは取り巻く環境も含めて興味がおありなんですよ。お父さまと一緒で研究者気質なのでしょう」(秋篠宮家関係者)そもそも、なぜ悠仁さまの進学先の本命が『学習院』だと言われていたのだろうか。「やはり、眞子さんの結婚問題が影響しています。秋篠宮家は“皇族は学習院”という固定観念はなく“個人の意思を尊重する”という家風。実際、眞子さんと佳子さまは高校まで『学習院』に通われていましたが、大学はご本人たちの意思で『国際基督教大学(ICU)』に進まれました。秋篠宮さまは、紀子さまと『学習院大学』で出会われたように“結婚相手は学生時代に見つけるべき”とのお考えです。ただ、眞子さんが『ICU』で出会われた小室圭さんのように、婚約が内定した後に問題が起こりうる女性が悠仁さまに近づくことは十分に考えられます。『学習院』であれば、そのリスクが軽減されると言われているんですよ」(同・前)いったい、どういうことなのか。この関係者が続ける。■姉2人のように本人の意思を尊重「『学習院』は元々、華族のために作られた学校です。戦後に廃止されるまでは『皇族就学令』で皇族は『学習院』で学ぶことが義務づけられていたことから、これまでの慣習で皇族は基本的に『学習院』に入学されてきたのです。これまでのそういった経験から、『学習院』側の皇族が通われるにあたっての警備体制は整っており、同級生や保護者からの理解も得られやすい環境です。さらに『学習院』であれば、学校職員にも殿下の知り合いや同級生などが多くいらっしゃるそうで、ある意味、悠仁さまご本人や周囲の学生を“監視”できるという安心感があります。万が一、交際相手に何かしらの問題が起こっても、事前に対処できる環境が整っているのです。現在では一般的な家庭の子どもも通う学校になりましたが、『学習院』を卒業した親の子どももいまだに多いため、家柄という意味でも安心材料のひとつなのかもしれません」いずれ即位される悠仁さまの結婚相手は、のちの皇后になられる方であり、結婚後に何か問題が起こってしまうと皇室全体の危機につながる可能性すらある。そのため、お相手選びには用心深くならざるを得ず、悠仁さまの進学先も慎重になられるべきなのだがーー。「眞子さんと小室圭さんの結婚は秋篠宮家だけではなく、“皇室の危機を招いた”との見方があります。それは、お子さま方の意思を尊重する秋篠宮家の教育方針が影響したということだと言えるでしょう。眞子さんは女性皇族だったため、結婚して皇室を離れるお立場でしたが、結婚相手が皇室入りするお立場の悠仁さまにいたっては、ご両親が高校選びを主導されると思ったのですが……。『学習院』以外で、目の届きづらい学校に進学され、そこで結婚相手を見つけられることも大いにあり得ます。しかし、そのお相手が小室圭さんのように、婚約が内定したり、結婚した後に家族や親戚などが金銭問題や何らかのトラブルを抱えているといった、ネガティブな事実が発覚する危険性もあるのです。できるだけ、そういったリスクを回避できる学校を選んでいただきたいとは思います。ただ、やはり殿下としては、眞子さんと佳子さまと同じように、悠仁さまの意思を尊重した高校に進学させると聞きました。眞子さんと佳子さまがご自分で進学先を選べたのに、悠仁さまだけが選べないというのは理不尽だと思われたのかもしれません。しかし、そもそも女性皇族と男性皇族では、結婚も含めていろいろとお立場が違うのに……」(前出・宮内庁関係者)未来の天皇陛下である悠仁さまの進学先、その行く末に国民は固唾を飲んで注視し続けている。
2021年12月17日錦戸亮と赤西仁の共同プロジェクト「N/A」のYouTubeチャンネル『NO GOOD TV』とライブ配信アプリ「17LIVE」のコラボ配信が19日に実施され、錦戸と赤西がゲーム対戦を行なった。今年6月にスタートし、定期的に行われている同配信。今回は、ゲーム『ボンバーマン』で対戦する企画を実施した。冒頭、錦戸が「ゲームとかやる?」と聞くと、「ゲームは、『ファイナルファンタジー』とか好きですね」と赤西。同シリーズの最新作もプレイしたという。続いて赤西が「亮ちゃん、あれでしょ?」と水を向けると、錦戸は『Ghost of Tsushima』をプレイしていると言い、「しかも、そのメインのキャラクターが境井仁って言うねん」とニヤリ。「“あー、仁か”と思いながらやってる」と伝え、赤西を笑わせた。その後、ゲームのコントローラーにまつわる思い出を話し合ったのち、ふたりが視聴者と一緒に『ボンバーマン』をプレイする様子が配信された。
2021年11月22日メジャーリーグ、ア・リーグのMVPに輝いた大谷翔平「ショウヘイ・オオタニ!」日本中が注目した米・メジャーリーグのMVP発表。ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平は、見事“満票”でア・リーグのMVPに輝いた。「打者としては並み居るスラッガーと最後までホームラン王を争い、投手としては9勝を記録。“二刀流”の活躍は世界中の野球ファンの心を鷲掴みにし、アメリカでも大きな旋風を巻き起こしました。MVP選出は発表前から確実視されていましたが、日本人としては’01年のイチローさん以来、満票での選出は日本人初の偉業ですよ」(スポーツ紙記者)■大谷翔平選手の父親が語った息子のこと選手間投票による『年間最優秀選手』や『コミッショナー特別表彰』など、今シーズン手にした栄誉は数知れず。漫画から出てきたようなスーパースターの活躍に多くの人が勇気を与えられているが、週刊女性は7月に、彼を育てた両親の“親心”を耳にしていた。「“二刀流”は本人がやりたいから、優先させました。でも、本音を言えば心配ですよ。休みながらやってほしいな、とか」そう語ったのは、自身も野球経験者であり、少年野球の監督も務めた大谷の父。厳しさを知った上で、息子の決意をこう振り返った。「“早くアメリカに行って、どこまで自分の力が通用するのかやってみたい”と言ってメジャーに挑戦しましたけど、今思えば正解かなと。やっぱり、選手としては1年でも長くプレーしたいものだし、サラリーマンみたいに定年が決まっているわけじゃありませんからね」心配の声を漏らしながらも、前人未到の記録を次々と打ち立てる息子を誇らしく語った父。母もまた、大谷を献身的に支えてきた。オフシーズンには、帰国した息子の住むマンションに手作りの料理を冷凍して持って行くこともあるそう。父にそのことを尋ねると……。「よく知ってますね(笑)。外食でコロナに感染したら困るし、妻は健康に気を遣ってますから。翔平の身体が心配なんですよね」もともと焼肉屋でパートとして働いていた母だったが、アメリカに渡る息子を全面的にサポートするため、体制を整えたという。「翔平がアメリカに行くときだったかな。バックアップするため、やることも出てくるだろうからパートは辞めました」(大谷の父)11月15日の会見では家族を持つことについて問われ、「特に考えていないですかね。よきタイミングでというか。まぁそうなるようにしかならないものだと思っているので。今のところまだまだ先じゃないかと思っています」と口にした大谷。彼のそばには、誰よりも心強い“MVP級”の家族の支えがあった。
2021年11月19日女優の平愛梨が出演する、シロク・Nオーガニックの新WEBCM「ママとして、妻として」編、「平愛梨の20代と今」編、「平愛梨の癒やされタイム」編が18日、公開された。30代を迎えた平の日常を描く新CM。3人の子供の母、そして妻としても日々奮闘する「ママとして、妻として」編、20代を振り返りつつ、理想の40代へ向かう意気込みを語る「平愛梨の20代と今」編、夜のリラックスタイムでくつろぐ様子を映した「平愛梨の癒やされタイム」編の3本が公開された。また、平はブランドアンバサダーにも就任。同ブランドCMにタレントが起用されるのは初となる。■平愛梨インタビュー――20代のスキンケアは?20代の頃は化粧水とか乳液に関してもこだわりがなくて…旅行に行くのに(化粧水とか乳液を)忘れちゃったとかでコンビニで買ったものを使ったり、結構適当というか。30代で年齢を重ねるにつれて、すごく意識をするようになりました。――平さんにとって「いいパートナー」とは?自由に好き放題、お話させてくれる(笑)。すごい私しゃべるみたいで、いつも私の方が話しているので、自由に話させてもらえるのは有り難いです(笑)。――夫婦円満の秘訣は?夫婦円満は、私が思う「いい夫婦」って長く会話ができるって思っているんですよ。――3人の母親として悩みはありますか?1人でご飯食べている時に泣けてくる時間みたいなのはあったりしたんですけど、そういう時にわーっと泣いたらスッキリするんですよ。――母親として100点満点中、何点ですか?25点くらいだと思います。まだまだです。――最後に動画を見ている皆さんに一言お願いします。いつもお疲れ様です。このNオーガニックは私も使わせていただいて、本当に喜ぶように感じれる商品になってます。私も初めて使わせてもらった時に、びっくりしたので、ぜひ忙しいママにも手にとってほしいなって思います。あとは子供に時間を捕らわれて、自分の時間とか美容の時間だったり、スキンケアの時間がなくて、おろそかになってしまうと思うんですけど……いつまでもイキイキしてたいなっていうのが理想だと思います。なので、共に頑張りましょう! ぜひ、商品を手に取ってみて下さい!
2021年11月18日小さなお仏壇のまわりは、とてもにぎやかだった。『はらぺこあおむし』の絵本、『アンパンマン』のチーズのぬいぐるみ……。みんな“翔平ちゃん”のお気に入りのグッズだという。そのなかでも大切そうにケースにおさめられている名前入りのボールはひときわ目を引いた。《翔平くんへ》、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手(27)が当時1歳6カ月だった同じ名前を持つ男の子・川崎翔平ちゃんにプレゼントしたサインボールなのだ。「今年は大谷選手が大活躍してくださったので、私たちもうれしかったです」ボールを見つめていた記者に、そう話してくれたのは翔平ちゃんのお母さんで、兵庫県内で暮らす川崎静葉さん(35)。「川崎家の大恩人ですからね。二刀流の大活躍でMVPの最有力候補にもなっていますが、私たちも選ばれることを必死に祈っているんです。今年、テレビやスマートフォンで私や夫の太志(33)はずっと大谷選手の活躍を応援していました。打って投げて……、大谷選手の姿を見ると、翔平のお見舞いに来てくれたあの日のことを、あざやかに思い出すことができます」大谷選手がホームランを打つたび、静葉さんは翔平ちゃんに向かって声をかけた。「翔平、大谷選手がまたホームラン打ったで!」川崎家のリビングルームの壁には、いたるところに翔平ちゃんの写真が貼ってあるのだ。そんな写真たちにまざり、知人がプレゼントしてくれた色紙も飾ってあった。《太志と静葉と翔平がずっと一緒に笑っていけるよう今みんなで一つ一つ乗り越えている三人になってからすごす濃い一分一秒という時間が絆を深め、その絆を運んでくる》色紙の日付は2017年6月13日、翔平ちゃんの誕生日。文章には静葉さんと太志さんの祈りが込められているように思えた。■「大谷選手のような強い子に」、翔平と命名された心臓病の赤ちゃん翔平ちゃんの名前の由来を静葉さんが教えてくれた。「『翔平』という名前は、悩みに悩んだ末に、生まれる直前に決めました。『翔』という文字には、『大きな志』という意味があるそうです。病気に負けず、大きな志を持ち、大きな心で育ち、大谷翔平選手のように世界を翔る子になってほしい、そして誰にも平等に接することのできる優しい子になってほしいと願い、この名前をつけることにしました」生まれてくるわが子の名前に、願いを込めるのは誰もが同じだろう。しかし、翔平ちゃんの命名は文字どおり命がけだったのだ。おなかの赤ちゃんの心臓の異変が見つかったのは、静葉さんが妊娠30週のころ。「最悪の場合、おなかのなかで死んでしまう可能性もあると……。それで、赤ちゃんが元気なうちに帝王切開をして、すぐに強心剤で治療を始めることを病院の先生方にすすめられたのです。でも、やっぱり翔平という名前が赤ちゃんに力を与えてくれたのでしょうか。当日、元気な産声を聞いたときには、私も看護師さんの手を握り、『生まれた!よかった!』と、声を上げていました」しかし無事に生まれてほっとできたのもつかの間のことだった。出産後の診断で、翔平ちゃんは「左室緻密化障害」による「拡張型心筋症」と診断されたのだ。誕生から5カ月後、翔平ちゃんは大阪府吹田市にある国立循環器病研究センターに転院する。センターで主治医を務めた小児循環器科内科医長の坂口平馬先生が、病気について解説する。「拡張型心筋症は心臓の筋肉が収縮する機能が低下して、心室が拡張する病気で、難病に指定されています。“左室緻密化障害”は心臓の左心室の筋肉が弱くなっている状態で、翔平ちゃんの拡張型心筋症の原因の一つになっていると診断しました」強心剤による内科治療はすぐに限界を迎えた。国立循環器病研究センターに転院した直後、検査を受けていた翔平ちゃんは、呼吸困難を起こし、心臓マッサージを受けることに。「先生がこうおっしゃったのです。『翔平ちゃんの心臓はもう限界です。明日にでも補助人工心臓を装着する手術を行います』」(静葉さん)まだ生後半年の赤ちゃんを待っていたのは、医師たちの予想を超えた過酷な運命だったのだ。静葉さんも、そのときのことを思い出すと、いまも胸がしめつけられるようだという。「右心室と左心室の壁である心室中隔に突然大きな血腫ができてしまい、補助人工心臓を装着した左心室を押しつぶしてしまったのです。そのために補助人工心臓を取り外して、ECMO(体外式膜型人工肺)で延命措置をとらなければいけなくなりました。さらに右心室の動きも低下してしまったため、急きょもう1つ補助人工心臓を装着することになったのです。ようやく手術を終えて、胸の下のあたりから4本の管が見えている翔平の姿を見たとき、あまりの痛々しさにただあやまることしかできませんでした。 『ごめんね、ごめんね、痛い思いばかりさせてごめんね』と」年明けの1月から左心室と右心室、合わせて2台の補助人工心臓が稼働を始めたが、これは日本の小児科では初めてのケース。それでも静葉さんは胸に湧き上がる不安を押し殺し、翔平ちゃんに明るい笑顔を見せるようにしていたという。「翔平も人工心臓が2つで、二刀流やな!大谷選手といっしょやで!翔平も元気になったら、大谷選手の応援に行こうな」■「(翔平ちゃんが)自分の名前から名付けられたことは光栄です」2台の補助人工心臓に頼らざるをえない状況は細い平均台の上をそろそろと歩くことにも似ていた。それに補助人工心臓はあくまでも心臓移植への“橋渡し的な役割”を果たすにすぎないのだ。だが移植手術を受けるためには莫大な費用が必要となる。海外での移植手術は、ほとんどが自己負担となり、また渡航するためには医療設備がそろっている専用のチャーター機に搭乗しなければならない。「夫や私の知人たちが募金をするために『しょうへいくんを救う会』を立ち上げてくださったのは’18年6月のことでした。会の活動を知ってもらうために、私たちも記者会見に臨みました」(静葉さん)太志さんや静葉さんにとって、大勢の報道陣の前で話すことはもちろん初めての体験だ。しかし2人は息子のために必死に訴えかけた。「多くのことは望みません。ただ生きて、一度も帰ってきたことのないおうちに帰ってきてほしいです。翔平といつか一緒にごはんを食べて、お風呂に入って、笑って、泣いて、そんな当たり前の日々を過ごしたいのです」「しょうへいくんを救う会」が掲げた目標額は3億5千万円。募金活動だけではなく、すでに心臓移植手術を受けた子供たちの「救う会」から、その余剰金が寄付されていた。それでも目標額にはまだ1億2千万円足りない……。じりじりと焦る太志さんや静葉さん、そして救う会のメンバーたちに“思いがけない知らせ”が届いたのは、’18年ももう終わろうとしているころ。なんと大谷翔平選手が、翔平ちゃんのお見舞いに来てくれるというのだ。当時、大谷翔平選手は日本に滞在していた。メジャー1年目終了直後に右ひじ靱帯の修復手術を受け、リハビリに励んでいた彼は、翔平ちゃんのことを知り、こう語ったという。「(翔平ちゃんが)自分の名前から名付けられたことは光栄です。縁があるので、なんとしても力になりたいです」■「あったかいね」、翔平ちゃんを優しく抱きしめた大谷大谷選手が大阪にある国立循環器病研究センターを訪れたのは’19年1月5日。翔平ちゃんは1歳6カ月になっていた。大谷選手の印象について静葉さんはこう語る。「身長は193センチもあります。メジャーリーガーですし、変な言い方ですが、体もゴツゴツしていて、威圧感も受けるのではないかと想像していたのです。でもスーツ姿だったせいもあるかもしれませんが、実物の大谷選手は“優しいお兄さん”という感じで、すごく柔らかな、こちらが安心してしまうような雰囲気だったのです」ニコニコと笑いながら翔平ちゃんのそばにやってきた大谷選手。「今日は本当にありがとうございます。この子が翔平です」「翔平です。同じ名前だねぇ。元気?」翔平ちゃんのほっぺを指でプクプクとしてくれる姿からも大谷選手の思いやりが伝わってきた。静葉さんを感激させたのは、翔平ちゃんに優しく接してくれたことだけではない。大谷選手は静葉さんや太志さんに、いろいろな質問を投げかけたのだ。「ご両親は毎日病院で付き添っていらっしゃるんですか?そうですか、うーん、大変ですね」“この人は、翔平の病気を理解しようとしてくれている”、大谷選手の真心が静葉さんの胸を打った。静葉さんは意を決してお願いすることにしたという。「よかったら抱っこをしてくれませんか」と――。「翔平は心臓移植手術が成功したとしても、それで終わりではありません。健康な子となんでも同じことができるようになるわけではないのです。息子が成長したときに、『あなたのために、素晴らしい選手がお見舞いに来てくれて、抱いてくれたんだよ』、そう言ってあげたかったのです」そんな静葉さんの思いが伝わったのかもしれない。「えっ、僕が抱っこしてもいいんですか?」、大谷選手は、看護師さんにサポートされながら、翔平ちゃんを抱きしめ、こうつぶやいたのだ。「あったかいね……」翔平ちゃんも大谷選手の腕のなかが気に入ったのか、ずっとおとなしくしていたという。大谷選手はプレゼントを用意してくれていた。真っ白なボールに《翔平くんへ》という名前とサインを書くと、翔平ちゃんの手に、ちょこんとのせてくれた。翔平ちゃんにとっては初めての革の手ざわりだったのだろう。興味深そうにボールをじいっと見つめていた。そんな翔平ちゃんのほうへ大谷選手が片手をゆっくりと差し出すと、まるでその瞬間を待っていたかのように、翔平ちゃんがぽいっとボールを手放したのだ。「おおっ、キャッチボールだ」大谷選手がボールを受け止めたとき、部屋のなかでそんなどよめきが起こった。一瞬、驚いていた大谷選手はニコリと一言、「野球しよっか!」。ふんわりとした声が、その場にいた人々の心のなかもあたたかな空気で満たしていった――。この後、静葉さんはこのキャッチボールを数えきれないほど何度も何度も思い出したという。「息子の人生でたった一度のキャッチボールでした。私も夫も、あの幸せな日のこと、そして奇跡の瞬間を生涯忘れることはないでしょう」
2021年11月03日コストコ行っ得! 海外行っ特! の「行っとく!」です。牧家の「風船プリン」と聞いてピンとくる方は、かなりのコストコ通ですね。もしくは、カルディ派!? でしょうか。我が家はコスパ重視なので、大容量を安く購入できるコストコで牧家商品をゲットし、おいしくいただくのが癒しの時間となっています。コストコでは、公式サイトやほかの通販サイトよりもお値打ちに購入できます。しかも、コストコとのコラボフレーバーなどもあり、年間を通してドキドキ&わくわく感も楽しめます。牧家のプリンって?牧家のプリンは、株式会社牧家(Bocca)さんの洋生菓子です。乳製品がとても有名な会社です。北海道の伊達市に牧家の牧場があり、そこで飼育されている牛から搾られた牛乳を使って商品は作られています。なんと言っても、その見た目がとってもかわいいのが特徴です。このプリン、丸い形なのです。どうして丸いのか?なんと風船にプリンが入っているのです。凄くないですか!?それに開け方がとってもユニーク! 爪楊枝で「プチッ」と刺すと風船が割れ、まんまるのプリンがぷるんっと飛び出してきて、これが本当に面白くてハマっちゃいます。コストコで販売されているものは、75gのプリンが6個入った内容量480gのものです。フレーバーによってさまざまなソースが附属品としてついてきます。金額に若干の違いはありますが、1,000円以内で購入可能です。勝手に! 厳選7商品をランキング我が家的に勝手ではありますが、7商品を1位から7位まで順位をつけてみました。プリンと附属ソースの全体的なバランスや、マイナス点を考慮しての評価になります。家族の中でも意見が分かれたものもありますが、総合的に我が家「行っとく!」の評価にしてみました。※個人的な好みもあると思うので、参考までに読んで頂けると嬉しいです。【7位】マロンミルクプリン購入金額:988円約165円/個バニラシードが入った「バニラキャラメルソース」が添付されています。ほんのり茶色のプリンです。マロン味は秋を感じますよね。ただこの商品は、マロンの味より焼き芋ペーストの味が強く……。栗味を期待していただけに、ちょっと残念でした。ネーミングって大事ですね。きっと「スイートポテト」と書かれていたら、この残念感はなかったかもしれません。ソースは、単に甘いだけでなく、キャラメル感とバニラがいい感じでおいしかったです。【6位】ロイヤルミルクティプリン購入金額:978円約163円/個ケニア紅茶の茶葉から抽出したエキスを使用し、濃厚なロイヤルミルクティーの味が楽しめるプリンになっています。「ビターオレンジソース」が添付されています。かなり本格的な高級感漂う感じのロイヤルミルクティーの味がしました。茶葉が想像できるくらいおいしかったです。我が家が普段飲んでいる粉末タイプとは違って、さすがケニアの茶葉! って感じで、ロイヤルミルクティー好きな我が家はかなり気に入りました。ただ、「ビターオレンジソース」は要らないかも……。ビターと書かれているだけあって、しょうがパウダーなどが入っているので、かなり大人な味です。我が家は全員ソース無し派でした。【5位】ほうじ茶ラテプリン購入金額:978円約163円/個牧家の牛乳に国産ほうじ茶パウダーを混ぜ合わせて作られたプリンで、「キャンディソース」つきです。このほうじ茶もとってもおいしかったです。6位に続き5位もお茶系ですが、そのうち緑茶とかウーロン茶なども登場するのかな? とっても楽しみです。ほうじ茶の味がしっかりと感じられるプリンです。ソースが甘いので、ほうじ茶のほろ苦さを味わいたいのならソース無しをオススメします。【4位】白いプリン購入金額:978円約163円/個こちらは牧家のこのプリンシリーズを代表するプリンです。期間限定商品ではないので、在庫があれば購入可能です。ミルクの濃厚な味とねっとり重ためのプリンが、ほかではなかなか味わう事のできない食感でやみつきになります。とってもおいしい「キャラメルソース」つきです。さすが牧家の看板商品! フレーバーに癖がなく、万人受けするプリンだと思います。コストコ以外でも購入可能で、食べた事のある方も多いのではないでしょうか? ソースもおいしく、かけてもかけなくても2通りの楽しみ方ができるプリンです。【3位】塩キャラメルプリン購入金額:978円約163円/個ほろ苦さが香ばしい濃厚キャラメルプリンにお塩がプラスされています。パリパリ食感の「カラメルクラッシュ」が添付されています。これは……! ホント大好きなフレーバーです。つるっとした表面が特徴の牧家のプリンですが、このプリンは違います。きっとゼラチンが少なくてクリーム率が多いのかなーと、個人的には予想しています。そのためかくちどけ滑らかで、でもねっとりしていて、しばらく口の中に味が残るくらいおいしいです。「カラメルクラッシュ」はお好みで。個人的には無いほうが、塩キャラメルの味をしっかり味わえると感じました。【2位】クレームブリュレ購入金額:978円約163円/個北海道伊達市の「だて牛乳」に卵を加え、バニラと焦がしバターの濃厚な味わいが楽しめるプリンです。3位の塩キャラメルと同じ「カラメルクラッシュ」が添付されています。ここまで来ると、もう“プリン“という名がついていないですね。本当に本格的な「クレームブリュレ」です。ただ、バーナーで表面が焼かれていないだけ。ですが、付属の「カラメルクラッシュ」をかけると……まさに「クレームブリュレ」! おいしさも倍増です。クラッシュのカリカリ感がまるで砂糖をバーナー炙ったみたいで、この「クレームブリュレ」はぜひ附属品をかけて食べていただきたい商品です。【1位】クリームチーズケーキ購入金額:978円約163円/個こちらも2位に続いて、“プリン”ってついていませんね。名前の通り、レアチーズケーキ的なデザートです。「チェリーベリーソース」が添付されています。2位ととっても悩んだので、同率1位的な感じですが、我が家は普段から「クリームチーズ」が大好きなので、こちらを選びました。こちらは今までの添付ソースとは違って、サワーチェリーとフランボワーズの濃縮果汁が使われているそうで、ワインレッドみたいな色をしています。ラム酒が入っているのでちょっと大人な味です。お子様には2位の「クレームブリュレ」のほうがいいかもしれませんが、忙しい日々を過ごしている大人の方への癒しの時間のデザートには、こちらがピッタリ! Best1にしました。感想今回紹介したのは7点ですが、それ以外にもチョコレート系・フルーツ系も食べた事があります。「限定」の言葉に弱い我が家は、このシリーズのプリンを見かけるとついつい飛びついて、一通り食べていますが、やっぱり乳製品に強い会社の作っている商品なので、クリーム系がオススメかなーと言うのが我が家の結論です。まとめ今回は、コストコで購入可能な「牧家(Bocca)のプリン」を我が家的に勝手にランキングづけしてみました。牧家の商品は常に売り場にあるわけでなく、期間限定です。基本的には金曜日や週末に入荷され、すぐに売り切れてしまうので、ご興味のある方はお早めに! また、フレーバーも時期によってローテーションしているので、見かけたら迷わずゲットするのがポイントです。みなさんもおいしいデザートでお家時間お楽しみください。
2021年10月24日芸人・俳優のみならず、彫刻家としても活躍する片桐仁の創作活動20周年を記念し、東京ドームシティの「Gallery AaMo(ギャラリー アーモ)」にて11月20日(土)〜12月19日(日)の期間、『粘土道20周年記念 片桐仁創作大百科展』が開催されることが決定した。片桐は、1999年「ヤングマガジンアッパーズ」の連載スタートをきっかけに、“文房具や日用品、電化製品など、あらゆるものに粘土を盛る”をコンセプトに、20年以上にわたり粘土作品を作り続けきた。2015年から4年間、全国のイオンモールで開催された不条理アート粘土作品展「ギリ展」では累計約8万人を動員したほか、2019年6月には自身初の海外での個展「技力展台湾(ぎりてんたいわん)」を実現。オリジナリティ溢れる発想力や細部までこだわったクオリティの高さなどが評価された。また、映画・舞台・ドラマで使用する小道具の制作や、企業とのコラボ作品・デザイン提供など、粘土作品に限らず様々な創作活動も行っている。そんな片桐の集大成であり、過去最大規模となる本展覧会は新型コロナウイルス感染症拡大に伴う影響を考慮し、2020年3月下旬からの開催が中止となっていたが、新会期の開催日程が決定。粘土道としてこれまでに発表された粘土作品をはじめ、初公開となる学生時代に描いた絵画や、「TVブロス」の連載で描いてきたイラスト、取材先で制作した作品を展示するなど、片桐の20年以上にわたる創作活動の全てを網羅する。さらに、前会期中止後にWEBメディア「THAT IS GOOD」内で制作した新作粘土作品や、片桐仁のYouTubeチャンネル「ギリちゃんねる」で作った作品、動画内にたびたび登場する片桐家リビング再現コーナーなどが新たに追加展示されるほか、クラウドファンディングによる本展のランドマークとなる「片桐仁的公園(仮)」を制作。なお、チケット発売は2021年10月下旬頃を予定している。<展覧会によせて 片桐仁コメント>2020 年の春に中止となった『粘土道20 周年記念 片桐仁創作大百科展』がついに開催されることになりました!僕がこの22年間で制作した、粘土作品やイラスト、企業や番組とのコラボ作品、また家族とYouTubeで作った作品など、ほぼ全てを網羅する僕の回顧展になっています。さらに会場で作れるワークショップもあるので、モノづくりの楽しさを知るキッカケにもなればいいなと思います。大人から子供まで楽しめる展覧会になっていると思うので、皆様是非いらしてください!【開催概要】『粘土道20周年記念 片桐仁創作大百科展』期間:11月20日(土)〜12月19日(日) ※開催期間中無休時間:11:00~19:00 ※最終入館は閉館の30分前まで場 所:Gallery AaMo(ギャラリー アーモ)チケット発売:2021年10月下旬頃を予定。詳細は決まり次第お知らせします。<主な内容>1. アーティスト片桐仁22年の創作活動年表2. 不条理アート粘土作品3. 初公開・学生時代に描いた絵画4. 撮り下ろし片桐仁シアター5. 「テレビブロス」連載イラスト原画「おしえて何故ならしりたがりだから」6. 舞台、映画、ドラマ、C M などに使うため制作した作品たち7. 「ギリちゃんねる」片桐家みんなで作った作品・片桐家リビング再現コーナー8. クラウドファンディングによるランドマーク作品「片桐仁的公園(仮)」9. 常設ワークショップ主催:東京ドーム / 協力:トゥインクル・コーポレーション、大日本印刷、東京ニュース通信社、we+ inc.企画:zaigoo inc. / 協賛:パジコ写真:大坪尚人(講談社)展覧会公式ホームページ: お問い合わせ先は「東京ドームシティ わくわくダイヤル(03-5800-9999)」まで★クラウドファンディングも実施!タイトル:『粘土道20周年記念 片桐仁創作大百科展』会場内に「片桐仁的公園(仮)」をつくりたい!展覧会のランドマークとなる「片桐仁的公園(仮)」の制作に向けて、クラウドファンディングにて9月17日(金)より支援の募集を開始。前会期では片桐仁と来場者が一緒に公園を作る予定だったが、今会期ではファンから支援を募り、片桐一人で作り上げることを決意。“粘土道20周年という節目に、過去最大の作品「片桐仁的公園(仮)」を作りたいんです!”詳細は下記のウェブサイトをご覧ください。実施期間:2021年9月17日(金)12:00~10月17日(日)23:59詳細・応募先ウェブサイト:
2021年09月17日女優・平祐奈が12日、オフィシャルブログを更新し、姉である女優の平愛梨とのツーショット写真を公開した。同日、愛梨の夫でサッカー日本代表の長友佑都選手が、11年ぶりにFC東京へ復帰することを発表。これを受けて祐奈は、帰国した愛梨とともにFC東京のユニフォーム姿を12日付のブログで披露し、「ひゃっほーーーーい」「おかえりーーーーー!! もういつでも会えるやん」「あぁ嬉しすぎる。待ってました」と喜びを爆発させた。さらに、35歳の誕生日に古巣復帰を発表した長友に対しても、「ゆっにーぃのお誕生日 おめでとう」「これからは傍で私もいつだってサポート出来ちゃいます」とメッセージ。「やっぱ愛ちゃんは近くに居てくれないとね」と姉への愛があふれる一文で結んだ。同日に投稿したインスタグラムにも、久しぶりのツーショットや愛梨の帰国を喜ぶファンの声をはじめ、長友の復帰を祝福するコメントも多数寄せられている。
2021年09月13日9月6日、悠仁さまが15歳のお誕生日をお迎えになった。それを祝し、皇室ご一家の15歳のころを写真で振り返る。悠仁さまは誰に似てらっしゃる――?お誕生日に、悠仁さまが秋篠宮さまとご一緒に読まれていたのは『日本文化の起源』と『稲のアジア史』という本。稲作は皇室に深い縁があり、悠仁さまにとってアジアの米作りの歴史を学ばれることは、将来のお立場を考えると大変に重要なことだろう。今年3月には悠仁さまの作文「小笠原諸島を訪ねて」が、「子どもノンフィクション文学賞」で佳作を受賞。オンライン表彰式では悠仁さまも画面を通して「大変うれしく思います」と丁寧に挨拶された。現在、中学3年生。来春の高校進学を控え、2学期は大切な日々となる。
2021年09月11日秋篠宮家の長男・悠仁さまは9月6日、15歳の誕生日を迎えられる。現在、お茶の水女子大学附属中学校3年生の悠仁さま。高校進学を控えているが、エスカレーター式に進学することはできない。お茶の水女子大学附属高校は女子高のため、別の高校に進学せざるをえないのだ。有力候補とされているのは、多くの皇族方が通われた学習院高等科、お茶の水大学の向かいにある筑波大学附属高校、2年前に悠仁さまが秋篠宮さまと一緒に文化祭を見学された東京農業大学第一高校だ。「紀子さまは、筑波大学附属高校への進学を狙って悠仁さまを指導されているようです。実は4年前に、お茶の水女子大学と筑波大学の間で『提携校進学』という制度の新設が発表されました。両校の附属校の生徒が若干名ずつ、もう一方の附属校に進学できるという制度です。悠仁さまは中学進学のタイミングで筑附中に進学されるとみられていましたが、小室さん問題で秋篠宮家への逆風が強まり、断念されたようです。紀子さまは、高校進学では今度こそ筑附への進学を実現させたいはずです」(皇室担当記者)これまで、制度の利用者はいるのか。お茶の水女子大学に問い合わせると《提携校進学制度に係る実績につきましては、公表をしておりません》との回答だった。この制度は入学志願者評価と志願理由書のみの書類審査で、学力テストはない。しかも利用実績まで非公表とは、あまりに不透明すぎないだろうか――。「悠仁さまのご成績は、一般入試で筑附に合格できるほどではないそうです。今年3月には作文コンクールで佳作に入選されましたが、それも書類審査に通るための実績づくりではないかという声もあります」(前出・皇室担当記者)紀子さまは、高校進学までの3年で小室さん問題は解決し、秋篠宮家への逆風も収まるとみていたのかもしれない。しかし実際には、解決どころか泥沼化している。「“脱・学習院”をはじめとする秋篠宮家の独自路線の教育が、眞子さまの結婚問題を招いたという側面は否定できません。秋篠宮ご夫妻はこの事態を、しっかりと直視し、方針転換する必要があるのではないでしょうか。悠仁さまの進学先は学習院か、もし学習院以外を選ばれるとしても、不透明な制度を用いずに一般の入試で合格を目指していただきたいです」(学習院関係者)秋篠宮ご夫妻は、学習院との因縁から始まった負の連鎖を断ち切ることができるのか――。
2021年09月04日ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズン 青学(せいがく)vs不動峰の公開ゲネプロが9日に東京・TOKYO DOME CITY HALLにて行われ、今牧輝琉、山田健登、GAKU、土屋直武、中河内雅貴が取材に応じた。同作は1999年から2008年3月まで「週刊少年ジャンプ」(集英社刊)で連載されていた大ヒット漫画『テニスの王子様』(通称「テニプリ」)を舞台化したミュージカル。2003年に初演を迎え、2.5次元ミュージカルの先駆け的存在となっている。全42巻にわたる原作の展開を「〇〇公演」と区切り、中学テニスの全国大会までを数年かけて連作上演することで1シーズンを終え、その間にキャストたちも代替わりする同作だが、今回ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズンが本格始動。ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズン 青学(せいがく)vs不動峰を7月から8月にかけて東京、熊本、大阪、そして東京凱旋として公演を行う。初日公演を控え、今牧は「お披露目会を含めこの日をずっと楽しみに稽古してきたので、今日から初日だと考えるとめちゃめちゃ緊張しています」と心境を吐露。他のメンバーも「何カ月も稽古してきて、その間にパズルのピースを集めて来ました。お客様に見てもらえることによってやっとパズルが完成する、ここからがスタートなので、皆さんと一緒に突っ走っていければ」(山田)、「正直とっても緊張しています。でもゲネプロを通してやっとできるんだという高揚感と、舞台に立てるというありがたさがあります」(GAKU)、「『やっとだ』という気持ちと、『もう』という2つの感情が入り交じっていますが、本当にここからがスタートだと思うので、これから頑張っていきたいと思います」(土屋)とそれぞれ緊張の面持ちで語った。1stシーズンで立海・仁王雅治役を務め、今回越前リョーマの父・越前南次郎役で出演する中河内は「今までの『テニミュ』とは違う、一新したミュージカル『テニスの王子様』4thシーズンが出来上がった」と自信を見せる。「これからお客様に観ていただいて、さらに進化していくんじゃないかなという希望と期待を実感しているところ。これから1日1日、1公演1公演をキャスト・スタッフ含めてカンパニー一同全力で挑んで、お客様にも新しいミュージカル『テニスの王子様』を受け入れていただけるような世界になっていると思います。自分自身のことよりも、皆がとにかく一瞬一瞬をキラキラ輝いて、大千秋楽まで無事に突っ走ってほしいという気持ちでいます」と後輩達への思いを表した。青学としての意気込みを聞かれると、部長・手塚国光役の山田は「とにかく勝ちにこだわって、手塚国光が1年生の時に言った『僕たちの代で青学を全国へ導きます』という言葉を有言実行させたいと思いますので、みなさんどうか応援よろしくお願いします」と答える。対する不動峰の部長・橘 桔平役のGAKUは「原作の不動峰は橘が引っ張って強いチームにしていきますが、僕ら新生不動峰は一人ひとりが引っ張って高め合い、強いチームになっている。まっすぐ試合に勝ちに行くつもりです」と負けずに意気込む。公演全体については、今牧が「テニミュを観たことない方、原作を読んだことがない方にご覧いただいたとしても『面白かったな』と思ってもらえる作品にしたい」、土屋が「新シーズンでありながらこれまで背負ってきた18年間の歴史の良さも受け継ぎ、新生テニミュとして新しいものを築いていきたいと思ってます。令和始まって2回目のテニミュ、令和のテニミュはどんどん進化していくぞという気持ちを胸に、突き進んでいきたいと思っています」と意気込んだ。中河内は今回新たな役で出演することについて、「『またテニミュやりたい』みたいなことを、1stシーズンで演じている最中から言ってたんですけど(笑)、まさかそれが本当に実現するとは思ってなくて」と笑顔に。「すごく大切な役で、この作品の神みたいな存在の南次郎をやらせていただけるなんて夢にも思っていませんでした。歴代の先輩方が、人間としてもダンサーとしても演出家としても俳優としても尊敬する方々ばかり」と恐縮しつつ、「歌とダンスとお芝居、3本の柱を軸に生活してますので、武器にできることは何か、ミュージカル『テニスの王子様』の経験者として新しい彼らに伝えられることがないか、という思いでいます。まだまだ伝えきれてない部分もたくさんあるので、これから千秋楽まで一人ひとりにいろんなことを伝えていきたい」と熱い気持ちも。さらに中河内は「今は2.5次元舞台が日本の素晴らしい文化になっていますし、テニミュが世界で戦える日本のオリジナルの作品ということを誇りに思って、俳優人生でも生かしてほしいと思っているので、僕もそれに負けないようにしっかりと演じたい」と思いを表した。○公演に向けてのメッセージ今牧「テニミュ4thシーズンが始まります。今回は演出やダンスや歌、全て一新した、僕たちから始まる新しいテニミュです。僕たちも精一杯テニミュを楽しみたいと思います。1st、2nd、3rdシーズンのキャストの方々にも感謝の気持ちを忘れず、僕たちがバトンを受け継ぎ、4thシーズンを最高の幕開けにできたら。お楽しみに!」山田「いよいよ4thシーズンの幕が開きました。僕たちにとっても挑戦で、皆さんの応援が必要です。どうかまっすぐに真っ向勝負で戦っていく姿を見届けてもらえたらなと思います。最後まで油断せずに行きたいと思いますので、よろしくお願いします」GAKU「新しい時代にご来場いただいて、誠にありがとうございます。期待以上のものを届けるので、よろしくお願いいたします」土屋「僕らが演じる不動峰は本当に心が熱い部員たちがたくさんいます。その部員たちの熱い思いと、暑い夏というのが本当にぴったりだと思いますので、ぜひ両方を楽しんでいただけたらなと思います」中河内「1stシーズンの時のようなアツい熱を、ぜひこの4thシーズンの俳優たちにも経験させてあげたいんですけど、僕の力じゃどうにもできない。昔からテニスの王子様が好きだったファンの方、ミュージカルが好きだったファンの方、新しく原作を読んで『また生で見られるんだ』と期待を抱いていらっしゃる方、まだ知らない方。本当にいろんな方に見てもらって、追っかけてもらいたいなと思っております。彼らは日々成長していて、ここから大スターが生まれる可能性も決して0ではない。今もOBで活躍していらっしゃる方は多くいらっしゃいますが、またここから羽ばたく青年たちがいますので、その現場をぜひ目撃していただきたい、力を貸していただきたいと思っております」○キャスト・青学(せいがく)越前リョーマ役:今牧輝琉、手塚国光役:山田健登、大石秀一郎役:原 貴和、不二周助役:持田悠生、乾 貞治役:塩田一期、菊丸英二役:富本惣昭、河村 隆役:大友 海、桃城 武役:寶珠山 駿、海堂 薫役:岩崎悠雅、堀尾聡史役:りょうた、加藤勝郎役:白石 寿、水野カツオ役:市川愛大・不動峰橘 桔平役:GAKU、神尾アキラ役:毎熊宏介、伊武深司役:土屋直武、石田 鉄役:柊太朗、桜井雅也役:深澤悠斗、内村京介役:菊池颯人、森 辰徳役:Rayshy井上 守役:北代高士越前南次郎役:中河内雅貴・テニミュボーイズ大野紘幸、黒条奏斗、玉元風海人、中嶋 健、濱屋拓斗
2021年07月09日ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズンのお披露目会が29日に東京・品川プリンスホテル ステラボールにて行われ、今牧輝琉、山田健登、GAKU、土屋直武が取材に応じた。同作は1999年から2008年3月まで『週刊少年ジャンプ』(集英社刊)で連載されていた大ヒット漫画『テニスの王子様』(通称「テニプリ」)を舞台化したミュージカル。2003年に初演を迎え、2.5次元ミュージカルの先駆け的存在となっている。全42巻にわたる原作の展開を「〇〇公演」と区切り、中学テニスの全国大会までを数年かけて連作上演することで1シーズンを終え、その間にキャストたちも代替わりする同作だが、今回ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズンが本格始動。ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズン 青学(せいがく)vs不動峰を7月から8月にかけて東京、熊本、大阪、そして東京凱旋として公演を行う。新シーズンのお披露目として、この日は青学(せいがく)、不動峰のメンバーが集合し、さらに『テニミュ』初登場キャラクターとなる雑誌「月刊プロテニス」の記者・井上 守役の北代高士(1stシーズン 不動峰・橘 桔平役)が進行を務める。記者・井上が選手達にインタビューをしていくという形で「オーディションに受かったと聞いた時のリアクションは?」「どうしてもやめられないクセは?」、好きなおにぎりの具は?」といった質問を尋ねていった。キャラクターと自分との共通点について聞かれると、1人ずつ「目と体型」(水野カツオ役:市川愛大)、「すごいことはちゃんとすごいって言うところ」(加藤勝郎役:白石 寿)、「応援」(堀尾聡史役:りょうた)、「目つきと負けず嫌い」(海堂 薫役:岩崎悠雅)、「噴火前の火山」(桃城 武役:寶珠山 駿)、「身長と体重」(河村 隆役:大友 海)、「怖い物が夜のトイレ」(菊丸英二役:富本惣昭)、「メガネが似合う」(乾 貞治役:塩田一期)、「辛いものが好き」(不二周助役:持田悠生)、「何事にも冷静に対応できる」(大石秀一郎役:原 貴和)、「僕もメガネをかけます」(手塚国光役:山田健登)、「よく帽子をかぶります」(越前リョーマ役:今牧輝琉)と挙げていくが、山田は北代から「それただの報告!(笑) 『僕もメガネをかけます』。だったら『私も〜!』って人いますよねえ!?」とつっこまれていた。一方の不動峰メンバーは「くしゃっとした笑顔」(森 辰徳役:Rayshy)、「舌出しグセ」(内村京介役:菊池颯人)、「体育祭実行委員会」(桜井雅也役:深澤悠斗)、「頭の丸さ」(石田 鉄役:柊太朗)、「似てないところを探してください!」(伊武深司役:土屋直武)、「乙女座」(神尾アキラ役:毎熊宏介)、「まとめる」(橘 桔平役:GAKU)と個性豊かな回答。それまでも毎熊を中心にボケ続けてきた不動峰メンバーを見ていた北代は、「このチームまとめるの大変だなあ!」と苦笑していた。最後には全員で新曲のパフォーマンスを2曲続けて披露し、新型コロナウイルス感染対策のために上演前も会話をせずにいた観客たちは、拍手や手拍子で大盛り上がりに。最後は今牧が「いよいよ、ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズンがスタートします。これまでの18年間に感謝の気持ちを忘れず、テニミュカンパニー全員で駆け抜けたいと思います。皆様、応援のほどよろしくお願いします!」と頭を下げた。○取材会に4人が登場お披露目会終了後には取材会が行われ、今牧、山田、GAKU、土屋が登場。今牧は「1度延期にはなってしまいましたが、今日こうしてまたお披露目会を迎えることができて本当に嬉しく思います。舞台に立つのもお客様の前に立つのも久しぶりで少し緊張もしましたが、すごく楽しかったです。今日のお披露目会で僕たちのことを少しでも知っていただけたらなと思います」と会の感想を述べる。キャラに扮してみての気持ちを聞かれた土屋は「普段の稽古の時からキャラに対しての意識や、自分はどういうキャラを演じるのかというのをすごく考えながら練習を行ってるんですけど、実際にジャージを着てみると18年間の歴史、自分たちが見てきたものを背負ってるんだなという気持ちになって、興奮冷めやらないというか、こみ上げてくるものがありますね」と心境を明かした。「演じているキャラクターのここに注目して欲しい」というポイントを聞かれると、今牧は「越前リョーマは動きや感情をあまり表に出さなくて、大きなアクションをしないので、表情や目線の変化を見て欲しいです」、山田は「全国制覇に向けてチームのキャプテンとして多くのものを背負い、でも多くは語らず背中で見せていく姿を見てもらえればなと思います」とそれぞれ挙げる。GAKUは「見て欲しいポイントが3つほどあります。1つ目は個性豊かな不動峰のメンバーをまとめていく姿、2つ目は踊っているときの低い姿勢、3つ目は眉尻の3本線です。こだわってます」と自信を見せる。土屋は「伊武深司はお披露目会でもあったとおりぼそぼそ言うタイプで、表情もリョーマと一緒で本当にクールなんですけど、心は本当に熱くてテニスが大好きな少年。僕もテニスが大好きなのでそこをしっかりと出していけたらなと思います」と意気込んだ。7月に上演されるミュージカル『テニスの王子様』4thシーズン 青学(せいがく)vs不動峰については、両校の部長として山田が「18年の歴史がある『テニミュ』という作品で、先輩達が作り上げてくれた物を壊さず、さらに新しい物を作っていけたらと思います」、GAKUが「4thシーズンのど頭なので、最初から最後までエンジン全開で、お客様がどんなときに来ても楽しめるような素敵な公演にしたいと思います」と気合い十分。最後に今牧が「4thシーズンならではの作品になっていますので、僕たち自身もすごく楽しみにしています。僕たち自身も楽しみつつ、お客様にはもっと楽しんでいただけるように頑張ります。これまでの18年間にも感謝して、カンパニー一丸となってみんなで駆け抜けたいと思います」と決意を表した。○お披露目会出演キャスト・青学(せいがく)越前リョーマ役:今牧輝琉、手塚国光役:山田健登、大石秀一郎役:原 貴和、不二周助役:持田悠生、乾 貞治役:塩田一期、菊丸英二役:富本惣昭、河村 隆役:大友 海、桃城 武役:寶珠山 駿、海堂 薫役:岩崎悠雅、堀尾聡史役:りょうた、加藤勝郎役:白石 寿、水野カツオ役:市川愛大・不動峰橘 桔平役:GAKU、神尾アキラ役:毎熊宏介、伊武深司役:土屋直武、石田 鉄役:柊太朗、桜井雅也役:深澤悠斗、内村京介役:菊池颯人、森辰徳役:Rayshy井上 守役:北代高士越前南次郎役:中河内雅貴
2021年05月29日悠仁さまが文学賞に入選――。北九州市主催「第12回子どもノンフィクション文学賞」の佳作に、秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さまの「小笠原諸島を訪ねて」が選ばれたのだ。作文は400字詰め原稿用紙19枚の大作。悠仁さまは、小学5年生だった’17年に紀子さまと2人で訪れた小笠原諸島での体験を綴られている。「フェリーで片道24時間かけて訪れた小笠原4泊5日のご体験は、悠仁さまにとって深く胸に刻まれるものだったようです。イルカと泳がれたり、ウミガメを放流されたりといった体験を通じて、大自然を実感されました。さらに戦時中に築かれた塹壕や軍道などの痕跡を巡って、戦没者鎮魂の碑に献花、黙祷をされました」(皇室担当記者)賞の審査員を務めた那須正幹さんに話を聞いた。那須さんは、『ズッコケ三人組』シリーズなどで知られる、日本を代表する児童文学作家のひとりである。「紀行文のお手本のような作品でした。宮さまの作文だと知ったのは審査後のことで、純粋にいい作品として読ませていただきました。東京から船に乗ったところから、旅での新鮮な感動がとても丁寧に、たいへん素直に書かれていました。そして島の民俗や歴史、自然についても、しっかりと調べてきちんと書かれているのです。島を船が離れるときに島民が海に飛び込んで見送ってくれたという描写があるのですが、とても感動したことが伝わってきて、私もそこがいちばん印象に残りました」那須さんの印象に残ったという別れのシーン。悠仁さまはこのように綴られていた。《船が出航するときに、私たちは互いに手をふり、別れを惜しみました。乗船前に島の人から、「もし、また島に戻りたいと思ったときには、レイを海に投げてください。」と言われていたので、また小笠原に来たいと思った私と母は、いただいたレイを首から外して海に投げました》《次々と船人が飛び込む姿も感動的でした。島の人々のあたたかさが最後まで感じられ、私は父島や見送りの船の姿が見えなくなっても、しばらくの間、小笠原の方を見続けていました》審査員は那須さんのほか、ノンフィクション作家の最相葉月氏と、俳優で作家のリリー・フランキー氏。悠仁さまの文才は錚々たる面々に認められたのだ。実は、悠仁さまの作文が賞に入選するのは2度目のこと。’19年、中学1年のときに、「トンボと私」という作品で「第69回全国小・中学校作文コンクール」都大会の佳作に選ばれている。「皇室で“文才”といえば、思い浮かぶのは美智子さまです。上皇陛下とのご成婚前、20歳のときには、読売新聞が募集した作文コンクールで2位に入選していらっしゃいます。悠仁さまの文才は、美智子さまから受け継がれたものかもしれません」(前出・皇室担当記者)悠仁さまの“次回作”発表が待ち遠しい!「女性自身」2021年4月6日号 掲載
2021年03月26日2010年5月、成田空港からロスへと出国する赤西仁《だから結果ファンと仁とのEternalなんだよ結局は》2021年1月13日、赤西仁のツイートでネット民は興奮の渦に包まれた。一時は「ファンと仁」がトレンド入りするまでのお祭り騒ぎになったわけだが、あの伝説のコピペ“エターナル構文”を本人が認知していたことが10年越しにわかったのだから、それも当然だろう──。まずは「何がなんだか」といった方のためにご説明を差し上げたい。2012年2月10日0時22分。赤西仁と黒木メイサの“デキ婚”が電撃発表されたことを受けて、巨大掲示板『2ちゃんねる』(現在は5ちゃんねる)に匿名でユーザーから書き込まれた文章からすべてがはじまった。それが以下の投稿である。《デビュー前からのファンだけど別に発狂してないよ。もともと「結婚したい」「子供が欲しい」ってよく言ってたし、仁に振り回されるのは馴れてるし。こんな奴だけど好きなんだからしょうがない。型に嵌らないのが仁だしね。プライベートはメイサが支えればいい。私達は仁の音楽=魂を支えるから。その魂は私から子供へ、子供から孫へと受け継がれていくし、そうやっていつか仁のDNAと混ざり合うから。それがファンと仁とのEternalだし》スレッドに強烈なインパクトを残したこの投稿は瞬く間に話題となり、『2ちゃん』内でコピペ化された。以降、著名人が結婚したときなどに名前やフレーズを改変して投稿するというのが流行、どのバージョンも最後は「それがファンと仁とのEternalだし」で締めるのがお決まりであることから“エターナル構文”と呼ばれるようになった。■メイサと“対等な立場”にそんなネット上の閉鎖的空間でのみで通じる“コピペ”に、約10年ものタイムラグを経て赤西が反応をみせたというわけである。なぜ今になってツイートをしたのか。同日にパパになることが発表された嵐・二宮和也への祝福では?との記事もあったが、推測の域を出ず。ただただファンやネットオタクたちは、かの有名なコピペが“本人公認”に昇華した瞬間に立ち会い、感動するのであった。現に赤西の当該ツイートにはそういったリプライが多数届いている。このコピペ、赤西仁の1stシングルの曲名『Eternal』(意味は「永遠の」)を引用した最後の一文が取り上げられがちだが、よくよく読み返してみると全体を通して名文である。誰に煽られたわけでもないのに「デビュー前からのファンだけど、別に発狂してないよ」と妙に落ち着いたトーンの語り出し。どうしても“結婚を素直に祝福できない”ファン心理が溢れ出てしまっているが、決してメイサに誹謗中傷をぶつけたりはしない。「プライベートはメイサ、音楽は私達」と謎の役割分担をふりわけてイーブンな立場をとり、ノーダメージを訴えてみせるのだ。かと思えば、その想いは突然、果てなき航海へと舵をきる。我が子からまたその子へ、音楽=魂を継承しつづけていれば、“いつか仁のDNAと混ざり合うから”──。なんちゅうダイナミズムや。そしてそれは、途方もない二重らせんの未来を信じると同時に、「生きているうちに仁と結ばれることは諦めた」切ない宣言ともとれる。悟りの境地。途中で主語が「私」から「私達(ファン)」に切り替わる点にも注目だ。もしこの投稿が、「私が仁の音楽=魂を支えるから」「それが私と仁とのEternalだし」であったら、ここまで有名なコピぺにはならなかったと思う。一人称が「私たちが〜」「ファンと仁との〜」とすることで、“誰かを心から応援したことのあるすべてのファンたち”の心に刺さったのではないだろうか。もちろんヤバいファンの狂言として、(笑)つきではあるのだが、この文章が今も形を変えて受け継がれているのにはそういった理由もあるだろう……と、自分でもなぜこんなに熱くなっているのかわからないが、とにかく、約10年の時を経て彼女の魂は仁のSNSと混ざり合ったわけである。■「基本オールマイティ」から「基本洋楽」にところで、名作コピペはどのようにして生まれたのだろう。その背景には“仁のファン”だからこその必然もあったのではないかと考える──。1998年にジャニーズ事務所に入所、Jr.時代から絶大な人気誇っていた赤西はジャニタレとしてはかなりの“異端児”であった。2001年に結成したときから「売れる」と言われ続けてきたKAT-TUNがようやくデビューをしたのが2006年3月。やっとスタート地点に立てたにも関わらず、その半年後に赤西は“無期限の活動休止”を発表。語学留学のためにロサンゼルスに渡ったのだが、発表当時は「渡航の時期、留学先、期間も不明」だったというから驚きだ。会見ではこんなコメントを放ったという。《留学したいというのは、前から……。だいたい、年でいうと、17〜18歳のころから思っていまして。そこで何をするかっていうのは具体的には申し上げられませんが。語学にはもともと興味あるんですけど》(『女性自身』2006年10月31日号)KAT-TUNがこれからだというときに、上記のような煮え切らない理由で休むというのだから、ファンからしても「何を言っているんだ」であろう。会見場には100人の女性が集まって大泣き、パトカーが出動したとの報道もある。また、留学を知ったメンバーの亀梨和也は「マジ、ふざけんな! あいつどこまで俺たちの足を引っ張るんだ」と叫んだとの話も……。そんなこんなで日本を発ち、半年の留学をしたわけだが、その間もただで済まないのが赤西仁。ほかのメンバーが日本で不慣れなテレビ業界に揉まれている最中、サンタモニカのイタリアンレストランで“金髪美女と4対4の合コン”をしていた(『週刊女性』2006年12月19日号)などパーリーピーポーなニュースを欠かさず届けてくれた。赤西本人が語っていたところによると、彼が作曲をはじめたのは16~17歳のころだという。2004年にインタビュー取材でどんなCDを聞くのかと質問され、こう答えている。《基本的に聴く曲はオールジャンルですけど、今の季節だとクリスマスソングがいいですね。B`zの『いつかのメリークリスマス』、Kinki Kidsの『愛のかたまり』、ワム!の『ラストクリスマス』とかが好きです》(『オリコンスタイル』2004年12月20日号)しかし、留学から帰ってきたあとは過去を捨てたかのように、《Internationalな感じでいければなぁというのは、いつも思っていること。音楽も、基本、クラブ・ミュージックとか洋楽のほうが好きなんで》(『MORE』2008年7月)要するに、アメリカにかぶれてきたのである。それは人間誰しもに訪れる変化であり、成長だ。しかし、好き勝手に振る舞い、チームの輪を乱す厄介者と捉えたKAT-TUNのファンもいたに違いない。その後も山下智久、錦戸亮らと“赤西軍団”を形成し、夜遊びに繰り出していたという報道は数知れず(スマホバキバキ事件とか)、熱愛もスッパ抜かれまくり。素行不良の面から離れていったファンも多かっただろう。そしてついには2010年、グループを脱退してソロ活動へ。その理由についても「方向性の違い」と超ざっくりだ。無論、またファンは泣いた。このように、赤西は自らが起こしてきた“ジャニタレにあるまじき破天荒な行動”の数々によって、無意識のうちにファンを厳選してきたのではないだろうか。「ファン辞めます」「もうついていけない」そんな淘汰のあとに残った強きハートを持った精鋭たちが赤西を支えてきたのだろう。つまり、“仁に振り回されるのは慣れてるし”な人たちだけが残ったのではないか、ということだ。■《彼は永遠を信じ、かつ揺るぎない愛を信じている》当時、音源化されていなかったにも関わらずライブで披露され、大きな話題を呼んでいた『Eternal』がソロデビューの際にシングルカットされたのが2011年。友人の結婚式で歌うために作っていた(『anan』2010年1月20日号)こともあってか、歌詞は全て日本語で構成されている。当時の赤西は英詞の曲を量産していただけに、ひときわ人気を得ていた(実際、かなりいい曲である)。ファンを顧みない奔放な言動や私生活でファンを適者生存の環境に置いてきた彼の、そのカリスマ性の最たる象徴はやはりステージ上でのパフォーマンスだったのかもしれない。以下は2011年に行われたライブ『Yellow Gold Tour3011』のライブレポートだ。《最後の『Eternal』は、優しかったり激しかったり、彼の多彩な息づかいが感じられる曲である。過去から現在へ、そして未来へ。彼は永遠を信じ、かつ揺るぎない愛を信じている。自分を愛してくれる仲間とファンを信じている。彼の、そんなピュアな想いが、歌声から伝わってくるようだった》(『オリ・スタ』2011年1月31日号)なんと、この書き手も“仁の音楽=魂”の解釈をしているではないか。というか、大約すればあのコピペと言ってることは同じと思えるほど絶頂ぶりある(もちろんライターは女性)。ファンのみならず、彼の活動を伝えるエンタメ誌ライターも魂の継承者だけが残ったかたちか。“エターナル構文”も「どうなってもついていく」と腹をくくった赤西仁のファンだったからこそ生み出せたのだろう──。そのライブから1年後の2012年1月25日、赤西と黒木メイサの交際が発覚した。前年の11月にメイサにF1レーサー・小林可夢偉との“箱根温泉で密会”疑惑が流れたばかりだったこともあり、当時、世間は騒然。さらに追い打ちをかけたのは、直後の2月9日に「2月2日にデキ婚していた」ことが報じられたことだ。ジャニー喜多川氏もそのことを新聞で知ったことや、メイサがCM契約中にスポンサーを無視しての婚姻届を出していたことから、“突破婚”と題されるほどの混乱ぶりであった。聞いたことないよそんな表現。その結婚発表から日付が変わって間もなくの2月10日の0時22分、あの“エターナル”投稿がなされた。まさかの“突破婚”に驚いていないはずはない。状況をうまく消化できないながらも“こんな奴だけど好きなんだからしょうがない”から想いを書き込んだのだ。きっと、そのようにして名文は誕生したのである。ところで“エターナルさん”本人は今、赤西のツイートをみて何を思っているのか。気になっていろいろと検索してみたが「現在はキスマイ玉森担らしい」といった真偽のほどは定かではない書き込みを見つけた程度で、有力な情報は得られなかった。が、そもそも詮索すること自体が野暮だと気づいた。どうでもいいよな、いつか皆のDNAは混ざり合うし。それがファンと仁とのEternalだし。〈皿乃まる美・コラムニスト〉
2021年01月23日林家こん平さん「チャラーン!こん平でーす!」張りのある大声で、観客と掛け合う姿を覚えている人も多いハズ。『笑点』(日本テレビ系)に出演していた林家こん平さんが、昨年12月に他界した。77歳だった。二つ目のときから『笑点』以外のテレビ番組やラジオにも出演する人気者。底抜けに明るく元気なこん平さんだったが、その裏には苦労も。「弟子入りした初代・林家三平さんが54歳の若さで亡くなったのは、1980年のことでした。当時37歳だったこん平さんは、一門を取り仕切る総領弟子として三平さんのお弟子さんたちを引き受け、必死に林家一門を支えたのです。なじみの飲み屋さんに行けば、ほかのお客が帰るまで必ず最後まで居残って、一生懸命に楽しませる気遣いの人。豪快に見えるけど、実際は繊細なんです。一門を支えるプレッシャーはそうとうなものだったはず。大好きなお酒を飲みすぎて、お店に迷惑をかけてしまうこともあったようです」(落語関係者)長年にわたってお茶の間に笑いを届けてきたこん平さんは、2005年に難病の多発性硬化症であることを公表。2006年に『笑点』を降板し、病気と闘ってきた。「近年では家族やお弟子さんの懸命なサポートを受けて、細々とですが活動を続けていました。出演するイベントにお孫さんがいらっしゃることも。お孫さんと接するときは満面の笑みで“落語家になってほしい”と話すこともありました」(スポーツ紙記者)■“後継者”と目された孫は今病気を患うなか、孫の成長が心からの楽しみだった。過去の雑誌インタビューでは《孫は可愛い。一緒にいると、どんなときよりも楽しい》と話していたこん平さん。こんな思いも抱えていた。「こん平師匠には3人の娘さんと息子さんも1人いますが、落語家にはならなかった。だからこそ、孫のひとりが“落語家になりたい”と話したときは、そりゃあ師匠は大喜びで。孫のために芸名も用意していたぐらいなんです。地元・新潟のお米のPRもしていましたから、それに掛けて“林家新米”ってね」(前出・落語関係者)ただ、孫がデビューしたという話は聞こえてこない。今はせっせと稽古に励んでいるのかと思いきや……。「2016年の大学入学時に落語研究会に入り、2020年の卒業と同時に入門してデビューを目指す予定だったんです。ただ、その落研も半年間でやめてしまったそうで、今はバンド活動をしているんだとか。続けていれば、こん平の名前も継げたんだけど……。こん平師匠の孫ってことで周囲も厳しかったようだから、つらかったんだろうね」(同・前)ガッカリしたかもしれないけど、可愛い孫が選んだ道を天国からニッコリ笑顔で見守っているに違いない。
2021年01月06日赤西仁「ちょっと〇〇くんぽくやっていい?」錦戸亮がネックレスを上に掲げ、下からのぞき込むポーズをした。「あー、似てる。やりそう」それを見た赤西仁が笑顔で答える─。一見、たわいのないやりとりに見えるが、いま彼らの会話がファンの間で話題になっている。この会話は、11月26日に投稿された2人のユーチューブチャンネル『NO GOODTV』で繰り広げられたもの。「赤西さんと錦戸さんが特集されたファッション雑誌『ELLE Japon』1月号の宣伝も兼ねて、撮影中の様子を公開。撮影している錦戸さんに、カメラ越しに赤西さんが話しかけていましたね」(芸能プロ関係者)錦戸がモノマネをした“〇〇くん”には、ピーという音が入り編集されていたが、誰のことだったのだろう?「KAT-TUNの亀梨和也さんですよ。亀梨さんが雑誌の撮影でやりそうなポーズをまねしたんです。実際、錦戸さんがとったポーズは、亀梨さんがアイドル雑誌などでやるものとよく似ていたので、赤西さんも反応したのでしょう」(同・芸能プロ関係者)その後も、“亀梨トーク”は繰り広げられて─。「動画ではカットされていましたが、赤西さんが“こんなポーズもしてなかった?”と聞くなど、2人で楽しそうに亀梨さんのことをネタにしていたそうですよ」(同・芸能プロ関係者)赤西は2010年にKAT-TUNを脱退し、2014年にジャニーズ事務所を退所。亀梨とは別の道を歩んでいるが、かつて2人は絶大な人気を誇っていた。「デビュー前の2005年に2人が出演した日テレ系のドラマ『ごくせん2』は平均視聴率が28%超え。デビュー後も、グループ内で人気を二分していました。ファンの間でも、“仁亀コンビ”と称されていましたね」(テレビ局関係者)■1人の女性をめぐって不仲にそんなツートップには、たびたび不仲説も流れた。「1人の女性をめぐって仲が悪くなってしまったんです。ある雑誌の撮影で、カメラマンから2人で肩を組むよう注文されたところ、赤西さんが“なんでこいつと組まなきゃいけねーんだよ”と拒否。それに対して、亀梨さんが“お前、これも仕事だろ!”と怒って強引に肩を組んだそうです。険悪な2人に、現場は凍りついたといいます」(同・テレビ局関係者)しかし、冒頭の錦戸とのやりとりで笑顔を見せていた様子からは、険悪なムードは感じられない。「KAT-TUNはメンバーの脱退によって、存続の危機を迎えました。それでも、グループを守り、引っ張ってきた亀梨さんを見て心境が変化したのでは。KAT-TUNを脱退して10年近くたち、お互い大人になり、いつまでもいがみ合っているのもばからしくなったのでしょう」(前出・芸能プロ関係者)離れていても、2人の絆は“エターナル”!?
2020年12月10日錦戸亮と赤西仁の共同プロジェクト「N/A」のYouTubeチャンネル「NO GOOD TV」において、新企画「AlterNative English」がスタートした。外出自粛制限という中、自宅で少しでも楽しんでもらえるエンターテインメントは何かを考え、錦戸(日本)と赤西(アメリカ)が共に自身の自宅からTV電話にて収録するというテーマをかかげて4月9日にスタートした「NO GOOD TV」。約2カ月で総再生回数が2000万回を突破、チャンネル登録者数も60万人を超え、さまざまな企画が好評の中、新企画「AlterNative English- Vol.1」が7日、公開された。今回の企画は、“英学歴0年”独自の方法で英語を学びバイリンガルレベルのスキルを持ち、ハリウッド映画出演の実績がある赤西と、ネイティブの仲間による、彼らの経験から考案された英語カリキュラムが、効果的な手法として認められるかという実験。その第一号として、錦戸の英語スキルをどこまで上達させられるか、追っていく。まずは半年間という長い道のりの企画となるが、果たして錦戸の英語レベルは上達するのか!?
2020年06月07日大沢たかおが脳外科医・南方仁を演じるドラマ「JIN-仁-」が、「JIN-仁- レジェンド」として再編集し、特別編として3週連続で放送されることが決定した。2009年10月期、2011年4月期の日曜劇場枠で放送されたドラマ「JIN-仁-」。ある事件をきっかけに、幕末の江戸時代へタイムスリップしてしまった現代の脳外科医・南方仁(大沢さん)が、人々の命を救ったり、医術を通して坂本龍馬(内野聖陽)らとの交流を深めながら、公私にわたり支えとなる橘咲(綾瀬はるか)や吉原の花魁だった野風(中谷美紀)らと共に、自らも幕末の動乱に巻き込まれていく壮大なヒューマンストーリー。2009年放送の最終回は平均視聴率25.3%を、続く完結編の最終回の平均視聴率は26.1%を記録(※視聴率はビデオリサーチ調べ・関東地区)。ギャラクシー賞、橋田賞をはじめ、カンヌMIPCOM・バイヤーズ・アワード、ソウルドラマアワーズなど海外の賞まで獲得と、国内外で高い評価を得た。その全22話を今回再編集し、特別編として6日間にわたり放送。この放送に関して大沢さんからコメントも到着した。大沢たかおコメント南方 仁は、幕末の江戸にタイムスリップしてしまう医師です。彼はその現実を受け入れ、医療従事者として次々に襲う困難に懸命に立ち向かっていきます。同じ時代に生きる仲間達と支え合い、皆で試練を乗り越えていく姿を是非ご覧ください。“神は乗り越えられる試練しか与えない”ドラマ『JIN ー仁ー 』に関わったスタッフ、キャストを代表して。「JIN-仁- レジェンド」は4月18日(土)14時~TBSにて放送。(cinemacafe.net)
2020年04月13日錦戸亮と赤西仁の共同プロジェクト「N/A」が、YouTubeチャンネル「NO GOOD TV」をスタートさせた。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため不要不急の外出自粛が続いている中、ファンの人たちに自宅で少しでも楽しんでもらえるエンターテインメントは何かを考え、YouTubeチャンネルの開設を決定。2人とも自宅からテレビ電話にて収録し、番組を完成させた。普段は見ることのできない2人のプライベートが楽しめる内容となっている。今後、不定期に収録し随時アップしていくという。
2020年04月09日ギンザ シックス(GINZA SIX)の中央吹き抜け空間では、日本人アーティストの吉岡徳仁による新作インスタレーション《Prismatic Cloud》を、2020年2月27日(木)から10月下旬まで展示する。ギンザ シックスの中央吹き抜け空間では、これまでに草間彌生、ダニエル・ビュレン、塩田千春をはじめ、世界で活躍するアーティストの作品を展示してきた。今回新たに起用されるのは、アート・デザイン・建築の領域にわたって、自然をテーマとした壮大な作品を手掛けるアーティスト、吉岡徳仁だ。展示されるのは、かたちを持たない“光”を表現した《Prismatic Cloud》。2017年にアメリカ・ヒューストンで発表したものを、ギンザ シックスのためにアレンジした、日本初上陸の“光の彫刻”作品となる。巨大な雲をイメージした全長10メートルの《Prismatic Cloud》は、約10,000本のプリズムロッドを重ねることで制作。光を透過する無数の層構造のために、鑑賞する位置により見え方が変化し、“光の雲”が織りなす多様な表情を楽しむことができる。【詳細】ギンザ シックス 中央吹き抜け新作アート吉岡徳仁《Prismatic Cloud》展示期間:2020年2月27日(木)~10月下旬(予定)展示場所:ギンザ シックス 2F 中央吹き抜け住所:東京都中央区銀座6 丁目10-1※画像はいずれもイメージ
2020年01月31日城咲仁、期間限定でホストに復帰撮影/矢島泰輔神の再降臨が、東洋一の歓楽街に流れる風を変えた――。元カリスマホストでタレントの城咲仁(42)が、古巣である東京・新宿歌舞伎町の老舗ホストクラブ『愛本店』において、2019年12月の1か月間限定でホストに復帰。年の瀬でにぎわう歌舞伎町にさらなる彩りを添えた。■今の僕なんておっさんなのに店の前には、黒木瞳、吉田沙保里、錦野旦、杉本彩、カンニング竹山など、城咲のホスト復帰を祝う錚々たる芸能人の名前が連なり、行きかう人々の足を止めていた。城咲を目当てに訪れる客のおかげで、『愛本店』は連日いつも以上の賑わいを見せたという。また、忍成修吾や山咲トオルといった芸能人も訪れ、ますます華やかになったようだ。『愛本店』の前身である『クラブ愛』では5年連続でナンバーワンを維持し、年収が1億円を超えていたことから「夜の1億円プレイヤー」と呼ばれたことも。だが2005年に突如、引退しその後はタレントとして活動をしてきた。そんななか、城咲の原点ともいえる『愛本店』の現店舗が、建物の老朽化のため、2020年6月をもって取り壊されることが決定。移転先は未定という。今回の期間限定の復帰は、まだ現店舗が現存するうちに最後の花火を打ち上げようと、城咲がひと肌脱いだ、という形だ。1971年創業の『愛本店』といえば、ダンスホールと生演奏のバンドを所有し、その独特な煌びやかさで国内外からも注目を浴びてきた。アメリカのファッションブランド「マークジェイコブス」が貸し切りパーティを開催したり、映画やミュージシャンのPV撮影などの依頼が引きも切らないという。そんな原点の場所で1か月間復帰してみて、城咲は何を思ったのか。昨今、再びホストたちが話題になることが増えたが、そのあたりについてどう感じているのか。また、今後の『愛本店』には何を望み、どう関わっていくのか。城咲の後輩であり、『愛本店』代表の壱さん(37)同席のもと、今の思いを聞いてみた。――1か月間お疲れさまでした。来店したお客さまの反応は?城咲「会いたかった!うれしい~!」という方が大半でしたね。「これぞ本当のホスト。エンターテイナーとしてすごい」とか、「子どものころ、テレビで見ていて、いつか来てみたかった」とか言っていただきました。昔の指名客の方も2人ほど来てくれました。芸能界に入るとき、この世界には二度と戻って来ないと決心して、当時のお客さんたちの連絡先はすべて消去してしまっていたから、僕は待つことしかできなかったので。ネットのニュースを見て、わざわざ会いに来てくれたわけだから、本当にうれしかったですね。あと、同業(ホスト)のお客さんも多くて、地方から団体で来てくれました。「小中学校のときにテレビで見て、憧れてホストになったんです」という子が何人もいました。なかでも、子どものころから僕が好きで、源氏名を「白(しろ)咲(さき)仁(じん)」にしたという人気ホストの子が在籍している『TOPDANDY premiere』の社長さんと一緒に来てくれたんです。復帰のテーマが「ライバルは自分。テーマは『城咲仁 VS 城咲仁』」だったんですが、本当に「しろさきじん」がやって来たという(笑)。その白咲くんは本当に僕のファンだったそうで、手が震えていて思いっきり緊張していたんですよ。ちょっと感激しましたね。ただ、彼らにしてみたら今の僕なんて十分おっさんなのに、そのおっさんを見てカッコいい、憧れると言ってくれる。彼らが今よりもっといいホストになって、かついい男になるためにも、僕と会ったことを今後につなげてくれたらうれしいですね。14年も現場を離れていたから、今のホストクラブは以前とノリが全然違っていたらどうしようと不安もありましたが、僕の接客に誰もが本当に喜んでくれた。人が求めているものって根本的には変わらないんだな、と思いました。でも、調子をつかむのに2、3日はかかりました。■あの場にいられたことは人生の財産初日から最終日までで5回来てくれた方がいるんですが、「最初の方はなんだかかしこまっていて、あのカリスマホストの仁さんでも緊張するんだと思った」と言われました。でも彼女が言うには、その変化も楽しかったとか。おかげさまで、日にちを重ねるごとに勘を取り戻すことができて、これまで培った「『愛本店』のホストとしての城咲仁」らしさが出せていけたのかな、と思います。そうはいっても、あと何日かしたら自分の中で「あのとき、ああすればよかったかな」と反省点が出てきそうな気もします。答えはない仕事ですからね。壱さん仁さんが来てくれた1か月は、店の中はもちろん、店の外までいつもより華やかでしたね。オーラが店の外まで感じられるというか。ホストを引退してから14年もたつのに全くブランクを感じさせず、話術や人を引き付ける力はさすがだと思いました。――14年ぶりにホストをしてみて、当時と決定的に違うなと思ったことは?城咲いろんな意味でカジュアルになったな、と思いました。僕がいたころの『クラブ愛(※愛本店の旧名)』は、午後7時から0時の1部、0時から朝までの2部と、2つに分かれていたんですが、雰囲気が違いましたからね(※風営法改正されたため現在、歌舞伎町では0時以降の営業できない)。現在はその1部の時間帯の営業しかしていないから、ということもあるかもしれません。午後7時くらいからだと、まだお酒が入っていない状態でいらっしゃるお客さまも多いので、堅苦しくなく、すぐに打ち解けられるような雰囲気が好まれる。カジュアルな、いわゆる親しい友達的なホストのほうが喜ばれるのかな、と思いました。それが最近のホストの傾向なのかもしれないですね。僕に会いに来てくれたホストの子たちもそうだったけど、『愛本店』以外の場合、一目で見て「ホスト」とわかる感じの子はまずいないですね。僕が働いていたのは0時から朝までの2部だったので、お店を終えてからやって来る夜の仕事の方や、『愛』が2軒目、3軒目の方なども多かったので、緊張感や盛り上がりがすごかったですね。当時はホストも100人くらい在籍していました。しかし、その独特の緊張感や盛り上がりで磨かれたと思うし、あの場にいられたことは本当に人生の財産です。とにかく「ホストとして存在すること」にこだわることを学びました。服装から所作、姿勢、お酒の出し方まで厳しく言ってくれるお客さんも結構いて、「24時間、最高の男として振る舞わないといいホストになれないよ」と、毎回きついダメ出しをしてくるんですけど、チップをはずんでくれたりして、そのあたりがとてもスマートなんですね。こちらも、次はほめられるようにと頑張ったものでした。また、いつもビシッとしていて、しぐさや会話で女性をメロメロにさせる危険な魅力のある先輩たちが何人もいました。そんな先輩のしぐさや立ち振る舞いを盗み見て、どうしたらあんなに男の色気を出せるんだろう、「悪い男だな~」がほめ言葉になる男になれるんだろうと、時間があれば分析をしていました。とはいえ彼らと僕は違うから、僕ができること、僕ができないこと、こうしたら喜ばれた……ということを書き出して考えたりして、常に売れっ子でいられるようにいろんな努力をしていましたね。■「『愛本店』をなめるな」ヘルプのころから、フリーのお客(指名のホストがいない客)を見つけると、違うテーブルにいながら不快に思われずにアピールする方法を考えていました。ナンバーワンになってからも、自分のまうしろ以外、いつも300度くらいを視野に入れているつもりでしたね。指名のお客さまと一緒にいるときも、すぐ近くを通ろうとするフリーのお客さんにもアピールしたりとか。いろいろ“技”を考えたんですよ。壱さん僕も2部にいて、仁さんとは2年ほど一緒にお仕事させていただいたんですが、仁さんが店内に入るだけで空気が変わるんです。店内でも歌舞伎町でも、仁さんが通ると男性も女性も振り返っていたほど。お客さんたちにとって仁さんは「恋人に会いに来る」というより、仁さんのふるまいや勢いを楽しみに来る感じなんです。その場の空気が一気に華やかになる。ふと手をあげたときの指先までもがかっこいいんですよ。なのに、テーブルのお客さんはもちろん、テーブルにいながら、来店したばかりのお客さんに対しても気配りができた。憧れましたね。城咲そのころから時代は変わったけれども、今回、復帰してみて『愛本店』のブランド力は変わっていないなと思いました。ここにお客として来るのも、ホストとして勤めるのも、かなり敷居が高い。あと、この独特の内装もどこよりも特別感がある。久々に戻ってきて気づいたことがあるんですが、この店って実は普通のホストクラブよりかなり店内が明るいんですね。だから、ホストとしてごまかしがきかないんですよ。所作や表情、身だしなみなどがお客さまにはっきりわかってしまう。僕は『愛』にしか在籍したことがないから、ほかのホストクラブにはお客としてしか行ったことはないんですが、どこのお店に行っても「うわ、暗い」と思いましたね。あと、ホストの子たちがあまりしゃべることができない。お客が僕ということがあるからかもしれないですが(笑)。もうね、「『愛本店』をなめるな」ですよ。お客さんもホストも、『愛本店』を選ぶだけですごいんです。このすごさを維持してほしいし、自覚をしてほしいですよ。その点では、この唯一無二の場所を作った愛田武社長こそがすごかったのかもしれないですね。■AIより『愛本店』ですよ――故・愛田武さんといえば、『クラブ愛』を創業し、のちに歌舞伎町に日本初のホストクラブ・グループ『愛田観光グループ』を作り上げた人物(最後の肩書は会長)。城咲さんを発掘するなど経営者として辣腕をふるっていたものの、脳梗塞に倒れ、長らく闘病生活を送り、’18年10月に逝去されました。城咲愛田社長はおしゃべりな印象がありましたが、実際はそこまでおしゃべりではないというか、スタッフひとりひとりに細かいことを言う人ではなかったんですね。全体ミーティングのときに「売り上げがあげられない人はやめたほうがいい」と、ビシッと言ったりはしましたが、自分の売りは自分で気づけというタイプでした。あと、ホストは夢を見させたり人を癒す商売であり、ホストクラブは非日常の場所、夜のテーマパークだという信念は徹底していましたね。実はこの店の料金設定って、ほかのホストクラブと比べて決して高くはないんです。今回僕は、もっと高くしてもいいと思いました。有名テーマパークの入場料がそれなりにするように、この値段だから愛本店は楽しいんだ、すごいところなんだ、という認識にしてもいいのではないかな、と。ホストが売り上げあげるのって、ある意味簡単なんですよ。いろんな手段で見境なく営業したり、色恋営業をして高いボトルをボンボン入れてもらえばいいんだから。でもそれって、エンターテイナーとして人を楽しませるのとはちょっと違いますよね。そして結果的に長く続かないし、トラブルも起きやすい。ホストの価値は売り上げじゃないと思うんです。人を楽しませたり、悩んでいる人の気持ちを楽にしてあげたり、その楽しい時間を胸に明日から頑張ろうと思わせるのがホストの仕事なんだと思う。ひとりひとりの心に寄り添うって、AIでは決してできない分野です。AIより『愛本店』ですよ(笑)。あと、ホストには年齢は関係ない。でも、人生の経験値というか、深みがモノを言う仕事だと思う。お客さまを楽しませるために、どれだけ人の気持ちに寄り添い、考えることができるか。その点は、今の『愛本店』のスタッフもすごく頑張っていると思います。スタッフをまとめている壱の力もあると思う。これからも愛田社長が作りあげた『愛本店』らしさは貫いてほしい。ただ、壱に言いたいのは、全員に改めて所作の研修をしたほうがいいかもね。お酒の注ぎ方とかグラスの持ち方、アイスペールの運び方、ダンスホールでのお客さまの送りの待ち方とか。結構、気になったよ。壱さんそうですか、すみません。仁さんてあれだけ真剣に接客をしているのに、本当にいろんなところ、隅々までを見ているんですよね。さすがです。この前、全体のミーティングに出ていただいたときも、かなりピリッとして、いい刺激になってありがたかったです。僕は上京してからずっと『愛本店』に勤めているんですが、変化というか、世の中のニーズにあわせてある程度進化はしていったほうがいいと思っています。例えば、ホストにしても、以前はほぼ全員が毎日スーツとネクタイ着用でしたが、最近は金曜から日曜は、ジャケットは着るもののカジュアルな服装でもOKになっています。海外のお客さまも見えるようになりましたし、『愛本店』の店舗に魅力を感じてやってきてくれる方々もいる。6月以降の移転先でも、基本、内装は今のような感じでお願いするんですが、常にプラスアルファの方向性は考えていきたいと思っています。今後もぜひ、仁さんのお力は借りたいですね(笑)。――移転後も、第2弾の復帰は?城咲ないですないです(笑)!でも、壱に言われるなら、いろんな形でサポートをしていきたいとは思っています。“神ホスト”の“神対応”を待ちたいもの!
2020年01月04日秋篠宮さま、悠仁さま「秋篠宮家の長男・悠仁さまが通われている学校の机に刃物が置かれていた事件で、長谷川薫容疑者の初公判が東京地裁で’20年1月9日に行われることが決まりました」(全国紙社会部記者)4月26日に東京都文京区にある『お茶の水女子大学附属中学校』に侵入した疑いで、同月の29日に逮捕された長谷川容疑者。「果物ナイフ2本をアルミ製の棒の先にくくりつけて、槍(やり)を模したような刃物を悠仁さまの机に置いて立ち去りました。その刃はピンク色に塗られており、不気味なメッセージをにおわせていたのです」(同・全国紙社会部記者)7月末に東京地検で起訴された容疑者は取り調べに対して「(悠仁さまを)刺そうと思った」と供述したことに加え、「天皇制や、皇位継承のあり方に不満があった」という。■学校側の警備体制はどう変わったのか詳しい動機は初公判で明らかになるだろうが、気になるのは学校側の警備体制だ。「容疑者は黄色いヘルメットに作業着姿で水道工事業者を装って侵入しましたが、誰にも気づかれることなく、悠仁さまの教室まで行き着くことができたのは非常に問題だと思います」(宮内庁関係者)将来的に、天皇に即位される悠仁さまの警備にぬかりがあってはならない。『お茶の水女子大学』の広報担当者に、事件以降の警備対応について問い合わせると、次のような回答が。「警備対応については、警察からの指導を受けて、身分証確認の徹底や、警備員の増員などを行ってきました。具体的な警備内容については、大学の警備上のことですので回答を差し控えさせていただきます」確かに事件直後には警備員の数が増えたというが……。「事件のあった直後は警察の人数や巡回の回数が増えていましたが、最近はもとの体制に戻っているように感じます」(保護者のひとり)■“あくまで宮家”という意識がお強いこの状況について「秋篠宮さまの意向も反映されているのでは」と話すのは、ある皇嗣(こうし)職関係者。「秋篠宮さまは事件当初“このままではまずい”と、今までの警備体制を見直さざるをえないとお考えになりました。その一環としてなのか、悠仁さまが移動する際の警備車両を1台増やすことも検討されたそうなのですが、結局実現しなかったのです。というのも、来年4月に皇嗣となったことを国内外に宣明される『立皇嗣(りっこうし)の礼』までは“あくまで宮家”という意識がお強いのです。その証拠に、皇太子時代の天皇陛下は政府専用機を使われていましたが、殿下は今でも民間機で一般人と同乗して移動されています。とはいえ、皇太子と同格の『皇嗣』というお立場ですし、秋篠宮家は皇位継承者が2人もいらっしゃるので、体制を見直すべきだと思うのですが……」今後、悠仁さまの警備が強化されることはあるのだろうか─。
2019年12月29日