モーニング娘。の元メンバーでタレントの藤本美貴が8日に自身のアメブロを更新。中学生になった長男と夫でお笑いコンビ・品川庄司の庄司智春との3ショットを公開した。この日、藤本は「後輩ママ」と題したブログで、お笑いタレント・横澤夏子と子育てについて話した自身のYouTubeチャンネル『ハロー!ミキティ / 藤本美貴』の動画を紹介。「ぜひ、ご覧ください」と呼びかけた。続けて更新したブログでは、桜をバックにした長男と庄司との3ショットを公開し、長男が中学生になったことを報告。「あっという間にお兄さん」とコメントし、逞しくなっている長男へ「愛してるよ」とつづり、ブログを締めくくった。この投稿に読者からは「入学おめでとうございます」「見守ってあげてください」「これからが楽しみですね」などのコメントが寄せられている。
2024年04月08日元HKT48の田島芽瑠(たしま・める、24)が3月30日、自身のインスタグラムを更新。「ちょっと寒かったけど今年初ビーチ」とつづり、美バストまぶしい水着姿を披露した。ハッシュタグで「#ハワイ旅行」に出かけたことを明かし、美ボディ際立つ動画をアップ。波打ち際を走ったり、ダブルピースを決めたりと、無邪気に楽しむ姿とともに「実は私の初泳ぎデビュー?海デビュー?はハワイだったらしいです 私は記憶にないけど、、。それ以来のハワイの海!」と紹介した。プライベート感あふれる動画に、ファンからは「めっちゃ楽しそう」「素敵」「もっと見たいぞ」「可愛すぎる」「大人っぽい」「芽瑠ちゃんセクシー」「めるちゃん写真集出さなきゃ」など、さまざまなコメントが寄せられている。
2024年04月01日タレント・野々村真(59)と野々村俊恵(60)夫妻の長女・香音(22)が1日、自身のインスタグラムを更新。香音は「この度、私、香音は、2024年3月31日をもちまして13年お世話になったスターダストプロモーションを退社し、ホリプロに所属させて頂くことになりました」と伝え「ここまで自分の道を共に歩んでくださったスターダストの社員の皆様、たくさんのことを学ばせて頂いた数々の先輩方には心から感謝しております」とつづった。続けて「これからも女優として、芝居を追求し、モデルとして、自分の創り出す世界観を伝えられるよう、より一層精進してまいります」と決意を新たにし「これからも応援よろしくお願いします!」と呼びかけている。
2024年04月01日女優の永野芽郁が26日、都内で行われた「モスバーガー新CM発表会」に出席した。3月27日より新商品「新とびきりベーコン&チーズ~北海道チーズ~」を発売するモスバーガーは、2年連続でブランドキャラクターに永野芽郁を起用。永野が出演した新CM「新とびきりベーコン&チーズ登場」編は新商品の発売に合わせて放映をスタートさせ、新商品「新とびきりベーコン&チーズ~北海道チーズ~」の魅力を伝えている。永野は、2年連続でブランドイメージのキャラクターに選ばれて「2年がすごいあっという間に感じるんですが、引き続きモスバーガーのブランドキャラクターとしてモスバーガーの魅力を伝えることは光栄に思っています」と満面の笑み。新CMについては「最初に出てきたところからバーガーを持ち上げるまでワンカットで撮影しています。遠近法の技術と使って撮ったので、今までにないCMになっているんじゃないかなって思います。普通だとピントが合わなくなるみたいなんですが、特殊なカメラを使って撮影しました」と今回のCMでは後ろから現れた永野が商品に向かって近づくなど、遠近法の手法を使って撮影された。撮影で意識したことは「とにかく私自身が明るくバーガーを食べたいという思いで撮影したんですが、見ていただく皆さんが『あっ! 何これ? 美味しそう! 食べたい!』と思ってもらえるように全力で食べたいという気持ちで撮影しました」と明かすなど、プロ意識を持って撮影に臨んだという。新生活がスタートする4月までもうすぐということで、この日はモスバーガーの新社員も登場して会社でチャレンジしたいことを発表する「"新"とびきりチャレンジ発表」のコーナーを実施。「モスの良さを世界中に広げる!」「モス体験で世界を幸せにする」といった大きな目標が宣言された中、永野も発表することになり、「ちょっと待ってくださいね。この流れでちょっと違ったかな? しかも『発表します!』みたいな雰囲気を出してくれてますけど……」と戸惑いながらも発表。彼女の目標は「お花見です。笑い声聞こえたけど大丈夫?」と自嘲気味も、「毎年お花見のシーズンはお仕事でバタバタしていることが多くて、気づいたら桜が散っていて季節が変わっていることが多いんです。移動中の車内でしか見ることができなかったので、ちゃんと季節を感じるという意味でもお花見をしながら食事をする時間を今年は作りたいという願いです」とその理由を説明した。続けて、「新入社員の皆さんが大きなチャレンジばかりで私がお花見。ブランドキャラクターとしてどうなのかなと。世界と言っている人がいるのにお花見ですよ(笑)」とあまりの落差に苦笑いも「夢は叶えたいと思います! 皆さんの熱意を見習って頑張りたいと思います!」と意欲を見せていた。
2024年03月26日さまざまな料理に便利に使えるジャガイモ。調理する時は芽を取り除く必要があるものの、一体なぜなのか理由が分からないという人も多いのではないでしょうか。取り除くべき理由や、芽の成長を抑える保存方法を、醤油でおなじみのキッコーマン株式会社の公式サイト『ホームクッキング通信』より紹介します。ジャガイモの芽を取り除くべき理由とはジャガイモの芽を食べてはいけない理由は、ソラニンと呼ばれる毒素が含まれているからです。除去しないまま食べてしまうと、食中毒を引き起こす可能性も。芽を取り除けば問題ないので、下ごしらえはていねいにするようにしましょう。ジャガイモの毒素でもう1点気を付けなければならないのが、皮についてです。皮が緑色になっているジャガイモも要注意。芽と同様に毒素が含まれているので、皮は厚めにむいて、緑色の部分を必ず取り除いてください。ホームクッキング通信(キッコーマン)ーより引用芽は取り除いていても、緑色の皮については意識していなかったという人も多いのではないでしょうか。皮をむいても緑色になっている場合は、その部分までしっかりと除去して食べてください。ジャガイモの芽の成長を抑える保存方法購入してきたジャガイモを自宅で保管中、「芽がたくさん生えてしまって処理が面倒…」と感じた経験はありませんか。実はこの問題、ジャガイモの保存方法に気を配ることで抑制できます。キッコーマン公式サイトで紹介されている方法を取り入れてみてください。ジャガイモの保存に適しているのは、暗くて涼しい場所。常温でもいいですが、20℃くらいで発芽しやすくなるため、冷蔵したほうが安心です。保存の際は、サッと洗って水分を取り除き、乾いたキッチンペーパーに包んでからジッパー付き保存袋へ入れて野菜室へ。ホームクッキング通信(キッコーマン)ーより引用ジャガイモの芽の発芽条件は、ずばり温度。スーパーでは常温で販売されていますが、自宅では冷蔵保存がおすすめです。キッコーマンによると、リンゴから発生するエチレンガスにも発芽を抑制する効果が期待できるとのこと。一緒に保存することで効果が得られるので、こちらも実践してみてください。ジャガイモの芽を取り除かなければならない理由は毒素です。身近な食材で食中毒にならないためにも、ていねいに取り除いてください。冷蔵庫で保存すれば成長を抑えられ、調理前の下準備も楽になるでしょう。ぜひ意識してみてくださいね。[文・構成/grape編集部]
2024年03月14日岸谷香デビュー40周年の記念イヤーの始まりを告げる『岸谷香 感謝祭2024』が2024年2月23日、東京のEX THEATER ROPPONGIで開催された。この『感謝祭』は2020年から毎年2月に開催されている岸谷主催のイベントで、毎回豪華なゲストを招き、その夜にしかないスペシャルなコラボレーションを行うところに特色がある。5回目の開催となる今回は、岸谷の同級生でもあるトータス松本(ウルフルズ)と永井真理子という豪華なゲストを迎えての開催となった。『感謝祭』の趣旨は大きくふたつある。ひとつ目は観に来た人へ感謝の気持ちを音楽にして届けること、ふたつ目は参加するゲストに楽しんでもらうこと。つまり観る側も演奏する側も大いに楽しむことが最大の目標なのだ。この日、目標をはるかに越えて、楽しすぎる夜となった。『ポップンルージュ』(1989年から放送されていたラジオ番組)のジングル(番組の始まりで流れる短い音源)が流れて、ポニーテール姿で岸谷が登場すると、大きな拍手が起こった。2024年から一気に1989年にタイムトラベルしたかのような粋な演出だ。「まさか57になって、『ポップンルージュ』をできるとは思わなかったな。ラジオの前のみなさん、最後まで楽しんでいってね。本日のゲストは月曜日担当の永井真理子ちゃんです!」と岸谷の紹介で永井が登場すると、歓声が起こった。実は1989年当時の『ポップンルージュ』の月曜担当が永井、水曜担当が岸谷で、同じ帯番組のパーソナリティー同士という接点があったのだ。ラジオ番組という設定のもと、永井が1989年のヒット曲「ミラクルガール」を歌い始めると、さらに1989年ムードが色濃くなった。永井の伸びやかな歌声に、岸谷がキーボードを弾きながらハモっている。演奏はUnlock the girlsのメンバーで、下手側からYuko(Gt/Cho)、Yuumi(Ds/Cho)、HALNA(Ba/Cho)、そしてセンターには岸谷(Vo/Gt/Key/Cho)。懐かしさがありつつも、今の瞬間のキラキラとした輝きもある。観客がシンガロングする場面もあった。歌もコーラスも演奏も、そしてこんな空間が存在していること自体もミラクルと言いたくなる。ステージ上にはラジオのブース風のスペースがあり、テーブルを挟んでふたり向き合ってのトークコーナーもあった。「懐かしいなあ。超うれしいんだけど」と永井。「まさかこんな年になって、同じステージで歌える日がくるなんてね。真理ちゃん、あのころと全然変わってないよ」と岸谷が言うと、「香ちゃんこそ。ポニーテール、かわいい!」と永井。客席からも「かわいい!」の声。ふたりの息の合った会話が楽しい。当時のラジオリスナーにとっては、たまらない演出だろう。いや、当時を知らない人にも、この楽しい空気は届いたに違いない。永井のエネルギッシュな歌声とロックテイストあふれる演奏が会場内を揺らした「ハートをWASH!」では、永井のかけ声に合わせて、会場内が一斉にジャンプする場面もあった。「23歳のころをがむしゃらに生きた自分たちを振り返って、愛おしさも込めて、アレンジしました。真理ちゃんへのプレゼントです」との岸谷の言葉に続いて、永井の「23才」が披露された。23歳の頃の自分たちへのエールを送るような、温かさといとしさが詰まった歌と演奏だ。当時の思いと現在の思いとがミックスされた深みのある世界を堪能した。23歳以上の人の中には、もれなく今も23歳だったころの自分は存在しているだろう。演奏メンバーの3人は30代。多面的な「23才」の歌の世界が出現した。「ZUTTO」は永井の歌と岸谷のピアノとコーラスだけでの披露。ひとつひとつの歌詞を丁寧に紡ぐような、永井の丹念な歌声と、岸谷のたおやかなピアノが印象的だ。「ZUTTO」と「ミラクルガール」の作詞は亜伊林。2023年11月に逝去した作詞家の三浦徳子の別名義である。さまざまな思いが交錯するような歌声が深い余韻をもたらした。「感無量です。涙が出ちゃいそう」と永井。永井のゲストコーナーの最後は、「真理ちゃんにぴったりなナンバーを選んでみました」とのことで、プリンセス プリンセスの「だからハニー」が披露された。永井が歌い、Unlock the girlsのコーラスが加わると、会場内がドリーミーな空気に包まれた。1コーラス目のリードボーカルは永井、2コーラス目は岸谷で、かけあいコーラスもあり。永井と岸谷が並んでいる構図のなんと絵になることか。このふたりを観ているだけで、こちらの体の中にもエネルギーがあふれてきそうだ。夢のような共演だが、夢ではなく現実。「呼んでくれて、ありがとう」と永井。「こんなふうに出会えた奇跡に感謝だね」と岸谷。『ポップンルージュ』の「明日に乗り遅れないでね」という定番のフレーズをふたり一緒に発して、永井のゲストコーナーを締めくくった。続いてはUnlock the girlsのコーナーだ。岸谷はポニーテールから一転して、ミディアムヘアで登場。まずは、2023年のツアーでも披露している新境地を開拓した新曲「Beautiful」を演奏した。エレクトロ・テイストのあるダンスミュージックを、高揚感と浮遊感の漂うバンドサウンドとビビッドなコーラスワークで鮮やかに表現。Yuumiの自在なドラムに体が揺れる。岸谷がハンドマイクを持ち、ステップを踏みながら歌う姿が新鮮だ。セスナのエンジン音を連想させるHALNAの骨太なベースで始まったのは、プリンセス プリンセスの「世界でいちばん熱い夏」。この日は肌寒い天気だったが、冬から夏へ一気にワープするようなホットな演奏だ。「感謝祭、今年で5回目です。毎年毎年、なんでこんなに次から次へと楽しいことが出てくるんだろう、音楽って楽しいことがいっぱいあるんだなと、毎回思い知らされています」と岸谷。「また恋ができる」では、開放感と広がりのある歌声と演奏の中でたゆたっているのが気持ち良かった。この曲はラブソングであると同時に、音楽への愛の歌とも解釈できそうだ。岸谷とYukoのチャーミングなかけあいが楽しかったのは「Wrong Vacation」。メンバーそれぞれのソロプレイもあり、バンドの楽しさも伝わってきた。スケールの大きさと深遠さとを兼ね備えた歌と演奏が圧巻だったのは「Signs」だ。岸谷とYukoのエモーショナルなギター、YuumiとHALNAの伸びやかなコーラスも印象的だった。個々の声の特性を活かした自在な組み合わせのコーラスワークもUnlock the girlsの魅力のひとつだろう。Yuumiの力強いドラムとともに2人目のゲストであるトータス松本が登場すると、キャーという歓声。「エブリバディ・セイ・イエイ!」とトータスが叫び、客席とのコール&レスポンスが起こった。そのまま挨拶替わりに「ガッツだぜ!!」へ突入。トータスのパワフルな歌声に女性コーラスが加わる構図が新鮮だ。「紅一点」ならぬ「黒一点」。エネルギッシュなボーカルに応えるように、バンドの演奏もガッツにあふれている。<男も女も盛り上がってgo!>というフレーズが、この日のこの場面にぴったりだ。赤紫色のスーツ姿のトータスは、野に咲く花々を照らす朝陽のようでもあった。「呼んでくさってありがとうございます」とトータス。「同い年だけど、プリプリとウルフルズ、一緒になったことないんですよね」と岸谷。「ないですよ。だって(プリプリは)大先輩ですから」とトータス。ふたりがイベントで一緒になり、岸谷が『感謝祭』への出演を依頼し、トータスが快諾した経緯がある。Yuko、Yuumi、HALNAにとっては、多感な時期に出会ったのがウルフルズの音楽だった。演奏したい曲を挙げていったら、10曲(メドレーは8曲)になってしまい、どの曲も外せないとのことで、岸谷がアレンジして完成させたのが、このスペシャルメドレーだ。「ウルフルズメドレー、本邦初公開、前代未聞!」というトータスの紹介に続いて、メドレー1曲目の「笑えれば」が始まった。トータスのアコースティックギターの弾き語りに、Unlock the girlsのコーラスが加わる意外性のある構成だ。トータスの明朗な歌声と流麗なコーラスの組み合わせがいい。後半はバンドサウンド全開。観客全員をもれなく笑顔にする「笑えれば」だ。メドレーの曲名を挙げていくと、「笑えれば」~「かわいいひと」~「それが答えだ!」~「いい女」~「大阪ストラット」~「バカサバイバー」~「サムライソウル」~「ええねん」という8曲、16分あまり。次から次へと繰り出される名曲の数々に身を任せているのは、至福のひとときだった。いい歌、いい演奏、いい男、いい女たち。音楽的なアイディアも豊富で、工夫を凝らしたアレンジも見事だった。ぬくもりのある歌と演奏が染みてきた「かわいいひと」、爽快感あふれる「それが答えだ」、岸谷の歌声で始まり、トータスのハープが入る「いい女」、岸谷のクラビネット風キーボードと合いの手のようなキュートなコーラスが入り、途中で“六本木ストラット”へワープする「大阪ストラット」、フリ付きでの演奏となった「バカサバイバー」などなど。原曲の持ち味を生かしながらも、Unlock the girls風味も加えつつ。ゴスペル色のある岸谷のピアノとトータスの凜としたな歌声で始まったのは「サムライソウル」。ここではトータス、岸谷、Yukoのトリプルギターも実現。会場も一体となって歌ったのは「ええねん」だ。かつてトータスへの取材時に、「“ええねん”のもとになったのは“エーメン(アーメン)”という言葉の響き」と語っていたことがある。祈りと許容と肯定の思いの詰まったヒューマンな歌声は、時空を越えて今の時代にも真っ直ぐに届いてきた。ウルフルズの楽曲の素晴らしさを再認識するとともに、ウルフルズの音楽への愛とリスペクトにあふれるUnlock the girlsの演奏とコーラスにも胸が熱くなった。笑顔と涙を同時にもたらすステージだ。「こんな壮大なメドレーを作ってくれて、ありがとう」とトータス。トータスのコーナーの最後は「バンザイ~好きでよかった」。トータスと岸谷の歌声のハモリでの始まり。曲に込められた愛に、さらにこれでもかと愛を詰め込んでいくような歌と演奏だ。ウルフルズの音楽の根底には、愛とガッツが流れている。“人が人を思うことのかけがえのなさ”を描いた歌がたくさんある。そうしたウルフルズの音楽の根幹にある要素を、Unlock the girlsが見事に消化して表現していた。ルーツの音楽のジャンルは違うが、それぞれの音楽の核にある感情や衝動は、重なるところが大いにあるのだろう。本編最後のコーナーは再びUnlock the girls。ワイルドなシャウトで始まったのはファイティングスピリッツあふれる「WAR」だ。岸谷とYukoのユニゾンのギターもあり。YuumiとHALNAの生み出すグルーヴもダイナミックでエネルギッシュだ。戦火がモチーフになっていると思われる「And The Life Goes On」では、聴き手の意識を覚醒させるよう印象的なリフを織り交ぜながら、硬質なバンドサウンドを展開。終わりなき青春賛歌と表現したくなったのは「STAY BLUE」だ。最新のロックなUnlock the girlsの姿が見えてくる演奏の連続。岸谷の切れ味の鋭いテレキャスター、Yukoのニュアンス豊かなレスポールスペシャルというタイプの異なるツインギターを軸としたバンドサウンドも、Unlock the girlsの魅力のひとつだ。本編ラストはTRICERATOPSの和田唱との共作曲「ミラーボール」。ミラーボール型LEDの放つ七色の光が輝き、観客のハンドクラップも加わり、会場内にハッピーな空気が充満していく。演奏が終わった瞬間、客席から盛大な拍手とともに「最高!」との声がかかった。アンコールで、岸谷がシニヨンの髪型で登場して、Unlock the girlsのメンバーを紹介。さらにトータス、永井というゲスト陣も再登場して、プリンセス プリンセスの「Diamonds<ダイアモンド>」を全員でにぎやかに披露した。トータス、永井、岸谷が順番にリードボーカルを取ったのだが、トータスのパートでは、<悪いことしてへんで><ダイアモンドやね><オレを動かしている そんな気持ち>など、関西弁・男子バージョンになっていた。永井バージョンはキュート&カラフル。会場内が「フーッ」と一緒に歌っている。岸谷と永井がハモると、ワクワク感が倍増していく。同級生トリオとUnlock the girlsの放つ音楽という光が、会場内をキラキラ照らしていた。「世の中、いろいろなことがある中、コンサートができて、一緒に歌える世の中が戻ってきたことに感謝しながら、そして、私たちの音楽が何かの力になって届けばいいなと思いながら、ステージに立っていました」との岸谷の言葉もあった。アンコールの最後を締めたのは、Unlock the girlsによるプリンセス プリンセスの「HIGHWAY STAR」。この曲の<時を越えて旅は続いてく>というフレーズは、次のツアーの予告にも当てはまりそうだ。バンドは日々進化し続けている。それぞれの個性がさらに際立ち、より深いところで化学変化が起こっていると感じた。6月からUnlock the girlsでバンドツアーを行うことも発表された。40周年記念ツアーということで、プリンセス プリンセスのアルバムを1枚丸ごと演奏する企画もあるとのこと。観客が口々にアルバム名を叫んでリクエストする場面もあった。この企画は懐かしさとともに新鮮さをもたらすことになるだろう。どのアルバムが演奏されるかはツアー当日のお楽しみだ。『感謝祭』は、岸谷が聴き手への感謝を表す趣旨のイベントだが、「こちらこそ、おおきに」と感謝したくなるような、貴重な瞬間の連続だった。関西弁になったのは、もちろんトータスの影響である。ミラクルとガッツとキラキラが満載のスペシャルな感謝祭。令和の時代に昭和の空気をもたらし、冬に夏を到来させ、大阪から六本木へワープする。音楽とは時間も季節も空間も越えて届くものであることを実感した夜でもあった。時を越えて音楽の旅は続いていく。Text:長谷川誠Photo:MASAHITO KAWAI<公演情報>『岸谷香 感謝祭2024』2月23日 EX THEATER ROPPONGIセットリスト■w/永井真理子01.ミラクル・ガール02.ハートをWASH!03.23才04.ZUTTO05.だからハニー■Unlock the girls06.Beautiful07.世界でいちばん熱い夏08.また恋ができる09.Wrong Vacation10.Signs■w/トータス松本11.ガッツだぜ!!12.メドレー「笑えれば」~「かわいいひと」~「それが答えだ!」~「いい女」~「大阪ストラット」~「バカサバイバー」~「サムライソウル」~「ええねん」13.バンザイ ~好きでよかった~■Unlock the girls14.WAR15.And The Life Goes On16.STAY BLUE17.ミラーボール■ENCOREw/永井真理子、トータス松本18.Diamonds<ダイアモンド>■Unlock the girls19.HIGHWAY STAR<ツアー情報>岸谷香40th Anniversary LIVE TOUR 20246月14日(金) 神奈川・CLUB CITTA’6月16日(日) 宮城・仙台Rensa6月29日(土) 福岡・福岡トヨタホールスカラエスパシオ6月30日(日) 広島・CLUB QUATTRO7月13日(土) 北海道・札幌ペニーレーン247月20日(土) 大阪・心斎橋BIGCAT7月21日(日) 愛知・名古屋DIAMOND HALL7月27日(土) 東京・Zepp DiverCity(TOKYO)■ぴあアプリ先行受付:3月3日(日)23:59まで■岸谷香公式サイト:
2024年03月01日岸谷香が、「元気に楽しく音楽をやれていることに感謝し、お客様に喜んでいただけるように毎回ゲストを迎えて特別なセッションをする」恒例のコラボイベント『岸谷香感謝祭2024』を2月23日に東京・六本木のEX THEATERにて開催した。今回のゲストは、永井真理子とトータス松本(ウルフルズ)。永井真理子とは、曜日違いでお互いパーソナリティーをしていたTBSラジオ『ポップン・ルージュ』をオマージュし、ラジオ番組調にライブを展開。簡易スタジオブースも作り、当時の番組表などを紹介したり、トークでは架空のハガキも読む、徹底ぶり。「曲紹介し、そのまますぐにステージで演奏」というトーク&ライブ形式で展開。当時リスナーでもあった観客も多く、フロアを大いに盛り上げた。「昨年出会ったイベント現場で今回の参加を口説いた」と嬉しそうに岸谷が説明したトータス松本とのステージ。ゲスト決定後、自身のバンドUnlock the girlsメンバーとのミーティングで「あの曲はやりたい!」と意見が飛び交い収拾がつかず、結果、8曲を入れ込んだ大メドレーをリハーサルで固めデモ音源とし、ダメもとで共演スタイルを打診。トータスは「スタッフから話だけ聞いていたときは(8曲のメドレーは)『長いな』とは思いましたが、届いたリハ音源には岸谷さんとバンドの熱意がしっかり詰まっていて、それを聞いたら断る理由も全くなく、喜んでお受けしました」とMC。満員の会場からは惜しみない、割れんばかりの拍手を一手に受けとめた。アンコールでは、ステージ上の岸谷から、2024年の周年ツアー『岸谷香40th Anniversary LIVE TOUR 2024』の開催が発表に。しかも内容は「プリンセス プリンセスのアルバム、どれか1枚をフルカバーする」という周年ならではのもの。デビュー40周年。いつも前向きに音楽活動を続ける岸谷香に今年も大きな注目が集まりそうだ。40周年ツアーのチケットは、3月3日(日)までぴあアプリ先行を受け付けている。<ツアー情報>岸谷香40th Anniversary LIVE TOUR 20246月14日(金)神奈川・CLUB CITTA’open18:15 start19:006月16日(日)宮城・仙台Rensaopen16:15 start17:006月29日(土)福岡・福岡トヨタホールスカラエスパシオopen16:15 start17:006月30日(日)広島・CLUB QUATTROopen16:30 start17:007月13日(土)北海道・札幌ペニーレーン24open16:30 start17:007月20日(土)大阪・心斎橋BIGCATopen16:15 start17:007月21日(日)愛知・名古屋DIAMOND HALLopen16:15 start17:007月27日(土)東京・Zepp DiverCity(TOKYO)open16:15 start17:00■ぴあアプリ先行受付:3月3日(日)23:59まで
2024年02月24日学問、カルチャー、社会のことまで幅広く!「知ってほしい」を伝えるVTuberたち。今回ご紹介する宇推くりあさんは、ロケット工学が得意分野。専門家も唸らせる熱心な活動が認められ、内閣府宇宙開発利用大賞PRキャラクターに任命されている。【宇推くりあ】ロケット工学の知識で宇宙をもっと身近に!ロケット打ち上げをリスナーと同時視聴しつつ説明をしたり、国内外のロケットを紹介したり。科学的観点から的確な解説で定評があるロケット工学アイドルVTuberの宇推くりあさん。専門的なトークは開発に関わっている人たちからも「現場もとても励まされている」と高い評価を得ている。――ご自身の「個性」はどんなところだと思いますか?大好きを叫ぶ力!ロケット以外にもたくさんのことに興味津々で、好きなことを突き詰めていけるところかな?って思います!――発信方法にVTuberを選んだ理由は?ロケットとアイドル、2つの夢の交点にあったのが、「VTuber」という解でした。――宇宙について語るとき、伝わりやすいように心がけていることはありますか?基本的に数式を使わない範囲で説明したいと思っています。専門用語を使うときは、説明のわかりやすさを特に大切にしています!――特にどんな人に配信を見てほしい?「ロケットは難しい」「夢がある」と捉えている方々です。私の配信を通じて、現実の宇宙開発を体感してもらえたら嬉しいですね!――今後の目標を教えてください。世界に日本の宇宙開発の魅力を発信できたらいいなと思っています!ゆくゆくはロケットが飛行機のように日常的に飛ぶくらい当たり前になって、成功や失敗のどちらかだけで語られない世界を作れたら、と思います。編集部選・おすすめ動画【#イプシロンS】第2段モータ(E‐21)地上燃焼試験 現地から中継しますっ #りあライブロケットを愛する宇推さんが、実際に地上燃焼試験の現場まで行って撮影、しかも爆発事故の現場に立ち会う衝撃的配信。最前線の現場を体感しよう。【#ホリエモン】宇推くりあ×堀江貴文コラボ生配信【#りあライブ】民間宇宙開発に勤しむ堀江貴文さんと一対一でロケット談議をする配信では、ガチガチにコアな話をお互い楽しそうにする様子が見られる。【#H3】H3ロケット試験機1号機 先進光学衛星だいち3号 ミッション#りあライブ パブリックビューイング 2023.3.7 #Vtuber【#宇推くりあ】ロケット発射の様子を解説を入れながら同時視聴するリアルタイム配信。科学的な論拠とドラマ性が重なった、手に汗握る配信。うすい・くりあ工学・天文の知識のみならず語学も堪能、「いったい何者!?」と驚く専門家も多数のロケット工学アイドルVTuber。JAXAとのお仕事も。※『anan』2024年2月7日号より。©2016 COVER Corp.構成、文・たまごまご(by anan編集部)
2024年02月04日ananフェムケア連載「Femcare File」。今回のテーマは「知ることで変わる毎日」。実は関わりがある政治と女性の健康課題。中元日芽香さんが若者の政治参加について発信を続ける能條桃子さんに聞きました。小さな声でも集まれば大きな力に。――海外では、生理用品に税金がかからない国もあります。日本では生理用品になかなか軽減税率が適用されないのはなぜですか。能條桃子(以下、能條):2019年に消費税の軽減税率制度が導入されたとき、その意思決定の場にほとんど女性がいなかったんです。それが、大きな理由のひとつだと思います。中元日芽香(以下、中元):1個数百円程度でも、日常的に利用する女性からすると、かなりの出費なのに…。切実さが理解されていないのですね。能條:もっと言えば“生理用品は自分で買って当然”という発想自体が変わっていけばいいなって。たとえばトイレットペーパーは、どこのトイレにも置いてあり、無料で使うことができるのが当たり前ですよね?最近では生理用品を学校に配布している自治体もありますが、首都圏のように女性議員が比較的多いエリアが中心で、地域差も激しいんです。――昨年11月から緊急避妊薬(アフターピル)の薬局での販売がようやく導入されました。ただ、あくまでも試験導入であり、課題も多いように感じますが…。能條:いま、緊急避妊薬を扱っている薬局は全国で145店舗のみ。購入できる場所は限られていて、近くにないという方も多いはず。しかも来店前に電話で訪問日時を決めるなど手間も多く、薬局では薬剤師の面談を受け、目の前で飲まないといけない…。女性の心理的な負担もかなり高いんです。中元:緊急避妊薬といえば、厚生労働省が行った薬局販売に対するパブリックコメント(※)はたくさんの声が集まったんですよね。能條:薬剤へのパブリックコメントって、通常は10件くらいしか集まらないんですが、今回は約4万6000件も集まったんです。そのうち97%が賛成の声で、それが国を動かしたといえると思います。中元:小さな声でもたくさん集まれば、大きな力になるのですね。能條:低用量ピルも、日本では1999年に認可されるまでは服用できなかった薬。当時の女性たちが声を上げて、変わったんです。中元:私はPMS症状の緩和のために、低用量ピルを服用していますが、いま快適に過ごせるのは、そのおかげなのですね。パブリックコメント以外にも、何かできることはあるのでしょうか。能條:女性のための政策に力を入れている候補者に投票することも大事ですが、投票後もできることはたくさんあります。たとえば政治家のSNSやホームページなどに、「生理用品の軽減税率適用を公約に掲げていたからあなたに投票しました。ぜひ実現してください」と、自分が投票した理由を送ってみる。それを見て、政治家はここにニーズがあると認識するんです。賛同する政策にSNSで「いいね!」をするだけでも、効果があると思いますよ。中元:まずは、関心や興味を持つこと。さらに、意思表示をしていくことも大事なのですね。能條:まだ課題が多い緊急避妊薬についても「当たり前のようにどの薬局でもすぐ買えて、安心して過ごせるようになったのは、私たちが声を上げたからだよ」って、いつか次の世代の女性や子供たちに言ってあげられるようになればいいなと思ってます。※「意見公募」のこと。行政機関が政令などを制定する際に、一般から意見を募る仕組み。女性の健康課題にまつわる主な議論。生理用品の軽減税率適用2019年に導入された軽減税率制度により、食料品などは消費税8%だが、生理用品は適用外。「女性の必需品である生理用品にも軽減税率の適用を」と署名活動も行われているが、現状、実現には至っていない。緊急避妊薬の薬局販売医師の処方箋が必要とされていた、緊急避妊薬。性交後72時間以内なら高確率で妊娠を防げるため、少しでも早くに服用できるよう薬局での販売が望まれていた。2023年11月より、試験販売が行われている。左・能條桃子さん1998年、神奈川県生まれ。若者の政治参加を促す「NO YOUTH NO JAPAN」と、政治のジェンダー平等を目指す「FIFTYS PROJECT」、2つの団体で代表を務めている。右・中元日芽香さん1996年、広島県生まれ。乃木坂46を卒業後、現在は心理カウンセラーとして活動。新著『なんでも聴くよ。中元日芽香のお悩みカウンセリングルーム』(文藝春秋)が発売中。ジャケット¥20,900トップス¥8,910(共にGALLEST/ワールド プレスインフォメーション TEL:03・6851・4604)スカート¥7,700(OPAQUE.CLIP TEL:03・6851・4604)その他はスタイリスト私物※『anan』2024年1月17日号より。写真・水野昭子スタイリスト・岡安幸代(中元さん)取材、文・音部美穂(by anan編集部)
2024年01月16日岸谷香が、1月14日、六本木のBillboard Live TOKYOでビッグバンドを従えた特別なライブツアーのファイナルを敢行。満員の観客を大いに沸かせた。本公演は横浜、大阪、東京と3カ所(全6公演)を回るBillbordツアー。ピアノ兼バンドマスターに岸谷の盟友Sugarbeansを迎え、ドラム、ベース、トランペット×2、トロンボーン、アルトサックス、テナーサックス、バリトンサックスの豪華編成に。セットリストも大好きなElla Fitzgeraldのジャズナンバーを盛り込み、PRINCESS PRINCESS、奥居香、岸谷香、それぞれの時代からも選曲。岸谷香のヒストリーを垣間見れる凝縮されたステージ内容となった。MCでは「こんな風に豪華な演奏陣に囲まれて大好きな歌を歌えて、そしてそれを聴きに来て下さる皆さんがいて。本当にしあわせです」と感無量な笑顔を見せた岸谷。終演後も、満員の観衆からの惜しみない大きな拍手を全身で受け嬉しそうに応えていた。来月開催される、毎回ゲストを迎える恒例自主企画『岸谷香感謝祭 2024』(ゲスト:トータス松本、永井真理子)もソールドアウト。今年、デビュー40周年を迎え、ますます勢いに乗る岸谷香。今年も大きな注目を集めそうだ。<公演情報>『岸谷香 KAORI PARADISE 2024 新春スペシャル @Billbord LIVE TOKYO』1月14日(日) 東京・Billboard Live TOKYO【セットリスト】01. Mack The Knife (Ella Fitzgerald)02. Lullaby of Birdland (Ella Fitzgerald)03. Honeysuckle Rose (Ella Fitzgerald)04. ROLLIN’ ON THE CORNER (PRINCESS PRINCESS)05. 奇跡の時(奥居香)06. Ice Age ~氷河期の子供たち~(岸谷香)07. ジュリアン(PRINCESS PRINCESS)08. ある朝魔女になってたら(奥居香)09. VANISHING(奥居香)10. Diamonds〈ダイアモンド〉(PRINCESS PRINCESS)11. 台風の歌(PRINCESS PRINCESS)※()はオリジナルアーティスト<イベント情報>『岸谷香 感謝祭 2024』2月23日(金・祝) 東京・EX THEATER ROPPONGI開場 16:45 / 開演 17:30出演:岸谷香 / Unlock the girlsゲスト:トータス松本(ウルフルズ)永井真理子岸谷香 OFFICIAL SITE:
2024年01月15日ananフェムケア委員会メンバーとして、誌面にたびたび登場している心理カウンセラーで、元乃木坂46メンバーの中元日芽香さん。その2作目となる著書『なんでも聴くよ。』は、中元さんならではのカウンセリング・エッセイだ。モヤモヤを抱える人のお守り代わりになる本を。「カウンセラーの活動を通じて、『お守り代わりになるような本が欲しい』という声をいただいたことが、執筆するきっかけになりました」本書のために悩みを募集したところ、幅広い年齢から300近い悩みが寄せられたという。「一つひとつに目を通してピックアップしました」と言う中元さん。本書に掲載されている38のお悩みは、「自分に自信を持つことができない」といったものから、「カッとしやすい先輩に、恐怖心を抱かず働くには」など対人関係に至る内容までさまざま。その悩みに対して中元さんなりの解釈を綴り、心の持ち方についてのアドバイスを送っている。なかでも、中元さんが特に心に残っているのは、「家族との関係を修復したい」という20歳の女性からの悩みだという。「友人などとは異なり、家族への感情は自分の意思で切り離すことが難しいものだと思います。お悩みの内容からも相談者さんの葛藤が伝わってきて、どのような言葉を送ればよいのだろうかと考え抜きました」全編を通じて感じるのは、中元さんの言葉選びの繊細さだ。「執筆中にも、心の苦しくなるようなニュースが連日報じられ、執筆する手を止めたことも。人の悩みを聴くというのは軽々しくできないこと。多様な悩みを抱えた人が読むことを想定し、断定する口調は避け、表現が適切か、推敲を重ねました」本書は“お悩み解決本”ではなく、“悩みを聴く本”だと中元さんは言う。「なんでも聴くよ。」というタイトルも、中元さん自身が執筆前から決めていたんだそう。「『ズバッと答えて解決!』という本ではありません。でも、悩みってズバッと解決できることばかりではないので。言語化できないモヤモヤを抱えている人に『自分もこういうことに悩んでいたのかもしれない』『こういう考え方もあるのか』といったように、何らかの気づきを得てもらえるような本を目指しました」また、カウンセリングに対する中元さんの思いも込められている。「カウンセリングを体験したことがない人は、見知らぬ人に相談すること自体に不安があると思います。本書を通じて、カウンセリングに安心感や親近感を覚えていただけたなら、こんなに嬉しいことはありません」『なんでも聴くよ。中元日芽香のお悩みカウンセリングルーム』一般の方から寄せられた38のお悩みに、中元さんが寄り添い、その背中を押すカウンセリング・エッセイ。まるでカウンセリングルームで話を聴いてもらっているような気分に。中元さん自身の適応障害の経験について綴ったコラムも。文藝春秋1430円なかもと・ひめか1996年、広島県生まれ。2012年、乃木坂46メンバーとしてデビュー。グループ卒業後、現在は心理カウンセラーに。著書に『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』(文藝春秋)。ジャケット¥20,900トップス¥8,910(共にGALLEST/ワールド プレスインフォメーション TEL:03・6851・4604)スカート¥7,700(OPAQUE.CLIP TEL:03・6851・4604)その他はスタイリスト私物※『anan』2024年1月3日‐10日合併号より。写真・中島慶子スタイリスト・岡安幸代インタビュー、文・音部美穂(by anan編集部)
2024年01月07日岸谷香のデビュー40周年のタイミングで開催される主催イベント『岸谷香感謝祭2024』のゲストは、トータス松本と永井真理子というバラエティーに富んだ組み合わせとなった。3人とも同学年という共通点がある。今回も、このイベントでしか観られないスペシャルな共演が実現するだろう。ここでは、岸谷と永井との対談をお届けする。このふたりは同学年である以外にも、いくつかの共通点がある。80年代末から90年代前半にかけての大きなムーブメントを乗り越えてきたこと、子育てのために約10年にわたる休止期間を経て、音楽活動を再開していること、『ポップン・ルージュ』というラジオ番組で、それぞれ曜日違いのパーソナリティーを務めていたことなどだ。当時の懐かしい話、音楽の再開の仕方、さらには『感謝祭』のアイデアまで、さまざまな話題に話が及んだ。――おふたりは同学年なんですね。永井そう、同学年なんですよ。生まれた年は私のほうが1年早いんですけどね。岸谷えっ、そうなの?ごめんなさい(笑)。私、ずっと自分が年上だと思ってた。80年代の時のイメージがあったから。永井私、あの頃って、子供みたいだったもんね。岸谷そう(笑)。ショートカットで、いつもタートルでジーンズで。そのイメージが強かったからね。そうか、同学年なんだ。永井そうなの。一緒なんですよ。――2024年の「感謝際」のもうひとりのゲストであるトータス松本さんも同学年なんですよね。永井そうか。岸谷この学年って、「ROOT 66」にちなんで、「66年の会」というのがあって、みんなで集まって、ライブをやっているんだけど、私は67年生まれだから、入ってないのね。永井私、66年生まれだけど、呼ばれたことがないよ。――ほぼ男性ミュージシャンの集まりのようです。岸谷66年生まれのミュージシャン、たくさんいるのよ。永井でも丙午(ひのえうま)だから、女性の人口は少ないんだよね。“この年に生まれた女が強い”と言われている世代だから、産むのを控える傾向があったから。でも実は女性アーティストは、多いんですよ。渡辺美里さん、中村あゆみさん、みんな一緒だよ。岸谷そうか、でもみんな、強そうだよね(笑)。――おふたりは同学年という以外にも、いろいろな共通点があります。80年代末から90年代にかけての大きなムーブメントを経験し、ともに武道館など大きなステージに数多く立っています。また、子育てもあり、10年ほどブランクがあったうえで、音楽活動を再開していることも共通します。岸谷ラジオも共通点ですね。『ポップン・ルージュ』という同じ番組をやっていて、真理ちゃんが月曜日、私が水曜日だったんですよ。永井そうそう。――まず、永井さんを『感謝祭』に誘った経緯を教えていただけますか?岸谷ふたりの共通の友人であるチエちゃん(長井千恵子さん)というギタリストがいて、昔から真理ちゃんと一緒にやっていたんだよね。永井やってた。20年くらい前からかな。岸谷それで、チエちゃんに会うと、いつも「真理ちゃんがね」という話はよくしていました。だから私もつい、「真理ちゃん」ってなれなれしく言っちゃうんだけど。チエちゃんを通してのつきあいで、真理ちゃんとは個人的に遊んだりはしてなかったけれど、同じラジオ番組だったから、横のつながりはあったんですよ。たまに特番があって、月曜から金曜までのパーソナリティーが全員集まったりしていたのね。永井そうそう。岸谷当時のラジオ番組は活気があったから、どこかで飲んでいて、「今日って、月曜日だから真理ちゃんの日じゃない?」って言って、酔っ払ったまま菓子折りを持って、真理ちゃんの番組に顔を出したり(笑)。そんなことができる番組だったんですよ。それで89年から90年まで一緒にすごしてきて、久しぶりに再会したのも、チエちゃんを通じてだったよね。永井そう。岸谷「真理ちゃんがオーストラリアに移住して、日本に戻ってきて、音楽を再開するにあたって、聞きたいことがあるみたいよ」「香ちゃんがボイトレどうやっているのか、知りたいみたいよ」って、チエちゃんが話していたのね。それで、3人で会ったんだよね。永井それがもう6年前のことだよね。私が復帰したころのことです。岸谷その時は、「イベントやフェスで会ったら楽しいよね。じゃあまたどこかで」って、バイバイしました。『感謝祭』が恒例になってきて、ふたりゲストがいるなら、ひとりは女性がいいなあと思っていたのね。それも一緒にいろいろやってくれる人が良くて、「ここをこう変えてもいい?」って言ったときに、一緒に楽しんでくれる人がいいなあって。それで温めていた隠し球にお願いしました(笑)。――永井さんは岸谷さんの誘いをどう感じましたか?永井とてもうれしくて。最初、チエちゃんを通じて聞いたんですよ。それでチエちゃんのLINEに、「うれしい!」「めちゃくゃ光栄!」って書きこみました。逆に、「こっちこそお願いします」って返事したのかな。岸谷いいお返事をいただけて、こちらこそ、ありがたかったです。私たちのファンって、長年応援してくだっている方も結構いらっしゃるので、そういう方にはツボなんじゃないかな。永井私も発表したときに、ファンの方が大喜びで。“あのラジオが流れていた頃の青春が蘇ってくる”そんな気持ちになったみたいなのね。岸谷私はその『ポップン・ルージュ』の時の作家の方ともまたご縁もあって、『オールナイト・ニッポン』の作家もやってもらっているのね。だから新しい試みとして、ラジオ的な演出をやるのもおもしろいかなって考えています。会話だけ、当時のラジオ風にしてみるとか。一瞬、観に来た人たちが、ラジオを聞いている感覚になるのもありかなって。永井それはおもしろそう!――当時のラジオを聞いていた人にも感涙のイベントになりそうです。永井きっと喜び、そして泣いちゃうと思います(笑)。岸谷もしかしたら、スタッフが当時のジングル音源とか、持っているかもしれない。「月曜日の永井真理子です」「水曜日の奥居香です」って、そんなことを言いながら、ジングルを使ってもいいし。永井それは最高にいい!(笑)岸谷曲紹介をラジオ風にやるのもおもしろいかも。話をしていると、いろいろアイデアが湧いてきます。やっぱり、当時の本物がふたりいるって素晴らしい!(笑)『感謝祭』って、お招きするアーティストの方にも楽しんでもらうのが大きなテーマなので、気楽に楽しんでください。永井良かった!おおいに楽しませてもらいます。うれしいです。――話が戻ってしまいますが、80年代にそういう形で出会って、お互いについて、どんな印象を持っていたのですか?岸谷しつこいようだけど、真理ちゃんと言えば、ショートカットで黒いタートル、ジーンズのイメージ(笑)。白いTシャツもあったね。黒いタートルか白いTシャツ。永井そうそう、あれは全部自前なの(笑)。――永井さんから見た岸谷さんは?永井もうピカピカしていましたね。そして、プリプリしていました(笑)。忘れられないのは、テレビで共演させていただいたことがあって、大きな楽屋で一緒になったときのこと。香ちゃんは覚えてないと思うけれど、「あっ、プリプリさんがいる!」と思って、楽屋のすみっこのほうで固まっていました。面と向かっては見られないんですが、鏡越しに見えちゃうわけですよ、そのピカピカが(笑)。ドキドキしちゃって、挨拶もうまくできなかった。岸谷えー、なんで?同い年でしょう。永井いやいやいや、先輩です。だって1年、プリプリのほうがデビューも早かったしね。で、鏡越しに見ていると、「なんだか、テレビを観ているみたいだぞ」って、「ダイアモンドだね~♪」ってつい口ずさみそうになって、ダメだ、今は本人がいるぞって(笑)。岸谷真理ちゃんはヨーグルトのCMやってたでしょ。永井やってた(笑)。岸谷そういうのを断片的に覚えているんだよね。――80年代末から90年代前半には、それぞれ大きなムーブメントを体験された共通点もあります。“ガールポップ”という言葉も生まれました。当時のそうした流れをどう感じていましたか?岸谷“ガールポップ”という言葉は強烈に覚えていますね。私たちはバンドだったから、その“ガールポップ”の仲間に入っていたのか、入れてもらってなかったのか、ちょっとイメージはわからないんだけど、真理ちゃんとか、あと、千里ちゃん(森高千里さん)とか、谷村有美ちゃんとか、女性アーティストがたくさん出てきた時代でもあったよね。永井そうだね。わりとソロの人が多かったのかな。岸谷華やかな時代というか、“ガールポップ”のイベントもあったよね。永井イベントもあったし、雑誌もあった。私としては、かなりボーイッシュだったので、「“ガールポップ”に入っていいんですか」みたいな感覚だったんだけどね。岸谷確かに髪は短かったけど、そこまでボーイッシュでもなかったというか、そんなに強そうでもなかったよね。永井うん。ちっちゃかったしね(笑)。岸谷真理ちゃんは、“ガールポップ”の象徴みたいなイメージがあるよね。私たちは、バンドのイメージが強かったんだと思うけど。あと、当時はイカ天から始まって、バンドブームもあったから。永井いろいろなブームが入り混じっていたと思います。――そうしたムーブメントの中で、おふたりともとても忙しいハードな日々を送っていたと思います。どのようにして、自分のペースを作り、乗り越えてきたのでしょうか?永井忙しかったでしょう?岸谷忙しかったと思うけど、若かったし、どっちかというと、“やった~! お客さんが増えたぞ”みたいな気持ちのほうが強かった気がする。会場がどんどん大きくなっていったことについても、まだ子供だし、怖い物知らずなところがあった気がする。不安もそんなになかったんじゃないかな。今とは時代が違うし。今は忙しくなると、メンタルが辛くなって、お休みするアーティストもたくさんいると聞くけれど、私たちの時代って、そっちに行かなかったんですよ。むしろ、「忙しくなってきた。やったぜ!」みたいな。永井それはバンドだからというのはあると思う。岸谷真理ちゃん、しんどかった?永井私はソロだから、まわりから、「もっとこっちがいいんじゃないか」「いや、あっちがいいんじゃないか」っていろいろと言われることがたくさんあるわけ。岸谷そうなんだ。永井そう。バンドは全部自分たちで作品を作るじゃない?で、「これしかないし」って言えるじゃない。でもソロだと、いくらでも味付けの仕方はあるわけで。だから、気がつくと、“えっ、こんな番組、私できないよ”みたいなことがあふれてしまって、気持ちがバーンと落ちてしまう時があったのね。“私は本当に自分を出せているのかな。苦しい苦しい苦しい”って。岸谷そっか。そこはやっぱりソロとバンドの違いなのかもしれないね。バンドだと、5人一緒になって、誰かの悪口を言って、発散することもできたしね。「なんだよ、アレ!」みたいな(笑)。永井私の場合は、そういうことを言ったら、逆に「いや、今は頑張りなさい」「走りながら悩みなさい」みたいな。岸谷ええっ!そうだったんだ。永井当時は葛藤があったけれど、そういう時があったから、今は何がやりたいとかやりたくないとか、しっかり選択できるようになったんだよね。あの時は若かったがゆえの苦しさでもあったし、今はそうした経験も良かったのかなと思っている。岸谷真理ちゃんにとってはハードな時代だったかもしれないけれど、当時は世の中もバブルだったし、なんでもかんでもキラキラしていた気がする。番組に出れば、誰か知っている人がいて、気安くしゃべっていたし。私としてつらい時があったとしたら、バンド内で、音楽の方向性について意見の違いが出た時かな。永井バンドはそこは難しいところだね。岸谷一長一短なんだよね。外部に対しては、みんなで一緒になって、悪口も言えるけれど、バンドの内部で意見が割れたときは、深刻だったし、解散することになったわけだし。そういう意味では、真理ちゃんは今も昔も永井真理子だよね。私の場合は、バンドだったのがひとりになり、休憩があって、またひとりだし、名前も変えちゃったしね。だから“ゼロから再出発”という感覚があった気がする。永井私はハタから見ていて、そういうところがかっこいいなと思っていた。ちゃんと名前も変えて、新しくゼロからスタートしているんだな、素敵だなって。岸谷あまり深く考えずに、子供ができた時に、名前も変えちゃったのね。離婚したらどうするんだろうと、ふと思ったんだけど、どうせプリンセス プリンセスじゃないんだったら、奥居香じゃなくたっていいやぐらいに考えていたというか。それはそれで良かったのかなと思いながら、今に至っています。永井ふたつ違う形で音楽ができるってことだしね。岸谷求められるものはそんなに変わらないというか、昔のものを求められることも多いんだよね。とは言え、やりたいことはぶっちぎってやっていこうと思っている。母親になると、少し視点が変わってくるから、昔のようなラブソングは書けなくなるのね。 書いてるつもりでも愛情の対象がずれてきたりするし、描くものが変化してきているし。でもそれは自分の中の自然の変化だからね。もう前とは名前も違うし、許してね、みたいな。そこは楽だったかもしれない。逆に真理ちゃんはずっと永井真理子だから、大変なところもあったんじゃない?永井いや、そんなにはないかな。――おふたりとも、子育てで10年ほど音楽活動を休止していたという共通点もあります。以前、岸谷さんが「自分の中からドレミファソラシドが消えた気がする」とおっしゃっていました。永井さんはお休みの間、音楽との関係は、どんな感じでしたか?永井私は真っ白になりました(笑)。とくに私はオーストラリアに行っちゃったし、子育てもしたかったし、1回真っ白になって、今までのことを見つめ直そうかなと思ったんですね。でも、海外に行くと、まったく日本の音楽を聴かなくなるから、自分は何者だったのかもわからなくなっちゃうの。岸谷そうだったんだ。永井立ち位置もわからなくなるし、自分なんか全然必要がないものなのかな、本当にステージに立っていた人間なのかなってところまで、いっちゃった。岸谷へぇー。永井気持ちが離れすぎちゃって。だから、そこからまた音楽に戻るエネルギーがなかなか湧いてこなかった。岸谷確かにエネルギーがいるよね。永井すごいいるでしょ。特にお休みした後なんかは、なかなか戻れない。だから、10年以上あいちゃった。――その間は、音楽を聴いたり、楽器にふれたりというのは?永井普通に一般人として、ラジオから聴こえる音楽にふれたりはしてました。洋楽だけですけど。これ、かっこいいなとか、そういう感じ。岸谷なぜオーストラリアだったの?永井本当はアメリカとかイギリスとか、音楽がいっぱいあるところに行きたかったんだけど、子供を抱えていくから、子供のいちばん過ごしやすいところがいいわけで、オーストラリアがいちばん受け入れ体制があったの。子供に優しくて、教育もとても良かったから。岸谷言葉は?永井言葉は全然わからなかったので、辞書を抱えて勉強した。岸谷学校に行ったの?永井子供はオーストラリアの地元に学校に行って、私も英語学校に通ったよ。全然うまくならなかったけどね。向こうで英語で仕事をしていれば、うまくなるけど、家の中では日本語を話しているから、一向にうまくならない(笑)。――休止期間があったことについて、岸谷さんはどう思っていますか?岸谷子育てをして、音楽から丸々離れちゃったことを、私は良かったなと思っています。1回違うことをすることで、リフレッシュするというか。私たちって、さんざん子育てやったわけじゃない?永井やったやった(笑)。お弁当を作って、学校に送ってね。岸谷“もう後悔はない”“うんざりしたよ”“疲れたよ”っていうくらい、子育てしたじゃない?そうやって子育てをやりきって、“はい、もうお終い!”ってとこまでやったから、「そろそろお母さんも好きなことをやっていい?」ってことで、音楽に戻ってこれたところはあるのね。永井それはとてもいいね。だったら、迷いなんてないよね。岸谷だから逆に、子供を産んですぐ仕事をしている子を見ると、“もったいないなあ”と思うことがあります。“初めて子供が立った瞬間を見逃しちゃうじゃん”って。永井私も休んでいる間は、完全におかあさんだけやっている日々でした。学校の送り迎えをしたり、お弁当を作ったり、子供のスポーツの試合に行って応援したり。――それぞれ音楽活動を再開するきっかけを教えてください。岸谷大きなきっかけになったのは、プリンセス プリンセスの再結成ですけど、その前に、夫が年に1回、AAAというエイズチャリティーのコンサートを武道館でやっていて、そこに参加していたことも大きかったと思っています。子育て中とはいえ、チャリティーだし、1日ぐらい出かけてもいいのかなって、年一だけで武道館に歌いにいってたのね。その時にイントロを聴いても、普通に歌い出せない瞬間があったの。ドレミファソラシドを確認したいなって。それまでは“パブロフの犬”じゃないけど、イントロが鳴ったら、黙っていても、歌が勝手に出てくるみたいな感じだったのね。それがシンガーだと思っていたんだけど、ドレミファソラシドを探さなきゃって思ったときに、私は本当に音楽家じゃなくなったんだなって悲しくなっちゃって。それで、リハビリみたいなことをバンドと始めたのが、音楽を再開するきっかけ。永井ああ、そうなんだ。震災がきっかけなのかと思っていた。岸谷震災がきっかけでもあるんだけどね。年1くらいで集まって、リハビリと称してライブをやっていたからこそ、震災が起こったときに、“自分たちのできることをやるために、プリンセス プリンセスを再結成しよう”って、決断できたんだと思う。真っ白なままだったら、あんなふうにはやれてなかったと思う。だって、かつてやったことのなかった東京ドームまでやったんだから、すごい道のりじゃない?永井そうだね。少しずつやることって大切だね。岸谷本当にそうなの。“3歩進んで2歩下がる”を繰り返して、“気づいたら5歩ぐらいは進んでた”っていうところで再結成を決めたのね。で、再結成して活動していったら、やっぱり音楽って楽しいなあって、改めて感じたのね。永井音楽を休んでた時間があるから、余計にやりたくなったんだよね、きっと。だから、休んでいた間もすごくいい時間だったんだと思う。岸谷真理ちゃんは再結成とか、そういうことではないじゃない?ボイストレーナーの先生を紹介した時が、音楽を再会する時期だったと思うけれど、なんでまたやろうと思ったの?永井あの時はちょうどデビュー30周年を迎える年で、年齢も50歳になる年だったのね。かと言って、声も体力も、今まで休んでいたところから、急にやれるようになるわけはないじゃない?岸谷どちらかというと、あちこちガタがくる年頃だしね(笑)。永井そうそう。でもそのタイミングで不思議と、今までお付き合いのあったミュージシャンとかファンの人が、“なにかまた始まるんじゃないか”って、私の背中をワイワイ押してくれたのね。私はそういうつもりじゃなかったんだけど、まわりが私の気持ちを底上げしてくれて、だんだんその気になってきたんだよ。逆にこれが最後のジャンプなのかもしれない、もしかしたらエネルギーが吹き上がるかもしれないと思って、香ちゃんにボイトレの先生を紹介してもらったの。でも、紹介してもらって良かった。岸谷本当に?永井本当に良かった。私、女性が年齢とともに高い音域が出なくなることを知らなくて、自分の声がちゃんと出なくなって、もう終わったと思っていたのね。発声を変えていかなきゃいけないということも知らなかったから、すごく悩んだんだけど、ボイトレの先生から喉の筋肉を鍛えることを教えていただいて、半年かけて、ライブをやったのね。岸谷オーストラリアは引き払ったの?永井そう。岸谷じゃあ行くのも転機だけど、引き払って戻って来るのも転機だね。永井そうなの。日本に帰ってきてから、2、3年あってから、音楽活動を再開したんだけど、自分でもよく始めたなと思う。10年休んでいたから、復帰するのに10年かかると思っていた。休んでいる期間が長ければ長いほど、若い時とは違うから、リハビリも長くかかるかなって。岸谷私も同じボイトレの先生に習っていて、最近も結構かよっているんだけど、我々の年代、女性は更年期もあるし、いろんなことが変わるじゃない。だから昔に戻ろうとしなくなったかな。永井あ、そうそう。それはある。岸谷だから、新しいプチシニア世代の自分になればいい、みたいなことは思った。永井それは私も思っている。岸谷昔のようにはできないわけだし、昔のようにやれたところで、やりたいことはそれじゃないかもしれないなって思う。休んでいた分、変身していいんだよねって。永井そう。私もまた新しく始められる気がした。声もやっぱり、少し下に下がったのね。でも上が減った分、下が広がったので、音域の広さ自体はそんなに変わっていないの。今の声って、嫌いじゃなくて。今の自分の言いたいことには、そっちの声のほうが合ってるっていうか。若い時にはピーピーした声が若い時の気持ちに合うのかなって。だったら、逆もいいのかもって思う。岸谷コンスタントに続けている人も、それなりにつらい時もいっぱいあるだろうしね。私たちはたまたま与えられた“子育て”という最高の理由があったから、気分を変えて、また戻ってこれたところはあるかもしれない。永井そういうところはあるね。岸谷私は子育て中は、外国のアーティストをまったく聴かなかったのね。来日しても観にいく時間がないから、2000年から10年、15年は洋楽の知識もぽっかり空いている。『感謝祭』で一緒にやるバンド、Unlock the girlsの若い子たちに教えてもらって、新たに今いろいろ聴いているところなの。それはそれでとてもいいものだなって。永井そうなんだ、すごい!しかもまた下の世代から教わるのが新鮮だね。岸谷バンドの子たちって、みんな89年生まれだから、私たちの当時の活動なんて、知らないのよ。だから曲の解釈も全然違うし、そこがおもしろいなって感じている。真理ちゃんの「ミラクル・ガール」もあの子たちだったら、全然違う解釈になるし、楽しくできたらいいなって思っています。永井あっ、それは私も楽しい。一緒に何か新鮮なものを作っていきたいな。岸谷結構極端にやるかもよ。永井極端にやってほしい(笑)。きっと観ている方も楽しいと思う。岸谷『感謝祭』はいつも、バンドの子たちとみんなで練りに練って、「これ、イエスと言ってもらえるかなあ」っていいながら、あれこれアレンジするのが楽しいんだよ。永井楽しみ。なんだかうれしいプレゼントみたい(笑)。――永井さんは久々に音楽活動を再開して、日本の音楽シーンについて感じたことはありますか?永井もう完全に浦島太郎状態ですね。全然わかりません。音楽のことも芸能界のこともわからないので、ポカーンです(笑)。岸谷日本のJ-POPだって独特の発展の仕方だしね。浦島太郎、わかる。日本に住んでいたって浦島太郎だよ。永井音楽は変わったと思いました。配信が主になったしね。私たちのころはCDしかなくて、下手したらアナログの時代だから。岸谷『感謝祭』の時にいつも思うのは、私たちの世代を知っていて、しかもこの世代を観ることをうれしく思ってくれる人が観にくるわけじゃない?今って、個人でチョイスする時代だから、こういう音楽が好き、ああいう音楽が好きって、チョイスして、そのグループの中ではよく知っているけれど、他のグループに行くと、誰もしらないという時代でしょ。だから『感謝祭』も、80年代の匂いやラジオを一緒に楽しくやっていた時代の匂いを楽しみたい人が来ると思うのね。そういう人たちに喜んでもらえるように、しっかり考えたい。永井そこにバンドのメンバーの若い子たちも入ってくるから、おもしろいよね。岸谷しかも、そこにトータス松本さんも参加するんだから、楽しいよね。トータスさんは、同学年だけど、デビューした時期が遅いから、私たちの世代のアーティストではないわけじゃない?――ウルフルズの「バンザイ」がヒットした頃って、おふたりとも活動を休止する時期ですもんね。永井そうなの。だから私は共演したことがないです。岸谷トータスさんとイベントで一緒になった時に、「『Diamonds』をバイトで皿洗いしながら、聴いていた」って言うから、「えっ、年は一緒じゃない?」って言ったら、「デビューが遅かったんだよ」って。あ、そうなんだと思ったことを覚えている。永井私は初めてお会いするんですよね。岸谷私もそんなに共演したことはないんだけど、トータスさんって、存在感があるし、私がやっている音楽とはちょっとジャンルも違うし、そういうところも楽しみ。あと、同い年でありながら、先輩風も吹かせられるしね(笑)。永井そっか。それは楽しみすぎる。――トータスさんが今回の『感謝祭』に参加される経緯は?岸谷トータスさんとは、今年3月に両国国技館で開催されたギターの弾き語りのイベント『J-WAVE TOKYO GUITAR JAMBOREE 2023 supported by 奥村組』で一緒になったのね。参加者全員が土俵のあるセンターステージで弾き語りをするイベントで、出番が最初のほうだったの。自分のステージが終わって、メイクも落として帰ろうかなという時に、トータスさんがやってきたので、「久しぶり~」って挨拶したんですね。その時に、「私はこういうイベントをやっているんだけど、良かったら出てよ?」って言ったら、「えっ、なんか目が怖いな」って。「怖くないよ、優しいよ。出てよ」って言ったら、「いいよ」って言ったんですよ。「今、いいよって言ったよね」って。それで本当に出てもらうことになりました。いい男だな、素敵な人だなと思って感激しました。同級生だけど、同級生じゃないみたいな不思議な感じ。――先ほどもラジオの話が出ましたが、『感謝祭』について、現時点で考えていることはありますか?岸谷今考え中ですね。真理ちゃんは女の子バンドとやったことはあるの?永井女の子バンドでは3年前くらいに『女祭』という企画イベントでやったことがある。若い子たちと一緒に。岸谷そっか。とにかく女の子バンドで一緒にやったら楽しいこと、考えます。まずともかくラジオがらみだね。永井懐かしいものとか、歌おうかな。岸谷曲に関してはご相談だけど、みんなが知っている曲は盛り上がるから、それもやって、一緒にやったら楽しい曲とか、考えます。――最後に観にくる人にメッセージをいただけますか?岸谷2020年からだから、『感謝祭』も5年目になるのかな。毎年、「今年は最高だったな。これ以上おもしろいことできるかな?」って思うんですけど、やりたいこと、やれることって、アーティストの数だけあって、ゲストが違うと、毎回カラーも変わるから、その中に入っていくのがすごく楽しいんですよね。今回は本当に同世代で、一緒に時代を駆け抜けた真理ちゃんだから、そこにヒントがある気がします。こうやって会って話しているだけで、どんどんアイデアが出てきているし。今後、ある時からちょっと気持ち悪いファンみたいに、ずっと真理ちゃんのことを考えるモードに入る予定です。寝ても覚めても、夢の中でも、ずっと真理ちゃんのことを考えて、アイデアを練ると思います。永井そうかそうか。私はまず、その仲間に入れていただけて、うれしいな。だから、できることはなんでもやります。岸谷言ったな(笑)。永井言ったよ。でも大丈夫(笑)。岸谷じゃあ、当時の私物のTシャツとジーンズ、持ってきてください(笑)。永井入るかな。っていうか、もう持ってないし(笑)。岸谷でも真理ちゃんはルックスの強烈な印象もあるし、例えば、みんなで真似したらおもしろいよね(笑)。みんなでお揃いのデニムとか、何か考えよう。私も衣装、探さなきゃ(笑)。Text:長谷川誠Photo:吉田圭子<公演情報>『岸谷香感謝祭2024』公演日:2024年2月23日(金・祝) 16:45開場/17:30開演会場:EX THEATER ROPPONGI出演:岸谷香/Unlock the girls/トータス松本(ウルフルズ) /永井真理子料金:全席指定9,000円※ドリンク代別途必要★チケット情報はこちら()関連リンク岸谷香 オフィシャルサイト:永井真理子 オフィシャルサイト:
2023年12月23日岸谷香のライブイベント『岸谷香 感謝祭2024』が、2024年2月23日(金・祝) に東京・EX THEATER ROPPONGIで開催されることが決定した。『岸谷香 感謝祭』は、「日ごろの活動に感謝して特別な一夜をお見せしたい!」という岸谷の想いから、毎年2月に行われている自主企画ライブ。2024年は岸谷のデビュー40周年となる記念イヤーでもあり、その幕明けを飾る第1弾として開催される。今回はゲストにトータス松本(ウルフルズ)と永井真理子を迎え、この日限りのコラボレーションをそれぞれ披露する。チケットはぴあアプリ先行を12月10日(日) まで受付中。『岸谷香 感謝祭2024』ぴあアプリ先行の詳細はこちら!()<イベント情報>『岸谷香 感謝祭2024』2024年2月23日(金・祝) 東京・EX THEATER ROPPONGI開場16:45 / 開演17:30出演:岸谷香 / Unlock the girlsゲスト:トータス松本(ウルフルズ) / 永井真理子【チケット情報】全席指定:9,000円(税込)※ドリンク代別途必要■ぴあアプリ先行:12月10日(日) 23:59まで詳細は こちら()岸谷香 オフィシャルサイト:
2023年12月04日京都の老舗お香専門店「松栄堂(しょうえいどう)」から「お香のカードゲーム くんくんくん」が登場。2023年12月1日(金)より、松栄堂各直営店などで発売される。京都のお香専門店「松栄堂」から“香り”のカードゲームが登場京都に創業して300年、宗教用の薫香から、茶の湯の席で用いられる香木や練香、手軽に使えるインセンスに匂い袋まで、様々なお香を作り続けている「松栄堂」。そんな老舗が新たに提案する「お香のカードゲーム くんくんくん」は、“香りでつながる”新感覚のカードゲームだ。ルールは全部で4種類カードゲームとして遊べるルールは、香りを頼りに同じカードを揃える「くんくんトレーニング」、3種の違う香り1枚ずつ揃える「ちがそろ! くんくんくん」、同じ香り3枚先に揃える「おなそろ! くんくんくん」、そして、香りについての質問を通して主役と同じ香りを当てる「しつもん! くんくんくん」の全4種類。自身の嗅覚を頼りに香りを揃えるシンプルなあそびかたから、質問形式で香りの表現を嗜むコミュニケーションゲームまで、様々な形で香りを楽しめるルールが用意されている。また、セットにはない追加のカードパックを購入すれば、香りの種類を増やしてゲームの難易度を上げることも可能だ。嗅覚のトレーニングキット、カードタイプのお香としてもこのほか、神経衰弱のように香りを判別することで嗅覚を鍛えるトレーニングキット、お気に入りのカードを名刺入れやお財布に入れて香りを楽しむカードタイプのお香としても利用できる。商品情報「お香のカードゲーム くんくんくん」発売日:2023年12月1日(金)価格:3,300円セット内容:お香カード3種(ピンク・黄・青 各3枚 保存袋入)/遊び方説明書/紙箱入販売場所:・松栄堂各直営店・香老舗 松栄堂 ウェブショップ・「ゲームマーケット2023秋」会場ブース日程:2023年12月9日(土)・10日(日)会場:東京ビッグサイト
2023年12月01日「夫は私のことGoogleだと思ってる」(※画像は藤本美貴さんオフィシャルブログより)『夫が寝たあとに』はともに3児のママである藤本美貴さんと横澤夏子さんがMCを務めるトークバラエティ。ゲストの近藤千尋さんとともにママトークが盛り上がりました。女児2人の母である近藤さんいわく、夫のジャングルポケット太田博久さんは「3人目の子ども」。「飲んだものはそのまま」「脱いだものもそのまま」で、近藤さんが後ろから追いかけながら片付けるという状態だったり、「今日(の気温)何度?」「何着ればいい?」となんでも聞いてきたりで、近藤さんは「私のことGoogleだと思ってる」と諦め顔です。普段は文句も言わず長男・太田さんのお世話をしている近藤さんですが、我慢の限界が来ることもあり、半年に1回ほど「爆発」。そんなときには娘が「パパをいじめないで」「ママがお仕事のとき、チャーハン作ってくれたりするんだよ?」「なんでそんなにパパを怒るの?」とパパの味方になってしまうとか。そうなってしまうのは、太田家において「家事はママがやるのが当たり前」だからでは……と思い至ったといいます。すると藤本さんは、子どもに「洗濯物そっちに移して」などとお願いした際に「なんで僕がやらなきゃいけないの〜?」と言われた場合、「私、自分のだけやりますけどいいですか?」と言うようにしていると明かします。「家族がわがまま言うときこそ(自分は)言うこと聞かない」ことで、家族全員で家事をする体制を作っているようです。庄司家の小学校受験!近藤さんの長女は最近「お受験(小学校受験)」に挑戦。お受験では大変なことも多くありますが、近藤さんは「やってよかった」「家族の団結力が培われた」と総評し、家族にとっていい経験になったそうです。藤本さんもまた、お受験の経験者だそうで、夫・庄司さんの意外な活躍を明かしました。庄司さんは「字が私よりも全然キレイ」であるため、お受験の願書を書く担当に任命しており、藤本さんが願書に書きたい内容を伝えると、しっかり文章にしてくれるそうです。テレビでは身体を張ったギャグを披露している庄司さんですが、一番身近な存在である藤本さんいわく、「私(藤本さん)よりも常識人」「面接でもしっかり真面目」なんだとか。ただ、1回目の面接では緊張のあまり「最初めっちゃ声小さくて」、終わった後に藤本さんが「2校目は声出していこう!」と励ましたことも。加えて面接前には、面接時にうまく答えられるよう、庄司さんが子どものやりたいことなどを図でまとめた上で、藤本さんと会議をするそう。とても頼りがいがあるパパですね。お受験では夫婦の協力が不可欠子どもの受験を成功させるには絶対条件があります。それは夫婦間で協力することです。同じ社会で働く立場であるなら、夫婦で家事を分担するなり、曜日を分けて担当を決めるなり、夫婦で役割分担が必要。夫婦の片方の負担だけが大きいと、家族は笑顔でいられなくなってしまいます。両親のどちらかが「なんで自分ばかりが忙しいんだ!」といつもイライラしていたら、子どもは落ち着いて準備することができず、受験で良い結果を得ることも難しくなるのではないでしょうか。また、お受験では親の期待が大きすぎて親子で疲弊してしまい、家庭がうまくいかなくなってしまうケースも決して少なくありません。「わが子のために」と思って始めた受験で子どもにつらい思いをさせてしまうのは本末転倒。受験を考えたら、まずは夫婦でよく話し合い協力することが大切でしょう。
2023年12月01日ミキティに「うっせぇなクソばばぁ」と言った息子を一喝!(※画像は藤本美貴さんオフィシャルブログより)結婚時期も子どもの年齢も近い3人。品川さんは女の子が1人、庄司さんとくわばたさんはともに3人のお子さんがいます。結婚14年となる品川さんですが、妻はとても温厚な性格で、品川さんが結婚記念日について「覚えてない。なんか語呂があったような……」とかなり曖昧でも怒らないそう。過去に一度、品川さんが妻の誕生日を忘れて飲みに行ってしまい、留守電に中島みゆきさんの『うらみ・ます』を歌った「うらみま~す、あんたのことをしぬま~で」と吹き込まれていたことがあるものの、ほとんど夫婦喧嘩はしないといいます。一方の庄司さんは、結婚記念日は夫婦2人で食事に行くのが恒例。庄司さんがお店の予約をしていないと妻・藤本美貴さんに怒られてしまうのだとか。夫婦喧嘩で口論になり「出てけ!」と言いたくなることがあっても、「でもこの家はミキティが建てた家だな……」と思い直して自分が出て行き、モーニング娘。時代のかわいい藤本さんの動画を見て彼女と結婚できたことに感謝し、「おれは何をイキがってたんだ……」と反省して家に戻るのだそうです。話は子育てにも及び、それぞれ長女と長男が反抗期に差しかかる年齢だという話題に。今までのところ品川さんは親子のコミュニケーションも多く、娘を怒ることがあっても年に1回ぐらいですが、叱るときはコンコンと説得するといいます。たとえば、シンガーソングライターになりたい長女がやりたいと言って始めたギターの練習をあまりせずにいたとき、見かねた品川さんは「家に帰ってきてテレビ見る時間あっても、最初にギター弾きたいって思う人が成功する人だし、アニメ見たりテレビ見たりもいいけど、こういうとこはどんな曲がいいかなと考えたり、どうしたら歌がうまくなるか常に考えてるような人が成功する人。好きなことにもっと時間かけたらいいんじゃない」と、筋道を立てて言い聞かせたのだそう。逆に庄司さんは「めちゃめちゃ怒ります」といい、来年から中学生になる長男が最近、ママと言い争って「うっせぇなクソばばぁ」という暴言が飛び出したというエピソードを披露。クソばばぁと言われた藤本さんは「うわー、キレイに言われた……!」と受け止めていたそうですが、庄司さんは「ママにそんな態度をとるなよ。いい加減にしろよ。態度を改めろ。謝れオラ!!」と厳しく叱ったそうです。しかし叱られた長男は「父ちゃん気持ち悪い。ミミズより気持ち悪い」と言い返してきたそうで、幼さの残る反抗期の入り口の難しさを明かしていました。最終的にはお互いに気持ちが落ち着いてから、「こうだから怒ったんだよ。お前はどうだったの?」と話し合い、和解。それでもこの先、成長に伴って激しい親子の衝突があるかもしれないと、三者とも戦々恐々です。
2023年11月27日株式会社 松栄堂はこの度、香りに親しみ、香りに触れて遊べる「お香のカードゲーム くんくんくん」を発売いたします。火を使わずに香りを楽しめる「お香カード」をつかって、子どもからご高齢の方まで、気軽に楽しめるセットです。火を使わずに香りを楽しめる「お香カード」■「お香のカードゲーム くんくんくん」制作の背景松栄堂(しょうえいどう)は京都に創業して300年以上、今日まで香づくり一筋に歩んできたお香の専門店です。企業活動のテーマである「香りある豊かな暮らし」のもと、かねてより香りの可能性を追求してまいりました。昨今、デジタル化が加速度的に進む中で、多くの人びとが、いつでもオンラインでつながることができるようになりました。お香の専門店として私たちは、「香り」というリアルな感覚を通じてこそ楽しめるアナログゲームを提案いたします。対面で、一つの場を共有して遊ぶことのできる喜びを、香りが持つ不思議な力に託して。多くの団らんの場にお届けできれば、という思いから開発を進めてまいりました。香りに触れ、香りに親しみ、相手と交流しながら輪を広げていく――私たちが提案するのは、「香りでつながる」カードゲームです。■遊び方&活用方法「お香のカードゲーム くんくんくん」には、こんな楽しみ方があります。・カードゲームとして家族やお友達、親しい方と香りを楽しみながら遊ぶことができます。「くんくんくん」で遊べるゲームは4種類。香りを揃えて勝ち負けを決めるゲームや、質問形式で香りの表現を楽しむコミュニケーションゲームなど、1人~大人数で楽しむことができます。遊び方(1)くんくんトレーニング:カードの香りをかぎ、同じ香りを揃える。遊び方(2)ちがそろ! くんくんくん:3種の違う香り1枚ずつを先に揃えた人が勝ち。遊び方(3)おなそろ! くんくんくん:同じ香り3枚を先に揃えた人が勝ち。遊び方(4)しつもん! くんくんくん:香りについて質問し、主役と同じ香りを当てる。・嗅覚のトレーニングキットとして神経衰弱のように香りを判別し、嗅覚のトレーニングをすることもできます。・カードタイプのお香としてそのまま名刺入れやお財布に入れて、いつでもどこでも香りを楽しむことができます。■商品概要商品名: お香のカードゲーム くんくんくん発売日: 2023年12月1日価格: 3,300円(税込)セット内容: お香カード3種(ピンク・黄・青 各3枚 保存袋入)/遊び方説明書/紙箱入対象年齢: 6歳以上(出典元の情報/画像より一部抜粋)(最新情報や詳細は公式サイトをご確認ください)※出典:プレスリリース
2023年11月22日グラビアイドルの佐々木萌香が19日、東京・新宿のブックファースト新宿店でカレンダー『佐々木萌香 2024年カレンダー』(発売中 3,080円税込 発売元:トライエックス)の発売記念イベントを行った。あざと可愛いレースクイーンとして大人気の佐々木萌香は、160cmの身長にB80・W62・H87というスレンダーボディが魅力の26歳。2020年末からグラビアにも積極的で、2021年には「グラビア・オブ・ザ・イヤー2021」のネクストブレイク賞、2022年には「記者・編集者が選ぶグラドルアワード2022」のグランプリにも選ばれた。その彼女が初めてのカレンダーを発売。今年4月に訪れたという沖縄・宮古島でロケが行われ、キュートな表情や大人っぽいしっとりとしたカットが掲載されるなど、彼女の魅力が凝縮された内容となっている。カレンダーでも着用したという競泳水着姿で報道陣の取材に応じた佐々木。初めてのカレンダーを手にしながら「今年は写真集も発売させてもらいましたが、初めて尽くしで今年はうれしいことでいっぱいです」と満面の笑みを浮かべ、「3月はリビングで撮りましたが、水も滴るショットで今日も競泳水着を着てきました。普段ならソファーでやる女の子座りを床で頑張ってやったんです。他には制服の写真があったり、大人っぽくアンニュイな感じのショットもあったりと、私的にはすごく気に入っているカレンダーです」と紹介。サイズはB3とビッグサイズで「思ったよりも大きいですね。本当ならトイレに飾って欲しいんですけど、このサイズだとトイレが狭く見えちゃうかも(笑)」としつつ、「佐々木家はエアコンの下に飾ります。広いお部屋やリビングに飾って欲しいですね」とファンにアピールした。残り1カ月半を切った2023年はレースクイーンの活動に加え、初めての写真集やカレンダーをリリースするなど大活躍の1年だった佐々木。「やっぱり写真集が大きかったですね。カレンダーと同じ宮古島で撮影したんですが、本当に楽しかったしファンの方も喜んでくれたモノを世に残せたので良かったと思います。ドラマの撮影とか今までやったことのないジャンルのお仕事にも挑戦できました」と充実した表情で、「来年はもっと飛躍出来たらと思います。プライベートも充実させながらお仕事をもっともっと頑張りたいですね」とさらなる活躍を誓っていた。
2023年11月20日俳優・永野芽郁が、季刊誌「team mate 特別版」と、自身9作目となるカレンダー「永野芽郁オフィシャルカレンダー2024」を発売する。2009年に映画で俳優デビューし、連続テレビ小説「半分、青い。」のヒロイン役で大きな反響を集め、2024年1月期のフジテレビ系ドラマ「君が心をくれたから」では月9初主演を務めることも決定している永野さん。2021年9月よりメイト(=永野芽郁のファンの呼称)に向けた季刊誌「team mate」の発行をスタートさせ、撮り下ろしカット、マネージャー日記など、本誌でしか見ることのできないコンテンツが収録されている。「team mate 特別版」表紙今回の「team mate」は、11月23日(木・祝)に開催される単独イベントに合わせて、武道館で撮影。表紙は、武道館の入り口で秋らしいスタイリング、笑顔で佇むカットを起用。ほかにも、会場内や扉の前で楽しそうにジャンプをしたり、ポーズを決めたりと、多数収録。特別版には、イベント当日の写真が掲載されるQRコード特典付きとなっている。一方カレンダーはポスタータイプとデスクタイプで展開。今回カレンダーは、12色のカラーテーマに撮影。前回からレベルアップし、ポスタータイプは初となる14ページで構成されており、12ポーズ・12変化と、永野さんの魅力が存分に詰まっている。「永野芽郁オフィシャルカレンダー2024」ポスタータイプ表紙また、それぞれのカレンダー表紙と、特典であるフォトカードの絵柄全3種のビジュアルも公開された。ポスタータイプの表紙は、グレーのドレスとコートを身に纏い、アンニュイな表情でシックな大人っぽい印象に。デスクタイプの表紙は、真っ赤なコーディネートでカジュアルかつ可愛らしい印象となった。日本武道館 特典イメージ特典も、ライトブルー、グリーン、ピンクといったカラフルなカットとなっている。なお、単独イベントでは、カレンダーを先行販売する。《商品概要》●永野芽郁「team mate 特別版」発売日:2023年11月23日(木・祝)価格:1,500円(本体1,364円+税)サイズ:B5ページ数:16ページ発行:SDP●永野芽郁オフィシャルカレンダー2024(ポスタータイプ)発売日:2023年12月13日(水)価格:2,700円(本体2,455円+税)サイズ: B3(縦515mm×横364mm)ページ数:14ページ発行:SDP●永野芽郁オフィシャルカレンダー2024(デスクタイプ)発売日:2023年12月13日(水)価格:2,400円(本体2,182円+税)サイズ: A5判 卓上ケース入ページ数:14ページ発行:SDP(シネマカフェ編集部)
2023年11月15日妊娠中に感じた「自分の体が変化していく怖さ」(※画像は藤本美貴さんオフィシャルブログより)藤本美貴さんといえば、YouTubeのお悩み相談に対するポジティブな回答が大好評。最新動画でも、妊娠や子育てに関するさまざまなお悩みに答えています。妊娠中の妻が「つわりがとても大変そう」で、どう接したらいいか悩んでいるという男性からのお悩みに対して、藤本さんは自身の妊娠中の体験を明かしました。藤本さん自身はつわりがそこまでひどくはなかったそうですが、妊娠中はいつも通りの体調とはいきません。そんなとき、夫の庄司智春さんが「(お腹の中で赤ちゃんを)一生懸命育ててくれてありがとう」と言ってくれたことに支えられたといいます。その経験から、相談者の男性に、「妻が大変だっていうことに共感してあげることが大切」「(妊娠・出産は代わってあげられないから)感謝の気持ちを伝えることくらいしか男性ってできない」とアドバイス。さらに、女性は妊娠中に「自分の体が変化していく怖さ」を感じることがあると言及しました。3人のお子さんを産んでいる藤本さん。妊娠中は毎回15キロほど体重が増え、「こんなに太ることって、人生で(めったに)ないじゃん」「大丈夫なのかな?」と不安だったそう。そんな妻の不安を少しでも解消するために、世の中の男性たちに向けて、庄司さんが言ってくれたような共感やねぎらいの言葉を「ぜひ使ってください!」と主張していました。「この距離で里帰り出産?」と義母が半笑いまた、藤本さんは妊娠中に義母から言われた言葉が忘れられず、モヤモヤしているというママからのお悩みも取り上げました。相談者の女性は、切迫早産になりかけた時、義母に「そういうのって、仕事してる人がなると思ってた」と言われたり、近くの実家で里帰り出産をすると伝えた際に「この距離で里帰り出産?」と半笑いで言われたりしたことが忘れられず、義母が「どんどん苦手になっている」といいます。藤本さんは、「子どもが絡むことで(義母を)嫌いになるパターンはある」としつつも、義母の側に悪気があるわけではなくても、リアルタイムの子育て世代と義母世代には妊娠・出産の知識や経験に大きなギャップがあると推測。それが溝を生んでしまう原因ではないか、というわけです。とはいえ、できれば夫の実家と険悪な関係に陥りたくはないですよね。藤本さんは義母に何か言われても「時代が違うんですよっていうことであまり気にしない」「『そうですね』って言っとけばいいんだよ」と、流したりうまくあしらったりすることも大切だと、大人のアドバイスを授けていました。視聴者からのさまざまなお悩みに答え、「子育てって大変だよねって思います」「日々自分でしてても『大変だな』『すげえ疲れるな』って思うけど、みんなの話聞いても大変だよねって思います」と実感したという藤本さん。だからこそ、庄司さんが言っていたような「無事に育ててくれてありがとう」「(ママがしっかり子育てしてくれているから)無事に大きくなってるね」といった言葉が必要なのだと強調していました。妊娠中、パパのサポートは不可欠つわりの症状は人それぞれですが、つわりで食事が十分に取れないと疲れやすくなります。つわりが重症化すると、妊娠悪阻といって水分や食事がほとんど取れなくなり、急激に体重が減ってしまう場合もあります。妊娠悪阻にまで発展すると、基本的に入院したうえで点滴などの治療を受けることになります。つわりは妊婦さんにとってありふれた不調ですが、このような危険も潜んでいることを知っておいてください。こうしたリスクを減らすためにも、つわりがひどい期間は家事や仕事で無理をしないことが大切です。また、不安やストレスはつわりの症状を悪化させる要因になるため、趣味に没頭する時間やゆったりとリラックスできる時間を意識してつくるようにしましょう。つわりによって家事や仕事が思い通りにできないと、とてももどかしいものですが、そんなときこそパパのサポートが大切です。ママが無理なく生活できるように、パパが家事をはじめとしてやるべきことを自分で考え、実践していきましょう。参照:【医師監修】つわりの時期はいつから? つらいピーク時期の対処法
2023年11月08日株式会社三国堂 代表取締役 陳虹宇のインタビュー記事を「人民日報海外版日本月刊」にて公開します。名古屋に本部を置く株式会社三国堂は、日用雑貨の貿易によって旗を揚げた企業である。着実な成長を遂げ、いまでは京阪および中部地区に大型の工場と倉庫を有するサプライチェーンの一大企業となった。わずか8年という短い時間で日本全土に広がる物流ネットワークを構築し、2022年には100億円を超える売上額を計上した。また同年5月、株式会社中日自動車を子会社として設立すると、たった一年でみるみるうちに業務を拡張し、大型貨物輸送車および大型乗用車の整備や修理、車検、さらには中古車販売といった事業まで手がけるほどになった。翌年7月には2つ目の整備工場を立ち上げたことで、目下その総面積は3,000平方メートル以上にもなり、日本中部地区の新興勢力として儼然たる存在感を示している。現在、三国堂グループは主に親会社の三国堂と、子会社の百福商事、中日自動車によって構成されている。三国堂の旗印のもと、三社が鼎立して切磋琢磨するという良好な業務体制を敷くことで、まだ年若い三国堂グループの経営を確かなものとしているのである。先日、本誌記者は、株式会社三国堂の代表取締役である陳虹宇氏と鼎談し、華僑ビジネスマンの新星がいかにしてブレイクスルーを果たしたのか、その秘密について話を聞いた。三国堂代表取締役陳虹宇■初心を忘れず、機先を制する2008年に日本へ留学に来た陳虹宇氏は、卒業すると大型チェーン店に就職して仕入担当となり、苦楽あい半ばする営業一筋の日々を過ごした。それはかけがえのない経験をもたらしてくれたが、先が見えてしまった将来を思うとしだいに満足できなくなり、みずから起業したいという思いが頭をもたげてきた。そして、生活と密着する食材に焦点を絞り、創業の目標を立てたのである。二十一世紀に入って二十年、中国は世界第二位の経済大国となり、中国市場の消費拡大は国境を越えたEコマースの飛躍的な発展をもたらした。その後すぐに国際的なEコマースの発展を後押しする政策が公布され、陳虹宇氏はそこに商機を見出した。2015年、陳氏はその時勢に乗じて「HELLO JAPAN」という貿易会社を設立し、中国への輸出を起点として貿易事業に着手した。事業は順調に拡大して様々な商品を扱うようになり、日本の大手日用品メーカーや卸売業者と確かな協力関係を結ぶまでに成長した。「HELLO JAPAN」という社名は、言うまでもなく世界中の誰にとってもわかりやすい。しかし、その一方で、海外で活躍する華僑が創業した会社であるということはうかがい知れない。日本人なら誰もが知る三国志の物語、そこに仮託された期待を裏切らないという忠義の精神は、深く人々の心に根付いている。「いっそのこと、『三国堂』にしよう。これなら中日両国の経済発展を結ぶ架け橋になるんだという決意が前面に出るし、誠実を第一として信を守るという企業の精神にぴったりじゃないか。」陳虹宇氏はこうして社名を三国堂に変更した。これにより創業の理念が明確になっただけでなく、中日両国が共有する価値観と文化を発展させるという企業の旗幟も鮮明になったと言える。そして「三国堂」は、Eコマース界において誰もが知り、誰もが目指すようなブランディングに成功するのである。■堅忍不抜、業績は三年で二倍にその当時にあって、タオバオ(淘宝)とT-Mall(天猫)はすでに中国語圏で最もアクティブユーザー数の多いウェブサイトであり、その向こうに存在する経済エネルギーたるや推し量ることさえ容易でない。もしアリババの海外サプライヤーになることができれば、それは大陸を中心とする広大な中国語圏市場を開拓したに等しい。とはいえ、その門を開くための鍵がない。そこで陳虹宇氏は、アリババの杭州本部に単身乗り込んだ。毎日、何万人もの人が出入りするアリババの総本山で、何日ものあいだ粘り強く待ち続けた――切り株の番をして兎がぶつかるのを待つ農夫のように。そこで出合ったすべての人に三国堂の状況を紹介し、アリババの海外サプライヤーになりたいという希望を上層部に通してくれるよう頼み込んだ。この「愚行」を、陳氏はなんと三年にもわたって続けたのである。陳氏はその後も様々な方法を検討し、発想を逆転させて仕入れ部門の責任者に連絡をつけようと考えた。最初にかけた一本の電話から、責任者に取り次いでもらってサプライヤーとして認められるまで、さらに一年以上の月日を要した。「焦らないこと」を旨とする陳虹宇氏は、四年という長い時間を費やして、最後にはアリババ国際業務の海外サプライヤーとしての資格を取得し、事業の飛躍的な発展に結びつけたのである。アマゾンおよびアリババと安定供給の契約を結んでいた三国堂は、コロナ禍にあっても直接的な損害を受けることはなかった。しかし、各国が公布した防疫措置は国際輸送に深刻な打撃を与え、中国・日本・アメリカを含む多くの国々で、陸海空の輸送ルートが全面的に縮小された。コロナ前、日本からアメリカに送る貨物輸送コンテナの輸送費は一つあたり50万円前後であったのが、コロナ後は、同じ条件下であってもそれが300万円にまで急騰した。物流コストは上がる一方、資金の回収は進まない。損失が出るのは誰の目にも明らかである。それでも陳虹宇氏の堅忍不抜の精神が揺らぐことはなかった。サプライヤーとして商品のクオリティと期限を頑なに守り、グローバルマーケットで信頼と称賛を築いていったその姿勢が、ついに日の目を見ることとなった。というのも、コロナ予防の社会的な圧力が高まるなか、日本市場ではマスクや消毒液といった商品が、供給が追いつかないほどの「硬貨(ハードカレンシー)」となったためである。三国堂が積み上げてきた信頼により、これまでは高嶺の花であった数多くの大手チェーン店から次々と注文が舞い込み、コロナから三年、三国堂グループの売上額は実に200%の増加を果たしたのであった。■破竹の勢いで戦略的布陣を完成するこれまで三国堂は、実際に物を扱って商売をするということはせず、貨物を指定の港まで輸送して引き渡した時点で業務完了としていた。だが、現在では主体的にオフライン展開を進めて自前の流通ネットワークを確立し、「仕入れ」「物流」「サプライチェーン」「自主販売」「商品の研究開発」など、全方位的なエコロジーを実現した。「株式会社中日自動車」の設立も、そのなかの重要な一部分である。客観的に見れば、コロナ禍は日本のネットショッピングと配送業の成長を後押ししたとも言えるが、そのため、貨物輸送車両の修理や点検に携わる整備工らがさらなるプレッシャーを受けることにもつながった。そのうえ日本の少子高齢化は止まるところを知らず、労働力不足は各業界へと波及している。人材不足と人件費の高騰は、自動車の修理業界へも確実に深刻な影響を及ぼした。これを逆に商機と捉えれば、自社の物流にとっても多大なる便宜をもたらすのではないか。そう考えた陳虹宇氏は、すぐさま「株式会社中日自動車」を設立した。社名の「中日」には、日本に住む中国人という意味のほかに、中国と日本の縮図という意味をも込めている。2022年5月に正式に開業した大型貨物輸送車の整備センターは、中日自動車にとって初というだけでなく、華僑が経営する日本で初めての整備センターでもあり、開業初日から長蛇の列ができて日本中の関心を集めた。一年以上にわたるダイナミックな成長を続け、業界における経験を蓄積し、その勢いに乗じて、2023年7月中旬には第二整備センターも設立した。それと同時に、新エネルギー車両がガソリン車に取って代わるという趨勢を見越して、陳虹宇氏は中古ガソリン車の輸出入業をも積極的に手がけた。これがまたロシア、マレーシア、フィリピンなどから大口の取引を呼び寄せることにつながった。また、陳氏には将来的に不動産事業も三国堂として取り扱うという腹案がある。2025年に開催される大阪万博と日本初のカジノの設置により、大阪に新たな商機が生まれるであろうことを念頭に置いて、陳氏はすでに大阪市の中心からほど近い場所に多くの不動産を購入し、そこにホテルを建設しはじめている。陳氏の脳裏に開かれた一ページには、物流・サービス・不動産を横断する「三業鼎立」という戦略的レイアウトが、いまありありと浮かんでいるに違いない。■取材後記陳虹宇氏は長年にわたって華僑団体の活動を支援してきた。日本初の華僑だけによるサッカー大会「三国堂チャンピオンシップ」を主催したり、中国語教育の環境づくりにも積極的に力を入れ、「国航杯」在日華僑華人子女中国語スピーチコンテストなどの活動もサポートしている。それゆえ、鄭興氏が主任を務める名古屋華僑華人互助センターが華助華文教育基金会を立ち上げたとき、その初代会長としては当然のごとく陳虹宇氏に白羽の矢が立った。いま最も勢いのある華僑ビジネスマンの新星、陳虹宇氏は必ずや華僑の歴史に新たなる一ページを刻みつけるであろう! 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2023年09月26日2023年9月21日、俳優の永野芽郁さんが自身のInstagramを更新。大胆にイメージチェンジをした姿を公開し、反響を呼んでいます!永野芽郁、金髪姿に!イタリアの高級ファッションブランド『プラダ』のファッションショーに参加するため、イタリアのミラノを訪れたという、永野さん。「#PradaSS24」というハッシュタグを添えて、ミラノを満喫する姿を公開したのですが…雰囲気がガラリと変わった、金髪姿になっていたのです!※画像は複数あります。左右にスライドしてご確認ください。 この投稿をInstagramで見る 永野芽郁(@mei_nagano0924official)がシェアした投稿 髪色に合わせて、ブラウンのレザーアウターに身を包み、買い物や食事を楽しんでいた様子の永野さん。永野さんは、2019年にも金髪姿を見せており、清楚な黒髪のイメージからの大胆な『イメチェン』が大きな話題となっていました。久々の金髪ショットに、ファンからは「破壊力がえぐい」「かわいすぎます!」など、驚きと絶賛の声が相次いでいます。・金髪になっていてびっくりしました!激かわです!・一瞬誰かと思った~!衝撃的なかわいさ!・めっちゃお人形さんみたいでかわいい。金髪似合いすぎや…。ファッションショーに合わせた髪色なのか、役作りなのかは分かりませんが、永野さんの『金髪イメチェン』は、多くのファンの心をわしづかみにしたようです![文・構成/grape編集部]
2023年09月21日2023年の岸谷香のライブ活動は実に多彩で濃密だ。2月には荻野目洋子と藤巻亮太をゲストに招いて『岸谷香感謝祭』を開催し、6月にはスガシカオ、馬場俊英、miwaとの弾き語り形式のツーマンツアー『2人ぼっちの大パーティー』を開催。それぞれ、ここでしか観られない素晴らしいコラボレーションが実現した。この他にも『The Unforgettable Day 3.11-2023-』『LuckyFes’23』『TOKYO GUITAR JAMBOREE 2023』など、さまざまなフェスやイベントにも参加している。さらに9月9日からは弾き語りツアー『KAORI PARADISE 2023』がスタート。そしてそのツアー終了後の11月24日からはUnlock the girlsでのバンドツアー『Kaori Kishitani Live Tour 2023 “56th SHOUT!”』も控えている。デビューから40年近くたった今もなお、新たな挑戦を続けている彼女の音楽への情熱はどこから来るのだろうか?主催イベントやライブについての思い、バンドツアーに向けての抱負、今後の展望などについて、話を聞いた。――2023年はライブ三昧の年になっています。しかも『岸谷香感謝際』や『2人ぼっちの大パーティー』など、岸谷さん主催のコンサートも数多く行っています。ライブの主催には、かなりの労力、エネルギーが必要だったのではないですか?『2人ぼっちの大パーティー』は準備があまりにも大変すぎたので、最終日本番前には「当分はいいかな」と考えていました。でもすべてのステージが終わった瞬間に、“なんて楽しかったんだろう!”と思いました。なので、毎年というわけにはいきませんが、3年に2回くらいのペースでやれたらいいなって考えています。ツーマンって、ワンマンとは違うおもしろさがありますね。――というと?対バン相手のステージを観に来たお客さんもいるわけじゃないですか。そういう方々にも、いいステージをお見せしたいという気持ちが強くなるせいか、ツーマンでは不思議なパワーが出るんですよ。スガさん、馬場さん、miwaちゃんのステージも素晴らしかったですし、貴重な経験になりました。スガさんとのツーマンでは、あだ名まで付けられました。――どんなあだ名ですか?“ブルドーザー”ってあだ名を付けられて、スタッフにも大ウケでした(笑)。――岸谷さんが情熱を持ってツーマンに臨んでいたから、そんなあだ名が付いたのではないですか?どうなんでしょう。いろいろな意味があるような気がしますが、命名者に聞いてみないとわかりませんね(笑)。――あだ名を付けられるって、同級生同士の共演ならではですよね。そういうところも楽しかったですね。馬場さんとは「人生という名の列車」を一緒に歌うこともできましたし、miwaちゃんとは世代が違うからこその楽しさを感じました。――さまざまな形態でのライブを精力的に行ってきています。これは意図しての展開なのですか?今年に関しては、“私のできることを全部並べました”という感じでやっています。まだ発表されてないスケジュールも含めて、本当にいろいろな形でライブをやっている実感があります。――ライブへのモチベーションが高いのは、どうしてなのでしょうか?コロナでライブを出来ない時期があったことが大きかったんだと思います。ライブを行うために必要なものを貯金する期間になりました。ピアノを練習する時間もありましたし、ライブアレンジ、曲の構成、演出など、ライブに必要なことについて、突き詰める時間になりました。ライブができない状況があったので、ピアノの弾き語りをYouTubeで定期的に配信した時期もあって。「あの曲をやって」「この曲をやって」って、私の想像が付かないような曲を視聴者がどんどんリクエストしてきたんですよ。――かなりたくさんの曲を生演奏されたんですよね。そこで再発見したこともたくさんありました。「えっ、この曲、やったことないよ」と言いながら、弾き語りでやってみたら、意外とおもしろい曲もあったんですね。そこからさらにアレンジを突き詰めて、弾き語りツアーのセットリストに入れた曲もいくつかあります。YouTubeでリクエストされなかったら、おそらく弾き語りでやることはなかったので、“無駄なことってないんだな”って思いました。あとは、ライブの構成や流れについて考えるようになって、よりライブが楽しくなったところもありました。実際のライブで活用できるくらい、ライブをやるために必要な能力の貯金が貯まったタイミングだったんじゃないかと思います。ついにその貯金を使うぞー!って(笑)。――ライブに必要な能力って、ステージで歌って演奏するだけでなく、ライブをトータルで表現していく能力ということでしょうか?そうですね。ここに来て、その楽しさを知ったという感じですね。大きかったのは弾き語りツアーなんじゃないかな。弾き語りって、ひとりで演奏して歌うことだけではなくて、アレンジを新たにゼロから作りあげる作業もあるし、流れを考える作業もあります。これがなかなか難しいという。――どういうところが難しいのですか?自分では、“こんな風に聴こえてほしい”と思って演奏したとしても、他人にそう聴こえるかどうかは別問題であるところですね。自分のイメージを主観的に追求することと観客の視点で客観的に判断することを両立させなきゃいけないので、その判断力を養う必要があります。――デビューから40年近くたった今も、さらなる成長を目指しているところが素晴らしいです。この1年で“自分がどんなミュージシャンなのか”を思い知ったことも、大きかったと思います。例えば、miwaちゃんとのツーマンで、何が一番のプライオリティーかということでは、miwaちゃんは「歌」と言ってましたが、私は歌ではないんですよ。馬場さんは「歌詞をしっかり表現したい」って言っていたけれど、私は歌詞へのこだわりはそこまでではないし。スガさんはスガさんで、私がどうやっても思いつかないようなコード進行を作る才能を持っていらっしゃるし。他のミュージシャンと共演することで、自分に足りない部分を思い知らされました。――岸谷さんは作曲・アレンジ・プロデュースへのこだわりを強く持っている印象を受けます。曲作りもアレンジも好きですし、プロデュースも好きですね。一時期、“私はプロデュースにあんまり向いてないな。自分のことしか考えられないタイプだな”って思っていたんですよ。でも最近になってイベントを主催する機会も増えてきて、やっぱりプロデュースするのが好きだなって再認識しました。――Unlock the girlsを組んでからは、バンドのプロデューサーという役割も担っていますよね。自分とは全然違う音楽を聴いてきた子たちと一緒に音楽を作るのは、とても楽しいです。みんなと一緒に曲を作る時に思っているのは、それぞれが持っているものをそのまま出してほしいということ。それぞれのメンバーから出てくるものをまとめる作業は大変かなと想像していたんですが、やってみたら、意外とできるものだなと思いました。今年からコンサート制作の経験豊富なプロデューサーが新たにチームに参加してくれたこともプラスになっていると感じています。――ブラスになっているのは、どんなことですか?そのプロデューサー、私の曲を全然知らないんですよ(笑)。せいぜい代表曲を何曲か知ってるくらい。でもそこもいいというか。私の曲を知らない人がどう感じるかは重要なことですし、客観的かつ的確に指摘してくれるので、とても参考になっています。弾き語りツアーなどで地方に行くと、「Diamonds<ダイアモンド>」と「世界でいちばん熱い夏」と「M」くらいしか知らないお客さんがたくさんいるんですが、そのプロデューサーが「いい」と言ってくれたら、そういう人たちにもちゃんと届くんだろうなって思えるようになりました。――来た人全員に届けるためには、構成や流れも重要な要素になるんですね。ある意味、「M」や「Diamonds<ダイアモンド>」の扱いって、とても難しいんですよ。これらの曲を何十年もやってきている側からしてみると、「『M』が良かったです」って言われることも、もちろんうれしいんですが、それだけじゃ困るというか。「今の岸谷香の音楽もいいね」「初めて聴いたあの曲、いいね。CD探してみようかな」って、他の曲にも興味を持ってもらいたいじゃないですか。――ミュージシャンとしては当然の思いですよね。私は“懐メロおばさん”みたいになるのはイヤだから、いかに昔の曲がコンサートの目玉にならないようにするか、いつも考えているんですね。そこでプロデューサーの指摘がとても参考になっています。なので、プロデューサーをリハーサルスタジオにお呼びして、通して聴いてもらって、「私はこういう意識でやっているけれど、そう聴こえますか?」と確認するようにしています。「だったら、この曲は入れ替えたほうがいいね」「ここはこういう照明の演出をすれば大丈夫」といった感じで、プロデューサーの意見を参考にしながらコンサートを組み立てています。――実際のコンサートで、そうしたやり方の成果を感じていますか?明らかな違いがありますね。その日のライブの舵を自分が取っているという実感があるんですよ。弾き語りは要素が少ないので、出発地点はいつもほぼ一緒なんですが、これまでは“その日の潮の流れによって行き先も変わるし、どこに到着するかわからない”という意識でやっていました。でも客観的な視点を意識するようになってからは、潮や風の流れによって迂回することもあるけれど、到着地点は常に一緒というライブができるようになってきました。その日のステージの出来が良くて、たまたま感動してくれたのではなくて、“感動してもらえるように組み立てているのだから、感動は必然”という風に意識も変わってきました。――客席の反応をコントロールすることも重要なんですね。以前はいかに大きな声援と拍手をもらうかということばかりを考えていましたが、客席に求める反応って、それだけじゃないなと気がつきました。例えば、ここはじっくり聴き入ってもらいたいから、拍手はいらないという場面でパラパラと拍手が来たら、舵を取れていないんですよ。そういう場面では拍手をさせないやり方が必要になります。これまでは行き当たりばったりでやっていたことでも、今は自分がイメージしたとおりのステージをできるようになってきました。――近年の岸谷さんの弾き語りのステージを観ていて感じるのは、1曲1曲の歌が深く染みてくるということです。流れ以外のことで、ステージにのぞむ意識で変わってきたことはありますか?弾き語りって、ひとりでやっているわけだから、個人的なメッセージを伝える意味あいもあると思うんですね。そうした時に、これまでの人生で感じたことを包み隠さず音楽で表現できたらいいなって思うようになってきました。例えば、大切な友達が亡くなってしまって感じたこと、命の尊さやその人が生きていた証しのかけがえのなさなど、素直に歌に込めて届けたいなって。もちろんライブってエンターテインメントだから、暗くなりすぎるのは違いますが、弾き語りだったら、そうしたテーマでも自然にさらっと歌うこともできるし、しっとりと届けることもできるし、ニュアンス豊かに表現できるところが魅力だと感じています。――弾き語りって、奥が深いですね。弾き語りのライブを観に来る人って、ハッピーになりたい人ばかりじゃないと思うんですよ。泣きに来る人もいるかもしれないですし、いろいろな瞬間があっていいのかなと考えています。幸いなことに私の曲って、基本的に明るいものが多いので、弾き語りで賑やかな気分になったり、しんみりしたり、いろいろな場面を作れるんじゃないかなと思っています。“新譜が出たから、新譜を中心にやります”ということではなくて、最近はコンサートの核になるものはなんなのかを意識するようになりました。――コンサートの核になるものって、どのようなものですか?その時々に歌いたいこと、届けたいことのファーストイメージ、テーマみたいなものを探し出して、そのイメージに沿って構成するようになってきました。今年、バート・バカラックが亡くなったじゃないですか。“今の私があるのは、バート・バカラックを始めとするさまざまな音楽家から影響を受けたからだ”という発想からストーリーを作って選曲したりもしています。バート・バカラックのことを思って書いた曲は、セットリストからはずれたんですけど、自分のスタート地点を意識するところはありますね。今年のライブの選曲で、スタッフから言われるまで気がつかなくて、びっくりしたことがありました。――それはどんなことですか?「今年はPRINCESS PRINCESSのオンパレードみたいだね」って言われたんですが、確かに多いんですよ。それもみんなが大好きなPRINCESS PRINCESSの曲ではなくて、ソロになって初めてやるPRINCESS PRINCESSの曲もいくつかあって。おそらく私が今年作りたかったシーンとPRINCESS PRINCESSの曲がたまたま合ったんだと思います。それらの曲をやるのがとても新鮮で楽しかったです。――例えば、どんな曲ですか?PRINCESS PRINCESSの再結成の時に初めて5人でやった「I LOVE YOU」とか、解散前に1回もステージでやっていない曲とか。選曲する時点でPRINCESS PRINCESSの曲かどうかを意識する必要はないな、その時々にやりたい曲をやるのがいいなって思うようになりました。――11月24日からバンド編成でのツアー『Kaori Kishitani Live Tour 2023 “56th SHOUT!”』が始まります。数字と“SHOUT!”という言葉が付いたツアーが最初にスタートしたのが2014年で、“47th SHOUT!”からでした。そもそもこういうタイトルにしたのはどうしてなんですか?新譜のないツアーだったので、“ツアータイトルを考えるのもめんどうだな。きっとこの先もずっと歌っていくだろうから、年齢でいいんじゃないかな?”っていうノリで、“47th SHOUT!”と付けて始めたら、いつのまにか50も越えて、56になっていました(笑)。――コロナ禍での中断はありましたが、ほぼ毎年の恒例のツアーとなっています。弾き語りとバンド編成というふたつの異なるツアーがあることで、観客もさまざまな楽しみ方ができますよね。基本的には弾き語りツアーは“KAORI PARADISE”、バンド編成でのツアーは“SHOUT!”で統一しています。ゆっくり座ってじっくり聴きたい、泣きたいという時には“KAORI PARADISE”、スカッとしたい時には“SHOUT!”に来てもらったら、観る目的が達成されるのではないでしょうか(笑)。ツアーが2種類あるおかげで、すべてを網羅する必要がなくなったので、構成を考えやすくなりました。“KAORI PARADISE”ではPRINCESS PRINCESS時代の曲が多めになることもあると思いますが、“SHOUT!”は、今の私の音楽、56歳のシャウトを楽しんでもらいたいですね。――ツアータイトルに年齢の数字が入っているのは、その時々のリアルタイムの音楽をやっていることの証しでもあるわけですね。そう考えています。56歳のシャウトが47歳のシャウトと同じになっちゃったら違うだろうし、今年は今年のシャウトになると思います。CDでリリースしていない新曲もやる予定です。――ツアータイトルの中に年齢という数字が入ることで、リスナーの人と一緒に年を重ねて併走しているというニュアンスも出てきそうですね。一生のファンみたいな人もいるでしょうしね。年齢をカウントすることで、この年はこうだった、あの年はこうだったって、自分の歴史と重ねやすいところはあると思います。――バンド編成のライブの魅力って、どんなところにあると考えていますか?エレキギターの楽しさに尽きますね。リハーサルで、エフェクターを踏んで、エレキギターのあの音色が響くだけで、テンションが上がりますから(笑)。自由度の高さもバンドの楽しさの1つですね。例えば、途中まで私がピアノを弾いて、間奏を入れて途中でギターに持ち替えて、私とYukoのツインギターで演奏するのもありですし。その場で出てきたアイディアを実行するのが楽しいです。――Unlock the girlsを結成して約6年とのことですが、変わってきたことは?どんどんバンドになってきていますよね。スタート時点では、Yuko・HALNA・Yuumiの3人と私とでは、年齢もキャリアも聴いてきた音楽もまったく違ったので、対等の関係になれるかどうか、それぞれ不安もあったと思うんですよ。でも今はみんな、機嫌が悪かったら、遠慮せずにそのまま機嫌の悪さを出すようになってきました。そうそう、バンドってこういうことだよねって(笑)。音楽的にもこの4人で演奏したら、こうなるなってイメージできるようになってきました。――バンドのオリジナリティーが確立されてきたということなのでしょうね。バンドになったとしか言いようがないですね。誰かが誰かに合わせるのではなくて、それぞれが自分のやりたいように演奏した結果、バンドの音になっているのが理想なんですよ。その境地に近づいている実感がありますね。一緒に曲を作ったり、ライブをやったり、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのライブを観に行ったり、みんなで集まってYouTubeのライブ映像を観たり。楽しいことも共有できているのが大きいですね。3人ともいろいろなところに出て行って演奏する機会があるんですが、“ホームは楽だな”って感じてくれたらと思っています。――バンドになったなと実感したのはどんな瞬間ですか?あるライブのリハの時にHALNAが「アンコールの曲の後奏、レッチリのあれにしちゃおうよ」と提案してきて、「いいね」「やろうやろう」とすぐに決まり、HALNAが本番でフリーの振りまで真似して、大ウケした瞬間ですね。観ている人たちはポカンとしたかもしれませんが、バンドって、たまには内輪ウケがあってもいいんじゃないかなと思います。――バンドの楽しさって、そういうところにもありますよね。ツアーでは新曲を披露する予定とのことですが、新曲の曲作りはどんな感じで進んだのですか?みんなで飲んでいる時に、「シャッフルの曲がないから、あるといいよね」「マイナーの曲もないから、やろうよ」って話していたんですよ。最初は「私はマイナーの曲は書かないんだよね」って言っていたのですが、他のメンバーがこれまでマイナーの曲を多くやってきたこともあり、「じゃあ作るか」ということになりました。その後、私が大本の音源を作り、その音源をもとにして、メンバーがちょっと変えてデモテープを作り、そこからさらにみんなで話しながら作っていったら、どんどん曲が良くなりました。――そうした作り方はバンドならではなんでしょうね。バンドっておもしろいなと思いました。今はすっかりライブモードになっているので、レコーディングもリリースの時期も決まっていませんが、ライブが一段落したら、作品作りをしたいですね。――バンドツアーは“56th SHOUT!”となるわけですが、今の時期について、どう感じていますか?いい時期だなと感じています。今が収穫期ですね。今まで一生懸命種をまいて育ててきて、音楽の果実を収穫している感覚があります。私はPRINCESS PRINCESSを解散して奥居香になって、その後、岸谷香になり、しばらく子育てでお休みして、名前がコロコロ変わったので、若い音楽ファンからすると、「あんた誰?」の極地だと思うんですね。Unlock the girlsでのバンド活動も始めて、ここ数年でやっと岸谷香としての音楽活動が落ち着いてきたかな、この時期を楽しみたいなという心境になっています。――収穫期とのことですが、収穫すると同時にまた種をまいているのではないですか?植物も花が咲いて、実がなって、その実が地面に落ちて、また種になったりするじゃないですか。音楽もそういう、いいサイクルでやっていけたらと思っています。――2024年にはデビュー40周年を迎えます。実感はありますか?40周年と言っても、私はほとんど10年は休んでいるようなものだから、中身は30年くらいの感覚ですね。だから今の私のミュージシャン年齢は46歳(笑)。周年にはまったく興味がないんですが、スタッフは周年が好きなので、今後、いろいろな展開があるかもしれません。私としては今年、自分ができることを全部並べたという意識があって、その流れが2024年頭まで続くイメージですね。2022年の年末に『KAORI PARADISE 2022 年末スペシャル』ということで、ビッグバンドと共演するステージを3本やったんですね。そのステージがとても楽しかったので、2024年の初めに再びビッグバンドと一緒にやる予定です。これまでにフルオーケストラとの共演はあるんですが、ビッグバンドとは、PRINCESS PRINCESS時代に、六本木PIT INNというライブハウスで遊びで1回やっただけだったんですよ。――これまで共演してことなかったのはどうしてなのですか?私は弦楽器には馴染みがあるんですが、管楽器ってほとんど馴染みがなかったんですよ。管楽器って、ジャズやブルースやR&Bを通っていないと、わからないところがあると思っていたから。私はブラックミュージックをほとんど通らないまま、ここまで来ちゃったので、“管楽器は得意じゃないな”という意識がありました。でも私の曲って基本は明るいし、ロックンロールもあるし、実は結構管楽器が入っているんですよ。友達のミュージシャンから「ビッグバンドとやってみない」と声をかけられて、やってみたらとても楽しかったんですね。なのでもう1回やりたいと思い、おそるおそる「また一緒にやってもらえますか?」と聞いたら、みなさん、快くOKしてくださって、再び共演できることになりました。最近の若いミュージシャンのやっているビッグバンドって、女の子たちもたくさんいて、次にやる時にも女の子が二人入る予定なので、今から楽しみです。ここに来て、また新たな音楽の楽しさと出会えました。――年々、音楽表現の幅が広がっているということですね。2024年も感謝祭をやる予定ですし、バンドでのツアーもやりたいし、弾き語りの一人旅もやりたいと思っています。何人か分のミュージシャン人生を一人で体験しているようで、とても欲張りに生きている気がします。“全力で仕事して全力で遊ぶ”というのが、2023年の私のモットーなのですが、実際に今年はおおいに働き、おおいに遊んでいます。――これだけ多種多様なライブ活動をやりながら、遊びも充実させるところが素晴らしいですね。大きな仕事が終わった翌日には「さらば!」って、さっさと日本を出国したこともありますね(笑)。子どもたちも大きくなったし、そういう過ごし方が私にとっては、いちばんハッピーなんですよ。ライブで放電した後には、いろいろな刺激を受けて充電することも必要だと思っています。海外にライブを観に行くことは私にとって最高の充電の1つですね。――岸谷さんの音楽活動、さらに自由自在になっているという印象を受けます。若い頃って、“自分はこういうミュージシャンだから、こういうことをしたらおかしいだろう”と、自分で自分を枠にはめてしまうところもありました。でも今は“何をやってもいいかな”と思うようになりました。死ぬまでに世界各国のいろいろな料理を食べておきたい、みたいなノリに近いのかな。やったことのないことをやっておきたいんですよ。やってないことって、まだまだたくさんあるので、楽しみは尽きないだろうなと思っています。Text:長谷川誠Photo:吉田圭子<公演情報>Kaori Kishitani Live Tour 2023 ”56th SHOUT!”11月24日(金) 名古屋BOTTM LINE開場18:15 / 開演19:0011月25日(土) 大阪BIGCAT開場16:15 / 開演17:0012月3日(日) 東京日本橋三井ホール開場16:15 / 開演17:0012月9日(土) 福岡トヨタホールスカラエスパシオ開場16:15 / 開演17:00チケット料金:全席指定8,500円(入場時ドリンク代が必要)()岸谷香 公式サイト:
2023年09月19日高橋文哉×志尊淳W主演ドラマ「フェルマーの料理」に、細田善彦、宇梶剛士、高橋光臣が出演することが分かった。数学者を志すも、その道を挫折した天才数学少年・北田岳(高橋さん)は、謎多きカリスマシェフ・朝倉海(志尊さん)と出会い、料理の世界に導かれていく。本作は、海が経営する二つ星を獲得した新進気鋭の超一流レストラン「K」で、シェフ・赤松蘭菜(小芝風花)や世界中から集まる実力あるシェフたちと切磋琢磨し、誰も到達していない料理の真理の扉を開くべく、料理×数学で前人未到の世界に挑む青春ストーリー。細田善彦が演じるのは、「K」の副料理長・布袋勝也。料理長になれる技量・才能を持っているが、海の才能に惚れ込み、副料理長として働いている、店の立ち上げ当初からのメンバー。スタッフの誰からも愛されている存在だが、“永遠のナンバー2”としての苦悩も…。「布袋は竹を割ったような性格で、新人の岳を厳しくもあたたかく見守り、カリスマ的存在の海にも意見を言えるキャラクターです」と役どころを説明し、「そんな布袋を力強く演じたいと思います」と意気込む。宇梶剛士が演じるのは、自転車販売店を営みながら、息子を男手ひとつで育て上げてきた岳の父親・北田勲。熱くて真っ直ぐな父親を演じる宇梶さんは、「今まで父親の役はたくさん演じてきましたが、子どものことを最優先に考えて愛情を表現するような役は初めてな気がします。息子の岳役の高橋さんとの共演は初めてですが、感性が鋭く繊細なイメージがあります。自分と似ている部分があると感じるので、親子役を演じるのが楽しみです」とコメント。高橋光臣が演じるのは、ドラマのオリジナルキャラクターで、上半身裸の謎の男・淡島優作。服についたソースを洗い落とす手間を省くため、ディナーのたびに上半身裸になる淡島は、いたって合理的で謎な男。度々、海と渋谷(仲村トオル)と密会している。オリジナルキャラクターということで、「今のところどうなるのかまったく想像もつきません」と話す高橋さんは、「ただただ誠実に役と向き合い、料理を題材にしたこの作品のスパイスになれたらいいなと思っております」と話している。「フェルマーの料理」は10月、毎週金曜日22時~TBSにて放送予定。(シネマカフェ編集部)
2023年09月08日「めちゃめちゃ怖かった」(※画像は藤本美貴さんオフィシャルブログより)藤本美貴さんと庄司智春さんは2006年7月に結婚し、2012年に長男、2015年に長女、2020年に次女が誕生しています。YouTubeでは家族で過ごす動画や、飾らない夫婦のやりとり、視聴者からのお悩み相談など様々なコンテンツが大人気に。中でも夫婦のデート動画はファンの多いシリーズ。最新の夫婦ドライブ動画では、かつての離婚危機が明かされました。庄司さんが旅番組のロケでモンゴルに滞在し、乗馬した体験について「違う人生みたいだった」「俺が俺じゃないみたいな不思議な感じだった」と回想すると、「私も馬に乗りたい!」と笑顔でアピールする藤本さん。すると庄司さんから、すかさず「馬に乗ったじゃん。俺に乗ってさ、Tシャツびりびりにしたじゃん」と鋭いツッコミが入りました。Tシャツをびりびりに破くとは穏やかではありません……一体何が起こったのか?それはかつて盛大な夫婦喧嘩をしたときの出来事だといいます。藤本さんは「馬乗りね。ケンカして、死んだふりしたから庄司に乗っただけ」と反論、口論の末に庄司さんが死んだふりでその場をやり過ごそうとしたことに激怒した藤本さんが、馬乗りになって「死んだふりしてんじゃねえよ!」と胸ぐらをつかんだという強烈なエピソードが披露されました。庄司さんは「めちゃめちゃ怖かった」、藤本さんは「後にも先にもあの1回だけ」「死んだふりをされて、『すっげぇ気持ち悪い』と思った」と、それぞれ当時を回顧。藤本さんは「そのあと仲直りしたときにも言ったけど、『気持ち悪いしむかつくから、二度とやめてね』って」と明かしたうえで、「懐かしいな、今となってはいい思い出だね」と締めていました。動画本編の最後には、藤本さん主観の映像に切り替わり、庄司さんの上に馬乗りになって当時の様子を再現する一幕も……。そんな喧嘩もあったとはいえ、今も仲睦まじい夫婦のやりとりに、「将来はこういう夫婦になりたい」「裏表もないご夫婦で好感が持てます」「これを笑いに変えられるって本当に素敵な夫婦」「夫婦関係で悩んでたけど、ミキティたちもこんな喧嘩したことあると思ったらもう少し頑張ってみようと思えました」というコメントが寄せられています。
2023年09月07日日本香堂のお香ブランド「セントスケープ(Scentscape)」から、2023年の新作として「りんご&金木犀」や「抹茶ラテ」などが登場。日本香堂の「セントスケープ」から秋冬の新作お香「セントスケープ」は、「移りゆく季節とともにカラフルに広がる“香り(scent)と景色(scape)”」をテーマにしたお香ブランド。2種類の香りを独自に掛け合わせた「今、聞きたい」(=その香りをゆっくりと味わうこと)香りを展開している。新作では、秋冬に旬を迎える果実に相性の良い⾹りを掛け合わせた「りんご&金木犀」「ペア―&ホワイトムスク」「柚子&ベルガモット」の3種類、落ち着きのあるウッディ調をベースにした「ゼラニウム&ヒノキ」「ウード&バニラ」、温かい飲み物に⽢いミルクを掛け合わせた「カフェモカ」「ミルクティー」「抹茶ラテ」の8種類を展開。各香りの心象風景をイメージしたグラデーションカラーに彩られたパッケージは、お香入れとしても使える設計だ。インテリアに取り入れやすいのが嬉しい。<香りのラインナップ>りんご&金木犀:甘酸っぱいりんごとすっきりとした金木犀のフルーティーフローラルの香りペア―&ホワイトムスク:ホワイトムスクとみずみずしく甘いペアーが織りなすフルーティームスクの香り柚子&ベルガモット:柚子とベルガモットが爽やかに煌めくグリーンシトラスの香りゼラニウム&ヒノキ:華やかなゼラニウムと清涼感のあるヒノキのフローラルウッディの香りウード&バニラ:香り深いウードに温もりあるバニラが心地よく包むウッディアンバーの香りカフェモカ:ミルクたっぷりのエスプレッソにカカオを添えたカフェモカの⾹りミルクティー:濃いめの紅茶にスチームミルクをふんわりのせたミルクティーの⾹り抹茶ラテ:上品な抹茶に⽢いミルクが溶けこむ濃厚な深みのある抹茶ラテの⾹り【詳細】セントスケープ 秋冬新商品発売日:2023年8月1日(火)希望⼩売価格:1,650円(全種共通)お香サイズ:約140mm、1本あたりの燃焼時間:約25分、内容量:約32g■取扱い店舗香十 盛岡店、香ぎゃらりぃ(大丸東京店、小田原店、名古屋三越栄店、松坂屋静岡店、芦屋モンテメール店、ラシック福岡天神店、博多阪急店)、フレグラボ 星ヶ丘三越店、全国の雑貨店、お香ショップ、銀座蔦屋書店
2023年09月02日女優の永野芽郁が27日、都内で行われた新潮社主催のイベント「ニコ☆フェス」にスペシャルゲストとして登場した。新潮社は、同社が刊行する雑誌『ニコ☆プチ』(小学生女子向け)と『nicola(ニコラ)』(中学生女子向け)の2誌が初めてタッグを組んだファッションイベント「ニコ☆フェス」を開催。同イベントでは「第12回ニコ☆プチモデルオーディション」と「第27回ニコラモデルオーディション」のグランプリが発表され、両誌のOGモデルでもある永野芽郁がシークレットゲストとして登場し、グランプリに選ばれた未来のスターにエールを送った。かつては『ニコ☆プチ』と姉妹誌『nicola』のモデルを担当していた永野。「キラキラしてますね。私が彼女たちと同い年の頃はあんなにキラキラしていたかな? と。すごく輝いているし可愛かったです」とこの日選ばれたニコラモデルとニコプチモデルを称賛し、「これから自分たちがどういう風になっていくのかドキドキワクワクしていると思うし、ちょっとした不安もあると思いますが、皆さん自身がおしゃれを楽しんでください。おめでとうございます」と祝福した。イベント中には同誌のモデル時代だった写真も公開。ハワイで撮影した写真をオーディエンスと一緒に見ることになり、「あんまり変わっていない(笑)。一緒じゃん! 今じゃん!(笑)」と幼少期と変わらない現在の姿に苦笑いも。続けて「『ニコプチ』の時(小学生)は同い年のモデルの子と撮影後に電車に乗って帰りました。同級生と一緒におしゃれしながらトークして帰るみたいな、もう1つの学校みたいで楽しかったです。『ニコラ』モデル時代はお姉さんになったから学校終わりに撮影していました。学校というより部活動に近い感じで撮影した記憶があります」とモデル時代を振り返っていた。なお、この日発表された「第12回ニコ☆プチモデルオーディション」と「第27回ニコラモデルオーディション」のグランプリは、「第12回ニコ☆プチモデルオーディション」が愛知県出身で小学5年生の安藤実桜さん、千葉県出身で小学5年生のかのんさん、大分県出身で小学5年生の藤中璃子さん、東京都出身で小学5年生の井口美怜さん、兵庫県出身で小学4年生の井上美聖さん、福岡県出身で小学5年生の土井愛理咲さん、「第27回ニコラモデルオーディション」が群馬県出身で中学1年生の十文字陽菜さん、大阪府出身で中学1年生の松尾そのまさん、東京都出身で中学1年生の梨里花さん、熊本県出身で中学3年生の上妻美咲さんがそれぞれ選ばれた。
2023年08月28日致遠教育の創設者兼CEO 李 翀宇のインタビュー記事を、「人民日報海外版日本月刊」にて公開します。致遠教育 創設者兼CEO 李 翀宇■インタビュー記事について中国の経済と科学技術は飽くなき発展を遂げ、2010年、GDPは初めて日本を抜いて世界第二位となった。そしてちょうどその頃から海外留学、とりわけ日本への留学が脚光を浴びはじめた。それは一部の人たちの興味に留まらず、いよいよ多くの家庭のなかで有力な「選択肢」、あるいは「第二の人生」として認識されるようになっていった。そして2023年、全国大学入試を終えた受験生たちが期待と不安を胸に結果を待っていた6月のある日、本誌記者は致遠教育の創設者にしてCEOでもある李 翀宇氏と対談し、「留学」という言葉が持つ本当の意味を追った。致遠教育123■自ら道を切り開き、大学院までの空白を埋める「わたしは小さな町の受験生だったわ」、「この体は努力と情熱で出来ているの」、李 翀宇氏は大学受験のメッカである河北省において言語系の名門大学に優秀な成績で入学したが、往事のことをそんな小気味よい言葉遣いで振り返ってくれた。大学三年生の時、学業においてまだ余力のあった彼女は、中国にある大手の日本語指導塾でアルバイトをはじめた。生徒に対する思いやり、仕事に対する熱意、そして自身の経験から導き出した効果てきめんの勉強方法、李 翀宇氏はこれらを頼りに、夢を胸に秘めた同世代の人々の日本語レベルを一気に引き上げ、日本留学という最初の切符を手にする手伝いをしてきた。大学卒業後、日本の大手企業の中国支社に就職すると、水を得た魚のように優れた能力を発揮し、ほどなくして東京本社に異動することとなった。李 翀宇氏は両親に経済面での負担をかけたくなかった。そのため「留学」の言葉をずっと飲み込んできたのだが、初めてその足を日本の地に下ろすことができたのである。そのとき、心の奥底から響いてくる自分の声にはじめて向き合った――もっと勉強したい!李 翀宇氏にはつきもあった。会社の上司は大学院に入りたいという彼女の考えに理解を示してくれたし、先輩は自分の恩師に連絡を取って彼女への助言を求めてくれた。ただ残念だったのは、当時の日本にはまだ大学院への進学を考える中国人留学生をサポートする場所が無かったことである。そうした環境であることもわかった上で、李 翀宇氏はこの茨の道をひたすら歩み、進学への道を模索した。それからは、日本の大学入試に関する資料を机の上に広げ、休憩時間には目を皿にしてホームページをチェックし、日々試験情報を収集した。李 翀宇氏が東京大学の筆記試験に合格した留学生二人のうちの一人になったのはそうした不断の努力があったからで、不思議でも何でもない。しかし、面接でのたったひとことの言い間違いにより、結果は不合格となってしまった。そしていくつか受け取った名門国立大学の合格通知のなかから、最終的に彼女は最も悠久の歴史を有する一橋大学の商学部に進学することを選んだ。初めて日本にやって来た外国人が発奮し、一挙にして名門大学に入学する、それは言うまでもなく並大抵のことではない。ましてや、当時は留学生が入試を受けるための情報など無きに等しかったのである。大学院への進学にあたって李 翀宇氏が身をもって経験した困惑、彷徨、挫折、流した一粒一粒の汗、そして不安で眠れない夜、そのすべてに価値がある、李 翀宇氏はその点に気づいていた。だからこそ、日本の大学に進学するためのネット上の情報コミュニティに積極的に参加し、自らの経験と知識を熱心に広め、東大で辛酸をなめた面接の経験をも惜しみなく伝えた。顔も知らない後輩たち、彼ら彼女らからの信頼と感謝こそ、李 翀宇氏の報酬にほかならなかった。そしてこうした無償の活動がある人々の目に留まるとは、当の李 翀宇氏にとっても思いも寄らぬことであった。当時、日本で影響力のあった華僑の進学指導グループが、李 翀宇氏に白羽の矢を立てたのである。彼らは李 翀宇氏に、日本にやって来た中国人留学生が日本の大学院に進学するまでの空白の時間を指導し、そうした留学生たちのために大学院進学への指導体制を整えるという重大な任務を打診してきた。こうして李 翀宇氏は商学に関する研鑽を積み上げつつ、大学院へ進む予科において指導に当たるようになった。その内容は各種の研究計画のひな形作成や各学科の教材編集から、模擬面接の実施まで多岐にわたるもので、李 翀宇氏は日本の大学院進学を目指す中国人留学生のための指導体制の構築に心血を注いだ。2016年、商学研究科の修士号を取得した李 翀宇氏は、同時にすでに三年もの教学指導経験を積んでいた。こうして学び得た教学の理論や方法をどうするべきか、前途は水の低きにつくがごとく開かれていった。■前途を照らし、希望を育て続ける同じく2016年、致遠教育がその産声を上げた。大学院への進学指導を出発点に置いたことで、致遠教育は創設当初から高水準かつ高評価を得ることに成功する。多くの業種において一定程度には不良品や返品が発生するものだが、それらはあくまで単なる数字でしかない。しかし、こと教育業界においては話が違う。教学の場において「返品」や「キャンセル」は許されないのである。教育分野で事業を興すのは、目先の利益を求めるからではない。その時々の結果を求めて最善を尽くすのは当然ながら、学生たちの前途、さらに言えば一生涯の成長を見守る覚悟が必要となる。致遠教育は創業二年にして、早くも進学率90%という数字をたたき出した。しかし、李 翀宇氏はその数字に甘んじることなく、組織内の構成をさらに見直した。李 翀宇氏が注目したのは、日本にやって来る中国人留学生たちが何を求めて来ているのかである。彼らは経済的利益を求めている部分もあるが、いかにして自身の理想を実現するか、いかにしてより多くの知識と教養を身につけるか、そうした点に重きを置いている。そこで致遠教育は、大学側の学生募集条件と学生側の進学の目的に合わせて、普通本科試験、大学院試験、芸術類試験という三つのコースを用意した。また、クラス担任制を敷き、それを補佐するチューター、全体の教務計画を策定する職員を置いて、教学チームの編成を最適化した。さらには、日本各地の有名国立、私立大学の申請と入試の時期に合わせて、相応の練習問題クラス、ラストスパートクラス、推薦試験対策クラスを用意し、それぞれに異なるレベルや学力、および求められる英語と日本語の能力に鑑みて、英語と日本語の基礎クラス、レベルアップクラス、ラストスパートクラスを設置した。入試とは、その場その時限りの偶然に左右されることもある。また、たった一度の試験が時にはその人の一生を決めてしまう。そんな極限状況に、これまでいったいどれだけの親が切歯扼腕し、いったいどれだけの学生たちが回り道をすることになったのだろう。「留学」――それは大学入試でつまずいた学生たちに示される「新たなる道」であり、「新たなる好機」なのである。「食材を活かすも殺すも料理人の腕次第」、優秀な人材の育成もこれに通じるところがある。「誰でも教育を受けることが出来る」、そうしたシンプルかつ平等な教育観に立ち、一人ひとりの学生にとって適切な道筋を見つけ出してあげれば、どの学生もそれぞれ唯一無二の光を放つものである。学生の強み、特長、興味、不足をいかにして掘り起こすか、学生自身の状況に鑑みて最もふさわしい進路をいかにして見つけるか、学生たちの流す汗の一粒一粒にいかにして価値を持たせるか、学生たちに最短の時間と最高の効率でいかにして合格通知を受け取らせるか。李 翀宇氏と致遠教育はこれらを最も重要な教学理念として位置づけている。時間は何物にも代えがたい。一年半の準備期間を利用して中国の高等職業学校から東大に入った学生も、致遠教育においては一人や二人ではない。また、当初はランクが下の大学を考えていた学生や、得意不得意の科目に大きな偏りがある学生も、致遠教育のサポートを得て東大や早稲田、あるいはその他の有名な大学の主要な学部に入学を決めた。そうした例まで含めると、実に枚挙にいとまがない。李 翀宇氏は、かつて観光ビザで日本に入り、カプセルホテルに泊まりながら東大に合格した学生のことを思い出して目を輝かせた。前途を照らす人、それはすなわち希望を育む人である。致遠教育に籍を置いた学生が自分が志望する大学への入学を勝ち取った時、李 翀宇氏はかつて一橋大学の商学部に合格した自分自身の姿と重ね合わせ、彼らのために心から快哉を叫ぶ。驚くべきことに、李 翀宇氏は在籍した学生の名をいまもなおすべて覚えているという。その記憶力には驚くばかりであるが、それと同時に、学生一人ひとりのことをいかに尊び、いかに大切に思っていたかという、教育に対する彼女の執念と熱意には感動を禁じえない。■初心を受け継ぐ強力なチーム致遠教育には日本国内だけで正規非正規を合わせて400名以上の教職員が籍を置いている。すべての学科は50人を超える博士号取得者によってカバーされ、300人からなるチューターたちが学生に対してマンツーマンで指導に当たっている。彼らは学生たちの学習実績を細かくチェックしており、個々人の状況に応じて随時学習計画を見直してくれる。強力な講師陣が、高水準な研究レベルにある大学院から提出される専門的な問題にも対応してくれる。このように充実した致遠教育の体制は、大学院入学指導のフロンティアとしての抜きん出た実力を証明していよう。情熱を燃やして後に続く学生たちをサポートすること、あるいは企業や社会的な責任を担うことについて、李 翀宇氏は自身も様々な苦しみを味わってきたと率直に語ってくれた。だが、いつも明るく前向きな姿勢を失わない李 翀宇氏は、すぐにそうした心の結ぼれを解きほぐし、同業他社との交流を通じて、さらに人をもって本と為し、遠大な見通しに立脚するという教育観を固めるに至った。チームはいよいよ成長しているが、夢を持つ中国人留学生の未来に対して責任を持つという初心が揺らぐことはない。李 翀宇氏は、自分の双肩には責任がのしかかっていることを重々承知しているし、またこの初心を致遠教育の同僚一人ひとりに伝えることも忘れてはいない。致遠教育の先生たちは、李 翀宇氏と同じように試験の準備をし、進学の希望を燃やし、夢を追ってきた。だからこそ知識や技術に対しても畏敬の念を持っている。そして学生たちの未来を大切に思い、学生たちの夢を尊重している。彼らは徹底した授業準備、微に入り細を穿つ添削、さらには絶えざるアドバイスを通じて、学生たちにただの「知識」を覚えさせるだけではなく、知識を連鎖として捉え、「なぜそうであるのか」というレベルで理解を促すのである。錚々たる教学の実力は堂々たるデータに表れている。法人化して6年、致遠教育は相前後して400人に迫る学生を東大、早稲田、慶応といったトップクラスの大学に送り込み、2022年と2023年のデータによれば、1000通をも超える合格通知書を勝ち取った。目下のところ、致遠教育は東京に三校を構え、北京、蘇州、杭州、南京などにもそれぞれ分校を開設している。スタート地点、レベル、クオリティ、そのいずれをとっても高い水準にある致遠教育は、創設からほどなくして国内外の権威ある教育機関によって評価された。たとえば、北京第二外国語大学と正式に提携し、同大学国際科教員の名分を得て、日本の大学への編入プロジェクトに携わることになった。また、プロフェッショナルな人材の交流を促進するため、人材サービスの分野で最も名高いFESCOとも提携した。さらには国内のハイエンド教育サービスである中公教育とパートナーシップを結び、「プロフェッショナル人材育成」プロジェクトをともに推し進めている。学びと成長は一生のことである。致遠教育が着実に推し進めているのは、生涯を閉じるまでの学生の成長を見据えた遠大なる事業と言っていい。現在、致遠教育は長崎外国語大学、長崎大学、吉備国際大学と提携を結び、いわゆる飛び込み受験のルートを他に先駆けて構築している。このほかにも、南京大学、江南大学、西北大学といった中国国内の有名大学と確かな協力関係を築き上げ、日本最大のHR企業であるLink and MotivationやIBM、デロイト、マッキンゼーなど業界大手とも密接な交流がある。そのため、発掘から育成、そして育てた人材の送り出しまでが一つの輪となり、個々人の持つ価値を十分に活かすことが出来るのである。致遠教育の門を叩けば、得られるのは知識や技術、合格通知にとどまらない。向上心、探究心、そして死ぬまで勉学という人生観、これらこそ、素晴らしい人生の扉を開ける魔法の鍵なのである。■編集後記千里の道も一歩から。ごく一般的な家庭に生まれ、留学費用を捻出することも難しかった「小さな町の受験生」は、後輩たちを教え導きながら一橋大学商学研究科を修了して創業者になった。大学院進学へと続く道を手探りで進んだ開拓者は、教材の編集から教学体制の構築までを自らこなす専門家になった。李 翀宇氏はボトルネックを幾度も突破した自らの経験をもとに、勇躍して夢を追う後輩たちを励ましてくれている――夢があるなら迷わず進め!確かな歩みで遠きに至る致遠教育は、ありとあらゆる人生を豊かに彩ってくれるに違いない。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2023年07月27日ananフェムケア連載「Femcare File」。今回のテーマは「フェムケアアイテムの選び方」。自分に合うフェムケアアイテムを選ぶためには?中元日芽香さんと一緒に『Biople』の店舗を訪れ、ポイントを伺いました。デイリーケアに注目すれば心身の状態は変わっていく。フェムケアアイテムを数多く取り揃えている『Biople』。お話を伺ったBiople企画/コンシェルジュトレーナー・中條直子さんによれば、初めてフェムケアアイテムを買いに訪れる人が増えているそう。「初めての方へのおすすめは、デリケートゾーンのデイリーケアアイテム。ボディソープではなく、デリケート部分専用のソープで洗うなど、日々のケアにプラスするだけで気になる不快感の対策として、体を心地よい状態に保つことができるので試してほしいです」フェムケアアイテムにハードルの高さを感じるという人は、ホルモンバランスを整えてくれるハーブティーやフードなど手軽なものから取り入れるのもおすすめだ。「“これがいい”というのは人それぞれ。ライフスタイルなどによって異なるので、まずは試すことから。肌荒れや、眠りが浅いといった悩みを抱えるお客様をカウンセリングする際、ホルモンバランスに話題が及ぶと『そういえば、生理周期が乱れているかも』と初めて気づく場合も多いんです。アイテムを生活に取り入れることが、ご自身の体の状態と向き合うきっかけになるよう願っています」中元さんが気になった商品はコレ!女性に必要な栄養素を手軽に摂れる人気商品!【VEGE KITCHEN】Beauty Snacking ドライなつめ「鉄分や葉酸、食物繊維も摂れて、おいしく栄養補給できるのがうれしい。小腹がすいた時にサクッと食べられるのもいいですね。ダントツ人気という理由もうなずけます」(中元さん)。20g¥453デリケートゾーンの乾燥対策に【NaturaMoon】デリケートケアローション「とろみがあるのに、サラリとしたつけ心地。フェムケアグッズを買う時は、香りが好みかどうかを重視しているのですが、これは優しい香りで、とても気に入りました」。120ml¥1,980ハーブの力で女性特有の不調を緩和【HERBORISTERIE】タンチュメール for woman「ハーブの浸出液を、水に溶かして飲むだけという手軽さに惹かれました。インナーケアは初心者ですが、続けやすそう。体の外側だけでなく内側からのケアにも気を配りたいです」。30g¥3,024月の周期に合わせた4種類のハーブティー【SONNENTOR】ビューティフル マジックムーンティー「ネットで見かけて気になっていました。月のリズムに合わせてブレンドされたお茶が4種類入っているので、体調管理に気を配るきっかけによさそうだと思いました」。28袋入り¥1,512すべてビープル TEL:03・5774・5565Biople 三軒茶屋店東京都世田谷区三軒茶屋1‐33‐15‐1FTEL:03・6450・7341 11時~20時中條直子さんBiople企画/コンシェルジュトレーナー。2005年入社。企画担当として、ビープルなどのオーガニック商品セレクトを担当。コンシェルジュトレーナーとして、店舗でカウンセリングを行うことも。なかもと・ひめか1996年4月13日生まれ。2012年、乃木坂46メンバーとしてデビュー。現在は心理カウンセラーとして活動。ananフェムケア委員会メンバーとして誌面にもたびたび登場。ブラウス¥13,200(nee mee/nee meeカスタマーセンターec@shop-neemee.com)その他はスタイリスト私物※『anan』2023年7月19日号より。写真・水野昭子スタイリスト・岡安幸代取材、文・音部美穂(by anan編集部)
2023年07月15日おひとり様でも緊張しない、居心地のいいカウンター席その季節の、一番おいしい“旬”の美味を全国から仕入れゲストの状況に応じて出される「おまかせ」の妙を堪能おひとり様でも緊張しない、居心地のいいカウンター席熟練の技を目の前で堪能できる特等席。永田氏との会話も楽しい限り暖簾をくぐり、店内に一歩入ると迎えてくれるのがL字型のカウンター。ケースの中にズラリと並ぶネタの種類に思わず心が躍ります。落ち着いた雰囲気は、オープン30年にしてすでに老舗の風格。それなのに、なぜか緊張を強いられない心地よさは、目の前で熟練の技を見せる大将の永田氏の人柄ゆえかもしれません。他のゲストと顔を合わせることのないプライベート空間で、コースを満喫グループでゆったりと会話や食事を楽しみたいなら、8名まで対応OKの完全個室の座敷がオススメ。足元は掘りごたつ式なので、心から寛いだひとときが過ごせるはず。気のおけない仲間との集まりに、大切な会食や接待に、シーンに合わせた使い分けが可能です。(※8名以上を希望の場合は要相談)その季節の、一番おいしい“旬”の美味を全国から仕入れカツオ節と酒、醤油に12時間漬け込んだ『赤身漬け』素材の魅力がストレートに伝わる江戸前寿司。だから、魚介類は昔馴染みの業者や石川県、九州などの漁港からその時期一番のものを直送、野菜は豊洲市場より新鮮なものを厳選。場所によって旬が変わる各産地その時々の極上のネタを仕入れて、「季節感を大切」にした握りを提供しています。それでは、ぜひとも食べてほしい寿司ネタ3つをご紹介します。四季ごとに楽しみ方が変わる、看板メニューの『穴子』そのひと手間で、季節に応じた味わいを引き出します創業以来の看板メニュー『穴子』。長年愛されている理由のひとつは、季節に合わせて味つけを変えるというこだわりにあり。たとえば夏なら、柔らかく煮た後、仕上げに輪島の天然塩をふりかけて。また、冬には甘みのある特製タレをつけていただきます。季節により仕入れ先を変更。その“旬”の最高を味わう『ウニ』佐賀県産に北海道産。いま一番おいしいウニに出合えます全国に産地があるウニは、シーズンごとの旬を切り取って仕入れています。5~9月までは、濃厚さと、程よい苦みと旨みが特徴の佐賀県産「赤ウニ」を、それ以外は、甘みの中にもあっさりとした味わいを醸す北海道産「ウニ」を使用しています。鹿島灘で水揚げされた、ふっくら柔らかな『鹿島灘ハマグリ』大玉の鹿島灘ハマグリ。こだわり食材の逸品をぜひ国産ハマグリのブランドのひとつ「鹿島灘ハマグリ」を、豊洲に店舗を構える昔馴染みの業者や産地直送で仕入れ。ふっくらと柔らかい食感と、たっぷりの旨みは春から初夏にかけての味覚の代表格です。ゲストの状況に応じて出される「おまかせ」の妙を堪能握りたてを頬張るカウンターの悦楽。江戸前の技を存分に名店【宇廼丸本店】の味と技を受け継ぐ永田氏。ゲストに寄り添う真摯な姿勢と誠実な仕事ぶりは、常連客を惹きつけてやみません。全国各地から仕入れた、その時に一番おいしい旬のネタを「おまかせ」でいただくのが醍醐味。豊富な日本酒を傾けながら、極上の江戸前握りをじっくりと味わいたいものです。料理人プロフィール:永田浩二(ナガタコウジ)氏1955年、山梨県出身。上京後【宇廼丸本店】に就職して本格的な修業をスタートさせるが、一時期、料理の世界から離れることに。しかし、料理人の楽しさが忘れられず、5年後に再び【宇廼丸本店】の門をたたく。独立を夢みて研鑽を積み重ねるなか師匠に認められ、暖簾分けに至る。1992年に【神田宇廼丸】をオープン。神田宇廼丸【エリア】人形町/小伝馬町【ジャンル】鮨・寿司【ランチ平均予算】2500円【ディナー平均予算】10000円【アクセス】神田駅 徒歩7分
2023年06月21日