’05年ごろ、『竜兵会』での上島竜兵さん(焼肉店店長提供)5月11日の朝、ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが自宅で亡くなったという、あまりに唐突な訃報が飛び込んできた。キャリアを重ねてもアツアツおでんや熱湯風呂など身体を張ったリアクションを続け、誰もが知っている“お約束”芸で、お茶の間だけでなく芸能界からも愛されていた。それだけに、身近な人たちは憔悴しきっている。「上島さんに可愛がられていた有吉弘行さんは、訃報が届いた日に番組の収録がありました。本番こそ気丈に振る舞っていましたが、カメラが回っていないところではかなり落ち込んでいた様子でしたね。上島さんは亡くなる1週間前に、アイドルグループ『恵比寿マスカッツ』の5月25日のライブに出演することをYouTubeで予告していて、元気な姿を見せていたんですよ……」(スポーツ紙記者)マネージャーや所属事務所の広報スタッフも、仕事関係者への対応ができないほどショックを受けているという。デビュー当時は“あまり目立たない人”だった亡くなる約2か月前、週刊女性のインタビューを受けていたが、担当者も「とても元気そうだった」と驚きを隠せない。「相方の肥後克広さんと一緒の取材でしたが、朝ドラの撮影などで忙しかったのか、肥後さんのほうが元気がなかったぐらい。志村けんさんの話になると、“亡くなったのは悲しいし、自分も悩むこともあるけど、(相方)2人のおかげで困っていない”と感謝の言葉をのべていましたね」ダチョウ倶楽部がブレイクしたきっかけは『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)。同番組で放送作家を務めていた、江戸川大学の西条昇教授は当時をこう振り返る。「ダチョウ倶楽部が4人組だったころは、脱退した南部虎弾さんが強烈なキャラだったこともあり、上島さんは“あまり目立たない人”という印象でした。今でこそリアクション芸のイメージが強いですが、当時は“ネタで勝負したい”と番組への出演を最初は断っていたんです」同時期にデビューしたダウンタウンやウッチャンナンチャンが冠番組を持つようになったことで意識を変える。「“仕事は何でも挑戦していったほうがいい”とスタンスを変え、身体を張ったバラエティー番組にも出演し、人気を獲得していきました。ものまねがきっかけで、’94年の日テレ系のドラマ『遠山金志郎美容室』で西田敏行さんの弟役として共演したときは、“夢が叶った”と大喜び。“西田さんにブラザーって呼ばれた”と自慢げに話していました」(西条教授)生きる上で張り合いだった志村けんさんの死去共に活動した、元メンバーの南部にも話を聞くと、「上島は普段から気を遣ってばかり。人前だと明るく振る舞うけど、1人になるとうつむくタイプです。そんな彼が志村(けん)さんには“おい、志村!”とツッコんでいましたから、本当に心を許せて尊敬できる存在だったのは間違いない。上島にとって、生きるうえで大きな張り合いだった志村さんが亡くなってしまったことが、今回の件に影響を与えたのではと考えてしまいます」さらに、南部は意外な事実を明かしてくれた。「上島の母親が病気を患い、兄弟で介護をしていたこともあったそうです。でも、介護について公表していなかった。決して弱音を吐かないヤツなんですよ。実際には、いろいろな苦労や喪失感が積み重なり、思い悩んでいたのかもしれません」最近ではコロナ禍で仕事に制限が出てしまい、おなじみのネタをやるのにも苦労していたという。「4月に出席したPRイベントでは、新型コロナの感染対策でお約束のキス芸や熱湯風呂がやりづらくなっていると明かしていました。テレビ業界は“高齢者は感染すると重症化しやすいから”といった理由で、ベテランの起用に慎重になってもいましたからね。上島さんは芸風と違って、とても繊細な方なので、やりたいことができなくなったことに心苦しさを感じていたのかもしれません」(制作会社関係者)しかし、上島と仕事をしていたテレビ局関係者は強く否定する。「俳優としてもオファーが絶えない売れっ子でした。もともと役者志望だったこともありますし、仕事がなかったり、内容に不満を持っていたということは絶対にないはず」近年は『真犯人フラグ』(日本テレビ系)や放送中の『やんごとなき一族』(フジテレビ系)などで、俳優としての評価を高めていた。芸人としての活動は制限を余儀なくされたものの、仕事自体は順調そのものだった上島さん。一方、プライベートでは変化が起きていて……。「有吉さんら多くの後輩が参加する『竜兵会』と称した飲み会を定期的に開催していたのは有名ですが、今は大人数で集まるのが難しいですからね。“飲みに行かなくなったら、最近お酒が弱くなっちゃったよ”と嘆いていました」(同・テレビ局関係者)コロナ禍の前は週1ペースで飲みに来ていたけれど『竜兵会』が行われることもあった都内の焼き肉店の店主は、懐かしそうに振り返る。「お酒が好きというよりは飲みの場が好きな方でしたね。寂しがり屋で仲間が帰ったあとも1人残り、朝の9時まで飲むことも。『竜兵会』など大人数の飲み会を行う際もお会計はすべて上島さんで、とても面倒見がよい方でした」最近は別の形で寂しさを埋めていたようだ。「以前は週1回ペースで来店され、芋焼酎のロックを好んで飲んでいました。“1人で来ると飲みすぎちゃうから”と、後輩と来店されることが多かったです。コロナ禍になって夫婦で来店された際には、“最近は芸人仲間とZoom飲みをしている”と話していたのですが……」(自宅近くのカフェバー店主)仲間と対面での飲みの機会を、コロナに奪われたショックは大きかったのかもしれない。志村さんと、空の上でコントを楽しんでいる……そんな様子を願うばかりだ。【悩みを抱えている方は厚生労働省が紹介している相談窓口をご利用ください】いのちの電話 0570-783-556(ナビダイヤル)/0120-783-556(フリーダイヤル・無料)こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556#いのちSOS(特定非営利活動法人 自殺対策支援センターライフリンク)0120-061-338よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)0120-279-338
2022年05月16日上島竜兵さん、松本人志《今日は仕事でテンションを上げるのに少し苦労しました。同世代の仲間やからね…》5月11日、自身のツイッターを更新したダウンタウン・松本人志。『ダチョウ倶楽部』上島竜兵さんを偲んでのことだろう、“仲間”と称したところに故人への尊敬の意が見てとれる。同日未明に自宅で倒れているところを妻・広川ひかるに発見され、救急搬送されるもまもなく病院で息を引き取った上島さん。所属する太田プロによると「(死因は)連絡を受けていない」としている。テレビでも長らく活躍してきた人気芸人の訃報が伝わると、芸能界から続々と寄せられる追悼コメント。その中でも、《上島、大変ショックです。40年近く前から一緒に仕事をしてきたのに、芸人は笑っていくのが理想であって、のたれ死ぬのが最高だと教えてきたのに、どんなことがあっても笑って死んで行かなきゃいけないのに、非常に悔しくて悲しい》(ビートたけし、公式サイト)《信じられない!何があったのか何に苦しんでいたのか全くわからないが竜ちゃん、これは本当に悪い冗談だ。聞いてないよ!!》(山田邦子・公式ブログ)《無念です。まだまだ竜さんとケンカしてチュ~したかったです。最高のライバルであり最高の友でした》(出川哲朗・事務所コメント)上島さんの才能が開花した番組冒頭の松本同様に、ともにバラエティー番組を、お笑い界を盛り上げてきた大御所のコメントには哀しみと悔しさが滲み出ていた。特に無念さをのぞかせていたのが、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)での身体を張った上島さんに抱腹していたビートたけし。当時を知る、元テレビ局プロデューサーは懐かしそうに振り返る。「今の時代では考えられない、まあ、当時もハチャメチャぶりは抜きん出ていたけどね(笑)。芸人さんがたちがロケ後、一様に“やりきった”とばかりにトリモチを剥がし合い、最高の笑顔を浮かべていたのが忘れられません。竜兵さんと出川くんがライバル関係になったのもウルトラクイズで、彼らの“リアクション芸”が開花した番組でした。そうそう、ダチョウさんの“聞いてないよぉ”もここからだったね」過激な仕掛けや企画で視聴者を楽しませた同番組で、上島さんが芸人魂を見せたのが“人間性クイズ”というドッキリ。ポール牧さんや『チャンバラトリオ』結城哲也さんとのドッキリ合戦は、お笑い史上に残る名シーンと言っても過言ではない。「竜兵さんがポールさんらに逆ドッキリを仕掛けるもので、真面目で頑張り屋な性格だからこそ台本以上のドキュメンタリーに(笑)。そんな彼の人間性に期待したのがたけしさんで、誰がやるかとなった時に“ここはもう、上島だろう”と。ただ、笑いにはなったもののやりすぎたのでしょう。竜兵さん、後にお尻を押さえながら“師匠、キツいって”とこぼしていましたよ」(前出・プロデューサー)そんな身体を張った芸風で、たけしをガッチリつかんでいた上島さん。一方で、かつては「松本(人志)さんみたいになりたいんだよ」と周囲に話していたとも。ダチョウ倶楽部とダウンタウン、そして上島竜兵と松本人志、芸風は全く異なるように思えるが……。“竜兵会”のきっかけは松本人志その真意をベテラン放送作家が明かす。「芸人として、ではないんですよ。若い頃のダウンタウンさんはいつも後輩らに囲まれて賑やかで、夜の街に繰り出しては大盤振る舞いをしていました。それこそ松本さんは“松本軍団”を率いて、自腹を切って海外旅行に招待していましたしね。上島さんも、松本さんや浜田(雅功)さんのような後輩の面倒を見られる、慕われる芸人を目指していたんです。そんな憧れが形になったのが“竜兵会”で、その通りに飲み代を全て持っていたそうですよ」太田プロ所属の芸人やタレントが中心に集まった“竜兵会”。名を連ねているのは有吉弘行、土田晃之、劇団ひとりら、上島さんがかわいがっていた“竜兵チルドレン”だ。近年こそ、共演時には彼ら後輩にイジられることが多く、先輩とは思えない扱いを受けていたように見えた上島さん。しかし、それは師弟の恩と愛があってこそ。「竜兵会の席でもほぼ変わらない、イジられ続ける扱いでしたけども(笑)。でも、上島さんは上下関係にこだわらない、そんな“わきあいあい”が大好きなんですよ。もちろん人として、そして芸人としても尊敬されていますよ。特に上島さんの“ギャグメーカー”ぶりはお笑い界でも随一でしょう」(前出・放送作家)ダチョウ倶楽部の代表的ギャグ「聞いてないよぉ」は、1993年の『流行語大賞』の大衆部門にて銀賞を獲得し、世の中は「聞いてない」人で溢れたものだ。また、3人が出だしに発する「ヤーッ」、冠番組のタイトルにもなった「つかみはOK!」(TBS系、1993年放送)もすぐに思い出される。他にも、熱湯風呂に入る時の前振り「押すなよ、絶対に押すなよ!」、最後に譲って落とす「どうぞどうぞ」はバラエティー番組の“鉄板”となり、「訴えてやる!」「くるりんぱ」「わきあいあい」、熱々おでん芸、口論後にキス、ジャンプ芸はどれも1度は真似した覚えあり。その量と質の高さにはあらためて驚くばかりだ。志村さんから「お前は俺の彼女か」無論のこと、全てが上島さんの考案ギャグではないのだろうが、彼無くしては成立しないギャグが多いのは確か。そんな芸の才能に目をかけて、公私にかわいがっていたのががご存じ、“喜劇王”志村けんさん。2人が親交を深めたのは、1997年放送の『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)。「当時のダチョウ倶楽部といえば“バブル”が弾けた後で、人気は下降を辿っていました。そんな折に志村さんからお呼びがかかり、見習いから始めて5年でようやくレギュラーとして認められ、以後は“志村一座”にとっても欠かせない存在になりました。とりわけ上島さんは、志村さんから“お前は俺の彼女か”と呆れられるほどにプライベートでついて回ったそう。おそらくは芸だけでなく、人生についても厳しくも優しい指導を受けた、かけがえのない時間だったことでしょう」(前出・放送作家)2022年3月に対応した『週刊女性』のインタビューにて、上島さんは志村さんを次のように評している。《バカ殿とか変なおじさんとか、同じネタばかりやっているのに、あれだけ人を魅了して、何度も爆笑をとれる人は、もう出てこないでしょうね。俺たちも『ヤー!』とか同じことばっかりやってるけど、雲泥の差ですから(笑)》今頃は天国で、お酒を酌み交わしながらギャグ談義をしていることだろう。【悩みを抱えている方は厚生労働省が紹介している相談窓口をご利用ください】いのちの電話 0570-783-556(ナビダイヤル)/0120-783-556(フリーダイヤル・無料)こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556#いのちSOS(特定非営利活動法人 自殺対策支援センターライフリンク)0120-061-338よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)0120-279-338
2022年05月12日お笑いトリオ・ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが亡くなったことを受け、『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)などで共演したタレント・ミュージシャンの桑野信義(65)が11日、自身のブログを更新。「俺たちゃ寂しいよ…」と思いをつづった。桑野は『志村けんのバカ殿様』で撮影した写真を添え「竜ちゃんまで何処かに行っちゃった殿と飲んでるのかなそれとも殿に怒られてるかな…俺たちゃ寂しいよ…」と、つらい胸中を吐露。「また皆んなでバカ言いながら飲もうI will love all of you forever!!#ダチョウ倶楽部#上島竜兵#寺門ジモン#肥後克広#バカ殿様#桑野信義#志村けんさん#寂しい#竜ちゃん」と結んだ。上島さんは1961年1月20日生まれ。兵庫県出身。高校卒業後、俳優を志し上京。その後、お笑い芸人の道に進み、85年にダチョウ倶楽部を結成した。肥後克広・寺門ジモンとともにバラエティー番組で活躍し、「聞いてないよォ」(93年の流行語大賞大衆部門・銀賞)「ヤー!」「ムッシュムラムラ」などのギャグで人気を博した。同日、所属する太田プロダクションは「弊社所属のダチョウ倶楽部・上島竜兵が本日未明自宅で倒れているところを家族に発見され、病院へ搬送されましたがその後死亡が確認されました」と説明。「あまりにも突然のことで驚きに堪えません。今まで上島竜兵を応援して下さった皆様には心から感謝いたします」と記した。葬儀については「コロナ禍の世情に鑑み密葬とさせていただく予定でおります。またご家族のご意向により、ご香典、ご供花、お供え物の儀は固くご辞退申し上げます。何卒よろしくお願い申し上げます」としている。■「日本いのちの電話」ナビダイヤル:0570-783-556(午前10時~午後10時)フリーダイヤル:0120-783-556(毎日・午後4時~午後9時/毎月10日・午前8時~翌日午前8時)
2022年05月11日今年、週刊女性のインタビュー取材に応じてくれたダチョウ倶楽部の上島竜兵さん「天国のいろいろな神様にイタズラしているんだろうなって」志村けんさんが新型コロナウイルスで死去してから2年。多くのバラエティー番組で共演したダチョウ倶楽部の上島竜兵さんは、週刊女性のインタビューで志村さんを追悼した。そんな上島竜兵さんの死去が、本日11日の早朝に報じられ、誰もが言葉を失っている。「あ、志村さんはもういないんだ」関係者によると11日未明、倒れている上島さんを家族が発見し、東京中野区の自宅から救急搬送されたが、11日午前1時に搬送先の病院で死亡が確認されたという。一部報道では自ら命を絶ったとみられるというが、詳細はまだ公表されていない。志村けんさんの追悼インタビューでは、死去から2年が経過するも、まだ「実感はない」と言い、笑を交えながら志村さんを懐かしむも、その目の奥の悲しみは隠しきれていなかった。「コント収録や舞台の稽古がないスケジュールを見ると、『あ、志村さんはもういないんだ』って思いますね」(上島さん)ダチョウ倶楽部(上島竜兵、肥後克広、寺門ジモン)は、2002年秋から『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)の正式レギュラーとして登場。さらには、2006年から始まる志村さんが主催し主演を務める舞台演劇『志村魂』の一員として、全公演に出演し続けた。志村コントの名バイプレーヤー。だからこそ、「志村さんがいない=コントがなくなる」と喪失感を隠せないでいた。志村さんとはプライベートでも親交が深く、「俺の彼女か」と言われるほど、上島さんは志村さんと行動を共にしていたという。「僕が学ばせてもらったのは芸というより、酒の飲み方とかクラブの女性との付き合い方(笑)。やりたくもないのに、志村さんの号令でホステスさんと同伴までして。クラブに着くと、『初同伴おめでとうございます』ってママたちから祝福されて、なんなんだよコレ!って」と、当時を懐かしんだ。志村さん死去後、多くを語らなかった上島さんだが今年1月、ラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』で、有吉が還暦を迎えた上島さんに、「志村さんが亡くなってもう1年半になりますけども、志村さん寂しくて“竜ちゃん寂しいよ”って天国で呼んでるんじゃないですか?」と冗談を言うと、上島さんは苦笑しながら、「俺は尊敬してるけど、ヤダよ!もし死んだとしても、そういうので死にたくない。呼ばれて死にたくないね」と語っていたばかりだった。芸能界では渡辺裕之さんが突然死し、衝撃が走る中での上島さんの死去。志村けんさんを“師匠”と仰ぎ、亡くなってもなお尊敬の意を示していた上島さん。「ヤー!」や「聞いてないよォ」「絶対に押すなよ!」などのギャグがもう聞けないーー。上島さんのご冥福をお祈りいたします。【悩みを抱えている方は厚生労働省が紹介している相談窓口をご利用ください】いのちの電話 0570-783-556(ナビダイヤル)/0120-783-556(フリーダイヤル・無料)こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556#いのちSOS(特定非営利活動法人 自殺対策支援センターライフリンク)0120-061-338よりそいホットライン(一般社団法人 社会的包摂サポートセンター)0120-279-338
2022年05月11日ブロガーで作家のはあちゅう氏が15日に自身のアメブロを更新。夫でセクシー男優・しみけんとのウェディングフォトを公開した。この日、はあちゅう氏は「旦那とのウェディングフォト」というタイトルでブログを更新。「写真の整理をしてたら、旦那とのウェディングフォトが出てきた」と述べ、しみけんとのウェディングフォトを複数枚公開した。続けて「ブログ調べたら、これ、2019年かぁ…」と明かし「撮影は2018年コロナ前の世界だから、誰もマスクしてない」と当時の様子を説明。「ついこの間といえばこの間だけど」と述べつつ「もはや遠い昔のようにも思えますね…」としみじみつづり、ブログを締めくくった。この投稿に読者からは「お二人、凄く可愛いですね」「ほんとお似合いです」「良い写真で好きです」「全部素敵な写真!」などのコメントが寄せられている。
2022年04月16日ブロガーで作家のはあちゅう氏が6日に自身のアメブロを更新。夫でセクシー男優・しみけんとの出会いのきっかけを告白した。この日、はあちゅう氏は「私が旦那を知ったきっかけである『地下クイズ王決定戦』が、abemaTVで復活するそうです」とBSスカパー!で2011年から19年まで放送された社会派ドキュメントバラエティー『BAZOOKA!!!』が、6月4日よりABEMAで3年ぶりに復活することについて言及した。続けて「大好きな番組だから復活が嬉しすぎる!!」と興奮気味に述べ「オーディションで出場者を募集していたので、リンクを貼らせてもらいます」とオーディションのエントリーフォームのリンクを紹介した。また「この番組を、会社の同僚が『めちゃくちゃ面白い!!』とシェアしていた」といい、番組でしみけんの存在を知ったことを説明。その後「興味を持ってツイッターをフォローした」と明かし「旦那と私の出会いのきっかけです」と告白。「この番組がなかったら、存在をずっと知らず、結婚にも至っていなかっただろうなぁ…」としみじみつづった。最後に「なれそめの詳細はこの本に書いているのでよかったら」と述べ、自身の著書『旦那観察日記~AV男優との新婚生活~』(スクウェア・エニックス)を紹介。「地下クイズ王に旦那がプレイヤーで出ていたあたりの写真です」と当時のしみけんとの2ショットを公開し、ブログを締めくくった。この投稿に読者からは「貴重なツーショット」「可愛い」「お似合いです」などのコメントが寄せられている。
2022年04月07日歌手でタレントの研ナオコが29日に自身のアメブロを更新。一昨年3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎のため死去したお笑いタレント・志村けんさんとの2ショットを公開した。この日、研は「けんちゃん笑ってるかな?」と切り出し、志村さんとの2ショットを公開。「懐かしいね」としみじみ述べ「もう一緒に仕事ができないと思うとなんと言っていいのかと言葉になりません」と胸の内を明かした。続けて「本当に志村けんさんは凄い人でした」と振り返りながら「けんちゃんとのコント、YouTubeで見ながらいつも笑ってますよ」とつづり、ブログを締めくくった。この投稿に読者からは「いい写真ですね」「胸がいっぱいになります」「今でも涙が出ます」「お二人のコントは本当に面白かったです」などのコメントが寄せられている。
2022年03月31日ダチョウ倶楽部・肥後克広と上島竜兵撮影/吉岡竜紀「天国のいろいろな神様にイタズラしているんだろうなって」。そう上島竜兵さんが笑うと、肥後克広さんも、「あるいはどこかのスタジオで女性タレントとイチャついていると思う」と続ける。“志村けんが亡くなった”。その実感はないという。ダチョウ倶楽部(上島竜兵、肥後克広、寺門ジモン)は、2002年秋から『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)の正式レギュラーとして登場。さらには、2006年から始まる志村さんが主催し主演を務める舞台演劇『志村魂』の一員として、全公演に出演し続けた。志村コントの名バイプレーヤー。だからこそ、「志村さんがいない=コントがなくなる」と喪失感を隠さない。「細部にまでこだわるセットや徹底したカメラ割り。自分でメイクをして、かつらを付ける。志村さんにしかできないコントと、その世界観がなくなってしまったことがショックですよね」(肥後さん)「コント収録や舞台の稽古がないスケジュールを見ると、『あ、志村さんはもういないんだ』って思いますね」(上島さん)長年、傍らでコントと向き合う志村さんを見続けてきたふたりは、「いろいろなことを教えてもらった」と振り返る。「志村さんは、『アイーン』や『だっふんだ』をギャグだと思っていなかった。だから、『ギャグをやってください』と言われることを嫌った。ギャグではなくて、コントのストーリー上、必然的なネタだと」(肥後さん)「面白いことを狙ってするのと緻密に面白いものを作り上げていくのは違うんですよね。だから、『ギャグはやるものじゃない』と言っていた。面白いことを狙いにいってギャグばかりする僕には理解できなかった(笑)」(上島さん)肥後が見つけた“ひとみばあさん”との絡み方肥後さんは、志村さん扮する名物キャラ“ひとみばあさん”の店の客役など、コントにおける大きな役割を担うことも少なくなかった。「最初はどうやって“ひとみばあさん”と絡めばいいのかわからなかった。大きな声を出したり、つっこんでみたりしたけど、どれもハマらない。あるとき、あの特異なキャラクターにただ巻き込まれる被害者として振る舞えば、成立することに気がつきました。何かされて、『うるさいババア!』と怒鳴るのではなくて『ちょっと何やってんのよおばあちゃん』って。被害者はただ被害者のままという流れも、志村さんが作り上げたひとつだと思います。だからいかりやさんは、最終的に『だめだこりゃ』なんですよね」(肥後さん)コントに加え、私生活でも薫陶を受けた。とりわけ、上島さんは「俺の彼女か」と志村さんから言われるほど、行動を共にした。「僕が学ばせてもらったのは芸というより、酒の飲み方とかクラブの女性との付き合い方(笑)。やりたくもないのに、志村さんの号令でホステスさんと同伴までして。クラブに着くと、『初同伴おめでとうございます』ってママたちから祝福されて、なんなんだよコレ!って」(上島さん)「上島さんはお酒の席でよく志村さんからダメ出しされていたよね。『お前は、くるりんぱとか顔の周りでチラチラやるせこいギャグばかりだよな』とか。言いすぎたと思ったのか、志村さんはトイレに行くときに『ごめんな』って。でも、上島さんは志村さんがトイレに入るのを見て、『あんただってアイーンとか顔じゃねーか』って」(肥後さん)「ちょっとそれ言わないでよ(笑)」(上島さん)期待される“志村イズム”の継承素顔の志村けんさんを知るふたり。2021年12月に放送された『志村けんとドリフの大爆笑物語』(フジテレビ系)に話が及ぶと、同ドラマに出演した肥後さんは、「志村さんを演じた山田裕貴君の雰囲気が、志村さんに似ていて驚いた」と教える。「楽屋の志村さんは、本当に物静かでナイーブな雰囲気があるんですよ。山田君は緊張していたからかもしれないけど、考え込むような雰囲気がそっくりだった。若いときの志村さんって、こんな感じだったんじゃないのかと思えたほど」(肥後さん)寵愛を受けたダチョウ倶楽部。一ファンとしては、志村イズムを継承してほしいところもあるが─。「いやいや僕らじゃないでしょう(笑)。無理ですよ。志村さんから学んだことを、軽いアドバイスとして若い芸人たちに伝えていくことはできるかもしれないけど、あまりに偉大すぎて」(肥後さん)「バカ殿とか変なおじさんとか、同じネタばかりやっているのに、あれだけ人を魅了して、何度も爆笑をとれる人は、もう出てこないでしょうね。俺たちも『ヤー!』とか同じことばっかりやってるけど、雲泥の差ですから(笑)」(上島さん)ひご・かつひろうえしま・りゅうへい1985年、お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」結成。「訴えてやる!」、「聞いてないよォ」といったギャグやパフォーマンスなどで人気を確立。トリオとしてだけでなく、個々でもバラエティー、映画、ドラマなど、幅広いジャンルで活躍中。取材・文/我妻弘崇
2022年03月29日川上麻衣子「(志村さんが住んでいた)麻布十番を歩いていると、志村さんどうしているかな?久しぶりに連絡しようかなって。亡くなったという実感がないから、そんなことを考えてしまうときがしょっちゅうあります」そう優しく笑うのは、女優の川上麻衣子さん。志村さんの冠深夜枠、その第1号番組である『志村X』(1996年フジテレビ系)、さらには後続番組『変なおじさんTV』(2000年フジテレビ系)の途中まで、約7年にわたって共演。志村さんとは、一時期、同じマンションに住んでいたほど親交が深かった。「一緒に藤山寛美さんのVTRを見たり、志村さんが気に入った映画を見たりしていました。志村さんが好きだったのは悲喜劇。底抜けに明るいものを好む人ではなかった。登場人物たちが悲しければ悲しいほど、周りから見ればおかしい。悲しみの中の笑い。そういうことを大切にされていた人でした」川上さんの生まれ故郷・スウェーデンへ一緒に旅行をしたこともあったという。「私が毎年行くので、そのタイミングで一緒に行ってみたいって」。ところが、その道中、志村さんの付き人が、財布やパスポートなどが入った志村さんのかばんをタクシーに置き忘れたというから悲喜劇さながらだ。「かばんが戻ってくるかわからない。大使館に行っても、パスポートの再発行ができないかもと伝えられると、志村さんは『それもいいかもしれないね』って(笑)。お付きの人に怒るでもなく、あわてるでもない。志村さんが取り乱したり、あわてたりする姿を見たことがない」カバンの鍵の数字を忘れた志村さんお金がないから、移動はもっぱら地下鉄と徒歩。「電車や街中で特徴的な人を見つけると、隣に座って形態模写をするんですよ。私は笑いをこらえるのに必死だったんですけど、一瞬で特徴をつかんでしまう。本当に面白くてうまいんですよ。スウェーデンでも、志村さんは志村さんでした」数日後、無事にかばんが戻ってきたものの、アクシデントは続く。「3ケタの数字をそろえて解除するかばんだったのですが、志村さんは普段から数字を合わせっぱなしにしていました。だけどタクシーの運転手さんが気を使って、開けられないようにと数字を回してくれたみたいで。『オレ、数字なんて覚えてないから開けられない』って。みんなで志村さんが好きだった女性にまつわる数字じゃないのって推測して、1人ずつ思い出しながら数字を合わせていったら……本当に開いたんです(笑)。忘れることができない旅行ですね」自らオチまで作ってしまう。志村けんさんは、徹頭徹尾、喜劇人だった。「落ち込んでることがあっても、志村さんのコントを見ると、世の中はバカバカしいことだらけなんだから大丈夫だよって、勇気をもらえますよね。悲しいかもしれないけど、そんなに深く悲しむことなのか─。表現者はみな孤独だという前提の中で、志村さんは笑いと向き合ってらっしゃった。私は、孤独と上手に付き合う方法というのを、志村さんから教えていただいたような気がします」かわかみ・まいこ1966年、スウェーデン・ストックホルム生まれ。1980年のNHK『ドラマ人間模様【絆】』で女優デビュー。ドラマ・映画・舞台と幅広く活躍中。4月2日(日)、第11回「インターペット ~人とペットの豊かな暮らしフェア~」(東京ビッグサイト)にてトークイベント出演。4月21日(木)まで、猫好きのための情報の発信基地を作るため、クラウドファンディングに挑戦中。4月23日(土)、阪神梅田本店「まるごと猫フェスティバル2022」にてサイン会開催。取材・文/我妻弘崇
2022年03月29日桑野信義撮影/北村史成「殿に対しては、いつものようにお忍びで女性を口説きに城下へ行き、そのまま飲み屋に流れて、まだ帰ってこない……という感覚です」バカ殿・二代目家老の桑野信義さんは、今なお心の整理ができず、「墓参りに行けない」と打ち明ける。「2019年の暮れにバカ殿の収録があったんですよ。師匠(志村さん)扮する悪代官と、僕が演じる悪徳商人のコント。本物のお酒が用意されていて、師匠が『飲めよ』って。時代劇なのに、『いや、車で来ているので』と僕が返して(笑)、……最後に会ったのが、そういったシーンだったから、本当にどこかにまだお酒を飲みに行ってるんじゃないのかなっていう感じなんですよね」桑野さんが家老に抜擢されたのは31歳のとき。初代は、昭和を代表するコメディアンの故・東八郎さんだった。多くの喜劇人が挙手する中で、志村さんはそれらを断り、直々に桑野さんへオファーしたという。「恐れ多くて、最初はお断りしました。ところが、志村さんから、『桑ちゃん、音楽だって最初は誰かのコピーから入るだろ。最初からラッパは吹けないだろ?やっていくうちに自分のものにしていくんだよ』と言われて。だから最初は、思いっきり東さんをまねしているんだよね(笑)。何十年とやってきて、今も正解がわからないまま爺になったんだよね」志村さんは、ミュージシャンと共演することを好んだ。「音楽をやっている人はテンポがわかるんだよねって話していた。舞台だと、お客さんの笑い待ちもある。それを待たないでしゃべっちゃう人もいる。そういうことを嫌う人だったから。『志村けんのだいじょうぶだぁ』(1987年フジテレビ系)で、俺に声をかけてくれたのは、そういった理由もあったんだと思います」コントは8割の力で、残りの2割はコントをする際、「80%の力でやりなさいと教わった」と振り返る。「100%でやると緊張して、セリフを間違える。すると、『すいません!』って止めちゃう。でも、志村さんは『自分で勝手に止めるなよ』って言うんです。師匠は人が間違えても、それを笑いに変えてくれる人。残りの20%はどうするんですか?と聞くと、『何かイレギュラーなことが起きたときに使うんだよ』って」桑野さんは、「俺は80%にしても間違えちゃうけど」と笑うが、80%の考え方は、自らの人生にも大きな影響を与えていると語る。「一生懸命にならない。頑張らないってことじゃなくて、頑張りすぎないってこと。頑張り続けると余裕がなくなってしまう。余裕でいてよってことなんだよね」シャネルズ(後のラッツ&スター)時代は、音楽の合間にミュージカルやコントをしていた。エンターテイナーを目指していた桑野さんは、“コメディアン”と呼ばれるのはウェルカムだと笑う。「師匠のおかげです。“バカ殿”、“変なおじさん”、“ひとみばあさん”、名前を聞いただけでキャラクターが出てくるって本当にすごいこと。そんな人とコントができたんだから誇りですよ。普段はシャイな優しいおじさんなんだけど、メイクをするとどっぷりと変身する。ひとみばあさん降りてきた!って(笑)。師匠とまた飲みたいよね。それがまだ、できるような気がするんだよね」くわの・のぶよし1957年、東京都生まれ。高校卒業後、ジャズ・トランペッターとして活動。’75年に鈴木雅之らとともに「シャネルズ」を結成。’83年4月に「ラッツ&スター」へと改名後も『め組のひと』が大ヒット。ソロ活動やバラエティー出演などのタレントとして活躍。桑野信義公式YouTubeチャンネル「ガンバー桑野チャンネル」配信中。取材・文/我妻弘崇
2022年03月29日2022年3月26日、コントグループ『ザ・ドリフターズ』の仲本工事さんがTwitterを更新。2020年3月に新型コロナウイルス感染症で亡くなった、『ザ・ドリフターズ』のメンバーである、志村けんさんの墓参りに訪れたことを報告しました。墓参りには、同じく『ザ・ドリフターズ』のメンバーである、高木ブーさんと加藤茶さんの3人で訪れたそうです。久しぶりに三人揃ってお墓参りに行ってきました。やっぱり、グループで一緒に仕事をした時のことが一番甦りました。今となっては、良い思い出です。志村、ありがとうネ。 pic.twitter.com/fdfF4IAEPj — 仲本工事 (@nakamoto_koji1) March 26, 2022 同日、高木さんも自身のインスタグラムを更新し、「3人でやっとお墓参りに行けました」とコメントしています。早いもので、志村が亡くなって3回忌です。今日、3人でやっとお墓参りに行けました。bootakagi85ーより引用3人で墓参りする姿に、ファンからは「もう3回忌なのか…」などの声が寄せられています。・志村さんが亡くなって、もう3回忌なのか。早いなぁ。・何世代にも笑いを届けてくれた志村さん。未だに亡くなったなんて信じられない自分がいます。・この3人がそろって、並んでいるだけでなんだか嬉しいです。志村さんも笑っていると思う。・志村さん、幼少期からたくさんの笑いと元気をありがとう!3人が墓参りしてくれて、志村さんも喜んでいるだろうな。加藤さん、高木さん、仲本さんがそろって、志村さんの墓参りへ訪れた姿は、多くの人の涙を誘いました。3人そろって墓参りする姿を、天国の志村さんは、にこにこと笑いながら見守っていたことでしょう。[文・構成/grape編集部]
2022年03月27日志村けんさん東京の北西部・東村山駅前には、銅像と一緒に写真を撮る人がいつもいる。みな“アイ~ン”のポーズだ。「志村けんさんの銅像です。昨年6月に完成しました。『東村山音頭』でこの地域を有名にした功労者ですからね。市内の有志がクラウドファンディングで製作費を募ったら、予定の2400万円を上回る3200万円が集まりました」(地元の住民)自撮りをしていた男子高校生は、母親のDVDで『8時だョ!全員集合』を見てファンになったと話す。「今でも毎日、全国各地からたくさんの人が訪れています。北海道から来た方もいましたし、タンクトップにジーンズの“志村どうぶつ園”コスプレで来るそっくりさんまで現れました(笑)」(駅の整備員)自宅の現在は「ぱっと見はきれいだけど」銅像の隣には、’76年に植樹された『志村けんの木』があり、空に向かって枝を広げている。長きにわたって市民から愛されてきた。「亡くなられたときは駅前に献花台を置きましたが、コロナ禍が続くいま、三回忌ではありますが同様のことを行うのは難しい。メールでメッセージをいただければ、責任を持って遺族にお渡ししています」(東村山市役所秘書広報課・渡辺茂治課長)志村さんが亡くなったのは、’20年3月29日。新型コロナの感染拡大が始まってすぐの時期だった。あれから2年がたつが、志村さんが住んでいた東京・三鷹の家は放置されたままのようだ。「志村さんが三味線を弾く音が聞こえなくなって、本当に寂しいですね。亡くなった当時はお兄さんや家政婦さんがよく来ていましたが、最近は見ません。自宅前の掃除や草むしりは、近所の人たちでやってますよ。だから、パッと見はきれいですが、中庭は草や木がぼうぼうの生え放題。野良猫が子どもを産んですみついてしまいました。ずっと人がいないので、建物も傷んできたようです。雨樋が壊れたのか、昨年の大雨のときは、屋根から流れ落ちる水が滝のようにすごい勢いでした」(近くの住民)熱海のリゾートマンションも、そのままになっている。「志村さんは何度かお見かけしたことがあります。亡くなったときは、フロントに志村さんの肖像画が飾ってあって、花が供えてありました。それを見ると、もうここには来ないんだなって寂しくなりましたね」(マンションの住人)遺産相続のをゆくえを直撃志村さんは3人兄弟の末っ子。昨年6月、2番目の兄・美佐男さんが亡くなっていた。「体調が悪いとは思えず、ずっと元気に見えました。昨年の春くらい、普通に車で出かけるのを見ましたし、挨拶もしていました。どうやらその後、いつの間にか入院していたようですね」(美佐男さん宅近所の住民)親族によると、志村さんとは仲のいい兄弟だったそうだ。「美佐男には、よくゴルフを教えてあげていましたよ。私とウマが合ったから、ウチの会社に入って働いていたんです。それが40年くらい前。でも、芸能界で活躍していたけんが“兄貴は俺が雇わせて”って頭を下げて、直談判してきたの。それで美佐男は、けんの個人事務所に入りました。酒が好きで、美佐男はけんが来ると一緒に焼酎を飲んでいた。ふだんはまじめだけど、酔うと明るくて。事務所は六本木の近くだったから、そりゃあ飲むよね」(志村さんの親族)酒好きが仇になったのではないかともいう。「何年か前に会ったとき、体調が悪いって言っていた。飲みすぎで肝臓を壊しちゃったんじゃないかな。けんの一周忌もだけど、美佐男の葬式も参列しなかった。だって呼んでくれないんだもん。コロナの事情もわかるけど、それはないよね。知之は’15年にお母さんを亡くしてから、けん、美佐男を立て続けに喪って、疲れたんだとは思うけどさ」(同・志村さんの親族)知之というのは、志村さんの長兄のこと。志村さんの個人事務所の代表取締役になっている。美佐男さんが亡くなった後にはその息子が新たに取締役になった。ただ、残された不動産の登記は、今も志村さん名義のまま。知之さんに話を聞いた。─三回忌の予定は?「命日近くで内密に小さくやります。コロナが終わらないからね」─三鷹の家の掃除は?「庭は一昨年の夏、人に頼んでやりました」─2年がたちましたが、相続は進まない?「なんとなくね、やってはいるけどなかなか。コロナで進まないっていうのもあって」─美佐男さんも亡くなられたようで……。「内臓を壊していてね」─個人事務所は美佐男さんの息子に任せる?「俺が継いだんだよ。甥と2人でやっていきます」─熱海のマンションは?「あれから行ってない。忙しくて行けないんです」志村けんの遺産が10億円というのは“少ない”相続の手続きが進んでいないのは確かなようだ。前出の親族は、いらだちを隠さない。「三鷹の家だって放っておけば、傷んで資産価値が下がるし、治安が悪くなり、近所にも迷惑がかかる。“早く相続しなさいよ”って言ってやりました。事務所にはずっと美佐男が通っていたんだから、いずれは彼の息子が継ぐのが自然だろうね」志村さんの遺産は10億円ともいわれたが、長年、芸能界のトップで活躍してきたのだから、もっと多くてもおかしくはない。「志村さんの遺産が10億円って、確かに少ないですよね。あれだけ活躍したのだから、最低50億円は持っていそうですよ。でも、おカネの使い方は激しかった。20年ほど前ですが、私が勤めていた銀座のクラブには週に3、4回は来ていました。毎回、ダチョウ倶楽部の誰かなど何人か連れてきて、支払いはすべて志村さん。100万円単位で置いていきました。同じ日に何軒か回っていたそうだから、1日にいくら使っていたのかなって」(銀座の元ホステス)ただし、巨額な相続税も発生する。相続が遅れることに問題はないのか。弁護士法人天音総合法律事務所正木絢生代表弁護士に聞いた。「相続に関連して、コロナ禍を理由に延長が可能なのは、相続税の申告・納付期限についてです。通常は10か月以内という期限が定められていますが、コロナ特例にて、延長できます。しかし、それでも1、2か月程度でしょう」遺産分割については、今の制度上は特に期限が定められているわけではない。「遺産分割が終了するまで、何年もかかるケースもあります。制度上は期間が定められているということはありません。ですから、志村さん所有の不動産の名義の変更が遅れていることと、コロナ特例は関係していないと思われます」(正木弁護士、以下同)民法の改正が予定されており、不動産の相続登記は「相続を知った日から3年以内に相続登記をすること」が義務化されることになるという。志村さんの遺族は数億円の相続税を、不動産整理をせずに、どうやって支払ったのか。「志村さんが、たくさんの現金を所有していて、そこから支払われた可能性は高いと思います。その場合は、遺族の同意書を作成する必要があります」稀代の喜劇王が遺したものは、あまりにも大きい。
2022年03月25日2022年3月4日に放送された、バラエティ番組『人志松本の酒のツマミになる話』(フジテレビ系)に、お笑いコンビ『千鳥』の大悟さんが出演。新型コロナウイルス感染症による肺炎で、2020年3月29日にこの世を去った、お笑いタレントの志村けんさんについて語ったシーンに、反響が上がっています。千鳥・大悟、志村けんについて語る同番組では、お笑いタレントが憧れる先輩の話に。お笑いコンビ『さらば青春の光』の森田哲矢さんが、「僕らの世代は『ダウンタウン』さんに憧れる」と回答していました。森田さんから話題を振られた大悟さんも、これに同調。その後、共演者から「志村さんは憧れの存在なのか」と聞かれると、次のように語りました。志村さんはなんになるんやろうな…。『憧れ』とはまた違うんかな。「面白い神様がおった」みたいな。だから酒飲んでる時とかも(志村さんの)うなじとか見て、「志村けんのうなじや」って。なんか、「ここ(うなじらへん)、昔結んでたなあ」とか。存在が生きてるだけで面白いみたいなね。人志松本の酒のツマミになる話ーより引用大先輩である志村さんと飲み友達であったことから、バラエティ番組などでもよく話題にしていた大悟さん。そんな志村さんを、憧れではなく『神様』と例えた大悟さんにとって、唯一無二の存在だったのでしょう。「存在が、生きてるだけで面白い」と、志村さんの姿を浮かべながら発言したであろう大悟さんの言葉に、ネット上では感動の声が上がりました。・『面白い神様』っていう表現、素敵だなあ。・生前、師弟関係にも思えた大悟さんがいうと、深い…。・大悟さんの、志村さんに関する回答が神。志村さんが亡くなってから、もうすぐ2年が経とうとしています。しかし、志村さんは、大悟さんを含め、たくさんの人たちの心の中で生き続けているのでしょう。大悟さんの言葉は、多くの人の心に響きました。[文・構成/grape編集部]
2022年03月05日日常的に使用する言葉なのに、読み方が少し難解な漢字ってありますよね。「扶ける」という言葉も、そのうちのひとつ。じつは普段から使用している言葉なので、この機会に覚えておきましょう。(1)「扶ける」の読み方「扶ける」という言葉を目にしたことはありますか?「扶養」「扶助」という言葉があるため。「扶」という漢字自体は目にしたことがある方も多いでしょう。「扶」は「ふ」と読みますが、「扶ける」は「ふける」ではありませんよ。「扶ける」という言葉は、「助ける」と書くこともできます。このヒントで、もう読み方はわかったのではないでしょうか?「扶ける」の読み方の正解は「たすける」です。(『広辞苑』より)(2)「扶ける」の意味「扶ける」の読み方がわかったところで、意味についてもおさらいしましょう。とはいえ、「扶ける」は「助ける」と同じ意味をもつ言葉です。「扶ける」には、さまざまな意味があります。その意味は「倒れるのをささえる」「手や力を添える」「危難を救う」「傷や病の手当てをする」という物理的な意味です。また、「みちびき、あやまちがないようにする」「ある物事や状態を促進・増進させる」「ささえる」という精神的な意味合いもあります。さまざまな意味をもつため、多くの事柄に使える言葉だといえるでしょう。(『広辞苑』より)(3)「扶」を使用した熟語訓読みでは「たすける」と読む「扶」ですが、音読みでは「フ」と読みます。「扶」を使用した熟語には、「扶養(ふよう)」「扶育(ふいく)」といった言葉があり、目にしたことがある方もいるでしょう。いずれも「世話をする」「生活の面倒を見る」という意味があります。「扶」という漢字には、「手を添えて世話をする」という意味があるので、「生活面でのたすけ」を意味する言葉に使用されることが多いのです。(『広辞苑』より)今回は、「扶ける」という言葉の読み方や意味について紹介しました。「扶ける」は「助ける」とは異なるニュアンスで、主に生活面の支援を表すときに用いられることが多いです。使用する機会もある漢字なので、ぜひ覚えておいてくださいね。(恋愛jp編集部)
2021年12月14日〈大和リゾート〉が「産地からの贈り物」をキーワードにしたオンラインショッピンクサイト『りぞけっと』のポップアップストアを渋谷・東急プラザ渋谷にて2022年1月10日(祝・月)までの限定でオープン。リゾートホテルを展開している同社だからこそ集められた、全国のグルメをご紹介します。東急プラザ渋谷の3階に期間限定でオープンした〈りぞけっと〉。東急プラザ渋谷3Fにある〈りぞけっと〉。〈りぞけっと〉”は全国にホテルを運営する大和リゾートグループホテルのバイヤーが目利きして全国に届ける、厳選食材「産直・お取り寄せ」サービスです。外出自粛の影響で旅行や食べ歩きができない人、既存のお取り寄せサイトに飽きてしまった人にも、自宅で楽しめるような商品がズラリと並び、各エリアの特産品を手に取り、試食なども行われています。お土産に人気の「調味料」も〈りぞけっと〉ならではのラインナップ。「ロイヤルホテル長野オリジナルカスタム七味唐辛子4本セット」3,800円。ロイヤルホテル長野のオリジナルカスタム七味唐辛子など、〈りぞけっと〉ならではの調味料も1本から買えます。種類は「和風塩七味」、「中国風ピリ辛七味」、「洋風肉料理用七味」、「洋風魚料理用七味」各950円。『かずさスモーク』さんの燻製調味料ギフトセット3,224円。3本セット「りぞけっとストアオープン記念のHAPPY BAG」は2,500円。「トーストにかけて食べるこんぶ」600円。噛むほどに昆布のトロトロ感と旨みが広がる「トーストにかけて食べるこんぶ」は、食感のアクセントに、煎餅クランチやいしる醤油が使われ、深みのあるおいしさが味わえます。「早和果樹園みかポン」590円。ご当地の味を簡単に味わえるお土産といえば「麺」!!「戸隠生そば」二人前・つゆ付きは720円。「富山ブラックラーメン」330円。「8番らーめん3種セット」味噌・醤油・塩1,350円。「伊勢うどん」540円、「 黒カレー伊勢うどん」540円、「 亀山みそ焼きうどん」540円。旅行やグルメ番組を見ている途中に麺が食べたくなっても、“ご当地麺”を買い置きしておけば安心。〈りぞけっと〉には、ラーメンやそば、うどんなどが揃っていて、簡単かつ本格的なご当地の味が楽しめます。賞味期限も長めなので、買い置きにピッタリ。“非常食から日常食へ” をコンセプトに、未来を作る新しい缶詰も注目。「トマトで煮込んだカツオとキノコ」475円、「カツオの和だし生姜煮こごり風」475円、「お魚のパテグリーンペッパージュレ」475円、「カツオと筍のアヒージョ」497円、「黒潮オイルのマグロとキノコ」497円、「柚子香るブリトロ大根」475円など。「HAPPY BAG」2,500円。「めんつなかんかん」プレーン・辛口 各378円、プレミアム 486円。缶詰といえば「非常食」というイメージがありましたが、近頃は高級缶詰などが登場し、グルメ通も唸る人気商品になっています。そんな缶詰を高知県幡多郡黒潮町にある〈黒潮町缶詰製作所〉では、「トマトで煮込んだカツオとキノコ」(475円)、「カツオの和だし生姜煮こごり風」(475円)、「お魚のパテグリーンペッパージュレ」(475円)、「カツオと筍のアヒージョ」(497円)、「黒潮オイルのマグロとキノコ」(497円)、「柚子香るブリトロ大根」(475円)、「土佐はちきん地鶏 ゆず塩仕立て」(650円)、「土佐はちきん地鶏 バルサミコ仕立て」(650円)を発売。醤油や味噌などで味つけをしがちな缶詰を洋風に仕上げ、オシャレなだけでなく“開けて安心、食べて安全”にもこだわっています。「ドルセ・デ・レチェ」1,250円。「ミガキイチゴバター」、「ミガキイチゴジャム」1,058円。「沖縄県産アセローラプレミアムジャム」1,100円、「沖縄県産アセローラプレミアムドリンク」2,200円。「ピーナッツペースト 無加糖・加糖」648円。その他に、ミルクやフルーツなど特産物をふんだんに使用したジャムなど、パンやクラッカーに塗って楽しめそうなアイテムも。眠たくて仕方ない朝でもこだわりがたっぷり詰まったジャムを味わえばきっと目が覚めるはず。ご当地のグルメはご当地のドリンクと一緒に楽しみたい。こちらのオシャレなラベルのビールは、「17846(いなわしろ)」と読む裏磐梯のクラフトビールです。左から「猪苗代地ビール ピルスナー」、「猪苗代地ビール ヴァイツエン」、「猪苗代地ビール ラオホ」、「猪苗代地ビール ゴールデンエンジェル」、「猪苗代地ビール ブラウンヴァイアツエン」各660円。左から「キャティアブリュットアンティークプルミエクリュ」5,500円、「ナガノパープルスパークリング・シャインマスカットスパークリング 飲み比べセット」6,366円。ワイン、日本酒、焼酎など常温での販売もしていますが、冷えたお酒もアリ。ご当地のグルメは、お酒やジュースと一緒に味わうのがお勧め。 例えば、沖縄と北海道のグルメを合わせたり、旅先ではなかなかできないペアリングで新しい発見が楽しめます。お酒が苦手な人にお勧めなのが、可愛いパッケージの「クラフトコーラ」、「こどもコーラ」、「クラフトエナジー」、「ジンジャーチャイ」1,080円。ソーダと割ったり・ハーブを浮かべたりして「モクテル」としてアレンジしても。「古都華サイダー」216円。「三ケ日ネクター皮むきしぼり」330円。「とまとのじゅ~す」864円。「くまのミカンジュース」2,500円。「フルーツ王国山梨からのお届け!内藤農園直送!完熟ジュエリーピーチ」(ジャム、バター、ジュースなど)。「ミカフェート コーヒーハンターシリーズ・ペットボトル入り」1,650円。「shima cola」1,512円。フレッシュなフルーツをギュッと濃縮したジュースも、お料理との相性バツグン! 食後のお茶やコーヒーにもこだわってみるのも素敵。ベタ過ぎない「銘菓」も取りそろえているから手土産探しにも!山梨県・大泉町にあるアップルパイ専門店の「エムワンアップルパイ / ショート」1,188円。山梨県といえば、有名なご当地銘菓がありますが、現在〈エムワン〉も人気。東京ではなかなか買えるお店がないですが、ポップアップ店オープン中はいつでも購入可。〈てづくりバウムクーヘン工房 見波亭〉「のこぎり山バウムクーヘン」1,296円。「勝浦のまぐろ きのこの醤油マリネ」、「勝浦のまぐろ赤山椒トマト仕立て」各594円。「勝浦のまぐろ 梅入り柚子マリネ」648円。「しっとり生サブレやわ恋ほっぺ」(チョコ / ミルク 1枚バラ)各123円。千葉県の厳選した素材で焼き上げた手づくりバウムクーヘン「のこぎり山バウムクーヘン」は、『モンドセレクション』10年連続金賞、千葉県初『OMOTNASHIセレクション2018』入賞。その他のお菓子も、全て厳選されたものなので、手土産など、珍しくておいしいお菓子ならココに来れば見つかります。全国の厳選された「工芸品」にも注目!伊勢志摩の商品で、ホテルオリジナルブレンドコーヒーのセット。バリスタの声から生まれた「オリガミドリッパー」と、ホテルオリジナルブレンドコーヒー豆3種類の家飲みコーヒーセット5,500円。ヒダを折り紙のように折った陶器製のドリッパーは、折り紙を折ったような形状からネーミングされました。全部で11色がラインナップされていて、カップもお揃い。どれにしようか迷っちゃいますね。「奥会津編み組細工山ブドウ手提げバック」145,859円。「九谷焼ワイヤレス充電器」8,250円。「旅する器「HIZEN Traveling Tumbler」染付水玉 / 唐津・武雄鉄釉松絵 / 染付水玉」2,970円。「沖縄自然由来のエコロジカル石鹸 浜比嘉島産 / 読谷村産 /宮古島産」各 640円。〈とみおかクリーニング〉ミルク缶入り粉末洗濯洗剤(計量スプーン付)ORIGINAL(オリジナル)、PLUS(プラス)各2,200円。詰め替えパックORIGINAL(オリジナル)1,056円、PLUS(プラス)1,320円。〈りぞけっと〉では、各ホテルの営業、バイヤーが足を使って探した全国のまだまだ世に広まっていない工芸品も集めています。アンテナショップでも見たことのない商品と出会え新しい発見があるかも? 期間中にぜひ立ち寄ってみてはいかが?〈りぞけっと〉渋谷区道玄坂1-2−3 東急プラザ渋谷~2022年1月10日 (祝)11:00 ~ 20:001月1日休公式サイト
2021年12月01日俳優・山田裕貴が日本を代表するコメディアンの一人、志村けんさんの若き日を演じるドラマ「志村けんとドリフの大爆笑物語」の放送日が12月27日(月)に決定。さらなる追加キャストが発表された。先日、雑誌「日経トレンディ」(日経BP社)が選ぶ「2021年今年の顔」にも選ばれた山田さんが、デビュー10周年の節目の年に志村けんさん役を演じる本作。いかりや長介さん役を遠藤憲一、加藤茶役を勝地涼、高木ブー役を加治将樹、仲本工事役を松本岳が演じることも発表されている。そして今回発表された、荒井注さん役には金田明夫、志村さんの父親・志村憲司さん役には渡辺いっけい、母親・志村和子さん役には宮崎美子、さらにムロツヨシもある役で出演する。ドラマは、志村さんがコメディアンになることを決意し、いかりやさんの元を訪れ、1968年、高校卒業間際にバンドのボーヤ(付き人)として携わるところから始まる。見習い時代の修業の日々、そして1974年にメンバーの一員となってから1990年代までの、想像を絶するような過酷なスケジュールや、人気の裏に隠された挫折と苦悩、葛藤を描く。また、毎週行われていたネタ会議の様子や、徐々に築かれていく加藤との友情も明らかに。いままで表には出ることのなかったメンバーとのやりとりや、いかりやさんとの関係など、今回のドラマ化に当たって取材して初めてわかったことも描かれる。出演の話がきたときの感想を、金田さんは「志村さんの半生を描くドラマがあるということ、そのメンバーの中の荒井注さん役を、と聞いて、“やらせてください”と、二つ返事でした」と言う。「実在の人物を演じることは、その人物の気持ちをどのぐらい代弁できるのかなとか、彼だったらどう思ってるのかなとまずは考えます。そして形態模写というよりは性格模写のような感じで気持ちを作っていくのですが、今回はそれを楽しんで演じられればいいなと思って臨みました」と語った。子どもの頃からドリフターズを見て育ったという渡辺さんは「本当にドリフターズが好きで見ていました。志村さんが見習いで入ってきて、はじめはあまりうけていない頃からよく覚えているので、今回の出演のお話には感慨深いものがありました」とコメント。さらに芸名の由来には、「お父さんの名前を取って“志村けん”という名前になったことを今回初めて知って、ちょっと鳥肌がたちました」と語る。そして志村さんとは生前、親交のあった宮崎さんは、「今回このようなお話をいただいて、みんなに愛された志村さんを大事に育て、その志村さんが大好きだったお母さんの役を演じることができて、本当に光栄で幸せだなと思います」と言う。約1年ぶりとなる福田組の撮影現場にムロさんは、「ここが僕のホームなんだなと思い出させてくれる時間でした」と言い、「志村けんさんと加藤茶さんという偉大なるお二人を、山田裕貴さんと勝地涼さんが演じられるいうことで、私なりの応援の方法はないかと思って、出演させていただきました」と二人にエールを送る形での出演となった。最後には「今日も楽しいおふざけができました」ともコメントしており、どのような役で登場するのかにも注目だ。「志村けんとドリフの大爆笑物語」は12月27日(月)21時~フジテレビ系にて放送。(text:cinemacafe.net)
2021年11月24日福田雄一が手掛ける志村けんさんの半生を描いたドラマ「志村けんとドリフの大爆笑物語」より、「ザ・ドリフターズ」のメンバーを演じるキャストが発表された。山田裕貴が志村さんを演じることが決定している本作。そして今回新たに、「ザ・ドリフターズ」のほかのメンバー、いかりや長介さんを遠藤憲一、加藤茶を勝地涼、高木ブーを加治将樹、仲本工事を松本岳が演じることが決定。また、お馴染みの“法被”と“ハチマキ”を身につけた、5人のメンバーによるメインビジュアルも完成。画面から飛び出てくるようなメンバーの勢いを感じ取ってほしい、という思いを込めて作成されている。そしてドラマでは、メンバーのキャストによる「ドリフ大爆笑のテーマ」や「ドリフのズンドコ節」、名作と言われる数々のコントシーンにも注目。コントシーンの撮影で遠藤さんは「当時、ご本人たちがアドリブでやっていたことを台本に起こして、それを自分たちが演じることはなかなかない難しい経験だった」と言い、勝地さんも「(志村さんと加藤さんの関係性を築く上で)山田君となるべく一緒に過ごして、その時間を大事にしようと心がけた」とコメントしており、撮影現場では山田さんとのコントシーンの練習も頻繁に見られたそう。「ドリフ大爆笑」のオープニングシーンの撮影にて、加治さんは「幸福感と興奮で、夢の様な時間だった」とふり返り、仲本さん本人と実際に会う機会があったという松本さんは「こんなに目はパッチリしてないよ(笑)」と言われつつも、「君なりの仲本工事をやり切ってください」という激励のアドバイスを受けたという。▼キャストコメント遠藤憲一小学校時代、ザ・ドリフターズは見ていたのですが、まさか自分がいかりや長介さんを演じるとは予想もしていなかったので、びっくりしました。強面(こわもて)というところと年齢的なところが起用理由でしょうか。当時、ご本人たちがアドリブでやっていたことを台本に起こして、それを自分たちが演じることはなかなかない難しい経験でした。いい意味でナンセンスなものを作るのが上手な福田監督が、この作品をどのように仕上げていくのか?自分もできあがりが楽しみなので、視聴者の皆さんと一緒に、今から放送を楽しみにしています。勝地涼今回のお話をいただいた時は、とにかくテンションが上がりました。(実際の放送は)自分の世代とはちょっと違うんですが、再放送やスペシャルを見て育ったので。“加トちゃん”という呼び方も、みんなに親しまれている呼び方ですし、僕自身、加藤さんが大好きなので、是非やりたいと思いました。撮影中は、山田君となるべく一緒に過ごすようにして、その時間を大事にしようと心がけました。いかりやさんのセリフに“来週もまた、一生懸命頑張ります!”とありますが、その精神で僕たちもこのドラマに挑んだので、そこが伝わるといいなと思います。加治将樹お話をいただいた時は、“是非やりたい!しかも福田組なの?”という驚きとうれしさで、大イベントに参加できるような感覚でした。高木さんはのんびりしているようなイメージがあるんですけれど、キレがあってリズム感が良い方なので、演じるに当たってそこは意識しました。『ドリフ大爆笑』のオープニングシーンは、一視聴者として子どもの頃から見ていたので、収録の時は、そこに立つことができた幸福感と興奮で、夢の様な時間でした。撮影が終わった時には“役者をやっていてよかった”と本当に思うことができた作品です。松本岳皆さんが知っていて今もご活躍されている国民的スターの仲本工事さんを、僕みたいな未熟者が演じるというのは恐縮な限りだと思っています。今回、事務所の大先輩である志村けんさんとザ・ドリフターズの皆さんの作品に携わることができ、本当に光栄な一方で、当初は不安を通り越して恐怖感がありました。そんな中、ドリフメンバーの皆さんにご報告に伺った際に“ドリフはドリフにしかできないんだから、君なりの仲本工事をやり切ってください”という仲本さんからの激励や、加藤茶さんからの“(仲本さんは)のんびり屋に見えてちょっと格好つけてるところあるからな(笑)”というアドバイスを胸に演じさせて頂きました。楽しんで見て頂けるとうれしいです。「志村けんとドリフの大爆笑物語」は12月、フジテレビにて放送予定。(cinemacafe.net)
2021年11月10日若かりしころの志村けんさんと山田裕貴あまりにも衝撃的だった、昨年春の志村けんさんの死。今も志村さん、そしてザ・ドリフターズを求めるファンは老若男女、国境も飛び越え数多い。8月の大阪を皮切りに開催されている展覧会『志村けんの大爆笑展』(大阪と東京は終了)も、数時間待ちの整理券が発行されるなど、連日多くのファンが足を運んでいる。テレビでもドリフの特番は『ドリフ大爆笑』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』などを放送するフジテレビを中心に、現在も地上波での特番や、BSで再放送するなど、人気のほどがうかがえる。■山田裕貴のすごさがわかる一枚9月には、サンドウィッチマンやカンニング竹山、劇団ひとり、遠藤憲一、純烈ら豪華な顔ぶれがドリフの名作コントに挑戦する特番『ドリフに大挑戦スペシャル』が放送され、加藤茶、仲本工事、高木ブーらも新作コントを披露。11月にはドリフの3人と、ももいろクローバーZによる武道館でのライブ『もリフのじかん』も開催予定。ドリフ熱の冷める気配はない。そんななか発表されたのが、フジテレビで12月に放送されるスペシャルドラマ『志村けんとドリフの大爆笑物語』だ。ドラマでは志村さんがザ・ドリフターズの付き人からメンバーとして加入し、そして国民的大スターに駆け上がっていくさまが描かれていくという。福田雄一氏が脚本・演出を手がけ、志村さんを山田裕貴が演じるということが発表され、志村さんの衣装を着たビジュアル写真も公開された。「この写真を見て驚きました。さまざまな作品で大活躍する山田裕貴ですが、パッと見誰だか分からないぐらい志村けんさんに寄せていました。その演技ぶりから“憑依型”と呼ばれることもある山田のすごさが、この一枚からも伝わってきます」と、あるテレビ関係者は言う。■激似とウワサの加藤茶=菅田将暉この完成度から今後の期待は高まるが、そうなると気になるのが、ドリフの他のメンバーを誰が演じるのかということだ。そこで早くも盛り上がっているのが、加藤茶役の俳優について。「かねてから若いころの加トちゃんに似ていると言われている菅田将暉に演じてほしいという声が多方面からあがっています。確かに表情や顔のパーツがよく似ていますよね(笑)」(同前)菅田将暉と山田裕貴での「加トちゃんケンちゃん」コンビが実現したら、なんとも豪華な限りだ。脚本と演出が福田雄一氏ということで、福田作品によく出演する俳優陣の名前も上がり、あるドラマウォッチャーが予想する。「佐藤二朗さんにムロツヨシさんといった、おなじみの顔ぶれはかなり濃厚かと思います。そう考えると、佐藤さんがいかりや長介さん、ムロさんは、志村さんとのメンバー交代をした、重要なポジションとなる荒井注さんを演じてほしいですね」一方で、山田裕貴が志村けんさん役ということであれば、若い世代を取り込むためにも若手でキャスティングする可能性も捨てきれない。そこで目をつけたのが大ヒットしたドラマ・映画の『今日から俺は!!』の面々に期待したいと、前出のドラマウォッチャーが続ける。「菅田将暉が加藤茶さんなら、賀来賢人がいかりやさんで、仲本工事さんに仲野太賀、高木ブーさんに矢本悠馬なんてどうでしょうか。なかなかいいチョイスだと思います。でも、加藤さん、仲本さん、高木さんを、あえて本人に演じてもらうといったチカラ技もあり得るかもしれません(笑)」放送が近づくにつれ、ほかのキャストも順次発表されることになるが、それまでは予想を楽しみつつ、5人(+荒井注)勢ぞろいのビジュアル再現を楽しみにしたい。〈取材・文/渋谷恭太郎〉
2021年10月22日志村けんさんの半生を描いたドラマ「志村けんとドリフの大爆笑物語」の放送が決定。山田裕貴が志村さんを演じ、福田雄一が脚本・演出を手掛ける。昨年3月、新型コロナウイルス感染症に伴う肺炎のためこの世を去った、日本を代表するコメディアンの一人、志村さん。今回ドラマでは、志村さんがコメディアンになることを決意し、1968年、高校卒業間際にバンドのボーヤ(付き人)として「ザ・ドリフターズ」に携わるところから始まる。見習い時代の修業の日々、そして1974年にメンバーの一員となってから1990年代までの、想像を絶するような過酷なスケジュールや、人気の裏に隠された挫折と苦悩、葛藤が描かれる。また、毎週行われていたコントのネタ会議の様子や、徐々に築かれていくメンバーとの友情も明らかに。そして、「8時だヨ!全員集合」や「ドリフ大爆笑」の懐かしい一場面も登場する。今回そんな志村さんを演じるのは、『東京リベンジャーズ』で東京卍會副総長・ドラケン役や、「ハコヅメ~たたかう!交番女子~」の刑事・山田武志役が近年話題となった山田さん。「お話をいただいたときは、“本当に僕ですか?僕で大丈夫ですか?”と、信じられませんでした。楽しみよりもプレッシャーの方が大きかったです」と心境を明かした山田さんは、役を演じるにあたって、コントシーンを何度も繰り返し映像で見て研究したそうで、撮影の合間もスタッフ相手にコントの練習に励むほど、熱心に取り組んでいたという。そして「実はコントシーンの撮影日が、31歳の誕生日でした。すごくうれしくて、もしかしたらそれは志村けんさんからのプレゼントだったのかなと思います。ドラマの中のセリフで、“笑いたがっている人、笑わせましょうよ”とありますが、そういうドラマになればいいなと思っていますし、その日1日は、志村けんさんに変わって皆さんを笑顔にできるとうれしいです」とコメントしている。福田さんもまた、喜びとともにとてつもないプレッシャーを感じていたそうで「ドリフの歴史の一端を担うことができるだろうかという不安と、僕自身、志村けんさんへの思い入れがとてつもなく強かったので。何しろ、志村さんは少年時代からずっとテレビの前で見てきた大スターでしたから」と思いを明かし、「本当に大変なプレッシャーの中でしたが、山田裕貴さんはじめ役者の皆さんが本当に頑張ってくれましたし、スタッフも本当に素晴らしかったので、いい作品が撮れていると思います。編集はこれからですので、私がプレッシャーから解放されることはありませんけれど、きっといい作品になると信じて、ぜひ、お楽しみに!」と呼びかけた。「志村けんとドリフの大爆笑物語」は12月、フジテレビにて放送予定。(cinemacafe.net)
2021年10月20日志村けんさん(享年70)のコメディアン人生46年を振り返る初の企画展「志村けんの大爆笑展」(10月17日まで東京・松坂屋上野店本館6階催事場にて開催中。11月6〜28日に宮城・TFUギャラリーミニモリ、12月22日〜2022年1月11日に石川・金沢エムザでも開催。詳しくは公式HPまで)が東京で開催中だ。本展は家族から提供された志村さんの貴重な私物や、名物キャラクターの衣装や小道具、コント体験ができる撮影スポットなどで構成されている。そんな「志村けんの大爆笑展」を、『金スマ』(TBS系)の再現ドラマで志村さんの幼少期を演じた星流くん(12)が体験!「殿の部屋」では、志村さんの代表作「バカ殿様」の等身大人形がお出迎え。ザ・ドリフターズの仲本工事さん(80)も「隣にいると話しかけちゃう」と太鼓判を押したリアルさ。星流くんもその完成度に「すごい!」と驚きの様子。「アイーン」のポーズで記念撮影です。「志村けんの大爆笑展」は、見るだけでなく撮影も楽しめる内容になっているのがポイント。「変なおじさん」「いいよなおじさん」など名物キャラクターの実際に使用していた衣装がずらりと並ぶなか、星流くんは、『8時だョ!全員集合』(TBS系)で使用されていた白鳥の衣装の前で「だっふんだ!」の表情でパチリ!また、ザ・ドリフターズの鉄板ネタ、天井からタライが落ちてくるコントを体験できるスペースが。星流くんもタライに当たったときのリアクションが試される!?ほかにも、『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)で人気だった鏡のコント体験も!鏡から体を半分出して、宙に浮いてるような写真や動画も撮れちゃいます。「あんだってぇ!?」でおなじみのひとみばあさんのブティックには、イベント限定グッズが盛りだくさん!レアなグッズに「欲しい!」が止まりません。「笑いがなければ人は生きられない。だから僕は笑いを大事にしたい」ーー。そう語っていた喜劇王・志村けんさんが遺した笑いの世界を楽しんで!
2021年10月16日※画像はイメージです1年半以上も続くコロナ禍。この前例のないパンデミック下で、もし大切な人が亡くなったらどうするか、はたして式は執り行っていいものか──。実際のところ、コロナ禍におけるお葬式事情はどうなっているのだろう?■減り続けている従来の一般葬「昨年からコロナで葬儀の在り方が変わり、さらに今年から新たな変化が起こっています」と話すのは、『クローバーグループ 小金井祭典』代表の是枝嗣人さん。「いちばんの顕著な変化は、葬儀に参列する、いわゆる会葬者の減少。世の高齢化により、ここ20年、会葬者数は減り続けていたが、コロナ禍で拍車がかかり、今年に入ってからさらに加速した感があります」(是枝さん)各地から多くの人が集い、会食を伴う葬儀は感染のリスクも高い。今年の1月、熊本で16人が感染するという“葬儀クラスター”が発生した事例も報告され、その事実は参列の自粛という風潮を生んだ。何より葬儀から人々の足が遠のいた背景に、東京=コロナのスポットという意識が地方に根強くあると是枝さんは言う。「東京から息子さんが帰省したらお母様がデイケアを2週間受けられなくなった、東京へ行った会社員の方が2週間の在宅勤務を強いられたなど、当初は東京の人間と会ったというだけで濃厚接触者扱いされてしまう事例もありました。そうなるとやはり参列は避けざるをえなくなる」会葬者の減少は葬儀の規模の縮小につながり、式の主流は家族や親族間の簡素な様式へと移行した。日本最大級の葬儀相談・依頼サイト『いい葬儀』でお客様センターのマネージャーを務める久保田衛さんは、顧客の声からその変化をリアルに感じていると話す。「お問い合わせで多いのが、この状況下で人を集めていいか、葬儀をしていいかという声。コロナが始まってからやはり人が多く集まる一般葬を行う方は減り、そのぶん家族葬や1日葬が増加しています」’15年には一般葬が約60%、家族葬や1日葬が約30%の割合で執り行われていたが、昨年ではその割合がそれぞれ50%ずつとなっている。葬儀の様式は主に4種で、人を招いて葬儀と告別式を行う一般葬、身内や親族で式を行う家族葬、葬儀・告別式を1日で行う1日葬、通夜や告別式を行わない直葬・火葬式に分けられる。様式の違いは当然費用にも反映され、飲食、返礼品を含んで一般葬は約240万円、家族葬で通夜告別式を行う場合は約140万円、1日葬は約130万円、直葬・火葬式になると約80万円(いい葬儀調べ)と、その差は大きい。■“コロナだから”と簡素にしすぎないコロナ禍で人を集めるのが難しい今、一般葬のさらなる減少が予測されるが、「安いからと安易に選ぶと“本当にこれでよかったのだろうか”という気持ちを後々まで引きずってしまうおそれがある」と久保田さんは懸念する。というのも、直葬の場合、親族が集まるのは火葬炉の前で、故人とのお別れの時間も5~10分ほどと非常に短い。「経済的な問題や故人の遺志などポリシーがあるなら仕方ないのですが、コロナだからと単に簡素に走るのは危険です。まずは式の特性を把握することが大切」と是枝さんも注意を促す。熟慮すべきは直葬だけではない。限られた親族で小規模な葬儀をした結果、かえって面倒が生じるケースもある。「葬儀に参列できなかった方が後日お焼香をあげさせてほしいと自宅に訪ねてくることが多々ある。そうなるとお茶を飲みつつ故人の思い出を語り合うことになります。なかには感情的になり、何で式に呼んでくれなかったんだと詰め寄るような人もいる。濃厚接触の危険もあり、それが続くと心身ともに遺族の負担は大きくなります。ならばコロナ禍でもできるだけ一般葬に近い形で式をしておいたほうがいいこともある」(是枝さん)しかしコロナ感染症で死亡した場合、葬儀は直葬に限られる。看取りは叶わず、故人と会えるのは火葬後、お骨になってから。その現実を知らしめたのが昨春、コロナで亡くなった志村けんさんのニュースで、世に大きな衝撃をもたらした。「コロナで亡くなった方の火葬場の対応は志村さんのときから変わらず、遺族も火葬場には入れません。火葬場に向かう霊柩車を外から見送る形でお別れをすることになります」(是枝さん)直近ではコロナ死亡者のエンバーミング(防腐処理)を請け負う葬儀社も登場し、故人の顔を最後に拝める環境も整いつつあるが、「エンバーミングをするには費用が嵩みます。それでなくともコロナで亡くなった方の葬儀は消毒費用や火葬待ちの保管費用などが加わるので通常の約3割増しになってしまう」(是枝さん)パンデミックの勃発から1年半余りがたった今、当初手探りだった葬儀の現場もさまざまな対策が講じられるようになった。マスクの着用、消毒のほか、大きめの式場を押さえてソーシャルディスタンスを保ち席を配置するといった工夫もそのひとつ。さらに通夜振る舞いにも配慮がなされ、大勢で囲むオードブルではなく、ひとりひとりに料理を提供するお膳スタイルや、持ち帰り用の折り詰めの登場、選べるカタログギフトを用意するといった取り組みがさらに増えてきた。また新たな試みとして広まりつつあるのが、オンラインの導入だ。「少しずつですが、事前の打ち合わせやご相談、弔花やお香典の手配にオンラインを活用する動きがあります」(久保田さん)葬儀自体も従来の様式にとらわれず、より柔軟な式があげられるようになった。是枝さんも「お通夜をせずとも葬儀の方法はいろいろある」と語り、葬儀社経営の立場から個々のニーズに寄り添った提案を行っているという。「東京の式場は多くが2日単位で価格が決まっています。コンパクトな式にしたいなら、1日目は近親者少数で集まり、2日目はお孫さんなどを呼んでお見送りしてもいい。また直葬だとお別れの時間が限られてしまうが、別にお別れのできる場所を借りれば故人とゆっくり過ごせる。それにかかる費用は3万円程度から。簡易ながら無宗教の1日葬ができます。コロナだからとシンプルにしすぎて別の苦労を生まないためにも、リスクを踏まえた取捨選択をおすすめしたい」(是枝さん)■コロナ患者遺族の戸惑いコロナ感染症による死亡者数は9月現在1万7千人余り。現場では実際にコロナ患者の遺族からの問い合わせが増え、その多くが直葬への戸惑いを口にするという。「コロナで亡くなると直葬を選ばざるをえない場合が多いので、最期に立ち会えなかったぶん、遺族としては火葬するだけで終わらせていいのだろうかという気持ちがあるようです。人を集めずお別れの場をどう設けるか、遺族のグリーフサポート(※大切な人を亡くした悲しみからの回復をサポートする取り組み)をどうするかが課題になっている」(久保田さん)コロナ患者に限らず、感染防止の観点から現在は大半の病院が面会を断っている。老人ホームなど高齢者施設もしかりで、身内ですら入所者との面会は許されていない。従来のような看取りが難しくなった今、死は突然の事実として突きつけられることになる。「通常はお見舞いを重ね、お顔を見ることで覚悟が固まっていくものですが、そのプロセスがない現状では、いざとなったとき強い喪失感に見舞われるおそれがあります」(久保田さん)大切な人の不在を肉体的・精神的に理解するのはつらく、喪失から立ち直るには長い時間と周囲の支えが必要だ。実はそれらをすべて備えているのが、本来の日本の葬儀であり役割だと、久保田さんはこう続ける。「まずお通夜で故人の顔を見て死を実感し、親族が告別式で集まって話をすることで、徐々に心の整理がついていく。日本のお葬式は非常に理にかなっているんです」しかし従来のプロセスが踏めない今は、遺された者はどうやって気持ちの整理をつけていけばいいのだろうか。「もっと優しくしてあげたかった、あそこに連れて行ってあげたかったと、遺された人はしてあげたかったことを積み重ねてしまいがち。だからこそ故人のために、してあげられることをお葬式で行ってあげてほしい」と是枝さん。「例えば火葬場へ行く途中、大好きだった場所に立ち寄ってあげられたとか、小さなことでいい。いいお葬式をすることが心の整理にもなります。大変な状況下ではあるけれど、ぜひ故人のために何がいちばんかを考えて、見送ってほしい」(是枝さん)大切な人が亡くなったときに何ができるか、葬儀の在り方を今、改めて見直す必要がありそうだ。
2021年10月03日お笑い芸人・志村けんさんの企画展『志村けんの大爆笑展』の東京開催が2日、松坂屋上野店で初日を迎え、オープニング店長を務めるザ・ドリフターズの仲本工事が、開店前に取材に応じた。仲本は「この時期にこういうものをできるということは喜ばしいし、志村とってもいいことだと思います」と心境をコメント。会場を回って、肌の質感から細部にまでこだわって製作された“リアルバカ殿様”が「一番落ち着くかなあ」という。あまりのリアルさに、つい話しかけてしまうそうで、「『お前なんで先逝っちゃったんだよ』とか『カトちゃんが一番悲しんでるぞ』とか言いました。日本の財産だったからね」と、しみじみ。ほかにも、「『(8時だョ!)全員集合』や『(ドリフ)大爆笑』で見たシーンの現場がありますので、そこで体感してもらって楽しんでもらえればと思います」と呼びかけた。志村さんとの思い出を聞かれると、「一番印象に残ってるのは『ジャンケン決闘』かな。あれが盛り上がってやってても楽しかったな」と、志村さんがあの“最初はグー”を生み出したコーナーを回想。志村さんが亡くなってから1年半という月日が経ったが、「僕らはわりと単純だから、あんまりそういう思い出に浸ったりとかはしてないんです。こういう機会に『ああいうことがあったな』とか鮮明に思い出されるというのでいいんじゃないですか? 志村の思いまで背負って演技したり、コントしてたら、きっと湿ったもんになっちゃうと思うので、それはそれ、これはこれって線引きをきちっとしてやっていけばいいと思います」と強調した。はっぴの下に、志村さんの様々なキャラクターが描かれたTシャツを着用した仲本。志村さんの描かれたTシャツを着るのは初めてだそうだが、着心地は「気持ちいいです(笑)」。「Tシャツが好きで1年中着てるので、こうやって仲間のTシャツを着るっていうのは、僕は好きですね」とご満悦の様子で、プライベートでも「いろいろと着て、私のファッションにしたいと思います」と笑顔を見せた。その後に開店すると、仲本はオープニング店長として来場者1人1人を出迎え、幅広い世代に愛される志村さんの人気を実感していた。同展は、17日まで開催。入場時間は10時~20時(最終入場は19時30分まで)で、入場料は一般・大学生1,200円、中高生800円、図録付き2,000円。
2021年10月02日お笑い芸人・志村けんさんの企画展『志村けんの大爆笑展』が、10月2日から松坂屋上野店で東京開催を迎える。この初日に、ザ・ドリフターズの仲本工事が、オープニング店長に就任することが決まった。大阪開催では、連日多くの客が来場し、志村さんの笑いのルーツやコント映像、衣装などで喜劇王の軌跡を懐かしんでいる。特に、肌の質感から細部にまでこだわり製作された“リアルバカ殿様”は来場者を圧倒。また、大人気の「鏡のコント」が体験できるエリアなども用意されている。東京開催では、イベントの告知映像のナレーションを務めた仲本が初日の開店時に客をお出迎え。人気キャラクター“ひとみばあさん”のお店「高級ブティック ひとみ」では、アメリカで1920年に創業したキャップブランド“NEW ERA”とのコラボ商品を発売する。国民的キャラクター“変なおじさん”をモチーフにしたデザインを含め3種類が販売される予定だ。仲本は「笑いに対して生涯かけて勉強し努力し追求し続けた志村の遺(のこ)した作品を、ぜひみなさんも会場に足を運んで見に来てくださいね! 僕もみなさんに会えるのが楽しみです。志村もきっと喜ぶよ」と話している。(C)イザワオフィス/フジテレビ
2021年09月01日読めそうで読めない漢字がほとんどの難読漢字。そんな難読漢字である「輔ける」が、今回のテーマです。なんと読み、どんな場面で使うのか、さっそくみていきましょう。(1)「輔ける」の読み方「輔」だけであれば、名前でよくみる漢字ではないでしょうか。「輔」は「すけ」と読みますが、「すけける」ではありません。これは「たすける」です。「助ける」と同じ読み方をしますので、これでもう忘れませんね!(『広辞苑』より)(2)「輔ける」の意味「たすける」には、さまざまな意味があります。そして、「たすける」だけでもさまざまな漢字があり、「輔ける」はそのひとつです。「輔ける」は、主に「(よい結果になるように)自分の力を差し出し、支える。助力する」「導いて、過ちがないようにする」といった意味になります。これ以外にも「たすける」には、次のような意味をもっているのです。「倒れるのを支える。手を添える」「危難や災害から逃れさせる。救助する」「傷や病の手当をする。労わる」「ある物事や状態を促進・増進させる」「守りたてる。支える」大半の意味は「助ける」になり、その中に「輔ける」の意味があります。ぜひ覚えておいてくださいね。(『広辞苑』より)(3)「輔ける」の類語や熟語「輔ける」の「輔」は、「補」として代用されています。「輔」に「補う」といった意味を持っており、類語としては「補う」が該当。「補う」の意味は、「不足を満たす。埋め合わせる。欠けた部分を繕う」です。「輔」は「補」に代用されているため、あまり目にすることはありません。「補佐」は本来「輔佐」に、「補導」は本来「輔導」として表されていました。意外なものが「補」ではなく、「輔」が使われているのです。(『広辞苑より』)(4)「輔ける」以外に「たすける」「たすける」には、今回の「輔ける」とよく目にする「助ける」以外にもあります。「扶ける」という漢字があるのですが、広辞苑にはこの3つの「たすける」が掲載。「扶ける」の「扶」には、「世話をする」という意味があります。「たすける」の意味としては、「守りたてる。支える」が該当。意味がたくさんある分、表す漢字も異なるのです。(『広辞苑』より)「助ける」と同じ読み方をする「輔ける」。ひとつの言葉で、さまざまな漢字で表されるのは非常に興味深いものです。意味を理解しつつ、使い分けるとさらによいでしょう。(恋愛jp編集部)
2021年07月23日日常では使わないけれど、漢字で表記できる言葉はいくつもありますよね。「嗾ける」という言葉も、漢字で書く機会が少ない言葉のひとつ。そこで今回は、「嗾ける」の読み方や意味について調べてみました!(1)「嗾ける」の読み方「嗾ける」という言葉を、読めますか?そもそも「嗾」という文字を初めて見た、という方も多いでしょう。初めて見る漢字だと、読み方のイメージがつかないのも当然です。ですが、いざというときにサラッと読めたら、鼻が高いですね。「嗾ける」は「けしかける」と読みます。一度覚えてしまえば、「嗾」という字も難なく読めるでしょう。(『広辞苑』より)(2)「嗾ける」の意味それでは、「嗾ける」という言葉の意味についても調べてみましょう。「けし」というのは、犬などに掛ける声で、勢いづけて相手に向かわせる意味があります。転じて、煽動したりおだてて、相手を動かそうとすることを「嗾ける」というようになったのです。また、「嗾」という文字は「嗾す(そそのかす)」と読むこともできます。どちらにしても、その気になるように仕向けることを意味しており、大抵の場合は悪い方向に導くことを意味する言葉です。(『広辞苑』より)(3)「嗾ける」の類義語「嗾ける」の類義語に、「たきつける」が挙げられます。「たきつける」はもともと、「火をつけて燃やす」という意味。転じて「そそのかす、嗾ける」という意味をもつようになりました。由来は異なりますが、「嗾ける」と同じ意味合いをもつ言葉です。どちらを使用しても問題ないでしょう。(『広辞苑』より)今回は「嗾ける」の読み方や意味をご紹介いたしました。「嗾ける」は、悪い方向へ導くという意味合いで使用される傾向にあります。喧嘩などを「嗾ける」ことのないよう、平和的に過ごしていきましょうね。(恋愛jp編集部)
2021年07月20日お笑い芸人・志村けんさん初の企画展『志村けんの大爆笑展』(企画制作:フジテレビ/イザワオフィス)が、8月6日から全国10都市以上で開催されることが決まった。同展では、志村さんの幼少期の写真など、その笑いへのルーツを年表形式で紹介すると共に、一番のファンである家族から借りた貴重品を展示。また、緻密な計算で作られた劇用小道具や衣装も大量に展示する。「喜劇王『志村けん』の軌跡」では、志村さんの笑いのルーツを大年表にして、その軌跡を追う。幼少期から喜劇王が創り上げた数々の名作コントと功績を、マル秘エピソードと家族から拝借した貴重品と共に紹介する。「名物キャラクター大集合」では、志村さんが生み出した国民的キャラクター“変なおじさん”、“ひとみばあさん”をはじめ、名物キャラが集合。コント内で実際に使用されたかつらや衣装に加え、緻密な計算で創作された小道具も公開。コント映像と解説と共に紹介する。写真撮影スポット「殿の部屋」では、志村さんの代表キャラ“バカ殿様”を特殊メーク・等身大でリアルに再現。おなじみの“アイーン”ポーズで出迎える。『志村けんのバカ殿様』撮影セットも再現し、“バカ殿様”の世界観に引き込む。写真撮影スポット「名作コント体験」では、『志村けんのだいじょうぶだぁ』でおなじみの鏡を使用した摩訶不思議コントや、ドリフターズで定番の“タライ落とし”コントを体験。物販コーナー「高級ブティックひとみ」では、大人気商品「変なおじさんのパジャマ」や、志村さんが愛用した「GOD SELECTION XXX」などの有名ブランドコラボ商品をはじめ、イベント会場でしか手に入らない限定グッズが販売される。ザ・ドリフターズの高木ブーは「志村は笑いに対してドリフのメンバーの誰よりも貪欲だったよね。そんなアイツの作品をぜひ皆さんお楽しみください。僕の中では志村はずっと生きてる。だからみんなが大爆笑展に来てくれるのを、アイツも会場で待ってるんじゃないかな」とコメント。仲本工事は「あんなに笑いに対して努力した男、僕は見たことがないよ。すごくいろんな笑いを見たり、音楽を聴いたりと、とにかく勉強熱心だった。そんな志村が遺(のこ)した作品をみなさんも是非会場に足を運んで見に来てください!志村もきっと喜ぶよ」。加藤茶は「ドリフターズの坊やとして入ってきた志村を誰よりも可愛がってきたのは俺じゃないかな。アイツにはずいぶん無茶させられたんだけど、憎めない奴だった。会場にはそんな志村と俺のエピソードなんかも展示されているみたいなんで、皆さんぜひお越しください」とアピール。企画制作のフジテレビ・板谷恒一氏は「2020年3月29日、新型コロナウイルス感染症による肺炎のため亡くなられた志村けんさん。志村さんは生前、こんな言葉を残されています。“笑いがなければ人は生きられない。だから僕は笑いを大事にしたい”。現在も先の見えない状況が続き、多くの皆さんが不安な日々を過ごされています。そんな中でも、志村さんが残された“笑い”はどんな時でも私たちを笑顔にしてくれました。このイベントを体感していただき、改めて志村さんをしのぶと共に、数多く作られた珠玉のコントで“大爆笑”していただくことで、日本が前を向いて生きていくための大事な糧になれば幸いです」と話している。開催日程は、下記の通り。・2021年8月6日~2022年12月(予定)・大阪会場を皮切りに全国10都市以上を巡回(予定)■大阪会場2021年8月6日~9月5日(なんばスカイオ7階 コンベンションホール)入場料金:一般・大学生1,000円(800円)、小中高生700円(500円)■東京会場2021年10月2日~10月17日(松坂屋上野店 本館6階 催事場)入場料金:調整中宮城会場は2021年11月~、石川会場は2021年12月~開催予定
2021年06月30日由紀さおり撮影/渡邉智裕「残された時間をただ過ごすより、目的を持ってほしい。何でもいいと思うんです。私にとっては、それが歌うことになりますけど。目的を持って進むことで1日1日が真剣勝負になるし、一生懸命生きている感じがすごくしてくる。そういうことが伝わるといいなと思っています」■50年超の芸歴で初めて映画に主演1969年に名曲『夜明けのスキャット』でデビューし、歌に演技と50年を超える芸能生活で輝き続ける由紀さおり。『ブルーヘブンを君に』で、驚くことに映画初主演を飾る。地方創生ムービー2・0プロジェクトの第3弾となる今作の舞台は岐阜県。「主役というか軸になる役をやらせていただいたんですけれど、私の中での主役は岐阜です。岐阜は2012年の『第67回ぎふ清流国体(国民体育大会)』で今の上皇さま、上皇后さまの前で『ふるさと』を歌わせていただいてからのご縁なんです。新幹線の岐阜羽島駅から岐阜市内に入ると川が見えて。空が広いし、水はきれいだし、緑がいっぱいなの。岐阜の人に、どうしてこんなに水がきれいなのか聞いたら、“鵜飼の鵜が食べる鮎は、きれいな水じゃないと育たないことを知っているから川を汚さないんです”と言われて、なるほどと思いました。その川沿いを孫役でボイメン(BOYS AND MEN)の小林豊くんとバイクで走るシーンも出てくるんですよ」■共感したのは夢を実現する強さ今作で由紀が演じているのは、世界初の青いバラ『ブルーヘブン』を生み出したバラ育種家・河本純子さんをモデルにした園芸家の鷺坂冬子。原作、脚本も手がけた秦建日子監督から「どうしても」とオファーがあったという。「役作りで監督からのリクエストは全然ないの(笑)。余命を宣告されるということが背景にありながらも、結構、おちゃめな役。夢の実現を貫く強さというんでしょうかね、そういうものはとても共感することができました」突然の腹痛に襲われた冬子は、がんが再発し余命半年のステージ4と宣告されてしまう。主治医から治療に専念することをすすめられるが、ある決意をする。それは、初恋の青年が挑戦したことでもある、ハンググライダーで池田山から飛ぶことだった。「(東海最大級の美しさを誇る夜景スポットでもある)池田山から見える街並みが素晴らしいの。初めて行ったとき、(見晴らし)台があるのだけれど、そこで思わず“うわ~”って大きな声を出してしまって(笑)。監督から“危ないですよ”と言われてしまうくらい、すごく気持ちがよかった」がんに身体をむしばまれていく冬子にとって筋力や体力を使うハンググライダーは決して簡単な挑戦ではない。はたして、彼女は空を飛ぶことができるのか。そして、胸にしまい続けてきた淡い初恋の結末も解き明かされていく。■撮影時から一変した現在の生活今作の撮影は、新型コロナウイルスが蔓延する以前。当時は、世の中がこんなことになるとは夢にも思っていなかった。「こんなに自宅にいる生活も初めて。最初のころは今までの疲れが噴き出す感じで、あまり調子がよくなかったんです。でも、これじゃいけないと仕事をしていたときと同じようにスケジュールを入れるようにしました。若い方の1年と私たちのとは、まったく意味が違う。コロナが収束して“歌ってください”と言われたときに以前と同じようにマイクの前で歌える自分をつくっておけるか、すごく不安を感じたんです」以前からのどの状態を診てくれている医師への週1回の通院は変えず、パーソナルトレーナーとのトレーニングを増やし、ヒールを履いて歌える身体でいたいとひざを診察してくれる整形外科にも通うようになった。余分なものを食べないようウエイトコントロールも心がけている。身体をより思いやるようになったのは、昨年逝去した志村けんさんのこともあったのだろうか?「いかりやさんが旅立たれたときもすごく衝撃だったけど、志村さんもそう。私が志村 さんと番組でご一緒させていただいたのは、いかりやさんがお元気でいられたときなので、デビューしてから10年から20年くらいのあいだが一番多かったと思います。映画『キネマの神様』でコントではない志村さんの姿を見せていただけると思っていたので本当に残念です。いかりやさんが呼んじゃったのかなとも思いましたね。あと、岡江(久美子)さん。今回の映画で(夫の大和田)獏さんと共演させていただいているので。最近、お嬢さんのお力もあってお元気になられているようなので少し安心しました。こんなことになるなんて思ってもみないときに撮影させていただきましたから」■こんなときだからもっと活発に元気に昨年から続く新たな生活を経験し、改めて思ったことがあるという。「もちろん、人混みに行かないようにとか、行動には非常に気をつけています。そのうえで、私たちの世代の人たちは、もっと活発に元気に、アグレッシブまでいかなくても努力していかないと。映画の冬子のように、元気でやれる仕事があったら、無理のないところでやったほうがいいと思うんです。私自身、まだまだ発展途上。やりたいことがたくさんあります。そのひとつが、楽器。合唱団にいた幼いころにピアノのお稽古をしたことはあるんですが、あまり好きではなくて途中でやめてしまって。弾きながら歌えるものといったらギターみたいなものもあるかもしれないけれど、母が三味線をやっていたこともあって4年ほど前からお稽古をしています。端唄とか都々逸とか、そういったものにも、もっと挑戦していきたいですね。それから、着物にもより興味が出てきて。草履、帯留め、かんざしなど、そういうこともすごくお勉強になっています」ふっくらシフォン肌の秘訣は?努力してますから(笑)。父親が東北出身で色が白いのは似たんです。そのかわり、シミとか残るものが増えるんですよ。だから、必死。ハワイに行っても泳ぎませんから。そういう日々のささやかな努力の積み重ねです。オススメの洗顔方法があるんです。ほお紅とかのブラシがあるでしょ、それで洗顔料を泡立てるの。ジャムの空いた瓶とか広口のものに洗顔料と水を入れて泡立てる。その泡をつけたブラシで洗顔すると自分でもビックリするぐらい「あら? 今日、色が白いわね」って。毛穴の汚れもすごくきれいになるので、ぜひやってみてください。蒸しタオルで泡を2回ぐらい取ると、きれいに汚れが落ちているのがわかるはず。見違えるほど白くなるから。6月11日公開映画『ブルーヘブンを君に』(c)2020「ブルーヘブンを君に」製作委員会
2021年06月11日2021年5月1日付にて、YouTubeチャンネル『I LOVE みんなのどうぶつ園チャンネル【公式】』では、同日午後7時に放送した番組の秘蔵映像を配信中です。この動画は、櫻井翔さんが、動物バラエティ番組『I LOVE みんなのどうぶつ園チャンネル』(日本テレビ系)にゲスト出演した放送分の一部を公開したもの。嵐は、2020年12月31日付で活動を休止しましたが、リーダーの大野智さんを除くメンバーは、これまでの嵐のレギュラー番組を個人名に改名して担当するなど、活動を継続しています。この『I LOVE みんなのどうぶつ園チャンネル』では、現在、故・志村けんさんを引き継ぐ形で嵐の相葉雅紀さんがMCを務めており、この動画で、櫻井さんは相葉さんに会うことを楽しみにしていたようですが、リモートでの対面となりました。相葉さんの「かわいい子犬たちを揃えているので癒やされてください」というメッセージを観た後、櫻井さんは、まるでマンションの1室のようなセット内で動物たちと触れ合って…。早速、動画をご覧ください。いろいろな動物が登場しましたが、終始、穏やかな表情の櫻井さんが、とても印象的でした。そして、そんな櫻井さんに運命の出会いが…。一匹だけ、ほかの子犬たちと明らかに毛色の違う、生後39日の『キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル』という犬種の子犬をとても気に入ったようです。このキャバリアという犬種は、活発明朗、温厚な優しい性格なのだとか。ミニチュア・シュナウザー犬と遊びながらも、ずっと大事そうにキャバリア犬を抱え、一緒に『どや顔』を決めた櫻井さんも『飼う気』満々でした。確かに、途中で寝てしまったキャバリア犬の表情を見たら、櫻井さんでなくても思わず飼いたくなってしまいそう。ゴールデンウィーク中に本編を観た人も観ていない人も、この動画の中で、素のまま動物たちとじゃれ合う櫻井さんと、かわいいキャバリア犬に癒やされたのではないでしょうか。[文/AnyMama(エニママ)・構成/grape編集部]
2021年05月28日しまじろうコンサート「すすめ!たからのしまの だいぼうけん」が5月15日に東京・板橋区立文化会館にて開幕した。これに先駆け、前日に公開ゲネプロが行われたので、その模様をレポートする。「しまじろうコンサート」は2001年から開催している幼児を対象にした参加型コンサート。昨年夏に開催予定だった公演は、新型コロナウイルスの影響ですべて中止に。今年は、自治体や会場のガイドラインに従い、感染対策を万全に整え、座席や稼働率を自治体の方針に従って各会場ごとに制限して、全国34会場で開催される。今回はしまじろうたちが宝の島を大冒険する物語。みみりん、はなちゃん、にゃっきい、とりっぴい、ガオガオさんらお馴染みの仲間と一緒に、海を渡り、宝探しの旅に出る。今作には、新キャラクターとしてワニ船長とニャン吉が登場。宝を巡りしまじろうたちの冒険に関わっていく。物語の内容は子どもたちにも分かりやすくシンプルでありながらも、笑いあり、感動ありの目が離せない展開で本格的。劇中には、「むすんでひらいて」や「きらきらぼし」など、たくさんのおなじみの歌とダンスが散りばめられ、子どもたちは体を動かしながら楽しく盛り上がることができる。
2021年05月18日住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう!わかる」って盛り上がれるのが、青春時代に毎週楽しみにしていたドラマの話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。「今朝もラジオの生放送を2時間やったんですけど、’80年代の曲は多いです。たまに’00年の曲をかけるときなんて、21年も前なのに『最新ヒットナンバーをかけちゃいましょう』みたいなノリになるんです(笑)。’80年代にテレビで見たアイドルの歌や振付、ドラマのセリフなんかも、ビデオ録画が簡単にはできなかった時代なのに、よく覚えていますよね。親に『テレビを近くで見ると目が悪くなる』と言われるくらい近づいて、集中して見ていたからなのかなあ」お笑いタレントのいとうあさこさん(50)は、幼いころからテレビが大好きだった。「’70年代は、やっぱりピンク・レディー。みんながミーちゃんをやって、私は低音が魅力的なケイちゃんのマネをしていました。『8時だョ!全員集合』(’69〜’85年・TBS系)も、会場になっていた日本青年館が自宅の近くだったから、母親が応募してくれて何回か観覧を。会場に来ているコたちには志村けんさんが大人気でしたが、私は会場で『いかりやー!』って叫んでいました。AB型っていうのもあって、なんか変わってなきゃいけないみたいに思っていたのかなあ。“人と違う自分”にどこかニヤリとしていました(笑)」初めて美容室でパーマをかけたのは、聖子ちゃんカットに憧れたからだった。「パーマがかかりすぎて『ライオン丸』ってからかわれたなあ。フォトエッセイとかで見た聖子ちゃんの丸文字がかわいくて、当時はお習字に通っていたのに、丸文字の練習ばかりしていましたね。“原宿に行ったら、スカウトされる”って聞いて、自分の容姿も顧みず、竹下通りを何往復もしたり……(笑)」歌番組やバラエティで見るアイドルばかりでなく、’80年代に流行したドラマも、いまだに同年代の仲間との話題になるという。「当時のドラマソングをテーマにしたクイズで対決する番組に呼ばれたとき、“初めて(親ではなく)自分の意思で見たドラマは『あばれはっちゃく』(’79〜’85年・テレビ朝日系)でした”って話したら、スタジオでご一緒していた純烈の酒井一圭さんに『おれ、5代目だよ』って言われて、びっくりしました」数あるドラマのなかでも、インパクトを受けたのは、大映テレビが制作するドラマ。とくに『スチュワーデス物語』(’83〜’84年・TBS系)は忘れられないという。JALが全面協力し、堀ちえみ演じる“ドジでノロマなカメ”の訓練生・松本千秋が、村沢教官(風間杜夫)に指導されながら、当時は“スチュワーデス”とよばれていたCA(旅客機の客室乗務員)になるための研修を積み、大空へ飛び立っていくーーというドラマだが、突っ込みどころ満載のキャラ設定や演出が魅力だ。「そもそも千秋みたいな、こんなに何もできない人がスチュワーデスさんの学校に入れるわけがないじゃないですか(笑)。とくに記憶力がダメ。機内で提供するチーズの名前がまったく覚えられないんですから」ドラマでは村沢教官が“曲にのせたら覚えられる”と千秋に個人レッスン。『洒落男』のメロディで「オ〜レ〜はイギリス〜でいちばん、うまい〜といわれ〜るチーズ」と歌い始める。「まず、歌の1番にチーズの名前と特徴が出てこないんですよ。それで2番に入って、やっと青カビチーズとかの情報が出てくる。倣って歌う千秋を、村沢教官が『そいつはよかったな』『その調子だ』なんてほめるんですが、“このペースでは、絶対に間に合わないぞ”って、中学生の私でも突っ込んでいました」「女性自身」2021年5月11日・18日合併号 掲載
2021年05月10日