女優の岡江久美子さんが4月23日、新型コロナウィルス感染による肺炎で死去した。63歳という若さだった。3月29日に亡くなった志村けんさん(享年70)に次ぐ芸能人の死去。日本中に悲しみが広がっている。各メディアによると、岡江さんは4月3日に発熱し6日に容態が急変。緊急入院した後にICUで人工呼吸器を装着し、その後PCR検査を受けて陽性と診断されたという。また所属事務所は、岡江さんが19年末に乳がん手術を受けていたことも明かしている。今年1月末から2月半ばまで放射線治療を受けていたという。岡江さんは75年に『お美津』(TBS系)でデビュー。90年代後半に情報番組『はなまるマーケット』(TBS系)で司会を務め、『天までとどけ』(TBS系)では大家族の母親役を好演しお茶の間から人気を博した。最近では18年の『きみが心に棲みついた』(TBS系)にも出演していた。45年間にわたる芸能生活を過ごした岡江さん。あまりにも早すぎる死に、過去の共演者や親交のある著名人たちから悲しみの声が相次いでいる。『終着駅シリーズ』(テレビ朝日系)で岡江さんと夫婦役を演じた片岡鶴太郎(65)は、ブログで《えーっと、絶句のまま、言葉を失いました!余りに唐突で!余りにショックで!!》と驚嘆。《もう何十年も夫婦役で御一緒してきた岡江久美子さんが!!?まだ、私の隣には、岡江久美子さんの体温も、御声も、若く美しい御顔も、存在して居ります!!?》と惜しんだ。『はなまるマーケット』で岡江さんと共演したこともあった、演歌歌手の藤あや子(58)も悲しみを露わにした。Twitterで《岡江久美子さんの訃報を知り大変ショックを受けています》と切り出し、《昨年、行きつけのお寿司屋さんで偶然お会いした時とても気さくに話しかけてくださり今度一緒にごはん行きましょうって約束してくださったのに》と振り返った。続けて《悲しくて 悲しくて…新型コロナウイルスが本当に憎いです心からご冥福をお祈りいたします》とつづった。タレントの山田邦子(59)はブログで、《いやーー!!岡江久美子さんが………絶句です》と切り出した。自身が乳がんで闘病した経験と重ね、《放射線治療は毎日病院に通うのでどこでどう感染したのかはわかりませんが、おそらく乳がん手術は成功したから放射線治療に進んだはずだから、残念過ぎます。最後までがんばったんだと思います。つらい、つらすぎます》と偲んでいる。
2020年04月23日俳優の渡辺徹が23日、自身のブログを更新。同日、新型コロナウイルスによる肺炎のため亡くなった女優の岡江久美子さんを追悼した。渡辺は「岡江久美子さんご逝去。まさかの悲報・・・お嬢さんの大和田美帆さんと、ついこの前まで一緒に芝居づくりをしていて、ゲネプロにもお見えになっていたのに・・・どうして、志村けんさん岡江久美子さんと、愛すべき人ばかりを新型コロナウイルスは奪ってしまうのか憎い・・・」と吐露。そして、「失礼ながら、ご主人の大和田獏さんから頂いたメールの一部を、どうしても皆さんにお伝えしたいです。『このウィルスは怖いです。くれぐれもご用心ください』」と岡江さんの夫で俳優の大和田獏から送られてきたメッセージを紹介し、「この重い言葉を胸に、自分のためそして愛する人のために気をつけましょう」と呼びかけ、「岡江久美子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。合掌」と悼んだ。
2020年04月23日「突然の志村さんの逝去後、放送された特別番組は軒並み高視聴率でした。1日の『志村けんさん追悼特別番組』(フジテレビ系)は21.9%、『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ系)は27.3%、『中居正広のキンスマスペシャル』(TBS系)は20.1%。各局とも故人の国民的人気に改めて畏敬の念を抱いています」(制作関係者)“バカ殿”は志村けんさん(享年70)にとって自身のお笑い哲学の象徴だった。ザ・ドリフターズで学んだ「動き7割、言葉3割」というコント哲学。その代表的なキャラクターが“バカ殿”だったのだ。《バカ殿も変なおじさんも純粋なんだよね。純粋すぎて周囲からは変に見えるだけ。そういう意味では俺も変わらないなぁ。頭の中、お笑いだけだから》(『週刊ポスト』’16年8月5日号)バカ殿に、自分自身を重ねていた志村さん。コント一筋、笑いに懸ける自身の生き方を象徴するキャラクターがバカ殿だった。生涯、独身だった志村さん。心の底では、家庭を持ち、子供を育てることを常に夢みていた。「志村さんは生前、『自分に子供が生まれたら、一緒にバカ殿ごっこをするのが夢』と、話していたんですよ。子供のような年代の後輩芸人たちをかわがっていたのも、そんな志村さんの思いの表れだったのかもしれません」(演芸関係者)「女性自身」2020年5月5日号 掲載
2020年04月23日志村けんさん(享年70)の通夜、告別式は4月11、12日の両日で、近親者によって営まれた。「お別れの会」は、「新型コロナウイルスに関連する一連の状況が収束したのち」に開くという。国民的コメディアンの突然の死は、お笑い界の大きな痛手だ。2日、ナインティナインの岡村隆史(49)が、パーソナリティを務めるラジオ『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、志村さんへの感謝を述べた。「僕がバラエティ番組でやる動きや表情は、ほぼほぼ志村さんのコピー。パクリに近いと思います」「岡村隆史という人間の7割が志村さんで構成されている」志村さんと岡村は公私にわたって親しかった。「実は、あの志村さんにも低迷期がありました。『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)終了後の’90年代後半は、ゴールデンタイムのレギュラー番組がなくなり、『志村けん死亡説』が流れたこともあったほど。その低迷期を脱する契機となったのが、岡村さんがバラエティ番組で連発した志村さんの『アイーン』だったんです」(演芸関係者)自身の冠番組で「お笑いの教科書」だった志村さんをまねて、「アイーン」を繰り返した岡村の活躍で、本家・志村さんの人気は再燃。再びお笑いの第一線に復帰した。「岡村さんにも芸能活動を休止した時期があります。10年前、体調不良で、半年間の活動休止でした。本人自ら『地獄を見た』という入院療養中、心配した志村さんから彼に電話が入ったそうです。志村さんは彼の心の叫びを、ずっと聞いてくれたそうです。それが心の支えになったと岡村本人が言っていました」(岡村の知人)“相思相愛”だった2人。何度も食事をともにし、笑いについて語り合ってきた岡村は、ことあるごとに、バカ殿の後継者として立候補していたようだ。「6年前、芸人6人で慰安旅行に行く番組の企画でのこと。温泉に入り、酒が入った席で、岡村が志村さんに『どうすんですか?死んだら。バカ殿とかやっぱり誰かが残していかないといけないじゃないですか』『バカ殿、終わらすんですか?』と、矢継ぎ早に詰め寄っていました。ふだんから、岡村は志村さんと会うと必ず、このことを聞いていたみたいです」(テレビ局関係者)同年11月の『ウチくる!?』(フジテレビ系)でも、VTR出演した岡村は、ゲストの志村さんに、「“バカ殿”は誰が継ぐのか。変なおじさんは誰が継ぐのかということを遺書に残しておいていただきたい」と、懇願している。しかし、志村さんは岡村の度重なる懇願にもかかわらず、首を縦に振ることはなかったという。インタビューでこう語っている。「(岡村には)『そうはいかねえよ』と返している。俺のマネをしてもしょうがない。超えなきゃ意味ないから。岡村には、『おまえはコントをやらないからキャラができないんだ』って言ったけど、コントって結局、それが大変だから、若いやつはやらないんだよね」(『報知新聞』’14年6月17日付より)岡村のさらなる飛躍を期待して、志村さんは愛のむちを振るったのだ。そんな志村さんが晩年、気に入っていたのが千鳥の大悟(40)だった。’16年の『志村けんのバカ殿様最新作笑いの金メダルSP』で初共演し、翌年3月の『志村けんのだいじょうぶだぁドリフみんな大集合SP』(ともにフジテレビ系)に出演した大悟。「千鳥のトークコーナーを見て、志村さんは、昔の芸人のような荒っぽい雰囲気に加え、自分を作っていない大悟を気に入り、収録後、飲みに誘ったんです。そこで意気投合して、それからは週3回、一緒に飲む仲になっていました。以来、もう“愛弟子”ともいえる関係になりましたね。ある日、志村さんは笑いながら『俺が死んだら、おまえがバカ殿をやったらいい』と言っていたほどなんです」(テレビ局関係者)志村さんは大悟に、自分と同じにおいを嗅ぎ取っていたのだろう。「大悟さんは『バカ殿は志村さんのものですから』と断っていましたが、亡くなって『志村さんが天国で笑ってくれるなら……』という気持ちも出てきているようです。フジテレビも志村さんが遺した国民的キャラクター『バカ殿』をこのまま終わらせたくないようです。二代目を継ぐ可能性があるのは、志村さんが心からかわいがっていた岡村さんか大悟さんの2人しかいないと断言できます」(前出・テレビ局関係者)バカ殿が愛すべき後輩に受け継がれることを、天国の志村さんもきっと、喜んでいるはずだ――。「女性自身」2020年5月5日号 掲載
2020年04月23日「NHKでは新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月1日から大河や朝の連ドラの収録を中断しています。16日、緊急事態宣言が全都道府県に拡大したことで、撮影再開日をまったく定められない状態です」(NHK関係者)連続テレビ小説『エール』の主演・窪田正孝(31)は6年ぶりの男性主役に気合も十分。昨年9月から収録に臨んでいた。そこへ突然の悲報が窪田を見舞った。「初回放送の2時間後に志村けんさん(享年70)の訃報が流れました。日本を代表する作曲家という役どころでドラマ初出演。12月から収録に参加して現場を盛り上げていただけに、急逝を知った窪田さんも涙ぐんでいましたね」(ドラマ関係者)収録中断と志村さんの死。相次ぐ悲報に落ち込む窪田を励まし続けているのが、昨年9月に結婚した新妻の水川あさみ(36)だ。「朝ドラ収録は約1年がかりですから、体調管理は不可欠。毎日手料理で彼を支えているそうです。ガリガリくんを1日数十本食べるなど、窪田さんの偏食は有名。水川さんは“免疫力アップには発酵食品がいい”という考えで塩麹や味噌、糠漬け、豆腐など、すべて自家製。お米は酵素玄米。満を持して収録再開に臨めるようにしています」(制作関係者)愛妻だけではない。彼にはもう一人、頼もしい味方がいるという。同い年の吉高由里子(31)だ。「窪田さんと吉高さんは6年前の朝ドラ『花子とアン』で共演しています。窪田は吉高の先輩で幼いころから彼女を思い続ける幼なじみの朝市を演じました。泣きじゃくる主人公に朝市が手ぬぐいを渡すシーンがあったのですが、窪田さんのアドリブでした。彼の不意のやさしさに吉高さんは感極まって号泣。それ以来、打ち解けて仲よくなったそうです」(前出・ドラマ関係者)実は吉高と水川も、ハリセンボンの近藤春菜(37)が主宰する「春菜会」のメンバーでもある親友。「一昨年の水川さんの誕生日には、吉高さん、春菜さんがお祝いしています。メンバーの引っ越しの手伝いもしています」(春菜の知人)朝ドラの主役として“先輩”の吉高は、失意の窪田を温かく励ましているという。「窪田さんは結婚後、陽気な水川さんの影響を受け雰囲気が柔らかくなったそうです。『演技の幅も広がっているから大丈夫』と応援しているそうです」(映像関係者)吉高は自身のツイッターで、こんな名言を残している。《涙のあとには覚醒があるはず》。“吉高流エール”で、収録再開後の窪田の演技にさらに磨きがかかることだろう。「女性自身」2020年5月5日号 掲載
2020年04月22日2020年3月29日、新型コロナウイルス感染症による肺炎でタレントの志村けんさんが亡くなりました。バラエティー界をけん引する志村さんの訃報は、芸能界のみならず視聴者にも大きな衝撃を与え、ショックの声がたくさん上がっていました。同年4月18日、志村さんが所属していた事務所、イザワオフィスは1987~1996年の9年にわたって放送されたバラエティー番組『志村けんのだいじょぶだぁ』(フジテレビ系)を再編集し、YouTubeで公開することを発表。動画全10本のうち、9本は広告をつける形で公開し、広告から得られる収益は必要最低限の経費を除いて全額、日本赤十字社に寄付するといいます。処分を待つのみだった作品イザワオフィスは、『志村けんのだいじょぶだぁ』は、諸事情によって今後テレビでの放送は限りなくゼロに近い状況で、作品が目にされないことに葛藤があったと明かしています。1987年より9年間に渡りにテレビで放送された「志村けんのだいじょぶだぁ」は、諸事情により、テレビなどで目にしていただく機会がなく、今後についても、残念ながら限りなくゼロに近い状況です。弊社スタッフ一同、これら、志村けんの全盛期とも言える時期の作品が、このまま人々の目に触れられず、再び世に出ないまま葬り去られてしまうことに対して、大きな葛藤がありました。IZAWA OFFICE -イザワオフィス-ーより引用テレビでは見ることのできなくなってしまった人気バラエティー番組の公開に、ネット上では歓喜の声が寄せられていました。・嬉しい!ありがとうございます。家で退屈でしたが、動画を見て元気を出します。・笑いで人を救えることは素敵なことですね。懐かしさを感じながら見たいと思います!・当時の放送は見れなかったので楽しみにしています。本来ならば放送されずに処分を待つのみの作品だったという、『志村けんのだいじょぶだぁ』。最前線で働く医療従事者を支援する形となって、再び多くの人を笑わせてくれることでしょう。[文・構成/grape編集部]
2020年04月18日お笑いコンビ・千鳥の大悟(40)が4月16日、自身のTwitterを更新。親交が深かった志村けんさん(享年70)が、3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなって以降、初めての投稿となった。大悟は「島んちわ!写真かと思ったら動画やった」というコメントとともに、1分32秒の動画を公開。「写真撮っちゃろか?」と相方・ノブ(40)のコーディネートを写真で撮るようにみせかけ、実は動画だったというシュールなやり取りが収められている。志村さんのいちばんの飲み仲間として知られ、一時期は「週5で飲みに行く」と公言していたほど可愛がられていた大悟。3月31日にノブが「志村けん師匠のご冥福をお祈りします」とTwitterで追悼したが、大悟は3月19日のツイートから沈黙を続けていたことから、ファンの間で《大悟が心配》《大丈夫ですか?》と心配するコメントが殺到していた。志村さんに言及することがなかったが、大悟の28日ぶりの更新に《面白いより大悟元気そうでよかったが勝つ》《笑えてるね。安心した》《笑い声聴けてよかったよー》と安堵する声が多く寄せられている。
2020年04月16日2020年4月15日、俳優でタレントの石田純一さんが新型コロナウイルス感染症(以下、コロナウイルス)に感染していることが判明。所属事務所が石田さんのブログで公表し、芸能界に衝撃が広がっています。妻の東尾理子が医療従事者に謝罪詳細によると、同月10日に仕事のため沖縄にいた石田さんは、翌日に身体のだるさを自覚え、13日に東京へ戻るまでホテルで休息をとっていたそうです。発熱や咳などコロナウイルスの特徴とされている症状はなかったものの、14日には肺炎の傾向があると病院で診断され入院。そして15日にPCR検査を受けた結果、陽性だと判明しました。妻の東尾理子さんは、陽性発覚と同日にブログを更新。「家族の1人が感染し大変ショックを受けております」と想いをつづり、関係各所に向けて謝罪の言葉を続けました。そして、自身と3人の子供たちの状態を伝えています。自粛要請が出て以降、最小限の外出に止め自宅で過ごしてまいりましたが、私も子供たちも濃厚接触者となりましたので、これから2週間は外出せず、自宅待機致します。現在、子供も私も症状は出ておりません。また、医師、保健所の指示で検査も受けておりません。東尾理子オフィシャルブログーより引用また、次のように医療従事者へ向けて謝罪の言葉もつづりました。家に残る家族は、体調管理と健康観察を日々行いながら、主人が1日も早く回復するよう、頑張ってくれる事を祈っております。最前線で検査や治療に携わって下さっている医療関係者の方々に、更なるご負担をおかけしている事を大変申し訳なく思うと同時に、感謝の気持ちでいっぱいです。重ねまして、ご心配とご迷惑をおかけ致しまして申し訳ございません。東尾理子オフィシャルブログーより引用なお、石田さんは軽症だとのこと。ネット上には、「また芸能人が感染してしまった」「お子さんたちが感染しないか心配」などの声が相次ぎました。志村けんさんがコロナウイルスで亡くなってから芸能界でも感染防止の意識が高まっている中、それでも止められない現状に改めて感染症の脅威を感じさせられます。石田さんの1日も早い回復を、家族はもちろん、多くの人が願っています。[文・構成/grape編集部]
2020年04月16日4月16日発表の「オリコン週間DVDランキング」で、3月29日に亡くなった志村けんさんの『志村けんのだいじょうぶだぁ BOXII ウンジャラゲ編』、『志村けんのだいじょうぶだぁ BOXⅠ だっふんだ編』が、ジャンル別「バラエティ・お笑い」でそれぞれ3位と4位にランクインした。また、志村さんが所属していたザ・ドリフターズの『ザ・ドリフターズ結成50周年記念 ドリフ大爆笑 DVD-BOX』をはじめとする作品も5作品同時ランクイン。ジャンル別「バラエティ・お笑い」で、志村さん関連の7作品が同時TOP10入りを記録した。また、DVD総合でも7作品はTOP100入りした。4月1日に生放送された『志村けんさん追悼特別番組 46年間笑いをありがとう』(フジテレビ系)を皮切りに、各局が志村けんさんの追悼番組を続々と放送。20日付の同ランキングで前週圏外から一気に急浮上した。『~BOXⅠ だっふんだ編』『~BOXIIウンジャラゲ編』は、1987年から1993年まで放送されたお笑い番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』から、「変なおじさん」や「ひとみばあさん」などの名物コントをはじめ、石野陽子、松本典子、桑野信義などおなじみレギュラー陣とのショートコントも収録。どちらも2枚組、本編収録時間が約4時間におよぶベストコント集となっている。
2020年04月16日テレビ朝日系の音楽番組『ミュージックステーション』が、4月いっぱい生放送を取りやめると報じられた。新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化するなか、番組制作もこれまで以上に厳戒態勢に入っているようだ。Twitterでも「生放送中止」がトレンド入りし、《良い判断》《仕方ない》と対応を支持する声が上がった。サンケイスポーツによると、同局系列の報道番組『報道ステーション』でメインキャスターの富川悠太アナウンサー(43)が新型コロナウイルスに感染したことを受けての対応だという。『Mステ』は2月28日から無観客で放送しており、収録現場では「マスク着用」「消毒」「マイクの共有をしない」といった感染予防策を徹底してきた。だが次回放送の17日以降はスタジオに人を入れず、VTR放送などを検討しているという。「富川アナウンサーの感染を受け、スタッフ全員が自宅待機になるなど警戒レベルが一段と上がったようです。『Mステ』は今年で34周年を迎える長寿番組。放送開始当初から生放送で旬のアーティストを迎え、観客や視聴者との一体感を大切にしてきました。しかし志村けんさん(享年70)が急逝してしまったこともありますし、司会のタモリさん(74)を心配する声も上がっていました」(テレビ局関係者)大勢が収録現場に集まる音楽番組も、他のバラエティ番組などと同じように「密閉・密集・密接」の“3密”にあたる。感染者増加の歯止めがかからない事態に、他局でも対応に追われているという。「NHKは7日に放送予定だった『うたコン』が中止になりました。本来なら生放送番組なのですが、次回以降は再放送に切り替えるようです。フジテレビも『Love music』の収録が延期となり、VTRなどでカバーするそうです。TBSは収録の中止期間が5月6日まで延長になりました。そのため『CDTVライブ!ライブ!』も過去の放送回からリクエストを募る形に。スタッフは編集作業や出演者のリモート対応に追われているようです」(前出・テレビ局関係者)
2020年04月15日「収録前の相葉さんは、いまにも泣きだしそうなほど憔悴していて、共演者すら声を掛けられなかったそうです。心の底から志村さんを慕っていただけに、相葉さんの心痛は計り知れないものがあります」(日本テレビ関係者)日本中に衝撃を与えた志村けんさん(享年70)の訃報。志村さんとともに『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ系)で司会を務める嵐の相葉雅紀(37)も悲しみに打ちひしがれていた。4月4日に、同番組は志村さんを追悼する特別編を放送。番組史上最高となる27.3%の視聴率を記録した。番組冒頭、相葉は悔しさをにじませながらこう語った。《志村さんが亡くなったことは信じられませんし、受け止めることができません。嫌です、悲しすぎます。志村さんの優しい笑顔が頭から離れません》2人の出会いは番組がスタートした’04年にさかのぼる。嵐としてデビュー後、同番組が初の単独でのバラエティ番組レギュラーとなった相葉。しかし、相葉は早々に“事件”を起こしていた。「番組が始まってすぐ、志村さんの計らいで出演者やスタッフとの食事会が開かれました。緊張していたこともあって、お酒が回った相葉さんが志村さんの膝を枕にして寝てしまったんです。しかし、志村さんは『男に膝を貸すのは初めてだよ』と笑って許したそうです。スタッフが起こそうとすると、『嵐もやって疲れてるんだからいいよ』と優しく気遣っていたといいます」(前出・日本テレビ関係者)思わぬハプニングもあり、2人の距離はどんどん縮まっていった。「志村さんは人として裏表のない相葉さんをとてもかわいがり、収録が終わると毎回のように食事に誘っていました。相葉さんも志村さんの舞台があると、自分でチケットを購入して必ず観劇していたそうです。また志村さんは『将来的には相葉がMCをできるようにしてあげたい』とスタッフに語っていたそうです。当初はパネラーだった相葉さんが途中で司会に昇格したのも、志村さんの後押しがあったからだと聞いています」(前出・日本テレビ関係者)公私にわたって志村さんとの絆を強めていくいっぽうで、相葉はスランプを抱えていた。「番組スタート時の嵐は、今のような国民的アイドルではありませんでした。ほかのメンバーは個々で舞台やドラマに出演していましたが、それに比べて当時の相葉さんは仕事量が少なかった。相葉さん自身もそのことに悩んでいたそうです」(テレビの制作関係者)そんな相葉の葛藤を察していたのが志村さんだった。「あるとき、相葉さんが志村さんに『嵐としての立ち位置がわからない……』とこぼしたことがありました。すると、志村さんは『いつどんな風が吹くかわからないから、その準備だけしておけば大丈夫だから』と優しくアドバイスを送ったそうです。それ以来、相葉さんの仕事への向き合い方が変わったといいます。積極的に過酷な猛獣とのロケなどに挑戦し、めきめきと実力を伸ばしていきました。生涯にわたって独身を貫いた志村さんですが、相葉さんのことはまるで息子のように温かく見守っていたようです」(前出・日本テレビ関係者)4日の特別編で、相葉は涙ながらにこう語っていた。《グループの中で僕だけお芝居の仕事をもらえなかったときに、志村さんが僕に「焦るんじゃないよ。相葉くんには『志村どうぶつ園』があるでしょ。ドラマは3カ月で終わるけど、『志村どうぶつ園』はずっと続くからね。俺がずっと続かせるからね」って。すごく救われたことがありました》その後、次々と冠番組や主演ドラマの仕事を獲得していく相葉だが、そこには“志村流仕事術”があったようだ。「ドリフターズ時代は先輩のいかりや長介さんをいじることの多かった志村さんですが、『志村どうぶつ園』では相葉さんにあえて振り回されることで、視聴者を笑わせていました。志村さんの姿に感銘を受けた相葉さんも別のバラエティ番組などで積極的に後輩からいじられるようにしていったそうです。そうした相葉さんの垣根のなさは共演者やスタッフからも『本当に仕事がやりやすい』と評判だといいます」(前出・テレビの制作関係者)「女性自身」2020年4月28日号 掲載
2020年04月14日新型コロナウイルスによる肺炎で、突如この世を去った志村けんさん(享年70)。親交のあった多くの芸能人らが悲しみに暮れるなか、悲痛な心境を覗かせたのが嵐・相葉雅紀(37)だ。’04年の番組開始以来、『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ系)で16年にわたって志村さんと共演してきた相葉。4日に放送された志村さんを追悼する特別編の冒頭で、相葉は涙をにじませながらこう語った。《志村さんの優しい笑顔が、頭から離れません。僕たちは、志村さんに教えていただいたことがたくさんあります。そのひとつ、いつもみんなを笑顔に。志村さんが安心してお休みしていただけるように、今日はみんなを笑顔にできるように頑張りたいと思います》相葉にさまざまな助言を与えるなど、公私ともに親交の深めていた志村さん。そんな芸能界の“父”ともいえる志村さんを突然失った相葉だが、彼は次のステップに向けて歩き始めていた。「志村さんの番組作りの原点は“見ている人がどれだけ笑えて楽しめるか”。収録冒頭では涙を流していた相葉さんですが、『志村さんは楽しいことが大好きでした。暗い番組にしちゃだめですね』と、終盤には笑顔に戻りました。また今後も番組名はそのままに継続することが決まっていますが、制作サイドに『志村さんの名前は残してほしい!』と強く訴えたのも相葉さん本人でした。これは相葉さんの“志村さんが残してくれた番組は僕が守る!”という志村さんへの誓いなのでしょう」(テレビの制作関係者)相葉は、志村さんが収録前にやっていた“伝統”も受け継いでいくようだ。「収録直前の控室で、志村さんを囲んで出演者全員が集まって、お茶をしながら世間話をするのが恒例でした。これは“和気あいあいとした収録の空気を作りたい”という目的で志村さんが発案したものです。今後は、志村さんの写真を囲んで、相葉さんが中心となって続けることになると聞いています」(日本テレビ関係者)4日の特別編の最後を、相葉はこう締めくくっていた。《僕は前を向きます。みんなを笑顔にできるようにこれからも頑張っていきます》“愛息”相葉の活躍を、志村さんは天国から笑顔で見守り続ける――。「女性自身」2020年4月28日号 掲載
2020年04月14日3月30日にスタートしたNHK連続テレビ小説『エール』。新型コロナウイルスの影響で収録が中断、さらには主要キャストで出演していた志村けんさん(享年70)の逝去など波乱の絶えない状況にある。そうしたなかで注目を集めるのが、作品の語り(ナレーション)を担当する人気声優・津田健次郎(48)だ。今年2月に番組公式サイトで津田が語りを担当すると、本人の音声コメント付きで発表。声優ファンをはじめ、多くの反響を集めた。番組開始以降もTwitterでは《エールの津田健次郎がいい声すぎる》《津田健次郎さんのナレーション目当てで朝ドラのエールを見始めた》など、津田の語りを称賛する声が上がっている。「津田さんは、1995年にテレビアニメ『H2』で声優デビューしました。特徴的な低音ボイスが持ち味で、00年には『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』の海馬瀬人役にも抜てき。それ以外にも、数々の人気キャラクターを演じてきました。最近では映画『スターウォーズ』新三部作ではアダム・ドライバー演じる重要キャラクター、カイロ・レンの吹き替えを担当しています」(映像関係者)声優としての知名度もさることながら、端正なルックスに惹かれるファンも多い。「津田さんはかつて映画への道を志し、明治大学文学部文学科で演劇学を専攻。卒業後は円・演劇研究所専攻科の門を叩きました。過去には俳優として00年のテレビドラマ『池袋ウェストゲートパーク』、02年の映画『自殺サークル』といった話題作にも出演しています」(前出・映像関係者)アンパンマンの声で知られる戸田恵子(62)をはじめ、ベテラン大物声優が本格的に実写作品へ活躍の場を広げていくケースはこれまでもある。最近だとスティーヴン・セガール(68)の吹き替えで知られる大塚明夫(60)が、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』に出演。大塚が所属する「劇団AUN」主宰でもある吉田鋼太郎(61)と顔をつき合わせる形で共演し、話題となった。津田は19年の『ドキュメンターテイメント AD-LIVE』で念願の映画監督デビューを果たした。その際、インタビューで以下のように語っている。《「演技以外では、今後、実写映画を撮っていきたいと思っています。自分にとって表現への道の原点なので。学生時代、ずっと何を撮りたいか悩み続けていました。今は撮りたいものが沢山あります。これからもジャンルをあまり限定せず、演技も含めて色んな表現ができたらなと思ってます」》(『朝日新聞デジタル&M』19年10月31日付)全国的に知名度の高い朝ドラへの起用は、表現者“津田健次郎”の大きな飛躍を予感させる。今後は実写作品でも目にすることが増え、お茶の間でもお馴染みの顔となるかも知れない。
2020年04月13日ビートたけし(73)が4月11日放送の「新・情報7daysニュースキャスター」(TBS系)に出演。新型コロナウイルスによる肺炎で先月29日に死去した志村けんさん(享年70)について、初めて心境を語った。たけしは志村さんの芸風を「お笑いについてはコント芸人そのもの。俺はいろいろなものに手を出すけど、この人はコント一筋。なかなかね、できないですよ」と表現。そのうえで訃報について「ちょっと鬱になっちゃって、ノイローゼになっちゃって。俺はいったい、どうやって人生歩むんだっていうくらい考えたね……。どうしようって思った」と、あまりの悲しみに深く落ち込んだことを告白した。「たけしさんは、テレビであまり本音を打ち明けないタイプ。あれほど感情を赤裸々に告白したのは、初めてではないでしょうか。それは志村さんについて、自分の中で悔いが残っていたからなのかもしれません……」(民放スタッフ)もともとたけしは「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)、志村さんは「8時だョ!全員集合」「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」(TBS系)で土曜午後8時からの“視聴率戦争”を繰り広げた。しかしそんな2人がタッグを結成し、99年4月に冠バラエティ番組「神出鬼没!タケシムケン」の放送をスタート。だが期待されたものの、わずか1年で番組が終了してしまった。「後に、たけしさんは自著で『この番組は自分たちがやりたかったことと、スタッフがやろうとしたことの意思疎通がうまくとれなかった』と振り返っていました。だからこそ、『志村さんともう一度いっしょに番組をしたい』と考えていたそうです。志村さんが逝ってしまったことで、その願いは叶わなくなりました。それだけに、無念の思いが強いのでしょう」(前出・民放スタッフ)
2020年04月13日新型コロナウイルスによる肺炎で3月29日に亡くなった志村けんさんの所属事務所が13日、公式サイトを更新。志村さんの通夜および葬儀が、4月11日、12日に近親者のみで執り行われたことを報告した。サイトでは、「志村けん 通夜及び葬儀についてのご報告」と題し、「令和2年3月29日に逝去いたしました志村けんにつきまして、通夜及び葬儀が、令和2年4月11日、4月12日に、近親者のみにて執り行われましたので、ご報告申し上げます」と報告。また、「既報の通り、ファンならびに関係者の皆様におかれましては、新型コロナウイルスに関連する一連の状況が収束したのち、『お別れ会』にて、故人を偲んでいただきたく存じます」とし、「『お別れの会』の開催時期や、詳細な内容については、決定次第、弊社よりご報告をさせていただきます」と伝えた。
2020年04月13日世界中で感染拡大し、多くの死者を出している新型コロナウイルス感染症(以下、コロナウイルス)。日本での感染拡大を受け、政府は2020年4月7日に東京などの都府県に緊急事態宣言を発令しました。集団感染は3つの条件『三密(密閉、密集、密接)』で起こるとされているため、不要不急の外出を自粛するよう呼びかけています。家族での買い出しは、できる限りやめよう!日本では新たな感染者数とともに、コロナウイルスの影響で命を失った人についても毎日報じられています。同年3月29日には、お笑いタレントの志村けんさんがこの世を旅立ちました。そんな中でも「自分は大丈夫」「ちょっとくらいなら平気」と危機感に欠けた考えをしている人は少なくありません。漫画家の、ふかやかよこ(@meiju_yome)さんは、家族で店へ買い出しをしに行く人について、イラストで注意喚起をしました。緊急事態宣言が出て初めての日曜日でお買い物いく方が多かったと思うんですが、お買い物は基本的に代表1名だけで行きましょう。Twitter見て家族連れでスーパーに…と見かけたのでイラストにしてみました。そしてご家庭によっては連れて行かざるをえない場合も大量購入の場合もあるので思いやりも一緒に pic.twitter.com/Z9xbtO8yvy — ふかやかよこ@コミックエッセイ漢方嫁日記発売中 (@meiju_yome) April 12, 2020 『三密』を避けるため、できる限り必要最低限の人数で買い出しを行いましょう。大切な家族を守ることにつながるはずです。そしてイラストにもあるように、どうしても家族を連れて行かなくてはならなかったり、大量に購入しなくてはいけなかったりする理由がある人もいるでしょう。人にはそれぞれ事情があります。見た目だけで判断し、「あの人は大人数で買い出しをしている!」「買い占めをしている!」と批判しないことも大切です。投稿は1万回以上拡散され、いろいろなコメントが寄せられました。・連れてこられた子供が店内を走り回ったり、マスクを嫌がって外したりする光景を目にします。・我が家は人数が多いので、いつも「買い占めじゃないんです!」って心の中でいい訳をしています…。・2枚目の内容もすごく大事。ぱっと見で安易に批判しちゃいけないよね。緊急時も働いてくれる人がいるおかげで、幸い、生活必需品の物流が滞ることはありません。不安やいらだちの感情に支配されず、大変な時だからこそ冷静さを保っていたいですね。[文・構成/grape編集部]
2020年04月13日「日本も世界中も大変な時期で、なんか、僕自身もどうしようかな~って。ご挨拶したいんだけども、ちょっと不謹慎かな?なんて思いながら。不謹慎だと認識しながら、判断させてもらいました」3月31日をもって34年間にわたって在籍したジャニーズ事務所を退所した中居正広(47)。“ジャニーズ在籍最後の日”となった31日午前中、事務所の公式サイトに黒いTシャツと帽子姿の中居の動画が初めてアップされた。新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、志村けんさん(享年70)の訃報で悲しみに暮れる日本の現状を気にかけながらも中居は続けた。「みんな大変な思いをしている時期なので、本当、静かにと思ったんですけど。本当にお礼だけです。どうもありがとうございました。それじゃあ、また。じゃあね」応援し続けてくれたファンへの感謝を口にし、挨拶を終えた。2月21日に急きょ、退所会見を開いた中居だが、たった1人で前説から司会まで務めたユニークな会見は大きな話題となった。3月29日放送の『中居正広の【悲報】館』(日本テレビ系)では、会見の裏話を自ら「前の週なんかにロケハンみたいのして」と告白。照明の色を変えたことや、壇上のテーブルの位置を指示したりと、中居がセルフプロデュースしたことを語っていた。じつは退所当日、中居は長らくお世話になった事務所に“サプライズ”を行っていた。「中居さんは、事務所の社員やスタッフにこれまでの感謝を込めて、午前中のうちに約200人前のお弁当の差し入れをしたんです。しかも1人約3千円の高級焼き肉弁当など、数種類で総額約60万円という大盤振舞いでした。食事には『俺、1日千円しか使わない』と豪語し、『月の食費は5万円』と公言するほど倹約家で有名な中居さんだけに意外な贈り物と思われたようです」(音楽関係者)この日、中居はジャニーズ最後の仕事となる、レギュラー番組の収録へ向かった。そして4月1日午前0時を回ると事務所の公式サイトから中居正広のコンテンツは消えていた。新たなスタートを切った中居は自ら社長を務める個人事務所「のんびりなかい」のHPを開設。「至ってシンプルなデザインで、写真も中居さんの目元のショットだけ。中居さんの出演情報とプロフィール程度の簡素なサイトです。事務所名のとおり、今後は“のんびりマイペースで”という宣言なんでしょうね」(テレビ局関係者)自分を育ててくれた古巣に別れを告げた中居は、さらに大きく羽ばたく一歩を踏み出した――。「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月13日2020年3月29日に新型コロナウイルス感染症(以下、コロナウイルス)による肺炎で亡くなったタレントの志村けんさん。一緒に組んでコントもやったことのあるという、タレントのビートたけしさんは自身がMCを務める情報番組『新・情報7DAYSニュースキャスター』(TBS系)で約4分間にわたって、志村さんへの想いを語りました。ビートたけし「何もこの芸人がこんなとこで…」同年4月11日の放送で、たけしさんはコロナウイルスで亡くなった同世代の仕事仲間である、志村さんとの思い出や人柄を話しました。まあお笑いについては、要するにコント芸人そのもので。俺はいろんなものに出たんですけれども、この人(志村さん)はコントひと筋の人で。なかなかね、できないですよ。こういう人は。時代の、テレビの時代がいろいろ変化してもこの人はやっぱりお笑いのコントというものを突き詰めて。その代わりこの人はけんちゃんは、俺にこぼすけど「俺しゃべり下手なんだよ」って。「しゃべれねぇんだ、フリートーク下手でな」って正直にいうけどね。だから、何もこれで逝かなくてもいいじゃんっていうところあるよね。もうちょっと、いずれ人間は死ぬけど何もこの芸人がこんなとこでって思うけど、本当に逆に考えれば、けんちゃんはいいところで収まったなって感じが。俺はもっと苦労するのかなって思う。いいところでいなくなったよっていう。逆にいえば幸せじゃんって。売れたままいなくなっていくんだから。そんなこといったらファンに怒られちゃうけどよ。俺とさんまは「孤独死だよ」ってよくいってるけど…。新・情報7daysニュースキャスターーより引用志村さんのことを東京のコントを守り続けた素晴らしい人とも称賛した、たけしさん。また、『ザ・ドリフターズ』と『オレたちひょうきん族』として、同時期のお笑いブームを作った志村さんを、苦労人でありながらもコント一筋の人だったと振り返りました。そんな志村さんを亡くし、たけしさんは心が暗くなってしまったといいます。ちょっとだから鬱になっちゃって。ノイローゼになっちゃって。もうなんか、だからなんにも考えなくなったね。俺は一体どういうこれから人生を歩むんだってぐらいまで考えたよ、やっぱり。どうしようって思ったね。でもちょっと冷静になってくれば、やりたいと思ったことを一生懸命やるべきだと。それでしょうがないんじゃないっていう。余計なことを考えることはよそうっていう答えにはなったけどね。新・情報7daysニュースキャスターーより引用たけしさんは、大切な仲間を亡くして何も考えたくなくなり、ノイローゼになってしまったことを告白。志村さんの死をきっかけに、これからの自分の人生をもう一度考え直したそうです。【ネットの声】・たけしさんの言葉が心にしみる。また涙が出てきました。・ジーンときた。ショックは大きかっただろうな…。・ひょうきん族と、ドリフ。いい戦友だったんだろうね。同時代のお笑いブームをけん引した、たけしさんだからこその言葉は多くの人の心に響きました。[文・構成/grape編集部]
2020年04月12日新型コロナウイルスの猛威が、拡大している。3月29日に志村けんさんが亡くなり、新型肺炎の恐怖を身近に強く感じた人も多いのではないだろうか。また、緊急事態宣言により自粛モードに拍車がかかることも予想される。「そうなると、経済的に困窮する人がますます増えてくるでしょう」と話すのは、経済ジャーナリストの荻原博子さん。そこで、国の支援について荻原さんが解説してくれたーー。■自営業やフリーは無利子・無担保で80万円まで融資可能に!世界的にみても、アメリカでは3月28日からの1週間で約665万人が失業保険を申請。これは前代未聞の記録です。また、6月までにアメリカの失業率が30%を超える、世界ではリーマン・ショック超の約2,500万人が失業するなど厳しい予測が続きます。日本でも、新型コロナウイルスの影響で解雇や雇い止めになる方が、1,000人を超える見通しです(3月31日・厚生労働省)。こうした事態を受け、国はまず、学校の休校措置に伴う休業補償を行いました。子どもの世話で休む社員に有給休暇を与える会社を対象として、1人当たり1日最大8,330円を補助するものです。ただ当初、休業補償の対象は会社員だけ。自営業者の運転資金には無利子・無担保の融資を始めていましたが、フリーランスに補償がない状況に世論が反発しました。ほどなくフリーランスにも補償を広げたものの、日額はわずか4,100円。それも休校措置に伴うもの限定で、イベント自粛などへの補償はなく不満は募っています。そんななか、国はやっと、3月25日から「個人向け緊急小口資金等の特例」として無利子・無担保の生活資金融資を始めました。対象はコロナ関連で困窮するすべての方で、仕事が激減したフリーランスや雇い止めにあった非正規社員、休業を余儀なくされた自営業者なども生活資金を借りられます。融資制度は2つあり、いずれも無利子・無担保です。1つは休業などで一時的にお金が必要な方に最大20万円。返済期限は2年です。もう1つは失業などで、生活に困窮している方向けです。2人以上の世帯なら月20万円まで、単身者なら月15万までを3カ月間借りられます。たとえば夫婦なら、3カ月で最大60万円の融資が受けられ、返済期限は10年です。しかも、これらは併用できるので、融資額は最大80万円です。さらに返済期限時にまだ困窮が続いていれば、返済が免除されます。もちろん生活が安定し返済するのがいちばんですが、万が一の場合の返済免除は安心ですよね。手続きは地域の社会福祉協議会が窓口です。混雑が予想されるので、まずは電話でお申し込みを。イギリスはフリーランスなどに、月約33万円を上限に所得の8割を補償すると発表。ドイツやフランスなどの支援策と比べても、日本はフリーランスや小規模な自営業者への支援が少なすぎます。また、4月3日には所得が減少した世帯限定で、1世帯当たり30万円の現金給付が発表されました。支援策も随時追加され変わっていくと思いますが、とにかく一刻も早く、手厚い支援が必要です」「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月10日《新型コロナウイルスの影響で日々の生活がかなり変わってきています。みんなも生活しづらい環境にあると思います(中略)。ですが、どうか皆さま。今は我慢しませんか?(略)みんなで協力してこれ以上の感染拡大を防ぎましょう。勇気と責任ある行動を自分で選択しましょう》会員制サイトでファンにこう呼びかけたのは、嵐の松本潤(36)。「飲食店を経営している松本さんの友人も、今回のコロナの影響で、店を閉店したそうです。最近の彼は考え事をする時間が明らかに増えています」(テレビ局関係者)4月1日に嵐は公式YouTubeチャンネルでオリジナル曲『Wash Your Hands』に合わせて手洗いダンスを披露。ウイルス拡散防止を明るく訴えていた。ただ、現状では新型コロナの感染拡大に歯止めはかからず、ジャニーズ事務所は公演などの中止期間を4月末まで延長すると発表。「中止となったのは関ジャニ∞の47都道府県ツアー、Sexy Zone、NEWSなど完売している人気コンサートばかり。近藤真彦さん(55)のディナーショーもありました」(スポーツ紙記者)松本自ら広くファンに“外出自粛”を訴えた真意を、テレビ局関係者はこう代弁する。「嵐のメンバーにとっても芸能界の大先輩である志村けんさん(享年70)が亡くなったことは大きかったです。特にいちばんショックを受けているのは、『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ系)で16年間共演していた相葉雅紀さん(37)でした。志村さん逝去後の初収録では冒頭から号泣していましたね。松本さんも“父”と慕っていた中村勘三郎さん(享年57)が重い肺炎で志村さんと同様に人工肺を装着した末に亡くなったつらい記憶があります。重篤な肺炎の怖さは身につまされるほど知っていますから……」「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月10日これまでの活躍を振り返るインタビューに応えてくれた研ナオコさん(66)。訃報など誰も予想しない時期の取材だったが、志村けんさん(享年70)について語る研さんは終始笑顔だったーー。「志村さんとは付き合いが長いですよ。彼がドリフターズのメンバーになる前からですからね」本誌記者にそう振り返るのは研ナオコさん。3月29日、新型コロナウイルス感染による肺炎により、志村けんさんが70歳でこの世を去った。《けんちゃんと、もう会えなくなっちゃう悲し過ぎてあり過ぎる思いが整理できません一緒に仕事が出来て幸せでしたありがとう…》『8時だョ!全員集合』(TBS系)や『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)など、コント番組で志村さんと多数共演していた研さんは、訃報の翌日、ツイッターで悲しみをそうつづった。本誌が研さんにインタビューを行ったのは、志村さんの訃報以前。今年50周年に突入した芸能生活を振り返ってもらったが、志村さんについて話す研さんの表情はとりわけやわらかかった。2人の出会いは、’69年に放送が開始された『8時だョ!全員集合』の楽屋でのこと。「『全員集合』の本番前、私はドリフのメンバーがいる楽屋に、よく遊びに行っていました。そのとき、志村さんはまだいかりや長介さんの付き人をやっていたころだったかな。楽屋にいた志村さんとしゃべっていたら、とにかく笑いが止まらなくて。だから私は『なんだ、メンバーより面白いじゃん!ねぇ長さん、この子ドリフのメンバーに入れたらどう?』って、いかりやさんに言ったことがあるんです(笑)」研さんの提案が実現したかのように、’74年、志村さんはザ・ドリフターズに加入。以降、コント番組やCMなどでも、志村さんと研さんのコンビは、お茶の間に笑顔を届けた。「志村さんとのコントは、毎回、セリフがきっちりと決まっていなくて、スタッフさんも私たちが何をするかわかっていなかったんです。だから、撮りこぼしがないように、つねに現場にあるすべてのカメラを回しているんですよ。私たちもお互いが何を言うか、わからないので2人で笑っちゃうんです。だって、くだらないアドリブばっかりだったんだもん(笑)」志村さんとバラエティ番組を席巻していた当時を懐かしむ研さん。今年は芸能生活50周年を記念し、梅沢富美男(69)とのエンターテインメントショー「梅沢富美男劇団」の公演も予定している。また、研さんは「研ナオコ Naoko Ken」チャンネルにて、YouTubeでの活動にも挑戦中!“戦友”志村さんへの思いを胸に、研さんの芸能活動の勢いは止まらない。(取材:インタビューマン山下)「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月09日ザ・ドリフターズのメンバー・加藤茶(77)の妻で、タレントの加藤綾菜(31)が4月8日に自身のインスタグラムを更新。志村けんさん(享年70)の新型コロナウイルスによる訃報の後、夫を心配するファンに近況を報告した。綾菜は今月5日に『サンデー・ジャポン』(TBS系)に生出演した際、訃報を聞いた直後の茶について「真っ白になって、放心状態になっていた。昨日も泣いていて全然元気はない」と話していた。この日は、文字の練習ノートの写真とともに「お家で何もしないと気分落ちるので字を綺麗にしたいなぁって書き書き。本を読んだりこの1週間色々な事を考えて色々落ちついたら医療的ケアの資格の学校に行く為準備して今から勉強開始。人の役に立ちたい!」と自身の近況を報告。つづけて「カトちゃん大丈夫?って沢山のコメント有り難うございますご飯も食べてるし大丈夫です!友達からまたお花が届いて癒されてます」と茶が元気に過ごしていると伝えた。また、タレントの鈴木奈々(31)からは毎日「大丈夫?」と電話がかかってくるそうで、「最高の親友」と感謝の気持ちをつづっている。2人は同じTWIN PLANETに所属しており、綾菜の芸能界デビュー前から親交があることが知られている。過去にも加藤夫婦、鈴木夫婦でWデートをした写真をインスタグラムで公開するなど、お互いのSNSにたびたび登場している。鈴木が’18年6月に『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)に出演した際には、茶から手紙で「多い時は週5で来て、仮眠をとって帰ることもある」と鈴木が加藤の家に入り浸っていることが明かされていた。綾菜の投稿には《鈴木奈々ちゃんの人柄出てますね。すてきな親友》《鈴木奈々ちゃん優しいですね》と2人の友情に感動するコメントや、《ご飯を食べられていると聞けて安心しました》《綾菜さんがいてくれてよかったです》と安堵する声が寄せられている。
2020年04月08日2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナウイルス)の感染拡大で安倍晋三首相が緊急事態宣言を発令。宣言の効力は大型連休最終日の5月6日までで、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都市が対象となります。台湾総統からメッセージ台湾の蔡英文(さい・えいぶん)総統は同日、Twitterで日本に向けてメッセージを投稿。反響を呼んでいます。日本の皆さんへ、手を携えてこの闘いに勝ちましょう!地震も、台風も、台日の協力で乗り越えてきました。だからこそ、勝ってまた会いましょう!We can win again!We will meet again! pic.twitter.com/XLBgn9jIsQ — 蔡英文 Tsai Ing-wen (@iingwen) 2020年4月7日 蔡英文総統はこれまでも、コロナウイルスで亡くなった志村けんさんに追悼の言葉を送るなど、たびたび日本に励ましの言葉を送ってきました。志村けん訃報、海外でも衝撃広まる台湾の蔡総統も追悼のメッセージネット上では、この投稿に対し「泣けるな」「コロナウイルスが落ち着いたら台湾旅行したい」「いつも勇気と心のこもった支援をありがとう」といった声が多数寄せられました。両国がこの危機を乗り越え、ともに笑顔になれる日が1日も早く来ることを、多くの人が願っています。[文・構成/grape編集部]
2020年04月08日お笑いコンビのEXITが4月6日に、YouTubeチャンネルを更新。『コロナに負けるな!!?EXITのコロナ注意喚起漫才ぶっかま!!?』と題した漫才を公開した。“ネオ渋谷系漫才”と称されるEXITのチャラさを生かした、新型コロナウイルスへの注意喚起が話題だ。EXITは「パンデミック」や「オーバーシュート」といった片仮名の“コロナ用語”を、ユーモアあふれる掛け合いで説明。加えて「これを見ているあなたは大丈夫かもしれないけど、あなたの大切な人は大丈夫じゃないかもしれないんだ!」と強く呼びかけた。7日16時の時点で22万回を超える再生回数を記録し、視聴者から《わかりやすい》《説得力ある》という声が広がっている。シンガーソングライターの大黒摩季(50)も、《若い子ちゃん達これ見てお仲間に拡散してねわかりやすい現状解説だから》と絵文字を添えてリツートした。さらに政府が布マスクを1世帯あたり2枚配布する方策にも触れ、兼近大樹(28)は「マスク2枚の政治を批判できるほど、若者って真剣に政治と向き合って参加してたかな?」と投げかけた。だが「こんな時だけ喚いてんじゃねえよ」とピシャリ。「今は助け合って生きていくべきで敵はウイルスなの」とし、「間違えてしまった誰かを攻撃している暇あるんだったら、今できること、誰かに伝えられることを考えて動こうぜ」と訴えている。この呼びかけを讃える声も上がっている。《マスク二枚批判で攻めたなと思いきや、それは若者ってそもそも選挙行ってない・政治に参加しようという流れへのフリだった。完璧じゃん》《政治批判ばっかして得意げになってる著名人とは格が違う ちゃんと注意喚起になってる発信をしてるのすごい》《批判ばかりしないでみんなで協力しあって乗り越えていければいいね》また “コロナ漫才”が生まれた発端は、タレントの志村けんさん(享年70)の死でもあったという。りんたろー。(34)は7日に更新したブログで、強い危機感を抱いたきっかけを《日本の喜劇王の訃報だった》と綴った。それからはウイルスの知識や情報を集め、予防対策に努めたという。さらに多くの人に危機感を伝えるため、《僕達を引き寄せEXITを生み出した「ザイマン」しかないだろう》と3日間で漫才を作ったとも明かした。EXITの真摯な思いが詰まった漫才で、危機感が高まる人が増えることを願いたい。
2020年04月07日バイオリニストでタレントの高嶋ちさ子さんが、2020年3月30日にYouTubeチャンネルを開設。演奏家仲間とコラボで『テレワーク演奏会』を開催し、話題になっています。同年4月4日には、音楽バンド『ZARD』の名曲、『負けないで』を演奏した動画をアップしました。この動画では、自身がプロデュースする『12人のヴァイオリニスト』のメンバーをはじめ、24名の演奏家が参加。それぞれがちょっとした『演出』をしており、何度も見返して楽しめる内容になっているそうです。中には同年3月29日に新型コロナウイルス感染症による肺炎で亡くなった、志村けんさんを偲ぶ言葉を腕に書いたメンバーもいました。豪華な演奏に、ファンは大喜び。ネット上でもコメントが多数寄せられています。・素敵です!涙が出ました。・何回も見ています。コロナになんか負けずに頑張りましょう。・すごい!感動しました。・豪華で素敵な演奏動画、元気になります。ありがとうございます。高嶋さんの心意気に、たくさんの人が励まされたようです。[文・構成/grape編集部]
2020年04月07日「粋な差し入れですね」「センス抜群」新型コロナウイルス感染症による肺炎で亡くなった志村けんさんを追悼する特別番組の舞台裏が明かされ、そんな声が上がっています。研ナオコの差し入れは、やっぱり…2020年4月1日に放送された、特別番組『志村けんさん追悼特別番組46年間笑いをありがとう』(フジテレビ系)。番組には、『ザ・ドリフターズ』の加藤茶さん、仲本工事さん、高木ブーさんをはじめ、親交の深かった研ナオコさんらが出演し、志村さんを偲びました。話題となっているのは、同番組の収録に参加した出演者からの差し入れの内容。研さんの夫である野口典夫さんが、自身のブログで差し入れを公開しています。バラエティ番組『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)のファンならば、研さんと生たまごの組み合わせにピンときたはず。『志村けんのバカ殿様』にナオコ姫として出演していた研さんが、ねっとりとした口調で「生たまご~」というシーンは、番組内での鉄板ネタの1つでした。きっと出演者は研さんの差し入れを見て、笑みをこぼしたことでしょう。【ネットの声】・これは、志村さんに向けての差し入れですよね?・赤まむしドリンクも欲しくなりますね!・あえてこれを差し入れに選ぶところが、さすがです。差し入れに生たまごを選ぶ研さんのセンスはもちろん、こうして思い出話だけでも多くの人に笑いを届ける志村さんもまた、「さすが」のひと言。志村さんも空の上で、研さんの差し入れに笑っていることでしょう。[文・構成/grape編集部]
2020年04月07日4月7日に安倍晋三首相が7都府県での緊急事態宣言の発令方針を表明するなど、ますます猛威を振るっている新型コロナウイルス。治療者は増えるいっぽうで、ワクチンなどの特効薬はまだ開発されていない。現在、新型コロナ肺炎に対しては対症療法(病気の原因に対してではなく、主要な症状を軽減するための治療)がメインとなり、治療内容も病院や医師の判断によって異なってくる。“解熱剤を飲むだけ”という患者がいるいっぽうで、3月17日に陽性結果が判明した日本サッカー協会会長の田嶋幸三さん(62)はこう語る。「治療薬に関しては、すべて医師に任せていました。具体的な薬の名前は申し上げられないのですが、点滴と飲み薬でした。それと採血と採尿、便の検査がありました。薬の反応を診ていたのだと思います。入院当初、処方された薬が効かず、人工呼吸器やECMO(人工心肺装置)を使用しても対処できなかった場合は、(治療は)終わりという説明を受け、入院の同意書にサインをしました」。田嶋さんは4月2日に退院したばかり。「隔離され、18日間まったく部屋からは出られませんでした。家族とも面会できず、電話で話すだけ。私が死んでいたら、志村けんさんと同じように、家族に会えないまま火葬されていたでしょう」田嶋さんは退院後にWEB上で会見し、「保健所では、うちの家族ですらPCR検査をしてもらえなかった」という言葉も話題になっている。濃厚接触の可能性もあるのに、なぜなのだろうか。そのことについても聞くと、「保健所が“防波堤”になっている面もあると思います。検査数を増やしていくだけでは、あっという間に患者数も増え、医療崩壊を招くことになってしまいます。マスクやゴーグルなど医療に必要な物資不足も起こっているようです。人工呼吸器などはもちろん、感染防止のための防護服の増産、新型ワクチンの開発など、すべてにスピード感を持って同時進行であたることが大事だと思います」田嶋さんが言うように、医療用物資の不足は深刻化しているという。市立旭川病院血液内科診療部長の柿木康孝さんによれば、「現在は少し好転しましたが、3週間前に、通常のように使用するとマスクが2~3週間しか持たないという状況になりました。いま切迫しているのは、医療用ガウンです。安い袖付きのビニールガウンなどで代用して対応していますが、綱渡り状態です。医療者が防護具を使えなくなると、同僚、患者そして医療者の家族と、どんどん感染が広がります。国には、供給が途切れないようにしていただきたいです」4月1日に安倍首相が全世帯に“布マスク2枚”を配布すると発表して話題を呼んだが、政府の対策も、もっとスケールやスピードをアップしないと、感染激増を防ぐどころか、医療崩壊を招きかねない状態にあるというのだ。「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月07日新型コロナウイルスによる肺炎で、志村けんさん(享年70)が亡くなったのは3月29日深夜のこと。感染症予防の措置で、遺体は病院から斎場へ直行。そのまま荼毘に付され、遺族は臨終の顔を見ることさえかなわなかった。そして、けんさんは31日に遺骨となって東京・東村山の実家へ悲しみの帰宅を果たした。これまで何人もの女性と浮き名を流した志村さんだが、晩年を知る芸能関係者は「志村さんの周りには常にたくさんの女性がいました。しかし、そのなかでも最後に心を許していた女性がいたのです」と語る。その女性が、グラビアやラウンドガールとしても活躍するモデル・奥村美香さん(32)だという。そこで本誌は彼女を直撃した。だが、彼女は首を横に振るばかり。本誌の取材に対しては消極的だったが、志村さんについての質問を記者が重ねていくうちに思い出が次々とよみがえってきたようだ。初めて会ったのは、2年半前。食事会で意気投合したこともあり、すぐに2人の関係は深いものとなっていった――。亡くなる4日前の25日に放送された『あいつ今何してる?過去爆笑&涙3時間SP』(テレビ朝日系)で、志村さんは“結婚まで考えた女性”がいたことを明かしている。彼の古くからの知人も「真剣に結婚まで考えた女性は、過去に5人はいたと思います」と語るほど、志村さんは常に結婚願望を持っていたようだ。実際、周囲にはいつも多くの女性がいた。だが、その裏側で孤独も抱えていたという。奥村さんが語る。「ふだんから、けんさんのお酒の量はすごかったです。見かねて『ほどほどにしたほうがいいですよ』と言ったことがあります。でも周りの人が、お酒を勧めるんですよね。けんさんは断らない人なので、飲んじゃうんです。最初はノンアルコールビールから始まるのですが、次は食事に合わせて焼酎かワインか日本酒。落ち着いたら、ハイボール。お酒はきっと、寂しさを紛らせるために飲んでいたと思います。というのも、よく深夜に《全然、眠れないんだ》とLINEがきていました。《今日も眠れなかった》《一睡もできなかった》《お酒を飲まないと眠れない》と……。誕生日会は毎年、盛大にやっていました。でも、けんさんは孤独だったのだと思います。飼っている犬のことをよく話していて、写真も見せてくれました。『犬といっしょに寝ているんだ……』とも言っていました」奥村さんには、大御所芸人が人知れず抱えていた“本音”も漏らしていたという。「あれだけの方なのに、『いくつになっても何年やっても、舞台は慣れるものじゃないよ。舞台中は眠れないんだ』と言っていて、びっくりしたことがあります。それに『お笑いのネタが思いつかない』『ネタがかぶってしまう』と言って、悩んでもいたこともありました。『志村魂』といえば、『天才!志村どうぶつ園』で共演している相葉雅紀さんのことも言っていました。『相葉くんは毎回、自腹でチケットを取って見に来てくれるんだよ』と言っていましたね。あとは、いかりや長介さんの名前を出すこともあって『これからは、役者に力を入れていきたい。役者が夢』とも言っていました。最近も『映画で初めて主演するんだよ』と、すごくうれしそうに話していたんです。だから撮影の日も、とても楽しみにしていたんだと思います。その矢先に亡くなってしまうなんて、あまりにも残酷です……」志村さんは、松竹映画100周年記念作品『キネマの神様』(12月公開予定)での初主演が決まっていた。4月から撮影に合流する予定だったが、コロナウイルス感染が判明したことでやむなく出演を辞退している。また現在、放送中のNHK朝の連続テレビ小説『エール』にも日本を代表する作曲家・小山田耕三役で出演。昨年末から、収録にも参加していた。長く芸能生活を送ってきた志村さんだが、意外なことに『エール』が初めてのドラマ出演。志村さんはいつも台本を持ち歩くほど、燃えていたという。70歳を機に、新たな挑戦に乗り出していた志村さん。だがそんななか、新型コロナウイルスの魔の手が行く手を阻んだ……。「私にとって、けんさんはとても大切な人でした。たしかに、ときにはケンカすることもありました。でも寂しそうにしていたら放っておけなかったし、すっかり情が移っていました。今でも、亡くなったことが信じられません。実感がわかないんです。だって、今年も『志村魂』を母と見に行こうと約束していたのに……。けんさんが亡くなったニュースは、今でも見られません。その事実から逃げたい。もっとしてあげたかったこともあったし、話を聞きたかった。辛すぎて毎日、涙が止まりません。けんさんは時々、月についてのLINEを送ってくれました。それも深夜の2時や3時に突然、《今日は満月が綺麗です》と。そのメッセージが、今も心に残っています――」日本中の人々から愛されながらも、人知れず愛を求め続けていた志村さん。彼はいま、天国から大好きだった月を眺めているのだろうか。「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月07日「けんさんが新型コロナウイルスに感染したと報じられたときは、本当に驚きました。私、けんさんが入院する前日までLINEをしていたんです。3月19日のLINEは既読になりましたが、返事がありませんでした。いつもはLINEをするとすぐ返事がきていたので、変だなと思いました。でも、映画のお仕事が忙しいのかもしれないと思っていたんです。そうしたら、25日に陽性で入院しているというニュースが流れてきて。嘘だと思って、すぐにLINEをしました。でもいつまで待っても返事がなく、とうとう既読にすらならなくて……」モデルの奥村美香さん(32)は、そこで言葉を詰まらせた。つぶらな瞳が涙で曇る。新型コロナウイルスによる肺炎で、志村けんさん(享年70)が亡くなったのは3月29日深夜のこと。31日に遺骨となって東京・東村山の実家へ悲しみの帰宅を果たした。奥村さんが志村さんと最後のLINEをしたのは、倦怠感を覚えた志村さんが自宅静養に入っていたときだ。既読表示のみだったのは19日に発熱と呼吸困難の症状が出て、翌20日に緊急入院したからだった。奥村さんに返信したくてもできなかった志村さんの無念が、「既読」の文字ににじんでいるようだった――。入院後は家族とさえ面会できなかった志村さんが、最後の最後に連絡を取り合っていた奥村さん。これまで何人もの女性と浮き名を流した志村さんだが、晩年を知る芸能関係者は「志村さんの周りには常にたくさんの女性がいました。しかし、そのなかでも最後に心を許していた女性がいたのです」と語る。その女性が、グラビアやラウンドガールとしても活躍するモデル・奥村さんだという。そこで本誌は彼女を直撃した。「志村さんにとって特別な女性だったとお聞きしています」と聞いたところ、奥村さんは首を横に振るばかりだった。「知り合ってから1年くらいかな。『もう、会うのはやめよう』と思うほどのケンカになったことがあったんです。でも1カ月ほどしたら、けんさんから《元気ですか?》とLINEがきて。最初は無視したのですが、何度もくるので気になってしまって。また、会う約束をしました。でも1カ月ぶりに会ったとき、けんさんが雑誌で女性とのツーショット写真を撮られていたんです。なので『(その女性とは)何もなかったんですか?』と聞いたら、けんさんは『だって最近、おまえと会ってなかったからなぁ……。(彼女は)2人くらい、いるよ』と言っていました。私は『あれだけ売れている人だし、仕方ない』と思いました。でもやっぱりショックを受けたことがありました」本誌の取材に対して消極的だった奥村さん。だが志村さんについての質問を記者が重ねていくうちに、思い出が次々とよみがえってきたようだ。初めて会ったのは、2年半前。食事会で意気投合したこともあり、すぐに2人の関係は深いものとなっていった。「多いときで、週に3回会うこともありました。《来週はこの日とこの日、空いてます》とLINEを送ると、けんさんは《じゃあ全部》と返してきたりして。昼間に会うときも顔を隠さず、普通の人と同じ。けんさんはいつもそう。いっさい、隠さないんです。麻布十番で手をつないで歩いたり、肩を組んで歩いたこともありました。それに、けんさんは『結婚はまだ諦めてはいないんだよ』『子供がほしい』と話していました。『結婚しようと思った人はいないんですか?』と聞いたら『好きな人はいたけど、なかなか両思いにならなくてさ』と言って……。『福井の温泉で年越ししようと思うんだけど、付き合わないか?』とも誘われました。私は実家に帰ることになっていたので行けなかったのですが、『けんさんは、ほかに誘う人がいないのかな……』と思いました」そうして奥村さんとの“堂々デート”を重ねていった志村さん。LINEには奥村さんにあてた《恋しましょう》などのメッセージが残っている。古希になっても、そう願う陰には“家族への夢”があった。志村さんの結婚は、’15年11月に亡くなった母・和子さん(享年96)の悲願でもあったのだ。「けんさんは、お母さんのことをよく話していましたね。『おれのお母さんは優しくて、とてもいい人だった。もっと、そばにいてあげればよかった』と……。お母さんのことを話しながら、涙ぐんでいたこともありました。そんなけんさんだから、私の母のことも気づかってくれたのかな。一昨年の12月に私が母の誕生日サプライズがしたくて、けんさんに『母親を紹介したい……』とダメ元で聞いてみたことがありました。そうしたら『いいよ!』と即答して、麻布十番にある高級なおすし屋さんを予約してくれたんです。当日になって『今日は収録が押していて、もしかしたら行けないかも』とけんさんから連絡があったのですが、結局、収録を早めに切り上げて時間ピッタリにきてくれました。でも、その日のけんさんは本当に体調が悪そうでした。お酒もまったく飲まず、ノンアルコールビールだけ。30分ほどで帰っていきました。実はけんさん、翌日は定期検査の日だったそうです。私たちは高級なおすしを食べられるだけでも大満足だったのに、私の母のためにかなり無理をしてくれたんだと思います。後日、けんさんの舞台『志村魂』を母と一緒に見に行きました。私1人で楽屋にご挨拶に行くと、『あれ、お母さんは?』と聞かれました。舞台で忙しいときでも母のことを気にかけてくれる、そんな優しい人でした」「女性自身」2020年4月21日号 掲載
2020年04月07日2020年3月29日、新型コロナウイルス感染症による肺炎で亡くなった、志村けんさん。逝去した後も、志村さんが遺したさまざまなエピソードが明かされ、人々の心を震わせています。「人柄もいい」「そんなの泣く」生前、志村けんが相葉雅紀に伝えた言葉に反響志村けんのひと言が「カッコよかった…忘れません」若手の頃、かけてもらった言葉に感謝小説家の高橋源一郎さんも、志村さんのエピソードをTwitterに投稿。感動の声が寄せられています。志村けんが焼き鳥店で行った『粋な計らい』高橋さん家族が麻布十番に住んでいた当時、保育園児だった子供たちが好きな『あべちゃん』という焼き鳥店があったそうです。商品を購入するため、妻は子供たちを連れて焼き鳥店へ。しかし、店内が混雑していた影響で、テイクアウトに長い列ができていました。一向に進まない列に我慢できなくなった子供たちは、妻が目を離した隙に店内へ入り、大声を出してしまったそうです。すると、座っていた客の1人が、子供たちに優しく話しかけました。「どうしたの?」そう尋ねたのは、志村さんでした!「いつまで経っても焼き鳥がもらえない」と子供たちが伝えた直後、行列が動き始めました。なんと、志村さんは持ち帰りの客を優先するように店員に伝え、並んだ人全員の会計まで済ませていたのです!まだ麻布十番に住んでいた頃のことだ。そこには「あべちゃん」という有名な焼鳥屋があって、まだ保育園に通っていたうちの子どもたちの大好物だった。その日も妻が子どもたちを連れて買いに行った。ところが、店内が混雑していたらしく、持ち帰りの客の長い列ができた。— 高橋源一郎 (@takagengen) April 5, 2020 ジレた子どもたちが、妻が気づかぬうちに列をはずれて店の中に入りつい大声を出した。座っていた客のひとりが怒ることもなく「どうしたの?」と訊ねた。子どもは「いつまでたってももらえない」といった。「そうか」とその人はいった。すぐに、持ち帰りの客の列が動きはじめた。— 高橋源一郎 (@takagengen) April 5, 2020 どうやら、その客が、自分たちの分を譲って持ち帰りの客を優先するよういってくださったらしい。お金を払おうとすると、店の人から「いりません。もう払っていただいてます」。その客が、列に並んだ人全員の焼鳥代を払っていたのである。その客は志村けんさんだった。R.I.P.— 高橋源一郎 (@takagengen) April 5, 2020 高橋さんが投稿したエピソードは拡散され、多くの『いいね』と、感動の声が寄せられました。・涙が止まりません。感動をありがとうございます。・なんて粋な計らい!本当に惜しい人を亡くしたと、胸が締め付けられる…。・こんなに寛大な人、なかなかいない。志村さんのことは、ずっと忘れない。志村さんは、カメラが回っていない場所でも、人々に笑顔と感動を与えていたようです。[文・構成/grape編集部]
2020年04月06日