ロシア国営宇宙会社Roskosmosは3月19日、国際宇宙ステーション(ISS)に向かう3人の宇宙飛行士を乗せた「サユースTMA-20M」宇宙船の打ち上げに成功した。サユースTMA-Mの飛行は今回で最後となり、今後は新型の「サユースMS」が使用される。サユースTMA-20Mを載せた「サユースFG」ロケットは、日本時間3月19日6時26分(現地時間3月19日3時26分)、カザフスタン共和国にあるバイカヌール宇宙基地の第1発射台「ガガーリン発射台」から離昇した。ロケットは順調に飛行し、約9分後に宇宙船を軌道に投入した。宇宙船は太陽電池パドルやアンテナの展開にも成功。徐々に高度を上げつつISSに近付き、打ち上げから約6時間後の12時9分58秒にISSの「ポーイスク」モジュールへドッキングした。その後、ハッチの気密確認や、宇宙船とISSとの間の気圧の調整などが行われ、13時55分にハッチが開かれ、宇宙飛行士らはISSへ入室した。○サユースTMA-20MサユースTMA-20Mにはロシアのアリクセーイ・アフチーニン宇宙飛行士と、アリェーク・スクリーパチュカ宇宙飛行士、米国のジェフリー・ウィリアムズ宇宙飛行士の3人が搭乗していた。アフチーニン飛行士は1971年生まれの44歳で、今回が初の宇宙飛行ながら、宇宙船のコマンダーを務めた。スクリーパチュカ飛行士は1969年生まれの46歳で、2010年にサユースTMA-01M宇宙船でISSに長期滞在した経験を持つ。今回が2回目の飛行となる。ウィリアムズ飛行士は1958年生まれの58歳で、これまでに、スペースシャトル「アトランティス」のSTS-101ミッション(2000年)、サユースTMA-8(2006年)、サユースTMA-16(2009年)で宇宙飛行した経験を持ち、今回が4回目の宇宙飛行となる。この3人は第47/48次長期滞在員として、ISSに約6か月間滞在する。ISSには昨年12月から、ロシアのユーリィ・マレーンチェンカ飛行士、欧州のティモシー・ピーク飛行士、ティモシー・コプラ飛行士が滞在しており、3人が合流することで、ISSは6人体制での運用となる。今回打ち上げられた3人は、今年9月6日ごろに地球に帰還する予定となっている。帰還時にも、今回と同じサユースTMA-20Mに搭乗する。○最後のサユースTMA-M、今後はMS型にサユースTMA-M宇宙船は、ロシアの傑作宇宙船サユースの最新型で、2010年に1号機が打ち上げられた。TMA-Mは従来型と比べ、搭載コンピューターなどの機器が一新され、性能向上の他、軽量化と消費電力の低減が行われた。また、コクピットのコンソールも新しくなり、船体構造も見直されている。さらに軌道修正の精度が上がったことで、それまで約2日も掛かっていた打ち上げからISS到着までの時間が、わずか6時間に短縮された。サユースの船内は狭く、2日もの間、3人がその中で過ごすのは決して快適ではなく、宇宙飛行士からは大きく喜ばれた。ただ、6時間で到着するためには、打ち上げ日時など、いくつか条件があり、打ち上げ前、あるいは軌道投入後に、何らかの事情で予定が変わった場合は、2日かかる飛行プロファイルに変更せざるを得ない。新型コンピューターなどの改良点の多くは、有人のサユースへの採用に先立ち、2008年から運用が始まった無人の補給船「プラグリェースM-M」に適用され、試験が行われた。しかし、1号機「サユースTMA-M」(*1)では、打ち上げ時に船内で酸素漏れが発生し、またコンソールに一部のデータが表示されないなど、いくつかのトラブルが発生。その後も、TMA-12Mではスラスターの噴射がうまくいかなかったり、TMA-14Mでは太陽電池パドルが開かなかったりなど、細かなトラブルがたびたび発生した。ただ、人命にかかわるほどの大きな事故は起こしていない。サユースTMA-Mは、今回の20号機で最後となり、今後はさらに大幅な改良が加えられた「サユースMS」が使われる。1号機の打ち上げは今年6月21日ごろに予定されており、ロシアのアナトーリィ・イヴァニーシン飛行士、米国のキャスリーン・ルービンズ飛行士、そしてJAXAの大西卓哉飛行士が搭乗する。サユースMSは、サユース宇宙船シリーズの最新型にして、そして最後となる予定で、現在まったく新しい後継機の「フィディラーツィヤ」の開発も進められている。ロシアの宇宙開発では近年、ロケットの打ち上げ失敗や衛星の故障などの問題が続いており、信頼性の低下が叫ばれている。しかし有人宇宙開発に関しては、無人機よりも慎重に進められていることもあり、前述のような細かなトラブルを除けば、大きな事故は起きていない。今後、サユースMSの運用、そしてフィディラーツィヤの開発で、その技術を維持することができるかどうかが注目される。【脚注】*1: ロシアの宇宙機の多くは、1号機に「1」という数字は付かず、機体名をそのまま呼ぶ。なお、2号機以降は数字が振られ、たとえばサユースTMA-Mの2号機は「サユースTMA-02M」である。【参考】・・・Launch, Docking Returns International Space Station Crew to Full Stren | NASA・New Crew Launches and Heads to Space Station | Space Station・New Expedition 47 Crew Arrives at Station | Space Station
2016年03月25日藤原竜也、有村架純共演で大人気コミックを実写化する『僕だけがいない街』。3月19日(土)の公開を間近に控えた本作だが、同日行われる初日舞台挨拶後の打ち上げを、「LINE LIVE」が生配信することが決定した。売れない漫画家の藤沼悟(藤原竜也)は、アルバイトのピザ屋での配達中に“何度も同じ時間が巻き戻る”<リバイバル>という現象が起きる。周囲の違和感を察知した悟は、交差点に暴走するトラックから小学生を助けるが、その代償として自分がはねられてしまう。病院に付き添ってくれたのはバイト仲間の愛梨(有村架純)。数日後、何者かに母親が殺され、愛梨も命を狙われる。警察から容疑者と疑われた悟が逮捕される寸前、またしても<リバイバル>が起こった。巻き戻った先は18年前、同級生の雛月加代が被害者となった連続誘拐殺人事件の起こる直前だった。29歳の意識のまま、10歳の身体に<リバイバル>した悟は、雛月と母親を殺した犯人が同一人物だと確信。真犯人を追い詰めるために、現在と過去を行き来しながら事件の謎に迫っていく――。三部けいの大人気同名コミックを原作に、主人公・悟役の藤原さん、バイト仲間の愛梨を中心にそのほか及川光博、石田ゆり子、杉本哲太ら豪華俳優陣で贈る本作。物語は、<リバイバル>という時間が巻き戻る不思議な現象に巻き込まれた悟が、現在の2006年と、過去の1988年の2つの世界を行き来しながら、自身が無実の罪を着せられ、犯人として指名手配中の「母親殺害事件」と、18年前の「連続児童誘拐殺人事件」の謎と真犯人に迫るミステリー。そして今回決定したのは、映画『ちはやふる 上の句』の完成披露試写会の生配信でも話題となった「LINE LIVE」にて配信される本作の初日打ち上げ特番。本作の公開と同日行われる舞台挨拶後の打ち上げにカメラが潜入するというものだ。さらに「LINE LIVE」では、視聴中に出演者にコメントやハートが送れるなどリアルタイムでの配信を生かした機能が好評を得ており、本特番ではハート連動のスペシャル企画も実施が予定されているという。もちろんこの打ち上げには、主演である藤原さんと有村さんも参加し打ち上げだからこそ言える撮影秘話が聞けるかも…?ここでしか見ることの出来ない独占映像が流れるとのことだ。「映画『僕だけがいない街』LINE LIVE 初日打ち上げ特番」は3月19日(土)19時15分~「LINE LIVE」にて配信。『僕だけがいない街』は3月19日(土)より全国にて公開。(cinemacafe.net)
2016年03月18日ロシア国営企業Roskosmosと欧州宇宙機関(ESA)は3月14日(現地時間)、両者が共同開発した火星探査機「エクソマーズ2016」の打ち上げに成功した。エクソマーズ2016は火星を周回する衛星と、地表に着陸する実験機からなる計画で、今年10月に火星へ到着し、探査を開始する。エクソマーズ2016は「プラトーンM/ブリースM」ロケットに搭載され、日本時間3月14日18時31分(カザフスタン時間3月14日15時31分)、カザフスタン共和国にあるバイカヌール宇宙基地から離昇した。ロケットは順調に飛行し、離昇から約9分42分後にブリースM上段を分離した。ブリースMはその後、約10時間30分にわたって宇宙を航行。4回に分けてエンジン噴射を行い、15日5時13分にエクソマーズ2016を分離。予定通り、火星に向けた惑星間軌道に投入されたことが確認されている。また6時29分には、エクソマーズ2016から最初の信号が地球に届き、その後、探査機と地上局との間の通信の確立にも成功。また太陽電池パドルの展開やバッテリーへの充電なども正常に行われており、順調な船出となった。○エクソマーズ2016エクソマーズ2016はESAとRoskosmosが共同で開発した火星探査機で、火星の周囲をまわりながら火星の大気について調べる「トレイス・ガス・オービター」(TGO)と、火星地表への着陸技術を実証する「スキアパレッリ」から構成されている。エクソマーズという名前は、宇宙生物学(Exobiology)と火星(Mars)を組み合わせた造語で、火星における生命体の存在、あるいは痕跡を調べることを目的としている。TGOとスキアパレッリは結合された状態で、このあと約7カ月にわたって宇宙を航行する。そして今年10月16日に分離され、19日にTGOは火星周回軌道に投入される。その後約1年をかけ、火星の大気を使って軌道変更を行い、2017年12月から本格的な科学観測が始まる予定となっている。観測期間は2022年12月まで予定されている。一方、スキアパレッリは10月19日に、火星の大気圏に突入し、メリディアニ平原と呼ばれる地帯に着陸する。この名前は、19世紀に火星表面の詳しく観測したことで知られるイタリアの天文学者ジョヴァンニ・スキアパレッリにちなんでいる。スキアパレッリは火星への着陸技術の実証を行うほか、火星地表の電場も調べる。機体には太陽電池などは搭載されておらず、内蔵バッテリーのみで稼動する。そのため火星での活動時間は2日から9日間ほどと予想されている。エクソマーズは当初、ESAと米航空宇宙局(NASA)との共同で実施される計画だった。しかし、NASAは予算不足を理由に脱退。その後ESAはRoskosmos(当時のロシア連邦宇宙庁)との協力を模索し、2013年に両者が協力することで合意したことにより、エクソマーズ計画は再始動を切った。ESAのヨハン-ディートリヒ・ヴェルナー長官は「エクソマーズ2016が発射台に立つまでには、長い道のりがありました。しかし国際チームの不屈の努力により、火星探査の新時代の訪れは、もう目前まで迫っています」と語った。今回のエクソマーズ2016では、ESAがTGO、スキアパレッリの開発を担当。ロシアはTGOに搭載する観測機器の一部の提供と、探査機をロケットで打ち上げる役目を担当している。ESAとRoskosmosは、2018年にも別の探査機「エクソマーズ2018」の打ち上げを予定している。エクソマーズ2018は大型の探査車を送り込み、地表を走り回って探査する計画で、スキアパレッリの着陸で得られた知見が活かされることになっている。また探査車と地球との通信には、TGOが中継衛星として使用される。【参考】・ExoMars on its way to solve the Red Planet’s mysteries / ExoMars / Space Science / Our Activities / ESA・ExoMars Factsheet / ExoMars / Space Science / Our Activities / ESA・・・ExoMars-2016 lifts off!
2016年03月15日米国の宇宙企業スペースXは3月5日(日本時間)、通信衛星「SES-9」を搭載した「ファルコン9」ロケットの打ち上げに成功した。一方、ロケットの第1段機体を船に降ろす試験は、同社が事前に予告していたとおり、成功しなかった。ファルコン9は日本時間3月5日8時35分(米東部標準時3月4日18時35分)、フロリダ州ケイプ・カナヴェラル空軍ステーションにある第40発射台から離昇した。ロケットは順調に飛行し、約2分40秒後に第1段と第2段を分離。第2段はその後も飛行を続け、打ち上げから31分24秒後にSES-9を所定の軌道に投入した。一方、分離された第1段機体は、大西洋上に置かれた無人船「もちろんいまもきみを愛している」号を目指して降下した。その後、船まではたどり着いたものの、降下速度が速く、甲板上に叩きつけられ、機体は破壊された。○SES-9SES-9はオランダの衛星通信会社SESが運用する通信衛星で、東経108.2度の静止軌道で運用され、北東アジアや南アジア、インドネシアや、インド洋上の船などに対して通信サービスを提供する。製造はボーイングが担当した。57本のKuバンド・トランスポンダーを搭載し、打ち上げ時の質量は5330kg。設計寿命は15年が予定されている。○あらかじめ予想された失敗今回の打ち上げでは、前回に続き、分離した第1段機体を海上の船に降ろし、回収する試験が行われた。しかし、スペースXのイーロン・マスクCEOによると「ハード・ランディング(硬着陸)」となり、成功しなかったという。しかし同社は、あらかじめ「成功する見込みはない」と明らかにしていた。今回は搭載していた衛星の質量が大きく重く、ロケットの能力を限界まで使って打ち上げる必要があったため、第1段を回収するのに必要なだけの十分な余裕がなかったためである。ファルコン9が陸上、もしくは船上に着地するためには、水平方向の速度を落とすため(あるいは発射場まで戻るようにUターンするため)の「ブーストバック・バーン」、大気圏再突入時の速度を抑えるための「リエントリー・バーン」、最終的に着陸するための「ランディング・バーン」の、大きく3回のエンジン噴射を行う。しかし今回は推進剤の余裕がないため、このうちブーストバック・バーンが実施されなかった。また回収用の船も、通常であれば発射場から約300km離れた場所に待機するが、ブーストバック・バーンを行わないことで通常よりも遠くまで第1段が飛ぶため、今回は2倍の距離となる、約600km離れた場所に待機していた。なお、日本時間3月6日までに、着地の様子を収めた画像や映像は公開されていない。無人船「もちろんいまもきみを愛している」号の損傷の状況も不明である。スペースXはロケットの低コスト化を目指し、一度打ち上げたロケットを回収し、再び使用するための開発や試験を数年前から続けており、昨年末にはロケットを発射場に程近い陸上に着陸させることに成功している。それと並行し、衛星の質量や軌道の関係でロケットを発射場まで戻せない場合に、飛行経路の下の、洋上に浮かべた船の上に着地させて回収するための試験も行っている。船での回収は昨年1月と4月、そして今年1月にも行われているが、船の真上まで降りてくることはできたものの、甲板に激突、あるいは着地後に転倒するなどして機体が大きく破壊され、完全な成功には至っていない。スペースXでは、今月30日にもファルコン9の打ち上げを予定している。このときは「ドラゴン」補給船運用8号機を地球低軌道に向けて打ち上げるため、今回よりは回収にとっての条件は良くなる見込みとなっている。同社のマスク氏は「次回は良いチャンスがあるでしょう」と述べている。【参考】・SES-9 MISSION | SpaceX・TV broadcasting satellite finally launched on Falcon 9 | Spaceflight Now・SpaceX finally launches Falcon 9 with SES-9 | NASASpaceFlight.com・"Target altitude of 40,600 km achieved. Thanks @SES_Satellites for riding on Falcon 9! Looking forward to future missions."・"Rocket landed hard on the droneship. Didn’t expect this one to work (v hot reentry), but next flight has a good chance."
2016年03月07日米国のユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)は2月10日、米国家偵察局(NRO)の衛星「NROL-45」を搭載した、「デルタIV」ロケットの打ち上げに成功した。NROL-45の正体は明らかにされていないが、「トパーズ」と呼ばれるレーダー偵察衛星であると見られている。ロケットは日本時間2月10日20時40分(太平洋標準時2月10日3時40分)、米カリフォルニア州にあるヴァンデンバーグ空軍基地の第6発射台から離昇した。飛行の詳細は明らかにされていないが、ULAや米空軍は「打ち上げは成功した」との声明を発表している。○NROL-45NROL-45はNROが運用する衛星で、NROL-45という名前は特定の衛星の種類を表しているのではなく、「NROの衛星の45機目の打ち上げ」ということを意味する。また、打ち上げの順番や数字の割り振りは前後しており、これまでに45機が打ち上げられたというわけでもない。衛星の詳細は一切明らかにされていないが、ロケットの打ち上げ能力や飛行経路などから、「FIA-R」、もしくは「トパーズ」と呼ばれる偵察衛星ではないかと考えられる。FIA-Rは合成開口レーダーを搭載し、観測地の上空に雲があるときや夜間でも地上の様子を見ることができる。FIAとは、次世代の偵察衛星を開発する計画「Future Imagery Architecture」の頭文字からとられている。NROは1988年から2005年にかけて「ラクロス」、もしくは「アニクス」と呼ばれる衛星を打ち上げており、FIA-Rはその後継機であると考えられている。NROではもともと、FIA計画の下で、電子光学センサーを搭載する衛星「FIA-O」と合成開口レーダーを搭載する衛星FIA-Rの2種類を開発する計画だったものの、光学衛星の開発が中止され、レーダー衛星のみが残った。またFIA-Rの正式なコードネームは「トパーズ」であることが、2013年にエドワード・スノーデン氏がザ・ワシントン・ポスト紙にリークした、米国の諜報活動に関する予算書から判明している。この予算書が正しければ、トパーズは全5機が打ち上げられ、その後は「ブロック2」という改良型の打ち上げに移行することとなっている。ロケットの飛行プロファイルや、衛星が投入された軌道も明らかにされていないが、切り離したタンクなどの落下警戒海域に関する情報から、方位角222度に向けて飛んだことがわかっている。この場合、衛星は赤道面からの傾き(軌道傾斜角)が約123度の、地球の自転に逆行するように回る軌道に入ることになる。トパーズは過去に2010年と2012年、2013年にも1機ずつ打ち上げられたと考えられており、今回の飛行経路とも一致している。また14日には、アマチュアの衛星ウォッチャーらによって、今回打ち上げられたトパーズと見られる衛星が地上から撮影されており、軌道高度は1000km前後であることがわかっている。これも以前のトパーズと思われる衛星の軌道と一致している。○デルタIVロケットデルタIVは米国のボーイングが開発したロケットで、同社とロッキード・マーティンによって設立されたULAによって運用されており、主に軍事衛星やNASAなど、米政府系の衛星の打ち上げに使用されている。ブースターの本数やフェアリングの大きさを変えることで多種多様な衛星の打ち上げに対応でき、その中でも第1段機体を3基束ねた「デルタIVヘヴィ」と呼ばれる構成は、現在世界で運用されているロケットの中で最も強力な打ち上げ能力をもっている。打ち上げ数は今回で31機目で、2004年にデルタIVヘヴィが衛星を予定よりも低い軌道に投入してしまった以外は、安定した打ち上げを続けている。今回打ち上げに使用されたデルタIVは、デルタIVミディアム+(5,2)と呼ばれる構成で、直径5mの衛星フェアリングと第2段を持ち、2基の固体ロケットモーターを装備している。また、従来デルタIVの第1段に使われていたRS-68ロケット・エンジンに代わり、改良型のRS-68Aが使用された。RS-68Aはターボ・ポンプやインジェクターが改良されており、RS-68と比べて推力や燃焼効率が向上している。RS-68Aは2008年から開発が始まり、2011年に完成した。初めて打ち上げで使用されたのは2012年6月29日のデルタIVヘヴィで、今回が3例目、ミディアム+(5,2)構成では初となった。今後はすべてのデルタIVの第1段にRS-68Aが使用される予定となっている。【参考】・United Launch Alliance Successfully Launches NROL-45 Payload for the National Reconnaissance Office - United Launch Alliance・February 10, 2016 - NROL-45 Launches from Vandenberg, AFB, California・ULA Delta IV launches with NROL-45 | NASASpaceFlight.com・Delta IV successfully lifts classified Radar Satellite into Unique Backwards Orbit – Spaceflight101・NROL-45 Satellite – Delta IV – NROL-45 | Spaceflight101
2016年02月17日宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業(MHI)は2月14日、打ち上げが延期となっていたH-IIAロケット30号機を2月17日17時45分に打ち上げると発表した。同ロケットは当初の予定では、2月12日17時45分に打ち上げられる予定だったが、射場近辺に規定以上の氷結層を含む雲の発生が予想されたことと、打ち上げ作業に支障のある強風が予想されたことから延期が決定した。H-IIAロケット30号機はX線観測衛星「ASTRO-H」を搭載。同衛星はこれまでのJAXAの科学衛星で最も大きく、ブラックホールの進化のメカニズムなどの解明に貢献することが期待されている。
2016年02月14日欧州のロケット運用会社「アリアンスペース」は1月27日(現地時間)、米国の通信衛星「インテルサット29e」を搭載した「アリアン5 ECA」ロケットの打ち上げに成功した。アリアン5ロケット・シリーズの打ち上げは、今回で70機連続成功となった。同ロケットは日本時間1月28日8時20分(現地時間1月27日20時20分)、南米仏領ギアナにあるギアナ宇宙センターの第3アリアン発射施設(ELA-3)から離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約30分後に衛星を分離して、予定通りの軌道に投入した。インテルサット29eは米国の衛星通信会社インテルサットが運用する通信衛星で、同社の次世代衛星である「エピック」シリーズの最初の衛星となる。20本のCバンド、249本のKuバンド、そしてKaバンドのトランスポンダーを搭載し、東経310度の静止軌道から、大西洋やカリブ海、南米大陸に通信サーヴィスを提供することを目的としている。設計寿命は15年以上が見込まれている。衛星の製造は米国のボーイングが担当した。打ち上げ時の質量は6552kgもあり、これまで世界中で打ち上げられた静止衛星の中でもかなり重い部類に入る。アリアン5ロケットはその大きな打ち上げ能力を生かし、静止衛星を2機同時に打ち上げられるという特徴をもつが、今回はその質量の大きさから、インテルサット29eのみを搭載しての打ち上げとなった。○アリアン5ロケットの打ち上げ、70機連続成功今回の打ち上げはアリアン5ロケットにとって84機目となるもので、また現行のアリアン5 ECAというヴァージョンでは54機目となった。アリアン5は2002年に打ち上げに失敗しているが、以来失敗は無く、アリアン5シリーズ全体では今回が70機連続、またECAに限っても53機連続での打ち上げ成功となった。アリアン5は、欧州のエアバス・ディフェンス&スペースが開発、製造しているロケットで、アリアンスペースによって運用されている。1996年に最初の打ち上げが行われ、その後2002年に改良型の「アリアン5 ECA」が登場。現在主力機として活躍している。アリアン5は、1990年代に欧州の主力ロケットとして活躍した「アリアン4」ロケットを代替する目的で開発された。アリアン4は116機が打ち上げられ、失敗はわずか3機で、成功率97.4%という極めて高い信頼性をもつロケットだったが、1970年代に開発された「アリアン1」を改良して造られたロケットであり、次第に性能が時代に追いつけなくなってきた。アリアン5の検討は1984年から始まったが、当時は米国がスペースシャトルを打ち上げ始めたころでもあり、欧州でも小型のスペースシャトル「エルメス」の検討が始まっていた。そこでアリアン5には、エルメスを打ち上げられるほどの、強力な打ち上げ能力をもつことが求められた。だが、エルメスは開発が進む中で肥大化し、質量が目標を大きく超過するようになった。それに合わせてアリアン5の打ち上げ能力も増やされ、さらにエルメスの質量が増加すると、またそれに合わせてアリアン5の打ち上げ能力も増やされるという悪循環に陥った。結局、最終的にエルメスは開発が中止され、欧州の手元には過大な打ち上げ能力をもったアリアン5ロケットだけが残ることになった。だが、この過大な能力を生かして、1機のロケットで静止衛星を2機同時に打ち上げれば、1機のロケットで1機の衛星を打ち上げるよりもコストが安くなるのではとの発想が生み出された。そしてそのアイディアは的中し、アリアン5は現在、静止衛星の商業打ち上げ市場の約半分のシェアを握っている。現在も多くの受注を抱えており、今年だけでも8機のアリアン5の打ち上げが予定されている。しかし最近、アリアン5よりも大幅に価格が安い、米国スペースXの「ファルコン9」ロケットが登場。同社では競争力を維持するため、より打ち上げ能力を高め、一方でコストを約半額に抑えた後継機「アリアン6」の開発が始まっている。【参考】・An "Epic" launch: Arianespace’s Ariane 5 soars to success for long-time customer Intelsat - Arianespace・Flight VA228: The successful launch of Intelsat 29e, and Ariane 5’s 70th success in a row - Arianespace・Intelsat 29e, the First Intelsat EpicNG Satellite, Successfully Launched into Orbit | Intelsat S.A.・Intelsat 29e | Intelsat S.A.・Dossier-de-presse-VA-228-final-GB.pdf
2016年01月29日米国の宇宙開発企業「スペースX」は1月18日(日本時間)に、地球観測衛星「ジェイソン3」を搭載した「ファルコン9」ロケットの打ち上げを、カリフォーニア州にあるヴァンデンバーグ空軍基地から実施する。昨年末のファルコン9の打ち上げでは、ロケットの第1段機体を発射台にほど近い陸地に垂直着陸させることに成功したが、今回の打ち上げでは飛行経路の下の太平洋上に浮かべた船への着地に挑む。打ち上げ日時は日本時間1月18日3時42分18秒(太平洋標準時1月17日10時42分18秒)に予定されている。すでに12日には、打ち上げ前の最終確認として行われる静的燃焼試験も終えており、打ち上げに向けた準備は順調に進んでいる。ジェイソン3は米航空宇宙局(NASA)や米海洋大気庁(NOAA)、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、欧州気象衛星機構(EUMETSAT)が共同で開発した衛星で、搭載しているレーダー高度計やマイクロ波放射計を使い、海面高度や波の高さ、大気中に含まれる水蒸気量などを観測することを目的としている。設計寿命は3年が予定されている。米国とフランスの共同による衛星を使った海洋観測は、1992年に打ち上げられた「TOPEXポサイドン」に始まり、2001年の「ジェイソン1」、2008年の「ジェイソン2」と続いている。ジェイソン3はジェイソン2の後継機となる。なお、ジェイソン2の設計寿命も3年だが、約8年経った現在も動き続けており、2017年まで運用が続けられる見通しとなっている。○今回はロケットを船で回収、陸への着陸との違いはスペースXはロケットの打ち上げコストを大幅に引き下げることを目指し、数年前からロケットを再使用する研究や試験を続けている。そして昨年12月21日に、同社は打ち上げに使ったファルコン9ロケットの第1段機体を、発射台の近くの地上に、垂直に着陸することに成功した。同社によると、着陸後の機体には目立った損傷は見られず、再びエンジンに点火することも可能だという。そして今回の打ち上げでは、打ち上げ場所であるヴァンデンバーグ空軍基地から南に約300kmの太平洋上に浮かべた、大きな甲板をもつ船の上に降ろすことを計画している。ロケットを発射台の近くまで戻す場合、機体を上空で反転させ、さらにそれまで飛んできた飛行経路を戻るようにして飛ばさなければならない。発射台近くの陸上まで戻すことで、その後の機体の点検や整備がやりやすいという利点はあるものの、ロケットに必要な推進剤量が多くなるため、打ち上げ能力が下がってしまう、あるいは打ち上げる衛星の質量や目標軌道などの関係でミッションによっては回収する余裕がなくなる、という欠点もある。そこで同社では、陸上回収と並行して、分離後のロケットが落下する先の海上に船を用意し、その上にロケットを降ろす構想も進めている。船で回収したあとは、そのまま船で陸にある基地まで戻すか、あるいは船の上で、ロケットの点検、整備を行い、衛星を搭載して再打ち上げを行うという計画だ。これにより、陸まで戻る分の推進剤が不要になるため、ロケットの打ち上げ能力をそれほど落とすことなく運用ができ、また回収できるミッションの幅が広がることになる。しかし、船の上に降ろす場合、波や海流の影響で船が安定していないことや、海上は風も強いこともあり、陸上に降ろすよりロケットの制御が難しい。同社はすでに、無人で海上の指定した場所にとどまり続けることができるドローン船(Autonomous Spaceport Drone Ship)の「指示をよく読め」号と、「もちろんいまもきみを愛している」号を建造し、2015年の1月と4月の打ち上げで回収試験も行っているが、2回とも船の上までたどり着くことはできたものの、甲板に接地した後に倒れて破壊されるなどし、完全な成功には至っていない。船での回収試験は今回で3度目となるが、前回の打ち上げで陸上への着陸に成功していることもあり、今回の成功への期待が高まっている。参考・"Full-duration static fire complete at our California pad. Preliminary data looks good in advance of Jason-3 launch. "・"Aiming to launch this weekend and (hopefully) land on our droneship. Ship landings needed for high velocity missions "・Offshore barge landing targeted after next Falcon 9 launch | Spaceflight Now・SpaceX To Land at Sea after Launching Jason-3 - SpaceNews.com・OET Special Temporary Authority Report
2016年01月13日中華人民共和国(中国)は12月17日(現地時間)、暗黒物質(ダークマター)探査衛星「悟空」(DAMPE)を搭載した、「長征二号丁」ロケットを打ち上げた。世界最先端級の観測機器を搭載し、未知の物質であるダークマターの世界初の検出に挑む。ロケットは日本時間12月17日9時12分4秒(中国標準時同日8時12分4秒)、甘粛省にある酒泉衛星発射センターの第2発射台から離昇した。その約1時間後、中国政府や国営メディアは「打ち上げは成功した」と発表した。【12月18日追記】17日夜(日本時間)には、米軍が運用する、地球周辺の物体の監視を行っている宇宙監視ネットワークも、悟空と思われる衛星を検知している。公開された軌道のデータから、衛星は事前の予告どおりの軌道に乗っていることが確認でき、打ち上げ成功が裏付けられている。○「悟空」(DAMPE)「悟空」(DAMPE)は中国科学院が中心となって開発した衛星で、高エネルギーのガンマ線や電子、宇宙線を観測し、存在は確実視されているものの観測されたことがない暗黒物質の検出を目指している。「悟空」は愛称で、正式名称は「DAMPE」(DArk Matter Particle Explore)と呼ばれている。悟空と同様の目的で開発された機器に「アルファ磁気分光器(AMS-02)」と「高エネルギー電子、ガンマ線観測装置(CALET)」があり、この2つは共に国際宇宙ステーション(ISS)に設置され、現在も観測を続けている。しかし、DAMPEが観測できる範囲はAMS-02よりも1桁以上も大きい5ギガ電子ボルト(GeV)から10テラ電子ボルト(TeV)までと、高い性能をもっている。DAMPEは中国やスイス、イタリアの大学や研究機関、欧州原子核研究機構(CERN)なども参加した国際共同プロジェクトとして推進されており、その観測データはAMS-02やCALET、またガンマ線宇宙望遠鏡「フェルミ」などの成果と補完しあう関係にある。衛星には「プラスティック・シンチレーター・ストリップス検出器(PSD)」、「シリコン-タングステン追跡/変換器(STK)」、「ゲルマニウム酸ビスマス・カロリメーター(BGO)」、そして「中性子検出器(NUD)」の、4つの観測機器が搭載されている。打ち上げ時の質量は1900kgで、高度500km、軌道傾斜角(赤道からの傾き)が97.4度の太陽同期軌道で運用される。設計寿命は3年が予定されている。○ダークマター(暗黒物質)現在の研究では、私たちのいる宇宙を作っている物質のうち、すでに知られている通常の物質はわずか5%で、残りの23%がダークマターと呼ばれる物質、さらに残りの72%が暗黒エネルギー(ダークエネルギー)であると見られている。このうち、暗黒エネルギーについてはまったく正体不明だが、ダークマターについては存在することはまず間違いないといわれている。ダークマターは、1970年代にある渦巻き銀河を観測した際に、その回転速度から計算した質量が、その銀河にある数多くの星々の合計質量よりも約10倍も大きいことが判明したことから、宇宙には光では観測できないものの、重力をもつ何らかの物質があることがわかり、その未発見の物質として名付けられた。その中でも有力な候補とされているのが「弱い相互作用をする重い粒子」の「WIMP」で、さらにそのうち「ニュートラリーノ」と呼ばれる素粒子である可能性が高いと言われており、世界中で研究や観測が続けられているが、これまでに検出に成功した例はない。WIMPそのものは目には見えないが、放射線のエネルギーによって蛍光を出す物質(シンチレーター)を使った観測や、WIMPが対消滅や崩壊した際に生成されると考えられているガンマ線や電子・陽電子の観測によって、ダークマターが存在する証拠を掴めるのではと期待されており、地上や宇宙に設置した観測装置による観測が、世界中で行われている。○長征二号丁長征二号ロケットは中国の中型ロケットで、1974年から打ち上げが行われている。今回の打ち上げに使われた「長征二号丁」はその改良型で、1992年に初飛行し、また2003年からは打ち上げ能力を向上させた改良型が開発され、運用されている。長征二号シリーズは今回を含め、これまでに88機が打ち上げられ、84機が成功している(衛星打ち上げのみ)。また長征二号丁に限っては今回で25機目となり、すべて成功している。【参考】・・・・
2015年12月17日フランスのアリアンスペースは12月3日(現地時間)、重力波望遠鏡の技術実証衛星「LISAパスファインダー」を搭載した、「ヴェガ」ロケットの打ち上げに成功した。LISAパスファインダーは2030年代に計画されている、重力波望遠鏡衛星「eLISA」の実現にとって必要となる、新しい技術の試験を目的としている。ロケットは日本時間12月3日13時4分(ギアナ時間同日1時4分)、南米仏領ギアナにある、ギアナ宇宙センターのヴェガ発射台から離昇した。ロケットは順調に飛行し、打ち上げから1時間45分33秒後にLISAパスファインダーを分離し、軌道に投入した。ヴェガはアリアンスペースが運用する、小型の固体ロケットである。また液体推進剤を使う第4段も搭載でき、衛星を正確な軌道に投入することが可能。2012年2月13日に1号機が打ち上げられ、以来今回を含めて6機が打ち上げられており、すべて成功している。○LISAパスファインダー欧州宇宙機関(ESA)と米航空宇宙局(NASA)では、2030年代を目標に、低周波重力波を観測する宇宙望遠鏡「eLISA」(Evolved Laser Interferometer Space Antenna)を打ち上げることを計画している。LISAパスファインダーはその開発に必要な、新しい技術や装置の実証試験をするために開発された。重力波とは、時空が振動し、光の速度で伝播する現象のこと。1916年にアインシュタインが発表した一般相対性理論の中で予言されたが、これまで間接的にしか存在が示唆されておらず、直接観測に成功した例は無い。もし重力波の直接観測に成功すれば、一般相対性理論の正しさが再び証明されると同時に、重力波によって宇宙を観測する「重力波天文学」という分野が生まれることが期待されている。重力波望遠鏡は地上でも造ることができ、日本でも11月に「KAGRA」という重力波望遠鏡が完成した。しかし、重力波の中でも低周波のものは、地球上では地面が振動があるため観測が難しいことから、eLISAのように望遠鏡を宇宙に打ち上げる必要がある。ただし、宇宙で動く重力波望遠鏡を造って動かすためには、きわめて高い技術が必要となる。eLISAにも数多くの先進的な技術が使われることになっており、実現にはLISAパスファインダーによる実証が必要不可欠となっている。なお、LISAパスファインダーはあくまで技術実証機であるため、重力波を検出することはできない。検出や観測を行うには、eLISAの完成と打ち上げを待つしかない。LISAパスファインダーの打ち上げ時の質量は約1900kgで、そのうち衛星本体は約480kg、ロケットから分離後、目的地の軌道まで行くための推進モジュールは約1420kgを占めている。製造はエアバス・ディフェンス&スペース社が担当した。設計寿命は約1年が予定されている。LISAパスファインダーは現在、地球に最も近い高度が213km、最も高い高度が1482km、赤道からの傾きが6度の軌道に入っている。このあと推進モジュールを使って軌道を上げ、地球から約150万km離れた太陽・地球系のラグランジュ第1点(L1)に入り、運用が始まることになっている。
2015年12月05日H-IIAロケット29号機の現地レポート・H-IIAロケット29号機現地取材 - "高度化初号機"の打ち上げを現地からレポート! 今回の注目点は?・H-IIAロケット29号機現地取材 - 打ち上げ前のY-1ブリーフィングが開催、気になる天候は?・H-IIAロケット29号機現地取材 - 機体移動が完了、高度化H-IIAロケットがついに姿を現す!・H-IIAロケット29号機現地取材 - リフトオフ! 快晴の打ち上げを写真と動画で振り返る宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業(MHI)は11月24日、種子島宇宙センターで記者会見を開催し、同日打ち上げたH-IIAロケット29号機の結果について報告した。詳細なデータの解析は今後となるものの、ロケットは計画通りに飛行し、打ち上げの4時間27分後に衛星を正常に分離したことが確認されている。H-IIAロケットはこれで29機中28機の成功となり、成功率は96.6%に上昇。連続成功の記録は23機連続まで伸びた。今回、警戒区域内への船舶の進入があったため、打ち上げが27分遅れてしまったものの、それ以外には全く問題なく、JAXA/MHIがアピールする「信頼性の高さ」「オンタイム打ち上げ率の高さ」を改めて示した形になった。初の商業衛星の打ち上げとなったMHIにとって、順調な出だしを切れた意義は大きい。MHIの阿部直彦・宇宙事業部長は「これは非常に大きな一歩」とコメント。「今回の顧客であるカナダTelesatは世界ビッグ4の大手オペレータ。衛星を製造したAirbus Defence and Spaceもメジャーなメーカーだ。日本のロケットがグローバルなスタンダードに対応できることを世界に示すことが出来た」と述べる。とはいえ、これはようやく第一歩を踏み出したに過ぎない。商業打ち上げ市場で大きなシェアを占める欧州のアリアン5や、価格破壊を進める米国のファルコン9など、強力なライバルは多い。世界のマーケットに食い込むことができるかどうか、まだ決して楽観できるような状態ではない。今回の打ち上げは、高度化H-IIAの技術実証ということでJAXAが一部費用を負担しており、"正規価格"で戦っていけるのかは未知数だ。だが、それでも理想的な形でその一歩を踏み出せたこともまた事実。阿部氏は「高度化なくして静止衛星の打ち上げ市場には参入できなかった。今回実証できたので、自信を持って市場に入っていける。いま進めている商談にとっても、大きな味方になるだろう」と評価した。価格の高さという大きな問題は依然としてあるものの、1つ1つ実績を重ねて、衛星オペレータや衛星メーカーからの評価を上げていくしかない。今回、記者会見にはTelesatやAirbusの関係者は見当たらなかったのだが、Telesatは同日のプレスリリースで、MHIに対する感謝を表明。阿部氏は「種子島は地元の人のもてなしが非常に厚い。来日した海外スタッフの歓迎会も開催してもらい、非常に喜んで帰っていただいた。そうした面もこれから伝わっていけば」と期待した。また今回の打ち上げの注目ポイントである高度化について、詳細については今後の解析待ちとなるが、長時間飛行(ロングコースト)における推進剤の蒸発への対策や、推力を60%に抑えたスロットリングによる再々着火などは、ほぼ想定通り機能したとみられている。JAXAの川上道生・基幹ロケット高度化プロジェクトマネージャは「正直ほっとしている」と安堵の表情を見せ、プロジェクトを支えたメンバーをねぎらった。今後、高度化仕様はH-IIAロケットのオプションの1つとして提供される見通しで、顧客によっては、従来通りのノーマル仕様を選ぶことも可能とのこと。それは高度化によるコストアップがあるためだが、ただMHIの二村幸基・打上執行責任者によれば、その金額は「さほど大きなものではない」ということだ。なお高度化プロジェクトで開発したロングコースト技術については、今回のような静止衛星の打ち上げ以外にも応用が期待される。まだ決まった計画は特に無いものの、たとえば主衛星と副衛星(相乗り衛星)を異なる軌道へ投入するようなことが可能だという。これにより、相乗り相手をより柔軟に選ぶことができるようになるわけだ。
2015年11月25日●原因はソ連製ロケット・エンジンだったのか?今から1年前の2014年10月28日、米国ヴァージニア州にあるウォロップス島から打ち上げられた「アンタリーズ」ロケットは、その直後に爆発を起こし、大きな火の玉となって地上に落下した。その劇的な映像や写真は、SNSなどを通じて広く拡散され、多くの人に衝撃を与えた。もちろん衝撃を受けたのは外野だけではなかった。アンタリーズ・ロケットを開発、製造したオービタルATK社。爆発したと考えられているロケット・エンジンを供給したエアロジェット・ロケットダイン社。そしてこの打ち上げを発注した米航空宇宙局(NASA)。失敗への対応と、原因の調査、そして対策に、この3者は揺れに揺れた。本稿ではまず、アンタリーズ・ロケットの打ち上げ失敗とその原因調査の経緯から見ていきたい。○アンタリーズの失敗アンタリーズ・ロケットは米国のオービタルATK社が開発したロケットで、主に国際宇宙ステーション(ISS)に補給物資を運ぶ「シグナス」補給船を打ち上げることを目的に開発された。NASAは長らく、ISSへの物資補給にはスペース・シャトルを使っていたが、2000年代に入り、これを民間企業に任せてはどうか、という動きが出始めた。民間に任せることでコスト削減が図れ、また米国の宇宙産業の振興も期待された。そしてNASAは2006年に、民間企業に資金を提供してロケットと補給船を開発させ、さらにその企業に補給任務を委託することを狙った「COTS」という計画を立ち上げた。この計画には何社かが名乗りを挙げ、その中から近年民間宇宙開発の雄として知られるスペースX社と、そしてオービタルATK社の2社が選ばれた。両社はNASAからの資金提供を受け、スペースX社は「ファルコン9」ロケットと「ドラゴン」補給船を、オービタルATK社はアンタリーズとシグナスを開発した。同じ計画の下で開発されたロケットでも、ファルコン9とアンタリーズは大きく異なる。ファルコン9はタンクやロケット・エンジンといった部品の自社製造にこだわった造りをしているが、アンタリーズは自社製にこだわらず、第1段ロケット・エンジンはロシア製、第1段タンクはウクライナ製を採用している。両方のやり方にはそれぞれ長所と短所があり、どちらが優れているというわけではない。実際に両者は、NASAが発注した補給ミッションを順調にこなしていた。しかし2014年10月28日、アンタリーズとシグナスにとって4機目となった打ち上げで、アンタリーズが打ち上げから15秒後に爆発、失敗に終わることになった。(余談だが、2015年6月28日にはファルコン9も打ち上げに失敗し、ドラゴンが失われている)。○旧ソ連製ロケット・エンジンが爆発アンタリーズの失敗理由については、早い段階から第1段ロケット・エンジンの「AJ26」にあると見られていた。AJ26は今から40年ほど前に、ソヴィエトで設計、開発、そして生産された「NK-33」というエンジンを、アンタリーズ用に改修したものである。アンタリーズはこのNK-33あらためAJ26を2基、第1段に装備している。にわかには信じにくいこともあって誤解されることも多いが、このAJ26は昔に設計されたエンジンを再生産したものではなく、設計も生産も昔に行われ、その後使われないまま倉庫に保管されていたものを掘り出して使っている。かつてソヴィエトは米国に対抗し、有人月着陸を目指し、巨大な「N-1」というロケットを造っていた。NK-33はその第1段として使われる予定だったが、N-1の開発が頓挫したことで使われず、生産済みだったNK-33はそのまま倉庫にしまい込まれることになった。それを1990年代に米国のロケットダイン社(現在のエアロジェット・ロケットダイン社)が発見し輸入、試験などを行い、優れた性能をもつエンジンであることが判明。そしてオービタル・サイエンシズ社(現在のオービタルATK社)が採用を決定し、アンタリーズ向けに改修が施された。この改修は、単にアンタリーズに装着するために電気系統などに手を入れ、またエンジンを振って推力の方向を変えるためのジンバル機構が装着されるなどしただけで、たとえば米国の技術でエンジンの性能を向上させるようなことは行われていない。エンジン名こそAJ26に変わったが、実際のところはNK-33をそのまま使っていると言ってもよい。○原因はエンジンか、ロケット機体か打ち上げ失敗がエンジンの爆発によるものであることはほぼ間違いなかったが、なぜエンジンは爆発したのか、という原因をめぐり、調査は揉めることになった。たとえばエンジンそのものに原因があり、その結果爆発したのであれば、それはエアロジェット・ロケットダイン社の責任になる。しかし、もしロケットの機体側に原因があり、その結果としてエンジンが爆発し、続いてロケット全体も爆発したということであれば、それはオービタルATK社の責任になる。事故調査の過程は公開されなかったが、当初はおおむね、エンジンそのものに原因があったという見方が濃厚だった。実際、当時の映像を見てもエンジンから爆発が起こったことは火を見るよりも明らかで、エンジンを供給したエアロジェット・ロケットダイン社の責任である可能性が高いとされた。しかし、エアロジェット・ロケットダイン社側からは「タンク内にあったゴミがエンジンに入り込み、その結果エンジンとロケットが爆発したのではないか」という説が出された。どの段階からこの説が出始めたかは不明だが、今年2月に調査チームの1人がロイター通信に対し、「タンク内のゴミが原因の候補のひとつに挙がっている」と明らかにしている。製造後のタンクには、湿度から品質を守るための乾燥剤が入れられている。通常、この乾燥剤は組み立て時に取り除かれることになっているが、それが忘れられたまま打ち上げられ、そして乾燥剤がエンジンに入り込み、爆発を引き起こしたのではないか、というのだ。実際に、事故後にエンジン部品を調べたところ、結晶化した乾燥剤の粒子が発見されたという。こうしたゴミのことをForeign Object Debris(外部由来の異物)の頭文字から「FOD」と呼ぶ。実はこうしたFODが原因での事故は珍しくはない。過去にはウクライナ製のジニート・ロケットが、やはりFODが原因でロシア製エンジンが爆発し、失敗したとされる事故が起きている。フランスも1990年に、アリアン4ロケットの配管に布が入り込んでいたことで打ち上げに失敗している。もしこれが原因だとすると、責めを負うべきはロケットを組み立てたオービタルATK社ということになる。もっとも、状況証拠しかない状態ではFODが原因とするには根拠が弱く、調査結果がまとまるにはさらに時間を要した。今年5月には、オービタルATK社側から「やはりエンジン側に原因があったのではないか」という説が再び出されるなど、オービタルATK社とエアロジェット・ロケットダイン社との論争は続いた。結局、今年9月24日に、エアロジェット・ロケットダイン社がオービタルATK社に5000万ドルを支払うことで、この論争は決着した。ただ、両社の間でどのような合意があり、この結論が下されたか、その詳細は不明となっている。エアロジェット・ロケットダイン社がお金を払うということは、エンジン側に原因があったと見ることができる。しかし、これ以上調査を続けても原因が見つかる見込みはなく、また論争を続けてもお互いのためにならないので和解した、と見ることもできる。エアロジェット・ロケットダイン社は事故の分析結果を明らかにする予定はなく、今回の詳細も発表しないと表明しており、オービタルATK社からもやはり結果などは発表されていない。○NASAの見解一方、両者とは別に、NASAも独自の調査チームを組織し、調査を行っていた。アンタリーズの開発にはNASAも資金提供をしており、この失敗した打ち上げを委託したのもNASAだったため、独自に調査するだけの責任があった。NASAの調査結果は今年10月9日にまとめられ、10月30日に公表された。この事故でアンタリーズは、E15とE16というシリアルのAJ26を装着しており、離昇から15秒後に出火、爆発したのはE15だったとしている。しかし、単一の根本的な原因を特定することまではできなかったとしている。NASAの調査では、事故の原因として3つの可能性が提示されている。1つ目は液体酸素ターボ・ポンプのベアリングの設計不良である。先に述べたように、AJ26はもともと40年以上前に設計、製造されたエンジンであることから、現在の基準で見ると、十分に堅実なつくりにはなっていなかったという。2つ目は、かねてよりエアロジェット・ロケットダイン社が主張していたFODによるものである。墜落後の残骸から痕跡が発見されたとしているが、ただし完全に原因として断定することは難しいとしている。3つ目は液体酸素ターボ・ポンプのベアリングの製造や組み立て時の欠陥である。オービタルATK社とNASAが法科学による調査を実施したところ、ベアリングに欠陥があったことが判明した。また、2014年5月にAJ26(E17)が地上での燃焼試験中に失敗しているが、このときの調査でも、今回に似た欠陥が見つかったという。しかし、これが製造時の欠陥なのか、それともエンジンが燃焼した結果生じたものであるかの結論を出すことは不可能であるとしている。NASAでは、この3つのうちのどれかが正解かもしれないし、あるいは2つ以上の組み合わせで起こったかもしれないとしている。また、AJ26の地上試験プログラムは、設計上の問題なのか、あるいは製造時の技術的な問題なのかを見極めるのに十分ではなかった、要するに「試験が不十分だった」とも指摘している。また、これらの調査結果を踏まえ、さらなる事故を未然に防ぐため、エンジンなどに対する技術的な観点と、また計画の進め方や体制といった観点の両面から、NASAやオービタルATK社に対して多くの改善策の提言が行われた。参考・・・・・●失敗を乗り越え、アンタリーズはさらにタフになる○改良型アンタリーズアンタリーズの失敗原因をめぐって、ロケットを製造、運用するオービタルATK社と、エンジンを供給したエアロジェット・ロケットダイン社は、1年間ゆれ続けた。その最中の2014年12月にオービタルATK社は、まだ失敗の原因が確定していないにもかかわらず、AJ26の使用を止め、新しいエンジンに替えた「改良型アンタリーズ」の開発を進めると発表した。ただ、オービタルATK社はもともと、AJ26の使用はいずれ止めるつもりだった。前頁で触れたように、AJ26は今から40年前に製造されたNK-33の在庫を使っている。つまり在庫限りということになるため、いつまでもAJ26を使い続けるわけにはいかない。そこでかねてより、別の新しいエンジンが模索されていた。その新しいエンジンの候補はいくつかあり、たとえば米国の基幹ロケットである「アトラスV」に使われているRD-180や、ロシアの新型ロケット「アンガラー」に使われているRD-191などが挙がっていた。また、NK-33が再生産されるという話もあったため、もし昨年10月の失敗がなければ、引き続きAJ26/NK-33を使い続けるという選択肢もあったのかもしれない。最終的に改良型アンタリーズで使用されることになったのは「RD-181」というエンジンである。このことが報じられたのは2014年12月ごろだったが、RD-181という型番と、それがアンタリーズで使われる可能性があるという話は、2013年ごろから出ていた。○RD-181このRD-181エンジンの起源は、かつてソ連で開発された大型ロケット「エネールギヤ」の第1段(西側ではブースターと見なされている)に使われている「RD-170」というエンジンにまでさかのぼる。RD-170は燃焼室を4つもつエンジンで、世界で最も強力な推力を出せるエンジンのひとつである。エネールギヤ・ロケットそのものは2回の打ち上げで運用を終えたが、RD-170の技術は受け継がれ、現在もウクライナ製の「ジニート」ロケットに使われている。また、燃焼室の数を半分の2つにした「RD-180」という派生型も開発され、米国へと輸出され、基幹ロケット「アトラスV」の第1段エンジンとして活躍している。さらに燃焼室が1つのRD-191は、ロシアの新型ロケット「アンガラー」に採用されている。ロシアでは現在、そのRD-191から派生したRD-193というエンジンを開発しており、アンタリーズに採用されることになったRD-181は、このRD-191とRD-193からさらに派生したエンジンである。ただ、その正体については諸説あり、たとえばRD-191とRD-193では、エンジンの寸法や質量が変わっていることがわかっているが、RD-181の詳細についてはまだ不明な点が多い。なお、アンタリーズが失敗した直後には、AJ26/NK-33がロシア製であることが批判材料にもなった。RD-181もロシア製ではあるものの、ただしAJ26/NK-33とは違い、ごく最近になって開発、生産された新しいエンジンであり、製造会社も違う。また、ほぼ同型のエンジンはこれまでにアンガラーの打ち上げで使われており、地上での燃焼試験も何度も行われていることから、信頼性もAJ26より高い。さらにRD-181はAJ26よりも推力(パワー)が大きいため、換装することでより多くの物資などを打ち上げられるようになるという利点もある。ただ、形も推力も違うエンジンをそのまま載せ替えることはできないため、ロケット機体にも、エンジンの取り付け部分の設計を変えたり、より大きな推力に耐えられるよう補強するなどの改修が必要となる。2015年11月現在、RD-181はすでに米国に輸入され、またエンジン取り付け部分の改修も行われ、装着する作業が完了している。なお、AJ26はエアロジェット・ロケットダイン社による改修を経由して供給されていたが、RD-181はオービタルATK社が、製造しているNPOエネルガマーシュから直接輸入する形となる。今後、2016年の初頭ごろにRD-181を装着したアンタリーズの地上燃焼試験が行われる予定で、同年3月ごろにも実際に打ち上げられることになっている。また失敗によって損傷した発射施設の修復も進められ、すでに完了している。また、第1段を拡張し、RD-181のもつ性能をフルに発揮できるようにした「アンタリーズ300」シリーズの開発も進められているが、登場は当面先のこととになる予定である。○改良型アンタリーズ登場まではアトラスVがつなぎにところで、アンタリーズが飛行停止している間も、国際宇宙ステーション(ISS)への物資の補給は行わなければならない。そこでオービタルATK社は、米国の基幹ロケットとして活躍中の「アトラスV」に、シグナス補給船の打ち上げを委託することにした。現在のところ、この打ち上げは今年12月3日に予定されている。さらに搭載されるシグナスもこれまでと違い、「改良型シグナス」(enhanced Cygnus)となる。補給物資を搭載する部分の全長が延び、物資の搭載量が従来の2トンから、最大3.5トンにまで増え、それに伴い大型の太陽電池が搭載されるなどの改良も施され、より多くの物資をISSに届けることができるようになっている。アトラスVは従来型アンタリーズよりも打ち上げ能力が大きいため、この改良型シグナスの最大能力である、3.5トンいっぱいの補給物資を運ぶことができる。またアンタリーズも改良型によって同等の打ち上げ能力になるため、今後はこの改良型シグナスが主流となる。オービタルATK社はまた、今年8月にアトラスVによるシグナスの補給船をもう1回分発注し、2016年中に打ち上げることを計画している。これにより、仮に改良型アンタリーズの開発が遅れたり、あるいは打ち上げに失敗したとしても、シグナス自体は飛び続けることができるようになる。○宇宙開発の商業化の先駆、立て直せるか米国の宇宙産業を振興させるために始まった、民間企業にISSへの物資補給を任せるCOTS計画は、2014年10月のアンタリーズの失敗、そして今年6月のファルコン9の失敗により、大きなつまずきを経験することになった。もちろん、こうした失敗が起こることを前提に計画は立てられており、実際にISSから食料や酸素がなくなるといった事態にはならなかったものの、一方で「本当に民間に任せて大丈夫なのか」という声が少なからず上がり、事実アンタリーズは1年以上の飛行停止となり、ファルコン9も失敗からすでに半年が経過しようとしているなど、COTS計画は大きな打撃を受けている。しかし、アンタリーズはエンジンを改良して再起を図りつつあり、またファルコン9も大幅な改良が加えられた新型機が登場しようとしている(詳細はいずれまた解説したい)など、両社の歩みは止まることを知らない。この機敏さは民間企業ならではであり、また1度や2度の失敗では倒れない強靭さは、米国において民間主導の宇宙開発が着実に根付きつつあることを示している。無事にこの失敗から立ち直ることができれば、その経験はさらに両社を強くするだろう。もちろんこの先、彼ら以外の宇宙を目指す会社が、あるいは両社が再び、今回のような悲劇を経験することは起こりうる。けれども、そうした苦難を乗り越えた先にこそ、人類の本格的な宇宙進出が待っているのである。参考・・・・・
2015年11月25日H-IIAロケット29号機の現地取材記事・【レポート】H-IIAロケット29号機現地取材 - "高度化初号機"の打ち上げを現地からレポート! 今回の注目点は?・【レポート】H-IIAロケット29号機現地取材 - 打ち上げ前のY-1ブリーフィングが開催、気になる天候は?・【レポート】H-IIAロケット29号機現地取材 - 機体移動が完了、高度化H-IIAロケットがついに姿を現す!既報のように、H-IIAロケット29号機が11月24日15時50分、種子島宇宙センターより打ち上げられた。前日まですっきりしない天気の種子島であったが、この日は予報通り回復。ロケットは青空の中へ飛び立ち、固体ロケットブースタ(SRB-A)の分離まで見ることができた。ロケットは18時現在、第2段エンジンの2回目の燃焼まで無事に終了しており、衛星とともに、慣性飛行で静止トランスファー軌道(GTO)の遠地点へと向かっているところだ。まさに高度化の成果を発揮しているフェーズであり、無事に再々着火を行い、所定の軌道に衛星を投入できるかどうか注目される。打ち上げが当初の予定より27分遅くなったため、第2段エンジンの再々着火は20:12ころ、そして衛星分離は20:16ころになる見込みだ。その後、21:45より記者会見が開催される見通しなので、詳報についてはしばらくお待ち頂きたい。
2015年11月24日注目のH-IIAロケット29号機がまもなく打ち上げられる。打ち上げの予定時刻は11月24日の15時23分。ウィンドウは15時23分~17時07分で、天候の理由等により、この範囲内で打ち上げ時刻がずれることもある。マイナビニュースではこれより、現地種子島からのレポートを随時掲載していくので、どうぞお楽しみに。まず1本目のレポートでは、H-IIAロケット29号機の注目点をご紹介したい。1つめは、久しぶりの204型の打ち上げになるということだ。H-IIAロケットには現在、固体ロケットブースタ(SRB-A)の搭載本数の違いにより、202型(2本)と204型(4本)の2種類があるのだが、204型が使われたのは2006年12月に打ち上げられた11号機のみ。じつに9年ぶりに見られる姿なのだ。4本ブースタ自体はH-IIBロケットでも見られるものの、H-IIAでとなると、かなりレアだ。さらに細かい点を言うと、前回の204型の打ち上げでは、搭載する衛星が大きかったために、フェアリングもロケットの直径より太い5Sタイプが使われていた。今回はスタンダードな4Sタイプが搭載されているので、この形態は正真正銘、今回が初だ。ブースタの数が違うと、離床時の上昇速度が変わってくる。H-IIAロケット29号機の推力は、第1段エンジンが1,100kN、SRB-Aが9,050kN(4本分)。離床時の推力はほぼこのSRB-Aで稼いでいるため、初の204型だった11号機の打ち上げを見ていたときに「はやっ!」と驚いた記憶がある。今回はどんな打ち上げになるのか、ロケットファンとしては気になるところだ。2つめの注目点は、ロケットが「高度化仕様」になっていることだ。H-IIAロケットの静止トランスファー軌道(GTO)への打ち上げ能力は、202型が4トンで204型が6トンであるが、これはロケット側に都合のいいGTO(静止化増速量=1,830m/s)へ打ち上げる時の数字で、世界標準のGTO(同1,500m/s)の場合には、これが3分の1程度にまで下がってしまっていた。静止化増速量が多いGTOだと、GTOから静止軌道へ移動するときに、衛星側の燃料消費量が増えてしまう。その分、衛星は燃料を多く搭載する必要があるし、搭載しなければ運用期間で使える燃料が減り、寿命が短くなってしまう。いずれにしても衛星にとっては有り難くない話で、商業打ち上げの獲得に向けた大きな課題の1つとなっていた。高度化仕様のH-IIAでは、第2段の運用時間を大幅に延長し、GTOの遠地点側での再々着火を可能にした。従来は、近地点側で第2段を再着火し、そこで衛星を分離していたが、高度化仕様の第2段はそのまま飛行を続け、遠地点側での再々着火の後、衛星を分離する。効率の良い遠地点側で噴射することで、世界標準のGTOへの打ち上げ能力を、202型で2.97トン、204型で4.82トンまで改善することができる。この長時間飛行(ロングコースト)のために、白色塗装で燃料の蒸発を抑えるなど、様々な改良が施された。また遠地点側でエンジンを噴射する場合、100%の推力だと強力すぎて軌道投入の精度が悪くなるため、推力を60%に抑えるスロットリング機能も追加されている。そして3つめの注目点は、前述の高度化仕様に密接に関わるのだが、H-IIAロケットにとって、初の商業打ち上げミッションとなることだ。今回搭載する衛星は、カナダTelesatの通信放送衛星「Telstar 12 VANTAGE」。これまで、相乗りとして海外衛星を搭載したことはあったが、主衛星が民間の純粋な商業打ち上げとなると、これが初めてだ。国の衛星だけだと、年度による打ち上げ回数の変動が大きく、少ないときは1回しかないような年もある。そうなると設備や人員が無駄になってしまうため、三菱重工業(MHI)が事業として維持していくためには、これを補う形で、商業衛星の打ち上げを受注する必要がある。今回の打ち上げを最高の形で成功させ、今後のさらなる受注に弾みを付けたいところだ。
2015年11月23日三菱電機は10月19日、トルコの国営衛星通信会社 Turksatから2011年3月に受注した通信衛星「Turksat-4B」の打ち上げに成功したと発表した。同衛星はカザフスタンのバイコヌール宇宙基地から10月17日午前5時40分に打ち上げられ、同日午後2時53分にロケットからの分離に成功。今後、地表から約3万6000km上空の静止軌道まで自律で移動する。なお、Turksatへの引き渡しは静止軌道上での性能確認実験を終える12月以降を予定している。「Turksat-4B」は、同社製の標準衛星バス「DS2000」を使用した9機目の人工衛星。重量は約4.9トンで、設計寿命は15年以上とされている。今回の打ち上げにより、2014年2月に打ち上げた通信衛星「Turksat-4A」との2機体制が確立することとなる。DS2000を使用した人工衛星は現在全て順調に運用されており、2017年までにさらに7機の打ち上げが予定されている。
2015年10月19日○これからがはじまり三菱重工の二村さんは「高度化第2段を手に入れたことで、衛星側の負担が軽減できるようになった。これまで、アリアンは赤道から打ち上げられるため、多くの衛星はそれを基準としており、高緯度にある種子島からの打ち上げでは不利だった。しかし、今回の高度化でそれを補うことができ、アリアンなどと同等に近いところまでもってくることができた」と、意気込む。11月24日の打ち上げが成功し、高度化で使われた技術が実証されれば、H-IIAや日本の商業打ち上げビジネスにとって、大きな一歩になることはまちがいない。しかし重要なのは、この高度化とは、あくまでこれまでのH-IIAと比較して高度になるという意味であり、世界の他のロケットと比べて高度になるというわけではない。むしろ、ようやく同じ土俵に立てる「標準化」といったほうがふさわしい。それでも、これまでは打ち上げすらできなかった、世界標準を念頭に造られた衛星がH-IIAでも打ち上げられるようになるのはひじょうに大きなことだ。打ち上げできる衛星の範囲が広がるということは、それだけ打ち上げを受注できる可能性も広がるからである。しかし、第1回で触れたように、H-IIAにはまだ、打ち上げコスト、そして打ち上げ価格が高いという問題が残っている。二村さんは「H-IIAは価格が弱み。我々としては、1円でも安くお客さまに提供できるよう、飽くなきコストダウンを続け、その弱みを少しでも軽減していきたいと考えている。機能や性能に直接影響しないようなコストダウンや軽量化は、日常的にやることでビジネスチャンスを広げることに繋がる」と語る。たとえば今回の29号機でも、新たに照明装置への電源を他の電池と共用させることで、証明専用に搭載していた電池を削除するというコストダウン策が施されている。だが、細かな改良だけでは大幅なコストダウンは見込めないため、本格的に価格で勝負できるようになるには、一から新たに設計されたH3の登場を待たなくてはならない。今回、高度化で開発された技術は、H-IIAの後継機となる新型基幹ロケット「H3」にも受け継がれ、またオプションとして、H3でもロング・コースト静止トランスファー軌道への打ち上げができるようになるという。この高度化はH-IIAだけでなく、H3という将来へとつながるという点でも、大きな意味をもっている(ただし、H3は開発が始まったばかりなので、最終的にどうなるかはまだ未定)。また、H3の運用が始まっても、最初の数機が飛行するまでは信頼性が未知数なため、商業打ち上げの受注はあまり見込めない。そのため、H3の打ち上げが始まった直後は、H-IIAも並行して運用される。その中で、世界標準仕様の高度化H-IIAが連続成功を続けることで、H3もまたH-IIA並みの信頼性をもつロケットになるだろうという印象と安心感を広め、顧客の興味を引き止め続け、そしてH-IIAからH3に途切れることなく移行させることも重要になる。日本は1994年に打ち上げられたH-IIロケットで、商業打ち上げ市場への参入を志した。しかしその道のりは険しく、20年以上にわたる苦難の末、今回高度化という技術をもって「テルスター12ヴァンテージ」の商業打ち上げを受注したことで、ようやくその第一歩を踏み出そうとしている。その一歩を、H3の成功と、そして日本が商業打ち上げ市場で勝つための、次のもう一歩につなげることができるか。高度化H-IIAの挑戦が今、始まろうとしている。○写真集最後に、三菱重工業が2015年8月28日に、同社飛島工場(愛知県海部郡飛島村)において行った、H-IIAロケット29号機の機体公開の写真をご紹介する。2015年10月1日現在、H-IIAロケット29号機は、2015年11月24日の15時23分に打ち上げられる予定となっている。
2015年10月02日モバイル管制、人工知能、そして日本の固体ロケットの良き伝統――。さまざまな話題と共に、「イプシロン」ロケットの1号機が打ち上げられたのは、今からちょうど2年前の、2013年9月14日のことだった。大勢の人々に見守られながら、内之浦宇宙空間観測所を離昇したイプシロンは、搭載していた衛星「SPRINT-A」(のちに「ひさき」と命名)を無事に予定通りの軌道に乗せ、華々しいデビューを飾った。そして現在、この1号機より能力を高めた「強化型イプシロン」の開発が進んでいる。この「強化型」で、イプシロンはどのように変わるのだろうか。連載の第1回では、イプシロンが先代のM-Vロケットからどう変わることを目指して開発されたのかについて紹介した。第2回では「強化型」でイプシロンはどう変わるのかについて紹介した。最終回となる今回は、強化型の次に予定されている「イプシロン最終形態」の検討と、そしてイプシロンが真にロケットとして成功するために必要な条件について見ていきたい。○イプシロン最終形態イプシロンの高性能化、低コスト化に向けて、段階的に改良が行われていくということは第2回で触れたが、それでは「強化型」の次、最終的な真の姿はどうなるのだろうか。現在はまだ決まっていないが、いくつかの検討が進められている。なお、JAXAはこの機体を「イプシロン最終形態」、もしくは「進化型イプシロン」と呼んでいる。その検討例の一部が、『ISASニュース 2014年7月号』で紹介されている。たとえば「例1」(中央)は、当初計画されていた「E-1」に近い。「例2」(右から2番目)は機体のすべてが大きくなり、M-Vロケットに近い規模になる。「例3」(一番右)は少し冗談のような形をしているが、まず両脇のブースターだけで離昇し、燃焼を終え、分離されると同時に、中央のモーターに点火するという飛行シーケンスを取るという。この検討例は、右に行くほど打ち上げ能力が大きくなる。たとえば「例3」であれば、小惑星探査機「はやぶさ」が打ち上げられた軌道に向けて、800kg以上の探査機を打ち上げることも可能になる。「はやぶさ」の打ち上げ時の質量は510kgだったから、それと比べるとはるかに大きな探査機を打ち上げることができるわけだ。さらに、2014年8月に開催された『28th Annual AIAA/USU Conference on Small Satellites』の発表では、ブースターを3基、4基もつ案も示されている。ただ、2015年1月に発表された、新しい宇宙基本計画の工程表によると、中型(「はやぶさ」などと同クラス、あるいはそれよりも大きな規模)の科学衛星については「H3」ロケットを使用することとし、イプシロンは「公募型小型」と、さらにそれよりも小さい規模の「革新的衛星技術実証」といった、小型の衛星の打ち上げに使用されることとなった。したがって、「例3」ほどの規模にまで進化する可能性はあまりないかもしれない。現在のところ、この最終形態は、2016年度内に開発に着手し、2020年代初頭に打ち上げることを目標にしているという。○H3ロケットとイプシロンイプシロンの今後について忘れてはならないのが、H3ロケットの関係である。現在のイプシロンは、第1段にH-IIAロケットの固体ロケット・ブースター(SRB-A)を流用している。このことはSRB-Aの量産数を増やすことになるため、低コスト化を裏打ちする要素のひとつにもなっていた。だが、すでに周知の通り、H-IIAロケットは2020年代の前半に運用を終え、後継のH3ロケットに切り替わることが計画されている。H3では固体ロケット・ブースターも変わり、現在のSRB-Aではなくなるため、イプシロンのためにSRB-Aを製造し続けるか、あるいはH3のブースターと共通できるように設計を変えるかを選ばなくてはならなくなった。これについて、どちらが得策かの検討が行われ、最終的に後者が選ばれた。文部科学省によると、「新型基幹ロケットの固体ロケットブースタを、イプシロンの1段モータと共用せず、現行のH-IIA/Bロケットの固体ロケットブースタを継続使用とする場合、イプシロンの専用部品として製造することになる部品単価の高騰による機体コストの大幅な上昇に加え、製造治工具についても専用品となることで、共用する場合に比べて維持コストの増加が甚だしく、固体ロケット技術の維持の観点からも非効率になると見込まれる」としている。なお、2013年ごろにも「新型基幹ロケットの固体ロケット・ブースターと、イプシロンの第2段とを共通化する」という話が出たことがある。イプシロンの第2段、というのが少し奇妙に思えるが、これは当時、新型基幹ロケットのブースターがSRB-Aよりも小さくなることが検討されていたためである。その後、検討が進められる中で、H-IIAのSRB-Aと同じ規模、すなわち現在のイプシロンの第1段と同じ規模になったことで、この話は幻となった。ただ、いくらSRB-Aと同規模とはいえ設計は変わるため、イプシロンの第1段として使うには改修が必要となる。特に、SRB-Aにはあったノズルを動かして方向を制御する機構が、H3用のブースターではなくなることになったため、イプシロンのために新しい制御機能を開発しなくてはならない。また、H3のブースターはまだ設計が固まったわけではないので、今後検討や開発が進められる中で計画の変更などがあれば、その影響を大きく受けることになる。たとえば、もしブースターのサイズが再び小さくなることがあれば、第1段ではなく第2段と共有するという案が復活する可能性もある。また燃焼パターン(どのようにしてモーターを燃焼させるか)に変化が出れば、SRB-Aを第1段に使う場合と比べ、打ち上げ能力が多少変化することもあるだろう。(編注:2015年6月発表の資料ではH3と固体ロケットブースターを共有化することで600kg級の打ち上げ能力とする方針を打ち出している。)実質的に主導権をH3が握っている状態で開発を進め、さらにH-IIA/BからH3に切り替わるのと同じタイミングで、イプシロンもH3のブースターに対応したヴァージョンに切り替わらなければならないことは、開発する側にとっては大きな負担になり、その性能や、また最終形態の検討などにも影響が出る可能性がある。○打ち上げ数をどう確保するかH3のブースターを使ったイプシロンや、最終形態が完成したとして、次に目指すべきなのは、安定した数を継続して打ち上げることだろう。特に、当初目標とされた、1機あたり30億円前後という打ち上げコストを実現するには、とにかく数多く量産し、打ち上げなくてはならない。しかし、小型の科学衛星については2年に1回、またさらに小さな規模の革新的衛星技術実証プログラムも2年に1回ほどの頻度しか計画されておらず、これでは少ない。特に革新的衛星技術実証プログラムは、1回の打ち上げで超小型衛星を複数搭載することも考えられているため、純粋に1回につきイプシロン1機を使うということにはならない。小型科学衛星と革新的衛星技術実証プログラムとは別に、2016年度には経済産業省の小型地球観測衛星「ASNARO-2」、さらにその後には、ヴェトナムの小型地球観測衛星「LOTUSAT1」と「LOTUSAT2」の打ち上げも計画されている。LOTUSATはASNARO-2の同型機で、日本がヴェトナムに対して行う円借款によって造られる。ただ、それでも合計3機で、また毎年発生する需要でもないため、打ち上げ数が不足することには変わりない。小型の科学衛星の数が増えたり、ヴェトナムがさらに10機や20機とASNAROを発注してくれれば話は別だが、そんなことは望むべくもない。したがって、ASNAROシリーズを商業衛星として広く展開し、他国や国内外の企業に売り込んでいき、またヴェトナムのような例をさらに別の国でも作り出していく必要がある。さらに、ASNAROとは別の、他の小型衛星の打ち上げも受注できるようにしなければならないだろう。だが、小型衛星がブームと言われたのも今は昔、すでにそのブームは過ぎつつある。米国の小型ロケットも、最近ではNASAや軍関係の小型衛星の打ち上げばかりで、商業衛星の打ち上げはほとんどない。商業ロケットの雄と称されているスペースX社も、かつては「ファルコン1e」という小型ロケットの開発計画をもっていたが、需要なしと判断され、中止されている。もちろん小型衛星の需要がゼロになったわけではなく、また今後盛り返す可能性もないわけではない。しかし、現在ある需要は、インドの「PSLV」ロケットや、ロシアの「ドニェープル」ロケットがそのシェアの大半を握っており、最近では欧州の「ヴェガ」ロケットも登場した。これらはいずれもイプシロンの2倍以上の打ち上げ能力をもつ中型ロケットだが、主となる衛星を2機同時、あるいは複数の超小型衛星と同時に打ち上げるといった方法で、イプシロンがターゲットにしているクラスの衛星打ち上げを行っている。また、今後数年のうちには、中国や韓国も小型、中型ロケットを送り出してくる予定となっている。米国やロシアなどでは、小型ロケットを開発している企業もいくつか出てきている。イプシロンの打ち上げ数を増やすためには、すでに他のロケットがもっているシェアを奪い、そして今後出てくる新しいロケットをも跳ね除け、さらに衛星とのセット販売などで、新しい顧客を開拓していかなければならない。イプシロンの将来は、商業ロケットとして成功できるかどうかにかかっている。
2015年09月18日モバイル管制、人工知能、そして日本の固体ロケットの良き伝統——。さまざまな話題と共に、「イプシロン」ロケットの1号機が打ち上げられたのは、今からちょうど2年前の、2013年9月14日のことだった。大勢の人々に見守られながら、内之浦宇宙空間観測所を離昇したイプシロンは、搭載していた衛星「SPRINT-A」(のちに「ひさき」と命名)を無事に予定どおりの軌道に乗せ、華々しいデビューを飾った。そして現在、この1号機より能力を高めた「強化型イプシロン」の開発が進んでいる。この「強化型」で、イプシロンはどのように変わるのだろうか。連載の第1回では、イプシロンが先代のM-Vロケットからどう変わることを目指して開発されたのかについて紹介した。第2回となる今回は、いよいよ本題となる「強化型」でイプシロンはどう変わるのかということについて見ていきたい。○あくまで試験機だった1号機2010年から開発が始まり、その後わずか3年で開発された「イプシロン」は、こうして無事に初打ち上げを迎えた。しかし、これでロケットとして完成したわけではなかった。もともとJAXAでは、段階を踏んで開発し、徐々に当初の目標に近付けていくという方法を採っていた。まず自己診断機能やモバイル管制といった新しい技術を実証を行う試験機の「E-X」を開発し、続いて高性能化と低コスト化を狙った試験機「E-I´」(イー・ワン・ダッシュ)を開発、そして最終的にその高性能化と低コスト化を実現させた完成形「E-I」(イー・ワン)を開発するという流れである。当初の計画では、2014年9月に打ち上げられた1号機がE-X、続く2号機と3号機がE-I´、そして4号機以降がE-Iになるとされていた。E-Iがどういう形態のロケットになるかは、さまざまな検討がされていたが、おおむねE-Xよりも打ち上げ能力は大きくなり、一方でコストは低くなると見積もられていた。たとえばE-Xでは、地球低軌道へは1200kg、地球観測衛星などが多く打ち上げられる太陽同期軌道へは450kgの打ち上げ能力をもっている。打ち上げコストは約38億円だった。しかしE-Iでは、地球低軌道へは最大1800kgほど、太陽同期軌道へは最大で750kgの打ち上げ能力をもち、コストは30億円前後にまで下がるとされた。○2号機対応と高度化ただ、最近発表される資料などでは、E-X、E-I´、E-Iといった呼び名は使われなくなっている。その代わりに「イプシロン2号機対応開発」と「イプシロン高度化開発」といった言葉が使われるようになった。「2号機対応開発」は2012年度から始まったもので、イプシロンの2号機で打ち上げられる「ジオスペース探査衛星」(ERG)に対応するための改良のことである。ERGがイプシロンの2号機で打ち上げられるということは、ずいぶん前から決まっていたが、同時に試験機(E-X)と同じ能力ではERGが打ち上げられないこともわかっていた。そこで、ERGのために打ち上げ能力を上げるための開発が行われることになったのである。もうひとつの「高度化開発」は2014年度から始まったもので、E-Xから打ち上げ能力を向上させると共に、衛星フェアリングの内部を広くし、より大きなサイズの衛星も搭載できようにするなど、さまざまな改良を加える開発のことである。これは主に、経済産業省が開発している小型のレーダー衛星「ASNARO-2」に合わせたもので、ASNARO-2も試験機の能力では打ち上げられず、またフェアリング内部に収めることすらできないため、その対応のために開発が必要となった。イプシロンにとっては、科学衛星だけでなく、ASNARO衛星も主要な「お客さま」になることが予定されているため、この対応は必要不可欠なものだった。また、ASNARO-2の打ち上げに対応できれば、他の小型衛星の打ち上げも可能であることが確認できているという。2号機対応開発と高度化開発は、「打ち上げ能力の向上」という点で被っているようにも思えるが、事実そのとおりで、「2号機対応開発の打ち上げ能力向上は、3号機以降にも適用する」とされていた。一方で、高度化に含まれる、衛星フェアリングの内部を広くするといったのいくつかの改良点については、ERGの打ち上げでは必要なかったことや、またERGの打ち上げが2015年度中に予定されていたため、高度化開発の完成が間に合わないという事情もあり、両者はこのように別のプロジェクトとして進められていた。ところが2014年8月27日に、JAXAは「ERGの開発中に、事前に予見していなかった技術的課題が発生し、その解決のために、打ち上げ時期を2016年に延期する」と発表する。さらに打ち上げ時期の見直しと共に、ERGの軌道の要求も変わったことで、打ち上げ能力をさらに上げる必要が生じた。そこで高度化開発の内容もイプシロンの2号機から適用されることになった。そして2号機対応開発と高度化開発を合わせ、ひとつのプロジェクトにすることが決定され、2014年10月、新たに「強化型イプシロン・ロケット・プロジェクト」が立ち上げられた。○強化型イプシロン強化型イプシロンが完成すれば、打ち上げ能力が増え、たとえば高度500kmの太陽同期軌道への打ち上げ能力は、試験機の450kgから590kgへとなる。また衛星フェアリング内の広さも増える、これによりERGやASNARO-2を打ち上げることが可能になる。もう少し細かく見ていくと、まず目立つ変化としては、全長が24.2mから26.0mへと少し伸びることが挙げられるだろう。特に、第2段機体のある部分の印象はずいぶん違うはずだ。第1回で触れたように、試験機の第2段機体にはM‐Vロケットの第3段機体を改良したものが用いられたが、第1段(H-IIAロケットのSRB-A)よりも直径が小さいため、衛星フェアリングの内部に収められていた。試験機の写真を見ると、SRB-Aの第1段のすぐ上に、衛星フェアリングが載っていることがわかる。この中に第2段、第3段、そしてPBSと衛星がすべて入っていたのだ。しかし強化型では、2段機体の直径を太くし、フェアリングの外部に出すことでフェアリング内部の広さを拡大させると共に、第2段の推進薬量も増加させる、「2段エクスポーズ化」という改良が行われる。もちろん改良点はそこだけではない。たとえば第3段の機器が搭載されている部分の構造が軽量化され、さらに使用する部品も簡素化されるなど、細かい部分も含めると、とてもここでは取り上げきれないほど数多くの改良が各所に施される。これにより打ち上げ能力の向上と、フェアリング内部の拡大の両方が実現する。また衛星を分離する際の衝撃も小さくなり、衛星にとって乗り心地が良くなる他、内之浦でのロケット組み立て作業や、打ち上げに向けた準備作業などにも手が加えられ、作業時間の短縮や、低コスト化につながるとされる。強化型の開発は順調に進んでおり、JAXAは2015年8月6日、2015年3月末に上段のサブサイズ・モーター(実機よりも小さな試験用のモーター)の地上燃焼試験が実施され、計画どおり終了したこと、そして6月18日にはJAXA相模原キャンパスで衛星分離試験が行なわれ、分離時に発生する衝撃や衛星分離挙動が確かめられたことなどを明らかにしている。このまま開発が順調に進めば、強化型イプシロンの1号機は2016年度に、ERGを積んで打ち上げられる予定となっている。また同年度中にはASNARO-2の打ち上げも計画されている。ただ、この強化型イプシロンは、あくまでASNARO-2など、当面の小型衛星の打ち上げ需要に対応するための、喫緊の技術課題を解決するための開発であり、E-I´として呼ばれていたものに近く、まだ完成形——いわゆる「E-I」——ではない。現在のところ、完成形のイプシロン(ISASは「最終形態」と呼ぶ)の姿はまだ決まっていない。そして、さらにこの先、イプシロンには大きな壁が待ち構えている。(続く)
2015年09月16日●いざ復活へ - 打ち上げ再開と待ち受ける難関2015年5月16日、カザフスタン共和国のバイカヌール宇宙基地から打ち上げられたロシアの「プロトーンM」ロケットが打ち上げに失敗し、搭載していたメキシコ合衆国の通信衛星「メクスサット1」と共に失われた。プラトーン・ロケットは、ロシアにとって大型衛星を打ち上げられるほぼ唯一のロケットで、また世界的な人工衛星の商業打ち上げ市場においても高い存在感を放ち、さらに国際宇宙ステーションの建設でも活躍するなど、ロシアの宇宙産業がもつ技術の高さの象徴でもあった。しかしここ数年は打ち上げ失敗が相次いでおり、今や斜陽化の象徴と化してしまっている。本シリーズの初回では打ち上げ失敗の概要について紹介、また前々回は、プラトーンがどのようなロケットなのかについて紹介した。そして前回は、5月29日にロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)から発表された、今回の事故調査結果について見た。第4回となる今回は、いよいよ発表されたプラトーンMの打ち上げ再開の計画と、プラトーンMの今後について見ていきたい。○8月28日に打ち上げ再開へロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)は7月29日、プラトーンMロケットの打ち上げ再開日を8月28日に設定したと発表した。5月29日に事故原因が発表された後も、ロスコースマスや、ロケットを開発したGKNPTsフルーニチェフ社ではさらに調査が続けられ、また事故の再発防止に向けた、問題箇所の設計や素材の変更、そしてその評価などが続けられていた。そしてロスコースマスはそれらを踏まえた上で、打ち上げ再開の向けた計画を承認した。またプラトーンMの商業打ち上げサーヴィスを担っているインターナショナル・ローンチ・サーヴィシズ社も、この発表と同じ日に、独自の調査委員会による調査を終えて打ち上げ再開に向けた準備を開始すると発表した。この打ち上げ再開1号機では、英国インマルサット社の通信衛星「インマルサット5 F3」が搭載される。この打ち上げは、離昇から衛星分離まで15時間31分間もかかる長時間のミッションで、近地点高度(軌道の中で最も地球に近い点)が4341km、遠地点高度(最も遠い点)が6万5000km、軌道傾斜角(赤道からの傾き)が26.75度の、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道と呼ばれる軌道に衛星を投入する。8月25日の時点で、打ち上げ準備は順調に続いており、すでにロケットは発射台に設置された。打ち上げ日時は、カザフスタン時間8月28日17時44分(日本時間8月28日20時44分)に予定されている。この打ち上げに成功すれば、その後は9月から11月にかけて、プラトーンMの打ち上げが続々と行われる予定となっている。打ち上げ予定はまだ公式には発表されていないが、ロシアのインテルファークス紙は8月3日に、ロケット産業筋からの情報として、8月から11月までの間に、6機のプラトーンMが打ち上げられると報じている。記事によると、まず8月28日のインマルサット5 F3の打ち上げを皮切りに、9月14日に通信衛星「エクスプリェースAM8」を、10月6日に通信衛星「トルコサット4B」を、さらに10月中にロシア国防省の軍事衛星、そして11月中に通信衛星「ユーテルサット9B」と「エクスプリェースAMU-1」を打ち上げるという。また、この6機以外にも、12月にはインテルサット社の通信衛星の打ち上げが計画されている。当初、これらの衛星の打ち上げは、今年5月から8月にかけて行われるはずだったが、失敗のあおりを受けて延期されていた。1年間に数機しか打ち上げられない日本のロケットを見慣れていると、約3か月の間に6機が打ち上げられるというのは、かなり忙しいスケジュールのように思えるが、実のところプラトーンMの歴史の中でも相当な過密スケジュールだ。一番最近でも2000年にあったぐらいで、プラトーン・ロケットの運用が始まった1960年代から見ても、数えるほどしか例がない。少しでも遅れを回復しようという焦りが見える。さらに、これらの打ち上げのほとんどには、「ブリースM」という上段が使われるが、エクスプリェースAM8だけに限っては「ブロークDM-03」という上段が使われることになっている。この両者はまったく異なる機体で、ただでさえ忙しい中に、勝手が異なる2種類のロケットが入ってくることになる。2010年には、いつもと違う上段の打ち上げ準備において、作業員がいつもと同じように推進剤を入れたところ、規定値を超えて入れ過ぎてしまい、それが原因で打ち上げが失敗するという事故が起きており、やや不安なところではある。そしてさらに、2016年1月7日から27日の間には、欧州とロシアが共同で開発した火星探査機「エクソマーズ2016」の打ち上げも予定されている。もちろん失敗も許されないが、何よりも他の衛星と違い、火星探査機は地球と火星の軌道の都合上、打ち上げられるタイミングは約2年2カ月ごとにしか巡って来ず、何らかの理由で打ち上げが延び、2016年1月を逃すことも許されない。またエクソマーズ2016は、その2年後に打ち上げられる「エクソマーズ2018」で計画されている火星探査ローヴァーの技術実証も兼ねている。もし失敗や打ち上げ延期となれば、エクソマーズ2018の打ち上げ時期が遅れるだけはなく、計画そのものにも大きな影響が出るだろう。●失われつつあるロシアの宇宙開発技術○失われた信頼は取り戻せるかかつてのプラトーンMは、シリーズ通算で約400機も打ち上げられている実績と、それに裏打ちされた信頼性、またその強大な打ち上げ能力と、ブリースMという稀有な性能をもつ上段のおかげで、衛星打ち上げ市場の中で大きな存在感を示していた。何より、米国や日本の企業の衛星を打ち上げた実績があることがそれを証明している。だが、近年では目に見えて打ち上げ失敗が増えており、その信頼は失われつつある。たとえば2014年は8機中2機が、また2013年は10機中1機が、2012年は11機中2機が、墜落したり、目的の軌道へ衛星を投入できなかったりといった失敗を起こしている。プラトーンは年間10機前後という、他のロケットより比較的多く打ち上げられていることは考慮すべきではあるものの、それにしてもこうして連続しているというのは、明らかに異常だ。プラトーンMのライヴァルにあたる、あるロケットの関係者からは「誰が1年に1機落ちるようなロケットを使いたがるのか。もはやプラトーンに信頼性はない」という声を聞いている。なぜ、このようなことになってしまったのだろうか。その原因として挙げられるのは、ソヴィエト連邦崩壊後の混乱やロシア連邦の財政難による、技術者の頭脳流出や、経験者の不足、後継者の育成失敗などだろう。ロシアの宇宙開発におけるロケットや宇宙機の多くは、ソヴィエト連邦時代に開発された技術を受け継ぎ、少しずつ改良しながら維持されてきた。ロシア連邦が成立してから新しく造られたものは数少なく、そしてその数少ないもののうちいくつか、例えばブリースMや、最新鋭の偵察衛星「ピルソーナ」は、打ち上げ後に故障するといった問題を多く起こしている。そればかりか、プラトーンなど、過去に開発されたロケットや衛星の製造でも、指定された部品が使われていなかったり、部品を取り付ける向きを間違えたりといった理由で失敗や故障が起きてもいる。つまり、現在のロシアの宇宙開発には、新しいものを造り出す技術のみならず、すでに開発済みのものを正しく製造し続ける技術も失われつつあることがわかる。このような状況から立て直すのは至難の業となるだろう。現在ロシアでは、組織の再編などを手始めに、宇宙産業の改革が進められてはいるが、それが完了しても、すぐにロケットの成功率が上がるようなことは起きえず、ようやくスタートラインに立てるということにすぎない。ひとつ、明るい希望があるとすれば、それはプラトーンMが数年以内に引退し、「アンガラーA5」という新しいロケットと入れ替わるということだろう。アンガラーA5はプラトーンMと同等の打ち上げ性能を持っており、またロシアが建設中のヴァストーチュヌィ宇宙基地には、プラトーン・ロケット用の発射台は建設されず、正確な日付はまだ不明だが、今後5年から10年以内の間には完全に代替されることになるはずだ。一般的に、新しく造られたロケットは、最初の数機で失敗が起こりやすいが、これまでにアンガラーはシリーズを通して2機が試験飛行で打ち上げられ、2機とも成功している。多少荒療治にはなるだろうが、プラトーンからアンガラーへの世代交代を通じて、現場の技術者の世代交代も進み、ロケットの運用ノウハウの再構築ができれば、まずは大型ロケットから再興を果たせるかもしれない。
2015年08月26日2014年度から開発が始まった、新型基幹ロケット「H3」。2020年度に試験機1号機が打ち上げられる予定で、現在活躍中のH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機となることが計画されている。H3ロケットは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業とが共同で開発を行っており、2015年度からはロケットの基本設計が始まっている。また7月2日には、それまでの「新型基幹ロケット」という呼び名に代わり、ついに「H3」という正式名称が与えられるなど、徐々にその姿が明らかになりつつある。本連載では、H3の開発状況について、新しい情報などが発表され次第、その紹介や解説などを随時、お届けしていきたい。第1回では、7月8日にJAXAが開催したH3ロケットに関する記者会見から、H-IIAロケットと現在の日本のロケット産業が抱えている問題について紹介、また第2回では、そうした背景を踏まえ、H3はどのようなロケットを目指すのか、その狙いについて紹介した。第3回となる今回からは、いよいよH3がどんな姿かたちや性能をもち、どんな技術を使って造られるのかについて見ていきたい。○日本最大のロケット現時点でのH3ロケットの想像図は、H-IIAロケットを拡大したような形をしている。実際、全長は63mと、H-IIAから10mも伸びている。中心のコア機体の直径は5.2mで、これはH-IIBロケットの第1段と同じだ。初期の検討では「直径は4.5mから5mの間で検討中」とされていたが、最終的にそれよりも太くなった。これには、同じタンク容量でも、直径を太くすることで全長を抑えることができるといったメリットや、H-IIBで使っていたジグ(固定用の道具)などの設備を流用できるといったメリットがあると考えられる。また機体が大きくなったことで、打ち上げ時に空気の抵抗や音などから人工衛星を守るための衛星フェアリングも、H-IIAより大きくなっている。なお、H-IIAではロケット本体よりも太いフェアリングや、衛星を2機搭載するためのフェアリングなど、さまざまな種類が用意されているが、あまり多いとコストが上がってしまうため、H3では種類を抑えたいとしている。打ち上げ能力は、高度500kmの太陽同期軌道へは4トン以上、静止トランスファー軌道へは6.5トン以上の打ち上げを目指すとされる。太陽同期軌道というのは地球を南北に回り、なおかつ太陽光の差し込む角度が一定となる軌道のことで、地表の観測に適しているため、地球観測衛星や偵察衛星がよく投入されている。H-IIAは、高度500kmの太陽同期軌道に対して約5トンの打ち上げ能力を持っているが、日本の地球観測衛星「だいち2号」や政府の情報収集衛星などは約2トンほどしかなく、また世界的にも4トン以上もあるような地球観測衛星はあまりないため、やや過剰性能であった。ただ、これはH-IIAの性能設定が間違っていたというわけではない。H-IIAはもともと、後述する静止トランスファー軌道への打ち上げ要求に合わせて設計されたので、太陽同期軌道などへの打ち上げ能力が過剰性能になったのは仕方がないことだった。そこでH3では、打ち上げ能力をH-IIA以上に柔軟に変えられるようにすることで、静止トランスファー軌道以外への打ち上げにも最適化できるようになっている。ただ、「4トン以上」と説明されているように、今後、日本や世界の需要の変化などがあれば、目標値が若干増えることはあるかもしれない。もうひとつの静止トランスファー軌道というのは、通信衛星などの静止衛星が打ち上げられる静止軌道の、ひとつ手前の軌道のことだ。多くのロケットは静止軌道に衛星を直接投入することができないため、まず静止トランスファー軌道に衛星を投入し、その後衛星自身がもつ小型のロケット・エンジンを噴射することで、目的地の静止軌道に乗り移る。現在、H-IIAの標準形態である202型では4トン、最強形態である204型では6トンまでの静止衛星を打ち上げることができるが、第1回で触れたように、近年では7トン近くもあるような、H-IIAでは打ち上げられない衛星も出てきていることから、H3では6.5トン以上の打ち上げ能力を目指すことになっている。また6トン以上であれば、3トン級の中型衛星を2機同時打ち上げることも可能になる。具体的に最大何トンまで対応できるかは、今後の設計を進める中で決定されることになるだろう。○第1段ロケット・エンジンの装着数を変えられる独創的な設計こうした、さまざまな軌道へ多種多様な人工衛星の打ち上げを行うため、H3は打ち上げ能力を柔軟に変えられるような設計になっている。H-IIAでも、機体下部の両脇に装着されている固体ロケット・ブースター(SRB-A)の装着数を変えることで打ち上げ能力を変えられたが、これはH3でも継承された。ただ、以前H-IIAであった固体補助ブースター(SSB)などは設定されず、現在のH-IIAと同じ、2本か4本で選ぶことになる。また、打ち上げ能力が一番小さくなる構成では、固体ロケット・ブースターは装着すらされない。そしてH3ではさらに、ロケット本体の第1段ロケット・エンジンの装着数を2基と3基で選ぶことができるようになる。第1段エンジンの装着数を変えるというのは、古今東西見渡しても例がない、独創的な設計だ。これにより、より打ち上げたい衛星に合わせて、性能を柔軟に変えられるようになっている。ただ、その反面、生産にかかるコストが上がるという問題も生じる。エンジンを2基と3基で変えられるということは、ロケット下部の配管や電線などの配置や、エンジンが装着される部分の構造を、機体によって変えなければならないということになる。ある程度は共通化できるだろうが、製造や組み立てが複雑になることは避けられない。JAXAの岡田プロマネによると「そこは天秤にかけた」という。つまり種類を増やすことによる生産コストの上昇よりも、打ち上げ能力を変えられることによるメリットのほうが大きいと判断されたということになる。こうした種類を用意できるようにすることで、太陽同期軌道に3トンから4トンの衛星の打ち上げから、静止トランスファー軌道に6.5トン以上の衛星の打ち上げまで、H-IIAよりも幅広く対応できるようになる。また、具体的な質量の値は不明だが、たとえば宇宙ステーション補給機「こうのとり」や、あるいはそれをも超える十数トンあるような大型衛星を、地球低軌道に打ち上げるような特殊ミッションも可能だろう。また月・惑星探査機も、H-IIAより効率的に打ち上げられるようになり、またより大型の探査機の打ち上げも可能になるはずだ。○打ち上げ価格は最小構成で約50億円最大の焦点は、はたしてH3はいくらになるのか、ということだ。第1回や第2回で触れたように、現在のH-IIAは世界的に高価であり、2020年代にはさらに安価なロケットが出てくると予想されていることから、H3はそれらライヴァルと対等に戦える価格を目指すとされている。今回の記者会見では、最小構成で「約50億円」を目指すと明言された。最小構成というのは、第1段ロケット・エンジンが3基で、なおかつ固体ロケット・ブースターを装着しない形態のことで、予定されているH3の種類の中では、打ち上げ能力が一番小さい構成である。この構成では高度500kmの太陽同期軌道に4トン以上の衛星を打ち上げることができる。現在のH-IIAの最小構成である標準型、もしくは202型と呼ばれている機体の価格は、約100億円といわれている。よくメディアの報道で「H3はH-IIAの半額」というキャッチーな言葉が使われているが、それはこの最小構成のことを指している。ただ、世界の競合ロケットと比べるのであれば、第1段ロケット・エンジンが2基で、固体ロケット・ブースターを2基、ないしは4基装着する、静止衛星の打ち上げにとって標準となるであろう構成の価格を使わなければならない。しかし、記者会見では「国際競争力の観点から具体的な価格についてはお話しできない」と述べるにとどまった。また「価格の話は三菱さんがこれから決めること」ともされたが、三菱重工は現在のH-IIAの価格も、やはり「国際競争力の観点から」という理由で明らかにはしていないため、最小構成以外のH3の価格が明らかになることはないかもしれない。次回では、H3に使われる技術についてより細かく見ていきたい。(続く)
2015年08月07日2015年6月28日に発生した「ファルコン9」ロケットの打ち上げ失敗は、大きく2つの点で大きな衝撃を与えた。一つは、かねてより滞っていた国際宇宙ステーション(ISS)への物資の補給がさらに輪をかけて滞る事態になったこと、もう一つは「新たなる宇宙開発の形」という期待を受け、民間企業の主導によって開発されたロケットが、昨年10月の別のロケットに続いて、ファルコン9も打ち上げに失敗したことだ。はたしてISSの運用と、民間の宇宙開発の今後は大丈夫なのか。そもそも今回の失敗はなぜ起きたのか。本連載では打ち上げ再開までの動きを追っていきたい。第1回では、ファルコン9ロケットの概要について紹介した。第2回では、ドラゴン補給船の概要と、今回の失敗で失われたISSへの補給物資が、ISSの運用にどのような影響を与えたのかについて紹介した。第3回となる今回は、スペースX社のような民間企業が主体となる「新たなる宇宙開発」の今後は大丈夫なのかにということついて、次回の第4回と分けて見ていきたい。○NewSpaceというムーヴメント人工衛星を打ち上げたり、有人宇宙船を飛ばしたりと、宇宙開発が本格的に動き出して以来、宇宙開発は常に国家のものだった。たとえば米国であれば、アポロ計画やスペース・シャトル計画を主導したのは米航空宇宙局(NASA)であり、軍事衛星の計画を主導したのは米国防総省やその下にある軍だった。もちろん実際にロケットや衛星を造ったのは民間企業だったが、それでも人間を月に送り込んだのはどこか、と聞かれると、多くの人は「NASA」と答えるだろうし、スペース・シャトルは「NASAの宇宙船」と呼ばれ続けた。これには、宇宙開発を行うにはとても多くの資金が必要で、なおかつ儲からないという事情がある。つまり宇宙開発は公共事業だったのだ。しかし1980年代になり、NASAで小型ロケットによる小型衛星の打ち上げを、民間企業に主導させてみよう、という計画が始まった。そこに名乗りを挙げたのは、当時まだできたばかりのオービタル・サイエンシズ社(現オービタルATK社)という会社だった。彼らは航空機から発射する「ペガサス」という小型ロケットを開発し、NASAや民間企業などの小型衛星の打ち上げを請け負い、多くの成果を挙げている。そして2000年代に入ると、当時すでに建設が始まっていた国際宇宙ステーション(ISS)への物資と宇宙飛行士の輸送を、民間に任せてみようという動きが始まった。そして2006年に「商業軌道輸送サーヴィシズ」(COTS, Commercial Orbital Transportation Services)と名付けられた計画が立ち上げられ、構想を実現に移す動きが始まった。まずはロケットと無人の補給船を開発する計画が始まり、そこにオービタル・サイエンシズ社を含む多くの企業が名乗りを挙げた。そして審査を経て最終的に残ったのは、オービタル・サイエンシズ社と、2002年に設立されたばかりのスペースX社だった。両社はNASAからの資金提供を受け、ロケットと補給船の開発に挑んだ。その結果誕生したのが、スペースX社の「ファルコン9」ロケットと「ドラゴン」補給船、そしてオービタル・サイエンシズ社の「アンタリーズ」ロケットと「シグナス」補給船だった。これらロケットや補給船の開発には、NASAは資金提供や審査などで関わってはいるものの、主導権はあくまでそれぞれの企業にあった。NASAが主導しないことや、またスペースX社もオービタル・サイエンシズ社もまだ若い会社であることから、本当に任せても大丈夫なのか、という声は少なからずあった。だが、ファルコン9もアンタリーズも、1号機の打ち上げに成功し、その後も順調に成功を重ねつつあったことで、徐々にその声は小さくなっていった。折りしも、当時すでにサブオービタル(軌道に乗らない)宇宙船の開発が熱を帯びており、数年以内に乗客を乗せた運航が始まるかもしれないという機運が高まりつつあった。こうした新たな動きに対し、国が主導する「古い宇宙開発」と対比させる形で、新しい宇宙開発の形を意味する「NewSpace」と呼ぶことが流行り始めた。さらに2009年から始まったオバマ政権は、こうした民間主体の宇宙開発を積極的に支援する方針を示し、NASAも当然それに賛同した。こうしてISSなど地球低軌道の輸送は民間の手に委ね、NASAは月や火星など、より遠くの宇宙の探査に注力するという、現在の路線が確立された。○アンタリーズの失敗の余波しかし2014年10月28日、シグナス補給船を積んだアンタリーズが、打ち上げ直後に爆発し、墜落した。いくつかのメディアは「民間主導の宇宙開発は本当に大丈夫なのか」という部分を論点として採り上げた。とくに、爆発した箇所が、オービタル社がロシアから購入したロケット・エンジンだったことも、そうした風潮に火に油を注ぐ形となった(*1)。民間が開発を担ったために、コストを重視しすぎて安価なロシア製エンジンに頼ることになった、したがって多少高価でも米国製にこだわるべきだ、という主張だ。また、オバマ政権が民間主導という方針を積極的に進めていることも、そうした声が大きくなる要素となった。つまりはロケット云々を飛び越え、単なるオバマ政権への批判材料となったのだ。しかし、その風潮の歯止めとなったのはファルコン9の存在だった。アンタリーズが失敗した時点で、ファルコン9は13機が打ち上げられており、ほぼすべてが成功し、順調に実績を重ねていた(*2)。その実績は、ロケットの信頼性を何よりも重要視する衛星通信会社も認めるもので、多くの会社から打ち上げ契約を取り付け、現在も多くの受注を抱えている。ファルコン9の存在は、アンタリーズが失敗してもなお、民間主導の宇宙開発という道が間違いではないことを示していた。また、今年5月には、米空軍がファルコン9による軍事衛星の打ち上げを認める決定を下している。軍事衛星を打ち上げるには厳しい審査が要求され、ファルコン9は約2年をかけてクリアした。この背景には、米空軍がファルコン9に期待している節が見て取れる。現在、米国の軍事衛星の打ち上げを主に担っているのは、航空宇宙大手のロッキード・マーティン社が開発した「アトラスV」と、ボーイング社の「デルタIV」だが、そもそもこの2機は、米空軍が軍事衛星を打ち上げるためのロケットとして両社に開発させたものだった。にもかかわらず、ファルコン9を同じ土俵に上げる決定を下したということは、過去の経緯にこだわらず、コストや信頼性の面で最良の道を選ぼうとする意図があるのだろう。そして、民間主導という道を鼓舞した当のNASAももちろん、ファルコン9には大きな期待を寄せ、すでにドラゴン補給船によるISSへの物資輸送が6回も成功していたことからも、その期待はほぼ確信へと変わっていた。さらに、現在NASAは、ISSへの宇宙飛行士の輸送をロシアのサユース宇宙船に依存しているが、ファルコン9と、同じスペースX社が開発するドラゴンV2宇宙船によってその依存から抜け出し、米国の地から、米国の宇宙船で、米国人の宇宙飛行士を打ち上げられる時代が復活すると喧伝していた。民間が担うということは米国の宇宙産業にそれほどの力があるという勝利宣言であり、何よりISSの輸送を民間に委ねることで、NASAは他国がまだ足を踏み入れたことがない宇宙への挑戦に集中することができるのだ、とされた。米国内外からの、これほどまでに大きな期待を背負っていたファルコン9が、アンタリーズに続いて失敗したことで、批判の声が堰を切ったように大きくなったのかといえば、しかしそうではなかった。(続く)【脚注】*1 アンタリーズの失敗原因について、現時点ではまだ結論は出ていないが、ロシア製ロケット・エンジンのターボ・ポンプに問題があったのではないかという説が有力視されている。*2 2012年10月8日に打ち上げられたファルコン9の4号機では、9基ある第1段エンジンの燃焼中に、1基のエンジンが止まる問題が起きた。残りの8基を予定より長い時間燃焼させることによって、ドラゴン補給船を予定通りの軌道に投入することには成功したが、副ペイロードとして搭載されていた小型通信衛星は計画から外れた軌道に入ってしまった。ただ、スペースX社では、あくまで主のミッションはドラゴン補給船を送り届けることだったため、打ち上げは成功だったとしている。
2015年07月27日2015年6月28日に発生した「ファルコン9」ロケットの打ち上げ失敗は、大きく2つの点で衝撃を与えた。1つは、かねてより滞っていた国際宇宙ステーション(ISS)への物資の補給がさらに輪をかけて滞る事態になったこと、もう1つは「新たなる宇宙開発の形」という期待を受け、民間企業の主導によって開発されたロケットが、昨年10月の別のロケットに続いて、ファルコン9も打ち上げに失敗したことだ。はたしてISSの運用と、民間の宇宙開発の今後は大丈夫なのか。そもそも今回の失敗はなぜ起きたのか。本連載では打ち上げ再開までの動きを追っていく。第1回では、ファルコン9ロケットの概要について紹介した。第2回の今回は、ドラゴン補給船の概要と、今回の失敗で失われたISSへの補給物資が、ISSの運用にどのような影響を与えたのかについて見ていきたい。○ドラゴン補給船運用7号機今回打ち上げに失敗した「ファルコン9」ロケットには、国際宇宙ステーション(ISS)に物資を送り届ける「ドラゴン補給船運用7号機(CRS-7)」が搭載されていた。第1回で採り上げたファルコン9と同じく、ドラゴンもまた、スペースX社が開発を手掛けた。開発の背景には、やはりファルコン9と同じく、米航空宇宙局(NASA)が進める、ISSへの物資や宇宙飛行士の輸送を民間の会社に担わせるという計画があった。スペースX社は物資を運ぶためのドラゴン補給船と、宇宙飛行士を運ぶためのドラゴン宇宙船、そしてそれらを打ち上げるロケットのファルコン9を、並行して開発した。ちなみに同じ計画の下で、オービタル・サイエンシズ社(現オービタルATK社)も「アンタリーズ」ロケットと「シグナス」補給船を開発している。ドラゴンとシグナスの一番の差は、補給船に再突入能力があるかないかという点で、シグナスはミッション終了時に大気圏に再突入して燃え尽きるが、ドラゴンは再突入に耐え、地球に帰還できるように造られているため、たとえばISSでの実験の成果物などを搭載して、地球に持ち帰ることが可能となっている。また有人版のドラゴン宇宙船を開発する際の基礎にもなっている。今回の失敗までに、ドラゴンは8機が打ち上げられている。試験機1号機(ミッション名「SpX-C1」)は2010年12月8日に打ち上げられ、スラスターや通信機器の試験を行い、地球を2周した後、地球に帰還した。試験は滞りなく進み、船体も無事に太平洋に着水し、ミッションは大成功に終わった。続く試験機2号機(SpX-C2+)は2012年5月22日に打ち上げられ、早くもISSとのランデヴー(接近)と、ISSのロボット・アームによる把持、結合までやってのけた。当初の計画では安全性を重視し、ISSとのランデヴーまで行い、そのまま結合はせずに地球に帰ってくることになっており、把持と結合はこの次の試験機3号機(SpX-C3)で行われる予定だった。しかし、試験機1号機の試験結果が良好だったことなどを踏まえ、SpX-C2+でまとめて行われることになった。SpX-C2+の「+」の記号は、SpX-C3のミッション内容が足された、ということを表している。そして同年10月8日、NASAとの契約に基づいて商業補給を行う、実運用1号機(CRS-1)が打ち上げられた。この打ち上げではファルコン9の第1段が問題を起こしたものの、打ち上げは成功し、ドラゴンは問題なくISSに到着、補給を行った。続くCSR-2は2013年3月1日に打ち上げられたが、ロケットからの分離後にドラゴンのスラスターが故障する問題に見舞われた。その後、問題は解決し、予定は遅れたもののミッションは成功している。その後も2014年にはCRS-3とCRS-4の2機が、また2015年にはCRS-5とCRS-6の2機がすでに打ち上げられおり、いずれも成功している。ドラゴンが「宇宙の宅配便」として大きな成果を挙げていた矢先の、今回の失敗だった。○ドラゴンCRS-7の積み荷ドラゴンCRS-7には合計1867kgの補給物資が搭載されていた。内訳としては、食料品や衣服などの日用品が676kg、ISSで使われるハードウェアが461kg、科学機器が529kg、コンピューターやカメラなどの部品が35kg、船外活動(EVA)用の装置が166kgとなっている。また地球への帰還時には、620kgの物資が代わりに搭載されることになっていた。今回の積み荷の中で最も注目されていたのは、インターナショナル・ドッキング・アダプター(IDA)と呼ばれる部品だった。IDAは新しく開発された宇宙船のドッキング機構で、スペースX社が開発中の宇宙船「ドラゴンV2」や、ボーイング社の「CST-100」などをドッキングさせるために使われる。IDAの取り付けに備えて、5月27日にはISSのモジュールを移設するという大掛かりな作業も行われていた。ただ、IDAは2か所に設置されることになっていたため、今も地上に1つが残ってはおり、またNASAによると再生産も可能とされるため、計画が遅れる以外に大きな影響はないだろう。最も残念だったのは、学生が開発したり、計画に参加したりしている実験機器などが失われたことだ。いくつかの機器については予備機があったり、また再生産したりすることで再挑戦できる機会があるが、すべてがそうというわけではない、また、論文の執筆などに影響も出るだろうし、卒業し、実験にかかわれなくなる人もいることだろう。それを考えると、非常に残念な結果となってしまった。○8か月間で3回の補給失敗今回のドラゴンCRS-7の失敗で最も大きな影響を受けたのは、ISSに滞在している宇宙飛行士たちだった。ISSは、水などの再利用はいくらか行われているものの、基本的には地球からの補給物資に頼って運用されている。それらが届かないということは、ISSが兵糧攻めに遭うようなものである。さらに悪いことに、2014年10月28日にはシグナス補給船運用3号機(Orb-3)が、そして2015年6月28日にはプラグリェースM-27M補給船が打ち上げに失敗しており、8か月の間に7機中3機の補給線が失敗するという前代未聞の事態となった。もちろん、補給がなくともある程度は運用が続けられるように物資は蓄えてあるが、それにも限度がある。ただでさえ蓄えが少なくなっているところに、追い討ちをかけるように今回の失敗が起きたのだ。ドラゴンCRS-7が失敗した直後、NASAは「現時点で、今年10月いっぱいまでは通常通り運用できるだけの蓄えがある」と発表した。補足すると、これは11月1日以降に食べる量を減らすなどの運用に多少の制限が生じる恐れがある、という意味であり、10月いっぱいで食料や水が底を尽く、ということではない。ただ、それでもISSの運用計画を大幅に見直すことになるため、その影響は計り知れない。また、あくまでドラゴンCRS-7が失敗した時点での話であるため、今後打ち上げられる補給船によって、蓄えの量は徐々に回復されていくことにはなる。ただ、言うまでもなく成功すればの話であり、今後も補給船が打ち上げに失敗し、物資がISSに届かないようなことがあれば、ISSの運用に支障が出る可能性が残り続けることになる。7月3日には「プラグリェースM-28M」補給船が打ち上げに成功し、約3か月ぶりにISSに物資が送り届けられた。また8月16日には日本の補給機「こうのとり」5号機の打ち上げも予定されている。その後も、9月21日には「プラグリェースM-29M」補給船、11月21日には「プラグリェースMS」補給船、12月3日には「シグナス補給船運用4号機」(昨年アンタリーズ・ロケットが失敗したため、アトラスVロケットが使われる)の打ち上げが続く予定だ。だが何よりも、ドラゴン補給船とファルコン9が、いつ打ち上げ再開できるのかが重要であろう。ドラゴンがなければ、補給回数は当初の計画よりも少ないままで、またドラゴン以外の補給船の失敗が再び起こらないとも限らず、心許ない状態が続くことになる。何より、プラグリェース、シグナス、こうのとりは、大気圏の再突入に耐える能力はないため、ドラゴンの打ち上げが再開されない限り、ISSから実験装置や成果物などを持ち帰ることができない状態も続き、ISSでの実験計画に影響が出続けることになる。ただ、この記事を書いている7月15日現在も、打ち上げ失敗の調査が続けられており、打ち上げ再開の目処は立っていない。(続く)
2015年07月17日それはあまりにも間が悪いときに起きた失敗だった。米国時間2015年6月28日に打ち上げられた「ファルコン9」ロケットは、離昇から2分19秒後、突如として機体が分解した。ファルコン9の打ち上げは今回で19機目で、失敗は初めてのことだった。ファルコン9の先端には、国際宇宙ステーション(ISS)に物資を輸送する「ドラゴン」補給船の運用7号機が搭載されていたが、この失敗で物資は届けられなかった。間が悪いことに、今年4月にはロシアの補給船が、さらに昨年10月には米国の補給船も打ち上げ失敗で失われており、ISSへの物資補給に滞りが生じていた。少しでも多くの物資が必要とされていた最中に、今回の事故が起きてしまったのだ。さらに間が悪いことがもう一つあった。米航空宇宙局(NASA)は現在、国際宇宙ステーション(ISS)への補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間企業に担わせる計画を進めており、ファルコン9はその計画の中で、米国のスペースX社によって開発されたロケットだ。しかし、昨年10月には同様の計画で開発された別会社のロケットが打ち上げに失敗し、「民間に任せて大丈夫なのか」という声が上がりつつあった。そして今回、ファルコン9が失敗したことで、よりその声は大きくなりつつある。はたしてISSの運用と、民間の宇宙開発の今後は大丈夫なのか。そもそも今回の失敗はなぜ起きたのか。本連載では打ち上げ再開までの動きを追っていきたい。○ファルコン9ロケットとはどんなロケットなのかファルコン9ロケットを開発したのは、米国カリフォーニア州に本拠地を置くスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ社、略してスペースX社という会社だ。設立は2002年とまだ若いが、すでに大手のロケット会社から脅威と認識されるほどの実力を持つ会社にまで成長している。創業者はイーロン・マスク氏という人物で、インターネット決済サービスでおなじみのPayPal(正確にはその前身のX.com)の創業者でもあり、そのPayPalを売却して得た資金を基に立ち上げられたのがスペースX社だ。マスク氏はもともと宇宙が好きで、ファルコンというロケットの名前も、映画『スター・ウォーズ』に登場するミレニアム・ファルコン号にちなんだものだという。同社はまず、「ファルコン1」という小型のロケットを開発し、打ち上げ試験を繰り返した。2006年から2008年にかけて行われた最初の3回は失敗に終わったが、2008年9月28日の4号機の打ち上げで成功を収め、続く2009年7月14日の5号機も成功している。そして2005年には、同社は、米航空宇宙局(NASA)が立ち上げた国際宇宙ステーション(ISS)への補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間企業に担わせる計画に名乗りを上げ、新たに大型ロケットの「ファルコン9」の開発も始めていた。ファルコン9はファルコン1をそのまま大きくしたような姿をしており、ロケット・エンジンも、ファルコン1の第1段エンジンとして開発された「マーリン1C」を9基まとめて装着するという、手堅いものだった。2010年7月4日に行われたファルコン9の1号機、また同社にとってわずか6機目に過ぎないロケットの打ち上げは、しかし見事に成功した。その後5号機まで連続で成功し、6号機からは改良型のファルコン9に切り替えられた。名前は同じだが、姿かたちが変わり、打ち上げ能力も大きく増えており、ほとんど別物のロケットと言ってよい機体になっている。先代のファルコン9はv1.0、この改良型をv1.1とも呼ぶ。ファルコン9 v1.1は、全長が68.4m、直径は3.66mと、たとえばH-IIAロケットと比べると細長く、華奢な印象を受ける。打ち上げ能力は、ISSなどが回っている地球低軌道に13トン、通信衛星などを打ち上げるための静止トランスファー軌道へは4.8トンと、H-IIAロケットよりも若干大きく、世界のロケットと比べても中の上ぐらいに分類される、比較的大きな能力を持っている。打ち上げ価格は公称で6120万ドル(現在の為替レートで約74億円)と、他のロケットと比べると安く、これが衛星打ち上げ市場からは大きく歓迎されている。なお、以前はもっと安かったが、さまざまな試験や、新しい設備への投資をまかなうためか、近年徐々に上がりつつある。ファルコン9はこれまでに19機が打ち上げられ、そのうち1号機から5号機まではファルコン9 v1.0が、6号機以降はすべてファルコン9 v1.1が使われている。打ち上げに失敗したのは、v1.0、v1.1を通して、今回が初めてのことだった。○ソフトウェア開発のやり方を取り入れたロケット開発ところで、v1.0やv1.1という名前が、まるでソフトウェアのようだと感じた方もおられるかもしれないが、スペースX社やファルコン9の特徴は、まさにソフトウェアのような開発手法を採っている点にある。たとえば旧来のロケットであれば、十二分に時間をかけ徹底的に設計や試験を行い、設計変更があればさらに十二分に時間をかけて変更と試験をし、あるいは打ち上げて問題が出れば、やはりまた十二分に時間をかけて改良と試験をする。開発が始まってから1号機が打ち上げられるまでに、10年以上の歳月がかかることも珍しくはない。一方、スペースX社では、もちろん設計や試験を十分にやることに違いはないが、たとえばロケット全体に影響のない範囲で毎回何らかの改良を加えてみたり、ちょっとした実験機を造って飛ばしてみたり、そのロケットにも毎回改良を加えたりと、さらにその成果を本番のロケットに組み込んでみたりと、これまでのロケットとはおよそ異なる造り方がされている。これはちょうど、作ったソフトウェアをまず走らせてみて、バグがあれば書き直してまた走らせ、また製品として世に出した後でバグや改良したい点が出てくれば、その都度直してヴァージョン・アップする、というのと似ている。スペースX社はそれを、実際にロケットを飛ばしながらやっているのだ。実際、開発から打ち上げまでの期間は、ファルコン1は約3年、ファルコン9も約5年ほどと短い。その一方で、ロケットには大して革新的な技術は使われていない。たとえば大きな推力が必要なファルコン9の第1段には、新開発の大推力エンジンを用いるということはせずに、前述のようにファルコン1で使われたマーリン1Cロケット・エンジンを9基まとめて装着するというやり方が採用された。これはクラスタ化といって、確実に大推力が得られる古典的な技術だ。マーリン1C自体の性能もそこそこといったところで、また機体の構造などに最先端の新素材をふんだんに使っているわけでもない。それでも大型の人工衛星や有人宇宙船を十分に飛ばせるロケットにはなっている。○新たなる希望、初めてのつまずき古いやり方を革新的な手法で回すということが、スペースX社の特徴であり、強みだ。その評価は十人十色で、こうしたやり方を「単に見せかけだけだ」という人もいれば、「こういうやり方を採っていることこそがすごい」という評価もある。また、そうやって造られたロケットがある程度完成し、余裕が出てくれば、新しい技術の取得にも貪欲に乗り出している。たとえば3Dプリンターを使ってロケット・エンジンを造ったり、マーリン1Cも改良されて、世界最高水準の性能を持つマーリン1Dが生み出されたり、またメタンを使う大推力エンジンを開発したり、エンジンの動きを解析するための新しいソフトウェアを自社内で作ったりと、さまざまな新技術の開発を並行して進めている。そして極めつけには、ロケットの第1段機体を打ち上げ後に地上に着陸させ、再使用するという実験だ。これまでに垂直離着陸実験ロケットによる、地上から1kmほどまで上昇した後、そのまま着陸する飛行実験や、実際のファルコン9を使い、打ち上げ後に第1段機体を大西洋上に着水させるといった試みが行われている。また今年からは、大西洋上に浮かべた船の上にピンポイントで着地させる試験が始まっており、これまでに2回実施されたが、2回とも満足には成功せず、今回の打ち上げが成功していれば、3回目の試験が実施されることになっていた。他にも、妙にSFチックな外見をした宇宙船を造ったり、火星への有人飛行や移住を目標として掲げていたりと、とにかく楽しい、面白い技術や構想にあふれた今までにないロケット会社、それがスペースX社だ。アポロが月に降り立ったころ、近い将来誰でも月世界旅行に行ける日が来るといわれていたが、それは叶わなかった。スペース・シャトルが飛び始めたころ、そのうち誰でも宇宙に行ける時代が来るといわれていたのに、ついに来なかった。宇宙開発の歴史に裏切られ続けてきた人々からすると、スペースX社が次々に新しい技術や構想を発表する様は、閉塞間が漂う宇宙開発の現状を打ち砕く、新たなる希望のようにも見えた。次は一体どんな新しい宇宙開発の姿を見せてくれるのか。そんな期待があった中での今回の失敗は、多くの宇宙ファンが衝撃を受けた。さらに今回は、大きく2つの点において、あまりにも間が悪いときに起きた失敗でもあった。(続く)
2015年07月10日米スペースXは6月28日(現地時間)、国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を届ける無人補給船「ドラゴン」を載せた自社のロケット「ファルコン9」の打ち上げに失敗した。「ドラゴン」にはISSへの補給物資のほか、千葉工業大学が開発した流星観測カメラなどの機器が搭載されていた。同ロケットはフロリダ州ケープカナベラル空軍基地から飛び立ったが、打ち上げ139秒後に問題が発生し爆発した。今後、失敗の原因についてスペースX、アメリカ航空宇宙局(NASA)、アメリカ連邦航空局(FAA)による調査が行われる予定だが、現段階ではロケットの2段目に何らかの異常があったと考えられている。なお、ISSには10月までは物資がストックされていることから、NASAは「今回の打ち上げ失敗はISSの運用にすぐに影響を与えるものではない」とコメント。7月3日に予定されているロシアの無人補給船「プログレス」の打ち上げや、7月23日に予定されている油井亀美也宇宙飛行士が搭乗する「ソユーズ」宇宙船の打ち上げにも影響は無いとしている。
2015年06月29日●ロシア連邦宇宙庁は事故原因を断定2015年5月16日、カザフスタン共和国のバイカヌール宇宙基地から打ち上げられたロシアの「プラトーンM」ロケットが打ち上げに失敗し、搭載していたメキシコ合衆国の通信衛星「メクスサット1」と共に墜落するという事故が発生した。プラトーン・ロケットは、大型衛星を打ち上げられるほぼ唯一のロシア製ロケットで、ロシアの主力ロケットとして活躍し、また世界的な人工衛星の商業打ち上げ市場においても高い存在感を放ち、さらに国際宇宙ステーションの建設でも活躍するなど、ロシアの宇宙産業が持つ技術の高さの象徴でもあった。しかしここ数年は打ち上げ失敗が相次いでおり、今や斜陽化の象徴となってしまった。前々回の記事では、今回の打ち上げ失敗の概要について紹介した。また前回はプラトーンがどのようなロケットなのかについて紹介した。今回は、5月29日にロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)から発表された、今回の事故調査結果について見ていきたい。○プラトーンの第3段エンジンロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)は5月29日、今回の失敗原因について断定したと発表した。それによると、問題はロケットの第3段に装着されている、「RD-0214」という補助エンジンで起きたとされる。本題に入る前に、プラトーンMロケットの第3段について軽く触れておきたい。プラトーンMの第3段ロケット・エンジンはメイン・エンジン「RD-0213」と、補助エンジン「RD-0214」の2種類のエンジンから構成されており、この2つを総称してRD-0212とも呼ばれている。RD-0213は大きな推力で速度を稼ぐことを目的としており、一方のRD-0214は飛行中の第3段の姿勢を制御することを目的としている。RD-0214は4基のノズルを持ち、RD-0213を囲むように装備されている。4基の根元にはそれぞれ電気モーターが装備され、最大で45度まで可動できるようになっており、噴射の方向を変えることで姿勢制御を行っている。推進剤には非対称ジメチルヒドラジンと四酸化二窒素が使われている。両者は常温で液体なため保存に適しており、また混ぜ合わせるだけで着火できるという利点もある。プラトーン・ロケットは、第1段から第3段のすべてでこの推進剤を使用している。RD-0213とRD-0214は共に、同じ第3段のタンクから推進剤を供給を受けるが、タンクからエンジンに推進剤を送り込むためのターボ・ポンプや、それを駆動させるためのガスを生成するガス・ジェネレイターはそれぞれ独立しており、別系統のエンジンとして稼動する。○問題はRD-0214で起きた今回の事故では、まずRD-0214のターボ・ポンプのローター・シャフト(軸)が高温の影響で壊れ、それにより回転のバランスが崩れて大きな振動が発生し、続いて異常を検知したロケットのコンピューターが第3段エンジンを停止させたのだという。その時点ではロケットはまだ軌道速度に達していないため、エンジンが止まったロケットはそのまま墜落することになったわけだ。ロスコースマスはあまり詳細を明らかにはしていないが、ある条件がボーダーラインを下回ると、ローター・シャフトが壊れやすくなる傾向があり、今回の事故ではまさにそれが起こってしまったのだという。これを受け、ターボ・ポンプのローター・シャフトの材料を変更ターボ・ポンプのローターのバランス技術を改良RD-0214のターボ・ポンプと、RD-0213との結合方法を改良という、3つの対策を採るとしている。また、プラトーンMの打ち上げ再開日については、6月中に発表するとしている。○原因は設計ミスロスコースマスのアリクサーンドル・イヴァーナフ第一副長官は、タス通信の取材に対し、今回の事故は「設計上の欠陥」が原因であったとしている。今回の事故を巡っては、プラトーン・ロケットはこれまでに何機も打ち上げに成功しているのにもかかわらず、今回に限って失敗したのは、製造段階でミスがあったためではないか、という見方があった。また過去には実際に、指定の部品が使われていなかったり、部品の取り付け方が間違っていたりといった問題で失敗したことが何度かあり、その線を疑われても仕方がない面はあった。だが、イヴァーナフ氏によると、あくまで今回の事故に関しては「設計上の欠陥」が原因であり、品質管理の問題や作業員の組み立てミスなどではなかったと強調している。●次々と問題が明らかに○実は過去にも同様の原因で失敗していた原因が明らかになったのは今回が初めてではあるものの、過去の打ち上げでも2回、今回と同じ原因で失敗が起きていた可能性があるという。プラトーンMを開発したフルーニチェフ社のアリークサンドル・ミドヴェージフ氏がタス通信に語ったところによると、その1回目は1988年1月18日の失敗で、今回事故を起こしたプラトーンMのひとつ前の世代にあたるプラトーンKロケットが、第3段の不調で墜落している。このときはデータ不足で原因を完全に究明することができず、製造ミスということで調査が終わっている。2回目は2014年5月16日に起きた失敗で、このときはRD-0214のターボ・ポンプと、RD-0213との接合部が破損したことによって異常振動が発生し、ガス・ジェネレーターの燃料配管が破損したために失敗したとされ、当時その原因は、製造段階でのミスであると結論付けられていた。イヴァーナフ氏によると、それ以前に起きた失敗が、部品の取り付け間違いや燃料の入れ過ぎなど、製造や組み立ての段階で起きていたため、今回も同様の原因だろうという思い込みが働いたことは否めないとしている。また、2014年の事故調査の際にも、ローター・シャフトの設計ミスではないかとする説が候補に挙がっていたものの、当時は証拠が不十分であったため断定はできなかったとされる。そこで事故後に製造されたプラトーンMのRD-0214のターボ・ポンプに、新たに振動センサーが取り付けられることになったのだという。つまり関係者の間では、あらかじめ目星は付いていたということだ。また同種のセンサーは昨年の失敗時にもロケットに装着されていたが、そのときはくだんのターボ・ポンプから離れた位置にあったため、本当の原因を特定するには至らなかったとされる。イヴァーナフ氏は、今回本当の原因が特定できたのはこのセンサーのおかげだ、と語っている。○品質管理にも問題が見つかったさらにロスコースマスの発表によると、今回の事故調査を進める過程で、品質管理に関する問題が広い範囲で発見されたともしており、今後1カ月以内に、それらの問題を解決する手段を講じるとしている。これはかなり衝撃的な事実だ。前述のように、これまでもプラトーン・ロケットは、品質管理の問題で失敗を起こしたことが何度かある。その都度、チェック体制の見直しから果ては責任者の更迭まで、さまざまな対策を取ることが発表されてきたが、結局のところそれらの対策がさほど役に立っていなかったか、あるいは実行すらされていなかったということになる。今回の事故とは直接関係はないとされているが、こうした状況であったなら、設計ミスの問題がなかったとしても、遅かれ早かれ打ち上げに失敗することになっていたであろう。○本当に設計ミスなのかところで、今回の「設計ミスである」という結論には、いくつかの疑問が残る。プラトーンは1960年代に開発され、第3段を搭載したプラトーンKの初飛行は1967年のことだ。もし本当にイヴァーナフ氏の言うとおり設計ミスが原因であったなら、この欠陥はプラトーンが開発されてから今日に至るまで、実に半世紀もの間潜み続けてきたことになり、にわかにか信じにくい話だ。もっとも、短期間に何千、何万もの個数が製造される他の工業製品とは違い、プラトーンは全シリーズ通して約400機しか製造されていないため、まったくありえない話というわけでもない。もうひとつの疑問は、その対策にある。前述のように、今回の事故を受けて「ターボ・ポンプのローター・シャフトの材料を変更」、「ターボ・ポンプのローターのバランス技術を改良」、そして「RD-0214のターボ・ポンプと、RD-0213との結合方法を改良」という、3つの対策を採ることが発表されている。このうち、材料の変更と結合方法を改良の2つについては設計ミスを修正する対策として納得できるが、バランス技術の改良はそれと相成れない。バランス技術というのは、高速で回転するターボ・ポンプのローターの軸振動を解析し、それを抑えるために修正(アンバランス修正)を行う技術のことだ。ロケット・エンジンだけではなく、例えば発電所で使われるガスタービンや航空機のジェット・エンジンなどのローターをはじめ、高速回転する部品がある機械であれば広く一般的に行われていることである。こうした部品は、どれだけ設計書通りに造ったとしても、個体によってバランスに差は生じてしまうものなので、それを修正する過程は必要不可欠であり、それを改善するということは、設計を見直すということではなく、製造段階における検査のやり方を見直すということになる。つまり、本当に設計ミスであったならバランス技術を改良する必要はなく、逆に言えばバランス技術を改良するということは、設計ではなく、製造や検査の段階でミスがあった可能性を示している。実は、ロスコースマスが今回の発表を行うより前の5月25日と28日に、タス通信は「今回の事故原因は、製造、組み立て段階におけるヒューマン・エラーが原因でほぼ間違いない」とする、匿名の関係者の証言を報じていた。ところが、ロスコースマスはまるで正反対の原因であると発表した。これは非常に奇妙な話だ。もっとも、タス通信の記事が誤報である可能性や、証言した関係者が間違っていた可能性なども十分考えられる。しかし一方で、「設計ミスであった」と明言したイヴァーナフ氏が間違っている可能性は考えにくい。イヴァーナフ氏はリニングラート航空大学を卒業し、ソ連地上軍(陸軍)に入ってプリセーツク宇宙基地に務め、その後新設されたロシア宇宙軍にも在籍し、2012年には衛星開発の名門ISSレシェトニェーフ社の重役も務めた経歴を持つ、技術についてよく知る人物である。したがって、彼の「設計ミスであった」という証言は、十分な根拠があるはずだ。現段階で明らかにされている情報から、これ以上のことを推測するのは難しい。今後新しい情報が出てくれば、またこちらでご紹介したい。(続く)
2015年06月09日そのニューズが流れたとき、多くの人々の反応は「またか」であった。2015年5月16日、ロシアのプラトーンM/ブリースMロケットが打ち上げに失敗し、墜落した。ロケットにはメキシコ合衆国の通信衛星「メクスサット1」が搭載されていたが、ロケットもろとも完全に失われることになった。また、つい最近の4月末には、国際宇宙ステーションへの補給物資を積んだプラグリェースM-27M補給船が問題を起こし、ミッションが失敗に終わっており、ロシアの宇宙開発にとって悪夢のような日々が続いている。それでなくとも、プラトーンMはここ数年、頻繁に失敗を起こしていた。最近では2014年10月に、衛星を予定していた軌道に投入することに失敗(衛星側で軌道修正は可能とされる)、さらに奇しくも今回から1年前の2014年5月16日には、今回とよく似た状況の失敗を起こしている。またそれにとどまらず、プラトーンMは2000年代後半からはほぼ年に1機から2機のペースで失敗しており、例えば2014年は8機中2機が、また2013年は10機中1機が、2012年は11機中2機が、墜落したり、目的の軌道へ衛星を投入できなかったりといった失敗を起こしている。かつてプラトーンMは、非常に大きな打ち上げ能力と、高い打ち上げ成功率を武器に、人工衛星の商業打ち上げ市場において、欧州企業とほぼ二分するほどのシェアを誇っていた。米国や日本の企業の衛星を打ち上げたことも一度や二度ではない。ほぼ毎月のように巨大なロケットが飛んでいく様は、かの地においては日常の光景であり、それはロシアの宇宙技術の高さの象徴でもあったが、今や斜陽化の象徴と化してしまった。○ロケットの第3段に異常メクスサット1を搭載したプラトーンM/ブリースMは、バイカヌール現地時間2015年5月16日11時47分(日本時間2015年5月16日14時47分)に、カザフスタン共和国にあるバイカヌール宇宙基地の200/39発射台から離昇した。予定では9時間13分にわたって飛行し、静止トランスファー軌道という、静止軌道に乗り移るための暫定的な軌道で衛星を分離することになっていた。しかし、ロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)の発表によると、打上げから497秒(8分17秒)後、高度161kmの地点で何らかの異常が発生したという。この時点ではまだ軌道速度は出ていないため、加速を失ったロケットと衛星は地球に向かって落下をはじめた。ロスコースマスではすぐに調査委員会が立ち上げられ、原因の究明が始まった。今回の打ち上げを手配した、民間のインターナショナル・ローンチ・サーヴィシズ(ILS)社でも独自の調査委員会が立ち上げられ、調査が行われている。またロシアのインテルファークス通信やイズヴェースチヤ紙などは、専門家の見解として、第3段に装備されている、姿勢制御用の小型ロケット・エンジンに問題が発生した可能性があると報じている。プラトーンMの第3段ロケット・エンジンは「RD-0212」と呼ばれており、メイン・エンジンの「RD-0213」と、4基のノズルからなるヴァーニア・エンジンの「RD-0214」の2種類のエンジンから構成されている。RD-0214は、ロケットの飛行の制御を行う、ステアリング(舵)として使われるエンジンだ。ただ、5月28日現在では、まだ決定的な原因、今後の対策などは、公式には発表されていない。また問題が発生した後に、ロケットや衛星がどのような結末を迎えたかは定かではない。機体の大半は燃え尽きたと考えられているが、燃え残った部品などが地表に落下した可能性もある。実際に、部品が落下すると想定されたロシア連邦南東の、モンゴルと国境を接するザバイカーリスキィ地方の南西にあるクラスナチコーイスキィ地区に向けて、ロシア非常事態省のヘリコプターが飛んだとされる。ただ、今のところ地表に落下したことを示す痕跡は見つかっていないという。ロケットの行方がわからなくなったことと、今回の打ち上げがプラトーン全シリーズ通算404機目であったことに引っ掛けて、Twitterでは「#404RocketNotFound」というハッシュタグが作られ、にわかに盛り上がりを見せていた。無粋なことは承知でネタの解説をすると、「404」というのは「Webページ(のファイル)が見つかりません」ということを意味するエラー・メッセージだ。たとえば昔にお気に入りに入れたページを久しぶりに見に行こうとしたら、「404 Not Found」と表示されて見られなくなっていた、ということを経験した人は多いだろうが、あれがまさにそれである。○メクスサット1今回の積み荷であったメクスサット1は、メキシコの通信・運輸省が運用する通信衛星で、米国の航空・宇宙大手のボーイング社によって製造された。またメクスサット1は別名「センテナリオ」とも呼ばれている。センテナリオ(Centenario)とはスペイン語で「100周年」を意味する単語で、1910年から1920年にかけて起こったメキシコ革命から100周年を記念して打ち上げられた衛星でもあった。無事に軌道に投入されていれば、音声やデータ、映像やインターネットなどの通信サーヴィスを提供することになっていた。打ち上げ時の質量は5325kgという大型衛星で、おまけに直径22mの展開式アンテナを持っているため、より大きく感じられる。設計寿命は15年が予定されていた。計画ではメクスサット1を含めて合計3機の衛星が打ち上げられ、国防や政府機関の通信、災害時の緊急通信などの用途で使われる予定だったが、1号機が失敗したことで計画の見直しは必至だ。米国の宇宙開発ニュース・サイトのSpacePolicyOnlineによると、衛星本体の設計と製造には3億ドル、打ち上げには9000万ドルが支払われたとされる。ただ、これらには保険が掛けられており、ほぼ全額が戻ってくるという。また、どうして最近失敗が続いているプラトーンMで打ち上げることを選んだのかという問いに対しては、ILS社との今回の打ち上げ契約は、まだそれほど失敗が目立って増えてはいなかった2012年に結ばれたものであり、またその解約には6000万ドルの違約金がかかるのだという。したがって、契約締結後の2012年以降にプラトーンMの打ち上げ失敗が増えたからといって、別のロケットに乗り換えるという選択は容易ではなかったようだ。
2015年05月29日新型基幹ロケットは、現在運用されているH-IIAロケットやH-IIBロケットの後継機として、さまざまな人工衛星や探査機などの打ち上げを担う。初打ち上げは2020年に予定されている。連載の第1回では、新型基幹ロケットがなぜ開発されるのかについて紹介した。第2回では、新型基幹ロケットがH-IIAからどう変わり、どのようなロケットになるのかについて紹介したい。○新型基幹ロケットはH-IIAからどう変わるのか新型基幹ロケットとH-IIAロケットを見比べたとき、最も目立つ違いは背の高さだ。H-IIAの全長は53mだが、新型基幹ロケットでは63mと、実に10mも伸びている。一方、直径もH-IIAの4mから、H-IIBの第1段機体に近い5mへと太くなっている。以前は機体直径は4.5mから5mの間で検討しているとされていたが、最終的に5mで固まったようだ。打ち上げ能力は、固体ロケット・ブースターを装着しない状態で太陽同期軌道に3t、静止トランスファー軌道には2tで、固体ロケット・ブースターを最大の4本まで装着すると、静止トランスファー軌道に6.5tまでの衛星を打ち上げることができるとされる。第1回で触れたように、H-IIAは太陽同期軌道に対しては能力が過剰で、逆に静止トランスファー軌道に対しては不足していたが、新型基幹ロケットではこれが改善されている。また、衛星フェアリングが大きくなっている点も重要な点だ。最近の静止衛星は大型化が進んでおり、他国の新型ロケットも軒並み大型フェアリングを採用しつつある。つまり新型基幹ロケットは、H-IIAよりも多種多様な衛星の打ち上げに対応できるようになっている。次に、ロケットの各部分について見ていきたい。○第1段―新開発のロケット・エンジン新型基幹ロケットの第1段には、新しく開発される「LE-9」というロケット・エンジンが、ミッションに応じて2基、もしくは3基が装着される。第1段エンジンの装着数を変えられるロケットというのはあまり例がない。この仕組みの利点としては、打ち上げたい衛星の質量に合わせて、最も効率の良い構成を選択することができる。しかし、エンジンを取り付ける部分や配管をその都度変えることになるので、設計は複雑になり、また製造や組み立ても手間がかかるようになる。LE-9エンジンは、H-IIAやH-IIBに使われているLE-7Aエンジンとはまったく違う技術が使われる。最も異なるのはロケット・エンジンを動かす方式で、LE-7Aでは二段燃焼サイクルという方式が用いられていたが、LE-9はエキスパンダー・ブリード・サイクルという方式が使われる。液体ロケット・エンジンは、ターボ・ポンプという強力なポンプを使ってタンクから燃焼室に推進剤を送り込み、そこで燃焼させ、発生したガスを噴射して推力を発生させている。多くの液体ロケットは、このターボ・ポンプを駆動させるためのタービンをガスで回しているが、どのような仕組みでこのガスを発生させるのか、またタービンを回した後のガスをどう処理するかで、液体燃料ロケットエンジンは大別される。二段燃燃焼サイクルは、まずプリ・バーナーと呼ばれる小さな燃焼室でガスを作る。そのガスはターボ・ポンプのタービンを回転させ、さらにその後、主燃焼室に送られて燃焼され、推力の発生に使われる。つまりガスを無駄にすることがないため、効率の良いエンジンになる。しかし、その分設計が複雑になり、またエンジンの各部分に高い圧力がかかる、開発や製造、取り扱いが難しい。一方、エキスパンダー・ブリード・サイクルはプリ・バーナーを持たない。主燃焼室やノズルの壁面に推進剤を流して冷却し、その際に発生するガスを使ってタービンを回すのだ。また、タービンの回転に使ったガスはそのまま外部へと捨てられる。これにより、効率では二段燃焼サイクルよりは劣るものの、プリ・バーナーがないためエンジンの構造が簡単になり、構造が簡単ということは造りやすく、信頼性も高いエンジンとなる。エキスパンダー・ブリード・サイクルはすでに、H-IIの第2段エンジン「LE-5A」や、H-IIAやH-IIBの第2段ロケット・エンジン「LE-5B」で使われており、日本にとっては技術も実績もある技術だ。ただ、ロケットの第1段エンジンとして使うためには、エンジンを大型化し、大推力化、つまりパワーをたくさん出せるようにしなければならない。エキスパンダー・ブリード・サイクルの大型・大推力エンジンというのは過去に例がないため、開発が順調に進むかどうかが今後の注目すべき点だ。LE-9の推力は公表されていないが、LE-9の基となった技術実証エンジン「LE-X」の推力は、海面上で1217kN(124tf)、真空中で1448kN(148tf)に設定されているため、これに近い値になると思われる。○固体ロケット・ブースター―SRB-Aを改良第1段の下部の周囲には、固体燃料を使う固体ロケット・ブースターが装着される。ミッションに応じて0から4本を変えられるようになっている。0から4本とはなっているが、ロケットのバランスを考えると、1本や3本はなく、実際は0、2、4本から選択することになる。このブースターについては「改良型」と記載されており、おそらくまったくの新開発ではなく、H-IIAやH-IIBで使われている「SRB-A」を改良したものが使われることになるのだろう。想像図を見る限りでは、H-IIA、H-IIBの外見上の特徴でもあったブレスやスラスト・ストラット(SRB-Aと第1段機体を結合している数本の棒状の部品)がなくなっており、結合方法が見直されている。ブレスやスラスト・ストラットを使う結合方法が用いられた理由は、SRB-Aのモーター・ケースに炭素繊維強化プラスチックが使われていることにあった。炭素繊維強化プラスチックは高い強度と軽さを併せ持つ材料だが、応力集中に弱い。ボルトなどで直接第1段機体と結合してしまうと、その部分に力が集中するため、壊れてしまうのだ。そこでモーターの上部にアルミ合金製のキャップをかぶせ、そこに斜めの支持棒(スラスト・ストラット)取り付けて力を受け止め、ロケット全体を引っ張り上げるようにする方式が採られている。だが、新型基幹ロケットでは「簡素な結合分離機構」を用いることで、ブレスやスラスト・ストラットが不要になったようだ。どのような技術が使われているのか、今後の情報に期待したい。○第2段―LE-5B-2を改良今回公開された概要で、以前までの完成予想図と最も大きく変わっているのがこの第2段だ。従来は第2段に「LE-11」という新開発のロケット・エンジンが使われていることになっていた。LE-11はLE-9と同じエキスパンダー・ブリード・サイクルを採用し、すでに原型エンジン試験の試験も行われていた。だが、今回公開された概要では「改良型2段エンジン1基または2基(検討中)」と記載されていることから、H-IIAやH-IIBで使われている「LE-5B-2」エンジンの改良型であり、新型のLE-11ではないことが示唆されている。実際に、今年3月4日にはJAXAが「新型基幹ロケット上段エンジンの開発」として、LE-5B-2エンジンの改良開発を行う契約を出していることがわかっている。また「1基または2基」というのは、第1段のように打ち上げる衛星に合わせて装着数を変えるということではなく、現時点ではエンジン基数の設定を保留にしている、ということだ。ただ、どちらになるにせよ、影響は限定的であるため、設計の手戻り(やり直し)は回避できるという。これが「LE-5B-2の改良で十分」ということなのか、「LE-11の開発に関して何らかの事情や問題が生じたため」なのか、あるいは「最初はLE-5B-2改良型を使い、開発が完了次第LE-11に切り替える」ということなのかは、今のところ明らかにされていない。(次回は4月25日掲載です)
2015年04月23日放射線医学総合研究所(放医研)は4月8日、マウスの凍結受精卵を米SpaceXのドラゴン補給船に載せて、4月13日に宇宙ステーション(ISS)に向けて打ち上げると発表した。同実験は、宇宙放射線被ばくによる発がんと次世代への影響を調査する目的で行われるもので、ISSの日本実験棟「きぼう」でマウスの凍結受精卵を約6カ月間保管する。地上に戻した後、融解した受精卵を仮親に移植して個体を発生させ、寿命や発がん、遺伝子変異を調査する。打ち上げられる受精卵は、遺伝的に放射線感受性の高いマウス、がんになりやすいマウス、遺伝子突然変異解析用マウス、遺伝子の変異を持たない普通のマウスなどさまざまな系統のマウスのものを用いる。放射線感受性の高いマウスやDNA修復欠損マウスの受精卵を発生させた宇宙マウスでは、地上マウスに比べて個体発生率の低下、寿命短縮、発がん率の増加及び宇宙放射線特有の遺伝子変異などが観察される可能性があるという。放医研は、長期宇宙滞在による宇宙放射線の哺乳動物への影響に関する知見を活用し、将来の有人宇宙探査における放射線防護のための基礎データを提供し、リスク評価や防護基準の策定に貢献していくとしている。
2015年04月08日チームラボは、六本木ヒルズで開催されるイベント「Roppongi Hills SPRING 2015」において、インタラクティブな"立体花火"を参加者が打ち上げられるアート作品「The Crystal Fireworks /クリスタル花火」を展示する。展示期間は3月27日~5月6日まで(スタート日は桜の開花状況により変動)。「The Crystal Fireworks /クリスタル花火」は、来場者が自身のスマートフォンで打ち上げることのできる、光のクリスタルでできた立体花火を楽しめるアート作品。作品の大きさは直径約5m、高さ約8mで、毛利庭園の池の上に設置される。来場者が手持ちのスマートフォンを使って特設ページ(会場からのみアクセス可)で好きな花火を選び、アイコンを画面上部までスライドさせると、立体の映像花火が打ち上がる。また、展示期間中、4月25日~26日にかけて開催される一夜限りのアートの祭典「六本木アートナイト 2015」では、「The Crystal Fireworks of Wishes / 願いのクリスタル花火」に模様替え。来場者がスマートフォンで描いたオリジナルの花火を打ち上げることができる。この特別バージョンの展示は、4月25日 10:00~26日 18:00までとなっている。
2015年03月24日○KSLV-IからKSLV-IIへ2020年に韓国の月周回探査機と月探査ローヴァーを打ち上げることになっているのは「KSLV-II」というロケットだ。しかし、現在KSLV-IIはまだ開発中で、実機は存在していない。KSLV-IIは、韓国航空宇宙研究院(KARI)が2011年から開発を行っているロケットで、名前は「Korea Space Launch Vehicle」(韓国の宇宙ロケット)の頭文字からとられている。KSLV-IIは、2009年から2013年にかけて打ち上げた「KSLV-I」(愛称「羅老号」)の後継機にあたる。また羅老号は第1段にロシア製の機体やロケットエンジンを用いていたが、KSLV-IIはすべて韓国で開発、製造されるという。韓国のロケット開発への取り組みは、1989年10月にKARIが設立されたところから始まる。KARIではまず、KSR-Iと名付けられた固体燃料を用いた小型観測ロケットを開発し、1993年に2機が打ち上げられた。続いて、KSR-Iを2機上下につなげたようなKSR-IIが開発され、1997年と1998年に1機ずつが打ち上げられた。そして1997年、KARIはKSR-IIIの開発に着手した。KSR-IIIはそれまでのI、IIとは違い、液体燃料を使うロケットであった。推進剤に液体酸素とケロシンを使い、ガス押し方式のエンジンサイクルを採用、推力は13トンであった。KSR-IIIの開発は難航し、また性能も低いものであった。結局2002年に1機が打ち上げられたのみで引退している。当初韓国は、このKSR-IIIを発展させ、人工衛星を打ち上げられるようにした「KSLV-I」ロケットを開発するつもりだった。しかし海外から技術を導入するという形に大きく転換され、2004年にロシアのGKNPTsフルーニチェフ社との間で契約が交わされた。その結果KSLV-Iは、同社ロシアが開発、製造する第1段と、韓国が開発、製造する第2段とフェアリングを持つ形状へと変化した。ロシアから提供されることになった第1段機体は、ロシアの最新型ロケットである「アンガラー」の第1段をそのまま流用したものだった。ところが当時、アンガラーはまだ開発段階で、ロケットエンジンの燃焼試験が行われている程度であり、実機は影も形もなかった。実際にアンガラーが初打ち上げを迎えたのは2014年のことであった。当初、KSLV-Iの打ち上げ予定は2007年とされたが、アンガラーの開発が遅れたことで、当然ながらKSLV-Iの打ち上げも遅れることになった。KSLV-Iは羅老号と名付けられ、2009年8月25日に1号機が打ち上げられた。しかし衛星フェアリングの片方が分離できず打ち上げ失敗、2010年6月10日には2号機が打ち上げられたが、今度は第1段ロケットが爆発し、再び打ち上げは失敗した。この2号機の打ち上げ失敗の原因が韓国側とロシア側のどちらにあるかを巡り、両社は揉めることになる。なぜなら、当初の契約ではロシアからのケットの提供は2機まで、ただしロシア側の原因で打ち上げが失敗した場合にのみ、無償で3機目が提供されることになっていたためだ。爆発という突発的に起きる事象に対して、ロケットに搭載されていたセンサーやカメラから分かることは限られており、数少ない手がかりや憶測から、韓国とロシアの両者は責任のなすり付け合いを始めた。例えば韓国側は分離用に使われていたロシア製の爆発ボルトが原因ではないかとし、ロシア側はロケットが飛行経路を外れた際に自壊処理をさせるために搭載されている韓国製の指令破壊装置が原因ではないかと主張していた。2011年になり、ロシアは結局3機目の機体の提供に同意し、2013年1月30日に打ち上げられた。ロケットは順調に飛行し、搭載していた人工衛星STSAT-2Cを軌道に投入、打ち上げは成功した。ロシアから技術を導入することが決定された当時、韓国はKSLV-Iを発展させ、打ち上げ能力を強化したKSLV-IIやIIIを開発することを考えていたようだ。また韓国は、アンガラーの技術を手に入れることを目論んでいたともされる。しかしロシアは、単にロケットの完成品を売り込むことを考えており、組み立てや整備といった作業に韓国側が立ち会うことはできなかったとされる。ロシア側から技術が得られないことが明確になったため、2009年ごろにKSLV-IIを独自開発に切り替える決定が下されている。これが現在開発中のKSLV-IIである。○KSLV-IIKSLV-IIの全長は47.5mで、直径は第1段が3.3m、第2段が2.9m、第3段が2.6mと、徐々に細くなっている。打ち上げ能力は高度700kmの太陽同期軌道に1,500kgほど、また月への打ち上げ能力は550kgほどになるとされる。太陽同期軌道というのは地球の観測に適した軌道のひとつで、多くの地球観測衛星や偵察衛星がこの軌道に打ち上げられており、韓国の「アリラン3号」、「アリアン5号」などもこの軌道に乗っている。アリラン3号は日本のロケットで、アリアン5号もロシアのロケットで打ち上げられているが、両機と同じ1,500kg未満の衛星であれば、KSLV-IIが完成すれば、自力で打ち上げることがができるようになる。総開発費は1兆9,572億ウォンが予定されている。ロケットは3段式で、全段に液体燃料を用いる。第1段には75トン級のロケットエンジンを4基装備し、第2段には第1段と同じ75トン級エンジンを1基のみ装備、そして第3段には7トン級ロケットエンジンを装備する。75トン級エンジンは推進剤に液体酸素とケロシンを使用し、エンジンサイクルはガス発生器サイクルであるという。またノズルの壁面にケロシンを流して冷却し、さらにその後燃焼室に送り込んで燃焼にも使用する、再生冷却方式を採用しているとされる。なお、第2段に装着されるエンジンは、高真空環境に合わせて、ノズルの開口比が第1段用よりも大きくなっている。韓国は羅老号の開発時に、この75トン級と同じ推進剤、同じエンジンサイクルの30トン級エンジンの開発を行っていた。これはウクライナのユージュノエ社からの技術供与があったとされる。この30トン級エンジンは、将来的に羅老号の第2段に搭載し、打ち上げ能力を増したロケットを造ろうという計画があった。もし実現していれば、これがKSLV-IIと呼ばれるロケットになっていただろう。しかし計画は中止され、30トン級エンジンの開発も打ち切られ、この75トン級エンジンへ引き継がれることになった。75トン級エンジンは2009年ごろから開発が始まっており、2017年までの完成を目指すという。現在までに部品単位での試験や、燃焼器のみでの燃焼試験が実施されている。また2015年6月には新しいロケットエンジンを試験設備が完成することから、エンジン全体の燃焼試験も開始される見込みとされる。開発完了は2017年6月に予定されている。一方の第3段用7トン級ロケットエンジンは、推進剤に第1段、第2段と共通の液体酸素とケロシンを使用し、エンジンサイクルはガス押し式を採用している。すでに2014年3月に燃焼器のみでの燃焼試験を実施しており、今年6月にはエンジン全体の燃焼試験を実施するという。(次回は3月12日に掲載予定です)
2015年03月10日