【おとな向け映画ガイド】待望の映画化、ブロードウェイミュージカル『イン・ザ・ハイツ』と、台湾の大ヒットホラー『返校言葉が消えた日』をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/7/25(日)渡辺祥子さんの水先案内をもっと見る()(C)2020 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved台湾のホラーゲームが原作『返校言葉が消えた日』このところ台湾映画に傑作が多く、目が離せません。2019年、台湾最大のヒットになったこの『返校』も、サイコホラーなのですが、盛り込まれた内容がとても奥深く、怖いだけにとどまりません。他の国ではなかなか真似できない独特の世界を作りだしています。台湾で流行ったホラーゲームが原作だそうです。時は1962年、’’白色テロ時代"と呼ばれ、まだ台湾が言論の自由を制限されていたころ。国民党政権の統制下で、反抗する者は次々と逮捕され、処刑も行われていました。密告の奨励など、人間不信が極限に達していた暗い時代が舞台です。学校にも国民党の軍服をきた教官が常駐し、生徒や教師に反政府分子がいないか目を光らせています。そんな中で、自由を求め、禁制本を読む"読書会"を開くグループがいました。主人公の女学生ファン・レイシン(ワン・ジン)もそのひとり。ある放課後、読書をしたまま眠り込んでしまった彼女が目を覚ますと、あたりは暗く、空気がいつもと違う。なぜか廊下にでても出口が見えない。彼女は学校に閉じ込められてしまったのです。校内をさまよううちに、荒らされた読書会の残骸や、会を開いて逮捕された教師たちの悪夢のような姿に遭遇し……。ホウ・シャオシェンの『悲情城市』、エドワード・ヤンの『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』という台湾ニューウェイブを代表する作品で描かれたのが、まさにこの白色テロの時代。時を経て、ジョン・スー監督がふたたびテーマとしてとりあげました。その背景には、やはり、昨今の中国による台湾への圧力など、嫌な時代に向かうのではという警戒心もあるのでしょう。【ぴあ水先案内から】立川直樹さん(プロデューサー、ディレクター)「……かなりスタイリッシュでシュールな映像で描いた衝撃的なダーク・ミステリー……」立川直樹さんの水先案内をもっと見る()佐々木俊尚さん(フリー・ジャーナリスト)「……その結末のあまりのものがなしさに言葉を失う。台湾映画にまた傑作が登場した。」佐々木俊尚さんの水先案内をもっと見る()高橋諭治さん(映画ライター)「……怪奇幻想が渦巻く異次元的な世界観は台湾版『サイレントヒル』と言うべきか。フラッシュバックを多用し、パズルのように哀しい真実を浮かび上がらせていく展開はドラマ性も高い。……」高橋諭治さんの水先案内をもっと見る()春日太一さん(映画史・時代劇研究家)「……時代と権力に翻弄された人間模様を追った重厚な社会派ドラマなので、ホラーが苦手な人も堪能できるはず……」春日太一さんの水先案内をもっと見る()(C)1 Production Film Co. ALL RIGHTS RESERVED.
2021年07月25日【おとな向け映画ガイド】捨てられた犬猫の命を救う『犬部!』と、ユダヤ人がナチスにリベンジ『復讐者たち』をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/7/18(日)「犬部!」製作委員会ドイツ人600万人暗殺計画『復讐者たち』第二次世界大戦中、ナチスが強制収容所で600万人におよぶユダヤ人を大量虐殺した、いわゆるホロコーストの惨劇は知っています。けれども、この映画で描かれた、被害者のユダヤ人に、その復讐でドイツ人を大量殺戮する計画があった、ということは知りませんでした。「プランA」と名付けられたこの計画を、真正面からテーマにし、映画化したのは初めてです。戦後80年近くになるというのに、まだ「驚きの実話」が映画で登場するとは…。強制収容所から解放された主人公マックスは、難民キャンプで、離れ離れになった妻と息子を捜します。ふたりが虐殺されたことを知り、ナチスへの復讐を誓います。彼はパレスチナのユダヤ人によって編成された過激派「ユダヤ旅団」に接触し、さらに“ドイツ人を600万人殺す”計画をもつ「復讐(ナカム)」の活動にも加わっていきます。映画は、秘密組織にマックスが加わっていく過程と、着々と進められる恐怖の復讐計画、彼らを阻止しようとするユダヤ人軍事組織「ハガナー」の動きなどが、サスペンスフルに同時進行していきます。監督と脚本はイスラエル出身のドロン・パズ、ヨアヴ・パズ兄弟。スリラー、ホラー作品の経験はありますが、ここまでの大作は初めて。マックス役は、昨年公開された『名もなき生涯』で、ナチスへの忠誠を拒み続ける農夫の役を演じたドイツの名優、アウグスト・ディールです。ナカムの女性メンバー役に、『蜘蛛の巣を払う女』のシルヴィア・フークスも出演しています。この映画制作のきっかけとなったのは、監督の友人からきいた祖父の実話だそうです。「祖父が収容所からなんとか解放され、我が家にもどったところ、隣人が我が物顔に住んでいた。その隣人こそ、祖父一家が隠れていた場所をナチス兵に密告した本人だった。家族が惨殺されひとり残った祖父はその隣人を復讐のため殺した。この秘密を、祖父は亡くなる数年前まで家族に話さなかった。」このエピソードは映画にも描かれています。【ぴあ水先案内から】池上彰さん(ジャーナリスト)「……妻子をナチスに殺され、復讐を誓いながらも両者の間にあって揺れ動く男の目から戦後ドイツの知られざるユダヤ人たちの姿を描きます。……」佐々木俊尚さん(フリー・ジャーナリスト)「……ある登場人物が「いい人生を送ることこそが復讐だ」というセリフを吐く。この言葉が、わたしにはいちばん刺さった。……」植草信和さん(フリー編集者、元キネマ旬報編集長)「……“憎しみの連鎖は断てるのか”という人類の永遠のテーマに挑んだ……」 Getaway Pictures GmbH & Jooyaa Film GmbH, UCM United Channels Movies, Phiphen Pictures, cineplus, Bayerischer Rundfunk, Sky, ARTE
2021年07月18日【おとな向け映画ガイド】リーアム・ニーソンがまたキレる『ファイナル・プラン』、米アカデミー賞候補になった中国の純愛映画『少年の君』をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/7/11(日)高松啓ニさん(イラストレーター)「……普通に自首しないでアニーと結婚すればいいのにという疑問も残るが、そこは原題となる“正直泥棒”たる所以かな? 触らぬリーアムに祟りナシだね。」 Honest Thief Productions, LLCガリ勉女子高生と街のチンピラの愛『少年の君』純愛映画です。ガリ勉の女子高生と街のチンピラ、およそ関係を持ちそうもないふたりが主人公。とくれば、許されぬ階級違いの恋でまわりの無理解に苦しむ…という涙、涙の悲恋ものか、と思いますが、そうではありません。不器用だけど、精一杯、自分たちが信じた愛に誠実にあろうとする恋人たちの「純愛映画」なのです。ガリ勉と書きましたが、中国の受験戦争は生半可ではありません。6月に行われる「高考(全国統一大学入試)」に人生の全てがかかっています。この得点で大学の合否が決まります。主人公のチェン・ニェンがめざすのは中国でもトップの北京大学、清華大学クラス。描かれる受験校の姿は、日本の我々でも信じられない風景です。高度成長の裏にある壮絶な競争社会、それが現代の中国です。そんななかで、陰湿ないじめがはびこり、チェン・ニェンはある優しい行動をしたためにグループの標的となります。彼女の母はシングルマザーで、娘の学費稼ぎのためにあやしげな美容商品のセールスで出稼ぎにでています。それもいじめの材料です。誰も味方にはなってくれません。そんなとき、下校の途中の街なかでチンピラ同士の小競り合いに遭遇し、シャオベイと出逢います。彼はストリートでその日ぐらしをする不良少年ですが、ふたりは惹かれあいます。しかし、事件が起き……。チェン・ニェンを演じているのはチョウ・ドンユィ。チャン・イーモウの『サンザシの樹の下で』(2010)がデビュー作ですが、女子高生役でも全然不自然ではありません。さすが「13億人の妹」です。シャオベイ役はトップアイドルグループ、TFBOYSのイー・ヤンチェンシーです。香港の名優エリック・ツァンを父に持つデレク・ツァンの監督第2作目。中国本土での公開は大した宣伝もされなかったにもかかわらず日本円にして興収280億円を超える大ヒット。香港アカデミー賞(香港電影金像奨)で作品賞ほか8部門を受賞するという最大級の評価を受けたうえ、米アカデミー賞国際長編映画賞にもノミネートされました。受験の直前から始まり、息詰まる展開が続きます。が、ミア・ファローの名作『フォロー・ミー』のようなこころ和むシーンもあり、とてもよい後味。青春映画の名作と思います。【ぴあ水先案内から】佐々木俊尚さん(フリー・ジャーナリスト)「……すべてのシーン、すべてのセリフ、すべての映像が鮮烈で胸に突き刺さってくる。終盤、笑顔が交わされるシーンにはただただ万感胸に迫る。」伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……キャスティングも絶妙で、一番見て欲しい思春期の若者に「人を傷つけないで」と伝える為に作られた気がしてならないです。大傑作!」高崎俊夫さん(フリー編集者、映画評論家)「……今の中国が抱える、容易に解消するのは不可能な、根深い格差や暴力、貧困の問題を、初々しくも鮮烈な青春映画というフォームを使って、見事に浮かび上がらせているのだ。」紀平重成さん(コラムニスト、元毎日新聞記者)「……中国の進学校に通う優等生の少女チェン・ニェンと不良シャオベイとの純愛物語ともいえるし、二人が巻き込まれる殺人事件の謎を解いていくサスペンスとしても堪能できる第1級の娯楽作……」 Shooting Pictures Ltd., China (Shenzhen) Wit Media. Co., Ltd., Tianjin XIRON Entertainment Co., Ltd., We Pictures Ltd., Kashi J.Q. Culture and Media Company Limited, The Alliance of Gods Pictures (Tianjin) Co., Ltd. ALL Rights reserved.
2021年07月11日【おとな向け映画ガイド】気分が晴れる2本。韓国OL奮闘劇『サムジンカンパニー 1995』、世界大会に挑むゲイの水球チーム『シャイニー・シュリンプス!愉快で愛しい仲間たち』をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/7/4(日)植草信和さん(フリー編集者、元キネマ旬報編集長)「……爆笑、苦笑、失笑の渦のなかから、恐怖と怒りがせり上がる。…観る者を慄然とさせるシリアスなコメディ映画だ。……」夏目深雪さん(著述業、編集業)「……このうえない感動を呼ぶだけでなく、韓国の近現代史を肌で感じることのできる作品となっている。」紀平重成さん(コラムニスト、元毎日新聞記者)「……(最近の韓国映画は)どちらかと言えばシリアスな作品が目立ちます。そんな中で本作はエンタメ色を意識して90年代を回顧する作品なのかもしれません。」高松啓ニさん(イラストレーター)「……舞台となる1990年代の肩パットの入ったスーツやバカでかいPCなど時代のムードを出しており……」 LOTTE ENTERTAINMENT & THE LAMP All Rights Reserved.これも実在の水球チームのお話『シャイニー・シュリンプス!愉快で愛しい仲間たち』ゲイの弱小水球チームが世界大会をめざす、という最近ありがちなパターンの映画、ではあるのですが、これがケッサク!50メートル自由形の銀メダリストが、同性愛差別発言で世界水泳の出場資格を失ってしまいます。フランスの水連(のような組織)が彼に提示した挽回策は、世界大会をめざす水球チーム「シャイニー・シュリンプス」のコーチ役をつとめること、でした。世界大会といっても「ゲイゲームズ」というLGBTQ+スポーツの祭典。水連がゲイの水球チームに力を貸すという設定が、すごいというか、日本ではありえない。しかも、このチーム、実在するんです。刈り上げた頭、タトゥーありのいかついゲイ嫌いのコーチが、ゲイに何の偏見もない現代的な娘の後押しもあって、次第にチームのみんなと心を交わしていき、クロアチアで行われるゲイゲームズの大会まで遠征、という展開になるのですが……。それにしてもチームのメンバーがそれぞれ個性的で、ユーモアセンスも抜群。みんな悩みを抱えながらも、愉しむことを忘れません。強豪レズビアンチームと予選で戦ったり、水球リーグのことや、ゲイゲームズの仕組みについては、観ていてもよくわかりませんが、まぁ、固いことはいいっこなし。2019年、フランスでの公開時は初週動員NO1のヒットだったといいます。「シャイニー・シュリンプス」に7年間所属したことのある、セドリック・ル・ギャロが、体験したこと、見聞きしたエピソードをもとに脚本化し、マキシム・ゴヴァールと共同監督しています。性的結合手術をしてチームに帰ってきた、つまり女性の体になったメンバーの役は、リアリティを追求する監督の執念で、パリの歓楽街ピガールのキャバレー「マダム・アーサー」の踊り子だったロマン・ブローを探し出したそうです。ゲイであることへの世の中の偏見にもちらっとふれますが、全体を通して、とても明るく、あけっ広げで、人生ってこれだから楽しいじゃない!という気分になれる映画です。【ぴあ水先案内から】伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……当事者だからこそリアリティある感情の揺れを演技で見せ、観客の私たちにも伝わった……」野村正昭さん(映画評論家)「……メンバーそれぞれが抱える苦悩を繊細に描き、笑って泣かせる好篇……」 LES IMPRODUCTIBLES, KALY PRODUCTIONS et CHARADES PRODUCTIONS
2021年07月04日【おとな向け映画ガイド】ゲイカップルの旅路の先に-『スーパーノヴァ』、津軽・メイドカフェの青春『いとみち』をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/6/27(日) British Broadcasting Corporation, The British Film Institute, Supernova Film Ltd.けっぱれ!三味線少女『いとみち』全編、津軽弁が飛び交い、字幕があれば助かると思うのですが、展開が理解できないわけでなく、観ているうちに、そのフランス語のような語感がかえって魅力的に聞こえてきます。横浜聡子監督は、安田顕が主演した『俳優 亀岡拓次』を観て、注目するようになりました。テレビドラマの『バイプレイヤーズ〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』の演出も担当。次回作を楽しみにしていました。青森出身。『ウルトラミラクルラブストーリー』(松山ケンイチ主演)などを含め、これが4度目のオール青森ロケ作品です。いと、という名の女子高生が主人公。津軽方言を研究する学者で東京出身の父と、津軽三味線の名手でもあるおばあちゃんと三人暮らし。青森は早くに亡くなった母の郷里です。このおばあちゃんの影響で、いとは三味線の腕も確かですが、津軽弁もこてこて。「ご飯だよ、食べなさい」を「まま、けーっ」と言うのですから。クラスのみんなからあきれられるほど。そのいとが、なんと、人見知り解消とでも思ったのか、青森市のメイドカフェでアルバイトを始めるという、ある夏のドラマです。いと役の駒井蓮を見ているだけで、幸せな気持ちになれる映画です。彼女も青森出身。発音は確かです。おばあちゃん役の西川洋子は、『竹山ひとり旅』などで知られる津軽三味線の巨星、高橋竹山の最初の弟子とのこと。この人のセリフがまたすごい。よくわからないのだが、ハートにびんびん響きます。父親役は豊川悦司。宇野祥平、古坂大魔王といったくせの強い役者さんも活躍します。「め」という一文字、その意味を、映画を観た翌日に調べました。娘のことを心配して店を訪れた父親が、帰りしなに書いて残したメッセージです。わたしの映画の感想も、こんな感じ。【ぴあ水先案内から】野村正昭さん(映画評論家)「……『竹山ひとり旅』(77) や『夢の祭り』(89)『オーバードライヴ』(04) などの系譜に連なる津軽三味線の映画でもある。……」『いとみち』製作委員会
2021年06月27日【おとな向け映画ガイド】時空を超えるファンタジー2本、あの世界的SF小説を初映画化『夏への扉』、消えたバレンタインデー『1秒先の彼女』をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/6/20(日)波多野健さん(TVプロデューサー)「……山下達郎さんのために吉田美奈子さんが書いた『夏への扉』の中に出てくる「そしてピートと永遠の夏への扉開け放とう」というところではいつもグッと来てしまう。その映画化なのだが、これがいいのだ。……」目覚めたら昨日が消えていた!『1秒先の彼女』交番に飛び込んできた若い女性と警察官の会話。「どうしました?」「なくし物を」「何をなくしました?」「1日を。今朝起きたら昨日の記憶がないんです。昨日1日が私の中から消えてしまったんです」シュールなコントのような始まりです。映画の原題は「消失的情人節」、訳すと“消えたバレンタイン・デー“。大ヒットし、台湾アカデミー賞(金馬奨)で最優秀作品賞など5部門を受賞した作品です。台湾では、2月14日と七夕7月7日の両日をバレンタインデーと言います。その7月7日に起きた珍事。時にまつわる、ファンタジックなラブコメです。丸1日をなくしたという主人公、シャオチーさんのキャラクターが笑えます。子どものころからせっかちというか、ダンスも水泳も、映画を観て笑うタイミングも、人よりワンテンポ早い。記念写真は目をつむったものしかありません。職場は郵便局の窓口。30歳を前にした彼女のまわりはセクハラでいっぱいです。郵便局にやってくるお客もさまざま。なかには、毎日のようにやってきて、切手を1枚だけ買い、彼女の目の前で封筒に貼って差し出す風変りな青年とか。そんな客のなかで、バレンタインデーを前に彼女をデートに誘う男性が現れますが……。シャオチーを演じているリー・ペイユーがなんとも魅力的です。物語が進むうちにどんどん素敵にみえてくる女優さん。役柄もそれが活きています。明るいキャラクターでMCとしても人気だそうです。ストーリーは台湾 チェン・ユーシュン監督のオリジナル。金馬奨では、作品賞の他に、監督、脚本、編集、視覚効果賞も獲得しています。多くは説明しませんが、「視覚効果賞」はものすごく納得できます。『TENET テネット』とか、いくつかのファンタジックな映像を思い出します。ホントどうやって撮ったのでしょう。【ぴあ水先案内から】笠井信輔さん(フリーアナウンサー)「……前半は女性の視点から、後半は男性の視点から描かれるのがミソ。謎がだんだん紐解かれる過程、これが実に面白い。……」春日太一さん(映画史・時代劇研究家)「……ヒロインを演じるリー・ベイユーの一挙一動、細かい表情に至るまで全てが実にキュート。作品全体を包む優しい空気とあいまって、彼女自身の奮闘と、彼女に惹かれ続ける男性と、その双方を温かく見守りたくなる……」紀平重成さん(コラムニスト、元毎日新聞記者)「……終わりに向けさまざまな伏線を回収していく展開により、楽しさも倍増です……」
2021年06月20日【おとな向け映画ガイド】強欲で傲慢で悪趣味『グリード ファストファッション王国の真実』、アクションスター岡田准一が光る『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』の2本をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/6/13(日)超ネコ舌のヒットマン『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』このアクション、日本映画の枠を超えている!と大興奮させてくれる作品です。コミック原作の大ヒットシリーズ2作目。肉弾合い撃つバトルだけでなく、建物をつかった大掛かりな追走シーンなどで、ハラハラドキドキ具合は前作以上といえます。パワーアップの「首謀者」は、ファイトコレオグラファーをも務めた俳優、岡田准一です。どんな相手も6秒で仕留めるという、天才的な”技術”を持つ、殺人マシーン、通称ファブル(寓話)が岡田の役。師と仰ぐボス(佐藤浩市)から1年間殺人を禁じられ、いまは「殺さない殺し屋」です。彼の生い立ち、ボスとの関係などは第一作で描かれていますが、相棒のヨウコ(木村文乃)と兄妹を装って、大阪の下町でひっそりと暮らしているという設定。殺し屋といえば、ストイックで寄るべない存在、がふつうですが、このファブルが面白いのは、なんか、この男、人づきあいがよく、実に愛すべきキャラの持ち主で、どこか浮世ばなれしたところがあることです。極端なネコ舌、変なコメディアンに夢中で、しかもワンテンポおくれてバカウケする。妙にかわいいイラストを描いたり……。今回の悪役は、表の顔は子どもを守るNPO団体の代表、裏の顔は犯罪組織の親玉・堤真一。彼の腹心の部下が安藤政信です。車椅子の少女ヒナコ(平手友梨奈)との再会がこの悪役たちとのバトルを呼ぶことになり……。ファブルが務めるデザイン会社のスタッフはおとぼけ担当・佐藤二朗以下前作と同じで、これが相変わらずおかしい。大阪でのファブルの協力者・安田顕はカメオ出演。登場すると「おお!」と声がでてしまうくらいのインパクト。相棒・木村文乃は岡田指導によるアクションシーンもあり、さらに存在感増してます。そんなふうに、前作を観た方たちへのめくばせもしつつ、観ていなくても十分に楽しめるように作られています。きっと配信などで前作を後追いしたくなるはず。【ぴあ水先案内から】野村正昭さん(映画評論家)「……彼が駆けぬけるシーンは、全盛期のジャッキー・チェン作品を彷彿とさせる……」
2021年06月13日【おとな向け映画ガイド】ダメ親父が突然変異!『Mr.ノーバディ』、オーダーメイドの時間旅行『ベル・エポックでもう一度』の2本をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/6/6(日)高松啓二さん(イラストレーター)「……ボブ・オデンカークの特徴の無い顔が本作にピッタリで、後の派手なアクションのギャップにも効果的に作用している……」h あの日に帰りたい!『ベル・エポックでもう一度』タイムトラベル、といってもSFの世界ではありません。なるほどこれは実現不可能ではない……、と思える「時間旅行」のお話です。思い出の、あの場所、あの日に帰りたい、誰もがふと考えますよね。“時の旅人社”が経営する「タイムトラベルサービス」は、行きたい時代と場所を再現する、いわば究極の体験型エンタテインメント。広大な敷地に映画の撮影所のような巨大セットを作り、当時の衣装を身にまとったエキストラや、希望する人物を用意してくれます。もちろん、時代考証や記憶のインタビューも念入りに、その場にいる人物のセリフ、行動など、すべてを再現するのです。デジタル化時代の流れに乗れず、仕事も妻も失いつつある初老のイラストレーター、ヴィクトルは、配信ビジネスで羽振りのいい息子にそのトラベルサービスをプレゼントされ、利用することになりました。オファーしたのは、「日時:1974年5月16日、場所:フランス・リヨンの街のカフェ」です。その日そこで、彼は人生を変える運命の女性と出会ったのです。時の旅人社の社長で旅の演出家でもあるアントワーヌは、息子の友人。ヴィクトルのため、出会う運命の女性役に自分の恋人で一番魅力的な女優マルゴをキャスティング、こころをこめて過去の“ひとコマ”を再現します。舞台となるカフェの名は、「ラ・ベル・エポック」。あの日は帰ってくるでしょうか、あの熱い感情は戻ってくるでしょうか……。この映画、「時間旅行」という仕掛けの魅力もさることながら、フランス映画界の至宝と言われるダニエル・オートゥイユ(ヴィクトル役)とファニー・アルダン(妻マリアンヌ役)が演じる、珠玉のラブコメディ。フランス本国でも大ヒットした作品です。観終わっていろいろ話題はつきません。しゃれたエンディングのこと、どの時代どの場所に行きたいか、とか、日本でやるとしたらこのサービス、いったいいくらかかるんだろう?とか。【ぴあ水先案内から】波多野健さん(TVプロデューサー)「……仕掛けがなかなかよくできていて、舞台裏からインカムで監督が指示を出したりと、あたかも『スパイ大作戦』を観ているような気分になり楽しい……」夏目深雪さん(著述・編集業)「…リアリティある展開で、70年代のレトロな美術も豪華、懐メロも気が利いているとなれば、2019年の仏の興行収入1位を『ジョーカー』から奪ったというのも頷ける……」首都圏は、6/12(土) からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、6/12(土)から伏見ミリオン座で公開。関西は、6/25(金)からシネ・リーブル梅田で公開。
2021年06月06日【おとな向け映画ガイド】ロバート・デ・ニーロはじめ、レジェンド三俳優による爆笑コメディ『カムバック・トゥ・ハリウッド!!』と、難民から五輪へ『戦火のランナー』の2本をご紹介。ぴあ編集部 坂口英明21/5/30(日)春日太一さん(映画史・時代劇研究家)「……既に確固たる地位を築いたレジェンド級のベテランが過去の名声に胡座をかくことなく、“現役”として奮闘して新たな魅力を見せてくれる姿に出会うのは至極の喜びだ。」植草信和さん(フリー編集者、元キネマ旬報編集長)「……ドタバタ騒動の中に、出資者、製作者、主演者三人三様の屈折した“映画愛”をにじませて映画ファンの心をくすぐる。……」高松啓二さん(イラストレーター)「……メル・ブルックスの『プロデューサーズ』に似ているが、本作の最大のギャグはキャスティングにある。……」ひたすら走って、生き延びる『戦火のランナー』本来なら、公開はドンピシャのタイミングなのですが、今やビミューな雰囲気です。内戦を生き延び、マラソンランナーとして東京オリンピックを目指している、グオル・マリアルという青年を追ったドキュメンタリー。監督はアメリカのビル・ギャラガーです。彼の母国は、北アフリカの南スーダン共和国。2011年に、23年に及ぶ内戦を経てスーダンから独立した「世界で最も新しい国」。国はできたものの、2016年には再び紛争が勃発しています。その紛争に、日本の自衛隊が国連平和維持活動、いわゆるPKOに参加したこともあり、日本では比較的聞いたことのある国でしょう。想像を絶する半生です。内戦の戦禍を避けるため、両親は8歳のグオル君をたった一人で村から逃がしました。頼る人はいません。途中で武装勢力に捕らえられてしまうのですが、なんとか逃げ延び、難民としてアメリカに渡ります。高校はアメリカ。ここで陸上選手、マラソンランナーとしての天分に気づきます。少年にとって戦場の攻撃から生き延びる手段は“ひたすら走って逃げる”しかなく、彼は皮肉にも辛い戦場でランナーとしての基礎を築いていたのです。目指すはオリンピック、です。となると気になるのは、兄弟をはじめ多くの犠牲の上で独立した母国のこと。彼がランナーとして活躍をはじめたころ、南スーダンが独立します。国のために走る…、我々にとっては、今や、やや時代遅れのように感じますが、母国が大変な苦難のうえ誕生したばかりとなれば、その気持ち、わからなくはありません。建国1年後の2012年に行われたロンドン五輪や2016年のリオ五輪で、彼の参加が実現するまでの騒ぎと結末、同郷人たちの応援、映画で語られるすべてがドラマチックです。が、ドラマはまだ終わりとはなりません。さて、グオル君は東京五輪の舞台に立てる、のでしょうか?【ぴあ水先案内から】池上彰さん(ジャーナリスト)「……「南スーダンの選手たちは東京オリンピックを目指して走り続けます」という最後の字幕を見ると、開催が危ぶまれているだけに涙腺が緩みます。」村山匡一郎さん(映画評論家、大学講師)「……内戦下で彼は敵側の兵士に捕らえられるが、走って逃げることで生き延びる。その思い出は、マリアル選手にとって、走ることが生きることにつながるまさに象徴といえる。……」堀晃和さん(ライター、エディター)「……独立後も貧しく紛争が絶えない祖国の環境を少しでも変えようと、走り続けるグオルの姿が胸を打つ。」首都圏は、6/5(土) から渋谷 シアター・イメージフォーラムで公開。中部は、6/19(土)から名古屋シネマテークで公開。関西は、6/11(金)からアップリンク京都で公開。
2021年05月30日【おとな向け映画ガイド】上映時間は約90分、息抜きにほどよい2本。マジギレ男の怖すぎる運転『アオラレ』、フランスらしいエスプリのきいた『ローズメイカー 奇跡のバラ』。ぴあ編集部 坂口英明21/5/23(日)春錵かつらさん(映画ライター)「……本作で語られるのは「不作法の連鎖」であり、ひとつの厄難を通して「怒りを制御できない」「己を正当化する」といった現代社会における人々の不安定さを浮き彫りにしている。……」新しい品種を仲間と創る『ローズメイカー 奇跡のバラ』紅いバラの花言葉は「あなたを愛しています」。ディーン・マーティンの甘い歌声、『ブルー・レディに紅いバラ』で始まるこの映画、「花言葉」もステキに使われています。タイトル通り、新種のバラを作る「育種家」を主人公にした、感動サクセスストーリー。フランス製らしく、細部がおしゃれで、いたるところでエスプリがきいています。画面にはいつも花が映っていて、なんともなごみます。いろいろままならぬことも多く、気持ちがふさぐ昨今、とてもおすすめの作品です。パリ郊外で、父から受け継いだバラ園を営むエヴ。かつては新種の開発で数々の賞を獲得したこともある天才ローズメイカーですが、近頃さえません。大企業に客を奪われ業績は悪化の一途、従業員を雇うお金にも困るありさま。助手のヴェラが思いついたのは、職業訓練所から訳ありの男女を格安の賃金で雇うことでした。ムショ帰りの青年など3人。最初は使いものにならないのですが、彼らの存在が、エヴのクリエイティブなローズメイカー魂に火をつけて……、と話はテンポよく進みます。バラの本場、フランスのドリュ社をはじめ、名だたるバラのスペシャリストが監修などで協力。新種をどう創るかといったバラ栽培のあれこれもわかります。撮影もドリュ社のバラ園で行われて、これが美しいというか、観ていて幸せな気持ちになるんです。エヴの作品として紹介される「アンナプルナ」と名付けられたシルキーホワイトのバラをはじめ、さまざまなバラが登場します。エヴを演じるのはフランスの大女優カトリーヌ・フロ。『ルージュの手紙』ではカトリーヌ・ドヌーブの娘役でした。主演はあの作品以来。従業員の3人では、やはりワルのフレッドに扮したメラン・オメルタが印象的です。インディーズ系のラッパーです。監督は長編2作目のピエール・ピノー。とても後味のよい映画です。【ぴあ水先案内から】立川直樹さん(プロデューサー、ディレクター)「……何とも軽やかで楽しく、ちょっとハラハラさせて、少し泣かせてくれる“素敵なフランス映画”だ。……」
2021年05月23日【おとな向け映画ガイド】女性の生きづらさを描いた2作品。コロナ禍の『女たち』、北マケドニアの『ペトルーニャに祝福を』。ぴあ編集部 坂口英明21/5/16(日)平辻哲也さん(映画ジャーナリスト)「……コロナ禍前にあった企画をブラッシュアップし、コロナ禍の日常を盛り込むことで、ヒロインのギリギリ感が、より切実になった。……」野村正昭さん(映画評論家)「……内田伸輝監督は、余分な贅肉を削りとり、ひたすら登場人物の心理を注視し、美しい自然との対比の中で、それはさらに浮き彫りにされる。……」首都圏は、6/1(火)からTOHOシネマズシャンテで公開。中部は、伏見ミリオン座他で近日公開。関西は、大阪ステーションシティシネマ他で近日公開。私は幸せになりたい!『ペトルーニャに祝福を』同調圧力、女性蔑視…、こめられたテーマはシリアスなものですが、独特の東欧的ユーモアと言いますか、のんびりとしている割には皮肉も効いている、まさにおとな向きの映画です。マケドニア、といえば世界史で習ったアレクサンドロス大王の大帝国をイメージしますが、あれは2300年も前の話。いまは、ユーゴスラビアから独立した人口200万人くらいの小国です。ギリシャとの国名本家争いがあり、2019年に「北マケドニア」を名乗ることで落ち着いた国。映画制作はそんなに活発ではなく、日本で公開されるマケドニア作品は20年ぶりだそうです。主人公のペトルーニャは32歳の女性。大学をオールAで卒業したものの、職はなく、その日も縫製工場の面接に出かけたのですが、年齢を誤魔化して「20歳です」といったら「42歳に見えるよ」と完全セクハラのイヤミを言われ、腐りながらの帰り道。偶然ある宗教行事に出くわして、彼女の人生が一変します。北マケドニアの主な宗教はキリスト教系の東方正教会。1月の「神現祭」では、司祭が十字架を川に投げ込み、それを男だけが競って奪い合うという行事があります。最初に掴み取ったものは、幸せになれる。目の前に飛んできたので、ペトルーニャは川に飛び込み、なんと十字架を手にしてしまいます…。大騒ぎとなり、彼女は警察に拘束されます。その様子を地元のテレビが報じ、話は社会問題化していくのです。監督のテオナ・ストゥルガル・ミテフスカは北マケドニアの出身。実際に2014年に起きた事件を下敷きにして映画化しています。幸せを求める人に向けて、投げ込まれた十字架。「幸せになる権利は私にもあるはず」、ペトルーニャの言葉は全く正しいと思えます。【ぴあ水先案内から】池上彰さん(ジャーナリスト)「……そういえば日本の相撲の土俵も女人禁制だったと思い出すのですが、きっとペトルーニャのような女性によって、『伝統』の名の下の女性差別は消えていくことになるのでしょう。」春日太一さん(映画史・時代劇研究家)「……寒々しく荒涼としたマケドニアの景色がヒロインを取り巻く過酷な状況にマッチ、その理不尽さを際立たせていた。」首都圏は、5/22(土)から岩波ホールで公開。中部は、6/12(土)から名演小劇場で公開。関西は、6/11(金)からテアトル梅田他で公開。
2021年05月16日【おとな向け映画ガイド】コロナなんかに負けてたまるか!『茜色に焼かれる』にこめた、石井裕也監督の力強いメッセージ。ぴあ編集部 坂口英明21/5/9(日)平辻哲也さん(映画ジャーナリスト)「……何より素晴らしいのは、尾野真千子だ。苦境に立たされても、決して生き方を曲げない肝っ玉母ちゃんぶりにしびれた。劇中、何度も出てくる「まぁ頑張りましょう」という言葉もいい。……」伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……辛い話ほど人にできない、自分の話なんて面白くもない、だから笑って取り繕って、そうすると一気に重圧がかかるのに、それでも人に負担をかけない存在を選んでいく主人公……」
2021年05月09日【おとな向け映画ガイド】圧倒的な演技、米アカデミー賞主演男優賞アンソニー・ホプキンスの『ファーザー』をおすすめ。ぴあ編集部 坂口英明21/5/2(日)紀平重成さん(コラムニスト、元毎日新聞記者)「……過去の記憶は失われても怒りや悲しみといった感情は豊かに持ち続けることができるという病気の基本をしっかり押さえました。……」高松啓二さん(イラストレーター)「……まるでサスペンスホラーのようだ。特に頻繁に映るドアとシンメトリーの室内が、恐怖を演出する。……」
2021年05月02日【おとな向け映画ガイド】今週は、ぶっとび人生!『ビーチ・バム』、恋のリブート?『ラブ・セカンド・サイト』をおすすめ。ぴあ編集部 坂口英明21/4/25(日)岡田秀則さん(国立映画アーカイブ主任研究員)「……ブノワ・デビエという撮影監督を引っぱってきたことで、ハーモニー・コリンの映画は「蛍光する映画」になった。時に毒々しい人工色で覆われるその世界は、この世の風景ではないようにも見え、それでいて人物たちの虚無もくっきり映し出している。……」細谷美香さん(映画ライター)「……彼に寄り添う白猫ちゃんが危険な目にあわないかちょっと心配になりますが、いつも超然としていてめちゃくちゃかわいいです。」恩田泰子さん(讀賣新聞記者)「……途中までは全然納得いかないが、だんだん愉快になってくるのは、私たちを縛る「常識」をラストの大花火に至るまで、徹頭徹尾ひっくり返してくれるから。たった一つ、「愛」だけは揺るがないけれど……」妻ともう一度『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』妻と喧嘩して、一夜明けたら別の人生になっていたー。昨日までは、人気SF作家だったはず。ところが、何かがちがう。妻はいないし、自分はどうやら普通の中学校教師のようだ。状況が飲み込めないまま、街にでると、バスの広告に妻の華々しい写真が。どうなっているのだ!最初の15分で、カップルのなれそめから危機までを実にコンパクトに描きます。高校時代にピアニスト志望だった妻と出会い、恋におち、やがて結婚。妻はしがないピアノの教師、勉強そっちのけでSFを書いていた自分は売れっ子小説家になった。ふたりの関係には亀裂が入りはじめ…。そして、パリが吹雪に見舞われた夜、アクシデントがおきます。迷い込んだ別の世界では、妻は自分を知らない、しかもスターになっている、この試練のなかで、彼は愛をとりもどせる?フランスで大ヒットとなった『あしたは最高のはじまり』のユーゴ・ジェラン監督によるオリジナル・ストーリー。映画サイトでは、2010年代公開のロマコメ映画ランキングで1位に選ばれた作品です。主人公ラファエル役はカンヌ国際映画祭でショパール・トロフィーを受賞し、フランスでいま注目されるひとり、フランソワ・シビル。妻オリヴィアを演じるジョセフィーヌ・ジャピがチャーミングです。ノートルダム大聖堂やエッフェル塔、オデオン座、と舞台となるパリの美しさも絶品。役者、シチュエーション、使われるクラシックの名曲、ロマンティック・コメディはこうでなくちゃ、夢見ごこちになれる映画です。【ぴあ水先案内から】春日太一さん(映画史・時代劇研究家)「……何より、新たな世界で再び二人が出会い、関係を築いていく姿にはハラハラさせられるのと同時に、その多幸感には尊さすら感じた。……」波多野健さん(TVプロデューサー)「……主人公ラファエルの親友フェリックス役のバンジャマン・ラヴェルネがすごくうまくて笑わせてくれた。この人のおかげでこの映画の楽しさが2段階くらいアップした感じ……」中川右介さん(作家、編集者)「……タイトルバックの数分で主人公夫婦の10年間を描いてしまう。これだけで一本の映画になりそうな密度で、見事だ。惹き込まれた……伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……フランソワ・シビルとジョセフィーヌ・ジャピはずっと見ていたいと思えるほど魅力的で、彼らの表情に一喜一憂しながら自分の人生と照らし合わせてしまう摩訶不思議な説得力は、ふたりが共演をきっかけに交際をスタートさせた互いへの吸引力のせいかもしれない……」
2021年04月25日【おとな向け映画ガイド】本好きにはたまらない『ブックセラーズ』、ネット性犯罪の実態『SNS-少女たちの10日間-』、やばすぎるシリアルキラー『スプリー』の3本をおすすめ!ぴあ編集部 坂口英明21/4/18(日)渡辺祥子さん(映画評論家)「……本の素晴らしさを語る書店の主人やコレクター、書評家を見せる、本好きの人のためのドキュメンタリー……」伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……ブックセラーとは探検家。映画的に言うならインディアナ・ジョーンズってとこ。そしてその本の魅力を引き出す工夫もブックセラーのセンス次第…」植草信和さん(フリー編集者、元キネマ旬報編集長)「……登場する書店主いわく「本に正しい家を見つけてやるのは医者が患者を治すのに似ている」。そんな彼ら彼女らの本への愛情……」高松啓二さん(イラストレーター)「……。やっぱ古本屋はいいなあ!」村山匡一郎さん(映画評論家、大学講師)「……書籍の取引や書店をめぐる裏話や歴史的エピソードが次々と描かれ、本好きならワクワクするほど堪らない世界である。……」禁断のリアリティショー『SNS-少女たちの10日間-』おとり捜査風ドキュメンタリーというか、これはまた、すさまじい内容の映画です。10代の若者が、SNSにより、どれほど性犯罪の危険にさらされているかを告発しているのですが、その手法は大胆で、少女にむらがる大人たちの性欲も尋常なものではありません。2017年、チェコ。撮影スタッフは、12、13歳想定で少女3人の偽アカウントを巧妙に作り、接触してくる男性とのやりとりをカメラに収めていきます。少女役を演じるのは3人の女優(18歳以上)。らしく見えそうな女性をオーディションで選びます。さらにスタジオに、ディテールに気を使った3人の部屋をセットとして用意します。登録後たった5時間で、83名の成人男性がコンタクトしてきます。それから10日間。なんと2458人の男たちが、10代と知りながらアプローチ、その多くが性犯罪に近い行為に及んだのです。撮影には、精神科医、生化学者、弁護士など、バックアップスタッフを用意、興味本位でないことはわかります。映像にはぼかしが入っていますが、これを生で見せられたらと思うとぞっとします。【ぴあ水先案内から】池上彰さん(ジャーナリスト)「……この映画は、幼い娘を持つ親に対し、子どもがネットでどんなやりとりをしているかに無関心だと、どんな危険が待ち構えているかを警告しています……」村山匡一郎さん(映画評論家、大学講師)「……SNSが常態化した今日の子供たちの危機を訴える効果はあるとはいえ、その作為性は、隠し撮り手法の延長にある盗撮に似て、倫理的な問題を改めて浮上させないだろうか。……」ライドシェア・アプリ連続殺人鬼!?『スプリー』これはフィクションですが、SNS時代ならではの設定と内容、毒気のきいたアクション・スリラーです。「スプリー」というのはライドシェア(相乗り)アプリのこと。アプリで申し込むと近くを走る契約者がそれに応えて車に乗せてあげるというサービスです。そのスプリーのドライバー、名前はカート。みためは普通ですが、SNSにどハマりしていて、フォロワーを増やしたいがために、乗客の殺害現場をライブストリーミングで実況中継しようと思いつき、決行する、そんな内容です。狂っています。ドライバーもおかしいし、乗ってくるお客もへんなのばかり。映像は、カートがライブ中継用にセッティングした車載カメラのものから、客のスマホで撮った映像、SNS画面など入り乱れます。みんながみんな、どうしたらバズるかにいのちをかけていて、笑えます。アメリカ・インデペンデント映画シーンの晴れ舞台、サンダンス映画祭でのプレミアでバカウケ。小規模公開から始まり、バスりに成功したというやんちゃな作品です。監督はウクライナ出身のユージーン・コトリャレンコ。これまでもビデオチャットを使った野心的な作品で知られています。彼の作品が日本で上映されるのはこれが初めてです。カートを演じたジョー・キーリーはInstagramのフォロワー数が700万を超える人気者、次回作はディズニーの『フリー・ガイ』という注目の俳優です。首都圏は、4/23(金)からヒューマントラストシネマ渋谷他で公開。中部は、4/23(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、5/7(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。【ぴあ水先案内から】佐々木俊尚さん(ジャーナリスト)「……「ああこういう人、日本のSNSにも確かにいるなあ」と思わせる妙な説得力がすごい。……」相馬 学(フリーライター)「SNSの普及により承認欲求なる言葉が、しばし聞かれるようになったが、本作が描くのはその暴走だ。……」
2021年04月18日【おとな向け映画ガイド】シングルマザーの挑戦と葛藤『約束の宇宙』、演劇とライブと恋の街・下北沢の『街の上で』、今週はこの2本をおすすめ。ぴあ編集部 坂口英明21/4/11(日)高松啓二さん(イラストレーター)「……見所は、彼女の強靭ながんばりではなく、挫けそうな弱さを感じながらも働くリアルな女性の姿……」伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……女の子に生まれたって、子供を産んだって、夢を叶えられる。『約束の宇宙』は、子供たちへ向けた未来へのメッセージなのだ。」シモキタのあそこもここも『街の上で』男子と女子がめぐりあい、会話をして、お互い、いろいろジャブいれながら、この人とひょっとして……と空想をめぐらす。『愛がなんだ』もそうだったのですが、そんなやりとりのシーンって、今泉力哉監督はうまいですよね。どこかにいそうな主人公、いつかおきそうなできごと。場所は下北沢の、ありそうなところ。古着屋の店員をしている青(あお)くんが、店番をしながらひまそうに本を読んでいるところが絵になると、自主映画の女性監督に気にいられ、出演依頼が舞い込みます。台本読んで、自分なりに稽古していったのですが、何テイクとってもうまくいかず、結局すべてカット、使われないことに。つきあわされた打ち上げの居酒屋で、隣りに座ったスタッフの女性と意気投合し、彼女の家へ。それでデキちゃうのかというと、ふたりはグダグダ話し続けるだけ。話題は青くんが最近フラれた彼女の話や相手の恋愛遍歴、たわいのないものです。古書ビビビ、古着のhickory、町中華・珉亭、ライブハウスTHREE、スズナリ、トリウッド……。シモキタの実在の場所を絶妙にとりこみながら、少しコミカルに進むラブストーリーは、あえていうなら初期のウディ・アレン作品の味わい。主人公はアレンのように神経質ではないし、のんびりしていて、好感がもてます。シモキタはマンハッタンみたいにリッチじゃないけど。青役は『愛がなんだ』にもでていた若葉竜也。同じく『愛が…』の成田凌が朝ドラにもでている役者という役どころで特別出演しています。この作品はコロナ禍で公開が1年ほど延期になりました。その間に、若葉君も『おちょやん』に抜てきされ、なんと、朝ドラのふたりが出演、という豪華キャストの映画になっちゃいました。【ぴあ水先案内から】笠井信輔さん(フリーアナウンサー)「……長回しのダラダラとした会話の中に、様々な人生のおかしみが含まれていて、セリフなのかアドリブなのかもわからなくなる魅力。ところがこのダラダラとした点描がクライマックスで一気に集約され大変な興奮を生み出すマジック。やっぱり今泉監督はノッている。」
2021年04月11日【おとな向け映画ガイド】女優たちの圧巻の演技、凛とした富司純子『椿の庭』、熱情を秘めたケイト・ウィンスレット『アンモナイトの目覚め』、今週はこの2本をおすすめ。ぴあ編集部 坂口英明21/4/4(日)植草信和さん(編集者・元キネマ旬報編集長)「……3世代の女性のそれぞれの屈託が、家と庭の映像を通してほのかに浮きあがってくる。……」首都圏は、4/9(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、4/17(土)から名演小劇場で公開。関西は、4/23(金)からテアトル梅田他で公開。不遇な女性古生物学者の秘めた恋『アンモナイトの目覚め』1840年代、女性の社会進出がまだ認められていなかったビクトリア朝のイギリス。独学で古生物を研究し、大英博物館に残るほどの化石を発見したものの、不遇な生活を送る古生物学者メアリーに訪れた転機、それはある女性との出会いでした…。メアリーは実在した人物です。死後に認められ、王立協会が「科学の歴史に最も影響を与えた英国女性10人」に選んだのは2010年。同時代の人が彼女について書いた書物はほとんどないそうです。そんなメアリーを主人公にして描くのにあたり、同性と関係を持っていたかもしれない、と想像をめぐらせたのは『ゴッズ・オウン・カントリー』のフランシス・リー。21世紀ゲイ映画の旗手、とよばれる監督です。監督が主演に起用したのはイギリスの名女優ケイト・ウィンスレット。ウディ・アレンの前作『女と男の観覧車』とはだいぶイメージが異なりますが、最初はうつうつとし、やがて内に秘めた熱情を爆発させる女性像を見事に演じています。彼女の心を開かせるシャーロット役には、今年で27歳、すでにアカデミー賞4度のノミネート、1度の受賞という演技派、シアーシャ・ローナン。超豪華な組み合わせです。【ぴあ水先案内から】春日太一さん(映画史・時代劇研究家)「……二人の女性が徐々に距離を縮めていく様が、壊れそうなまでに繊細なタッチで綴られる。……」波多野健さん(プロデューサー)「……この映画で一番感銘を受けたのは“音”だった。……ものすごく迫ってきて、ストーリーを一層奥深いものに見せてくれた。こんな経験は初めてだった。」植草信和さん(編集者・元キネマ旬報編集長)「……地の果てを彷徨するふたりの女性の魂と肉体が結ばれて昇華する描写が、素晴らしい。性愛描写の極致。……」
2021年04月04日【おとな向け映画ガイド】『天国と地獄』に似てる!? 連続殺人鬼が女子高生に『ザ・スイッチ』と、幸せの国『ブータン 山の教室』。今週はこの2本をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明21/3/28(日)野村正昭さん(映画評論家)「……クリストファー・ランドン監督が手がけただけあって、さすがの出来栄え!……」世界で一番幸せな国で…『ブータン 山の教室』ブータン王国は10年ほど前、若き国王夫妻が来日し、ちょっとしたブームになったことがありました。GDPよりGNH(Gross National Happiness/国民総幸福量)の方が重要だという国です。そのブータンで作られた、まさに心洗われる映画です。首都のティンプーに暮らす、ipodを手放さない音楽好きな若い教師ウゲンが、上司の命令で僻地の学校に赴任します。学校は春から秋までの季節開校。冬までの約束です。ティンプーは標高2300メートル前後、赴任地のルナナ村は4800メートル。途中のガサまではバス、そこからはトレッキング、つまり山登りしか手段がなく、しかも8日もかかるのです。村に到着するやいなや「僕にはできません」と弱音をはいたウゲンですが、純朴そのものの生徒たちとの暮らしのなかで、何かが変わっていきます……。プロの俳優はウゲン役の新人シェラップ・ドルジと若い数人のみ。村人や生徒たちは実際にルナナに暮らす人々が自身を演じています。特に、クラス委員役を演じるペム・ザムは奇跡ともいえるかわいさ。観ているだけでなごみます。監督はパオ・チョニン・ドルジ。この作品が長篇デビュー作です。写真家でもある監督、ブータンの大自然をとらえた映像美は、やはり映画館のスクリーンで観てこそ、と思います。【ぴあ水先案内から】立川直樹さん(プロデューサー、ディレクター)「……ブータンから“幸せとは何なのだろうか”と考えさせてくれる映画が登場した。……」伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……ゆっくりと心が広がる感覚を映画で味わい、主人公の青年に自分をシンクロさせながら気づくもっとも大切なこと。」紀平重成さん(コラムニスト)「……最初は村の暮らしや人々の語らいがあまりにも純朴過ぎて少々居心地は悪かったのですが、突然理由もなく涙がこぼれ出し慌てました。」夏目深雪さん(著述、編集業)「……田舎の学校で子供たちを教えるという物語には想像以上のものはない気がするが、これが筆舌に尽くしがたい素晴らしさ。……」首都圏は、4/3(土)から神保町・岩波ホールで公開。中部は、4/24(土)から名演小劇場で公開。関西は、4/30(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。
2021年03月28日【おとな向け映画ガイド】米アカデミー賞主要6部門ノミネート!『ノマドランド』など、ぴあ水先案内人がすすめる4本をご紹介ぴあ編集部 坂口英明21/3/21(日)笠井信輔さん(フリーアナウンサー)「……様々な人間模様が美しい大自然の中で描かれる本作。劇場の大画面で見てこそ、その良さがわかる作品だ。……」伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……老いた彼らの表情には人間関係からの苦しみだとか家族への愛よりも、もっと深い人類愛のようなシワが刻まれている。」佐々木俊尚さん(フリージャーナリスト)「……リアルにアメリカ人の苦境とそこで培われてるたくましさを描き出している。……」佐藤久理子さん(文化ジャーナリスト、パリ在住)「……主人公の旅路に瞠目するうちに、自分も彼女とともに新しい世界を発見していることに気付かされる傑作。」相馬学さん(フリーライター)「……混迷の2021年を生きる現代人にとって、ひとつの指針になるだろう。……」高松啓二さん(イラストレーター)「……圧倒されるのは、ノマドキャンプや国立公園のアメリカの大自然描写……」堀晃和さん(ライター、編集者)「……アメリカの新たな一面を見せられた気分になった。」渡辺祥子さん(映画評論家)「……雄大な景色の中で生きている孤独な自分。でも行きたい道を自分で選べる人生だ。……」大泉洋に「あてがき」したベストセラー小説を映画化『騙し絵の牙』大手老舗出版社を舞台にした業界内幕ドラマも、大泉洋主演だとこんなに軽快でスリリングなエンタテインメントになるのですね。『罪の声』の著者・塩田武士が大泉洋主演を想定し「あてがき」した評判の小説を映画化。一族経営の出版社にありがちな跡目争いに端を発した派閥抗争まっただなかに、外部から招かれた大泉扮する新編集長の活躍を描きます。現社長の息子・中村倫也の後見人である常務に佐野史郎。彼は会社の看板を背負う小説誌を配下に持ちます。一方、次期社長と目される専務の佐藤浩市は“スキャンダラスな話題だろうと売れれば正義”のカルチャーマガジン担当、この2誌の社内ヘゲモニー争い。そこへ社長が逝去。がたつく社内の混乱に油をそそいだのは大泉編集長がうちだした新手です。炎上覚悟のその秘策とは……。個性派の俳優たちが豪華に並びます。編集者役で松岡茉優、木村佳乃、小説家に國村隼、宮沢氷魚、文芸評論家に小林聡美、謎の男のリリー・フランキー、人気モデルの池田エライザなど。監督は『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八です。【ぴあ水先案内から】笠井信輔さん(フリーアナウンサー)「大満足! ほんと痛快。……ほんとに『出版業界の半沢直樹』だった。……」相田冬二さん(ライター、ノベライザー)「……大泉洋のダンディズムを、意外なかたちで炙り出した……」中川右介さん(作家、編集者)「……陰謀と裏切りの二転三転は、小説以上。……」伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……登場人物全員がしっかりと個性を輝かす場を与えられ、皆がワクワクしながら演じているのが伝わってくるから楽しいのなんの。」堀晃和さん(ライター、編集者)「……ぜひ『牙』に込められた意味も見逃さないでほしい。」“水の精・ウンディーネ”の神話が現代に『水を抱く女』「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して、水に還らなければならない」という、水の精(ウンディーネ/オンディーヌ)の神話を現代によみがえらせた幻想的なラブストーリーです。ミステリアスでしかも妖艶なヒロイン、ウンディーネを演じているのはパウラ・ベーア。本作品で、ヨーロッパ映画賞女優賞やベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞しています。ウンディーネは歴史研究者。ベルリンにある都市開発模型を展示する博物館でガイドをしています。展示物や彼女が語るベルリンの歴史も興味をそそります。繰り返し使われる音楽はバッハの協奏曲ニ短調。細部にこだわりが感じられる、ヨーロッパ映画です。監督は名匠クリスティアン・ペッツォルト。【ぴあ水先案内から】佐藤久理子さん(文化ジャーナリスト、パリ在住)「……情熱的なラブストーリーとヒッチコック風のサスペンスが融合し、先の読めない面白さに引きずられる。」伊藤さとりさん(映画パーソナリティ)「……驚きの連続が待ち受ける究極の愛情表現……」野村正昭さん(映画評論家)「……博物館にあるベルリン全体の模型や、大きな水槽などがミステリアスに絡みあい、やがて現実とも幻想ともつかない結末になだれ込む……」首都圏は、3/26(金)から新宿武蔵野館他で公開。中部は、4/16(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、4/16(金)からテアトル梅田他で公開。親子の逃避行、そして父の決意『旅立つ息子へ』自閉症スペクトラムを抱える息子と田舎町で暮らす父親。このまま自分が面倒をみられればよいのですが、定収入もなく、裁判所からは養育不適合と判断されてしまいます。このままだと全寮制の特別支援施設に預けることになります。入所の当日、いやがる息子をみて父は決意します。この場から逃げ、ふたりで旅に出ようと…。東京国際映画祭で『ブロークン・ウィング』『僕の心の奥の文法』と2度グランプリを受賞したイスラエルのニル・ベルグマン監督作品。実話を基にした映画です。息子がとても個性的。例えば、チャップリンの『キッド』が好きという設定なんて、とても好感が持てます。【ぴあ水先案内から】佐々木俊尚さん(フリージャーナリスト)「……単純な美しい物語にしておらず、地に足ついた現実を見据えながらつくられている……」渡辺祥子さん(映画評論家)「……いつの間にか愛する息子の世話をすることが生きる目的になっている父親の姿を描くドラマだ。しかし、そんな日々に新たな扉が開く時がくる。……」野村正昭さん(映画評論家)「……イスラエル出身のニル・ベルグマン監督は、文化や言葉の壁を越えて我々に率直に心情を伝えてくる……」
2021年03月21日【おとな向け映画ガイド】米アカデミー賞有力候補『ミナリ』など、ぴあ水先案内人おすすめの4本をご紹介ぴあ編集部 坂口英明21/3/14(日)佐々木俊尚さん(フリージャーナリスト)「……おばあちゃん役の人の演技が絶品。ちょっと毒舌で過激で、でも憎めなくて、好人物っていうキャラクターって昔の日本映画にはよく登場してた。そういう懐かしさも含めて、日本人的な情緒でも共感できる物語。……」渡辺祥子さん(映画評論家)「……最悪の事態になってもきっと乗り越えられる、と思える温かみがあって胸をなでおろす。」紀平重成さん(コラムニスト/元毎日新聞記者)「……複数のルーツを持つカマラ・ハリスさんがアメリカ副大統領になったことも、語られるべき移民の歴史が無視できないほどに大きな潮流となっている」植草信和さん(編集者/元キネマ旬報編集長)「……主題歌が我が国のテレビドラマの名作『北の国から』に類似していることもあって、親子の情愛に感動させられる。」会話のテンポが抜群に楽しい!『まともじゃないのは君も一緒』数学一筋の予備校教師(成田凌)に、恋愛経験ゼロの教え子(清原果耶)が、いかにして女の子と付き合うか、をコーチする、そんなラブコメですが、傑作です。ちょっと小生意気な女子高生、とんちんかんでどこかまともじゃない独身男、ふたりの会話のやりとりは、おしゃれなハリウッド・スクリューボール・コメディのようです。いや、おおげさじゃなく。【水先案内人のコメントから】笠井信輔さん(フリーアナウンサー)「……またも清原果耶にやられてしまった。この人はどうしてこうも芝居がうまいのだろう。……」ダメサッカーチームを救ったのは?『クイーンズ・オブ・フィールド』フランスで90年の歴史を誇るサッカーのクラブチーム。試合中にまさかの大乱闘騒ぎを起こし、メンバー全員が出場停止になってしまいます。控えはなし。このまま行くとチーム存続の危機です。そこでたちあがったのは、選手の妻たち。ある奇策を思いつきますが……。肩のこらない、遊び心満載のコメディ作品です。【水先案内人のコメントから】夏目深雪さん(著述・編集業)「……女たちの疾走と反撃が加速しこのうえない爽快感を生む。……笑って感動できる大人のための作品。」ライブビューイング『メリー・ウィドウ』NYメトロポリタン・オペラの舞台を収録し、映画館で上映するMETライブビューイング。コロナ禍で公演がなく、新作はありませんが、過去の名作を集めた「プレミアム・コレクション2021」の連続上映が始まっています。2月の『椿姫』に続いて、19日からはレハールの『メリー・ウィドウ』を公開。古き良きパリを舞台にリッチで陽気な未亡人をめぐるロマンチック・コメディ。当代随一といわれるソプラノ、ルネ・フレミングが主演の舞台です。【水先案内人のコメントから】朝岡聡さん(コンサートソムリエ/フリーアナウンサー)「……歌も芝居も衣装もセットもMETならではの贅沢さいっぱいで届けられる。これぞ、究極のオペレッタの楽しみ!」
2021年03月14日【おとな向け映画ガイド】残された人生あと92分!『ワン・モア・ライフ!』と、新感覚のサスペンス・ホラー『ビバリウム』の2本をオススメぴあ編集部 坂口英明21/3/7(日)イラストレーション:高松啓二今週末(3/12・13)に公開される映画は11本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『ブレイブ ‐群青戦記‐』『映画しまじろう「しまじろうと そらとぶふね」』の2本、中規模公開とミニシアター系の作品が9本です。そのなかから2本を厳選し、ご紹介します。『ワン・モア・ライフ!』交通事故に遭い、突然天国に召された中年男のパオロが、天国の入口で、「こんなに寿命が短いはずがない。野菜のスムージーだって飲んでいたのに!」と猛反発します。「野菜のスムージー?」、受付係の天使(でしょうか? 老人ですが)が、待てよ、と反応。調べてみると、スムージーのことは寿命の計算に入っていませんでした。申し訳ない、前代未聞のこちらのミスだ、とパオロはスムージーの分だけ、地上に戻されることになります。その時間は、92分!というわけで、人生があと1時間半、映画1本分にもみたないとしたら、自分なら何をする?てなことを考えながら、楽しんでいただきたいイタリアのコメディです。映画に天国の入口はよく登場します。『素晴らしき哉、人生!』や『天国から来たチャンピオン』といった名作が頭に浮かびます。死者を迎え入れてくれるのは大抵、人の良さそうな男性の天使。本作でも、メガネをかけ、白い顎髭を蓄えた天使がパオロに与えられた92分の地上生活を見張ることになります。演じているのはレナート・カルペンティエーリ。イタリアの名優です。『取るに足らない幸せの瞬間』と『取るに足らない不幸の瞬間』というイタリアでベストセラーになった短編集が原作です。人生において取るに足らないことだけれど「それ、あるある。私もある。」と共感するような瞬間をスケッチのように書き連ねたものだそうです。それをダニエーレ・ルケッティ監督は、著者のフランチェスコ・ピッコロとともに脚本化しました。主役のパオロ役に抜擢されたのは、俳優のみならず、脚本家、監督、テレビ司会者など多彩な活躍をするピエールフランチェスコ・ディリベルト。自分勝手で楽天的に生きてきたパオロが「死んでみて」初めて気づいた家族の大切さ、でも与えられた時間はごくわずか! 彼に何ができるのか?撮影の舞台になった、イタリア・シチリア島のパレルモという町がなんとも素敵です。1990年代までは犯罪組織コーザ・ノストラが牛耳る町だったそうです。『ゴッドファーザー』にもでてきましたね。今では人気の観光地です。こういう人生讃歌の映画に、ぴったりです。首都圏は、3/12(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、3/12(金)からユナイテッドシネマ豊橋18、3/13(土)から名演小劇場で公開。関西は、3/12(金)からテアトル梅田他で公開。『ビバリウム』タイトルバックに、エサをせがむ鳥のひなが映し出されます。ところが、このひな、ちょっと変。実はカッコウのひなでして。カッコウは他の鳥の巣にそっと卵を産み落として、子育てを代行させるのです。托卵、という習性だそうです。あこがれの新居を求め、開発中の新興住宅地を訪れたカップル。案内してくれたのは、挙動がなんとなくおかしい不動産屋のセールスマン。しかし、内見の途中で彼が姿を消してしまいます。やむなく、カップルは車で分譲地を去ろうとするのですが、どうしてもここから外に出られない。どこまでも同じ住宅が並び、気づけば、内見した家の前にまた戻ってしまいます。いつの間にか、家には食料が届けられ、翌朝は、乳児の入った段ボールが玄関の前に置かれています。そこには「育てれば解放される」という謎のメッセージが! つまりこれは、托卵!?カップルには事情が飲み込めません。どうしたら良いのか。これは誰の陰謀なのか。なんとかここを抜け出そうと、ふたりは悪戦苦闘します。そして次第に精神が崩壊していくのです。それでも食料はきちんと届けられ、赤ちゃんは、驚くほど短い間に成長していき、「ママ」と呼び出し始めます。ベルギーとデンマーク、アイルランドの合作で、監督はアイルランド出身のロルカン・フィネガン。使われている言語は英語です。カンヌ国際映画祭の批評家週間でプレミア上映され、新しいクリエイター発掘を奨励するギャン・ファンデーション賞を受賞しています。主人公のカップルは、『ソーシャル・ネットワーク』のジェシー・アイゼンバーグと『グリーンルーム』のイモージェン・プーツ。舞台は謎、ヨーロッパのどこかみたい。住宅地はライトグリーンを基調にして、おしゃれです。絶叫ホラーではなく、恐怖はさざなみのようにやってきます。バックにそら恐ろしい世界がひかえているような、不気味なサスペンス・ホラー。上品な作りですが、それだけに途中の、あっと驚く仕掛けは効果的です。
2021年03月07日【おとな向け映画ガイド】韓国プロ野球に挑戦する『野球少女』と、ベトナム戦争秘話『ラスト・フル・メジャー 』の2本をオススメぴあ編集部 坂口英明21/2/28(日)イラストレーション:高松啓二今週末(3/5)に公開される映画は13本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『太陽は動かない』『野球少女』『ラーヤと龍の王国』の3本、中規模公開とミニシアター系の作品が10本です。そのなかから2本を厳選し、ご紹介します。『野球少女』高校球児に性別は関係ないはずですが、男子をイメージしてしまいます。それがプロ野球選手となれば、なおさら女子は考えにくい。でも現在、規約上では女子もあり得るのです。これは、ひたむきな女子高生が本気で男性と同じプロリーグに挑む!という韓国映画です。リトルリーグで野球を始め、天才少女といわれ、高校でも野球部で活躍する主人公チュ・スイン。彼女のプロへの道を阻むものは? 社会の偏見、親の反対、それもありますが、最大の壁は身体能力、体力の差でした。スインは球速130キロを投げる力があって、女子では最高レベル。けれども、プロの男子にはその上が沢山います。これではプロテストには受かりません。どう乗り越えるか……。ひとりのコーチとの出会いで、道が開けていきます。コーチは、スインのピッチングの特徴からある秘策を提案するのです。さっしのいい野球好きなら、ははーんあの手かな、と思い当たるでしょう。日本のコミックで映画にもなった先駆者『野球狂の詩』では、ヒロイン水原勇気がドリームボールをあやつり、大活躍をしました。スインも、魔球とはいいませんが、変化球に活路を見いだします。これも大変な練習が必要ですし、マスターしたとしても、プロの壁は相当厚い。それでも夢に向かって突き進むスインに周囲も動かされていきます。スインを演じるのは大ヒットドラマ『梨泰院クラス』でブレイクしたイ・ジュヨン。ピッチングもとても自然ですし、唇をかみしめ、前を見続ける負けず嫌いな姿に、思わずエールを送りたくなります。閉塞状況の今日このごろ、観終わって、自分も元気をもらったような気持ちになる作品です。『ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実』1975年に終結したベトナム戦争。アメリカにとって悪夢のような負け戦です。過酷な戦場のトラウマに加え、帰還したあとも冷たい扱いを受けて、精神的に大きな痛手を負った兵士が多いとききます。そのベトナム戦争下の1966年、作戦遂行中にベトコンの待ち伏せにあい、全滅寸前となった地上部隊をヘリで救援に向かい、傷ついた多くの兵士を救出し、自らは戦死した、ある空軍医療兵の実話です。兵士の名はウィリアム・H・ピッツェンバーガー。戦友や彼に命を救われた兵士たちが、アメリカの軍人にあたえられる最高の栄誉である“名誉勲章”を彼に授与してほしいと請願します。しかし彼に与えられたのは、空軍十字章だけでした。それから30年間、請願は続き、クリントン政権下で実を結ぶことになります。映画は、国防総省のエリート職員スコット・ハフマン(セバスチャン・スタン)による関係者への聞き取り調査と、激戦の再現が並行して描かれます。調査が進むなかで、請願が無視され続けた理由、隠ぺいされていた真相が明らかになっていきます。生き残った兵士たちが語る戦闘の様子だけでなく、彼らの復員後の生き方、おかれた立場、不安定な精神状態といった厳しい現実がこの映画のもうひとつのテーマといってよいでしょう。特筆すべきは、名優たちを起用した豪華なキャスティングです。ウィリアム・ハート、ジョン・サヴェージ、サミュエル・L・ジャクソン、エド・ハリス……まるでハリウッド70-80年代「脇役グラフィティ」のような顔ぶれです。エンド・クレジットでは「ピーター・フォンダを偲んで」という献辞が書かれていましたが、ピッツェンバーガーの父親役で出演していたクリストファー・プラマー(21年2月5日没)にとっても遺作となりました。タイトルの『ラスト・フル・メジャー』はリンカーンの演説から。「最後の全力を尽くして」といった意味です。まさに。首都圏は、3/5(金)からシネマート新宿他で公開。中部は、3/5(金)からユナイテッドシネマ豊橋18、3/6(土)から名演小劇場で公開。関西は、3/5(金)からシネマート心斎橋他で公開。
2021年02月28日【おとな向け映画ガイド】異色の2本をオススメ。息子のゲイバーを相続した『ステージ・マザー』、男性が『MISS ミス・フランスになりたい!』ぴあ編集部 坂口英明21/2/21(日)イラストレーション:高松啓二今週末(2/26・27)に公開する映画は23本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『あのこは貴族』の1本、中規模公開とミニシアター系の作品が22本です。そのなかから2本を厳選し、ご紹介します。『ステージ・マザー』都会で小さな店を経営していた息子の訃報をきいて、田舎から出てきた母が、持ち前の明るい性格と周りの人たちに助けられ、傾きかけていた息子の店を見事に盛り返し、めでたしめでたし、という下町人情物語なんですけど。舞台がサンフランシスコ、息子がドラァグクイーン、店はショーを売り物にするゲイバーとなると、ドラマは急に現代的な様相を呈します。この設定で、もう勝ったも同然と言いましょうか、期待を裏切らない面白さと充実感のある作品です。母メイベリンが住んでいるのは米南部テキサス。今回トランプ元大統領は負けましたが、とても保守的な地区です。息子のリッキーは勘当状態。夫は訃報を聞いても動こうとはしません。彼女は夫の反対を押しきって最愛の息子の葬儀に駆けつけます。サンフランシスコ、カストロ・ストリートといえば、世界有数のLGBTQ+コミュニティがあることで知られています。リッキーはそのなかで、ゲイバーを経営していました。人気者で、パートナーもいます。不慮の死だったため、遺書もなく、なんと店の経営権はメイベリンが継ぐことに。経営はうまくいっておらず、大した価値はない。どうせつぶしてしまうんだろという周りの冷たい視線の中で、息子の想いを繋ごうと、決意するメイベリンですが……。メイベリンを演じるのはジャッキー・ウィーヴァー。最近では『チア・アップ』でダイアン・キートンとチアリーダーにチャレンジするシニア役が印象に残ります。そんなに美形ではないけれど、愛嬌があって、観ているうちにどんどん魅力にハマっていきます。他に『キル・ビル』などでおなじみのアジア系女優ルーシー・リューが、息子の友人で子供を持つ自由奔放な隣人の役。メイベリンを応援するひとりです。監督はトム・フィッツジェラルド。クラシックなハリウッド・コメディに、自立する女性を描く映画の要素を加え、『キャバレー』のように華やかなショーで味付けしたハートウォーミング・コメディに仕立てています。『MISS ミス・フランスになりたい!』男性しか門戸が開かれていない世界に女性が挑戦しパイオニアになる、実話の映画化も含めてそういった作品はいくつもあります。女性オンリーの世界への男性進出も、主夫ものとか、ないわけじゃない。しかし男性がミスコンに、というのは思いつきませんでした。子どもの頃に将来何になりたいかと聞かれ、ボクサーになりたい、サッカー選手になりたいとクラスメートがいいます。アレックスの夢はミス・フランスになることでした。それから幾星霜。24歳になった彼は、その夢の実現に向けて動き出します。そう考えてもおかしくないほど彼は美しいのです。パリのごたごたした下町の下宿屋。ごうつくばりだけれど生きる知恵のある家主、少々とうが立った女装の娼夫、起業を目指すIT系の移民青年、インド人のお針子さんたちといったさまざまな住人と友人の助けをかり、男性であることを隠して「ミス・フランス」コンテストに挑戦します。アレックスは偽造パスポートを手に入れ、まず、パリを中心にした「イル・ド・フランス」地区の予選に参加します。ミスコンなんて、美女を選ぶ男性社会が作り出した遺物なんじゃないの、と思っている人がいるとしたら、驚くと思います。コンテストで重視されるのは受け答え。女らしさ、よりも自分らしさ、自己表現です。アレックスは見事な受け答えで優勝。全国大会に進出します。さて、ここからどんな展開になるか。全国から地区代表が一箇所に集められ、共同生活や旅をしながら決勝に進む、その過程のすべてが審査対象です。この年は、ベルギーへエコ旅行という設定。海岸でゴミ拾いをしたり、産業廃棄物処理場で撮影、もちろん、エコに対する姿勢も大きな審査です。ミス・コンテストというイベントそのものも見どころなのです。ジャン=ポール・ゴルチエのレディースコレクションに出演し話題となったフランスのジェンダーレス・モデル、アレクサンドル・ヴェテールの映画初主演作。この存在感なしではあり得ない企画です。そんな彼の魅力に加え、主人公をとりまく人間模様も多様性に富んでいて、奥深い映画になっています。首都圏は、2/26(金)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、2/26(金)からユナイテッドシネマ豊橋18、2/27(土)から名演小劇場で公開。関西は、4/2(金)からテアトル梅田他で公開。
2021年02月21日おとな向け映画ガイド人生、最期はこうありたいー『痛くない死に方』と、ISによる監禁からの解放を描く『ある人質 生還までの398日』をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明21/2/14(日)イラストレーション:高松啓二今週末(2/19・20)に公開する映画は15本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『スーパー戦隊MOVIEレンジャー2021』『ライアー×ライアー』『あの頃。』の3本、中規模公開とミニシアター系の作品が12本です。そのなかから『痛くない死に方』と『ある人質 生還までの398日』の2本をご紹介します。『痛くない死に方』臨終の席。息を引き取ったばかりの祖母を家族が囲み、医者も入って、「おばあちゃんありがとう、お疲れ様でした」と記念写真を撮る。これはあり?痛くない治療をめざしたはずが、患者に苦しみの最期を迎えさせてしまうことが続き、思い悩む若い在宅医療医が、先輩医師に同行して見た看取りのシーンです。痛みもなく、生を全うし、家族に見送られての最期なら、故人も家族もきっと喜んでくれるんじゃないか。白衣を身に着けず普段着で在宅診療を続ける型破りな先輩医師はそういいます。悩める若い医師・河田役は柄本佑。先輩医師・長野は奥田瑛二が演じています。河田は長野のクリニックで働くようになります。「大病院の医者は臓器という断片を見る、俺たち町医者は物語を見る。患者の人生と向き合うんだ」と語る長野の治療法は、河田にとって驚くことの連続です。実は、長野にはモデルがいます。日本の在宅医療のスペシャリストで尼崎市の町医者、長尾和宏さん。彼の著書『痛くない死に方』『痛い在宅医』がこの映画の原作です。脚本も担当した高橋伴明監督は、長尾さんご自身ではなく、『赤ひげ』で加山雄三が演じた新米医師・保本を彷彿とさせる河田を主人公にし、彼の成長物語のなかで、医師はどうあるべきか、人はどう死と向き合うのか、平穏死、尊厳死を問います。長野のもとで2年がたち、河田は、大病院から在宅医療に変更したステージ4の肝臓がん患者・本多さんを担当します。演じているのは、高橋監督の代表作『TATTOO〈刺青〉あり』で主演した宇崎竜童。その妻役は大谷直子です。彼らの視点で、直面する在宅医療、延命治療、リビング・ウィル(生前意思)、もっと具体的に食べること、待ってくれない痛みといった問題も描かれます。ラスト近く、息をひきとったあとで、妻が夫にかけた言葉。こんなことをいわれたら最高だな、と思いました。ぜひ、映画館できいて下さい。首都圏は、2/20(土)からシネスイッチ銀座他で公開。中部は、2/20(土)からミッドランドスクエアシネマ名古屋他で公開。関西は、3/5(金)からテアトル梅田他で公開。『けったいな町医者』『痛くない死に方』で奥田瑛二が演じた医師長尾和宏を描いたドキュメンタリーが同時公開されています。兵庫県尼崎市の在宅医、2500人を看取り、幸せな最期とは何か、を追求する長尾医師に密着し、その日常を追います。監督・撮影・編集は毛利安孝。ナレーションを柄本佑が担当しています。『ある人質 生還までの398日』イスラム過激派の人質となり、13ヶ月拘束されたデンマーク人写真家の、実話をもとにした、いわば再現ドラマです。拷問、監禁の想像を絶する様子と、彼を救いだすために奔走する家族の行動が並行して描かれます。日本人ジャーナリストの拘束や、時には処刑されるというショッキングなニュースで断片的に伝わるこの種の事件の真実に迫る映画です。2013年から14年のシリア。イスラム過激派組織のIS(イスラム国)は活動の初期段階です。このあと、16年にかけて支配拡大していく、その前段階で数十名の西欧人を人質にとりました。この映画の主人公ダニエルも人質のひとりでした。22歳。デンマーク体操チームの一員でしたが、怪我をしてリタイア。もともと憧れていた写真家の道を選び直し、キャリアを積み始めたばかりの新米です。戦場を撮ろうとしたわけではなく、紛争下の庶民の暮らしがテーマでした。取材は非戦闘地区で、夜になれば隣国のトルコに引き上げる。自由シリア軍の許可もとり、現地の人にエスコートもされて、安全なはずでした。が、過激派にあっというまに捕らえられます。デンマーク政府はテロリストとは交渉しないという方針。窮地に立たされたダニエルの父母と姉は、何とか彼を救おうと人質救出のプロと連絡をとります。実行犯とのコンタクト、交渉、そして何より大変なのは法外な身代金の調達です。最終的に、約2億8500万円まで膨れ上がります。監督は、『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』で世界的に知られるデンマークのニールス・アルデン・オブレヴと、人質解放のプロ役で出演もしているアナス・W・ベアテルセン。デンマークのジャーナリスト、プク・ダムスゴーが『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』としてまとめたノンフィクションを原作にしています。生死の狭間で、人質たちが必死で助け合う姿も感動的です。究極の恐怖を受けながらも、「ヤツらの憎悪に負けたくない。僕の心にあるのは愛だけだ」と語り皆を励ますアメリカ人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリーもつらい死をとげます。拘束されたダニエルはもちろんですが、「無力という精神的拷問に何ヶ月も耐えなければならない」(監督のコメントから)一般人である家族の日々に心が痛みます。あってはならないことです。
2021年02月14日おとな向け映画ガイド役所広司がうますぎ! 西川美和監督『すばらしき世界』と、おとなのファンタジー『マーメイド・イン・パリ』をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明21/2/7(日)イラストレーション:高松啓二今週末(2/11〜13)に公開する映画は18本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『ファーストラヴ』『すばらしき世界』『劇場版「美少女戦士セーラームーン Eternal」《後編》』『名探偵コナン 緋色の不在証明』の4本、中規模公開とミニシアター系の作品が14本です。そのなかから『すばらしき世界』と『マーメイド・イン・パリ』の2本をご紹介します。『すばらしき世界』笑福亭鶴瓶が偽医者を演じた『ディア・ドクター』、松たか子と阿部サダヲの結婚サギ師『夢売るふたり』といった、個性的な犯罪者をとりあげ、善悪あわせもつ人間の複雑な心理を描き続けてきた西川美和監督、5年ぶりの新作です。実在の人物をモデルにした佐木隆三の小説『身分帳』を映画化したもの。早くもとびだした2021年ベストムービーといっていい傑作だと思います。役所広司演じる主人公・三上正夫は、前科10犯、殺人の罪で旭川刑務所を出てきたばかりです。強面ですが、ちょっといい男でどこか愛嬌があり、実直そう。ただし背中や腕にタトゥーあり。心を入れ替えて「今度こそ堅気ぞ」という言葉に偽りはないのだけれど。殺した男について問われると「いきなり刀を持って乗り込んできたんだ、あのバカが」と急に感情をむき出しにして、激昂します。チンピラ集団がサラリーマンを脅しているのを町でみかければ、黙っていられず、あっというまにチンピラたちをボコボコにしてしまう。直情径行、正義感の人です。しかも腕っぷしが強い。安アパートでのひとり暮らし、生涯の多くを刑務所で過ごした男の部屋は小綺麗です。ミシンとか裁縫も上手。そんな不思議な魅力を持つキャラクター。役所広司は、もうハマりすぎ、憑依したような演技です。その三上をとり巻く人々。できれば接したくないのに関係せざるを得ない人、好意的につき合おうとする人、それぞれのとまどいながら対応する姿や心理描写、人間模様が、とてもきめ細かく描かれていて、しかもいい役者さんを揃えています。この作品のもうひとつの魅力です。彼に目をつけ、その更生の過程をとりあげようと近づくテレビマンふたり。相手の事情を忖度せずにずんずん食い込むプロデューサー役の長澤まさみと、三上の人間味に惹かれていくディレクター仲野太賀。旬な役者のなんとぜいたくな起用。最初は万引をしたと疑い、逆ギレされてびびるスーパーの店長に六角精児。“反社”の人は生活保護は受けられませんとつっぱねながら、なんとか救う手立てがないかと考えるケースワーカーに北村有起哉。他にも、橋爪功と梶芽衣子は身元引受人の弁護士夫妻、やくざ仲間の白竜とその妻キムラ緑子。助演賞がいくつあってもたりません。世の中は敵ばかりではない。きっと手をさしのべてくれる人がいる。確かに不寛容で生きにくい世界ではあるけれど。観た人により、ちがう受け止め方ができる奥深いタイトルです。『マーメイド・イン・パリ』パリに出没すると、人魚姫もポップでおしゃれです。大洪水でセーヌ川に迷い込んでしまった人魚、名前はルラ。美しい歌声で男の心を虜にし、ついには心臓を破裂させてしまうという能力を持っています。その力で自分の身を守っていました。ある日、彼女が負傷して川岸に打ち上げられていたところを、パフォーマーのガスパールが助けます。自宅に連れ帰り、とりあえずバスタブへ。やがて、めざめたルラは、いつものように歌い出すのですが、ガスパールには効きません。彼は失恋の痛みで、恋する心を失っていたのです。と、文字にすると、ププッと一笑にふされるかもしれませんが、これぞファンタジーですから。このあと、ふたりに恋心が生まれ、ルラは海にもどらなければならない、というストーリーもおなじみのもの。そんなメルヘンのような世界をオススメするわけではありません。フランスのティム・バートンともいわれる監督、マチアス・マルジウの作品です。夢見ごこちなだけでなく、毒気もあります。ルラ(マリリン・リマ)は可愛いだけでなくセクシー。イケメンのガスパール(ニコラ・デュヴォシェル)は王子様キャラというよりは不器用なオタク。そんなふたりのロマンティック・コメディ。これぞ、おとなのためのファンタジーです。それをさらに魅力的にしているのは、はじけるようなマルジウのビジュアル・センスです。ガスパールがパフォーマーとして働く、川に浮かぶ老舗のバー「フラワーバーガー」で繰り広げられる妖艶なフレンチショー、石畳のパリはまるでポップアップ絵本のなかの街のようです。ガスパールが住む家も、おしゃれな小物やフィギア、色とりどりのブリキのおもちゃやドールであふれ、ヨーロッパのアンティークショップのようで目が離せません。ふたりを見守るジョニー・キャッシュと名付けられた猫、スペインの名優ロッシ・デ・パルマが演じるお隣の世話焼きおばさんも愉快な脇役です。とにかく細部に凝っているのです。アンデルセンやディズニーというよりは、今でもファンの多い寺山修司が、宇野亜喜良とともに作り出した人魚姫を思い出しました。人魚の真珠の涙、なんてまさに。
2021年02月07日おとな向け映画ガイドこんな映像は観たことがない! 中国新世代が描く現代の山水画『春江水暖』と、スクープ満載の『ディエゴ・マラドーナ』。ぴあ編集部 坂口英明21/1/31(日)イラストレーション:高松啓二今週末(2/5・6)に公開する映画は10本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『樹海村』『哀愁しんでれら』の2本、中規模公開とミニシアター系の作品が8本です。今回は、2/11公開の『春江水暖』と今週公開の『ディエゴ・マラドーナ二つの顔』の2本をご紹介します。『春江水暖~しゅんこうすいだん』古典の風格を持った傑作が誕生した、とやや興奮気味におすすめしたい中国映画です。山水画という絵画ジャンルがあります。背に山を抱き流れる川、岩や樹木や、ときに人間を自然の一部のように配した風景画。この映画には、まさに「現代の山水画」の趣きがあり、描かれるドラマも大きな川の流れのように、ゆったりと、さまざまな人生をのみこんで進みます。上海の南に位置する杭州市 富陽が舞台です。富春江という大河があり、歴史は秦朝まで遡る古い街。2022年にアジア競技大会がこの地で開催されるため、街全体が大改装中。映像でとらえると、山水画の山は、高層ビルにとって変わられつつあります。この街に住むある大家族。家長の老母を中心に、四人の息子、その妻や孫たちに起きること、その波紋やいさかい、苦悶が、四季折々の行事とともに繊細に描かれます。母の誕生日を祝う宴から始まり、満月の秋があり、雪の旧正月、そして富春江の水も暖む春。辛いこともあれば、楽しいこともある。わたしたち日本人も共感できる、すこし懐かしくもある風景です。この作品がデビュー作という、まだ33歳のグー・シャオガン監督は、『悲情城市』『ヤンヤン 夏の想い出』『東京物語』、そして『ゴッドファーザー』といった家族を描いた名作に影響を受けているようです。富陽は実は監督のふるさと。そのふるさとのリアルな姿を映し出すために、大半の役を監督の親戚や地元の知り合いが演じています。脚本も監督自身の家族におきたエピソードをもとにしているそうです。特筆すべきは、映像のすばらしさです。孫娘グーシーと恋人ジャン先生とのデートのシーン。富春江にとびこみ泳ぐジャンをとらえたカメラは、横にそのままゆっくり移動していきます。岸辺の景色をなめながら10分以上。グーシーの待つ岸に上がり、ふたりは並んで歩き出します。ここまで1ショット。まるで、絵巻物のように、映像がつながっていきます。そんな息をのむようなシーンの数々。撮影チームの「チャレンジ・スピリット」の賜物です。首都圏は、2/11(木)からBunkamura ル・シネマで公開。中部は、2/19(金)から伏見ミリオン座で公開。関西は、2/19(金)からテアトル梅田他で公開。『ディエゴ・マラドーナ二つの顔』なんというドラマチックな人生! そのアップダウンは、次から次へと驚きがおしよせるジェットコースターのようです。 昨年11月に他界したサッカー界の巨星、ディエゴ・マラドーナを描いたドキュメンタリー。急ごしらえの追悼ものでは、もちろんありません。『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』で英国アカデミー賞受賞、『AMY エイミー』で米アカデミー賞受賞のアシフ・カパディアが、過去の貴重な映像を掘り起こし、マラドーナのインタビューにも成功した決定版。いわば本人公認の一代記ですが、サブタイトルにある「二つの顔」にいつわりなく、ダークサイドのマラドーナ像がきっちり描かれていて、それが実にすさまじいものなのです。すでにスーパースターだったマラドーナが、FCバルセロナからセリエAでは弱小だったSSCナポリへ移籍したのが1984年。映画はその入団記者会見のあと、そのまま大観衆の待つスタジアムの前に姿を見せるシーンからはじまります。至近距離の映像は、長くエージェントをつとめたマラドーナの友人シテルスピレールが専属カメラマンを雇って撮り続けていたもの。81年から87年あたりまで、実に数百時間に及ぶ貴重な記録の一部です。このお宝映像が最大のスクープ、です。マラドーナはナポリをほぼ独力で強豪チームにおしあげ、86-87シーズンにはついにクラブ史上初のセリエA優勝とコッパ・イタリア優勝を果たします。故国アルゼンチンのナショナルチームでも86年のメキシコWC で大会MVPに輝きます。続く90年のWCはイタリア開催のうえ、準決勝がアルゼンチンとイタリア、しかもその会場がナポリなんて、すごいめぐり合わせです。一方で、ナポリ入団会見でも記者から厳しい質問がとんだマフィアとの関係は、入団後、さらに深まります。加えて愛人とのゴシップ、隠し子疑惑、コカイン中毒など、スキャンダルのデパートのようなもうひとつの顔。それによって、評判も地に落ちます。これが頂上からまっさかさまで、いっそ痛快。それでもまた立ち上がる、そんな不屈のスーパースター。清濁ともに魅力にみちたキャラクターです。
2021年01月31日今週の「おとな向け映画ガイド」今週公開、小津安二郎を敬愛する海外監督ふたりの新作『天国にちがいない』と『わたしの叔父さん』をご紹介します。ぴあ編集部 坂口英明21/1/24(日)イラストレーション:高松啓二今週末(1/29・30)のロードショー公開は15本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開される作品は『花束みたいな恋をした』『名も無き世界のエンドロール』『ヤクザと家族 The Family』の3本、中規模公開とミニシアター系の作品が12本です。そのなかから選りすぐりの2本をご紹介します。『天国にちがいない』パレスチナ系イスラエル人の名匠エリア・スレイマン監督の作品です。パレスチナ、と聞いてあなたがイメージされることを、見事にくつがえしてくれる映画だと思います。主人公は映画監督。スレイマン自身が演じています。一見、松尾スズキさんのような雰囲気。ごま塩のひげ、下が透明なフレームのメガネをかけ、ハットをかぶり、ショルダーバックは斜めがけ。街を散歩して、カフェに入り、エスプレッソを飲みながら、ぼーっとする……。新作の出資者をもとめてパリとニューヨークへ旅に出るのですが、どこの国に行ってもこのスタイルは変わりません。旅の中で起こるあれこれをスケッチのように描いていきます。ワイドスクリーンいっぱいのシンメトリカルな映像。その中心に彼をおくと、これが不思議と落ち着く構図です。どれもが、どこかユーモラスで、ホッコリとしたもの。おそらく実体験に想像力をふくらませて作り出した彼独自の世界です。彼のセリフは全編通してふたつだけ。映像ですべて物語ります。例えば、パリのヴァンドーム広場に突然戦車が何台も現れたり、地下鉄では妙な男にガンを飛ばされてビビったり、救急車がホームレスに食事のデリバリー? をしたり……。ニューヨークでは、公園に天使がいたかと思うと、子連れの女性やスーパーの店員がカービン銃をまるでアクセサリーのように身に着けていたり……。パレスチナが危険だというのなら、世界こそパレスチナ化しているんじゃない? という彼のちょっとブラックな暗喩もあります。肝心の新作の売り込みがどうなったかというと……これも笑ってしまう結末です。来日したとき、まず墓参をしたという小津安二郎ファンのスレイマンらしい、とても上品な映像、ほのかなユーモア、よい後味の映画です。首都圏は、1/29(金)からヒューマントラストシネマ有楽町他で公開。中部は、2/6(土)から名演小劇場で公開。関西は、1/29(金)からシネ・リーブル梅田で公開。『わたしの叔父さん』一昨年の東京国際映画祭で最高賞である東京グランプリと東京都知事賞を獲得した作品。監督はフラレ・ピーダセン。彼もまた、小津安二郎を師と仰ぐひとりです。デンマークの農村で、初老の叔父さんとふたり、酪農を営む27歳の娘クリスの物語。静かなあたたかい映画です。小津の作品同様、大きな事件があるわけではありません。朝、足の不自由な叔父さんを起こし、服の着替えを手伝い、朝食の支度をする。叔父さんはパンにスプレッドを塗って食べる。クリスはシリアルに牛乳。仕事は、乳牛の世話、畑仕事も少し。訪れる人は牛乳の回収業者だけ。出かけるのも週に一度スーパーへ買物をするくらいです。その繰り返し。淡々とした穏やかな日々が続きます。ふたりの会話はほとんどありません。実の父娘のような絆で結ばれているがゆえ、のようです。中盤からドラマが動き出します。といっても少しだけ。牛の治療にやってきた獣医から仕事の手伝いを頼まれるのです。実は彼女、獣医を夢見たことがあり、もう一度その気持ちに火が灯ります。さらに、教会で出会ったマイクという青年とのほのかな恋。人生の新たな期待と不安の一方で、叔父さんと離れることにも辛さがあり、ゆれるクリスの姿は、小津の映画『晩春』の原節子を彷彿とさせます。実の叔父と姪が演じているそうです。姪のクリスは女優イェデ・スナゴ―ですが、叔父役のペーダ・ハンセン・テューセンは酪農家で演技未経験。監督が取材で彼の農場に滞在したときに、本物の持つ魅力はなににもに代えがたいと起用を思い立ったそうです。撮影も実際にその農場で行われました。まるでドキュメンタリーのような作り。ハンディカメラを固定し、引き気味の自然な映像は、まるで彼らの生活をそっと、横で見守っているようです。首都圏は、1/29(金)からYEBISU GARDEN CINEMA他で公開。中部は、2/13(土)から名演小劇場で公開。関西は、2/5(金)からテアトル梅田で公開。
2021年01月24日今週の「おとな向け映画ガイド」ラピュタのモデルを舞台にした『天空の結婚式』と、イ・ビョンホンの衝撃作『KCIA 南山の部長たち』をオススメします。ぴあ編集部 坂口英明21/1/17(日)イラストレーション:高松啓二今週末(1/22・23)のロードショー公開は10本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開される作品は『さんかく窓の外側は夜』の1本、中規模公開とミニシアター系の作品が9本です。緊急事態宣言対応で公開本数が少なくなっていますが、選りすぐりの2本をご紹介します。『天空の結婚式』若いカップルが親の反対でつきあえない、結婚できない、というのはシェイクスピアの時代からトラブルの火種です。古くは身分違い、家と家の仲が悪い、人種、宗教とか。いまなら、相手が同性だから、というのはあるかも。ベルリンに住むゲイのカップル、イタリア人のアントニオとパオロが主人公です。結婚を決めたふたりは、アントニオの両親に報告するため、帰国します。驚く親たち。父親は猛反対です。ところが母親は2つの条件がクリアできれば賛成するといいだします。そのひとつは、彼らの住んでいる村で結婚式をあげること。アントニオの故郷、それは、チヴィタ・ディ・バニョレージョという、断崖絶壁の上に残された小さな集落、あの『天空の城ラピュタ』のモデルともいわれる「天空の村」なのです。父はその村長。観光客だけでなく、難民の受け入れにも理解をしめすリベラル派ですが、頑固です。母親は息子が選んだ人なら間違いない、嫁姑争いもなさそう、と直感したのか、この「天空の結婚式」をモーレツに進めていきます。ママが考えたとびきりロマンチックな結婚式、そしてこの絶景の村がなんといっても最高の舞台です。イタリアでは、2016年に同性カップルの結婚についての権利が認められたこともあり、映画は話題作として大ヒットしています。元は『My Big Gay Italian Wedding』というオフ・ブロードウェイのお芝居。それをイタリア・コメディの旗手、アレッサンドロ・ジェノベージが映画化しました。カップルをとりまく周囲の人間群像とそのコミカルな大騒ぎも楽しい、おおらかで、ハッピーなロマンチック・コメディです。首都圏は、1/22(金)からYEBISU GARDEN CINEMA他で公開。中部は、2/19(金)からセンチュリーシネマで公開。関西は、3/12(金)からシネ・リーブル梅田他で公開。。『KCIA 南山の部長たち』1979年10月26日。調べてみると、日本では『3年B組金八先生』の第1回が放送された日でした。総理大臣は大平正芳。決して大昔のことではありません。この日、韓国では、歴史的大事件が起きていました。現職のパク・チョンヒ大統領が側近の中央情報部(KCIA)部長キム・ジェギュに射殺されたのです。この事件の顛末を描きベストセラーになったノンフィクションの映画化。驚きを禁じえない作品です。最近の韓国映画は戦後史の暗部にきりこむ社会派の力作が多く、しかも興行的にも成功しています。光州事件を描いた『タクシー運転手 約束は海を越えて』、民主化闘争の『1987、ある闘いの真実』、対北朝鮮スパイ戦『工作 黒金星と呼ばれた男』……。そして、韓国最大の政治スキャンダルに挑んだこの作品、2020年、興行収入第1位という大ヒットとなりました。主演にトップスター、イ・ビョンホンを起用したこと、これが大成功した要因のひとつです。映画は、事件にいたる40日間を、キム部長の動きを中心に追っていきます。米下院議会聴聞会でパク大統領の汚職を暴露した前任部長の“始末”や、大統領の側近である警備室長と忠誠心争いの“暗闘”など……なぜ惨劇に至ったかを浮き彫りにします。大統領とキム部長は1960年の軍事クーデターの仲間。日本陸軍とも関係のある元軍人です。スパイさながらのハードなアクションや銃器の手慣れた扱いも、キャリアから考えるとありうる動き。日本がらみのエピソードも、うなずけます。
2021年01月17日今週の「おとな向け映画ガイド」東山紀之主演の傑作ブラックコメディと、カッコ良すぎるスタントウーマンのドキュメンタリー、2作品をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明21/1/3(日)イラストレーション:高松啓二今週末のロードショー公開は15本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開される作品は『おとなの事情 スマホをのぞいたら』『銀魂 THE FINAL』『劇場版 美少女戦士セーラームーンEternal 前編』の3本。中規模公開とミニシアター系の作品が12本です。その中から、2本を厳選し、ご紹介します。『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』映画製作の裏方を描いたドキュメンタリーは数々作られていますが、このテーマは初めてではないでしょうか。アクションシーンのスタント・ウーマン、命知らずの女性たちにスポットをあてています。テレビの『ワンダーウーマン』や『チャーリーズ・エンジェル』、女性のアクションが人気をよんだあたりから、需要も志願者も増えたようです。最近ではマーベルものや『ワイルド・スピード』シリーズ、SFアクションなど、たしかにCGとは一線を画す彼女らの活躍には目をみはるものがあります。そんなスタントウーマンの歴史を切り開いてきたベテランから現役まで30人以上の証言と、出演作のフッテージ、さらにこの映画のために実演してくれた映像などで、彼女たちの世界を知ることができます。エイプリル・ライトという女性監督の作品です。奥が深いと驚くのは、専門分野が存在すること。ビルから落ちるのはこの人が名人とか、カーアクションならまかせて、逆に車にはねられるプロもいたり。それぞれが独自にトレーニング方法を開発し、研鑽をおこたりません。キックボクシング、太極拳、体操、ダンス……、様々な分野を志していた人が、先駆者者たちの活躍に刺激を受け、この世界に流入してきたのです。この映画がきっかけとなってスタント・ウーマンをめざす女性も多いのでは。それぐらい、カッコよくて生き生きとしています。『おとなの事情スマホをのぞいたら』イタリアのオリジナル版、韓国版、フランス・ベルギー版(Netflix)と観てきて、日本版ができないか、と楽しみにしていました。それがついに完成。しかも東山紀之が主演というではありませんか。本国で大ヒットしたあと、すでに世界中で18本が公開または製作発表されていて、日本版は19本目なのだそうです。世界共通のストーリー設定はこんな風ー。月食の夜。3組の夫婦と1人の独身男、職業もライフスタイルもちがう7人が年に一度集まる食事会の席で、スマホを使ったゲームが始まります。全員のスマホを机の上に出し、これから届くメールやSNSの通知、電話をすべてさらけだすというもの。「やましいことがないなら、OKでしょ?」と 言われると、皆、断る理由がみつからず、内心ハラハラドキドキでゲーム開始、です。やがて、それぞれの隠していたとんでもない事実が明らかになってしまい……。イタリア版『おとなの事情』は、40代後半の男女が幼馴染の食事会に集まってパスタやワインでの宴、でした。フランス・ベルギー版『ザ・ゲーム〜赤裸々な宴〜』はフォアグラのミルク煮?がでてきたり、食後のチーズがおいしそうでした。韓国版『完璧な他人』は同郷の仲間たちが新居披露で郷里の料理とマッコリ、チャミスル。集まる場所、食事のちがいなど、各国特有のライフスタイルが反映されています。さて日本版。脚本はドラマ『ひよっこ』などの岡田惠和。7人がなぜ、定期的に集まることになったかが大きな意味を持ちます。会場も食事もいまの日本を感じさせる設定。なるほど、と納得です。益岡徹と鈴木保奈美、田口浩正と常盤貴子、淵上泰史と木南晴夏、以上がカップル。三平くんというややコミカルで気弱な独身男の役を東山紀之が演じるというのはアイデア、ですね。常盤貴子の大胆なあのシーンとか、鈴木保奈美の開き直った表情とか……、秘密がばれたときの、それぞれのリアクションに「おとなの事情」がにじみでています。
2021年01月03日今週の「おとな向け映画ガイド」新年1月1日公開!あのゾンビ大作続編『新 感染半島 ファイナル・ステージ』と、東京が舞台の香港アクション『燃えよデブゴン TOKYO MISSION』をオススメ。ぴあ編集部 坂口英明20/12/27(日)イラストレーション:高松啓二元日と2日に公開される作品は6本(ライブビューイング、映画祭企画を除く)。全国100スクリーン以上で拡大公開されるのは『新 感染半島 ファイナル・ステージ』の1本。中規模公開とミニシアター系の作品が5本です。その中からスリリングな2本をご紹介。『新 感染半島 ファイナル・ステージ』前作では、謎のウィルスによって国民が次々とゾンビ化し、1日で国の機能が停止してしまった韓国。あれから4年。ゾンビがいなくなったわけではありません。まだ立ち入り禁止は続いています。国に残された資産も凍結状態。その資産金目当てに再上陸をはかった命知らずがいて……という新展開です。主人公は命からがら香港に逃げ延びた元韓国軍人ジョンソク。これを、是枝裕和作品の出演も予定されている国際派スター、カン・ドンウォンが演じています。香港では、ましな仕事もなく、お酒を飲んでいても、韓国人とわかると、出ていけ、と罵声をあびせかけられます(コロナ感染でも欧米ではアジア人に対し当初似たようなことがありました……ね)。そんな生活の中で自暴自棄になっていた彼に、香港のギャングから声がかかります。韓国内に置き去られた現ナマ2000万ドルを回収してくれば分け前は半分。危険この上ないやばい仕事です。同じようにかき集められた命知らずのメンバーは5人。夜陰に乗じてひそかに入国します。監督・脚本は前作と同じヨン・サンホ。韓国内にはゾンビから逃れて生き延びている人たちもわずかにいるのですが、631部隊と名付けられた私兵組織が牛耳っているという設定です。ゾンビと狂気の集団、両者に挟まれたなかで展開されるノンストップ・サバイバル・アクション。特に廃墟のなか、薄汚れた車でのカーチェイスは『マッドマックス』シリーズを連想させる迫力です。ジョンソクとともに立ち向かうのは、訳ありの生存家族、ミンジョン母娘。母役は石田ゆり子にちょっと似たイ・ジョンヒョン、そして14歳の少女ながら、超絶ドライビング・テクニックで場をさらうイ・レに、必ずや魅了されるはずです『燃えよデブゴン TOKYO MISSION』同じタイトルですが、サモ・ハン・キンポー作品の続編ではありません。原題も同じですので、オマージュを捧げているのかもしれません。何といっても、主演がハリウッドでも活躍する現代中国のトップ・アクションスター、ドニー・イェン。監督は『るろうに剣心』などを手がけ、香港でもアクション監督として大活躍する谷垣健治です。内容は相当ふざけています。その香港映画らしい力いっぱいのおふざけぶりがオススメの理由です。香港警察のやり手刑事フクロン。犯人逮捕の成績は優秀なのですが、あちこちぶっ壊すし、熱血が過ぎてついに閑職に左遷されます。部下たちはそれを悲しむかと思いきや、やっと休みがとれると大喜び。つまり人望がないのです。その後、フクロンは仕事が暇なあまり、暴飲暴食に走って、なんと体重120キロのおデブに。そんな彼に、出世した昔の仲間が、ある特別ミッションの仕事を振ってきます。うまくいけば刑事にもどれるかもしれません。その仕事とは、香港で逮捕された日本のヤクザを東京へ護送することです。冒頭の15分は、きびきびとしたカー・アクションとカンフー・シーンの連続。舞台が日本に移ってからは、コミカル度数がパワーアップします。日本からは竹中直人、渡辺哲、注目のダンサー&アクション俳優・丞威らが出演。竹中さんはおなじみのカツラを使ったギャグを繰り出し、楽しそうに演じています。香港の人気監督ウォン・ジンが、フクロンの元先輩刑事いまは歌舞伎町の甘栗屋という、カンフー使いの重要な役で大活躍です。撮影は豊洲移転前の築地などでもロケをしているようですが、歌舞伎町の飲み屋街はかなり精巧なセット、ヘリも使った東京タワーでのアクションシーン、我々はその高さをよく知っているだけに、ど迫力です。
2020年12月27日