誰もがおひとりさまになりやすい現代、血縁や地縁といった強い絆よりも、“ウィーク・タイズ”と呼ばれるゆるい人間関係が人生を切り開いてくれると語るのは、東京大学教授の玄田有史さんです。ニートや引きこもりなど若者の労働問題を調査・研究する中で、“孤立化”の問題と向き合ってきた玄田さんに、おひとりさまが本当の意味で“孤立”してしまわないための生きるヒントを、前編に引き続き伺いました。前編「ゆるくつながる“第三の居場所”を確保しよう」はこちら感情・勘所・人生観をとぎすませ!玄田有史さん――前回、現代人には“ウィーク・タイズ”と呼ばれるゆるいつながりが重要になるというお話を伺いました。おひとりさまが生きていく上で、他に意識していた方がいいことってありますか?玄田:“ウィーク・タイズ”を結ぶには、“心の窓”を閉じないことが大切。そのためには、ネット上ではなくて、やっぱりリアルでの出会いが必要だと思うんです。しゃべり方とか表情の微妙なニュアンスって、まだ直接のコミュニケーションじゃないと伝わらないじゃないですか。5年後、10年後には、ネットの表現力ももっと多様になっているかもしれないけど。以前、一年に何度も佐渡ヶ島へ行く女性に、「なんでそんなによく佐渡ヶ島に行くの?」って聞いたら、「季節ごとに違う佐渡の匂いがするから」みたいなことを言ってました。なんか素敵な人だな、と思っちゃった(笑)。――いいですね、詩的な感性です(笑)。玄田:今は、現地に行かなくても映像や音は疑似体験ができる。でも、言われてみれば確かに“匂い”だけは、実際にその場にいないと体感できない。おいしいけどどうしても空気が合わないお店とか、性格や価値観が違うのにどうしても離れられない恋人とか、そういうのって、言葉やデータでは絶対に表せない雰囲気やニュアンスでしか判断できない。それって結局、生身でしか味わえない匂いや肌触りのことだったりするわけです。そういう感覚を大切にできる人って、幸せだと思う。そういう“カンを磨く”っていうのは大事でしょう。引きこもり当事者を支援している人に教えてもらったんだけど、人間には“3つのカン”が大事なんだそうです。――なんですかそれは?ぜひ教えてください。玄田:ひとつめは、“感情”の“感”。嬉しい、悲しい、楽しい、悔しい……といった喜怒哀楽を、しっかりと自分の中で自覚すること。悔しいときは悔しいって叫んでいいし、嬉しいときは興奮して人に見られたら恥ずかしいようなことをしてもいい。そうやって自分の感情を常に磨いておかないと、いざというときに心が動かなくなっちゃう。2つめは“勘所”の“勘”。「こんなことしたら危ないな」とか、「こうすればバレないな」っていう、言語化できないさじ加減。これを身につけるためには、「あの一杯でやめときゃ二日酔いにならなかったな」みたいな痛い失敗経験も必要になる。そして、最後の3つめが“人生観”の“観”。「あなたはどう生きていきたいの?」って急に聞かれても、誰も簡単には答えられないだろうけど、“感情”を磨いて、“勘所”を身につけていくと、だんだん「私はこういう風に生きていくんじゃないかな」っていうのが見えてくると思う。この“3つのカン”は、常に意識して磨いていった方がいいと思う。――その3つは、“感”→“勘”→“観”の順番に、ピラミッド型の構造になっているのでしょうか?玄田:そうかもしれません。“感情”が磨かれていないと、“勘所”が身につかない。“勘所”がそなわって、初めて“人生観”もはっきりしてくるのかもしれない。――でも、ネット上で知り合って、オンラインだけでやりとりしているような関係では、“3つのカン”を磨いたり、“ウィーク・タイズ”を結んだりすることはできないんですか?玄田:オンラインでのつながりって、案外“ストロング・タイズ”になっちゃうんじゃないですか。インターネットって、最初は世界中と自由にゆるくつながれるものだと思っていたけど、結局みんながネットで見ているものや参加しているコミュニティって、固定化されていてすごく閉じている感じがする。いつも行く常連のお店みたいで。それはもう“ストロング・タイズ”ですよ。常連の店に行ってもいいけど、そこでいつものマスターと話し込むんじゃなくて、ふらりと入ってきたひとり飲みの客同士が、一期一会で肩の力が抜けた雑談をして楽しかったって言える社会の方が、僕はずっといいと思いますけどね。――でも、雑談しているときとか、この時間って得なのかなとか、意味あるのかなって考えてしまうんですよね。玄田:雑談ってすごく大事でしょう。それに、意味なんか考えてたら、友達なんか作れない。ある新聞記者に、「希望を持つのに一番大事なものは何でしょうか?」って聞かれたことがあって、「それは遊びでしょう」と答えたら、「先生がおっしゃる遊びの意味がわからないので、教えてください」って。遊びに意味を求めるのかと思って、現代の息苦しさはこれだと感じました。遊びなんて、意味があるかどうかわからないから遊びなんです。意味があるからやるのは、遊びじゃなくて仕事でしょ。意味があるか、価値があるかなんて、後からわかること。そういうことをするのが現代人はちょっと苦手になっているんじゃないでしょうか。――すぐ身になることがしたい、すぐ役に立つことを知りたい、なるべくコスパがいいほうを選びたい、というのが最近の風潮ですよね。それだけ余裕がなくなっているのかもしれません。玄田:そのほうがスマートだし、それも悪くないと思うけど。でも、そう思ってたって、どうせ人生ってそんなにうまくはいかないですよ(笑)。安心・安定ばかり求めているとすぐ老けちゃう?玄田:僕、安心って嫌いなんですよ。特に、まだ若いのに安心や安定を求める人には、そんなのやめとけよと言いたくなる。明日何が起こるんだろう、どんなトラブルが降り掛かってくるんだろうって、心がザワザワするくらいのほうがいいですよ。あんまり安心ばっかり求めていると、すぐ老けますよ。――「安心を求めているとすぐ老ける」って、おもしろいですね。玄田:歳を取ると一年がどんどん短く感じるようになるじゃないですか。あれにはちゃんと理由があって、毎日がルーティンになって、先が予測できてしまうからだそうです。ほら、知らない場所に旅に行くと、行きよりも帰りの方が圧倒的に時間が短く感じるでしょう?あれと同じなんです。だから、安心ばっかり求めていると、若いのに“帰り道”みたいな人生になっちゃう。自分の中に予測できない部分を持っていないと、人生なんてすぐ終わっちゃいますよ。――たとえば、人生において予測できない要素ってなんですかね?玄田:愛じゃないですか(笑)。最近は、若者があまり恋愛しないとか言われているけど、たぶんそのほうがラクで安心だからだと思うんです。それは決して悪いことじゃない。ないけど、少なくともザワザワはしない。予測できない人と付き合うと、きっとへとへとに疲れるだろうけど、予測できちゃうような人とばかり付き合ってても、つまらないんじゃないかな。もちろん、どちらがいいかは自由だけど。確かに、安心や安定を取るのはラクだけど、若いうちは、わからないことや不安なことを面倒くさがらないほうがいいですよ。だって、生きるって基本的にぜんぶ面倒くさいことだから。それを嫌がってたら、年寄りと一緒です。――おひとりさまの中には、結婚しなくてもこの先大丈夫だろうかと不安に感じている人もいると思います。今のお話を聞いていて、そんなとき「別に安心を取らなくてもいい」と思えたら、少しは気がラクになるんじゃないかなと思いました。玄田:考え方の問題かもしれないけど、先のことがわからないからといって不安になるよりは、先のことがわからないから面白いんじゃないのって思えるかどうかじゃないのかな。あと、おひとりさまで生きていくには、妄想力や想像力がとても大事になってくると思う。おひとりさまは、家族や友だちが先に死んでしまうかもしれない、いざというときにひとりで野垂れ死にするかもしれない、という最悪の事態を常に自分で想像しないといけないわけでしょう。それが嫌だなと思ったら、そうならないように、今できるだけのことを全力でやって、後はどうなってもしょうがない、と祈るしかない。きっとこれからは、そういう生き方や気の持ちようが必要とされていくような気がします。――悲観的でも楽観的でもなく、粛々と自分の人生を生きられたらいいですね。玄田:結婚しなくたって、良いことも悪いこともあるし、結婚したらしたで、良いことも悪いこともある。おひとりさまだからって、自己卑下する必要はないけれど、正当化しすぎる必要もない。自分のことに満足してる人よりも、なんだかなあ、しょうがないなあって思いながら生きている人の方が、なんか信用できませんか?(笑)僕は“まんざらじゃない”って言葉が好きなんです。死ぬときに「私の人生、幸せだった」と言い切って死んでいけたらそりゃいいけど、そんなこと本当にあるのかなって思うんですよね。「まあ悪くなかったな、まんざらじゃなかったかな」くらいの生き方でいいんじゃない?人生の勝ち負けなんて、だいたい五分五分だし。――そう考えたら、少し楽に生きられるかもしれませんね。玄田:知り合いの老人に「夢を持ったまま死んでいくのが夢だ」と言った方がいて、すごくいいなと思ったことがあります。たとえば、芸術家が「これが自分の最高傑作!やりきった!」なんて言ってたら、生きているけど“終わってる”人なんだなって思う。それだったら、無念だった、叶わなかった、もっとできたのに……って思いながら死んでいくほうが、よっぽど素敵だと思うんです。――幸せにしろ、成功にしろ、達成しちゃったと思ったら終わりですもんね。常に“まだ途中だ”と思い続けるからこそ意味があるというか。玄田:そうそう。もちろん、孤立化というのは、国が政策や制度によって対応していかないといけない問題ではあるんです。親が死んだ後に食っていけなくなって生活保護を受ける人や、今では高齢者の引きこもりもとても多い。ただ、おひとりさまが増えているのはある意味、社会の成熟の証でもあると思うんです。“ストロング・タイズ”の話と同じで、「組織があってはじめて人は幸せになれる」という考え方から、「組織に所属していれば安心、という生き方はもう限界かもしれない」というふうに、社会が変化してきている過渡期ならではの現象という気もする。だから今、自らすすんでおひとりさまを選んでいる人たちは、時代のフロンティアなのかもしれない。そういう人たちが「まんざらじゃなかったかな」って思いながら死んでいける世の中になってほしいんです。text/福田フクスケ玄田有史(げんだ・ゆうじ)1964年、島根県生まれ。東京大学社会科学研究所教授。専攻は労働経済学。若年者の失業問題に迫り、雇用の本質的な問題提起をした『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在』(中央公論新社)で、サントリー学芸賞を受賞。ニート(若年無業者)の問題を日本に知らしめた第一人者としても知られ、希望を個人の内面ではなく社会の問題としてとらえる「希望学」を研究・提唱している。主な著書に『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社)、『希望のつくり方』(岩波新書)など。
2015年12月08日「わたし、結婚してないし友達も少ないし、老後は孤独死したらどうしよう……?」おひとりさまなら、将来の“孤独”や“孤立”について、一度はこんな心配をしたことがあるはず。しかし、こうした不安は、今や誰もが抱えている“普通”の感覚だと語るのが、東京大学教授の玄田有史さんです。そんな“孤立の一般化”が進んだ現代で、私たちはどこに居場所を求めて生きればいいのか。前後編の2回にわたってお話を伺いました。「自分は友達が少ない」とみんなが思っている(c)玄田有史さん――玄田さんは、いわゆる“ニート(若年無業者)の問題を日本に広めた第一人者ですが、近年では“SNEP(孤立無業者)”に焦点を当てて、“孤立化”の問題にも取り組んでいらっしゃいますよね。玄田:確かに“孤立化”は深刻な問題ではあるけれども、一方でその背景には、「常に友達と一緒にいて、強く結びついてなきゃいけないのもしんどい」というみんなの本音もあると思うんです。20歳から59歳の男女に「あなたは友達が多いと思いますか?」と聞く調査を、いろんな国でしたことがあって。「多い」「多いとも少ないとも言えない」「少ない」「いない」の4択から選んでもらったら、アメリカ人は40%が「多い」と答えた。イギリス人は30%、中国人も25%が「多い」と答えたのに、日本人は8%と圧倒的に低い。「少ない」と答えた人がダントツで多いんですよ。――つまり、日本人は「自分は人より友達が少ない」とみんなが思ってると。玄田:そう。今は、友達が少ないことのほうが、実は“普通”なんです。これを私は“孤立の一般化”と呼んでいます。むかしは“SNEP(孤立無業者)”には、30~40代の大学を出ていない男性が多いという傾向があったのだけれど、今は20代の若者でも、大卒でも、女性でも、孤立無業になる。誰もがおひとりさまになりやすい時代なんです。――なるほど。しかし、SNSの普及などで、人とのつながり自体はむしろ増えているような気がするのですが?玄田:2013年のNHKの朝の連続テレビ小説『あまちゃん』で、東京に憧れるユイちゃんが、高校生のとき「学校どう?」と聞かれて「仲の良い子はいるけど、友達はいない」って言うシーンがありました。これって、今の時代をすごく象徴していると思うんです。仲は悪くないけど、友達かって言われるとどうだろう……みたいな関係性の人って多いんじゃないですか。――ということは、“孤立の一般化”は、実際に人付き合いの数が減っているわけではなく、個人の感覚的なものということですか?玄田:それはわかりません。確かに、引きこもりのように全然友達がいないかというとそういうわけではなくて、スマホやSNSを通した人とのつながり自体は増えているでしょうね。ただ、出会いの喜び、別れの悲しみのような“メリハリ”が、かなりなくなっている気がします。なんとなくフェードインするように友達になったり、なんとなくフェードアウトするように疎遠になっていったり。きっと、コミュニケーション偏重の風潮に、みんながくたびれてきたんじゃないでしょうか。若い人たちが、「無理して人付き合いしなくてもいいや」と考えるようになっているなら、僕はそれもありだろうとは思いますが。――つまり、“孤立を強いられている”というよりは、“孤立したくてしている”という側面もあるんですかね。玄田:そこまで言い切ることはできないと思いますけど。ただ、みんなが「友達さえいればなんとかなる」というふうには、思わなくなってきていることはあるんでしょうね。あと、もうひとつの側面として、友達みたいな親子が増えていることも一因にあるんじゃないでしょうか。――どういうことでしょうか?玄田:今、友達といるよりも家族と一緒にいたほうが心を許せるし、ラクみたいな若い人が増えているっていうじゃないですか。みんな、すごく家族を大事にするでしょう。クリスマス・イブもホテルの予約は空いていて、混雑するのは夕方のデパ地下。そこでお惣菜を買って、家で家族と食べるのが、楽しいとか。――それはいいことなのでしょうか。玄田:イエス・アンド・ノーでしょう。かつてのように、父親が家庭を一切かえりみずに仕事に専念する時代というのは行き過ぎだったと思うけど、かといって、友達よりも家族を選ぶほど親子の仲が良すぎてべったり、というのもそれはそれでどうかと僕は思ってしまうけど。去年、NHKの『あさイチ』で“SNEP(孤立無業者)”がテーマとして取り上げられたときも、シングルマザーや親の介護など、家族の問題を丸抱えしてしまって孤立無業化していく人の問題が取り上げられていました。――若年無業者、孤立無業者の人たちの背景には、家族との癒着や共依存のような関係がある、と。玄田:そういう人もいるでしょうね。でも、それは少子化の宿命でもあります。子どもの数が少なくなれば、それだけ親は子どものことを手厚く育てたいと思う。企業も行政も、困ったときの生活を保障してくれないとなると、自分のことを守ってくれるのは家族しかいなくなる。それを共依存だといって親子を批判してもしょうがないでしょう。“ウィーク・タイズ(弱い絆)”を持つ人が成功する――現代人が、強くて緊密な友達関係に疲れてきているということに、もう少し別の社会学的背景はありますか?玄田:日本では震災の後、“絆”って言葉が流行しましたよね。でも社会学では、“絆”には2種類あると言われているんです。ひとつは“ストロング・タイズ(=強い絆)”。これは、一緒に暮らしている家族や、同棲しているカップル、毎日連絡を取り合う親友といった、常に緊密につながっている関係のことです。“ストロング・タイズ”には、理由や損得といった理屈を抜きに、丸ごと自分の存在を受けとめてくれるような安心感がある。もうひとつは、“ウィーク・タイズ(=弱い絆)”。いつも会うわけじゃないけど、たまに会うと「おー、元気だった?」ってすぐに意気投合できるような関係のことです。自分と全然違うところに住んで、まるっきり別の生活をしていて、まったく異なる経験をしている。そういう人って、たまに会ったときに思いもよらない発見や気付きをもたらしてくれたりすることがある。――友達と呼べるほどじゃないけど、ゆるくつながっている関係ってことですね。玄田:アメリカのある研究では、転職で成功した人にこの“ウィーク・タイズ”を持っている人が多かったそうです。日本でも同じような結果が出ています。自分一人で考えたり、家族や親友といった“ストロング・タイズ”の人たちだけに相談すると、「お前はどうせこういうヤツだから」と決めつけられて、かえって失敗することもあったり。日本の社会って、これまで地縁・血縁・社縁といった“ストロング・タイズ”を重視してきたんです。組織や共同体のメンバーから誰一人落ちこぼれを出さないように一丸となるんだけど、ひとたび抜けたら村八分にする、みたいな。それって、“組織に守られている”という安心感や気持ち良さはあるけど、みんな同じことしか考えないから、大きなブレイクスルーはない。――なんかわかります。特定のコミュニティにどっぷり浸かっていると、内輪の空気やお約束に縛られて、かえって息苦しかったりしますね。玄田:一方、“ウィーク・タイズ”の関係にある人って、自分とはまったく違う情報や経験を持っているし、先入観も持ってないから、自分でも気付かなかった資質や適性を客観的に見抜いてくれたりするんですよ。小学校の同窓会や異業種パーティーとかでばったり会った“ウィーク・タイズ”の人と雑談しているうちに、「こんなビジネス、向いてるんじゃない?」とか「よかったら、うちにこない?」といった話にもなる。今は日本の企業でも、仕事のやり方が組織ありきから、プロジェクトベースに少しずつ変わってきています。常に固定の“ストロング・タイズ”を持っている人よりも、これからはその都度相応しい人材を集めてきて、プロジェクトが達成したら解散するような柔軟な“ウィーク・タイズ”を持っている人の方が、これからは有利になるでしょう。――仕事でも友達関係でも、ゆるいつながりのほうがいいとみんなが思いはじめたんですね。玄田:だから、おひとりさまでも全然いいけど、“ウィーク・タイズ”は持っていたほうがいいと僕は思う。それは、“第三の居場所”と言ってもいいかもしれない。家庭と職場と、2つしか居場所がないというのはよくない。3つくらいあったほうがいい。トライアングルが一番バランスがよくて、支えがあって強いですから。ただ、“第三の居場所”も固定化してしまっていつも同じ場所に行ってばかりでは、“ウィーク・タイズ”にならないから意味がないんですけどね。――強い帰属先や、所属コミュニティのような居場所は求めなくてもいいということですか?玄田:「居場所があれば安心だ」っていうのは、どうかなと僕は思う。もちろん“ストロング・タイズ”が全部ダメで、みんな“ウィーク・タイズ”がいいなんてことは思いません。でも、震災とかを通して、世の中に安心なんてないんだとみんな痛感したと思うし、家族だって、いつまでいるかわからないと思うから大事にしようと思う。――“ウィーク・タイズ”な人間関係はどうすれば作ることができますか?玄田:仕事とかの利害関係がないところで、小学校の同窓会があるから行ってみるとか、しばらく会ってないけどなんとなく気になる人に、旅先から手書きで手紙を書いてみるとか。そういう、小さい手間ひまをかけることから、“ウィーク・タイズ”が生まれることもあるでしょう。忙しいと、心の余裕を失って「私にはここしかない」と思ってしまいがちだけど、そこで“心の窓”みたいなものを完全に閉じちゃいけない。その窓を行き来することで、ゆるい絆が生まれて、生きるヒントをもらえたりするから。どうしても、お金と時間にゆとりがある人の方が“ウィーク・タイズ”は作りやすいんだけど、これからの時代は、それほどお金をかけずに、限られた時間で、どうやってゆるい絆を作っていくかが重要だと思います。後編「完璧よりも“まんざらでもない”人生を目指そう」に続くText/ 福田フクスケ(プロフィール)玄田有史(げんだ・ゆうじ)1964年、島根県生まれ。東京大学社会科学研究所教授。専攻は労働経済学。若年者の失業問題に迫り、雇用の本質的な問題提起をした『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在』(中央公論新社)で、サントリー学芸賞を受賞。ニート(若年無業者)の問題を日本に知らしめた第一人者としても知られ、希望を個人の内面ではなく社会の問題としてとらえる「希望学」を研究・提唱している。主な著書に『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社)、『希望のつくり方』(岩波新書)など。
2015年12月03日●公平に評価される環境を求めて日本へ官民こぞってベンチャーへの投資がひきもきらない。2014年に国立大学のベンチャーキャピタル設立が認められると、東京大学や大阪大学、京都大学、東北大学が設立するベンチャーキャピタルに政府はあわせて1000億円の出資を決めた。また、東京大学にはすでに民間の東京大学エッジキャピタル(UTEC)があるが、UTEC 3号ファンドには経済産業省が設立した産業革新機構が100億円を出資。同じく経済産業省が所管する中小企業基盤整備機構の投資先にはニュースアプリのGunosyやゲームアプリの開発運営を行うgumi、オンライン広告事業を手掛けるフリークアウトなどIPO(新規公開株)で注目を集めた企業が並ぶ。一方で、ロボット技術のSCHAFTや企業に福利厚生サービスを提供するAnyPerk、電動車いすのWHILLなど日本から米国に渡って起業した例や本拠を米国に移した例も多く、日本発の技術や人材の流出を危惧する声もある。その中で、日本国内において中国出身の学生が起業した会社がpopInだ。日本のネットメディアを相手に事業を展開、額は大きくないもののUTEC1号ファンドの出資を受け、2015年春に中国企業バイドゥによるM&Aでエグジットとなった。popInの提供するサービスは、バイドゥが買収しグローバル展開を進めようとしていることからも明らかなように、起業の地として日本である必要はなかった。その中で、popInはなぜ日本で起業したのだろうか。代表取締役の程氏を取材した。***○公平に評価される環境を求めて日本へpopInは、中国出身の程涛氏が東京大学大学院 情報理工学系研究科の学生であった時に、程氏自身が持つ特許をもとに、東京大学エッジキャピタルの支援によって2008年7月に設立されたベンチャー企業だ。ユーザーが記事を「どこまで」「どれだけ」きちんと読んだのかを計測する技術や、関連記事のレコメンド機能などを多くのニュースメディアに提供している。現在は日本で高く評価されるようになったpopInのサービスだが、程氏はその「評価される場」を求めて日本へ来た。「中国では大学受験が非常に大変なのですが、都市部出身者と地方出身者では合格ラインが大きく違い、地方からの大学入学が難しいのです。だったら、公平に努力が評価される国に留学しようと考えたのが日本へ来るきっかけでした」と程氏は語る。2年間の日本語学校を経て、東京工業大学へ入学。もともとコンピューターが好きであったことから、コンピューターに関して学ぶということは決めていた。学習を続ける中で、アルバイトでもコンピューターに関わるようになったことが起業のきっかけとなった。「最初は飲食店のアルバイトなどをしましたが、大学2年の頃からプログラマーのアルバイトを始めました。デスクワークで疲れませんし、給料もいい。これはいい仕事だと思い、この分野で起業したいと考えるようになりました。しかしアイデアも技術もない。そこで、進学先をハードウェアやソフトウェアの基礎研究ではなく、実際にものづくりを行う東京大学大学院 情報理工学系研究科 創造情報学専攻にしたのです」と程氏。実際に2年目には自分のアイデアをかたちにし、アメリカの著名な企業担当者が複数いる場でのプレゼンテーションを行う機会を得た。そこで発表したアイデアが、現在のpopInにつながるものとなっている。●順調な資金調達の一方で、成長には苦労も○外国人でも問題ない! 東京大学エッジキャピタルからの投資を受けて起業起業当時を振り返った程氏は「ちょうどリーマンショックの直前だったのもラッキーだった。もし数カ月遅れていたら、投資はかなり縮小されていたかもしれない」と語る。アメリカでのプレゼンテーションで手応えを得た程氏は、特許取得や起業について積極的に調査。そこで、東大には学生の特許取得をサポートする制度や、学生ベンチャーへ出資を行う東京大学エッジキャピタルがあることも知ったという。「当時、ここまで力を入れていたのは東大くらいでしたし、私はその制度をフルに使いました。東京大学エッジキャピタルからの投資は当時、卒業生などを主にしていて在学中の学生としては私が初の事例です。 最初に4000万円、その後500万円ずつ3回の増資を受けていますから、UTECから合計で5500万円ですね。これ以外の資金調達は行っていません」と程氏。この投資を受けられたことを振り返り、程氏は「本当にラッキーだった」と語る。それは時期がよかったこと、身近にこうした制度が存在したことに対する感想という面が大きいだろう。しかしまた、日本という場で起業したことへの感想でもあるようだ。「他のベンチャーキャピタルの場合、外国人である私が投資を受けることは難しかったかもしれません。しかし東京大学エッジキャピタルからしっかりと受けることができました。当初は500万円もあればよいと思っていたのですが、それでは足りないからもっと投資を受けるべきだという指摘ももらえました。実際にビジネスを始めてみても、日本というのは非常に平等な場だと感じます。大事なのはよい製品を持っているかどうかということで、外国人だからどうかというようなことを経験していません」と程氏は語った。○売却先をバイドゥにした理由と約束創業当初、サービスはなかなか売上には結びつかなかったが、市場の要求に合わせた新たなサービス追加を積極的に行った結果、2011年には単月黒字化を達成。単年黒字化も2012年には達成することができた。「でも、最初の1年半、まったく入金がないというのは非常に厳しいものでした。起業の時点では大きな苦労がなくラッキーなことが積み重なりましたが、なかなか売れない、人が足りない、というようなベンチャー企業が経験する苦労は一通りしていますよ」と程氏は苦笑する。popInは2015年5月にバイドゥによって買収された。ベンチャーキャピタルは、数年後に大きく育ったビジネスを売却することで多大な利益を得ることを目的としている。その意味では「大きな利益を出すことができた」という。しかしバイドゥというと、2013年に発覚した日本語変換ソフト「Baidu IME」および「Simeji」を通じての情報漏洩事件があった。なぜバイドゥを選択したのかということについて程氏は、丁寧に語ってくれた。「まず、(ネットサービスに関わる)日本の大手企業のほとんどに打診し、それぞれかなりよい反応を得ていましたが、金額的に一番大きいのがバイドゥでした。またグローバル展開を狙いたい、より多くの人に使って欲しいという我々の狙いを実現するためによいパートナーだったという理由もあります。Simejiの件はかなりつっこんだ質問をし、十分な調査が行われていることを含めて納得のいく回答を得ることができました。その上で、我々の独立性を保つことを盛り込んだ契約を行いました」●アイデアがあるならまず作ってみればいい○アイデアを形にできる時代はベンチャーに最適程氏が事業を展開する中では、製品化されなかったアイデアも多くある。また、同世代のエンジニアたちと共に働こうと声をかけたものの、叶わなかったということもあるという。「中には現在の人気サービスを生み出した人が何人もいます。サービス内容を見ると、私も考えていた、自分でもできたと思うこともあります。ただ、私にはすでに展開しているビジネスがあり、そちらの立場から手を出すべきではないと考えた分野でもあるわけです。そうしたサービスが盛り上がっているのを見ると、自分のアイデアを見る目は確かだなと自信を持ちます」と程氏。そんな程氏は、現在の日本で起業するベンチャー企業が増えていることを高く評価している。「ここ1~2年、国内投資の活発化を感じていますし、ベンチャー企業が増えるというのはよいことだと思います。安定志向から脱出し、クリエイティブな時代になったということではないでしょうか」と語る。現在では大企業となった日本企業も、創業時は小さな企業だったはずだ。次々といろいろな企業が誕生し、成長し、国際的に展開して行く。そうした流れの入口にあるのかもしれないともいう。「ベンチャー企業が多くなることで、もう一度そういう時代が来るかもしれません。ソニーや松下(現 パナソニック)が誕生したような時代がもう一度こなければ、日本の未来は危ないでしょう。今は3Dプリンタがあり、いろいろなパーツも入手しやすく、クラウドファウンディングを利用することもでき、起業のハードルが下がっています。今はアイデアがあるなら、作ればいい時代です」と自分たちの起業から現在に至るまでの流れを振り返りながら程氏は語ってくれた。***程氏が語ることがすべてではないが、特にここ数年の日本国内事情は起業しやすい状況が整いつつある。もちろん他に秀でたアイデアや製品であることは言わずもがなだが、その背景となるは3Dプリンタやクラウドサービスに代表されるようなものづくりプラットフォームとサービス基盤、クラウドファンディングや官民を挙げたベンチャーキャピタルの存在などだ。一方で、GoogleやFacebookに匹敵するような、あるいはUberやAirbnbのように市場からの資金流入を背景に非上場ながら企業価値が10億ドルを超える"ユニコーン"と呼ばれる存在もまだ日本では生まれていない。GDP規模やサービス市場などの国の違いを考えれば、単純に起業価値で比較すべきことではないし、また日本の"ユニコーン"を目指すべくIPOを避けるべきという話ではないが、ただ、日本の起業シーンに新たな発想や見方を取り入れるためにも、国外からの視点があってもよい。ここまで取り上げたITベンチャーとは異なるが、京都発 弁当箱専門店「Bento&co」は、フランスから来たBERTRAND THOMAS氏が京都で立ち上げた。日本人なら誰でも知っている"弁当箱"は今やヨーロッパにも広がっている。2020年の東京オリンピックに向けて日本への注目は集まっている。観光旅行だけにとどまらず、日本の持っている技術などビジネスの場としての発信も重要となってくるだろう。
2015年12月03日東京大学と科学技術振興機構(JST)は12月1日、磁性絶縁体の金属-絶縁体転移が微小磁場でも制御可能であることを示したと発表した。同成果は、東京大学 物性研究所のTian Zhaoming 日本学術振興会外国人特別研究員、小濱芳允 特任助教、冨田崇弘 研究員、金道浩一 教授、中辻知 准教授らの研究グループによるもので、11月30日付けの英科学誌「Nature Physics」オンライン版に掲載される。通常の物質は温度や磁場を変化させても、絶縁体から金属へ、もしくは金属から絶縁体へと性質が大きく変化することはない。しかしながら物質の中には、「金属-絶縁体転移」とよばれる相転移により、金属状態から絶縁体状態へと電気的な性質が変化するものがある。近年、絶対零度で起こる量子相転移に伴う金属-絶縁体転移についての研究が注目されているが、絶縁体の絶縁性は通常、磁場に対して強靭で、このような量子相転移に伴う金属-絶縁体転移を外部磁場により制御することは、ほとんど不可能だと考えられていた。今回、同研究グループは、希土類と遷移金属のハイブリッド型磁性体であるパイロクロア化合物Nd2Ir2O7の単結晶を育成し、電気的特性を高磁場下かつ極低温で評価したところ、磁場で誘起される金属-絶縁体転移を観測することに成功した。この金属-絶縁体転移は多くの特徴を持っており、たとえば磁場を加える方向を変えることでも転移の出現を制御することができる。今回用いたNd2Ir2O7においては「近藤カップリング」と呼ばれるNdとIr間の相関によりエネルギーギャップが開いているが、この近藤カップリング機構によるエネルギーギャップがNdの磁気的な構造に敏感であるため、Ndの磁気構造を磁場により変化させることで金属-絶縁体転移を制御できることがわかった。今後、Nd2Ir2O7のような希土類元素と遷移金属元素のハイブリッド型磁性体は、金属-絶縁体転移を利用した次世代メモリやセンサーへの応用に期待されるという。
2015年12月01日ディー・エヌ・エー(DeNA)の子会社・DeNAライフサイエンスは11月18日、東京大学医科学研究所と共同で、遺伝子検査サービス「MYCODE」において、インターネットを活用したユーザー参加型のゲノム研究を2016年1月から開始すると発表した。同共同研究では、MYCODE利用者の内、研究に同意した人を対象に、インターネットによるアンケートに任意に参加してもらうことで、病気や体質、生活習慣と遺伝子の関係を解明することを目的とする。アンケートでは、身長や体重などの体格、喫煙、飲酒、コーヒーの摂取傾向などの嗜好性、ドライアイ、男性型脱毛症やインフルエンザなどの病気、髪色や耳たぶの形状など20項目以上について回答してもらう。これらの回答結果と遺伝情報を解析することで、関連するSNP(DNAの中で1カ所の塩基が別の塩基に置き換わる現象)の探索を行い、日本人では関連SNPが見つかっていない病気・体質についてリスク予測モデルを構築することを目指すという。同研究の成果により、遺伝子検査における新しい検査項目の提供や、より大規模な日本人データに基づく検査結果の提供が可能となるほか、SNPのタイプに応じた病気の予防法開発などが期待される。
2015年11月19日バンダースナッチが運営するオンラインサービス・STARtedは11月16日、インダストリアルデザイナーの小野正晴氏、東京大学大学院の大嶋泰介氏と共同で、3Dプリンタを使った服の量産販売に向けて開発したプロトタイプ「3D Normcore」を発表した。「3D Normcore」は一般販売に向けて通常のアパレル工業ラインで製造されたプラスチックの服で、量産を前提とした製造方法がとられていることが特徴。小野氏と大嶋氏が開発したAuxetic Materials(オーセチック構造)を利用し、素材ではなく構造による柔軟さとしなやかさを持った状態を作り出している。また、3Dプリントされた構造物を接合する手順や、布地とプラスティック部の縫製、着心地の追求なども含めて衣類製造のための技術やノウハウを蓄積しており、さまざまなデザインの服の製造が可能だという。STARtedは今後、「3D Normcore」の開発で得た知見をベースに、素材・構造・製法を見直しさらなる開発を進め、2016年内には3Dプリンタから出力した服の量産・販売を行う予定だとしている。
2015年11月16日東京大学は10月16日、これまでガラスにならないと思われていた、酸化アルミニウム(Al2O3)と酸化タンタル(Ta2O5)のみからなる新しい組成のガラスの合成に成功したと発表した。このガラスは、酸化物ガラスの中で最高の弾性率を有しているという。同成果は同大学生産技術研究所の増野敦信 助教、大学院工学系研究所のロサレス グスタボ氏、高輝度光科学 研究センターの肥後祐司 研究員らによるもので、10月15日付の英科学誌「Scientific Reports」に掲載された。弾性率の大きなガラスであれば力をかけても変形しにくくなるので、薄くて丈夫なガラスが開発できる可能性がある。ガラスの弾性率を上げるには、原子間の隙間がなるべく小さくなるような構造をとることが必要とされ、そのためにはAl2O3の含有量を増やすことが有効であるとされる。これまではAl2O3をなるべく多く添加できるような組成設計指針のものとに組成開発が行われていたが、Al2O3は中間酸化物に分類されることから、大量に含有させるとガラスにはならないという課題があった。今回の研究では、Al2O3とTa2O5を1:1の組成で混ぜ、物質を空間に浮かせた状態で合成を進める無容器法を用いることで無色透明なガラスの合成に成功。超音波パルスなどによる測定では、合成したガラスは、ガラスというよりは鋼に近い弾性率を示したという。さらに、走査型透過電子顕微鏡でAlとTa原子の分散状態について、核磁気共鳴でAl原子核の局所環境について調べたところ、AlとTaが原子レベルで均一に分散していることや周囲の酸素の数が5であるAl原子の割合が非常に多く、ガラスは全体的に隙間なく密に詰まっていることがわかった。通常の酸化物ガラスにAl2O3を少量添加した場合ほぼ4配位になり5配位は珍しいが、同研究グループはこの特異な局所構造はTaによってもたらされていると提案している。同研究グループは開発したガラスの弾性率が極めて大きいことから、薄くしても丈夫な新素材としてエレクトロニクス用基板、建築材料、カバーガラスなどへの応用が期待されるとしている。
2015年10月19日東京大学は9月2日、培養細胞で高い増殖能を有するインフルエンザウイルスの作出に成功したと発表した。同成果は東京大学医科学研究所ウイルス感染分野の河岡義裕 教授らによるもので、9月2日に英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載された。現在、季節性インフルエンザワクチンは受精卵でウイルスを増殖させて製造しているが、その製造過程で抗原変異が起こりワクチンの有効性が大きく低下することが知られていた。一方、培養細胞でウイルスを増殖すると抗原変異が入る危険性が低減され、より有効なワクチンを製造することが可能になる。しかし、培養細胞ではウイルス増殖性が悪いという欠点があった。今回の研究成果では、インフルエンザウイルスの2種類の主要な抗原タンパク質を入れ換えるだけで、理論的にはどのような型のウイルスでも同様の方法で高増殖性ウイルスの作出が可能となることがわかった。河岡教授がすでに発表していたリバースジェネティクスの手法を用いるという。現在、高病原性インフルエンザウイルスによるパンデミック対策として、国が迅速な製造が可能な培養細胞を用いて製造するパンデミックワクチンの備蓄に取り組んでいるが、生産性の低さが問題となっている。今回の成果は、従来の季節性インフルエンザワクチンに比べ高い有効性が期待できるだけでなく、パンデミック発生時には迅速かつ十分な量のワクチン供給を実現するものとして期待される。
2015年09月03日NTTドコモ(ドコモ)は8月25日、東京大学と共同でWebRTC技術を活用し遠隔地の参加者をオンラインでつないだグループワーク「gaccatz(ガッカツ)」を、大規模公開オンライン講座(以下、MOOC)サービス「gacco」の受講者を対象に10月24日よりトライアルすると発表した。トライアル実施に先立ち、8月25日~10月5日まで、トライアル参加者300人の募集を開始した。「gaccatz」は、会場や講師の確保、受講者の移動時間確保などの課題がある大規模な集合研修をオンラインで開催できる仕組みで、インターネットにつながるパソコンがあれば、場所にとらわれることなk最大千人規模の受講者を対象とした講義やグループワークが可能となる。受講者はグループに分かれ、音声やテキストチャットでコミュニケーションを図りながら講師が出す課題にグループで取り組む。また、講師は個別グループとコミュニケーションをとったり、任意のグループのコミュニケーション内容を受講者全員に配信したりすることができる。このトライアルは、ドコモと東京大学が2013年から3年間にわたり取り組んでいる、「MOOCを活用した反転学習に関する共同研究(FLIT)」の取り組みの一つ。gacco講座「日本中世の自由と平等」(東京大学)受講者を対象に、WebRTC技術を活用し、遠隔地にいる参加者同士がオンライン上でリアルタイムにグループワークなどの応用課題に取り組むという、新しい学習スタイルを検証する。今後も、ドコモと東京大学は、MOOCを活用した反転学習に関する共同研究を通し、場所や時間の制約から解放された新しい学び文化の創造を目指す。
2015年08月27日日本IBMは7月30日、東京大学医科学研究所(東大医科研)と日本IBMが「Watson Genomic Analytics」(ワトソン・ジェノミック・アナリティクス)を活用して先進医療を促進するための、新たながん研究を開始すると発表した。「Watson Genomic Analytics」の利用は、北米以外の医療研究機関では初だという。がん細胞のゲノムには数千から数十万の遺伝子変異が蓄積しており、それぞれのがん細胞の性質は変異の組み合わせによって異なっているという。そこで、がん細胞のゲノムに存在する遺伝子変異を網羅的に調べることで、その腫瘍特有の遺伝子変異に適した治療方法を見つけ、効果的な治療法を患者に提供することが可能となるという。インターネット上には、がん細胞のゲノムに存在する遺伝子変異と関連する研究論文や、臨床試験の情報など膨大な情報があり、東大医科研では、「Watson Genomic Analytics」の活用により、特定された遺伝子変異情報を医学論文や遺伝子関連のデータベース等の、構造化・非構造化データとして存在する膨大ながん治療法の知識体系と照らし合わせる。そして「Watson Genomic Analytics」は科学的に裏付けられたエビデンスと共に、有効である可能性を持った治療方法を提示するという。今回のがん研究では東大医科研が有するスーパーコンピュータ「Shirokane3」と、クラウド基盤で稼働する「Watson Genomic Analytics」が連携し 、研究を進めていくためのビッグデータ解析基盤とする。また、 将来的には臨床応用への可能性を検証していくという。
2015年07月30日東京大学医科学研究所(東大医科研)と日本アイ・ビー・エム(日本IBM)は7月30日、「Watson Genomic Analytics」を活用して個別化医療を促進するための新たながん研究を開始すると発表した。北米以外の医療研究機関で「Watson Genomic Analytics」を利用するのは初めて。患者ごとのがんに合った治療を提供する個別化医療を実現するためには、全ゲノム・シークエンシングによって得られる、ゲノム情報を解析する必要がある。また、インターネット上にはがん細胞のゲノムに存在する遺伝子変異と関連する研究論文や、臨床試験の情報など膨大な情報が存在する。こうしたビッグデータを「Watson」によって迅速に収集・分析することで、がんの原因となる遺伝子変異を発見し、有効な治療法の可能性を提示できると考えられており、東大医科研の宮野悟 教授は「私たちの研究チームは、全ゲノム解析に基づいた個別化医療を探求しており、『Watson』は私たちの研究を大幅に進める可能性を提供してくれます。」とコメントしている。
2015年07月30日東京大学は7月16日、大学の業務用PCがマルウェアに感染し、個人情報が流出したと発表した。流出した可能性がある個人情報は以下の4項目で、合計約3万6300件のうちの一部となる。平成25年度、26年度の学部入学者と24年度、25年度に大学のシステムを利用した学生の「利用者ID」と「初期パスワード」「氏名」「学生証番号」の約2万7000件平成24年度以降にシステムを利用した教職員の「利用者ID」と「初期パスワード」「氏名」「所属・身分」「学内連絡先」の約4500件現在システムを利用している学生と教職員の「利用者ID」と「氏名」「学生証番号」の約1000件サーバーの各部署管理担当者の「ID」と「初期パスワード」「氏名」「学内連絡先」の約3800件同大学によると、6月30日に教職員の一部と学生の一部のメールを管理する学内メールサーバーの管理画面の設定が変更されていることに気づいたという。その後調査した結果、同PCに保存されていた学内向けサービスの業務用アカウントの流出が判明し、アカウント流出だけでなく、PCとサービス提供サーバーに保存されていた情報の流出の可能性もわかった。東京大学ではこれを受け、ただちに流出した可能性があるすべてのパスワードの変更を実施などの対策を行ったほか、同PCを隔離・保全。被害拡大の措置を講じた。大学では現在、詳細な原因と影響範囲の確認作業を行っており、関係者へ連絡しているものの、現時点で二次的被害は確認されていないとしている。大学は「調査結果を踏まえ、全教職員に対して個人情報の取扱と不審メールへの対処のあり方について周知徹底と、情報セキュリティ教育の充実を図る」としており、セキュリティに関連する機器の増強などの業務システムの改善を図ることで、再発防止を行うとしている。日本年金機構の情報漏えいを皮切りにサイバー攻撃の発覚が続いており、大学では6月22日に早稲田大学が攻撃を受けたことを発表している。
2015年07月16日東京大学(東大)は7月10日、食物アレルギーを発症させたマウスを用いて、アレルギー反応の原因となる「マスト細胞」が細胞膜の脂質から産生する「プロスタグランジンD2(PGD2)」と呼ばれる生理活性物質に、マスト細胞自身の数の増加を抑える働きがあることを発見したと発表した。同成果は、同大 大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻の中村達朗 特任助教、同 大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻の前田真吾 特任助教(研究当時:応用動物科学専攻)、同 大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程2年の前原都有子氏、同大 大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻の村田幸久 准教授らによるもの。詳細は「NatureCommunications」に掲載された。食物アレルギーの患者数は全国で約120万人と言われているが、年々増加傾向にある。これまでの研究から、腸におけるマスト細胞の増加が、食物アレルギーの発症や進行に関与することが示唆されていたが、どのようにしてマスト細胞が増加するのか、そのメカニズムはよくわかっていなかった。そこで研究グループは、マウスに食物アレルギーを発症させ、その際の症状の悪化推移とマスト細胞の数の変化を調査。その結果、マスト細胞が造血器型のPGD2合成酵素(H-PGDS)を発現すること、H-PGDSを欠損させたマウスでは、マスト細胞の数が増加していることを確認。これにより、PGD2が、マスト細胞の増加を抑え、症状の悪化を防ぐ役割であることが示されたという。また、PGD2が産生できないマスト細胞などでは、血球細胞を強力に遊走させる生理活性物質「Stromal Derived Factor-1α(SDF-1α)」ならびに、細胞と細胞の隙間を埋めるコラーゲンなどを分解する酵素の1つで、炎症性生理活性物質を活性化する役割も持っている「Matrix metaroprotease-9(MMP-9)」の発現や活性が上昇していることが判明したほか、SDF-1αの受容体阻害剤や遺伝子欠損、MMP-9の活性阻害剤は、食物抗原に応答した消化管のマスト細胞増加と食物アレルギー症状を改善することが判明したとする。なお、今回の成果について研究グループは、SDF-1αやMMP-9といったマスト細胞の浸潤を促進する分子の発現を抑えることから、PGD2を標的とした食物アレルギーの根本治療への応用が期待されると説明しており、今後は、PGD2がどのようにマスト細胞の細胞内へ情報を伝達し、その浸潤を抑制するのか、その機序のさらなる解析を進めていく予定としている。
2015年07月13日ブラザーは13日、同社が提供するヘッドマウントディスプレイ「AirScouter(エアスカウター)」の新製品として、東京大学と共同研究を行い改良を施した業務モデル「WD-200A」と医療モデル「WD-250A」を発表した。「WD-200A」は、1,280×720ピクセルの液晶パネルを搭載した単眼式ヘッドマウントディスプレイ。映し出す映像の奥行きを30cmから5mまで合わせられる焦点距離調整機能を搭載している。映像インターフェースにはHDMIを装備。対応機器であれば、アプリの開発などをすることなく容易に接続することが可能だという。そのほか、フレキシブルアームを搭載し、作業姿勢に合わせたポジションでディスプレイを固定できる。7月下旬の発売を予定する。「WD-250A」は、「WD-200A」が医療現場向けに配慮されたモデル。インターフェースには、HDMIに加え医療用映像機器などへの汎用性が高いビデオ端子を備えるほか、映像の任意の部分を拡大できる「任意部分拡大モード」を搭載している。10月下旬の発売を予定する。「WD-200A」の主な仕様は次の通り。ヘッドディスプレイ一式のサイズ/重量は、幅約266mm×高さ約182.9mm×奥行き約28.8mm(ケーブル2m)/約145g(ケーブル含む)。コントロールボックスのサイズ重量は、幅約115mm×高さ約84mm×奥行き約28.8mm/約190g。画面サイズは、対角約17.8度(1m先に13型相当)。内蔵バッテリーの最大駆動時間は約4時間。消費電力は約2.5W(ACアダプターを使用しての画像表示時)。「WD-250A」の主な仕様は次の通り。ヘッドディスプレイ一式のサイズ/重量は、幅約266mm×高さ約182.9mm×奥行き約28.8mm(ケーブル2m)/約145g(ケーブル含む)。コントロールボックスのサイズ/重量は、幅約115mm×高さ約84mm×奥行き約28.8mm/約200g。画面サイズは、対角約17.8度(1m先に13型相当)。内蔵バッテリーの最大駆動時間は約2時間。消費電力は約4.5W(ACアダプターを使用しての画像表示時)。
2015年07月13日東京大学(東大)は、カーボンナノチューブ(CNT)を用いて、レアメタルであるインジウム(In)を含まないフレキシブルな有機薄膜太陽電池を開発したと発表した。同成果は、同大大学院理学系研究科の松尾豊 特任教授、同大大学院工学系研究科の丸山茂夫 教授らによるもの。詳細は「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。従来、有機薄膜太陽電池には透明電極として酸化インジウムスズ(ITO)が用いられてきたが、レアメタルであるInは需要に対して供給量がひっ迫するリスクなどがあった。一方、CNTは元素として豊富な炭素を原料とし、かつ優れた特性を持つ材料として期待されてきたが、太陽電池分野においては、CNT薄膜による透明電極を用いた有機薄膜太陽電池の変換効率は2%程度と低かった。研究グル―プは今回、CNTを有機薄膜太陽電池の透明電極として用いるための方法論を確立した。具体的には、単層CNT(SWCNT)による薄膜に有機発電層からプラスの電荷のみを選択的に捕集して輸送する機能を付与することで、6%以上の変換効率を達成できることを確認したという。また、PETフィルムの上にCNT薄膜を転写して用いることでフレキシブルなCNT有機薄膜太陽電池を作製することにも成功したとする。なお研究グループでは今後、有機材料やデバイス構造の最適化を行うことで、さらなる高効率化研究に取り組む予定だとしている。
2015年06月18日東京大学(東大)は6月16日、これまで存在が不確かであった、電池の充電を早くする「中間状態」を人工的に作り出すことに成功したと発表した。同成果は東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻の山田淳夫 教授、西村真一 特任研究員らの研究グループによるもので、6月12日に独化学誌「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。電池には充電状態でも放電状態でもない「中間状態」があり、これが反応中に現れることで充電を早く行うことができるとする学説については、そもそもそのような状態が存在するのか、存在したとしてどのような場合に現れるのかという漠然な議論に留まっていた。今回の研究では、電気を蓄える物質の元素の構成比や熱処理の条件を最適化することで、室温で長時間安定に存在する「中間状態」が人工的に得られることを発見し、その存在を証明した。また、「中間状態」を分析した結果、電子の並びが縞状に規則正しく模様を描き、これを邪魔しないようにイオンが自発的にその位置を柔軟に変えていることがわかった。このような状況下では、通常観測される充電状態や放電状態よりも電子やイオンがはるかに高速に移動できることも判明。これにより、「中間状態」を発現させることが、充電速度を早くする上で重要な方向性となることが明らかとなった。同研究グループは「電池の充電速度を速くするための一般的な指標が得られ、これをもとに材料の開発を行い、充電条件を最適化することで、充電時間の短縮が効率的に行われる。電池の充電時間が短縮されることで、生活の様々な局面での利便性が向上することが期待される」とコメントしている。
2015年06月17日東京大学(東大)と国立天文台は6月9日、アルマ望遠鏡と重量レンズのかけ合わせで、117億光年の距離にある銀河の内部構造を解明したと発表した。同成果は東京大学理学系研究科の田村陽一 助教と大栗真宗 助教および国立天文台の研究グループによるもので、6月9日付けの「日本天文学会欧文研究報告」に掲載された。重力レンズとは、質量が時空の歪みを介して光を曲げる減少で、非常に重い天体の周囲で生じ、その向こう側の天体の見かけの姿を拡大・増光する性質がある。今回の研究では、今年2月にアルマ望遠鏡がとらえた117億光年の距離にあり、爆発的に星を生み出しているモンスター銀河「SDP.81」の画像を、同研究グループが提案した重量レンズ効果モデルを用いて解析した。その結果、「SDP.81」では差し渡し200~500光年の塵の雲が、およそ長さ5000光年の楕円状の領域に複数分布していることがわかった。この塵の雲は、巨大分子雲と呼ばれる、恒星や惑星が生まれる母体だと考えられるという。また、重力レンズ効果を引き起こしている手前の銀河に質量が太陽の3億倍以上におよぶ超巨大ブラックホールが存在することも判明した。今後、アルマ望遠鏡と重力レンズの組み合わせで、なぜモンスター銀河が形成されるのか、どのように超巨大ブラックホールが成長するかの解明につながることが期待される。
2015年06月09日東京大学山中研究室、SIP MIAMI プロジェクトは、「Designing Body美しい義足をつくる」展を開催している。会期は6月14日まで。会場は東京大学生産技術研究所 S棟1階ギャラリー。入場無料。同展は、デザインエンジニア/東京大学教授/慶應義塾大学・山中俊治氏が2008年より取り組んでいる「美しい義足プロジェクト」を紹介するもの。これまで同プロジェクトで制作されてきた義足が一堂に会すと共に、東京大学生産技術研究所で発足した先端技術(3Dプリンティング)を駆使した新プロジェクトの展示も行われる。また、同展は3部構成になっており、義足の実物や山中氏のスケッチ、デザイナー/プログラマーの奥田透也氏によるデータビジュアライゼーション作品などが展示されているということだ。
2015年06月08日東京大学(東大)や理化学研究所(理研)などで構成される研究グループは、スピントロニクス材料として期待される巨大磁気抵抗を示すコバルト酸化物「SrCo6O11」に、スピン配列の周期として理論的に考えられるすべての状態が存在し、それらが磁場の変化とともに磁化が階段状に増加していく様子「悪魔の階段」を確認することに成功したと発表した。同成果は、東大 物性研究所の和達大樹 准教授、同大学院工学系研究科の石渡晋太郎 准教授、同大学院工学系研究科の十倉好紀 教授(理化学研究所創発物性科学研究センター センター長)、京都大学化学研究所の齊藤高志 助教、独Leibniz Institute for Solid State and Materials Research Dresde とHelmholtz-Zentrum Berlin らによるもの。詳細は米国科学誌「Physical Review Letters」の6月8日オンライン版に掲載される予定。実際の観測は、ドイツの放射光施設「BESSY II」において共鳴軟X線回折実験として行われ、その結果、ほとんどすべてのスピン配列の周期性に対応する分数値の回折ピークが観測され、各々の温度でさまざまな周期の磁気秩序が共存している様子が確認されたとのことで、これについて研究グループは、磁気的な相互作用の正負が距離によって変化するモデルを理論的に解くことで得られる「悪魔の階段」の状態が、実際の物質で実現している事が示されたとしている。また、さらなる解析により、磁化の測定で見られたステップを生み出す磁気構造の様子の解明にも成功したとのことで、これにより、「悪魔の階段」を生み出す磁気構造の詳細が判明したとしている。なお研究グループでは今後、こうした「悪魔の階段」型の磁気構造をさらなる系統的な研究により他の物質にも見つけることを目指し、単純に磁場により電気抵抗を増減させるだけでなく、電気抵抗や磁化が階段状にとびとびの値をとることを活かした、新しいタイプのスピントロニクス材料の開発などにつなげたいとしている。
2015年06月05日東京大学とANAホールディングスは6月4日、「おもてなし」の科学的理解に向けた共同研究を開始したと発表した。同研究では「おもてなし」の源泉を「気づき」と仮定し、ANAの客室乗務員の機内における行動やチームワークなどを工学的な計測・分析・設計手法を用いて調査し、「気づき」能力の習得プロセスやさまざまな場面での予測行動などを科学的に分析し、モデル化することを目指す。研究期間は2015年5月からの1年間で、東京大学人工物工学研究センタ-の太田順 教授、原辰徳 准教授が研究を主導し、ANAホールディングス傘下のANA総合研究所から社員1名が参画する。この研究で得られた学術成果は、「おもてなし」の強化に取り組む国内の接客業や他の様々な分野において活用されることが期待されるとともに、ANAにおいても、すべてのカスタマーフロントにおける人材育成に活用していく予定だという。
2015年06月04日5月26日に開催されたNVIDIAの「ディープラーニングフォーラム2015」において、東京大学の松尾豊 准教授が「人工知能の未来-- ディープラーニングの先にあるもの--」と題して講演を行った。人工知能のこれまでの歴史から、最新のディープラーニングの研究状況、そして、その先に来るものについて分かりやすく説明されており、非常に参考になる講演であった。○これまでも2度、ブームが起こっていた人工知能研究脳は電気+化学変化で情報処理を行っているマシンである。とすれば、プログラムで脳の機能を実現できるはずという考えから、研究が始められ、1956年に「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉が作られた。1960年代には第1次AIブームが起こり、推論と探索で人工知能を実現しようとした。このアプローチは、解きたい問題を推論・探索問題として記述できるおもちゃ的な小さな問題は解けるが、大規模な実用的な問題は解けない。例えば、チェスや将棋、碁などはすべての手を探索すれば解けるはずであるが、場合の数が多く、現実には計算できない。このように、実用的な問題が解けないことから1970年代にはAI研究は下火になり、冬の時代に入る。1980年代になると、知識を教えてやれば、それをベースに推論と探索を行うエキスパートシステムが考案され、第2次のAIブームが起こった。わが国では、多額の研究費を投入して第5世代プロジェクトが行われた。知識を記述して教え込めばAIシステムは賢くなり、伝染性の血液疾患の診断を行うMYCINなどのエキスパートシステムが開発された。しかし、知識を記述するルールが数万にもなると、書ききれない、メンテナンスができないなどの問題が明らかになってきた。また、対象が広がると、一般的な常識が必要となり、教える知識が爆発的に多くなってしまうという問題があるという。"He saw a woman in the garden with a telescope."は、文法的には、彼は庭にいる彼女を望遠鏡で見たとも、彼は望遠鏡を持って庭にいる彼女を見たとも訳せる。常識的には前者が正しそうだが、なぜ、それが分かるのか? そして、これをどのようなルールとして記述して人工知能に教えられるのかというような問題が起こる。また、どこまでの因果関係を考えるのかというフレーム問題がある。将棋のゲームならルールの範囲の手だけを考えればよいが、駒を置く音が周囲に与える影響や駒の移動に伴う重力場の変化の影響まで考え始めるとキリがない。しかし、なぜ、これらを無視して良いのか、その知識をどのように記述するかという問題も出てくる。さらに、人間は、縞と馬の知識があれば、動物園で初めてシマウマを見た時にも、これはシマウマと分かるが、シマとウマという言葉とその実体との対応が分かっていない(シンボルグラウンディングング問題)コンピュータには、このようなことはできない。知識を書けば賢くなるが、知識を書くのがとても大変というか、これって本当にできるのか? ということで1995年ころからAI研究は下火になり第2の冬の時代に突入した。これまでの人工知能の壁は、表現の獲得の壁で良い特徴量とそれによって定義される概念を作る作業はコンピュータには出来ず、人間がやるしかなかった。(次回は6月1日に掲載予定です)
2015年05月29日エアバスは、世界中の大学生を対象に未来の航空輸送を描く斬新なアイデアを募集するコンテスト「Fly Your Ideas」(FYI)の最終ラウンドに、東京大学の「BIRDPORT」チームが進出したことを発表した。ユネスコがサポートしている同コンテストは2年おきに開催され、今回で第4回目となる。コンテストには世界中から500以上ものアイデア応募があり、その中で東京大学のBIRDPORTチームを含む5チームが最終ラウンドに選出され、優勝を目指してアイデアを競い合う。エアバスはコンテストを通じて将来を担う若者たちの想像力を伸ばし、航空輸送の常識を打ち破るようなアイデアに挑戦する機会の提供を目指している。今回、最終ラウンドに選出されたのは、東京大学のほか、オランダのデルフト工科大学、中国の西北工業大学、ブラジルのサン・パウロ大学、英国のシティ大学ロンドンの5チームとなった。東京大学「BIRDPORTチーム」は、ドローン(無人航空機)を活用して空港から鳥を人口営巣地に誘導するというというアイデアを提案。引き離し、整列、結合というルールを利用して鳥の群れを人口営巣地「Birdport(バードポート)」へ誘導する。バードポートでは、鳥の鳴き声とデコイ(おとり用の鳥)によってその地域の鳥にとって自然で安全な営巣地が作られている。これにより、航空機のバードストライクを大幅に低減し、航空機の運用を高めることができるという。デルフト工科大学「MULTIFUNチーム」は、翼の固有振動や伸縮からエネルギーを取り入れることのできる複合材の外板を航空機の翼に取り付けるアイデアを提案。圧電ファイバが飛行中のわずかな動きからも電荷を集め、胴体に組み込まれたバッテリーパネルで生成されたエネルギーを蓄え、そのエネルギーを照明や娯楽システムといった機内システムに使用する。これにより、飛行中の航空機のエネルギー消費を削減し、地上運用時の電源全体に取って代わることも可能になるという。西北工業大学「AFT-BURNER-REVERSERチーム」は、ゲーム機のモーションセンサー技術を地上走行中に使用する航空機誘導システムに応用するアイデアを提案。赤外線と視覚情報を用い、パイロットと地上作業員に危険な障害物に対する警告を行う。これにより、航空機のターンアラウンド時間を短縮し、修理費用を削減する。年間で数百万もの費用を節減することができるという。サン・パウロ大学「RETROLLEYチーム」は、機内で出るごみを削減し、フライト後のごみ収集と分別にかかる時間を短縮するアイデアを提案。特に短距離航空会社の業務スピードを促進することが目的となっている。特注ワゴンを使用し、アルミホイル、紙、プラスチックの量を最小限に抑え、飲料の残りを集めることでごみ分別とリサイクルを効率的に行う。これによりギャレー設備の重さが最大30kg軽くなり、燃費を削減、機内スペースをより広く確保できるという。シティ大学ロンドン「BOLLEBOOSチーム」は、「WEGO」システムを利用して地上走行中にエネルギー集めるアイデアを提案。滑走路の航空機の真下に「トランスミッター」を設置し、電力を機体前輪の間に取り付ける受信機に誘導させる。これにより、地上運用に必要なエネルギーを供給し、二酸化炭素排出量を半分に削減することができるという。最終ラウンドは5月27日に独ハンブルクで行われ、最優秀チームには賞金3万ユーロが、2位のチームには1万5,000ユーロが贈呈される。
2015年05月13日学生団体「CleliB!!(くるりぶ)」は5月17日、東京大学学園祭「五月祭」メインステージにて、同学園祭88回の歴史上初となる学生同士の本物の結婚式を開催する。○"空を飛ぶより、カッコいい"結婚式同イベントは、「空を飛ぶより、カッコいい」をスローガンに、首都圏の20大学・専門学校が共同で立ち上げたプロジェクト。ドレス製作から舞台演出までのすべてを学生自らの手で行う。16万人が来場する東京大学「五月祭」のメインステージで祝福を受けるのは、慶應義塾大学3年に在籍中の2人で、ステージ上で祝福に参加するのは早稲田大学や明治大学のパフォーマンスサークル。「学校単位の『壁』を突き破った『超・学際イベント』となる」と同団体。参加・観覧無料。これから始まる2人の未来と伝説の始まりを一緒に祝う機会となるという。同団体の代表・石川勇征さん(法政大学3年)と内村慶士さん(東京大学3年)は、「少子化・晩婚化が進む中で、学生目線で本当にカッコいい結婚式を提案することで、学生の結婚への憧れを抱かせたい」と決意を語る。今年11月には同イベントを早稲田大学、慶應義塾大学でも展開し、「学園祭で結婚式」という新たな試みを全国に拡大させていくとしている。開催時間は、10時10分~11時。会場は、東京大学 第88回「五月祭」 本郷キャンパス・安田講堂前 グランドフェスティバルステージ(東京都文京区)。
2015年05月12日東京大学はこのほど、タイ王国・ドイトゥン地区のコーヒー豆を使用したオリジナルブレンドコーヒー「ドイトゥン・ブレンド・コーヒー」を東京大学コミュニケーションセンター(東京都文京区)などで発売した。同商品は、ミカフェートと東京大学が共同で企画開発したもの。東京大学のオリジナル商品として、東京大学コミュニケーションセンターやIMTブティック(東京都千代田区)の各店舗にて販売している。また、東京大学コミュニケーションセンターによると、オンラインストアでも販売予定とのこと。コーヒー豆のブレンド内容は、タイ王国ドイトゥン地区で栽培・収穫されたコーヒーと、グアテマラ・アンティグア地区サン・ミゲル農園のコーヒーの2種類となる。まろやかな味わいで後味はすっきりしており、ローストナッツやチョコレートのようなフレーバーと、樹木を思わせる優しい香りが特徴とのこと。ドリップバッグ各8g×6袋入りで、価格は600円(税込)となる。
2015年04月30日東京大学は4月9日、ラットを用いた実験で「6つ目の新感覚」を創ることに成功したと発表した。同成果は東京大学大学院薬学系研究科の池谷裕二教授らによるもので、米科学誌「Current Biology」オンライン版に掲載された。哺乳類は視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の五感を使って生活しているが、本来ならば完治することのできない「6つ目の感覚」を受け取ったとき、その意味を理解し有効に活用できるかはわかっていなかった。今回の研究では、地磁気を感知し、刺激電極を通じて脳へと刺激を送る微小な「磁気センサー脳チップ」を開発。このチップを目の見ないラットに埋め込むと、2日間の訓練で、あたかも目が見えているかのように迷路の中の餌を見つけることができるようになった。これにより、本来は身体に備わっていない感覚でも、脳は柔軟かつ迅速に適応し、有益な情報源として活用できることが証明された。今回の結果は、脳の潜在的な能力を示唆するとともに感覚獲得の普遍的なメカニズムの解明につながる可能性がある。また、視覚障がい者が使う白い杖に、方位磁気センサーを設置するなど、感覚欠損の治療に向けた新しいアプローチを拓くことも期待される
2015年04月10日理化学研究所(理研)と東京大学は4月9日、メタボリックシンドロームに関連する分子として注目されているアディポネクチン受容体の立体構造を解明したと発表した。同成果は理研横山構造生物学研究室の横山茂之 上席研究員と、東京大学大学院医学系研究科の門脇孝 教授、山内敏正 准教授らの共同研究グループによるもので、4月8日(現地時間)付の英科学誌「Nature」オンライン版に掲載される。アディポネクチン受容体は、細胞膜に存在する膜タンパク質で、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンというホルモンによって活性化し、細胞において糖と脂質の代謝を促進し、抗糖尿病、抗メタボリックシンドローム作用を発揮する。タンパク質の立体構造を知ることは、創薬において有用とされる。特に、膜タンパク質は細胞外からの情報を細胞内へと伝達する役目を担っているため、薬の標的分子として注目されている。しかし、アディポネクチンは試料調整が難しく、その立体構造情報を得ることができていなかった。同研究では、高純度の膜タンパク質を大量に製造する手法や、結晶化手法などを使い、アディポネクチン受容体の結晶化に成功。この結晶を大型放射光施設「SPring-8」を用いてX線解析することでその立体構造を調べたところ、同受容体は現在までに知られている膜タンパク質とは異なり、膜貫通部位に亜鉛イオンを結合するなど新規の構造をしていることが判明した。今回の研究成果はアディポネクチン受容体の情報伝達メカニズムの解明につながるだけでなく、メタボリックシンドローム・糖尿病の予防薬や治療薬の開発に有益な情報となることが期待される。
2015年04月09日東京大学(東大)などは、リチウムなどの希少元素を使用しない次世代電池の候補であるナトリウムイオン電池のマイナス極を開発したと発表した。今回の成果は、東京大学 大学院工学系研究科化学システム工学専攻の山田淳夫 教授、同大 大学院工学系研究科化学システム工学専攻の大久保將史 准教授、同大 大学院工学系研究科化学システム工学専攻の王憲芬 特任研究員、同大 大学院工学系研究科化学システム工学専攻の梶山智司 特任研究員、同大 工学部 化学システム工学科の飯沼広基 学部生、長崎大学 大学院工学研究科の森口勇 教授、同大 大学院工学研究科の小路慎二 大学院生らによるもの。同研究の詳細は「Nature Communications」に掲載された。リチウムイオン電池は、希少元素であるリチウムやコバルトを使用しており、さらなる低コスト化などを図るためにはリチウムをナトリウムに置換したナトリウムイオン電池の実現が求められている。しかし、その実現のためには、ナトリウムイオンを吸蔵・放出する化合物の対(プラス極/マイナス極)が必要であった。プラス極は、これまでの研究からナトリウムイオンを可逆的に吸蔵・放出できる化合物が多数報告されるようになっているが、マイナス極については、急速充電、長時間の電流供給、充放電の繰り返しに対する安定性などの条件を満たす化合物が見つかっていなかった。今回、研究グループは、新たにチタンと炭素で構成されるシート状の化合物を合成し、それをマイナス極に応用したところ、多量のナトリウムイオンを吸蔵・放出する特性を示し、ナトリウムイオン電池の長時間の電流供給を可能とするマイナス極であることが確認されたほか、急速充電にも対応できることが示されたという。実際にすでに研究グループが発見していた安価な鉄と硫黄で構成されるプラス極と組み合わせることで、ナトリウムイオン電池のプロトタイプを試作。長時間の電流供給が可能であり、充電・放電を繰り返すことによる劣化もないことが確認されたとする。なお、研究グループでは、今回の成果について、試作したナトリウムイオン電池はナトリウム、鉄、硫黄、酸素、チタン、炭素などの汎用元素のみで構成され、まったく希少元素を使用する必要がないものであり、この結果を受けて、低コストな電池の実用化が加速していくことが期待されるとコメントしている。
2015年04月06日東京大学(東大)、キリン、小岩井乳業は3月12日、カマンベールチーズの摂取にアルツハイマー病の予防効果があることを確認し、その有効成分を同定したと発表した。同成果はキリンR&D本部基盤技術研究所、小岩井乳業、東大大学院農学生命科学研究科の中山裕之 教授らの研究グループによるもので、米科学誌「PLOS ONE」に掲載された。これまでの研究で、チーズなどの発酵乳製品を摂取することで老後の認知機能低下が予防されることは知られていたが、それがどのような成分とメカニズムによるものかはわかっていなかった。同研究グループが今回、市販のカマンベールチーズの摂取によるアルツハイマー病への作用を検証した結果、アルツハイマー病モデルマウスにカマンベールチーズから調製した餌を摂取させると、アルツハイマー病の原因となる脳内物質であるアミロイドβの脳内沈着が減少し、脳内の炎症が緩和されることがわかった。さらに、オレイン酸アミドとデヒドロエルゴステロールとう物質が、脳内で異物の排除を担うミクログリアという細胞のアミロイドβを除去する機能と抗炎症活性を促進していることを特定した。これらの物質は乳の微生物による発酵過程で生成されたと考えられている。
2015年03月13日東京大学先端科学技術研究センターとソフトバンクモバイル、エデュアス(ソフトバンクグループ)が2014年4月より開始した「魔法のワンドプロジェクト」。1月に成果報告会が開かれたので、その模様をお伝えしよう。○普通の生徒と同じ勉強をしたい魔法のワンドプロジェクトはモバイル端末を活用した障害児の学習・生活支援を行う事例研究プロジェクトで、2009年度より、2010年度を除き「魔法の◯◯」という名称で継続して行ってきた。2014年度は、これまでの特別支援学校・特別支援学級の障害時に加えて、初めて通常学級の発達障害児も対象としている。この取り組みでは、すでに児童・生徒に合わせたICT利活用を進めている指導力のある先生「魔法のティーチャー」を魔法のプロジェクトとして認定している。魔法のティーチャーを認定する理由としては、過去の魔法のプロジェクトでも実績を積んだ先生などをどんどん輩出することで、先生の育成を強化して、さらに魔法のティーチャーを増やしたいという狙いがある。なお、すでに2015年度の新規プロジェクト協力校の募集が行われており、Windowsタブレットを活用した児童・生徒特性に合わせた支援を強化していく予定だという。詳しくは魔法のプロジェクト Webサイトに掲載されている。一口に「障害児の学習・生活支援」といっても、障害児が置かれている状況は千差万別。知的障害者の児童もいれば、筋疾患の生徒もいる。つまり、一人ひとりにあわせた学習・生活支援を提供しなければならない。そういう意味で、「魔法のティーチャー」という存在は重要だ。これまでの支援経験から、児童の特性にあわせた教育・生活ノウハウを提供できるため、児童やその親にとっても大きな存在となりうる。障害児の教育や生活支援は拡大を続けているようで、成果報告会の講演の中では「大学に行きたい、実際に進む障害の子どもたちが増えている」という話も聞かれた。障害児の支援は、特殊なものであってはならず、普通の子どもと同じように、多くの児童・生徒が望む「普通の勉強・生活ができるようにする」ことが重要なのだという。「堂々とした生き方を手伝ってあげなければならない」と先生の一人が語っていたが、健常者は忘れがちな"当たり前"を障害を抱える子供たちにも提供していくことが、この支援の趣旨の一つといえるだろう。ただ、障害児支援に限らず、教育の現場におけるICT利活用は現状もかなりハードルが高い。Wi-Fiの整備はもちろんのこと、スマートフォンやタブレット端末の持ち込みを制限している学校は多く、障害を持つ児童であっても例外ではないという。○実際に生徒が抱える問題とは報告会では、複数の事例発表が行われた。東京都狛江市立緑野小学校の森村 美和子氏の例では、困り感が大きく、自尊感情が低いといった精神面で不安を抱える児童(Aくん)の生活改善が取り上げられた。Aくんは森村先生に初めて会った時に「先生、僕は3歩歩くと忘れてしまう」と話し、当たり前のことができず、自分で納得できない様子が森村先生の印象に残っているという。板書に時間がかかり、漢字に苦手意識を持つなど勉学を行う上で課題となる事象が見られており、それぞれがさらに板書の意欲低下や苦手意識、やる気の低下に繋がり、さらなる悪循環に陥っていた。こうした問題は、一般児童からすれば「やる気がない」と片付けられがちだが、本人の意思ではどうにもならないケースも存在する。周りの大人が、こうした状況を理解してあげることも重要というわけだ。このケースでは、対策としてiPadで板書を写真撮影し、自宅では漢字アプリを利用して学習するという取り組みが行われた。Aくんは、「みんなと同じように勉強したい」「一人だけiPadを使ってずるいと思われないか?」などの不安を抱えていたようだが、担任の先生から、クラスの生徒に説明を行ったり、自分自身もiPadを利用する理由を説明できるようにすることで、この不安を解消。iPadを利用することが当たり前の環境になったという。自宅での勉強も、iPadアプリを利用することで、その成果が飛躍的に向上し、書き取りテストで54点しか取れなかった問題が82点まで改善した。学習状況の改善は、気持ちの改善にも繋がっており、保護者からは「明るくなり、家でもやる気が出た」という声が聞かれている。○普通の生徒と同じスタートラインに立てるようにまた、青森県立浪岡養護学校の阿保 孝志朗氏は、筋疾患の中学生(15歳)の支援に取り組んだ。この学校は病院に隣接している病弱特別支援学校で、少年は普通高校への進学を希望していた。ただ、肉体的に負担がかかる行動は難しく、教科書やノートが多く入っているかばんを持ち上げたり移動させたりすることすら難しいという状況だったという。学校では、個別授業を受けていることから問題は生じないものの、自由に学習することが難しく、普通高校に進学することとなれば、学習道具のデジタル化は必要不可欠な取り組みとなる。デジタル化はすなわち、タブレット端末にすべてのデータを移すことだが、これは同時に重量の問題の解決に繋がる。これまでは、一日の授業のために(カバン込みで)7.5kg程度の荷物を持ち運んでいたが、タブレット端末とカバンを合わせても2.5kg程度まで軽量化することに成功した。これだけでも大きなメリットだが、勉学の効率化も重要な要素だ。阿保氏は特殊なアプリケーションを使うことなく、EvernoteやCamScannerHD、リマインダーなど、ビジネスマンでも活用するようなアプリを上手く使い分けることで、効率化を進めた。板書のメモはカメラ撮影や紙のメモをScanSnap経由で取り込むなど、デジタル/アナログ双方の側面で利用できるように教えるなど、最大限の活用方法を生徒に教えた。こうした取り組みと同時並行で、近隣の中学校で授業体験を行い、「より、高校進学へのモチベーションが出てきていた」(阿保氏)とその相乗効果を口にする。ただ、先ほどのケースを合わせても「(普通高校への)入学後に合理的配慮を求める必要がある」(阿保氏)と指摘。そもそも、教育現場のICT利活用が進んでいない現状もあるが、それ以上にこうした障害を抱える子供たちが一般児童と同じスタートラインに立てるような支援についても不十分な現状があるようだ。上記で触れた2例以外にも、同プロジェクトのWebサイトでは多くの支援実例が公開されている。その中には、長野県稲荷山養護学校の青木 高光氏など、コミュニケーションを取ることができない児童向けの機器をアプリ化したという例もある。先生一人ひとりの努力が、次の世代の障害者支援に繋がっていく。ICTの利活用は、こうした取り組みをさらに加速させていくのではないだろうか。
2015年02月10日NTTデータ経営研究所は2月5日、東京大学、早稲田大学、旭化成ホームズ、NTTデータ、大日本印刷、竹中工務店、パナソニック、フジクラと共同で、各社が参加している応用脳科学コンソーシアム内の「ニューロアーキテクチャー研究会」にて、ウェアラブルセンサーなどを用いた空間快適性評価法の確立に向けた実証実験の実施予定を発表した。同研究会は2014年11月から同実験を実施しており、2015年2月末に冬期の実験が終了する。同実験は、オフィスや居住空間における「行動」「生理」「心理(脳)」「環境」および「ライフログ」の連続計測、データベース化、データ解析を実施し、空間のどのような要素が、人間のストレスの増減に関係するか明らかにすることを目的とする。具体的にはスマートフォンアプリを用いて1日に5~7回、特定の時間帯や行動後に、そのときの状況や気分、身体状況などをアンケート方式で回答してもらう。アンケート後には脈波や環境センサによる温度、湿度等を計測する。また、腕時計型の活動量計を装着し、日常生活の身体活動(休息、睡眠、活動リズム)を自動測定し記録する。さらに、住宅では浴室と心室、オフィスではデスクに温湿度計と照度計を設置。オフィスでは風速やCO2も測定する。2015年度には夏期(2015年7月~8月予定)の実験を行い、その後春期・秋期も実施し年間データを蓄積していく。またデータを大量に収集して、ビッグデータ化することで、より解析の精度や価値を高めると共に、参加企業を増やして、データベースの拡大を図っていくとしている。
2015年02月05日