こんにちは! イラストレーターのにわゆりです。今回は寝かしつけについて書きたいと思います。寝かしつけという儀式は母たちにとって1日の終わりの最大の難関…とくに一番大変だったのはモン太が1~2歳のころ。体力が無限にあり、寝てほしくても全然寝てくれない!すんなりと寝てくれる日ももちろんありましたが、大体は予定通りにいかずに22時を過ぎ、かーちゃんは白目。そんなかーちゃんの一番の寝かしつけ方法は…■疲れた母の得意技は「寝たふり」!とにかく寝たふりです(笑)疲れ切ったかーちゃんは何もする気が起きないので、部屋を暗くしてただひたすら寝るのを待ちます。しかし、お布団に入ってから1時間は寝る気配のないモン太。そのまま一緒に寝落ちして後悔するというのがセットです…。■子どもが寝る直前に帰ってくる夫ちなみにモン太がウトウトと寝る寸前までいったタイミングでとーちゃんが「ただいま~!」と帰宅したときは、飛び蹴りしそうになりました(笑)こんな感じで基本は寝るまで付き合っていたかーちゃんでしたが、どうしてもやらなければいけない仕事があり、一刻も早く寝かしつけたいときは…■散歩や抱っこ…寝かしつけの記憶「何かがきたー!」と言いながら布団に入り、「このまま気づかれないように静かに寝ようね!」と、なかば無理やり…! 寝かせました。忙しいときはこんな方法で乗り切っていましたが、子どもが夜をこわがるようになってもイヤなので、どうしても寝かせたいときだけの手段でした。それでも寝ないときは寝ないんですけどね…。とーちゃんが抱っこしながら夜のお散歩にいったり、泣き叫ぶモン太を夜な夜なず~っと抱っこしたり…思い返すと本当に大変な日々でした。でも、今のモン太はというと…布団に入って3分で夢の中!(キーちゃんも)こんな日がくるなんてあのときは想像もできなかったですが、ほんの数年の間に子どもは劇的に変化していくのだなと、しみじみ思うかーちゃんなのでした。
2019年10月12日私の母は、自分で言うのもなんですが自慢の母です。それゆえに、コンプレックスでもあります。母は友人も多く、持ち前の明るさと人懐っこい性格から、大人にも子どもにも好かれるタイプ。60歳を過ぎた今でも、毎日のように友人とランチをしたり旅行をしたりと、人生を謳歌しています。私自身も、とても愛情深くていつも親身になって話を聞いてくれる母のことが大好きです。「親子で恋バナ」はあまりしないものかもしれませんが、私の幸せを何よりも一番に考えてアドバイスしてくれる母を信頼していたので、よく相談したものです。(時に厳しいアドバイスであっても)私だけでなく、私の従姉妹も、実の母にはしないような相談を私の母にはしているらしく、いつもメールでアドバイスをしたりと忙しそうです。■「ママじゃなくて、ばぁばの方がいい?」我が子たちも、私の母が大好きです。母は幼稚園教諭をしていたこともあり、子どもの扱いがとても上手。娘に “一人あやとり” や “手遊び” を教えたり、息子を全力で高い高いをしたり、一緒にごっこ遊びをしたり・・・とにかく全力で遊んでくれるのです。なので、実家に遊びに行くたびに、子どもたちは “ばぁばちゃん” の取り合いに。就寝時も、母の周りを子どもたちが取り囲んで眠るので、私は久しぶりにのびのびと寝れたりなんかして・・・。たった7歳の子にこんな質問をして、気を使わせて・・・私は一体何をしているんだろう・・・。私自身も母の人柄が大好きで、結婚した今もなお(夫には申し訳ないけど)一番信頼している人なので、娘の気持ちが痛いほどわかっていました。人懐っこい母と、内気で引っ込み思案な私。話の面白い母と、口下手な私。心の広い母と、すぐヒステリックになる私。遊ぶ時は子どもの目線にたって全力で遊んでくれる母と、要領が悪く、家事の片手間に子どもの相手をする私。どっちが魅力的かなんてわかりきっているけれど、我が子はこんな私でも一番に思ってくれていると思っていたのかもしれません。わがままだと自分でも思うけど、ちょっと泣けました。みんなに好かれる母は、私にとっては時にまぶしすぎるけれど、そんな母に少しでも近づけるように、母と子どもたちの接し方を観察して、いろいろな事を学んでいけたらなと思いました。そして、じつはこの出来事の後にそんな私の気持ちが少し救われる「嬉しいエピソード」もありました!そのお話は、またの機会にご紹介させていただけたらと思っています♪
2019年10月07日こんにちは、なきりエーコです。今回は私の体験談をふまえ、「子どもたちに対してやってはいけない」と誓っているあることについてのお話です。■優しい母にやめてほしかったこと私の実母。ブログにも少し描きましたが、ヲタ趣味にも理解があり、フルタイムパートでありながら私のことを最優先してくれるとても優しい母でした。しかし、私の鼻についてはすごくこだわりを持っていたようで、クレオパトラもビックリなくらい気にしていました。母にとっては「今もかわいいけど、鼻が高かったら絶世の美女だわ」くらいの冗談だったと思います。でも私は…■自分の顔がコンプレックスに私の顔すべてをダメだと言われてるような気がして、ネガティブにとらえてしまいました。そして…今でも自分の顔を鏡で見るのはあまり好きじゃありません。これの関係で、いまでも写真に写りたくないんだと思います。■冗談でも親子でも容姿イジリはダメ親になった現在、「容姿をイジるのは絶対に許さないマン」になりました。わが子といえど、何を考え、何を感じているのかについては、推測や想像をするしかありません。もしかしたら、親の発言ひとつで生涯に渡るトラウマやコンプレックスになってしまうかも…。そうなったら脱却するのってとても難しくて勇気のいることだと思います。子どもたちに私のようになってほしくない。我が子と一緒に写真にうつることに関しては以前も書いたのですが、今でもとても勇気がいります。<なきりエーコさんと写真にまつわるエピソードはこちら>自分に自信を持つって、とっても大事だと思います。私も発言には今後も注意していきたいと思っています。
2019年09月29日こんにちは! ユウコトリトリです。毎日の子育て、お疲れ様です。本当に毎日バッタバタですよね…。バタバタしている中で、あまり細かいことは気にしていられない!昔はもう少し神経質な所もあったのですが…。皆さまも同じだと思いますが(違う方はすみません)、母になって良くも悪くも色々な面で強くなりました。今回はそんな話です。■母親になって強くなったことそれは…害虫を躊躇なく仕留めるようになったこと!※モザイクはかけますが、Gが登場しますので苦手な方は閲覧注意です。結婚する前は、どうやって対処していたのか思い出せないのですが…恐らく私の担当ではなかったのでしょう(笑)しかし、今となっては…今では反射的に体が動き、躊躇なく仕留めます。とは言え、苦手は苦手なのでできることなら私もやりたくありません!でも…でも…夫はいつもいるわけではないし、他にやる人がいないから!「Gは1匹見つけたら100匹いる」という通説のもとに、その1匹を逃すわけにはいかないのです。さらに、そのGが家のどこかで卵を産んだら…?そう考えたら、その場で仕留めるしかないのです!すべては、家族の平和のため(大げさ)。もう必死すぎて必死の形相なのでしょう…討ち取りの間、子ども達は若干引き気味です。■しかし…上には上がいた!実家にいた時、Gに遭遇したのですが…武器になるものを…と慌てて探す私を尻目に、実母が動きました。そして……母は強し…しかし、その母はもっと強し!そんな出来事でした。そして私も、あと30年ほど経験を積めば、実母の域に達するのでしょうか。今のところ、自信が全くありません…。
2019年09月24日こんにちは! ユウコトリトリです。前回は、私の幼少時の思い出の1コマでもある「誤飲」の話でした。今回も子どもの頃を思い出し、今では理解できない行動を振り返ります。皆さんはお子さんを叱る時、どんな言葉をかけますか?あまりに言うことを聞かないと、イライラしたりカーッとなって、つい心にもないキツイ言葉が出てしまう事もあるのでは…?今回は、そんなつい出てしまったお説教時の「売り言葉」で、幼少時の私が巻き起こした騒動の思い出です。■寝る前に叱られて…叱られた理由は覚えていません。母はしつけの上で強めに諭すことはあっても、キレたり、大声で怒鳴ったりする叱り方はしない人でした。滅多なことで雷は落ちないので、その時は私が相当な悪事を働いたのでしょう…。堪忍袋の尾が切れた母は母に雷を落とされ、私は玄関から締め出されてしまいました。(今は締め出しってあまりないですね…)今思えば「外で寝なさい」なんて、もちろん本心からの言葉ではありません。しかし私は反省どころか、真に受けて行動に移しました。■締め出されて向かった先は「お母さん怒ってたなぁ…」そんな事を思いながらも、「外で寝なさい」の言葉にワクワクを隠しきれない私。そう、叱られたショックよりも、外で寝る冒険心の方が圧倒的に上だったのです。母としては突き放す勢いで、つい発した言葉でしたが、見事に逆効果でした。そして当時家族でもあった、外飼い犬の小屋の前に到着。今夜の寝床は犬小屋に決めたのでした。突然の子どもの侵入に、さぞや犬も驚いたことでしょう。犬にとっては大迷惑ですが、私にとってはかつてより憧れていた「犬と寄り添って寝る」が実現できて満足でした。当時よく見ていたテレビアニメで、主人公が白い大きな犬と旅をする番組があったんです。ふかふかの犬に寄り添って寝ているのを見て、いいなぁ〜と憧れたものでした。そして、私は夢の中へ…■そのころ家では…反省して玄関で泣いているはずの娘が忽然と姿を消し、母がパニックに陥っていました。近所中を探し回っても見つからず、いよいよ警察に…と思いながら帰宅したところ、自宅の犬小屋で発見され、私は再び雷を落とされました。でもまぁ、まさか犬小屋にいるとは…思いませんよね。■子どもに冗談は通じない。親の言葉はそのまま受け止めてしまう。「外で寝なさい」なんて、親が本気で言うはずもなく、勢いで放った一言でしたが、私は真に受けて行動しました。子どもには「ちょっと言ってみただけ」「本気で言ったわけじゃない」なんてのは通じません。深く考えずに発した一言で、子どもが予想もつかない行動をとるかもしれません。皆さんも勢いにまかせた「売り言葉」にはお気をつけくださいね…。
2019年07月09日みなさんは「ALD」(エイエル ディー)という病名を耳にしたことがあるだろうか?「ALD」とは「副腎白質ジストロフィー」という、先天性代謝異常症の難病である。この難病治療の未来について積極的に取り組んでいくNPO法人「ALDの未来を考える会」が、このたび発足された。理事長である本間りえ氏の今年22歳となる息子さんが「ALD」と診断されたのは、今から17年前のこと。当時、「ALD」という難病はあまり知られていないため、何をしてよいのかもわからず、孤独と闘っていたという本間氏。大きなショックを受けた本間氏は、「同じ境遇で苦しんでいる人と話がしたい!」という強い想いから、“ロレンツォのオイル”(※)の患者連絡網をもとに「ALD親の会」をスタートさせた。それから12年の歳月を経て、NPO法人化が実現された。※“ロレンツォのオイル”=ALDの治療薬。実話を映画化した ロレンツォのオイル/命の詩 (1992年公開)はアカデミー賞ノミネート作品ここまでの道のりは決して平坦ではなかったが、様々な出会いによって支えられてきたという。2010年1月、“もっとこの活動を広めていきたい!”と思っていた頃、本間氏は、日本ロレアル株式会社が新たな社会貢献活動として実施していた「100 LOVE HANDS」プロジェクトに出会う。このプロジェクトは、日本ロレアル独自のハンドマッサージなどの“タッチセラピー”プログラムを通じて、女性癌患者や難病の子供を抱える母親たちに、しばし癒しのひとときを提供する取り組みだ。昨年夏に行われた「ALD 夏の勉強会」においても “タッチセラピー”プログラムを通じて、患者や介護をしている家族のみなさんを癒したという。そんなご縁もあり、NPO法人設立式の司会進行は、本間氏と親交も深い日本ロレアルの安尾美由紀氏が登場した。発足当初は、会報からスタートした「ALD 親の会」も、いまでは本間氏による勉強会や大学や各所での講演会にまで広がった。また、雑誌「Story」に赤裸々に綴られた息子さんへの想い、家族への想い、介護で見失っていた“美容”に対する想いには、同じ母であり女性である読者たちに大きな影響を与えた。「愛」の反対は「無関心」だ、と語る本間氏。「今までは医療者が中心になっていた医療現場も、現在では「ALDの未来を考える会」をはじめとし、患者たち自身が中心となって考え、知識を増やして広めていくという活動が増えてきています。もっと皆さんにこの活動や現状について関心をもって頂きたい。「愛」を持って頂けたら…そのために、これからも幅広い活動を続けていきます」「ALD」という難病の存在をもっと知ってもらうため、本間氏による講演やセミナー等は、今後は関東のみならず西日本エリアでも開催していくという。もしもあなたのお子さんが「ALD」だったら…あなたはどう考え、どう行動し、どう家族とともに生きていくだろうか?一度想像してみて欲しい。 ALD 親の会ホームページ NPO法人A-Future/ALDの未来を考える会 facebookページ 日本ロレアル「100 LOVE HANDS」プロジェクト
2012年06月15日