日本作曲界の重鎮にして、音楽界を代表する存在のひとりである池辺晋一郎が、2023年に80歳を迎える。その傘寿を記念したコンサートが、ミュージックディレクターを務める東京オペラシティで開催される。クラシックの王道をゆく作曲家としての活動の他、講演や執筆、テレビ出演などを通じて音楽の魅力を伝えるコミュニケーターとしても高い人気を誇る池辺晋一郎は、まさにクラシックの伝道師的な存在だ。クラシック以外の作曲においては、黒澤明監督『影武者』、今村昌平監督『楢山節考』、篠田正浩監督『瀬戸内少年野球団』などの映画音楽をてがけたほか、NHK大河ドラマ『黄金の日日』、『独眼竜政宗』、『元禄繚乱』に、連続テレビ小説『澪つくし』&『君の名は』。アニメにおいても『未来少年コナン』などなど、あれもこれも池辺晋一郎だったのかという活躍ぶりだ。テレビ出演において特に印象的な実績は、1996年から13年間に渡り、NHK教育テレビ『N響アワー』の司会をつとめたことだろう。トレードマークのダジャレを連発する姿が、お茶の間に浸透したことは忘れられない思い出だ。この池辺晋一郎の誕生日当日に開催される80歳の傘寿を記念するバースデー・コンサートでは、多彩な作曲活動を反映した盛りだくさんのプログラムが用意されるというから楽しみだ。出演するオーケストラは、池辺が洋楽監督を務める「オーケストラ・アンサンブル金沢」。そして指揮には、同オーケストラのアーティスティック・リーダー広上淳一が登場する。3部構成で行われるコンサートの第1部は「合唱」、第二部には「オペラ」、そして第三部には、新作「交響曲第11番 」の世界初演を含む「管弦楽」という濃密な内容だ。“稀代の作曲家にして稀有な文化人”池辺晋一郎の魅力のすべてを俯瞰するチャンス到来。これぞまさに同時代を生きる我々の特権だ。池辺晋⼀郎80歳バースデー・コンサート9月15日(金) 19時開演東京オペラシティ コンサートホール■チケット情報■池辺晋一郎(作曲家)東京オペラシティ文化財団ミュージック・ディレクター。1943年水戶市生まれ。71年東京藝術大学大学院修了。66年日本音楽コンクール1位。同年音楽之友社室内楽作曲懸賞1位。68年音楽之友社作曲賞。以後ザルツブルクTVオペラ祭優秀賞、イタリア放送協会賞3度、国際エミー賞、芸術祭優秀賞4度、尾高賞3度、毎日映画コンクール音楽賞3 度、日本アカデミー賞優秀音楽賞9度受賞。2004年紫綬褒章を受章、18年文化功労者に選ばれた。22年旭日中 綬章を受章。主要作品:交響曲No.1〜10、オペラ『てかがみ』『高野聖』他。映画『影武者』『うなぎ』『剱岳・点の記』、 TV『澪つくし』『元禄繚乱』他。演劇音楽は約500本を担当。著書多数。現在、東京音楽大学名誉教授、石川県立 音楽堂洋楽監督。2009年3月まで13年間NHK-TV『N響アワー』出演。15年4月よりNHK-FM『N響 ザ・レジェンド』の解説を担当。
2023年07月04日日本を代表する作曲家のひとり、池辺晋⼀郎の80歳(傘寿)の誕生日を祝うコンサートが誕生日当日の9月15日(金)に開催される。池辺晋一郎は、1943年9月15日に水戸市で誕生。これまでに数多くの楽曲を手がけ、クラシック音楽だけでなく映画、テレビ、ラジオ、演劇などの音楽も作曲。1996年から13年に渡ってNHK教育テレビの『N響アワー』で司会を担当。2001年からは東京オペラシティ文化財団のミュージック・ディレクターを務めており、石川県立音楽堂の洋楽監督や、せたがや文化財団音楽事業部音楽監督、姫路市文化国際交流財団芸術監督など多くの要職にも就いている。バースデーコンサートのプログラムのテーマは、「若き日の」、そして「今」。第一部は合唱で、万葉集をテキストにした無伴奏合唱曲《相聞》が演奏される。東京藝大大学院時代の1970年に作曲されたI、IIと、35年後の2005年に作曲されたIIIの全曲が披露され、池辺がキャリアの最初期から共同作業を続けてきたは東京混声合唱団が演奏する。第二部は、池辺のオペラ第1作となった『死神』から印象的なソプラノの《死神のアリア》、オーケストラ・アンサンブル金沢が初演した、泉鏡花原作によるオペラ『高野聖』からのハイライトを披露。第三部では《ピアノ協奏曲第1番》と今回の演奏会のために書き下ろされる新作《交響曲第11番》の世界初演が登場する。オペラと管弦楽のパートを担うオーケストラは、池辺が洋楽監督を務める石川県立音楽堂を本拠とし、現在最も緊密な関係であるオーケストラ・アンサンブル金沢。第⼀部の合唱を含め、演奏会全体の指揮はオーケストラ・アンサンブル金沢アーティスティック・リーダーの広上淳⼀が務める。池辺晋⼀郎80歳バースデー・コンサート9月15日(金) 19時開演東京オペラシティ コンサートホール■チケット情報広上淳⼀(指揮)古瀬まきを(ソプラノ)中鉢 聡(テノール)北村朋幹(ピアノ)東京混声合唱団オーケストラ・アンサンブル金沢無伴奏合唱相聞I〜III(1970、2005)『死神』(1971, rev.1978)から「死神のアリア」『高野聖』(2011)からハイライトピアノ協奏曲第 1 番(1967)交響曲第 11 番《影を深くする忘却》(2023)[世界初演]
2023年06月29日『プリンセスメゾン』や『雑草たちよ 大志を抱け』などで、さまざまな世代、境遇の凛とした女性を描いてきた池辺葵さん。最新作は4姉妹と母の物語なのだが、姉妹モノは「いつか絶対、というか最後に描きたいと思っていた」テーマだそう。罪悪感を抱えてまっすぐ生きる。4姉妹と母、それぞれの肖像。「女性が自立して、仕事を通して成長していく物語を最初にイメージしました。その仕事の場として流通、要は物がいろんなところに行き届く景色を描きたかったのです。でもそれだけだと話をつくるのが難しいので、自分の視点がもっと豊かになったら描こうと温めていた姉妹モノをくっつけることにしました」アパレル通販会社で働く末っ子の仁衣(にい)を通して描かれる流通のパートと、家族の物語をつなぐのが『ブランチライン』というタイトル。「コレクションで発表された服が、着やすくアレンジされて市場に行きわたる流れは、枝分かれして広がっていく川の支流のようだと思いました。家族もやっぱり流れていくもので、血がつながっていても同じ人生を歩むわけではなく、それぞれに枝分かれしていきますよね」三女の茉子(まこ)は喫茶店を営み、次女の太重(たえ)は公務員、長女のイチはシングルマザーで、夫と死別した母は山の上にある実家にひとりで暮らしている。それぞれが異なる支流を生きているのだが、家族を結びつけるかけがえのない存在が、長女の息子で大学院生の岳(がく)。8歳のときに両親が離婚して父親と自由に会えなくなってしまうのだが、イチを案じて離婚を後押しした姉妹たちは、結果的に岳の人生を大きく変えてしまったことに罪悪感を抱いている。自分の言動が他者に大なり小なり影響を与えることは、生きている限り続くもの。その罪悪感は家族のやり取りだけでなく、物を売って消費を促す仁衣の仕事観からも見えてくる。「仁衣ちゃんは罪悪感を抱えながらも自分ができること、やるべきことに全力を注いでいます。正しくばかりはいられないことを知るけれども、まっすぐ生きようとする姿を反映させていきたいです」ひとつ屋根の下で暮らして、宝物のように岳を育ててきた過去の記憶と、それぞれ離れて暮らしている現在を行き来しながら、影響を与え合わずにはいられない家族の喜びや悲しみに優しく光を当てる。「蓄積されていく記憶とどう付き合っていくのかも大事なこと。4姉妹の人生を追いながら、ときどき重なり合うことはあってもまたひとつの川にはならない家族の関係を、風景として表現できたらいいですね」『ブランチライン』1現在は離れて暮らす4姉妹と母、そして5人で育てた長女の息子。正しく生きようと思うほどに逃れられない罪悪感をそれぞれの生き様や家族のあり方から描く。祥伝社680円©池辺葵/祥伝社フィールコミックスいけべ・あおい2009年デビュー。『繕い裁つ人』が実写映画化、『プリンセスメゾン』が実写ドラマ化。そのほか『サウダーデ』『かごめかごめ』など。※『anan』2020年12月9日号より。写真・中島慶子インタビュー、文・兵藤育子(by anan編集部)
2020年12月04日20代後半、年収250万ちょっと、恋人なしのおひとりさま女性・沼越さんが、“運命の物件”を求めてモデルルームを巡り歩く日々を描いた漫画『プリンセスメゾン』。『モチイエ女子web』との連動企画として『やわらかスピリッツ』に連載され、女性読者を中心にあたたかい共感とささやかな勇気を与えている本作の作者・池辺葵さんに、女性の人生と住みかの関係について前後編でお話を伺いました。 今回は後編です。■前編「おひとりさまが家を買ったっていいじゃない!」はこちら家を買うという決断には損得ではないその人だけの理由が必要『プリンセスメゾン(1)』(池辺葵/小学館 ビッグコミックス)――『プリンセスメゾン』で“運命の物件”を探す沼越さんは、20代後半で年収250万ちょっと。住んでいるのも古いアパートの1階と、かなり地に足の着いた設定ですね。池辺葵さん(以下、池辺)最初から、マンションが買えるぎりぎりの年収の人の話にしたいと思ってました。『モチイエ女子web』の人にもかなり取材や試算をしてもらったら、“年収250万”という表現でもダメで、“年収250万ちょっと”が本当にぎりぎりの最低ラインらしいです。――作中には「単身女性の住宅ローンは審査が下りにくい」とったセリフがあったり、シビアな現実も描かれていますが。池辺でも、ローンってもっと組みづらいものだと思ってたんですけど、取材をしてみて、思ってたよりなんとかなるんだとも思いました。銀行にもよると思いますが、派遣社員でも3年以上勤めていればローンが下りるとか、頭金をいくら払えるかによってもだいぶ変わるとか。持ち家は買った家自体が担保になるから、保証人に関してはむしろ賃貸のほうが厳しかったり、単純にスペックや数字だけで決まるわけじゃないんだなって。――1巻で「努力すればできるかもしれないこと、できないって想像だけで決めつけて、やってみもせずに勝手に卑屈になっちゃだめだよ」という沼ちゃん(沼越さん)のセリフがありましたが、本当にそうなんですね。池辺でも、実際のところ20〜30代の若いうちに自分の家を買う決断ができる単身女性ってそう多くないと思うんです。仕事が中心で家には寝に帰るだけとか、将来どうなるのかまだわからないって人なら、買う必要ないと思うし。沼ちゃんがそこまでして家を買おうとしていることに、どうやって説得力を持たせるかは悩みました。――2巻で、沼ちゃんが持ち家にこだわる理由というか背景が、初めて明かされたのはそのためですか?池辺それも実は後付けの設定なんですけどね(笑)。持ち家は将来的に資産になるから、長期的に考えると賃貸のほうが高くつきますよ、とか言われても、じゃあ買おうとは思えないじゃないですか。結局、損得ではなくて、たとえ高くても家を持ちたいという、その人だけの強い理由が必要だなと思って。自分の生き方や幸せの価値観を見直す作業、それが家探し ――そんな沼ちゃんの姿を見て、不動産屋の人々も次第に応援を始めて、沼ちゃんと深く関わるようになっていくんですよね。池辺最初は、沼ちゃん以外にもいろんな人が出てくる群像劇にしようと思っていて、不動産屋さんの人たちもあんなにずっと出てくる予定じゃなくて。でも、描いてるうちにみんながんばって生きてほしいなってかわいく思えてきちゃって、沼ちゃんが不動産屋さんの人たちと徐々に関係を築いていく展開に自然となっていきました。――最初はファミリー向けの物件や、都心の高層マンションを見ていた沼ちゃんが、だんだん自分に本当に必要な条件を絞っていきますよね。なんだかそれが、人生における就職や結婚に似ているなと思いました。池辺そうなんですよ。家探しって、自分の生活や生き方を見直したり、自分にとっての幸せって何か考える作業にもなるんだなと、描いていて思いました。実際に東京でかなりの賃貸物件を見て回ったんですけど、東京の住宅事情にカルチャーショックを受けて。――え、どんなところにショックを受けたんですか?池辺私の実家の方だと十分いい部屋に住める値段でも、びっくりするくらい狭くて。東京の人は、家に関してはみんなすごく優しいんだなーと思ってしまったんですよね。でも、家ってそこまで気に入ってなくても実際住んでみたら慣れちゃうし、どこに住んでも自分が受け入れさえすれば馴染んでいくんだろうなって。それは持ち家を買うにしても同じで、どんなに気に入った理想の物件でも、暮らすうちに絶対何かしらの欠陥はあって100点にはならないと思っていて。何かひとつ自分にとって譲れない魅力があれば、あとは我慢できるのかなと思うんですよ。担当編集K(以下、担当K)すごい、まるで好きな人と結婚する話をしてるみたいですね(笑)。そういえば、20代のうちは家を買うことにリアリティを持てないけど、40代になるともうローンが組めなくなる、というのも出産のリミットに似ていますね……。今どう生きたいかを考えたら持ち家もいいかも、と思えた『プリンセスメゾン(2)』(池辺葵/小学館 ビッグコミックス)――家を買うつもりがない人も、もし自分が家を買うとしたらというのを真剣に考えてみると、自分の人生にとって大事なものや生き方を見つめるいい機会になりそうですね。担当K実際に家を買った単身女性にも取材をしたんですけど、みなさん「いざとなったら最終的には売ればいい」と言っていたのに驚きました。私はどうしても、持ち家を資産や投資と考えることができなくて、愛着を持って一生愛でるものだと思ってしまうので。池辺ただ、持ち家も自分の人生を彩るツールのひとつにすぎないから、そこまで一生ものと考えて情を持つ必要はないのかなって思ったりもするんです。自分の状況が変わって要らなくなったら、売って明け渡せばいいのかなと。これまで家を買うなんて興味もなかったけど、この連載を始めてから、家を買えるっていいなって思うようになりました。――そこをもう少し軽やかに考えられるようになったら、生き方のパターンも増えそうですね。池辺今住んでいる家は賃貸なんですけど、カウンターキッチンで選んだんです。私にとってはそれだけでテンションが上がって毎日が楽しくなる。あとすっごいつらくても、幸せな気持ちになれるんですよ。家賃は希望より少し高かったんですが、少しの間だけ、と思い切りました。すごく貯金したところで、人間死ぬときは1円も持って行けないんだって思って。将来のために、今少しの不自由さを我慢するのもいいことだと思うけど、上手に使って今を楽しく生きるのもいいのかなとも。どんなに大変なことになっても、絶対なんとかなるってどこかで思ってるところがあって。浪費に気をつけないとですね。本当の贅沢とは高価なものを持つことではなく、心の有り様だとおっしゃる(そして贅沢とは悪いことではない)森茉莉さんの「貧乏サヴァラン」を再読して原点に戻らないとです。――家を持つことを、将来への投資とか、老後のための保険と言われても、正直ピンとこない人は多いと思います。池辺私も少し前まで老後のことを考えてたんですけど、最近はもう死を考えるようになって(笑)。どこでどんなふうに死ぬんだろうと思ったら、自分が今どう生きたいのかをすごく考えるようになりました。そう考えたとき、ふと、自分が死ねる家があったらいいなって思って。まあ、実際は病院で死ぬことのほうが多いやろうけど。サスペンスとか見てると、ご年配の方が「死ぬ時は自分の家で死にたい」と言うシーンをたまに見るんです。それ、前までは何でやろって思ってたけど、最近、その気持ちがちょっとだけ分かるようになりました。――家のことに限らず、人の目を気にせずに、今の自分の幸せのためにがんばれる沼ちゃんのような生き方ができたらいいですね。今日はどうもありがとうございました!(プロフィール)池辺葵2009年、『落陽』でデビュー。洋裁店で働く女性が主人公の『繕い裁つ人』(講談社)は、2015年1月に中谷美紀主演で実写映画化もされた。他の作品に、喫茶店を舞台とした群像劇『サウダーデ』(講談社)、老婆の夢と現実を描いた『どぶがわ』(秋田書店)などがある。現在、『やわらかスピリッツ』(小学館)×『モチイエ女子web』にて、『プリンセスメゾン』を連載中。2月12日に最新刊第2巻が発売された。
2016年03月14日