少し前の話だが、自由が丘にある「ノームコア」という言葉が本当によく似合う、とても素敵なからあげ店に行ってきた。きっかけは、誰かにおすすめされたわけでもなく、食べログで調べたわけでもない。「Sumally」でたまたま目に入った一枚のもものからあげの写真だった。レビューもなければ点数も付いていない。それでも行ってみようと思えたから不思議だ。なんともファッション的であり、インターネット的だ。もう夕暮れの頃、自由が丘にいた私は、トゥデイズ スペシャル(TODAY’S SPECIAL)からイデーショップ(IDEE SHOP)にはしごをして、店先で行われていたフリーマーケットでアラビア(ARABIA)のヴィンテージのカップ&ソーサーを物色していた。ふと、とよ田の存在を思い出して電話してみた。(お腹が空いていたのだ。)人気店のはずだが運良くすぐ入れそうだったので、そのまま向かう。店内は明るくて清潔感がある。基本的にメニューは、砂肝、手羽、ももの3つしかない。あとはお新香と〆の焼きおにぎりだ。本当にそれしかない。シンプルで潔いのだ。テーブルに置いてある調味料も塩としょうゆと七味唐辛子だけだ。七味唐辛子も浅草やげん堀や善光寺の八幡屋礒五郎ではなく、どこにでもありふれているヱスビー食品のものだ。こういうことをノームコアと呼ぶのだろうか。ところで洋服やからあげに限らず、シンプルなものへの回帰の流れを、1ユーザーとして大変感じている。ラーメンだってシンプルで素材に拘ったものが増えたし、プティングだってクラシックでスタンダードなものが食べられる店が、また増えてきた。これは個人的にはとても嬉しい傾向だ。さて料理は、お通しのオニオンスライス、砂肝、手羽、ももの順番に出てくる。まったく臭みがなくジューシーな砂肝の素揚げ、骨まで食べられる手羽のからあげ、皮はパリっと中はジューシーなもものからあげ。味付けに変化はないのだが、とてもバラエティを感じられる。そしてメニューにはないが〆に上品な味の鶏スープが出てくる。シンプルが故に味を語っても陳腐になるだけなので、機会があれば体験してみてほしい。もしあなたが物足りなければ、帰り道に梅華の清湯麺を食べて帰ればいい。【店舗情報】とよ田(とよだ)住所:東京都目黒区緑ヶ丘2-17-12電話:03-3723-7683営業時間:17:30~22:30(月~金)、17:00~22:30(土)定休日:日曜、祝日
2015年08月28日自由が丘スイーツフォレスト(東京都目黒区)ではこのほど、山梨県産桃とコラボレーションしたイベント「山梨ももスイーツまつり」を開始した。8月17日までの期間限定。山梨県は、甲府盆地の朝晩の急激な寒暖差と日本一の日照時間から桃の栽培に適しており、日本一の生産量を誇る。同イベントでは、山梨県産桃の優しい甘さや上品な香り、みずみずしさが伝わるように各店のパティシエが開発したという限定スイーツが登場する。「ベリーベリー」では、「山梨県産 丸ごとピーチベリー」(税別720円)を1日5個限定で販売。湯むきした桃を丸ごと1個使用し、中に苺のコンポート、クリーム、クラムを入れた。シンプルな仕上がりで、苺の甘酸っぱさが桃本来の甘さを引き立てるという。「HONG KONG SWEETS 果香」からは、「山梨産 桃豆腐」(税別496円)が1日10個限定で登場。桃のピューレを使用したオリジナル特製「桃豆腐」に桃のコンポートを重ねたデザートで、桃豆腐の食感とコンポートの味わいが調和した1品とのこと。「ハワイアンスイーツカンパニー」では、「100%山梨産白桃スムージー」(税別880円)を1日10杯限定で提供する。山梨県産の桃をスムージーに仕上げ、フレッシュな桃と生クリームをトッピングした。果肉とクリームが混ざり合い、シャリシャリとした食感が楽しめるという。そのほか、「メルシークレープ」では「山梨 ピーチセゾン」(1日10皿限定 / 税別1,000円)、「イリナ」では「山梨県産 桃のタルト」(1日6個限定 / 税別420円)、「ミキシンミクスリーム」では「山梨桃のコンポート アイスワッフル」(1日5個限定 / 税別667円)を販売する。
2015年08月10日ニューヨーク発グルメバーガー「ベアバーガー(Bareburger)」が7月19日(日)に東京・自由が丘にて日本第一号店をオープンした。ベアバーガーのベア(bare)は“ありのまま”を意味し、世界的な認証機関で承認されたオーガニックミートを使用したパテや有機肥料でつくられた無農薬野菜、保存料不使用のバンズなど素材へのオーガニックなこだわりを持ちつつも、その味とボリュームが相まってニューヨーカーに「体にやさしく美味しいグルメバーガー」として人気。情報誌ザガットでは2011年に掲載されて以来、「ニューヨークのハンバーガートップ10」に連続ランクインを果たしている。本国の第一店舗は、2009年ニューヨークのクイーンズにオープン。現在はアメリカとカナダに26店舗を構えるまでに成長。そして今回、日本に初上陸となった。自由が丘にオープンする日本第一号店のメニューには、定番のビーフ、チキン、ターキーに加え、日本限定の黒毛和牛プレミアムバーガーも1日数量限定で登場する。バーガーのほかに、4種のサラダや6種のサイドディッシュ、ドリンクメニューには、ニューヨーク本店でも人気の4種のシェイク(780円)、オーガニックティー、アルコールにはオーガニックワインやオーガニックモヒートなども用意する。牛肉のパテは、オーストラリアのオーガニック・ビーフで、生産から加工処理にかかわるすべての過程において、オーガニック認証を受けている。野菜は全国で初めて「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定し、独自の有機農法に取り組んでいる地域、宮崎県綾町の農作物や、有機野菜や自然食品など、国産の安心でおいしい食材を提供する「大地を守る会」の農作物を使用。牛乳は、日本ではじめて第三者機関により有機認証を受けた千葉県・大地牧場産の有機牛乳で、お子様向けには有機ジュースを用意する。またフード以外に、ベアバーガーオリジナルグッズとしてTシャツやトートバッグ、パーカー、コースターといったアイテムの販売も行う。「お家ではベジタリアンやヴィーガン、有機野菜などにこだわった食生活を心がけていても外出先となるとなかなかそれをキープするのは大変」と思っている人もいるだろう。「ベアバーガー」では、ベジタリアンやヴィーガン向けに、ベジタブルパテを使用したハンバーガーも用意し、また小さい子ども向けのキッズメニューにも有機食材を取り入れているので、子ども連れのママでも気軽に立ち寄ることができる。自由が丘でショッピング中の休憩スポットとして利用してみてはいかがだろう。(text:Miwa Ogata)
2015年07月28日「Cafe Lisette(カフェリゼッタ)」の自由が丘店は、駅から5分の深い緑の中に立つ熊野神社の隣にあり、大人の女性が似合う静かなカフェです。 ブティックを併設しているのでメニューは、チーズケーキなどの焼き菓子が中心ですが、熊野神社に集まる鳥のさえずりを聞きながら、ゆっくりとお茶時間を楽しむことができます。オススメは、ドリンク付きの季節の素材を使ったタルティーヌランチで、1,300円。ハンドドリップコーヒー、アイスコーヒー、紅茶、りんごジュース、なんと白ワインや赤ワインも選ぶこともできます。このときは、フルーツを使った美しいタルティーヌを味わいました。春に出版した「オープンサンド レシピブック」の中の一品です。メロンのタルティーヌ。メロン、アボガド、セロリ、モッツァレラチーズ、芝エビにミント。シャキッとしたセロリとねっとりしたアボガド、塩ゆでの芝エビにメロンという組み合わせは見た目も涼しげで爽やか、白ワインにぴったりです。カラフルな色彩が食欲をそそるスイカのタルティーヌはデザートにもなりそう。白ワインビネガーでマリネしたスイカにクレソン、フェッタチーズ、プロシュートを合わせます。プロシュートとフェッタチーズの塩気、甘くジューシーなスイカはとてもよいハーモニー、やみつきなりそうです。気がつくと、パナマ帽を被った初老の男性や、白い麻のブラウスにネイビーのパンツをコーディネイトしたおしゃれな女性がいらっしゃいました。どのテーブルにもカンパーニュと白ワインが置かれ、まるで避暑地の昼下がりのよう、本を持ってふらりと訪ねたい自分時間が持てるカフェリゼッタです。Cafe Lisette tel.03-5726-9591東京都目黒区自由が丘1-24-611:00~19:00(LO18:30)水曜定休 公式サイト
2015年07月08日自由が丘スイーツフォレスト(東京都目黒区)にこのほど、新店舗「ハワイアンスイーツカンパニー」が期間限定でオープンした。同店は、ハワイの伝統的なスイーツ「マラサダ」の専門店。取り扱う「マラサダ」は、独自製法でふわふわに揚げた生地に北海道産の生クリームをたっぷりと入れたもの。くどくない口当たりで、素材の味わいとやわらかな食感が楽しめるという。ラインアップは、「北海道小倉&生クリーム」「濃厚生クリーム」「いちご&生クリーム」などで、価格は各税別230円。今回のオープンに際し、タロイモ「ポイ」を使用した新スイーツ「ポイメロンパン・アイスサンド」も初登場。同商品は、店内のオーブンで焼き上げるアツアツのポイメロンパンにアイスクリームをサンドしている。価格は税別480円。さらに、「ポイ」を使用したパンケーキにマカダミアクリームソースとマカダミアナッツをたっぷりとかけた「ポイパンケーキ マカダミアナッツクリーム」も用意。ドリンク付きで価格は税別1,280円。1日10皿限定での販売となる。このほか、「クロワッサンドーナツ」(税別230円~)の季節限定フレーバーが登場するほか、エスプーマを使用したハワイアンパンケーキやオリジナルかき氷も販売を予定している。
2015年07月07日イデーショップ 自由が丘店(東京都目黒区自由が丘)は6月19日~22日の4日間、家具・照明のディスプレイ品などを最大70%オフで提供する、夏のセールを開催する。○最大70%オフのスペシャルプライスで提供同セールでは、安定した人気を誇るデザインの家具や掘り出し物、照明などをこの時期だけのスペシャルプライスで提供。また、人気の雑貨もスペシャルプライスで登場する。割引率はアイテムによって異なる。開催期間は、6月19日~22日。開催店舗は、イデーショップ 自由が丘店。営業時間は、11時30~20時、11時~20時(土日祝)。また期間中は、全国送料無料キャンペーンを実施。対象の家具、照明、雑貨を1万円(税別)以上の購入で、全国送料無料で配送する。大きなサイズの商品やまとめ買いを検討の人、遠方居住者ほど得になる。
2015年06月18日「自由が丘スイーツフォレスト」(東京都目黒区)はこのほど、期間限定イベント「涼感ひんやり! クール・スイーツ2015」を開催した。開催期間は9月上旬まで。同施設は、1月にリニューアルオープンをしたばかりのスイーツのテーマパーク。同イベントは、暑い夏をスイーツで快適にハッピーに過ごしてほしいという思いから2011年より開催しており、今年で5回目となる。同施設のパティシエたちが、体を冷やす効果があるといわれる食材を用いて、目や舌、体など五感で涼感を楽しめるというメニューを提供するとのこと。「ベリーベリー」では、アサイーのジュレとベリーのジュレを2層に重ねた甘酸っぱい味わいが楽しめる「アサイーとベリーのジュレ」(税別480円)や、新作ジェラートパフェ「アサイーベリーのジェラートパフェ」(税別750円)を販売する。また、ハートの形の器に国産白桃のジュレと透明なジュレを重ね、フレッシュベリーなどをあしらった「ピーチベリージュレ」(税別480円)や、「5種のベリージュレ」(税別480円)も提供する。「メルシークレープ」の「サマーフルーツバスケット」(税別940円)は、同店自慢のもちもちとしたクレープ生地に、カスタードクリーム、生クリームを入れ、スイカやメロン、グレープフルーツやオレンジなどをトッピングした商品。1日限定10皿で、7月上旬までの予定で販売する。「HONG KONG SWEETS果香」は、杏仁豆腐の上に、ピーチリキュールで香りづけした九龍(クーロン)をあわせた「クリアピーチ九龍(クーロン)」(税別496円)を発売。同商品を7月15日まで販売後、7月16日からは、ブルーキュラソーで香りづけした九龍の「アクアブルー九龍」(税別496円)が登場する。そのほか、「ミキシン ミクスリーム」では「スイーツフローズンドリンク」(税別380円)、「イリナ」では「マカロンサンデー」(税別300円)を販売する。同イベント期間中は、「ひんやり! 猛暑だったらクール・サービス」も行う。気温35℃を超える猛暑日には、17時より先着10名にドリンク1杯を無料で提供するというもの。同サービス企画実施日は、ツイッター、フェイスブックにて告知する。
2015年06月09日「自由が丘スイーツフォレスト」(東京都目黒区)はこのほど、6月6日の"ロールケーキの日"を記念した期間限定イベント「ロールケーキ・フェスタ」を開始した。開催は6月28日まで。「ロールケーキの日(6月6日)」は、2005年に日本記念日協会に登録し制定された記念日。同施設では同日を記念したイベントを行っており、今年で8回目の開催となる。「ベリーベリー」からは、パティシエがロールケーキの日を記念して創作した新作「苺とベリーのレアチーズロール」(税別480円)が登場。苺のコンポート、フランボワーズ、レアチーズクリームを白いロール生地で巻き、苺やベリー、生クリーム、アラザン、チョコレート細工でデコレーションした。常時25種類のミニロールケーキを取りそろえる「イリナ」では、期間限定のプレゼント企画を実施中。好みのミニロールケーキを4個購入した人には、限定ロールケーキ「グレープフルーツロール」1個をプレゼントする。イートイン・テイクアウトともに可能とのこと。価格は種類によって異なる(通常は5個セット・税別1,200円でも販売)。
2015年06月04日自由が丘スイーツフォレスト(東京都目黒区)では5月17日まで、母の日限定スイーツを販売する「SWEETS Mother’s Day」を開催している。「ベリーベリー」では、しっとりしたスポンジに苺と苺クリームをサンドしたケーキ「母の日デコレーション」を販売。母の日のオーナメントとベリーを飾り、カーネーションをイメージしたピンク色の苺クリームで仕上げた。価格(税別)は、4号2,750円、5号3,750円。予約は2日前まで受け付け、5月9日~10日は店頭販売を行う。「お母さんありがとうギフト」(税別1,300円)は、クッキーバニラにサンドクッキー、果実のクリームサンド、バニラバウムクーヘンといった焼き菓子を各1個、ブリキのバケツに詰め合わせた。1日10個限定。「イリナ」が販売する「バラのフィナンシェ」(税別2,100円)は、焦がしバターを使用し、バラの形に焼き上げたフィナンシェを詰め合わせたもの。フレーバーはプレーン、チョコ、苺、抹茶、マンゴーで、各2個入っている。単品も180円(税別)で購入できる。5月9日~10日は、同施設内で母の日限定スイーツを購入すると、似顔絵のサービスが300円(税別)割引になる特典も用意する。なお、「自由が丘スイーツStation produced by 自由が丘スイーツフォレスト」(東京都・自由が丘駅南口改札横)の新店舗「パティスリー QBG」でも、母の日限定のデコレーションケーキ「シャルロット ローズ」(4号・税込2,850円)を販売している。
2015年05月08日慎吾の背中はあたたかい。右の頬をぴたっと背中にくっつけたまま桃香は唄う。「メリークリスマス。世界中が今日を祝うスペシャルデイ。私はあなたに伝えたい。愛してる。あなただけ。あなたは私のスペシャル。」慎吾はじっと動かずに桃香の歌を聴いた。「あの、桃香さん…桃香って呼んでいいかな」「うん、もちろん」「僕のこと、外に連れ出してくれてありがと。桃香がいたから、ボールをまた蹴る気持ちになった。桃香がいたから、専門学校に行って社会人になる覚悟ができた」桃香は抱きついたままコクっと頷く。「僕の…僕だけのスペシャルになってください」紙袋から真っ白の手袋を取り出し、桃香と向き合った。ハアと桃香の冷たくなった手に息を吹きかけ、新しい手袋をつける。そして手袋越しに桃香の手にキスをした。「まだ指輪ははめてあげられないけど、これが僕の今の気持ち。ずっとそばにいてください」桃香は、今までのこんがらがっていた思いをやっとひとつにまとめることができた。昨日の揺らいだ自分をちゃんと罰する。もう迷わない。慎吾のために愛の歌を作る。慎吾のために愛の歌を唄うと揺るぎない気持ちが芽生えた。真正面から慎吾の首に抱きつき、「ありがとう、慎ちゃん」とつぶやいた。桃香の目から流れる涙が慎吾のうなじに届いた。ふたりを包む冬の空気はキンキンに冷えているけれど、ふたりの心は暖炉が燃えるように暖かい。白いフカフカの手袋の上にはらりと雪の粉が舞い散った。「桃香はいろんなシーンを歌にするだろ。雪が降って来たクリスマス。僕たちのスペシャルな冬の日の歌を一緒に作ろうよ。僕、唄うから」「ええ? 慎ちゃん、歌なんか唄えるの? 嘘だあ。ぜったい音痴だよ」桃香が涙目で笑いながら笑う。慎吾は聞き取れないような小さな声でワンフレーズを唄った。「白い手袋のように、僕は桃香をいつもあっためてあげる」粉雪が舞う自由が丘で、桃香は世界一幸せな冬を感じていた。(完)【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』】 目次ページはこちら
2015年03月30日クリスマスはどうしてこんなに街が色づくのだろう。みとれてしまうほどのイルミネーション。キリストの血の色の赤と永遠の命を表す緑を持つポインセチアが自由が丘の軒先に並ぶ。花や靴下や松ぼっくりが飾られたクリスマスリースがワゴンを占領する。思わず手に取りたくなるようなかわいいキャンドルが棚にズラリと並ぶ。そしてスイーツの街自由が丘。「このシーズンが一番華やぐわ」とデコレーションされたケーキ達が独り言を言っている。大井町線の線路沿いの住宅街。「慎ちゃん、こんなわかりにくい場所にお店あるの?」前をスタスタ歩く慎吾の背中に向かって話しかけた。昨夜のわだかまりでもやもやしたまま迎えたクリスマス。こんな気持ちで慎吾の愛にこたえていいのかまだ迷いがある。「うん、見つけた。ネットじゃわかんないから、ちゃんと下見もしたんだ。駅周辺のレストランは、女子率9割で、なんか恥ずかしい感じだから…」慎吾が振り向いて答えた。いつものはにかむような笑顔。「女子率9割。たしかにそうだね。慎ちゃん、そんな街でバイトしてるんだね。仕事場で声かけられたことない?」桃香が質問すると慎吾は困ったような顔をした。「…ある。何人も。LINEおしえてって言われる…」桃香はドキっとした。そうか、慎吾は背も高くて、かっこいい。顔も寂しそうな目元が女性達にはグっとくるものがあるにちがいない。慎吾は自分のことをずっと好きでいてくれるという安心感がチラっと揺らいだ。そうだ、慎吾に恋心を抱く女性は自分ひとりじゃないんだ、東横線に乗っている人達それぞれに恋物語があるってこの前思ったばかりなのに。「慎ちゃん!」桃香は慎吾の背中に急に抱きついた。慎吾は驚いて立ちすくむ。「どうしたの…周りに人、歩いてるよ…」人一倍恥ずかしがり屋の慎吾は照れてしまい、どうしていいかわからないような妙な顔つきになる。(続く)【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月27日「自由が丘スイーツフォレスト」(東京都目黒区)では4月30日まで、各店舗にて「桜スイーツ」を販売している。「メルシークレープ」では、桜のリキュール入りの特製カスタードクリームをもちもちのクレープで包んだという「さくらのホワイトショコラ」(830円)を提供する。苺や生クリームを添え、桜が香るフランス産ホワイトチョコレートソース、フレーズパウダー、抹茶パウダー、粉糖で仕上げている。1日20皿限定。「ミキシン ミクスリーム」からは、「桜吹雪~クロワッサンワッフル」(685円)が登場。桜あんをサンドした自家製クロワッサンワッフルに、ミルクアイスと桜あん、ホイップクリームをミキシングしたものを添え、ホワイトチョコレートを散らした。「ベリーベリー」では、「桜と苺のヴェリーヌ」(480円)を販売する。同商品は、ベルギー産ホワイトチョコレートを合わせた抹茶のムースに桜と苺のムースを重ね、ベリーで飾り付けをしている。また、「HONG KONG SWEETS 果香」からは、「桜くずの杏仁豆腐」(450円)が登場。杏仁豆腐に特製の桜くずと抹茶くずを重ね、桜の花と葉に見立てたとのこと。「イリナ」からは、「桜のロールケーキ」(270円)と「桜のミニロールタワー」(2,900円)がラインアップ。桜の花びらをイメージしたピンクのしずく模様のロールケーキ生地で、桜のムースとあんこ入りのクリームを巻き上げた。和と洋がコラボした味わいが楽しめるという。※表示価格はすべて税別
2015年03月26日「気にすんなよ。慎吾にフットサルは続けるように言えよな。俺、ぜーんぜん気にしないから。あのな、フットサルやってると女子に注目されるから恋のチャンスはやっばいほどあんだぞ。試合の後に応援に来てくれた女子達と飲みに行けるから」「冬馬…」「あ、ってことはお前の慎ちゃんも狙われるぞう。あの寂しげな甘い横顔がたまんないって応援団のリーダーが騒いでたから」「冬馬、ありがと。私、ずっと考えてて…」「ま、好みの問題だよな。桃香は支えてあげたくなるようなフワっとした男が好きなんだからしょうがない」「ええ? フワっとした男…? 慎ちゃんがいきなり逞しいオオラオラマッチョになったら、嫌いになるのかなあ?」「そしたら、俺んとこへ来いよ」「そんな都合よくいかないよ。冬馬、クリームついてるよ。ここんとこ…」冬馬のあごを人差し指でつつこうとした瞬間、冬馬が桃香の人差し指を握った。「ずっと友達ではいてくれよ。練習も試合も見に来いよ」「…うん。もちろん」冬馬は最後まで男っぽい。かっこよかった。カフェを後にして、駅まで並んで歩いた。街灯の光は冬になるとやけに冴えてキラっとしている。ふたつの影がくっつきそうでくっつかない距離を保つ。人通りが少ないところで、冬馬が立ち止まった。「桃香、1回だけ」「なに?」「キスしたい」「え?」「俺へのクリスマスプレゼントってことで」立ちすくむ桃香を抱き寄せ、冬馬は唇を重ねた。桃香はとまどったが、なぜか心地よく感じてしまい逃げることができなかった。「ばか、桃香のばか。なにやってんだ私」桃香はその夜、また自分を責めた。ラブバージン。男の人に振り回される弱い自分。髪の毛をかきむしり「生まれ変わらなきゃ」と何度も叫んだ。(続く)【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月25日職場に向かう東横線の中で桃香は旋律を組み合わせながら考えた。冬馬と慎吾に対するもどかしさを、父親のように音にしたいと思った。周りを見るとむずかしい顔をしたサラリーマン、早起きは苦手で眠そうなOLがつり革を持って立っている。この車両にいる人達もみんな恋に悩んだ経験があるんだろうな、みなとみらいでデートしてる確率100%だろうなと想像する。恋物語を抱えるひとりひとり。そんな人たちが乗り込んでいる東横線は曲作りには最適の空間と思えて来た。夜、作りかけた曲を部屋にある電子ピアノで弾いてみた。そして気持ちを上に乗せて言葉にしてみた。「あなたを失うと今の世界の灯りが消える。私の足下をほんのり照らしてくれるあなたのともしび。あなたといると心がほのかに桃色に染まる。Loving you missing you…」自分の名前と同じ桃色の光に包み込まれた気分になる。うす桃色の光が射す世界で微笑む「あなた」は慎吾だった。クリスマスの前日、桃香は冬馬が働いているデザイン会社の近所のカフェで冬馬を待った。冬の日の午後8時。とっぷり黒い闇に包まれ、風が頬に痛かった。カフェでちぢこまった身体をあたため、伝えるべきことを整理した。冬馬が小走りで入って来る。寒い中を走ってきたので頬が赤くなっている。「おう、待たせた?」「お疲れさま。あったかいココアおいしいよ。」「で、明日、俺と過ごすことに決めたって言いに来た?」本当に自信があるのか、自信がなさの裏返しなのか恋の経験が少ない桃香にはわからない態度だ。もし自信たっぷりなのだとしたら、こんな自信がある男の人と付き合えば頼りになっていいのかもしれない。でも自分はちょっぴり心が弱い慎吾をサポートしてゆくことを決めたのだ。スッと背筋を伸ばし、冬馬を見つめた。冬馬は察したかのように、店員を呼んだ。「すみませーん、俺もココア。クリーム浮かべてくださいねー」ココアの上にちょこんと座ったホイップクリームをスプーンですくいながら冬馬はそっと声を出した。(続く)【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月23日クリスマス1週間前、慎吾が電話をしてきた。「あのさ、クリスマスプレゼント渡したいから、24日は会えるかな。話したいことがあるし」「慎ちゃん、わたし、慎ちゃんのことずっと見ててあげたいけど、もしかするとそれは鮎子と同じ気持ちで弟みたいに思ってるからかもしれない。そんな気持ちのまま会ってもいい?」少し沈黙が流れた。「それでもいいから会って欲しいんだ」いつになく小さな声で慎吾が答えた。1時間後、今度は冬馬からメールが届いた。「そろそろ答え聞かせてくれてもいいんじゃない? ぐだぐだ言わずに俺と付き合えって!」桃香は背筋を伸ばして、窓の外の冬景色を見つめた。雲が低く、もしかすると雪になりそうな寂しそうな夜だった。街灯の下に猫が1匹うずくまって震えていた。恋人もいないひとりぼっちの猫。横に身体を寄せ合う彼女がいたらきっとあったかいだろうに。寂しい猫の歌を桃香は口ずさんだ。「こんな寒い夜は誰かとくっついていたいけど、僕には誰もいないんだ」歌った息でガラス窓が曇り、猫の姿がぼやけて見えなくなった。翌日、リビングで楽譜を書いていると、母の美里がめずらしくピアノを弾き始めた。昔は仕事でジャズを歌っていたが今でも週に3日、友達のライブハウスを手伝いながら唄っている。「ママ、何弾いてんの?いい曲ね」「陽平と出会った頃、陽平がプレゼントしてくれた曲。作詞作曲は陽平っていう凄い曲よ」「まじで? パパ、そんなきざなことしたんだ。今はおっちゃんなのにね」さびの部分になると不安定な音の運びが、切ない気持ちを表している。どうしていいのかわからないような切ない旋律。「ねえ、愛の歌なのになんでそんな寂しいメロディなのかな」フフっと美里が鍵盤をたたきながら笑った。「ママには好きな人がいたの。お付き合いしてた。陽平は後から出てきて、ママを略奪。だから、煮え切らないママを思って書いたメロディなの。ロマンチックでしょ」「そうなんだ。初耳。パパが帰ってきたらひやかしちゃおう」「で、ママはその曲で陥落ってことね」美里がにっこり微笑んだ。「ママ、いま、私、恋に悩んでるんだけど落ち着いたら話すね…」音は不思議だ。気持ちをそのまま織り込むことができる。言葉にならないもどかしさを相手に伝えることができる。キザな父親とロマンチックな母親。音が好きな両親の子供に生まれてよかったと感じた。(続く)【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月20日「桃香、クリスマスまでに答えくれよな。その日をふたりで過ごすか、サッカー友達とやけ酒を飲むか。天国と地獄みたいでスリル満点だ」桃香は頷いた。自分でも恋に答えを出さなければならない時期なのだ。宇宙の要塞のライトがチカチカと点滅して、桃香にそろそろ答えを出すようにせかしている気がした。白い強力なライトが線になって夜空に溶け込んだ。桃香は恋愛に関してはカオル先生が言ったようにまだまだビギナーだと自分なりに思う。慎吾を守ってあげたい気持ちと冬馬に守られたい気持ち、どちらも心地よくどちらも大切でひとりに決めることができない。恋愛の意味がわかるまで誰とも付き合わない方がいいかもしれないと思い始めた。冬馬を選べば鮎子との友情が壊れてしまうかもしれない。慎吾がまた引きこもるかもしれない。慎吾を選べば冬馬に頼ってしまうことはできなくなる。くる日もくる日も考えて迷路にまぎれこんだようだった。数日後。鮎子に誘われた。慎吾のことで喧嘩して以来、職場でもそっけない態度で気になっていた。「ねえ、桃香、自由が丘にフレンチトースト専門店できたみたい。ネットで見たよ。行ってみない?」桃香は驚いた。同時に自分が気持ちを決めないと鮎子との友情をなくしてしまうと思った。「行く行く! 甘いの食べたい」ふたりは久しぶりに向かい合って座った。ふわふわのトーストの上にシロップがかかり、甘い密の香りを漂わせた。卵とミルクはどうしてこんなに相性よく混ざり合い、おいしいものを生み出すんだろう。人を幸せにする香りも生む。卵とミルクのような恋ができればいいのになと桃香は思った。自分は全然だめだけれど、迷いがふっ切れなくて周りを傷つけてしまうかもしれないけれど。今度の歌は卵とミルクの恋の歌にしょう、白いナフキンにささっと、アイデアをメモした。鮎子が覗き込んで「作詞はじまったあ。ロマンチストなアーティストだね」とつぶやく。「ううん、最近、作詞や作曲に意欲なくなってるんだ。歌のレッスンやバイトは楽しいけど、本気になれない。こんなんじゃプロになんてなれない」「本気になれないって?」「プライベートで悩むことが多くて、自分のわがままさや弱さが悔しい…」鮎子は一瞬黙り込み、すぐに話を続ける。「慎吾のことだけど。この前、私、きれちゃって悪かったなと思ってる。会社でも無視したりしてごめん。桃香の気持ち考えると、あんなこと言っちゃいけなかった。私に強要されて慎吾と付き合わなくちゃになっちゃうよね。それ、おかしいもん」「鮎子、強要なんて、そんなことない。私がどっちつかずで煮え切らないから鮎子は言ってくれたんでしょ」「あのさ、自分の気持ちに正直になってね。私は桃香が誰と付き合っても文句言わない。友達でいるから。慎ちゃんにも、ふられる厳しさは若いうちに味わえって今なら言える」「鮎子、そんな…」「慎吾だって悪いのよ。桃香に甘えてばっかで、男らしいところ見せてないしさ。彼女になってってはっきり言ってないでしょ。あいつ。恥ずかしがってそんなこと言えないタイプなのよ。でもフットサル誘ってもらって本当によかったと思ってるよ。うちらきょうだいは」「ありがと。そんなふうに言ってくれて」「だから、遠慮しないで、いい恋をして」「うん。もすこし考えてみる」桃香はつかえていたものがすっと降りた。「ところで鮎子は? 合コンの成果はあったの?」「あったら報告するわよー。はずしまくり。8試合8連敗。フットサルなんて観てる暇ないし」鮎子は残念ポーズをしながら笑った。「そっか、じゃあプリンも頼もうよ! 鮎子のゴーコン勝利を願って」ふたりは卵とミルクの甘い香りの中で、ラブトークに花を咲かせた。自由が丘はガールズトークには最適の街。悩める乙女達をやさしく包んでくれる。喧嘩の仲直りもさせてくれる。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月18日15号線をひたすらまっすぐ走り、車は工業地帯へ着いた。京浜コンビナート。巨大な工場の群れに白いレーザービームのような灯りが点灯し、まるで宇宙の要塞だ。SF映画を観ているような無機質で不思議な景色だった。「こんなところドライブしたの初めて。幻想的ね。停まって! ゆっくり見てみたい」「いいよ。ちょっとマニアックな夜景だろ。ツァーとか組まれてて、意外に人気らしいんだけど。女の子でも好きかな、こういうの。デートっぽくはないけど」「どうしてここ知ってるの?」「俺、父親の影響でスターウォーズ系が好きだからさ。おやじ、フィギアとか持ってんだよ。小学校の頃から、ビデオも一緒に観てた。で、ここ、夜通ったとき、宇宙の基地みたいだって思ったんだ。クールな景観だろ」「そうね。連れて来てくれてありがと。未来の世界にいるみたい」道路の端っこに車を停めて、ふたりはまた高校の頃にタイムトリップした。図書館で大声で喧嘩して司書さんに怒られたこと、バスに乗り遅れた冬馬がかわいそうになってバスから降りて付き合ってあげたこと。絵が得意な冬馬に似顔絵を描いてもらったけれど、あまりに似てなくて泣きそうになったこと。ふたりの共有できる思い出が泉のように湧き出てくる。「もしかしたら俺、告白はしてなかったけど、桃香の彼氏気分でいたんだと思う。思い込んでただけってところが情けないけど」「私はあの頃、受験勉強しなくちゃって、自分なりに恋愛禁止のストッパーをかけてた」「で、ストッパーがはずれて、大学で誰かと付き合ったんだったよな」「そう、学部の先輩とね。趣味が合わなくてすぐ別れちゃったけど」「で、次の相手が慎吾ってわけ? 俺は入り込む余地ないかな」桃香はうつむいた。慎吾の名前が出て、ふと思い出してしまった。今頃、携帯ショップでどの機種にしようか悩んでるんだろうなと。慎吾の困った顔は大好きだ。「冬馬、私わからない。慎ちゃんのことは大事。私がいないとダメになっちゃう気がする。でも冬馬のことも気になってしょうがない。こういうの浮気症っていうのかな」「いいんじゃない。モテ子ってことで」冬馬が桃香の髪の毛をチョコっと引っ張った。桃香も冬馬の前髪を引っ張り返した。冬馬が桃香の手を取り「冷たいな」と言って、ハアっと息を吹きかけた。暖かかった。冬馬はどんな時も自分を守ってくれる、昔からそうだったんだ。急に頼りたい気持ちになった。ときめいた。と同時に手袋を買う約束をした慎吾の顔もちらついた。あの日、初めて手をつないでくれた恥ずかしがり屋の慎吾。それなのに、また冬馬がキスしてくれないかと思う欲張りな女心。その日、冬馬はキスをせず、桃香の手をギュっと握りしめただけだった。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月16日桃香と冬馬は車に乗り込み、ふたりきりになった。ハンドルを握りながら冬馬は黙り込み、桃香ははがゆいような複雑な気持ちになった。気分をまぎらわせようと歌を口ずさんだ。この前、カオル先生に褒められた恋の歌だ。慎吾が横目で見て笑った。「こりゃいいや、ipodいらないな。便利だー。リクエストしたら何でも歌ってくれる?」「ダメだよ。カーオーディオじゃないんだから」「あのさ、もうじきクリスマスだろ。だから決心したんだ。自分の気持ちにケリつけるにはいい機会だ。クリスマスでもなけりゃ、こんなこと言えない」「ケリつけるって?」「慎吾とおまえが付き合ってるのかどうかよくわからない。だったら、お前らがあやふやなうちに言ってしまおうと思って。早いもの勝ちだ。桃香、俺とつきあってくれよ。慎吾じゃなくて俺と」「冬馬…」「言っただろ。高校ん時から思ってたって。あんときはいくじなしのガキだったから言えなかったけど、今なら自信ある。桃香を幸せにする。クリスマス、俺と会ってくれれば誰と過ごすより楽しい日にしてやる」「ちょっとびっくり…」桃香は頬が熱くなるのを感じた。日中は慎吾の動きにドキドキしていたくせに。女心は厄介だと感じた。「慎吾と約束があるかなんて俺には関係ないから。もし慎吾と付き合うならはっきり断ってくれていいよ。潔くゆずる。スポーツマン精神にのっとって」冬馬の言い方がおかしくて、桃香は急に力が抜けてリラックスした。フフっと笑いながら答えた。「オリンピックみたい」「そうだな。ちょっと俺、馬鹿だな」冬馬がクシャっと笑った。緊張していた空気がスっとゆるんだ。「遠回りしないか。夜景が見えるところに連れてってやるよ。俺のナンバーワン夜景スポット」(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月13日日曜午後はフットサルの練習試合だった。桃香は応援に行った。鮎子を誘ったが「行きたくない」とそっけなく断られた。慎吾も前半は選手として試合に参加することになった。慎吾が走るとき少し脚を引きずることは誰も気にしなかった。普通に慎吾にボールを渡し、和気あいあいとプレーが進んだ。元々プロ選手になりたかった慎吾の動きは息を飲むほど素早やかった。脚の怪我などハンデではないと桃香でもわかった。こぼれ玉を拾い、相手の油断したすきにボールを奪う機敏さは秀逸だ。上半身を右へ左へ向きを変えながらも脚はまったく違う方向へボールを飛ばす。キャプテンの冬馬より技術的に優れているのは誰が見ても明らかだ。体育館の外の温度は低いのに、ピッチのすごい熱気がベンチまで伝わって来た。真剣にボールを追う慎吾を見ながら桃香は胸が熱くなった。慎吾はボールと仲がいい。いっとき怪我でボールと離れたけれど今は元通り仲良く連れ添っている感じだ。休憩タイムに冬馬が桃香を呼び出した。「桃香、話したいことがあるから、今日一緒に帰ってくれないか。車でうちまで送るからさ」「え。でも慎ちゃんと帰る約束…」「今日は俺の言うこと聞いてくれよ。頼むから」いつになく強引な冬馬のまなざしが桃香を刺した。帰り際、慎吾に言い訳をした。「慎ちゃん、冬馬がクラス会の打ち合わせあるらしいから、話しながら帰ることになった。慎ちゃん先に帰って」なんで嘘ついてんだろうと桃香は自分を叱りたくなる。「うん、じゃあ買い物して帰る。新しい機種のスマホ見たいから」(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月11日マリクレール通りから住宅街の細い坂道を抜けて歩いた。普通の民家の横にウェディングドレスがディスプレイしてある店がある。アメリカンポップなシャツを吊っている店もある。ユニークなイラストのカードがウィンドいっぱいに張り付いている店もある。民家が何軒か続き、さすがにもう店はないだろうと思っていると間口が狭い雑貨屋が一段下がったところに存在している。本当に自由が丘は期待を裏切らない街だ。慎吾がさりげなく聞いた。「クリスマスさ、バイト代で何かプレゼントしたいんだけど、リクエストある? あ、高いのはダメだよ」「まじで? 嬉しい。うーん、手袋かな。この手袋おととしに買ったやつで、毛玉できてるんだ」「よかった。それなら買ってあげられる」「あ、もしできるなら…」「なに?」「鮎子とお揃いにしたいな。オソロの手袋で通勤したい」「へえ、乙女だね。いいよ。ふたつ買ってひとつは姉貴に」その時、慎吾が初めて桃香の手を握った。「毛玉ついてるなら、はずせば? 僕があっためてあげる」子供っぽいと思っていた慎吾が大人に見えた。手袋をはずして、ふたりは手をつないだ。かじかんだ指先に慎吾の体温があたたかかった。恥ずかしがり屋の慎吾は目が合うとフっと横にそらす。そこがたまらなくかわいらしい。道の向こうからも手をつないだカップルが歩いて来る。ニット帽をかぶってお下げ髪をした女の子はこの前読んだ恋愛コミックに出てくる主人公のように見える。雑貨屋の前で立ち止まってワゴンの中を楽しそうに覗いている。珈琲カップを見ているようだ。彼氏の方がお下げ髪をひっぱったり、肩を抱いたり、ほほえましい。桃香たちもあの恋人達の仲間入りをした感じ。恋するカップルに自由が丘はとてもやさしい。しかし桃香は綱渡りをしているような不安定な気持ちで自由が丘を歩いた。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月09日脚は引きずっているが、前のように恥ずかしそうに歩いてはいない。どうどうとしている。胸の中ではもやもやが巻いていたが、桃香は明るく声をかけた。「慎ちゃん、専門学校行くんだってね。聞いたよ。すごいじゃない。次の目標が見つかったんだね」「ねえさんが言ってた? おしゃべりだなあ。フットサル部の先輩達が仕事とスポーツ両立して楽しんでて、いいなあと思って。冬馬さんなんて、昼はデザイナー。夜はサッカー。そういうの、かっこいいし」桃香はどきりとしたが、他の話題に切り替えた。「紅茶、たくさんあるね。5種類くらい飲みたいよね。どんだけ味違うのかなあ。」「違う種類頼んで飲み比べしよう」顔を寄せ合い、メニューにずらりと並んでいる紅茶の種類を声に出して読む。ふたりはまわりから見ると仲が良い素敵なカップルだ。「飲んだら、散歩しようか。で、ランチさ、ナポリタンだと、白いセーター汚しちゃうからさ。ケチャップ系は今度にしよう。ちょっと自由が丘の端っこのほうに歩いて行ってみない? 奥沢駅に向かう道に小さなフレンチとかちょこちょこあるんだよ。新しいお店もたくさんできたの」「ok!」陶磁のポットで出された異国のお茶はあたたかく、ふたりの距離をさらに縮めてくれる気がする。湯気の向こうに慎吾の嬉しそうな顔が見える。慎吾と一緒に異国を旅したら楽しいだろうなという思いがよぎった。するとそこに冬馬の顔がよぎる。背中にもたれかかってきた時の暖かさ。はじけるようなキス。桃香は紅茶のカップをじっと見つめる。言葉が消える。慎吾が「どうかした?」とつぶやく。慎吾のはにかんだようなほほえみは、桃香の気持ちを惑わせる。男の子に対して言う言葉ではないが純粋にかわいくていとおしい。慎吾といれば慎吾が好き、冬馬といれば冬馬が好きなんて、ひどい女だと、自分が嫌になる。鮎子が怒るのは当然だ。「あのさ、鮎子、なんか言ってた? 喧嘩…したんだ」慎吾が驚いた顔で言う。「そうなんだ。何も聞いてない。僕、夜中に帰るから会ってないんだ」「そっか…」「だいじょぶ?」「うん、私が反省しなきゃいけないの。今度あやまる」(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月06日「無理? 今まで親身になってくれてたじゃない。私の弟だから無理してやさしくしてくれてたの?」「ちがうよ。ちがう。慎ちゃんのこと、好きだよ。もっともっと元気になって欲しい」「ほら、言ってることメチャクチャじゃない。てか、桃香、結婚願望なんか今までなかったじゃない。歌やってるから結婚はまだまだって言ってたよ。そりゃ慎吾じゃだめだよね。だってバイトの身分ですから。」話が前向きに進まなかった。何を言っても鮎子の怒りに触れる。桃香は恋する気持ちにひたることが自分のわがままだと思えてきた。周りの人を傷つけてしまう。慎吾にやさしくしたのはたしかに好きだからだ。その気持ちに偽りはない。冬馬があんなことを言うからクラリとしたのだ。冬馬とは昔のままの友達でいて、今まで通り慎吾と仲良くできればすべておさまる。「鮎子、ごめん、私がおかしかった。自意識過剰のイヤな女になってたね」鮎子は、目をそらしてまた歩き始めた。ブーツのかかとがカツンカツンと音を立てる。桃香は鮎子の背中を追いかけた。指の先がとても冷たい。そろそろ手袋が欲しいと思った。きっと鮎子の心も冷たく尖っているはずだ。日曜日、自由が丘南口のシンガポール紅茶の店で慎吾と待ち合わせた。高級ホテルのラウンジのような高級な店構え。照明も控えめでしっとりした雰囲気。ほかのカジュアルカフェと違い、はしゃぎ声は少ない。近隣に住む主婦層のアフタヌーンティーや、仕事の商談で使われることが多いのか。店名のロゴをおしゃれにあしらった紅茶缶が壁一杯にディスプレイされている。ふんだんな紅茶の品揃えを見ていると異国にいるようだった。ふわふわの白いセーターを着て桃香は慎吾を待った。ただ、胸の中には小さな渦巻きができている。「桃香さん、今日は時間あけてくれてありがと」慎吾が笑いながら桃香のいるテーブルに近づいて来た。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月04日翌日、会社の帰りに鮎子に揺れる気持ちを打ち明けることにした。日が暮れるのが早くなり真っ黒な夜がそこまで来ている。街路樹は寒そうに北風に揺れている。ふたりはコートの襟を立てながら駅に続く道を足早で歩いた。桃香は今の気持ちを鮎子に話した。鮎子はいつもとちがってしょんぼりしているようだ。桃香はひと息ついて話しかけた。「慎ちゃん、私のこと好きなのかな? 私は好きだけど、恋っていうのかどうかわかんないんだ。怪我で殻に綴じ込もてったから引っ張りだしてあげたかった。お世話してあげたいっていう感じ。でも冬馬はグイグイ引っ張ってくれる感じで、こんな人の奥さんになると何かあっても安心なのかなあって思うの」鮎子は前を見て歩きながら桃香の迷いを黙って聞いていたが、だんだん顔つきがこわばり、歩くのをやめて立ち止まった。「いいかげんにしてよ。どれだけモテ女気取ってんのよ。冬馬君がいいか、慎吾がいいかなんて、人の気持ちをもてあそばないで。それでなくても慎吾はやっと明るさを取り戻したところなの。桃香が離れて行ったら、人を信用しなくなって暗いあの子に戻っちゃう。こんなことになるなら、最初から慎吾にやさしくしないでくれたほうがよかった」「鮎子、そんな…そんなつもりじゃ」「うわべだけのやさしさなんて、慎吾に見せないで。あの子は私たちが思う以上に怪我で傷ついてたんだから。夢を失いかけてたけど、桃香のおかげでゆっくり元気になろうとしてるんだから。今さら突き落とすなんてひどいよ」「じゃあ、私に無理して付き合えっていうの?」桃香の口から、絶対に言ってはいけない言葉が出てしまった。遅かった。冷たい空気が氷点に達し、ピリっと固まったような気配。頬を冷たい風がチクリとさしにくる。まずいと思ったが鮎子は唇をキュっと結んで怒りを抑えていた。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年03月02日桃香は、ボーカルレッスンで課題曲の恋の歌を歌うとき、ふたりの彼のことを思いながら声を出した。はがゆい気持ち、切ない気持ちがクルクルと渦を巻いて空へ空へあがってゆく。立ちすくむ桃香は息もできないほど苦しい。胸の中で何かが暴れている。歌詞をひと言声にすると息が熱い。声が熱い。歌い終わるとカオル先生が、興奮したように言った。「桃香ちゃん、変わったわ。また歌い方が変わってきたわ。音は、ずれたところがあるけど、恋に翻弄されてる女性の気持ちがしっかり歌に入り込んでた。最近嬉しくなったり、ブルーになったり、気持ちの揺れが激しいでしょ。心が年取るとそういう恋はできないけど、桃香ちゃんはラブバージンだから、純粋さが歌に出る。壊れそうなガラスみたいでいい感じよ。」「え、そうですか。でもラブバージンって…」桃香は恥ずかしそうにうつむく。「楽しいことや悲しいことは歌を聴けばわかるって、前に言ったでしょ。歌は喉で歌うものじゃなくてここから絞り出される物だから」とカオル先生は胸をトントンと手のひらで叩いた。桃香は自分の手のひらを胸にゆっくりあてた。カオル先生の大人の部分にちょっぴり近づいた気がする。その夜、慎吾からメールが届いた。「今度の日曜日、バイト休みなんだ。よかったらランチ行かない? フットサル誘ってもらったお礼がしたいから。あ、店は自由が丘で。ナポリタンが美味しい和風の店、見つけた。和風ってとこが落としどこ。Shingo」とまどった。ふたりきりで会って長い時間を一緒に過ごすと、慎吾は自分に気持ちを寄せることはわかっていた。桃香も慎吾のことはずっと大切にしたい。そばにいないと崩れそうな危うさが慎吾にはある。冬馬の思いに答えるべきか、慎吾と寄り添い続けるのか。キッチンに置いてあるピンクペッパーの小瓶。きれいな色をしている。自分が慎吾にスパイスを振りかけたのは、よかったんだろうかと思った。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年02月27日「気になる人? うん…まあ」「同級生のカレかあ。キャプテンね。告られた? どんな人だっけ」「久しぶりに会ったら高校の時よりずっとたくましくなっててね。デザイン事務所で働いてて、デザイナーの卵やってる。フットサルの時もリーダーシップ満点だし」鮎子はホっと息を吐いて視線をそらした。「そうかあ、しょうがないな。慎吾にはライバルは手強いって言っとくわ」鮎子はさらっと答えたが、内心は気になっている。「あのね、歌。恋や愛の歌、歌ってるけど、現実に好きだって言われると、なんて言うか、歌の世界とリンクして、ポーってなっちゃう」鮎子は頷くように聞いている。「ま、桃香は歌やってるぶん、感度高いでしょ。うちらよりずーっと。好きって言われて気分がよくなるのは女子の王道だからね。よかったね」「仕事、戻ろう、おこられちゃう」短いティータイム。桃香は慎吾が宙ぶらりんになりそうな不安を覚えた。あの日から、冬馬の言葉が耳の奥で何度も繰り返されている。「俺、昔からお前のこと好きだから。今でもな」高校の頃はただの友達と思っていた冬馬が、たくましい大人の男になって現れた。時の流れは人を変える。外見も考え方も恋愛観も。仕事中、冬馬から飲みに行こうと誘いのメールが入った。すぐにOKした。なぜか冬馬とたくさん話をしたいと思う。仕事の愚痴や歌手になる夢を聞いて欲しいと。歌入れのバイトのあと、桃香は冬馬が待つ品川のカフェダイニングに向かった。顔を突き合わせて話をするのは久しぶりのことだった。「のどカラカラだよう。まずジンジャーエール!」桃香は明るく切り出した。慎吾やフットサルのことはまったく話さず、高校時代の友達の今の様子ばかりを語り合う。小川が居酒屋の雇われ店長になってテンパってること、喧嘩ばかりしてた三瀬と佐野がくっついたこと。ふたりともが無意識にそんな話題を選んでいた。単純に楽しい時間が流れる。桃香は肩にしょっていたコリのようなものが冬馬の存在でほぐされて、とれるような感じがした。慎吾といると自分がしっかりしなくちゃ、リードしなくちゃとやけに頑張ってしまう。等身大の自分よりちょっと大人のふりをする自分が出てくる。冬馬のまでは素直に弱いところを見せることができる。「冬馬って湯たんぽみたいな人だね」「は?」冬馬が首をかしげる。「どういう意味だよ」桃香は自分の肩を撫でながら「なーんか、このへんが楽になった気がする…」とおどけた。「肩こりか? 揉んでやるよ。俺、習ったんだよ。スポーツマッサージってやつ。肉離れの選手にしてやるんだ」「いいよ。今時はさ、肩揉んでやるってセクハラおやじって言われるんだよ」「うわっ。あぶねえー」冬馬がおどけてテーブルの上に倒れるまねをする。桃香はおもいっきり大声でケラケラ笑った。カフェを出て駅まで歩く遊歩道、冬馬がふざけたように桃香の背中にもたれかかった。「ああ、疲れた、そういや、昨日あんま寝てなかったんだ。ドっと疲れが出た」心地よい重み、懐かしい香り。桃香の心が揺差ぶられる。その時、冬馬が前に立ちふさがり、突然キスをした。唇が触れただけの短いキス。桃香は驚いて立ちすくむ。「はい、駅に着きましたよ、お別れですね、また会いましょう、お姫様」冬馬がふさけたようにお辞儀をする。桃香はその様子をまっすぐ見つめた。冬馬にキスをされた夜、熱いお風呂につかりながら考えた。当時の桃香にとって冬馬は恋の対象ではなかったけれど、今は考えるだけでドキドキする。慎吾と一緒にいる時とは違う、甘苦しいくすぐったい気分。慎吾といっしょの時は、桃香がついていないとダメ、ひとりじゃ危ない、なんだか守ってあげたい気持ちになる。ひとりでほおっておけない。冬馬は逆に一緒にいると落ち着く。守ってもらえそうな気持ちになる。自分が弱っているとき頼ってしまいたい感じが慎吾とは正反対だ。ジャスミンの香りのお湯に顔半分を潜らせブクブクと泡を吹いてみる。ほっくりした気分。幸せだ。冬馬に抱きしめられた身体を手のひらで撫でる。冬馬に触れられるなんて恥ずかしい、そう思ったとき、ふと、鮎子の心配そうな顔が泡のようにに浮かんでくる。「わたし、何やってんだ? 慎ちゃんのこと好きなんじゃなかったのかな…」「桃香ー。早くあがって寝なさいよ。先に寝るわよ」母の声がした。桃香は頭をブルルと振って「はあい。おやすみー」と返した。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年02月25日桃香が会社のパソコンの前でぼんやりしていると鮎子が小声で話しかけてきた。「最近、仕事が上の空っぽいぞ。なんかあった? 慎吾が迷惑かけてない?」「ううん、全然そんなことないよ。楽しくやってるよ。鮎子、給湯室行こうか。ここ乾燥しててのどがイガイガするから」ふたりは、給湯室の壁にもたれかかり、立ったままあたたかい柚子茶をすすった。柚子茶を飲んだあと、カリン飴を舐めると、のどの調子がよくなる。冬は喉の乾燥に人一倍気を遣う。急に歌入れの仕事が入ったときに声がかすれていると、迷惑をかける。桃香は喉をいたわっている。「鮎子、慎ちゃん、元気そうになったよね。バイトとフットサル両方充実してるみたいで」鮎子はにっこり笑う。慎吾と口元の感じが似ていることに、桃香は初めて気づいた。仕事中はポニーテールにして髪をまとめ、黒ぶちの眼鏡をかけているので、まじめなOLさんだ。週末になると。巻き髪にして派手な色のワンピースに着替え、リップグロスを盛り塗りし、横浜や自由が丘に繰り出している。「桃香には感謝してるよ、まじで。あいつ、昔みたいにしゃべるようになったし。冗談も言うようになったもん。それにね、ちゃんと就職するって、スポーツリハビリの専門学校探し始めたよ」「そうなんだ! よかったね。フットサルの付き添い、もう行かなくていいかな」「え、もう少しついててやってよ。慎吾きっと桃香のこと気になってるのよ。姉としてはお付き合いして欲しい気持ちだけどね。彼氏いないじゃない、桃香。」桃香は口ごもる。「…いないけどさ」「気になる人がいる?」一瞬、天井を見つめて考えた。慎吾のことも充分気になる。でも、先週の冬馬の告白が頭の中でローテーションしているのだ「昔からお前のこと好きだからさ」。青白い光とともに。愛の言葉を直球でぶつけられたことははじめてだった。歌の中ではロマンチックな歌詞がいくらでも出てくるが、現実にその言葉を投げかけられると、女性はこんなに嬉しいものなのかということにも気づいた。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年02月23日桃香は突然、目の前でピカっと稲妻のような青白い光が見えた。「なに言ってんのよ。友達の弟だから、守ってあげてるだけ」「守るって…。それ、恋とかいうのとどう違うんだよ。好きだから守るんじゃないのかよ」「冬馬、なんでそんな真剣になってんの」冬馬はあわててペットボトルの水をひと口飲んだ。ゴクンという音がはっきり耳に入った。「勘ぐってゴメン。あのさ、俺、昔からお前のこと好きだから。今でもな」その言葉が終わらないうちに、冬馬はピッチに向かって走って行った。慎吾は体育館の周りをゆっくりランニングしながら足慣らしをしている。桃香は意外な告白にとまどった。指先は冷たいのに頬がほてっている。「なんか、冬馬、いま、光になって胸の中に入ってきた…」カオル先生がレッスン室でターンした時のことを思い出す。「ワインレッドじゃない。オレンジ色でもない。ピンクペッパーでもない。青白い光…発光体…」桃香の感覚に冬馬が滑り込んだ実感がジワリと定着してくる。昔の冬馬とやっぱり違う。思っていることを言葉に出してグイっと迫ってくる。付いてゆきたくなる。手を引っ張ってもらいたくなる。そんな感覚。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年02月20日慎吾の変化は周りの目から見ると驚くようなことだった。まず毎日、家で筋トレをするようになった。時間があれば腕立て伏せや腹筋をする。コミックカフェのバイトは前にましてまじめに取り組み、評判のいいスタッフになった。後輩バイトの面倒見もいい、気合いが入った接客をするので客にも褒められる。店長から「このままがんばれば正社員いけるぞ」と言葉をかけられた。鮎子も両親も「桃香のおかげだあ。桃香は慎吾の女神さまだね。付き合っちゃえばいいのに」と食卓で話題にした。試合が近い金曜の夜、桃香は会社を早めに出て練習を見学に行った。スマホでフットサル部の連中の写真を撮っていた。なぜだか自然に慎吾にフォーカスしてしまう。慎吾がいきいき動いているのを遠目で見る。片付けや水の補給など雑務も嬉しそうにこなす。ボールに触る時は選手の顔になる。走っていると脚の不自由さはそれほどわからない。想像以上に速く走っている。なんだ、心配することないじゃないと桃香の胸につかえていたものがすーっと降りてゆく。冬馬がベンチに座っている桃香に話しかけてきた。「桃香も、マネージャーなればいいじゃん。練習にこんだけ付き合ってくれるんだから、仕事もしてくれよ。スコアつけたりとかさ」「え? 無理無理。慎ちゃんのおねえさんの鮎子に頼まれたから、たまに慎ちゃんの様子見に来てるだけ。慎ちゃんが慣れたらもう来ないから。私、もっと、歌のレッスン時間欲しいからさ。」冬馬はいきなりマジ顔になってつぶやいた。「桃香さ、慎吾のこと、好きなのか?」(続く)【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年02月18日その出来事を冬馬から聞いとき、桃香は両手でガッツポーズをつくり、ピョンとジャンプした。桃香は、残業や歌のバイトがないときは、フットサルの練習にできる限り付き合うようにした。幸い、会社はほとんど定時に終わる。歌の練習の時間が減るけれど、今は慎吾のために時間を使おうという気持ちになっていた。自分の夢を追うのも大事。でも、それと同じくらい夢を叶えてあげたい人、それが慎吾だ。家で歌を歌っていても、ピアノを弾いていても、ときおりフっと慎吾のボールを追う姿が浮かぶ。愛の歌を歌う時は感情が入り込み、ひとり涙を流すこともあった。それでも慎吾のことを恋人として好きなのかどうなのか、はっきりわからなかった。付き合おうとかいう言葉はふたりの間には出てこない。ただ、一緒にいてその時を大事にしている関係。桃香は、親友の鮎子の弟だからやさしくしてあげたくなるのかな、と思ったりもした。ボーカルレッスンの日だった。講師のカオル先生に会うと、心が華やぐ。いつもその日の気持ちを表す色を、洋服やアクセサリーの一部に取り入れるおしゃれな先生。「今日は空色の気分。だから、ブルーのピアスとブレスレット」と言って、つかみどころのない話題を提供してくれる。それがまた楽しい。「空色の気分ってどんな感じですか」女同士、話題はどんどん膨らむ。カオル先生のお洋服を見るのが楽しみだ。カオル先生がお手本で歌うとき、桃香は聞き惚れる。きれいなロングヘアをさらさら揺らしながら、メロディに気持ちを込める。桃香の憧れの女性でもあり、おねえさん的存在だ。桃香は発声練習を終えて、課題曲を歌う。あなたのそばにいると私は強くなれるから悲しいことは 小さくちぎって風に飛ばしましょう…ピアノのエンディング音が止まるとカオル先生が立ち上がった。「桃香ちゃん、すっごくよくなってきてる。歌い方変わってきてるよ。恋したかな?」今日のカオル先生は、ワインレッドの長い丈のフレアスカートをはいている。「炎のように燃え上がるオレンジ色の恋。胸の中でしんしんと湧き起こるワインレッドの恋。ピュアな水色の恋。恋も色をイメージすると、納得できる気がしない?」カオル先生がスカートをつまんで、お姫様のようにターンした。「カオル先生、今、好きな人がいるんですね?」桃香が早口で尋ねる。カオル先生はやさしく微笑む。女神さまのように見えた。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年02月16日2度目のフットサル練習日、慎吾はひとりでやってきた。ひとりでサッカー関連の場所に足を向けるなど、引きこもっている頃は想像もしていなかった。「今度からはひとりで行ってね」という桃香の言葉にトンと押された気がしている。そうだ、気楽に戻ればいいのだと切り替えてみることにした。自分の脚のことは気になる。思い切り走るのは怖い。まずはチームの雰囲気に慣れるのがよいんだと…。慎吾はベンチで休憩している冬馬を見つけ駆け寄った。「あの。このチームのマネージャーになりたいんですけど。」冬馬は、オッと驚くような顔つきになり、すぐにニコっと笑った。「もちろんマネージャーもして欲しいけど、練習の時って人数足りないから、パス出しとかやってくれないかな。軽く走るくらいはいいんだろ?」冬馬はピッチへの復帰を促すような誘いをした。桃香は冬馬に、慎吾の過去をすべて話していた。殻に閉じこもってるから外に引き出してあげてね、と。その時、誰かがキャッチミスしたボールが、慎吾めがけてすごい勢いで飛んで来た。咄嗟に身体を右にひねり、腰でいとも簡単に止めた。ボールが慎吾に猛威を止められ、ストンと足下に落ちてゆっくり回転している。ボールが魔術にかかったようなシーンだった。慎吾は意のままにボールを従わせることができる。慎吾は、その力がいまだに身体のどこかに流れているのを感じ取った。冬馬は足下に転がり、ゆっくり回っているボールをじっと見つめた。一瞬の出来事を見逃さなかった。「やれよ。慎吾!」慎吾は冬馬の目をまっすぐ見て「走る練習しますから、よろしくお願いします」と、いつもよりちょっとだけ力強い声で言った。(続く) 【恋愛小説『自由が丘恋物語 〜winter version〜』は、毎週月・水・金曜日配信】 目次ページはこちら
2015年02月13日