通信教育やスクールをはじめ、近年、幼児からの英語教育の場がどんどん増えている。「グローバルな世界で活躍してほしい」「幼児のうちに英語に耳を慣れさせた方がいいのでは? 」「まわりのお母さんたちは、0歳から英語教室に行かせている。でもお金もかかるし…」と、多くのママたちが「はじめどき」を悩んでいる。しかし、英語を始めるのは学校の授業からでも十分と、目からウロコの提言をするのは脳科学者の黒川伊保子さん。そこで、「幸せに生きて行くための脳」をつくる幼児期過ごし方を黒川さんにお聞きしました。■言語脳完成期までは、豊富な母国語を聞かせること今、小学生から英語の授業が始まっていますが、私は日本語を母国語とする脳については、12歳を過ぎてからがベストだと考えています。少なくとも、言語脳完成期の8歳までは、豊富な母語を聞かせるべきで、脳の完成度を上げるためには外国語が入る余地はありません。というのも、脳の中にふたつ以上の言語の仕組みを持てるのは、8歳の言語脳完成期を過ぎてから。母語のしくみ確立される前に外国語のあやふやな母音を混在させると、将来、コミュニケーション障害を引き起こす可能性もあります。(ちなみに、家族の中に異なる母語の持ち主が混在している場合は、話が別です。どちらの言語も、母語として話す人から伝授されるわけですから、感性上の混乱が起きにくい。要は、「教育」として家族の母語以外の言語を持ち込むことに問題があるのです)じつは、一番最初に獲得する言語は「意味」だけで獲得しているわけじゃありません。その言葉が発せられたときのその雰囲気、発した人たちの位置関係、口で起こっている語感、強く出た息などによって、その時の相手の状況を受け入れていくんです。深い感性の領域に多くの情報を持つのが母語で、たとえば、口を大きく肺の中の息を一気に出す「おはよう」という言葉は、開放感があって明るい日本の朝にぴったり。反対に、石造りの部屋のベッドルームで迎えるイギリスの仄暗い朝には「Good morning」という低く曇った響きが合っているんです。周りの風景やそのときの母の心情や立ち振る舞いと合わない言語を使うと、その感性が混乱します。まずは、親の母語を丁寧に伝えてあげること。母語が完成しないまま、別の国の言葉を押し込もうとすると一個も脳の中の言語野が完成していない「母語喪失」の状態に。すると、人の気持ちが読めないし、自分の気持ちも表現できない、社会的なディスコミュニケーションも起こってしまいます。家族に外国語の使い手がいないのに、どうしてもバイリンガルにしたいなら、外国人の乳母をやとって24時間一緒にいてもらうべきです。英語が得意な人は素敵に見えるけど、外国に行って格好よくステーキを注文するために子育てする訳じゃないですよね。母語がちゃんと完成していれば、外国語のマスターは、いくつからでも可能です。中学からの英語でだって、ネイティブのようにしゃべれる人もいる。仮にネイティブと見まがうような発音にまで到達できなくたって、才能がある人は、世界中で敬意ある扱いを受けています。ちなみに、脳の癖から言えば、言語は押し付けられないほうが楽しく習得できます。私自身は、50過ぎてから始めたイタリア語が楽しくてしょうがない。この夏は、親子してラテン語も習っています。とにかく好奇心の目をつまないことと、詰め込まないことではないでしょうか。■叱っても、散らかったままでもいい。脳にとって刺激が栄養言語教育に限らず、先へ先へ教材を渡すことは、脳には酷なこと。脳の発達には、「偶発性」というのが、とても大事です。偶然出会うこと、ですね。脳は、センスや知識の構築が行われるとき、そのために必要なアイテムを、周囲から勝手に見つけるのです。たとえば、ものの三次元性に目覚めるき、ママの洋服のリボンに気づきます。自らひっぱって解き、その物象の変化に脳が感動し、何らかのセンスとなって定着するのです。また、その発見の喜びが、更なる好奇心を呼びます。なのに、指先を使わせる英才教育をしようと思って、早めにリボンやボタンやダイヤルがついたシートを渡してしまったら、脳にはその感動がありません。子どもから、発見の喜びを奪うことになりかねません。音楽家の子どもが、自然に音楽家になるのは、早くから楽器を押しつけるからじゃないのです。親が演奏するのを見ているうちに、興味を持って、自ら楽器に出逢うのです。もしも、子どもにバレリーナになってもらいたかったら、母親が習うことかもしれませんね。8歳までは、自由遊びが最大の英才教育だと思ってください。もちろん、出会いの機会を増やすために、音楽やアートに触れさせたり、スポーツに触れさせたりするにはとても大事。いろんな機会にさりげなく触れさせてみて、後は強要しない姿勢が大事なように思います。私自身は、息子に、数や文字を教えることも躊躇しました。小学校の教室で、彼は「数」に出逢いました。ある日、「ママ、7と8って、足すと15になるんだよ。知ってた!? おいら、笑いが止まらなくてさ(くくく)」というので、「どうして? 」と尋ねたら(あまりに楽しそうだったので、つられて笑いながら)、「だって、7と8って、半端な数じゃん。しかも半端さの色合いが違うでしょ。なのに、足しちゃうときりがいい数字になっちゃうなんて(ははは)」と爆笑してました。数を知らないまま小学校に入ったのに、息子はそのまま理系の教科を愛し抜き、大学では物理学を専攻しています。なにより大事なのは好奇心を萎えさせないこと。好奇心さえあれば、グローバルな世界に飛び込んでいくことだってできると、私は信じています。さて、脳の神経回路は、「心を動かすこと」によって発達します。つまり、脳は喜怒哀楽の情緒の波の中で、育まれていくものなんです。最適な室温の中で、365日ずっとニコニコして美味しいお料理を出して…なんて、何もストレスがない生活を送っていたら脳もぼんやりしてしまう。そう考えると、働くお母さんであることは、かえってアドバンテージじゃないかしら。保育園で朝、母親と別れて寂しくて、でも夕方また会って嬉しくて。そんな刺激によって、脳の神経回路も発達していくんですから。一日家にいるお母さんも子供にムカついたら叱ればいい。もし自分が悪いと反省したら、「私が悪かったね」とあやまればいいんです。それで、「女の人は理不尽に叱るんだな」ということが分かれば、将来奥さんが怒ったときも、まあそんなもんだと思える。つまり、モテる男にもなれちゃうかも。つまり、世の中にあるものは、何だって脳の刺激だってこと。お部屋だって、いつも完璧に片づけてあるよりも、ときにはおもちゃで散らかっているほうがいいんです。箪笥から出ている洋服とか、そのへんに落ちてるティッシュの箱とかが脳を刺激することもある。お母さんが意図的に差し出す知育積み木よりも、そういう偶発性のイベントは、脳にいい。ものごとはおおらかに考えましょ。家事は完璧、いつも叱らないハッピーママで、英才教育もばっちり…なんて、脳科学上は、ちょっと恐ろしいってことなんだから。黒川 伊保子さんプロフィール:(くろかわ いほこ)奈良女子大学理学部物理学科卒業。株式会社「感性リサーチ」代表取締役。人工知能の研究に携わったのち、脳と言葉の研究を始める。語感と人間の意識の関係を発見し、独自のマーケティング論が各企業からの注目を浴びる。ユーモアを織り込んだ的確なコメントや、女性ならではの柔らかな感性、言い回しに雑誌やラジオほか、テレビでも引っ張りだこ。朝日ワイドスクランブル火曜日レギュラーとしても活躍。最新刊、「キレる女 懲りない男-男と女の脳科学」(ちくま書房)も好評。(取材・文:安田 光絵)
2013年09月08日仕事をしながら子育てをする女性にとって、その両立は至難のワザ。「子供と過ごす時間が少なくて大丈夫? 」という想いと、「仕事でも周りに迷惑をかけたくない」というジレンマと、常に戦っています。保育園にお迎えに行って帰宅すればご飯の準備をしなくてはいけないから、本当は見せたくないけれどテレビやDVDをつけ、ご飯を食べさせてお風呂に入れ、寝かしつけて、やっと1日が終わる…。一緒にいる貴重な時間をどう有効的に使えば、自分も、子供にとってもハッピーでいられるのか…。仕事をしながらでも、ふたりの絆をもっともっと強くするコツを、話題の脳科学者、黒川伊保子さんにお聞きしました。■子どもに、母親を独占させる時間を作る働く母親にとって最も大事なのは、子どもとの時間に仕事を持ち込まないこと。子どもと関わっている時間に、携帯電話を鳴らさない。メールを見ない。どうしてもというときは、トイレに行って隠れてする(不倫みたい? )くらいの覚悟が必要です。子どもには、母親の"意識"を独占していると感じる時間が必要です。ただ一緒にいるだけじゃダメ。その時間が僅少でもいい。決まった時間帯に、安定して母親の意識を独占していること。これが、子どもの精神の安定を作ります。精神が安定していれば、ぐずらないしキレないから、手がかからない。集中すれば、かえって時間のコスパが上がります。保育園の帰り道、料理の時間、お風呂の時間、添い寝の時間。とにかく、全身全霊で、子どもを感じてあげてください。母親が自分を思っていてくれることを、子どもは肌で感じます。それは、時間の長さではなく大事なのは、定番の時間。「この場所、この時だけは、母親は自分のもの」という安心感なのです。生活のどんな時間にも、常に携帯電話が鳴ったり、メールを見たりしていては子どもに安寧の「定番時間」が訪れません。兄弟がいるこの場合も、10分でいいから(あるいは週末にまとめて1時間か)、母親を独占できる定番の時間を持たせてあげましょう。たとえば、弟を先に寝かしつけて(この時間は弟に集中)、15分後、兄は兄で寝かしつけるとか…。子育ての第一のコツは、僅少でもいい、週末の帳尻合わせでもいいから、「定番の母親を独占させる時間」を作ること。つまり、働く母親でいることは、まったく不利ではないのです。四六時中傍にいても、子どもに集中できない母親なら(自分の理想を押し付けて、現実の子どもを見ていない母親も一緒)、子どもに安寧を与えられません。一極集中できる働く母親の方が、専業主婦より、ずっと子育て上手だったりします。今の母親たちは、携帯やスマホがあるから、知らず知らずのうちに「定番の安寧時間」のない子育てをしているのでは? そんなの数分よ、と思うかもしれないけど、あるときは散歩の途中、あるときは料理の途中という不確定性が問題。子どもの脳に、「定番」が出来上がらないんです。これは、携帯電話と生きる21世紀人類の最大の育児トラブルだと私は思っています。会社の同僚にも、「私は、18時以降は基本、メールを見ません。でも、明け方、見て対応しておきますから」と宣言しておきましょう。タスク処理なんて、夜中に処理しても、明け方処理してもかわりませんよ。もしも、管理職で、夜中にスタッフの完了報告を受けて、帰ってもいいかどうかの判断をしてやる必要があるなら、子どもに、ちゃんと事情を話して、子どもから時間をもらうべきです。「ママの部下に帰ってもいいよ、って電話かけてあげなきゃいけないの。いい? 」と確認して。相手が赤ちゃんでも。なお、子どもに集中する時間を確保するためには、家事は大いにサボってください。我が家の息子は、家事が片付かなくてテンパって、息子に向かってキレまくる私を優しく抱きしめて、「ママ、落ち着いて。おいらは、ママに抱きしめてほしいだけなんだ。おうちなんて汚くてもいい」と言ってくれてました(涙)。ちなみに、我が家の「母親独占時間」の筆頭は、本の読み聞かせ。息子の15歳(おとな脳完成期)の誕生日に「今日で子育ては終わり。後は親友になろうね。ところで、私の子育ての何が一番良かった? 」と聞いたら「絵本を読んでくれたこと。ずいぶんたくさん読んでくれたよねぇ」と答えてくれました。ちなみに、テレビやDVDを見せてしまうことについては、電子画面の耐性については個人差があるので、いいとも言えないし、悪いとも言えません。要は、子どもを観察しておくことです。子どもが、キレやすい、疲れやすい、根気が続かない、食事に集中しないといった症状を呈しない程度なら、問題が無いとみていいように思います。目安としては、就寝時間の1時間前には止め、早寝・早起き・しっかりご飯・絵本の読み聞かせの邪魔にならない程度なら、多くの場合、問題ないはずです。■頼りにして甘えて、自分の相談役にする私は、早くから、会社での困ったことや、新商品開発の話なんかを息子にして、息子の意見やアイデアをもらってました。たとえ、3歳の子でも、びっくりするような慧眼を見せてくれたりします。「ママのスタッフ、ママの言うことがわからないみたい」とかいうと、「おいらも、ママの話、ちょっとなぞのときがある」「え? どんな? 」なんて話が進み、意外なアドバイスをもらうことも。商品のアイデアなんて、奇想天外で素敵。小学校1年のときは、自動車部品会社のクライアントを持っていた私に「電気がなくても永久に回るファン」を発明したから、特許取っといて、と理解不能な図面を渡してくれたりしました。時には実際に役に立つアイデアもたくさんもらいましたよ。連載エッセィのネタに詰まると、本当、いろいろ考えてくれたなぁ~。そんなわけで、彼は母親の相談役だと思ってるから、相談を持ちかける態で話をすると、ことはスムーズ。「ママさぁ、明日朝いちばんの飛行機に乗らなきゃいけなんだけど、眠れそうにないんだよね。困ったな」とか言うと「一緒に寝てあげるから早く早く」と布団の中に入ってくれる(微笑)。そのまま、彼は優しくて素敵な22歳になり、今や、かけがえのない正真正銘の相談役。料理はプロ並み、機械いじりはバイクを組み立てるくらいは朝飯前だし、ことばのセンスも、経営センスも、遥かに私を凌駕してるし。頼りにした方がことがスムーズだから、作戦で頼りにしてきたけど、結果は予想以上。世界中、どこに言っても、食べていける男になりましたね。手作りのご飯が、優秀な脳と親子の絆を強める。■時間が僅少だからこそ、手を抜いてはいけないのが食生活食事を手抜きしていては、子どもは不機嫌でぐずるし、理解力も不足するため、かえって、子どもにかかる時間が増えます。子ども自身は、成績も伸び悩み、運動能力もいまいちになり、かわいそう。ママやパパの能力も、食事に大いに影響を受けます。なかでも、朝ごはんを食べないのと、朝ごはんにいきなり甘いものを食べるのは要注意。前者は脳のエネルギーが枯渇して、頭が悪くなると共に、背が伸びず、筋肉もつきにくくなります。後者は、脳にエネルギーを届ける血糖の値が乱高下し、躁鬱のような状態をもたらします。(食べた直後はとても元気なのに、ほどなくだるくなり、やがてムカついてキレる)ごはんは、朝ごはんに限らず、野菜や海草、大豆製品(豆腐、枝豆)などの低GI食品とタンパク質(特にたまご、豚肉は脳にいい!)を欠かさないこと。また、夕飯のあと、甘いもの(アイスクリームや果物)を食べると寝ている間に血糖値が乱高下し、ちょうど朝目覚めの頃、低血糖になるので、目が覚めません。朝、寝起きが悪く、機嫌が悪い子の多くが、夜の糖質食を習慣にしています。一日は誰にでも等しく24時間しかありませんが、正しく食べれば脳の力は倍増し、一日にできることは何倍にもなるのです。時には手抜きでいいけれど、手の抜き方にも知恵の利かせようがある。外食や弁当でも、バランスを考えて、あれこれメニューを組み合わせてあげる余地があります。日々の食のサポートには、「大切にされている」と感じさせる効果があります。「大切にされた」という記憶は自尊心をつくり、自分や自分に関わる人を大切にしてくれることに。安易に非行に走るのを、止める力にもつながります。一緒にいる時間が短かったとしても、ときにはごはんを手作りできなくても、「思いと知恵を添えれば」、ちゃんと効果も出るし、見えない愛情の絆で結ばれていきます。たとえ、100%手作りしていても、ずっと傍にいても、意識の集中が足りなければ意味がない。専業主婦でないことに、引け目を感じなくても大丈夫ですよ。黒川 伊保子さんプロフィール:(くろかわ いほこ)奈良女子大学理学部物理学科卒業。株式会社「感性リサーチ」代表取締役。人工知能の研究に携わったのち、脳と言葉の研究を始める。語感と人間の意識の関係を発見し、独自のマーケティング論が各企業からの注目を浴びる。ユーモアを織り込んだ的確なコメントや、女性ならではの柔らかな感性、言い回しに雑誌やラジオほか、テレビでも引っ張りだこ。朝日ワイドスクランブル火曜日レギュラーとしても活躍。最新刊、「キレる女 懲りない男-男と女の脳科学」(ちくま書房)も好評。(取材・文:安田 光絵)
2013年09月07日