「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」について知りたいことや今話題の「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」についての記事をチェック! (1/31)
児童発達支援から放課後等デイサービスへの移行ができない!?Upload By 鳥野とり子ねこ太は2歳の頃から、児童発達支援の事業所に通っていました。その施設では放課後等デイサービスも行っていたので、小学生になってもそのまま同じ事業所でお世話になるつもりでいたのですが、利用希望を伝えたところ、「うちの放課後等デイサービスは、知的障害(知的発達症)のお子さんを主な対象としているため、ねこ太くんはご利用いただけないんです……」とのこと。同じ事業所でも、児童発達支援と放課後等デイサービスでは対象や特色が違うなんて……びっくりしました。そんな経緯があり、私たちは急きょ小学校入学に向けて新たに放課後等デイサービスを探すことになったのです。息子に合う事業所はどれ?選択肢がありすぎて探すのに一苦労Upload By 鳥野とり子うちの自治体は、放課後等デイサービスがかなり多い地域です。とてもありがたいことですが、選択肢が多い分、調べるのにも選ぶのにも時間がかかります。自分一人で調べるのは大変そうだったので、通っていた児童発達支援事業所の支援員さんにいろいろとアドバイスをもらい、いくつか候補を絞ることにしました。ひとことで放課後等デイサービスと言っても、運動、学習、視覚運動、社会性の発達、生活訓練など、それぞれに特化した事業所があり、さまざまな特色があります。まずはねこ太に必要な支援を提供している事業所を絞り、そこから送迎の有無、家からの距離、今現在の空き状況を調べて見学を申し込みました。実際に見学に行って雰囲気を見てみる大切さUpload By 鳥野とり子私はSST(対人関係や社会生活に必要なスキルを学ぶトレーニング)と運動に特化した事業所に問い合わせていくつか見学に行くことにしました。児童発達支援事業所を探していた時にも感じたのですが、やはり実際に足を運んで、施設の雰囲気を肌で感じたり、管理責任者の先生から直接お話を聞けるのはとても大切だと思います。見学時に質問したいことをメモにまとめ、疑問点を漏らさず聞けるように工夫。事前の準備があることで、短い時間でも効率よく情報を得られました。見学の際には、職員の方々の対応や子どもたちの様子、活動の内容や雰囲気をしっかり観察するように意識して、ねこ太が安心して過ごせそうか、楽しんで取り組めそうな環境かをイメージしながら見るようにしました。また、送迎のルートや曜日ごとの活動内容、職員の人数や配置など、どういう資格を持った先生が在籍しているのかを確認。細かいかもしれませんが、こういう確認は実際に通い始めてからの安心感や通いやすさにつながる大事なポイントだと思っています。そのおかげで納得のいく放課後等デイサービスに通うことが決定しました。放課後等デイサービスに通い始めて2年経った今、息子に起きた変化とは?Upload By 鳥野とり子ねこ太は現在小学校3年生になり、放課後等デイサービスに通い始めて丸2年経ちました。放課後等デイサービスでとても仲の良いお友だちができて、それはもう楽しそうに通っています。先生方の支援のおかげで苦手なことも少しずつ克服していて、日々成長を感じます。新しい挑戦にも前向きに取り組めるようになってきて、少しずつ自信を持つようになりました。以前は参加しようとしなかった活動にも今では少しずつ参加できるようになり、その姿を見る度にうれしさと感謝の気持ちでいっぱいです。これからもねこ太が自分のペースで成長し、さまざまな経験を積み重ねて自信を深めていけるよう、放課後等デイサービスのサポートを受けながら成長を見守っていきたいと思います。執筆/鳥野とり子(監修:藤井先生より)児童発達支援施設は未就学の0歳から6歳のお子さんを対象にし、放課後等デイサービスは小学生から高校生までのお子さんを対象にしています。放課後等等デイサービスの対象となる年齢幅があるため、多くの施設があり、施設により内容も違います。あらかじめWebサイトなどで情報収集し、質問事項を整理した上で見学されたのが良かったですね。ねこ太さんが、放課後等デイサービスや学校など、社会とのつながりの中で成長していくのは良いことですね。学校や家以外での、ほっと安心できる場所、地域に見守られた経験はこれからの成長の糧となります。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年06月09日人への好奇心が旺盛すぎる幼少期に困惑Upload By もっつん息子のタクは小学1年生の時にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)と診断されています。幼い頃からとても人懐っこく、初めて会う子にもすぐに話しかけてどんどん距離を詰めるタイプでした。友だちになりたいというより、最初から仲間意識を持って関わっているような感じで、相手の子がびっくりして引いてしまうこともしばしばありました。きっと幼稚園などで教わった「みんな仲良くしようね」という言葉を、そのまま素直に受け取っていたのだと思います。公園で遊んでいるといろいろな子を追いかけてついて行こうとしたり、通りすがりにちょっと親切にしてくれた大人に対しても「優しい人だ!」と思うと手を繋ごうとしたりもっと一緒にいたがったり……私が冷や汗をかきながら止めに入ることもよくありました。今思い返すと心の距離感だけでなく身体的な距離感も近くて、自然と親密さを求めていたのかなと思います。ただ当時は3歳児健診などでも特に指摘はなく、「人懐っこすぎる」という個性なのかなと思っていました。ただ、外出中は常に緊張感をもって見守る必要があり、「人との適切な距離感をどう教えればいいんだろう」と悩む日々でした。小学校でのつまずきとタク本人の苦労Upload By もっつん小学校に入ってからも、タクは変わらず誰とでもかかわろうとする姿勢を持ち続けていました。ただ学年が上がるにつれて、まわりの子どもたちは少しずつ“仲良しグループ”のような関係性を築いていきます。そんな中でも、タクはあくまで「その時に一緒に遊びたい子」と自然にかかわろうとするので、すでに遊ぶ約束をしている子たちに声をかけてもうまくいかないことが多く、外で友だちと遊べる機会がなかなか持てず、親としてはヤキモキするような場面が続きました。本人としては悪気もなくただ「楽しいことを一緒にしようよ!」という気持ちがあるだけ。でもその思いが空回りしてしまい、時には断られたり、すれ違いが生まれてしまうことも……。それが悔しくて、気を引こうとちょっかいを出したり、大きな声を出してしまったりすることがありました。その結果、クラスで注意を受けて人目も気にせず教室で泣いて伏せてしまうこともあったそうです。担任の先生から連絡を受けて、友だちが見ていても感情を抑えきれない様子を聞いた時は私も胸がギュッとなりました。ただそんな中でもタクは「学校が大好き!」という気持ちはずっと変わりませんでした。行き渋りをすることもなく、毎朝元気に登校していた姿が印象的でした。私はというと、悩みながらもできることは試してみようと工夫しました。私が友だち役になって会話のシミュレーションをしたり、子ども向けの「友だちとの関わり方」をテーマにした絵本を一緒に読んだりしました。また、友だちとの関係だけにこだわりすぎないように、家族でたくさん出かけていろいろな人や場所に触れる機会を意識的に増やしました。「世界は広い」と感じてもらえることで、友だち関係でつまずいた時にも気持ちがふっと緩むことがあるかもしれない、そんな思いもあってのことでした。悩んで支えられて……見えてきたタクの長所Upload By もっつんタクの対人関係に悩み続ける中で、たくさんの人に相談しました。特別支援学級の担任の先生や、かかりつけの小児神経科、市役所の発達相談窓口、そして児童相談所……。状況を変えたい一心で、何度も同じ説明を繰り返す日々。それでも「すぐには変わらないから根気よく伝えていこう」「時間をかけて一緒に見守っていきましょう」と言われることが多く、もどかしさと不安で気持ちが沈むこともありました。そんな中で心が軽くなったのは、ある相談員さんに「定型発達のお子さんもトラブルはあるし、みんな人間関係について学んでいく途中ですよ」と言ってもらえた時。その一言で「タクだけが特別難しいわけじゃないんだ」と少し肩の力が抜けたのを覚えています。また、放課後等デイサービスの先生からは「タクくんは誰とでも話せて面倒見が良くて、ほかの子たちにとても慕われていますよ」と言われたことがあり、それが本当にうれしかったです。今まで“困りごと”として見ていた特性が、環境によって“強み”として活かされていることに初めて気づいた瞬間でした。学校でも、思わぬ形でタクの特性が活きた場面がありました。クラスにいる場面緘黙の子どもがタクにだけは気さくに話せると教えてもらったことがありました。クラスの子たちが「タクは〇〇くんの通訳だよ」と自然に頼っていたことも、とても印象に残っています。誰とでも自然に距離を縮めるタクの特性が誰かの力になっていることが何よりうれしく誇らしく思えました。高校生活での人間関係とこれから……Upload By もっつん幼少期から人との距離感が近すぎてハラハラする場面がたくさんあったタクですが、高校生になった現在では一気に踏み込んでしまうことはだいぶ減り、相手の様子を見ながらかかわろうとする姿が増えてきたと感じています。失敗もたくさんしてきましたが、中学・高校生活の中で「親友」と呼べる子もできて、つながりの質も変わってきたように思います。その変化の背景には、家庭での地道なコミュニケーションの積み重ねもありました。高校入学前には、父親からも「いきなり距離を詰めると壁を作られることもあるんだよ」と何度も話してもらい、人間関係の動画などもたくさん一緒に見て、イメージを共有するようにしました。さらにタク自身も工夫をしていて、入学してすぐの自己紹介の時、「僕ってちょっとお調子者なところがあるんだけど、先に謝っとくね!ごめんね(笑)」と自分から軽く伝えたそうです。そうしたユーモアが、まわりの子に「面白い」と受け止められて、自然と受け入れてもらえたようです。もちろん、これからも人間関係でつまずくことはあると思います。でも、タクの特性によって誰かに感謝されたことや助けになったことがたくさんあったことを私はずっと覚えていたいし、タクにも伝えたいと思っています。人との関係は、いつも簡単ではないけれど。それでも、タクはタクらしく、ゆっくりでも自分のペースで前に進んでいる。そんな姿に、私もたくさんの勇気をもらっています。執筆/もっつん(監修:新美先生より)タクさんのお友だちとのかかわり方について、幼少期から高校生時期までの変化・成長を聞かせてくださりありがとうございます。人との距離の取り方に困難さがある場合、小さい頃は「人懐っこい」と慕ってもらえる機会が多くても、年長するに従い、周囲が困惑したり、浮いてしまうことがありますね。もっつんさんは、自ら会話の練習相手になったり、絵本を使って学んだりと、ご家庭でSST(ソーシャルスキルトレーニング)的な取り組みをされて、丁寧にコミュニケーションを積み上げてこられたというのは素晴らしいです。また、友だち付き合いでつまずいた場合に備えて、視野を広げる、世界を広げるような機会を意識的に増やすというのも、とても素敵なサポートですね。タクさんは、高校生になった今は対人スキルもずいぶん成長し、親友もできているとのこと、うれしいですね。もちろん人にもよりますが、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)があって対人関係に困難がある場合、小中学生ぐらいがもっとも、同年齢の方とのギャップが大きくハラハラする時期で、高校生年代ぐらいになるとだいぶ成長してきて、折り合いをつけたり、距離を測ったりといったことが意識できるようになる方も多いように思います。小中学生の時期に、対人面で大きく傷つくことがなく、コミュニケーション面でのサポートが乏しすぎてご本人が十分に守られないということがなければ、ご本人なりに、対人・コミュニケーションスキルを身につけていけることが多いかと思います。対人関係の不器用さは焦り過ぎずに温かく見守り、お子さんの対人レベルに見合った分かりやすく具体的な対処法を段階的に練習したり、うまく行かない面をサポートしたりしていくことが大切かと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年05月29日(写真:Rina/PIXTA)《広末は、“双極性感情障害”および“甲状腺機能症”と診断されました。当面の間、すべての芸能活動を休止し、心身の回復に専念いたします》5月2日、広末涼子(44)の所属事務所は公式ホームページ上でこのようなコメントを発表した。「彼女は先月、静岡県内で追突事故を起こしたうえ、搬送先の病院で看護師に暴力を振るい、傷害容疑で逮捕されました。処分保留で釈放されたものの、その後、医療機関で受けた検査で、冒頭のように診断されたんです」(芸能記者)双極性感情障害または双極性障害とは、テンションが高い“躁”状態と、気分が非常に落ちこむ“うつ”状態を交互に繰り返す精神疾患のことをいう。いっぽう、甲状腺機能亢進症は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気で、神経過敏や睡眠障害、躁うつ症状など、精神疾患に似た症状を引き起こすという。「事故直前に立ち寄ったサービスエリアでは、見知らぬ客に『広末でーす!』と声をかけるなど異様なテンションの彼女が目撃されていました。一連の事件も、2つの疾患が影響していた可能性があります」(前出の芸能記者)一歩間違えれば、人生を破綻させかねない双極性障害。じつは、更年期の女性も要注意なのだという。■うつ病や更年期症状と誤診されることも…「双極性障害の発症年齢で多いのは20~30代です。ただ、更年期にうつ症状がひどくなり、受診したらじつは双極性障害だったという“隠れ双極性障害”の方は少なくありません」そう警鐘を鳴らすのは、メンタルと睡眠が専門の上島医院(大阪府大阪狭山市)院長・渥美正彦さん。「うつ病と双極性障害の大きな違いは、テンションの高い躁状態があるかないか、です。うつ病の場合は、気分の落ち込みだけですが、双極性障害の場合は、うつと躁状態を繰り返します」(渥美さん、以下同)しかし、患者本人は、自分が躁状態にあるとき、それを自覚できていないケースが多いという。「うつ症状がひどくなって初めて受診する方が多いのですが、躁状態があることを見逃され、うつ病と誤診されるケースがあります」本人が、躁状態にあることを自覚できないのは、活動的で自信がみなぎっているので「いまは絶好調!」と思い込んでしまうため。それを医師に報告すべき異変だと思わないのだという。しかし、ここでうつ病と誤診されると、抗うつ剤が処方されて適切な治療が受けられず、症状が悪化しかねない。また、個人の判断で婦人科を受診し更年期症状と診断されてしまうケースもしかりだ。このように、リスクが高いうえに自覚しにくい双極性障害だが、発症するきっかけはあるのだろうか。■双極性障害は、うつ病に比べて自殺してしまうリスクが3倍高い「はっきりとした原因はわかりませんが、家族に双極性障害の方がいる、つまり家族歴があると、相対的にリスクが高くなります。加えて、年に2回以上うつ病の再発を繰り返している、という方は、自覚がないだけで、合間に躁状態になっている可能性があります」最悪の場合、命を落としてしまうこともあるという……。「双極性障害は、うつ病に比べて、自殺願望を持つ方が1.3倍、自殺未遂をする方が1.7倍、実際に命を落とされる方は3倍高いというデータもあります。特にうつと躁の特徴が混じる混合状態では、気持ちはうつでも、行動は活動的なので、自死に踏み切ってしまうことがあるのです」診断するうえで重要なのは、躁症状があるか、という見極めだという。躁状態になると、具体的にどのような行動がみられるのだろう。■“衝動的爆買い”や“しつこい長電話”も要注意!「双極性障害には、I型とII型があり、激しい躁状態があり、周囲を巻き込み日常生活に支障をきたすのがI型。いっぽう、躁の時期に周囲から見るとふだんとは違うことがわかっても、なんとか日常生活を送れている場合はII型と診断されます」双極性障害II型は、うつ状態の合間に軽躁状態が見られるという。「まず見られるのが、睡眠時間の変動です。眠らなくても元気というのが躁状態。逆に睡眠時間が急激に増えたり不眠になったりするのがうつ状態。また、女性では多弁になる方が多いです。夜中でもかまわず電話をかけまくったり、周囲の人に一方的に話し続けたりすることも。長文のLINEを手当たり次第に送り、即レスがないとキレることも珍しくありません。ほかにも、性的な逸脱行為や通販サイトで化粧品をウン十万円分買ってしまった、などという方もいらっしゃいました」そこで軽躁状態で見られる行動をチェックリストにまとめた。4つ以上の項目にあてはまり、年に2回ほどうつ症状がある場合は、双極性障害の可能性が考えられる。双極性障害と診断された場合、治ることはあるのだろうか。「精神疾患が完治する割合は低く、双極性障害では全体の1割未満と非常に少ないです。そのため、“寛解”を目指すことになります」つまり、躁うつの波が小さく、差し障りなく日常生活を営める状態を目指すということになる。「症状によりますが、薬とうまく付き合いながらコントロールするのが一般的です」症状を改善するためには、まわりの理解や協力も不可欠だ。「双極性障害の患者に対して、『早く○○して』とせかしてペースを乱したり、『普通はこうでしょ』『どうして○○なの?』などと責めるような言葉を発するのはご法度です。かえって症状を悪化させてしまう可能性があります」「家族や知人に双極性障害の患者がいる」という人は、こうした点についても周囲であらかじめ話し合い、病気に対する理解を深めておくことが重要だ。最近、気分の浮き沈みが激しいな……という場合は、「更年期のせいだろう」と自己判断することなかれ。一度、メンタルクリニックを受診することも視野に入れよう。【軽躁状態のチェックリスト】(4つ以上ついたら黄色信号)□ あまり寝なくても平気□ 自分は有能だと思う□ おしゃべりが止まらない□ 日々アイディアが湧き出る□ 気分の浮き沈みが激しい□ 1つのことに集中できない□ 快楽を追求したい□ イライラすることが多い□ 衝動的に爆買いしてしまう□ 長電話やLINEの連投をする□ 活発で1日、1万歩以上歩く□ 体重の増減が激しい□ 1年で2回以上うつ状態になった※軽躁状態で見られる行動になります。双極性障害では、うつの状態と上記の軽躁の状態が交互に現れます。
2025年05月19日お笑い芸人の兵動大樹が17日、自身のインスタグラムを更新した。【画像】「どこまで行けるんやろか!」”矢野・兵動”兵動大樹が大阪マラソンに参加!「この人を、今から客席に投下します」と意味深なコメントを添えて一枚の写真を投稿した。写真の人物の詳細は明かされておらず、突如として投下される“この人”の正体に、ファンの間でざわつきが広がっている。投稿では「声かけてやってください!」と呼びかけており、現場に訪れている観客にとってはサプライズとなりそうだ。ユーモアと仕掛けに富んだ兵動らしい演出に、SNS上でも早くも注目が集まりつつある。 この投稿をInstagramで見る 兵動 大樹(@daiki.hyodo)がシェアした投稿 コメント欄には「おぎちゃ〜ん」「ダレ⁉️笑」「誰ですか、、、」といった反応が寄せられており、謎めいた投稿にファンは興味津々のようだ。
2025年05月17日暑い季節は、冷たいドリンクを飲む機会が増えます。部活や合宿など大人数がいる場では、大量に飲み物を作って、やかんで保管する場合もあるでしょう。しかし、金属製のやかんを使う際には、要注意。やかんの金属が溶出した飲み物を飲んでしまうと、食中毒になる危険性があると、各自治体が呼びかけています。金属製のやかん、注意するポイントは?金属製のやかんで注意すべきポイントの1つは、やかんの劣化です。繰り返しお茶などを沸かして、やかんにサビや傷ができると、飲み物が直接触れると想定されていない部分が露出し、金属の成分が溶け出すことがあるとか。見た目では分からなくても、破損している場合もあるので、古くなったり、落としたりしたやかんは、よく確認するようにしましょう。※写真はイメージポイントの2つ目は、中に入れる飲み物です。乳酸菌飲料をはじめとした、『酸性の飲み物』を金属製のやかんに入れると、飲み物の中に金属が溶け出すことがあるとか。金属製のやかんを使う際に注意すべき飲み物の例は、以下の通りです。・炭酸飲料・乳酸菌飲料・果汁飲料・スポーツ飲料・ビタミンC、クエン酸などの成分を含む飲み物新品であっても、使う前には注意書きを確認し、やかんに入れても大丈夫な飲み物を把握するようにしてください。なお、食中毒の事故は、金属製の水筒でも発生しています。金属製の容器を使う場合は、定期的にメンテナンスを行い、『酸性飲料』を長時間入れたままにしないようにしましょう。丁寧に使っていたとしても、劣化するのは防ぐことができないため、古くなる前に買い替えることも大切です。自治体の注意喚起はネットでも広まっており、「金属製のタンブラーにも気を付けたほうがいいかも」「子供にもきちんと伝えなきゃ」といった声が上がっています。自宅や職場など、身近で使われているやかんに、危険が潜んでいたなんてゾッとしますよね。せっかくの水分補給が、思わぬ事故を招かないように、正しく安全に使用するようにしましょう。[文・構成/grape編集部]
2025年05月15日“動”をテーマに、8人の版画作家が集う。銀座で現代版画の息吹を感じる1週間YOHAKU企画展「動」DM東京・銀座にある昭和の風情を残すギャラリースペース「銀座アポロ昭和館YOHAKU」にて、2025年5月23日(金)から30日(金)まで、8名の現代版画作家による企画展「動(どう)」が開催されます。本展では、「動」というテーマのもと、版画の多種多様な技法を駆使した作品が一堂に会します。参加するのは、木版や剥がし刷りの手法で独自の世界観を描く作家や、繊細な銅版表現に取り組む作家、リトグラフの柔らかな階調を追求する作家など、個性豊かな8名。静止しているはずの版画の中に、なにかが「動き始める」瞬間──その息吹と緊張感を、銀座の静かな空間でぜひご体感ください。展覧会概要•展覧会名:銀座アポロ昭和館YOHAKU 企画展「動」•会期:2025年5月23日(金)〜30日(金)※5月25日(日)は休廊•時間:12:00〜18:00•会場:銀座アポロ昭和館YOHAKU(東京都中央区銀座4-12-20 銀座アポロ昭和館 B1)•入場料:無料•出展作家(敬称略):内山良子(木版画・剥がし刷り)/今野規子(銅版画)/塩田裕二郎(木版画)/たけだりょう(銅版画)/谷村明門(リトグラフ)/千川裕子(銅版画・剥がし刷り)/馬渡響子(リトグラフ・木版画)/Prod,関雅治(木版画・剥がし刷り)※50音順アクセス•東京メトロ日比谷線・都営浅草線「東銀座駅」:3番出口より徒歩1分•東京メトロ銀座線・丸ノ内線「銀座駅」:A7出口より徒歩5分•JR「有楽町駅」:中央口より徒歩10分※会場は「銀座アポロ昭和館」地下1階にございます。地図 : instagram投稿 : 銀座アポロ昭和館外観 : 詳細はこちら プレスリリース提供元:NEWSCAST
2025年05月15日きっかけはコロナ禍の長期休校。小2で経験した登校しぶりトールが小学2年生の頃、新型コロナウイルスの影響で学校がしばらく休みになりました。妹のリンは幼稚園に通っていて、クラスごとに順番で登園することになっていたので、トールはわたしと二人で家にいる日が多くなっていました。学校が休みとはいえ生活リズムを崩してはいけないと思い、登校するのと同じ時間に起きてごはんを食べ、午前中はドリルなどで勉強をし、お昼ごはんを食べたら少し外に出てお散歩をするという生活をしていました。学校が再開すると、最初は行き渋る様子もなく登校していたトールでしたが、数日経った頃、急に朝起きられなくなりました。久しぶりの登校で疲れているのかなと思っていましたが、朝になると体がだるいと言って起きられない日が続きました。Upload By メイその時に思ったのは、「休ませることはできるけど、このままずっと行けなくなったらどうしよう」ということでした。わたしは外で働いていないので、家でトールと一緒に過ごすことは可能です。でも今休ませたら、ずっと休みたくなってしまうのではないか。余計に学校に行きたくなくなってしまうのではないかと考えました。トールははっきりと「休みたい」とは言っていませんでした。トール本人の中でも迷いがあるのかな?とその時のわたしは思いました。学校に行くのがつらい……本人の葛藤が伝わってそこで最初の頃は、少し遅れて登校するようにしていました。まずは短時間から学校で過ごせるようにと考えてのことでした。だいたい3時間目に間に合うように、学校まで連れて行っていました。下を向きながら明らかに猫背で歩くトールを見て、もう連れて帰りたいという気持ちが湧いてきました。「ママ、門まででいい?それとも下駄箱?教室まで行こうか?」と聞くと、「ずっとがいい」と言われたのを覚えています。聴覚過敏やこだわりといったトール自身の特性もあり、その頃の学校はトールにとってとても疲れる場所だったと思います。少しでもホッとできるように、筆箱に好きなキャラクターのシールを貼ったり、疲れたら読んでねと小さなメモを渡したりしていました。Upload By メイそれまでのトールは楽しく学校に通っていましたので、本当は前のように楽しく通いたいという気持ちがあったと思います。また、学校には行かなきゃいけないという思いもあったのではないでしょうか。つらい気持ちとの葛藤をわたしも感じていました。「学校を休みたかったら休んでもいい」母の思いそのため、わたしはずっと「休みたかったら休んでもいい」という姿勢でいるようにしていました。トールがはっきりと休みたいと言った日だけではなく、見ていてどうにもつらそうだという時は休んでいいと伝えるようにしていました。学校を休んだ日は少しだけ勉強をして、あとは好きなように過ごしました。近所のお店にランチを食べに行ったりもしていました。Upload By メイあまり楽しく過ごしてしまうとずっと家にいたいと思ってしまうのではないか、家のほうが良いと思わせてしまうのではないかと考えた時もありました。でも、トールは疲れて学校を休んでいるのだと考えると、今日という一日を楽しくリフレッシュして過ごせるようにすることが、わたしにできることではないかと考え、そのように過ごしました。トールの場合は、一日休めば次の日にはまた学校に行っていて、何日も続けて休むことはありませんでした。小3で特別支援学級に転籍。中学生になった今は小学2年生の前半はそのような調子で過ごしていましたが、後半になって、通常学級に在籍しながらも特別支援学級で一時的に過ごすことができるようになってから、トールは再び安定して学校に通えるようになりました。少人数で、自分のペースで学ぶことができる特別支援学級の環境が合っていたようです。3年生になり、正式に通常学級から特別支援学級に転籍することになりました。Upload By メイこの春、トールは中学1年生になりました。学校から早く家に帰りたいという気持ちは今も変わっていないようです。ただ、ずっと部活には入らないと言っていたトールですが、活動日数の少ない部活を選んで入部することにしたようです。トールのペースで学校を楽しんでいるのだと思うと、とてもうれしく感じています。執筆/メイ(監修:初川先生より)トールくんの小学校2年生時の行き渋りについてのエピソードをありがとうございます。コロナ禍、一斉休校。今となっては懐かしい感じすらしますが、なんとも言い難い緊張感や大人も子どもも目に見えぬウイルスや対人距離の取り方、コミュニケーション方法などでさまざまに心がすり減っていた面もあっただろうと改めて思います。それまで日常として連綿と続いていた学校生活が一度途絶えたこと、そしてトールくん自身も成長し、環境(学校、学校生活)に合わせるのみならず、本来の自分の過ごしやすさにも(成長ゆえに)気づけるようになり、うまく言葉にはできずとも疲れや「合わなさ」として感じられた時期とが重なったこともあるのかなと感じました。学校のすべてが嫌いなわけではなく、学校に行ったほうがよいことも頭では十分に分かっていて、しかしながら、苦しい・つらい。そんなトールくんの葛藤に気づき、かといって、完全に学校から離れるのではなく、メイさんは程よいバランスを図ろうとされたようにも見えました。トールくんはその後、特別支援学級へと転籍し、環境がより一層トールくんにとって合うものに変化したことも奏功し、その後も登校が続いているとのこと、何よりです。おそらくは学校で何かしら得ているもの(楽しさ、学習に関することなど)もあるのだろうと感じます。トールくんなりの学校との付き合い方、自分が疲れすぎない距離感について中学生になってもうまく模索しながら、楽しい中学生の時期を過ごせるといいですね。部活動にも参加してみることにしたとは、何よりです。やってみたいと思ったことをやってみて、自身に合うかどうか・楽しめるかどうかをぜひ検討してもらえればと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年05月14日多くの人にとって、自宅はもっとも安心してリラックスできる場所でしょう。しかし、そんな自宅も、思わぬきっかけで安全とはいい切れなくなるかもしれません。性犯罪の防止活動を行なっている、一般社団法人痴漢抑止活動センター(以下、痴漢抑止活動センター)は、Xアカウント(@scbaction)で鍵にまつわる注意喚起を発信しました。ゾッとする鍵の注意点2025年5月現在、新生活をスタートさせ、一人暮らしを始めた人も多いでしょう。痴漢抑止活動センターは、そんな新生活を迎えた人に向けて、こう呼びかけました。鍵には、キーカバーを付けることを強く推奨します。鍵に書かれている鍵番号で、合鍵が簡単に作れてしまうからです。合鍵は、純正キーを鍵店に持っていかなければ作れないと思っている人も多いかもしれません。しかし、鍵番号があれば純正キーが無くても、合鍵は作れてしまうというのです。実際に、他人の荷物から鍵を見つけ出し、鍵番号をもとに合鍵を作って自宅に侵入するといった事件が発生したことがあるといいます。防犯対策として、同センターがおすすめするのは、鍵番号を隠すためにキーカバーを付けること。なお、形状だけでも合鍵の制作は可能なため、鍵全体が隠れるキーカバーならなおさら安心だといいます。鍵のやっておいたほうがいい対策grapeは、痴漢抑止活動センターの担当者に、鍵によって起きる犯罪を予防するためにできることを、詳しく聞きました。鍵と一緒に住所が分かるものを持ち歩かないこと。万が一落とした場合に、住居を特定されるリスクを減らすことができます。また、職場のデスクに鍵を置いたり、誰でも開けられる引き出しに鍵を入れたりするのは避けたほうがいいです。鍵と一緒に、住所が分かる免許証や健康保険証などを持ち歩くと、合鍵が作られてしまうだけではなく、住所までもが特定されてしまうのですね…。ーー鍵を落としてしまったらどうする?まずは落とした場所に心当たりがないか、冷静に確認する。駅や店舗、交番に届け出がないかを問い合わせましょう。見つからない場合は、警察に遺失物届けを出してください。最寄りの交番または、ネットで届け出が可能です。次に、速やかに鍵の交換をしてください。防犯上、拾われて悪用されるリスクを考え、できるだけ早めの対応が望ましいです。賃貸の場合は、管理会社に連絡して、状況を共有。鍵の種類や交換費用の負担についても確認しておきましょう。痴漢抑止活動センターの注意喚起には「知らなかった」「えぇ、恐ろしすぎる。子供にも教える」「なるほど、勉強になります」といったコメントが寄せられました。鍵を紛失しなくても鍵番号や形状だけでも合鍵を作れてしまうのは、本当に怖いですね。犯罪に巻き込まれないためにも、鍵の保管方法を見直してみてはいかがでしょうか。[文・構成/grape編集部]
2025年05月08日「こんな子に育ってくれたらいいな……」親のエゴで習わせ始めたリトミックでいきなり出鼻をくじかれる(汗)コチ丸が保育園の年少に上がる前、私は早くも「何か習い事はできないかな」と考えていました。最初に体験教室に連れて行ったのはリトミックでした。私自身、幼稚園の頃からピアノを20年くらい習っており、その後もバンド活動をしたり、好きなアーティストのライブに通っていたりと、音楽は私の中で生活と切っては切れないもので、音楽が好きな子になると良いなぁという親の勝手なエゴと安易な考えからでした(笑)。同時にリトミックなら「周りの友だちとも協調性ができるのではないかな」と、期待もありました。私自身が幼稚園〜中学生頃まで場面緘黙で学校では一切口をきけず、友だちをつくることができなかったという経験があり、わが子には、早いうちから人との関わりに慣れてほしいという願いもありました。実際に教室に行ってみると、コチ丸は私の横から頑なに離れることなく、1か月間あった体験教室は一度も友だちの輪に入ることなく終了しました(汗)。その後、精神的な強さや礼儀の大切さが身につきそうな柔道はどうかと思い、そちらにも体験教室に行ってみましたが、やはり1か月、コチ丸は私の隣から離れることはなく、ずっと泣き通しの地獄絵図のような時間を親子で過ごすのみ……。柔道も続けることはあきらめ、習い事への淡い夢は、私の中でそっと幕を下ろしました。Upload By あき当時まだ、コチ丸は発達障害の診断も受けておらず、「じっとできない子」という程度にしか捉えていなかった私には、思い通りにいかなかったこの習い事への挫折はなかなか大きなものでした。1か月もあれば、スタートがコチ丸と同じような状態でも、大体の子は少しずつ輪の中に入っていくのですが、コチ丸の頑固さといったら……。でも周りの変化に敏感なコチ丸にしてみたら、知らない環境に突然入れられて、苦痛で仕方なかったことと思います。もう少し後だったら、本人の意思も聞かず、私の希望だけで決めるなんてことはしないのですが、当時はやっぱり、初めての子育てに「こんなふうに育ってくれたらいいな」という夢もあったんだと思います。今となってはそんなことに必死だったなんて……と過去の自分を笑い飛ばせますが、当時は理想と現実とのギャップに相当疲弊していました。自分の意思で始めた剣道。レールに収まるのはやっぱり苦手……その後、コチ丸は小学生になり、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けました。ちょうどその頃、コチ丸が「剣道を習いたい」と自発的に言い出しました。学校にも行かなくなりつつあった頃だったので、何か外との接点が持てることがあればと思い、当時通っていた小学校の体育館を借りて、練習を行っている道場に通い始めました。同級生の子も何人か習っていたので、ちょっとやってみるか……と言う軽い気持ちで始めてみました。保育園の頃のように周りに馴染めないということもなく、友だちもすぐでき、自分がやりたいと始めたことだったので最初は楽しそうにやっていました。が、入った後に知ったのですが、そこは全国大会を目指しているような、かなり本気な道場だったのでした(大汗)。先生も厳しく、親同士の上下関係、体調が悪くても休みづらい稽古……。もともと体育会系でもなかった私ですがコチ丸の意思があるなら、と気合いだけで続けておりました。しかし、先に根をあげたのはコチ丸のほうでした(笑)。毎回習い事の始まる頃になるとお腹が痛くなりはじめ、行きたくないと言い出すのですが、先に書いた通り、体調が悪くても休みづらい道場。週4回の練習のたびに「今日は体調が悪くて……」と連絡をすることが苦痛で仕方なかったです。コチ丸は剣を持つことは好きでしたが、ガチガチに決められたプログラムの中で教えてもらうことやバテバテになるほどやりたいわけではないようでした。何万円もかけて防具を一式買い揃えましたが、1年も経たないうちに終了しました。私も、強い言葉で生徒たちの自尊心を傷つけるような昔ながらの指導法に違和感を持っていたので、私たち親子にとってはすぐ辞めて正解だったのかなと思っています。自由人な2人にはガチガチに固められたプログラムや上下関係のキツさは合わなかったんだと思います(笑)。Upload By あきそのほかにも、習い事の定番ですが、小2の頃からスイミングも習い始めました。こちらは4年ほど続け、大きく何かが変わったということもないのですが、級が上がればそれなりにうれしかったようですし、泳げるようになったのは良かったのではないかなと思っています。学校を休んでいても、スイミングで週1回は必ず体を動かすことができたので、運動にもなっていたと思います。好きなことをとことん!先生との相性もマッチして、自分の人生を生きていくための武器に!剣道をやめてしばらく経ち、次にコチ丸が習いたいと言い出したのはドラムでした。小学校の先生から、音楽の時間に「コチ丸くんはリズム感もあるしドラムをやったら?」と言われたらしく「やってみたい!」という本人の希望から始まったものでした。ドラムを始めたのはコチ丸が小6の時で、その頃にはほぼ小学校には行っていませんでした。私としては、剣道と同じく外への接点を持ってほしいという思いもありましたが、それ以上に音楽は世界共通のものなので、どこにでも持っていける武器になるという期待もありました。コチ丸はドラムを中学卒業まで習いました。何が良かったかと振り返ると、一番は先生との相性だと思います。先生はとても穏やかな方で、音楽の趣味もコチ丸とあっていたので「次何やる?」と言われた時にコチ丸の持ってくるマニアック(笑)な曲にも対応してくれ、練習を怠っても怒ることもなく、穏やかにその時やれることを教えてくれていたようです。好きなことを好きなように、無理なく。自分の興味関心を黙々と追求するコチ丸には合っていたのかもしれません。Upload By あきそして、そこそこドラムが叩けるようになってくると、どんどん夢中になって、自分でスタジオを借りて練習するまでになりました。中学では軽音楽部に入り、先輩たちに混じって活躍しました。勉強は本当にできませんでしたが、ドラムという趣味と特技を一つ持ったおかげで、コチ丸は小学校の時から失いつつあった自信を取り戻し、自分が周囲に必要とされる存在だと思えるようになり、自己肯定感も上がりました。高校に入って北海道に行くためにドラムを習うことは辞めましたが、ドラムは学校まで送り(送料……汗)、今でも文化祭の時期になると大活躍しています。Upload By あき執筆/あき(監修:藤井先生より)あきさんがコチ丸さんのために良かれと始めた習い事は、年齢が幼いこともあり、長続きしなかったようですが、それがあったからこそ、コチ丸さんが自分で好きな習い事にたどり着けたような気がします。社会性を少しでも身につけさせたいとチーム競技の習い事に入れたり、体力をつけるために運動をと思っても、それはお子さんの気持ちがあってこそのことです。また、指導にあたる先生の方針と、親御さんが習い事に求めること、お子さんが習い事で求めることがなるべく同じ方向を向いているのが望ましいと思います。ドラムを通じて、文化祭で活躍するまでに成長された姿がとても良いと思いながら読みました。ありがとうございました。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年05月03日なんとなく始めた卓球部、中学生活はまさかの理由で遅刻を連発Upload By もっつんタクは中学校から卓球部に入部しました。なんとなく面白そうという軽い気持ちで入部を決めたようです。今まで触ったこともない卓球をいきなり始めると聞いた時はびっくりしましたが、顧問の先生が特別支援にも精通したベテランの先生だったこともありタクの挑戦を応援しようと考えました。タクが中学校になる頃、数年習っていたダンス教室を突然辞めることになり熱中できるものがなくなっていたという背景があったので、身体を動かせる運動部に入りたいんだろうなぁと思いました。そんなタクは卓球にのめり込むのがとても早かったです。ラケットを握るとすぐに夢中になり、練習を重ねるごとにどんどん上達していきました。コツをつかむとさらに楽しくなり、放課後の時間があっという間に過ぎていきます。家に帰ってからもラケットを手放さず、夜遅くまで壁打ちをしていました。コンコンと響く音がなかなか止まらず、「もう遅いからやめてね」と何度声をかけたことか。そんな変化の中で心配なことも出てきました。帰宅時間が遅くなることで、一人での寄り道が増えたのです。特に気になったのは「道端での石拾い」。タクは昔からキレイな石や面白い形の石を見つけるのが好きで、部活帰りに立ち止まっては夢中になって石を集めていました。部活の疲れを忘れてしまうほど熱中してしまい、気づけば日が暮れかけていることも。「ちゃんと帰れるかな?事故にあってないかな?誰かの敷地内で石拾いしてないかな?」と親としては心配が尽きませんでした。さらに朝の登校時間にも影響が出始めました。ある日、先生から「タクくんが遅刻しました」と連絡があり、理由を聞くと「校庭で石を拾っていて、気づいたらチャイムが鳴っていた」とのこと。卓球への情熱と同じくらい、石拾いへの情熱も衰えてはいなかったようです。熱中できるものが見つかるのはうれしいけれど、好きな事には時間を忘れて夢中になりすぎてしまうタク。親としては「部活と日常生活のバランス、大丈夫かな?」と、少し気がかりな部分もありました。その後、石拾いが収まるようにいろいろと対策をしてみました。校庭の砂利は希少石が含まれている可能性か限りなく低いことや、化粧砂利に使われている種類を実際に図鑑で調べたり、市街地で自然の化石が見つけられないことを説明し納得させるようにしました。日々の石探しは少しずつ減らしていき、そのかわりに天然石採掘で有名な観光地に家族旅行を計画したり、石の博物館に連れていき好奇心を満たしてあげられるようにしました。思春期の友達トラブルに困惑……親としてできることUpload By もっつん卓球部に入ってすぐ、タクの実力はぐんぐん伸びていきました。努力の成果が目に見えて分かるのはうれしいこと。でも、その急成長が思わぬトラブルを引き起こしました。ある日タクが「最近、部活がちょっと嫌だなぁ」とぼそっとこぼしました。詳しく聞くと、一緒に練習していた友達がタクの上達を快く思わず嫉妬から無視をしたり、わざとラリーを途中でやめたりしてくるというのです。先生の目の届かないところで起きる静かな対立。中学生という多感な時期だからこそ生まれる、複雑な人間関係でした。「なんでそんなことするんだろう?」とタクは戸惑っていました。勝ち負けにこだわるスポーツの世界ではライバル心が生まれるのは当然。でもタク自身は「卓球が楽しいからやっているだけ」。そんな純粋な気持ちでいるからこそ、友達の態度が理解できず、どう接したらいいのか悩んでいました。私もすぐに解決策を見つけてあげることはできませんでした。無理に「気にしないで」と言うのも違う気がしたし、親が介入する問題でもない。でも一つだけできることがありました。それは、タクの気持ちに寄り添うこと。「それは嫌だったね」「そりゃモヤモヤするよね」とタクの話に同調しながら、時には「私だったらこう言い返すけどなー!」なんて冗談を交えたり。「そういうの、あるよね」「でもさ、タクが頑張ってる証拠でもあるよね」そんな風に話しているうちに、タクも少し気持ちが軽くなったようでした。部活の中のトラブルは、どうしても避けられないもの。それでも一人で抱え込まずに家で話してくれて良かったなと思いました。人との距離感が近いタク……でもそれが長所になるスポーツという場所Upload By もっつん運動部に入ると他校との試合や合同練習があり、小学校との違いを感じました。遠征のたびに「ユニフォームを忘れた!」「シューズを忘れた!」と、私は振り回されっぱなし。準備の大切さを何度伝えてもなかなかうまくいきません。その頃は私自身も発達障害と診断されていて日々苦労の連続でした。それでも顧問の先生がサポートしてくださり、なんとか乗り越えることができました。具体的には、試合の日程の連絡は口頭だけではなくタクにメモを取るよう指示してくれたり、直接電話で連絡してくれたり本当に感謝ばかりの日々でした。本番に弱いタクは、緊張からミスを連発し試合にはなかなか勝つことができませんでした。でも、試合後の合同練習では良い意味で目立っていました。顧問の先生は「どんどん他校の生徒と練習試合しておいで」と声をかけていましたが、ほとんどの子が遠慮して動きませんでした。そんな中、タクは持ち前の人懐っこさで初対面の子たちにもどんどん声をかけ、たくさんの試合をこなしていました。その事は他校の顧問の先生からも褒めていただいて、親として誇らしい気持ちになりました。特別支援学級に在籍していることを知らない他校の生徒たちは、タクのことを特別視することなく自然に接してくれていたようです。タク自身も純粋に卓球を楽しみながら、いつの間にか仲間を増やしていました。中学校生活では、実は細かいトラブルもたくさんありました。それでも部活という存在のおかげでタクは良い汗をかき、充実した3年間を過ごせたのではないかと思います。中学校と放課後等デイサービスを卒業して、これから……Upload By もっつんタクの中学校生活は決して平坦なものではありませんでした。友達とのトラブルに悩み問題行動が出たり、児童相談所にお世話になった時期もあったり。親として、どうすればいいのか悩むことが何度もありました。それでも、部活という存在はタクにとって大きな支えになったように思います。練習を重ねるうちに、ただ「楽しい」だけではなく「もっと強くなりたい」「勝ちたい」という気持ちも育っていきました。試合で悔しい思いをすることもありましたが、その分成長を実感できる場にもなっていました。中3の夏に部活を引退するまでの間、卓球に熱中する日々を過ごして心も成長できたんじゃないかと思います。引退した後のタクは部活が無くなってしまってしばらくは落ち着かない様子でしたが、休日に友達と市民体育館で卓球をしたり近所をランニングすることでフラストレーションを発散しました。タクにとって身体を動かす事はこの先もずっと必要なんだと思っています。また、タクは放課後等デイサービスでも卓球を楽しんでいました。そこでは特性を理解してくれる大人がそばにいて、安心できる環境の中でプレーすることができました。ただわが家は放課後等デイサービスの利用は中学生までで高校からはその場がなくなるため、タクが自然体で周りとうまく生活していけるか心配な面もあります。高校でも卓球を続けるつもりのタク。技術を磨くことももちろんですが、それ以上に「自分らしくいられる場所」としてこれからも楽しく取り組んでいけたらと思います。発達障害のある子の学生生活は、親子で一緒に悩みながら進んでいくもの。タクなりのペースで、これからも自分の道を歩んでいってくれることを願っています。執筆/もっつん(監修:森先生より)もっつんさん、お子さんが部活動での経験を通じて大きく成長した体験談をありがとうございます。保護者として寄り添いながら支えてこられたのですね。お子さんがお友達とのトラブルで悩んでいるときに、家族が解決策を示すことはなかなか難しいかと思います。それでも、ただ気持ちを聞いて共感したり寄り添ってくれる家族がいる、というだけでもお子さんの気持ちは軽くなるはずです。さて、発達障害の傾向がある方は、特定の興味や活動に極端に没頭する傾向があり、ルーティンからの逸脱にストレスを感じやすいことが知られています。日常生活に一定のルーティンやスケジュールを設けることで、変化によるストレスを軽減できます。部活の後や学校から帰宅後の時間を決めて、石拾いや卓球の練習を計画的に行うことも、ストレスの軽減につながったのかもしれません。また、身体を動かすことはストレス発散や感情調整に非常に重要です。運動はドーパミンの分泌を促し、ADHD(注意欠如多動症)の症状を軽減する効果もあります。お子さんのケースでは、部活動がまさにそのようなポジティブな影響を与えたのではないかと考えられます。これからの高校生活も、卓球を通じて「自分らしくいられる場所」を見つけ、さらなる成長を遂げられることを願っています。お子さんの個性や強みを活かしながら、これからもご家族で力を合わせて、素敵な毎日を過ごしてくださいね。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年04月29日小学校に入学後宿題、学習の壁に直面したADHD(注意欠如多動症)の息子現在14歳の息子は、穏やかで人懐っこく、人に好かれるタイプです。記憶力が弱くじっとしているのが苦手で、時間の感覚を忘れてしまったり、慌て過ぎて注意散漫になったりすることがよくあります。好きなものには強い集中力を発揮しますが、基本的には忘れんぼうADHD(注意欠如多動症)の診断は小学校1年生、3年生から通級指導教室に通っています。そんな息子は国語と算数に特につまずきがあり、小学校に入学すると宿題や学習の壁に直面するようになりました。まずはスモールステップでできることを積み上げていこうと、息子のできること、できないことを見極める作業は驚きの連続でした。「まさかこうするのが難しいの?」「そんな事あるかな?」から始まって、やってみたら「やっぱりそうだったんだ」ということの繰り返し。このような作業を続け気になっていたつまずきを解消したあとは、目に見えてできる事が増え、本人も「できないばかりじゃないんだ」と自信をつけていったように見えます。そんなわが家の取り組みがどなたかの参考になればうれしいです。よかれと思って使ったイラスト入りのあいうえお表が裏目に⁉くっつき言葉も苦手で……。やった対策2点!ひらがなの学習は、年中の頃からお風呂にイラスト入りの「あいうえお表」を貼って読む練習を始めていました。読めるようになってから書く練習を始めたのですが、息子は書くことをとても嫌がるのです。ご褒美をあげてなんとかなぞることはしてくれましたが、その様子が気になっていました。小学校入学後、初めて国語の宿題がでました。一緒に宿題をやってみようとしたのですが、息子は座ったまま固まってしまい……。(どうしたんだろう?なににつまずいているんだろう?)と焦りながら、つまずきの理由を探そうと私は教科書の『あ』を指さして読んでと言いました。すると息子は『あり』と答えました。そこで初めて『あいうえお表』に書かれているイラストをインプットしてしまったことに気が付きました。そこから「文字そのもの」と「意味がある言葉」を切り離すのに苦労しました。Upload By ユーザー体験談私がやったやり方は、音が分かれていることに気づいてもらう方法です。まずは「あーーり」と伸ばして発音してもらう練習をしました。扇風機の前で「あー」と言って遊ぶことで、音を引き伸ばす感覚を身につけ、そこから「あいうえお表」を指しながら一音ずつ分解する方法を取りました。「あー」伸ばしているところで止め、「『あ』は『あ』だけなんだよ。じゃあ、次は『い』は?」と50音やりました。終わる頃に、息子自身が「同じ仕組みなの?」と気付き、ひらがなの読みがスムーズになりました。「お」「を」、「わ」「は」、「え」「へ」といった同じ音で使い方が違う「くっつき言葉」も苦手でしたが、大好きな乗り物を使って練習しました。マグネットにトラックのイラストを貼って宿題のプリントにあった主語を、トラックがひっぱるコンテナにそのあとの言葉(形容詞など)を載せます。それらをくっつけるには連結部品として「くっつき言葉」を選んでもらうという方法をとりました。やがて電車のおもちゃに主語などを載せるようにし、「先頭車両と客車の間に、くっつき言葉の乗った貨車を足して下さい~」と遊びながらやるようになりました。初めはお気に入りの電車のおもちゃにお勉強がくっついているからか不機嫌でしたが、宿題プリントが終わったらプラレールを好きなように遊んでいいという約束で向き合ってくれていました。するとやがて理解できるようになり「やらなくても分かるから大丈夫!」自分で宿題を仕上げるようになりました。「じっと見ることが苦手」だと分かった息子。漢字対策として利用したグッズ入学後、眼球運動の検査をする機会があり、そこで「じっと見ることが苦手」ということが分かりました。これが漢字を正しく覚えられない原因の一つかもしれないと思い、通っていた発達支援施設の先生と相談をし、輪ゴムを使って図形や模様を作る学習ボードを利用しました。輪ゴムの色が何色かあり、重なるところがあります。どっちの輪ゴムが下になっているかな?と注意を促しながら、よく見る練習をしました。続けていくうちに、漢字の線が何本とか、止め、ハネに注意するようになったかと思います。また、漢字カルタなどゲーム形式で学ぶことで楽しみながら覚える工夫もしました。こうした積み重ねにより、少しずつ漢字を書くことに対する抵抗が減ってきたように思います。算数対策にやったスモールステップ。1週間で効果が出始めて……!息子は算数も苦手でした。1年生の夏休み明けぐらいにWISC検査をしたところ、短期記憶が低めであることが分かったため、まずは記憶のトレーニングができればと、家で神経衰弱をするようにしました。最初は3ペア(6枚)でスタート。最初は全然覚えられませんでしたが、1週間後にはすぐに終わるようになり、徐々に枚数を増やしていきました。「4枚増えただけでちょっと難しくなるねー」といいながらやりました。カードが増えていくほど正解率は下がりますが、8ペアくらいでやるようになった頃あたりから、くり上がりの計算がスムーズになったり、生活面でも、次の日の準備だったり、自分の生活リズムを声掛け無しでできるようになっていったなと記憶してます。最終的にはトランプ全部を使って遊ぶまでになりました。この練習のおかげで、繰り上がりの計算がスムーズになり、生活面でも次の日の準備やスケジュール管理が少しずつできるようになりました。先生からの謝罪と、息子用の宿題プリントの誕生宿題の取り組みも工夫しました。書くこと自体にエネルギーを使ってしまうため、計算問題は私が代わりに書いて、息子は計算に集中できるようにしました。また、2年生になると宿題が増え、毎日20問こなすのは難しくなったため1日3問や5問に分け、遅れた分は週末に取り戻す方法を取りました。ですが宿題をやるのに毎日2時間以上かかるのです。本人が頑張りたい気持ちと集中できない葛藤から日付が変わる0時すぎてから寝ることもあり、このままではパンクしてしまうと2年生の1学期の終わりの面談で先生に相談をすることにしました。Upload By ユーザー体験談先生曰く「20分程度で終わる見込みで宿題を出している」と教えてくれました。私は20分なら息子は国語、算数合わせて7問くらいしか解けませんと伝え「もし、時間があれば発達支援の先生と会っていただけないでしょうか」とお願いしてみたのですが、先生は前向きな感じではありませんでした。残念な気持ちになりながらも(先生も忙しいから……)となんとか自分を納得させ夏休みを過ごしましたが、2学期、先生から謝罪の言葉とともに、毎日7問〜10問程度の息子用の宿題のプリントを用意いただけることになりました。このおかげで息子も少しずつ達成感を得ながら取り組めるようになり、先生には感謝しかありません。ちなみに、テストはまったく気にしませんでした。テストでの結果よりも、日々のスモールステップを優先させ続けました。「もうやりたくない。逃げてもいい?」「面倒くさいからやる……」息子の頑張りと、中学生になった今息子から「もうやりたくない。逃げてもいい?」と聞かれた事もあります。そんなときは「いいよ」と答え、「逃げ道にもこんな道があるよ」と前向きな提案をするよう心掛けました。例えば、言葉の意味が分かれば、特段生活するうえで問題ないし、漢字が書けなくてもタブレットですぐ見つけられる、むしろ、漢字が書ける書けないなんて将来を見たらなんの問題もない!という調子です。ですが、「今、漢字を辞めるということに納得できているなら、お母さんは先生と話するよ」というと、「面倒くさいからやる……」と息子が頑張っていました。中学2年生になった今は、塾にも通っています。スモールステップを積み重ねた結果、学習の遅れを取り戻すことができました。ADHD(注意欠如多動症)の特性は先生にも伝え、特に切り替えが苦手でスケジュール管理が難しいことを共有し、提出物の一覧を作ってもらったり、通級指導教室で一緒にスケジュールの確認をしてもらうといったサポートを受けています。自分が子どもだった時の事も思い出しながら、『息子の中の好きなものを壊さない様に』を大切にしてきましたが、失敗もたくさんしたなぁ……と反省もあります。感情的に怒ってばかりの時、「お母さんは、僕がこれをできるようになったらニコニコになる?」と聞かれてハッとしました。その後発達支援施設でペアトレを受けて学び、そのおかげで感情的に怒ることはほとんどなくなりました。これからも、息子の好奇心を潰さないように関わることを大切にしながら、成長を見守っていきたいと思います。エピソード提供/かたっぽイラスト/keiko(監修:森先生より)お子さんの学習の壁を乗り越えた体験談をありがとうございます!「できること」「できないこと」を見極め、日々試行錯誤しながら向き合ってスモールステップで対策を積み重ねてきたのですね。お子さんが自信をつけながら学習の遅れを取り戻し前向きに頑張っていることは、きっと多くの方にとって励みになるはずです。発達障害の傾向があるお子さんには、「記憶をすることに困難がある」「じっとしていられない」「好きなものには集中できるが、それ以外では注意が散漫」といった傾向がみられることがあります。ワーキングメモリ(短期記憶)が弱かったり、視覚処理に課題があると、漢字の細部を捉えるのが苦手だったり、文字と意味を切り離して理解することが難しいことがあります。視覚情報と意味づけが混ざりやすいこともありますので、お母さんが「あいうえお表」のイラストで混乱に気づき、音を分解する練習を取り入れたのは、的確なアプローチです。アプリなどを活用し、音声付きで漢字を学ぶと、視覚と聴覚の両方で記憶が定着しやすくなりますよ。さて、お子さんが「もうやりたくない」と感じるのは脳の疲労が関係しています。お母さんが「逃げてもいい」と受け止めつつ前向きな提案をしたのは、感情を安定させ、やる気を引き出す素晴らしい対応ですね。疲れたときは「5分休憩」を挟むルールを設け、その間に好きな音楽を聴く、軽く体を動かすなど、「リセット時間」を意識的に取ると集中力が回復します。発達障害の傾向のあるお子さんには、環境調整が大変重要です。学校の先生や支援者に「視覚的なスケジュール表」を作ってもらうようお願いすると良いでしょう。色分けやアイコンを使うと、見やすさがアップします。また、スマートフォンのリマインダー機能を活用し、提出物の締め切りや塾の予定を音声通知で確認する習慣をつけると、切り替えが苦手でも対応しやすくなります。「好奇心を潰さない」ことを大切にされている姿勢は、お子さんにとって最高の支えです。興味や好きなものを活かすことは脳のドーパミン(やる気ホルモン)を増やし、学習や生活のモチベーションにつながります。これからもお子さんのペースに寄り添いながら、成功を一緒に喜ぶ時間を積み重ねられるよう、応援しています。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年04月23日1歳を過ぎた頃から悩み始めた息子の他害問題トールは小さい頃から人見知りをしない子どもで、保護者から離れると不安になる……というようなこともありませんでした。1歳を過ぎて一人歩きが上手になると、自分が行きたいところに向かってどんどん動き回るようになりました。児童館や公園に行くと、目的のおもちゃや遊具に一目散に走って行き、一人でもくもくと遊ぶ姿がよく見られました。そんな中で、ある時から周りで遊んでいる子たちに手が出ることが増え始めました。未然に防ぐために、わたしも必ずトールの近くについているようにしていたのですが、手が出るタイミングがよく分からず、止めるのが間に合わないこともありました。ほかの子の近くで穏やかに遊んでいると思っていたら、何の前触れもなく急に髪を引っ張ったりするのです。喧嘩になったとか、ほかの子の使っているおもちゃを使いたいとか、そのような理由が見当たらない時にも手が出ていたので、予測するのが難しいなと感じたのを覚えています。Upload By メイほかの子どもとの関わりを経験させたい。けれど……その頃のわたしは、トールを同年代の子たちと交流させなければいけないと思っていて、なんとか児童館や公園に連れて行こうとしていました。実家が遠方なことや、夫も平日は仕事が忙しく、ほとんどトールと顔を合わせることのない生活の中で、毎日わたしとしか関わらずに過ごしていては成長に悪影響なのではと考えていたのです。そのような思いもあり、「今日は何事もなく過ごせるかもしれない」「今日はお友だちができるかもしれない」と自分に言い聞かせながら、なんとか頑張って、遊びに連れて行っているような毎日でした。Upload By メイしかし、トールの他害によって、相手に嫌な思いをさせると同時に、わたし自身も子どものいる場所にトールを連れていくのがどんどんつらくなっていきました。わが子がほかの子を叩いたり引っ掻いたりする姿を見るたびに、わたし自身も胸が締めつけられ、「なぜ叩くんだろう」「なんであの時止められなかったんだろう」と、トールにも自分にもイライラしていました。「同年代の子たちと交流させなければいけない」という考えを捨ててみたらそのうちに、そもそも「人を叩く」という経験をトールに何度もさせているのは、果たして良いことなのか?と、疑問を持つようになりました。そう考えるようになってから、無理にトールをほかの子どものいる場所に連れていくのはやめることにしました。わたしとトールはほとんどの時間を二人だけで過ごしていたので、ほかの子との関係を築くよりも、まずはわたしとトールの関係を大切にしようと、考えが変わっていったのでした。それまでは、ほかの子が当たり前にしていることをトールにも経験させてあげなければ……と、焦っていたのかもしれません。児童館に行くのをやめてからは、ほかの子に対する他害によって気持ちが落ち込むこともなくなり、以前より穏やかな気持ちで過ごせるようになりました。家庭での関わりの中で見えてきた他害の理由出かけるのを控えるようになってからも、トールの他害はなくなったわけではなく、家の中でもわたしや夫に対して叩いたり引っ掻いたりしてくることはありました。しかし、外出先で他人に手が出る時とは違い、家の中だとわたしにも少し余裕があるので、トールの様子を注意深く観察することができました。すると、トールに何か主張がある時だけ手が出ているようだということが分かってきました。そうはいっても、トールのやりたいことを叶えてあげられない時や、楽しんでいることを中断しなければならない状況もどうしてもありますので、そういう時の反発は本当に激しく、噛みつかれたり引っ掻かれたりすることで出血してしまい、なかなか跡が消えなかったこともありました。他害が他人に向かっていない分、気持ちの面では楽になっていましたが、わが子とはいえ日々叩かれたり噛みつかれたりするのはつらいものでした。イライラしたり悲しくなったり、どうしてこの子はこんなことをするんだろうと、考え過ぎて泣いてしまったりもしました。同じ痛みを感じれば分かってくれるだろうか……という考えが浮かんだこともありました。ある時ふと、わたしは今すぐにトールに他害をやめさせる方法を考えているんだと気づきました。そして、「今すぐに解決しようと思うことをやめよう」と、考えるようになりました。それからは、トールの他害に関して感情的になることをやめていたように思います。他害をされたら真顔で「痛いからやめて」と言う、と決めて、そのルールを淡々とこなしていたという状態でした。他害に対して一生懸命向き合ってしまうと毎日がつらかったので、自衛の意味もあったかもしれません。Upload By メイ幼稚園入園後、他害はどうなった?その後、幼稚園に入園してからは、また同年代の子どもたちとの関わりが増えました。最初の頃は先生から他害についての報告を受けることもあり心配していましたが、以前のような理由の分からない他害が頻発するという状況と比べると、ずいぶんと落ち着いてきたようでした。年中の終わり頃には、他害をすることはなくなっていました。トール本人の言葉の発達なども関わっていたのかもしれませんが、幼稚園でほかの子たちと関わる経験を通して、情緒面も少しずつ成長していったのだと思います。Upload By メイ中学生になった今では、あれだけ他害に悩んでいた頃が嘘のように、すっかり落ち着いたトール。学校や家でも手が出たり暴れたりすることはなく、毎日穏やかに過ごしています。(監修:藤井先生より)わが子がほかの子に手を出してしまうから、公園や児童館に連れて行くのがきついという親御さんからの相談はよくあります。そんな親御さんに一人ではないよ、成長とともに少しずつ落ち着くよという温かいメッセージになるコラムでした。ありがとうございます。つい、ほかの方の目が気になり、ちゃんと躾けなくてはと焦る気持ちがあるかもしれません。トールさんとメイさんがゆったり過ごすことで、他害の理由も分かり、「すぐに解決しようとすることをやめよう」と決断できたのは良かったと思います。トールさんのペースに寄り添いながら、少しずつ成長に合わせてほかの子と接しても大丈夫になってきましたね。お子さんのペースで見守るというのは、幼少期には勇気がいるかもしれませんが、ほかの子と足並みを揃えるのではなく、お子さんのペースにあった見守りってどういうことなのかなと振り返ってみていくと良いと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年04月20日就学前から始めた放デイ探し。でも入れたのは小2からで……現在9歳の息子は、3歳でASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)の診断を受けました。好奇心旺盛で色んなことに興味や疑問を持ち、暇な時間があると「楽しまないともったいない!」と言うくらい、エネルギッシュ。就学相談をし、小学校では通常学級に所属しながら、週に1回、特別支援教室に通っています。わが家は、就学前の夏休み明けから10か所程の放課後等デイサービスに問い合わせしましたが、結局は入れたのは小学2年生になってから。そんなわが家の経験をお話しします。放課後等デイサービス、候補だった10か所は、ほぼ満員で門前払い状態⁉まず、大事にしたのは立地です。最寄り駅から3駅以内の場所をマストにしました。その条件で当時通っていた児童発達支援先から教えていただいた施設と、インターネットで自分で検索し、候補を絞り、残ったのは10か所。まずは、とにかく電話をかけて問い合わせました。聞いたことは「空きがあるか」、「見学や体験はできるか」、「送迎はあるか」に加えて、「どのようなお子さんが通っていらっしゃるか」などを質問しました。まずショックだったのは、最初の電話の時点で、ほとんどが満員、ほぼ門前払い状態だったことです。「空きは出ないので、見学に来てもすぐの利用はいただけません」「満員なので、かなり空きを待つ状況になると思います。それでもいいなら、見学は可能です」みなさん電話での声は優しかったのですが、相手方の背後で子どもたちがはしゃぐ声が聞こえ、職員さんの声が聞き取りづらかったり、「ちょっと待ってください」と言われ電話が中断されたり。受け入れの余裕がなさそうな施設では、見学や体験のお話をする前に、「別の事業所さんに問い合わせてみてください」と言われたことにも驚きました。結局、候補がすべて「空きがない」「いつか分からないけれど待つしかない」という状態だったので、入学に合わせて放課後等デイサービスに通うことは断念せざるを得ませんでした。Upload By ユーザー体験談学校に慣れた1年後、再び探し始めたら……。ママ友のおすすめの放デイに見学も小学校入学後はバタバタしていて、息子も新しい環境で疲れ気味でした。そんな様子を見て、入学と同時に放課後等デイサービスに通うことは難しかっただろうなと感じたので、(見つからなかったのも結果オーライだったのかな)と思いました。そして学校にも慣れてきた1年生の終わり頃に、放課後等デイサービス探しを再開しました。ですが、状況は1年前とほぼ同じ……。いつになったら通えるのかと思いながらママ友に相談したところ、「この施設がおすすめだよ」とある放課後等デイサービスを紹介してもらいました。見学に行ったところ、息子に合っていそうな施設!ここならばと、その放課後等デイサービスで空き待ちの登録をしました。それともう1件空き待ち登録をしたのですが、実はこの2施設、小学校3年になった今でも待機状態です……。地域差もあると思いますが、本当に空いている施設を探すのは難しいことだと実感しました。そんなわが家がどうやって今通っている施設に入れたのか?それは、新規オープンの施設を探し続けたからです。狙いは新規オープン!工事中の施設に問い合わせをしたらこのように空きがない状況の中、私は並行して新しくできる放課後デイサービスを検索し続けました。定期的に「○○(最寄り駅)放課後等デイサービス新規オープン」でネット検索をしたり、放課後等デイサービスを運営している施設のホームページを巡回し、オープン情報が載っていないかをチェック。発達ナビの施設検索ページももちろん使いました。そんな中、最寄り駅近くに放課後等デイサービスが新規オープンする情報をゲット!まだ建物も建っていない工事中の状態でしたが、インターネット経由で問い合わせをしました。するとすぐにお返事を下さり、工事完了後すぐに見学と体験をスムーズに行うことができました。体験での息子は『ワクワクが止まらない』といった様子でした。そして「通いたい!」宣言。また、先生方の接し方がやはりプロ。ここなら安心して預けられると思い、この施設に通うことにしました。現在は週に1回通っています。Upload By ユーザー体験談「良いところを見つけてくれてありがとう!」と息子。通ってみて感じたことこの施設では、自主性を育てるような関わりをしていただけます。息子も楽しく通っており、その日のフィードバックもありますし、私も困りごとを相談しやすく、良いところに巡り合えたと思っています。うれしかった出来事は、自ら準備~後片づけを一連の流れで行えることが増えてきたことです(しかも楽しそうに!)。今までは、後片づけは後回しになることが多く、嫌がっていたのですが、見違えるようです。また、自分の持ち物を確認するようになるなど、成長をうれしく感じています。放課後等デイサービス探しには時間を要しましたが、良いタイミングで、わが子に合った施設に通うことができているので、よかったのではないかと思っています。また、何かあった時(急な病気や災害等)に備え、自宅近くや学校近くにあるというのも心強いです。親子共に、家庭や学校以外にも居場所はあること、放課後や休みの日に一緒に過ごせる同世代の友だちがいること、また、優しく接してくれる先生方がいらっしゃることのうれしさを感じています。わが子に、「良いところを見つけてくれてありがとう!」と言われた時には、探し続けてよかったな、と心から思いました。これからも、ワクワクを見つけ、わが子らしく成長していってほしいなと思います。イラスト/SAKURAエピソード参考/七転八起(監修:森先生より)放課後等デイサービス探しに苦戦された経験談をありがとうございます。10か所もの施設に満員で断られながらも諦めずに探し続けたのですね。お子さんが心から通いたいと思える場所に巡り合えたこと、本当に素晴らしいです。「発達障害」とひとことにまとめられることも多いのですが、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)は別の特徴を持っています。ASD(自閉スペクトラム症)は社会的コミュニケーションの困難さや、特定の興味への強いこだわり、感覚過敏などの特徴を持つ発達障害です。一方、ADHD(注意欠如多動症)は、注意を持続させることが難しかったり、衝動的な行動を取ったり、落ち着いて座っていられないなど多動が目立つ状態です。お子さんのようにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の両方の診断を受けるケースも珍しくなく、これを「共存診断」と呼びます。お子さんの「好奇心旺盛でエネルギッシュ」という素敵な特性は、ADHD(注意欠如多動症)の多動性やASD(自閉スペクトラム症)の特定の興味への集中力から来ている可能性がありますね。さて、お子さんが楽しく成長している様子を見ると、適切な環境がいかに大切かが分かりますね。放課後等デイサービスなどの支援機関や学校の先生と情報共有をすることで、お子さんの成長に合わせたサポートを受けることが可能になります。特性で集中が難しい場合でも、放課後等デイサービスでの「準備~後片づけ」を楽しそうにできたように、小さな目標を達成する機会を増やすと自信につながります。時間の管理が苦手なケースでは、予定をカレンダーや絵カードで見えるようにすると安心感が増します。お子さんが自分でチェックできるとさらに良いですね。また、「好奇心旺盛」という強みを生かし、お子さんが夢中になれる活動(工作、科学実験など)を一緒に探すと、興味の幅をさらに広げることができるでしょう。これからも親子で「ワクワク」を見つけながら、お子さんらしいペースで進んでいけることを願っております。支援機関探しに悩まれているお子さんやご家族の希望になる素敵なお話をありがとうございました。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年04月15日思ったより早い時期に始まった就学相談Upload By 鳥野とり子ねこ太が年長になって身辺が落ち着き始めたゴールデンウィーク明け、わが家に就学相談の案内が届きました。自治体により時期は異なりますが、うちの自治体は案内がかなり早いほうだと思います。ねこ太の場合は幼稚園で見守り学級(小学校でいう特別支援学級のようなもの)に入っていたので、幼稚園から案内を直接手渡されました。年長になってまだそんなに日が経たないうちに来年度の小学校入学についての案内が来たので「もう就学について考えないといけない時期なの!?」と驚きましたが、私はねこ太の小学校進学についてはすでに特別支援学級を希望していたので、さっそく小学校に電話をしてみることに。まずは小学校で面談!Upload By 鳥野とり子小学校に電話をすると、どうやら私が一番乗りだったようですぐに面談の日にちが決定!直近で受けた発達検査の結果があれば持ってきてほしいとのことだったので、新版K式の検査結果を持って行きました。私とねこ太二人で小学校に行き、校長先生と教頭先生のお二人と面談。現状を報告して小学校ではどのようなサポートが必要かを伝えました。私のほうからも小学校生活についての質問をいくつかしました。かなりドキドキして臨んだ面談でしたが、特にテストのようなものはなく30分ほどの簡単な面談で終了。面談後に特別支援学級の教室を見学させてもらえたので入学後のイメージができたのがとても良かったです。次は教育委員会との面談!Upload By 鳥野とり子小学校での面談の10日後に教育委員会と面談でした。こちらでも発達検査の結果が必要でした。こちらの面談では母子バラバラの面談だったのでねこ太がどんな面談を受けたのか詳しくは分かりませんが、どのくらい指示が通るかや、行動について見られていたみたいです。発達検査の結果をもとに小学校の面談時より詳しく現状を説明したり、現在どんな支援を受けているか、次年度の放課後等デイサービスの事業所は決まっているか等を話しました。この時も緊張して臨んだのですが、やはり筆記テストのようなものはなく面談のみ。比較的アットホームな雰囲気で面談は45分くらいで終了。特別支援学級に入れるかどうかは約3か月ほどで通知が届くと言われました。「特別支援学級に入れない可能性はあるのでしょうか?」と質問したところ、「近年特別支援学級を希望する方が増えていて教室の数も教員の数も足りなくなっているので、希望者全員が入れる訳ではありませんが、必要であれば増員も検討するので入れない可能性は低いと思います」とのこと。小学校の特別支援学級を見学した時にクラスが6組まであったので「特別支援学級の在籍者数って多いんだな」と思ってはいましたが、6クラスあっても足りないくらい希望者が多いことに驚きました。3か月後……無事に特別支援学級決定の通知が!Upload By 鳥野とり子そして3ヶ月後、教育委員会から自閉症・情緒障害特別支援学級決定の通知書が届きました。特別支援学級に入れなかったらどうしようとドキドキしていたので、無事に入級が決まってホッとしました。わが家は就学相談の案内を受け取ってすぐに小学校に電話したので、特別支援学級決定の通知がかなり早い段階で届きましたが、お友だちは小学校に電話するのが遅かったそうで、決定通知が届いたのはうちより3か月も後だったそうです。3か月も差があるのかと驚きました(注:自治体によって決定通知送付の時期は違います)。療育探しの時も思いましたが、早めに動いて良かったと改めて感じました。私は就学相談はもっと堅苦しく緊張感のある状況を想像していましたが、小学校での面談も教育委員会での面談も堅苦しさはなく、比較的やわらかい雰囲気の中でのヒヤリングだった印象です。今年も次年度に向けて就学相談が始まる時期ですが、特別支援学級や通級を検討されている全国の親御さんに「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」とお伝えしたいです。執筆/鳥野とり子(監修:新美先生より)就学相談について具体的に教えて下さり有難うございます。就学に向けた相談は、自治体によって呼び方も形式も異なりますが、いろいろな経験談を聞いておけると参考になりますよね。幼稚園・保育園と学校生活とでは、環境も生活も雰囲気もがらりと大きく変わります。園生活の中でそこの環境に慣れて、入園当初よりはだいぶ成長したなと思われるお子さんでも、環境変化で戸惑ってしまうことも少なくありません。集団生活の中での心配があったり、発達特性が強かったりするお子さんは、特別支援学級を希望する・しないに関わらずに念のためでも広めに就学前の相談を受けておくことをお勧めします(※ただし自治体によっては、特別支援学級・特別支援学校などを希望する場合のみ就学前の相談を受けるというところもあるかもしれません)。就学前の相談をすることで、就学後の学校生活でどのようなサポートが必要かを明確にして引き継いでもらえることにつながります。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年04月09日読書好きな母が「本を好きな子になってほしい」というありがちな想いから始めた取り組み子育てが初めてで、さらには結構早い段階から「子育ては私には向いていないかも……」と思っていた私でしたが、妊娠の段階から「これは絶対やりたい」と思っていたことのなかにあったのが、毎晩の本の読み聞かせでした。私はコチ丸が2歳の頃に離婚したため、シングルマザーとして多忙な毎日でしたが、結局、息子が小学校を卒業する頃まで夜の読み聞かせを続けました。一度始めたことを続けるのが得意な性格ということもありますが、私が読み聞かせをこんなに長く続けられた一番の理由は、コチ丸が生まれてしばらくしてから育児関係の仕事に就いたことでした。私はそこで育児に関する講座のテキストや知育玩具を企画する仕事をしながら、私自身も子どもの発達などについて勉強をさせていただきました。勉強をさせてもらっていたからこそ、自分の子どもがほかの子と少し成長過程が異なっているということを、私はコチ丸がかなり小さい頃から感じていました。ほかの子と違うのならばなおのこと、コチ丸には本を好きになってもらって、自ら学ぶ力を身につけてほしいという思いもありました。コチ丸が読み聞かせの内容も理解できないような小さい頃から、私は毎晩本を読みました。主に童話から入り、一日5分程度は本を読みました。毎晩のことなので読む側も飽きないように、成長するにつれて図鑑や落語を読んだり、長い小説を何日かに分けて読んだり……、一冊の本がボロボロに痛む程読みました。その甲斐があってか、コチ丸は小学校の頃には自分でも本を読むのが好きな子になりました。Upload By あき読書で得た知識を実際に自分でも体験してみる……→インドア派な母まで巻き添えを食らう(笑)小学生になり、徐々に学校に行かない日が多くなっていったコチ丸は、家に山のように積んである自分の本はもちろんですが、私や私の母の持っていた大人が読むような本、さらには学校へ行くと図書室で1日こもって本を読んでいました。コチ丸曰く、「小学校の図書室の本は全て読んだ」、とのこと(笑)。でもそれも本当かもしれないと思うくらいジャンルを問わずの読書量でした。やがてコチ丸の読書への情熱は、付随するいろいろなものへと広がりました。恐竜・星座・動物・科学・工作・哲学……。図鑑や絵本で得た知識が本当なのか確かめるために、地元では飽き足らず遠方の科学館や博物館まで足を運んだり、サマーキャンプやワークショップなど、実際に体験できるところへ1人でも積極的に参加したり……。あるキャンプでは生きている鶏を自分たちで解体して料理していただくという企画で、自ら率先してそれを捌いたのち、食べ終わって残った骨を「骨格標本をつくる」と全て持ち帰ってきたこともありました(汗)。結局、コチ丸は小学校へはほとんど行かなかったので、勉強は3年生の九九で止まってしまいましたが、このように学校での学びとは違うところで知識が広がっていきました。時にはこれまで完全なインドア派だった私まで巻き添えをくらい、真夏の河原で化石掘りを手伝ったり、地元の大きな古墳に登ったり、極寒の北海道で流氷の中をドライスーツを着て海に入ったり……。コチ丸が生まれる前と後では私の世界も全く変わりましたが、全てはコチ丸の経験のため……と真っ黒になるまで頑張った夏の日も、今ではよい思い出です。気がつけば自分もそれまでしてこなかったし、これからもコチ丸がいなかったらしなかっただろう貴重な経験をさせてもらっていました。Upload By あき頭の中、どうなってるんですか?(汗)と毎回驚かされた突出した記憶力また、発達障害の特性も相まってか、コチ丸は本を読んで覚えたことをセリフのように一言一句そのまま話すことが多々ありました。動物の特性、歴史の教科書には載っていない裏舞台、マニアックな星座の神話など……。「これってなんだろう?」と私が首を傾げている横で、コチ丸がサラサラとその答えを言ってのけるというシチュエーションは生活の中で数多くありました。コチ丸が言うには、自分の頭の中には大きな本棚があって、そこには今まで得た知識が全て本になって詰まっているそうです。そしてそこから必要な本を引っ張ってそれを読み上げているようなイメージだと話していました。先に書いたように、コチ丸への読み聞かせは小学校の終わり頃まで続きました。コチ丸は中学校に入ると、地元から離れた私立中学に通うようになり、新しい友だちと遊ぶことが多くなりました。その頃にはゲームをやったり、漫画やアニメを見たり……、いわゆる「オタク」な道にハマっていき、小説や小難しい本の読書量は減りました。ただ、よく親はゲームや漫画というと頭から否定してしまいがちですが、私も中学の時はやはり「オタク」だったので、漫画や知識からも得るものがあるのは経験から感じていたので、否定することはしませんでした。高校生になり寮に入ると、なかなか自分で本を買う機会もなくなり、コチ丸の読書量はさらに減ったように感じます。ただ、子どもの頃からコチ丸がやってきた、「分からないことは本で調べ、さらにそれを自分が体験してやってみる」という、自分が知りたいと思ったことに対する貪欲さは今もとても強く、「馬について学ぶために北海道の高校へ行く」という進路選択はその1つの例だと思います。Upload By あきコチ丸が読書から獲得した人生の歩き方。小学校から高校に入るまで、コチ丸はまともに授業を受けてこなかったので、学校の勉強は漢字も数学も感心するほどできませんでした(笑)。公立高校に通って勉強についていけるのかと心の底から心配していました。しかし、そんな心配をよそに、読書から派生した興味や疑問を探求するために自ら学ぶ手法や学校の外で得た知識は、いざコチ丸が高校生になって勉強をしようと思った時に、しっかりとした基礎になっていたようです。現状学年でも上位の成績を入学当初から保っています。「本を読めば、自ら学ぶ子になるに違いない」と私は思っていましたが、これまでを思うとずいぶん長い遠回りの中で、コチ丸は自分が好きなものをとことん追求し続け、その楽しさやプロセスを自分の人生の中に落とし込み、うまく応用しながら生きるようになってきたのではないかと思います。この遠回り、私にとっても、いきなり勉強ができる優等生ができ上がってしまうより楽しく学びになる子育てだったなと、今振り返っても面白い経験でした。Upload By あき執筆/あき(監修:井上先生より)コチ丸さんの子育てを通して、親御さんご自身も子ども時代にできなかったさまざまな活動やイベントから多くの刺激を受けられたのではないでしょうか。夜寝る前の落ち着いた環境の中で、あきさんが読み聞かせを続けられたことは、コチ丸さんにとって想像力を育んだり興味関心を伸ばしたりするのに非常に役立ったのではないかと思います。あきさんが書いておられるように、読み聞かせる本は本人の興味関心を中心として選ばれるのがよいと思います。私が関わった事例では、図鑑や攻略本をストーリー仕立てにして読み聞かせていた親御さんもおられました。読み聞かせは、本から知識を得られるだけなく、親子の関係性を保つためにもとてもよいことだと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年04月07日中学校の「高校調べ」の授業で進路を考え始めましたUpload By もっつんタクはこの春に中学を卒業しました。義務教育の期間はとても長かったようで短かかったような不思議な気分です。春からは、全日制の工業系の高校に進学します。進路が決定するまでは心配事が多く、私のほうがハラハラする事が多かったと思います。中学に入学した3年前はタクも私も、毎日の学校生活をおくることで精一杯で、将来の事を考える余裕がありませんでした。しかし、高校調べの授業や卒業生の母校訪問などが始まり、進学先を考えるクラスメイトが増えてくるとタクもぼんやりと将来の事を考えるようになっていきました。小さい頃から精密機械や鉱物が大好きで手先が器用なタクは、普通科ではなく専門的な勉強をしたいと考えているようでした。それは私たち親も同じ気持ちで、高校卒業後に就職活動をすると仮定したら専門知識を付けたほうが良いだろうと思っていました。ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の特性があるタクは、長く担当してくれている主治医の先生や相談員の方から「将来は障害者雇用ではなく一般雇用で働くことになるだろう」とお話があり進路の参考にしました。高校調べの授業で見つけた高校の中から、タクと一緒に高校のWebサイトなどを見ながら、学べることや通学方法などを確認しました。高校でのサポート体制などは特別支援学級の担任の先生から情報をいただくこともでき、今までの卒業生の進学先なども参考にしながら希望の高校を数校選ぶことができました。そして中学3年生の夏休みからタクの希望で塾に通い始めました。勉強が解けるようになってノリノリに!「僕って天才かも!」Upload By もっつん勉強が好きではなかったタクが自ら塾に通いたいと言い出した時には、夫婦そろってびっくりして信じられませんでした。机に向かって1つの事に集中するのが苦手で、今まで宿題をするにも苦労をしてきたのに学校の課題にプラスして塾で勉強できるのか心配になりました。クラスの勉強が得意な子がすすめてくれた塾に行きたいとタクはやる気に満ちていました。入塾前の面談で特別支援学級に在籍していることや普段は薬を服用して生活していること、授業態度などに関する心配事を伝えた上で、快く迎え入れてもらいました。タクには「途中で辞めたくなったらすぐに親に相談すること、絶対に授業の邪魔になるようなことをしないこと」というのを条件にして、見学に行ったあとに即日入塾しました。塾の費用は家計にとって大きいものでしたが、タクは入塾後に成績が上がり、成長が感じられました。その塾は、教材の工夫や褒めて伸ばすというやり方に特徴があり、自分自身の成長を実感できたのが良かったのだと思います。「問題が解ける気持ちよさ」を楽しんでいる様子が伝わってきました。そして学校の先生と親以外に褒められるという経験が、タクの普段の行動にも良い影響があったようです。年齢を重ねたのもあるかもしれませんが、以前よりも会話がスムーズになり、自制心も育まれたと思います。気になる行動も減り、定期的に相談をしている家庭教育センターの職員さんも気づいてくれるほどに落ち着いていられるようになりました。プチご褒美作戦では「ヤル気が出る香り」と出合えました!Upload By もっつん日々勉強を頑張りつつ、中3の夏休みには3校の見学に行きました。第一希望の学校に見学に行った際は、電子機械やプログラミング体験をしました。その時の雰囲気がとても良くてタクが大勢の学生と一緒に真剣に取り組んでいる姿を見て私もワクワクした気持ちになりました。この高校見学の日を境に、タクは高校生になるということを強く実感しているようでした。ただ、どうしても勉強のやる気が出ないダラダラしたい日もあるようで、私も工夫をしました。例えば、「プチご褒美作戦」。学習で得られるものは自分の学力だと分かっていても、いまいち実感がわいていない時は、小さいご褒美が効果的でした。おやつや夕飯のリクエストなどいろいろと試しましたが、一番良かったのは「お母さんの持ってる香水を少し分けてあげるよ」というものでした。周りのお友だちの間で香水をつけることがブームになっていた時期だったので、安いアトマイザーに小分けしてあげると喜んでいました。試香して好みのものを探すのも楽しそうで、ご褒美を渡したあとは少しずつ香りを楽しんでいるようでした。勉強の達成感と香りの記憶が結びついて「やる気が出る好きな香り」ができて良かったと思います。そのほか、勉強机を壁に向けて視覚情報を減らすことや、イヤーマフやタイマーを使うのも有効でした。学生生活も一区切り、心の余裕を大切に歩んでいきます!Upload By もっつんそして、無事に第一志望の学校に合格することができました。小学校の入学式の時は補助の先生に手を引かれて入場してきていたタクですが、立派に成長している姿を見ていると感慨深い思いです。高校は義務教育とは違うので、中退や退学の心配もあります。しかし生きている限り心配事はつきもの。あまり先のことは考えすぎずに少し先のことを中心に考えると、親として心に余裕を持てると実感しています。高校生活では親の目が届かない時間も多くなりますが、先生としっかり連携をとってタクが充実した学生生活が送れたらいいなと思います。タクが小さい頃に周りの先輩ママに言われた「成長と共に気になる行動は少しずつ減っていくよ」という言葉は、昔の私にとってはあまりにも遠い未来の現実味がない話でしたが……今こうやって成長したタクを見ると、あの言葉通りになったのかなと思います。つらくて何度も逃げ出したくなる日もあった育児でしたが、今度は私がタクからいろいろと学びながら、育児に悩む方へ向けて前向きに情報発信していきたいなと思います。執筆/もっつん(監修:新美先生より)息子さんの高校進学までの進路選択と受験までの変化や成長について詳しく聞かせてくださりありがとうございます。タクくんは精密機械や鉱物が大好きで手先が器用とのことで、ぴったりの工業系の高校という目標が見つかったことはとても良かったですね。学校見学などがきっかけで、自分がここに行きたいと思える目標やモチベーションが明確になると、今までの姿とガラッと変わって頑張れるというお子さんは多いです。そこまでフィットする目標が見つかるとは限らないので、そう思える場所が見つかったのはよかったです。また塾の学習のしかたも、タクくんに合っていたのでしょう。学習した分、成績に反映されると、自信もモチベーションもアップしますね。ADHD(注意欠如多動症)傾向の方は、長期的な目標が行動につながりにくい傾向があるので、プチご褒美作戦もよい方法だったと思います。特にADHDの方の多動は思春期頃に少し軽くなり、それ以前に比べて物事が客観的に見られるようになることが多いです。またASD(自閉スペクトラム症)の方も、思春期前後に、他者視点が見えるようになり、折り合いをつけられるようになって学校でのトラブルが減ることも多いです。本人のことを尊重して、適切なサポートをしていくことで、小学校低学年頃には心配が尽きなかった方が、中高生ぐらいになって急速に大人びていくということはよく経験します。もっつんさんの適切なサポートがあったからこその、タクくんの成長があったのだろうと感じました。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年03月27日ルールを守るのは正しいこと。でも、こだわりすぎてトラブルのもとに……ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けている息子のトール。特性のひとつなのか、「ルールを守ること」に対して独自のこだわりがあるように感じます。トールがこだわるルールというのは、一般的な交通ルールや、学校での決まりごとなどで、ポイ捨てをしないことや物を大切に扱うなどの倫理的なものも含まれます。それらのルールを守るのは正しいことなのですが、過剰に反応してしまって対応に困る場合もあります。例えば、見ず知らずの人が横断歩道ではない道路を横断しているのを見かけた時、相手が大人でも関係なく注意しようとします。Upload By メイ知らない人にむやみに注意しようとするのはやめてほしいと思うのですが、見て見ぬふりを推奨してしまっていいものかと、かなり悩んだ時期もありました。でも、注意した相手が怒ってしまったり、万が一にも危害を加えられないとも限りませんので、やはり知らない人に注意するのはやめるよう話しています。学校でも、ランドセルを雑に扱っているクラスメイトを注意して揉めたことがありました。その子本人のランドセルなので、トールやほかの子が何か被害を受けたわけではないのですが、ランドセルは大切に扱わないといけないとトール本人が思っているのでしょうか。口を出さずにいられなかったようです。特別支援学級の先生とも話して、もしどうしても何か注意したいことがあったら、それは大人がやることだから、先生や親に言うようにしてほしいと伝えました。トラブルの回避のためにも、そのようにしてほしいと思っています。Upload By メイこれも「こだわり」の特性だった?予定変更で大泣きしていた幼少期またルールとは少し違うのですが、トールは診断を受ける前の小さい頃から、予定を変更することが苦手でした。特に楽しみしている予定だとなおさらで、急にキャンセルになってしまうとなかなかそれを受け入れることができず、大泣きして予定通りに行動しようとしていました。そんなことがあったので、いろいろな予定は前もって伝えず、当日になって確実に行けることが分かってから、トールに伝えるようにしていました。Upload By メイ例えばお友だちと遊ぶ約束があっても、集まるメンバーの誰かが体調を崩す可能性もあるのでトールには伝えず、当日みんな元気で集まることができるのを確認してから伝えていました。そのように、トール本人の中で「遊ぶ予定」を決定事項にしてしまうと、変更するのにすごくストレスを感じていたようでしたので、予定変更をできるだけなくすように声かけに気をつけていました。成長とともにこだわりが和らいできたと思っていたけれど……!?今は小学6年生になったトール。成長とともに、キャンセルも仕方ないこともあると理解したのか、大泣きするようなことはなくなってきました。そのため、もうこだわりはなくなったのかな?と思い、予定は事前に伝えるようになってきていました。しかし、先日久しぶりに、急なキャンセルに抵抗感を示したことがありました。わたしが風邪をひいてしまい、家族でのお出かけの予定の日に治りきらず、来週に延期しようという話をした時でした。トールが楽しみにしていた予定だったので諦めきれなかったのか、どうしても今日行きたいと言われました。なぜ今日じゃダメなのか分からないという様子でした。Upload By メイわたしの体調ももう治りかけていたので、行けそうに見えたのかもしれません。治りかけとはいえまだ楽しくお出かけできる体調ではないと話し、誰かの体調が悪くなった時に、延期できる予定ならほかの日に変更するというのは一般的な行動だということを説明しました。普段は、私や家族の誰かが体調不良の時はとても気遣ってくれるので、少し驚いた出来事でした。成長とともに予定変更を受け入れられるようになったと思っていましたが、実は本人の中では、まだまだ大きなストレスを感じていたのかもしれません。同様に、他人の破る「ルール」に対してもストレスを感じているとすると、トールが日々感じているストレスはわたしの想像以上なのかもしれないと改めて考えました。ルールや決まりごとを守る姿勢は素晴らしいので、ぜひ大切にしていってほしいものの、それが破られることへの葛藤とどう折り合いをつけていくか、これからの課題なのかなと感じています。執筆/メイ(監修:初川先生より)トールくんのルールやマナーへのこだわり、急な予定変更の苦手さのお話をありがとうございます。ASD(自閉スペクトラム症)のお子さんにはよく見られる様子なので、共感的に読まれた方も多いと思います。ルールやマナーへのこだわりは、メイさんがされたように、「注意するのは大人(先生)の仕事」として、大人(先生や保護者)に伝えるようにしていくことが多いかなと思います。ダイレクトに注意をした際に、残念ながら自身が危険な目に遭う可能性や、トラブルに巻き込まれる可能性もあります。急な予定変更が苦手なお子さんに関しては、「直前に知らせる」「変更の可能性もあらかじめよく伝えておく」など、お子さんの発達段階や理解度に応じてさまざま工夫できそうですね。さて、ルールやマナーへのこだわりも、予定変更の苦手さもそうですが、本人の気持ちを大人側が受け取っているよということを伝えたいところでもあります。「ランドセルを雑に扱っているのを見ると、悲しくなっちゃうね(・イライラしちゃうね)」、「楽しみにしていた予定だから、今日行けないのは、仕方がないと分かるけど、でも悲しいね」など、お子さん本人の気持ちをあえて言語化して、その気持ちは受けとめているよ、と伝えたいところです。こだわりやパニックなどが生じると、どうしても周りの大人はその事象に「対処」してできるだけ早く収めようとしてしまいます。もちろん対処も予防も大切です。しかしながら、こだわりやパニックが生じるほどに、お子さん本人に湧きあがる強い気持ち自体は悪いものではなく、そしてそれは伝わっているよ・その気持ちは受け止めるよと伝えてあげたいなと感じます(もちろん、それどころではない時もあると思います。大人側の気持ちに余裕があるときからぜひと思います)。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年03月18日女優の木村多江が16日、自身のインスタグラムを更新。【画像】木村多江、「まどか26歳研修医やってます」最終回!「全員走り抜けました」誕生日を迎え、多くの人々に支えられていることへの感謝を綴った。「素敵なプレゼントや温かいメッセージありがとうございます。みなさんの優しさに、私はいつも包まれてるんだなぁ」と、感謝の気持ちを込めたメッセージとともに投稿した。 この投稿をInstagramで見る 木村多江(@taekimura_official)がシェアした投稿 ファンからは、「お誕生日おめでとうございます!」「感謝を忘れない姿、尊敬します!」といった祝福のコメントが多数寄せられた。
2025年03月16日突然の進路変更で未知の土地、北海道へ……(大汗)。息子が選んだ道なら母も頑張ってみるしかない……か??中学受験を経て、学びの多様化学校である私立中学に通っていたコチ丸。ほぼ不登校だった小学校時代と比較すると、大きく成長を感じてはいたものの、勉強の遅れはなかなか取り戻すことができませんでした。私は、コチ丸の適性や成績などを熟慮した結果、本人の好きなゲーム制作を学べる専門学校と通信制高校が一緒になったA学校を進学先として考えていました。中2の頃から親子で入学説明会などにも参加して、A学校に進学すると疑いもしなかった私。いよいよ中3になって、A学校の入試の申し込みをしようかという矢先、コチ丸は突然、住んでいる愛知県から北海道の公立高校に進学すると言い出したのです。まったく予想もしていなかった進路変更でしたが、コチ丸に詳しく聞いてみると、それには意外な理由がありました。コチ丸が小学校を休んでいた時期、仕事がある私に代わって家で面倒をみてくれていたのは私の祖父(コチ丸にとっての曽祖父)でした。コチ丸は、祖父が好きだった競馬番組を一緒に見ているうちに、「馬を育てたい」という気持ちを抱くようになったと言うのです。そして、馬について学べる公立高校が北海道にあると知り、そこへ行きたいという思いを持つようになった……と話してくれました。とはいえ、北海道という場所に距離を感じていたのはコチ丸も同じで、どこかで夢物語みたいな思いがあり、言い出せなかったようです。しかし、中3になり、いよいよこれが最後の進路希望調査……という時になって、思い余って私にその気持ちを話してくれたのでした。しかし、公立高校なんてそもそも視野に入れていなかった上に、学校があるのはまさかの北海道。一体どうやって受験をすれば良いのか……?右も左も全く分からず、志望する学校や北海道の教育委員会のWebサイトを見ても小難しい言葉が並んでいて、しっかり理解できないままでした。Upload By あきでもまぁ、とにかくやりたいと思ったんなら気が済むまでやる!という、いつものわが家のモットーで、コチ丸が「北海道」という言葉を出した2週間後には飛行機に乗り、見学に向かった志望校。私はどこかでコチ丸が「実際行ってみたら遠いし、公立高校は規則が厳しいからやっぱりあきらめる」とか言い出すのではないかな……とも思ってもいたのです。……が、現地に向かって教頭先生に学校を案内されると、行きたい思いはコチ丸の中でさらに強くなり(笑)、進路は結局、北海道の公立高校に変更になったのでした。Upload By あき勉強は全くできなくても、大丈夫!?馬への熱い想いで勝ち取った学校推薦枠。当然、親子の心配は学力試験でした。立ちはだかるのは偏差値の高い壁……。保険だけはかけておこうと、秋頃にはもともと予定していたA学校を受験。そちらは無事に合格しました。面接のみの試験でしたが、第一志望校の前に受験がイメージできたということと、とりあえずこれで行き場がないということはなくなるなと安心しました(一部戻ってはきたものの、入学金と1年分の授業料も泣く泣く振込みました……)。そして1月、コチ丸は第一志望校の道外からの推薦選抜枠を受験しました。通っている中学校からの推薦があれば、受験内容は内申点と面接のみで良いということだったので、心配していた学力試験は回避することができました。しかし、通っている中学校から推薦してもらうために、コチ丸は中3の1年間はほぼ休まず学校に通い、生徒会長も務めました。小学校ではほぼ不登校、中学入学後も1・2年のうちは週3ほどしか学校に行っていなかったコチ丸にとっては、学校からの信頼を勝ち取るために頑張った努力の1年でした。学校に行けなかった彼にしてみたら、休みたい時も体がだるい時もやりたくないことがある時も……何度も葛藤があった1年だったと思います。親の私は側にいてあげられても、代わってあげることはできない、本人がやるしかない試練でもあり、目標のために本当に頑張ったと思います。当時はコロナの影響もまだ残っており、道外の受験者はオンライン受験もできたのですが、わが家は現地に乗り込んで受験。雪道の中、千歳空港から60駅停まるバスに乗って現地入りしたのは今でも笑える経験です。冬の北海道、半端ない……(笑)。後にコチ丸にわざわざ道外から受験に来たのはうちくらいだったと聞かされました。バスでたどり着いた市内から学校まではさらにタクシーで30分程度かかり、試験が終わる時間も読めないため、コチ丸は1人で学校へ向かい、受験をしてホテルまで戻ってきました。母はホテルで待機している間、不安で落ち着かない時間を過ごしていましたが、当の本人は面談待ちの間に道内の受験生と友だちになり、連絡先の交換までして楽しそうに戻ってきました。北海道へは入学式までなかなか来られないこともあり、まだ合格も分からない入試の日のうちに制服の採寸など一通りのことも街で済ませて帰宅しました。県内だったら私もある程度流れも分かっていたのでしょうが、ルールも全く違う県外の、それも北海道での受験。息子以上に私のほうが戸惑いっぱなしでした……。落ち着いて座ることもままならなかった小学校時代を経て、高校生になるまでに大きく変わったこと。Upload By あき結果は無事に合格。4月、私は会社から1週間ほど休暇をもらい、入学式の数日前から北海道に乗り込みました。これからしばらく会えないコチ丸と3日ほど北海道を旅しながら親子水入らずで過ごしました。入学式の前々日には学校のある市内に入り、寮生活に必要なものをひとしきり買い揃え、その翌日からはコチ丸の寮生活が始まりました。先輩方の視線もあったからか、「もう帰っていいよ」と15年繋いできた手がスルリとあっけなく離れ……そして今、コチ丸は学業成績も上位に入り、学校活動も寮生活でも充実した日々を送っています。授業の受け方1つとっても、小学校の時は落ち着きがなく、座っていることすら困難なコチ丸でしたが、中学では(たまに眠りながらも)席に座ることができるようになり、授業が聞けるようになり、高校では丸1日しっかり勉強に取り組めるようになりました。小学校では自分のことしか見えず、学校の中を縦横無尽に歩き回っていましたが、中学では他者の視点を意識することができるようになってきたコチ丸。席に座って授業をちゃんと受けてみたら、持ち前の興味があることへの集中力と探求心を発揮し、成績はぐんと伸びました。マイペースさはそのままに、穏やかな性格と評されるようになり、今では周りを引っ張っていける存在になってきたようです。気がついたら、短所だと思っていた部分は長所になっていた、そんな気がします。Upload By あき小学校の不登校から学びの多様化学校を経て公立高校へ。順調に聞こえますが、そのなかには常に迷い、悩んで決断してきたコチ丸の姿がありました。発達障害と診断された時は、将来はどうなるのかと母は案じていましたが、自分なりの道をしっかりと模索して、そこへ向けてちゃんと進んでいました。親の私がやれたことといえば、自分も勉強をしてコチ丸に選択肢を示すこと、決断した先に何があっても一緒に受け止めようという覚悟くらいで、結局は見守ることしかしてこなかった気もしますが……。ただ、私もコチ丸が落ち着いていくにつれ、この変わった子育てが面白いと楽しむ余裕が出てきて、今はお互いの相乗効果になっている気がします。ハラハラさせられながらも楽しい進路選択をしてくれたコチ丸に感謝です。執筆/あき(監修:藤井先生より)コラムの続きを楽しみにしておりました。コチ丸さんの悩みながらも、ご自身で決断し、成長した姿をうかがうことができとてもうれしく思います。医師としてまだ20年程度ですが、多くのお子さんと出会ってきました。発達障害と診断され、これからの子どもの将来が心配だと、話される親御さんがいらっしゃいます。しかし、子どもたちは、その子のペースで、親や周囲の大人、学校の友だちなどとの生活を通して、育っていくものだと多くの子どもたちの成長する姿を通じて教えられています。見守るというのは時に難しいですが、必要な支援は整えつつ、お子さんの成長を信じて支えていきたいですね。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年03月07日女優の木村多江が28日に自身のインスタグラムを更新した。【画像】「外は1℃。 設定は初夏。」木村多江、久々凍えた"寒そ~"なムービーにファン大注目!「今日もみなさん、お疲れ様でした」と「サウンドライブラリー」の収録中を思われる写真をアップ。別室では関係者がピースをして写っており、穏やかな雰囲気が感じられる。「明日は土スタに出ますよぉ。生放送はちょっとどきどきするのだなぁ〜」と出演情報も明かし、生放送への緊張感をアピールし締めくくった。 この投稿をInstagramで見る 木村多江(@taekimura_official)がシェアした投稿 この投稿には多くのいいねが寄せられている。
2025年03月01日道路に飛び出す、物を壊す…強く叱ることで命を守ろうとしていた幼少期Upload By もっつんタクが発達障害の診断を受けたのは小学校1年生の終わり頃のことで、それまでは落ち着きがなくてトラブルが多いのはしつけの至らなさが原因だと思っていました。物心がつく頃から、考えるよりも体が先に動いてしまうタクは、周りの同世代のお子さんよりも手がかかることが多くて、発達に違和感をおぼえていました。ですが、3歳児健診の際に相談しても保健師さんに「考えすぎですよ」と言われ、発達障害の可能性を消してしまいました。幼稚園では集団行動に参加できずに先生に負担をかけることが心苦しくて、常に申し訳ない気持ちでいました。公園に遊びに行った時には、知らない子のおもちゃや三輪車を勝手に使おうとするのでタクを連れて歩くことに負担を感じていた時期もありました。何度も何度も目を見ながら注意したり語りかけたり、遊びに行く前にお約束をしたりと接し方を試していたけれど、毎回のようにトラブルを起こしてしまう……。そのうち私は、親としての無力感やイライラが募っていきだんだん叱り方がきつくなっていきました。特に急に走り出す癖には困らせられました。気になるものがあると周りが見えなくなって走り出してしまうので、道路を歩く際は気が抜けませんでした。何度言葉で説明してもなかなか変わらないので、命に関わるような危険な行動をした際は強く叱るようになりました。義母に言われた「ママは怒らないもんね」にショックUpload By もっつんそれでも、なかなかタクの行動は変わりませんでした。周りに迷惑をかけているのが親としてとても腹立たしかったです。このままだとタクは皆から嫌われてしまうかもしれない……!という心配がどんどん大きくなっていきました。根気強く注意していた私でしたが、周りから見たらタクは「問題がある」と思われるようになっていました。パパも積極的にタクの育児に関わってくれていましたが、どうしてもパパが叱ると「私が」ストレスを感じてしまっていました。私の連れ子であるタクをパパが叱ることに、何故か嫌悪感が湧いてくるのです。叱ってくれてありがたい気持ちと同時に、私の子を叱らないで!という理不尽な怒りが湧いてきていました。とても身勝手な考えではありましたが、可愛いわが子を自分以外の人に叱られたくない!という気持ちから、私一人で背負う!という考えになっていきました。でも、現実には問題行動を減らすことができずに無力感を感じていました。そしてある日、同居していた義母に言われました。「タクには困っちゃうね、ママは全然怒らないもんね」と。義母の目の前で孫を強く叱るのを見ると気分も悪くするかもしれないと思い、気を遣ってきつく叱らなかった私でしたが、まさかそんな風に思われていただなんて……!とてもショックだったし、もっと叱らなきゃいけないのかと暗闇の崖に突き落とされたような気分になりました。児童相談所への通報から一時保護されることに…Upload By もっつんそれから学校や学童でトラブルを起こすたびに、以前よりも強く叱るようになりました。タクが発達障害があると診断されてからは、「タクの行動は特性から来るもの」と分かってはいましたが、少しでもタクに伝わればいいなと思っていたのです。それはパパも同じで、いつの間にかタクが問題行動を起こす度に夫婦そろって強く叱るようになっていきました。丁寧に話をすると、タクはこちらの意図をやっと理解してくれます。しかし、また翌日に同じ間違いを起こすこともしばしばありました。当時の私は「特性だから悪気はないと分かっている……叱りたくないけど、叱るしかない」と思い込み、その考えを抑えられずに苦しんでいました。パパは「特性だからすぐに変わることは難しいかもしれないけど、少しでも親の考えを伝えたい」と感じていたようです。しかし……タクが4年生になったある日。私たちの様子を見た方が児童相談所に通報し、タクが一時保護されるというつらい体験をしました。つらい出来事が私自身の転機にUpload By もっつんタクが将来困らないように、一般常識をしっかり教えたい、命に関わるような危険な行動を止めたい、さまざまな思いが交錯する中でいつしか「強く叱りすぎる」ようになっていたわが家。それは外部から指摘されなければ気付けないような状態になっていました。児童相談所が介入してからは、繰り返し保護者の面談が行われて、認知やコミュニケーションを見直すための援助を受けました。児童相談所に通報されて保護されてしまった時のことは、思い出しても胸が苦しくなる出来事でしたが大きな人生の転機になりました。私自身が病院やカウンセリングに通うきっかけになり、発達に関する勉強をして資格を取得して、タクのことをより理解しようという気持ちが強くなりました。今、わが家はすごく穏やかで、時には喧嘩する時もあるけど何でも話せる家族関係になっていると思います。一人で抱え込まずに、周りの人を頼ってほしいUpload By もっつん発達障害のある子を育てていると、負担がかかる場面も多くて親は常に悩み、疲労困憊な状態が続きやすいと思います。実際に、心身に不調をきたしてしまう人もいます。そして、問題行動の多さから、周りから「しつけがなってない」と思われることもあり、実際に面と向かって指摘されることもあります。そんな時、真面目な人はますます「私がしっかりしなくちゃ!」と自分を追い詰めてしまうのではないでしょうか。つらい時期を過ぎた今だから分かることは、子育ての悩みを自分だけで抱え込んではいけないということです。発達障害のある子の子育てをしていることは恥ずかしいことではないと、当時の私に伝えたいです。義母に指摘された時も、自分自身のできない面を隠さずにさらけ出して関わってもらえばよかった。実親や先生や市の職員さんにも弱音を吐いて、親がカバーしきれない部分をサポートしてもらえば、もっと精神的にも穏やかな子育てができていたのかもしれません。今、当時の私のように悩んでいる方がいたら、決して一人で抱え込まずに、周りの人に頼ってください。そして、自分自身の心も大切にしてほしいと思います。そうすることで、子どもへの関わり方においても気負いすぎることなく、適切に関われるようになっていくのではないかと思っています。執筆/もっつん(監修:初川先生より)ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)のあるタクくんを育てる中での母もっつんさんの葛藤、苦しみ、気負いなどつらい時期を経て今感じていることのシェアをありがとうございます。多動や衝動のあるタクくんを守るために、常識的な立派な子に育てるために頑張ってこられたがゆえに、強くりすぎてしまったこと。そして、ステップファミリーがゆえの難しさ、再婚されたパパが自分の連れ子であるタクくんを叱るときの複雑な思い。タクくんが成長とともに「問題がある」と周囲から思われる中で、もっと追いつめられる構図。児童相談所に一時保護されたという保護者からするととても衝撃的かつ大きな出来事。そこからの関係やコミュニケーションの修復やご自身の特性についても捉えなおす機会となったこと。どれもこれも本当に大変な局面だったと思います。もっつんさんが最後に書かれていましたが、1つには、大変な時に弱音を吐く(弱音とは限らずに、大変だと言う)ことがその後の支援を得やすくするきっかけになります。子育ては親が責任もって、他人様に迷惑かけずに頑張るものだという風潮があるために、まじめな方や一生懸命な方は困りごとを抱え込んでしまうかもしれませんね。支援職である私からすると、そもそも子育ては家庭でのみ行えるものではなく、園や学校、地域などさまざまな大人に支えられながら進むものだと感じます。どんなお子さんでも少なくとも園や学校の先生にはお世話になっているはずで、だからこそ、お子さんを真ん中に据えて、育てる上での困りごとや悩みをお子さんに関わる大人たちが一緒に考えていけたらいいなと思っています。また、タクくんの幼少期にもっつんさんは「発達に違和感」を感じられていたとのこと。この違和感も大事にしていただきたいと思います。健診などで相談しても「大丈夫」あるいは「様子を見ましょう」と言われてしまうこともあるかもしれませんが、それでもその後の折々に「違和感があります」と言い続けてほしいと感じます。それを聞いた側(支援者や先生方など)は、そのお子さんをよく見るようになるからです。一番お子さんのことをよく知っている保護者がそう感じるには何かがあるかもしれない。そう思いながら、お子さんのことを見てもらい、保護者のサポーターになっていただけたらと感じます。そして、「強く叱りすぎてしまう」。それほどまでにお子さんの行動を変えたり、言って聞かせたことを実行させたりするのに苦労される場合、あるいは保護者の側が叱らずにはいられないくらいに感情的になるのを抑えられない場合。ぜひとも相談機関や医療機関に相談していただきたいと感じました。地域の子育て支援センターや児童相談所、かかりつけの小児科、小学生以上ならスクールカウンセラーや教育相談室などさまざまな機関があると思います。どこでもいいので、強く叱らざるを得ない、強く叱りすぎてしまうその状況をお伝えいただいて、一緒に考えていけたらいいなと思いました。お子さんに発達障害の特性や症状がさまざまあり、行動面に危うさがあっても、強く叱られ続けていいことはありません。強く叱られることでお子さんが一時的によい行動を取ることができても、別の場面ではまた同じようなエラーや問題行動を起こしてしまうことが発達障害のある子の場合よくあります。それは叱ることが最適解ではないということです。お子さんにどのような対応をしたらよいのか、あるいはお子さんがエラーや問題行動を起こさないようにする事前の工夫はどんなものがあるのか。お子さんはコミュニケーションを学ぶ時期でもあります。強く叱るコミュニケーションをモデリングとして取り入れていくのではなく、よきコミュニケーションを見せていくためにはどんな工夫ができるか。そのあたりをぜひ支援者や先生方と保護者の方が一緒に考えていけるといいなと思います。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年02月27日平均的な成長をしていた乳幼児期。しかし発語が遅く、1歳半健診で様子見にわが家の息子のトールは、小学1年生の時にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けています。生まれた時には特に異常はなく、おすわりや寝返り、身長・体重なども、ずっと平均的なスピードで成長していました。しかし、言葉に関しては通常の目安とされる時期になっても出てくる気配がなく、1歳半健診の頃にもまだ発語がありませんでした。1歳半健診の事前アンケートで、「わんわんなどの意味のある単語をしゃべりますか」という質問項目があったのですが、それだけ「いいえ」の回答になりました。1歳半健診で保健師さんと相談した結果、発語の遅れがあるので定期的に様子を見ましょうということになり、2〜3か月に1回のペースで自治体の保健師さんと面談を行うことになりました。Upload By メイ癇癪、多動、他害……言葉の発達以外にも気になる点がその頃のトールは、自分のやりたいことへの欲求が強く、止められるとひどく癇癪を起こしたり、外に出掛けると私から離れてすぐに自分の行きたいところに走って行ってしまったりしていました。私はそんなトールと1日中2人きりで過ごしていたので、対応の仕方など悩みも多く、保健師さんとの面談ではいろいろな話を聞いてもらっていました。Upload By メイ発語に関しては、目安の時期からは遅れたものの、だんだんと出てくるようになりました。平均的な発達の子どもが2語文を発するようになる頃には、トールも意味のある単語をしゃべるようになっていました。保健師さんも、平均的な発達の時期から遅れてはいるけれど、トールなりのスピードで少しずつ成長が見られるということで、現時点ではまだ療育は考えず、このまま様子を見ていくことを勧められました。わたし自身は、トールの発語が遅いことを、そんなに悩んでいませんでした。当時は、トールの他害や癇癪が激しかったこともあり、年齢の近い子どもとの交流がほとんどなかったので、周りの子どもとトールを比べることもありませんでした。ただ、トールがほかの子よりも癇癪などが激しいということは、わたしも自覚していたので、何かしなければいけないという気持ちはありました。本などで発達障害のことも知っていたので、もしかしたら発達障害か、そうでないとしても同じような特徴を持っているかもしれないと思っていました。Upload By メイ発達の遅れや特性に気づきながら、療育を受けなかった理由そこまで考えていてすぐに療育などにつながらなかった理由は、やっぱり保健師さんからの、まだそこまで考えなくてもいいんじゃないかという意見が大きかったです。しかし、それだけが理由ではなく、わたし自身も積極的に療育に連れて行こうという気持ちになれませんでした。療育のイメージが湧かなかったというのもありますが、療育に行くとどうしても年齢の近いほかの子どもたちとの交流があると思ったからです。癇癪が激しく、他害が出やすいトールを、同じ年代の子の輪の中に連れて行く気力が、その頃の私にはどうしても出てきませんでした。そんなわけで、トールの発達の遅れや特性の強さには気がついていたものの、当時は療育機関には通いませんでした。その代わり、本などで発達障害のことを自分なりに勉強し、声かけの仕方などを工夫し、対応を変えていくようにしました。当時の決断に後悔なし!小学6年生になった今感じることもっと早く支援に繋げてあげるべきだったという意見もあるかもしれませんが、わたしはそういう後悔はしていません。あの頃の自分にできることを、自分で選んでしていたと思うからです。今、トールは特別支援学級に在籍していて、放課後等デイサービスに通っています。私以外にも支援という点でトールに関わってくれる人がいることは、とてもありがたいことだと感じています。周りの人の力も借りながら、これからもトールの成長を見守っていけたらと思っています。Upload By メイ執筆/メイ(監修:新美先生より)1歳半健診のときに発語の遅れがあったものの、実際に診断を受けたのは1年生のときだった経緯について詳しく教えていただきありがとうございます。トールくんは1歳半で発語の遅れがあり、その時から保健師さんと面談をされてその都度の相談をされていたのですね。その後ことばは増えていったものの、メイさんとしては癇癪など発達特性の強さを感じて、本を読むなどして対応のしかたを工夫されていたのは素晴らしいですね。発達障害の診断時期については、一般的に早期のほうがよいと言われることもあるのですが、実際にはケースバイケースです。発達障害の診断はあいまいなところも多く、生来の特性の強さだけでなく、環境との兼ね合いで本人や周りが困っているかという要素に左右される面もあります。発達障害は「治す」という性質のものでもないので、がんなど治療可能な病気とは、早期発見の必要度は全く異なるものです。一般的に早期発見、早期療育がよいと言われるのは、ご本人の特性に合った対応が早く分かったほうが、ご本人や保護者・周囲の方たちにとって困ったり、不安に思ったりすることが減るという意味合いが大きいです。メイさんの場合、保健師さんに相談したり、ご自身で本を読んで工夫をしたりして十分対応できていた時期には、療育を求める必要性を感じていなかったのでしょう。その時期に、受診や検査を受けることを強く勧められても、かえって戸惑われたかもしれません。振り返っても、後悔なしと言い切れるのは、メイさんがトールくんの子育てをしっかり考えて必要なことをご自分で決めてきたからなのでしょう。素敵です。診断は一概に何歳ぐらいがいい、いつまでにと決められるものでもなく、それぞれにちょうど良い時期やタイミングがあるので、地域の体制としては、検査や診断が受けたいというニーズがあった際にはできるだけ速やかに、しかるべき機関につながれる体制をつくっておけることが理想だとは思っています。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年02月18日息子の特性と診断までの道のり現在高校1年生の息子は小学1年生の6月、ADHD(注意欠如多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)と診断されました。知的障害(知的発達症)はありません。「元気で活発な男の子」だと思っていましたが、年長の時に担任の先生から「落ち着きがない」と指摘を受けました。小学1年生で児童精神科を受診、初診日からコンサータの内服を勧められ、びっくりした覚えがあります。今回は息子の服薬歴、そして今の服薬状況についてお話いたします。どなたかの参考になれば幸いです。※服薬については個人差が大きいので、使用の際は必ず医師に相談し、医師の判断に従ってください初診でコンサータを勧められた息子は「勉強に集中できるなら、お薬飲みたい!」初診時、息子は診察室に興味津々でした。部屋にある箱庭やおもちゃが珍しかったようで、医師から「座るように」と言われ一度は座るものの、直ぐに立ち上がって診察室をうろうろ。そんな様子を見て「多動性がかなり強いですね。指示がなかなか入りませんね」と先生。放置すれば多動性と不注意で、登下校時に交通事故にあったり、学校の窓から落ちたりと事故が起こる可能性が高いと指摘されました。まずは内服して、多動性を抑えましょうと勧められました。Upload By ユーザー体験談息子には「授業に集中して勉強するために、お薬が必要なの。それと、あなたはときどき信号機を見ないで横断歩道を渡ろうとしてしまうよね。この薬を飲むことで落ち着いて行動できるようになるから、交通事故も防げるよ」と説明しました。息子は、自分の特性を何となく理解したようで、「勉強に集中できるなら、お薬飲みたい!」と言い、こうしてコンサータの服用を始めました。ただ、息子には副作用が強く出たのです。Upload By ユーザー体験談コンサータの副作用で1か月で体重が5kgも減。ストラテラやインチュニブを試すも効果が出ず医師から副作用が出る可能性はもちろん説明をされていましたが、息子の場合、かなり強く出てしまいました。腹痛、食欲不振で給食が半分以下しか食べられず、1か月で体重が5kgも落ちてしまいました。息子は「給食を全部食べないと最後のデザートを食べてはいけないという決まりがあるから、僕はいつも食べられない……」とベソをかいていました。給食の時間は、息子にとって、とても苦痛な時間になってしまったようです。私も養護の先生から、毎年の健康診断後に呼び出しがあり、「家でちゃんとバランスのよい食事をとっていますか?」と指導をされました。体重は5kg落ちてからその後は減っていないとはいえ、私としては、偏食の息子に合わせて食べられる魚料理をできる限り多めにつくったり、ソースがほかのものに混ざるのを嫌がるため注意深く盛り付けをするなど頑張っていたので、否定されているようで悲しくなりました。Upload By ユーザー体験談薬を変えようとストラテラ、インチュニブを試したこともあったのですが、薬を変えると多動が顕著になり、救急外来を受診するほどの大けがもしてしまったため、コンサータの服用を続けるしかありませんでした。新薬ビバンセの治験が開始。少しでも副作用がなくなれば……という思いで参加息子が高学年になった頃、新薬ビバンセの治験が始まりました。医師から勧められ、少しでも副作用が軽減されれば……と参加を決意しました。幸いなことに息子にビバンセは合っていたようで、腹痛などの副作用が軽減されました。息子は「お腹が痛くないからうれしい」と話し、私も本当にうれしくて……。しかし、長年の小食生活が影響してか食事量が増えず、なかなか体重は増えませんでした。ですが、少しずつ食べられる量を増やしていけるようになったので、本当に良かったと思っています。これ以降息子はビバンセを服用し続けています。高校生になった息子と課題。わが家の飲み忘れ対策診断を受けた時は、「成長とともに、多動が落ち着いてくる場合もあります。そうすれば、内服を中止することもできます」と説明を受けましたが、高校生になった現在も薬が息子にとっての「命綱」であると実感しています。毎朝ビバンセを内服していますが、土日などは飲み忘れがちで、「なんだか息子がイライラしてるなぁ……。」と思って確認をすると、飲んでいなかったということがほとんどです。Upload By ユーザー体験談そういう場合、すでに癇癪を起こしている状態ですが、内服忘れに気づいたときには、早急に飲むように促しています。息子自身も、薬を飲まないとイライラすることが分かっているので、素直にすぐ飲んでくれます。今は、1週間分の薬を私が薬箱にセット。息子には、夕食後に翌日1日分の薬を箱から出してセットしてもらう訓練をしています。しかし、セットも忘れるし、飲み忘れもあるため、親なきあと、息子自身が病院を受診したり薬を管理することは難しいのかもしれないと感じています。中学3年の冬には精神障害者保健福祉手帳3級を取得しました。将来を見据え、障害者雇用やグループホームの利用も視野に入れています。これからも息子の成長を見守りながら、彼の特性に寄り添い、息子が安心、安定して、少しでも自立した生活を送れるよう、家族一丸となって支えていきたいと考えています。イラスト/keiko※エピソード参考者のお名前はご希望により非公開とさせていただきます。(監修:鈴木先生より)コンサータの食欲低下の副作用が80%程度だとするとビバンセは60%程度でコンサータよりは食欲低下の度合いが低いと一般的には言われています。それでも食欲の低下が気になるようでしたら私の外来では、モサプリドなど胃食道逆流を防ぐお薬を併用しています。ストラテラは食後であれば吐気を抑えられますが食事抜きで服用すると副作用の吐気が出て食欲低下につながります。どうしても体重が気になる場合は胃腸系副作用の少ないインチュニブに変更しています。コンサータとストラテラで内服する薬の数が多い場合は怠薬につながるため1日1回1カプセルで済むビバンセに変更することが多いです。ビバンセは夕方の効果がコンサータに比べて良いと言われています。コンサータ・ストラテラ・ビバンセはカテコールアミンの補充ですが、インチュニブはシナプス間の情報伝達促進の作用があります。前三者はシナプス前(神経伝達物質)に働くのに対し、後者はシナプス後(受容体)に働き、作用する場所が異なります。そのため、ビバンセ+インチュニブの組み合わせで治療しているお子さんも多いです。コンサータやビバンセは資格のある医師と薬剤師しか処方できず、登録カードをつくる必要があります。ビバンセは18歳未満から服用していれば18歳を過ぎても服用し続けられます。(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年02月17日奈良県の社会福祉法人ぷろぼの(理事長:山内 民興)は障害者の就職支援を行う社会福祉法人団体であり、通勤困難な障害者の社会参加を支援すべく、IT技術を活用した在宅での就労支援に力を注いでいます。大阪・関西万博に様々な障害を持つ2名の女性をピックアップし、アバターによる社会参加として歌とメッセージで社会へのつながりの重要性を訴えるため、4月28日フェスティバル・ステーションにて実施いたします。なお、インターネットでもイベントを配信予定で、配信方法はVtuberのXアカウントで発表させていただきます。<具体的な活動内容>「VTuber操神糸&眉月 -私達の物語、あなたにもきっと響く-」というキャッチコピーとともに、大阪・関西万博のステージで歌とメッセージを発信していきます。「X」「YouTube」アカウントを開設して昨年12月よりVTuberデビューしました。是非とも、フォローよろしくお願いいたします。・操神糸YouTubeチャンネル: Xアカウント ・眉月YouTubeチャンネル: Xアカウント 【VTuber活動の趣旨】場面緘黙症(※)やスラムでの生活など、私たちが普段なかなか触れることのない現実。しかしVTuberという新しい表現方法を通じ、当事者たちの声が今、世界に響き渡ろうとしています。2025年 大阪万博「いのち輝く未来社会のデザイン」を舞台に、障害と貧困という異なる背景を持つ2人の女性がメタバースでつながり、それぞれの思いを社会に発信します。彼女たちの活動は単なるエンターテインメントに留まりません。多様な人々が共生する社会の実現に向けて、私たちに何ができるのか挑戦していきます。どうぞ、ご支援のほどよろしくお願いいたします。操神糸&眉月※場面緘黙症「緘黙」とは「口を閉じて何も言わないこと、押し黙ること」を意味し、「場面緘黙症」とは「他の状況で話しているにもかかわらず、特定の社会的状況や想いの強さによっては話すことが一貫して難しくなる」という精神疾患のこと。 詳細はこちら プレスリリース提供元:@Press
2025年02月14日女優の木村多江が12日に自身のインスタグラムを更新した。【動画】木村多江、「良い一日を」と笑顔の動画を投稿 ファンから癒しの声続々「仕事の合間に大好きなエミコちゃんとランチ。素敵なエミコちゃんにいっぱい癒されたなぁ〜」と綴り、写真をアップ。お笑い芸人の川村エミコとのツーショットを公開し親睦の深さをアピールした。「もっと話したかったなぁ〜」と締めくくり、素敵なランチタイムを満喫したようだ。 この投稿をInstagramで見る 木村多江(@taekimura_official)がシェアした投稿 この投稿には多くいいね!が集まっている。
2025年02月12日入学早々、進路を見据えて生活していかなくてはいけない学びの多様化学校小3の時にASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)と診断されたわが家の息子・コチ丸は、小3から小学校卒業までほぼ不登校の状態で過ごした後、中学受験を経て学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)の私立中学に入学しました。学校では入学当初から、「本校に入学した生徒は、一人ひとり通う理由もさまざまです。卒業後の進路をどうするか、早い段階から考えて行動して下さい」と言われていました。コチ丸の通う私立中学は同じ県内に系列の私立高校があったため、そちらに進学する子が多い印象でした。コチ丸も中1の時は、そこへの進学も視野に入れており、先生方からも「コチ丸は比較的安定して学校に通えているので、そのまま進学してみんなをまとめてくれたら助かる」という、うれしい話をいただいたこともありました。一概には言えないかと思いますが、コチ丸の通っていた中学は、「学校に毎日通えるようになること」が大きな目標であったため、基本的には宿題もなく、授業の進め方も私が公立中学に通っていた時とは全く違いました。私個人の感覚からすると、授業といっても勉強より遊びに近いのでは……?という印象でした。いじめなどの理由で学校に通えなくなってしまったけれど、将来的には大学まで進学したいと希望している子どもの保護者の中には、高校受験を見据えて学校以外に塾に通うなどして、学習面のサポートしている方もいました。わが家はというと……中1の終わりになんとなくコチ丸が受けた全国学力テストの散々な結果を見て、一般入試での高校進学はほぼ諦めていました(笑)。Upload By あき今の高校の仕組みは?まずは親が興味を持って進路について勉強することが大切!中1の終わりに差し掛かった頃、友だちが増えてきたコチ丸は、自分の貯めていたお年玉やお小遣いを使ってパソコンを自腹で買い、友だちとオンラインゲームをするようになりました。中学に入って、食事と寝る時間だけはちゃんと守るという約束で、ゲームの時間制限はしなくなったので、コチ丸は帰宅後から就寝まではほぼゲームをして過ごしていました(笑)。そして当時の私はというと、もし高校に入学するのが難しいなら違う進路も探さなくては……という思いで、時間があればインターネット検索をして、中学校から先の進路について模索していました。併せてシングルでコチ丸を育ててきていた私にとっては、それにかかる学費も大問題でした。小学校の頃は公立中学に進むことが当たり前と考えていたわが家が、中学受験をして私立中学に通っているだけでも予定外の出費だったので、ここから先はできたら「高等学校等就学支援金制度」の対象となる学校に進学して、恩恵にあやかりたいという思いも強かったです。Upload By あき最初は県内の私立高校に進学する道を模索していましたが、やはり受験からは逃れられず、どうしても付きまとってくるのは偏差値の問題……。そして学びは好きだけど勉強は好きではないコチ丸。興味のない勉強ばかりが続く高校に通っても続かないことだけは想像がつきました(笑)。コチ丸自身が自発的に学びたいと思ったことを学ばなければ意味がないということと、卒業後に専門的な仕事につけるような学びができたとしたら、普通科高校以外の選択肢もありだなと思っていました。そんな中で気になったのが、通信制高校とゲーム制作を学べる専門学校を同時に受講できる私立のA学校でした。当然学費も2倍かかりますが、高校卒業と専門学校卒業の資格が同時に取れるなら、高校以降の学費をまとめて払うと思えば、なんとかなるのでは……と思いました。私自身も高校卒業後は専門学校に進んでおり、自分の好きなことだったら勉強も頑張れるのではないかという思いもあり、ゲームが好きなコチ丸に「こんな学校があるよ」と話をしました。同じ頃、探究心旺盛なコチ丸は、ゲームで遊ぶうちに自分でもゲームをつくってみたいという思いが芽生え始め、3Dキャラクターをパソコンでつくる勉強を始めていました。初心者向けのプログラミング教室は自宅から片道1時間以上かかる場所でしたが、コチ丸が好きなことならと通い始めることにしました。そんなタイミングだったので、ゲーム制作という仕事が想像しやすかったのか、コチ丸もA学校に興味を持ってくれました。ADHD(注意欠如多動症)のコチ丸に負けず劣らず、せっかちな性分の私。中学受験の経験も相まって、ともかく体験入学に行ってみよう!となり、中2の早い段階から学校の説明会や体験入学には親子で何度も参加しました。実際に学校へ行き、最新設備の整った場所で体験授業を受ければ子どもは大興奮、親のほうもついその気になるのですが、反面、そんな設備が使えたり有名人を呼んで特別講座を開いたりできるくらいの学費を払うってことだよなーと現実も見え隠れ……(笑)。体験に来ているほかの親子の様子を見ると、ゲームが好きだから一刻も早く技術を身に付けたい!という子ももちろんいましたが、逆に現時点で中学校に通えていないから仕方なく……という親子も何組か来ていました。体験入学を何度か重ねる中で、楽しいゲーム制作の傍ら、おまけのように説明される通信制高校のカリキュラムは意外に大変そう……自己管理が苦手なコチ丸が続けていけるのか心配でした。Upload By あき突然の進路変更!しかも全くノーマークだった進路選択に戸惑う母……(大汗)そうはいっても時間は流れ、進路を決断する時は迫ってきます。通信制高校については親の私が一生懸命サポートするしかないな……という気持ちと同時に、もし通いきれなかったらまた考えるしかない!という気持ちの両方を持って、中2の中頃からはA学校に進むことを信じて疑いませんでした。そんな中、わが家を揺るがす大事件が起きたのは中3の始め頃。「俺、北海道の高校に行きたいんだよね」と突然コチ丸に言われたのは今でもハッキリと覚えています。「北海道」!「高校」!まさに青天の霹靂です。何を今さら?(大汗)という思いも正直ありましたが、コチ丸の思いを聞き、意思がしっかりしているのを確認した上で担任の先生にも相談をしました。ここでもわが家のせっかちな性格が功を奏し(?)、それから2週間後には北海道行きの飛行機に乗っていました(笑)。なぜ突然北海道の高校だったのか……。コチ丸がその高校に興味を持ったきっかけ、そしてその後の受験までの道のりについては、また改めて書かせていただきます。Upload By あき執筆/あき(監修:藤井先生より)私立のA学校に行くのかなと読み進めていたのですが、最後の最後に北海道とは驚きました。あきさんが、コチ丸さんの思いに寄り添いながら学校選択をされていたことで、コチ丸さんも心強かったのではと思いました。今はWebサイトで全国の学校の情報を集めることができるようになりましたが、実際に体験授業を受けたり、見学したりするのはとても大切ですね。北海道の高校についての続きも気になります。楽しみにしております。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年02月08日小学校での生活を振り返ってUpload By もっつん息子のタクは小学1年生の時にASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)と診断されました。小学校の6年間は長いようであっという間でした。子育てと仕事、タクのサポートや習い事など大変かつ充実した日々を送っていました。高学年の頃のタクの学力は、真ん中くらいだったのではないかと思います。好きな教科や分野はすごい記憶力を発揮してどんどん理解できるのに対して、苦手意識のある教科はほとんど学習拒否状態でした。例えば算数の暗算や公式の暗記は得意ですが、筆記が苦手なので途中の式を何度言っても省略して減点になってしまったり文章問題になると意図が読み解けずに固まってしまったりすることがありました。そんなタクをなんとか机に向かわせてくれたのが、特別支援学級という居場所でした。授業参観で何度も見学に行きましたが、タクに構いすぎず放任しすぎずちょうど良いタイミングでアドバイスの声かけをしてくださる先生を見て「さすがだなぁ」と感心しました。おかげで学力テストを受ける際は得意教科は通常学級で受けることができました。仲が良い友だちと点数を競い合ったのは、タクにとって学習への自信がつくきっかけになったと思います。学習面以外でも学校での過ごし方は高学年になるにつれて、分かりやすい問題行動は目立たなくなっていきました。家庭で全力で向き合ってきたことに加えて、特別支援学級で過ごした時間がタクの情緒も成長させてくれたのだと思います。通常学級に戻りたいと思っていたあの頃Upload By もっつん小学1年生の後半にスクールカウンセラーの先生と相談しながら特別支援学級へと転籍を決めたわが家ですが、「学力と生活態度次第で通常学級に戻れるかもしれない」ということだけが当時の私には希望のように思えていました(入学した時が通常学級だったのでタクの本来の居場所だと思い込んでいました)。早く通常学級で過ごせますように……と思いながら、3年生・4年生と進級する度に引き続き特別支援学級が相応しいと学校から知らされる度に落胆していました。今となっては特別支援教育への知識や理解が乏しく、気持ちの余裕がなかったからそんな思考になっていたのだと分かります。ですが、当時はマイナス思考になってしまうことについて、さらに悩むというループに入ることもありました。そして5年生・6年生へと進級する頃にはだんだん受け入れられるようになっていきました。途中で何度も大きなトラブルが起きて投げ出したいほどつらい時期もあったけどなんとか乗り越えて、ありのままのタクを受け入れる覚悟が積み上がってきたのではないかと思います。中学校進学に向けて6年生の後半に学校で面談した際に「中学校も引き続き特別支援学級が相応しい」と言われた際には何の躊躇もなく受け入れられました。タクにとって過ごしやすくて、実力を伸ばしてくれる環境が何よりも大切だと実感した結果だと思います。ちなみにタク本人は「どっちでもいい」と言っていました。タクにとっては特別支援学級で学習することはとても自然な日常になっていたので、中学でもこの調子で過ごしてほしいと思いました。中学校でも特別支援学級?Upload By もっつん小学生から中学生になる際に心配なことはたくさんありました。学習内容が難しくなり授業時間も伸びるので、今まで以上に困難を感じるのではないか?慣れ親しんだ支援の先生とタイプが全然違う厳しすぎる方針だったらどうしよう?あとは中学卒業後の進路について特別支援学級だということが不利にならないか(内申点の有無など)。私たちが住んでいる地域は、子どもの数が少なく進学先は地元の公立中学校の1択で同級生全員持ち上がりでしたが、中学生特有の人間関係の複雑化によるいじめなども心配していました。入学前には特別支援学級の担任になる予定の先生と面談をしました。中学の特別支援学級の教室も少人数制でクールダウンのためのソファが置いてありました。内申点についてはいろいろな対応をとっている学校があるかと思いますが、タクの通う中学では通常学級と同じように評価されるということでした。心配事がたくさんありましたが、直接教室を見学して話すことで心配事をどんどん消化することができました。事前に小学校から引き継ぎがあり、タクの大まかな性格や、学力を把握してくださっていました。そして小中交流授業の際に、すでにタクは担任予定の先生と挨拶を済ませていました。改めて私からもタクの得意不得意や要注意してほしい点などを直接伝えることができて、面談をやってよかったなと思いました。中学校は学習量が増えていきます、求められる自主学習Upload By もっつんタクが中学校に進学した頃は世の中はちょうどコロナ禍で、行事や面談が簡略化されたりリモートに切り替わっている時期でした。濃厚接触者とみなされた方もいらっしゃるので、慎重に慎重を重ねて入学式は何度かに分けて少人数で行われました。PTAなどの仕事も控えめだったので私としても助かりました。入学してみて小学校との一番の違いは学習量の多さだと思いました。中学校は毎月のように定期テストや実力診断テストがあります。それは(個別に配慮はありますが)特別支援学級でも同じでした。クラス全体での成績の順位も具体的な数字で出るので、本人のやる気がかなり重要だと思いました。宿題は自主学習を提出することになっていたのですが、自ら課題を考えてこなすのが苦手なタクは、市販のテキストを使って勉強していました。それをそのまま提出しても自主学習とみなす配慮をいただき助かりました。勉強は好きじゃないようでしたが、先生やお友だちに恵まれて過ごすことができました。たくさんの人のサポートのおかげで充実して過ごせた事に感謝Upload By もっつん中学生活を振り返ると、大変なトラブルも何度かありましたが、きっと楽しく生活できたのではないかと思います。これまで、タクの気になる行動に対して、私も間違った接し方をしてしまった事もありますが、その時はタクの子育てや躾を自分でしっかりしなくちゃいけない!と過度にプレッシャーを感じすぎていたのが原因の一つになっていました。一人で抱え込もうとして失敗したのをきっかけに自身の通院やカウンセリングを受けて、中学校生活では自分自身の恥を捨てて多方面に相談するように意識しました。学校外で起こったトラブルも包み隠さず、速やかに先生に報告して翌日から注意して見てもらったりと協力してもらいました。児童相談所と家庭支援センターで定期的に面談をしたり、教育委員会の窓口に行ったりしたことがあります。ただでさえ思春期に差しかかると子育ては難易度が増す傾向にあるので、たくさんの人の力をお借りするのが大切だと思います。わが子がより充実して幸せな人生を歩むためという視点を忘れなければ、「支援を受ける・制度を活用する」という選択はすごく素敵なことだと思います。タクは中学校の3年間で身長もぐんぐん伸びたし内面も成長してくれたと思います。今は中学・高校卒業後にやりたい道も定まってきたようです。やりたい事が見つかってからはあれだけ苦手だった勉強を自主的に勉強をするようになり、自ら湧き上がってくるヤル気の大切さが見えました。これからもタクのことを応援していきたいと思います。執筆/もっつん(監修:新美先生より)息子さんの中学進学時について詳しく聞かせてくださりありがとうございました。通常学級と特別支援学級を比べて、なんとなく、通常学級のほうが上、できれば通常学級に行きたいけどやむを得ず特別支援学級に行っているみたいなイメージを持ってしまうことはあるとは思いますが、本来そこに上下関係はなく、お子さんにとって一番学びやすい、過ごしやすい場所を選ぶという意識が大事ですよね。通っていると、お子さんの様子を見て、こうしたことが実感できてくるのかなと思います。タク君は、小学校中学校と特別支援学級の先生やそのほか周囲のさまざまなサポートもあって、大きく成長されたのですね。お子さんの成長には、家庭の支えが何より大事ですが、家族以外の他者との関わりも非常に大事です。苦手なことや、心配な行動があっても隠したりごまかしたりしないで、さまざまな方に関わってもらうことが、ご本人の成長につながることは多いですね。素敵なエピソードを聞かせてくださり感謝です。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年01月26日具体的な解決策が満載!『ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に体調管理するための本』Upload By 発達ナビBOOKガイド大人になってから発達障害の診断を受けたという方の中には、日頃から疲れやすさや体調不良に悩んでいるという方も多いのではないでしょうか。実は、多動性や不注意、こだわりといった特性や、感覚過敏や感覚鈍麻が、その原因のひとつかもしれません。本書では、発達障害当事者の方が抱えやすい「睡眠」「食生活」「病気」「健康」「生活の乱れ」「メンタル」などの悩みについて、体調管理をしやすくなるためのアイデアを数多く紹介しています。例えば、デジタル機器を使った管理方法や、100円ショップのアイテムで実践できる内容など、紹介されているアイデアはご自身のペースで取り入れやすいものばかり。こんなサービスがあるんだ!こんな便利なものがあるの?と新たな発見があるかもしれません。ぜひ本書を参考にためしてみてはいかがでしょうか。早期発見で適切な支援へつなげる!『学習障害(LD)がわかる本 気づいて、支えるために』Upload By 発達ナビBOOKガイド学校に行くのを嫌がる、勉強をやろうとしない……そんなお子さんの困りごとの背景には、もしかしたら学習障害(LD・SLD/限局性学習症)があるのかもしれません。学習障害(LD・SLD/限局性学習症)は、発達障害の一つです。読み書きや算数といった、学習の特定の分野で困りごとが起こります。知的な遅れはないため、幼児期では気づきにくく、就学後に初めて「みんなと同じように読み・書き・計算ができない」という事態に直面してから判明する場合も多いため、適切な支援がないまま勉強が嫌になり、登校渋りにつながることもあります。本書は、学習障害(LD・SLD/限局性学習症)に関する基礎知識だけでなく、学校で受けられる合理的配慮、家庭でのサポート方法、お子さんの困りごとに合わせた具体的な学習の工夫なども紹介しています。学習障害(LD・SLD/限局性学習症)への理解と適切な支援に役立つ一冊です。自分らしさに自信を持って『あなたがあなたであるために 補注新装版 自分らしく生きるための自閉スペクトラム・ガイド』Upload By 発達ナビBOOKガイド2005年の初版刊行以来、累計発行5万部のロングセラーとして親しまれてきた『あなたがあなたであるために 補注新装版 自分らしく生きるための自閉スペクトラム・ガイド』が、この度補注新装版としてアップデートされました。本書は、臨床医として多くの子どもたちに関わってきた著者による、ASD(自閉スペクトラム症)の当事者、主に中高生を対象に書かれたガイドブックです。ASD(自閉スペクトラム症)を脳の特徴として捉え、自分自身や周囲の人との付き合い方、暮らしやすくするための工夫を解説しています。本書の大きな特徴は、ASD(自閉スペクトラム症)の特性のポジティブな面が強調されていることです。個性を大切にしながら、その人らしい人生を謳歌していくために、まずは自分自身を知り、サポーターを見つけ、暮らしやすくなる工夫を実践していく……そういった一連のプロセスについて、分かりやすい言葉で、具体的な手立てが記されています。もっと自分自身のことを知りたいと思い始めたお子さんに、おすすめしたい一冊です。読む楽しみを一人でも多くの子どもに!『学校の「読書バリアフリー」はじめの一歩学校図書館10の事例』Upload By 発達ナビBOOKガイド目が見えない・見えにくい、活字の図書を読むのが難しいなど、さまざまな事情で本を読みたくても読めない子どもたちがいます。そんな「本の飢餓」の状態を解消するために、いま「読書バリアフリー」へのニーズが高まっています。2019年、「読書バリアフリー法(視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律)」が施行されましたが、今でも十分な環境整備が進んだとは言えない状況です。本書では、読書バリアフリーを学校で推進するための環境づくりのポイントや、読書バリアフリーに取り組んでいる学校図書館の10の具体的な事例を、実際の写真と共に紹介しています。また、学校の先生方から寄せられた疑問について、Q&A方式で分かりやすく解説しています。さらに、高知県と高知市の図書館等複合施設「オーテピア」が備える多様なバリアフリー図書、国立国会図書館の取り組み、日本点字図書館・サピエ図書館の教育機関との連携などをコラムで取り上げ、読書バリアフリーについてより理解を深めることができます。「みんなが読める」を理想で終わらせないために、読書バリアフリーにどのように取り組んでいくべきか示してくれる一冊です。誰もが読書をできる社会を目指して~読書のカタチを選べる「読書バリアフリー法」~(啓発用リーフレット)|文部科学省LITALICO発達ナビ無料会員は発達障害コラムが読み放題!(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。知的発達症知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。SLD(限局性学習症)LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。
2025年01月25日小3から特別支援学級に転籍し、ありがたかった個別の配慮ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けている息子のトールは、小学2年生まで通常学級に在籍し、小学3年生から特別支援学級に転籍しました。トールは特別支援学級に行くようになって、イライラしたり不安を感じたりすることが減っていったように思います。通常学級では、人の多さや周りの物音に過敏になって、ストレスを溜めているようでしたが、特別支援学級ではそれが解消されていました。また、特別支援学級の先生は、トールのその日の調子に合わせて宿題を出してくれるので、宿題のことで家でイライラするようなこともなくなっていきました。Upload By メイまた、トールの様子に合わせて1日のスケジュールを柔軟に変更してくれることもありました。トールは国語と算数だけを特別支援学級で受け、それ以外は通常学級で受けていたのですが、今日は朝から不安感やイライラが強いな……と感じた日は、そのことを先生に伝えておくと、通常学級に行く時間を減らして特別支援学級で少しゆっくり過ごすなどの対処をしてくれました。そのように個別に対応してくれるので、配慮してほしいことやトールのことで悩んでいることを、担任の先生に話しやすくなったのは大きな変化でした。トールにとっても、時間をかけてじっくり話を聞いてくれる担任の先生は、とても大きな存在になったと思います。Upload By メイまた、特別支援学級の先生の話し方や子どもたちへの声かけの仕方は、わたしにとっても参考になる部分が多く、発達障害に理解のある先生と日々を過ごせることに、大きなメリットを感じています。心配だった友だち関係や勉強面……特別支援学級へ転籍した影響は?転籍前に心配していた、通常学級の子どもたちとの関わりですが、やはり転籍前と比べて関わりが減ったのは事実です。通常学級の子どもたちが休み時間に遊びに誘ってくれることもあったようですが、トールは元々一人で過ごすことが好きなので、特別支援学級で落ち着いて静かに過ごすことが多いようです。交流学級(特別支援学級に籍を置きながら、通常学級で授業に参加すること)でどのように過ごしているのか心配もありましたが、授業参観や運動会、修学旅行などで、通常学級の子どもたちと仲良く話していたり、みんなとの楽しそうな写真を見たりすると、トールなりの距離感で周りの子どもとの関係を築いているのだと分かり、安心しています。Upload By メイまた、勉強面に関しても、通常学級の子どもたちから遅れることなく受けられています。テストも同じものを受けていて、平均よりも良い点数を取れている教科も多いとのことです。最近は特に熱中している分野があり、その分野のテストではいつもとてもいい点数をとっていて、自分で検定に挑戦するなど、日々知識を深めています。Upload By メイ自分らしく過ごした4年間。中学校でも特別支援学級へ最初は不安の多かった特別支援学級への転籍ですが、トール本人にとっても、親であるわたしにとっても、とても良かったのではないかと思っています。トールはもうすぐ中学校の特別支援学級に進学します。慣れ親しんだ小学校や担任の先生と離れることに不安はありますが、仲良くしてくれる同級生のお友だちと一緒に進学できることや、去年まで小学校の特別支援学級に在籍していた先輩がすでに中学校にいてくれることは、トールにとってもわたしにとっても大きな安心になっています。中学校もトールにとって楽しい場所になるよう願いながら、わたしもサポートしていけたらと思っています。執筆/メイ(監修:新美先生より)通常学級から特別支援学級に転籍したことについて詳しく教えていただきありがとうございます。通常学級は35人程度の生徒が一つの教室で、基本的に同じことを同じやり方で授業を受けたり活動したりします。このため発達障害特性があると、多くのお子さんにとってはそれほど気にならないことがストレスになったり、ベストパフォーマンスが出しにくいことがあります。トール君の実例からも分かるように、特別支援学級だと、自分のペースに合わせてある程度時間配分したり、活動のしかたを柔軟に調整したりなど、通常学級より合理的配慮を受けやすいですね。また、人数が少なく先生との距離も近いので、先生とコミュニケーションも取りやすいのもメリットです。先生も特性についての理解が厚いとより、相談もしやすいですね。学童期のうちに自分の特性に合った環境や活動のやり方を自分で選んだり調整する練習ができることや、他人と自分のことについて相談する練習ができることは、大人になってからの自立のためにとても役に立つスキルを練習していることにもなります。不安だった転籍も、親子ともにとてもよかったと思えたのは何よりです。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年01月16日息子に発達障害があると分かってからも、相談できるママ友がいなかったもともと人見知りで、人付き合いがあまり得意ではない私。コチ丸が小学3年生でASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)と診断を受けた時も、相談できる相手は昔からの友だちのみでした。しかも私は出産が周りより早かったこともあり、育児の相談というよりも愚痴を聞いてもらうという感じで、解決にはなりませんでした。コチ丸と年が近い子どものいる……なんなら同じ悩みを抱えているママ友ができたら現状を相談できたり、理解してもらえたりするのになーとどこかでは思っていましたが、当時の私は普段仕事をフルタイムでしていて、ほかのお母さんと顔を合わせる機会も滅多になく、会っても何を話せば良いのか分からず挨拶をするのが精一杯でした(というのも今となっては言い訳だったのかなと思ったりもしますが……)。人付き合いが苦手な母。できたらPTAも避けて通りたい……(願)。しかし小学校には人付き合いを避けられないものがありました。そう……PTAです。コチ丸が通っていた小学校は田舎の小さな学校だったため、どう足掻いても6年間のうちに1度はPTAの役員が回ってくるようになっていました。しかし、コチ丸は3、4年生の頃から学校を行き渋り出したため、必然的に私の足も学校から遠のき、なんとなくほかのお母さんたちとも(自分が勝手に)壁を感じるようになりました。振り返ると、やはりどこかで「わが子は学校に行ってないし、自分はフルタイムで働いているし……できるだけ距離を置きたい」という思いが強かったんだと思います。たまたま小学校の人数が増えてきた年に、コチ丸の学年に役員の順番が回ってきたため、私は結局6年間PTA役員をすることはありませんでした。コチ丸はといえば、小学校にはそんなに行っていなかったのですが、不思議と友だちがいて、何人かでお泊まり会をしたり、友だちのお母さんに映画や遠出に連れて行ってもらったりしていました。ありがたいとは思っていたものの、逆にわが家で他所のお子さんの面倒をみるという流れに発展することもなく、顔を合わせたら挨拶をする程度で、「仲が良い」ママ友付き合いはついに小学校卒業までありませんでした。Upload By あきママ友付き合いが苦手な私も性格や物の見方を大きく変える中学校生活に……。そんな息子以上に頑固で頑なな私(笑)ですが、コチ丸が中学受験して私立の「学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)」へ入学することになった際に、1つ決めたことがありました。それは、中学校の親の会(いわゆるPTA)の役員になるということでした。コチ丸の決断にとことん関わって応援するため、中学3年間、私は親の会の役員として活動しました。その時はコチ丸の中学校生活をサポートしたい一心だったので、あまり考えていなかったですが、結果的に私自身の性格をも変える、大きな分岐点になりました。役員会は月に1~2回程度、丸1日行われるので、当然会社は休むことになります。私は有給を消費しながら、役員会がある日はコチ丸と車で学校まで通学し、1日役員の仕事をしてコチ丸とまた車で帰るという3年間を過ごしました。会社にはずいぶん無理を聞いていただきました。特に最後の1年は成り行きとはいえ、なんと私が親の会の会長をやらせていただくことになり、行事の度に休むうちに、ずっと溜め込んでいた有給休暇は中学校生活が終わる頃にはゼロに等しかったです……。それでも役員会の最中に親同士で子育ての悩みや進路について話したり、時には飲みに行ったり(笑)、この3年間でママ友が一気に増えたのは心強いことでした。また、会長になって、人に支えてもらいながら自分が主導して物事を動かしていくこと、時には人に頼ることなど、いろんなことを学ぶ時間になりました。なにしろ、会長をやっている以上、責任もあるので、人見知りだから……とも言っていられなくなりました。中学最後の文化祭で、親子で生徒会会長と親の会会長として、お互いの成功を手を叩いて讃えあったことは今でもうれしくて忘れられない、健気な母です(笑)。きっとコチ丸は覚えていないかもしれませんが……(涙)。Upload By あき最後に卒業式で会長として挨拶をした際には、舞台でわが子への想いも伝えることができ、ママ友、先生、会社の人たち、そしてこんな機会を与えてくれたコチ丸にも感謝ばかりでした。Upload By あき結果的に親子関係や自分の性格まで変わり、経験値を上げる素晴らしい体験に。当時を振り返って一番良かったなと思うのは、中学校でコチ丸と頻繁に顔を合わせたり、役員会のある日は1時間半近く、車で一緒に中学校に通ったりする中で、小学校の時以上に親子の時間を持てたことでした。コチ丸もまた、入学当初は親がそばにいる環境が安心感につながっていたのではないかと思います。コチ丸が通っていたのは学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)ということもあり、親の会は子どもたちの中学卒業後もサポートしていくという考えで、子どもたちが二十歳になる際に中学校で行う「二十歳を祝う会」の実行委員として、役割はまだ続いております。そして未だに役員を一緒にやったママ友たちと飲みに行ったり遊んだり……。卒業後の子どもたちより会っているかもしれません(笑)。最近では、PTAは悪しき風習なんて言われているところもありますが、3年間、とことんPTAをやってみた感想は、「やってみてよかった」です。大変なことも理不尽なことも、学校側や親同士の大なり小なり衝突もありましたし、公立や私立などで考え方や運営もさまざまだとは思いますが、母親自身が成長したり、新しいアイデンティティの場を持ったり、子どもとの関わりを深めるのに上手に活かしていけば、親子で成長する貴重な場になるのではないかと感じました。人付き合いを避けることばかり考えていた頃と比べると、自分でも驚くほどの変わりようですが、たくさんのママ友だちに恵まれている今、そんなふうに思っています。Upload By あき執筆/あき(監修:初川先生より)ママ友付き合いが苦手ながらも中学でPTA活動を始めたら「やってみてよかった」と思うに至るまでになられたエピソードのシェアをありがとうございます。ママ友がいたらいいとご自身で思ってらしたり、あるいは知識としてママ友がいると何かと助かると聞いたことがあったりしつつも、実際にはママ友づくりが難しいというお声はよく相談場面で話題に上がります。「こんな話できるのはここ(相談)だけなのでありがたい」といった感じで、なかなか(障害のある)お子さんのことをほかの保護者に話せなかったり、そもそも女性コミュニティでの付き合いが苦手であったりする方もおられます。その一方で、ママ友をつくろう、仲よくしようとすると難しくとも、PTAをやってみたら意外とよかったという話もよくうかがいます。役割がある、仕事があることでコミュニケーションが取りやすくなりますし、学校に頻繁に出入りすることで先生方と話す機会が増えたり、お子さんの様子を目にすることも増えたり、顔見知りのクラスメイトが増えたり。あきさんの場合には、一大決心されて中学校からPTA活動をされたとのこと。中学校という新しい環境で、PTA活動をされるのには不安もあったと思いますし、あきさんも書かれていたようにお子さんも新しい環境に入る時期なので良かった面もあったようですね。そして3年時には会長にまでなられて、大活躍の3年間でしたね。あきさんが書かれた通り、仲間ができ、作業中に自然と会話も増え、仲良くできる保護者さんが増えたのは何よりです。今は共働きのご家庭も多いですし、活動に参加したくともできない事情がある場合もあると思います。時代に合わせてPTAも変化している時期でもあります。ご自身に合った形で、無理なく関われる関係性づくりがなされるといいですね。前の記事はこちら(コラム内の障害名表記について)コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。神経発達症発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。ASD(自閉スペクトラム症)自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。ADHD(注意欠如多動症)注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
2025年01月12日