連載小説「眠らない女神たち」 第二話 『多面的トレード』(前編)
「畑中さん、それ貰っていいですかぁ」
隣の席の市村さんが、私が今し方コンビニで買ってきたサンドイッチを指さしていった。
今日は水曜日の午後8時、週1回のノー残業デーだ。
フロアには人もまばらで同じデスクの島には私と市村さんしか残っていない。
「ああ、はい」
私はコンビニの袋ごと彼女に渡した。
「ありがとうございまぁす」
市村さんはへらりと笑い、サンドイッチを手にした。
そしてネイルのしていない爪で丁寧にシールを剥がした。
またサンドイッチを袋に戻して、私に手渡す。
彼女はコンビニのパンやスイーツに付いている点数シールを集めて景品と交換するのが楽しいのだそうだ。
期限内に点数が思うように集まらないと、こうやって他人にシールをねだる。
最近では部内のメンバーが勝手に彼女のデスクに持ってくる。
いつだったか入社したての男性社員が面白がって、同期や別フロアの社員からシールを数十枚集めて彼女のパソコンモニターにぐるりと貼った。午後から出社した市村さんは
「うひょー」
と言った。
本当に「うひょー」なんて言う人がこの世にいることに私は驚いた。
眠そうな目をいつになくきらきらさせて興奮する市村さんにも驚いた。