連載小説「眠らない女神たち」 第二話 『多面的トレード』(前編)
私には、なんだかうらやましいい気持ちがした。
市村さん本人をうらやましいというより、その無邪気さをうらやましいと思っただけだ。
「私のパソコン、いつからライオンになったんですかねぇ」
なるほど、モニターがたてがみをつけているように見えなくもない。
けらけらと笑う同世代の彼女が急に幼く見えて、多少不安になった。
たまたま近くを通りがかったフロア長が男性社員と市村さんをたしなめたのを見たせいかもしれない。総務部のおばさんは『備品を大事に』と書いた大きな貼り紙を掲示板に貼っていった。
けれどこの事件は概ね好意的に面白がって受け止められ、市村さんの点数シール集めが拡がる一因になった。私は多くの好意的なタイプである。
「今は何がもらえるの?」
席に座りながら尋ねた。
「スープボウルでぃす」
市村さんはシールを台紙に貼っている。私は「なんのキャラクターの」を文頭につけるのを忘れた。聞いたところで興味がないから覚えたりはしないけれど。強いて言えば、彼女が日々、嬉しそうに点数を集めていくのを見るのが面白いのだ。
私はコンビニのスイーツには詳しくはない。
数百円のお手軽なスイーツを食べるなら、倍以上の値段を払ってでも専門店でコーヒーや紅茶とともに味わいたい。