連載小説「眠らない女神たち」 第二話 『多面的トレード』(前編)
「私のは急ぎじゃないんでぇ」
いつもの眠たそうな目でパソコンを見ていた彼女は答えた。ちなみに彼女は午後から出勤する勤務形態を取っている。理由は尋ねたことはない。
「メール返ってきたらぁ、畑中さんは帰ってくださいねぇ」
私は内心驚いた。市村さんはたった一通のメールが来ないために私が帰れないでいるのを知っていたのだ。彼女の傍にいると驚くことが多すぎる。私はただうなずいて書類をデスクに広げた。
仕事を続けている間にフロアに残っていた何人かも帰ってしまった。
営業部や決算前の会計課では多くの人が残っているのだろうが、あいにくフロアが違う。
私はコンビニのサンドイッチをもそもそと食べた。
ああ、アメリカンダイナーの大きなローストビーフサンドが食べたい。
いつもは飲まない炭酸飲料を注文して、ジョッキのようなグラスで、ああ。食べているのにお腹が空くとはどういうことだろう。心が飢えているということだろうか。
私はマグカップと同僚にもらった紅茶を手にして立ち上がった。
紅茶でこの飢えた心を満たすことはできないと分かっていても、なにか飲みたい。
でも、もう一度コンビニに行く気にはなれなかった。