連載小説「眠らない女神たち」 第二話 『多面的トレード』(前編)
ウォーターサーバーでお湯を淹れていたら、途中でボトルが空になってしまった。
つまり、私が大きなウォーターボトルを付け替えなければいけないということだ。
私はサーバーを蹴飛ばしたくなった。
残り少ない状態なら業者が付け替えてくれるけれど、この時間帯は自分たちで始末をつけなければいけない。なにより中途半端に紅茶を淹れてしまった私のために。
空のボトルを外して、とりあえずその場に置く。
7kgある新しいボトルをずるずると傍まで引きずってきた。これを持ち上げなくてはならない。
「無理だよぉ」
市村さんがいつもの眠そうな顔で私の傍に立っていた。
パンプスを脱いだ私より頭一つ分小さい彼女が、そっと私を押しのけた。
と、大きなボトルをぐわっと持ち上げるといとも簡単にサーバーに取り付けてしまった。
あの小柄な体躯にそんなに力があることが意外で仕方ない。
「おお」
私が感嘆の声を漏らすと、市村さんは眠そうな目で私を見た。
何も言わない代わりに私の顔をまじまじと見つめる。私はとっさに身構えた。
「キレイな化粧してる人に無理はさせられんよぅ」
彼女は何が面白かったのかへらりと笑った。
昔見た時代劇の田舎娘のような言葉に私も笑った。