連載小説「眠らない女神たち」 第三話 『グレープフルーツのユウウツ』(前編)
ビュンビュンと夕暮れの景色が後ろに通り過ぎていく。私はいつものように娘の里依紗を乗せて、自転車をこいでいた。保育園の帰りだ。
時折、里依紗と同じ通園バッグと制服のスモックを着た子とその母親(おばあちゃんのこともある)を追い抜く。
保育園に通い出した頃、里依紗はその1人1人に挨拶をしていたが、今は大人しくハンドルの前のチャイルドシートに収まっている。私が毎日、無心で自転車をこぐから、おしゃべりもしない。
「そおれっと!」
自宅マンションの駐輪場でかけ声と共に自転車のスタンドを立てる。おばさんだと思うなら思え。
4才の子供を乗せてスタンドを立てるのは想像以上の力技だ。
「そーれっとお!」
里依紗を下ろすときに、里依紗は私の真似をして言った。何が楽しいのかきゃっきゃと笑って私の手を握る。私も里依紗の小さな手をとって歩き出す。里依紗は今日の出来事を話し始めた。エレベーターに乗っても、自宅の玄関に着いてもそれは続く。私はうんうん相づちを打ちながら聞く。
リビングで里依紗は通園バッグと制服を脱ぎ捨て、私は洗面所へ。
化粧を落とす私の隣で里依紗はずっとお話してくれた。
お友達のももかちゃんとお絵かきをしたこと、先生がその絵をほめてくれたこと、だから今度はママにも絵をプレゼントしてくれることなんかを。