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赤ちゃんとの毎日がもっとラクに、もっと楽しくなる。ベビーカレンダーは、そんな毎日を応援するコラムを絶賛連載中! お産のときに、できればラクに産みたいと多くの人は思うでしょう。周りの人たちから聞く出産体験談は本当に十人十色で、あっという間に出産した方もいれば何十時間もかかって大変だったという話もよく聞くと思います。出産が近づいてくると不安になる気持ちも増してくると思いますが、ラクにお産するために妊娠中にできることがあれば少し気持ちがラクになると思いませんか? 安産とは?安産の定義や医学的な用語はありませんが、一般的に赤ちゃんが無事に生まれてくることを安産と言います。初産婦さんの分娩時間は平均で12時間です。もちろんそれよりも短い方もいれば、30時間以上かかるほど長い方もいます。出産がスムーズで痛くないというのが安産ではなくて、分娩時間がかかっても赤ちゃんが無事に生まれてきてくれれば安産と言えます。しかし、いくら安産だからといってもできればラクにお産できる方法があれば妊娠中に実践していきたいですよね。 安産に必要な大切な3つのことできるだけ安産になるようにするために大切なことが3つあります。 1)標準的な体型安産になる人の特徴の1つに標準的な体型が挙げられます。厚生労働省も痩せや肥満は妊娠・出産に影響を与えることを指摘しています。昔から安産体型という言葉があるように標準的な体型は安産のポイントの1つです。その標準体型の指標となるのがBMIで、体重(kg)/身長(m)×身長(m)で表され、BMIが18.5~25未満が標準となり、18.5未満が痩せ、25以上は肥満となります。それを目安にかかりつけの先生や助産師と相談しながら理想的な体重増加をすることが望ましいですね。 2)適度な運動をすること妊娠中の適度な運動は、長時間にも及ぶお産のときのための体力づくりになります。また、妊娠中よりストレッチや適度な運動をしておくことによって、お産のときに骨盤周りの筋肉をしなやかにしたり、産道をリラックスさせたり、いきんだりするときにとても役に立ちます。もちろん、妊娠経過により運動が禁止される場合もあるので、かかりつけの先生に確認しながら妊娠中期ごろより始められるといいですね。 3)体を冷やさないこと昔から体を冷やすと良くないと言われるように、安産のためには冷え性にならないことが大切です。冷えの原因の1つに自律神経の乱れが考えられます。自律神経が乱れることによって体の末端への血流や内臓への血流が悪くなり、末端が冷たくなったり、内臓の働きが弱まります。それにより、胃腸の働きやホルモンの分泌、代謝、免疫機能も低下します。ストレスを解消する、規則正しい生活を送るなど、自律神経が乱れることを防ぎましょう。お産にはホルモンの影響も大きいので、冷えを予防することは大切ですね。 では次に具体的にどのようなことをすればいいのかをみていきましょう。 お産が近づいてきたとき、するべきこととは...先ほど少しでも安産にするためのポイントをお伝えしました。ではお産が近づいてきたら具体的にどのようなことをすればいいのでしょうか。 1)ウォーキングやヨガなど適度な運動お産に向けての体力づくりとして、妊娠後期でも負担なく実践できるのがウォーキングです。ウォーキングは有酸素運動なので自分のペースで無理なく続けられますし、気分転換にもなります。また、ヨガもおすすめです。ヨガの呼吸法はお産のときにとても役に立ちますし、妊娠後期になるとなりやすい腰痛やむくみなどのマイナートラブルの解消にも効果的です。また、お産のときに使う骨盤周りの筋肉を鍛えることにも有効です。それから、日常生活の動作でも筋肉を意識したり、家事のなかでも床や壁を拭いたりすることで、股関節の運動や骨盤底筋の運動にもつながり安産に役立ちます。 2)体を温める体を冷やさないような服装や食事に気をつけましょう。特に冷たい飲み物やエアコンの効いているお部屋は体を冷やしがちです。体を温める効果のある食事や飲み物を積極的に摂って内面から温めたり、入浴やお灸もおすすめです。内くるぶしより指3本上にある三陰交という女性の万能のツボ(安産のツボ)を指圧したり、そこにお灸をすることによって血流も良くなりますよ。 まとめ少しでもラクにお産するために妊婦さんが取り組めるポイントをいくつかご紹介しました。実はそんなに特別なことが必要なのではなくて、適度な食事や運動、睡眠をとりながら、体を温める生活習慣を心がけることが安産のためには大切なのです。かわいいわが子との初めての共同作業であるお産に向けて、楽しんで体づくりをしていきたいですね。※参考厚生労働省「妊産婦のための食生活指針」 ◆関連動画出産ドキュメンタリー 監修者・著者:助産師 高杉絵理大分県の大学にて看護師・助産師・保健師の資格を取得後、総合周産期母子医療センターにて産科やNICUに勤務。結婚を機に上京してからは、もっと育児が楽しくなるようにママや赤ちゃんにいつも身近に寄りそっていたいとの思いより、地域での助産師活動を開始する。 現在は、世田谷区の行政や病院で働きながら、開業助産師として地域での講座やイベントを開催し子育て支援活動を幅広く行っている。また、ベビーカレンダーにおいても、妊娠・出産・育児を楽しめるように、ママたちが読みやすく分かりやすい記事を心がけ執筆中。
2020年10月10日Instagramで大人気のニシカタさん(Instagram@c_nishikata)の育児エピソードをお届けします。 今回は、2歳の娘ちゃんのピュア発言に翻弄されちゃうお話です。 突然投下されるピュア爆弾により、動悸がとまらない……!!! なんで子どもってこんな! こんな純真でまっさらで綺麗なのーーーーー! あああああ!!!尊い!尊い!尊さの極み! 尊すぎて子ども全員世界遺産!! ハァハァ……。私としたことが少し熱くなってしまったようだな。足先は冷えているがな……。 いつも不意打ちでピュア発言をぶちかましてくれるので、母はそのピュアを受け止めきれずにいつも奇声を発して、ハグしてグリグリしてしまいます。ニシカタさんの最新マンガはInstagramやアメブロで更新中です。ぜひチェックしてみてくださいね。 この投稿をInstagramで見る ニシカタ(@c_nishikata)がシェアした投稿 - 2019年11月月15日午後3時54分PST著者:イラストレーター ニシカタ2018年1月、長女を出産。インスタで出産、産後、育児レポートマンガを更新し、人気に。ゲームと海外ドラマとデパ地下が好き。
2020年10月09日私は現在2児の母親です。2人目を出産後、主に上の子に対して感情的に怒ってしまうことが増え出し、さらに2人育児の疲労感からか夜もまともに寝られず、とうとう心療内科を受診しようと決めました。病院を受診した最初の数カ月は、医師も私もPMS(月経前症候群)の症状とは気付きませんでしたが、思い切って心療内科の門を叩いたことによって自分の内面について気づきをたくさん得られた体験談をお話しします。 子どもの手に熱湯がかかるトラブルが!2人目を出産後、当時まだ2歳だった上の子に対して感情的になる場面が多々あり、怒鳴ったり八つ当たりすることが増えてきました。ある日、まだ生まれて間もない2人目の育児用ミルクを作っている最中に、上の子が「お母さん、私を見て!」と言わんばかりに、突然私の足に全身でアタック。お湯が上の子にかかってしまうトラブルが! 思わず「危ないじゃないの!」と思いっきり怒鳴ってしまい、そのあとも怒りがおさまらず。一応は子どもの手がやけどをしていないことを確認し、手を冷やしました。 子どものことを考える余裕はなかったしかし、このときに「子どもがやけどしていたらどうしよう」「熱いお湯がかかってしまってかわいそうに……」といった心配の気持ちよりも、「私の邪魔ばかりして! なんて迷惑な子どもなんだ」と、恥ずかしながら自分のことしか考えられない私に気付きました。 2人目を産んだあとも事情があって里帰りなどできなかった私は、生活全般に対して余裕がまったくなく……。それゆえの行動だと今なら理解できるのですが、当時の私は激しく怒ったあとに「なんて自分はダメな母親なんだ」と深く気持ちが沈み、暗い気持ちになる……このくり返しで辟易していました。 心療内科を受診し、自身の内面を観察不眠症にも悩んでいたため、「このままだと、私も子どももダメになる!」と思い、2人目が1歳になるころに心療内科を受診する運びに。初診時に適応障害と診断され、「軽いうつ状態ですね」とも言われました。 そこからは2週間に1回程度のこまめな通院をくり返し、主治医と「どんなときにイライラしてしまうのか」といったカウンセリングをおこなうことで、自分の内面を振り返る大きなきっかけとなったのです。 自分がPMSだとやっと気付いたそして、心療内科を受診してから2カ月ほど経ったときのこと。産後の体が元通りに戻っているかを確認するために、自発的に月経周期をアプリで記録していたのですが、そこで「どうも月経1週間前に子どもに対して当たりがキツくなる」ということを自分自身で気づき始めたのです。 そして、すぐに主治医にそのことを話すと、先生からも「それは典型的なPMSだね」と言われました。その後、PMSであれば漢方薬かピルを処方できると提案され、私は漢方薬を処方してもらうことに。 ホルモンバランスを整える漢方のおかげで、さらにメンタルの調子がよくなりました。多少の気分の変動もありながらも、過去と比べると明らかに穏やかな気持ちで過ごせています。心療内科へ行くまでは「私なんかが行ってもよいのだろうか?」となかなか足が踏み出せずにいましたが、思い切って心療内科の門を叩いてよかったと感じています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO 著者:山本加奈子2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年10月08日第二子出産後に憂うつな気持ちになることが多くなったママ。悩み抜いた末に心療内科を受診すると「適応障害」との診断。そこで、主な原因となっている育児が少しでもラクになるよう、ママがおこなったことを紹介しています。 赤ちゃんとの毎日がもっとラクに、もっと楽しくなる。ベビーカレンダーは、そんな毎日を応援するコラムを絶賛連載中! 私は現在2児の母親であり、2人目が生後半年ごろに心療内科から自身が「適応障害」であると診断を受けています。「ずっと苦しかったけど、まさか自分に精神疾患の病名がついてしまうとは……」と、診断が下された当初は戸惑いを隠しきれませんでした。主な原因となったのは育児でしたので、少しでもラクになるよう改善に向けておこなったことをお話ししていきます。 下の子出産後から心身が苦しくなった下の子を出産した直後から「感情のコントロールがききづらくなり、上の子に対して当たりがキツくなる」「泣いたらいけない公共の場面で急に涙が溢れる」など日常生活に支障が出始め、心身共に常に苦しい気持ちや憂うつさが抜けなくなる状態がずっと続いていました。 しかし、当時の私の心療内科のイメージと言えば「死にそうなくらいに苦しくなったときに受診するもの」「それまでは気の持ちようでなんとかなる」との考えがありました。 薬の服用はあくまで対処療法と気付く心療内科を受診することに大きなためらいがあったのですが、無理をして育児をおこない、その結果メンタルを崩している私を見かねた夫の助言もあり、下の子が生後半年のころにやっと心療内科を受診しました。 そこで漢方薬や精神安定剤を処方され服用してみると、たしかに以前よりも気持ちは落ち着くし、前より感情面の起伏はフラットになったので一定の効果はありました。しかし、心療内科へ通院してみて初めて、薬を服用してもそれは単なる対処療法だと気付いたのです。 育児をひとりで背負い込む責任の重さ結局、私のメンタル不調の大きな足枷となっていたのが子どもたちのお世話です。しかし、過去の私の考え方は「ママになれば皆していることなのに、なぜ私は不必要にイライラしてしまったり怒鳴ったりしてしまうの?」「皆と同じことがこなせない。子どもたちにずっと笑顔で接することができない」などと、今思えば不必要に自分を攻め込んでいました。 そんな最中、「なぜ、自分をそこまで追い詰めるのだろう」とふと考えてみたら、私は「子どもが順調に育たなければすべて私の責任だ」と、自分ひとりで育児を背負い込む思考になっていることに気付いたのです。 書籍やTVの情報が私を救ってくれた育児のつらさを解消したいがためにさまざまな書籍などを読み漁り、特に感銘を受けたのがNHKで放送されていた「ママ達が非常事態!?」という番組。放送のなかで、人間は本来、ひとりで子育てするのではなく「たくさんの仲間とつながって共同的に育てていきたい」という本能があるという知識を授かりました。 私の育児環境を見直すと、たしかに上の子のときから里帰り出産すらしなかったし、かといって夫も育休取得ができず、ずっと平日はワンオペ育児で慢性的な孤独を抱え込んだまま育児をしていたのだなと、自分の考えを改めるきっかけとなったのです。「そうか、だから私はこんなに育児がつらかったのか」と原因がわかれば、自分が何をすべきか見えてきました。 以前は「3歳ごろまでは自宅で子どもをみないと!」と固執する自分がいたのですが、現在は考えも柔軟になり、日中は保育園を活用してプロの方に子どもたちを任せることにしました。共同で子どもたちを育てている感覚になれて、余裕が生まれるとともに前向きさを取り戻すことができました。保育園には感謝の思いでいっぱいです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:山本加奈子2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年10月07日登場人物■ほにゅ:2018年2月生まれ。泣くのが得意な男の子。薄毛。飽き性。笑顔で母をノックアウトできる。■ねむ:2020年7月生まれ。よく寝る女の子。■つぶみ:ほにゅ&ねむの母。すぐムリっていう。一応一生懸命取り組む。■ぺー:ほにゅ&ねむの父。効率的に動きまくる。優しい。声がでかい。二人目出産は上の子が気になる!でも今は…編集後記二人目を出産すると、上の子が急に赤ちゃん返りをしたり甘えてきたりということがあります。先輩ママからは、上の子の心のケアをしてあげてとアドバイスを受けた方もいることでしょう。上の子の年齢にもよりますが、まだまだ甘えたい盛りということも多いですよね。特に出産直後は、ママと赤ちゃんは産院に入院しています。祖父母や夫のサポートがあるとはいえ、どうしても上の子の存在が気になります。しかし、入院中は生まれたての赤ちゃんとゆっくり過ごせるかけがえのない時間です。「ふたりとも同じくらいかわいがったっていいじゃない」というつぶみさんの言葉に、ジンと心が温かくなりました。つぶみさんの優しさが伝わる、貴重なエピソードですね。ままのて編集部つぶみさんの二人目妊娠のマンガはこちらままのて公式SNSアカウントままのてのTwitter・Instagramをフォローすると、最新マンガの更新情報をご確認いただけます。ぜひフォローしてください!つぶみさんが描く漫画が動画になりました!ままのてで大人気の育児漫画が動画でも楽しめるようになりました。今後もつぶみさんの漫画動画を随時更新していく予定です。その他の育児漫画や育児に関するお役立ち情報、生活の知恵がたくさん配信されていますよ。どの動画にも字幕が付いているので、赤ちゃんや子どもが寝ているときでも音声なしで楽しんでいただけます。ぜひチャンネル登録してみてくださいね。過去のエピソード著者情報
2020年10月07日出産を目の前にして気になることといえば、陣痛の痛みや会陰切開を挙げる方も多いのではないでしょうか。私は二度の出産を経験していますが、出産のときの傷の大小で産後の回復が大きく違いました。初産と経産の違いはありますが、私の体験を紹介します。 初産は産道・会陰裂傷+会陰切開で全治1カ月初めての出産では、陣痛は1分間隔とどんどん迫っているのになかなか子宮口が開かず悶絶、痛みで身をよじり、過呼吸になってしまいました。しかし、破水後は急速に進み、その影響もあってか産道も会陰も裂け、会陰切開もおこなわれました。 出産後、医師に「だいぶ奥まで裂けたので、かなり縫いました」と説明を受けました。その影響で産後はとにかく引きつれがひどく、便秘で気張ると食い込み、さらに排尿時にはそこがしみて……。糸が吸収されたと思われる1カ月ごろまで非常につらい状態で、円座が手放せませんでした。2人目を出産したときも、陣痛よりこちらのほうが怖かったです。 経験値が上がった二度目のお産二度目の出産は、痛みで身をよじり、過呼吸になった初産より相当スマートでした。陣痛の波が来たら、息を細く長く吐き続けること。いきみはおしりをベッドに押し付けて逸らし、赤ちゃんが降りてきやすいイメージを描くよう心がけました。 生まれた子は1人目より大きめでしたが、会陰切開はせず、小さな会陰裂傷ですみました。会陰裂傷の傷も数針の縫合で、退院前に抜糸してもらい、産後も円座いらずでした。 便秘は大敵! 産前に解消しておくべし私は妊娠中から便秘気味だったのですが、便秘は体重増加につながったり痔になったりといいことなしです。分娩は排便時のように気張るし、おしりのことも不安でした。産後は母乳に水分がまわるためか便秘が進み、とにかくつらかったです。 私の場合、頑固な便秘になる前に処方された酸化マグネシウムが腹痛もなく効果もありました。産前から適度な運動や食生活を通して便秘を解消しておいたほうがいいと思います。 何かと痛みを伴う出産ですが、済んでしまえば思い出話です。少しでも早い回復ができるように、しっかりと体力をつくることも必要だと感じました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:藤原しおり子育て奮闘中のママ。育児と家事のかたわら、自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年10月04日Instagramで育児絵日記が人気の2児ママ、かままさん(@kamama36)。かままさんの妊娠から出産までのエピソード、第9話。 里帰り出産をする産院は、妊娠15週までに受診が必要……。そこで塩対応の担当医、通称しおみんに相談し、分娩予約のために帰省することになりました。そこで待ち受けていたのは……!? 出産する病院は絶対個室がいい!施設もキレイで、食事も豪華で……。 その条件に合う病院を探し、新幹線で帰省して分娩予約をしに行くと、そこにはさらに、笑顔キラキラの院長先生が……!!! 「よっしゃー!!!この出産、もらったぁぁあ!!!やさしやさしそうー!キレなさそうー!」 普段、超塩対応のしおみんに慣れ過ぎて、どんな先生でも仏にしか見えない、しおみんマジックに、どっぷりかかっちゃってます(笑)! <つづく> 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター かまま
2020年10月02日Instagramで大人気のニシカタさん(Instagram@c_nishikata)の育児エピソードをお届けします。 大好評のEテレあるあるシリーズ。今回は、おいしそうなごはんを子どもが食べる、あのコーナーのお話です。 見せてくれよ……ありのままの姿を……! このコーナーは、裏で親御さんが頑張ってる収録用の日常だよね?という視点でしか見れなくなる。と言うか、そうであってもらいたい。 ムームーのいただきますコーナーが一番顕著なんですが、他のコーナーでも同様の傾向がありますよね。パジャマに着替えるのとか歯磨きのやつとか。 この前、「明らかに目隠し用のこじゃれた布」が何かでかい物にかけられていたときは、ものすごい親近感を覚えました(笑)。NHKさん、うちに収録に来てくれたらありのままを見せるよ!!!子どもたちがたくさんごはんを食べていたり、お利口さんに歯磨きをしたり……。テレビに出てくる子どもたちが、あまりにもちゃんとしていて、ついわが子や自宅の環境と比べてしまいがち。 テレビ用だよね? これ撮るために、影では親やスタッフたちの涙ぐましい努力があるんだよね? そう思わずにはいられない親あるあるですね~(笑)! ニシカタさんの最新マンガはInstagramやアメブロで更新中です。ぜひチェックしてみてくださいね。 この投稿をInstagramで見る ニシカタ(@c_nishikata)がシェアした投稿 - 2019年11月月15日午後3時54分PST著者:イラストレーター ニシカタ2018年1月、長女を出産。インスタで出産、産後、育児レポートマンガを更新し、人気に。ゲームと海外ドラマとデパ地下が好き。
2020年10月02日わが家の長女は障害を持っています。そのため私自身、その後の妊娠や出産に対して恐怖心を持っていました。それでも、2人目を産みたいと決意。次女が生まれた日、長女の姿を見て、産んでよかったと心底感じたときの話をお伝えします。 2人目を産むかどうか悩む日々1人目出産時は33時間におよぶ難産で、母子ともに危険な状態に陥りました。なんとか命は取り留めたものの、長女には障害が残り、私も自律神経失調症や原田病などを患いました。 そのため、妊娠や出産に対する恐怖心があり、なかなか2人目を授かりたいという思いになれないまま、日々が過ぎていきました。しかし、自分の年齢的なことや、長女がひとりっ子のままでいいのかと考えたとき、徐々に2人目出産に向けた気持ちが沸いてきました。 赤ちゃんの誕生を楽しみに待つ長女「今度出産するときは、命を落とすかもしれない。また障害を持つ子が生まれるかもしれない」という不安を抱きつつも、長女にきょうだいを産んであげたいという気持ちが強くなり、2人目の出産を決意しました。 そして、すぐに妊娠。先生とよく相談し、家族にも産後のフォローをお願いしました。そのころ、長女は2歳。「お姉ちゃんになるんだよ」と何度も伝えると、私のおなかを触ったり声をかけたりして、赤ちゃんの出産をとても楽しみにしていました。 2人目を産んでよかった!妊娠後期、長女は「赤ちゃんのお世話をしたい」と言って、人形で赤ちゃんのお世話の練習をしていました。出産当日、家族と一緒に長女も産院へ。「もうすぐお姉ちゃんになるね」と話すと、ニコニコとしてうれしそうにはしゃいでいました。私自身も「2人の子どものために頑張ろう」と勇気が出ました。 そして出産。待ちに待った赤ちゃんとのご対面。不思議そうな表情で、赤ちゃんを見つめる長女。 長女は赤ちゃん返りをするときもありましたが、ぐんとお姉さんらしくなって、赤ちゃんのお世話を一緒にしてくれました。やさしく赤ちゃんの頭をなでたり、妹を思いやる姿はほほえましく、きょうだいを産んでよかったと心底感じました。 イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:石原みどり知的障害を持つ子どもと口唇口蓋裂を持つ子どもの母。波乱万丈で大変なこともあるが、子どもたちと幸せいっぱいに生活している。経験を踏まえ、子育てに関する情報を発信中。
2020年10月02日妊娠・出産は女性にとっても大きなイベントですが、迎える時期は人それぞれです。私は18歳で妊娠が判明し、19歳で出産をしました。妊娠を受け入れ、日々大きくなるおなかのように、少しずつ母として変わっていった当時の心境をお伝えします。18歳で妊娠判明。不安でいっぱいだった私が18歳のころ、体調がすぐれず、微熱程度の発熱が1週間ほど続いていました。生理も遅れていたため「もしかして妊娠?」と思い、妊娠検査薬で検査。陽性反応が出ました。 18歳だった私にとって、子どもができたことは「うれしい」という気持ちよりも、「不安」という気持ちのほうが勝っていました。もともと子どもがちょっと苦手だったこともあり、素直に喜ぶことができず、妊娠を受け入れることができませんでした。 私が出産を決めたきっかけ妊娠したことに対して不安が大きく、純粋に喜べなかった私とは打って変わって、子どもの父親である彼は「俺、パパになるんだ!」とこれまでにないくらいの笑顔で妊娠を喜んでくれました。 彼は不安がっている私の両手を握り、「産んでください」とやさしく言ってくれました。これから先、考えなければならないことがたくさんありましたが、彼のおかげで私は妊娠という事実を受け入れ、出産することを決めました。 「産んでよかった」と心から思った出産までは長いようであっという間でした。おなかの大きさが目立つほうではありませんでしたが、徐々に大きくなっていくおなかのように、徐々に母親としての気持ちが持てるようになりました。 初めての出産は過酷なものになりましたが、付き添ってくれた彼のおかげで心強く感じました。無事に子どもが生まれ、初めて産声を聞いたとき、感動のあまり彼は声を出して泣いていました。わが子を抱いた瞬間、私は「産んでよかった」と心から思いました。 不安だった妊娠・出産も今では懐かしい思い出です。18歳で母親になる道を選び、たくさん悩み、葛藤しましたが、今では2歳になる長男と3カ月になる次男がいます。子どもたちが大きくなったら、いつかこのエピソードを話してあげたいと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 原案/木村えま作画/やましたともこ ◆関連動画出産ドキュメンタリー
2020年09月30日登場人物■ほにゅ:2018年2月生まれ。泣くのが得意な男の子。薄毛。飽き性。笑顔で母をノックアウトできる。■ねむ:2020年7月生まれ。よく寝る女の子。■つぶみ:ほにゅ&ねむの母。すぐムリっていう。一応一生懸命取り組む。■ぺー:ほにゅ&ねむの父。効率的に動きまくる。優しい。声がでかい。帝王切開で無事出産!第1子と第2子の出産時の違い編集後記つぶみさん、二人目のご出産おめでとうございます!コロナ禍でのご出産…ままのて編集部一同つぶみさんの無事のご出産を心よりお祈りしていました。元気なねむちゃんに会えて、大変嬉しく思います!さて、つぶみさんの出産エピソードを見ると、第1子と第2子では ママの産後の様子や心の持ちようが少し違うようですね。やはり、出産・育児を経験していると少し心に余裕が生まれているシーンも見られました。無事に生まれたねむちゃんは、よく眠る赤ちゃんとのこと。寝顔が息子・ほにゅくんとそっくりなのも、なんとも愛らしい一面ですね。つぶみさんの息子・ほにゅくん、娘・ねむちゃん、これからさまざまなエピソードをままのて編集部一同もとても楽しみにしています!ままのて編集部つぶみさんの二人目妊娠のマンガはこちらままのて公式SNSアカウントままのてのTwitter・Instagramをフォローすると、最新マンガの更新情報をご確認いただけます。ぜひフォローしてください!つぶみさんが描く漫画が動画になりました!ままのてで大人気の育児漫画が動画でも楽しめるようになりました。今後もつぶみさんの漫画動画を随時更新していく予定です。その他の育児漫画や育児に関するお役立ち情報、生活の知恵がたくさん配信されていますよ。どの動画にも字幕が付いているので、赤ちゃんや子どもが寝ているときでも音声なしで楽しんでいただけます。ぜひチャンネル登録してみてくださいね。過去のエピソード著者情報
2020年09月30日出産予定日よりも10日早く破水して、夜遅くに産院へ。しかし産院が満床で、それから2日間、病室に入ることができませんでした。どうしてそんなことになったのか、私の出産体験をお伝えしたいと思います。 破水したのに病室がいっぱい!その日、出産予定日よりも早く破水してしまった私は、入院準備を整えて産院に向かいました。到着したのは夜の10時くらい。破水とはいっても高位破水だったため、チョロチョロと羊水が出ている程度で、それほど切羽詰まっていませんでした。 でも、産院に行ったら、夜遅い時間にもかかわらず待合いスペースには人がたくさんいてざわざわと落ち着かない雰囲気。私はそのまま入院するつもりでいたのですが、なぜか助産師さんに連れていかれたのは簡易ベッドのある小さな部屋。あとから聞いた話によると不妊治療などなんらかの処置をおこなうための場所らしく、ちゃんと個室になっていて枕元にはナースコールもありました。 診察の結果、破水をしているのは間違いないということで、そのまま陣痛がくるのを待つことになりました。助産師さんからは「今、病室のベッドが満床なんです。申し訳ないけれど、今夜はここで横になっていてください」と言われ、わけがわからないまま、そこで一晩過ごしました。 原因は「スーパームーン」だった!?結局、一晩たっても陣痛がくる気配はなく、翌日は朝から陣痛誘発剤を使って出産をすることになりました。助産師さんにLDRがあるスペースに案内してもらうと、そこには至るところに出産待ちをしている妊婦さんの姿が。私が陣痛誘発剤を投与している間も隣の分娩室からはひっきりなしに赤ちゃんの産声が聞こえてきます。 そのときになって、ようやく病室に入れなかった謎が解けました。助産師さんによると「昨夜は一晩で12人もの妊婦さんが産気づいて産院にきたんですよ。科学的根拠はないのですが、スーパームーンだったからかもしれません。この産院ではこんなに出産が重なることはほとんどなくて、病室が足りなくなってしまったんです。ごめんなさいね」とのことでした。 科学的根拠はないものの、「満月の日には出産が多い」と昔から言われています。月の引力によって海が満ち引きをするように、人間の体内にある水分、妊婦さんの場合は羊水が影響を受けているのではないかと考えられているそうです。こんなにも出産が重なったのはそのためなのでしょうか。 私が出産した病院は本来、LDRで陣痛から出産までを過ごせるのですが、その日は分娩がひっきりなしだったので、陣痛誘発剤を投与しながら場所を何度か移動し、分娩間近になって分娩室に移り、そこで出産となりました。 本来ならその後、病室に移動するのでしょうが、前日と同様に満床だったこと、さらに私が産後の貧血がひどくて起き上がることが難しかったため、その日はそのまま助産師さんの目が届きやすい分娩室で一晩明かすことに。次の朝になってやっと病室に空きが出て、病室に入ることができたのでした。 私はスーパームーンだったことなどつゆ知らず。しかし、私自身もその影響を受けて破水をしたのかもしれないと考えると、人体と宇宙と生命の不思議を感じずにはいられませんでした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:高橋じゅんこ一児の男の子を育てるワーキングマザー。病気ネタやママ友ネタなど、ペンネームでリアルな体験談を執筆中。
2020年09月29日ベビーカレンダー編集部がおすすめの「妊娠・出産・育児マンガ」をご紹介♪ Instagramでフォロワー7千人を超えるHYPかなこ(@hyp_kanako)さん。「出産レポ」、「産後レポ 入院編」に続いて、「産後レポ 自宅編」 をお届けします! 産後レポの自宅編スタートです!帰宅したら家が汚い!は、きっと産後あるあるですよね(笑)知ってはいたものの、期待しちゃってたんでしょうね! こうじ氏は忙しくなければ、育児には協力的なタイプです。なので、お仕事が忙しかったのが原因です。漫画にも描いていますが、今思うとそこまで汚くないんです。元汚部屋住人の私から見ると、全然オッケーな範疇なのですが、やっぱり産後のホルモンバランスって怖いですね……。産前産後のお仕事のバランスの図は、あくまでイメージでございます!たぶんその人の仕事によって違うかとは思います。が、うちの場合は私の仕事がまるっとこうじ氏に乗っかるわけでして。産後のことも考え、臨月に入ってからはお仕事はほぼノータッチ。それでも2人分の仕事が一気に来るのはきっと大変だったと思います。とはわかっていたものの……。 HYPかなこさんのマンガは、このほかにもInstagramで更新されています。ぜひチェックしてみてくださいね♪ この投稿をInstagramで見る HYPかなこ(@hyp_kanako)がシェアした投稿 - 2020年 9月月7日午前5時57分PDT 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター HYPかなこ2018.5生まれのチビコーと夫のこうじ氏、セキセイインコのうなぎの3人+1羽の家族です。WEB制作(私は画像と写真担当)などを夫婦でしてます。婦人科通いの干物→婚活→結婚→不妊治療→ギリギリ35歳で出産→2人目不妊治療中なコミュ障新米母です。
2020年09月23日子どもは出産予定日に元気に生まれてきて、当たり前に元気に育つものだと思っていました。でも予想外に早産になり、生まれてきた子は低出生体重児だった私が、入院中に大変だったと感じたエピソードを紹介します。 低出生体重児で生まれた息子私が息子を産んだのは妊娠33週でした。おなかが張る感覚と共に痛みがきて、張り止めの点滴も効かず帝王切開であっという間に出産となりました。生まれた子の体重は1,750gで低出生体重児。すぐにNICU(新生児集中治療室)に入り、いろいろな検査や処置がおこなわれ、たくさんの管が繋がった状態の息子に会ったときは不安で仕方がありませんでした。 検査の結果、大きな障害などはないものの呼吸が不安定なことを知り、ますます不安な気持ちが大きくなったことを覚えています。NICUでの入院中はもちろん、この先の生活に支障が出ないのか、何もかもが不安な私たちに先生も看護師さんたちもとても親身になって現在の呼吸状態や体重の増加についてさまざまな説明をしてくれました。 息子が入院中の面会帝王切開で出産した私は、産婦人科での約2週間の入院生活を終えて退院しましたが、息子はNICUに入院していたため、帰省先の実家から毎日会いに行きました。息子の入院する病院は実家からそう遠くはなかったのですが、やはり産後の回復しきっていない体には知らず知らず負担がかかっていたように思います。 午前10時ごろ面会に行き、帰宅するころにはぐったりしていました。それでも毎日のように面会に行けたのは、愛しのわが子に会えてうれしい気持ちや今日も元気でいる姿を見られて安心できたからです。大変だと思う反面、会えたときはやはり幸せな気持ちでいっぱいになりました。 出るの? 出ないの?な母乳事情NICUに入ってすぐは、息子にはたくさんの管がつながっており、直接母乳を飲ませることはできませんでした。しかし出生後すぐの赤ちゃんに母乳は重要だからと、搾乳の方法を習い、搾っては届けるという方法で息子に母乳を飲ませていました。これが不器用な私にはかなり大変でした。手はべたべたになるし量もあまり出ないし……。毎回少し落ち込みながら搾乳し、NICUの看護師さんに渡すときは「少なくてすみません」が口癖になっていました。 そしてようやく生後6週目ごろ、直接母乳を飲ませられるようになったもののあまりうまく飲ませられず、結局は母乳をやめてしまいました。母乳をやめたことに負い目を感じたこともありましたが、育児用ミルクは飲んだ量を管理できるという利点もありました。 早産になり、帝王切開を経て出産を経験し、さらに息子が低出生体重児でNICUに入院したりと、母子共に大変だなと感じることのオンパレードでした。しかし過ぎてみると周りの人たちのサポートをたくさん受けて乗り越えられたと思います。子を産み育てることは誰しも簡単なことではないですが、それをわが子や周りの人たちのおかげで学べたことは幸いなことでした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:三上美咲3人の未就学児年子の母。営業職でほぼ不在の夫と5人暮らし。育児をはじめとするさまざまなジャンルについてライターとして活動中。育児については主に自身の体験談を元に執筆している。
2020年09月22日3回の出産で、会陰切開・裂傷・無傷の3パターンを経験しました。無傷だったのは、唯一3,000gを超えた2人目の出産のときです。3人目の出産では、まさかの会陰裂傷に! 3人目にして、トイレが恐怖になる痛みを経験したのです。どうして2人目は無傷だったんだろう……?と疑問に思い、3回の出産をふり返ってみました。 1人目は酸素不足で会陰切開に!会陰切開に不安を感じていた1人目。本格的ではないものの、ほどほどに会陰マッサージもおこなっていました。出産は思ったよりも進みが早く、入院から7時間ほどで子宮口が全開大に。そしていきみはじめたころ、おなかに装着していた分娩監視装置から赤ちゃんの酸素不足を知らせる警告音が鳴り始めたのです。 そのタイミングで先生から、「赤ちゃんを早く出すために会陰切開するね」と宣言があり、チョッキン。赤ちゃんは男の子・2,480gの低出生体重児でした。子宮口の開きも早かったし、もっと呼吸法を練習しておけば切らずに済んだのかな?と思いました。 力を抜いたおかげ? 2人目の出産は無傷!2人目の出産は、1人目が2歳3カ月のときでした。イヤイヤ期真っ盛りのお兄ちゃんの相手が大変すぎて、運動も会陰マッサージもほとんどせず! あっという間に出産の日を迎えました。2人目ということもあり、入院から3時間半でいきみ開始! ところが赤ちゃんの頭が出口に挟まった状態で、助産師さんに「今、陣痛の波が引いたから、いきむのをやめてね。力を入れたら裂けちゃうよ!」と言われたのです。 「えっ、今? こんな中途半端な状態で無理でしょ!」と思ったのですが、助産師さんを信じて力を抜きました。そして、3,004gの女の子を出産! 力を抜いたおかげなのか、ほぼ無傷状態で出産を終えました。 いきみすぎた3人目は会陰裂傷!?3人目は、4年ぶりのお産でした。切迫早産で会陰マッサージはほとんどおこなえませんでしたが、呑気に構えていました。赤ちゃんにへその緒が絡まっていたこともあり、陣痛時間はなんと約13時間! そして、赤ちゃんの頭が出たときのことです。 助産師さんが「もう力を抜いてくださいね! 前に会陰切開したときの傷から裂けちゃいますよ!」と言ったのですが、私は無視。「無理~! 早く出したい!」と、いきみ続けてしまったのです。結果、大きく会陰が裂けてしまいました。 3回の出産を経て、学んだことがあります。それは、「助産師さんのアドバイスは聞くべし!」ということ。無傷だった2回目の出産では、落ち着いて助産師さんの言う通りに動くことができました。毎日お産に携わっている助産師さんのアドバイスはさすがだな~と思います。もし4人目を出産することがあるのなら、今度は絶対アドバイスを無視しない!と固く誓いました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:河津明香2男1女の母。旅行代理店勤務をしながらの育児を経て、フリーランスのライターへ転身。現在は発達障害の長男のサポートをおこないながら、旅行・育児・生活雑貨などの記事を中心に執筆。
2020年09月20日私には6歳の女の子と生後11カ月の男の子がいます。娘のこともかわいがってくれているものの、息子を妊娠して以来、義理の両親から「長男ファースト」な言動が垣間見えてモヤモヤしてしまった、そんな私の体験談をご紹介します。「長男なんだから」義理の両親にとって、子どもは夫と妹さんの2人です。結婚当初からよく「長男なんだから、お盆とお彼岸には必ず帰ってきてお墓の管理を」とお義母さんに言われてきた私たち夫婦。 子どもが生まれる前はお義母さんの言う通りに、お墓参りのためだけに春と秋のお彼岸とお盆の年に3回、休みの日に夫と2人電車で2時間かけて帰省。でも、子どもが生まれてからは時間の面でも体力の面でも余裕がなく、自然とお墓参りは免除されるようになりました。 「女の子だったらどうしようかと…」娘を出産してから4年後、念願の第2子を妊娠。娘がすごく育てやすくかわいくてたまらなかった私は、2人目も女の子でもいいと思っていました。でも、お義母さんは違ったようで……。 妊婦健診のたびに性別がわかったのか電話で聞かれ、妊娠6カ月でおなかの中の赤ちゃんが男の子だとわかると、「これでまた女の子だったらどうしようかと思っていたわ! 男の子でよかった~」と心の底から安堵したように言われました。お義母さんに悪気はなく純粋に喜んでいる様子でしたが、「女の子だったらどうしよう」のひと言に、私はすごくモヤモヤしたのをよく覚えています。 「跡取りを産んでくれてありがとう」義理の両親は、会うたびにたくさん遊んでくれたり、おもちゃや洋服などをプレゼントしてくれたりと、娘のこともよくかわいがってくれています。でも、誘っても娘のお宮参りにはこなかったので、私は勝手に義理の両親は子どものイベントにはそんなに興味がないのだと思っていました。 その後無事に息子を出産し、初めて会わせたときのことです。「近藤家の跡取りを産んでくれてありがとう」とうれしそうに言うお義母さん。さらには、娘のときにはなかった夫側の親戚への息子のお披露目会やお宮参りの日取りの相談まで……。男の子と女の子でこうも態度が違うものかと、ギャップにすごく驚きました。 お義母さんの何気ない「長男ファースト」な言動にモヤモヤしましたが、義理の両親は昔ながらの「家を守る」という感覚が強いからだと理解しています。嫁いだ身として私は義理の両親の気持ちを尊重しつつも、男の子と女の子の差で娘が疎外感を感じないように娘のイベントにも足を運んでもらえるように気をつけようと思います。 監修/助産師REIKO作画/はたこ著者:近藤あいこ6歳女児と1歳男児の2児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年09月19日高校生のころから痔に悩まされてきた私。肛門の痛みにより日常生活に支障を感じた私は、婚約を機に思い切って手術をすることを決意! 手術後、痔のストレスから解放された私でしたが、出産をきっかけにまた痔が悪化して……。妊娠、出産を経て、再び痔になってしまった体験談をご紹介します。 もしや痔!? 初めて気づいた肛門のイボ私が高校生のときの話です。トイレでおしりをふいた際に、肛門からイボが1つ出ているのに気がつきました! 当時の状態は、排泄時、肛門にやや痛みを感じる程度。私は思春期であったこともあり、家族にすら相談せずに過ごしました……。 薬局でぬり薬を買うことすら恥ずかしく、ビオフェルミン錠剤を服用して便通をよくしようと努めたのです。 社会人になって悪化した痔…たまに肛門の痛みを感じるものの、痔との生活に慣れていった私。大学生時代、イボ痔であるもののさほど痛みはなく、私は肛門の悩みをあまり気にすることなく過ごすことができました。しかし、就職をきっかけに肛門の変化を感じ始めることに……。 デスクワークや飲み会が増えたことで肛門に負担をかけ、かゆみや痛みを感じるようになりました。肛門からの出血も増え、私は仕事に集中できず、日常生活に支障をきたすほどになったのです。 婚約を機に痔の手術を決意!そんななか、私はプロポーズを受けてうれしい気持ちでいっぱいに! しかし、いつか子どもが欲しいと希望していた私は、肛門の痛みにより出産に支障をきたすのではないかと悩みました。思い切ってパートナーに相談し、痔の治療をすることにしたのです。 私が通院した肛門科では週末に日帰り手術が可能で、担当医と相談のうえ「痔核結紮切除術(じかくけっさつせつじょじゅつ)」を受けることを決意! 手術後、痔に悩まされることがなく、快適な生活を送ることができました。 妊娠、出産を経て…またアレが!結婚後、初めての妊娠に喜び、痔の存在がすっかり過去のものに。しかし、出産後初の排泄時に、異変に気がつきました……。肛門に2つのイボ痔ができていたのです! 今までにないほどパンパンに膨れた痔。軽く痔に触れるだけで痛く、排泄時はあまりの肛門の痛みに涙が出ました。 産婦人科の担当医に相談したところ、妊娠・出産により痔ができることがあるとのこと。塗り薬を処方され、産後1カ月ほどはヒリヒリした肛門の痛みに耐えました。産後から3年が経過した現在、肛門の痛みはなく、しぼんだイボ痔がある状態です。 出産後、激しい肛門の痛みに苦しんだ私ですが、現在は普通の日常生活を送っています。産後、激しい肛門の痛みにどうなることかと思いましたが、塗り薬で痛みを緩和できました。痔が悪化しないように、バランスのとれた食生活や適度な運動、おしりを温めて血流をよくするなど……今は肛門に配慮して生活しています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/マメ美監修/助産師REIKO著者:仲本まゆこ自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年09月17日出産前は、あとからいくらでも断捨離なんてできると思っていた私。しかし、子どもが生まれてからの日々は毎日めまぐるしく、いる・いらないをゆっくり考えたり、まとまった時間がとれないまま数年が経ってしまっています。ちょこちょこと断捨離をする時間は持つようにしているものの、今思うのは、出産前に新たな生活をスタートする気持ちでもっと自分の物や家の物を整理しておけばよかったということです。 変化したファッションスタイル子どもを出産する前とあとでは、私のファッションスタイルは大きく変わりました。例えば靴とコート。出産前はヒールは7cm以下のものは履きませんでした。コートもスタイルをよく見せるために長めのものが多かったり、バッグも小さなものや手に持てるものが好きでした。 出産後はヒールはほとんど履かなくなり、履くとしてもヒールが太く安定しているもの。コートは長いと子どもの目線に合わせてしゃがんだときに地面についてしまうし動きずらいので、短めのものばかり。バッグは両手が空くショルダータイプかリュックが中心。自分のファッションアイテムを買うときは、好き嫌いというよりは動きやすい、使いやすい重視で、そのなかで自分の好きなデザインを見つけるというスタイルになりました。 出産前から数年経ち、好みも変わった私が第一子を出産したのは29歳。その後第二子を出産し、上の子が3歳の今、私は32歳になりました。時が経って思うのは、ファッションも年とともに変わっていくものだということ。気に入って買ってよく着ていた服も、出産を経て、体型が出産前と同じくらいになっても、年を重ねたことによって出産前の服はもう合わないかなと思うことが増えました。流行りも変わっていくものだし、出産前の断捨離でもっと自分の洋服を整理してしまってもよかったんだなと今になって思います。 どんどん増えていく物⋯夫と2人の生活から、今は子どもが2人増え、4人での生活に。たった3年で家の中の物はみるみるうちに増えました。子どものおもちゃなどは場所をとる物も多いですし、子ども2人分となると洋服も結構な量になります。自分の物だけ収納しておけばよかった妊娠前と違い、クローゼットの中はどんどん洋服が増えていきます。子どもが生まれる前はいろいろな服を着たり買ったりするのが楽しかったのですが、子どもが生まれてからは自分の洋服も「お気に入りのものが数着あればいい」という考えに変わりました。 今はもうヒールは履かなくなり、服も洗濯がしやすいかどうかなどを重視して選んでいるので、子どもが生まれる前の服は着ることがなくなり、ほとんど処分対象となりました。出産前はそうなるとは思っておらず、自分のものを処分するのをためらっていた私に教えてあげたいです。 イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:立田みのり一男一女の母。妊娠、出産を機に退職後、現在は自身の経験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年09月17日陣痛開始から20時間、子宮口が全開大になり、助産師さんの合図と共に力いっぱいいきみました。すると、もうろうとする意識の中で顔全体にシュワシュワと炭酸水をかけられたような感覚が……。陣痛に耐え、出産後の私の体に起こった体験談をお話しします。 分娩台で顔に感じた“シュワシュワ”令和元年・秋に自然分娩にて長女を出産しました。21時間の陣痛のすえにわが子と感動の対面を果たし、産後は熟睡した私。翌日両親が面会にきてくれたのですが、私の顔を見るやいなや実母がびっくり仰天! 何事かと鏡を見ると、そこには白目が真っ赤に充血し、目の周りにそばかすのような赤い点々が出現して、変わり果てた私の顔が……。 医師に相談すると、「いきんだときに顔の毛細血管が切れたのでしょう」とのこと。言われてみれば、いきんでいるときに顔にまるで炭酸水をかけたようなシュワシュワとした感覚があったことを鮮明に覚えていました。 夜、ベッドに入ったときも体が熱っぽかった一方で、顔には“シュワシュワ”の感覚が残っており、気持ちいいとさえ思っていたのです。こんなことになるなんてとショックを隠し切れない産後1日目でした。 内出血に眼圧上昇…陣痛による後遺症助産師さんから分娩時のアドバイスとして「いきむときに目を閉じてしまうと力が入らないだけでなく、目元に力が入りすぎて顔の毛細血管が切れることがあるから気を付けて」と伺っていました。 要するに内出血するとどういうことになるのかまったく想像がつかないまま、いきむときはしっかりと目を見開いて、口を固く結んでいきんだ私。ところが努力むなしく眼球と目の周りの毛細血管は切れてしまい、おまけに目を見開きすぎていたせいで眼圧まで上がってしまい、まばたきをすると常に目に違和感がありました。 入院中、ほとんどのママさんはすっぴんのまま授乳指導や産後健診を受けていましたが、人目を気にするあまり毎日ファンデーションを厚塗りして過ごしていた私でした。 真っ赤な瞳、実は私が生まれたときも…鏡を見るたびに落ち込み、うつむく私に気が付いた助産師さんたちからは「時間と共に治ります」「痛い陣痛に耐えた証拠よ」と励まされ、少しずつ気持ちを持ち直していきました。まばたきの違和感や充血があっても、視力そのものに差し支えることはなかったため、生活への影響が最小限で済んだことも救いだったかもしれません。実母から聞いたエピソードですが、私自身が生まれたとき、私の瞳の周りには赤く輪っかのような充血があったそうです。何か先天的な異常ではないかと実母は焦ったそうですが、「赤ちゃんは狭い産道を力いっぱい通ってきますから」と説明を受けたそう。30年後、私自身が出産するときに再び目が出血するなんてと母と笑い合いました。 眼圧は産後1週間ほど、充血した目は産後1カ月ほどで落ち着きました。そのときの写真はあまり多くはありませんが、どの写真も私の目は赤いものばかり。炭酸飲料をコップにシュワシュワと注いでいると思わず分娩台を思い出してしまう私ですが、壮絶な陣痛に耐えて産んだ娘と共に、楽しみながら育児に励もうと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:こさい れい0歳女児の母。元テレビ番組ディレクター。フランスで育った自身の経験をもとに海外生活、旅行、子育てについて執筆している。
2020年09月13日昨年、新型コロナウイルスの感染拡大防止に伴う緊急事態宣言により、予定より2週間早く上のお子さんと里帰りをしたママ。しかし状況的にパパは一緒にこれず……。慣れない環境で上のお子さんに寂しい思いをさせてしまいごめんねと感じた体験談です。 昨年、新型コロナウイルスの感染拡大防止に伴う緊急事態宣言発令をきっかけに、急きょ2人目を出産するため、1歳7カ月の息子を連れて兵庫から長崎の実家に帰省しました。 緊急事態宣言発令中での里帰り新型コロナウイルスが感染拡大し、緊急事態宣言が全国に出されている時期だったので、パパは長崎にくることも産院への面会もできませんでした。帰省し息子と公園に遊びに行った際、パパと遊んでいる同年代の子を寂しそうに眺めていました。 私が遊んであげたい気持ちはあったのですが、妊娠9カ月の私にできることは限られており、息子と存分に遊んであげることができずにつらい思いをさせてしまったなぁと思います。 面会・立ち会いができない出産私が出産する産院では、感染予防の観点で、立ち会い出産も面会も禁止されていました。陣痛がきたのが息子が寝静まった夜だったので、朝起きた息子が私を探していたと聞いたときは心が痛みました。 おじいちゃん・おばあちゃんはいますが、やはりパパもママもいなくなってしまうと心細かったでしょうし、寂しい思いをさせてしまい申し訳なかったです。 息子と1週間ぶりの再開私が入院中、息子は実家で泣くこともなくお利口に過ごしているということを母からLINEで聞いており、意外と大丈夫なのかなと少し寂しく思っていました。 しかし、退院時に満面の笑みで走ってきた小さな息子の姿を見ると、やはり寂しい思いをさせてしまい我慢させていたのだと思いました。 退院してからの息子との関わり最初、息子は赤ちゃんへの対応におどおどしてしまい、近寄ることもありませんでした。それよりも、久しぶりに会った私に甘えたくて、赤ちゃんよりも自分を抱っこしてほしいというそぶりを1週間ほどしていました。 しかし、2週間ほどしたころ、赤ちゃんが泣いていると頭をなでる動作を見せるようになり、少しずつ息子なりに成長しているのだなとうれしくなったものです。 新型コロナウイルスの影響は大きく、1歳7カ月のまだまだ甘えたい時期の息子にたくさん寂しい思いをさせて申し訳ない気持ちでいっぱいでした。寂しい思いをさせた分、下の子のお世話もありますが、時間の許す限りしっかり向き合ってあげようと思った体験でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/マメ美監修/助産師REIKO著者:岡本里沙1歳の活発な男の子の母であり、現役の歯科衛生士。自分自身の経験と育児について執筆している。
2020年09月12日初めての出産と育児は、負担が想像以上。「夫も事前にたくさん勉強してくれて、きっと協力してくれるはず!」と思っていても、「なんだか思っていたのと違う」ということが多かれ少なかれありました。そんな夫との温度差によって衝突してしまった体験談を紹介します。 忙しいながらも協力してくれる夫夫とは職場結婚で、私は出産を機に退職しました。季節によってまちまちではありますが、私が勤めていた会社は残業がそれなりにあります。私も自身の経験から、夫が育児に関われるのは週末くらいになってしまうだろうなとはじめから割り切っていました。 それでも夫はできる限り早く仕事を切り上げ、娘をお風呂に入れ、寝るまでの時間、一緒に遊ぶことを楽しみに頑張ってくれていました。 徐々に増え始めた「飲み会、断ったよ」報告毎日、会社を出る時間を連絡してくれる夫なのですが、娘が生後3カ月を迎えるあたりから「飲みの誘い、断ったよ」というメッセージが多用されるようになりました。 最初は「悪いな」「ありがたいな」と思うこともありましたが、だんだんと恩を売られているような感覚になってしまい、私のイライラが少しずつたまり始め、ついに夫と衝突してしまいました。 夫の真意とはもともと飲み会は断らずに出席していた夫は、あまり頻繁に行くのは私に悪いと思っていたようで、その点は私も納得できました。また、「お風呂に入れなくては!」という使命感とお誘いを断るしんどさの板挟みになっていたようで、その気持ちをわかってほしいという意味も含まれていたようです。 恩を売る気はなかったようですが、「毎日ひとりで娘の世話と家事をしながら生活しているなかで、曲解して受け取ってしまう私の精神状態も考慮して」とお願いし、仲直りしました。 男性と女性の考え方や感じ方は、まったく違うと言います。私もこの経験でそのことが身に染みました。育児中心になる私、仕事とのバランスが難しい夫、それぞれの思いをしっかり共有することが大事なのだと学びました。 イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:猿渡うみ0歳女児の母。出産を機に会社を退職。妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年09月11日Instagramで大人気のニシカタさん(Instagram@c_nishikata)の育児エピソードをお届けします。 今回は、1万人以上がいいねした、Eテレあるあるのお話です。 これは、えみりんだけでなく私にも当てはまります……!月中あたりで「あー、そういえばこの曲毎日流れてるな〜。これが今月の曲なのね」と気づき、後半あたりで愛着がわき、月末あたりで完全にお気に入りになり、翌週からは流れないという……。過去の今月の歌が流れるとリアルタイムで流れてた時を思い出します。特に私が好きなのはこのあたりです↓「デビル・ビビる・ガンバる!」おかあさんといっしょを初めて見た月の「今月の歌」がこれだったので印象深い。濃いめのメイクした二人がかわいいっ……!あとゆういちろうお兄さんのダンスがね……愛らしいんだよ……。デビルっていうか子犬みたいで……。「ミライクルクル」まこと&あづきペアのデビュー月だったので、「まだちょっとテンションがぎこちなくて見てるこっちがドキドキするぜぇ……!」といらん心配をしながら見てた記憶。この頃は、まだ「からだダンダン」で「がおーっ!」とか言ってなかったよね、まことお兄さん……!「はらぺこカマキリ」中毒性のある音楽と切ない歌詞……。このカマキリ餓死するよね?と心配しながら見てました。今でもたまに流れると見入っちゃいます。えみりんはこの歌で、かまきりという単語を覚えたっぽいです。きりがないのでとりあえずこの3つで(笑)!リアルタイムでは見てなかったですが、「かたっぽちゃんとかたっぽちゃん」もかわいくって大好きです!ちょうどハマったころに終了しちゃうのは、「おかあさんといっしょ」世代のお子さんがいるママあるあるですよね……! ニシカタさんの最新マンガはInstagramやアメブロで更新中です。ぜひチェックしてみてくださいね。 この投稿をInstagramで見る ニシカタ(@c_nishikata)がシェアした投稿 - 2019年11月月15日午後3時54分PST著者:イラストレーター ニシカタ2018年1月、長女を出産。インスタで出産、産後、育児レポートマンガを更新し、人気に。ゲームと海外ドラマとデパ地下が好き。
2020年09月11日この記事では、出産時に子宮口が開かない場合の対処法について助産師のREIKOさんが解説しています。状況によって陣痛促進剤を使用したり、帝王切開になることもありますが、ママ自身がおこなえる対処法を紹介します。 お産が進むと子宮口が徐々に開いていきますが、妊婦さんにより個人差があり、なかなか開かないことがあります。今回は、子宮口が開かない原因と開かないときの対処法、また妊娠中におこなっておきたい対策をお伝えします。 子宮口が開かない原因子宮口がスムーズに開かないと、分娩には至りません。初産婦さんで30時間以上、経産婦さんで15時間以上経過しても赤ちゃんが生まれない場合、「遷延分娩(せんえんぶんべん)」と判断され、母児ともに悪影響が及ぶことがあります。そのため遷延分娩と判断された場合、状況によって帝王切開になることもあります。 子宮口がスムーズに開かない要因はさまざまあります。●微弱陣痛●逆子・回旋異常●軟産道強靭など さらにこれらの要因もさまざまあり、複数の要因が関連して生じていることも多くあります。 子宮口がなかなか開かないときの対処法子宮口の開きがスムーズでない場合、その原因に合わせて対処していくことが必要です。状況によって、陣痛促進剤を使用したり、帝王切開になることもあります。ここではママ自身がおこなえる対処法について紹介します。 ●休息と食事長くつらい陣痛に向き合っていると、なかなか休めず食事もとれないということもあるかもしれません。ですが、疲労やエネルギー不足は微弱陣痛の原因にもなります。陣痛と陣痛の合間に休んだり、食べられる物を食べるなどして陣痛を乗り切りましょう。 ●じっとしているのもNG痛みがあるとあまり動きたくないと思ってしまいませんか? 可能であれば歩いたり、入浴したりすることでお産が進むことがあります。 ●体を温める体を温めることで血行もよくなり、リラックス効果も得られます。入浴、足湯、腰を温めるなど、体を温めるのもおすすめです。 ●リラックスお産するうえで、なかなかうまくできないのがリラックスです。お産が進むにつれ、体に力が入ってしまうかもしれません。ですが、子宮口が全開大するまでは、なるべくリラックスするようにしましょう。ラクな姿勢をとったり、呼吸法をおこなったり、好きな音楽を聴いたり、場合によってはアロマを活用しても。陣痛中の過ごし方については、産院によってNGの事柄もありますので、事前に確認しておくと安心ですね。 妊娠中におこなっておきたい対策法 ●体重管理妊娠中に体重が増えすぎたり、もともと肥満体型であったりすると、微弱陣痛などのさまざまな合併症を引き起こす危険性があります。妊娠中は脂っこい食べ物などを控える、無理のない範囲で体を動かすと同時に、不足しがちな鉄分やカルシウムを積極的に取り入れましょう。 ●適度な運動で体力アップ!妊娠中に激しい運動は禁物ですが、適度な運動は体力維持やストレス解消にも効果的だと言われています。臨月になったらウォーキングなどの有酸素運動に取り組みましょう。 ●イメージトレーニング特に初産婦さんの場合、分娩中に痛みや恐怖から、過緊張に陥ってしまう場合があります。妊娠中に分娩の進み方をよく理解しておき、日ごろからイメージトレーニングをおこないましょう。 また、緊張したときにはゆっくり息を吸って吐く、いわゆる呼吸法の練習もしておくといいでしょう。呼吸法にはさまざまな手法がありますが、陣痛のタイミングに合わせてしっかり息を吐くことを意識しましょう。 ママたちの体験談 出産予定日より5日遅れの出産でした。陣痛も器械では波が出てるのにまったく痛みを感じず微弱陣痛でした。妊娠して16kgも太ってしまって、怒られてるくせにろくに運動もしなかったのが微弱陣痛の原因だと思っています。微弱陣痛のデメリットは陣痛が長時間になるのと、子宮口が開くのが遅いということで、私も結局、丸一日陣痛に耐えました。後半の陣痛のしんどさのおかげで出産自体は意地でも早く終わらせてやる!!と意気込んで3回のいきみで産みました。やはり自分のためにも太らないようにするのと、妊婦だからといって大人しく1日過ごさないようにすることを学びました。(ほのかりんママ さん) 初産ということもあり、陣痛とともになかなか進まないのが子宮口の開きでした。朝の健診のときも2~3cmと言われていて、入院したときにもまだ3cm、徐々に痛みの間隔が狭まって内診にいっても5cm程度、分娩台にあがるときも6cmと、なかなか子宮口が開いてくれませんでした。陣痛と闘いながらの病室と内診室の往復がつらかったのを覚えています。なかなか進まない陣痛にしびれを切らしたのは夫で、お産を進める働きがある足首の三陰交というツボを押してくれていました。ツボを押されると陣痛は強まっていくような感覚がありました!(中略)それからはしばらくすると子宮口は全開大に。人工的に破水をし、30分ほどで長女が誕生しました。出産からからまもなく6年が経ちますが、突然の入院となかなか進まない陣痛、分娩間際の気の抜けちゃうようなエピソードはまだまだ鮮明な記憶です。(あきひめいちごさん) 出産予定日の2週間前、定期健診での診察後、「じゃあ、また来週来てね」とお医者様に言われました。この時点では、まだ生まれそうにないのかなと思いながら病院を出ました。程よく疲労し帰宅すると、妊娠中の寝不足も相まってそのまま昼寝。次に目覚めたのは夏だというのにとっぷり日も暮れた時間でした。そして、おなかに波のある痛み!? 夫が帰宅するころには10分間隔になり、産院に電話しました。初産だったため、「ゆっくりでいいですよ」と電話越しの助産師さん。しかし、陣痛は順調に短くなり、すぐに10分以内に。ここでようやく車で片道20分の産院へ向かったのでした。病院に着くと、すぐに陣痛室で内診。「今3cm、これはお産に進みます。平均で15時間くらいですね」と助産師さん。そのとき、おなかの中で「パァンッ!」とはじける感触。破水です。ここから急にお産が進み、耐えられない痛みに。「これが10時間以上?」と絶望とも言える感情を抱いた瞬間「はい、足開いて! はい、いきんで!」「え? え? え?」……結果、3時間程度のスピード出産でした。出産には糖分と体力が必要。何気なく食べたパフェに直前の昼寝は必然だったのかなと自分に感心したできごとでした。(半田あきらさん) 子宮口がなかなか開かないと焦ったり不安になったりしてしまうかもしれません。できるだけ落ち着いてリラックスして臨めるよう、妊娠中に出産の流れをイメージトレーニングしておくといいですね。また、妊娠中に適度な運動を取り入れて体力をつけておくことも大切です。 監修者・著者:助産師 REIKO医療短期大学専攻科(助産学専攻)卒業後、大学附属病院NICU・産婦人科病棟勤務。 大学附属病院で助産師をしながら、私立大学大学院医療看護学研究科修士課程修了。その後、私立大学看護学部母性看護学助教を経て、現在ベビーカレンダーで医療系の記事執筆・監修に携わる。
2020年09月09日初めての妊娠・出産で何もわからず、SNSで先輩ママたちの出産体験談などを読んでいましたが、いざ自分に陣痛を体験してみると想像とはまったく違うものでした。しかし、先輩ママさんたちのアドバイスを聞いていたおかげでできたこともありました。陣痛から出産までの私の体験をお伝えします。 いつもと違ったおなかの痛み臨月に入ったあたりから、夜中の2時ごろに起きてトイレに行くのが日課になっていました。その日は夫が4時に家を出ないといけない日だったので、起きてソファで横になっているとおなかのあたりに違和感を覚えたのです。そのときは軽い生理痛のような痛さで、「もしかしたら今日生まれるのかな〜」と考えるほど余裕がありました。4時前から痛みの間隔を計り始めたのですが、このときはまだ6〜15分とバラバラ。まだ痛みに余裕がありましたが、家を出る夫に「もしかしたら、今日生まれるかもしれないよ」と伝えておきました。 弱いおなかの張りから陣痛へそこまで痛さを感じないときにシャワーを浴びて入院準備をし、腹ごしらえにとアイスクリームを食べておきました。これらは、先輩ママの出産エピソードを読んでいたからできたことで、シミュレーション通りでした。7時ごろに病院に電話をかけると、「初産なのでおなかの張りが5分間隔になって、ごはんが食べられなくなるほど痛くなったら来てくださいね」とのことでした。 いよいよ病院へ向かい、ついに出産!10時を過ぎると、一気に5〜7分間隔の陣痛が始まりました。10時40分過ぎに病院に電話をし、向かうことに。車は上下に揺れ、陣痛が来るととても苦しく、ジェットコースターに乗っているようでした。病院に着いたときには子宮口はすでに6cm開いており、しばらくして分娩台に移動して1時間ほどで赤ちゃんが生まれました。 出産体験エピソードは参考程度にしかならないかもしれませんが、してよかったこと・すべきことなどはとても役に立ちました。私の場合ですが、家から出発直前まで「まだ食べられるな」などと考えていました。早く行き過ぎても帰らされる場合があると聞いたことがあったので、ギリギリまで耐えていましたが、陣痛中の車移動はとてもつらかったです。次回は少し余裕を持って移動したいと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:やすだ おと一女の母。妊娠・出産・子育てに関する体験談や、自身の海外留学、旅行についての記事を中心に執筆。
2020年09月07日Instagramで大人気のニシカタさん(Instagram@c_nishikata)の育児エピソードをお届けします。 今回は、ママたちから「わかる~!」の声が多くあつまった、子育てあるあるのお話です。 私だけかもですが。子どもの体調不良で、当日キャンセルになる確率の高さ!これは産んでみて体感しました。独身時代、当日キャンセルなんてほぼなかったのに……。子どもがいないときのドタキャンは「えーーー!!!」っと思ってしまうけれど、小さい子どもがいると、急な体調不良でドタキャン続出しますよね~。 キャンセルしたり、されたりで、お互い様精神が身につくのは、子育て中の超あるあるです!この投稿には、1万以上のいいねが寄せられ、多くのママやパパたちの共感を得ていました。 ニシカタさんの最新マンガはInstagramやアメブロで更新中です。ぜひチェックしてみてくださいね。 この投稿をInstagramで見る ニシカタ(@c_nishikata)がシェアした投稿 - 2019年11月月15日午後3時54分PST著者:イラストレーター ニシカタ2018年1月、長女を出産。インスタで出産、産後、育児レポートマンガを更新し、人気に。ゲームと海外ドラマとデパ地下が好き。
2020年09月04日長女を無痛分娩で出産する予定でした。しかし、麻酔中のトラブルで、途中から自然分娩に切り替わることに。さらに、出産後直後から激しい頭痛が起こり、私は起き上がれない状態になってしまいました。低髄圧症候群と診断され、産後1週間寝たきりになってしまった体験談です。 無痛分娩、陣痛から入院までお兄ちゃんの立ち合いを希望していたので、長女は無痛分娩の予定でした。陣痛が始まってから麻酔をする計画で、医師からは陣痛の間隔が10分になったら病院に連絡をとの指示。 その後、妊娠38週2日の深夜0時過ぎに前駆陣痛が始まり、1時間ほどで10分間隔になったので病院へ! すぐに分娩室に入り、麻酔が始まったのでした。 麻酔をかけ始めてから…まずい!麻酔をかけ始めてすぐに陣痛を感じなくなり、こんなにラクなのかとうれしくなりました。夫と笑顔で会話する余裕ぶり。すると、ふわふわと夢の中にいるような感じになってきたのです。あぁ、目をつぶったらこのまま気持ちよく眠れそうだ……と思ったそのとき、まずい!と我に返ったのです。 看護師である私は、無痛分娩での強い眠気は危険なサインであることを知っていました。冷静になって自分の状態を分析すると、強い眠気、呼吸が自分の意思でできない感じの息苦しさ、鎖骨周辺の感覚がないことに気づいたのです。これは危険だ! 麻酔がかかりすぎている! すぐに先生に伝え、麻酔は中止となりました。 麻酔を中止し普通分娩に麻酔を中止して10分ほどで、眠気などの異常な感覚はなくなりました。それと引き換えに襲ってきたのは陣痛です。それまですっかり忘れていた痛みが再開! 夢見心地の世界から一気に現実に引き戻されたような気分でした。それでも、とにかく頑張るしかない。無我夢中で臨み、1時間ほどで出産。 予定通りにはなりませんでしたが、母子ともに無事でほっとひと息。その反面、お兄ちゃんの立ち会いができず、残念な気持ちになりました。 出産後、まさかの事態にその日の昼食まではトラブルなく過ごすことができました。しかし、少し昼寝をして、起きようとした瞬間、頭を鈍器で思い切り殴られたような痛みが。あまりの痛さに倒れこむ私。 診断は、低髄圧症候群。無痛分娩の麻酔の副作用だと医師から説明を受けました。「麻酔がかかりすぎてしまった。さらに、脊髄液が外に漏れだして頭痛を引き起こしている」とのこと。 寝ているとと大丈夫なのですが、起き上がると強い頭痛に襲われ、トイレにも這って行く始末。食事も寝たまま。もちろん赤ちゃんのお世話もできません。ただただ、寝ているしかできない自分が不甲斐なく、本当につらかったです。何とか10日ほどで症状が改善し、退院することができました。 出産は何が起こってもおかしくありません。私の場合、麻酔がかかりすぎていると感じたときに、すぐに声をあげてよかったなと思っています。後日、対応が遅れたら危険だったと知り、少しでも変だなと感じたら我慢しないことが大切だとこの体験で学びました。そのおかげで子どもの健康状態に対しても気を付けるようになったと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:更田未央子 6歳と2歳の子を持つ母。看護師・保健師・養護教諭1種・FP3級の免許を取得。現在、高校生を対象とした学習塾の講師をしながら、FP2級を目指す。育児・教育・医療・金融・不動産について執筆中。
2020年08月31日夫婦ともに1人目の出産の経験から2人目も同じように考えていたら、まったく違う立ち会い出産になった、ちょっと笑えるエピソードを紹介します。 いくら2人目は早いと言っても…第一子の息子を出産時は、陣痛がずっと5分間隔のままで、子宮口も1cmから全然開かない状況が続きました。そして子宮口が全開大し破水するまで24時間かかり、その後も何度いきんでも全然息子が出てこず……。最終的には酸素マスクをつけられ、先生に押し出されるという形で出産を終えました。出産後、息子の頭が大きくて出なかったと聞かされましたが、トータル36時間の長く、つらい出産でした。そんな第一子の出産を経験してる私たちだったので、2人目は早いと言っても1日くらいはかかるだろうと思っていました。 出産予定日3週間前から前駆陣痛やおしるしが続いていたものの、結局出産予定日も過ぎてしまい、妊娠40週に突入。先生と相談して、卵膜剥離をしても陣痛が来ない場合は1週間後に薬で陣痛を起こすと決め、この日は卵膜剥離の処置をしてもらい帰宅しました。 その日は30分〜1時間おきくらいに痛みが起き、夜中3時過ぎに痛みで目が覚めたので、陣痛アプリを使うと10分間隔。いびきをかいて寝ている夫と息子を起こさないようにシャワーを浴び、陣痛の合間に出産入院の荷物の最終確認をして、軽く食事をとりました。そして6時過ぎに産院に電話すると「経産婦さんなのでもう来てくださいね」と言われたので、夫と息子を起こして産院に向かいました。 夫よ、どこへ行った?診察を受け、分娩室でいろいろな器具をつけられたのを見届けた夫は、息子を保育園に。私は先生に「自然に進むのを待つか、早めるか」と聞かれ、第一子のときの2日徹夜を思い出し「早く産みたいです!」とお願いしました。そのとき子宮口は4cm開いていたのでバルーンを入れ、6cmになったところで陣痛促進剤の点滴を開始しました。 その間にも陣痛は徐々に短く強くなっていたのですが、戻ってきた夫がモニターの波形をみて「おぉ、今陣痛来てる?」とか「痛い?」とか聞いて来て落ち着かないので、助産師さんが「進んだらまた呼びますから、待っていてください」と夫を一旦退室させてくれました。それが11時ごろ。 夫は追い出されている間に、市役所に行ったり、お昼ごはんを食べたりしていたようです。一旦病院に戻ってきたようなので助産師さんが夫を呼びに行ってくれたのですが、部屋におらず……。助産師さんが探してくれて「旦那さん……診察受けていました」と戻ってきました。夫は風疹の抗体があるのか検査をしてもらっていたそうで……なぜこんなときに……。 13時ごろ、陣痛が2分間隔になり、子宮口は7cm。「うーん、夕方くらいまでかかるかなぁ」と助産師さんに言われたのですが 13時半ごろ、急にズシンとお尻に力が入る陣痛が来ました。2回ほど耐えたのですが、3回目はいきみのがしができず……。「何か出そうです!!」と叫んで暴れてしまい、助産師さんが慌てて私の足を抑えバタバタしているときに、入ってきた夫が呆然としているのが目に入りました。 たまたま先生が通りがかり「あら〜頭もう見えてるよ!」と慌てて麻酔をして会陰切開をしてくれていきんでいいよ!と言われた瞬間に1回いきんだだけで生まれました。13時40分、病院に着いてから6時間のことでした。 間に合ってよかった第一子の出産のときに比べ、かなりの余力を残して出産を終えた私はだいぶ元気で、テンションもあがって赤ちゃんの写真を撮りまくっていたのですが、ギリギリ立ち会えた夫の第一声は「俺、何の役にもたたなかった……」でした。 第一子のときは出産ラッシュで助産師さんも看護師さんも足りなく、夫は腰をさすったり飲み物を飲ませてくれたりしてくれていたのですが、今回は私だけだったので助産師さんが付きっ切りでいてくれて夫は手持ち無沙汰→いろいろ用事を済ませてギリギリに帰ってくるということに。同じ病院内にいるのに、立ち会いに間に合わなかった!とネタのようにならなくてよかったと思います。 ちなみに余談ですが、長丁場になることを考え、片道2時間半かかるところに住んでいる実父に息子を家で見ててもらおうと夕方保育園のお迎えから頼んでいたのですが、保育園のお迎え前に生まれてしまい、少し早めに病院に到着した父も「えっ!! もう生まれたの?! 俺、何しに来たんだろう……」と、これまた唖然としておりました。 第一子の出産のときに36時間かかった私は、病院に着いて30分とか1時間で生まれるという話はまったく信じられず、前日の陣痛の予兆も夜中の陣痛が始まってからも「まぁまだ生まれないだろう。とりあえずアレとアレをやってからにしよう」と夫婦ともにのんきだったなぁと反省しました。経産婦さんは特に進みやすいとのことだったので、もし3人目を産むなら夫には病院から出ないでほしいと伝えようと思いました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:兼松あかりイヤイヤ期真っ只中2歳10カ月の息子と8カ月の娘の二児の母。バイオ系研究員や知的財産の仕事を経て、引き出物プランナー・贈り物コーディネーターとして活動中。書籍を出版したことがきっかけでライター業もおこなう。
2020年08月31日私の1人目の子どもは、出生体重が3,400gと大きめの赤ちゃんでした。そして2人目は、出産3日前の健診で3,300~3,600gぐらいだろうと言われていました。「前回と同じぐらいかな」と思っていたところ、いざ産んでみると……!? 私の驚きの出産体験談をご紹介します。 前回と同じようにスピード出産?1人目の出産は、3時間半というスピード出産でした。2人目の今回も、病院に着いて診察すると子宮口が8cm。すぐに分娩台へ移動しました。30分ほどで子宮口が全開大し、「赤ちゃんが出た!?」と思った瞬間、思いもよらぬことが起きたのです。 どうやら赤ちゃんの肩が出ず、止まってしまったようでした。私は「そんなことある!?」とプチパニックに。さらにその状態で、これまで絶え間なくきていた陣痛もストップ……。そのとき、先生が動きました。 いざ産んでみたら、4,018gのビッグベビー!「乗るね!」と私にひと言かけ、先生が私のおなかの上に乗りました。私は衝撃を受けましたが、最後の力を振り絞っていきみます。そして、3回ほどいきみを繰り返して、ようやく赤ちゃんが誕生したのでした。 赤ちゃんの出生体重は、なんと4,018g! はじめは分娩室で聞こえてきたその数字が、出生体重だと気付きませんでした。ベテランの助産師さんにも、最近はなかなかいないと感心されてしまったほどです。 ハラハラもしたけど、元気に生まれてくれた!対面したわが子は、新生児らしからぬムチムチボディ。泣き声もとても大きく、元気いっぱいでした。結果的に、自然と会陰が少し切れてしまったり、最後の最後でハラハラしたりもしましたが、3時間もかからなかったこともあり、思い返すと安産だったのではないかと思っています。 やはり、ひと筋縄ではいかないのが出産ですね。2人目の出産ということで初産よりは慣れていたものの、4,000g超えの赤ちゃんを産むのはひと苦労でした。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO ◆関連動画出産ドキュメンタリー 著者:小林夏希4歳と1歳の二児の母。フリーライターとして育児・インテリア・住宅関係の媒体を中心に記事執筆をおこなう。
2020年08月31日私は出産後、初めての育児と家事をこなすことで精一杯になりながら毎日を過ごしています。しかし、今まで日中ベビーベッドで寝ていた赤ちゃんが、突然ベビーベッドに寝かせると泣いて起きるようになってしまい困っていました。そんなある日、赤ちゃんがベビーベッドでお昼寝をしない、予想外な理由を発見したのです! ベビーベッドに寝かせると泣く私は赤ちゃんが生まれてからずっとベビーベッドで寝かせていました。しかし、生後1カ月ころから赤ちゃんが日中ベビーベッドで長時間寝なくなったのです。私が赤ちゃんを抱っこしてる間は寝ているのですが、赤ちゃんをベビーベッドに寝かせると10分ほどで泣いて起きるようになりました。 泣いて起きた赤ちゃんを、私はまた抱っこしながら寝かせて、赤ちゃんが寝たらベビーベッドに連れていきます。そして、また10分ほどで赤ちゃんが泣いて起きるの繰り返しで、私は家事がほとんどできずに困っていました。 抱っこのし過ぎで手首が痛くなる赤ちゃんが長時間ベビーベッドで寝なくなったため、赤ちゃんを抱っこしている時間が増えました。私はよく左手を使って赤ちゃんを抱っこしていたため、半月が経ったころから、左手首と左肩に痛みを感じるようになりました。 日中は育児と家事の忙しさで左手の痛みを忘れられていたのですが、夜になると痛みが強くなって動かすことがつらかったです。このままでは左手の痛みはひどくなっていく一方だと思い、赤ちゃんを寝かせるためにバウンサーを使ってみたりしましたが、効果はありませんでした 赤ちゃんが泣いて起きる原因を発見!ある日の日中、私はいつものように赤ちゃんを抱っこしていたのですが、赤ちゃんと密着しているため暑く感じてエアコンをつけることにしました。エアコンをつけたあとにどうしてもトイレへ行きたくなり、私はまたすぐ泣いて起きるんだろうなと思いながら赤ちゃんをベビーベッドに寝かせました。 すると、トイレから戻ってくると、赤ちゃんがすやすやと寝ているのです! 赤ちゃんはそのまま、ベビーベッドで夕方ごろまで寝続けました。もしかしてと思い、この日からエアコンをつけてみると赤ちゃんがベビーベッドで寝るようになったのです。抱っこのほうが暑いと思うのですが、わが子にとっては日中のベビーベッドのほうが暑くて不快に感じたのかもしれません。 赤ちゃんが暑いせいで泣いて起きていたなんて思いもしませんでした。しかし、夜ベビーベッドで寝ていたのは日中より涼しかったからかと思い当たる節があります。大人が暑いと思っていなくても、赤ちゃんにとって暑いことがあるんだなと学びました。不快な状態のせいで泣いていたことに気づけず、ごめんねと思った出来事です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:佐藤ふみ1男の母。結婚を機に離職。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年08月31日よく「鼻からスイカが出るほど痛い」と言われる出産。でも経験するまでは、そんなこと言われてもイメージできない、痛い痛いとは言っても自分の気持ち次第でなんとかなるはずと思っていました。そんな私の絶叫陣痛体験談をお話しします。 妊娠中の私のバースプラン誰かの出産を身近で経験したこともないし、何から何まで初めての体験になる自分の出産。この体からどのように赤ちゃんが生まれてくるのか、思い浮かべてみてもあまりイメージできずにいました。 妊娠中に考えた私のバースプランには、「なるべく穏やかに出産に挑みたい」というもの。「生まれてくる赤ちゃんも大変」ということも頭にあったので、母としておなかの子に「大丈夫だよ」と語りかけるようなイメージで、落ち着いて、取り乱したりせず出産したい。そんな風に考えていました。 破水から始まった出産自分の出産が陣痛から始まるのか、破水から始まるのか、陣痛が来なくて誘発剤を使うことになるのか、こればかりは事前にはわかりません。 私の初めての出産は、妊娠40週で破水から始まりました。夫が休みの間に陣痛が来てほしいなと思い、スクワットなどいろいろ試してみたりしたのですが陣痛は来ず。諦めて「一旦考えないようにしよう」と思っていたら、明け方、寝ているときに破水が起きました。初めての経験でしたが「これは破水だ」とわかり、すぐに夫と一緒に産院へ向かいました。 破水が起こったことにより「これから出産が始まるんだ」という心構えもできたように思います。 叫ばずにはいられない!陣痛がどんどん強くなり、子宮口が7cmほど開いてきたころから「これは思いの外痛いぞ」と感じていました。陣痛の波が来るたびに今まで経験したことのない痛みがやってきます。頭では「痛い」と叫んでもどうしようもないことはわかっているのですが、叫ばずにはいられませんでした。 ただただその時々の状況についていくのに精一杯で、持参したアロマもCDも使う余裕がありません。今では笑い話ですが、「い……痛い! 痛い! ギャー!」と叫ぶことで体力を消耗し、陣痛が引いている数分間は眠ってしまう私を見て、夫はそれはそれはものすごく心配したのだそうです。 大絶叫のなか、結果的に破水から6時間で無事に赤ちゃんは生まれてきてくれました。助産師さんからは「もっとかかるかと思ったけれど、早かったね!」と言われ、お産の進みも早く安産でした。 知人から、「陣痛で待機している間、隣のLDRから“痛い!” と叫んでいる声が聞こえて、出産が怖くなった」という話を聞き、私はそうならないようにしようと出産前は思っていました。ですが、いざ自分の出産となると絶叫……。叫び声はきっと隣の部屋にも聞こえていたでしょうから、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。今思うと、私は叫ぶことで痛みから気をそらしていたのだと思います。何もそんな風に気をそらさなくてもよかったのですが……。出産は理想通りにはいかないものだな、と身をもって実感しました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:立田みのり一男一女の母。妊娠、出産を機に退職後、現在は自身の経験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年08月29日STEAM教育って何?
子育て楽じゃありません
細川珠生のここなら分かる政治のコト