「出産」について知りたいことや今話題の「出産」についての記事をチェック! (24/68)
■前回のあらすじ陣痛が始まってから28時間経過。陣痛促進剤は使わずにがんばるえなりでしたが、「破水させた方が、お産が進む」との助産師さんの提案で、人工破水をさせたのでした。■無事に人工破水はしたが…■お産が進まなかった原因が、いよいよ判明!お産が進まなかった原因は、回旋異常でした!!スピード安産のためにたくさんの努力をしても、結局は赤ちゃん次第と気づくえなりでした…。回旋異常には、分娩が進行せず微弱陣痛になるパターンもあるようですが、私の場合は強い陣痛が続いたままお産が進まない、という最悪パターン。さて、赤ちゃんはこのまますんなり出てくるのでしょうか…? 次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月12日■前回のあらすじ拷問のような苦痛、疲労、先の見えない絶望…。限界の状態なのに、子宮口がいっこうに開かない現実に大号泣。本当に生まれてくるのか疑問すら感じ始めたえなりに、助産師はアロマバスを勧めるのでした。■とうとう28時間経過…■医師の診断は…すでに限界を超えてるのに、これから陣痛促進剤を使うなんて…結構壮絶なレポになってしまったので、産むのが怖くなってしまう人がいるかもしれませんが…こんな経過を経ても、最終的には出産は感動的で幸せなものだったので、安心してくださいね。次回、子宮口が開かなかった原因が判明します!!次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月11日■前回のあらすじ短くならない陣痛間隔と、いっこうに開かない子宮口。気が狂いそうな痛みになり夫にキレ散らかしてしまいますが、夫は睡魔に勝てずにまさかの熟睡。一人で耐える地獄の長い夜が始まったのです…。■超絶不安な、地獄の夜。夫ぴろは苦しみのど真ん中にいる私を取り残して眠ってしまった。助産師さんも忙しく、完全に一人の戦いになってしまったのです…。※あくまで筆者の体験談です。「私生きてるよね? なんでこんな痛みの中で生きることができてるんだろ?」と意味のわからないことを考えながら、苦しんでいました。■拷問のような苦痛と睡魔とつらさで、身も心もボロボロに…。こんなにつらい夜は人生で初めてでした。気絶しそうな痛みが3分ごとに繰り返される地獄をひとりで何時間も耐えたのに、お産が進んでいなかった絶望。朝、4センチだと言われた時は大号泣。「もう無理」と思いました。しかしこの後、またさらなる「試練」がえなりを待ち受けていたのであった。次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月10日■前回のあらすじ陣痛がひどくなり、叫んで必死に耐えるほどなのに、ちっとも短くならない陣痛間隔…。さらに追い打ちをかけるように、子宮口がたったの3センチしか開いていない事実を知り…。■痛みに耐えること4時間以上! 子宮口は…夫と「語呂のいい、2月22日(にゃんにゃんにゃん)の日に生まれておいで!」と声かけをしてきたのでしたが…。短くならない陣痛間隔と、開かない子宮口。想定外の連続に絶望…。■あまりの痛さに怒り爆発、その矛先は夫へ…陣痛間隔は短くならないのに…。生きているのがやっとのレベルの壮絶な痛みに耐えてる中で、必死に教えたのに「分からんもん!」と逆ギレされたので、怒りが大爆発!!一人の戦いが幕を開けた瞬間です。苦しみのど真ん中にいる私を取り残して、眠ってしまった夫。「昨日寝てるんだから、妻が命がけで苦しんでる一晩くらい一緒に頑張ってよぉぉぉ。」というのが本音でした(笑)次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月09日■前回のあらすじ豪華な陣痛室に通され、ついに陣痛は5分間隔に。しかし陣痛中以外は何ともなく、ヨガもスクワットも余裕です。そこにおいしい夕食が届いたのでモリモリ食べてしまいました。後に激しく後悔することも知らずに…。■あと4時間で生まれるのかな…だんだん不安に本当に想像を絶する痛みでした…。叫ぶのは良くないと聞きますが、そうせずにはいられませんでした。■立っても座っても歩いても…地獄のような激痛この時は、この痛みがMAXだと思っていました。この後さらに想像を絶する痛みが襲ってこようとは思いもしなかったのです。あ、このレポを読んで怖いと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、最終的には感動的で幸せなお産でしたよ! できることならまた産みたいと思っています!次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月08日第1子を出産後幸せな生活が待っていると思いきや、待ち受けていたのはさまざまな場面で口を出す義理家族との付き合いでした。孫のことを思って言ってくれているとはわかっているものの、いよいよ義理家族の言動に我慢ができなくなる私。でも我慢をしていたのは私ひとりではありませんでした。遠方から何のために来たの夫の実家にとっては初孫のわが子。生まれる前から楽しみにしていてくれたのですが、義母からの「出産時に立ち会いたい」などの要望はお断りしていました。しかし、陣痛が始まった伝えると県外からわざわざ会いに来たのです。夫以外は立ち会いはできないことは伝えていたので、分娩中は近くに義父母はいませんでした。しかし、当時体調を崩しがちになっていた義母は、初孫の顔をガラス越しに見たあと疲れてしまったようでした。 「ソファで横になって休んでね」と伝えたので、義母は私の病室のソファで寝ることに。正直、数時間前に出産した私の横で義母が寝ていてゆっくり休むこともままならず、私は気分がふさがってしまいました。結局義父母が滞在した2日間は赤ちゃんの抱っこは私しか許されず、義父母も仕事があるので帰っていきました。正直何をしにきたのかと首をかしげたくなりました。 3人での幸せな生活に横やり退院後里帰りを経て、3人での生活が始まりました。日中はワンオペでしたが、夫が夜勤の日は帰宅後に哺乳びんでの授乳やおむつ替えなどをお願いして、慣れないながら気持ちも穏やかに生活していました。退院後からは義父母と動画や写真を共有できるアプリで子どもの様子を送り、コミュニケーションをとっていたのです。 しかし、「赤ちゃんが便秘気味なら〇〇を水に溶かして飲ませたほうがいい」と健康食品をすすめてきたり、子どもの後ろでテレビがついている動画をアップすると「小さいころからテレビはよくない」と言ってきたり……。そしてそれは義母だけに留まらず、義母の姉妹や義母方の義祖母からも届き、最後には必ず「育児でわからないことがあれば義母に聞きなさい」と添えてありました。 ついに我慢の限界!初めての育児で不安なことは多かったのですが、自分たちで調べたりかかりつけの産科で先生や助産師さんに尋ねたりしていました。しかし、動画で育児の一部しか見ていない人から口を出されることは非常に腹立たしく、家族であっても助言は不快感しか感じられなかったのです。そしてある日、私は溜まった気持ちを、「義家族はどうしてあれやこれやと口を挟んでくるの。私の子どもだよ。お義母さんの子どもじゃないでしょ。もう何も言ってきてほしくない!」と、大泣きしながら夫にぶつけました。 夫はきちんと話を聞いてくれて「気持ちはわかったよ。でもママだけの子どもだけじゃなくて2人の子どもでもあるんだからね、一緒に育てよう」と言ってくれたのです。その後夫が伝えてくれたようで、義理家族からの助言は減っていきました。以降、穏やかな気持ちで育児に専念できたのです。 我慢していたのは私だけではなかった退院後は私の実家へ里帰りしていたのですが、慣れない育児に不安になっていたので、近くにいてほしくて夫には私の実家から会社に通ってとお願いしていました。しかし自宅のようにマイペースに過ごせず、私の実父母が常にいてゆっくり過ごすことはできなかったようでした。 「やっぱり自宅から会社に通うよ」と夫から言われ、結局1カ月の予定だった里帰りは2週間で終了し、3人で自宅に戻ったという経緯がありました。夫に自分の不満をぶつけたあと、我慢していたのは自分だけではなく夫も思うことはたくさんあったのだろうなと気づくことができました。 きっと私は産後のガルガル期だったのでしょう。しかし、産後のメンタルの状態を周囲に理解していてほしかったというのが正直な気持ちでした。ですが夫にも同様に我慢を強いていたのだと思うと、義理家族との付き合いの負担はお互い様だと感じました。現在第2子を妊娠中ですが、産後に同様のことを繰り返さないように、事前に話をして周りに理解してもらう努力をしていきたいと思います。 著者:山田えいみ自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2022年03月07日■前回のあらすじ待ちに待った陣痛が到来し、トントン拍子に入院が決定。バースプランの確認をし、恐怖の点滴の1回目も無事に済ませ、もうすぐ生まれる! と期待で胸がいっぱいになったのですが…。ようやく本格的な出産レポに入っていきます! 1話目でご紹介した通り、スピード安産を目指していろいろと努力したんですけどね…。この連載、全部で16話あります。今回まだ6話目。ということは…うん、お察しの通りです…。■まるで高級ホテル! 天国のような環境だが…■母と会話しながらとにかく耐える!痛みの質が変わってきていますが、この時はまだまだ余裕。いざ、次回より壮絶レポートの幕開けです!次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月07日■前回のあらすじ予定日2日前、いよいよ陣痛がやってきた! 10分間隔を確認するも痛みの波は落ち着いていたため、夫とふたりきりのラストランチデートを堪能。しかしその後痛みが増し、いよいよ病院に電話することに…。■想定通りの陣痛到来、このまま順調にいくのだろうか…■入院が決定! いよいよ出産間近!?そ、そしてついに…。めちゃくちゃ痛くてつらい点滴を、なんとかクリア!あと8時間の辛抱だと思うと、ソワソワが止まらないえなりなのでした。しかし、順調に進んで来られたのは、このあたりまでだったのです…。次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月06日■前回のあらすじ前駆陣痛もないまま予定日3日前を迎えたプレママ・えなり。日課の8キロウォーキングを兼ねたカフェめぐり、夫との外食を楽しんでいましたが、その夜お腹に変化が!?■つ、ついに、陣痛がきた!?生理痛で腰などが痛くなったことのないタイプですが、今回は腰とお腹が定期的にキューっと痛い感じでした。味わったことのない感覚だったので、これは陣痛では!? と気づけたのです。この時もまあまあ痛かったけれど、今振り返るとまだまだかなり軽いものでした…。このまま順調に入院できるのか? えなりの運命は…?次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月05日■前回のあらすじ健診でお腹の赤ちゃんが大きくなっていないと言われたえなり。さらにGBS陽性の発覚により、大嫌いな点滴をしながらの出産が確定し、また不安に押しつぶされそうになるのでした。■予定日直前、産まれる気配ナシ…?ちなみに出産直前まで歩き回ってた私ですが、万が一外で破水した時のために病院で習った通り、以下のセットを持ち歩いてました!・バスタオル・夜用ナプキン数個・大きいゴミ袋数枚(汚れ物入れや、タクシーに乗る時羊水で車内を汚さないためなど)■お腹が張る…これは陣痛のきざし?これが、待ちに待った陣痛の到来なのか!? いよいよ、出産レポが始まります!次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月04日妊娠・出産でたくさんの苦難を経験したあさのゆきこさんの記事「出産の記録~低酸素性虚血性脳症の娘と私」は、「妊娠・出産は奇跡だ」と大きな反響を呼びました。そんな命の尊さに感動したというコメントとともに読者アンケートで多かったのは、あさのさんがつづるリアルな気持ちに対しての「涙が止まらなかった」という声でした。読者はどんな場面に心を動かされたのでしょうか。■次々と起こる妊娠トラブル漫画家のあさのさんは、結婚後しばらくして妊娠。その後、妊娠8週目の検診で心拍が確認できず、繋留流産してしまいます。療養後やはり「子どもがほしい」と思ったあさのさんは妊活を再開し、数ヶ月後に妊娠。妊娠中は切迫早産の危険で入院することにもありましたが、9日後に退院。そして迎えた臨月…、それは起こってしまったのでした。その夜、あさのさんは腹痛に襲われます。いつもよりおなかの張りが強く、迷った末、夜中病院に電話し相談した上で病院へ。医師が来て急にあわただしくなる病室…。そして、緊急の帝王切開をすることに。わけもわからず手術台に上がったあさのさん。処置が始まり、その直後目にしたのは…。しかし、しばらくすると小さな泣き声が聞こえてきます。「生きてる!」ホッとしたのもつかの間、赤ちゃんはNICUのある総合病院に運ばれ、母子離れ離れになるのでした。産後、医師から「常位胎盤早期剥離を起こしていた」と聞いたあさのさん。仮死状態で産まれ、脳に後遺症が残る可能性もあると知ります。自身は約1.5リットルの出血と麻酔が切れたことで激痛に襲われ、頭はもうろうとしていました。赤ちゃんに付き添って総合病院に行っていた実母が「脳波もレントゲンでも異常ないって」と報告してくれますが、それを信じられません。産んだはずだけど、そばにいないから実感が湧かない。さらには産まれたとき赤ちゃんが真っ白だったことのインパクトが強すぎて、「大丈夫だよ」と言われても信じられない。不安な気持ちを抱え、良くないとわかっていながら赤ちゃんの診断名である「重症新生児仮死」「低酸素性虚血性脳症」の後遺症や予後を検索しまくり、落ち込むのでした。さらにあさのさんの病室はナースステーションの目の前で新生児室が近く、赤ちゃんたちの元気な泣き声が聞こえてきます。赤ちゃんの声を聞いたあさのさんは…、「みぞれ(赤ちゃんの名前)は喉に挿管されているので泣くことができません。このとき、みぞれはもう泣けないかもしれないと思っていて、元気な赤ちゃんの声を聞くのがとてもつらかった」「後遺症が残ったらどうしよう… なんでうちの子じゃなきゃいけなかったの…!」赤ちゃんの無事を目の前で確認できないことで、どんどん悲観的な気持ちになってしまうのでした。入院5日後、それは思いがけず決まりました。外出が認められ、赤ちゃんに会いに行けることになったのです。看護師さんも夫も「やっと会えるね!」と笑顔。しかし、あさのさんは怖くてたまらないのでした…。勇気を出して初めて対面した我が子、あさのさんはどんな感情を抱いたのでしょうか?■自分のことのように涙が止まらない! 読者の声あさのさんの心情を表現する言葉は、とても辛く苦しいものです。しかし、それらは読者に、妊娠・出産のときの思いを共有できる「仲間の声」として届き、大きな励ましとなったようです。思わず、あの日に戻った気がしました。涙が出て止まりませんでした。つい自分の体験と重なってしまいコメントしました。 流産を経験してから、他人の妊娠や出産の話題を聞くのが嫌になったり、自分自身が喜んであげられずモヤモヤしていたので、同じように悲しみと戦っている人がいると思えてうれしかったです。長女が2歳のころ第2子を妊娠。でも、妊娠18週で胎児死亡を経験しました。今いる子がいなくなるよりマシ。旦那さんになにかあるよりマシ。いろいろな「マシ」を探して産んであげられなかった子に背を向けました。1週間ほどして火葬。火葬の日はクリスマスでした。長女には本当に申し訳ないけど楽しく過ごすことができない1日になりました。でも、手紙とともにお空へ送ってあげて一区切り…。一段階だけ区切りがついたような気がしました。 私にはまだ長女がいたのが救いだったと思います。(常位胎盤早期剥離を)交通事故と思うようにしたというところが、私と同じで、泣けてきました。 苦しかっただろうと思います。心配させまいとして、赤ちゃんは大丈夫だと言ってる… 同じく新生児仮死、一部早剥を起こしてた私も、新生児科医に対してそう思っていました。低酸素性虚血性脳症の方の記事を見て、自分と重なってしまいます。共感し泣いてしまいました。初めて我が子と対面したときのこと、心境わかります。生きていてほしい、これから人生どうなるんだろう、この子にできることは何か? 私の場合は子どもは亡くなったのでそこで区切りがついていますが、生きている子どもだってたくさんいます。高度な医療が受けられるのは大変素晴らしいことですが、保護者や家族の心労は計り知れません。命ってなんだろう。助かる命、助けなきゃいけない命、人間らしい生き方って何? 人も自然の中では生き物。自然の摂理って? ふと考えることも多くなりました。NICUで赤ちゃんと対面した時の「今日も生きていてくれた」という感情にすごく共感しました。 毎日楽しみに拝見していました。私も訳あって緊急帝王切開となり、こどもと対面する時間もなくそのままNICUに連れていかれて2週間一切会えませんでした。記事と同じように、私が先に退院しました。私も「赤ちゃんのお世話がない分、回復に努めることができてよかった」と当時から思うようにしていましたが、やはり赤ちゃんに会えないことの寂しさはありました。母子ともに何もなく健康だったため今は育児真っ最中です。 泣き止まないときなど嫌になることもありますが、あさのさんの漫画を読むと、赤ちゃんに会いたいと思って泣いていた日々が思い出され、涙が出るとともに(産後まだ涙腺はゆるいままのようです)、一緒に過ごせることのありがたさを実感させられました。妊娠は不安の連続だと思います。その時に旦那さんがどれだけ分かってくれるかどうかが大切だと思いました。あさのさんと同じように大変な体験をされた方から届いた、切実な気持ちや胸が苦しくなるような共感の言葉。命は尊く、出産は奇跡であることを改めて痛感します。予想外のトラブルが次々と起き、そのたびにたくさんの葛藤や決断を迫られてきたあさのさん。苦しい思いをしたその先に待っていたものは…。心を揺さぶられるあさのさんの出産の記録は、ウーマンエキサイトに掲載されています。▼漫画「出産の記録~低酸素性虚血性脳症の娘と私」
2022年03月03日長女を出産してから約1年後、やはりきょうだいをつくってあげたいと思い、2人目を考え出しました。2人目は2歳差を希望していた私。結果わが家は2歳差ずつの3姉妹となったのですが、そのときに考えた、なぜ2人目が欲しいのか、ひとりっ子ではなくきょうだいをつくりたいのかという理由、そして2人目が2歳差であることのメリット、デメリットについてお話しします。 2人目が欲しかった理由私も夫も長女をひとりっ子にしたくなかった理由……それは、私は4人姉妹、夫は8人きょうだいと、多くのきょうだいのなかで時には切磋琢磨し、時には力を合わせながら一緒に育ってきたからです。私自身、今でも姉妹とても仲が良く、頻繁に連絡を取り合っています。 お互い頼りにし合い、今も昔もみんながいてくれてよかったなと思います。小さいうちは一緒に遊ぶ仲間として、大きくなってからは頼れる仲間として、一番身近な存在がいるといいなという思いで、2人目を考えたのです。 2歳差のメリットまずは、姉妹の歳が近いので一緒に遊べること。上2人はもちろん喧嘩もしますが、お互いいないと寂しいと言うほど、一緒にいることが楽しいようです。2人目が生まれる前は、私が家事をしなくてはいけないときに遊び相手がおらず、長女には寂しい思いをさせてきました。 今では2人で遊んでくれるので、母としては少しラクだなと感じることもあります。その他に、2歳差だと幼稚園や学校に一緒に通えて受験や入学もかぶらないこと、生活リズムが大きくはずれないこともメリットだなと感じています。 2際差のデメリット2人目妊娠中に長女が1歳児で、抱っこもまだまだ必要な時期でした。出産してからも0歳児を抱えながら、魔のイヤイヤ期を迎える2歳児と向き合うことになったので、今振り返ればとても精一杯で、次女が赤ちゃんのときの記憶が長女ほどないのが事実です。 また、私は育休を取っていたので、育休明けすでに妊娠しているという状態でした。育休明けの仕事についての話し合いの場で妊娠報告をしましたが、正直気まずかったです。数カ月復職してまたすぐ産休に入るので、収入の面でも影響がありました。 メリット・デメリットいろいろとありますが、わが家は2歳差でとてもよかったと思っています。10年ほど働いていた職場に迷惑をかけてしまったことは心苦しかったですが、小さな子どもたちが一緒に遊んでいる姿を見ると、うれしくて幸せで涙が出そうになります。赤ちゃんは授かりものなので、欲しいと思ってできるものではないですが、タイミング良くわが家にやってきてくれた子どもたちに感謝しています。 監修/助産師REIKO著者:北川なつみ5歳、3歳、1歳の3姉妹の子育て真っ最中のママ。保育士として約10年認可保育園に勤務し、現在は育休中。子どもたちと毎日たくさん笑って過ごしたいと、日々子育てに奮闘中。
2022年03月03日■前回のあらすじ妊娠初期の不安な毎日を乗り越え臨月に。ウォーキング、ソフロロジー式、マタニティヨガ、マタニティエアロビクス、ラズベリーリーフティーなどいろいろと実践し、スピード安産を目指したのでした。■もうすぐ会えるという時なのに…赤ちゃんが全然育ってないし小さい…と言われ、不安で不安で大泣き。お腹の中にいると見えないから、とにかく早く出てきてほしかった。エコーの体重の方は、あてにならないとの説もあったので、心配しすぎずポジティブにいようと思い直したのです。■赤ちゃんはきっと大丈夫! と思えた矢先に…GBS陽性もよくあるそうでしたが…私は点滴が苦手なので、めちゃくちゃ不安になりました。点滴しつつの出産はどうだったのか? はこれから描きますのでご期待ください!次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月03日※あくまで筆者の体験談です。分娩時の痛みの感じ方や分娩の進み方は個人差が大きく、効果や効能を保証するものではありません。はじめまして! 2歳になったばかりの男の子を育児中のコミックライター・えなりです。この漫画は、出産直後にハイになって、細かく出産の状況をメモした内容を元に描いています。第1話目では、プレママ・えなりがスピード安産を目指して実践してきた方法を紹介します。■不安だらけの妊娠初期を乗り越え、臨月に突入!未知との戦いに万全の体制で挑もうと意気込むプレママ・えなり。あたかもスピード安産が確約されたかのような、根拠なき自信に満ち溢れているが、その運命やいかに…。次回に続く「未知との戦い! えなりの出産奮闘レポ」(全16話)連載は12時更新!※この記事に記載された症状や治療法は、あくまでも筆者の体験談であり、症状を説明したり治療を保証したりするものではありません。気になる症状がある場合は医師にご相談ください。
2022年03月02日イラストレーター和田フミ江さんの「ママならぬ日々」第73話。無事出産して幸せ気分なはずなのになぜかモヤモヤ、その理由とは……!?夫と母はそれぞれ自宅に帰り、私は個室に移動。ひとりでゆっくり幸せ気分で休めればよかったのですが、なぜかモヤモヤとした気持ちが襲ってきました。 「ママならぬ日々」第73話 一番気になったのは、なぜ母子同室なのに赤ちゃんが新生児室に預けられたままなんだろう?ということ。忙しそうな助産師さんにあれこれ言うのもはばかられて、理由を聞くことができず、もやもやしたままベッドに入りました。あとで聞いたところによると、出産当日の夜だけは私がゆっくり休めるように、との配慮だったそうです。 今思えば、そんなに焦らなくてもよかったと思います。でも、そのときは「早くおっぱいをあげないとまずいんじゃないか?」「もっと抱っこしたかったのにできなかった。したほうがいいんじゃないか?」という考えに捉われてしまっていました。 出産したばかりの晴れ晴れとした気持ちは薄れて、じわじわと忍び寄るマタニティブルーズの影……。そんな思いとは裏腹に、翌日からは怒涛の新生児お世話マラソンがスタートするのでした。監修/助産師REIKO 著者:マンガ家・イラストレーター 和田フミ江姉妹の母。趣味はゲームと旅行と美味しいものを食べること。
2022年03月02日妊娠・出産。多くの人が経験してきたことであり、つい当たり前のことに思えてしまうものですが、すべてが順調にすすむとは限りません。あさのゆきこさんの連載「出産の記録~低酸素性虚血性脳症の娘と私」は、ひとつの命を授かり無事出産することが、どんなにすごいことなのか気づかされるとともに、「命って尊いものなんだ」と改めて真摯(しんし)な気持ちにさせてくれる連載です。■次々と困難が降りかかる妊娠・出産主人公のあさのさんは30代の漫画家。以前は東京に暮らしていましたが、結婚を機に地元の京都に戻りました。結婚して半年後、あさのさん夫婦は妊活を始めます。そして、初めての妊娠が発覚! 自分のおなかに赤ちゃんがいるんだ! と不思議な気持ちになったり嬉しくなる反面、仕事が大事な局面を迎えていることもあって、不安で急に涙が流れてしまうことも。そんなある日、妊娠8週で検診に行った際に悲しい事実が発覚します。赤ちゃんの心拍が確認できなかったのです。医師から告げられたのは、繋留流産。あさのさんは、仕事のことを考えて妊娠を素直に喜べなかった自分を思い出し、罪悪感と喪失感でいっぱいになるのでした。流産をしたことで、あさのさんの「赤ちゃんがほしい」という気持ちがより強くなります。療養後、妊活を開始。しばらくして、なんと「赤ちゃんが来てくれた」のです! しかし、前回の流産があったことから、「何かあるかもしれない」と喜びすぎないようにするあさのさんでしたが…。エコーで赤ちゃんを見たことで、妊娠を実感したのでした。しかし、今度の妊娠には、つらい出来事がたくさんありました。妊娠7ヶ月の終わり頃、あさのさんに最初の異変が訪れます。おなかの張りが強く切迫早産の危険があり、急遽入院することに。その後9日間の入院でおなかの張りは落ち着き無事退院。「大変な思いをしたんだから、もうトラブルは起こらないよね?」退院時にそう思うあさのさん。しかし…。臨月に入ったばかりのある夜のことでした。腹痛が起こり、おなかはずっと張りっぱなし。「何かおかしい…」と迷った末、夫を起こして病院へ行くと…。常位胎盤早期剥離とは、正常に付着した胎盤が赤ちゃんの出る前に子宮からはがれてしまうこと。そうなると、赤ちゃんは胎盤から酸素をとれなくなってしまいます。お願い! 無事に産まれてきて!果たして、あさのさんの出産は? 赤ちゃんの容体は? 早く無事を知りたくて、祈りながら読み急いでしまうこと必至の展開です。■妊娠・出産は奇跡の連続! 読者のコメントあさのさんの出産記録を読んだ読者からは、「妊娠・出産は奇跡だ」という声が多く届き、また自分の出産のときに起きた出来事や、そのとき抱いた感情を思い出す人もいました。改めて、命の尊さを思い知らされました。そして、みんな当たり前のように妊娠・出産できるとは限らないと気付かされました。私はたまたま元気な子を出産できましたが、私の身に起こっても何ら不思議ではない出来事だなと思いました。我が子を大切に大切に育てたいと思いました。いつも思うのですが、皆さん「普通」に出産できて「普通」の子が産まれてくる事をイメージしすぎじゃないですか? ネガティブになれとは言いませんが、「普通」がいかに幸せなことか考えてほしい。20歳で出産した。保育の専門学校時代60人1クラスだったが、このクラスで障がいのある子の親になる人は、3、4人いると言われた。また、心室中隔欠損は100人中2、3人の確率と言われた。若いからって障がいや病気の子を産まない保証はない。宝くじに当たる確率より高い。自分が健康で生きてこれたのが当たり前ではない事に感謝した。緊急帝王切開のときの泣き声が聞こえない不安…スゴくわかりました。ここまで書いていただきありがとうございます。 怖かった…ひたすら怖かった。でも…覚えててよかったと思っています。妊娠もお産も、自分が思い描いた出産と違うんだなと経験して知りました。計画的に立ち会い出産などできるのは幸せだと思います。妊娠から出産までの時間も大切ですが、出産後こそ一番ママの体をねぎらってほしいです。お産にどんな事が起きても、頑張って生まれてきてくれた我が子は愛しいですし、本当に奇跡だと思います。出産は人それぞれ違って、大変。 とりあえず、無事生まれてよかった。 異常時は産声が本当に嬉しい。 よく、異常に気付けたなと思う。 それだけ、通常と違ったのかな…と。 当時まだネットなどの情報はあまりなく若かった事もあり悪い事がおきるなどと考えもしていませんでした。この記事にある早期剥離の時の本人と赤ちゃんの死亡率を見てあらためて思い出す怖さと無事に出産できたことに感謝しました。出産ってほんとに母子が生きてることがどれだけ幸せなことか改めて気づきました。当たり前に思ってても次もし妊娠したら自分がその立場になるかもしれないという「命懸け」な事なんだって感じました。読者のコメントを読んでいると、誰の妊娠出産にもそれぞれドラマがあるのだと気づかされます。大切な我が子をおなかで育て、命がけで産む。ずっと昔から人類が経験してきたことですが、どんなにテクノロジーが進化しても、妊娠出産に関してはすべてをコントロールすることはできないはずです。だからこそ、胸に響くドラマが生まれるのでしょうね。赤ちゃんとあさのさんのその後は、ウーマンエキサイトに掲載されています!▼漫画「出産の記録~低酸素性虚血性脳症の娘と私」
2022年03月01日私は4人の子どものうち、3人目と4人目を11カ月差で出産しました。1人目と2人目は5歳差、2人目と3人目は6歳差と、上の子たちはそれぞれ歳が離れていたので、今回初めて年子を経験することに。11カ月差の兄弟を産んで、実際に感じたことをご紹介したいと思います。妊娠初期と後期がきつかった!私は妊娠初期に眠気が強く現れるタイプなのですが、ちょうどその時期に3人目である次男は、授乳間隔がまだ3時間おき。なおかつ夜泣きが始まりだしたことなどもあり、体力的にも精神的にもつらかったです。また、つわりのピーク中に離乳食作りをしなくてはならず、お粥のにおいが非常につらかったです。 妊娠後期になると大きいおなかで、まだ歩けない体重10kg弱の次男を抱っこしなければならず、腰痛が悪化しました。それに加えておなかの赤ちゃんが下がり始めてしまい、自宅安静を指示されてしまったのです。しかし、1歳前の子がいては安静にしていることも難しく、妊娠後期もかなり苦労しました。 産後は同時に泣き出しカオス状態に…4人目である三男が生まれたとき、次男はまだ生後11カ月。どちらかが泣くともう一方も泣き出してしまい、夫が仕事でいないときなど、ひとりで2人をあやすのはひと苦労。三男はまだ新生児のため、2人を同時に抱っこすることもできず、まずは次男、次に三男と、代わる代わる抱っこをしたりあやしたり……。 2人の泣き声が部屋に響き、家の中はまさにカオス状態でした。また三男と次男の授乳時間が重なると、2人の泣き声に急かされながら、育児用ミルクを2本調乳しなければならず、地獄のような産後を経験しました。 弟に興味を持つ兄と、兄が怖い弟次男が1歳を過ぎたころ、弟である三男に興味を持つように。生後2カ月の三男に近づきしばらく見つめたあと、三男の口や鼻の穴に指を入れようとしたり、突然叩いたりといった行動をとるようになりました。 三男はその都度大泣きし、次第に次男が視界に入るだけで泣いてしまうようになってしまいました……。常に2人の行動から目が離せず、神経をすり減らしていました。 次男にお兄ちゃんの気持ちが芽生え始めた?次男が1歳3カ月になり、三男が生後4カ月になったころ、次男が三男をかわいがるようになりました。頭をなでたり、抱きしめてみたり、時には顔にチュッとするようなしぐさをしたり。そして三男が泣き出すと、いないいないばぁをしてあやそうとしたり、おしゃぶりを持って行ったりと、お世話をしようとするようになりました。 そのころから三男も次男に心を開き始めたのか、次男を見ても泣かなくなりました。次男はまだ1歳3カ月なのに、もう立派なお兄ちゃんなんだなぁと感心してしまいました。歳が近い兄弟だからこそ、こういった経験もできたのだと思います。 3人目まではそれぞれ歳が離れていたので、同時に手が掛かることの大変さを経験していませんでした。今回11カ月差での妊娠、育児を経験し、年子の大変さを痛感しました。でもそれと同時に、歳が近い兄弟ならではの成長を見られ、年子っていいなあと感じています。これからも下の子2人の成長を、家族みんなで楽しみながら見守っていこうと思います。 イラスト/sawawa監修/助産師 松田玲子 著者:ライター 木村なち三児の母。現在4人目を妊娠中。パニック障害を抱えながらの妊娠・出産・育児の経験に基づき、体験談を中心に執筆している。
2022年03月01日4歳の娘と生後7カ月の息子を育てています。息子を出産後は仕事から早く帰ってきてくれ、家事も積極的にしてくれていた夫。しかし2カ月経ったころに仕事で遅くなる日が続きました。最初は「今だけ」と話していたのですが、一向に早く帰ってくる気配がなくなり……。 帰宅時間が遅くなった夫息子を出産したあと、夫はお風呂の時間に間に合うようにと朝早めに出勤し、早く帰ってきてくれるようになりました。そして息子が生後2カ月になったとき、「1週間だけ仕事で帰るのが遅くなる」ということで、その1週間は私ひとりで2人の子どものお風呂から寝かしつけまでをしていました。 しかし1週間が過ぎても一向に夫の帰りが遅いまま。「まだ忙しいの?」と聞いても、「うん、そうそう」とあまり家のことを気にしていない様子の夫に、少しだけ不満感を覚えました。 俺がいなくてもどうにかなっていたからそのまま数カ月、夫が早く帰ってくることはなくなり、私ひとりで子どもたちのお風呂も寝かしつけもして、それが終わってから帰ってくることが当たり前になりました。私も「まあ仕事だし仕方がないか」と思っていたのですが、ふと気になって「まだ仕事忙しい?」と尋ねると、「全然、今は暇だよ」とのこと。「……え?」耳を疑いました。 続けて私は「じゃあ早く帰ろうと思えば帰れるの?」と聞くと、「できるよ」と平然と答えるのです。そして夫は「でも俺がいなくてもどうにかなっているでしょ? いつもお風呂入って寝かしつけもできてるじゃん」と言ってきました。 どうにか乗り切っているだけだから!それを聞いて私はめまいがする思いでした。しかし夫は本当にわかっていないという顔。それを見て怒りの感情は消え、きちんと説明することに。なかでも「どうにかなっているんじゃなくて、頑張ってどうにかこなしているだけ」だということを強く伝えました。 2人が同時に泣いて自分の声が聞こえないときもあるし、お風呂に入っても自分の髪や体が洗えないときもある。そんな状態は本当にどうにかなっている状態なのか?と聞くと、「それは知らなかった。ごめん……」と、ようやく2人の子どもの世話をする大変さに気付いてくれました。私も子どもと3人でいるときの状況を詳しく話したことがなかったので反省。そしてこれ以降、夫は可能な限り早く帰ってきてくれるようになりました。 夫は2人の子どもをひとりで世話したことがなく、私が詳しく話していなかったこともあって「どうにかなっているんだろう」と思っていたようです。「仕事だから仕方がない」と勝手に納得せず、小さなモヤモヤも共有することが大事だと学びました。 監修/助産師 松田玲子作画/キヨ著者:山口 花田舎で1女1男を育てる母。コーチングの資格を子育てに生かしながら日々奮闘中。主に妊娠・出産・教育の記事を執筆している。
2022年02月25日2月25日、厚生労働省は人口動態統計速報(令和3年12月分)を公表しました。これにより2021年の出生数が明らかになりました。(確定数は、2022年9月ごろに公表予定) 出生数は過去最少厚生労働省が公表した2021年12月の出生数は6万8,803人。1月からの出生数を合計すると84万2,897人となり、2020年の87万2,683人から2万9,786人減少し、過去最少を更新しました。 ベビーカレンダーが2021年6月におこなった「コロナ禍における産院の状況」調査でも、お産の初診⼈数が「かなり減った」「まあ減った」と回答した産院が49.4%を占め、現場においても出生数の低下の影響が感じられる結果となっています。 また、2021年の婚姻件数は、51万4,242組で戦後最少となっており、今後の出生数にも影響する可能性が考えられます。出生数減少の要因はコロナ禍!?日本の少子化の背景には、女性の社会進出が進んだことによる晩婚化・晩産化、子育て環境の問題、経済的な問題、結婚や出産に対する価値観の変化などさまざまな要因があると言われています。そのような状況に加えて、2020年以降懸念されているのがコロナ禍の影響です。 日本で最初の新型コロナウイルス感染者が確認されたのが、2020年1月。当時、新型コロナは未知のウイルスで、妊婦さんや赤ちゃんへの影響も明らかになっていないことから出産を控える人が増え、出生数にも影響が出るのではないかと言われていました。 しかし、減少率をみると、コロナ禍前の2018年から2019年の減少率は2.1%、2019年から2020年は2.8%、2020年から2021年は3.4%と大きく減少したとは言えない状況です。 現在、コロナワクチンや治療薬が開発されたとは言え、第6波も高止まりの状況でまだまだ収束までには時間がかかりそうです。そのような状況で出産の現場でも、立ち会い出産や面会の制限を余儀なくされています。ですが、妊婦さんが安心して安全な出産ができるよう、産院も感染対策はもちろんのこと新たなシステムやサービスを導⼊するなどさまざまな対応をおこなっています。少子化の問題は一朝一夕には解決できない問題が多々ありますが、まずは1日も早いコロナ禍の収束が望まれます。
2022年02月25日私が5年前に長女を出産したとき、実家に帰り、里帰り出産をしました。しかし産後1カ月で自分の家に戻りました。そこから、頼る人や友だちもほとんどいない土地での「孤育て」が始まったのです。毎日過ぎていく中身のない娘との毎日に不安を感じていました。 しかしある日、その不安は、夫のある言葉で一気に解消されたのです……。 現在妊娠・出産・子育てをする多くのママたちが直面している「孤育て(孤独な子育て)」。ベビーカレンダーでは、新型コロナウイルス流行により人と関わることができず、各家庭だけで子どもと向き合う子育てを強いられ、閉塞感や孤独感を抱えながら子育てをしている、今の子育ての実態を特集でご紹介します。 長いようで中身のない毎日生後1カ月の赤ちゃんと過ごす毎日は、本当に何もしていないのに終わってしまう感じがしていました。夫は朝早くに家を出て夜も遅くに帰ってくるので、日中はずっと娘と2人。家の掃除や洗濯を最低限やって、あとの時間はほとんど娘の隣にいました。まだほぼ寝ているだけの娘を眺めている日々。娘は本当に可愛くて愛おしかったけれど、毎日何もできていない、これでいいのかな……と思いながら過ごしていました。 娘が中心で、家事がおそろかにだんだんと娘が泣いていろんなことを訴えるようになり、生後半年頃になると寝返りもするので目が離せなくなりました。娘が寝ている時間は私も少しウトウトしてしまうことも増え、低月齢の頃にできていた、最低限の家事さえできなくなってしまいました。洗濯物がたまったり、食事が作れなかったりすることもしばしば。育児も家事もしっかりやりたいのにうまくできず、できない自分にイライラしてしまうことがありました。しかし、そんな時に夫がかけてくれた言葉でふと気持ちが軽くなったのです。 全部を全力は無理!「洗濯物はそんなにきちんとたたまなくても、さっとたためばいいよ。ごはんはかんたんでいいからさ」 その言葉を聞いて、全部を頑張らなくてもいいんだと思えました。 私は初めての子育てで、肩に力が入ってしまい、どれも頑張らなくてはと思いすぎていたようです。そのため、たまっていく洗濯ものや、思うように料理ができない自分にイライラしていましたが、その後は、家事も大事だけど、今しかない娘との時間を大切に過ごすことの方が重要だから、これでいいのだと思えるように。そう思えるようになってから精神的にかなりラクになりました。 初めての育児でいっぱいいっぱいになっていたのに、全部を頑張らなくてはと思っていた私は、自分で自分を苦しめていたようです。自分ができることを見極めて、肩肘張らずにやることが大切なんだとそのときに思いました。今では3人の娘の母親になりましたが、子どもたちと過ごす時間を大切にしつつ、そこそこ家事をこなせるようになってきています。 著者:北川なつみ5歳、3歳、1歳の3姉妹の子育て真っ最中のママ。保育士として約10年認可保育園に勤務し、現在は育休中。子どもたちと毎日たくさん笑って過ごしたいと、日々子育てに奮闘中。
2022年02月21日私には4人の子どもがいますが、3人目と4人目の出生体重は約3,800gとビッグベビーでした。3人目を妊娠したのは前回の出産から5年後。出産予定日が近づいても生まれる気配はなく、ちょうど出産予定日当日に妊婦健診がありました。エコーで出た推定体重は3,480g。その時点で上の子たちの出生体重をはるかに超えていたので、ぞっとしたのを今でも覚えています。ですが、その日の夜中に陣痛がきて、順調にお産が進んでいきました。 想定外の状況にパニック! 頭が出たのに⋯5年というブランクはあったものの、お産の流れはそれなりに把握していた私。これまでの経験からいくと、赤ちゃんの頭が出てきたあとは少しいきむだけでするりと生まれるものだと思っていましたが、3人目は違ったのです。何度もいきんでやっと頭が出てきたと思ったら、体が出てこず私はパニック状態に。 私の呼吸も若干乱れてしまいましたが、助産師さんに「赤ちゃん苦しいからね~深呼吸だよ」と言われ、なんとか態勢を整え無事に出産することができました。出てきた赤ちゃんは3,750g。経産婦だからかお股に傷はなかったものの、当時はこんな体験もうしたくないと思っていました。 募る不安。4人目もビッグベビー4人目は健診のたびに「大きめです」と言われており、出産予定日を2日過ぎてしまった妊婦健診での推定体重は約3,500gありました。また3人目のときと同じようにつらいお産になるのかなと思った私は、前回のお産が大変だったので今回も不安だということを助産師さんに話しました。すると「大丈夫よ、頭が出てきてくれれば体は私たちがサポートするからね」と言ってくれたのです。 この言葉で私は、3人目のお産のときも助産師さんがサポートしてくれていたということに気が付きました。助産師さんのサポートがあることを知っているというだけで3人目で経験したビッグベビーの出産に対する恐怖心がぬぐえたような気がしたのです。 落ち着いて臨めた4人目のお産そして迎えた4人目のお産。出産予定日を5日超えた日のことでした。前回と違うところは、お産の流れをイメージトレーニングできたこと。頭が出てくれば、助産師さんのサポートがある! こう思えただけで、私は落ち着いてお産に臨むことができたのです。 しかし実際は、4人目のお産は3人目のときより大変でした。必死にいきみましたが陣痛の途中で頭が挟まってしまったり、助産師さんが「体を引っ張ってもなかなか出てこなくて焦った」と話したりするほどしぶとかったです。それでも時計を見られるほどの余裕があり、自然破水後11分で出産することができました。体重は3,800g。生まれてすぐにくしゃみやおしっこをする、まさに“大物”でした。 漠然とお産に臨むよりもお産の流れを事前にイメージしておいたほうがより冷静になれるんだな、ということがよくわかった2つのお産となりました。何よりお産のときには、助産師さんがサポートしてくれることがわかっていたため、とても心強かったです。4人目もビッグベビー出産になるとわかったあのときに、助産師さんに不安を打ち明けておいてよかったなと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:ほりたえりな10歳、8歳、3歳、0歳の男女4人の母。ステップファミリー。元コンビニ店員だが、第4子出産を機に退職し、現在はフリーライターとして活動中。自身の子育て体験談や商品レビューなどを執筆中。
2022年02月21日4歳の娘と生後6カ月の息子を育てています。娘のこども園のお迎えのときに顔を合わせるので、話をするようになったママ友Kさん。このKさんは自分の出産体験を自慢したくて仕方がない人で、だんだんうっとうしく感じていました。そんなある日、あるママの出現でKさんの勢いがなくなっていったのです……。私の出産の話を聞いて!なママいつものように雑談をしていると、Kさんのほうから「Sちゃん(私の娘)産んだときってどんな感じだった?」と聞かれました。私の出産は「分娩時間約8時間で最後に会陰切開をして出産」というもの。出産自体は大きな問題もなく済みました。 ただ、胎盤を出したあとの出血が多く、産後に貧血がひどかったので「でも産後がきつくて~……」と言いかけたところ、Kさんがかぶせるように「私はね……」と話し始めました。嬉々として話し始めたので「話したかったんだな」と思い、Kさんの話に耳を傾けました。 だんだんとうっとうしくなるようにKさんの出産は、「陣痛に耐えていた3日目に赤ちゃんの心拍が下がってしまって、結局帝王切開で産んだ」「夫がボールでおしりを押さえたらそれで骨が折れた」ということでした。 「それは大変でしたね」と言うと、「もう本当にそう」とうれしそう。初めてそれを聞いたときには本当に「大変だったんだな」と思いました。しかし、その話をいろいろなママに何度も話しているのを見て、「あ、大変って言ってほしいのかな?」と感じるようになってしまいました。 お迎えで顔を合わせるママは安産だった人が多かったのですが、次第に「私が1番苦労した」「私が1番大変だった」と、大変さをさらに強調して言うようになりました。子育ての悩みを話しているときにも、「苦労して産んでないからじゃない?」と冗談まじりに言ってきたときにはとても驚きました。 出産したばかりのママにもマウントそんななか、年度の途中で入園し、第2子を出産したばかりのOさんと話をしていました。そこに加わってきたKさん。小さい赤ちゃんを見て自分の出産時のエピソードをまた話し始めました。 私は「またか」と思いながら少しげんなり。ひと通り話し終わったあと、Kさんは小さい赤ちゃんを見て「その子を産んだときはどうでした?」と聞きました。するとOさんは、壮絶な出産体験を語ったのです。 壮絶出産をしたママ現るOさんの出産は「陣痛は丸2日」「胎盤が出てこずに手をつっこまれて激痛で出す」「出産後ママの心臓が一時停止」といった、なかなか壮絶な出産エピソードでした。 「壮絶でしたね⋯…」と私が言うと、「まぁ、今みんな元気だからいいんです」とのほほんとしているOさんは、とても強く見えました。Kさんは面白くなさそうに「すごーい……」とぽつりと言っただけ。これがきっかけになったのか、Kさんの出産体験マウントは勢いがなくなっていきました。 出産で「どれくらい大変な思いをしたか」を人に話したい気持ちもわかりますが、「大変だったから素晴らしい」ということではないし、マウントを取ろうとするのはおかしいと思います。Oさんの言うように、「今みんな元気だからそれでいい」という言葉が私のなかではとてもしっくりときました。 著者:山口花田舎で1女1男を育てる母。コーチングの資格を子育てに生かしながら日々奮闘中。主に妊娠・出産・教育の記事を執筆している。
2022年02月20日「無痛できない出産レポ」9話。無痛分娩ができなくなったぐら子さん。誘発剤で陣痛を起こし、いざ子宮口全開大! 何度もいきみますが、頭が大きくなかなか出ない!?いよいよ吸引分娩、というところで先生が「吸引分娩したことないの」とのまさかの発言。現場は騒然となり……? 「無痛できない出産レポ」9話 というわけで、渾身のいきみのあと無事生まれました!! さすが実母! 一番冷静でした。 まぁお股はかなり裂けましたが、無事生まれたのでオールオッケー! しかし更なるトラブルが……! もう少し続きます。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 お母さんの言葉に最後の力を振り絞っていきんだぐら子さん。 そして、無事こーくんが生まれました!! 監修/助産師REIKO 著者:マンガ家・イラストレーター ぐら子2歳、0歳の兄弟と夫と気ままに楽しく過ごす日々。イラストを描くこととチョコレートとお茶がこよなく好きです(//∇//)
2022年02月19日家庭の状況や趣味もさまざまなため、何を贈ろうか悩む出産祝い。3人の子どもの出産でさまざまなお祝いをもらった経験をもとに、私が出産祝いでもらってうれしかった物&よく贈っている物を3つご紹介します。 名入れだとさらにうれしい「バスタオル・バスローブ」何枚あっても助かるのが、バスタオルです。子どもに湯冷めをさせないために、わが家ではバスローブも必需品です。バスタオルやバスローブはいくつかもらいましたが、私はひとりで子どものお風呂を入れているということもあって、どれも活躍しています。 そのため、出産祝いを贈るときに相手側のリクエストがない場合はバスタオルをファーストチョイスします。刺しゅうで名入れをしてくれる店舗もたくさん! 名入れがあると特別感もアップしますね。 華やかにお祝い「おむつケーキ」見た目も華やかで、装飾に使われているおもちゃやタオル、おむつを使うことができる実用的な出産祝いが、おむつケーキです。わが家ではベビーグッズはある程度揃っている第二子誕生時にお祝いでもらい、とてもうれしかったことを覚えています。 しかし、おむつは衛生用品ということもあり、賛否が分かれるお祝い品でもあるようです。そのため、私は気心知れている相手にのみ、贈るようにしています。 上の子がいる場合は「上の子用のプレゼント」下の子が誕生すると、上の子は多かれ少なかれさみしい思いをするもの。そのため、私は第二子以降の出産祝いを贈る際は、上の子にも一緒にプレゼントを贈るようにしています。 内容は予算に応じて変えていて、たとえば下の子にバスタオルを贈るときは上の子にも同じバスタオルを贈るときもあれば、同じような種類のハンドタオルを贈るときもあります。そのほか、お菓子や文房具、絵本やおもちゃなど、ケースバイケースで選んでいます。 「大切なのはお祝いする気持ち!」と言えども、やはり相手により喜んでもらえる物を贈りたいですよね。プレゼントにもいろいろな種類があって悩んでしまいますが、よりよいお祝いを贈れるといいですね。 イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:東 慶子三児の母。育児のかたわら、アンガーマネジメントキッズインストラクターの資格を取得。自身の育児経験に生かすとともに、将来的には子ども向けの講座を開催したいと考えている。
2022年02月18日私はブラジルで無痛分娩で出産。自然分娩を希望していたものの、事情があり無痛分娩に切り替えました。そんな私の出産体験を、夫の親族の男性が嘲笑ってきたことがありました。そのときの状況と私の気持ちについてのお話です。※コロナ禍前の体験談です 陣痛が強まらない!分娩時間が長くなり…出産予定日をすぎても陣痛がこなかった私。出産予定日1週間後くらいに弱い腹部の痛みを感じ病院へ行ったところ、羊水の量も減っているということでそのまま入院になり、陣痛促進剤を使用することに……。陣痛促進剤を使用した結果、少しずつ陣痛は強くなったものの子宮口はなかなか開きませんでした。30時間ほど陣痛と闘っていましたが、陣痛で眠れず体力を消耗していることもあり、担当の先生から無痛分娩に切り替えて少しでも眠って体力の消耗をおさえることを提案されました。 その時点でクタクタになっていた私は提案を了承し無痛分娩に切り替えることに。腹部に違和感を覚えてから出産まで総時間60時間と長かったものの、結果としてしっかりいきむ体力も残せて、希望していた経腟分娩ができたので納得の出産でした。 無痛分娩への切り替えを嘲笑った男性ある日、夫の親族の集まりに行った日のことです。妊娠中の女性がおり出産日や出産方法、性別などについて盛り上がっていたところ、親族の男性が私に対し「この子はね、痛い―、痛いーって我慢できなくて、無痛にしちゃったんだよ」と馬鹿にするように言ってきたのです。 そしてそれを聞いた周りの数人も笑い始めました。正直私は耳を疑いました。無痛分娩に切り替えたのは事実ですが、何ひとつ馬鹿にされるような覚えはないですし、何より命をかけた出産に対し他人が口出して良いと思えなかったからです。 怒ってくれた女性と夫その発言を聞いて言い返そうとしたところ、私が言う前に夫が無痛分娩への切り替えを馬鹿にしてきた男性に、「お前は何を笑ってるんだ!」と怒ってくれました。それをきっかけに妊娠中の女性が、その男性と一緒になって笑っていた数名を非難し始めパーティーは騒然とした空気に。 パーティーは気まずい雰囲気になりそのままお開きとなってしまいましたが、夫とその女性が私の怒りを理解し擁護してくれたことがとてもうれしかったです。 無痛分娩は逃げとか甘えなどと考える人がまだいるようですが、出産はどんな方法でも優劣なく尊いものだと私は思います。今回のような状況になることはそうそうないと思いますが、もしも分娩方法で優劣をつけるような人がいたら、しっかり間違いを指摘していきたいと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師 松田玲子著者:レイトン 愛加5歳の娘を育児中。現在はブラジルに移住しており、海外での子育てと仕事の両立に奮闘中。大学卒業後、ずっと経理の仕事をしており、ブラジルで独立して事務所を構えることが直近の目標。いつか子どもと世界旅行をするという野望も!
2022年02月17日妊娠が判明してから、出産するのに必要な自分の体力や筋力に不安を感じました。そこで、毎日1時間の散歩を習慣にすることに。その習慣のおかげで、出産時や産後に助けられたことがありました。 妊娠判明後、体力・筋力が不安に…妊娠する前、ろくに運動をしてこず、出かける予定がないと外にも出ないほどインドア派だった私……。妊娠が判明して出産する瞬間を考えたとき、自分の体力や筋力が一気に不安になり、妊娠中でも継続しておこなうことができる運動を考えていました。 妊娠中は激しい運動もできないし、私はつわりがひどくただでさえ動くのがしんどいことが多く⋯⋯。ヨガやストレッチといった屋内でできる運動をしようかとも思いましたが、体が硬く断念。ハード過ぎずすぐに休憩できる運動を考え、毎日1時間以上散歩することに。1日の散歩にかける時間は、合計すると1時間から2時間ほどでした。 散歩を始めたことで生活習慣が整った今までは昼過ぎに起きてダラダラしてごはんを食べてまた寝て……といった生活をしていました。しかし、子どもが生まれてからのことを考えるとそんな生活も続けていられないなと思ったので、朝に散歩することに。毎朝太陽を浴びながら運動することで体もスッキリし、とても気持ちがいいことがわかって、最初は「赤ちゃんのため……」とおこなっていたことがだんだん楽しくなったのです。それからは進んで散歩に行くことができ、いつもと違う道を通ってみたりして、新しい趣味ができたように感じました。 出産にも役に立った…!?毎日の散歩を続け、いざ出産!となったとき、やっぱり出産は壮絶なものだと実感……。体力は想像していた何倍も必要としたので、毎日散歩をしていたけれど、全然足りない!と感じました。でも、きっと毎日散歩をしていなかったらそんなことを出産中に考える余裕もなかったのかなと、あとで思うように。また、子どもが外に出かけられるようになってからは、一緒に遊ぶのも毎日外に出かけるのもまったくおっくうではなくなっていたので、出産後もとても助かりました。 毎日の散歩で、体力・筋力をつけて生活習慣を見直すことはもちろん、今さらながら外に出る楽しさも知ることができました。これからも子どもと一緒にいろいろなところへ出かけられると思うと、楽しみが尽きません。 監修/助産師 松田玲子作画/加藤みちか著者:橋本 楓0歳女児の母。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2022年02月16日長女を出産したときは初めての育児でバタバタしていたせいか、産後すぐに体重が戻った私。次女を妊娠したときも、産後はすぐに体重が戻ると思っていました。ところが次女出産後、3カ月経っても体重が一向に減らず……。そのときの体験談を紹介します。 産後は授乳の影響で体重が元に戻る?長女を出産したときは初めての育児でわからないことも多く、バタバタしていたこともあってか、産後2カ月ごろから「痩せたね」と周りに言われることが増えました。その後、産後半年くらいで妊娠前の体重に戻り、さらには妊娠前の体重よりも少なくなりました。 ありがたいことに母乳がよく出ていたので、母乳のおかげで体重が元に戻ったのかもしれないと思っていました。そして翌年には、次女を出産。また半年くらいで体重が元に戻ると軽い気持ちでいたのですが、今回は違いました。 体重が元に戻らない! 運動をスタート2人目で余裕があったからかわかりませんが、次女を出産してから3カ月過ぎても体重が元に戻りません……。「産んだあとは、自然と体重が元に戻る」と安易な考えでいたため、焦りました。とりあえず買い物がてらにウォーキングをスタート、ダイエットDVDを買って自宅で運動も始めてみました。 ところが体重が戻るよりも先に、腰を痛め、さらには肩も痛めてしまう結果に……。子育てにも支障が出そうな状況だったため、病院に相談に行くと、「産後にいきなり無理をしすぎです!」と厳しく注意されてしまいました。 焦りは禁物! ゆっくりと体重を戻そう私の場合、普段から運動習慣もないうえに、本調子ではない産後に突然運動を始めたことで体がビックリしてしまったようです。病院の先生からは、「産後、すぐに体重が戻る人もいれば、ゆっくり戻る人もいる」「体を動かすのは、もっと落ち着いてからにすること」とアドバイスを受けました。 「今は体重よりも赤ちゃんを気にしてあげて」と先生は言っていました。赤ちゃんよりも、自分の体重のことを先に考えてしまっていた……と、反省しました。それからは食事内容を見直すなどして、1年くらいかけて元の体重に戻りました。産後に無理は禁物です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ※母乳を赤ちゃんに与えていると、それだけでこれまで以上に消費カロリーが多くなります。母乳はママの体の血液から作られているため授乳中に無理なダイエットは禁物です。特に赤ちゃんが生まれたばかりの時期に、増えた体重を無理やりもとに戻そうとすると、母乳の出方にも影響します。 ※妊娠中に体重が増えてしまったとしても、産後に極端に食事を制限したり、無理な運動をするようなダイエットをする必要はありません。母乳を赤ちゃんに与えていると、それだけでこれまで以上に消費カロリーが多くなります。ダイエットは、授乳期間が終了してからにしましょう。また、体重は産後3〜4カ月程度でもとの体重に戻ることを目標にしながら、授乳期間を過ごしましょう。 監修/助産師 松田玲子イラストレーター/きょこ著者:深田ようこ三児の母。夫とは二回り近い年の差婚。子ども服のショップ店員など、結婚するまでは子ども向けの仕事に携わる。現在は芸能や育児に関する記事を中心に執筆中。
2022年02月16日私は、胎児発育不全で入院し、自然分娩を希望していましたが、分娩途中で胎児の心拍が下がり緊急帝王切開となりました。2,150gとかなり小さめでしたが元気に生まれてきてくれました。自然分娩を経験してみたかったという気持ちが大きく残るなか、経腟分娩を経験しているママ友とランチに行ったのですが、そこで思いもよらないことを言われたのです……。 久しぶりの再会私と、数週間違いで赤ちゃんを産んだママ友とランチの約束をしました。そのママ友は2人目の出産だったので先輩ママです。子ども同士の月齢も近いし、きょうだいに関することや仕事と子育ての両立についてなど、育児の相談もできるかな~とかなり楽しみにしていました。 お互いに子どもを連れて会うので気兼ねなく過ごせるように、私の家で会うことになり久しぶりに再会。最初のうちは子どもの写真を撮ったり、お互いの近況報告をしたりと楽しい会話が続いていましたが……。 お互いの分娩についてお互いに産後4カ月だったこともあり、分娩の話になりました。私は誘発分娩をしたことと、途中で胎児の心拍が落ちてしまい緊急帝王切開での出産になったことを話しました。手術後、傷の痛みがあり、退院後も体が痛くしんどかったことや、初めての手術で不安感が強かったことなども伝えました。 ママ友は2人目を無痛分娩で出産。そんな経腟分娩で2人の子どもの出産を経験しているママ友から言われたのは、衝撃的なひと言だったのです。 お得な出産?なんとママ友から、「帝王切開はお金もらえるからいいじゃん。うらやましい。出産してお得な気分にならない?」と言われたのです。確かに帝王切開は保険適用になるけれど、望んだわけではなし、経腟分娩へのあこがれがあるのに……と悲しい気持ちになりました。 ママ友は都内での出産、無痛分娩を選択し100万円ほど分娩費用が掛かったそうで、「退院時にいくら請求された。でも帝王切開はないよね。本当に高かったのに!」など、分娩方法を比較して、いかに帝王切開が金銭的に得をするのかという話を聞かされました。 今では帝王切開の傷も愛おしく思えますが、産後数カ月の間は経腟分娩がしたかった、と落ち込むこともありました。そんななか、「お得な出産」と言われ深く傷つきました。それ以降は、分娩についてママ友とは話すことはせず、たまに子どもの成長を報告する程度の関係に落ち着いています。 作画/ぐら子著者:白田 よう保育士として働いていたが、出産を機に退職。やんちゃな男の子を育てながら、自身の体験談を中心に執筆中。
2022年02月14日毎朝ベッドから起き上がるとき、腟から空気が出ておならのような音がします。臭いはないのですが、「ブブブブ」という音は完全におなら。最初は本当におならなのかなと思っていたのですが、明らかに出てくる場所が肛門ではなく腟です。気になり、調べてみたら、この恥ずかしい現象は出産に関係しているということがわかりました。 “腟おなら”とは?ネットで「腟 空気 音」と検索したら、「腟おなら」という現象だとわかりました。ネットの辞書には「腟おならは腟内に空気が入り、それが外に出る際、屁のようになるさま」と書かれていました。 かかりつけの産婦人科へ行ったついでに、腟おならが出て困っていると相談してみたところ、子どもを出産したことを機に骨盤底筋に緩みが生じ、空気が中に入りやすくなってしまったことが原因だと言われました。私は2人の子どもを出産していますが、これらのことが起こるようになったのは次女を産んでからです。 腟おならは恥ずかしいおならであれば、肛門に力を入れれば止めることができます。しかし、腟おならはコントロールができません。私の場合、寝転がっていると空気が入り、起き上がるときに「ブブブブ」と音を出しながら空気が出てきます。隣に寝ている夫に聞こえているのではないかと思うと、とても恥ずかしいです。 でも「この音は『おなら』ではなく『腟おなら』だよ」とわざわざ説明するのも、それはそれでなんだか恥ずかしく……。夫も聞こえていないのか、気がつかないふりをしてくれているのか、何も言わないのであえてこのことには触れていません。 湯船では水が入るお風呂に入る際、足を伸ばしリラックスして湯船に浸かると腟の中にお湯が入ってしまいます。このお湯がとても厄介で、体を拭き、パンツをはいたあとに出てくることが……。最初は尿漏れかと思いましたが、臭いもしないので違うようです。 空気同様、お湯が出てきてしまうのも力を入れても防ぐことはできません。パンツが濡れてしまったら着替えなくてはならないためとても面倒です。 産婦人科の医師によると肛門や腟を引き上げるように力を入れると骨盤底筋を鍛えることができるそうです。腟おならは恥ずかしいので、1日に数回おこない腟をしめていきたいと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 「共感した」「私の場合はこうだった」など、ぜひベビーカレンダーサイトのコメント欄にご感想をお寄せください。また、ベビーカレンダーでは皆さんから募集した体験談を記事でご紹介させていただくことも。ベビーカレンダーに会員登録すると届くメルマガから、皆さんのオリジナル体験談をご応募ください。 監修/助産師 松田玲子著者:小川恵子5歳と1歳の姉妹の母。育児サークルの幹部や習い事、執筆活動など、精力的に育児を楽しんでいる。
2022年02月12日「無痛できない出産レポ」1話。Instagramで人気のぐら子(@gura_gura07)さん、長男ゆーくんと次男こーくん兄弟のママです。2人目こーくんの出産で希望していた無痛分娩ができなかった、ぐら子さんの体験談をご紹介していきます。長男のときと同じように無痛分娩にすると決めたぐら子さん。説明を受けると、前回の出産とは流れが変更になっていて……? 「無痛できない出産レポ」1話 そろそろこーくんの出産レポート描いておかないと忘れそうなので……。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 1人目ゆーくんのときとは無痛分娩の流れが変わり、自然に陣痛がくるのを待つことになったぐら子さん。 どうなることでしょうか?! 監修/助産師REIKO著者:マンガ家・イラストレーター ぐら子2歳、0歳の兄弟と夫と気ままに楽しく過ごす日々。イラストを描くこととチョコレートとお茶がこよなく好きです(//∇//)
2022年02月11日先輩ママから便利とよく聞く「バウンサー」。赤ちゃんが生まれる前や生まれたあとすぐに購入を検討する人も多いと思います。でも、実際にバウンサーが必要なのか、またどんなバウンサーを選べばいいのか悩みますよね。そこで、おすすめのバウンサーや選び方…
出産準備で購入を検討するもののひとつ、ベビーベッド。決して安くはない買い物になりますので本当に必要なのか?使う期間は? と悩まれる方も多いと思います。場合によってはレンタルのほうがお得になることもあります。そこで、先輩ママたちの実体験やお…
2人目までは一人っ子より兄弟がいたほうがいいと思って産めても、3人目となると迷ってしまうママも多いと思います。育児や経済的負担だけでなく、仕事をしているママにとってはキャリアが途切れてしまうことも悩みのひとつです。そこで、3人目を産んで良…
病院で正式に妊娠と診断されると、気になるのが母子手帳。お住いの自治体から交付され、生まれる前から母体や赤ちゃんの健康状態、経過などを記録します。妊婦さんの必須アイテムである母子手帳の取得時期から、かわいい母子手帳ケースに関することまで、母…
女優の小雪さんが利用したことから産後ケア施設はもはやママたちの新常識になりつつあります。最近では、卓球の福原愛さんも台湾の産後ケアセンターに1ヶ月滞在したそう。出産で体にダメージを受けた女性の体に必要な産後ケアのポイントと、自宅でできるマ…
何か月も続くつらいつわり。人によって症状が違うこともあり、まわりの人にはなかなかその苦しみがわかってもらえないのが余計につらいところ。そんなつわりについて、タイプや乗りこえ方をまとめました。プレパパに読んでもらいたい内容もあるので、ぜひご…
妊娠36週を過ぎるといよいよ臨月。マタニティライフも残りわずかです。臨月になると、出産準備や産後の不安でストレスを感じる人も少なくないそうです。今回は臨月のストレス緩和方法や過ごし方についてまとめました。臨月、またはまもなく臨月を迎える妊…
親の手を借りて体を休められる里帰り出産ですが、意外とストレスになるなど、いいことばかりとは限らないようです。里帰り出産のメリットデメリット、また成功させるために必要な準備についてまとまめました。いつからいつまで帰るべき? 何を用意していく…
我が子の誕生に立ち会うのは、感動的。出産に立ち会いを希望する旦那さんも多いでしょう。しかし、実際に出産の場に立ち会うとなると、夫として「自分に何ができるのだろう」と疑問に思う人も。立ち会い出産にまつわる、夫と妻、それぞれの本音と希望をまと…
私の愛すべき家族
育児に遅れと混乱が生じてる !!
こどもと見つけた小さな発見日誌