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みずみずしくやわらかなタッチで心を和ませてくれる、yukkoさんの描く繊細なストーリーです。今回は、yukkoさん(@yukko_96:Twitter)が二人目妊娠中のご自身のエピソードを描いてくださいました。妊娠初期に「つわり」に悩まされる方も少なくありません。その症状は人それぞれで、そのつらさも本人にしかわからないことも多いでしょう。二人目妊娠中、つわりに悩まされたyukkoさん。パパとの関わり、上の子との関わり、お腹の赤ちゃんとの関わり…心温まるエピソードをご覧ください。二人目妊娠中…「つわり」は家族みんなで乗り越えた10月末に、無事に二人目を出産されたyukkoさん。本当におめでとうございます!編集部一同心よりお祝い申し上げます。今回は、yukkoさんの二人目妊娠中のエピソードを描いてくださいました。妊娠初期に起こりやすい「つわり」の症状は人それぞれです。そのつらさは本人にしかわからないといっても過言ではないでしょう。二人目の妊娠中は、ママがつわりでつらいときに、上の子をパパや祖父母みてもらうこともあります。ママは、子どもに寂しい思いをさせているのではないかと後ろめたさを感じることもあるでしょう。つわりでつらいときに、子どもがママを気遣って持ってきてくれた「氷」。宝物ですね。子どもの優しさ、パパのいたわり、そしてすくすく成長してくれたお腹の赤ちゃんの頑張り…家族の深い絆を感じました。無事に二人目をご出産されたyukkoさん。家族が増えて、素敵な思い出ももっと増えていきますね。(ままのて編集部)どれをとっても心温まる優しさが伝わってくる、yukkoさんの作品。ぜひ過去の回もご覧くださいね。つわりに関する記事はコチラyukkoさんの作品は動画も大人気ままのてで人気の育児漫画が動画でも楽しめるようになりました。今後も「泣ける」と話題のyukkoさんの漫画動画を随時更新していく予定です。その他育児に関するお役立ち情報がたくさんありますよ。字幕付きのため、音声なしでもお楽しみいただけます。ぜひチャンネル登録してみてくださいね。※「ままのてチャンネル」とは妊活・妊娠・出産・育児の情報を届けるチャンネルです。妊娠中や育児期のお役立ち情報のほか、マンガ動画も配信していますよ。お気に入りの動画を見つけたら、ぜひチャンネル登録してくださいね。過去のエピソードままのてのTwitter・Instagramをフォローすると、最新マンガの更新情報をご確認いただけます。ぜひフォローしてください!著者情報2018年1月生まれの男の子を育てる1児の母。「子育ての中で見つけた、瑞々しい気持ちを表現したい」という思いから水彩画を描いています。子どもとの何気ない時間を大切にしたいという気持ちを込めた「#忘れたくない瞬間」シリーズのほか、離乳食を舞台にした「りにゅうこく物語」もTwitterで人気を集めています。
2020年12月10日ベビーカレンダーをご覧のみなさん、こんにちは。2018年4月生まれの男の子を育てています、じゅのです。私は40歳で入籍、41歳で妊娠しました。出産時は42歳。不妊治療をしていたわけでもなく赤ちゃんを授かったのは本当に奇跡的なことでした。今回は、妊娠糖尿病になってしまったお話の第9話です。 血糖コントロールを続けながら、ついに無事に出産。これでいったん、インスリンとはオサラバ! 妊娠糖尿病と診断されてからここまで、本当にしんどかったです……。 あまりにも妊娠後期がつらかったので、本来なら陣痛と出産の痛みを気にするところですが、私はインスリンや息苦しさからの開放感でいっぱいで、痛みなんて吹っ飛んでしまいました。 でも、これですべてが終わったわけではありません。産後の入院中も血糖値の検査は継続。 妊娠糖尿病は、ほとんどの人は出産をして胎盤が外に出れば、血糖値は通常通りに下がるらしいのですが、私はどうなのだろう……?まれにそのまま糖尿病になる場合もあるそうなので安心はできません。 退院のときには医師から「この数値なら大丈夫そうですね」と言われました。「大丈夫そうですね」とあいまいに言ったのは、これでハッキリと「糖尿病ではない」とお墨付きをもらったわけではないからです。まだこれで終わりではないのです。1カ月後に採血しますのでまた来てくださいと言われました。 退院して家に帰れば育児がスタート。3時間おきのミルクタイムがあるので昼も夜もまともに眠れず、自分の食事もままならない状態では、せっかく栄養指導を受けたのに健康的な食事なんて作れません! そこで、実家から母親に来てもらって、しばらくの間ごはんの準備など手伝ってもらっていました。 今度の検査でも引っかかったらどうしよう……。妊娠糖尿病からの糖尿病になっちゃったらどうしよう……。 育児が始まったばかりで手一杯なのに、またあのインスリン投与生活になってしまったら……どうしよう!!ちゃんと「大丈夫ですよ」と言ってもらえるまでは心配です。 そして1カ月後の検査の結果は……正常値で問題ないとのことでした! ここまでやって、やっと妊娠糖尿病は終了です。妊娠後期から出産、そして産後1カ月までは不安の連続のジェットコースターのような日々でした! 次回は最終回、出産後から今に至るまでのことです。どうぞもうしばらくお付き合いください。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター じゅの2018年生まれの、自分と同じ誕生日の男の子の母。元グラフィックデザイナー。高齢出産、慢性腎臓病、妊娠糖尿病、そして出産間際にパニック発作を経験。インスタグラムにて育児絵日記・漫画を更新中。
2020年12月09日私は3カ月間、まったく生理がこなかった……という時期がありました。その後判明した、私の場合の原因とその後、体調を回復するまでの出来事をお話ししていきます。 生理が止まった時期の体調は…23歳のころ、私には生理がまったく来なかった時期がありました。その期間は3カ月……。その時期は食欲や性欲もなくて、体重もかなり減ってしまいました。また、朝起きても目覚めが悪く、パッとすぐに起きることができませんでした。 体はいつもだるく、体重が減ったにもかかわらず、体にズシンと来る鉛のような重さが。このころは、自分の体を支えるのに精一杯でした。 生理が止まった原因は何?生理が止まった原因は、仕事でのストレスだろうと自覚していました。当時は仕事が多忙で残業ばかり。いつも仕事に追われており、家にいる時間がほとんどない日々……。しかも、帰ることができたときには疲れ果てた状態であることが多かったのです。 さらに、仕事の多忙さから、生活リズムが乱れていました。仕事にかかる時間で1日の予定はパンパンになり、自分の時間を作ることができず......。寝る時間や食事をする時間などがバラバラになってしまい、規則正しい生活を送ることが極めて困難でした。 生理がやっときた!その解決法とは? 体調不調を起こした原因は仕事が多忙過ぎたせいだろうと思い、私は休息をとることに。職場にお願いして1週間ほど休暇をいただき、落ち着いて食事をする時間やしっかりと睡眠する時間を確保することができました。 休暇中は仕事のストレスなどから開放され、ゆっくりと過ごすことができました。そして、久しぶりに生理もやってきたのです! 体調も次第に良くなり、体重も少しずつ増えてきたので、体が良好な状態に戻ってきたように感じました。 この休暇をきっかけに、やはり生理が止まったのは「仕事の忙しさ」が原因だったのだろうと思い、休暇中に、その職場は辞めることに決心しました。その後、転職をしてからは前のような仕事の忙しさはなくなったため、以前のような仕事の多忙からくる生活リズムの狂いはもう起こりませんでした。 女性は仕事のストレスなどがきっかけで、生理不順になることもあるのだなと感じました。私の場合は仕事の多忙により体を壊し、病状がどんどん悪化して「負の連鎖」が続いていきました。生理が止まってしまわないように、生活リズムをしっかりと整えて日々のストレスを抱えないように、体調管理には本当に気をつけないといけないなと思いました。 監修/助産師REIKO 著者:rara
2020年12月08日生理中はとにかく眠い! これは10代のころからずっと感じていたことでしたが、結局早めに寝るしか対処法はありませんでした。でも、生理中に一瞬居眠り運転をしてしまい、危機一髪、怖い思いをしたことが! それからは、運転を「生理中にしないこと」に決めました。 これをきっかけに、そのほかにも「生理中にしないこと」を決めることで、今に至るまで大きな失敗をしなくなったという体験談です。 生理中はまるで春のひだまり…生理が始まった中学時代から生理中はいくら寝ても眠い、まるで春のひだまり状態。そのため生理中は学校に遅刻したり、徹夜で勉強をするつもりがこたつの中で朝までぐっすり寝てしまったり。 また社会人になってからも、失敗はたくさん。会議中に強烈な眠気に襲われてうとうとしてしまい、隣の先輩につつかれて目が覚めたり、食後に座りながらうとうと寝てしまったり……。恥ずかしい経験はたくさんあります。 生理中はホルモンバランスなどが影響して眠くなる、と本などで知りましたが、自分としてはどうしたらよいかわからず、とにかく早寝するぐらいしかできませんでした。居眠り運転で真剣に対策を考えるそれでも、生理中は眠気が強くなり、昼間でもついうとうとしてしまうことも。一番ショックだったのは、一瞬意識が飛んで、居眠り運転をしてしまったことです。 意識が遠のいたときにスピードが急激に落ちたらしく、近くの車がクラクションを鳴らしてくれたので、すぐに目を覚ますことができました。このときは事故など起こしませんでしたが、1つ間違えば重大な事故につながっていたかもしれません。 それからは生理中の眠気対策をしっかりしなければと考え、ネットなどで調べた方法をいくつか試しました。しかし、どれもはっきりとした効果を得られなかったことから、生理中に何か「すること」ばかり考えるのではなく「しないこと」を決めようと思ったのです。 生理中の「しないこと」を決めた 生理中の眠気対策として、何を「しないこと」とすればよいのか、私なりにいろいろ考えました。たとえば炭水化物は血糖値を上げ、食後眠くなりやすいと本で知ったので、食事についてもいろいろ考え、大切な会議や仕事などの直前には「炭水化物をとらない」と決めたのです。 ほかにも、毎日仕事でパソコンの画面を見ないわけにはいきませんが、せめて「携帯をなるべく見ない」努力もして、少しでも目の疲れから来る眠気を防ごうと考えました。これらの「しないこと」を実践していますが確かに効果があるように感じています。このように、私は「生理中の眠気は仕方ない」ということを基本に考え、生理中の眠気対策を「~をする対策」ではなく「~しない対策」で実践。そうしたところ、眠気からくる大失敗はなくなりました。 監修/助産師REIKO 著者:SAKURA
2020年12月08日恋人とのデートは何日も前から「当日の洋服は何にしよう」「何を話そうかな」などワクワクしながら過ごしてしまいます。だからこそ、生理になると貧血になりやすい私としてはデートの日に生理は被ってほしくない……。今回は私がせっかくのデートが生理による貧血で苦しい思い出になってしまったお話をさせていただきます。 カラオケで突然異変が…!18歳のころ、恋人とのデートでカラオケに行き、2人で交代しながら歌っていたときのことです。私の番になってイントロが流れ出した途端、急に血の気が引いてその場にしゃがみこんでしまいました。 実はその日は生理1日目で、貧血が急に襲ってきたのです。もちろん歌うこともできず、恋人に「どうしたの?」と聞かれても、答えることすらできません。状況を察してくれた恋人がせっかくのカラオケを時間の途中で引き上げてくれて、そのまま近くの彼の家へ行くことになりました。 申し訳なさでいっぱいのデートカラオケから恋人の家へ向かう途中は、足元がおぼつず、恋人の腕になんとか支えられながらでないと歩くことすらできなかった私。家に着いてからも、恋人が晩ごはんの準備をしてくれる音を聞きながら、ただ黙って寝ていることしかできませんでした。 本来ならば、自分の足で歩いて帰り、晩ごはんの準備も一緒にしたいところなのに、ひたすら恋人に迷惑と心配をかけてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいに。でもその分、恋人のやさしさが身にしみたのは言うまでもありません。 貧血対策をするようになった私 生理による貧血で苦しむのは避けたいという思いから、この事件の後、私は2つの対策をおこなうようになりました。 1つ目は、鉄分サプリを飲むことです。毎日鉄分サプリを飲むようになってから、生理の際に貧血で苦しむことがなくなっただけでなく、日中の眠気もマシになりました。薬局に売っているので、貧血気味の私にはすごく助かりました。 2つ目は、生理中は食事はしっかり取るということです。生理中は特に体が栄養を欲している時期なので、たとえダイエットをしていてもこの期間だけは毎食きっちりと食べるようにしています。 生理による体調の悩みは生理痛だけでなく、貧血もひどい私。今回の経験は、せっかくのデートが思うようにいかなかったけれど、恋人のやさしさに感動したので結果オーライですが、やはり貧血は避けたいものです。 ※気になる症状がある、症状がひどい場合は、受診をおすすめします。 監修/助産師REIKO 著者:橘 純香
2020年12月07日ベビーカレンダーをご覧のみなさん、こんにちは。2018年4月生まれの男の子を育てています、じゅのです。私は40歳で入籍、41歳で妊娠しました。出産時は42歳。不妊治療をしていたわけでもなく赤ちゃんを授かったのは本当に奇跡的なことでした。今回は、妊娠糖尿病になってしまったお話の第7話です。 妊娠糖尿病と診断されて入院し、自分で血糖値を測ったりインスリンを自宅でも打てるように教えてもらってなんとかマスター。 栄養士さんからの食事指導も受けて、退院しましたが……。 退院し家に帰ってからも、赤ちゃんが生まれるその日まで血糖値測定とインスリン投与を続けなければなりません。 例えばカフェやレストランで友だちとランチ。生まれたらバタバタでしばらくはランチなんて行けないですからね。出産までの残り少ない時間に外食でもして友だちとたくさん話したりしたいものです。 そういうときでも、血糖値測定キットとインスリンと針、アルコール消毒綿のセットが欠かせません。 お店に着いたらまずは食前の血糖値測定。もちろん、事前に友だちには妊娠糖尿病であることと食事の際にやるべきことを伝えてはいましたけど、実際に目にすると驚いていたようです。 そして料理が運ばれてきたら、食べる直前にインスリンをトイレで注射してこなくてはならないのです。 私の場合はインスリンを太ももに打っていたのですが、自分の家ならば誰の目も気にせずできます。でも、外のお店となると食事をする席でスカートをまくりあげてインスリンを打つなんてこともできないので、トイレでインスリンを打っていました。あまり慣れていないのでアタフタと……。 そして2時間後にはまた血糖値測定。気持ち的にはゆっくりランチもしていられません。 もちろん、家にいるときも、毎食ごとにこの繰り返しですからね。誰かと話すときには気丈に振る舞っていましたが、ひとりになるともう何もやる気が起きないほど精神的に疲弊していました。 この時期、妊娠10カ月に入り始めたころだったのでおなかが大きくて、週に一度の妊婦健診に行くだけでも動悸・息切れをするほど。こういうときにも、やはり年齢による体力のなさを感じました……。 そして腰痛に膝痛、恥骨痛。夜中にも胎動が激しくなって痛くて眠れなくなったり、貧血になって産婦人科から鉄剤を処方されたり、後期つわりで気分が悪くて食欲が落ちたり……。 ただでさえ大変な妊娠後期。この時期に妊娠糖尿病で常に血糖値に神経質になっていたのが本当につらかったんです……。ストレスはどんどん蓄積されていきました……。 次回は、やっと陣痛を来るのですが……その前にトラブル発生!まだしばらくこのお話にお付き合いください! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター じゅの2018年生まれの、自分と同じ誕生日の男の子の母。元グラフィックデザイナー。高齢出産、慢性腎臓病、妊娠糖尿病、そして出産間際にパニック発作を経験。インスタグラムにて育児絵日記・漫画を更新中。
2020年12月07日ベビーカレンダーをご覧のみなさん、こんにちは。2018年4月生まれの男の子を育てています、じゅのです。私は40歳で入籍、41歳で妊娠しました。出産時は42歳。不妊治療をしていたわけでもなく赤ちゃんを授かったのは本当に奇跡的なことでした。今回は、妊娠糖尿病になってしまったお話の第6話です。 妊娠糖尿病と診断されて入院し、自分で血糖値を測ったりインスリンを自宅でも打てるように教えてもらってなんとかマスター。 そして、私の入院していた病院では糖尿病患者に向けた栄養指導というものがありました。何をどれだけ食べたら良いのか、「何g」と言われてもその量がピンときません。そこで栄養士さんは、食物のイラストが実物大で描かれたもので説明してくださいました。 たとえばお米だったらこのくらいというのが、実物大で見た目でわかるのですごく参考になりました。 私の場合は、妊娠後期で1日に2,250キロカロリーが必要だと言われましたが、2,250キロカロリーって、私にとってはかなり多いと感じる量です。たとえば朝ごはんのメニューの一部として60gのロールパンが4つ。4つも食べるの!? 「この量では一度に食べきれないです……」と栄養士さんに伝えると、次の食事から分食にしてもらえることになりました。1食分の量をを減らして、少し時間をおいてから間食を食べるということにしてもらいました。1日のトータルのカロリーは減らしません。 胎児のために必要な栄養分をしっかりとる。でも、血糖値は上がってしまうのでインスリンを使う。「妊娠糖尿病だからといって、炭水化物を極端に減らしたりしてはいけませんよ」。 妊娠糖尿病になったからといっても、妊娠中は胎児の発育に必要な栄養をとらなければいけないので、勝手に炭水化物を減らすなどはできないのです。ちゃんと必要な分だけ食べて、そのうえで血糖値をコントロールするのだそうです。 なるほど、そういうことか〜。何のために入院して、どういうことをするのか、入院前にももちろん説明はされていたのですが、急に入院することになった不安と焦りが大きくて「血糖コントロール」が何なのか、あまり理解できていなかったんです。 入院中に医師や看護師さんと話したり栄養士さんの説明を聞いて、やっと理解が追いついてきました。 でも、頭ではわかっていてもインスリン注射は嫌なものです! 「こういう食事にすると良いですよ」という具体例として、病院食の献立表などをもらったのが役に立ちました。それと、入院中に出された食事の写真をすべて撮っておいて、退院してから自分で料理をするときの参考にしました。 次回は、退院してからのことです。血糖値測定もインスリン投与も、陣痛が来るその日まで続けなければなりません! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター じゅの2018年生まれの、自分と同じ誕生日の男の子の母。元グラフィックデザイナー。高齢出産、慢性腎臓病、妊娠糖尿病、そして出産間際にパニック発作を経験。インスタグラムにて育児絵日記・漫画を更新中。
2020年12月06日「2人目は息子が2~3歳のとき考えようね」と決めていた私たち夫婦。しかし、息子が1歳5カ月のときに予定外の妊娠が判明しました。2人目の妊娠は予想以上につわりがひどく、歩き始めた息子の世話に四苦八苦の毎日で、息子にやさしくなれない私。そんな私が悩み学んだ体験談です。 え!? こんなに違うつわりの症状「あれ? なんか最初の妊娠のときよりも吐き気が強いな」と感じるようになって、妊娠7週目ごろから立っているのもつらい状態になった2人目のつわり。寝ているとき以外は吐き気が続き、食べる物も限られました。 そして、肉や魚などのたんぱく質がとれなくなり、偏食がちで体がどんどん重くなっていったのです。「あれもしたい! これもしたい!」と思うのに、希望通り動けない自分が悲しかったですが、「妊娠中だからしょうがない」と思っていました。 予想以上に大変! 息子の世話そんななか、1歳5カ月から歩き始めた息子はヨチヨチながらも歩きまわり、手に届く物はすべて手に取り、気づけば家の中はぐちゃぐちゃ! ママがつわりでつらいことなんかもちろん理解できない息子は、いつも通り「これ読んで!」と言わんばかりに本を持って来ます。 私は「またあとでね」と言い、息子を泣かせてしまう始末。体調がいい日はここぞとばかりに家事や庭仕事をしたいのに、気づけば息子の後あとを追いかけては部屋を片づけ、食事の準備だけで1日が終わる毎日に疲れ果ててきたのです。 そんななかで私が気づいたことつわりのつらさで体が思うように動かない私は、気づけば「○○! ダメでしょ! やめて!」と息子に怒ってばかり。怒られても笑顔を振りまく息子を見ると「こんなんじゃだめだ……」思うようになりました。息子は歩き始めて世界が広がり、見えるものに興味津々。 息子や私がもっと気持ちよく今のつらい時期を乗り越えるには、「諦め」も必要だと感じるように。そして、夫が仕事から帰ってきたら積極的に協力してもらい、食事や家事も手を抜けるところは抜くようにしました。すると、「できなくてもいい」という意識が気持ちをラクにさせてくれたせいか、息子を怒ることも減りました。 私の場合は、つわりがつらいなかでの子育ては予想していた以上に体への負担が大きかったです。しかし、今では部屋の汚れも「息子の成長」「動けるときに家事をすればいい」と考え方を変えることで、少し体がラクになったように感じます。自分の体も大事にしながら、妊娠期間中も無理なく楽しく育児していけたらいいなと思っています。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:岩見 エリ1男の母。看護師歴12年、現在はフランスで出産し子育て中。
2020年12月06日36歳で第一子を妊娠。初期のつわりも落ち着き、胎動が感じられるようになったころから悩まされたのは足のむくみ。明らかに20代とは違い代謝も落ちているなか、フルタイムで働き、立ち仕事も多い職業柄、常にむくみ気味だった私の足は妊娠の影響でさらにむくむように。妊娠後期まで続いた私の足のむくみとの戦いをご紹介します。 あれ? いつもより足がパンパン?34歳で結婚、36歳で第一子を妊娠。双方の両親をはじめ、親戚一同大変喜んでくれました。妊娠初期のころは食べづわりに悩まされ、空腹にならないようにバナナなどを持って職場へ行く毎日でした。しかし、つわりが終わってほっとしたのもつかの間、次第に足のむくみが気になり始めたのです。 普段から運動はほとんどせず、立ち仕事が多いこともあり、もともとむくみ気味だった私。履き慣れた靴も窮屈になり、靴下の痕もくっきり残るほどパンパンな状態に。朝起きたときから足がむくんでいて、仕事へ行くのも、そもそも靴を履いて出かけるのも憂うつでした。 意を決してウォーキング!体重管理とむくみ対策としてお医者さんに言われたのは、「歩く」こと。妊娠前から158cm、64kgのぽっちゃり体型で、助産師さんから「妊娠中の体重増加は7kg以内に」と注告されていたこともあり、運動不足の私も文字通り重い腰を上げ、散歩することに。 しかし、このときは8月。外は暑くて歩けないので、私が選んだお散歩コースは天気にも左右されず、休憩スペースも多い「ショッピングモール」。新しいショッピングモールがオープンしたばかりだったので、スニーカーを新調し、気分を上げてウォーキングへ。隅から隅まで約2kmの距離を体調に合わせて2~3周、週3回ほど通いました。3週間続けると足がだんだん軽く感じられるようになり、次第に靴下の痕も残らなくなっていきました。 ウォーキングに加えて食事の見直しもウォーキングとあわせて食事の見直しもおこない、むくみ防止によいとされるカリウムの多い食品を意識して食べるようにしました。もともと食べることが大好きなので、自分の好きなものを取り入れ、無理なく楽しく体によい食事を意識するようにしたのです。 具体的にはわかめなどの海草類や野菜たっぷりのスープ、バナナやアボカドなどの果物、焼き芋、無添加のナッツ類という感じです。特に野菜たっぷりのスープは食物繊維も多く摂取でき、冷房による冷えや便秘も解消され、それがむくみ解消にもつながったと思います。 出産間近までウォーキングと食事の見直しを頑張ったおかげで、最大の悩みだったむくみは解消されました。さらに、出産に向けての体力をしっかりつけられたように思います。体重も結果的にプラス7kg、また年齢とぽっちゃり体型のため、お医者さんから心配されていた妊娠高血圧症候群にもならず、無事に出産を迎えることに。つらかったむくみの解消から始めたウォーキングですが、結果的にはさまざまな面で役立ちました。 高齢出産にはいろいろな悩みがありますが、30代後半を過ぎたからこその経験値や心のゆとりがあるのではないかと私は感じています。現在も妊娠中なので、前回の経験を活かしてマタニティライフを楽しみたいと思います。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/塩り監修/助産師REIKO著者:上原さちこ夫と2歳の娘と3人暮らし。英語講師としてフルタイムで働きながら子育てに奮闘中。36歳で第一子を出産。
2020年12月06日ベビーカレンダーをご覧のみなさん、こんにちは。2018年4月生まれの男の子を育てています、じゅのです。私は40歳で入籍、41歳で妊娠しました。出産時は42歳。不妊治療をしていたわけでもなく赤ちゃんを授かったのは本当に奇跡的なことでした。今回は、妊娠糖尿病になってしまったお話の第5話です。妊娠糖尿病で入院するとまず、自分専用の血糖値測定キットを渡されました。 血糖値は自分で計れるようになり、今度はインスリンを自分で打つ練習です。最初のうちは看護師さんが毎回注射器で打ってくれていました。普通のよくある注射器。 「もしかして私もこういう注射器で自分で打つのかな……?」「だとしたら大変すぎるし難しすぎる……無理……!」と思っていたら、渡されたのはペンシル型の簡単に操作できるものでした。 針は毎回使い捨てのものを装着し、注入する量が書かれたダイヤルを回して決定し、シャープペンの芯を出すみたいにお尻側から押すだけ。針はかなり細いです。毎食前に1日3回、看護師さんに方法を教えてもらって見てもらいながら、恐る恐る自分の太ももへブスっ!と刺します。 針は太ももの皮下脂肪1cmくらいの深さまで入ります。細くて鋭い針が刺さっていくのを見ていると怖いです! 私は皮下脂肪がとっても分厚いんですけどね! それでも怖いです! インスリンの注射はおなかの皮下脂肪に注射することが多いようですが、私の場合は妊婦なのでおなかに針を刺すのは抵抗があるので太ももに刺していました。 毎日インスリンの針を刺していた太ももには、針の痕がたくさん増えてだんだん痛々しくなってきます。 糖尿病患者で長くインスリンを使用している人には、インスリンを打ち続けた場所の皮下脂肪が固くなり「インスリンボール」というのができるそうです。 私の場合は「妊娠糖尿病だし、妊娠期間中だけの限定であってほしい」と思うけれど、それは産後に再度血液検査をしてみたいとわからないことです……。 「とにかく今は赤ちゃんのために、できることを頑張ろう!」そう思うしかありません。 このインスリン注射ですが、針が細くて使いやすくなっているとはいえ、痛点に触れてしまうとやっぱり痛いんです! 「どうか痛点に当たりませんように!」と思って打っていましたが、やはり何回かに一度は痛点に当たります……。毎回緊張してインスリンを打つ手が震えました。 いくら胎児のためとは言っても、こうやって毎日毎日自分で自分に針を刺す医療行為を続けるのは精神的にキツかったです! なんとか入院中に自分でインスリンを打てるようにマスターしました!退院してからも、家でこれを出産の当日まで続けなければいけないんです……。 次回は、入院中に受けた栄養指導のお話です。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター じゅの2018年生まれの、自分と同じ誕生日の男の子の母。元グラフィックデザイナー。高齢出産、慢性腎臓病、妊娠糖尿病、そして出産間際にパニック発作を経験。インスタグラムにて育児絵日記・漫画を更新中。
2020年12月05日妊娠前から育休の取得に興味があった夫。「2人で一緒に育休取れたらいいね~」なんて話をしていました。そしていざ私が妊娠すると、夫は「育休、取るよ!!」と宣言。そんなわが家の体験談です。 もとから男性育休が取りやすい環境ニュースやSNSで、「男性が育休を取得したら昇進できない」「周りの人から嫌味を言われた」ということを目にする機会がありました。自分が妊娠しても、里帰り出産か、生後1カ月くらいは実家の母に手伝いにきてもらうんだろうなと思っていた私。 しかし、夫の会社は男性の育休取得の実績が多数ある会社でした。もとから子育てに興味があった夫は、私が妊娠後に半年の育休の取得を申請しました。上司に話をしたときに、「半年? 1年取らなくていいの?」と言われたほど、理解のある職場でした。 出産までもサポート出産予定日が1月中旬だったため、夫は1月はたまっていた有休を使いすべて休み、2月から7月末まで、半年間の育休を取得することに。 妊娠期間はマタニティヨガに通ったり、行きたいお店にランチに行ったりと元気に出歩いていた私も、1月に入ってからの外出は夫に付き添ってもらうことが多くなりました。産後だけでなく、初めての出産で不安も多いなか、産前もサポートしてくれたのは本当に助かりました。 いざ息子が生まれると無事に出産し、5日後に退院。家族3人での生活が始まりました。出産した病院の規則で、入院中に赤ちゃんに直接触れられるのはママのみ。面会者は新生児室のガラス越しで見学しかできませんでした。そのため、夫は退院してから初めて息子のおむつ替えや授乳をおこないました。はじめはおぼつかない手つきでしたが、徐々に慣れて、1週間もすると私と変わらない対応ができるように。 また、産褥期は家事を積極的におこなってもらえるようお願いし、私は息子のお世話が最優先の生活。生後3カ月ごろまで混合栄養だったため夜中の授乳は私が対応しましたが、おむつ替え、ミルク、そして息子と遊ぶことも、夫は率先しておこなってくれました。 育休を終え、夫は⋯夫婦そろっての育休期間は、親子3人で濃密な時間を過ごせたと思います。特に新型コロナウイルスの影響で家で過ごす時間が多くなりましたが、逆にそれが3人でたくさん過ごした良い思い出です。 夫自身は、息子が生まれて間もない時期からずっと一緒に生活をしたことで「大変さも楽しさもよくわかった」と言っています。ちなみに夫は、もし2人目を授かっても育休を取得する気満々です! 夫は育児や家事を「手伝う」ものではなく、「2人の子どもだから2人で育てる」という意識を持ってくれています。当たり前のことだと思う反面、そう考え、実行してくれる夫は心強い存在。夫や、理解のある会社や周りの環境に感謝を忘れず、今後も2人で子育てをしていきたいと思います。 監修/助産師REIKO著者:森まり子男の子のママ。本業は育休中で、現在は子育てをしながらライターとして活動中。主に子育て・共働きに関する体験談や、ママ向けの美容記事を執筆している。
2020年12月05日ベビーカレンダーをご覧のみなさん、こんにちは。2018年4月生まれの男の子を育てています、じゅのです。私は40歳で入籍、41歳で妊娠しました。出産時は42歳。不妊治療をしていたわけでもなく赤ちゃんを授かったのは本当に奇跡的なことでした。今回は、妊娠糖尿病になってしまったお話の第4話です。妊娠糖尿病で入院するとまず、自分専用の血糖値測定キットを渡されました。 指の先から血を採取するために針を刺して、一滴の血を出して小さな測定器で血糖値を測定します。その測定値を「自己管理ノート」に記録していきます。 これを毎日6回(朝昼晩の食事の30分前と食後2時間値)測定できるように指導されました。血糖値の測定は簡単なのですぐにできるようになりました。 ただし、毎日6回も指先に針を刺すので指先が針の痕でぼろぼろです。針を刺す指を10本の指のどれかに毎回変えて、なるべく同じ箇所に針が当たらないようにしていました。 針は実際そんなに痛くはないのですが、刺す瞬間が少し怖いので毎回ドキドキします。バチンっという音がするのでビックリして指を少しひっこめてしまうんです。 そうすると失敗して、針が刺さらず血が出てきません。結局もう一度刺さなければいけないので、そうならないためににビビらないでいることがポイントです。 もちろん、表示される血糖値にも毎回ドキドキします。 ちなみに、針が皮膚にどれだけ深く刺さるかは穿刺器具のダイヤルで調節できますよ。「深く刺さり過ぎて痛い!」と思ったら調節できるんですが、まずは刺してみないと適度かどうかわからないというのが痛いところですけどね……!! 医師がその血糖値の記録を見て投与するインスリンの量を決めます。最初のうちは看護師さんがインスリンを打ってくれますが、入院中に自分で打てるように訓練するのです……。 妊娠糖尿病で入院中でも、通常通り産婦人科の定期健診はあります。妊娠糖尿病になると巨大児になる可能性があると言われて心配だったのですが、このころの定期健診では特に問題なく順調。発育は標準中の標準、成長曲線のど真ん中ですよなんて言われたり、胎動が激しくてエコーのときにはいつも元気ですね!なんて言われたり。心配しすぎていた私の気持ちとは裏腹に、赤ちゃんは無事に育っていてくれていました。 実はこのとき、心の中ではこう思っていました。「そんなに順調ならインスリンやらなくてもいいじゃない……?」 そういうワケにもいかないようで……。妊娠糖尿病によって難産になる可能性もあるそうなので、出産までのあいだ血糖コントロールでをして万全を期した出産にしましょうという方針になったのです。 さあ、次回はいよいよ自分でインスリンを打ちますよ~! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター じゅの2018年生まれの、自分と同じ誕生日の男の子の母。元グラフィックデザイナー。高齢出産、慢性腎臓病、妊娠糖尿病、そして出産間際にパニック発作を経験。インスタグラムにて育児絵日記・漫画を更新中。
2020年12月04日私の初めての妊娠判明とほぼ同時に、夫の仕事の都合で転居が決まりました。季節は冬で転居先は豪雪地帯。夫と私は話し合い、私と子どもは雪が溶けてから移動するとことにしました。そして夫だけが先に転居し、私と子どもは実家で過ごすことに。いざ一緒に暮らし始めると、夫とうまくいかないことが出てきて……。はじめから家族一緒に生活していればと後悔しています。 家族より仕事優先な夫夫は結婚前から早出、残業が当たり前。業務を完遂することが最重要事項という働き方で、それは私が妊娠しても変わりませんでした。転居後も夫の仕事に対するスタンスは変わりません。 子どもが生まれたからには、なるべく家にいて私のサポートや子どもの世話をしてもらいたいという私の思いはなかなか理解してもらえませんでした。結果として家事も育児も私が負うところが多く、夫に対する不満がつのりました。 夜更かして朝、起きられない夫は仕事で遅くなると就寝時間を遅らせて、ゲームをしたりテレビを観たり、晩酌をしたりしていました。そうすると起床時間が遅くなります。必然的に朝の家事と子どもの面倒を私がひとりでみることに。 当時はまだ私は仕事をしておらず、「とりあえず夫を送り出せばいい」とがむしゃらになっていました。しかし夫がきちんと朝起きて、私が家事をしている間に子どもをみていてくれたらいいのにと不満を抱えていました。 休日もないがしろにされて夫は週末の休暇はきちんと取れていました。しかし自分の用事や友人との付き合いといって家をあけることが度々。家にいるときに子どもの面倒を頼むと「今やることがある」、一緒に散歩に行こうと誘えば「俺は行かない」と、私や子どものことは頭にないような対応。 環境が変わり、夫は慣れない仕事にストレスも多かったと思います。けれど私は夫に休みの日くらい子どもと関わったり、私のサポートをしたりしてほしいと考えていたので夫の行動は不愉快なものでした。 2人で話し合うことに同居して2カ月もすると私は夫の態度に耐えられなくなり、2人で話し合う機会を持つことに。私ひとりで子育てと家事のすべてはできないこと、夫が家にいてくれると心強く感じること、子どもと関わる時間を増やして仲良くなってほしいことを夫に伝えました。 夫は新しい職場で立場を確立し、安定した収入を確保することが責務であり、家族のためになると考えていた様子。お互いに家族を大切にしたいという考えは共通していたので、これからも話し合いながら一緒にやっていこうということに落ち着きました。 それ以降は夫も少しずつ態度を変えてくれ、今では私にとって頼もしい夫であり、子どもも大好きなお父さんです。ただ、はじめから一緒に転居、子育ての新生活をしていたらお互いに不満を抱える期間が短くて済んだのではないかと後悔しています。これからはその結果どうなるかまでイメージしてジャッジをしたいと思っています。 監修/助産師REIKO著者:小原水月1児の母。管理栄養士免許取得。「健康が人生をわくわくさせる」をモットーに食と健康の分野でライターとして活動中。高齢出産後、生まれ育った都心を離れ夫の実家がある地方都市へ移住。義母と同居。
2020年12月04日2人目を出産し、生理が再開してみると最初は軽かったのにだんだんと重くなり……。ついには病院へ通うようになった私の体験談です。 出産前、私の生理はとてもラクでした月経周期が規則的で、生理痛が多少はあるものの、2日目に痛み止めを飲めば済む程度だった私。 友人が生理不順で婦人科に通っていることを聞いても、「大変そうだなぁ」と他人事のように感じていました。 初潮が早かったこともあり、どこか自分は「慣れている」と思っていた部分もあったように思います。年齢や体調によって生理の状況が変わっていくとも知らずに……。 漏れが怖くて出かけられない!私の生理が大きく変化したのは、次男の授乳が終わった2カ月後に生理が再開したときでした。最初は経血の量が少ない他には特に変わった点はなかったのですが、徐々に月経周期が乱れ始め、生理前にイライラするようになり、ついには大きなレバーのかたまりのような経血が出るように! どんなに大きな生理用ナプキンを使っていても1時間に数回取り替えなければならず、外出もままならない状態に。これはおかしいと婦人科に相談してみることにしました。 原因は“冷え”でした婦人科で検査をしてもらったところ、幸いなことに問題は見つかりませんでした。では、どうして生理が重たくなってしまったのか。 先生の見立てでは“冷え”が原因では、とのことでした。漢方薬を処方していただき、毎日服薬してみると、生理が徐々に落ち着いてきました。 さらには、それまで感じていた日中の眠気、体のだるさ、夜中に目が覚めるなどの細かな不調までもがラクに! 夜間授乳の習慣で、体のリズムが整わないのだろうと思っていたのですが、先生によると、どれもが冷えから来る症状だというお話でした。 こうして振り返ってみると、小さな不調も体からのサインだったのだなぁと思います。子どもの体調ばかりに気を取られてしまい、自分の体に目を向けていなかったことを反省。これからは自分の体のメンテナンスも心がけようと思いました。婦人科に通院するようになって、乳がんや子宮がんの検診も受けるようになったので、生理の変化は私にとって自分の体に目を向けるいい機会だったのかもしれません。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:田丸あかね現在、小学校1年生と幼稚園年中の兄弟を子育て中。性格の違う子どもたちの成長を楽しみつつ、自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。
2020年12月04日赤ちゃんが生まれたら、今までの生活が赤ちゃん中心の生活になります。旅行などにも、なかなか行けない……とよく言われますが、もっともっと身近なことで、できなくなることが実はたくさんあるんです! 今回は、 私が産後しばらくできなかったことをご紹介したいと思います。 ゆっくり食事ができません! 赤ちゃんが生まれると、なかなか外食できなくなります。そして、そもそもゆっくり食事ができないんです! これは子どもが増えれば増えるほど実感するかもしれません。わが家でなかなか行けないのは、焼肉です。 おしゃれなカフェやラーメン屋さんなどの小さなカウンターのお店も難しいかもしれません。食べたいもの、妊娠中に食べておきましょうね! ゆっくりお風呂もなかなか入れません! わが家はパパが遅く帰ってくるので、平日のお風呂はママ担当。自分の体を洗うのにもひと苦労です。しかも、土日にパパがいても、赤ちゃんの泣き声が聞こえたり、「ママ~」と呼ばれたりして、ゆっくりはできないんですよね!半身浴をするなど、たまにゆっくり自分のケアがしたいな~と思うこともあるのですが、なかなかできないのが現状です。妊婦さんはのぼせやすいので気を付けながら、気持ち的にもゆっくりお風呂に入っておいてくださいね! お部屋の大掃除もできなくなっちゃった! 大きなおなかではちょっと大変ですが、お部屋の大掃除もおすすめです。赤ちゃんが生まれたらしばらくは寝不足の日々。音にも敏感になるうえに、なかなか寝ない子だと普段の家事もできなくなります。赤ちゃんを迎え入れるためにお掃除をされると思いますが、生まれる前に普段はしないような細かいところもお掃除しておくといいと思います。ただ、体調が最優先なので無理はしないでくださいね。 赤ちゃんが生まれると「ひとりでゆっくり」何かをすることがあまりできなくなります。それはそれで赤ちゃんとの楽しい時間でもありますが、できるだけ妊娠中にゆっくりとたいことをやっておきたいですね。 イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:山本かやの二児の母。ウエディング業界から飲食業に転身後、妊娠を機に退職。現在は専業主婦。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。趣味はガーデニングと家庭菜園。
2020年12月04日ベビーカレンダーをご覧のみなさん、こんにちは。2018年4月生まれの男の子を育てています、じゅのです。私は40歳で入籍、41歳で妊娠しました。出産時は42歳。不妊治療をしていたわけでもなく赤ちゃんを授かったのは本当に奇跡的なことでした。今回は、妊娠糖尿病になってしまったお話の第3話です。 75gブドウ糖負荷試験のあとに妊娠糖尿病と診断されて、同じ大学病院の内分泌科の先生を紹介され受診することになりました。 診察室に入って担当の医師と話し始めるとすぐに、「入院してインスリンで血糖コントロールの方法を覚えましょう!」と言われ……。 「え~?!」 まさか入院するとは思っていなかった私は、声をあげて驚いてしまいました。 インスリンという名前は聞いたことがあるけれど、自分がそれを使うことになるなんて考えもしなかったのです。 妊娠糖尿病についての知識がほとんどなかったので、「食事療法か何かで血糖値を下げるのかな……?」なんて、勝手に思っていたのでした。 「血糖値が高いからといっても、妊娠中なので栄養を減らすことはせずに、出産までのあいだインスリンをうまく使って血糖コントロールしていきましょう」 血糖コントロール……? そう言われても私はすぐには理解が追いつかず、「え……入院するほど深刻な状態なの? 怖い……赤ちゃんは大丈夫なんだろうか……」という不安な気持ちしかありませんでした。 あれよあれよと次の週には入院することが決まり……。 ここの大学病院は慢性腎炎のときにも3回ほど入院したことのある病院なので、入院自体が初めてというわけではないのですが、「来週から入院ね!」と言われると焦るし怖いです! 急に入院と言われて不安で焦りましたが、もうすぐ臨月に入る時期だったので入院に備えての荷物の準備がしてあったのが幸いでしたけれど……。さて、次回からは入院中のお話になります。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。監修/助産師REIKO著者:イラストレーター じゅの2018年生まれの、自分と同じ誕生日の男の子の母。元グラフィックデザイナー。高齢出産、慢性腎臓病、妊娠糖尿病、そして出産間際にパニック発作を経験。インスタグラムにて育児絵日記・漫画を更新中。
2020年12月03日こんにちは。2018年2月生まれの男の子育児中のみーすけです。 妊娠中期〜後期のエピソードです。妊娠中にやっておいたことと、頑張れなかったことは……?!冬真っただ中! スーパーに行く以外は、外を出歩きませんでした。おなかの張りもチクチクキンキンと痛くて、イタタ……とおなかを押さえてかがんでしまうほど。 ひとりで散歩していると通りすがりの方に心配されてしまいそうだったので、夫と一緒じゃないと散歩に行く気になりませんでした。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター 絵日記ブロガー みーすけ2018年生まれの男の子を育児中の絵日記ブロガー。日常をマンガにしてブログを更新中! ネットで子育て情報を検索するのが趣味。最近の悩みは赤ちゃんのおもちゃを買いすぎてしまうこと。
2020年12月03日妊娠が判明した方から「出産ってお金がかかるの!?」「妊婦健診って自己負担なの!? 」そんな声をよく聞きます。初めての妊娠でわからないのは当然ですよね。今日はそんな妊娠、出産の費用のことを具体的にお話しします。 妊婦健診ってお金がかかるの!?妊娠したら、住んでいる市区町村に妊娠届を提出します。そうすると母子健康手帳(通称:母子手帳)が発行されます。妊娠が確定すると、定期的に妊婦健康診査(通称:妊婦健診)を受ける必要があります。妊娠は病気ではないので保険はきかず自由診療ですが、安全に出産するためにも定期的な妊婦健診は必要なので、その負担を軽減するために補助券があります。市区町村から母子手帳の発行とともに妊婦健診の補助券14回分がもらえます。 補助券は、市区町村により金額は異なるものの、一般的に妊婦健診1回につき5千円程度です。初期検査一式がある回は金額が高くなるので、助成の金額も1万円程度あります。しかし、産院や検査の内容によって健診費用はさまざまです。毎回の妊婦健診が補助券でおさまる施設もあれば、追加費用が発生する施設もあります。病院のHPには健診の費用まで載せていないところが多いのですが、分娩費用が高額なところは妊婦健診費用も高額だとイメージしてもらうとわかりやすいと思います。 出産方法や場所や施設によって出産費用はさまざま出産の時の助成として出産育児一時金というものがあります。加入している健康保険組合から1児あたり42万円支給されます。給付内容については加入している健康保険組合にご確認ください。 現在では健康保険の加入者(出産する側)が病院に書類を提出することで、病院側から直接健康保険組合に手続きをし、出産後に健康保険組合から病院に直接支給され、出産費用が42万円を超えた場合、その差額を退院時に出産された方が支払うという形がメジャーになってきています。 出産費用は全国さまざまで、施設によっては出産一時金の範囲内で収まるところもあれば、20万円から40万円くらいを追加で支払うところもあります。出産施設は、クリニックや総合病院(高度な周産期医療が可能である周産期母子医療センターもあります)、助産院などがあります。一般的には、総合病院や周産期母子医療センターはクリニックや助産院と比較して出産費用は高額です。施設によっては出産費用が100万円以上かかるところもあります。 また分娩様式によっても費用は異なります。自然経腟分娩ではなく、無痛分娩にすると追加費用が10万円から20万円ほどかかりますし、陣痛促進剤を使用された場合や、赤ちゃんがなかなか出てこなくて吸引分娩がおこなわれた場合など、出産時に何か処置が加われば追加費用が発生します。 地域によって出産費用に違いはあるの? 「どこで産むのが一番いいですか? 里帰り出産にしたほうがいいでしょうか?」。これはよく聞かれる質問です。特に都内に住んでいて、地方にご実家がある方の場合は費用面で里帰りするかどうか迷う方もいるようです。 公益社団法人の国民健康保険中央会がとりまとめた統計データ「出産費用 平成28年度」によると、平成28年度の全国の正常分娩時の出産平均費用は505,759円であるのに対し、東京都の平均値が621,814円と最も高額で、神奈川県が564,174円と2番目に高く、最安は沖縄県の418,164円、2番目に安かったのは熊本県で415,923円でした。これらはあくまでも都道府県別の正常分娩時の平均値であり、各分娩施設のサービスや分娩様式などにもよるため一概には言えない部分もありますが、一定の地域差はあるようです。※参考:公益社団法人 国民健康保険中央会「出産費用平成28年度」 産後はママの体を少しずつ回復させつつ、産後のこころの変化にも対応していきながら赤ちゃん中心の生活に慣れることが何より大切です。それには周りのサポートが必要不可欠。もちろん費用の面も大切ですが、できる限りお母さんや旦那さんなどご家族または行政のサポートが得られる環境で出産されるのが良いと思います。 妊娠中に、費用面について調べたり産後の生活をイメージしたり、周囲に事前に相談をしたうえで、自分にあった出産場所が選べるといいですね。ママとパパを選んできてくれたかわいい赤ちゃんと楽しいお産ができますように。 監修者・著者:助産師 高杉絵理大分県の大学にて看護師・助産師・保健師の資格を取得後、総合周産期母子医療センターにて産科やNICUに勤務。結婚を機に上京してからは、もっと育児が楽しくなるようにママや赤ちゃんにいつも身近に寄りそっていたいとの思いより、地域での助産師活動を開始する。 現在は、世田谷区の行政や病院で働きながら、開業助産師として地域での講座やイベントを開催し子育て支援活動を幅広く行っている。また、ベビーカレンダーにおいても、妊娠・出産・育児を楽しめるように、ママたちが読みやすく分かりやすい記事を心がけ執筆中。
2020年12月03日第二子を予定通りに妊娠し、もうすぐ4人家族になる!と思っていたら、まさかの双子であることが判明した私。子宝に恵まれて幸せは幸せだけれど不安もあって……。双子妊娠によって、幸せな気持ちと不安な気持ちに葛藤した私の体験談を紹介します。 第二子がまさかの双子?!長女が2歳になったころ、第二子を妊娠していることが判明しました。出産時期も夫と私の計画通りになり、子どもが2人になることが楽しみになりました。しかし、いざ産婦人科で調べてもらうと、双子である可能性が浮上。予想外だった双子妊娠に、妊娠初期は幸せな気持ち以上に不安な気持ちになることが多々ありました。 一卵性の双子に確定毎日長女の相手をしながら、生まれてくるおなかの子たちのことを思うと、それは幸せなことのはずなのに、妊娠数週が進むにつれ、不安や悩みは深まるばかりでした。 長女の子育てをしているからとはいえ、一気に3人の子どもをどのように育てたらいいのか、長女にさみしい思いをさせてしまうのではないか、自分に3人の子どもの母親が務まるのかなど、不安に押しつぶされそうになる毎日でした。 もう開き直るしかない!?子どもが一気に3人に増える不安から、「ママの実家の近くに引っ越そう」と夫が言い出してくれないかな……と、密かな期待をしていましたが、それは難しそう。悩みきった私は「もう、私が開き直るしかない!」「私は3人の母に選ばれたんだ!」という自信に、思い切って気持ちを切り替えました。 今はまだ出産前なので、リスクなどを考えると、まだまだ不安が消えることはありません。でも、私がいいほうに気持ちを切り替えたことで、長女への接し方にも余裕が出てきたように思います。そのおかげで長女にも笑顔が増え、その笑顔を見ると、私も5人家族になるのが楽しみに思えるようになりました。 イラスト/マメ美監修/助産師REIKO著者:西野ゆう一児の母。大学で救急救命士の国家資格、大学院で保健体育の教員免許を取得。出産を機に専業主婦に。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年12月03日ベビーカレンダーをご覧のみなさん、こんにちは。2018年4月生まれの男の子を育てています、じゅのです。 私は40歳で入籍、41歳で妊娠しました。出産時は42歳。不妊治療をしていたわけでもなく赤ちゃんを授かったのは本当に奇跡的なことでした。 今回は、妊娠糖尿病になってしまったお話、第2話です。 妊娠8カ月に入ったころ、定期健診での採血の結果を見て先生がちょっと顔をしかめました。「あれ~、血糖値高いね。あ、コレステロール値も。これは……もしかして……。一応、ブドウ糖負荷試験しておきましょうか」。 ギクッとしました。 体重が増えてもいいのはひと月に1kg程度と言われていたのにも関わらず、ここのところ体重がオーバーしていたからです。でもそれが原因とは限りません。 次の週に検査決定。75g経口ブドウ糖負荷試験って言ってたけど、何それ……? 検査前日は21時から絶食、検査当日はまず空腹時に採血、血糖値を測る。 次に、ブドウ糖液(かなり甘いサイダーのような味でした)を飲んだあと、30分後、1時間後、2時間後に採血、血糖値を測る、というものでした。 結果は……ほんの少しだけど数値がオーバー。ほんの少しでもオーバーしたらいけないんです。妊娠糖尿病と診断されました! あとから知りましたが、高齢出産のリスクの1つに妊娠糖尿病になりやすいことがあるそうです。高齢出産という心配をしながらもなんとかここまで順調に来られただけに、妊娠糖尿病と診断されてショックでした。 妊娠糖尿病になると赤ちゃんが巨大児になって難産になることがあるそうです。これまでの定期健診では、幸いにも、なにか問題があるなどの指摘を受けたことはなかったけれど、妊娠糖尿病と聞いて急に不安になってきました……。 「赤ちゃん大丈夫かな……」 私が通院していた大学病院は他の科との連携がスムーズ。このあとすぐに内分泌科の先生を紹介されました。 妊娠糖尿病と診断されてしまったら、どんなことが待っているのか……?次回に続きます! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター じゅの2018年生まれの、自分と同じ誕生日の男の子の母。元グラフィックデザイナー。高齢出産、慢性腎臓病、妊娠糖尿病、そして出産間際にパニック発作を経験。インスタグラムにて育児絵日記・漫画を更新中。
2020年12月02日花粉症の私は、花粉の季節になると肌が超敏感になり、かゆみが出て赤くなり、ただれてしまいます。そのため1年中抗アレルギー薬を内服していたのですが、妊娠が判明してすぐに自己判断で内服をやめました。妊娠中に内服はしてはいけないと思っていたのです。しかしその結果……。私が体験した妊娠中の花粉症による体の変化と内服について紹介したいと思います。 まさかあんなところがただれるなんて妊娠が判明したのが2月の下旬で、ちょうど花粉の季節到来の時期。抗アレルギー薬の内服をやめた私は、顔を中心に体もかゆくなってしまいました。なかでもひどかったのが乳首です。 当時カップ入りインナーを着用していたのですが、下着で乳首がすれ、滲出液が出てかゆみもひどくなりました。かゆくて寝ている間に、パジャマの上からかきむしってしまうこともしばしば。 頼りになる助産師さん妊娠15週に妊婦健診に行ったのですが、私が通っていた病院は医師の診察のあと、毎回助産師外来がありました。そこでは妊娠中の不安や悩みを聞いてもらったり、出産に向けての準備についての指導があったりと、じっくり助産師さんが妊婦と関わってくれるのです。 私は乳首がかゆくてつらいことを話しました。この乳首の状態では出産後に授乳ができないのではないかと不安に思ったからです。助産師さんは乳首を診てくれ、主治医に報告したあと、医師の指示で薬剤部や皮膚科に連絡してくれました。 医師からの説明は医師によると、私が以前から内服していた抗アレルギー薬は、妊娠中に内服しても胎児への影響はないとのこと。そして、「内服することのメリットが内服しないことのデメリットを上回る場合は、内服したほうがいい」と説明を受けました。 また、乳首にはステロイド軟膏が処方されました。ステロイドなんて妊娠中に使っていいの?と思いましたが、こちらも胎児に影響はないとのこと。内服と外用薬のおかげで1カ月くらいで肌のかゆみもおさまり、乳首のただれも完治。そのため助産師さんがすすめる「乳頭マッサージ」もでき、出産後の準備をすることができました。 生まれてきた娘は元気そのものです。今のところ妊娠中の内服が原因での異常はみられません。妊娠中は可能な限り内服しないほうがいいと思っていましたが、私は内服したことで症状が改善し、出産後の準備ができました。助産師さんに相談したことで妊娠中も安心して内服することができました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO 著者:きのもとりんこ0歳女の子1児の母。看護師資格保有。自身の妊娠や育児の体験談を中心に執筆している。
2020年12月02日登場人物■ほにゅ:2018年2月生まれ。泣くのが得意な男の子。薄毛。飽き性。笑顔で母をノックアウトできる。■ねむ:2020年7月生まれ。よく寝る女の子。■つぶみ:ほにゅ&ねむの母。すぐムリっていう。一応一生懸命取り組む。■ぺー:ほにゅ&ねむの父。効率的に動きまくる。優しい。声がでかい。赤ちゃんのあだ名、どう名付けてる?編集後記赤ちゃんが生まれると、親しみを込めてあだ名で呼んでいる方もいることでしょう。妊娠中から、お腹の赤ちゃんをあだ名で呼んでいるご家庭もありますよね。赤ちゃんのあだ名はどのように名付けていますか。つぶみさんのご家庭では、上の子・ほにゅくんは喃語(なんご)からあだ名を名付けたとのこと。しかし、ほにゅくんの名付けの法則でいえば、下の子・ねむちゃんは、もしかしたら「んぼーちゃん」になっていたかも…と思うと面白いようなとてもかわいらしいような気がしますね。くすりと笑えるほっこりエピソードをありがとうございました。ままのて編集部※喃語…乳児期の赤ちゃんが発する言葉名付け&喃語に関する記事はこちらつぶみさんの二人目育児のマンガはこちらつぶみさんの二人目妊娠のマンガはこちらままのて公式SNSアカウントままのてのTwitter・Instagramをフォローすると、最新マンガの更新情報をご確認いただけます。ぜひフォローしてください!つぶみさんが描く漫画が動画になりました!ままのてで大人気の育児漫画が動画でも楽しめるようになりました。今後もつぶみさんの漫画動画を随時更新していく予定です。その他の育児漫画や育児に関するお役立ち情報、生活の知恵がたくさん配信されていますよ。どの動画にも字幕が付いているので、赤ちゃんや子どもが寝ているときでも音声なしで楽しんでいただけます。ぜひチャンネル登録してみてくださいね。過去のエピソード著者情報
2020年12月02日これからお話しさせていただくのは私が「妊娠糖尿病」を経験したお話なのですが、まずは今回は私の自己紹介から……。 私は40歳で入籍、41歳で妊娠しました。出産時は42歳。不妊治療をしていたわけでもなく赤ちゃんを授かったのは本当に奇跡的なことでした。 私が高齢で出産することになった理由の1つに、30代のころに「IgA腎症」という種類の慢性腎炎を患っていたということが関係しています。腎機能が低い状態で妊娠すると腎臓にかなり負担がかかり、腎炎が悪化するかもしれないと言われていました。 胎児にも影響が出る可能性もあるそうです。(流・早産、胎児発育不全、胎児死亡、後遺症など) そんなこともあり、30代のころはまずは自分の体を治すことが優先、ストレスなく健康で、自分の好きなことをして生きようと思っていました。子どものいる人生はあえて考えないようにしていました。 ステロイドパルス療法と扁桃摘出で治療はうまくいき、慢性腎炎は寛解。そして気づけば40歳も過ぎ……。 「すぐ疲れる、体がだるい、熱があるような気がする、胃が重くて気持ちが悪い。ああ、これはついに更年期障害の始まりかな……?」と思っていたらなんと妊娠。実はこれらは妊娠の初期症状でしたが、しばらくのあいだ本気で更年期障害かと思っていました。 赤ちゃんを授かったは良いけれど、こんな私が本当に産めるのか? 分娩時にちゃんと赤ちゃんを出してあげられる体力があるのか? 定期健診では胎児の発育はいつも順調と言われていましたが、私自身は常に不安でした。 そこでいつも相談に乗ってくれるベテラン助産師さんの言葉に救われました。「そんなの、ぜ~んぜん大丈夫! 若い人でも高齢の人でも産む体力なんて実はそんなに必要じゃないの。赤ちゃん自身が出ようとする力も加わるからね! ……まぁ、違いがあるとすれば…『産後の回復力』だね!」 なるほど、と思いました。それを聞いて少しだけ安心しました。「産後の回復力」はまったく自信がありませんが……。 その言葉通り、分娩時に私はほとんどいきむ力がいらないくらいで。赤ちゃんが出ようとする力が強すぎて子宮口が開くまで留めておくのが大変だったくらいです。 そして産後は心身ともにボロッボロ。若ければもっとはやく回復するんだろうなぁと実感することばかりでした。普段通りに生活ができるようになるまでに、私はなんと5カ月もかかりました。 そんな私が妊娠中に妊娠糖尿病になった経験をお話ししていきたいと思います。これからしばらくの間おつきあいいただけるとうれしいです! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター じゅの2018年生まれの、自分と同じ誕生日の男の子の母。元グラフィックデザイナー。高齢出産、慢性腎臓病、妊娠糖尿病、そして出産間際にパニック発作を経験。インスタグラムにて育児絵日記・漫画を更新中。
2020年12月01日妊娠10週。産婦人科で妊婦健診を受けたときのお話です。 ついに出産予定日が決定しました~~!! まだまだ生まれるのは半年以上も先なのに、「この日ですよ」って予定日が出るってすごいですよね。もちろん確実に予定日に生まれるということはないだろうけど(むしろ予定日に生まれるのは5%くらいだとか)この日がこの子の誕生日になるんだ! とか、あと〇日~! とカウントダウンが始まった気がしてわくわくします……! そして「妊娠届出書」という用紙をもらいました。クリニックの判子が押されたこの用紙を記入し、住民登録してある市区町村の役場窓口や保健センターに提出すると母子健康手帳がもらえるようです。 このままクリニックが終わったあとにもうもらいに行っちゃおうか! とも思いましたが、時間がない&ハンコを持ってなかったので日を改めました。 母子健康手帳って何が書いてあるんだろう!早く……手に入れたい……! 【第76話につづく】 監修/助産師REIKO著者:イラストレーター 漫画家 まっふ令和元年5月1日生まれの男の子を子育て中の漫画家。多嚢胞性卵巣症候群からの妊娠を備忘録としてブログにのんびり4コマで更新中。ベビーカレンダーでは妊娠中のお話「妊婦レベル1 まっふの冒険記」を連載中。息子とのお昼寝と一日の終わりにするゲームがなによりの至福。
2020年12月01日この記事では、妊娠を希望し、婦人科検診を受けたときに病気が見つかった先輩ママの体験談をお伝えします。 当時、36歳で未婚だった私。結婚・妊娠に焦りはあったものの、婦人科検診もほとんど受けていませんでした。 婦人科検診で病気が見つかったそんななか、お付き合いしている方とそろそろ結婚という話になり、婦人科検診を受けることに。すると卵巣嚢腫、そして、子宮筋腫がボコボコあり、一刻も早く手術することになりました。 そして、どうにか無事に手術も終わり、結婚して子どもができればと思っていたのですが、なかなか妊娠できませんでした。 検査を受け、妊活をスタート!ようやく不妊治療も視野に入れ、病院に通い始めたのが39歳のときでした。当時の私はまったく知識がなく、体外受精などをおこなえばすぐに妊娠するだろうと思っていました。しかし、ようやく自分自身の置かれている状況がわかってきて、どうしてもっと早く病院に行っておかなかったんだろうと後悔に打ちひしがれていました。 夫婦それぞれ検査を受け、幸い問題はなかったため、タイミング法から始めました。しかし、そんな簡単には妊娠できず……。 気分転換に近場の旅行へそんななか、自分の年齢もタイムリミットが近づいているので、次のステップへと進む話がありました。そのとき、大した大きさではないものの、子宮筋腫を取ったほうがいいという話があり、腹腔鏡手術をして取ることにしました。 その後、次のステップに進む前に夫婦で気分転換に近場の旅行に行くことになり、その月は不妊治療をお休みして1カ月後に再開することになりました。 自然妊娠できてよかったところが、その気分転換がよかったのか、手術がよかったのか、その後まもなく自然妊娠することができました。妊娠したのは40歳、出産は41歳のときでしたが、高齢でも自然妊娠できたことが本当にうれしく、感謝しています。 不妊治療中は、終わりが見えなくて本当につらかったですが、もっと若いときにちゃんと病院に行って体を診てもらっていたら、もう少し苦労しなくていいこともあったのではないかと思います。 また、出産のトラブルの可能性も増えたり、40歳に入ってからの高齢出産はリスクがあることを知り、早めに病院へ行っておけばよかった、と感じました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/塩り監修/助産師REIKO著者:高橋えみ1児の母親。育休中。
2020年12月01日第1子である長女を妊娠・出産したのは、私が20歳のときでした。周りの友人たちは、まだ独身ばかり。保育園のママたちは“怖い”というイメージがあり、仲良くなれず……。当時、私にはママ友と呼べる存在がいませんでした。 相談できる友人、同僚がいなかった私が20歳で第1子の妊娠・出産をした当時、周りの友人たちは、子どもはおろか結婚もしていませんでした。また、当時働いていた職場にも結婚している人や、子どもがいる人がいなかったのです。 私には実母がおらず、義理の母も遠方に住んでいるため、身近に妊娠や育児の相談をできる相手がいませんでした。育児でわからないことを聞くのは、もっぱら医師や保健師さん。もっと気軽に相談や話を聞いてくれる存在が欲しかったです。 他のママたちが怖く思えて避けるようにまだ若かった私は、他のママたちから良く思われないのではないかと思い、乳幼児健診や子どもが入園した保育園で、他のママたちとあまり接しないようにしていました。 また、“保育園のママたち=怖い”というイメージがあり、「ママ友なんて必要ない」と思っていたのです。そのため、第1子である長女が年長組(6歳)になるまで、保育園のママたちとはほとんど話したこともありませんでした。 先輩ママの助言を受け、ハッとした長女が6歳のとき、医療事務の資格を取るために職業訓練校に通ったのですが、そこで中学生の子どもを持つ女性と親しくなりました。その女性がいろいろと子どもの話をしてくれて、「子どもが小学校に入る前に、ママ友を作っておいたほうがいい」とアドバイスをくれたのです。 ママ友がいると情報共有や相談ができる他に子どもの友だち作りにも役立つと言われ、ハッとしました。自分のことばかりで、子どものことを考えていなかったと気がついたのです。 考えを改めママ友づくりに挑戦!「若いから良く思われない」と思い、他のママたちとの交流をもたないまま、6年が経過していました。今から間に合うのかと不安に思いながらも、まずは長女と仲のいい友だちのママたちに話しかけてみることに。 するとフレンドリーなママたちばかりで、年長組の1年間であっという間に仲良くなれました。家に呼んでもらったり一緒に出かけたりするようになり、私だけではなく、子どもにも友だちが増えたのです。こんなことなら、最初から変な壁を作らなければよかったと後悔しました。 今では「若いから……」と、自分で周りに壁を作っていたことを後悔しています。6年間ママ友がいませんでしたが、先輩ママの助言と長女の交友関係のおかげで、今ではたくさんのママ友がいます。育児の相談や愚痴、保育園や学校でわからないことなど、気軽に話したり聞いたりすることができます。ママ友がいなかった時期より、今のほうが子育てをより楽しめています。 監修/助産師REIKO 著者:ライター 木村なち三児の母。現在4人目を妊娠中。パニック障害を抱えながらの妊娠・出産・育児の経験に基づき、体験談を中心に執筆している。
2020年11月30日第一子の息子は現在1歳3カ月、そして私は第二子妊娠中で妊娠8カ月になります。第二子の妊娠が判明したとき、息子はまだ生後10カ月でした。ハイハイとつたい歩きをしている息子の育児中につわりがやってきたのです。私がつわり中の息子の様子やパパの奮闘ぶりをお伝えします。 第二子妊娠時のつわり息子を妊娠したときのつわりは吐きづわりで、20日ほど入院するくらいつらいものでした。第一子妊娠時は自分のことだけを考えればよかったので入院できましたが、今回は息子の育児をする必要があり、入院している場合ではありません。なんとかその気持ちが通じたのか、入院するほどひどい状態にはなりませんでした。ただ、気持ち悪くて動くことがつらいため、妊娠が判明したころからほぼ1カ月ほどは寝て過ごす日々でした。 つわり中の息子の様子生後10カ月の息子にはまだ言葉も通じないので、「つわりでつらい」ということを理解してもらうことは当然不可能です。そのため、寝ている私に向かってハイハイで突進してくることも多々ありました。 私は寄って来た息子を横になったまま抱きしめ、「ごめんね、つらくて遊んであげれないんだよ」と言葉にするよう心がけていました。幸い息子がまだ歩き出していなかったので、決められたスペース内でハイハイしている様子を見守ることができて助かりました。 つわり中のパパの奮闘ぶり!私が寝込んでいる状態だったため、家事・育児のほぼすべてをパパがおこなうことに。毎日の買い物、洗濯、料理、そうじ、そして息子のお風呂と離乳食作り……。すべてパパが頑張ってくれました。 もともとひとり暮らしも長く、普段も家事を率先してやってくれるパパだったので、私が寝込んでも特に困ることなくこなしてくれて、ありがたいと感じました。 現在、つわりのようなつらさはありませんが、おなかが大きくなり、動きが制限された状態になってきています。息子が走り回るようになり、第一子のときのようなのんびりした妊娠生活は送れていませんが、パパにも協力してもらって、なんとか妊娠生活と家事・育児を両立中です! ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 イラスト/(c)chicchimama監修/助産師REIKO著者:岩田かおる子育て中のママ。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。
2020年11月30日月一で訪れる憂鬱な時期…それが生理!今までは子どもに隠して過ごしていました。血も出るしこちらも気分悪いし…。ただ話題になっていた性教育の本を読んでみたところ、「隠さず説明した方がいいのでは…」と思い直し、子どもたちに話してみることにしました!■子どもたちに生理の説明をしてみた!決戦は生理中のお風呂前!イチコは小1、二太郎は年少、さてどんな感じになったのかと言いますと…話を聞いてもよくわかっていないイチコに、そもそも話を聞いていない二太郎…。この後も、怪我ではないこと、傷ができた痛みはないけど、人によってはお腹が痛くなること、痛くなくても体はだるいことを伝えました。この説明をしてから数ヶ月、子どもたちの理解は…!?うん、うちの子たちに理解してもらうには、まだ時間がかかりそうです!引き続き日常の中でええ感じに説明できる機会を伺っていこうと思います…。とはいえ生理の説明を聞かされることを嫌がられてしまったら本末転倒だしな。気長にがんばろう…。いつかは「生理ってことはしんどいんだよね!お手伝いがんばる!」って言ってくれますよーに!(下心丸出し)
2020年11月30日次男を授かり、妊娠7カ月のとき、逆子と診断されました。その後、出産まで一度も逆子が直らず、出産予定日より11日早く帝王切開で出産することになりました。逆子も帝王切開も初めてで、とても不安になりました。今回は、逆子と診断されたときの気持ちや、逆子を直すためにおこなってみたことをお話しします。 逆子と診断されたときの心境妊娠5カ月のときに胎動を感じ始めてからずっと、とにかく動きが激しい子だと思っていました。長男のときと比べて動きが速く、ずっと動いている感じがして、とても元気な赤ちゃんが生まれてくるのだろうと思っていました。そして妊娠7カ月の健診で逆子と診断されたのですが、私は「逆子はそのうち直るだろう」と思い込んでいたのです。当時は逆子と診断されても、特に心配したり不安に思ったりはしていませんでした。 逆子体操や鍼もやってみたけれど…産婦人科で逆子体操をすすめられたので、とりあえず毎日1回、寝る前に逆子体操をやってみたり、「頭の位置はここですよ」と赤ちゃんに問いかけるようにおなかの下のほうをなでてみたりもしました。妊娠8カ月になっても逆子が直らなかったので鍼にも通ってみたのですが、そんな努力もむなしく妊娠10カ月目に入ってもそのままの状態でした。さすがに3カ月もの間ずっと逆子のままの状態では、おなかの中で赤ちゃんに何かあるのではないかと不安を感じるようになっていきました。 最終的に帝王切開で出産することに結局妊娠10カ月目に入った最初の健診で、ずっと逆子の状態が続いているから早めに産んだほうがいいと言われ、出産予定日よりも早く帝王切開で産むことになりました。私が出産した産院では、予定帝王切開の場合は出産日を候補日のなかから選ぶことができるのです。子どもの誕生日を自分で決められるとは思っていなかったので、ちょっとうれしかったです。結果として出産予定日よりも11日早く出産することになりました。出産当日、帝王切開の手術中に先生が教えてくれたのですが、へその緒が赤ちゃんの足にぐるぐる巻きにからまっていて、動けない状態になっていたようです。でも赤ちゃんの足には問題なく、元気に退院できました。 その後、次男の成長に問題はなく、すくすく育ってくれています。出産前までは何が問題で逆子が直らないのかわからなかったのでとても心配しましたが、何より無事に生まれてくれてよかったです。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKO著者:川本 千華発達障害の長男、兄が大好きな次男を育てる2児の母。元ピアノ講師。自身の経験を活かし音楽・発達障害に関するライターとして活動中。
2020年11月30日私は第1子を帝王切開で出産したのですが、産後の想像を絶する苦しみのあとに身内の心ない言葉によって心にも傷を負いました。今回は、私がその苦しみを乗り越え、幸せな今に至るまでをお伝えします。 予定帝王切開から産後まで私は逆子のため妊娠38週で予定帝王切開となりました。手術中に大量出血し、急激に血圧が下がり、頭痛、吐き気、寒気などに襲われて、死を意識するほどの状態でした。 でも、本当につらかったのは術後です。アレルギーの関係で痛み止めが使えず、後陣痛に加えて傷口の痛みが数日間続きました。 身内に言われた心をえぐられる言葉帝王切開による出産のため、9日間の入院生活の間に身内がお見舞いに来てくれました。久しぶりに知り合いに会ったうれしさで話がはずむなか、「帝王切開だと子どもを産んだ気がしないでしょ」と、心ない言葉が……。 その言葉を聞いた私は、術中や産後の大変だった様子を話すと、「痛かったの? でも、陣痛の痛みはわからないんだよね?」と言われ、悔しさのあまり何も言い返せず、心がえぐられる思いでした。 心の傷薬は“わが子の笑顔”身内に言われた心ない言葉によって精神的ダメージを受けましたが、育児は待ってくれません。数時間おきの授乳やおむつ替え、沐浴に寝かしつけなど、日々が目まぐるしく過ぎてゆき、あのとき帝王切開で産んだ子が1歳になりました。 いたずらやイヤイヤなど、新たな悩みが増えていきますが、健康にすくすく成長してくれて、私に向ける100万ドルの笑顔を見ていると、赤ちゃんへのリスクを抑えた帝王切開手術が誇らしく思えるようになりました。 あのとき身内から言われた言葉は、体の傷跡を見るたびに思い出すと思います。ですが、わが子のためにおなかを切って産む出産も、まさしく命がけです。わが子を見るとおなかの傷跡も勲章のように思えて、少し誇らしく感じるようになりました。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 ◆関連動画出産ドキュメンタリー イラスト/sawawa監修/助産師REIKO著者:上原りな一児(女の子)の母。自身の体験をもとに妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆中。趣味は、手芸、映画鑑賞、ネットサーフィン。
2020年11月29日STEAM教育って何?
子育て楽じゃありません
細川珠生のここなら分かる政治のコト