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Q.言語聴覚士(ST)の方に相談する際、準備しておくと良いものはありますか?A.お子さんのコミュニケーション場面を撮影した動画があると良いです。言語聴覚士に相談したいと思っても、すぐに相談できないことがあると思います。また、日常とは異なる療育の現場では、環境の変化もありお子さんの様子が普段と異なるという場合もあります。一つの方法として、スマートフォンなどでお子さんの普段の生活の様子やコミュニケーション場面、困っている時の様子など動画を撮影しておいていただけると、実際に療育で関わるときに、ご家族と一緒に確認しながらアセスメントしやすくなります。口頭でご説明いただくのでも大丈夫なのですが、イメージにずれが出てしまう可能性がありますので、動画があるとより伝わりやすくて良いです。Upload By 専門家インタビューQ.言語聴覚療法を受けるとき、保護者がどのようなことを意識すれば家庭療育にも活かせるでしょうか?A.「言語聴覚士の行動を予測してみる」ことをおすすめしています。たとえば言語聴覚士が「りんご」の絵カードをお子さんに見せたとき、お子さんが「りんご」と言ったとします。そのとき、言語聴覚士はなんと答えるのか?「りんご」と返すのか、「あかいりんごだね」と返すのか、それとも「真っ赤でおいしそうだね」と返すのか。どういう声かけや反応をするんだろうと予測することで、保護者の方にとっても関わり方のヒントになります。ちなみにこの場合、声かけの工夫として下記のようなものがあります。1.「りんご」の場合、子どものことばを真似することで、子ども自身が「りんご」と言ったことを確認できることと、共感していることを伝えることで相互作用のきっかけとしてコミュニケーションの成立を図ります。2.「あかいりんご(だね)」の場合、子どもの「りんご」のことばに、「あかい」を加えることで、子ども自身の発話内容や意図を大人が理解していることを示しながら、発話意欲を促すことと、子どものことばを意味、文法的に広げていくことでことばには結びつきがあることを学習するきっかけとしています。3.「真っ赤でおいしそうだね」の場合、やり取りを通じての役割交代や、子どものことばを使わずに新しいことばのモデルを提示します。Upload By 専門家インタビューQ.子どもに吃音があるのですが、小学校と同じように中学校の先生にも事前に伝えたほうが良いでしょうか?配慮は受けられますか?A. 学校生活に支障が出る前に、事前に伝えることをおすすめします。小学校と中学校では、先生のお子さんへの関わり方が変わることが多いです。何かあった場合、当人同士で解決することが前提となり介入が難しいこともあるかもしれません。だからこそ、はじめに文書や動画をもとにお子さんの症状や、SOSの出し方について相談しておくことが大切です。吃音であれば、発達支援を受ける場合と同じように、動画などがあると視覚的に理解してもらいやすくなります。伝え方が難しい場合は、吃音に関する啓発資料等もありますので、言語聴覚士に相談していただけたらと思います。Upload By 専門家インタビューQ.子どもに障害告知をしたほうが良いでしょうか?A. 保護者の方がどう思うのか、お子さんがどう受け止めるのかが大切です。一般的に良い・悪いではなく、まず保護者の方は告知したいのかしたくないのか。次に、誰がするのか。いつするのか。お子さんが障害を受け入れる過程をどのようにつくっていくのか。順番に考えることが大切です。例えば構音障害や発達障害がある場合、お子さんが小学校高学年や中学生ぐらいになったときに、本人に対して障害の説明をする保護者の方が多くいらっしゃいます。「私ってこうなんだ」と受け止めるお子さんもいれば、「調べてみよう」と思うお子さん、「先生に詳しく聞いてみたい」と思うお子さん…さまざまです。これまで、お子さんが自分の困り感をどのように受け止めてきたかを振り返ってみましょう。発表会でうまく話せなかったとき、「もっと練習しよう」と前向きに取り組めたのか、「私はダメなんだ」と落ち込んでしまったのか。今までのその子ども自身の受け入れ方が、告知の方法を考える上で重要なヒントになります。お子さんが一人で悩んでしまうこともあるかもしれません。まずは主治医の先生に相談していただき、言語聴覚士も一緒に考えていけたらと思います。Upload By 専門家インタビューQ.言語聴覚士の方と子どもの相性のようなものはあるのでしょうか?A.言語聴覚士も経験や得意領域、コミュニケーションの取り方などさまざまですので、相性の違いはあると思います。お子さんと相性が良く、保護者の方も安心して任せられるのが理想ですね。言語聴覚士はまだまだ少ないので、担当者以外に相談するというのが難しいこともあるかもしれません。各都道府県の言語聴覚士会などに相談していただけたらと思います。子どもの成長を応援している言語聴覚士と出会えることを願っています。そして、私たち言語聴覚士も、子どもと家族のミカタであり続けたいと思います。Upload By 専門家インタビュー
2022年08月29日診断が出るまでの状況わが家の場合は、次女は学校でいくつか困っていることがありましたが、それが表面化することは少なく、担任の先生に理解を得ることが難しかったです。例えば、「じっとしていられない」「勉強に明らかな遅れがある」などであれば、先生からしても分かりやすいと思います。ただ、次女のような場面緘黙のある子の場合は、困っていることがあっても先生などには言えないため、分かりにくいです。(私自身も場面緘黙の本を読んで「こんなことに困っているのか」と学ぶこともありました…)本当は、本人が通常の日常生活を送るのに多大な努力を必要としているものの、なんとか過ごせてしまっているために「特に問題ありません」「見守りましょう」という感じになってしまうのかなと思っていました。Upload By まりまり診断が出て良かったか最初に児童精神科にかかったときに、学校での現状を先生に話しました。そのときに「今の学校って診断が無いと何も支援してくれないんですか?」と言われて、次女がこれまでに通ってきた2つの学校での対応の違いを思い出しました。Upload By まりまり次女は、小学2年生になるときに引っ越しと転校をしています。小学1年生のときの学校では、まだ診断はなかったのですが、「場面緘黙の疑い」ということで、担任の先生やスクールカウンセラーからの対応がありました。ただ、転校してからの学校では、次女自身の緘黙症状は同じ状況でしたが、「特に問題ありません」「見守りましょう」と学校での対応はありませんでした。なので、このとき診断が出たことで、やっと今の学校と、次女のことについて話し合えるスタートラインに立てたように感じました。Upload By まりまりわが家の場合は、今まで学校で次女のことを話した際に、場面緘黙については知らない先生が多かったので、疾患名から、分かりにくい困り感や次女の気持ちを分かってもらいやすくなったという点で、診断があったことが助けになりました。カウンセリングを続けて良かったか?Upload By まりまり診断が出てから、病院の臨床心理士さんによるカウンセリングも続けてきました。最初のころの次女は、カウンセリング室に入る、ということですらハードルが高かったようでした。カウンセリング室に入った瞬間に、サッと表情がなくなって、動きがぎこちなくなり、全く話さなくなってしまう次女を見るのはつらかったです。ただ、回数を重ねていくことで、カウンセリング室でも少しリラックスしていられるようになってきました。ジェスチャーで意思をはっきり伝えられるようになり、筆談もわりとスムーズにできるようになり(最初は字も小さくしか書けなかった)、相変わらず話せなくても、心理士さんとは以前より円滑にコミュニケーションがとれるようになりました。次女に、カウンセリングに行っていることに対してどうだったか聞いてみたところ、Upload By まりまりとのことでした。最初は嫌だったらしいですが、慣れてきてリラックスしていられるようになったという変化の実感はあるようでした!親として近くで見ていて、場面緘黙への配慮って必要なんだなーと思うと同時に、本人の力を伸ばす場や機会が欲しいよなーとも思っています。そういう意味で、次女にとっては、カウンセリングの場が良い挑戦の場になったのかなと思います。執筆/まりまり(監修:井上先生より)まりまりさんの体験にあるように、診断がなくても対応してくれる学校とそうでない学校があります。合理的配慮などの個別的な配慮が必要な場合には、診断とまではいかなくても、医師や専門機関の意見書などが有効な場合もあります。病院の臨床心理士によるカウンセリングは、場面緘黙のある子どもにとって最初はハードルが高かったかもしれません。場合によっては遊びや作業を取り入れたり、親御さんを同席したりすることが必要な場合もありますが、よく頑張られたと思います。学校の中で少しずつコミュニケーションできる大人や場面を増やしていくファーストステップになるのではないでしょうか。
2022年08月29日夏休み明けに増えると言われている不登校や行き渋り。子どもにどう寄り添う?一般的に不登校とは、児童が病気やケガなど特別な事情がないのに長期間学校を休み続ける状態を指します。不登校になる原因やきっかけは子どもによってさまざまですが、早期解決できるか長期化させてしまうかは周囲の対処法によって大きく左右されると言われています。夏休み明けに増えるといわれている不登校や行き渋り。子どもに「学校へ行きたくない」と言われたら、保護者としてどんな言葉をかけて、どのように寄り添ってあげれば良いか悩んでしまう方も多いと思います。今回はそんな「不登校、行き渋り」について発達ナビの連載ライターさんやユーザー体験談などを集めました。腹痛、不眠…ADHD息子、夏休み明けの登校渋り。解決したのは意外なきっかけで…ADHDと広汎性発達障害(ASD)があるリュウ太さん。2学期がスタートすると、夏の疲れや、生活サイクルをなかなか戻せないせいか朝から気分が憂うつそうでお母親のかなしろにゃんこ。さんも悩んでいました。しかしある日、母の寝坊で事態が好転して…!「学校は怖い」と言う不登校息子。家庭でどう過ごしていたの…?本人の語る当時の心境などもADHDと自閉スペクトラム症の診断のある小学3年生のむっくんは小学1年生の秋から不登校を選び、この秋で丸二年になります。不登校を選んだときの簡単な経緯と、現在の心境、不登校直後の様子や家庭での体験学習などを紹介します。悪口、仲間外れ、いじめのストレスで自傷ーー不登校を選んだわが家12歳のころに自閉スペクトラム症の診断を受けており、相手の気持ちを考えたりすることが苦手な娘さん。正義感が強いこともあり、友達相手にしなくてもよい指摘をしてしまいトラブルなども度々…年齢が上がるごとにそれがいじめへと発展してしまい…。不登校の子どものサポート方法が分かる保護者向け無料セミナー!【9/10開催】休み明けで登校渋りがある、1学期は頑張って学校へ行くことができていたけれど、2学期からバテてしまっている…。そのようなお子さまもいらっしゃるのではないでしょうか。不登校のお子さまの心の状態から、家庭でどう向き合ったらいいのか?今後どうしたらいいのか?専門家などから詳しい情報を得られ、さらにその場で質問もできるオンラインセミナーを【9/10】に開催します!そのほか不登校、行き渋り関連コラムはこちら!
2022年08月27日静かな多動Upload By まる息子リュウの発達障害が分かったころから「これは多動なんだな」と思うような動きが見えてきた。座っていられない、大人の静止を聞かずに動き回る、興味の移り変わりが激しく次から次へと興味の対象に向かって動いてしまう。「多動」というとドタバタと足音うるさく走り回ったりするイメージがあったが、息子は静かにフラフラといなくなる。言葉も遅く穏やかな息子は周りからも「静かな多動」と言われてており、「気づいたらいなくなっているので気をつけています」と保育園から言われたことも。初めての新幹線Upload By まる電車や新幹線が大好きな息子。新幹線に乗せてあげたい!と思い、友人親子と新幹線に乗って旅行に行くことになった。ただ多動なことが分かっているのでポータブルDVDやお菓子、ちょっとしたおもちゃなどたくさんアイテムを持参して行くことにした。新幹線のホームに着き、息子はうれしそうに行き来する新幹線を眺める。今まで新幹線は見るだけで乗ったことはなかったので、しばらくして到着した新幹線に「これに乗るよ」と伝え乗り込むととてもうれしそうな顔をしたことが印象的だった。新幹線に乗り込みそこから到着まで約3時間。思っていたより大変だった。その3時間、ほとんど座席に座っていられず歩き回りデッキで過ごすことになったのだ。お菓子もすぐに食べ尽くされ、お気に入りのDVDもおもちゃも興味なし、座席に戻ってもすぐに抜け出してしまう。座席横の通路をひたすらウロウロするのもほかの人に迷惑なのであまり人が来ないデッキにいるのは良かったのだが、移動時間が長かったので付き添っていた私がぐったりしてしまった。私は旅行好きなので全国いろんなところに連れて行きたいけど、飛行機に乗れるのはまだ先だなと実感した。ホームでグルグルUpload By まる息子は現在4歳。休みのたびに電車を見に駅に連れて行くのだが、駅のホームでもひたすら歩き回っている。1ヶ所でじっくり見ることはなく、ちょっと座ったと思えば歩き出し、自動販売機に興味をもったと思えば到着した電車に喜び、反対方向へ歩いたり、階段を登って別のホームへ行ったり「こっちーこっちー」と電車に乗りたいと訴えたり。私としては電車を見たいならベンチに座ってゆっくり見ればいいのに…と思うが仕方なくついて回っている。特に目的がないときは息子が行きたい方向へ電車に乗って行ってみることもよくある。このように飽きるのが早いので、少し電車を見たら電車に乗る → 降りる → また電車を見る → 駅を出るなどと忙しない(ただ息子自ら駅から出たいというのは行き慣れている駅のみ)。1日一緒に出かけると息子について回るのでヘトヘトになってしまう。目的地へGO!Upload By まるところが最近、ちゃんとそれに目的があることが分かった。よく行く数駅先の駅で改札を出て、どこに行くのかと思いながらついて行くと好きなアイスやさんに向かっていってお店の前でうれしそうにしていたり、じぃじの住んでいる駅に降りて自分でじぃじの家の前まで迷わずに行き入りたいと言ったり(仕事で不在だったので会えず、息子は泣いていた)。乗り換えもあるなかなか遠い駅に息子の先導で連れて行かれて、まさかと思ったらたまに行くお店の電車の模型を見たかったようでちゃんとたどり着いたことも。途中でいろいろと寄り道はするけども、息子なりに好きなものにたどり着く道順が分かっているようだ。多動の息子と出かけると一瞬目を離した隙にいなくなるし、ママの買い物に付き合うことがものすごくイヤなようで逃げ回ってしまい、ゆっくり買い物もできずイライラすることも多い。でも息子がきっちり乗り換えをして目的の駅で降り、自ら方向を決めて歩きたどり着いた先に「あっ、これが目的だったのか…」というものがあると息子の「好き」が分かってうれしくなる。それまであっち行くこっち行くと散々振り回されて疲れていても、よくここまでの道を覚えていたね、そんなに好きなんだねと笑顔になってしまう。執筆/まる(監修:藤井先生より)「静かな多動」の動きの中には、リュウさんの目的があったことに気がついたのですね。まるさんが、リュウさんのペースを大事にしながら、見守ってきたからこその発見ですね。一日中お出かけするとヘトヘトになるとのこと、リュウさんの好きを大事にしながらも、まるさんが無理しすぎないように、第三者(療育やクリニックや園など)とも連携しながら、リュウさんの成長を見守っていけるといいですね。リュウさんの「好き」を一緒に楽しむことがこれからもできますように。
2022年08月26日学校大好きなのに…突然の行き渋りUpload By ゆきみ自閉スペクトラム症と診断を受けている長男けんとは、今年度より小学校の特別支援学級1年生。本人の希望により、大好きな算数は必ず、ほかの科目もほとんどの授業を交流級で受けています。7月のある日の朝、急に「学校に行きたくありません」と言い出しました。初めての学校行き渋りにビックリ。話を聞いてみると「体育したくないんだ」「算数もイヤ!」とのことでした。体育に関しては思い当たることがあったので驚きはしなかったのですが、数字と共に生きてきたといってもいいほど数字が大好きで、毎日、算数の授業を楽しみにしていた子だったので驚きました。さらにじっくり理由を聞いてみると「待つんだー」と。構音障害があって上手く言葉で説明できないので、詳しい状況がつかめません。あとで先生にお聞きすることにしました。そして学校は様子見でお休みさせていただくことに。体調は良く、元気だし、お休みだからといって家で好きに遊んでいたら「家は遊べて楽しい」と思うかも…と思い、学校の時間割通りに、ママと少しずつ家庭学習をしました。数日前の予兆!まさかの行き渋りの原因Upload By ゆきみこの数日前の朝「今日は体育はありますか?」と、悲しそうな顔で質問してきました。理由を聞くと「保健室の前の貼り紙が怖くて、前を通れないから、その先にある体育館やプールに行きたくない」とのこと。学校に到着して先生にお伝えすると、実際の貼り紙を見せてくださいました。その内容は…まさかのニコちゃんマーク。「これが怖いの?」とビックリ。自分の感覚では全く怖いと感じないけれど、前を通りたくないほど怖いと感じるのだと分かりました。授業のときに自分で「前を通りたくない」と訴えたらしく、ご配慮くださり、すでに保健の先生が貼り紙を外してくださったとのこと。けんとも貼り紙がないのは分かっているけれど、トラウマで怖がってしまっている様子でした。行き渋りの理由の1つは、この話だろうなと思いました。もう1つの「算数を待つのがイヤ」について電話で先生にお聞きしたら…「算数のプリントなど、解くスピードが速く、すぐに終わるので、みんなが終わるまで待つのがつらいのかもしれない」とのこと。確かに「待つ」のが苦手なので、理由が判明しました。回避方法を選択式で質問してみましたUpload By ゆきみほかの人からすると小さなことかもしれないけれど、きっとけんとにとっては大きなことに感じて行き渋りをしたのだなと思い、回避策・解決策を考えることにしました。「貼り紙が怖い」は先生がすでに取ってくださり、本人も貼り紙がないことを分かっているので、時間をかけて安心感を得ていくしかないだろうなと思い、回避する案をけんとに提案してみました。1.外を通って(保健室の前を通らないで)体育館やプールへ行く2.ママが体育の時間に学校へ行かせていただいて、抱っこして保健室の前を通るけんとは、2を選択。その後、先生に相談させていただいたら、サポートの先生が抱っこしてくださることになりました(けんとも了承してくれました)。続いては「算数の待つ時間」。こちらは先生にご相談する前に私だけで考えられる選択肢を提案してみました。1.特別支援教室で勉強する2.交流級で勉強して、我慢して待つこれは1を選ぶのかな?と予想しましたが、けんとは2を選択。どうしても交流級でお勉強したかったようです。学校側の配慮に感謝待つ時間の過ごし方Upload By ゆきみけんとには「先生とお話をさせてもらうね」と約束をして「明日は学校に行く?」と質問してみると「行く!」と元気いっぱいのお返事が聞けました。少しでも解決策があることが分かり、自分でも納得してくれたのか…理由は分かりませんが「行く」と言ってくれて少し安心しました。その後、保健室の前を無事、歩いて通れるようになったそうです。そして「算数の待つ」問題は…以前からミニホワイトボードを持参させていただいているのですが、先生の提案により待ち時間はそれにお絵描きをさせてくださっているそうです。初めての行き渋りにビックリしましたが、学校もできる範囲の中で対応してくださり、子どもだけでなく私も心強く感じました。始まったばかりの小学校生活。これからも、けんとにとっての困りごとが出てくると思いますが、その都度、学校の先生方やけんととも相談しつつ、行き渋りや不登校、家庭学習することも視野に入れ、受け入れる心の準備もしていこうかなと思っています。執筆/ゆきみ(監修:三木先生より)ご本人がうまく説明できないなか、タイミングを待ちつつも生活を崩さないように対応されたのはとても良い方法だったと思います。また学校の対応も柔軟かつ丁寧で素晴らしいですね。引き続き楽しい学校生活が送れると良いですね。
2022年08月26日子どものころからずば抜けた記憶力をみせていたわが家の長男タケル(ASD・22歳)は、子どものころから物覚えが良く、一度聞いたことは忘れません。平仮名はもちろん、一般的に使われる漢字も、4歳になったころには完璧に読めるようになってしまい、大人たちを驚かせました。小学校でも、授業で聞いたことはほとんど丸覚えしており、しばしばほかの子に先生のように教えるほど。先生方も「タケルくんは本当に頭が良いね」と、ほめて(おだてて?)くれていました。さぞかしテストもできるだろう…と思いきや小学校の6年生になり、タケルは中高一貫校を受験することになりました。学校ではお勉強のできる子のタケル。受験用勉強は学校の勉強とは違うとはいいますが、タケルなら結構良い線いくんじゃないか?そう思いつつ、12月に初めて有名予備校の模試を受けました。…ですが!結果は惨憺たるものだったのです…。Upload By 寺島ヒロどの科目もまんべんなく点数が低く、特に後半の文章題になると全部の科目で落としていました。やはり受験向けの勉強をしてないと難しいというのは本当なんだ…。と思いつつ、タケルを見ると…あれ?なんだか納得いかない顔…?Upload By 寺島ヒロなんと、タケルは「問題は難しくなかった。答えは読んだところは全部わかってた。」と、言うのです。ん??「読んだところ」とは?「問題数が多すぎて、全部読む前に終わっちゃったんだよ!答えも文字が多くて、枠の中にきっちり書ききれなくて、何度も書き直したの!」「タケル不器用なんだよ…。」悔しさを滲ませながら、タケルはそう言いました。実は隠れLDだった?タケルの言い分詳しく聞いていくと、タケルは漫画のセリフのような数行の文字なら問題ないが、小説のような長い文章になると、今読んでいたところがしばしばわからなくなったり、ほかの行に視線が飛んでしまうことがあるのだそう。しばらく読んで「ん?意味が通らないな?」と思うと読み直すので、普段はあまり問題にならないのですが、入試問題など時間内に読んで、答えを書かないといけないようなものだと時間が足りなくなります。また、タケルには文字を書く欄にぎっちり余白なく文字を書きたいというこだわりがあり、うまく収まらないと何度も書き直したくなり、時間が足りなくなるのだそう。そういえば、タケルのノートは余白がなく、びっしりと文字で埋まってます。あれはそういうこだわりだったのか…!特性はすぐにはなくならない!タケルの作戦とは?そうはいっても受験はもう目の前。できることで勝負をしていくしかありません。解答欄にはぎっちりと文字を入れたいこだわりのあるタケルでしたが、枠の中に均等に文字が入っている必要はないと説得。解答欄になるべく先詰めで答えを書く練習をすることにしました。Upload By 寺島ヒロまた、文字を読むときには、定規を当てながら読んでみるなど、本人も自分なりにいろいろ考えて工夫していたようです。特別扱いじゃない!実力を発揮するために必要なこと細かい工夫が功を奏し、タケルは希望の中学校に合格することができました。しかし、22歳の今でも、文字を読むのは遅く、書くのも苦手です。18歳で大学受験をしたときも、答えを書くまでの時間が足りず大変苦労しました。大学入試センター試験では、合理的配慮の範囲で時間延長をお願いできないかと相談もしたのですが、当時は「肢体不自由でペンが握れない」というような明らかな障害でなければ認められないと、適用されなかったのです。ちなみに、現在(2022年)では、センター試験が大学入学共通テストに変わると共に見直しが行われ、条件が緩和されているようです(※)。最近タケルが受けたTOEICでは、合理的配慮の申請フォームに既にASDの項目が用意されており、時間延長措置が選べるようになっていました。こういうところは、さすがアメリカ発祥の資格試験だな〜!と感心しました。「特別扱い」「下駄を履かせてる」という声が聞こえてくることもある合理的配慮ですが、障害がある子が実力を発揮する大きな助けになることですので、もっと理解が進んで、広がっていくといいなと思います。執筆/寺島ヒロ(※)合理的配慮の内容や条件はこちらをご覧ください。参考:令和5年度 受験上の配慮案内| 大学入試センター(監修:井上先生より)近年、LDを含む発達障害のある学生に対して、試験などでの合理的配慮が認められるようになってきました。合理的配慮の種類によっては、個別の教育支援計画の中に記載されていたり、日ごろの学校での配慮の実績などが問われる場合もあります。また、年齢が上がれば、配慮を受けたい/受けたくないといった本人の意思も関係してきます。大人になって合理的配慮を行う場合は、本人の申し出が必要になってきます。本人の自己理解やプライドなど、さまざまな段階や葛藤もあるかと思いますが、相談しやすい環境づくりとともに、合理的配慮に対する知識を学ぶ場が望まれています。
2022年08月25日息子が通った地方の療育、どんな所だった?Upload By べっこうあめアマミ私は、知的障害を伴う自閉スペクトラム症がある現在7歳の息子と、きょうだい児の3歳の娘の母です。娘を出産するとき、私は里帰り出産のため、少し長めに5ヶ月ほど実家で過ごしました。その間、息子は療育のため、私の実家がある地方自治体の発達支援施設に、里帰り期間限定で通いました。私の実家があるのは比較的田舎で、交通の便はよくないけれど、車で少し走れば山や川があり、自然といっぱい触れ合える場所です。息子が通った施設も、敷地がとても広く、施設の中でも園庭でも、子どもたちが思いっきり走り回れるスペースがありました。周りはのどかな景観で、広い田んぼや畑、山などに囲まれています。そして、東京などの都市部ではなかなかありえないことですが、広い駐車場もありました。保護者も職員も、みんなが車で来ていても埋まらないほどの広さの駐車場には驚きました。5ヶ月の療育期間で息子に変化が!たくましく成長した息子Upload By べっこうあめアマミ息子が通っていたのは親子分離の療育だったので、主に私の母が実家から息子を送迎してくれました。こうして息子は、週4日から5日、朝から夕方くらいまでの時間を、発達支援施設で先生やお友だちと一緒に過ごしたのです。息子はもともと内向的な性格で、外に出るのもそれほど好きな子ではありませんでした。里帰りする前はなかなかベビーカー移動をやめられず、歩くこともよく嫌がりました。公園に行ってもどの遊具にもあまり興味を示さず、ただ座っているか、階段を上り下りするだけで帰ってくることがほとんどだったのです。それが、こちらの療育に通い出してからは変化が見られるようになりました。息子は毎日砂遊びをして、泥だらけ砂だらけで帰ってくるようになったのです。滑り台や大型の室内遊具も豊富にある施設だったので、そういったものを日常的に見慣れていくうちに、大型遊具にも取り組めるようになりました。里帰り中の夏の期間は、毎日プールの時間がありました。施設には2種類くらいのプールがあり、とても恵まれた環境でしたが、息子はしばらくの間、たらいにしか入れませんでした。息子はとても慎重な性格なので、海やプールに極端な苦手意識があるようです。しかし、そんな息子も毎日プールに誘われていくうちに、プールに入れるようになりました。このように、こちらの療育に通ってから、内向的でインドアな性格だった息子の世界が、大きく広がったように思います。良いことばかりではない、地方の発達支援の現実Upload By べっこうあめアマミ息子を大きく成長させてくれた里帰り先の発達支援施設は、施設の環境としては、非常に恵まれていたと思います。先生方も気さくで話しやすく、私も息子も母も、気持ちよく通うことができました。ただ、もともと東京で療育に通わせていた私は、地方の発達支援施設を利用してみたことで、都市部と地方の発達支援をとりまく状況の違いをまざまざと感じることにもなりました。その一つが、療育やリハビリに関する専門職スタッフの人数の、圧倒的な差です。息子が通っていた施設で働く先生方は、ほとんどが保育士の先生でした。看護師資格のある先生は常駐していましたが、リハビリの専門職の先生は、数ヶ月に一度訪問がある程度だと聞きました。そのためか、療育というよりは「手厚い保育園」という印象が強かったです。それでも、クラスの人数は少なく、先生も十分な配置でついて下さるので、安心して息子をお願いすることができました。必ずしも、専門的な療育スケジュールが組まれた施設が良い施設、とも言い切れないと思うので、この辺りは子どもによって適性が分かれるのかなと思います。ただ、東京の療育では、何人もの臨床心理士、作業療法士、理学療法士などの資格を持っている先生が常駐している発達支援施設も数多くあります。個別にリハビリや言語療法の指導を受けられる場合もあり、このような専門職の先生からの指導の受けやすさという意味では、地域差は大きいと感じました。また、都内に比べて療育を受けられる施設が圧倒的に少ないのも衝撃でした。もちろん地方でも施設が充実しているところもあり、その逆で都市部でも施設が少ない地域もあるとは思います。しかし私が過ごした地域では、市内に発達支援施設は1ヶ所しかなかったため、「選択肢が少ない」という地方の実情を知ることにもなりました。かけがえのない思い出をくれた先生たちに感謝、そして次の療育へUpload By べっこうあめアマミ息子が里帰り先の発達支援施設で過ごしたのは短い期間でしたが、私と息子にとってはかけがえのない大切な思い出となりました。東京ではなかなかできなかった経験をさせていただき、息子の発達過程において貴重な時間だったと思います。私たち家族の状況を理解し、限られた期間でも快く受け入れてくれた先生方にはとても感謝していますし、お別れの日にみんなで門の前まで来て見送ってくれたことも忘れません。そして、息子の成育歴をまとめるファイルを用意してくださったことにも感謝しています。入園した時に、「関わる支援者や施設が変わっても、情報を共有できるように」と、園長先生から手渡されたのです。Upload By べっこうあめアマミそのファイルには、息子が生まれてから、どのタイミングでどんな施設や病院に関わったかという記録、それぞれの施設での個別支援計画や、その後受けた発達検査や診断書などをまとめています。療育を受け始める際に、まずはそれまでの情報をファイルにまとめて息子の状況を共有しました。そしてそのファイルは、その後東京に戻ってからも、新たに利用することになった施設や幼稚園に持っていき、重宝されました。こうして、息子が積み上げていった一つひとつの経験は、次の場所に引き継がれていったのです。療育や発達支援をとりまく環境は、過ごす場所によって大きく異なるけれど、どの経験も息子にとって必要不可欠なものだったと思います。自分の言葉で思い出を語ることはできない息子ですが、きっと当時の先生たちとの思い出も、今の息子の心に残っていると信じています。執筆/べっこうあめアマミ(監修:井上先生より)都会と里帰り先の地方、両方の支援機関を利用された貴重な経験談だと思います。地方と言ってもかなり差があるとは思いますが、施設や事業所の選択肢の多さは都会の有利な点かもしれません。専門家の数は地方でも都会でも各々の施設の特性によって違います。べっこうあめさんが通われたような施設は、さまざまな障害のある子どもたちを保育し比較的長時間見て頂けるところだったのではないかと思います。選択肢があれば、療育に特化したところと、預かり重視のところと、その時々のニーズに応じて選べるとよいですね。
2022年08月23日クルクル回ったり綺麗に並べることが大好き娘は、2歳ごろから4歳になる手前までクルクル回ることが大好きでした。まだ娘の発達を気にかけてないときは子どもってクルクル回るの好きだよね~、くらいにしか思っていませんでした。なぜなら私が幼少期にクルクル回ることが好きだったからです。当時は回ることでアトラクションに乗ったようなスリル感を楽しんでいました。むしろ小学生低学年まで回っていたと思います。しかし、娘の発達が気になってからいろいろ調べると自閉スペクトラム症のあるお子さんに見られる行動の一つだと知りました(クルクル回ることが必ずしも自閉スペクトラム症だというわけではありません)。また、娘はおもちゃやカードなど綺麗に並べることが度々ありました。まだうまく話せず、手先も不器用だった3歳のとき。ふと気づくと娘がカードを真っ直ぐ綺麗に並べていました。発達がゆっくりでほかの子よりできないことが多かった娘。そんな娘が大人が並べたかのように綺麗に並べてる姿になんだか違和感を覚えるというか、不思議に思ったことを今でも覚えています。少しずれると繊細に微調整をしていてまるで職人かのようでした(笑)。Upload By とまぱん緊張したり不安が強いとチックが出るように娘は3歳ごろ不安や緊張を感じると目をぎゅっとつむったり、首を横に振る行動が見られました。娘が年少の夏、幼稚園の夏祭りがありました。一時的に子どもたちが親と離れてやぐらの前で踊る場面がありました。娘は私と離れて強く不安を感じたのでしょう。ほかの子は楽しそうに踊っている中、娘は首を横に振っていました。癇癪を起こしたり言葉が出るのが遅かったりと娘の発達に不安を沢山感じていましたが、首を一心に振っている娘の姿に正直一番ショックを受ける自分がいました。同時にほかのお母さん方に変に思われるのでは…と人目を気にすると情けない自分もいました。娘が首を横に振っている中、同じクラスの女の子が娘に笑いかけながら「踊ろう」と誘い出してくれました。Upload By とまぱんUpload By とまぱん娘は徐々に不安が取れたのか踊り始め...。そんな娘の様子を見て女の子はうれしそうにし、最後は2人仲良く踊っていました。私は入園前、先生に助けられることはあっても子どもたちに助けられることは想像もしてませんでした。子どもの純粋な気持ちに私たち親子は何度も助けられたと思います。靴も靴下も脱がないとやだ!!娘の困ったトイレでのこだわり娘の困ったこだわりはいくつもありましたが、その中でも特に厄介だったのはトイレでのこだわり。娘は用をたすとき、上の服以外は全部脱がないと気が済まなかったのです。家にいるときはいつも肌着にパンツ一丁だったのでトイレに行くときはパンツだけ脱げばそれでよかったのですが外のトイレだと厄介。靴、靴下など下はすっぽんぽんの状態にならないと便器に座ってくれませんでした。Upload By とまぱんUpload By とまぱんたまーにお着替えボードがあるトイレがありますが、ほとんどのトイレには備えつけられていません。トイレの床に裸足で娘を立たせたくなかったので私の膝の上に座らせながら脱がせ...。いつも汗水垂らしながらトイレに行かせていました。4歳になった今は靴も靴下も履いたまま用をたせるようになったので本当に楽になりました。4歳の今、チックやこだわりは…?4歳になった今、クルクル回ることはほとんどなくチックのような行動も一切見られないようになりました。今年の盆踊りは私と離れても不安がらずに踊っていて、一心に首を横に振ることはここ1年ないように思います。だけど今も娘なりのこだわりはあります。例えば最近だとお店でジェラートを頼んだときのこと。Upload By とまぱんUpload By とまぱん自分が選んだバニラと夫の選んだイチゴがくっついているのがとてつもなく嫌だったのでしょう。娘は大きな声で怒り、近くにいた子どもが心配して見にくるほどでした。子どもが見にきたことでさらに娘はパニック。私には娘を説得させる体力は残っておらず、結局もう一つバニラを買いました。ある程度娘のこだわりは把握しているつもりですが、ときどき急に謎のこだわりを発揮することがあります。こだわりというのは本人も好きでこだわっているわけではないので否定することも直すこともできません。今も娘のこだわりに困ることは度々ありますが、長い目で気長に付き合っていこうと思います。執筆/とまぱん(監修:初川先生より)娘さんの幼いころのエピソードのシェアをありがとうございます。クルクル回る、綺麗に並べる、不安なときの行動、こだわり。読者の方の中には、「うちもそうだったー!」と感じる方もいらっしゃるだろうなぁと思います。娘さんのそうした行動に困ったり、ショックを受けたり、さまざま思われたことと思いますが、娘さん自身の成長、そしてとまぱんさんはじめ、ご家族の方の対応が上手になることで、今はそうしたエピソードを過去のこととして語れるということですね。そして、当時は困ったという気持ちが第一の気持ちだったとしても、今はそのまなざしも変化していることもあります。過去の様子や当時の思いをふりかえることで、そうした成長や眼差し・理解の変化にも気づくことができますね。
2022年08月22日自閉スペクトラム症のある娘、友達トラブルからのいじめが発覚!?現在21歳の娘。12歳のころに自閉スペクトラム症の診断を受けています。相手の気持ちを考えたりすることが苦手な娘。正義感が強いこともあり、友達相手に指摘しすぎてしまい、友達から反論されると言い返せず、パニックや癇癪を起こす、というトラブルを度々起こしていました。娘の小学校はクラス替えもない小さな学校です。しかもクラスの半分程は幼稚園から一緒で長いと8年間一緒に過ごすことになります。小さいころからトラブルをよく起こしていた娘は幼稚園でも仲間外れになることも多くありました。年齢が低いときはそれでも翌日には仲良く遊べていたりしていたのですが、年齢が上がるにつれ、だんたんといじめへと変わっていきました。先生のいるところでは仲のいいふり、いないところで娘1人に対し、複数の生徒から娘の行動や言動を責め立てられたり、気づくように陰口をたたくなどされていたようです。私がそれに気づいたのは娘が小5のとき。夜中にすすり泣く娘に気づきいじめられていることが発覚したのです。Upload By ユーザー体験談娘がいじめられていることを学校に話したけれど私は急いで学校へ出向き話をし、担任に相談をしました。クラスみんなで仲良くしようと伝えてもらい、お互いさまだと仲直りの場をつくってもらい、一見すると大丈夫なように感じていました。一旦は解決したようにも思いましたが、小6のときに再発しました。当時、小6と小5の生徒同士の仲がよくありませんでした。しかし、娘は近所の小5の女の子と仲良く、よく一緒に過ごしていました。それが気に入らなかったのでしょう、朝登校するときに同級生に取り囲まれ嫌がらせを受けることが続いたようです。Upload By ユーザー体験談いじめはどんどんエスカレートしていきました。仲直りをするふりをしてメールで3人(娘、Aちゃん、Bちゃん)で遊ぼうと連絡が来たと思ったら、Aちゃんから「その日行けなくなったから、Bちゃんと2人で遊んで」と連絡、それならBちゃんと2人で遊ぼうと思ったらすぐにBちゃんからも「行けなくなった」と連絡が。結局「やっぱり娘ちゃん抜きで2人で遊ぶね」と言われ、娘がショックを受けている様子をAちゃんとBちゃんは一緒に見て楽しんでいるようでした。Upload By ユーザー体験談いじめのストレスでとうとう学校から呼び出しがこのようなことが続き、とうとう娘も参ってしまい、ある日学校で自分のお腹を殴ってしまったようです。スクールカウンセラーの先生の話だと、キャンプのためのジャガイモの収穫をしていたときに、娘の触った芋は汚いから嫌だと悪口を言われた直後に、自分のお腹を殴り始めたとのことでした。Upload By ユーザー体験談そのようなことがあり、私は再度学校へ。何度も話し合いをしましたが学校側からは「担任も病んでしまっています」「あまり話を大きくするとお母さんも保護者間でやりづらくなりますよ」などと言われました。解決する道筋も見えず、落胆しました。これ以上通わせられない!不登校を選択このまま登校を続けさせたら娘は潰れてしまうかもしれないと思い、私は無理して登校させることをやめました。そして、市がやっている教育支援センターに通わせることを決めました。支援センターでは簡単な勉強、ゲーム、工作などを行い、また夏休みにはキャンプもありました。娘は学校へのしがらみがなくなり、とてもホッとした様子でした。結局いじめ問題は解決しないまま娘は小学校を卒業しました。地元の公立中学へ行くことはやめ、私立中学を受験をし、環境を変えた娘。元気に登校はできましたが、やはり友達関係は難しく、中学に行っても度々友達トラブルを起こすことはありました。娘は小さいころからとても感情的で私自身、「なんで…」と、娘を気持ちの面で突き放してしまうことがありました。娘との関係をどうにかしたいと思う反面、向き合い方に悩んでもいたことも事実です。もう少し違う関わり方もできたのではないかと、今なら思います。それでもやはり、小学校へ無理して行かなくていいと判断したこと、中学受験をさせたことは、間違ってはいなかったと思っています。現在の娘に当時の心境を聞いてみて現在娘は21歳。やっと娘と向き合うことができ、当時の話などもするようになりました。やはりいじめは娘にとってもとてもつらかったようです。「お母さんに学校に行くことを止めてもらったことで、とても気持ちが楽になった」「教育支援センターはとても楽しかったけれど、本音としてはやっぱり普通に小学校に通って、卒業したかったな」となどと話してくれました。今でも全てを吐き出せている訳ではないようですが、その後高校生になり、いじめていた子たちに偶然会ったときも、当の本人たちは全く娘のことを覚えておらず、「苦しんでいるのは自分だけ?」と、とても複雑な気分になったようでした。今の娘との関係も、あのとき無理に学校に行かせずに教育支援センターで安心して過ごせる居場所をつくってもらい、しんどい中をなんとか乗り越えてきたからこそあるものなのかな?そうだったらいいな、と感じています。イラスト/SAKURAエピソード参考/るみちゃん(監修:井上先生より)2013年に政府はいじめ防止対策推進法を制定しました。娘さんのいじめに関する問題が起きたちょうどそのころではないでしょうか。学校の対応はこの法律に照らせば全くよくないもので、学校の協力なしにこのまま通学させても娘さんにとって良くないという判断は適切だったと思います。学校でのつらい出来事を誰かに相談できることがいじめの防止のための第一歩となります。思春期の時期は、親を苛立だてるような言動をしてしまうことも多いと思いますが、家庭で子どもが先生や友達の愚痴を言ったり、弱音をはいたりできるように聞いてあげることが大切です。あなたのエピソードもコラムになるかも?体験談募集中!保護者の方が日々子育てをする中で「こんなトラブルがあった」「こんなハプニングがあった」など悩みはつきないと思います。そんな発達ナビユーザーのみなさんの「困った」エピソードを募集しています。テーマは「反抗期・思春期」「自傷」「学習」「不登校」「ゲーム」「不器用」「ママ友・保護者」「ご近所トラブル」などに加え、今回より「パートナーや両親(義両親)、親族間トラブル」「冠婚葬祭」のお悩みも追加募集!パートナーなどとの意見の相違、冠婚葬祭でのルールが分からない、反抗期による親との言い争い、癇癪を起こして自分の頭を叩く、地団太を踏むなどの自傷行為…読み書きや計算の困りはもちろん、授業を落ち着いて受けられないなどの学習の悩み…行き渋りや不登校などの悩み…いろいろなお悩みエピソード、お待ちしております。お寄せいただいたエピソードの中から数作品、発達ナビの連載ライターさんにコラムとしてコミックマンガエッセイ化していただき、発達ナビで公開いたします!あるあるのエピソードからヒヤリとしたエピソード、SNSなどではなかなか言えないような家族やママ友とのトラブルまで。いろいろな「困った」エピソードをぜひ教えてください。
2022年08月21日「反抗期になったらどうしよう!」Upload By 丸山さとこ息子コウは小学校の中学年ごろ、しばしば「反抗期になったらどうしよう…」と心配していました。周囲の変化や図鑑などの本の情報から反抗期の存在を知ったそうです。『思春期の身体的な変化は特に抵抗ないものの、ホルモンの精神的な影響により自分は変貌してしまうのでは?と心配になる。親にはいつもお世話になっているのに、酷い態度をとるようになるかもしれない』と不安げな様子です。「お母さんに日ごろよくしてもらっているのに、突然乱暴な態度をとるようになってしまうのでは…?」と言うコウに「親の方も思春期に起こりうる変化は織り込み済みだから大丈夫」と説明すると、「そっか~!気が軽くなったよ!」とコウは安心していました。そんなコウも現在中学生。思春期や反抗期の真っ只中な年齢になった彼に「そろそろ思春期に入り反抗期も起こりがちな年齢ですが、どうでしょう?」と聞いてみると、「なんか、思春期に入って情緒が安定してきた感じがある」とのこと。Upload By 丸山さとこ特に不安定だった小学校中学年から今までの間、彼の中にどういう変化があったのか、改めて過去を振り返りつつ本人に聞いてみました。白黒思考に周囲も自分も振り回されて今よりもずっと何事においても「0か100か」の白黒思考が強かったころのコウ。「絶対!」と言い切る思い込みの強さや融通の利かなさがあり、パニックになることも多くありました。そんなコウの不安定で極端な言動に、周囲の人のみならずコウ本人も振り回されていました。Upload By 丸山さとこ今のコウは、当時の自分を振り返って「今でもそうなんだけど…あのころはもっと、本当に自分絶対主義だった。自分以外の存在がよく分かってなかったと思う」と言います。「今は、『人からどう見られるかな?』とか、『人はどう思うかな?』とか考えるようになってきたし、前より気にするようになったと思う」とうなずくコウは、もう思春期に入っているのだろうと思います。Upload By 丸山さとこまた、コウが自分のことを表現した「自分絶対主義」は、他者が認識の中にいない結果として起こっていることなのかもしれないなと感じます。「見えているのに無視しているのではなく、見えていないから無視していると感じられてしまう状態だったのだろうな」と思いました。コウとしては自然にふるまっているつもりの言動に対して、「自己中だ!」と周りから非難を浴びる状況は、とてもつらかっただろうと思います。周りがよく見えていなかった小学校中学年までのコウは登下校の「いってきます」も「ただいま」も憂うつそうで、よく「家が一番いい」「家にいるのが落ち着くし楽しいしリラックスできる」と言っていました。Upload By 丸山さとこ小学校高学年に入り少しずつ他者の存在に気づき始めたコウ。6年生のころには担任の先生からも「クラスメイトとぶつかることが少なくなりました」と言われ、中学生になった今では「学校は楽しい!」と毎日元気いっぱい登下校しています。中学校では気をつかうことや頑張ることは多いそうで、ほぼ毎日「疲れた~!」と言いながら帰ってきていますが、その声と顔は明るく喜びが感じられます。そのことをうれしく思いつつ、「『相手からどう見られるか・相手がどう思うか』を気にするようになったコウは、以前のように学校生活がつらくなったとしても、それをそのまま家族など周囲にストレートに表現していないだけかもしれないな…」とも思っています。「産まれてからずっと反抗期みたいな状態」と言うコウの今かつては「僕は産まれてからずっと反抗期みたいな状態だよね。反抗的な気持ちはないんだけど、やってることが反抗期」と言っていたコウも、思春期に入り他者が少し見えるようになってきたことで、以前よりも他者の言葉や心情が入りやすくなったなと感じます。Upload By 丸山さとこ毎日明るくニコニコといろいろな話をするコウですが、親に見せない面や言わない話の方がきっとたくさんあるのだろうと思います。そして、そここそが、今の彼の世界の中心なのだろうなと思います。それを無理に探ろうとしないことと同時に、「コウが話しやすい関係を(できる範囲で)つくること」「それとなく調子を見ておくこと」が大切なのだろうなと感じるこのごろです。Upload By 丸山さとこ『突然驚くような話が出てくる覚悟もしつつやっていこう…』と改めて思う、突然驚くような話を聞きがちな私でした。執筆/丸山さとこ(監修:初川先生より)思春期になったら「ホルモンの影響で精神的に大きく変わってしまうのでは」と不安になる。コウくんには申し訳ないですが、とても面白い不安の持ち方だなと感じました。なるほど、そういう不安を感じることもあるのかと勉強になりました。さて、世間一般的には、思春期とは第二次性徴が来て、精神面では反抗期に突入する、そんな風に思われています。実際そうなのですが、脳の発達として、多くの場合だいたい11歳ごろより、客観視できるようになるという面もあります(もちろん個人差あり)。客観視できるようになることで、大人の言うことの理不尽さなどに気がつくことで反抗的な態度になる面もあります。コウくんの場合には、イライラする、反抗的になるという面よりも、客観視できるようになる、もっとざっくばらんに言えば、周りが見えるようになってきた、そういった側面が強く感じられたのかもしれませんね。自分を中心に物事を考えること、それは幼ければ当然の側面ですが、そのことによって、コウくんはイライラさせられていた色合いが強そうなので、視野が広がったり、客観視できるようになったことで、そうしたイライラとは距離ができてきたように感じました。丸山さんも書かれているように、思春期になり、周りがよく見えるようになると、自分の気持ちを語らなくなるお子さんもいます。また、親に言って悲しませることになるなら言わないでおこう、といった考え方をしたり、恥ずかしいから言わないとしたり、思春期になると自分の気持ち・出来事をなんでも語るわけではないフェーズに入ることが多いです。それも成長の一過程ではありますが、とはいえ保護者としては心配になることもあるでしょう。さとこさんが心がけていらっしゃるように、「話したいと思ったときに話せる関係をつくっておく」、「それとなく調子を見ておく」はとても素晴らしい対応です。私も相談場面でそのように助言することが多いです。
2022年08月21日私がスクールカウンセリングを受けるようになったきっかけスクールカウンセリングを受けるきっかけになったのは、担任の先生に勧められたからでした。ゆいが小5のときに特別支援学級に移るにあたって学校の先生方と打ち合わせをする中で、何かの助けになるかもと紹介されたのです。それから月に一度、外部から来られるスクールカウンセラーの先生とお話しすることになりました。長女に障害があると分かった小5の時期は夫が単身赴任中だったので、すべてのやり取りを私独りでやりました。正直なことを言うと「私が頑張らないと」と変に気を張っていたため、反動で疲れてしまうこともありました。そんなとき、カウンセラーの先生に長女の発達の話以外にもちょっと愚痴を吐いたりして、私の癒しにもなってくれていました。Upload By 吉田いらこあるとき、スクールカウンセラーの先生に娘の将来の不安を語ったら…あるとき、スクールカウンセラーの先生に将来の不安を語ったことがありました。小学校卒業後は地元の公立中学へ進学し、そこの特別支援学級にお世話になることは決めていましたが、そのあとの進路について悩んでいました。もちろん本人の意向が第一なのですが、長女の場合は進路選びにも大人のサポートが必要だと思ったのです。でもありがたいことに、住んでいる地域には障害のある子どもが通うことのできる学校の種類がとても多く、かえって迷う結果になっていました。特別支援学校、単位制の学校、通信制の学校、定時制の学校、その他独自のコースを持つ私立高校も入れると選択肢はあまりにも膨大です。学校選びはどうしたらいいのだろうと混乱していました。さらにその先の就職も不安でいっぱいでした。障害があると分かるまでは子育てのゴールを「子どもの自立」と定めていましたが、わが子は将来食べていけるのか?独り暮らしできるほどのお金を安定して稼ぐことができるのか?(これは障害の有無は関係なく難しい問題かもしれませんが…)考えない日はありませんでした。Upload By 吉田いらこそんな漠然とした不安を先生にまくしたてた私。それを聞いた先生には笑われてしまいました。そして先生はこう仰ったのです。「そんなに将来が不安ですか?将来も大切ですが、その前に中学校生活をどう考えているのですか?」私は一瞬固まってしまいました。先生は続けてこう仰いました。「中学校は小学校とは全然違いますよ。勉強は今までとは比べ物にならないくらい難しくなります。それに人間関係も同じです。女の子は特に人間関係が複雑になっていきますよ。障害のあるなしに関わらず、悩みを抱えて学校に通わない選択を選ぶことは大いに考えられます。小学校でも行き渋りが見られましたし、中学に入って不登校を選んだ場合、その後の進路は大きく変わっていきます。高校進学や就職のことを心配するより、今は中学校に3年間ゆいちゃんが楽しく通えるかどうかを気にかけたほうがいいと思いますよ」先生の話を聞いて私は放心状態になってしまいました。正直なところ、私は義務教育後の進路の心配しかしていなかったのです。そこまではクリアできると何の疑問もなく考えていたことに初めて気づきました。中学時代での過ごし方次第で、進学も就職もしないという可能性もあったのに。心配事は何年も先のことではなく、目の前にありました。なんだか現実をちゃんと把握することができていなかったのだなと反省してカウンセリングを終了しました。Upload By 吉田いらこショックを受けた私が気づいたことはその後、勤務先で中学生のお子さんがいる方たちと話す機会がありました。その中で不登校の話題が上がり、現在は不登校になっても無理に学校に行かせることはしない家庭が多いということを教えていただきました。以前にも書きましたが、私は登校を渋る長女を私自身の都合のために無理やり学校に行かせたことがあります。これは良くなかったのだと反省しました。Upload By 吉田いらこ先生の言葉にはショックを受けたけれど、自分の頭の中が古い価値観で止まっていることが分かって一つ道が明るくなった気がしました。これからどうなるか分かりません。不安でいっぱいです。けれど、本人の気持ちに寄り添うことは忘れずに子どもの思春期を迎えたいと思っています。執筆/吉田いらこ(監修:井上先生より)このスクールカウンセラーの方はかなりきつい言い方をされたと思いますが、全てのカウンセラーがそうではありません。おそらく、地域の中学校でのスクールカウンセリングもされていてその現状もご存じの上での話だったのかもしれません。とは言え、指摘されている点は子どもさんの現状に照らして今どうすれば良いかに焦点をあてられています。中学校の特別支援学級は小学校と異なり各教科ごとに先生が変わります。また、学校によっては複数の小学校から一緒になることも多く、人間関係も大きく変化します。場面緘黙があるお子さんの場合は特に周囲の人たちの理解と環境ごとの配慮が必要になると思います。多くの先生方の共通理解が得られるように小学校と中学校そして必要があれば支援機関の専門家・保護者を含めた支援会議を入念に準備しておくと良いと思います。
2022年08月20日無料の参加登録受付中!不登校のお子さまやご家族へ届けたい、オンラインセミナーが9/10(土)に開催決定Upload By 発達ナビアライアンス プログラム学校へ行きたがらない。家にずっと引きこもっている。勉強もしないまま過ごして大丈夫だろうか、今後はどうすれば…。2学期になり、長い夏休みも終えて学校へ行きづらくなってしまったお子さまへどう向き合ったらいいのか、今後のことをどうしたらいいのか、ご不安な方もいらっしゃるのではないでしょうか。発達ナビでは不登校のお子さまとそのご家族に、ご自宅で情報を得られる機会をお届けするために「不登校サポートセミナー」を開催します。・日時:9/10(土)13:00~16:25(予定)・参加費:無料・形式:Zoomウェビナー配信・参加方法:事前申込必須。下記ボタンよりお申し込みください。・内容:専門家講演、不登校のお子さまを応援する企業によるセミナー※企画調整中のため、今後変更となる場合もございます不登校サポートセミナーの内容をご紹介不登校のお子さまと過ごす中で、どう関わったらいいのか、そしてこの先どうなっていくのか、不安な気持ちでいる方もいらっしゃると思います。サポートのゴールは、お子さまによってさまざま。また、お子さまとの関わり方も状況によって変化していきます。まずはお子さまの心の状態を理解し、見通しを持って適切なサポートとつながっていくことが大切です。今回は、公立の学校でスクールカウンセラーを務める臨床心理士の初川久美子先生にご登壇いただき、不登校のお子さまの心の状態に合わせた関わり方やサポート方法についてお話しいただきます。講演中にチャットで質問も可能。セミナー後半の回答コーナーで初川先生にお答えいただきます。Upload By 発達ナビアライアンス プログラム講師:初川 久美子先生臨床心理士・公認心理師/東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち早稲田大学大学院人間科学研究科修了。在学中よりスクールカウンセリングを学び、臨床心理士資格取得後よりスクールカウンセラーとして勤務。児童精神科医の三木崇弘とともに「発達研修ユニットみつばち」を結成し、教員向け・保護者向け・専門家向け研修・講演講師も行っている。都内公立教育相談室にて教育相談員兼務。Upload By 発達ナビアライアンス プログラム文科省が定めている「出席扱い制度」をご存じですか?自宅学習の努力を認めることで、いつかまた学校に行きたいと思ったときのために、学習の遅れを最小限にしておけるようつくられた制度です。この制度を活用すれば、不登校で学校を休んでいても、家庭学習を出席扱いにして、その先の進路などの選択肢を広げていける可能性があります。制度を利用するには、いくつかの条件を満たした上で、在籍する学校と交渉・連携していくことが重要です。本セミナーでは、のべ700名以上が出席扱いになった実績のある、無学年式オンライン学習教材「すらら」の担当者が、 本制度利用の具体的なルールや、すららを使って出席扱いとなった事例、最新情報などをご説明します。Upload By 発達ナビアライアンス プログラム「学校の仕組みが合わない」「夏休み明けで行き渋りになっている」そんなお子さまにむけて、「オンラインフリースクールSOZOW」をご紹介。子ども一人ひとりの「好き」を起点に、自己肯定感を育む学校外の居場所としていま注目されています。代表は、LITALICOの元・執行役員。LITALICOワンダーで、デジタルを通して、不登校や発達特性のある子どもの可能性を解き放ってきた経験者です。当日は代表に加え、現場担当者も登壇して「ゲームばかりしている」「感受性が強くて新しいことに取り組むことが苦手」など実際にあったお子さま事例も含めてお話しします。Upload By 発達ナビアライアンス プログラム不登校や引きこもりがちなお子さまがいるご家庭向けの勉強会です。復学や居場所など、学校に行かない選択をした子へのサポートや、中学以降の進路の選択肢について解説します。・不登校支援の選択肢フリースクールや訪問教室など、不登校のお子さまへの支援の選択肢や選ぶ際のポイントを解説します。・中学以降の進路の選択肢義務教育以降の高校進学の選択肢として、通信制・サポート校や高等専修学校、チャレンジスクールなど、不登校に理解のある進路を幅広く知ることができます。・教育にまつわる準備教育資金やお子さまの自立後に必要になってくる費用など、現実的な準備についても解説します。講師:井上欣永大学在学中は教職課程にて教師を目指しながら、特別支援学校にて知的障害・自閉症・ダウン症児の自立支援活動に従事。個人・組織のコンサルティング業界で培った心理学の考え方をベースに、人生に安心を提供できるLITALICOライフへ。たくさんの方のご参加を、心よりお待ちしております。
2022年08月19日Q.作業療法士(OT)の方に、どのように子どもの困りごとを相談すれば良いでしょうか?A:お子さんの具体的なエピソードを教えていただけると、作業療法士はアドバイスしやすいです。家庭だけでなく、学校や習い事、放課後のお友達づきあいなど、どんなことでも相談してください。その際、具体的なエピソードがあると、作業療法士が手立てを考える手がかりとなります。「先生はこう言っていた」「私たち親はこう考えている」「本人はこんな風に考えている(言っている)」と、それぞれの立場での解釈、エピソードがあると理解が深まり、適切なアドバイスがしやすくなります。Upload By 専門家インタビューQ.子どもが前向きに作業療法に取り組むために、内容や進め方で大切なことはなんでしょうか?A:スモールステップで取り組んでいくことが大切です。作業療法の本質的な関わりは「モチベーションアップ」です。作業療法では、本人が楽しめる遊び、取り組みやすい課題の形でプログラムを提供します。だからこそ、子どもたちには「やってみたい!」という思いが芽生えるのです。誰でも、できないことを何度もくり返しやらされるのは苦痛ですね。その子が好きなこと、得意なこと、反対に嫌いなこと、苦手なことなど、一人ひとりの背景をしっかり理解したうえで、できることからスモールステップを組んでいくことが大切です。ご家庭でも、スモールステップを意識した関わりや声がけをしてみてください。Upload By 専門家インタビューQ.作業療法は、どのくらいの頻度で受けると良いですか?予約が取りにくく、数ヶ月に1度程度しか受けられていません。A:頻度・回数は大切です。ただ、頻繁に通えないときこそ作業療法士と連携を!器用さを向上させる訓練などでは、やはりある程度の回数を受けることは大切です。例えば、筋力をアップするには、週に3回くらいの頻度で作業療法を受けることが理想とされています。ただ、家庭や通っている施設の状況によっては、頻繁に通えないこともありますよね。そんなときは、次の通所までの目標を作業療法士と決めておき、ご家庭でできることにトライしていくことが大事になります。作業療法士と方向性を共有し、「おうちOT」を進めていきましょう。Upload By 専門家インタビューQ.複数の専門家に支援いただくと、どのような良いことがありますか。A:複数の仮説で検討できるメリットがあります。複数の専門家が関わると、それぞれ意見が異なることもあるでしょう。しかし、1人の子どもの困り感、保護者の困り感を、複数の仮説で検討できるメリットがあります。異なる意見を集めて、調整していくことが重要なのです。福祉や教育の現場では、すでに多職種での連携することが当たり前になってきています。教員や保育士と作業療法士、などもそうですね。さらに職種同士の連携、たとえば理学療法士(PT)、言語聴覚士(ST)、心理士、社会福祉士、医師などにも広げていくことが必要だと考えています。Upload By 専門家インタビュー一般社団法人 日本作業療法士協会では、作業を通して患者・利用者さんご本人と作業療法士が共に力を出し合い、できないとあきらめていたことができるようになった、これまでできなかったことができるようになった、大切な作業と向き合った…そんな記憶に残るエピソードを募集中です。詳しくは下記よりご確認ください。応募締切:2022年8月31日(水)※クリックすると発達ナビのサイトから日本作業療法士協会のサイトに遷移します。
2022年08月19日発達障害を持つ3歳の息子さんと病院へ向かうため、初めて2人での電車移動を試みたママ。いざ駅のホームにつくと、想定外のハプニングが次々と起こり、振り回されてしまった体験談です。 現在10歳で発達障害を持つ息子が3歳のころの話です。息子の検査のため、電車で病院へ行くことに。初めて2人で電車に乗るため、私もやや緊張気味でした。そんな中、電車を見た息子がすごい勢いで顔を上げ、予想外の行動に出たのです! 慌てて追いかけた私にもまさかのハプニングが次々と起こって……。 ※息子の言動はすべての発達障害の方に当てはまるものではありません。あくまでも、“息子個人”の特徴です。 初めての電車移動でいきなりハプニング!?発達障害を持つ当時3歳の息子と電車で病院へ向かうために、最寄り駅へ行ったときのこと。ホームに入ると、息子は耳を塞ぎ、しゃがみ込んでしまいました。息子は自閉症と知的障害があり、さらに視覚と聴覚が過敏なタイプの子です。普段聞かない、スピーカーを通しての駅員のアナウンスや初めて見るホームの風景は、息子の視覚と聴覚を刺激。今までに感じたことがない情報が波のように押し寄せ処理しきれず、パニック状態になってしまったのです。 耳を塞ぎ、しゃがみ込んでいる息子を見て、私は乗車をあきらめることに。「ごめんね。つらかったね。タクシーに乗ろう」と、息子の腕を軽く持ち上げたそのとき、「3番線に電車が到着します~」とアナウンスが流れました。 すると、電車がホームに入ってくるや否や、息子は突如顔を上げ立ち上がりました。かと思うと、電車の扉が開くと同時に軽やかなツーステップでそのまま乗車フィニッシュ! 顔を上げてからフィニッシュまで私の体感で3秒。息子はあっというまに電車内に姿を消しました。 あまりに突然のことで、電車内に消えた息子を呆然と見ていた私……。「扉閉まりまーす」のアナウンスを聞いてようやく「やばい! 息子を止めねば!」とダッシュし、扉が閉まるギリギリで乗車。「セーフ!」と安堵したのも束の間、なぜか前に進めない……!? なんと、電車の扉にガッチリ背中の服を挟まれていたのです。 自分の意思とは関係なく、ピーンと背筋が伸び、首を動かしても、手を動かしても首が締まる。動きを封じられたこの姿は、もはや拷問でした……。突如始まった拷問と闘いながら、首をなるべく動かさないように、息子を目だけで追いました。 身動きがとれない! 乗客の視線がつらい…電車内は座席にポツポツと数人が座っている程度で、立っているのは強制的に立たされている私ひとり。息子は、それほど混んでいない電車内をウロついています。そして息子流の“確認作業”が始まりました。ウロつきながら周囲の情報を集め、安心エリアと認定されれば作業終了となります。 「きゃあぁ!!」と声をあげ、手を叩きながらウロつき、ピョンピョンと小刻みにジャンプを始めた息子。「まずい、興奮し始めた」。息子は乗り物が大好きです。遊園地でも必ず汽車系の乗り物には、何度も乗りたがります。そんな息子の目の前に、本物の電車が現れれば興奮しないわけがありません。しかし障害があるとはいえ、公共の場で、これらの行動を放置しては迷惑になってしまう……。息子の行動を止めたいけれど、私自身の身動きが取れずにっちもさっちもいきません。今なら昆虫標本にされた虫たちの気持ちが痛いほどわかる、と思いました。 「ああ、こんなことになるなら最初からタクシーに乗ればよかった……。息子の社会勉強にもなるかと思ったのが甘かった」と、後悔が頭の中で何度も巡り続けました。乗客全員が、騒ぐ息子に冷たい視線を向けているように感じ、しかも息子を止められない理由が、己のマヌケな失態だと周囲にバレたくないので余計に焦りました。 「◯◯、こっちきて!」と何度か声かけをしていると「何で母親が動いて止めないのか?」と言いたげに、周囲がチラチラと私を見始めています。標本スタイルの拷問がバレないよう、足をクロスしたり、自然に振る舞っているつもりでしたが、扉の前で同じ体勢でずっと立っている人に、周囲が違和感を抱かないわけがありません。 息子を止めに行きたいのに、挟まれて動けない……。だからといって周りの人にこの状況を伝えるわけにもいかない……。そんなことを思いながら、心拍数を上げていると、息子が確認作業を終え、やっと私の元に戻ってきました。 抱っこを求められ、さらにピンチ!安心したのも束の間、息子は私の顔を見上げ、両手を上げて「あーおー」と言いました。「抱っこ」の要求です。「何で今やねん!?」と心の中で泣きツッコミ……。 表面上は「次で降りるからあとでね」とやさしく声かけをしていたが本音は違いました。「もうすぐ降りるから、先ほどの息子の行動を大目に見てほしい」と周囲へのアピールも兼ねていました。そんな私の気持ちも知らず、息子はなかなか抱っこしない私にイラつき始めました。シャツをグイグイ引っ張りながら、「あーおーあーおー!」と要求が強くなっていき、同時に私の首も精神的にもきつくなります。さらに周囲の視線も痛い。そんな闘いの最中、「まもなく○○駅に到着しま~す」と神の声が聞こえました。 「これで拷問から解放される!」。息子の手をぎゅっと握り、拷問からの解放を待ちわびていました。「次、降りるからねー」と息子に笑顔を向けつつ、周囲へのアピールも忘れません。電車がスピードをゆっくり落としながら、ガッ…タンと止まり、次の瞬間、私の目の前の扉が開きました。そう、逆の扉が開いたのです。まだ扉の拷問から、解放が許されませんでした。電車内の空気が「この人やっぱり……」という一体感に包まれました。 「扉閉まりまーす」と容赦なく扉が閉められました。目的地を過ぎ、もうどこに向かっているかもわかりません。電車内は変に静まりかえっています。次の駅まで2・3分の距離ですが、やたらと長く感じ、みっともなさ過ぎて一刻も早くこの場から消えたいと思いました。息子の抱っこ攻撃を「電車から降りたら抱っこするね」と誤魔化し対応をしている間に、次の駅に到着しました。 さらなる試練、そして衝撃の結末へ…ようやく拷問から解放された私は、焦る気持ちから「◯◯、降りるよ!」と勢いよく息子の手を引いてしまい、転ばせてしまいました。火が付いたように電車内で「ぎゃあぁ!」と泣き叫ぶ息子。「◯◯ごめん!」と謝りながら体を抱え、何とかホームに降りましたが、安堵はできませんでした。ホームで、とれたてのかつおのようにビチビチと泣き暴れる息子を何とか抱っこしながら時計を見ると、病院の予約時間の30分前。 「タクシーに乗ったらギリ間に合うか!?」と泣き暴れる息子をさらに強く抱き、タクシー乗り場に向かう際、ある異変に気づきました。「息子の靴が片方ない」。ベンチの下や、足もとを探しても見当たりません。「さっき電車内で転んだときに脱げてしまったのか!?」。拷問から解放されても終わらない試練に打ちのめされ、もう靴を探す気力も、病院へ行く気力も失ってしまいました。 息子が少し落ち着いたところで、病院へキャンセルの電話を入れました。ところが、受付の方が「少々お待ちください」と言ったまま、なかなか電話に出てくれません。その後、受付の方から衝撃の言葉が発せられました。 「◯◯くんの検査、先月になっておりますが……」。これまでの長い試練の時間は、この衝撃的なオチの前振りだったのかと、さらに衝撃を受けたのでした。 闘う必要のない場に勝手に飛び込み、ひとりで勝手に闘って、ひとりで勝手に負ける。そんな私の無駄な闘いに巻き込まれた息子が、気の毒でなりませんでした。電車の扉は、何か異物を挟むと自動的に開くと思っていたのですが、それも私の勝手な思い込みだったようです。この出来事以降、電車に乗るときは、扉に背を向けず、目をカッと見開き、扉をガン見しながら決して油断せずに乗車しています。 息子は療育手帳を取得。タクシー料金が割引になるため、必要に応じてタクシーも利用するようにしています。また、病院のすすめでイヤーマフ(見た目はヘッドホンに見えます)を購入。10歳になった今でもイヤーマフを愛用していて、電車内で騒ぐことなく、車窓から見える看板の文字を読んだり、電車レジャーを楽しんでいます。 ※本記事の内容は、必ずしもすべての状況にあてはまるとは限りません。必要に応じて医師や専門家に相談するなど、ご自身の責任と判断によって適切なご対応をお願いいたします。 監修/助産師REIKOイラストレーター/Michika著者:猿 祭14歳娘と10歳息子の母。3月まで保育士として勤務。うつ病で休職中の旦那と受験生の娘、発達障がいを持つ息子を抱えながら無職に。これまでの子育てや、日々のあれこれを執筆中。
2022年08月18日むっくんが不登校を選ぶまで――これまでの経緯私たちは小1の秋から不登校を選びました。不登校に踏み切るまでのお話は以前のコラムにまとめています。当時のむっくんは大人に気持ちを伝えることが難しく、私たちも本人の様子を観察することで気持ちを汲み取る必要がありましたが、最近では当時感じていたいろいろな気持ちを言葉にして教えてくれることが増えてきました。「学校はとてもうるさくて疲れること」「学習で理解できていることを何度もやらなければならないつらさ」「上級生にからかわれた嫌な思い出」「友達に対する先生の学習指導が納得いかなかったこと」「突然予定が変わる不安」「いろんなことをじっと待たなければいけない不快感」「自分の発言や行動を周囲の人たちがどう感じているのか分からないという不安」「ほかの生徒が叱られている様子を見たこと。次は同じように自分が怒られるのではないかと心配で仕方なくなること」「何故これをやるのか教えてもらえないこと。質問しても納得する答えがもらえないこと」「なにもかも、勝手に決められてしまうこと」そういうものすべてひっくるめて「学校は怖い」ということ。むっくんの当時の心境は?むっくんがぽつり、ぽつりと話す当時の思いからは、彼は私たちが思うよりずっと繊細に周囲の様子を見聞きし、感じ取り、彼なりに考え、彼なりの努力をしながら、小さな心を痛めていたことを改めて知らせてくれます。学校へ行かない理由は単純なものではなく、ちいさな綻びがたくさんたくさん積もった結果だということが感じ取れます。話を聞けば聞くほど「彼には学校というシステム自体が合わない。どれだけ配慮があろうとつらさを感じてしまうだろう。だから行かない選択が彼の心を守ることにつながるのだ」と潔く思えているのが現在の親としての正直な気持ちです。休校があった年の新1年生なので、むっくんが小学校へ通った時間は約2ヶ月半。本人は学校へ通っていたころを振り返り「少しだけ行ったから、学校がどんなところか知ることができた。行ったから、知れて。知ったから行かないって決めることができた。だから少しだけど行ってよかったんだよ」と話しています。Upload By ウチノコ不登校選択後の家庭での様子むっくんは不登校を選んだ当初、精神的に不安定で私から離れられない、外出を嫌がる、夜眠れない様子などが見られました。そのため初期のころはとにかく無理せずゆっくりと、心と体が休まるように過ごしました。むっくんの周囲の大人は、私や夫をはじめ祖父母に至るまで彼の不登校を肯定的に捉えているので、家庭や家族が安全基地として機能することができました。また、学校へ行きたくないと話してから不登校の決断までも早かったので、無理をさせた時間が短かったことも幸いしたのか、むっくんは半年程度でそれなりに元気を取り戻すことができました。元気を取り戻してくると「暇だな~、なんかすることない?」と活動を求めることが増えていきました。そのため、私たちは学校が担っていた役割を今後どう担保していくか、ということを考えるようになりました。学校へ行ってくれたら正直な話、私は楽に過ごせます。だけど、再び学校へ戻ることを求めると、むっくんはまた心を壊してしまうと感じていました。そこでここからはホームエデュケーション(家庭を拠点に、子どもを尊重しながら、社会の資源を生かして学ぶこと)を目指していくことに決めたのです。Upload By ウチノコ家庭での体験学習最初に家庭をベースに取り組んでいくことにしたのが【体験学習】になります。【体験学習】といっても、なにか特別なことをするわけではありません。本人がやりたがることができるように、環境を整えたり、一緒に活動したりするだけです。普段の過ごし方は以前まとめたコラムがあるので参照してみてください。もともとむっくんはとても好奇心旺盛な人なので、次から次へいろいろと手を出していろんなことを楽しんでいます。中途半端感は否めませんが、楽しそうにくるくる動くむっくんを見ていることはうれしくもあります。特に料理に関するスキルが良く伸びていて、最近では私にお昼ご飯をつくってくれたり、弟のおやつを手作りしてくれたり。毎日好きなことをして過ごすうちに、こんなことを知っているんだ、こんなことできるようになってたんだと驚かされることもあり、何をしても学習になり、いろいろなことをどんどん吸収して成長していくのだなぁと感じています。さらに最近では、公営施設が行う子ども向けのイベントや公開講座などにも参加できるようになり体験の幅も広がってきました。子ども向けの講座は探せばたくさんあるので、本人の「好き」を大切にいろんな体験を積むことはそう難しくないのだと感じています。Upload By ウチノコ執筆/ウチノコ(監修:初川先生より)むっくんにとって、学校というシステムが合わない。本人の語りや様子をふまえ、ウチノコさんがご決断されたこと、さまざまな考えが逡巡したことと思いますが、ご家族みなさんが今はむっくんの不登校という選択を肯定的に捉えていらっしゃるとのこと何よりです。不登校になった当初は精神的に不安定になるお子さんは多くみられます。まずは休養を取られたこと、とてもよかったと思います。「暇」と言い始めるのが元気が回復してきた証拠なのはその通りです。体験学習を中心に過ごしているのもいいですね。むっくんは公営施設での子ども向けイベントに参加できるのですね(それは何よりです!)。家庭の中だけでは経験しづらいこともあるので、そうした催しをうまく利用できるといいですね。また、学校というシステム(セッティング)には合わなかったということですが、学校教育は膨大な内容を提供してくれる装置である側面もあります。学校ではどんなことを扱っているのかという視点も、大人の側は持っておくのもよいと思います。自分の生きるこの世界にはさまざまなもの・こと・不思議があるのだということを、さまざまな観点・視点から提示し、その中でお子さんが興味関心を持つものを見つけられるといいなと思います。
2022年08月18日長男が乳幼児期のころは育児書を参考にしながら育てていた私が読んでいた育児書には、乳幼児期の予防接種、離乳食、病気のことのほかにも、生まれたときからひと月、ひと月の赤ちゃんの平均的な成長の様子や、1歳から3歳までの発育段階などが書かれていたので、何か気になることがあれば、それらと比較しながら長男を育てていた記憶があります。その育児書は、長男が2歳を過ぎたあたりからほとんど手に取ることもなくなっていたのですが、私は「今後2人目を授かることができれば、また何かの参考になるかもしれない」と思い、捨てずにとっておくことにしました。Upload By みんそして次男のPが生まれてから、私は2人目の育児ということもあり、育児書を開くことは滅多になく、その育児書の存在も忘れかけていました。でも、Pが1歳半を過ぎたあたりのころ、1歳半健診でPの発達に疑問を持ち始めた私は、そういえば!と育児書の存在を思い出し、久しぶりに育児書を手に取り読んでみました。そこには「1歳半ごろにはこのような成長が見られる」「2歳ごろにはこんなことができるようになる」などと書かれていて、その育児書に書いてある発達段階と、Pの発達段階との差に私は驚き、焦り始めました。それから先は、Pが年齢を重ねるごとに育児書に書いている内容に追いつくどころか、どんどん差が広がっていき、私はその育児書を見ること自体がつらくなってしまいました。育児書に書いてある「平均」とされている発達段階は、発達障害のあるわが子を育てている私にとっては参考になるどころか、逆に残酷な内容になってしまっていたような気がしました。育児書なんて見たくない!つらくなるだけ!!Upload By みんそして時は過ぎ、Pは小学1年生になり、私自身の気持ちも落ち着いたころのことです。部屋の片づけをしていたときに、まだ捨てずに置いてあった育児書の存在を思い出しました。もう捨ててしまおうと思ったのですが、その前に4年ぶりくらいに育児書のページを開いてみました。そこには変わらず赤ちゃんの成長の様子が書かれていましたが、私はそれらを見てこう思いました。「参考になる!」と…Pは現在7歳ですが、発達年齢は2歳前半くらいです。育児書には「2〜3歳ごろには3語文を話し、3歳ごろには滑らかに話すようになります」と書いてありました。現在のPもまだ単語が主ではありますが、たまに2語文から3語文を話し始めるようになってきたので、もしかしたら「何年か後には滑らかに言葉が出るようになるかもしれない?」と、読むのがつらかったはずの育児書から希望を持てるようにもなりました。Upload By みん時が経ち、今ごろになって育児書が参考になると思えた…そして、育児書にはこんなことも書かれていました。「ママが他の人と会話するのを見せれば、赤ちゃんもママの真似をして自然とお喋りするようになります。」Pの場合は、自然とお喋りするのは難しいのですが、私が誰かと何気なく会話している姿をPに見せることは、7歳になった今のPにとっても、ちゃんと学びの場につながっているのかもしれない!と改めて気づかされました。久しぶりに開いた育児書から、日頃の些細なことからでも、Pの発達を促すことができるということを思い出させてもらえました。Upload By みん私は、「育児書に書いてあることが全ての子どもに当てはまるわけではない」と自分自身が痛感したことで、時に育児書の存在は、人によっては残酷なものにもなると思っていました。でも時を経て、私にとって開くのもつらかった育児書の存在は、今現在、「参考になる!」と思えるようになりました。そんな自分の気持ちの変化に驚いています。執筆/みん(監修:井上先生より)育児書の発達段階は、標準的な発達が大まかな段階で分かりやすく書かれていると思います。少し年齢が上ったときにも参考になる部分はあるかもしれません。とは言え、子どもの発達は決して順番通りではなく個人差もあります。特に発達に偏りのあるお子さんは得意不得意の領域の差も大きいと思います。大まかな発達段階は参考にしながら、発達の順番通りにこだわらず、得意な分野や現在できるようになってきていることを中心に子育てされていくと良いかもしれません。
2022年08月17日小学生の息子は、夏休み明けは毎年行き渋りUpload By かなしろにゃんこ。わが家のADHDと広汎性発達障害(ASD)のある息子リュウ太は、小4〜小6のころ、夕方から夜にかけて「学校行きたくない…」と言うことがありました。2学期がスタートすると調子が悪くなるんです!夏休みは暇すぎて7月下旬には「早く学校行きたーい」と言っているのですが、いざ夏休みが終わり学校がはじまると夏の疲れや、生活サイクルをなかなか戻せないせいか朝から気分が憂うつそうでした。9月は暑いし授業だるいし嫌だよね…って気持ちは分かるんですが、「行きたくない」「お腹痛い」と毎日朝から言われると私も悩んでしまいます。小3のころから朝は腹痛、夜は不眠に…Upload By かなしろにゃんこ。リュウ太は、小学校の3年のころから クラスメイトからいやがらせをされるなど、精神的な悩みがあると腹痛を起こしていました(それがきっかけで児童精神科のクリニックを受診し、発達検査をすることになりました)。2学期がはじまり、学校からは特に報告がなかったのですが、朝の腹痛や行き渋りは、特性によるトラブルなどによって精神的に悩んでいるのかも…と思いました。過去にも調子がイマイチのまま登校するとイライラしてしまったり、人間関係のトラブルが勃発することがあったので、多分夏休み明けのこのときも、口に出さないだけで何かしら苦しんでいたかもしれません。Upload By かなしろにゃんこ。毎日学校から帰るとリュウ太は学校のグチを言い、精神的に苦しそうでした。少しでも穏やかな時間をつくったほうがよいと思い、行くのを嫌がっていた算数の塾をやめて夕方はゆっくり過ごせるようにしました。それでも夜になるとなかなか眠れないことがあり、好きなDVDをボーっと眺めながら眠るようになりました。楽しんで観ているという感じではなくボンヤリと力なく見ているので心配になりました。ある日、寝坊して小学校に大遅刻!Upload By かなしろにゃんこ。そんな、あるとき私もリュウ太も大寝坊してしまい、気がついたら2時間目の授業が始まる時間!「大変!急いで学校に送り出さなきゃ」と慌てていたら担任の先生から電話がありました。寝坊したことを報告すると先生は「慌てなくていいですよ、最近リュウ太くん調子悪そうだったので、体調がイマイチなときはゆっくり来てください」と言ってくださいました。なんだかホッとしたのを今でも覚えています。私が電話を切ると横でリュウ太は「遅刻だね、3時間目からでいいかな」と行く気をみせていました。Upload By かなしろにゃんこ。Upload By かなしろにゃんこ。大遅刻してもいいじゃないか「休みたい」と言うかと思ったのですが、意外にも調子がよさそうな感じでした。遅刻の際は、保護者同伴で登校となるのですが、一緒に学校に行く間も機嫌がいいリュウ太。普段よりゆっくり起床すると調子がいいのかな?と思いました。私は、夜に仕事をすることもよくあり、朝起きられずそのあとも何度か大寝坊するというダメ母だったのですが、そんな日はリュウ太の機嫌がいいことに気がつきました。反省しつつも、リュウ太の機嫌がいいと(遅刻したっていいか…朝からきちんと登校しない日があってもいいよね)と母は思ってしまうのでした(笑)。Upload By かなしろにゃんこ。そのあとも私たち親子は月に1度は大寝坊し、3時間目から登校することがありました。もうひらきなおって堂々と遅刻です(笑)。学校行事がある前日は「明日は音楽祭が○時からあるので遅刻しないようにしてください」と先生に念を押されて、気を引き締めて起床して乗り切ることができました。リュウ太自身も遅刻して教室に入るのが恥ずかしいというタイプではなく「オカンが寝坊した!」と思いっきり母親のせいにして、すまして途中参加していました。こうして、「大遅刻をしてもいいじゃないか」というわが家のルールを導入してからは、リュウ太の行き渋りが少なくなり、卒業まで乗り切れたのでした。執筆/かなしろにゃんこ。(監修:井上先生より)リュウ太さんにとって遅刻したことの理由が「お母さんが寝坊したから」というのは、先生にもクラスメイトにも言いやすい理由だったのかもしれませんね。夏休みなど長い休暇明けは、生活のリズムが元に戻りにくかったり、環境が変化することから疲れを感じやすくなるお子さんが多いようです。遅刻や欠席は少ないに越したことはないのですが、体調の悪いときには、遅れていったり、途中で保健室で休んだり、早退など適度に休むことで体調を整えるという選択肢も使い、休みが連続しないようにできるとよいと思います。
2022年08月16日子どもにダウン症があること、どう伝えたらいいの!?以前コラムで、産後、無事に子どもが生まれたという出産報告をSNS上でしたあとに、きいちゃんにダウン症があることが判明し、どう周囲に赤ちゃんに障害があることを伝えたらいいのか(そもそも伝えるべきなのか)悩みに悩んだということを書きました。Upload By 星きのこ気がかりだった、ダウン症カミングアウトの周囲の反応一番気がかりだったのが、子どもに障害があることをカミングアウトしたあとの周囲の反応です。私でさえも(というか、産んだ私本人だからですが)告知を受けたとき、カナヅチで頭を殴られたようなショックを受けたので、それを聞いた周囲の反応も少なからずビックリしてショックを受けるのではないかと思いました。そして何より怖かったのは、それを聞いた人から発せられるであろう「言葉」です。もし不用意に子どもに障害があることに対して差別的な発言をされたら…?まだその当時、完全に子どもに障害があることを受け入れられていなかった私は、傷ついてしまい、とても耐えられないと思いました。当時、一番初めに子どもに障害があることを伝えたのは当然ながら家族(自分の実父や義両親)です。しかし、その反応は悲しいことに、私にとってとてもつらいものでした。実父、義両親ともに「どうして障害がある子どもを産んだんだ」「なんで分からなかったんだ」などと責め立てられ、実父にいたっては「うちの家系に障害がある子どもが生まれるはずはない」とまで、言い放ったのです…!(注:ダウン症の殆どは遺伝的なものではなく、確率的なもので、どんな人からも生まれる可能性があります。)それを聞いた私は、「この子は生まれてきてはいけなかったの…!?」と深く傷つき、まるで世界の中できいちゃんと私だけがポツンと取り残されたような気持ちになりました。Upload By 星きのこそういうことが、実の家族の間でさえもあったので、余計に周囲にカミングアウトするのが怖くなったのです。(注:今は実父と義両親ともにきいちゃんにメロメロです(苦笑)。障害があろうとなかろうとも、子どもの可愛さは祖父母の中にあった偏見も溶かしてしまったようです。)ただ、パパだけが、きいちゃんが生まれてから今までずっと一貫して、きいちゃんが生まれてきてくれたことを喜び、「きいちゃんに障害があっても生まれてきてくれてよかったし、本当に幸せ」と言い続けてくれたので、それが唯一、私の救いであり、支えになりました。そんなことがあったので、ますます周囲にカミングアウトするのが怖くなりました。でも、「子どもは健康そのもので、元気いっぱい育っています」なんて、ダウン症にくわえ、心臓疾患の合併症があるきいちゃんなのに、周囲に嘘をつくわけにはいきません。だからといって、正直に話すと引かれてしまうんじゃ…とかなり悩みました。Upload By 星きのこ毎日悩んだカミングアウト問題。その結果は…!?「言うべきか言わざるべきか、言うとしたらどの辺まで…!?」大袈裟ではなく、本当に毎日毎日、そのことばかり考え続けるくらい悩みました。そして、悩みまくってどうしたかというと……。一旦、悩みを放置することにしました(汗)。きっとどんな悩みも1年後に同じ悩みを持ち続けていないだろうと思ったのです。頑張れ!未来の私!!きっと未来の私が解決してくれる…!と…。そして、1年経った後は、見事………!!何も解決していませんでした~~~~!!!!(泣)「言うべきか言わざるべきか、言うとしたらどの辺まで…!?」と全く同じ悩みを持ったまま、いや、むしろ、1年経ってしまったので余計周囲にカミングアウトしずらくなってしまったのです…!ああ~~~バカ~~~~~!!!知ってたけど、私のバカ~~~~~~!!!過去の私、なんつーことしてくれたんだ!!!…と思ってもあとの祭り。そうしてますます「カミングアウト問題」を熟成し、こじらせてしまった私なのでした…。執筆/星きのこ(監修:鈴木先生より)ダウン症であろうと神経発達症(発達障害)であろうと、自分の子どもはこういう病気があり、配慮が必要だと自由に話せる世の中が理想です。特に一見してわかるような先天性障害をもって生まれてきたお子さんの親御さんは、親戚に写真を送ることをためらうことも多いでしょう。以前にもコラムでお伝えしたように、親御さんは子どもの障害に対して「否定→攻撃」を経て「適応→再起」へと心境が変化し、障害を受け入れていきます。しかし、周囲の方々は障害のある子どもを珍しい目で見てしまうことも多いです。テレパシーで相手が障害を理解してくれる人かどうか分かれば良いのですが、そんな訳にもいきません。カミングアウトの問題は、小学校に入学したあとでも考えさせられます。生徒はもちろん、教師も理解してくれるのだろうかという不安が常に親御さんには付きまとうからです。今の時代に眼鏡をかけていても誰も「それは何?」とは尋ねてきません。ダウン症や神経発達症もそれと同じように周りの方々が周知していれば問題はないのです。そのためには学校でいろいろな病気があることを教えていかなければならないと常々思っています。
2022年08月15日ADHDがあり、我慢が苦手な息子ADHDのあるわが子。今はもう成人していますが、幼児期のころから我慢することが苦手でした。勉強や運動は苦手ですが、明るく活発で友達付き合いはそこそこ上手でしたので遊びに誘われることが多く、中学では仲良くなった友人と繁華街のゲームセンターに入り浸って遊ぶようになっていきました。そのころには電車に乗って遠出もするようにもなっていました。よく遊ぶ友人のお家は共働きなことも多く、毎日いくらかお小遣いをもらっているようでしたが、わが家は毎月のお小遣いを月初めにあげるのみでした。お金の管理があまり上手くなく、月初にお小遣いを使い切ってしまうことも多かった息子。友人たちに遠方に遊びに誘われても一緒に行くお金がなく、よく「電車賃と飲み物代をちょうだい」と催促をしてきました。ですが私は月のお小遣いの中でやりくりをしてほしいという気持ちがあり、息子がそのように言ってきても追加のお小遣いをあげないようにしていました。Upload By ユーザー体験談夏休みのある日…警察から電話が!?そんな息子が中2の夏休みのある日……普段通りに過ごしていると夕方警察から電話がかかってきたのです。「息子さんが○○駅で不正乗車をしたので○○署で補導しました」不正乗車!補導!?一瞬耳を疑いました、○○駅!?そこは地元ではなく遠く離れた都内の駅でした。そんな遠くに行っていたの!?Upload By ユーザー体験談私は大急ぎで支度をして息子が補導されている警察署に向かいました。少年課のドアを叩くと、息子と友人2人が刑事さんにお説教をされているところでした。息子と友人は子ども運賃で電車に乗り、降りる際に音が鳴って職員に呼び止められました。年齢を確認され、不正乗車であると分かり、駅の事務室に入り警察に連絡が入ったということでした。(子ども用の切符で改札機を通るとピヨピヨと音が鳴るため、それで分かったそうです)3人は駅からパトカーに乗り、警察署へ…。私はひたすら謝りました。保護者の教育や管理が至らないことで起きたことであると、私も刑事さんに注意を受けました。Upload By ユーザー体験談夏休み期間中は地方から都内に遊びにくる中高生が多くいます。その中でも不正な乗車や無賃乗車があとを絶たず、鉄道員の方の業務が妨害されていることを知りました。家庭で不正乗車は犯罪であることをよく教えるようにと促され、子どもと帰ることになりました。その足で迷惑をかけた駅の職員の方に謝罪に行きました。その間も駅の職員のみなさんの忙しそうな姿を見て本当に申し訳ない思いでした。そして同時に情けなさと悲しさでいっぱいになりました。息子の気持ちとこれからについて息子には「友達から誘われてもお金がないときは断る」こと、それに「電車を運営するのに莫大な経費がかかっていて一人ひとりの運賃がなければ走らせられない」のだというインフラの話をしながら帰りました。息子の言い分としては「不正乗車はいけないことだと分かっていても、友達から誘われると断れなかった。僕も遊びに行きたいと思って、無理してでもついて行こうとしてしまった」「自分だけ行けなくなるのはとてもつらくて悲しくなった」とのことでした。しかしパトカーに乗り警察署まで行ったことを恥ずかしく感じたようで、「もう絶対にやらない」と約束してくれました。その後は友人と遠くに遊びに行くときは電車賃分のお小遣いを前借りして遊びに行くようになったり、そもそもお金がないときは遠くに出かけずに、わが家に友人を呼んでゲームで遊ぶようにしたりして、遊び方を変えました。それ以降は警察にご迷惑になることはなくなって安心をしています。Upload By ユーザー体験談(監修:井上先生より)毎月渡すお小遣いをすぐに使ってしまう子や逆に全く使えない子など、上手にお金を管理するのは意外に難しいものです。かといって「その都度渡していくと際限なくお金を要求するようになるのでは」、「前借り可能にすると癖になるかも」など、親御さんも不安になられるのではないでしょうか。一つの方法として、最初からお小遣いを月ごとに渡すよりは、週ごと、あるいは3日ごとなど小分けにして渡すことから始めたり、「おやつ」「ゲーム」など用途ごとに袋に入れて管理させるようにしたり、お小遣い帳のアプリなどを利用するなどの方法があります。年齢とスキルに応じて、本人が管理するお金の金額や用途を少しずつ増やしていけるとよいでしょう。イラスト/かなしろにゃんこ。エピソード参考/星野 真弓あなたのエピソードもコラムになるかも?体験談募集中!保護者の方が日々子育てをする中で「こんなトラブルがあった」「こんなハプニングがあった」など悩みはつきないと思います。そんな発達ナビユーザーのみなさんの「困った」エピソードを募集しています。テーマは「反抗期・思春期」「自傷」「学習」「不登校」「ゲーム」「不器用」「ママ友・保護者」「ご近所トラブル」などに加え、今回より「パートナーや両親(義両親)、親族間トラブル」「冠婚葬祭」のお悩みも追加募集!パートナーなどとの意見の相違、冠婚葬祭でのルールが分からない、反抗期による親との言い争い、癇癪を起こして自分の頭を叩く、地団太を踏むなどの自傷行為…読み書きや計算の困りはもちろん、授業を落ち着いて受けられないなどの学習の悩み…行き渋りや不登校などの悩み…いろいろなお悩みエピソード、お待ちしております。お寄せいただいたエピソードの中から数作品、発達ナビの連載ライターさんにコラムとしてコミックマンガエッセイ化していただき、発達ナビで公開いたします!あるあるのエピソードからヒヤリとしたエピソード、SNSなどではなかなか言えないような家族やママ友とのトラブルまで。いろいろな「困った」エピソードをぜひ教えてください。
2022年08月14日奇声で周囲の人を驚かせてしまうほぺろう。どうしたらいいですか?わが家の息子ほぺろうは特別支援学校の一年生。最近になってようやく発語が出ましたが、今は拙い単語程度。コミュニケーションとして言葉を使うという認識はまだまだで、好き勝手に声を出しています。Upload By ぼさ子ぼさ子(以降ーー): ほぺろうは暇さえあればゴチョゴチョと宇宙語を呟いていたり、覚えたての単語だったり、会話ではない何かを常に発声しています。その声がとにかく大きくて…。外出先でも突然大声を出したりするので周囲の人をビックリさせてしまうことがあって困っています。三木先生:そうですねぇ…。通常だと、内言語って自分の頭の中で処理して発する言葉を取捨選択していくものなんですけど、自閉スペクトラム症のあるお子さんは内面と外面の境目があいまいなことが多くて頭の中の言葉がだだ漏れになってしまいがちなんですよね。呼びかけで収まるのであれば問題ないかなと思うんですけど、ほぺろう君は対応してくれそうですか?ーー全然です。「シーッだよ」「黙ってようね」と言ってもほぺろうは理解していないように見えます。奇声は抑えてほしい。でも本人が理解していない場合は?ーー絵カードなどで視覚的に音量の訓練をするという話も聞いたことはあるのですが、絵カードでの説明を理解するのもほぺろうにはまだ難しそうで…。三木先生:シーンが理解できないとボリュームの使い分けも分からないかなと思います。なので本人にコントロールしてもらうのが難しいとなると、「防音対策する」または「発声しても大丈夫な場所を選ぶ」ということを大人が外部的に働きかけるといいと思います。自宅ではどんな風に過ごしているんですか?ーーもう自宅では喋りたいまま自由に喋らせています。他人様に迷惑をかけなければ発声する分には構わないといった感じで。三木先生:「この場所ではダメだよ」っていう理解もまだ難しいですかね?ーー場所で使い分けることも ボリューム調整することもまだ難しいです。三木先生:人前で口を塞ぐなどはやっぱり現実的には無理なので、周囲が気になるというのであれば、可能な限りで今は「場所を選ぶ」という方法がいいのかも知れませんね。Upload By ぼさ子理解が難しいほぺろう。今できることはありますか?三木先生:ボリューム調整の訓練ができそうであれば、絵カードで視覚的に教えてみたり、そういった練習用のアプリがあるので活用してみるという方法もありますね。ただ、ボリューム調整の練習ができたとしても状況に応じて使い分けできるかはまた別問題ではありますが…。アプリ|こえキャッチUpload By ぼさ子今の時点でほぺろう君に「調整してね」というオーダーが難しいのであれば、「ほかの方法で喋ることから気をそらす」「独語じゃないことをさせる」のもいいかもしれません。例えば、おやつを与えてモグモグしてる間は喋らない、動画やゲームを見ている間は喋らないとか。ーー確かに!ほぺろうは遊びに夢中だったりおやつを食べていたり絵本を読んでいる間は喋ってないです。三木先生:なので直近の対応としては、必要に応じて「大人が別の刺激で気をそらす」のが有効だと思います。Upload By ぼさ子今すぐは無理でも、将来的に改善できますか?ーー今はコントロールが難しくても、成長すると改善していくという見込みはありますか?三木先生:もちろん個人差はありますが、どんなお子さんでも成長はしますので大きくなるにつれ改善する可能性はあります。僕が診ている重度の知的障害があるお子さんも、完全にTPOをわきまえるのは難しくても外からのオーダーは入りやすくなっていますね。そうやって聞き入れてくれることで周りに迷惑をかけることは減っていると感じます。でも最終的には「枠組みをつくってあげる」ことが大事かなと。ABA的な感じで。やっぱり本人の損得の経験で動機づけするのが一番身につくんじゃないかと思います。ーーなるほど動機づけ…。そう言われると、私は「ほぺろうは理解していないからできない」と思ってたんですけど、もしかしたら「理解はしているけどやりたくない」という可能性もあるかなって気がしてきました。三木先生:納得して聞き入れてくれるかは、損得の経験を積み重ねていくことで行動をコントロールできるようになっていきます。経験から蓄積した理解を高めていき物事を判断する「行動学習」をしていくと、ある程度統制できていくと思います。状況による音量の使い分けはシーンの理解ができていればいるほどやりやすいです。気をつけなければいけないのは、「声を発するのは良くない」というインプットになってしまわないようにということですね。本当は声を出したいのに制限されてしまうとほぺろう君はしんどいと思うんです。なので、そこはもうちょっと理解が進んでからアプローチする方がいいかな。Upload By ぼさ子感想三木先生のお話を聞いているうちに、ほぺろうに対する私の根底の要求は「奇声をコントロールしたい」というより「TPO(状況)を理解してほしい」なんだと気づきました。「奇声」という悩みでしたが、社会性を鍛えることで全ての解決に繋がっていくんだろうなと。今のほぺろうは階段が100段あるうちの1段目くらいの状態ですが、少しずつ経験値を積み上げてTPOに合った行動をとれるようになってくれたら嬉しいです。また、締めくくりに三木先生が仰った「そもそも“声を発するのは良くない”と思われるのは望ましくない」という言葉にハッとさせられ、発語を促すために奇声は逆に抑えつけない方がいいかもと考えを改めました。外出先ではどうしても公共のTPOが求められるので、"今は"必要に応じて大人が外部的に働きかける方法を取り、ほぺろうの今後の成長に期待したいです。Upload By ぼさ子執筆/ぼさ子
2022年08月13日私が気になるしのくんの行動しのくんは現在4歳の、発達障害グレーゾーンの男の子です。今回は、ある日公園で出会ったママとの会話がきっかけで定型発達かそうでないのかの境界線が難しく、「グレーゾーン」について考えさせられたお話です。2歳まで意味のある発語がなく、集団行動が苦手だったしのくん。そんなしのくんも4歳になって、ある程度しゃべることができるようになり、集団行動も少しずつですが慣れてきました。そうすると、次に気になるところが二つでてきました。一つ目は、「集中力は1時間が限界」。集中力はもって1時間が限界で、それを過ぎると言うことを聞いてくれなくなる。二つ目は、「人見知りがなく誰にでも話しかける」です。例えば、水族館に行くと隣の知らない人に声をかけたり、公園では誰彼構わず「おはよー」「それ何ー?」などと声をかけに行きます。Upload By keikoこの二つの行動に困っていました…。そして私は、これはきっとしのくんがグレーゾーンだからだと思っていたのです。公園で出会ったママとの会話ある日家の近くの公園で、しのくんと年齢の近い女の子のママと出会いました。そのママとの会話が弾み、しのくんが療育へ通っていることなどを話し、最近悩んでいた「集中力は1時間が限界」のことや、「人見知りがなく誰にでも話かける」ことを打ち明けました。すると…Upload By keikoそのママから、「うちもそうです」とか「うらやましい」など、思いがけない返事が返ってきたのです。私はとても驚きました!グレーゾーンとは?Upload By keiko公園で出会ったママとしゃべって、「グレーゾーンとは?」という疑問だけが残りました。白黒はっきりしてないからグレーゾーンなんでしょうね。できるちゃあできるし、できないっちゃあできない…ほかにもこんなことがありました。ルールを守ってお友達と遊ぶことができない?しのくんはお友達と遊ぶときに、「かくれんぼ」と「だるまさんが転んだ」はできるのに、「鬼ごっこ」はできません。しのくんがお友達と鬼ごっこをしているとき、ずっとしのくん自ら鬼をやっているところを見かけました。どうしてできる遊びとできない遊びがあるんだろう? ルールを理解するのに時間がかかるんだろうか?だとしたら、家で練習した方がいいのかな?と思っています。できることが少しずつ増えている一方で、いろいろと考え込んでしまうこともある…私のグレーゾーンならではの悩みについてでした。執筆/keiko(監修:井上先生より)グレーゾーンについていろいろと考えさせられたお話ですね。4歳で1時間の集中はすごいと思いますし、人見知りせず話しかけることができるのも見方を変えればプラスの特性といえるかもしれません。ほかの子どもと違った点があっても、それが強みや個性として活かせる環境であれば、成功体験をたくさん積むことができます。変わった行動は確かに気になりますが、その中には思わぬお宝が隠れています。きっと、その特性のよいところを見出してあげられるようになると思います。「鬼ごっこ」ができないのではなく、鬼役が好きという子どももいます。原因をさまざまな角度から謎解きしていくと少しずつ理解が深まっていくと思います。
2022年08月11日障害があるとは本当に分からなかった息子Upload By カタバミはじめまして。中度知的障害を伴う自閉スペクトラム症のある息子「まちゃ」の母でカタバミと申します。息子の障害に涙して真っ暗になったり、それでも成長を感じて可愛さに悶絶したり。情緒が忙しい日々を送っています。息子は支援級に通う1年生です。息子の2歳上の娘と夫とインコもいます。私はいつか育児ブログを書きたいと思っていたので、ほぼ毎日子どもの成長を日記につけていました。今それを読み返しても、1歳より前に息子の異変に気づく記述はありません。健康で9ヶ月で歩き出し、喃語もたくさん出ていました。あまり寝ない子どもだったので私が眠かった記憶はありますが、離乳食も良く食べて、ときには家族とは目も合い抱きついてくることもあったので発達に関して何も心配していませんでした。息子が2歳になったときに、2歳上の娘の真似をして「いないいないばあ」と言いました。うれしくて動画に撮りましたが、「いないいないばあ」が言えたのはこの日だけでした。消えてしまったのです。今から思えば息子は退行という症状だったのかもしれません。最初に「あれ?」と思ったのは私の不注意から負わせた火傷。Upload By カタバミ息子が1才1ヶ月のころのことです。朝アイロンをかけている途中で娘を起こしに行きました。そのとき寝ていると思っていた息子がヨチヨチと歩いてきて、置いてあったアイロンを触って足の上に落としてしまいました。「ギャーッ!」という息子の悲鳴を聞いて、慌てて息子の患部を冷やしながら病院に連絡をしましたが、すぐに泣き止み遊びだしたので冷やしつつ予約時間を待ちました。予約時間になり診察を受けた際に、普段温厚な医師から「こんなひどい火傷なら予約なんて取らずすぐに電話して来て下さい!大人なら何日も眠れないほどの火傷なのにこの子は…」と口を濁されました。これが最初に(あれ?)と感じた出来事でした。今なら息子は感覚鈍麻だったんだなと思います。その後、実父から発語が遅いと言われ母子相談室に行きますが「中身が大人で落ち着いたお子さんですね」と言われて終わり。1歳半健診で言葉の遅れを相談したら発達センターの受診をすすめられましたが育児支援センターに相談すると「まちゃ君よりもっと動き回っている子はいるし、活発なお子さんで発語が遅いことはよくあるから大丈夫よ」と複数の方から言われました。2歳まではしゃべり出すのを待とうと思っていた。Upload By カタバミ息子の2歳の誕生日が近づいたころ、近所の育児支援センターに来た言語聴覚士に相談しました。「発語が少ないことよりも、コミュニケーションが取れていないことが問題だ」など、たくさん指摘をされました。そういえば息子は「これをお父さんに持って行って」もできないし「遊んで」とせがんで来ることもなかったのです。私は息子は1人で遊ぶのが好きなマイペースな子だと思っていて、それが問題だとは思っていませんでした。声のかけ方などを教わり、大きなショックを受けました。私は、この日から壊れたラジオのように息子に話し掛けました。そして2歳の誕生日には発達センターの検査の予約を取りました。半年待ちだったのでそれまでに話し始めるかもという期待もしていました。白?黒?グレー?臨床心理士に言われたこと。Upload By カタバミ検査のあとで臨床心理士に「発達の遅れは気のせいでしょうか?」と聞くと「気のせいではありません。せっかく早く来てくれたのですぐに療育を始めましょう」と言われました。そのあと小児科医から「自閉スペクトラム症です」とはっきりと告げられました。大ショックでしたが息子は2歳半で療育につながることができました。療育は早期に受けることが大切だと言われています。私の経験上、発達に不安を感じたら「詳しそうな人」ではなくて「発達の専門職の方」にみていただくことをおすすめします。私は今まで生きてきて障害のある方とほとんど接したことがなかったので、無知だし受け入れることにも時間がかかっています。でも、息子は少なくとも家庭内では温厚ですし、家族も協力的です。こちらでは息子と、私の散らかった頭の中が少しずつ進んで行く様子をお伝えして、それを楽しんでいただければ幸いです。執筆/カタバミ(監修:鈴木先生より)知的に遅れがあるお子さんは感覚が鈍麻なことが多くあります。そして言葉の発達が遅れている場合が多いです。そのため、できるだけ早期介入が重要です。病名は医者でしか告知できません。できるだけ早く医師に相談することをおすすめします。そして担当医が告知したら責任をもってフォローし、さらに知的に遅れている場合はその病因検索をする必要があります。脳CT、甲状腺機能などの血液検査、難聴があるかどうかのABR(聴性脳幹反応)検査などです。中には知的に遅れている原因が分かって、原疾患の治療で言葉の遅れが改善したケースもあります。視力が弱くて多動傾向だったお子さんが眼科で調整することで、多動が治ったという例もあります。子どもは総合的に診ていく必要があります。
2022年08月10日自閉スペクトラム症のある太郎と学校のテスト自閉スペクトラム症のある太郎は、小学校の低学年から中学年のころ、学校でテストを受けるときに強いこだわりがありました。そんな当時の太郎の様子と、自分の気持ちを振り返ってみたいと思います。空白はすべて埋めたいUpload By まゆんテストで出された問題は全て分かりたい。でも分からない。空白は全て埋めたい。でも埋まらない。分からないや。まぁいいか、次の問題へ進もう。太郎にそういう考えはなかった。書きたい、分かりたい、全部埋めたい。そういう思いがあってもテストの1問目からつまずくことが多かった。Upload By まゆん先生がずっと1問目の問題を見つめ、フリーズしてる太郎に声をかけてくださった。それでも太郎は解かなかった。目の前の問題が気になるから次の問題は視界に入らない。そうして時間はいつも過ぎていった。テストは名前だけ書いて終わることも多かった。点数の意味も分かってはいた。でも点数が低いことを悪いことと認識はしていない。それが私としては救いだった。私も点数が低いことで怒ったり注意したりもしなかった。そう育ててきたし、何よりも太郎は家でも学校でも努力はしていたから。出された宿題は時間がかかっても悶えながらも必ず全てしていってた、そういう努力や真面目な太郎を私は見ていた。「正解」を書きたいそしてもう1つ。太郎は間違うことが嫌だった。「正解」を書きたかった。間違うことをおそれて少しでも自信がないと答えを書かなかった。家で宿題を解いていても1問1問、間違えていないかを確認してきた。Upload By まゆん間違えることはできない。正解を書きたい。それが太郎の世界だった。あとがきこの状態はいまだに続いています。小学校高学年のころからずいぶんと柔軟にテストを受けられるようにはなりました。きっかけは、特別支援学級の先生がしてくださった工夫でした。テストを個室で受けられるようにしてくださったり、太郎が大好きなぬいぐるみを目の前に置いて「次へ進もう」と先生が腹話術などもしてくださいました。そうしているうちに、ある日ひょんと初めて100点を取ってきました。そのときの喜びを知ったのか「高い点数を取りたい」という気持ちが芽生えてきたように思います。ときと場合によりますが…晴れの日もあれば曇りの日もあるように、太郎の世界も同じです。私はそんな太郎の成長を傍でゆっくり見守れたらいい…。そう思っています。執筆/まゆん(監修:鈴木先生より)自閉スペクトラム症特有のこだわりがあって問題を飛ばせないお子さんを、ときどき見かけます。音に敏感なお子さんは個室で静かな環境の中でテストが受けられるのが理想です。一方、投薬でこだわりを軽減することも可能です。初めのうちはトークン法の利用も効果があります。人生で初めての受験になる可能性が高い高校進学までにテストが柔軟に受けられるよう、できるだけ早期に学校側や教育委員会と相談して対策を練る必要があります。
2022年08月09日ガイドヘルパーとしての悩み障害児者にとって、家族以外のほかの大人と関わることは、大切なことだと思います。移動支援の制度を使うことで、週末の余暇活動として、ガイドヘルパーに外出の同行をしてもらうことができます。私は週末、ガイドヘルパーの仕事をしています。外出同行の際に、保護者の希望を通すべきなのか、本人の希望を通すのが良いのか、て悩むことがある場面があります。とくに、利用者の方が成人の場合、悩むことが多いです。成人の異性の利用者と手をつなぐことについて知的には5歳児くらいであるとされている、30歳の青年との外出の際には、手をつなぐかどうかについて悩みます。私は年齢に合わせた対応をした方がよいと思っています。どうしてかというと実年齢が30歳だからです。もちろん、中には隙を見て一人で走って行ってしまったり、非常ベルやホームの緊急停止ボタンを押してしまったりすることもあるかもしれません。この場合は手をつないでいる必要がありますが、そうした行動がほとんどない方については実年齢通りの対応が必要だと思っています。ですが、危険忌避のために手をつないでほしいと考えられる保護者の方の場合、どのように対応したらいいか悩んでしまうのです。お金について駅の券売機で切符を買うとき、本人に購入してもらった方がよいのか、私がかわりに購入した方がよいのかも、すごく悩みます。お金についてよく分からないと感じている場合、利用者自身で購入をしてもらおうとしたら自信をなくしてしまわないか?でも、親御さんは「一人でやらせる経験をさせてほしい」と思っているのではないか?私は、本人の楽しみのための余暇活動なので、できないことを無理じいして訓練するような場にはしたくないとも思い、逡巡してしまいます。徒歩で行くか、交通機関をつかうか親御さんは普段の運動不足を解消するため、「できるだけ歩かせてほしい」という希望があるけれど、本人は「歩きたくない。大好きな電車やバズを使って移動したい」と思っている場合があります。こんなときも、どちらを優先させたらよいのか悩みますが、本人の余暇活動なので、私は本人の意向を優先させた方がよいと思っています。こだわりを通せる場面と通せない場面ある日のことです。発語のない知的障害と自閉スペクトラム症がある利用者の方とラーメン屋に入りました。混んでいるのに麺を一本ずつ食べていました。待っている人や次の電車の時刻も気にせず、マイペースです。私が「残してよいからもう出よう」と言ってもガンとして動かなかったので、食事がすんだ私は外で待っていました。結局、1時間以上かけて完食しました。店を出てから、利用者の方がマスクをなくしたことに気付きました。代わりのマスクを渡しても断固拒否するため店に戻り、お客さまに席を移動していただいて探す状態になりました。しかし、見つかりませんでした。でもパニックを起こさず、代わりのマスクを使ってくれました。私は麺を一本ずつ食べるこだわりには応じました。でも、失くしたマスクは見つからないので応じられません。利用者の方は、自分のこだわりを通せる状況と、そうではない状況を理解できたのでしょう。この青年も、幼いころは失くしたものが出てこないと大パニックになっていたのではないかと思います。自閉スペクトラム症がある私の息子も、幼いころ、パズルの一片がなくなったとき、手がつけられないほどパニックになりました。そのために、同じパズルを何セットが予備で買っておいたことを思い出しまた。今は例えば靴下の片方がなくなっても、マスクを落としても大騒ぎせず、別のものを使ってくれます。軽度でも中度でも重度でも、成長しています。Upload By 立石美津子支援者の対応に統一性がないことも課題同じ事業所でも手をつなぐがどうか、本人の意向を優先させるか親御さんの意向を優先させるかなど統一されておらず、支援者の個人の考えに任せている場合もあります同じ事業所で一致した対応をしたとしても、移動支援をやっている事業所は増えているので、利用者さんも複数の事業所をかけもっています。そうなるとまた対応が違ってきます。本人が混乱することのないように、情報ややり方を共有して、支援のあり方を考える必要性を感じています。執筆/立石美津子(監修者・鈴木先生より)神経発達症(発達障害)のある患者さんが高校生になってバイトを始めることは社会性を高めるうえで有意義なことだと思います。親と学校の教師以外の大人と接することで自立を促し、将来の就職率が上がっています。最近は訪問看護という手段もあります。主治医の指示により定期的に専門の看護師やリハビリのスタッフが患者さんを預かってくれます。その間、親は美容院へ行ったり、普段相手してあげられない兄弟と触れ合ったりすることができます。費用はワンコインほどです。訪問看護というと寝たきり老人の看護というイメージが強いですが、自閉スペクトラム症の患者さんも扱える会社も増えてきました。今後は神経発達症に特化した訪問看護が全国に広まることを願っております。
2022年08月08日運動が苦手で不器用なグレーゾーン(境界知能)娘おっとりした性格で、インドア派、発語や言葉の理解などもゆっくりだった娘。そんなグレーゾーンの娘に境界知能の診断がおりたのは小4のころです。娘は不器用(発達性協調運動症)なことも合わさり、運動が大の苦手!鉄棒は前回りは可能ですが、逆上がりはできません。跳び箱も踏切るタイミングが取れずに3段以上は飛べず、跳び箱の前で立ち止まってしまいます。プールも25m泳げず、バタ足で最高20m程度泳げるくらいです。うまく身体の力が抜けないのか、泳いでいるとお尻が出っ張ってしまい背浮きができず、クロールをすると、どんどん水に潜っていってしまいます。小4、小6のときの担任がこのような娘の特性への理解があまりなかったこともあり、無理にクロールで25m泳がせようとして溺れそうになったこともあります。Upload By ユーザー体験談そんな娘なのでもちろん自転車にも乗れません。出かけたい場合は私の運転する車に乗りますし、中学は徒歩通学ということもあり自転車に乗る必要もないので、娘も私も乗れないことを気にしていませんでした。補助輪をつけて練習していたころもあったのですが、進んで練習したがるようなこともなく、補助輪を取ってから土手を転げ落ち、田んぼに突っ込んだ経験などがトラウマになっているのか、「上手く乗れないので嫌になった」という気持ちもあると思います。中1になったある日…娘に試練が!ですが先日、授業の一環として秋に自転車に乗り近隣の特別支援学校へ交流に出かけることになったというのです。担任の先生から「自転車に乗れない人はいますか?」と聞かれ、娘はクラス全員の前で挙手をすることになり…さらには先生から「練習しておくように」と言われました。みんなの前で挙手させられ、恥ずかしい思いをしたそうです。ただ、「練習しなくてはいけない」という強い気持ちはそこで芽生えたようです。Upload By ユーザー体験談さらには、入部した美術部でも自転車に乗りスケッチに出掛けたり、体育祭&文化祭の看板や横断幕を作成するために学校外へ自転車で出かける可能性もあります。娘は早速自転車の練習を始めました。Upload By ユーザー体験談自転車の練習を始めたけど…前途多難でしかし、練習してもやはり不器用さや身体の使い方の下手さにより公道を走行できるレベルに達さず…。こぎ出してしまえば何とかなるのですが、肝心のこぎ出しが上手くいかないことや、ブレーキ操作が上手くいかず、危険な思いをする度に、自転車=難しい・怖い・練習が嫌だ…と負のループに。久しぶりに大きな運動公園に連れて行き、練習した際も、サッカー場の周囲を1周はできましたが、やはりこぎ出しとブレーキ操作、シフト(ギア)チェンジがうまくいかずに、2周目で土手から転げ落ちてしまい、やる気がなくなってしまいました(そしてフェンスに激突し、自転車の前輪を交換する羽目になりました…)。Upload By ユーザー体験談家の近くの公道(アスファルト)を50mくらい、往復するときは実際は片道25mくらいしかこげていない状態ですが、30分程度練習すると娘ももう練習をやりたくなくなってしまうようでした。ですが、交流授業までになんとか乗れるようになりたいという思いはある…。私が仕事から帰った土日は声掛けをすると30分程度は自転車の練習に取り組むようになりました(平日は部活や宿題、習い事などもありやる気にならないそうです)。練習の結果、なんとかサッカー場の周囲1周だけは走れるようになりました。娘もそれが自信につながったようですが、公道を走るとなるとまだまだ不安です。自転車に乗れなくても…母の想い結局、現在もまだ自転車に完全に乗れていません。特別支援学校との交流授業までに乗れるようになれたらとは思いますが、母としては絶対に乗れないといけないとは考えていません。娘はおっとり、まったりした性格ですが、自己肯定感が低い訳ではありません。そこは変わりなく成長してほしいです。苦手なこと(他者に言葉で困りごとを伝えるなど)は、娘に合う方法を試行錯誤しながら良い対応方法などを見つけられるようにサポートをしたり、アドバイスをしていけたらと思います。また、娘の得意なこと(物の場所の記憶や人と違う着眼点を持っていること、黙々と同じ作業に飽きずに取り組めること)もたくさんあるので、そのような部分を伸ばしていき、上手く社会で自立した生活をしていってほしいと願っています。イラスト/taekoエピソード参考/ヒヨコ(監修:三木先生より)一生懸命頑張っておられるんですね。苦手なことでも繰り返し取り組めるのは、自己肯定感が維持されているからかもしれません。学校の先生の提案にもくじけずに前向きに取り組んでいる姿勢は、ぜひ評価してあげたいですね。あなたのエピソードもコラムになるかも?体験談募集中!保護者の方が日々子育てをする中で「こんなトラブルがあった」「こんなハプニングがあった」など悩みはつきないと思います。そんな発達ナビユーザーのみなさんの「困った」エピソードを募集しています。テーマは「反抗期・思春期」「自傷」「学習」「不登校」「ゲーム」「不器用」「ママ友・保護者」「ご近所トラブル」などに加え、今回より「パートナーや両親(義両親)、親族間トラブル」「冠婚葬祭」のお悩みも追加募集!パートナーなどとの意見の相違、冠婚葬祭でのルールが分からない、反抗期による親との言い争い、癇癪を起こして自分の頭を叩く、地団太を踏むなどの自傷行為…読み書きや計算の困りはもちろん、授業を落ち着いて受けられないなどの学習の悩み…行き渋りや不登校などの悩み…いろいろなお悩みエピソード、お待ちしております。お寄せいただいたエピソードの中から数作品、発達ナビの連載ライターさんにコラムとしてコミックマンガエッセイ化していただき、発達ナビで公開いたします!あるあるのエピソードからヒヤリとしたエピソード、SNSなどではなかなか言えないような家族やママ友とのトラブルまで。いろいろな「困った」エピソードをぜひ教えてください。
2022年08月07日Q:合理的配慮ってなんですか?A:過度な負担になりすぎない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要な配慮を行うこと。なお、学校(or教育現場での)合理的配慮は「一人ひとりの障害の状態や教育的ニーズ等に応じて決定されるもの」です。Upload By 専門家インタビュー合理的配慮を英語でいうと、「Reasonable accommodation」。過度な負担になりすぎない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要な配慮を行うというです。そしてその配慮は、子ども一人ひとりの障害の状態や教育的ニーズなどに応じて決定されるべきです。子どもの権利を保障するために各教育行政の支援としては、まず国は全国規模で、都道府県は各都道府県で、市町村は各市町村で、それぞれ環境整備(基礎的環境整備)をしていきます。これらが「合理的配慮」の基礎となります。そして、基礎的環境整備をベースに一人ひとりに合わせた合理的配慮が検討され、決定すると「個別の教育支援計画」に明記されます。設置者、学校、本人、保護者により発達の段階を考慮しつつ合意のもと内容を決定し提供されることが望ましいとされています。もし、設置者、学校、本人、保護者の意見が一致しない場合は教育委員会の諮問機関である「教育支援委員会(仮称)」の助言や、その子にかかわる関係者がつどう「個別支援会議」および校内にある「校内委員会」での話し合いなどにより問題点を解決することが望ましいです。現在はまだなされていない「基礎的環境整備」や「合理的配慮」について、希望が出されて協議がなされたこと、将来的には実現することが望まれることなどを、「個別の教育支援計画」に書き込ませることも次の一歩につなげる工夫です(『改訂新版障がいのある子の就学・進学ガイドブック』p.115-120の「個別の支援計画」「個別支援会議」、p.134-135の「Q&A合理的配慮と基礎的環境整備という言葉を聴きますが、どういうことでしょうか。」参照)。
2022年08月06日なかなか新しい友達がつくれない娘小学校高学年になると 、周りのみんながぐっと成長していくことを実感します。低学年のころから仲の良かったゆいのお友達も、身長は大人と変わらなくなったし、言動も大人びてきて子どもと会話しているような感覚はもうなくなりました。ゆいももちろん成長しているのですが、周りに比べるとまだ幼い感じがあります。同じクラスにゆいと仲の良かったお友達が一人いました。でも彼女に新しい友達が増え、仲良しグループが離れたことであまり話さなったようです。高学年の女子ならよくあることだと思いますが、心配なのはゆいが会話できる友達がゼロになってしまったことでした。ゆいは人と話すことがとても苦手でなかなか新しい友達をつくることができないのです。Upload By 吉田いらこ「わたし、クラスではいつも一人でいるんだ」とゆいは話すようになりました。ゆいの小学校ではいわゆる「ボッチ」であってもそれでからかわれたりするようなことはありません。でも本人はひとりが寂しかったようです。私は「勇気を出して話しかけてみたら?」など一般的なアドバイスしかできませんでした。勉強に関しては特別支援学級に移り配慮してもらうことで負担が減りました。でも次は人間関係で悩みごとが出てきました。このままでは学校に行くことが苦痛になってしまうかも…と心配していたのですが、数ヶ月すると意外なことがありました。Upload By 吉田いらこいつも一人でいるゆいに変化が!?ゆいはクラスのある男子と仲良く話せるようになったそうです。その男子はあまりグループで固まるということがなく、だれとでも接する子のようです。休憩時間も一緒に笑っているところをよく見ますよ、と個人面談のときに担任の先生から聞いたときは驚きました。ゆいに話を聞いてみると、その男子はだれにも気軽に話しかけるようで、ゆいにも話しかけるそうです。ゆいがうまく話せなくてもまったく気にしないので緊張せずに話せるらしく、だんだん会話も増えてきたということでした。ゆいは人と話すのが苦手で自分から話しかけることが難しかったのですが、向こうから来てくれる人がいるなんて。これをきっかけに会話ができるお友達が増えて学校へ行くことがたのしくなればと願っています。Upload By 吉田いらこ子どもから大人へ精神的に成長していくなかで、友人関係もどんどん変化していくと思います。ゆいは その特性から今後も人間関係に悩むことがあるかもしれません。ですが、人間関係というものは障害とは関係なく難しいものです。そして、人間関係の変化によって、ゆい自身が成長していくこともあるかと思います。子どもの友達関係に保護者が介入することはできませんが、これからも成長の様子を見守っていけたらなと考えています。執筆/吉田いらこ(監修:井上先生より)お子さんの成長とともに人間関係も変化していきますね。思春期の女子グループの中での人間関係やコミュニケーションは複雑で難易度が高いと思います。今回、今までお話のできなかった異性と話せるように広がったのは、とても素晴らしいことだと思います。この出来事が、また新たな友達関係が広がるきっかけになると良いですね。
2022年08月05日常に次男を信じ、寄り添ってくれた特別支援教室の先生発達に凸凹のあるわが家の次男は、小1から小6の現在も通常学級に在籍しており、週1日、特別支援教室(※1)に通っています。次男が学校生活を送る中で、常に寄り添ってくださっていた先生がいます。それは、特別支援教室専門員(※2)のA先生です。※1 特別支援教室…通級指導教室のように障害による学習上または、生活上の困難を改善・克服する指導を児童・生徒が在籍校で受けられる東京都の仕組み※2 特別支援教室専門員…臨床発達心理士などの発達障害の支援に関する専門資格を持つ人(教員免許は必須ではない)Upload By スガカズいわゆる「普通」とされる環境の中で次男は、聴覚過敏、見通し不安、「0か100か」の白黒思考、叱られることへの苦手さなどから、入学当初から頻繁に癇癪を起こしていました。小1のころは、壁を蹴ったり大声での暴言が多かった次男。大人が本人の話に耳を傾けることなく、強く叱るなどすると本人は取り乱して周りが余計に見えなくなってしまうことがあり、そのような関わり方をしてしまうと万が一他害につながる恐れもあります。そのため、次男にとって家庭での関わり方や、学校での本人に寄り添った関わりがとても重要でした。A先生は次男のことを、「乱暴な子」「言うことを聞かない子」ではなく、「嘘をつかない自分に正直な子」「心の優しい子」「たくさんの可能性を秘めた子」として関わってくれました。また、私が次男との関わりで悩んでいるときにも、A先生は傾聴して、決して自分の意見を押しつけず私と次男の気もちを言語化してくれ、最後には励ましてくれました。私は、次男が学校生活での困難にぶち当たるたびに、どうしても周りの人と比べてしまったり、落胆してしまうこともあり、次男の行動に対して受け止めきれない状態に陥ることが度々ありました。トラブルを経験するたびに、私の気もちが落ちて浮上して、また落ちて持ち堪えて…。目の前の状況に対して、まずはその日を無事に終わらせることに注力します。そのためには、感情をできるだけ抑えて、次男と話し合うことが重要でした。そんなときは特にA先生の存在が大きく感じました。A先生はいつでも私と次男の味方をしてくださいました。お陰で次男との関係は良好なまま日々を過ごすことができましたし、少しずつ…少しずつ…時間をかけて、次男も学校生活に適応するようになってきたと思います。次男が小5になり、大好きなA先生が異動することに…。私にとっても次男にとっても、A先生は心の拠り所になっていました。しかし、A先生は次男が小5になる年度に、他校に異動することになりました。異動の知らせを聞いたときにも挨拶に行きましたが、離任式の際にも学校にお伺いし、感謝の気もちを直接伝えることにしました。Upload By スガカズUpload By スガカズ先生との別れを経験して、支え合うことの大切さ、人への感謝を学びましたUpload By スガカズ現在は次男は小6になり、A先生との別れを経験してから1年が経過しました。最初のころは、「オレが知っている△教室(特別支援教室)じゃない…」と、浮かない様子でしたし、心にポッカリと穴が空いているようでした。「A先生がここにいてくれればいいのに」と泣くこともありました。それでも、次男なりに少しずつ現状を受けとめながら、現在も学校生活を送っています。今でも私がA先生の話をすると、次男の表情はパッと明るくなります。先日、A先生に手紙を書きました。次男は書字障害があり、文字を書くことは大の苦手ですが、A先生への思い入れが強く、苦手な中頑張って手紙を書いていました。何度も「この文章変じゃないよね?」と、うれしそうに私に聞いてきました。人生の中で人との別れは何度か繰り返していきます。その中でも、大好きな人との別れは、本人にとって大きな衝撃で、情緒が乱れてしまう場合も多いのではないかと思います。悲しい経験をすることになりますが、そういった経験から、支え合うことの大切さ、人に感謝するこころを学び、今後の人間関係の構築のあり方について考えるきっかけになっていくのではないかと思いました。執筆/スガカズ(監修:井上先生より)すばらしい先生に出会えた経験は子どもさんにとっても親御さんにとっても大きな成長や心の支えになったと思います。子どもが大人に相談できるようになるためには、その大人が子どもにとって「自分を分かってくれる存在」になることです。A先生はまさにそんな人だったのだと思います。このお話は、多くの現場の先生たちにとって、元気を与えるように思います。
2022年08月05日虫や生き物との触れ合いを通して、学べることがありますわが家にはたくさんの生き物がいます。猫、ヤモリ、カニ、どじょう、カエル、ダンゴムシ、季節によってオタマジャクシ、アオムシなどなど。そうです、ミミは虫や生き物が大好きなんです。Upload By taekoそんなミミが通う小学校のクラスで、アオムシを飼育することになりミミは大喜び!もちろんクラスでは虫が苦手な子もいるので、虫に慣れている男の子やミミがお世話を率先してやっているようです。理科の授業や放課後など、友だちと一緒に虫のお世話をすることをとても楽しんでいます。友だちからの信頼を集めて、イキイキしている様子が嬉しいです。そして何より、その時間を通してミミにとっては人との関わり方の学びにもなっている様子でした。Upload By taeko学校から帰宅すると、お世話をしているアオムシの様子を楽しそうに話してくれます。そして家にいるときも、図書室で借りてきた虫の飼育の本を読んだり、youtubeを見て飼い方を学んでいます。その興味は学校のアオムシに留まらず、自分で虫を探して捕まえることへと広がっていきました。虫が増える春ごろには、来る日も来る日も虫を探しに行く日々を過ごしました。パパのために始まった、1ヶ月間のカマキリ大捜索中でも、「パパが好きな昆虫のカマキリ」をどうにか見つけたいミミ。きっと、パパを喜ばせたいという優しい気持ちがあったのだと思います。土手や公園に探しに行きました。それでも、簡単には見つかりません。カマキリが見つからなかったときも、次はどこに行こう?と考えて、自宅から行きやすく昆虫採集が可能な公園を探します。自分から進んで考えたり行動したりすることができて、成長を感じられるのも嬉しいです。休みのたびにいろんな場所へ行くけれど、それでも本命は見つかりません。ただ、その途中で見つけたちょうちょやてんとう虫を観察することを、楽しんでいました。Upload By taekoそして、カマキリを探し始めて約1ヶ月。「あっ!カマキリいた!」やっとの思いで早朝の公園で見つけられたときは、私もミミも大喜び!!それはそれは、とても大きな達成感でした。生き物を飼育することで、寿命まで飼う大事さや、餌を確保するのが難しいときは捕まえた場所に戻したり、学びにつながっています。パパもミミの頑張りを喜んでくれましたが、同時にちゃんと伝えるべきことは伝えてくれます。「生き物を飼うってことは、責任が生まれるんだよ」パパはいつも、捕まえた生き物のお世話の大切さを厳しくも愛をもって教えてくれるので、良い親子の関係になっているなと感じます。生き物に限らずだとは思いますが、夢中になれる本当に好きなことからは、たくさんの学びを吸収することができます。これからも生き物と付き合いながら、さまざまな発見をしていって欲しいと思います。執筆/taekoUpload By taeko(監修:井上先生より)お子さんに夢中になれる対象が見つかり、クラスの子どもやご家族もそれに理解を示し、本人もより学びを深めたり、そこから発展させたりできていることは、とても素晴らしいことだと思います。生き物を飼育することは、成長とともにその生き物が死んでしまうということにも接するかと思います。このことを通して命の大切さや、育てることの責任を、考えるきっかけにしていけると良いですね。
2022年08月02日その人らしい生活を支援するのが作業療法士(OT)の役割作業療法士(OT)の役割というと、病気やケガのあとのリハビリの印象が強いかもしれません。ですが実は、発達障害の領域でも作業療法の重要性が高まってきています。今回は、日本作業療法士協会の中村春基会長に、作業療法士の仕事や発達障害のあるお子さんを支援する際のポイントを伺いました。――はじめに、作業療法で対象となる「作業」について教えてください。中村:作業療法でいう「作業」とは、日常生活のすべての行為を指しています。たとえば、料理や掃除といった家事、接客やパソコン作業など仕事の場面で必要なこと、スポーツや音楽鑑賞、手芸などの趣味の活動はもちろん、食事や休息、眠ることだって作業の1つです。発達障害のあるお子さんの場合は、たとえば「食が細い」「なかなか寝つけない」といったことから、「黒板の文字を写すのが苦手」「授業中じっと座っていられない」といった学習や集団行動の悩みまで、そのすべてが支援の対象となります。――とても幅広いのですね。中村:驚かれるかもしれませんね。作業療法士の仕事は、「その人らしく生きるために、困りごとを軽減、解決するためのサポート」と言い換えられるのではないでしょうか。発達障害の領域でも作業療法の重要性が知られるように――現在、日本ではどれくらいの作業療法士の方がどのような分野で活躍されているのでしょうか?中村:作業療法士は1966年にできた国家資格で、自立支援についての医学、心理学、社会学的な知識を持つプロフェッショナルです。現在、日本国内で資格を持つ人は10万人を超えています。日本の作業療法士は、その多くが医療機関で仕事をしていることも大きな特徴です。ほかには、児童発達支援センター、放課後等デイサービスなどの児童福祉サービスなど。最近では就労支援施設や学校、学童保育、また刑務所などで支援にあたる作業療法士も増えています。Upload By 専門家インタビュー最近では、医療機関における子どもを対象とする作業療法で割合が大きくなっているのが発達障害です。自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)の支援においても作業療法が重要であることが知られるようになりつつあります。日本作業療法士協会では5年毎で「作業療法白書」を取りまとめています。最新の2021年度版を編集中なのでまだ正確な数字がお伝えできないのですが、傾向としては下記のとおりです。【医療機関】新生児期から18歳以上まで幅広い。割合としては未就学が約45%、就学~15歳までが約25%。【児童福祉サービス】未就学が5割強、就学後が5割弱で、やや未就学のお子さんの方が多い。施設種別としては、作業療法士が多くいる順に、児童発達支援センター、放課後等デイサービス、障害児入所施設。【対象とする障害や疾患】・ASD、ADHD、DCD、LDなど・脳性麻痺・精神遅滞 知的障害・てんかん・ダウン症などの染色体異常・重症心身障害・筋ジストロフィーを含む神経難病+障害が診断される前の気になる段階の子どもたちとは言え、「リハビリ」「高齢者」というイメージがまだまだ強いようです。病院や療育センターで作業療法を受けることになっても、作業療法士は何をする人なのか、保護者の方には分かりにくいかもしれません。実際の作業療法の場面では、お子さんへの対応が中心になるので、なかなか「作業療法とは何か」「作業療法士が何を目指しているのか」を伝える時間を持てないのも実情です。そこで、協会では、作業療法を「知って」、上手に「使って」もらえるよう、広報活動にも力を入れています。たとえば、『○○○とつなぐ』という協会が発達障害のお子さんを支援する方向けに発行したパンフレットは、手帳に挟んで持ち帰ってもらい、気になったときに読んでもらえるように手のひらサイズで作成しました。○○○とつなぐー子どもの育ちを支える作業療法士ー――日本以外の国では、どのような状況なのでしょうか。中村:イギリスでは7割もの作業療法士が、地域の学校や通園施設、訪問施設などで働いていると聞いています。アメリカでも、延べ13万人の作業療法士のうち3万人が教育現場で働いており、なりたい職業ベスト10にもランクインしたことがあるくらい、子どもたちにとっては身近な存在のようです。――医療機関が中心の日本とは、大きく違うのですね…!中村:そうですね。 「友達づきあいが苦手で、悪気はないのにすぐに相手を怒らせちゃう」「ボールを投げたり、鉄棒をしたりするのが苦手で、みんなにバカにされてるみたい」、こうした悩みを気軽に話せて、その解決策を一緒に考えてくれる人がいたら子どもたちはどれだけ気持ちがラクになるでしょう。医学的知識のある作業療法士が身近な存在となれば、必要があればスムーズに医療機関と連携し、早期に治療や療育を始める助けともなるはずです。作業療法士が、生活と医療を結びつける架け橋となれたら!作業療法士協会がめざす大きな目標の1つです。将来的には日本でも「町の作業療法室」のような場所があちこちにできて、困りごとがある人がふらっと相談できるようにしていけたら、と考えています。作業療法士(OT)がプロの経験と知識で、保護者の不安を解消!出典 : ――作業療法の支援計画はどのように立てていくのでしょうか?中村:ひとくちに発達障害の作業療法といっても、実にさまざまなアプローチがあります。たとえばおもちゃやボール、楽器を使った手先や運動の訓練のほか、スーパーに買い物に行ったり、子どもたち同士で料理をしたり、ときにはみんなでスポーツ観戦に出かけたりすることも。具体的な生活の場面で、何ができていて、どんなことに困っているかといったことを、学校や園、また地域社会での経験を通して子どもと一緒に考えていきます。豊富な医学的な知識に加え、心理学や社会資源に関する知識をもとに、子どもの成長の一歩先を見ながらお子さん自身の気づきと変化をサポートしていくのです。だから、作業療法の現場はいつでも前向き!作業療法士は、「この子が持っている能力は何か」「今の運動機能と知的な能力だったらどんな遊び、勉強、作業ができるか」をすばやく見つけ、子どもが成功体験を感じられるシーンをたくさんつくっていきます。――保護者の方にとっても、発見が多そうですね。中村:そうですね。こうした働きかけは、そのまま保護者へのサポートにもつながります。保護者はともすると、わが子の苦手や不得意な面に目が行ってしまい「なんとか克服させてあげたい」と思いつめがち。そこに作業療法士のプロフェッショナルな視点が入ることで、「子どもの可能性や能力に気づき、子育てがより楽しく気が楽になった」という声も聞かれます。――学校や園の先生はどうでしょうか?中村:学校や園の先生からも、作業療法士と協働することで支援がしやすくなった、という声が届いています。例を挙げると、「学習が困難なことの背景には、眼球の動きや姿勢を保つことの難しさなどの原因があることを知り、決して怠けているわけではないということが分かって教師としてもうれしかった」「授業の様子をこまかく観察してもらい、道具や教材の工夫で困りごとがある子どもたちにもできることが増えることが分かりました!」などです。こうした声を聞くことは、私たち作業療法士の何よりの喜びです。発達が気になるお子さんの保護者同士をつなげられる機会を――発達が気になるお子さんの保護者の方へメッセージをお願いします。中村:私にも3人の子どもがいますが、今振り返れば、息子の1人は発達障害の特性があったのではないかなと思います。3歳児健診で運動機能面での発達の遅れを指摘されたほか、小学校に入学してからも片づけられない、翌日の準備ができない、といった困りごとがどんどん出てきました。ただ、30数年前は発達障害についての認知が進んでいなくて、私も恥ずかしながらまったく知識がなかったんですね。例えるなら、息子を無理やり学校に引っ張っていたような状況で、のちに発達障害についても勉強を深めるなかで「なんて親だったんだ」とつくづく反省しました。今は、発達障害について以前よりも社会の理解が進み、専門機関だけでなく、学校や放課後等デイサービスでも相談できる体制があります。発達障害のあるお子さんを育てるなかでは、悩んだり、不安になったりすることもあるでしょう。そんなときは、どんなことでもプロに聞いてみてください。家庭のなかだけで抱え込むと、追い込まれてしまいます。相談するのにも、最初は勇気がいるかもしれない。でも、勇気を出した先には、きっと気持ちがラクになる、親子ともに笑顔が増えるうれしい変化があるはずです。――相談することは子どもにとってだけではなく親にとっても、大切なのですね。中村:そうなんですよね。子どもはとても敏感で、親が不安になっていたらすぐに気づくものです。その子らしい発達を支援するためには、保護者のサポートが重要なのです。専門家と一緒に、その子の特性を正しく理解できれば、いたずらに不安が大きくなったり、できないことばかりにフォーカスしてストレスをためたりしてしまうこともなくなります。作業療法の現場では、同じような悩みを抱える保護者同士が話せる場を設けたり、発達障害のあるお子さんを育てた先輩パパ&ママから数年先の見通しについて聞く機会をつくったりと、さまざまな取り組みをしています。気になることがあったら、ぜひお住まいの地域の作業療法士会に問い合わせてみてください。――ありがとうございました。取材・文/浦上藍子Upload By 専門家インタビュー高校時代に重度心身障害者施設にボランティアに行ったことをきっかけに、作業療法士をめざす。1977年国立療養所近畿中央病院附属リハビリテーション学院卒業後、兵庫県社会福祉事業団玉津福祉センター附属中央病院などを経て、2009年より現職。日本作業療法士協会
2022年08月01日私の愛すべき家族
育児に遅れと混乱が生じてる !!
こどもと見つけた小さな発見日誌